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No68 ガンダムNT見てきた
1日土曜日の話だけどもガンダムNTを見てきた話。
色々賛否言われてることはあるけども、個人的には良かったんじゃないかなーと。
全体の話から言えば、UCの続編で3号機のフェネクスを捕まえることを目的に主人公一派と袖付き一派が戦うい、さてどうなるか、ということ。
中身としてはまず原点にZ・ZZの流れがあって、ルオ商会やオーガスタ研の話が筋にあり、未知なる力で動くフェネクスを求める中で「ニュータイプとは何か」というとこに迫るのがこの作品。
作中でもあったけど、ニュータイプは魂との触れ合いや時を超えていつでも会うことができるということに結局落ち着くのかなと。
ずばり初代でもあったことですね。
今作中でもニュータイプじゃない人にも声が聞こえるって現象もあって、やってることもま��ます初代だなーと。
ガンダム論的に言えばミノフスキー粒子が〜ってことなんでしょうけども。
ただ個人的にはUCもだけどすごくイデオンだなあっていうところも多くて。
サイコフレームが人の意思を介して力を発揮することや、意思の大きさによって力も変わること、サイコフレーム自体がエネルギーを食い尽くすみたいなこと。
今作で言えばフェネクスの稼働するエネルギーそのものがミシェルとリタの意思で動いていること。
今作の方がより顕著だなってところは多くて、ナラティブがネオジオングを取り込もうとしてるところなんかまさにイデの暴走だなあって。
そして、時を超えて人がわかり合うとか宇宙の中での人の小ささとか。
人が死んでから魂だけになって、その空間では敵も味方もなくて無垢な状態になって宇宙ではない、その果てに行ってしまうとか。
すごくSFなんだけど、それでこそイデオン。
ガンダムサーガで言えばこれってZガンダムでも逆襲のシャアでも当てはまるんだけど、言うなれば富野監督そのものって感じ。
宇宙世紀ガンダムの話をするにあたってはもうガンダムだけの話では収まらなくなってしまうんだよなあやっぱり。
本当、1作限りって考えるとすごくすっきりしてて見やすいなって思いました。
小川さんの記事で吉沢監督のテンポ感すごく富野監督らしい人ってあったけど、この作品で言えば少し違うのかな?って思ったけどどうなんだろう。
いろんな人が見やすくマイルドにしてるのかもしれないし。
そういえばその記事に関連して新しいガンダムにチャレンジしていくってあったけど、確かに映像化されているガンダムの中では新しさはあった。
全ガンダム作品で言えばフェネクスの存在がペイルライダーとかEXAMとかALICEと被ってしまうんだけど、まあそれはそれとして内容が違うので新しさの方が際立ってると思う。
終わり方が終わり方なだけにUCの続編も間違いなくあるでしょうな。
解体されていないユニコーン、フロンタルのようなシャアのコピー体がいたこと、マーサの行方などなど。
これらがハサウェイで入れ込むとなると間違いなく1作限りじゃなく3、4話作ることになるからそれはないだろうけども触るくらいはあるんでしょうね。
そういえばおまけムービーのハサウェイは公開1か月前に入れ込むことが決まって作ってるモデルデータとデザインが決まってるハサウェイを動かしたみたいな無理くり作ったみたいな、正直なくても良かったんじゃないかってレベルだったけど、話題性としては抜群だなって。
でもなんだろう、1作の映画が終わってそのまま全く違う作品の予告みたいなのを見るって懐かしい気持ちでいっぱいになった。
昔はああいうのも��少しあった気がする。
あれはあれで映画が楽しみになるからもっとやってほしい方式だなあ。
何はともあれ、ガンダムって本当にいいですね。
こういう話延々としていたい....
