pinoconoco
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イチルキ書庫
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pinoconoco · 6 years ago
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そのままの君が好き
そんなに自分は情けない男じゃないと思う。好きな女の子がいれば声かけれる。嫌な事は嫌と言える。そんなに恋愛経験があるわけじゃないけど、欲しいと思ったらちゃんと手にしてきた。
なのに、ルキアだけはどうしてもうまくいかなかった。うまくいかないというわけではないのかもしれないけど。だってどんどん距離を縮められたから。そしてルキアは全然いやがらなかったし、俺に触られても逃げないし、料理を褒めれば(本当に旨いから)嬉しそうに喜ぶし。
でも、それ以上踏み込めない。
それは俺が尻込みしてるからかもしれないけど、ルキアが俺に対してそこまで求めてないからな気もした。だから怖かった。下手に今より距離を縮めて逃げられたら、脅えられたら、避けられたら、そしたらどうしていいかわからない。そう思ってしまうとなかなかもうひとつ先に進めないでいた。
そのくせルキアは俺を喜ばせてくるからたちが悪かった。そんな事言われたら勘違いしますよ?と何度か言ってやろうかと思っても、また勘違いさせる言葉を貰える期待の方が大きくて何も言えなかった。そう考えるとルキアは天然悪女で俺はどうしようもないヘタレな気がする。気がするというか多分それが事実なんだろうけど。
それでも、目に見えなくても言葉で確信したわけでなくても、ルキアと自分の絆は出来ている、と思っていた。それだけは自信があったのに、いとも簡単にそれは壊れた。
ルキアからぴたりと連絡がこなくなったのは、間違いなくエレベーターで出会したあの時からだと思う。絶対、ルキアは妹の遊子を俺の女と勘違いしたに違いなかった。なんであの時「これ妹の遊子」っていえなかったんだろうかと何回も後悔したけど、でもそんなこと言うような状況でもなかった。一瞬だったわけだし、それにルキアだって!ルキアが「よぅ一護!」とか「彼女か?」とかあの時聞いてくれればよかったのに。そしたら違うと言えたのに。あの時のルキアはまるで他人みたいな笑顔を向けてヨソイキの声であいさつしてきた。それが俺にも伝染してこんばんわなんて、普段言わないような挨拶で返しちまった。
そんでそれっきり
もうあれから一週間「飯食べに来るか?」のラインが来ない。きつい。スゲーきついし辛い。俺からラインすればいいだけなのに、飯のお礼以外で今まで1度も自分からメッセージを送ったことがなかったことに今更気がついた。
なんて、言う?
彼氏でもないのに「会いたい」だの「飯誘ってよ」なんて言えない。それになんかそんな事言うのは情けなさすぎる気がした。
こんなに傍に住んでるのに、そして全然会えない。どうしたもんかなとぼんやり携帯を弄っていれば、明日は朝から大雨警報というニュースが流れてきた。
これだ、と思わずよし!と声が漏れた。
雨の日は俺とルキアの時間が被るから、いつも通りに家を出ればルキアに会える。久しぶりって声かければいいんだ。でももしシカトされたら?いや、ルキアはシカトはしない気がした。でも余計な事も言わない気もした。
彼女いたんだなとか、だからもうご飯呼ぶのやめたとか、そういうことはきっと言ってくれない。それなら、それなら俺から言おう。なんで最近飯呼んでくんねーの?って、勝手で我儘みたいだけどでもそのくらいしないともう一度彼女に近づけない。なんでこんなまどろっこしいことしてんだよなとため息が出るけど、それでもこんな幼稚な作戦でもいいからもう一度ルキアを掴まえたかった。掴まえて、俺の事も掴んで欲しいと思う。ルキアはあんまり男を見る目がないみたいだし、俺だって正直いい男なわけじゃない。でも、ルキアを裏切ったり泣かせたりは絶対しない。ルキアの��る飯は全部俺が独り占めしたいし何回でも美味しいって本心から言ってやれるし喜ばせてやれる。だから「友達以上恋人未満」の関係を消滅させるのは絶対嫌だった。それ以上になりたかった。
さすがにへこんで、その日は学校についてもぼぅっとしていた。
「どうしたよおい、死んだ魚の目してんぞ」
昼飯の、好物のカレーうどんすら食う気にならず呆けてれば、友人が声をかけてきた。
「あ~~~、女に嫌われた‥‥のかも」
「へぇえ?そーなの?おまえが?」
友人は何故か嬉しそうに笑った。失礼だ。
「何かしたのか?」
「妹と俺が腕組んでんのみられて‥‥そこから連絡くんない‥‥」
「あー、遊子ちゃんか!お兄ちゃん大好きだもんなぁ~でもそんなの、妹って言えばいーじゃん」
「いやそれが理由かは‥わかんねーし‥‥」
「単純に嫌われたとか?」
「嫌われた‥‥」
友人の言葉を復唱すればなんだか泣きたくなった。嫌われたんだろうか?そういや俺、知ってて欲しくてルキアに「彼女いないから」って何回も言ったよな?そんで女腕にぶら下げてたら、元々俺に興味なくても「嘘つき」と思われて嫌われることもあるわけか。
「まじキツいわ‥‥どーしよ」
「縁がなかったんじゃねーの?諦めたら?」
「やだ」
「じゃぁがんばれよ」
「頑張っても、会えねーんだもん。今日だって絶対いつも会える時間に待ち伏せたのに会えなかったんだぜ?避けられたってことだろ?」
「知らねーよそんなの」
友人にしてみりゃそんなの知らないよな。素直にだよな、ごめんと謝った。
今朝、ルキアに会えなかった。
雨の日のいつも通りの時間に家を出たのに、ルキアと会わなかった。少し待っても来ないし、その後駅にバイクを飛ばしても会えなかった。避けられたんだ、と脳が理解した瞬間何もする気力がなくなった。ルキアならするかもしれない。会ってうまく話せる自信がないなら会わないようにしようとかルキアならそういう思考な気がする。そこまで俺と会いたくない話したくもないのかと思うと絶望的に思えて気持ち悪くなってくる。
「でも珍しいな、一護がそんな凹むの」
「うるせぇよ」
「そんなに好きなら避けられても会いに行って話せばいーだろ?だって別に浮気したとか悪いことしたわけでもないんだし。妹といただけなんだから話せばいいだけじゃん」
「‥‥」
確かに。それはそうだけど、問題は本当にそこかどうかの確証がないことでもあった。だってルキアと俺は友達‥なのだから、ルキアが遊子を彼女と思ったとして怒ることはない気もする。じゃあ、なんで?なんで会わなくなる?「貴様彼女いるんではないか」と笑ってくれてもよくないか?いや気を使って誘わなくなっただけか?
「それでも許してくれないなら、そんな心の狭い彼女別れちまえって」
「彼女じゃねーし。友達‥‥つーか俺が勝手に好きなだけってゆーか」
「はぁ?そーなの?なーんだ、じゃぁ普���に連絡すりゃいーだろ?遊子ちゃんのせいなんかにしてないで。聞かれたら妹って言えばいいじゃんよ」
「‥‥そうかな」
「くっだらねぇなぁおい!てか一護おまえどうした?あ、おまえだけがめちゃめちゃ惚れてるパターンか?‥‥ん?でもさ、相手もそれで連絡寄越さなくなったんなら、脈あるんじゃね?」
「‥‥そうか?」
「そうだろ?本当に何も気にしてなきゃ聞いてくるだろ?この間のって彼女?とかさ」
「‥‥」
そうだろうか、となんだか気持ちがざわつき始める。そうなんだろうか?ルキアは俺が女と腕組んでた事に何かしらやきもちみたいなそういうの感じたのか?それなら、それならもう一歩踏み込んでもいいか?彼女じゃねぇし、腕組むならルキアと腕組みたいとか言ってもいいのか俺
「さんきゅ!なんか突然元気でた!」
「おぅ、なんも言ってねーけどよかったよ?」
「俺、今日会ってくるわ」
そう決めたら目の前のカレーの匂いに突然空腹を自覚した。ずるっとすすれば麺が汁を吸ってとんでもない太さになっていたが、それでも全部食べた。
ルキアが普段何時頃帰ってくるのかよく知らなかったが、あまり遅い時間だと迷惑か?と9時頃、ラインもせず(既読スルーは怖かったから)直接家のインターホンを鳴らした。
少しの間を開けて「はい‥‥」と小さな声がして、カメラに写った俺を見たらしく「いちご?」と続いた。
「ごめん、突然。今いい?」
「ちょっと待ってくれ」
かちゃりとインターホンが切れ、出てきたルキアに驚いた。ルキアの顔色は土色で目がどんより濁っている。おでこには冷えピタが貼られていて、一目で具合が悪いのだとわかった。
「どうしたんだよ!」
「‥‥いや、こんな時期に‥‥なぜかアデノウィルスとかいうのにかかってしまって」
「大丈夫か?」
「うん、あ、すまぬ、よかったらマンションの下の自販機でポカリ買ってきてくれぬか?」
「わかった、玄関開けといて、で、寝てろ」
「ありがとぅ」
まじかよ、病気だったんじゃねぇかと土色の顔したルキアに悲しくなった。俺何し���んだよ、俺が一人で連絡来ないとか悶々とイジけている間、アイツは熱で動けなかったんじゃないか!一人で!ポカリすら買えないで!
ポカリを2本買って勝手に部屋に上がる。リビングは綺麗な状態だが窓が全開になっていて、寝室の扉も開けっぱなしでルキアはベッドに入っていた。
「すまぬな、部屋も臭いだろ‥‥今、窓開けたのだがずっと換気もしてなくて‥」
「そんなの気にすんなって!ほら、飲めるか?」
「うん‥‥」
冷えピタをおでこに貼ったその姿に泣きたくなる。身体をおこすのを手伝おうとすれば「臭いから」と鈍くもイヤイヤと逃げようとするルキアの腕を逃がさないように力を込める。
「臭くねぇよばか、てか病人なんだからくだらねぇこと気にして���じゃねぇよ」
「‥‥う、すまぬ」
「謝らなくていいから、なんか他に欲しいもんあるか?遠慮しないで言え」
「ない‥‥」
ふるふる、と首をふって、ルキアはポカリを弱々しく飲んだ。小さくて細い喉が頼りなくてまじで泣きそうになる。
ポカリをある程度飲むと、ルキアは蓋を閉めてサイドテーブルに置くとまた寝る体制に入った。
「一護、腕、痛い」
「あ、ごめん」
ルキアの細い腕を掴んだままだった事に気がつかず、痛いと言われて慌てて離した。離したけどどうしてもどこか触れていたくて頭を撫でた。
「熱、高いのか?」
「ん‥‥今38度ぐらい‥‥3日ぐらいでさがるらしいから‥‥明日には下がると思うんだ」
「なぁ、なんで、俺呼ばねぇの?」
「え、」
こんなに辛そうなのに、下にポカリすら買いに行けないのに、こんな近くに住んでいるのに何で俺に言ってくんねーんだよと具合が悪いルキアにそれでも怒ってしまう。怒りたいわけでもない、困らせたいんじゃない、でもこんな状態でも誰にも頼れないルキアに腹がたって仕方ない。何より俺がこんなに近くにいるのに。
「だって、うつしたら、悪いし‥‥」
「いいんだよそんなの!」
そこまで怒ったつもりもないが、ルキアの大きな瞳からぽろぽろ、と涙が溢れた。
「怒ってないから泣くなよ、ごめん、言い方きつかったか?」
「違う、すまぬ、ありがとう、一護‥‥泣くのは、熱が辛いから‥‥熱出ると、涙でるんだ」
ふえふえっと泣きながら話すルキアが可哀想で見てられなくて、それでいてどうしようもなく可愛くて。もう、色々限界だった。
「ルキア、俺、ルキアが好きなんだ、こんな時に突然ごめん」
「‥‥は?」
唐突に早口に言い放った俺に、ルキアは相変わらず涙を溢しながら、それでも目を見開いた。
「だから、こんなのいやだ。俺が傍にいるんだからいつもみたく俺に頼ってよ。おまえいつも図々しいくらい俺に来いとか理事長命令とか言ってんじゃんか」
「‥‥う、」
「それでいいんだって、こんな本当に困った時だけ遠慮するのとかやめろって。わかった?」
「‥‥え、っと、うん」
「なにがわかった?俺の言ったこと、本当に理解した?」
「う、うん」
「じゃぁ何がわかったか言って」
「え?」
病人困らせて何してんだって話だがもう止まらなかった。
「遠慮するな、って」
「うん、それから?」
「‥‥いつもみたく、えらそうに呼び出していいって」
「うんそう。でも大事なこと抜けてる、わかってないのか?聞こえてなかった?」
「い、一護、もう、許してくれ」
ルキアは布団を頭からかぶって顔を隠そうとした。もちろんそんなの許さない。高熱で力もでないルキアの布団をひっぺがすのは容易い。
「大事なこと抜けてるから心配なんだけど!」
「‥私が一護が好きだから、頼っていいって」
「そう!って、違う‥え?あれ?」
何て言った?今ルキア何て言った?俺が呆けてる隙にルキアはまた布団を被った。今度は病人とは思えない凄い力で押さえつけて意地でも顔を出さない。
「ねぇ、ルキア今何て言った?お願い、もう一回言って!」
「やだ!一護意地悪だからやだ!」
「意地悪じゃなくて!いやルキア好きだから意地悪しちゃうんだって!俺Sだから!いや違う、あの、子供が好きな子いじめるあれー」
その時、奇跡が起きた
布団がめくれてルキアが俺に抱きついてきた。ビックリするほど身体が熱い。無理さちゃ駄目だし寝かせなきゃいけないのはわかっているけど、そのままギュッとルキアを抱き締めた。
「‥なぁ、これ、俺のいいように捉えていいんだよな?」
「‥好きにしろ」
「うん、好きにする。じゃぁルキアは俺のものってことでいいんだよな?俺もルキアのもんだから、もう絶対遠慮とかするんじゃねえぞ?」
嬉しくて苦しくて、でもやっぱり嬉しくて、ルキアのおでこを掻き分けてキスをした。そのおでこの熱さに慌てて「ごめんか、無理させて」と布団に横たわらせて、俺も一緒に横たわった。
まだ、ぽろぽろと涙を溢すルキアに「泣かないで」と優しく言えば、ルキアは「これは熱のせいだから」とさっきと同じ事を言う。
「嬉し泣きじゃないの?」
「違うというのに、それに、私は泣いて男を掴まえようとなんてしない‥‥」
「そんなことー」
思ってねぇよと思いながら、ルキアがこの間別れた男にそんな事を言われたという話を思い出した。
聞いててすげーイヤな野郎だと思ってたけど、あぁ、強ち間違いでもないなぁと、フッと笑ってしまう。
「よかった、おまえがこの間泣かなくて」
「え?何が?」
「何でもない。でも、確かに好きな女の涙は何よりくるもんあるなって」
「‥‥」
不思議そうに俺を見つめているルキアの頬を撫でる。やっぱり熱い。寝かしてやらなきゃ駄目だな、と布団から起き上がろうとすれば、弱々しく袖を掴まれた。
「でも、また、私は浮気相手なのかな」
「は?」
ちょっと唇を尖らした顔は少しふざけてるのだとわかるが、それにしても今のはどういう意味だ?と、一瞬考えてから。
そうだ、忘れていた、と大事なことを思い出した。
「あのさ、この間のエレベーターで会った女だけどー」
妹だというのを信じさせるのはかなり大変だったけど
腕の中で唇を尖らせて、甘えるように怒っている彼女が可愛いから、言い訳するのもなかなかわかってもらえないことも、全然気にならなかった。
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pinoconoco · 6 years ago
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泣きそうな自分が確かにいました
会社が一緒だから、別れても仕事上話をすることは避けられないのが辛かった。おまけに私をふった「彼女持ち」の男は、付き合っていた頃のように私に触れてくる。
「淋しくないか心配になるんだ」
「彼女が横で眠ってるのにルキアを思い出す」
そんなことを言われて私がときめくとでも思っているのだろうか?絶っ対適当な事言ってるとバレバレなのに、そんなことを私にわざわざ言う意味がわからない。前に本人が言っていたみたく、私が「やっぱり別れたくなかったの」と泣くのを期待でもしているのだろうか?だとしたら更に興醒めでドン引きなだけなのに。
「で?なんて答えてんだ?」
「大丈夫です、って言ってる。それが素直な気持ちだから伝わるはずなのに、それでも聞くるのはもしかして馬鹿なのかな」
「だな。馬鹿だしうぜぇ」
「だろ!?」
枝豆としらすのパスタを作ろうと、茹でた枝豆を皿にだしながら、手伝ってくれている一護にぐちぐちと話す。一護は「俺そーゆーめんどくさい男まじ嫌いだわ」と憎々しい顔で枝豆を皿でなく自分の口に放り込んだ。
「こら!貴様食べ過ぎ!ちゃんと豆を皿にのせろ!」
「つーかさぁ、ソイツ自分がルキアに泣き付かれたいつーか泣き言言って欲しくて誘導尋問的にそういうこと言ってると思うんだよな」
「あ~なんとなくそれわかる」
「だろ?つーかそんでルキアはさぁ、ちゃんとわからせる言い方してんの?」
「してるというのに!全然平気です大丈夫ですよ~とニコニコ答えてやってるぞ」
「じゃぁもうさ、彼氏できましたぁ毎日ハッピーですぅ~とか相手に言ってみろよ。そしたら言ってこなくなんじゃね?」
「あぁ、それはそうかもな‥‥でもなぁ、相手は何やってる人だとか聞いてきそうだし、そういう時まごついて嘘だとばれるのはカッコ悪くないか?」
「俺って言っとけ」
「なぬ?」
「そしたら間違えねーだろ?何回も名前とか職業聞かれてもなんだっけ?とかならねーだろ?」
「なるほど!」
「明日からそー言えばいいよ。んでもう彼氏いますから~って触られそうになっても逃げりゃいいじゃん」
「頭いいな!」
素直に褒めたのに、一護は苦笑いみたいな顔をした。あの日から一護と私は前より仲良くなった、というと語弊があるが、なんというか色々話すようになったと思う。リルカ達にばらされた男にフラれた話も、何度か会ううちに自然に話すことができたし、何よりこんな身近に何でも話せる友人ができたのはなかなかに幸せだった。それから私達は、頻繁にご飯を一緒に食べるようになった。カレーとかおでんとかシチューとか、大量に作るものの時は大抵一護を呼んだ。一護もありがたいと喜んでくれた。おもいのほか律儀なこの男は、気にしなくていいのに「この間のカレーのお礼」とか言ってデザートなどをわざわざ買ってきてくれるから、会う頻度が増えたのだ。そんな気にしなくていいと言っても食事に誘えば必ず一護がデザートを買ってくる。そんなわけで、いつのまにか誰よりもよく会う間柄になっていた。
「そういえば、私は一護のこと知ってたんだ。あの談話室で会うまえから」
「えぇ!?」
そんな驚くか?と思わず笑った。
「なんで!?」
「時々、朝とかマンションの駐車場からバイクで出てくるとき会ってたのだ」
「え?え?だって俺フルフェイスのメットだから顔わかんねーじゃん」
「貴様のメットにウサギのステッカー張ってあるだろう?あれ、私が大好きなウサギのキャラクターでな!あ、この人も好きなのかなって思ってたのだ。で、談話室に入った時貴様メットを机においてただろ?あ!ウサギの人だ!と実はちょっとだけテンション上がってたのだ」
「まじかよ‥‥」
一護は何故か突然顔を紅くして口許を押さえた。なぜ照れる?ウサギステッカーばれてるの恥ずかしいのかと聞けば「違うし!でもあれ俺の趣味じゃねぇけど!」と早口で捲し立てるように反論してきた。
「そうじゃなくて!」
「なんだ?」
「俺も‥‥ルキア知ってたからさ」
「!?本当か?なんでだ?」
「高そうな服とか鞄のくせに、いつもビニール傘でそこだけ違和感あったっていうか」
「‥‥あ~、そうなのか。違和感かぁ‥‥ん~傘は持ってるんだけど‥‥」
と、そういえばその「ウサギのヘルメット」の男と会うのはいつも雨の日だったなとふと気がついた。透明の傘越しに、バイクの男を(というかヘルメットのウサギステッカーを)見ていた気がした。
「貴様も今傘と言ったけど」
「ん?」
「私たちはいつも雨の日に会ってたんだな」
「おう、なんでだ‥‥って、あ、わかった」
「なんだ!?」
「俺、雨の日はスピード出さねぇように、10分早く家出るんだ」
「なるほど!それが私の普段の通勤時間と被るんだな」
「だから雨の日に会うのか」
「そして今は家で料理の手伝いまでしてもらえるようになってたなんてなぁ」
なんだか不思議だなぁと嬉しいような照れくさい気持ちになる。会社でもそれこそ通勤でも、スーパーでもコンビニでも、何度も会う人(見かける人)なんてたくさんいるが、仲良くなれる人なんて実はそうはいない。
雨の日みかけるだけだった一護が、今目の前にいるのはなんだかすごいことのように思えてしまう。だってきっと、私達が既にマンションの役員をやっていたらこんな風に話す事などなかった。まだ学生で異性の一護と私には接点が無さすぎる。
「運命的だなぁ」
「え?」
「だって貴様と、こんな土曜の夜に枝豆を皿にむきむきしてる光景ありえなくないか?」
「‥‥‥」
「私は人見知りだし友達も少ないから、いつのまにかこんな風に私のなかにすんなり入ってきた一護の存在がすごく自分で不思議でなんか運命的だなと思っ‥‥」
そこまでぺらぺらと喋って、ふと一護を見上げれば一護は真っ赤な顔で枝豆を持つ手が止まっている。あれ?何か私やらかしたか!?というかこれ、一護困ってないか?運命とか変な意味で言ったつもりではないが勘違いして気持ち悪いとか思われてるのか!?
