#��守一族血煙絵巻
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
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“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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この嘆きを誰ぞ知る
烏衣の話。病描写注意。
――病んでいた。 布団のうえに重く沈んだ体は、意思に反して身動ぎすら儘ならない。力を入れようとする端から抜けていくようなのだ。もはや杖をついてさえ立ち上がれぬだろうと察する。 この命を奪うのは、病か、呪いか。身のうちに燃え盛る焔のごとき熱は、忌々しい病に因るものか、伏せてなお失せぬ戦意によるものか。思考のまとまらぬ頭ではもはやそれさえわからない。 ただ、渇いていた。 「母さん、水……飲んで」 ――ちくしょう。 かけられた声が、どういった意味を持つものかも理解せず、ただ呟く。 ちくしょう、ちくしょう。 渇いた音が、やはり渇ききった喉を震わせた。がらがらと耳障り。それにも腹が立って、しかしあまりの倦怠感にその怒りすら持続しない。 「母さん……」 ふっ、と、視界が暗くなる。思わずぴくりと身が震えた。 ……大丈夫、まだ生きている。 ――生きてる、よね? 「かあさん」 あたたかい何かが手に触れた。あまりの安堵に息を吐く。それでもどこか頼りないその感触へ、縋るように力を込めた。全力を込めたっていまの自分では虫も殺せぬような威力だろう。そう思うのに、その手は確(しか)と握り返された。 と、そこで、自分が誰かに手を握られているのだとようやっと理解する。耄碌と言うにはあまりにひどい。礼を言いたくてまた力を込めた。できることがそれしかなかった。 ✸ 今日はすこし気分がいい。先日は遂に死んだかと自分で思うほどには調子が悪かった。やはり病んでいる、と冷静に思いながら、炉衣の運んできた粥を咀嚼する。食欲なぞ欠片もないが、食べねば快復しない。見ていろすぐに戻ってやる、あたしのいるべき戦場(ばしょ)へ! だからもっと寄越せと言うつもりで口を開けたら、開いた口からごぽりと何かが溢れた。 ……あれ? 母さん! と、呼ぶ声がする。それに応えようと口を開ければ次から次と何か出てきた。 ――ああ、吐いたのか。 喉の焼ける感覚。もはや意識は朦朧として、自分が座っているのかどうかさえもわからない。手繰り寄せるように手の感覚を確かめようとして、やはり力が入らなかった。 ああ。 ……これではもはや、矢を引くことなど出来ぬではないか。 いまさらのようにそう思って、そうして、――その恐怖に、身が震えた。 あたしはこのまま死ぬの? ここで? 布団の上(こんなところ)で? 枯れ木のように朽ちていくの? 嫌よ。そんなのは嫌。 しかし自分の���思とは無関係に、体はもはや動かない。日々を追うごとに愚鈍になり、ただの役立たずの肉になる。いや、肉すらもないか。骨と皮ばかりの女だ。母に見られたら笑われるかもしれない。 ……炎耳さまは、どうだろうか。 きっと笑いはすまい。悲しんでくれるだろうか。憐れに思うのだろうか。醜い姿を見ていられぬと、顔を背けるだろうか? ぶるり、と震えた。 そうしてまた、ちくしょう、と、声にならぬ声で鳴く。どうして、ひと月ばかし共にしただけの男神なぞ、思い出してしまったのだろう。と、にぶい頭でそう考えた。 ✸ 「あんたはいいね……ひと月おとなしくしていれば、すぐ……治るんだもの。見なさい、……この、有様を。もう弓も握れない……。どうせあたしはこのまま死ぬ」 はあ、と息をつく。これだけで、今日一日ぶんの体力を使い切ったかのようだった。いくさ支度を終えた炉衣が、傍らに座って話を聞いている。まるで一言一句聞き逃さんとしているかのような静寂は、居心地が悪��て仕方ない。 「……うん。俺は元気だよ、母さん。丈夫だからね。だからいまからいくさ場に出る。母さんのぶんも、鬼を屠ってみせるよ」 ――穏やかな声だった。 酷い母と詰るでもない。下手に慰めるわけでもない。ただ事実を述べているだけとでも言うような、淡々とした音。 もはや何も詰まってはいない肚から、何かが込み上げてくる。ごめんなさいとみっともなく謝ることすらできずに、口から出るのはやはり恨み言ばかりだ。しかもそれすらきちんとした音にならない。 ちくしょう、ちくしょう、なんであたしはこんなところで寝ているんだ。なんで子を戦場に出して、��んなところで寝ていなくてはならないの。 その音が届いたのか、届いていないのか。炉衣は長い髪を高い位置で結い上げて、立ち上がる。行ってきますと静かに告げて、気配は遠く、遠く、手の届かないほどに遠く、あたしのいない戦場へと、歩いて行ってしまった。
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09191717
ゴネて柳島に差し入れさせた本もとうに読み終わってしまった。視線だけ動かして部屋の隅を見れば、積まれた用済みの本達。一度目を通せば文章は全て脳に記録される。それが常人には起こり得ないことだと知ったのは、いつだっただろうか。
不便な指錠と足錠の重さにも慣れた。首に這う金属はまるでネックレスかのように自然と馴染んで心地良い。俺の生死を握ってるのがあの男だと思うとゾクゾクする。そう、俺は世間が思うよりずっと愚直で、策士でもなんでもなく、普通だ。
俺のコレクションは無事だろうか。耳に入る情報は少ない。新聞は貰えない。ま、不機嫌な柳島が俺に八つ当たりしてこないところを見る限り、最後のアレ以外はバレていないんだろう。分かりやすい男だ。
スン、と鼻を鳴らしても小さな俺の城、世界から隔離されたコンクリートの小部屋じゃ無機質な匂いしかしない。土の匂いが恋しい。ああ。
その凛とした白シャツに包まれた背中を、今でも思い出せる。教室の一番後ろ、出席番号はいつも最後だった俺は、中学の入学式の日、目の前に座る男のか細い首と肩甲骨を嫌と言うほど見つめていた。何か惹かれるものがあったんだろう。流石に直感、としか言いようがないが、俺は机に置かれた座席表を見て、そいつの名前を指でなぞった。
柳島、懍。
柳島、懍。か。珍しい漢字だ。懍。意味は確か、おそれる、つつしむ、身や心が引き締まる。振り向かないか、と目線を送るが男は目の前をじっと見据えたまま、背筋を緩めない。
担任から回ってきたプリントを渡す為振り返った奴の顔を見て、目を見て、無意識に舌舐めずりをしていた。同じ世界に生きる奴を見つけた。そう思った。俺の勘は外れたことがない。気味悪そうに俺を見た柳島は、プリントを受け取らない俺に顔を顰め、机にザラ半紙のソレを置いた。
��れ合わない俺と柳島が連むようになるのは、時間の問題だった。ま、柳島にも何か俺に感じるところがあったんだろう。教師はもっぱら柳島を心配していたのが笑える。それもそのはず、柳島は成績優秀、品行方正で、自由主義かつ成績も良くない俺とは側から見ればまるで合いそうにない。教師の評価とは裏腹、柳島は笑わず近寄り難い冷徹な男だと、遠巻きに女が噂しているのを俺は聞くともなく聞いていた。その評価は正解であり、間違いだ。教師の上っ面な評価よりもよっぽど近いだろう。
「お前、どこ受験すんの。」
「○○高。」
「都内一の偏差値じゃねえか。」
「母さんが受けろと言うから受ける。」
「ふーん。じゃあ俺もそこ、受けるかね。」
「好きにしろ。」
「......お前の頭じゃ無理、って言わねえ辺り俺好きだわ、お前のこと。」
「お前が日頃嘘ばかりついて、テストでも適当な返答してるの知ってるからな。」
恐ろしい程の知識に対する執着と、学校という小さな社会に順応しようと警戒を解かない姿はいつ見ても感服する。
何、理解するのは難しいことじゃない。奴が求めるのはいつだって理路整然とした理屈と、己が納得出来る結論だけ。引き出した話から、家庭環境がそうさせるんだろう、と、俺は自分を棚に上げ気の毒にすら思った。
高校の入学式の後、俺はまた奴のブレザーに包まれた背中を見つめていた。相変わらずすっと伸びた背筋と、綺麗に整えられた襟足。3年前の衝撃は、まだ昨日のことのように胸の中にいた。
ま、想像通りといえばそれまでだが、高校でも俺への風当たりは強かった。同調圧力が高い日本の学校だ。仕方がない。俺は気紛れに嘘を重ね、退学にならない程度に遊び、テストだけは結果を出す嫌な生徒だった。いい成績をつけざるを得ない教師の顔を見る度に笑えた。ざまあみろ。ざまあみやがれ。他人の評価なんて、まるで耳には入らなかった。
「お前、昨日渋谷で何してた?」
「...えっ、何、ストーキングしてたの?やだ、懍ちゃんったら大胆ネ。」
「何してた?」
「無粋な質問すんじゃねえよ。渋谷の円山っつったらヤること一つだろ。」
「まぁ、それもそうか。」
「父親も死んだし、世の中金がねえとどうにもならねえからな。」
「お前の行動力には脱帽するよ。」
「楽しいんだわ、人間捨てて、獣に戻るのがさ。孕まねえし、金貰えるし。」
柳島は俺を反面教師にすることを覚えたらしかった。俺が他人を欺けばそれを見て学習し、俺が乱れればアレはいけないことだと自分に言い聞かせてい���ように見えた。奴は一度だって世間で言う"正論"を俺にぶつけたことはなかった。一度だってあれば、俺は笑って柳島を屋上から蹴落としただろう。互いに分かっているからこそ、踏み込まない。その関係性が堪らなく心地よかった。柳島だけは、俺を哀れまない。常識とか倫理観が無い人間が、これ程までに合理的で優しいことを俺は知らなかった。
「懍、進路どうすんの。」
「そうだな。まだ決めてない。」
「とりあえず国総受けられるレベルの所には入っとけよ。」
「国総?なぜだ。」
「お前は絶対後々俺��感謝することになる。」
「自分の道は自分で決める。」
「はは、それがいい。」
俺の予想通り、奴は日本の最高峰を誇る大学に合格した。後を追った俺も合格した。俺は理学部、奴は法学部。学部は違えど、その先の未来を歩くにはお誂え向きの選択だった。
奴は変わらず鉄仮面のまま、自分自身のことにはまだ気付かない。勿体ねえな、その素質を押し殺したままにすんのは。そう思っていた俺に、女神は突如として微笑んだ。
卒業証書を放り投げた俺は暇を持て余して、前々から場所を知っていた柳島の家に向かった。神の采配か勘の良さか分からないが、一度も訪れたことのないその場所になぜか足が向いた。
古びたアパートの2階の角部屋、隣の家も、その隣の家も、玄関のポストから新聞が何日分もはみ出ていた。汚い扉の前で息を潜めていたら、中から微かに、ギッ、と、確かに縄の軋む音が聞こえた。ポケットを探り見つけた針金で簡単に開くほど、奴の家の鍵は簡素だった。
聞こえるように足音を立ててゆっくり部屋へ入った俺が見たのは、女の首にかけた縄を梁に通し、無心で引っ張る柳島の姿だった。
「不法侵入だ。」
「鍵、今時あんな玩具みてえなの付けんなよ。」
部屋は若干タバコ臭い。柳島は俺のことを一瞬見て、また作業に戻った。畳の上のちゃぶ台にはマイルドセブンと睡眠薬、血塗れの小さな人形に錆びた口紅、男の写真の入ったスタンドが置かれている。男の目元は、柳島によく似ていた。
部屋の中は簡素で、無駄な物は何もない。開け放たれた襖から隣の部屋を覗き見れば、和蝋燭に照らされた祭壇が見えた。
あまり好きじゃない、と思いながらも残されたマイルドセブンを一本拝借して、床に転がっていたコンビニライターで火を付ける。一瞬顔を顰めた奴は梁へと縄を固定し終えたのか、珍しく汗の滲む額を拭って、女の足元に椅子を置き、蹴り倒した。
「死因は。」
「睡眠薬を摂取した上での首吊り。縊死だ。」
そこから5分、俺も奴も無言のまま、ただ壁にかかった古時計の針が古臭い音を立てていた。手の中の煙草は吸われることなく燃えて、フィルター手前で燻っている。弔いなんて笑える理由じゃない。吸う気分じゃなかった、それだけだ。
「もう、死んだぞ。」
「ああ。」
「......俺���母親さ、ガキの頃、男作って出てったんだわ。幼稚園で描いた絵見せようと思って、教えられた住所に行ったら、母親は綺麗な下着着て、成金の卑しい顔したおっさんに抱かれてた。」
「......。」
「最っ高にイイ声上げてたよ。堪らねえって感じでさ。俺は帰り道絵を捨てて、そっから親父と暮らしてた。この親父ってのがまた厄介で、高学歴とプライドだけが取り柄の男だった。俺はあの男が、プライドを保つ為だけのパーツだった。俺が成長するにつれて、落ちぶれてくんだよ。俺がいれば満たされるからな。だからさぁ。」
「だから?」
「高一の夏、殺したんだ。プライド高いのに惨めなまま生きるの、可哀想だろ。救ってやったんだ。この世界から。」
「そうか。」
運命か宿命か、父親を殺した手段は、今奴が女にした方法と同じだった。違うのは煙草の銘柄と、外には桜が咲き誇っていることくらいだった。耳の奥からジワジワと煩い蝉の声の幻聴が、聞こえる気がした。
「この女、誰だ。」
「母親。」
「......。」
「なぁ。」
「ん?」
「俺は、お前なのか。」
「そうとも言えるし、違うとも言える。お前は俺になれるし、俺にならずにも済む。」
思い詰めたような表情は、きっと世間が計り知れない所へ向かった意識のせいだろう。こいつの脳内は、俺にしか分からない。今一度部屋を見回し、立ち上がって携帯を操作した。
「お前、泣けるか。」
「恐らく。」
「じゃ、今から俺の芝居に付き合え。お前は主演だ。最初で最後の芝居だ。アカデミー狙うつもりで演じろ。分かるな?」
「あぁ。分かる。」
「...『もしもし、消防119番で「おっ、お母さんが、と、友達の、首、帰ったら、っひ、人が、」落ち着いて、何がありましたか?』」
「母さん、母さん!!!どうして!!!!ぅわぁぁああぁぁああああ!!!」
大学3年、奴の進路を聞いた俺は高笑いしそうになって、慌てて表情筋を殺した。予想通り、というかなんというか、奴の人生のレールがひん曲がっていることを本人が気付いてない状況が嫌に哀れに思えた。
「国総で公安、しかも刑務官志望ねぇ。ま、珍しいから希望は通りそうだな。」
「お前も公安だろ。警察庁は色々縦割りだと聞くが。」
「議員に媚��諂って書類と添い遂げるなんざこっちから願い下げ。権力のない人生なんて味気がなさ過ぎて反吐が出るね。」
「相変わらず口が汚いな、愀。」
「お褒めに預かり光栄です。」
卒業式の日、俺は奴の連絡先を消し、家も引き払って奴の目の前から姿を消した。と言っても名前は知られているから、会おうと思えば逢えるはずだった。でも俺も奴も、会うつもりはなかった。言葉にはしなくとも、そういう結末になると互いが理解していた。
警察にいる以上、犯罪の痕跡を消すことは容易かった。俺は片っ端から前科者、身寄りのない人間、幸せな人間、とにかく隙のある人間を探して、連れ去った。
悶える姿を見る度、脳裏に吊るした親父の姿が蘇った。剥製を机に並べれば、幸せな家族の絵が俺の脳内で動き始めた。
俺は俺を客観視していたから、行動の理由は分かる。寂しかったんだ。分かり合えた奴とは同じ世界にはいられない。愛して欲しかった母親は知らない男に抱かれるただの女だった。守って欲しかった父親はプライドにしがみついて生きる可哀想な男だった。縋る場所をなくして尚生きる為には、暖かい家族を、愛に溢れた家族を、沢山作りたかった。辻褄は合っている。理解されずとも、これが俺の世界を守る為の唯一の秩序だ。
扉を開けた瞬間のプロデューサーの顔、今思い出しても笑える。俺を異常な人間だと認識し、この狂った屋敷を映さなければ、という欲と、映してはいけないという人としての倫理観。鬩ぎ合った挙句カメラを回し続けた姿に国民は拍手喝采しただろう。画面越しじゃ暫く人形に見えていたらしいから。地下の美術倉庫を映した時漸く、その吊るされた生肉から漂う腐臭と夥しい蠅の数で察したクルーは軒並み嘔吐し、程なくして警察が来た。
そこからの流れなど既定路線過ぎてつまらないが、ここ、東京拘置所で随分と偉くなった柳島と対面した時、漠然と、俺の物語が完結したような気がした。笑いがこみ上げ、溢れ、腹を抱えて笑う俺を、刑法39条を思い浮かべ顔を顰めて睨む連中の中で唯一、柳島だけは、微かに笑みを浮かべていた。
過去を思い返していたら、もう、17時30分になっていた。窓のない部屋では夕日も朝日も見えないが、この時期ならとうに太陽は沈んで、暗い夜が押し寄せて来ているだろう。
部屋の奥から、物音が聞こえる。カツ、カツ、今日は比較的穏やか、ってことはS案件じゃなく新作の本の差し入れか。奴の足音を聞くだけで機嫌が分かるのは、俺の特技だ。壁に背を付け、姿勢を��す。奴の秩序を守る為、俺は奴の前で今日も"拘置所で初めて出会った模範囚"を演じる。
「S4番、立て。」
「はい。」
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ある作家のインタビュー記事(april roof magazineより抜粋)
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# マティーニとギブソン
「ヴォネガットは自著でこう述べています。
“私が言いたかったのは、シェイクスピアは物語作りの下手さ加減に関しては、アラパホ族とたいして変わらないということだ。それでもわれわれが『ハムレット』を傑作と考えるのにはひとつの理由がある。それは、シェイクスピアが真実を語っているということだ”と。
この言葉は私を勇気づけました。“然るべきタイミングに、然るべき心持ちで書く”これが私にとって最も大切なことです。そうすれば、小説は自ずと進んでいく。ゼンマイを巻いたロボットが手を離れて進んでいくみたいにね。だから、誰が・どこで・何をするか、私にはひとつもコントロールすることはできません。コントロールされた悲劇より、私は現実の悲しい喜劇を愛している。小説を書く時、私は赴くままにペンを走らせる作家ではない、何重にも色を重ねる画家でもなければ、厳格なオーケストラの指揮者でもない、ただ人より少しだけメモを取ることが上手な傍観者になり下がるんです」
作家へのインタビューは、三軒茶屋にある彼の行きつけのバーで行われた。 橙色のライトがぼんやりと灯す、まるで洞穴の中みたいな店内。 作家は目を閉じ、次の言葉を探す。 無言の隙間から、バーテンダーがグラスをステアする音が聞こえてくる。
「そのために必要なのは、ストーリーでも表現でもない、たったひとつの感情です。それを捉えるために、私は胸の中に潜って、呆れるほど考え、然るべき時を待ち続けます。誰にも気付かれないように息を潜めて、静かに波の音を聞くんです」
— 例えば?
「例えば、この世界には朝と夜があります」
— というと?
「つまり、朝、カーテンを開け、誰もいない街を走る塵芥車を見送り、次第に大きくなっていく街の音や光を想いながら書くべき小説があります。そして夜、明滅するネオンサインの下、マティーニで喉を濡らし、消えていく暗闇を想いながら書くべき小説があるということです」
— 昼は?
「昼は、みんなご飯を食べているか、テレビを見ているか、銀行でお金をおろしているか、そんな、つまらない時間でしょう?」
— 今は?
