#薪置き場
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nostalblue · 5 months ago
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移住した経緯(終章)
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南伊豆エリアでの内見を終え自宅に帰った私は思いを巡らせる。最後に見た物件はあらかじめリストアップした移住先条件を全て満たしているし、価格も無理のない範囲だ。土地こそ栽培用に再整備が必要だけど、自力で好みにアレンジしていくのも醍醐味の一つだろう。そして何よりこの集落では催しが全くなく、皆自由に暮らしているとのことで、引き篭もって自分事に没頭したい私にとって魅力的な環境だ。山の中だから猪鹿出るのは避けられないが、猿や熊がいないと言うだけでもそのリスクや防除負担は大きく下がる。おぞましいヤマビルがいないのも高評価だ。強いて言えば家屋がスギ&ヒノキに囲まれているのが花粉症の自分には挑戦的環境ではあるけれど、山の中に居れば隣の森からだって相当量飛んでくるだろうから気にするだけ無駄かと。
他の物件も内見して、もっとも条件的に良さげなところを移住先に選定する見込みでいたが、結局のところ、限られた探索期間内では設定条件を充分に満たす物件を他に見つけることが出来なかった。タイミングもあるだろうし、運命とか縁とかもあるのかもしれないが(笑)、やはり「菜園に使える広い土地付き物件」が希少であることが大きい。家屋に隣接で平坦地となればなお更だ。
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そんなわけで、最後に内見した物件を購入することに決め、不動産屋を介して売主と売買契約をした。中古物件なので「現況渡し」となる点は受け入れざろう得ないが、振込でなく現金を持ってきてくれと言われたのには困惑した。その場で仲介手数料と登記費用を抜いて、残りを売主に渡して完結させたい不動産屋の意図はわかるが、銀行に事前に連絡して現金を準備してもらわなければならないし、その際に何に使うのか根掘り葉掘り聞かれるし(詐欺犯罪が多い時世だからね)、こちらも分厚い札束持ち歩くのは変な気疲れするし、こういうことは何度もやりたくないね。
ちなみにこの物件に関しては在住者が居るところを買ったから、契約後も彼らが退去するのを待たなければならない。まあ私自身もアパートから退去して引っ越してくる準備を諸々しなければならないので無駄な時間にはならないけど。
数ヵ月後、季節は仲秋となり、私は引越作業を開始した(荷物移送については過去記事で書いた)。運んできた荷物はとにかく片っ端から部屋に仮置きしていくが、一部屋では収まらず、写真のように隣の部屋にまであふれる始末。解体して運んできた幾つものメタルラックを再び組み上げて整理収納が完了するまでにはかなり時間が掛かりそうだが。。。移住後は誰にも縛られない時間がたっぷりあるから焦らずコツコツやっていきますわ(笑)。
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アパート退去の立会いをし、最後の荷物を車に乗せたらもうその場所からはサヨウナラ。自分が勤務する会社の近くに借りた部屋だったけど、出張族だったからほとんどビジネスホテル暮らしで、実質的にそこに住んだ時間は少なく、ただの物置状態だったなあ。家賃も安くなかったけどね(嘆)。
そんなことを���想しながら車を走らせ新居に到着。これをもって私の移住��完了となった。今後この地で出来るだけ長く暮らせることを願っているが、人生は何が起きるか解らない。終の棲家となるのか、あるいはさらに二転三転するかもしれない。ただいずれにしても今日が人生何度目かの再出発であることは間違いない。自分のした選択を信じ、とりあえず行けるところまで行ってやろうと改めて腹を決める。さすればきっと悔いを残さず笑って逝けるだろうと。
肌寒さを感じる仲秋の山奥で、初めて点けた薪ストーブの炎は希望の灯火のようにも映るのだった。
(完)
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ashitatsu · 1 year ago
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――クマが市街地近くにやってきた背景は?  新しくクマが分布する場所は里山だった場所です。かつては人間がいろんな用途で利用していた。薪や炭を得て、なだらかな場所は畑や田んぼにしていました。そこではクマが生息できず、山と市街地や集落の間の緩衝地帯になっていました。  それが、木質燃料から化石燃料になり、化学肥料が普及して里山由来の生物資源を使わなくなりました。中山間地から人口が流出し、山を管理する人がいなくなり、放置された里山に緑が戻り、クマが好きな果実をつける林、身を潜められる林になったと考えられます。  ――クマの急増は2010年代のこと。里山の変化とタイムラグがあるようだ  そうなんです。しかし、確かに2010年代に色々なことが起こっているのです。はっきりしない部分が多いですが、動物によって繁殖率が異なることが、ヒントになるのではないかと考えていま��。  例えば、シカは、早い時期から増加と被害がクローズアップされてきました。繁殖率が高い動物で、かつての里山に戻る反応が速かったと考えられます。多産なイノシシはもっと速いサイクルです。しかし、クマは動物園なら20~30年ほど生きます。子どもも2、3年に1度しか産みません。その分、進出も緩やかだったかもしれません。
過去最悪ペースで人を襲うクマ 「2010年問題」追う専門家に聞く:朝日新聞デジタル
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patsatshit · 1 year ago
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世の中は空前のサウナブームらしい。各種情報メディアを駆使して街の銭湯にたどり着いた全国の猛者たちが昼夜問わず約50 - 120 ℃の高温室内で肌を触れ合わせる姿を想像してゾッとしない訳がない。合言葉は「整いました」とのことで、僕はこれを珍奇サウナ偏愛者による「型に嵌ったフロー」と誤読して勝手に溜飲を下げている。チンコだけに、風呂だけに。これはなにもサウナ好きを揶揄しているのではない。むしろ彼らは街の銭湯の隆盛に大いに貢献している。そんなサウナブームを皮切りにして、いまでは銭湯での音楽ライブやDJイベント、更にレコードや書籍を販売する催事までもが行われて、みな一様にそれなりの賑わいをみせているようだ。この数年で銭湯を舞台にしたMVや楽曲がどれだけ製作されたことだろう。これについても、関わった人たちは広義の意味でのリノベーションに一役買っている。公共性の再編とでも形容しておこうか。因みにカセットテープレーベル”Ital.”を主催するケイタくんはサウナ好きではなく、古参にして無類の(ただの)風呂好きである。とある書籍の記述により誤解を招いている可能性があったので、一応。かくいう僕も幼少期に住んでいた家の並びに銭湯があったので週の半分くらいは利用していた。お尻に石鹸を塗りたくって誰が一番速く床を滑ることができるかを競い合う「尻軽レース」に挑戦したり、友人とタッグを組んで肩車をする、もしくは自力で壁をよじ登って女湯を覗くなどの愚行三昧で、いずれも店主にこっぴどく叱られた。16-18歳の頃にはいまも豊津駅の近くにある福助温泉で深夜の清掃アルバイトもさせてもらっていた。誰もいない時間帯の業務目的とは言え、禁断��女湯に足を踏み入れるのは、性欲みなぎる多感な時期の男子として、当たり前にドギマギした記憶がある。ロッカーの片隅に置き去りにされた下着を見つけたときは興奮を抑えきれなかった。いま思い返せば老婆が使用している類の肌色のそれであったが、当時の自分としては貧相な妄想に薪をくべるものであれば、なんでも良かったのだ。バイト終わりにはトイレにこもって自身の陰茎を握り締めた。そんな日の翌朝は決まって寝坊してしまい、定刻の登校に間に合わなかった。そういう小さな欲望の積み重ねが、人を大人にするのだ。僕はいまでも家族で福助温泉に通っている。番台では当時と変わらぬ寡黙な女将さんが節目がちに帳面を捲っている。いまも昔もこの人に向かって性器をさらしているかと思うと、未熟な僕は今更ながらに不思議な感慨に浸ってしまう。女将さん、俺はちゃんとやれただろうか?やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?女将さんは大人になった僕を認識している筈だが、なにも言わない。もともと極端に口数の少ない方だったので、僕の方からも敢えて話題を持ち出すこともない。30年前、父親と一緒に股間を露わにしていた僕がいつしか父親になり、今度は自分の息子たちと共に股間を露わにしている。女将さんはすべてを見て、知っている。心底かなわないと思う。数十年間ずっと変わらぬ姿勢でペンを握る女将さんの手許にある帳面、あそこに世界の秘密、いや、もっと言えば「世紀の発見」がしたためられているのではないかと勘繰らせるほどの圧倒的な寡黙。安易に適温を求めてはならない。静寂の裏側で、湯は激しく沸いている。
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もう一件、自分が子どもの頃から足繁く通い、お世話になっていた近所の銭湯、新泉温泉があったのだが、昨年惜しくも閉館してしまった。電気風呂の横に鯉が泳ぐ大きな水槽があって、息子たちも一番のお気に入りだったので、残念で仕方がない。隆盛と没落。この世の均衡が保たれたことなど、かつて一度もなかった筈だ。そもそもフロー(風呂)強者が言うほど簡単に物事が整う訳がない。新泉温泉の最終営業日、もちろん親子で最後の湯に浸かりに行った。しかしそんな日に限って長男がロッカーの鍵を紛失してしまい、浴室や脱衣場を血眼になって探し回るも見つからない。僕ら家族の異変に気がついた店主やその場にいたお客さんも誰が言い出すともなく、一緒になって鍵を探してくれた。床を這いずって探しているうちに銭湯の老朽を伴う歴史が手のひらを通じて伝わってくる。今日限りでもうこの場所には通うことができないことがわかっているので、自ずと込み上げてくるものがあった。鍵は古びた体重計の裏側から発見された。その瞬間、店主以外の全員が全裸のまま快哉を叫びハイタッチした。長男もほっと胸を撫で下ろしていた。これこそが裸の付き合いというものだ。帰り際、息子たちは自分たちで描いた新泉温泉の絵と手紙を店主に手渡した。僕は「実は子どもの頃から通っていたんです」と伝えると店主は「わかってたよ、自転車屋さんのとこの」と言ってくれた。適温を求めてはならない。いつだって現実は血反吐が出るほど残酷だ。それでも僕たちは新泉温泉の湯を忘れない。店主はその日の入浴料を受け取らなかった。
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このように僕個人にとっても銭湯には様々な思い入れがあり、いまでも大好きな場所に変わりはないが、それは昨今のサウナブームとはまったく関係がないし、死んでも「整いました」とか言いたくない。そもそもが自分の性器を他者にさらすことも、他者によってさらされた性器を目の当たりにすることも得意ではない。むしろはっきりと苦手だ。世の男性の数だけ多種多様な性器が存在する。サイズ、形状、カラーバリエーション、味、ニオイ等々、どれをとってもふたつとして同じものがない。股の間にぶら下がっているという設置条件がこれまた滑稽で、あのルックスのあの人にあんな性器が、とか、あのガタイのあの人にあんな性器が……みたいな、得たくもない新規情報が視覚を通して脳内に流し込まれるので、煩わしいことこの上ない。挨拶を交わす程度だった近隣の人々とばったり銭湯で遭遇してしまったら、その日を境にして、顔を合わせるたびに性器が脳裏にチラついてしまう。実際に息子の同級生の父親数名と銭湯でチンコの鉢合わせしてしまったのだが、以降、なかなかパパたちのチンコの造形を払拭できなくなる。これはまさに不慮の追突事故、ごっチンコというやつだ。会社員時代、憧れの上司と出張先で入浴を共にする機会があったのだが、どちらかと言えば華奢に分類されるであろう上司の股間には目を覆いたくなるくらいに巨大なふたつのフグリがblah blah blah、いや垂れ下がっていたのだ。洗髪の際にバスチェアに腰掛けておられたが、信じられないことに巨大すぎるフグリはべちゃりと床に接地していた。以来、上司がどれほどの正論を振りかざそうが、客先でのプレゼン時に切れ味鋭くポインターを振り回そうが、どうしたってスラックスの内側で窒息しかけているであろう巨大なフグリを想起してしまう。程なく僕は退職した。とにかく性器というのにはそこにあるが故に素通りすることが難しく、極めて厄介なシロモノである。それが「ない」ことで逆に「有して」しまう諸問題と真摯に向き合ったOBATA LEOの最新作『目下茫洋』は、数多あるフェミニズム関連のテキストとは一線を画する。あまりにグロテスクでおぞましい、だからこそ美しいなどという常套句を粉砕する「弱さ」に貫かれた思考の遍歴。貫く我々♂ではなく、貫かれる♀の身体から滴る分泌液で書かれた紋様のようで、誌面に一定の形状で留められている訳ではない。読む者の素養に左右されるようにして、その形状は刻一刻と微細に変化するだろう。こちらは無数に排泄するが、あちらはたったひとつで対峙している。なにも戦地は彼の地だけではない。戦場は僕やあなたのすぐそばで、いまもネバっこく股を開けている。
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臍の下に埋め込まれた爆弾を抉りとるための努力を続けながら、同時にあるのかわからない最終地点に向けて爆弾を運ぶ。本当は抉り取ることはできないとわかっていても、背骨を曲げて運び続けることが、すなわち生きることになっている。『目下茫洋』
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mari8log · 1 year ago
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2023/07/11
ベイブレード33話、最新話まで見ました。ユーロ編はタカオ君とカイ様のどっちがメインになるのかまだわからないので楽しみです。
↓別所で書いていた各話感想まとめです
15話
冒頭でまさかのバンダナを外しているレイ君が!でも後ろ髪は解いてない。
頑なにカイ様が試合に出てこないのか謎、ベイサーの姫👸
次回予告見てもなにもわからない。めちゃめちゃピンクなことしか伝わらない。
ガオウさん、デカくてパワーのあるモブって感じのテンプレデザインで、ほんと爆転くんって中身と見た目が一致するわかりやすいデザインを出すの上手いな〜になってる。
11:41あたりのレイ君、頭にコンセント差し込まれてるみたいな髪の描かれ方しててとてもかわいい。
マックスは今日も人間力が高い。
16話
「レイ様結婚してー!」ってなんですか!????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????
