#この後あやトラからお知らせがあるよ
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■サピエンス全史
もうかなり熟読しているが、少し時間ができたのでもう一度、ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」読み返す。至福だなぁ。
第一部 認知革命
第1章 唯一生き延びた人類種
135億年前「物理学」という物語りが始まり、38億年前「生物学」という物語りがはじまった。
7万年前、〈認知革命〉とともに歴史学がはじまった。そして1万2千年前に〈農業革命〉があり、500年前〈科学革命〉が起きた。
サピエンスは、人類のなかで唯一生き延びた種。ネコ科ヒョウ属にはヒョウもライオンもトラもいるが、人類種にはサピエンスしかいない。なぜか?
3万年前に近隣のネアンデルタール人が滅んだ具体的な理由は断定できない。しかし殺戮にせよ自然的淘汰にせよ、サピエンスの存在が関与していたことはまちがいがない。
その競争にサピエンスが勝ち残ったのは、「言語」によるものだ。
第2章 虚構が協力を可能にした
7万年ほど前に、サピエンスはその「内部構造」を変化させた。見かけこそ変わらないが、それ以降のサピエンスは認知能力(学習、記憶、意思疎通の能力)で格段に優れていた。
それ以前にアフリカを出たサピエンスはどれも成功しなかったが、それ以降の遠征は成功し、南極をのぞく世界中へくまなく進出した。
この「言葉」によるドラスティックな変革を〈認知革命〉と呼ぶ。聖書の創世記「知恵の木の実」を思わせる「言葉の獲得」だが、それ自体はたまたまサピエンスに起きた偶然の結果だった。
この認知革命が、世界の大変革につながるが、それは言葉のどんな効果によるのか。
• 存在しないものについての情報を伝達する能力
• たとえば伝説や神話、神々、宗教
• 総じて虚構、すなわち架空の事物について語る能力
実際には「虚構」は判断を誤らせる危険なものだ。だが、集団で嘘を信じることは、かぎりない力の元となった。鋭い牙や爪を持ったり、走力や筋力で勝ることより、桁違いに強大だ。
われわれはほとんど意識しないが、国もお金も人権も法律も会社も、みな虚構、擬制で��る。歴史の大半はどうやって膨大な数の人を納得させ、信じ��もらうかという問題を軸に展開してきた。
第3章 狩猟採集民の豊かな暮らし
サピエンス20万年の歴史の19万年分、つまり95パーセントは狩猟採集のという生活形態だった。認知革命は狩猟採集の時代に起きている。
文字ももちろんなく、詳しいことはほとんどわからないが、ある程度たしかなことをあげれば、
• 農耕以前は「石器」の時代というより「木器」の時代
• 彼らは毎月毎週、あるいは毎日すべての持ち物を手で持って移動していたので、運べるのは本当に必要な所持品だけ
• 精神的、宗教的、情緒的生活は、器物や道具といった人工物の助けなしでおこなわれた
• 狩猟採集社会のもっとも大きな特徴は「多様性」
• 「群れ」と成員は一つの例外「犬」をのぞいて、すべて人だった、つまり家畜もない
• 平均的な人は、自集団以外の人を見かけたり声を聞いたりすることなく何ヶ月も過ごした。一生を通じて出会う人はせいぜい数百人程度。
• つまりサピエンスは広大な範囲にまばらに分布していた。
• 「狩猟採集」というが、一般的な「狩りをする人」のイメージよりも「採集」がメインだった
• 狩猟採集には多大な「脳」力と技能が必要で、個人レベルで見れば、その頃のサピエンスが史上もっとも秀でていた
• 一般に背が高く健康的だったが、平均寿命は30〜40歳。それは子供の死亡率が高いせいで、60からときに80歳まで生きる人もいた
• その理由は食物の多様性、感染症の少なさなど
• 感染症は農耕社会以降の家畜は由来のものが多く、そもそも人同士の距離ががまばらで感染・伝播の機会がほとんどない
• とはいえ、きびしく、情け容赦のない、欠乏と苦難の社会ではあった
最後に、狩猟採集時代のサピエンスが、平和主義者だったか好戦的な種族だったのかは興味がつきない。対サピエンス同士、対他の人類間、どちらの相手にも、平和的な好戦的か断定はできない。好戦的な部族もあったかもしれないし平和的な部族もあったのだろう。とにかく多様であった。
第4章 史上最も危険な種
しかし、餌の対象となる他の動物たちにとって、危険極まりない存在であった。
オーストラリアの例
• 4万5千年前のオーストラリアへの進出は、屈指のできごとだった。コロンブスのアメリカ発見、アポロ11号の月面着陸に匹敵する。
• ��れ以前にオーストラリアへ到達した人類はいなかった。
• それはサピエンスが特定の陸塊で食物連鎖の頂点に立った瞬間だった。
• 大型カンガルー、フクロライオン、大コアラ、大サイズの鳥、ディプロトドン(象サイズのウォンバット)などすべて姿を消した。
南北アメリカの例
• 最後の氷河期は、7万5千年前から1万5千年前にかけて。7万年前と2万年前の二度のピークがあった。
• 1万6千年前、サピエンスはシベリアから凍結したベーリング海を超えてアラスカをとおりはじめてアメリカ大陸へ渡った。
• それ以前にアメリカ大陸へ渡った人類はいなかった。
• アメリカに到達からわずか1000年から2000年の間に大きなげっ歯類、馬、ラクダ、巨大アメリカライオン、サーベルタイガー、象より大きなオオナマケモノなどを駆逐しながら南米南端に達する。
• この騒ぎからただ一つ無傷だったのがガラパゴス諸島。
そして第二部の農業革命に続く。
余談だが、訳者の柴田裕之(しばたやすし)氏は、自分の愛読書の主要なところで顔を出す。
• 「サピエンス全史」ユヴァル・ノア・ハラリ
• 「ホモデウス」ユヴァル・ノア・ハラリ
• 「神々の沈黙」ジュリアン・ジェインズ
• 「ユーザーイリュージョン」トール・ノーレットランダージュ
柴田さんが訳しているのなら、読む価値があるかな、などとも思う。
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2024年12月14日土曜日
ビートスイッチ
文章を書く時に排除している言葉がある。意識的に、あるいは無意識的に。なぜ排除されるのか、というのには理由があって、簡単に言うと使いたくないからということになるのだが、更につぶさに理由を見て行った時にひとつ、ダサいから、というのがあると思う。人によってはそのダサいという言葉も使いたくないだろう。ダサいとは何か。定義は人それぞれにあると思う。私としては、詞の言葉、散文の言葉というものがそれぞれの人の中にあって、それにそぐわない言葉は使いたくない、みたいなことだと思っている。例えば、スマホとか。二郎系とか。オナホとか。アイウェアとか。ホ別とか。プーチンとか。トー横とか。手押しとか。デパコスとか。立ちバックとか。コロナ禍とか。マイナ保険証とか。Tinderとか。すた丼とか。メンエスとか。スタバとか。野菜とか。相席屋とか。安倍晋三とか。結束バンドとか。おまんことか。カラーボックスとか。トリキとか。闇バイトとか。高輪ゲートウェイとか。ネタニヤフとか。バイアグラとか。少し挙げてみたが、この中にも、むしろ使いたい、みたいに思う言葉もあるかもしれない。そもそも、私��使える使えないのボーダーライン上にあると思っているだけで、全部別に使えますけどという人もいるかもしれない。
この辺りにある言葉に光を当てる、というのが、ラップのひとつの試みだと言う人もいるだろう。スカルプやSHEIN、いろはすなどそれまでの歌のなかではあまり聞かれなかった言葉を、優れたラッパーはラップする。そのラッパーの周りにはありふれているが、まるで歌の言葉にならなそうなものを、文脈や技術、押韻という必然性に見せかけたフィクションを使い、ラップしてみせる。
私は何を書こうとしていたのだろう。ああ、そうだ。言葉を選ぶということはカッコつけるということである。排除された言葉を拾って使うということは、自分を曝け出すことでもある。ただ、曝け出す時にも、ただ差し出すだけでなく、やはりそれをうまく表現したい。それくらいのことは許されてもいいのではないか。だから少しずつ出来る方法で、それを詞や散文の中に取り入れていけたらいいと思う。
私の運転するホンダのライフの助手席で、ケージに入ったトラちゃんがにゃーにゃー鳴いていた。保護猫を中心に去勢手術を行なっている診療所は、私の自宅から車で30分で、その間ずっと鳴いていたトラちゃんは、半分くらい来たところでおしっこを漏らしてしまった。出かける前に外に出たそうだったのだが、なんかどっか行っちゃいそうだったので、ゲージの��に入れて連れて来てしまったのだが、あれはおしっこに行きたかったのだなと思った。ごめんねトラちゃん。初めての外出なので、不安だったのもあると思う。
診療所に着くと、電話で応対してくれた獣医さんがアイコスを吸いながら出迎えてくれて、なんかその感じがとても良かった。トラちゃんを預けたのが十時。去勢手術、検査、ワクチン接種、ノミ取りまでやってくれて、昼過ぎには返してくれるという。
迎えに行くと、トラちゃんは見たことないほど、かなしそうな顔をしていた。お家に帰ったらCIAOちゅ〜るをあげようと思った。野良猫のトラちゃんがウチに来たのはいつだろう。iPhoneに入っている写真を振り返ると、一年前くらいに撮った写真が一番古かった。トラちゃんは喧嘩っぱやくて、人懐っこくて、とっても感情豊かな猫で、私たち家族全員が好きになってしまった。
手術は無事に終わったと告げられ、続いて検査の結果が知らされた。トラちゃんは猫エイズと猫白血病が陽性という結果だった。知らなかったけれどトラちゃんは今だいたい三、四歳で、猫エイズというものはなんとなく発症しないままいったりすることもあるそうだが、猫白血病は、幼い頃にウイルスが感染していたとすると、かなり発症率が高く、生存率も低いようだった。スト��スを減らすようにして、ごはんも栄養のあるものをあげるように言われた。あと発症してしまったら治療としては延命に近いものになるので、そこも含めてよく考えるといいと思うと言われた。安倍さんが思う、猫ちゃんが幸せになるような方法を取ればいいと思うと言っていた。ワクチンは猫白血病ワクチンを除いた三種ワクチンを打っといたよと言われた。先生はとても優しいおじさんだった。めっちゃアイコス吸ってた。タバコおいしいよね。私やめちゃったけど。
トラちゃんを家に連れて帰ると、仲良しのチャビ(のらねこ、女の子)が待っていたので、ご両猫にカリカリとちゅ〜るをあげた。車のシートとケージがおしっこで濡れてしまったので、掃除したり洗濯したりした。トラちゃんを抱きしめようと思ったが、さすがにケージに詰め込まれて手術やら注射やらを受けさせる建物に置いてけぼりにされてしまったということで、なかなか寄ってこなかったけど、撫でさせてはくれた。嬉しかった。私は掃除と洗濯が終わった後、何のやる気も出なくなって横になって寝てしまった。
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「もしトラ」でなく「ほんトラ」に備えよ
櫻井よしこ
本当にトランプ氏が戻ってくる。
去年9月末に米軍の統合参謀本部議長を退いたマーク・ミリー氏の長時間インタビューを、雑誌『アトランティック』(2023年11月号)で読んだ。元陸上幕僚長の岩田清文氏の強い勧めによる。
トランプ、バイデン両氏に仕えたミリー氏は少なからぬ米軍人がそうであるように日本との関連も深い。父親は硫黄島とサイパンで日本軍と戦った。熾烈な戦いだった。80代になり、パーキンソン病を患った父は、苛烈な戦いの記憶に悩まされることがある。「ジャップが来た。逃げろ、早く逃げろ」と叫ぶ。その度にミリー氏は「大丈夫だ。我々は勝ったんだ。今、僕たちはカナダとの国境に近い東部にいる」と語りかけて、父親を落ち着かせるそうだ。
ミリー氏は15年に陸軍参謀総長に、19年9月にトランプ政権の統合参謀本部議長に就任、21年1月の政権交代までトランプ政権の下で1年4か月をすごし、その後、バイデン政権でも同じ地位にとどまった。退官が23年9月末だったことはすでに述べた。
一方、トランプ氏は20年11月の大統領選挙でバイデン氏に敗北したが、その結果を受け入れず、勝利は盗まれたのだと、今でも主張する。敗北当時、どうしても大統領職にとどまりたかったトランプ氏は熱烈な支援者たちに呼びかけて米国議会に乱入させるなどして、この3年余り、一連の事案で係争中だ。
ミリー氏の回想は日本にとって幾重にも教訓となる。現状を見れば、トランプ氏の再選を前提にしてわが国の外交・安全保障政策を準備しなければならないのは明らかだ。
今更ではあるが、トランプ氏の大統領としての資質に、当時の側近の多くが疑問を抱いたことに、まずアトランティック誌は焦点を当てている。たとえば、17年~18年に大統領首席補佐官としてトランプ氏に仕えたジョン・ケリー氏と、トランプ政権の最初の国防長官、ジェームス・マティス氏の秘かなる相互誓約である。両氏は「大統領を監督できない状況を作らないために、どんな時も2人同時に国を離れることのないようにする」と誓約し合った。
つまり、大統領が突然、軍を好きに動かせないように見張っておく必要を感じていたというのだ。
「クレイジーなことはしない」
米国では20年5月に黒人のジョージ・フロイド氏が警官に首を圧迫されて死亡、そのあとBLM(黒人の命も大切だ)運動が全米に広がった。その年の11月にはトランプ氏の再選をかけた選挙が行われる。トランプ氏の周りにはBLMに代表される極端な左翼運動に強い敵意を抱く人々が少なくなかった。彼らは「BLM運動の左翼活動家が米国を燃やし尽くします」というような極論をトランプ氏に吹き込んだという。そうした見方に影響されたトランプ氏が自らの求心力を高めるために危機を創出する、
たとえば他国への攻撃に踏み切りかねないという懸念が浮上した。そのひとつがイラン攻撃の議論だ。