今は午前二時です、とバーテンダーが静かに告げる。 ひと粒のオリーブがグラスに添えられる。 作家はその透明な淀みをほんの少し傾け、何かを確かめるように口に運ぶと、遠くを見つめ、そっと語り出した。
「昔、ミエという女性と過ごした時間がありました。彼女とのことの多くは時代に拐われていってしまいましたが、それでも断片的に彼女のことを思い出す瞬間があります。私たちは三度会い、一度だけ夜を共にしました。でも、ふたりで過ごした時間は二十四時間にも満たないでしょう。あまりにも短い、人生の一瞬の風のような時間です。だけど今、こうしてまた思い出すのは、その時間が確かにそこにあったからなのでしょう…」
☆
ミエは漢字では“美瑛”と書きます。
美瑛と出会ったのは出版業界の関係者が集まるとあるパーティーの場でした。その頃、私はまだ二十代で、ようやく自分の書いたものが文芸誌の片隅に載り始めた頃でした。
季節は冬でパーティーは品川のホテルで行われました。 煌々と灯るシャンデリア、華やかに彩られた会場でシャンパンを片手に語り合う文士たち。 周りには、ベストセラーを何作も出しているIさんや、政界でも活躍していたYさん、映画も手がけているAさんなど誰もが知っている顔ぶれが並んでいます。 そこは、私のような若造には到底縁のない場所でした。
「君はどんなものを書いているんだい?」 「僕はこんなものを…」 「そうか、ところで洋酒は好きかい?」 「いえ、あまり飲んだことがないんです」 「ここのマティーニは絶品だよ、私の本にも登場するんだ。君もぜひ飲んでみてくれ。じゃあ、ごきげんよう」
そんな調子でパーティーは進んでいきました。 彼らは慣れた手つきで高級な酒を呷ります。 それはまるで崩れる事を知らない巨大な城の主のように。 一方、見窄らしい格好でふらふらとしていた私には、どうにもその雰囲気が居心地悪く感じられました。
当時、無名の作家でお金も地位もない私でしたが、若さ故、野心と反骨心だけは旺盛に持っていました。そこにいる文士たちの本もひと通り読んではいましたが、彼らの書く浮世の世界の薄く張り巡らされた膜のようなセンチメンタリズムにはどうにも浸れませんでした。 彼らはたしかに素晴らしい美文を書きます。 でも、そこには人の温度がない。 彼らの書くものはすっと胸に入って来て、次へ、次へと頁を捲らせます。 でも、それは培養された感情で、胸に刺さる楔のような余韻を残すことはありませんでした。 私は日頃から、“私の方がずっと本当のことが書ける”と、胸の内でひどく対抗心を燃やしていたのです。
そんなわけで、せめて格好だけでも文壇の一員らしく振舞わないといかんと思い、慣れない高級な酒を煽ったのがよくありませんでした。気が付けば、私は随分と酔ってしまい、会場の隅っこに座り込んでいました。しまったと思いましたが、華やかなパーティーの片隅で萎れている惨めな男になど誰も気づきません。とにかく水を飲んで頭を冷やさなくては、と立ち上がろうとした私に「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのが美瑛でした。
☆
それから、ひと月と経たないうちに美瑛と私は再び出会いました。
ある夜、赤提灯が揺れる新宿の酒場で偶然、彼女と居合わせたのです。 少し酒が入っていたものの、私はひと目で彼女に気づきました。 彼女はモデルのような煌びやかな容姿をしているわけではないのですが、どこか他人とは違う、一度見たら忘れない、人を惹きつける不思議な雰囲気を纏っていたのです。 それは、とても静かで、どこか神秘的で、勢いのままに触れたら壊れてしまいそうな繊細なものでした。
私は彼女のそばに行き、先日の礼を言いました。 彼女は少し驚いた後、私を思い出してくれて、にこっと笑いました。 とても素敵な笑顔でした。 酒が入って気が大きくなっていたのでしょう、私は「もしお一人でしたら、こちらで少し話しませんか?」と彼女を誘いました。 すると彼女はまたにこっと笑い、「ええ喜んで」と言って私の隣の席にやって来ました。 とても静かな香りがしました。 それは香水の匂いでも、整髪料の匂いでもない、冬の早朝に誰もいないホームに降りたった時のような、どこか懐かしい日常に潜む小さな異国の香り。
私はたくさんのことを話しました。 文章を書いてなんとか暮らしていること、先日のパーティーでは居心地の悪さについ酒を飲み過ぎてしまったこと、いつか書きあげたい感情がたくさんあること…
そして、彼女もたくさんのことを話してくれました。 自分は二十二歳で都内の大学に通う女学生だということ。 品川のホテルでは給仕係のアルバイトをしていること。 名だたる文士たちの中で酩酊している私を見て、急いで水を取りに走ったこと。 中野に住んでいて、仕事帰りによくここで、ひとりお酒を飲むこと。 大学では英文学を専攻していて、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を研究していること。 語学が堪能で、日本語、英語の他にも中国語と韓国語が話せること。 四月から、日本人なら誰でも名前を聞いたことがある大きな会社で働きはじめること。 いつか独立して海外で活躍したいと思っていること。
未来という純白なキャンパスを前に、彼女の目は淀みなく、静かな野心で燃えていました。 ものを書くこと以外ろくに頭にない私はその姿を見て感心しました。 その頃は、まだ若い女性が多くの夢を語れる時代ではなかったのです。 それでも、彼女の明るく謙虚で直向きな姿を見ていると、“この夢が報われない世界などおかしい、あってはならないのだ”とさえ思いました。
本が好きで怜悧な���女との話を尽きることなく、あっという間に夜は更けていきました。 そして、日付が変わる前にようやく私たちは新宿駅で別れました。 別れ際、改札前で何かを言おうとして逡巡する彼女に、私は「また会えるかな?」と尋ねました。 彼女は言葉を飲み込んだ後、笑顔で「あなたが良ければ」と言いました。 その笑顔はとても愛らしく、私の心を暖めました。
手を振り離れていく彼女。 改札の向こう、雑踏の中に消えていく襟足と赤いマフラー。 その光景は小さなボートを見送るようで、どこか遠い世界のことのようでした。 そして、すっかり彼女を見送ると、私は自分の胸の中に芽生えた小さな違和感を認めました。 小さな違和感。 それは決してネガティブなものではなく、かといって良いものでもなく、どちらかというと何かを正しく捉えそこねているような悪い予感でした。
うまく言葉にできないのですが、彼女からは他の若い女性(或いは男性も)が持つ、ある一つの世代に共通する匂いや手触りが一切感じられなかったのです。 それは偏に容姿が良いとか悪いとか、性格が活発であるとか控えめであるといったことではなく、なんといいますか、例えば、彼女が他の誰かと過ごしている姿が(それは、友人だったり、恋人だったり…)全く想像できなかったのです。 彼女が友人とランチをしている姿、母親と電話をしている姿、恋人と手を繋いで歩く姿、下着を脱ぎ、ベッドで抱き合う姿… そのどれもに手触りがなく、掴もうとすると、するりと指の間を抜けていくようでした。
ただ、正直なところ私もそれをうまく計れずにいたのです。 私も人生経験の未熟な若者でしたし、なにせ出会って間もない女性のことです。 多少の神秘性はあってもおかしくはない。 むしろそれが彼女の魅力なのかもしれなかった。
いずれにせよ、私にとってそれは初めての感覚でした。
☆
年が明け、春が終わる頃、示し合わせたかのようにいくつかの連載の話が舞い込んできました。 私は胸にいつまでも残る余韻のような感情をなんとか作品にできないかと、文章を書いては推敲し、自分の表現を模索していました。
当時、私の書くものへの評価は大きく二分されていました。 自由な文体に漂う叙情的な感情の流れを新しいものだと評価してくれる人たちと、非構成的で散漫な文章からは何も見出せないと厳しく批評する人たち。 簡単に説明するとそのような感じです。 そして、文壇で力を握っていたのは圧倒的に後者の人たちでした。 彼らは私の文章をどうにかして自分たちの作った既存の枠に押し込もうとします。 彼らの手にかかると、言葉はひとつひとつ分解され、検品され、気がつくと皮を剥かれた玉ねぎのようにすっからかんにされてしまいました。 それはある範囲では正しさであったのかもしれませんが、私のような若者にとっては吐き気がするくらい悍ましく、不自由なものでした。 そのため、この世界での私への評価はあまり良いものではありませんでした。
ただ、私は当時���ら一貫して決めていることがあります。 それは、文章に余韻を持たせるということです。 文体やストーリーは、その隠れ蓑でしかありません。自由に配色され、時に焦点をぼかしながら、然るべき場所へと進んでいきます。それは装飾であり、ひとつの個性であり、意思の有無に関わらず、花が咲き、やがて枯れていってしまうものです。 しかし、感情は違います。 感情は、物語の通奏低音としていつまでも流れ続けます。 それは個性というよりも血であり、生臭い匂いであり、拭うことのできないものなのです。 作家はそれを捕まえなくてはいけない。 そのために気がおかしくなるほど、ひとつのことをじっと考え待ち続けます。 その横顔と出会える日を夢見て、毎朝、毎晩、瞼の奥をただ眺め続けるのです。 花を咲かすのではなく、根や茎や葉や散った花弁にまで血が通うようにひたすら水を遣り続けます。 そうしてようやく書き始めたとき、物語に植え付けられた、どこまでも余韻を残す感情だけが、誰かの人生の頁になれるのです。
もちろん、若い私にはそんな強い思いを抱き続けることは難しく、お酒を飲んでは自分の無力さを嘆いていました。 電話が鳴ったのはそんな時です。
電話口から聞こえたのは女性が涙を堪える音でした。 東京の夜の深い闇の向こうから聞こえるその音は、途切れ途切れで、集中しないとほとんど静けさにかき消されてしいます。 向こうの夜もこちらの夜も、そこにあることを忘れてしまうくらい静かな夜で、私たち以外の何もかもが止まってしまったかのようでした。 私はじっと受話器の向こうの胸の音を聴きました。 巨大な静寂の中に潜む消え入りそうな小さな声、巨大な東京の騒音の中にかき消されたそれ。 目を閉じると鼓動の音が聞こえて来て、まるで深い異邦の海の底へと潜っているかのようでした。 何度も水を掻いて顔を出した水面、靄の向こうでぼんやりと光る灯台の明かり。 或いは私がその光だったのかもしれません。 そんな時間がどれくらい続いたのか、しばらくして、小さなため息の後に一言。 「今から会えますか?」 と、美瑛の声が夜を渡りました。
☆
ネオンと喧騒の渦巻く新宿。 美瑛は以前と同じ店の同じ席に座っていました。 声をかけると、先ほどの電話の声とは対照的な明るい声で私に礼を言い、またあの素敵な笑みを見せました。 その頬は薄く赤らんでいて、少し酔っているようでした。 「いつもこんなに飲むの?」と尋ねると、「私にもそういう日があるのよ」と言って、またグラスを口へ運びました。
その後も彼女の様子は変わらず、終電の時刻が近づいた頃、私は「そろそろ帰ったほうがいいよ」と彼女に告げました。彼女は時計を一瞥し、目をぎゅっと閉じた後、私を見て「ねぇ、少し歩かない?夜風に当たりたいの」と小さく、でも確かな声でそう言いました。
新宿の人混みを抜け、青梅街道沿いに彼女の住んでいる中野の方角に向かって、私たちは夜を歩きました。 手を広げ��り、髪をかきあげたり、階段を駆け下りたり、上ったり…まるで漂流するみたいに、赤いバッグを揺らしながら、少し前をふらふらと踊るように進んでいく彼女。 私たちを包み込む巨大なビル群は、どれも眠ったように息を潜め、人も見当たりません。 生活の匂いも、労働の匂いもない不思議な時間の新宿。 未だ頼りないままの手触りの彼女、ポケットに手を突っ込んで歩く私。 蝋燭の火のように静かに揺れるステップ。 それは帰るべき場所を探して彷徨う悲しいステップでした。
「東京は本当に大きいところね。たくさん人がいて、たくさんお店があって、たくさん電車が走っていて、悲しいことも楽しいこともたくさん、たくさんあるの」 突然、振り向いた彼女はそう言いました。
ビル街を抜けると、頭上には再び東京の夜が降ってきて、山手通りを何台もの車が走っていくのが見えました。長い赤信号を前にいつしかステップは止まり、街は息を取り戻し、間も無く、私たちのくだらない生活の匂いが帰って来るのがわかりました。 そして、彼女の目には涙が溢れていました。
「ひとつ隠していたことがあってね。私は日本人じゃないの、国籍は中国。でも、日本の学校に行って、日本のものを食べて、日本で育った。日本語だってこんなに上手に話せるし、難しい言葉もその辺の学生なんかよりよっぽど知っているつもりよ。桜を見て春を感じるし、お米を研いで、ご飯を炊いて、お味噌汁を飲む、着物だって自分で着たことがあるのよ。それなのに、ねぇ、それなのに…どうして?」
救われることのない答えを求める寂しい眼差しで、彼女は立ち尽くす私の目を見た後、溢れ出すその涙を隠すように両手で顔を覆いました。 行き交う車のヘッドライトがそれを照らしては隠し、照らしては隠し、やがて少しづつ速度を落としながら止まりました。 そして、信号が青に変わるとともに、彼女は「ごめんなさい…」と一言残し、去っていきました。
悲しみを飲み込むように消えていくその背中。 それはどんな言葉や物語よりも本当のものでした。
私たちと彼女を隔てて、明滅する青信号。 そこに散らばったいくつかの風景。 水の入ったグラス、赤提灯、絵に描いたような笑み、知らない国の香り、夢を語る姿、小さな違和感、文壇、電話の声、ネオン、ステップ、溢れる涙、消えていく背中… それらはどれも失くしたことすら忘れてしまうようなとりとめのないものでした。 でもそれは確かにそこにあったんです。 そして、今ここでひとつの物語が終わろうとしている。 終わる。 終わらせてしまう…
気がつくと、私は急いで交差点を渡り、彼女のもとへ駆け寄って、その手を掴んでいました。 春の夜の東京の空気より少しだけ冷たい手のひら。 それが初めて触れた、彼女の確かな温度でした。
それから、彼女はここ数ヶ月のことを思い出すように話しました。 入社後に配属された部署は彼女の語学力を十分にいかせない場所だったこと。 その力を使って仕事を進めようとすると多くの邪魔が入ったこと。 そんな姿を案じて、親身に相談に乗ってくれた上司がいたこと。 その上司から身体を求められた���と。 一度だけそれに応じたこと。 その人には奥さんと子どもがいたこと。 ひどい罪悪感に襲われたこと。 関係を拒むと、自分が日本人でないことをひどく罵られたこと。 どこからか悪い噂が流れ始めたこと。 仲の良かった同期や親しかった同僚たちとの距離が少しづつ離れていったこと。 会社は彼女の話を全く聞いてくれなかったこと。
いつしか自分の居場所がなくなっていたこと…
その会社はとても大きくて、ひどく日本的な会社でした。 或いは、日本全体がそういう時代だったのかもしれません。 力のない者たちにとって、暗い話はいくらでもありました。
「何もかも嫌いだわ!あなたも、この世界も、全部!」 一頻り話し終えると彼女はそう言い放ち、大声で泣きだしました。 静かな住宅街の路上、彼女の言葉をさらっていく乾いた東京の夜風。 悔しさに、悲しさに涙する、小さくて頼りないその姿は、どこにでもいるひとりの女の子のものでした。 私はそっと彼女を抱きしめました。 「ねぇ、どうして…」 彼女のくぐもった声が、胸の中で何度も何度も木霊しました。
☆
明け方、目を覚ますと隣に彼女はいませんでした。 少しだけカーテンが開いていて、そこから夜明け前の薄く伸ばした光が入り込んでいます。 アパートの二階、彼女の残り香がするクリーム色のタオルケット。薄明かりに晒された部屋は六畳くらいの大きさで、壁がところどころ剥がれていて、彼女の持つ雰囲気とはかけ離れた質素なものでした。
立ち上がると、「起こしちゃった?」とカーテンの向こうから声がしました。目を向けると、薄暗いベランダで美瑛は煙草を吸っていました。 「眠れないの?」と聞くと、「眠りたくないの」と彼女。 橙色の火が燻らせる煙の先、明けていく空には重たい雲が敷き詰められていて、僅かなその隙間から白い光が覗いていて、煙はその光に吸い込まれるように真っ直ぐに伸びていきました。 横に並ぶと、「あなたも一本どう?」と言って彼女は私に煙草を差し出しました。 火を点け、ふぅと吐き出すと、そこには私と彼女、二つの煙の靄が出来上がりました。 東京の空に吐き出された二つの白い煙。 初めはしっかりと輪郭を持っていたそれは、いつしか薄く伸ばされ、混ざり合うようにひとつになって、ふたたび空に還っていきました。 私たちは無言のままその行方をじっと見守っていました。
「ねぇ、悲しい話をしてもいい?」 煙が消え去ると彼女はそう尋ねました。 そっと頷くと、彼女は新しい煙草に火をつけ、まるで喜劇を語るように話しはじめました。
「わたしはね、朝鮮に近い少数民族の自治州で生まれたの。だから中国籍だけど、中国人でもないのよ。幼い頃のほとんどは韓国で過ごしたわ。韓国はわたしたち家族にとって外国だったけど、三人の暮らし��とても幸せだった。でも心中は複雑だったわ。わたしたちの幸せは寂れていく故郷の上に築かれているようだったから。わたしの故郷は一時間もあれば回れてしまう小さな町だったけれど、昔はみんなが家族みたいに温かく暮らしていたの。なだらかな黄緑色の丘があって、丘の上には水車があって、牧場��あって、その起伏を縫うように一本道がどこまでも続いていた。家族も友達もみんな同じ病院で生まれて、同じ学校に行って、同じ美容院で髪を切って、同じように歳をとっていくと思っていた。でも、そんな小さな町にもいつしか本州の経済の波が押し寄せてきた。それは一部の人をとても裕福にしたわ、でも町は幸せにならなかった。いつしかお金のある人は中国の都会や韓国や日本に出たきり戻ってこなくなって、貧しい人だけが残された町はどんどん疲弊していった。酷いものよ。でもいずれは消えていく運命の血だったのかもしれない。わたしたち家族の小さな幸せもそうやって出来上がっていたの。でも、それは仕方がないことだった。そして、わたしが十歳の時に母が死んだ。交通事故だったわ。父も母もわたしも故郷に後ろめたさを感じながら、それでも慎ましく小さな幸せを噛み締めて生きていたのに、この世界はある日突然私たちから母を奪ったの。それも交通事故よ。なんてこともないただの交通事故。この気持ちわかる?びっくりして何も感じなかったわ。母を轢いた人を恨んだり、悲しくて涙を流したり、そういうところまで全然辿り着けなかった。そして、あっという間に色々なことが過ぎていって、“はい、こうなりました”って母が死んだことだけがまるで前からそうだったみたいに残された。わたしはどうすればいいかわからなかったわ。父はとても優秀な人で、母が死んでからも直向きに仕事に打ち込んでいた。悲しみに立ち向かいながら頑張る姿に周りも感心していた。でも、人間はそんなに強くなれないのよ。父はわたしと二人きりになると母のことを思い出してしまうみたいでよく泣いていた。心が空っぽになるまで飲んで、母の話を何度も何度もして、故郷を捨てた自分を責めて、涙が枯れるまで泣いてようやく眠るの。そして翌朝にはスーツを着てまた仕事に出かけていく。このままだといつか駄目になってしまうと思った。だからわたしはひとりで日本に行くことを決めた。十二歳の四月だったわ。父は反対したけど、こうすることが最良の策なんだって自分でも薄々感じていたみたい。最後まで賛成はしてくれなかったけど、大学を出るまでずっと支援してくれたわ。そして、その時からわたしは美瑛という名前になった。美瑛っていう名前はね、わたしがつけたのよ。まだ母が生きていた頃、三人で旅行した北海道の美瑛があまりにも綺麗だったから。そこには何もかもがあったわ。黄金色の丘がずっと続いていて、お母さんがいて、お父さんとわたしが笑っていて、空も湖もどこまでも青く澄んでいて、そこにいる人もみんな幸せそうで、日本はなんて素敵なところなんだろうと心の底からそう思ったの。そこにはわたしにとってのすべてがあった。それから、しばらくして父には新しい家族ができたわ。心の穴を埋めるにはきっと必要なものだったと思う。もちろんわたしには何度も相談してくれたし、帰ってこないかとも言われた。でもそこに戻って生活する気にはなれなかった。わたしは今でもちゃんと父を愛しているし、父もわたしのことを本当に愛してくれている。けど、彼は彼の家族にも愛情を注がないといけないのよ。そういう時期なの。だから連絡は取っていない。故郷には随分と帰って��ないわ。どうなったのかもわからない。もしかしたら、もう無くなってしまっているかもしれないわね。その方が幸せな場所なのかもしれない。でも、時々すごく不安になるの。今のわたしには関係のないことだって思っているのに。すごく、すごく不安になるの。あなた、故郷が消えていく気持ちって想像したことある?自分が生まれた町が消えていくことを考えてみたことがある?愛していた人たちも疎ましかった人たちも丸ごとみんな、みんな消えて、家がなくなって、お店がなくなって、どんどん空き地が増えて、それが当たり前になっていくの。小さい頃、見た風景や遊んだ景色を思い出すことがあるでしょう?あなたはきっといつでもそこに戻れると思っているはずよ、ただ自分が戻らないだけで、いつでも。でも、わたしにはもう戻れないの。どんなに強く戻りたいと願っても戻ることができる場所がないの。わたしのことを待ってくれている場所はもう何処にもないの。こんなことをわたしが思うのはおかしいのかしら?わたしは今、東京にいて、煙草を吸って、こんな格好でベランダに立っているのに、心は消えた故郷の冷たい風に吹かれている。母も父もいない故郷の風に。でもどうしようもないわ、どこに行ったってわたしはわたしとして進んでいかないといけない。強く、もっと強くならないといけないの。でもね、わたしはね、こんなところで、また泣いて、あなたにこんな、こんなつまらない話をしてしまうの」
彼女は目を閉じ、何かを確かめるように空を見て、ゆっくりと煙草を吸い、またひとつ煙を吐き出しました。 そして、無理矢理ににっこりと笑いました。 それはとても、とても悲しい笑顔でした。 たまらなくなって、私はその煙草を取り上げ、火を消すと、そのまま彼女を抱き寄せ、そっと口づけをしました。 私にできることはそれくらいしかなかったのです。 震える彼女の髪の向こう、次第に色をつけていく東京の朝を厨芥車が駆けて行くのが見えました。 涙の生温い舌ざわりと彼女の煙草の残り香が、いつまでも、いつまでも口元に残っていました。
