#陶ジュエリー
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ayumiiro · 2 years ago
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細かい作業を放置していた磁器のパーツたちに、やっと金具をつけました。 #アクセサリー#磁器 #陶ジュエリー  #自由な生き方 #きれいなもの #丁寧な暮らし#大切なもの #銀杏 #イチョウ #翼 #羽 #ピアス #樹脂ピアス #ペンダントトップ #ceramicarts #ハンドメイド #pottery #accessories #wing # https://www.instagram.com/p/CmwgTWwPsyU/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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aoyamamadoka · 2 years ago
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満を持してオンラインストアがオープン!
私の絵がモチーフとなっているスカーフ、新作が発売されておりました!今日はお店に伺いまして、直接手に取って身につけてきました。春色バージョンや、黒の格子の中に私の絵柄が入っているスカーフは派手になりすぎず意外と馴染みやすく万能柄の色の組み合わせでした(人気だそうです)。
柄好き+ちょっと他にない色の組み合わせでカラフルで差し色好きにはたまらないアイテムが、CorDial/12のスカーフ。シンプルな���こなしにひとつ取り入れてみると華やかになりますよ。
お店になかなか行けないなという方はぜひオンラインストアをご覧くださいね。全商品すてきですよ。色やサイズ感もわかりやすいですし(スカーフこうやって巻くのもいいなあ、着け慣れてないのでサイト参考になります)、柄がたくさんありますので、お気に入りを見つけてみてください!(nimbusはスカーフ直営店です)
それからもうひとつお知らせ。
https://www.instagram.com/geckocafe/
6月に、長年お世話になっておりますゲッコウカフェにて個展を行います。が、実は4月末で現・芝原での営業が終わるとのこと、すぐ5月末から、移転先の新ゲッコウカフェにて再開となるそうです。わたしはちょうど新しい場所での展示となりまして、今からとても楽しみです!
ゲッコウカフェ、3/18から今年の展示がはじまりますので(3月はジュエリー展、4月は陶展、衣服)、現・ゲッコウカフェに行きそびれないよう、4月末までぜひ何度も足をお運びくださいね!わたしも行きます。
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rikumatsuzawa · 4 days ago
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2024.11.19
日本人の多くは仏教徒だよね。君は仏教徒か?10日間のスリランカでこの質問を何回されただろう。初めのうちは、無宗教だけど仏教の教えとは身近に生きてきた。と答えていたが聞かれれば聞かれるほど、仏教徒というのは何を意味するのだろうかと考えさせられた。
スリランカの第二都市であるKandyでSadunとSamanに出逢った。スリランカに到着してから土着の人ではないという理由だけで毎日数えきれない人たちからお金を乞われたり、ぼったくろうとされた。2人に最初に声をかけられたときは、またか、と思いながら適当にあしらおうとしていたのだが、少し話をしていると純粋に話したかっただけのようだった。結局その日はKandyを半日案内してもらい、宿まで送ってもらった。翌日からはスリランカを訪れるきっかけとなったGeoffrey Bawaが建てたHeritance Kandalamaに行く予定だと話すと、どうやって行くのかと訊かれた。バスだと答えると、Kandalamaまでの道中には��るべきものがいっぱいある、バスだとそういうところに寄れないからトゥクトゥクで送ってあげるよ、君にとってもきっといい経験になる。と言われた。KandyからKandalamaまでは2時間ほど離れている。バスの方が安いからバスで行くと伝えると、いくら払うかは自分で決めていい、その答えがタダならタダでもいいと言われ、うますぎる話に半信半疑ながらもその誘いに乗ることにした。翌朝8時に宿まで迎えに来てくれて、まずはKandyの中心部から20分ほど離れた小さい村にあるSamanの家に行き、彼の家族とセイロンティとともに団欒した。Kandalamaまでの道中、のどかな田畑と熱帯系の植生の景色が続く小さな村に、ぽつんと仏教寺があった。スリランカ全土には小さい寺院が数千と存在し、その寺院がある村々には100-150の家族が住んでるという。そして一家族が1日ごと順番に僧侶たちの食事を用意すると教えてくれた。自分を犠牲にして人々のために全てを捧げた仏陀、つまり僧侶たちへの感謝の行為であり、これはスリランカで2700年以上続く伝統であるらしい。スリランカに来てから、SadunとSamanだけでなく色々な人からカルマという言葉もよく耳にした。良い行動は良いカルマとして自分に返ってくると。そういえば昨日Kandyを案内してくれたのにも関わらず、お金は一切求められなかった。半日私の行きたいところやしたいことに付き合ってもらった上に、彼らの商売道具でもあるトゥクトゥクで移動していたので、宿に着いたときに私の気持ちのお金を渡した。そのときにも、ありがとう。これはgood moneyだ。私たちは本当にカルマを信じていて、Rikuにもgood karmanがきっとあるし、訪れる。と言っていた。私は村人が僧侶たちのために食事をつくるという伝統の話を聞いたときに、仏教というのはどういうものなのかということを深く理解した。それと同時に2人のことを少しでも疑った自分を恥じた。もちろん仏教徒であっても(スリランカでは約70%が仏教徒である)皆が皆良い人とは限らない。スリランカに来てから、押しの強い客引きや、わざと同情を利用した行為に良い気分がしなかったことも何度も起こり、人にもお金にも敏感になっていた。しかしそのとき私は、清らかなさらさらとした心地よい中で生まれた、心が押しつぶされるような気持ちをどこにもやりようがなく、トゥクトゥクの後部座席に座りながら静かに泣いていた。
景色がいいところで停まったり、昼食を共にした���、約2100年前にDambullaという都市にある巨大な岩山を掘ってつくられた洞窟の中にある寺院を訪れたり、途中トゥクトゥクを運転させてもらったりしながらホテルに到着した。翌日の予定を訊かれ、5世紀に栄えた王国Sigiriyaの遺跡に行くつもりだと伝えると、10時をすぎると暑くなる(マチュピチュのような遺跡で入り口から頂上までは1時間ほどかかる)から早朝に出発した方がいい、よかったら明日も送ってあげるよ。友達の家が近くにあるから私たちはそこに泊まる。その辺りには原始的な生活をしている小さな村もあって、そこで触れられる体験はRikuもきっと気にいると思う。と言われた。その日彼らとずっと話していて、彼らがどういう人間か理解し、私がどんな人間でどういうものを求めているのかも理解していてくれていたので、今回は迷うことなくお願いした。ホテルで夕食を食べると高いだろうから、また夜迎えにくるから友達の家で一緒に食べないかとも誘われたがGeoffrey Bawa建築を堪能したかったし、連日の移動の疲れと自分の中で消化したいこともあったので、その誘いは断ることにした。
翌日遺跡を訪れた後、Samanの弟の娘が働いているフルーツジュースが美味しいカフェで少し休憩し、人里離れた村へと向かった。トゥクトゥクで行けるところまで行き、そこからは水牛に引かれてジャングルとも森ともつかない景色の中、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつくのを感じながらゆられていた。20分ほど進んだ先には、東南アジアの原風景(スリランカは南アジアだがここだけは少し違っていた)という言葉が似合う景色が広がっており、村人たちが長い年月をかけて歩いてつくった轍が続いていた。横には湖、反対側には家が小さく見える。湖岸には村人が手でつくった小舟が数隻あり、そのうちの一つをだしてもらった。風も声もなく、ただ静寂が漂い、平和そのものだった。Sadunがたまに陽が沈んでから友達や家族と飲んだり話したりすると言った瞬間、私はその光景を想像した。今みたいに肌を焼く太陽は姿を隠し、月明かりが湖一面を照らす。もしかしたら夜は虫たちの歌声が聴こえてくるかもしれない。澄んだ静寂は愛する人たちとの会話で掻き消されるが、この平和はそこにあるままだ。これ以上何を求めるのだろうか。水面を覆う蓮の葉で帽子をつくってもらったりもした。昼食をそろそろ食べようかということで湖岸へは私が舟を漕いだ。先ほど遠くに見えていた家に到着すると、まだこの世に生を受けて10ヶ月しか経っていない子どもを腕に抱えながら料理をしている30代ぐらいにみえる夫婦が���っていてくれた。家の柱や壁、台、椅子などは木と土で、屋根はココナッツの葉でつく���れていて、窓はない。電気やガスは通っておらず、水も近くの井戸に汲みにいくという。土でできたかまどの前で奥さんが子どもをあやしながら、土鍋で炊いている米の具合を確認していて、旦那さんは裏の庭でとってきたココナッツを割ってウェルカムドリンクをだしてくれた。裏庭で採れた野菜とスパイスでつくった3種類のカレー、ココナッツから抽出した油をつかった湖で釣った魚のフライ、ココナッツの果肉をトマト、スパイス、ライム汁を合わせてすり潰したもの(これが一番美味しかった)、すべて自分たちでつくったもので昼食を振舞ってくれた。お腹いっぱい食べた後には屋根になるココナッツの葉の編み方も教わった。彼らは住処を建てられて、舟の作り方も知っていて、近くでは魚も釣れて、フルーツや野菜の育て方も知っていて、またそれを余すことなく食べて、残った食べられない部分の他のことへの使い道も知っている。もしかしたら”教育”こそ受けていないかもしれないが、彼らは”自然”をよく知っている。
