#ソクラテス
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知の知
ソクラテスは無知の知と言った。
同じように
知の知があると思う。
自覚的であるかどうかが重要だ。
知識があるとして
知恵を回せるかどうか。
常に自覚的であること
常に考えて行うこと
思考をすること
常識を疑うこと
知っていることを使うこと。
わかっていると思い出すこと。
知に溺れず
知を操ること。
みたいな?
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14/03/2023 #大英博物館 #britishmuseum #picture_tate #ソクラテス #アンティステネス #クリュシッポス #エピコウロス #socrates #antisthenēs #chrysippus (大英博物館) https://www.instagram.com/p/CpxM0EMyG3Z/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ぼくには、なぜか「死にたい」と訴える青年たちが近づいてくる。彼らは美しい。肉体的にも精神的にも。二五〇〇年を飛び越して、ぼくはいまソクラテスの時代に生きているようだ。青年たちは、悩んで悩んで悩み尽くした結果、ぼくのもとに来て���そして「生きること」の意味を問い、そして「なぜ、自殺してはいけないのか」と迫る。
答えは亜然とするくらいない。なぜ自殺してはいけないのか、ぼくにはわからない。人生五〇代の半ばまで来てしまい、ふりかえってみるに、たしかに「生きていてよかったよ」と自信をもって言えることはないのだから。あのときーーぼくは若いころ何度か死のうと思ったーー死んだとしても、それでよかったのではないかと思うのであり、その後、必死の思いで生きてきてよかったのか、考えれば考えるほどわからなくなるからである。
中島義道『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか』
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GKチェスタートンは「旅行は心を狭める」と書いた。ラルフ・ワルド・エマーソンは旅行を「愚者の楽園」と呼んだ。ソクラテスとイマヌエル・カントは、おそらく史上最高の哲学者であり、それぞれの故郷であるアテネとケーニヒスベルクからほとんど出ることなく、足で投票した。しかし、旅行を最も嫌ったのはポルトガルの作家フェルナンド・ペソアであり、彼の素晴らしい「不安の書」は怒りに満ちている。 [私は新しい生活様式や馴染みのない場所が大嫌いです。旅行するという考えは私を吐き気を催させます。ああ、存在しない人たちに旅行をさせましょう!旅行は感じることができない人たちのためのものです。想像力が極度に乏しい場合にのみ、感じるために移動しなければなりません。]
旅行に反対する理由 | ニューヨーカー
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Democracy
Democracy is somewhat like four wolves and a sheep discussing and deciding on a dinner menu.
The four wolves decide by majority vote: 'Tonight, we shall have delicious mutton'. Poor sheep being eaten.
The execution of Socrates in ancient Greece was also the result of a trial by majority vote.
Decisions made by the principle of majority rule can be right or wrong.
Whichever way things are decided, do not assume that it is 100% justice.
There is no such thing as 100% justice in the world. Well, maybe 70 per cent, 80 per cent at most...
A quote from Japanese religious scholar Hiro Sachiya, who says that even if we have no choice but to follow rules and manners, we should judge the dividing line between right and wrong in our own hearts.
- Hiro Sachiya (b. 27 July 1936 - d. 7 April 2022) was a Japanese religious critic and author of numerous commentaries for the general public.
