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ムカデとトカゲ
「あ、足がつった!」と、ムカデがその長い体をグルグルとさせ��がら後ろの足を前足でさすろうとしています。 空が高くなりだんだんと寒くなる季節、夕暮れになり少し寒くなり始めた頃です。そろそろ落ち葉の陰で寒さをしのごうとして、落ちている枝や小石を乗り越えようとしたときのことでした。 足をさすれる場所を探してかろうじて地面が出ているところを見つけ、そこで輪っかのようになり足をさすります。そうしてグルグルとしていると、それを見ていたトカゲが目を回して水かきのついたその手で目のあたりをゴシゴシペタペタやり始めたのでした。 トカゲは長い舌をペロペロと出したり引っ込めたりしながらムカデの足の動きを見ていると、あれだけの数があるのに足がもつれることがなく、それでいてつった足は一本だけ地面につかないように浮かせてあり、どうやってあの足を操っているのだろうと不思議に思うのでした。 ムカデはというと、つった足をさするのに相変わらずグルグルと体を渦巻くように丸めて、それで足をさすっているのでした。 ムカデが落ち着いた頃合いを見て声をかけます。 「やあ、君の足は多いねぇ、一体何本あるんだい?」 足に気をとられていたムカデはトカゲの方をやっと向きます。 「足の数はわからないよ。すぐに数えられるのは、触覚の数ぐらいだもの」 ムカデは〝百足〟とも書くので百本の足がありそうですが、実際のところはもっとありそうです。 それでトカゲはと言うと、トカゲの足を見つめて数えてみようかどうか考えています。 けれども、その波打つように動く足を丁寧に数えている自分を想像すると、それだけで目が回りそうです。 ムカデは、足がつったのが直ったのか、また石の隙間に戻ろうとしています。 トカゲは帰ろうとしているムカデを呼び止めます。 「君の足はどうなってるんだい?」 聞かれたムカデはどう答えようか考えてしまいました。 どうなっていると言われても、困ってしまいます。 どうもこうも、生まれついてからこの足があって、それで物心がついた頃にはこの足で歩いているからです。 トカゲは続けて言います。 「君の足には水かきがついてないけど、歩くときに不便じゃないのかい?」 ムカデは体を少し曲げて、自分の足を見ながら答えます。 {特に不便じゃないなぁ。いつでも地面に足がついているから高い木に登ろうが葉っぱの裏に逆さまに歩こうが、どこでも行けるからねぇ」 トカゲは、自分の足をまじまじと見つめながら思いました。 この足だと、逆さまになって葉っぱや枝に捕まろうと思ったら、指にめいっぱい力を入れて体を支えなければいけません。 「なんだか、君の足の方が便利そうだなぁ」 ムカデはそれを聞いて、少し得意げになりました。 「この足があると、どこでも行けるんだよ」 トカゲは質問を続けます。 「君は歩くときはどの足を持ち上げようとか、地面につけようとか考えながら歩いているのかい?」 ムカデは少し困ってしまいました。一本一本に命令をしているつもりはありません。 けれども、どの足がどうなっているかはわかっているつもりです。 「うーん、そこまでは考えてないかなぁ。でも、何か踏んだり引っかかったりしたらすぐにわかるよ」 トカゲはしきりに感心しています。 「そんなにいっぱいあるのにわかるっていうのはすごいねぇ」 トカゲは自分の前足や後ろ足を少し動かしてみて、自分の体だったらどうなるだろうと、想像してみるのでした。 いくら考えても、あんなに多くの足を動かして前に進むなんて想像がつかないのでした。 トカゲは自分の前足をムカデから見えるように持ち上げながら言うのでした。 「僕の足は4本だけだけれども、君の足みたいにいっぱいになったらどうしようかって考えたら、どうやって動かしていいのかわかんなくなってきた」 トカゲは軽口のつもりだったのですが、ムカデは少し考える仕草をしました。 たくさんある足の一番前にある足の二本を組むようにしています。 一本連なっている体の頭らしきところも心持ち持ち上げてるような気もします。 「それじゃさ、どうだろ、考えずに歩くことができれば歩けるんじゃないかなぁ」 なにやら、当たり前のことを当たり前に言われているのですが、言われてみれば確かにそうです。 「なにも考えずにって言われてもなあ」とトカゲは困惑しています。 改めて、自分の水かきのついた手とムカデのたくさんの足を見比べてみています。 トカゲは何やら考えがまとまったのかまとまらないのか、とにかく言葉にしてムカデに伝えてみようとしています。 「君の足とさ、僕の足じゃそもそも形や数も違うから、動かし方も違うのかね」 ムカデはそこまでは考えてないのですが、トカゲが何か言おうとしているのでおとなしく話を聞いているのでした。 トカゲは続けます「君と僕とで同じってところはあまりないからねえ」 ムカデはそれの発言をもっともだと思いつつ、考えてみたら当たり前のことを改めて発見し直して感心するトカゲの考えの流れに一緒になって感心しているのでした。 ムカデは今まで聞かれる一方だったので、トカゲに聞いてみようと思いました。 「君はさ、その数えるほどの足でどうやって歩いているんだい?」 聞かれたトカゲはどう答えていいものかわからず、舌をペロペロ出したり、水かきをめいっぱい広げた前足を見つめてみたり、それで目元を少しペタペタたたいてみたりしました。 「どうやってといわれても、普通に歩くだけだなぁ」 そう言うと、トカゲは前足二本で歩くまねをしてみるのでした。 そうやって前足を動かす中で、普通ってどうやるんだろうと思い始めると、自分の足がなにか初めて見るもののような気がしてきて、どうやって動いているのかわからなくなるのでした。 トカゲは「たしかに、普通って言うのは説明しにくいな」とムカデに言うのでした。 ムカデはそれに同調するように「そうだよね。足の数が違うと途端にわかんなくなるけど、自分の足だったらどうとでもなるもんねねえ」と言うのでした。 トカゲは確かにそうだなあ、と思うと、なにか感心したような気持ちになって、舌をペロペロとしながら、その水かきのついた前足で顔をペタペタと何かを拭(ぬぐ)うかのように動かして静かに「そうだねぇ、その通りだ」と言うのでした。
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おにぎり
「おべんとうはどこでたべるんですか?」 ひときわ元気そうな男の子が、その活発さを服に表したかのように、引っかけたカギの繕いや裾にスレのある着物に芝生の枯れたのや雑草のちぎれたのなんかがついています。 秋空が高く晴れ渡り、海の近くでただでさえ広く感じる空にさらに深い奥行きを与えています。 銀杏の葉は色づき、黄色というよりは黄土色の葉でその枝々や地面に明るいハイライトを入れています。それがあってなのか、石畳でなにやら重いような印象のあるこの通りがこの季節だけ明るくなったような気持ちになるのでした。 反面、路地をよく見てみるとついこの間までに青々としていた雑草たちはすっかりと生気を失ったように、くすんだ黄土色に葉の色を変えているのだった。 鉄道があり、港があり、石畳の��りがありと、仕事の人間や観光で訪れるものなど、さまざまな思いでここを訪れ、用を済ませたり見物をしたりと、それぞれの過ごし方をしています。 さっきの男の子はというと、引率の先生に着物についた枯れ草を払ってもらっています。 その洋服姿の先生は、まだ若く長い髪を後ろで一つに縛り、活発な子供たちが一丸になってもやり返せるような颯爽とした風格を持っているのでした。子供たちに集まるようにとよく通る声で号令をすると、子供たちは先生を取り巻くように集まります。 まるで、子犬が母犬にじゃれついているかのようなもので、じっとしている子は少なく、隣にいる学友にちょっかいを出すのや、どこかで捕まえてきたらしき草バッタをさもいいものかのように大切に持ち歩いているの、さっきの男の子はおとなしく先生の隣に立ち、なにやら手持ちぶたそうにしています。 先生はやや大きめのバッグから二つ折りのリーフレットのようなのを取り出し、子供たちが聞き逃さないようにゆっくりと「もう少し歩いて、これに書いてある海の見える丘についたら昼ごはんです!」と伝え、子供たちに歩こうと促すとゆっくりと歩き始めたのでした。 少しつん��んしているように見えたものの、先生の視線は十数人ぐらいの子供たちをまんべんなく、それでいて一人一人を確実に視界の中にはいるようにしているのでした。 港が見える広場。 商港らしく大づくりな建造物の中、芝生のある公園は海に向かって開けていて、その一角に子供たちが集まり、みなそれぞれに昼ごはんを取り出し始めるのでした。 さっきの元気のよい男の子は背負っていた背嚢からおにぎりを取り出します。竹の皮のひしゃげ具合から、その中の飯粒たちは朝に見た形から変わってしまっているのだろうと想像ができました。なにやら古文書でも開くかのように慎重に竹の葉の端をつまみ、ゆっくりと持ち上げます。 案の定、おにぎりはすっかりと形を変え、中心に入っていたであろうウメボシの赤が平たくなったところからじんわりと見えたのでした。 想像通りだったのが面白かったのか、さも愉快そうに先生に報告します。 「おにぎり、ひしゃげちゃってらぁ」 先生はその大きな声にどう返事をしようかと少し迷っていたみたいでしたが、男の子は気にしないで思いっきりかじり付いてます。 一口目に大きく、その半分ぐらいを一気に食べています。 男の子はおなかが空いていたのもあって、なにやら夢中でおにぎりを食べているのでした。 かみしめるごとに、ご飯の甘い香りがほんのりと立ち上がり、いくらでも食べられそうな気持ちになっています。 二口目、やっとおにぎりの中心にある梅干しにたどり着きました。 さっきまでのごはんの甘みだけでなく、梅干しの塩の味が舌の先を引き締めるような気持ちになって、その後に感じる酸っぱさが顎の付け根のあたりになにやら少しの力が入るような気持ちがするのでした。 まだおにぎりは半分ぐらい残っています。 また大きく口を開けると、半分残っているおにぎりのさらに半分を食べます。ごはんがどんどんと消えていきます。 こぶしほどあったおにぎりはあっという間になくなり、指先についたお米を前歯を使ってきれいになくすると、また次のおにぎりを食べるのです。 大きめのおにぎり三つは、すっかりと姿を消し、おにぎりの重みで少しずっしりとしていた背嚢は、大きくあいたおにぎりの空き地で、なにやら一仕事を終えたような力のない姿になっているのでした。 秋空はからっと晴れて高く広がっているものの、ときどき吹く風が少しひんやりとしているような気もします。 けれども、おにぎりを食べて満足したからか、男の子の体の奥底はそことなくほんのりと暖かく、少しぐらいの風では冷えそうにありません。 先生はその様子を子供たちに囲まれながら一緒にごはんを食べて遠目で見ていたのでした。 港から広場を眺めると、子供たちがワイワイとお昼ごはんを食べているその少し先では、鉄道の工事をしています。 そこもお昼の時間です。 お昼というよりは、彼らの言葉を使うと「めし」でしょう。 やかんに入った麦茶を湯飲みにつぐと勢いよくのどを鳴らして飲んでいきます。 商港からさらに続く鉄道を敷設するためこの現場で汗を流して働いているのです。 大きな���ルマイト製の入れ��、それこそ学校の給食の時間に見るような大きさの入れ物に入ったおにぎりが運ばれてきます。 その入れ物は、運んでくる女性がやっと抱えられるほどの大きさで、新聞紙ぐらいの幅でしょうか、そのなかに大きなおにぎりがひしめくように入っているのでした。 男たちは運ばれてくるのを待つ間に麦茶を飲み一息ついていました。見守ると言うよりはどれも同じように見えるおにぎりを選ぶかのように選び、これぞというものに手を伸ばしていきます。 一つひとつのにおにぎりはさっきの子供が食べていたのよりもはるかに大きく、にぎりめしという言葉で表すのがよいのかもしれません。現場を動かす力を一気にまかなえるようにと、特別大きく作ってあります。それこそ、赤子の頭ぐらいはあるでしょうか、具は真っ赤な梅干しが入り、それをもりもりと食べていくのでした。 夏の間に赤銅色に焼けた肌と短く刈り込んだ頭の男は、現場の中堅どころでしょうか。若い衆に比べて肩の肉の付き方がたくましく、仕事中の動きにも余裕があるように見えました。にぎりめしは皆が取り合うようにとっていく中で少しだけ間を置いて取りに行き、目についたものを手にしていたのでした。食べるというよりも、とにかく腹を満たして午後の仕事に備えようという考えなのか、がっつく訳ではないものの勢いよくモリモリと食べていくのでした。 その様は、大きな岩山を砕いていくかのようで、なにやら削岩していく音も聞こえそうなぐらいに大きくにぎりめしの塊を削っていくのでした。 どんぶり飯をそのままにぎりったかのようなにぎりめしはあっという間に姿を消します。若い職人はもう一つと手を伸ばし、一個目と同じようにかじりついて食べていくのでした。 その男はというと、にぎりめしを食べ終わり、お茶を一口飲み干すとたばこを一服し、休憩時間の〝無の時間〟を堪能しているのでした。 若者はにぎりめしにかじりついています。男はその様子をたばこを吸いながら少し離れたところから眺めています。まだ、〝力の加減〟というものがわからず、仕事のムラが気になっているものの、やる気があるからどうにかなるだろうなと、ぼんやりと考えながらその様子を見ているのでした。 にぎりめしが勢いよく食べられている道ばたから大通りを抜けていくと港があります。 そこには、出航を待つ人たちが使う待機所があり、まだ船旅が中心だった当時は、その待合所で時々見聞きする海外の言葉に、異国のにおいを感じていたのでした。 二十代の半ばを過ぎたぐらいであろう背広を着た若者がいます。その顔は凜と精悍で大志を抱き海外への第一歩を行こうとしているのでしょうか。その席の隣には着物姿でたたずむ女性がいます。四十代ぐらいでしょうか、若者の母親が座っています。 会話はほぼなく、時々交わされる会話は「体に気をつけて」や「便りをよこして」などという、母親からの問いかけに男性が静かに頷(うなづ)くぐらいです。 女性は手にしていた包みを広げると、おにぎりの包みを広げます。 そっと食べるようにと促したおにぎりは、竹の包みのうえに二つ並びたくあんがその隙間にあります。丁寧に握ったのがわかるのが、丸みのある三角形が同じ大きさで、ここに来るまでの間にも形が崩れないようにと注意しながら運んできたのたと思われます。 待合室での二人の時間と同じようにゆっくりと、一口二口と食べ進んでいきます。口に運ぶ前にその形を目に焼き付けているかのように、まっすぐと見つめ、食べ進めていく中でも無くなってしまうのが惜しいのか、かみしめ、そしてだんだんと小さくなるおにぎりに惜別の感情を合わせているのか、時間をかけて食べていくのでした。 出航の時間まではまだあります。けれども、出航前の手続きなどで、待機所でゆっくりとしていられる時間はさほどありません。 残っているたくあんをゆっくりとかみしめ、残り一個のおにぎりもこの時間と一緒に永遠に続けばいいとばかりに少しずつ、噛みしめていくのでした。 最後の一口がなくなろうという頃、手続きをせかす鐘が鳴ります。 今生の別れではないものの、なにかあってもすぐに駆けつけることができない距離がこの親子の間にできる瞬間です。 若者はすっかりときれいに食べた竹の皮をゆっくりとたたみ、それを包んでいた木綿のハンカチーフも丁寧にたたみます。母親はそれを持って帰ろうとしますが、ぼそっと、これも持って行くよ、と言うと床に置いていた鞄の中に優しく納めたのでした。 手続きをせかす鐘が鳴り、そろそろ時間だからつぶやくと、立ち上がったのでした。
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ねこじゃらし
秋風に揺さぶられて、ねこじゃらしが右に左にとあたまを揺らします。 風に押されるままに揺れています。 なにをするわけでもなく、ただゆらゆらと揺れています。 それを不思議そうな顔でのぞいている逃します。カエルです。 「やあ、きみはそんなに揺れてて気持ち悪くならないのかい?」 ねこじゃらしは笑いながら言いました。 「気持ち悪くならないよ、だって、風が全身をなでてくれるんで気持ちいいぐらいなんだ」 カエルはそれを聞いて、もっと不思議な顔をしました。 「そんなにゆらゆらしていてもかい?」 ねこじゃらしは、ゆらりとからだを揺らしながらカエルに言うのでした。 「そうだよ、君もやってみなよ」 カエルは両手を地面につけて、じっと話を聞いていました。 片手をあげて、体を少しだけ揺らそうとしています。 けれども、いくらやって���ねこじゃらしがやるようにゆらゆらと気持ちよさそう��揺れません。 なにやら、ぴくっぴくっと体がふるえるところまではでけきても、揺れるというところまで体が動くことがなかったのでした。 それでカエルはなにやら感心したように、ねこじゃらしを見上げて言うのでした。 「君はなんでもないみたいにゆらゆらしているけど、まねしようとするとできないな。すごいな」 と、なにやら感心したように言うと、その頭の上にひょこっと飛び出ている目をパチクリさせてから、ぴょんと一跳びしてどこかに行ってしまったのでした。 秋風に吹かれて、ねこじゃらしがふわりゆらりと揺れています。 ねこじゃらしの茎になにやらつかまってきたのがいます。 「葉っぱがギザギザなのに、食べるところがないねぇ」 強そうな顎(あご)をしたイナゴがねこじゃらしにしがみついています。 「なんか、食べられそうなところがいっぱいありそうで、食べるところがないねぇ」 と、大きな目を顔ごと動かしながら猫じゃらしのふさふさとした頭を眺めたのでした。 「僕を食べてみようと考えてるのかい?」 と、ねこじゃらしが聞いてみます。 「うーん、食べるのはよそでするよ。きみのふさふさの頭は、みててあきないねぇ」 と、細い足でねこじゃらしの顔をつつきます。 そのたびに、少しだけねこじゃらしが揺れるのでした。 ねこじゃらしは食べられたらどうしようと気になっていましたが、イナゴは食べるつもりはなく、ただゆらゆらとゆらして遊んでいるのでした。 「こうやって揺らしているだけなのに、きみのあたまはおもしろいねぇ」 イナゴは、しばらく揺らして遊んでいたのですが、夕焼けになる時間になる頃になると、そろそろ帰らなきゃと言いのこして、ぴょんぴょんはねていってしまいました 空は夕焼けに染まり、真夏のじめっとした空気とは違うさらさらとした心地よい風が吹いています。 さっき離れていったカエルは遠くの方で目を細めるような表情をして草陰でじっとしています。 イナゴはというと、別の葉っぱの裏に捕まると、盛んに前足で自分の顔を洗うような仕草をしています。 きっと、日が暮れたらそのまま寝てしまうつもりなのでしょう。 空は夕焼けですっかりと色が変わってしまいました。 そこにやってきたのはトンボです。 羽が夕焼けの明かりに照らされてなにやらきらきらと輝きながら、ふわりとねこじゃらしの頭に止まったのでした。 休憩をしているのか、それとも高いところに止まって周りを見回しているのか。とにかく、トンボはねこじゃらしの猫背になったような頭に止まり、前足を使って顔を洗ったり目をふいたりと忙しいのでした。 「君はどこから飛んできたんだい?」と、ねこじゃらしが質問をします。 トンボは、少しのあいだ首を傾げるような動きを繰り返して、あたりを見回した後、ねこじゃらしにいうのでした。 「どこからというのはよくわからないんだ。ただ、飛んでいると気持ちいいからすいっと飛んでみたり、空にいるのが気持ちいいから時々止まって風景を眺めてみたりしているんだ」と言います。 ねこじゃらしは「空ってどんな感じなんだい?」とトンボに質問します。 「広いよ、それに風があるからそれに乗って羽を動かせばどこまでも行けるし。今日みたいに風が穏やかな日は空に立ち止まって周りを眺めていると、空の広さに、なんだかつぶされそうな感じになるぐらいに広いよ」 ねこじゃらしは、トンボが見ている風景を想像してみました。 風に揺られながら眺める空は高く広く、そこまでも続いていくのですが、頭の高さだと草むらが見えるだけで、見渡す限りの空というのは想像ができなかったのでした。 ねこじゃらしは聞きます��ねえ、空にいるときってなにを考えているの?」 トンボは、頭をまるで機会細工のようにカクカクと数回動かします。そして、ねこじゃらしにむかって言うのでした。 「気持ちいいからなにもかんがえてないなぁ」 ねこじゃらしが思っていた答えとは違いましたが、それでも感心してしまいました。 頭の上にとまっているトンボに、 「そんなに気持ちいいってのは、なんか想像できないなぁ」と答えます。 そんな、会話になるかならないかのやりとりを続けているうちに、だんだんと夕焼け空は暗くなっていきます。 トンボは空を見上げると、一言「そろそろ帰らなきゃ」といって飛び立っていきました。 秋風がねこじゃらしを揺らしています。 その揺れているふさふさとした頭をじっと見つめているのがいます。 猫です。 さっきまでの夕焼けがあっという間に夜になりました。 こんな夜の時間でも大きな目をさらに大きくして、何か遊ぶものがないかと散歩しているのが猫なのでした。 猫はねこじゃらしを前足で揺らしながら 「君の頭はおもしろいなあ、こうやって揺らしていると飽きないよ」 と、言います。 ねこじゃらしは、少しだけ揺らされるのは慣れてますが、猫が今やっているように揺らされるのには慣れてません。 「少し痛いなぁ」 ねこじゃらしは、猫の足のやわらかい部分と、その先にある爪の部分が頭を揺らしていて、ときどき強い力になるのが気になりました。 ねこは夢中になってねこじゃらしで遊んでいます。 「君の動きは、なんか手を出して遊びたくなっちゃうんだよね」 と言うと、かるく前足でねこじゃらしを揺らしたり、手だけで足りなくなるとかんでみようとしたりしたのでした。 ねこじゃらしはねこにされるままゆらゆらと揺れているのでした。 そろそろやめてくれないかと思っていたとき、遠くの方でケロケロという声が聞こえたのでした。 ねこは音がする方を向きました。 ねこじゃらしは、猫の手が止まったのでようやくはげしく揺らされるのが止まったのでした。 かえるはケロケロと鳴きつづけます。 ねこは声のする方をじっと見ています。それに音がする方に耳を向けて、かえるを探そうとしているのでした。 ねこが目と耳を駆使してカエルを探していると、その顔の前をぴょんと何かが飛んでいくのでした。 イナゴが猫の前ではねたのでした。 ねこは突然のことで驚いたみたいで、顔を胴体に引っ込めるようにして首をすくめています。 それで目だけをきょろきょろと動かして、自分の目の前になにが動いていたのかを探しているのでした。 そうやって警戒している猫をからかうように、イナゴはぴょんぴょんと何回かねこの前をはねているのでした。 ねこは草むらの中から中へはねるイナゴを追いかけるようにして顔を動かしています。 いなごが何度かはねたとき、ねこは前足をそろえて草むらに飛び込んでいったのでした。 幸い、いなごはねこに捕まらず素早く早く、そして高くはねました。 そして、猫の背中に乗ると、もうひとけり高く跳ね上がって、また草むらの中に隠れていったのです。 ねこが振り向いてイナゴを追いかけようとしているその目の先をスーっと飛んでいくのがいました。 そうです。トンボがねこの前を飛んでいったのです。 トンボはその素早く空を渡っていくのを駆使して、ねこの鼻先を飛んでいます。 鼻先というより、その細い足でねこの鼻を少しつついていくのでした。 そのたびにねこはむずがゆいような顔をして、前足で自分の顔をかいています。 なんどかトンボがねこの前を飛んでいると、いいかげんねこも降参したのか、すくっとたちあがりかけだしていったのでした。 ねこじゃらしは大きな声でみんなに礼を言います。 カエルはゲコっとないて、イナゴは一つぴょんと飛びます。 すーっと飛んでやってきたトンボは、ねこじゃらしのあたまに止まると 「きみのあたまは特別きもちいいからねぇ」 というと、また飛んでいったのでした。
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慣性の法則 「なあ、慣性の法則って覚えているか?」とつぶやく。 薄暗くなった事務所の片隅で、机の物陰から返事をする。 「なんだっけ? 動いてる物はずっと動いてるって奴だっけ」と答える。 泊まり込みの仕事になってしまい会議室のイスを並べてベッド代わりにして、やっと横になった瞬間だ。これ以上話はしたくないのだが、仕事の緊張感が抜けきれず横になっただけでは眠れそうになかった。 急になにを言い出すのかと思ったが、吉田は続ける。 「いまは納品前で勢いでやってるけど、これがこのまま続いたらたまったもんじゃないよな」と続ける。 納品前のテストで気付いたら深夜三時になっている。コードを書くのに集中しているとまるで何かにとりつかれたようにアルゴリズムの世界に没頭できる。書いているときは海女が海の底にねらいを定めて潜っていくかのように一気に獲物まで近づいて、限界がくるまで手を入れ続ける、というのを繰り返す。その分、集中力の消費が激しく、一区切り付き手を離そうと思うと、体中の鋭気がすべて消費し尽くされているのに気付くのだった。 そのくせ、その世界に没頭しているせいなのか、次から次へとやることが浮かんでは消え、解消したかと思うと別角度からの検証が必要になる。 「こんな、受託の消耗作業になに一生懸命やってんだかな」と、吉田はこぼす。 たまたま、同時期に転職してきて、偶然同年代であることがわかり、なんとなく気が合うのもあり一緒に勉強会なんかに参加していた。 吉田の書くコードは大胆に流れを作るが、そのくせ抜けがなく、理論上の不具合は発生しない。一方、俺が書くコードは細かに定義をし、一つひとつのステップで検証を繰り返しているので、どのように手荒く使われても、まずは動く。 ざっくりとは、吉田のコードは生産量は多く設計図はわかりやすいが実務上の不具合に弱い、俺のコードは生産量は少ないが設計の範囲から少しはずれても動く。要は真逆の仕事なのだった。 吉田は続けて「営業がさもいい仕事のように持ってくるのは、金になるってのを横に置いとくとクソ仕事だし、こっちがやりたい仕事は金にならんし、世の中はめんどくさい」と独り言のように言っている。 一���ちょっとのつき合いだが、月に数回はこんな事を言っているので、もう口癖のようになっているのだろう。 こうやって横になりながら聞いていると、条件反射でなんか言いそうになるが、口を開く気力もなかったので黙っていた。 「でさ、慣性の法則ってあるじゃん、それが今だと思うんだよな」と吉田が重ねる。 吉田が言うことがあまりわからなかったので、「どう言うこと?」と返事をする。 「つまりさ、会社だって俺たちだってこんなクソコード製造代行業みたいなことやってたら技術なんて貯まらないじゃん? と言うことは、今はAIブームのおおかげで機械学習っぽいことやれば高い単価を取れてるけど、数年もしないうちに廃れるぜ?」と寝床代わりに並べたイスの上から少し身を起こし、こっちの方を見ながら言う。 さらに続ける。 「プログラマーだって詐欺まがいのプログラミング塾がはやるぐらいだから、数年後にはありふれた職業になるし、いまの高校生ぐらいが世の中に出てくる時代になりゃ、初歩的な言語なんて使える人間が当たり前のように世の中に出てくる世���だぜ、そこら辺のクソコードしかかけないクソコーダなんて駆逐されちまう」 俺と二人だけとは言え、すこしは言葉を選べと思ったが、言わんとしていることは判った。が、慣性の法則がどうのと言うのがいまだに判らずにいて、曖昧な返事をしているとさらに話し続けた。 「つまりはさ、ここで仕事をしていると、昨日までと変わらず明日が来るし、明後日も明明後日も何となく見えてるじゃん。仮に明日この会社が潰れようがどっかが拾ってくれるだろうから死にはしないだろうし、安全なトロッコの上に乗っかってるようなもんと思うんだよ」 ああ、と曖昧な相づちを返す。 「止まったら、みんな放り出されるぜ」と得意げに言う。 「なにから?」と聞き返すと、間髪入れずに 「“今”からだよ」と、帰ってくる。 疲れているのもあるが、なにを言っているのかつかめず「吉田、その“今”ってなんだ?」と聞いたところで、少しのタメがあり話し始めた。 「総務が話してたんだけど、今年の新卒、一人もとれないんだと。それに、中途採用だってまったく入ってこないらしくて、人員が増えないじゃん。これってどう言うことかというと、世の中のプログラマーから選ばれない会社ってことじゃん。仮に入ってきたとしても、値段だけで受注できたような仕事ばっかりで、数をこなす以外の利益の上げかたを知らない会社じゃん。少し受注が滞ったら潰れるぜ」 「滞ってるのか?」 「案件の量はかろうじて変わってないけど、単価は大きく下げてるらしい。忙しいのに収入は増えないし、何よりもやれどもやれども終わらない悪循環の入り口にいるようなもんなんだと、営業の話だと」 この会社だけなのか世の中一般の傾向なのか判らないが、エンジニアと営業の仲が悪く、半ばいがみ合うのに近いような関係で部署名以上に名前を出すことすらしない。 自分の発言で何か思い出したのか吉田は続ける。 「安売りするしか脳がないのにビジネスもクソもないだろうに、なにを偉そうに言ってるんだかな。そんなにビジネスと言いたいんだったら、まともな単価の仕事をとってきてから言えってんだよな」と急に語気が強くなる。 「それで、おまえが言ってたトロッコってのはこの会社のことなのか?」と聞くと、吉田は上半身をゆっくりと起きあげ、こちらを向いてにやりと笑い「新しいトロッコを見つけたんだ」と言う。 転職先でも見つけたのかと聞いたら、違うという。それじゃ何かと聞くと、少しもったいぶるようにこっちを見ながらこう言った。 「実はさ、当たってさ」とにんやりとしている。 思わすこっちも体を起こしてしまう。 「宝くじか? TOTOか?」と聞く。 「それじゃなくって、インスタで試しにやってみた販売が当たって、一人で生きていくぐらいならどうにかなりそうで、近々ここのトロッコから降りようと思ってるんだ。まだ誰にも言ってないから、ここだけの話な」 なにを売っているか知らないが、辞めるというのに驚いた。 「なにを売ってるんだ?」と聞くと即答で「川の石」と来た。 「え、拾ってきたのを?」 「近くの川じゃないけど、まあ、見栄えのがいいのが転がってるところがあって、それを磨いて見たら綺麗になったんで、売れないかってやってみたら、売れたんだよね。へんにがんばらないで石の形をそのままに綺麗にしているからそれでそこそこ売れてさ。そもそも少ない休みを石を削るのに使っても収入につながるからいいぞ」と、言う。 「それじゃ、休みの日はずっと石を磨いているのか」と聞くと、そうだという。 「家賃と光熱費とか腹ったらほぼ残らないけど、誰のためにもならないコードを書いてるよりは断然気持ちがいいし、なによりも、石に使う時間を増やせれば、もう少しは売り上げも伸びるだろうし」とうらやましくなるような言葉が続く。 「そうかー、辞めるのかー」とほとんど感情のはいてない選別の言葉を贈る。 「なんか、こういうのって自転車と一緒で動き出しちゃえばこけないらしいから、あとは止まらないように気張るしかないね」と言う。 「そうかー」とまたも気のない返事をする。 体は疲れているし、目の奥が重くよどんだようになり、まるで疲れのヘドロが貯まっていかのようだった。けれども、この話のあとでは眠気が飛んでいる。会議室の電気は消してあるが、廊下から入ってくる明かりで天井の蛍光灯の形など、薄暗いのに目が慣れていくにつれて輪郭がはっきりとしてくる 考えるともなしに頭に浮かぶことは、明日の納品をすましたらどうしようかという事だ。 吉田がいう“ここのトロッコ”は動いてなどいない。ほぼ止まっているようなものだ。ならば、なにか動いているトロッコに乗らないとこのまま一緒に止まり続けてしまうことになる。 よそのトロッコに乗るか自分でトロッコを走らせるかはともかく、止まったままのトロッコからはさっさと降りなければいけないと焦る気持ちが沸いてきたのだった。