☆
彼女の物語の残した余韻は、作家である私を試すかのようにずっと宙を漂っていました。
ですが、その後、彼女と会うことはありませんでした。 私は何度か中野のアパートへ行こうと思いましたが、その度に何か理由をつけては足を遠ざけました。 安易な言葉や簡単な優しさを与えるのが怖かったのです。 或いは私には彼女の悲しみを背負っていく覚悟がなかったのかもしれません。 彼女からも電話はありませんでした。
そして、気付かないうちに時代は変わっていきました。 忙しない日々が続き、私はいつしか文壇のメインストリームと言われるようになっていました。 かつてあれほど私のことを批判した者たちも手のひらを返したように私の時代を迎合し、ある時期には、私の文章を模倣したような作品がいくつも生まれました。 中には著名な賞を獲ったり、世間の話題を攫う作品もありましたが、そういったもののほとんどが、私には感情の濃度を薄めただけの肉も骨もないようなものに思えました。私はそういった作品を忌み嫌い、自分の次元はもっと高いのだと証明するかのように作品を書き続けました。 そしていつしか、貪るようにストーリーを作り、とってつけたような悲しみを添えた、ハリボテのような作品が増えていったのです。 私は、もう書くことなどなくなってしまったのだと胸の内では途方に暮れていました。
そんな���々が二十年余り続いたある時、突然、出版社に私宛ての手紙が来たのです。 手紙はエアメールで北京の郵便局の消印がありました。 封筒を開くと、そこには一枚の写真が入っていました。 そこは、どこまでも続く黄緑色の丘で、小さな家と牧場と水車があって、手前には幸せそうに笑う女性とそれに寄り添う男性が写っていました。 私は一目でその女性が美瑛だとわかりました。 美瑛と彼女の家族。 幸せそうな笑顔はどこまでも現実的で、それ故にとても美しく輝いていました。 それはきっと、初めてみた彼女の本当に幸せそうな笑みでした。 彼女はようやく自分の帰るべき場所を見つけたのです。 写真を裏返すと、サインペンでひと言「好きな人ができたの」と書かれていました。
その時です、なぜか頬を濡らすものがありました。 それはとどまる事を知らず、いつしかその文字を滲ませていました。 そして気が付くと私は声を出して泣いていました。 私は、私の中のどこかでずっと彼女が生きていたことを思い出したのです。 彼女があの日からどうやって生きて、どれだけ涙を堪え、無理矢理に笑ってきたのか。 異邦の地で踊りながら、どれだけ煙草を吸って、眠れない夜を越えてきたのか。 私は偉そうに筆をとっていながら、そんな大切なことも考えることができなかった。 あの日、中野からひとり帰る朝、私は色々なことを確かめながら歩きました。 故郷にいる父や母や妹のこと。 幼い頃に遊んだ公園の遊具のこと。 初めて買ってもらった自転車のこと。 父とキャッチボールをした日のこと。 母に不恰好なエプロンをプレゼントした日のこと。 妹を助手席に乗せて買い物に行った日のこと。 私が東京に行く日、みんなで車に乗って駅まで行ったこと。 いっぱいの鞄に母が無理矢理入れた梨。 ガランとした部屋に寝転がって見た自分だけの東京の空。 カーテンのない夜。 きつい肉体労働の帰り道に買った缶コーヒー。 夢中で書いていたペンの先に射し込んできた朝日。 アパートに届いた米と缶詰と野菜ジュースが入った段ボール。 その隅っこに添えられていた手紙と一万円札が入った封筒。 今歩いているコンクリートの道。 上空を覆う高速道路。 東京に生きる人たち。 たくさんの感情…
それは皆、私を作り上げる大切な欠片でした。 しかし、そうやって胸の奥からすくい上げて、決して離さないようにしようと決めた想いも、忙しなくすぎる日常という波に攫われ、いつしか沈んでしまっていたのです。 それでも時折姿を見せるそれを、なんとか形にしようと私は筆を取りました。 でも、それはいつだって少し違う形をしていた。 そして無理矢理に捻じ曲げコントロールしようとすればするほど、あっけなく手から離れていき、後味の悪い喪失感だけが残りました。そして、いつしか自尊心に駆られ、自分自身の余韻に酔いながら書いていた私は、かつて憎んでいたものになってしまっていた。 私は自分の傲慢さ心の弱さを恥じました。 そして気付いたのです。 私には書きたい感情がまだたくさんあると。 それは決して特別なものではない。 華美に装飾されたものでも、ドラマティックなものでもない��� 吹いたら消えてしまいそうな小さな記憶の断片たち。 その断片たちが薪となって、私の作品に灯をともしてくれます。 私は特別でない私のことをもっと考えたい。 もう戻れない場所もたくさんあるかもしれない、でも今だから行ける場所もきっとたくさんあると思います。 私は今書くことがとても楽しいんです。
気がつくとグラスは空になっていた。 作家はグラスに残されたオリーブを口にし、その余韻に暫し目を閉じると、バーテンダーにそっと告げた。
「次はギブソンを貰おうか、思い切りドライなやつを」
カタカタとシェーカーの揺れる東京の街は、ゆっくりと夜が明けていく時間だった。
-end
【マティーニ(Martini)】 ジンベースの著名なカクテル。通称カクテルの王様。『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より抜粋
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深川怪談2017 「お化けの棲家」お化け詳細情報
2017年8月20日、深川江戸資料館夜間特別開館「お化けの棲家」終了致しました。ご来場の皆様、ありがとうございました!今年の江戸の町並みに潜んでいた妖怪は全部で17箇所、以下のようなものがおりました。
1.「鍋の付喪神(つくもがみ)」…八百屋の台所 2.「ハサミの付喪神(つくもがみ)」…舂米屋の座敷、箪笥の上 3.「五徳猫(ごとくねこ)」…舂米屋の座敷、長火鉢の前 4.「河童(かっぱ)」…猪牙舟の船縁*深川に伝承あり 5.「毛羽毛現(けうけげん)」…船宿「相模屋」の中庭、手水鉢の横 6.「傘化け(かさばけ)」…船宿「升田屋」の玄関 7.「がんばり入道(がんばりにゅうどう)」…船宿「升田屋」の便所、便壺の中 8.「三つ目小僧」…火の見櫓の下*深川に伝承あり 9.「深川の海坊主」…火の見櫓の裏、掘割の上*深川に伝承あり 10.「なき茶釜」…水茶屋の茶釜の上*深川に伝承あり 11.「蔵鬼女」…舂米屋の土蔵、階段裏*本所に伝承あり 12.「しょうけら」…長屋「於し津」の屋根、明かり取りの窓の上 13.「かいなで」…長屋共同便所、便壺の中 14.「家鳴り(やなり)」…長屋「木場の木挽き職人 大吉」の床下 15.「木枕」…長屋「舂米屋の職人 秀次」の部屋*深川に伝承あり 16.「狂骨(きょうこつ)」…長屋井戸の中 17.管狐(くだぎつね)」…お稲荷さんの祠横 以上、17カ所でした! いかがでしたでしょうか?アンケート等で「潜んでいた妖怪の解説を」というご要望が多数ございましたので、追記させていただきます。(『日本妖怪大辞典』村上健司編著角川書店版他より)
1.+2. 付喪神(つくもがみ) 九十九神とも表記される。室町時代の『付喪神絵巻』によれば『陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てよく人を化かす是を付喪神と号といへり』という巻頭の文がある。煤祓で捨てられた器物が妖怪となり、物を粗末に扱う人間に対して仕���しをするという内容だが、古来日本では器物も歳月を経ると、怪しい能力を持つと考えられていた。『絵画に見えたる妖怪』吉川観方 ちなみに、これらの付喪神は深川江戸資料館の壊れて廃棄処分になった展示物を再利用して作られています。展示物を粗末に扱って壊せば妖怪となる?!実物に触れる体感展示がこちらの資料館の売りではありますが、化けて出ぬよう大切に扱っていただきたいものです。
3.五徳猫(ごとくねこ)
五徳猫は鳥山石燕の『図画百器徒然袋』に尾が二つに分かれた猫又の姿として描かれており、[七徳の舞をふたつわすれて、五徳の官者といいしためしもあれば、この猫もいかなることか忘れけんと、夢の中におもひぬ]とある。『鳥山石燕 図画百鬼夜行』の解説によれば、その姿は室町期の伝・土佐光信画『百鬼夜行絵巻』に描かれた五徳を頭に載せた妖怪をモデルとし、内容は『徒然袋』にある『平家物語』の作者といわれる信濃前司行長にまつわる話をもとにしているとある。行長は学識ある人物だったが、七徳の舞という、唐の太宗の武の七徳に基づく舞のうち、2つを忘れてしまったために、五徳の冠者のあだ名がつけられた。そのため、世に嫌気がさし、隠れて生活するようになったという。五徳猫は、このエピソードと囲炉裏にある五徳(薬缶などを載せる台)を引っ掛けて創作された妖怪なのであろう。(『鳥山石燕 図画百鬼夜行』高田衛監修・稲田篤信・田中直日編)
4.河童(かっぱ)*深川に伝承あり 全国各地でいう水の妖怪。河童という呼称は関東地方の方言カワッパが語源だと言われている。地方によりさまざまなよび名があり、大別すると、水神を思わせる名前の系列、子供の姿を強調した名前の系列、動物の名前に近い名前の系列、その他の計4つに分けられる。 水神系には、東北地方のメドチ、北海道のミンツチなどがあり、子供の姿系には、関東地方のカッパ、カワランベ、九州地方のガラッパなどが入る。動物系には、中国四国地方のエンコウ(猿猴)、北陸地方のカブソ(川獺)、カワッソーなどが挙げられる。その他、特定の信仰に関わるものとしてのヒョウスベ、祇園坊主(ぎおんぼうず)、身体の特徴からのサンボン、テガワラなどと、上記3つの系列に入らないものがある。 姿形についても、地方によって相違があり、頭に皿が無いものや、人間の赤ん坊のようなもの、亀やすっぽんのようなものと、実にさまざまに伝えられている。 起源についても、草人形から河童になったとする説、水神が信仰の対象から外されて零落して河童になったとする説、アジア大陸から渡来して土着したとする説など諸説ある。 人に憑く、物に変化する、人間の作業の手伝いをするなど、地方ごとに河童の特徴は異なるが、ほぼ共通していることは、大の相撲好きであることと、胡瓜(きゅうり)などの夏野菜や人間の肝、尻子玉が好物だということだろう。 人間の肝をこのむというのは、昔の人たちの観察力によるものらしい。溺死した死体は腹が膨れて肛門がポカンと開いてしまうといわれる。このようなひどい姿を見て、河童が手を入れて内蔵を引き出したと人々は想像したのだろうといわれている。河童の凶暴性は水難事故の恐ろしさに起因するといっても過言ではないようである。また、相撲や胡瓜を好むのは、河童が水神としての性格を有していたことにほかならない。かつての相撲は神事であり、端午の節句や七夕あたりに行われ、東西の土地の代表者が豊凶をかけて争った。相撲は神と精霊との争いを表しているともいわれ、神が水の精霊を打ち負かすことにより、農耕に欠かせない水の供給を約束させるのだという。胡瓜などの初なりの野菜も、水信仰に欠かせない供物だった。このことからみても、河童が水神として信仰の対象になっていたと考えられる。 古(いにしえ)の水に対する信仰と、近代までの民間信仰とが複雑に絡み合い、無数の枝葉にわかれているので、一口に河童は稿であるとはいえないのが現状だろう。 深川ではカッパは、仙台堀と木場の2箇所で捕獲されていたという。仙台堀では伊達候の蔵屋敷で河童を撃ち殺して塩漬けにしたという。仔細は、伊達候の屋敷では子供がよく水難事故に遭う。怪しむべしということで、堀の内、淵ともいえるところを堰き止めて水を干したところ、泥を潜って風のように早い何かがいて、ようやく鉄砲で撃ち仕留めたという。木場入舟町では、この辺の���で水に入ると引っ張り込むものがいる。木場のいなせな兄いが捕らえてみると河童。この水辺の者には、二度と悪さをしないと詫び証文を書かせて手判を押させて許したという。(『河童の世界』石川純一郎、『河童』大島建彦編、『神話伝説辞典』朝倉治彦・井之口章次・岡野弘彦・松前健編、『総合日本民族語彙』『民俗学研究所編、『日本未確認生物辞典』笹間良彦、『日本妖怪変化語彙』日野巌・日野綏彦、『耳袋』根岸鎮衛)
5.毛羽毛現(けうけげん) 鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』にけむくじゃらの妖怪として描かれたもので、[毛羽毛現は惣身に毛生ひたる事毛女のごとくなればかくいふか。或は稀有希現とかきて、ある事まれに、見る事まれなればなりとぞ]とある。毛女とは中国の仙女のことで、華陰の山中(中国陜西省陰県の西の空獄華山)に住み、自ら語るところによると、もともとは秦が亡んだため山に逃げ込んだ。そのとき谷春という道士に出会い、松葉を食すことを教わって、遂に寒さも飢えも感じなくなり、身は空を飛ぶほど軽くなった。すでに170余年経つなどと『列仙伝』にある。 この毛羽毛現は家の周辺でじめじめした場所に現れる妖怪とされるが、実際は石燕の創作妖怪のようである。(『鳥山石燕 画図百鬼夜行』高田衞監修・稲田篤信・田中直日編)
6.傘化け(かさばけ) 一つ目あるいは二つの目がついた傘から日本の腕が伸び、一本足でぴょんぴょん跳ねまわる傘の化け物とされる。よく知られた妖怪のわりには戯画などに見えるくらいで、実際に現れたなどの記録はないようである。(『妖怪学入門』阿部主計)
7. がんばり入道(がんばりにゅうどう) 加牟波理入道(がんばりにゅうどう)雁婆梨入道、眼張入道とも書く。便所の妖怪。 鳥山石燕の『図画百鬼夜行』には、便所の脇で口から鳥を吐くにゅうどう姿の妖怪として描かれており、[大晦日の夜、厠にゆきて「がんばり入道ホトトギス」と唱ふれば、妖怪を見ざるよし、世俗のしる処也。]とある。 松浦静山の『甲子��話』では雁婆梨入道という字を当て、厠でこの名を唱えると下から入道の頭が現れ、その頭を取って左の袖に入れてまた取り出すと、頭は小判に変化するなどの記述がある。「がんばり入道ホトトギス」と唱えると怪異に会わない、というのは江戸時代に言われた俗信だが、この呪文は良い効果を生む場合と禍を呼ぶ場合があるようで『諺苑』には、大晦日にこの諺を思い出せば不詳なりと書かれている。 村上健司著『日本妖怪大辞典』より「加牟波理入道」の項より抜粋
8.三つ目小僧(みつめこぞう)*深川に伝承あり 「海からの声」明治33年永代町生まれの伊東進一郎さんの談話 十二、三才の時でしたね。釣りに行っての帰り、お台場を通る頃には暗くなっちゃう。そうすると、「オーイ、オーイ」と声が聞こえるんです。だんだん近づいてくると、船頭が「口を聞くんじゃない」と言って、用意してきた、底の抜けた杓とか土瓶の底のないやつをほおるんです。そうすると、みんな沈めたと思って、声が聞こえなくなる。永代橋に来ると、みんなホッとしましたね。海坊主だとか、海で死んだ人の怨念だとか言われましたけど、今考えてもわからないです。 それから、人魂を永代二丁目のところでみました。もう一人いたんですけど、片っ方は腰抜かしちゃった。まだあります。うちのおばあちゃんが、渋沢倉庫の横の河岸っぷちの柳の植わっているところから。川を見ている女の人に「ねえさん、何やってるんだ」と言ったら、のっぺらぼうなので、腰抜かして、熱出して、しばらくして死んじゃった。背中からおんぶされて、みたら三つ目小僧だって、そういうの本当にあったんです。 (江東ふるさと文庫『古老が語る江東区のよもやま話』より)
9.深川の海坊主(うみぼうず)*深川に伝承あり これは、母から聞いたものだが、深川一帯では桑名屋徳蔵が有名であったらしい。彼は深川の何処かの掘割の岸で廻船問屋をやっていた。若い衆の数も多く、繁盛していた。ある年のおおみそか、大事なお客から今夜中に荷を運んで欲しいという伝言があった。だが、深川のあたりでは大晦日の夜はあの世のご先祖様たちが、お盆とお同じように家へ帰って家族と元旦の雑煮を祝うと信じられていた。こういうわけで、川で死んだ人の霊も水から上がって来るので、その邪魔をしてはならないと、大晦日の夜は船を出すのを厳禁していた。 徳蔵は日頃恩になっているお得意だから、そんな迷信に構っちゃいられないと考えたが。若い衆はみんな休みを取って出払っていたので、若い女房の止めるのも聞かずに船を出した。 ところが、しばらく漕いで行くと、川いっぱいに大きな山がぬーっとせり上がってきた。豪胆な徳蔵は「しゃらくせえ真似をしやがる」と叫んで、その山へまともに船をぶっつけた。その途端に、山はスーッと煙のように消え徳蔵はなお船を進めて行った。が、今度は舳先の川面に大きな海坊主が現れてケタケタと笑った。海坊主とは、首から上が目も鼻もない真っ赤な大入道で、胴体はこれも真っ赤なマントをきたような血の袋が水の上ににょきっと立ち上がっていたらしい。徳蔵は舳先に走って行って海坊主を棹で叩きのめした。海坊主はぎゃっと言って、血しぶきをあげながら川の底へ沈んでいった。だがそれをきっかけに、船のまわりに大小の海坊主がニョキニョキ現れて、声を揃えてケタケタと笑った。徳蔵は夢中になって駆け回り、片っ端から海坊主を叩きのめした。 その頃、留守宅では女房が急に癪を起こして苦しみ始めた。幸いにも表の通りから按摩の笛が聞こえてきたので、子供に呼ばせた。按摩は鍼を打たなければいけないといって、たくさんの鍼を畳の上に並べた。女房は按摩がいい男なのに安心して鍼を打たせたが、鍼を打つたびに血がパッと天井に跳ね上がり、梁の上で小さな海坊主になってケタケタト笑った。仕舞いには梁の端から端まで海坊主が並んでしまった。 徳蔵が仕事を終えて帰ってきた時には、女房は全身の血を失って白蝋のようなむくろになっていた。 田辺貞之助『江東昔話』より
10.心行寺のなき茶釜(なきちゃがま)*深川に伝承あり 『深川心行寺の泣き茶釜』 文福茶釜は「狸」が茶釜に化けて、和尚に恩返しをする昔話でよく知られている。 群馬県館林の茂林寺の話が有名だが、江東区深川二丁目の心行寺にも文福茶釜が存在したという。 『新饌東京名所図会』の心行寺の記述には「什宝には、狩野春湖筆涅槃像一幅及び文福茶釜(泣き茶釜と称す)とあり」 とある。また、小説家の泉鏡花も『深川浅景』の中でこの茶釜を紹介している。 残念ながら関東大震災(1923)で泣き茶釜は、他の什宝と共に消失してしまい、文福茶釜(泣き茶釜)という狸が化けたとされる同名が残るのみである。文福茶釜という名前の由来は煮えたぎる湯の音がそう聞こえるという説や福を分けるという説がある。
11.「蔵鬼女」*本所に伝承あり 『十方庵遊歴雑記』「本所数原氏石庫の妖怪」に載る話 本所二つ目の相生町と緑町との境にある横町に、数原宗得(すはらそうとく)という五百石二十人扶持の御典医が住んでいた。 屋敷には石でできた立派な蔵があったのだが、蔵の中で尿意を我慢すると小女や小坊主、傘お化け、大ダルマ、鬼女、牛馬など、色々な妖怪が出現した。 また、近くで火災がある時は、夜に蔵の中で鉄棒を引いて歩く音がした。音が聞こえて家の者が用心していると、必ず近くで火災が発生し、数原家だけは火災の難を逃れた。 ある時、近隣で出火があり、道具類を蔵の中へしまおうとしていたところ、人手が足りずに困っていると、蔵の中から髪を振り乱した女の妖怪が現れ、積まれた品々を蔵の中へと運び入れた。この時も、数原家は類焼を免れた。
12.「しょうけら」 鳥山石燕『図画百鬼夜行』に、天井の明かり取り窓を覗く妖怪として描かれているもの。石燕による解説はないが、ショウケラは庚申(こうしん)信仰に関係したものといわれる。庚申信仰は道教の三尸(さんし)説がもとにあるといわれ、60日ごとに巡ってくる庚申の夜に、寝ている人間の身体から三尸虫(頭と胸、臍の下にいるとされる)が抜け出し、天に昇って天帝にその人の罪科を告げる。この報告により天帝は人の命を奪うと信じられ、対策として、庚申の日は眠らずに夜を明かし、三尸虫を体外に出さないようにした。また、これによる害を防ぐために「ショウケラはわたとてまたか我や土へねぬぞねたかぞねたかじねぬば」との呪文もつたわっている。石燕の描いたショウケラは、この庚申の日に現れる鬼、ということがいえるようである。(『衛鳥山石燕 図画百鬼夜行』高田衛監修・稲田篤信・田中直日編)
13.かいなで 京都府でいう妖怪。カイナゼともいう。節分の夜に便所へ行くとカイナデに撫でられるといい、これを避けるには「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文を唱えればよいという。昭和17年(1942年)頃の大阪市立木川小学校では、女子便所に入ると、どこからともなく「赤い紙やろか、白い紙やろか」と声が聞こえてくる。返事をしなければ何事も無いが、返事を��ると、尻を舐められたり撫でられたりするという怪談があったという。いわゆる学校の怪談という物だが、類話は各地に見られる。カイナデのような家庭内でいわれた怪異が、学校という公共の場に持ち込まれたものと思われる。普通は夜の学校で便所を使うことは無いだろうから、節分のよるという条件が焼失してしまったのだろう。しかし、この節分の夜ということは、実に重要なキーワードなのである。節分の夜とは、古くは年越しの意味があり、年越しに便所神を祭るという風習は各地に見ることができる。その起源は中国に求められるようで、中国には、紫姑神(しこじん)という便所神の由来を説く次のような伝説がある。寿陽県の李景という県知事が、何媚(かび)(何麗卿(かれいきょう)とも)という女性を迎えたが、本妻がそれを妬み、旧暦正月15日に便所で何媚を殺害した。やがて便所で怪異が起こるようになり、それをきっかけに本妻の犯行が明るみに出た。後に何媚を哀れんだ人々は、正月に何媚を便所の神として祭祀するようになったという(この紫姑神は、日本の便所神だけではなく、花子さんや紫婆(むらさきばばあ)などの学校の怪談に登場する妖怪にも影響を与えている。) 紫姑神だけを日本の便所神のルーツとするのは安易だが、影響をうけていることは確かであろう。このような便所神祭祀の意味が忘れられ、その記憶の断片化が進むと、カイナデのような妖怪が生まれてくるようである。新潟県柏崎市では、大晦日に便所神の祭りを行うが、便所に上げた灯明がともっている間は決して便所に入ってはいけないといわれる。このケースは便所神に対する信仰がまだ生きているが、便所神の存在が忘れられた例が山野理夫の『怪談の世界』に見える。同書では、便所の中で「紙くれ紙くれ」と女の声がしたときは、理由は分からなくとも「正月まではまだ遠い」と答えればよいという。便所神は正月に祀るものという断片的記憶が、妖怪として伝えられたものといえる。また、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文も、便所神の祭りの際に行われた行為の名残を伝えている。便所神の祭りで、紙製の人形を供える土地は多く、茨城県真壁郡では青と赤、あるいは白と赤の男女の紙人形を便所に供えるという。つまり、カイナデの怪異に遭遇しないために「赤い紙やろうか、白い紙よろうか」と唱えるのは、この供え物を意味していると思われるのである。本来は神様に供えるという行為なのに、「赤とか白の紙をやるから、怪しいふるまいをするなよ」というように変化してしまったのではないだろうか。さらに、学校の怪談で語られる便所の怪異では、変化した便所神のほうから、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」とか「青い紙やろうか、赤い紙やろうか」というよになり、より妖怪化がすすんでいったようである。 島根県出雲市の佐太神社や出雲大社では、出雲に集まった神々を送り出す神事をカラサデというが、氏子がこの日夜に便所に入ると、カラサデ婆あるいはカラサデ爺に尻を撫でられるという伝承がある。このカラサデ婆というものがどのようなものか詳細は不明だが、カイナデと何か関係があるかもしれない。(『総合日本民族語彙』民俗学研究所編、『日本民族辞典』大塚民族学会編、『現代民話考七 学校』松谷みよ子、『民間伝承』通巻173号「厠神とタカガミと」川端豊彦)