「すまぬ!あの、変な意味じゃないからな?な?」
「は?」
「別に運命とか、運命の相手とかそんなこと言ってないから気にしないでくれ!私の問題というか私が友達いないから、一護と友達になれたのが運命って言いたいというか‥とにかく変な意味じゃないから!」
恥ずかしくなって慌てて巧く伝えられないのがもどかしい。でも一護は困ったようにクシャッと笑うと
「わーかってるって。わかったからそんなむきになんなよ」
と呆れたようだった。でもわかってもらえてよかった。気持ち悪がられてこの関係が壊れるのは絶対嫌だと思った。
しらすと枝豆のパスタは、一護が途中で枝豆をつまみ食いし過ぎたせいでかなりバランスが悪い出来上がりとなった。だがいつものように「うめぇ!」と一護は喜んで食べた。
「しらすのパスタって初めて食ったけど、旨いな」
「決め手はニンニクなのだ。しつこくなくてペロッと食べてしまうだろ?」
「うん、てかルキアの作るものは全部旨い」
「お褒め頂き嬉しゅうございまする」
「本当だって。だからルキアの彼氏になる男は羨ましいよ」
「ん~?でも前の男には1度も料理してないぞ?」
だいたい平日の夜しか会ってなかったしなと自虐的に言えば
「だから、別れたのかもな」
「胃袋掴めなかったから?」
「そう」
「残念ながらそうでもないかな。男は泣きわめいて求めるような女の子が好きらしいから」
言ってから、言わなきゃよかったと自己嫌悪しそうになる。いまのは、相手の好みとか相手の本命の女に対する嫌みでしかなかった。
「それ、やっぱ変な男だ。ルキア別れて正解」
けれど一護は明るくそう言ってぽん、と頭を撫でてくれた。どうやらこの頭に手をのせるのは一護の癖のようだった。けれど不思議と、今はうるさいとか生意気な、と思わなかった。さらっと肯定してくれた優しさに「だろう?」と一護の手が乗ったままドヤ顔をして一護を見上げれば、5つも年下のくせになんだか余裕のある男みたいな顔で私を見つめていた。突然恥ずかしくなって手を払いのけて「そろそろ帰らないと明日起きられないぞ」と思わず逃げた。
「じゃぁごちそーさまでした」
「あぁ、またな!あ、それからー」
「何?」
「いちいちお礼なんて買わなくていいんだぞ?貴様は貧乏学生なんだから」
「‥迷惑?」
「いや、迷惑とかじゃなくて。私が一人では食べきれないものを一護に食べてもらってるわけだから、礼などいらないのだよ?」
毎回お礼されてたら悪くて呼び出しづらくなるから、と言えば一護は何故かぽけっと呆けた顔をしてそれから仔犬みたく首を傾げた。
「それは困る。呼んでほしいんだけど」
「もちろん、来てもらうよ。一護はなんでもパクパク食べてくれるから、こちらも呼びやすいし嬉しいし」
「俺も。ルキアがケーキ喜ぶから嬉しいんだけど。だからおあいこでいーじゃん」
「ん?それはえーと、なんか違うような‥」
「あほなんだから難しいこと���えなくていーって。じゃあな」
なんだか言いくるめられてしまった、とちょっと腑に落ちない。なんだかなぁ、と頬をぽりぽりかきながら一護は無駄に好青年だなと何故か笑いそうになった。
最初こそあのあっち向いてホイの時はこにくたらしく感じたが、電球とりつけるのも害虫退治も頼めば必ずやってくれるし、思えば仕事だって朝まで手伝ってくれた。そしていつも笑顔であと腐れなく、何を出しても嬉しそうに食べて、ガラのよろしくない友達とも仲良くしてくれる。
一護が彼氏だったら、幸せだろうな
一瞬、そう思ってしまったことが無性に恥ずかしくなり、誰もいないのに「あぁぁー!!」と思わず叫んだ。何を考えているんだ私は!年も全然違うし相手はまだ学生だというのに!ちょっと仲良くなっただけでそんな事を考えた自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。でも
でも、一護は私の事をどう思ってるのだろう?ご飯はいつも褒めてくれるけど。飯炊き母さん、いや姉さんくらいに思ってるのだろうか。
人懐こい奴だから
何も考えてないかもな
そういえば、彼女がいないと言っていたが本当にいないのかもしれない。いたらこんなに頻繁にウチに来ないだろうし。
パシッと両頬を掌で叩いた。一護の事ばかり考えてる自分がなんだか恥ずかしくていたたまれなくなった。
その日、滅多にない事だが仕事で誉められ、自分のご褒美にすき焼きでも食べようかなと材料を買って帰路を足早に歩いた。そうだ、一護にラインしなければと浮かれながらマンションのエレベーターの前でスマホを鞄から取り出していれば、エレベーターから甲高い女の子のはしゃぐ声が聞こえてきた。
チン、とエレベーターの扉が開き出てきたのは見知らぬ可愛らしい女の子に腕を組まれた一護だった。
「‥こんばんわ」
「あ‥‥っと、こんばんわ」
「こんばんわぁ~」
挨拶だけして入れ違いにそそくさとエレベーターに乗り込むと3階のボタンを押して閉ボタンを連打した。スマホは鞄にすっとしまった。
一護が振り向いてる気配に気づかない振りをして目線をあわせない。大人げないのかもしれない、と恥ずかしくなる。でもこの恥ずかしさはこの間と何か違う気がする。
彼女いるではないか
嘘つき、と言いそうになる自分がまた恥ずかしくて、すき焼きを食べたい気持ちはもうどこかに行ってしまった。誰でもいいから、誰かに会いたくなって荷物を冷蔵庫に詰め込むと家を出た。一人でいたら駄目な気がした。考える事が怖かった。自分の気持ちに気づいてしまうのがすごく怖かった。
友達のいない私には
夜突然会える人などいないから
最っ低な「元彼」に電話したら、今なら泣き喚けるし、そういう女が好きなんだから喜んでくれていいかも、とおかしな思考回路が働き始めた。一呼吸してその考えは当然捨てた。
だって男との別れ話で私は失笑したのに
どうして今はこんなに泣きそうな自分がいるのだろう?
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pinoconoco · 6 years ago
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最初から友達になれそうだったのかも
2万円くらい買い物をした。それもスーパーで。
海外のスーパーやら高級食材の店でもなくただの近所のスーパーで。それだけの事だが気分が少し昂る。何から作りはじめようか。デザートはレアチーズケーキとチョコタルト。これは先に作って冷蔵庫に冷やしておけばいい。おでんに煮込み、チーズマカロニ、スープハンバーグにミモザサラダ。キッシュにゴーヤチャンプルーにクラブサンドと焼おにぎり。それから白身魚を檸檬で煮込む。ピザも作りたかったが、さすがにそこで限界を感じた。
何よりいくらやけ食いと言ってもこれはやり過ぎた。どうしようかな、と思ったところで恋次からメッセージが届いた。
『30巻まで読んだ!続き借りに行っていいか?』
ナイスタイミングだなと、ふふ、と笑いながら、リルカもよかったら連れてきてくれ、今日は御馳走だぞと返信すれば、直ぐ行く!と秒で返事がきた。
リルカと恋次が来てくれたら、まちがいなくデザートとおでんはなくなるだろう、よかったと息を吐く。でもアイツ達は酒を飲み始めるとあまり食べないからな‥‥
と、ぼんやりと黒崎の顔が脳裏に浮かんだ。
あの子は何でも美味しそうに食べてくれるんだよなぁ、でも社交辞令なのだろうか?若いからあれで気を使っているのかもしれない。口は悪いけれど。
とはいえ元々自分がやけ食いしたくてこんなことになっているのだ。リルカと恋次のいつものバカ話をツマミに今日は何も考えずたくさん食べようーそう思いながら、開いていた「副理事長」のラインをそっと閉じた。
「ん?俺達以外に誰か他に来るのか?」
「いや?貴様とリルカしか呼んでないぞ」
「は?いやこの量は10人分くらいねーか?つーかなんかのパーティーかよ」
部屋に入るなり、恋次が目を丸くした。うん、確かに作りすぎた。反省はしてないが。
「なんかあったのか?」
「え、」
幼馴染みの恋次は馬鹿でちゃらくて金の計算もできない奴だが、時々、こういう、変なところで鋭かったりする。泣いたわけでもないし、こういう日が来るのはわかっていたから、そんなに自分では落ち込んでいるつもりもないのだが。
「何もないよ、たくさん料理したくなっただけだ」
普通通りにうまく笑えたと思う。
恋次はへぇ?と然程気にすることなく、焼おにぎりを手に取ると口に放り込んだ。
彼氏と思っていた男に、フラれた
フラれる直前に、伊豆あたりに一泊旅行でも行こうか、なんて言われてちょっと舞い上がっていた。
��みの日には滅多に会えなかったし、平日も仕事があるからほぼ食事してホテルというデートしかしなかった。だから初めて誘われた一泊旅行を実はとても楽しみにしていた。可愛いワンピースをみつけて、これ旅行に着ていこうかななんて買うつもりでいたのに、買わなくてよかった。まさか二股だったとは。それも浮気相手が「私」。そりゃぁ休みの日に会えるわけなかったわけだと、別れ話の最中に、ふふ、と渇いた笑い声が自然と漏れた。その笑いが気に入らなかったのかどうかは知らないが、
「ほら、ルキアはそういうところなんだって。酷いとかゆるさないとか泣いたり喚いたり、絶対しないもんな。だから俺のことどう思ってるんだろうって俺もイマイチ踏み込めなかったんだよ」
きちんと状況を把握して相手をなじらない事の何がいけないのか。その言葉を飲み込む。
酷いとは思うが、赦さないなんて言うほど何かしてもらったわけでもない。ちょっと素敵だなと思ってたから、声をかけられ男女の関係になって嬉しかったけれど。でも最初から自分はきっと信じてなかったのかもしれない。こんな素敵な人が、私に声をかけてきたのは気紛れだろうなと思っていたのだ。
「男はやっぱりさ、感情むき出しにして求めてくる女の子を突き放せないんだよな。泣くのとか狡いと思っても、やっぱり泣くほど俺が好きなのかって思うとほっとけなくなるっていうか」
そうですか
貴方の本当の「彼女」はきっと、そんな女性なんですねよかったですね。
可愛くなくて浮気相手としてもでき損ないだったのかと思うと、喉のあたりがジクジクと鈍く痛む気がした。魚の骨がとれないあの感覚。
だからたくさん食べるしかないのだ。
食べて食べて、喉の違和感を腹に流し込んで治すしかないのだ。
仕事終わりのリルカが合流したのは、8時を過ぎた頃だった。
「ちょっ、なんのパーティなのよ!」
「なんか色々食べたくなってな」
目を真ん丸にしたリルカに悟られたくなくてさらりと答えたが、リルカが恋次のほうに振り返って無言で目配せでもしているのはなんとなく気がついた。けれど
「いいわよね、アンタは食べたくなったら何でも作れちゃうんだから!じゃぁ遠慮なくいっぱい食べちゃおっと」
それ以上突っ込んでこないリルカに彼女なりの優しさを感じて、ほゎんと優しい空気が部屋に流れた気がした。当たり前に恋次の開いた股の間にちょこんと座れば、恋次は缶ビールを開けてからリルカに手渡す。いつもお互い喧嘩腰で喋るくせに、誰の前でも遠慮なくイチャイチャとするこの二人を羨ましいなと素直に思う。3人でくだらないお喋りをしながらかなり食べたつもりでも、やはり全然減らないことで、やはり黒崎を呼んでみようかとスマホを取り出した。
「誰か呼ぶの?」
「うむ、副理事長呼ぼうかなって」
「副理事長ぉ?なによそれ」
「唯一、このマンションでの知り合いなんだ」
「へぇえ?仲いいの?」
「‥‥どうかな?悪くはないと思うのだが‥」
と、答えながらそういえば黒崎を呼ぶのはいつも何か頼みたい時ばかりだったなと今更気がついた。普通にご飯に誘うのは厚かましいというか馴れ馴れしいだろうか?
「��ーに、スマホ見ながら固まってんのよ」
「いや、ご飯に誘って来るかなと‥‥」
「仲いいんじゃなかったのかよ」
「う~む、でも‥」
「あー、もう!ほら貸してごらん!」
うじうじしていればリルカにスマホを取られた。ラインの画面を覗きこんだリルカがぶはっと噴き出した。
「ちょっとなにこれ!ほんとに仲いいの?」
「どした?」
「副理事長、多くても三文字しか毎回返信ないじゃん!怒りマークひとつの時もあるんだけど?」
ぎゃははとリルカと恋次が笑いだした。そう言えば確かに黒崎の返事はいつも「了解」「💢」「今行く」みたいなシンプルなものだ。
「嫌がられてるんじゃないのぉ~?てかルキアもなによこれ、今すぐ来いとか何様なのよ」
「私は理事長だからえらいのだ」
「アホかい!じゃぁ‥‥たまにはご飯ご馳走するからいらしてくださぁい‥‥と、はい送信~」
「気味悪がって既読スルーすんじゃね?」
「ありえる~」
勝手に黒崎にラインを送って二人はまたケタケタと笑いあっている。まぁ確かに気味悪がられても仕方ないか、と思ったのだが
「あら?」
早くね?とリルカがぶっと噴き出した。恋次がスマホをリルカから取り上げる。
「了解、だってさ。副理事長さん来るみてぇだぞ?」
「てか副理事長って若いの?男?女?」
「あぁ、それはー」
という会話の間にインターホンが鳴った。アタシがお出迎えして来る~!とリルカがはしゃいで玄関に向かう。
男で、まだ学生、それから普通にカッコいいほうだと思うと言うのを聞かないままのリルカの「ぅぉぉぉお?」という声と「え?え?」と焦ったような黒崎の声に
まあ、そうなるよなぁとやれやれと黒崎のグラスと皿を用意することにした。
「副理事長って呼びにくいんだけどー名前なんていうの?」
リルカと恋次は元々人見知りしたりしないが、黒崎も同じようで直ぐに打ち解けた。私がそう呼ぶので二人も副理事長と呼んでいたが、言いにくかったらしくリルカが聞いた。
「黒崎です、黒崎一護」
「いちご?ベリー?」
「ぜってー言うと思った。発音違うっす」
「んじゃ、一護って呼んでいーい?黒崎も言いにくいし」
「いいっすよ、俺も名前で呼んでいいっすか?」
最初こそリルカさん恋次さん、とさん付けで呼んでいたが、時間がたつうちに黒崎は普通に2人を呼び捨てにしていた。まぁ、この2人にさん付けは確かに変というか気持ち悪いのだが。
黒崎が来てくれたおかげで、どんどん皿が片付いついくのはやはりありがたかった。酒を飲んでもパクパクと食べる黒崎に「若いってすげーな」と恋次が妬み混じりに呟いた。
「それにしてもずいぶん作ったんだな」
「あぁ、だから存分に食ってくれ。全部平らげてくれると嬉しいぞ」
「いやさすがにそれは無理だろ」
「あ、じゃぁ一護も誰か呼べば?彼女とか」
「は?悪いからいいっすよ」
「いいよねぇ?ねぇルキア」
「もちろんだ」
と、言いながら、そういえば黒崎にも彼女ぐらいいるのだろうなと改めて思った。そんな話をしたことなかったが、黒崎の風貌を思えば彼女がいないはずもない。だとしたら
「なんか、すまなかったな」
「は?」
「いや、しょっちゅう呼び出してしまって。夜中とか。彼女が知ったらいい気はするまい」
「夜中まで来させてたのかよ!」
「ルキアってば欲求不満だったとか?」
茶化してくる恋次とリルカに違うわばかもの!と思わず声を荒げてしまう。夜中の時は、本当にあれは怖かったから、考えなしに呼んでしまっただけなのに。欲求不満とか思われるのは嫌だ、なとと感じてしまうのは男にフラれたばかりだからだろうか。
無駄にムキになってしまったのが恥ずかしくて、皿を片付け始めてキッチンに逃げようとすれば、つんつん、と黒崎にスカートの裾を引っ張られた。
「俺、彼女いないからその辺は別に気にしなくていーっすよ」
「‥‥はぁ」
気にしたのは本当はそこではないのだが、と思って曖昧に返事をすれば、何故か突然、今度は恋次が声を荒げた。
「一護てんめー、嘘ぶっこいてんじゃねぇよ!おめぇが彼女いないとか超嘘クセーんだよっ」
「嘘ついてねーし」
「あ、もしかして一護ゲイ?」
「なんでだよ!!」
よかった、話がおかしなほうにずれてくれたとホッとしてしまう。皆がくだらない話で盛り上がってくれればそれが一番いい。
わたしの話はしたくない
私の話なんて、何もおもしろくないのだから
「一護さぁ~、じゃあルキアなんてどーお?」
「は!?」
そう思っていた矢先の、リルカの爆弾投下に思わず声がひっくり返った。
「だぁって失恋した時はさ、やけ食いより新しい恋するほうが絶対きくもん」
「‥‥いつ、私が失恋したと言った?」
「言ってないけど、ビンゴでしょ?」
リルカぁぁと怨み声で首を絞めてもリルカはきゃははと笑っている。駄目だ、これ、もうかなり酔いがまわっているらしい。リルカは酔うといつも以上に遠慮のない会話をぶちこんでくるのだ。
「つーか、おまえ気付いてねぇみたいだけどよ、おめぇが大量に飯作るときは大抵なんかあったときだぞ?」
「なぬ?」
ゲフッとゲップ混じりに恋次に言われ、リルカが「そーそーわかりやすいのよルキアは」と酒のせいか妙に火照った掌で首を絞めていた私の腕を優しく掴んだ。
「何年友達やってると思ってんの?それにルキアはわかりやすすぎるんだもん」
「‥‥」
はぁ、と自分でもわざとらしく感じるため息をおとした。
そうなのかー
私は何度も同じ事を繰り返しているのか。リルカや恋次にすらわかってしまうほどに。
「新しい恋しちゃえばいーのよ。失恋の傷なんかあっという間に新しい恋がふさいでくれるんだから」
「‥‥別に傷ついてなんかいないんだが」
「あらそーなの?」
「そ・う・だ!だからこの話は終わりだ!すまんな、副理事長も聞き流してくれ。あ、そうだ、久しぶりに皆で桃鉄でもやらぬか?」
「お!いいな!まじ久しぶりだな」
「恋次、あたしにボンビーつけたらまじ別れるからね!?」
「私もだぞ?漫画の続きも貸さぬしこの家から出てってもらうからな!」
「まじかよ!じゃぁ一護にしかつけれねーじゃんよ」
「あ、俺も嫌なんで。恋次が永遠ボンビー連れててくださいよ」
なんだよそれぇ!と恋次がふざけんなとむきになって、皆も笑った。よかった、流れが変わった。
まだ、というか、何も話すことなどない。とてもつまらない私の恋愛話などしたって盛り上がらない。誰かに話さなければ治まらない感情すらない。自分の中でそのうち風化していくのを待つのはいつものことなのだ。
コントローラーをガチャガチャ用意し始めた恋次とリルカを横目に、とりあえず食事を片付けてしまおうとすれば、「手伝いますよ」と黒崎も皿を運んできた。
「あ、ありがとう。でも大丈夫だ、先に始めててくれ」
「‥あのさ、」
「ん?」
「飯、スゲー旨かった。まじで」
「そうか、それはよかった」
「また作りすぎたら呼んでよ。俺が全部食うからさ」
「そうだな、お願いするよ」
「あと、俺、彼女いないから」
「ん?」
「大事なことだから2回言っとこうと思って」
「?」
どういう意味だ?と聞き返そうと思ったが、黒崎は照れたように笑うとリルカ達のほうに行ってしまった。今の笑いはなんだろうとも思ったが、わかるのはバカにした笑いでなかったということで、どちらかと言えば何故か優しい気分にさせてもらえた。やはり黒崎は悪い奴ではないのだろうな、と口許が緩んだ。
子供の頃にやったゲームは久しぶりなせいかおおいに盛り上がり、盛り上がる勢いに任せて焼酎を飲んでいたリルカと恋次はほぼ同時に潰れた。時計を見れば2時近くなっていた。
「すごい時間になってたな、副理事長明日はバイトは?」
「明日は昼からだから平気‥てか、その副理事長ってのやめない?」
「あ?あぁ、クセでつい。じゃぁえーと黒さ」
「一護でいーって」
「そっか、わかった」
「じゃぁ、言って」
「へ?」
「言わないと、言って慣れねーとまた副理事長って呼ぶでしょ」
「はぁ、では、いちご」
なんだか恥ずかしくて少し照れてしまうが、有無を言わさないその物言いに、黒崎の名前を、呼んだ。
ニシャッと黒崎もとい一護は笑うと「よし!じゃぁ俺もルキアって呼んでいい?」と頭をポンポンと叩いてきた。
「なんだか生意気だな貴様」
「だってアンタ達3人、俺よりガキっぽいつーかアホなんだもん」
「失礼だな!」
確かにリルカと恋次は��う想われても仕方ないがと言えばルキアもかわんねーよと一護は笑った。
帰る一護を玄関まで見送る。crocsに足を入れてから靴箱の上をじっと一護は見ている。
「なんだ?」
「いや、前からちょっと思ってたんだけどさ、ルキアってウサギが好きなの?」
「あぁ、そうだよ」
「ふぅーん」
じゃぁおやすみ、と出ていってから「あ!」と思い出した。そうだ、一護も好きなんだ、いや好きかどうか聞いてないが、一護のヘルメットには小さいウサギのステッカーが貼ってあるのを私は知っているのだ。
そうだ、そのこと、まだ、一護に話してなかったなと顔がにやける。今度一護に言わなければ。実は貴様の事、あの日談話室で会うまえから私は知っていたのだぞと。それから貴様もチャッピーが好きなのかと聞いてみよう。
なんだか楽しい気分になりながら、鼾をかいて眠りこけるリルカと恋次のいる部屋に戻った。
喉に魚の骨がささっているような不快感は
いつのまにやら消えていた
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pinoconoco · 6 years ago
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朝焼けの中君は眠り僕は帰る
理事長命令発動だ
今すぐウチに来てくれ!
早く早くと急かすウサギのスタンプが更に3つ連続で送られてくる。なんなんだよこの横暴なメッセージと思いながらも布団から這い上がる。時計を見ればもうすぐ1時。昼じゃない、深夜の1時だ。シャツにパンツで寝ていたので、仕方なく下だけスエットを履いて部屋を出た。
此所のマンションは世帯数が100と中規模なものである。1階が3LDK2階が2LDK、そして3階が1LDKと2LDKの独り暮らしや子供のいない家族が住んでいる。
先日あっち向いてホイで対戦した結果、当然のごとく俺が副理事長となり、30歳独身OLの朽木さんが理事長と決定した。ズルいとかこんなの酷いと喚いていたが勝負は勝負ですからと管理人さんも俺も聞く耳を持たなかった。当たり前だが。
「わかった‥‥では黒崎‥‥さん、ちゃんと副理事長の仕事はしてもらうからな!」
フンッと紅い顔に涙目になりながら、あの日彼女は談話室から走って逃げてしまった。理事長なんか誰もやりたくないし、責任が重いだろうことはわかっている。変わってやりたいとは思わなくても、少し可哀想かななどと勝つと確信した勝負をしておきながらも偽善的な事を感じてしまう。
「黒崎さん、朽木さんを支えてあげてくださいね」
「あ、はい」
彼女がバタバタと談話室から出ていってしまうと、管理人さんが声をかけてきた。
「彼女ねぇ、あんなですけど、あれで案外真面目で小心者なんですよ~。このマンションにお知り合いもいませんし、総会なんかで人前で喋らなくちゃならない時なんか、多分ガチガチに固まってしまうでしょうから。助けてあげてくださいね」
「はい‥自分がどこまで役に立てるかわかりませんが」
それ以前に、なんだか嫌われた気もするが。さっきも悪態ついて逃げるように出て行っちまったし。それにしても、この管理人さんと彼女はどんな関係なんだ?
