The woods are lovely, dark and deep, But I have promises to keep, And miles to go before I sleep, And miles to go before I sleep. 森は美しく 暗く 深い けれども わたしにはまだ約束がある 眠りにつく前に 何マイルもの道のりがある 眠りにつく前に 何マイルもの道のりがある R・フロスト「雪の降りつもる夕暮れ 森のそばに佇む」
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春
貧しく、苦しい時代が終わった。 それから十数年が経ち、春の兆しが見え始め、人々が待ち望んだ日々がやってくる。 もう、誰も飢えず、病まず、悲しむ事の無い、幸せな時代が訪れる。 やってくる未来はきっと、豊かで、美しく、希望に満ち溢れているはずだ。
或る晴れた日に
「純一さん、見て!見て!!ここ、咲いているわ!」 「ああ、本当だ。しばらく暖かい日が続いたからか、一気に蕾が綻んだなあ」 「あ、折らなくていいわ!ここからでもよく見えるもの」 「分かった分かった。そうら、こうやって抱き上げれば……もっとよく見えるだろう?」 「――もう、相変わらずね」 「貴方こそ、相変わらず……素直じゃないな」 「きゃ、もう!」 「ほら、そろそろ飯にしよう。貴方の為に、俺が特別に作った弁当だ」 「ありがとう、すごく美味しそうね。頂きます」 「それにしても、惜しいな。もう二三日、という所なんだがな」 「今日しか都合が付かなかったのだから、しようがないじゃない。 それに、桜が散る所は美しいけれど、怖いほど切ないもの」 「貴方が良いのなら、良いんだ。 どんな花の下でも、貴方は美しいからな」 「純一さんって、本当に変わらないわね」 「おや、貴方こそ」 「……そう言えば、私の事を桜の精だと言った事も覚えている?」 「ああ、勿論」 「今でも、そう思っているの?」 「当たり前じゃないか」 「良かった。私ね、純一さんが私の事を桜の精だと思っていてくれるのなら、 本当に桜の精にだってなれる様な気がするの」 「――」 「貴方が、私を桜の精にしてくれるのよ。 だからね、私はきっと桜の精になると思うの」 「――百合子さん」 「私の事を、ずっと、桜の精だと思っていてくれる?」 貧しく、苦しい時代が終わった。 それから十数年が経ち、春の兆しが見え始め、人々が待ち望んだ日々がやってくる。 もう、誰も飢えず、病まず、悲しむ事の無い、幸せな時代が訪れる。 けれど、本当に美しかった人々は、苦労ばかりして、いい思いをすることもなく桜のように散っていく。 やってくる未来はきっと、豊かで、美しく、希望に満ち溢れているはずだ。 春の晴れた日に、桜の着物を着て桜を見に行こう。
四月八日 斯波の日によせて
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…
斯波 |灰雪|良妻賢母のすゝめ|ヰタ・セクスアリス |目隠し鬼| |魅惑のハヤシ・ライス|お口を濯いで―それから|二人の時間| |親愛なる死|肋を削って肺腑を刳る|
或る晴れた日に|一、二、三、四、五、結、雨、寒、春new! 瑞人 |ミラア・ツイン|甕覗きの青|音無しの歌| |Is That All There Is?|花|妹を喰べる話| 仏蘭西花紀行|Rêverie → L'Annonciation| 秀雄|凍える土の下に眠る | 藤田|My Favorite Things|小さな虹|笑わない理由| 真島|ゆめうつつ → 死に至る病 → 私の人形| 女探偵 誘拐、そしてバレッタの乙女 復讐、それは秘密の茶菓会で 宿業、或いは鬼灯の姫ごと 黎明、即ち再開の空の下で
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2017斯波誕ゲーム (森制作) >>【VR対応】成金GO!で遊ぶ<<
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2014年斯波誕ゲーム(森、Jたろ制作) >>NEWシバプラスで遊ぶ<<
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L'Annonciation/06/2017
或る年、ヴィコント野宮の幻の作品が公開され話題となった。
「L'Annonciation」即ち、「受胎告知」と名付けられたこの作品。 中央に描かれるヴィコント野宮の代名詞でもある夜色の髪をした乙女は、聖母マリアに見立てられている。 その証に、赤の着物と���の羽織は、それぞれ聖なる衣の色だ。 精霊の使者である白い鳩の羽根が舞い、 窓の外、空から差し込む光りは、ちょうど乙女の頭上の光輪となる。
手元で捲る本は正しくは聖書である所だが、 仏蘭西の作曲家シャルル・グノーによる「Ave Maria」の譜であると考えられた。
彼が受胎告知を描こうとしたのは明らかであった。
芸術愛好家や批評家たちは皆、その絵を見てこう結論づけた。 彼がこれを隠し続けたのは、失敗作、或いは未完成の作品であったからだろう、と。 その絵には本来あるべき宗教画に必要な主題が欠け、従来の手法から逸脱していると考えられた。 様々な憶測が飛び交い、多くの人に外国人ゆえの無知であろうと批評された。
人々は、この絵を「天使の不在」或いは「未完成の受胎告知」と呼ぶ。
”純潔の象徴である百合” ”聖母に受胎を告げる天使ガブリエル”
受胎告知に絶対必要なこの二つの要素が描かれていないことが主な要因だっ���。
この絵について知っていた者は皆、すでにこの世を去っており、 詳細や、手紙・手記などの記録は一切残されていない。
ただ彼はこの絵を、その生涯で誰の目にも触れさせず、決して手放さなかった。
L'Annonciation
瞬きをする。 チカチカと、暗闇と光りが交互に点滅する。 暗闇の一瞬、まるで写真のように焼き付く、光りの残像。
”長椅子で読書をする百合子。 不思議なことに昔の赤い着物に、瑞人の青い羽織を着ている。 曇天の隙間から光りが差し込み、虹が弧を描く。 百合子は瑞人を見ると、驚いたように目を見張りそして微笑む。”
不思議なことに、その映像は色彩豊かに、そして鮮明に目の前に浮かび上がる。 こんなことは、生まれて初めてだった。 いや、これまである風景が自分の中に克明に刻み込まれることはあった。 それは所謂思い出と云われる類のものにすぎない。
だが、この映像は、瑞人の知らない風景だった。 この印象がどこから来るのか、瑞人には分からなかった。 少なくとも、瑞人の経験した過去にはない。 だが、どこかでその風景を見たような気がするのだ。
既視感。 仏蘭西語で「déjà-vu」と言う。
考えれば考えるほどに、迷路の奥へと誘われるようで瑞人はため息をつく。 すっかり��日が暮れてアトリエは夕焼の紅に染まっていた。 或る富豪に依頼された絵を描くつもりだったのだが、キャンバスは橙色を映した。
アトリエを出て、すぐ隣の寝室へと向かう。 昨夜から微熱が続いている百合子が静かに眠っていた。 手の甲で頬に触れると、柔らかな肉が熱を帯びているのが分かる。 瑞人が頬に添えた手を離そうとすると、首を振って赤子のように瑞人の手を握り返してきた。
冷たい、気持ち良いわ。
唇が動く。 そうしてまたとろとろと眠りに意識が溶けるように寝息をたてた。 瑞人は寝台を軋ませないように注意を払って、隣に横たわる。 そうして、自分も眠ってしまうまで、優しく頬を撫で続けた。
”長椅子で楽譜を捲る百合子。 不思議なことに昔の赤い着物に、瑞人の青い羽織を着ている。 曇天の隙間から光りが差し込み、虹が弧を描く。 百合子は瑞人を見ると、驚いたように目を見張りそして微笑む。 目の前を白い何かが掠め、驚いて我に返る。”
はっと、目が覚めた。どうしてか、息が荒い。 波が引いていくように遠くへ去ろうとする、あの幻影。 数度瞬きを繰り返し、刹那の暗闇に光りを追う。 そして、一葉の写真のように記憶に残像するその風景に目を凝らす。
何なのだろう、この印象は――。
瑞人は困り果て、肩をすくめる。 疲れているのかもしれない、とも思った。 百合子は数日伏せたが、しばらくするとすっかりと治ってしまった。 反対に瑞人の方が、微熱でもあるかのようにぼんやりとする。
太陽は薄く曇った空の向こうに隠れ、風は僅かに湿った気配を感じさせた。 食欲もなく、気怠げな身体を押して、アトリエへと向かう。 相変わらずキャンバスは白く、筆を手に持ってみるも、しばらく考えてみては再び置くを何度も繰り返す始末だった。 瑞人は諦めて、アトリエを出て階段を降りた。 しんとして静まり返ったキッチンと居間を見て、急に不安に襲われる。
「百合子?」
瑞人の声は沈黙に吸い込まれる。 庭へと降りて、砂利の小道を足早に歩いた。 鈍い乳白色の濁った陽の光。 遠くの山々は霞んで見えて、黒い雨雲が被さっている。 どこか遠くの空で、雷が鳴る音がした。 もうじき、ここも雨が降る。
小道の脇にも池にも百合子の姿はなく、一度邸へ戻ろうと踵を返す。 パッと周囲に光りが弾け――空気を震わせて雷鳴が響く。
光りの後の闇。 天啓に打たれたように、閃く。
”長椅子で楽譜を捲る百合子。 不思議なことに昔の赤い着物に、瑞人の青い羽織を着ている。 曇天の隙間から光りが差し込み、虹が百合子の頭上に弧を描く。 百合子は瑞人を見ると、驚いたように目を見張りそして微笑む。 目の前を白い何かが掠め、白い雪がふわりふわりと一片舞う。 手を差し伸べてそれを掬う、冷たさはない。”
「お兄様!」
百合子、と口にしたが声は出ていなかった。 ざあ、と大粒��雨が降りかかり、身体に痛いほど空��雫を叩きつける。 ここではないどこかを見ている瑞人の手を、百合子の柔らかく温かい手が取る。 そして手を引いて、ずぶ濡れになりながら邸へと戻った。
「――なければ」
瑞人は呟く。 その声は屋根を叩く雨音と、雷鳴でかき消された。 大きなタオルで髪を拭き、濡れた洋服を脱いで身体を拭いた。 百合子は物置で行李を開けていたらしく、瑞人に気が付かなかったらしい。 上から下まですっかり乾いたものに着替えてしまう。 百合子は、それでもぼんやりとしている瑞人に心配そうに声を掛けた。
「お兄様、大丈夫?」 「――うん」
瑞人はそれだけ言うと、すっと立ち上がり百合子を強く抱きしめた。 その美しい髪に指を通し、甘い香りを吸い込む。 瞳を瞑ってそうしていると、ますますくっきりと瞼の裏にあの光景が浮かぶ。
「僕は、描かなければ」
描かなければ、描かなければ――。 瑞人は何かに追い立てられるように、筆を動かした。 頭のなかに鮮明に残る、あの映像。
”椅子でグノーの楽譜を捲る百合子。 不思議なことに昔の赤い着物に、瑞人の青い羽織を着ている。 薄い曇りの空を背にして、光りの輪が百合子の頭上に弧を描く。 百合子は瑞人を見ると、驚いたように目を見張りそして微笑む。 目の前を白い何かが掠め、ふわりふわりと舞う。 手を差し伸べてそれを掬う、それは白い羽根だった。”
突き動かされるように描いた。 自分の意志が描いているのではなく、誰かが瑞人の身体を使って描いているようだった。
アトリエの窓を、雨が叩く。 風が轟々と呻き声をあげて、暴れまわり庭の花を押し倒す。 嵐は三日三晩続き、昼も夜も暗い部屋で、一本の蝋燭を頼りに描き続けた。
耳に優しい旋律が残る。 知らない内に眠ってしまったようだった。 一体、いつ食べ、いつ眠り、いつ描いていたのだろう。 瑞人は寝台から身を起こした。 どうやら嵐は収まっているようだ。 窓から見える空は、薄曇りで早朝なのか夕方なのか分からなかった。
急に喉の渇きを覚えて、階下へ降りる。 百合子のピアノの音を聞きながら、キッチンで硝子コップ一杯の水を飲んだ。
くるる、と言う声に振り向いてみれば、机の上に白い鳩がちょこんと座っている。 そして、小さな皿に入れられた麦の粒を忙しなく啄いていた。
「お前、どうしたの?さあ、おいで」
そう言って手を伸ばすと鳩は警戒もせずに、瑞人の腕の中で丸まった。 小さな心臓のように温かく、脈動している。 嵐で驚いて迷い込んだのか、どこか怪我をしているんだろうか。 瑞人はその小さな鳩を抱きかかえたまま、居間に向かう。
「まあ、お兄様の云うことはきくのね」
百合子は、現れた瑞人と鳩を見てピアノを弾く手を止めた。 そして、拗ねたように頬を膨らませる。
déjà-vu.
ピアノの椅子に座る百合子は、着物に羽織を肩からはおっていた。 百合子は少し俯いて顔を赤くして、 アトリエに篭りきりだった瑞人への寂寥を紛らわすように言い訳をした。
「ええと、これはね��物置の行李を整理していたでしょう。 だから、時々は、風通しをしてやらないと――って思ったのよ」
瑞人は自分の心臓が大きく脈打ったのが分かった。 それと同時に手の中の鳩が飛び立ち、開け放たれた窓から飛び去った。
”この瞬間”
瑞人は理解した。 自分が何を描いていたのかを。 そして、自分が百合子に告げる言葉も。 百合子の前でゆっくりと跪いて、手を取った。
「ねえ、百合子」 「なあに?」 「お前、身ごもっているのではない?」
瑞人の唐突な言葉に、百合子は目を丸くした。
「まあ、突然どうしたのお兄様?」 「ねえ、何か思い当たることはない?」
百合子ははたと黙り込み、曖昧に頷いた。
「でも、でも――まだ、分からないわ」 「うん、うん、そうだね」
瑞人はそう言いながら、花が咲き零れるように微笑む。 柔らかく百合子の身体を包み込み、優しく抱きしめた。
「ね、もう行李なんて重い物を持ってはいけないよ。 何か要るのなら僕が運ぶから、分かったね」 「ええ、分かったわ」 「それからね、自転車に乗るのも当分はだめ。 欲しいものがある時は僕にお言い」 「お兄様、自転車に乗れるの?」 「練習するよ、そうすればきっと僕だって乗れるだろう?」 「あら、だめよ。だってもし、転けて指を怪我でもしたら!」 「転けないように練習するよ、だから、お前はしばらく自転車に乗らないと、お兄様に約束して?」 「もう、分かったわ、約束します。隠れて自転車には乗りません」 「ああ、良かった。そうだ、ほら、寒くはない? 身体を冷やすのが一番良くないのだからね。 何か温かい飲み物を入れてあげようね、白湯か湯冷ましが良いと聞いたことがあるよ」 「もう、お兄様ったら――」
瑞人は百合子の手を取ってを柔らかな長椅子へと導く、 そして甲斐甲斐しく膝掛けを広げ、キッチンへ篭ったかと思うと、白湯と人差し指に水ぶくれを作って帰ってくる。
「まだ熱いから、冷めてからお飲みね。 何か食べたいものが合ったらお言い、僕が作ってあげるからね」 「ええ、ありがとう――瑞人さん」
百合子はそう答えると、瑞人に寄り掛かかり、二人分に膝掛けを広げた。 瑞人は百合子と手を重ねて、心地よく火照る頬に擦り寄せる。
「でも、どうして、分かったの?」 「それはね、この子が、僕に教えてくれたんだよ」
そう言って微笑み、百合子の髪をかきわけて、白い額に接吻を落とした。 人々は、この絵を「天使の不在」或いは「未完成の受胎告知」と呼ぶ。 ”純潔の象徴である百合” ”聖母に受胎を告げる天使ガブリエル” 受胎告知に絶対必要なこの二つの要素が描かれていないことが主な要因だった。
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Rêverie/05/2017
La vie est un sommeil,l’amour en est le rêve, et vous aurez vécu,si vous avez aimé.