14.家鳴(やなり) 家鳴は鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれたものだが、(石燕は鳴家と表記)、特に解説はつけられていない。石燕はかなりの数の妖怪を創作しているが、初期の『画図百鬼夜行』では、過去の怪談本や民間でいう妖怪などを選んで描いており、家鳴りも巷(ちまた)に知られた妖怪だったようである。昔はなんでも無いのに突然家が軋むことがあると、家鳴りのしわざだと考えたようである。 小泉八雲は「化け物の歌」の中で、[ヤナリといふ語の…それは地震中、家屋の震動する音を意味するとだけ我々に語って…その薄気味悪い意義を近時の字書は無視して居る。しかし此語はもと化け物が動かす家の震動の音を意味して居たもので、眼には見えぬ、その震動者も亦(また)ヤナリと呼んで居たのである。判然たる原因無くして或る家が夜中震ひ軋り唸ると、超自然な悪心が外から揺り動かすのだと想像していたものである]と述べ、『狂歌百物語』に記載された[床の間に活けし立ち木も倒れけり やなりに山の動く掛け軸]という歌を紹介している。(『鳥山石燕 図画百鬼夜行』高田衛監修・稲田篤信・田中直日編、『小泉八雲全集』第7巻)
15,木枕(きまくら) 昔三十三間堂近くに、住むと病気になる空き家があった。その家の持仏堂にあった木枕が妖をなすとわかり、荼毘にふしたら屍を焼いたのと同じ臭気がし、完全に焼けるまでの時間は人一人を焼き尽くす時間と同じくらいかかったという。
16.狂骨(きょうこつ) 鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』に井戸から立ち上がる骸骨姿で描かれているもので、【狂骨は井戸の中の骨なり。世の諺(ことわざ)に甚だし事をきやうこつといふも、このうらみのはなはだしきよりいふならん】と解説されている。肉の落ち尽くした白骨をきょう骨といい、神奈川県津久井郡では、すっとんきょうなけたたましいことをキョーコツナイと言う。狂骨という妖怪の伝承は無い事から、石燕が言葉遊びから創作したものと思われる。(『鳥山石燕 図画百鬼夜行』高田衛監修・稲田篤信・田中直日編)
17.管狐(くだぎつね) 長野県を中心にした中部地方に多く分布し、東海、関東南部、東北の一部でいう憑き物。関東南部、つまり千葉県や神奈川県以外の土地は、オサキ狐の勢力になるようである。管狐は鼬(いたち)と鼠(ねずみ)の中間くらいの小動物で、名前の通り、竹筒に入ってしまうほどの大きさだという。あるいはマッチ箱に入るほどの大きさで、75匹に増える動物などとも伝わる。個人に憑くこともあるが、それよりも家に憑くものとしての伝承が多い。管狐が憑いた家は管屋(くだや)とか管使いとかいわれ、多くの場合は「家に憑いた」ではなく「家で飼っている」という表現をしている。管狐を飼うと金持ちになるといった伝承はほとんどの土地で言われることで、これは管狐をつかって他家から金や品物を集めているからだなどという。また、一旦は裕福になるが、管狐は大食漢で、しかも75匹に増えるので、やがては食いつぶされるといわれている。同じ狐の憑き物でも、オサキなどは、家の主人が意図しなくても、狐がかってに行動して金品を集めたり、他人を病気にするといった特徴があるが、管狐の場合は使う者の意図によって行動すると考えられているようである。もともと管狐は山伏が使う動物とされ、修行を終えた山伏が、金峰山(きんぷさん)や大峰(おおみね)といった、山伏に官位を出す山から授かるものだという。山伏はそれを竹筒の中で飼育し、管狐の能力を使うことで不思議な術を行った。管狐は食事を与えると、人の心の中や考えていること悟って飼い主に知らせ、また、飼い主の命令で人に取り憑き、病気にしたりするのである。このような山伏は狐使いと呼ばれ、自在に狐を使役すると思われていた。しかし、管狐の扱いは難しく、一旦竹筒から抜け出た狐を再び元に戻すのさえ容易ではないという。狐使いが死んで、飼い主不在となった管狐は、やがて関東の狐の親分のお膝元である王子村(東京都北区)に棲むといわれた。主をなくした管狐は、命令するものがいないので、人に憑くことはないという。(『日本の憑き物』石塚尊俊、『民間信仰辞典』桜井徳太郎編、『日本狐付き資料集成』金子準二編著)
館内配置図はこちら。
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静岡旅4〜フラグ回収編〜
バナー広告で気になっていたエロ漫画はDMMになかった為、私はポイントを何に使うか決めかねていた。
「どうせなら監禁物が見たいなぁ。今後の参考に」
「全然知らない人の耳に入ったら相当ヤバイ発言ですよ。ところでそろそろ時間が近付いてきたので店に行きましょう」
「もうですか。早いなぁ。あ、ママ〜トイレ」
「ママじゃないですけどお手洗いは行っときましょう」
セノバのトイレは大変清潔で、自動洗浄のハイテク仕様だった。
しかし用を足している最中ですべてを水に流されるという屈辱を受けた私は、腹を立てながらわちこさんに報告する。
「あいつ、ちょっと潔癖の気がありますね。反応が過剰過ぎますよ。まったく、驚いて出るものも出なくな「詳細な情報は大丈夫ですよ。ちなみに私も同じ目に合いました。あいつ、ちょっと神経質ですよね」
一日の締めを飾るディナーへ向かうに相応しい人間でなくてはなるまい。それがさわやかへの最低限の礼儀なのだ。
鏡の前で身なりを整える。髪をまとめ、口紅を塗り直す。ついでにポケットの中に入れっぱなしだった飴のゴミやレシートをゴミ箱に捨て、身も心もすっきりとして外へ出た。
エスカレーターに乗り込みながら、わちこさんが振り返る。
「あと20分くらいだ。整理券、平夜さんが持ってますよね?」
「はい、私が整理券を持っています。ここに」
そう言って私はコートのポケットに手を入れる。
何もない。手は空を掴むだけだった。
「あ」
「どうしました?」
「ほ〜んなるほどね……あれレシートじゃなかったんだわ……(合点)」
「え?」
「いやごめんなさい。さっき捨てました」
「…………なにごとですか?」
「さっき、トイレのゴミ箱に、レシートだと思って捨てちゃった。」
「笑ってる場合ですか…!戻りましょう」
早足でさっき来た道を戻りながら、
「おかしいなぁ、いつもならレシート確認して捨ててるのに」
「今日に限って自信満々でノールックで捨てましたよ、あはは」
「でもすぐ気付いてよかったですねぇ」
と早口で捲したてる。
わちこさんから返事はない。
さすがに怒らせたか……。恐る恐る振り返ると、わちこさんは堪え切れないといった様子で
「ふふ、いや、何かしらやらかすだろうなとは思ってましたけど、こんなに綺麗にフラグ回収(端折っているが、散々平夜が何かやらかしそうという話をしていた)するなんて……さすがですね」とめちゃくちゃに笑っていた。
褒められた私は照れながらトイレへ飛び込んだ。鏡台に取り付けられたゴミ箱は側面に扉が設置されており、そこからあっさり取り戻すことができた。
事件発覚からの早期発見が功を奏し、汚れたり破れたりもしていない。そこにはただ私が誤って捨てたという事実しかなかった。
「ありましたありました、よかった。お騒がせしました」
わちこさんはまだ笑っていたのでちょっと得意になった。何故ならわちこさんをこんなにも笑わせられるのは孝支くんか私くらいしかいないと自負しているからだ。
「ディナー前の余興に最高���エンターテイメントとなりましたね」
「ふふ、反省しないなぁ」
「しないんですよねぇ。言うて今まで結構何とかなってきてて、あまり痛い目見てないから己の愚行を忘れちゃうんですよね。でも楽しかったでしょ?」
「そんな図々しいポジティブの押し付けってあります?でもちょっと楽しかったです」
「わちこさんの心が広くてよかった〜。私 逆の立場だったら絶対ブチ切れてる」
「なんて人だ……整理券、預かりましょうか」
「いやいやここまで来て何かあるはずがないですよ、信じてください」
「無理でしょ」
さわやかの前にはたくさんの人たちで溢れていた。待合スペースの椅子は満員御礼だ。
それならばと私たちはメニューを開いた。昼とは違い、夜は自分でセットを選ぶ仕様らしい。
「このAセットがサラダとご飯orパン、コーヒーがついてくるやつですね」
「あのパンは大変美味しかったですけど、お腹の空き具合考えると私は単品でいいかなぁ…」
「私も不純物(サラダ)を詰め込むくらいなら少しでも多くハンバーグを詰めて帰りたい。お代わりは無理にしても何か……わちこさん、この一番小さいハンバーグ半分こしません?」
「え、マジすか?いいですけど……」
「言ったな?言質取ったからな??」
「こ、こわ……整理券捨てた人が出していい圧じゃない……」
ハンバーグがファストフード並みの速さで出されるため、さわやかは回転率が良い。
人々はどんどん店内へと吸い込まれていき、私たちは空いたソファに座りながらドキドキとその時を待った。
漂う肉と炭火のフレグランスが私たちを包み込む。
ちなみにさわやかに行った人間は本当に匂いでわかるので、よそ行きの服は着ていかないことをおすすめする。
「身なりを整えることがさわやかへの最低限の礼儀なのだ。」などと言う人間がいると小耳に挟んだが、そんな下らないことに気を囚われているから整理券を捨てるようなことになるのだ。全身全霊でさわやかに挑め。もうスウェットにキティちゃんのサンダルでいい。
間も無く席に案内される。セノバは店舗が新しいのか、瀬名川より換気設備が整っているためか煙たさがなかった。
また席一つ一つがゆとりを持って配置されており、私たちの席に至っては「もしかしてオタクだから隔離されたの?」というくらい周りから距離があった。
結局昼間と同じくげんこつハンバーグを単品と、オレンジジュースを頼む。
「ふふ、好都合よ……思い切りぬい遊びに興じてくれるわ」
若い店員の女性が油よけの紙をささっと配置しながら言う。
「間も無くハンバーグ来ます、油跳ねますのでこちらはおしまいください」
「あ、はい」
そして、邂逅の時が訪れる──
「は〜………………これで食べ収めかと思うと泣きそう。ハイステが始まる前の感情に似ている……終わらないでほしい……」
「すごい分かる……でもまだ一口も食べてない」
むぎゅっとした弾力をナイフ越しに感じる。鉄板で熱された肉汁とオニオンソースが鼻孔をくすぐった。
口に収まりきるくらいの大きさに切り分け、頬張る。
──
──── ウマイ。
それしか言えない。なぜならおいしさに支配されてIQが幼児並みになっているからだ。
おいしい。おにく、すごくおいしい……!
この、むぎゅっむぎゅって噛みごたえが、とってもいいと思いました。
噛めば噛むほど、お肉のうまみがお口いっぱいに広がっておいしい。オニオンソース、最高に合うじゃん!
うまっ!焦げのあるところ、香ばしくて5億倍美味しい!炭火の香りだー!もっと食べたい!ハンバーグ切る!おいしい!……あれ……?減っていく…?どんどん減っていく……悲しい…なんで減る…?もちろん、食べているからに他ならなかった…。
「さびしい……」
「びっくりした、やっと喋ったと思ったら何ですか……さっきも思ったんですけど、平夜さん無言でもりもり食べるし、若干、視点が定まってなくて怖いんですよね……」
「ハンバーグなくなるのさびしい…」
「孤独のグルメ見てるみたいだと思ってたのに何ですかその感想は…」
「食べなければ減らない」
「お代わりしたらいいじゃないですか」
「わちこさんは…?」
「すみません、私はこれ食べ切るのも結構やばそうです」
「😡」
私はまだ召し上がっているわちこさんを前にメニューを広げて悩み始めた。
腹は八分目。一方で気持ちは六分にも満たない。
しかしだ。さわやかのげんこつハンバーグはその名の通りガツンとくるのだ。ひとたび食べれば、ボディブローのようにじわじわと、、
いや私はボディブローを受けたことがないのでどのくらいじわじわ来るのか、っていうかあれやっぱり打たれた瞬間からそれなりに痛いと思うのですが、でもやはりあれだけ「じわじわくること」の例えに用いられるのですからやはりボディブローはじわじわくるのでしょう。さわやかもまた然り、食べた瞬間には最高だぜ!となるのだろうがきっと後からやってくるのだ。後悔の波が。じわじわと。
「うう……私は……私は一体どうしたら……」
「食べた方がいい」
「でも……食べたら私、さわやかのことちょっと嫌いになっちゃうかもしれない……。このまま別れた方が私たち、お互い幸せでいられる気がする……」
「平夜さん、ここは静岡なんですよ?このまま帰ったら後悔で死ぬと思う。いや絶対死ぬ。食べてください」
「悪魔みたいなこと言ってくる……なんでオタクって人の背中をこんなに容易く押してくるんだよ……推しカプの沼に人を落としたがってるせいか勧誘に手慣れ過ぎてるんだよな…」
グチグチと言っている間にも腹はじわじわと膨らんでいく。
「いっそカレーでも食べようかな。さわやかだから何食っても美味いんだろうな」
血迷う私にわちこさんが言う。
「だったら私もうお腹いっぱいなので、よければこれ食べますか?」
「え、マジですか!食べたい!」
人様が召し上がっているものをそんなに食い気味で奪って恥ずかしくないのだろうか。
こう思い返してみるととても恥ずかしいことのような気がするのだが、この時はもう脳汁が全て肉汁と入れ替わっているので善悪の判断がつかず、恥も見聞もなかった。
残り2分の胃袋はまるでシンデレラがガラスの靴を履いた時のようにピッタリと収まり、同時に心も満たされた。
「なんて絶妙な腹加減……これで最高の別れを演出できる」
「よかった。私も食べてもらって丁度って感じでした」
追加注文しないとみるや店員さんはさっさとメニューを回収する。
私たちもレジへと向かうことにした。
ボロボロのペットボトルホルダーからクシャクシャになった札を取り出すイリュージョンを、やはりわちこさんはやや遠目から見守っていた。
「細かいのが438円か……えー400と………取り出しにく…………あいすいません」
そう言ってホルダーを逆さまにする。バランバランと小銭が音を立てて台の上を飛び跳ねた。わちこさんが絶句する。
「老人がよくやる会計方法じゃん……」
「えー400円とぉ」
「2438円、ちょうどですね」
眼鏡をかけた男性店員が見兼ねたように散らばった小銭をすべてトレーに乗せる。
「え!うそ!?ぴったり?スゴ!!」
はしゃぐ私たちに店員は苦笑するが、彼にこの興奮の真意は分かるまい。
ただ持ってた小銭が綺麗に精算されただけの話であれば、「すごいねぇ」で終わっただろうが、朝からトントン拍子だった私たちは「マリア様が見てる!?」という気持ちになった。
ここまでスムーズだと一周回って「怖い」という感情が湧いてくることを知る。
残ったお札をお互いの財布に戻し、足取り軽やかに静岡駅へ向かった。
土曜日ということもあって帰りの新幹線は空いていた。
「ひかり」では1時間弱で東京に着いてしまう。
「なぜこだまにしなかった」と文句を言う私を宥めながら、わちこさんはiPad Proで何か描いてくれると言った。
私はころりと機嫌がなおり「じゃあ今までバレーにしか興味のなかったイケメンバレーボーラーの影山飛雄選手が地下アイドルのこーしくんのおっかけになって握手会に行くシーン描いて欲しい」と言った。
言った後に少し心配になったがわちこさんは難なく頷き「了解です」とペンを手に取る。
調子に乗った私は「背景(握手会の列)に汚めのおじさん描いてください」と追加した。
「注文が細かいなぁ」
「そこ性癖なんで、外せなくて……」
DMMポイントを何に使うか考えながら、通り過ぎる車内販売のワゴンを横目でチラリと見る。
特に買うつもりはなかったが、何があるのかは気になるのだった。
しかし脇に書かれたメニューを見てつい声を上げてしまった。
「アイスだッ!!!」
「えっアイス!?」
周りを顧みない私たちの大声に、販売員の女性がにこやかに立ち止まる。
わちこさんはワゴンを見ながら「アイス、あるんですか?」と尋ねた。
「はい、バニラ、イチゴ、チョコレートと3種類ご用意しております」
顔を見合わせる。
新幹線で帰ると決めた時、私たちはシンカンセンスゴイカタイアイスを食べたいねと話していたのだが、3月に入ってシンカンセンスゴイカタイアイスの販売縮小の知らせを受け、これはだめかもわからんねと半ば諦めていたのだ。
ここまでお膳立てされては食べないわけにはいかない。シンカンセンスゴクカタイアイスバニラ味を2つ購入する。
ずっしりと重みのあるカップはうっすら霜に覆われ冷んやりとしている。持っているだけ手が冷やっこくなるので、ひとまずテーブルに乗せた。
「こちら大変硬くなっておりますので、時間を置いてお召し上がりください」
販売員さんは定型文のようなことを言った後にイタズラな笑顔を浮かべた。
「私も休憩中に食べたことがあるんですけど、ほんと笑っちゃうくらい硬いんですよ。時間ないから最終的に歯でこうやって齧ったりして」
綺麗な女性に似つかわしくないやんちゃな言動に私の心はキュンとなった。
わちこさんもクスクスと笑いながらシンカンセンスゴクカタイアイスを受け取る。
蓋をあけ、付属のプラスチックスプーンでシンカンセンスゴクカタイアイスをつつく。カチカチとアイスらしからぬ音がした。力を入れてもスプーンは一向に沈まない。下手するとこっちの方が折れてしまいそうだ。
手で温めたり軽く揉んだりしてみても、なかなか溶ける気配を見せない。しかし、今食べたい。
私は先程のアドバイスを思い出し、齧ることにした。
さすがのシンカンセンスゴイカタイアイスも人体の中で一番硬いと言われる歯には勝てなかったようだ。
ハンバーグで火照りっぱなしだった口内に優しい甘さと心地よい冷たさがとろりと広がっていく。
同時に 直接的な体温によってシンカンセンスゴクカタイアイスはみるみるうちに柔らかくなっていくのだった。
iPadを覗き込みながら、二、三言葉を交わした後、ふとわちこさんが顔を上げる。
彼女は私のことを真っ直ぐに見つめていた。呆気にとられた、一言では形容しがたいその表情に、どこか覚えがあった。
そうだ、選挙カーに手を振った時のわちこさんだ。でも今私は選挙カーに手を振ってなどいない。
「どうしました?」
「私、……私、平夜さんがずっと、飲み物を飲んでるのだとばかり思ってました……紙コップではなくアイスを……?」
「そうですね、飲み物ではなくアイスを」
「……齧っている?」
「そういうことになりますね」
「なぜ?」
「スゴクカタイから……お姉さんもこうしたら良いって言ってたし……」
「あれはそういう意図ではないです」
心底呆れたようなわちこさんの顔を見て、私は慌てて進言した。
「ではわちこさんは齧らなくても良いように温めておきますね」
「齧らないです」
草履を懐で温めた秀吉の如く、私はシンカンセンスゴクカタイアイスを全力で温めて食べごろにし、わちこさんに渡す。
わちこさんがシンカンセンスゴクカタイアイスに感動したとき、私はすでにシンカンセンスゴクカタイアイスを食べ終え、DMMポイントで「推しが武道館に行ってくれたら死ぬ」の5巻を購入した。
そうこうしているうちに新幹線は品川駅につき、私は涙ながらにわちこさんに別れを告げた。さわやかと別れる時より寂しかった。
結局今までバレーにしか興味のなかったイケメンバレーボーラーの影山飛雄選手が地下アイドルのこーしくんのおっかけになって握手会に行くシーンの完成をその場で見ることはできなかったが、きっとそのうち背景に汚じさんを増殖させた絵をアップしてくださるだろうと私は心待ちにしている。
家に帰って「楽しかったぁ」と思わず声に出すと、家族が「何しに行ってたの」と尋ねた。
ご機嫌な私は「静岡にハンバーグを食べに行ってたんだよ」と答えた。
「静岡まで?わざわざハンバーグを食べに?」
家族は「馬鹿じゃないのか」と呆れたようにいい、私は「こう言われることは分かってたのに何故素直に答えてしまったのか……」と悔やみながらも思った。
馬鹿の方が人生絶対楽しいんだよなぁ。
終わり
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(碧棺兄妹)
毎日深くなっていく夜の音だけを追うように耳を澄ます。今日は何も聞こえませんようにと祈りながら目を閉じると、敏感になった耳から入った少しの風の音でも体が強ばるのがわかる。
想像するの。瞼の裏の暗く深い影の向こう側は今日もきれいな青空。そこは誰もいない浜辺で夏に近づいた風が気持ちよくて薄手のシャツから伸びるお兄ちゃんの腕に空き瓶のひっかき傷は見えない。「合歓」と私に向ける声は柔らかい。お母さんの真っ白なワンピースは、海風に遊ばれて楽しげにはためく。 日焼けを気にしてつけていたはずのアームウォーマーも深い帽子も今日は置いてきたのね。隠さなくていいんだよ、ここではね。だってきれいなのだから。だって私の夢のなか。夢の中は誰にも邪魔されないでしょう?
