#インド愛
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エリックサウスKITTE名古屋でウプマドーサ。ドーサといえばマサラドーサが人気ですが、ありそうで無い、しかし南インドならこの組み合わせアリですねのメニュー。サンバル、ココナッツチャトニー付き。
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京都のアーユルヴェーダサロン 高倉@ayurved.manju セラピスト養成卒業生��アフターフォロー遠足にvanamへ来てくださったみなさま。 サロン2号店となる夷川店もオープンから半年経ち、そこで働くセラピストたちはみなさんそれぞれにmanju ismを継承しながら、素直に真摯にお客様と向き合っておられます。 そんな姿勢を垣間見ました。 感想をいただきありがとうございました😊 冬はトリートメントが格別に染み入る良い季節かと思います。夷川へのご予約ぜひ♬ #Repost @ebisugawa_manju with @use.repost ・・・ こんばんは、セラピストの松原です。 本日もご来店ありがとうございます✨🤲 先日、念願のvanamさん(@vanam_nara )にてセラピスト勉強会に参加させていただきました🦌⛰❤️🔥 この日の1日が濃密すぎて、なかなか文章にまとまりませんでした。笑 近鉄奈良からバスに乗って、20分ほどにあるvanamさん。 バスを降りると、畑が目の前に広がっていて、静かで自然豊かな場所にvanamさんはあります。 アコさんが作る料理は本当にどれも丁寧で、美味しくて、心身共に満たされました、、 vanamさんにいるだけで癒されて、アコさんはあったかくて、ご飯は美味しくて、、、 遠くても沢山の方々が足を運ぶ理由がほんっとーーに分かります! アコさんがデーツの皮を丁寧に剥いてる時に、「みんなはお客様の身体を丁寧に扱うように、私は食べ物を丁寧に扱っています」と一言おっしゃっていました。 あーこういう、細やかな思いやりが、料理やおもてなし等、至る所に滲み出るから沢山の人が心掴まれるんだろうな、と思いました。 私もそんな細やかなおもてなしができる人になりたいです。 ありがとうございました🥺 そして、愛子さんの薬草オイル勉強会。 たくさん思う事はありますが、いつも愛子さんご自身が見て、聞いて、感じた実体験や知識を惜しみなく私たちに伝えて下さる事、本当に感謝です。 また、セラピスト同志の皆様と、こうやってそれぞれの疑問や体験��共有できる場がある事にも感謝です。 いただいた知識や経験談を��大限に活かせるように、見て、聞いて、感じて、考えて。 丁寧に向き合っていくぞ🔥 こんなステキな師に、同志に、出会えた私は幸せです! ステキなステキな1日をありがとうございました🥺 熱量高めの文章、長々と失礼致しました🙇♀️ #ayurveda #アーユルヴェーダ #インド家庭料理vanam #manjuセラピスト勉強会 #愛子さんありがとう #アーユルヴェーダセラピスト #ご予約受付中 (インド家庭料理 vanam) https://www.instagram.com/p/ClpZMZhvkfd/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要求されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。���もそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当に危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。
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迦楼羅王(奈良国立博物館蔵)
千手観音菩薩の侍者である二十八部衆の一尊・迦楼羅王。
日本語名「迦楼羅(かるら)」はパーリー語の「ガルーダ」が由来。
写真は京都・愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)伝来の仏像で、現在は奈良国立博物館が所蔵。
13世紀前半の作で、総高61.8cm、寄木造りの玉眼入り。
持物の横笛や手首先が失われて彩色も残っていませんが、体幹は綺麗なまま当初の姿をとどめています。
鎌倉時代に彫像された迦楼羅王の作品は、京都・三十三間堂と滋賀・常楽寺のものが知られる程度で貴重な仏像の一体です。
密教で本尊として祭る寺院もあるほどの迦楼羅王は、インド神話に登場するビシュヌ神が乗る霊鳥の金翅鳥(こんじちょう)のことで、雨を司る仏として知られています。
龍や蛇を常食として、口からは一切の悪を焼き尽くす「迦楼羅炎」を吐き、336万里もある大きな深紅の翼を広げ空を飛び、日夜仏敵に目を光らせています。
不動明王の後ろにある炎は、この迦楼羅王そのものの姿を炎の形であらわしたものです。
インドネシアには同国のフラッグ・キャリアであるガルーダ・インドネシア航空がありますが、同社の社名とロゴマークはこの迦楼羅王(ガルーダ)が由来で、航空会社の格付けで実質最高評価(The World's 5-Star Airlines)も受けているガルーダ航空ですが、日々、乗客の安全と楽しい旅を提供できているのも、空の守護神である迦楼羅王のおかげかもしれません。