人生は午睡、愛は私の見る夢。 誰かを愛した時、私の人生は輝きを放つ 。
―Alfred Louis Charles de Musset
Rêverie
仏蘭西の庭は、日本のそれとは全く違う。 日本の洗練され削ぎ落とされた庭を、選び抜かれた宝石や瓶を整然と並べた硝子のチェストと例えるとして、仏蘭西の庭はまるで子供が広げた宝箱だった。 水色に紫、琥珀色に淡いピンクの宝石や、黄色みがかった年代物の真珠、くすんだ緑色のドライフラワー、少女のお気に入りが詰まっている。
瑞人と百合子が仏蘭西南東部、二ソワ地方のとある田舎の村のアトリエに住み始めたのは、新芽が萌える春のはじめだった。
屋敷は丘の上にぽつんと建てられて、周囲に他に家は無い。 煉瓦造りの屋敷には二つの煙突が聳え、白く塗られた木の窓枠に、屋敷の入口の扉は濃い緑のアイビーの蔦が覆っていた。
広い庭には、白砂利の小道に曲線を描いたアーチが並び、白くふんわりとした花びらの花が絡まっている。 更に季節が暖かくなると、頭上まで花が咲き乱れることだろう。 木陰では深緑、日向では黄緑色にと姿を変える庭の草花は、無造作に、それでも美しさでもって、庭に折り重なるように生えている。 ふと、足元に目をやれば、砂利の隙間からも小さな草がぴんぴんと生えている。 深い青緑色をした池があり、脇に立つ広葉樹の並木はどれも太い幹に根に、細かな苔がむしている。 紫色をした花が群生しているかと思えば、そこの小道を曲がれば黄色の可憐な花が咲き乱れている。 それが、気まぐれでいて、無垢で、いたずらで、愛おしい。
元は或る音楽家夫婦の別荘だったらしいその屋敷は、質素ながらも品の良い家具でまとめられている。 その為二人が移り住んでも、大方そのままの状態だった。 二部屋を瑞人のアトリエにし、寝室に、百合子の私室、 キッチンには薪のオーブン、床には食材を保管する貯蔵室、客用の部屋に、物置。 庭が見渡せる広い居間には暖炉があり、使い古された一台のピアノも残されていた。
料理や掃除、たまの買い物を担う家政婦に、庭師の老人の二人の使用人も前のまま引き続いて、屋敷の手入れを任せている。 瑞人が絵に使う画材は、街の画材屋が月に一度屋敷まで届けてくれた。
葡萄酒や林檎酒、牛乳は顔なじみの行商から買っている。 街へと続く坂道は摩耗した石畳で、百合子は時折自転車に乗ってその坂を下る。 そ��して、パンや莢豆、骨付きの羊肉にチーズの塊などを籠に乗せて、坂を登るのだった。
昼になる少し前、十時を過ぎて瑞人は目を覚ました。 薄いレースのカーテンから陽光が差し込み、庭の爽やかな風がひらりと舞う。 寝台に起き上がり、腕をいっぱいに天井に上げて背伸びをすると、ふわと大きな欠伸をした。 百合子は既に階下に降りているらしく、床下から何やら会話のような声が聞こえる。 その音を聞きながら乱れた髪をかき上げて、眠り眼を擦る。 洋服箪笥から麻の白いシャツと綿の焦げ茶のズボンを選び、裸の上に着た。 サスペンダーで釣り上げ、綿の靴下と靴を履く。 日本では考えられなかった土足の生活も、すっかりと慣れてしまっていた。
階段を降りて台所を覗くと百合子と家政婦が豆の莢を剥いていた。 それを見て、くすり忍び笑いをして瑞人は二人に声を掛ける。
「Bonjour, Soleil et le Madame」 「Bonsoir,Lune?」 「Bonsoir?T’es méchant...tu crois? 」 「Qui aime bien châtie bien」
百合子は声に出して笑いながら答えて、前掛けで手を拭った。 そして、瑞人の元に駆け寄るとその頬に軽く接吻をする。
「朝食、召し上がるでしょう?」 「そうだね、庭で食べようかな」 「今日はとっても良い天気なの。 日差しも柔らかくて、日向だとぽかぽかして木陰では少しひんやりして」
百合子はハムにチーズ、ガラス瓶のピクルス、 それに、パンと林檎とナイフなどを布でくるみ、 二つの硝子コップに、冷えた林檎シードルの瓶までまとめてバスケットへと入れる。 一方で瑞人は、陽だまりの庭に白いシーツを広げて、 椅子を運び、イーゼル組み立てて、キャンバスを小脇に絵の具の木箱を手に下げた。
広がったシーツの白に太陽の光が反射して、目を細めるほどまぶしかった。
その上で二人は遅めの朝食をとり、庭を眺めながら他愛のない会話を交わす。 その後はシーツの上に寝転がり、ぼろぼろにくたびれた仏蘭西語の辞書で勉強をしたり、読書をしたりする。 百合子は最近はよく楽譜とにらめっこをして、鉛筆で音階を書き加えた。
「もっと、藤田に習っておけば良かったわ。 まさか、仏蘭西でピアノを弾こうなんて考えもつかなかった」 「随分と上手くなってるよ」
瑞人はいたずらに百合子の黒髪を指に巻き付けながら答えた。 午後もすぎると、家政婦は夕食を作り終えて帰っていく。 そうすると、もうこの屋敷にいるのは瑞人と百合子だけになるのだった。
瑞人はシーツから起き上がり、絵の具の入った木箱を開く。 パレットの上に絵の具を出し、カラカラカラとガラス瓶の水で筆を濡らした。 そして、一雫百合子の額に落とす。 二人はくすくすと笑い、百合子は諦めたように起き上がり、胸元の釦を外し始めた。
すっかり裸になってしまうと、パンやハム、林檎にオレンジに、皿や瓶、バスケットが広がったままのシーツに横たわり頬杖をつく。 肩から乳に掛けての白い肌に、さらさらと黒髪が零れ落ちた。
木漏れ日、陽だまりの午後。 風が優しくそよぎ、咲き乱れる花を揺らす。 時々、休憩を入れて硝子のコップに林檎シードルを注ぐ。 百合子は半身を起こして、裸体のままそれを飲む。 甘みと酸味、そして舌に弾ける泡。 すっかり温くなってしまったのにも構わず、喉を鳴らして飲み干した。
「寒くはない?」 「ちっとも。陽に当たっている腕や腿は温かいぐらい」
瑞人は木漏れ日の当たる百合子の白い腕に唇を寄せてみた。 言葉の通り、ほのかに温かい。 次には腿にも接吻してみたかったが、そうなるとまた歯止めが効かなくなる。 日の陰る夕方まで、二人は庭で過ごした。
/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/
一人の日本人画家Kが、アトリエに訪ねて着たのは半年前、冬の頃だった。 温暖な地中海気候の地方とは言え、アトリエのある村は山間部に位置し、冬の寒さは厳しい。 絶え間なく暖炉に火が焚べられ、外気の温度差に窓ガラスは曇っていた。 その日は雪が降ろうかという寒さで、誰もが家に閉じこもっていた。 屋敷に招かれたKは分厚いコートに手袋の手を擦り合わせながら白い息を吐いた。
「この寒い中、こんな辺鄙な所へ――」 「いいえ、とんでもない。北のジベルニーを思えば、暖かい方です」
瑞人はKを居間へと案内し、紅茶を運んできた百合子を紹介した。
「妹です」 「ああ、これはどうも初めまして」 「百合子と申します、お話は兄から聞いておりますわ」
小さく微笑み、カップに琥珀色の紅茶を注ぐ。 ふわりと瑞々しい香りが立った。 Kはそれに口をつけて、困ったように笑った。
「それは怖いな。どんな話ですか?」 「エドモン=フランソワ・アマン=ジャンが兄の人生を変えたと」
百合子のその言葉を聞いてKは意を得たとばかりに何度も頷いた。 Kは既に何度も欧州に滞在している。 それは画家としでもあり、また日本に西欧の絵画を紹介するための絵画収集家としてでもある。 そんなKが初めて収集した絵画がエドモン=フランソワ・アマン=ジャンの「髪」だった。 「髪」は鏡台を前に髪を梳く明るい髪の女性と、櫛を持つ女性が描かれている。 優美な緞帳の色彩、親密な雰囲気が描写され、女性の化粧風景という秘密の危うさが生々しい。 KがOへ送った手紙にはこう記されている。 ”これは個人としてのお願いにて候はず。 日本の芸術界のために最も有益なる次第にて候へば突然ながら切に懇願申し上げ候” その絵は東京で公開され、日本の画家や美術愛好家に多大な影響を与えた。
「僕は、それを見た時まだ学生でした」 「あれは、私のパトロンのOに是が非でもと頼み込んだものなのです。 君がこうして仏蘭西の画家となっていることを考えれば、その価値はあったのでしょう」 「そうだと良いのですが――」
瑞人は苦笑した。
「実はパトロンのOと私で、いつかは日本で初めての西洋近代美術館を作ろうと話しているのですよ」 「西洋、しかも近代美術館を?」 「ええ、それも東京ではなく、地元の岡山県のK市と云う場所です」 「それは――随分と思い切ったことをなさるのですね」 「Oは十年先が見える、と云うのが口癖でして、それに私も西洋絵画を見られる美術館が必要だと思うのです。 そこで、ぜひヴィコント野宮の絵を、と思って今日は参じた訳です」 「しかし、僕は日本では無名ですよ」 「十年先が見えているのです」
Kはそう云って笑う。 瑞人はそう云うことであればと依頼を受けたのだった。 その後Kはパリに戻り、この3月に帰国した。
/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/
庭を片付けてしまった二人は、屋敷の中へと戻った。 橙色の空に紫の雲が引き伸ばした綿のように広がる。 濃い闇が屋敷を包む前に、玄関と居間の電灯を付けた。
鍋に出来上がったカスレという羊肉と豆そしてトマトを煮込んだものを、温め直しパンと一緒に食べる。 風呂にぬるい湯を沸かして、土と埃と汗を洗い流し、髪を洗った。 大きめの風呂には、薬草や香草が浮き沈みし、庭の池に浸かっているようだ。 大きなバスタオルで互いの水滴を拭う。それは清潔で柔らかく太陽の匂いがした。 乾燥と日焼けで荒れた頬や肩、膝に足の先にとクリームを塗った。 それぞれ、眠くなるまで思い思いに居間で過ごす。 百合子はやはり本を読んだり、楽譜を手にとって歌ったりする。 瑞人は慣れない仏蘭西語で手紙を書いたり、押し花を作ったりした。
「見て、お兄様。 夜のお庭。昼間の庭と全く違うのね」
百合子はどうしてか囁くように云う。 外に降りてみると、真っ暗な庭は月明かりの光りでぼんやりと浮き上がっていた。 しんと音のしない庭は、寂しくもあり荘厳でもあった。 夜空の星の輝く音が今にも聞こえてくるようだ。 ひと仕切り庭を眺めて、電灯を落とし寝室へと登る。 冷たいシーツの中で、素肌で抱き合って眠るのは得も言われぬ心地よさだった。
しとしとと軒先から大きな雨粒が落ちる音。 その日は太陽が陰り、灰色の雲が空いっぱいに広がって霧雨が降っていた。 庭の植物たちは恵みの雨に全身を濡らしている。
瑞人は部屋で絵の仕上げをしている。 夜色の髪で使われる黒は神秘の黒と呼ばれ、光りが当たれば濡れたように艷やかに輝く。 緑や黄色、赤や白の明るい庭の色彩に、頬杖を付いて瞳を閉じる裸婦。 その髪��黒く、肌は真白。 顔は流れ落ちる髪に隠れて、表情は読み取れない。 この絵を見る者は、裸婦がどのような顔をしているのか。 引いては、どんな感情が込められているのかと、不思議に思うだろう。 何を見ているのか、誰を思っているのか。 微笑んでいるのか、悲しんでいるのか、それともここではない遠いどこかを見ているのか。 絵の庭へと入り込み、顔にかかる髪をかき上げてしまいたくなる衝動に駆られるだろう。
百合子は居間でピアノを弾いている音が聞こえる。 仏蘭西の作曲家、クロード・ドビュッシーの「夢幻」だった。 印象主義音楽と呼ばれる作曲家だ。
その、不思議な音色に導かれて、瑞人は筆を置く。 そして瞳を閉じて、数度深呼吸を繰り返す。 油画のつんとした匂い。 どこか悲しげなその曲は、目の前の絵と似ていた。
足音を忍ばせて、階下へと降りる。 百合子は気づかずに、譜を捲り、ピアノを引き続ける。 そして、冒頭の戦慄がやや明るい音階で繰り返され、曲は終わる。 余韻の残る居間に霧雨の降る音だけが響く。
「Brava!」
瑞人はそう云って拍手をする。 すると百合子はくすくすと笑って、社交界風のお辞儀をした。 彼女の手をとって指を掬い、その白い繊細な指先に唇を落とす。
「お前は器用だね。右手も左手も違う動きをしているのに混乱しないの?」 「混乱するわ。でもね、一つずつ音が噛み合っていって、ハーモニーになるととても嬉しいものなのよ」
それは、別の色だった一つ一つの点が花になり庭になり��になるのと似ている。 ふと自分の指が黒く汚れていることに気がつく。
「ああ、ごめんね。絵の具を落とすのを忘れていた」 「いいえ、大丈夫。お兄様のお部屋に見に行っても良い?」 「うん、いいよ」
キッチンのボウルに水を張って、手をつける。 透明な水に、墨を落としたように黒が広がり水を濁した。
生乾きの絵は強く油画の香りを放っている。 瑞人は絵に見惚れる妹を後ろからそっと抱きしめて、耳元で囁いた。
「お前は彼女が何を見ていると思う?」 「Oui...Elle est en train de rêver」 「Toi aussi? -Rêverie」 「夢幻?」 「そう、僕はね、今でもあの頃の夢を見るんだよ。 あの頃は、絵を描くこともお前も人生を生きることも諦めていたんだから」
背中にかかる黒髪を掻き分けて、釦を一つ一つ外す。 すとんと落ちて足元で丸まるワンピース・ドレス。 小さな顎を摘んで接吻を繰り返す。 すぐにでも、百合子の下肢の紅い花に口付けをしたくなった。 まるで情交の快楽のような口吸いを、下肢の花に落とせば腰は柔らかく萎え、忽ちに蕩けてしまう。 下着を下げ足幅を広げさせ、膝立ちになって百合子の花を吸う。 蜜は溢れ腿に伝い、百合子の甘い香りが強くなった。
「あ、あ、お兄様――」 「ふふ、仕様のない子。こんなに膝が震えて」
くちゅぐちゅという口吸いの水音が百合子の股の間から絶え間なく続く。 少し唇を離せば、花びらも呼吸をするように開閉した。
絵を完成させた日の夜はいつも、瑞人の中の情念が燃え上がるようだった。 瑞人は椅子に腰を掛けて膝の上に百合子を座らせた。 そして、深く口付けたり、乳の柔い所を吸ったり、曲線を指でなぞったりして愛撫する。 その婉曲な愛撫に百合子の身体は火照り、切なさに子猫のような声で鳴き、瑞人の頭を抱きかかえる。 夕暮れまで焦らし、瑞人のズボンは百合子の愛液と先走りで濡れそぼっている。 お互いに小さく達してはいるが、下腹部はじんじんと疼き、全身が酒に酔ったように陶然としていた。 片手は百合子の腰をさすりながら、もう片方の手でズボンの前釦を外していく。 赤黒く勃起したそれは薄暗い部屋の中で分かるほど濡れている。 ごくりと生々しい唾を飲む音が耳に反響する。
「ふぁ、あ、お兄様、お兄様――もう、もう」 「いいよ、挿れて」 「ああっ、あっ、あっ、あ、――ッ」
飲み込む度に百合子の喉から悲鳴が上がる。 まるで、湯の中で溶け合う墨の黒。 乱暴にかき混ぜて濁らせてしまいたい衝動を抑えて、余韻に吐息をつく。 異国の熱がそうさせるのか、二人はより情熱的に交わるようになった。
暗闇が支配するアトリエ部屋で、シーツを被って身を寄せ合う。 それは青臭い草の匂いと太陽の香りがした。 瑞人は百合子への情念を絵に落とした。 云わば、瑞人の肉の一部、百合子の影でもある。 それを結局は手放さなくてはならないことは分かっている。 その身を切る辛さに、絵の完成した夜こそ百合子を抱きたがった。
百合子がピアノ曲を口ずさみながら、白い指を膝の上でととんと叩く。 その夢をたゆたうまどろみの旋律を聞きながら、キャンバスを陶然と見つめる。
誰にも真似の出来ない漆黒。 絵の中の裸婦の黒髪は、暗闇の中では僅かな星明りを集めて白銀に輝いていた。
仕上がった絵をKへ送る。 その数か月後、手紙が届きパトロンのOからKが亡くなったことを知らされた。 その翌年には岡山県K市に日本で初めての西洋近代美術館「O美術館」が開館され話題を呼んだ。 画家であり収集家でもあったKが渡欧によって買い付けた、エル・グレコ、モネ、セザンヌを始めとした名画が並ぶ。
東洋館、日本画家の一角にヴィコント野宮の「Rêverie」は、現在も飾られている。 ヴィコント野宮の代名詞「夜色の髪」と呼ばれた幻の黒。 それが絵具と墨とを混ぜた色であったことが、後年の修復作業中の科学調査で明らかとなった。 仏蘭西に渡り、アトリエで描いた初期の作品である。 他の作品と比べ、まるで夢の様に庭の色彩が豊かなのが特徴だ。
明るい陽射しに白いシーツ、咲き乱れる花、緑の木々。 甘い秘密、木陰の匂い、拙いピアノの音色。 陽だまり、にわか雨、星明りの庭。 あの日の午後。 頬杖を付いて横たわる白い肌に黒髪の少女。 覚めない夢を微睡み、百年の永遠を生き続ける。
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妹を喰べる話
瞳を閉じていても分かる。 目が回っている、頭が重い、気分が悪かった。 ああ、生きている――まだ生きているのだ。
僕は全身を鉛のように覆う気怠さに息を乱す。 ゆっくりと瞳を開けると、そこは見慣れた僕の部屋の天井だった。 身体を起こす気にもなれず、ただ僕は天井をぼんやりと見つめた。 喉がひりつくのは、嘔吐した為だろうか。
僕は薬を飲んだ。 眠るように死ぬる薬だ。 だって、もう生きている意味など何一つとして無いのだから。
「殿様、気が付かれましたか?!」
扉を開けてそう声を掛けてきたのは藤田だった。 僕の命を救ってしまったのも彼だろう。 もうこの屋敷に残っている使用人は数人しか居ない。
「なぜ、放っておいて呉れなかったの」 「殿様――」
まさか、命を救っておいて非難されるとは思いもしないだろう。 いや、藤田なら非難されるであろうと予想はしていたかもしれない。
「この上、まだ地獄を生きろと云うの」 「……姫様のご葬儀が――間もなく」
藤田の声は掠れていた。 その言葉に、寝台の上の百合子の寝顔のような死に顔を思い出した。 周りには桔梗の青が散らばり、甘い香りを漂わせていた。 僕は気違いのように泣き叫ぶ自分の姿を、どこか遠い所から眺めていた。
妹を喰べる話
「この子を、この子の可愛い顔を焼くなどと。 重くて冷たい墓石の下に骨として閉じ込めるなどと――」
僕はそう叫びながら泣いて、百合子の棺に縋った。 その顔を見ると、本当に眠っているだけに見える。 今にも起き出しては微笑み、お兄様と僕呼ぶような気がする。
「どうしてもと云うのなら、僕も一緒に焼いて下さい」 「莫迦なことを――」
お祖母様はその顔を顰めて蒼白になった。 僕の言葉が大袈裟でも狂言でもないのは、藤田から聞き及んでいるのだろう。 仕様のない……と小さくため息を付き、僕の肩に手を置いて駄々っ子をあやす甘い声を掛ける。
「せめての手元供養に遺髪を残しましょう?ね、瑞人さん」 「いいえ、いいえ。駄目です!この子の髪を切っては!!」
僕はぶんぶんと頭を振った。 その様子に耐えかねたのか、すっと立ち上がり厳しい声で叱りつける。
「いい加減になさい!!もう、貴方しか残っていないのですよ!!!」
僕は嗚咽を啜り上げて、くらくらする頭を持ち上げた。 お祖母様の怒った顔は、お母様に似ていた。 自身を奮い立たせようとするその声音は、百合子にも似ていた。 そうだ、この方も自分の娘に孫を亡くしてしまったのだ。
「お祖母様、いいえ、徳子様。僕は――」
そうして、この人は残ったもう一人の孫をも失���た。 野宮家の血は遂に途絶えたのだった。
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あの事件から三年後。 一人の男が箱根の静養地へと訪れた。 そこは白川伯爵が持つ別荘の一つ――なのだが、今は一人の青年を住まわせている。
白樺や杉の木立が並び、別荘地までは砂利道が続く。 白い壁をした西洋風の建物は一見病院のようにも見える。 自動車を門の脇に停め、ドアを開けた。 女中が現れて、男に頭を下げる。 男は白いシャツに紺のスラックスの簡素な洋装をしていた。
「最近はこの時間は外に出て絵を描かれているんですよ。 部屋は――お掃除しようと触るとご機嫌を損ねますのでそのままです」
女中は男を青年の部屋に案内した。 扉を開けると、開け放たれた窓ガラスに寝台と机と椅子の簡素な部屋だった。 ただ、床には数百枚と超える絵のスケッチが散乱している。
男は床にしゃがみ、一枚のスケッチを拾った。 木炭で描かれているのは、一本の木だった。 全て、同じ木の絵だった。
狂っている。 ――彼も犠牲者だった。
男は心の中でのみ呟いた。 ふうっと、白いレースのカーテンが風で膨らむ。 ばらばらばら、と床に落ちているスケッチがめくれ上がった。 男と女中は部屋を出て、廊下の窓から下を眺める。
「今は、外で絵をお描きになっています。 時折、発作的に喉を掻き毟るので両手に分厚いミトンを……」
庭に降り立つ。 地面は生え始めた野草で柔らかく、木漏れ日のせいか温かい。 別荘を囲むように見下ろす木々が、精錬な風を山から運んでいた。 青年は青い着物で椅子に座って、画板に木炭を走らせていた。 まるで周りの音など聞こえないかのようだった。 男は、青年が描いているものが、人の背丈ほどの木であることに気がついた。 あの木だ。
「この子は百合子なんだ」
男はぎくりとして息を呑んだ。 青年はこちらを振り向くこともなく、男にそう告げた。 その声音は、以前のままでとても狂っているとは思えないほどしっかりしていた。 だが、その言葉の内容は狂気を孕んでいる。
「胃の腑に残っていた種が、あの子の心臓に網のように根付いて、 あばら骨の隙間に絡まって、そうして、血や腐肉を啜って育ったんだ」
青年はここに妹を埋めた。 暗く冷たい墓石の下ではなく、清かな風の吹く木漏れ日の庭に。
女中や医師は気味悪がるが、狂人の迷言だとして耳を閉じた。 野宮百合子は荼毘に付され火葬され、野宮の墓に埋葬された。
男が、この青年のただ一つの願いを叶えた。 それはこの青年も男と同じく、ある男の犠牲者だったから。 そして、青年と同じようにあの少女を愛していたからかもしれない。
「ねえ、ごらん。今初めて、実がついているんだよ。 この前までほんの小さな、白くてかわいい花だったのに。 あの子の、白い頬のような――。 ねえ、この、薄っすらとした紅��を見ると、あの子の唇を思い出すだろう? 木の枝の靭やかさは腕を、黒にも近い緑の葉はあの子の美しい髪を」
青年は訥々と男に語りかける。
「この実が、もっと赤くなって熟れたら――お前にも見せてやろうね」
男は、顔の見えない青年が、花がほころぶようににっこりと微笑んだに違いないと思った。 熟れた紅い果実は、甘いのだろうか、酸っぱいのだろうか、それとも苦く青臭いだろうか? あの少女は、一体どんな味がするのだろうか?
「いいえ、それはあなたのものです。あなただけのものです」
男はそれだけいうと、もうその場から立ち去った。 そして、二度とここへは戻らなかった。
青年は、スケッチの手を休めて、息をつく。 瞳を閉じて、身体を椅子の預け、静かな森の声を聞いた。
どうか、百合子の上にかかる土が、軽く、暖かでありますように。 けぶる雨が、土に染み、その唇を濡らし、この子の渇きを癒しますように。 歌う鳥たちよ、その軽やかな囀りを百合子の元に届けてほしい、彼女が孤独ではない様に。 空に輝く白い月が、僕を導くその日まで――。
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花
僕は幼い頃に、この世の、それも、いちばん美しいものを知ってしまった。 そしてその美しいものが、決して僕のものにはならないと言う事ことも。 それだから、僕は、いつ死んだとして、悔いはない。
花
僕はその美しいものを、優しく見守ろうと思った。 新芽が青く、露に濡れた茎が伸び、可愛らしい蕾を付けて、 陽に葉をそよがせながら、そうして、いつか白い花びらが開くのを。
僕の無遠慮な指が、清らかな棘に触れないように。 頑なだった萼が緩み花被がぱっと弾ける瞬間。 その花開く甘美な花粉が空中に漂うのを、じっと、吐息をこらえて。
この世でもっとも美しい妹――百合子。 決して僕が手に入れられない美しい花。 血の繋がった妹に男の欲望を感じた自分を恥じて、 僕はその花をただ見守るだけにしようと、自らに科した。
人は僕を優しいと言う。 だが、そうではないことを自分が一番よく知っていた。 誰にでも優しいということは、誰にも優しくはないということだ。 そう、僕は優しいのでは決してない。 もう諦めてしまって、どうでもよくなってしまっているだけなのだ。 だって、僕が一番欲しいと思う女は、血の繋がった妹なのだもの。
けれど、或る時、そうではないと分かってしまって、 その上僕の愛しい花が、どこの誰だか分からない男に手折られそうになっている今。 僕は、ようやく、美しい花を両の手で囲って、自分のものにしてしまえと決心した。
僕の告白が、百合子を苦しめることになっても、構わない。 だって、僕は”優しいお兄様”などではないのだから。 そうして、百合子が僕への同情と憐憫を感じているのを良いことに��� 僕は、その気持ちが戀い��あるかのように錯覚すれば良いと思った。
そう思う度、僕は、僕を、殺したくなってしまった。 ひょっとしたら僕は、人間でないのかも知れない。 僕は、楽園で人を誘惑し堕落させる悪魔にでもなってしまったのだろうか?
そう、僕はきっと悪魔なのだ。 僕に戀いをしていると錯覚している妹を抱きしめ、唇と唇を触れた。 掠れる程度、悪戯の様な口付けだったけれど、僕はもう駄目なのだと悟った。
僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することなどできはしない。 ほのかな匂いを愛めずるだけでは、とても、我慢ができないのだ。
予感の通り、僕は妹を愛して、その身体を抱こうとしていた。 美しい花の茎を根本から手折って、その青臭い香りに酔いしれ、 僕のものだよとでもいう風に胸に抱きしめて、頬ずりして、 その萼を唇でもって捲り、こわごわと開く花弁を舌でつつき、 それから、雌花をもみくちゃに舐めあげて、溢れる蜜をぐしゃぐしゃに吸ってしまって――。
ああ、この子は花の妖精でも、天使でもない。 皆と同じに人間なのだ、女なのだ。 百合子の身体を開き、僕はひとつひとつを確認するように、じっくりと愛撫した。 僕は百合子が震えているのが分かった。 怖いのだ、恐ろしいのだ、二十余年積み重ねた、思い、情念、執着が。
なるほど、まこと生きるとはこういうものなのだ。 この醜い感情や強い情念を抱えることなのだ。 そして、百合子に執着するということは、生に執着するということなのだ。
ねえ、僕は、お前を、失いたくない。 お前と共に生きていきたいんだよ。 仕合せになりたい、二人で仕合せに生きたいんだ。
僕はついに、この世の、それも、いちばん美しいものを知ってしまった。
その日から、色の洪水の中に生きている。
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Is That All There Is?
こんなもの? ねえ、たったこれだけのことなの?
Is That All There Is?