Sadunが言っていた。ここの村では気候が比較的いいので人々は”自然と生きる”伝統文化が残っている。他には酪農や陶磁器、ジュエリーなどその土地の環境に適したそれぞれの伝統が色濃く残っているらしく、お互いの伝統を交換して足りないものを補い合い、支え合いながら伝統を守っている。ここでの生活はシンプルでお金は持ってないが皆、”生きる”ために仕事をして平和に幸せに暮らしているのだと。しかしスリランカでも現代化が急速に進んでおり、今の若者はこの生活を知ることはなく、遠くない未来にはそれらの伝統は消え去るだろうと嘆いていた。Sadunは知識が豊富で、今世界で何が起こっているのか、何が流行りの思想なのかも知っていた。だからこそ彼は、私をここに連れてきたかったのだろう。
これを書いていると2人の顔が見たくなりSadunに電話(Samanは携帯を持っていない)をすると、彼の気持ちのいい笑顔が画面に広がった。内臓が少し悪く、この数日間入院していたと言われ心配したが、今は回復して翌日には退院できると聞いてひとまず安心した。電話中にちょうどSamanがSadunの見舞いにやってきた。本当に仲がいいなとこちらまでほっこりし、最後2人と���れたときのことを思い出した。私が3日間の感謝の気持ちのお金をSadunに渡したとき、Samanに気づかれないようにその3分の1を受け取り、残りをSamanに渡していた。仏教の教えに「自他不ニ」というものがある。Samanが見舞いにやってきたことも、Sadunが自分の取り分を少なくしたことも、彼らが私にしてくれたことも、そのすべてがその教えを体現していた。
私は自分を仏教徒だと思ったことはない。スリランカでの体験をした今、なおさらそう簡単に口にはできない。しかし、今まで以上に仏教の教えとは身近に生きたいと思うようになった。2人に感謝する。
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moe-so-journal · 6 months ago
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こういったことについて思考を深めるうち、わたしは二〇二〇年に《レ ゼピュール ドゥ パルファン》[純粋]コレクションを立ち上げるに至りました。大プリニウスの『博物誌』にある絵画の誕生の神話、陶工のブータデスの娘が、異国に旅立つ恋人の姿を思い出にとっておくために、壁に映った影を粘土で縁取ったという物語から想を得ました。わたしは香水もまた、不在の穴を埋めるために生まれたのではないかと想像しました。つまり自然の不在、です。自然の匂いの虜になった人間は、それが鼻先にない時にも再び匂いを嗅ぐことができる方法を求めたのではないでしょうか。そして、その美を手に入れたいと望んだのでしょう。貴石の美しさを我がものにするためにジュエリーを生み出したように。香水もジュエリーも、自然が我々にもたらす感動とその素晴らしさを手元に留め、自然の力を身につけたいという人間の欲求から来ていると思われます。香水も宝石も、それを身につけるものにオーラを与え、輝かせ、力をもたらしてくれます。だからこそ、香水も宝石も長いあいだ権力者の特権だったのでしょう。しかし現在では、香水が自然と結びつけられることはなく、その起源さえ忘れられてしまうに至りました。わたしは、この起源をよみがらせたいと願ったのです。そうすれば、香水は我々が自分たちを取り巻く環境と再びつながることができるのであり、それが、現代の香水が担うべき本質的な役割だと個じるからです。しかしそのために自然の資源を枯渇させてしまう選択は考えられませんでした。わたしは、自然を再現するのに自然破壊を行なう必要はないと示したかったのです。それは、まさに合成香料によって可能なのです。〈ピュールキンカン〉〈ピュールマニョリア〉〈ピュールミュゲン〉〈ピュールローズ〉は現実以上に現実的な調合で、ほとんど天然香料を使わずに自然を感じる喜びを与えます。この香水のコレクションにおいては、本当に不可々な場合にしか天然香料は使いませんでした。そのことにより、我々が自然を愛し、その美を示したいときに、天然資源を使わなくてもいい、それどころかその反対だということを証明したかったのです。
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jodanstuff · 1 year ago
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2023/9 京都に新規販売店が増えました!
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京都・四条駅すぐ近くに、新規お取り扱い店様が増えました。日本の面白い作家の方々を国内外に紹介していくアートギャラリーとして、3F建てのビル1棟を使用し、9/29にオープンされたばかりです。
先日の大阪でのpop up を開催していただいたミーツニュースタアさんを運営されている同じ会社様が新たに企画されたお店で、多くのお客様にご好評いただけたようなので、こちらの新たな店舗でもお取り扱いいただけることになりました。
アートだけにとどまらず、お洋服やジュエリー、陶器、雑貨などいろいろな分野の魅力的な作家の方々をセレクトされているそうです。
これを期にまた多くの方々にジョダンを知っていただくご縁を頂けましたことに感謝いたします。
店舗名: 「住む街でアートを楽しむ。」 京都府京都市下京区高橋町613-3 地下鉄烏丸線「四条駅」徒歩3分
photo by Shinya rachi
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minomomarika-hp · 1 year ago
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【イベント出店】 フリースタイル陶芸さん(@freestyletogei)✕やばいちゃん(@YetiVacations)コラボ企画 「縁日」というイベントに イラストグッズ・似顔絵屋さん・呆気衣で参加させていただきました。
フリースタイル陶芸×やばいちゃんコラボ企画 「縁日」 ちょっとしたお祭り気分を味わえる即売会イベントです アクセサリー、雑貨、イラストなど様々なジャンルのお店やさんと、 スーパーボールすくい等のアクティビティが楽しめる「縁日ブース」をご用意しています! 【期間】 2023年7月29日(土)10:30〜20:00     7月30日(日)10:30〜19:00 【会場】 井荻会館(東京都杉並区) JR西荻窪駅より徒歩10分 ���詳細ページ https://gnk6o.hp.peraichi.com/ 【参加作家】 フリースタイル陶芸(陶器、グッズ等) YETI VACATIONS(ソフビ、小作品等) haco(アイシングクッキー) KIMUKIMU(イラスト)※30日のみの参加 JISS(理系アクセサリー) クレハフーズ(食品サンプル)※29日は開店準備出来次第オープン(13時頃) ハイカロリイオトメ(アパレルグッズ) esou ceramics(陶器) ニシオギ短歌部(歌集) PRISMIC(アパレルグッズ) 東郷清丸(音楽、きょうりゅうネックレス)※30日のみの参加 尾松陽太:scene candle(手作りキャンドル) みのもまりか(イラスト、似顔絵) KMI(デザイナー)※29日のみの参加 松村了一(音楽) YUUI(ジュエリー) 金木犀茶店(焼き菓子、茶葉)※YETI VACATIONSブースにて販売
土日はとても暑い日でしたが、それにも負けないくらいお客様が多く、ファミリーで輪投��・スーパーボールすくりなど楽しんでいました。
私のブースにも、ラッコ島グッズをはじめ、リメイクT、似顔絵のご注文などたくさんお客様がいらっしゃいました! 井荻会館の建物も風情があって素敵でした。
お誘いいただいた、やばいちゃん(@YetiVacations)、フリースタイル陶芸さん(@freestyletogei)ありがとうございました。
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tenran · 2 years ago
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creemaにアイテムを追加しました!