大統領選挙前にトランプ政権の下でアメリカの国論をひとつにまとめる一手として、核兵器製造作業をやめないイランを攻撃すべきだという声があった。一方で大規模な先制攻撃は正当化されないという���リー氏らに代表される反対論も強く、ホワイトハウスは二分されていた。
もうひとつが中国だ。当時、「中国はトランプ氏が武力攻撃をかけてくると信じている」とのインテリジェンス情報を、米国側が入手した。そこでミリー氏は大統領選挙投票日直前の20年10月30日、人民解放軍(PLA)の李作成・連合参謀部参謀長に電話をした。
ミリー氏はこう言ったそうだ。我々は5年来の知り合いだ。米国政府は安定しており、全てはコントロールされている。もし、我々が攻撃する場合、私が事前に貴方に通報する。万が一、米中間に物理的攻撃(kinetic action)が起きても、歴史が示すように必ず、再建されるだろう、と。
ミリー氏は21年1月8日、中国に2度目の電話をかけている。1月6日にトランプ氏の熱烈な支持者らが米国議事堂に乱入したその2日後だ。民主主義だから色々あるが、米国は大丈夫だと伝えたとされている。いずれの電話も国防長官、国務省、CIAなどの了承を得て、会話は彼らも聞いている中で進行した。
21年1月の議会乱入の後、ナンシー・ペロシ下院議長がミリー氏に電話をかけた。ペロシ氏は「トランプは狂っている。貴方もそのことは分かっているでしょう。米国の核はきちんと保管されているか」と尋ねたそうだ。トランプ氏への評価に関して、ミリー氏はペロシ氏に同意し、「核を含む軍事力について、110%、違法なこと、クレイジーなことはしないと約束する」と語った。
核の使用を単独で決定
この会話の直後、彼は核のオペレーションに関係する軍幹部全員を緊急招集した。氏は核攻撃がなされる場合の正規の手続きを改めて皆に徹底させたうえで、少しでも通常とは異なる異常事態が発生した場合、自身を含む全員が情報を共有しておかなければならない、と言い渡した。
大統領は核の使用を単独で決定できるが、実際の発射は実は一人ではできない。大統領が核攻撃を決断すると、その決定は国防長官に伝えられる。国防長官は戦略軍司令官に伝え、そこから基地の司令官に伝えられる。最後に、スイッチを押す兵士たちに命令が届く。
こうしてみると、統合参謀本部議長のミリー氏は右の指揮命令系統には入っていないことが分かる。それでもミリー氏は通常の状況を外れた事態が起き��ら、全員がその情報を共有しなければならないと、核に関する部署の全員に言い渡した。危機感はそれほど強かったということだ。
ここまで読んだ読者の皆さんは、この雑誌アトランティックの記事はかなり強い反トランプの視点で書かれていることに気づくだろう。トランプ氏が再選されると、まるですぐに核が使用されかねないような印象を与えるかもしれない。そうはならないと私は思う。それでも今、私たちの地球社会が核の脅威に満ちていることへの懸念は強く持っている。
プーチン氏はウクライナでの核使用を14年のクリミア半島奪取のときから準備していた。氏自身がそのことを公表済みだ。北朝鮮は日本と韓国に対して核とミサイルを準備している。中国は台湾占領のために、台湾での核の使用も念頭に入れている。台湾有事は必ず日本有事に重なる。日本は中国の多層的ミサイル・核攻撃の標的であることを忘れてはならない。
ウクライナ侵略戦争の行方を他人事と考えてはならないように、核の被害を受けた日本だから核廃絶を声高に提唱するだけでよい、と思ってはならない。まず、世界で核・軍事力が実際にどのように使われようとしているか、現実を見て考えることがとても大事だ。
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非被災住宅ー2
非被災住宅-2
「震度7以上に耐える住宅やビルの設計が重要だ」とテレビで全く言わない理由。それは「牛乳が体に悪い」と言えないことと同じ商業利権密着型の構図です。すでに社会の中にその有害物が多数ばら撒かれ、その下で働く人々が膨大で社会的影響が大きすぎるから
このような本末転倒なバカげたことは、世の中に多種多数存在しています。その情報に特化した本は、チャイナ・スタディー 葬られた「第二のマクガバン報告」以降、出てないのではないかと思います。最新増補版が3月に出るようです。あとで他にないか調べてみます。出てないのなら作る必要があります。
「身体に良いものと悪いもの」、「安心安全なものとそうではないもの」の二つの情報は、健康や命とは異なる基準で判断され、世の中に定着させられています。 車や道路に関してもそうです。命と密接な関係を持つ車の安全性は、日本でだけ棚上げにされて、毎日何十回も「スズキの大決算」という刷り込みが耳に入ってきます。
命を最も重視した設計のボルボのCMは滅多に聞こえません。そのため人気が無いので、中古��ボルボはとても安く手に入ります。日本では電気自動車がちっとも売れないので、ボルボの販売店は困っているのではないかと思います。
軽トラに代表される軽自動車は、日本にしかありません。豊田章夫会長は日本中にばら撒かれ普及している軽トラを2030年以降に廃止することなどバカげていると言っています。このことは2重の意味でねじ曲がっています。
国連が、すでに世界中にばら撒かれた牛乳文化を突然禁止にすることに決めたようなものなのです。膨大な雇用が失われます。
だから牛乳文化を守れと言うのもおかしなことなので、2重なのです。
食塩食卓塩という名の精製塩が日本の加工食品のほとんどに使われている事実も全くTVでは言いませんね。
江戸時代には誰も牛乳を飲まず、牛肉も食べていませんでした。塩は天然塩を食べていました。
住宅の現状を見ると、29年前の阪神淡路大震災の頃に、姉歯構造偽装事件が問題になり、その後、耐震構造が少し強化されたと思います。 それでも、震度7やそれ以上の大地震になると壊れてしまうでしょう。 国の建築基準法の数値をそこまで引き上げてしまうと、ほとんどの住宅メーカーが現状で販売している住宅を売ることができなくなって、ダイハツみたいなことになってしまいます。 選択肢が他にあれば、普通の住宅メーカーや、建築基準法を相手にする必要もないのですが、・・・
鉄筋コンクリートのビルや木造住宅は震度7以上の地震で崩壊しますが
防炎断熱を備えた、鉄骨テント構造の建築があったら、崩壊しないし、炎上もしません。もともとブルーシートで建築を作れば、ブルーシートを被せる必要もありません。燃えない素材にする必要はあります。 鐵骨も揺れはしますが、構造体全体がそのまま揺れるだけなので倒壊しません。頭を打ったり、転んだり��します。押しつぶされることは無い。
非被災住宅
被災地域を安心安全な状態で継続するためには、同じ規模の災害に耐える住宅の設計が不可欠。これから具体的に考えます。能登半島に残ることを希望する人々が、また今までと同じような家を建てたらまた悲劇が起こります。これは日本中どこでも同じ
Non-disaster housing
In order to ensure that disaster-stricken areas continue to remain safe and secure, it is essential to design housing that can withstand disasters of the same scale. I will now think about it in detail. If people who wish to remain on the Noto Peninsula build the same kind of houses again, another tragedy will occur. This is the same everywhere in Japan
こういう風に感じている賢い人は結構居ると思います。その英知を結集させることができれば、地震国日本にふさわしい、新しい住宅像が出来上がってくると思います。
日本では、平和と安定を願うための特定の集団をつくることができにくくされています。その代わりに、統一教会や創価学会、中抜き利権派閥などの脱法集団が支配しています。そこにも対応が必要であるため、法律の専門家も必要になります。
検閲だらけの日本のマスコミでは、気の毒な場面だけ報道し、その地区での被災者と被災してない家庭の比率を報じない。無傷だった住宅に関して全く情報がありません。
今後の復興と安全のためには、無傷だった住宅の詳細のほうが重要。見に行くしかない
東日本大震災の津波跡地に無傷で残っていたのは、ヘーベルハウスの住宅。集落じたいが全壊しているので、結局住み続けることはできなかったのだろうと思います。
地域で一人だけ核シェルターを作っても無意味というのと同じ。被災地域を安心安全な状態で継続するためには、同じ規模の災害に耐える住宅の設計が不可欠。
自分や他人、動物たちを傷つける可能性があるものは、少なくともプラスのメッセージを伝えることを目的とした「作品」には使えないと感じています。どんなに美しいマリア像でも、地震で壊れて落下してきたら凶器になってしまいます。それは、マリア像にはふさわしくないので、あまり大きなものは作らないほうが良いと思います。頭に当たってもたんこぶができる程度の重さならOKです。私が2009年に段ボールの額縁を作ったきっかけはそういうものでした。額縁が落下して誰かを傷つけたら、それは、正しい使い方ではなかったことになります。
同様に、家や壁も、なるべく人にやさしい、軽い素材が良いと思います。
頭の上にコンクリートがある場所で生活していると、いつかは高い確率で死んでしまうことになるでしょう。そのことは、30年前に気づいていました。しばらく忘れていましたが、続きをやる時期になったと思います。
軽くて燃えにくく、雨風と日光に耐え、断熱、蓄熱効果が高いものが良い��す。下から1mは、石や土でも構わない。1mより上は、人体より柔らかい素材。そういう家はテント式のものにありそうです。
能登半島で破壊された家がもしテントだったら、人は死ななかったし、自力で作り直すこともできたはずです。
検索したら一つ出てきましたが、硬い素材を上のほうに使用してしまっています。これではダメですが、改良はできるように思います。
「減塩詐欺」
日本でだけ売られ、ほとんどの加工食品に使用されている食塩という偽名の精製塩。塩が高血圧の原因というときの塩とはミネラル除去の「精製塩」。「天然塩」は摂る方が健康になり、血圧も安定する。「減塩(減ミネラル)」は健康に悪い
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それにつけても、暑すぎである
日本の夏は明らかに変わってしまったのに、
植物は変わらず太古からのサイクルを保つ
「偉いなあ……」
見習おうとは、これっぽちも思わないけど
さっさと愛しの我が家に避難して、
文明の利器の生み出す涼の恩恵に預かろう
蕩け落ちそうになりながら水田の脇を、
ロウリュみたいな草いきれを浴びながら歩く
「お~?大田じゃん!!
ヒマでしょ、ちょっと付き合え!」
「げっ」
げっ、て声が出た
燦々と照る太陽を受けて、
日髙はなの、この田舎では一際目立つ
黄金の髪も光を乱反射する
その光に当てられたか、
それともこの熱にやられたか、
はたまた厄介ごとに巻き込まれた予感か、
くらりと目眩を覚える
「日髙サン……、
ワタクシはどこに拉致されるのでしょう……」
「あれ、ここまで来ても気付かないって、
大田、回覧板見てないの?
有線も聞いてない?まあいいや���
まあいいやなんて軽い言葉で済まされていい仕打ちでは、もはやない
山を登らされている
ただしこの××暑い中登れば、
普通の山も活火山の如し、
世界の命運を左右する指輪を捨てる役目でも無ければ登っていいようなものではない
無限にスリップダメージを貰いながら峠までやってくると、眼下に広がる金色の海原
「あ、ここって」
アンテナの低さには定評のある俺も流石に知ってる、町自慢のひまわり畑
「そ、ここウチのじーちゃんがやってんだ」
今日は日髙の祖父のひまわり畑で行われる、
ひまわり祭りなる祭りらしい
その手伝いにくる途中の日髙に、哀れな俺は捕捉即確保されてしまい、頭数にされてしまったということらしい
来たはいいがもう10年も開催していてボランティアもたくさん集まるようになり、そこまで人手はいらないと現地情報
あはは……ゴメンねと日髙は手を合わせ舌を出しながら謝る、昭和のギャグ漫画かな?
自治会のタープの下でポッキンアイスをがりがり囓りながらひまわりを眺める
先程までは地獄みたいな時間を味わったけど、これは悪くない時間だ
「でも日髙のじーちゃん凄いな、町のために」
「あーこれね、別に観光のためじゃないんだ」
アブラゼミの声に風でざわつく山の音
日髙がぽつぽつと語り始めるとその語りに溶けて消えていく
「ウチね、こっち来るときこんな髪だから周りに馴染めるか心配でね
じーちゃんも一回も会��たことなかったし、子ども引き取るなんて、引き取るとは言ったものの内心疎まれるんじゃないかって、本当に不安だった
それで、はじめてじーちゃんと会った日
こっちで暮らすことになった日
そういえばこんな夏の日だったなあ……
引き渡された後、じーちゃん軽トラにウチ乗っけてずーっと山道登ってくの
その間無言だからさ、ビクビクしてたんだけど
ついたのがこの一面のひまわり畑で
じーちゃん、ウチ引き取るの決めたときから準備してくれてたんだって
自分の髪とおんなじ色の花がたくさん咲いてたらきっと喜んでくれるだろうって
じーちゃん口下手で恥ずかしがり屋だからさ、この話聞き出すのもめっちゃ時間かかったんよ、へへ……
でね、話は戻るけど、このひまわりは観光のためじゃないんだよ
緑肥なんだって
緑肥って知ってる?
これを畑に鋤き込んで、次の植物の肥料にするんだよ
いわば準備期間だよね
ウチもここでグングン育って、
その次の成長に備えちゃおう的な!」
「そんな由来があったんだな、このひまわり畑
まあでも俺はここで今咲いてるひまわりもみんなを喜ばせてて偉いと思うけどな」
「……!
ったりまえじゃーん!!」
パーンッ!