この回、全体的に演出過多じゃないですか?!?!?ブレーダーの人格が駒に入りすぎているし、ベイが建物にめりこむし。
決勝戦にもなって手加減してるなんて、イナズマイレブンだったら腹にサッカーボールぶちこまれてるぞ。カイ様にまた怒られますよ。
18話
ホビーを大切にしない��人公描写苦手だから一瞬ヒュッ…になったけど、ホビアニの箸休め回らしさ全開の回でしたね!タカオ君とキョウジュはいつも仲良し。
ついにEDの曲が挿入歌として使われた。OPもいつか挿入歌として使われる日が来るのかな。
レイ君日本にゆかりの場所がないってのもありそうだけど、また現地先回りしてるじゃないの 前回は母国の中国だったからまだわかるけど、アメリカまで先回りする必要ある?ベイ筋鍛えすぎ。
久しぶりに隣町のチャンプのアキラが出てきた。
19話
ママーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!マンマ!!!!!!!!!!!!マ゛ン゛マ゛ーーーーーーーーーーッッッッッッッ゛ッ゛゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(ジャック・オ・蘭たん)
レイ君に続きマックスママもバンダナに眉毛貫通させていた。ベイブレードに携わるもの、眉毛を貫通させることなど容易。
まあまあの齢の子どもが周りにともだちがいるのもか���わず「ママ!」って縋り付きにいくの、よっぽどママに会えて嬉しかったんだと思うんですけど、なんか話の展開的にマックスの顔が曇る展開が続きそうでオォォ〜ン…… 。ホビアニだからたぶん円満になるんだろうけども。
エミリー、勝ち気で上から発言で好きなタイプの子ですね。ママを奪った女の子、みたいな属性も相まってニコニコしながら見ている。
ところでこの19話、放送時期的に考えて、2001年5月?くらいなんですよね。ベイブレード19話でマックスママの取り合い、2001年7月に地上波初登場の劇場版エンテイでサトシのママの取り合いの話と、この頃ホビアニ空前のママ争奪戦ラッシュだったんだな…。
マックスやタカオ君、カイ様にはファミリーの話が大なり小なりあったのにも関わらず、レイ君のパパやママの話が今の所一切無くて本当にコイツなに?になっている。生い立ちやら日本チームに所属する経緯やらに空白部分がありすぎるし、回によってキャラの振り幅がデカいし、レイのこと全然わかんない。お前のことを知るためにアニメ見てるんだぞ。
マックスママを見てふぇ〜みたいな顔してるレイ君かわいい。おまえのママ、いまどこにいるんだよ…。
20話
マ゛ン゛マ゛〜〜〜!!!!!!マックス可哀想😢なんでこんなに痛いげキッズに寂しい想いさせるの…なんだこの煽り劇弱チャイナ!!!!?!?(驚愕)真っ先にバトルしにいく狂犬!よっBBAの鉄砲玉!
なんだこの腕ムキムキ⭐︎オッパイモリモリ⭐︎スケベマフラー!!!!!!!!!!!マックスのピンチに現れるタキシード仮面ポジション?!?!?!?どこからともなく現れて助けてくれる…かっこよすぎる……。
レイ君はこの回は負けてしまうのですが、ドライガーが減速して朽ちる所の作画があまりにもスケベすぎて何回でも見られる。
さっきまで吠えて噛みつきまくってたレイ君がくっ…しか言わなくなるのもスケベでいい(?)。
21話
カイ様が薪割りやってるんですけど。
22話
マックスがかわいい。レイ君はアホ。
23話
メキシコ戦は演出過多で激アツ面白かった。カイ様がマックスにママの位置を教えてくれるの、なんで?
マックスママがマックスのことを嫌いになったわけではないみたいで一安心。マックスに愛想を尽かして冷たくしているわけではないとハッキリわかって良かった…。マックスを心配する親心を助手のエミリーに見透かされてるのもいい。
25話
これまでずっと言おうか悩んでたんですけど、そろそろ確信になってきたので言います。カイ様マックスに甘くないですか????
タカオ君が腹痛でダウン!BBAには4人しかいないからタカオ君が外れたら残りはカイ様しかメンバーはいないのに、レイ君はカイ様のことを把握していなかったのか「しかし、(メンバーは足りないから)試合はどうする?」とか寝言みたいなこと言ってて草。もしかしてレイ君、カイ様のことをベンチの妖精かなんかと勘違いしているのでは??
「35点」ってなに?私はレイ君のことをなにも把握していない。
よベイブレードがサーキットを従順に航行しているのも謎。ベイブレードってなんなの?
次回予告のキョウジュ「どうしたのですか?いつもあんなに良い子なのに?」←マックスは誰が見てもいい子なんだ〜
キョウジュ「やはり、母とのもつれが原因ですか?」←それしかないだろ!!!!今までの流れちゃんと見てた??!?
26話
マックスがかわいすぎる。カイ様はマックスに甘い。
摩天楼スタジアムを見るとス、スカイスクレイパー…!!!!!!になってしまう。ニコ動だったら真っ先にコメントで書かれていると思う。
27話
・伝説のトライピオさんの試合があった 
・じっちゃんが大人やってる
・マックスがかわいい
・カイ様はマックスに甘い
28話
カイ様が毎週マックスのパトロン化してるんだけど、なんで???
おそらく中国大会編のカイ様がまったく喋らなかったため台詞の割り当て量のテコ入れが入ったのだろうけど、あまりにもマックス周辺の話の時だけ喋りまくるので、マックス激甘デレ男みたいになっている。一応タカオ君達とも会話はしてるシーンもあるのだけど、マックスに助言するシーンがダントツで多い。今の所。
マックスに対してニコ…してることも多い気がする…火渡カイ、なんなんだおまえは。
家の軒下に作られたツバメの巣の雛を毎日見上げて成長を喜ぶタイプの男と見ました。ちっちゃくてけなげな子が好きだろ私は知ってるぞ。
マックスが好きという贔屓目もあるけど今の所この回が一番好きかもしれません。アメリカ編に入ってからみんなの結束力上がってるよね?BBAが尊い。
29話
総集編回。最後カイ様が声��っててワロタ。あの距離から声を届けるの相当の声量が必要でしょ…。
30話
かなり不思議な作画をしている回だった。
ラルフさんが顔も髪色もインパクトがありすぎて私の中で第二の隣町のチャンプのアキラポジションになりそう。思ってたより凶悪な性格というわけでもないただの強いベイブレーダーなだけっぽいし、いい人なのでは?
これまでは聖獣達はベイから出てくることはあれど守護霊程度の活躍しか無かった印象なんですけど、30話は劇場版イナズマイレブンGO究極の絆グリフォンか?ってくらい聖獣たちが殴り合っていてかなり既視感があった。展開もちょっと劇場版イナズマイレブンGO究極の絆グリフォン味あるし…。
31話
決勝はロシアなのになぜ『ユーロ編』なのか不思議だったのだけどここでわかる。ヨーロッパ横断って見ると明日のナージャを思い出しますね。
BBAは海外にも支部があるらしいんだけど、BBAって結局なんなんですか?日本チームではないんですか??説明あったっけ…?
EDのキャスト欄で タカオ君たちに嘘の時間を教えた老人役として『老人(大転寺会長)』とクレジットされていたんだけど、このGGIまさか黒幕じゃないですよね?大丈夫か?ポケモンスタジアムのワルダックみたいになっちゃわない??
タカオパパは出てきたしミイラ男も出てくるし、急に毛色変わりすぎてません??これ少年達の楽しいベイブレード遊びのアニメじゃなかったんですか??
カイ様がいないと詰んでいた回だった。カイ様しか頼りになる人間はいない。カイ様、お慕いしております……。
32話
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なにもかも「これこれイナズマイレブンとダンボール戦機で見た!!!!!!」になっている。教会のシーン、聖獣バトル、フードの男たちと勝負、イギリス、列車で事件…。頭では違う作品だとわかっているのに三国さんやトリトーンや神谷コウスケやワイルドバッヂが脳裏をちらついて集中できん!!!!!!