飯碗、マグカップ、ケーキ皿、セパレート皿、グラタン皿、ミニ土鍋など。
ぜひご覧ください。
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holespoles · 2 years ago
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Katherine Sturges Dodge (1890-1979) was an American illustrator & designer and author. She worked extensively in children's books, magazines, and advertisements, as well as in jewelry and pottery design. She also came to Japan to study Japanese art and published a book about Japan. Today, August 13, is his birthday.
米国のイラストレーター&デザイナー、作家のキャサリン・スタージ��ス・ドッジ(1890-1979)。 児童書や雑誌、広告のほか、ジュエリーや陶器のデザイン等々、幅広い活躍をしました。日本美術を学ぶ為に来日したこともあり、日本をテーマにした本も出版しています。 今日、8/13が誕生日。
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aldebaran0519 · 2 years ago
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最近ちょっとジュエリーについて色々考えてたんですけど、私は結構あったかい色やぽてっとした丸っこいものが好きだな〜ってことに気付いて、陶器とかで装飾品を製作してる方の作品を見てました!虫も気持ち悪いというところじゃなくて良い面(益虫とか意外な一面的な)を中心としてデザインをしてみようかなって!この二週間もうちょい自分のしたいことを紙に書き出してつめてみる!!下のイラストはイラストレーションの課題で制作したもの!結構褒めてもらえて自信が持てたかも!
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makikoakiyama710 · 4 years ago
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展覧会評:「One World: 40 Artists Respond to Covid-19」展
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ジュエリーはどのようにして人々の助けになりうるのだろうか?大きな災害が起きた時、ジュエリーに従事する多くの人の心にはこんな質問が思い浮かぶのではないだろうか。
この問いについて考えるのに最適の展覧会がある。「One World: 40 Artists Respond to Covid-19」展である。この展覧会は、アメリカ、ニュージャージー州のGallery Loupeが企画したグループ展で、国内外のジュエリーアーティスト40名が、COVID19のパンデミックへの応答としてネックレスを制作した。感染状況を考慮し、バーチャルエキシビションの形式を取り、デジタルカタログのフォーマットでオンライン公開されている。そのカタログは宝飾史家で金工史家のトニ・グリーンバウムのテキストにはじまり、そのあとに、作品写真、アーティストによるステートメント、本人による着用写真や着用ムービーがならぶ。
感染拡大がもたらす���安は、鑑賞時の心理にも影響をおよぼすらしい。カタログのページを送りながら、わたしは、自分ならどのジュエリーとこの難局を乗り切りたいだろうか、と知らず知らずのうちに考えていた。このような心情はわたしだけではないようだ。トニ・グリーンバウムによるテキストが「新時代のお守り」と題されていることもそれを物語る。また、出品作には、お守りとしての役割を意識したものある。(ただし、お守りにもなるジュエリーをつくることがこの展覧会のテーマでなかったことは、誤解のないよう付言しておきたい)。
お守りを想起させる作品の代表例は、丸い形にトゲを生やしたコロナウイルスの形を模した作品群だ。ビビッドな赤色が印象的なAnnamaria Zanellaの作品や、ビーズをあしらったポップな色づかいのBarbara Seidenathらの作品がこれにあたる。伝統的な魔除けのお守りには、不吉な動物や邪神の姿をかたどったものがあるが、コロナウイルス形のジュエリーは、この流れをうけついでいるといえるだろう。同時に、ミクロなウイルスを拡大し可視化することで、安心感を得ようとする心理が表れていると考えることもできる。
護符の代表的なモチーフという点では、目を扱ったEmiko Oyeの作品にも注目したい。Oyeは長年、玩具のレゴブロックでジュエリーをつくってきたアーティストだが、「One World」展の出品作にもレゴを使い、ライトブルーの目にレインボーカラーの光背を配した『Sunday』を出品した。目は、邪視よけとして人気の高いシンボルだ。この邪視(=evel eye)とは、嫉妬や悪意にかられた人物の視線が、その視線がむけられる相手に災いをもたらすとする、世界の多くの地域で信じられてきた民間伝承である。
お守りという視点からこの作品を見るとき、この邪視よけと関連づけたくなるが、この作品は、邪視ではなくコロナウイルスの感染拡大への応答である点、また、自身が制作する「2 be seen」シリーズ(2019年~)1の一環として制作されている点で、邪視よけとは趣を異にする。このシリーズは、内面に目を向け、NVC(非暴力コミュニケーション)を実践することを、見る者に促すことをコンセプトとしており、そこには目が何度も登場する。ここにおいて目は、NVCを実践する上で必要な、自分のことを見てもらいたいという普遍の欲求に対する理解、自己および他者への関心、またNVCの実践者そのものの象徴している。つまり、このシリーズにおける目は他者への愛を表し、持ち主の心にポジティブな作用をもたらす。自分の気持ちを強く保つこともまた、お守りのたいせつな作用であるならば、Oyeの作品もまた、目というモチーフに新たな意味を吹き込んだ、現代型のお守りと考えることはできないだろうか。
 この、伝統のお守りのアップデートという形のもうひとつの良い例が、Shachar Cohenの『Hamsa』である。ハムサは、中東や北西アフリカ諸国、ユダヤ人社会で人気の高い邪視よけの護符で、開いた右手を様式化したものであり、手のひら部分に目が描かれることもある。だが、Cohenのハムサは手のひらが扁平で指が短く、アンバランスだ。そして、その形や大きさから、特定の人物の手を象っていると推測でき���本来のハムサが持つシンボルとしての普遍性を欠く。
また表面の鏡状仕上げにも注目したい。Cohen自身は、この鏡面効果を、セルフィー文化などが象徴する現代社会における自意識の肥大を表すものとして用いているようだが2、わたしが住む日本では、鏡は古くから神の憑代と考えられ、三種の神器のひとつとして聖性視されてきた器物である3。本人はその点を意識せず作っているようだが、ふたつの文化圏のお守りの表象が偶然にも混在しているのは興味深い。同時に、この作品にはお守りの伝統的な形を踏襲しながらも、それにたいする多義的であいまいな態度も内在している。それは、彼自身の見解であるようにも、現代人一般のお守りにたいする見解であるようにも見え、図らずもグリーンバウムのテキストの「新時代のお守り」を体現しているようにも思われる。
ここで、ジュエリーのお守りとしての役割について考えるさいに注目に値すると思われる、ひとつの要素を提示したい。その要素とはしぐさである。
 この、しぐさを伴う作品として挙げられるのは、Timothy Veske-McMahonの『Contact』だ。これは温度によって色が変わる塗料を塗った円形のネックレスで、カタログには、作品を身につけたMcMahonの動画が載っている。その動画のなかで、McMahonは編み物をしているが、途中で手を止め、その手を胸元の円形に押し当て、不安まじりの途方にくれたような顔で遠くを見る。そして、塗料の色が変わったころ、ふたたび編み物にもどる。Esther Knobelの作品にもしぐさが伴う。長方形の平たい缶のような陶磁器製の容器に、何とも形容しがたい形のパーツが無造作に入れられたものを下げたネックレスを出品したKnobelは、写真のなかでその容器を手に取り、中をのぞき込んでいる。Knobelでなくとも、この作品を手に取れば、無意識のうちに彼女と同じ動作をとりたくなりそうだ。