「朽木さんとアタシですか? あぁ、朽木さんのお兄様と私が元々同級生でしてね。両親が早くに他界されてるせいもあって、ま~ぁ兄のほうが妹溺愛してましてねぇ」
「そうなんですか」
「独り暮らしなんかさせたくなかったんですが、彼女がどうしてもときかなかったらしく、アタシに監視係をさせる為に此所、購入したんですよ」
「監視‥」
なんだか怖い兄貴だなとひきつり笑いをしてしまう。そうなんです、怖いですよぉ?と管理人さんも笑う。
「怖いですから、アタシもちゃ~んと彼女監視してますけどね」
え?それ管理人さんも怖くね?と思ったが曖昧に笑っておいた。
「あ、それと、お二人とも何かと連絡とられる事が増えると思いますから‥‥えーと、朽木さんのお部屋は330号室です。黒崎さんが301でしたよね?あぁ3階の端と���ですね」
「わかりました」
「あ、あとアドレス教えときますね」
「え?それはさすがにまずくないですか?」
個人情報だし、と断ろうとしたが、管理人さんに無理矢理彼女のメールアドレスとLINEのアドレスを教えられて押し付けられてしまった。
「貴方から連絡してあげてくださいな。アタシから無理矢理教えられたとでも言って」
「はぁ‥」
でも確かに一年間は一緒に役員をやらなければいけないし、と彼女にラインを送った。
既読になって直ぐに、可愛げのないウサギが「よろしく頼む」と上から言ってるようなスタンプが返ってきた。
これ、なんだろ。
嫌われてるならもっとシンプルな返事がくる気がするし。まだ仲良くなれてないわりにはでもなんだか憎たらしいスタンプだな、などと思ったのだが、それが俺と彼女のおかしな関係の始まりだったのだ。
深夜1時とはいえ、呼んだのは彼女なのだから悪びれずにインターホンを連続して鳴らしてやれば、直ぐに彼女が出てきた。
「遅い!」
「遅くねぇよ!すぐ部屋出たよ、なんだよこんな夜中に!」
寝起きなせいかいつもより不機嫌な声がでてしまったらしく、彼女が珍しくビクッと肩を竦めた。が、直ぐにスエットに入れてた俺の両手をズボッと無遠慮に抜き出すと
「エアコンの横に‥‥奴がいるのだ、貴様退治してくれ頼む!」
とスプレー缶をずいっと差し出してきた。
「‥‥ゴキ?」
「言うなぁ!名前を言ってはいけないあの野郎だ!すごく大きいのだ、頼む副理事長!」
こんな時ばっか、副理事長とか言って甘えやがってと思いながら仕方なく部屋に入る。もうこの部屋には何度も出入りしている為、夜中に女の部屋に上がる罪悪感というものは、ない。
リビングの扉をそっと開ければ、白い壁の為「名前を言ってはいけない」ソイツはすぐに発見できた。すごく大きいという程でもないが、確かにデカイ。家で育ったというよりはどこかから侵入してきたのかもしれない。
それでもスプレーをかければあっという間に昇天した。「ティッシュかコンビニの袋とかある?」と振り返れば彼女は部屋にいない。は?とリビングの扉を開ければ、未だに玄関の、靴箱の所で所在無さげに突っ立っていた。
「おいこら」
「終わったのか?」
「終わったよ。捨てるから袋くれよ」
「あ、あぁ」
強張らせていた顔が、少し和らいで彼女はのそのそと近寄ってくる。
「早くくれよ、袋」
「うむ、貴様が先に部屋にはいれ」
「もう死んでるっつーの!」
「奴は死んだふりをするんだぞ!」
あー、もう!と思いながらも仕方なく先導��て部屋に入る。こそこそとどこからかビニール袋とティッシュの箱を持って来ると俺に突き出して、また部屋の隅に逃げる。
よっぽど苦手なんだな、と思いながらも死骸を袋に入れる。
「ありがとぅ」
蚊の泣くような声だが確かに聞こえた。思えば礼を言われたのは初めてな気がして思わず「え?」と振り返ってしまった。
「めずらしい。てか、初めてアンタにお礼言われたわ」
「そんなことないだろう?洗濯機が壊れた時も風呂場の電球取り替えてもらった時もいつも感謝してたぞ」
「え~?そうだっけ?よくやった!とか人を家臣か何かみたく扱われた記憶しかねえぞ?」
そうだったか?と笑いながら、彼女は冷蔵庫を開けて、アルコールとカフェインどちらがいい?と聞いてきた。素直にやったぁと喜べば彼女はあ、でも、とポケッとした表情を見せた。
「もう夜中だったな。こんな時間にカフェインはよくないか」
「別に。俺明日はバイトだけだし夕方からだし」
「そっか。では今日は甘いホットチョコレートにしようか」
そういうといつもの小さなミルク鍋を出してきて、たっぷりと牛乳をそそいで弱火にかけた。
「この間のバターコーヒーも旨かったな」
「あの時貴様は最高潮に疲れてたからな、身体に染み渡ったんだろう」
最初に彼女から呼ばれたのはなんだったか
確か、トイレのドアが開かない!誰かいたらどうしよう?と泣きそうな声で電話をしてきた時な気がする。一瞬は本当に泥棒か痴漢かと慌てて行ったのだが、なんのことはなく、鍵をかけた状態で閉めてしまっただけだった。おまけにそんなのは小銭で捻れば簡単に鍵は解除された。
「ほぅ‥‥黒崎さんは生きる知恵があるのだな」
「いやこんなの子供でも知ってるって」
「嘘だ!私は知らなかったぞ?」
あの日から俺は彼女にとっての「便利屋」にされたんだっけ。いいように使いやがってと悪態をついたら「これも副理事長の仕事だ」とふははははと豪快に彼女は笑った。
それでも悪いと思っているのか、何かしら呼び出された時は菓子やら飲み物を出してくれた。それが意外なことに美味しいのだ。
きちんと檸檬と蜂蜜を使ったレモネードも、豆から挽くコーヒーも、暇だから焼いてみたというアップルパイもどれも旨かった。それは人が来るからと作ったというよりはもっと自然にいつも出てきた。どうやらがさつで人使いの粗い女ではあるが、料理は得意なようだ、と思ったけどただの食いしん坊な気もする。
とにかく必ず出してくれる「ご褒美」は俺にとって楽しみでもあった。
「すまんな、夜中に悪かった。でもあれだけはな‥‥どうにもならなくて」
「虫苦手なんだっけ」
「うむ、特に奴は素早いし大きいし黒光りしているだろ?おまけに飛ぶ‥‥と思ったらもう怖くてな。奴が住み着かぬよう家をキレイにしてるのになぁ‥」
「や、アイツらは外から入ってきちまう時あるから仕方ないだろ」
「うーん、今日は窓開けてないのに‥」
言いながらホイップをのせたホットチョコレートを差し出してきた。サンキュと受け取って改めて部屋が段ボールだらけなことに気がついた。
「そういやなんだこの段ボール、引っ越しでもするのか?」
「そしたら貴様が理事長だな」
「ふっざけんな」
クスクス、と笑ったが直ぐにはぁぁ、と彼女はため息をついた。
「仕事でな‥‥後輩が盛大に発注ミスしてしまってな、そういうときに限って工場でも出荷ミスをしてしまって」
「わかんねーけど大変そうだな」
「そうなのだ。後輩はショックから休みだすし、工場のほうは私が見つけてきた所だから‥‥今回は会社に迷惑かける前に���んとかしようと思ってな」
「は?それで?家でアンタがやるの?」
「会社にばれたら後輩も工場もまずいからな。集荷場から取り寄せたのだ。伝票は手書きになってしまうがやむを得ない」
いやそれ、アンタ一人で責任被らなきゃならねぇのか?会社ってそんなとこなのか?と学生の俺にはわからない。わからないが、よく見ればテーブルには注文書らしきものや配送先の伝票がぱらぱらと散らばっている。
「手伝おっか」
「いや、さすがにこれは仕事だから。ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
ふわり、と笑った彼女に何故か苦しいような切ないようなそれでいて悔しいようなおかしな気分になる。
会社も仕事もわかんねーけど、でもコイツ、会社では頼れる奴とかいねぇのかよ、俺にはいつだって図々しいクセに。誰にも頼れず抱え込んで笑うコイツとくだらない雑用を俺に頼むコイツ、一体どっちが本当のコイツなんだよ
「あれだろ、こっちの注文書にあわせて荷物詰めりゃいーんだろ?ほら、やるぞ」
「え?いいぞ、これは副理事長のしごとじゃないー」
「うるせぇな、やってやるってんだから素直に甘えとけ。んで、指示ちょーだい」
「‥すまない、助かるよ」
その声が少しだけ震えてたから彼女のほうに顔を向けなかった。
「今度、貴様の食べたいものを作ってやるから遠慮なくリクエストしていいぞ」
そりゃまた嬉しいな、と口許が緩んだ。
何がいいかなと考えながら、明け方4時頃にすべての荷物な用意はできた。彼女は段ボールに俯せて倒れるように眠っていた。
彼女の部屋は俺と同じ造りの2LDKだから、多分こっちが寝室だろうなと、悪いと思ったがドアを開ければ、やはりベッドが見えた。
おい起きろと声をかけたが全く起きないので、仕方なく抱えて、そして驚いた。
軽い
なんだコイツ、体重とか絶対40キロないだろこれ。犬か猫抱いてるみたいだと笑いそうになる。いつものだぼっとしたフード付のワンピースは部屋着かパジャマかわからないが寝苦しくはないだろう。モコモコの靴下だけすぽんと脱がして掛け布団の上に放り投げた。ベッドに寝かしてから、眼鏡をとってサイドテーブルに置いた。
やっぱり、可愛い顔してんのな
寝てるのをいいことに、無遠慮に彼女の寝顔を近くでまじまじとみつめた。
思えばこの女には毎回驚かされている気がする。
雨の日の、カチッとした服装にビニール傘のイメージから、顔を見たときの美人だなと感じたそばから口が悪いとわかったあの日
はじめて家に行った日の、どすっぴんに眼鏡にひっつめ髪にグレーのスエット姿も衝撃だった。どこの地味な女だおまえ誰だよと思わず言って怒らせた。飲み物を美味しくいれるのが得意で会社では内弁慶発揮して何も言えないんだろうかー
「‥‥おやすみ」
目覚ましは同じ時間で間違いないだろう、とセットだけして部屋を出た。靴箱に乱暴におかれた鍵をかけてポストにいれた。
すぅすぅと小さな寝息はちょっと可愛かった
まぁ言ってやらねぇ��どな
空が薄桃色になる時間まで起きてるなんて久々だな、とまた口許が緩む。
なぜか眠くないし、気分はよかった。
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pinoconoco · 6 years ago
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ビニール傘の女
なんで、ビニール傘なんだろう
彼女に対して感じたのはそんな他愛もない事だった。なんというか違和感があった。足元はいつも細く高さのあるヒールを履いていて、服装も鞄などもみるからに上品なのに。けれど傘はいつだってコンビニやら百円ショップでも買えそうな透明の傘だった。彼女を見かけるのはそういえばいつも雨の日で、他の日は見たことがなかったように思う。雨の日はかなりの確率で、朝も夜も、マンション付近でみかけることがあった。
その彼女が今、目の前にいる。
あぁ、こんな顔、だったんだ、と不思議に思う。
いつも後ろ姿ばかりをみていた気がする。自分の中の彼女はのっぺらぼうに等しかった。俺の知る彼女はとても小さく小綺麗(な後ろ姿)でそして、安物の傘を差す女でしかなかったのだ。
「う~ん、困りましたねぇ」
困りましたと言うにはニヤニヤと妙にイヤらしく感じる笑顔で、管理人さんわざとらしく大きく息を吐いて椅子に凭れた。
「とにかく‥‥貴方達と同じで、理事、副理事なんてね、だぁれもやりたくないんですよ」
「「‥‥‥‥」」
「ここ買うときの誓約書にもちゃぁんと書かれてますしね?賃貸の方は違いますが購入されて2年以上お住まいの方には順に理事長もしくは副理事長の役職に就いて頂きます、と。今このマンションで2年以上お住まいになられていて何も役職に就かれてないのはもう貴方達2人だけなんスよ」
管理人の浦原さんはニヤニヤ笑うのをやめないまま扇子で顔を隠した。そんな管理人さんを誕生席に、俺と、彼女の二人が向かい合って座っているここはマンションの談話室である。
先週、ポストに「大事なお話がありますので、今月で都合の良い日にちとお時間を書いて管理人ポストに入れてください」という手紙が入っていた。てっきり管理人さんがその日に訪れるのかと思いきや、土曜の夕方に会議室に来て下さいと書かれた返事に、嫌な予感はしていた。まさか今年度のマンションの理事長もしくは副理事長をやらされるとは思わなかったが。
「遅れてすみません」
そう言って10分ほど遅れて入ってきたのが彼女だった。
「土曜なので、早くに切り上げるつもりだったのですが先方の電話がなかなか切れなくて‥‥」
薄いブルーのシャツにベージュのタイトスカートを履いているからに、OLさんなのだろうとぼんやり思いながら、目があったので会釈だけした。彼女も上目遣いにペコリと頭を下げてきた。ずいぶん小さい女だなと思ってから、彼女が隣の空いているパイプ椅子にビニール傘を立て掛けた時に気がついた。
雨の日の女だ
そうだ、この服の着こなしかたといい背の小ささといい、そしてこの傘。そうか、同じマンションの住人だったんだ、と何故かわくわくし始めた。���分はこの人を実は知っている、なんてどうでもいい話でしかないがそれでも、こんな顔をしているのか、と、まじまじと管理人から俺も聞かされた理事長の説明を聞いている彼女の顔を眺めた。小さな真白な顔に大きな瞳の、どちらかといえば美人な人だったんだなぁと管理人さんばりににやけそうになる。
「え!?いやだ」
美しいと思った彼女は、さっきの「遅れてすみません」とは全く違う低い声で管理人さんにいきなり拒否をした。え?タメ口?
「そんな話は聞いてない。理事長なんか絶対やらぬ」
「あのねぇ朽木さん、ちゃーんと誓約書にも書かれてるんですよ?で、今このマンションでやってないのは貴女とこちらの黒崎さんだけなんです」
「はぁ?そんな都合知らぬというのに。だいたい私は此処に住みたくて住んでるわけでもないし。貴様もいるし会社から遠いし、本当は嫌だったのに。兄様が買ってしまったんだから仕方なかったのだぞ?」
「そういう子供みたいな屁理屈は一切受け付けません。さぁ二人でどちらが理事長をやるか副理事長になるか決めてくださいな」
「え~」
彼女は思い切りイヤそうな声を出して、くるんと俺に振り返った。唇を尖らしているその顔に、俺の中の彼女のイメージがだんだんと崩れていく。
「えっと‥‥黒崎さん、でしたっけ?私は此所で理事長をやるには若いし女だし、無理があると思うのですね」
「いや、俺なんかまだ学生なんすけど」
「なに!?それで賃貸じゃないのか? 」
「親が買ってくれたんで‥」
「ほぅ‥‥金持ちのおぼっちゃまか。そうか、うん、では若いウチに理事長やるのも勉強になると思うぞ?」
なぁ浦原?と突然良いこと思い付いたといわんばかりにぱぁっと顔を明るくして、彼女は管理人さんに同意を求めた。ん?とは思っていたが、どうやら彼女と管理人さんは知り合いっぽい。今だって彼女は管理人さんの名前を呼び捨てにしたのだから。
「まぁそうですけど、それでも貴女が副理事長になるのは変わりませんよ?」
「チッ‥‥だいたい此処に知り合いもおらぬし今までも夏祭りだって参加したこともないのに‥」
「いやちょっと待ってくださいよ、俺理事長やるなんて一言も言ってないんですけど」
なんだか俺が理事長、彼女が副理事長に収まりそうな雰囲気に慌てて口を挟んだ。冗談じゃない、まだ25歳で学生の俺に理事長なんて荷が重すぎる。
「理事長は1度やってしまえば、その後拒否権が与えられますし、今のうちにやっておくのも悪くはないと思いますよ~?」
管理人さんの言葉に彼女は嬉しそうにウンウン頷いている。さっきまで不貞腐れてとんでもなく悪い顔をしていたのに、今度は幼子が調子にのっているように見える。
なんだろう
なんだかだんだんとムカついてきた
「過去に女性の理事長さんはいなかったんですか?」
「いえ、おりましたよ何人も」
「それなら、女性だからというのは卑怯じゃないんですか?」
「ぅ、」
「女性って直ぐに男女平等とか女性差別とか言いますけど、今の発言、まさに差別的ですよね」
「違う!それに私は差別とかそんな事言わぬ」
「じゃぁちゃんと決めましょうよ。今のじゃ納得いかない」
そう言うと彼女は顔を真っ赤にして少しだけ怒ったような瞳で睨んできた。管理人さんはといえば、「正論ですね」とやはりニタニタと笑っている。
「‥‥じゃぁ、どうしましょ?話し合いでは無理そうなので、じゃんけんとかにしましょうか?」
「じゃんけんは‥弱いからいやだ」
目線を足元に向けたまま、彼女はぼそりと呟く。絶対やりたくないんだなこの女、でもそれ俺もだし。だから「じゃぁ俺やりますよ」なんて絶対口が裂けても言ってやらないけど。
皆で口を閉じてしまい、静寂が訪れた。
「‥‥じゃぁ、お二人さん、右と左、どちらか好きな方を選んでください」
静寂をやんわりと破って、管理人さんが突然そんな事を言い出した。
「なんだそれ」
「いいから。二人とも右と左どちらがいいか、はい、せーの!」
「「右」」
有無を言わせぬその言い方に踊らせたように自分も彼女もとりあえずそう答えて、あ、同じになってしまったと彼女が呟いた。
「いえいえ、同じでよかったですよ~?はい、ではこちらで決定ですね」
そういうと管理人さんは右手を開いて紙を1枚取り出した。開けばそこには「あっち向いてホイ」と書かれている。
「これで決めます。文句ないですね?二人揃って右を選んだんですから。ちなみに左でしたらこちらでした」
と開いたもう1枚の紙には「あみだ」と書かれている。いつのまにこんなもの仕込んでたんだこの人。
「じゃんけんだけじゃ勝てませんからね?これでいいですね朽木さん」
「あっち向いてホイも苦手なのに!」
「もう我が儘ばかりいいかげんにしてくださいよ?黒崎さんもこれでいいですね?」
どうあがいても逃げられないのであればもう仕方ない。こくんと頷いてから彼女のほうに顔を向け「正々堂々、勝負で決めましょう」と笑顔を向けた。強張った彼女に心の中で「よしもらった」とほくそ笑む。
自慢じゃないがあっち向いてホイは得意だしコツもある。彼女は負ける。既におどおどそわそわとしていて、それでも威勢を保とうとしてか、一生懸命表情を作っている。
ちょっと、笑いそうになる。なんだかまた楽しくなってきてる自分が確かにいる。
そうだ
これは子供の頃、好きな女の子をからかった時になんか似ている。この後また不貞腐れて悪態をつく彼女を容易に想像できて、その姿を楽しみにしてる自分がいる。
「何故笑っている?なんか、黒崎さん怖いぞ」
腹黒い心が笑顔にまで影響されてしまったらしい。そんな俺に若干焦りを感じて眉間に皺を寄せている彼女は愉快だ。
「はい、それじゃぁ」
管理人さんの掛け声に、じゃんけーんと初対面の彼女とあっち向いてホイをする。
ビニール傘の彼女が気になったのは、アンバランスな感じだった気もするが、それは気のせいだったのかもしれない。
大きな瞳で真剣に俺の指を見つめる子供のような素直な彼女に、初対面の印象は遥か彼方へと消え去っていた。
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pinoconoco · 6 years ago
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しあわせの在処 4
「お湯を、使ってくださいな」
住職はそう言うと、湯気の立ち上る桶を俺の横にそっと置いた。
「ありがとうございます、気を使わせて申し訳ない」
「いいえぇ、その方がお嬢様も喜びますって。あなたが眉間に皺を寄せて冷たい水を堪えているのをやめてくれと、私にはやめさせろって言ってますよ」
そうですかね、そんな優しかったかなと二人で笑いあう。
ごしごしと石碑を磨きながら、小さな背中を洗ってやっていたことを思い出す。ルキアと一緒に風呂に入っていたのはいつまでだったか。石鹸で泡を作るのに夢中になったり、シャンプーで変な髪型を作ったり。いつも一時間以上は風呂場にいたような気がする。最後に見たルキアの背中は痩せて骨が浮き出ていたが、それでもシミ一つない真っ白な背中だった。
「そう言えばアタシが最後にお会いした時、お嬢様面白いこと言ってましてね」
「お嬢はいくつになってもどこか天然だったからな」
「いえ、生まれ変わりのお話をしていました」
「生まれ変わり?」
「はい。それからパラレルワールドというのは本当にあるのかとか」
「何だそりゃ」
ククッと笑えば住職も柔らかく微笑んだ。
「私が朽木の家に生まれてなければ、どんな一生を送ったのかな、と。彼女は最期まで自分が養女だと知らなかったのですね」
「‥‥あぁ。言うタイミングを逃したんだ、白哉が。でもまぁ、知らないなら知らなくてもよかったんじゃねぇかな」
「そうでしょうか。彼女はもっと違う生き方をしたかったみたいですけど」
「‥‥幸せじゃぁ、なかったのかな、お嬢は」
気がつけば雪が舞っていた。どうりで寒いわけだ。花を替えてから途中で買ってきた苺大福を皿にのせた。
「いいえ、彼女は幸せの在処をちゃんと知っていましたよ」
「幸せの在処?」
「はい。死ぬ直前まで、人間は自分が幸せなのか不幸なのかわからないものだと仰ってまして。けれど彼女は途中で死を覚悟しなければならなくなりましたでしょう?その時に、自分の幸せの在処はどこだったのか、どこなのだろうと考えたそうです」
「そんな話、俺にはしてくれなかったけどな」
「貴方を困らせたり苦しめたりしたくなかったのでしょう。だから彼女は最期まで「我儘なお嬢様」を演じてまで貴方の傍にいたんです。彼女の幸せは貴方が傍にいることだったのですから」
それじゃぁ俺と同じじゃねぇかとは住職には言わずに曖昧に笑った。そしてそれはどこかで知っていた気もする。
ルキアが離婚して朽木の家に帰ってきたのは、結婚して10年以上過ぎた頃だった。
子供を身籠ることができなくて申し訳ないしいたたまれなくて、と言われてしまえば白哉も会長(結局百歳越えるまで存命した)も何も言えずにルキアを受け入れた。
「お帰りお嬢」
「ただいま一護、また世話を頼む」
嫁に行く前にまともな会話もできないままだったが、昔と同じように俺達の関係はその後も続いた。
ルキアが留守の時、一度、ルキアの元夫が訪ねてきた事があった。白哉も仕事上重要な会議の最中であった為、かなり待たせてしまう事になると差し出がましいとも���ったが自分が対応に応じたのだ。
「只今朽木が会議中でして、取り急ぎご用件だけでも私が伺いますが」
「いえ、黒崎一護さんに、貴方にお会いしたくて参りました」
え?俺?と構えたが、元夫は柔らかく微笑んで
「彼女は貴方を愛してました、最初からずっと。それでもかまわないから結婚してほしいと言ったのは私なんです。一度、貴方とお話がしたかったのです」
「!?」
何と返事をしていいのかわからず更に固まってしまうも、元夫はふる、と首を振った。
「貴方を恨んだりしてません。1人の人間として彼女は私ときちんと接してくれました。私は最初から彼女に一目惚れでしたからそれでも充分だったのです。けれど彼女の病気が発覚してからは、離婚をするほうが私達にとって正しいと判断したのです」
「‥‥病気?」
病気とはなんだ、と思うより早く身体に鳥肌がたった。嫌な、とても嫌な予感がした。
「彼女の余命はもう短い。もしも子供を生んでもいつまで育てられるかもわからない、跡取りを望む私の両親にも申し訳がないと彼女は言いました。それが彼女の本心から言葉というのはちゃんとわかってました‥‥元々私の両親は孫が早くみたいとそればかり言って彼女にはプレッシャーだったはずですから‥‥」
元夫は辛そうに目線を下げた。そうだったのかと思うと同時にそれよりも病気とは、それも余命が短いってどういうことなのだと問い詰めれば、元夫は更に辛そうに眉をひそめた。
「‥‥聞いて、ないのですね」
「何も、知らない、いつからなんです?病院にはー」
そこでルキアの病名を聞いて、ルキアが2年前から病院通いをして症状を抑えていること、不治の病であることを初めて知った。吐きそうになり思わず口許を手で押さえた。
「‥‥私は、彼女と過ごしたこの10年とても幸せでした‥結婚してからの彼女は1度も貴方の話をしませんでしたし、朽木の家に帰りたいとも言いませんでした。子供を産めない身でありながらも両親とも仲良くしてくれました‥‥だから、離婚をしようと私から言ったのです。最期は貴方の傍にいたいと思いましたし、私も彼女の幸せを本当に望んでの、離婚だったのです」
そんな、と今度は涙まで溢れそうになり顔全体を両手で覆った。話が頭に追い付かないぐしゃぐしゃのままなのが多分顔にも出てしまっているはずだった。言葉もでてこない、ルキアが死ぬ?この世からいなくなる?そんなの、絶対に絶えられないー
膝をついて踞って動けない自分の背中を、元夫は優しく撫でてくれた。どうしてこの人はこんなに優しいのか、落ち着いていられるのか。
「貴方の立場から、ルキアさんと恋仲になることが許されないぐらいはわかります‥‥けれど結婚することだけが全てでもゴールでもありません。彼女はそれを正しく知っています。どうか、この先ずっと、彼女の傍にいてあげてください」
ルキアの本音がわかったと言ったように、自分もこの元夫の言葉は彼の本音なのだとわかった。落ち着いた声はゆっくりと脳内に届き染み渡り、今後のルキアは任せてくださいと最後にきちんと言葉にすることができた。
ルキアの口から病気の事を聞かされたのはその数年後だった。病院に行ってるし薬も飲んで、無理をしなければ大丈夫なのだとそれだけ言うも、死期が近いという話はしなかった。それでも病名だけで白哉なぞ卒倒しかけていた。俺は普通に「大丈夫なのか」「辛いときは直ぐに言え」とだけ伝えた。それ以上の詮索はしたくなかった。ルキアが言いたくないのだろうという気遣いもあったが、それ以上自分が知るのも怖かったのだ。
朽木の家に戻ってからの俺とルキアはよく二人で外出した。それはデートというような甘いものではないが、送り迎えから荷物持ちでも呼ばれればすっ飛んで行ったし、自分から声をかけて出掛けたりもした。
ルキアは薬のせいかよく眠るようになっていた。助手席で眠るルキアの頬を何度かそっと触れては、泣いた。
30を過ぎた大人になっても、俺からすればルキアは小さな女の子のままだった。彼女にとって俺は物心つく前からいるのに、それでも父親でも兄でもなく俺を好きというルキアが堪らなく愛しかった。この想いに何も応えてやらない事は正しいのだろうか、拐って、抱き締めて、愛していると伝えたらルキアをもっと幸せにしてやれるんじゃないだろうかと自惚れもした。けれど先行き短いルキアに白哉と離れさせる事は決して良いことではないし心残りにさせてしまうと思えば何も事を起こせなかった。
俺にできるのは
ルキアの傍にいることだけだった
「昔な、凄く悲しかったことを思い出したんだ」
「へぇ?いつの話だ?」
微熱が続くようになって、ベッドで寝てばかりになっていた頃だった。フラフラする以外はそんなに辛くないと言っていて、顔色もそんなに悪くなかった。だからその日もいつものようにルキアに紅茶を入れて運んだ夜だった。
「井上が屋敷に来て、一護が私に紹介しにきただろ?」
「あぁって、随分昔の話だな」
「あの時、一護が井上を名前で呼んだんだ。すごく羨ましかったんだ‥‥」
「え?そんなこと?」
「ふふ、そんなことなんだが、まだ幼かった私にはなぁ、そのお互いが名前で呼びあうのが羨ましくて悔しくてな‥‥だって一護は1度も私を名前で呼んでくれなかったから」
「そりゃぁ呼べないだろって‥‥あ、思い出した!あの頃お前が俺をシカトしたのって理由それ!?」
そうだ、そんな事があった。ルキアが俺を避けていた時期があったのだ。まさかそんなつまんないことだったのか?
