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#菊川中央公園
guiajapao · 1 year
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Kikugawa Observatório
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2022年の読書(2022年12月28日現在)
2022年の読書(2022年12月28日現在)読了206冊
特に印象深かった本(順不同) 《文芸》 『たったひとつの冴えたやりかた』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著/浅倉久志訳/カバーイラスト:片山若子/ハヤカワ文庫) 『リリアン卿――黒弥撒』(ジャック・ダデルスワル=フェルサン著/大野露井訳/装丁:柳川貴代/国書刊行会) 『骸骨 ジェローム・K・ジェローム幻想奇譚』(ジェローム・K・ジェローム著/中野善夫訳/装丁:岡本洋平/国書刊行会) 『ハイ・ライズ』(J・G・バラード著/村上博基訳/創元SF文庫) 『旱魃世界』(J・G・バラード著/山田和子訳/牧眞司解説/カバーディレクション&デザイン:岩郷重力+R.F/創元SF文庫) 『ウィトゲンシュタインの愛人』(デイヴィッド・マークソン著/木原善彦訳/装幀:アルビレオ/装画:ケッソクヒデキ/国書刊行会) 『スキャナー・ダークリー』(フィリップ・K・ディック著/浅倉久志訳/扉デザイン:土井宏明(ポジトロン)/ハヤカワ文庫/Kindle版) 『耄碌寸前』(森於菟著/池内紀解説/みすず書房) 『時の子供たち 上下巻』(エイドリアン・チャイコフスキー著/内田昌之訳/竹書房文庫/Kindle版) 『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ著/土屋政雄訳/早川書房/Kindle版) 『純潔』(嶽本野ばら著/造本:松田行正+日向麻梨子/新潮社) 『シシリエンヌ』(嶽本野ばら著/新潮社/Kindle版) 『プロジェクト・ヘイル・メアリー 上下巻』(アンディ・ウィアー著/小野田和子訳/早川書房) 『異形の愛』(キャサリン・ダン著/柳下毅一郎訳/装丁:木庭貴信+岩本萌(オクターヴ)/河出書房新社) 『葉書でドナルド・エヴァンズに』(平出隆著/三松幸雄解説著者目録/デザイン:菊地信義+水戸部功/講談社文芸文庫) 『詩歌探偵フラヌール』(高原英里著/装幀:名久井直子/装画:カワグチタクヤ/帯文:梅﨑実奈/河出書房新社) 『日々のきのこ』(高原英理著/帯文:岸本佐知子/名久井直子装丁/ヒグチユウコ装画/河出書房新社) 『幾度目かの最期』(久坂葉子著/青空文庫/Kindle版) 『ボダ子』(赤松利市著/新潮文庫/Kindle版) 『喜べ、幸いなる魂よ』(佐藤亜紀著/綿引明浩装画/國枝達也装丁/角川書店) 『どちらでもいい』(アゴタ・クリストフ著/カバーオブジェ:勝本みつる/カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン/ハヤカワepi文庫) 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』(マーク・ハッドン著/小尾芙佐訳/装幀:服部一成/ハヤカワepi文庫) 『氷』(アンナ・カヴァン著/山田和子訳/川上弘美解説/カバーデザイン水戸部功/ちくま文庫) 『懐中時計』(小沼丹著/秋山駿解説/作家案内、著書目録:中村明/デザイン:菊地信義/講談社文芸文庫) 『後藤明生・電子書籍コレクション 行方不明』(後藤明生著/アーリーバード・ブックス/Kindle版) 『私は幽霊を見ない』(藤野可織著/朝吹真理子解説/カバー絵:Angela Deane/カバーデザイン:大原由衣/角川文庫/Kindle版) 『百鬼園戦後日記(全三巻合本)』(内田百閒著/巻末エッセイ:谷中安規、高原四郎、平山三郎、中村武志/解説:佐伯泰英/カバー画:山髙登/カバー図版:内田百閒戦後日記(岡山県郷土文化財団所蔵)/カバーデザイン:中央公論新社デザイン室/中公文庫/Kindle版) 『木になった亜沙』(今村夏子著/装画:木原未沙紀/装丁:野中深雪/文藝春秋) 『小島』(小山田浩子著/新潮社/Kindle版) 『死ぬまでに行きたい海』(岸本佐知子著/岸本佐知子写真/装幀:宮古美智代/スイッチ・パブリッシング) 『少年』(谷崎潤一郎著/青空文庫/Kindle版) 『外套』(ニコライ・ゴーゴリ著/平井肇訳/青空文庫/Kindle版) 『鳳仙花』(川崎長太郎著/講談社文芸文庫/Kindle版)