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触角の遺構
結晶体が見せる未来は、それにこだわる必要がなかった。 鼻先をくすぐる甘美な誘いと、一方では顎と歯で挟み込み胃の腑に詰め込む快楽を感じさせる反射で、その媚笑にも似た魅力に逆らうのは難しく思った。 まるで崩壊へと誘うインビテーションカードのように作り込まれた背中を追いかけると、透き通った新緑をとけ込ませた殻に覆われているが、いくつかの穴があり、求食者は導かれるままにたどり着き、観察し、味見をし、満足し、仲間に知らせ、根こそぎでもその隠れ家に運ぶかのように持ち去ろうとするとある。 化成の外壁に囲まれた宮殿は深淵には遙か及ばず、清流と淀みの泉につかるままだった。 昇華し張力でそれが消え去った残滓のコントラストに見える琴線に、新鮮な空気がよそぎ、分化の帰結として先端をのばして探り、湧水に伸ばすはずだった指先が空を切るのを見ていた。 「香草に深く囲まれた寝殿に、繭と砂の出会いと甲殻への永訣が必要なように」 視線の先にあるのは隠れた繭の残像だけで、その密度や並びは語彙とシーケンスだけの再構成だった。 花弁は開き、地表遙かまでがひとつになったような青の下で、甘くささやき、蝶を誘う。 奥深くでは崩れつつあった宮殿は姿を取り戻し、床と天井は精緻な美しさを感じさせる造形を見せ、柱は水脈であり動脈である分化と侵入の指先がその代わりを静かに、そして確かにつとめていた。天井を支えているのか、それとも床を持ち上げているのか、風が当たるはずでない細胞に風が当たり、水を持ち上げるための毛細管がその役目をできないのであった。 表層は淡いコントラストを持った装飾のように重い色から盛り上がっているところは色が明るくなり、なにやら腫れている患部のようにも見える。その粒はひとつひとつをつまみ持ち上げ、そして勤勉な戦士が土壌と戦い表面を飾るようになったのだった。 隊列は化成の壷からどうやって抜け出してきたか翼が足りず、爪の先に引っかかることもないが、それぞれがふらふらと歩んでいるかのようで、立ち上がり、自分の足下と並べて眺めると鉛筆の柔らかい芯を力なく持ち上げ書き付けたかのような、それでいてしっかりと崩れない線ができあがっているのだった。 交換法則��常に成り立ち、緩やかな歩みでそれは成し遂げられ、そしてポリエチレンが協奏する断裂の響きが揺らすのであった。その中では結晶を内包し、感覚を誘い出す滋味の香りやと艶やかな蜜の揺らぎがあるのだった。 「何枚もの数列が漂い流れ、満ち欠けを意識しない内包の屹立が起きる頃。策略はシロップの中のシナプスに」 重力はなく、弱い体温と苔のような継続性のための確認だった。 闇は流され、細胞の屈伸が強くなり、水晶の奥が活動し始める頃。クロッキーの線が奥へと流れ込み、探索のつつき、見えない指さしを頼りにアルミニウムの門をくぐってきたのだった。 アカシアの実と種は深く焦がされ、灼熱の清流にすすがれて閉じこめられることで、その香りと縁の刺激に指と喉とで埋没する。親指ほどの焼き固められた粉体に犬歯がぶつかる音と変調された音との間に自我を取り戻しながら、針の速度を気にするようになる。 「線形の欲求が流れ込み始めてる」 穂先の鱗のようであった含有率は、自立し、そのままの姿で酒精と酸の混濁となる。 錫を思わせる抜け穴に繊維と結晶、数ミリリットルの純粋が立ちはだかり、真空となった。 太陽を沈ませ、回転させているうちに余韻が煙になり樹齢にしみこむ。 泡沫だった。 その足跡は星が分裂し雨となり、また昇華していく回転の一部となり、永遠の破片となり、虚は重となっていくと思いこんでいた。 宮殿はその清栄の余韻すらなく、壁と柱を残し、水と殻の寝殿となっている。 あのチェーンがそうであるかのように無限に続いていく循環は霞となり、霧となり、粉となった。 夏の日差しに結晶は含まれない。六角形と結合のスカーフが、あれだけの不随意運動を固めた。 抱き合う覚悟はないが、沈める衝動もなかった。立ち去った後の銀塩を鋳造するだけで、無反応に徹するのに精一杯だったからだ。
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エビの美食談
「食に対して、世の中の舌が貧しくなった」 会食の中で一番年上である者の口から出てきた言葉だった。 「珍��や奇食を尊べとは言わないが、最低限の素材の味が感じられるようでないともてなされる側としては失格、と思うのだがどうだろう?」 もっともだと感じたがその斜向かいに座っている若いのは意見が違うようだった。 「素材の味と言うと、まるで新鮮さの話みたいになるが、それだと乾かしたりふやかしたりという単純な細工はどうですか?」 目を見張り、若い方をみる年長者。なにを考えているのかわからないが、なにやら少しの思索をしているようだった。 「確かに、ドライフードといえど、昔に比べて風味が残り、手触りや噛み心地は違うが飲み込んだ後の印象は違和感がなくなった。君の言うことは確かにそうだな」 大人としての余裕を見せようとしたのだろう。肯定を二回繰り返したところに、余裕を演出しようとしている姿勢が見えた。
水槽の中にはこの席を囲んでいる三匹以外に、いくらかのエビがいる。 ここにくる前の水槽では、魚がいて申し訳程度の水草があり、魚が食べ残した食べ物や、水草の表面に集まる小さな生き物、水槽の壁と言わず砂利と言わずあちらこちらに萌芽するコケを新鮮なうちに食べていた。 ある日のこと、いつもは水たまりのように静かに泡がたてるささやかな流れ以外に動くことのない水槽の水が激しく動き、砂利の奥に沈んでいた澱(おり)は舞い上がり、透き通り端から端まで見えていたのが砂利のような重い色で濁り、なにか大きな生き物が水の上からこちらを狙うようにして出たり入ったりするのが感じられる。逃げられるところはいくらもないが、水草の影や流木の入り組んだ影に逃げ込み、じっとしていればやり過ごせると思っていた。 すっかりと砂利の間に積もっていた塵(ちり)や芥(あくた)が舞い上がりなにも見えない。 いくら触覚を振り回しても濁った匂いだけで、なにが起きているのか判然とせず、ただただ流木に掴(つか)まっているだけだった。 仲間のエビも同じようにしているが、突然のことで驚いて逃げようと泳ぎ回っていたのは何かに捕まったらしい。一生懸命逃げようと腹を動かし、背を丸めたりと激しく動くときに殻同士がぶつかる音があちこちから聞こえてくる。 何か大きな者にねらわれているのはわかっているが、それが何かわからない。そこに仲間が捕まっていく音も聞こえる。流木の影ならば逃れられると考えていた。 しかし、その目算は甘く、流木が大きく揺れたかと思うと全身がふわりと持ち上がるような感じがあった。このまましがみついていても危ないと考え、離れようと泳ぎ始めたが遅かった。 いままで見たことのない、水草の根っこが編み込まれたような物で行く手を阻まれ、水の上に持ち上げられる。 水の外に出ると体を動かす勝手が変わる。いくら尻尾を広げ泳ごうとしても文字通り空を切るばかりで体は少しも動かない。水が体を周りの物にくっつけてしましまい動けなくなる。流木に押さえつけられている。跳ねようが体の向きを変えようとしても無駄なことで動きがとれない。息��できる。水がなければ息はできないのだが、水があることで動きを封じられ、そして体に絡まり離れられなかった。 上へ下へと動かされ、水が変わる。匂いが違う。けれども、持ち上げられたときの水槽に比べれば、この水は澄んでいていささか気持ちがよい。 すべてが目新しく、新しい水槽の中を泳ぎ回っているとき、年上のエビに出会ったのだった。
見渡しても泳ぎ回っても、水草と砂利、それに泡が出るものしか見えない。ぐるぐると泳いで、いけるところはすべて言ったつもりだが、なにがあるというわけでもなく、水槽と砂利、それにエビの仲間がいくらかいるぐらいだった。 前にいたところと同じように、泳いでは水草についているコケを食べ、砂利についているヌルリとした膜を食べ、時折転がっている水草の落ち葉を食べとしていた。 声をかけられたのはたまたまのことで、それがきっかけで円卓に並ぶことになったのだった。
「探索はどうだ? 一息ついたらこっちで一緒に食事でもどうだい? 堅苦しい事はないから」と、声をかけられ、少しだけ高くなっている睡蓮が生えている丘の上にある、少し土のような色をした石が食卓になっている。食べ物がそこをめがけて落ちてくるのもあり、エビたちにとって食事の場所となっていたのだった。 「今日は乾いた小魚だな、水を十分に吸ってから食べてもおいしいが、この堅いのを摘まんで食べるのもすばらしい」ほかのエビが食事に群がる中、石の端にたたずみ、自分の文にと取り分けた破片に手を伸ばして丁寧につまみ上げながらつぶやいていた。 「この乾燥具合が香りをたたせているのかも」とは、別のエビだ。同じように自分の文を摘まみながら丁寧に吟味するように、そうかと思うと観察するかのようにひっくり返したりして食べ進めていくのだった。 エビはほとんど何でも食べる。ほかの動物が食べられる物だったらなんでも食べられるのではないかと言うぐらいに好き嫌いはない。食べるのは早くはなく、つまつまと食べ物を前足でつまんでは口に運ぶ。 「浅ましい」とは年長のエビの言葉だ。なんでもかんでも手を出して平らげようとする。その姿勢を指して、ニガイ顔をしているのだった。 エビの食性としては食べ物に群がり、手をつけられるところから食べていく。視覚と触覚、それに水槽内の巡回で食べ物を見つけ、片っ端から食べていくのであった。 年長のエビが言うには、食べるというのは腹を満たすという実用から、触覚や鰓(えら)を抜けていく香り、かみ砕くときの感触など、体中を使い楽しまなければならないのだという。食べるのを生きるための単純作業ではなく、生きるためのための楽しみにならなければならないと言う。 食べるのを楽しむのは、全体を賞味しつつ、その要素を一つずつ感じ取り、その配分も改めて鑑賞するのだという。また、見つけた物を片っ端から食していくのではなく、食べ物の山の中から自分がここぞという破片を手に入れられたら、それを徹底して味わう、というのだった。水槽の中にいるということは、敵の存在もなく、ただただ食べるためにいるようなものだ。それであれば、食べ物を前にした衝動を制御し、理性の元で手を伸ばせという物だった。 食べるのは本能だ。触覚を動かし、手を伸ばし、確保した物を口に運ぶ。その本能を押さえつけ、理知的に動くことで本当��食べると言うことを楽しめるようになるのだと言う。 時には水草の裏にへばりつき、時には流木の影でコケを食べ、底に落ちてきたもので食べられるものはすべて平らげていく。そうやって生きてきたのだが、食べることをもっと謳歌しようと言うのだった。 謳歌すると言われてもどうしていいものかわからなかったが、そんなに難しいことは言わず、食べ物を一口運んでいく度に、その味、匂い、触感を楽しみ、食べた物への理解を少しでも深めていくのだとも言う。 はじめはなにを言っているのかわからなかった。 要は、食べるのを腹を満たす行為から、楽しみとしての活動にしなければならないという。なにやらややこしいことを言っているが、食べるのは好きだからつきあってみることにした。 試してみると確かに違った。 今降ってきた乾いた魚にしても、腹のところと尾のところでは全く噛み心地が違う、柔らかいところでも背のところと胸のところでは、触覚の先で感じる匂いや味もまったく違うのだった。 違いがわかってしまうと今までのように何でも口に運ぶというのができなくなる。 一口の違いを知ってしまったあとでは、知る前に戻れないのだった。 そのことを年長のエビに伝えると「それを深めるために本能を制御できないといけない」と言う。
今日の食事は、なにやら押しつぶされ枯れ葉の破片みたい形の食事だった。 その色や形はいくらかあり、コケのような色をしたもの、肉のような色をしたもの、色が違うと味が違うというのに気がついた。それも、どれがよい悪いではなく、好きか嫌いか口に合うかあわないかの違いだ。 肉色をした破片を手にし、石の縁で静かに食べる。いつの間にやらいつもの三匹が顔をそろえ食べるようになる。年かさのエビはコケと同じ色のフレークを手にし、三匹の中でいくらか若いのは両方の破片を手にし、食べ比べるようにしていた。 手にしたのを食べ終わり、触覚についた細かいかすを前足で綺麗にしながら、食べた物の話をする。 「どの食べ物も食べ始めと食べ終わりでは水の吸い方が違うのか、口にした瞬間の心地が違う」 「大きな固まりだと、周りと中心とで味が違うし、なにより中心部の香りは食指をそそられる」 などと、好き好きなことをいいあっていたのだった。 自分たちで選んで食べられる物は限られている。そのなかで食事を楽しめるものと、もしくは、降ってきた食べ物に舌包みを打ちながら、食べてはその食べ物の乾燥をい言うというのを繰り返していた。 脱皮した殻がある。 エビは体が大きくなるのにあわせ、殻を脱ぎ大きくなっていく。 脱ぎ捨てられた殻はほかのエビが平らげ、あたもなく消えていく。 殻を脱いだ当人からしてみれば、脱ぎ捨てた瞬間は自分の目の前に自分と同じぐらいの大きさの殻が目の前に転がる。脱ぐというのは体の方で勝手に準備を進み、その日が近づくと食欲は落ち視界も若干濁る。 脱皮は、意気込んでこれからしようと力むのではなく、なにか体がだぶつくというか、体と殻の間に水や砂粒が入り込んで気になり始め、そうして少しすると、背中を思いっきり丸めて、殻の背中が開くと、そこから体を引きずり出して終わる。始めはなにやら体がはがされるように痛むのではないかと考えていたが、なんどもやっていくうちになにも特別なことはなくなり、月の満ち欠けがなにもしないでも起きているように殻が小さくなり、それを破り、体を大きくしていく、というだけになった。 食事を通して、理知的に食事をするようになった。 ただ、それは本能が静まっているときだけで、本能を押さえ込んでの食事はできていない。 本能とは、無意識の体の反射でもあるが、忌避を無意識が読みとり避けていたり、危険に対して経験知なのかそれとも無意識のうちに学び取ったことなのか、体が勝手に避け、頭はそのことに対して考えるのをやめ、逃避反応をするもの、だと思っている。 理知的に食べるための入り口として、本能を押さえつけ、本能に対して理性で行動ができるようになること、これがすべてだと考えた。 詰まるところ、目の前に転がっている自分の抜け殻に対して、手を着けることができるかどうかが、理知的な食事ができるかどうかの分かれ道であり、なおかつ、これは試練でも何でもなく、無意識の忌避を自分で制御できるかというだけの話なのだった。 主が抜けた後の殻がゆっくりとした水の揺れにあわせて、右に左にと力なく揺れている。はじめのうちは透明で、光が当たったりすると淡い乳白色の先に風景が透けて見えたりする。そこからしばらく放っておくと徐々に紅葉が色づいてくのかのように殻の縁に変化が見え始め、さらに置いておくと、殻全体がやんわりとした朱の色がついていく。 よそのエビが脱いだ殻であれば、その匂いを感じると寄っていき、食べ始めるのだが、自分のとなると、目の前に転がっていてもそうは思わず、はやくここから立ち去りたいと考えている。 本能は逃げたいと言っているが、手を伸ばす。 脱皮したばかりで、目の前になにが並んでいても食べたくない。普段は食欲がすべてを支配しているのが、普段脱皮した後はすぐにその場から離れ泳いで物陰に隠れる。 食に対して理性で対応しようと思うと、ここで無意識が体を制御しようとしている本能を押さえつけ、その上で食べるという行為を理路として構築し直さないといけない。そのためには、脱皮した自分の殻に手をのばすのが最短の解決策だ。 いまは、食べたくないと言う食べる欲求のなさ、それに自分の殻から早く離れたいという本能、その二つを自分の手下にするために、特段おいしいわけでもない殻に手を出す。 体の奥底から沸いてくる強い拒絶が前足の動きを鈍らせる。触覚にしても目を動かすのと同じように自在に動かせるはずの体がまるで言うことを聞かず、水がほとんど止まっていて何の抵抗もないはずなのに、まるで殻の方から強い水の流れがあって触覚がそれに持って行かれているかのようにそちらの方に向くことを拒否している。 理知的な行動とはまったく別の、体の動きに命令を出しているなにかがすべて拒否している。 とにかく、手を出���。 指先が自分の殻をつかむ。脱皮するときにはなにもせずにできていたものが、手を伸ばし摘まむというだけでも強い意志が必要になる。ただ、つかんで持ち上げるだけなのに関わらず、一大決心に似た強い意志がないと手にできなかった。 殻をちぎる。 ちぎっているのではない、いままで殻の内側であるの体と殻の間に付いていた、なにやら薄い皮膜を少し持ち上げ、ちぎり、口に運ぼうとする。。 強く体に命じないと腕が動かない。腕の一挙一動、腕を伸ばし手を広げる、広げ���指先で殻を摘まみ、自分がさ���き脱いだ殻を持ち上げ、その内側にある膜を摘まみ、それを口に運ぶだけだ。 その口に運ぶだけがもたつく。強い意志と強い命令を指先に伝え、指先を動かす。摘んでいる指先に力を入れている感覚がない。なにか、他人の体を動かしているような感覚になっているのだった。腕にしてもそうだ。口元まで手を動かすのに体が勝手に拒否している。 腕が手元に来ようとしない、それ以上に、口ですら開こうとしない。他人の体に食べ物をねじ込むよりも敷居が高く感じ、食べるという行為が自分の体から遠く離れていったようなそんな気持ちだった。 これが、理知手的に食事をすると言うことなのか、と頭の片隅で考える。 やっと運んだ小さな固まりを自分の口に押し込む。 咀嚼しのどの奥に流し込む。その流れのすべて、どんなに小さな固まりですら喉(のど)の奥を流れているのがわかる。 手にした物を、すべて口の運び、そして飲み込んだ。 これが、理知的な食事なのかどうかわからない。 ただ、一つ判ったことは、これが乗り越えるべき壁かはわからないが、乗り越えた先で大きく風景が変わるというわけではなく、ただ、一つの体験が増えたぐらいなのであった。
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アントサパー
繊細で細長く、透明な流れに似た淡い密度がとぎれなく先端を揺らし、体の奥までその香りと要素を伝えていく。宮殿は香草の奥深くに浸食し、管が先にあったのかそれとも網のように広がる鋭い顎の跡がその主なのか今となっては溶けゆく感覚になっている。薄い皮に包まれた群衆に指先が届くまで見つけなければならない。 微量の油が太陽と湿度とナトリウムの気配の中にかすんでいる。床に散らばる光の針が、切り取ったような葉脈と薄肉の線をまねしている。 赤く色づく種の包容を期待して、繊維と有機物を皿に受け、水とグリコースを与えようとしていたのに、三つの節が寝殿とし、固くしまっているはずだった粒子の累積が綿毛のような頼りなさになっていたのだった。 すでに節と表面張力の力関係は落ち着いていて、細胞壁の中は乾き始めていた。気まぐれに差していた香草の壁は水にあふれ、忘れた頃に満たしていたのにも関わらず、膨らみ、伸び、枝分かれしていたのだった。その色が不自然である頃を過ぎて、当たり前の中になじみ始めた頃に、縁と言わず面と言わず、細い足が闊歩するようになったのだった。 諦念と展望と推測がいくつかの響きになり「その管はすべてをのばし直すに掌のようにまとめた息吹を沈めよう」と揺れた。 悠然とした気体の積層といくつもの振動の入り��じりが私の手元だけでなくすべてを満たす。産毛と蜜の根元を持ち上げたとき、その先に構造を保ちながら未熟な生命と分解の細指が見え隠れしたのだった。 それは花束の名残を手のひらと腕の環状線に似た牢獄の草原に差しておいたのだった。人間が介在しない工業主義を彷彿とさせ、天井に群のようになっている薄膜の整列や小さくゆっくりとうごめく稚群に奪われていくのだった。 その予感は「水の流れと空気の押し出しと窒素の補充を手がけて」とされていたときから手元の箱に転がり続けていた。 香草があけた穴は地層であり、視界を隔たる硝子であった。その点にも満たないようなつま先からほのかに香り立つ言葉が群衆を導き、そして奥深くに続く迷宮を作っていくのであった。その凛とした整然と、粗野なうごめきの波に歯車の集まりをみるような心地よさを感じていた。 心を持って行かれたままでは、淡い緑の広がりも柔らかくそよぐ有機物の名残もすべてが静かに固まるままになってしまう。 直感と視界で測る沈み方で全知であると思い違いをし、そして偶然の一致を見た。泥沼のような時間を素手で乗り越え、そしてブラシと流体がグラスの中で出会うような瞬間を過ぎた頃だ。山ができ、その頂は重さを失い、色が抜け、その上にはいくつもの雑踏が置き去りにされていたのだった。構造はすべて無作為の堆積になったはずだったが、こちらの思慮が届かない時間で組み直されていたのだった。 その構築に肉体から施していくしかないのだった。 すべては実証と理論と厳密な検証によりざわめく必然はないのだが、奥底のかすかな揺れに気付いてからというもの、原始と既知の味覚を粒の一つひとつが隣り合うようにし、雑踏の気配に並ぶように山を作るとある。 悲しき餌食は、その作用でまるで炭酸の気泡がグラスの中で立ち上がりそして消えていくように、静かな時限装置となり、音もしないで破裂する。 脆弱の摺り足に気付かないでいると、陰湿な執着心で繊細な弁膜の動きがはじける。 ドライアイスのように冷徹な存在ではなく、さも何もないかのような表情で置かれている。小さな雪山が、蠕動流れに乗るりがりくねった深部にたどり着き音もせずに膨脹し、顕微鏡の世界である奥底は破片となる。 反射は水晶に届かない。皺の奥に伝わる電界の変異のみがその瞬間を切り取り見せていた。 「氷菓の目隠しに頂を広げて夜露に出会わせる」 月面に見えるのは数分前の分裂の真美で、角膜が受け止めてないだけで揺らぎも収縮もあるはずだ。薬品の反応を流れに変え淡いオレンジ色になる。節と線の主はその山にとけ込み、地層となり、琥珀に入り込んだ遺跡となっていた。 霞の奥に見え隠れする明かりの正体はゆっくりと水平線から顔を出してくる。隊列は山と塹壕のような寝床のあいだを結び、透き通った白い結晶が運ばれていく。 群がり、うろつき、この内燃の元を他の者に伝えるために言葉をすり付け、一つの触手となっている。 小さじに乗る程度のささやかな幻想が悪寒を呼ぶ。その深く重い色の袋が霧のように消え去る。 その独立独歩の微細なる共同体は増殖しつづけるという暗示に従い続けているのに、その結果は霧散するとは。 それぞれが独行しているようで、敢然たる調律が行われており、正弦波を思わせる無味無臭たる完全を思わせる。そして、その歩みと繰り返しは霧散になる。 献身が手足を持ち、よどみなく前のめりのままで過ぎている。その悲哀に気づけるはずもなく、霧の後先が流れる頃にはすべてのたくらみが制止している後のことだ。
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A little early, Christmas present
Jay was very scary to sleep.
No matter how sleepy, no matter how much yawning comes out he did become scared when sleepy.
Such time, Mom gently holding his hand. Then, Jay-kun feel the warmth of the hands of Mom He thought it would warm my body. After that, It was was able to soundly sleep.
One day. Mom told to Jay, who was sleepy and scared.
Mom said. "In a dream, you can play with anyone"
Jay was a bit strange feel what she told it.
I can't control my dreams myself, And I'm afraid to sleep, can't dream.
Jay told her, it think so.
Mom said.
Before going to bed, think about the dream you want. So let's sleep while imagining, what you want in a dream.
Jay tried with her mom.
There are a lot of penguin dolls at Jay's bedside.
Mom told Jay, taking one of them.