「そうだぞ、拗ねたのだ。おまけに松本が二人は恋人同士みたいですよとか言うから‥‥あの頃はなぁ、幼心に貴様に恋をしてたのだ、今だからこっそり教えてやるが」
「こっそりじゃねーじゃんかよ」
二人でクスクスと笑う。知ってたよ、とも俺もだよ、とも言えずただ笑いながらルキアの長い前髪を横にかきあげてやった。
「俺は俺で傷ついてたんだぞ?おまえに突然無視されて」
「乙女心がわからん奴だからな貴様は。井上は貴様を好きだったぞ、本当に。それも気がつかなかったみたいだな。私でも気がついてたのに」
「あ~、まぁそうだな‥」
井上は5年前に結婚して朽木家から出ていった。「お嬢様がいなくなっても、一護君は私を見てくれなかったね」と言われて初めて、井上の想いを知ったぐらいだった。
「俺に恋愛とか結婚は無縁なんだ。この家に支えている限り、朽木の人間に振り回される運命だからさ」
「それは申し訳ないなぁ。でも死ぬまで私に紅茶を淹れ続けてもらうがな」
「あぁそのつもりだよ」
「なぁ、もう名前で呼んでくれないか?」
「は?白哉に俺殺されて欲しいわけ?」
「むぅぅ。だってもう38になるのだぞ?お嬢様なんて言われる年齢ではないではないか」
「俺にはおばあちゃんになってもおまえはお嬢様だよ」
「喜ぶところか?」
「喜ぶところだ」
そっか、ならいいかな
それじゃぁおやすみ
早く寝ろよ
そう笑って部屋を出た。
部屋を出てから、会長ももういないし白哉が怒っても、明日からルキアと名前で呼ぼうと決めた。そのぐらいいいだろう。何よりきっと「やっと呼んでくれたのか、なんだか生意気に聞こえるがな」とか言いつつルキアは喜ぶに違いない。朝一番に「おはよ、ルキア」と起こしてみるかと考えほくそ笑んだ。
でもそれを実行することはなかった。
翌朝、ルキアは目を覚まさなかった。
彼女を名前で呼ぶことなく、彼女は俺の前からいなくなってしまった。
「私はこんな仕事をしているせいか、凡人には視るどころか感じることもできないものが視えているんですよ」
そろそろ帰ろうかと立ち上がった時、住職が白い息を吐き出しながら空を見上げた。
「幽霊?お嬢の幽霊がいるんですか?」
「いいえぇ、幽霊というよりは‥死神?」
「死神!?」
俺は死神にとりつかれているのか?と顔をしかめれば住職は少しだけ悪戯に笑った。
「違いますよ、とても可愛らしい死神さんがね、貴方の傍にいまして。でもまだお迎えまで時間がかかるそうです‥でも迎えにくるときはその死神さんが貴方を連れて逝くと決めているみたいですけど」
「それ、結構恐いんですけど?」
ほほほ、と住職は楽しそうに笑った。恐がる俺に、大丈夫ですよいい話なんで貴方にお話したんですから、と意味のわからないことを言った。
また来るからな、ルキア
と、心のなかで呟いて墓を後にした。
住職の言う死神が、ルキアのいる場所に連れて行ってくれたらいいなと思ってから、俺も大概ロマンチストだなと独り笑った。
そこでルキアと再開したら、ずっと、死ぬまでお前のことしか考えられないほど愛してたんだぞといってやろう。
雪が冷たくも、照れた頬に触れては解けていくのを気持ちよく感じ、幸せな気持ちになりながら冬の道を歩いた。
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pinoconoco · 6 years ago
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しあわせの在処 3
いかにも我儘なお姫様が言いそうな台詞に笑うも、幸せな気持ち真っ只中にありながら背中がゾワッと震えた。
久しぶりだったせいかもしれない
たった一月ほど、ルキアと触れあわなかったせいで気がついてしまったのだ。
ルキアの身体はもう、小さな少女の身体ではなかった。今俺が抱いてるのは、胸の膨らみや尻に柔らかな弾力を感じさせる女の子だった。
儚い存在のはずだったルキアから、雄を刺激する甘酸っぱい匂いまで漂っていた。
これは、もう、こんな風に接してはいけないと思う自分がいるのに、織姫のことを名前で呼ぶのはやめようと強く決意している自分もいた。
このときに、きちんとそんな自分を認めていればよかったのだ
そう気がつくのはそれより数年経ってからだった。
ルキアが22になったその日、会長が倒れた。もうかなりの高齢だったからこのまま逝ってしまっても大往生であったが、それでも会長はそう簡単にはくたばらなかった。
「ルキアの花嫁姿を見るまでは絶対死ねない」
と駄々をこねてその時は本当に回復をしたものの、体調はあまり芳しくなかった。
その頃から、それまで渋い顔で会長に「まだ早いですから」と避けていたルキアの見合い話を白哉自身が持ち込むようになった。ルキアも白哉という心強い味方が掌を返すように見合いを薦めて来た事には愕然とし、逆らう事も出来ず、家に寄り付かず逃げまくる日々が続いた。
「ルキアにとっちゃこの先の未来がかかった話なんだぜ?いくら会長の願いだからってそこまで急かす事ねぇんじゃないの?」
白哉の異常なまでの勢いや、外泊の増えたルキアが心配になりつい助言をしてしまえば、白哉は普段以上に冷めた視線を寄越してから、また書類に目を戻した。
「元々ルキアには、善き処に嫁にいかせるつもりでいた。先の短い会長の願いもあって早めただけに過ぎない」
「‥‥善き処って、そんなん、ルキアにとって良いところじゃなきゃ意味ねぇだろ?」
「‥言っておくが、」
「ん?」
「兄にルキアは渡せぬ」
「は?そんなこと言ってねぇだろ」
「ルキアの幸せを願っても、兄にルキアを嫁がせる事は出来ぬ。ルキアは既に立派な、朽木家の人間だからな」
「‥‥知ってるよそんなの」
何なんだよ、と言おうとして此方に顔を向けた白哉と目があった瞬間口を閉じた。
白哉はいつも通りの冷静な口調であるも、その瞳に陰りが見えた。それは滅多見ることのない、申し訳なさや憐れみが含まれているように感じて、更にその瞳は俺を映している。
まるで、俺に対して罪悪感を持っていると言わんばかりの表情だったからだ。
「俺は、ルキアの世話係だぜ?」
「‥‥そうだな」
「おかしな心配、してんじゃねーよ」
「そうか‥‥今の言葉に二言はないな?」
「あぁ」
「ではあれがどんなに泣こうと喚こうと、兄もあれを嫁に出すのを手伝ってくれ」
「‥‥あぁ、わかったよ」
わかったと言いながら、胃のあたりが急激に重たくなった。
いつかは嫁に行く
そんな事はもうだいぶ前からわかっていた。まだ鼻を垂らして眠る姿を眺めながら、そんな事を思っていた頃はそれでも幸せな気持ちだったように思う。けれどいつからかその考えを極力避けて考えないようにする自分がいた。ルキアは高校に上がろうと大学に行こうと、ちっとも男に心惹かれなかった。そんなんじゃ行き遅れるとバカにしたことすらある。
「そしたら一護の育て方が悪かった責任とって、嫁にもらってもらうからな!」
「そりゃぁ残念だなぁ?お前は朽木の一人娘だからな?会長も白哉も死んじまったらテメーがこの家の当主だぜ?当主が使用人と結婚とかやべーだろ」
「うるさいな!でもそうだな、私が1人になってしまっても結婚できなかったらその時は一護が私を貰え、いいな?」
「おいおい、それじゃー俺、この先一生結婚できねぇじゃんか」
「なんだ、したいのか?相手もいないくせに」
うるせぇなと頭を小突けばルキアはキャッキャと喜んで笑っていた。笑い事じゃねぇ、お前ら朽木家の行く末案じて嫁も子供も作れねえじゃねぇかと言いながら俺も笑った。
いや
どこかで
それを、期待していた
そうなるんじゃないかと、都合よく思っていた気がする
ルキアが誰かを愛する日は来ないと、自分勝手に確信していた。白哉はなんだかんだルキアに甘い。いやそれよりもー
ルキアが俺を好きなことを、とっくに知っていた。図々しくもそれを当たり前に受け止めていた。俺にもルキアしかいなかったし、ルキアと自分が一緒にいるのは当たり前で、ずっとこのままなのだと信じて疑わなかった。
ルキアに本気で嫁に行けなどと、言えるわけがなかった。ルキアがそれを望まないことも、自分がルキアを嫁に行かせるつもりもないからだ。
けれどそれは、俺の勝手な、
思い込みでしかなかったのだ。
2歳からルキアだけを見てきたのだから、ルキアの事は何でもわかっていると過信していた。気が強いくせに意気地の無いルキアの性格も把握していた筈だが、それは自分も同じだった。
「なぁ、一護は逃げたくなった事はないか?」
10年以上続く、眠る前のカモミールティーを部屋に運んだその夜、ルキアは窓辺に座ってそんな事を聞いてきた。季節は夏がちかくなって、少し蒸す頃だったが、開け放った窓から入る風は湿度を含んでおらず、いい塩梅に部屋を心地よくさせてくれた。
「どうしたよ、見合いの話ばっかででナーバスなのか?」
「茶化すな、貴様は見合いなどしたことないだろうから私の気持ちなどわからぬくせに」
「まぁ、な」
いつになく正論な返しに、言葉が出なくなった。確かに俺は見合いなどしたこともないし考えたこともない。
「私がこの家から出ていったら、一護は探しに来て連れ戻すんだろう?」
「間違いなくそうするだろうな」
「じゃぁ、一緒に逃げてと頼んだら?」
ふわりと風が部屋を突き抜け、窓辺にいたルキアの前髪を揺らした。揺れたのは前髪だけでなく、ルキアの瞳も揺れて妖艶な空気が一瞬漂った。
「血眼になった白哉が探しにくるだろうな」
「捕まらなければいい」
「朽木の名前でとんでもない人数雇って、俺達を見つけだすだろうな」
「‥ふふ、私と逃げるのはいやなのだな、一護は」
またふわりと風が抜ける。ルキアは今度は外に顔を向けてしまって表情は読めなかった。
「そうだな‥‥二人で捕まれば、貴様は誘拐犯として連行されるだろうな。私にはおとがめなしで」
「わかってんじゃねーか」
「わかってしまう自分が、いやだ‥‥」
「‥‥お嬢?」
声が、震えている気がした。どうした?と傍に行こうとしたが「今日はもう下がれ」と固い声に遮られた。
「一護は明日は朝から行くのだろう?」
「あ、あぁ。久しぶりに院に顔だしてくるよ」
「そうか、ではおやすみ」
明日は公休をもらっていた。井上から院長の具合が悪いと聞いていたから、二人で見舞いに帰る予定だったのだ。おやすみ、と俺もそれだけ言って部屋から出た。
ルキアの様子が少しおかしいのは気になったし、今の会話に、もっと気をきかした答え方はなかったのかとなんだか気分が悪くなった。それでもー
このての会話はこうするしかなかったのだ。
ルキアを無駄に喜ばせるわけにはいかないと思っていたし、立場的に俺から逃亡を唆せるわけにもいかない。
だからなるべく、いつもこのての会話のときには軽く流してきた。そんなのはいつものことだったのに、このときはじくじくと身体に悪いものが浸透して腐っていくような嫌な感覚が残った。
翌日、孤児院から戻った夜、ルキア本人から
「嫁にいくことが決まったぞ!二人には世話になったな」
と、井上と一緒に、結婚を決めた話を聞かされた。おめでとうございますぅ~と井上がルキアに抱きついて、ルキアがやめろ!苦しい!と井上の胸に埋もれながらじたばたと暴れているのを言葉なく、ただ呆然と見ていた。屋敷内は既に宴会を始めていて、使用人達も無礼講だと煽るように会長や白哉達と酒を酌み交わしている。
1人、自分だけがこの空間に入れないまま取り残された。皆笑っている。ルキアも、笑っている。でも俺はちっとも笑えなかった。ショックとか寂しさとか怒りとかそんな簡単な言葉に置き換えられないこの気持ちをどうしていいのかすらわからない。わからないけれど、皆がこれだけ喜んではしゃいでいるのであれば自分もそうしなければいけない、と思う。思うけれど、おめでとうの言葉すらでてこない。
ルキアは、何故
こんなに突然に、嫁にいくことを決めたのか
どうして相談すらしてくれなかったのかー
「黒崎一護」
麦酒の入ったグラスをかろうじて持ったまま、目立たない場所にいた俺に話しかけてきたのは白哉だった。
「今だから言えるが、兄には感謝をしている」
「‥‥なんだよ、改まって」
「あれを立派に育ててくれたのは兄だ。天国の緋真も喜んでいるだろう‥今回の話にしても、兄と話して心を決めたと言っていた。あんなに頭ごなしに見合をしなかったのに。兄の言葉ならなんでも素直に聞き入れるのだな」
「え、」
どういうことだ?俺は見合いをしろなんて一言も言ってない。言うわけがない。
「それから、今日からルキアの世話係は井上に任せる。嫁にいくのが決まった身だ、もうルキアの部屋へ入るのは禁じておくぞ」
ぽん、と肩に手をおいてそれだけ言うと白哉は部屋へと戻ってしまった。声が出ない。いっそ今すぐこの場所から逃げ出したくなった。逃げてしまおうかという想いが半ば真剣に頭を過った時
「一護!」
ルキアが俺を呼んだ。皆の中心の場所から、貴様もこっちに来いと俺を呼んだ。大きな瞳は始終笑っている為、今日は黒目すら見せてはくれない。
「一護は私の世話もなくなるし、これからは羽を伸ばして好きに生きてくれ!あ、それから井上ぇ!貴様もがんばれよ?今まで一護を独占してすまなかったな!」
「え!やだお嬢様ったら!」
「まぁ嬢様、大人になっちゃってぇぇ」
これはなんだろうか
俺はうまく笑えてるのだろうか、ルキアの瞳は相変わらず見ることができないほどに笑い続けている、酒の味がしない、ルキアの本音がわからない
わかるのは
今この場所は俺には地獄でしかなく
この光景は茶番でしかないということだった
式まであと1週間となった日、台所でカモミールティーの用意をしている井上に手紙を差し出せば、井上は「なに!?」と顔を赤らめた。
「い、一護君、そんな手紙なんて、え?ど、どうしたの?」
「いや、ルキアとなかなか話さなくてさ、祝いの言葉すら言えてねぇから手紙書い��んだ。渡してくれるか?」
「はぅあ!そういうことね~?やだぁもう!あたしにかと思っちゃったよぉぉ」
恥ずかしー!と真っ赤になりながらも井上は俺の手紙をひったくると、本気で恥ずかしかったらしく「ちゃんと渡すよー!」と走って台所から逃げてしまった。
結婚すると言ったあの日から話は急激に進み、たったの1ヶ月で式の日取りまで決まってしまった。避けられているわけではなかったが、ルキアの世話係を外された俺には、ルキアと2人になる時間は全くというほどなくなってしまった。
心の整理もなにもできていなかったが、このままルキアと離れるのは嫌だと思った。だから『二人だけで話をしたい』とだけ紙に書いて、あの日からルキアの世話係となった井上に、手紙を渡してくれるよう頼んだ。
ルキアと屋敷内で会うことはもちろん何度もあった。けれど、何がそんなに楽しいのかいつだってばかみたいな笑顔を寄越してくる為、菫色の瞳を見ることすら叶わなくなっていた。
本当にそんなに笑顔で居続ける程幸せなのか
嫁にいくことがそんなにも嬉しいのか
嬉しいのであればおめでとうと言うつもりでいた。
けれど少しでもそこに偽りがあるのなら
今度は俺がルキアを拐ってこの屋敷から飛び出してしまえと思った。本気、だった。
けれどルキアからの返事はなく、明日が式の前日となった日、孤児院から院長が亡くなったとの連絡が入った。世話になった院長の最期は立ち会わなければという気持ちもあったし、正直、ルキアの式に出たくなかったから白哉に理由を言って3日間の公休を貰うことにした。白哉はそれに頷いてくれた。
「今夜のうちに帰ってかまわない」
「ありがとう。‥‥あと、ルキアに出席できなくてすまねぇって、幸せになと伝えてくれ」
「‥‥わかった」
最後くらい会ってやれとも言ってくれねぇのか、と乾いた笑いが口許から溢れた。とはいえルキアは院長と違う。この先羽ばたくのだから、また会えるのだからと思いながら白哉の部屋を出ようとした時白哉が俺を引き留めた。
「‥‥二人だけで、何を話すつもりだった?」
独り言のように静かに聞いてきた。
「え?」
「ルキアと二人で、何を話したかったのだ」
「!?」
何故それを!?と身構えれば白哉はまた憐れむような視線を投げてきた。カッと米神のあたりが熱くなる。
「おめでとうってそれだけ言いたかっただけだ。安心しな、結局ルキアと二人で話せなかったからよ」
「一昨日の夜中に蔵で待つ、というルキアから兄への返事は、私と井上で相談して兄に渡すのを止めた」
「は?なんだと!?」
「井上が兄の文を気になって読んだ。そして私に相談してきた。ルキアの返事も同じように私に渡してきた。ルキアが嫁にいくまで兄とルキアを会わせるのは危険だと判断して、私がその文を預からせてもらった」
「ふざけんな!」
返事もくれないか、と女々しくもどれだけへこんだかも知らないで。おまけにルキアにすらそんな仕打ちをして。井上も白哉も簡単には許せそうになかった。怒りから目の前が朱色になる。 我を忘れて白哉の襟元を乱暴に引っ張るも白哉は動じることなく、されるがまま俺の視線からも逃げない。
「ルキアは、ルキアはどうしたよ!じゃあその日アイツは蔵に行ったのか?」
「兄は来ないと伝えに、私が蔵に行った」
「なんで!‥‥なんでそんな事をした!」
「兄は、何を伝えるつもりだったか私に言えるのか?私は既に兄にはルキアはやらないと伝えている。兄もわかっていると言っていた。よもや私との約束を破るつもりだったのか?」
「‥‥違‥‥」
そうだった
自惚れていたし自分の存在も価値も、いつの間にか忘れていた。俺にルキアを拐う資格など最初からなかったのだ。俺は誰に救われて誰のお陰で此所にいるのか、誰の幸せのために生きているのかー
そんな大事なことをいつのまにか都合よく忘れていたのだ。
「‥‥嫁ぎ先は大手企業の社長の息子だ。ルキアは、幸せになる。今までもこれからも、あれは幸せだ」
「そうかよ‥‥」
「私を恨んでかまわない。しばらく孤児院にいてもかまわない。兄には特別休暇を与える」
「‥‥葬式終わったら、すぐ戻ります」
そうだ最初から
白哉もルキアも俺にとってはご主人様でしかない。赤ん坊だったルキアを育てていく過程でいつにまにか感情が優先して微妙に曖昧な関係になっていたけど、元々俺はルキアの姉を殺した車に乗っていた男だ。そんな俺を信じて雇ってくれた白哉を裏切るなんて出来やしない。ルキアに対しても姉を失わせた男でしかない。
いっそ泣き出したくなったが、その涙さえ図々しいように感じた。
このままルキアと会わずに孤児院に行くこともできたが、やはり世話係として、長年ルキアを見守り続けた身として、何よりも大事なルキアに対して、祝いの言葉を伝えなければと思った。簡単な荷物をまとめ、屋敷を出る直前に失礼を承知で会長、白哉、ルキアの3人が食事をしている部屋に入り込んだ。普段この3人の食事中は厨房担当以外、緊急の用事がない限りは立ち入るのを禁じられている為、俺が扉を開けて入って来たことに会長はぽかんとし、白哉は顔を強張らせ、ルキアは目を見開いた。
心配するな
と心のなかで白哉に呟く。
おめでとう、と
幸せになれ、とルキアの目の前に立って伝えた。
「俺は一生此所にいるから。たまには帰ってこいよ」
そう言って艶やかなルキアの髪の毛をひと撫でしてもルキアは今日は笑わなかった。最後に菫色の瞳にきちんと俺を映した。
それだけでいい、と心から思えた。
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pinoconoco · 6 years ago
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しあわせの在処 2
風向きが変わったのは、ルキアが高校受験を迎える年になり、俺が白哉から執事に任命された、ルキア14歳、 俺が30歳になった春だった。
あの当時2歳だったルキアは、すんなり俺を受け入れ、担当なのだから当たり前だが誰よりもルキアの傍に俺はいた。大きな病気や怪我をすることなく、ルキアはすくすくと育った。
1つだけ、朽木の家と約束させられたのは、ルキアの呼び方と俺の話し方だった。
けじめの為にもルキアの事を呼び捨てにするのは絶対駄目だと同じ使用人達に怒られた。自分達の立場からして、名前を呼ぶなら様をつける、もしくはお嬢様と呼ばなければいけないと散々怒られいきついたのは「お嬢」という呼び方だった。それから俺の口の悪さからルキアまでぶっきらぼうになってしまったことで、最低限の標準語を話せとこれは雇い主の白哉から言われた。
しかし時は既に遅く、ルキアは「男みたいな話し方をするお嬢様」に成長してしまった。
とはいえよく笑いよく食べ、わがままも言うしいたずらもよくするルキアは俺にとって世界一可愛いお嬢様に違いなかった。
何でも話すようになっていた8歳の頃、二人でバケツを持って裏の公園にドングリを拾いに行った帰り道
「いちごはけっこんしないのか?」
とルキアが俺の手を握りながら聞いてきた事があった。
「そのうちするかなぁ」
「そのうちっていつ?来年?10年後?」
「さぁ‥お嬢が大人になったらとか」
「今けっこんして、私がいちごの子供になってもいいぞ?」
「は?なんだよそれ」
「そしたらいちごは私のお父さんになるから」
楽しそうに言うルキアに少しだけ戸惑った。ルキアは父親が欲しいのだろうか。白哉という義兄が物足りないわけではないと思うが(白哉はルキアを溺愛しているし)考えてみればルキアには両親がいない。けれどそれは最初からだ。白哉の婚約者でルキアの姉だった緋真さんという方は、両親が他界していなかったと聞いている。その為白哉との結婚は朽木家から散々反対されていたらしい。
「みんながね、いちごのこと、お父さんだと思ってて。ルキアちゃんのお父さんかっこいいって言うんだ」
「へぇ?お兄さんじゃなくてお父さんか」
「お兄さんがいいのか?」
「そりゃそうだろー」
まだ20代半ばだったし、素直にそう答えればルキアはふぅうん、と曖昧に頷いて
