#熱死人不償命
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ari0921 · 1 year ago
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要求されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。そもそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当に危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックア��マルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意��を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。
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kennak · 2 months ago
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1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」は、戦後最大の冤罪の一つと言われ、死刑判決が確定していた袴田巌さん(87)のやり直し裁判が近く静岡地裁で始まる。死刑確定事件の再審では戦後5例目だが、この事件の前にはいくつもの冤罪事件が同じ静岡県で起きていることをご存じだろうか。その一つ、「二俣事件」では、拷問によって無実の少年に一家4人惨殺を“自白”させたばかりか、拷問の事実を告発した刑事を偽証罪で逮捕した揚げ句、精神疾患に仕立て上げるという警察・検察の報復があった。家族もろとも偏見の目にさらされた刑事の妻・山崎まさは今も存命だ。今月27日、106歳になるまさは「当時の苦しみは言葉にできない」と涙ながらに振り返った。(文・写真:秦融/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/文中敬称略) まさが住む愛知県みよし市は、名古屋市と豊田市に挟まれた位置にある。市街地から少し離れた一軒家で呼び鈴を押すと、次女の天野功子(のりこ、76)が出迎えてくれた。 まさの夫であり、功子の父である山崎兵八(ひょうはち)は静岡県の警察官だった。 昭和の冤罪・二俣事件は1950年1月、同県二俣町(現・浜松市天竜区)で発生した。就寝中の夫妻が刃物で刺されて死亡、2歳の長女が首を絞められ、11カ月の次女が母親の下敷きになり窒息死した。事件後、近所に住む18歳の少年が強盗殺人罪などで起訴され、一審、二審で死刑判決。その後に逆転無罪となった。 兵八は、現職の警察官ながら警察組織を敵に回し、拷問による取り調べがあったと告発、少年の刑事裁判で証言台に立った人物だ。告発は審理の終盤。巡査だった兵八は読売新聞社と弁護人に宛てて手紙を書き、「(少年は)犯人ではない。新憲法下今なお人権を無視した拷問により罪をなすりつけられたものだ」「江口捜査課長と紅林主任は少年に会った時の第一印象で“彼は犯人だ”と判定、証拠集めの指令を発した」などと記した。 告発前、妻のまさは「そこまでしなくても」と夫の行動に反対だった。夫は「(少年が)自分の子どもだったらどうする?」と妻に問い、固い決意を伝えた。 当時を振り返るまさの受け答えは、とても100歳過ぎとは思えないほど明瞭だ。 「はい、そう言われました。『もしか、この子が私らの子どもだったらどうするかね?』と。間違いないです」 兵八は、弱い人や苦しんでいる人を放っておけない性格だったらしい。夫について、まさはこう語った。 「お父さんにはものすごく、そういうところがあった。きっと、生まれるときからそういう性格を授かってきたんだよね。私も、人を陥れるようなことは絶対にしたくないと思ってね。困っている人には、ねんごろ(親切)にしてね。人が難儀してると『ああ、かわいそうだなあ』って、すぐ思っちゃうんだよね」 しかし、告発は一直線には実を結ばなかった。 二俣警察署の捜査本部で捜査に関わっていた兵八は法廷で「拷問による自白」と証言したにもかかわらず、一審の静岡地裁浜松支部は死刑判決を下す。それどころか、判決の日、兵八は偽証罪で逮捕された。 「正義」の代償は、それにとどまらず、家族もろとも路頭に迷わせる“仕打ち”へと進んでいく。 逮捕後、兵八は名古屋大学医学部の教授による精神鑑定で「妄想性痴呆症」と診断された。裁判では、証人出廷した警察署長が「変人」などと兵八の人格を否定。一審で少年に死刑判決が下ったことから「警察の捜査は正しかった」ということになり、判決に異を唱える兵八は異常者とされたのだ。 辞表を出すと、兵八は精神疾患という診断を理由に、運転免許証をはく奪された。警察を辞めた後は、家族を養うため、トラックの運転手になるつもりだったが、免許なしではそれもできず、他の仕事も簡単に見つからない。逮捕・投獄された兵八は世間の偏見の目にさらされた。 当時10代だった長女・児玉澄子(故人)の手記によると、家族は耐え難い苦しみを味わうことになった。 「父は職も地位も奪われて、仕事を探し、失敗し、書を読み、そして苦しみの多い日は母や私達に当たり散らした」「父母を助けなくては。新聞配達を始めた(のは)五年生の冬でした。学校を休んで早引きをして手伝った畑仕事」「冷たい近所の人たちの目、 幼い弟はいつもいじめられ泣いて帰ってきた。『ボクのおとうちゃんどうしてブタ箱にいるの?』 と…」「母の土方の荒れた手とあかぎれの足のひびわれ」(手記から) ��難はさらに続く。 1961年3月には自宅が全焼した。報道では「火の不始末が原因」などと伝えられたが、当時中学生だった次女の功子は、火災の数日前、自宅の前で見知らぬ男から「山崎さんのお宅はここか」と尋ねられたことを覚えている。また、功子の弟は「火が出る前に半長靴の男が家から出ていくのを見た」と家族に話し、警察にも伝えた。ところが、警察では「半長靴の男」の目撃証言が、弟自身の火遊びをごまかすためだったのではないかと疑われてしまう。 当時を思い起こし、功子は言った。 「最後は、母の火の不始末にされてしまいました。弟に傷がつくよりはまし、ということで母が全てをかぶったんです……父は名誉を回復するため裁判に訴えることも考え、二俣事件の資料を集めていました。“放火”はその資料を灰にすることが目的だったとしか思えません」 火災の真相は今や確かめようもないが、兵八が裁判を起こせば、警察側は捜査の正当性を主張しただろう。兵八を「変人扱い」した者たちの「偽証」も問われかねない。そのようなタイミングで火災が起きたことは事実だった。 「ようやく、ほっかむりが取れた」 山崎まささん(右)、天野功子さん 二俣事件の上告審で最高裁は、死刑を言い渡した静岡地裁の原判決を破棄し、1958年1月に少年の無罪が確定した。 無罪への転機は、東京高裁が控訴を棄却(1951年9月)した後、らつ腕の弁護士、清瀬一郎(1884‐1967年)が弁護人に就いたことだった。清瀬は衆議院議長などを歴任した大物政治家。戦勝国による極東軍事裁判(東京裁判)では東条英機の弁護人を務めた。 清瀬の無罪主張を受け、最高裁は2年余に及ぶ審理を経て「事実誤認の疑いがある」と原判決を破棄。その後の差し戻し審では、拷問によって警察の筋書き通りに自白させた供述の信用性が否定され、地裁、高裁とも無罪判決となった。筋書きと事実との矛盾が次々に明らかになり、検察は上告を断念、少年(逮捕当時)の冤罪は事件から8年を経てようやく晴れた。少年を犯人と決めつけ、筋書きに合う捜査しかしていない警察が再捜査に動くことはなかった。 傍らに座る母・まさを見やりながら、天野功子が言う。 「少年の無罪判決が出たときに、母は『これでようやく“ほっかむり”が取れた』と言ったんです。ね、そうだよね? お父さんの疑いが晴れた時に言ったよね? それまでお母さんはずっとほっかむりして生きとったんだよね」 顔を隠す頬かむりをせず、堂々と外を歩けるようになったという意味だ。当時を思い出したように、まさが涙ぐむ。 「お父さん(兵八)が逮捕され、自分一人で子どもたちを守らなくてはいけなくなったときの不��や苦しさは、言うに言えません。本当につらい思いをしました」 兵八は2001年、87歳で他界した。 その4年前には『現場刑事の告発 二俣事件の真相』を自費出版している。告発に至る経緯については、次のように記されている。 「心の片隅で『お前は正義の味方ではないのか。警察は国民の生命財産を守るのが使命ではないか。立ち上がるのだ』と叫ぶ声が聞こえてくるのだった。片一方の隅では、『黙っていて見過ごすのだ。あと五年経てばお前には恩給もつくのだ。恩給だけで暮らしてゆけるのだ。何も正義ぶりをする事はない。寄らば大樹の陰。大きな(長い)物には巻かれろ、ではないか』と叫ぶ声が五体に響いてくるのだった」 島田事件対策協議会で、無実の男性救済を話し合う兵八(正面左から2人目)ら(鈴木昂さん提供) 兵八によると、二俣事件の取り調べで少年に拷問していることを薄々知っていた警察官は他にもおり、「少年は無実」と思っていた署員もいた。しかし、誰もが「見ざる聞かざる言わざる」となり、法廷では「捜査は正しかった」と偽証を繰り返した。 この“拷問”に関わった刑事の一人が、捜査チーム主任の紅林麻雄警部補だったとされる。紅林は二俣事件だけでなく、同じ静岡県で起きた1948年の幸浦事件(被告は死刑判決、後に無罪)、1950年の小島事件(無期懲役判決、後に無罪)の捜査に関わり、多くの冤罪を生んだ。1966年の袴田事件では、拷問まがいの取り調べで自白を引き出し、警察が犯行の手口を考え出し、それに合う証拠や証言をつくって自白を裏付ける、という同じ手法が使われた。 二俣事件など同時期に続発した冤罪事件が「袴田事件の源流」と呼ばれる理由はそこにある。 同じ時期に起きた島田事件(1954年、死刑確定後の89年に再審無罪)の支援活動に奔走した元高校教師、鈴木昂は「山崎兵八さんには支援集会で講演をお願いし、熱意にあふれる話に引き込まれた。袴田事件の支援要請にも応じておられ、尽力を惜しまない人だった」と話す。 兵八・まさの夫婦は3男2女をもうけ、それとは別に2人の子どもを養っていた。そのうちの1人は勤務先の警察署で補導された、身寄りのない男児だった。まさによると、兵八が「面倒をみてやってほしい」と連れてきたという。 「放っておくのがつらかったらしくてね。(警察官という)職業柄もそうしてやらないかんと思ってだろうね」 まさの話によると、兵八の人柄をしのぶエピソードは他にもある。 「お百姓さんが、あるとき『これを食べてくれ』と駐在所に麦を2袋持ってきてね。お父さんは『絶対に手をつけるな』と言って。腐るかどうかという寸前で、やっと村の人と分けて食べた。それくらいの人でした」 弱い人、苦しんでいる人を助け、不正には手を染めない。まさが語る「警察官・山崎兵八」からは、組織内での孤立を恐れて自己保身に走るのではなく、人の心を大切にし、正しいと信じる道を貫くという人物像が浮かび上がる。 兵八の「正義」を押しつぶした警察・検察、さらには捜査側に寄った裁判所の不当な判決は、昭和から平成へと続き、真実や人権よりもメンツを重んじて自己検証を拒絶する姿勢は、令和の時代にも地続きのように受け継がれている。 96歳の原口アヤ子さんが無実を訴え続ける大崎事件の弁護人で、日本弁護士連合会の再審法改正実現本部・本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士は「一刻も早く再審法を改正しなければ悲劇が繰り返される」と危機感をにじませ、改正の要点を次のように指摘する。 「一つは証拠開示の問題です。大崎事件の第2次再審では高裁の裁判長の積極的な訴訟指揮で、それまで検察官が『ない、ない』と言い続けてきた証拠が213点出てきました。さらに第3次再審になると新たに18点出た。なぜ、こんなことが起きるのか。証拠開示を定めたルールがないからです。大崎事件だけでなく、布川事件、東電女性社員事件、松橋事件などは、再審を求める中で重要な証拠が開示され、再審開始決定の決め手になった。規定がないために、検察は隠し通そうとし、開示が個々の裁判官の“やる気”に左右されるのです」 二つ目は検察官の抗告(不服申し立て)の問題だという。 「再審開始決定が出ても、検察官が抗告し、いつまでも再審公判が開かれない。再審は本来、無実の人を救済する制度で、検察官といえども立場は同じはず。ドイツでは検察官の抗告は禁止されている。袴田事件では最初の開始決定から9年、大崎事件は21年、名張毒ぶどう酒事件では奥西勝・元死刑囚の命が尽きてしまった。抗告の弊害による悲劇をなくさなければいけない」 二俣事件の関係者がほとんど他界した中で、まさは穏やかな日々を生きている。 「天寿をいただいているんだよね。まだこれだけ元気でね、みんなのエネルギーをもらっている。人を見放しておくよりも助けてやりたい、という気持ちで生きてきて本当に良かった、と。そう思ってね。やっぱり人に意地悪はするもんじゃないな、ってね。人を助ければ助けてもらえるな、って思うよね。毎日そう思いながらこうしていますよ」 秦融(はた・とおる)1961年、愛知県生まれ。ジャーナリスト。フロントラインプレス所属。元中日新聞編集��員。滋賀・呼吸器事件の調査報道を描いた著書『冤罪をほどく……“供述弱者”とは誰か』(風媒社)で、2022年の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。至学館大学コミュニケーション研究所客員研究員。 「#昭和98年」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。仮に昭和が続いていれば、今年で昭和98年。令和になり5年が経ちますが、文化や価値観など現在にも「昭和」「平成」の面影は残っているのではないでしょうか。3つの元号を通して見える違いや残していきたい伝統を振り返り、「今」に活かしたい教訓や、楽しめる情報を発信します。
「拷問」を告発した警察官の夫は逮捕され、異常者扱い――105歳が語る「冤罪」の長い苦しみ #昭和98年(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
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nyantria · 3 months ago
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イードン博士の発言以来色々騒がれている(らしい)イベルメクチンですがナカムラクリニックの中村篤史先生がほぼ現時点でかの薬をどう扱うべきかのファイナルアンサーというか非常に優れたヒントとなる素晴らしいブログエントリーを書いてい��したので転載しておきますね〜
ちなみに私はコロナの存在自体ずっと疑っているのでイベルメクチンを飲む必要を感じなかったし、本当に優れた薬だとしても今まで飲んだことのない知らない薬を個人輸入して飲むなんて怖くて私にはちょっとムリだろ〜とか思っていました。
この度のイードン博士の告発によって私にとっても改めて調べるきっかけになり、とにかく焦って未知の薬には手を出したりしない方がいいんだなってことにまた確信が持てました。
感謝。
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以下、引用転載(前略)
イベルメクチン
2022年11月14日
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コロナへの有効性を検証するイベルメクチンの治験にビル&メリンダゲイツ財団が出資しているという記事。
ビルゲイツといえば、今回のコロナ騒動の仕掛け人のひとりですよ。「ワクチンで人口削減が可能」と公言している人が、イベルメクチンの普及に協力しているわけです。
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「イベルメクチンは、脳に作用しない限り、100%安全です。血液脳関門が正常であれば、イベルメクチンの安全性は確実です。しかしイベルメクチンが血液脳関門を通り抜け脳に到達すると、麻痺や死亡といった副作用が起こります」
イベルメクチンの安全性は、血液脳関門が健全であることが圧倒的な前提になっているわけです。血液脳関門に不具合のある状態でこれを飲めば、何らかの副作用がでる可能性がある。特に血系脳関門が未熟な幼児の服用は避けたほうがいい。
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FLCCC(コロナ問題に危機意識を持つアメリカの有志医師団)は、コロナ後遺症やワクチン後遺症の治療について、イベルメクチンを積極的に推している。そのFLCCCがこんなふうに言っている。
「FLCCCとしては、当団体の治療プロトコルは『ワクチンへの架け橋』であり、ワクチン接種が受けられない人への『セイフティーネット』であると常々主張しています。ワクチンは、多方面から攻める戦略のひとつであり、コロナ感染を防ぐための初期治療に不可欠なものです」
この発言から見てわかるように、FLCCCは、コロナ後遺症やコロナワクチン後遺症に取り組む団体ではありますが、決して「コロナワクチン=絶対悪」などと思っている集団ではありません。基本的に「コロナワクチンは必要なもの」というスタンスです。
イベルメクチンは、こういう団体が治療プロトコルの筆頭に挙げているものだと知れば、イベルメクチンに対する見方もちょっと変わってくるかと思います。
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イベルメクチンを飲んでいるとプリオン病(狂牛病など)のリスクが増えるという指摘がある。
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イベルメクチンを普及させたのはメルク社ですが、その際、WHO、TDR(熱帯病研究プログラム)、OCP(オンコセルカ制御プログラム)、世界銀行など、国連傘下にある様々な機関が動きました。こういうのは「一私企業が頑張った」というレベルの話ではありません。イベルメクチンは完全に”政治”なんです。
ビルゲイツはメルクの大株主だということも知っておくべきだし、メルクは子宮頸癌ワクチンなどの薬害問題で何億ドルという賠償金の支払いを命じられている企業なんだという知識があれば、「イベルメクチンはそういう企業が売り出している薬なんだ」という時点で、何か危険センサーが発動しませんか?
