#飲み屋のママは酒で喉が焼けている
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oponopono2627 · 3 months ago
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蓼科一泊二日:2024年8月26日(月)~27日(火)
帰り前の昼ごはん
信州そばと酒 こころ
グーグルで4.2点のため来店
天ぷらせいろ:味普通、高い!
サラダそば:なぜか天かす!?味濃い、高い!
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thanatochu · 7 months ago
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Hydrangea
綾子主ほのぼの日常編 黒い森を抜けたあと、の続き
春の終わりに、出会ったばかりの僕たちが共同生活を始めてしばらく経った。 今ではもう梅雨の季節で毎日雨が降ったり止んだり、じめじめとしたお天気が続く。樹さんに頼んで乾燥機買ってもらえて良かった。 樹さんは割と子煩悩というか叔父馬鹿なところがあって、甥っ子の快適な生活のためなら金と労力は惜しまないと豪語する。 僕としては��んなに甘やかしちゃ駄目だよとブレーキ役のパターンが多くなってるんだけど、多紀を甘やかしたいのは正直とてもよく分かるので結局甘々な僕たちを多紀本人が諌めてくるという構図。 多紀はこの春から転校して近所の小学校2年生になった。 最初は内気なのもあってポツンとしていたようだけど、僕らと暮らすようになってから笑顔も増えて友達も出来たらしい。お勉強も頑張っていると連絡帳にも書いてあった。 僕は表向き、樹さんたちの遠縁ということにしてもらっている。みんな苗字がバラバラでも辻褄が合うように。ごく普通のママとパパがいる家庭ではないと、多紀が変な噂を立てられないように外面は良くしておくに越したことはない。 同級生のママさんやPTA、ご近所付き合いまで僕が一手に引き受けているけど、若い女の子たちとの会話とはまた違ったスキルが要求されるので、慣れるまで大変だ。 実のところ僕は2009年どころかもっと先の未来のことまで知っているので、2000年代初頭に生きる人たちと話しているとジェネレーションギャップみたいな気分になっちゃうことがよくある。うっかりSDGsが、とか言わないようにしないと。 でも皆さん基本的に良い人たちだ。近所には緑も多い公園があり、曜日によって種類の変わる安売りセールのスーパーと、閑静な住宅街で広々とした居住スペース。子供を育てる生活環境としては今のところ何の問題もなく満足している。 最初にこの環境を整えてくれていた樹さんには頭が上がらない。 多紀の父方の親戚連中に随分とご立腹の様子で、その頃の多紀を見たらそれは無理もないだろうなと推測する。 親戚たらい回しの放置されっぱなし、愛情のお水を貰えずに干涸びて。そんな環境で育ったら他人に期待しなくなるのは当たり前だ。 巌戸台に越してきたばかりの、舞い散る桜も空の青も、綺麗なものを何も映していないような君の灰色に霞んだ瞳を思い出す。 どうでもいいなんて言わせない。そのために僕らは家族になったんだ。
そろそろ多紀が学校から帰ってくる時間だ。 僕は樹さんと多紀が選んでくれた黒のデニム生地のエプロンを締め直して、おやつ作りに取り掛かる。 蒸し暑くなってきたからゼリーとか涼しげなのも良いなあ、なんて考えながら定番のホットケーキだ。休日の朝ご飯にはじゃがいもをすり下ろしたパンケーキが好評だったけど、今回はおやつなのでメープルシロップとバターを多めに。 「ただいまー」 焼き上がったいいタイミングで玄関のドアが開いた。 「おかえり。今日も楽しかった?」 「うん。今度ね、遠足があるみたい。おべんと作ってくれる?」 「へえ!いいねえ〜頑張ってお弁当さん作っちゃうよ」 おやつがあるから手洗ってね、と言うと多紀は素直にランドセルを置いて洗面所に向かった。 冷たい牛乳と一緒にホットケーキを並べると、戻ってきた彼が「いいにおい」と顔をふんわり綻ばせる。もう、うちの子すっごく可愛い。 僕の分は最初に焼いた、あんまり上手い焼き色にならなかった1枚でカフェオレと。やっぱり皆で選びに行ったランチョンマットは色違いの豚さんだ。 「ジュジュの分ある?」 「あるよ、ちゃんと作ってあるから大丈夫」 ジュジュとは樹さんのことだ。音読みで、じゅ。 教えてもらった時は微笑ましいなと思ったけど、最初に言い始めたのは樹さんのお姉さんなんだそうだ。つまり多紀の亡くなったお母さん。 ひと回り近く歳の離れたしっかり者のお姉さんだったそうで、もう姉というより母親が2人いるみたいだったと樹さんが溜息を吐いていた。 「ジュジュ今日も帰り遅いのかなあ。おしごと大変なのかな」 「夏休み取れるように今から頑張ってるんだって。お祖父ちゃんち行くんだもんね」 「��ん!」 学校が夏休みになって樹さんも纏まった休みが取れたら、実家のお祖父さんとお祖母さんに会いに行こうと計画している。 長閑な田舎に遊びに行く夏休み、なんて絵日記が捗る子供らしいイベントだ。 多紀は小さい頃に会っただけで記憶も曖昧だけど、電話ではよく話しているので2人に早く会いたいと毎日とても待ち遠しそうだ。 こんな時に、そういえば向こうの多紀もお爺さんお婆さんが好きだったな、なんて考えたりする。文吉さんにクリームパンをポケットに捩じ込まれたと満更でもなさそうに僕に半分くれたことがあって、くすりと思い出し笑いが漏れた。 とても懐かしいし君に会いたいなとは思うけど、その彼を堂々と迎えに行くために此処に来たんだ。ホットケーキを咀嚼して感傷的になってしまった気分を振り払った。
遠足はどこに行くの?お弁当は何食べたい?などと話しながら夕飯を2人で済ませ、お風呂上がりに水分補給していると樹さんがようやく帰宅した。 「あー、つっかれた…」 「ジュジュ、おかえり」 疲労と空腹でよろけている叔父さんを玄関まで多紀がお出迎えする。手には飲みかけの乳酸菌��料が入ったコップだ。 「ただいま〜。良いもん飲んでるな。ひと口くれよ」 「ええ〜。ひとくちって言ってジュジュいっぱい飲むんだもん」 「この前は喉乾いてて、つい。悪かったよ。それとジュジュじゃなくてたつきって呼べ」 パジャマ姿の甥っ子をハグして謝りながらも文句を言う。 こうしていると本当に雰囲気が似ている叔父と甥だなと思う。樹さんのほうが少し癖っ毛で毛先が跳ねているけど、2人とも青みがかった艶やかな黒髪だ。僕も黒髪だけど、色味が違う。 樹さんはよく見るとアメジストみたいな瞳の色をしていて、仕事中は外しているけど左の耳にピアス穴がある。 多紀と違うところといえば、叔父さんの方が男の色気があるところかな。多紀はもっと中性的だし。 これで大手企業にお勤めなんて、かなりモテるんだろうなあ…とぼんやり思うけど今のところお付き合いしている恋人さんはいなそうだ。普段はできる限り早く帰宅するし、仕事と甥っ子に全振りしている。 そんな叔父さんに渋々ながらも結局自分の飲み物をひと口あげている多紀は偉いなあ、と家族の考え事をしながら樹さんのご飯の支度をした。 「玄関の紫陽花、綺麗だな。買ってきたのか?」 シューズボックスの上に置いた花瓶を見たのだろう、ネクタイを外しながら樹さんが訊いてくる。 「ご近所の榊さんのお庭にたくさん咲いたからって、お裾分けしてもらったんだ」 色とりどり、形も豊富な紫陽花をお世話するの上手ですねって正直に感想を述べたら、少し切ってあげると品の良い老婦人が花束にしてくれた。 バラや百合みたいな派手さはないけど、今の時期しか嗅げない匂い。梅雨も悪くないなって思えて結構好きなんだ。 ドライフラワーにしても綺麗なのよ、とその人は笑っていた。 「ぼくもあじさい好きだよ。雨の雫が似合うよね。あっ、でも遠足の日は晴れて欲しいなあ」 「遠足があるのか。そりゃ雨じゃちょっと残念だもんな」 席に座って、いただきますとお箸を手に取りながら樹さんが頷く。 「近くなったらてるてる坊主作ろうね。すごく大きいのと、小さいのたくさん作るのどっちがいい?」 「小さいのいっぱい!」 「ふふ。布の端切れもいっぱいあるからカラフルなの作ろう」 そんな話をしているともう夜の9時を回っていた。いけない、多紀の寝る時間だ。 「歯磨いて寝る準備出来た?じゃあ昨日の続きから少し絵本読もうか」 「うん、歯みがいた。ばっちり!」 「樹さん、食べ終わったら食器は水につけておいて。お疲れなんだから早くお風呂入って寝てね」 「ふぁい」 夕飯のチキンソテーとおやつのホットケーキを頬張りながら樹さんが返事をする。 「たつきもおやすみなさーい」 「ん、おやすみ」 挨拶のあと子供部屋へと入る。樹さんが用意した多紀の部屋は愛に溢れていて、子供用らしく可愛いパステル色で揃えられた壁紙やラグ、家具と小物に至るまで趣味がいい。おもちゃも温かみのある木が多く使われていて、こういうのお値段結構するんだろうなと思う。 多紀をベッドで待っていたのは小さめのクマちゃん。樹さんが買ってくれたぬいぐるみで、キャメル色の毛並みに水色のリボンを首に巻いている。 多紀はいつも枕元で座っているクマちゃんと、その下に畳んであった柔らかく肌触りのいい木綿のタオルケットを抱きしめる。 青と黄色のチェック柄で、両親と住んでいた昔から愛用している所謂セキュリティブランケットだ。 それらに囲まれてふかふかのお布団に入り、少し絵本を読み聞かせるとすぐに多紀はうとうとし始める。 以前までは寝つきが悪かったようなので、精神的に安定してきたなら何よりだ。 しっかり眠ったのを確認して掛け布団を整えて、僕はキッチンへと戻った。丁度お風呂上がりの樹さんがタオルで髪の毛を拭きながらテレビのリモコンを操作している。 僕が温かいほうじ茶を淹れてテレビ前のテーブルに置くと、「お、ありがと」と笑ってひと口啜った。 樹さんは家ではお茶とコーヒーばかりだ。仕事の付き合い程度にはお酒を飲むけど、プライベートまで飲むほど好きでもないそうだ。 僕もお酒は飲めないのでちょっと親近感。もう半月くらいすると、多紀と一緒に漬けた梅ジュースが飲み頃になるから楽しみなんだ。 「多紀は今日も元気だったか?」 「うん。ジュジュの分のホットケーキはあるの?って心配してた」 「ははっ。無かったら半分くれる気かな」 多分ね、と相槌を打ったら樹さんはしみじみと優しいなあと呟いた。 「さてと。俺もメールチェックして早めに寝るかな。ごちそーさま」 「お疲れさま。おやすみなさい」 樹さんが自室に入る足音を聞きながら残りの洗い物を片付けて、自分も休む。 当然ここでも毎晩影時間はある。多紀が象徴化しないのはもちろんだけど、樹さんもペルソナ使いだからか、それとも適性の問題か、普通に棺桶にならずに寝ている。それでも影時間のことは認識していない。 一応シャドウが2人に悪さをしないように、いつ多紀が影時間に目覚めてパニックを起こしても対処できるように周囲の気配を見守っているつもりだけど、現時点ではそんな心配もいらないようだった。