俺の背中にも真っ赤な大輪の花が咲いた
どうして……
祭りの設営を片して山を降りると、
町はすっかりと暮れなずんでいた
「なあ、日髙
別に来たくて来たワケじゃないと思うけどさ
今はこの町、好きか?」
「もちろん好きだよ、
ウチはどこでだって咲けるんだ」
💕
日髙 はな の好感度が上がった
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2023.12.7thu_kanagawa
散歩から帰ったらしいお父さんが家の外から「猫に餌をあげたいから窓を開けて」と呼びかけてくる声で目がさめる。「あげといて〜」と聞こえてないだろうなってくらいの声を返しながら二度寝。結局自分で窓を開けて、猫にごはんをあげているお父さんの音を聞きながらよいしょと起きる。元気な猫の姿を窓から確認して安心する。というのも猫を家の中に入れてはいけないと言われているのだが、寒くなってから凍える猫を想像すると我慢できず、夜にこっそり猫を部屋に入れていたのだけど、2日前から顎から下が蕁麻疹だらけのかいかいになってしまい、ステロイドを塗ってみたが治らず、酷くなっている。もしノミのせいだとしたら、家中ノミだらけになるのはかなりやばいぞ、猫アレルギーかもしれないけど、、それもやばいけど、、ということで夜、猫を招き入れてあげられなかった。窓の外で長時間、部屋にあげてもらえるのを待ってたであろう猫を心配していた。朝ごはんを食べながら、父母と朝ドラのブギウギを見る。主人公の弟が戦争で死んでしまう���涙をこらえながら見る。食べ終わると近所の川べりを散歩し、帰ってすぐ仕事のデータを修正してドロップボックスに入れる。修正していいかメールで聞いたら触らないでほしいとのこと。やる必要のある内容だと思ってたが、いらないことをしてしまった。元のデータをまたドロップボックスに入れてメールする。とにかくノミが心配なので布団や部屋中コロコロをして布団を干す。午後に近所のスーパーでバイトの面接があるので履歴書をプリントアウトする。B4サイズの紙が手持ちのもので一番大きいけど、なんか小さい仕上がりになったなと思いながらも完成させてしまう。ずっと先延ばしにしていた、参加しているAIUEOの4コマまんがカレンダー予約受付してます、というお知らせを自分のインスタにアップするために、今までのカレンダーを集めたものをスマホで撮影する。カラフルでかわいい。投稿する。お父さんがお弁当を買ってきてくれて3人で食べる。今日は中華丼。朝ドラの再放送を見ながら食べる。もう泣かずに見れる。お昼を食べ終わると粉にお湯を注ぐタイプの緑茶を飲む。風が強いので干した布団を取り込むように母が言ってくれて取り込む。庭にいる猫を見に行く。最近はご飯を置いている目の前にある茂みがお気に入りの場所で、そこで丸くなって寝ている。寒くないか心配で、家の畑に落ちている藁を土の上にしき、猫を囲うように少しづつ増やしていたら鳥の巣のようになった。猫がそこから出てくると数日前に猫と遊ぶためにアルミホイルを丸めて作ったボールが落ちている。きっと身体に当たって邪魔だろうから拾おうかと思ったけど、卵みたいで面白いからしばらくそのままにしようと思いながら写真を撮り、インスタにアップする。
バイトの面接に出発。5分前に着いて、店内をうろうろ回る。店の大きさに対してレトルトカレーの商品数が多すぎることを発見。1分前に面接の部屋に入る。挨拶して履歴書が小さくてすみませんと言うと、全然大丈夫と言ってくれる。ほっ。勤務の希望や心配なことなどを話す。手応えはわからない。終わって郵便局に向かう。面接で話したことを思い出して、余計なこと言っちゃったな、でもこれからに活かせそう。と思う。郵便局で減額してもらった国民年金の支払い。クリエイトに行きアレグラを買い一粒飲む。蕁麻疹に効きますように。家に向かう帰り道、畑の土が飛んで視界が悪いくらい風が強い。サザンの歌が頭に浮かぶ。砂混じりの〜茅ヶ崎〜って畑の土じゃないよね。帰ってすぐ猫を見に行くとライバルのでっかいトラ猫が来ていて、猫は威嚇して唸ったり逃げたりしている。トラ猫には申し訳ないけどちょっと追いかけて、いじめちゃダメだよと言う。どっちが卵で鳥かわからないけど。ごめんよ。いつも複雑な気持ち。トラ猫はちょっと追いかけたくらいでは遠くへは逃げず、どどーんと近くに座っていたりする。シルエットがリサラーソンの猫みたいで可愛くてその様子を写真に撮りたくてスマホを向けるも逃げられてしまう。あきよちゃんから展覧会来てくれてありがとうの連絡。以前、��っ子が描いた猫の絵を自分の机に持って来て、眺める。目の色とかそのままじゃん、よく見てるな〜かわいい額をつくりたいな〜と妄想。
愛さんから日記を書きませんか?と連絡をもらう。たまに読んでいたので嬉しい。やりまーすのお返事をする。出かけていた父母が帰って来た。2人はそこへ出かけると帰りに山盛りお惣菜を買ってくるので今日は当番の夕飯を作る必要がないはず、、と期待していたが、お父さんが蛸を切ってほしいとリクエスト、お母さんからは鱈と白子を昆布と酒で煮るリクエスト。ちぇと思いながら、結局色々入れて鍋を作りみんなで食べる。もちろんお惣菜も一緒に。家で気軽に白子を食べられるとは知らなかった。家で取れたゆずを半分に切って、それぞれ豪快に絞って酸っぱいくらいにして食べる。うまい。食べ終わってから日記を書こうかな?とか今日はインターネットの日だったなとか思いつつダラダラと過ごす。今日は12/9もう、夜の記憶が薄れてしまって何をしていたか思い出せないぞ。しかし最後は覚えている。お風呂に入らず電気ストーブで体をホカホカにして寝た。
-プロフィール- 斉藤 知子 37 神奈川県茅ヶ崎市 ほぼ無職 instagram @tomatomokoo @aiueo_tomoko
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【夏山日記 その0】
二ヶ月ぶりにまた散髪に行き(今度はジミン風マッシュになった 笑)、さっぱりしたところで、夏山登山決行。いくつかの候補の中から、いちばん条件の良い信州伊那谷へ向かう。Tさんの車で。伊那谷でも北部の伊那市まで来ると、駒ヶ根ほど観光地化されておらず、広々として静かで、とても好きな土地だ。
子どもや学生は夏休みに入り、行きはどこのサービスエリアも混んでいて、なかなか昼食にありつけないまま、結局高速を下り、登山口近くまで来てしまった。Googleマップで一軒だけ蕎麦屋を見つけたのでそこへ入った。ところ、なんと行列ができている。のどかな山間の古民家。こんな辺鄙な店になぜ? 何にも知らずに入ったけど、どうやら、ここは信州そば発祥の土地とかで、"行者そば"という十割蕎麦で人気の店らしい。7世紀、修験道の始祖である役小角(えんのおづぬ)が、村人からのもてなしのお礼に蕎麦の実を置いて行ったのが始まりだそうな。仕方なく、名簿に名前を書いて、待ち時間の40分間、登山口を見に行ったり、車中泊の場所を検討したりして過ごす。標高が高いせいか、暑さはなく、適度な湿気と風が気持ち良い。
ようやく呼ばれて入店したのは13時半回った頃。我々の一つ後ろのグループで蕎麦が品切れ、本日終了になった。名物の"行者そば"はもうなく、細打ちの十割盛り蕎麦と、鴨のくわ焼きを注文。やや汗ばむくらいの弱冷の古民家の座敷に、程よい間隔でテーブル席が置かれていて、BGMはなく、蝉の声しかしない。窓から赤いモミジが見える。配膳に来た店の女性に聞けば、ショウジョウという種類の、もともと赤いモミジで、この季節だけ青みがかるのだそうだ。紫陽花も咲いていた。
塩とわさび���頂く細切りの盛りそばは、大変美味だった。冷たく清い水を感じるシュッとした繊細なお味。つゆも添えられていたけど、これにつけてずずっとすすってはもったいない感じ。ゆっくり噛み締めて、味わって食べる。つゆは、蕎麦湯で頂く。鴨のくわ焼きがまた、野菜とともに絶品だった。これは、赤ワインでも合わせたいほど。選択肢がなくて駆け込んだお店だったけれど、想定外の良い昼食となった。ご馳走様でした。帰りがけ、閉店した客席で、スタッフの女の子が二人、まかないのうどんと西瓜を食べていたのがほほえましかった。
翌日早朝入山予定なので、本当は、登山口で車中泊したかったのだけど、トイレも水場もなく、どうしようかとまたGoogleマップを見ていたら、麓のほど近くにきれいな公園を見つけた。ひとまず近くの立ち寄り温泉に入って、明るいうちにそこへ向かう。 たまたま軽トラで管理棟にきて掃除をしていた方に、夜もトイレが閉鎖されないか確認し、大丈夫そうなので、ここの無料Pに泊まることにする。村上春樹の小説にでも出てきそうな、ちょっと不思議な雰囲気の管理人の方だった。止まった時計塔と静かな野球場のある、芝生と木立は丁寧に整備されたきれいな公園だ。でも夕刻過ぎればひと気もなくなり、どこかパラレルワールド感あり。
晩はコンビニでお弁当を買ってきて、家から凍らせて持ってきたパックワインと共にその公園で頂く。野球場では地元の父子が薄暗くなるまで練習していた。こんなのどかな田舎でも、Googleマップとコンビニの存在がありがたいと思う。夜の公園と、明日の入山に、少し緊張しながら一夜を過ごす。
つづく
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【新メンバー加入】トラクターのトラきち
↑今日は新メンバー加入の日。トラクターのトラきちです。花巻の農家さん向け中古車屋さんまで迎えに来ました。
今まで試練���共にしてきたトラクターの先代トラきちが、ついに修理不能の故障にみま���れ、突然のトラクター業引退。トラきちがいないと、畑も田んぼも耕すことができず仕事にならなくてどうしたものかと頭を抱えながら、知り合いに借りたトラクターでどうにか畑を耕したり田んぼの代掻きを間に合わせていました。そして運命の出会いを求めて秋田や岩手の農家さん向け中古車屋さんめぐりをしたところ、この新たなるトラきちと出会ったのでした。
↑ハロー部分は整備中なので後日ゲット予定。
↑レンタカーを借りて岩手の花巻までお迎えにあがりました。
↑荷台がスライド。マシンを載せます。
↑この後しっかりと固定して、花巻を出発。秋田へゴーや!
↑道中ちょうどお昼時となったので、盛岡のやまなか家で本場の盛岡冷麺をキメました。ちょい食べ焼き肉もセットにして、元気充電。
↑無事秋田に到着。載せた時と同じように荷台をスライドして降ろします。
↑2代目トラきち、これからよろしくね!
↑先代のトラきちは、これからきれいにお掃除して、お迎えが来るのを待ちます。トラきちがいなかったら農家はなんにもできません。今まで本当にありがとう。
■■■おまけ■■■
↑2代目トラきちとくまちゃん。
↑早速くまちゃんチェックが入りました。
くまちゃん「なんでしかこりは。」
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繋がれた部屋 3/
物語を読んでいる彼女の息遣いは海に似ていた。遠く地平線を眺めればそれは静かだし、手の届かない何らかの意味を含んでいる気がする。しかし、波打ち際にあるなら、それは単に体感となる。体感は波を介して遠く地平線に繋がっている。そう感じた時すでに船は漕ぎ出されている。これまでにも誰かに読み聞かせをしてもらったことはあるかもしれないが、覚えていない。覚えていないことをないことにもできないので、もしかして船を漕いでいたかもしれない。彼女が私に施した読み聞かせは、いつかあったかもしれない船を乗り継がせた。いつしか、届く範囲が広がって、そちこちで波打ち際のような体感を得る。それなら、遠く眺めていた地平線は波を介さずとも、端から手が届いていたことになる。繋がっているのではない、既にある。肉声という、読み聞かせにおいて私が得たことは、そのように大海を内に秘める芳醇な出来事だった。
出来事と私は思う。物語はそれ自体が体感で経験になりうる。言い換えれば、言語はそのような置き換えが可能なのだ。
*
彼女が最初に読んでくれた物語は、蛇と猫の物語だった。主人公は夢の中で蛇と出会う。手に乗るほどの、小さな白蛇だ。目と舌が赤い。舌は二枚あり、二枚舌である。蛇は意地の悪い設問を投げかけるが、もう一枚の舌には選択肢が用意されている。ある種の問答を感じさせるが、主人公から突起した知恵の象徴と見て良さそうだ。蛇は二枚の舌を転がしながら、主人公の旅を鼓舞する。蛇との旅はなかなかハードで、主人公が夢から目覚めて現実を過ごすとき、それは並列して感じる。現実における主人公の生活が凡庸だからかもしれないが、それだけではない。経済が書かれていないのだ。主人公の日常からは周到に経済が拭われ、主人公の成長は夢にあっても、現実にあっても、社会といった共同体には置かれず、その凡庸な生活は不思議と非凡さを纏う。そして、そこに猫があてがわれる。
猫といっても実際の猫ではない。それは、主人公が錯覚している架空の猫だ。主人公が出会う人々は、主人公の視点を借りて猫になる。皆、耳や尻尾、髭などが生えている。それは仮装パーティーさながらの、トラやキジ、はたまた白や黒、三毛といった様相だ。人々は生えた耳や尻尾、髭などを垂らしてみたり、膨らませてみたり、広げてみたりする。それらは、主人公には気ままに感じられた。その気ままさは、感情の発露というより、むしろそのようでしかあり得ないものとして主人公に受け止められ、主人公はそれを事象として夢判断の材料に使う。生活から経済が拭われたように、ここでは心理といったものはいっさい拭われ、きれいに排除される。主人公はその時々の猫の事象を積み重ねて判断するが、それは亀卜など卜占を思い起こさせた。そうして、夢の舵を切る。
その舵切りは、まるで他者を借りた主人公の自由発想だった。ちょっとした思い付きのように、出会う人々に見える耳や尻尾、髭などを、錯覚のうちに撫で付け修正する。パッケージでもし直すように。すると、また夢を見て、夢の蛇と旅をする。しかし、全編にわたって、何を修正し、何が修正されたのか作者は書いていない。おそらく、それが作者の言いたかったことなのだろう。修正というものが、蛇の舌に用意された選択肢だったとして、私たちは選択そのものを生きるほかなく、今においては他の選択を生きることはできない。つまり、私たちは常に選択のその後を生きているのだ。今とは選択肢と共にはあるが、完全な一択の結果と言える。作者はそのように書き分け、書き含めたのかもしれない。主人公は生涯をかけて蛇と旅する夢を見、舵を切り、夢の修正をし続ける。それは、現実の修正でもある。生涯内容の変わらない夢と現実が繰り返し反転するなら、どちらが現実かわからない。それも作者が書きたかったことなのだろう。
私はそのようにこの物語を聞いたのだが、彼女は違った。彼女は、夢判断の材料そのものが現実だと言った。材料とは主人公が気まぐれに感じている猫の事象だ。事象こそが現実で、物語が夢と現実としているのは、潜在意識と顕在意識だと。私たちが日常的に夢と現実と見ているものは単に搾りかすで、私たちは搾りかすを生きているのだと。彼女は何を躊躇うもなく確信して物語に意見しながら、フレッシュの人参ジュースを作り始めた。何のことはない人参を適当なサイズに切って、ジューサーに放り込んだが、この適当なサイズに切った人参が、彼女の言う事象ということだろうかと私は考えた。スイッチを入れると、ジューサーの一方からは人参ジュースが、一方からは文字通り搾りかすが出た。彼女は私と人参ジュースを飲みながら、残ったジュースと搾りかすで何か作ろうと献立を考えた。彼女の意見を鑑みれば、人参はカットされることで事象を経て、彼女を動線にジュースと搾りかすとして夢と現実を行き交い、献立により修正するのだろうか。
物語の終わりに、主人公はその生涯を閉じる。主人公が死を悟るとき、猫の事象が人々から消える。死の悟りは、まるで意図のようだった。意図を単に引き伸ばしただけなのだと言わんばかりの語り口だ。そして、主人公はやっと終わったと呟き、人生を引き上げる。そのとき最後の夢を見る。生涯にわたった蛇との旅の終わりに、主人公は蛇の赤い舌に巻き取られ、飲み込まれる。まるで、蛇が身籠るような書きぶりだったから、それは再生だったのかもしれない。主人公は蛇の体内に溶け、蛇もまた溶けゆく。残ったのは蛇の二つの目玉だけだ。その二つの赤は絡み合いながら昇天し、主人公の世界は消滅する。世界は主人公と共にあったのだ。それが作者が考える世界と主体なのだろう。