民主主義
民主主義というものは、4匹の狼と1匹の羊が夕食のメニューを相談して決めるようなものだ。
4匹の狼は多数決でもって「今夜は、おいしいマトンを食べることにしよう」と決める。食べられる羊はかわいそうである。
古代ギリシャのソクラテスを死刑にしたのも、多数決による裁判の結果であった。
多数決原理によって決められた決議は、それが正しいこともあれば、まちがっている場合もある。
物事がいずれに決まったにせよ、それが100%の正義だと思わないことだ。
世の中には100%の正義などありえない。まあ70%か、せいぜい80%くらいか…
決まりやマナーに止むを得ず従うことがあるとしても、善悪の仕切りは自分の心の中で判断しよう、という日本の宗教家、ひろさちや氏の引用。
- ひろさちや(1936年 7月27日 - 2022年 4月7日)は、日本の宗教評論家であり、多数の一般��けの解説書を執筆。
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先延ばしと怠惰は同じものではありません。 怠惰は何かをやる意欲の欠如を意味しますが、先延ばしは、先延ばしにすることが自分にとって有害であるとわかっていても、タスクを延期することです。私たちは、長期的な報酬よりも、即時の満足感を好むことがよくあります。面白いのは、その後、自分がしたことに対して罪悪感を感じることです。 これは新しいことではなく、人間的なことです。ギリシャの哲学者はこれをアクラシアと呼びました。 アリストテレスは、アクラシアを、自��心の欠如により、人が自分の良識に反して行動する状況と定義しました。プラトンとソクラテスは『プロタゴラス』の中で、欲望の力が理性の力を上回ったときにこれが起こると述べています。その反意語はエンクラティア(自制心)です。つまり、先延ばしは、私たちがすべきことと、やりたいことの間の力の内なる葛藤です。 怠惰には力がないが、先延ばしには力の闘争がある。
先延ばしを即座に回避する方法 | メンタルガーデン | 2024年9月 | Medium
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キリストの身体
この世に生を受けたこの身体ほど真我に近いものはない。日頃、食べ、飲み、息をして、風呂に入り、生活し起きている間は誰も否定できない。瞑想や死や寝ている間は『精神世界』の霊的個性の自己同一性が重要である。真我は死を超越するエネルギーであり認識を通して帰還の道となるー。
魂
神の下では、誰しもが平等に大切である。誰もが救われたいと望み、貧しさや生活の困窮の中で日々の生活の困難に直面する。問題は生きるための権利と義務が煩雑で複雑である事である。簡素で、素朴で、然し、安定した生活が大切であり、其れが保証されるべき『共同体』国家と国民の義務であるー。
属性
職業の適性が何よりも優先される。得意ではないことは其れが何れ程、力を注いでも、見返りの見込みのないものである。其れほど適性は大切である。『ケセラセラ』我々が望むものや、なりたいものは単なる願望にすぎず、あるがままに、無条件にそう在る事ではない。国家に望むことは生活であるー。
型と色
①カロリー、②たんぱく質、③ビタミン、④糖質、⑤ミネラル、⑥脂質、⑦カルシウム
素粒子は霊(要素ーエレメンタル)であり、大切であるが、食事の偏りと過食は、万病の基である。
❶肥満、❷老化病、❸癌、❹糖尿、❺疫病、❻痛風、❼身体障害
①力②瞑想③分食⑤栄養学⑥睡眠⑦ゲノム
AIマッチング
就労や職業選択、受験の際に、お見合いに、使うべきものである。ぼくは非凡であれど秀才ではないので、霊的教師と音楽家、そして魔法特に超能力にも興味があるが危険である。低位心霊能力の開発は避けるべきである。絶え間ないエネルギーの伝導瞑想と霊能力と精神集注と奉仕を推奨する。
念力からメンタル界へ
スープン曲げとは理性の崩壊を誘発する。ぼくはメンタル極化により此れが不可能になった。ところで、相手に自分の��想を押し付けることは賢明ではないが、芸能人のゴシップネタの様な落ち着きのない猿のような忙しない心を落ち着ける為に音楽による精神の安定が有効であるー。
日本人改造宣言