《その他》 『寄生生物の果てしなき進化』(トゥオマス・アイヴェロ著/セルボ貴子訳/倉持利明解説/草思社/Kindle版) 『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた――「ネコの空中立ち直り反射」という驚くべき謎に迫る』(グレゴリー・J・グバー著/水谷淳訳/装丁:寄藤文平+古屋郁美(文平銀座)/Kindle版) 『みんなが手話で話した島』(ノーラ・エレン・グロース著/佐野正信訳/澁谷智子解説/はじめに:ジョン・W・M・ホワイティング/ハヤカワ文庫NF) 『スピルオーバー——ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』(デビッド・クアメン著/甘糟智子訳/装丁:間村俊一/明石書店) 『新・動物記4 夜のイチジクの木の上で─フルーツ好きの食肉類シベット』(中林雅著/新・動物記シリーズ編集:黒田末壽、西江仁徳/ブックデザイン・装画:森華/京都大学学術出版会) 『共立スマートセレクション5 オーストラリアの荒野によみがえる原始生命』(杉谷健一郎著/コーディネーター:掛川武/共立出版/Kindle版) 『共立スマートセレクション10 美の起源 ─アートの行動生物学』(渡辺茂著/コーディネーター:長谷川寿一/共立出版/Kindle版) 『共立スマートセレクション16 ベクションとは何だ!?』(妹尾武治著/コーディネーター:鈴木宏昭/共立出版/Kindle版) 『世界を変えた建築構造の物語』(ロマ・アグラワル著/牧尾晴喜訳/装幀者:トサカデザイン(戸倉巌、小酒保子)/草思社/Kindle版) 『宇宙創成 上下 合本版』(サイモン・シン/青木薫/新潮文庫/Kindle版) 『岩波科学ライブラリー310 食虫植物─進化の迷宮をゆく』(福島健児著/カバーイラスト・一部図版:安斉俊/岩波書店) 『銀河の死なない子供たちへ 上下巻』(施川ユウキ著/カバー・本文デザイン:セキネシンイチ制作室/電撃コミックス NEXT/KADOKAWA)
この一年間で複数の著作物を読了(著者名/冊数) 後藤明生/25 西村賢太/8 フィリップ・K・ディック/7 川崎長太郎/6 小沼丹/6 嶽本野ばら/6 藤野可織/6 今村夏子/6 橋本治/5 J・G・バラード/4 岸本佐知子/4 内田百閒/4 小山田浩子/3
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jinsei-pika-pika · 4 years
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思いをかたちにするスタイリスト、北村道子インタビュー portraits jan 14, 2019 7:10 pm
michiko kitamura
photographer & interviewer: chikashi suzuki writer: tomoko ogawa
portraits/
北村道子さんが手がける衣裳や彼女の言葉に触れると見えてくるのは、北村道子という生きる哲学のかっこよさだ。その哲学が、服になり、仕事になり、彼女そのものを形づくっている。唯一無二の個性を持ちながら、約40年、一切の妥協をすることなく、今目の前にある人物とその人が着る服と対峙してきた。そんな彼女が、前著『衣裳術』から10年ぶりに、俳優34人、写真家6人との10年にわたるコラボレーションを記録した『衣裳術2』をリリースした。2000年代初頭に角田純氏がアートディレクションを手がけていた雑誌『X-Knowledge HOME』にて、北村さんを撮影したことをきっかけに出会い、以降、コラボレーションを続けるフォトグラファーの鈴木親氏を聞き手に迎え、型破りで刺激的な北村道子さんの仕事術について語ってもらった。
portraits
jan 14, 2019 7:10 pm
北村道子さんが手がける衣裳や彼女の言葉に触れると見えてくるのは、北村道子という生きる哲学のかっこよさだ。その哲学が、服になり、仕事になり、彼女そのものを形づくっている。唯一無二の個性を持ちながら、約40年、一切の妥協をすることなく、今目の前にある人物とその人が着る服と対峙してきた。そんな彼女が、前著『衣裳術』から10年ぶりに、俳優34人、写真家6人との10年にわたるコラボレーションを記録した『衣裳術2』をリリースした。2000年代初頭に角田純氏がアートディレクションを手がけていた雑誌『X-Knowledge HOME』にて、北村さんを撮影したことをきっかけに出会い、以降、コラボレーションを続けるフォトグラファーの鈴木親氏を聞き手に迎え、型破りで刺激的な北村道子さんの仕事術について語ってもらった。
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Photo by Chikashi Suzuki
鈴木親(以下、鈴木):僕が、北村道子さんという存在を初めて意識したのは、大学のときに観た映画、『幻の光』(95)なんですよね。北村さんの衣裳って、何という印象もなく普通に映画としてスーっと入ってくる。でも、もう1回観るときって、ディテールをよく見るじゃないですか。そうすると、衣裳がすごく綺麗だなと思う。変なリアルさもないんだけど、ファンタジーが入っていて。何%の嘘と何%の真実みたいなものの割合を、映画ごとに全部変えているというか。
北村道子(以下、北村):それは、いつも私が思ってる思いだよね。さすが親くん、大学で先生してるだけあるなぁ!