五月――天気の良い午後だった。 爽やかな風が駆け抜け、庭の木々の葉を揺らして去る。 僕は庭に画板と椅子を用意して、花のスケッチをしていた。 何かに集中し没頭していると、周囲の音や影は消えてしまう。 時には息をするのすらも忘れて、湖の底の様に静謐に。
いくらか時間が経った頃、姿勢を緩ませて椅子の背もたれに身体を預ける。 ふ、と背後を仰ぎ見ると百合子が微笑んで佇んでいた。
「ああ、百合子。いつから、そこに?」 「ええとね、ほんの少し前よ」 「そうなの?……ちっとも気が付かなかった」
僕は少しだけがっかりして深くため息をついた。 百合子は小首をかしげて明るく笑い、僕はそれが眩しくて思わず目を細めた。
「お兄様はすごいわね、魔法のようね!」 「そう、かな――」 「そうよ!するすると芽吹いて蕾になって花が咲くように、 お兄様が鉛筆を動かしただけで真っ白な紙にお花が咲く���ですもの!」
百合子のその真っ直ぐな瞳と言葉に僕は圧倒されてしまった。 彼女の言葉には一片の世辞も嘘もない。 好きな絵には好きと言い、嫌いな絵には嫌い。 分からない絵には分からないと言って、何だか好きな絵には何だか好きと言う。 こんなにも美しい心を持つ人を、僕は他に知らない。 どう答えて良いか分からず、僕は逡巡する。
「ありがとう、百合子。――お前は優しいね」 「あら、お兄様ったら私が優しいからそう言っているのではなくてよ」
百合子は僕の言葉に頬を膨らませて眉間に皺を寄せる。
「分かっているよ。だって、その、お前があまりにも褒めてくれるものだから……」
照れてしまったのだ――そう続けようとしたが、どうにも気恥ずかしく、 赤くなった顔を隠すように自分の羽織を脱ぐ。
「ねえ、ほら、百合子。春とはいえまだ肌寒いよ」
そして百合子の肩に羽織らせた。 その時、黒く滑らかな髪に触れる。 羽織の内に入ってしまわない様に、ゆっくりと。 髪が縺れて痛まない様に、丁寧に。 髪を持ち上げて下ろす。
「まあ、ありがとう。お兄様」
わずか瞬きの間だった。 屈託のない笑顔に、僕は後ろめたさと己の不潔さを感じた。 よもや、妹の髪に触れたくて羽織らせたとは思ってもいないだろう。 その瞬きの間に、肉欲を感じているなどと、目の前の幼い少女は思ってもいないだろう。 僕は、百合子への戀い心を自覚する様になって、罪悪感に苛まれる様にもなった。 戀いと言うのは苦しいものだと言われるが、僕はその苦しみと痛みで死んでしまうのではないかと思った。
あの子の柔らかな唇に口吻て、首元に顔を埋めて、その髪の香りを嗅ぎたかった。 固く結ばれた帯紐を緩め、襦袢の合わせに手を差し込み、着物を剥いでしまいたい。 百合子の真白な身体を愛してみたかった。
どんな心持ちがするだろう――そ���考えると切なくて夜も眠れなかった。
ある女中と深い仲になったのは、そんな折だった。 きっと、僕はその肉欲をもうどうしていいか分からなかったに違いない。 だって戀い焦がれる百合子は血の繋がった妹で、口吻はおろか、堂々と抱きしめる事だって出来はしないのだから。
「お前は僕を好いてくれているの?」
邸の廊下の影で女中に寄り添いながら僕は聞いた。 僕の言葉に女中は、はいと答えてくれた。
「僕に戀いをしてくれているの?」
その言葉に女中は頷いた。 彼女の恥らう頬の赤らみに、同じ戀いの痛みを知る者とその辛さを分かち合えた気がした。 僕はそうなのと答えて、ついと女中の顎を摘んだ。 そして、おもむろに顔を近づけて、その唇に唇を寄せた。 口吻……それは、唇と唇とが触れ合う感触だった。
こんなもの?
僕はそう思って女中の唇を開かせて、もっと深く口吻る。 震える柔らかな唇に吸い付いて、舌を忍び込ませる。 頭の中を舌と舌が絡まりあう水音が響き、時折かちかちと歯が触れ合う音もする。 女中の身体の力が抜けて、僕は肩と腰に手を回して支えた。 唇が離れると、唾が糸を引いた。 僕は女中の項に顔を埋めて髪の香りを嗅ぐ。 ――あんなにも戀い焦がれた口吻。
口吻ってこんなもの? ねえ、たったこれだけことなの?
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幼い頃、お母様が自分のお母様��は無いと聞かされて戸惑った。
「それじゃあ、僕のお母様はどこにいらっしゃるの? 僕、お母様にお会いしたいわ」
幼い僕はそう言って泣いてはばあやや藤田を困らせていた。 子供ながらに、それをお父様に聞く事はいけない事だと思っていたのだろう。 元来大人しく口数の少なかった僕は様々な感情を内に秘める様になった。 自分の母が女中だった、妾だった、と真実理解したのはずっと後の事だった。 最初、筆を持ったのは、母に対する思慕からだったのかもしれない。
その内に異国の絵を見て油画を知り、僕は絵画には広い世界があるのだと知った。 宗教画の緻密な線、ルネサンス期の躍動感のある筆跡、印象派の目が覚める色。 僕は自分の中に眠っていた感情を線や色に紙に乗せた。 絵を描くと言う事は、僕にとっては生きる事だった。
「なかなか、面白い絵を描くね」
そう声を掛けてきたのは、絵画の教師だった。 仏蘭西に何年も留学して日本で画塾を始めた草分けの人だった。 僕はその評に少し眉根を寄せて目の前の絵を見つめた。
「面白い……でしょうか」 「ああ、錦絵を知る者が油画をしても錦絵の跡が残る。 その跡を消そうと躍起になると、西洋絵画の模倣になる」
その点、と彼は僕の絵を眺めた。 そして何やら色々と良い批評をしてくれたらしい。 その言葉はどうしてかほとんど僕の頭には入ってこなかった。
「先生の買いかぶりすぎですよ」
僕は落ち着いてそう答える。
「そうだ、君も仏蘭西へ行ってみると良い。 日本では見られない様な絵や建物が山とある。 きっと、君に良い影響を与えてくれるに違いないよ」
その教師は親切にも、留学するのなら手配をするとまで言ってくれた。 僕は、出来るだけ冷静にその場をおさめて退室した。
絵は僕にとって生きている証だ。 その絵を誰かに見てもらえて、認めて貰えた――その事が単純に嬉しかった。 僕の絵を見てくれる人がもっと居るかもしれない。
母は僕を疎ましく思い、父は母にしか興味がない。 執事や女中は僕の絵を見ても、世辞しか口にしない。 妹だけが、僕の絵を心から好いてくれていた。 僕の絵を、嘘も世辞もない真っ直ぐな瞳で見てくれていた。 この世界でたった一人の妹だけが、絵の向こうの僕を見てくれていたのだ。 それは、つまり僕がここに居る証明だった。
絵を描かなければ、僕はきっと息が詰まって死んでしまうだろう。 そう言う予感があった。
僕はその日の夜に、お父様に留学の話を切り出した。
――そして、それを諦めた。 僕は今まで描いた絵を全て処分して、筆や絵の具を箪笥の奥へとしまいこんだ。 僕の命、僕の魂だった、僕の絵。 それらが、次々に運び出されて捨てられていく。
こんなもの?
あっという間に、部屋はがらんどうになった。 僕は寝台に腰掛けて、寒々しい広い部屋をぼうっと眺めた。 油画の香りはまだ強く香ってくる。
絵を描く事は、生きる事だった。 ――それなのに、僕はまだここに居る。
僕の証って、こんなもの? ねえ、たったこれだけのことなの?
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「ねえ、お前。――そう、お前だよ」
絵画を辞めた僕は、何だかもう何もかもがどう��も良い事のように思えて花街を彷徨っていた。 僕は芸妓の一人に目をつけた。 顔を赤らめてしなを作る造作が可愛らしい、髪の綺麗な少女だった。 この子なら、きっと大丈夫だ、と僕は思った。
一緒に酒を飲み、少し話をした。 髪を下ろさせて、化粧を落とすと、ますます妹に似ていた。 妹?――いいや、違う。百合子は、妹ではない。 けれど、僕の妹なのだ。
「そうやっている方が可愛いよ」 「本当に?」 「うん。僕はお前の朗らかな笑顔がとても好きだよ」
嬉しそうな小桃に僕は微笑んだ。 顔貌が似ていると、声まで似ているものなのかな。 少しの訛っけを除けば、今まで見た誰よりも小桃は百合子に似ている。 特に、指の間を零れ落ちる髪の感触が似ていた。 抱き寄せてそっと耳に口付ける。
僕が百合子に戀いをしてしまったのは、必然だったのかもしれない。 この身に流れる血が、きっとそうさせたのだ。 百合子が妹では無いと分かってしまって、僕はもう何もかもに耐えられなくなっていた。 兄妹であれば、例え百合子が嫁しても家族の繋がりは失われない。 死んでしまっても、兄と妹だ。
小桃の帯を解くと、着物の合せ目が緩み、薄い肩がむき出しになる。 僕はそこに手を差し込んで、柔らかな乳に触れた。 ずっと百合子にそうしたいと思っていた通りに、小桃を愛した。 小桃が可愛らしい声で喘いでいる。 ――ずっと、ずっとこうしたかった。 妹を、この手で愛してみたかった。 美しい髪が揺れ、広がり、絡みつく。
だけど、ねえ、こんなもの?
お父様が紛い物の子供で母を愛した様に。 僕も紛い物の恋人で妹を愛した。 そして、敷布で眠る小桃を一瞥した。
こんなもの? ねえ、たったこれだけのことなの?
僕は、一体何のために生きているのだろう? どうして、僕は生まれてきたのだろう? そう考えると、大きな波に飲み込まれる様にして透明な虚無感に包まれる。 生きて在るということは、何の意味や理由もないのだとしたら、 それこそ、真に祝福すべきことなのではないのだろうか?
たったこれだけ?
たったこれだけのことなら――さア、踊り続けようぢゃないか。 羽目を外して、楽しもう。 たったこれだけのことなのなら――。
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そして、とうとうあの子は居なくなってしまった。 僕は、きっと僕が壊れてしまうだろうと思っていた。 だけど、僕は既に壊れてしまっていたのかもしれない。
誰もいない庭に、僕は一人座っている。
そして僕は時折、懐の包みを取り出す。 懐紙に白い薬が包まれている。
僕は、僕が死んでしまう事を想像して心を慰めていた。 死の愛撫が僕の心臓を撫ぜ、死の口吻で最後の吐息を奪う事を。 それは、どんなに、甘美な事だろう――と。 僕の、最後の希望だ。
だけど、そうはせずに包みを再び懐に戻す。
…
君は――きっとこう思っているのだろうね。 そんな風に思うのならば、いっそ、全てを終わらせてしまえばいいのに、と。
けれど、僕はそれほど結末を急いではいない。 だってね、こうして君に語りかけながら、僕はね、解っているんだ。
この白い包みを破り、舌に薬を乗せて飲み込む。 僕は震える唇で、妹の名を呼ぶかもしれない。 じわじわと頭がぼやけて、そして身体が重く沈む。 ああ、ようやくこの辛い生から解放されるのだ――。
そうして、やはり落胆する���だ。
こんなもの? ねえ、たった、これだけのことなの?
――って、ね。
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私の人形/11/2013
私の人形は良い人形 目はぱっちりと色白で、 小さい口もと愛らしい。
花を売り、春を鬻ぐ様になってからと言うもの、 百合子の美しさは日に日に凄みを増した。 淫乱で感じやすく濡れやすいその甘い肢体にむしゃぶりつく蟲は一匹二匹ではない。
とうに正気を失っていた精神は、快楽によってもはや手に負えない程崩れ去っている。 様々な<雄蘂>によって開かれた花弁は満開に咲き乱れ赤く熟れ、 蜜を溢れさせて子宮深くの<雌蘂>に種を導いて実を結ぼうと蠢いている。
それは種を持たない真島とて同じ事だった。 百合子の白い尻の肉たぶを爪を立てて掴み、思い切り広げて花弁をむき出しにする。 充血し固く膨らんだ魔羅を蜜に濡れる花弁に押し込む。 ぎち、ぎちと締め付けて追いだそうとするかの様な百合子の身体を、 理不尽な怒りで持って蹂躙し嬲る。 彼女の身体の反応は正しい。自然の摂理に間違いはない。 真島と百合子は交わってはいけない種だから、本能的に百合子の膣が真島の魔羅を追いだそうとしているのだ。 「あうーっ!あっ、あっ、ああーッ!」 百合子はまるで白痴か豚の様に泣き叫ぶ。 上半身は寝台に崩れ落ち、高く上げた尻だけを抱えて突き上げて行く。 「んあっ!んっ、ふぐぅ」 敷布に涎を垂らしながら乱暴に突かれる。 真島はすぐにも射精してしまいそうになるのを堪え、 百合子の身体を救い上げて抱き寄せる。 激しい律動にがくがくと今にも崩折れそうな細い身体を背後から羽交い絞めにした。 豊かな乳房を鷲掴みにして揉み、耳を噛んで舌で舐り回す。 「ひいぃ!!」 快楽に負��百合子の子宮が降りてくる、真島は本能的にその入口を魔羅の先端で擦る。 「ま、じま……ひやああ!!だめええぇええ!だめええぇええ!!」 びくんびくんと痙攣し、逃れようとする身体を尚も押さえつけて深く抉る。 ぱんぱんと乾いた音がますます大きくなり、交わる水音がじゅぼじゅぼと激しくなる。 「やぁああぁあッ!!!」 百合子はしばらく絶叫し、全身を固くして痙攣する。 「ぐ、ううっ、あっ――」 膣が脈打ち真島の魔羅をきつく扱きあげる。 腰を深く沈めて一番深い所で吐精する。 びゅびゅ、びゅびゅと大量の精子を吐き出し、その度に魔羅がびくりびくりと震えた。 百合子は気絶し、がくりと力を失った。 真島はその��ったりと柔らかくなった肢体を抱き支えながら、未だに魔羅に残る精子を吐き出そうと腰を前後させる。 百合子の蜜と真島の精でぬるぬると滑る膣で自身の魔羅を扱きながら、尿道に残った精子を吐き出し、 ぐいぐいと陰嚢を百合子の尻に押し付けては空になるまで射精した。
繋がったまま寝台に横たえて、腰に敷布の丸めたのを宛がう。 仰向けに寝かせると、足首を持ち太ももを開かせておいてからゆっくりと魔羅を引き抜く。 柔らかく萎れたそれは百合子の膣からぐっちょりと音を立てて抜け、 腫れ上がって捲れた陰唇が物欲しげに口を空けている。 すぐ入り口にはたっぷりと注ぎ込んだ白濁の液が今にも零れそうだった。 「ん……」 眠った百合子が少し腹に力を入れただけで、精子はとろ…と一筋尻に零れ落ちる。 真島はふふと微笑み、百合子に覆いかぶさって涙と涎に塗れた頬に頬を寄せた。 「姫様……姫様の膣内に俺の子種がたんと入っていますよ。ねえ、姫様――。 あんなに淫乱に逝ってしまって、隙間もないほどこの俺の子種を注がれて……。 姫様、俺はもう本当に貴方がいなくては生きている意味なんか、もう、無いんです」
初めて百合子に挿入し奥に出してしまってからと言うもの、 真島自身の自制も全く効かなくなってしまった。 挿入しても、膣内には決して射精すまいなどと思っていたのは本当に最初だけで、 その肌に触れてしまってからは百合子の一番の深い場所に射精しなければ気がすまなくなった。
毎晩毎晩射精しても、百合子に種付けしろとばかりに欲望は枯れず、むしろ増していくばかりだ。 百合子の身体も実を結ばないもどかしさ故に、益々妖艶になっているかの様だ。
”あゝ、早く早く実を結んで地に根を下ろしたい。 私は芽吹きたいのです。陽の光を浴びて雨に濡れ、花開きたいのです”
眠っている百合子の頬に触れる。 すべすべとした陶器の様な肌、小さな唇に、黒く長いまつげに縁取られた瞳。 物言わぬその姿は、実に美しい情の通わない人形そのものだ。
私の人形は良い人形 歌を歌えばねんねして、 一人でおいても泣きません。
母親の、子を守ろうとする本能がどれほど強いのか、俺は知っている。 百合子の月のものが遅れて数ヶ月経つ。 いずれ客の子を身ごもるであろうことは、当然視野に入れていた。 百合子はいつも以上に気だるげで、熱っぽくもあり、眠そうだった。 それでも客を取らせていると、幾らか出血をした。 「嫌、嫌!乳が痛い――乳が痛いの――」 百合子は乳房が張り、足の付根が痛いと言い始める。 真島の疑惑が確信に変わった。 そして、客を取るのを嫌がり始め、真島はそれでも毎晩客を取らせた。 医者を呼び、高価な堕胎薬を処方させているが効果は薄く、真島は日に日に苛立ちを募らせた。
薬の作用が強すぎるのか、百合子は食べたものを全て吐き、ぐったりと横たわっている。 華奢な身体を横にして、口の周りを拭い敷布を掛けてやる。 着崩れて汚れた��衣の襟元を整え、背中をさすってやる。 腹部に目をやり、そこに未だ膨らみがないのを確認し、吐息を付く。 恐る恐る手をやり、撫でる。誰の子かも知れない種。 図々しく百合子の身体に根付き、生気を吸い取って育っている。 焦る必要はない、如何様にもなる。 真島は自分に言い聞かせるように何度も繰り返した。
(大丈夫だ。例え生まれても始末すればいいのだから――) そう考えた時、白い手に手首を掴まれた。真島はぎくりと身動ぎする。 眠っていた百合子が目を覚まして、真島をじっと見やっている。 その瞳は硝子玉の様に澄み、感情を失った透明の色をしていた。 「お願い、お願い、殺さないで」 百合子の言葉に身震いする。 医者に見せるときも、薬を飲ませるときも、身籠っていると悟らせないように動いた。 普通の精神状態では気がつくかもしれないが、頭のおかしくなった百合子は理解できないだろうと思っていたのだ。 「何を言っているんですか、姫様」 「お前の子なのよ」 「俺の子であるはずがありません」 思わず語気を強めて言ってしまいはっとした。 百合子がそう思うのも無理は無い。 真島だけは他の客と異なり、膣に懐紙も入れず行為の後の洗浄もしていなかった。 動物のように一日中交わり、百合子は何度も絶頂に達した。 子種が無いからと知っているのは真島だけだ。 「女の子よ、黒髪で色白の」 百合子ははっきりとそう言った。 その迷いのない口調。白い浴衣に敷布を纏った無垢な少女が娼婦であるにも関わらず、真実清く尊い存在なのではないかと思わされる。 「本当に、俺の子だと思うのですか」 「お前の子よ」 それでは――。真島はくつくつと喉の奥で笑う。 心臓が真っ黒な炎で炙られて痛みに悲鳴を上げる。 「そうであれば、尚の事、排泄物は処分しなければいけませんね。 貴方のお父上がそう言ったのですよ、ねえ姫様そうすればこの苦しみも幾分かやわらぐのでしょう? この憎悪から解き放たれるんでしょう?だから、あの男は俺を斬ったのでしょう?」
幼い子供であっても、生きようする本能が強い事を俺は知っている。 早く生まれてくると良い。その細い首をこの手で捻って殺してやるのだ。
私の人形は良い人形 目はぱっちりと色白で、 小さい口もと愛らしい。
百合子は口ずさみながら、赤子の頬を撫でた。 白磁の陶器のように滑らかで、頬は紅色に染まっている。 髪の毛は赤子にしては量があり、黒々として艶がある。 抱き癖がついてしまったのか、少しでも寝台に横たえると泣いてしまうので、 百合子は始終その腕に赤子を抱いていた。 お陰で腕は痛み、寝不足にもなったが、ふんわりとした乳の香りのする赤子を抱いてさえいれば幸せだった。 廊下に人の気配がし、百合子はようやく眠り始めた赤子を寝台に寝させた。
私の人形は良い人形 歌を歌えばねんねして、 一人でおいても泣きません。
そっと敷布を掛けて、もう一度頬を撫でる。 「少しの間だけ、我慢していてね」 百合子は浴衣を着替えると、部屋を出た。 子供を産んだばかりの百合子の身体は肉付きが良くて乳が大きく、 母乳も出やすく、好きものの変わった客は大喜びで百合子��買った。 豊かな乳から母乳が溢れ、それを舐り回す。 「いい子、いい子ね――」 思わず客��頭を撫でてふんわりと抱きしめる。 大きな男に乳を吸われながらも、考えるのは部屋に寝かしつけた赤子の事だった。 あの子の事を思うと、目の前の大きな客もまるで乳飲み子のように思え、慈愛に満ちた気持ちになる。
部屋に戻ると、赤子はすやすやと眠ったままだった。 百合子はほっとして、寝台に一緒に横になり子守唄を口ずさむ。 うとうととしていると部屋の扉が叩かれ、真島が現れたその手には見覚えのある着物を持っている。 百合子はそうっと起き上がると、その着物を手にとった。 「これだわ、良かったまだ手元に残っていたのね」 赤と朱の色に大きな菊の図が入った着物だった。 百合子は懐かしそうにその生地を撫でる。 「私の百日と七五三で着たお着物なの。元々はお母様のお着物だったのを仕立て直したのよ。 ほら、肩上げしてあるでしょう?躾糸を直せばまた使えるわ。 良かった、もうすっかりお着物なんて売り払ってしまっているとばかり思っていたものだから――」 預かった着物を早速赤子に当ててみながら、早口で言う。 「真島のお母様も来られたら良かったのに、この子を抱いて初着を掛けて頂きたかったわ。 ――ねえ、ほら、見て色白で髪色が濃いから赤の着物がよく映えるわね」 きらきらと目を輝かせて言微笑んでいた。