一箇所に留まっていてはいけない型を打ち破り、昨日を越えて行け!『在るがまま』を生きることの大切さと周囲の無理解という困難を越えて生きる事は囚われない創造主として大事な私的視点を加味する事になる。ぼくの心はいつも昔に同一性されて🇮🇹や🇪🇸や🇮🇳
🇹🇷や🇯🇵や🇨🇳etc.『舌の記憶』
カタストロフ
創造物(型あるもの)は崩壊現象。死と共に私達の精神や知性や機械でさえ構造物は全て壊れ、軈て失われる。だから、DATAの引き継ぎは大切である。音楽では楽譜、ランドスケープ、ピアノ演奏、イラスト、習字、タイピストの手や論理性は死んでも残された情報の痕跡であるー。『儚い夢の跡』
意
R覚者ー原因と結果の法則
❸→❶
父と母ーカルマ(業)の法則ー❶→④→❸
ゴータマ仏陀ー再生誕の法則❶→④→❼→⑧∞
自由意思ー
∞(情報のソース)→❶
エドガーのコイントス
ー確率ー
②→❶
神の意志ー
❼→④→❶
プトレマイオスとベンジャミンそして全てのイニシエートに敬意と感謝ー。
意(マナス)
#DK覚者 (チベット・ロッジ)のレベルの情報は難解である。#アリス・ベイリー によって与えられた『秘教科学』は緻密に宇宙の構造と神秘についての洞察に富んでいる。心理学の深淵さと覚者方の厳しさと忍耐には頭が上がらない。双方向のメンタル・テレパシー(思念伝達)は稀有であるからー。
既知と未知
❼機械論的・科学的マインド(聖霊)の状態である②④⑥頭脳の❸識別力は『分神霊』であり神経の中にある器官であるナディに合成された精妙な❺ガス(気体)状でできている。⑥パイシス(双魚宮)と❼アクエリアス(宝瓶宮)の宇宙にある霊的な❶『統合のエネルギー』が働いている。②『伝導瞑想』
(不)信仰
キリスト教の��理主義者が唯一の「イエスは神でなくてはならない」とか、(唯物論的)科学者が「ダーウィンの進化論が真である」、「宗教の殆どが偽りである」とか「哲学は何もなしていない」などと言う事は無知に満ちている。『意識の進化』を信じているなら『幻惑』や『錯覚』に注意し給え!
主義
私は云々であるというとき、我々は我々の間に対立を生む恐れがある。在りと凡ゆる物事の嫌悪や善悪に対して、我々は我々の社会を異なる価値観で分断してしまうだろう。必要なのは社会の『調和』であり、『平和』であり、『非暴力』である。観念自体は象徴であり、対立を生む人工物に過ぎないー。
❺記憶自体
コロナウィルスの顕現は人類に対する避けがたい受難でした。これからの④芸術科学(素粒子の霊性)と❺化学医学(構造の形相)の重要性は言い過ぎる事はないです。全ては崇高な魂(全ての霊的な本源へ戻る旅路)の為の犠牲に違いない。無力は承知の上で皆様に御願いしますー。『人類科学の進歩』
与え与えられ
日々与えられた物事に感謝して、生きていきます。
霊(言葉と絵)を尽くして、自我である個性体(パーソナリティー)を神である真我((宇宙)意識体)である魂の供物に捧げます。ごちそうさまでしたー。神に感謝して、命に感謝して、親に感謝して、先生に感謝して、食べ物に感謝してー。m(_ _)m
安定
人間の生き方に自由などはない。せいぜい
自分の自我の領域の中で我が儘な意思のもとに約束事とサービスの間で比較的自由な裁量があるだけである。
10割 Android
百分率で言えば100%
太陽系 9段階
人間レベル99が限界
100以上は死ねない
~255 霊界
1000(1T)
16次元 宇宙全体
聖なる科学
霊の数学と哲学と美学としての音楽と美術を尽くして神的存在に触れる魂である自我の拡大と、霊である真我に帰絨する瞑想の帰還の道。真に純粋な理想的なイデアの想像力の究極的に完全な世界(実在)の上からは、太陽系が16個あり、太陽系外地球の兄弟の惑星も16個あるー。
解釈学
循環する霊と宇宙について
#インテリジェント・デザイン(知的創造論)からの『秘教数秘術的』なコンセプト(意匠性)ー2進法、10進法、60進法ー『カバラ数秘術』、『秘教哲学』、『七光線心理学』『神智学』、『素粒子物理学』、『情報工学』、『陰秘学』『数学』、『強迫性』、『偏執狂』
外部と真理
②主観と❸客観について私達が認識できるものは❺記憶であり、④イメージであり、❸認識性であり、②デジタル信号であり、❶霊である。❼存在を創るもの、⑥在ったと信じるもの、❺在ること、④在るかもしれないもの、❸これから在ること、②視えるもの、❶霊(的精神)性。『真我認識』