青空をかき消す怒鳴り声がドアの向こう側から聞こえてきて私の短い逃避行は終わった。次はお前だと悟るのに充分な当たり散らされる声はただの騒音。声ですらない、音。今日は誰にしようか花いち��んめ。値踏みするような目つきは楽しげで、「合歓」と吊り上げられた口から獣の匂いがした。中古品にさらに傷を重ねるよりも、新品のお皿をフォークでいたずらに引っ掻くことを好む人だった。私たちはそんな日替わりランチのような扱いを受けていた。
守ってくれる手が何度も私の代わりにフォークを突き立てられるのをあと何度見る?
最後のデザートを味わうように丁寧に浅く浅く引っ掻く行為が、決して殺されはしない行為が、かえって恐ろしく思えた。
恐怖心の扱い方を知っている声の主に呼ばれたら「はい。」と答える以外の選択肢は許されていない密室。上がっていく息を落ち着けるためにぎゅっと手を握る。この部屋に酸素がないように感じられるくらい吸っても吸っても苦しい呼吸。しっかりして、私。治ったばかりのこの皮膚に思い出させる手つきで丁寧に引っかかれるのだろう。メインディッシュを終えた口を甘く癒やすようにゆっくりと。
たまにねこの夢を見るの。吐く息の温度が一瞬で奪われてしまう冬のベランダ。私が持っているグラスにサラサラとした星が降り注いであっという間に星がきらめくソーダになる。見あげればホウキに乗った魔法使いが軽やかにステッキを振り上げて「甘くなる魔法をかけておいたよ。」と笑ってくれる。私は自分で口をつける前に飲んで欲しい人達がいるからと締め切られた窓を開ける。あたたかいのに神経が削られる空気で満たされている我が家に戻る。言葉にはできない気持ちをこれで伝えたい、これならば伝えられるかもしれないと願いをこめて。
「合歓、待ってろ。」
この時間が来てしまったのだと心が冷えていくのがわかる。スイッチが何かはきっと誰にもわからないし知ったところで防げるものではない、という諦めが私たちの気持ちを常に縛った。渡されたイヤホンで耳を塞ぐ。持ち主である父の激しい叱責の声が、陽気な童謡の向こう側でお兄ちゃんを責め立てている。凍りついているみたいに冷え切ったベランダでつとめて明るく歌を口ずさむ私は薄情だろうか。
魔法使いさんお願いします。あの時みたいにこのお水に星を降らせてください。お兄ちゃんにあげたいのです。
手を伸ばしてコップを夜空に近づける。寒さで唇が震えだしても歌うことはやめなかった。
しばらくしてお迎えの声がベランダの窓を開けた。 整えきらない呼吸でもう大丈夫だと笑ってくれる顔には擦り傷がついていた。微笑むことはやめない悲しい優しさばかりを見せるお兄ちゃんに差し出せるものは冷え切った水道水だけ。笑顔は伝染するんでしょう? 悲しい顔も伝染するとしたならば私が選ぶのは決まっている。
「星の光が落ちると甘くなるんだって。」
「そうかよ。」
笑っているのか、泣いているのかわからない顔を見せたと思ったら不意にふたりの冷たい隙間を埋めるように抱きしめられた。わずかにお兄ちゃんの体が震えていることに気づいても、できることはなくて気付かないふりをする私は(やっぱり薄情ですか)。胸にくっつけた耳から届く震える呼吸音。私を抱きしめた腕からはふわりと血の匂いがしてああかみさま、と唇を噛んだ。
二人で一緒に住み始めた頃は「いつもあった感覚」がいつまでも肌に張り付いて、その度に「らしさ」を取り戻すことに身を削る日々だった。何が正しかったのだろうか。これからどうやって進んでいけばいいのだろう。考えずにいられる日がどれだけあったのかと思い始めて、出ない答えに首を振る。海に打ち上げられたボトルメールの持ち主を探すよりも途方もない、空想。さざなみのように押し寄せてくる不安や焦燥感が私の中で確かに呼吸を繰り返している。
ねえ何が怖い?
誰がくれるわけでもない答え。苦しいのか悲しいのか判別できないまま違和感に占領されたベッドの中で涙に溺れることができたら心地よいのだろうか。柔らかなシングルベットの中はあたたかくて、もう瞼の裏に逃げなくても声に追いかけられることはない。ひとつの結末が繋いでくれた結果が今。今は幸せな毎日。もう震えながら玄関の取っ手を握ることはない。これで、よかった。(今の私には、湧いてくるたらればにどう立ち向かっていいのかわからない。)
みなとみらい地区の観覧車、コスモクロック21のライトがすべてLED化されてからもう随分経つらしい。日没から日付が変わるまでの間、うつくしいイルミネーションが周囲を飾る。
「乗っていかない?」
答えが決まっている問いかけはずるいのかな。私より先に観覧車へ向かう背中を追いかける。何を話すわけでもない一五分の小旅行。家族が二人になってから通うようになった学校では、まだらしさを取り戻せずにいる。私のぼんやりとした不安にきっと気づいているんだろうけど、何も聞いてこない。そいういうところに助けられている部分は多い。好きなものを好きと口にすることは勇気が必要だった。そんな気の使い方をするだなんて思いもしなかった。今を繋いでくれたひとつの結末に対してどのよ���に向き合えばいいのか答えを出せずにいる。
「きれいだね。」
「ああ。」
手持ち無沙汰の右手が煙草を欲しがっている。こうして誰かと重なり合う時間を過ごすことは簡単なことじゃないんだな、と転校前のクラスメイトに連絡が取れずにいることに切なさがこみ上げてきた。自分の中で折り合いをつけていくしかない。絡まった気持ちを解いてくれるココアを差し出してくれる優しい手が、煙草を欲しがっている右手が、焦らなくていいのだと教えてくれた。徐々に地上から離れていくゴンドラ。喧騒やあたたかな笑い声、ヨコハマの町並みから遠ざかっていく私たち。現実からどんどん離れていくような気がする。建物が小さくなっていく。ここには沢山の人たちが暮らしている。日々を苦しみ楽しみながら営みを続けて街を作り上げている。その中の一員に、私もなれているんだろうか。探してしまうのは二人で行ったおしゃれなカフェでも、お気に入りの展望台でもない。暴力に染まっていたあの粗末な、家。
「合歓?」
引き止める声に広がり始めた凄惨な光景が現実に戻る。ゴンドラが頂上まで登りガタンと揺れた。
「なに?」
「別に。」
ふい、と逸らされる視線に心配されている。思い出に時効というものがあればいいのにな、と誰かに願いたかった。降りていくゴンドラから見えるファッションビルの広告に踊る「諦めを知ること」の文字がいやに残酷に思えてため息が漏れ出た。
知った諦めの味を、舌を貫いて麻痺させたその鋭さをどこに流したらいいですか。
そんな意図で書かれたものではないことはわかっているのに、湧き出る攻撃的な感情に目をふせざるを得なかった。上がりだす息を落ち着けようと深呼吸にすれば涙が滲んでまだこんなにも囚われているのだと、どうしようもない悔しさに襲われる。ぎゅっと手を握って耐えているとガチャリとゴンドラの扉が開かれて冷たい空気がわっと流れ込んできた。降りなきゃ、とぼんやりした頭で立ち上がると冷たい指に手を引かれた。冷えた手は私が無事に地上に降り立ったことを見届けても煙草には手を伸ばさずに、私を貫いた広告が貼られたファッションビルへと向かう。ビルの入り口とは別に、道に面した窓にレジを設けるショップで小さな箱を受け取った兄はそのまま私に手渡した。
「お前、これ好きだろ。」
右手に揺れる四号のチョコレートケーキは日本ではここで出店していないお店の看板商品。特別な時にしか食べないことにしている私の大好きなケーキ。痺れさせられた舌を甘く癒やしてくれる優しさが小さな箱の中に詰まっていた。
「お兄ちゃん、早く帰ろ。」
だめだめ、今は流れちゃだめ。鼻の奥から外に出ようとする涙を上を向いて喉に押し込む。紛らわすためにスキップして冷たい右手を掴んだ。煙草吸わせろ、の声が後ろから聞こえてきてはいはいと喫煙所へ寄り道をするためにsiriに話しかけた。
当たりどころがまだよかったと説明された病院で目に入ったのは、清潔なベッドに横たわる兄の姿だった。
吊るされた薬剤が少しずつ針を通して体の中に入っていく様子が痛々しい。中身は何だろう。念の為、と告げられた言葉の意図を探る。うなされて、苦しそうな呼吸。止まらない汗。額にハンカチを押し当てれば案の定、起きてしまった。
「合歓…?」
伸ばされた手が私の頬に触れて、安心したように目が細められた。
「お前じゃなくて、よかった。」
まっすぐなまなざしに見つめられると、込み上げる虚しさに体がいうことをきかなくなる。ベッド横の丸椅子に座って頬の手を自分の手で包む。うまく呼吸ができない。誰にしようか花いちもんめ。たまたま、家にいたのが兄と父だけだった。たまたま、虫の居所が悪くて。偶然が重なってしまっただけで。
割れたビール瓶のひっかき傷がまだ治っていない反対の手は無傷だった。慣れることなんてできない。いつだって痛い。何も言葉を発さずに、耐えられるだけ。「大丈夫だ。」とだけ口にする度に体は冷たく冷えていくだけなんだよ。泣いちゃだめ、泣いちゃだめ。悲しい時、涙は塩辛くなるんでしょう。塩水は傷によくないから。ぐっと飲み込んで「家に帰ろう。」と口にする私がどれだけ残酷だったのか。私たちにとってあそこが帰る場所なのかという虚しさが毒として体に回る。口が震えっぱなしのもう二度と思い出したくない光景。兄は穏やかな口調でまた大丈夫だからと言った。この日、父は体調を崩した母の代わりに兄の帰りを待っていた。
「つらいならつらいって、痛いなら痛いって言えばいいじゃない。」
目の前で泣いている女の子が私を責めている。
「誰も聞いていなくても、自分が痛いんだってわかるように。」
そうしたら私がちゃんと聞いてるから。
はっと起きたら見慣れない景色で、一拍遅れて病院であることを思い出した。点滴が終わるまでのあいだだけと、眠ってしまったみたい。外は暗く午後八時を過ぎていた。ゆっくり薬剤を落とし続ける点滴がまだ私たちを足止めしてくれている。兄のあたたかな手首に指を這わせると正常な脈拍が手首を叩いていて安堵する。包帯に滲む血はじんわりとシーツを汚していた。巻き付く包帯をそっと取ると、乾いた血に張り付いてぺりぺりと傷の深さを訴えた。ためらいもなく私は晒された傷口にぎりっと歯を立てた。驚いて起き上がろうとする体を押さえつけてさらに歯を立てる。
「おい合歓、何してる!」
傷口を歯でこじ開けると「痛い! やめろ!」と声が降ってきたから私はすぐに口を離した。口の中に広がる血の味が生々しくまとわりつく。これは痛みの味。
「ちゃんと、痛いよね?」
腕を押さえて顔を歪ませている兄は、私の言わんとしていることがわからず状況を伺っている。
「つらいならつらいって、痛いなら痛いって言って。ちゃんと言って。」
私が、聞いてるから。
私の右腕のもう治った引っかき傷がずきりと痛んだ。
噛み付いた腕の傷は大きく開いて負ったばかりの鮮明さで血をこぼす。点滴がもうすぐ終わる。解放されてしまう。終わってしまえばまたはじまるんだ、と暗い気持ちに心が負けていく。
「終わらないで、ほしいな。」
無邪気でいること。それは私の課題だった。
歯を食いしばって乗り越えてきたことが崩れていく。砂の城より脆く、さらさらと。願っても願わなくても日々は変わらない(わかってる。)努力は届かない(わかってる。)けれど希望を失えばすべて奪われた暗く冷たい世界になる(わかってる!)
愛とは何?
この両目からこぼれている液体にそれは含まれている?
泣くことでは何も解決しないことを知っている。ぐちゃぐちゃになった気持ちが出ていくだけだ。悲しいのか、苦しいのかわからない。それでも胸が痛い。確かに何かが刺さっている。
「合歓、大丈夫だ。」
抱き寄せる腕からは鼻を突く血の匂い。愛とは何。愛はなんでこんなに残酷。愛がなければ私たちは…。
愛しいと書いてかなしいとも読ませるのだと知った時、やっぱりと思った悲しさがいつまでも胸から消えてくれなかった。
「ねぇ知ってる?」
私を責めていた女の子に手を引かれて石畳の道に二人分の足音が響いている雨上がり。なるべく路地裏は通らないようにと注意された声を思い出しながら薄暗い道を進む。静かすぎて人通りのない道で背後から襲われでもしたら、と周囲を見渡す私を笑う彼女は私より幼い。
「秘密の場所、教えてあげる。」
魔法使いが教えてくれたの。
「魔法使い…?」
コツコツと濡れた石畳の階段を降りたら右のトンネルへ。この先は近道だけど魔法使いがいなければ遠回りすること。
「私、この道を知ってる。」
「何度も来たでしょ?」
振り向いた顔にかかる前髪にいびつな切れ目が入っている。指先を見ればささくれが目立つ小さな手。きっと袖の向こう側にはフォークの痕があるんだ。
「開けて。」
地下へ続く階段を照らす松明を通り過ぎて握ったドアノブは冷たくて重い扉を体重をかけながら押し開いた。
「秘密の、場所…」
昨日、寝つきが悪かったからか正午からはじまった私の休日。胸を高鳴らせて開けた扉の先を見ることはかなわなかった。カーテンを開ければ空が高い。小春日和のやわらかな日差しが部屋を明るく照らした。
着替えてリビングに行くとたまごサンドとポテトサラダのプレートに夕方には帰ると置き手紙が添えてあった。「疲れた時ほど丁寧に食事をすること。」を二人で決めてから一年が経った。手作りの食事は、体の中からあたたかくなることを私たちは知っている。
帰宅した兄の手を引いて私たちはいつものように変装して家を出た。夕日で赤く染まる石畳を進む。なるべくひとりで路地裏には入るなと忠告した口が、前は誰かと来たんだろうなと後ろから言葉でつついてくる。二人だったけど実際には初めて来たよ。この石畳の階段を降りたら右のトンネルへ。この先は近道だけど魔法使いがいなければ遠回りすること。
「魔法使いが教えてくれたの。」
「魔法使い?」
はあ? 呆れる声を上げても特に抵抗はしない兄は私の好きにさせてくれた。そうあの魔法使いが、絵本の中で教えてくれた。もらいものの背表紙に傷が入っていた大好きな絵本はヨコハマが舞台のファンタジー。道案内の女の子についていくとそこにはお店があった。そしてそのお店は実在したことに驚いた。
掴んだドアノブはずしりと重く夢で見たままで胸が高鳴る。思ったより滑らかに開いた扉の向こう側は夜空に包まれていた。星空の下の広いフロアに転々としかない座席は離れ小島のよう。案内人に渡されたランタンのオレンジが揺れると床の大理石に埋められた石が囁くようにきらめいた。ガラステーブルの下を流れる天の川が美しくて私はカウンターを選んだ。薄暗い店内は星の形のライトでほのかに照らされている。少し離れればはっきりと顔を認識することはできない。帽子を脱ぎ、サングラスをしまって、カラコンをはずした。誰も私たちに気づくことはない。お願い、今だけは知らないふりをして。ありのままでいることの難しさはもう充分知ったの。
「星空ソーダと三日月アイスコーヒー。」
迷う私たちに薦められたドリンクの眩しさに息を呑む。ランタンに照らせて踊るようにグラスの中を舞う光の粒。星がグラスの中で輝くとそれは甘くなるんだって昔読んだ絵本の魔法使いが笑っていた。
「お兄ちゃん、見て。」
ランタンからアイスコーヒーを遠ざけたら真上から降り注ぐ星のきらきらが反射した。
「星の光が落ちるとね、甘くなるんだって。」
「そうかよ。」
本当は甘党なんだって知ってるよ。嗜好品は贅沢品だったもんね。
「ねぇ、おぼえてる?」
天井を見ればあわせて見上げてくれた赤い目にきらきらと星が降った。
「真冬のベランダ。寒かったけど好きだったんだ。お兄ちゃんの目が一番きれいに見えたから。」
北風に勝った太陽にはできなかった。月と星がその目を優しく照らしていたの。確かに思い出すのは決して明るくはない毎日だったけど、その日々がくれたものは確かにあった。
何も言わずに細められる目からこぼれる気持ちが穏やかになったのは最近のこと。息をするのはやっとだった。水面に口を出したところで吸い込めるのは酸素とは限らない。喘ぎながらそれでも生きることから逃げなかった私たちの過去は忘れたい呼吸の温度ばかりを体に覚えさせた。
「ガムシロップ、入れていいよ。」
開けたことがないのだと渡されたポーションは二つ。パチリと爪を折って注ぐとろりとした液体。これはほしい、と口にすることをやめた舌を甘く癒す魔法。見あげれば魔法使いがウィンクしている。彼はここのオーナーなのだろうか。壁のイラストにありがとうを心の中で囁く。
いつか来てみたいと思っていた絵本の中の世界。うつくしい幻だと、実在はしないと心のどこかで自分に言���聞かせていた。安心していいよ、ちゃんとその願いは叶うから。隠れて泣いていた幼い頃の私を想う。
「甘くなる魔法をかけておいたよ。」
魔法使いの口調はもっと軽やかだった気がするな。人差し指をステッキに見立てて左右に振った。
「合歓、ありがとな。」
頭を撫でてくれる腕に傷が残らなくて良かった。ストローで回された氷がカランカランと嬉しそうな音を立てた。
大丈夫。痛みを伴わない「大丈夫。」が少しずつ増えてきたように、私たち歩いて行ける。一度に水を与えてると枯れてしまうから、ゆっくりと水と光を浴びていこう。そして、愛が何かを体に覚えさせていきたい。髪を伝って流れてきた体温にも、手を引く私に付き合ったことも、たまごサンドと置き手紙にも愛という血が通っていた。まだ理由を付けなければ飲み込めないものはあるけれど、いつか、ありったけの愛を渡して受け取れる日がきますように。
大丈夫。少しずつ、ちゃんと、歩けてる。
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コトノハ出典一覧
17/12/22 少しづつ更新中です。 【言葉・短歌・俳句】
・私たちの体は、すべて星の物質でできている
引用:カール・セーガン(天文学者)
・鳥は本来,空気と光との息子である。
引用:?