鈴木:映画の雰囲気に合うようにスタイリングしているから、絶対作品の邪魔はしないんです。『バットマン』(05-12)シリーズの衣裳と同じ方向性ですよね。Christopher Nolan (クリストファー・ノーラン)作品と一緒で、現実だと嘘っぽいけど完全に嘘にはならない。でも、映画の中ではちゃんと映えている。逆に、ガチガチにリアルにスタイリングをしちゃうと、たぶん映画としては全く面白くない。ノーランとかがやって「エポックメイキングだ!」と言われていたようなことを、偉ぶることもなく、普通にスッとやっていたというのが、北村さんなんですよ。
北村:でも、日本では叩かれているんですよ。
鈴木:『幻の光』が?
北村:そう。まず、私の関わった映画はみんな、日本の映画監督にも叩かれているんですよ。『幻の光』に関しては、誰が送ってくれたのかはわからないけど、フランスの『Figaro』をはじめ、ドイツ、イタリアのみんながメディアで取り上げてくれたんです。あまりに取り上げてくれるから評価されるようになってきて、ヴェネチア国際映画祭で賞を取って、逆輸入的に話題になったんです。当時、主役の江角マキコさんは、基本的にモデルだったじゃないですか。モデルが「自分のために何かやりたい」という雰囲気を出してくると、私、拒否感が出てくるの。だって、江角のためにやる映画というのは、おかしいじゃないですか。それまでに、10回くらい断ったんですよ。それで、引き受ける条件として、葛西薫と藤井保を突っ込んだんです。
鈴木:それで、あの本、『ESUMI』(リトルモア )ができた?
北村:そう。その二人を入れるならと、映画を受けたんですよ。衣裳合わせも自分で5トン車借りて、是枝さんと私でやったんですよ。
鈴木:是枝さんの中でも、『幻の光』は良かったですけどね。リアルさがあるんだけど、何となく違う。現実にいないけどいそうな人物という感じがすごくして。だから、正直に言うと、ストーリーというよりは、映像が綺麗だったという印象が残ってる。
北村:どの映画でも、私は孤独で独りぼっちなんです。黒澤明監督もドローイングや着色をやっていたのと同じように、洋服を作っている。それが当然だと思うのよね。自分の中でそういうものが映画だと思うじゃない。映画というものを私はミケランジェロ・アントニオーニから出発していて、女優で一番好きなのは、モニカ・ヴィッティなんです。だから、映画を観ていて、彼女は裸足で道を歩いているという表現から、シナリオがわかるじゃないですか。全部通して観たあとは、たとえば、あそこであの椅子がどうして出てくるのか、そこをもう1回観ることを何度もしていく。そういうふうに、自分で映画の洋服の表現力というものをマスターしていったんですよ。
鈴木:それが正しい見方ですよね。
北村:それから自分で衣裳をやるようになって、「監督が描いたドローイングはないの?」と聞くと、「え?」と返ってくる。しょうがないから、それを私がやっていく。役者には絵コンテがあったほうが、わかりやすいじゃないですか。それを元にみんなやっていくようになってきたの。『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(08)もそうだった。それはもう、孤独になっていくよね。
鈴木:北村さんが人物像をほとんど作っているんだと思ったのは、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)の裏話を聞いたとき。採用されなかった設定なんだけど、主演の柴咲コウはゲイのための老人ホームにいて、白いシャツに薄く赤い下着が透けている。それが、「女性の性の部分をグッと抑えているけど、残っているという表現だ」と言われたとき、もう台詞は要らないなと思った。その服だけで人物像が成り立つじゃないですか。ビジュアルで表現することって、ビジュアルだけで一気に全てが入ってくることがあるから、言葉も超えてしまうことってあって。
