#貴船もみじ灯篭
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ntakemura · 2 years ago
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ライトアップされた紅葉をバックに電車が到着 今日明日、名古屋市内で写真展に出展しています。 リンクは以下 CONNECTの会場Fになります。 @connect_exhibition @cafe_blanka #貴船もみじ灯篭 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #ライトアップ紅葉 #ライトアップ #駅 #ニコン #原色 #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 (貴船口駅) https://www.instagram.com/p/ClaKByfvD8L/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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harawata44 · 5 months ago
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「メモ帳使っていただけなのに…」いつの間にか現れた京都の美しい街並みに目を奪われる – grape [グレイプ]
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・オモシロイブロック – grape SHOP
以下引用
日本の伝統文化をたくさん感じることができ、海外からも多くの観光客が訪れるエリアとして注目度の高い京都。 その京都の風景が、メモパッドを使ったペーパーアートとして目の前に現れます。
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それが今回ご紹介する『オモシロイブロック 京都』シリーズ。 アイディアと面白さが詰まった、使うごとに変化を楽しめるギフトにもピッタリな商品です。
これは不思議!メモを使うと京都の景色が現れる
使い始めは普通のメモ帳。40枚重なるメモパッドを1枚1枚使っていくと、少しずつ立体的にペーパーが残ります。 残った部分は徐々に地層のように立体的なペーパーアートとして表現され��ついには細かな部分まで見事に再現された京都の風景が出現。
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使い始めの状態では想像ができなかった京都の景色が、美しい造形美として広がります。 「どんな仕組みになっているの!?」と驚く程の繊細さです。 段々と立体的な造形が見えてくるので、メモを使うのが楽しみになりそうですね。
京都の四季を感じるペーパーアートシリーズ
『オモシロイブロック 京都』は、京都の四季が美しく立体的に現れるシリーズです。 桜、竹林、紅葉、雪景色など、季節ごとにそろえたくなる美しさ! メモパッドを使い終わった後は、インテリアのオブジェとして四季折々の景色を身近に感じられるでしょう。
京の舞桜(春)
 ・使うと『京の舞桜』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】(京都) – grape SHOP
1枚ずつメモを使っていくと、京都の桜の名所として名高い『祇園の巽橋』のモチーフが現れます。 桜が満開に咲き誇り、石畳と古きよき町屋は京都らしい雰囲気を感じますね。
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きれいなピンク��グラデーションで、立体的に表現された桜の美しさに見とれてしまいそうです。 京都の街並みを忠実に再現し、本当に舞妓さんが歩いているかのように作られています。
京の清涼(夏)
 ・使うと『京の清涼』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】(京都) – grape SHOP
京都の夏の風情を感じる青々とした竹林。 見ているだけで涼しさを感じる、清涼感があふれる景色です。
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竹林の細部もリアルに表現され、浴衣を着た男女や人力車も夏の風情をより増してくれます。
京の紅葉(秋)
 ・使うと『京の紅葉』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】(京都) – grape SHOP
秋は京都の四季の中でも、もっとも人気のある季節といっても過言ではありません。 赤く染まるきれいな紅葉と後ろに建つ五重塔は、京都ならではの最高の景色です。
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この『東寺』の風景は、京都の中でも紅葉の名所として知られています。 まるで、そのまま五重塔まで行けるような奥行きのある立体感です。
京の白雪(冬)
 ・使うと『京の白雪』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】(京都) – grape SHOP
京都の雪景色は街並みとも相まって、情緒と風情を感じます。 『貴船神社』の参道に並ぶ赤い灯篭や木に降り積もる雪をリアルに表現。
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忠実に再現された立体感が、京都の街並みに吸い込まれそうな仕上がりです。
京都の清水をデザインしたものも
 ・使うと『清水の舞台』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】(京都・清水寺) – grape SHOP
京都を代表する観光名所の1つ『清水の舞台』が現れるメモパッドもあります。 カラーは華・雅・輝の3色。どれも清水の魅力が生かされたカラーになっています。
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大阪・東京の観光地もペーパーアートに
 ・使うと『大阪城』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】 – grape SHOP
『オモシロイブロック』は京都だけではありません。 桜の季節に堂々と建つ『大阪城』や、存在感のある『東京タワー』も人気です。 大阪と東京の代表的な観光地を、どちらも本格模型並みの繊細さとクオリティーで再現しています。
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自分で模型を作ろうと思うと、なかなか手軽にはできませんが、メモパッドを使うだけでできるなら嬉しいですね。
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 ・使うと『東京タワー』が現れるメモ帳 【オモシロイブロック】 – grape SHOP
京都・大阪・東京と各地の名所をそろえてみるのも楽しいですよ。
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anisioluiz · 2 years ago
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京の涼さがし「貴船神社」① — wakasa15thfd
第4弾は水の神を祀る貴船神社です。 トップは二の鳥居から本宮へ続く参道。赤い灯篭の上を青もみじの大木が覆っています。 参道横を流れる水量の多い貴船川の音がとても心地よい☺ 本宮前広場に七夕飾りが多く残っていて願いを結ぶ人でいっぱい。 境内を覆う青もみじの大木。 龍船閣(休憩所)に風車が飾られていました。 重森三玲作の小さな石庭・天津磐境がありました。岩に生える苔。‘水は命’その通りですね。 青もみじや杉の大木に覆われた奥宮への参道。殆どが快適な日陰です。②へ続きます(*^_^*) 京の涼さがし「貴船神社」① — wakasa15thfd
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kachoushi · 4 years ago
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各地句会報
花鳥誌 令和2年11月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和2年8月1日 零の会 坊城俊樹選 特選句
青山へ八月の雲のし上がる 和子 魂も今蝶と化すてふ墓所の百合 眞理子 雲の峰青山墓地に崩れけり 梓渕 薄闇にラジオときには蚊遣香 順子 蚊取線香みだらに燃えてゐたりけり 公世 からつぽの鳥籠吊つて婆の朱夏 光子 空蟬の破られし背に光満つ 小鳥 白き糸濡れてをりけり空蟬に 和子
岡田順子選 特選句
黒揚羽ぬかづく人へ入れ替はる 要   槙剪つて明るき墓所や雲の峰 梓渕 揚羽来る墓に朽ちたる名刺受 俊樹 草いきれよりマリア仏の上半身 光子 かき氷ひとつに父と娘かな 同   からつぽの鳥籠吊つて婆の朱夏 同   神愛し薔薇を愛せし寝墓とも 俊樹 蟬時雨彼を一瞬隠しをり 久
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月6日 うづら三日の月(八月六日) 坊城俊樹選 特選句
秋の夜の澄みし青空何処までも 柏葉 土用干し守る着物に仕付け糸 さとみ 墓参り避けたつもりも鉢合せ 同   天筆に願ひを込めて星祭 都   留守居して語る人なき盆の月 同   七夕や一つを願ひ糸結ぶ 同   客帰り独り帯解く夜半の秋 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月7日 鳥取花鳥会(八月七日) 岡田順子選  特選句
友の墓訪ふも吾のみ原爆忌 益恵 蟬の穴被爆の眼窩に似て静か 都   八月や浜辺に白き船並び すみ子 抽出しにしまふ西日や能事足る 悦子 蜩の破調に夜明け整へり 宇太郎 油照お濠の亀は泥を負ひ 都   雲の峰サーファー起てば動き出す 益恵 帰り行く友や日傘をまはしつつ 幸子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………   令和2年8月7日 さゞざれ会 坊城俊樹選 特選句
昨夜の色閉ざしてをりし月見草 かづを 蟬しぐれ故山に溢れをりにけり 同   故山より風渡りくる施餓鬼寺 同   月見草夢に終りしことばかり 雪   炎天下大きくきしみバス停まる 和子 法堂に集ふ百僧蟬しぐれ 笑   暮六つや七堂伽藍の蟬しぐれ 希   母の背に負はれて逃げし終戦日 千代子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月8日 札幌花鳥会 坊城俊樹選 特選句
病院の小児病棟星祭 清   ぐづる子を放り入れたる踊の輪 晶子 銀河から金平糖のお裾分け のりこ 魔法めく夜店にかざしみる指輪 岬月 老僧の盆経朗朗たる気迫 同   とび出しもはみ出しもゐる砂日傘 同   搗ち割の角なめらかや蕎麦焼酎 慧子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月8日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
やはらかな色に隠元大揃へ 秋尚 ひと頻り法師蟬鳴き風起る 同   空蟬の登る姿勢を崩さずに 同   音の無き蒼茫怖し星月夜 ゆう子 新盆の信女の墓碑の径細し 三無 星月夜野辺山走る小海線 幸風 蜩や夕餉のお菜鉢ふたつ ゆう子 鬼灯の色乾きたる寺の畑 秋尚 隠元の色鮮やかにバターソティー 瑞枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月10日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
墓洗ふ母の育てし供華を持ち 信子 サングラス粋なる人と恐き人 みす枝 裸電球に照らされてゐる地蔵盆 上嶋昭子 日もすがら響動もす鐘や盂蘭盆会 時 江 丸き笊丸く並べて梅を干す 信 子 蟬時雨つり橋の子の声消され 中山昭子 神々の光さづかる大御祓 ただし 星祭壺にさしたる笹の竹 錦子 野も山も深く沈みて星月夜 みす枝 蟻の列ラベルのボレロまだつづく 上嶋昭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月11日 萩花鳥句会
秋風や万里の長城行きし旅 祐子 少し愚痴呟きながら墓洗ふ 美恵子 新盆に帰る家なき仏たち 健雄 弟と母住む故郷鰯雲 ゆかり 庭仕事合間に西瓜ご馳走に 克弘
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月14日 さくら花鳥句会 岡田順子選  特選句
田舎道兜虫売る小屋に遇ふ みえこ 迫真の演技の子役夏芝居 登美子 幼な子も数珠握りたり墓参 実加 イヤホンを片耳づつに星月夜 登美子 晴天にシーツ洗ふや原爆忌 実加 永遠に在り続くかに花氷 紀子 蜩を聞きつつ帰り仕度の子 裕子 野の花を供へて母の展墓かな 登美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月17日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
サングラスかけて犬にも恐がられ 英美子 酒呑まぬ父はお洒落でパナマ帽 千代子 終ならん声を聞き入る秋の蟬 かづを 秋の雲落暉に燃えて消えにけり 同   ギヤマンに盛られ清しき夏料理 みす枝 口紅の朱の沁み出る極暑かな 同   遺骨待つただそれだけの盂蘭盆会 同   無人駅帰省子ホームまで送る 世詩明 羅の女の視野に万華鏡 同   帰省子の戻る車窓に掌を重ね 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月19日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
黒髪で顔を隠され西瓜食ぶ 世詩明 口紅が熟れた西瓜を齧りつく 同   九頭竜の流れおだやか終戦日 千代子 海凪いで沖行く船に盆の月 同   流行りもの一つ身につけ生御魂 同   終戦日一男優の死すと云ふ 同   炎天や路面電車の軋み来る 美代 これ以上青くなれざる青蛙 雪
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月21日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
手枕で昼寝をしたる沈金師 世詩明 虫干や母の袂に恋の文 みす枝 小恙を顔に出さじと踊りの輪 一涓 肉魚を下げて八月大名来 同   虫の世に火取虫とし果つ定め 雪   白と云ふ哀しき色の盆灯篭 同   赤と云ふ色は淋しや盆灯篭 同   煎餅屋ののれんの奥の扇風機 上嶋昭子 捩花のねぢれる時に媚少し 同   美しきことに飽きられ水中花 同   物干の続く町並夜は秋 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月10日 なかみち句会(八月十日) 栗林圭魚選 特選句
芭蕉葉に道草を食ふ風ありて 三無 恒例の枝豆届き安堵かな エイ子 海沿ひの蕎麦屋の遠く秋暑し 貴薫 裏庭に風探しけり夕残暑 和 魚 枝豆や父の遺影と酌む忌日 三無 ゆらゆらと芭蕉広葉の青き翳 同   家事とても遣る気奪はれ残暑かな せつこ 公園の要一本大芭蕉 怜   影広げ海辺の宿の芭蕉かな せつこ 枝豆の彩りとなり皿の上 ます江
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年8月 九州花鳥会(投句のみ) 坊城俊樹選 特選句
双手上げ銀漢しづく待ちにけり さえこ 天の川渡る媚薬を飲んでより 伸子 黒日傘ひらりと海へ消えにけり 朝子 ゆくりなく女と生まれ天の川 美穂 盆の月透き通るまで踊りけり 愛   その先は有耶無耶なりし道をしへ 伸子 天の川の端より天の川仰ぐ ひとみ 星よりも暗き島の灯月見草 豊子 走馬灯曼陀羅の闇廻しけり 喜和 蟬の殻蹴りし少年黙り込む かおり 天の川尾は聖堂の十字(クルス)まで 志津子 病窓よりビアガーデンの見えるらし 順子 水をくれムンクの叫び原爆忌 喜和 色鳥来ルドビコ踏みし甃 寿美香 難しく考へる鶏頭の襞 伸子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………
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sabooone · 8 years ago
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1|或る晴れた日に
私がその手紙を見つけたのは、まだ冬の寒さの残る三月初めの事だった。
住む者がいなくなり、もう随分と触れられずにいた部屋を私はようやく片付ける決心をつけた。 すでに部屋は綺麗に整頓されているので、片付けるほどではないのだが、 私はその僅かばかりの品を手にとってはどれも懐かしく眺めていた。 主を失った部屋ではあったが、いつもこまめに換気をして、埃を払っていたためかび臭さはない。 それだと言うのに、不思議と鼻の奥がつんと熱くなるのを感じた。
私は最後に机の引き出しを閉め、ある違和感に気がついた。 奥で何かが詰まっている。 取り出してみると、それは一通の手紙だった。 私はその手紙の宛名をみて、おや?と不思議に思った。 美しい手蹟で「野宮百合子様」とある。 封筒の裏をみても差出人の名前はない。 けれど、私は宛名の手蹟からこの手紙を書いたのが誰なのか、すぐに分かった。 恐る恐る封を開け、その手紙を読み始めた。