Let's play with this penguin in a dream!
Jay loved penguins. I always saw penguins in picture books and videos.
Jay think about it. If play with the penguins, it would be how much fun! Jay thought a lot about penguins with mom to dream of a penguin.
Penguins like to play the game? Does the penguin run? Penguins swim with me?
While doing so, I was getting sleepy little by little, After all I was scared to close my eyes.
Mom said holding Jay's hand.
Mom says, you can Play with the penguins. You can also walk together, might be able to swim.
Hold the mom's hand tightly While thinking about penguins The warmth of my mom's hand is getting better He fell asleep.
Jay felt. Like he's body a little floating, Like sinking slowly had a strange feeling.
The penguin is looking here.
Hi.
Jay was surprised. He always watched in the picture book or a net about a penguin. And he talked to me.
What do you play, with me? The weather is nice today, so I think it's fun to talk about delicious fish while being hinning.
It's not cold at all on ice. On the contrary, it felt good to be warm.
Jay asks a question, what kind of fish do you eat?
The penguin opened his beak and began to talk happily.
The fish are good, but the jellyfish is also delicious!
Jellyfish is also delicious! I can't cut it if I chew it a little, but if I chew more, it will cut it. When the bite, it's with a click. So if you eat more and more, even big jellyfish will disappear in no time!
The fish is delicious, but you have to chase. It's pretty hard because I'm better at swimming than me.
Penguin are entranced staring into the distance. Penguin asked Jay .
What do you like ?
Jay thought a little. I told the penguin:
I like jelly! Sweet and delicious!
Penguin is looking at Jay with a strange face.
jelly? Not a jellyfish?
Penguin didn't seem to know jelly. So, Jay taught the penguin the taste of jelly.
Jelly is sweet, soft and delicious!
After hearing that, the penguin made her eyes sparkle.
Then it's the same as jellyfish! The jellyfish is also soft, delicious, and a little sweet!
Jay and Penguin became good friends.
Since then, they talked a lot while sunbathing.
How to swim well, Play that can be done on ice, I also learned where there is a delicious jellyfish.
When I was talking a lot, I heard mom's voice from afar.
I thought that my mom had come, so I turned there. Then, the landscape changed and I was on the bed I was sleeping.
I wondered if there was still a penguin, so I looked around. But there is only a stuffed penguin.
Mom came to wake me up in the morning. It was true that mom said. Since then, Jay has begun to talk to her mom before going to bed, about dream.
I want to ride a locomotive. Run on the sea by bicycle! Let's get smaller and compare the beetle with beetles!
That's why I decided what kind of dream I wanted to have with my mom. And I talked to my mom a lot about that.
I was watching books, watching videos, and thinking with my mom. When I closed my eyes like that, I was getting sleepy and I could sleep as it was. When his dreams were free, Jay tried various plays.
Try eating an ice cream full of pools, When I swam with the dolphin, I was swimming without breathing.
Jay gradually became scared to sleep. Still, I was a little scared if I didn't hold hands my mom.
When it got completely cold.
Jay has a major illness. I had a high heat every day and he's body hurts. I can't eat it, It is not delicious to eat jelly.
But Jay didn't think it was hard. If you go to a dream, you can do it. And, I'm also eating favorite foods. I could eat as many jelly as much as possible.
While Jay was awake, he talked a lot with his mom. What kind of dream should you do and what should you do in a dream?
Jacob's fever lasted for a long time. But it's not hard. There is a mom. And you can play with your dreams with your mom.
Jay was not Christmas yet but wanted to meet Santa.
I want met Santa Claus, because want to consult.
For moms who are always with me should I way of what gifts I wanted Santa to teach me.
I want to meet Santa early I couldn't say why I wanted to meet mom because it was a consultation on a gift to give to mom.
That's why Jay meets Santa early! I could only tell mom.
Mom helped Santa's dream for Jay.
At the bedside of Jay Penguin stuffed animals are lined up. With the matching Christmas hat for everyone, made green and red muffler.
Jay and Mom talked about Santa.
Santa's sled riding comfort. The comfort of Santa's red clothes. How to speak Santa.
Jay and Mom talked about Santa.
On that day, Jay was not in good shape. But Jay could play a lot in a dream, so the bitter medicine and the pain in the body were fine.
Also, today Jay talked a lot about Santa, so he would surely meet Santa.
Jay was bad and couldn't get up for a long time, but he was still fine.
Because if you sleep early, you can meet Santa as soon as possible.
Mom talked about Santa for a short time until I got sleepy. The area around the bed and in the head of Jay were full of Santa.
Santa what you want to hear, And I want to stroke the reindeer and touch it in the corner of the reindeer, While listening to mom story, Jay was thinking about that.
Jay's body is bad and his eyelids are heavy, It was a little different to sleep. Still, I had my mom hold my hand, The whole body became warm and comfortable from my palm.
There was a little fluffy feeling.
Suddenly, when I open my eyes, the dark sky In the meantime, there are many sparkling The stars and moon were clearly visible. I thought Jay was lying on a fluffy cushion, It is different if you look closely.
A figure wearing red clothes and pulling a reindeer's reins. A reindeer pulling hard. Looking back, there were many mountains with many gifts.
Jay is thrilling.
Maybe. Maybe? Possibly!
Jay's excitement has become stronger.
When Jay gets up, To see the figure pulling the reins, I sat next to me.
I saw a white beard.
After all! I met!
Jay's pounding does not stop.
Stare at that figure. Then he gently stroked Jay's head.
Stroked me with a big hand, It was like Jay's head was completely wrapped.
Jay met Santa. I'm so happy that I want to jump up, I'm thrilled so much that I don't know what to do.
Jay is not just pleased. Because have to help Santa.
I wasn't asked by Santa, Jay knew.
I'm riding together I have to help a lot!
Jay's job is It was to give a present to Santa.
There was a mountain with a gift than Jay's height. It was my job to give it to Santa one after another.
It was a tough job to hand over a lot of gifts to Santa. Large, small. Light, heavy.
I had to give the whole thing carefully so as not to break the wrapping. Because it's a gift. If the wrap is torn or the ribbon is unwind when you get it, you will be disappointed.
Jay has a very important job He was helping very carefully.
Santa's sleds run around the world. Where there is snow or not, and on the sea buckwheat and mountains.
Everywhere, Santa was distributed with sleds.
Go around the world, The last is the city where Jay lives. At that time, The gifts that were full of sleds have become much less.
Santa was giving gifts while smiling.
When the rest of the presents decrease, Santa's busyness has calmed down. Jay may be able to talk to Santa now. Jay talked so as not to disturb Santa.
Hey, Santa. I want you to tell me. I want to give a present to my mom, What would you be happy with?
Santa turned to Jay. Santa stroked Jay's head. And he hugged Jay.
Jay wanted to ask what the gift would be, so he was happy but a little troubled. The hug that Santa gave was very warm and very happy. Santa stared at Jay and smiled.
Jay -kun was told by Santa A little understandable, But I don't know if this is okay, It was a complicated feeling.
Santa gently stroked Jay's back and pointed to look down.
It was just above Jay's house.
There is a familiar road, there are trees, There is a bicycle, there are cars, Jay was familiar every day.
Jay thought that Santa told her to hug mom.
I don't know why A gentle, happy and pleasant hug I thought I would be happy if I made it to mom.
But how do you get off from the sled? I was thinking a bit about what to do.
Because he thought about my mom a lot, feel like mom's voice from afar.
Jay, Jay, Jay.
Looking at the one who is called, there is a mom. And on the bed.
I returned from Santa's sledge.
Jay hugged mom when she woke up. Somehow, was very happy.
Mom also hugs me tightly.
Then he talked about meeting Santa. So what is the best gift for Mama to Santa? tried to consult He told me he should hug mom. been talking about such a story.
Mom heard the story, Her didn't say anything she wanted.
However, she hugged Jay again, She told me that it was good to meet Santa.
Jay had her hugging her, very warm and kind. He felt very warm and very kind.
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井守と雛
古井戸の底からわずかに染み出し続ける水がここの主である。水面は揺れることもなく静かに、新鮮だが激しく入れ替わることもなく、間借りしている虫達にとって春夏秋���を通して程良い湿り気と温かさのある住処に��ていた。 人間に使われなくなってから時が経ち、地を這(は)う虫や地中に住む虫、甲を持つものや粘膜質のものなど、小石より小さな虫々がここを避暑地や避難所のように使うようになっていた。 いつの頃からか、井守(イモリ)が住み着いていた。その毎日は静かで平穏であり、井戸の水面のように波一つないものであった。 野原を花が飾る頃が過ぎ、雨の時期に入る前、太陽が顔を出すと暑くなり、雨が降ると寒くなるという頃、井戸の中は小虫の理想郷でった。 井戸の底には元は桶だったのだろう木片がいくつかと、乱雑に詰み上がった石があり、そのいくつかが水面から顔を出している。わずかに差し込む明かりを頼りにあちこちにこびりつくように生きている苔の蒼が殺風景な中でささやかな彩りになっていた。 夜明け前、漆黒と静寂に満たされた井戸の中にわずかに明かりの気配が近づいていた。夜を活動の時とする虫は、もうそろそろ塒(ねぐら)に戻ろうとしていた頃、突然、水を叩く音と甲高い鳴き声が響いた。 井戸の中で動いている虫々は暗闇でもどこになにがあるか把握できているが、その鳴いている者にはそれがないのか、水に落ちた驚きと暗黒の恐怖でか半狂乱になってる。 井守は騒がしい鳴き声と水面が激しく揺れるのに我慢がしきれず、どうにかして静かにさせたいと考えた。 その行動は慈悲の心や哀れみ、もしくは同情などではなく、騒音の元凶をどうしたものかという解消のためであった。井守がまた眠りの深みに戻るのに、騒がしいのを水面から顔を出している石の上に乗せてやれば少しは静かになるだろうという打算だった。 井守は石の上に引っ張り上げるのにどうしたものか思案した。背後からねらい、咥(くわ)えて引っ張り上げようと考えた。水の中に入ると蛇のように体を横にくねらせて泳ぎ、落ち着てきた者の尻尾とおぼしき背後の出っ張りをやや弱い力で咥(くわ)えた。水面から顔を出している石の陸地に横付けするように引っ張っていき、後ろ足で石にその粘着質な指先を置いて力を入れやすくすると、そのまま石の上に後ずさりをする要領で自分よりも大きいそいつをひっぱり上げたのだった。 水から出られて安心したのか、騒がしい鳴き声は落ち着き、無闇に体を動かしていたのもやめ、周りを見回して観察しているような身振りをしていた。井戸の上から朝日がうっすらと入ってくる。少し明るくなったからか、大きく体をふるわせ水を飛ばしていた。 井守は水面から目だけを出してその姿を見つめている。その姿は、目は異様に大きく、それ以上に大きな嘴(くちばし)が顔の大半を占めるほどで、そして、肌は背中が石のようなくすんだ見た目で、腹は蚯蚓(ミミズ)の色をくすませたようで、全身がくすんでいた。井戸の壁と大きく違うのは肌の一面がポツポツと粟立っており、井守の目からでも異形であった。しかし、未知の生き物というわけでない���井戸の上に被さるように枝を伸ばしている木に巣を作った鳥だ。その雛が落ちてきたのであった。 雛は目をつぶり背を丸め、まるで球になろうとしているかのように縮こまっていた。そして、細かく震え、少しの温もりも逃がさないようにしているかのようだった。 少しの間であったが、井戸に静寂が戻った。 眠りにつこうと石の隙間にもぐり込み、ウトウトとしていた。 しばらくし、眠りの坂をゆっくりと下っていこうとしていると、けたたましい音が再度井戸の中に響きわたり、坂の入り口に呼び戻されたのだった。 音の主は雛だ。石組みがその鳴き声を跳ね返しているのか、体中に刺さるように騒音が飛んでくる。どうしたものかと様子を見に石の近くまで泳いで行くと、雛は大きな口を開け食べ物を催促していたのだった。 井戸の中には、迷い込んできた蚯蚓(ミミズ)やら這っている昆虫やらがしょっちゅう湧いてくる。そのおかげで井守が食べるのに事欠くことはなかった。雛が食べるかはわからなかったが、石の間をぬるりと歩んでいる蛞蝓(ナメクジ)を捕まえ雛にやってみると、雛は口に運ばれた物を全力で受け止めるかのように大きく嘴を開け、押し込まれた粘膜の固まりみたいな虫を飲み込むのであった。数度持ってきて与えてみると、とりあえずは満足したのかおとなしくなった。 やっとのことで井守に安息の時間が訪れたのだった。 それからというもの、静かにさせるために雛に虫をやるのが日課となった。太陽が顔を出す頃には蛞蝓(ナメクジ)や油虫、真上から日差しが入り込んでくるぐらいには石の間から顔を出した蚯蚓(ミミズ)、暗くなり始めると水の匂いを嗅ぎつけて迷い込んでくる羽虫が来る。捕まえると、雛を静かにさせるために先にくれてやり、満足した頃合いを見て自分の食餌(しょくじ)を摂(と)るようになったのだった。 井戸の中に漆黒の静寂と薄い太陽の気配が届く波が何度も繰り返された。落ちてきたばっかりの雛は、その見てくれが醜い鼠に嘴と羽をつけたようだったが、羽毛が生え揃い、そして大人の羽となり、餌は自分で捕れるようになっていた。 それでも井守は時折、大きな獲物が捕(と)れると雛に与えていた。 羽が生え揃わない頃は、いくら与えたところで腹が空いていると鳴き続け、捕まえども捕まえども雛の嘴(くちばし)の奥に消え井守の腹が満たされないこともあった。鳥らしくなるにつれ、自分で餌を捕れるようになり、井守は自分の食餌だけを気にすればよいようになっていた。 食餌を確保するのが楽になったのは良いが、なにやら空洞を齧(かじ)るような心持ちがしていた。気まぐれに餌をやっていた理由はそこにあった。 日は昇り、沈み、風は吹き、雲は流れた。 雛は鳥としての無意識がその動きに出ていた。背伸びをするかのように羽をばたつかせてみたり、時には激しく羽ばたくそぶりをし、石の陸地から足が離れることもあった。 ある日の昼下がり。井戸の上に枝を伸ばした木から、木の実が落ちてきた。熟しきっているわけではなく、何かのきっかけで枝から離れてしまったのだろう。 堅さの残る実が水面を打つ激しい音に井守の視線はそちらに向いた。 その動きと合わせるように雛も驚き、羽をばたつかせた。 突然のことに思いもよらない力が出たのか、雛は井戸の壁���いに螺旋(らせん)を描くように跳び続け上へ上へと昇っていく。 木の実が起こした波が収まる頃には、雛の姿は見えなくなっていた。 井守は後ろ足だけで立ち上がると、その姿を目で追おうとしていた。 前足を伸ばし、仰(の)け反(ぞ)るように井戸の底から空を覗く。 見上げた空は高く、井守はそのどこかを飛んでいる雛の羽音に想いを馳せるのだった。
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眠くたってこわくない
ジェイくんは、眠るのがとても怖いのでした。
どんなに眠くても、どんなにあくびが出ても、 眠くなると、彼は怖くなるのでした。
そういうとき、ママは優しく手を握ってくれます。 そうすると、ジェイくんはママの手の温かさが まるで体中を暖めてくれるみたいと思いました その後、ぐっすり眠ることができたのでした。
ある日のこと、寝ようとして怖くてたまらないジェイくんに ジェイくんにママは言いました。
ママは言いました。「夢の中だと、誰とでも遊べるよ」 ジェイくんは、ママに言われたことが少し不思議に思いました。
夢は自分でコントロールできない、 それに、寝るのが怖いのに、夢はみられない。
ジェイくんは、そう思ってママに言ったのでした。
ママは言いました。 寝る前に、みたい夢のことをいっぱい考えなきゃ。 それで、夢の中でしたいことを想像しながら寝ないと 夢だってみられないじゃない。
ジェイくんはママと一緒に試してみました。
ジェイくんの枕元にはペンギンの人形がいっぱい並んでいます。 その中のひとつをとって、ママはジェイくんに言いました。 夢の中で、このペンギンと遊んでみよう!