遠足は今週末の金曜日。天気予報では雨の確率は50%といったところで、今日帰ってきたら多紀と一緒にてるてる坊主を作ろうと約束していた。 本日のおやつはいちごババロアが冷蔵庫に冷えている。お湯と牛乳で作れるもので簡単で美味しい。 布団乾燥機を稼働させながら夕飯の下拵えまで終わったところで、多紀がまだ帰ってこないことに首を傾げた。 奥様方が小学生にも子供用PHSを持たせようか、まだ早いか話題に上がっていたのを思い出す。いざという時に連絡がつく安心感は重要だ。 小雨の降る窓の外を眺め、エントランスまで様子を見に行こうかとヤキモキしていたら多紀が帰ってきた。 「ただいまー」 「あっおかえり。ちょっと遅かったね?何かあったの」 「うん。リサちゃんちでね、子犬が生まれたって聞いたから触らせてもらいにいったの」 レインコートを脱いで傘立ての横にある壁のフックに引っ掛けながら、多紀が早口で説明してくれる。 ふわふわの触り心地を思い出したのか「これぐらいでね、茶色くて」と両手で抱える真似をしながら、かわいかった〜なんて笑うから、心配していた僕のほうまで笑顔になる。 中型犬より大きめの体で、毛が長くフサフサした母犬だと言っていたので数ヶ月もすれば子犬もすぐに大きくなるんだろう。 「りょーじも今度いっしょに見に行こう?」 「うん、僕も出来れば抱っこしてみたいな」 おやつの後にお裁縫道具と端切れを出してきて、てるてる坊主作りに取り掛かった。 そのまま吊るすと頭の重さでひっくり返っちゃうからどうしようか、と2人で相談して体の部分に重りを仕込めばいいんじゃない?という結論に至った。 多紀にビー玉を提供してもらって、いくつか綿と一緒に袋詰めして端切れを縫い合わせたマントの中に仕込んだら、顔を描いて首にリボンを取り付ける。 「ジュジュと、りょーじと、ぼくと、じいじとばあばね」 5体のカラフルなパッチワークてるてるが出来上がり、カーテンレールに並んで吊るされた様子はなかなか可愛い。 「これで金曜日は晴れるね」 「うん!」 「樹さんが帰ってきたら見てもらおう」 「どれがジュジュか分かるかなあ」 「きっと分かるよ、多紀がみんなの顔描いたんだもん」 多紀とは逆に、今日は少し早く帰宅した樹さんが感心したようにカーテンレールを眺める。 「へえ。随分イケメンに描いてくれたな」 「だってジュジュいけめんでしょ」 「望月だってイケメンだろうけど。タレ目と吊り目の違いか?」 樹さんのてるてる坊主はキリッとした印象で、ピアスも忘れずに描かれている。僕の顔はぐりぐりした目の横にホクロが描いてある。ちゃんと黄色いマフラーも多紀が首に巻いてくれた。 久しぶりに皆揃って夕飯を食べながらリサちゃんちの子犬の話になった。 「多紀は犬が好きか。うちの実家にも白い雑種の、ももがいるぞ。覚えてるか?」 「…いぬ?お鼻がピンクの子?ジュジュが撮った写真があった」 「そうそう。もう今年10歳だからおばあちゃんだけどな。まだまだ元気だって聞いてるから夏休みに会えるよ」 「うん。ぼくのこと覚えてるといいな」 「ももちゃんかあ。僕も仲良くなれるかな」 野生の本能なのか、動物全般に僕はあんまり好かれない。そもそも近くに寄り付かないし、威嚇される時もある。怯えさせないようにしたいんだけど。 僕と眼を合わせられるコロマルくんの度胸はすごかったなあ、なんて記憶の中の白い犬を思い浮かべた。 「飼いたいなら…うちでも飼えるんだぞ。ここのマンション中型犬までなら大丈夫だし。猫だっていいけど」 「えっ。…ええと、そっか。でも、もうちょっとちゃんと考えてみる…」 多紀は最初に分かりやすく目を輝かせたけれど、ぐっと踏み止まって大人みたいな対応をした。確かに命を預かる責任が生じることだ。 「ああ。よく考えて、どんなことが必要か勉強しておこう。そうすればきっと出会うのに相応しい時に会えるよ。こういうのも縁だからな」 叔父さんに頭を撫でられて、多紀は嬉しそうに頷いた。
ついに遠足当日。朝のお天気は薄曇りで、念の為の折り畳み傘だけで済みそう。 お弁当は前日から練習してみたけど微妙なヒーホーくんキャラ弁。まだこの時代には100円ショップを探してもそれほど種類豊富なお弁当グッズが売ってないので、ちょっと苦戦した。 海苔とスライスチーズでフロストの顔を作り、体はミニハンバーグ。彩り重視で卵焼きにウィンナー、ブロッコリーとミニトマト。仕上げに保冷剤代わりの、冷凍にした小さいゼリーを添えて。 小さめのおにぎりを2つ入れたら準備完了だ。出来栄えは食べる時のお楽しみね、と多紀には言ってある。 おやつは多紀の好きなお菓子と水筒には麦茶。これだけで小さな体には結構な荷物だ。 「忘れ物はないかな?」 「えーと、うん。みんな入ってる」 「よしよし。じゃあ気をつけていってらっしゃい」 「うん。いってきます」 多紀が靴を履いていると洗面所から樹さんが慌てて玄関までやって来た。 「待て。俺にいってきますのチューは?」 「チューなんていつもしてないよ」 呆れながら多紀は膝をついて屈んだ樹さんにハグをしてあげる。ぽんぽん、とリュックを背負った背中を叩いて樹さんが「楽しんでこいよ」と笑った。 笑い返して頷いた多紀を送り出すと樹さんが身支度に戻る。僕は彼にトーストとコーヒーを用意して、後はお弁当の残りおかずで朝ごはんとする。 「てるてる坊主のご利益があったな」 「そうだね。帰りまで保てばいいけど」 照ってはいないが朝から土砂降り、なんてことにならないだけ御の字だ。 たくさん作った分の効果があったのかな。
金曜日はお肉セールの日。豚コマと鶏挽肉を買ったスーパーの帰り道に「望月くん」と声を掛けられた。声がした生垣の方を見ると、先日の紫陽花の老婦人が手招きしている。 「榊さん。こんにちは、先日は綺麗な紫陽花ありがとうございました」 「いえいえ、どういたしまして。それでね、今日も良かったらなんだけど」 今度はやや小さく、もこもことした可愛い白色の紫陽花をくれた。 「紫陽花の花言葉は移り気なんて言われるけど、てまりの種類には家族や団欒なんていうのもあるの。白い紫陽花は寛容とか一途な愛情。色や形で様々な花言葉があるのも魅力ね」 「そうなんですね…家族か。うちにぴったりです」 「でしょう?それとね、これはお裾分けなんだけど。ちょっと時期はズレちゃったけど美味しいものは変わらないわ」 渡された紙袋の中を見ると柏餅だ。葉っぱが緑のと茶色いのがあって、中身の餡が違うのだそうだ。こし餡と味噌餡。どっちも美味しそう。 「わあ、今年の端午の節句はもう終わっちゃってて、お祝いできなかったので嬉しいです。ありがとうございます」 「よく行く和菓子屋さんのなんだけど、まだ柏餅売ってたから買って来ちゃった。多紀ちゃんによろしくね」 ぺこり、とお辞儀し合ってまた歩き出す。我が家はみんな甘いもの好きだから、洋菓子和菓子関係なく喜ぶ。 空を見上げると雲は厚いものの、まだ雨は降らなそうだ。多紀が遠足から帰ってきたら柏餅でおやつにしよう、なんて考えながら家路を急いだ。
貰った白い紫陽花は壁際のキッチンカウンターに飾った。花瓶も可愛らしく小ぶりな桜色にして、部屋も明るくなったようで見ていると和む。 「ただいまー」 玄関が開く音のあと、すぐ元気な声が続いた。 「おかえり。遠足どうだった?」 「楽しかったけど、ちょっとバス酔っちゃった」 「あれ。酔い止め効かなかったかな」 「帰りは平気だったよ」 「そっか。良かった」 話しながら多紀がリュックからゴソゴソと取り出したのは空のお弁当箱と水筒。それからやっぱり全部空になったお菓子袋。 「おべんと、ごちそうさまでした。みんながねー、すごいってほめてくれた」 「おお!ひとまず安心したけど、個人的にはクオリティがいまいちなので…次に頑張るね」 「そなの?上手だし、おいしかったよ」 「…うちの子って、なんて良い子なんだろ」 首を傾げる愛くるしさにぎゅーっと抱き締めると「わかったわかった」と腕をぽんぽん叩いてあしらわれる。さっさと抜け出した多紀は手を洗いに行ってしまった。 真似してるのか無自覚か、仕種が叔父さんに似てきたなあ。 「お皿のね、絵付けたいけんしてきた。焼いてから学校に送ってくれるんだって」 「へー!なに描いたの?」 「ひみつ!」 笑いながらリビングへ入って、てるてる坊主に「雨ふらなかったよ、ありがとう」なんてお礼を言ってる。それから白い紫陽花に気づいて顔を近づけた。 「あれ?新しいのだ。きれいだね」 「さっき買い物帰りに榊さんに会ってね、また貰ったの。それと多紀にって柏餅も貰ったよ」 「かしわもち!こどもの日に食べるやつだ」 「みんなで住み始めたの大型連休過ぎてたから、お祝いしそびれてたよね。お祝いといえばお誕���日も!来年は盛大にやろう。ケーキ作っちゃおう」 「うん。その前に2人のたんじょうびだと思うけど…ジュジュは夏生まれだって言ってた。りょーじは?」 「僕?うーん僕は…秋生まれかなあ?」 正直、誕生日も歳もよく分からない。どこから数えたらいいのかも曖昧だ。 強いて言うなら、君にファルロスとしてお別れを言った朝の、次の日なのかなと思っている。そこから今の僕が形成された。もう随分昔のことみたいだけど。 「じゃあ、きせつが変わるたびにお祝いできるね。ケーキぼくも手伝う!」 にこにこ笑った多紀が、はたと思い出したように紫陽花を見上げた。 「あじさいのおばあちゃんにお礼したいな」 「そうだね。一緒にお菓子か何か作って持って行こう。ケーキの予行練習でもいいよ」 またひとつ、数日先、1年後までの約束と楽しみが増えた。こんなことの積み重ねで幸せが作られていくんだろうな。 柏餅は、こし餡と味噌餡どっちにする?と訊いたら迷うことなく「どっちも!」と答えるところは子供らしいというより多紀らしい、と笑ってしまったけど。 「ジュジュに半分ずつあげるの。どっちも食べたいでしょ」 「そうだねえ。樹さんも両方食べたかったーってなるよねえ」 樹さんがまた喜んじゃうなあ、と子供特有の猫っ毛でサラサラの髪の毛を撫でた。 柏餅を食べながら、教わった紫陽花の花言葉について話し合う。多紀は興味を持った様子で、今度学校の図書館でお花の図鑑を借りてくると言っていた。 まんまるで、人の心を和ませる。そんな世界一の団欒が作っていけたら良いなあ。 ささやかで壮大なことを願いながらエプロンを付け、夕食の準備に取り掛かった。
このお話の時代考証というか、どこまで詳細にやったらいいのか悩みまして、結論。 ファンタジーミレニアムにすることにしました。この時代にまだそれ無いじゃない…? とか色々挙げればキリがないのと、この望月さんは全部体験はしていなくとも 令和まで知識として知ってるという未来人っぽさを醸し出してもらおう!という…。 チートなハウスキーパーというより所帯染みた専業主夫になってますが 子主さんにいろんな体験をさせてあげたいものです。 叔父さんはマキちゃんと友達以上恋人未満のいい感じになってて欲しい もうお前ら早く付き合っちゃえよ!(願望)
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usickyou · 2 years ago
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bullseye