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春のうららの――。
開け放たれた窓から歌が聞こえてくる。 こうもぽかぽかと暖かいと眠くなってしまう。百合子は呼び出された教室でぼうっと立ちながらそう思った。 そもそも、何故呼び出されたのかもよく分かってはいない。 目の前には厳しい顔つきをした上級生三人が椅子に座っている。
「あのう、それで、御用と言うのは?」 「野宮さん、規則に反する物を使っているでしょう?その事です」
百合子は意味が分からず、何故もっとはっきりと言ってくれないのだろうか、と困窮する。 ぼんやりとした指摘のため、あのことだろうか、このことだろうか、と余計な心配事が胸を通り過ぎていく。
「あのう、規則に反する物と言うのは……」
相手が上級生な上に何やら物騒な様子なので、百合子の���は自然と弱々しくなった。 上級生の内の一人が百合子の質問に気分を害したようで語気が強まる。
「ご自分で分かっているでしょう?貴方が付けている香水の事、よ!」
上級生の言葉に百合子は思わずかあっと顔を赤くした。 級友には何度か指摘された事はあるが、とうとう上級生にまで目をつけられてしまった。
「香水なんて使っていません!」 「では、この香りは一体何だと言うのです?」 「香りなんて、私は分かりません」
百合子の返答に上級生は顔を見合わせ、あからさまに眉を顰めた。 百合子はこの際正直に打ち明けてしまおうかと考えた。月のものの時、甘い体臭が強くなる事を。 けれど、殆ど初対面の上級生に対して、それを伝えるというのはやはり抵抗があった。 いっそ、素直に香水だと認めて謝ってしまえば良かったのかもしれない。けれど、もはや手遅れだった。 こうなってしまえば、上級生たちは後に引かないだろうし、下手をすればもっと大事になってしまうかもしれない。 百合子は困り果てて、赤くなってしまった顔を隠すために俯いた。
「何か御用があると聞いたのですが!」
沈黙を破って、教室の引き戸が開けられた。その声は透き通って低い。 教室に居た全員がその声に振り向いて、その人物に目を瞠った。
「あ、貴方……!何ですかその髪は!」
そこに立っていたのは百合子の級友の凪子だった。 先週までは束髪だったその髪が、今はバッサリと切られてザンギリになっている。
「ザンギリです。」 「あ、あ、貴方!何という……何という髪型なのです!」 「ザンギリにしてはいけないという規則はありませんでしたから。」 「当たり前です!」
上級生は金切り声を上げた。 悪びれる風もない凪子と怒り心頭の上級生の間に挟まれた百合子がはらはらと狼狽えていると、その場にそぐわぬ明るい声がした。
「あら、お二方こんな所に居たのね」
凪子が開け放たしたままの引き戸からひょっこりと顔を出したのは級長の早苗だった。 顔面を蒼白にしたり赤くしたりしてぶるぶると震えている上級生たちに寄ると、 ほんわかとした微笑みを浮かべて頭を下げる。
「あの、お取り込み中失礼致しますわね。こちらの凪子さん――髪の毛は後ろで一つに結って着物に入れ込んでいるだけなんです。何でも、意に添わぬ相手とのご結婚で神経が衰弱気味になっていますの――どうぞ、お許しくださいませね。 こちらの百合子さんは、先程まで中庭の手入れをしていまして、ほらこの通り髪の毛に桜の花が絡まってでしょう?」
早苗の言葉の通り、凪子の髪の毛は結わえられているだけのようだった。 だが、百合子は中庭の手入れなどしていない、百合子の黒髪から桜の花をとって見せたのは早苗の仕込みのようだった。
「凪子さんは附属戦の練習と、百合子さんには歌唱会の目録を書いていただく事になっていますの。 二度とこのような間違いは致しませんから――そうですよね?」
早苗は微笑みながらこちらに視線を送る。その鋭い目つきに、凪子と百合子は震え上がり一瞬の内に深く頭を下げていた。
 上級生たちから解放され、三人はそのまま歌唱会の練習をしているホールへと向かった。 ホールの側には控え室があり、椅子や小物が置かれている。 椅子と机を寄せ合うが、凪子はむくれたような顔をして肘をついて窓の外を見ていた。百合子は凪子に声を掛ける。
「あの――凪子さん。御結婚と言うのは?」 「本当よ。でも、結婚おめでとう。などと言ったら私は貴方との友人の縁を切るわ」
そう言われて、百合子は押し黙る。凪子の結婚の件は早苗の仕込みではなく、真実のようだった。 そんな機嫌悪い凪子の様子を見て呆れたように鼻で笑うのは早苗だった。
「男のなりをしたからと言ってどうにかなると思っているの?」 「何よ!説教のつもり?どうにもならないと分かっていても!それでも何もしないよりは随分とましでしょう!」 「それで、上級生に目をつけられて大事になるのだったら何もしない方がましじゃないの。 そもそも、男装している時点で女として負けているのよ!」 「女なんてくだらないわ!特にカジノ・フォリィで卑猥な英語を歌って破廉恥な振り付けを踊るような女はね! その女に夢中になる男もよ!そんな男と結婚するくらいなら……」 「そんな事がなんだというの。貴方は恋愛小説の読みすぎなのよ。 女はね!夫の手綱を取って意のままに操ってこそなのよ!百合子さん、そうは思わない?」 「愛の無い結婚など絶対に嫌!そうでしょう?」 「わ、私?」
百合子は二人に詰め寄られる。 正直な所、百合子は結婚について深く考えたことがなかった。 そのため、二人の応酬にもついて行けずにただなるほどなるほどと心の中で頷くだけだった。 そのため、急に話の矛先を向けられてしどろもどろに答える。
「えっと、そうね。好きな方と一緒になれたらとても幸せだと思うわ。けれど、知らない方と一緒になったら ――そうね、どうかしら……だんだんと相手の事を知っていけたらいいのだけど。ああ、でも、相手の方が私 を好きになってくださるか分からないわね。だから、ええっと――」
百合子の回答に二人は深くため息をつく。
「ううむ、一見愚かなようで核心をついている回答だわ」 「ねえ、案外百合子さんのような方が上手く行く様な気がしない?」
///
「姫様、姫様。お綺麗ですわ」
白無垢は重い。高島田に結い上げた髪に角隠し。 あまりに重い衣装に疲労と緊張から百合子は今にも倒れてしまいそうだった。 仕上がった出で立ちを鏡に映して見る。
(――お母様……)
青白くや���れた顔に、死に装束を着て死に化粧を施された母を見る。否、それは鏡に映った自分の姿だった。 白無垢は死に装束と言ったのは誰だったか。
(野宮百合子は今日で死ぬのだ)
瞳を伏せると、自然に涙がこみ上げて一粒こぼれた。 その涙の意味をどう思ったかは分からないが、着付けを手伝った女中がそっと拭う。
母が死んでまだ数ヶ月��か経っていない。 しんと静まり返った野宮の邸に身を置くことは、あまりにも辛かった。 ふとした拍子に、父が書斎に居て本を読んでいるのではないかと思う。 玄関から音がすると、本当は父はどこか長い旅行をしていて、 扉を開いて帰宅しその外套を藤田が預かって百合子にと何か土産を渡そうとしているのだと。 母だって、いつものように散々買い物や芝居を見ていつか帰ってくるのではないかと。 確かに、両親の葬儀をこの目で見たはずなのに、そう思ってしまう。
百合子がとても小さな頃にみた悪夢のように、 目を覚まして両親の寝室を覗くと二人はちゃんとそこに居るのではないかと思ってしまう。 百合子が泣いているのを母が見つけていつになく優しく抱き寄せてくれるのではないかと。
「百合さん、どうして泣いているの」 「お母様とお父様が死んでしまう夢を見たの」 「おいで、お父様とお母様と一緒に寝ましょう」
そう言って百合子を挟んで三人で眠った。
(私は、お父様やお母様が望まれるような良い子だったかしら)
その疑問の答えはもう出ない。 百合子のためと開いてくれた誕生会を逃げ出そうした事。 邸の困窮に反して買い物ばかりする母に失望していた事。
(私、今までありがとうございますと、お父様にお母様に伝えた事があったかしら) (私、私……もっと、もっとお父様とお母様に幸せだったと伝えればよかった。  ありがとうと、大好きだと、言えばよかった――)
今更、墓前で手を合わせても伝わらない。 とりとめなく溢れてくる思いは言葉にならずに涙として目から零れた。 白粉をはたいた頬に涙の筋を作る。
百合子は斯波の求婚を受けた。 これでいいのだ。財力のある男と結婚し、野宮の血筋を守り伝えていく。 それが百合子が出来るせめてもの償いであり、初めての親孝行だった。 野宮の転落を、父母の死を、どこか喜んでさえいるような男だった。 それでも、百合子に寄る求婚者たちの範囲では一番の金持ちだ。 愛もなく、夫を意のままに操る手管もない、どこか空虚な心の侭に。
(さようなら――)
百合子は記憶の中の幼く無垢で純真な野宮百合子にそう告げた。
///
「ねえ、百合子さん。海を見に行かない?」
ある日、突然凪子にそう声を掛けられた。 百合子の脳裏に”入水自殺”の文字が浮かび点滅する。
「東京の灰色の海など嫌よ。美しい浜辺がい��わ」 「う、海で何をなさるおつもりなの?」
蒼白な百合子の顔を見て凪子は男のようにからからと笑った。
「いやあね、顔が真っ青よ。学校を抜けだして海を見たいだけよ」 「――行くわ」
百合子が行かないと言えば、一人で行ってしまいそうだった。 万が一の事を考えて、百合子は頷く。
「級長には内緒ね」 「どうして?」 「莫迦な事はお止めなさいとしたり顔で言うからよ」 「莫迦な事――」
百合子は凪子に付いて行かねばと決意を固くした。 凪子が結婚のため退学をすると言うのは周知の事実だった。 髪の毛をザンギリ風に装うのもついには諦めた様子で、 教師などはようやく落ち着いたとばかりに喜んでいたが百合子たちは嵐の前の静けさのようなものを感じていた。
しかし、百合子の悪い予感には反して、凪子は本当にただ海を見たかっただけのようで、 まるで子供のように声をたてて笑いながら浜辺を歩いた。 波が寄せては返し、凪いでいる。 本来なら授業を受けているはずの時間に、明るい日差しの下で浜辺の砂を踏むのはどうにもおかしな感覚だった。 ざざ、ざざ、と波の音ばかりが響き渡る。
二人はブーツまで脱いでしまい、素足を波につけた。 足の裏が細かな砂利で揉まれ気持ちいい。潮風が髪を揺らす。
「ああ、くたびれた」 「指の股まで砂利が入ったわ」
百合子のあけすけな物言いに凪子がくすくすと笑う。 ひとしきり笑うとざん、ざん、と波の音に耳を傾けた。
「あと少しね。学校にいられるのも」
凪子が百合子の前で初めて結婚の事について触れる。 百合子はただ押し黙って、水平線を眺めてあいまいに相槌を打った。
「ね、この前言ったでしょう。どんな男と結婚するか――って」 「ええ……」 「私、カジノ・フォリィにその女を観に行ったの」 「え?!」 「どんな売女かと思って、一度くらいは顔を拝んでやろうじゃないのって。  何なら、夫をよろしくと挨拶ぐらいしてやろうかと思って行ったの」
そう言うと凪子は膝を抱えてうずくまった。
「級長の言うとおりよ、私って本当に莫迦。考えなしの大莫迦よ。  あんな所、行かなければ良かった。見なければ良かった。  ――あの二人はねPlatonicの、親愛の絆で結ばれているのよ。  あちらからしたら、邪魔者はむしろ私の方。  金と権力で二人の間を引き裂く、恋愛小説で言うところの悪者よ」 「――」 「上辺だけを見ていれば良かった。  ねえ、そうすれば私は可哀想な主役でいられたのに。  私、彼女が羨ましい、妬ましいの。私も恋というものをしてみたかった」
百合子は持っていた手巾で凪子の頬を拭うと赤い頬に口付けをして抱きしめた。
「小説の悪者がこんな顔をして泣いたりしないわ。  貴方はいつだって精練だった、私知っているわ」 「――私、不精だから手紙なんか書かないから」 「ええ、私の中の貴方はずっと今のままよ。  附属戦��一等活躍して、���ンギリの頭で自転車を乗り回すの」 「意地悪ね」
凪子は照れたように笑った。
///
斯波の邸には、百合子に充てがわれた部屋があった。 部屋には鏡台――母の鏡台が嫁入り道具で唯一の物だ――それにソファに机と本棚があった。 鏡台の引き出しには入り切らないほどの化粧道具や宝石が斯波から贈られていた。 他に衣装のための部屋もあり、そこにも多くの夜会服や着物が収められている。
美しい宝石や色とりどりの着物、以前は数が無くて惨めな思いをした夜会服の数々。 今はそういった物に心を動かされることはなくなった。 斯波は欲しい物があれば何でも買ってやると言うが、百合子には欲しい物が何もなかった。 最初の頃は小さめの宝石などの名前を挙げたりしていたが、次第に”貴方がくださるのなら何でも”と変わっ た。 高価で美しい宝石なのだ、女なら喜んで当然だ。 喜んでいる素振りもしていたが、心が伴っていない事は斯波にも分かっていたようだ。 高価な贈り物に、それを喜ぶ妻を斯波は求めているのだろうが、 その夫婦の芝居にも百合子にとって負担になっていた。
そして昨夜、百合子はその事をそれとなく斯波に伝えてみた。
「今、何と言った?」 「もう、贈り物をしないで欲しいの。  どれも私には過ぎた物ですから」 「貴方は――よくよく我儘な人だな。  宝石が嫌なら何が欲しいんだ、自動車か?別荘?それとも船でも欲しいのか?」
斯波は苛立ったように紙巻煙草を灰皿に押し付ける。 夫婦の寝室で百合子はソファに座っていた。 電灯に背を向けて立つ斯波の顔は暗く表情は見えなかった。
「貴方には感謝しています。借財で潰れかけていた邸を救っていただいたわ。  これ以上貴方に何かして貰うのは、気が引けるの」 「……随分な言い草だな。夫が妻に贈り物をする事の何が不満なんだ」 「不満ではないわ、ただ、興味が無いだけ」 「では何に興味がある?宝石も着物にも興味がないというのなら貴方の欲しい物何なんだ?」 「私の欲しい物――」
百合子は両親の顔がちらりと思い浮かんだが、すぐに消し去る。 そして、ふと目の前の男を見た。
「貴方の欲しい物は何?」 「俺の欲しい物? ――言えば貴方はそれをくれると言うのか? 俺に」 「私が差しあげられる物なら……」 「俺が欲しいのは貴方の心だよ、百合子さん」
別れを告げたあの日から百合子は胸に虚ろな穴が開いているようだった。 見ること聞くこと全てがその穴に落ちていってどこかへ消えてしまうのだ。
「そう、私の心が欲しかったの」 「今の貴方は抜け殻のようだ。  暴漢に立ち向かった時のような凛とした貴方がいない」 「あれはただの無謀だわ」
そうか、斯波はあの時の華族の姫らしからぬ百合子の事が気に入っていたのだ。 この男が名誉や野心以外で百合子に執着する理由が分かったような気がした。 それと同時に、斯波が欲しがっている物は百合子があげようにもあげられない物だった。
「貴方は俺に心を開くつもりなど無いのだろうな。  だが、貴方は俺の妻なんだ。貴方に何を贈ろうがそれは俺の勝手だ」 「そうね、口を出して悪かったわ」 「本当に悪かったなどと、思ってもいない癖に」 「――ええ、そうね」
百合子の言葉に斯波は立ち上がり、乱暴に腕を掴む。 先ほど、贈られたばかりの真珠の首飾りだけを首に付けて着物を剥いでいく。
「確かに、俺は貴方の心は手に入らないのかもしれない。  だが、貴方のこの高貴な身体は俺の卑しい金で買ったものだ」
いつにない手荒い扱いに百合子は怯えて抵抗した。 か弱い女の身で抵抗しても無駄だと悟ると、あとはただ荒れ狂う嵐のような斯波の熱情に流される侭だった。
///
「クロ?」
百合子は邸中をちっちと舌を鳴らしながら探しまわった。 いつからか邸に住み着いた黒猫の姿が見えないのだ。 庭へ出ると瑞人がスケッチブックを持って木にもたれかかっている。
「ねえ、お兄さまクロがいなくなってしまったの、見なかった?」 「さあ……どこか散歩に行っているのではないかな」 「でも、もうずうっと見ていないのよ。  あの子、雨に濡れていたらどうしよう、お腹を空かせて鳴いているかもしれないわ」 「案外他所の家で可愛がられているのかもしれないよ」
答える瑞人の声が低く、百合子は瑞人を覗きこむ。 眠っている様に目を閉じている。 いつ見ても美しい兄だったが、今日はその美しさが怖いほどに冴えていた。
「お兄さま、どうかされたの?」 「――少し、考え事をしていてね」
ゆっくりと目を開くと百合子に優しく微笑みかける。
「大丈夫、お顔が真っ青よ」 「うん、少し風に当たりすぎたのかもしれないね」
ふう、とため息をつくとまた瞳を閉じる。 今度は両耳に手を添えて覆うようにすると、目を閉じたまま百合子に話しかけた。
「こうやってね、耳を塞いでしまうとまるで水の中にいるような音がするんだ」
百合子も瑞人を真似て両耳を塞ぐが、かさかさという髪の毛の擦れる音しかしない。 口をとがらせて首をかしげると、瑞人は笑いながら百合子の頬を手で挟んだ。
「髪の上からしてはわからないよ。そう、こうやって髪をあげて――」
ひんやりとした瑞人の手が耳を覆う。 すると、閉じ込められた音が頭の中を反響して、本当に水中にいるような気持ちになる。
「これでね、目を閉じて息を止めてご覧よ。ねえ、本当に深い湖に沈んだようだろう?」 「苦しいわ、お兄さま」
何だか本当に湖に沈んでいるようで息苦しい。 瑞人が耳から手を放すと、ざわざわと周りの風の音がよみがえる。
「どう? 面白いだろう?」 「――怖かったわ」
あるはずのない水の冷たさを思い出して百合子はぶるると震えた。
///
斯波と結婚して四月が経とうとしていた。 自分の身に宿った赤子が男の子か女の子か、名前をつけるのなら斯波か彼の父から一文字貰ったほうがいいのか。 百合子は名前を考えてみては紙に書き連ねてみた。 ふとした拍子に、何気なく腹を触って撫でることも増えていった。 しかし、子供が出来たと分かっても、夫婦の関係はどんどんと悪くなっていった。
そして、何度目かの往診の時だった。
「いや、こういう事は子供を産まねばという重圧からよくあることなんです」 「でも、だって、そんな事が。  私、もうずっとその月のものも、それに幾らかお腹も大きくなって最近は悪阻も――」 「お気持ちはよく――とりあえず、精神を落ち着かせる薬を出しておきます」 「あの、もう少しお調べになって下さったらわかります」 「旦那様の方へは私からご説明を、大丈夫ですよ。お若いのだからこれからいくらでも機会はあります」
待って、と追いすがろうとしたが足から力が抜けて椅子から立てなかった。 医者は、元より子供など出来ていなかったと言う。 月のものがとまったのも、悪阻も、腹が膨らんだのも、重圧による思い込みだと言うのだ。
(では、私が撫でていたお腹は? 掛けていた言葉は?)