読み終わった本を閉じると、さっそく彼女は人参ジュースを作り出した。私は彼女の動きを目で追いながら、読み取った物語の上に、彼女の意見を上書きした。彼女にそう話すと、入り口と出口みたいだねと笑った。その時には漠然と、彼女の意見を出口と考えたが、今思えばそちらが入り口なのかもしれなかった。どちらにせよ、それは交点を経てようやく直線になるような、そういう種類の物語だったのかもしれない。
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新規ノート
2024.05.20 月 午前 2:59 ・ 29分 30秒
参加者 1 00:19
こんばんは、としみほです。 夜のこ中国になっております。実はこれ、ポットキャスト自体は昨日の昼に収録したんですけど、なんか後で雑談部分がね、ちょっと気にかかってきて、問い直す花になっております。昨日喋った雑談は、幼稚園とママ友ととある政党の活動っていう、 なんだろう、微妙なテーマで、それにまつわる出来事が今週あったんですよね。まつわるって私が思ってる出来事があって、そのモヤモヤをね、喋ったんだけど、後で考えてみたら、やっぱそれがなんか誰をも傷つけない話ではなかったなっていう風に思って、今雑談部分だけ問い直すことにしております。
参加者 1 00:48
結構ね、だから本編はやたらハキハキ、なんか今回に限ってハキハキ喋っちゃってるんだけど、ここのここだけボソボソ喋りっていうことになります。ご了承ください。ちょっと音量はね、編集の時調整するつもりだけど、テンションが違うから本当ごめんね。っていう感じです。
今日はね、幼稚園で保育参観っていうのがあったんですよね。保育参観って、なんかさ、私が子供の時って存在しなかったから知らない。なんか みんな知ってるのかな。幼稚園卒の人たちは知ってるんですかね。私の時代には。私は保育園、公立保育園の出身なんですけど、そんな親が見に来るとかは一切ね、親子遠足だけだったけど、参観日ってのはなかったな。
参加者 1 01:16
だから何やってるか知らなかったんだけど。ちょっと、だから説明しますけど、幼稚園も保育園も、多分ね、みんなあると思うんだけど、参観が一斉参観じゃなくって、コロナの前から、こう、見に来て、いい日を何日か幼稚園から提示されて、早い者勝ちで、何組かこう、普段の保育状況を見られるんですよね、見ることができる。
普通にこう、遊んでるとこに入ってって、授業見てみたいな感じ。それに行ってきたんですよ。
なんかね、そこであった、ちょっとそうやって自分の子供とまとトラぶったっていうか、機嫌を私がね、私が機嫌をそこにしまって、色々あったんだけど、その辺はね、子供のプライベートだから、ちょっと伏せときますけど
参加者 1 01:44
ーいって思うのはさ、別に今日に限らずだけど、幼稚園に行く機会ってやっぱ 結構あって、その、小学校とかと違って、小学校もそうなのかな。そうなのかもしれないけど、結構普段からね、その、居残りって言うんですか、限定を、で、残って遊んでいいよっていう時間があるから、そういう時もいつもいるんですけど、 そん時も思うけど、すごい他の子、自分の子供じゃない子供、絡んでくるんですよね。その、ややな感じじゃなくてさ、
参加者 1 02:05
なんかすぐ、なんとかちゃんのままだ���たいなさ、言ってきて、な、なんとかちゃんのママ、これやって。みたいな、これ見て。みたいな風に言ってくるのはさ、なんていうの、全然嬉しいんだけど、自分そういうことしなかったなって思って、なんか今日は特にそういうことを思ったんですよね。
その、私にとってさ、友達のお母さんって、結構アンタッチャブルな存在だったなと思って。ちょっと、ちょっとね、もしこれ、万が一、同級生のさ、お母さんとか、同級生が聞いてても、怒んないでほしいんですけど、その、
参加者 1 02:24
その、お母さん、友達の特定のお母さんがやばかったとかじゃなくて、私の性せいべきとかと関わる話だから、そんなね、ちょっと、そっちがあるわけじゃなくて、こっちが悪いわけだから、もうちょっと怒んないで聞いてほしいんですけど。
なんかね、小さい頃、私、友達のお母さんって、なんかこう、すごいはてなボックスっていうかさ、すごい黒い箱にはてなが書いてあるみたいな感じに誰しも見えてて、 なんかこう、なるべく刺激しないようにしようって、ちょっと失礼な感じなんですけど、なんかもう、遊びに行ったら、あんまりね、学校で絡んだ記憶、学校でさ、あったからって、わざわざなんとかちゃんのママとかって呼びかけないし、
参加者 1 02:50
放課後に会った場合も、お家に遊びに行った時に顔出した時も、なんか礼儀正しく挨拶はして、もう余計なことは言わないっていう風にすごい気を付けてたんですよね。
それはなんで。なんでかなって思った時に、なんか今日はあれかって思いついた事情があったんですよ。なんかそれはさ、うちはなんか度々言ってるんですけど、 母親の実家なんですよね。自分の家が。だから母親は嫁じゃない。その家で嫁として振る舞っていないけど、他のお母さんはそう。田舎でみんな
参加者 1 03:13
親と同居。自分の親が相手の親と必ず同居してるから、多分他のお母さんは大方お嫁さんだったんですよ。それが、その時はそれ意識してなかったけど、なんかその感じが自分にはやっぱ あっていう、なんかはてなっていう、何か、何かここにあるなっていう感じになってたんだなって思って、なんかそれですごい納得しましたね。
だってそのお母さんだけだもん。その友達のおじいちゃんおばあちゃんは怖くないんですよ。なんかその、はてなボックスが。とかって思わないけど、お母さんだけ、なんかこう、
参加者 1 03:38
ちょっとちょっと、あんまり、あんまり余計なこと言わないでしょって思うのって、なんかそういう不透明性みたいなものを、自分の母親と比べて感じてたからなんだなと思ってね。ちょっと失礼な話ですみませんなんですけど、きっとね、だからなんだろう。
別にみんなそんなよそよそしいとか、なんか何かを隠してるみたいな感じではなかったし、それぞれ個性のある存在だったからさ、きっと、 であれば、なんかそんなにドキドキしなかったと思うんだけど、やっぱ私はドキドキしなってたんだよね。それに比べると、その子供の幼稚園の子供たちってさ、なんかでちょっと安心しますね。
参加者 1 04:06
そういう風に接してもらえるとほっとする。でも、そう見えるんだけど、話しかけてくることいない子がいるのかもしれないけど。私も話しかけて来ない子っていうの、あんまり他の方にばれてなかったかもしれないけど。
そんな本日でございました。ちょっとね、疲れてヘロヘロになっちゃった。じゃあ、この後急にねこのコが変わって本編に入りますけどね。ちょっとここの準備をして、1回お聞きください。お聞きください。よろしくお願いします。
なんとなくですね、このまま話みたいのが続いちゃって申し訳ないんですけど、今回はね、テレビなし育児について語ろうと思います。子供が5歳を過ぎましてですね、誕生日を経過しまして、
参加者 1 04:37
子供が生まれる時に、うちではテレビをなくしたので、5年経ったんだなと思って、なんか節目として、なんか1回喋ってみようかなと。
でも、でも、なんかこう、別におすすめよみたいな、育児の世界ではこういうことが、みたいな、なんかそういう、なんかレクチャーみたいな話じゃなくて、育児情報じゃなくて、なんかテレビなくして、なんか私もさ、そういうのやってると、いろんな微妙な思いとかをすることがあって、なんかそういうのをさ、単なる日常の話の1つとして、こう喋ってみたいなと思います
参加者 1 04:58
ね。本当に。だからなんだろう、別にそういうレクチャーとかじゃなくて、本当、私の普通のファンピーの、一般的な、なんかなんか意識高い系じゃない、普通の人の話として聞いてもらえればなと思います。よろしくお願いします。じゃ、いきましょう。聖なる欲望ラジオ。
参加者 1 05:13
まずね、そもそもテレビなし育児っていうのを、多分育児界隈じゃない方は聞いたこともな��んじゃないかなと思うんですよね。あるのかな。
結構ね、なんか、なんかの表紙で年配の方に、遠いすの年配の方とかにさ、話の流れで言うと、すごいびっくりされるんですよ。その家にテレビがないっていうの、
参加者 1 05:28
え、そうなの。みたいなさ、なんていうの、ちょっと貧しい人みたいなので、割と見られるっていうか、そういうのがあるっていう認識が、だから、ない人もいっぱいいるんだろうなっていう感じなので、ちょっと改めて説明しますと、今はわかんないけど、私の子供が生まれた頃は、5年前、2017年ですね、その時に多分流行ってたんですよ、テレビ無し育児っていうものが。
そんで、なんか結構ね、その保健所、母親学級とか、なんか、そういうとこでも結構口酸っぱくして、なんか子供の頃は、テレビ、赤ちゃん、赤ちゃんにテレビを見せないようにぐらい言われるんですよね。なんか、いいことないから
参加者 1 05:53
見せな。完全に見せないでとはやっぱ言ってこなかったと思うけど、見せても30分とかにしてっていうことと、あと、なんていうの、テレビに頼りきりだと、会話がなくなるから、その、赤ちゃんとのさ、その 見た後も、テレビを介して子供とコミュニケーションすることを気をつけてみたいな風に、結構言われたんですよね。で、なんか、その3000円から、結構言われるから、うちでは、結構がっつり真に受けたっていうか ね。私としては、だから、気をつけようかなぐらいの感じだったけど。
参加者 1 06:16
あと、視力の話ね、の話もされて。なんか小さい時に、なんかテレビに近づいていきがちだし、こうね、光とか音が出てもす寄っていっちゃうから、なんか余計近くでテレビ見ることになるし、そうすると視力が落ちるし、みたいな説明されて。視力はね、確かにちょっと気になるなっていうので、言うこと聞いてみるか、ぐらいの感じだったけど、なんか夫の方は、もう、もう、がっつりやるぞっていうスイッチが入ってて。
参加者 1 06:31
なんかもう、私がその産後退院してきたら、もうスタンバイされてたんですよね。スタンバイっていうか、逆にテレビはサンバイされてないっていうことだけど。そう、私、30産む前は、リビングにあったテレビがなんか消えてて、その、 なんだろう、ごちゃごちゃした寝室かどっかに、こう、入れてあったんですよね。そんで、もうテレビなし育児だみたいな感じで育児生活が始まって、
参加者 1 06:47
やっぱ急にさ、急に全然見えなくなったから、コンセントとか、なんかもう配線ができないぐらいの場所に置いてあんですよ。部屋を変えたみたいな感じじゃなくて、やっぱ子供が生まれたばっかりってものが多くなっちゃって、家の中であんまり自由に例外とか聞かないんですよね。なんか色々定まってなくて、寝室がなんか物置きみたいな、そういう感じになっちゃってたから、 人が前に座って見れて、テレビ配線もちゃんと電源取れるっていう風に、テレビ置くのは難しかったんですよ。そんで、なんかテレビがただの粗大ごみみたいな感じで置かれるようになっちゃって、全然見れなくて。
参加者 1 07:12
やっぱね、最初はしんどかった。生理的にしんどい。私がね。私が生理的にしんどい時期がね、結構3か月ぐらい続いて、その年、しかもこう、 東京オリンピックあったし。私、フィギュアスケート大好きだからさ、それだけテレビ無理やりこう、無理目に配線繋いで見たりとかしたけど、なんか基本見れない。気楽には見れないから、 なんか人の顔がさ、恋しくなってくるの。だんだん。なんていうの。別にテレビで人の顔を干渉してるっていう認識が普段ないじゃないですか。意識に登んないじゃないですか。でもテレビなくした
参加者 1 07:38
とってすごいさ。あれ。人の顔がないなっていう。多分それでも産後で家から出ないから余計なんですよね。
私、あれ、だからその、予備校生の時とかも寮に入ってたからテレビなし生活なんですけど、そん時人の顔に飢えたっていう記憶はないんですよ。
当然その寮の中にいっぱい他の子がいるから、その食事の度にその100人ぐらいの女の子、一気に集まんないけど、何十人って女の子の顔見るし、寮母さんとかもいるし、その、ハゼの人とかもいるから、もし外に出ないとしても、かなりの人間の顔を見ることになるけど、やっぱ最後って、
参加者 1 08:00
その、子供連れての外出が難しいのは当然として、なんか大師だとね、余計なんか2人目だったらどうでもいかと思って出るけど、もう何もかも初めてだからさ、 そんなにぐいぐい出ていけないし、自分の体も結構ボーボー。なんていうか、なんか外出しようっていう気になんないわけ。それで、人の顔を全然見ないその 夫は、行くで。とがっつりとってくれて、家にずっといてくれたんですけど、夫と子供しか、もう人間の顔がないわけですよ。もうさ、もう人間の顔みたいな顔が見たいみたいな感じになっちゃって
参加者 1 08:21
ね。でも、だんだん、だんだん慣れたのかな。3ヶ月、3ヶ月くらいがピークで、そのオリンピック超えたら、なんかそのテレビを見たいっていう気持ちがすって引いていきましたね。
ただね、なんかもうサクサク時を、時を経過させていくけど、 なんか私の山はそこにあったけど、子供の山はもっとずっとアウトなんですよね。そのテレビがなくて育った子供って。だから当然そんなにテレビ見たいとかって絶対言わないけど、
参加者 1 08:43
うちの子供、すごい小さい時から暇っていう言葉を発すんですよね。なんかすごい語彙が少ない子供だったんですよ。なんか発生で言葉が全然伸びなくって、だから、2歳、 2歳でほとんど喋れないみたいな感じだったかな。なんか、1歳半でちょっと喋るようになったのに、なんかそれが1回交代した時期があって、2歳ぐらいに喋んなくて、その後、だんだん、だんだんまた増えてったんだけど、その最初の25ぐらいの中に暇が入ってるみたいな、その暇を訴えてくる少ない声で、もうさ、 なんか、そんで暇って言うんですよ。うん。で、やっぱ、その時期って、幼稚園とかもどこも行ってないわけだから、結構追い詰められるっていうか、
参加者 1 09:13
なんか、1人でやっててくれりゃいいけど、そういうことが、やっぱ本当に小さい子供はできないんですよね。なんか、私は、自分はずっとお絵描きをして育ったみたいな認識だったけど、なんか、紙とペンさえ与えておけば大丈夫な風にだんだんなる。遺伝してればって思ったんだけど、やっぱね、そんな小さい子は、自分で何かを、こう、
参加者 1 09:27
クリエイトっていうかさ、集中するっていうことは、ほとんどできない。それ、うちの子だけじゃなくて、一般的に普通の子はできないんですよ。多分ね。そのものすごく。なんていうの。ガチでテレビなし。思想的にテレビなしやってるみたいな。お母さんが一生懸命時間をかけて色々やってれば、もしかしてそういう風になるのかもしんないけど、うちはもうそういう感じでは全然なかったから。
なんか私が気にしてるのは視力だけだったからさ。なんかそれ。そう���う状況では、やっぱり1人で時間を潰すっていうのはすごい高度な技術すぎる感じでしたね。
だからこう、結構びっちりついてなきゃいけなくて、そのまま横に。
参加者 1 09:53
だから絶対なんか現実的じゃないなって思ってる期間がありましたね。そのうちはおとがめちゃくちゃこう家事の部分になってくれてるからそれが成り立ってるけど、 普通の家庭でその家事もたくさんやんなきゃいけないのに、暇っていう子供の横に来て何かをするっていうのは、もう物理的に全然できないことだなって思いましたね。そのやった人たちは、だからどうしてんだろうと思って。その子供が暇って言ってくる時に、自分の家事をしなきゃいけないってなったらさ、 ここに兄弟いると、上の子がいると、多分話が全然違ってきて、2人で遊ぶっていうことができるんですけど、
参加者 1 10:17