 誰が悪かったってそりゃ私なんだけど、まあ、言い訳くらいさせてよ。 「このまま帰るのも、なんだか寂しいわね」  蒸し暑く湿気った真夏の帰り道。最初にこぼしたのは、奏ちゃんだった。わかるわーなんてあたしは返したけど、「帰らなきゃいーよね」って電話を手にフランス人のママに外泊の予定を告げた���はフレちゃん。で、そこからが早かった。志希ちゃんは問題なし、奏ちゃんは一分、美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんと話すこと五分、場所は一番近いあたしの家。晴れてLIPPS夜の女子会が決定、めでたしめでたし。  それで済めば良かったんだけど。 「お酒とか、買ってみよっか」  まあ、提案したのは確かにあたしだったけど、でも、それは別に本気じゃなくて、その場のノリっていうか、ちょっと背伸びしてみたいことくらい、誰にでもあるよね?  ただ、このメンバー。「はいはーい、あたしワインがいいー」「にゃはー、臨床実験は重要だね」ってノってきたのは我らが問題児二人組。「たまには悪くないわね」なんて初めてじゃないみたいな口ぶりの奏ちゃん。「いや、ダメでしょそんなの、ウチらアイドルだよ」って美嘉ちゃんは言ったけど、こうなったらどっちが面白いって答は簡単。美嘉ちゃんをあっという間に丸め込んで(美嘉ちゃんは気をつけた方がいいと思うよ)、奏ちゃんを個人経営の酒屋さんに突撃させて、首尾良くチューハイとシャンパン、あとボルドーワイン(奏ちゃんへのサービス)を手にして、あたしの家へなだれ込んだのが二十時を回った頃の話。  で、現在時刻は二十二時を回って少し。 「思ってたより、難しいのね」  あたしは、奏ちゃんにダーツを教えている。 「そう? 奏ちゃんセンスいいよ?」 「教え方が良いから、ね」 「まっさかー」  チューハイはとっくに終えて、ワインは口に合わず、スタンドテーブルに置いたシャンパンを少しずつ味わっている。初めてのアルコールは思っていたよりは美味しくて、思っていた通りにあたしたちはお酒に強かった。 「あの子たちは?」 「仲良くおねむだったよ」 「美嘉はともかく、志希とフレデリカは意外だったわ」 「頭がよく回るから、お酒も回るんじゃない」  美嘉ちゃんは、一杯でダウンした。何度でも言いたいけど、本当に気をつけないとね。続けてフレちゃん、は酔ってもハッピーで何より。後を追うように志希ちゃんは、たぶん寝不足のせい。LIPPSはあっという間に活動を休止して、残されたのはほろ酔い気分の女が二人。 「静かね」 「どれが?」 「この夜の、全部」  矢が刺さる瞬間、暗橙色の間接照明(センスがいいと誉められた)、空調、グラスを伝う滴、寝室で夢を見る彼女たち。  そして、あたしたちも? 「ねえ、勝負しない?」  そんな夜に一石を投じる、彼女の声はいつもよりちょっと低音域が強い。 「いいけど、あ、ライン越えてる」 「ありがと。ルール、教えてくれる?」 「そーだねえ、24回投げて高得点目指すか、1001点を0点ぴったりまで減らすか、どっちがいい?」 「減らす方が、面白そうね」 「じゃあ決まり、ハンデはどーしよっか?」 「任せるわ」 「じゃあとりあえず、ブル、真ん中に刺さることね、はあたし25点、奏ちゃんは50点、あとはおいおいで」 「優しいのね。なら、もう一ついいかしら?」 「どーぞ」  ここで、シャンパンを一口。 「三投目に質問をして、一投目に答える。それと、負けたらお願いを一つ聞くこと」 「……まーた、難儀なハンデやね」 「ふふ、始めましょうか。先、もらうわ」  スタンスはハーフ。1ラウンド。一投目。ブル。二投目。ブル。「キス、したことある?」三投目。ハットトリック。851。 「……ウソでしょ」 「ビギナーズラックよ。次、どうぞ」  グラスを傾けてから唇に残った滴をぺろりと舐める、少々お行儀は悪けれど、ひどく蠱惑的。空のグラスにシャンパンをつぎ足す仕草をぼうっと見ていたら、目が合って、奏ちゃんの青々と燃える瞳の内側で瞳孔が開いてて、これは、やっばいヤツだって気付いた。  冷房の効いた室内で、浮かんだのは、冷や汗。  しゅーこちゃんはたいへんに空気が読める。負けたら何をされるかはわからないけど、たいへんなことになるのは間違いない。  乾いた喉にシャンパンを流し込んで、でも全然潤わないじゃん、って合間合間に飲んでいたはず氷水のグラスは今や彼女の手の内。からんからんと響く音色はまさに呼び水、だけどそこに手を伸ばす勇気はあたしにはなく、膝を叩いてボードの前へ踏み出した。  スローラインは237cm。あたしとボードとの距離は、今やあたしと奏ちゃんとの距離だ。  スタンスはサイド。1ラウンド。一投目。16トリプル。二投目。7トリプル。三投目。16シングル。916。 「すごいわね。あんな狭い所に入れられる気がしないわ」 「よく言うよ……」  ため息を置いてテーブルへ戻ろうとしたあたしの頬に何かが触れ、視線を上げれば夜の底から伸びていた彼女の右腕。 「なに、どうしたん?」  白い、白い腕の内側に走る静脈(献血向きだなあ、なんて考えが浮かんで消える)と彼女の瞳を見比べて、息を呑む。  彼女は、あやすみたいに優しく笑った。 「答、忘れてるわよ」 「あー、ごめんごめん。質問、なんだっけ?」 「キス、したことは?」 「ないよ。家族はノーカンでしょ」 「そうね。じゃあ、質問は?」 「えーっと……奏ちゃんは、キスしたことあるん?」  そうやって話している間、彼女の指先はずっとあたしの頬に触れていた。  2ラウンド。一投目。「私も、残念だけどないわ」ブル。二投目。ブル。三投目。「誰かを好きになったことって、ある?」16シングル。735。 「こわあ……」 「向いてるのかしら、ふふ、いい夜ね」  さて、どうしよう。ちょっと悪魔的な彼女に負けないために、ここは冒険すべきだろうか。だけど180狙いでいったところで、アルコールと緊張にやられてるあたしの腕じゃきっとムリ。じゃあ安全策で14トリプル?��恐ろしいことに、リスクを負わずに勝てる相手じゃない。いやいや、終盤まで進めばアレンジではさすがにあたし優位だし……あ。 「ごめん奏ちゃん、忘れてた」 「大事なこと?」 「ダブルアウトっていって、最後の一投はダブル、あの外側の円に入れなきゃダメなんだった」 「……難しいわね」 「そうそう、ちなみに0点越えたらバースト、一投目を投げる前���点数からやり直し」 「ありがと。優しいのね」  なんて彼女はほほえむけど、違うよ。これで奏ちゃんの思考にちょっとでもノイズが混じれば儲けもんだなんて、しゅーこちゃんは考えてるんだよ。こんなの、序盤のうちはどーでもいいんだから。  2ラウンド。一投目。「あたしはないかな。みんなのことは大好きだけどね」16トリプル。二投目。16シングル。三投目。「奏ちゃんは……オウム返しじゃつまんないね。好きって、どういうことだと思う?」16トリプル。804。 「素敵ね、惚れ直しそうよ」 「直す、がおかしいからね。さ、どうぞどうぞ」  上向いた自分を感じる。左手を握り直して、温まった指先を確かめる。得意のパターン、いつもの自分を信じて正解だった。プラス、握られっぱなしだった会話の主導権をちょっと取り戻したのが大きい。要は、ハート。精神の優位を譲らなければあたしは、たとえ相手が悪魔だって負けやしない。  3ラウンド。一投目。「その人に触れていたい、もっと近付きたい、私だけを見ていてほしい、愛してほしい……」「奏ちゃん、独占したい人?」「いえ……どれもあまり胸に落ちないわね。ごめんなさい、私にはわからないみたい」3シングル。二投目。19シングル。三投目。「海に、行きたいって思わない?」ブル。663。  3ラウンド。一投目。「いいねー、みんなで行こう行こう」「さすがに騒がれるんじゃないかしら」「事務所の保養所とかさ」。16トリプル。二投目。8トリプル。三投目。「どういう家族? 仲良くしてる?」「質問は一つ、でしょ?」「まーまー、いいじゃん」8トリプル。708。  4ラウンド。一投目。「普通の家庭よ。両親と、年相応に仲良く暮らしてるわ」16トリプル。「おー上手いねー」「周子を見てると、わかるの」二投目。16シングル。三投目。「周子はどう?」7シングル。592。  4ラウンド。一投目。「まー今は平気かな。こないだ帰ったら、あたしの出た番組DVDに焼いてキレーにラベルまで貼ってあったの、笑ったなあ」16トリプル。二投目。16トリプル。三投目。「苦手な食べ物って、ある?」16トリプル。564。 「逆転ね」 「お願い、考えとこっかなー」  せっかくのピンチ、だけど奏ちゃんはちっとも動じない。そういえば焦ったり慌てたりしてる姿って、一度か二度くらいしか、それもステージ絡みでしか見たことないような気がする。もっと、プライベートで、美嘉ちゃんみたいにあわあわする奏ちゃんを……そんなことって、あるんだろうか?  と、寝室のドアがゆっくり開く。姿を現したのは、志希ちゃん。だらだらと、心の半分は夢の中で、黒いタンクトップから覗く胸の谷間とショートパンツから伸びるほっそりした脚がとってもセクシー。 「起こした? ごめんねー」 「ううん、ミカちゃんに補液い��かなって」 「ほえき?」 「DHMO、H2O、ワッサー、オー、ウォーター、……おみずー」 「これ、持っていって」  奏ちゃんが差し出したグラス(あたしが飲みたかったやつ)を受け取って、すると志希ちゃん、その手もとにおもちゃを発見してしまった。 「どっちが勝ってるー?」 「負けてるのは、私よ」 「にゃは、しきにゃんチャーンス」  矢を受け取る。ラインに立つ。サイドスタンス。一、二、三投、180。412。5ラウンド。 「……うわあ」 「ありがとう、志希。愛してるわ」  言葉の通り、頬にキス。 「あたしもだよ、かなでちゃん。おやすみー」 「ちょい待ち志希ちゃん、苦手な食べ物は?」 「一番きつかったのはキビャックかなー」 「じゃあ、私たちに訊きたいこと、ある?」 「んー……あたしたちはどこから来て、ナニモノで、どこへ行くんでしょーか……」  矢をあたしに預け、転がっていたミネラルウォーターのボトルとグラスを連れて、志希ちゃんは寝室へ消えた。 「ハンデ、ね」 「しょーがない」  仕切り直して、ラインに立つ。仕方ない。夜は悪魔の味方だ。あたしにできるのは、自らの力で勝利を手繰り寄せることと、もう一人の小悪魔が目覚めてこないよう祈ることくらいだ。  5ラウンド。一投目。「あたしは京都から来て、アイドルで、……えーっと……」「どこへ、行くのかしら」「……どこに行くんだろ」7トリプル。二投目。16シングル。三投目「奏ちゃんは、どこに行くの?」8トリプル。503。  急に、どうして。すごく、暑い。汗がにじんで、指先の制御がきかない。思考がみだれる。  って思ったら答は床に転がっていた。リモコン、(たぶん)志希ちゃんが踏んでスイッチが切れてる。フェーン現象だとかヒートアイランド現象だとかよくは知らないけど、この街が蓄えて離そうとしない莫大な太陽熱に、あたしたちはこんな小さな機械で立ち向かおうっていうのに。  もー、ってしゃがみこんだ、あたしの指先は、けれどリモコンに触れることはなかった。 「ダメよ」  触れたのは、奏ちゃんの手の甲。滑らかだけどちょっと硬い骨の手触りがあって、しっとりと、熱い。見つめてしまった、奏ちゃんの瞳はうるうると揺れながら爛々と青白く輝いて、艶めいた唇は血色混じりの朱色で、あかく染まった頬にはりついた髪の束から汗が、一条の滴が流れ落ちる。 「このまま、続けましょう」  その提案を拒める人間はこの地球上に、天国や地獄にだって存在しない。  6ラウンド。彼女の背中に幻が映る。一投目。「私は、東京出身、アイドル、どこに行くのかはわからない。けど、光が見えるの」ブル。二投目。「光って……」「順番、でしょ」ブル。三投目。「周子、あなたには見える?」ハット。262。  6ラウンド。滑る指先を、頬の汗を拭う。一投目。「なんのことかわかんないよ。夢とか仲間とか、そういうこと?」19シングル。二投目。7トリプル。三投目。「奏ちゃんの光って、何?」16トリプル。415。  7ラウンド。空になったシャンパンボトル。一投目。「私にもわからないわ。だけど、夢もそう、仲間もそう」7シングル。「周子、あなただって私の光」二投目。ブル。三投目。「あなたは、私��想ってくれる?」ブル。155。  7ラウンド。