翌日、朝早くから支度をし、近くの神社へと宮参りに向かう。 百合子もこの日ばかりは髪を結い上げ、化粧を施した。 真島も袴に着替えて羽織を上に着る。 百合子が赤子を抱きかかえると、躾糸を取った着物を広げて百合子の前に掛ける。 後ろできつく無いように結ぶ。 屋敷から自動車を呼び、神社の少し手前で降りる。 年若い夫婦の宮参りの姿に人々は温かい眼差しを向けた。 「あら、お宮詣りね。随分としっかりと首が据わって――」 中年の女性が話しかけて来る。赤子の顔を見るとぎょっとした様に目を見張った。 百合子は少し気恥ずかしそうに頬を染め、頷いた。 「もう三ヶ月ですの。産後の経過が良くなくて遅くなってしまったのです」 「――姫様、参りましょう」 真島が百合子の手を取る。 神社でお参りを済ませてしまうと、写真屋に呼び止められる。 真島が断っている横で百合子は首をかしげた。 「ねえ、真島撮って貰いましょうよ。一枚だけ、ね」 「……分かりました。姫様がそう仰るのなら――」 写真屋は準備良く、赤子用の前掛けを持っていた。 赤子を抱き直し、正面に向け写真屋が戸惑ったような目を真島に向ける。 「俺がやりましょう」 苦しく無いように指一本分の余裕を空けて、前掛けをつける。 百合子の横に並び、軽く肩を抱いて寄り添った。
「ああ、随分とくたびれたわ。 お参りもお写真もちっともぐずりはしないの。 やっぱりお父様と一緒だからなのかしら、ねえ」 百合子はそう言うと赤子を腕に抱き、頬を摺り寄せた。
「姫様、もう、十分でしょう」 真島は静かに言い放つ。 その気配を察知してか、赤子が急に泣きだした。 「あら、あら、今日はいい子で頑張ったものね。 お腹が空いたのかしら――」 「いい加減にして下さい!!」 真島がいつになく感情を乱して百合子に怒鳴る。 とうとう赤子は火が付いたように泣きだした。 百合子がどう抱きかかえて揺すってみても、泣き止まない。 寝台に腰掛けて枕を膝に置いてから赤子を乗せる。 「いい子ね、いい子――泣かないで頂戴。 大きな声を出さないで……お腹が空いているのよ、帯を外して」 動こうとしない真島を見て、百合子は赤子を寝台に寝かせて自ら帯を解く。 重い着物を脱いでしまうと襦袢だけになり、胸元をはだけさせる。 赤子を抱き、豊かな乳房の先を咥えさせる。 「やっぱり、お腹が空いていたのね」 赤子は自分から唇を突き出して痛いほど乳を吸う。
私の人形は良い人形 目はぱっちりと色白で、 小さい口もと愛らしい
「当て付けなんでしょう!俺への! ――こんな人形など可愛がって!!」
真島は乱暴に百合子から人形を奪う。 百合子は乳房のまろびでたまま真島の腕に追いすがった。 「やめて!乱暴にしないで!!」 「貴方の腹の子は死んだんです、俺が殺した!」 「死んでいないわ!!やめて!」
その日、真島はあの鬼以下の存在になった。 百合子の言葉の通り、生まれてきたのは女の子だった。 あれ程薬を飲ませて堕胎の術を使ったというのに、健康に五体満足で生まれてきた。 だから、真島が縊って殺した。躊躇いはなかった。 子供が死んだと知って、毎晩毎晩泣き暮らし、今にも衰弱して死んでしまいそうな百合子に人形を充てがった。 百合子は次第にそれが本当の赤子だと思い込み、今や信じて疑ってもいない。
真島はかっとなり、こんな物――。と人形を振りかぶる。
「泣いているわ!お前には聞こえないの!」
百合子が絶叫した。 ずしり、と人形を抱える腕に重みを覚える。
「よく、お顔を見て、お前にそっくりでしょう!」
真島は振り上げた腕を下ろし、人形を見つめる。 それは、途端に火が付いたように泣きだした。
「――俺に?」 「そうよ、目元や耳の形――よく見て」 「泣いて、います」
ほぎゃ、ほぎゃと身体に似つかない大きな声で泣いている。 真島は信じられず、その頬に触れてみた。 温かく柔らかい。
「ああ――」
真島は泣きながら微笑み、その温かく小さな身体をそっと抱きしめた。
その瞬間長い苦しみからようやく解き放たれた。 真島の中の怨嗟や恨みが全て消え去っていくのを感じる。 こんなに落ち着いた心持ちになるのは、初めての事だった。
「ああ――俺と姫様の――」
涙で濡れる頬を小さな小さな手がぺしぺしと叩く。
「あはは、小さな手だ。指も爪もちゃんと有る」 「真島、足も見て頂戴。それにお尻もすごく可愛いの」 「本当だ��それに俺を見て笑っています」 「お父様に抱っこされてご機嫌なのね」
真島は力が抜けたようにへたりと寝台に座る。 百合子も着崩れた浴衣もそのままに真島の肩に頭を預けてそっと寄り添う。
「ああ、姫様、姫様、俺は幸せです」
真島はそう言って心から微笑み、百合子の額に口吻た。 こんなにも、優しい世界に愛をこめて。
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笑わない理由
「ねえ、どうしてお前は笑わないの?」 秋の空が青く透き通り、庭の木々の赤が深まった或日の事。 百合子と藤田は秋用に緞帳や絨毯を取り替えたばかりの居間の長椅子に腰掛けていた。 伯母から結婚の祝いに贈られた洋風のテーブルの上には、温かいお茶と小ぶりの饅頭が乗っている。 百合子はその一つにはむりと齧り付き、ずずずと渋めのお茶を啜って、隣の藤田に問いかけた。 唐突な百合子の質問に藤田は虚を付かれたような顔をして、その薄紫の瞳を百合子に向け黙りこむ。 あむ、と百合子が二口目に齧り付いた時に、ようやく藤田は瞬きをして、何を言うのかと思うと、そっくり百合子の言葉を問い返したのだった。 「何故、と申されましても、何故でしょう……」 「お前って、声を出して笑ったり、畳を叩いて笑ったりしないでしょ?」 「――確かに、そうですね」 「この前、寄席を見に行った時も、『クス…』って笑うだけで、 私みたいに声を上げて笑わなかったでしょ? どうして?そんなに面白くなかったの?」 「いえ、面白かったですよ。 ――ただ、あまり声を上げて笑うと……」 ふと藤田は口ごもる。 そして、声を上げて笑ったり、涙を流して泣いたりしたのはどれ程昔の事だっただろうと逡巡する。 一体いつから笑わなくなってしまったのだろうか。 その疑問から、思い返すも苦々しい過去の記憶が呼び覚まされた。 ただでさえ一際目立つこの容姿に、声を上げて笑ってしまえば人々から向けられる奇異の視線を強く感じた。 藤田の周りには、見えない柵があった。 中には無遠慮に、藤田の顔を覗き込む輩も多くはなく、まるで人間の街に紛れ込んだチャリネか動物園の洋獅子の有り様だった。 「笑うと……?」 百合子が不思議そうに藤田を見上げている。 藤田ははっとして唾を飲み込んだ。ひやりとした冷たい汗が項を流れ、重い空気が胸を淀んでいる。 「いえ、あまり声を出して笑うのも男らしく無いかと思いまして」 「男らしく無い?――まあ、お前そんな事を気にしていたの。 意外と、沽券を気にする性質なのね。 確かに、お父様やお兄様は寡黙な性質でいらしたし、私の知っている殿方は大抵言葉少なだったけれど……」 と、そこまで考えて一時現れた口の回る求婚者は除外した。 そう考えてみると、特別に藤田だけが寡黙という分けではない。 「姫様は私が腹を抱えて笑う姿を見たい、と?」 「お前がお腹を抱えて笑う姿?――うーん、どうかしら。 あまりにも想像がつかなくて、笑い茸でも食べたのか、よっぽど面白い何かを見たのか、笑う理由の方が気になってしまうわね」 「この先長い夫婦生活ですから、そう言う事もあるかもしれませんね」 「そうね、そうだわ。この先長い夫婦生活――ですものね」 藤田のひょんな言葉から、百合子はほうと一息つく。 新しく秋用に変えた緞帳は真新しく、床に敷いた絨毯の毛足もまだどこか固い。 二人で迎える初めての秋。 夫婦になったと言うのに、未だに姫様と執事の関係の様でもどかしい。 だが、まだ夫婦生活は始まったばかりなのだ。 百合子は家令ではない藤田の事をもっと知りたく、どこか焦りを感じていた事に気がついた。 藤田が百合子の前で家令然としていて他人行儀なのは、やはり身分の違いや生い立ちを気にしているからに違いない。 昔の恋人の前では、百合子の時とは違って気さくに接していたのではないか、と考えると嫉妬の感情が沸く。 (でも、これは藤田の性質なのだ――) 百合子はそう考えて納得した。 この先の長い夫婦生活で、だんだんと藤田も声を上げて笑ったり、「おい、百合子」と亭主じみた物言いをする様になるのかもしれない。 百合子はそこまで考えて、藤田が声を上げて笑う事はあったとしても、「おい、百合子」などと言うだろうか、と思い少しだけ噴き出した。 「どうされました?」 「いえね、私たちまだ夫婦生活1年目でしょう? お前は私の事未だに『姫様』と呼ぶくらいだし。 それでも、五年目、ううん、十年目くらいになると、『おい、百合子』って言ったりするのかなって」 「め、めめめ、めっ――!!!」 「…藤田?」 「滅相も御座いません!!!」 藤田は真っ青になって否定した。 (藤田の困り顔と呆れ顔と叱り顔だけはよく見ているわねえ) その慌てぶりを見て、百合子はどうしてか藤田の慌てた姿だけはよく見たなあと思い出す。 そして、その原因を作っていたのは紛れもない百合子本人だった事も。 「と、とにかく――何十年経とうと姫様を『おい』などと呼びつける事はありません! 「じゃあ、『百合子』と呼ぶ事はあるのよね?」 「――それは、いずれは、そうなれば……と私も考えて…います」 「考えている……って事は、頭の中では『百合子』って呼んでいるって事?」 「――それは」 そう言うと藤田は一気に首元まで赤くなった。 肌の色が白い為に、少し顔に血が上ると一気に顔が赤くなってしまうのだ。 互いに何度も情を交わしあった仲だが、藤田の困った様に顔に手を当てる様を見ていると、改めて気恥ずかしくなってしまう。 (いつか、そう言うのが普通な夫婦生活になるのかしら……) 百合子はぬるくなったお茶を啜りながら考えた。 藤田は二人のお茶の後を片付ける為に盆に湯のみを乗せて、台所の流しの盥に水を張った。 さっと手洗いで飲みくちを注ぎ、乾いた布巾で食器を拭く。 指先に冷たい水を感じながら、ぼんやりと考える。 (いずれは笑わない理由を姫様にお話出来る日が来るのだろうか――) 到底幸せとは言えない幼少時代の話や、亡くなった母との思い出を。 夫婦だからと言って、全てを打ち明ける必要は無い。 藤田の笑わない理由を知れば、百合子はきっと――あの頃の藤田の代わりに怒り、泣いてしまうのだろうと、分かっていた。 そう思える百合子と巡り会えた事、そしてそれまでの日々に思いを馳せる。 幼い頃の自分の影、俯くその細い肩に手を置いて、少しだけ微笑みながら。
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My Favorite Things.
わたくしは、弱いものが大嫌い。
貧しいのが嫌い。惨めなのが嫌い。侮られる���が嫌い。
人に謀られるのは、もっと嫌い。
「姫様、姫様、どうかお鎮まり下さいませ」
藤田が私の腕にしがみつく。
投げ捨てようと思っていた香水の瓶が藤田の額にごつりとぶつかり、鈍い音をたてた。
夫婦の寝室に、私のぜいぜいという呼気ばかりが大きく聞こえてくる。
ゥアンゥアンと、頭の中で大きな音が反響し、くらりと目眩がした。
落ち着いて呼吸を繰り返していると、次第に藤田の啜り泣く声がしているのに気がつく。
見下ろすと、その紫色の瞳いっぱいに涙を浮かべて泣いていた。
わたくしは、美しい宝石が好き。
綺麗な着物が好き。豪奢な装飾品が好き。贅沢が好き。
雫で潤む、アメヂストが一等好き。
「――紅茶、淹れて頂戴」
私がそう命令すると、パアと顔を明るくして藤田が立ち上がる。
パリンパリンと硝子の欠片を踏み砕いて、紅茶を淹れに部屋から出て行った。
私は何だかもう疲れ果てて飽きてしまって、持っていた香水をトンとそこらの絨毯に投げ捨てる。
乱れた前髪をチョイと手で直しながら、長椅子に座って一息ついた。
陽の光が差す。
斯波との寝室は滅茶苦茶だった。
テラスの硝子窓は砕け、鏡台の鏡も蜘蛛の巣のようにひび割れが、
宝石だとか夜会服だ���か、何もかも床に投げ捨て、その上に香水の瓶が割れて中味が零れ、酷い臭いをさせている。
藤田が盆に紅茶を乗せ戻る。
美しい丁寧な所作でそれを注ぎ、私は一口飲み喉を潤す。
折角の紅茶の香りが、台無しだわ。
「ねえ、窓を開けて。臭いわ」
「かしこまりました」
殆ど窓硝子の残っていない枠を開ける。
藤田は、私の言う事ならば何でも聞くのだ。
莫迦莫迦しい命令だろうと、何でも。
あゝ何て弱い男だろう。
私の命令ならば何の疑問も持たず、不満も抱えず、只々命令されるが儘に。
愛情が無限で、枯れ果てはしないと思っている。
緩慢な死の病の様に、この安穏とした日々が続くと思っている。
自分の身の上では仕方がない、仕様がない、と嘆くだけの薄弱な意思。
わたくしは、弱いものが大嫌い。
「私は……お前だわ」
「姫様?」
私は立ち上がり、割れた鏡で自分を映す。
「ねえ、藤田。私の旅行鞄を出して」
「かしこまりました」
「中には私の服を。お前も鞄を用意するのよ、それにお前の服を詰めて」
「どこか、出掛けられるのですか……?」
ふつふつと、胸の底から熱いものが沸いている。
怒りと、苛立ちだった。
藤田の問いかけに、自分でもぞくりと寒気立つほどの微笑をする。
「わたくしはね、人に謀られるのが大嫌いなの。
わたくしの事を縛れる物は何もないのよ、誰もいないの」
私は弱かった。
弱さを女の所為にして、誰を疑う事もなく、逆らう事もなく、緩慢に生きてきた。
私を誰も、救ってくれなかった。
ずうっと愛して守ってくださると思っていたお父様も。
私を誰も、誰も、救ってはくれなかった。
「大丈夫よ、私がお前を守ってやるわ」
私ですら、私を救ってやれなかった。守ってやれなかった。
だから、せめて、お前を救って守ってやるのよ。
自動車を用意させて、荷物を積み込む。
女中たちが行き先を尋ねるが、私は頑として口を利かなかった。
運転手に行き先を告げると、藤田が驚いたような顔をした。
「そんなに遠くまで……どうなさるおつもりなのですか?」
「お前、知らないでしょう。家を買ってあるのよ」
度重なる不幸は私の目を覚まさせたわ。
貧しさは私に知恵をつけさせ、惨めさは私の心を強くした。
斯波と結婚をして、借財を返したとしてもそれは一時凌ぎにしかならない。
いつ、会社が潰れてしまうか、斯波が死んでしまうか分からない。
私は斯波やその周囲の人間を観察し、金を儲ける術を身につけた。
株や証券、土地に建物――幸い情報を仕入れる為の晩餐会や舞踏会、会合などはいくらでもあった。
「尤も、こんなに早くにこの家に住むとは思っていなかったのだけど」
或る避暑地に立てられた一軒の屋敷。
別荘と呼ぶにはこぢんまりとしているが、二人で住むには十分だった。
屋敷へ続く木立の道の端で自動車が止まり、藤田が先に出てドアを開ける。
二つの鞄を重たげに運びながら、夕暮れの静かな並木道を歩く。
ぴぃ、ちちち、とどこかから小鳥の囀りが聞こえ、ほうほうと梟の鳴き声もする。
私は、扉の鍵を開けて中へと入った。
藤田が後から続いて玄関を入り、ぼうっと高い天井や部屋を見渡している。
一番広い部屋には、ピアノが置いてある。
「どう、藤田?」
「――夢の、様です」
「いやね、現実よ――ほら」
私はそう言って足を踏み鳴らす。
はっとした藤田がすぐさまに屈み瞳を閉じた。
タイを掴んで引き寄せ、その唇を吸う。
「目、を開けなさい。夢ではないんだと、よく、見るの」
「っ、あ、ふぁ…い、姫さま――」
私が意地悪く強めに舌を噛んでやると、紫の瞳が揺れる。
「藤田、屈んで、も、っと。――膝、つきなさい」
「はぁっ、はい」
藤田の頭を抱き込み、口を塞いで窒息する程に口吻た。
さわさわ、と聞こえるのは木々の葉が掠れる音で、あの女中たちの低い話し声ではない。
藤田は私の口吸いに酔いながらも、掠れる息と共に私に問う。
「――様は……どう、なされるのです」
すうと熱くなっていた心が冷える。
唇を離し、藤田の輪郭に手を添えて問い返した。
「……どうして、お前が子供の事を気にするの」
「――姫様……」
やめて、やめて、やめて。
そんな目で私を見るのはやめて!
身体ばかりが未だに熱く、私は藤田に絡めていた腕を振り払う。
逃げる様に窓辺に寄って、すっかり日が暮れてしまった見知らぬ風景に鳥肌が立った。
「身体が冷えたわ、お湯を用意して」
「――かしこまりました」
藤田が部屋を出て、私は大きく溜め息をついた。
すっかり忘れていたつもりだったのに、藤田の一言で子供の顔が脳裏をよぎる。
窓越しに裏庭へ走る藤田が���える。
あたりはすっかり暗くなっている、東京と違って周囲に明かりらしい明かりはない。
昼でも夜でも、好きなだけピアノを弾かせようと思っていたのに――。
窓から離れる、ピアノの漆黒に自分の顔を写す。
しばらく待っていたら、すまなそうな顔をして藤田が戻ってきた。
「姫様、薪を割る斧がありませんでした」
「――明日にでも買い出しに行けばいいわ。紅茶淹れて頂戴」
「それが――台所も火が使えないのです」
「……そう、ならもういいわ。疲れたからもう寝るわ。
お前も一緒に寝るでしょう?」
「姫様と、一緒に眠っても――よろしいのですか」
「ええ、朝まで一緒に眠るのよ」
ようやく藤田が喜ぶのを見て安堵した。
寝室は広い寝台とチェストが置いてある簡素な部屋だ。
結いあげていた髪を降ろし、帯締めを解く。
帯揚げを取り、帯紐を緩めて帯板を外す。
着物を脱ぎ、襦袢一枚になってしまうと肌寒さを感じた。
「何をしているの、早くなさい」
藤田も上着を脱ぎ、タイを外しかけていたがその手が止まっていた。
同じ方を見ると、窓の外の木立がチカ、チカと光っている。
「姫様、姫様――自動車が……」
光がしっかりと見えてくると、今度は自動車のエンジンの音が響く。
屋敷の前で自動車が止まると、バンとドアを閉める乱暴な音が聞こえた。
中から出てきたのは間違いなく、斯波だった。
しかも、どうやら一人の様で玄関の前の階段を一足飛びに駆け上がると大きな音を立てて扉を叩く。
「百合子さん!百合子さん!!居るんだろう!!」
今にも扉を蹴破りそうな勢いに、私は目眩を覚える。
追ってくるだろうとは予想していたが、こんなにも早いとは思ってもいなかった。
女中らから連絡を受けてすぐに後を追ってきたに違いない。
私が思っている以上に、斯波は私に執着しているのだ。
くすりと思わず笑みが漏れる。
「姫様……?」
「――早めに話を付けるには丁度良かったわね」
私は襦袢の上から着物を羽織り、簡単に腰紐で前を結ぶと勿体をつけながら階段を降りる。
玄関の扉はぎしぎしと軋み、今にも鍵を打ち壊されてしまいそうだ。
パッと玄関の明かりが付き、斯波の声が止む。
私は眠たげな声を出して、玄関を開けた。
「なあに?」
「ああ、百合子さん!無事だったか!」
斯波はそう言うと無遠慮に私の屋敷に上がり込み、私の肩を抱いた。
そして、階段の踊場程に藤田が居るのを見ると、ぎゅうと腕に力を込める。
「藤田!貴様、百合子さんを拐かすとはどういう了見だ!!」
すっかり激情してしまった斯波は額に青筋を浮かべて、唾をまき散らさんばかりに怒鳴る。
一方の藤田はその迫力に今にも土下座をして詫そうな勢いだった。
「嫌だわ、拐かすってどういう事なの?」
私は鈴のなるような声でころころと笑う。
斯波は鼻息荒く藤田を睨みつけ、そのまま私の肩を抱き今にも連れ去ろうとせんばかりの勢いだ。
「まあ、斯波さん上がって頂戴。お茶はまだ出せはしないけれど」
「上がるだと?何を言っているんだ、今直ぐ屋敷に帰るんだ!」
「ねえ、冗談はよして。貴方お一人で帰って下さいませ」
私の小さ��はあれど凛とした声の響きに、斯波の身体が強張るのが分かる。
「な、あ、貴女は何を……莫迦な事を――」
「ここは、私の屋敷よ。藤田!斯波さんがお帰りよ、お見送りして」
「百合子さ――」
斯波が無理矢理に私の腕を掴む。
藤田の名を再び呼ばう事無く、藤田が私と斯波の間に入り、斯波の手を払った。
「藤田、貴様何を考えているんだ!必ず後悔する事になるぞ!!」
「姫様?」
藤田に羽交い締めにされながらも、もがく斯波を見下ろしながら私に問う。
私はもちろん、にっこりと笑って答えた。
「追い出して」
「かしこまりました」
「嫌だ!百合子さん!!俺は、絶対に離縁などしやしないぞ!」
「どうぞ、貴方の思う通りお好きになさって。私も好きに致しますわ」
みっともなく悪あがきをする斯波。
結婚や離縁、書類上の契約が今更何だと言うのかしら。
藤田から逃れようと玄関の床を這いずりまわる斯波を、私はもう見ることもなく背を向けた。
「さ、斯波様――」
藤田に引きずられる様にして扉の外に出され、斯波は髪を振り乱して叫んだ。
「は、あ、こ、子供は――子供たちはどうする!え?!
貴女は子供が恋しくはないのか?!愛しくは思わないのか?!」
藤田の手が緩み、斯波は形振り構わず追いすがり私の足にしがみついて懇願した。
「子供――」
「ああ、そうだ!今だってきっと泣いているぞ!
さあ、帰ろう、百合子さん――」
わたくしは、弱いものが大嫌い。
貧しいのが嫌い。惨めなのが嫌い。侮られるのが嫌い。
「親子の情をちらつかせればほだされるとお思い?