・一度にすべてのことが同時に起こらないために、時間はただ存在する
引用:アインシュタイン
・走って駆け寄れるぐらい、私が純粋でまっすぐ育ってたら良かったのに
引用:友人より
・思い出した時にだけ過去は存在する
引用:Tumblrの海より
・光は時間であり、時間は光である
引用:『CITIZEN We Celebrate Time 100周年』/田根剛
・悲しいときに絵を描くんです。幸せなときには、色がでない
引用:新聞記事より/日馬富士
・私は見る、私は待つ、その目は探し求め、あるいはさまよい、識別し……そして時折、瞬く間にシャッターをよぎり、イメージが鏡に写し出されて、一枚の写真が生まれる
・私はあの日がいつだったかを覚えている、二つの雲ーー翼ーーに変えられて、空に突然月が現れたのは、夜の10時だった。あなたはもうここにはいなかった ・あの冬の日、私の庭で境界線が露わになる
Dun jour à lautre 巡りゆく日々 より/サラ・ムーン(写真家)
・目の前の対象が何かは忘れよう。 そしてただ見たままを書くのだ、見たままの色を、形をーー ・水平線も岸辺もない水の広がりの幻影
モネ(画家)
・空間に色を塗る
ルイ・カーヌ(画家)
・蝶が舞うようにそんな風に彼はものを識った
岡崎乾二郎(造形作家)
・何を描くかは二の次で、私が表現したいのは 描くものと自分の間に横たわる「何か」なのです ・時間の痕跡 ・約束の色、根源的な
松本陽子(画家)
・夢を抉るは錆た指、 月を裂かうと夜に挑むのですか 星が震えています
岡上淑子(コラージュ作家)
・もう歌は出尽くし僕ら好きとおり宇宙の風に湯冷めしてゆく ・すじ雲のようなシールの剥がし跡 お願い だけどいったい何を ・郵便は届かないのがふつうだと思うよ誰も悪くないのよ ・日のなかを次から次へ虹を脱ぎながら歩いてる今日、会えます ・あなたがひとを好きになる理由はすてき森がみぞれの色に透けてく ・目をあけてみていたゆめに鳥の声流れ込み旅先のような朝 ・ごはんって心で食べるものでしょう?春風として助手席にのる ・うれしくて、言葉にならない。 言葉にならないけど、歌ならうたうことができた。 ・ひとを一から好きになること自販機になった田舎の商店のこと ・セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても ・ピアノの中には天の川が流れている ・二人はピアノの中に横たわり 内側から屋根を閉じた ・この部屋に優しく用意された窓星がきれいと呼ばれてゆけば ・手を洗いすぎないようにね愛してたからねそれだけは確かだからね
たんぽるぽる/雪舟えま
・永遠がないなんて、誰が分かるというの? 永遠なものなど、この世界にはないのに ・たぶん愛するだけじゃ足りなかったんだとおもう。 ・なつかしくあたたかい世界 ・もういいよと放り出した、誰か。 ・忘れない、それよりも忘れられないんだ ・覚えていて、私の声を。 ・誰かの手にわたってその時間を共に過ごした、蓄積した記憶の形のような古い匂い ・赤子を待つ歌だから子宮のなかで、羊水が音をたてて、呼吸が歌になる ・リズムを刻む音は心臓の音みたい、薄い膜の向こうに、風景が見える ・1日のなかでどれだけのものをすきっていって���んだろう ・ギターの刻みの波にピアノの音がぽろぽろ、たまに零れてきらっとひかって、消えていく ・静かに降り積もる時間の砂と吹く風 ・雨は嫌だけど、ふんわり匂い立つ瞬間は世界が静かに見える ・言葉は空気に波動を伝えるばかりでなく、もっと強いものにもっと強く働きかける事が出来る ・景色の個体から個体へ視線をあわす ・地下鉄の生ぬるい風がほのかに香るホーム ・すごく綺麗な月と薄い水色薄い橙色 ・雪ともあられともなんともいえないようなものが降っている ・「何色にもなれない、なりたい、私の色」 ・この時代の流行りの音 ・徐々に体がポリゴン化され、その点と線を伝って心臓まで届く ・私は幾つもの片思いをした ・喉の裏を撫でるような螺旋¨ ・たとえば君は一人かい? たとえば夜は一人かい? たとえば街に一人かい?
・自分のどんな感情も、言葉をつかえば全部宝石に変えられそう。 ・休日の一色しかない空の夕暮れ ・吐く息が白いから、冬がきたって嬉しくなる。 ・うまくいえないけど何事も何かがあってできてる ・雨も電車も遠くへ行きたがっている。 ・動かない私の中で、全ては静かに息づいていた。 ・優しいけれど真っ直ぐに心に刺さる雪の一欠片 ・失ったものへの詩 ・その曖昧さが、素敵ですね。靄がかった森のようで ・満たされることに必要なものは量で測れるものではなくて、 とても小さくても、一瞬でもいい。
・可哀想だねというのがどれほど簡単か、僕らは知っている。 ・「私、あなたの演奏のアルペジオがすごく好き ・「夢の中でも夢を見られないって恐ろしい事ね」 ・まだ空は夜だし、朝が来る気配もないな ・悲しい"けれど"幸せ、寂しい"けれど"満たされている ・別れだって死だって、安らかでなにもない無みたいなものが好き ・美しい声をした恋人、になりたい ・誰かに対して頭ごなしに嫌いと言ってみたい。 そうしてその後噓だと言ってしまうのだ。そうすれば君は傷つかない ・愛することよりも愛されることを選んだの。そのほうが傷つかないから ・誰にとっても無害でありたいけれど、爪痕を残したいと思ってしまうのよ ・空を仰いでも君が手に入るわけないのにさ ・綺麗になりたいのは、誰かに愛さたいからじゃなくて、 自分で自分を認めてあげたいから
引用:葉月 紗 作者Twitterより
・ときどき行方不明になる「おはよう」
顔 / 奥田春美
・この世とその身をさざめかせていく ・いまだ見たことのない朝のような色を ・人は、白紙には耐えられないから ・遠のいていくように暮れなずむ空。
白鳥伝説 / 城戸朱理
・ささやいた人は、水の匂いがして ・あれは椅子だよ 時間の外側にいるための
イーリー・サイレンス / 佐々木幹郎
・死は束の間の居眠り ・生誕の空と変わらぬ青い空のもと ・心はとりとめもなく宇宙をさまよう
葬儀に集う / 谷川俊太郎
・心寄せる人に夜、手紙を書いてはいけない。 ・手の中にあるものがすべて私のものとはいえない ・心のひそみは種にならって 明日の陽光にとっておく
夜の水 / 木坂涼
・しらないまちも しらないかわも しらないさきまでみえた
肩車 / 池井昌樹
【楽曲】 ・彼女の羽根はもう無い
引用:アルバム「水銀のリクタ」/Babel
【映画・映像・舞台】 ・人間にとって創造とは、そのときそのときの感動の発露
引用:人間ってなんだ?超AI入門
・あのとき幸せと悲しみが一緒にやってきて、私は一人きりじゃないんだって思えたの ・さよならを知るための旅 ・喪失を抱えてなお生きろと
引用:星を追う子ども/新海誠
・まるで世界の秘密そのものみたいに彼女は見える ・夜、眠る前 朝、目を開く瞬間 気づけば雨を祈っている
引用:言の葉の庭
・恋はため息でできた煙。
引用:ロミオとジュリエット/シェイクスピア
・その夜、手紙を書いたの 私を消さないでくださいって ・私がきれいだから、撮るのよ ・その時光やすべてが完璧だった ・神聖な存在への変容最後につぶやいた ・曖昧さ、人はその行間を見ようとする
とある写真家のドキュメンタリーにて
・水の形は愛の形 ・汚れなき魂とはなにか私達に考えさせる ・あなたの姿がなくても気配を感じる ・愛に包まれて私の心は優しく漂う ・生きることを愛する その喜び
引用:シェイプ・オブ・ウォーター
【小説】
・夢は、良い名を持っているはずです ・記憶に残るものは、物質?それとも、波の名残。
南の子供が夜いくところ/恒川 光太郎
・この砂漠はかつて海だった。 ・風に乗せてキスを送り、その風が少年の頬に触れてほしいと思った。 ・大いなる言葉ー、それは宇宙が無限の時の中を旅する理由を説明する必要がないのと同じように、説明を要しないもの ・世界は多くの言葉を話すもの ・全ての人の過去と現在にかかわる「宇宙のことば」
アルケミスト/パウロ・コエーリョ
・わ��しが死んだら、わたしのたましいを抽出してください。 ・少女の記憶では、空はいつも不思議な眩しさに見たされていた ・いつまでも、いつまでも、この残響が、世界から消えることがなければいいのに
引用:想い出の色、あなたに残します / 渡来ななみ
・終わりという手話は、花びらが閉じるようにそっと掌をとじる。 ・居場所がないのなら作ればいいのです。あなたが望むのならば、世界のどこにだって、あなたのお気に入りの場所ができる。
引用:この素晴らしき世界に生まれて/福田隆浩
・ほしは ぽっちりとしか でてなくて、うすい つきあかりと、 とおくの とうだいのあかりで、 ぼくとおとうさんは あるいた。
引用:サーカスのよる/芭蕉みどり
・森は、いつもすこし暗い。 ・深くて濃いグリーン、同じく深くて濃い、としか形容しがたいブルー、そして静かだが非常に強い輝きを持ったゴールド ・その先の何か、僕はそこへいかなくちゃならないような気がするんだ。 ・人々の瞳の、瞬間の煌めきの中に、狂暴さと、冷酷さと、激しい恍惚と、 ・そして、取り付くしまがないほどの、深い愛と悲哀 ・都市のグレイを貴重としたモノクロームの幾何学模様 ・銀色の飛行物体<アルファロメオ> ・夜の空には、重さを失った惑星が交差し、オルフェウスは銀河を彷徨う。 ・この音楽があまりに美しい曲だという予感がするから ・音楽室の空間で、すべての色の粒子が同時に発光したかのような輝きだった。 ・それは言い換えると、過去も未来も、現在のこの瞬間に、同時に存在している、ということ ・現実は無数にあり、我々はおそらくそのいくつかを現実か夢として、生を送っている ・夜がかすかに明ける気配をゆらめかせていた。 ・波の煌めきのような、あの不思議なオンガクたちが、風のように流れてでてきた ・青く輝く空とコバルトグリーンの海、純白の砂浜、宙に浮かぶドア。 ・すこしずつぼくは、この記憶を持たない"ぼく"ですらなくなりつつある ・そして、ぼくは、すこしずつ、なくなってゆくのだろうか。 ・それは、悲しみ、でも、喜び、でも、ない。 ・「きのう、というより今日の明け方かな。夢を見たわ」 ――――いつもより穏やかで柔らかな響きの声だ。 「とても、美しい夢だったのよ」 ―――――――少女のように、遠くを見るような目
引用:森の中のカフェテラス/橋本一子
・宇宙の青さでまぶたを染めようと ・僕たちは導かれた、行き先も知らぬまま。 ・魂は飛んでいく、角膜を突き抜け ・答えなき謎とは後戻りするのは誰かということ ・私の夢に現れるひとつの魂は 別の衣装にくるまれている ・魂が天国の栄光に捧げられるよう ・この世には私の息づく心がある ・言葉ではおさえきれないし、ハンカチでは拭えない…………。 ・向こう岸で柳が揺れている、白い手のよう ・さらば、広げた翼のはばたきよ、非常の奔放なるたくましさよ ・言葉に現れた世界のイメージよ、創造よ、そして奇蹟の行いよ。
引用:白い、白い日/アルセーニイ・タルコフスキー 引用:アンドレイ・タルコフスキイ『鏡』の本/アンドレイ・タルコフスキイ出版会
・顔のないこの時、この場所からこそ、ぼくはやってきたのだ。 ・あの知りえざる長い夜 ・眩暈なき深淵
引用:?
・「光」が認識につながり、「音」が感情につながるとすれば、「言葉」は魂と結びつく働きをする
・「光」が一瞬の認識につながる感覚だとすれば、「音」は生きた感情と共存する感覚なのかもしれない ・地球の「夜の側」の空間のような、ほとんど光のささない真空の世界
引用:ぼくの命は言葉とともにある/福島 智
・悲しいとか、さびしいとか、怖かった。うれしいも、楽しいも、怖かった。
引用:窓の向こうのガーシュウィン/宮下 奈都
・真っ黒なガラスの板の上に、限りない宝石を撒き散らして凍らせたよう。
宇宙は、これ以上の表情を作らない。
引用:薄暗い星で/星新一
・ぼくの心臓や脳が活動を停止しても、永遠に存在し、続いていく世界がある
引用:歌うクジラ(下巻)/村上龍
・実在しない生き物が子どもの心に椅子を作り、
それらが去った後に実在する大切な人を座らせることができる
引用:心に緑の種をまく/渡辺茂夫
・私は誰かの美しい人だ。 私が誰かを、美しいと思っている限り。
引用:うつくしいひと/西加奈子
・私の見開いたちいさな眼を大空に向けさせ そう あの青さと星を摑む夢を与えてくれました。
引用:湖水を渡って/シルヴィア・プラス
・眠ろう、両眼を閉じれば 世界は私とは無関係だ
引用:生命幻想曲/顧城
【漫画】
・昨日許されていたものが 今日タブーになるのなら いったい誰を好きになれば良いんだろう 誰を好きなら許されるんだろう?
引用:みんなの禁忌/遠藤平介
・生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つ ・世界は蘇ろうとしていました ・わたしね 世界の秘密を知るために永い旅をしてきたの ・私達は血を吐きつつくりかえしくりかえしその朝をこえて飛ぶ鳥だ! ・いのちは闇の中のまたたく光 ・私達は世界の美しさと残酷さを知ることができる
引用:風の谷のナウシカ/宮崎駿
・誰よりも優しいのに 自分にだけはその優しさを向けてくれない
引用:ツバサ・クロニクル/CLAMP
・ずっとーーあの部屋で記憶を守りながら過ごしてたんだ
引用:夢のあかり/みやこ
・きっとあなたが思うよりずっと海は広い
引用:マグメル深海水族館/椙下聖海
・平凡な日常よ、ずっとそのままでいて。
カナリアたちの舟/高松美咲
・私は自分を自分であたためることができる 自分で自分を抱きしめることができる それが希望でなくてなんなんだろう
・存在しないまぼろしを幸福の鍵だなんて思ってはいけないよ
ダルちゃん/ はるな檸檬
・この憧れをそんな子供っぽい片思いになんかしてやらない
やがて君になる
・映画や小説なんかも、世界を再構築するごっこ遊び
引用:カフェでカフィを/ヨコイエミ
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1023.02-1023.03
次期当主お迎え、忘我流水道出陣。炯の最期。それから女子二人の挫折。
※斜め文字は音声ログから実際の発言の抜粋。
「ただいま、イツ花……」
さて、今月は次期当主の来訪ですね。気になる顔グラはこちら。
おお~、来ましたね。ほんのり灯呼坊くんにも似てていいじゃないですか。 意思の強そうな目が好印象。
灯呼坊くんの体の土は裏に行ってしまったみたいですね。心の風が恐ろしく高い……技はどれも高くなってます。体の水も灯呼坊くんのをそのまま引けている感じがします。
「さて……問題は名前だね。どうしようかな……灯すという字を継いでいってほしいんだよね」
よし、灯をトウと呼んで、灯矢と名付けました。
職業はもちろん弓使いですね。 (正直弓使いはピンポイントで狙いたいところを狙ってもらう都合上当主になってもらったほうがいいという打算も……)
……うん、炯の健康度が27。今月ですね。 「炯、しんどいな……」などと思わず語りかけてしまいつつ、漢方薬を飲んでもらいます。それでも最高には程遠いので出撃はできません。
なので、指導をしてもらいます。最後の仕事、よろしく。
で、売ったり買ったり投資したりして出撃準備を整え、出撃!
正直、女子二人、とくに炯良ちゃんは素質の引きがあんまりよくなく、お世辞にも火力が出るとは言えない感じ。でも頑張ってるから、当主にうまく引っ張っていってもらいたい。
「え、嫌なんだけど」
「置いておいたってそんな雑な」
ということで髪の説明を受けました。三人は「こいつ何言ってんだ?」って顔してると思うんですが、気を取り直してそのまま侵攻。
赤い火はないんですがお甲、華厳、水祭りと、わりと次々色々手に入ります。お甲はいまさらですがほかはまあまあおいしい。 万金露ほしい!って言ってたら寝太郎が来たり。調子がよろしい。
炯良ちゃんの成長。うーんもうちょっと……もうちょっとほしい。3とか4のやつはさすがにちょっと不安ですね。
みどろ地獄のせいでこのへんで後ろの人がぐったり。敏速を下げられまくってます。仙酔酒めんどくさいんだぞ!