北村:それ、正解です。小津安二郎監督がやっていた、原節子の二の腕から見えるブラジャーに私は辿り着いたんですよ。あの時代にそういうふうにやっていたなぁって。そうやって脚本を読み込んでで、ドローイングしていくタイプなんですよ。だから、プロデューサー側から「こういう普通の長袖で綿のシャツでこういうのにしてくれ」と言われるようになったときに、「じゃあ、どっち側をあなたたちは取るんですか?」という話になった。私は、そこから衣裳合わせに行かなくなったの。
鈴木:(笑)。
北村:アクセサリーも同じで、全く合わないアクセサリーや時計をみんな持ってくるのよ。美術の小道具さんがダンボール箱で持ってくる。そういう儀式なんですよ。「ここから選んで」と言われるんだけど、私は「え、なぜこれを使わなきゃいけないの?」って。長年ダンボールに入ってて、カビ臭いもん。それで喧嘩になって、「私は降ります」ということになる。思いをかたちにして表現するときに、役者側の意見が強いんだったら、監督は要らないんじゃないのと思っちゃうのよ。
鈴木:それじゃ、映画にならないですもんね。
北村:そう。『幻の光』も、その衣裳に対する思いみたいなものがあるわけ。石川県・能登で育った自分の子どもの時代の冬というのは、やっぱりモノトーンで世界が見えてた。私がアイスランドに行ったときに、能登と同じだなと思った。それを作品の中にフィードバックしたの。私、監督って、もし日本の作品だったら、あらかじめ役者を想定しながらシナリオを書いていると私は思っていたんです。ところが、私が衣裳をやるというとき、役者は誰も決まっていないんですよ。だから、想定してやってなきゃいけない。
鈴木:だいたいの当て書き、みたいな感じで進めますよね。
北村:うん。「例えばどういう人ですか? その人、私が交渉しますよ。あなたたちがしないんだったら」という話になってくるわけですよ。
鈴木:でも、以前は衣裳部の人がやるのが衣裳だったけど、北村さん以降、衣裳という考え方で映画にスタッフとして入る人たちが出てきた。伊賀(大介)くんとか三田(真一)くんとかは、北村さんのメソッドみたいなものがあったから、その後にスッと入れたんだと思う。
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Photo by Chikashi Suzuki
北村:はじまりの話をすると、���は若い頃に、ものすごい広告業界に入って、300人を前にして恥をかいたんですよ。それは、メンズウェアが何たるかを知らなかったからです。イギリスの大物の撮影で恥をかいたから、そのギャランティをいただいて、「私、1年間この国に残ります」と言って、サビルロウのリージェントストリートとボンドストリートをくまなく調べたんです。洋服について全くわかってないお姉ちゃんがイギリスに行って、ボンドストリートを歩いていくと、ここでは全部揃うんだということがまずわかったの。
鈴木:シャツ屋も靴屋も帽子屋も時計屋も全部ありますもんね。
北村:そう。とにかく、メンズをマスターすればTPOがわかる。なぜって、メンズの人たちが、女の人たちをエスコートしていくわけじゃない。
鈴木:本当にそうなんですよね。CHANELの服も、基本的にニットは男性の下着だったり、ツイードは男性のスポーツウェアだったり、男性の生活に合わせて女性はどうするかということを考えて作られていたし。
北村:そうなんですよ。勉強してから日本に帰ると、飛行機でみんなロングホースの靴下を誰も履いていないんです。みんなカジュアルな靴下を履いて、モチャモチャしてて。こんなにひどい国なんだってわかって、そういうことを良しとしている自分がいたんだと。それが日本がアマチュアリズムなんじゃないかと私が言っているところなんですよ。普通は、何も知らないことを恥ずかしいと思わなきゃいけないじゃない。私がそれだったんです。そこからですね。
鈴木:コートもチェスターやステンカラーとチェスターの間みたいなローデンコートってのがあるんだけど、そういうタイプを着ているとあの人は貴族系なんだなとわかる。日本は、そういう習慣が一切ないですもんね。
北村:そうだよね。海軍にしても、デッキシューズを履いてないじゃないですか。そういう意味で、やっぱり、衣服にステートメントがないんですよ。