18.12.3.午前7時
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No.67 そういえば最近のSNSって
いまいち使い分けができてないなーって。
FBでやってたことがtwitterにも流れちゃってFBは全く触らなくなってしまった。
その方が精神衛生面的に健康でいられるから全然いいんだけども。
tumblrもポートフォリオ用とかにしちゃってるから何かを集めるとかはしなくなってしまった。
そういえばPinterestも色々と情報が多くてうっとおしくなってもう開かなくなったな。
変な話、0年代前半のころのページをすっきりしたくらいのモノが落ち着いて見れるなあと。
いろんな情報が氾濫してて1つ1つに目がいっちゃうのが疲れるんだろうな。
そういう気付くもあるよなと最近。
台湾行くことが現実的になってきてるけどどこに行けばいいんだろ。
とりあえずは持っていくものとか用意しないとか。 18.11.30 午前6時
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No.66 いろんな人からの連絡
今日はいろんな人からの連絡があって驚いた1日。
それも普段連絡を取り合ってる人以外からの人ばかりでびっくり。
色々事情があって連絡が取りにくくなってしまった人とか、用事から解放されて連絡があったとか。
それぞれの人たちから僕が消えてなかったってことが素直に嬉しいや。
休んでから知り合った人たちだから一層そう思うのかも。
大事にしないとだ。 18.11.29 午前3時
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No.65 夢日記/2018.11.28
小中と同じ学校だった友達と今の年で会ってる夢を見たんだけどたぶん成人式以来会ってない友達の1人。
その友達と地元ではないであろう場所で歩いていて、お互いの近況報告をしていた。 少し前に結婚したとか最近付き合い出したとか。
なんでもない話で中身はないんだけど、起きた時に少しだけ温かくて切なくなってしまった。
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2018.11.27 ストレイテナー - Braver
youtube
小嶋貴之さんライクなミュージックビデオ。 オーバーラップをカットで繋げるあたりなんてもう
やっぱりミュージックビデオってこういうことだよなあ
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No.64 半年くらい経った
体を休め出してから半年くらい経った。
まあもうそろそろ体と頭を動かしたくてうずうずしてるんだけども、いざ画面を目の前にすると頭がキューっとするのを感じる。
ストレスなのかなやっぱり。
んー。
とはいえ映画見たら作りたい欲が湧き上がって来るし出かけるとやらないとなって気持ちが迫って来るしで。
家の中にいるからなのかなあ。
習慣もあるのか。
1日の終わりはこうやって向き合うことをするべきかなやっぱり。
とりあえず日記は日記で書いていかないとだ。 2018.11.27 16時
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No.63 ゼロの執���人
付き添いだったけど初めてコナンの映画を劇場で見た。
さすがコナンだけあって見応えはある。
アクションカットもびっくりするくらいしっかりしてるし、上手いなあって思うことばかりやってる。
内容で言えばそりゃ不都合な部分はあるけど、それに突っ込むのは野暮かなと。
内容で売ってるところではないし、広く間口を持ってるコンテンツだから仕方ないところですね。
子供からある程度の大人まで持たせようとするのは難しいところ。
物語の箇所箇所の細かいところ突っ込んでいくのはどこまでもやれるし、風呂敷を広げていていけるはずだけど、やりすぎると子供にはきつくなってしまうし大人もきつくなる。
それこそ子供が操縦するドローンの精度のことだったり、アメリカの宇宙機関の失態を国が放置してることとかもだし、まあ登場人物を少なくするために少し窮屈なことにはなってるけど、そもそも世界を巻き込む大事件みたいなことでの映画ではないのでそれはそれで良いのではないのかな。
細かいところにこだわる勢ってオタク気��な人たちになってしまうんだけど、でもある程度細かいところまで作らないと不満になってしまうしで、そういうところのコントロールも難しいなあと。
最近今更だけど君の名は。のことを考えてたこともあって色々考えさせられた。
今の段階で75億突破ってあるのはすごい。
まあファンが何回も行ってるのはあるんだけど、まあそれだけ支えられているコンテンツだという証拠。