「でもルキアにはにいさまいるから、いちごはお父さんがいいな」
と言った。
真剣に考えて答えたのかと、白哉が兄で俺が父親というどうなってんだよそれな答えでも、まぁいっかと笑ってしまった。
「それで、お父さんになったら、いちごはルキアのことルキアって呼ぶんだよ」
「へ?」
「だって、いちご、名前呼んでくれないから」
ルキア様と呼ぶには親しくなりすぎていた事もあり、お嬢と呼ぶようになったが、ルキアは実はその呼び方が好きではなかったのかと小さく落胆した。
「この家のひとだけだぞ、お嬢様とかルキア様なんて呼ぶのは。学校ではみんな、ルキアって呼ぶのに」
「そりゃそうだ。だって屋敷にいるのは会長と白哉様とお嬢以外みーんなお手伝いさんなんだから。おまえはお嬢様なんだから気安く名前でなんて呼べないんだよ」
そう言うとルキアは顔をフィッと背けて「だから、いちごがお父さんになればいいのに」と小さく呟いた。
小学校の高学年になると今度は「いちごがこのまま結婚できなかったら、私がしてやるから安心しろ」と余計な心配ができる程に成長した。俺が誰よりもルキアを可愛いと溺愛していることに、ルキアが応えてくれることが嬉しかった。そんな風に時は穏やかに過ぎていった。
「本日より朽木家でお世話になります、井上織姫です!宜しくお願い致します」
そう自己紹介をしてから俺に満面の笑みを向けてきた井上に心底驚いた。
井上織姫は俺と同じ孤児院で育った3つ下の女だった。俺が孤児院を出てから彼是もう10年以上会っていなかったが、その独特の名前と幼い頃の面影を残した笑い方で直ぐに思い出すことができた。
「久しぶりっつーか半世紀ぶりだよな、驚いた、大人になったなぁおまえ」
「もう27だもん、大人だよぉ。一護君もなんか雰囲気変わったね、柔らかくなった感じ」
「そぉかぁ?それにしてもすげー��然だな!ていうかおまえは大学行かなかったのか?あそこで一番頭よかったろ?奨学金でなら行かせてやれるとか院長言ってた気がすんだけど」
「そうだよ、大学出て薬剤師の資格もとって、ここに来たの」
「へ?」
「なかなか教えてもらえなかったんだよね、一護君の場所。やっと教えてもらえて、だから此処に来たの」
「織姫?」
井上の言葉がよくわからなくて首を傾げれば、古参の松本さんが俺の背中をばしんと叩いた。
「にっぶいわねぇ~?この子はアンタを追いかけて此処に来たって言ってんでしょーが!」
そうでしょ?と井上にウインクして松本さんは笑った。井上は昔と同じようにたはっと笑う。
「そうです、追いかけてきたんです。昔からお兄ちゃんみたいで大好きで、出ていっちゃってからも諦められなくて、やっと見つけたんです!これから、またあの頃のように一緒に過ごせると思うとほんとに、あたし、あたし」
ぼろっと大粒の涙を流した井上に皆が驚いたが、本人が一番驚いているらしく
「あれ!? 嬉しいのに、なんで��タシ泣いてんだろ、やだ、ごめんなさいぃ」
と泣きながらまた、たははと笑った。天然なのこの子?と松本さんが呆れて笑えば皆も笑った。
「ったく、大袈裟だな相変わらず」
「大袈裟じゃないよー、本当に会いたかったんだからぁ」
上目使いの涙目でそう言われると、胸がどきんと変な音をたてた気がした。
井上は誰とでも仲良くなれるし実際その明るさから皆の人気者でもあった。けれど確かに俺の傍にいつもいたように思う。突然消えた俺をずっと心配してくれてたのかもしれなかった。
「じゃぁまずお嬢に挨拶に行くか」
「ルキア様だね!あたしまだお会いしてないんだぁ。すごく可愛らしいんでしょ?」
「いやぁ‥気が強いわりに意気地無しで無愛想だぞ?でも気さくで根はいい子だから大丈夫だ」
「あ、じゃぁあたし今日皆さんのご挨拶にクッキー焼いてきたんだけど、お嬢様にも食べてもらおうかな?」
「お、おぅ、お嬢甘いもんすきだからな‥」
と言いつつ、多少不安になった。というのも井上は想像を絶する味覚音痴だからだ。ただ孤児院の時から「くそまじぃ!」「食えねぇ」と言わ慣れているからある程度は自覚していると思うし、昔の話だから今は料理もできるようになったかもしれない‥と一抹の不安を抱えたままルキアの部屋をノックした。
「入れ」
という声に井上は、ぅわぁ、ときどきするよーと足をジタジタ暴れさせた。平気だよ、と肩を押しながら扉を開ければ振り向いたルキアは不思議そうな顔で俺と井上を見た。
「お嬢、今日から新しく入った井上だ」
「井上織姫です、ルキア様宜しくお願い致します」
「あぁ、此方こそ、よろしく」
いつもなら無駄に突っ掛かってくるルキアが何故か無駄に大人しい。変な沈黙ができてしまった。
「あの、ルキア様、甘いものはお好きですか?」
同じように沈黙に耐えられなかったらしく、井上が持ってきたクッキーをルキアに差し出した。
「これよかったら召し上がってください、あたしが作ったものなのでお口にあうかわかりませんが」
「‥手作りなのか?」
「はい!お料理大好きなんです!」
「へぇ‥」
相変わらず言葉少ないルキアだが、ありがとうとクッキーを受け取ってペコリと頭を下げた。
「やだ、お嬢様が頭なんかさげないでくださいよぅ!それに美味しいかわからないですし」
「うん、織姫の料理は俺も庇えないとこあるから、無理しなくていいぞ?お嬢」
「ちょ、ひどいよ一護君!」
顔面真っ赤にして井上が声を裏返した。その様はまだ幼かった頃の井上と変わらなくてプッと思わず笑ってしまう。
「用はそれだけか?」
俺と井上が笑っていると、静かなルキアの声がした。
「挨拶だけなら出ていってくれ、私は宿題があるから。井上、これから宜しく頼む」
「は、はい!!」
「‥‥お嬢、宿題わかんなかったら呼べよ?俺がいなかったら、織姫も頭いいっつーか、俺より頭いいから織姫に頼んで大丈夫だぞ?」
「‥わかった」
そう言うとフィッと机に顔を向けてしまった。なんだ?機嫌が悪いのか体調でも悪いのか?と思ったが、井上も一緒だったしそのまま失礼します、と部屋を出た。
「うわー、緊張したぁ。白哉様と雰囲気そっくりだね!」
「いや、普段はもっと元気っつーか‥なんかごめんな織姫、お嬢態度悪くて」
「やだぁ、なんで一護君が謝るの~?自分の彼女でもないのに」
お金持ちのお嬢様なんてあんな感じでしょ?と笑う井上に、巧く言葉が続かなかった。
いや、ルキアはあんな感じじゃない
それから、確かに俺の「女」なわけでもない
さっきの態度が気に入らないし気にかかるし、井上にお嬢様なんてあんなもんなんて言われるのも何もかも嫌だった。嫌だったけれどそれがどうしてかと言われたら答えられない気がして、なにも言えなくなった。
そしてその日からルキアはあからさまに俺を避けた。
いつものように、夜の紅茶を部屋に運んでも一切喋らない。ありがとう、と礼は言うも俺の方に顔すら向けない。いつもなら宿題してようが本を読んでようが俺に仕事が残っていようが喋り続けて部屋から出さないようにするくせに。
「どこか具合が悪いのか?」
「悪くない」
「でもお嬢、最近変だぞ」
「‥‥用がないなら出てってくれ、私はやることがあるから」
そうかよ、と心で悪態をついて部屋を出た。なんなんだあの態度。全くかわいくないったら。反抗期なんだろうか。反抗期だとしたらどう接したらいいのかわからない。多分白哉に聞いたってわからない気がした。
俺を此処に連れてきた朽木白哉とは、十数年の時を経ていつのまにか親しい間柄、信頼しあえる間柄になっていた。
正直なところ何度も大喧嘩したし(90%ルキア絡みで)出てけ、出てくよのやり取りも数えきれない。けれどいつでもルキアが泣けばお互いに身を引いた。そんな感じで気がつけば、俺は「ルキア担当」から「執事」にまで昇格していたのだ。とはいえ、此所で働く人達は皆年上だし職歴も長く、執事になったとはいえ相変わらず使用人達から敬われる事なくイジられる方が多いままだった。
お疲れっすーと使用人達の休憩所に顔を出せば、わりと気のおける使用人達が一服するなりお茶を飲んだりと寛いでいた。
冷蔵庫からヨーグルトを取り出してソファにどかっと腰をおろした。上を向いてはーっと大きく息を吐き出す。最近これが癖になっていた。モヤモヤをどう消化していいのかわからなかった。こうすれば、身体の中の悪いものを少しは吐き出せる気がした。
「最近元気ないけど、執事の仕事辛いんか?」
やはり古参で朽木ロジスティクスのドライバー兼白哉の剣道の相手もしている射場さんが聞いてきた。
「いや、そんなことないっすよ」
「でもおまえ、最近やたらため息ばかりじゃけぇ、あんま笑わんし」
「‥‥そう、かな」
確かに笑ってない気がした。だってそれはルキアが笑わないからだと責任転嫁してしまう。
「お嬢様も元気ないですよね‥最近はよくお庭で阿散井君の邪魔してうっぷんはらしてるとこあるし」
「‥‥は? 雛森、今なんつった?」
「え?だから最近黒崎さんが忙しくて遊べないからか、よく庭師の阿散井君のとこにいて、脚立蹴って阿散井君倒したり、変なところ鋏で切ったり、散井君の邪魔して困らせて遊んでるから」
なんだそれ?
何故か突然腸が煮えくり返るような熱く苦いものが込み上げてきた。ルキアが庭師をからかって遊んでるだと?俺とは口もきかない目もあわせないクセに?何だそれ、じゃぁ単純に俺を嫌って避けてるだけってことか?
嫌われている、と思った時点で今度は急速に胸が苦しくなった。なんで?ルキアに何かしちまったのか俺
「ちょっと大丈夫?黒崎君百面相しちゃってるけど」
「ルキア様を庭師に取られて悔しいんか?」
「あの庭師よりは黒崎のがいい男だけどなぁ」
皆が好き勝手言って笑うなか、全然笑えなかった。庭師の阿散井は最近新しく入った刺青男だ。最初ルキアは怖がっていたから、そんな悪い奴じゃねぇよ、見た目で人を判断するなと教えたのは俺だった。
なのに今俺は、阿散井が何だかとてつもなく憎たらしい奴な気にすらなってくる。
「‥俺より阿散井といるのが楽しいのかもな、年も近いしさ。最近俺とはまともに口もきいてくんねーよ?反抗期かもしんねーと思ってたんだけどさ」
はは、と笑ったつもりだがなんだか渇いた笑いになった。今の言い訳はだせぇしカッコ悪い。余計なこと言っちまったと頭をガリガリ掻いて誤魔化すように無理矢理笑った。
「お嬢様は拗ねてるんじゃないですかね」
コック長の虎徹さんの声に、何が、と怒りのまま反応してしまえば虎徹さんは困ったように、でも笑った。
「今まで自分のものだと思ってた黒崎さんに、可愛い女の子が現れたんですから。お嬢様にしてみれば井上さんは全然悪くなくても、ライバルが現れたようなもんじゃないんですか?」
「ライバル?井上が?」
罪な男やのぅ~と射場さんが豪快に笑いだして、雛森がお嬢様可愛い~とやはり笑うなか、頭がうまくついていかない。
でもー
確かに機嫌が悪くなったのは、俺が井上を紹介したあの時からだった、気がする。
え?
まさか
ルキアは、やきもちをやいて拗ねているのか?
「まだまだ子供な部分と女性の部分、両方持ってる今、お嬢様双方の想いからくる嫉妬心にうまく対処できないんじゃないですか?」
虎徹さんの言葉にじわりじわりと胸が頬が熱くなる。何よりなんだかとんでもなく恥ずかしく、けれど油断したらにやけちまいそうで口許を手で覆って天井を仰いだ。
そうか、やきもちか
ルキアも一丁前にやいたりするのか
バカな奴だ。俺の全て、俺の生きる源がルキアでしかないのに。
「だから、黒崎さんも反抗期だからって放っておくより���いつも通りに構って構って構い倒したほうがお嬢様も元気になるんじゃないですか?あ、その時は井上さんは連れて行っちゃだめですよ」
「わーかってますって。あーめんどくせぇなぁ、まったく本当にお嬢の奴ぁガキだなぁ」
「そげな事言って、黒崎もよーやっと笑ってんじゃねぇか」
確かに今、久しぶりに楽しい気がした。
ここ数日のモヤモヤしたものが全て吐き出された気がした。よし、明日は朝からルキアに鬱陶しがられるぐらいまとわりついてやる。そう決めてしまえば早く明日にならねぇかなと、久しぶりに早く布団にも入った。
ところがそう易々と、巧く事はすすまなかった。
相変わらずルキアの機嫌は治ることなく、話しかけてもちょっかいかけてもつん、と澄まして会話に乗ってこない。あれ?焼きもちじゃなかったのかと段々とまた、俺のテンションも下がり始める。
何より腹立たしいのは庭師の阿散井の存在だった。どうやら頭は良くないのか宿題を頼む(ルキアは隙あらば人に宿題をやらせようとする)事はないようだったが、雛森の言うとおり、ルキアはよく阿散井にいたずらをして慌てる阿散井を見ては楽しそうに笑っていた。その光景をみかける度、とんでもなく俺の機嫌は悪くなった。モヤモヤとしてムカムカする。胃腸薬でも飲めば治まるかと思ったが全く効かない。
ついこの間まで
ルキアのあの笑顔は俺に向けられていたのに
そう感じてしまえば、胸にまたモヤモヤと黒い塊が巣食う気がした。なんだかんだと既にルキアとギクシャクしだして一月ほど経とうかという頃、井上が嬉しそうに俺の元に走ってきた。
「一護くん、みてみて!」
「ん?なんだ」
「お嬢様がケーキ焼いてくれたの、この間の礼だって。一護君と一緒に食べてくれって」
愛想悪いけど、可愛いよねぇお嬢様と嬉しそうに喜ぶ井上にはホッとするも、それでも今度は井上まで憎たらしく思えてくる。だって、何故?何故井上にそれを渡す?
二人で食べろというのも気に入らないが、本来なら俺に渡してくれてもいいじゃないか。今朝だって帰宅時だってルキアの部屋に顔を出しているのに。俺にも食べろと言うならケーキを焼く話を一言も言ってこなかったのは何故だ?
まだ何か話している井上に「後でもらうから」と声を掛けてルキアを探した。彼処にいて欲しくないな、と思いながら中庭に行けば予感は的中、中庭の松ノ木の手入れをしている阿散井の足元に、ルキアはいた。
何か話しかけているが、阿散井は仕事中の為生返事だ。ルキアは少々ふて腐れているようで唇を���らしている。けれど唇に反して大きな瞳はいつもみたくきらきらと輝く事なくどんよりとしている。
ルキアが阿散井に無防備なことも、阿散井に話をまともに聞いてもらえないから拗ねている(ように見える)ことも、どちらも気に入らなかった。ルキアの担当とはいえ自分にそんな権利はないのだと冷静に判断できるのに、それでも怒りが爆発しそうな自分がいる。その時ルキアが脚立の下に置いてあった枝切り鋏を手にとって、阿散井からは死角の場所の木の枝をざっくり切り落とそうとした。
その瞬間、身体は動いた。
それはその木が、会長が大事にしているというのは、ある。だがそれは建前でしかなかった。
「ひゃ!? い、一護?」
「何してるんだお嬢!」
いたずらが見つかった子供のような顔と声のルキアに対して、俺の声は暗く低く、顔は般若なのようでしかなかっただろう。
「なんで阿散井が困る事ばかりするんだ!いい加減にしろ」
「え、あ、」
俺の本気の剣幕にあてられたらしく、ルキアは顔を強張らせた。
「自分がお嬢様なことを鼻にかけるな何しても許されると思うなと百万回言ってもお嬢にはその意味も気持ちも伝わらねえんだな」
「鼻にかけてなんかない!」
「この木は会長の生まれた年に植えられた会長の大事な木なんだ。お嬢がそれを切って歪にしても、その責任は阿散井がとらされるだろうな。クビになろうと阿散井はお嬢の名前は出せない、出したところでお嬢は叱られることもない。でも阿散井は仕事を失う。それわかっててこんなことしてんのか?なぁ!」
「‥‥ち、違‥‥」
少し言い過ぎてるし言葉もかなり乱暴なのはわかっている。わかっていてもどうしても止められない。お嬢様であるルキアにこんな態度をとっていいわけがないのに、細いルキアの手首を掴んだ指には力が増してしまう。
「違う、そんなこと思ってなかった‥‥だから、ごめんなさいごめんなさい」
「俺じゃねぇだろ謝るのは阿散井にだろーが」
「黒崎さん、俺は大丈夫です、お嬢様離してやってください」
あたふたと脚立から降りてきて阿散井は俺に懇願した。おまえが決めることじゃねぇしえらそーに助言してくんじゃねぇと睨み付けても阿散井は「黒崎さん、」と 引くことなく俺を呼んだ。
「お嬢様、寂しいんすよ。貴方が執事になられて忙しそうで。他の使用人に聞いたらお嬢様が赤ん坊の頃から貴方は傍にいたそうじゃないですか」
「今だって俺は執事兼お嬢の担当だ」
「だから、お嬢様は、貴方を思って前みたく甘えてはいけないと、負担になるからとー」
「やめろ!恋次!」
阿散井の話は素直に俺の心届きかけていた。けれどルキアが阿散井を名前で呼んだ時、またしても怒りに似た感情的が込み上げた。
「お嬢、話がある、話しましょう」
「い、いやだ!一護と話すことなんかない!」
ズキッと身体のどこかが傷んだ気がした。でも痛みなんかに負けるわけにはいかない。
「来なさい!」
「ぃゃぁあ!れ、恋次!」
担ぎ上げて肩に乗せれば、ルキアは悲鳴をあげて阿散井に助けを求めた。ぱしんとその小さな尻を叩けばイヤだぁぁと大きな声をだした。そのせいで母屋で薬の調合をしていたらしい山田さんや井上が飛び出してきた。
「ど、どうしたんです?お嬢様‥って黒崎さん何してるんです!」
「い、一護君、だめだよ、お嬢様をそんな風に扱ったらだめだよぉ~」
オロオロとする2人にいいんだよこの馬鹿姫様には説教が必要なんだと言おうとした時、
ルキアの小さな手が俺の背中のあたりのシャツをギュッと握りしめた。さっきのように山田さんや井上には助けてとも言わない。なんだ?と思ったが大丈夫だから、と2人に言ってずんずんと庭の奥にある蔵に入る。ルキアはこの場所が嫌いだ。なぜなら此所は窓がなく、剥き出しの古びた橙色の電球しかなく不気味だし、小さい頃から悪いことをして俺に怒られるのもいつも此所だからだ。
「まず、言いたいことあるなら言えよ」
ルキアを腐葉土の袋の重ねてある場所に座らせて、仁王立ちで見下ろしながら威圧的に言えばルキアはふるふると首を振った。
「何も、ない」
「そうか、じゃあ聞く。なんで俺を避ける?」
「‥‥‥‥」
都合が悪くなるとだんまりになるのは小さい頃からのルキアの癖だ。そしてこのだんまりになる時のルキアが腹に一物ある時なのも知っている。
話すまでここから出してやるつもりはなかったし、けれどルキアもなかなか素直に話をしそうにない。長期戦になるのであればと仁王立をやめてルキアの目の前にどすんと座って胡座をかいた。
「‥‥さっきの阿散井の話じゃねぇけど」
あまりに頑固に口を閉ざして三角座りのまま動かないルキアに根をあげて、口を開いたのは結局自分だった。
「俺が執事になったのが、気に入らねぇの?」
「そんなことはない」
「俺の担当はお嬢だから、おまえの相手を疎かにしてるつもりはない。でもなにかしら不満なんだろ?そうでなけりゃ理由を言ってくれ。ワケわからなけりゃ悪いところあっても治せねえんだけど?」
「‥‥だから、別に、貴様は悪くない」
「あ、そう。じゃあなんで俺を無視する?」
「無視してない。今も話してる」
「最低限な?それもいきなり最低限な会話以外話さなくなった。なんなわけ?俺が疎ましいのか?それならそう言えばいいだろ?会長でも兄貴にでも。おまえが一言言やぁ俺は簡単におまえの担当から外されるんだから。気に入らねぇならこの屋敷から追放すりゃいいし、喋りかけられるが嫌なら2度とお嬢と話さないで視界から消えてやるよ」
「い、イヤだ!そんなの許さぬ!」
突然泣きそうな顔になってルキアが顔をあげて俺と目をあわせた。大きな菫色の瞳に久しぶりに俺を写した。俺の瞳にもルキアの顔が久々に飛び込んだ。ただそれだけなのに、何故か胸が熱くなった。
「じゃぁ何で俺を避ける?」
「‥‥」
「言え、言わなきゃここから出さねぇぞ」
「‥‥‥‥」
それでも理由を聞けばルキアはまた俯いてしまう。なんなんだよどうしたんだよコイツはと、はぁ、と大袈裟に溜め息を落とす。
「‥‥阿散井と随分仲良くなったんだな」
だんまりのままはきついし、さっき阿散井を名前で呼んでいたのがひっかかっていたせいか、ついそう言ってしまった。
「‥‥貴様が、悪い奴じゃない、仲良くしろと言ってたから」
なんでそこはそんな素直なんだと、悪いことじゃないはずなのに何故かイラッとしてしまう。そのため言葉が続かない。仲良くしろと言ったか?俺、いやそんな事はどうでもいいんだけど。
「おまえが使用人を名前で呼ぶなんて珍しいからさ。相当気に入ったのかと思って」
棘のある言い方な気がしたが仕方ない。素直にそう思ったし、今じゃ俺より阿散井になついてるように見えて面白くなかったのだ。
ルキアはちらりというよりはぎろりと睨むように俺に目線を寄越して
「そうだな、恋次好きだ、いい奴だし」
とにっこり笑ってでもちっとも可愛くない事を言う。
「あ、そ。じゃあ阿散井におまえの担当変えてもらうか?俺より阿散井のがおまえもいーんだろ?」
「‥‥貴様がそうしたいならそれでも構わぬ」
「はぁ?俺のせいにすんなよ、てめぇがそうしたいんだろ?阿散井のがいいっててめぇが白哉に言えよ」
「違う!私じゃない!私の担当辞めたいのは貴様だろ!」
「そんなこと言ってねぇよばーか!」
「ばかだと?ばかは貴様だ!い、井上に一護君とか呼ばれて鼻の下伸ばして、井上の事をな、名前で呼んで‥‥」
「はぁ?なんだよそれ」
「井上と一護はつきあってるんだろう?ずーっと昔から!彼女いるなんて1度も私に教えてもくれなかったくせに!」
「彼女?何それ?そんな話知らねぇけど」
「松本が教えてくれたぞ、井上は貴様といたくて追いかけてきたって。よ、よかったな、今まで私の世話ばかりして彼女にも会えないで、さぞかし辛かっただろうな、怨んでるだろ私のこと‥‥」
尻すぼみに小さくなるルキアの声に、漸くこいつなりに気を使っていたのかと気がついた。思わず笑いそうになるのを堪える。笑うのは馬鹿にしてるからではない、単純にルキアが愛しかったし、俺も嬉しくなったのだ。でもここで笑えば素直でないルキアはもっと盛大に拗ねるだろうと、天の邪鬼にも溜め息を落とした。