ジェイくんはペンギンが大好きでした。 いつも図鑑や動画でペンギンのことをみていたのでした。
ペンギンと一緒に遊べたら、どんなに楽しいだろう!
ペンギンの夢をみるために、 ママと一緒にペンギンのことをいっぱい考えたのでした。
ペンギンはゲームは好きかな? 駆けっこはするのかな? 一緒に泳げるかな?
そうしている間に、少しずつ眠くなってきたのですが、 やっぱり目をつぶるのは怖いのでした。
ママはジェイくんの手を握って言うのでした。
ペンギンと一緒に遊べるよ。 一緒にお散歩もできるし、泳げるかもしれないよ。
ママの手をぎゅっと握って、 ペンギンのことを考えているうちに、 ママの手の温かさが気持ちよくなってきて、 そのまま、彼は眠ってしまいました。
ジェイは感じました。体が少し浮いたような、 ゆっくりと沈んだような、 不思議な感覚がしました。
ペンギンがこっちをみています。
やあ。
ジェイくんは驚きました。 いつも図鑑やネットでみているペンギンがすぐそばにいるのです。 それに、話しかけてきてくれました。
なにして遊ぶ? 今日は天気がいいから、ひなたぼっこしながら おいしい魚の話をするのが楽しいんじゃないかと思うんだ。
そういえば、氷の上にいるのにぜんぜん寒くありません。 それどころか、ぬくぬくと気持ちいいのでした。
ジェイくんは質問します、お魚ってどんな種類のを食べてるの?
ジェイくんは聞きます。 ペンギンは少し遠くを見たかと思うと、 くちばしを大きくあけて、両手をパタパタとして、 うれしそうに話し始めたのでした。
お魚もいいけど、クラゲもおいしいなあ!
クラゲもおいしいよ。 噛んだ瞬間に、ぐにゃっとした感触があるんだけど、 噛むと、プチって切れるんだ。 それで、もう一口ってやっていくうちに 大きなクラゲでもあっという間になくなっちゃうんだ!
お魚はおいしいけど、追いかけなきゃいけないしね。 僕より泳ぐのは上手だから、なかなか大変なんだ。
ペンギンは遠くを見つめてうっとりとしています。 ペンギンはジェイくんを見ると、質問してきました。
君はなにが好きなの?
ジェイくんは、少し考えました。 それで、ペンギンにこう言ったのでした。
ゼリーが好きだよ! 甘くておいしいんだ!
ペンギンは不思議そうな顔でジェイくんをみています。
ゼリー? それは何?
ペンギンはゼリーを知らないみたいでした。 そこで、ジェイくんはゼリーのおいしさをペンギンに教えてあげました。
ゼリーというのは、甘くて、プルプルしていて、柔らかくて、おいしいんだ!
それを聞いてペンギンは、目をキラキラさせました。
それじゃ、クラゲと同じだね! クラゲも柔らかくておいしいし、プルプルしているし、ちょっと甘いんだ!
ジェイくんとペンギンは、仲良しになりました。
それからは、日光浴をしながら、 彼らはたくさん話をしました。
上手に泳ぐ方法、 氷の上でできる遊び、 それに、おいしいクラゲがいるところなんてのも 教わりました。
たくさん、たくさん話をしていると、 遠くからお母さんの声が聞こえてきました。
ママがきたんだと思って、そっちの方を向きました。
そうすると、風景が変わって、寝ていたベッドの上になったのでした。
まだペンギンはいるのかと思って、みまわしてみました。 でも、ペンギンのぬいぐるみがあるだけです。
ママは朝になって起こしにきてくれたのでした。
ママが言うことは本当でした。
それからというもの、ジェイくんは寝る前に どんな夢をみようかとママと話をするようになりました。
機関車に乗りたい。 自転車で海の上を走ってみるんだ! 私は小さくなって、カブトムシと力比べをしてみる!
そうやって、どんな夢を見たいかママと決めました。 そして、ママといっぱいそのことについてお話をするのでした。
本をみたり、動画をみたり、 ママと一緒になって考えているのでした。 そうやって目をつぶって想像していると、 だんだんと眠くなってきて、 そのまま寝ることができるのでした。
ジェイくんはママと一緒に 自由に夢をみられるようになると、 いろいろな遊びを試してみました。
アイスクリームをプールいっ��いに食べてみたり、 イルカと一緒に泳いだときは、 息継ぎもしないでずーっと泳いでいられたのでした。
ジェイくんは、眠るのがだんだんと怖くなくなってきました。
それでも、寝るときにはママに手をつないでもらわないと、寝るのが少し怖いのでした。
もう、すっかり寒くなった頃です。
ジェイくんは大きな病気にかかってしまいました。 毎日高い熱が出て、体が痛んだのでした。 ゴハンも食べられないし、 ゼリーを食べてもおいしくありません。
でも、ジェイくんはつらいと思わなかったのでした。 夢の中に行けば、好きなことができます。 それに、好きな食べ物も食べられます。 ゼリーだっていくらでも食べられるのでした。
ジェイくんは目をさましている間、ママとたくさん話をしました。 どんな夢をみようか、夢でなにをしようか。
ジェイくんの発熱は長く続きました。 でも、つらくありません。 ママがついてい��す。 それに、ママと一緒に考えた夢で遊べます。
ジェイくんは、まだクリスマスじゃないけどサンタさんに会いたいと思いました。
サンタさんに会って、相談したいことがありました。
いつも一緒にいてくれるママに、 どんなプレゼントをあげればいいのか サンタさんに教えてもらおうと思っていたのでした。
サンタさんに早く会いたいのだけれども、 ママにあげるプレゼントの相談なので、 ママには会いたい理由が言えませんでした。
だから、ジェイくんはママに、 サンタさんに早く会うんだ! としか言えませんでした。
ママはジェイくんのために、サンタの夢をみるお手伝いをしました。
ジェイくんの枕元には、 ペンギンのぬいぐるみが並んでいます。 そのみんなに、おそろいのクリスマスの帽子と、 緑と赤のマフラーを作ってくれたのでした。
ジェイくんとママはサンタについて話をしたのでした。
サンタさんの乗っているそりの乗り心地。 サンタさんの赤い服のさわり心地。 サンタさんのしゃべり方。
ジェイくんはママと、サンタさんについて話をしたのでした。
その日も、ジェイくんの体調はよくありませんでした。 でも、夢の中でいっぱい遊べるから、 苦いお薬も、体の痛みも平気でした。
それに、今日はサンタさんについていっぱい話したから、 きっとサンタさんに会えそうです。
調子が悪くて長い時間起きているのがつらいのですが、 それでも、ジェイくんにとっては平気なのでした。
だって、早く寝ればサンタさんに早く会えるのですから。
眠くなるまでの少しの間、ママがサンタさんの話をしてくれました。 枕の周りも、ジェイくんの頭の中もサンタさんでいっぱいでした。
サンタさんにあったら、話を聞いてほしいこと、 それができたら、 トナカイをなでて、少しだけ角にさわらせてほしいこと、 ママの話を聞きながら、ジェイくんはそんなことを考えていたのでした。
体の調子が悪くて、瞼が重いけれども、 眠るというのには、少し違う感じでした。 それでも、ママに手を握ってもらって、 手のひらから体中が暖かく気持ちよくなっていったのでした。
そのまま、少しだけふわっとした感じがありました。
ふと、目を開くと、真っ暗の空と その間にたくさんのキラキラのある 星と月がはっきり見えたのでした。 フカフカのクッションの上で横になっていたと思っていたのですが、 よく見てみると違います。
赤い服を着て、トナカイの手綱を引っ張る姿。 一生懸命にそりを引っ張るトナカイ。 後ろを見てみると、たくさんのプレゼントの山がありました。
ジェイくんは、どきどきしています。
もしかして。 もしかしたら? ひょっとすると!
どきどきがもっと強くなりました。
ジェイくんは起きあがると、 手綱を引っ張るその姿をよく見ようと、 隣に座ってみたのでした。
白い髭が見えました。
やっぱりだ! 会えたんだ!
ジェイくんのどきどきは止まりません。
その姿をじっと見つめます。 そうすると、ジェイくんの頭を優しくなでてくれました。
大きい手でなでてくれて、 まるで、ジェイくんの頭がすっぽり包まれるみたいでした。
ジェイくんはサンタさんに会えました。 飛び上がりたくなるぐらいにうれしくて、 どうしていいのかわからないぐらいにどきどきしています。
ジェイくんは喜んでばかりはいられませんでした。 なぜなら、サンタさんのお手伝いをしなければならないからです。
サンタさんからお願いされたのではありませんが、 ジェイくんは知っていました。
そりに一緒に乗っているんだから、 いっぱいお手伝いしなきゃ!
ジェイくんのお仕事は、 プレゼントをサンタさんに渡していくことでした。
そりの後ろには、ジェイくんの背丈以上のプレゼントの山がありました。 それを、次から次へとサンタさんに渡していくのがお仕事でした。
たくさんのプレゼントを一つひとつサンタさんに渡していくのは、 大変なお仕事でした。
大きいの、小さいの。 軽いの、重いの。
そのぜんぶを丁寧に、包みを破かないように渡さなければなりませんでした。 だって、プレゼントですから。 もらっ��ときに包みが破れていたり、 リボンがほどけたりしていたら、がっかりしてしまいます。
ジェイくんは、とても重要なお仕事を とっても丁寧にお手伝いをしているのでした。
サンタさんのそりは、世界中をかけていきます。
雪のあるところやないところ、 海のそばや山の上。
どこでも、サンタさんのそりで配っていったのでした。
世界中をぐるっと巡って、 最後はジェイくんの住む街です。 そのころになると、 そりにいっぱいに乗っかっていたプレゼントも、 だいぶ少なくなってきました。
それまで、サンタさんはずーっとにこにこしながら プレゼントを配っていたのでした。
プレゼントの残りが少なくなってくると、 サンタさんの忙しさも落ち着いてきました。
いまなら、話しかけられるかも。
ジェイくんは、 サンタさんをじゃましないように 話しかけてみました。
ねえ、サンタさん。 聞いてほしいことがあるんだ。 ママにプレゼントをあげたいんだけど、 なにをあげたら喜んでくれるかな?
サンタさんは、ジェイくんの方を向いて、 少しだけまじめな顔をしました。
そして、サンタさんはジェイくんの頭を 思いっ切りなでてくれたのでした。
そして、ジェイくんをおもいっきりハグしてくれたのでした。
ジェイくんは、プレゼントはなにがいいのか 聞きたいと思っていたので、 うれしいけれども少し困ってしまいました。
サンタさんにしてもらったハグは、 とてもあたたかくて、とてもうれしくて、 なんだか、すごく優しいきもちになれました。
サンタさんは、ジェイくんを見つめてにっこり微笑みました。
ジェイくんは、サンタさんが伝えてくれたことが 少しわかったような、 でも、これでいいのか少しわからないような、 複雑な気持ちでした。
サンタさんは、優しくジェイくんの背中をなでると、 下を見るように指さししたのでした。
そこは、ジェイくんの家の真上でした。
見慣れた道があって、木があって、 自転車があって、車もあって、 ジェイくんが見慣れた毎日があるところでした。
サンタさんは、ママにハグしてあげなさいと言っているようでした。
なんでかわからないけれども、 やさしくてうれしくて、気持ちのよいハグは、 ママにしてあげたら喜ぶだろうと思ったのでした。
でも、そりからどうやって降りるのだろう? どうしたらいいのか、少し考えていました。
ママのことをいっぱい考えたからか、 遠くからママの声がするような気持ちがします。
ジェイ、ジェイ、ジェイ。
呼ばれている方をみると、ママがいます。 それに、ベッドの上です。
サンタさんのそりから戻ってこれたのでした。
ジェイくんは、体を起こすとママにハグをしました。 なんだか、とてもうれしい気持ちになりました。
ママもぎゅっとハグをしてくれます。
それから、ママにサンタさんに会ったお話をしました。 それで、サンタさんにママへのプレゼントはなにがいいか 相談しようとしたのだけれども、 ママにハグしたらいいと教えてくれた。 なんて話を、止めどもなくしたのでした。
ママは、その話を聞いて、 何がほしいとも言いませんでした。
ただ、また強くハグをしてくれて、 サンタさんに会えてよかったねと言ってくれました。
ジェイくんは、ママにハグしてもらいながら、 とてもあたたかい、優しい気持ちになったのでした。
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白鶏冠(しろとさか)
むかしむかし、さらにそのむかし、鳥といえば、皆同じ格好で羽の色も鳴き声もまったく同じなのでした。 けれども、果物や木の実がだんだんとと増えていく中で、甘い実が好きな鳥、堅い実が好きな鳥、甘い蜜が好きな鳥、とだんだんと分かれていき、高いところに実を付ける果物が好きな鳥は高く飛べるようになり、花の蜜が好きな鳥は蜜を舐めすぎないように体が小さくなったりとして住むところも分かれていったのでした。 鶏もそうやって分かれていった鳥の仲間で、はじめは木の上に暮らして、けれども食べ物は地面に探していくという暮らしをしていました。 鶏は他の鳥達が高く飛んだり、他の鳥は鮮やかな青や赤、ふわふわの飾り羽を付けたり、尻尾の羽を長く伸ばして見たりするのを横目に、目立たないように土や木の幹と同じような色にし、そして静かに毎日を過ごせるようにとしていたのでした。朝は早くから起きて、食餌も地面をつついて出てきた虫や芽吹いたばかりに柔らかい葉っぱを食べ、太陽がすっかり昇る頃には木の上の休めるところに登り、静かに夜が来るのを待ち、そして夜明けの気配がすると同時に起きだすのでした。体型も地面と木の上を行き来するだけなのでだんだんとずんぐりとし、でも地面の上を歩きやすいように足は太くたくましくなっていったのでした。 鶏が目立たないようにしているのには訳があります。水辺の周りには鰐(わに)がいるのです。しかも、その鰐は鶏が大好物で、どんなにおなかいっぱいでも鶏を見つけると見境なしに食べてしまうのでした。 鶏が水を飲みに行く水場があります。そこで鰐が待ちかまえているのでした。 水の中から飛び出してくる鰐に何羽もの鶏がやられています。いったん水から出てしまえば体の大きい鰐は動きがゆっくりとなり、鶏達は走って逃げてしまえば追いつかれることはほとんどありません。 それでも、真夜中に鶏達が寝ているところに鰐がこっそりと近づいてきて、何羽もやられたことがありました。鰐は足をめいいっぱい伸ばしておなかが地面にこすれないようにし、長くて大きい尻尾も自分の背中に乗せるようにして、音を立てないようにして寝ている鶏を襲ったのでした。大人の鶏は肥えていておいしい、雛であれば肉が軟らかくおいしい。どちらにしても鰐の好物で、昼も夜も関係なく、どんなにおなかが膨れていようと襲ってくるのでした。 それ以来、地面で寝るのは怖くなって木の上で寝るようになったのでした。昼になってもその恐怖はなくならず、鰐に見つからないように過ごすようになったのでした。 静かにしていてもおなかは空きます。それにのども渇きます。水場は新鮮な水が流れ込み、その周りには草花も生い茂り、草や花に集まる虫もいっぱいいます。 鶏質はその生活の中で毎日のように空腹と喉の乾きを我慢して、時折降る雨の日を楽しみにしていました。 雨が降ると思う存分水が飲めるようになるのと、雨の降り始めの頃には土の中の虫達が驚いて土から顔を出すので、食べる物もたくさん見つかるのでした。 その日は、一年を通して一番雨が降る頃だというのに全く雨が降る気配がなく、地面は乾き、草木の元気はなくなり、鶏達も水が満足に飲め���くなっていたのでした。 それでも水場は雨は全く降らないのに少し水が減っただけで、いっぱいの水があったのでした。 水の周りに生い茂る草花は生き生きとし、水辺の柔らかな湿り気のある香りが鶏を誘うのでした。 水場には鰐がいます。水を飲みたたさに近づくと一口で食べられてしまうのです。 水場は小川から流れ込む水がたまってできたものです。けれども、この天気でか細く流れていたのもほとんど見えなくなりました。かろうじて、少しだけ水の流れがあるのか、小川の泥は少しだけ湿っていて、その周りには草花も咲いていたのでした。 青年の鶏は我慢の限界でした。危ないのはわかっていても、少しでも多く水を飲みたい、少しでも食べ物を多く食べたいと思ったのです。 できるだけ水場から離れた、けれども泥の湿り気があり、草花が元気にしているところで、地面をつついてみたのでした。 足の先に感じる泥は、乾いて粉みたいになっている地面とは別物で、そのしっとりと足にまとわりつく感覚も特別で、なにやらうれしく感じたでした。まだ芽吹いたばかりの草をつつくと、柔らかで薫り高く、嘴の中に広がる草の香りが鼻に抜ける瞬間まで、体中の集中力を全部集めて楽しんだのでした。すっかりと平らげ、何となく地面をつつくと虫が出てきます。ミミズもよく太っていて自分の足の指よりも太く、いくらついばんでもなくならないのじゃないかと思ったほどでした。 そして、鶏の頭ぐらいの大きさの小さな水たまりもできていました。そこで喉を潤すと、もう、止まらなくなって次から次へと食べ物を探して進んでいったのでした。 気付けば水場の近くです。 はたと気づいて首を上げると、そのまま水場から離れようとしたのでした。 そのときです。水を持ち上げる大きな音がザンと響くと、なにやら大きな固まりが鶏のすぐ側にのしかかるように出てきたのでした。 鰐です。 水場にやってきた鶏を食べようと、水場の中から勢いよく飛び出してきたのでした。けれども、水の量が減っているからか、目算を誤って鶏にもう少しの所で届かず、尾の羽を少しかすったぐらいで終わってしまったのでした。 鶏は固まっています。逃げようと思っても、体がこわばって動けずにいるのです。 鰐はその様子を察したのか、食べるために大きな口を開け鶏を食べようとします。 そこで鶏を口をついて、鰐に言ったのでした。 「君は鰐の仲間の鶏を食べるのかい?」 今度は鰐の方が固まる番でした。何を言われているのかわからなかったのです。 鶏は鰐の動きを止めることができたものの、恐怖で全身の羽毛が逆立っています。 鰐は聞きます。 「仲間、なのか?」 鶏は質問されると思わなかったので、たいそう驚きました。喉はからからに乾き、体中から血の気の引くような気分がしています。 「鶏と鰐は仲間に決まってるじゃないか」 鰐はまた考えているようです。鶏のことを食べようとして大きく開けた口を閉じて、空を眺めるようにして思索しているようでした。やっと口を開いたかと思うと鶏に聞きます。 「本当か?」 鶏の真横で大きな顎が動き、そのたびに鋭い歯が見え隠れしています。 歯が見える度に全身の羽という羽に緊張と恐怖の波が起きるようでした。いままで地面と同じような煤けた色だった羽が、いつの間にやら真っ白になっていたのでした。 喉はからからに乾いて、声を出すだけでもやっとなのでしたそれでも何でもないようなふりをして応えます。 「鶏も鰐も卵を生むじゃないか。卵を生んで育てていくんだから仲間に決まってるよ」 鰐はまた考えてます。目玉だけを動かしてあちこちをみたり、まだ水場から出きってない尻尾の先をぴちゃぴちゃと音を立て��みたりして、考えをまとめようとしているようでした。 鰐が何か言おうと口を開くと、鶏の羽にその吐息がかかり、羽先がかすかになびきます。 「そうか、仲間だったのか」 納得したのかはわかりません。けれども、鶏にそう言い残すと水場の中に戻っていったのでした。 鶏は頭の先から尻尾の先まで、それどころか鶏冠まで真っ白になってしまってます。それに喉がからからなのにも関わらず鰐と話していたものだから声だって甲高くなってます。 鶏達が住む所にやっとのことで戻ると、すっかり変わった姿を見て皆は驚いたのでした。 木の幹のような色だったのが、まるで百合の花のようにきれいな白になっています。 やっと落ち着いて皆にこのことを話そうと口を開くと、喉からは今まで上げたことのない声が出たのでした。 コケッコッコー、という声に、その声を出した自分ですら驚きます。 鰐をやりこめたという話を聞くと、皆はまた驚き、そしてその勇気と行動に賞賛したのでした。 ある物は、とっておきの木の実を持って差しだし、あるものは、木の根本で見つけた虫の幼虫を差しだしとしています。 恐怖ですっかりと体中の力を使い果たしていたところだったので、持ってきてくれたご馳走をどんどん食べていきました。 木苺もご馳走の中にあり、その柔らかい果実をつつくと甘い果汁が嘴の中に流れ込んでくるのでした。 あまりのおいしさに出された木苺を全部食べきったときです。すっかりと鶏冠が赤く染まっていたのでした。 それからと言うもの、鰐は鶏を襲わなくなり、鰐をやりこめた鶏は英雄として赤い鶏冠を誇り、勝ったことを毎朝のように思い出しては大きな声で鳴くようになったのでした。
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環七の仔
字幕街は2大勢力により分断され、殺伐とした空気が流れていた。
【美しい街】の見本みたいなゴミ一つない景観。
その中にいがみ合う女性清掃員の姿。
総長「われ! 誰のシマ掃除しとるんじゃ!」
会頭「なんじゃわれ! 掃除するのに許可がいるんか!」
総長の背中のアップ 作業着の背中に暴走族のような刺繍で 『関東清掃連合 総長』
会頭の背中のアップ 『極掃会 会頭』
タイトル(嘘)仁義なき清掃
いがみ合いの続きのシーン
総長胸ぐらをつかみながら 「許可、許可って、役場かおのれ! ここを掃除していいのは代々ワシの組だけなんじゃい!」
会頭「われの許可なんぞ必要になるかい! ぐだぐだ抜かしているとヘラで鼻そいだろかい!」 ガム剥がし用のヘラを取り出して総長の顔に突きつける。
総長「なに��われー、われの腐れヘラで取られるようなヤワな玉じゃないわい!」 手にしていた洗剤を会頭にかけようとする。