わたくしはね、侮られるのが嫌いなの」
斯波が絶句する。
足に巻き付いてきた腕を振り払った。
「それでもわたくしが――わたくしが一番赦せないのは、貴方がわたくしを謀ろうとした事よ」
怒りに自分の瞳が燃えているのが分かる。
声は鋭く、言葉は容赦なく斯波に刺さる。
私は呆然とする斯波をそのままに、藤田を見た。
察したように、すぐさま階段を駆け上り斯波の腕を掴んで立ち上がらせた。
「私の前に、二度と顔を見せないで」
「い、嫌だ、嫌だ!赦してくれ!」
「藤田」
「赦してくれ!頼む、何でもする――!!」
私は暴れる斯波を抑えている藤田を手で制す。
そして、まるで無垢な少女の様な仕草をして斯波の瞳を見つめて問うた。
「――何でも?」
「あ、ああ!何でも、貴女の望むことならば何でもする!!」
私はその言葉に、にっこりと微笑んだ。
わたくしは、美しい宝石が好き。
綺麗な着物が好き。豪奢な装飾品が好き。贅沢が好き。
この男の瞳は自信に満ち輝いているのが一番映えるのだろうとずっと思っていた。
下履きを脱がされ、妻とその愛人の前で四つん這いになり、その尻に革ベルトの鞭を受ける。
一切の容赦なく、鞭が振り下ろされる。
ヒンと空気を切り裂き、パンと尻の肉を叩く。
「ぐ――ッ、あ、ああッ……!!」
「わたくしにお尻をぶたれているのに――こんなに嬉しがっているの?」
「は、あ――ッ、うあッ……」
「ねえ、山崎や女中が知ったら驚くでしょうね。
アレはうわさが好きだからあっという間に広まってしまうわ」
唇噛み締めて眉根寄せて顔赤くしながら、荒い呼吸を繰り返す。
一振り、ニ振りと鞭を下ろ��毎にようやく怒りが鎮まってくる。
斯波は額から汗を流して床の上に崩折れ、見かねた藤田が私に声を掛ける。
「姫様、これ以上は――」
「お前は優しいのね。
――いいわ、今日はこれぐらいで赦して差し上げるわ」
そう言うと何だかもう急に疲れてしまい、革のベルトを藤田に返した。
藤田が心配そうに斯波に駆け寄って履物を渡すが、斯波は藤田の手からそれを乱暴に奪い取った。
「藤田、何をしているの。お前は私と一緒に眠るのよ」
階段を上るのも億劫で、藤田が私を抱き上げて寝台まで運ぶ。
優しく寝台に横たえさせると、敷布を首までかけてくれる。
私は、藤田の瞳が嫉妬で曇っているの気がついた。
どうして嫉妬などするのか。可笑しくて思わず、藤田の頬をなでた。
「愛しているのはお前だけよ」
けれど、私は欲張りなの。
どちらかを諦めるなんて絶対に嫌なのよ。
わたくしは、美しい宝石が好き。
綺麗な着物が好き。豪奢な装飾品が好き。贅沢が好き。
慙愧に堪えて燃ゆる紅玉が好き。
雫で潤む、アメヂストが一等好き。
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死に至る病/07/2011
その夜最後の相手は、四十路すぎの常連の男だった。 禿げ上がった頭の脇には白いものの混じった僅かな頭髪。 体力はあまりないらしく、腰を動かすたびにほっほっと掛け声なのか息継ぎなのか分からない声をあげる。 それが、おかしくていつも百合子は少し笑いながら達してしまう。
濡れやすい性質なのか、敷物をびちゃびちゃと濡らしては真島に怒られた。 商売女は、達してはいけないのだという。 達してしまうと、身ごもってしまうのだと言われていた。 それでも、どうしても膣の中を擦り上げられて陰核をつるつると撫でられると、
知らず知らずの内に感度が高まり、百合子は自分も達するためにすぼめた膣で相手の陰茎を子宮の奥に打ち付けるように腰を振ってしまうのだ。
「ふっ、ふっ、ふうっ」
気の抜けるような声とともに男は達した。 百合子の膣の奥でびゅうびゅうと精液が放たれる。 がくりと膝を折ると、まるで孫の頭を撫でるように百合子を撫でた。
「この年になると、一回一回精魂尽き果てるなあ」 「せいこん?」 「ははは、まあお嬢さんの蠢くような濡れそぼった名器だと、俺もいずれそのまま昇天してしまうかもな」
わはは、と声を上げて笑うので百合子は男の言葉の意味も分からずに一緒にくすくすと笑った。 男が着物を着終えると百合子は裸のまま男に羽織りをかける。 そして、少しだけ名残惜しそうな顔をする。 よくは分からないが、真島が言うにはそれが別れ際の駆け引きなのだった。
「ほら、小遣いだ」 「あっ、お金!」
百合子が嬉しげに手を差し出すと、男は笑って懐から金子を取り出した。 それは、ほんの些細な金額で一日分の食費かまたは下駄の鼻緒を新しいはやりの物に取り替えることができる程度だった。 それでも、顔をぱあと輝かせる百合子に男は満足そうに髪を撫でてやる。
「ありがとう……」
男が部屋から去る。 百合子はつつと太ももに精液だか愛液だかわからないぬるりとした液体が伝うのを感じて大げさに身震いしてみせた。
「あっ、いけない」
そういうと、とたとたと裸足のまま部屋をかける。 寝台の脇の小さな箪笥の引き出しを開けて手ぬぐいを取り出すと、足をぱっかりと開いて汚れた内ももを拭き取る。 ごしごしと綺麗にしてから、先程の男がくれた金子をもってとんと寝台に飛び乗った。 柔らかな布団が敷かれているため、ふわふわと百合子の重みで上下する。 そして、備え付けられている枕のカバーを外して中の蕎麦殻が入っている袋を取り出した。 ごそごそと手を差し入れて、中を混ぜくり返す。
「あったぁ」
質素な汚れた袋をとりだすと、嬉しそうに寝台のシーツの上にばらまくように広げる。 すると、きらきらと金色や銀色の小銭が飛び出した。
「あは」
百合子は時々男たちがチップとしてくれる小銭を集めて枕の中に密かに隠していたのだった。 もちろん、百合子にはそれがどれほどの価値があるかも分からない。
これがお金なのだ。 お金があれば、何だって買えるのだ。
それだけは、百合子にも分かっていた。 とんとんと足音が遠くからするのが聞こえた。 今日のお客はもうおしまいだから、真島が来たのだ。 百合子ははやる心を抑えながら、金子をじゃららっと袋に戻して枕の下に押し込んだ。
「姫様、入りますよ」 「うん」
真島は時々律儀にそう聞く、ひょっとしたら毎回声を掛けているのかもしれないが百合子は疲れて寝ている事が多いので分からない。
「今日はどうでした?」 「今日はね、がんばった――」 「そう、もう懐紙はとったの?」
あ、忘れていた。 と、百合子は思い出したように指を膣に入れた。 妊娠しないように、膣の奥に柔らかい懐紙を折りたたんでいれているのだ。
「ん、うっ――」
「あれ、懐紙をとってるんですよね? どうしたの、自分の指に――気持よくなっちゃったの?」
奥に押し込まれたそれを指先でとろうとするが上手く行かず、 それどころか自分の指が自分の良いところを刺激するので百合子は訳が分からなくなった。
「ま、じま。――とって」 「仕方ない姫様ですね」
そう言うと真島は百合子の手を握ってゆっくりと膣から引き抜くと、代わりに乾いた指先を二本奥へ入れた。
「は、あっ。とって……真島」 「ああ、随分と奥の方へ行っちまってますね」
そう言いながら真島は百合子の唇に吸い付いた。 百合子もそれにならいながら、腰を押し付けて真島の指が深くへ入るように手伝う。 もうそこまで懐紙が出てきているのに、真島はなお指を動かして百合子の弱いところを押す。
「ひっ、あっ、とって、とってえ」 「んぅ、はあ、とってあげますよ――ほら、ね」
ぐちゅりと愛液と一緒に懐紙が出る、真島の指もぐっしょりと濡れていた。 真島は懐紙を寝台の横に置き、二人はそのまま何を言うでもなく口を吸い合った。 百合子は次第に頭がほうっとしてきて、先ほどまで何か重要なことを考えていたことを忘れてしまう。 真島に押し倒され、横になり頭が枕に乗った時にそれを思い出す。
「姫様、――��いですか?あなたを抱いても」
いつものようにそういう真島を見て慌てて身を引いた。
「だ、だめ!!」
がばりと起き上がり真島の体の下から這い出した。 拒絶の言葉に、真島はしばし呆然として百合子を見つめていた。
「だめ?どうして?」 「あのね」
百合子が言おうとするのを遮って真島は続ける。
「俺のことが嫌いになったんですか?」 「ちが――」 「嘘おっしゃい!じゃあどうして!! 誰か客と好い仲になったんですか?! ああ、そう言えば今日は妙に機嫌が良かったですね。 今日の客に好きな男がいたの?」 「ううん――私が好きなのは真島だけだよ……」
真島の剣幕におっかなびっくりして百合子は戸惑いながら擦り寄る。 どうしてそんなに怒っているのか、百合子には分からなかった。 いつも真島は百合子との時間を買って共寝している。その様子がひどく辛そうだったから――だから。
「あなたまで俺から去るつもりなんですね。 俺にはもう今も昔も――これからだって姫様しかいないのに!」 「真島ぁ、怒らないで……泣かないでよう」
百合子は必死に縋り付きながら泣いていた。 真島が怒りながらぼろぼろと泣いているのが、まるで自分の心が痛むように辛かった。 泣いている子供をあやすように、謝りながら真島を抱きしめて撫でた。 胸に真島の泣いている顔を押し付けてぎゅうと抱きしめて髪の香りをふわりと嗅いだ。
「いい子、いい子――ね、泣かないで」 「……抱いてもいいですか?」 「うん」
百合子は今度は素直に頷いた。 真島が百合子を抱くときは、懐紙を膣には入れない。 百合子はどうして懐紙を入れるのか最初真島にきいたことがある。 そうすると、妊娠してしまっては商売にならないですからねと微笑んでいた。 だから、つまりそういう事なのだ。真島の時は懐紙を入れない。 百合子の胸に唇を這わせ、その先端に吸いつく真島を見て赤ん坊とはこういうものかしらと想像して笑う。 ふふ、と声にだすと胸が揺れて真島が百合子を見上げた。
「くすぐったいの?」 「ん」
曖昧に返事をしながら指を噛む。 達してはいけ��いと言われてから我慢するように指を噛むくせがついた。 真島は笑いながら、歯型のついた指をとる。
「噛んじゃダメです」 「でも――」 「俺の時は何度気をやってもいいですよ」
そうなると、百合子にはもう恥じらいや照れなどは一片とも残ってはいないから。 真島の愛撫に感じるままに喘ぎ、濡らし、そして達した。 その日は深夜から夜が明けるまで、何度も気絶しては達してを繰り返した。 膣の奥、懐紙のない柔らかな子宮に何度も真島の精を受けながら。
ちちち、と邸の外で小鳥が鳴いている。 朝の光が絹糸のように窓から部屋に差し込んだ。 真島の腕の中で目覚めた百合子が何やらぐぐと起き上がり、がさごそとしている。 寝ぼけ眼をこすりながら、真島は百合子に問いかける。
「なにしているんですか?」
すると、百合子はにっこりと微笑みながら真島に手のひらいっぱいの金子を見せびらかした。
「お金、ほらこんなにいっぱいためたの」 「へえ――」 「あのね、これで私の花代を一日買える?」
どうして、と問う前に真島はその手のひらの中の金子を判別した。 だいたいが小銭で、中には鈍い色をした銅貨や青銅の貨幣があるがそれは外国のものらしかった。 くしゃりと丸められた紙��も、日本のものではなく外国のどことは知れぬ国のもののようだ。 それらを全て足してみたとしても、高級遊女として売っている百合子の線香代など爪の先ほども買えない。 そう思いながらも、ゆっくりと頷いてみた。ただの気まぐれだ。
「買えますよ」 「ほんとう?それなら、今日一日だけでも私をお前にやるわ」 「俺、に?」
てっきり一日中眠っていたいとか、何か買い物をしたいとかそういう事だろうと思っていたのに、 意外な百合子の答えに真島は驚いた。
「そうよ。だって真島いつも私を買っていたでしょう。 だから、お前はいつもあんなに辛そうにしてたのね」 「……」 「夜に言っておけばよかった。 そうしたら、あんなに辛そうにしなくてよかったのに。 だって、今日はお前の誕生日なのよ? 悲しい顔をしてはいけないの」
時折、百合子の喋り方が元に戻る時がある。 そういう時はたいてい、頭がしっかりと冴えていて真島のことをお前と昔のように呼ぶのだった。 百合子は追いつめられて限界まで苦しんで、そうしていくうちに次第に子供返りして自分の身を護っているのだ。 そこまで百合子を追い詰めているのは、他でもない真島本人だった。
「真島?まだ、つらいの?まだ苦しいの?」 「いいえ――幸せです。嬉しいから……泣いているんですよ」
よかった、と百合子は真島に頬を寄せて笑った。 笑いながらも泣いていた。
死に至る病があるときく。 それは絶望だと言う。
けれど、絶望者ですら死ぬことができない。 死ぬことさえも出来ない希望のなさの中を、ただひたすらに生きていく。
お互いを深く傷つけては、優しく癒しながら――。
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ゆめうつつ /07/2011
ああ、私の罪は悪臭を放ち、天まで臭う。 兄妹殺し! これには人類最古の呪いがかかっている。
O, my offence is rank, it smells to heaven; It hath the primal eldest curse upon’t, A brother’s murther!
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荒い息が続く。途中に豚の鼻が鳴るような音がして思わず百合子は笑った。 肉達磨のような男が百合子を押し倒しているのだが、伸し掛る腹と太ももが重くて重くてたまらない。 それに、先ほどからずっとぐいぐいと腰を振り続けているのに、ちっとも良くはならなかった。
痛みもなく、快楽もないため、百合子はうっかり眠りそうになる。 けれど、ぐいぐいと抑えこむ重みで息が苦しくて完全に眠ることもできない。
まだかしら、早く終わってくれないかしら。
あふ、と欠伸した。 このところ、ずうっと寝不足が続いている。 眠くなってと��とろと眠っては次のお客に引かれ、行為でへとへとになっても真島は容赦なく百合子を叩き起こす。
少しくらいなら、眠ってしまってもいいわよね。
まどろむ百合子の様子に気がついた���か、魔羅の小さな肉達磨はひどく激昂した。 男はよくよくその魔羅の小ささをからかわれていた。 子供の中指のようなそれは満足に女性を喜ばせることも出来ず、女を買っても男のそれでは喘いでいる姿も演技のように思えて達することも出来なくなる。 体を鍛えても、金を荒稼ぎしてみても、それはどうにもならなかった。
そんな時に、この売春宿の事を耳にした。 なんでも、風変わりな華族令嬢を抱けるというので評判の宿だった。 周りの連中の中には中毒かと思われるほど連続連夜で通う者もおり、その令嬢とやらの妙技をぜひとも味わいたいと思うのは普通だろう。
その中毒者に紹介してもらい、実際案内された邸は、なるほどいつか皆の話題に上った曰く付きの華族邸だった。 そして、もったいぶって目の前に現れた女は綺麗に衣を着せてもらい化粧を施された見事な美女だった。 にこにことまるで子供のように無邪気に笑う姿はまだ二十も過ぎていないのではないかと思う。 その処女のような容姿相貌に、商売女だと分かっていても男は安心した。 手練手管の女連中に男の一物について嫌というほど莫迦にされた過去があるから。 男のそれは、少女を見てぐんと反応する。 その場所を少女は優しく触り、まさぐると、口でしゃぶりはじめる。 柔らかく桃色の小さな唇がそれを喰むように吸うと、男はもはや我慢出来なかった。
ずるずると舌で舐められ、ぶぶっ、と射精する。 少女はそれを全ての見込み、真白な細い指先で口元を拭う。
――だというのに。 女は男が挿入し、必死に腰を振っている中、さもつまらなそうに喘ぎ声も出さず欠伸をしていた。
カッ、と男の頭に血が上る。コイツもか。と。 甲高い笑い声が脳内に響く、男を莫迦にした女の声だ。頭の中で、何度も反響する。 気がつけば、男は女の首を締めながら挿入していた。
「ひ、ぐっ」
女のか細い悲鳴が聞こえる。 ぎりぎり、と膣が締まり男の一物を握りつぶすほど狭くなる。
何という快感だ――。 女の膣はまるで蛸の足のように男を包みこむ、そして苦しそうに喘げば喘ぐほどに甘い花の香りが弾ける。
ちょうど、圧迫するように首をしめる項のあたり。 こんな、快感は、初めてだ――。
「ま、――じま、ひ、ひィッ、か」
頭に空気が回らなくなったのか、じわじわと気が落ちるように力が抜けているのが分かる。 なのに、膣だけはぎゅうぎゅうと男の物を締め付けるのだからたまらない。 女の口の端から白い泡が粘る。 か細い声で鳴く声がたまらない。ああ、ゆくぞ。ゆくぞ。と更に腰を振った。
「まじ、まァ。まじま――!!」
男が絶頂するのと、女が気絶するのと、部屋の扉が開け放たれるのはほぼ同時であった。 くいくいと腰をなおも推し進める男を、この売春宿の見世番が引き剥がす。 まるで鞠が転がるように男は跳ね、部屋の隅へと転がった。
「姫様!」
女は息をしていない。そして首にある痣の形で見世番はすぐさま事情を察する。 開かれた胸をどんどんと叩くように押し、女の口を吸う。いや、女の口へ自ら吸い込んだ呼気を送っている。 口の端に白い泡が付いていることも厭わずに。
「姫様、息をしなさい!姫様!姫様!!」
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「姫様!」
百合子はゆっくりと目を開けた。 眩しい――。開いた目をまた強くつぶる。そして、もう一度おそるおそる開く。
ああ、今度は大丈夫。
目を開くと、そこは一面、真っ白なゆりの花が咲き乱れていた。 木陰のできる大きな木を背もたれに、読書していたのがいつの間にか眠ってしまっていたようだ。 木漏れ日をさえぎるように、真島が顔をのぞかせる。
「また、居眠りをされていたんですね」 「ああ、真島なの?――そう、私眠ってしまっていたのね、いつの間にか」 「大丈夫ですか?お風邪を召されますよ?」
百合子はぶるる、と身震いする。 何かおかしな夢を見ていたような気がするのに、何も思い出せない。 次第にその恐怖は薄れ、たしかに風邪をひきかけたのかもしれないと思った。
「平気よ、元気がとりえなの」 「読書されていたんですか?」 「ええ、級長のさなえさんが貸してくれたの。これ、面白いの。 お嬢様と庭師がお花を植えていく話なのよ」 「はいはい、読書家のさなえお嬢さんですね。 ああ、ほら、足元が濡れますよ。先ほど水をまいたものですから」 「もう、コリンはそんな感じじゃないのに」 「誰です?」 「もう、いいわ」
百合子はむうと頬をふくらませて立ち上がり、たんたんと着物の裾を叩く。 級長のさなえから借りたその本はまだ亜米利加でも発売されたばかりのものだった。 親戚が外国と貿易をしているというさなえはそういった異国のものには殊更詳しかった。
そして、本が好きだという百合子にまるで大切なひみつを打ち明けるかのようにその本を貸してくれたのだった。 百合子はその本を読むのが大好きになり、特に真島のいるこの美しい花園で読むのが一等好きだった。 水やりをしたばかりの花々は露にぬれ、おひさまの日差しを受けてきらきらと光っている。
緑の芽の青い香りや、咲き乱れる花の香り、ほっこりとした土のあたたかい香り、そして真島の太陽の香りがとても好きだった。 蝶のひらめく、この庭が。
「ねえ、この木にぶらんこを付けれないかしら?」 「ぶらんこ?……さあ、どうでしょう。結構な老木ですし、枝も細いので」 「そう、――そうよね。私って結構重いの。お父様も百合子をかかえると腕が痛むと仰るし」 「まさか!姫様、そんなことを気にしていたんですか?」 「あら、慰めてくれなくてもよくてよ?今日もチョコレイト食べたんだから」 「チョコレイトですか?」 「そう、舶来物ではなくて日本製のチョコレイトよ」 「姫様は甘いお菓子がお好きなんですね」 「ええ、時々お兄様に無理���言って買ってもらうの。お母様はあんまり食べたらダメと仰るから――」 「そうですか」 「ほら、お前にもあげるわ」