ただ、上の子がいる場合っていうのは、つまり上の子はテレビを見て育った場合っていう話だからね。テレビなしで育った上の子がもし第1の時はそういう状況に必ずなってるわけだから、暇状況が生まれるわけだから、 そのテレビを見てた子が途中でテレビなし育児に映ってくれるかっつったらそれも難しいし。あと、家におじいちゃんおばあちゃんがいるっていうパターンも割と なんていうの。その子供の暇ぐらいにはおばあちゃん付き合ってくれるかなって。子供も何やってんのかなとかって見に行くかなって思うんだけど、
参加者 1 10:36
おじいちゃんおばあちゃんがいる家庭で手料無くすとかも多分すごい無理なんですよ。上の子以上にね。だから、一体このテレビなし育児が叶う環境ってなんで、なんかあるのかな。ぐらいに思いましたね。その時は2歳前後の時はね。
だからうちでは厳密なテレビなし育児っていうのはそこでやめたんですよ。動画をね、youtubeをその辺で導入したんですよ。
それ、それはテレビなしじゃねえよって、テレビなしでがっちりやってる人からは言われちゃうやつですね。これでも本当無理だった。何もさあ、見せないっていうのは
参加者 1 11:00
大体なんていうの。そのテレビなしっていうのと、話しかけようっていう思想はすごい繋がってて、テレビは親子の会話を減らしてしまうものだから、 そうしないで、いっぱい話そうねっていう風にさ、その、専門、それを勧めたい専門家の人たちは言うんだけど、なんか、23時と、そんな話題ある。っていうのあるじゃないですか。なんかこう話しかければいいよ、こう話しかければいよとかって、よくさ、よく言うのは、なんでも実況しようとか、その
参加者 1 11:20
ね、その、お皿綺麗だねとか、その、見て、あそこに消防車来たよとか、なんかそういうの、家とか書いてあんだけど、そりゃそうなんだけど、それ、本当に休みなく1日中やってたら、めっちゃ疲れんだけど。っていう感じですよね。いや、疲れる疲れる。無理本当。それにさ、なんか逆に、テレビあれば、そのテレビについてね、さっきも、その テレビについて話すのがいいみたいなく、最初に保健所系からは言われてたっていう風に言ったけど、そのさ、一緒に子供番組見れば。なんか、あと、薄めで見てればさ、そんなガッチ見てなくてもさ、
参加者 1 11:42
なんとなく話題ができるっていうか、なんかワンワンでかすぎて怖くない。みたいな、なんかそういう話できるけど、何もないさ、子供にそこまで、本当に なんていうの。1日15分も30分もあげられないっていうぐらい喋り続けるのは不可能で、ちょっと私は思ったんですよね。そんで、こう、1日15分って決めて、youtubeを見せることにして、 なんか、youtubeさま、どんなの見せてたかっていうと、うん、子供が、よその子がおもちゃで遊ぶっていう動画なんですよね。
参加者 1 12:05
私、自分が独身か子供がいないぐらいの時に聞いた時は、すごい。その子供が動画の中で、他の子がおもちゃで遊ぶ動画を見てるって聞いた時に、読む末だなって思ったんですよね。なんか、なんか、そうしてると、他の子と遊んだ気分になるから。みたい 言った時に、な、なんだそれ。みたいな、おもちゃ買ってあげなよ。みたいな本当思ったし、リアル友達と遊ぶよ。みたいな気持ちになったけど、やってみればそれはやっぱ難しいね。がっちりやで。ママも作ったり、飽きないほどおもちゃを買い与えたりできるわけじゃない。
なんか、あと、そこにね、その動画に撮られてる子たちって少しお姉さんだから、自分たちよりね。
参加者 1 12:31
で、なんかもうちょっと世界が広いから、なんかもう少し多い語彙とか、もう少し広い世界を見せてくれて、でも子供としての親近感はあるみたいな、すごいちょうどいい感じで、 もうめっちゃありがたかったですね。手も出たとか言ってたのに、すごい手のひら返して、もうありがたいありがたいみたいな感じになりましたね。なんか中でもすごいたくさん動画上げて、めっちゃ遊んでるけど顔出しはしないっていう子が、ナナちゃんっていう子がいて、
参加者 1 12:49
なんかね、その子には本当に助けられた。動画もなんだろう、変な感じじゃないし、視聴回数伸ばすためになんか割と大袈裟なことやったりみたいな人たちもいっぱいいるけど、ナナちゃんのチャンネルはすごい安心して見せれる。
なんかこんなに動画あげ続けて、なんかこの人にとっては仕事だし、なんか辛くないのかなって、やっぱ最初はね、思ったけど、その子はずっと本当に今も続けてくれてるから、なんか、でも
参加者 1 13:06
よかったんだろうなって、わかんないですけど、本当のとこはわかんないけど、もう大きくなったから嫌だったらやめてるだろうっていう感じなんでね、好きでやってるとこもあんのかなって思うようにはしてますね。なんか思わないと辛いからさ。
ちょっと話がずれましたけど、そういうナナちゃんのyoutubeとかに助けられたりしてね。そっからは、うちではyoutubeはあってテレビはないっていう生活に切り替わって、そのまま アニメとかも。最近はね、ポケモンのアニメも見るようになって、この夏休みからですね、この間のね、あまりやっぱしんどかったから。
参加者 1 13:29
でもね、なんかテレビ見ないで育つと、そういうテレビ的なコンテンツを見るのに、結構ね、ぱすっといかないんですよ。
その、フィクションみたいなものに対する体制が全然なくて、その、小さい時に、まだちっちゃい時にさ、やっぱみんなアンパンマン好きじゃないですか。うちもテレビはないけど、公園で他のが持ってるアンパンマンのぬいぐるみを見た時に、もうその子を追跡するぐらいアンパンパンが気に入っちゃったから、もうグッズは全然買い与えてて。で、絵本とかもあって、
参加者 1 13:51
曲もめっちゃspotifyで聞かせて、ただこの本物のアニメだけがないっていう状態にしてたんだけど、そのアニメも、じゃあ見せてみるかと思ったら、もうね、ちょっと見ただけで、わいってなるんですよ。なんか、わいいみたいな、 やめてみたいな、 なんていうの。もう、序盤で、その、安定画面が暗転して、バイ近場とかが映った時点で脱落する、その、その、何かが始まりそうな予感っていうのにさ、その、悪いことが始まる予感みたいな、めっちゃ弱くて。
参加者 1 14:11
だから、全然そういうのが楽しめないんですよね。なんだろう、そういうフィクションの決まり事、そういうことがあるけど、なんか怖い描写があるけど、最後絶対アンパンチするとかって、 やっぱテレビを見てだんだん学んでいくことであって、それはやっぱなんだろう、やれる状態で見てたらさ、なんかテレビが小さい時から流れてると、なんか結構そんなもんかなと思って吸い込まれていくのかもしれないけど、2歳くらいからそれをやろうとしてもできないんですよ。
それなんか教育テレビ、eテレでも同じで、なんか見つけたっていう。私、小さい時はなかったけど、
参加者 1 14:35
なんか椅子、椅子、わかるでしょ。みんななんとなく、その育児業界にいない人も、なんか椅子のキャラいんなってことは多分知ってると思うんですよ。ナスみたいな頭し椅子のキャラがいるなっていう、あの人たちが出てくる なんか見つけたっていう番組があって、15分番組があって、ただ、その女の子と、サボさんっていう大きなサボテンのおじさんと、欲しいっていうそのリストいるんだけど、なんかその中で、アニメーション、
参加者 1 14:53
何アニメだったかな、あれ、フアニメなのかな。ちょっとごめんなさい、ちょっと細かいこともう忘れちゃったんですけど、立体っぽいアニメコーナーがあって、そこにすんげえ怖いキャラとか出てくるんですよね。別に話がそのものなんだけど、なんか骨 ポネスケルトン的な雰囲気のキャラとか、 あとなんか犬、すげえ口が開く犬とか、すごいその、キバが生ってるキャラとか出てくる時があって、そういうのにもう耐えられないんですよ、なんか。そんで、配信と違って、私、うちテレビがないから、そういうのもnhkプラスでお金払ってアプリで見てんだけど、
参加者 1 15:16
それって、でもテレビ的だから、その、同じ階がずっと見えるわけじゃなくて、1週間で全部入れ替わっちゃうし、 そんで見て、最後まで見ないとその会の構成がわかんないじゃないですか。見慣れてればお母さんが先読みできたりするのかもしれないけど、私はそこまで行かなかったから。
だから、いつ怖いのが出てくるかわかんないっていう状況になって、それで子供は見るのやめちゃったんですよね。本当、言い手で見せるの難しい。
参加者 1 15:33
そんな子が最近ようやくね、ポケモンにハマって。だからハマるっていうのも、うちではハマるって言ったら、そのキャラクターが好きになって、ぬいぐるみを買って、図鑑を読んで、みたいな、そういう外、外側から、だんだんこう、コンテンツの本場に近づいていくみたいなことですけど、好きになって、 とうとうアポケを見るようになったんですけどね、そこまで長かった。何かアニメを見るまでもポケモンしか見ないです。
ポケモンってさ、ちょっと話長くなっちゃうかもしんないですけど、すごい子供に見せるためによく考えて作られてて。私知らなかったんですけど、ポケモンってどんだけ傷ついても血が出ないんですよ。
参加者 1 15:59
それ、最初からそうだったのかな。それはわかんない。なんかだんだん配慮をするようになったのかわかんないんですけど、とにかくね、すんごいこう、ぶっ飛ばされたりとか、大変なこと、かなりの引っかき傷とかが あって、ついても、なんかこう、表面がこうすれてるみたいな、ちょっと黒くしゃしゃしゃって書いてあるみたいなだけで、絶対にね、血を流さないんです。だから多分うちの子は見れるんだよね。
うちの子供はすごい血に弱くって、自分が怪我すると、もうちょっとした怪我で、もうびえーってなって、そんでその後お風呂に入る時にまた傷を見たくないっていう理由でびえーってなる
参加者 1 16:24
みたいなすごい人なんだけど、でも、そういう配慮があるから、ポケモンは見れるんですよねえ。あっという間に配信でさ、その130話ぐらいだけど、今それ全部見ちゃった。結構。だからもう今や動画にそっくり。
普通じゃねえかみたいな感じなんですけど、そんな感じで今は生活しております。
なんかここまでテレビのない家で生まれた子供が世の中と折り合いをつけるまでみたいな話に、だんだん折り合いをつけていくまでみたいな話になっちゃったけど、テレビなしで育ったっていう特徴をね、こっからは喋っていきたいと思います。よかったこと的な。
参加者 1 16:50
子供の良かったこととしては、すごい。うちで1番大きかったなと思ってるのは、そのネガティブすぎるニュースに触れないで済むことですね。
なんかこう、すごいさ、想像力、想像力って言ったらあれだけど、なんかイメージするのが、イメージ力が強い子供で、 なんか、その、幼稚園で、結構、うちの幼稚園で、ネタ���喋ってくるみたいで、その、ロシアと戦争始まった時とかも、
参加者 1 17:12
その話したりとか、なんか、別にニュースみたいな内容言ったりしてるわけじゃなくて、こうして、世の中に傷ついてるお友達がいますみたいな話をされたりとかするんだけど、もう、そうするとさ、 家に帰って、なんかその話をずっとす、なんか、戦争って言うわ、にすごい敏感になって、なんか、なんかのせいで、なんかのきっかけで、こう、うちら戦争っていう口言葉を口にすると、もう、何何何。って、なんか割って入ってきたりとか、 なんか、あと、そうね、なんか去年の冬に最初に、そういう戦争とか以前に、
参加者 1 17:33
なんか世界にはこういう風に、なんだろう、お金がなくて増やしてる人もいるんだよみたいな話を幼稚園でしたことがあって、その家に帰ってから、すっごいさ、繰り返すんですよね、子供がめっちゃ、なんか 世の中にはお家がない子もいるんだよ。お母さんに会えない子もいるんだよとかってすっごい言ってきて、なんか ショックを受けてるのもあるけど、それもありつつ、なんかこう、よっぽど心に染み入ってるっていうか、そういう感じだったんですよね。だから、そんな子供にさ、
参加者 1 17:56
なんていうの、コロナの初期の、なんか映像的記憶みたいのが残んなくてよかったなっていうのを思ってるんですよね。正直ね、 なんかさすがにお腹なっちゃった。ちょっとお昼の前だからね、なんかコロナのことはだんだん理解してきてるけど、その初期の混乱した感じとか、なんかもう、どうなるんだろうって、ざわざわしてる感じ。私もなんかそこに、正直、あんまり詳しく触れなくてよかったな、映像見なくてすんでよかったなって思ってんだけど、なんか親とかから話を聞いてね、
参加者 1 18:16
なんかそういうのが残んないと思うと、ほっとするとこがありますね。やっぱりね、そういうネガティブなニュースって、やっぱ、うん、その、ナブな子供にはすごい残っちゃうから。
私ね、日航機の墜落事項、82年の2月生まれなんですけど、 その墜落事故のことをすごい覚えてて、その詳しいことはやっぱ意外と、さすがにね、3歳だから知らなかったりするんだけど、その時の、大きな飛行機が落ちて、ものすごいたくさんの人が亡くなったっていうのは理解してて、
参加者 1 18:38
なんか登場者名簿みたいのがさ、今みたいに、その、ネットで一覧とかで見れないから、テレビで流すしかないんですよね。その、飛行機に乗ってた人の名前を親族が知るにはさ、その、乗ったんだよっていう確定を得るためには、テレビで流すしかないから、何百人っていう人の名前を、ずっと流してんですよね、テレビで。なんか、その、青いバッグに、なんか白いもちでさ、しかも、なんか 漢字が判明してる人が、漢字になってるけど、少しだけで、もうほとんどの人は、カタカナで、日本人の名前がすごいバーって並んでさ、なんかそういうのを覚えてて、飛行機こわと思って、 それだけで、まだ載ってないわけじゃないけど、まだ乗ってないですよね。
参加者 1 19:05
そんで、それって私でもはっきり映像で覚えてるから、よっぽど私が6歳ぐらいの話だったのかなって思ってたけど、調べたら3歳とかだったからさ、その時期の記憶がこんなに残るんだって、やっぱショックを受けるっていうのは、すごい小さい子供でも同じなんだなって思ったんですよね。
だから、そういう、それだけじゃなくね、日々なんか悲惨な話っていうのは報道されてるわけで。なんか私も病院の待合室とかで、周りにテレビを見ると、なん。なんか不安はある話ばっかりしてんな。ずっとこんな話ばっかりしてんなって、やっぱり思うようになりましたね。なんかこれに触れないってやっぱ大きいなっていう。
参加者 1 19:33
ラジオはうちはあるんですけど、ラジオってそんなにさ、真昼にずっと不安を煽る話とかしてないですもんね。なんかみんなからのお便りとか呼んで、季節の話とか日常の話とかしてるだけですもんね。すごい違う世界を生きてるなと思って。
ま、あと、だんだんね、子供はその、テレビがないおかげまで行ったらあれだけど、さっきは集中力が小さい時はないんだっていう話をしたけど、なんかそれがすごい途中からぐっと伸びてきましたね。
うん。その、絵を描くにも、なんだろ、結構がっつり集中すれば、1時間とかバリバリ、バリバリ、チャキチャキ書いてさ、もう私の同じ年の時よりもはるかに絵が上手ですね。
参加者 1 20:05
なんかそれが、それがね、なんか他のことに発揮されるのかとかはわかんないけどね、集中力がついたのか、絵が好きになっただけの、なんか微妙っていうか、絶対後者だと思うけど、 でも、そういう風にさ、1人でちゃんと暇って言わない時間が増えてくれてよかったなっていう風には思いますね。でも、今も言うけど、その、休みの日で、昨日みたいにさ、雨で休みで出かけられなくて、みたいな日は、もう暇っていう感じですけどね。いまだに言う。
参加者 1 20:24
だから、だんだんテレビなし育児のテレビなし生活の利点が見えてきたっていう感じで、先にクオが来るんですよね。先に大変なことがいっぱいあって、もうやだみたいな感じになっちゃうけど、なんか後でもうちょっと楽になるみたいな。でも、それって、youtube見始めたからなのかな。動画を大きいからなのかな。
そうかも。普通にうちらでもこういうね、ちゃんぽんで、ちゃんぽんぐらいでさ、その、テレビはないけど、youtubeあるぐらいの感じでね、やっていけたらと思いますね。でも、どうなのかね、この先どんぐらいまで続くんだろうっていうことは思いますね。