あと、これは個人的な話だけど、僕の知り合いA氏が去年北里の研究所で大村智博士と面会した。大村博士の部屋に案内されたA氏は、博士の”コロナ対策”ぶりを見て驚いた。マスクを着けているのはもちろん、アクリル板越しにしか会おうとしない。A氏は失望した。「イベルメクチンの発明者なんだから、コロナの嘘ぐらい気付いているかと思ったら全然そうじゃなかった。完全なコロナ脳。あの様子だとワクチンも打ってるんじゃないかな」
あくまで伝聞だから真偽の確証はないけれども、仮にこの話が本当だったとすると、発明者自身、イベルメクチンのコロナ感染予防効果を信じてないってことだよ��。
いろんな意味でうさんくさい薬だなと思うのよ、イベルメクチン。だから、僕自身は飲まないし、患者にも積極的には勧めない。ただ、ワクチン後遺症やシェディングに著効することがあるのも臨床的な事実。だから、冒頭のセリフになるわけです。「お助けになるようなら使えばいいですよ」と。
イベルメクチン|中村 篤史/ナカムラクリニック
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nsmn2s · 1 year ago
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とあるUAC基地での出来事1
注意 : 落書きレベルの書きなぐりです。
怒りで握られた拳が力任せにデスクを叩く。デスク上の「サミュエル・ハイデン博士」と書かれたネームプレートが衝撃で飛び跳ね、床へ落ちた。
「机の弁償代を給料から天引きするからな」
「そんな事はどうでもいい!」
怒りを向けられている当の本人は呆れたようにため息を吐く。この光景はもう恒例となっていた。
アポもなく上司である彼のオフィスに無礼も承知でズカズカと入れるのは彼女だけだ。
「何度も言ったはずだ、我々の理念を忘れたのかね。入社時の契約にも書かれていただろう。君たちは同意してここに居るのだろう」
「それが私の部下の命を使い捨てにして良いという理由になるとでも言うのか!」
白いアーマーに身を包んだ女性は臆することなく自分より背の高いサイボーグの上司に食ってかかる。
「これで何回目だ、ジェームズにライナスにアヴドゥル……みんな私より若い。昨日お前達研究者とやらが殺��たルカは子供が生まれたばかりだったんだぞ!」
彼女が今まで殉職した部下の名前を忘れた事は無い。
「遺族には相応の見舞金が支払われるから問題は無い。それに何度も言うが先進的な研究にはアクシデントは付き物だ。何年も務めている君も知っているだろう、Y/N警備隊長」
二人の間にデスクが無ければ今にでも殴りかかってきそうな彼女に彼は淡々と話す。
「未来のために犠牲はつきものだ」
「何が未来だ。未来ある若者を遊び半分で殺して何が研究だ。私が遺族に死亡通知を書くときどんな気持ちか分かっているのか!?」
彼は淡々と事実を述べていたつもりだが、それは彼女の怒りに油を注ぐばかりだった。
Y/NはUAC火星基地でハイデン直属の警備部隊を束ねる役職で、部下に殉職者が出る度毎回こうして衝突するのが今や施設内で恒例となっていた。
彼女は熱血で義理堅い性格の人物であるため部下からとても信頼されてはいるが、上司のハイデンとはとにかく馬が合わないことで職員の間で有名である。
だがお互い嫌悪し合っている訳では無い。ハイデンは彼女の能力と自分の意見をハッキリと言う物怖じしない態度を評価しており、彼女もまた兵役帰りで就職場所もなく彷徨っていたところを拾い上げてくれた彼に大きな恩義を感じていた。
彼の弟子であるオリビアが彼女をエリートガード部隊に欲しがったことがあった。勿論そのときハイデンは断固として拒否し、Y/Nはハイデンへの恩を選んだ。本人たちは表こそ出さないがそれくらい信頼し合っていた。
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「これで全員か」
「はい。遺体が見つからない者も含めてです」
ハイデンは静かに就任したての警備隊長からの報告を聞いていた。
エネルギーの研究も佳境に入り、研究費も嵩むにつれて人件費や人手不足が拍車をかける。取り扱うものの重要性や規模が大きいほど研究中の死傷者が増えていた。
いつものように電子脳に送られたデータを見直すと、いつもは気に停めない数字に彼は一瞬だけ目を止めてしまった。
「博士、1つ質問しても?」
「良いだろう」
視線を彼へ向ける。
「なぜ対面でも報告を? データでも報告するので二度手間で非効率では?」
「確かにそうだったな」
ハイデンは毎回デスクを拳で殴るあのやかましい女性を思い出す。そういえば彼女は機械を仲介して会話することを嫌う昔気質なところがあった。機械で変換された数値には1番大事な情報が欠落していると言い、対面での会話を好み、医療班よりも先に部下の不調を見抜いたことがあった。ハイデンの腰のジョイントの不具合も見抜いた事もある。
「次回からデータのみの報告で構わない」
そう言って新任を退出させた後、静かなオフィスに残された彼は何となしに自身のデスクの表面を金属の指で撫でる。彼女が叩いて出来た傷は残ってなかった。
---
オリビアは処分手前の引き受け先のない遺体を引き取った。
実験中の事故で死亡した遺体は科学的な汚染や情報漏洩の危険が認められなければ遺族の元へと送られる。だがその遺体は損傷が激しく誰の遺体なのかさえも分からなかったため、廃棄処分寸前だった。
これが誰なのか、彼女と彼女に囁きかける悪魔は知っている。
「ついに私の所に来てくれたのね、Y/N」
来るべき時のために、彼女は赤黒い地獄の血肉で満たされた水槽に浮かぶY/Nだった肉片に静かに微笑んだ。
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keredomo · 1 year ago
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愛の完成
 あなたが殺してくれと言うので、それなら一緒に死のうよ、と返した。  その即座の返答が、あなたには意外だったのだろうか。少しだけ悩んだそぶりを見せてから、そうするかあ、と返事が来る。あなたがその返事を打ち終えるまで、「……」と表示されるメッセンジャーのトーク画面を見つめていた。ようやく覚悟が決まったらしい文面に、「やった、念願の心中だ」とわたしは無邪気に喜んでみせる。あなたの数秒のためらいはなかったことにしながら、努めて無邪気に。「ようやく一緒に死ねるね」と。たった数秒かけて打ち込んだだけのあなたのしょうもない覚悟、その覚悟なんかに何の意味もないことを察しながら、それでも努めて無邪気に、無表情のまま、文面だけは無邪気ぶって同調し、あなたのそのか細い不安の尻尾を捕まえて自分のものにしようとする。  それは醜悪な独占欲の行使だったが、やっと、やっと捕まえたと思ったのだ。死の匂いのする愛の場処に、ようやくこの人を引きずり降ろしたのだと。
 *
 「殺してくれ」と言われて、「一緒に死のう」と返す。その姿ははたから見ればまるで幼い茶番のようだが、まったく笑えも救われもしないのは、私たちがこれらの言葉を至極本気で言い交わしているからだった。  われわれの交わす言葉に嘘も虚飾もない。それは、数年来、知力の限りを尽くして言葉によってやりとりしてきた関係の守ってきた、唯一の約束だった。ほかに何も交わせないからこそ、それだけは決して破ってはならない約束。言葉という、そもそもが虚飾になることをまぬがれないツールにおいてその約束を結んでしまった以上、われわれは言葉の粗さによって生の実を歪めることを受け入れ、それによって隙のない盤石な関係を築き、「われわれの倫理」という誰にも踏み込むことのできない倫理領域を作り上げた。われわれはその倫理の国の薄い空気のなかで必死になってのたうちまわってきた。いよいよ酸素も足らなくなり、死んでしまおうと計画し始めたのだった。
 息も絶え絶えになってしまった私たちは、本気でこんなことを言い交わして、しかし心に飼っている理性は、われわれがこの心中計画をどうしたって実現し得ないことを知っていて、あからさまに失笑してみせる。互いの頑強な現実的理性がストッパーを担っていることを、本当は互いにわかっていた。どんなに恋愛に苦しんだところで、それは形而上のものでしかない。狂おしい現実に適応する��く理知に従って生きている私たちは恋愛のためには死ねない。この甘い甘い心中計画は永遠に果たされない。わかっていながら、われわれの築いてきた強固な倫理の要求にあらがえず、一緒に死のうと言い交わすことになってしまった。  なんてやるせない愛の睦言だろう。システマティックに煽られた感情にすぎないこの睦言には、けれど倫理を成立させるだけの情熱と真意がたしかに燻っている。社会的な倫理と私的な倫理の相剋は、私たちを無様に苦しめた。どんなにこの愛の深みに沈み込んでみたところで、死をもって完遂することはできないだろう。関係が袋小路に入ったところで、信じたいはずの互いの言葉が空虚なものとして舞う、苦しいばかりの中途半端な共依存関係がわれわれをずたずたに傷つけてい���。二つの倫理に引き裂かれているがゆえの、中途半端な共依存関係。
 睦言が睦言に過ぎないことを知っている大人同士の、けれどもその寂しさがゆえに成り立つ、これは「完成された恋愛」だった。私たちのためだけに築いた二人だけの倫理が成り立たせる、何の澱みも、緩みも、破綻もない恋愛だった。言葉を拠り所として紡いできた関係は、それゆえ、互いの言葉への信用がなくなればあらがいようなく終わってしまうのだった。  一緒に死のうだなんてあからさまに陳腐でみっともないことを言い交わす羽目になってすら、私はまだあなたとの恋愛の甘い夢から覚めることができないのだった。関係して6年。交わしてきた膨大な言葉たちが溶け合って、私はとうに自分を見失っている。自分の大きな一部を、大きすぎる一部を、あなたに明け渡してしまっている。おのれの足だけではもう、立てなくなってしまっている。  わが半身となった者なしにはすでに歩くこともままならず、ようやく一緒に死のうと言い交わせても、言葉にすることでそれが土台不可能であることを理性でもって再確認するだけだった。一人で立てもしないが、二人で死ねもしない。おのれの一部を明け渡していると自覚することは、同時に、おのれの全てをあなたに明け渡すことができないと了解することであった。  あまりにも似すぎている者同士の、相互理解の深さが私たちを悲しみに追いやった。相手が私のために死ねないことなど、はじめからわかっていた。私が相手のために死ねないことも、わかっていたはずだった。
 あなたは言う。「あなたはこの先、誰と恋愛をしたってどうせ深く傷つき続けるだろう。だったら、その相手はわたしであってほしいと、身勝手ながら、そう思うんだ。どうせ誰かに傷つけられるなら、わたしが傷つけたい。わたしでいいじゃないか。わたしに、傷つき続ければいいじゃないか」。  あなたは言う。「あなたが恋愛で傷つく相手は、これからもずっとわたしであってほしい。一生、わたしであってほしい。どうせつく傷ならば、その傷はわたしによるものであってほしい。でなければ、わたしは気が狂ってしまう。あなたがほかの男に傷つけられることを考えると嫉妬に狂ってしまう、暴力でもなんでも行使してあなたを独占してしまおうという虚妄に身を灼かれてしまう」。
 あなたの言うことには一理ある、と思う。一理どころではなく、このわれわれの倫理に則るのなら、それだけが真実だと思う。あなたのその嫉妬心も独占欲も、人が抱くものとして、真っ当なものだと思った。それらは人が人に向ける感情の中でもっとも狂おしく、もっとも切実で、もっとも真剣なものだ。そして、あなたがそれを発揮できるのは、われわれの倫理の内側でのみだ。私はあなたの吐露したその切実さに絡め取られて、思う、確かに私にとっても、これからも傷つき続けるのであれば、その相手はあなたがいい。暴力的に独占されるのであれば、その相手はあなたがいい。  けれど、そうか。私はこの先も、傷つき続けるのか。私のもう一つの倫理がそれを拒もうとする。この叫ぶような痛みを受け取り続ける生を送るのか。あなたは、私が傷つき続けるこの世界から私を救い出してはくれないのか。そんな生を、私はずっと生き続けるのか。
 あまりにも強固なわれわれの倫理に絡め取られて、すでにこの身は牢獄の囚人のよう。あまりにも寒く、あまりにも惨めだ。けれど実のところ、どちらかといえば、私のほうがあなたを牢獄に引きずり込んだのだった。私はそれに気づいていた。その責任を果たさねばならないと思って、あなたよりも数年早く、私は二人で死ぬことについて静かに腹を括ったのだった。この結末は死にしかないだろうと結論づけたのだった。  括った腹の、括った紐が緩めば、臓器が汚い床にぶちまけられるだろう。赤黒い腸が跳ね、痛めつけられて穴だらけになった胃がべしゃりと形を崩し、膵臓がそこに黄濁して積み重なる。そのグロテスクな光景を見てもまだ、あなたは私を愛するだろう。破裂した私をも尚、あなたは愛するだろうと思えるほどの骨がらみの恋愛を、私はしていた。渾身でもって。そうしてようやくその汚濁にあなたを引き摺り込んだ。
 *
 ぼんやりと、視力の落ちた目で自分の暮らす一人きりの部屋を眺める。輪郭は揺らいでしまって掴めないが、それでも色彩だけは判別できる。本棚に差す書物の色を選べないせいで、夥しい色が自室にあふれかえっているのがゆらゆらと揺蕩って見える。これらの色々の、すべてに生気が宿っているような気もするし、すべてが死んでいるような気もする。この景色がそのまま私の存在にも反映されていることだろう。私のすべてに生気が宿っているような、私のすべてが死んでいるような——こんなマージナルで危うい生を、これからもまだ、生きるのか。とうに限界を迎えているというのは、どんな言葉で訴えても誰にも正しく伝わらない。私だけが知るところだった。私だけが、つかみどころのない人生に膿んでいた。それはすでに、生ではなく死であるように感じられた。  このぼやけた景色は「完璧な恋愛」の代償だった。愛は命を削る。私の命は削られていた。あなたの命もまた、削られた。
 心中の相談をしながら、あなたと私の感情はけっしてそこに乗ってはいない。ただ、理屈の上だけでの話をしてお互いを慰め合っているのだった。「死ぬの、どこがいい?」「東尋坊でしょう。遺体が見つからない場所がいい」「私もそう思ってた。身投げですね」「うん、そうしましょう」。  なんて空虚な会話だろう。私は唇の片方だけを吊り上げて笑う。ここにあるのは��式だけだ。私たちは間違いなく、何があろうと間違いなく、東尋坊で身投げなどしない。一緒に海の藻屑になることを選びはしない。倫理の強制力に従って口にしているだけだ。この会話すら、「あなたを深く深く、深く愛している」と告げるためのメタファーにすぎなかった。そこには形式だけがあった。  これほど陳腐でこれほど切実なメタファーもない。私たちは確かに、そのメタファーに乗せて、互いの思いを伝えあっていた。けれど、そもそもそこに載せるべき感情は、本当に存在しているのだろうか? わかっている。これは、心中というロマンティシズムに淫することもできないまま、ただ会話をつなげているだけの空虚なやりとりなのであった。愛と呼ばれる美しい交歓はすでに散ってしまって、私たちのあいだに残されているのは、責任、けじめ、矜持、昇華願望、そして諦めだけなのだとすれば、どうしよう。——愛って何だっけ?