33話
15話?ぶりにベッド一個に三人押し込むシーンがきた。
寝る時までベイブレード握るな。
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kennak · 1 year ago
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ことし4月の県議選に出馬して落選した講神幸彦氏(72)。4日廃棄物処理法違反の疑いで書類送検されました。 捜査関係者などによりますと、講神氏は去年、立山町にある資材置き場など4か所に木材や廃材などを不法投棄した疑いがもたれています。 立山町は講神氏に対し、調査と指導を行ってきましたが、改善が見られなかったため、去年10月、刑事告発していました。
「廃棄物ではない…薪として利用できるから」産業廃棄物処理法違反で書類送検も否定 県議選に出馬していた72歳会社役員 富山・立山町(チューリップテレビ) - Yahoo!ニュース
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azariy · 1 year ago
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本田宗一郎・ざっくばらん
【真理に徹す】
今度うちは三重県の鈴鹿に新工場をつくることになった。
僕は、この工場も浜松や和光の工場と同じように、エア・コンディション付の無窓工場にするつもりだ。
これなら外気の温度や湿度に影響されずにすむからだ。
日本にはずい分のん気な人がいる。
無窓工場なんてトランジスター・ラジオやカメラみたいな精密工業には必要だが、自動車なんてものにはゼイ沢だと思っている。
自動車はそんなにヤワなものではないということらしいが、精度を問題にしないその神経の図太さには恐れ入るほかはない。 それだけではない。
海辺に工場を建てようと考えている人がいる。潮風は、製品に悪影響があるだけでなく、機械そのものを傷める。
日本は島国だから、どこへ行ったって潮風はくるさとタカをくくるのはよくない。
あるピアノ会社が、社長の出身地だからという理由で、海岸のそばにピアノ工場を建てて失敗したことがあるが、これこそ音痴的なものの考え方である。
製鉄所みたいに、精密度はあまり要求されず、運送費の多寡がそのまま利潤の大きな部分を占めるというのなら話も分かるが、自動車みたいに高度な加工をやる工場を、単に運賃が安いとか、土地が安いということだけで海辺に建てるのはどうかと思う。
話を戻すが、エア・コンディションは、機械や製品にいいだけでなく、なによりも工場で働く人たちが気持ちよく働けるという利点がある。
最近は、冷暖房をする会社が多くなったが、それは本社だけ、あるいは重役室だけの話であって、工場の方は旧態依然たる有様である。夏は汗をかき、冬は吹きっさらしの中で仕事をしているところが多い。
これでは自由にして平等だとはいえない。第一、工場で働く人間を大事にしないような企業は長持ちしない。僕は自分が大事にされたいから、みんなを大事にする。
愉快に働いてもらって能率をよくしてもらった方が、どれほどいいか分からない。
設備は一度やれば一生なんだから、充分にしてもたいしたことではないと思う。
日本のように温帯にある国では、夏と冬の温度差が激しいから、余計働く人たちに気をつかう義務がある。
ドイツみたいなところなら、冬はべらぼうに寒くても、夏は窓を開けなくても仕事ができる程度だから、暖房だけあれば事足りる。
外国の工場も暖房しかないとそのままウのみにしては困る。
それから従業員に休息を与えるということを、何かマイナスになるというか、罪悪視する人がいる。
仕事というものは、何か目をつり上げて息もつかせずにやらなければいけないという固定観念にとらわれている人がいる。
TTレースに行ったうちの河島監督が帰って来ていうことには、うちのチームは、日曜も夜遅くまで仕事をやるし、風呂に入るにも順番を決めて、廊下にプラン表をぶら下げていた。
それをみたイギリス人が、日本人は何て能率の悪い国民だろうといったそうだ。
二宮尊徳流に薪を背負って本を読まなければならない国民にとって、団体生活をするときに、入浴の順番を決めることなんて普通のことだが、個人主義が徹底しているイギリス人からみればミリタリズムの変形にみえるのは当然かも知れない。
TTレースの期日は何年も前から分かっているのに、夜明かししなければならないというのでは、非能率にみえるのは無理もない。外国人の考える能率とは、働くべき時間にいかにたくさん働くかということで、休み時間に働くのは能率ではないわけだ。
この間、楠トシ江と対談したときにも話したが、僕が床屋��行って十五分でやってくれと頼んだら、やっと四十分でできた。いつもなら一時間もかかる。
そこで床屋のおやじ曰く
「あんたは遊ぶひまがあるんだから、その時間に床屋に来てくれれば、こうせかせないでゆっくりキレイになる」
そこで僕は 「冗談いうな、遊ぶために働いているんだから、床屋にきて一時間もかかってたまるかい。こんな能率の悪い床屋なら一生来ない」 と言ってやった。
本当のことをいって、人間は八〇%ぐらいは遊びたいという欲望があって、それがあるために一生懸命働いているのでないだろうか。それを働け働けといってヤミクモに尻を叩いても能率が上るわけはない。
よくイミテーション・パーツが問題になるが、イミテーション・パーツが出るのはメーカーの純正部品が高いか、高い割に性能がよくないか、潤沢に出回っていないかの三つの条件が満たされていない場合である。
この点は、うちも大いに反省しなければならない。しかしそのためにかくしナンバーを打つようなことはやらない。
そんなことをすれば、手間が多くなって能率が悪くなる。ならばその分だけ安くする方が先決である。
人間は疑り始めたらキリがない。
コップ一杯の水を飲むのにいちいち毒が入っていないかどうか疑い出したら、自分で井戸を掘って、毎朝水質を調べなければならない。
これはいささか極端な例だが、人は信用した方が得である。
うちは、クレーム部品の判定権をディーラーに任してしまった。
代理店といっても数が多いから、いい人ばかりではないかも知れない。
中には悪い人もいるかも知れない。
しかしそれはあくまでもごく少数である。そのごく少数の人のレベルに合わせて、何かいかめしく、人を頭から疑ってかかるような検査制度をつくっては��大多数のいい代理店は気分を害してしまう。
検査制度なんてものは、警察や検察局がそこら中やたらにあるのと同じことで、気持ちよく仕事はできない。
こういうものは非生産的なものだから、生産の中にたくさんあればあるだけ、モノが高くなるのは当然である。
また人間というものは信用してまかせられれば、悪い人も悪いことができなくなるものである。
逆に四六時中疑われれば、反感からいい人も悪いことをしたくなるものである。
そういう意味から、うちはディーラーに判定権をまかせてしまったわけである。
もちろん統計は一応とってあるから、ある一店だけ特定のクレーム部品がべらぼうに多く出るということになれば、チェックできるようにはしてある。
近ごろ、わが社は厳重な検査をやっています、といった広告が新聞によく出る。
しかし厳重に検査をやっているから、品物がいいというのはおかしい。
初めからつくる目的はわかっているのだから、つくってしまってから検査するのを、オニの首でもとったように宣伝するのはうなずけない。
つくってしまったものはあとに戻らないのだから、つくる前に、検査しなくてもいいようにすることがいちばんいいわけだ。
本当は検査なんかやらなくてもミスがないというのが理想である。その理想に近づくために検査員がいるというのならいいが、検査しなければいけないような品物をつくっていて、それを検査しているからといって自慢しているのではスジが通らない。
うちでも検査設備は、もちろん完璧なものにするよう努力しているが、それに頼ってはいない。検査員だってよそよりは相当少ないはずだ。
それに僕は、ミスを出すたびに検査員を一名ずつ減らすといっている。
人間が多すぎると検査はミスが多くなる。シビアな感覚がうすれてくる。
自動車というものは、人命を預かる機械だから、つくる側に徹底した慎重さが欲しい。
科学技術というものは、権力にも経済的な圧力にも屈してはいけないものである。
ガリレオが「それでも地球は回っている」とつぶやいたように、権力をもった者が、どんなに真理を否定しても、真理は真理として残る。
真理は一見冷たい。しかしその真理を押し通すところに、熱い人間の面目がある。
工場には、その冷たい真理だけがある。
真理だけが充満していなければならぬ。 こういう体制を押し通していけば、少なくとも機構上の欠陥からくる事故はほとんどなくなるはずだ。
悪いところに気がついても、いま変更したら金がかかるとか、混乱するとか、発表したばかりのものを改造するのはみっともないとか、変な面子がからんで、ズルズルと見て見ぬ振りをするところがある。
うちは面子がないから、悪いところを見つけ次第改造してゆく。ラインに乗せてからも一日に数回変更することもある。
そのために、工作機械の位置を大幅に移動させるようなことも少なくない。工場の連中も、初めは面喰らったようだが、いまでは、いつでも変更に対処できるような準備ができている。
とにかくお客さんには、うちで考える最良の品を提供しなければならないのだから、無理はあくまでも通すつもりだ。
いささか古い話だが、昭和二十八年に、うちの新車につけたキャブレターの性能が思わしくなかった。そこで売ってしまった一万台の車のキャブレターをすぐ取り替えた。
そのときの僕の考え方は頭をペコペコ下げたって、悪いものは悪いのだから取り替えるより仕方がない。
たとえそのお客さんと親戚になったって、夫婦になっても、キャブレターの悪いのが直るわけではない。
このとき、うちが取った処置が実に早かったし立派だったといってくれる人がいるが、僕はまだ遅かったと思っている。
よそとの比較でいえば早いかも知れないが、お客さんにとってはまだ早くない。
比較対照でいえば、カラスが白いのと同じである。いまだに僕はクレームの処理が遅いとどなることがある。
お客さんにとっては、取り替えるのに一分しかかからなくても、壊れれば遅いわけである。待っている時間は永久に帰ってはこない。壊れることは、壊れないことよりも絶対に悪い。
それからもう一つ考えなければいけないことがある。
それは、この工場の製品は九九%の合格率だからすばらしいと賞める人がいるし、賞められて鼻を高くする人がいるということである。
ところがお客さんは、自動車にしてもオートバイにしても、百台も買いはしない。
買ってもせいぜい一台か二台である。
もしその一台の車に、残りの一%の悪い車が当ったとしたら、そのお客さんにとってその車は一〇〇%悪いことになる。
だから工場というのは最低一〇〇%、理想的にいえば一二〇%くらい合格しないと話にならない。
お客さんというのは、金を払って自分が目的地に行くために走っている。
もしエンコすれば、ほかに直す人がいないから自分でいじらなければならない。
それが人里離れた山の中ででもあれば、分らないなりに全知全能を費やしてひねくるわけである。それだけにエンコしたという意識は痛切である。
うちがいちばん最初の五〇ccのバイクエンジンを売っていたころ、お客さんから電話がかかってきてエンコして動かない、こんなものを売りやがってとガンガンどなられた。
慌てて飛んで行ったら、ガソリンがなくなっていた。しかしそのお客さんは、二度とガソリンがないのをエンコと間違う失敗はやらなくなる。そこでそのお客さんは一段進歩したわけだ。したがって、売ったりつくったりする僕らが、お客を馬鹿にしていると反対に遅れてしまう。
ところが工場の連中は、案外こういった感覚が抜けている。
どうしてかといえば、その道の専門家が、その辺にいっぱい控えているからだ。
この故障は電気部品だと思えば、電気屋を引っ張ってきて、自分は知らん顔をしている。みんな技術屋でありながら、依頼心が強い。
そして実際のレベルは低くても、俺たちがつくっているのだということで、いかにも自分たちが専門家であると錯覚を起こしやすい。
お客さんから苦情が出ても、やれ使い方を知らないからだとか、それは一部であって全部ではないとか、勝手な屈理屈をつけて、真剣にその苦情の内容に取り組もうという気を起こさない。
このうぬぼれが技術屋をいちばん危うくする。
会社そのものを危うくする。
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moko1590m · 2 months ago
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兵法三十六計 勝戦計 こちらが戦いの主導権を握っている場合の定石。 瞞天過海 - 敵に繰り返し行動を見せつけて見慣れさせておき、油断を誘って攻撃する。 囲魏救趙 - 敵を一箇所に集中させず、奔走させて疲れさせてから撃破する。 借刀殺人 - 同盟者や第三者が敵を攻撃するよう仕向ける。 以逸待労 - 直ちに戦闘するのではなく、敵を撹乱して主導権を握り、敵の疲弊を誘う。 趁火打劫 - 敵の被害や混乱に乗じて行動し、利益を得る。 声東撃西 - 陽動によって敵の動きを翻弄し、防備を崩してから攻める。 敵戦計 余裕を持って戦える、優勢の場合の作戦。 無中生有 - 偽装工作をわざと露見させ、相手が油断した所を攻撃する。 暗��陳倉 - 偽装工作によって攻撃を隠蔽し、敵を奇襲する。 隔岸観��� - 敵の秩序に乱れが生じているなら、あえて攻めずに放置して敵の自滅を待つ。 笑裏蔵刀 - 敵を攻撃する前に友好的に接しておき、油断を誘う。 李代桃僵 - 不要な部分を切り捨て、全体の被害を抑えつつ勝利する。 順手牽羊 - 敵の統制の隙を突き、悟られないように細かく損害を与える。 攻戦計 相手が一筋縄でいかない場合の作戦。 打草驚蛇 - 状況が分らない場合は偵察を出し、反応を探る。 借屍還魂 - 死んだ者や他人の大義名分を持ち出して、自らの目的を達する。 調虎離山 - 敵を本拠地から誘い出し、味方に有利な地形で戦う。 欲擒姑縦 - 敵をわざと逃がして気を弛ませたところを捕らえる。 抛磚引玉 - 自分にとっては必要のないものを囮にし、敵をおびき寄せる。 擒賊擒王 - 敵の主力や、中心人物を捕らえることで、敵を弱体化する。 混戦計 相手がかなり手ごわい場合の作戦。 釜底抽薪 - 敵軍の兵站や大義名分を壊して、敵の活動を抑制し、あわよくば自壊させる。 混水摸魚 - 敵の内部を混乱させ、敵の行動を誤らせたり、自分の望む行動を取らせる。 金蝉脱殻 - あたかも現在地に留まっているように見せかけ、主力を撤退させる。 関門捉賊 - 敵の退路を閉ざしてから包囲殲滅する。 遠交近攻 - 遠くの相手と同盟を組み、近くの相手を攻める。 仮道伐虢 - 攻略対象を買収等により分断して各個撃破する。 併戦計 同盟国間で優位に立つために用いる策謀。 偸梁換柱 - 敵の布陣の強力な部分の相手を他者に押し付け、自軍の相対的立場を優位にする。 指桑罵槐 - 本来の相手ではない別の相手を批判し、間接的に人心を牽制しコントロールする。 仮痴不癲 - 愚か者のふりをして相手を油断させ、時期の到来を待つ。 上屋抽梯 - 敵を巧みに唆して逃げられない状況に追い込む。 樹上開花 - 小兵力を大兵力に見せかけて敵を欺く。 反客為主 - 一旦敵の配下に従属しておき、内から乗っ取りをかける。 敗戦計 自国がきわめて劣勢の場合に用いる奇策。 美人計 - 土地や金銀財宝ではなく、あえて美女を献上して���の力を挫く。 空城計 - 自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘い、攻城戦や包囲戦を避ける。 反間計 - スパイを利用し、敵内部を混乱させ、自らの望む行動を取らせる。 苦肉計 - 人間というものは自分を傷つけることはない、と思い込む心理を利用して敵を騙す。 連環計 - 敵と正面からぶつかることなく、複数の���略を連続して用いたり足の引っ張り合いをさせて勝利を得る。 走為上 - 勝ち目がないならば、戦わずに全力で逃走して損害を避ける。
兵法三十六計 - Wikipedia
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fukuyama-zoen · 6 months ago
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2024/6/16
二十四節気は 「芒種」
七十二候は芒種の末候 「梅子黄」(うめのみきばむ)
梅の実が黄色く熟す頃。
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我が家の梅は少し早く時期を迎えました。
すでに、梅干しになるべく塩漬けされています。
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薪置き場で真っ赤な虫を見つけました。
ヒラズゲンセイという虫です。
ツチハンミョウ科の昆虫で、毒の成分のある体液を出すので危険とされています。
掴んだりしない限り体液が付くことは無いと思いますが、形がクワガタの様で色が真っ赤!カッコいいのでつい子どもが触ってしまうこともある様です。
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こちらはメス、アゴが小さいです。
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こちらはオス。大きなアゴでクワガタの様です!