参加者 1 20:47
小さい時は、幼稚園入ったらもうダメだろうって思ってたんですよ。その、なんだかんだこう、文化を輸入してくるっていうか、プリキュアがどうこうとかきっと言い出すんじゃないか、みんなと話が合わないみたいなことになるんじゃないかって思ってたけど、今ってやっぱ他のお家でも、テレビがあるおうちでも、結構 子供の趣味によって、プラスでなんか配信で見せたりみたいなことを全然してるから、その個々の興味に応じて特化していくっていう感じで、なんか漫然と流行ってるものとかあんまりない。あれ見てこれ見たっていう、毎日何かが話題に登るってことは全然ないみたいでね。そうそう、好きなものがあるって感じになってて。しかも
参加者 1 21:15
子供は、うちの子供はポケモンっていうその大派閥に所属してるわけだから、あんまりね、そのテレビがないっていうことで、他の子と話が合わないっていう風になってるとは思わないですね。多分ですけど。
この後もさ、youtubeはさ、別に話題がどうこうってことないんじゃないかな。どっちかって言ったらね、今の子なんて、あの動画見たぐらいの感じなんじゃないかな。わかんないですけどね。
あとは、本当は私がnintendoswitch欲しいって、ポケモンの新作やりたいって思ってますけど、
参加者 1 21:37
子供がポケモン好きになって、私は結構子供が好きなものはなるべく知っていこうと思う方だから、そんな意識高い感じゃなくて、もうなんか楽しいことないかなと思ってるからさ、ポケモンもどんどん覚えて、調べて、もう私もすっかり ね、ポケモントレーナーデビュしたいっていう気持ちになりました。めっちゃ新作楽しそう。hikakinのあれですよ、実況。実況じゃないからね。正確には 見てるうちにスイッチないから。もうネタバレとか何もないからさ、しょうがなく配信で我慢してるけど、本当はスイッチやりたいですね。テレビなし9時に関してはこんな感じかな。
参加者 1 22:02
テレビがね、あるといいことも。でもきっとあると思いますよ。なんかそれも思うな。その 一般常識みたいなのが。さっきのその事件を知らないっていうのはすごい良し悪しで。小さい時は本当にね、今みたいな幼稚園児ぐらいの時っていうのは気にならないと思うけど、やっぱり途中からはなんかその世界史みたいな話とも通じていくし。
なんかテレビがあるから選べる知識、やっぱ社会系はすごい大きいですよね。
参加者 1 22:21
私、すごい池上彰さんがパパだった中間子供ニュースのもう第1世代だから、なんか池上さんのありがたいお話、ほとんどね、忘れちゃったんだけど、その、中東の問題とかっていっつもね、解決してくれて、その時はそうなんだって、なるほどわかったって思うけど、忘れちゃうんだよね。また次の年までには複雑すぎて忘れるのこと 忘れちゃうんだけど、少しでもやっぱなんかなんとなくあの辺でずっと戦争してんだなってわかったりとか、そういうぼんやりした知識の入り方っていうのはテレビならではだなと思うからね。テレビがある良さっていうのもきっとあると思いますね。
参加者 1 22:46
うん。でも、私自身の気持ちとして、うん、テレビが、その、ゲームのディスプレイとして以外の用途のテレビが欲しいなとは、もうあまり思わないかな ね。だんだんこうやってウシタ見たくなっていくのかなって思いますね。電車。電車に私そうそう乗らないけど、月に1、2回、2、3回ぐらい、乗っても3回ぐらいなんですけど、なんかそういう時、すっごいょょょ強してず広告とか見るんですよね。世の中のことがわかんないからさ。
参加者 1 23:04
そう、で、芸能人とか政治家とかのさ、年撮った写真見てぎゃーっていっつもぎゃーとかさ。あと、若い人たちはもう知らない、全く知らない人になってるから、誰だろうみたいな。この人誰なんだろうなとか、よく知ってた俳優さんだけど、もう名前思い出せないなと思って見てたりとかね。ウシマタプリを結構楽しんでます。
そんなテレビがあるとかないとかに関する雑談でございました。じゃあ唐突ですが、そろそろエンディングに参りたいと思います。
そうそう、その前回のママとかに関して励ましのお便りをいただいたので読ませていただきます。
参加者 1 23:30
お名前の記入などありませんでしたので、匿名さんからのお便りとして読ませていただきます。幼稚園でのぼっち感、かなり辛いですよね。私もそんな感じでした。遠足の時、他のお母さんたちがにぎやかにしている時、私は娘と2人でおにぎり食べていました。
これね、遠足で。幸いにしてね、うちの幼稚園は幼稚園で家族行事でお弁当食べるってシチュエーション、今まで1回もないんですよ。コロナのせいなのか、元々午前中で終わるようになってんのかわかんないんですけどね。
参加者 1 23:50
なんかでも一応。しかし、みんなで集まってお弁当食べない。みたいな流れがこう、遠足のや遠足の時もあって、その時になんかこう、こっちみんな集まってるけど、実質ぼっちみたくなりそうやなみたいな予感はありましたね。結局なんか、 なんか前日にめんどくさくなって、弁当とか詰めんのもういいやと思って、やっぱ明日行かないわみたいな感じで言って行かなかったんですけど、行ってたら娘と2人でおにぎりコースになってたと思う。
続き読みます。娘が可哀そうになりました。こんな母親でね、こんな母親でって思っちゃうんだよね。その感じは子供が小さい頃が1番強かったですけど、割とそういうのがずっと続いていくのかなって思います。
参加者 1 24:16
続くんかい。 私は蒸れるの嫌いなので、群れようとする人を避けてしまう傾向がありま。小さい頃女子にいじめられていたので、女子の集団が苦手なんですよ。今でも苦手です。でもなんとか子供は成長します。というお便りでした。どうもありがとうございます。匿名さん ね、ずっと続くんかい。ってもずっと言っちゃいましたけどね。なんかどっかで克服できるのかなって思ったりもするけど、ずっと続くんだ。なんかね、簡単にはやっぱ元の状態には戻んない。簡単にはっていうか、戻んないのかもしれないですよね。
参加者 1 24:38
なんかさ、私、動物が小さい頃苦手だったけど、27、8ぐらいからすんごい好きになって、なん。なんで逆に苦手だったのなったのかなっていう。犬はさ、犬は全員いいやつ、基本いいやつだよっていう 強いこう思い込みっていうか、確信があって、なんか、だからさ、人間も犬みたいにさ、基本いいやつだよって思えればいいんだろうな、変わんないかなって思ったんだけど、ずっと思ってんだけどさ、それはちょっと違うよね。なんか犬に噛まれて犬が嫌いになった
参加者 1 24:58
とかじゃないからさ、犬の場合は、なんか人間は実在を受けてるから、やっぱり気持ちだけでは変わんないというか、そういうさ、切替えて、急に切り替わることってやっぱりないのかもしれない。良くなっていくとしても、本当に徐々に徐々にっていう感じなのかもしれないですね。この匿名さんがおっしゃる通りね。
でも救いがあるのは、そのこんな母親でっていう気持ちがの方がだんだん消えてくっていう。子供がねだって大きくなって、自分で行動するようになればねって私も思います。
私もこんな母親でって思う時があって、それは夏休みとか長期休みの時なんですよね。
参加者 1 25:22
冬はまだいいよ。冬と春は外で遊べるから、とりあえず公演とか言ってチャーニングしてればいいんだけど、夏がさ、もう実質東京の夏って外で遊べないわけですよ。その暑さがひどすぎて。
だから遊ぶとしたら児童館。児童館でも夏休み中小学生優先だからな。
だからそれもあって、もう人んち行くみたいな遊び方しかできない。それか、暑さに強い子になるうちは、どっちかっていうとそっちの方向でやってきてますけど
参加者 1 25:41
ね。よそのうちに遊びに行くっていうのが1番いい方法なんだけど、それってやっぱ深い関係がないとできないわけですよ。だからそういう時にも本当ごめんねっていう。退屈な夏休みにさせちゃってごめんねって思ってます。ね。ね、早く自分1人で遊びに行ってくれるようになればいいな。何年生ぐらいからそうなるのかな。
ね、本当。あと、なんとか子供は成長します。なんとか成長してくれるよね、きっと。ねね、この方はお子さんどれぐらいになったのかな。結構たったっていうことでしょうね。もう、励ましのお言葉ありがとうございました。育児の先輩、いかがでした。
参加者 1 26:03
お便りの募集を最近テーマ別にお便りの募集をしてまして、その聞いてるポッドキャスト、 今聞いて、他のポッドキャストっていうのと、青春とラジオっていう題で募集してたんですけど、この青春とラジオがですね、いつも来なかったので、そう、そっちはもう今回は諦めて、また別の機会に募集させていただこうと思います。今聞いてる他のポッドキャストはもう1通いただけたのでね。今2通になったので、 あとね、5日3ついただけたら、そのテーマでね、私の聞いてるpodcastと、そのお便りでお2方が紹介してくれたpodcastとね、話したいと思ってます。
参加者 1 26:27
この番組では、ご意見窓口としてマシュマロのアカウントを解説しております。概要団にリンクがありますので、こんな話してほしい、こんなことを聞きたいみたいな話。あとはもちろん、ご感想がございましたら、ございましたじゃないご感想もありましたら、お気軽に送ってみてください。匿名サービスですが、ラジオネームや年齢、ぼかした居住地など 書いても言い方は書いてくださると嬉しいです。めっちゃお腹なったまいた。じゃあ極小か。こうなりたいと思います。
えっと、spotifyのミュージックプラストーク機能を利用して、番組の最後にテーマにまつわる曲を紹介するということをこの番組ではやっております。
参加者 1 26:53
聖 9
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じゃれ本 2卓目の作品
「じゃれ本 オンライン試用版」を使ったセッションで紡がれた物語たちです。前の文の前後関係がわからずに何かを書こうとするとこうなります。参加した本人たちはめちゃくちゃ楽しかったです。
お題:特になし ページ数:8P
『数奇なチョコレート』
どうしてこうなってしまったんだ? 私が早朝にこっそり彼の机の中に仕込んだはずのチョコレートが、どうしてあんな場所から出てきたんだ。 朝チョコレートを入れてからずっと監視してたんだぞ。おかしいだろ。
朝からずっと監視していたが、彼は机の中のそれに気付く気配すらなかった。疑問に思いながら注視していると、教室移動の時間になった。今日はアルコールランプを使った実験の日だ。
もしかしたらあれは元々彼の持ち物だったのかもしれない。アルコールランプのオレンジ色の光を見ながら考えを整理する。監視したところで……それに注意を促すような筋合いもこちらにはないのだ。
揺らめく灯を眺めていると、それに炙られる何か、まで想像してしまうのは悪い癖だろうか、職業病か。黒褐色に燻された「それ」は――まるでカカオ豆、とは悪趣味かと頭を振ったとき、ランプが消えた。煙が、甘い。
香りが部屋に充満していく。煙がゆらゆらと揺らめき次第に形を成し始める。何が起こったのか分からず呆然と見つめていると、それは小さな人の形になった。つやつやとした濃い茶色の、まるでチョコレートのような
教室がざわつく。もしかして、と冷たい汗が背筋をつたったのを感じる。 私が今朝入れたチョコレートに、何か関係のあるものなんじゃないか。すると、その小さな人型のチョコレートは、驚くべきことに言葉を発した。
「つくえ」「こども」「かばん」と目に止まったものの名前が読み上げられる中、「とみこ」という知らない名前が挟まる。人型チョコレートから発された言葉に、びくりと大きな反応を示したのは私ではなかった。
「何故、その名前を…?」 隣、というほどでもない距離で小刻みに震える声。振りほどいたはずの赤い糸が、いつの間にか小指を締め上げていた、というような。人型チョコレートの顔部分に、ぱきんと割れ目ができる。
『コンビニで買ったねこ』
今日びのコンビニには何でもあるから、猫をバーコード決済でお買い上げすることぐらいお手の物だ。だけど道義的躊躇を捨てきれなくて、私はいつもパッケージの前を素通りする。嫌味かのようにスナック売り場の隣だ。
お菓子を選ぼうとするとどうしてもチラチラと目に入ってしまう。かわいい猫たちのパッケージ…三毛、サビ、ハチワレにトラ。無視しようとしても暴力的なかわいさが私を誘惑する。棚前で吟味していた客が黒猫を手に
レジへ向かっていった。その客を注意深く見守っていると、レジの店員はまるで何事も無いかのようにパッケージのバーコードを読み取り、こう言った。 「この場で開封して行かれますか?」 「いや、家で開けます。」
「ノワァ」変な声で鳴くなあれ。電子決済されていった「ねこ(?)」を見送り、棚を見ればまだいくつかの在庫があった。真四角のパッケージの中で思い思いに伸びたり縮んだり捻れたりしている。呑気なもんだ。
彼らの何割が、自分が実は玉ねぎが食べられなかったりd払いのキャンペーン対象だったりすると理解しているのだろう。来月の請求書では「国民健康保険料」と同列に並んだりするのだ。……ちょっと見たいかも、いや、
猫だって同じ命なんだからこんなふうに扱うのはやっぱり良くない。しかし猫が国民の健康に寄与しているというのは厳然たる事実だ。間違いない。私が若干不健康な日々を過ごしているのはもしやねこが居ないからでは?
そう思った私は、吸い寄せられるようにひとつのパッケージに手を伸ばした。 レジに持っていくと、店員はやはりこう聞いてきた。 「この場で開けて行きますか?」 私もやはりこう答える。 「家で開けます。」
家に帰りそっとパッケージの蓋を開けると「ノワァ」という鳴き声とともに、ねこは消えた。空になったパッケージからはゴロゴロと小さな音が響く。どちらでも���いのだ。本当にねこでも、本当はねこでなくても。
『どこにでも現れるメガネ』
異変に気付いたのは、弐萬圓堂で眼鏡を新調してから三日目のことだった。週一の楽しみ、サウナ通い。オレンジ色の明かりと蒸しに蒸された空間で、俺は目元に違和感を感じた。 熱い! なんとそこには、
…ない。何もない。熱いのは蒸気を直に受けたからで、俺の虚弱な目を守るべく新調した眼鏡がどこにもない。嘘だろ、もう無くした? あの店主、「こいつは絶対に無くなりませんよ」なんて吹きやがって! そもそも、
眼鏡の紛失防止に眼鏡チェーン以上のものがあると思った俺が馬鹿だったんだ。何が「合図一つでどこでもお供! あなたのお眼鏡に叶います!」だ。俺は蒸気で濡れた顔を拭い、0.2の裸眼でレンズの光を探す。
うすらぼやけた視界で必死に探せど一向に見つかる気配はなかった。もう諦めて新しいメガネを買いに眼鏡屋へ行った方がいいのではないか…そんな考えが脳裏を過ったときだった。
ふいに、胸ポケットに違和感を覚えた。恐る恐るまさぐると、『あった』。無くしたはずの眼鏡が、そこにあったのだ。なんて便利な眼鏡なんだ、と思うかもしれない。でも俺は、うっすらと気味の悪さを覚えていた。
無くして見付かる。眼鏡はその繰り返しだ。眼鏡が見付かるのは決まって、ニュースでとある地名を見かける時だった。幼い頃だけ住んでいた田舎。何故今更ニュースで名前が上がるのか不明なほど辺鄙な場所だ。
便宜上故郷であるその地は、ちと難解な名がついている。何も見ずに書けと言われたら俺でも無理だ。 …もしかすると眼鏡のやつ、テロップに映るその込み入った字画を解らせたいために、毎度戻ってくるのだろうか?
つまり、この字を覚えれば晴れてこの眼鏡は役目を終えるというわけだ。なるほどね。俺はこれからもこの地名を覚えることはないだろう。いや、いつか死ぬ前くらいには覚えてやってもいいかな。
『おまかせ木綿豆腐』
絹のやつとは作りが違うんでね。多少の荒事ならこっちに任せるのが正解ってもんだ。名前? 『モメン』じゃない、『ユウ』だ。大体あいつがキヌなんて名乗るからセットで豆腐なんて言われることになってんだ。
キヌのやつは今日も得意のスムーストークであんたを誑かしたんだろう。依頼料は高くつくぜ、財布の紐をどれだけ締めても、あいつには湯葉も同然だ。 まあ、任せておきな――それで、あの「高野」と何で揉めたって?