矢に残る彼女の熱を握りしめる。一投目。「もちろん。大事なメンバーでしょ」19トリプル。二投目、三投目。19トリプル。「そういうこと?」244。  8ラウンド。「間違いじゃないわ」一投目。「けど、その先が知りたいの」「その先って?」20シングル。二投目。5シングル。三投目。「あなたの、中心」20ダブル。90。  8ラウンド。一投目。「中心……」「考えたこと、なかった?」「そんなこと、ないよ」19トリプル。二投目。19トリプル。三投目。20ダブル。90。  矢を抜いて、彼女に手渡す。  指先から、かすかな震えが伝わった。 「お揃いやね」 「ええ。不思議ね」 「そういうのって、あるよ」 「運命って、呼んでいいの?」 「には、まだ早いね」 「……そう。ここからが、始まりね」  9ラウンド。  スタンスは、ハーフ。  一投目。「私、あなたが少し怖かった」「この優しいしゅーこちゃんが、どうして?」「そういうところ。いつも飄々として、適当に生きてるみたいで、だけど周りをよく観察してる。ステージの前には緊張だってする。まるでその場に相応しい自分を、演じてるみたいに見えたわ」ブル。  二投目。「買い被りすぎだよ。あたしはそんな、器用じゃないし冷めてもないし、まあ、ちょこっとだけ適当なのは認めるけど」「そう、ね。……私、背伸びが癖になって、あなたにも同じことを求めてたんだって思うの」リップシンク混じりの声。一瞬あたしを見て、奏ちゃんはほほえむ。20シングル。「惜しー」「まだ、でしょ?」  笑い合う、あたしたち。  三投目。  狙いは、10ダブル。奏ちゃんの視線は、まっすぐボードに突き刺さっている。だけどその瞳から悪魔的な輝きはすっかり消え失せていて、なんていうか、十七歳の女の子(お酒を飲んではいるけれど)がそこにいた。  奏ちゃんは年下なんだって、あたしはそんなことも忘れて。 「見つめずにいて見えるはずがないのに、そんなことも忘れてたわ」 「おー、奇遇だね、おんなじこと考えてた」 「嬉しいわ。これは、運命?」 「矢が決めてくれるよ」  テイクバック。肘から前腕、手首、指先。放たれた矢はきれいな放物線を描いて、ボードに突き刺さった。 「……残念」  15ダブル。  バースト。  心静かに、奏ちゃんから三本の矢を受け取る。手のひらの温度は心地よくて、気付けばこの空間の熱も拡散したみたいだった。  9ラウンド。  スタンスはサイド。  一投目。「もしかして、そのための勝負だったん?」「そのため、ってどういう意味かしら?」「つまり……コミュニケーション?」「……そうね。こんな機会、滅多にないわ」20ダブル。  二投目。あと、50。「でも、まだ本題が残ってるわ」「お願いのこと?」「それも大事だけど……」「けど?」とぼけてみせて、奏ちゃんの反応を待つ。それはいつものあたしっぽくて悪くないけど、なるほど、ズルいねとも思う。5ダブル。あと、40。  三投目。  狙いは、20ダブル。今のあたしなら、って気がするけど心の中にはこのゲームを終わらせたくないあたしもいて、エンジェルしゅーこちゃんとデビルしゅーこちゃんは綱引き、にはすぐ飽きて仲良くどっか行っちゃった。 「……あなたの、心」 「あたしにとって、奏ちゃんが光かどうか?」 「あなたって……ふふ、本当に、綺麗」 「まあ、負けないけどね」  テイクバック。肘から前腕、手首、指先。放った矢は風を切って、ボードに、突き刺さった。 「……あー���」  アウト。  あと、40。 「……どうして?」 「どうしてって、そりゃあたしだって緊張もするよ」 「……そうね。あなたも、私も、同じ」 「そーゆーこと。ま、勝負は終わってないけど」  ボードから抜いた、矢を手渡す。それをぎゅっと握りしめてスローラインへ向かう奏ちゃんを、まっかな横顔を、見つめていた。  10ラウンド。一投目。ブル。二投目。20ダブル。ゲームセット。奏ちゃんの勝ち。あたしの負け。  もう、矢はない。  あたしと、奏ちゃんと、それだけ。 「さあ、なんなりとどうぞ」  答のつもりで両手を広げてみせるあたしへ、一歩、奏ちゃんが近付く。唇が、何かを言おうとして、震える。一歩、もう一歩。唇がまた、何か。また一歩。潤んだ瞳が……潤みすぎっていうか、近すぎない? なんて思うだけの間があって、奏ちゃんがあたしの胸に飛び込んだ。床にくずれ落ちる、あたしたち。うそ、大胆すぎる、っていうかさすがのしゅーこちゃんも、心の準備が。  けれど、体をこわばらせてまで待ち受けていた何かは訪れず、予期していた言葉さえもなく、聞こえてきたのは、かすかな吐息。  じゃなくて、寝息。  そーいや、たくさん飲んでたなあ。  あたしを惑わした悪魔は、日付を越えるより早く少女に姿を変えて、そうして、この夜が終わる。 「十七歳かあ……」  ってあたしはため息をついて、やわらかな髪を撫でて、ほっぺに触って、なんだかすごく幸せそうな寝顔を眺めていた。  この子をベッド、はたぶん空いてないからソファに移して、片付けは、明日でいいか。あたしはどこで寝よう。  そんなことを考えていたら、彼女の声。 「また……一緒に……」  ねごと?  残念、かくして勝者の権利は果たされた。 「お酒はナシでね」  次は、皆で遊ぼうか。美嘉ちゃんにはたくさんのハンデ、フレちゃんはあってもなくても関係ないし、志希ちゃんには目隠しでもしてもらおうか(それでも勝てる気がしないからおそろしいね)。  その次は、また二人。  今日の続きは、またその時に。
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shibatakanojo · 4 years ago
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ワールズエンド
 もう春も近いのに、数羽の白鳥はまだ人工池にぷかぷか浮かんでいた。  餌づけ用として近くにパン屑も置いているが、ほんのわずかな小遣いを愛嬌のない鳥に分け与えてやるほど僕は優しい子どもではない。足元では小鴨が喉の奥で声を潰すように鳴いていた。四阿で年寄りが新聞を握り締めながらラジオに耳を澄ましている。
 *
 休日の図書館は、僕が言うのもおかしな話だろうが子どもが多くて鬱陶しい。小学生の子どもたちは母親や下のきょうだいと児童書コーナーで幅を利かせ、中学生は主に女の子の集団ばかり、しかもそういう子たちは大体肩を寄せ合って、歳不相応に派手な洋服がたくさん載った雑誌をめくっては薄く、けれど紛れもなく耳障りな声をあげるのだ。キイキイとした彼女たちの鳴き声は、僕に錆びついた蝶番を思い出させる。誰かあの子たちの喉に油を差してあげたらいい、感謝されるに違いないから。  僕は春から六年生になる。重厚な硝子扉を押しロビーへと入ったお母さんは、今度小学三年生になる妹と手を繋ぎながら、 「ショウは?」  と訊ねてきた。お母さんの顔には「どうせショウはママの選ぶ本なんか読んでくれないものね」と、太く赤い文字で書いてある。そりゃそうだろ、という台詞を飲み込みながら僕は、いつものとこ、と短く返す。お母さんは何も言わず、妹の手を引いてそのまま児童書の部屋へ入っていった。さして気にせず僕も階段を駆け上がりカウンターの人たちに頭を下げてその脇を通り抜ける。カウンターと巨大な本棚の群れの透き間、幅の狭い階段を踏み外さないよう慎重に上り、写真集が集められた棚の前に立つ。  僕は、小説より漫画より絵本より、紙芝居より伝記より画集より、何より写真集が好きだった。  写真は、僕が未来永劫見ることのできない、けれど確かに存在していた「いつかの何か」を正確に切り取っている。もちろんその写真と同じ場所にその写真と同じものが、その写真とほとんど変わることなくその写真のように今も存在しているかもしれない。それでも今そこにある“それ”は、この写真に写っている“これ”とは明確に違うのだ。  僕はそういう事実を持つ、写真、という存在が好きだった。  どういうふうに撮ってあるから、どういう色で撮ってあるから、どういう人が撮ったから、どういう人が撮られているから――僕の興味はそういう種類の興味とは全く違う場所にある。お母さんは僕のそういう話を心底つまらなそうな顔で聞く。 「ショウは頭がいいのねえ」  僕にそう話すお母さんは、夜の十一時を過ぎたころその言葉を変える。お母さんはちびちびと酒を舐めながらテレビを見ているお父さんに、 「ショウって普通の子と違うっていうか……理屈っぽいのよね。今はまだいいとして、中学校とか高校でいじめられないか心配で。私が中学校のころ、いじめられてた子って大体理屈屋だったのよ。ねえ、あの子大丈夫かしら?」  お父さんはテレビからお母さんへと目線を移し、 「そういう年になってみなきゃわかんないだろ」  と言った。お母さんは不満そうな声でお父さんに「父親の自覚がない」だとか「どうせ厄介事はぜんぶ私の責任になるんでしょう」だとかぶつぶつと文句をこぼす。再び画面に目線を戻したお父さんの顔は、僕の話を聞くお母さんの顔とよく似ていた。二人は廊下の僕に気づかない。
 写真集を三冊抱え、慎重に階段を下りる。さらに下りた先、近くの棚から適当なエッセーを二冊ほど手に取り写真集の上へ重ねる。エッセーに目を通す気はさらさらなかったけれど、お母さんは僕が文章ばかりの本を一冊も選ばないと信じられないくらい機嫌が悪くなる。  お母さんはたくさん文章を読めば僕がいい子になると信じている。  妹はお母さんがそういうふうにしか考えられない人だと知っている。  妹は僕よりもうんと頭がいい。  だから、妹はお母さんが薦める本をたくさん読む。そうしておけばお母さんが自分を叱らないと知っている。自分にだけは優しい顔を見せてくれると知っている。  僕は妹が学校でいじめられていることを知っている。  僕は妹が学校で保健室にしか行けないことを知っている。  僕は妹がお母さんにそれを知られないよう保健室や担任の先生たちへ、 「わたしのことは全部、お父さんだけに伝えください」  と何度も頭を下げて頼み込んだことを知っている。  僕はお父さんがときどき僕たちの学校へやってきて、この世の終わりみたいな顔して先生たちと話し合っていることを知っている。  お母さんは、何も知らない。  僕は妹に、何もしない。
 カウンターで本を借り、児童書のコーナーへ行く。お母さんは大量の伝記の前にしゃがみ込み妹と話し込んでいた。妹はお母さんの目を見、うんうんとわかりやすく「わたしはお母さんのお話を聞くことが本当に楽し��です」とお母さんに教えてやっている。僕にはお母さんが心底嬉しそうに見えたし、妹はそうでもなさそうに見えた。  妹が一冊の伝記をぱらぱらとめくりだしたところを見計らって、 「お母さん」  と話しかける。お母さんは、んー、といいながら僕を一瞥し、しかしすぐ、 「メグちゃんまだ二冊しか決まってないから。ショウも座って、何か読んで待っててよ」  と僕に言い、 「あ、メグちゃん。こっちはどう? ママはこれがいいと思うんだけど。面白そうよね?」  妹へ細かい文字がつらつらと並ぶ、どこかの誰かがどう生きて、何をして、いつどのように死んだのかが書かれた本を渡した。妹は「わあ! ホントだ、面白そう! あれ……でもこれ、去年読んだ気がするー!」などと言いながらニコニコと口角を上げる。お母さんは「ええ本当? メグちゃん、いつ何を読んだのかも覚えてるの? すごい!」と嬉しそうだった。妹の目の奥が笑っていないことにお母さんは気づかない。 「ねえ、僕ちょっと池のほう行ってくる。あとで戻ってくる」  僕が言うと、お母さんはやはり、んー、と生返事をした。どうせあとで「一人で勝手にどこ行ってたの」と怒られてしまうのだろうな。フォローするように妹が、 「お兄ちゃん、あとでねー!」  と僕に手を振った。妹の顔はお母さんからは見えない。妹は口角すら上げていなかった。