Luci Jockelの作品は、オブジディアンという石を楕円状に削りだして作られている。表面はしずく状に刻まれ、その上にハチの羽根が配されている。作品を光に透かすとしずくの形とオブジディアンのストライプとが浮かび上る。それらが作品越しに見える景色と���なり、小さな絵画のような様相をなす。
かれらのポートレートからは、不安と孤独な時間とが透けて見える。MacMahonの表情からは、不安や恐れ。Jockelの作品写真からは、窮屈な状況とそこからの解放への切望。そして、Knobelの、箱をのぞき込むしぐさからは、感染拡大によって急増したひとりの時間に、内省的になりがちな心持。そして、ジュエリーを手にしながら行われるしぐさが、これらの行き場のない感情をまぎらわすためのささやかな手段のように扱われている。だとしたら、それらのしぐさは日常的に繰り返されることで、安らぎの儀式へと変わり、やがてはそのジュエリー自体が持ち主にとってのお守りになりはしないだろうか。
ここではお守りについて、自分が住む国の状況と個人的な見解に基づいて論じてきた。人によっては、わたしの考えに共感を抱けないだろうし、まるでピンとこないかもしれない。だが、お守りとは、ひいてはジュエリーとは、本来きわめて個人的で、その土地の文化・風習を色濃く反映するものだ。また、ジュエリーが持つお守りとしての側面は、ジュエリーを作る人、研究する人、身に付ける人にとって一考に値するテーマであるはずだ。これは、太古の昔から、人々がジュエリーに求めてきた役割であるだけでなく、ウイルスや気候変動など自然への脅威が高まるいま、人々がますますもって必要とする役割でもあるからだ。だからこそ、民俗学や文化人類学的な視点に加え、芸術的側面をはじめ、多様な視点から、お守りとしてのジュエリーの可能性を探ることができると思うのだ。そのさい、先ほど挙げたジェスチャーといった、身に付けて持ち歩けるものに固有の特質に目を向けることは、けっして無駄にはならないと思う。
また、誤解のないようつけ足しておくと、わたしは作り手に、お守りとしてのジュエリーを作るべきだと説くつもりはない。なぜなら、そのジュエリーが持ち主にどのような心理作用をもたらすかは、その持ち主にゆだねるよりほかないからだ。いわゆる伝統的な護符と、現代におけるお守りの違いは、ここにあると思われる。つまり、お守り効果の後ろ盾になるのが、集団的な信仰や風習か、個がそのものに感じる私的な心理的紐帯かという点だ。
 ひとつ確かなことを言えるとしたら、そういうジュエリーと巡り合えた人はとても幸運だということだ。そして、これを読んでいるあなたが作り手であるならば、あなたが作るジュエリーだって、弱った誰かの心に寄り添い、力を与えられる可能性を秘めているという��とだ。そして、それが現実のものとなるならば、それはジュエリーを作る者にとって、大きな幸せなのではないだろうか。たとえそれが、あなたのあずかり知らぬところで起こることであったとしても。
「One World」展は、現在進行形の事象に対するアーティストたちのタイムリーな反応を引き出し、それを後から確認できる形で残している点、そして、展覧会を鑑賞・考察するさいのガイドとなる時宜を得たテーマ(お守り)を同時に提示した点、��らには、苦境においても果敢に制作するアーティストの姿を紹介することで、見る者を勇気づけた点など、複数の側面で意義深くすぐれた展示である。とくに最後の点については、ポートレートという写真の形式の選択が功を奏したといえるだろう。「Stay Home」が世界的な合言葉だった当時、自宅やその周辺で撮影されたと思われる彼らの写真は、見る者に連帯感を抱かせる効果もあった。
ここでは、わたし自身がここのところ「お守りとしてのジュエリー」というテーマに着目していたこともあって、それを軸に話を進めてきたが、もちろん、それ以外の切り口からパンデミックに応答した作品も多い。さらに、ここではしぐさを誘導する作品例として、McMahon、Jockel、Knobelの作品を紹介したが、これはわたし自身がとくに心をひかれたのがかれらの作品であったというだけで、ほかにもしぐさを誘う作品はいくつもある。それぞれの作り手がどんな発想をもってわたしたち全員が体験しているこの大きな事象に向き合ったか、ぜひじっくりと時間をかけて鑑賞してみてほしい。どこにいても、好きな時に好きなだけ時間をかけて鑑賞できることも、オンライン展覧会の大きな利点である。
 1.      本展詳細は、Emiko Oyeのウェブサイトを参照:https://www.emikooreware.com/
2.      Gallery Loupeウェブサイトの作家紹介ページを参照https://galleryloupe.com/artists/Shachar+Cohen
3. 三種の神器は、日本の神話に登場する鏡・勾玉・剣で構成されており、初代天皇に授けられたとされ、現在もなお皇居および神社に奉納されていると言われている。
2020年9月22日:加筆修正
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hugeceramics · 8 years ago
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Freepark -Yokohama さんにご紹介していただきました。よろしくお願いします! #Repost @freepark_yokohama with @repostapp ・・・ ⚓️ やっと春らしいお天気になりましたねぇ🌸 あったかい〜🌻🌻🌻 今日はコートなしで、出勤です😉✌️ ・ 写真は陶芸作家さんに特別に作って いただいた、FreePark限定の器たちです❣️ ・ huge ceramics(@hugekinoko)の堀内さんは ひとつひとつ轆轤をひいて内側を削ぐように 薄くして���見た目よりずっと軽い器を 作っています😳😳😳 マグカップには珍しい、スタッキングが 出来るデザインも魅力的です☺️ ・ さらに、無理を言ってお願いをした スプラッシュ柄は全て一点物になっています‼️ アート的な制作によって誕生した器は 一目惚れするお客様も多いです😍 ・ 毎日の暮らしにお気に入りのカップや器が あると幸せな気分になりますよね✨✨✨ ぜひ実物をご覧下さいませ😊 ・ ・ ・ #lifestyle #design #暮らし #雑貨 #雑貨屋 #ジュエリー #jewerly #アクセサリー #bag #バッグ #shoes #スニーカー #ファッション #ナチュラル #洋服 #多肉植物 #器 #アロマ #みなとみらい #MARINEandWALK #マリンアンドウォーク #セレクトショップ #likes #love #hugeceramics #陶芸 #ハンドメイド #一点物 #限定 #onlyone
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takemurayoshinori · 5 years ago
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✨【NEW OPEN】✨ 新しくOPENしました 渋谷スクランブルスクエア5階のジュエリー📿💍ショップ『REALDESIGNSITE』さんでアートピースや器を見ていただけます👀✨ エスカレーターの横で素敵にディスプレイしてくれています。 . . #竹村良訓 #器#うつわ #陶芸#fashion #design #art#インテリア#japan #color#color#takemurayoshinori#yoshinoritakemura #渋谷スクランブルスクエア https://www.instagram.com/p/B4d_je7lxqE/?igshid=sd5p1hhr6vpm
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artsseed · 6 years ago
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1)牧野広大×長岡千明
西五百川クラフツ
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会期/7.24(水)‐28(日)