…なるほど。あの土鍋は上物だからな。どちらの取り分かで揉めたってわけだ。で、その土鍋を自分のものにしたいと、そういう話だな?なあに、俺にとっては湯豆腐みたいなもんさ。安心して吉報を待っておけ。
そう言って男はすっくと立ちあがると、土鍋を求めて夜闇に消えて行った。 なぜならそう、この男こそもめ事の仲裁のプロ。ネゴシエーターなんてお洒落な肩書はいらない。『おまかせ木綿豆腐』その人だったのだ。
─というのが、前回君たちに講義した内容だ。きちんと覚えているかね。『おまかせ木綿豆腐』に関連する記述には実はいくつかの相似点が見られてね。同一人物とする説も複数人とする説もあるが共通しているのは、
その「変幻自在性」。まさに豆腐、ないし大豆だ。柔らかく相手を受け止め、誰かの色に染まるかと思えば、ときに肉食獣のごとき強靭さも見せる。変異性の遺伝子が組み込まれている、と言われても疑うまいよ。
豆乳の満たされたプールで悠々と寛ぐ高野とその取り巻きたちを尻目に、私は屋敷へと忍び込んだ。
そこにあったのは黄金の土鍋。黄金でできているが、確かに土鍋である。私は難なくそれを手にすると、豆腐を味噌汁に滑り入れる速さで屋敷を後にした。 こうして事件は解決した。おまかせ木綿豆腐におまかせさぁ!
お題:おまかせ縛り ページ数:8P
『お父さんが作るヒンズー教』
「そうだ、ヒンズー教を作ろう」 ある日、父の口から出た言葉だ。 定年退職を迎えた父親が始めるものといえば蕎麦打ちと相場が決まっているが、なぜか父は宗教に目覚めてしまったようだ。
「ヒンズー教はもうあるじゃん。作る前にもうこの世に存在してるから諦めなよ」至極冷静なツッコミも父は意に介さないようだった。「まずは合言葉を考えるか」「よくわかんないけどもっと先にやることあると思う」
「じゃあまずお父さんがヒンズーとして」「お父さんヒンズー教知らないよね?」 まったく分からないまま父の熱意だけが空回りをしている。理由を尋ねるのも嫌だが、掘り下げてくれと父の顔が言っていた。
「…うん、じゃあお母さんは?」 そういう自分だって女神転生シリーズの知識しかないけれど、お父さんに至ってはこうだ。 「母さんには、ラーマをやってもらおうと思う」 マーガリンで覚えたなさては。
「母さんにカーリーをやってもらうわけにはいかないからな」 「そこはヴィシュヌとラクシュミじゃなくて良いんだ」 最早女神転生オタクの会話である。お父さんは黙ってメガテン5をセールで買った方が良い。
「タマにも我がヒンズー教の一柱として重要な役割を与えよう」「タマ…巻き込まれてかわいそうに」何も知らないタマは父に撫でられて満足げにゴロゴロと喉を鳴らしている。「名はタママーンに改名す」「やめて」
タマを膝に抱いてああだこうだと話す父は、それはそれとしてまあ楽しそうではある。もともとこの手の与太話を作るのが好きなヒトなのだ。
この一連の流れだって、先週配信サイトで「RRR」か「バーフバリ」を観たせいに決まっている。些細な愉快をくれたのならまあ良いじゃないか。女神転生シリーズでの知識しかない僕が、文句を言っても仕方ないのだ。
『健全な肉体に宿るユンケル』
健全な精神は健全な肉体に宿る、なんてのは全きウソであり、少なくとも俺の健全な肉体には恐らくユンケルとかが宿っている。しじみの味噌汁とプロテインバーも。筋肉は全てを解決するなんてウソだ。解決してみろ、
なかやまきんに君。筋トレは正義かもしれないが、そもそも現代社会人に残される可処分時間なんてたかが知れている。その貴重な時間をどうやって筋トレに費やすことができようか。かといって、
このままでは肉体は不健全になるばかりだ。もやしまっしぐらだ。いや、それだけならいいが代謝が落ちた体はいずれ摂取した栄養を消費しきれず蓄え始めてしまう。そうなったらもうおしまいだ。
ともあれ対策は早急に行うべきだろう。何故なら健全な肉体でなければ意味がないからだ。精神はこの際置いておく。ユンケル的にはそっちはあんまり役に立てない。自分で頑張ってほしい。そうと決まれば早速、
行きつけの薬局へ―向かうつもりだったが、深夜営業のはずのそこは閉まっていた。シャッターに「本日棚卸」の文字。期限切れになるだろうアプリクーポンを惜しみ、否、惜しむより先に鉄剤だ。イオンなら、いけるか。
その一縷の望みは、すぐさま砕かれることになった。 しまった!深夜営業の薬局が閉まっている時間帯に、イオンが開いてるはずないじゃないか!! 赤と白の看板の下、俺は絶望する。鉄剤。なんとしても鉄剤を。
「ヤーッ!」それは突然のことだった。窮地に陥った俺の耳にあの聞き慣れた声が飛び込んできた。「き、きんに君!!」そう、紛れもなくなかやまきんに君だった。自信に満ちた仁王立ちでそこにいた。「ハッ(笑顔)」
なんて眩い笑顔なんだ。失われていた力が蘇るのが分かる。何が敵かも分からんがとりあえず殴っとけば良いか。やはり筋肉。健全な肉体、頑強な筋肉、それこそがすべてを解決する。
『我が家UFO』
ホログラムで出来た夕暮れの町並み、伸びていく影。少し湿った柔らかい土の上を走りながら、僕らは家に向かっている。僕らの家は、頭上にある色とりどりのUFOだ。
姉ちゃんとその彼氏(現:元カレ)の些細なLINEスタンプ会話が、うっかり「母星」との通信に混線してしまったせいで、呑気な地方都市は太陽系いち愉快な避暑地に変わった。葉巻型の家も金星人からの贈り物だ。
アダムスキー型のホテルは木星人が建てたもので、海王星人にたいへんウケが良く、県外からの観光客にも人気になっている。おま��に日清グループの焼きそば工場まで進出してきたものだから、町はとても賑やかになった
しかし後に大きな問題が発生した。建てられた数々のUFO建築物が人々をアブダクションし始めたのだ。幸いなことに内臓を抜かれキャトられるところまではいかなかったが
普通に改造はされたし記憶も改ざんされた。お父さんが二人いるご家庭も出来れば、長女が増えたご家庭もある。UFOは「家族は複数人」ということしか理解していない。その関係性や成り立ちは二の次だ。
「どうする、姉ちゃん」と僕は言う。「このままいくと元カレが僕らの新しい兄ちゃんだ」 「無理絶対無理、あんな伸びたカップ焼きそばみたいな男。お湯と一緒に流しに捨て――」 瞬間、僕らは同時にはっとした。
僕らの葉巻型ハウスの前に、新たな葉巻型UFOがフォンフォンと音を立てて降りて来たのだ。硬直している僕らの前に、光が射す。この家をプレゼントしてくれた金星人だ! 金星人は優しく微笑んだ。
「このたびはUFO型ハウスのモニターになっていただきありがとうございます」僕たちモニターだったんだ。しらなかった…「住心地はどうでしたか?」アンケート用紙を渡された。とてもよかったに◯をつけた。
『キャンプファイヤーをするスリ』
目の前にはごうごうと燃え盛る火柱がある。いわゆるキャンプファイヤーというやつだ。ぱちぱちと爆ぜる音と顔を焼く熱を浴びながら今までのことを思い返していた。いつものようにスリの獲物を物色していた俺は、
おあつらえ向きな男を見つけていた。取ってくださいと言わんばかりにチラ見えする財布。しかも厚い。おどおどとした雰囲気も丁度いい。財布はあっさり俺の手中におさまり、今日の仕事は完遂だ。そう思っていた。
なのに今、俺は何故こうして積まれた薪の前に立ち尽くしているんだ? 五分じゃ審査が下りないだろうカードや角の折れてない札が詰まった革財布を、まるで炎に投じたがっているかのように。否、焼かれるのは財布か?
そうだ。財布ではなく俺自身を焼けば財布は無事だ。俺が罪に問われることもない。――いや、何を考えているんだ、俺は!困惑する俺の意思を無視するように、俺の手が勝手にチャッカマンを薪の隙間に差し込んだ。
一気に薪が燃え上がる…かと思ったが、一向に炎は上がらない。チャッカマンの小さな火は薪の表面を焦がすだけでなかなか燃え移らない。薪を燃やすにはもっと燃えやすいものを先に入れるんだったか。何か手頃なものは
とポケットをまさぐり、結局スッた財布にいきつく。レシートくらいなら燃やしても良いだろう。財布の中には幾重にも折りたたまれた…異様といえるような長さのレシートが入れられていた。何だこれはと手に取り、
中程の印字に目を剥いた。「割引 50%」と付記された項目。みな人名だ。中には、俺の名も。 何が引かれてるんだ? 人間的価値? 確かに俺はスリだが半額になるほどか? それとも、…命、寿命。その領収書。
気付くと俺は、木組みの中にいた。燃える炎が、全身に纏わりついて行く。たすけてくれ、と声をあげそうになるが、呼吸すらできない。 目の前に男が立っている。 「ええ、その通りですよ」 男の目に、炎の橙が輝く
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日々あれこれ#116
2024年2月12日 蛍光灯のスタンドから発せられる光 映るものは小さなシャドウ かわいさを誇張されたスフィンクス 新造のギザギザは 過去の気候変動とは関係のない造形 オリジナルとの差異 同じ名の気がしてもトラと人の怪物と猫 時空もなにもかも違う いや同じ じわりと合わさる孤高の存在 時を旅する神の影
2024年2月13日 彼女は狂っていて 突き破り飛びだす きらめきの紫吹 小さい歯車があちこちに飛び跳ねれば ズレは狂いを加速させ あるいは 正常に導いている フィルムの逆回しのように時が戻れば 後ろばかりの待機 狂いは正常になるのかもしれず 破裂した世界の収束 美しい遡り 突き刺すアリア 狂った彼女
2024年2月15日 当たり前と信じ 歩いてきた現実は 過酷な事実の下では 壊滅的 見えていて感じているもの なにが本当か分からずに 小舟でカオスに漕ぎだした 信じるものも不明のままで 愛するものも猫の目のようにコロコロ変わる 夕暮れ 愛されるものも 消えゆく 破壊したいが打ち砕かれ コロコロしている
2024年2月16日 外に出てみれば まぶしい風船の中 天に揺らぐ黄色の太陽 存在が曖昧な 歪んで回る軌道と速度 思っているのではなく 追い詰めている 悪いとか悪くないとか なぜとかどうして 中に入れば分かるはず もう中には入れずに 時を止めたその中の ちょうどよい大きさのため池 出てくるしかない場所
2024年2月17日 誰かに裏切られたとしても なんともないよ 期待なんてしていない 裏切りの意味��分からない だけど ちょっと淋しいね 重量のあるものでなく 羽毛よりも それより軽い存在 思い知る だからちょっと悔しいね なにも期待していないはずなのに おかしいね なにも変わらないはずなのに 少しね
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2024年1月18日木曜日
病院の待合室にて8
第三の猫
先週の火曜日、1月の9日に、辞めた会社より「そちらから送ってもらった傷病手当の書類が届きましたので、手続きに入ります」という連絡が来た時に、「離職票はいつこちらに届きますか?」と訊いたら、「給与明細と一緒に送りますので、明日発送の予定です」と返ってきた。毎日ポストを覗いては、届いてないなぁと、♪ウェイ!オーイエス!ウェラミニミスターポースマーン!ウェイエイエイエエイミスターポースマーン♪状態になっていたのですが、12日の金曜日になって辞めた会社の何もかも忘れてしまうことで有名な総務の男から「本日速達で発送しました。遅くなって申し訳ありません」と連絡があって、そういう会社だったそうだった忘れてたと思いつつ「了解です」と返信したのだった。
会社を休むようになってから間もない頃、とある転職サイトを見ていたら、退職後にやること、として、「国民健康保険の手続きは退職から14日以内に済ませましょう」とあった。離職票が手元に来るのは13日の土曜日になるので、手続きは15日の月曜日以降となる。「わたしは大丈夫なのだろうか、タイトロープから落ちたのでは無いだろうか、『貴様に加入できる健康保険などない、永久に10割払い続けろ』と閻魔大王みたいな人に言われるのではないか」と不安になり、金曜の夕方に吉野川市役所の山川支所へと駆け込んだ。小さな役場の事務所にどうやら閻魔大王はおらず、受付に立つとお姉さんが応対してくれた。「かくかくしかじかで私は無間10割地獄に落とされるかもしれぬ、助けてけろ」と言うと(言ってませんが)、「安心なさい、そんな地獄はありません、渡る世間に鬼はないという言葉もあるでしょう」と言われ(言われてませんが)、「14日を過ぎても手続きは出来ますよ、保険証が遅くなるだけで」ということで、ほっと胸を撫で下ろした。このお姉さんがとてもいい温度の世話焼き感のある人で、「まだ離職票届かんのはつらいなあ、心配になるよなあ」とか「年金の免除申請は全額か3/4か1/2か猶予か選べるんやけど、ふつう全額免除してほしいに決まってるやん?ほなけんそう書いてな?」とか「年金のお金は免除の審査が出る前に払ったらいかんのじょ!返って来んけん」とか、こちらの気持ちに立った助言をしてくれるので、大変助かりました。やっぱり基本的には書類が揃ってから手続きした方が分かり良いとのことで、また来てねということになった。
13日の土曜日にミスター・ポストマンが書類を届けてくれたので、晴れて月曜日に役場に手続きに行った。金曜日に応対してくれたお姉さんいないかなぁ…と思ったのですが見当たらず、別のお姉さんが応対してくれた。このお姉さんも優しかったのですが、あの世話焼き加減を求めるのは酷というもので、聞かれた以上のことはしませんよ、という感じだった。それでも金曜日に教えてもらったように、国民健康保険と年金免除申請の手続きを済ませることが出来ました。やったね。その日のうちに保険証が貰えたのでびっくりした。
上げてくためには次の日である16日の火曜日に病院に行きたかったのですが、寝るのに失敗して起きるのが遅くなり、落ち込んでしまって行けず。17日の水曜日も全く同じ理由で行けず。本気出すぜ!ということで、水曜の夜は22時からいっさい携帯を触らず、ぼんやりテレビを見て、23時に眠剤!即ベッド!消灯!おやすみ!とやったら7時に起きられました。やればできる。できるんならやってくれ。
身支度を整え、朝ごはんも食べて、行ってきますと勝手口をガラッと開けると、うちによく来る野良猫のトラちゃんのためのお皿が置いてあるところに、見知らぬ黒猫がおり、トラちゃんのごはんを失敬していた。家で飼ってるミケちゃん、最近レギュラーの野良猫トラちゃんに続く第三の猫の登場である。真っ黒なシルエットがだいぶかわいい。近寄ると当然逃げてしまうが、離れるとブレックファーストを続ける。野良猫トラちゃんがかなり好戦的な性格なので共存は難しいと思われるが、是非とも定着してほしい。かわいいから。
診察は10時半頃に終わり、薬も貰って、1月5日分の診察及び薬のお金が、保険証を手に入れたことにより7000円くらい戻ってきた。今日は本を買って帰ろうと思っていたので、瓦町の駅ビルに入っているジュンク堂で買おうと思ったら、在庫がなかった。ジュンク堂にない本はないと思っていたので(最初にジュンク堂に行った時の衝撃が大きかったのだと思われる。私が行ったのは新宿店。もう無いんだって)、かなりのダメージを受けた。少し歩いて宮脇書店の本店に。ここでも見つけられなかった。もう少し行ったところに紀伊國屋があったからそこまで行こうと思って歩けども歩けども、どこにも見当たらない。検索。平成29年に閉店しましたって!私の時間感覚どうなっとん!7年前だぞ!私がこないだ辞めた会社に入社した頃やんけ!ジュンク堂に戻ってお取り寄せしました。たくさん歩いてくたびれました。
今日は診察に呼ばれるのが早くて、序盤でビートルズを歌っている所までしか待合室で書くことができず、家に帰って、晩ごはんを済ませた後にこれを書いています。元々は病院での長い待ち時間を潰すためにこれを書き始めたので、本末転倒かもしれません。あと映画の『第三の男』見たことないです。すみません。
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様式美の創造と破壊――にとりささみ『ホワイトタイガーとブラックタイガー』
〔20ページ〕
これは「軽いやけど」で済んでいるのだろうか(真顔)
にとりささみ『ホワイトタイガーとブラックタイガー』はお約束あふれるギャグ4コマだ。基本的な流れは、トラのホワイトタイガーくんとエビのブラックタイガーくんが日々の暮らしを送る中で、ブラックタイガーくんがドジを踏んでおいしそうになってしまい、ホワイトタイガーくんが救急車を呼んで、うさぎ先生に治療してもらう、というもの。そして完治したブラックタイガーくんは次の4コマでもドジを踏み……という展開が繰り返されていき、この作品の様式美として定着していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ホワイトタイガーとブラックタイガー
posted with AmaQuick at 2023.12.12
にとりささみ(著), KADOKAWA (2023-10-26)
Amazon.co.jpで詳細を見る
(最新の連載は Twitter を「from:nitorisasami #ホワイトタイガーとブラックタイガー」で検索)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〔21ページ〕
ブラックタイガーくんは剥かれることもある。殻はどこかで失ったように見えるけど、そんな簡単に再生するものなの……? お決まりの「軽い●●ですね」で済ますうさぎ先生、どんな症状でも元通りに治癒するブラックタイガーくん、そして何の疑問も持たずに「軽い●●でよかったね~」と反復するホワイトタイガーくんはこの作品の黄金のトライアングルである。
〔22ページ〕
焼かれることもある。ブラックタイガーくん、もはや自ら鉄板に飛び込んでない!? 全く動じない店員さんや診察室で平然と食事に興じる三匹を見れば、この展開にシリアスさは微塵もなく、お決まりのギャグであることが読者にも分かってくる。
〔24ページ〕
溺れることもある。凝った料理名はそれ自体が笑いどころであるとともに、著者が実際のエビ料理から逆算してシチュエーションを作っていることも伺える。そしてうさぎ先生はたまたま居合わせたわけではなく、二匹をいつも見守っている、あるいはストーキングしていることが他の4コマでも示されていく。
〔44ページ〕
茹だることもある。4コマ目に登場する犬のおまわりさんはこれ以降も先生の魔の手から二匹を守ったり、先生と仲良くケンカしたりしていく。そしてホワイトタイガーくんの留守録メッセージが「ゆでえび」だけな点が、ブラックタイガーくんが���いしそうになってしまうのはもはやいつものこと(だから「どう」おいしそうになってしまったかさえ言えば全て伝わる)という身も蓋もなさのあらわれで笑いを誘うのだ。
◇
かくして綴られるお約束によって、この作品の可笑しみは生まれている。しかしそれだけではない。著者は自身が構築したパターンを自ら破り、それによっても笑いを生んでいるのだ。
〔37ページ〕
例えば、ホワイトタイガーくんの方が治療される話。トラがぐるぐる回るとバターになる、という『ちびくろさんぼ』の物語をオマージュし、言葉遊びに過ぎなかったはずのトラとエビのコンビを食べ物で関連付ける力技よ。その場に溶けたバターではなく、パッケージされた固形バターになっちゃうところがシュールすぎる。この世界の法則どうなってるの!?