クマバチの巣に卵を産み付け、卵から孵った幼虫は、クマバチが幼虫のために巣に貯めた花粉団子やクマバチの幼虫を食べて成長します。
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sou-m-007 · 1 year ago
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■冬の日、先生の思い出
繰り返し
繰り返し
繰り返すだけの村だった
   *   *   *
村の奴等は飽きもせず毎年毎年繰り返す よく言えば勤勉 悪く言やぁ変わり映えのしない 退屈なつまらない場所だった
同じように繰り返しても雨が続けば畑は駄目になるし モグラ退治にやっきになる年もあった
秋になると大人も子供も薪を集め 長い冬を迎える 雪が積もると谷を馬が通れなくなるから 商会の奴等の出入りも途絶える 外は寒くても家ン中は絶えず薪を燃やすから暖かい だから屋根に雪が積もっても勝手に溶けていくもんだが…
   *   *   *
あの日は目玉焼きにのせるマヨネーズが服にこぼれて 慌ててたのを覚えてる
脚が悪い斜向かいのおばさんがオレんちに来て 母さんはオレより慌てて父さんを呼んで 父さんはオレたちに 「お前たちは家にいろ」っつっておばさんと出てった
これは何か面白いことがはじまるぞってピンときた
食べかけの食事を秒ですませて 自分の部屋に引っ込んだオレは窓から抜け出してアイツの家へ 部屋の窓を叩くとクラズはすぐにこっちに気づいた
2人でこっそり家を抜け出すと 数人の大人が先生の家を出入りしているのが見えた 大人たちに見つからないように様子を見る
「何話してる?」 「聞こえない」 「もうちょい近づこうぜ」
 身を乗り出したオレの服をクラズが掴む
「なんだよ!」 「……レフ、見て」
 クラズが先生の家の屋根を指さす
先生の家の屋根にはこんもりと雪が積もっていた
   *   *   *
先生はオレ達の村の学校の先生で 学校っつっても生徒は10人も居ないんだけどな
村の子は 皆 先生から読み書き計算を習って 皆 先生に姿勢を正せと���中を叩かれ 皆 先生に頭を撫でられ 村中皆が先生を先生と呼んでた
先生の家の屋根には雪がつもっていて それは先生の家が冷え切っていることで 大人たちは皆 足早だった
この村に住む誰も もう先生と逢えないんだとわかってオレは後退りした
今すぐ家に帰って布団にくるまりたかった クラズはオレの服を掴んだまま動かなかった
(嗚呼しまった  ――――コイツを連れてくるべきじゃなかった)
 多分アレは人生で最初の後悔だった
宿題を忘れるより マヨネーズをこぼすより 今までのどの失敗よりもはっきりと いけないことをしてしまったと後悔した
先生の家をじっと見ているクラズに 「帰るぞ」と強引に腕を引く  脚がもつれて何度か転び寒さで顔が痛くなった
オレの家に辿り着く前に大人に見つかりそうになり クラズの部屋に逃げ込むと クラズの布団を2人でかぶって震えた
怖かったんだろうな ガキにとって知ってる人間が死んだのが怖かった 父さんが家にいろと言った理由もわかった 見ちゃいけないからああ言ったんだよな
クラズは震えてはなかったが身体が冷たくて 布団の中にいても全然あったまらないのがオレは怖かった
   *   *   *
「なんでお前こんな冷てぇの?」 「レフは春みたいにあったかいね」なんて言う2人  きっと静かで長い冬があって、
繰り返す季節に村人は春を待ちかねていて それでもやっぱり早く暖かくなるといいねって皆祈っていて クラズサンにとって季節を動かすのがレフだったりしたらいい ――――――――――――――――――――― いつだったか 「夜に窓から空を眺めて明日の天気を予想しながら  コーヒーを飲むのが好きなんだ」と話していた記憶がある
薪割りや水くみ 俺の家の暮らしの動線から先生の家はすこし外れているし 当時はまだ年齢的にも深い時間に出歩くことはあまりなかったけれど
たまに自警団の仕事の見学や手伝いのようなもので 夜の先生の家の近くを通る機会 そのたびにいつも 窓近くのテーブルに置いてあるのだろうランタンが 道まで明るさを灯していたのを覚えている。
いつものように空を眺めていたなら 窓辺にランタンが置いてあるはずだし ただ眠っただけならば夜にカーテンは閉じているはずで 雪が積もる屋根と暗いままの部屋 静かに何かを話す大人達 そこで起きたことを察したと同時に少しだけ覚えている 両親がなくなってすぐの自分の家が浮かんだ
人がいなくなった部屋は暗くて静かで冷たい 俺の家はあまり大きい家ではないし 当時はまだまだうんと小さくて 両親の部屋で一緒に過ごしていたから ひとりベッドに沈むと いつもは落ち着くはずの静寂が苦しくて しばらくおばあちゃんとペットたちの元へ もぐり込んでいたのを覚えている
   *   *   *
――――――――――――――――帰るぞ
腕を引かれて レフの服を掴んだままだったことに気付いて 「ごめん」と零すけれど返事は��かった
まだ俺と同じくらいか すこし小さいくらいだったその後ろ姿は 俺の腕を掴んだまま急ぐように帰ろうとするから 素直について帰ることにした
転ぶたびに起こして雪をはらってやるも 「ヘーキだ」と言うからそれ以上は何も言わなかった
なんとなくあの時のレフは心か身体か 痛いと言わなかった俺の分まで傷ついていたような気がしている
知った人間との急な別れは両親の時ほどではないけれど またすこし静かな部屋が苦しいような気がしていたから 流れでレフがそのままそばにいてくれて 俺はすこし安心していたくらいのつもりだった だから
「なんでお前こんな冷てぇの?」なんて言われても 「元からそう」としか答えは用意できなくて
未だに震えているその手を掴むか迷った それで解決することかはわからないけれど 俺はいなくならないよと伝えたいような でもただでさえ震えているレフに この冷たい手で触れるのはよくないような気がして
そうこう考えている内に 怖さから逃げるようにか単にあったまってきたからか 寝返りか 見かねてか いつの間にか近く感じる温度があたたかくて 心地いいなと思った
ふと昔おばあちゃん達の元へもぐり込んでいた頃に 飼っているペットの内の一匹がやけに俺の元から離れなくて それを見たおばあちゃんが あらあらと笑って 「その子は冬が好きな子でね」と話しながら  いつものように冷たい俺の手をあたためるようにさすって
「クラズちゃんは冬生まれだし  もしかしたら冬の精霊さんのご加護でも  あるのかもしれないわねえ」と言っていたことを思い出す
俺が冬ならお前は―――
寝ているのか起きているのかわからないその手を掴んで
「…春みたいにあったかいな」とちいさくこぼしてから
じんわりと襲ってきた眠気に身を任せるように目を閉じた
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komogomo-blog · 7 months ago
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四月の28日
文章書かずに早二ヶ月。二ヶ月前に比べたら、取り巻く状況は好転している。引越しも何とか三月には完了。それからは修理や解体やら、製作を住み始めてから続けている。
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まず第一に修理に取り掛かった箇所はトイレである。睡眠と食は何だかんだでどうにかなる。しかし排泄が満足に出来ていなければ、ストレスも溜まっていくと考えた自分はまずトイレを修理した。トイレは便器が一つほっぽり出されており、それを設置し、排水口につなげ、水回りがうまく機能するように整えた。整えたと言ってもただ有ったものを使えるようにしただけだ。悠さん家の迷宮堂程、立派な改修工事はしていない。
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次に取り掛かったのはガス、今のUZUは昔三家族位が住んでいたようで、ガス管が至る所に張り巡らされており、要らない部分を塞ぎ、新たにキッチンまで繋ぎなおした。この時、マティアスや色んな人からお前がやるべきじゃないと止められたが、俺がやらなければ他に誰がやると反対を押しのけ繋いだ。材料買い出しの時にジョージア人のおじちゃんたちに聞きまくってやってのけたのだが、彼らの反応はがんばれよと至って普通だった。ガス会社にも相談したのだが、「自分たちはやらない。おまえがやれ」とえらく簡単な答えをもらっただけだった。実際テープ巻いて繋げただけで拍子抜けだ。まだ少しガス管近くに行くと匂いがするのだけども。実際、そんな家はちょくちょくあるし、ちゃんと機能しているし、大丈夫かと思っている。
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次は電気。電気は前も良く配線をつなげていたので、苦労することはなかった。でも、電気が来ているのか分からず、毎回触って確認する時にちょっと勇気がいる。
次は庭の整地と壁の破壊。庭の整地は健史さんがその時には居て、主導で動いていた。健史さんは細かい所にすごく厳しい。ちゃんと傾斜を付け、水が流れるように作っていた。自分は壁を破壊しまくっていた。破壊は楽しいのだが、気を付けないと余計な部分まで壊してしまいそうで神経を使った。一部壊し過ぎてもう一度壁を作り直した。
その後は、かまどを作り、これも健史さんに「完成をイメージしろ」と怒られながら一緒に作った。
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かまどは前のUZUより大きくなり、熱効率も格段に上がった。ラーメンの時に使う麵を湯がくときに使う50Lの水を沸騰させるのが30分に短縮され、しかも薪の使用量も減った。これは格段に性能が上がっており嬉しい限りである。まだまだ修繕が必要なのだけど。
そんな中、ロシアから来た女の子が泊まり込みで壁に絵を書いてくれた。ふわふわした変な子だったが、彼女はここでの生活を楽しんでいたようだ。
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そして迎えた一週間前のイベント、一発目のイベントは成功だと言える。前も来ていた人達がおめでとうと顔を見せてくれた。
ドイツから遊びに来ていたお姉ちゃんの影響もあったのだろう。とても楽しい夜だった。
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ドイツからのお客として迎えたお姉ちゃん達との時間は、とても濃く、居なくなってからのロスも大きなものだった。どこどこに連れて行かなければだとか、何を食べさせるとか、来る前から興奮して色々話し合った。���果は、だいたい考えてた事は出来たと思われる。
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UZUの修繕はまだまだ続く。女子トイレを今改装中��、その他使われていない場所をどんどん作りこんでいかなければならない。オーナーはこの場所を五か月前に買っただけで近所の事やこの建物の事を何も知らないようで、いつかはこの場所を使って、ホステルをやりたいそうな。出来る限り、建物をゆっくりぶっ壊して、契約を延長させなければと思っている。
前と同じ事はやってられない。今考えているのはテラスに行くための階段をボルダリング的なもので作ってみようかと考えている。楽しそうだと思える。表のマーケット部分もカレー屋に作り直す計画もあるし、それ以前にUZUとして赤字を脱却しないといけない。新天地での活動は、すぐには黒字にならんものなのだろうか。
そんなこと言っても、家賃分くらいは絶対に稼いでおきたい。ずっと赤字では、自分たちの精神も侵されていく。
トビリシは四月中旬に入った途端に夏日が続いている。庭で火を焚きながらラーメンを作っていると日射病寸前だ。
日本から帰ってきて約八か月。日本は本当に合わないなと痛感している。日本の滞在期間は三ヶ月程だったのに、日本の方が辛く長かったようなイメージがある。反してこちらでの生活は、受けるストレスも一杯あるが、日々は充実しているように思えるし、過ぎていく時間の感覚は短い。
何よりやらなきゃならないことがある。それに尽きる。
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nostalblue · 10 months ago
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ガステーブル給電方法の変更
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山の中暮らしをしているので、薪を薪ストーブだけでなく風呂や調理の熱源にも利用出来れば、自給自足の理に適うし経済的でもある。ただ現実的には専用のカマドや風呂釜が必要となるし、それに必要な量の薪を集め常に保持するのは口で言うほど簡単ではない。冬場の薪ストーブ用だけでも薪狩りは重労働なのに、独り暮らしで自給農もしながらそれを行うなら時間や体力をさらに酷使することになる。毎日そういう暮らしでも苦にならない人はやったらいいと思うけど、短時間での湯沸かしや温調制御の利いた温水シャワーの便利さ、快適さを知ってしまった身としては、それを放棄してまで熱源の自給には拘れないと言うのが正直なところだ。
そんなわけで、うちでは熱源としてガスも使っている。さすがに都市ガスは来ないが、LPGはこんな僻地でも供給される。
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キッチンのガステーブルは移住時に中古品を入手し、各所劣化しながらもだましだまし使ってきたのだけど、先日片側のコンロが燃焼維持できなくなった。状況からみて原因は中央部にあるSiセンサー部の故障と見られる。内部構造を確認するとコネクターで繋がっているだけなので、部品さえ手に入れば自分で容易に交換できるのだが、五徳なんかと違いこの部品は一般向けに販売されない。安全機能に関わる部分だからと言うのが建前なのだろうけど、メーカーに送って部品交換して貰えばそれだけで何万円と掛かってしまうので現実的でない。コンロが一箇所だけだとかなり不便だし、全体的な劣化も相当進んでいるので丸ごと買い換えを決断した。
とは言え、ガステーブルは安い物ではないので、今回もオークションサイトやフリマサイトで中古品を探すが、そうすぐには都合の良い物は出品されない。じっくり腰を据えて長期戦で臨めばいずれ妥当な物が手に入るだろうけど、それまで不便な状態が続くのが許容できないので、断腸の思いで新品入手することになった(痛)。
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家庭用のガステーブルは2008年からSiセンサー搭載が義務づけられていて、天ぷら油の過加熱や消し忘れが原因の火災防止には大きく貢献しているようだが、調理の種類によっては邪魔な機能だったり、今回のようにセンサーが壊れればまったく燃焼させることが出来なくなってしまうというデメリットがある。
またこのセンサーは電気で機能させているのでコンロ使用時には常に給電する必要がある。今まで使っていたガステーブルは単1乾電池×2個で給電するタイプだったが、センサーの消費電力が大きいためか割と頻繁に電池交換が必要だった。そして届いた新品のガステーブルは、何と単3乾電池×2個使用タイプ。センサーの消費電力が同等ならこれまでよりさらに頻繁に電池交換するハメになるだろう(怒)。乾電池って再利用も出来ないし、簡単に捨てられないし、液漏れとかするから嫌いなんだよね。
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これまでも何とかしたいと思いつつ先送りしていたが、今回ガステーブルを交換したのは良い機会なので、この給電方法を変更してやることにした。具体的には昔秋葉原で買ったスイッチング電源モジュールを発掘したので、これを使いAC100Vを乾電池と同等の直流電圧に変換して供給する。ちなみにこのモジュール、袋に300円の値札が付いていた。安かったからとりあえず買っておいたのだろうね(忘)。
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電気的絶縁性の高いポリプロピレン製のタッパー容器を筐体にし、3mmのボルトナットを使ってモジュール基盤を少し浮かせた状態でその中に固定する。入力側は壁のACコンセントからケーブルを引いてくるが、プラグ抜き差しによるON-OFFがやりにくい位置にあるので、トグルスイッチ経由で基盤に配線する(ハンダづけ)。出力側端子は独特の形状だったが、たまたま上手く填る脚付き端子台があったのでそれを利用して被覆電線を接続した。部品を一通り接続したらビスを使って筐体を壁に固定する。もろもろ邪魔にならないよう床から1.8mの位置とした。
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出力電圧をチェックすると開路状態で約3.4V。最大開路電圧の規定はアルカリ乾電池で1.68V(2本直列で3.36V)、マンガン乾電池で1.73V(2本直列で3.46V)なので問題無しと判断。
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スイッチング電源は電力変換効率が高いので発熱は多くないと思うが、念のため筐体蓋に放熱用の穴を開けておく。ホコリや虫などが入ると不具合の原因になる為、穴径は小さめで。
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仕様の順電圧値が丁度良い感じの緑色LEDがあったので出力端子間に挟んでみた。筐体蓋を取り付けた状態でもその光は透過し、通電状態が確認出来る。