形式と存在
『モナド』ライプニッツ
『素粒子』精霊主義
『クオリア』アストラル体
『考える葦』パスカル メンタル体
『精神と物質』デカルト 物心論
『宇宙四次元』アインシュタイン
『時間と空間』ニュートン
『物自体』カント
『質料』プラトン
『弁証法』ソクラテス
『形相』ア���ストテレス
ライヒ『オルゴンエネルギー』
シュタイナー『エーテル体』光子
ユング『集合的無意識ー幻型』
フロイト『リビドーと超自我』
アドラー『目的論』
ニーチェ『永劫回帰』
ハイデッカー『存在と時間』
サルトル『存在と無』
ラカン『想像界・象徴界・現実界』
キリスト『三位一体』
盤古『陰陽』
ヴント『内観』
プロティヌス『一者』
エンペドクレス『風・火・地・水』
デモクリトス『原子』
チェリオ『量子色力学』
ジョブズ『Apple製品』
ダリ『心理学から科学へ』
モーツァルト『曖昧な調和』
小室哲哉『宇宙の美化』
坂本龍一『現実』
小林武史『夢と魔法』
宇多田ヒカル『宝瓶宮の水』
植松伸夫『劇場音楽』
天野喜孝『ファイナル・ファンタジー』
楠瀬誠志郎『シリウス』
すぎやまこういち『ドラゴンクエスト』
鳥山明『ドラゴンボール』
高橋留美子『めぞん一刻』『犬夜叉』
桂正和『DNA』『シャドウ・レディー』
貞本義行『エヴァンゲリオン』
宮崎駿『ロマン派』
久石譲『映画音楽』
スピノザ『心身一元論』
クリシュナムルティ『私は何も信じない』
キリスト・マイトレーヤ『分かち合って世界を救いなさい』
ベンジャミン・クレーム『始まりは近い』
江原啓之『オーラの泉』
大槻教授『プラズマ』
韮澤さん『たま出版』
イエス覚者『救世主』
仏陀『真我』
プレマ・サイ『超心理学』
フェルメール『レースを編む女』
3ー7ー4ー2ー7(2.4)
宇宙
針仕事の周りを描く��フェルメール』の絵の中に宇宙が回っている事を、夢と現実の間を行ったり来たりするシュールで、冗談好きの地獄ではないまでも煉獄に居る『ダリ』は知っていた。如何なる小さな物事でも、大切な人の存在は守りたい。大切な命に寄り添い生きていきたいものである。
『来世』
サルバドール・ダリ『レース編みの娘』
6ー4ー6ー4ー7(1.6)
(フェルメール・ファン・デルフトの絵の模写)
「ダリ全画集」の『レースを編む女』
ダリに心の底から同情します。イニシエートの低さには右利きで頭の精神の線が細いスマートと云う理由と、光線構造が非常に高いのには、人類の輪廻転生を担保したいのと、神であるサルバドール(救世主)でありたいと言う野心と、謙遜と、拘りがあるからですー。
芸術家と科学者
『ピカソ』は拘りのない自由な心の境地でどんな画家のスタイルも直ぐにマスターして、同じ場所に留まらずにどんどん変化する秀才。純粋無垢な子どもが描いた様な平気で、破壊的な創造で醜悪さをも描く。『ダリ』は古典的な描き方で言語性の強い鬼才。神に見いだされた犠牲者ですー。
ダリでもピカソ
二人ともきら星のような才能があるので何回輪廻しても本物の神になるべきです。業の深さは恐ろしくダンテの言葉を借りれば「まるで生きていることが呪われている様でこの地上以外に如何に『地獄』と呼ぶ事ができようか?」と言う程、人生を生きるのは大変です。才能の有無に関わらず。
パブロ・ピカソ(2.4)
7ー4ー1ー6ー3
『サルタンバンカの一家』
パブロ・ピカソ『パイプを持つ少年』
アンリ・マチス(2.4)
3ー6ー1ー4ー7
『ブルーヌード』
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なによりも大切にすべきは、 ただ生きることではなく、 より良く生きることである。 生きるために食べよ、 食べるために生きるな。
ソクラテス(希 哲学者)
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024)4月30日(火曜日)弐
通巻第8234号
AIの文化的活用は学問的にプラス
古代文字が次々と解読され、歴史解釈がかわりつつある
*************************
火山灰に埋まってポンペイは1800年間、歴史から消えていた。