 玄関を出、狭い道路を渡り、桜を縫うような配置の階段を上る。もうすぐ春がくるとはいえ池の水を撫でながら吹く風は僕の両耳をきんと冷やし、小さな痛みを残した。  僕は池の横、舗装された道をゆっくりと歩く。春になれば桜が咲き、もう少し季節が進めば隣の釣り堀だって使えるようになるだろう。この池にも大量の鯉がいるし、夏には気が狂うほどの鳥が大声で鳴く。代わる代わるとりどりの花が咲いて、緑が増え、いろんな人が木陰で日向ぼっこをする。  僕はこの池が好きだ。お母さんは「自然はいいけど虫は嫌い」だと言う。僕は、本当は妹がこの池の釣り堀に興味があることを知っている。お母さんはお父さんが焼き魚を食べたいと言うたび、 「切り身の鮭とか、鱈ならいいけれど……」  と苦い顔をする。妹は釣りの話をお母さんにしない。
 冬の終わりのばら園は終末みたいな空気をまとっている。ここにある全ては茶色く、かさかさしていて、生きているものなんて何もない。そんな雰囲気があった。  僕は世界が滅ぶ瞬間を真剣に想像してみる。空は何色だろうか。風はどのくらい吹いているだろうか。温度は。においは。音は。誰かの声は聞こえるだろうか。もし僕がそのときカメラを持っていたとして、僕はその景色を撮るだろうか。この景色を誰かに伝える、この景色を誰かに残すという意味を失ってなお、僕は写真が好きだと思えるのだろうか? 「お兄ちゃん」  いつの間にか閉じていた目をぱっと開ける。振り向けば妹が立っていた。 「お待たせ、もういいよ。本借りたから。ママ、スーパー寄って帰るって」 「うん。あれ……お母さんは?」 「��てない。虫がいるかもって言ったら、じゃあロビーで待ってるねって」 「ふうん。こんなに寒くて虫なんか出るかな」 「わかんない。どうでもいいし」  妹がばら園のアーチをくぐる。僕も妹の二歩後ろをついていく。 「なんか、一本も咲いてないとあんまりおもしろくないね」 「そうかな」 「そうだよ。茶色いだけじゃん。ダサい」 「世界の滅亡みたいで、おもしろいと思うけど」  振り向いた妹がぐちゃっと顔を潰し「お兄ちゃん、頭おかしいんじゃないの?」と言う。僕は少し迷ってから、 「……メグは誰にそう言われてんの?」  言葉を投げつける。妹が、 「どうでもいいじゃん」  と言う。妹は表情一つ変えなかった。僕は言葉に迷う。迷っているうち、気がつけば僕たちは図書館のロビーに戻っていて、妹はお母さんと共にイベントのパンフレットを眺めながらどれがいいとか悪いとか、様々なことを小声で話している。僕はそれを見ている。  ふと近くのチラシに目を落とすと、そこには先ほどの池の奥にある釣り堀の再開日と料金の変更点が書かれていた。僕はその紙を手に取り、 「ねえメグ、お母さん。僕、春になったらここで釣りがしたい。お父さんも誘って、みんなでやろうよ」  二人に話しかける。  二人はぱっと僕の顔を見、それからメグは何かを言いたげにお母さんを見上げたけれど、 「ショウ、ママがお魚触るの苦手だって知ってるでしょう? そういう意地悪なことは言わないでよ、もう」 「……そうだよお兄ちゃん。お魚なんてわたし、気持ち悪くて触りたくない! 虫だっているかもしれないしさあ、わたし、ぜーったい行かない!」  そういって妹はいつものように、僕たちに向け笑ってみせた。
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tkatsumi06j · 7 years ago
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She Broke Japan’s Silence on Rape
彼女は日本のレイプに対する沈黙を破った
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[写真] 伊藤詩織さんは警察に、当時TBSワシントン支局長で、安倍晋三首相の伝記作家である、山口敬之氏によりレイプされたと訴えた。(ジェレミー・スーテイラットが本紙のために撮影)
(東京 29日)日本の最も著名なテレビジャーナリストに数えられる人物が伊藤詩織さんを飲みに誘ったのは、春先の金曜の晩のことだった。東京の通信社でのインターンが終了するからと、その人物の局で新たなインターンをやる機会を探っていた。[訳注: 探していたのはプロデューサー枠の仕事]
二人は、東京都心にあるバーでは焼き鳥とビールだけで済ませ、その後夕食を共にした。のちに伊藤さんが警察で供述したことによると、彼女が最後に記憶しているのは、気分が悪くなってトイレに行かせて貰い、そこで意識を失ったことだった。
伊藤さんは、その夜が終わる頃にはその男のホテルの部屋に連れていかれ、彼女が無意識である間に男にレイプされたと主張している。
当時TBSワシントン支局長で [のちの] 安倍晋三首相の伝記作家であるジャーナリストの山口敬之氏は、起訴内容を否認。二か月にわたる警察の捜査の結果、検察は事件を不起訴処分とした。
すると伊藤さんは、日本の女性のほぼ誰もがけっして行わないことを実行に移した。声を上げたのである。
5月に行った記者会見と10月に出版された著書で伊藤さんは、山口氏が意識を失っている彼女を抱え上げ、ホテルのロビーを通り抜けた様子がわかる防犯カメラの映像を警察が入手したと述べた。また警察はさらに、彼女が気を失っていたことを証言したタクシー運転手を特定して事情聴取を行っていた。伊藤さんによると、警察の捜査官らは山口氏を逮捕すると彼女に告げていたのだが、突如、取りやめとなったのだという。
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[写真] 伊藤さんは自身の経験を綴った手記を出版した。写真提供、文芸春秋株式会社。
他の国ならば、彼女の訴えは騒動を引き起こしていただろう。だが、ここ日本では、わずかに耳目を集めたにすぎなかった。
米国が政界、芸能、産業、報道の各界における性的加害行為の噴出に直面しているのとは対照的に、伊藤さんの身に起きたことは、日本において性暴力がいかに忌避される話題であるかを如実に物語っている。
統計上、日本は比較的低い性暴力の発生率を誇る。14年度に内閣府が実施した世論調査では、日本で生涯を通じてレイプを経験したことがあると答えた女性が15人に1人であるのに対して、米国でレイプされたことがあると答えた女性は5人に1人であった。[訳注: 但し、米国の統計は2010年度のもの]
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(参考)内閣府男女共同参画局、14年度調査の結果報告書 『男女間における暴力に関する調査』報告書(平成26年度)より
しかし研究者らは、日本女性は西洋の女性に比べて「同意なき性行為」を「レイプ」と表現することがはるかに少ないと言う。また日本の対レイプ法には同意に関する記載がなく、「デートレイプ」は外来の概念で、日本では性暴力に対する教育も最低限しかされていない。
むしろ、本来ならば性教育を行うための文化的に重要なチャンネルである筈の漫画コミックやポルノという素材において、 性的欲求を満たす延長としてレイプが描かれることがよくある。
警察や裁判所はレイプを狭義に捉える傾向があり、一般的には、物理的な暴力が確認でき、自衛の努力 [抵抗] が行われたことの痕跡がある場合にのみ訴追を行い、 加害者・被害者のいずれかが飲酒していた場合は告訴を思い留まらせようとする。
先月、横浜の地方検察局は、女子学生の一人に酒を飲ませた後で性的暴行を加えた容疑で書類送検された6人の大学生を不起訴処分にした。
レイプ犯が起訴され有罪判決を受けても、日本では懲役刑すら課せられないこともある。法務省の統計によると、およそ10件に1件が執行猶予付きの判決で済まされるという。
たとえば今年、東京近郊の千葉大学で二人の学生が女学生を輪姦した事件では、被告の一部は懲役刑で収監されたが、他の共犯者らは執行猶予付きの判決となった。昨年秋、別の輪姦事件で有罪判決を受けた東京大学の学生にも執行猶予付きの判決が下された。
「活動家たちが「ノーはノー」というキャンペーンを立ち上げたのはごく最近のことです」
東京の上智大学で政治学を教える三浦まり教授はこう語った。
「だから日本の男性は、同意に対する意識が浸透していない現状にあぐらをかけるのだと思い���す」
内閣府の世論調査で「レイプを経験したことがある」と答えた女性のうち、その3分の2以上が友人や家族にさえも、けっして「誰にも言わなかった」と答え、「警察に相談した」と答えたのは4%をわずかに超える程度だった。対照的に、米司法統計局がまとめたところによると、米国ではレイプ経験の約3分の1が警察に報告されている。
「女性に対する偏見は根深く、深刻です。性犯罪による被害はまったく真剣に受け止められていません」
早稲田大学でジェンダーと法を教える谷田川知恵教授はこう語る。
山口氏に対する民事訴訟を起こした伊藤さん(28)は、日本で性暴力に悩む女性たちが直面する数々の課題に光を当てるために、本紙に自身の事件の詳細を語ることを承諾してくれた。
「私がこ��ことを語らなければ、性暴力をめぐる酷い状況はけっして変わることはないだろうと感じたのです」
伊藤さんは語った。
山口氏(51)も、取材に応じることを承諾した。レイプを行ったことは否定し、次のように語った。
「性的暴行は行われていない。あの夜、犯罪行為は行われなかった」
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[写真] シェラトン都ホテルの外に停車するタクシーの車両。警察は、伊藤さんと山口氏をホテルに送り届けたが、女性は電車の駅に行くことを要求していたと証言するタクシーの運転手を事情聴取した。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
‘Not a Chance’ 「あなたが勝つ事はあり得ない」
2015年4月3日に再会する以前、伊藤さんは山口氏に二度会ったことがある。ニューヨークでジャーナリズムを学んでいる間のことだ。
伊藤さんによれば、彼女が東京で再び山口氏に連絡をとると、山口氏は自身の支局で仕事を見つけてあげられるかもしれないと答えたという。山口氏は彼女を飲みに誘い、その後で流行りの恵比寿界隈の寿司屋『鮨の喜一』に食事に連れて行った。
伊藤さんが驚いたのは、ビールと酒を飲んだ後の食事も二人きりだったことだった。彼女は途中で気分が悪くなりトイレに行かせてもらったのだが、トイレの給水タンクに頭をもたれかけながら、そのまま意識を失ってしまったという。
意識を取り戻した時には、ホテルの部屋のベッドの上で山口氏が自分に覆いかぶさっていたという。彼女は裸で、痛みを感じていた。
日本の法律では、"quasi-rape"(準強姦罪)を当該女性の「心神喪失若しくは抗拒不能」に乗じて当該女性と「姦淫すること」と定義している。米国では州によって法律には差異があるが、同じ犯罪を第二級の強姦罪もしくは性的暴行罪と定義している州もある。(参考)旧刑法第百七十八条2「女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による」