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電源については順当に用意できたが、肝となるのはこの先。ガステーブル自体には手を加えずに製作した電源から給電してやりたいのよ。いろいろ模索したが、最終的には電源から配線したダミー電池をガステーブルの電池ボックスに填める方法で行くことにした。
ダミー電池は、一段小さな規格の乾電池を流用する為の「電池スペーサー」を利用して作成する。これにもいろいろなタイプがあるが、金属の電極板が付いている物を使うと便利だ。電源と繋がる電線をそれぞれ極に対応する電極板に接続する。ハンダづけしても良いが、電極板の材質によっては付かない場合もあるのでその場合はひと工夫必要となる。私が入手した電池スペーサーは電極板を外側からはめ込んでいるタイプだったので、その穴に電線端を噛ましてはめ込み直したら圧着端子のようにしっかりと固定できたのでそれで良しとした。
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電池ボックスの構造をよく観察し、直列乾電池の両端になる接点にそれぞれ対応する極性の電極板が当たるようにダミー電池をはめ込む。向きを間違えると華��にショートするので要注意である(後日対策済/後述の追記参照)。電線は電池ボックスの内側から下方に引き抜く。ガステーブルの下面はガラ空きで蓋などないので取り回しは容易だ。ただ調理で使っているうちに油や汁が飛んで電線を汚しそうなので、ガスレンジに近い場所は保護の為樹脂製の可とう電線管を通すことにした。
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掃除等でガステーブルを移動することもあるだろうから、電線は途中で差込型端子を使って接続し、着脱容易にした。全てが繋がった状態になったので着火・燃焼を試すが問題無し。新品のガステーブルは数十年ぶりに購入したが、やっぱり気持ちが良いね!。懐は痛いけど。
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ちなみに停電時はスイッチング電源��ら給電されなくなるが、ダミー電池を一時的に外し、乾電池を電池ボックスに填めればガステーブルは使用できる。一方、ガス給湯器は停電時には動作不可なので風呂や温水シャワーは使えなくなってしまうが、そんな時でもガステーブルで湯を沸かしたり調理することが出来るのは意義が大きい。まあ停電なんてこの国では滅多に起きないが、以前この場所で3日程停電した時はなかなか大変だったからね~。
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2024/02/04 追記:
後日、片方のダミー電池の両極にスイッチング電源からの配線を接続し、もう片方のダミー電池は両極を内部でバイパスするように変更した。これによりダミー電池の左右を入れ替えても動作するし、填める向きを間違えてもショートする危険性は無くなった(逆極性となり動作しないだけ)。初めからこうすればクールだったに(悔)。
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reallypaleninja · 8 months ago
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神は、お造りになったすべてのものを御覧になった。それは極めて良かった。
創世記1・1-2・2
神は、お造りになったすべてのものを御覧になった。それは極めて良かった。
創世記
1・1初めに、神は天地を創造された。2地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。3神は言われた。
「光あれ。」
こうして、光があった。4神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、5光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
6神は言われた。
「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」
7神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。8神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。
9神は言われた。
「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」
そのようになった。10神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。
11神は言われた。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」そのようになった。12地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。13夕べがあり、朝があった。第三の日である。
14神は言われた。
「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。15天の大空に光る物があって、地を照らせ。」
そのようになった。16神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。17神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、18昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。19夕べがあり、朝があった。第四の日である。
20神は言われた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」21神は水に群が��もの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。
22神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
23夕べがあり、朝があった。第五の日である。
24神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、適うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
そのようになった。25神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。
26神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
27神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。28神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
29神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。30地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
そのようになった。31神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。
2・1天地万物は完成された。2第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。
答唱詩編
詩編104・1+2a、24+33
神よ、あなたのいぶきを地のおもてに。
詩編104
104・1心を尽くして神をたたえよう。 神よ、あなたはまことに偉大なかた。 2a誉れと輝きを身に帯びて、 衣のように光をまとわれる。
24神よ、あなたが造られたものは数えきれない。 英知によって形造られたものは地に満ちている。 33わたしは生涯、神に向かって歌い、 いのちのある限り神をたたえよう。
第二朗読
創世記22・1-18
先祖アブラハムの献げ物
創世記
その日、22・1神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、2神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
3次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を���り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。4三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、5アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」6アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。7イサクは父アブラハムに、「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が、「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」8アブラハムは答えた。「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。
9神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを織って祭壇の薪の上に載せた。10そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。11そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、12御使いは言った。「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」13アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
14アブラハムはその場所を主・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。
15主の御使いは、再び天からアブラハムに呼びかけた。16御使いは言った。
「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこの事を行い、自分の独り子である息子すら惜しまなかったので、17あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。18地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」
答唱詩編
詩編16・5、8、11
しあわせな人、神の恵みを受け、その喜びに生きる人。
詩編16
16・5神よ、あなたはわたしの受けるゆずり、 わたしの受ける杯。わたしの道を開くかた。
8わたしは絶えず神を思う。 神はわたしのそばにおられ、わたしはけっしてゆるがない。
11あなたはいのちの道を示してくださる。 あなたの前にはあふれる喜び、あなたのもとには永遠の楽しみ。
第三朗読
出エジプト14・15-15・1a
イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った。
出エジプト記
その日、追い迫るエジプト軍を見て、イスラエルの人々が非常に恐れたとき、14・15主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。16杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。17しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。そのとき、18わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」19イスラエルの部隊に先立って進んでいた神の御使いは、移動して彼らの後ろを行き、彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、20エジプトの陣とイスラエルの陣との間に入った。真っ黒な雲が立ちこめ、光が闇夜を貫いた。両軍は、一晩中、互いに近づくことはなかった。21モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。22イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。23エジプト軍は彼らを追い、ファラオの馬、戦車、騎兵がことごとく彼らに従って海の中に入って来た。24朝の見張りのころ、主は火と雲の柱からエジプト軍を見下ろし、エジプト軍をかき乱された。25戦車の車輪をはずし、進みにくくされた。エジプト人は言った。「イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」
26主はモーセに言われた。「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ返るであろう。」27モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。28水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。29イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は彼らの右と左に壁となった。30主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。31イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。15・1aモーセとイスラエルの民は主を賛美して、歌をうたった。
答唱詩編
出エジプト15・1b+2b、3+4+5、6+16bc
神よ、あなたはわたしの力、わたしの守り、救い。
出エジプト15
15・1b神をたたえよう、神は栄光を現し、 馬と戦車を海に投げ入れられた。 2b神よ、あなたはわたしの神、わたしの先祖の神、 わたしはあなたをあがめる。
3神は勇者、その名は主。 4ファラオの戦車と軍勢を海に投げ入れ、 そのえりぬきの士官は紅海に沈んだ。 5水は彼らを覆い、かれらは石のように深みにしずんだ。
6神よ、あなたの右の手には力がみなぎり、 あなたの右の手は敵を押さえる。 16bc神よ、こうしてあなたの民は通り過ぎ、 あなたのものとされた民は過ぎ越す。
第四朗読
イザヤ54・5-14
あなたを贖う主は、とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむ。
イザヤの預言
54・5エルサレムよ、 あなたの造り主があなたの夫となられる。 その御名は万軍の主。 あなたを贖う方、イスラエルの聖なる神、 全地の神と呼ばれる方。 6捨てられて、苦悩する妻を呼ぶように 主はあなたを呼ばれる。 若いときの妻を見放せようかと あなたの神は言われる。 7わずかの間、わたしはあなたを捨てたが 深い憐れみをもってわたしはあなたを引き寄せる。 8ひととき、激しく怒って顔をあなたから隠したが とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむとあなたを贖う主は言われる。 9これは、わたしにとってノアの洪水に等しい。 再び地上にノアの洪水を起こすことはないとあのとき誓い、 今またわたしは誓う 再びあなたを怒り、責めることはない、と。 10山が移り、丘が揺らぐこともあろう。 し��し、わたしの慈しみはあなたから移らず わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないとあなたを憐れむ主は言われる。
11苦しめられ、嵐にもてあそばれ 慰める者もない都よ 見よ、わたしはアンチモンを使ってあなたの石を積む。 サファイアであなたの基を固め 12赤めのうであなたの塔を エメラルドであなたの門を飾り 地境に沿って美しい石を連ねる。 13あなたの子らは皆、主について教えを受け あなたの子らには平和が豊かにある。 14あなたは恵みの業によって堅く立てられる。 虐げる者から遠く離れよもはや恐れることはない。 破壊する者から遠く離れよもはやそれがあなたに近づくことはない。
答唱詩編
詩編30・2b+4、13
神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。
詩編30
30・2b神よ、あなたはわたしを救い、 死の力が勝ち誇るのを許されない。 4神よ、あなたは死の国からわたしを引きあげ、 危ういいのちを助けてくださった。
13わたしの心はあなたをたたえ、 黙っていることがない。 神よ、わたしの神よ、 あなたをとこしえにたたえよう。
第五朗読
イザヤ55・1-11
わたしのもとに来るがよい。魂に命を得よ。わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。
イザヤの預言