朝日町の工芸家ユニットによる粉引と染金の作品展。器やジュエリーを中心に暮らしのアイテムを揃えてお待ちしています。
(会期中は10-17時営業、無休)
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Music&Gallery WARM STONE ☎  090-5593-7871(横澤)/月,火曜定休/9時 - 15時(土13時まで)ランチ11時半- 14時/長井市あら町6-49/P有
陶芸・木工・革等の作品も販売。 敷地内登録有形文化財の蔵で一流のJazzが聴けるコンサートを開催。
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newsletterarchive · 6 years ago
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NEWSLETTER  vol.48
ニュースレターの第48号をお届けします。
今回は2018年6月8日に Art Jewelry Forum に掲載された、リン・チャン氏へのインタビューをお届けします。
翻訳をはじめたのはもう何か月も前ですが、思いのほか時間がかかって前回配信から10か月も経ってしまいました…今後も不定期の配信となりそうですが気長にお付き合いいただけますと嬉しいです。あいかわらず、メールに埋め込むと画像が小さくなってしまうので、ぜひ元の記事もご覧になってくださいね。
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https://artjewelryforum.org/lin-cheung-0
2018年6月8日
リン・チャン
日常性と非日常性 その共存を実現させるもの
アドリアーナ・G・ラドレスク
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リン・チャン《遅ればせながらの応答:混乱、言葉もない、意気消沈》、2017年、ブローチ、ラピスラズリ、金、各51 x 9 mm、撮影:リン・チャン
リン・チャンの作品は絶えず議論を呼ぶ。《敵か味方か》のネックレスや《室温》のオブジェ、書籍にインスタレーションから、最近作の《遅ればせながらの応答》のブローチや《保管》シリーズに至るまで、彼女の作品は、人のありように対する一解釈であり、作り手の思想や感情の運び手であり、ジュエリーの意味を模索する飽くなき探求である。
リン・チャンはこれまで、数多の賞を受賞してきた。最近では、2018年にフランソワーズ・ファン・デン・ボッシュ賞とヘルベルト・ホフマン賞を受賞。2017年には英国のBBC Radio 4が主催するウーマンズ・アワー・クラフト・プライズにおいて、1500名の応募者から最終選考12名のうち1名に選出された。
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アドリアーナ G. ラドレスク:あなたは今年、その作品と、コンテンポラリージュエリーの振興における国内外での示唆に富む役割が認められ、栄誉あるフランソワーズ・ファン・デン・ボッシュ賞を受賞されましたね。そのすべてがどのように始まったのか、お聞かせいただけますか? いつごろからジュエリーを作りたいと思うようになりましたか? また���どこで勉強されましたか?
リン・チャン:ありがとうございます! 今年はこれまでのところとてもいい年で、フランソワーズ・ファン・デン・ボッシュ財団には心から感謝しています。彼らは独立機関として、熱意をもって主体的に、人々の想像を超える優れた仕事をしてい���す。これは今の時代にあって珍しいことで、それだけに特に光栄に感じています。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:動揺》、2017年、ブローチ、ベルジャンブラックマーブル、ハウライト、金、54 x 9 mm、撮影:リン・チャン
私は、なんでも手作りしたり修理して使うことを良しとするごく堅実な家庭で育ちました。裁縫や編み物、刺繍にくわえ、ものが動く仕組みや素材に興味が湧いて、何かを分解したりもしました。でも、ジュエリーを作った記憶はありません。私は子ども時代とティーンエイジャーを経て成人してからも、もらったものも自分で買ったものも含め、たくさんのジュエリーを身に着けてきましたが、自分で作るようになったのはずいぶん後のことです。
私は、ブライトン大学の学士課程(通称WMCP、(訳注:木工、金工、陶芸、樹脂の英単語の頭文字をつなげたもの))で陶芸と金工を専攻しました。そこで偶然ラルフ・ターナーの著作である「ニュー・ジュエリー」を手に取りました。それからというもの、この道一筋です。それ以降、私が置かれたすべての環境や訪れた場所、出会った人々は何かしらこの本と結びついているので、遠い親戚のような縁を感じますし、それだけにこの本は私の考え方に深い影響を与えた存在です。作品の素材や技法は何なのか、思いを巡らせながら夢中になってページをめくっては「これはおもしろい!」と思っていました。
あなたは今年、石を彫ったブローチのシリーズ、《遅ればせながらの応答》でヘルベルト・ホフマン賞を受賞され、忘れがたい1年のスタートを切られました。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:バラ色》、2017年、ブローチ、ローズクォーツ、金、43 x 8 mm、撮影:リン・チャン
審査員から「時事問題とその意味との関係性を表現した、政治��見解の表明」と評されたこの作品は、英国のEU離脱を決する国民投票と世界の政治情勢への個人的な応答として作られたとのことですね。この作品は缶バッジの形をしており、表面に絵文字やシンボルを思わせる顔が描かれていますが、一般の缶バッジのようにプレスした金属やプラスチックでできてはおらず、半貴石を研磨し、表面に金を点在させて作られています。政治キャンペーンで多用される、安価で息の長い定番アイテムであり、質素ともいえる装着型の伝達装置である缶バッジと、高価な素材とを結びつけようと思ったのはなぜですか? また、タイトルの「遅ればせながら」にはどのような意味が込められていますか?
リン・チャン:私が石という、硬くて容赦なく、永続する素材でこのブローチを作ることにしたのは、使い捨てで瞬時に作れるお手軽な金属製のバッジとの対比を表現しようと思ったからです。皮肉なことに、私は、メッセージの内容が浅いか深いかにかかわらず、一度使えば用済みとなるはずの缶バッジをいつも大事に取っておきます。手元に残しておくと、その時の気持ちや信条、出来事、気分を鮮明に覚えていられるので。これが、私が半貴石を使った理由のひとつです。つまり、一部の発言や行為はやり直しがきかないから、ほんの一瞬の出来事でも人の心に長く残りうるということを言いたかったのです。
タイトルの「遅ればせながら」は、すぐさま反応するのとは逆のリアクションの仕方を表しています。私は、国民投票の前後の情勢を目にして悲しくなったのをはっきりと覚えていますが、それをどう表現すればよいのかわかりませんでした。ただ、いつかこの思いを作品にすることだけはわかりました。後から行動に出るということは、蓄積された何かが、時間を経てから展開していくということです。私は、実際の出来事からかなり時間がたってからようやく、抑圧された思いやぐるぐると混乱した感情を、石の研磨を通じて解放できるようになりました。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:しかめ顔》、2018年、ブローチ、ラピスラズリ、金、54 x 9 mm、撮影:リン・チャン
また、「遅ればせながら」は、石の加工にともなう労力と、石や石の研磨から連想される隠喩的な意味も表しています。さらに、研磨や切削は、熟考や仕上げ、そぎ落としていく過程も意味します。つまり、考えを整理し、遅まきながら納得し決心が固まるまで時間を稼ぎ、じっと待つという、時間のかかる肉体的行為を表します。石の研磨はほぼ独学で習得しました(最初だけ、シャルロッテ・デ・シラスによる5日間の特別クラスで専門的な講義を受けました)。そのため、新しい素材に初挑戦する時の常として、時間こそ余計にかかりましたが、素人であったことがむしろ好都合に働きました。知識のなさに妨げられず、失うものがないまっさらな気持ちで制作に打ち込むことができました。
コンセプチャルなジュエリーは、政治的な意識の向上という点で、大衆を説得する力を持ちうると思いますか?