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世の中と断絶して暮らしてきたアマゾンのある部族が衛星インターネットが開通した後、暴力やポルノ中毒などの副作用に苦しめられていると報じられたが、これは「フェイクニュース」であることが確認された。インターネットを利用した外界とのつながりが部族固有の文化を害する場合があると伝えたニュースが一部メディアで無分別に扇情的に歪曲(わいきょく)された。 最初はイーロン・マスクのインターネット「スターリンク」開通以降、変化したアマゾンの一部族「マルボ族」の状況を伝えたニューヨーク・タイムズ(NYT)が11日(現地時間)、「アマゾン部族はポルノに中毒していなかった」と題する記事を載せた。 NYTはこれに先立って2日、アマゾンの奥深くにある密林に暮らすマルボ族の人々の日常が2カ月前にインターネットが開通した後でどのように変化したのか紹介する記事を載せた。NYTは「2000人余りのマルボ部族員がインターネットを村同士の連絡や愛する人々とのメッセージのためにやりとりして、緊急状況を知らせるために使っている」としつつも「今は部族の人々がインターネットをしようと、家族とも互いに話をしなかったり若者たちがインターネットのせいでに仕事をせず怠けるようになるなど状況が悪くなった」とし、部族の一員との話を伝えた。 年配の構成員は10代の青少年が携帯電話を肌見放さず持ってグループチャットをしたり未成年者がポルノ物を見たりする場合もあり心配しているとNYTは状況を伝えた。 だが、記事が報道された後、ニューヨーク・ポストなど一部メディアはNYTを引用して「マルボ族の人々がポルノ中毒」というタイトルで記事の趣旨を歪曲、再拡散し始めた。 この記事はすぐに世界100個余りを越えるウェブサイトに掲載され、米国芸能メディア「TMZ」は「部族のスターリンク連結はポルノ中毒につながった」という極端なタイトルをつけたりもしたとNYTは伝えた。 NYTによると、このようなヘッドラインは、英国・ドイツ・オーストラリア・インド・トルコ(テュルキエ)・メキシコなど世界に広がり、SNSにはこれを嘲弄するミーム(meme・インターネット流行コンテンツ)も投稿された。 これに対して部族に関する記事を最初に報じたNYTのジャック・ニカス(Jack Nicas)記者は「マルボ族の人々はポルノに中毒していなかった」とし「(取材に行った)森の中の村ではそのようなことは見られず、NYTの記事はそのような事実を暗示していなかった」と強調した。 当事者のマルボ族の人々も反発した。マルボ族の指導者であり、スターリンク開通を主導したエノク・マルボ(Enoque Marubo)氏はSNSで「このような主張は根拠のない偽りであり、私たちの自律性とアイデンティティを無視する偏向した思想的流れを反映したもの」と批判した。 弁護士であり原住民権利活動家のエリシオ・マルボ(Eliesio Marubo)氏も今回のフェイクニュース拡散はインターネットの別の危険性を見せたとし「インターネットは多くの利点をもたらしてくれるが、同時に多くの困難ももたらす」と指��した。 NYTは今回の事態を置いてオンラインメディアのシステムを指摘した。細部の内容を歪めて拡散したオンラインメディアが、広告を売るためにたびたび扇情的なタイトルをつけるということだ。 一方、歪曲報道したニューヨーク・ポストやTMZは特に立場を明らかにしていないという。
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「CALICO・インド手仕事布の世界」、初日からたくさんの方にお越しいただきありがとうございます。まだまだ良いもの取り揃えております。今日もグジャラート州カッチの織り師、シャムジーさんが手がける手織布。素材は綿とタッサーシルク。赤いぼんぼりが可愛らしい。
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YさんのAV男優スカウトとOさんのデマ事件
前の会社で起きた変なエピソードをご紹介したいと思います。
就職して間もない新人の頃、私が担当していた地域は、現在担当している中東・北アフリカなどのアラブ圏ではなく、インド・パキスタンが昔から領有権を巡って紛争の火種になっているインド北部のカシミール地方だった。 私はインドへはカシミール地方(主にスリナガルか、ラダック)しか行ったことがないのだが、カシミール地方は、俗に言うインドの有名観光地(デリー、カルカッタ、バラナシ、アグラ、ブッダガヤなど)とは全く異なる雰囲気らしく、インドがイギリス領だった頃のイギリス貴族の別邸があったり、当時、避暑地としての高級リゾート地だった名残を残している。
雪を抱いたヒマラヤの山々と湖が織りなし、三角屋根の可愛らしい家々や、湖に浮かぶボートハウスなどが、雄大な大自然に恵まれたカシミール地方の美しさを引き立てており、治安さえ安定すれば、ここは素晴らしい観光地になるだろうと、訪れる度に思っていた。
カシミール地方を担当していた頃、一緒に取材に行く映像部門のカメラマンに40代半ばのYさんという中間管理職の男性だった。
どちらかと言えば、この会社では、何故か容姿や体格にやたらと恵まれた男性が多い(特に営業部)中、Yさんに至っては、ごく普通の風貌だった。 身長も恐らく、175cmぐらい(当時の40代半ばの175cmだと世間一般では、高いのかもしれないが、大学&大学院で所属していた研究室と、前の職場の男性は異様に背が高い人が多く、仲良くしている男性社員は全員180㎝台後半だったし、私の親兄弟&親戚&夫&夫の親戚も皆異様に背が高く、明治生まれの祖父でさえ、185cmという背の高い家系なので、男性で175cmだと低いと思ってしまう💦)の瘦せ型で、特にイケメンという訳でもなく、ごくごく普通のオジサンという印象だった。
重い機材を持ち運ぶカメラマンらしく、Yさんの浅黒く日焼けした身体は引き締まっており、白髪も無いフサフサとした黒髪は豊かで、弛みの無いシャープな顎は実年齢よりもYさんを10歳ぐらい若く見せており…と誉め言葉を連ねたいのだが、中年男性特有の(?)顔のテカりを営業部の次長のOさん(ハリウッドスターのロバート・レッドフォードさん似の高身長痩身の男前で、海外ハイブランドのスーツを格好良く着こなし、営業成績も良く、見た目だけは、モデルや俳優のような完璧な容姿。だが、性格と言動はかなり問題アリな人)にからかわれ、Oさんからは『てっかりん』と呼ばれていた。