鈴木:日本人だと、良くも悪くもTPOにとらわれ過ぎて、コスプレ化しちゃう人はいますよね。生活の中で着ることは普通のことなのに、儀式になっちゃってる。それに関して、北村さんの上手さが際立っていたのが、『バベル』(06)のときにカンヌのレッドカーペットで菊地凛子ちゃんに CHANEL を着せたことです。ハリウッドに行って、ハリウッド俳優に囲まれているアジア人は目立たないことが多いけど、どんだけ目立ったかっていう(笑)。でも、悪目立ちだとブーイングものじゃないですか。賛否両論がちゃんとあるように、上手く北村さんはやってるんですよ。それは、どういうふうに着せるべきかをわかっているからですよね。あの後すぐですからね、Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)が凛子ちゃんをピックアップしたの。
北村:身も心も凛子ちゃんに尽くしました。カンヌに行くときに、まず1個だけココ・シャネルのバッグを持って行ったほうがいいと。それから、Karl LagerfeldのFENDIのバッグにドレスを詰めて、2カ月分のサングラスから靴までも全部トランクに入れて渡したんですよ。そうじゃないと、ランチやディナーのときに困るから。それで、カンヌを歩くときはこの中から着なさいって。全部、返してもらってないな(笑)。
鈴木:イブニングと昼間のドレスって全然違うけれど、日本ってそういう生活習慣はないじゃない。そのTPOは守られているのにアバンギャルドっていうのが格好いいんだけど、北村さんはそれを全部やってて。例えば、カンヌで浅野(忠信)さんが着ていたスーツ、どれだけサイズが合ってるのっていうくらい合ってた。でも、それだけじゃなくて、男性は目立ち過ぎちゃいけないんだけど、ちゃんと目につく。絶対に俳優さんに恥をかかせないんだけれど、映画と一緒で、ちょっとした違和感を出す。ネクタイだったりチーフだったりで一部だけ異物感を出してるんですよね。本当に上手い。俺が言うのも何だけど(笑)。たぶん、その人の個性をきちんと見抜いてるからできる。
北村:もう、その通り!
鈴木:それって、本当にわかってる人じゃないと絶対にスタイリングできないから。単純にTPOがわかればいいってことでもなくて、本人が着ている感じにプラスアルファで違和感を出していて。普通に見たらスッとはしてるんだけど、「なんか気になる」みたいな要素を探って、ズラしているというか。でも、他が完璧だから何も言えない。凛子ちゃんも未だにずっと CHANEL のファミリーだけど、アジア人でヨーロッパのいわゆる上流階級にいきなり入れるわけがないから、最初のインパクトがたぶんあったんだと思う。
北村:私、1回彼女を映画で降板させたことがあるんです。まだ菊地百合子でやっていたとき。そしたら、当時所属していた事務所の社長が凛子ちゃんを連れて、その理由を問いただしに来たんです、渋谷の私の事務所に。ちょうどそのときに、別の用事でカメラマンの小林響が偶然いたのよ。響は関係ないんだけど、あえて第三者がいたほうがいいやって思っていてもらったの。第三者によって今まで思ってなかった言葉が出てくることがあるのよ。それで、私は凛子ちゃんに、「今に絶対違う映画がやってくるから、そのオーディションを受けたほうがいい。そのために、名前はRで発音ができたほうがいい。外国では発音しやすいから」と言ったの。ハッタリだけど(笑)。「じゃあ、凛とした凛子にしよう」って。そうしたら、彼女が「私、変えます」って言ったのよ。それで社長が、「お前いい加減すぎる。この人、嘘ばっかり言ってる女なんだから」って。
鈴木:それで、菊地凛子が誕生したと。
北村:そう。彼女、その後、本当に『バベル』(06)が決まったのよ。オーディションに行くとき、「私が女優だったら、裸で行くよ!」って言ったら、「わかった! コートの下は裸にする」って言って、本当にそうしたかどうかはわからないけど、監督が「わかった、君の役を作るから」となったらしいのよね。意味あったよね、ちょっとした嘘も博打も。響がいなかったら、凛子という名前は出てこないのよ。あいつクソみたいな男だけど、よくいてくれたよ。
鈴木:写真家としてはワールドワイドなのに(笑)。
北村:凛子ちゃんって、どんな取材でも応じるよね。飛行機に乗って自分で行くんですよ。本当に少しのスペースしか露出がなくても、「大丈夫、行く!」って行くんだって。あれは見習うべき姿勢だと思うよ、女優たち。