リン・チャン:ええ、その力があると信じています。また、すでに知られていたり、こうだと信じ込まれている方法以外のやり方で、そういった力を量る方法にも興味があります。ただ、《遅ればせながらの応答》シリーズが必ずしも「大衆の政治的な意識を向上させる」とは思いません。このシリーズはそれ自体が議論の一部をなす当事者性の強い作品で、すでに広く認識されている問題を扱っているため、意識の向上というよりはタイムリーなコメントとしての趣が強いでしょう。私は今も、この決定がもたらした損害を忘れてはならないと思いますし、今後は今以上に不確かな時代になるでしょう。だからこそ、ジュエリーには、自分たちの周囲で起きている出来事について考えさせる存在であり続けてほしいのです。大衆の政治に対する意識の向上という点では、エスナ・スーこそシリアの難民危機を表現した作品でそれを実行しているといえます。彼女は私たちに、時間とエネルギーを費やして作品について考えることで、難民危機の問題を忘れないよう促しています。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:逃げ腰》、2018年、両面装着式のブローチ、ハウライト、ベルジャンブラックマーブル、金、49 x 12 mm、撮影:リン・チャン
作品の持ち主がご自身の考えに共感してくれるかどうかは重視していますか?
リン・チャン:自分の考えや見解に共感してもらえるといつでもうれしいです。私の場合、それを知るのは直接人と会った時なので、会話ができたり、同じ考えを持っていることに気づいたりできるのは、私にとってはありがたいおまけです。私は時間の許す限り、工房にこもるようにしているので。外に出て別の視点から作品を見られるのはいいリフレッシュになりますが、共感してもらえなくても構いません。私は自分の考えが伝わるよう素材や大きさ、造形を制御しはしますが、作品は独立した存在です。私の手元を離れたら、自由の身です。勝手に別の意味や価値観を帯びたり、身につけてもらえたりもらえなかったり、好かれたり嫌われたりすればいいのです。それは自力では制御できない領域ですし、制御したいとも思いません。私は、最善の方法で考えや意見を表現することにやりがいや興奮を感じますし、そこが重要なポイントなのであって、自分が答えを知っていると思えるかどうかという点は重視していません。
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リン・チャン、《真珠のネックレス:グラデーション》、2017年、ネックレス、淡水パール、金、ビンテージのケース(修繕済み)、ネックレスの長さ:406.5mm
あなたのウェブサイトには、「《真珠のネックレス》シリーズは、母親から譲り受けたものの使わずにいた真珠のネックレスをインスピレーションの源とした。このネックレスは自分に似合わないと思ったし、たった一種類の女性性を信じているわけでもない」と書かれています。男性モデルに着用させたこの作品は、淡水真珠を1粒1粒削り出し、ホイットビージェットのチェーンと同じ構造でつなげてネックレスにしたものです。このシリーズは、装飾品としてのジュエリーや、個性の形成におけるジュエリーの役割の探求の一環として作られたものですか? また、ジュエリーは新たな形のジェンダー表現を推し進める上で効果的な手立てだと思いますか? この作品には、どのようなメッセージや意図が込められていますか?
リン・チャン:後から思えば、この作品はずいぶん複雑な意味を帯びていますね。一方では、ごくシンプルな作品で、元のネックレスを手に取って加工するに至ったのも、チェーンにできるかどうか試したかったという単純明快な動機からです。実験が済んでチェーン全体が完成してはじめて、どんな意味を持ちうるか、なぜこんなことをしたのか、それがどうなったのかを考える時間を持てました。このネックレスは、身に着けるとお高く留まって見えるような気がして、長い間しまったまま使うことはありませんでした。
真珠にはさまざまな意味合いが込められています。そして、形状や機能の面で可能性の幅が広いダイヤモンドや金などと違って、ジュエリー素材としての革命がもっとも起こりづらい素材ではないでしょうか。その意味では、この真珠作品では、おそらくその形が一番の理由で、少しだけその遅れを取り戻せた気がします。真珠の「ジュエリーらしさ」は丸い形に生まれついた時点で既定路線であり、人はなぜかそこに女性らしさだと受け止めるのです。私が真珠を研磨してチェーンを作って、最初に、そして一番強く感じたのは、これはもはや真珠のネックレスではない、ということです。そのことで、真珠にまつわる意味合いを薄められましたし、おめかしや着飾ることを目的にジュエリーを着けていたのは過ぎ去った昔の話であって、ジュエリーとは単に着けたいから着けるものだという私自身のジュエリー観に沿った作品になったと思います。
私は女性性とは何であるかに興味を引かれます。それは必ずしもジェンダーと関連づいているわけではありません。私は女性性をもっと広義にとらえていて、体力とは別の、知的な精神力や思考、思いやりと関わるものだと考えています。作品を男性モデルに着用させて撮影したのは、実験的な見せ方をしたかったからです。そして、それが真珠のネックレスは女性的なものだという狭量な考えを打ち破ったと伝える上で有効な手段であるかどうか、そして、それでも依然として残る繊細な強さと多義的かつ対照的な複数の側面が、また別の女性性を表現しうるのかどうかを確認したかったのです。つまり、自分が身近に感じられ、さらに女性という自分のジェンダーも手放さずにいられるという形の女性性です。そうですね……この作品については、完成してからもそのインパクトについて考えていますが、今もまだ、的確に言い表すのが難しいです。が、そうやって考えるのも、とても面白いことですね。
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リン・チャン、《真珠のネックレス:マチ��ー》、2016年、ネックレス、淡水パール、金、長さ:560 mm、撮影:リン・チャン
《真珠のネックレス》シリーズの一部の作品は、修理を施したビンテージの真珠のネックレスの専用ケースがついていますね。このようにケースに手直しをして再利用するという行為には、どのような意味があるのでしょうか?
リン・チャン:アンティークのケースを再利用することで、過去の所有など、物語に歴史という側面が若干加味されます。最初に作ったネックレスと箱は母の所有物で、それ以降のネックレスと箱は、最初につくったものの形式を借用したものです。
作品が装着されることについては、どれくらい重要視していますか?
リン・チャン:どちらでも構いません。着用性の高いデザインであっても、実際につけるかどうかは別問題で各自が判断することです。私はどちらの考えも理解できます。私自身、身に着けないジュエリーをたくさん持っていますが、そのことが物への愛着に影響するわけではありません。手に取って眺めて、またしまうということも好んでやります。時に実用的でないジュエリーをじゃらじゃらつけることもあります。このようなアイテムは注意が必要ですし、つけている間ずっと気になってしまうものです。おまけに針先がとがっておらず、ブラウスやTシャツに大穴が開いてしまうこともあります。それでも、ジュエリーとしての出来がよければ、その価値はあるのです。同じものを数週間つけっぱなしにすることもあります。装着するしないにかかわらず、ジュエリーが喜びをもたらしてくれることに変わりありません。
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リン・チャン、《保管:紙と輪ゴム》、2016年、ブローチ、合成石、金、輪ゴム、70 x 22 x 15 mm、撮影:リン・チャン
《保管》シリーズは、あなた自身のジュエリーの保管方法を扱った作品です。このシリーズは、こう言っては何ですがとても生活感があって、《紙》や《輪ゴム》と題されたブローチでありふれた物体を描写しています。この作品では、合成石や金という耐久性のある素材と、輪ゴムという長持ちしない素材が混在しています。この袋に何が入っていたのか、また、この作品のコンセプトは何なのか、興味を惹かれます。この素材の組み合わせには、どのような意味が込められていますか?