   *
 私は知っている、あなたという人は、あまりにも歪なやりかたで、「本心」というものを置き去りにしながらこの世を生きてきた。その場の、場当たり的な誰かの要望に無我に応じることで生をやりすごしてきたあなたは、ここにきて、私の切なる終わりに対しても、いよいよ同じ態度をとっているのではないか。そして、私もまた同じであるからこそ、それに気づいてしまうのではないか。  当事者の私たちですら拾いきれないほどの数多の言葉を交わしてきたから、改めて語られずとも、あなたの生き様についてはよくわかっている。私が送ってきたのとは真逆の生をあなたは生きてきた。奇跡的なことに、互いの「愛」の定義だけが同じだった。だから愛をやれた。完成するまで、愛をやれた。愛は完成した。完成した愛は、そののちに、壊れようとした。
 完成とは「それ」が永遠になることだと、語義の上で、経験の上で、ずっと信じていた。それなのに、完成した愛も齟齬によって破綻しうるのだとすれば、一体何を目指してゆけばよいのだろう。  私はすでに、何によってその完成した愛が罅割れたかを理解している。互いに抱えてきた二つの倫理の矛盾がそこに歪(ひずみ)を生じさせた。その罅を修復するだけの力が、もう私たちには残されていなかったのだ。6年という歳月で、あなたも私も、おそろしく老いてしまった。私たちにはもう、愛のために無理を押し通す力が残されていないのかもしれない。
 私は言う。「あとはあなたを地獄に道連れにすることしかできない」と。その最後通牒に、あなたはもう何も言えなくなってしまう。  私は思う。人を愛することはこんなにも苦しいことだったかと。人を愛することは、人に愛されることは、こんなにもままならないことだったかと。それでもあなたを愛していると。愛する人の手を離すことはこんなに苦しいことだったかと。あなたを愛することができない日が、もう二度と、こないでほしいと。一緒に死のうと言った時に、理性をかなぐりすてて、感情のままに、お互いだけを見つめあって、一緒に死ねればよかったのにと。
 私たちが築き上げてきた美しい倫理によってすらそれが叶わなかった生を、これからどう生きてゆけと言うのかと。
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poetohno · 10 months ago
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混沌の洪水 9 おまけトーク(現実にではなく、観念にダメージを受けている)
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「断罪」
迸るように激しく 溢れるように流れ 世界の色彩は閃く
ギロチンが音を立てて待ち構えている 帰りを待っている 朝が来て 夜が来て
断罪の音が木霊する 日々音が近づいてくる どこにいようとも 何をしようとも
迫り来る 祭壇への 道 生きること 鼓動が 導く 避けようのない 運命
心臓は高鳴る 警鐘のように
逃れることはできないからこその 運命 受け入れる気はない 別の運命をたぐり寄せようと手を伸ばす
火薬に火を点け 計画を粉々に砕く 燃え広がり 海の中に灰を蒔く
未来への標を失った 命の計画書は塵となる 何を望める 運命の音は木霊する
細胞が 共食いし 命を 食らう 身体が 身体を 貪り 食らう
破壊されてしまえば 消えてしまえば
破壊された溝を 埋めることはできない 困難な道 茨の導き 血を流して軌跡とする 運命の音が迫り来る 脳裏に浮かぶ祭壇 恐怖 震える手 未来のための標は 失われてしまった 命は彷徨う
どこにいようと安全な場所など無い 安らぎなど仮初めの姿
真実から目を背けたいだけ なくなることはない 遠ざかろうとすればするほどに 音は轟き 心臓を掴む
心臓が肺を囓る音がする 恐怖 細胞の痛みが奔る 絶望
警鐘が鳴り 断罪は 雷鳴に似て 思考は 混濁 喪失し 生命の 破壊
時は近い 運命は変えられないのか 遙か昔に決定されていたこと
狂うことができれば どれ程の 救いだろう 不安 恐れ 失望 痛み
全てが降り注ぐ 矢のように 裁きのように のたうち回り 足掻き 藻掻き 懸命に走る
それしかできない どんなことがあっても 自身が歩む道でしかない
全ては耐えられるからこそ 与えられてしまうもの 運命には 望みも 願いも 何ら関係がない 微動さえしない
太古の昔から脈々と流れてきた 巨大な奔流 都合よく 未来と名づけて 必死に生きることしか できない
彷徨い歩き 倒れた時 後ろで音がした 刃物が落ちた音 影の首を切る 崩れ落ちた
逃れれば救いと呼ぶのか 自分勝手―それでも 生きろというのか 葛藤も 矛盾も抱えて 醜い心さえ携え 夜明けの美しさを焼きつけて
不穏
砂漠から立ち上る蜃気楼 海に浮かぶ砂上の城
既に失われた楽園
人々は泥を財宝と錯覚して身につける
美しさを求めて泥を身体に塗りたくり穢す
愛というものは季節のようにすぐに移ろう幻
秋が訪れれば 葉が枯れゆくように 万物は逃れられない 太陽と月さえも支配されている
熱せば冷める水と同じ 酔えば醒める甘美な酒 死のような恍惚の眠りと失望した現実への目覚め 彼らは皆求めたがゆえに失った
強固な大理石に罅が入る 溶けるように風化していく 化石のような残骸が残る
硫酸に溶かされるかのように消えていく
永遠を望むということは時の移ろわない砂時計を望むことと同じこと
籠は骨でできている やがて塵となり 土に還る時の流れに 抱擁されている
海水を啜る者達は飢えに我慢ができなかったのだろう 心の欠乏に 自らが欠陥を抱えた存在であることを認められないがゆえに より渇くとも知らずに
飢え求めるからこそ 貧しくなる 覚悟していようとも 本能と欲望は抗えない 偽りを本物と気づかずに
ほくそ笑むだろう 欲する者達は煌めきに眼は眩んでいる 砂粒が宝石に見える
自らが富を得て 豊かに 幸せを身につけているのは 全ては錯覚でしかない
より得るために 偽りを求めて 自らが代償に支払うものは自らの命の欠片 刹那の幸福の感情と引き換えに奪われていく
声が聞こえる 単なる砂上の王国だったと知る 愕然とする 人生は何だったのか 幻に踊らされていた 真実は常に痛みと共に襲い来る 恍惚は彼方に蜃気楼となる 幻 記憶は美化して輝かしくする 後悔が押し寄せる 人生の意味は失われた どのようにして取り戻せというのか 全てを奪われたと同時に 知った真実が 青空にすら星となって輝き消えない道を照らす
駒でしかなかったのか 運命という盤上の人形でしかなかったのだろうか
星は導いて満足したか 風は欺いて楽しんだか
闇さえも光の姿をして注いでいたのかもしれない
風を射抜いた旋律は 闇夜から零れ落ちた銀貨のように
命の目指す標
大洪水 無数の理由
無数の理由の柵(悪意 利己 執着)
混沌の渦に己の道を敷き秩序を描く
内なる音楽が消える時 引き寄せられ���
記憶のない場所に 罪の意識と共に 自ら招いた意識の果て 無意識という 果ての無い宇宙 無音であり 万物の音よりも 雄弁に語る
契約という宇宙と星との密やかな画策
誰も知らない 己が契約書にサインをしたことを
気づきようがない 魂に封印されている
知らずとも 道を辿っている 未来と過去とが 出会う場所で 偶然に 必然を見出し 運命と名づけて 全てを背負って
宇宙はただなすがままに実行するだけであり 機械的であり 無常であり 非情ですらある この世界は自然的な法則で動いている
天に何を見出す
物事は淡々と生じ 粛々と過ぎる あるがままと言うか 自由と呼ぶのか
どこに自由がある 必然だらけの世界であり 星の配列により定められ 物事の数列により決められ 命はただ従い 抗い 藻掻くに過ぎない
逃れることはできない シナリオから 血管が証 血脈が奔り 施されている 心臓に託された運命の契約書
生者は 蘇る 第二の生へと
魂は目覚める時を待っている 蘇る瞬間の訪れを 心臓に閉ざされ 封じられ
生者は 蘇る 第二の生へと
欲望と混沌に見失う 広大な宇宙に彷徨い 見失った光 心臓が深淵に出会う時 時計は 針が 刻々と 時を刻む 時は動き出す 肉体の鼓動ではない 魂の表出 世界が孵化する瞬間 囚われた精神が光を見出し 頂よりも高く飛翔し 観念としての意味と価値を超越する 高潔と無垢との刃によって 柵と呪いは断たれる 命は鼓動し 星は光り 宇宙は万物を生み出し 破壊さえもする 混沌に 産声を 響かせ 奏で 紡ぐ 存在のために 精神は目覚める
幸福 安らぎ 存在理由 存在価値の全てが列なる 万物の意味 未来と過去の全ての暗号が解かれる
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elle-p · 2 years ago
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P3 Club Book pages 3-4 scan and transcription.
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Shadow                      Keywords 02
シャドウ研究
愚者のアルカナである最初の大型シャドウ。アルカナに祖応しく、何者でもない不定形の姿だ。
Qシャドウって何なの?
幾   車が通る道のことだね。
ア   それは車道であります。 (ばきゅーん!)
幾   ······痛いよアイギス。えーと、真面目に答えるとね、シャドウは二ュクスの一部なんだ。
ア   ニュクスの手下とか、子供とかではないのでありますか?
幾   前のページで、生物の集合的無意識の底に、ニュクスは押さえ込まれてるって説明しただろ?つまりそれは、すべての生奥底、無意のさらに下には、ニュクスがいるということだ。
ア   そうなるねであります。
幾   そこで想像してほしい。ある生き物、例えば伊織君あたりたりが「試験で0点取っちまった〜」とか言って、無意識下でニュクスに抵抗するのを止めてしまったとする。どうなる?
ア   きっと順平さんの心の中から、ニュクスが出てきてしまうでありますね。にゅるっと。
幾   そう。確にはニュクスの一部が無意識下から抜け出してしまう。そのニュクスの精神体の一部というのが、じつはシャドウなんだよ。
ア   ニュクスの一部にしては、けっこうへっぼこでありますが?
幾   ほんとにごんごく一部だからね。 ちょっとした特株能力を持つことと、基本的に精神的な存在で通常の攻撃が通用しないってこと以外は、チ、それほど大したカは持ってないのさ。 ただし、それを内包する生物の側にとっては、シャドウという存在はとても重要なものでもある。
ア   というと?
幾   まず、ニュクスの断片たるシャドウを、宿命的に精神の奥に抱え込んでいるため、現在の地球上の生命には必ずし“寿命”が存在する。
ア   普通、生き物に寿命はあると思われるのですが······?
幾   それは現在の地採の常識。太古の地球にいた、原初の生命体。例えばアメーバみたいなヤツは、いくらでも細胞分裂を繰り返して増えるし、他の生物に喰われたりしない限り死ななかったんだよ。さっきニュクスか爆発的な進化を促したって説明したけど、寿語はその代償ってところかな。それと、もうひとつの重要な点は、生命体の精神に取り込まれたシャドウは、それ自体が重要な精神構造の一部になっているということ。こいつがいなっているということは、生命体ーーとくに高度な精神構道を持つ人間にとっては、自分の精神そのものを失うことに等しいわけだ。
ア   あ、もしかすると······?
幾   そう、影人間こと無気力症患者が抜け殻みたいになっちゃうのは、精神に内包していたニュクスの断片=シャドウを失ったからなんだ。
ア   なるほどなー。
Q「シャドウに喰われる」って、具体的にはどういうこと?
幾   これはもうわかるだろう。 実は、シャドウは人間を食っているわけではないんだ。 人間がシャドウを生み出し、その結果、抜け殻の影人間が家として、影時間に人間が弓き込まれる→その人にまとわりつくシャドウが観測せれる→被力症になってしまっている、というのを見ると、シャドウに精神を喰われているように思えるだけなんだ。 本編で山岸君の親友の夏紀君が「シャドウの呼び声」なんてものを間くけど、あれも自分の心の中のシャドウの声だ。 自分の中に潜む死を忘れ、漠然と生きている者は、心の中のシャドウが望むままに影時間に入って抜け殻となる······怖いよねえ。 ただ、彼女の場合、景影時間で体験したことで再び死に抗う覚悟ができ、そのために影人間とならずに済んだという特妹例ではあるね。 ごく稀にだけど、こういう人も存在するんだよ。 いやあ、人間って······素晴らしい!
ア   ······あ、もう済んだありますか? 次の質間に行くであります。
幾   ラボに戻して分解しちゃうぞくもう······ (涙)
Qシャドウの目的って何?
ア   これは、わたしにもわかるであります。奴らはニュクス復活を目指してるであります。あれ?でも、幾月さんの説明では、シャドウはニュクスそのものでもありますね?
幾   そうそう。 正確には、本来のニュクスに戻ろうとする、というのが彼らの第一目的だね。 小さいカの断片になってしまった彼らは、まず他の断片、つまりシャドウと結合しようとする。 一定数以上のシャドウが結合するたびに、徐々に本米のニュクスとしての力を取り戻していけるというわけだ。
ア   満月に現われる強力な大型シャドウは、そういえば桐条の実験で人為的にシャドウを集めて作られたものでありましたね。つまり······。
幾   その通り。無理やり集めなくても、世の中が不安に包まれ終末思想が広がったりしたら、多少時間はかかるけれども大型シャドウが生まれたり、それがさらに集まってニュクスか復活するってことさ。そのために、彼らは存在しているからね。
ア   そして、そんなシャドウを倒すために、わたしたちが存在しているであります。えへん。
幾   それが、シャドウにとっては目障りなんだよね〜。さっき、シャドウは人間を食わないって言ったけど、例外的にぺルソナ能カ者には襲い掛かってくるんだよ。彼らにも知能はあって、能力者がニュクス復活を阻むって知ってるからね。あともうひとつの例外として、影時間に迷い込んだ適応者も襲われる場合がある。こっちは、その人の精神の奥に押さえつけられているシャドウと、強引に結合しようとしているわけだ。
ア   けっこう賢いでありますねー。
幾   だろ?そう思うと、シャドウも可愛く見えてこないかい?
ア   幾月さんの目は節穴であります。
Qシャドウのアルカナの違いって、何を意味しているの?
ア   ���ャドウのアルカナ分類というと、タロットカードでいうところの0番フールから、12番ハングドマソまでのことでありますね。
幾   確か君たちは、授業でタロットがメ間の成長��表わすってこと習っうなもので、シャドウの精神傾向を表わしている。
ア   番号が大きいしまど強い、とか?
幾   うーん、微妙に違うかな?番号が大きいしまど成熟して高度ではあるけれど、そのどれもがニュクスを構成する大事な側面なんだよ。0から12までの傾向を持つ、すべてのシャドウが結合したとき、13章目のアルカナであるデスへと変質する。このデスというアルカナは特別で、滅びの宣告者という別名の通り、ニュクスの復活準備が完了したことを示す。
ア   それは、綾時さんのことであります。まったく、色ボケですが惜しい方を亡くしたであります。
望月綾時(以下「綾」)   呼んだ?
ア   メギドファイアー!
綾   痛い痛、熱い熱い!も~、可愛い子に重火器は似合わないよ。
ア   大人しく死んでろであります。
綾   まあまあ、ここからは僕みずからが説明しよう。 デスの特別なところというのはね、ニュクスの精神本体と意や能力を共有するというところにあるのさ。 ニュクスの化身、すなわちニュクス・アバターだね。 こうなった僕は、まさしく死神。 あとは月と同化した肉体を呼び寄せてひとつになり、その後は惑星規模の破壊を振り撒く「星を喰らうもの」になっちゃ星を喰らうもの」になっちゃうんだよ、悲しいことに。 でも、僕の友達の彼が、ユニバースって裏技を使って僕は再び集合的無意識の)底に沈められちゃったけどね。 やっば、彼はさすがだなあ。
ア   もしや、滅びを回避できて、けっこう喜んでいるでありますか?
綾   ま、そのへんは言わぬが花ってことで。じゃ、またねー。
ア   ああ、行ってしまわれました······。意外といい人でありますね。って、幾月さん、どうしました?