紀元前79年、ヴェスヴィオ火山の噴火で、繁栄を極めていたポンポオが突如、火山灰に埋もれた。紀元前8世紀ごろ薩摩に栄えた上野原縄文集落も火山で埋もれた。
さて十八世紀に発見され、現場では発掘が延々と考古学チームが続けて���たが。奴隷部屋の発見や土器、建物などかたちのあるものから当時の文明が具体的に想定できるようになった。解けなかったのは文化、とりわけパピルスに書かれて古代ギリシア文字が、炭化していたためだ。
AIが解読技術に投入され古代文字解読に革命的進歩があった。
古代バビロニアのギルガメシュ叙事詩など、ドイツチームが解読したし、エジプトのスフィンクスに書かれた文字もAIの投入で解読が進んでいる。
日本でも凸版印刷が発明したAIアプリ[iOS]で、古文、とりわけ崩し字の解読率が90%を誇るようになった。
AI時代は古代文献学者には朗報だろう。
ポンペイで発見されたパピルスの巻物の文字は炭素化けしていた。
AIが解明し、次々と古代文献が解読されているが、哲学者だったプラトンの最後の晩餐を描いた巻物が発見された。弟子たちが伝えた著作と、ポンペイ盤とはどこか違いがあるのか、これからも解読作業と研究が続くだろう。
プラトンはソクラテスの弟子、アリストテレスの師にあたる。プラトンの『饗宴』にはエロス、少年愛などが書かれているとされてきた。
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劣等感を感じやすい環境に身を置いていると思う。ただでさえ競争ばかりの大学院生なのに、やれ学位プログラムだの、やれ有志の研究会だのと、さらに競争が激しい界隈に首を突っ込んでいるせいで、うまく研究が進まないじぶんと、カンペを見ないと英語を話せないじぶんと、むかしよりもじょうずに話せなくなったじぶんと、まわりのスーパー院生を比べては、いちいち沈んでしまう。優秀なひとと一緒にいたところで、自分が優秀になれるわけじゃない。それを忘れてはならないと思う。
この間、日本で一番賢い人たちが集まる大学の人たちが集まる研究会に参加したら、自分の至らなさに泣きそうになった。でも、わたしの研究計画が一番おもしろかった(データ取れてないくせに)(面白くてもデータがないからスタートラインにも立てていない)。
持続可能な社会とか、世代間の協力とか、もっともらしいことを言ったって、研究室の中でぐにゃぐにゃと練り上げた理想は社会の何の役に立つのだろうか。あなたたちは、資本主義の強者であるあなたたちが、いったい社会の何を知ってるっていうの。そんなことを考えてしまった。(わたしは高卒の両親に育てられた田舎育ちの貧困層だから、よけいにそう思うのかもしれない)
机上の空論って、よくない。社会と人間のことをよく知らなければならない学問分野なのに、偏った視点から社会を見てるのって、よくない。せめて、ソクラテス的な無知の知を抱いているならいいけれど、そういった感じもなく、自分の視野にはいる社会を社会として捉えているのであれば、それはすごくかなしいことだと思う。人間って、あなたたちが思うよりももっと愚かで、汚いんだよ、だけど、そんな愚か��を抱きながら、必死にもがきながら生きようとする姿がうつくしいの。彼らは人間の行動を数式でモデリングすることばかりを好んでいるけれど、人間の行動ってそんな単純じゃないでしょ。わたしの行動が数式で表せられた暁には、彼らの目の前で奇行に走ろうと思う。
できる限り広い視野を持っていたい。わたしの見ている世界が世界のすべてだということは断じてないけれど、もっと想像力を働かせたいな、と思った。もちろん、社会全体にかかわるスケールの大きい研究を進めるのって、必要だし、それはそれですてきだけど、わたしは絶対に、苦しんでいる個人を見捨てたくない。そんな研究をしたいし、そんな人になりたいと思う。
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なってみないとわからないことがある
なるべく、色んな人に対して
理解を示そうと努めている。
だけど、同じ立場になってみないと
わからないことがある。
結局、張本人にしかわからないことがある。
大人にならなきゃ大人の大変さはわからなかったし、
老人にならなきゃ老人の
母にならなきゃ母親の
父にならなきゃ父親の
姉にならなきゃ姉の