「すっごい勘違いだし、余計なお世話だ」
「な!」
「俺と井上は幼なじみってそれだけだ。確かに十年ぶりに会えて嬉しかったけど、正直忘れてたぐらいだ。そんな関係でしかないのに勝手に彼女にしておまえが拗ねるとかやめてくんね?」
「‥‥名前で呼んでたくせに」
「俺の育った場所では皆下の名前で呼ぶんだ」
「‥‥そう、なのか?」
泣きそうというよりは、心配そうに甘えを分段に含んでルキアが俺を見上げてくる。
バカだなぁと我慢できずに結局笑ってしまったが、ルキアは怒らなかった。「一護に内緒にされてたのかと悔しかったし、二人が名前で呼びあってたから‥松本の言うことを信じてしまったんだ」 モジモジとしながら一生懸命言い訳するルキアをそっと抱き上げた。今度はルキアは降ろせともやめろとも言わない。子犬のように俺に身を任せているがそれでもまだ少し不貞腐れているようだ。
「俺は、お嬢が嫁に行くまでどこにもいかねーし誰のもんにもならねぇよ。俺はお嬢のモンだから余計な気つかうんじゃねーよ」
そう言ってぎゅっと抱き締めてやればふわりと腕をまわしてしがみついてきた。
「そうだ、いちごは、わたしのものだから、誰にもやらないぞ」
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pinoconoco · 6 years ago
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しあわせの在処
その男が訪ねてきたのは、事故を起こしてから半年ほど過ぎた頃だった。事故の関係者の方だと言われてしまえば、いくらメンタルをやられて鬱気味だろうと、面会を拒むことはできなかった。あの場所で1人生き残った自分に怨み辛みを言いたいのかもしれないし、けれどそれを跳ね返す事はできなかった。とはいえやはり気分は重く、治まりかけていた頭痛がまた始まった。
あの日の、物のように跳ねて転がった小さな女の子と片足を失って血塗れになりながらも女の子の方に這いつくばって傍に行こうとする女性の姿は未だに脳裏から離れない。自分は生きている限りあの日の悪夢から一生逃れられない。当然のことだった。
「今から荷物をまとめてくれ。明日から兄は我が家に入ってもらう」
会って直ぐ長髪の男は無表情にそう言った。
どういうことだと院長に顔を向ければ、院長は少しだけ困ったような、けれど薄く微笑んで頷いている。
「あの、どういう、ことですか?この方は‥」
「あの事故の身内の方だ。一護を使用人として雇うと仰ってくださったんだ」
「‥身内、の?」
「正確には身内になる予定、だった。だが彼女の妹を私が引き取った事で既に身内だろう」
「妹‥妹ってまさかあの時の、」
「妹は3日意識不明だったが、4日目の朝目を覚ました。かすり傷以外にどこも異常はなかった」
よかった、そうか、生きてたんだ!と思わず両手を目の前で組んで祈るようなポーズをとってしまった。まだ、赤ちゃんと言ってもおかしくなかった女の子。こんな小さな命まで奪ってしまったとあの時、自分も死んでしまいたくなった。
「でも、俺は‥ていうかなんで俺を‥」
自分が運転していたわけでなくとも、あの車の中に自分はいた。目の前で突然喧嘩をしだした先輩達に「危ないからやめてくれ」と注意はした。けれど結果はあの事故だった。
あの日は大雨だった。
夜だった、アスファルトに跳ね返される水飛沫で視界が悪かった、言い争いだけでなく運転席と助手席で掴みあう喧嘩をを始めた先輩達、紺色の傘を差してあの道を歩いていた女性と抱かれた娘、
ハンドルをとられスリップした車は女性を跳ねて回転して壁に激突した、というのは後から知った。覚えていたのは身体中の痛みと口に入ってくる血の味。そしておもちゃように転がってる小さな女の子とその子に手を伸ばす、足のない女性。あの降りしきる雨の中にありながら、べたりと朱色が残る事で彼女の足が今なくなったものだと理解すれば痛む身体は動いた。それでもいつものようには動かない。なんとか女性に追い付き「大丈夫ですか」とか何か声をかけた。彼女の身体は恐ろしいくらいに冷たく雨のせいだけではないのは明確だった。
「ルキ‥」
名前だろうか、女の子に手を伸ばす彼女の必死さに、ぴくりとも動かない女の子を連れてこようとするも激しい痛みに目が眩んだ。
「‥‥ルキ‥ァ」
「待ってて、今、」
なんとか彼女に希望を持たせなければ、そうでなければ、と這いつくばって女の子に手を伸ばした。とても小さく柔らかいが、冷たい身体はもう生きてはいないと思った 。
女の子を抱えて、女性に抱かせようとしたところまでしか記憶はない。
目を覚まして自分が生きている事に、自然と涙が溢れた。自分以外の生存者はいないとわかった時は涙でなく胃液が溢れた。
着いた家は個人宅でありながら、自分が住んでいた施設よりも広く、更に漫画の世界だけかと思っていた「お手伝いさん」という類いの人間が数名いた。
「今日からここで働いてもらう、黒崎一護だ。担当は「ルキア」だ」
「白哉様!? 正気ですか?」
「彼はベビーシッターか何かですか?」
一斉にざわつくも、男は動じることなく頷いた。 俺を雇った男は朽木白哉といって、全国展開している大手物流「朽木ロジスティックス」会長の孫だった。
あの時の女性は朽木白哉の婚約者だったという。そしてあの小さな女の子は婚約者の年の離れた妹だった。姉妹には身寄りがなく、本来結婚したら妹は朽木家に戸籍を移すことになっていたらしい。
「ルキアお嬢様は大変な人見知りですから、このようななんというか‥あの」
真面目そうな眼鏡の女がそこまで言って口を閉じた。言いたいことはわかっている、こんなガラの悪い男に任せていいのか聞きたかったのだろう。
「皆、他に仕事がある。皆の手透きな時に面倒をみてもらおうと思っていたが、そのせいかルキアは誰を見ても泣くしなつかない。だからルキアを担当させる者を雇った。勝手がわからないだろうから皆教えてやるように」
白哉がそう言うと全員がかしこまりましたと頷いた。ではルキアの所に、と白哉が1人の男を呼び「連れていけ」と俺の背中を押した。
長い廊下を、男の後ろについて歩いていれば
「黒崎さんは」
と、男が振り返った。
「はい、」
「おいくつですか?」
「今年18になります」
「あ、じゃあ僕と年が近いですね、嬉しいなぁ」
へらっ、とその男は先程のおどおどとした表情を崩して笑った。確かに何人かいたお手伝いさんと言われる人達は皆、30から40は越えているベテランのように見えた。
「僕は花太郎っていいます、えっと専門はお掃除とあと、朽木会長の薬の調合とかです」
「へぇ、すごいんですね」
「すごくなんかないですよ!会長は怖いですしね、だから飲みやすいお薬調合するのとか結構大変なんです‥この屋敷内で怒鳴り声が聞こえたら、僕が怒られているんだと思ってください」
若干自虐的な言い方だが本人も笑っているし、自分も少し笑ってしまった。
「あ、笑う方がいいですね、黒崎さん」
そう言われて、笑うことが久しぶりかもしれないと思ったが、それは言わないでおいた。
「ルキアお嬢様入りますよ」
コンコン、とノックをしてから扉を開ければ、そこはまるで御伽の国のような部屋だった。全体的にパステルカラーで天井からは何か飾りが吊るされている。壁には淡い色彩で虹が描かれている。天涯ベッドが中央にあり、部屋はいろんなおもちゃで溢れていた。
「は~な~ちゃぁぁん、やっと交代してくれんのぉ?」
「いえ、僕でなく、今日から専門の方が来てくれることになりましたよ!黒崎さんです」
「へ?ヤンキー?」
またか、と顔に出さずに心でため息をつく。そう言われる事は多々あるから慣れている。天然のこのオレンジの髪の毛と目付きの悪さからいつだって素行悪のレッテルを貼られてきたから。とはいえ目の前の女性も似たようにしか見えないが。
「じゃぁ黒崎、早速だけどお嬢様よろしく~今ベッドの下で絶賛引きこもりお絵かき中だけどね~」
そう言うと女性は長い髪の毛を掻き分けて部屋から出ていった。
ほっといて欲しいのかこの女性が嫌いなのかどちらだろうと考えながらベッドの下を覗けば、真っ黒な髪の毛が見えた。
「‥ルキア?」
あの時の少女の名前はルキアというのは既に聞いていた。会うのは2度めになるが、あの日は「小さな女の子」としか記憶にない。それも既に死んでいるとまで思っていたから、その女の子にこうして会えるというだけでも泣きそうになるのを堪えて、名前を呼んだ。
「‥‥」
「出てこいよ、そこ、狭いだろ」
「‥‥」
少しの間をおいて、ゴソゴソと動く音が聞こえた。ん、しょ、と小さな掛け声と一緒にもみじまんじゅうのような小さな、とても小さな手が現れ、そしてルキアが目の前に姿を現した。
「よう、」
「‥‥」
不思議そうに俺を見上げる大きな瞳は不思議な色をしている。鼻水が垂れているからティッシュか何かないですか、と花太郎に聞けば、なんとこの部屋には温めたおしぼりのケースが常備されている。豪華だ。
「鼻、ふこうか」
自分の掌で熱さの確認をしてから鼻におしぼりをあてたが、嫌なのか(多分嫌なのだ)ルキアは「ぁち!」と大袈裟なまでに反応して首を振った。
「うそつけ」
「ゃぁぁん」
もう一回拭こうとすればルキアはグズって唇をへのじにした。なかなか頑固だ。
「あぁ、黒崎さん、ルキア様お鼻拭かれるのいやがるんで、しつこくすると泣きますよ」
後ろから花太郎のオロオロした声が聞こえる。だからといってほっとけば鼻水を舐めるし肌も荒れる。
「ルキアは大袈裟だなぁ~こんなの熱くないっておわぁぁ!?あちぃ!!」
自分の鼻におしぼりを当てて大袈裟に飛び上がる演技をすれば、ルキアと花太郎がぽかんと口を開けて固まった。
「あ、熱い!熱いなこれなんじゃこりゃぁ!」
腕や首におしぼりを当ててばかみたく大袈裟に熱がるふりをして転げまわれば、フフ、フフフとルキアが笑いだした。お、笑うと可愛いじゃねぇかと嬉しくなって、おしぼりが熱くて大変という演技をし続けていればルキアはケタケタと笑いだし、更に立ち上がると俺の傍にきてタオルを奪った。
「ダメだぁルキア!それ熱いぞ!」
もちろんもう熱いどころか冷めてしまったおしぼり相手にまだ演技を続けていれば
「あーじょぶ」
大丈夫、と言ったんだと思うルキアは笑いながら、自分の鼻におしぼりをあてた。
「お、すげーなルキアは。熱くねぇのか?自分で拭けるのか?」
「ん」
見てる分には若干物足りない拭きかたではあるが、今はそんなことはどうでもいい。なによりルキアが笑ったこと、動いたこと、喋れること会話できることに感動していた。
「すごいです、黒崎さん‥!ルキア様は絶対最初に泣くのに‥笑ってる‥さすがベビーシッターさんですね!」
「いや俺ベビーシッターじゃねぇけど‥‥」
孤児院育ちだから赤ん坊なんていつもそばにいた、慣れてるだけなんだけどと言おうとした時
「兄を雇ったのは、孤児院で下のものをよく見て世話をしているというのを聞いたからだ」
いつからいたのか、扉の所に朽木白哉が立っていた。
「事情聴衆した警察からも、孤児院の院長からも兄の話は聞いている。加害者側にいるもある意味兄も被害者になりうるのに、あの事故を背負って1人生きるのは辛くはないか」
「‥‥」
「兄の心の傷は誰にも消せないが、兄はこの先も生きねばならない。ならば同じくあの日を共に生き延びたルキアを育ててくれ。あの日生き残った兄はルキアを育てることが生きる理由にはならないか」
え?え?と花太郎が俺と朽木白哉の顔を交互に見上げる中、ルキアが俺の膝にちょこんと座った。その暖かさに、恨んでいるだろう、何か企んでいるのかもしれないとさえ思っていた白哉の言葉に
自分は生きていいのだ、生きる理由があるのだと、小さなルキアを抱き締めて、泣いた。
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものはあるのです (終)
上から重ねられた手は暖かかったけれどとても力強くて、動くなと言った声はちょっと怖いくらいの気迫だったから、キスでもされるのか?いやそんな馬鹿な、じゃぁ何を言われるのだろう、甘い言葉なんかじゃないのかもしれない、どうしよう、それより近い、近すぎる、恥ずかしくて死にそうだ、何だ、何を言われるんだ、恐い!
と思ったと同時に唇に暖かく柔らかいものが、触れた。キス、された、と頭が理解すれば嬉しいはずなのに、望んだくせに、天の邪鬼にも怒った顔をしてしまった。だって、だって、こんな何の前触れもなく、これは、狡いではないか。
「おまえ、ボーッとしすぎ」
は?
キスしたんだよな?一護は今、私にキスをしたんだよな?それなのに何故か拗ねたような怒ったような顔で、私に馬鹿にしたような口調でそう言うと、わざとらしくため息までついたのだ。
「‥はぁ?ボーッとなどしておらんわ!」
「してんじゃん、今俺じゃなくてもおまえ、同じだったろ多分」
「はぁあ?貴様以外にこんな悪趣味なからかいかたする奴などおらんわ!」
「ほら、わかってねーじゃん。やっぱおまえボーッとしてて危ねぇんだよな」
なんだと?と言い返そうとすればおでこにピンと指を弾かれた。
「痛い!」
「痛くしたもん、俺とキスしといて怒るし」
「お、怒るに決まっておるだろうが!誰が見てるかわからぬこんな場所で、そ、それも」
「だからぁ、誰かに見られたら困んの?」
「当たり前だぁ!」
「俺は困らない、だって俺ルキア好きだし、ルキアとキスしたかったから」
「!?」
今一護はなんと言った?
あまりに自分に都合の良い幻聴に恥ずかしくて言葉が続かなくなる。何か言いたいのに言葉が出てこない。
「なぁおまえ、一対一でしか話せないんだろ?そしたら、それ、俺にしてよ。俺だけにして」
「な、」
「女はいいよ、でも男は俺だけ。おまえボーッとしてるからいつ誰かに今みたいなことされるかわかんねーんだもん。手握られたりキスされたり口説かれたり、そんなのぜってー嫌だし許さないから、俺」
「貴様、何を口走っているのか、わかっているのか?だいたい、私と貴様は‥」
「うん、何?俺とおまえはなんなの?俺はお前が好きだってさっき言ったよな?じゃぁおまえは?」
「え!」
そんなの
そんなのどうしてそんなにもさらりとこの男は言えるのだろうか。私なんか筋金入りで一護という男を愛しているのに。生まれ変わっても生まれ変わっても、一護の傍にいるのに報われることすらなかったのに。
だから今回は、今の自分はー
「私の方が、ずっと好きなのに、ずっと昔から、好きなのに!なんでいつだって貴様は偉そうなんだ勝手なんだ!何で先に言うんだ!この、この大莫迦者がぁ!」
あぁどうしてこの口はこんな風にしか気持ちを伝えられないんだろうと、言ってしまってからぶわっと涙が溢れてくるのがわかった。ぼやけて目の前の一護の顔すらまともに見えなくなる。呆れてるかもしれないしドン引きしているかもしれない。
「ずっと?ずっと俺が好きだったの?」
なぁ、一護
今の貴様はどんな顔をしているんだ
涙で何も見えないんだ、鼻水を啜るから耳もぼぅっとしてどんな声なのかもわからないよ
「キス嫌がられても告って断られても、諦めるっつー選択は元々なかったんだけどさ、でもそんなのもうどうでもいいや」
私の頭を撫でてくれる一護が笑ってるのはわかる。なんで笑う。私はこんなに涙が止まらないのに、狡いではないか。
「スゲー嬉しい、どうしよ、過去も前世もくそくらえじゃねーじゃん」
「‥くそくらえ、だ、ばかもの、貴様はいつだって何回生まれ変わったって、大莫迦者、だ」
「はいはい、憎まれ口すら可愛いからいくらでも言っていいぞ?」
「一護なんか好きなもんか」
「はいはい♪」
「もう、人前でキスなんかさせないからな!」
「お前の意見は全て却下だから」
涙は止まることなくまた溢れた。
早く泣き止んで笑う一護の顔を見たいような、きっと勝ち誇ったように笑う一護の顔を一発殴りたいような、そのくせこうしていつまでも一護に撫でていてもらいたいようなおかしな感覚に
今まで感じたことのない幸福を噛み締め続けた。
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものはあるのです 3
ルキアを探して走りながら、
そういえば
ルキアは大抵1人でいる、と思った。
「黒崎みたいな人間には馬鹿にされるかもしれないが、私は多くの人といっぺんに話すのが苦手なのだ。3人いたら、もう話せなくなる」
「は?3人で駄目なら2人しかねぇじゃん。つまり誰かと一対一でしか話せねぇの?」
「まぁそうだな。2人なら、その人と向き合って話せばいいから、それなら大丈夫だ」
「‥相手がスゲーイヤな奴なら2人だけとかキツイじゃん」
「すごいイヤな人とそもそも2人にならないであろ?」
馬鹿だな黒崎は、とクスクスとルキアはその時笑った。その顔がなんか無駄に可愛くて不安になったのを鮮明に覚えている。何人かでいるよりも、ルキアが「すごくイヤな人」でない相手なら、この顔をその相手が1人で受け止めるのかと思ったらとてもそわそわと落ち着かなくなった。だってそいつが男で勘違いしたら?ルキアがよく1人でいるのは友達がいないとか人間嫌いなわけじゃなくて、集団行動が苦手なだけとか1人でいるのが嫌いじゃないからだけなのに、そいつが「俺にだけこんな顔みせるんだ」なーんて勘違いしたらどうする?
いやどうするもなにも
それ俺じゃん、と自分に呆れた。
そいつは俺だ、間違いなく俺だ。
いつだってルキアを見つけて声をかけて、隣を占領してるのは俺だ。最初は少し違ったかもしれないけど、いつからかルキアが1人でいるとホッとしてた。1人でいるのは俺来るの待ってるのかななんてどこかで思ってた。でもそれは俺の自惚れの可能性の方がでかい。時にはルキアだって誰かといることはある。女の時は然程気にしなかったが、時には男と歩いてるのを見たこともある。誰だアイツ、と後ろ姿しかわからないときはかなりモヤモヤが残る。知ってる顔の時はソイツがどんな奴か女好きか彼女いるのかいないのか当たり前に探りを入れて(もちろんルキアには一言も聞かないが)たりする。
そんな粘着質なクセにルキアに告ることもできず、そのくせ過去だか前世の話を聞いて無性に腹を立てている俺はなんなんだ?馬鹿なのか?いや多分絶対馬鹿だ。でも馬鹿を認めるだけじゃこの先何も変わらない。変わらないどころか前世と同じになるなんて耐えられない。松本さんの話じゃ前世の俺は恋次にルキアをとられてる。ふざけんな前世の俺。馬鹿で相当な意気地無しもしくはカッコつけだったに違いない。
中庭を横切ろうとして、中庭に面したテラスのガラス越しにルキアを見つけた。カウンター席に座っているが一人じゃない、てかあれ石田じゃねぇか!なんで石田?いや、そうだ石田も思い出したんじゃねぇか!
このまま中庭から2人の正面まで走って行って外から硝子を叩いてやろうかと思ったが、そんなダセェことは絶対したくないと無理矢理足をまっすぐ前に歩かせた。カッコつけていられないと思ってもそれでも、ルキアの前で余裕ぶってたい意地がある。本当、ダセェな俺。結局中庭を突っ切り、ぐるっと周って偶然テラスに来ました君達みつけましたみたいな顔で2人の前まで行った。普段あまり笑わない石田とルキアが二人で笑っている。俺の知らない過去の話で笑ってるのかと思うとイライラするのが巧く隠せない。
何笑ってんだと言えば2人は笑いながら俺に顔を向けた。それでも、しまった、という顔でなかった事に心底安堵する。この3人で話すのは初めてのはずなのに、違和感もなければイヤな感じもしないのはありがたかったが。
当たり前のように石田を追いやり、ルキアの横に腰かけた。ルキアはいつもと何も変わらなかった。石田が席を外して俺と2人になっても気まずそうでもイヤそうでもない。いつもと同じようにカップのココアで手を暖めながら柔らかく笑っている。
よかった、いつものルキアだ
いつもの俺達だ
でもそうじゃない
もちろんこのままでいい、この空気が好きだけど、それだけじゃ駄目なんだ。ルキアが過去を思い出して泣いたのは何故だろうと思うと胸は痛む。あの時だって都合よく俺を見て泣き顔になったと思ったけど本当は違うかもしれない。恋次の名前が引き金だったみてぇだし。でも、過去は知らねーけど今のルキアは俺を嫌いではない嫌がってはいないと思う。思いたいだけかもしんねーけどル���アは「イヤな人と2人にはならない」んだから大丈夫なはずだ。俺を名前で読んでくれたルキアのあの時の声や瞳や口許を思い出せ、あの時のルキアはまるで愛しいように俺を呼んだんだ、絶対、そうだ。
その時ちょうど、俺が来た道を同じように恋次や修兵が歩いてくるのが見えた。ルキアと俺に気がついたら、アイツ達は此処に来るかもしれない。
甘えるように、ルキアの肩に頭を凭れて寄りかかった。
「な、何をするんだ」
「別に‥」
「お、重いぞ貴様、は、離れろ」
「なんだよ、見られて困る相手がいるわけ?」
今俺達の目の前あたりを歩いている、もしかしたらこっちに気がついて俺達を見ているかもしれないお前の過去の男とかに
見られるのは嫌か?
嫌じゃねぇなら逃げないで
俺を、突き放さないで
祈りが通じたのかルキアは俺を突き放しはしなかった。凭れた頭に時々ルキアの吐息を感じるこの距離は初めてのもので、心臓が爆発しそうなクセにもっとルキアを感じたくて欲張りにもなる。
なぁ、
過去の俺はおまえを好きじゃなかったのか?それとも俺がおまえを振ったのか?おまえと俺が別の相手を選んだなんて本当のことなのか?その時だってお互い名前で呼ぶほど近くにいたんだろ?こんな風にやっぱり2人でいたんじゃないのか?俺とおまえがいて、そこに他の奴等が入ってくるなんてそんなのどうしたって信じられない。なぁおまえは?おまえは俺を好きじゃなかったのか?お前が俺を振ったのか?