幾   しくしくしくしくしくしく。一番いいところの説明とられちゃった······。
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psalm80-lilies-iii · 2 years ago
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戦艦大和、あるいは皇国のアイコン
呉の「大和ミュージアム」に行った。
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3時間以上見学しながら、「日本はなぜ戦争したのかなあ」と改めて考えた。「蒋介石を必要以上に追いつめたことがアメリカの対日参戦を招いた」、この説明で納得しない人もいるだろうけれど、せめて満州だけでやめておけばその後の大惨禍はなかったろうと思う。では、どうして日本はそこまで蒋介石を追いつめることに熱心になってしまったのか。
むかし読みっぱなしにした本を改めてちゃんと読もうという気になり、呉に行く前日から、古川隆久『昭和天皇』(中公新書)を読み始めた。読み切れないまま呉に行き、帰宅してから残りを読んだ。そこには、盧溝橋事件を受けて近衛首相が派兵を決定したことについてこうある。
近衛首相は強い態度に出ることによって、事態を日本に有利なかたちですばやく解決できると判断したのである。そこには、明治維新の成功でうぬぼれた日本が陥った中国蔑視を背景として、第一次世界大戦の参戦や対華二十一カ条要求問題あたりから現れはじめた、機会便乗主義とでもいうべき軽薄な日本の外交体質があった。
(第4章 苦悩の「聖断」)
日本がアメリカと戦争をしたのは蒋介石を追いつめたからで、日本が蒋介石を追いつめたのは「うぬぼれ」だったのだとこの本は書いている。列強の国内で世界大戦をものともしないナショナリズムの嵐が吹き荒れていたのは当時日本に限った話ではなかったと思うけれど、ナショナリズムというのはつきつめて言えば「うぬぼれ」なのかもしれない。古川先生はこの本の別な箇所でこの「うぬぼれ」についてこう描いている。
日本は世界のどの国よりも昔から天皇が統治する国として安定して存続してきたとされたため、日本の人々に過剰に自国の卓越性を意識させてしまった結果、周辺地域の人々への蔑視が強まって不必要な対外的緊張を招いた。
(おわりに)
ここに書いてあることはおそらくふたつである。ひとつは、外圧が少なく内政も急変せず皇室が安泰でいられた日本の人々が「そらみつやまとのくにはすめがみのいつくしきくに」と思っていたことそれ自体は、日本が「秋津洲」の国にとどまっている限り、別に虚妄ではなかったということ、もうひとつは、ふつう「植民地政策」というときたとえば「三角貿易」みたいに何か経営戦略があるものだけれど、日本の場合中国はもとより満州も朝鮮も確たる経営戦略はなかったということである。「過剰な」自国意識が「不必要な」対外緊張を招いた。いやいや、帝国主義世界はそれが瓦解するまで緊張を生み続けたはずだ、という批判もあるけれど、少なくともいま引いた本で古川先生は、昭和天皇の徳治主義と協調外交それ自体が帝国主義の世界にあってそもそもたわごとに過ぎなかったのだ、という書き方はしていない。それは、あり得た道なのだ。
だがそうはならなかった。昭和の陸海軍と国内世論は昭和天皇の協調外交に応じなかった(「ことの発端は昭和天皇の推進したロンドン軍縮条約に海軍が反発したことに始まる」とこの本は書いている)。ナショナリズム、つきつめれば「うぬぼれ」。日本は「神州」あるいは「皇国」であるという「うぬぼれ」。国民国家にナショナリズムがあるのは自然なことだろうとぼくはいまでも思うが、アメリカに対日参戦を決意���せるほど蒋介石を追いつめたことはやっぱり非合理な行動で、それを支えた「うぬぼれ」はやはり常軌を逸していたとしか言いようがない。
昭和天皇自身はその「うぬぼれ」には与しなかった、と古川先生は書いている(異論もあろうけれど)。だが戦争が終わったとき、昭和天皇は「神州」の現人神、「皇国」の皇統として、その「うぬぼれ」の代償を背負うことになった。国民の中でも、昭和天皇を戦前から知っている人以外は、あえて「尊敬する」とは言わなかったという。木戸幸一は「皇室が戦争責任を取らないのは将来に禍根となる」と言ったそうだが、率直に言えば、ぼくも昭和天皇が在位し続けることに「割り切れぬ空気を感じる」という意見には共感してきた。
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「大和ミュージアム」では、日本海軍の歴史・呉海軍工廠の歴史・戦艦「大和」の歴史・太平洋戦争の歴史・呉海軍工廠と戦艦「大和」を通して培われた技術の歴史が重層的に物語られている。そこでは多くの人々が何かを作り上げていった一方、戦争という現実の中で多くの人々が命を落としても行った。
そこに生きて死んだすべての人々がひとりひとり個人的に「うぬぼれ」に浮かれていたとはとても言えない。だが、少なくとも日清戦争の始まりから太平洋戦争の終わりまで日本を支配したものが「うぬぼれ」だったとしか言いようがないのであれば、そこで起こったすべてのことは、それぞれの人々の確かな歩みであったと同時に、「神州」あるいは「皇国」の「うぬぼれ」の体現でもあったと言わざるを得ない。少なくとも海軍と海軍工廠に生きた人々は、そういうダブルミーニングを背負うことになった。
そして、そこで生まれた戦艦「大和」こそ、そのダブルミーニングの産物として、「神州」あるいは「皇国」という「うぬぼれ」のアイコン(まさに「体現」)そのものにほかならない。それは、あの日本海海戦を制した日本海軍がその威信をかけて築き上げた技術の結晶であると同時に、物量にまさるアメリカ海軍を少数精鋭で制することができるという、残念ながら「うぬぼれ」に過ぎなかった思想の産物でもあった。
戦時中に身命を賭して追い求めていたものが戦後になって虚像だと気づく、それは「嘘」のせいなのか「欲」のせいなのか「狂気」のせいなのか、ひとはいろんなことを考える。先に引いた『昭和天皇』の中でも、古川先生は「なぜ国内世論が協調外交に応じなかったのか、その理由についてはまだ定説はない」と書いておられるが、先生自身が使っておられることばは、定説のないことをできるだけ術語を避けて記述しようとしたためだろうけれど、「うぬぼれ」というものだった。
「そうか、戦艦大和が体現したものは当時の日本人の『うぬぼれ』だったのか」というのは、衝撃的だけれど事実なのである。大和と武蔵、2隻だけで(いや、戦艦そのものは長門陸奥扶桑山城伊勢日向金剛榛名比叡霧島入れて12隻あったけれど)、太平洋を制することができると考えたのは「うぬぼれ」だったと言われたら、それはそうなのかもしれないと思う。
「大和ミュージアム」の中央に展示されている1/10「大和」には、その威容とは裏腹に、「うぬぼれ」という言葉をはね返すことのできないむなしさ、「世界一の戦艦がまともな海戦で自らの世界一を証明する機会を持たないままただ艦上攻撃機の餌食となって沈んでいった」というむなしさが、ただよっている。「戦争はいけない」「平和は尊い」というのは、兵器として作られた「大和」の全否定であると思う。国家には戦争をあえてしなければいけない日があるのだ。たとえば日本海海戦はむなしくはなかったのである。それは、日本海海戦は勝って太平洋戦争は負けたからだろうか。そういう理解もあると思うが、実は勝ち戦だった日清・日露戦争こそ、その後の日本にとって「うぬぼれ」を生む罠となったのである。
「うぬぼれ」。ここに生きて死んだ人たちのすべてをそのことばで片づけることにはものすごい抵抗があるけれど、でも「大和がうぬぼれでなければ何がうぬぼれだったんだ」とも思う。現にここに世界一の戦艦があったということを、そしてそれがいま「海の墓標」として東シナ海の海底に横たわっているということを、ぼくたちは正視するしかないのである。
敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか
(吉田満『戦艦大和の最期』より「作戦発動」、哨戒長臼淵大尉の言葉)
日本は「何から」目覚めるべきだったのか。「うぬぼれ」という言葉の仮借ない残酷さを、「大和ミュージアム」で見たすべてを思い出しながら、いま改めてかみしめる。
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ものすごく情報量の多い博物館なので、今回は「大和ミュージアムNavi」というスマホアプリを使い、竹達彩奈さんのナレーションを聴きながらそこで紹介される資料を拾い見するという方法を取った。竹達彩奈さんの声がこの博物館のテーマにふさわしいのか、来る前には疑問もあったけれど、壮大なバッドエンドに至る全20章のナレーションを聴きながら、これがもし広瀬修子さんや森田美由紀さんみたいな声だったら、聴いていて気が滅入ってしまうだろうと思った。
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mouniassn · 1 year ago
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失火了!要走還是要留?
以下為一位有緣人分享,來文照登:
前陣子晚上家中失火,當時女兒在外婆外公家過暑假,只有我和先生在家。逃出來時只記得帶上經書和誦經記錄,另外拎著一雙鞋子就跑了出來。看著黑煙從房子冒出,不禁潸然落淚。
如果今日是我的最後一天,我會有什麼不同嗎?我想我會更加用心地做修行與渡眾的事,也會減少每日滑手機和做雜事的時間,更認真地誦經。修行是長時間的累積,人生不長,要珍惜寶貴的時間,修行是一分耕耘一分收獲,做多少努力就有多少成就。我將〈普賢警眾偈〉放在手機桌面,每日都要覆誦:「是日已過,命亦隨減。如少水魚,斯有何樂。」常常提醒自己人生寶貴的時間有限,不要浪費。
《阿伯的話—現場開示精華節錄》:「人身難得,不把握時間修行更待何時?而修行就是要如如不動,生死置諸度外,把唸經、修行放第一,加上勤消業障,才不枉此生。」
「人要把握時間修行、消業,否則時間到了,想要不回去都不行。」
「人生在世,修行是根本,應作為首要任務,所有人事物隨著時間流逝都會幻滅,因世間的一切都是成住壞空,到最後都是一場空,所以要看清真相、學會放下、不要看重這個暫時的「假我」(即去我執、無我相),唯一能帶走的是心性的提升與未銷完的業障。」
現在住在臨時的住所,因為空間有限,只帶了一點行李,似乎也是夠用的。房子因為只有一個浴室及樓下廚房的天花板被燒毀,其他房間的物品都還在,不知道這一屋子塞滿的東西都是為什麼而有?又為什麼捨不得清掉呢?看來還是自己的貪念很重,家裡的衣櫃、櫃子、抽屜才會塞滿東西,但實際生活上真正需要的並不多。
(分享完畢)
失火了您還在睡嗎?有緣人是位發心精進度眾的師姐,家中的火災經查是舊電線走火引起,所幸沒有人員傷亡,財物損失也不多。佛菩薩開示此場火災是精靈干擾所致,沒有因果業障的干擾。是福不是禍,是禍躲不過,這何嘗不是佛菩薩和上天對師姐的提醒與保護,以此災禍消解業力,以此劫難提醒師姐人世無常。
您還有多少時間可以完成此生的夢想和任務?多少的業債和虧欠還沒有償還?多少的因緣還沒有圓滿?多少的心結還沒有解決?您此生來到人世的目的是什麼?是耗費時間滑手機作為別人生命故事的吃瓜觀眾?還是用盡全力燃燒自己成為發光發熱為人指引方向的那盞明燈?您,對得起自己嗎?在閉上眼睛的那刻,你對得起佛菩薩的一路提攜照顧嗎?對得起父母從小的苦心栽培嗎?捫心自問,如果今日是我的最後一天,我會有什麼不同嗎?
三界如火宅,隨時都有危險,濃煙早已密布、高橋開始傾倒、熱浪持續來襲、冰川正在融化,是的,這就是紀元轉換的末法時代,黎明前的黑暗,新世紀的轉換,百千萬年的業力清算、靈界維度熱鬧非凡,會有許多意外、許多干擾、許多無常,而您是否能堅定地走在利益眾生、正己化人的菩提道路上。作為佛弟子,作為娑婆世界勇敢的光��者,是否不忘初心,守住靈魂之約,履行任務、了結因果、廣結善緣呢?
修正自己的壞習慣,需要很大的決心與毅力,但如果不修正,時光就會繼續浪費下去。外道外靈正是因為我���的心性和行為仍有被貪嗔癡慢疑染污之處,所以有著力點可以下手干擾。神通不敵業力,與其不斷處理漏水的水桶,不如從源頭把水龍頭關掉,從根本處理。根本是什麼?是染污的心性、是累世的業債、是向外道發願的契約和印記。這些根本問題的解決之道,就是認真的誦經銷業、以經為師、把經義融入日常生活的心念和行為當中,真正的學佛所學,行佛所行。
阿伯說:「地久難天長,聚散總無常。夜來寒風起,有情苦斷腸。」當我們還衡量著財務狀況是否足以支應優渥舒適的退休生活,著眼於商場經營的利益得失,盼望著生涯藍圖的規劃落實,心繫著和家人伴侶的親暱或爭執……,殊不知,無常的大手早在幕後撥弄著因果的算盤,是昇華或墜落,是了結或餘留,在這場人生大戲中,終究會曲終人散、人去樓空。當我們被眼前享樂或苦惱的幻象所迷時,累世的業主菩薩也在苦苦等候,外道外靈更是虎視眈眈,當火宅的致命熱風吹起時,溫水中的青蛙會慢慢喪命,而警醒的夜鶯會鳴叫飛離。
「是日已過,命亦隨減。如少水魚,斯有何樂」慾望之火滾燙地蒸發著上善若水,貪圖享樂之人會問:「你不是魚,豈知魚沒有感受到快樂歡愉?」嚐盡辛酸之人會問:「你不是魚,豈知魚沒有感受到苦痛煎熬?」而人世間正是苦樂參半之處,所以總讓人們在欲樂與痛苦之間擺盪,在墮落頹喪與奮發向上之間徘徊遊蕩。要向上提升或向下沉淪,都在一念之間。
失火了!要走還是要留?阿伯說:「汝應用心提心性,莫待往生一場空。魔性黑氣依舊在,換個皮囊續受災」三界火宅已顯相,眾生還當煙火放,因果業力留人在,修心度眾佛不忘。南無本師釋迦牟尼佛!
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南無本師釋迦牟尼佛
南無藥師琉璃光如來
南無阿彌陀佛
南無大悲觀世音菩薩
南無大願地藏王菩薩
南無韋馱菩薩
南無伽藍菩薩
南無十方一切諸佛菩薩摩訶薩
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mxargent · 1 year ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補���優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措��績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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strabin · 11 months ago
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📮ポストマン4年目の手紙の感想。  無関心と孤独の弊害は殺人レベルに恐ろしい(´;ω;`)
【目次1 動揺しててまともなことを書けていない】
読む前
特殊モーションにウィックが!?
放火したのってまさかのビクター……?(確定ではない)
孤独がいかに人間を社会からさらに突き放していくか
読んだ
動揺しててまともに考えられない
【目次2 何とか考察してみる】
新第3グループの皆様、荘園に何日間いたの?
ビクターは荘園主に落胆したのか?
放火した犯人は……?
根深い裏切りの記憶
仕事にひたむきな姿が痛々しい
ビクターの部屋のドアを全員がノックしたって……喜ばしい。でも彼自身はそうじゃないんだろうな
時間的隔離と、アウラとカマラ概念
無敵の人って、怖いんだよ。
とりあえず考察は終わり
※あまりにも動揺していたので本格的に考えるのはだいぶ先。
【読む前】
 テンションの乱高下が酷いかもしれないけれど、通常運転です。
【特殊モーションにウィックが!?】
 特殊モーションウィックいるじゃん!よかったね~これでゲーム外でも一緒にいられr え!?ウィック燃えたんだけど!!??またビクターは失ってしまったのか……頑張ったね相棒って……あの世では安らかに見たいななにそれ!!
【放火したのってまさかのビクター……?】
 結構長い間荘園にいたってこと?え?ついにみんなビクターの部屋をノックしてくれたの??ビクターが放火したの?え?じゃあガンジは冤罪……可哀そうすぎる!!!  あれか、警官宅に放火したのもビクターで、秘密が露呈する前に殺してしまえば見事墓まで手紙を永遠に守れるって?うそでしょ?信じられないけどどうなの!?やっぱり君はすごいよビクター……。これは3年目と背景推理後半の再考察が必要ですね。
【孤独がいかに人間を社会からさらに突き放していくか】
 人との関わりがないと本当に、一般常識からかけ離れた考えの人になってしまうな。洗脳と言うか教育というか、共通認識が育たない。 孤独すぎて関係性が希薄すぎて、自分が周りに与える影響を理解できていない。あなたが死ぬことで悲しむ人もいないと思っているのかもしれないが、他人だとしても人の死は多少なりとも人の心を動かすぞ。ましてメンタルが揺らいでたりビクター自身に重きをおいてる人がいる中でそれは……でも大切にされたことが無いからやっぱりそれもわからないんだろうな……。これも経験のせいなんだよ……大事にされてれば自死なんて選ばないんだ……あぁ……
 失うものがない無敵の人って、怖いんだよ。本当に無敵だから。 イソップがビクターの願望を理解できてもその根源や考えを理解できてなかったから「ビクターが火を付ける」とは考えもしなかったんだな……。短期間で相手を深くまで知るなんてそうそうできっこないけど、お互い似ててやっぱり違うというか、すれ違いがあるんだなぁって。
 なんでビクターは警官焼死のときに通報したんだろう。
【読んだ】
 ビクターの4年目の手紙を読んだ。  驚きもありつつ、でもある意味納得できることだった。手の内にあるようで誰にも捕らえられないし分からないのが彼なんだなと……。  関係性と孤独の先には虚無感がある。悲しめばいいのか笑えばいいのかよく分からんです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【動揺しててまともに考えられない】
 なぜ警官に放火した?秘密が世間に露呈するぐらいなら、秘密のままにしておきたくて殺そうとした?守護者として?  でもなんで残念がっているのか。警官が死んだなら秘密は守れたはずじゃないのか。なぜ通報したのか。ウィックが生きてるから?ならウィックも殺していいはずだ。  なぜ生かしておいたのか。使命目標は手紙、秘密の守護。ならビクターとウィックは同一で、共犯のはず。  考えの手助けになるのが3年目。4年目がビクター視点の、3年目が荘園主からみた客観視点の火事発生の、そして実験過程における重要な影響要素の詳細。
 「対価を惜しまない行為も、過去の間違いに対する後ろめたさや、償い、修正の意思を反映している。」コレはどういう意味だ?  「前はできなかったことを今回は成し遂げた」といったような内容。前の警官焼死事件と違うのはビクターとウィックの死があったこと。これが間違いなのか。死ねばよかったのか。自分もろとも。
 メモには包装がない。封がない。だから炎で包んでやろうってか?なんでそこにビクター、お前もいるんだ?
 やるべきことは「僕の秘密を誰かと共有する」ことか。秘密が欲しくて、秘密の共有がしたかったからこうしたのか。やっぱり人とのつながりはどこかで欲していた、ただそれが一般的な人との繋がり方ではなかっただけ。……この異常性は後天的なものなのが悲しいな。
 メモを死守したのなら荘園側が手紙に書かれてるはずの不和(会話しないから言語外でなにか起こったかメモに書かれたかのどっちかしか無い)を把握してるのおかしい気もする……監視カメラがあるのなら別だけど、そうでなければ荘園がメモを渡せとビクターにお願いした可能性もあるわけか………とりまビクターが放火犯かさておき、火事が起こることを予感してただけはあるな。
 てか…コレが秘密として共有されてるとしたらオルフィーとビクター二人だけの秘密になるんか。オルフィーどんだけ他キャラとの関わりあるんだよ、まあ招待してるからそうなんだろうけど唯一色んなキャラと接点がありCPができそうな人物(やめろ)
 ビクター学を受講したい。ビクター、全部手紙でいいから君の考え哲学心情すべて教えてくれ、単位を取らせてくれ俺にはもう何が正しいのか以下略
 感想ツリーがなんかうまく長々と書けない……色んなところから考えても、結局同じことを考える起点になってしまって……  仕方ないのでビクター自身ではなく新第3グループ全体に関わることだけ書いて��る。
第3グループ全体に関わることだけ書いてみる。
【新第3グループの皆様、荘園に何日間いたの?】
 私の感覚では「もうずいぶん長い」「懐かしい」って言葉は1週間位じゃ出てこないと思うけど……メモ配達の依頼は皆自室の扉をノックしてたのに、ビクターの部屋の扉をノックするってことは関係性が深まってるってことだよな……長期間いるのかしら?
【ビクターは荘園主に落胆したのか?】
 日本語に翻訳した際に生じた齟齬かもしれないけど、「『ゲームには』感謝してる」って書き方がひっかかる。PVでのビクターは荘園主に過剰なほど好印象を抱いていた様子だったし、普通「招待してくれた荘園主には感謝してる」って書かないか?