ただの好きだけではそんな何回もいけないしそれだけハートを掴んでいるのはものすごいこと。
ただまあ、個人的な好みで言えばもっと癖が強い方が良いなって思ったけど、あくまで個人の話。
そして個人的なピークは「空からか!」でした。
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No.62 誰かのために。
ここ1年弱くらいずっと悪いサイクルが続いている。
いや、今思うとだけと大学卒業する前からずっと。
ただ悪いサイクルっていっても種類が違う。
いっとき良い感じのサイクルもあったわけで。
で、最近休みがちになって色々見聞きして改めて自分をプロファイルしてみると、結局は熱量の向け方で仕事でやってることに対して熱量を向けることができないなってところでずっと苦しんでいるんだなって。
なんというか、今いる会社にはないものをずっと望んでいて、それを探してばかりいて疲弊してしまっている。
わかるきっかけがやっぱりヤンサンで、自分のことをアピールするこを考えてるとやってると良いものってできないよねってことで、「そこに愛はありますか」って何気無に言葉が刺さって。
振り返ると今まで自分のキャリアハイって思う動きをしてた案件って自分のことじゃなくて誰かの作りたいものを形にする時だし、そこに自分のやりたいことを乗せてやってた時だなって思った。
カタラズしかり孝太郎さんのPVしかり去年の品川しかり。
で、実際に仕事し出してからは自分の活躍が届いて欲しい人に届いて、それがその人の活力の1つになればって思っていたけど、去年の後半から今まではそれがなくなっていて、自分のことをどうにかしないとってなってた。
結局そのストレスで自分の体を壊すはめになって、すごい勢いで悪循環に繋がってしまって、しまいにはレギュラーでやっている案件も外される。
案件から外されるって知った時には本当虚無感があったけど、20分くらいしてから逆にもうどうでもいいやってなって、本当に今の会社に何も望まなくなってい���ってことがある。
良い意味でも悪い意味でも、本当に自分を解放してやりたいことに力をかけないとねって今考えてる。
今は会いたい人に会いに行くことと、簡単なところから本当に進みたい道のことをやってみようって。
ちょっとずつシフトして、今の会社の仕事はほどほどにして、自分を回復させていって本来の道へ力をどんどん入れていきたい。
まずはやらなくなってたPVかな、簡単にでも良いから形にしたい。
ある種けじめとして。そしてそこから次に繋げたい。
実際、これをまとめているのは会社の中だけど、もう会社からどう見られてるとかもどうでもいいやってなった。
本当に大事にしたいこと、本来届けたい人に届いて、その人の一部になって少しでも生きることに繋がってってことに力をかけよう。
18.04.24 16時会社の中
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No.61 簡単にできるやりたいとこはやらないとやばい
今週の土日も寝て潰れてしまったから結局何もできず。
ずっと前々から考えてた展示に行くとか欲しいものを見に行くとか、そういうことができないとなんで東京にいんだって気持ちになってしまう。
仕事もろくにできてないのにプライベートまで死んでたら本当マジでやばいな。
とりあえず今パッと頭にある簡単にやりたいことをリスト化しとく
・ベット近くの棚を買う
・机の上に小さい棚をおく
・電動ドライバーをどうにか使えるようにする
・PS4を買う
・ PS3を買う
・落合陽一の展示を見に行く
・レディプレイヤー1を見に行く
・シーツを買う
・渋谷に香水のサンプルを見に行く
・カーペットを変える。
・NASをどうにかする。 18.04.23 明け方
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No.60 パシフィック・リム アップライジングを見た
初めてのMX4D、久しぶりの3D。 3Dは昔よりも圧倒的に見やすくなってメガネも軽くなってた。
見た印象だけ言えば、1よりもマイルドになってて見やすくなってて、逆に言えばもっと毒々しくてもよかったのかも。 アベンジャーとイェーガーの戦闘はそりゃあもうニヤケてしまった。
そして色々と笑いどころがもう日本のアニメ的な入れ方で「ああここ笑いどころか」って冷めてしまったけど笑ってる人はたくさんいたから通用するもんだなと考えさせられた。
ただ前回のものよりも濃さはなくなっているから前回の毒々しさとか濃さを求めてると違うんだろうな。
パシフィックリムへの熱量が高いと不満に感じるかも。
トータルして日本アニメをすごいリスペクトしてるのもいろんなところで見えて、新しいロボットが出てくるときに名前を呼ぶようにして登場するとか武器名も叫ぶとかもうスーパーロボットの文脈。
最後のジブシーのポーズなんてどうみてもマジンガーシリーズ。