「俺おまえに言いたいことあんの。聞いてくれる?」
過去も前世もやっぱりくそくらえだと思った。凭れた顔を元に戻してルキアの顔を瞳を真っ直ぐ見つめてそう言えば、ルキアは唇をふるりと震わせ、大きな瞳を揺らして泣きそうな顔で俺を見上げた。
その顔は
たくさんの大事な言葉でさえどうでもいいくらいの破壊力を持っていて
ルキアのカップを持つ両手を俺の両手で上から重ねて顔を近づけた。
「な、んだ?」
「ぜってー動くなよ?おまえ動いたら、二人で火傷するからな?」
「え、」
近い距離に真っ赤になりながらも、身体をビクッと硬直させたルキアの唇に一瞬、それでもゆっくりと、唇を重ねた。
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものはあるのです 2
身体が熱いし熱もスゲー高い、今水を少しだけ飲んだけど、と叔父さんの顔を見た瞬間、言葉は溢れだした。叔父さんはありがとな一護、と俺の頭をひと撫でしてすぐに白哉の額に手をかざしてから「よぅ、」と白哉に話しかけた。
「こりゃ辛いなー、でも今びゃっくんの体の中で、バイキンとびゃっくん戦ってるんだ。それもかなり激しい戦いだぞ?だからこんなに熱いんだ」
「‥勝つ?」
「あたりまえだろ?びゃっくん負けねぇだろ?」
「‥ん」
いいこだな、と叔父さんは水を飲ませながら白哉を撫でた。びゃっくんが勝つために今強くなる最強アイテム投入してやるからな、と言いながらスマートに座薬を入れるのをただ見ていた。
自分はオロオロするしかできなかった。喜助に叔父さんを連れてきてくれと頼むしか、出来なかった。絶対苦しい白哉を前に自分も辛そうな顔が伝染して狼狽えてしまったが、叔父さんはいつものように白哉に話しかけた。白哉が座薬を嫌がる前に、うまいこと話ながらてきぱきとズボンをずらして座薬を入れた叔父さんにスゲェ、と素直に感動してしまった。
「直ぐにアイテムが効果発揮して楽になるからな、もう一度目を瞑って戦いに備えるぞ?いいな?」
「‥ん」
白哉も素直に叔父さんに頷いている。それでも眠るまでは心配なのか叔父さんは白哉の傍に腰をおろした。
「‥ルキア‥」
「は?」
叔父さんが聞き返す。まただ、さっきも言った。やはり白哉はルキアと言っているのだ。
「白哉、さっき俺にもそれ聞いてきたんだ。なぁ、叔父さん、ルキアって?」
「さぁ?なんだろ、喜助わかるか?」
「全然わかんない。ひと?もの?」
二人は首を傾げている。でも俺だけは白哉の言うルキアは俺の知ってるルキアな気がしてしまう。もちろんそんなわけ、ないんだけれど。
「くろさきいちご、ルキアは?」
「おい、一護、おまえに聞いてるぞ?」
「え?」
やっぱりそうなのか?でもなんで?何で白哉がルキアを知ってるんだと聞き出したいが相手は高熱の病人だ。どうしよう、と言葉がでないでいれば喜助がふふ、と笑った。
「ルキアって、なんか宝石とか?」
「あ?ゲームのレアアイテムか?」
「なんかきれいな名前だからさ」
「そうなのか?びゃっくん、ルキアは宝石の名前か?」
違ぇよと心の中で俺だけが反論したが、何故か白哉は少しだけ笑った、気がした。
「ルキア、ほうせき‥‥たからもの」
白哉はそう呟くとすぅっと眠りに落ちた。
その時、夢を見たことを思い出した。
夢の中で、真っ白な剣をふわりと構えるルキアを。そうだ、そんな夢を見た。確かにルキアは宝石のようにキラキラとしていた。
▪️
▪️
なんだったんだ今の、寝ぼけたか?と叔父さんと喜助は不思議そうに、それでも少しだけ熱が下がったらしい白哉にほっと胸を撫で下ろしているようだった。俺も、はぁ、と息を漏らした。
「悪いな、一護。病み上がりのおまえに看病させちまって」
「いや、俺なんも‥」
「おまえがいてくれたから、喜助が安心していられるし俺を呼びに来れたんだ。ありがとな」
「黒崎さん、ゲームは下手で相手にならないけどね」
もういつものにやけた顔で喜助はまたムカつく事を言ったが、それより白哉の熱が解熱剤によって和らいで眠れたことや、叔父さんの手腕、そして白哉が俺に何故ルキアと言ったのか、あの夢も何か意味があるのかー いろんな事で頭がいっぱいになっていた。
▪️
▪️
一週間ぶりに大学に向かう日、駅まで歩いていれば後ろからクラクションを鳴らされ振り向けば、保育園に向かう叔父さんと白哉だった。駅までなら乗せてってやると言うので遠慮なく助手席に乗り込んだ。後部席に置かれたチャイルドシートにきちんと挟まれて白哉はにこりともせずおはよう、と挨拶だけはしてくれた。
「白哉このあいださ、おまえ何で俺にルキアはって聞いてきたの?」
保育園に行けるのならもう元気なのだろうと、白哉にこの間の事を聞いてみた。
「ルキア?」
「おまえが言ったじゃん」
「知らない」
「は?」
「そんなこといってない」
はぁ?おまえ何回も言ったじゃんよ!なぁ?と叔父さんにもヘルプを出す。うん、言ってたなぁと叔父さんは顎髭を指で擦りながら「でも高熱だったからなー夢でもみてたのかもな」と笑った。
いや違うんだって、だって俺、ルキア知ってるし学校にいるんだってルキアは
と、言いたかったが、ただの偶然か聞き間違いかもしれないし、元々自分とルキアの関係もそんな濃いもんじゃない、と思ってそれ以上追及するのはやめた。
自分でそう思ってから、なんだか寂しい気持ちになった。
そう
俺とルキアはただの友達
いや友達って思ってるのも俺だけかもしれない
ルキアにとって自分が友達にもなれてなかったら
そう思うとなんだか空しくなった
▪️
▪️
大ニュースがあんのよ、と啓吾が会って早々飛び付いてきた。おまえの大ニュースは大抵どうでもいいことじゃねぇかと思いつつ、うるさい啓吾が久しぶりでちょっと楽しくなり、なんだぁ?と聞き返した。
「市丸先輩、元サヤに収まったんだ」
「‥は?あぁっと、松本さんとヨリ戻したってこと?」
「そう!それもな、松本さんから戻ってきたんだって。びっくりじゃね?絶対無理だと思ってたからさー」
へぇ、と確かに驚いた。
というのも、市丸先輩は松本さんに未練ダラダラだったが松本さんはそうじゃなかったからだ。どちらかというと恨んでるとか憎んでるぐらいだった。まぁ悪いのは市丸先輩で、浮気ばっかするし就活もろくにしないどころかバイト先決めてもすぐ辞めて万年金欠というダメ男でしかないのだから仕方がない。松本さんが見切ったという感じで俺らも思っていた。
「この間の合コンの後、松本さんが市丸先輩んとこ‥‥って、あ!おまえ!そーだよなんであの日朽木さん連れて逃げたんだよ」
「あ~」
忘れてた、やべぇやっぱヤバかったかあの行動は
「恋次怒ってたか?」
「いや?それより舞い上がってたからな。名前で呼ばれて覚えてる?なぁんて朽木さんに聞かれてさ。ポーッとしててお前らが2人で抜け出したのもわかってなくてさ。松本さんが、朽木泣いてたから気を使って一護が外に連れ出した、って言ってくれて。そのまま戻らなかったのにあの時は相当浮かれてたのかヘラヘラしてたわ」
むかつくな、恋次の奴、調子にのりやがって。でもそのお陰で俺の行動すら忘れているなら都合いいんだが。
「つーか、あの日のあれ、なんだったんだろうな?一護が朽木さん連れ出した後、なんかおかしな空気になっちまってさ。松本さんと修兵、あと石田と伊勢さんで全然わかんない話はじめちまうし、俺とか有沢とかついてけねーし。あ、あと井上さん!井上さんがおまえと朽木さんはつきあってるのとか知り合いなのとかみんなに聞いてたぜ?」
「つきあってねーよ、知り合いなだけ」
せめて友達、ぐらい言ってもいいのかなと自分の言葉に何故か傷付いた。そういえばあの日以来ルキアとも会ってない。思えばルキアが最初におかしくなったんだっけ。恋次に私を覚えてないのかと聞いてそれからなんだか、修兵達も様子がおかしくなったんだっけ。
「なんか薄気味悪いんだよな、修兵とかさ、ただのお調子モンのクセに妙な威圧感つーの?なんだろ、見下してくるとは言わねーけど、なんか態度がちょっと変わってさ」
「‥‥まじで?」
「うん、で、伊勢さんと松本さんと3人でよく話してる。コソコソしてるとかじゃねーけど。石田と朽木さんは知らないけどね。見てないだけかもしんないし」
石田か。
アイツは特に親しいわけじゃないが実は幼馴染だ。昔から知ってるからかお互いズケズケモノを言うが特につるむこともない。でも会えば一緒に帰ったりする。かといってお互い悩みっつーかそういうのを話した記憶もない。けど、石田なら聞きやすい。ルキアのことも聞きたいし。石田なら、俺がルキアの事を聞いたところで誰にも言わないだろうしましてやルキア本人にチクることもないだろう。
わり、野暮用!とまだ何か話している啓吾の肩を叩いて石田を探すことにした。が、当たり前だがなかなか見つからない。だいたいアイツが何の講義とってるとか知らないし、電話したほうが早いかな、とスマホを取り出した時、まさかのタイミングで石田が少し先の角から丁度顔を出した。石田ぁ、と呼ぼうとしたが隣に井上がいるのが目に飛び込んで慌てて呼ぶのを止めた。さっき啓吾が何か言ってたよな?確か井上は俺とルキアがつきあってるのとか知りたがってたとかなんとか。噂好きなのかもしれない、と今は石田に声をかけるのを諦めた。それにしても井上と話す石田の顔は随分弛いんだなぁとなんだか不思議だった。アイツいつも人見下した態度なのに。顔の表情も変わらない奴なのに、なんだか井上と話す石田は顔がよく動く?つーか笑ってんのか?なんか面白くてちょっと楽しくなった。今度石田と話すときからかってやろうかな?でも井上、噂好きみてぇだから気を付けろと注意した方がいいのかな?そんな事を考えてたら顔に出ていたらしい。
「なにが面白いのよ、気持ち悪い」
「は?」
「1人ニヤニヤして気持ち悪いったらないわね」
呆れた顔をした松本さんが目の前に現れた。
「だってあの石田がさ、井上と話して百面相してっから」
「‥石田?‥あぁ、そう」
廊下側を差せば、二人は俺達を背に歩いている。見上げて話す井上に対して石田は普段ありえない身ぶり手振りをしながら何か話している。やっぱ笑える。
「一護」
「ん?」
松本さんに呼ばれて顔を向けたがまた違和感。そうだ、あの飲み会の時から突然なんの脈略もなく松本さんは俺を名前で呼ぶようになった。
「‥あんたは?」
「何が?」
「あんたも、なの?」
何が、ともう一度言おうとして一瞬言葉を堪えた。これは、俺に聞いている。俺も思い出したのかとかそういう類いの質問なんじゃないのか?
「さぁ?」
だからすっとぼけてみた。いや本当は本当に何もわからない。わからないというか思い出すとか前世とかこの間からおかしな話ばかりが充満しているけどなんのことやらさっぱりわからない。でもルキアの涙や、初対面のはずの恋次へのあの態度は演技とは思えない。いやもしかしてルキアも松本さんとか修兵もなんかの宗教団体で俺らを洗脳しようとしてるとかかもしれないけど。いやそんなわけあるかとふるふると頭を振る。
「‥思い出して朽木の手を引いて出てくとはね。あそこに織姫もいたのに」
「‥‥」
織姫?って井上だよな?は?なにそれ。
井上が何の関係があるっていうんだ?松本さんの言うことが全く理解できない。できないけど口を開けない。今余計なことを喋っちゃいけない気がする。
「別に、今とあの頃は違うしいいんだけど。織姫は何も思い出さないみたいだし。でもこの世界でもあの子はアンタしかみてない。何回生まれ変わろうとあの子はあんたを探して好きになるなんてさ、健気よね」
‥‥?
なんじゃそりゃ
つーか井上が俺を好き?そんなの初耳なんですけど。
「今回‥思い出したアタシ達と思い出さない人達と何だろう何が違うんだろう、ってこの間話してたんだけどね。あ、アンタが朽木連れ出した後ね」
うん、ととりあえず頷く。
「あの時代に心残りがあった者が、思い出したんじゃないかって、話にもなったのよね」
「心、残り‥?」
「勿論わかんないわよ?そんなの。そのうち全員思い出すかも知れないし。それに不思議なのが曖昧なのよね、皆全部覚えてるわけでもなくてさ」
「そうなの?」
「だってあたし、朽木が隊長になったの知らないのよ、その前までしか記憶がない。だから朽木、なんていつも通りに呼んじゃうわけよ。でも七緒なんかは死ぬ直前まで記憶あるらしくてね。松本さん、朽木隊長ですよ!なぁんて最初に怒られちゃったわよ」
朽木隊長‥?
ちょっと待て待て待て。
なんじゃそりゃ、更に頭ン中が混乱してくる。なに隊長って。俺達何してたの?
「七緒と修兵はさ、戦っているときに命落としたらしいの。でも悔いが残る死に様だったらしくてね。修兵は他人の言葉を聞き入れず突っ走って死んで、七緒は自分の意見を呑み込んで間違えた、って二人とも真逆だったとか。あたしは死んだのも死ぬ間際も何も覚えてないけど、けど、あたしは‥」
「‥‥あたしは?」
「あたしはあの時代も、ギンをどこかで信じてどこかで疑っていて。そんな自分が嫌いだったし辛かった。だから、今回は疑心暗鬼のままただ切り捨てるとかじゃなくて‥‥傍にいてギンを知っていたい、あの頃をおもいだしたらそう思っちゃったんだよね‥」
ふぅ、と目線を斜め下に、小さく息を吐き出した松本さんはお世辞でなく綺麗だと感じて思わず言葉が遅れた。
そうださっき、啓吾が松本さんからヨリを戻したと聞いた。松本さんは記憶の中でも市丸先輩を好きだったのか。そして思い出す前から市丸先輩とつきあってそして別れて、過去だかなんだかを思い出してまた市丸先輩の元に戻ったのか。
なんか、すげぇな
松本さんに真面目に語られて、今更嘘ですごめんなさい何も知らないですと言い出しにくくなってしまった。やべぇな、どうしよう?と真面目な顔は崩さないよう気をつけながらも内心ヒヤヒヤし始める。そんな俺にお構いなしに松本さんかはまた口を開いた。
「あんたと朽木が思い出してさ、織姫と恋次が思い出さないってのも‥なんか、笑っちゃうわね」
「な、なんでだ、よ」
吃りながらも何とか質問で返した。だって今松本さん何て言った?なんで恋次の名前がそこででてきた?
「‥今のアンタは朽木が好きなんでしょ?でも本当は、あの頃も好きだったんじゃないの?」
「ぅえっ、なんだよいきなり!」
「知ってんのよ、朽木が合コン来るならアンタが俺も行くって言い出したこと。それとも何?アンタと恋次は永遠のライバルとか?前世で朽木を取られたから今度は俺とでも言うつもり?」
あはは、と何がおかしいのか松本さんはからかうように笑いだした。漸く、漸く色々な事が馬鹿な俺の脳内で繋がって理解した。理解したところで全然、笑えない。
「恋次なんか俺のライバルでもなんでもねぇよ、ふっざけんな」
「は?何よどうしたの?」
「前世だぁ?フザけんな、そんなのくそくらえだ!」
「一護!?」
これは八つ当たり
松本さんは悪くない
でも怖かった。これ以上松本さんの口から何か聞かされると思えばそれはもう恐怖でしかなかった。
だから走った。
今すぐ会いたい、と思った。会わなきゃいけないと、思った。
ルキアを誰かにとられるのは絶対いやだ。
手遅れになるなんてのは絶対いやだと、ただルキアを探して大学内を走り回った。
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものはあるのです
なんとかは風邪を引かないと言うが、自分はそのなんとかではなかったらしく、合コンでルキアと不穏な空気になった翌日の昼過ぎから高熱を出した。幸い親戚が医者をやってておまけに俺のアパートから歩いて3分の所に住んでいる為、ふらふらになりながら夜遅くに限界を迎え、助けを求めた。
が、
「一護てめぇ今何時だと思ってんだ💢」
「おじさんごめん、マジ頭と背中と肩となんかお腹も痛い‥たすけて」
「だろうな見りゃわかるわ。この時期じゃインフルだろーなその様子じゃ。でもな、うちにはチビが2人もいるんだよ!テメーみたいなウイルステロリスト家にいれるわけいかねーんだよ!」
「ひどいぃ」
確かにおじさんには小学生と保育園の息子が2人いる。おまけに奥さんは他界していて男手1人で育てていて大変なのも知っている。が、それでもあまりの辛さに頼ってしまった。
「とりあえず今病院のほうあけてやるからそっち行け」
「う~ありがとぉぉ」
礼を言って扉を閉めようとした時、2人の息子が2階から降りてきて顔を出した。向こう言ってろ、今日の一護はバイキンマンだぞとおじさんがヒドイ事を真剣に言って、兄の方はケタケタ笑ったが弟のほうは「くろさきいちご」と何故かフルネームで俺を呼んだ。
「へ?」
「くろさき、いちご」
「びゃっくんどうした~?」
おじさんがシッシと失礼にも俺を手で払う仕草をしながら弟を抱っこした。弟の名前は白哉といって、間抜けな顔のおじさんの遺伝子を持ってるとは思えない4歳児とはいえ超イケメン君だ。ただ言葉が遅いのか本来の性格なのか愛想がなくあまり話さない。いや俺になついてないだけかもしれないけど。
「びゃっくんが黒崎さんのこと名前で呼ぶの初めてだねぇ」
「覚えたてで言ってみたかったんかな?ほら喜助、オメーも部屋戻れって。アイツ今日はバイキンマンなんだから近寄るな同じ空気吸うな」
「は~い じゃぁね黒崎さん」
力無く手だけなんとか振って長男に応える。長男はまた愛想がいいというかいつもヘラヘラとしているが、こちらも無骨なおじさんと全く似ていない。垂れ目の甘いマスクで小学生のくせに既にバレンタインデーにはチョコを10個も貰ってきたりするモテ男である。口の悪い叔父さんに育てられてるクセに何故かいつも敬語を使って話す、なんだか大人びた子供なのだ。
結局おじさんは夜中だが病院(家が病院とくっついている)を開けてくれて、検査をすればまんまとインフルとわかった。一発で効くという新薬を出され、それで治っても5日は外出禁止と言われた。
「熱高いな。やっぱ俺んちにいるか?」
「いや‥喜助達にうつしちゃまずいし大丈夫‥」
「あいつらに予防接種打ってないわけねーだろ?まぁやばそうなら本当に電話しろよ?」
「ん、ありがと」
口は悪いが根は優しい叔父である。ポカリやら冷えピタなど持たされ家に帰った。
その日、高熱のせいか先日の異様な空気のせいかおかしな夢を見た。
広い草原のような場所でルキアと話している夢だった。ルキアも俺も着物姿で、ルキアは俺に此処に残ろうと思う、と言った。俺は本当はすごく悲しい気持ちになるが(夢の中で)そうか、とそれを笑って受け止めていた。
目が覚めた時にはビックリするほど汗をかいていて熱も下がっていた。マジですごいな新薬と驚いてからあの夢も何か関係あるのか?と思ったがそれ以上何も覚えてないしやっぱりただの夢だなと頭を掻いた。
啓吾や恋次からどうした~?とメッセージがきたから、インフルになっちまったから来週まで休むと返事をすればお大事にと返信がきた。
なんとなく
普段そんなにやりとりしたことがないが、この間のことも気になってルキアにもメッセージを送ってみた。
『 この間は大丈夫だったか?俺はインフルになって大丈夫じゃないけど😅なーんて、もう熱もなくげんきだけど』
なんかこれ、気にかけて欲しいみたいな内容だよな。シカトされたらどうしよう?とも思ったが、ほどなくルキアからも返信がきた。
『今流行っているから、お大事にな』
社交辞令な内容ぽいがそれでも嬉しい。インフルじゃなかったら見舞いに来てとか言いたかったけど、それ書いてたらさすがに断られたかなと思いながらどうでもいいスタンプを送れば寂しいと泣いちゃうよ?という台詞つきのウサギが泣いてるスタンプがかえってきた。どういう意味?意味なんてねぇのかな?いや俺に会えなくて泣いてる?そんなわけねーよなぁ、とはぁ、と声に出して溜め息をつく。
この間のあれ、なんだったんだろう
ルキアは俺を知っていた、らしい。
いや俺だけじゃないけど。だいたいが憎ったらしい事に恋次見て思い出したみたいだし。でもってなんで俺を見て泣いた?泣くっつーのはあれだよなもしかしたら好きだったとか‥って都合良すぎるよなそれ、とごろごろとベッドの上で転がる。そういや何故か修兵とか松本さんも思い出したとかそんな感じだったんだよな‥
‥‥でも、なにを?
よくよく考えたらやっぱり気味悪い。
同じ思い出を持ってる奴達がいることも何も知らないままの俺とか他の奴等とか、おかしくないか?やっぱルキアに聞いてみるか。でもーあの日ルキアは変だった。前世を信じるかとかなんとか。もちろんと言った俺に、ルキアは何故か落胆したような気がした、いやしてた。どういうことだろう?てかルキア達の「知ってる」っていうのは本当に前世なのか?いやいやいや、そりゃないよな?てか前世で、
‥前世で俺達は何かあったのか?