Yさんは、奥様と二人の娘さんがいる、ごく普通の妻子持ちのサラリーマンである。 ちなみに、娘さん二人は、Yさんには全く似ておらず、奥様に似た美人姉妹で日本最高峰の国立大学に公立高校から予備校にも通わずに、通信教育だけで現役で合格した超秀才の、非の打ち所がない才色兼備の美人姉妹である。
だから、心無いOさんは、『Yさんの娘さんは二人共、奥様と間男との不義の子だ』なんて酷い噂を流してい���。だが、Yさんはおおらかで、寛大な方だったので、Oさんの悪意も笑って受け流してしている、非常によくできた人間だった(多分、私がYさんだったら、そんな噂を流されたものなら、OさんやOさんの上司のTさんにブチ切れたあげく、人事部の部長に報告し、名誉毀損で損害賠償を請求すると思う)。
そんな、お人好しのYさんが、ある休日に、彼の趣味であるパラグライダーの用品を買おうと渋谷を歩いていたら、スカウトされたらしい。 何にスカウトされたかというと、なんとAV男優へのスカウトだったらしい。 Yさんは、その場で断ったらしいが、1出演あたり、50万円のギャラを支払うから、どうか、撮影現場だけでも来て欲しいとスカウトしてきた人に懇願されたらしいが、YさんはAVなんかには絶対出演したくなかったし、そもそも自分はカメラマンで、撮影する側であり、撮影される側ではないと、断ったらしい。スカウトの人は残念そうに、名刺だけYさんに渡して、気が変ったら、是非連絡をくださいと言い残して、残念そうに去っていったらしい。
Yさんは、帰宅してから奥様に渋谷でAV男優にスカウトされた事を話したらしい。 すると奥様は「よかったじゃない。AV男優にスカウトされるなんて、あなたは、40代だけれど、まだまだ男性として魅力があるってことよ。でも、まあ普通、AVの出演は断るわよね」と言ったそうだ。
すっかり気を良くしたYさんは、次の出社日にスカウトされたときにもらったAV制作会社の名刺を持って、意気揚々として、『渋谷を歩いていたら、一回あたりの出演ギャラ50万円のAV男優にスカウトされた』と誇らしげに語っていた。 YさんがAV男優にスカウトされた話は、お喋りや噂好きのOさんの耳にも届き、会社中どころか、関連会社、子会社の社員までが知る事となってしまった。
YさんのAV男優スカウトの話題が社内で落ち着いた頃、私はセミナーで自分と同じくカシミール地方の紛争取材を担当している同業種の他社で働いている知人記者とバッタリ会った。 その知人記者とお昼休憩で、一緒にランチをしていると、こんな会話になってしまった。
「みずほさんの会社にYさんっていうカメラマンの方がいらっしゃいますよね?」 「ええ、いますよ。私とペアを組んでいるカシミール担当のカメラマンです」 「あのYさんって凄いですよね~。カリスマAV男優の●●さんと共同出演してゲイAV界で華々しくデビューして初版のDVD発売数は500万部って聞きましたよ~」
私は思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。 なぜ、そんな噂が流れているのか?! カリスマAV男優の●●さんは、確かにカリスマAV男優だけれども、ゲイAVに出演するなんて聞いたこと無いぞ?しかも、その相手がYさんだなんて、一体何処からそんな情報が出たの?? 私は心の中で何度も疑問を反芻していた。
「…!!!えっ?それ、完全にデマですよ?Yは確かに、AV男優にスカウトされましたけど、スカウトされたその場でAVの出演を断りましたけど?しかも、ゲイAV男優じゃなくて、普通のAV男優として、スカウトされただけですけど?」 「えっ?だって、御社の営業部のOさんが、ウチの△△部長にそう言ってましたよ」 「いえいえ、その話は、真実に尾鰭が付いたデマです。YはAV男優にスカウトされただけですし、その場で断ってますし。真実と異なるいい加減な情報をOが流してしまい、本当に申し訳ございません。どうか、△△部長殿にも、デマだとお伝えいただけますか?」 「Yさんと一緒に仕事をされているみずほさんが、そう仰るなのなら、それが事実なんですね、分かりました、伝えておきます。」
このとき、私は口から心臓が飛び出るかと思うほどビックリしたし、顔から火が出るほど恥ずかしかった。 なぜ、Oさんは、いつもいつも真実ではなく、余��な尾鰭、背鰭、胸鰭、尻鰭まで付けてデマを流すのか。 しかし、よくこんなぶっ飛んだデマを思い付くモノだなってOさんの発想力に感服すると共に、冷静になればなる程、Oさんに対する不信感が募ってきた。 百歩千歩譲って社内や関連会社の人間だけならまだよしとしても(本当は全然よくないが)、全く違う会社の人に、こんなデマを伝えるなんて、この業態に身を置く人間として許されないのではないか?という怒りがこみ上げ、午後からのセミナーは殆ど身に入らならかった。
その日は直帰していい事になっていたが、私はセミナーが終わるなり、会社へと急いだ。 自分の部署の扉を開けるなり、私は大声で
「Mさん!!Oさんのせいで、大変な事になりかけてましたよ!!」
と叫んだ。 てっきり、私が直帰するとばかり思っていた上司で部門長のMさんは私が物凄い剣幕でまくし立てたので、ビックリして飛び上がりそうになっていた。
Mさんは、取り合えず、私に落ち着く様にと言い、何が起こったのか順を追って説明してくれと言った。 私は知人記者から聞いた「YさんAV男優スカウト事件」について、Oさんがトンデモナイ尾鰭、背鰭、胸鰭、尻鰭まで付けて、社外の人に真実と異なる事を喋っていた事を伝えた。 そして、これは職務上、聞き洩らしや言い間違いなどの齟齬を防ぐための、私のいつもの習慣なのだが、ボイスレコーダーを再生し、知人記者との会話をMさんに聞かせてみせた。
Mさんは、Oさんが盛った話があまりにコミカルでぶっ飛んでいたので、最初はお腹を押さえて大笑いしていたが、一通り笑った後、「イカン、イカン、笑い事じゃなかったな。営業部と人事部に報告に行こう」と言い、私を同行させた。