【放火した犯人は……断定していいのか?】
 まるでビクターはこれから火事が起こると分かっていたような文面。ビクターが火事を起こしたかのように思えるよ。  仮にビクターが今回の火事を起こしたとするなら警官の家に放火したのもビクターになる。でも、そうだとしたらウィックがビクターに懐いてるのが不自然に感じる。
 もしかしたら第5グループみたいに荘園の関係者と思われる人の介入があったりしないか?とも思ったりする。……でも、理解不十分な背景推理を前提に今回の犯人について語るのもそれこそ根も葉もない憶測でしかないよなぁ。
 放火した犯人はビクターが有力か?ってだけで、まだ断定はできないかも。ビクターが犯人だとしたら、本当にガンジが報われない……悲惨すぎる。
 ビクターに対しては、もうなんていえばいいんだ…… 「無敵の人って怖いんだよ」「時間的隔離」「アウラとカマラ概念」を感じた。
【根深い裏切りの記憶】
 「不安な記憶が脳裏に浮かぶ」っていうのは、今までさんざん裏切りを感じてきたからだろうな。  いつか必ずその平穏は破られるという裏切りの経験が多すぎて、たとえ今は平穏に過ごせても、この後必ず悪いことが起こるはずっていう刷り込みがあるのではなかろうか。
【仕事にひたむきな姿が痛々しい】
 仕事以外のことに目を向けると、手紙を貰いたいという願いとは大きくかけ離れた現実が待っている。社交苦手、信頼できる他者が誰一人としていない、手紙はいつまでも貰えない。貰える日は来るのか、「おやじ」の監視の目はすぐ近くにあるのか、信頼されなきゃ……  こういう不安に駆られた結果の防衛機制としての逃避が働いたから、あんなにも仕事に熱心になっていたのかもしれない。ワーカーホリック。  ビクターの仕事にひたむきな姿勢はとても素晴らしいけれど、その根底にある感情や過去を考えるとそんな喜べないんだ。逃避は対症療法でしかないから……。
 本当にこればっかり思う。ビクターに安心感を!誰か!
【ビクターの部屋のドアを全員がノックしたって……喜ばしい。でも彼自身はそうじゃないんだろうな】
 たとえビクターが根底で人と関わりを求めていたとしても、現時点ではそれを喜べるほどの土台が出来上がってないから……。赤ちゃんが親元を発って自分の夢を叶えたいとは思わないように。 (3年目で「彼にとって大事なのは、人間関係ではなかった」ってあるけど、私はこれを「現時点でのビクターは、人間関係を重視してない」という解釈をしてる。)
【時間的隔離と、アウラとカマラ概念】
 ビクターは裏切りの過去と、他者とのそれらしい関係を持たなかった(持っていたとしても希薄すぎる)から、一般的な人とは大きくかけ離れえた世界観を持ってる。それはなかなか理解が難しい。
 特に深い人間関係を築いてこなかったことが致命的。会話が苦痛なのもそう。人とのかかわりがないと常識・一般的な世界観が身につかない。メタい話になってしまうけど、これは3次元でもそう。狼に育てられた子どもの話がでっち上げだったのかはさておき、あまりにも社会と断絶した/された特殊な環境下で育ってしまったら、大人になってあとから社会に適応しても大きな苦痛を伴うことが多い。
 ビクターも結果的にこれと同じようなことが起こってるように思う。封をした秘密しか信用できないという染みついた固定観念を持ったままでは、面と向かったやり取りが重視される社会で生きるのはあまりにも辛いだろう。
 それだけじゃなく、特殊な世界観��他の人からは理解されない。「不思議な男の子」と言われるのもこれが関係しているように思う。  自分は社会に適応できない(こじつけ感あるが社会恐怖)、そして社会も自分を理解できない。途方もなく困難で時間のかかることだけど、社会と自分との間にある大きな溝を埋めることができたらビクターにも社会で言う幸せと本人の幸せは合致して、それこそ素晴らしい結末を迎えることができたかもしれない。
 でも実際はそんなことは無く、ビクターが迎えた最後は少なくとも一般的な幸せとは程遠いが、彼にとっては幸せだった「のかも」知れないということしか分からない。実際のところ、お互い理解し合えない両者には互いのことなど分からない。
 何を言ってるんだ……思うままに打ち込んでるので変な分になってるかもしれないけど続ける。
 「おやじ」と警官に道具のように扱われたけれど、イソップの計画の中で順調に納棺への道を歩んでいたけど、それでも最終的に誰の手にも収まらず自分の信念の下で行動に出た。  手の内にあるようで誰にも捕らえられない。それは誰一人としてビクターの考えと彼の持つ不安を理解できないからだろうなって思ったりした。  描き忘れたけど、地理的隔離もさっき書いたようなものと同じ。長期間に渡って社会と離れたところで育ってしまったら、もう後から修正することはほぼ不可能、社会の中に入ることはできても、なじむことはできない。関係性が持てずに孤独のままでい続けたら、いざ社会に入ろうとしてもその違和感、浮いてる感じと自分の思う幸せをつかむことも難しく、日々希望をすり減らすような虚無と隣り合わせの日々を過ごすことになるのかもなぁと。
【無敵の人って、怖いんだよ。】
 秋の文通より:「元々何もない人間だから、深く考えなくて済むんだ。」
 このような人を指す言葉に無敵の人と言うものがある。ビクターもそんな感じの人だろうな。命よりも手紙、秘密。失うもの・惜しむようなものがないから自分の望みのまま行動できる。
 でも、たとえ無敵の人だったとしても透明人間じゃないんだよ、多かれ少なかれ、自分の行動は周りに影響を与えるものなんだよビクター……あなたが死ぬことで悲しむ人もいないと思っているのかもしれないが、他人だとしても人の死は多少なりとも人の心を動かすよ。ましてメンタルが揺らいでたりビクター自身に重きをおいてる人がいる中でそれは……でも大切にされたこと無いからやっぱりそれもわからないんだろうな……。これも経験のせいなんだよ……大事にされてれば自死なんて選ばないんだ……
 イソップはお互い理解し合えるはずだと書いてたけど、いざそうしようと思っても、残念ながら無理だ。両者との間で本当に分かり合おうとする気が無いから、ビクターがすでに心を閉ざしてるから無理。イソップも水和臭化物とか言う強硬手段を持ってるから無理なんだ……現時点では……うぁぁ…
 長ったらしく書いたけど、育った環境のせいで人間不信になったり、社会との関係を持たず社会に適応した人間になれなかったから今のビクターと、彼の不安やら苦悩やらが生まれてると思うんだ……本人にもほかの人にも、お互いを理解したいという気もないのですれ違いは続くし彼の悲しみは消えない………
【とりあえず考察は終わり】
 ビクター4年目の感想はとりあえず終わり。最初は混乱したけど、やっぱりすごく悲しい。謎が解けた分また謎が生まれたり、いろいろ考えなきゃなと思ったり、あとはビクターのことは分かりやすいと思ってた自分を反省した。彼はものすごく掴めない人です。そしてかわいがりたいです。はい。
 ダメだ、エモートもう一回見たけどこれは泣く  動きが弱弱しくなるウィックととても悲しそうなビクター…… ビクターが触ったら所からウィックも手紙も燃えてるように見える(犯人の暗喩?でも確定ではない) でもなんで悲しんでるの?死んでしまうのが消えてしまうのが悲しくても、でもこれは使命だからってこと?悲しすぎる
 それで幸せって言えるのか?いえるのか!!?しんどい………
😭😭😭😭😭😭
 火を放ったのがビクター確定というわけではないけど、火がこれからつけられる事を知ってたのは確定。  誰がつけたの?アニーさん?ガンジ?荘園関係者?  陰謀らしいから誰かが火事を付けてガンジを貶めようとしてない?ビクターはここでも道具扱い、あくまで実行犯ではなくやり取りの仲介者とか……。でもそうだとしたら犯人は相談してガンジから離れてたアニーさんかイソップしかいないんですがそれは……
 アニーさんの過去を考えても薬使ってるとはいえそんなことしそうにないし、イソップも火の海に葬ったって言ってるけど土葬の文化の人が火葬するか?そも火をつけたのはガンジ殺害以外ならなんのためだ……うーん再考の余地あり……わからんなぁ……
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bailonglee · 6 months ago
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臨死体験で知った宇宙創造の真実!中山康直さん
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たまには、スピリチュアルな話を書いてみます。
書いたとこで、『頭がおかしい』としか思われないと恐いから、極力、論理的にかなう話ばかり、書いてますw🤣
だがしかし、見たヴィジョンは事実な訳で、何より、自分自身に嘘を言っても意味が無いw🤣
だから、淡々と、書くしかないw✨
臨死体験か。。
中山さんの臨死体験は、かなり凄いね。。
溺れたはずが、陸に上げられてたなんて…
まあ、海で死にかけたのは、5回は、あるw🤣
やんちゃが、過ぎた私だった。
平気で、仕切りのポールの外に行き、立ち泳ぎをやめる。
場合によっては、身長の倍くらいの深さが、何回もあったw🤣
で、必死にクロールで岸目指す。
めちゃくちゃ頑張って泳ぎ、パッと立ち泳ぎする…
…全然進んでないw🤣🤣🤣
また、必死に岸目指す…
…殆ど変わらないw🤣🤣🤣
泣きそうになり、命全部注いで、泳ぐ!w🤣🤣🤣
かなり長い時間経つと、ようやく仕切りポールに戻れる…w
そこからは、速攻岸まで泳ぎ、安心して、暫く休むw🤣
…馬鹿やったんやろなw🤣✨✌️😎✨
ただ、持病が中耳炎、年に何回か、切る…
で、水から離れるようになり、馬鹿なゲームもしなくなったw
臨死体験の明確なものは、無いw
ただ、間違いなく死んでたんじゃない?ってのは、31歳くらいに、ある。
風邪をひき、39度くらい熱があった。
営業の仕事、状況的に休めない…
無理を押して出勤したが、もはや、午前中くらいから、意識が遠のいてるw🤣
歩くことすら、やっと。
営業終わった後も、忖度残業というか、い��も皆、22時くらいまで、帰らない。。
だが、その日はさすがに景色も歪むw
所長に、「すいません、熱あって早く帰ります。」と、19時くらいに帰った。
当時、妻と、赤ん坊が1人。
「ごめん、風邪ひいて熱あるから、寝るわ。」
まさに倒れるように、寝た。
目が覚めた。
何時間寝たのかな?
「やっと起きた!死ぬのかと思った!」
妻は、驚いていた。
「どんくらい寝てた?」
「3日、ずっと寝てたんだよ!」
え?…
飲まず食わず、トイレ行かず、確かに3日の時が経過していたw🤣
会社に電話し、事実ありのまま話した。
病院に行きますと、伝えた。
病院で検査。
「確かに、肺炎になりかけてましたが、治りかけてますね。ほら、肺が真っ白でしょ?」
…まじかいな。。
ま、肺炎は寝て治ることもあるのねw
私がスピリチュアル的な目覚めをしたのは、まだ3年くらい、2019か、2020か、その辺り。
TOMOさん動画きっかけで、覚醒した。
その少し前から、やたらとゾロ目数字ばかり見るようになったり、やたらと体じゅうを壊したりした。
実際のトリガーは、40日の断食からだ。
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不安だったが、出来た。
ああ、食べないと死ぬは、嘘だったのかとw🤣
その後、秋山佳胤さんという、6年水も飲まない絶食者を、知った。
瞑想もちゃんと出来るようになり、自分はアンドロメダスターシードだと、知る。
私が行ったのは、エルサレム星という星。
700億人もの人口なのに、人口問題など全くない。
スイスの、アルプスの少女ハイジみたいな衣服、男女とも。
とにかく緑が豊か。
人々は皆温厚、テクノロジーバリバリという印象はない。
ただ、エルサレム星は、巨大な船が、空を飛ぶ…
海のものじゃない。
も一つ、エルサレム星のうさぎは、象よりもっと巨大だったw
でも、温厚。
アンドロメダ以外で行ったのは、オリオン。
まさに、赤と黒の世界だった。
テクノロジーは半端じゃないw軍事に特化したテクノロジー。
アンドロメダでは、肉体屋さんみたいなのがあり、水牛の頭みたいなもん持ってゆくと、どんな肉体でも選べるが、皆、3つくらいしか持っていない。
不思議なもんで、椎名林檎さんのPVと、全く同じ頭の骨。
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↑↑↑まさに、この骨。
で、アンドロメダ行って思った。
なんだよ、容姿端麗とか、まるで無意味なんだなと。
肉体はいかようにも、変えられる。
だとすれば、僕はDevil May Cryのダンテみたいになりたかったが、意味ない…
肉体屋行けば、なれるんだから。
そんな馬鹿馬鹿しい事で、命を落としたり、絶望する事は、馬鹿げてると、知った。
ゼウスの子、ヘリオス系統。
母親は、プレアデス7姉妹。
地球🌏創造に、関係してる。
断片的な記憶しかない。
いつか、もっとはっきり繋がるかもしれないが、私にとり、それはそんなに重要では無いんです。
思いっきりはっきり聞いたのは、「ジョン・コルトレーン」という言葉w🤣
耳元で、はっきり聞いたw🤣
僕はジョン��レノンの大ファンで、アルバムはだいたい聴いた。
しかし、ジョン・コルトレーンとは何者か、聞いた事無かったw
ネットで調べたw🤣
そこは、瞑想でも、チャネリングでもなく、インターネットだイェイって、やつw🤣
クラリネット、ジャズミュージシャンだが、1967年、ガンで死亡とWiki。
だが、「神の啓示を受けた」と発言し、当時のニューソートの流れの、中心人物だったようだ。
そして最後のアルバムタイトルが、なんと、「アセンション」…
なるほど、無縁ではないんだと。
僕は最近は、瞑想あまり出来てない。
断食というより、1日1食程度。
しかも、穀類は少なめ。
肉は全く食べなくなったが、魚はたまに食べる。
おととし、返済を一ヶ月忘れてたら、3日後に、裁判を起こされた…
『求償金請求』という訴状。
記載されていた内容は、「…支払わないと、財産差し押さえ…うんぬん…」
驚いた…
後から知ったが、その訴訟で、財産を差し押さえる事は無いそうな。
いわゆる、《脅し》だと、後に知る。
だがしかし、生きてく上で、裁判ざたやらあれば、生きる時間と精神は削られる。
まずは、借金返そう、今はそれを考えてる。
しばらくスピリチュアルから離れがちだが、地球🌏には地球🌏のルールがある。
良し悪しは別として、状況打破なら、しなきゃならない。
まあ、だから、今はこんな生活w🤣✨✨✨
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kennak · 2 months ago