55・1主は言われる。 渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。 銀を持たない者も来るがよい。 穀物を求めて、食べよ。 来て、銀を払うことなく穀物を求め 価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。 2なぜ、糧にならぬもののために銀を載って払い 飢えを満たさぬもののために労するのか。 わたしに聞き従えば 良いものを食べることができる。 あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。 3耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。 聞き従って、魂に命を得よ。 わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。 ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。 4見よ かつてわたしは彼を立てて諸国民への証人とし 諸国民の指導者、統治者とした。 5今、あなたは知らなかった国に呼びかける。 あなたを知らなかった国は あなたのもとに馳せ参じるであろう。 あなたの神である主 あなたに輝きを与えられるイスラエルの聖なる神���ゆえに。
6主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。 呼び求めよ、近くにいますうちに。 7神に逆らう者はその道を離れ 悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。 主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。 わたしたちの神に立ち帰るならば豊かに赦してくださる。 8わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。 9天が地を高く超えているように わたしの道は、あなたたちの道を わたしの思いはあなたたちの思いを、高く超えている。 10雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ 種蒔く人には種を与え 食べる人には糧を与える。 11そのように、わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしのもとに戻らない。 それはわたしの望むことを成し遂げ わたしが与えた使命を必ず果たす。
答唱詩編
イザヤ12・2、4、5
喜びに心をはずませ、救いの泉から水を汲む。
イザヤ12
12・2神はわたしの救い、わたしは信頼して恐れない。 神はわたしの力、わたしの歌、わたしの救い。
4神をたたえ、その名を呼ぼう。 神のわざをすべての民に伝え、その名の誉れを語り告げよう。
5神は不思議なわざをなしとげられた。 神をほめ歌い、そのわざを世界にのべ伝えよう。
第六朗読
バルク3・9-15、32-4・4
主の輝きに向かって歩め。
バルクの預言
3・9聞け、イスラエルよ、命をもたらす戒めを。 耳を傾けて、悟りを得よ。 10イスラエルよ、なぜなのか。 なぜお前は敵の地におり、 異国の地で年を重ね、 11死者と汚れを共にし、 陰府に下る者の中に数えられたのか。 12お前は知恵の泉を見捨てた。 13神の定めた道を歩んでいたなら、 永遠に平和のうちに暮らしていたであろう。 14学べ、どこに悟りがあるかを。 またどこに力があり、どこに知識があるかを。 そして知れ、どこに長寿と命があり、 どこに目の輝きと平和があるかを。
15いったいだれが知恵の在りかを見いだしただろうか。 だれがその宝庫に入っただろうか。 32すべてを知る方だけが知恵を知り、 御自分の力でそれを悟り、見いだされたのだ。 33その方はあらゆる時代に備えて全地を整え、 それを四足の獣で満たした。 その方が光を放つと、光は走り、 ひと声命ずると、光はおののいて従う。 34星はおのおの持ち場で喜びにあふれて輝き、 35その方が命ずると、「ここにいます」と答え、 喜々として、自分の造り主のために光を放つ。 36この方こそわたしたちの神であり、 他に比ぶべきものはない。 37この方は知識の道をすべて見いだし、 それを僕ヤコブと愛するイスラエルに与えた。 38その後、知恵は地上に現れ、人々の中に住んだ。 4・1知恵は神の命令の書、永遠に続く律法である。 これを保つ者は皆生き、これを捨てる者は死ぬ。 2ヤコブよ、立ち帰ってこれをつかみ、 知恵の光に目を注ぎ、その輝きに向かって歩め。 3あなたの栄光をほかの者に、あなたの特権を異国の民に渡してはならない。 4イスラエルよ、わたしたちは幸いだ。 神の御心に適うことを知っているのだから。
答唱詩編
詩編19・8、9
主よ、あなたは永遠のいのちのことば。
詩編19
19・8神の教えは完全で、魂を生き返らせ、 そのさとしは変わらず、心に知恵をもたらす。
9神の定めは正しく、心の喜びであり、 そのみ旨は清く、目を開く。
第七朗読
エゼキエル36・16-17a、18-28
わたしは清い水をお前たちの上に振りかけ、新しい心を与える。
エゼキエルの預言
36・16主の言葉がわたしに臨んだ。17「人の子よ、イスラエルの家は自分の土地に住んでいたとき、それを自分の歩みと行いによって汚した。18それゆえ、わたしは憤りを彼らの上に注いだ。彼らが地の上に血を流し、偶像によってそれを汚したからである。19わたしは彼らを国々の中に散らし、諸国に追いやり、その歩みと行いに応じて裁いた。20彼らはその行く先の国々に行って、わが聖なる名を汚した。事実、人々は彼らについて、『これは主の民だ、彼らは自分の土地から追われて来たのだ』と言った。21そこでわたしは、イスラエルの家がその行った先の国々で汚したわが聖なる名を惜しんだ。
22それゆえ、イスラエルの家に言いなさい。主なる神はこう言われる。イスラエルの家よ、わたしはお前たちのためではなく、お前たちが行った先の国々で汚したわが聖なる名のために行う。23わたしは、お前たちが国々で汚したため、彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。わたしが彼らの目の前で、お前たちを通して聖なるものとされるとき、諸国民は、わたしが主であることを知るようになる、と主なる神は言われる。24わたしはお前たちを国々の間から取り、すべての地から集め、お前たちの土地に導き入れる。
25わたしが清い水をお前たちの上に振りかけるとき、お前たちは清められる。わたしはお前たちを、すべての汚れとすべての偶像から清める。26わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。27また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。28お前たちは、わたしが先祖に与えた地に住むようになる。お前たちはわたしの民となりわたしはお前たちの神となる。」
答唱詩編
詩編51・12+13、18+19
あなたのいぶきを受けて、わたしは新しくなる。
詩編51
51・12神よ、わたしのうちに清い心を造り、 あなたのいぶきでわたしを強め、新たにしてください。 13わたしをあなたのもとから退けず、 聖なるいぶきをわたしから取り去らないでください。
18あなたはいけにえを望まれず、 はんさいをささげても喜ばれない。 19神よ、わたしのささげものは打ち砕かれた心。 あなたは悔い改める心を見捨てられない。
使徒書の朗読
ローマ6・3-11
死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない。
使徒パウロのローマの教会への手紙
皆さん、6・3あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。4わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。5もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。6わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。7死んだ者は、罪から解放されています。8わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。9そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。10キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。11このように、あなたがたも自分��罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。
福音朗読
マルコ16・1-7
アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ。
マルコによる福音
16・1安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。2そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。3彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。4ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。5墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。6若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。7さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤヘ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
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unicodesign · 8 months ago
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北軽井沢現場&きたもっく訪問
先週に続き、今週も軽井沢滞在しています。2月以降、雪道の運転を警戒して日にちをずらしたりしていたのですが、3月も残すところあと1週間というところで、まさかの、今冬一番の(人生一番の)雪道運転となりました。
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しんしんと降る雪。真冬です。
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先週は、リビセンにて資材調達の翌日、上着もいらないような暖かい日曜日、資材搬入とあわせて、お施主様に進捗を確認いただきました。『広い!』と第一声。
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間仕切りがないことや吹抜けの高い天井や窓の抜けなどで、実際の面積以上の体感になっている様子。ロフトから眺める。
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この日は、北軽井沢で地域資源活用事業を展開している『きたもっく』さんに伺いました。ロフトに置くベッドを地域の材で作りたいというところから、お施主様が連絡をとったことがきっかけで、その事業内容を、とても興味深くサイトで拝見しました。色々お話聞いてみたいという思いもあり、打合せを兼ねて訪問しました。
『きたもっく』は、1994年にキャンプ場から始まり、その後、薪ストーブの販売と薪製造、養蜂と展開し、2019年には山を取得し伐採から建築までを行うなど、地域未来創造企業として様々な事業を展開しています。
キャンプ場の『スウィートグラス』もコンセプトパー���の『ルオムの森』も名前は知っていて通りかかることもあった場所ですが、すべて一貫した事業のひとつだと知りませんでした。
まずは、製材所のある『あさまのぶんぶんファクトリー』に伺う。
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事務所にて、地域資源活用事業部の中川さんと、ベッドに使う樹種やサイズなどの打合せを行いました。中川さんはもともとギターの製造で木材を扱っていた経験から、北軽井沢に移住されたそうです。
参考に見せていただいた地元のナラ材を使っ��椅子、現在売り切れ中で再販予定なしとのことですが、欲しい!とリクエスト。
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その後、ファクトリーへ。地域モノづくりの拠点として2021年にオープン。カラマツや栗などの原木が並んでいます。
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こちらで製材。
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『浅間ストーブ』の販売とあわせた薪製造のためのボイラー室。
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その過程で出る年間100トン以上の端材や木屑を、薪乾燥のボイラーの燃料として再利用し、化石燃料を頼らない循環型の製造プロセスを作り出しているそうです。そして、薪乾燥室。
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さきほどのボイラー室からの温風が送られてきて、ふんわりと暖かい。天井に置かれている炭は、現在、乾燥のためにいろいろ試しているところだそうです。
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地元の材を使って作られた壁が素敵でした。
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多品種少量生産が可能な製材所とのこと。今、ベッドに使える材は、ナラか栗、というような話をしながら。
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立派なケヤキの無垢材。(北軽井沢で伐採されたものではないそうですが)前日のリビセンで、幅の広い無垢材を探すのに苦労したので、思わず注目。
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今回の山荘に広いデッキがあるという話から、紹介いただいたのが地元の栗材。再塗装を行えば10年くらいもつとのお話。
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このあと、実際に地元の材を使った建物を見に、キャンプ場へ移動。
浅間山の絶景を拝める場所に、様々な形のコテージ、キャビン、テント場があるのですが、とにかく広い。
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段階的に広がっていったとのことですが、こんなに広大なキャンプ場があったとは驚きでした。
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こちらが地元材で作られたコテージのひとつ、手ぶらで泊まれる形でなんでも揃っている。
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カーテンで仕切るだけの、半屋外的なしつらえがあるのが魅力的。
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全棟薪ストーブつき。
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オープン当時からあるキャビンは、家具と薪ストーブのみが実装とのこと。
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水場とともに、レンタルスペースあり。お風呂もありましたが、皆さん温泉に行かれるそうです。
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かわいいツリーハウスや
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焚火暖炉キャビンなど、いろいろな種類の建物が全部で46棟。
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食材やテイクアウトもできるカフェ『アサマヒュッテ』は、こんど現場に来た時にランチに利用できそう。
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ところどころに薪スペースがありますが、こちらのテントは『コロ薪』ステーション。薪にできず山を荒らしてしまう小さな木枝をカットし人工乾燥不要にした小さな薪を、焚き付けや焚火台で使えるようにしたもの。カートで薪を運んでいる人の姿が楽しげでした。
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平日でしたが、春休みということもあって賑わっていました、キャンプ場の稼働率は8割を超えるそうです。
地域の資源を活用していく様々な取り組みと、雇用を生み移住を促進している様子に興味津々で見学を終えました。
今回、きたもっくさんの活動を知ることができた出会いに感謝、ベッドの製作も楽しみです。
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suginaka-kobo · 8 months ago
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SUGINAKAKOBO CAMP 告知!!