〔86ページ〕
うさぎ先生が早とちりをする話。唇を噛んだ表情は、先生と同じくスカされた読者の気持ちを代弁しつつ、二匹が無事だったんだからそんな渋い顔しなくたっていいじゃない、という可笑しみも生み出している。
〔72ページ〕
うさぎ先生が不審者を捕まえる話。いいことをしたように見えるけど、先生も二匹をストーキングしてたから同じ場所にいたんじゃないですか? でも狙った獲物を他の誰にも渡さないスタンスはちょっとカッコいいかもしれない。
〔54ページ〕
そして診察結果を告知する話。ブラックタイガーくんがうさぎ先生の施術ではなくお決まりのセリフで治癒しているように見える点と、ホワイトタイガーくんが「まちがえちゃった…」とベタに焦る様は、メタなお約束に過ぎないはずの黄金のトライアングルを奇妙に映し出す。君たち実はグルなの? そして呪術か何かで治療してるの?
◇
キャッチーなキャラとセリフによる定番の展開で笑いを誘うだけでなく、その展開を自ら外すことによっても可笑しみを生み出す。言わば様式美の創造と破壊を同じ作品の中で巧みにやってのけるのが『ホワイトタイガーとブラックタイガー』の面白さだろう。単行本でまとめ読みした後は Twitter での連載のフォローもオススメしたい。
この記事の最後も様式美で締めたいと思う。
〔85ページ〕
軽いすり傷でよか……いやこれは「軽いすり傷」で済んでいるのだろうか(真顔)
(すいーとポテト)
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漁村に暮らす
北国の漁村に越して来て早いもので2ヶ月が経った。
引越しの後すぐに出た3人と2匹での北海道への(軽自動)車旅を終え、 この地で働き始めて早1ヶ月。
去年の私は6年間の海外生活に終止符を打ち、 実家に数ヶ月居候させて貰いながら犬達を日本に連れてくる資金を貯め、 犬達が日本に来てからは、家賃月5,7万円の極狭一軒家に住みながら、 営業とピザ屋の二足の草鞋を履いて、一日4〜5回の散歩をこなす日々を送っていた。
私の草鞋がもう擦り切れそうって時に ミラクルの連発で突然決まった今回の移住 だが、こういうことは突然決まるものなのだとも思う。
現在は、水道光熱費&wifi込み、庭&駐車場付きの��ェアハウスに 2匹の保護犬達と月3万円で住まわせてもらっている。 シェアハウスというのは名ばかりで、今の住人は私と犬達のみ、 というFrom the poorhouse to the penthouse具合である。 しかも月々の固定費半額以下。
車は、親方が社用車を月1万円で貸してくれ、 交通費と言って月1万円支給してくれている。
庭では近所に住むIさんが2日かけて作ってくれたドッグランの犬小屋が 今日も私に大好きなニセコを思い出させてくれる。 Iさんのお蔭で私は安心して犬達を置いて仕事に行けている。
そんなこの町の旁々の温かい優しさのお蔭でできているこの暮らしだが、 このシェアハウスに住めるのも 新規就労者の募集がもう無い今シーズンまでであり、 いつまででも使ってていいぞ、と親方は言ってくれてはいるものの、 無一文でなくなった暁にはいつまでも甘えてはいられないよね〜
ということで、現在車と家を探している。
まず、車は知り合いの漁師さんが6月に廃車にする予定の軽トラを確保。
お次は家だが、
①ペット可 ②近所で動物を飼っていない ③広い庭 ④安価
の条件全てを満たす空き家が見つからない。 少し良いかな、と思っても 崩壊寸前だったり、持ち主が分からなかったり、予算オーバーだったり。 10年選手の移住の先輩のOさんも 現在住んでいる月1.5万円の3棟付きの家を見つけるまで 何年もかかったと言っていたから、 この条件に合う空き家を見つけるのは至難の業なのだと思う。
そこで思った。 理想の住処が無いなら、自分で作れない?
と。
取り敢えず色々な人に 売るか貸すかしてくれそうな土地を知らないか聞いてみた。
すると、近くに親戚や知り合いの土地があるとの情報がIさんから早速入り、 私達はいざ、ロード・オブ・ザ・ランドの旅へ 2件目で巡り会えたこちらの土地。 大きな桑の木が立っていて、その奥が丁度いいサイズの空き地になっていて、 その大きな桑の木が奥のスペースのいい目隠しになってくれていて、 ここを見た瞬間、大切な思い出がブワっと溢れて、ピン、と来たこの場所。
車から降りて土地を見ていると、 道路向かいに住むこの土地の大家さんが様子を見に家から出てきた。
その大家さんは、先々月に手伝いに行ったお祭りで 移住の先輩Sさんに紹介して貰っていたSさんだった。
以前貸していた業者が置いて行ってさっぱり撤去しに来ない ビニールハウスと物置も修理して使っていいとのこと。
年間10万円で、50坪くらいで、とIさんが交渉してくれ、 家族と要相談とのことで、返事は一旦お持ち帰り。
返事はいつ頃もらえるかな。気長に待つことにする。
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2023.10.10tue_kobe.kyoto.osaka
10/10の今日は友達のみーくんの誕生日だった!おめでとう。
今日は、前々から大阪の市役所へ行くつもりで仕事をお休みにしていたけど、昨日の晩、みーくんのおでんを目当てにba hütte(一乗寺)で飲んでいると、設計士の和田君から電話がかかってきて、なる早で亀岡の現場(A HAMLET)の仕事を進めに行った方が良さそうだなということになり、大阪へ行く用事に追加して、亀岡へ行く用事が増えた。
朝目覚めたらまず、溜まりまくった洗濯物を一掃したくて洗濯機を回した。
8時ぐらいだったけど、住んでいるシェアハウスにはもう誰もおらず、2回目の洗濯待ちをしている間にしょうきっちゃんが帰ってきた。
私達が神戸で借りているシェアハウスは、バイソンという名前の集落にある。しょうきっちゃんはバイソン内のデスクワークスペースで朝から事務作業をしていて息抜きに戻ってきたらしい。
しょうきっちゃんはここ一年くらいパスタを作るのにハマっていて、隙あらばミシュランイタリアンの動画をみたり、時間帯関係なくパスタを作ろうとするのだけど、案の定今朝も”アラビアータ食うか?”と聞いてきた。
アラビアータは昨日から新しく練習を始めたパスタで、カルボナーラとペペロンチーノの修行を終えたので、遂々次のステージに行くらしい。小倉シェフ(youtube)から伝授された、5Lくらいありそうなでっかいトマト缶が数日前に家に届いていた。
私はここ数週間、グルテンレス生活をしていて、極力パスタやパンを食べない、ビールも飲まない、小麦と距離をおいて過ごしているのだけど、
それをもちろん知ってる上で、しょうきっちゃんがめちゃめちゃ自分が作ったパスタを食べてほしそうなので、じゃあちょっとだけ、、、と言いながら5口くらいもらって、出来るだけ細かく感想を伝えている係をしている。
洗濯機は3回まわして、作業着と普段着とおしゃれ着でわけてそれぞれパンパンだった。ハンガーも使い果たして、全部洗って干すのに午前中は終わろうとしていた。
溜まってしまうと大変だけど、服が好きなので、洗濯も割りかし好きだ。最近は、よくタバコの箱ごと洗ってしまうので、失敗がうんざりでタバコの方をやめてしまった。
さて、、
そうこうしてるうちに、いつもお世話になっている、大段木材の若旦那、大段君が材料の杉を届けてくれたので、工具と一緒に木材を軽トラに積み込んで、亀岡での仕事の準備をととのえた。まずは大阪のT市役所の方へ向かう🛻
大阪の家を退去してからしばらく経つのに、住所変更の手続きがまだできておらず、今日の第一目的は、新しい住所がかかれた運転免許証をゲットすることである。
まずは転出証明書を受け取りにT市へ🛻
地元なので、なんだかんだ20年以上、この街にお世話になってきた。今までいろんなところに住んできたけど、住民票をここらから動かすのは初めて。離れがたさもあるし、他の市に税金を納めるのも想像がつかなくて、なかなか住所変更に気がむかなかったのだった。
職員さんのおかげで、滞在時間ものの5分で転出証明書を受け取ることができ、C区役所へむかった。🛻
C区役所での転入手続きには思っていたより時間がかかり、1時間近く待った。17時受付終了の警察署へ間に合うのか間に合わないのか、ヒヤヒヤしながら待った。
半ば諦めていた16時50分に会計の番号が呼ばれ、速攻で会計をすまして、徒歩6分の警察署へ向かった。
免許関連の受付で免許証と、出来立てほやほやの住民票を渡すと、数分後、免許証は新しい住所が裏に印刷されて返ってきた。
私に免許証を渡すと警察官は即座に本日終了の札をカウンターにトンと置いた。
第一目的達成、、、
こういつもギリギリセーフか、ギリギリアウトの2択なってしまう。
安心したら朝のアラビアータから何も食べてないので、空腹で朦朧としてきた。
このまま亀岡に向かうなんて無理や、、🛻
気づけばもう取り返しがつかないぐらい、無性にサンドイッチが食べたくなっていた。
グルテンあかんと決めているのに。
北浜のスタンドプチさんへいってサンドイッチ2つと、焼き菓子とチーズケーキを買ってしまった。(オールグルテンだ!)
美味しいグルテンはオッケーとしているけれど、それにしても欲望のまま買いまくってしまった。
サンドイッチが美味しくて美味しくて2つ一気に食べてしまった。しかも感動的に安い、、
大阪ってほんとかっこいい街だ、。
プチさんのところに貼ってあったポスターを見てasuka ando聴きながら亀岡へむかった。
とりとりとろりとりこに
というフレーズが気に入って何度も歌っていたら、亀岡に着く頃には喉が痛くなっていた。19時前、もうとっぷり日は暮れていた。
設計の和田君から手直しをお願いされていたところはこれを↓
こうすることだった↑
近隣に住むおばちゃんたちに迷惑をかけないように、音の出る作業は、民家から少し離れた倉庫にしている場所で行った。現場と倉庫を行ったり来たりして余計に時間がかかってしまい、結局終わった時間は22時を回っていた。これはギリギリセーフかギリギリアウトかで言えばギリギリアウトの方だ、、。
ふわぁ〜
撤収して亀岡から神戸へ帰る🛻
亀岡の家にそのまま泊まることも考えたが、明日朝から神戸の現場なので気合いで運転することにした。
疲れて無になってきていた、、
助手席に置いてあるプチさんの焼き菓子を暗い車内、手探りで見つけて食べた。
う、うますぎる、、この暗さで何食ってるか、わからんような状態でこんな美味しいことある?!?!
クッキーか、サブレのような食感で、おそらくチョコレートが一部コーティングされていた。どこを食べても完璧すぎる。
勢いでまたチーズケーキもいってまいそうだったけど、明日の朝の幸せに残しておこうと留まった。
家具の工場で働いてる頃は、こんな時間帯まで働くことはざらにあった。若い頃お世話になっていた大川さんが、"おれ(40)いつまでこんな働き方してんねんやろなぁ。"とゆうてたのを遅くまで仕事をする時はいつも思い出してしまう。
亀岡から神戸への道のりは1時間半、神戸のシェアハウスに着いた頃には、みーくんの誕生日が終わっていた。
深夜1時頃なのに、家にはまだ誰もいなかった。
この日記のことを思い出して、iPhoneのメモに一日のことを書き出したりしてるうちに、三宮で飲みに行っていたらしい、ご機嫌の2人が帰ってきた。
しょうきっちゃんと、居候中のゆうちゃん。
しょうきっちゃんはやっぱり パスタ食うか?
と聞いてきた。今度は、"いや、いらないや、、、。" と、遂にグルテンをパスすることができた1日の終わり。
ープロフィールー 樋口侑美 神戸と亀岡と大阪 家具・内装大工 Instagram https://instagram.com/ten.ten.ten.ten._
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