警察はのちに、伊藤さんと山口氏を乗せ、山口氏の宿泊先である『シェラトン都ホテル東京』で二人を降ろしたタクシーの運転手を特定した。
運転手の証言記録によれば、伊藤さんは、最初は意識があり、地下鉄の駅に連れ行ってほしいと運転手に懇願していたが、山口氏にホテルに向かうよう指示されたという。
運転手は、山口氏がまだ二人で仕事の話をしなければいけないと話したことを記憶しており、また山口氏が「何もしないいから」というようなことを言っていたと証言している。
運転手によると、ホテルに着いた頃には伊藤さんは5分ほどの間「静か」になっていて、その時に彼女が後部座席に嘔吐していたことに気付いたのだという。
記録によると、運転手は次のように証言している。
「男は彼女をドアの方向に動かそうとしたんですけど、彼女は動きませんでした。そこで男は、先に降りてカバンを地面に置いてから、女性の脇の下に肩を通して、車から彼女を引き出そうとしました。彼女は1人で歩けそうには見えませんでした」
警察が入手したホテルの防犯カメラに映る伊藤さんも、意識がないように見える。本紙が入手した動画の写真からは、午後11時20分頃に、山口氏が彼女を抱えながらロビーを通り抜けていく様子がうかがえる。
伊藤さんによれば、彼女が意識を取り戻したのは午前5時頃だったという。彼女は山口氏の下からなんとか這い出して、トイレに駆け込んだ。トイレから出てくると、「彼は私をベッドに押し付けようとしました。やはり男性なので、力がかなり強く、押し付けられてしまったので私は彼を怒鳴りつけました」
いったい何が起こったのか、男は避妊具を使ったのか、伊藤さんは答を要求した。男は彼女に落ち着くようにいい、モーニングアフターピルを買うことを提案した。
彼女はこれに応じることなく、服を着て、ホテルから逃げ出した。
伊藤さんは薬物を飲まされたと確信しているが、この疑惑を証明する証拠は何もない。
山口氏は、彼女がただ飲み過ぎただけ��、と主張する。
「居酒屋で彼女は相当なペースで飲んでいたので、私は実際こう聞いたんですよ。『大丈夫かい?』と。でも彼女は「私はけっこうお酒強いんです。それに喉が渇いているので」と答えました」
「彼女も子どもではないので、自分をしっかりコントロールさえしていれば、何も起こらなかったでしょう」
山口氏はこう述べ、彼女をホテルに連れて行ったのは彼女が家に帰れないかもしれないと思ったからで、ワシントンの仕事の締め切りに間に合わないから急いで部屋に戻らなければならなかったからだと語った。
山口氏は、伊藤さんを部屋に連れ込んだのは「不適切だったかもしれない」と認めつつ、「彼女を駅やホテルのロビーに置き去りにすることも不適切だと思った」と語った。
山口氏はその後で何が起きたかについては弁護士の助言により語ることを控えた。伊藤さんの民事訴訟に提出された書類によると、山口氏は伊藤さんの衣服を洗い流すために彼女の服を脱がせ、ホテルの部屋のベッドの一つに寝かせたという。山口氏は、さらにその後、伊藤さんが目を覚ましてベッドの脇にひざまずき、彼に謝罪したことを付け加えた。
提出書類では、伊藤さんにベッドに戻るように伝えたが、自身で彼女のベッドに腰掛け、性行為を始めた、とある。彼女に意識はあったが、抵抗も拒絶もしなかったという。
ところが、その夜以降に伊藤さんとの間で交わされたメールで山口氏が語った内容は、これとは多少異なる。
彼女が自分で彼のベッドに潜り込んできたと書いているのだ。
「だから、意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだというのは全く事実と違います」
2015年4月18日付けのメールにはこう書いてあった。
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(参考)伊藤詩織著『Black Box』88頁における実際の記載。
「私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった。お互いに反省��ることろはある」[※著書『Black Box』記載の原文ママ ]
別のメールで山口氏は、レイプ���訴えを否定し、互いに弁護士に相談するべきだと提案する。
「あなたが準強姦の主張しても(原文ママ)、あなたが勝つ事はありません」
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(参考)伊藤詩織著『Black Box』112-113頁における実際の記載。
本紙が一連のメールについて尋ねたところ、山口氏は、伊藤さんとのやりとりの全記録が、自分の立場を利用して彼女を誘う「意図はなかった」ことを証明するだろうと答えた。
「彼女に迷惑をかけられているのは私のほうです」
山口氏はそう付け加えた。
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[写真] 「私は何も違法なことはしていない」「性的暴行は行われていない。あの夜、犯罪行為は行われなかった」と山口氏は語った。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
Shame and Hesitation 恥とためらい
伊藤さんはホテルを出た後、急いで自宅に帰り体を洗い流したという。
彼女はいま、そのことを後悔している。
「警察に行くべきでした」
彼女のような「ためらい」は典型的といえる。
「性的暴行の被害に遭った日本女性の多くは『私のせいに違いない』と自分を責めます」
お茶の水女子大学でジェンダー法学を研究する戒能民江名誉教授はこう語る。
性暴力救援センター・東京(SARC東京)でレイプ・カウンセラーを務める田辺久子氏は、ホットラインに電話してくる女性に警察に行くように勧めても、警察が信じる筈がないと拒まられることがよくあるという。
「彼女たちは、自分が間違ったことをしたと指摘されると思っているんです」
伊藤さんも、自らを恥じ、口を閉ざしつづけることを考えた。男社会の日本のメディア業界で成功するためには、このような扱いでも耐え忍ばなければらないのかと、悩みつづけた。しかし、事件の5日後、彼女は警察へ行くことを決心した。
「真実と向き合わなければ、私はジャーナリストとしてやっていけないと思ったんです」
伊藤さんは当時を振り返った。
伊藤さんが相談した警官らは当初、彼女が泣かずに話を伝えたため彼女を疑い、被害を届け出ることを思い留まらせようとしたという。ある警官は、山口氏の業界での地位を考えると、事件の追及は困難であろうという見方すら示した。
しかし伊藤さんがホテルの防犯カメラの映像を確認してほしいと訴えつづけた結果、警察は最終的に彼女の話を真剣に受け止めたのだという。
二か月にわたる捜査の末、フリーランスとしてベルリンでプロジェクトに参画していた伊藤さんに捜査主任から連絡が入った。捜査官は彼女に、タクシー運転手の証言やホテルの防犯カメラ映像、そして彼女の下着(ブラジャー)に付着したDNAが検出されたことから、山口氏を逮捕する準備を進めていることを伝えた。
捜査官は、2015年6月8日にワシントン発東京行きの便で空港 [訳注: 成田空港] に到着する山口氏を逮捕する計画なので、取り調べへの協力のために日本に帰国するよう伊藤さんに要請したという。
しかし当日になると、その捜査官が再び電話をかけてきた。空港内にいると言う捜査官は、たったいま、上から逮捕を行わないよう指示を受けたと伊藤さんに伝えた。
「私は彼に尋ねました。『どうしてそんなことが可能なのですか?』と。でも、彼は質問に答えることができませんでした」
伊藤さんはその捜査官を守りたいと、捜査官の名を明かすことを拒んだ。
警視庁の広報官は、山口氏を逮捕する計画がとん挫したことについては言及を控え、次のようにコ��ントした。
「われわれは法令に基づき必要な調査を行い、すべての文書と証拠を東京地方検察庁に送付しました」
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[写真] 恵比寿界隈に佇む「シェラトン都ホテル東京」。本紙のためにジェレミー・スーテイラットが撮影。
‘I Have to Be Strong’ 「私が強くあり続けなければ」
最新の2016年度の政府統計によると、警察は日本国内989件のレイプ事件が起きていることを確認している。女性10万人当たりおよそ1.5件の割合で事件が生じているということになる。これと比較して、米連邦捜査局(FBI)の統計によると、米国内では11万4730件のレイプ事件が発生しており、男女含めた全住人の10万人当たりおよそ41件の割合で事件が生じていた。
研究者らは、日米の犯罪率の差は、実際の犯罪率ではなく、被害者による過小な報告や日本の警察・検察の態度を反映したものだ主張する。
日本の国会は今夏、この110年間で初めて、性犯罪処罰法の改正を受け入れ、 レイプ [訳注: 新罪名「強制性交等罪」] の定義を拡大した。口淫と肛門性交が加えられ、潜在的な被害者 [訳注: 客体] に男性が含められた。また最も軽い処罰の刑期を増やした。ただし、同意については依然として明記せず、執行猶予判決を下す余地も残した。
また、最近事件が起きたばかりであるにも関わらず、大学構内での性暴力に関する啓蒙はほとんど行われていない。千葉大学の新入生を対象とした講義では、最近起きたばかりの輪姦事件を『不幸なケース』と教えるのみで、「犯罪を行ってはならない」と漠然と促すに留まっている。
伊藤さんの事件では、果たして山口氏が首相との繋がりに���って特別に待遇されたのかという点についても疑問が残る。
伊藤さんが事件のことを公に訴えた後、ほどなくして日本人ジャーナリストの田中敦(あつし)氏が警視庁の最高幹部に直撃した。
幹部の名は中村格(いたる)。安倍首相の官房長官を務める菅義偉官房長官の元秘書官で、捜査官らが山口氏を逮捕する準備を進めていたところ、それを差し止めたことを中村氏自ら誌面で認めた。『週刊新潮』にその記事を書いたのが、田中氏だった。
伊藤さんの訴えは山口氏のTBSでの立場には影響しなかった。ただ��山口氏は昨年、問題となる記事を発表したことで局から辞職に追い込まれた。現在はフリーランスのジャーナリストとして日本で活動している。
10月、伊藤さんは自身の経験を綴った手記を出版した。だが、日本の主要メディアはあまり関心を寄せていない。
伊藤さんの事件を調査する数少ないジャーナリストの一人である望月衣塑子(いそこ)氏は、自身も職場の報道フロアの同僚男性らの抵抗に遭っているという。彼らは、伊藤氏がただちに病院に赴かなかったことを理由に事態を軽視していた。
「メディアは性的暴行に関することをほとんど報道しようとしません」
望月氏は言う。
だからこそ、声を上げたのだと、伊藤さんは言う。
「私はまだ強くあり続けなければならないのだと、そう感じます。そして、なぜこれを容認できないか、語り続けなければならないのだと思います」
執筆協力:上乃久子
本記事の紙面版は2017年12月30日付けのA1面ニューヨーク版に「彼女は訴えた。彼女の母国はこれを黙殺した」と題して記載されている。
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10 notes · View notes
skf14 · 4 years ago
Text
06042226
ママに似てる!