何時代だったのだろうか、なんてうっかり考える自分があほらしくて思考を無理やり停止させた。なんだよな前世って。阿呆か俺。とりあえず学校行ったら修兵にでも聞いてみるしかないなと思いながらやることもないし、インフルのせいで体力がないのかまた寝る体制に入った。
また、夢を見た
夢の中で俺は夢中でルキアを追いかけていた。今度はルキアも俺と同じ黒い着物みたいな袴みたいな服装だった。刀を持っていた。
真っ白な、とても綺麗な刀だった
▪️
▪️
と、目が覚めて、しばらくしてからそう思った。というかその夢を思い出したのは正確にはその2日後だった。熱が下がって3日めに、叔父さんが訪ねてきて
「悪いけどマスクして俺んち来い。暇だろ?」
と無理やり病人(といってももうどこも具合悪くなかったが)の俺を家から引きずり出した。
「シッターさんが風邪ひいて今日来れなくなったんだけどな、白哉が熱出しちまったんだ。インフルとかウイルス性のものではないんだけど熱が少し高くてな‥だからおまえウチにいてくれ。喜助だけじゃやっぱ不安だからさ」「いいけど、泣いたらどうすりゃいい?」
小さい子どもだけと長時間過ごしたことなんかないし、それも具合悪い子どもはすぐ泣きそうな気がしてちょっと焦る。でも叔父さんはあははと何故か楽しそうに笑った。
「うちのびゃっくんはなぁ、泣かないから平気だ、喜助とケンカして負けても泣かねぇのよ」
「え~?嘘だぁ」
「マジマジ。でも本当に泣いたり愚図って手に終えない時はすぐ病院の方に呼びに来てくれていいから。あと様子おかしいときな」
「それどういうとき?」
「本能でわかるよ、そういう時は」
叔父さんは俺の頭をクシャッと手で掻き回した。男の俺でも叔父さんにこれをやられると何だか照れるしちょっと嬉しいような気分になる。
「悪いな、なるべく戻れるときは顔出すから」
「ん、任せて」
部屋に入ればリビングに布団がひいてあり、白哉は寝ていた。喜助はソファに胡座をかいてゲームをしている。
「黒崎さん来てくれたんだ」
「おぅ、ちびだけじゃ叔父さん心配だからってさ」
「黒崎さんいて役に立つのかなぁ」
「なんだって?」
にぃー、と笑う喜助は本当に憎たらしい。それでも所詮小学生、すぐに一緒にゲームやろうとコントローラーとお菓子を何個か持ってきてテーブルに並べた。チョコレートに手を伸ばすと「だめです!」と喜助に手の甲を叩かれた。
「痛っ!なんだよ食っていいんじゃないの?」
「だめです、これは勝ったほうが食べていいものなんです」
「え~?だってどうせおまえやりこんでんだから俺損じゃんか」
「大学生が小学生相手に負けるの恥ずかしくないの?」
「だから!おまえこれかなりやりこんでるだろ!」
フフフと喜助は笑いながら、じゃあ黒崎さんに好きなキャラ先に選ばせてあげますよ、とどこかやっぱり上から目線で喜助は笑う。腹立つなコイツと思いながらも一番得意なキャラを選べば「大人げない」と言いつつ、喜助はなんだかピンクの丸っこいキャラを選んだ。
「ずいぶん、可愛いの選ぶな」
「見た目で判断しちゃいけませんよ黒崎さん」
また生意気なことを‥と思っていたが言葉の通り喜助の選んだピンクのキャラに俺は惨敗した。ちなみに俺が選んだのは大きな剣を持った戦士っぽいキャラだった。一応ステータスも確認してバランスのよいのを選んだはずなのに、だ。
「喜助おめー、ぜってぇやりこんでるだろ‥」
「なにがぁ?」
「なぁ、チョコ1つ食べてもいい?」
「勝ったらいいですよ」
ケタケタと楽しそうに喜助は笑っている。ぜってぇコイツSだ、甘いマスクのSキャラとかろくでもねぇ大人になりそうだ。もう子供だからって手加減しねぇとムキになったが結局全く歯が立たなかった。
すっかり二人でゲームに夢中になってしまい、かなり時間が経っていた。んん、ん、と小さな唸り声にはっとして振り返れば白哉がうなされていた。
「大丈夫か?水枕変えたほうがいいよな」
「あと冷えピタも」
そう言うと喜助は立ち上がり、冷凍庫から替えの水枕と冷えピタの箱を持ってきた。白哉の頬を触るとものすごく熱い。これ、大丈夫じゃねぇんじゃないか?と怖くなって熱を測れば体温計の数字は見たこともないものになっている。これは多分まずい、と喜助に叔父さんを呼んでくるように頼んだ。喜助も怖いのかいつもの笑顔は見せることなくわかった、と走って部屋から出て行った。
喜助が部屋から出てすぐに、白哉はうっすらと目を開けた。大丈夫か?水飲めるか?と声をかければゆっくりと頷く。そっと背中に手を回して起こしてやればやはりものすごく体は熱い。こんな小さいのにぐずりもしないし泣くこともしない白哉がいっそ不憫にすら思えた。
「ゆっくり、な?」
ストローを差したコップを目の前に持っていけば白哉はハァハァと荒い息を吐きながらストローに口をつけた。
「もう少し、飲めるか?」
「‥‥」
無言だが白哉は頷いた。触ったところで熱が下がるわけでもないのに、どうしても額やら頬を触ってしまう。涙目になっている虚ろな瞳で白哉は「‥っぃ」と何か呟いた。
「ん?なんだ?」
「くろさきいちごは、あつい」
「あ、わ、ごめんな、俺の手熱かったか」
「ルキアなら、つめ��いのに」
「え?」
聞き間違えだろうか?今白哉はルキアと言った気がした。何?ともう一度聞こうとしたところでいつもよりは硬い表情のおじさんと喜助が部屋に入ってきた。
→続
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものがあるのなら epilogue
ぼんやりと大学のカフェテラスに腰かけていると、隣いいかなと声がした。
「改めて、久しぶりだね」
「石田‥」
石田も同じ大学だったんだなぁと言えば、縁があるよねぇと石田は笑った。相変わらず君はひとりだねと嫌味のようなことを言われ、煩い貴様もではないかと返せば石田はクスクスと笑う。
「君が阿散井君の名前を呼んだ時ね、走馬灯のように思い出したんだ。いや走馬灯なんて本当は見たことないけど」
「わかるよ、私も同じだから‥でもな」
「でも?」
「私は実は、2度めなんだ。一体何回生まれ変わっているのやら‥」
「‥そうなの?」
「あぁ。それとも、未来なんだろうか?もうわけがわからなくて‥」
「そうだね。思い出せない人達と思い出したの人達の違いもなんなんだろうね」
「うん‥なぁ石田。人は生まれ変わってもおなじなのかな」
「どういうこと?」
言葉につまる。
私は、何度生まれ変わっても一護の傍にいる気がした。でも一護と愛し合う関係にはなれない気もした。でもいつの時代も私は一護に惹かれてしまう。何だかそれがとても苦しかった。永遠に離れられないけれど永遠に結ばれることもない。
それは果たして幸せなのか不幸なのか。そういう運命なのだろうか
「‥前世と来世はきっと違うよ」
「どうだろうな」
「同じことも繰り返されるかもしれないけど、それを言うなら君は今は人間だろ?あの時君は死神だった」
「はは、そうだな」
「全然、違うでしょ」
石田の声はとても優しく身体に染みた。
「うむ」
「いつだって大事なのは今だけだよ。前世なんて夢を見たつもりで気にしない方がいいよ」
「‥そうだな‥」
私と同じように、石田もあの頃と違う未来を抱いているのだろうか。聞いてみようかと思った時
「何笑いあってんだよ」
不貞腐れたような一護の声に、石田ははぁ、と溜め息をつきながら席を立った。
「やれやれ、なんかこういうのは変わらない気がするな」
「あ?なんだよ」
「なんでもないよ。じゃあね、朽木さん」
うん、またな、と石田に手を振る。石田もひらひらと手を振ってくれた。
「何話してたんだよ。そういやアイツも何か思い出したんだよな」
「うん‥石田は、いい奴だよ、今も昔も」
素直な気持ちを言葉にしたのだが、一護はへぇ?と面白くなさそうに石田が座っていた場所に腰かけた。窓際のカウンター席の為、二人並んでぼんやり外を眺めた。
突然一護がぽてっと私の肩に頭をのせて凭れてきた。フワリとシャンプーの匂いが鼻を擽る。
「な、何をするんだ」
「別に‥」
「お、重いぞ貴様、は、離れろ」
「なんだよ、見られて困る相手がいるわけ?」
「え、いや‥」
「じゃぁいーじゃん‥」
困るのは一護だろう?と跳ね返せないまま固まってしまう。前世も前々世でも、一護にこんなことされたことなどなかった、気がする。
「俺、過去も未来もバカだからわかんねーけど‥」
「‥」
「過去や未来に縛られるのいやだから、だから、俺は俺のしたいようにする」
「‥そんなの、当たり前だ。一護は一護の思うように生きろ。私だってそうするよ」
私と一護は何度だって出会うのだから
今のこの時を私が変えれるかもしれないのだから。
いつか恋次や井上も、勿論一護も思い出す日が来るかも知れない。その時私は、私達はどうなるんだろう?そう考えるととても怖い。でも今は、
今は一護の温もりを感じていたい。
「なぁ、ルキア」
「ん?」
「俺おまえに言いたいことあんの。聞いてくれる?」
この世界の私達はー
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものがあるのなら 3
端に座ろうとすれば恋次に「おめーは俺の隣!俺がスベった時の観賞用として頼む傍にいてくれ!」と無茶苦茶な理由で無理矢理真ん中に座らされた。嫌だ、スゲー嫌だ。朽木が俺の傍に来ても結局今回「メイン」の恋次まで一緒にいることになる。つーか、今回の合コンは恋次が朽木とつきあえるかどうかというのがメインなのだ。俺にとってはとんでもない話であるが、澄まして知らん顔している俺は最低なクソ野郎だ。
朽木は、恥ずかしくて誰にも言えないが、初めて「一目惚れ」した運命を感じる女なのだ、俺にとって。
やっと、少しずつ仲良くなれたのに、それをこんなお調子モノ野郎に奪われるなんてとんでもない話だ。とか言いつつ恋次が朽木にゴメンナサイと言われる可能性のほうがデカいけどとまで読んでる俺もやっぱり最低なんだが、今まで散々松本さんとか井上みたいな豊満な女ばかり追いかけてたクセになに突然朽木を発見しやがったんだこの馬鹿と罵りたくて仕方ない(いや胸中でいつも罵ってるけど)。
「お前と今いた女誰!?」 と、朽木と売店で話して別れた後すっ飛んできて目をキラキラさせやがった恋次にあのとき俺は巧く笑えただろうか。
「すっげー可愛い顔して笑うんだな!」
って、そんなの知ってる。おまえが言うことじゃないしうるせぇ。でも素直が取り柄のコイツはそこからずっと「ルキアちゃんと仲良くなりてぇ」と騒ぎだした。そうなると合コン好きの修兵が張り切りだすし、啓吾もノリ出すしろくなことがない。だから今回は俺も参加することにした。なにがあっても朽木を取られるわけにはいかないし、少し鈍い朽木が心配すぎる。酒に強いかもわからない。弱かった時に他の男に触らせるわけにもいかない。
こんなうじうじしてそのくせネチネチいやらしい事を考えてるぐらいなら朽木に告ればいいだけなのはわかっている。
わかっているけれど、もし俺の一方通行だった時俺はきっと諦めきれない。ゴメンナサイなんて言われたら立ち直れないし他に好きな男がいると言われたり彼氏がいると言われたら(でもいないはずだと信じきってる)ソイツら殺しちまうかもしれない。いやまじで。
いっそ人間が俺と朽木の二人しかいなけりゃいいのに。
そしたら朽木は俺を好きになってくれるだろうか?
案の定朽木は恋次の前に無理矢理座らせられた。普段朽木と仲良いメンバーじゃないのはあきらかで、心此処にあらずといった感じで始終作った笑顔を張り付けて目を泳がせている。両隣に座った松本さんと井上はそんな朽木に気がつかないのか無意識なのか話を盛り上げてやる度量もない。朽木が一人でカワイソウだろ馬鹿野郎と二人が憎たらしくさえ感じてくる。八つ当たりのように井上のボケをスルーしてやれば「おまえ本当ツマンネー奴な!」と恋次に殴られた。いつかコロスと心に誓う。
乾杯の後にと��あえず自己紹介しようと誰かが言い出して男女順番に自己紹介が始まった時だった。恋次が「阿散井恋次、彼女いない歴は年齢とー」と滑りそうな事を言い出した時
「‥恋次‥」
と突然、朽木が恋次の名前を呼んだ。
へ?何?と皆、一瞬何が起きたかわからず呆けた。この二人は今日が初対面みたいなもんなのに、朽木は恋次の名前を、それも呼び捨てにしたのだ。
「恋次、恋次ではないか!」
「へ、へ?はい、恋次っすけど」
あろうことか朽木は両手で口許を抑えて涙ぐんだ。それまでのうるさいくらいだった雰囲気が一瞬にして飲まれた。
「私を、覚えて、ないのか?」
「え、お、俺?」
恋次は目をキョドらせて首を振って俺に助けを求めてくるが俺も何がなんだかわからない。え?何?知り合いなの?と啓吾が言った時
「嘘だろ‥俺も、今、全部思い出した‥」
「私も、です」
突然修兵と女性陣にいる眼鏡の女も口を押さえた。
「どうして、どういうこと?」
「皆は?思い出せねぇの?」
「だからなにが?」
「えーどうしちゃったのぉ?」
最早薄気味悪い雰囲気すら漂い始める中、朽木と目があった。朽木は俺を見てくしゃっと顔を歪めてふぇ、と泣いた。その顔に胸が何故か物凄くざわついた。なんで?なんで、泣くんだ?それにこれは一体どういうことだ?何が起きてるんだ?
「やめよう、」
突然松本さんがいつものようにおちゃらける事なく、硬い声を出した。
「思い出した人とそうじゃない人がいる。混乱するから我慢して、朽木」
「‥‥はぃ」
「どういうことかわからないけど‥現世組は誰も思い出してないみたいだし。正直あたしも今怖い。突然‥なんでこんな突然‥それも皆‥」
「いや、僕はおもいだしたよ。もちろんまだ頭がついていかないけど」
「石田?」
石田と松本さんも初対面のはずだった。でも松本さんは石田を知っているような口ぶりだ。誰かが誰かを騙すとかからかっている雰囲気はどこにもない。でもなによりもー
「ルキア、帰ろう。送る」
青醒めた顔をしている奴だらけのなか、1人泣く朽木が見ていられなかった。名前で呼んだのは、それは、朽木が恋次を名前で呼んだのが悔しかったからかもしれない。けれど
「一護、アンタも思い出したのね?」
松本さんに凄い顔をしてそう言われた。何故そんな事を言われるのかわからない。
わからないくせに、否定も肯定もしたくなくて無理矢理朽木の腕を掴んで店から逃げるように飛び出した。「一護!」と松本さんと修兵に怒鳴られるのを聞きながら、松本さんが俺を名前で呼んでる事に違和感を覚えた。
朽木の腕を掴む手を滑らせて、掌を掴んだ。あまりの小ささに驚いたが、何故かとても安心する掌な気がした。朽木はふりほどかないしびくりともせず、俺の掌を握り返してきた。
店からかなり離れ��公園のベンチに朽木を座らせ、自販機でココアを買って差し出せば「ありがとぅ」と朽木は受け取って、俺を見つめた。
「なぁ、さっきのなに?皆‥てか何人かはおまえ知り合いだったの��?」
「‥皆、だよ。さっきあそこにいた皆、皆が皆、知っている‥いや、知っていた」
「‥俺も?」
「‥一護」
心臓がぶっ壊れるかと思うくらい跳ねた気がした。だって、今、朽木は俺の名前を呼んだ。
「‥俺のこと知ってた?名前で呼んでた?」
こくんと朽木は頷いた。やべ、嬉しいと口許を手で隠す。
「俺は?俺はおまえのことなんて呼んでた?」
「ルキア」
「じゃぁ、ルキアって、呼んでいいの?」
「いいよ、そのほうが、いい」
そこでやっとルキアは笑った。この笑顔は俺のもんだったんじゃないかとにやけるのが止まらない。いや恋次のことも名前で呼んでたけど。
俺を見つめるルキアの視線は俺の勘違いじゃないほどに熱を持っていてそれは心地好い熱さだった。この熱を知ってるきがしたけど多分それは俺の気のせいだ。でもいいのかな、この流れで俺は、このチャンスを無駄にしないでルキアにコクってもいいんだろうか?
「一護は、過去を、前世を信じるか?」
「うん、信じる」
「生まれ変わっても、人はまた同じと思うか?」
「勿論だ」
自信満々に放った俺の返事は、何か大きな間違いを犯してしまったらしい。
ルキアは「そうか」と呟くと、俺から目を反らし突然立ち上がって帰る、と歩きだした。え?と当然追いかけたがもうルキアからはさっきの熱視線は欠片もなく、虚ろな瞳で全身からほっといてオーラを醸し出してしいた。
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものがあるのなら 2
何故私に声がかかったのだろう、と考えてから多分、人数が集まらなかったのだろうなという考えに自分の中で落ち着かせることにした。あまり考えてしまうと引き立て役かなとかろくな事を考えないからだ。少しでも気を抜くと、いつも自分はマイナスにばかり考えを持っていってしまう。そして落ち込む。
「そういうの、精神的によくないんだよ」
と、雛森さんにめっ!と窘められたが、あのときも(だって雛森さんと私は全然違う)と雛森さんの可愛らしい顔を眺めながら咄嗟にそう感じていた。
「よ、」
「ぅ、ひゃぁ」
頬に冷たい感触を直に感じて変な声をあげてしまえば、イタズラをしてきた男はあはは、と楽しそうに笑って横に座った。
「驚かせるのはやめろと言ってるのに」
「え?それフリだろ?」
「んなわけあるかぁ」
あまり友達のいない私の、数少ない知り合いである黒崎は、唯一普通に話せる相手だった。
「なぁ、合コンの話きたか?」
「!?貴様何故知ってるんだ」
「たまたま。おまえの名前出てたからさ。だから俺も行ってやることにした」
「‥意味がわからぬ、行きたいだけだろうが」
「俺が合コン行かねーのは知ってるだろーが」
ムギュッと鼻を摘ままれ、痛いやめろと手を払い除ける。時々この男のイタズラは本気で痛いのだ。どうせ笑っているのだろうと睨み付けてやれば、意外なことに少し怒ったような顔をしている。
「おまえ、女ん中でもうまく立ち回れないのに合コンなんか大丈夫なのかよ」
「‥いきたくないよ、そんなの。でも松本さん達にどうしてもと言われて‥いつもならあ、そう?で終わるのに今回はしつこくてな‥」
何故か更にむぅっと男は怒るというか拗ねたような顔をして、それでもポンポンと頭を撫でてくれた。
「いやだよな、皆が合コン好きなわけじゃねーのに。なんでわかってもらえねーんだろーな」「うん‥」
「ま、とにかく俺がいてやるから、おまえ、俺の前か隣に座れよ?端にいるからさ、ささっと端っこに座るんだぞ?」
「うん、ありがとう」
黒崎は、優しい
それは前世から
実は私には前世の記憶がある。と、言っても全てを覚えているわけではなく、大学に入って黒崎に出会ってその時突然思い出したのだ。
前世の私は金持ちの娘で、その家の執事をしていたのが黒崎だった。年は20ぐらい離れていて、母親のいない私の世話を黒崎はずっと、小さい頃から最後泣く泣く嫁にだされるまで、そして離婚して出戻っても世話係をしてくれた。
私は黒崎が好きだった。
小さい頃はただただ好きで、年頃になればそれは恋しているのだと自覚した。それでも当たり前だが私がどんなに黒崎を好きでも叶うことはなかった。
黒崎は私の事を「お嬢」と呼んでいた。何度も名前で呼んでくれとせがんだが、名前で呼ぶ場合は「ルキア様」になった。そうじゃない、様はいらないし様なんてつけるなら返事しないと泣いたこともある。そんな時は決まって「お嬢のことを名前で呼ぶなんて一生できないんですよ」と困った顔をしていた。
黒崎は私の気持ちを知っていたせいできっと、生涯結婚をすることがなかった。
私も黒崎意外誰かを愛せるわけもなく、結婚から逃げていたが兄に無理矢理嫁に出された。潮時かもしれない、黒崎だって幸せになって欲しいと心から思えたのに、何年経とうと黒崎は結婚もせず相変わらず屋敷で兄の執事をしていた。だから、帰った。当時の夫は覚えていないが不満があったわけではなかった気がするが、とにかく黒崎の傍にいたかったから。バツイチになろうと年をとろうと、黒崎は死ぬまで私を「お嬢」と呼んで傍にいてくれた。
だから転生してまた黒崎に会えたのは運命だと思ったのに
それは私だけの話であって、黒崎には前世の記憶などなかった(当たり前だが)
それでも可愛いげもなく、話も楽しくないだろう私と、黒崎は何故か仲良くしてくれた。
大学に入って、友達どころか話せる人すらほとんどいなかった頃、学内で迷子になっていた時に「アンタ、大丈夫?」と声をかけてきたのが黒崎だった。
「教室が、わからなくて」
「誰かに電話してみれば?あ、電話はまずいか、ラインとか」
「‥‥」
そんな相手はいない、と言えないでいた私を、多分目敏く聡明なこの男は気がついたのだろう。そして多分前世の頃と変わらずこの男は世話焼きなのだ。だから、2年経った今も私と仲良くしてくれるのだと思う。
きっと
私と黒崎は何度生まれ変わってもこういう関係なのかもしれない。
傍にいるけれど、お互いの「特別」にはなれない存在。
でももしかしたら
私が頑張れば、それは変わるのだろうか?
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pinoconoco · 6 years ago
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永遠というものがあるのなら prologue
「合コン?」
そ、合コン、駄目っすか?と若干媚びたような(顔をしても可愛くならないのだが)首を傾げるポーズをとって修兵が顔の前で両手をあわせてお願いします!と言ってきた。
「いいけど‥あたしに頼むってことはあたしに呼んで欲しい誰かがいるんでしょ」
「さすがぁ姉さん!ご名答」
「なんかむかつくー あたし世話焼きババァ扱いじゃーん」
ハイハイどうせ織姫でしょ?わかってんだからと吐き出せば、修兵は「いや彼女ももちろん呼んで欲しいですけど、今回はえーと、朽木さんを呼んで欲しくてですね」とちょっと予想外の名前を出してきた。
「朽木?朽木ルキア?」
「そーっす、朽木ルキアちゃん」
「‥‥」
同じゼミにいるけど朽木とはそんなに仲良いわけじゃない。というかあの子は誰ともそんな仲良しじゃない。たまにツインテの目付き悪い女といるぐらいで、気がつけばもういないって事が多いし。
「朽木とはそんな親しくないし‥あの子が合コン来るとは思えないなぁ」
「げ、姉さんでもだめなの?でも知り合いでしょ~?なんとか誘えません?」
「ていうかー、朽木目当てなら誰だか知らないけどソイツが個人的に声かけりゃいーじゃん。あの子も合コンよりそういうほうがいいんじゃない?」
「‥いやぁまぁ‥」
「何っ?」
「朽木さん来るって言ったらまさかの大物も釣れまして」
「は?」
「黒崎一護。アイツ普段誘ってもぜってー合コンとか来ないんすよ」
「‥‥」
「え?姉さんも黒崎好きなの?」
「いや‥嫌いじゃないけど‥」
黒崎一護は織姫が好きな男だ。でも今の話の流れだと黒崎は朽木で釣れたっていうんだからそれってどうなの?
「朽木を呼んで欲しいった奴は黒崎じゃないの?」
「はい、恋次ってほら、松本さんも知ってますって。赤髪の」
「あ~あのドジっ子ヤンキーね」
「ドジっ子ヤンキー!」
あひゃひゃと修兵は笑った。確かにアイツ馬鹿っすよね~そういやこの間もコンビニでカップラーメン買ってお湯もらって大学戻ろうとしてる途中にラーメンの底抜けて大惨事起こしてましたよ~と修兵は楽しそうに話している。恋次か、なるほど。厳つい顔と体してるから朽木みたいな小動物に憧れんのかしら。でもそれじゃあなんで黒崎?
「黒崎はどこからでてきたのよ」
「ん?あぁ、恋次が俺に合コンセッティングしてくれよぉとか言ってる時に黒崎もいたんすよ。んで、突然じゃぁ俺も行くって、まじ突然言い出して。みんな固まっちまいましたよ、初めてですもんアイツが合コン行くとかそれも自分から」
「ふ~ん‥」
たまたまなのか?朽木呼ぶから俺もと思ったのか、たまたまそういう気分になったのか、それともドジっ子恋次をからかいたかったのかもしれない。それなら、まぁいいか。
「わかったわよ、じゃぁ何人揃えりゃいいの?」
「俺、黒崎、恋次、浅野、市丸先輩、あと石田だから6人!おにゃにょこ6人オネシャス!」
「ちょい待て!なんでギンがいるのよ!」
「松本さんに頼むって言ったら、じゃぁ僕も行こうかな~って。あれっすね、まだ市丸先輩松本さんのこと好きなんすよきっと」
「どの面下げてそんな事言う気だよ、アタシはいや!会いたくないからギンは消せ。んで5人ってことで」
「え~?」
「それ呑まなきゃ朽木に声かけないから」
「‥わかりましたよ~。あーぁ、市丸先輩カワイソウ‥」
ふん、と最後は八つ当たり気味に修兵の頭を叩いてその場を離れた。それにしても参った。朽木かぁ、苦手なんだよなぁあの子。
好き嫌いじゃないけど、向こうが多分誰にたいしても壁作ってて仲良くなろうとしない。当たり障りなく少しだけ笑うけど別にコイツ楽しくないんだろうなって思う。だからコッチとしてと別にそんな仲良くなろうとはしないし。
それに
さっきの修兵の話もやっぱりひっかかる。
黒崎が朽木って、ありえない気もするけど‥織姫が黒崎好きなのも多分学内では有名だから本人の耳にも入ってておかしくないし‥
あ~なんだかちょっと面倒くさいな
世話焼きババァもそろそろ卒業したいなーと
あたしはため息を落とした。
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