そう言って百合子は両手の平ほどの大きさのブリキ缶を取り出す。 蓋には蔦がからみ鳥や花の装飾がしてあり、何かお菓子の空き缶のような装丁だった。 その中を覗き込むと、チョコレイトやキャンデイが沢山詰まっていた。 他にも父や兄からもらった指輪や髪留めにカフス、びいどろ玉などが溢れかえっていた。
「すごい、宝物ですね」 「そうなの、真島にだけは教えてあげるけど。この木のうろに隠してあるのよ」 「わあ、全然気が付きませんでした」
真島は心底驚いたように目を見開いてみせる。 ぱきりと小気味のよい音をたてて、板のチョコレイトを割ると大きい方の欠片を真島に渡す。
「オレはそっちの小さいほうでいいですよ」 「いいの。私はこれ以上重くなったらお父様に嫌われるからいいの」 「――姫様は、姫様はお可愛らしいですよ」
真島の言葉にかあ、と首筋まで赤くなる。 どきどきと顔中に血が巡り、まるで初めてチョコレイトを食べた時のような甘くほろ苦い気持ちになる。
「も、もう。いいから、早く食べなさい」 「それでは、いただきます」
真島がぱくりと欠片を口に放りこむのをみて満足そうに百合子も欠片を頬張った。 苦くて、甘い。 指先についた溶けたチョコレイトを舐める真島。
「おいしい?」 「ええ、うまいです」 「また、ここに隠しておくから。お前誰にも喋ってはダメよ?」 「はいもちろん。――ええと、奥様にも?」 「ばか!お母様には一番喋ってはダメ!!」 「ははは、すみません、すみません。 よく、わかりました。オレと姫様だけの秘密、ですね」 「そ、そうよ。私と――お前だけの秘密よ」
では、と真島は着物たもとからキラリと光るカフスを取り出した。 百合子が不思議にそれを見つめると、真島は少しだけ苦しそうに笑った。
「オレの子供の頃の服につけていたカフスなんです。 よかったら、一緒に入れてやってくれませんか?」
すぐさまに百合子はうなずく。ああ、これで本当に二人だけの宝物だ。 じんわりと広がるその蜜のように甘い言葉に酔いしれながら、ブリキ缶の蓋を閉める。
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「姫様!!」 「ま、真島……」 「ああ、姫様!」
百合子が目覚めると、真島がきつく抱きしめてきた。 驚き、苦しさに少しだけ呻く。
「ど、したの?」 「姫様、オレがわかりますか?痛いところは、ないですか?」 「痛くないわ、どこも痛くない」
真島が泣いているのがおかしくてくすくすと笑う。 いつからこんなに泣き虫になったのだろう。 転んだり怒られたりして泣いていたのは百合子の方だったのに。
「そう、すっかり思い出したのよ。私たちの秘密を隠した場所――」 「……アレを埋めた場所、ですか?」
途端、声が冷える。 しゅんと花がつぼみに戻ってしまうような冷たい声音だった。 でも大丈夫、百合子はあの木漏れ日の庭を思い出していた。
「そう、私ね。思い出したのよ。 木のうろに二人で隠したでしょう?」
「木の――うろ?」
ああ、焦れったい。百合子がそこまで口にしてもまだ真島は思い出していないようだった。 少し頬をふくらませると、ようやく合点がいったというように真島は頷いた。
「ああ、思い出しました。ブリキ缶ですね」 「そうよ、お前忘れていたの?つい先日のことなのに」 「――いいえ、忘れるわけがないじゃないですか」
たしかに、あの日あそこに隠していたはずなのよ。 ぶつぶつと呟く百合子に、真島はひどく切ない瞳を向けた。 きっとそのブリキ缶は百合子に忘れられ、真島にも忘れられたこの年月のはてに、 風雨にさらされ、時に置き去りにされ、ぼろぼろに錆びれてしまっているだろう。 赤茶に錆び、塗装���剥げて、チョコレイトは溶け、キャンデイは固まり。
それでもきっと中のビイズやカフスの安っぽい輝きは、あの時のままで。 そして、百合子の穏やかな眼差しも、あの日のまま。 ただ、真島だけが時間にさらされたブリキの缶のように醜く汚く錆びてしまって。
「よかったわ。私、ずうっと何かを探していたの」
秘密の庭。 百合子の大好きな真島の笑う、あの庭。
「そうですね。さあ、少し寝ましょう」 「真島――私、こわいわ」
眠ってしまうと、夢から醒めてしまいそう。 夢から醒めたら、また令嬢の百合子と庭師の真島に戻ってしまいそうで。 幸せだったあの頃に、戻ってしまいそう。 優しくしてくれても、決して愛してはくれない真島の夢を見てしまいそうで。 百合子には、どちらが夢でどちらが現が、もう判断できない。
「大丈夫、オレがずっと側にいますよ」
百合子に夢と現がわからなくても、大丈夫。 すぐ側に真島がいるから、きっともう大丈夫。 百合子は真島の言うとおり、ゆっくりと瞳を閉じる。
ああ、聞こえるだろうか、草花が風に揺れる音が、こまどりたちのさえずる声が――。
太陽の香りに、花の香り、やわらかくあたたかな土の香り。
日差しのまぶしさや、頬を撫でる風の優しさを、感じるだろうか。
沢山の幸せと、少しだけ不満の日々。
姫様、と優しく呼ぶ声が聞こえるだろう。
その声に百合子ははにかむように微笑む。
――大好きな真島の笑顔、そして大切な二人の秘密。
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二人の時間
もう逃げるつもりは無いのに、斯波はいつも百合子を抱きしめて放さない。 /// 「ん、どうして…逃げるんだ?」 反射的に顔を背けようと身を起こした百合子の身体を強く抱いて、斯波が囁く。 百合子が斯波の口吻を拒むかの様な素振りをした事が不満だったらしく、問の答えを聞くよりも前に一層深く口吻る。 「姫は俺との口吻が嫌なのかな?」 百合子は小さく首を振る。 大人しく口吻を受け入れて舌を絡ませてくる幼い姫の姿に斯波はますます歯止めが利かなくなった。 まるで嫉妬深い女の様に、恋人を試している自分が酷く意地汚い人間の様にも思える。 この野宮の応接室で、百合子と口吻をしてもう随分と時間が経っている。 部屋で睦み合う二人の姿は使用人が外から部屋の窓を見よう物ならすぐにでも察するであろうし、 不意に瑞人か藤田でも扉を開けてしまえば、今や百合子に伸し掛からんばかりになって接吻している姿が目に飛び込んでくる。 そうすればあの瑞人などは激怒して、先ほどの結婚の承諾を取り消すかもしれない。 考えると、この手を放さねばならない――頭では分かってはいるが、身体は百合子の香りに溺れ言うことを利かなくなっている。 いや、下手をすればあの瑞人などはとうの昔に気がついているのかもしれない。 斯波と百合子が直隠しにして睦み合う秘密の時間の事を。 そう思うと、斯波の背筋がぞくぞくと震える。 こうして、一刻一刻と二人だけの時間が増えていくのだ。 今、こうしている間にも――。 ますます強くなる百合子の甘い香りに、斯波は思わず首筋に口吻る。 髪の生え際からほつれた髪が、鼻先をくすぐる。 白く柔らかなうなじに唇を寄せて吸い付く。 「し…斯波さん…ッ」 「ん?」 「ここで――な、なさるの?」 その百合子の戸惑って震える声があまりにも可愛らしく、斯波は意地悪く問い返す。 「一体何を?」 「何をって――わ、分かってるでしょう?」 少し口吻をして離れようと、当初は思っていたはずだった。 だが、気が付くと百合子を押し倒しその甘い香りが匂い立つまでに、 長く口吻し、その香りの元を辿るようにうなじにまで口吻ている。 百合子が止めなければ、本当にこの場でそのまま抱いてしまいかねない。 時として斯波はそうした妄想に取り憑かれる事もある。 あの瑞人の前で百合子に深く接吻し、百合子が斯波の口吻に酔っている姿を見せるとどうなるか――と。 勿論、大概は斯波の妄想で終わるが、その内にでも実行してしまいそうな気もする。 太陽の様に明るくお転婆で勝ち気な百合子が、 斯波が口吻して抱いてしまうとどんなに可愛らしく鳴くのかと。 自分以外は誰も知らない百合子の顔や声や身体を、独り占めしながらも見せびらかしてしまいたくなる。 「だ、だって――お夕食も用意してあるって……」 斯波が答えずに居ると、慌てたように百合子が続ける。 「ね、斯波さん――ここは……駄目。し、斯波さんのお部屋が良い……」 その言葉に斯波はぎっと音を立てて長椅子から身を起こした。 耳まで真っ赤になった百合子が潤んだ瞳を斯波から逸らす。 「なさるなら――斯波さんのお部屋でして……」 /// 返って斯波の情慾を煽りそうな言葉と表情に、それでもどうにか身の内の慾望を抑えこむ。 すっかり柔らかくなってへたり込んでいる百合子の手を引き、今度は軽く頬に口吻た。 「よし、じゃあ早速俺の屋敷へ行こう」 「……もう」 呆れて怒った様に百合子は吐息を付く。 こうでも言わなければ、見境の無くなった獣の様な斯波はいつまで応接室で睦み合うか分からない。 嫌、と言って態度で抵抗すれば、どうしてか増々口吻は深くなる。 婚約中の身で、すでに身体を許していると知られるのは気恥ずかしい。 それも、一度の契りならまだしも、二度も三度も――となれば、慾に溺れているのではないのかと思われかねない。 薬指にはめられた白金の指輪に触れる。 着物を脱がされて、様々な所に口吻される行為は、未だに泣きだしてしまいそうな程恥ずかしい。 恥ずかしさや痛みを超える得難い快楽や幸福感を味わってしまうと、斯波を拒みきる事は難しかった。 自分の心以上に、身体が斯波を求めているのが分かる。 長く口吻をすれば、甘い香りが立ち昇り、女陰が蜜で潤む。 初めは何故こんな所が濡れるのか分からなかった。 だが、斯波に抱かれてしまってからは、その反応が斯波を求めているのだと気づいた。 今だって百合子の身体は、そこが野宮の応接室であろうが関係なく斯波を求めている。 少し股を擦り合わせれば、くちゅりと水音がするはずだ。 本能のどこかは今すぐにでも強引に襦袢をたくし上げられ濡れた女陰を掻き分け最奥を突かれたいと感じている。 百合子は自分の身体に棲む獣を抑えこむ事��必死だった。 慾に溺れた女性の痴態や醜聞をどこからともない、噂話で耳にする事があった。 指の先をいとも簡単に動かせるように慾望も自制出来る物と思い、自分とは無縁の話だとばかり思っていた。 斯波と同じくする時間は、何もかもが初めての事ばかりで百合子は戸惑ってしまう。 照れてしまったり、恥ずかしかったりして顔が赤くなるのが子供の様で、 それをごまかすためにわざと怒ったり素気無くしてみせたりしてしまうのだ。 優しい父や、賑やかな母、そして頼りない兄の前では、百合子は大人びた言動や振る舞いをする事が多かったはずなのに――どうしてか斯波の前では我儘な子供になってしまう。 (どうしてこんな方に戀なんてしてしまったのかしら) 百合子は自動車の中でそっと息を吐いた。 その溜息をどう取ったのかは分からないが、斯波は百合子の肩を抱き寄せて手を握る。 本来ならば、婚約中の身で身体を預けるなどとあってはならない事なのだ。 この先夫婦となるのは間違い無いが、こうも何度も抱かれていると言い様のない不安に襲われてしまう。 あの、耳にした噂の婦人達の様に、百合子もまた慾に溺れている一人なのでは無いかと。 百合子一人が斯波に翻弄されている様だった。 一方の斯波は百合子とあれほどに熱烈な口吻を交わしたと言うのに、 もう涼しい顔をして紙巻煙草をふかしている。 結局どぎまぎと緊張したり気恥ずかしくなったりしているのは、いつも百合子の方なのだ。 斯波の誘いだって、断ろうと思えば断れるのだ。 けれど、斯波が「もう何十年も精神的な愛情でもって百合子を焦がれてきた」だとか「二人だけの時間が欲しい」だとか切実に訴えてくるので、つい情にほだされてしまう。 しかし、同時に――これ程までに一人の人間に乞われて求められるのは、喜びでもある。 誰しもが運命の相手や愛する人を探している中で、百合子にはこんなにもはっきりとその相手が百合子の手を取り百合子という人間を必要としてくれている。 やはりその事に幸せを感じている。 それを考えると、世間の目や慣習など些細な事と思えてしまうのだ。 /// 斯波の屋敷に着いて自動車から降りると、女中や使用人達が総出で斯波と百合子を出迎えた。 皆一様に笑顔を浮かべ、二人が降り立つと声を合わせて深く礼をする。 「旦那様、姫様、お帰りなさいませ」 その人数の多さに百合子は驚き、息を呑む。 斯波は百合子の手を取って得意気に言い放った。 「使用人を少しばかり増やしたんだ。貴方が輿入れしても不便が無いようにと思ってな」 (それにしたって――) 百合子は並ぶ女中達を横目で見ながら歩く。 華族とは名ばかりの貧しい生活が長かった百合子は、 斯波の贈り物にしろ広すぎる屋敷にしろ、あまりに桁の違う金遣いに気後れする。 案内された広間を見て更にその思いは深まった。 そこは以前、百物語に使われた部屋だった。 その時も数百人程は居た客人を饗す料理が並べられ珍しい装飾品が飾られた華美な部屋だったが、 今日は斯波と百合子の二人だけだと言うのに、テーブルの中央には果物で作られた鳳凰が鎮座ましましている。 「どおおおだ!お姫さん!」 「ど、どうって言われても……」 「いやはや、お姫さんと��食を二人でとるから特別のメニューを頼むと言ったら、 料理長がすっかり張り切ってしまってな」 「それにしたって凄い張り切り様ね」 「そりゃ、いつも食うのは俺一人だけだから作りがいと言うのが無いのだろう」 斯波の何気ない一言に百合子は誰も居ない食卓に一人で座って食事を取る時の寂しさを思い出す。 父と母と兄と皆揃っていた時の思い出があるだけに、一人の食事は余計に堪えた。 (一緒に居られればそれだけで良いのに――そう考えるのは、きっと一緒に居る事を知っている人間だけなのだ) 無意識に左手の婚約指輪を指先で撫で、手をぎゅうと握る。 百合子の心にそんな思いが浮かび、斯波の話してくれた過去を思い出す。 そう考えてみれば、斯波が多くの贈り物をしたり、執拗に百合子を求める気持ちも理解出来た。 「貴方が輿入れしたら毎日が楽しいだろうな」 「そうね……。きっと、私は毎朝斯波さんと一緒に朝食を頂いて、 貴方が会社に行くのを見送って、帰ってきたら一番にお出迎えするの。 そうして、その日何が合ったか何をしてたかお喋りしながら夕食を一緒に食べるのね」 何気ない日常だが、これ以上の無い幸福な生活に思われた。 百合子の言葉に斯波も頷き、その肩を抱く。 「じゃあ、早速料理長ご自慢の料理を頂きましょう? その後で皆さんに私を紹介して頂戴ね」 百合子は斯波の手に手を重ねて、仰ぎ見るとにこりと微笑んだ。 /// 私、きっと素直になろう。 きちんと、この方の瞳を見て愛していると、そう言えるように。 /// 夕食が終わり、料理長や使用人、女中らと言葉を交わした。 まるで見知らぬ屋敷を歩き、眺めて、その匂いに身体が慣れる。 今までこそ他人の広い屋敷と言う印象だったが、斯波と結婚するとこの屋敷が百合子の住まう家となるのだ。 住み慣れた野宮の屋敷を離れるのは辛い。 たったひとりとなってしまった家族の瑞人と別れ、もはや家族と同義の藤田と会えなくなってしまうのが寂しかった。 両親を喪って以後、別離の感情が鋭くなっている気がした。 それでも、両親と違って野宮の屋敷に戻ればいつでも逢える。二度と逢えなくなる訳では無いのだから。 百合子はそう自分に言い聞かせた。 斯波の部屋の長椅子に座り、洋酒を飲みながらクラッカーを摘む。 先日の上野での逢瀬が話題にのぼった。 「まさか、本当に俺の子だと思った訳じゃないだろう?」 「さあ、どうかしら?斯波さんも身に覚えがあったのではなくて?」 「おいおい百合子さん」 「あの時の斯波さんのお顔、青くなったり赤くなったり怒ったり笑ったりして。 私、何度思い出しても笑ってしまうわ」 洋酒の酔いも手伝って百合子はころころと笑う。 斯波は百合子の様子に困ったような表情で洋酒を傾ける。 赤くなった頬を両手で覆って、その時の斯波を思い出したように微笑む。 「斯波さんもあんな表情をするのね。子供みたい」 「そういう貴方こそ、今日は妙にご機嫌じゃないか。箸が転んでもおかしい女学生の様だぞ」 「だって、お兄さまも認めて下さって、これでまた一歩式に近づいたんですもの」 左手を掲げてその薬指に輝く指輪を仰ぎ見る。 百合子は持っていた洋酒のグラスをテーブルに置くと斯波に向き直り微笑んだ。 「あの日みたいにね、もっと斯波さんの事を知っていきたいわ。 私、まだまだ斯波さんの事何も知らないのだから」 そう言うとその胸の中に身体を預けた。 いつにない素直な百合子に斯波は一瞬、これは夢かと戸惑いを覚える。 グラスを置き、百合子の華奢な身体を抱きしめる。 葡萄の香りに混じって、早くも百合子の甘い香りがする。 いつも頑なに身を拒み緊張と羞恥から強張っている百合子の身体が、今日は柔らかい。 顎を取り、百合子の無防備な唇に斯波の唇を押し付ける。 焦燥からいつも百合子の吐息を奪うように激しく荒々しく口を吸うのだが、 今日ばかりは優しく愛おしむ様に唇を啄む。 「ん……っ、あぁ」 口先で軽く百合子の唇を食み、優しく愛撫する様に舌を這わせる。 鼻先が掠めて、低く深い呼吸が絡み合う。 唇よりも先に舌をもぐり込ませる事もなく、ちゅっちゅと音を立てて唇が離れる。 じゃれあうような睦み合いに、百合子の頬が緩む。 斯波の口付けが頬に落ちて、柔らかくもしっかりと百合子を抱きしめて包む。 「今日は――嫌がらないんだな」 「…ん、だ、って――いつもだって、嫌がってるわけじゃないわ」 オーデコロンの深い香りが漂う胸に頬を寄せて、深くその香りを吸う。 紙巻煙草の匂いに紛れて、斯波の男性らしい体臭が鼻を掠める。 「斯波さんが――逃げないようにって無理やり押さえつけているから怖いだけ」 「逆だろう、お姫さん。貴方が逃げようとするから――つい力が入ってしまうんだ。 それなら、貴方から俺に接吻してくれ」 「私から?」 「そうだ。俺は両手を使わない様にしておくから、な?」 百合子は斯波の提案に頷く。 長椅子に膝を付いて斯波の肩に手を置く。 少しだけ身を乗り出して、斯波の唇に自分の唇を落とす。 無防備な斯波の唇を、自ら求める様に角度を変えて深く口付けるとさらさらと黒髪が零れ落ちた。 「あっ、んっ――」 「可愛いな――上手だよ、お姫さん」 震える唇で必死に斯波の唇を吸い、小さな舌を入れて絡ませる百合子の髪を梳きながら熱く囁く。 「斯波さ――あっ、んぅっ」 「貴方はこんなにお顔を真っ赤にして――」 両手を使わないと言った側から、百合子の尻を撫でる。 長椅子に座ったまま向かい合い、口を百合子に吸われながらも片手はその裾を割り、中に滑り込ませた。 襦袢をたくし上げて滑らかな太腿と尻を撫で回す。 その度に百合子はびくりと身体を震わせた。 斯波は百合子を自分に跨がらせると、指を女陰に這わせる。 しっとりと蜜に濡れている。それを確かめるように指先で二三度愛撫する。 「んぅっ――んっ!あ、はぁ、はっ――」 「百合子さん……」 「あっ、言わ…ないで」 「俺も、寝台まで待てんな」 斯波は腰を浮かせてその場でズボンと下履きを下ろした。 勃起した摩羅を取り出すと、百合子の腰に手を回して挿入しやすいように整える。 肩に置かれた百合子の手を取って自分の摩羅に添えた。 「え?あ、何……」 「そのまま、俺の上に、腰を落として――」 いままでは寝台で斯波が覆いかぶさるようにして挿入していた。 それしか知らない百合子は、突然の事にみるみる顔を赤くし、口籠る。 「そう、俺の先端を」 斯波の教える通りに摩羅に手を添えて、自らの女陰へ誘う。 膝立ちしている腰をゆっくりと落とし、ずぶずぶと摩羅をその身に咥え込んだ。 「あっ、やっ――斯波さ……」 恥ずかしい――と続ける暇も無く斯波に固く抱きしめられて口吻をされる。 百合子の女陰は斯波の摩羅に押し広げられ、その深い挿入はいつもの比ではない。 その奥を抉る衝撃と口吻から逃れたくて、離れようと肩を押し返す。 だが、斯波の手は百合子の後頭部、もう片方は腰に添えられ、柔らかくも頑なに拘束されている。 「んっ…んんぅっ…ッ」 口内を弄られ舌を絡ませられて、深く息をしたいのに斯波の唇に阻まれる。 熱く甘い吐息が口吻の合間に浅く漏れでて苦しげに必死に息を吸う。 両膝はぶるぶると震えて今にも斯波の足の上に崩れ落ちてしまいそうだった。 「逃げないんじゃ無かったのか?」 斯波も両腕を使わないと言ってた癖に、と反論したいが口が上手く回らない。 頬が熱く、頭に血が昇ってしまった様にぼうっと意識が虚ろだった。 意地悪く言う斯波の首に縋り付き、僅かに浮いた腰をゆっくりと落とす。 膣の肉襞が斯波の摩羅に擦られながら奥へと斯波を飲み込む。 腰を落としてしまうと、斯波の背中にまで両手を回してぎゅうと抱きしめた。 百合子の柔らかな膣肉で斯波の摩羅を包み込みながら、ゆっくりとぎこちなく腰を揺する。 揺らす度に百合子の蜜壺は斯波の摩羅に掻き回されてぐちゅ、ぐちゅと卑猥な音を立てた。 「ああっ、あっ――」 耳まで真っ赤になりながらも、斯波を抱え込んでゆるゆると腰を動かす。 百合子の腰の動きに、斯波も息が上がっている。 もどかしげに百合子の着物の襟元を開き、その白い胸元に吸い付く。 胸の先端を舌で転がされて押しつぶされて音を立てて吸われると、 ますます百合子は切なくなり嬌声を上げながら斯波を締め付ける。 抱き合ったり、口吻をするよりも、もっと深くこの身の内に愛する人間を呼び込める。 血の繋がりが長い時間を掛けて築く愛の情。 母が何よりも大切なものと言った血の絆。 突然に目の前に現れた見も知らぬ他人をどうやって受け入れられるだろうか。 その男は百合子を愛していると言う。 長い時間を掛けて培った家族の愛情と、男のそれは全く違う物なのだ。 愛されるばかりでは何も分からない。 百合子の事を愛していると言うこの男を、百合子も信じて同じだけ愛してみなければ。 斯波と百合子が二人で過ごす時間はあまりにも短い。 睦み合う中で、言葉では伝えられない情を何度も交わした。 百合子が絶頂に達し斯波を何度も締付けて震える。 吐く息は荒く唇が戦慄いていた。 斯波は百合子の身体を長椅子に横たわらせ、まろびでた太腿に射精する。 掻きむしられた髪の毛は乱れて、着崩れたシャツからは半裸の胸が覗く。 百合子は斯波の瞳を見つめた。 二人の視線が絡む、斯波が百合子に覆いかぶさると百合子もそれを待ちかねていた様に腕を回す。 愛している、愛していると――それは言葉では無く。 瞳を見つめ合いながら、何度も口吻を交わす。 甘い唾液が絡み、舌が融け合うまで。