もうずっと身体に虚ろな穴が空いているのだ。喜びも悲しみも怒りも全てその穴が吸い込んでいくようだ。 子供も言葉もその穴に吸い込まれていく――そう考えると堪らず口を覆った。
(健やかな子供を産むことを、約束して頂戴)
病床にあった母の言葉を思い出す。百合子は立ちかけていた椅子から倒れて気を失った。
///
母は、百合子から見て何かの相談をするのには向いている人間ではなかった。 育った時代も環境も違いすぎるのか、あまり互いを理解出来てはいなかった。 子供のように奔放な一面をもつ母は、場合によっては百合子の方が年が嵩んで見えたし、 母親という役割に頓着していないように思えた。 百合子は大概の事は一人で解決できたし、それほど困窮する場面に相対したこともなかった。
日が落ちようとしていた。 庭の灯篭はもう随分と前から火が灯されなくなっている。 邸の中も必要なだけしか明かりをつけていない。 薄暗い居間で、瑞人の煙草の火が一層赤く灯る。
(斯波さんを選ばないのなら、他の縁談を考えなければならない)
そう言われて、考えようにも何もまとまらない。 もしも両親が居たなら、結婚相手を斯波なり他の相手なり、調べて選別してくれたのだろう。 それは自由恋愛という言葉が持て囃されはじめた現代において考えれば窮屈で不自由なことだろう。
(もし……お母様が生きていらっしゃったら何というかしら……)
百合子はふとそう考えた。 まだ母が死んでひと月と経っていない。 凄惨な死に様はまだ脳裏に焼き付き、眠りに落ちる瞬間に甦ることがある。 けれど、今まで過ごしてきた長い年月の中の母の姿の方が記憶には多くあるのだ。
(百合さん、まだ結婚などしたくないと言っているの?) 「お母様……したくないのではなくて、実感がないだけよ」 (貴方はまたそんな事を言って) 「お母様はどう思うの?」 (あら、私がこの方と決めた相手に素直に嫁ぐような子だったかしら) 「私、もう子供ではないわ。結婚が重要だという事、理解しているもの」 (そう、随分と大人になったのね?) 「ええ、もう二人を困らせたりしないわ」 (それなら、今更私が言わなくても分かっているでしょう?) 「財力のある方?」 (貴方が決めるのよ、百合さん) 「でも、だって、私一人では決められないわ」
徐々に母の影が薄れていき、瞬きをする内に湯気のように揺らめいて消えた。 母が死んでこの世から消えてしまっても、百合子の心の中に母の影がずっと残っているのだ。 本当に母と会話しているようで百合子は心が落ち着くのを感じた。
///
斯波は仕事が忙しいらしく、邸にいないことが多かった。 今も長期の出張のため洋行の最中なので、医者からの報告はおそらく手紙で知ることになるだろう。
こんなにも斯波の帰りを待ちわびる日は、今までなかった。 百合子は青白い顔をして額に手をやる。 気を失って倒れた時に椅子で打ったらしく、ずきずきと痛む。 一人の寝台で眠れない日が続いた。 頭の奥がざらざらとし、立ちくらみが襲う。
身近な親類には既に身ごもった事を報告していた、今更勘違いだったとどう知らせよう。 邸の呪いだの、身体に問題があるだのと囁かれるに違いない。 あれほど忌まわしく恐ろしく思った行為を今は渇望している。 何も持たずに嫁入りした自分の唯一の役割、妻としての務めを。
斯波が帰る日、百合子はいつものように玄関で出迎えた。 秋も終わりが近づいている。夜になると闇の濃さは深まり、一層肌寒くなる。 暗闇の中を自動車のライトが道を照らす、音を立ててエンジンが止まる。 斯波はいつもどおりに出迎えた百合子を見て、少し驚いたような顔をした。
「百合子さん、体調はどうなんだ」 「――ええ、どこもおかしな所はないわ」 「……そうか、それなら――」
良かった、という言葉を斯波はすんでのところで飲む。 百合子に酷いことをする反面、人を気遣う事があるのだなと思った。 斯波は久しぶりの帰宅だというのに、忙しそうに邸を歩きまわる。 ようやく居間のソファに腰を掛けると、向かいに座る百合子の顔を見た。 必要ないと分かっているのに斯波は百合子に土産と称して髪飾りとガウンを贈る。
「出先で見つけたんだ。貴方に似合いそうだと思ってね」 「ありがとう、嬉しいわ」 「――貴方は大夫疲れているようだな、まあ、無理もないが」 「お医者様は、若いからまだ大丈夫だろうって」 「……」 「純一さん、前に私に言ったわよね。何がほしいのかって。  私――子供が欲しいの……だから、私」
百合子は自ら着物の帯に手を掛けた。 指先まで冷たく、まるで自分の指では無いようだった。 帯留めを外して更に帯を解く、髪の毛に手をやって無造作にかき回す。
「百合子さん、駄目だ、いけない。貴方はやはり疲れているんだ」 「どうして? お願い、お願い、抱いてほしいの」 「ッ、百合子さ――」
百合子が着物の前をはだけさせると、白い肌が細く覗く。 ソファに座っている斯波の膝の上に乗り、首に手を回して深く口付ける。 斯波はまるで初心な少女のように弱い抵抗を見せる。 そして熱く火照り、桃色に染まっていく甘い肌の何よりも柔らかい乳の膨らみを斯波の頬に押し付けた。 斯波はその乳房にむしゃぶりつきたくなる衝動をどうにか堪えて、着物の前を閉め合わせた。
「……貴方は疲れているんだ。こんな事――貴方らしくない」 「私、らしい? 貴方が私の何を知っているっていうの?」 「……貴方の体調が戻るまで、しばらく寝室を分けよう」
そう言うと斯波は買ったばかりの土産のガウンを百合子に羽織らせると、 病人を運ぶように優しく横抱きにして居間を出る。 客間として使われていない部屋の冷たい寝台に寝かされる間、百合子は斯波と言葉を交わすことも目を合わせ ることも出来ずにいた。
「医者の言うとおり貴方は若いんだ時間はいくらでもあるのだから、焦る必要はない」 「……」 「俺は――いや、……何でもない。ゆっくり休みなさい」
百合子は取り残された部屋で、くしゃりと髪の毛ごと手で顔を覆った。 あまりにも自分が惨めで無様で情けなかった。 斯波は、暴漢に立ち向かっていく高潔な少女が好きだったという。 その少女は成金の求婚になど靡かないだろうし、 まして結婚などしてもその誇りは高く、夫に仕えるようなか弱い妻ではないはずだ。 間違っても、自ら身体を差し出すような女ではないだろう。
斯波は他の女性と同じように、百合子を手に入れる事で己の自尊心を満足させたいだけなのだ。 金の力で身体は手に入っても、心は手に入れられなかった。 だから、結婚しても百合子に執着し、その心を開こうと躍起になっていた。 そして、今日、百合子の方からねだることで、斯波の自尊心はきっと満たされたのだろう。 百合子は斯波が抱いてきた大勢の女の中の一人になったのだ。
そして、その予感は的中し、斯波は仕事と称してほとんど邸に寄りつかなくなった。 邸に居るとしても僅かな時間だけで、百合子と会おうが会話らしい会話もない。 花街や会合などで派手に遊んでいるらしく、時々噂だけが流れてきた。 夫婦の営みも部屋を別にしてからは一度もなく、また百合子の月のものも止まったまま回復していなかった。 そして斯波が離縁状を百合子に差し出したのは、みぞれの降る三月末のことだった。
「まあ、貴方があの野宮の邸で暮らしていく分には十分すぎるほどだろう。  それに俺が貴方に贈った夜会服や宝石も付けよう。  一度袖を通したものだし、それに宝石は持ち主の情念が宿ると言うからな」
斯波は久しぶりに会ったかと思うと雄弁につらつらと言い連ねる。
「貴方は今日にも早速帰っていただいて結構だ。  荷物は後日運ぶようにこちらで指示している」 「そう……」 「何か不満があるのか?」 「いいえ」 「そうか。ああ、もうこんな時間だな。  それじゃ、仕事があるので失礼」 「ええ――」
百合子は自分の名前を書き終わった離縁状を斯波に渡して、目を伏せた。 斯波はそれを受け取るとパナマ帽を被って、百合子を一瞥し、まるで他人行儀な笑顔で会釈した。
部屋から庭を��下ろすと、斯波を乗せた自動車がエンジン音を立てて出ていくのが見えた。 ��うあの自動車を見送ることも、迎えることも無いのだ。 一台、停車場には百合子のために用意された自動車が停まっている。 百合子の近辺の私物を持ち帰るのに、背丈の半分ほどの鞄で事が足りた。 馴染みの女中に別れを言って、自動車に乗り込む。 運転手が軽々と百合子の荷物をトランクに乗せて、数刻も経たない間に斯波の邸を後にした。
百合子は振り返り、ゆっくりと離れていく邸を見つめた。 あまりにも短かった。それでもどこか懐かしい百合子の部屋、庭、噴水、玄関。 それらがどんどんと遠くなり、小さくなり、そして自動車が曲がって見えなくなってしまうまで、それをずっと見つめていた。
離縁状を書いたのは今日だったが、離縁の話は前から出ていた。 百合子から詳しい手紙を書いたことはなかったがおそらく、藤田や瑞人もその事を知っているだろう。
(藤田もお兄さまもきっとお怒りになるわね)
二人はずっと百合子の味方だったから、容易に想像出来る。
(お父様とお母様は――何ていうかしら)
目をつぶって考えてみるが、何も思い浮かばなかった。 百合子自身、この結末を考えてもみなかったからだろう。 がっかりしたような顔をするような気も、悲しそうな顔をするような気もした。 深くため息をついて、車窓を眺める。
「姫様、お帰りなさいませ」
野宮の邸に到着すると、自動車のドアを藤田が開ける。 藤田はまるで浅草の活動写真から帰った時のように、優しく出迎えた。 百合子はつられて弱々しくも微笑った。
「ええ、ただいま」 「お疲れでしょう、お部屋に暖は入れております。  お食事になさいますか?」 「ううん、何だか自動車に酔ってしまって部屋で休むわ」 「左様でございますか、何かあればすぐにお申し付け下さい」 「ありがとう」
百合子は自室に戻ると寝台に身を投げだした。 藤田の優しい声音と、懐かしい邸の空気で凝り固まっていた神経がほぐれる。 急に身体はずしんと重くなり、手をぴくりと動かすことすら出来ない。 ずきずきと痛みだす頭に、神経が張り詰めていたのだとようやく思い知った。 野宮の邸に戻ってきたのだ。
離縁状には”斯波百合子”と書いた。 書類の上では今の百合子は野宮百合子のはずだった。
(さようなら――)
あの日に別れを告げたはずの百合子に今更戻れるとは思えなかった。 目を閉じて、眠ってしまうのが怖かった。 次に目を開いたら、一体誰になっているのか、誰として目覚めるのか。
(私は誰なんだろう、私は――)
抗いがたい眠気に、頭痛に、百合子は意識を手放した。
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mbookey-blog-blog · 13 years ago
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ntakemura · 2 years ago
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どこかの有名な寺院のお寺ではありません。 こう見えて駅なんです 叡山電車の貴船口駅。 紅葉シーズンになると夜のライトアップが美しくこのような顔を見せてくれます #貴船もみじ灯篭 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #ニコン #原色 #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 #train_vision #traingallery_ig #ライトアップ紅葉 #ライトアップ #駅 (貴船口駅) https://www.instagram.com/p/ClW-TJSSapn/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ntakemura · 2 years ago
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もみじのトンネルを通り抜けた後に現れるのがライトアップされた二ノ瀬駅のもみじ。 昼間と違い、夜は全く違った顔を見せる #貴船もみじ灯篭 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #紅葉ライトアップ #train_vision #traingallery_ig #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #貴船もみじ灯篭 #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #流し撮り #流し撮り部 #流し撮り部鉄道課 #逆流し #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 (二ノ瀬駅) https://www.instagram.com/p/ClVVD1gP8os/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ntakemura · 2 years ago
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#紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #貴船もみじ灯篭 #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #流し撮り #流し撮り部 #流し撮り部鉄道課 #逆流し #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 (叡山電車 もみじのトンネル) https://www.instagram.com/p/ClUUUWDB2C4/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ntakemura · 2 years ago
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夜の貴船口駅から顔を出した鞍馬行きの電車。 ライトアップされた紅葉で車体が紅く染まる。 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #貴船もみじ灯篭 #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #流し撮り #流し撮り部 #流し撮り部鉄道課 #逆流し #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 (貴船口駅) https://www.instagram.com/p/ClSwAn-vwIT/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ntakemura · 2 years ago