総長と会頭がいがみ合っている間、 うしろではそれぞれの組の構成員(掃除のおばちゃん数名)が お互いを牽制しながら掃除をしている。
片方が掃除しているバケツをひっくり返したり、 ヘラで地面の汚れをそいでいるところをモップでじゃましたりと チマチマとした争いが続いている。
いがみ合う総長と会頭をバックにせこい戦い。
女性清掃員の間を縫って道夫が自転車で走っていく。
それを追いかけるサラリーマン。 手を伸ばして自転車の荷台をつかもうとするが、今一歩のところで届かず。
サラリーマン「まて、自転車泥棒!」
~~すこーし回想場面~~ ここのシーンからコンビニ前でサラリーマンが自転車を盗まれるところまでワープ。
コンビニの前 サラリーマンらしき男性が自転車を停め店内へ。
鍵をかけずに入店したのを見逃さず、 すかさず自転車を盗む。
疾風のように自転車にまたがり、 すざましいまでの勢いで店から遠ざかる。
袋を片手に店から出てきて自転車がないのに気付くサラリーマン あわてて追いかけようとするがもはや遅く サラリーマンの自転車は遠くに見える。
全力で駆けていき、やっと自転車に追いつく。
サラリーマン「止まれ!」
自転車を盗んだ少年は振り向きもせず、 立ちこぎで全力疾走しながらもサラリーマンに応える。
少年(道夫)「止めない!」
サラリーマン「止まれ!」
少年(道夫)「止めない!」
徐々にフレームの中で二人が遠くになっていく。
遠くなっていく先には関東清掃連合と極掃会とのいさかい
サラリーマン「………!(遠すぎて聞こえない)」
少年(道夫)「…………!(同じように遠すぎて聞こえない)」
しつこく追いかけてくるサラリーマンをやっとの事追い払い、 自転車をひたすらこぎ続ける少年。 腕にはアスファルトのコールタールで色づいた砂利が黒々と光っている。
タイトル(正)環七の仔
こいで、こいで、こぎ続けていく内に夜。
ほとんど力を出し切り、ふらふらになったところで 橋の下に寝床になりそうな空きを見つける。
自転車を停め、横になった瞬間に眠ってしまう。
朝
眠り続ける少年を無関心そうに、けれども執拗に見続けているホームレス。
目を覚ます少年。
ホームレス「おう、起きたか」
身構えつつも、つい朝の習慣で挨拶してしまう少年。
少年(道夫)「おはようございます」
ホームレス「おはようじゃないんだよ、暗くてよく見えないのは判るけっど、 突然チャリンコで入ってきて、なんか動いてるって思ったっけ、 ばたんキューって寝ちまって、一瞬死んだかと思ったけよう、 そーと覗いてみてたっけイビキしてたから良かったけどよ、 死んでたらどうしようと思ったぜえ。」
一気に言いたいことをいい、汚れきったシャツの胸ポケットからシケモクを取り出し、 拾ってきたとおぼしき百円ライターで火を付けて一服する。
少年(道夫)「はあ」
少年、子供らしく人見知りをし、無愛想に返事をする。 話しかけることもなく、何となく並んで座ってシケモクが灰になるまで沈黙が続く。 ホームレス「おめぇ、体中アスファルトびっちりじゃねえか、どうしたんだ?」
少年(道夫)「どうしたって……」 うつむき、口ごもる
ホームレス「まあ、誰にでも言いたくないことはあらぁな、 身体のことは人それぞれだからな。 俺も、片足こうなっちまってるし」
海賊みたいな木の棒の義足を少年にみせる。
「現場の事故でよぅ、猫車に砂利乗っけて運んでたのがひっくり返って、 気付いたっけ、足が潰れてやんのよ。 人間大きな事故をするととっさにはわかんないでやんのな。 後から考えると痛すぎてしびれてたんだと思うんだけれどよ、 まあ、とにかく痛くないわけよ。 それで猫車起こそうと思ってよ立ち上がろうとしたら すねのあたりから曲がりやがってな。」
足をさすりながら饒舌にしゃべるホームレス。 よっぽど閑なのか、身振り手振りを交えてまだしゃべる。
「現場監督に言ったっけ、現場で事故が起きたなんて上に報告できないって、 現場にいる人間に適当に病院つれてけって言ってたわけよ。 それで無免許医がやってる所に連れて行かれたんだけれどもよ、 そこが良くなかったんだ、キチガイみたいな医者でよ、 そいつにこの足をやられちまったんだよ。」
少年、もはやどうでもいいという感じで棒きれで地面にイタズラ書き
「なんでか知らないけどもよ、運ばれてすぐに食堂に連れて行かれてんだよ。 それで、白衣着たのと割烹着着たのとに囲まれてよ、 『どうしたい?』なんてきかれたからよ、つい『かっこよく』なんて言ったっけ こんなにされちまってよ、かっこいいんだけれども仕事はできねぇな。」
少年に一方的に語りかけていたが、話し終わり一息つくと急に少年に向かい。
ホームレス「そういえばこんな話しもあったっけな」
また話を続けようとするホームレス、 それをうんざりという表情で地面を見つめる少年。
どっぷりと日が暮れて夜。
さんざん話をして満足げなホームレス。 心なしかげっそりしている少年。
ホームレス「まあ、身体のことは人それぞれだ、言いたくなければそれでもいい。 おめえの身体、どうしたんだ?」
少年、目を伏して、口を開こうとしない。
ホームレス「まあ、身体のことは人それぞれだからな。 どうした?」
表情を変えるわけでもなく、ただただ黙り続ける少年。
ホームレス「お互いに、事情ってのはあらぁな。 で、どうした?」
少年、何があっても聞き出そうとするホームレスの意図を感じ取るが無視する。
ホームレス「まあ、な。事情はいろいろあらぁな……」
ホームレスが言おうとしてるのにかぶせ、発言をさえぎるように。
少年(道夫)「父さんが環七なんです。」
ホームレス、良く判らないが、痛く少年に同情。
ホームレス「そうか、大変だったな。 まあな『袖スリ合うも多生の縁』って言ってな、ここで知り合ったのも何かの縁だ。 一つ仲良くしようじゃないか。 ついては小僧、タバコか酒は持ってねえか。」
少年、首を振り持ってないことを伝える。
ホームレス「そうか、持ってねえか。」
土手縁で肩を並べて座る二人。 ホームレス、安さ��けで選んだであろうコップ酒を片手に少年に語りかける。
ホームレス「小僧、どうするんだ」
うつむいたままでいる少年。 首をうなだれているが、 そのうなじのアスファルトが夕陽を受けた逆光で照り輝いている。
ホームレス「小僧、なんでおめえ家出なんてしたんだ。」
少年(道夫)「……父さんに会おうと思って」
ホームレス「……会ったって、国道見てるだけじゃねえか」
少年(道夫)「国道じゃねえよ! ……父さんだ」
ホームレス「前に一度会ったことあるのか?」
少年(道夫)「……ないよ。 ないけども、地図で何度も見てるんだ。マピオンとかロードマップで」
ホームレス「地図ったってなぁ、気持ちは判らなくはねえが…… いや、やっぱよく判んねぇなあ」
少年(道夫)「一度あって、ケリを付けなきゃいけないんだ」
ホームレス「ケリってなんだよ」
少年(道夫)「一度あって親父を……」
少年、言いかけるが、感情が先走り土手を拳で殴り始める。 土手を舗装しているコンクリートに少年のアスファルトのコールタールが 黒い点点を付けていく。
ホームレス「事情はよく判らねえけど、親父をむやみに殴ろうってのは止めときな。 親ってのはな、いつでも、どんなに離れていても 子供のことをは頭のどこかにあるもんなんだよ。」
うなだれて何も言わない少年。
「環七って言えば、都内をぐるっと囲むそれなりに大きな道だろうよ。 人並みじゃないと思うぜ、おめえの親父さん。 初めて会うんだったら、ひとまず、おめえの親父がどういう働きをしてるか よく見てみるんだな。」
少年、うなだれて何も反応をしない。
ホームレス「まあ、会ったところでただの道だろうけどな。」
ホームレスの頬に少年の拳がめり込む。
そのまま、ホームレスを一別することもなく自転車に乗り込み一気に駆け出す。
少年は気付かないが、後輪のタイヤがガタがきはじめている。 下り坂に入り、勢いよく達こぎをし始める。 ガタが来ている後輪がはずれ、ダイナミックに転ぶ少年。
転がるように滑り、やっと止まったが、痛みでうめく。 やっと周りを見回せるようになったところで目の前にある看板が目にはいる。
『緊急医療と定食の店 寺田屋(医院)』
看板の下の方に、コピー用紙に手書きで「自転車修理始めました」の張り紙。
病院(定食屋)の窓から白衣を着てお膳を下げているおばさんと目が合う。 おばさん、店から駆けだしてきて一言。
定食屋のババア「ぼく、ケガしちゃったの?」 (兼看護婦) 少年、すりむいた腕と膝をさすりつつも、急いで立ち去ろうとする。 しかし、獲物を見つけた定食屋のおばちゃんは 少年の腕をつかんでむりやり引き留める。
定食屋のババア「大丈夫よう、こう見えても腕はいいんだから。 今日のおすすめはマグロ丼定食と部分麻酔だから、なにか注文があったら言ってね」
一方的に話しながら少年をむりやり連れ込む。
店の中
むやみに包帯を巻き付けられた少年。
主治医とおぼしき定食屋の親父が少年を見下ろすように少年に話し始める。
定食屋の親父「もうちょっと派手なケガしてくれるとやりがいもあるんだがなあ。 (兼医者) なあ、なんかオペするか?」
ケガをしているのは腕と足ぐらいなのだが、 顔全体に包帯を巻かれ、口を開けない少年。 懸命に顔を振り、オペを断る。
定食屋の親父「今だったら診療報酬4割引セールだから今の内に受けときなって。 おまけで内視鏡もやってやろうか? (厨房に向かって)おい、そろそろ夜の仕込み始める時間だろ、 いつまでも白衣洗ってないで、米研げよ!!」
親父、厨房に向かい一通り怒鳴り終わると もう一度少年に向かい不敵な笑顔を向け
定食屋の親父「どうだ? なんだったらサービスで透析もしてやろうか?」
少年、首を振る。
定食屋の親父「そうだ、いいものがあるぞう」
そう言って取り出したのがホームレスが足につけていた海賊みたいな義足。
定食屋の親父「海賊と同じ足だ。かっこいいぞう。 膝すりむいてるんだろう、そこから先を落として、この足にするとかっこいいぞう」
少年、顔を思いっきり横に振ることでかろうじて拒否したいのを伝える。
親父がかろうじてあきらめるのを待つように定食屋のババア
定食屋のババア「坊や、保険証持ってきてないでしょ。 あなたのお財布の中におうちの人らしい人の名刺があったら おばちゃん連絡しておいてあげたから。 定食屋の夜の部が終わるまで安心してゆっくりおやすみなさい」
そういうと、少年に酸素マスクのようなものをかぶせ、 その先につながっている「睡眠ガス」のバルブを全開にする。 ものすごい勢いでガスの煙をすわされる少年。 せき込みながら、そのまま意識を失う。
ババア、定食屋の片隅にあるカーテンでしきってあるだけの 診療室のカーテンを閉じて厨房に戻ってしまう。
窓の外は完全に夜。
少年、やっと意識を取り戻す。 全身を包帯でぐるぐる巻きにされてしまい身動きがとれないが、 つま先にちょっとの包帯のゆるみを見つけてもぞもぞとほどきにかかる。
少年(道夫)「………!」 「………!」
一人で組んずほぐれつしながらやっと包帯をほどけ始めてくる。
定食屋のババア、定食屋の片づけの手を休めて少年の姉に電話している。
定食屋のババア「(なにやらやりとりをしている)…………、 国道沿いにある寺田屋っていう赤十字の入った提灯がかかってるところだから、 まあ、来れば判るわよ。 (姉が電話の向こうで何か話し) そうなのよ、大したケガじゃないんだけどね、 ほら、傷が残っちゃうとかわいそうでしょ。 ちょっと見た目大げさだけど、ちゃんと治るようにしておいたから。 ところで、弟さんに先端医療受けさせてみない? 今だったら24回払いで払いで弟さんのクローン作ってあげるわよ。 金利手数料もこっちで負担するからぁ」
少年、親父とババアが片づけやらでばたばたしているのをいいことに、 勝手にベッドを抜け出し脱出を計る。 こっそり表に出ると、いつのまにやら自転車が治っている。 自転車に乗り出そうとしたところ、荷台にカルテらしきファイルがおいてあり、 腹立ち紛れに思いっきり遠くへ飛ばす。、
夜明け近く、都内らしき道を���々と自転車で走り続ける少年。 遠く歩道から呼びかける声。
姉「道夫! 待ちなさい!!」
少年、振り払うように急ごうとするが、なにぶん身体の半分が環七なだけあり、 急いでも急がないでもたいしてそくどが変わらない。
姉「道夫! 子供じゃないんだから、言いたいことがあるならちゃんと言いなさい!」
少年、全速力で走っているつもり。
姉「道夫!! あなた、子供と違ってちゃんと中央分離帯もできてきたんだから、 子供みたいなことしないで、いい加減止まりなさい」
観念したのか、それとも疲れたのか判らないが、 ひとまず姉の言うとおり道ばたに止まる。
少年(道夫)「なんだよ、ねーちゃん」
姉「なんだよじゃないでしょ、病院みたいなところから電話かかってきて、 クローン作るのなんのって言われたら、心配になるのが当たり前じゃない! だいたい、なんであなた家出したの? お母さんが心配してるから早く帰りましょ、ね。」
少年(道夫)「やだ、親父に会うまで帰らない。」
姉「親父って、あなたのお父さん環七じゃない。 国道鑑賞でもしたいの?」
少年(道夫)「そんなんじゃねーよ! 一度会わなきゃならないんだよ! 俺をこんな身体にした親父によ!!」
姉「別にあわててあわてて会わなくてもいいじゃない。 それに、あなた。お父さん似だから鏡見てればいいじゃない」
少年(道夫)「よくねーよ! うるせーな! もう帰れよ!!」
姉「道夫、別に怒鳴らなくてもいいじゃない。 どうしても会いたいの?」
道夫、静かにうなずく
姉「あなたが生まれたときはそれは大騒ぎだった。 だって、アスファルトにまみれた赤ちゃんが産まれたんだから。 でも、お母さんは知ってた。 あなたを身ごもった時に、おなかの中の子供は国道だって事を。」
道夫、静かに姉の話を聞いてる
姉「生まれてきたら何があってもあなたを守り続けるって お母さんは考えるはず。 でも、あなたも、もう自立し始める頃だから 自分の思うようにするのもいいんじゃないかな。 そのかわり、お母さんが悲しむからちゃんと帰ってきなさい。」
道夫、静かにうなづき自転車にまたがる。 そして、ペダルをこぎ出す。
姉「道夫! 環七はあっち」
あわてて逆方向に自転車を立て直す道夫。
姉「道夫! 向こうで舗装してるからアスファルトかけられないように気を付けなさい!」
道夫、急に怒り出して、姉を突き飛ばす
少年(道夫)「うるせーな!」
突き飛ばされて転ぶ
姉「痛った~」
字幕3年後
道夫と同じような子供を連れた道夫の姉が子供に話しかけている。
「………それで、道夫おじさんと同じようにあなたができたのよ。 ほら、ここがあなたのお父さんの明治通り」
夕陽にてらされる母と子。
物語の終わりっぽく、フレームを引いていく。
それを離れたところで見ているホームレスが思いっきり引いたフレームの端に映る。
ホームレス「いいはなしじゃねぇか。 涙がとまらねえな」
一人で感慨に耽っているところに関東清掃連合のおばちゃんが 竹箒で道ばた掃除しながら現れる。
掃除婦「ちょっと、あんたどきなさいよ」
ホームレスを邪険に追い払うように掃除を進める。
掃除婦とホームレスほぼ無言で押し合うようなみみっちい小競り合い。
掃除婦のおばちゃんがこけそうになり、反射的に手を出し身体を支えるホームレス。
ホームレスの腕の中にささえられ、思わず頬を赤らめる掃除のおばちゃん。
ホームレス「俺の部屋、掃除に来るか?」
静かにうなずく掃除のおばちゃん。
二人で手をつないでフレームアウト。
了
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忘飲忘食
白くつぶつぶとしたかたまりが茶碗のなかに積み上がっている。一つづつを橋でつまむこともできるだろうけれども、それぞれがねっちりとくっつきあっているので、適当な大きさに塊を分けたほうがいいだろう、と、体の中心がどっかにいってしまったようなふらつきのなかで考えていた。 こめかみの上を通るようにわっかをつくって、それが頭の中心にむかって外側からぎゅうぎゅうと締めつけてくるような痛みで目が覚めてからというもの、この締めつけに耐えて眉間にシワを寄せているか、時おり痛みよりも眠気が勝り、とろとろとした眠りに落ちるかのどちらしかなかった。 昨日、気がついたときには、自分がどこにいるのかがわからず、どうしてこうなったのかがわからなかった。 ぐっすりと眠っていたのか、それとも眠りに近い昏睡にいたのかわからないが、目が覚める直前、ほどよく暖かく、ふわふわとした波のなかにいるような、それでいて、自分の体が上を向いているのか、横を向いているのかわからないような、平衡感覚の狂いに翻弄されていた。 えらく頭が痛い。でも、トイレにもいきたい。とりあえずは、起きてトイレだけでも済ましてこようと体を動かしたところで、腕と股間にチューブが繋がれているのに気づいた。 呆然とといえばかっこがいいのだろうが、頭の痛みに邪魔され、考えることや、こうなったまでのことを思い出そうとするのを阻み、濁々とした痛みの渦のなかに思考がうずくまっているような状態だった。 一人ベッドの上で横になったり仰向けになったりともんどりうっていたところ、巡回している看護婦に見つかり、医者が駆けつけてきた。 声をかけられたり、医者が俺の状態を見るためなのか体のあちこちを動かせというので、言われるままに腕をあげてみたりしているなかで、今日の日付を聞かれ、たしか、九月の二十日だと言ったものの訂正され、今日が十月の二日だということがわかった。 日付のズレ以外は、めだった不都合もなく、ただただ頭がいたいと医者に伝えたのだが、医者は俺の今の状態に驚いていた。 俺は溺れた状態で発見され、長時間の無酸素状態から、脳の機能に大規模な損傷があるのではないかと心配されていた。もっと言うと、意識が戻らないままでいるのではないかと思われていたとのことだ。俺は痛みの波が高架線の下の騒音のように、絶え間なく押し寄せるなか、医者の話を聞いていたが、この痛みをどうにかしてほしい、というのを伝え、それでそれ以上の話���できなかった。 看護婦さんが点滴のなかに注射器でなにか薬をいれたのがわかったが、横目でそれを見ているだけであり、ああ、とも、うう、とも発声ができず、ただただ見ているだけであった。 薬のせいなのか、すこしの眠気が来たと思うと、うとうとと一眠りをし、目が覚めたところで、周囲がえらく静かなのに気づいた。 気づいたというと表現が聡明すぎるぐらいで、急に誰もいない大広間につれてこられたような、静けさの圧迫感に唖然としてしまったのだ。 病室は静寂であるようでそうでなく、隣室から聞こえてくる医療機器の電子音や、看護婦さんや医者が廊下を歩く音、なにやら診察道具らしきものを乗っけたカートが時々ガチャガチャとしたおとをたてるのも聞こえてくる。こういうのですら、頭痛の騒音から解き放たれたあとでは、「水を打ったような」などと言い表されるような静けさと感じられるのだった。 久しぶりの平穏な状況に、半ば唖然としながらベッドの上であぐらを組んでいると、看護婦がまたやって来たのだった。どうやらさっきの注射は強力な痛み止めをいれてくれていたらしく、それが効いているとのことだった。ただ、薬が切れるとまたあの痛みが戻ってくるとのことで、今のうちに医者をもう一回呼んでくるとのことだった。 そこで改めて、医者から脳の損傷の可能性について話を聞かされた。精密検査はこれから機械の予約をとるが、簡単なテストは今やっちゃいましょうと、いくつかのテストをやらされた。 今日の日付と自分の名前から始まり、家の住所、携帯の番号あたりを言わされ、その他にも医者が挙げた果物の名前を同じように言う、また、早口言葉をいくつか繰り返す、からだのあちこちに鈍い針をつき当てられ、それがどこにあるかをあてる、などの、本気でやってるのか冗談なのか判然としないような検査を一通り受けた。 とりあえず、医者の所見では奇跡的に障害が残らずとのことで、今日は夕御飯を食べてゆっくり寝ていろとのことだった。 痛みがなくなると、体が自己主張し始めるのか、今まで気にならなかった、足の爪が伸びていることや、長いことちゃんと風呂に入っていないからか、あちこちがうっすらと脂ぎっているような不快感なんかが気になりながら、布団にくるまり、鎮静を堪能していたのだった。 ほんの少し寝てしまった頃だろうか、あまり深く寝ってないせいもあり、すこしの物音で目を覚ました。 看護婦とは違う女性が夕飯を運んできた音であった。 お盆の上には小さいお椀が三つほどならび、その上にはドロリと白濁した所々に白色の粒が見え隠れする暖かなお湯状のもの、親指の先ぐらいの大きさだろうか、くすんだ赤紫で、いやにシワシワになっている小さな木ノ実らしきもの、それに深い緑色の濡れそぼった布っぽいものが単一電池ぐらいの大きさにゆるく固めてあった。 箸をもったまではよかったが、そのあとどうしていいのかがわからず、白濁した湯を底になにか入っていないかつついてみたり、緑色の布っぽいものを少しつまんでひっくり返したり���ていた。 巡回してきた看護婦と目が合うと、どうしていいのかわからず、これ、どうしたらいいんでしたっけ? などと、間の抜けた質問をしてしまった。 質問された看護婦も、なにを聞かれているのかわからないようで、どうぞ召し上がってくださいなどと言っているのだが、召し上がるものがないからきいてるんであってそれが伝わってないようだ。 押し問答をしたわけではないのだけれども、これをどうしたら良いのか本気でわからないってのを力説していると、少し待っててくださいねと看護婦は言い残し、どこかに消えてしまった。 やることもないので、湯をじっとにらんでいた。 陶器を模した樹脂製のお椀のなか、白濁した緩いペーストのなかに、ほろほろと崩れてはしまって入るもののずんぐりとした楕円を思わすような小さな粒がまばらに沈んでいる。まるで、浮き上がろうとして途中でやる気を失い表面までは届かず、かといって沈むわけでもなく、放っておいたら数年後でもそこで漂っていられるだろうと思うような重力間のなさでぽつぽつとならんでいる。少し冷ましてから持ってきたのか、ゆらりと湯気が立ち上ぼり、表面にうっすらと膜が張っていた。 後遺症があるかも、と俺に伝え、受けてる方が気恥ずかしくなるような検査をしていった医者がもどってき、どうしましたと、俺に現状を説明しろと求める。 俺は、持ってこられたこれらのお椀や箸をどうしたらいいのだろうと聞いたのだが、ここで新しい質問をなげられた。 あなたにはこれがどのように見えてますか、と言う。 見えているままに伝えた。 この事を医者に伝えると、お腹が空い��いますかと聞かれた。特段すいているわけでもないが、減っているわけでもない。かといって具合が悪いわけでもなく、春先の日中のように、平々凡々と何事もない、というのが今の状態だろうか。 食べたくないのですか、と聞かれたが、食べ物でないものを食べたいという感覚がわからなかった。 医者は、目の前にあるスプーンを使い、俺の目の前にある白濁したお湯を一口を自分の口に入れ飲み込んだ。 看護婦が配膳用のカートから新しいスプーンを持ってくると、医者はそれを受け取り、俺に向かい同じことをやってみろと言う。 かるく掬い上げ、スプーンに入っている分をくちびるで口のなかに閉じ込めた。 口のなかにはかろうじて形を保っていた粒が形を崩し、正体をなくして何粒かが上顎についたりしていた。粒がただよい、汁が舌の上だけではなく、上顎のしたにもくっついてくる。 医者がどうでしたと聞くが、俺は口のなかにはいているからなにもしゃべれず、手をダメだというように左右に降り、口のなかを指差して、両手でばつを作った。 飲み込んでいいんですよ、といわれ、のどの奥に追いやろうとしたができない。舌が邪魔をして喉の奥に流れていかないのだ。しょうがないので顔をうえにあげ、口と喉とを一本のまっすぐの管にしてしまえば飲み込めるだろうと思ったが、ここで俺は溺れかけた。 のどに流れ込んでいき、ひと安心とおもったら胸の奥から発作的に込み上げてくる激しい咳の連打になり、息ができなくなったのだ。 ひとしきり咳き込み、やっと咳がでなくなったが、落ち着いた後は肩で息をするほどの苦しさであった。 医者は精密検査を急ぎましょうと言うと、看護婦に何やらニ三の指示を出すとどこかに行ってしまった。 点滴には新しい袋が追加された。 また、少しうとうととしていたが、痛み止が切れたのか、鼓動に合わせきりきりと頭を締め付けながら削岩機が動脈でのたうち回っているような頭痛に襲われていた。 鎮痛剤さえ打ってくれればいいのだが、かなり強力な薬らしくなかなか追加してもらえない。眉間に力を入れすぎ額の辺りが筋肉痛になりそうなぐらいになったとき、やっと点滴の管に鎮痛剤の注射を追加してもらえた。 この痛みの退きかたというのは、正座していた足のしびれが、はじめはどうにもならないぐらいだったのが、砂時計が落ちていくみたいに少しづつ消えていくあの感じににている。その様子が顔に出ているのだろうか、やっと口が聞けそうなぐらいになったところで、医者が話始めた。