入院しなきゃ入院患者の
犬にならなきゃ犬の
猫にならなきゃ猫の
大変さと良さとかの、なんか微妙で曖昧な部分とか
本当の辛さとか喜びとか
とにかくどっかしらに何かしらの
わからない部分がある。
同じ立場に立たなきゃ
わかんないだ。
私はいつまで経っても
戦争を知らない女の子を抜け出せず
下剋上を狙うようなハングリー精神も持たず
斜に構えただけのちっぽけな人間である。
だけど
わからないことをわかってる。
ソクラテスになってみないとソクラテスが本当はどうして死を選んだのかなんて完全にはわからないけど
わからないことがあるとわかってるから、
そしてそれを責める人にも法にも出会ったり裁かれたりしていないから
ソクラテスチックには生きていけそう。
わかってもらえないことに絶望したりしないし
期待も諦めもない。
この世は謎だらけで
私も誰かの謎の一つだ。
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翻訳
youtube
"Sexy to somebody, it would help me out
Oh, I need a reason to get out of the house
And it's just a little thing I can't live without"
__Clairo 「Sexy to Someone」
翻訳。
誰かを魅惑することが私を外に連れ出してくれる
あー、外に出る理由がいる
で、それは外で生きられない理由にしては些細なことなんだけどね(相当な皮肉)
セクシーという言葉はグラマラスだとかグラマーだとかの代替言語であると認識している。グラマー?「文法」つまり言葉の上手さである。グラマラスが女性の形容詞になったのは、魔女狩り時代のように直感する。魅惑的だとか蠱惑的だとか、目を見て話してしまえばもう陥ってしまうような、男女を問わない形容詞だったのが、なんかどこかで女性のルックスの形容詞になったと。さらにはグラマー、の語源を辿っていけば、「魔法」です。さあ、あなたは白い魔法を使っていると思います。自分は果たして?と問うような場面は大いにある。でも、その白黒は、状況に応じる。自分で自分に良くない魔法をかけるのが、日本人の美徳とされています。「いやいや、そんなことは」「私の責任です」「連帯責任」責められるべき任なんてどこにある?ある場面を切り取って責め立てるだけじゃないの。
自責の念を持たなければいけない場面はもちろんあります。が、キリスト教徒以上に染みついた、生存していることへの申し訳なさ。「生まれて、すみません」有名ですね。「見ざる、言わざる、聞かざる」しかし、それでもダメなら……見て、言って、聞いて、動く。物騒な方法ではなく。あくまでもソクラテスのように、「それが多くの意見なのであれば、私はそのようにしよう」と、腹を括る。
承前で意訳。
魔法が使えたら、私はどうにかなる
魔法を使う理由が欲しいなあ
どうでもいいんだけどね。切実だけど。
鬼のような意訳です。そんなことを思いましたよ。
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古典ギリシャ語の最初の授業で教授から「この言語は死んでおり、習得しても誰とも喋れません。ただ、石碑と喋れるようになります」と言われた時は笑っていましたが、1年経ってソクラテスの原文をそのまま読めた時は二千年前の人と「喋った」気がして言葉にできない感動を覚えましたね、、(笑)
XユーザーのReijiさん: 「古典ギリシャ語の最初の授業で教授から「この言語は死んでおり、習得しても誰とも喋れません。ただ、石碑と喋れるようになります」と言われた時は笑っていましたが、1年経ってソクラテスの原文をそのまま読めた時は二千年前の人と「喋った」気がして言葉にできない感動を覚えましたね、、(笑)」 / Twitter
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・命令を下すより、好ましい結論に向けて問いを繰り返すソクラテス方式のほうがいい。
紙魚:So-netブログ
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