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「話をおまとめ下さい」 よく通る官僚の声が発言を止めた。82歳の男性があわてて口を閉ざした。その後ためらいがちに出た言葉はとても聞き取りにくかった。すでにマイクが切られていたからだ。新聞記者が連射したシャッター音が会場に響いた。 懇談会の終了間際、出席者のひとり、水俣病被害者の会の中山裕二が「一点質問させて欲しい」と伊藤環境相を引き留めた。「マイクを絞ったのか」とたたみかける中山らに伊藤氏は背を向け、司会を務めた水俣病担当室長も無言で会場を去った。 「全面かつ最終解決」と国が自賛した水俣病特別措置法施行から15年。「マイク遮断」はなぜ起きたのか。環境省にとって水俣病は忌むべき存在なのだろうか。(熊本県民テレビ 記者 東島大/敬称略) 水俣病の仕事は「後ろ向き」環境省職員の本音 筆者が受け取った環境官僚からの電子メール 「究極の『後ろ向きの行政』を担当しておりましたが(略)、今度は『前向きの行政』を所掌いたします」    こんなメールを貰ったことがある。環境省で水俣病を担当する特殊疾病対策室のある室長が異動の挨拶として私に送ってきたものだ。全歴代の室長すべてが水俣病の仕事を「後ろ向き」と認識しているとは思わない。しかし取材者としては、職員のかなりの部分の本音ではあるのだろうと感じている。 それは水俣病が単に古い事件だからではない。懇談会でマイク遮断を最初に指摘した中山裕二は40年以上環境省との交渉に関わってきた。今回中山は「マイクを切るなんて初めてだったよ」と憤りながらもその後記者たちにこう話した。 「環境省と私たちっていうのは振り返ればぎりぎりの緊張関係にあったけれども、それなりの信頼関係もあったと私自身は思っていたんです。ところがこの間の特殊疾病対策室長の対応、それが信頼関係を壊した」  5月1日は水俣病にとって大切な日だ。1956年のこの日、水俣市保健所に奇病発生の届けが出された。患者は5歳と2歳11か月の姉妹。報告書によれば、2人とも意識は朦朧として看護師がヤクルトで唇を湿らせてやるのがやっとだった。 姉は亡くなったが妹の実子は71歳になった。ことしに入って寝たきりの状態が続いている。自宅で倒れる直前に「靴がはけない」と声を上げたのを最後に70年自分の意思を言葉で伝えたことはない。 この日を公式確認の日として毎年慰霊式が行われる。環境相と県知事は必ず「謝罪」を口にする。その後に患者との懇談が用意されるが話は「聞き置く」のみ。患者側が追及しようとしても「係争中なので」とかわされる。被害者と加害者は、裁判の原告と被告でもある。そこに「信頼」の文字はない。「マイクオフ」が起きる種はすでにまかれていた。 原因企業ありきの経済成長 水俣病が抱えたタブー 「マイクオフ」を命じた環境省特殊疾病対策室長は、およそ2か月後に異動となった。環境省は定期異動の一環と説明した  ではなぜ環境省は水俣病に「後ろ向き」なのか。それはキャリア官僚たちが束になっても太刀打ち出来ないほどのタブーが水俣病問題に亡霊のようにつきまとっているからといえば文学的に過ぎるだろうか。  たとえば──水俣病の原因企業・チッソは小さな田舎企業ではない。戦前、軍部と結託し朝鮮半島に進出。世界最大級の水力発電ダムを建設し、戦後に首相となった岸信介らの後ろ盾を得てアジア一帯へ勢力を拡大。その売上は三井三菱を凌駕した。戦後は大陸に展開していた人員を水俣へ集約し、敗戦からわずかひと月で工場を再稼働させ、昭和天皇の激励を受けた。 巨大ダムを視察する後の首相・岸信介(右)当時は満州国産業部次長という肩書きだった  戦後は電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビの三種の神器に欠かせないプラスチック製造に必要な化学製品オクタノールの国内シェアの85%を握る。私も取材に加わった「NHKスペシャル 戦後50年その時日本は~チッソ技術者の証言」では、当時通産省から経済企画庁に出向し水俣病対策にあたっていた官僚に取材している。彼は「排水を止めた方がいいんじゃないですかねなんて(出向元の通産省に)いうと『何言ってるんだ、チッソが、これだけの産業が止まったら日本の高度成長はありえない』と言われた。確信犯だね」と語った。文字通り、チッソは日本経済のエンジンだった。 水俣患者と国とで「板挟み」 自殺したキャリア官僚 故・後藤舜吉チッソ最高顧問。45歳で取締役となり「チッソ中興の祖」と言われた  チッソの認識はどうだったか。社長・会長・最高顧問を30年務め2年前に鬼籍に入った後藤舜吉に「工場廃液が水俣病の原因とわかったあともなぜラインを止めなかったのか」と尋ねたことがある。  その時後藤は「わが社が生産しなくなれば客が困る」と即座に答えた。「困るのは日本経済そのものだったのでは」と更に訊くと「たまたま結果が世の中のお役に立つといったようなことです」と煙に巻いた。 こうした「水俣病の責任を認めることは国策の誤りを認めること」という認識は環境官僚の手足を縛っていく。 1990年12月、環境庁の事務方ナンバー2の企画調整局長・山内豊徳が自殺した。53歳だった。 映画監督の是枝裕和が丹念に取材した記録「官僚はなぜ死を選んだのか」によれば、山内は死を選ぶ前日、家族に「水俣の仕事はどうしてもやりたくなかった」「自分に嘘をつかなきゃいけない部分が多すぎるんだ」と告白したという。  今、山内の名を記憶している環境省職員は少ないだろう。しかし「(水俣病問題が)やりにくいのは、外部じゃなくて内部なんだよ」とも漏らしたキャリア官僚の思いは、今も形を変えながら職員たちの意識に流れ続けているように思える。 戦後復興と漁師の命を天秤に 公害広げた「悪魔の選択」  「なぜ政府は水俣病を解決しないのか」。水俣病の取材を30年以上続けていると多くの人々からこの質問を受ける。しかし政府は水俣病を解決出来ないのではない。解決するつもりがないだけなのだ。正確には「解決する立場にない」と考えているというべきだろうか。裁判では、不作為──つまり政府が公権力を行使すべき局面であったのに「何もしなかった」ことが水俣病を拡大させたとされた。なぜ政府は何もしなかったのか。それはかつて政府がまとめた「見解」に見ることができる。この見解からひと月後、山内は死を選んだ。 1990年に政府がまとめた「水俣病訴訟に関する国の見解について」。山内氏はこのひと月後自死した  原文(画像参照)は慎重な言い回しだが、ここから読み取れるのは「戦後復興の代償を支払うのは誰か」という究極の問題である。日本の復興と、九州の一寒村の漁師や子どもたちの命。当時の官僚や政治家が秤にかけたものはあまりに大きすぎた。しかし彼らは一方に目をつぶり一方を推進せざるを得なかった。環境省は水俣病を教訓に産声を上げたと言われるが、正しくはこの悪魔の選択への忸怩たる反省として産み落とされたといえよう。  医師でもあった環境庁の第二代長官大石武一は、水俣病第一号患者・田中実子を見舞ったのちに訪れたストックホルムで「日本国民はより多くの生産、より大きいGNP(国民総生産)が人間幸福への努力の指標であると考え、これに最大の情熱を傾けて参ったのでありますが、その考えが誤りであることに気がつきました」と語った。 終わらない水俣病 解決を阻むもの 大石武一の演説に目を通す水俣病被害者の会・中山裕二さん マイク事件を通して、あらためて行政との「信頼」にこだわる被害者の会の中山裕二は今、大石の講演録を手に語った。 「経済優先の政治っていうのは一切変わってないということじゃないですか。環境省は、設立当初はそれなりの理念と正義があって国にブレーキをかける唯一の役所だったという言い方をする人もいたけれど、でもその後経済成長へともう一度舵を切った時にやっぱり抵抗しきれなかったんですよね」 チッソ工場から垂れ流された排水。水俣病が確認されて10年後の1966年まで続いた 水俣病とは、高度経済成長とは何だったのか。戦後の繁栄を享受した私たち日本人はどこまで水俣病に責任を���うべきなのか。ひとりひとりを説得する覚悟が伊藤環境相にはあるのだろうか。 編集後記 本稿の、岸信介元首相がチッソの朝鮮工場を訪れていたというくだりは10年程前の私の独自だった。当時は岸の孫の安倍晋三氏が首相を務めていた時期で、私がその頃勤務していた公共放送局では東京の報道局から「岸元首相の部分を削ったら放送する」と言われ「それではニュース価値がなくなる」と断ったら放送されなかった。今回マイクを切った官僚にもどこかへ忖度があったのだろうか。原稿を書きながらそんなことを思い出した。 ※この記事は、熊本県民テレビとYahoo!ニュースの共同連携企画です。
水俣病患者らとの”ギリギリの関係”を壊した「マイク遮断」事件はなぜ起きたのか 問題を追う記者が見た「解決を阻むもの」(KKT熊本県民テレビ) - Yahoo!ニュース
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zo-sunz · 8 months ago
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エスカレートする「倫理的狂気」
 倫理的狂気に陥るのは、時間がたってからだ。戦争開始直後から起こわけではない。時間がたち、いくつもの出来事を経るうちに、どんどんエスカレートしていく。誰も都市に空から爆弾を落とす第一号になどなりたくなかった。しかし、敵が攻撃してきたので仕返しをした。最初は軍事目標だけを狙うつもりだったが、昼間では敵の戦闘機に攻撃されてしまう。そのため夜間に爆撃を行うことにした。問題は、昼間でも標的に命中させることができなかったことだ。にもかかわらず夜に爆撃機を飛ばすことは、都市に無差別に爆弾を落とすのを、闇に認めていたということだ。
「倫理的には、彼らは昼間でも正確に狙えなかった標的を爆撃しようとしていた」と、レン・デイトンはドイツの戦略の変化について書いている。「実際には彼らは英国空軍爆撃機軍団がしていたのと同じようにしていた。大きな市の中心部を見つけてそこに火を放ったのだ」
 1941年6月、イギリスは敵国の労働者の士気とコミュニティの破壊を目的として、爆撃は夜間に行なうと公言した(ドイツが行なったのは“脅威を与えるための爆撃”で、イギリスが行なったのは、“士気を挫く爆撃”だった)。イギリスにとっては、それは当時ドイツとの戦争において、彼らが持っていた数少ない貴重な戦法の一つだった。
 ドイツの作家ヨルグ・フリードリッヒは複合爆撃機攻撃の航空隊を「人間に向けられた最も不気味な兵器」と呼んだ(この取り組みを監督していた空軍元帥のハリスは戦後も、これがイギリス人兵士一世代分を丸ごと救ったと固く信じていた)。
 ドイツ空軍のヘルマン・ルメイまで、第一次世界大戦のころにパイロットや兵士として戦った軍の指揮官たちにとっては、何があろうと20年前に前線で経験した���とよりはるかにましだった。第一次世界大戦では英国海軍が約80万人のドイツ人(大半が非戦闘員)を餓死させたと思われているが──すべてイギリスが海上封鎖している間の戦争の原則のもと──それは西部戦線で戦っていた兵士の命を救うためだったので、倫理的に受け入れられていたと、ハリスは主張した。(もちろん誰もが受け入れていたわけではない。ドイツの姿勢はイギリスとは著しく違っていたが、それは当然だろう)。
 タミ・デイヴィス・ビドルは自らのエッセー『空軍力』で「自国の兵士の命と敵国の民間人の命を、どう比較するのだろうか?」と問うた。また、イギリスがドイツへの空爆を始めたときには、平和主義の聖職者たちが、戦争に勝つためにモラル上の一線を超えるよりも、負けるほうがいいのはどういう場合かと問いかけた。
 米軍空軍司令官のヘンリー・“ハップ”・アーノルドは、何十万人もの市民が死んだあとで、「適切な理解とともに使用すれば、爆撃は、事実上、すべての兵器の中で最も人道的なものになる」と述べた。最悪な大量殺戮はまさに最適な条件で起きた。(爆撃される国からすると、誤った条件下かもしれない。)ある一定の条件の下では、爆撃で火炎旋風と呼ばれる現象が起きる。ある範囲(この場合は町)にいくつもの火炎があがり、それが一つに合わさって大きな火炎となる。これが起きると熱い上昇気流が大量に発生し、地上の冷たい空気が渦を巻いて、ハリケーン級の超高温の風を生じさせる。
 このような状況では、人がいろいろな原因で死んでいく。ある人は爆風で死ぬ──肺が破裂し、血管等神経が衝撃を受けて死が訪れる。炎が燃え移って焼死する人もいれば、コンクリートの塊や建物に押しつぶされて死ぬ人もいる(個人が致命傷を負う弾丸と違って、爆弾は犠牲者の周囲の世界も破界する)。防空壕に流れ込んできた一酸化炭素による中毒、あるいは火炎旋風で部屋の空気がなくなって、窒息した犠牲者も多かった。
 ドイツ軍の爆撃が最も激しかった晩は火炎旋風が生じ、1666年のロンドン大火以来、最悪の大火災となった。しかしそれも、ドイツの都市への報復の爆撃に比べれば見劣りがする。(ドイツ空軍は、当初はあまり考えずに戦略爆撃を重視する原則を採用していたが、戦争が始まるころには戦術空爆を中心としたやり方に切り替えていった。戦術攻撃とは、都市全体ではなくその戦場だけに攻撃を絞る手法である。急降下爆撃機(Ju87ストゥーカ)で戦車を爆撃するのが、戦術攻撃の例である)。最初の激しい攻撃は1943年のハンブルクだった。おそらく4万から5万人が焼死した。
 1943年に19歳だったケイト・ホフマイスターは、爆撃を生き延びた一人だった。グウィン・ダイアーが著書『戦争(War)』に彼女の経験を書いている。そこには人間の経験として想像を超える極限状態が描かれている。防空壕を出たホフマイスターの目の前には、燃え上がる地獄が広がっていた。ガスマスクが溶けて顔にはりついている人が転がっていた。ダイアーはホフマイスターの話を引用している。「アイフェ通りの向こうには行けませんでした。道路には人がいて、すでに死んでいる人も、生きているけどアスファルトにくっついて動けなくなっている人もいました。きっとあわてて何も考えずに道に出てきたのでしょう。足がくっついて、抜け出そうとして手をついたんです。手と膝をついて四つん這いの状態で叫んでいました」
 火炎旋風が起これば、次に何が起こるかは決まっていた。ロンドン大空襲では、8ヶ月を超える期間で4万人が死んだ(これは近代以前のほとんどの軍隊が、一度の戦争全体で失う数よりも多い)。ハンブルクではひと晩でそれだけの数のドイツ人が命を落とした。それは地獄の底��のぞき見て、目を背ける経験だったのかもしれない。
 地獄をのぞき見た人はごくわずかだったが、英国首相はその一人だったと思われる。ウィンストン・チャーチルは、飛行機の先につけたカメラで撮影した、爆撃されたドイツ都市の被害現場の映像を見て、恐ろしさのあまり震え上がってもおかしくはなかった。当時彼と一緒にいたオーストラリア駐在武官によると、チャーチルは腰掛けた背を伸ばして、大声でこう言ったのだ。「われわれは野獣か? ここまでやってしまったのか?」。その同じチャーチルが、1940年にはこう言っていた。「自分の裏庭に火が付けば、ヒトラーは交代せざるをえなくなる。そして我々はドイツを砂漠にしてやる。そう砂漠だ」
 チャーチルはまた、爆撃で失われるヨーロッパの遺産を心配していた。戦争で直接の被害を受けた人々が死んでいなくなったあとも、ローマ時代までさかのぼれる遺産の喪失は、子々孫々にわたり影響を受けることになる。文化遺産が、倫理的狂気によって破壊されるのだ。そしてそれはヨーロッパに限らない。日本、中国をはじめ多くの國で起こっていた。(たとえばイラクへの爆撃で、古代バビロニアやアッシリアの遺跡が損傷した。)
 フランクリン・ローズベルト大統領は、敵の都市の爆撃について、二つの違う立場をとった。公的には反対、非公式には賛成だ。1941年8月4日の彼の発言を、米国財務長官ヘンリー・モーゲンソーが録音していたが、その内容は次のようなものだった(コンラッド・クレーンによる引用)。「ヒトラーに勝つ方法をイギリス人に伝え続けているが、彼らは聞く耳を持たない。軍事施設を狙って百機の飛行機をドイツに飛ばすなら、そのうち十機は前に爆撃されたことのない小さな町を爆撃するべきだと、繰り返して提言した。どの町にも何らかの工場があるはずだドイツ人の士気を挫くにはそれしかない」
 1943年になると、死者の数が恐ろしい勢いで増え始め、それがずっと続いた。米国は、戦争最後の1年で、それまでの累計より多くの死者を出すことになる。
 ダグラス・カッカーサー将軍は焼夷弾攻撃を非常に嫌っていた。補佐官の一人(基本的に彼を代弁する立場)は、それを「これまでの歴史の中でも最も容赦のない野蛮な非戦闘員の殺戮だ」と述べた。マッカーサーは実際に、市民を守るために民間施設を爆撃しなかったせいで自分の部隊を危険な目にあわせて死なせたことがある。現在でもそれは間違っていたという声がある。
 世界で最も大きな力を持つ人々でも、こうした非道が行われる勢いを止めることができなかったようだ。戦争を率いた陸軍のジョージ・マーシャル元帥と陸軍長官ヘンリー・スティムソンも、その時起きていることを気に入らなかったが、止めることはできなかった。スティムソンの言によるとマンハッタン計画に参加した物理学者J・ロバート・オッペンハイマーは、焼夷弾攻撃と民間人への攻撃に対して米国の一般大衆があまり怒っていないことを不安視していた。オッペンハイマーは必ずしも攻撃を止めることを望んではいなかった。ただそれについて起こる人が少ないのが気に入らなかったのだ。
 これはその時期の狂気を示すものだった。戦前の世論が女や子どもを標的にすることを許さなかったために精密に標的を狙う空軍力をつくった、まさにその当事者らが、1944年には一般大衆が怒らないという懸念を表明していたのだから。しかし都市には多くの軍事施設があるので、町全体を消滅させてしまえば、多くの軍事施設を破壊できる。
 日本は産業を民間人の移住地域に移す決定をして、計り知れないほどの代償を払うことになった。一か所に集中させて爆撃を受けないよう、地域ごとに小さな工場をつくった。これが、当然と言えば当然だが、すべてを消滅させることを都合よく正当化させる要因となった。
 技術の発達で、離れたところから標的を攻撃できるようにもなっていた。陸軍中佐で軍事心理学の専門家であるデイヴ・グロスマンは、距離があると殺人ができるようになる理由、そして標的との距離が遠いほど簡単に殺せることについて書いている。日本とドイツに対して行なわれたこと、あるいはドイツがイギリスに行なったこと、そのどれも、兵士が敵の顔を見て手を下さなければならなかったら、起こっていなかった可能性は高い。
 グロスマンは7万人の犠牲者を出したある夜の空爆について「七万人の女子供にひとりずつ火炎放射器を向けるとしたら、いや、なお悪いことにひとりひとりの喉を掻き切らなねばならなかったのなら、その行為のむごたらしさとトラウマはけたはずれに大きく、誰にもそんなことはできなかっただろう。しかし、何千フィートもの上空からなら、悲鳴は聞こえず、焼け焦げる身体は見えない。だからだれにでも簡単にでき��しまうのである」と書いている。日本で空襲を行なって戻ってきたアメリカの爆撃機の搭乗員には、焦げた人間のようなにおいがした。彼らの飛行機の底は焦げていた。そして彼らは戦果報告書を、握手して手渡していたと言われる。
 コンラッド・クレーンは民間人を標的とした空爆について、米国のある当局者の話を引用している。「それは地上部隊に、戦っているときすべての民間人を殺し、すべての建物���破壊せよと命令するのと同じではないのか」
 たしかにそうかもしれないが、前述したとおり、陸軍には海軍と同じように、戦時中に取るべき行動と、何が許容できて何ができないのかについての理解を、何千年もかけて体系的にまとめた指針がある。
3億人を救うためなら1億人を殺戮していいのか?