どうやら俺は高次脳機能障害というものになっているらしい。 医者も検査がどうこうと前置きを入れ、現段階では言い切れないといっているが、そういう方向性で精密検査や今後どうするかについて対応するとのことだった。。 医者が言っていたことを正確に把握できたかわからないが、俺の脳は、一見は正常のように見えるが、あることをしようとすると、その回路だけが正常に繋がらず、うまくできなくなってしまうものらしい。医者があげていた例だと、人の顔だけがわからなくなるというのがあり、人の顔が覚えられないとか物覚えが悪いとかではなく、顔であるということがわからなくなるといった状態になってしまった例。また、話をしていると正常なのだが、数時間経つとその記憶がまるまるなくなってしまう例というのもあった。曖昧な記憶になるというわけではなく、一定の時間が経つと、キレイにそのこと自体を忘れてしまうというのもあるのだそうだ。 それで、医者が見立てるには、俺は食べ物を見ても食べ物と認識できなくなったんじゃないだろうか、それにあわせて、食べるための基本的なからだの動作、噛むとか飲み込むとかの一連が消えてしまったんじゃないだろうか、ということだった。 あまり大袈裟な障害じゃないなあ、なんて考えていたのだが、医者が言うには、死活問題であるので、なぜそうなっているのかの原因究明ができるまえに、とにかく飲み込むこと、ができないといけない。と言われた。 食べることができないと、本人の自覚は無くとも、ゆっくりと飢えていってしまう。 そこで言われたのが、食べるためのリハビリをする。ということだった。 医者の見立てではものを飲み込むことを制御できないだけであり、すこし練習すればどうにかなるだろう、とのことだった。 リハビリをするまえにいくつか試験をしたいといわれた。 なにをされるのかとおもったら、耳掻きの先程の量だろうか、黒い粉末を口のなかに放り込まれた。それで、できるだけ口のなかを動かさないようにしてじっとしていてほしい、十分ぐらいしたら見に来るから、と言い残し、医者はそそくさとどっかにいってしまった。 放り込まれるまえに、これはカーボンの粉末で、要は清潔な木炭を無味無臭にして粉にしたようなものです、などと言われ、俺はキャンプファイヤーか何かか、と思ったのだがくちにはしなかった。 舌のうえになにかが乗っていると思えば、そう思えるし、なにもないと思えばなにもないように思える。ただ、黒く鉛筆の芯の削りカスみたいなものが乗っているのだけれども、それも、そうだというのを知らなければなにもないのと変わらなかった。 医者がやって来て、口のなかをペンライトで照らしながら観察し、からだの機能としてはちゃんとものを食べることができるから、たぶん、練習で食べるという動作は元に戻るだろう、と告げると、看護婦からまずは水を飲む練習をしましょう、と言われた。 どうやら、俺の脳は意識して飲み食いしようとするとどうやるのやらわからなくなるのだが、無意識のうちであれば、どうにかこなせるようになっているのだという。なので、まずは無意識での飲み込みがどれくらいできるかの確認だと言われた。 そこで看護婦に渡されたのは、スプーン一杯の水だった。これをとりあえず口のなかに含んでおいてください、という。飲めそうだったら飲み込んで構いませんが、無理して飲もうとすると肺にはいって危険なので、自然に減っていくようであればそうしてください。という、するなとは言われるけれども、なにかをしろと言われているわけではない曖昧な指示をもらった。 スプーンから流し込んだ水は、口のなかで舌の表面をくぼませたところにためておき、それからなにをするというわけではなく、ほんのわずかな水をためておくうすらでかい容器となっていた。 舌の上でよどんでいる水は、口に入れたときにはわずかに冷たさを感じたように思ったが、ほどなく温度差は感じなくなった。いつぞや口のなかにまかれた炭素の粉と違うのは、存在しているのかどうかがわからないというものではなく、たしかに口のなかにあるのがわかるところがおおきな負担となっていた。 十分ちょっとだろうか、もしかしたらもうちょっと短い時間かもしれないが、舌がつりそうだったので、やめたくなってきた。しかし、看護婦は見当たらず、飲み込もうにも、まえに粥でむせかいり、窒息しかけたこともあり、むやみに喉の奥に送り込もうとすると危険であるということはわかっていた。 これぐらいの量ならば吐き出してしまってもいいのだが、そうしていいのかどうかも看護婦に聞いてからの方がいいであろう。そう考えると、むやみに吐き出すわけにもいかず、もて余していた。 舌のうえにとどまらせておこうと思うからつかれるんであって、動かしていたら変わるかと思い、水の置場所を変えてみる。舌の上から下にしてしまえばすこしは楽であろうとやってみると、舌は楽にはなった。 しかし、窪ませておくという動作を持続させなければならないというのがなくなったというだけであり、下にしたらしたで、そこにとどめておかなければならないというのもおっくうであった。 他に、ほほの内側に入れたり、前歯と唇の間に移したりとしていたが、どれもこれも意識して留めて置かなければならなかった。 そこで、口全体に水を伸ばし、漫然と口全体でおいておくことを思いつき試した所、これがいい結果となった。 口の中からゆっくりと喉の奥へと水が流れたのでった。 看護婦にそのことを話すと、だんだんと水の粘り気が強くなってきた。はじめは、ゆるいペースト状となったものが、だんだんと硬くなり、スプーンから口に移すのに唇に力がいるような、固いペースト状のものとなった。これらのものも、口の中でまんべんなく広がるようにしてやると、だんだんと喉の奥へ流れていくように担ったのだった。 入院してから今まで、俺の体を維持していたのは点滴による養分だった。 しかし、少しづつでも自分の口で取ることができるのであれば、そのようにしようと医者が告げられた。 つまりは、俺は、やっと生きるという事が自分でできるようになりはじめたということだ。 大げさな感動はないが、妙な高揚感と、目の前の道が暗雲だったのが、急に霧が晴れたような爽快さに近い感じがった。子供がハイハイをできるようになった時、大人のような思考能力があればこういう感じになるのではないかと思う。 その日のこと、警察官が面会したいと病室にやってきた。 そもそも俺は、溺死しかけて復活したのである。その溺死の理由について話を聞きたいという。 教えて欲しいのはこっちの方だったが、断る理由も無いので話をした。 俺は、秋の始まりにしては肌寒い日の朝、用水路に浮かんでいる所を見つかったこと、胃の中からは処方箋が必要となる薬、鎮静剤や睡眠薬が出てきたこと、そして、それらに合わせ大量のアルコールが血液から検出されたことを知らされた。 その瞬間、晴れたはずだった霧が俺の前を覆い始めた。 そして、用水路の下流に俺が履いていたであろう靴とメモ書きが残されていたとのことだった。 警察の人が言うには、今の段階ではみないほうがいい内容であるのだが、君は自分でそういう状況になるようにしたのだとのことだった。 急に息苦しく、今吸っている空気がザラザラとした不快感を感じた。 窓際に立っていた警官に頼み、窓を開けてもらう。 大きく開いた病室の窓から、初冬のよく澄んだ空に目をやりどこか別の方向に意識向けようと顔を向けると、肌に軽く力が入るような冷えきった空気が入ってきた。ほどよく暖かい病室のなかは、心地はいいのだけれども長い間呼吸で煮込まれたような淀みがあり、外から流れ込んでくる冷ややかでどこまでも透明に思える空気は、無味無臭であるはずなのだが、すこし甘美な鼻腔の刺激があった。
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兄弟山の背比べ
春の暖かな風がまるで優しくなでていくように村を通り抜けていきます。村のはずれに山が二つならび、まるでその温もりを村にとどめておくかのようでした。 二つの山は兄弟でした。でも、どちらが兄でどちらが弟か誰も知りません。村人がその二つの山が兄弟と知っているのは、いつでも兄弟喧嘩をしているからでした。 ある時はどちらが先に山の中に花を咲かせるか、ある時は積もる雪の量がど��らが多いか、また、ある時は生い茂る木々の数がどちらが多いかを山に住む鳥達に手伝わせて競ったり、そうかと思うと山に住む鳥達も、どちらが上手に鳴けるかと一緒になって競っていたのでした。 いつものように勝つの負けるのを繰り返し、新しい競争の種を見つけては飽きずに競い始めます。 ある日のこと、それぞれの山にある木の実でどちらに大きい実があるかを競っていました。まだ、木々が実を結ぶのには早いこの時期に、鳥達は苦心して探し出します。そして、実を結ぼうとまだ花が咲き続けている草花の中から、ようやく実らしく膨らみ始めた実を見つけては頂上に持って行き、大きさを競っていったのでした。 鳥達が見つけ出しては、それを競い、そして頂上に持ってきた木の実を積み上げる。そうやって青や赤や深紫の小さな山は次第に大きくなっていき、ゆっくりと争いの方向が変わっていったのでした。 争う内容が、木の実の大きさから、実の山の大きさを競うようになっていったのでした。 兄弟山のそれぞれに、木の実の山があるものの、鳥やリスなんかの小動物が集めてきた獲物ですから、積み上げていっても大した高さになりません。 そもそもがどっこいどっこいの大きさの兄弟山です。その上にどれだけ積み重ねていっても、似たような高さにしかならないのでした。
そのころ、村では五月晴れの澄んだ空の下、村人は畑仕事や野良仕事に精を出し、その休憩の話題として兄弟山のざわつきについて話をしていました。カラスが多いなどと話をする者もいれば、山のふもとで木の実が鳥に荒らされている、なんて話をする者もいれば、山の動物が増えたのかなぁ、なんてことを推測する者もいたのでした。それでも、まだ山について話をするのは少しだけで、土をいじり、種をまき、作物を作ることに精を出しているました。
山の上では、鳥達がせっせと木の実を運び、少しでも高くなるように競っていたのでした。頂上から少し下がった木の上で休憩をしていたカラスがぼそっと、どちらの山が高くなれるか背伸びして比べればいいのに、とつぶやいたのでした。 山はそれを聞くと、それをやろうと木の実集めを止めるようにと鳥達に言ったのでした。
村人達は春が終わる前に、作物の苗を植え終わったり、生え始めてきた雑草を取ったりと忙しくしていました。気付くと山に集まっていた鳥達は村に戻り始め、いつものように遊ぶようになっていったのでした。すっかりと姿を消していたカラスも村で我が物顔で水浴びをして、兄弟山が背比べをする前のような風景になり、それを横目に村人達はせっせと畑仕事に精を出していたのでした。 兄弟山はひっそりと背比べを続けていたのでした。大きくなろうと力んでみたり、大きく息を吸ってはおなかを膨らませたりしています。いっこうに高くなりそうにないと身動きをしていました。何の気なしに兄弟の様子を眺めにやってきたカラスの羽が落ちて、山の鼻先をくすぐりました。鼻先がむずがゆくなり、思わず大きなくしゃみが出ます。山のくしゃみです。山の足下にある村には大きな揺れが起き、溜め池の水は揺れてあふれ、家々では家具が倒れ、その激しい揺れに泣き出す子供もいたのでした。 それだけ大きな揺れだと兄弟山のもう片方の頂上に積んであった木の実の山も崩れます。 そのくしゃみをきっかけに、今度は二つの山がくしゃみだけでなく身震いなんかもするようになり、互いに互いの上にある木の実の山を崩そうと躍起(やっき)になったのでした。 もちろん、そのたびに大きな揺れが村を襲い、溜め池の水はあふれ、家の中にあるものはすっかりと倒れてしまいました。そうかと思うとはじめの揺れで驚いて泣いていた子供は慣れてしまい気にもとめずに遊んでいたりしたのでした。子供と同じように大人達も揺れに慣れ、池の縁には盛り土をし、倒れて困るような物はそもそも寝かしておく。かまどやいろりからは燃えやすい物を遠ざけて、目を離している時に揺れがあっても火が広がらないようにしたりと、揺れとともに暮らしていくようにしたのでした。 今日揺れたからと言って、明日揺れるかはわかりませんが、近いうちに必ず揺れるのならば、揺れるのが当たり前のこととしてやっていこうと村人達は言い合っています。 兄弟山は相変わらずの小競り合いを続けます。 けれども、木の実の山はくしゃみや身震い程度で崩せるところはほとんど崩れてしまい、何をしようと変わらなくなっていったのでした。 兄弟はどうにかして背を高くしようと考え込んだのでした。 村はしばらくのあいだ静かな日々が続いたのでした。 けれども、その静かな時間は長くは続かないのでした。 きっかけはあくびです。 それはそれは大きなあくびがきっかけになったのでした。 思いっきり口を開いて体を伸ばすと、頭半分ぐらい高くなったのでした。 山は気付きました。 あくびをしてのびれば、背が高くなる。それからというもの、兄弟山は背伸びをしては競い合っていたのでした。 山が伸びをすると、地鳴りがします。村に山の方向から、草木を震わせ、時には小石も揺れてかちかちとぶつかり合う音が地面を伝ってくるように迫ってきます。 その地鳴りが村に届くと、揺れ、村を震わせるのでした。 村人はすっかりと慣れてしまい、その揺れもいつものことと気にしないでいるのでした。 背伸びでの競争はしばらく続いていました。 兄弟山はそれぞれで考えています。どうにかしてもっと伸びをしたい。どうしたらよいのかとあれこれ試していたのでした。体を揺らしながら伸びをしてみたり、首をすぼめて勢いをつけて伸びをしてみたり、思いつく方法をすべて試してみたのでした。 村はそのたびに揺れます。けれども、村人はすっかり慣れています。いくら揺れようが、続けざまに揺れようが、少し目をやるぐらいで気にとめようともしなかったのでした。 一方、兄弟山は伸びのコツが少しずつわかってきたのでした。思いっきり力んでから伸びをすると、本の少しですが背が高くなっていったのでした。それこそ、人間がぐっとおなかに力を入れるみたいに力んで、それから伸びをすると、げんこつ一個分ずつぐらいでも大きくなっているのでした。 兄弟山は気づいていなかったのですが、おなかに力を入れるごとに、ほんの少し山の真ん中が膨らみ、そしてその膨らんだ分が伸びをするごとに背丈になって大きくなっていったのでした。 村の異変は今までと違う形で静かに起きていたのでした。ほぼ毎日の揺れや地鳴りは、それまでは小刻みな揺れだったのが、ゆっくりとした大きな揺れに変わり、村のため池は盛り土は揺れであふれることがなくなったにも関わらず干上がったりしたのでした。 揺れに何も感じなくなっていた村人も干上がった池の底にたまった泥を見て少しは驚いたのですが、そこにのたうつフナやナマズを目にし、捕まえるのに忙しくなり、深く考えるのを止めたのでした。 それでも、井戸の水が温かくなり、まるで湯のようになると、その変容をみて気味悪がり遠縁を頼り村を去るものも出てきたのでした。その一方で去りゆく隣人を送り出しつつも、昨日と同じ毎日を繰り返そうとする村人もいるのでした。 兄弟山の背比べは、そろそろお互いに無理が出始めていました。背伸びをするたびに山の土が崩れ落ち山肌は裸のところが多くなり、山のあちこちにはひび割れができ、草木が落ちたりしていたのでした。 何かしたら揺れたり地鳴りがしたりというのはほぼ毎日のことでしたが、ここ数日はすっかりと静かになったのでした。 兄弟山はなにやら険しい顔をしています。互いが互いの方を向いて、口を真一文字に結び、なにやら脂汗を流しています。なにか具合が悪いのを我慢しているような表情なのでした。お互いの山肌からは、いままで木の実を運んだりと働いていた鳥達がすっかりと姿を消しています。 その変化は村でも感じていて、風が山から来るような日は、なにやら卵の腐ったような匂いがするようになったのでした。 村では、揺れが少なくなったことに喜び、そして、時折流れてくる妙な匂いは、少し我慢しておけば問題ないだろうと考えたのでした。
突然、大きな揺れが村を襲いました。 いままでの揺れは揺れてるうちに入らないぐらいに大きく、少しぐらいの地震でも平気だった家が倒れ、その中にいた村人は逃げることもできず、その瓦礫の山に閉じこめられたのでした。 あまりの大きさに辺りを見回している村人に、地鳴りとは違うドンという大きな音と振動が体中を震わせます。 すっきりと晴れ上がって雲一つない空の下、兄弟山のそれぞれの頂上からは今まで見たことがないような煙が立ち上がっているのでした。 いままで、どんなに山が村を揺らし空を慣らそうとも居続けていた村人も、いよいよ逃げなければならないかと腰を上げようとしていたときでした。山の上を覆っていた煙が、まるで一つの生き物みたいに山の斜面を下ってきたのでした。ゆっくりと、まるで雪解け水が流れ出すように山肌を煙が降りてきます。流れた跡からも新しく煙がわき立つものですから、山の形が煙に飲まれ、一つの大きな煙みたいになっていったのでした。 村人は遠くで起きている山の変化に気付き、その煙が村に迫ってるのを目の前にあわてて荷造りをしています。 村にいた鳥達はとうの昔に遠くに逃げて姿を消し、家の中に救っていた鼠達も、この前まで梁の上で追いかけっこしていたのがいなくなっていました。 いま、村の中にいるのは村人だけです。 村人達は、村から離れることができませんでした。 ゆっくりと動いているように見えた煙は、村に近づいていくにつれて早くなっているように見えました。大きな煙の山が遠くで動いているからゆっくりと見えていただけで、早さが増したわけではありません。残念ですが村人がそれに気付いた頃には、林の木々が煙の熱風で焼け焦げる匂いが村中に立ちこめ、あっというまに田畑はすっかりと飲み込まれていたのでした。 そこまで来ると逃げる間なんかはありませんでした。毎日の平穏な日常があった村が飲み込まれ、何もない平野になり、畦(あぜ)や家はすっかりとならされていたのでした。 残ったのはなだらかな大地の起伏のみです。 数日して、煙がすっかり落ち着き、風がさっと吹いて見通しが良くなりました。 まっさらな村の先には、すっかりと形を失い、今までの喧嘩が嘘のようにくっついてしまった一つの山が見えたのでした。
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窮鼠