「ひたすら当主の敏速を下げに来るカエルがウザいんだけど」
そして灯呼坊くん成長。……と思ったら!ふたつめの奥義です!今月訓練してもらわなくてほんとによかった!貫通殺、使いたいなあ。
とかなんとかボヤいてたら、目的達成。
ご祝儀のお陰でふたりとも成長しました!月火ちゃんの風が死んでますね! でも心土よりわずかに心火が伸びてる。実は臆病ガールの月火ちゃん、山越えあたりからこのパターンが増えているんですよね。ほぼこれと言ってもいい。それまではずっと心土のほうが心火より大きく成長していたんですよ。
炯良ちゃんは相変わらずの心火。というか心は他が……特に水が……。 気が強い子なんでしょうねえ。技も伸びがよくないので、直進ガールなイメージです。防御進言の多い月火ちゃんとは対照的。
「はいイケメン」※うまく撮れてない
さて、この先は真名姫なので戻ります。バックバック。
「そういや忘我流水道で雷太鼓の符使っても平気なんだねえ、巻き込まれそうなもんだけどね」などとどうでもいいことを言いつつ慎重に戻っていきます。
そんなこんなで2月終了。帰還します。
帰るなり例のBGM。大きくため息が出ます。
炯は……
「炯には本当に、申し訳ないことをして……親があんなふうにね、なってしまって……でも、親のぶんまで生きたんだよね。炯は……酒呑童子を打倒したり……頑張ったんだよ」
語ることは多いものの、いざ炯の人生を見ていくと、なんと言ったものかうまく言葉が出てきませんでした。
だって、炯はそれこそ、親の分までもっともっと生きようと思っていたのに、結局山を越えてもそこにあったのはさらに高い山で……
でも炯からは絶望を感じなかったんですよね。彼はずっと前に立って、歩いて、みんなを引っ張ってきた。高い心の火、意志の強さが根底にあって、その上で優しさと思いやりを捨てなかった。そんな子でした。
そんな彼が、最期に遺した言葉です。
いくさで親を喪って、それでも彼は当主への、一族への信頼を失わなかったんです。並大抵のことじゃない。でも彼は、まっすぐこの通りに生きたんだと思います。
炯は、当家初の憲法家です。
誰よりも敵に接近しなくてはならない彼の遺言として、これ以上のものはないな、と純粋に思いました。
炯、お疲れさま。 炯良ちゃんが、きっとその意志を継いでいってくれるよ���
さて、3月です。 今月は奥義の継承のため、当主親子は出陣ができません。
な の で。
今月の出陣メンバーはこちら!女子二人! 向かうは選考試合!……なんですが。
「なんせステータスがひっくいの!どうしようかな、危ないよな。技の火とか79だよ月火ちゃん山越え世代なのに。やばくね?↑やばいわ。↓マジでやばいわ。↓↓無理でしょ。逆にどこだったら生きていけるんだっていう」
あんまり弱い弱い言いたくはないのですがふたりとも当主におんぶにだっこされてここまで来ました。月火ちゃんは壊し屋なので多少火力はあるんですけど。 もうね、携帯袋に雷太鼓の符を山程入れて出陣するかを真面目に検討したんですよ。だめ。危ない。出陣させられない。(※過保護)
特に月火ちゃんはめちゃくちゃに気が弱いので年長者だけど隊長は無理です(断言)。向いてない。
ので、今回は炯良ちゃん隊長!選考試合へいざ出陣!
……。 無理だったら降参して帰ってこようね。
ということで挑んできたわけですが。
……。
あっ……
……。
いや。
いやいや。
攻撃が一切効かない上に連続で攻撃されたら死ぬダメージを貰ったらその、ねえ?
帝は参加賞をくれました。ありがとうごめん冷やかして……
というわけでアホなんですけど一ヶ月無駄にして帰ってきました。これちゃんと話に落とし込んで書こうね。
ということでいまいち締まりきらない3月でした。
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《書評》『神秘大通り』上・下 ジョン・アーヴィング
<上下巻併せての評です>
誰にでも人生の転機となった日というものがある。フワン・ディエゴにとって、それは十四歳のとき、父親代わりのリベラが運転していたトラックに過って足を轢かれた日だ。後輪に挟まっていた鶏の羽をとろうとしたところへ、サイドブレーキが引かれていないトラックがバックしてきた。足は潰れ、���時の方向に開いたままになった。障碍を背負って生きることにはなったが、それが自分の生きる方向を決めたことはまちがいなかった。彼は自分が行動するのでなく、他人の人生を観察し、彼らの人生を描く小説家になったのだ。
メキシコのオアハカ。ゴミの山の麓に建つ小屋に、フワン・ディエゴは住んでいた。小屋はゴミの山のボスであるリベラがゴミの中から掘り出した廃材で建てられていた。用済みとなった本をゴミと呼んでは、本好きに叱られそうだが、読者の心に残ったものは、その人の中にいつまでも存在し続け、時にはその人を作る一部となる。だとすれば、本自体は捨てられることにより、他者の手に渡る。そして、次の読者もまた同じことをする。ゴミの山は、金属その他のリサイクル品に限らず、知識や情操を養う宝の山でもあるのだ。そういう意味では、文学や哲学、歴史書の埋まったゴミの山は、そこで育った作家にとっては創作の前線であり、補給路でもある。
山の上からはゴミを焼く火から何本もの煙が空に上り、空にはハゲワシが舞い、地上では犬が吠える。犬の死体はハゲワシの餌食となり、最後はゴミと一緒に焼かれてしまう。時には人さえ焼かれてしまう。ゴミの山から金目の物を拾い集める少年たちはダンプ・キッドと呼ばれた。それが彼らの仕事だった。フワン・ディエゴはちがった。彼の漁るのは本だった。イエズス会の図書館が廃棄した他の宗派によるイエズス会批判の書であれ、小説、批評等の文学書であれ、彼はすべてを読んで、独学でスペイン語や英語を学び、自分の頭で考えることを学んだ。人は彼をダンプ・リーダーと呼んだ。
彼には一つ年下の妹がいた。名前はルペ。グアダルーペの聖母からもらった名だ。喉に障碍を持つルペの話す言葉は兄をのぞいて誰にも理解できなかった。ルペは人の考えていることや、その人が負っている過去、時には未来まで読んで兄に話していたのだ。手に入るのは子ども向けの本ばかりではない。彼はそれを朗読して妹に聞かせる。大人も知らないことを語り合う二人の異様な兄妹はこうして育った。妹の言葉は他の誰にも理解できない。フ���ン・ディエゴは、人に聞かすことのできない悪口や都合の悪いことはわざと訳さない。二人のやり取りは傍にいても他人には分らないからだ。こうしてルペの言葉は予言や託宣のようなものとして人に伝わることとなった。
ルペによれば、自分たちは奇跡なのだ。特に兄のフワン・ディエゴは。その奇跡を求めてか、何故か少年の周りには人が集まってきた。フワン・ディエゴに教育を与えたいと願うイエズス会修道士のペペ。足を轢かれた朝、アイオワから飛んできた神学生で、彼の教師となるはずのエドゥアルド・ボンショー。無神論者の整形外科医バルガス。良心的徴兵拒否者で体にキリスト磔刑図のタトゥーのあるグッド・グリンゴ(良きアメリカ人)。女性よりも美しいトランスヴェスタイト(異性装)の娼婦、フロール。彼らと巡り会うことで、フワン・ディエゴの人生は大きく動くことになる。
それは、フワン・ディエゴを取り巻く人々にも言えた。彼らは一様に負い目を感じ、人生から逃げていた。バルガスは家族全員が乗る飛行機に酔いつぶれていて乗り遅れてしまった。その機が墜落し、全財産は彼が相続した。彼は自分が許せない。フィリピンの戦場で戦死した父のために良心的徴兵拒否者となるはずのグッド・グリンゴは、徴兵を逃れてきたメキシコで、メスカル酒と娼婦に溺れるメスカル・ヒッピーと成り果てていた。心の優しさを臆病と誤解され、家族と折り合いのつかないエドゥアルドもまた、大学を放棄してイエズス会に逃げ込んでいた。彼らは生の意義を取り戻すために、我知らずフワン・ディエゴを求めたのかもしれない。彼の潰れた足は聖痕(スティグマータ)だったのだ。
主人公フワン・ディエゴは小説が始まる時点で五十四歳。アイオワ大学で学生に創作を教えていたが、引退して作家一本でいこうと考えている。高血圧のため、アドレナリンの放出を抑えるベータ遮断薬を処方されている。そのせいで性欲が減退するのは、バイアグラでなんとかできても、彼の大事な夢を見る能力が奪われてしまうことに不満を覚えている。フワン・ディエゴは五十四歳の作家となった今でも、十四歳当時の記憶を手放すことができないでいる。彼の中には十四歳のフワン・ディエゴが生きている。というか、フワン・ディエゴは二つの自己に引き裂かれているのだ。
引退記念としてフィリピン旅行中の今も、その問題が彼を襲う。薬をスーツケースに入れてしまったのに、大雪のせいでJFK空港で二十七時間も待機中なのだ。フィリピン旅行の目的の一つは、名前も知らないグッド・グリンゴの代りに、死ぬ前に約束した彼の父の墓参りをするというものだ。彼は今回の旅を感傷旅行(センチメンタル・ジャーニー)だという。負い目を感じたまま一生を送ることはできない。十四歳の自分にはできなかったが、今の自分にはできる。なぜなら、彼は作家であり、充分に生きることのできなかった人たちの生を、描くことで再び蘇らせることができるからだ。
アーヴィングは、アドレナリンを抑圧する薬と性欲を亢進する薬の二種類の薬の不都合な摂取により、フワン・ディエゴを十四歳当時のオアハカ時代の彼と現在のフィリピン旅行中の彼を、夢を媒介にして交互に切り替える。夢うつつの状態でいる初老の小説家はバイアグラのせいで性的妄想の虜となり、ファーストクラスで知り合った二人の魅力的な女性に宿泊先や旅程を好きなように変更されても言いなりになる。しかも、その二人の女性は以前にどこかで見かけたような気がするだけでなく、不思議な事実がついて回る。二人とも、鏡に映らず、カメラにも映らないのだ。
初読時は読み飛ばしてしまうのだが、実はこの二人に対する言及は、実に注意深く書かれている。ルネサンス絵画の大作の端に画家が描く自画像のように、誰の目にも止まらないけれど、フワン・ディエゴの目には映っているのだ。まるで守護天使のように、彼の人生が危機的状態に落ち入りそうになると、どこからともなくヴェールで顔を覆った二人の黒衣の女性が姿を現し、危機から脱した時には忽然と姿を消す。二人の黒衣の女性は、足をつぶされたあの日イエズス会の教会にもいたのだ。
初老の作家のエロスとタナトス塗れの一大ドタバタ劇と思春期を生きるみずみずしい二人の兄妹と彼らを見守る大人たちの悲喜劇を、見事なプロットと細部にわたる書き込みを通じて、壮大かつ華麗に描き切ったジョン・アーヴィングの力の入った長編小説である。上下二巻という大作だが、一気に読み通してしまうこと請け合い。とんでもなくおかしいのに、ひどく悲しい、不思議な小説世界はまるで魔法の国だ。表題の神秘大通りとは、グアダルーペの聖母の巡礼が歩く通りのことだが、作品の中で起きるすべてが神秘であり奇跡である。小説そのものが『神秘大通り』なのだ。
人道的な立場からの中絶等に対するカトリックの教義批判、性的少数者に対する差別批判、アメリカが関わった戦争への批判、コンキスタドールによるメキシコ侵略が齎した混乱、サーカスの世界、そのほか多くのテーマが取り上げられている。それら全部について触れるのは無理なので、ゴミの山ならぬ既存の文学から自分の文学を作り出す手法についてだけ、触れておきたい。
フワン・ディエゴが一時身を寄せたサーカス団にいた一座の花形で脚の長い少女ドロレスのことだ。魅力的な少女からただの妊婦へと堕落する少女のドロレスという名は、ナボコフの『ロリータ』を彷彿させはしまいか。また、レストランで何十年ぶりかに会った昔のいじめっ子の昔と変わらぬ強圧的な態度に、その家族の前で、かつて、その男がしたこと言ったことをぶちまけてみせる場面には、ウィリアム・トレヴァーの『同窓生』を思わせる怖さがある。アーヴィングを読むのは初めてなので、自作からの引用については分からないが、旧知の読者なら易々と見つけ出すことだろう。文学から作り出される文学の持つ豊饒さは文学を愛する者には何よりの愉悦である。堪能されたい。
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焔守一族/年表
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家系図
<黎明の章/初代当主総代> 1017年12月 - オープニング 1018年04月 - 鳥居千万宮(総代/灯織) 1018年05月 - 総代交神 1018年06月 - 白骨城(総代/灯織) 1018年07月 - 火乃誕生、白骨城(総代/灯織) 1018年08月 - 総代交神 1018年09月 - 九重楼(総代/灯織/火乃)、 烏衣誕生 ※10月 1018年10月 - 相翼院(総代/灯織/火乃) 1018年11月 - 鳥居千万宮(総代/灯織/火乃) 1018年12月 - 相翼院(総代/灯織/火乃/烏衣) 1019年01月 - 灯織交神 1019年02月 - 九重楼(総代/灯織/火乃/烏衣)、総代逝去、灯名誕生 ※03月
<相伝の章/二代目当主灯織> 1019年03月 - 鳥居千万宮(灯織/火乃/烏衣) 1019年04月 - 九重楼(灯織/火乃/烏衣) 1019年05月 - 鳥居千万宮(灯織/火乃/烏衣/灯名) 1019年06月 - 火乃交神 1019年07月 - 白骨城(灯織/火乃/烏衣/灯名)、灯織逝去、火偉誕生 ※08月
<風雲の章/三代目当主灯名> 1019年08月 - 選考試合(火乃/烏衣/灯名) 1019年09月 - 九重楼(火乃/烏衣/灯名) 1019年10月 - 鳥居千万宮(火乃/烏衣/灯名/火偉) 1019年11月 - 大江山(火乃/烏衣/灯名/火偉) 1019年12月 - 大江山(火乃/烏衣/灯名/火偉) 1020年01月 - 烏衣交神 1020年02月 - 鳥居千万宮(火乃/烏衣/灯名/火偉)、火乃逝去 1020年03月 - 炉衣誕生、選考試合(烏衣/灯名/火偉) 1020年04月 - 九重楼(烏衣/灯名/火偉) 1020年05月 - 九重楼(烏衣/灯名/火偉/炉衣) 1020年06月 - 灯名交神、烏衣はやり病 1020年07月 - 白骨城(灯名/火偉/炉衣)、烏衣逝去 1020年08月 - 灯呼丸誕生、白骨城(灯名/火偉/炉衣) 1020年09月 - 九重楼(灯名/火偉/炉衣) 1020年10月 - 九重��(灯名/火偉/炉衣/灯呼丸) 1020年11月 - 火偉交神、灯名逝去
<呼水の章/四代目当主灯呼丸> 1020年12月 - 大江山(火偉/炉衣/灯呼丸) 1021年01月 - 火月誕生、炉衣交神 1021年02月 - 鳥居千万宮(火偉/炉衣/灯呼丸) 1021年03月 - 炯誕生、九重楼(火偉/炉衣/灯呼丸/火月) 1021年04月 - 九重楼(火偉/炉衣/灯呼丸/火月)、火偉逝去 1021年05月 - 鳥居千万宮(炉衣/灯呼丸/火月/炯) 1021年06月 - 白骨城(炉衣/灯呼丸/火月/炯) 1021年07月 - 白骨城(炉衣/灯呼丸/火月/炯)、炉衣逝去 1021年08月 - 灯呼丸交神 1021年09月 - 相翼院(灯呼丸/火月/炯) 1021年10月 - 灯呼坊誕生、鳥居千万宮(火月/炯) 1021年11月 - 大江山(灯呼丸/炯) 1021年12月 - 大江山(灯呼丸/火月/炯/灯呼坊) 1022年01月 - 相翼院(灯呼丸/火月/炯/灯呼坊) 1022年02月 - 鳥居千万宮(灯呼丸/火月/炯/灯呼坊) 1022年03月 - 火月交神、灯呼丸逝去
<五代目当主灯呼坊> 1022年04月 - 相翼院(火月/炯/灯呼坊) 1022年05月 - 月火誕生、九重楼(炯/灯呼坊) 1022年06月 - 炯交神 1022年07月 - 相翼院(火月/炯/灯呼坊/月火) 1022年08月 - 炯良誕生、選考試合(灯呼坊/月火) 1022年09月 - 九重楼(灯呼坊/月火) 1022年10月 - 九重楼(炯/灯呼坊/月火/炯良) 1022年11月 - 大江山(炯/灯呼坊/月火/炯良) 1022年12月 - 灯呼坊交神 1023年01月 - 親王鎮魂墓(炯/灯呼坊/月火/炯良) 1023年02月 - 灯矢誕生、忘我流水道出陣(灯呼坊/月火/炯良)、炯逝去 1023年03月 - 選考試合(月火/炯良)
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1022.12-1023.01
山を越え、谷を越え……屍を越えてゆけ。
※斜め文字は音声ログから実際の発言の抜粋。
イツ花が笑顔で迎えてくれます。 戦果は……そうだね。
「山を越えたよイツ花……」
入手した術を教えてくれます。石猿はいい引きだった。
プレイヤーとのテンションの差がすごい。
中の人��ふざけんな💢💢💢」(※音声抜粋でない)
奉納点8888点くれましたけど嬉しいんだか嬉しくないんだか……
「何からしようかねえ」
まずは健康度と忠心をチェック……わかっていたけど炯くんの健康度が下がりました。
「長生きしてくれたね……」
そしてみんなあんなに進言却下したのに忠心があまり下がっていません。灯呼坊くんの求心力すごいのでは。
「どうするかねえ、外に偵察に出す? ちょっとだけ見に行く?」
と、外に一歩出掛けたそのとき。
おお、イツ花どうしたどうした。……って、知ってるけども。
……とのことなので。
外に見に行きました。
ああ~BGMが違う~
後半戦です。
大江山は立ち入りが禁止されました。二度といけません。
まあ、今日は都に戻って交神です。
「まずは……炯くんに漢方薬を飲んでもらおうね」
大江山を越えたのに生き残れないことがこんなに悲しいなんて……
さて。灯呼坊くんの交神です。蓮美さまの土はいつ見ても惚れ惚れしますね。
「実は……奉納点を貯めに貯めていたものですから……壱与ちゃんまで交神が可能です。やらないけどね!w」
で。選んだのがこの方。春野鈴女さまです。
いや、なにせ似合う。
ゆえに、世代的にはもっと行ったほうがいいとわかってはいるんですが……
おまかせしました。この方に。
「いまきっと癒しがほしいから……」
はい、ドスケベ小僧だけど、本命とはちゃんと順番にね!
「……男の子だねぇ~!! いいんじゃない? いいんじゃない??」
はい。次代当主は男の子です。
1月、月火ちゃんの元服です。
って、え!?
「えっ待って待って衝撃なんだけど。うちのかわいい月火ちゃんがいったいどこの誰に!?」
ここで慌てて交神画面に出戻りです。
「明美ちゃんは……ないな……」
ごめん。
他の候補者は大隅爆炎さま……くらい…… えっでも素質的には微妙だ……! 月火ちゃんは地力があんまりなので次は上げないと戦えない……!
悩ましい。課題ができてしまいました。
それはともかく幻灯。色白がひとりもいないねえ……
正月なので、みんなに名品珍品を授与します。
月火ちゃんは控えめ、炯良ちゃんは激しめ。イメージ通りだなあ。
そして有寿ノ宝鏡を2ダース、雷太鼓の符もなんとなくいくつか買っておきました。
で、1月はここ、親王鎮魂墓です。大筒士スターターキットほしい。
灯呼坊「帰れ」 黄川人「ボクをあの鬼から出したこと、まだ悔やんでるとしたら そりゃ、お門違いだゼ」 灯呼坊「なんだと?」 黄川人「ボクが あの鬼の中に封じられてることくらい、天界の連中は百も承知だったんだからね」 灯呼坊「……」 黄川人「今度の交神の儀のときにでも 神の面子をよーく見てごらん。見慣れない顔が増えてるはずだ」
「も~~見た」(呆れ)
黄川人「ボクが閉じ込められたときに道連れにしてやったやつらサ」
灯呼坊は無言で、去っていく黄川人を見送ったことでしょう。
さて中に入って、鉄クマ戦。
ひえ~~通らない!(月火ちゃんなんか消えてるけど)
170くらいの打撃を安定して三連入れてくれる炯。
炯良ちゃんのレベルアップは体水がいい感じですね。
炯は……まだ体土が上がってる!? でも黄川人くんが煽ったせいか、心の火が爆上がりしてて……心配です…… 水も上がってるから大丈夫、大丈夫……
赤い火で、キターーーーー!真砂の太刀、筒の指南、葵ノ兜! 真砂の太刀は竜神刀があるので出番ないかもですけど……
矛盗み、ツブテ吐きゲット。井戸香炉もついでに。
そして月火ちゃんがレベルアップ。体の水が良いね!(風の列は見てない)
えっ珍しい……!炯良ちゃんはめったに回復進言をしないんですよね。 でもぜんぜん食らってないんです。この前の戦闘で結構なダメージを食らってしまったので、怖がってるみたいですね……
「よっぽどびびったんだな、かわいそうに……」
一応、と買っておいた符もかなり使いました。
この後気持ち悪い動きをする燃え髪に後ろから当たられて背後より敵襲となりましたがなんとか事なきを得て、結界印を使いながらどうにか討伐を続けました。
スクショはないけどひたすら敵の攻撃が痛かった……。さすが後半戦は違う。
ということで京へ帰還。今回はあまり抜粋できるような発言もない、山越え直後らしいテンション低めの回となりました。
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1022.10-1022.11
炯良の初陣と……いざ行かん、冬の山。
※斜め文字は音声ログから実際の発言の抜粋。
ありがとう!