この業界は色々な人間や組織を相手に取材を行い、取材から得た情報を提供する事が仕事である。 だから、提供する情報は真実と異なる物であっては絶対にならない。 勿論、知っている情報から憶測でモノを言うこともご法度である。 これは、新入社員の時に厳しく言い聞かされた事であり、私のように執筆に携わる者だけでなく、間接部門や管理部門でも周知徹底している当然の鉄則である。 ましてや、社外の人との交流が多い、営業部の、部門長のTさんの次に偉い人間であるOさんがデマを話すなんて言語道断である。
幸い、Oさんが話した内容は、相手方企業の方があまり興味を持たなかったので、事無きで済んだ。 しかし、Oさんが盛った話の中で、Yさんの相手役になっていた●●さんというAV男優は、AV界では、カリスマAV男優として名を馳せている(特定の分野に限ってではあるが、ある意味)著名人である。 もしも、Oさんがデマを話した相手方企業が、Oさんの話に興味を抱き、カリスマAV男優の●●さんへ取材を申し込んでいたりしたら、当社は信頼を失墜する恐れすらあったのだ。
この事は人事部長の逆鱗に触れ、Oさんは1週間の出勤停止処分となり、Oさんの上司のTさんも部下の監督不行き届きで厳重注意処分となった。
人事部長と営業部の部門長のTさんには、よく炎や火事になる前に煙の状態で火消ししてくれたと感謝されたが、当然ながら、Oさんには恨まれた。私はこのAV男優スカウト事件以来、Oさんにしょっちゅう落とし穴を掘られたり、地雷や罠を仕掛けられるようになり、Oさんとの長い戦いの始まりであった。
だが、滅茶苦茶酷い噂を流されても、「まぁまぁ、Oさんは面白い話をしたかっただけだと思うし、よくそこまでぶっ飛んだ噂に飛躍できるなって、ある意味Oさんも盛った話は笑いのネタとしてはもってこいだから、僕は気にしてないよ」と、笑いながらOさんを許したYさんは、本当に寛大な人間だと思う。 私もYさんの寛大さとおおらかさを見習わなければならないと思った瞬間だった。
残念ながら、私は2年後にカシミール地方の担当を外れ、アラブ圏(主に中東・北アフリカ)担当になったので、Yさんと一緒に仕事をしたのは2年間だけだった。
中東・北アフリカ担当になり、カシミール担当時代よりも、遥かに過酷な現実や心が折れそうになる悲惨な世界や事柄を沢山目の当たりにした。だが、挫けそうになる度に、私はYさんの事を思い出した。 まだ、右も左も分からない新人の頃に、Yさんからは、この業界に身を置く者としてのイロハを沢山教えて頂いた。
Yさんから教えて頂いた沢山の事は、今でも私の心の支えである。
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マザー・テレサを一躍メディアスターにしたのが、ドキュメンタリー映画『神に捧げる美しきもの』(1969年)である。この映画は、コルカタを実際以上に貧しい地獄のように描き、それと対照させてスラム街を歩くマザー・テレサを尊く演出した。 テレサが設立した施設「死を待つ人の家」はホスピスとしてはあまりに粗末で、医療知識のない修道女やボランティアが患者を看ており、薬の投与も十分ではなく、これでは治る人も治��ない。世界中から寄���られた莫大な献金は、有効に使えばインド全土に病院を建てられたはずだが、資金管理は杜撰で使途不明金もある、という。 〈しかし、何より問題なのは、テレサが苦しみを愛していたことだとヒッチンズは批判する。テレサは、病に苦しむ貧しい患者の姿を十字架の上で苦しむイエスに重ねた。苦しんで死を受け入れるのは美しく、病気を治す必要はないと信じていた。ヒッチンズによれば、テレサは貧しき人々の友でなく、貧しさそのものの友であった。テレサの信仰が貧困を引き寄せたというのである。〉(『創造論者vs.無神論者』p.157)
「利己的遺伝子」のスター科学者、ドーキンスが到達した「日本人みたいな宗教観」(学術文庫&選書メチエ編集部) | 学術文庫&選書メチエ | 講談社(2/2)
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なんと言っても
インドの風(?)を感じながら🇮🇳
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今日は野木さんとエリカちゃんの結婚式でした💓💒💓
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とても素敵な式と披露宴でした✨✨✨
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やはり結婚は教会の祝福なのだと感じました💫
笑顔がいっぱいでした☺️☺️☺️
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エリカちゃんキレイ&可愛かったー💞
野木さんしあわせ溢れスマイルだったー💞
とってもステキなお2人🤵👰♀️💕💕
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1番後ろに座っていた私目線の📸💝
March 16,2024
感動ポイントがありすぎて書ききれていません、、
11 notes
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名古屋大曽根の南インド料理マドライキッチン再訪。選べる3種のカレーのミールス。マラバール海岸の魚カレー、マッシュルームマタル、パンジャビチョレ。サンバル、ラッサム、アチャール、ポリヤル、ライタ。パパドとプーリ付き。ここは本当におすすめ。
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久々に間に合った
お疲れ様です。大福です。こふくです。
役者紹介書くぞ〜!