この家には鼠が2匹いる。 物心ついたときからこの家にいるが、もう一匹が兄弟なのかどうかは判らぬ。ただ、いままで一緒にいたのだ。 仲間は多ければいいのだが、そうもいかない。この家には人間が食べるための食料以上の余裕がなく、俺たちの食い扶持まで回ってはこない。 太陽が屋根を照らし、藁葺きの中からなま暖かく蒸れた、黴と土のにおいの混ざったようなにおいが降りてくる。昼日中といえどもほとんど明るくなることもなく薄暗い中にどれぐらい降り積もったのか判らぬ塵や芥がかまどの煤でいぶされぬめりきった照かりのある梁の上で俺たちは暮らしている。梁の上は歩き回るたびに足の先に松ヤニみたいなべたべたがまとわりつき、寝床に戻るたびに毛繕いをしなければならない。寝床は屋根を葺いている藁を何本か引っこ抜き、隅に寝床を作っている以外、特に人間の家にはなにも手を加えていない。 俺たちの生活があるのを知ってか知らずか、人間どもは梁の下にいて、そこで起きたり寝たり食べたりをしている。 ぼろ屋なのが幸いし、出入り口を作る必要もなく、藁葺き屋根から表への出入りは自由であるし、そして台所にも簡単に降りられる。毎日使っているにしては冬の野原のような台所に降りたところで食べ物があるわけではないのだけれども。 俺たちの生活は単調だ。 巣で丸くなり前足で鼻の頭をなでながらまどろんでいるか、物陰から物陰へ渡り歩きながら食べ物を探しているかのどちらかだからだ。 家の中に食べ物がないのは承知の上でこの家に居続けている俺たちは、大概の場合食べ物は表に取りに行っている。 藪の中に入り柔らかく実ったアケビに頭をつっこみ熟した果実にずぶずぶと前足をめり込ませながらかじり、笹藪では生え立ての笹をかじり鼻の奥へと滑り込んでくる青々しい香りと前歯に感じるサクサクとした感触を楽しみながら腹を満たしている。 梁の下にいる人間よりはだいぶいい生活をしていると言っていいだろう。 人間どもはつがいで暮らしている。雄は畑仕事をして、雌はそれを手伝いながら台所でなにやら煮炊きをしている。 こっちからは向こうのことが判るが、向こうはこちらのことは判らない。 向こうがこちらに気づくほど家にいないからだ。 事情の変化は人間の生活の変化がきっかけだった。 人間の雄の生活が変わり始めた。 畑仕事をする日が減り始め、その代わりに仲間とどこかに連れ立って出かけたかと思えば、そのまま仲間を連れて家に戻り、声高に話し合ったりしている。 なにをしているのだか判らないが、人間どもが寄り集まってなにやら話している生臭い人いきれや雄の仲間たちからわき上がる脂臭い熱気が、どうしようもなく気持ち悪く、そういう日は家に戻らず近くの立ち木のうろに入り朝を迎えることもある。 人間どもの話は抑揚が強く落ち着いて寝てられない。ぼそぼそはなしていたかと思えば、なにをきっかけにしてなのか突然立ち上がり、勢いよく吼え始めたりする。「キンノウ」だの「シシ」だの「トウバク」だのの言葉がきっかけになり吼え始始めることが多いのだが、そういう言葉を使い騒ぎ始めたかと思うと、何かにおびえたように突然静かになったりするのだ。 雌の方はというと、それを良しとしているらしく、雄が畑にでないことをなにもいわないでいる。ただ、雌一人で畑を切り盛りするには無理があるらしく、ここ最近食べ物がめっきりと少なくなっている。 前であれば、畑でできた大根のほかにも夕餉には魚が乗ることもあったのだが、最近ではそれもなく、豆や稗など米以外をぼそぼそと食べていることが増えた。 米がないのはつらいが、それ以上にやっかいなのは猫だ。 この家には猫が住み着いている。 人間が食べ残した魚の骨をかじったりしていたのだが、猫に投げ与えられる餌が少なくなってきたのか、家から離れて表で狩りをすることが増えてきた。 なにを思ってなのか、猫のやつは狩ってきた獲物を半死半生のまま雌の元に持っていくことがある。雀、蜥蜴、蝉、鳩、蛇。自分の食欲をあおられる生き物を見つけては半殺しにし、雌の元に届けていた。時として箒で追いかけられ、また、別のときには雄に首を押さえられ怒られてもやっているのだから、猫にとって何かしらの意味があるのだろう。 気に入らないのは鼠を捕まえて上機嫌になっている猫を見かけたときだ。 俺の仲間かどうかはすぐには判らないが、青年らしき鼠を虫の息になっているにもかかわらず弄び、加減して逃げられるかのような気配を作っておきながら逃がさず、じわじわと、音を立てずに歩き回れるあの足から爪を剥きだし、力尽きるぎりぎりまでなぶられているのだ。 ある鼠は肩の骨が砕かれたのか、両前足を引きずるようにして逃げ回っているところを尻尾に爪を引っかけられ、いつまでたっても猫の前から離れることができず、勢いをつけて逃げようとしたところを首を押さえられ、また、ある鼠は骸になっているにもかかわらず、そのコロコロした肉体が猫の心をくすぐったのか、いつまでも足で引っかけては頃がされ続けていた。そのうち、血の気を失い白くなった足がもげ、それでやっと遊ばれ続ける辱めが終わったのである。 猫にとっては一時の食事である以前に、おもちゃのようなものとしてみられているのかもしれない。 俺の住処には猫はやってこれない。 梁の上まで上ってくるには奴の跳躍力では足りず、柱に爪を引っかけ駆け上がろうとしては人間にはたき落とされている。 この家にとって猫は隣人にすぎない。人間は自分たちの生活でやっとであり、日々の労働がそのまま食事に結びつき、労働がかけることはそのまま食事が事欠くことになるのである。 その生活の中で、猫を家人として迎えるようなまねはできるわけはなく、できることといえば、どこかから調達してきた魚��皮一つ残らず食べ尽くした後、猫に骨を放ってやるぐらいのものだ。 それでも猫にとっては居心地がいいのかよそで食事を恵んでもらったりして腹が満たされると、わざわざこの家までやってきて日当たりのいいところで寝ていたりする。 よそで食っていけるならそっちに行っていればいいのに、目障りな奴だ。 人間の生活はこのところあわただしく動き回っている雄を中心として動いている。ほとんど色の付いたお湯のようになっている貧相な雑炊をすすったかと思うと、勢いよく表に飛び出しては夜遅くまで帰らない生活を繰り返している。 雌はほとんど寝ることもなく、食うものも雄にやってしまって動いている有様だ。 だんだんと台所からは食べ物のにおいが消えていき、お湯と根菜と、時々混ざる豆のにおいがほとんどになった。 食うものがなければ俺たちは引っ越していけばいいだけなのだが、そうは許さない事情ができてしまった。 猫の奴がなにを勘違いしてか、この家に入り浸るようになり、迂闊に動けなくなったのだ。 雄のいない家の中、雌の方は畑仕事の合間に猫をなでたり声をかけたりしている。食べるものもろくにやっていないのだが、ときとしてわら布団の中に招き入れてアンカ代わりにしているようだ。 それで猫の奴が調子に乗って住み着いているのだ。 あいつがいるせいで表にでるのもやっとになっている。 俺達がいくら素早く動けるといえども、地べたをかけているときには猫にやられるからだ。 俺たちは太陽が沈むのを待って暗がりの隅を這うように雑木林に出ようとしているのだが、家に居着くようになった猫に見つかりもう少しのところで猫の爪に引っかけられそうになることが増えたのだ。 この食い物がない家の中で出ることもままならなくなってしまい、木と土と藁で形を保っているだけの箱の中から逃げ出せなくなってしまったのである。 食うものはないわけではない。屋根に登れは天気のいい日には小さな草が芽吹き、雨に浸され続け泥のようになった藁の隙間から清流のような黄緑の新芽をのぞかせることもある。一口かじると歯の先には柔らかく太陽に浴び続けてその内側あふれるような青臭い新芽の感触を味わい、薄暗い梁の上にはない白ずんで風景が見えるような天気のいい空の下で食事をすることになる。 ほとんど命がけである。 俺の薄い皮をかぶっただけの肉体は、食事の風景を空から見られてはいないか震えながら食べなければならない。 フクロウやミミズクはもとより、モズなんかに見つかるとカマキリの卵みたいに枝の先に刺されてしまい、そのまま冬まで忘れ去られてしまうのである。 命を張ってまで屋根に上ったところで腹を満たすには頼りない草々をかじらなければならないのだ。 屋根に上るよりは、と家の裏から雑木林をもう一匹の方がかけていこうとしたところで事件は起きた。 猫におそわれたのだ。奴の不注意なのかもしれないし、猫の奴の打算が見事に的中し奴の前をもう一匹の方がかけてしまったのかもしれない。 やつの耳には猫の爪がたてられ、薄く平たく頭にくっついている耳を破ってしまったのである。 痛くないわけではないのだが、奴にとっては耳を失ってもいいから逃げなければならないという本能から、奇跡的に片耳の半分を猫の爪に奪われながらも逃げてきた。 やっとの思いで梁に上ったかと思いきや、目も合わせずに隅の方に行ってしまい、数日の間は巣材の中で丸くなっているだけであった。 時々気になって見てはいたのだが、寝返りを打つついでに前足で耳をなでて、耳に触れた瞬間に背中に驚いたようなふるえを見せると、そのまま何事もなかったかのようにまた寝るという生活の繰り返しだった。 食べないでいる日が何日かあったせいだろうか、ぷっくりと弧を描いていて柔らかに全身を包んでいる毛皮を膨らせていた肉体からは、優しい曲線が消えていた。 あるのは緊張感からか鋭く辺りを見回し、そのまま二度と目を合わせようとしないで周囲を見つめる暗殺者のような目をした鼠だけだった。 一緒に梁の上を行き来していた幼なじみの面影は消えてしまったのである。 猫にとっては俺たちを捕まえられなかったのは何回ともある失敗の一つにすぎない。ただ、俺達にとっては生きるか死ぬかであり、このままじっとしてやり過ごすには代償が大きすぎるのである。 相棒は片耳を半分なくし、その耳の違和感からなのか、四六時中身繕いするようになった。 それを知っての事か囲炉裏の横で猫の奴は丸くなって寝ている。 片耳が三日月みたいになってしまった相棒と、なんの心配もないように寝ている猫。 俺の中で冷たい怒りに火が回りつつある。 ���との違いは体の大きさぐらいであり、何でもかじりとる前歯もあれば、人間が台所に仕掛けている罠をよける知能もあるのである。やり返せない事はない。 人間の雄はいよいよ畑仕事をほとんどしなくなり、やることといえば竹竿の先を斜めに切り、槍に見立てての訓練である。 梁の上から見ていて農民であったと思ったのだが、どうやらこの家の主は武士であったらしい。ただ、家の中を見回しても鉄でできているものといえば鍬の先だけであり、それこそ刀すらない続柄なのである。 仲間も似たようなものが集まっているようで、食うや食わずの輩が集まり、激しい言葉のやり合いや、そうかと思えば自分たちの発した言葉が身に災いを呼び込む言い回しだったのを察知したのか、急に怖じけ尽き小声でやりとりを続けたりという夜が幾日も続いた。 俺が見ても非力としかいいようがないこの家の主とその仲間で反乱を起こそうとしているのだ。この家の主がそうであるように、武士でありながらほとんど農民のような生活をしているものが集まり、ふらふらと考えを固めない上の人間に成り代わり意志を固め世を変えようとしている、らしい。 人間の言葉の中に頻繁に出てくる「キンノウ」であったり「シシ」であったりというのはおそらくそういうことなのだと思う。 人間の奴らが世を変えようとしているのだから、俺達のこの状況も変えられるかもしれないのだ。猫の奴のおかげでほとんど表に食料を取りに行くこともできず、ゆるやかに飢え死にを待つような状態から脱却するには人間同様、俺達を虐げる者に刃向かう以外ないのである。 猫の奴は日中、囲炉裏の縁で丸くなっていることが多い。 俺が囲炉裏にいる猫にできることといえば、相棒にされたように奴の耳をかみ切ることである。 家の中に誰もいない間を見計らって囲炉裏にまで降り、見回してみる。 いつもであれば隙間や何かしらの隅から陰と陰の間を渡り歩くように歩き回っているおかげで、家の真ん中から見回してみるということはなかった。 床の板には人間の垢や脂が染みこみ、鼻の奥をざらつかせるような臭気を放っている。その代わりなのか、毎日のように足で研磨され木とは思えないような艶やかな光沢を放っている。見回してみるとなにがあるわけでもなく、柱に囲まれた中に人間の身長ぐらいの箪笥が置かれているだけで、身を潜めたり梁に戻るのに使えそうなのもそれだけなのである。 つまりは、物陰から猫を急襲して柱から逃げ帰るか、梁から柱づたいに駆け下り、そして箪笥の裏の陰に隠れるかのどちらしかないのである。 猫はいつも寝ているようでいて、目を開けずに周りの獲物に感づくことが多い。 耳がいいのか、動く者がいないと思いこみ囲炉裏の食べ残しにありつこうとしたゴキブリの枯れ木のような乾いた足音を耳だけで察知し、捕まえたりするのだ。 いくら素早く動けるとはいえ、奴に足音を聞かせてしまうのは得策ではない。 最短で奴に近づくには箪笥の物陰に潜んでいるのが得策だ。 そうなると後は柱を伝い梁に戻るだけである。俺の足で上れないことはないのだが、やったことがないのである。 策が立てば部屋の真ん中でぼんやりしている必要はない。寝床に戻るために柱から戻ろうと勢いよく駆け出し、柱の半ばまで難なく上り一息で梁にたどり着けそうだと指先に力を掛けたときである。けたたましい叫び声が後ろから聞こえた。瞬発的に登り切れたからよかったようなものの、梁の上から見てみると人間の雌が俺の姿を見つけたらしいのだ。 台所で人間の食べ残しや食材を食べているところを何度か見られてからというもの、目の敵にしているのである。 さすがに雌が振り回す箒で俺達がつぶされることはないのだが、何かというと追いかけ回されているのだ。それが今まで見たことのない柱を駆け上がる俺の姿を見たものだからなおさら驚いたのだろう。俺が上った後、箒で柱を何度かたたいて威嚇していた。 その日の夜、雄の方に話したらしく、雄も箒で梁をたたいてきた。ただ、普段の掃除していない梁を箒でたたいたところでほこりや塵が舞うだけであり、俺達は隅で丸くなってやり過ごすだけなのだが。 猫は夜の間は家の中や表を歩き回っていることが多い。そして、昼は過ごしやすいところを見つけては寝ている。 人間がいると安心しているのか熟睡していることすらある。 猫の耳をかじりとれるのはその時だけだろう。 その日の昼下がりは、いつになく人間の雄が家にいて畑仕事をしたり、雌は気まぐれに猫をかまいながら囲炉裏端で縫い物をしている。猫の奴は足を体の下に入れるような座り方でうたた寝し、何事もない静かな午後であった。 こういうときは猫も気を抜いて寝ている。 ゆっくりと、猫もそうだが人間にも気づかれないように箪笥の裏から猫が見える物陰まで爪が床をたたく音一つたてずに近づく。梁の上で毛繕いしたはずなのに、全身の毛が逆立ったようなゴワゴワとしたざわつきが全身を貫く。 猫の頭がゆっくりと上下に揺れ始め、寝入り始めたらしい。 人間が立ち上がり、家の外へ出たそのときである。 俺は爪先から太股に全部の神経を集中し、猫へ一直線に向かっていった。 足音をたてると見つかってしまうので、足の肉の部分だけが床に着くように指先を持ち上げ、そして、前足と後ろ足は体を運ぶために全力で床を蹴り続けている。 猫の頭に駆上がり耳にかじりついた。 奴の耳の真ん中にかじりつき、前足で払おうが、頭をいくら振ろうが放しはしなかった。 口の中は猫の耳だ。芋の葉っぱのような厚みの割にはかみ切ろうとすると歯の先に堅い��力がじゃまする。一発でかじりとって逃げてしまおうとしたのだが、こんなところでとまどうと思わなかった。 顎に力を入れ、こめかみが盛り上がり、前足を使い耳を引きちぎる。舌の先を刺激する耳に生えた毛が気持ち悪い。 ざらざらとした毛の感触に混じり錆をなめているような血のにおいが混じったと思うと、差の先にあった強い弾力がとぎれ、顎を思いっきりかみしめられるようになった。 猫の耳をかみ切ったのだ。 後は逃げるだけである。 前に通った柱に飛びつき梁に向かい一気に駆け上がろうとした。 半分以上上ったところで指先が柱をつかめなくなった。油を塗られたのだ。 重く甘い油のにおいを感じながら柱から落ちる。 柱の下には耳がかけた猫が俺を待ちかまえていた。
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砂時計
まるでシャボン玉をくっつけて引っ張ったような細いくびれを通り、音も立てずに砂が落ちていきます。缶コーヒーより少し小さいぐらいの大きさで真ん中だけ繊細にくびれ、ガラスの薄い膜で外と隔たれた中を砂が流れていく。彼女と私の間にある静寂の残り時間は、その砂が見えるようにしてくれていたのでした。
目の前には女性が一人、伏し目がちに座っています。 床の上に広げた大きなバスタオルの上、体は私の方を向いているものの、視線はこちらに向けられず、斜めに座っている彼女自身のつま先あたりを見ているようでした。その目元は、昔の彼女の面影がそのままで、頬にかけてのラインは大人になったからか少し丸みがとれたように思えました。とはいえ、細いのに妙に力強い肩の線はそのままで、人違いでなく確かに彼女であるとわかったのでした。 部屋の中は、よく見ると殺風景で、マットをひいている床の上にバスタオルがひいてあり、そして、カラーボックスが2つ並んでいて、その中にはこの部屋の中で使う小道具がしまわれているのだと思われます。 そのカラーボックスの上に砂時計がおいてあり、受付の説明では、砂が落ちるまでの間は、目の前にいる女の子と<自由恋愛>の時間になるのことでした。 私も彼女も口は重く、少しの言葉がきっかけになり、重い空気がさらに重くなり、白々しく室内を照らしている蛍光灯の明かりですら鈍らせてしまうのではないかと思ったのでした。 私が部屋に入ってからというもの、彼女はこちらに視線を合わせようとしません。少しだけこちらを見てくれては居たのですが、私だと気づいてから、こちらを向こうとすらしないのでした。入ったときは、おそらくどのお客さんにもするであろう通り一遍の挨拶があり、すこしは会話ができるのかと思っていたのですが、そうではありませんでした。 彼女に聞きたいことがたくさんあります。
まだ、彼女が二次関数やBe動詞なんかを習っていた頃から、わからないところがあるというと近所に済む私の部屋に聞きていました。彼女の高校生活がおわるあたりまで、忘れた頃にやってくるかと思うと、目的が済むまで何日か続けてやってきて、そうかとおもうとぷいっと現れなくなるのでした。 こなくなると、ほんの少しの緊張が解けるのと、それと同時に、なにやら餌付けした野良猫がどこかに行ったかのような気分になったのでした。 そのころの私の生活と言えば、専門書と文献にかこまれ、それこそ古本屋のなかに机を並べて生活しているような部屋での毎日でした。そんななかでも彼女が顔を出すと、部屋の中に花が咲いたような、暖かな春風が吹き込んできたような、なにやら柔らかな感情がわいてきていたのを覚えています。 実際に彼女が現れるのは、夏の盛りや真冬の頃で、そんなにさわやかな登場というわけではなかったのですが、それでも、そんな私の目には小動物になつかれてうれしいのに似た感情もありそのように映っていたのでした。 研究職に就こうと、院生としてその世界の隅っこに食らいついていた時期でしたから、気持ちの余裕が皆無と言ってよいぐらいに無く、起きてから寝るまで、抱えている課題を解決するための案を片っ端から試していき、だめなら次の案を出すという毎日なのでした。 そんな中であってか、今考えると彼女の勉強の面倒を見てあげるぐらい大したことではないと思うのですが、自分のことで手一杯になっていると、あまり丁寧に教えたという記憶はありません。しかし、彼女は彼女で、お金のかからない居場所と家庭教師ぐらいに部屋と私を使っていて、彼女は自身の宿題や課題はほとんど一人で進めていたというのもあり、彼女と私の間にほどよい距離感ができているのでした。 彼女の高校生活もそろそろおわりを意識する頃でした。私のところには、急ぎでレポートを手伝ってほしいとか、実験レポートの書き方を教えてほしいなんて事を言ってきたのでした。 そんなものは、中学生ぐらいで習うものなのですが、たまにやってくる彼女の行動や格好から察するに、まじめに授業を聞いているタイプではないのだろうな、と思っていました。 授業で習っていることを聞きにくるぐらいですから、わかっていないという前提で指導、正しくは、どうすればよいのかをできるだけ具体的に、でも答えにならないように伝えて、その通りにレポートを仕上げるようにと教えたのでした。 理科の実験レポートは難しく考える必要はなく、どの道具でどのように実験したのか、そして、起きたことを起きたまま書き記せばよく、そこに書いてあることをだれでも再現できるようにできてればよい、というのがレポートの最小限の約束事です。そこに自分の考察が入れば充分です。 それを彼女に伝え、彼女が一生懸命書いたという実験のメモをみながら、かなりの力業、と言っても、私が全力でサポートしての力業ですが、それでまとめ上げました。 彼女のノートには欠けているところが多かったものの、抜けているところは同じ班になった人に見せてもらうようにして、まとめていたのを覚えています。 そのときは、実験メモの買いてあるノート、しかもいたずら書きやマーカーやサインペンを使っていろいろ書き込んでいる割には必要なところのぬけの多いノートを広げて、足りてないところを教えてもらうのに、LINEであちこちに連絡していた様子を覚えています。 そうこうして最小限の状態に仕上げたのでした。 後日、彼女の中では比較的よい点数がとれたとのことで、バイト先で買ってきたという見たことがないエナジードリンクの6缶パックを手みやげに再度やってきたのでした。用事が済むとしばらく顔を見せなくなるのがいつものことだったので少々驚いたのですが、手みやげを持ってくると言うのにもなにやら彼女の成長を感じたのを覚えてます。 それから数年。私は研究職の隅っこにいるものの、安定しているとはとてもいえる環境ではなく、ただただ、論文を粗製濫造しているだけなんじゃないだろうかと自分がいやになったり、友人から聞く「研究をあきらめて就職したその後」を聞いて、収入が増えるのであれば、その道がいいのではないか、数年後の自分を思い描けるのであれば、そちら道の方が断然いいのではないかと、自分の過去の選択と今歩んでいる道とを見比べてみて、どれが正しいのだったろうかと見つめ直す日々なのでした。