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燃える様にライトアップされたもみじのトンネルをゆく、展望電車きらら。 展望電車とはよく言ったもので大きな窓一面に真っ赤な紅葉が視界に飛び込んでくる。 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #貴船もみじ灯篭 #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #流し撮り #流し撮り部 #流し撮り部鉄道課 #逆流し #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #貴船もみじ灯篭 #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #流し撮り #流し撮り部 #流し撮り部鉄道課 #逆流し (叡山電車 もみじのトンネル) https://www.instagram.com/p/ClR5KvxScXI/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ntakemura · 2 years ago
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もみじのトンネルへ入っていく「きらら 青もみじ号」 車体にもみじのトンネルがリフレクション。 #貴船もみじ灯篭 #紅葉とる人おけいはん #もみじのトンネル #叡山電車 #きらら #紅葉 #紅葉スポット #京都 #鉄道写真 #鉄道風景写真 #関西私鉄 #叡山電鉄もみじのトンネル #train_vision #traingallery_ig #reflexiones #lightup #東京カメラ部 #ニコン #原色 #railways_of_our_world #nikon #nightscape #写真好きな人と繋がりたい #写真撮ってる人と繋がりたい #nikon #nightgram #ファインダー越しのわたしの世界 (叡山電車 もみじのトンネル) https://www.instagram.com/p/ClP-wlnPiIH/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kachoushi · 4 years ago
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各地句会報
花鳥誌令和2年8月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
令和2年5月5日 さゞれ会
累々と墓黒々と落椿 雪   落椿踏むにつけても偲ぶ人 同   落椿女を踏むと云ふ男 同   表札に士族とありて武具飾る 匠   閻魔様に折り合ひつけて彼岸寺 同   夫逝きし白を極めるつつじかな 笑   満開に共に歩みし人のなく 雪子
(順不同) ………………………………………………………………
令和2年5月7日 うづら三日の月句会
坊城俊樹選 特選句
葉桜の香り流るる足羽川 英子 夏近し手足やさしく風過ぐる 同   角砂糖白磁に溶けて街薄暑 都   遠き日にここで迷ひし麦の秋 同   一輪の余花に集まる日差しかな 同  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月11日 武生花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
髪止めに真珠一つぶ五月来る 上嶋昭子 喪のひとの手のひんやりと若葉どき 同   大砲のごとく筍置かれけり 信子 鉄塔の四脚も植田の中となる 同   楮漉く千年の里風光る 時江 金泥に波打つ裾野竹の秋 同   花吹雪殉国の人偲ばばや みす枝 月光に濡れて新樹の艶めけり 同   晴天に大きくうねる鯉幟 さよ子 青梅の落つる音してふと不安 同   大空を大きく沈む代田かな 錦子 バイブルに手をおく祈り風薫る ミチ子 草朧ふはりと人の現れし 中山昭子 百匹の大河を跨ぐこひのぼり 英美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月12日 萩花鳥句会
城山を消して卯の花腐しかな 小勇 老いし猫病みて添ひ寝や明易し 祐子 夏めくや開襟シャツにスニーカー 美恵子 春昼や地上の雀おにごつこ 吉之 ���夫してマスク文化は手縫ひから 健雄 ひと月半家籠る間に夏めきて 陽子 葉桜や四女は無事に嬰児を ゆかり 産土の原始の森の椎若葉 克弘
(順不同) ………………………………………………………………
令和2年5月12日 さくら花鳥会
岡田順子選 特選句
黙々と祖母想ひ剥く夏蜜柑 裕子 釜の艶褒められもして夏炉守 寿子 鯖へしこ無口な兄が酔ふ夕べ 登美子 夏籠写経もひとり墨を磨る 令子 振り向けば囲まれてゐし遠蛙 紀子 海夕焼け劇画の如き雲なりし みえこ 父からの筍二本と帰路につく 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月13日 芦原花鳥句会
坊城俊樹選 特選句
もこもこの優しき綿毛白木蓮 けんじ 紙風船薬の匂ひふくらませ 孝子 静かにもおでましならず雛の間 寛子 春の山眠り解くや獣道 依子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月13日 鳥取花鳥会
岡田順子選 特選句
島浦の永久なる茅花流しかな 栄子 叢雨の止みて香の立つ花楝 益恵 若布干す近寄る孫も追ひ払ひ すみ子 番傘に宿屋の太字夏の雨 幹也 柏手に滝音遠く加はれり 宇太郎 緑陰に臼置かれあり陣屋跡 都   東照宮深くに沈め夏あざみ 悦子 新緑を天蓋にして墓眠る 佐代子 若布干す並びし媼皆一糸 すみ子 鰻食ふ昔の川の匂ひして 幹也
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月16日 伊藤柏翠俳句記念館
坊城俊樹選 特選句
牡丹の芽ほぐるる音の有るや無し 雪   揺られざるまま揺られゐし糸桜 英美子 陸軍墓地裏山道や著莪の花 ただし ジョンウェイン様に御目もじ春の暮 和子 農小屋を開くこと待つ燕かな 富子 竹の秋一山を似て一寺なる 一仁 青葉風軍馬の像の駈けるごと みす枝 子供の日兜かぶせて大将に 同  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月21日 鯖江花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
初蝶に待たるる思ひして人に 雪   永き日や遅るにまかす置時計 同   濁世いま風を靡かせ薔薇香る 一涓 結ひ今も眼裏にあり植田見る 同   水口に水踊り入れ代掻きぬ みす枝 一面の黄金焦げゆく麦の秋 同   終夜月明るくて明け易し 直子 村眠る代田に星を溢れしめ 信子 荒島岳そつくり映す代田かな 昭子 花芯より崩るは哀し白牡丹 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 零の会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
茉莉花の月よりたたなづくかをり 光子 海ほほづき写真に遺る姉二人 炳子 天帝の夜へひとこゑや青葉木菟 順子 括られしままのふらここ雲流る 眞理子 薄暑かなひとはひとから遠ざかる 公世 チューリップみだらに割れて蕊黒し 和子 眉を引く八十八夜のバスルーム ��づみ 白藤のゆさり青磁の大鉢に 眞理子 まつしろな水へ噴水落ち続け 千種 夕暮が燃え尽きてゐる薄暑かな 伊豫 吸ふ息を肺に満たして春惜む 小鳥 出棺を見送りに出る花の下 清流 列島をがらんどうなる薄暑来る 伊豫
岡田順子選 特選句
昼寝覚なんたる猫の目の蒼さ 公世 街一切消えてゆくなり春夕焼 和子 括られしままのふらここ雲流る 眞理子 スケボーの子に引つぱられ藤の花 小鳥 撫でてゐる馬は相棒ライラック 光子 こ煩い姉にまつかなアマリリス 三郎 塵芥車のうた角に消え街薄暑 小鳥 薔薇見えて噴水見えぬ席であり 千種 青といふ頑是なきもの子どもの日 公世 桜蕊降り頻る日のとしあつ忌 清流 俯いてからの青空姫女菀 慶月 股ぐらを通り抜けたる青嵐 伊豫 十字架の薄暑の胸となりしかな 俊樹 谷根千の古寺を過ぎりてつばくらめ 梓渕
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 なかみち句会(投句のみ)
栗林圭魚選 特選句
一八の花に湧く風しなやかに 秋尚 摩崖仏仰ぎ見る目に若葉風 有有 幣揺らす五月の風や祝詞上ぐ 貴薫 青空へ姿勢正して緑立つ 秋尚 品書は心太のみ峠茶屋 美貴 矢車や音立てやをら廻りだし せつこ 紫に波打つ藤の幹猛る 怜   産土の杜ふくらませ楠若葉 同   若葉風兄に会ひたく無言館 あき子 豆桜富士山見ゆる峠道 ことこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 風月句会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
空つぽのブランコのまだ揺れてゐる 和子 薔薇咲かせ運命流しくる隣家 慶月 少年の拳にささる薔薇の棘 炳子 踏み切りに人疎らなる駅薄暑 慶月 狛犬は韓国風の宮薄暑 要   愁ひつつ神鈴振れば青葉風 政江 鏝跡の壁の屋敷と白薔薇と 慶月 青蔦の囲む窓よりランプの灯 政江 さざめきを洩らし薔薇園閉鎖中 眞理子 まどかなる月へまつたき白薔薇 千種
栗林圭魚選 特選句
大ぶりの豆大福や古茶を汲む 眞理子 湧き上がりつつ鎮れる新樹かな 要   富士塚の頂上よりの若楓 同   大空に連なるこゑの揚雲雀 幸風 鉄線の花に触れ去る影一つ 久子 揺るぎなき銅の鳥居や夏の蝶 亜栄子 グッピーと共に隠居や新茶汲む 亜栄子 蝦蛄剥きし指の痛みに白ワイン 要  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 福井花鳥句会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
黒髪の娘の洗ひ髪すぐ乾く 世詩明 一気呑みビールは咽を鳴らしけり 同   柏餅供へて偲ぶ吾子のこと 千代子 囚はれのごとき身なりて春は逝く 和子 四月尽人通り無きこの街に 同   菜園の中は蝶々の交叉��� 千加江 吾子ら来ぬ牡丹咲けど亦散れど 昭子 深海の色の紫陽花贈り来る 同   自粛にてクロスワードす日永かな 令子 ひとひらの光となりて花は葉に 啓子 遠ざかる思ひ出ばかり花は葉に 同   ダム見えて無尽蔵なる蕗の径 よしのり リラ満ちて無人校舎の無表情 数幸 初蝶の黄の滴らんばかりなる 雪  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 九州花鳥会
坊城俊樹選 特選句
フーコーの振り子の孤独五月闇 伸子 卯の花や仏の胸に彫る仏 成子 街薄暑時をきざまぬ花時計 豊子 紫陽花に薄水色の雨の降る 千代 弥陀仏の薄目の奥の楠若葉 さえこ 少年の孤独の前にかたつむり 朝子 来し方を肘の蛍と戻りけり 愛   潮の香の高きふるさと夏の月 洋子 花卯木垣に咲かせて尼の留守 初子 永仁の壺中に深し五月闇 喜和 夏の蝶天を破りて降り来たる 朝子 卯の花の乱れやすきを篭盛に 豊子 桜桃忌磁針はいつも揺れ迷ふ 伸子 アパートの小暗き窓や夕蛍 志津子 生き方を変へねばといふ夏来る 光子 籠りゐの春漸くに夏の立つ 由紀子 新樹燃ゆ薬五粒に生かされて 初子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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sabooone · 8 years ago
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宿業、或いは鬼灯の姫ごと/08/2011
ねっとりとした濃い闇に、まとわり付くような熱。 息をするたびに肺に湿った熱い空気が送り込まれる、それも血霧のむわりとした生臭いものも一緒に。
その獣は錯乱していた。 何度も、何度も執拗に女の性器を抉る。
そうする度に自分自身が死んでいくような気がした。
けれど、それでいいのかもしれない。 最初は確かに、自分を投影した小さな命が消えるのが恐ろしかった。 まるで自分自身を殺されてしまうかと思い、口論となった。
しかし、よくよく考えてもみればこの世は地獄だ。 それならば、この世にまみえる前に極楽へと送り返すことこそが、まことの救いではないかと思いなおしたのだ。
ぐぷぐぷと血の泡が女の身体の刺し創の隙間から湧く。 いつもは高飛車で生意気で尊大な言葉を吐き捨てるその口はごぷりと血の固まりを吐き出し、死んでもなお身体はびくりと痙攣する。
ようやく物言わぬ人形となった身体。 執拗に自分を殴り、蹴り、嘲っては罵倒してきた女。 栄養失調やら発育不足で小柄だった自分を、女のようだと嘲笑して古くなった女物の着物を下げ渡しそれを着て道端に立てと命令した。
血の失せた白い肌は青く、真っ黒な髪が振り乱れ白と黒の、そして血の赤の対比が映える。 そうしてようやく、急に愛おしく思えてきた。 心のつかえがすうと溶け出し、流れていくような感覚に、獣は自分の中にもこのように美しく清い心があったのかと思う。
からんと包丁を落として、手に腕にねとりと纏いつく血を女の着物で拭う。 そして、紙風船のような真っ赤な鬼灯を落とすと、ふうわりと地に落ちた。
「お前に……会いたかったわ……」 「俺は……」
女の言葉に男はうつむいた。 逃げよう��後ずさりする男を女は抱きしめてとらえてしまう。
「私は――お前のことを愛してるわ!  お前のために、お前のために私は――」 「お嬢……様……」
お嬢様、と呼ばれた女は年の頃はまだ二十も越えていないほどの幼顔で、それでもその瞳に宿る力強い光はお嬢様という呼び名とは不釣合いに思えた。 女は耳かくしのモダンな髪に、洋装。
「その呼び方はやめてちょうだい。私はもうただの女よ。  私はお前のために家名を捨て、お前を探し出すために――探偵になった」
女はそう言うとにこりと男に微笑みかける。
「お前は邸の下男だった、私はずうっとお前のことが好きで好きでたまらなくて、  私がお前にそれを伝えるとお前は私の前から消えてしまった」 「俺はただの下男です――」 「私だって、もうただの女だわ……」 「お嬢様……俺は――俺は――」