役者紹介書いたの久々な気がするな〜ナンデダロナ〜
お題 みんなの行きそうな旅行先
東愛莉
インド
あまりにもヒンディー語に引っ張られてる
でもなんか美味し〜って言ってカレー食べてそう
大良ルナ
イギリス
プリンの発祥国。幽霊の出るお城でゾンビに遭遇してわ〜って言ってるかもしれない
児
人が来なさそうな山奥
逆張りで行って、山菜とって、なんやかんやキャンプ満喫してそう
うみつき
フランス
財布をスろうとしたスリを睨みつけて撃退しそう
統括のフォーニャー
ドバイ
高層ビル観光してそう
織田舞里
某ネズミの国
キャラクターの写真めっちゃ撮ってそう
白
東京
人の多さと電車の複雑さに、はわわってなってそう
埖麦
アメリカ
行くぞ〜って気合い入れてたら当日寝坊して飛行機乗遅れそう
岡崎仁美
韓国
チムジルバンとサムギョプサルとショッピング。いつか行きましょう
雨々単元気
ケニア
やっべ〜っていいながらも観光満喫しそう
舞原の搾り滓
家
どこにも行かないかもしれない
じゃがりーた三世
モンゴル
���原にぽつーんと立ってる
ゲル宿泊ツアーで草原に1人だけ置いていかれる
オーム
フィンランド
しっかり下調べしてしっかり観光して計画通り帰ってきそう
テキストを入力
ペルー
ごはんまずいらしい
さらに細くなって帰ってきそう。マチュピチュは満喫
縦縞コリー
甲子園球場
阪神の試合を全力で楽しんでそう
アリリ・オルタネイト
スペイン
はっちゃけて楽しむ。絶対サングラス買う
紫苑
神社仏閣
座禅似合いそう。人の少ない寺に特に親和性高い。人が多いと人波にもまれてそう
肆桜逸
ポケモンセンター
ポケモンゲットだぜ!
叶イブ
きっとお城が似合う。なんかおしゃれなバーでビールとソーセージをかっこよく食べてそう
はぜちかきつ
エジプト
旅立っていった某先輩を追って
空港から市内に行くタクシーでぼったくられてそう
森々仙入
トルクメニスタン
まったく何も知らないような土地にとりあえず突撃させてみたい
現地でお笑いを布教できるかもしれない
34期引退が信じられません…
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024年)11月3日(明治節)弐
通巻第8488号
EU委員会は、いつまでウクライナ支援を続けられるか
ゼレンスキーは西側のお荷物になってきたのではないのか
*************************
ゼレンスキー大統領の風貌に悲壮感が漂い始めている。顔つきが刺々しくなったことに多くはお気づきだろう。
「ウクライナをすぐにもNATOに加盟させよ、さすればロシアに勝てる。また長距離ミサイル『トマホーク』の供給を望む」というのが彼の「勝利計画」の必須条件だ。けれども欧米は取り合わなかった。「北朝鮮の兵隊が前線に展開されている。長距離ミサイルを呉れ」とゼレンスキーの獅子吼は悲痛な音色を響かせている。
ポーランドは中古のF16をウクライナに供与した。独仏などの供与武器も中古で在庫から「援助」だと勿体つけて供与した。なんだかアリバイ工作のようだ。
要するに英米欧は自らの血は流さずウクライナの犠牲の上にロシアの弱体化を狙ったのだが、こうした西欧のマキャベリズムが破綻しつつある。イランと中国が背後で支援し、プーチンの風貌には余裕さえある。BRICS主要国をカザンに招き、習近平、モディらと会談した。欧米はロシアに飛んでいったインド、エジプトに文句を言わなかった。
鵺のように舞台裏で動き回り、NATOからつぎつぎと妥協を取り付ける政治力はエルドアン(トルコ大統領)である。NATOはいまや同床異夢といってよい。エルドアンは国益重視で強かな愛国者、西側とは条件闘争を繰り返してきた。この点でエジプトなどとは外交力が異なる。トルコは堂々とロシアからガスを輸入しているが、その上を行くインドはロシアから石油・ガスを廉価で大量に輸入し、あまつさえ転売ビジネスにも励んでいる
10月31日、オーストリアで開催されたイベントで講演したオルバン(ハンガリー首相)は「ウクライナが勝利するなど、『空想』、ファンタジーでしかない」と明言した。
オルバンはEUの議長国(交代制)として、年初来、トランプ、プーチン、習近平を訪問し停戦を模索した。EUは迷惑顔だった。オルバンはEUを代表する資格は無いと、その外交努力を���ろから足でい引っ張ったのである。
ブラッセルの高級官僚はリベラル分子が圧倒的で、可笑しな政策ばかりを打ち上げてきた。オルバンはフランス、イタリア、スペインなど数ヶ国の保守系EU議会議員を集め、『欧州の愛国者』という議会内会派を形成した。正面からファン・デア・ライアン委員長の極左汚染に挑むのだ。
オルバン首相は「EUの政治家の大半はロシアを誤解しており、その代わりに自らの政策や優先事項をロシアに押し付けている」と述べた。スイスの新聞「ディ・ヴェルトヴォッヘ」が主催したウィーンでのイベントで、ドイツの元首相ゲアハルト・シュレーダーとともにオルバンは講演し、吠えたのだ。
▼幻影、幻覚、空想によるEU議会は左翼全体主義の巣窟になっていた