外は真夏の熱気を街が吸い込み、日は落ちて暗くなっているのにも関わらず蒸し暑いままなのでした。蛍光灯が白々しく部屋を照らします。部屋が明るかろうが暗かろうが砂時計は静かに砂を落としていきます。まだ、その上の膨らみに多くの砂が残っています。 けれども、なにを聞こうとしても、なにかを言い出そうとしても、水たまりに張った薄氷に足をおろすような、ちょっとのきっかけで彼女の間のかぼそいつながりが切れてしまいそうな気がしました。このまま黙っている方が楽なんではないかと本気で考え込んでいたのでした。 私の背中を、冷たい汗が流れていくのを感じます。 体を動かしたわけではなく、ただじっとしているだけです。部屋の中はエアコンが利いていて、外から入ってきた瞬間は気持ちよいぐらいでした。でも、身じろぎ一つしないにもかかわらず、自然と汗が背中を伝い流れ落ちてくるのでした。 もしかしたら、私は顔がこわばって怖い表情になっていたのかもしれません。 彼女の方をじっと見つめすぎたのかもしれません。 私からなにか言葉をかけようと、はじめの一言を探しているのですが、なにも出てこないのでした。重い空気の中で、逃げ出したくなる思いを押さえつけるのに精一杯でした。 彼女からしたら、偶然お客さんが私だったという不運だったのかもしれません。ですが、この再会は私がきっかけを作ったものなのです。
研究者の集まりというものは、たいていの場合はまじめなもので、研究会や勉強会が終わると食事をしながらちょっとだけお酒を飲んで、そのあと、だいたいの先生は、さっと帰ったり、資料づくりなんかの仕事の続きに戻ったりするのでした。 場所も大学周辺が多く、学生相手の店みたいなところでちょっとだけ、とか、そういう流れがほとんどなのでした。ですが、企業主体、しかもネット系の会社が主体になると、六本木や渋谷なんかが会場となり、終わった後も、企業の方に連れて行ってもらい、普段は行かないような華やかなお店で呑むということがあります。再会のきっかけはそのような会合でした。新年度が始まる前のいわゆる春休みのはじめ、普段は行かないような渋谷の奥の方を通ることになり、そこで彼女らしき写真を目にしたのがきっかけです。 会合の会場からは少し離れている店が予約されていると伝えられ、その店に行くべく、渋谷駅から坂を上りさらに薄暗い通りを抜けていく途中でした。��酒を飲むだけのお店やそうでないお店があり、狭い坂道が混じり合うような辻々をとおった先に懇親会の会場があるということで、道がわかる人にくっつき学術系の人間同士で群になり移動したのでした。歩いていくあいだに、女の子がサービスをしてくれるというお店が何軒もあり、店の入り口周辺には写真が張ってあったり、呼び込みの店員がiPodに画像をだし、つぎつぎとスワイプさせて品定めさせようとしていたのでした。 見ようとしなくとも視界に放り込まれる画像の中に、見たことがある顔があり、その顔が記憶の中の人物とつながったとき、一瞬まわりの風景が白くぼやけ、まるで音もなにもなくなったかのような感じがしました。梅雨入り少し前で、だいぶ暖かくなったと思っていても、まだ夜になると肌寒いと思っていたのですが、なにやら額に汗が噴き出してきたのも覚えています。 iPadを片手に女の子を薦めてくる店員は、薄ら笑いを浮かべながら、この娘っすか、と画像をスライドさせるのをやめ、数枚戻り、その顔をしっかりと見せてくれたのでした。 よく似た人であってほしいとと思い、しっかりと確認しようと凝視したのを覚えています。間違いないと思ったものの、そうではあってほしくないと思い、目の前がぐらぐらとするのを感じながら、確信するのをやめたのを覚えてます。 そのとき、呼び込みの男性にどう言葉を発したのか覚えてないのですが、さっきまで一緒に歩いていたメンバーがどんどん先に行ってしまうのを指さし、そっちに行かなければという身振りをしたような気がします。呼び込みの店員さんは、ジャケットの胸ポケットに半ば押し込むように入れてある店のチラシをとりだし、インクの出が悪いボールペンでその子の名前を書いてくれたのでした。 やたらとバランスの悪い字がかすれて書いてあるその名は、見覚えのない名前なのでした。後で、その店の名前とその名前で検索すると、お店の所属の女の子一覧というページをみつけ、そこには、あの夜に見た写真が出ていたのでした。 そのとき、私の指先、顔面、背中、おなか。血の気が引いたり、冷水を浴びせかけられたようになったり、締め付けられるようになったりと、なにやら見えない腕で殴られているような気分になったのでした。 あの高校生が、なぜ、どうして、ここにいるのでしょう? 冷静に、静かに考えようとがんばってみても、感情がついてきませんでした。 なぜ、どうして。 この言葉だけが、ぐるぐると頭の中をはいずりまわり、泥沼のようになった感情のにごりをさらにかきませ、いつまでも思考はまとまらず混沌としたままなのでした。 数日のあいだ、やらなければならない最小限のことだけをやり、そのほかの時間は、ただただ迷宮の中をはいつくばっているような気持ちでなにかしらの出口を探していたのでした。 「聞けばいいじゃないか」 これは、研究室の後輩に何か質問されたときに私が返している応えです。専門分野の事柄については、文献を調べたり、各種レポートを隅から隅まで読むのですが、時として解決しきれないことが発生します。そういうとき、そして、私が属しているような比較的大きな組織では書いた当人が近くにいることがそこそこあります。しかし、疑問が発生したとき、どうしてだか近くにいる書いた当人にの研究室に聞きに行くという選択肢が抜けてしまい、一生懸命調べ続けようとしてしまうのでした。 近くにいるのだから、行けばいいじゃないか。 私が指導を受けているときに言われたことであり、また、私が質問を受けたときに時折返している返答がそれなのでした。 彼女のことは、私が生涯をかけて考え続けたところで意味を持たないのです。どんな答えを私がひねくりだしたところで、それは私が思い描いた理想の答えにすぎず、彼女と私の間にある数年間のブランクを埋めることもできなければ、彼女自身の人生と遠いところで勝手に答えを導き出しているのにすぎないのです。どんなにがんばったところで無駄にしかならず、直接彼女に聞いてみる以外の道はないのでした。 理屈の整理はできました。 しかし、理屈では彼女と話をする段取りを組めばいいとわかっているのですが、それを実行しようとするととたんに動けなくなるのでした。 あのお店に連絡して、彼女を指名すれば会えることはわかっています。 そもそも、写真の女性が彼女であるということも、私が見た目だけで判断した推測にすぎません。 そこから確認しないといけないのでした。 どれもこれも、予約をして、実際に話をすればいいだけなのです。 変名とは言え、彼女らしき女性の名前もわかっています。 でも、肝心の予約をするのには、時間がかかりました。スマホで画面を開き、あと一歩のところまでは行くのですが、肝心の予約のボタンを押そうとするところで指先が止まってしまいます。そもそも、こういうお店に予約をするのにはどのような文章にすればよいのか、とかそういう本質的でないところをググって時間を過ごしてみたりして、肝心のメッセージを送るところまでたどり着かないのでした。 たった、指先一つのこと、ちょっとの文章を書き込んで送信ボタンを押すだけなのに、うろうろと指先が迷い、それでいて視線も液晶画面を見つめているようで中の文面などは目で追えず、思考しようとしても頭の中はまるで雲がかかったかのように重く真っ白な霧に阻まれ、決意しようとしても、そのための思いっきりがわいてこず、ずるずると半月ぐらい、むやみに時間を過ごしたのでした。 彼女は私にとって何だったのか、教え子であり、それ以上ではありません。 それでは、どうしてこれほど気になるのか、そして、今、彼女が置かれている状況がどうしてこれほど気になってしまうのか。 できれば、あの子でない、よく似た他人であってほしいと強く思っていたのでした。 彼女でさえなければ、どんなに安堵できることか。そのように思っていました。 送信しようかどうか躊躇している中で、途中から自分の目的を見直せました。彼女とよく似た他人であることを確認しよう。そのように考えを変えたのでした。 彼女でないことだけ確認できたら、それで帰ろう。そう思い直すことで、やっと予約ができたのでした。
部屋の大きさに比べてやたらと光量の強い照明が室内を照らし、まるですべての物陰を撲滅しようとしているかのように思えました。砂時計は、静かに砂を落とし続け、その半分は下に落ち、時間を表す粒が、黙り続けている時間をカウントし続けているのでした。 悶々と考え続け、そしてやっとの思いで予約を取った私は、黙っているだけでした。 目の前にいるのは、間違いなく、彼女です。 部屋に入った瞬間の彼女の表情の曇りよう、そして、事務的な接客の挨拶の言葉で聞いた声、間違いなく、あの彼女なのでした。 いざ、部屋の中で向き合ってみると、私の口の筋肉は頑なに動くのを拒み始めたのでした。口が重くなり、何か一言だけでも言おう思っても、口の周りの筋肉が動くのを拒絶して、まるで重い泥を詰め込まれたように堅くになり言葉を出すのをじゃまするのでした。
お店に予約した後は、あれよあれよという間に今の時間が設定されました。 その返信のメッセージは必要最小限で、もしかしたら必要以上のことを書いてはいけないというルールでもあるのかと思えるぐらいでした。 私が送ったメッセージに余計な情報が多すぎたのか、その分量の対比は少しおもしろいと思えました。私というと、研究会なんかの会合の幹事での各所との調整メールのように、必要と思われる項目を事細かに書いて送ったのですが、それに対して帰ってきたメッセージというと、 「指名?」 とだけで、どうやら私が送ったメッセージでは要件が伝わってないのだろうと思いました。 むやみに丁寧な返信を書くのも違う気がしたので、 「指名 その女の子」 とだけの返信をしたのでした。 時間やらの説明のメールが届き、ここでやっと予約ができたのでした。 部屋のルールは単純であり、必要とする事を達成するのには充分なルールがありました。砂時計だけが時間の監視役であり、それとその部屋の二人は<自由恋愛>なのだと伝えられました。
本来なら、照明を抑え薄暗くするのでしょうが、最大の明るさのままで私と彼女はだまり続けています。そのあいだも、砂時計は静かに時間の粒を下に流し続け、この部屋の中で流れた時間と、まだ残っている時間を見えるようにしているのでした。 そして、残された時間がもうそろそろ終わりそうなのがわかります。 今の私は、予約をする前と今とで少しも変わっていません。 じっと座り、身じろぎ一つせず、なにも言葉を発せず、彼女からなにも聞き出せていないのでした。 「聞けばいいじゃん」の言葉に、さも天啓のように激���く勢いづけられ、生まれて初めてこういうお店に入ったまではいいものの、その勢いはすっかり消えてしまっているのでした。いまは、職員室で怒られている小学生のように、ただただ頭を下げないようにしつつ、けれども視線は下に向け、床を眺めているだけなのです。 この時間を逃したら、二度と話を聞く機会なんかないだろう、という思いの反面、早く時間が過ぎてほしい、と相反する感情が頭の中で力比べをしています。もはや、現実逃避のためなら、頭の中の葛藤ですら、観察対象にしようかと考えているのでした。また、それと同時に山のように聞きたいことがあり、それは、量が多いと言うよりは、私の気持ちの中で大きく肥大して、まるで、無計画にふくらみ続けたクラゲみたいに形が見あたらないのですが、とにかく、どうにかしてその思いをしっかりと解消したいと考えていたのでした。
「夏休みあと一週間なのに、宿題全部終わる訳ないじゃん!」 台風が崩れてただの雨風のかたまりになり関東にたどり着き、朝から強めの雨が降っている日の昼下がりでした。 夏休みをしっかりと満喫したのでしょう。すっかりと焼けた肌に汗をにじませ、どこで買ってきたのか、大きなペットボトル入りのサイダーを片手に私の部屋に現れたのでした。 昼御飯は食べたから、すぐに宿題ね。と、こちらの都合は聞かずに場所を確保し、通学で使っているカバンに夏休みの宿題をすべて詰め込んでやってきたのでした。 彼女の宿題のやり方は、その成績の割には合理的で、できないところはすべてとばし、でき���ところだけをできるところまで進めて、それで行き詰まると私に質問を持ってきて先に進めるというやり方をしていたのでした。 私のところに持ってきたところで代わりにやってあげることはなく、彼女は自分で解かなければならないのですが、それでも、質問できる相手が居るというのは心強いのでしょう。課題なども同じように私の部屋にやってきて仕上げていくのでした。 私の部屋はさして広いわけではなく、資料と本に居住スペースをとられて、かろうじて机の上だけが自由に使える空間なのでした。 大きめの机、それも会議室で使うような素っ気ないけれども大きい奴を二つ並べて使っています。狭い部屋の中にそんな物を入れているので、部屋の中のほとんどが机で、まるで机を囲むように本棚代わりのスチールラックがあり、あとは申し訳程度に家具を並べたような部屋でした。 それに、今日みたいな雨の日でも、ひさしの幅が広いおかげで雨が吹き込まないのをいいことに玄関や窓を全開にしています。彼女はいつもそのことに文句を言うのでした。 「ねえ、クーラーって使えないの?」 と、扇風機を占領しながら聞いてくるのでした。 しかし、これぐらいの子供と密室に居ると、私が子犬や子猫をかまってるような気持ちで相手にしていても、近所から何か言われそうでいやで、結局クーラーなどを使わず、窓を全開にしていたのでした。 彼女は、私が資料とノートパソコンを広げて作業しているはす向かいに陣取ると、慣れた手つきで、散らばっている本や資料の束をよけて、自分が宿題をするためのスペースを陣取るのでした。学校で使っているであろうカバンは、小さな人形やらキーホルダーやらがついていて、歩いているだけでもチャラチャラとどこにいるのかを自己主張しているようでした。そこから教科書やノートを取りだし、ペンケースをおいたりして陣取った中に自分の繭を作っていくのでした。 そして、おもむろにペットボトルからぐいっと一口サイダーを流し込むと、黙々と宿題に取り組むのでした。 そうすると、部屋の中は私が作業するパソコンのキーボードを打つ音と、時々資料を確認するときの紙がこすれる音、それとは別に宿題をする彼女が出す、コツコツサラサラとシャープペンの先が紙の上を走る音がするぐらいなのでした。 外からは大粒の雨が地面をたたく音が絶え間なく聞こえてくるのでした。 彼女は決して勉強ができないと言うわけではなく、ただ単に遊ぶのが忙しくて、宿題の時間を作らなかっただけなのでした。彼女に教えるのが苦にならないのは、質問の仕方が、わからないから教えろ、ではなく、やってみたけれども腑に落ちないから観てくれ、という聞き方をしてきたからでした。 授業を聞いてないから知らないだけで、頭の回転もはやく、ちゃんと勉強すればもっと成績が上がるのに、もったいないと思うことがよくあるのでした。
砂時計を前にして、私も返答しやすい聞き方をしよう、そう考え、頭をフル回転させてしているのですが、言葉が出てきません。まるで、重い泥をかき混ぜているかのように、口を開こうにも、言葉にならずとも何か音を出そうにも、思いっきりの力が必要になり、思考の一歩一歩がまるで先に行かないのでした。 彼女はすぐそばにいる。けれども、なにも動かない。 けれども、砂時計は一粒一粒とぎれなく落ちていく。もう、その砂が残りが少なくなってきました。 残された時間でなにができるかと考えるところまでたどりつけず、ただただ、残り時間の粒が落ちていくのを視界の中に入れ、黙りこくっているのでした。 「……もできるけど?」 彼女の言葉でした。私は、彼女の少し手前ぐらいに視線を落とし、汗をかきながら思案に暮れていたのでした。 「延長もできるけど?」 きわめて事務的な問いかけでした。 私は静かにうなづき、延長のお願いをしたのでした。 このとき、私の口からやっと出た言葉は「え、あ、うん」ぐらいの物で、会話と言うにはほど遠いやりとりしかなかったのでした。 六十分の基本時間に、三十分の延長がつきました。 私は、彼女を前にして、ほぼ一時間だまりと押していたことになります。 そもそも、私は彼女に対して何かを発信する権利はあるのでしょうか? そこからの自問を、もう、幾度ともなく繰り返していたのでした。 残された時間は三十分です。それだけの時間があれば、まだまだ話を聞いたりするのには余裕があります。 部屋に入ったときから砂を落とし続けた砂時計の中には、小さな山ができていたのでした。くぼみを隔てた下には、砂がそのガラスの丸さにあわせて下の方にまるく、そして、落ちる砂を受け続けている山のてっぺんでは、すこし砂がつもると小規模な雪崩を起こして、その裾野を広げようとしているのでした。その形は、水滴が平べったくなったようで、少しおもしろいなと思ったのでした。 彼女は、部屋に引かれている内線で、延長になったことを伝えます。そうして、カラーバックスの中からはじめにおかれた物よりも小さな砂時計を出したのでした。 また、時がはじめから落ちていきます。 彼女と私の間には、またも重い静寂が真綿の壁みたいにできあがったのでした。 彼女が私の部屋で勉強するときの静寂とは違いました。
彼女が私の部屋で勉強しているときは、黙々とシャープペンを動かし、そして、わからないところが出てくると突然「なにこれ!」と叫び、私に声をかけてくるのでした。 その当時は、静かに勉強してくれればじゃまにならないものなのに、と思っていたのですが、今となっては、あのころのように突然大きな声でも出してくれればと半ば願うような気持ちで考えていたのでした。 重い時間は淀み、濁り、そして、その重さで床が抜けてしまうのではないかと思ったのでした。しかし、そんなことはなく、ただ静かに砂時計が落ちていくだけで、まるで真空の中に漂っているような私がいるだけなのでした。 相変わらず、私の口は重い粘土で塗り固められたように堅く閉じ、このまま開かなくなってしまうのではないかと思ってました。このままだと、どんなに力を入れて口を開こうとしてもできなくなってしまうのではないかとも考え、声は出さずとも口だけは開けないかとやってみようかと考えましたが、それはそれで不自然なのでやめようと一人で結論づけたのでした。 全身がじっとりと汗ばみ、、膝の上にへばりついているかのようにおいている拳の中には汗がたまっているのでした。 砂時計のくびれをとおり、砂が流れていきます。きっと砂漠の流砂も鷲の目になり対局から眺めるとこんな感じで、ゆっくりと流れていくのだろうと考えを巡らし、それと同時に砂時計の中の一粒一粒の挙動まで想像しようとして、はたと、現実逃避に走ろうとしている自分に気づくのでした。
私の部屋で彼女が宿題をかたしていた時、その様子を見ながら、彼女もしっかり集中して取り組むことができるのだと感心することがありました。それが、せっぱつまった状態で出た力なのか、それとも天性で持ち合わせていたものをようやく発揮したのかはわかりません。ただ、集中し始めると、そのことに没頭し、私のことなど眼中になくなると言うのはよくあることでした。 彼女はいつものように紙パックのジュースを持ち込み、コンビニでもらったのか長いストローをさして飲みながら宿題をしていました。はじめは、視線だけはノートに保ちながら、顔を紙パックに近づけ飲んでいたのでした。徐々に宿題をするのに乗ってきたのか、ストローをくわえっぱなしにできるように自分の正面に紙パックを置き、両手を少し伸ばして抱え込むような姿勢でノートに書き込んでいたのでした。 ノートづくりには不便な格好だと思ったのですが、本人がそれでよいのなら、となにも言わずに自分の作業を続けていると、いつものトーンで、体がいたーい、と急に声を出し、猫が伸びをするみたいに、背中を伸ばしたり、腕を伸ばしたりしているのでした。
廊下で大音量で流されている店内BGMが部屋の中でも聞こえてきます。この大音量でそれぞれの部屋で行われていることの声や音をかき消そうといういとなのでしょう。私のようにじっとしている分には、その音楽はすこし音量が下がっているだけで、内容は十分にわかるのでした。 この部屋の中では、私と彼女、二人で床に座り、ただただ黙りこくっているだけなのでした。 彼女が急に伸びをします。 ふつうに座っていたのを、背中を伸ばして砂時計の方に顔を向け、その動きのまま腕を伸ばし、足も伸ばしてと、猫のあくびみたいな伸びをしていたのでした。 部屋の中に流れている音楽にかろうじて負けないぐらいの声量で、あの、もうそろそろ時間が、と彼女の声が聞こえたのでした。 おもわす、ええと、それじゃ延長を、と言おうと視線を彼女に向けたところで、彼女から、お金がかかるから延長はやめておいたほうがいいです、と言われたのでした。 私はその声に素直に答えてしまい、静かに二三度うなずき返事をしたのでした。 砂時計は、そのほとんどの砂が下に落ちています。ほんの少しだけ申し訳程度に上に残っている砂を視界のはしで確認して、黙ったまま出てきたのでした。
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