コックピットでのインターフェースを見てるとユニコーンとかビルダファイターズを感じたけど、インタビュー記事からみるにユニコーンなんだなってわかった。
実際ユニコーン出てきて、背景の会社にはハナハイムって出てたし、劇場で思わず声が出てしまった。
ずっと待ち望んでたけどやっぱり面白かった。今年はこれを超えるロボットものってなかなか出てこなさそう。
18.04.16
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No.59 胸に残る夢を見た
すごくほっこりとして、ドシンと残る夢を見た。
内容は具体的なところまでは覚えていないものの、以前から友達だった女の子と結ばれるということ。
そして結ばれたタイミングで離れ離れになるということ。
状況はよくある自分と男の友人と女の子の3角関係。
どういう経緯で結ばれたのかは覚えてないんだけど、悲しいのか寂しいのか泣きながら抱き合う2人と、女の子は男の友人と手をつないでいる。
この後、女の子と手をつないで駅に向かう。
これ客観的に見たら俺結ばれてないじゃん。
でも手をつないでいたときの柔らかさとか暖かさが残っている。
駅には上司だか仲間だかがいて、一緒に機関車へ乗り込もうとする。
季節は雪が積もり、さらに雪が降り続ける真冬。
機関車が走らないことを知り、自宅へ引き返すと自宅に1台の車が。
現実に知ってる人、知らない人が3、4人ほどいて、実感の玄関で泣きながら抱き合う。
口々に頑張ってと言われた。
この時の抱いてくれた時のちゃんと正面から面と向かって言われて、それを真正面から見る自分が居て、抱いてくれたときの柔らかさとか優しさとか悲しさとか、ああ生きててよかったって思っても良いくらいのほっかりした気持ちが起きてもずっと残っていた。
覚えてるのはこれくらい。
なんだろう、単純に人恋しいだけなのかな。
気持ち、整理しないとだし、ちゃんとつたえろってことなのかな。
いい加減我慢もやめないとな
18.04.14
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No.58 リメンバー・ミーを見た
はじめ同時上映のアナ雪のスピンオフもあったけど、あまり話に入り込めずCGの動きだったり質感ばかり追ってしまってた。あれきっとアナ雪らしい話なはずなんだけど、あまり乗れなかった。
クリスマス文化に親しみがないのもあるのかな。伝統を~っていうのも伝統の捉え方なのかも。
リメンバーミーは見る前でいうとやっぱり最近あるミュージカル調なものに乗ってるのかなって思ったけど思った以上にそういう部分は少なくてむしろ映画な画作りなのもあってどんどん引き込まれた。
内容は全然複雑でなく単純で、トリックとして父親そっちかいっていうのもあまり感じさせることがなくそういう事実だったのがあったから驚きな部分があったし。
単純な話で驚きもあって最後はみんなハッピーっていうザ・アメリカのアニメーションだなって思うけど、見る人が1つの物語を体験して何かを持って帰れるってすごいなって思わされる。
自分たちが作ってるものってそういう体験になっているのだろうか。
あとやっぱり所々のエフェクトは気持ちいな、あれ実際にやりたいって思わせる。
次は来週パシリムかアベンジャーズかな
グレイテストは自分には受け付けないから見ないかも。 18.04.08夕方
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N0.57 思考停止する
本当にこんなこと初めてってくらい思考停止する。
何かやろう、これ頑張ろうって思って会社行っても着いた途端にそれらがすべて吹っ飛ぶ。
結果考えが止まる。
ストレスがそうさせてるってことはもう十分わかってる。
でもだからってどうすればいいんですか。
何をどうすればいいかわからない。
2月13日のこと言っても仕方ない。
どうすればいい、本当わからない。
とりあえず恩人のためのMVを成功させないとだけど、それも危ういかもしれない。
くっそ。
毎晩泣きたくなってるこの現実をどうにかしたい。
18.02.06明けてすぐ。
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夢日記をつけるとすごいらしい vol.1
よく夢を見るんだけど、その時の内容って実は起きてからしばらくは覚えていたりして。本当に印象にの頃とずっと残っているんだけども。
なにやら夢日記って割と重要らしいので、特に何もするでもない日々の中で少しずつ夢日記をつけていこうと思う。 2017.10.14 昼寝 夢の中で会社を辞めた人たちと1泊2日の集団旅行的な場所で会ってた。
その中には会社の人たちだけじゃなく、地元でしばらく会っていない同級生とか幼馴染とかもいたり。
すべてがごちゃ混ぜになってるだけど、みんな仲良しになってる状況。