「西側諸国では個人の自由と物質的繁栄を最大化することに重点が置かれているが、ロシアの優先事項は、1億4000万人の多民族国家をまとめ、敵対勢力が領土の一部を「食い荒らす」のを防ぐことにある。そうしたプーチンの動きが西側では誤解されている。とくにEU委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエン氏らは、ウクライナがロシアに軍事的勝利について語っているが、まったくの絵空事だ」と一蹴した。
空想によってEU議会は左翼全体主義の巣窟になっていた。このブラッセルの官僚どもにオルバンは挑戦しているのである。
「ロシアは戦場で負けることはなく、むしろこの紛争で勝利するだろう」という点で親露派の代表格シュレーダー元独首相とオルバンは一致した。
両氏は「ゼレンスキー氏にとって時間は不利に働いている。できるだけ早く停戦することだ。この戦争はウクライナにとって負け戦であり、ウクライナはますます荒廃しつつある!」
スロバキアでもロベルト・フィツォ大統領はキエフを無条件に支持するEUの政策に反対した。このためウクライナを狂信的に支援する左翼テロリストによって暗殺未遂事件にでくわし、重症を負った。がなんとか生還したもののフィッツォ大統領は完全に立ち直ってはいない。
左翼、リベラルたちの幻想が挫折するとき、民主主義は回復する、とハンガリー外相が付け加えた。
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アヘン「阿片」
アヘンに含まれる成分「テバイン」から合成する化合物『オキシコドン』をバーデュー・ファーマ社が発売。
1950年代初頭にアメリカで風薬成分として混ぜて販売し、1996年に中毒性の高い『オキシコドン』を関節炎の第一���択薬として販売。
『オキシコドン』はバーデュー・ファーマ社の売上80%を占めた。
薬の審査を行うU.S.A.食品医薬品局も錠剤の販売を認めた根拠になったのは1986年
テレビや新聞などメディアで頭脳明晰な専門家とされカリスマ評論家と称賛されていた「ラッセル・ポルトノイ」は「米国の医師はアヘン恐怖症に陥ってるが、克服する時が来た。慢性的に鎮痛剤として使用している患者の内、中毒になるのは1%未満だ」と連日メディアに出演し140以上の論文や専門誌に名を連ね「アヘンの成分は使用しても問題ない。今の時代に中毒や命の危険など無い」と断言。
医師の多くもポルトノイの主張にはエビデンスがあり正しいと同調するようになり『オキシコドン』をバーデュー・ファーマ社が販売し、2001年には15億ドルの莫大な売上を齎すことになる。
ブラックマーケットでは医療目的以外で販売されるようになり、その5%はインターネット販売。
薬局の強盗では90%がオキシコンチンが狙われていた。
ケンタッキー州ハザード刑��所の受刑者半数がオキシコンチンがらみの犯罪者となっていた。
2007年、バーデュー・ファーマ社の重役3名が『オキシコドン』に関する不当表示などで逮捕起訴された。
メディアに表れる様な専門家が薦めているから、医師が許可しているから、製薬会社が安全だと証明した?
更に、国の審査機関が承認しているから大丈夫?
この様な主張が絶対的に正しいと確信が持てますか?
あなたの身体、あなたの子供や愛する人は誰が守ってくれますか?
誰かの意見では無く、自分自身の頭で捉え、判断できる知識と教養を身につけたいものです。
アヘンケシ
古代シュメール語で「喜びの植物」を意味する〝フル・ギル〟
学名「パパベル・ソムニフェルム」
英語では「オピウムポピー」
中国では音訳されて「アーピエン」
当て字に「阿片」が使われ日本ではそのまま「アヘン」と呼んだ。
アヘンケシの具体的な加工方法が記述された6000年前の石板が発見されている。
ローマ帝国時代には広く流通し帝国崩壊後は危険性を熟知したアラブ人医師が様々な加工を行い金と同価値で輸出した。
十字軍が戦地から持ち帰ることでヨーロッパ中に広がっていく。
自称錬金術師パラケルススは詐欺師で、アラブ人のアヘン加工品をローダナムと名づけ「秘密の薬」として喧伝。
1660年代にはイギリスのトーマス・シデナム医師が甘味を加えて飲みやすくしたローダナムを発売し大儲けする。
1700年代のヨーロッパは治療薬としての使用より娯楽用の嗜好品になっていた。
イギリスではタバコよりも多く消費され子供にも服用させていた。
当時のイギリスでは酒より安全と云われた。
中国にはイギリスよりも遥かに早くアラブ人の貿易商と取引していたが、1600年代にイギリスの貿易船から中国〔清〕にタバコとパイプが伝わりパイプでタバコが大ブーム。
1777年に中国がアヘンの輸入を禁止したもののイギリスはインドからアヘンを買い密輸で中国にアヘンを売りお茶を買ってイギリスに戻るインド貿易が莫大な利益を得ていく。
ドイツでは、1803年に20才でドイツの見習い薬剤師フリード・ゼルチェルナーがアヘンの同じ重さで10倍の強い効力を発揮する物質の抽出に成功。
ギリシャ神話の〝眠の神〟モルフィウスから『モルフィウム』と名づけた。