鈴木:それは、北村さんが教育したからですよ。
北村:私はさ、親くんから洋服を学んでるよね。
鈴木:いやいや。
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『衣装術2』(リトルモア)
北村:私の中で、渋谷の雑踏とか公園の隅っこで撮るというアイディアは全くないもん! もともと、『衣裳術2』(リトルモア )でまとめた雑誌『T.』の連載企画を持ってきたのは、親くんと門間雄介くんだったし。
鈴木:『T.』でもこの連載だけ、テンションが違いましたよね。でも、今なら特にそうだけど、雑誌を買ってもらうのに特別なコンテンツが絶対ほしいじゃない。昔から日本の雑誌で多いのは、だいたいプロモーション取材のタイミングで同じ顔の表紙がバーっと並んでて、独自のチョイスがない。アートディレクターの大橋 修さんはすごく抵抗して、独自のチョイスを作らないと意味がないって、北村さんという異物をページの中に放り込んだという(笑)。
北村:でも、二人とも先に辞めちゃって。そうしたら、大橋くんが「北村さん、俺は続けたいから、毎回カメラマンを変えていくというのはどう?」っていう話になって。
鈴木:北村さんは、「こういうふうにしよう」と強引には、自分から言わないタイプだからね。
北村:そう、言わないです。大橋くんから、「続けてほしい」と言われたときに、「ほかの記事もファッションにはならないの?」って聞いたの。映画雑誌だから、そこは変えられないということで、「じゃあこれが最終的に書籍になるんだったら、目的がある」ということで続けて、それでリトルモアに頼み込んだのよ。
鈴木:北村さんが撮影しているシリーズも面白かったです。『衣裳術2』の表紙になった写真とか。
北村:そのときは、カメラマンが誰もいなかったんですよ。タカムラダイスケと言われても、その人の写真知らないじゃない。そしたらタカムラくんが、「北村さん俺のこと知らないから、俺がアシスタントやります」って言って。それで、凛子ちゃんの旦那の染谷将太くんを最初に撮ったんですよ。この連載で、私は親くんとのゲリラ撮影を、ものすごく覚えてるんですよ。親くんとやった新井浩文くんの撮影が、私、相当ショックだったのよ。後ろに警察官が写ってるの知ってる? あれ5分後だったら、「君、何してるんだ!」って来るやつでしょう? もう笑っちゃうよね。あれは計算して撮ってるんでしょう?
鈴木:一般の人は基本的に肖像権があるじゃないですか。警官は、公務員だからないんですよ。
北村:すごいよね、実際に来るんだから。
鈴木:そういうのが好きなんですよ。
北村:やっぱりね。だから目立ったところで撮影するんだ。
鈴木:そう。
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『衣装術2』(リトルモア)
鈴木:撮影時間をコンパクトにやるということは、考えてはいて。撮影って、下手に長時間やることが多いでしょう? でも、テンションってそんなに持たないじゃないですか。北村さんは瞬発力が半端ないから。持続力よりは瞬発力に北村さんのすごさがあるから、それは狭い範囲でぎゅっと終わるほうが、逆に良く出るというか。新井くんの撮影は、目黒の駅の線路を挟んで前後だけだから、実質半径300mとかの移動で終わったし。
北村:ああいう撮影をするのは、親くんだけですよ。まず皇居で撮るでしょ。渋谷は交差点で撮るじゃない。あとは御苑とかね。「こんなの平気で撮ってるの?」って思って。でも、ついていくと面白いんだよね。隅っこにいて、オロオロしてるのは私だけでさ。安藤政信くんの撮影なんて、ホームレスのいる隣に連れていくのよ。
鈴木:中央公園ですかね(笑)。
北村:あれカシミアのスーツよ?本当に場所を見つけるのが、上手いのよ。「こんなところあるの?」って感じで。
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『衣装術2』(リトルモア)