リン・チャン:私はよく、ティッシュやキッチンペーパーやトイレットペーパー、チャック式のビニール袋やただの紙など、その時手元にあるものにジュエリーをしまうことがよくあります。私はよく旅行をするので、ジュエリーに箱やケースがある場合はそこから出して、もっと実用に��した方法で収納するようにしています。《紙》と《輪ゴム》のブローチは、私が紙と輪ゴムで包装してきたすべてのブローチを表現していると言えるかもしれません。自分がつけるジュエリーはいつもこの方法で収納します(そのほとんどは自分で作ったものではありません。自分の作品はめったにつけません)。なので、この保管方法自体はごく普通で生活感がありますが、興味深いことに、それによってそのアイテムが私にとって特別な存在になるのです。この作品を白い合成石で彫り出して作ったのは、紙の質感を表現するためで、本物の輪ゴムを用いたのは日常性を加味するためです。ここにおいて私は、ジュエリーの秘密の生活を覗いてみませんか、作品を通じて価値や意味が表明されているさまを見てみませんか、と誘いかけているのだと思います。高価な素材や予期せぬ素材やプロセスを用いて日常のディテールを描写することで、単なる人工物を超えたジュエリーのおもしろみについて考えることを促しているのかもしれません。
この《保管》シリーズでは、特に私自身の持ち物であるジュエリーの私的な生活と公的な生活、そして、同じ作品でも配慮の度合いが変わりうるのかという点を考えました。紙やプチプチ、ビニール袋による収納方法は、退屈に見えるかもしれませんが、私にとってはとても便利で安全ですし、それによって自分だけのものになるのです。私は、ジュエリーを買った時ではなく、生活をともにしてはじめて、そのアイテムが自分にとってどんな意味を持つのかについて気にかけ、注意を払えるようになります。作り手やブランドによる包装は、提示方法や、その魅力、モノのコンセプトの延長、作り手の創造性や配慮を通じて、ジュエリーを商品とみなしています。購入後の私だけの管理方法は、所有、つまり自分の持ち物であり日々の生活の一部であることを表します。
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リン・チャン、《保管:古い真珠のネックレス》、2018年、ペンダント、ロックク��スタル、62 x 42 x 20 mm、撮影:リン・チャン
同じシリーズの《古い真珠のネックレス》や《ベニータのブローチ》では、ジュエリーの形は見えません。そのかわり、それをしまうための(ロッククリスタルを研磨した)透明な袋が主役になっています。これは、姿は見えずとも存在する、あるいは過去に存在したジュエリーを示唆し、その記憶を保持する手立てということでしょうか? この作品の背景とはどのようなものでしょうか?
リン・チャン:おっしゃる通り、どちらも実在するジュエリーです。古い真珠のネックレスも、ベニータが作ったブローチも私の持ち物です。それらが小さなビニール袋の中で占める空間を観察し、石を研磨して造形しました。どちらも、空っぽであるようにも中身が入っているようにも見えます。また、モノが持つ日常的な側面と非日常的な側面との対比を考察した作品でもあります。ジュエリーはその両方の性質を兼ね備えられるところが、すごく好きです。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:困難な時代》、2018年、ブローチ、ロッククリスタル、金、54 x 9 mm、撮影:リン・チャン
あなたの作品の中には、パブリックな仕事も見られます。2012年ロンドンパラリンピック大会のメダルをデザインされましたし、2014年には唐奨のメダルデザインのコンペでファイナリスト10名の1人に選ばれました。2年前には、唐奨教育基金会から、2016年の賞状のデザインと制作を依頼されたそうですね。このようなパブリックな仕事と、個人の作品とでは、工程の面でどのような違いがありますか? また、どのようなことが課題になりましたか?
リン・チャン:特にパブリックな依頼は、往々にして極度のプレッシャーにさらされます。莫大な予算と、短い納期での納期厳守に対する大きな責任が常にのしかかります。株主や資金提供者、プロジェクトマネージャーやマーケティング部門、CEOやインターンなど、あらゆる立場の人たちとチームを組んで仕事をするのは一見怖そうですが、実際のところは共同作業について学ぶにはすばらしい方法です。アーティストという立場で一大プロジェクトに携わるということは、全体を見渡し、常時すべての場に存在するかのような独自の立場に置かれるということです。私はあらゆる視点からプロジェクトを眺め、はじまりから実現に至る過程を見るのを楽しめるタイプなのでしょうね。また、プロジェクトの一員になれることは、大きな見返りがあります。
こうした学びは有益ですが、多くの依頼は問題解決からプロトタイプの制作、完成品の仕上げが息をつく暇もなく、同時に進行する感じです。先を読んであらゆる結果を予想し、プロジェクト管理をやりこなし、チームのメンバーに仕事を任せて、仲間からも自分からも最高の力を引き出せるよう、短期間で学ぶわけです。こんなことまでできてしまうんだ! と自分でもよく驚きます。スタジオでの作業はそこまで込み入っていません。当然ですが、それは私ひとりだからです。プレッシャーもさほど強くかかりませんが、多くの場合プロセスは酷似しています。同じような悩みを抱え、大勢でやる時と同じような会話を自分とします。葛藤もありますが、最初から確固たる決まり事もないですし、委員会からの承認がないと次に進めないというわけでもありませんから、後戻りをしたり、手抜きをしたり、自分の意志で課題を設定したり、リスクのある道を選んだりできます。これは周囲からの許可が必要な場合はそう簡単にはできないことです。
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どのような流れでデザインを進めますか? スケッチやモデル、モックアップの制作から始めるのでしょうか? コンセプトを伝える上で素材の選択はどの程度重要なものですか?
リン・チャン:つい最近までは、最初にコンセプトやイメージを考えたら、そのまま制作に突入していました。私はすごく大雑把なスケッチ以外は紙にイメージを描きません。線画や、ひとつかふたつの単語、文章で十分な時もあります。その意味では、私は多くの作り手と違うのかもしれませんね。明快なプロセスでデザインを進めるわけではないですから。
素材の選択はとても重要です。アイデアを思いついたら、自分の考えや感覚と合致する素材を探します。可能性のある選択肢を考え抜いて「こうすれば思い通りの雰囲気になるかしら」とか「やっぱりこっちかもしれない」と迷いながら自分の仮説を検証します。石の加工をした時は、コンセプトよりも素材が先でした。それまで、具体的な素材や技術からアイデアを発展させていくことはあまりなかったので、新たな感覚で制作に燃え、手の中の素材の変化や自分が目にしているものを基にアイデアやコンセプトを練る間じゅう、強迫的なまでに熱心に打ち込みました。
外部からの特にパブリックな仕事の依頼の場合は、コンセプトや工程、プロトタイプの制作、実制作、情報の記録、納品に至るプロセスを厳守せねばならず、その順番が狂うことはめったにありません。
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リン・チャン、《保管:ベッティーナのブローチ》、2018年、ペンダント、ロッククリスタル、52 x 34 x 23 mm、撮影:リン・チャン
あなたはアーティストとしてご活躍されているだけでなく、2009年以降、ロンドン芸術大学のセントラル・セント・マーチンズのジュエリーデザイン科の学士課程の上級講師として教鞭を執っていらっしゃいます。その傍ら、レクチャーやワークショップの講師や、書籍や記事の執筆活動もされていますが、限られた時間のなかでそれをどう両立されていらっしゃるのでしょうか? またそれらすべてをやりこなす強い意志はどこからきているのでしょうか?