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SUGINAKAKOBO CAMP - MOTORCYCLE HOBO
杉中工房、富士の麓に1週間移転します。
5/3(金)~5/8(水) 朝霧高原 たきぎ工房(キャンプ場)
ドでかい富士山をバックに最高のロケーションで、
キャンプを楽しみながら、ゆっくりと、
杉中工房の商品を購入出来ます。
普段はしませんが、
期間中は店主の気まぐれ値引きある???
最新作、革モノ、メットなどなど。
イベント出店時と同様にMOTORCYCLE HOBOで、
ショベルに荷物満載でパップテントを張り、商品展開し、
店主は1週間そこで生活します。
たきぎ工房は、ダイヤモンド富士が最高のロケーション見れる所。
今年は5/5がど真ん中です。
薪屋さんでも有る為、上質で良質な薪で焚火が出来ます【直火不可】
広葉樹、針葉樹の販売もあります。しかも安い。
トイレもキレイでシャワー等の設備もあります。
バイク、車はテントの横に置けます。
区画なんて線もありません。
夜は焚火しながら、ゆっくりとお話でも。。。。
1泊から受付です。
1泊、バイク、車、各1台、テント、タープ各1張ずつ、3人まで
¥3,000(税込)現金のみ
基本はキャンプですが、どーしても日帰りという方は、
施設使用料、駐車場代で、一台につき
¥1,000(税込)現金のみ
完全予約制です。杉中工房に直接、
電話、メール、DM等で予約してください。
予約なしの当日お越しの方は入れません。
※たきぎ工房は基本シークレットサイトですので、
 直接連絡先は教えません。予約時にお教えします。
注意事項
※4人以上の複数人数での参加不可
※酒飲んで騒ぎたいだけの方々、人に迷惑をかける方々の参加不可
※直火は出来ませんので焚火台、シートを使用して下さい
        
オトナなキャンプが出来る方々が楽しめるキャンプにしますので、
自分勝手な行為や、迷惑な行為をするひとは、
現場でも強制退場させます。オレが判断します。
最近、どこのイベントでもキャンプ場でも必ずいます、そういう人。
ほぼ酒が入ってなんだけど。
自覚があるでしょう、ホントは。
身に覚えがある人は来ないでくださいね。
最後はちょいと強い感じになりましたが、
皆が楽しく過ごせるようにしたいので、
ご勘弁を。
中央高速だと、
河口湖インター降りて139➡鳴沢村➡富士の樹海➡
東名高速だと第二の
新富士降りて139➡ひたすら上って朝霧高原➡
道はざっとこんな感じ。
どちらから来ても気持ちの良い道路です。
食材の買い出しは、河口湖、富士宮でそれぞれしてきた方が、
無難です。コンビニはバイクで5分ちょいはあるかな。
期間中、雨でもやります。
雨なら雨なりの楽しみ方がありますからね。
地元のabyssiniaさんがエチオピアコーヒーの出店あり。
楽しいゴールデンウイークにしましょう!!
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thetaizuru · 9 months ago
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 先月、事実上史上最も著名なジャーナリストの2人が話題になった。プーチン露大統領にインタビューを行い、日本時間2月9日にSNSで公開したタッカー カールソンと、2月20日と21日に英高等法院で米国への身柄引き渡しを巡る審理が開かれた、英国で収監中のジュリアン アサンジである。  事実上史上最も著名なジャーナリストというのは、タッカー カールソンについては現在のアメリカで最も視聴者数が多いからで、例えば中国やインドなどにもっと多い視聴者数を抱えるニュース番組などがあるのかもしれないが、なんといってもアメリカは情報覇権国であって、今回のプーチン大統領へのインタビューについても、視聴者数の多さ自体が語るものというのがある。  内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者であるジュリアン アサンジは対照的に今回の審理には体調不良により出席しなかった。アサンジが現在のインターネット上のメディアに与えた影響の大きさも��うだが、今回の審理をめぐっても、「ジャーナリズム」という概念そのものに対する影響というのが話題の焦点の一つになった。
 こうした話題への関心は、実際のところは、主流メディアのみならずネット上のほとんどのメディアやジャーナリストとか、ジャーナリズムそのものへの懐疑とか厭世観の表れなんじゃないかとも思う。情報覇権国と言ってもその内部秩序は崩壊し��くってるようにしか見えないし、正しい情報が何かを救うとか言ってる人のこともバカだと思っている。そう言いながらもやたら情報を探し回ってぶん投げ合ってる自分たちはまるで、砂漠のような崩壊後の空間をモヒカン肩パッド姿で奇声をあげながら疾走してるようにしか見えない。
 芥川龍之介は『西方の人』と『続西方の人』というエッセイで、イエス キリストをジャーナリストだと表現した。  『西方の人』の最初の章で「わたしは唯わたしの感じた通りに「わたしのクリスト」を記すのである。厳しい日本のクリスト教徒も売文の徒の書いたクリストだけは恐らくは大目に見てくれるであらう。」と断わったうえで、「ジヤアナリスト」と題した章で「我々は唯我々自身に近いものの外は見ることは出来ない。少くとも我々に迫つて来るものは我々自身に近いものだけである。クリストはあらゆるジヤアナリストのやうにこの事実を直覚してゐた。花嫁、葡萄園、驢馬、工人――彼の教へは目のあたりにあるものを一度も利用せずにすましたことはない。「善いサマリア人」や「放蕩息子の帰宅」はかう云ふ彼の詩の傑作である。抽象的な言葉ばかり使つてゐる後代のクリスト教的ジヤアナリスト――牧師たちは一度もこのクリストのジヤアナリズムの効果を考へなかつたのであらう。彼は彼等に比べれば勿論、後代のクリストたちに比べても、決して遜色のあるジヤアナリストではない。彼のジヤアナリズムはその為に西方の古典と肩を並べてゐる。彼は実に古い炎に新しい薪を加へるジヤアナリストだつた。」と書いている。  『続西方の人』でも「ジヤアナリズム至上主義者」と題した章で「クリストの最も愛したのは目ざましい彼のジャアナリズムである。若し他のものを愛したとすれば、彼は大きい無花果のかげに年とつた予言者になつてゐたであらう。平和はその時にはクリストの上にも下つて来たのに相違ない。彼はもうその時には丁度古代の賢人のやうにあらゆる妥協のもとに微笑してゐたであらう。しかし運命は幸か不幸か彼にかう云ふ安らかな晩年を与へてくれなかつた。それは受難の名を与へられてゐても、正に彼の悲劇だつたであらう。けれどもクリストはこの悲劇の為に永久に若々しい顔をしてゐるのである。」と書き、「クリストの言葉」という章では「クリストは彼の弟子たちに「わたしは誰か?」と問ひかけてゐる。この問に答へることは困難ではない。彼はジヤアナリストであると共にジヤアナリズムの中の人物――或は「譬喩」と呼ばれてゐる短篇小説の作者だつたと共に、「新約全書」と呼ばれてゐる小説的伝記の主人公だつたのである。我々は大勢のクリストたちの中にもかう云ふ事実を発見するであらう。クリストも彼の一生を彼の作品の索引につけずにはゐられない一人だつた。」と書き、「貧しい人たちに」と題した最後の章でも、「クリストのジヤアナリズムは貧しい人たちや奴隷を慰めることになつた。それは勿論天国などに行かうと思はない貴族や金持ちに都合の善かつた為もあるであらう。しかし彼の天才は彼等を動かさずにはゐなかつたのである。いや、彼等ばかりではない。我々も彼のジヤアナリズムの中に何か美しいものを見出してゐる。何度叩いても開かれない門のあることは我々も亦知らないわけではない。狭い門からはひることもやはり我々には必しも幸福ではないことを示してゐる。しかし彼のジヤアナリズムはいつも無花果のやうに甘みを持つてゐる。彼は実にイスラエルの民の生んだ、古今に珍らしいジヤアナリストだつた。同時に又我々人間の生んだ、古今に珍らしい天才だつた。「予言者」は彼以後には流行してゐない。しかし彼の一生はいつも我々を動かすであらう。彼は十字架にかかる為に、――ジヤアナリズム至上主義を推し立てる為にあらゆるものを犠牲にした。ゲエテは婉曲にクリストに対する彼の軽蔑を示してゐる。丁度後代のクリストたちの多少はゲエテを嫉妬してゐるやうに。――我々はエマヲの旅びとたちのやうに我々の心を燃え上らせるクリストを求めずにはゐられないのであらう。」と書いている。  キリストについて書いたエッセイで、中心テーマに「ジャーナリズム」を置いている。しかし、「ジャーナリズム」という語について特に定義付けを行ってはおらず、つまりは当時の一般的な意味で使っており、それは現在ともそれほど大きくは変わっていないと思われる。
 『西方の人』の初出は1927(昭和2)年の雑誌『改造』8月号で、『続西方の人』は翌月の『改造』9月号に掲載された。7月24日未明、『続西方の人』を書き上げたあと芥川は、致死量の睡眠薬を飲んで服毒自殺した。そのため『西方の人』『続西方の人』は必然的に作者の死と深く関連するものとして語られ、あるいは読者への遺書としても解釈されるが、死後に見つかった久米正雄に宛てたとされる遺書「或旧友へ送る手記」で芥川は自身の自殺の動機を「ぼんやりした不安」とした上で、それを解剖したものを『或阿呆の一生』に書いたとしている。『或阿呆の一生』は、『改造』1927年10月号に掲載された。それらを読み比べると、『西方の人』『続西方の人』はむしろ最期だからこそ自身の「不安」や、あるいは信仰などとは切り離して、唯感じた通りを書くことができたものだとも解釈できる。そして「クリストのジヤアナリズム」というのは、唯感じた通りを伝えることであり、それを聞いた人が見たまま聞いたままのことを感じられることであり、またそれぞれが感じた通りのことを表現できるようになることであって、それが「我々の心を燃え上らせるクリスト」だとも解釈できる。  「エマヲの旅びとたち」というのは、『ルカによる福音書』24章13節から32節に書かれているエピソードである。エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ歩いていたクレオパとルカとされるもう一人の弟子のところへ、復活したイエスが近づいてきて、その二人の弟子と語りながら一緒に歩いた。彼らの目はさえぎられて、それがイエスだと認めることができなかった。彼らが行こうとしていた村に近づき、夕暮になっていたため、なお先へ進み行く様子のイエスを引きとめ、一緒に食卓についた。イエスがパンを取り、祝福してさき、彼らに渡してるうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。するとその時イエスの姿は見えなくなった。二人の弟子は互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。  この場面は多くの画家が描いた場面でもあり、なかでもカラヴァッジョが描いたや絵画『エマオの晩餐』(1601)が有名である。カラヴァッジョは、日常の中に訪れる日常を超越させるもの、日常生活を中断させる崇高な存在、自分自身の感情に自分自身が気づく瞬間といった、二面性や二重性を持つテーマを繰り返し描いた。