 1945年2月にら、ドイツにはもう爆撃するものは残っていないので、連合軍はがれきを揺らしているだけだという不満が出ていたが、それでも爆撃は継続された。戦後、ニュルンベルク裁判で、被告は──ほとんどが人道に対する罪で絞首刑になる──連合軍のドイツの都市の爆撃を非難していた。連合軍の法律顧問の一人は、空爆は「すべての国が実行するようになり、近代戦争の一部として認められるようになった」と述べた。倫理的な問題を問うには遅すぎる、というわけだ。
 連合軍からすると、事実上の敗北が決まったドイツへの爆撃を止めないのであれば、それよりは兵力が残っている日本がいる、太平洋戦域での攻撃を止めることは誰も考えなかっただろう。(ドイツ・ファースト政策によって、連合軍は第三帝国への攻撃を優先した。1945年初頭、ドイツはまだ侵攻されていない日本よりはるかに不安定な状況にあった。複数の敵国軍がドイツ国内で戦い、ドイツの大都市はどこも廃墟と化していた)さらに1945年8月、“空からのとどめ”という、ドイツに対する攻撃として想定されていたものが再び浮上した。その時点で、毎日の死傷者の数は恐ろしいほどで、終戦が1日早まるごとに、何千人もの命を救うことができた。
 日本に2発の原子爆弾が落とされてから完全に降伏するまでの間に、千機の飛行機が東京に焼夷弾を落とした。まだやるのか、という話である。
 しかし連合軍の爆撃だけに注目するのは、敵の危険性と性質を無視することだ。空軍の歴史を研究していたブルース・ホッパーは、1945年4月にブーヘンヴァルトの強制収容所を訪ねたあと、次のように書いている。「そこらじゅうで悪臭がした。人骨の残骸が炉の近くに山積みになっている。戦略爆撃を行なったことについての良心の呵責は、これを見れば和らげられる」。1899年のハーグ平和会議で、爆撃機はいずれ標的を狙う精度が高まって、市民を殺さずにすむ人道的な兵器になると言ったのは、米国の代表団だった。米国はまた、多くの非戦闘員を無差別に殺す軍部の策に耐えられないと感じていた。その米国が原子爆弾という、おそらくは世界史上最悪の無差別大量殺人兵器を使用した、唯一の国になるというのは、なんとも皮肉な話である。
 総力戦の論理は矛盾だらけだ。
 話は飛んで15年後、爆弾と高高度爆発物を民間人居住地域に使用することは合法である──なにしろどの国も使っていた──と成分化されたことで、米国自身が冷戦の間、核兵器の標的となる可能性を受け入れた。世界の指導者が3億人の命を救うために一億人を殺戮することは、倫理的に受け入れられるかという話を始めると、倫理的狂気はいっそう激しくなる。
 死者の総数を最小限にとどめようとするのは、それで3億人を救えるのであれば、たしかに論理的である。しかし自分たちが使用した兵器が引き起こした1億の人間の無残な死に、健全で有益だった部分もあるというのは、どんな理由をこじつけようと無理がある。
 人類が世界的な熱核戦争に突入し、再び暗黒時代を引き起こすようなことがあれば、私たちはきっと映画『猿の惑星』のチャールトン・ヘストンのように「バカども! このザマは何だ!」と叫びたくなるだろう。しかしそれは我々が招いた結末ではあっても、誰かが好き好んで起こしたことではないはずだ。
『危機の世界史』ダン・カールソン著 渡会圭子訳 2021年2月25日文藝春秋発行
THE END IS ALWAYS NEAR:
Humanity vs the Apocalypse. from the Bronze Age to Today
by Dan Carlin
Copyright © Dan Carlin 2019
Japanese translation rights reserved by Bungei Skunju Ltd.
By arrangement with Harper, an inprint of HarperCollins Publishers.
through Japan UNI Agency Inc., Tokyo.
ダン・カーリン
Dan Carlin
1965年生まれ。ポッドキャストのパイオニア的ジャーナリスト。かつてはテレビレポーター、ラジオパーソナリティ、コラムニストとして活動していたが、やがて活躍の場をインターネットに移し、彼がひとりで世界史のさまざまなテーマを、1エピソード数時間にわたって語る「だけ」のポッドキャスト番組『ハードコア・ヒストリー』を開設。そのドラマチックなテーマ選びと語り口で人気が爆発し、“Alexander versus Hitler(アレクサンドロス対ヒトラー)”、“Death Throes of the Republic(共和国の断末魔)”シリーズ、“Blueprint for Armageddon(最終戦争の青写真)”シリーズ、日本を扱った“Supernova in the East(東の超新星)”シリーズなど、60本以上のエピソードで累計1億ダウンロードを誇る。2015年の「ベスト教育ポッドキャスト賞」、2018年の「ベスト歴史ポッドキャスト賞」などを受賞。本書が初の著書となる。
渡会圭子
Keiko Watarai
1963年生まれ。翻訳家。上智大学文学部卒。おもな訳書に『the four GAFA-四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ)、『習慣の力』(チャールズ・デュヒッグ)、『悪について』(エーリッヒ・フロム)、『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス)、『フラッシュ・ボーイズ』(マイケル・ルイス、東江一紀共訳)、『人口で語る世界史』(ポール・モーランド)など。
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shukiiflog · 10 months ago
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ある画家の手記IF.?-7 雪村絢視点 告白
もう要らないよ、刺青なんかよりずっと香澄を守れる俺がいるから そう言おうとして、何度目だろう、愕然として、なにも言えなかった。俺はもう、香澄の人生にそうやって関わることができない、現実を見ながら香澄を守ろうと今の俺がなにか考えるとき、 俺の存在は無いものとして考えなきゃいけない。 俺の居ない世界を、香澄の現実として未来に想定しなきゃいけない。 …充分わかってる、もうこの先なにひとつ使えないアテにならない自分が、その未来に俺がいない前提で今俺が考えて行動することが、香澄の人生を守るなら…
“Fais de ta vie un rêve, et d'un rêve, une réalité.”  ーーーーあなたの人生から夢を作りなさい。そして夢から現実を作りなさい。  -アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupéry( 1900 –1944 ) 作家、パイロット
俺には香澄に言わなきゃいけないことがあった。 ぐずぐずしてたのは調べものとかしてたから。検索で出るネットの記事とかあるけど、大事なことだからちゃんとリアルの人間からの責任ある言葉がほしくて。それでビミョーに不愉快なような変な気持ちがしながらも、虚彦くんに連絡した。 彼は小学生の低学年でピアス開けたって言ってたし、ピアスと…刺青って、無関係じゃない気がして。実際お店とかこの二つは近場にあったりする。広く人体改造とかイメチェンって言葉でも括れなくはないんだろうし。 直にぃのデータにあった、山雪穣って画家。この人は虚彦くんの師にあたる人だ。画像見る限りこの人は片腕から首までガッツリ刺青入ってる。暴力団の和彫とかじゃなくてオシャレなタトゥーってほうかもしれないけど。 それで虚彦くんにこの人を紹介してもらって、通話だけど、山雪さん本人から刺青についての話を聞けた。 やっぱり刺青ってまだ社会の一部からは敬遠されるし、MRIとか現実的に不利な事情を抱えやすいせいもあるのか、会社勤めとか堅実な人生ではあまり入れようって人はいない。自営業とか画家やアーティストや一部のスポーツ選手とか、なかば孤立した状態で暮らしていける屈強な人が入れやすい。一側面に過ぎないだろうけど現実だろう。 山雪さんのおかげで香澄に話したいことも大体リサーチできた。俺に社交辞令っぽくない感じで今度遊びにくるよう誘ってくれたりしたけど、…実現は難しい、かな。
明日は久しぶりに香澄と遊びにいく。久しぶりでもないか? 俺はまだ少し緊張する、この黒髪で外出するのって。…できれば俺がいなくなる前に名廊がどうなってるか、暴走して直にぃや香澄に累が及ばないか確認したいけど…直にぃのことも偵察に行かせるような真似はさせたくないしな…。 鏡の前に立つ。ゆるゆるうねった黒髪をいじりながら、ソファにダイブして横に座ってた真澄さんの膝に頭を乗せる。 「明日香澄と近くのお店に遊びいってくる~」 絢ちゃんのおててで真澄さんのほっぺたを押しながらじゃれついて続ける。 「香澄に明日、背中の刺青、跡形もなく消してもらう話するけど問題ないよね?」 急に話題ぶっ飛んだけど、いつどのタイミングを選んでもこれについてはスムーズに話し出せるわけでもないしね。
香澄の背中の刺青が本人の意思か否かは確かめるまでもないとして、いつ頃、誰に入れられた?関与した人間は今、どこにいる。あれだけ精巧な刺青なら入れたがった本人の持つ技巧じゃなくプロの彫り師やその周辺も咬んでるかもしれない。 俺が望むのは香澄が刺青を消すこと。 俺が言えばおそらく香澄は消す。ただ、関与した人間次第では消すことが却ってとんでもなく悪く��ぶ可能性もある。このあたりを香澄は考えられないから俺が先回りして、香澄が俺の際限のないワガママにやれやれって付き合ってたらいつの間にか不穏分子はすべて��んでいました、これが一番いい。 刺青も、こうなればベストだ。 そしてあと少しの間に俺にできる、香澄に「遺していける」残らないもの、でもある。 「あの刺青って本人の趣味嗜好じゃないよねーーーーだれ?」 笑ってても声が冷ややかになるのを感じた。 聞かなくたってそれくらい分かる。香澄に「刺青を入れた人間」だ、殴ったの蹴ったのって暴力とはまったくの別種の加害行為。人によりけり、香澄に綺麗な飾りを施したような気にもなるかもしれない、可愛がってやったような気に。知る中で近い例は井原生良とか。香澄のことを通りすがりの他人Aとだけ見るのでは済まなかった人間。 無関心の暴力じゃない、あの刺青は逆。香澄個人への凄まじい執着だ。 「樹だよ」 頭上の真澄さんから予想通りの答えが落ちてくる。 「綾瀬樹さん?真澄さんの双子の兄弟だっけ。それって真澄さんにとってどういう人?兄弟だから一概に仲いいとも悪いとも言えないしね」 まだ軽いトーンを装って話せる、核心部を避けて。けど話題の散らし方や言葉の端々が制御できなくなってきた、…怒りが滲む。 …怒るのは苦手だ、疲れるし、もともと激しく怒れない、体も心臓もきついから。感情の起伏が激しいこととか情緒が乱れたりとかも、泣けば水分不足になるし熱が出る、俺にも相手にもいいことない。最近そんなんばっかだったけど。 少し答え方に迷ってるみたいに真澄さんが時間をあけて答える。 「…どう…も何もないな…樹はもう随分前に亡くなってる。香澄が僕と暮らし始めたのは香澄の父親が限界だったせいもあるが…樹が死んだからでもあるね…」
…限界? 誰が限界だって? 父親として香澄を扶養とか虐待することが? 父親、奥さん亡くなってからメンタルにきちゃった人だっけ、精神的な限界とか、そういうアレ? 限界を失った息子の香澄がいて?さっすが、面の皮の厚さじゃ俺なんて比になんないな。 「香澄の父親が限界。」 真澄さんの膝の上でしばらくころころ転がって笑う。おかしくって 「じゃあなに、刺青彫ってった樹さんも限界とやらで亡くなったわけ」 別に死んだからどうってことでもないけどね、なにが償われたわけでもなし、死んでようやく本人の目的達成って例もあるんだし。死者ってのがいつだって一番タチ悪いよ、人間の死は単純な消滅とは違う。 一度真澄さんに体を起こされてソファにきちんと座り直させられる。その行程で俺が笑うのをやめたら真澄さんが言った。 「他殺だよ」 「…」 嘘がないことを前提として、綾瀬樹の死を「他殺」だとわざわざ語る理由はいくつか思い浮かぶ。今は俺の状態と空気感を加味して、黙して語らずで済ませられた場面、だからこそ。 ひとつじゃないとしてもしその中のうち重点が集中したもののひとつが”俺に語っておく”ってことだったなら、…俺はここまでみたいな姿勢で聞いていられないな。 俺も、話のあとにも場の空気を悪くせずにお互いに流して済ませられるように、って構えを完全に捨てて話さないといけない。ここから先は、真澄さんに気に入られたくていい顔しながらできる話じゃないから。 ストンと顔から余計な表情が落ちる。 沈黙。 「ーーーー香澄に刺青を彫ることの意味が俺には分からない。いくら考えても香澄の人生で足を引っぱる余計なものだ」 でも彫った人間…綾瀬樹の目的は香澄に消えない暴力の跡を残すただ悪趣味で残虐なだけのものだったのか、そうは思えない、それは刺青という凝った仕掛けそのものと、彫られた刺青の美しさからも推し量れる。 けど、もしあの刺青のモチーフに暗喩的な綾瀬樹か香澄にしか通じない悪趣味な裏の意味合いがあるならそれもまた違ってくるのか… 「真澄さんは知ってるの。あの刺青に何か妥当な理由があるのか」 さっきまでと違って、落ち着いた声でちゃんと訊いた。 俺の中での呼び名に過ぎないけど、「彫った人間」って頭の中で呼んだのを「綾瀬樹」にわざわざ修正した。 これは俺の知りもしないどこかの誰かへの憶測じゃなくて、存在した一人の名のある人間にあててだってことを、自分自身に言い含めるために。
ずっと綾瀬樹なんてどうだってよかった。 俺自身の目で死亡確認してないから死んだって言われてもまだ生きてるつもりで対処することをやめずにきたけど、それも真澄さんを信頼してないわけじゃない、信頼してないのは綾瀬樹だ。 どうでもよかった。それが俺の、綾瀬樹に向けられる最大の憎悪の示し方だった。 でもこうやって話すとき、たとえ憎悪を捨てる気がなくても、綾瀬樹も一人の人間だったことを認めなくちゃいけない。そうやって考えていかないと、香澄が大勢から悪意なく落とされたように、今度は俺が綾瀬樹を知らず落として、それはいずれ俺自身の致命的なミスになってかえってくる。 「理由か」 いつも眇められた双眸が少し開いて表情もなく俺のほうを見ていた。 「弱い女子供だと思って手を出してくるような輩は狙った相手が刺青を入れてたら怯むだろ。実際に多少の効果はあったぜ」 あなたらしくない。物事の、良い点悪い点のうち片方だけを悪戯に論うなんて。それも…この場合は良い点とするか…良い点だけを。 あなたは分かってるはずだ、刺青の抱える悪い点も。…あなたが言わないで俺が言うのか、あなたに、そんなこと。 …ひどい茶番劇の中で一人、興に乗れない冷めたやつみたいで自分の滑稽さに内心自嘲が漏れる。 「刺青は威嚇と牽制になる、でもあるのはどこ?地肌の上だ。それを見た相手は香澄の裸の体を見れる距離にもう入ってる、…遅すぎる力だ。 威嚇っていうのは相手からの行為や害意や関心を圧して強制的に退かせるものでもある、それは相手に相応のマイナスの圧力をかけるってことだ、その場凌ぎでしかなくて後に危険が増す可能性もある。 そういう手合いがいざ探すとき香澄はどこか、いい目印が背中にある、簡単には消せない変えられない、派手に主張する見間違えようのないいい目印が。 刺青を見た相手が、刺青を入れる決定を下した香澄の背後にいる力を持った人物にまで思い至ってくれるか、想像してくれるか、その人物に震え上がってくれるか。今まさに香澄に害をなそうとする人間が、そこまで香澄にとって都合のいいことを察せられる人間か、ただの運だ。 馬鹿でもわかる、そうじゃない可能性のほうが年々高くなっていくこと。香澄はいずれ時とともに成長して女子供と間違われることは減っていって、刺青も入れたのは本人の意思だと見做される。 事実、刺青なんて通じなかった人間、直にぃや情香さんや俺が、今の香澄の周囲にいる。 …なんの意味もなかったよ、なんのプラスの意味もなかった。 あの刺青が例えばほんの少し実際に香澄を守ったとしても、どんなふうにも良いようには言ったらだめだ」 口の中で唇を噛んで小さく引き結ぶ。 涙は出ない。それでも酷く哀しい。 見た目だけでもちゃんとしてようと思うのに、目線が下に落ちる。髪が黒いおかげできっと前髪が眉の表情を隠してくれてる。 よりによって真澄さんに俺がこんなこと言わなきゃいけないの。どうして 「ごもっともだね」 返された言葉にさらに眼を伏せる。 視界の端で真澄さんは片方の口端だけでわらってた。 「樹が香澄を守るような何かしたいと望んだ、樹の気がすんだだけさ。…あの刺青があれば顔を潰されても背中見ればあの子だと判別できるだろ。燃やされても沈められても墨の反応が出る。…ギリギリで生きてさえいてくれりゃよかったんだよ。香澄は樹のための贄だった」
か す み の こ と だ と お も っ て き く と