リン・チャン:確かに、全部並べて見るとずいぶん抱え込んでいるように見えますね! あまりの多忙さに、混乱に陥ってしまう時があることは否めませんが、ジュエリーへの好奇心が、さまざまな魅力的な形をとって、私を突き動かすのです。
忘れないでいただきたいのは、プロジェクトによっては構想に何年もかかるという点です。ずっと前にまいた種を折に触れては世話してやり、立派に育て上げるのです。コラボレーションもありますし、自分がやりたくてやるものもあります。人に教える仕事は、どれもとても楽しいです。セントラル・セント・マーチンズで、いきがよくて一生懸命な学生たちを大勢相手にしていると、ジュエリー界の今後の行方が見えるような気がする時があります。これは役得ですね。また、コンテンポラリージュエリーをまるで知らない別分野の作り手の人たちと一緒に何かをするのも楽しいです。ザルツブルクで行われた国際芸術サマーアカデミーの際に行ったワークショップがその例です。ほかにも、近々コロンビアで開催されるEn Construcción IIIでワークショップを行う予定があり、とても楽しみにしています。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:無能(※)》、2018年、ブローチ、コーリアン、金、55 x 9 mm、撮影:リン・チャン(※訳注:英語タイトルはTwitで、Twitterとかけていると思われる)
私は、プレッシャーや日々の雑用に邪魔されることなく、スタジオや作業場でひとりになってジュエリーについて自分だけの考えに没頭したり、表面の具合を観察したり、何に注意を払ってやればよいのか、自分が何をしたいのかを考える、ユニークで貴重で特別な時間を確保するためならなんだってします。常にそれを達成できるとは限りませんが、いつも虎視眈々とそのタイミングを狙っています。
最近感銘を受けたり、作品に影響を与えたり、興味を引かれた映画や音楽、本、展覧会、ニュース、旅行などはありますか?
リン・チャン:《遅ればせながらの応答》シリーズの《しかめ顔》というブローチが今年度のロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの夏期展覧会に出品されたので何度か足を運びましたが、その時の作品の多様性には驚かされました。この展覧会は、優れた偉大なアーティストと一緒に、アーティストの卵や無名の作り手、「凡人」(グレイソン・ペリーが私たちのような人を親しみを込めて呼ぶ時の愛称です)の作品が一堂に並ぶことで有名です。目玉となる作品ばかりを見ないよう努めるうちに、若手作家のリー・カッターの作品に目が留まったのですが、この作品には心から感動しました。
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リー・カッター、《監獄文化》、彫刻、刑務所で支給されるバターミルク石鹸、画像はロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの厚意により掲載
それは《監獄文化》と題された、彫刻を施した大量の石鹸を何段もきれいに並べて額に収めた作品でした。私は、日常の素材を再評価させ、当たり前だと思われているものや状況を見直させてくれる作品や、想像する以外に知りようのない世界を見せてくれる作品が好きなのです。器用かつ無心に彫られているだけでなく、骨や象牙の細工や、木彫品、彫像、ストリートファニチャーを見た時と同じような感情を抱かせ、人生のおかしみと哀愁とが一体となって表れていました。
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リン・チャン、《遅ればせながらの応答:無能》、2018年、ブローチ、コーリアン、金、55 x 9 mm、撮影:リン・チャン
現在はどのようなプロジェクトに取り組んでいらっしゃいますか?
コロンビアで行われるコンテンポラリージュエリーのシンポジウム、En Construcción IIIの一環として、マーク・モンゾとセス・パパック、テレーザ・エスタぺと一緒に1週間のワークショップを行う予定です。また、2019年のミュンヘン・ジュエリー・ウィークでMicheko Galerieで行う個展の準備も進めています。ほかには、通常の依頼品やリサーチ、構想に加え、フランソワーズ・ファン・デン・ボッシュ賞の賞金で、2019年の年末か2020年の初頭からオランダで開催される個展に向けて作品を制作するという、刺激的なひとときを過ごしています。近いうちにまた皆さんに詳細をお知らせできるのを楽しみにしています。
ありがとうございました。
アドリアーナ・G・ラドゥレスク:建築家、ジュエリー作家。ワシントンD.C.在住。ルーマニア、ブカレストのイオン・ミンク建築都市大学にて建築と都市計画の修士号を取得。ワシントンD.C.のコーコラン・スクール・オブ・ジ・アート・アンド・デザインにて金工を学ぶ。2013年よりAJFに参加。
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本ニューズレターの本文・画像のすべてまたは一部を無断で転載することはかたくお断りいたします。今回の記事は、スーザン・カミンス氏(Art Jewelry Forum)の寛大なる許可をいただいて翻訳しています。配信停止をご希望の方は、このメールに返信する形でお知らせください。また個人名の表記につきましては一般的な発音を参考にカタカナ表記をしておりますが、もし本来の発音とは異なる表記にお気づきの場合は、お手数ですがお知らせください。
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maison-malta · 2 years ago
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松屋銀座にて大好きなみなさんとご一緒しています maltaからは、一年中飾れるようなリースやスワッグを中心にご用意します 13日午後 15日終日 在店予定です ご希望を伺いながらその場でお作りも承ります 冬を楽しむ贈り物 - My Favorite Room とき 11月9日(水)-15日(火) ※最終日午後5時閉場 場所 松屋銀座7階 デザインギャラリー1953 今年の冬も松屋さんにお声掛け頂きまして、贈り物を提案する催し物に参加します。 大好きなメンバーに集って頂き企画しました ご案内第一報です。 宣伝用ビジュアルにはリトアニアのクラシックなサマーハウスの一室をイメージに使用しました。 ぜひお出かけください。 色とりどりの植物を束ねたリースやスワッグ、気分を癒してくれるボタニカルの香り、身につけても眺めていても心躍るジュエリー、肌触りのよいスローやストール、手仕事の温もりを感じるポタリーやかご… 「My Favorite Room」と題して、お気に入りが詰まった部屋をイメージして、今年の自分へのご褒美にしたい品々を揃えました。 参加ブランド/ショップ: @helenheiji @maisonmalta @remedy.jp @cleanslate_japan @sunoandmorrison @ltshop_fete 代々木上原に店を構えるジュエリーのセレクトショップ。日々を彩るシンブルな日常使いのジュエリーをセレクトしています。 今注目のオーストラリアやニュージーランドの良質なナチュラルスキンケアブランドをご紹介しています。寒さや乾燥が気になる季節に向けて、のバスソルトやの保湿ケアなどが揃います。   オーガニックコットンのガラ紡を中心に、インドの手紡ぎの糸等、自身が実際に使ってみて気持ちよいと感じた糸や素材で、ものづくりをしています。 羽根木のフラワーショップ。花と緑から感じとる季節の美しさ、そこから生まれる余白を大切に、花とグリーンのある暮らしを提案しています。今回はクリスマスに向けたリースやスワッグが揃います。  https://www.instagram.com/ltshop_fete/ 森と湖の国リトアニアのクラフトとデザインの専門店。リトアニア人陶芸家の作品やリネンウェアブランドをご紹介します。
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hokuohyatai · 2 years ago
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北欧デンマーク🇩🇰のヴィンテージコレクション。ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器や、ジョージジェンセンのジュエリー💍 現在は製造されていないレアなデザイン、必見です💁🏻‍♀️ ⁡ 🗓北欧屋台 そごう広島 8/11(木・祝)〜8/21(日) そごう広島店 本館9F 催事場 営業時間: 10時〜19時30分(最終日16時閉場) ⁡ #北欧 #デンマーク #北欧雑貨 #北欧インテリア #ロイヤルコペンハーゲン #ロイヤルコペンハーゲンヴィンテージ #ジョージジェンセン #lystig #北欧屋台 #そごう #そごう広島 #広島そごう #広島 https://www.instagram.com/p/ChQ3EJmLXdZ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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