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肋を削って肺腑を刳る/10/2013
背中の傷にシャツが掠れ、痛む。
その度に斯波は仕事の手を休めて、小さく息を吐く。
酷い傷では無い。
引っ掻かれた皮膚がささくれ立ち、赤い筋が残っている程度だ。
だが、その細く長い傷はふとした拍子に疼きはじめて、斯波は昨夜��情事に思いを馳せる。
“肋を削って肺腑を刳る” … 森
(ああ、可哀想に……)
百合子の精一杯の抵抗は、男からしてみればあまりにもか弱く。斯波は彼女の細い手首を抑えこんで組み伏せ、襦袢の上から身体をまさぐった。
「この程度の力で抵抗しているつもりとは――貴方もただの女と言う事だな」
斯波の言葉を否定する様に必死に暴れ様とする百合子の身体を、自身の重みで簡単に押さえ込み慣れた手付きで片手で帯を解く。
襟元が崩れるとほのかに赤みを帯びた白い肌が覗き、斯波はその首元に夢中でしゃぶり付いた。斯波の獣じみた欲情に百合子は声にならない悲鳴を喉の奥で上げ、身体を一層固くした。
気でも違ってしまいそうなほど白い喉元に、ふわりと甘い香りが漂う。
諦めてその身を委ねてしまえば楽になるというのに、百合子は飽きること無く足をばたつかせ、身体を捩っては斯波から逃げようとする。
斯波がひとたびこの手を緩めれば、簡単に百合子は死へ逃げるだろう。
この世界には、彼女を繋ぎ止める物はもう何もない。
彼女を生に繋いでいるのは斯波の執着と妄執、それだけだ。
嗚咽を上げ荒い息を繰り返す百合子の口に吸い付き、舌で口内を蹂躙する。彼女は見えない瞳を大きく見開き、抵抗するいとまもなく好き勝手に口を吸われている。
斯波は百合子の甘い舌をしゃぶりながら、きっとこの舌は甘い菓子を好んでいたのだろうと思った。だからこんなにも甘いのだ。舌ばかりではない、その項も指先も乳房も全てが甘く蕩ける様に柔い。
そして斯波への恨み事ばかりが紡がれるその唇は、かつて穏やかな笑い声や歌声、優しい言葉だけを紡いでいたに違いない。
「――っ、嫌ぁッ……!」
斯波は早々に百合子の太腿へと手を延ばす。
力任せに足を押し開き、女陰の具合を確かめる様に優しくさする。思った通りにしっとりと濡れており、思わず口の端を上げて嗤った。
「やはり貴方は感じ易くて濡れ易いんだな」
百合子の耳に唇を押し付けて囁くと、百合子は顔を背けて唇を噛む。斯波は口の端を上げて昏い瞳で笑う。蜜を絡ませた指を、膣の入口から中程までずぶずぶ埋め込んでいく。
指を締め付ける小さな入り口を優しく掻き混ぜて解して蜜と膣肉を馴染ませる。
何もかも初めてに違いない百合子は、今何をされているのかも理解してはいないのだろう。
薄っすらとは分かっているのかもしれないが、真実理解出来ているとは到底思えない。
蝶よ花よと大切に育てられ皆に愛されていた華族の末姫。
誰よりも憎い男の手によって処女を散らされてしまう事を思うと、斯波は百合子に同情した。
きっと斯波はもう二度と彼女の過去や美しい思い出について、彼女の口から直接聞く事は出来ないだろう。
それだから、斯波はもはや想像するしか手段がない。
百合子の穏やかな人生に於いて、初めて味わうであろう痛みと苦しみを。
斯波は愛撫もそこそこに百合子の股を開かせて、暴れる百合子を抑えながらも自身の下履きを下げ降ろす。窮屈な下履きから解放された魔羅はぐんと上を向き、腹に付く程反り返って勃起していた。斯波は百合子の潤った女陰に勃起した摩羅をこすり付け、本能のままに陰唇になすり付けて前後に動く。
それだけで射精してしまいそうで、斯波は奥歯を噛み締め額に青筋を立てて堪える。肺の奥からせり上がってくるはあはあと獣の熱い呼気を繰り返し、沸騰してぐらぐらと茹だる様に熱い頭を、頬を、百合子の青ざめて冷たい頬に寄せる。
摩羅の先端を百合子の膣口にあてがい挿入する。百合子がそれに抵抗し、身悶えいやいやと首を振った。
「あ…あッ! いやあ!」
「酷く痛むぞ。お姫さん、力を抜け――」
身体をずりあげるようにして逃げる百合子の肩を押さえつけて、狭い膣を魔羅の先端で押し広げながら、なおも進む。
「ひぃッ! ひぃいーッ!」
百合子は苦悶の表情を浮かべて、噛み締めた歯の間から苦しげに悲鳴を上げた。背中が浮き上がり、空を掴む様に組み敷かれた隙間から手を延ばす。熱した石の塊の様な魔羅が、ぷりぷりと柔らかい処女の膣肉を掻き分け押し広げて裂きながら進む。
美しい白い肢体に、痣も傷も無く。
それは恐らく、百合子が初めて受けた痛み。
全て埋め込んでしまうとその肉棒を締めてくる膣の狭さと、熱、そして全身から立ち上る甘い霧に酔う。
百合子は斯波の腕に爪を立てて、必死に痛みを耐えようとしていた。全身が強張り、戦慄き、その秀でた額には汗と筋が浮く。
光を映さない虚ろな瞳がいっぱいに見開かれ、苦しげに眉根を寄せていた。
痛みのためか、屈辱のためか、その瞳には涙をいっぱいに湛えて、瞳をぎゅうと閉じれば、目の端からつうと涙が零れてこめかみに流れる。
「はあ、ああ…んぅ、お姫さん……痛いか? ん?」
斯波は破瓜の痛みに歪む百合子の顔をこれまでにない程近い位置で眺めながら問い、答えを待つ暇もなく口を吸う。
「可哀想に、苦しいか?」
斯波は口を吸う合間に心底同情するような口ぶりで言う。憎しみと怒りで百合子の顔が歪む。口内を陵辱する斯波の舌に歯を剥き、斯波の唇に噛み付いた。
「ふ……」
なおも抵抗する百合子に怒りを感じながらも笑う。
斯波は百合子の股にぐりぐりと腰を押し付け、最奥を刳る。
「ひぃッ、…あぐぅッ! やぁ! やめ…」
百合子は痛みにがちがちと歯を鳴らして悲鳴を上げ、噛み付いていた斯波の唇の傷を舐めて懇願する。
斯波は必死に絡ませてくる百合子の舌をしゃぶり吸い付いて舐め回す。粘ついた唾液で口の中は泡立ち、どちらの舌も唇も熱く蕩けて一つになる。ようやく抵抗を失くした百合子に満足する。そして鬱血するほどに強く握りしめていた腕を解き、柔らかく抱き直すと摩羅を膣口まで引き抜く。
「いやあああ! はっ、ああぁぁっ…ッ!」
摩羅の傘の部分が容赦なく膣の壁を引っ掻く。
百合子は悲痛な声を上げると、斯波の背中にぎりりと爪を立てた。その甘い痛みに、斯波は僅かに口の端を上げて笑う。
百合子が感じる何百分の一かの痛みを、彼女に与えられている気持ちになった。
斯波は百合子を強く抱きしめながら、乱暴に腰を打ち付ける。
おかしな事に、百合子を抱いているという快感よりも、背中を引っ掻き回される鋭い痛みに快楽を感じた。
もっと強く爪を立てて皮膚を刳って欲しくて、息が詰まるほど深く挿入しては膣壁を刳りながら引き抜く。
「ひっ…ひぃッ……いやあッ! やぁぁああーッ!」
摩羅は百合子の肉に絡め取られ溺れて、射精感から何度も挿入を繰り返す。
「はあ、はっ、ああ、ああッ…射精る! ぐッ、うっ…ああ、射精るッ!」
自制を失った斯波の身体が、鞭の様にしなっては百合子の柔らかな腿を打つ。
彼女の身体を気遣う余裕など無く、ただひたすら快楽と射精の為だけに腰を打ち付ける。
「ひぃんうぅッ…! んっ、あッ…ああっ、あっひィッ、ああああッ!」
熱を百合子の膣の奥、子宮に放とうと、より深く突き上げる。
百合子はその衝撃に悲鳴を上げて斯波の背中にしがみ付く。
ひいひいと涙を流して声を張り上げて声を枯らした。
背中が熱い。
百合子の爪が肉を裂き、背中の皮膚を削る。
そして、熱を孕んだ膣に摩羅がきゅうと締め付けられ程なく斯波は射精した。
しばらく、百合子を抱えたまま息を整える。
肌と肌は汗や愛液が熱で蒸れて気怠く、背中の傷がじんじんと痛みぼんやりと熱い。
ずるりと摩羅を引き抜くと、処女の証を押しのけてごぷりと粘る精液が零れる。何十年も溜め込んだ愛憎入り交じるどろどろとした子種が、長い月日を経てようやく百合子の子宮へ届く。
斯波は抵抗の力を失った百合子の頬や額に何度も口吻け、自分よりも一回りも二回りも小さな少女の身体を抱きしめた。
昨夜の情事を仔細に思い返すと、魔羅が熱を持ちぐうと膨れ上がる。
斯波はほうと息をつき、椅子に座り直し背凭れに身体を預けた。じんじんと疼くぼんやりとしていた痛みは、自重によってずきずきと疼きを増す。
初めて、女を抱いた気がした。
女を抱く時は大抵、仕事がらみで、そうでなければ何か打算が存在した。
額に汗をして腰を打ちつけながらも、女が悦ぶ様に動き、焦らしては、甘い言葉を囁く。
女に溺れまいとする冷静な自分が居た。
それが、自分よりも十も幼い処女を抱いたのが初めてならば、獣の様にその肢体を蹂躙し、本能的に子宮の奥に精を放ったのもまた初めてだった。
そして、昨夜百合子を抱いてまだ一日も時間が経っていないと言うのに、斯波の身体は飢えて乾き、下半身は熱を持ち固く勃起していた。
背中の傷が痛めば痛むほど、斯波の摩羅は膨らみ固さを増す。
気がつけば身体にから立ち昇る百合子の甘い残り香に酔い、菓子を舐めたように甘くなってしまった舌で蜜が染み込んだ指を飴の様にねぶり、喉を鳴らして唾液を飲み込む。
すっかり色気違いとなってしまった己の欲情を誤魔化しながら書類に目を通していたが、次第に仕事も手につかなくなり早々に切り上げた。
百合子は情事の後、知らぬ間に斯波に身体を拭かれ、新しい浴衣に着替えさせられていた。
家族も邸も名誉も奪われて、ついにはこの身すら奪われた。
昨日の一夜では終わらない、どちらかが死ぬまでずっと続く永劫の地獄へ堕ちる。
時間が分からない地下牢では一刻が無限の様に長く、百合子は気が狂ってしまいそうになり、呼吸が荒くなる。
斯波への憎悪と自分への憐憫、そして昨夜の痴態から、泣いても泣いても涙は枯れなかった。
惨めで虚しく、死のう死のうと思うのに、身体は鉛の追うに固く、泥の様に鈍重で起き上がることすらも儘ならない。
寝返りをうとうとすれば、下腹部に鈍痛が響き足の先まで針が刺す様な痛みが走る。両手で自分の首を締めてみても、わなわなと指は震え、締め切らない内に指から力が抜ける。
憎い男に囚われ処女まで奪われるどころか醜態を晒して、それでもいまだ生きながらえている自分が情けなく恥だった。
乱暴に股を弄くられ、口に唾液を流し込まれて、身の内の肉が裂ける痛みに処女を奪われたのだと知る。
男が獣の様に身体を打ち付けてくる恐怖、そして痛みと熱を歯を食いしばって堪えるが、初めて味わう強烈な痛みに百合子は愛願する様に斯波に媚びて自ら口吻けた。
斯波の動きは増々昂ぶり身体の奥へ奥へと摩羅を深く突き刺し、とうとう息も吐けぬほど強く抱きしめられ重く押し潰され、胎の奥で痙攣して止まる。
痛みと熱でぐじゅぐじゅになった膣に、なおも子種を擦り込ませる為に摩羅が動く。
ずぼりと摩羅が引き抜かれる感触がして、濃ゆいどろりとした子種が流れだすのを感じた。斯波の労るように優しい口吻けに全身の強張りがようやく解けて、百合子は疲労から瞳を閉じたのだった。
遠くから階段を降りる足音がして、百合子は身じろぎする。
外から誰が訪れようとも、それは百合子をこの地獄から助けだしてくれる人間ではない。
目の見えない暗闇の中では、ただ音だけが頼りだった。
閂を外す耳障りな金属音がして、衣擦れに人の気配を間近に感じる。
頬にざらりとした掌の感触を感じ、全身に鳥肌が立つ。
その手は妙に熱く、百合子は嫌悪感から顔を背けた。
「お姫さん――泣いていたのか」
百合子に狼藉を働いておきながら、まるで他人事の様に問う。
「せいぜい好きなだけ泣き喚く事だ」
身勝手にもそう言うと力に任せて百合子を抑えこみ、ねっとりと口を吸う。昨夜の噛み付く様な乱暴な口吸いではなく、百合子の柔らかな舌や唇の感触を愉しみ、官能へ導く口吻けだった。
その口吸いは長く執拗で、斯波の唇から漏れる熱い呼気が流れ込み、ざらりとした舌がちゅくちゅくと百合子の小さな舌を攫って甘く蹂躙する。その心地よさを百合子の身体は刻まれて覚えており、長い口吸いによって、膣がじんじんと疼き、熱を帯びる。
たっぷり口吸いに時間をかけながら、斯波の手が百合子の身体の上を這う。
ゆっくりとした手つきで浴衣の胸元を開き、真っ白な乳房が斯波の手で覆われる。
昨日とは打って変わった優しい繊細な手つきに、百合子はぞくぞくと肌が粟立つのを感じた。
巧みな口吸いで百合子は心地よい息苦しさを覚え、頭がぽうっとし、憎しみも抵抗も持続しない。
ほの燃える快楽が、百合子を白痴にしてゆく様だ。
斯波は百合子の乳房を包み込み、弱く揉む。
指に挟まれた乳頭は僅かに触れただけで、みるみる硬く立ち上がる。それを指の先でくると撫でると、塞いだ百合子の口から声が漏れ出る。
「んッ…! あぁん、やぁっ――あっ、アあっ!」
軽く撫でる度に、小さな甘い声が上がる。
指の先端で捏ね回したぐらいでこの反応なら、そこを吸ってしゃぶって甘咬みすればどんな声を出してよがるのか。
すっかり抵抗の力を失くし斯波の唇を受け入れて濡れ溶ける百合子の唇を吸いながら陶酔する。ぢゅ、ちゅと百合子の口内をしゃぶり、離すと透明な糸が引く。
百合子は自由になった口で深く息を吸い、その都度淫らに零れ落ちた乳房が揺れている。
斯波の熱く濡れた唇が百合子の乳房の先端に吸い付く。
「は、あ、はあっ……。や、あぁっ! あぁ、んっ! あ、やぁ!」
まだやわらかい乳頭を口に含みちゅうちゅうと吸うと、百合子はあられもない声を張り上げる。
ざらつく舌でべろべろと舐め回すと、駄目、駄目と言いながら斯波の髪を搔き乱した。
「ダメ、だめぇ…吸うの、あっ…ひぃん! だッ…めぇ!!」
てらてらと濡れて光る乳頭を指で摘んでくりくりと捏ね回し、もう一方の乳頭にむしゃぶりつき強く吸う。
舌先でしごき、円を描いて舐め回すと百合子は嬉しそうに斯波の頭を抱えて抱きしめる。
「いゃぁ、きちゃう! …きッ、ちゃ――あ、あ、あぁァッ!!」
百合子は全身を強張らせて斯波に抱きつく。
甘い疼きのする下腹部を斯波の固い腹に押し付ける様は、盛りのついた動物そのものだ。
無意識に花芯を斯波の身体に押し付けて擦り付けて腰をくねらせて痙攣する。
とろとろと、とろみのある蜜が女陰から垂れて尻に滴る。
小水を漏らした様な心地だが、快楽の余韻に浸る百合子の意識は蕩けてぐずぐずに崩れていた。
斯波は百合子の口を吸い、ぜいぜいと繰り返す荒い息を奪う。
弛緩した百合子の身体は重いが抵抗は無く、斯波は浴衣の帯も取り払ってしまうと股を開かせて頭を埋めた。
百合子の女陰はびくびくと痙攣しながら蜜を垂れ流す。
斯波は腿に垂れる蜜を舐め、しとどに濡れた陰唇を指で左右に押し開き、赤くつんと立ち上がった蕾を口に含みねぶる。
「――ッ! ぁんっあっあっ…んあああっ!」
舌先で激しく舐め回すと、斯波の頭は百合子の太腿に挟まれ締め付けられる。焦らすために、舐めるのを止めてしまうと戸惑う様に腿の締め付けを弱める。蕾はひくりひくりと寂しげに震えた。百合子は瞳を涙で濡らし、唇から垂れる涎が頬を汚している。ついには耐え切れなくなり、花芯の快楽を追って腰を斯波の顔に押し付けて来る。
その姿はまるで、ただのメスだ。
斯波は親指で大きく腫れ上がり真っ赤に充血した蕾を、くりくり、くりくりと弄くってやった。
「貴方は、本当に――ここが好きだな、ん?」
「は、あ、熱い、あついのぉ…! そこ、あついぃ!」
「はは、熱いのか? こんなに小さいのに淫らでいやらしい――ああ、可愛いな。もっと弄ってやろう、ほら」
「ひぃーーーッ! あっ、あん! あん! あついぃ! きちゃう! きもち…ッ、い…のぉ! き、きちゃうぅ! あァァァっ!」
斯波が不乱に花芯をしゃぶると、ひいひい声を枯らしながらよがり狂う。
幼かった身体の蕾が開き、肌はほんのりと赤く染まる。
女の香りを放ち、甘い蜜を垂らして、花がほころぶ様に快楽が咲く。
斯波は反り返って腹に付くほど勃起した摩羅を百合子の女陰で数度滑らし、昨夜の情交で熱を持って腫れぼったい膣に押し込んだ。
「い、ぎ、ぃんひぃぃいい!!!!」
常に無く固く大きく反り返った斯波の摩羅を、処女同然の膣奥に一息に挿入するのは暴力に近く百合子は目を剥いて斯波の首元に噛み付き、歯を立てた。
「ひぐッ、ひぃ! ヒッ! んぐッ、んぅッ!!」
百合子の感じやすい花芯を斯波は下腹部で圧迫し、挿入に合わせて擦る、ざりざりと陰毛が絡み合い花芯を捏ね回す。くいと親指で皮を引っ張って花芯の蕾を剥き、挿入しながら小刻みに指先で捏ね回す。奥からどっと蜜が溢れ、次第に膣が解され柔らかくなる。
じぶ、じゅぶ、と滲みだした蜜が摩擦で卑猥な水音を立てた。
魔羅に吸い付く肉が締まり、肉の内を刳る魔羅が膨れ上がる。
痛みを凌ぐ熱と快楽が広がり百合子は斯波の背中に腕を回して縋り付き、掠れた声で鳴く。
「ひぐぅ!! イクぅッ…!! いくっ!! いっちゃうぅ!!あぁ…あぁあああっぁあ!! あーッ、あっ、あッッ!
…ひいィいん…ひッ…あひぃッひいッぃイん!」
百合子は絶頂に目の前が真っ白になる。
暗闇の中、初めて見たものは光りだった。
深部から脳へ突き抜ける快感は、百合子の身体に刻み込まれる。
びりびりと全身が震えて、膣がぐにぐにと動き斯波の魔羅を締め付けて蠕動する。
「ははっ、お姫さん! 凄い、締め付けだ……うッ!