その中で何の疑問も持たずに普通に接していたな。
料理作ったりテレビ見てたり、ショッピングセンター的な場所の中だったからトイレ行くっつって一番綺麗で広いところまで行ってた。
1年ぶりぐらいの元同僚の人たちが本当良い顔してた。
1泊したのか、良い時間になったのか、昼前に何台かの車に別れて別の場所に移動。
車は全部で3台で、周りはXVとかフォレスターみたいな車に乗ってたけど、僕はシャトル型?のVitz。そんな車あるのかな。後部座席だったんだけど、シートとシートが独立してて左右前後に少し動いたり、共有の部分でそれを制御してた。ちょっとギミック満載で面白かった。僕は右側のシート、左側に会社の先輩で、真ん中に幼馴染が座ろうとしてたんだけど、座��なくて後ろの荷物起きで立ち膝してた。でもそこが一番広くて当たりだなって会話。
その時先輩が僕は風景見てるのが好きだから広さよりも窓側がいいんでしょってニヤニヤしながら質問してきた。その通りだったから「うんまぁ」みたいな返しをした。
覚えてるのはここまで。
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N0.56 どこに向かって
ずっとどこに向かってんだろうな状態が続いている。
会社がどうこうなんてもう1年間に興味がなくなり、やりたい仕事もパッとせず、中心からどんどん遠ざかっていく。
我慢できずにスケッチブックを広げても何描いたらいいかもわかんねえし。
昔は無意味でも描けていたのに。
どんどん息苦しくなるっていくな。
いつまでこんなことして時間を無駄にするつもりだ。
あーどこーだと考える自分にも、色々話せるだけ信用できない周りにも、本当面倒臭い事ばかりだな。 2017.08.01 無重力時間
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テクノロジーアートの祭典「Media Ambition Tokyo」が開催されている(〜2017年3月12日)。去る2月12日に行われた『美術手帖』編集長の岩渕貞哉とメディアアーティストの八谷和彦、落合陽一によるトークセッションで問われたのは、「アーティスト」と「テクノロジー」の関係性だ。
プロジェクションマッピングやAR/VR技術など、テクノロジーを活用した表現���着目が集まる機会が増えている。リオオリンピックの閉会式で見せた、東京大会へのプレゼンテーションも記憶に新しいことだろう。
アートにとって(あるいはアーティストにとって)、いまやテクノロジーは画材であり、素材であり、また表現そのものだ。MAT2017のトークセッションに姿を現した落合陽一はその体現者のひとりであり、国内外のアート情報を掲載する『美術手帖』編集長の岩渕貞哉はそれを美術史として位置づける役割を担う。
メディアアーティストとして自作飛行機の夢を追う八谷和彦を加え、「アーティストにとってのテクノロジー」を題材に語られた1時間からは、日本におけるメディアアートの「断絶」が見えてきた。この溝は、埋まるのか。
INFORMATION
3/12まで開催、テクノロジーアートの祭典「MAT 2017」
「MEDIA AMBITION TOKYO」は、最先端のテクノロジーカルチャーを実験的なアプローチで都市実装する“リアルショーケース”。六本木を中心に、渋谷や原宿、銀座、飯田橋からお台場まで、東京都内各所を舞台に最先端のアートや映像、音楽、パフォーマンス、トークショー等が集結する。会期は、2017/2/11(土)~3/12(日)。詳細はmediaambitiontokyo.jpにて。
テクノロジーはアップデートされる
落合陽一(以下、落合) 俺はエジソンがずっと好きなんです。19世紀から21世紀に至るオーディオヴィジュアル、つまり音が何かから拡散する、光が結像して動画が見える、どちらもエジソンがつくったものです。その上で俺たちは踊り続けているだけではなくて、オーディオヴィジュアルの再解釈と、エジソン以来のテクノロジーをアップデートするためのメディア装置をつくりたいと考えています。人間の耳や目で満足しきれない、より高い周波数や強度のある解像度をいかにつくれるか、とかですね。
八谷和彦(以下、八谷) ぼくは、落合さんやチームラボ、ライゾマティクスみたいにコンピューターを使う人たちがたくさんいるから領域を分けるようにしていて(笑)、最近はジェットエンジンを使った作品が多いです。2003年からは『風の谷のナウシカ』に出てくる飛行機の実物をつくるプロジェクトを続けています。落合さんからエジソンの話を聞いて、ぼくがジェットエンジンを使い始めた理由は「可聴域の外」を扱いたかったからだと思い出しました。ジェットエンジンが始動すると高い周波数の音が出るのですが、音程として聞こえないけれど、音圧としては体がビンビン感じるんです。それが面白かった。
落合 飛行機の設計って、免許が必要だったりするんですか?