どうしようもなくママに似てる。
もはやそれが答えだった。
少しふくよかなアゴと、柔らかそうにプニプニとした手と、頭の悪そうな笑顔に、空気の読めなそうな顔。
あぁ、君にしよう。そう決めた。
物心つく前から、家は赤貧の最中にあった。雨漏りの水を溜めて飲み、給食は嫌な目線を浴びながら人一倍食べパンは持ち帰った。常に乾いていた。家も、心も。それは父も同様で、同じように貧相な顔をして、貧相な服を着て、貧相な飯を啜りながら生きていた。
それが普通だと思っていた。だから、学校で聞く他人の幸せ話だとか、満たされた、恵まれた話には、食指が全く動かなかった。我ながら、可愛げのない子供だと思う。羨ましがる、ということをしない子供ほど、大人は嫌う。
「お前は可哀想だな。俺の次に。」
「そうだね、父さん。」
「母さんはもう、治らない。悪いが、俺は母さんを見捨てる気はない。我慢してくれ。」
「分かった。」
なによりも可哀想だったのは、母だろう。夫のエゴによって生かされた、尽きかけている微かな命。風前の灯にしてやれることは、優しく息を吹きかけてやることだけのはずなのに、父は頑なにそれをしようとはしなかった。
今日もまた学校の帰りに、病院へ行く。こんなボロボロの姿でも、病院では分け隔てなく接してもらえたし、時には病院食の残りや、他の入院患者からおこぼれをもらえたりもした。「お母さんが大変なのに、偉いわね。」と。
僕と父が貧しいのは、母��かかる治療費のおかげだった。生命維持の装置、保険の効かない新薬、度重なる手術。元々普通だった家に、そんな莫大な金があるはずもなかった。抱えた借金は膨れ上がり、父は売れるものを全て売って、仕事も日雇いの重労働に変え、僕も硬くなったパンを齧って毎日必死に生に食らいついていた。
母は目覚めない。僕が物心ついた時からずっと。眠ったまま、頬だけが老人のように痩けていく。写真でだけ見れる母の面影が、日々病魔に殺されていく。
「お母さん、今日はね、学校で絵を描いたんだ。家族の絵、って言われたから、ベッドで寝てるお母さんと、そばにいる僕と、父さんを描いた。横においておくね、お母さん。」
そうして、母は目覚めぬまま、僕と父はボロボロの生活のまま、高校生になった僕はバイトを始めた。新聞配達のバイトだった。
必死になって稼いだあぶく銭は、母のちょっとした治療で元から何もなかったかのように消えていく。必死になって集めたお金が、点滴の一滴一滴となって、母の身体に入って消えていく。
次第に、父が荒れ始めた。それはもう、必然だったのだろう。僕が努力をするたび、病院で誰かに褒められるたび、家に帰った僕を執拗に怒鳴りつけ、そして殴った。酒浸りになった汚い男が、薄暗いリビングで罵詈雑言を息子にぶちまける。地獄はここか?と思う気持ちが半分。そして。
「お前は何もしなくてよかったんだ。」
「どうして?」
「お前が頑張るから、お前が...」
「何を。」
「アイツを、看護するのは、俺だけで良かったんだ。お前がいたら、俺に向けられる称賛と、哀れみが、半分になるだろうが!!!」
成る程、合点がいった。母が昏睡している理由をいつも濁すのも、生活するために必要な支援を敢えて受けないのも、病院に行くとき敢えてスーツからボロボロの私服に着替えるのも、全て。あぁ、と漏れた声のニュアンスは、感嘆に近かった。
血は争えない。
それから程なくして、父が死んだ。
僕がたまたま出かけていた土曜日、自宅が火の海になっていた。中には泥酔して、寝タバコをしたまま眠った父がいた。ボロい木造のアパートだ。燃え上がって当然の部屋。アパートの人間は僕と父以外皆年金暮らしの老人だった。逃げ遅れた人間が多数。皆、焼け跡から朽ち果てた遺体が見つかった。焼死だった。笑止。
そこからは、もっと貧乏になった。学校があったから、なかなか働くことが出来ない。父の保険金は下りたが、元々は父の不始末で起こった火事。遺産よりも負債の方が大きいのは明白で、僕はアパートの管理人や残った遺族に土下座をしながら、生命保険で償うと叫んだ。
新聞配達の傍らで、毎日病院に通った。もう���馴染みだ。色んな人から声をかけられ、大変ね、頑張りなさい、と肩をたたかれる。母の周りは、僕が今まで持ってきた絵や、写真や本で埋め尽くされていた。
「母さん、今日はね、学校で面白いことを習ったんだ。皆優しくて、僕の状況も分かってくれているから、すごく過ごしやすいよ。周りに恵まれていて、僕は幸せだな。」
母はもう、管に繋がれて生きている人間、というより、管に吸い取られ枯れかけている何か、の方が近い、そんな有様だった。
努力は人を裏切らない。境遇を跳ね除けて頑張る僕を認めた高校の先生によって、僕は大学への推薦を手に入れた。奨学金も使えたし、結果大手企業への内定も手に入れた。
内定の知らせを持って行った時の、病院の関係者の喜びはひとしおだった。まるで皆自分の息子が成し遂げたかのように、喜び、時には涙を流してくれた。人はいつだって、他人の人生に自分を重ねる。そうしている間は、己の努力も、怠惰も、何もかも忘れられるからだ。哀れな、と、僕は枯れ枝になった母を見下ろしながら、涙ながらに内定の知らせを伝えた。
学生が終わる。これで、もう、父を支えながら頑張った挙句父を失い、それでも直向きに努力して成功した人生を自力で掴んだ息子が、必死で看病するストーリーがハッピーエンドを迎えてしまった。
そんなことは、許されない。
そして僕の前に、君が現れた。一目見た瞬間、女神だと思った。写真の中でのみ見ることが許された母の面影が色濃く残ったその個体を、僕は一生離したくないと、そう思った。
全てが色褪せて見えたのは、今まで縋っていた神に、最早何の効力もない、と気付いたからだろう。神が人間である以上、信心は脆く崩れる。さようなら、神様。機器から解放された喉に開いた穴がごぷりごぽりと濁った音を立て、ああ、コレはまだ生きていたんだ、と、その時初めて目の前の母だったものに命を感じた。何という皮肉だろう。
僕は心を掴むため全ての努力をした。結局恋愛はきっかけと要素を揃えておけば、十中八九上手くいく。幸い容姿は母に似て悪くない。優しく、時には頼れて、なおかつ女を立て、健気に直向きに真摯に努力し、気配りを忘れない。チェックシートの項目のように何点か必要な事項を並べれば、女は簡単に手中に落ちた。
「すべてを失った時に、現れてくれた"女神"なんだ。」
僕は女神を手に入れ、そして、あの病院の近くへと家を建てた。
そして、そんな幸せの絶頂の中、事故が起きた。僕がたまたま出張に出て帰りが遅くなった日、隣家から火が出て、全焼した。原因は、誰かにポイ捨てされたタバコが、先日抜いて庭に集めてあった、隣の家の枯れた雑草に燃え移ったことだった。
連絡を受けて飛んで帰った僕の目の前にあったのは、真っ赤に燃え盛る、幸せの象徴だった家。そして、運び出された君の変わり果てた姿だった。眠っていたため、気付くのが遅れたらしい。君は身重だったが、勿論子供は死に、君も全身に火傷を負った挙句煙によって脳に障害が残り、怪我は治っても意識は戻らなかった。
「一生目覚めることはないでしょう。億が一奇跡が起これば...」
「そんな慰め、必要ありません。僕はただ、彼女を生かす。それだけです。」
何日経ったかは、程なくして数えるのをやめた。意識がない以外の容体は安定している��ら、看護師が1日2回面倒を見にきてくれるだけの日々。僕はなるべく君に寄り添って、様々な話を聞かせていた。
「ずっと眠っているね。君のお母さんがね、もう延命を辞めないか、って、そう言うんだ。僕は君を守る。仕事をして、君と1日でも、長く過ごせるように、全力を尽くすから。」
君を死なせるだなんて、そんな勿体無いことは絶対にしない。僕が何のために、君を手に入れ、ここまで計画を立ててきたと思ってるんだ。
「隣の家から出火して、それが僕達の家にも燃え移って、君がすんでのところで救出されて、あれからもう3年が経ったよ。長かった?短かった?僕は、短かったよ。」
話を聞いていた隣のベッドの患者が泣き始めた。毎回毎回飽きない、と思いながらも、すみません、と涙声で頭を下げれば、会釈を返してカーテンを閉めた。
「綺麗な顔も、自慢の白肌も、美しい声も、透き通った瞳も、柔らかな手も、もう、君から失われてしまったけど、僕は今でも変わらず、君を愛してる。」
枕元では、写真の中でのみ見ることが許された君の面影が笑っていた。
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kana-adumi-blog · 8 years ago
Text
Love drag.
これもだいぶ初期ので、ネームもがっちりきってあるのですが、ばれてどうするのか穏やかコースと破滅コースがあって、どうしようといまだにモヤモヤしてるのでした。りなちゃんもスポブラしてたらいい願望。とりあえず途中まで。あきりなは、もうあれ…近親ってとこで詰んでるけどやっぱり暉の…うっ、傷口が…。四月カレンダーが悲しくて尊くてたぶん今年はずっと四月。
さらさら黒のサテン生地にたっぷりのフリルとレース。黒ってところがおっとなーって感じ。 「あと、布面積的にも」 「あっはっは、里奈でもそー思う?」 「あたしでも、ってなんだい芹ちゃん」 真っ赤な顔して芹が笑った。まともにこの布を…いやもはや紐か…を見ていない。 「もうおっとなーだからスポブラなんてやめなさい、これはきなさいって、うちのおかーさん娘をどうしたいのかしらね」 「それで?」 「あげるよ。こういうの好きでしょ」 「…」 好きでしょ。何故だ。なぜそう思われているんだ。あえていうなら、これを着た芹のナイスバディを拝みたかった。 「あたしでもはずいはわ!芹のばかー!」 夕日に向かってあたしは叫んだ。するとウチの玄関が開いてエプロンにお玉を持った暉が出てきた。 「な、何叫んでんの、近所迷惑だよ。芹と喧嘩した?」 「ただいまハニィ!」 「はい、おかえりダーリン」 愛しの恋人の出迎えが嬉しくて思いっきり抱きついた。抱き返してくれる腕の力が気持ちいい。暫く抱き合っていたら、コツンとおたまが頭に当たった。 「喧嘩じゃないよお」 「ばかばか言わない」 「むう、だって…」 「ごはんできてるよ。今日もばあちゃん���ルヴィスだって」 「またあ?何て言うかさあ…もう戦争おわったじゃん。これ以上何すんの、ゼロって必要なの?」 「外ではまだ戦いが続いているんだって。またいつ島が巻き込まれるかわからない」 「外のことは外がやれっての」 「同じ世界にいる限り、俺たちも無関係じゃないんだ」 「かんけーなんかないもん!」 ふんだ。暉の腕の中であたしはいじけた。やっぱりごはんは家族揃って食べたい。おばあちゃんが心配だ。あたしもカノン先輩みたいにエンジニアとか進んでおばあちゃんの負担を減らすよう頑張れないかな。でも、いつも放任主義のおばあちゃんが何故だろう、あたしたちが軍事関係に関わるのを嫌がっている。ファフナーのパイロットになるときはあっさり了承したのに。 「里奈」 「ん」 「ウチはいって話そ」 「うん」 にくじゃがの香ばしいにおいがする。おばあちゃん、暉の料理どんどん美味しくなっているよ。