さて今月の炯良ちゃんの訓練結果は~……
たっかい!
炯くん、先月は娘との距離をはかりかねてたんですかね!? 仲良くなれたみたいで嬉しいです。
さて。元気です、炯くん!
ここでプレイヤー、考えるんですよ。
炯くん、間に合うなって。大江山に行けるな、って……
行きましょう。
今月、できる限り炯良ちゃんを鍛えて、来月――行きます。
「長生きしてくれ……」
山に行くなら最低限の体力がほしいです。前衛職だし。
「大江山の……来月が、1歳1ヶ月。で、12月に1歳2ヶ月。 交神をするなら……大江山で死なないことを決意して行くか、今するかしかないんだ。今するかしかない。 ただ、今月……炯良ちゃんを鍛えないと大江山行けないので、どっちにしろ今月は出撃するしかない。絶対死なない覚悟を決めるぞ。頼むぞ。わたしが覚悟を決めるわホントに。絶対死なない覚悟で行けよ」
さあ、ひさびさの4人出撃です。行くぞ!
萌子と闇の光刃がほしいので2連続で行きます。先月は下見だったね。 大ボスはちょっとやめておきます。
炯良ちゃんの初レベルアップ。う~んもうちょい!体水20くらい!お願い!
「月火ちゃんは強いんだから防御して様子を見る進言ばっかりしない!」
妹の初陣だよ!かっこいいとこ見せようよ!まあ防御進言がいっそいとおしくなってきたけどね。
よっしえらい!炯良ちゃん、20上げてくれたね!
危なげなく倒しつつ、ボスにも行かないので淡々と雑魚処理をします。
しかしここで気づく。
「あれっ当主攻撃力下がってない?これ……木霊の弓じゃないね?」
「イツ花ちゃんに『はいこれ!』って渡された弓を『おお……』ってなんの疑いもなく持ってきちゃったよね」
逆に途中まで気づかなかった体の火の強さ。まあ特に支障ないので続けます。
灯呼坊くんとの同時レベルアップと、炯良ちゃん最後のレベルアップ。う~ん400届かず!来月、ボス戦までに鍛えるしかないですね。
取り敢えず帰ります!来週は……大江山!最低限、お猿さんは倒しますよ!
の、前にィ、
炯「なにをしているんだ?」 灯呼坊「いやちょっと決戦の前にひとつと思って」 炯「……ふたりには言わないでおく」
炯くんはあの女神さまとどう過ごしたんでしょうね?
ということで健康度チェック。
「炯くん、1歳8ヶ月で健康度100!? どういう……ことだ? 1歳10ヶ月は生きるってこと? え? すごいな? そんなに? すごいね。めちゃくちゃ感動したんだけどいま」
※この時点でプレイヤーは寿命が長い原因を知りません。
今月のステータス。さー美人画も堪能したし行くぞ!
いざ行かん、大江山!
イツ花「とっつげきィ~~~!」
「円子覚えてんだ、 月火ちゃん……!」
お雫さんの水が活きてます。
そしてこの赤い火。
のぼれ、のぼれ!
「月火ちゃんは……そうだよね? 防御したいんだもんね?」
まあ当然殴ってもらいます。よし、攻撃は通るね!
ひたすら殴って太り仁王を撃破。
「月火ちゃん、痩せ仁王に500以上のダメージ出すのにいっつも防御進言出すのやめようか」
戦闘終了。
先にのぼって、とにかく飛空大将狩りじゃ~~!
炯くんの体の上がりがさすがに止まりました……
あっ青火で時登りの笛……!と思ったら避けられまくって持ち逃げされました。くそう!
「最初の赤い火で取り敢えず剛鉄弓を奪い取ろう。時登りの笛は無限にほしい」
そしてついに1つ目の赤い火です。
「剛鉄弓をください! 剛鉄弓……いただきました!!」
「これで当主の弓が更に冴え渡るな」
印虎姫もゲットです。いいね!
牛頭丸と時登りの笛をゲット。
このへんで携帯袋がいっぱいです。
「しょうがねえ、行くしかねえや。……突っ込むぞ!!」
例の碑も無視して走り抜け、たどり着いたのは橋。
ウッキー……!って、なめてんのかコラ!
と、ぶちのめします。
「石猿をください!!!! ……竜神刀!! 石猿!! 来たよ!!!!」
進言にくらら。心の風の高さが見えます。
攻撃を選択しましたが通らない。これは取り敢えず当主に武人!
炯良ちゃんが結構食らってびびりましたがさすがの月火ちゃん、お雫進言です!いつも絶対入ってる防御がない!泣かせます。
よし武人も3回位かけたし攻撃していくぞ!
「へっ!?」
「…………」
「え……っと……。 当主がクリティカルで699出して粉砕しました」
ボイスログ、マジで呆然としてて笑いました。
炯良ちゃんの体力、上がりきらず。
しかし……
どうするか。
「赤い火は切れちゃったけど……いま、正直ほぼ技力を使わず……」
お猿さんを倒してしまったので。
「……」
「……はぁ~っ(ため息)」
行くか。
そこにいたのは醜い鬼。 灯呼坊は、臭気に顔を顰めます。
「なにがそういうことだよ💢」
黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。
「知らねえよ!呪い解け!バカヤローッ!怒ってんだぞこっちは!」
「1500両3つ揃って戦勝点2倍。……(そういうのは)今じゃない。今じゃないぞ!」
雷太鼓の符。152ダメージ……
しょっぱいなー、と思ってます。
「う~ん、月火ちゃんまた防御進言だね。愛しいね。わたし、月火ちゃんのこと大好きなんだ」
攻撃したけどダメージは奮わず。48。う~ん……!これはまだ符のほうがマシですね。符で削りつつ当主に武人……かなあ。
尻で圧殺が来ました。前列の二人のダメージ量がすごい……
迷わずお地母です。
お雫を灯呼坊くんと炯がそれぞれ月火ちゃんと自分にかけて万全にします。
炯良ちゃんは七光の御玉を使用。モミジさんの魔王陣!
炯が雷太鼓の符で追撃します。
さて灯呼坊くん���当主の指輪を使用。この対峙すっごい……
ダメージはいい感じ!
月火ちゃんは……七光の御玉!
「壱与姫か!今じゃねえな!」
攻撃力が低下……;
当主も七光の御玉!蓮美さま!やったー真名姫だ!!
符で攻撃しつつ……月火ちゃんの防御進言に笑いつつ……
全員で灯呼坊に武人!
「自分のほうがやばいのに!ひとにお雫とか進言しないの!!ああっでも採用しちゃう……」
回復と武人を繰り返してやっと攻撃。まあまあ通るようになってきた……!
「偉いぞ炯良ちゃん!君は攻撃進言しかできないと思いこんでいたよ!」
くらら様の力も借ります。真名姫!ありがとう!
また武人を重ね……41��!どうだ……!?
来たーーーーーーッ!
「山越えましたよ……!!」
喜ぶ一同。
しかし……
灯呼坊は、どういうことだ、と声を上げます。
しかしそれが耳に入っているのかいないのか、鬼は灯呼坊を嘲るように笑い……
現れたのは……
激闘の後。
呆然としたまま、歩きまわることすら出来ず、帰還のときです。
……帰ろう。取り敢えず。
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1022.08-1022.09
選考試合と九重楼討伐。
※斜め文字は音声ログから実際の発言の抜粋。
「ああ……誰かが死ぬと誰かが来るんだ……いつもそうだ」
「女の子がね、二人続いたね」
なぜかここに至るまで火乃ラインと烏衣ラインは同じ性別です。
「炯とまったく同じ色だねえ……ボコボコだねぇ!」
素質いいの引けてたと思ったんだけど全部裏に行ったようで。
でもすっごくかわいい!大事に育てましょう。
「炯の字はね……あきらかと読むんですよ」
と、いうことで。炯良(あきら)ちゃん、薙刀士です!
(※プレイヤーは単純にそろそろ全体攻撃がほしくて薙刀士を選択したんですが、炯が選んでるとしたら、志半ばで命を落とした父の職に就かせてるってことになりますね……)
今月のステータスチェック。めちゃくちゃ緊張して健康度を見たんですが炯くんも元気です。
そして今月は、敗走後に追加された家訓により、炯は炯良ちゃんの指導に回っていただきます。
こっちは選考試合に参加。二人だけど行けるよね。
「ま~た京極町内会か」
いつもこの人達と戦ってる気がする。
うっかり大将を射抜いてしまい技アリに。スクショが下手。
レベルアップ。相変わらず心の風と体の火がぐんぐん伸びます。
次はあさひ突撃隊。拳法家は避けるから嫌ですね。
対人なのでちょっとマシなのかもしれませんがまた防御を進言してます。月火ちゃんは相変わらずの戦い嫌い。
だよねー。
まあ当主の手にかかればこんなもんですわ。
月火ちゃんの技、最低限水が伸びていってくれればまあ……よしです。壊し屋だものね。身体の水と土の上がりはありがたい感じ。
本願院選抜。この人達とはもしかすると初かな?
でも強い強い。普通に倒せましたね。
そしてまたレベルア…………月火ちゃんッwww技止まったwww
ま、まあ水がまだ上がってるから(小声)大丈夫大丈夫(小声)
「円山町愚連隊また?毎回決勝戦お前らじゃね?」
「うわ……いま688とかえげつない攻撃力だったんだけど。ほんとかわいそうになるんだけど」
そして軽々ダメージ量を越えていく当主様。キャーカッコイイ~!セクハラさえしなければ!
総代「月火、装束が乱れているぞ」 月火「……💢」(無言でガード) 総代「いや、冗談だ冗談、睨むなって。ははは」
って、うわっ!!!!奥義だ!!!
「連弾弓かな!?」
「は~~! 連弾弓きた~! 連弾弓来たよ~!」
成長もすごい。嬉しいです!!
「支度金1470両? もうちょっとちょうだいよ」
茶器を5つもらってきました。
さて帰還。イツ花にお祝いされて鼻高々の灯呼坊くんです。
炯良ちゃんの訓練結果報告。 炯、技はちょっと教えるの苦手。感覚で覚えるタイプだもんね。
灯呼丸くんのときは寿命間近で教えてくれなかった奥義についての仕様を教えてくれました。オッケー絶対に伝えていく。
鳥居千万宮かあ~。どうしようかな。
炯は今月も健康度100です。引き続き炯良ちゃんの訓練をお願いしよう。
「炯くんはおうちに残って娘の指導をするわけだけれども、忠心は下がってないし、このまま……引退になる、のかなあ?そうだねえ。1歳6ヶ月……1歳6ヶ月かあ……来月下がる可能性もなくはないけどなあ……」
巫女の衣と上杉銅を買って装備します。
「店売り装備品を使わない縛りをしてるのかってくらい使ってなかったからね」
ドロップしちゃうとつらいからつい……
さて、討伐強化月間を無視して九重楼に行きます。
技が死んでることはもう気にしない。
体の成長がいいね、って女の子になんか言いづらいな?(と言っちゃうからダメなんだけど)
術めちゃくちゃ苦手なのに進言してる。珍しい。
灯呼坊くんの弓が冴え渡っている。体の火と技素質が完全に噛み合ってますね。
せめて揃えてほしい。欲を言うならば闇の光刃くれ。いやたぶんこれは持ってない編成だけど。萌子もほしい……
う~~~ん何も取れず帰還です。安全に八階と九階の雑魚戦だけを行いました。
月火ちゃんは3つの進言のうち2つが防御なのがやっぱり多くて(スクショ撮っておけばよかった……ボイスログ参照です)、灯呼坊くんがひたすら強かった印象。まあセクハラさえしなければ(2回め)、頼りになる当主です。
ということで次回は炯良ちゃんの初陣。そして、運命の11月がやって来ます。
当主・灯呼坊がどういう選択をするのか……見守っていただけますと幸いです。
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月の子は沈みゆく陽に焦がれて祈る
火偉の交神について。 一族間の恋愛感情が苦手な方は注意してください。(※片想いです)
「耳をすませているうちに、さざ波のように奪うから」と同月の話。 この直後が「月の子は新月の晩に死を悼む」となります。
当主の具合が悪いらしい。まあ先月の時点でそれはわかっていたことだった。なのでその報を聞いても特に何かが変わるわけではない。俺は予定通り交神へ向かい、当主は予定通り休養するというだけだ。 「ご出立のまえに今月しておきたいことを済ませておいてくださいね」 儀式用の装束に着替えたイツ花に言われ、俺は当主の部屋へ向かう。いまさら挨拶などと、なにも言うことはない。しかし顔は見ておきたかった。 「当主」 障子越しに声を掛ける。返事はなかった。嫌な予感に障子を開く。当主は部屋の中心に置かれた布団のなかで、目を瞑っていた。音を立てぬよう、しかし極力急ぎ足に近づいて、隣に座す。そのまま口元へと手を持って行けば、頼りない吐息がかかるのを確認できた。 「……眠っているだけか」 ひとりつぶやく。その声があまりに安堵の色に満ちていて、この場に自分以外がいないことをよかったと思う。 「……」 いつもそうするように、眠る当主の赤髪に触れた。体調が悪いせいか、いつもよりすこし手触りが悪い。いくらか迷ったあと、文机の上にある櫛を持ってきて、起こさぬようにすこしだけ、その髪を梳くことにした。 ――好いた男でもないのにこんなことをされては気味が悪かろうな。 自覚はある。だが当主が自分の髪を大事にしていることも知っていた。母のようにまっすぐではないのが悔しいが、その分手入れをきっちりしていると、俺の母に何度も漏らしていたのを聞いていたのだから。 「……すまん」 ひと房取ったその髪に、櫛を入れる。起きるな、と頭のなかで繰り返し唱えながら、力任せにならぬように梳いた。体の下敷きになっているところはどうにもならないが、それ以外はすこしずつ進め、やっといつもの手触りに近くなる。 ――〝いつもの手触り〟、か。やはり気味が悪いな。 ふ、と漏れるのは自嘲だ。櫛を手に立ち上がり、文机の上に戻す。さてどうするかと考えて、ふたたび当主の隣に腰掛けた。よほど眠りが深いのか、起きる気配はない。 妙な静けさに、らしくもなく過去を思い返す。自分はなぜ眠る当主の頭に触れるようになったのだったか。ああ、たしかあれは俺の母が死んだ後だ。俺の頭を撫でようとするので拒否をしたら、じゃあ自分を撫でろと訳のわからないことを言い出したのだった。
「あたしだって火乃さんのこと大好きだったんだもん。元気が出るから、慰めて」 おまえはいま、死んだ人間の息子を慰めようとしていたんじゃあないのか――と思ったが、それを指摘しても無駄だろうことはすぐにわかる。だが言う通りにしてやる気もない。どうやら撫でられるのを待っているらしい当主を無視して放置した。すると当主は標的を俺から炉衣に変える。 「撫でて!」 「なんで?」 「元気が出るから」 ……黙って撫でた。なんだこの光景は。意味がわからん。もはや突っ込む気にもなれなかった。そして撫でられた当主は実際に元気を出している。単純なやつだと思った。 だが、起きているときに触れてしまえば、なにかを壊してしまいそうでできない。
――だから、眠っているときだけ。 気づけばふたたびその髪を手に取っている。思えば、誰も居ない状態で無防備に眠っていることなど数えるほどだ。だからこうして触れた回数も、さほど多くはない。そしてこれがおそらく最後になることは、誰に言われずともわかった。 「行ってくる」 その髪の先端に唇を落とし、手を離す。 さっさと終わらせて、さっさと帰る――そう決めて、俺は足早にその場を去った。
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「私たち、お友だちになれそうですね」 出合い頭にそんなことを言う女神に胡散臭さを感じぬわけがない。思わずはっと鼻で笑ってしまったが、「左様ですか」と慇懃に返す。 「ええ。土の匂いがするから……私、土の匂いがする人、嫌いじゃないです」 「父が土の男神ですから」 適当に返し、目だけを動かして周囲を見回した。白と赤の椿があちこちに咲いていて落ち着かない。 「ええ、存じ上げております。伏丸さまのお子であるとか……たしかに、すこし野性的な空気がおありですね」 にこやかに語りかけてくる女神に返答をするのももはや面倒である。だがこれを投げることはできない。こちらもせいぜい笑っていればよかろうと笑みを返せば、女神はその笑みをより一層深くした。
どれほどの時が経っただろうか。こちらでは時間の流れがやけに遅く感じる。それを差し引いたとしてもずいぶんと経ってしまったような気がして、俺はらしくもなく焦りを覚えていた。祭壇の玉に変化はない。俺が祈りとは無縁であるからだめなのか。それともあの女神と心通じ合わせねばだめだということか? 通じ合わせるとはなんだ。どうしたらいい。 どうしたら俺は当主の――灯名のもとへ帰れる? 気づけば舌を打っている。聞こえたか、と椿姫を見れば、女神はやはり、にこやかに笑んでいた。……なにがおかしい。 「想い人がいるのですね」 はっとした。いままで誰ひとりとして気がついたことがないというのに。なにも言えずに顔を見る。その青い瞳は底知れず、はじめてその髪と目の組み合わせが、灯呼丸と同じであることに気がついた。 「……そうだ」 灯名の息子に問われたような心地のまま、先の問いに同意を返す。すると「構いませんわ」と穏やかな声がして、白く柔らかい指先が俺の手を取った。 「大丈夫。その方を想って……その方を守るためのお子を願って」
ああ。 守るとはなんだ。 呪いからか? ならば、――もう間に合うまいよ。
暗く沈む思考のなか、それでもと光を手繰り寄せる。 自分の命をつなぐことに興味はない。しかし、それでも、それが、好きな女の命ならば。 灯呼丸を守る、そのための子なら――ああ、たしかに、願えるかもな。
思った瞬間、今日までにすっかり慣らされた椿の香りが強くなる。あまりの芳香にくらりと視界が揺れ、同時に襲った急激な眠気に意識を失った。
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「子の兆しがありました」 目が覚めると、俺の傍らに女神が座している。いままでの馴れ馴れしい態度はどこへやら、椿姫ノ花蓮は正しく女神としてそこに在った。その背後、祭壇の玉は煌々と光っている。玉に映るのは俺と同じ、火の色をした男児だ。 「お帰りください。あなたの当主様のところへ」 言うなり、椿姫は俺の手に椿の花を握らせる。それは子の髪と同じ、赤い色をしていた。
「――椿の花を見たら、思い出してください」 立ち上がる背に声をかけられる。 「生憎と」 振り返ることもなく言葉を返した。 「貴女様とは違い、日々せせこましく働いている身なれば――花など見るような余裕はございませぬ」 では、と切って、ここならぬ場所を映す水鏡に身を投げる。違和感のあるのは一瞬で、次の瞬間には、見覚えのある一室に立っていた。 「兄さん」 そこに、炉衣がいる。顔を見て、外を見て――そうして理解した。 急ぎ足に儀式用の部屋を出る。こんなときでさえ自分の足は冷静に、物音を立てることなく動いた。 当主の部屋は、屋敷の最奥、もっとも広いそこにある。 ぱん、と物音。自分が力任せに障子戸を開けた音だとすぐに気づいた。冷静だとばかり思っていたが、足よりも手のほうが動揺していたらしい。落ち着け、と言い聞かせ、部屋に足を踏み入れる。 「……当主」 その布団の膨らみは、交神に出る直前と寸分違わず同じに見えた。当然、呼びかけても返事はなく。眠っているのだと思った。――そう、二度と目覚めることはない。 白い布はその顔を覆っている。笑った顔ばかりを見ていた。それでもはじめに見たのは泣き顔で、それがいつまで経っても頭から抜けない。 月のはじめと同じように、隣へ座す。髪に触れればぱさりと乾いていて、もはやもとの艶を取り戻すことはないように見えた。 「――ただいま戻ったぞ、当主」 返事がないとわかっていて、声を掛ける。どうしてか、そうせねばならぬと思った。
どれほど経っただろう。葬儀の準備でもしていて忙しいのか、この部屋に訪ねてくるものはいなかった。俺はただ物言わぬ骸の傍にあって、なにも言わずに呆としている。 間に合わなかった。 たったそれだけの事実が受け入れ難く、しかし事実であるがゆえに、受け入れぬわけにもいかない。俺は自嘲をひとつ漏らして、最後に顔でも見てやろうと布を取った。らしくもなく、両手で、すこしずつ――まるで死でも悼むように。
くだらない。 死んでしまえばそれで終わりだ。
布の下には最後に見たものと変化のない顔がある。いますぐ起き上がっても特に不思議はない。忌まわしい呪いの玉が夕日を反射してわずかに光るようだった。 しばらく眺め、吸い込まれるように顔を近づけて――止まる。 「よく、眠れよ」 そうして、もとの通りに布を被せた。
傾く陽の赤は、もう見えない瞳の色をしている。
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