八谷 免許はいらないのですが、設計できる人がそもそも少ないので、エンジニアと組んでいます。落合さんは自分でエンジニアリングもしていると思いますが、ぼくはプロと組んでものづくりをよくします。というのも、「PostPet」や「OpenSky」に用いているような研究機関が発表する技術やスキルは「技術だけ」の公開で、本当の「面白さ」がまったく伝わっていないと思います。
八谷和彦|KAZUHIKO HACHIYA 1966年生まれ。メディアアーティスト、東京芸術大学美術学部准教授。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業。個人TV放送局ユニット 「SMTV」、コンサルティング会社勤務を経て現在に至る。代表作は『視聴覚交換マシン』や『OpenSky』など機能をもった装置が多い。メールソフト『ポストペット』の開発者でもある。PHOTOGRAPH BY MEDIA AMBITION TOKYO
見習うべき『アナ雪』のアルゴリズム
八谷 ぜひ岩渕さんに聞いてみたいのですが、チームラボやライゾマティクス、落合さんといったテクノロジーとアートをかけ合わせた人たちを、美術史のなかに組み込む上で扱い方に困ることはありませんか?
岩渕貞哉(以下、岩渕) それでいうと、落合さんが一番困ります(笑)。チームラボなら美術史や日本絵画からのアプローチがあり、テクノロジーで体験を変えているといえますが、落合さんは研究開発と作品制作が一体化しているタイプです。普通のアーティストなら「テクノロジーを使って何ができるか、新しいヴィジョンをいかに見せるか」を提供することが多いなかで、落合さんはテクノロジー自体が作品になっている。
落合 そうですね。1960年代の物理系の論文に多いのですが、「どうしてコンピューターを使わないのだろう?」と思える「かゆいところに手が届かないこと」を見つけていくのがぼくは結構好きなんです。たとえば、空中にプラズマで絵を描く『Fairy Lights in Femtoseconds』も研究自体はいままでの成果にもあったけれど、いまならフェムト秒レーザーを使えばいいと考えた。だから、作品がオーディオヴィジュアルをアップデート「してしまう」ことが多いんですね。
岩渕 落合さんにとって、研究発表と作品の違いは何なのでしょう。よくおっしゃられる「エモさ」ですか?
落合 エモさを表すときに「ポエティックな技術」と言うことがあります。たとえば、200ナノメートル��どしかない膜の上で光が拡散していたら、人類の視覚体験としていままでなかったはずのものだから、すごくエモい。でも、そういうものをつくっても論文にはならない。なぜなら、論文は「何の役に立つのか」を明確にする必要があるからです。ただ、それを見せたときに、それそのものがアートになるかといえば成り得るんです。
岩渕 なるほど。「技術の先進性」はアート界で評価の対象になりにくいですね。
落合陽一『Colloidal Display』。超音波振動によってシャボン膜を振動させて得られる拡散状態と、映写機の光によって映し出された蝶の姿を鑑賞する。「映像という音と光によるメディアを再考し、より物質性をもった映像表現を探求するための思考をインスタレーションの形で表現した」PHOTOGRAPH BY MEDIA AMBITION TOKYO
落合 ただ、北米は「表現の表側と裏側」をセットにしなければ成立しないコミュニティーを50年間ぐらいで培ってきたんですよ。『アナと雪の女王』なんていい例です。
八谷 あぁ、『アナ雪』は雪の降るシーンに感じるリアリズムが、実はすべてコンピューターのアルゴリズムでつくられているんですよね。あそこまで到達するのに研究もなされ、最終的にアニメーションとして成立させ、興行収入を上げる。日本でも同じように経済と結びつく動きがもっとあればいいと本当に思います。そういう面からいうと、メディアアートは経済とは結びつきやすいですが…日本ではまだまだといった感じを受けます。