夕食を済ませ後片付けをした後、ごろごろしながら暉と他愛もない会話を楽しんでいた。 「喧嘩じゃないってば。何かとーんでもないものおしつけられたっていうか」 「とんでもないもの…?」 「うん、すっごい下着」 「?」 「布面積なくて、えっちいの」 「…」 あ、赤くなった。何を想像してるんだえっち。あの下着着たら暉こーふんしてその気になってくれないかなあ。ご無沙汰しすぎですーぐあたまがえっちになる。そんな、簡単にねえ?あっはっは。 「見る?」 「え」 「着たら見る?」 「ええ?」 「どんなのか興味あるって顔してる」 「し、してないよお!」 相変わらず可愛いな、ハニィ。実際にあたし着て、それ見たら暉どうなるだろう。あたし興味あります。その気になってきちゃったよ。 「見る?ていうか見て!」 「ええっ」 「すごいえっちいよ!」 「大声で言うなよ…」 「着てくる!待ってて」 勢いで言ってしまった。襖を閉めてふう、と一息。下着を見せる…えっちだ。はだかは見られてるけど、下着は…初めてのとき可愛いの着たけどそれどころじゃなかったしな。またシーツ被せられて着替えてこいって言われるだけかもしれない。なんたって今回はえっちな下着だ、あり得る。まあそれでもいいか、とりあえず着てみよう。 「お?」 布面積がないからえっちだえっちだと言っていたがいざ着てみると、可愛い下着だ。思ったより露出するわけじゃないし、何だかはだかが綺麗になった気がしてワイヤーが入ってないのに背筋がぴんとなる。でもいつもよりローライズだからお尻はちょっと寒いし胸もずれたらはみ出そう…やっぱりえっちじゃん。それともおっとなー、な下着ってこういうものなのかな?芹ママに聞いてみよ。 「ま、服着ちゃえばわからないんだけど」 それでも新しい下着ってわくわくする。生まれ変わったような気がして、うきうきしてくる。新しいあたしを暉に見てもらいたい。ちょっと大きめのカーディガンを羽織って襖を開けると落ち着かないのかそわそわきょろきょろしている暉と目があった。 「じゃーん」 ぱさっとカーディガンを脱いだ。 暉がびしりと固まった。 「あれ…似合わない?」 「女子の下着って���そんなに布面積、ないの」 「もー!どこみてんの!えっち!」 かああ、そう音がしそうなくらい暉の顔が真っ赤に染まっていく。火吹きそう。 「だって、里奈だってえっちだっていってたじゃん…。た、確かにえっちで、可愛い、よ、似合うと思うよ、里奈」 可愛い…えっち…。今度はあたしの顔が火を吹く番だった。ええええ、暉でもそういうこと言うんだ!可愛くてえっちなの似合うのか、嬉しいような恥ずかしいような。 「あ、あのさっ」 暉がもじもじしてる。 「そういうのってさ、誘われてるの?」 「ふえ?」 「だってそんな、か、かわっ」噛んだ。可愛い。 「可愛い?」 「うん…、」 カーディガンを被せられた。やっぱり着替えてこいコースか。おや?ふわっと身体が浮いた。あたし暉にお姫様抱っこされてる…何故だ。あたし重いよ? 「俺の勘違いなら、き、着替えてきて!このままって言うなら、その、お誘いと思うよ」 「!」 着替えてって言うにはがっちり抱き上げられてるし、視線が布団だ。急にあたしの身体が熱くなった。積極的だ。えっちしようと言われてる。初めてあきらから言われて嬉しさで動揺してるみたいで心臓がばくばくしてる、破裂しそうだ。あたしはあきらの首に腕を回した。 「あきらの部屋にいたい…」 ドキドキして、あきらの表情、見れない…。 ありがとう、芹。
布団にそっと降ろされてぎゅっとされる。カーディガンを脱がされ、露出した肌にあきらの手がさらさらと滑っていく。弱い背中を撫でられ、あたしの吐息がどんどん熱くなる。 「あ、」 あきらからキスされた。啄むキス。唇をなめられ、舌でつつかれる。そっと口を開いたらあきらの舌が入ってきて絡めとられた。口の中を貪られ、そのまま勢いで押し倒される。性急なキスと胸への愛撫、両足の間をあきらの膝がぐいぐいと押してくる。どうしよう。あたし、食べられちゃうよ。長いキスが終わり、二人でぜいぜいと息を切らしながらもう一度ぎゅっと抱き合う。あきらがドキドキしてるのわかる。 「ふあっ」 首筋を吸われる。びくりと身体が跳ねる。甘噛されて、また強く吸い付いてくる。身体中をあきらの手が撫でていく。布越しに胸にキスされ、乳首を吸われる。両足の間を手がこしょこしょとされてもう、あたし、…もどかしい。 「ねえ、ぬ、脱がさない、の?」 息も絶え絶え、やっと声が出た。 「そんな、勿体ないよ…やだ」 着えっちとは上級者だな、ハニィ…。やばい、興奮する、嬉しい。あたしのそこ、もうぐちゃぐちゃで、あきらの勃ったものがぐいぐい押し付けられてこのままあたしの中にきて…。あっ。
この時、里奈はこのまま身を任せておけば良かったのである。そしたら暉も普通にえっちできたかもしれない。
「あ、ちょっとまって!」 急に里奈が叫んで、俺の肩を掴んだ。やっと俺は我にかえって、何してるのか自分を責めた。勢いでまた里奈を…。 「ごめん、ごめ…」 「何で謝るのー!あたしね、こゆときのために準備してるものがあったんだよ。持ってくる」 そう言うと里奈はすたっと立ち上がって、カーディガンを羽織ると階段を降りていった。変わり身の早い…。俺は不安でいっぱいになった。やだったかな、がっつきすぎて引かれ��かな。でも俺の部屋を選んだのっていいよってことだよな。だいじょうぶ、傷付けてない。今日はいけるきがする。それにしても、あー、りな可愛い。いつも可愛いけど今日はもっと可愛かったし、えっちだった。ありがとう、芹。 しかし、だ。俺ってばえっちなことばっかり考えてないか?こんなに煩悩の塊だったか。エロガキ変態暉。恋人はえっちしかしないわけじゃないだろ。リサーチとしてこの前女性向け雑誌を読んでみし、アーカイブの昔の記録も読んだ。女の子はおしゃれでできている。遠出はもちろんちょっとのお出かけするにもおしゃれ、学校行くのもおしゃれ、うちでごろごろするのもおしゃれ。可愛い服を贈ればいいのかな。でもジャージで俺の部屋で漫画読んでる里奈もすごい可愛い。じゃあ何だろう、他に、たとえば、 「デート!」 広登が次の番組に『秋のデートスポット特集』を組んでて、芹と行けばいいにああだこうだ言って俺がカメラもって下見に付き合ったんだ。紅葉がきれいで、色褪せないうちに里奈と来たいなあとメモしてたのに忘れてた。そうだ、デートしよう! 「たっだいまー!おまたーせ!」 「りな、あのさ!…んん?」 両手に茶色い液体が入ったジョッキを持って、りなが仁王立ちしてる。 「な、なにそれ」 ごとりと重たい音がして、それは机の上に置かれた。のみもの、なのか、これ。 「警戒しないでよダイジョーブ!変なの入ってないから、たぶん。緊張をほぐしたり、えっちしやすい気分にするとか、そういう何か色々なものをブレンドしてみた…ジュース?ちょっとはあきらが楽になれないかなーって思ってさ…」 感動してしまった。嬉しい、大好きダーリン。 「ありがとう、りな。俺こんなんでごめんな」 「謝んないでよー!これ飲んで頑張ってやろ!」 「うん!」 かんぱーい!掲げたグラスの茶色い液体がちゃぷり、と音をたてた。 まず、一口。舌にぴりっとわずかに炭酸の感触。味は…コーヒー牛乳だろうか。お世辞にも美味しいとは言いがたいが、飲めなくはない。いや、飲まねばならんのだ。ごくりと、もう一口、熱いものが身体を駆け巡った気がした。 「どお、どお!?ヤル気出てきた!?」 「え、そんな即効性なの?」 けらけらとりなが笑う。だってえー即って書いてあったもーん、あっはっは。 「…りな、大丈夫?そのハイテンション…」 「だーいじょーぶー、ダイジョブ!心配性のハニィ、かーわいい」 顔を真っ赤にしてものすごくふにゃふにゃしてる。何かおかしいと思うのだが。こくこくと飲んでいると、あれ?俺、身体に力の入らない。そう思ったらくらりとしてぱたりと倒れた、みたいだ。身体がふわふわしててよくわからない。 「どしたの?」 「力入らない…」 「ん?顔が赤いぞ、よしキスしちゃお!」 薄く開いてる俺の口の間にりなの舌が滑り込んできた。中を貪られる、舌を弄ばれる。くちゅくちゅとやらしい水音が部屋に響く。俺はりなにされるがまま、力なく倒れてる。 「あん…あ、あ」 キスが途切れたらりなが喘ぎ始めた。ぼんやりとした頭で上に乗っかっているりなを見た。なんだ?りな、一人でしてるの? 「あきら、あきらあ…あ、あ、あ…」 切なく呼ばれる。りな、俺がしてあげたいのに…身体が重い。がば、とシャツをまくられて胸を撫でられる。りな何をしたいの、行動が読めない。乳首を掠めたとき俺の身体は跳ねた。何で? 「あっは、あきらの胸、つんてなってる。かわいい、かわいがろう」 「ま、まって、あうっ…」 ちゅ、と口に含まれ舌先で舐めらる。びりびりと身体に電気がはしる。甘噛されて高い声が出た。胸愛撫されて喘いで、俺、りなみたい。今度は口に指が突っ込まれた。 「噛まないでね、よく舐めて」 「ふぐ、う…」 ぐちぐちとかき回される。苦しい。 「口おっきくあけて、あーん」 「あ…」 りなの、唾液が流れ込む。 「飲んで」 逆らう気もなく、言われるがまま飲み込む。頭がぼんやりしていて、今、何をされているのかよくわからない。さらさらと髪を撫でられている気がする。 「あきら、あたし身体が熱くて熱くておさまらないの…一人じゃむりだよお。…ちょうだい…一緒に触って」 そっと手をとられりなの両足の間に導かれる。辛そうに熱い息を吐くりな、なんとか、なんとかしてあげたいけどりなと指を動かすのが精一杯。りなが喘ぐ。熱いようでさむい身体。ぐるんぐるんと回るあたま。何だか、…これは吐きそうだ。何でだ?頑張れ、ない。俺の芯は沈黙しているし、りなの喘ぎ声も右の耳から左の耳にすり抜けていく。とにかく、目眩と吐き気がひどい。トイレ行きたい。でも、りなが…。 「あ、だめっ、だめええ、ういちゃうよお」 一際高い声がしてりなが果てたらしい。身体に重みが増す。はあはあと耳元で粗い息づかい。柔らかな身体がぐいぐいと押し付けられる。 「あついよお、あきらあ、お願い、してよお…」 ぐすぐすとりなが泣き出した。したいかというと今それどころじゃない、あんまり胃の辺りを刺激しないで…っていうか、も、無理。 「ごめ、りな!」 りなを押し退け、ぐらぐらする身体を何とか持ち上げて、でもすぐにべしゃりと転んで、這いずりながら何とかゴミ箱まで行って、吐いた。それはもう、盛大に胃の中のすべて出す勢いで。 「げほ、げほ…」 喉が焼ける。痛い、苦しい、気持ち悪い。なんで、何で?風邪引いてたっけ、お腹の調子悪かったっけ、今日は大丈夫そうって何だっけ、こんな醜態をりなの前でまた…。ふわりと肩に柔らかなものがかけられた。毛布?その上から背中をさすられる。 「り、りな」 「全部吐いちゃって!支えてるから」 「ごめ、おれ、おれ…」 「いいからほら!」 遠慮なく、吐いた。 可愛い下着、気づかってくれた飲みもの、俺から誘って応えてくれたのに台無しにした。涙がぼろぼろ出てくる。泣きながら吐いた。りなが背中を撫でてくれるのが気持ちよくて申し訳なくて、辛い。一通り吐いてぐらりと身体が傾く。 「横になって。さむい?もっと毛布いる?」 「りな、俺、おれ…」 「大丈夫だよ、今せんせい呼んでくるから!これミネラルウォーター!口ゆすいで、できる?」 ばたばたとりなが階段を降りていく。ごめん、ごめんな、…泣きながら俺は意識を失っていた。
キッチンに揃って置かれていたのは、男性向け強力精力剤各種ずらり。カルーアミルクの瓶が数本。 「里奈さん、暉君をどうしたかったの…こんなもの全部混ぜたの?」 「は、はい…」 くらり、と千鶴は目眩した。どこからこんなに謎のものをかき集めてきたというのか。身体中ショックを起こした暉は救急搬送された。 「里奈さんは飲んだの?」 「あたしはお酒だけです…」 未成年飲酒アウトです。ぼろぼろ涙を流しながら里奈はごめんなさいと謝り続ける。 「せんせえ、暉は、暉は大丈夫ですか!?」 「胃は洗浄したけれど、体力が戻るまで入院よ」 「そんなあ…」 「里奈!!」 あ、西尾博士が、かなり怒ってる。怖い。 「はっきり答えな、私が気づいてないと思ってないだろうね。暉とは普通の姉弟に戻りな」 「やだ、やだやだ!ていうか姉弟だもん、ちゃんと姉弟もしてるもん!」 「屁理屈こねない!きっぱりと恋人ごっこはやめなさい」 「違うよ!ごっこじゃない!好きだもん、愛してるの!ちゃんと恋人だよ!」 「愛してる人にこんなことするのかい?」 「こんなつもりじゃなかったの、違うの、違うの!」 千鶴は話についていけない。どういうこと? 「遠見先生、すまないね。里奈には私から言っておくから、暉をよろしくお願いするよ」 「あ、はい…」 どういうこと?申し訳ないが考えたくない。
目を覚ますとぼんやりと白い壁が見えた。次第に五感が冴えてくる。消毒液のにおい、白い天上と青いカーテン、パリッとした布団、りなのすすり泣く声。 「り、なっ」ケホリと咳き込んだ。うまく声が出ない、喉が痛い。起き上がろうとして身体中が悲鳴をあげた。慌てた里奈に支えられた。 「暉、みず!」 受け取ったコップの水を一気のみしたかったが腕が震えて取りこぼしそうになった。里奈に助けられゆっくりと飲む。情けない。 「ありがとう」 「ううん。これくらい…ふぇ」 真っ赤な目に隈がひどい。もう泣かないで。髪を撫でた。 「ごめん、ごめんなさい」 「どうして、謝るの。俺こそこんな体たらくで、ほんとにごめんな」 「あたしのせいなの!いれちゃいけないのいっぱい、混ぜちゃってそれで、…わからなかったなんて言い訳にならない…」 「いいんだよ、里奈がしてくれること、嬉しい」 「でも、あたしのやることみんな、暉を傷つける。もうこんな目に遭わせたくないよ」 「俺がポンコツだから」 「ちがうよお!」 うわああ、里奈が一層泣き出した。 「おばあちゃんにも、全部バレちゃった」 「バレてるとは思ってたけど」 バレるも何もお互い隠す気などなかった。禁じられた恋愛だと自覚はしているが、隠すような恥じたものではないと思っていた。二人っきりの時以外では手を繋ぐことしかしたことがないが、さすがに一つ屋根の下では筒抜けだろう。今日までばあちゃんが黙っていた方が不思議だ。 「ふつうの姉弟だけにしなさいって、あたし嫌だよ、あきらの全部でいたいよ」 「俺だって、そうでいたいよ」 涙がぽろりと、真っ白な布団に転がって吸い込まれた。
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