1827年にドイツの製薬企業「メルク」が〝モルヒネ〟の名称で大量生産。
利益優先でアヘン中毒者に処方薬としてモルヒネを使���医師も多く現れた。
1830年代後半には中国〔清〕でのアヘン中毒者は爆増。
1839年、中国〔清〕はイギリス船から���万箱のアヘンを没収しその場で燃やした。
これがきっかけでイギリスと中国〔清〕は戦争になる。
アヘン戦争は2度起こり中国〔清〕の兵士はアヘン中毒で使い物ならない状態で完敗。中国〔清〕はアヘンの輸入を許可し多くの港を失うことになる。
この時「香港」はイギリスの統治領となり、1888年には中国〔清〕の成人男性70%がアヘン依存に陥った。
この頃、第3代アメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンがパリからアヘンを持ち帰りアメリカの薬剤企業が製造販売を開始。
更にゴールド・ラッシュで中国〔清〕からアヘン中毒者7万人がサンフランシスコの港から出稼ぎに入ってきた。
中国〔清〕は、アヘンの売買と売春を兼ねたアヘン窟を形成しギャンブラーや著名人が集まり犯罪者がたむろするようになる。
アメリカ人のアヘン中毒者と死者が急増し1875年「サンフランシスコ条例」でアヘンを禁止。
1909年、連邦議会はアヘンの輸入を禁止。
中国〔清〕のアヘン窟も敵発され終息するかに見られた。
アヘンを胃に入れることで中毒になると考えたフランス人医師シャルル・ガブエル・プラヴァズは、体内に��接浸透させる道具を発明。
人類初の〝注射器〟が誕生。
1853年、プラヴァズの作った注射器を片手で簡単に押し出すタイプで血管に直接注入できる注射器をスコットランドのアレクサンダー・ウッド医師が進化させ現在の注射器が完成する。
中毒性が無くなると考えられたが、直接血液に送られることで即効性が高まり中毒患者を増加させてしまう。
ドイツの製薬会社「バイエル」で働くハインリッヒは、モルヒネを酢酸との化学反応させたアセチル化すると、脳に素早く作用して極少量のアヘンで効果がでることを発見。バイエル社はアセチル化で「アスピリン」を造り出し成功していたので「ジアセチルモルヒネ」の名称で販売。
1898年には安全性が高く中毒にならない薬として「ヘロイン」という商品名で販売された。
1900年、アメリカのイーライリリー社は風薬として誰でも簡単に買える安全安心薬として販売。
乳幼児や妊婦でも服用できると宣伝し、第一次大戦では兵士に注射。
咳止め喉飴にも配合し、慈善団体はモルヒネ中毒患者に無料で大量のヘロイン���届ける活動が盛んに行われた。
1905年、子供の死亡やヘロイン中毒者が急増し問題視され、1906年の化学物質審議会がヘロインの危険性を指摘した。
しかし、米国医師会は「ヘロインは治療薬として推奨される」と発表。
バイエル社とイーライリリー社は安心安全の薬として宣伝し販売を続け莫大な利益を得ていた。
1924年、アメリカ連邦議会は「ヘロイン防止法」を可決。
製造も販���も禁止された。
1950年代にアメリカの製薬会社「パーデュー・ファーマ」が風邪薬に混ぜて発売したのが、アヘンから新しく抽出した別の成分「テバイン」から合成した〝オキシコドン〟
そして、純度の高い〝オキシコンチン〟を関節炎の第一選択薬として販売。
パーデュー・ファーマ社の売上80%になるヒット商品になった。
1996年には高用量の錠剤を販売。
当時テレビや雑誌にカリスマ評論家として連日出演していた「ラッセル・ポルトノイ」は、オキシコンチンを慢性的に使用している患者の1%しか中毒にならないと訴えた。
テレビ番組の連日出演の効果で専門家としてカリスマ性を得ていたラッセル・ポルトノイは、140以上の関連した論文に共著者として名前を連ね米国医師もエビデンスがある主張だとして支持する様になる。
ラッセル・ポルトノイは「アヘンの成分を使っても、今の時代に中毒になる事は絶対に無い」と断言していた。
2001年にはパーデュー・ファーマ社はオキシコンチンの売上だけで15億ドルもの利益を得ていた。
この頃には、医療目的以外でオキシコンチンを求めるブラックマーケットで大人気となりインターネットでの売買も急速に増加した。
オキシコンチンを狙った薬局の強盗事件も多発し、ケンタッキー州ハザード刑務所は受刑者の半数がオキシコンチンに関わる犯罪者になっていた。
麻薬組織と医師が州の公的低所得者医療扶助制度を悪用して処方箋を1日150枚以上書いたり、全米の医療機関数百カ所でオキシコンチンはばら撒かれていった。
2007年、アメリカ政府はパーデュー・ファーマ社の重役3名を逮捕起訴した。
オキシコンチン事件の元凶は「製薬会社が安心安全と断言している」「医師が承認している」「専門家がテレビで薦めている」「国の審査機関が承認している」だから大丈夫!
SNSが情報源になっている現代に評論家や専門家と名乗る詐欺師先生の言葉を絶対的に正しいと信じる無知な人は実に多い。
��んな馬鹿な人々の子供や大切な愛する人はいったい誰が守ってくれるというのでしょう?