落合 そうですね。なぜ日本はテクノロジーがアートの文脈に接続されないままなのか。それに、日本芸術にコンピューターグラフィックスが足りないのは、この分野は日本人が不得手で、そもそもアーティストかつ理系や技術系の脳をもっている人が少ないと思うんです。それに、ぼくらはいま、ハリウッドを無視して「日本のメディアアートの技術はすごい」と話してしまっているのもまずい。どう考えてもハリウッドスタジオの方がすごいですから。そこに「断絶」がある。
八谷 たしかに日本では原理的なアートとしての語られ方が弱いですね。ただ、アメリカあたりにはテクノロジーとアートの両方を素養として備える人がいる。これは教育批判になってしまいますが、理系、文系、芸術系と、日本は早くに分け過ぎてしまっている気はします。子供のころの興味は、両方にあったりしたはずだけれど。
落合陽一|YOICHI OCHIAI 1987年生まれ。メディアアーティスト/研究者。東京大学大学院学際情報学博士課程修了。筑波大学大学院助教。デジタルネイチャー研究室主宰。ものを動かす概念を変え、現実世界の書き換えをするべく光、電場、空気場、音、磁場、電波、超伝導といった「場」のコントロールを研究領域としている。PHOTOGRAPH BY MEDIA AMBITION TOKYO
メディアアートにはもう、アーティストはいらない���
落合 先日、クアラルンプールで個展を開いたのですが、来場した美術関係者に「テクノロジーとアートを文脈として接続することを作家は考えずともいい。それは批評家の問題では?」といったようなことを言われました。つまり、日本には批評できる人がいないが、メディアアーティストはたくさんいる状態です。大学に「メディアデザイン学科」といったものはたくさんつくったけれど、メディア美術とメディア技術、もしくは美術史を貫通して他人に物事を伝えられるような、キュレーターの育成が足りていないんですね。
八谷 論評や批評は明らかに少ないですね。ぼくが岩渕さんに落合さんの位置付けを投げかけたのは、実は裏側にはそういう意味合いがありました。もうちょっと年月が経っていけば、改善されてくるんじゃないかと思いますが…。
落合 ええ。2015年ぐらいから、それこそ『美術手帖』の特集であったり、「Art Hack Day」が流行したり、去年はオリンピックの閉会式で真鍋(大度)さんなどのメジャー度が上がったりして、急にその空気が薄くなってフラットになっている時代性は感じます。
落合陽一『Levitrope』。金属球を磁気浮上させ、車輪状かつ一定方向へ回転し続けることで、景観を球体に写し撮るインスタレーション。”Levitrope”は、“lev(浮揚)”と “trope(回転)”からなる造語。落合陽一は「浮遊と回転」というキーを用い、エジソンの時代と現代をつないだ。PHOTOGRAPH BY MEDIA AMBITION TOKYO
八谷 オリンピックでいうと2020年はすぐに来るし、そこをゴールにしてしまってはよくないと思っています。おそらくオリンピックの前年あたりは文化振興でお金もたくさん投下されるでしょうから、若いアーティストが変なものや面白いものをつくれるようになるのが、ぼくはすごくいいことで、楽しみでもあるのですけれど。
落合 メディアアートの面白さって、希少性のあるテクノロジーで作品を生んでもいいことなんですよ。つまり、美術的な文脈の話をすれば、画廊で美術品を売るかのように、超高精細な描画技術をそのまま売ってもよいことにある。ぼくが人工知能やコンピューターサイエンスの発展を面白く感じているところは、いままでならペイしなかったようなマス向けのテクノロジーを、必要としているたったひとりのために発明することが比較的可能になってきたことなんです。たとえば、脚に障害がある人のためだけに情報科学者が来て、採寸や計算もすべて行ってワンメイドにできることがすごく重要。
岩渕 それは「ユニヴァーサル」の概念が変わりますね。
八谷 パーソナライズされたデザインと同じく、一点モノをつくる技術が根底にありますね。いまは3Dプリン��ィングをベースにして金属やカーボンで使用者専用の義足をつくる技術も出てきています。今後は介助だけにとどまらず、発展や発達の余地がある。「ポストオリンピック」というか、オリンピック開催後に「日本は衰退しました」みたいにならないような考え方があるべきだと思います。
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