そう言うと男はこらえ切れずに女の細い身体を抱きしめた。 女はその苦しさよりも、嬉しさと愛おしさで息が詰まる。 ああ、ようやく――。 そっと、ふたりの影が重なり合い――そして……。
「何だコレは!!!!!!!」
斯波は文芸雑誌を引き千切った。 力いっぱいに引き裂き、びりびびびっびびと破り捨てて机の上に投げつける。
「旦那様、どうかされましたか?」
山崎の声に、一瞬だけ落ち着いて「なんでもない」と答える。 ぜえぜえと肩で息をして、呼吸を整えるが、斯波の腹立ちは抑えきれなかった。
百合子が編集者として携わった初めての原稿が文芸雑誌に載ると聞きつけて、急いでその文芸雑誌を買ったのだが――。 読んでみるとその内容はあまりにも、不適切で不埒で不純で事実に則りつつも事実から反していた。 まず、女探偵を生業にしている主人公があまりにも百合子に似ている。 そして、なぜか下男に恋焦がれているという。 そこが気に入らないのだが、もっと酷いのは女探偵を口説き落とそうとする成金の男だ。 金や贈り物であの手この手で女探偵を陥落させようとしている、という設定なのだが、その描写はあまりにも斯波自身を想起させた。 しかも、どちらかというと女探偵と下男の引き立て役のような立場で、今後は基本的に報われることはなさそうだ。
いらいらと書斎を歩きまわる、破り捨てた雑誌がちらちらと目の端にうつる。 はあと斯波は腰に手を当ててため息をつく、がしがしと頭をかくとがっくりと項垂れて床に散らばった雑誌の破片を拾った。
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さくさくさくさく、と軽い音が応接間に響く。 風月堂のパピヨットを差し入れに、百合子は作家の屋敷に訪れていた。 パピヨットとは貴婦人の巻き毛に使うピンをイメージして作られた西洋菓子で、 麦の粉を挽いたものと砂糖をミルクで溶いて焼き上げたものだ。 くるくる��丸められて葉巻のようになったそれはたしかにピンカールにそっくりだった。
作家の婦人が丁寧に冷やした緑茶を淹れてくれる。 百合子はそれに手をつけず、作家から手渡された原稿をじっと読みふけっていた。 ぱらぱらと菓子の粉を落としながら作家はパピヨットを齧っては緑茶をごくりと飲んだ。
ようやく原稿を読み終えて一息つくと、とんとんと原稿を机の上で整えた。 さて、と百合子が口を開く。
「あのう、もしかしなくてもこの主人公って――」 「ああ、あくまでモデルですよ。ほとんどは僕のつくり話だから気になさらずに」 「はあ……」
それにしてはあまりにも現状と一致しているような……。 月刊誌で連載しているその作品は、いまや文芸誌を代表する名作となっていた。 男が主人公の作品と違って、女のそれもモダンガールと呼ばれる女性が働き謎を解きながら恋愛するという話が女性たちの間で持て囃されているそうだ。 もちろん、王道の身分違いの恋愛というのもその人気の一端をになっている。 ぱらぱらと原稿をめくりながら、作家に問いかける。
「やはり、最後はこのまま二人は結ばれるのですね」 「うん、その方が面白いだろう?」 「そうですね、おそらく、読者の方はそういう結末を望んでいると思います」 「娯楽作品ですからね」
飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことで、文芸誌内でも人物相関やら特集やら組まれ、 未定だが有名役者を使っての活動写真にもなるという噂だ。 噂は人の口づてに広まり、いつの間にやら文芸誌の売上は過去の数倍以上を記録していた。
このことに、編集部内もてんやわんやで百合子の労をねぎらう言葉をかける者がいる一方で、女の色香で原稿を手に入れただの、色仕掛けで専属契約をもぎ取っただのと陰口を叩く者もいた。 百合子はそう影で言われれば言われるほどに、更に決意を固めて男に交じって必死に働いた。 たしかに、有名作家の原稿を預かったのは本当に奇跡のような偶然からだった。 けれど、その一縷の望みのような一つの作品をここまでの話題作に仕掛けたのは他でもない作家と百合子だった。 世相を鑑みて、情報、流行を知り、革新的に、それでも展開は王道で保守的なものをという作品作りが功を奏したのは言うまでもない。
「そうそう、先生。文藝賞にもいくつか候補に登っていて記念の式典などが催されるようですけど」 「会食かあ、面倒だな」 「まあ、そう仰らずに。奥様とお二人で楽しんできてはいかがですか?」 「うん、そうだね。お前、行きたいかい?」 「私ですか……そうですわね……でもあなたお酒の癖が悪いから」 「飲まなければ平気だよ」 「それならば――行きますわ」
婦人は頬に手をあててにっこりと笑った。 百合子は婦人の淹れた美味しい茶を飲み、原稿をまとめて帰社した。
編集部の隅の机は何度片付けても山積みに書類や原稿の下書きが積もる。 どこから回されたのか、装丁の草案やら何に使うのか分からない写真まで百合子の机に乗っていた。 おまけに、帰ってくれば誰かが尊大な風に「おい、お茶!!」と怒鳴るのだからとても仕事どころではない。 百合子は急いで帽子と手袋をとり、鞄につっこむと袖をまくりながら給湯室へ向かう。 それぞれの柄の違う湯のみに、これはぬるめ、これは濃いめと、編集者たちのうるさい好みを思い出しつつ淹れていく。 茶渋がこびりついた湯のみは何度茶殻でこすってみても落ちない。 諦めて一等濃いめのお茶を注げば分かるまい、とその湯のみだけはたっぷりとお茶を出してみる。 器用にお盆に何個もの湯のみを乗せて、曲芸軽業師のごとく、それぞれの机に配り歩く。 一方、空いた盆には重い陶器の灰皿が積み重なる。
誰も灰皿の吸殻を掃除しようとしなかったため、過去に一度小火が起きかけた。 編集者の命よりも大切な原稿を燃やすわけにはいかない、いつのまにか百合子が男たちの灰皿の吸殻を捨てたり洗ったりする役割になっていた。
それらを片付けてようやく、作家の下書き原稿を書き写す作業に入った。 連載の具合にもよるが、一日何百枚と書きなおさなければならず、また悪筆のため読み取れないものはト書きをし、後日作家に尋ねなければならない。 あたりがまっくらになると、ようやく手元の電灯をつけて必死に書き連ねる。 ふと周りを見れば、大抵編集者はすでに退社しているか、仮眠室とも呼べない応接間の革張りのソファで眠っていた。
百合子が担当する作家が、百合子をモデルにしたと言った小説。 それを、綺麗に書き写していると、まるで現実と幻想の狭間に落ちて行くようだった。 万年筆が主人公を追うたびに、百合子の人生が開かれているような気すらした。
じじじ、とわずかに電灯の煌きが音をたてて揺れる。
目がしぱしぱと乾き、百合子はいつしか息をするのも忘れて必死に原稿を書き取っていることに気がついた。 ふと顔をあげれば、とっぷりと日が暮れて夜半を過ぎている。 区切りをつけると、原稿をタイピストである女性へ手渡す。 このころ、モダンガールという女性が流行ったが、その職業の多くは事務員かタイピストであった。 この出版社には女性が三人おり、一人は編集者の百合子。そして二人は女性タイピストだった。
「お疲れ様、今日はおわり?」 「ええ、あなたは?」 「まだまだ、今日中にあれだけ打たなくちゃ……」
そう言う視線の先には山ほどの原稿があった。 百合子はタイプライターの経験がなく、手伝いましょうかとも言えずにただ気の毒そうな顔をした。
「私もタイプライター習おうかしら……」 「これはこれで気楽でいいわよ、原稿を打つだけだもの。  それよりも、あなたの編集部は大変でしょう?」 「まあね……」 「まあ、どこだって大変よ。  さ、私もさっさと終わらせて帰らなくちゃ」 「ええ、邪魔して悪いわね」 「ううん、お疲れ様」 「お先に」
そう言うと、くるくると鞄を回しながら会社の出口の階段を駆け下りた。 重い硝子の扉を押し開けて、外に出るとねっとりと蒸し暑い夜の外気が腕を撫でる。 ぎらぎらとした太陽はすでに沈んでいるが、残った熱気がまだ地面に篭っているようだった。
「うーん……」
百合子はいっぱいに背伸びをして身体をほぐした。 ぽきぽきと小気味よい音がして肩が軽くなる。 柔らかな橙色の街灯に、はたはたと蛾やら虻が引き寄せられていた。 突然、ぱっぱと黄色い光にてらされる、パッと高いクラクション音が鳴り、百合子がそちらを見ると……。
「斯波さんね」 「随分と遅い退社だなお姫さん。ほら、送ってやるよ」 「もう、変な噂を立てられたらどうするのよ……」 「そんな噂たてられたら、認めてしまえばいいじゃないか。  なにせ俺はお姫さんの未来の旦那なんだからな」 「はいはい」 「……お姫さん……随分と男のあしらいがうまくなったもんだなあ……」 「ふん、その感慨深く言うのやめてちょうだい」 「お姫さん言葉も薄れているな、それはそれで可愛らしいが……  まあ、やはり残念といえば残念ではあるな」
ぶつぶつと独り言のように喋る。 相変わらずの斯波に百合子は少しだけ笑った。 それを見て気をよくしたのか、斯波は百合子に自動車の扉を開けて百合子を促した。 どうせ今から帰るなら歩いて帰るしか無い、百合子は素直に斯波の自動車に乗り込む。
「本当に斯波さんは相変わらずね。  ねえどうしてそんなに私に求婚するのか理由を教えてくださいよ」 「それは――駄目だ」 「どうして?」 「どうしって――それは……。  そう、お姫さんの小説のネタにされかねないからな」 「あら?読んでいるの?」 「勿論、しかしなんですかねアレは――。  まったく、女子供の読む娯楽作品だな」 「それがいいのよ」 「ふうん、そういうものか。  まあ、とにかく――あんな夢物語はくだらないな。  現実味というものがまるでない、下男と令嬢の恋愛など――」 「……そうよね」
思いもかけず百合子が斯波に同意したのを聞いて、 斯波ははっと口を閉じた。
「――お姫さん、あの小説は――」
斯波の言葉に百合子は首を振る。 少しばかり百合子の境遇と似ているが、ただそれだけだ。
「主人公は私をモデルにしたと言っていたわ、  内容は――作家の先生が考えたものよ」 「ならば、どうしてそんな顔をする?  あなたは本当に、誰かを探すために――その初恋の男を探すために探偵になったのか?」 「……」 「百合子さん、答えろ。  俺には聞く権利があるだろう?俺はあなたの助手なんだから!」 「言えない……分からない……だって彼は――」
百合子の初恋の相手で、本当の兄で……そして親を殺した憎むべき男。 小説のようにただの下男だったなら、どれほど簡単だっただろう。 そして、小説と同じようにずっと好きだったと忘れられずにお前を追ってきたと言えたなら……。
「私は、ただ……幸せにしてあげたいと思ったの……。  だけど、私がいるときっと幸せになれない」
自分の存在が、真島を追い詰める。 それでも真島に一目会いたい、そして真島を幸せにしたいと思うのは――百合子の我儘なのだろう。 真島の幸せを願っているくせに、本当は百合子自身の幸せのためにそうしているのだ。 その事を考えると、どうしていいか分からず立ち止まって泣いてしまいそうだった。 走るのを止めて、追いかけるのを止めてしまえば、一度その足を止めてしまえばもう二度と前に進めなくなってしまうのではないかと不安になる。
「――諦めてしまえばいいじゃないか。  どうせ、人生なんて諦めるか諦めないかの二択しかないんだ」 「斯波さ――」
突然斯波が百合子を抱きしめた。 最初の頃の強引さが息を吹き返したように、燃え盛る炎に煽られるように。 百合子は手で斯波を押し返してみるがびくとも動かない、 根限りの力で斯波の腕を振りほどこうともがく。
「放して!!は、放しなさい!!!」
いつも斯波は助手だ助手だと言って、百合子を立てていた。 その関係が心地良く、また楽しかったので百合子はずっと斯波が助手であると思っていた。 しかし、今の斯波は百合子の助手ではなく、ただの男だった。 それも、強引で傲慢で――全てを自分の物にしたいと思っているあの頃の斯波のようだ。 あの頃は嫌だとしか思わなかったけれど、今はどうしてか心臓がどくどくと脈打つ。 それは不快なことなのに、どうしてか百合子はむずがゆいような快感を覚える。 昔より、少しだけ斯波の事を理解して知っているからかもしれない。
華族令嬢でもない自分を求婚し続けて、でもその理由を話してはくれない。
何かあればいつも百合子より一歩前に出て矢面に立つ。 百合子のために自動車を出し、奔走したり、扉を蹴破ったりする。
「あなたと一緒に居ることが出来れば、俺はそれだけで幸せだと思った」
斯波の言葉に百合子はどきりとした。 まるで、鏡に写した百合子のようだ。
(私たちいつも一方通行ね……)
そうか、斯波と百合子はどことはなしに似ているのだ。 意地っ張りなところとか、頑固なところとか、好きな人を思うあまりに考えなしで行動してしまう所とか――。 だから、百合子はどうすればいいのか――どうすれば自分ならばすんなりと受け入れるのかを考えて答えた。 怯える心を奮い立たせて、ぐっと斯波の目を見据える。 猛禽類を思わせる鋭い目、それを怯むことなく見つめているとふわりと斯波の腕がゆるんだ。 斯波は強引そうに見せかけて、その実どこか愚直な所があるのだ。
「斯波さん、諦める人生と諦めない人生なら――私は諦めないわ。絶対に諦めない。  何がなんでも真島に会ってやるわ」 「会ってどうする?」 「会って――会って……。  そ、それは会ってから考えるの!  斯波さん、私に利用されるのが嫌なら助手など辞めてしまうことね」 「……辞めるわけないだろう。俺だって、絶対にあなたを諦めんぞ。  ふ、まあ小説のように上手いこと行くわけないですからね。  せいぜい盛大に振られて、傷心したあなたを俺は狙わせていただく。  ……それにしても……真島――あの園丁か」 「どうかしたの?」 「いや――ところで、何か手がかりはあるのか?」
ふるふると百合子は首を振った。 真島の過去の事はほとんど調べた――けれど、今現在真島が何をしているのかは全く手がかりがない。 百合子なりに調べてはいるものの、これといった有力な情報もなかった。 新聞の広告欄に探し人で記事を打ってみたが何も連絡は���かった。 真島は写真を撮るのを嫌っていたのか、邸を片付けるときに色々と探してみたが何も残されていなかった。 本当に、百合子の前から消えるために彼はいなくなったのだと実感した。
「で、その園丁とあなたとどういう関係なんだ?」 「どう――って……」 「普通の令嬢と下男なのか?  身分違いの恋なら、ここまで苦労はせんだろう?うん?」 「随分と鋭いこと」 「はは、なあに。あなたといたら自然とこうなる」
百合子は少しだけ迷い、実の兄妹であることをのぞき斯波にかいつまんで説明した。 つまり、真島が百合子の父を憎んでいて父を殺したことを。
「何だ、じゃあつまりあなたの敵じゃないか。  ん、待てよ。あの夜会のならず者たちも仕込まれていたとしたら結構な金と人脈を持っていそうだな。  まあ、それにしても、そんな男を好きになるだなんてあなたもよくよく酔狂だな。  父上も草葉の陰で泣いているだろうに」 「それだから私だって迷ったり悩んだりしているんじゃないの。  それよりも、私も言ったのだからそろそ���あなたも教えてくれてもいいんじゃないの?」 「――何をだ?」