まるで、動物の様だな、貴方も、俺と、同じで、獣だ――」
「んぅ…ひ、ぐぅッ…!」
百合子は弾けて飛ぶ意識の中で、斯波に口を吸われながら頷く。下腹部が擦り合わされ、子宮を穿たれる度にぱちぱち、ぱちぱちと目の前を火花が飛ぶ。
斯波に縋り付いて肌を密着させると、乳頭や花芯が擦られて得も言えぬ快楽を呼ぶ。
夢中になって斯波の逞しい身体を求めると、斯波は強靭な肉体で応える。
「そうだ、諦めて溺れてしまえ……俺が貴方に知らない世界を見せてやる。過去居た世界など全て欺瞞だ。虚構だ。これが、世界の真実だ。身分も教養も獣には必要ない――俺にとって貴方が俺の側に居る、この世界だけが本物だ――」
外の世界に百合子はもう亡く、地下の座敷牢の中が斯波の真実の世界だ。
女は星の数程居るが、太陽はたった一つしか無い。
絶望の世界で生きていた斯波にとって、百合子はまばゆい光だった。誰をも魅了する美しい姫。
今や視力を失い暗闇で生きる百合子を、陽の当たらぬ地下へ閉じ込める。この執着は愛なのだろうか、愛される事も愛した事もない斯波には分からなかった。
――いいや、これがきっと愛なのだ。
「愛している……愛している……」
斯波は百合子に頬ずりして耳元で熱く愛の言葉を囁き、耳たぶを喰む。くちくちと耳の奥にまで舌を差し入れてねぶると、百合子は斯波の背中の傷跡に爪を立てて深く刳る。
「あぁ、はぁ、ぐあッ…痛ッ!」
斯波は背中に感じる鋭い痛みと鈍い痺れに悦びを覚えて尽き果て。百合子は呆けた様に口を開けて喉の奥でひぃひぃと枯れた悲鳴を上げて気絶した。
そして彼方へ飛んだ意識とは裏腹に、身体は痙攣しながらどろりと愛液を垂れ流し、子宮はごくりごくりと音を立てて斯波の子種を胎の中へ呑み込んでいく。
斯波には兄も父も無く、家族と言う物がない。
百合子が全て失ったものが、どういう存在なのか知らない。
それだから、斯波は百合子の兄には成れない、父にも――ましてや恋人になど成れはしない。
それでも、俺が成れるとしたら、それは貴方を悦ばせる為だけの肉の棒だ。
よがり狂って腑抜けてしまった肉塊を抱きしめる。
肉欲の地獄では怨嗟も情愛も曖昧で、ただ肉が悦楽を追う欲望のみが存在した。
情欲に駆り立てられる程、背中の傷が膿み熱を孕む。
何度も何度も執拗に引っかかれた裂け目は治癒が追いつかず、黄色と桃色の汁が滲み醜悪な臭いを放つ。
この傷は百合子の絶頂の証だ。
日に日に深くなる傷。
爪が肋を削って肺腑を刳り斯波の心臓を引き裂く。
その痛みを想って笑う。
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親愛なる死/02/2014
私のところにもお前はいつかやって来る。 お前は私を忘れない。 それで悩みも終りだ。 それで鎖も切れるのだ。 まだお前は縁遠く離れているように見える。
愛する兄弟なる死よ。
冷たい星として、お前は私の苦しみの上にかかっている。 だが、お前はいつか近づいて炎に包まれるだろう。 おいで、いとしいものよ、私はここにいる。 私を抱いておくれ、私はお前のものだ。
ヘルマン・ヘッセ「兄弟なる死」
十四、冬。
どんよりとした鉛色の寒空は分厚い雲に覆われていた。 東京の街並みも、街を行く人々の顔も、冴えない木枯らし色をしている。 流れる河川敷の淀んだ水も、空の色を映して暗い。
俺は、当て所なく走っていた。 身体中の肉が燃え、血が滾ってる。 雪が降ろうかという寒さの中、走れば頬に当たる風は切れる様に冷たく。
手足の末端も、感覚がないほどに凍えている。 最早、何も考えられない。何かの激情に突き動かされて、意味などなくひたすらに走っていた。 身体の腹の底からわっと燃え上がる、この炎の正体が分からず、
その地獄の炎の様な熱さに駆り立てられて、ただ走る。 息が上がり、肺が捩じれる様に痛む。 喉から鉄錆の様な味がし、手足の先に至るまで燃える様に熱くなっていた。
俺は転がり落ちる様に土手を走り、河原に降りて、腹の底から叫んだ。 ただの獣の様に、意味のない唸り声を上げて。 俺の渾身の叫び声は、東京の灰色の空に吸い込まれていった。 ビルディングの建設に沸く東京の街は、���日ガンギンガンギンと金属の悲鳴が上がっている。 ちっぽけな子供の叫びなど、その渦の中に混じればただの雑音でしかない。
それでも、俺は心臓を炙っては焦がすこの炎に焼かれる痛みのために、喉が潰れるまで叫び続けた。
教えてくれ、教えてくれ!!誰か、誰か!!――と。
<< 親愛なる死 >>
万年筆が床に転がり落ちる。 俺はそれが部屋の隅にまでころころと転がるのを見て、ようやくため息をつきながら立ち上がり、ゆっくりと拾う。
ぎしり、と音を立てて椅子に座って机の上の書類を持ち、陽光で文字を読んだ。 徹夜続きのために、目が掠れて文字は読み取りにくく、目元を押さえてはまた一つ息をつく。 そうしていると、不意に耳鳴りがして、そのまま眩暈を覚えた。 「あまり、ご無理をなさらないで」と優しく微笑みかける百合子さんの顔を思い出し、
それもそうだと思い至って、仕事を切り上げる。 調子が悪い時は、どんなに足掻いてみても何事も上手くはいかない物だ。 俺は、子供の頃にあれ程疎んだ灰色のビルに会社を構えて、道行く莫迦な大人たちと同じ様な灰色の顔をして街に出た。 枯れた風に砂埃が舞い、自動車のエンジン音がやけに耳につく。 みなみな、同じような真黒な外套やら上っ張りやらを着て、足並みを揃えたるは葬式の行進だ。 屋敷に帰って、百合子さんが開口一番に俺の体調を気遣った。
「純一さん、お顔の色が悪いわ……」 「ああ、さっきちょいと街の雑踏を歩いたから悪い風邪をもらったかもしれん」 「それはいけないわ、温かい物でも召し上がってお薬を飲んで頂戴」 「いや、何、ただの風邪だ。寝て休めば数日で良く成るだろう」
俺はそう言うと百合子さんの額にそっと口づけを落とす。 ふんわりと甘い香りがして、その香りを嗅ぐと不思議と眩暈が収まった。
「駄目よ、いいから薬湯を飲んで、一口だけでもいいから」
あまりにも食い下がるので、俺は百合子さんの薄く細い肩を抱き寄せて耳元で囁く。
「貴方がそれ程いうのなら――そうだなあ、口づけで飲ませてくれるのなら、飲もう」 「もう!私は母鳥ではないのよ」
少し困ったように俺を見上げて、呆れたように言い放った。 だが、俺が冗談交じりに頼むと懇願すれば、百合子さんは俺の望むように薬湯を口移しで飲ませてくれるのだった。
俺は、元々健康で頑丈な方であったから、あまり薬湯薬膳の類は信用していなかった。 中には冗談のように高い薬などもあり、その効用よりも自分の回復力の方こそ信用していたからだ。
だが、最近では湯呑一杯の薬湯が惜しくなり、もっと鍋一杯でもあればとも思う様になる。 百合子さんが照れながらも、母親の様に、甲斐甲斐しく薬湯を口移ししてくれるからだ。 俺は、彼女の甘い清廉な夏の白百合の様な香りを嗅げば、すっかりと体調は戻っている。
これは昔から、なのだ。 彼女が傍らに添ってくれていれば、いつでもぐっすりと深い眠りにつくことが出来る。 十四の夏に、彼女から白い手布を貰ってからずっと、彼女の甘い香りと共に居た。
俺は、本当ならば、十四の夏に死んでいた人間だ。
俺は子供を使って汚い仕事をさせる連中の元から逃げ出した。 ああいう組織では、一人逃げおおせてしまえば、次から次へ逃げ出すものが現れる。 だから、逃げ出したものは必ず追いかけて捕える。 そうして、捕えてどうするかと言えば、私刑にする。 他の子どもたちに、逃げおおせることは出来ないと知らしめて、 万が一逃げようとしたらどうなるかという事を忘れさせないために、見せしめにする。
本来ならば、捕まって私刑にされていた。 その結果、死ぬこともあったであろう事は、誰よりも容易に想像がつく。 百合子さんは俺を死から匿ってくれた。そして俺は生きる希望を見出した。 何の見返りもなく、真っ白な手布を俺にくれた。 その手布からは、今までの人生を生きてきて、一度だって匂ったことも無いような、甘い香りがした。
俺は、その手布だけを持って、必死に生きてきた。
ビルディング建設のための労働員の下働きとして大人に交じって働いた。 俺は、その現場の中で一番若く、尋常ではないくらいに貧乏であったから、 現場近くの資材を置く掘立小屋に枕だけ借りて寝泊りをしていた。 汗だくになってどろどろになるまで働くので、手布は洗った布で何重にも巻き、枕の中に大切にしまっておいた。 そうして、深夜すぎて眠るときに、頭を枕に預けると、ふんわりと良い香りがするのが分かった。
俺は、この枕の中に、彼女から貰った真っ白な手布があると思うだけで彼女の夢が見られる気すらしていた。 目が覚めれば、夢の痕跡は砂の様に手の指の間から零れ落ち、確かではない。 だが、彼女が幸せそうに、俺に微笑みかけてくれている様な気がする。 俺と彼女は相思相愛で、幸せに暮らしている夢ではないかと思うのだ。
毎朝、目覚めるたび自分が何故生きているのか、何の為に生きているのか実感する。
百合子さんの寝返りで、俺は目が覚めた。 深夜の暗闇の中、すうすうと小さな寝息を立てて眠る百合子さんの気配を感じて俺はほっと息をついた。
徐々に目が慣れてくると、百合子さんの顔が俺の胸のすぐ近くにあるのが分かり、その黒髪に顔を埋める様にして、俺は存分に彼女の甘い香りを吸った。
彼女を腕に抱いているだけで、肺が熱くなり、身体中の血が燃える。 その感覚は、あの河川敷を我武者羅に走っていた激情そのものだった。
次の日も念のために仕事を部下に任せ、屋敷で休む事にした。
百合子さんは境子夫人らと帝劇鑑賞に行く予定だったらしい。 俺は、せっかくなのだから俺に構わず行きなさいと言ったのだが、 百合子さんは「元々あまり気乗りしていなかったの」と断りの電話を入れていた。
いつも仕事で忙しく、昼間から一緒に昼食を取って紅茶を飲むなど久しぶりの事だった。 俺は午後からは書斎の本を整理し、百合子さんは寝室の絨毯や緞帳の柄変えや冬用の模様替えを使用人と行っていた。 俺は机の引き出しから日記帳を取り出し、その最後に挟んでいる手布を見る。 久しぶりに手に取って、今は黄色く薄汚れてしまった手布に、わずかに血の染みがあるのを確認した。
それが着いたとき、何度も丁寧に洗っては見たのだが完全には落ちず、月日と共に茶色く変色していた。
現場で、俺の寝処を荒らされた事がある。 手癖の悪い者が数人居り、金目の物を探す為に俺の枕の中にまで手をかけたのだ。 当時、銀行などという物を知らず、また利用も出来ない人間は、大抵の給金を枕やら座布団の中に縫い込んでいた。 そのため、それを狙った盗みが内部では割と頻繁に起こっていたのだ。 何の価値もない、ただの布きれと捨て置けばいい物を、小賢しい連中はにたにたと笑いながら、俺に交換を持ちかけた。
小汚い餓鬼が持つには上物だ。よほど大事な手布なんだろう?と。
俺は、その垢にまみれた男の手が、俺の何よりも大切な手布に触れている事が、赦せなかった。 なぜなら、その手布は、���れの一つもない真っ白な手布だ。 不思議と心の休まる、甘い香りをさせる、俺の知る限り世界で一等美しい物だ。 俺はまさしく言語の解さぬ獣となって、その男の腕に襲い掛かった。 毛だらけの汚い爪をした手に噛み付き、痛みで力が緩んだ隙に手布を奪い取り懐にしまいこんだ。
もちろん、男は激怒して丸まった俺の身体をしばらく痛めつけた。 今から考えても笑えるほどにおかしいが、俺は唐突に気違いの様に喚き、ごろりと転がって掘立小屋を飛び出した。 後ろから怒鳴り声と、何か割れる音がしたが、俺は既に東京の雑踏に走り出していた。
白い手布に、俺の血が付いた。 幸いな事に、それ以外に目に見える汚れは無かった。 ずきずきと身体中が痛む。 言葉では説明のしようがない感情に、身体が支配される。
俺は、わけもわからず、ただただ走った。 走って、走って、熱で身体が燃えてしまう様だった。 誰でもいいから教えてくれ、俺は泣き笑いの様なぐしゃぐしゃの顔で、叫んでいたのだ。
万年筆が床に転がった。
俺はそれを拾おうと、身をかがめて足元に落ちる己の影の濃さに目を見張った。 俺は影に向かって囁く。
(ああ、――分かっている。俺のところにも貴方はいつかやって来る。貴方は俺を忘れてはいない。悩みも終りだ。鎖も切れる。)
(貴方はいつか近づいて、俺は炎に包まれるだろう。)
俺は幸せだ。 最近は頓にそう思う。百合子さんは、俺の体調を気遣い、俺がねだれば薬湯を口移しで飲ませてくれる。 ふと、俺はなぜ、俺自身の誤解をとかないのだろうか、と自分でも不思議に思う事がある。 俺が全てを告白すれば、百合子さんの蟠りは全て消え失せるだろう。 俺はきっと、彼女の様に、彼女を救いたいのだ。
絶望の瞳をしている俺に、何の見返りもなく、手布をくれた百合子さんの様になりたいのだ。
俺は生まれも卑しく、汚い仕事も長くやってきた。 俺が彼女に差し出せる物など何もない。どんな贈り物でもあの日の手布に勝る物はない。 だが、彼女を思い慕う気持ちだけは、その心だけは、染み一つも無いのだ。 彼女が俺にくれた手布と同じように、彼女を思うこの魂だけは、唯一美しいと言えるのだ。
俺が彼女に、捧げられる物と言えばもはやこの魂しか無いのだ。 生まれてからの地獄の様な十四年を思えば、百合子さんと出会ってからの十四年の何と幸せな事だろう。 夫婦となった期間はまだ半年と短くとも、俺の半分の人生は幸福に満ち溢れていた。
河川敷をひた走る、身なりの汚いあの日の俺は慟哭していた。 肉体を焦がし、血を滾らせる。 身の内から溢れる、憎しみとも怒りとも区別のつかないこの感情の名前を、誰か誰か教えてくれと。
一生、愛を知らず、誰も愛する事は無いと思っていた人生で、己の命を捧げられる程、誰かを愛する事が出来た。 百合子さんが、俺にそれを教えてくれた。
貴方が、人間としての命を俺にくれた。それを返す時が来る。 彼女が復讐のためにでも生きていてくれるのであれば、俺の命には価値がある。
影が俺の上に重なった。 (おいで、愛しいものよ、俺はここにいる。 俺を抱いておくれ、俺は貴方のものだ。)
俺は走るのを止めて、観念してそれを抱きしめられる。 俺はついに転がった万年筆を拾う事は出来なかった。 随分と前から手が震え、力が入らない。身体の節々が痛み、泥の様に重かった。
今は、死人の様に寝台に沈んでいる。 思えば俺はいつも走っていた、そうでなければ働いて汗を流していた。
何度も何度も百合子さんとの出会いを、思い返しては自分の心を慰めていた。鬼にはならない、一人の人間として生きて死ぬことが出来た。
俺は、どうしても、百合子さんには話せなかった。
あの日、俺を匿ってくれて”ありがとう”。
あの日、俺に手布をくれて”ありがとう”。
俺は、あの日から、ずっと”幸せだ”った。
貴方を幸せにするために生きる事が、何よりも”幸せだ”った。
死の影が、俺の瞼に落ちる。 それはふわりと甘い香りがし、その優しい声で名前を呼ばれた様な気がする。
俺はいつもこの香りに包まれれば、深く眠ることが出来る。 そうして、今夜もまた彼女の夢を見られるような気がするのだ。
その夢では、俺と彼女は相思相愛で幸せに暮らしている。
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或る寒い日に
「まあ、本当に柔らかいわ……」 百合子は驚きながら、鍋の中の大根をつつく。 大根を煮る湯は僅かに白く濁っていた。 以前、藤田におでんの作り方を教わった。 その時は実際には作らずに、作り方だけを聞いたのだが、 大根を米のとぎ汁で煮ると柔らかく美味しく煮えると聞いていたのだ。 どうして米のとぎ汁なのだろう、と百合子はずっと不思議に思っていた。 疑う訳ではなかったが、実際に半透明になった大根に箸を差して見ると、すうと通った。 大根を茹でていた煮汁を流しに捨てて、鍋にこんにゃくと茹で卵を入れる。 かつおとこぶでとった出汁に味をつけ、鍋の中に注いだ。 竈の上に乗せてとろとろの弱い火で煮る。 薪を少し足しておこうと、外に出るとひゅうひゅうと木枯らしが吹いて冷たい風が頬を打った。 ブラウスに薄手のカーディガンを羽織っただけの百合子は思わず身震いする。 しんしんと身体の芯から冷えてしまうような寒さだった。 急いで薪を取ると、家に戻る。閉めようとする引き戸をがたんがたんと強い風が大きく揺らした。 冷たく強い風が吹く度に、ぎいと家鳴りのする荒屋は、 カンと転がる桶でも当たってしまうと途端にバラバラになってしまいそうだった。 ただ、絶えず火のある竈のお陰で家の中だけは暖かく、百合子は薄着でも寒さを感じなかった。 先月に遊びに来た瑞人が置いていった酒の瓶を取る。 百合子は酒は飲めないし、斯波は洋酒の方が好きだったので減らなかった。 戸棚の奥にしまってある徳利とお猪口を取り出した。 鍋の蓋を開け、大根と玉子に色が染みているのを確認して、食器を居間の卓台に並べる。 ええと、と藤田の料理帳を見返した。 「そうそう、辛子だわ」 調味料の棚を見ると、小さな壺があり中は辛子の粉を練ったものだ。 少しだけ水を加えて練り、皿の端に添える。 「そろそろ帰る頃かしら」 そう言って竈の横の小窓から外を覗く。 真っ暗で何も見えなかった。 百合子は鍋の中にちくわとさつま揚げを入れて更にくつくつと煮た。 風呂の用意をしていると斯波の足音が聞こえた。 「お帰りなさい」 「お姫さんただいま、ああ寒かった!」 「今日はおでんなの、先にお風呂にします?」 「ん、ああ、そうだな」 斯波はそう言うと百合子に口付けながら冷えた作業着を脱いだ。 百合子は竈の火を落として、桶と手拭いを持ち綿入れを斯波に渡すと、引き戸を閉めて家の鍵をかけた。 女湯の方は時間も遅いからか、人が少なかった。 百合子は掛け湯をすると、僅かに垢の浮いた湯船にじゃぶりと浸かる。 温かい湯の中で凍えていた指先がゆっくりとほぐれる。 ふと、水紋で歪む白い身体を見下ろしてみると、二の腕の柔らかい所や首元に斯波が吸って鬱血の跡が残る。 周りの婦人をそれとなく目の端で見てみるが、こんな跡をつけている様子はない。 (こういう事をするのって、変わった人なのかしら――) 一人ひとりに訪ね歩くわけにもゆかず、百合子は一人悶々と考え込んだ。 そして、その思考があらぬ方に向かいそうになって真っ赤になった顔のまま風呂から上がった。 ふうとぱたぱた顔を仰いでいると、斯波も風呂から上がったようで血色の良い顔色をしていた。 「おいおい、お姫さん、どうしたんだ。 茹で蛸みたいに真っ赤だぞ」 「お湯が熱くて……」 それだけ言うとついと顔を背ける。 斯波は不思議そうに笑いながら、百合子の肩を抱いて歩いた。 火を落として置いていたおでんはまだ熱く、出汁もちょうど良いくらいに染みていた。 百合子の熱も外の冷気で徐々に下がる。 竈に火を入れると、小手鍋に水を張り湯を沸かして燗をした。 居間の机の卓台に鍋敷きを敷き、おでんの鍋を置く。 湯で濡れる徳利の尻を布巾であてながら斯波の持つ猪口に注いだ。 ぬるく温まった酒は芳しい甘い香りが立っている。 斯波が猪口を煽ると歯を見せて笑った。 「ううん、美味い。貴方も少し呑んだらどうだ?」 「え? 私は――」 「いいから、ちびっと舐めるだけでも」 そう言って百合子から徳利を強引に奪う。 空になった猪口を差し出されて百合子は戸惑いながらも両手で受け取った。 とくとくと酒を注がれて、百合子は美しい白い喉を反らせて煽る。 口の中に酒の香りがぱっと散り、舌がじんじんと痺れる。 温い酒のはずなのに、口の中に火がついたように熱かった。 こくり、こくりと、小さな喉を鳴らしながら呑むと、ほうと息をつく。 「まったく、貴方は酒を呑む姿も美しいな」 「……ん、そうかしら――」 百合子はぽうと赤くなった頬を抑えて微笑む。 斯波が百合子に大根を皿によそってやった。 すっと箸で割れるほど柔らかい大根を食べる。 味がよく染みていてしみじみと美味しかった。 寒い夜だったが、おでんと燗で体の芯からぽかぽかと暖かい。 百合子は暑くなり、着ていた綿入れを脱いだ。 そして、ブラウスの胸元をゆるめ、その首元に出来た鬱血を斯波に見せる。 「どーして、こんな事をするの」 「お、お姫さん……?」 酔いが回って来たのか、顔が赤く目がとろりと熱っぽい。 その呂律も怪しい。 斯波は猪口を持つ手が揺れて、ぽたぽたと胸元と股間に酒を零す。 一方の百合子は、更にブラウスの釦を外して袖を脱ぐ。 白い二の腕にも赤い口付けの痕がぽつぽつと残る。 「ここにも……ひい、ふう……み……」 「こら、百合子さん。風邪を引くから服を着なさい。 そういうのは、もう少ししてからだ」 何故か赤面しながら咳払いし、百合子の釦を留めてやる。 すると、百合子��くんくんと鼻を利かせて、斯波の喉元に吸い付いた。 「あっ、こ、こら、何しているんだ」 酒の雫が垂れたそこにちゅうちゅうと吸い付くと桃色の薄い痕が残る。 腹に掛かった酒を吸い付こうと斯波の寝間着の前を開く。 酒のせいで体の動きが鈍くなり、百合子は身体の重心を全て斯波の身体に乗せた。 百合子を抱えて畳に転がる。 「あっ、痛っ……お姫さん!」 「……んんん」 倒れこむ斯波の腹に寝そべって吸い付く百合子が、 服をたくし上げて臍の脇に吸い付いて口付けの痕を残すようにちゅうちゅうと吸う。 股間の上に百合子の柔らかく大きな乳が乗り、途端斯波の陰茎がぐんと膨張した。 「ふ、んん?」 ちゅうちゅうと吸っていた百合子が不思議そうな顔をする。 そしてその乳の下で固く持ち上がる物を探るように、服の上から手を這わせた。 「あ、お姫、さ……」 百合子は酔っているとは思えない手際の良さで、斯波の下履きを下ろす。 下履きで抑えられていた、怒張した陰茎がぶりんと持ち上がる。 それを細い手で持つが、百合子は斯波の腹に掛かった酒を舐めとる事に集中していた。 割れた腹筋の溝に溜まった酒を舐めとる方が楽しいのか、舌を腹筋に添わせて舐める。 動かさないのに、その手は斯波の摩羅を掴んでいて、斯波はもどかしさに顔を歪めた。 びくびくと腰が揺れ、百合子の髪に手を差し入れて撫でる。 「くっ、ああ――」 斯波は柔く握る百合子の手が堪らず、上に手を添えて怒張した摩羅を扱くように促す。 百合子に吸われた皮膚が燃え、熱を持っているかのように脈動する。 斯波は上半身を起こして、百合子に扱かせる手を早める。 腹筋がますます浮き上がり、百合子はその一つに強く口付けて甘咬みした。 「ふっ、あっ、ぐ、ぅ――あっ、はあ!」 上を向いた摩羅の先端からだらし無く精液が垂れ落ちる。 斯波が射精感に身体を固くして手を離すが、百合子の手はそのまま斯波を扱き続ける。 突然溢れでた白い精液がぐちゅぐちゅと手を上下するたびに音を立て、 尿道に残る精液が先端の割れ目からこぽりと零れる。 百合子の潤んで柔らかい唇が、そこに吸い付き肌を吸う要領で強くちゅうちゅうと音をたてる。 「こ、こら――お姫さん!」 斯波の声は切なげで、百合子は増々そこに吸い付いた。 いくら吸い付いてみても、元々赤黒く、それ以上は口付けの痕がつかないのだが、 百合子はその先端をかぷりと口いっぱいに含んで吸い上げる。 「ぐああっ、ああ、百合子さん、百合子さん……」 百合子の陰茎を扱く手の平が、増々大きくなる斯波を感じ取る。 びくびくと斯波の下半身が震え、陰茎が痙攣する。 ちゅうちゅうと絶えず吸い付いていた亀頭の割れ目から、��ろりと温かな精液が溢れた。 それをこくこくと、白い喉を上下させて飲み込む。 斯波は熱く燃えるような肺をなだめながら、百合子を見る。 百合子は相変わらずとろりと潤んだ目で斯波を見上げた。 「私、酔ってなんかいないわ……。 ……私、やっぱりお酒って、苦手よ」 そう言って身体を伸ばし、斯波に口付けると、 ことりと糸が切れたように斯波の肩に頭をあずけてそのまま寝息を立て始めた。 斯波は狭い畳の上に転がったままやれやれと、百合子の身体を抱きしめた。
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