詐欺の被害者や投資で失敗した無能人の多くは常に他人の責任にしてSNSで被害者ぶり誹謗中傷を繰り返している。
他人の意見ではなく最低限自分自身を守ることのできる知識と教養を身につけたいものだ。
#オキシコンチン #アヘン #麻薬 #ケシ
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24年10月2週目
無事に父の葬儀が終わり。親戚付き合いがほとんどないので、数十年ぶりに会う人がほとんど。父からも子供の頃亡くなった祖父からも聞いたことのない昔の話や写真があるとの話があって興味深かった。機会があれば、そんな話をまた聞いてみたいのだけれど。戦時中の写真も捨てるならしかるべきところに寄付したいと思ったり。
『ザリガニの鳴くところ』と『私とは何か「個人」から「分人」へ』を読んでいる。「分人」は平野啓一郎さんによる唯一、本当の自分なんてものはなくて、他人との関係性の中でいくつもの自分が使い分けられているよねという話。これを読んだら『マチネの終わりに』も読みたいんだよね。
RRR以来?久しぶりにインド映画観た。『花嫁はどこへ?』音楽は流れるけど、踊らないやつ。たぶんさ、もう踊らない映画の方が多いんだろうね。でも踊ってほしいし、大体踊るやつは面白い。インドの婚礼中?というか妻が家から夫の家まで移動するときの衣装って決まっているみたいですね?それで縁起の良い日取りになると電車の中に新郎新婦が溢れるわけですね。しかも新婦が顔を隠す衣装なんですよね。というわけであの混雑したインドの電車の中で新婦の取り違えが起きるという話。
久しぶりにNetflixも観ました。こちらもちょっと久しぶりに台湾映画を観たいなと思って探索したら、ちょっと作品増えてた気がする。『悪女』を観た。ちょっと韓国っぽいなと思ったら、むしろ日本の事件がモデルなのかな。美人とかではない女性が結婚・交際した男性たちは次々と練炭自殺する。しかも彼らは女性にお金を渡したり保険金受取人にしていたり。自分の父親の交際相手が話題の女性であると知った女性アナウンサー(ディレクターだったかな?)。最愛の父親を守るためにどうするかというスリラー。本当にどうでも良い学びだけど、女の人って実際の見た目はどうであれ、見た目に気を遣い、料理で胃袋をつかんで、男性とその両親へ尽くしてお相手をすれば、あっという間にとりこにできるんだろうなっていう。
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Legends and myths about trees
Celtic beliefs in trees (9)
B for Beth (Birch) - December 24th - January 20th
“Lady of the Forest - First month of the Celtic tree calendar”
Colour: white, Star: Venus, Gem: crystal, Gender: female, Element: air & water, Symbols: initiation, purity + cleanliness, love + friendship, birth + rite of passage
The fast-growing birch, as a nurturing tree, provides a shield for slower-growing trees, so oaks and pines follow the birch in putting down roots in the earth. The leaves are small and cast a wispy shadow on the ground, allowing other plants to grow in the shade they create, which in turn attracts a wide variety of insects, birds and other creatures to the forest. It is ironic that the weaker trees, sheltered by the birch and increasing in number, overtake the nurturing trees and grow, driving the birch to death. The birch has connotations of openings to new horizons and overcoming difficulties. It was believed that the birch, which provides strength and protection in times of adversity, would nurture new life and its forests would repel evil.
The barked logs were burnt ceaselessly as yule logs to be lit in the fireplace on Christmas Eve during the rituals of the time.
In Celtic shamanism, this birch is considered a cosmic tree, and the druids would climb the trunk of the white birch to different heavens and visualised in their minds to interact with the spirit world.
At the base of the birch is the hallucinogenic and highly toxic Amanita muscaria, commonly known as the fly agaric. Celtic shamans believed in the fly agaric mushrooms, in Indian mythology in soma drinks, or the ancient Etruscans believed it to bring immortality and was a holy mushroom. They used to trip to the underworld with its help.
Birch birch has a variety of medicinal properties, especially for rheumatism and arthritis. It cleanses the body and is effective against skin diseases, and the ancient Celts saw the white bark of birch as a sign of its cleansing powers.
木にまつわる伝説・神話
ケルト人の樹木の信仰 (9)
B は Beth (シラカバ) - 12月24日~1月20日
『森の淑女〜ケルトの木の暦の第1月』
色: 白、星: 金星、宝石: 水晶、性: 女性、要素: 空気 & 水、シンボル: 発端、純粋さ+清潔、愛+友情、誕生+通過儀礼
生長の早いシラカバは、養いの木として、生長の遅い木の楯となってくれるので、オークやマツはシラカバの後を追うように大地に根を下ろす。葉は小さく、大地にうっすら影を落とすので、そうしてできた日陰のもとで他の植物がすくすく成長し、結果として、多種多様の昆虫や鳥や、さまざまな生き物を森へ誘うことになる。シラカバに庇護されてどんどん数を増やした弱い木が、養いの木を追い越して生長し、シラカバを死に追いやってしまうのは皮肉としか言いようがない。シラカバには新しい地平を切り開く、難局を乗り切るという含みがある。逆境にあって力を与え、楯ともなって身を守ってくれるシラカバは新たな生命を育み、その森は邪悪なものを撃退すると信じられていた。
樹皮を剥がした丸太は、クリスマス・イヴに暖炉にくべるユール・ログとして当時のころの儀式が続くあいだ、絶えることなく燃やされた。
ケルトのシャーマニズムでは、このシラカバが宇宙樹とされていて、ドルイドは、白いシラカバの幹を登り、違う天界へ行き、霊界と交流することを心に描いた。
シラカバの根元には幻覚作用があり猛毒のベニシダダケ (アマニタ・ムスカリア)が生えている。ケルトのシャーマンたちはベニシダダケを、インド神話ではソーマ酒を、あるいは古代エトルリア人は不死をもたらすと考え、聖なるキノコと信じていた。彼らはその助けを借りて冥界へとトリップしていた。
シラカバにはさまざまな薬効があり、特にリューマチや関節炎に効果を発揮する。身体を清め、皮膚病にも有効で、古代ケルト人は、シラカバの白い樹皮を浄化する為力の表れと見ていた。
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