分かっているくせに空っとぼけた口調で目を逸らした。
「だから、どうして斯波さんは私を好きなのかを、よ」
その言葉に斯波はにやりと笑って言った。
「推理してみればいいだろう?探偵殿」 「……もう思い出していると――言ったら?」
はっとしたような顔をして斯波が百合子を見つめる、百合子は黒目がちの瞳をまっすぐ斯波に向けた。 斯波は一瞬のうちにぐるぐると様々な思いが頭をめぐるのを感じた。 何か、何か言葉を発しようとするが舌が動かない。 一瞬、記憶の中の小さな百合子が今の百合子と重なる。 あの頃の百合子と今の百合子は全然違う。 見た目もそうだが、性格も随分と変わってしまった――その真っ直ぐな瞳をのぞいて。
「お姫……さん。思い出した……のか?覚えて――いたの、か?」 「ふうん、やっぱり昔どこかで会ったのね」 「な……!引っ掛けたな!」 「助手がこんな手に引っ掛かるなんて情けないわ。  それにしても、どこで会ったのかしら?」 「こいつめ……!もう、知らん!」
斯波は不貞腐れたように顎に手をやり、顔を背けた。
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百合子は斯波の自動車から降りる、最後に斯波はちらりとこちらをみた。
「斯波さん、ありがとう。おやすみなさい」 「ああ」
運転手が扉を閉める。 百合子は赤いテイルランプが見えなくなるまで自動車を見送った。 ふう、と息をついてみると全身から苦く甘いオーデコロンの香りがした。 それを嗅ぐとなんだか全身の力が抜け、急にどっと疲れが押し寄せた。 気丈に振る舞い、対等であるかのように気を張っても――斯波が本気になれば自分など赤子の手をひねるようなものなのだろう。 力強く抱かれた腕を思いだす。
(嫌なのに――嫌ではなかった……)
それは戸惑いだった。嫌悪ではなく、困惑だ。 きっと心が弱くなってしまっているのだ、だから――。と百合子は自分に言い訳してみせた。 それが白々しく空々しい事は百合子本人が一番分かっていた。
真っ暗な家の引き戸の鍵を開ける。 鏡子婦人の借家に移ってから、ほとんど瑞人は家に寄り付かなくなってしまった。 きっと、百合子の仕事が軌道にのったこともあるのだろう。
「ただいま帰りました……」
しいんとした家にそう呟いてみる。 けれど、誰もそれに答える者はいない。 部屋の明かりをつけて、両親の仏壇に線香を供える。 じじと赤くなった火元をぼんやりと見つめた。
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「酷いね、事件なのよ――」
鏡子婦人は開口一番百合子にそう告げた。 その重たい口調に、百合子は思わず身を正す。
「花街でね、女郎が殺されているの。  もう三人も。暴行されて、刺されて――」
血なまぐさい事件の概要にくらりと目眩すらする。 詳しく内容を伺っていると、凄惨な光景が思い浮かんだ。
「でも、そんな記事はどこの新聞にも――」 「そうなの、だって死んだのは娼婦ですもの。  誰も気にも止めやしない人間よ。  ふらりと消えてしまっても、誰も気がつかないような――」
そもそも女郎などが消えることはよくあること――だった。 逃げ出したのかもしれないし、病気で仕事が出来なくなりどこかに捨て置かれたのかもしれない。 何か厄介に巻き込まれてそのまま行方知れずになる者も多い。
「それでね、私の知り合いの方が警察では上辺の捜査しかしないからと――あなたを紹介したいのよ」 「分かりました、このご依頼お受けします」 「お姫さん、狙われているのは女郎だけど――あなたもくれぐれもお気をつけてね」
鏡子婦人が不安そうにそう添えた。
夜に真っ赤な提灯がはえる華やかな花街、そしてその爛れた暗い裏路地。 柔らかな女の肉を求めて、瞳を光らせている獣――。 そんなモノがうろついているのかと思うと、さすがの百合子も肝を冷やした。 その様子をどう受け取ったのか、斯波はひょいと身を屈めて百合子の顔を覗き込む。
「どうした?お姫さん。  ――ああ、そうか。こういう所は初めてか?」 「ええ、初めてだけど――」
ぎらぎらと照りつける太陽に吹き出る汗、道の日陰を選んで歩くが肌が焼けるように暑い。 浅草から日本堤を歩くと見返り柳が風に揺れていた。 一度大門をくぐるとそこはまるで別世界だった。 ちらりと門の脇をみると番所の人間が不審そうに百合子たちを目で追う。
門を過ぎると深い緑色をした川堀べりに、引手茶屋がずらりと並んでいた。 格子越しに、まるでこちらを品定めするかのように遊女が眼差しを寄越す。 道行く人の多くは男性で洋装も和装も入り乱れる、時折色とりどりの着物を着た年少の半玉か舞妓たちが振袖を揺らしながら歩き去る。三味線を抱えている集団は稽古帰りだろうか。
偉丈夫で上背のある斯波は目立つらしく、意味ありげな流し目が時折よこされたりしていた。 一方、洋装で短髪の百合子も悪目立ちし、じろりと不躾な視線を感じる。
「こういう所は、なかなか身内の事は語らないぞ。  信用と客商売だからな、変な噂がたつことを恐れるきらいがある」 「それも、こんな格好をした女探偵だったら尚更よね……」 「確かに、あなたは目立ちすぎるな……」 「あなただって」
鏡子婦人の紹介である、依頼人の大見世につく。 正面の玄関をくぐると、見世番が大見世の女主人である遣手の部屋へ案内した。 百合子を一目見て、女主人は一瞬眉をひそめる。
「あんたが鏡子さんの言っていた探偵さんかい?」 「はい、野宮百合子と申します」 「ふうん。そう、まあ実績はあるようだし、なにせこんな事件だからね。  うちの若いのにも色々調べさせてはいるが――」
じっくりと検分するように百合子を眺め、すっと斯波に視線を移す。 おや、と言う風に眉毛があがった。
「あらまあ、あらまあ、ここ最近ご無沙汰だと思ったら!」 「はは、相変わらず駆け引きが上手いな」 「嫌だね、駆け引きだなんて。ご無沙汰なのは事実じゃないですか斯波さん」
途端に年齢の割りにおきゃんな態度に変貌する。
「仕事が忙しいんだ」 「へえ、これも仕事の内……ですか?」 「そうだ」 「そう。時折噂だけは耳にしていましたよ。  新しい工場を稼働させたとか、あの有名な銀行の電灯を全て引いたとか」 「俺は金を出しただけだ、あとは部下に任せてる」 「で?――道楽で探偵ごっこを?」
斯波の話を聞きながら、女主人は煙管に火をちょんと乗せて深く吸って煙を吐く。
「道楽かどうかは、この先生の力を試してみてからにしてもらいたいな」
再び百合子に視線が注がれた。 先程の無遠慮な商品を値踏みするような目ではなく好奇心が勝った瞳だ。
「ふうん、斯波さんを顎で使う女がいるとはねえ。  おまけに、鏡子さんのお墨付きとくれば――話してみる価値はありそうだ」
かん、と煙管の灰を落とし、 女主人はゆっくりと、概要を語り始めた。
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こういう事件はね、見世同士の争いもあるから周知されるのが遅かったりするんだ。 置屋で商品である遊女が殺されたとあっては見世の信用に関わるからね。 こっそりと若い衆を使って犯人を探してみても、結局は分からずじまい。 そもそも、小見世や中見世なんかはもうそのまま死体を片付けて、はい終わり。っていうのが多いのさ。 犯人を探し出して裁こうとか、遊女の無念を晴らそうなんて事を考えている人間はこれっぽちもいない。
だって、儲からないじゃないか。 死んだのはただの遊女、それこそどこそこの太夫だとか有名な花魁だとかになると話も違ってくるが――。 殺された多くの女は、格下の性技で金を稼ぐ女郎なんだから。 そう、代わりはねいくらだっているんだよ。
ただ、もうすぐ八月の朔日だろう。 花街の芸者衆がたくさんのお囃子を引き連れて通りを練り歩く祭礼だ。 それこそ、うちの大見世の楼主が取り仕切っている恒例の行事だよ。 だというのに、どこそこの女郎が死んだの殺されたのと言った噂がちらほらと囁かれるようになってご覧。 誰の面子が潰れるって、それはうちの楼主だろう。
警察なんかは頼りにもならないし、それこそ黒い制服が集団で花街を踏み荒らすも我慢ならない。 鏡子さんはこういう類の事��ら東京一だし、と思って相談したのさ。
ああ、最初に殺された女郎? そうさね。私も詳しくは分からないが中見世のそこそこ有名な女郎だったそうだよ。 仕事の最中なら犯人はその相手だとすぐに分かるのだけど、なにせ人通りのない裏路地で殺されたそうだから――ならず者の仕業だろうって。 人気はあったけど、置屋ではあまりよく思われてなかったのかね。 ろくに死体の検分もせずに、すぐに寺に埋葬されたそうだ。
――まあ、そうは言っても全て人づてに聞いた話しさ。 奇妙なのはその後さ、ひと月と置かずにまたひとり、またひとりと女郎が殺されている。 そうなると、その殺人鬼の噂が人の口の登るのはあっという間だったね。
どの見世も不寝番っていう見回りを増やしたし、遊女たちも必ず見世番をつけるようになった。 それなのに、次々と遊女が殺されていく。 それも悪心しそうなことに、女郎は何度も何度も刃物で刺されて――それも女陰をだよ。 二目と見られない惨状だと言うじゃあないか。
きっと、女郎たちを殺したのは鬼さね。 それでなくとも、人間などではありはしないだろう。 人間の出来るような所業ではないよ、鬼か獣か――そんなものだろう。
とにかく、私たちとしても朔日の祭礼に合わせるためにもこんな気味の悪い事件などさっさと解決してもらいたいって事さ。 あんたのようなお姫さんに何が出来るかは分からないが、鏡子さんを信用してひとつあんたに掛けてみるよ。
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百合子はまず最初の事件が起こったと言う見世に行ってみた。 しかし、見世の妓夫は百合子の顔を見たとたんに、鼻先で玄関の引き戸を閉めた。 仕方ない、と他の見世にも回ってみるがどこも同じような反応だった。
「……仕方ないのかしら?」 「いや、おかしいな。いくらよそ者とはいえ――何も聞かずに……など。  何か俺たちの悪い噂でも回っているかな」
斯波はそう言うと、見世の妓夫に何やら話しかける。 何度も妓夫は首を横に振るが、斯波が心得たように色々と話し続ける内に事の次第が見え始めた。
「どうやら、お姫さんが原因のようだ」 「私が?なぜ?」 「――それは本人に聞いたほうがいいかもしれんな」 「本人?」 「向こうの茶屋にいるそうだ――行ってみよう」
斯波に連れられて、角の茶屋へ向かう。 茶屋の妓夫を斯波は手慣れたように言いくるめて二階へと階段を登る。 昼下がりの静かな置屋の一角で障子が閉められた部屋だけが、しゃんしゃんと三味線が鳴り騒がしい。 斯波は遠慮無くその障子を開けると、その部屋の主を見て笑いながら言った。
「ほう、昼間から芸者遊びとは――なかなかお楽しみのようですね。殿様」 「なんだ、遅かったね。――こっちはもう酔いつぶれてしまったじゃないか」
足を崩し、ゆったりと腕を芸妓に預けているのは瑞人だった。 片手には日本酒の銚子をもち、清廉な水のようにそれをあおる。
「お兄様?」 「ほらね、やはり来ただろう?あれが僕の妹だよ」
くすくすと横にいた芸妓に告げる。
「どうして、僕の嫌な予感はあたってしまうんだろうね。  花街でこの事件のことを聞いたとき、どうしてかお前が関わってしまうだろうと思ったのだよ」 「だから、見世に忠告したのか。  洋装で短髪の女に何も話すな、と」 「妓夫の口を割らせたことは素直にすごいな、斯波君も随分と花街に詳しいみたいだ」 「……ふ、否定はしませんよ」 「それで、君は何をやっているのかな。  こんなところに百合子を連れてくるなんて危険だと思わないの?」 「殿様が殿様なりにお姫さんを守ったように、俺は俺なりにお姫さんを守るつもりだ」 「……百合子、こんな事件に関わっちゃいけないよ。  今度ばかりは僕が許さない。――お前はここに居てはいけない」 「どうして?私の依頼だわ、受けるか反るかは私が決めるわ!  お兄様は勝手よ!勝手がすぎるわ!!」 「そう、じゃあ好きにおしよ。お前も僕もこうと決めたら頑として揺るがない。  僕は全ての見世に、洋装で短髪の女は雑誌の編集者だから気をつけろ、と助言する」 「どうぞご自由に、私は絶対に諦めませんから!」
百合子が鼻息荒くそう言うと、乱暴に障子を閉める。 どすどすと音を立てて廊下を歩き、斯波を引き連れて依頼人の大見世に戻り事情を話す。 そして、鞄の中からいくらかの金子をとりだし、女主人に手渡す。
「これで、私に着物とかもじを貸してくださいませ」
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「流星先生!文藝賞の受賞おめでとうございます!」
作家はぱしぱしとストロボがたかれるカメラに囲まれながら、ワインを片手に頭をがしがしとかいていた。 普段はさっぱり身なりを気にしない男だが、今回ばかりは立派な羽織り袴を仕立てていた。 ぼさぼさの髪の毛も品よくまとめ、無精髭も綺麗に剃っている。
「今回、他の賞も二つ受賞した前代未聞の作品とのことですが――受賞の理由を何とお考えですか?」 「やはりね、リアルさだと思うなあ」 「リアル、というとモダンガールを題材にした――というところでしょうか。  しかし現実に考えて、令嬢で女性で探偵――という筋書きはやはり創作の枠を出ないのでは?」 「はっはっは、事実は小説より奇なり、という言葉があるようにね。  ほら、この主人公の女探偵も数奇な人生を歩んだ女性が手本になっているんですよ」 「は?……で、では――この主人公にモデルがいると?」 「そう、野宮百合子君といってね、僕の編集者なんだよ」
その言葉に新聞記者たちは一斉に作家の言葉を、紙に書き連ねる。 そしてその中の記者の一人が、驚いたような声で作家に問う。
「野宮――というと、数年前に暴漢に殺された――あの野宮子爵ですか?」 「そうそう、ああ、そうか当時記事にもなったよねえ――あのお嬢さんの……」 「あなた?ちょっとお酒が入りすぎているのではありません?  皆様申し訳ございませんが、夫は少し酔っていたようですの――失礼いたしますわね」
作家の男の言葉を遮ったのは婦人だった。 よろよろとした作家の足元、身体を支えながら記者たちから離れる。 壁際に用意されていた椅子に座らせて、眦を釣り上げて怒鳴った。
「あなた!!絶対に飲まないと仰ったじゃない!」 「うん、大丈夫。飲んでないよ。うん、飲んでない」 「おまけに、記者の前であんな事を言うなんて……!」 「あっ!!!」 「もう今更、なかったことに――なんて出来ませんよ?!  ああ、もう夕刊の一面は決定だわ。受賞のことと百合子さんのこと――」 「そうだ、あの成金と主人公が好き合うという展開はどうだろう!!!」 「あなた!!!!いい加減にしてください!!!!!」 「そうだよなあ、やはりその展開はないか――」