カラヴァッジョはそれらのテーマを、一瞬を切り取る鋭い観察眼と見たままを描写できる卓越した技巧で超越すると同時に、その技巧をテーマで超越するという二重の超越で、二面性や二重性の中に、矛盾や逆説とは別の、それらを超える「超越性」そのものというような概念があることを提示し、西洋美術史に新たな美意識を加えた。  芥川もこの超越性のような概念に触れていて、『西方の人』の「復活」と題された章で、「我々は唯茫々とした人生の中に佇んでゐる。我々に平和を与へるものは眠りの外にある訣はない。あらゆる自然主義者は外科医のやうに残酷にこの事実を解剖してゐる。しかし聖霊の子供たちはいつもかう云ふ人生の上に何か美しいものを残して行つた。何か「永遠に超えようとするもの」を。」と書いている。  これらは作者自身の不安などとは切り離して唯感じた通りを書いたものだとも解釈できると言ったものの、「ぼんやりした不安」にあたるとも思われるものを、『西方の人』の「クリスト教」という章に書いている。この章は「クリスト教はクリスト自身も実行することの出来なかつた、逆説の多い詩的宗教である。」という文で始まり、「クリストは兎に角我々に現世の向うにあるものを指し示した。我々はいつもクリストの中に我々の求めてゐるものを、――我々を無限の道へ駆りやる喇叭の声を感じるであらう。同時に又いつもクリストの中に我々を虐んでやまないものを、――近代のやつと表現した世界苦を感じずにはゐられないであらう。」という文章で締められている。  この「世界苦」というのは、ドイツ語の「ヴェルトシュメルツ」をほぼ直訳したもので、「感傷的厭世観」「世の中の邪悪を思って悲しむこと」「悲観的世界観」というような意味を言い表す文学的概念だと説明される。もともとは、この「ヴェルトシュメルツ」という言葉は、ゲーテと同時代の作家のジャン パウルが遺稿となる小説『セリーナ』(1827)で造語したものとされる。小説の翻訳では「苦痛」や「苦悩」などと訳されている。「世界苦」という言葉は19世紀後半のドイツ哲学などで使われるようになり、19世紀のロマン主義の底流に流れ��いた文明に対するペシミスティックな懐疑主義のことを言い表す言葉になっていった。こうした文明に対する懐疑や厭世観が顕著に表れたのが19世紀末のデカダンス(退廃、世紀末芸術)である。この中からアールヌーヴォー(新しい芸術)やモダンスタイル(近代様式)などと言われる新しい潮流の可能性を見つけ、終末的な気分も終わった頃には、「世界苦」という言葉は、自己憐憫を「世界の苦悩」だとはき違えただけだとして一蹴され、そうした傾向を揶揄あるいは自嘲するための言葉としても使われるようになる。  悩みの多くは何かをはき違えただけというのも確かにそうかもしれないが、世の中に問題がないわけでもない。大雑把に分けると、18世紀後半の古典派は、教養と技術の習得によってこれを乗り越えようとしたのに対し、ロマン派は、問題の所在を��確にするための主題(テーマ)探しへと向かった。あらゆる問題を解決する教養は存在しないし、必要なすべての技術の習得も不可能で、テーマやスローガンなどに踊らされた群集心理は暴徒化する。1世紀近い混乱の時代の後で、これを乗り越えたのが大衆文化の成立で、すなわち近代ジャーナリズムの成立だった。
 芥川個人の不安というのが何だったのかは結局はわからないし、関東大震災(1923年9月1日)後のCPTSDだとか、それっぽい理屈を当てはめるのも何か違う気がするが、後に解釈されるように、1920年代はどことなく不穏な空気が世界を漂い、ジャーナリズムも危機を迎えていた。検閲もそうだが、後にナチスが政権獲得(1933年)後に本格的に行うエンタルテテクンスト(退廃芸術)の排斥運動の理論的な基礎が組み上げられていた。  退廃芸術の排斥というのは、理屈としてはイコノクラスム(聖像破壊運動)にあたる。イコノクラスムに長けていたとされる宗派や集団というのが古くから存在していたとされ、アリストテレス学派やユグノーがそうだとも言われるが、議論も多く実際のところはわからないと言われている。イコノクラスムの目的の一つは経済的な支配権の獲得だと考えられていて、経済的な支配と思想的な支配はいわば車の両輪の関係にある。  近代ジャーナリズムの成立と、アメリカの南北戦争(1861年-1865年)によって奴隷貿易による利権が崩れたことは、間接的かもしれないが、少なくとも時期が同じという以上の関係があり、1930年代の世界恐慌とナチスの台頭は、間接的かもしれないが、少なくとも時期が同じという以上の関係がある。
2024年3月 リハイドレーション
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ichinichi-okure · 11 months ago
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2024.1.18thu_tokyo
あいさんから連絡があり、急遽日記を書く事となりました。 能登半島地震で被害を受けた地域への支援へ向かった日についてです。 能登に行く事となった経緯ですが、現在働いているリトルナップコーヒーではとあるスタッフの呼び掛けにより、1月2日から二日間に渡り急遽お店をオープンして募金を始めた事や我々のオーナーが昔から震災の復興に力を入れていることが大きなきっかけとなりました。 その他、復興団体や職場のスタッフの協力もあり今回の炊き出しに参加させて頂ける運びとなりました。 以下、出発当日からの日記です。
1月16日 出勤して前日から用意した荷物を積み込み同伴するもう一人のスタッフと当日の流れを確認。 その日は石川県までの道のりが降雪で通行止めになるなどして予定の時間より2時間早く出発。 オーナーともう一人のスタッフ三人でまず富山へ向かう事に。 峠はアイスバーンが凄く乗っていた車が軽くスリップしたり、余震で震度5弱の地震があったりなど肝を冷やした。 復興支援に向かう人達は優しさだけではなく勇気や覚悟を持ち合わせていないと務まらないなと当事者になって強く実感。 富山にはオーナーの実家がありそこで仮眠させて頂ける事に。 6〜7時間の道のりを経て富山に到着。現地は水分が不足しているということで予め用意しておいたタンクに水を入れて軽く暖をとった。 九州では普段見かけない薪ストーブに感動。ん?九州にもあるけど俺がみた事ないだけ、、? まあいっか。笑 本来なら都内では食べたい物を好きなタイミングで食べれるし、次の日休みなら何も考えずお酒を嗜めるのに、薪ストーブをみてこの一本分の暖ですら必要としている人が沢山いると考えると悲しい気持になってしまった。 そこから暖かいお茶と薪ストーブの温もりは被災した方へ還元する自分のパワーにするというマインドへ。 都合が良いのかもしれないけど何事もポジティブが大事だよね。
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1月17日 2、3時間程仮眠して富山を出発。 高岡で他の復興団体の方たちと合流して6台連なって石川県へと入る事に。 今回の復興支援は許可を得なければ入る事ができず、勿論のこと道もまだ改修されておらずあちこち隆起しておりでかなりの時間を要すると言う話を伺った。 暗い道のりを走って警察車両や自衛隊の待機している検問所?をパスして能登に入った。 建物が崩壊していたり道がギリギリ車一台が通れる道だったり、不穏な空気感というか今までに体験し��ことのない雰囲気。 映画の中に入り込んだような感じ。 海岸沿いを走っていると土砂崩れで転がってきた大きな岩など上も横も危険な状態で恐怖心と車内で戦った。 まず最初の炊き出しを行う小学校に到着。丁度日の出の時間で凄く綺麗で力がみなぎってきた。 普段は町場のコーヒー屋さんなんだけど僕はパンケーキを焼くことに。 電気の問題などあり開始は思い通りにいかず少し待たせてしまった。しょうがない反面、もっとできることがあったんじゃないか、自分の予測する力が不足していたなと第一反省。必要な瞬間に最大限の事もままならないようじゃまだ人間として半人前です。 子供が多いかなと思ったけど意外にもおじいちゃん、おばあちゃんからの注文が多かった。 被災された方は意外にも穏やかな感じでしっかりと順番も守ってくれたりで中盤からはスムーズに提供できた。 ボランティアでリーダーの様な役割で動いていた女性がおり、被災状況やこれからの事など色々と話を伺った。 彼女自身も被災していてそれなのにボランティアとして人を統率している姿に驚いた。 命の危機に立たされているのにも関わらずリーダーシップと慈悲の心を持ち合わせている人間は周りの人たちにとっても有難いし僕ら炊き出しチームも非常に助かる。 次の場所へ向かおうと片付けをしていたところ一人のおばあちゃんがコーヒーをまだいただけますか?と尋ねてきた。 勿論と返事をして提供すると、のむや否や泣きながらありがとうと言われた。 もらい泣きをしてしまって、でもさっきのリーダーの女性を前にして泣いている場合じゃないとなるべく堪えた。 あまり悟られたくなかったのでありがとうの返事はとんでもないです、というような簡単な返しになってしまった。 もっと寄り添える言葉をかけてあげたかったけどコミュニティ能力がまだまだ低いなと第二回目の反省、、、 反省ばかりの人生!
そこから中学校へ移動。 そこでも先程と同じ様な流れでコーヒーを提供しみんなに喜んでもらえた。 餅つきしたりラーメン食べたりでみんなの活気がすごく、見ているこちらも元気をもらえた。 医療従事者、役所のボランティアの方々にもコーヒーを飲んでもらいリラックスしてもらえた。 中学校からは海と山の絶景が見えた。事故が起きた場所とは到底思えない。 支援者じゃなく復興が終わって観光客としてまた来れるといいな。 自然は美しいのにいきなり命を奪ったり、命を繋ぐ食材を産んだり。 それとそこにいる人達の空間は悲しさと優しさが同居していたり、 優しさで動く人間もいればこの状況にあやかって悪事を働く人間がいたりとこの世界は表裏一体だな〜 そんな事を考えながらみんなと集合写真を撮り11時間かけて都内に戻りました。 震災だけでじゃなくて他の国は戦争が起きてたり食糧難が起きてたり人間が存在している間は問題が山積みだな。
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今回は高校卒業して今の会社に入社するまでずっと飲食業に従事していた僕が初めて経験した炊き出しの経験を綴りました。 沢山の人に愛を受けてここまできて、30歳にしてやっと今愛が必要な人達に飲食を通じて愛を分け与えることができました。 ないに越した事はないんだけれど、こういった貴重な経験に参加することができてよかったです。 まだまだリトルナップでは復興支援の募金箱を設置しております。 是非、機会があれば美味しいコーヒーを飲むついでに協力していただければ幸いです。
-プロフィール- 小山将汰 30歳 東京 料理人、バリスタ リトルナップコーヒースタンド/ロースターズ instagram @shotatheselfish
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