…………だ めだ 俺は 真澄さんを選ぼうとしてるのか? 香澄のことだと思って聞いたら 無理だ、…そう聞けないから だから…? 嫌だ 誰の ことだともおもいたくない おもえない ただ そういうことと ーーがどこかであったっていうふうに 俺の大好きな人たち誰も関係なくて 映画とか 小説みたいに 文章化して 文字にして、訳して フランス語に変えたら つらくないかも … 辛くない? 辛くないってなに 現実はどこまでも苦しいよ きっと誰より恵まれてて大好きな人に可愛がって愛してもらえる、心の底から最高に幸せな瞬間にも 「…俺は今、場合によってはつまらない愚にも付かない誰から見てももっともでお綺麗な正論と常識を言ったけど…真澄さんも言えたはずだ、こんな香澄のいない場所で俺なんかと顔突き合わせて俺が今真澄さんにむかって話すなんて馬鹿げたことになるよりずっと前に。…どうしてこうなってるの」 真澄さんを少し睨むようにただじっと眼を見て訊いた。 真澄さんはもうわらってない。 俺が今、表出すべき感情はなんなのか。 少なくとも綺麗に言葉にのせていかなきゃ、感情任せじゃほんとうに伝わってほしい感情こそ取り落とされるから、任せずに俺が主導権を握って言葉を操らなきゃ。 この人に届いてほしいことを。俺が訊きたいことを。 隣に座ってるけどソファの上で脚を崩して真澄さんの方を向いてた俺に、真澄さんも一度足を組み替えた。 俺のほうをまっすぐ見る、睫毛の奥の黒い瞳は陰ることも濁ることもなく、これまでのどの瞬間とも同じように、月が完全に覆われた夜の静けさだけ湛えていた。 「…お綺麗な正論や常識より���が優先だったのさ」 正論も常識もあの人を守ってはくれないから 「言ってたまるかよ、どうでもいいガキを擁護するための正論なんざ 誰しも生きるために他の命を食い物にする 他のってのはその他全てってことだ 樹以外全て」 そうか だから俺 そうだ…だから俺もあの部屋で 誰も 「樹を肯定するのにあらゆる正しさが邪魔だった 邪魔だったから遠ざけた」 「………」 駄目だよそれじゃあ。 分かってただろ、どうでもいいガキだからあの部屋にあの人のオモチャに放り込まれたのさ。 火傷で脚がだめになればここにいるしかないからずっと一緒だとか、刺青を入れれば自分の印付きだからどこへ行っても守れるだとか、 短絡的で 安直で 愚劣で 浅はかで 馬鹿丸出しで 耐えがたいほど下品で それでもなんだかある種の哀しい美しさを受胎してるようにも聞こえる、もしも全てが物語だったならね ! 「…それが結果的に綾瀬樹の首を絞めて殺すことに繋がったところまで、真澄さんの思惑通りってことでいいのかな? それで長くも穏便にも続くわけないじゃない、たった一人に犠牲が集中することで安寧を得られる仕組みなんて当然すでに破綻してる、その中での日々が平和に見えたとしても終わりはいつもすぐそこだったはずだ、そのすぐそこを真澄さんがこまめに一々お掃除していったのかな? 他殺って、それは真澄さんが殺したんでしょう」 黒い瞳は無表情のまま、威圧するでも萎縮するでもなく返される。 「そうかもな」 自分の顔から強張りを解く。真澄さんに向けて、にっこり優しく微笑んだ。 「綾瀬樹を肯定したくてたまらない真澄さん、肯定するために綾瀬樹本人の存在も命も邪魔になっちゃった?」
 カシャン
…しばらくじっとしてたけど、ふとコートを取りに立ち上がる。 ソファから降りてちゃんと立ち上がる前に真澄さんに体を引かれて膝の上に強制的に乗せられた。腕でぎゅってホールドされて身動きできない。…。 「……。」 抱きしめたり、すり寄ったり、言葉をかける、謝りたい、何もできない、そうしたい全部を堪えながら、今こうしてここにいるべきなのは俺じゃないんだって非現実的なことをぼんやり思う。 真澄さんのことをもっと徹底して許さないで厳しい言葉で容赦なくなじって責め抜けるような、俺はそうなれない、真澄さんがあんな話し方したのはわざとだ。 言っても滑稽なことか、言っちゃいけないことしか、言えなかった。俺は今この場にふさわしくない。 捕まえられてる状況に、一年前を思い出す、自分のここでの思考。 ーーーー俺が寒いなか勝手にここを出てっちゃったら体弱いからそれだけで真澄さんが殺人未遂になっちゃうしなーーーー 今は違う、こうして俺が出てかないようにしてるのも真澄さんの保身じゃなくて、これは俺が真澄さんに愛されてるから。俺が今真澄さんにすり寄ったり謝ったり一つも愛情表現できないでじっと固まってるのも、俺が真澄さんのこと愛してるから。 俺も真澄さんもそのことがお互いに分かってるから、この時間は辛くても、俺はここから逃げ出したいとは思わない。一人で頭冷やして少し考えたいとは思うけどね。 … なんとなく指先ざらついて、なんだろうと思って両手を見てみる。ホラー映画みたいで一瞬ちょっとびっくりした。両手の指が血みどろでボロボロだ。爪も割れてたり、何枚か剥がれて指からズレてるのとか、剥がれそうに根元ガタついてるのと、指先の皮も剥げて… さっきまで自分が座ってたソファを見る。ちょうど手がくるあたりの位置のソファ生地が血まみれでボロボロに破壊されてる。…話してた間に…俺がやったのか… 指先…これじゃ万年筆を持てない 遺せるもの…残す手段が ひとつしかなかったのに。 だんだんじわじわ指先が痛くなる。でも痺れたみたいな、激痛じゃない。 ホールドされたままそっぽ向いて一度も目も合わせなかった真澄さんのほうに、じろっと目線を上げる。目を合わせたまま暴れるんじゃなく静かに身動きしたら、何か考えがあるのを察して腕をはなしてくれた。 ソファから降りて、真澄さんの��を引っぱる。 俺に服の裾引っぱられながら真澄さんはされるがままになって寝室までついて来てくれた。 ベッドの上に上がって真澄さんもベッドに乗るように服を引っぱる。 ベッドの上で俺の横に座った真澄さんの服の襟を掴んで引き寄せる。体重差あるから俺のほうが引き寄せられるみたいになった。目の前の双眸に向かって言う。 「俺のこと抱いて。今すぐに。」
カシャン、
割れて 壊れて 俺 は… 本当に今も ちゃんと俺かな ひどいこと 傷つくような言い方 わざと聞いたことを曲解して 返した 傷つけたかった? 傷ついてほしかった でも 俺じゃ 傷ひとつつけられない でも 嫌 いや 嫌だ 嫌だ、いやだ いや いや! …やめて 香澄が 香澄を、 あんなふうに言ったから
血に濡れて滑った背中 滴ってベッドもシーツも血痕が 染めて 汚していく なんども 執拗に重ねた傷口の上から 手をとめないで 残った7本の爪を立てる 爪をなくした指が痛む ずれた爪がとれて 7本が6本に、 「…っ 、ぅ…」 爪、ピリッと疾るいたみ 体 頭も ちから抜けて 思わず漏れたちいさな呻きに 俺の体を撫でてた優しい大きな手が反応した 黒い前髪をかきあげて 髪に指をとおして頭を撫でながら …表情 確認されてる ? 心配されても、大丈夫って 言えない かわりに背中に回した両腕で 力いっぱい爪を立ててまた縦に引っかく 乾く間もない傷口から血が伝って 俺の体に落ちる ふたりして 血塗れだ 背中に負えばいい このくらいの痛みじゃ 刺青を彫るのに比べたら、まるでおままごとだ どうして…? 俺は、 大好きで 恋してて 憧れで 心から深く愛するひとに …こんなこと 許されてほしい、愛されてほしい、幸せを享受してほしい、…どれもきっと俺の 果たせる役目じゃない… 今はどれも 言葉に出して言っただけで 真澄さんはまたひとりになる だめ 繰り返し爪を立ててた血塗れの背中を 抱きしめる いれたままのが ようやくゆっくり体を揺さぶられて 我慢できない嬌声といっしょに すがりつく 反った体が真澄さんの体とぴったり合わさる 真澄さんの肩口に俺の口元がきて 首筋に歯を立てて噛みついた 死ぬまで痕 遺ればいい ほんとうに香澄のことが大事なら こんなひと 目もくれてやらなくて いい 綾瀬樹と…同じように 害なすときだけ対処すればいい 人間として尊重なんてしなくていい きっとそうなのに あなたを愛してる あいしてる …どうにもできないくらいに 心から許せないのと同じくらい 許したくて 許されてほしくて こうしてあなたに抱かれるのが 幸せで 繋がったまま、体を起こして ベッドの上に胡座をかいて座った真澄さんの脚の上に、両脚を開いて乗る 向かいあう姿勢に真澄さんが 俺の背中を包むように抱いて支えてくれた 両手を真澄さんの顔にそっと添えて、顔の輪郭や造形を確かめるように 指先で丁寧に触れてなぞっていく 薄い唇を親指でなぞってから 頰を手で包んで唇に唇を寄せた 長い時間かけて唇を屠りながら 唇が離れる瞬間に軽く真澄さんの舌を噛んだ ほんのり血の味が俺の口内にも伝って残る いまは「愛してる」って言えない 伝えられない あなたに憎悪の言葉ばかりさんざん吐いた もう言いたくない…苦しかった
疲れたのか うとうとしだして 真澄さんの首筋に顔を寄せながら、眠ってしまう前に ボロボロにしてしまった、いつも頼れる逞しい背中を残った爪で細く引っかいた
…Ce n'est pas ton amour. Vous n'aimez pas non plus Itsuki Ayase. Ce n'est pas de l'amour. Imitation d'amour. Je voulais penser que j'aime Licht. Je voulais être une personne capable d'aimer les gens. Licht jouait avec amour. C'est stupide contre les humains. Personne ne connaît la vraie nature de l'amour. Vous avez appeléles plus terrifiants plutôt que…
”あなたのそれは愛じゃない 綾瀬樹のことだって愛してもいない それは愛じゃない 愛の真似事だ 俺があの人を愛していると思いたかったのと同じくらい、人を愛せる人間でありたかったのと同じくらい あの人が愛を玩具にしていたのと同じくらい ひとに仇なす愚かさだ 愛の正体なんて誰も知らない ただあなたはよりにもよって、最悪のものにそう名付けて呼んだ”
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bigyokushoten · 11 months ago
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イーユン・リー『理由のない場所』から広がっていく(美玉ラジオ#32)
今回起点にしたいイーユン・リー『理由のない場所』翻訳は篠森ゆりこさん、河出書房新社から刊行されています。
篠森ゆりこさんが英語の翻訳者だということからもわかるように、リーは北京出身の作家ですが、英語で執筆しています。
母語ではない別の言語で執筆する作家は結構いて、その動機は人それぞれですが、リーに関しては母語を捨てたという認識で、それはある種の自殺とも言っています。
リーは1972年生まれで、大学進学時にアメリカに留学して生物学を学びます。博士課程に進み免疫学を学びますが、このままでは一生後悔すると感じ同大学の創作科に転科します。博士号まであと1年というときでした。
それからリーはたくさんの文学賞を受賞する作家になります。イギリスのブッカー賞という世界的に権威ある賞の選考委員を務めたりもしました。
しかし彼女は2017年の秋に息子を自殺で失ってしまいます。
この作品は息子が亡くなってから数週間後に執筆を始めており、内容も自殺した16歳の息子とその母親の会話です。
自殺した息子との会話ですから、なんか霊的なものとか母親の理想で埋め尽くされているとか、もしくは絶望に心を砕かれそうな悲しい内容を想起してしまうますが、これはそのどれとも違います。
本文中でも
”時間と縁を切ることで息子と対峙する。
神や霊の世界ではない、私が考え出した世界でもない。
それは言葉だけでできた世界。映像も音もない。
これは物語を書くことだ”と言っている。
息子も母親もとても言葉に注意というか敬意を払っていて、それゆえに読み応えがあって抜群に面白い会話になっているんです。
息子はとてもクールなんですよね。16歳の男の子はこうでなくちゃという感じもするけど、
本文で
”こういうことが起こるかもしれないとわかっていたのに、なんで子どもを作ったんだ”という問いかけがある。これは息子が自殺する可能性だってあるとわかってたのになぜ子どもを作ったんだということなんですけど。
それに対して母親は
”どれだけ感傷的な人でも多少の希望は持ちたがるものなのよ”
”都合の良い考えって言うんじゃないの。ママが言ってるその希望はさ”
とにかく辛辣。読んでみるとわかりますが、これは母親を嫌っているのではなくて、母親を対等なものと感じていて信頼しての発言。
この本の帯には”息子を亡くした実体験に基づく衝撃作”という文言が載ってたりして、これに惹かれる人はそのままどうぞお読みくださいって感じなんだけど、この帯文にちょっと「うっ……」ってなってしまう人も「ちょっと待って!それで読まないのは余りに勿体ない」と思うわけです。
私なんかは実感の伴わないものを理解する力があまりないので、どうしても自分の興味のある方へ作品を引き寄せちゃうタイプなんですけど、そういう変な読み方を今回もしました。
私は本作に登場する16歳で自殺した息子ニコライをサリンジャー的な人物だと感じていて、サリンジャー的人物というのは「やけに自己が出来上がっているマセた子供」と捉えています。
さっきニコライの母親は時間と縁を切ることで息子と対峙するって言いましたけど、16歳で自死した息子は時間を失っているんですね。
小説の中には時間を失った個性的な子どもが沢山いて、ラノベとかメフィスト系の作品にやっぱり顕著かなと。サリンジャー作品にもそれを感じるから、私にとってサリンジャーはお気に入りのラノベみたいなところがあります。
『ナインストーリーズ』や『フラニーとズーイー』でお馴染みのグラース家、その中でも長男シーモアは時間を失っている。(彼は大人といえる年齢ではありますが)長男のシーモアは「バナナフィッシュにうってつけの日」の主人公で有名です。この短編の最後にシーモアは唐突に拳銃自殺を図るわけです。
小説家の佐藤友哉がサリンジャーのパロディとして発表したのが同名の『ナインストーリーズ』という作品で、こちらに登場するのもグラース家を文字った鏡家の子供たち。こちらでシーモアにあたるのが長女の癒奈姉さんで、彼女もやはり自殺してしまう。
シーモアも癒奈も長子らしい大らかさはあるものの、理解し難い行動や発言を繰り返す人たちで、あれほど圧倒的な存在感を持つ人たちが誰も理解できないままこの世を去ってしまうと本当に頭が?で埋め尽くされてしまって、それ以上考えることができないんですね。考え���もわかんねーやってことで、私は二人のことが大好きなのに、何故か理解しようと思ったことがなかったのです。
だけど理由のない場所のニコライの言葉が私の意識を変えます。
”変えようがない長所や短所があったらそれを貫き通すべきじゃないかな”
なんかはっとしました。ニコライとシーモアと癒奈はそれぞれ全然似ていない(そもそも年齢全然違うし)、でも彼らの自死は何かを貫いた結果なのだろうと急に思ったんですよね。
とにかくシーモアや癒奈姉さんの人となりにもっと近づいてみたいなと思っています。癒奈の兄弟たちの会話にも、次女の稜子が弟の創士に「理解できない人間はいないのよ」って言っていて、再読したら妙にそこで胸が熱くなりましたね。
ところで『理由のない場所』は母親の視点で語られる作品です。
冒頭で
私はルールを作る白の女王ではないし、ルールに従って生きるのを拒むアリスでもなかった。私は説明のつかない悲劇に普通の子供が消えたことを悲しむ普通の母親だった
と言う文章がある。
ちょっと脱線しますが、夏に野田秀樹の舞台『兎波を走る』を観に行ったんですけど、これも不思議の国のアリスが下敷きになっていて。
あらすじは元女優が自分の所有する寂れた遊園地で、幼い頃に母親に読んでもらった不思議のアリスを上演したい!と熱望して劇作家を雇って上演するというもの。劇作家はどれも頓珍漢で劇もデタラメなんですが、現実パートと劇中劇のパートがどんどん混同してい来ます。
現実パートの遊園地の迷子センターに一人の母親が子どもを探しにくる。でも母親は子供の特徴をうまく伝えられないから相手にされない。それでも母親は劇中劇の中を割って入って娘のアリスを奪還しようとする。愛しい娘と何かを伝えたそうな兎を追いかけ続ける母親。
段々と劇は不穏な場面が増えてきて、足を高く上げて歩く軍人や女王のための悪夢のような式典のシーンが続く。
やがて観客は、この作品は拉致被害者とその母親、そして彼らへの償いを果たそうとする亡命した元工作員が繰り広げる、暴力的な理不尽と深い喪失の物語だと気づくんですね。これもまた時間を失った子供と刻一刻と過ぎる時間の中を生きるしかない母親の物語でした。
これは新潮という雑誌で戯曲が読めるので是非。戯曲だけでも破壊力抜群で素晴らしいのでバックナンバーを取り寄せるなり図書館行くなりして読んでください。
話を元に戻しますが、グラース家でも鏡家でも両親の存在は���構薄くて、まぁ鏡家の方には意外に出てくるんですけど、とにかく普通の親という印象しかなかったんですよ。これまでは。
だけど私も歳を取ったので、さっきの舞台もそうですけど、完全に母親側の視点で物語に入り込んじゃうんですね。そうすると、若い頃の私が下した普通の親だろっていう決めつけは随分雑だなって感じてきました。
しかも私が佐藤版ナインストーリーズで最も好き、かつ全小説史の中でもトップレベルに美しいと感じたシーンが、母親が娘の頭上にドーナツをかざして天使の輪を作るシーンなんですよ。あのシーンが本当にめちゃくちゃ好きなのに、どうして当の母親に対してあんな雑な解釈ができたんだと自分が怖くなりますね。こんなにも手に負えない子供たちを母親はどう思っていたんだろうって、そういうのを思ってリーの文章を読むと心がぶんぶん揺さぶられます。
これは別にナインストーリーズの登場人物の人となりを理由のない場所から補完しようって話ではないです。だって全然違う人たちだし。
でも、こうして全然関係ない作品から大好きな作品を楽しむためのヒントをもらえるって言うのは結構感動的でした。
私はイーユン・リーという人が生み出すフィクションの力に、それはそれは大きな信頼を寄せています。どんな読み方をしても良いし、どんな読み方をしても、必ず読んだ者の中に強く残る物語を生み出す人なのです。
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