ぼんやりと赤い顔をしてつぶやく作家を見て婦人は深くため息をついた。
(百合子さん……ごめんなさいね……)
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「おっ、これはどうして、いや、なかなか!  なんとも初々しい出で立ちじゃないか。  ああ、これなら花街にもよく溶け込むな」 「そうかしら?――おかしくはない?」 「何を言う、おかしいものか。  考えてみれば、なんだかあなたの着物姿は久しぶりだな。  おっと、そうだ。変な輩に絡まれないように俺があなたの旦那になってやるからな」
島田髷に結ったかもじに、斯波が花飾りのかんざしをつける。 白塗りした肌は項まで白く赤い紅をさし、頬紅をはたくと鏡に写る百合子はまるで花街の通りを歩く芸妓のようだった。
「もう、おべんちゃらはいいから早く行きましょう」
つんとそっぽを向いて足を踏み出すが、履き慣れないぽっくり下駄でよろめいてしまう。 耳元でさらさらとかんざしが揺れ、音を立てる。 斯波はさっと百合子の脇に腕を入れて、すんでのところで抱きとめた。
「っと、危ないな。  はは、転んでしまっては新人芸妓だと笑われるぞ」 「だって、これ……すごく歩きにくいもの」
ころころと軽い音がするぽっくり下駄は独特のかたちをしており、 高い下駄はつま先が厚く踵が浮いている。 そのため歩こうとするとついつま先と鼻緒に力が入ってしまい、前のめりにつっかかるような心持ちがする。
「どうした、ほら、旦那様の腕につかまって歩けばいいだろう?」 「斯波さん……何だかすごおく楽しそうね」 「ああ、楽しいな。  助手になって初めてだ、こんなに楽しいのは」
そう言うと屈託なく笑うので、思わず百合子もつられて笑ってしまった。 百合子は大人しく斯波の腕につかまり、そろそろと一歩、二歩と歩き始める。 また転びそうになると、ぎゅっと強く斯波の腕を掴んで事なきを得た。
そんな調子で二人はいくつかの見世を回り、情報を仕入れる。 最初は旦那をつれた半玉に不審な顔をしたが、百合子のかんざしが大見世のものだと分かると態度は一変し、更に「八朔の祭礼を前に不審者を洗い出している」と言えばとつとつと口を開いた。 どの見世でも、殺された女郎の評判はまちまちだった。 痴情のもつれか何かかと思っていたがそうではないようだ。 しかし、無差別と決め付けるにはまだ早過ぎる、何か繋がりがあればそこから犯人を割り出すことが出来る。
「特に美人ばかりが狙われているようでもないようだな。  さて、お姫さんどう思う?」 「そうね、狙われたのは花街の明かりが落ちる朝から昼にかけて、  最初の一人をのぞいてほぼ全員が不意打ちで頭を殴られてから人通りの裏道へ引きずり込まれてるわ」 「と、言うことはそれなりに花街の裏道に詳しく、土地勘のある者か」 「それに、以前の令嬢誘拐事件の犯人と違って、女郎たちをそそのかす術はないようね。  女性を巧みにおびきよせるような技術は持っていない、だから不意を打って気絶させている」 「そうだな。それにしても女陰を滅多刺しにしているのは、どういう意味があると思う?  生前にも死後にも強姦したという検分は出ていないそうだが……」 「――分からないけれど、そうせざるを得ない理由があるような気がするわ」
最初の事件があった見世の若い衆に事情を聞き終えて、二人は茶屋で冷たい緑茶を啜る。 軒先の影に水をまいているが、すぐにも蒸発して湯けむりになりそうなほど太陽の日差しがきつかった。 斯波は流れ出る汗をポケットのチーフで拭く、百合子も化粧が落ちているではないかと時折項にまで手をやって確認してみる。
「こんな格好で事件の捜査なんてとても出来ないわね」 「そうだな、まあ、だが、その格好だから聞けることも多いが。  ――それにしても、あなたと殿様との喧嘩は愉快だったな」
百合子は斯波の言葉にむっとして。
「何が愉快よ。まったく、お兄様ときたら!」 「まあまあ、殿様の気持ちは分かるだろ?」 「何よ、あなたまでお兄様の味方するつもり?  いつもは仲が悪いくせに、こういう時だけいつも仲が良いのね!」 「おいおい、まあそうむくれなさんな。 ほら、俺の白玉もやろう。  さて、と。この後はどうする?昨日殺されたという女郎の現場が近いから行ってみるか?  何か分かるかもしれん」 「そうね、ええ、そうしましょう」 「おい、お姫さん。紅が落ちてるぞ」 「え?ああ、もう直さなくちゃ」 「どれ、貸してみろ」
百合子が練った紅が詰まった缶を取り出すと、それを取り上げる。 節くれだった無骨な手が器用にそれを開けると小指にそれをつける。
「ほら、唇をこっちに寄せろ」 「なっ、じ、自分でやるわ!」 「鏡もないのにか?」 「うっ――」
百合子の鞄は大見世に置きっぱなしで鏡もその中だった。 今持っている小さな巾着には手ぬぐいと紅の缶と白粉ぐらいしか入っていなかった。 化粧も女主人である大見世の遣手が施してくれたのだが、真っ赤な紅を自分で塗るには百合子は不器用過ぎた。 けれど、男性に紅を塗ってもらうという行為はどことなく恥ずかしく照れくさかった。
「はみ出さないでね」 「大丈夫、大丈夫」 「変にしたら怒りますから」 「ああ、まかせろ。あなたも疑り深いなあ」 「――はあ……」 「役得、役得♪」
斯波は嬉々として、とんとんちょんちょんと小指を百合子の唇にのせる。 百合子は斯波の顔があまりにも近すぎると感じ、すうっと瞳を閉じて身体を固くして終わるのを待った。 何も緊張することなどないのだ、と自分に言い聞かせてみる。 触れられた唇は百合子の意思と反して斯波の指の感触をいちいち柔らかいだの湿っているだのと感じてしまっていた。
花街にぽつぽつと明かりが灯り始めると、昼間はしんと静かだった店々がわいわいと賑わいを見せる。 それでも、二つも道を中に入ると花街の喧騒とは切り離されたように静かだった。 時折、妓夫や見世番がすすと通りをすり抜けるだけの裏の道だ。
つい先日女郎が襲われたというそこは水が撒かれて血を洗い流されていたが、土が血を吸ってどす黒く変色していた。 死体はすでに埋葬されたらしく、末期の水らしいものが質素な湯のみに入れられていた。 斯波は当たりを見まわしてみる。
「特に――変わったものはないな」 「あら?鬼灯が落ちているわ……」
誰かの献花かしら、と百合子がそれを拾う。 真っ赤な風船のような実は誰かに踏まれたらしく、潰れて中身がぐじゃりと潰れていた。
「鬼灯か――」 「どうかして?」 「いや、俺はあまり鬼灯にはいい思い出が無いんだ――まあ、あの頃の思い出といえば何も良いものなんかは無いが……。  それより、どうする?最初の事件があったという見世に行ってみるか?」 「そうね、最初の事件は他のと似ているけど――何だか気になるわ」
そう言ってその場を離れようとしたときに、一人の禿と出会した。 その手にはどこの庭からか摘まれた野花が握られている。
「もしかして、ここで亡くなった方に?」
百合子が問いかけると、禿はこくりと頷いた。 おそらく、その女郎付きの禿だったのだろう。
「お姉さん、すごく優しかったんよ。  他のみんなは意地悪なんじゃけど――でも死んじゃった」 「そう……。  ねえ、お姉さんは誰かに付きまとわれてはいなかったかしら?」
禿は力強く頷く。
「お姉さんを水揚げするいうて言う男の人がおったんじゃけど、 ほんとはそんなお金ないんよ。  でも、お姉さんのこと自分のものにしよ思うてる人おったわ」 「どんな人?名前は分かる?」 「うん、でもなあ。言うたらおえんのよなあ。  そんでな、お姉さんな、その人の赤ちゃん出来てしもうたんよ」 「赤子?」
急に斯波が声を荒らげたので禿はびくりとして、目を逸らした。 百合子はなおも禿の目を見やり、続きの言葉を待つ。
「ん、でも――きっと赤ちゃんも一緒に天国にいきよるよな。  お姉さんの赤ちゃんじゃけん……」
禿がぽろぽろと涙をこぼしながらその場で手を合わせるのを見て、 百合子は胸が詰まった。同じようにしゃがんで手を合わせる。 禿は膝についた土をぱんぱんと落とすと、百合子たちに深くお辞儀をして帰っていった。 どうやら二人を大見世の芸妓とその旦那だと思ったようだった。
「百合子さん、やはりその鬼灯には意味がある」 「これ?――それはどういう……」 「いや、ほかの現場にも落ちていなかったか――確かめに行こう」
そう言うと斯波は入り組んだ裏道を使い、目的の見世を回る。 斯波の言うとおり、確かに現場に鬼灯が落ちていたという見世がいくつか見つかった。
「あったぞ、殺された女郎の共通点が――」 「鬼灯がそうなの?一体どういう意味なの?」 「殺された女郎たちはみな、おそらく妊娠していたと思う。  そして、この鬼灯っていうのは根の部分に毒があるんだ」 「毒?」 「そう、堕胎を促す毒だ。  この鬼灯を落としたのが流産しようとした女郎か、それとも犯人かは分からないが――」 「ねえ、もしも殺された女郎が身ごもっていたのなら――その、赤ちゃんの死体が検分で見つからないというのは――」
そこまで百合子が口にして、斯波は漸く分かったと頷いた。
「女陰を切り裂くのが目的じゃない、胎児を持ち去っているんだ。  目的は分からないが――おそらくそのために女陰を切り裂いているんだ。  それに、そうなると身ごもっている人間を狙っているなら犯人は限られてくる」 「どうして?」 「――芸妓や女郎が妊娠することは”恥”だとされていたんだ。  教えるとすれば身近な人間だろう遣手の女主人か禿、あとは医者ぐらいか――」 「お医者さんなら、殺された女郎たちを診察したかもしれない。  犯人かもしれないし、何か繋がりがあるかもしれない」 「よし、ではさっそく話を聞きに行こう」 「――斯波さん、先程のことといい随分と花街に詳しいのね」 「……ここではないが、俺も花街で育った人間だからな」
思いがけない言葉に百合子は思わず聞き返した。
「え?」 「俺も堕胎しそこねた”芸妓の恥”の固まりのようなものだ」
卑屈な物言いに、百合子はそんな事はないと言いたくなった、 そしてそんなひねくれた言い方は斯波らしくないと、思った。
「芸妓の姉さんたちの使いっ走りをやらされたり、妓夫の真似事のようなこともした」
花街に慣れている様子の説明がすとんと落ち着く。
「結局、俺は妓夫にはなりそこねましたがね」 「いまは貿易会社の社長だわ」 「そうだな。  そういうわけだから、この界隈の闇が俺には色濃く見える。  華やかできらびやかな光、その影は光が強いほど濃い。  この闇にどんな獣が潜んでいても、俺は何も不思議じゃないな」
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「ほう、それで今まで堕胎した女郎の名前を教えて欲しいと――」 「ええ」 「うむ、まあ――正直に言うと明確には覚えてない」 「ではこれまでに殺された女郎にお心当たりは?」 「ある者もいるが――大抵は薬を処方して終わりだからの。  流産は早ければ早いほど良い、医者にかからねばならんほど育っていては殆ど手遅れじゃ」
花街の医者はそう言うと分厚い丸眼鏡をかちゃりと正す。
「では、堕胎の薬をとりにきた使い走りや禿で何か変わったものはいませんでしたか?」 「ああ、そう言えば――妓夫だったがな。  薬をとりにきたのだが、用法と用量を説明していたら急に真っ青になってな。  結局そのまま薬を置いて帰ったんだが――」 「だが?」 「気のせいかもしれんが、それ以降よくここら辺りで見かけるようになったんだ。  まあ、この辺りは裏道で妓夫や見世番なんかはよく使う道ではあるんだが」 「どの見世の妓夫か覚えておられます?」 「ああ、まてよ――確か、ほら、あの川べりの角の――」 「最初の事件があった見世だわ」
百合子は遣手に取り付いだ見世番と妓夫を思い出す。 見世番はがっしりとした体躯で声が張っていたのは覚えているが、妓夫は少し顔を見ただけで覚えていなかった。
「お姫さん、俺の勘だが――その妓夫はきっと芸妓の子だぞ。  堕ろされずに生まれた芸妓の子供は女ならそのまま芸妓へ、  男なら見世の妓夫か見世番あたりになるのが通例だ」 「ええ、おそらく――堕胎される子を自分と見立ててしまったのね。  でも、だからと言ってなぜ殺すのかしら……」 「きっと、そいつには絶望しかなかった。  真っ黒な闇しか……一点の清い光もなかったんだろう」
/-/-/-/-/-/-/
二人が足早に最初の事件が起こった見世に向かい、大通りに出るとそこは夜の花街とは言え人が多すぎた。 斯波と百合子は立ち止まり、道行く人に声をかける。
「一体、何事だ?」 「例の女探偵が花街の連続殺人事件に関わっているらしいよ」 「女……探偵?」 「ほら、この新聞を見ろよ。なかなかのべっぴんさんだろう?」 「……!」
斯波と百合子は思わず息をのむ。 男が広げた新聞には大きく百合子の写真が載っていた。
『令嬢探偵、花街に巣食う連続殺人鬼と全面対決!』
細かい文字でびっしりと花街殺人事件の概要が載っている上に、なぜか百合子の生い立ちから没落にいたるまで���書かれていた。
「一体……何でこんなことに……」
瑞人が花街の見世に仄めかした女探偵の噂。 花街の連続殺人の噂。 そして授賞式での作家の言葉によって偶然が積み重なったのだった。
元々話題性は十分にあった作品の受賞だけに、様々な出版社や新聞社で特集を組まれていた。 その過熱した話題にさらに飛び込んできたのが、主人公には実在するモデルがいるという作家の言葉だった。 各社がそのモデルの名前を調べてみたところ、これまた見目の良い新聞の写真で映えそうな美しい令嬢、そして不遇な人生の系譜が判明する。 令嬢の人生を紐解いてみると、幸せな日常からの転落、借金借財、貧乏、そして父親と母親の死。 爵位を返上し借財を返すために挫けずに日夜働いている――という王道の歴史だった。 この手の話が好きな庶民にとって、まさに娯楽作品と言えるだろう。
「あれ?そこの芸妓さん、このお嬢さんとどことはなしに似ているような……」 「――嫌ですわ、私なんかが華族令嬢と似ているはずがないでしょう」 「それもそうか、わははは」
男は笑いながら歩き去るが、百合子は内心ひやひやしていた。 これでは、おそらく事件が起こったどの見世も人だかりやら新聞屋やらが集まっているだろう。
「ひとまず、大見世に戻るか――お姫さん三本奥の裏道を行け、まっすぐ行って角を曲がるとすぐだ」 「ええ、――斯波さんは?」 「俺もすぐ行く」
百合子はようやく履きなれてきたぽっくり下駄をころころと鳴らしながら転ばないように、裏道を小走りでかける。 表の通りと比べると随分と静かだった。 それでも、暗くなって僅かな提灯の明かりしかなく足元が危うい。 前からさっと黒い影が近づくのに、一瞬気づくのが遅れすんでのところで身を引いた。
「あ、すみません――」 「いえ……」
ほんのわずかな、明かりだった。 それでも相手の黒い影が一瞬だけ、光を浴びて横顔が照らされる。
百合子ははっとした。
それは、相手も同じだった。 不意のぎこちない間。
一瞬でお互いが何者であるか、お互いに理解した。
百合子がみた人影は、妓夫だった。 ひょろりと痩せていて、色の悪い肌に落ちくぼんだ目――。
妓夫は百合子が”気がついたこと”を敏感に肌で感じ取った。 まさに獣のような本能だろう。
焦る様子もなく、すうと身を引きぬらりと脇から刃物を抜いた。 まるで流れる水のように、自然に。
そして百合子の腹部を刺した。
「お姫さん!!!」
百合子は抱き上げられぶんと放り投げられた。 とおん、と遠心力でぽっくり下駄が脱げていくのがゆっくりと見える。 どさっと腰から地面に落ちると、その後は時間がぎゅうと凝縮したかのように短かった。
「待て!」
斯波が怒鳴るのが早いか、妓夫は慌てたように逃げ出した。 百合子は一瞬だけぼっとして、斯波を見る。
「お姫さん、無事か?!」 「ええ、――ええ」
そう言われて、刺されそうになった腹部に手をやる。 固い帯が手にあたり、どこもなにも感じ無い。痛くもかゆくもなかった。
「よかった……」
そういうとぶわりと尋常ではない量の脂汗が斯波の額に浮かぶ。 がぐんと膝が折れ肩から地面に崩れ落ちた。
「斯波さん?」
百合子が慌てて斯波を支え起こすと、黒地の背広がぬたりと湿っている。 いつもと同じ赤っぽいベストを着ているが、その色もどす黒く見えた。
「斯波――さん!斯波さん?!」
百合子は悲鳴をあげていた。
「だれか――!だれか!!」
手を血の色に染めて混乱したように叫ぶ百合子。 斯波は苦しそうに呻きながら、その手首を強く握った。
「追、え……」 「でも、――でも!!」 「追え!!」
斯波の力強いその眼差しに、百合子の戸惑っていた心が奮い立つ。
「この人をお願いします!」
集まった見世の若い連中にそういうとすっくと立ち上がる。 投げ飛ばされた反動で脱げた片方のぽっくり下駄と同じように、もう片方の下駄を脱ぎ捨てる。 崩れて落ちるかんざしやかもじを投げ捨てて百合子は妓夫を追った。
/-/-/-/-/-/-/
前代未聞の捕物劇は花街のみならず、東京中に広まった。 何しろ、運の悪いことに新聞屋の多くがカメラをぶらさげて例の令嬢探偵を一枚撮ろうと待ち構えていたのだ。 記者からすれば、待ち構えていたら想像以上に良い記事が転がり落ちてきたようなものだ。 次の朝には、東京で探偵野宮百合子を知らない人間はいなくなった。
一方の百合子は昏睡状態が続いている斯波の病室で編集部へ辞表を書き、郵送した。 家へ帰っても新聞の記者や見物人が集まっているため病院の近くのホテルを借りて寝泊まりしている。
斯波は身寄りがいないため、身の回りの世話は斯波の部下である山崎と百合子が交代で行った。 山崎もきっと百合子に色々と含むものがあるに違いないだろうに、おくびにも出さない。
四日目、ようやく斯波は目を覚ました。 百合子の顔をみると、自分の怪我の事などどこへやら。
「ああ、お姫さん。怪我は――ないな――」
熱に浮かされ憔悴しきった顔で微笑んだ。
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乾いた斯波の唇に、綿を水で湿らせたものをあてる。 麻酔が切れて傷口が痛むのか、眉間に皺をよせて少し唸った。
「百合子さん……」
かさかさに枯れた声だったが、斯波は百合子の顔を見てそう言った。 百合子はうっすらと開いた斯波の目を見て頷く。
「無事か……」
何度同じやりとりをしただろうか。 斯波は傷口の熱にうなされて、何度も何度もそう問いかける。 それはうわ言のようだったが、今はうっすらとではあるが眼の焦点が合い百合子を見て実感するように一音、一音を搾り出すように言う。 百合子はその度に斯波の大きくてひんやりとした手を握って身を乗り出す。
「ええ、無事よ。私は無事」 「よかった――」
百合子が答えると、斯波は心底安心したように目を閉じる。 このやりとりはこの一週間で何度も何度も繰り返した。 ただ、この日だけはいつもと違って、斯波は妙にはっきりとした口調で百合子に言ったのだった。
「俺はあなたに返さないといけないものがあるんだ」 「何?あなたが私に?」 「ああ、ハンカチだ」
確かに、病院に運ばれるまで傷口を押さえるためにハンカチを使った。 妙なところだけはっきりと覚えているものだな、と百合子は思う。 握った手を両手で包み込んで頬に寄せる。
「あなたにあげるわ」
ふ、と百合子の記憶の奥底で何かがゆらめく。 そう、いつかどこかで同じようなやり取りをしたようなことがある――。 それが何か思い出せそうで、思い出せない。 それともただの記憶違いだろうか、百合子はほんの一瞬だけ心に翳ったその思いつきをそれ以上深く追いかけることは出来なかった。 斯波はまたふっと目を閉じて、ゆるやかな寝息をたてる。 額にかかる前髪をゆっくりとかきわけてやりながら、わずかに乱れたシーツを整えた。
斯波は憑き物が落ちたように、次の日からはっきりとした意識を持ち始めそれからわずか半日後には起き上がって重湯を食べ始めた。
「はい、斯波さんお粥食べる?」 「……こんな糊のようなものは粥とはいわん」 「一週間飲まず食わずだったのよ?  いきなりお粥なんて食べれるわけがないでしょう!」 「たった5針だぞ」 「……7針よ」 「どっちも同じだ」 「同じじゃないわ。 本当に危ない状態だったのよ。  ほら、大丈夫?匙で掬ってあげるわ」 「――ああ、くそっ、情けない」 「いいから、今は養生してちょうだい。ね、お願いだから……」
懇願するような目で百合子が言う。 それが最初は少しだけ嬉しかったが、今では利かん気の子供を宥める母親のようだと思った。 斯波はお椀をかたむけてずるずると重湯を飲み干すが、まだ足りないらしく不満そうな顔をした。 白い入院服を着ている斯波は、いつもの尊大な態度をとってみてもどこか弱々しく見える。 それでも、意識がはっきりし始めてからは治りが早かった。
「で、お姫さんに介護されるのは嬉しいが、今はどうなっているんだ」 「――どうもこうもないわ。家には記者だらけだし、編集部の方には応援の手紙だとかいたずらの手紙だとかが山と届いているようだし」 「世間は華族様のゴシップが大の好物だからな。  で、仕事の方は大丈夫なのか?まあ、今はまともに働けそうにもないが――」 「……」 「どうした?」 「辞めたの」
百合子はすっと目線をそらして、つぶやいた。 出来るだけ何事でもないようにつまらなそうに言い放つ。
「辞めた?――どうして」 「諦めたの」
何もかもがぐちゃぐちゃになって、到底探偵も編集も続けられないと思った。 焚かれるストロボの眩しさや、人々の喧騒、そして視線。 あることないことを書き立てられた新聞の記事。 とてもそれらに耐えられないと思った。 そうして気がついたら、辞表を書き郵送してしまっていた。 その事は――今でも後悔するが、それでも幾分かは楽になった気がする。
以前、斯波が言った。 人生など諦めるか、諦めないかの二択だと。
「私らしくないと、笑うでしょう?」
百合子は斯波の視線が恐ろしくて、目を逸らしたまま先に言い訳をした。
「そうよ。私なんて特別でもなんでもない普通の女なのよ。  私は怖くて逃げただけ、新聞が書き連ねるような才女じゃないし勇敢でもないわ」
早口でそう言ってしまう。 きっと斯波はこんな自分に呆れて落胆して軽蔑しているだろう、そう思った。 だから、さっさと自分が最低なことは自分が一番理解していると告げてしまいたかった。 ふと斯波の大きな手が百合子の横髪をかきあげて、頬をなでる。 その時ようやく百合子は斯波の瞳を正面から見た。
「俺は小説やら新聞やらが書きたてている令嬢ではなく、あなたが好きなんだ。  強がりなところも、その泣き虫なところもな」
そう言われて百合子は、はっとしてあわててごしごしと目元をぬぐった。 感情が昂ぶって気がついたら目から涙がこぼれていた。 変に誤解されてはたまらないと、わざと荒っぽく袖を使う。
「どうだ、そろそろ俺に嫁ぐ気になったか?  こんなにもお姫さんを愛してるのは俺ぐらいなもんだ」 「でもそれじゃあ斯波さんを利用しているみたいで嫌なの」 「借財のことを言ってるのか、俺は構わないと何度いえば……。  いや、そもそもそういう事を気にすること自体俺を好きになっていると言うことだ。  どうだ、違うか?」
斯波は自信たっぷりに聞き返す。 ぐっとつまり、言い訳も浮かばずに百合子は押し黙った。 その様子をみて斯波は満足そうに頷く。
「どうせ諦めたのなら――」
ぐいと百合子の腕を引っ張った。 つい先日まで寝たきりだったのにどこにそんな力があるのかと思うほど強い力で掴まれて、 そしていやというほど斯波の鋭い眼光に睨まれた。 百合子は、斯波が自分を庇って怪我を負った事に責任を感じていた。 意識不明の中、自分のことよりも百合子の事を気にかけ続けた斯波にこれ以上無いほど借りができてしまったと思った。 そうだ、どうせ諦めてしまったのなら。斯波と一緒になってしまっても、もう同じようなものだ。 百合子はずっとそう考えていて、だから今斯波に腕をとられてもいつものように振り払ったりはしなかった。
「どうした、随分とおとなしいんだな」 「……斯波さんのお嫁さんになってもいいわ……」 「――本当に?」
百合子はすっと視線をずらして、わずかに沈黙してこくりと頷く。 視界の端で斯波が一瞬くすりと笑ったような気がした。 しかし、途端に引き寄せられて強引に口付けされた。
唇に吸い付く熱い感触に驚いて胸を押し返そうとして、はたと手を止めた。 ぎゅうと手を握ってゆっくりとおろす。硬直したまま斯波の口付けを受ける。 斯波は寝台から起き上がり、痛む脇腹を庇いつつ百合子の髪に指を差し入れて一層深く接吻するように抱き寄せた。 強く目を瞑って、その口付けが終わるのをただただ待つのみの百合子だが、 舌を吸われ下唇を舐られて終わりの見えないその行為に心臓が早鐘を打つ。
ようやく解放されたと思ったら、今度は寝台の上に引っ張り込まれる。 さすがの百合子も慌てて身を起こすが、斯波はそれを手で抑えて許さなかった。
「――っ痛」
縫合したばかりの傷口を庇いながら百合子の上に覆いかぶさる。
「き、傷口が開くわ!」 「そんな事はどうでもいい」 「よ、よくな……」
なんとか止めさせようと反論するが、 ぷつりぷつりと器用に片手だけで洋服の釦をはずされてしまう。 薄い下着を一枚身に付けているだけの胸元が開かれて、百合子は羞恥に赤くなった。 胸元にレースのついた下着を押し上げられ、白い胸が露になる。 喉元、鎖骨、胸の間に吸い付く斯波。百合子は歯を食いしばって口元を引き結び、斯波の愛撫に耐えるように枕に頬を押し付けた。 斯波は百合子の肋の辺りから手のひらを入れてさまぐり、柔らかな胸を揉みながら指先でその先端に触れる。 びくりと百合子が反応し、身体をねじって抵抗した。 熱い息がこぼれ、白い胸元にかかる。 先ほどまで百合子の口を吸っていた斯波の唇が、固く尖った百合子の乳首に押し当てられた。 舌で扱かれ、強く吸われる。 がくと足が震えて力が抜けると、その股の間腿を押しのけて斯波の下半身が割り込む。 百合子はついに斯波の身体を両手で押し返して抵抗した。
「諦めたなんて、嘘をつくからだ」
斯波はあっさりと百合子を解放して寝台から起き上がると、 呆れたようにがしがしと髪の毛をかく。
「ごめんなさい……」
他に言葉が思い浮かばずに、それしか言えなかった。 身を整えて、一息つく。思い出しても手が震えるので、今更に自分の行動を省みた。 どんどん自分が嫌な人間になっていくような気がした。 人生の岐路に立つ時、どちらの選択肢を選ぶか、と迷う。 そして、どちらを選ぶのがもっとも自分らしいかということ。
「まあ、国家予算並と自称しているあなたの接吻づけを奪ったのだからお互い様だな。  それに、身を挺してあなたを守ったのだからこれぐらいの褒美があってもいいだろう」
茶化すように斯波は笑った。 普段の百合子ならその尊大な物言いに文句をつけるところだが、今は肩を落としている。
「ん?どうした?」 「――っ、だ、だって……む、胸を……」 「胸がどうかしたのか?」 「む、胸を舐め……舐めて……」
斯波が覗き込むと、百合子の顔が真っ赤になっていた。 熱を帯びたように目が潤んでいる。 百合子はまともに斯波の目を見られないようで、視線を逸らしながら後ずさった。
「何だ、そうか――接吻も初めてだったしな。  あなたの乳房はまだ青く固さが残っているが、なかなかの重量と触り心地だった」 「なっ――ち、乳房……」 「白い柔肌からは甘い香りがしたし――」 「い、言わないで……」
ばすっと荷物をとり、そのまま後ろ向きで扉まで下がる。 耳まで、首の根元まで真っ赤にして、高鳴る心臓を誤魔化しながら消え入りそうな声で告げた。
「今日は……帰ります……。そ、そろそろ家にも帰らないと……お兄様が……  そう、だから、あの――その――」 「何だつまらんな、もちろん明日も看病に来てくれるんだろう?」 「明日?――うっ、ええ、はい」 「そうか、ではまた明日」 「ええ、――あの、その――じゃあ、お大事に!!!」
百合子はそう言うとそそくさと病室を出た。 百合子の動揺ぶりがおかしくて斯波はくくくと笑った。 縫合した傷跡が腹の揺れでぴくぴくとひきつり、痛んだ。
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愛し合う男女が、寝室で何をするのか。 今更知らない百合子ではない、だが――実際に服を脱がされ肌を露にされてそして愛撫されるとあまりの恥ずかしさに顔から火が出るようだった。
(世の中の男女は皆、あのようなことをしているの?!)
知識としては知っていても、実感がまったくわかなかった。 だから、今日の斯波の行為は衝撃的ですらあった。
かくかくと力の入らない膝を叱咤しながら、病院の階段を降りる。 斯波の病室を出てからも、あの行為でびっくりしたためか心臓の高鳴りは収まらなかった。 それどころか、それは家に帰るまで続いた。 百合子はそれをびっくりしたからだと思い込もうとして、独り言が多くなった。
「えっと、家に帰ったらまず洗濯をしてお掃除をして。  それから、お昼もまだだからそうね、まずご飯を作って――」
家に着く。 まだ昼日中だが、当分の留守を見越してか新聞屋などの記者や野次馬はいなくなってしまっていた。
「もう、変な郵便ばかり届くのだから!」
大仰にため息を付いてみせる。 それはどこか演技がかっている。どうにか気を紛らわすためにわざと少し大げさに言ってみたのだった。
数十通は溜まっている郵便を受け皿から取り出して、仕訳する。 ファンレターのような手紙、悪戯の手紙――。
その中で一枚、洋風の蔦の絡んだ封筒に蝋の印章が押された封筒があった。 明らかに他の郵便物とは違い、異彩を放っている。 ペーパーナイフでぴぴぴと開封すると、そこには新聞の切り抜き文字で文章が作られていた。
名探偵、野宮百合子嬢に告ぐ――という挑発的な文章からその手紙は始まった。
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