鈴木:でも真面目な話、違和感を北村さんが入れてくれるから、街中でも成立するんですよ。ただ、普通に街で撮ったら、ただのストリート・フォトになっちゃう。北村さんとの撮影だから、普通のロケーションがちょうどいいんです。一瞬普通に見えるけど、よく見ると違和感があるのは、たぶん普通の服じゃないというのが一番大きい理由だから。北村さんと『Purple』を初めてやったときに、凛子ちゃんがモデルだったんだけど、普通のスタイリストなら100%絶対ダメって言うくらいの台風が来て。だって、80万円くらいするコートだし、濡れるに決まってるし。でも、北村さんが言ったことで忘れられないのは、「全部濡れちゃえばわからない」っていう(笑)。
北村:だから、親くんの手口で嵐の中の池松壮亮くんの撮影もやったのよ。
鈴木:俺、すげぇなと思って。ラッキーと。北村さんは、乱暴に扱うけど、最高に丁寧にも扱うというか。普通だったら濡らして買取だけど、ちゃんとカシミアの質をわかっているから。
北村:あれが日本の洋服ならびちゃびちゃですよ。池松くんの撮影のときも台風が来て、じゃあTOM FORDを借りてこようかって。そしたら、大森克己さんはiPhoneで撮ってたらしいの。
鈴木:iPhoneは雨でも大丈夫なんですよ。フィルムのカメラはダメだけど。
北村:親くんは、フィルムで撮ってたじゃない!
鈴木:そう。正直に言うと、カメラは別に壊れても買い換えられるじゃない。でもこの台風は過ぎ去ったらもう撮れないから。
北村:でもね、Balenciaga、濡らした写真を『Purple』で使ってくれたんだよね。決められたルック通りじゃなかったのに。
鈴木:しかもそのときってNicolas Ghesquiere (ニコラ・ジェスキエール)がデザインを始めたばかりだったから、崩すのはダメだった。洋服の着方も全部指定で、「確実にやってくれ」と言われていて。しかも、広告は『Vogue』と『Purple』にしか打っていない時期で。
北村:そういや、『Purple』で押井守もやったじゃない。日本テレビまで行ってさ。
鈴木:押井守さんがまだアニメ好きだけの支持を受けていた頃、今みたいな存在じゃなくて。ちょうど、日本のモデルで誰か面白いのがいないかと話していて、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』(08)を観てたから、北村さんに話したら、北村さんも押井さんが大好きで。『ブレードランナー』(82)の影響を受けてはいるけど、逆にハリウッドにも影響を与えたような人だから、立場上、凛子ちゃんと同じようなものだって。海外の評価が異常に高いから、これは北村さんがやるしかないでしょうと思って。
北村:会話が止まらなかったよね、二人で。『ブレードランナー』の話になって。Ridley Scott(リドリー・スコット)のことをようやく会話できる奴がいたって感じで。
鈴木:映画のプロデューサーからは、一切ファッションの要素はない人だと聞いていて、「着るかどうかはわからないですよ」と言われていて。事前に、スタッフの書かれたシートを渡しておいたら、たぶん北村さんの名前を見て押井さんはすぐわかったんだと思う。ボサボサの髪を期待してたら、髪の毛をきれいに切って待っててくれて(笑)。北村さんの用意したライダースを「これどこの?」とか言って、着る気満々で嬉しそうにしてましたよね。
北村:その後、同じのを買いに行ったんだよね。懐かしい。
鈴木:Maison MargielaのニットにMarc Jacobsのジャケットを着せたんだけど、本人が着てる感じを残すために、今だったらおしゃれなダッドスニーカーだけど、そのときは全然だった本人のスニーカーを履かせてた。
北村:私物みたいだったよね。
鈴木:北村さんって、本当にその場に生きている人だから。例えば、通常の撮影だと、俳優さんや女優さんが初めて仕事する人だったりすると、服をいっぱい持ってくるんです。逆に、僕が「これを外して」と言っても、外させなかったりする。それだけあったら、被写体本人が選びたいとなっちゃうじゃない。親切にしたら、その後の仕事に繋がる可能性があるじゃないですか。たぶん、そこまで考えてやっている。
北村:頭いいね。
鈴木:このシューティングというよりは、次の指名とかコマーシャルとかも考えてる。ビジネスとしてやってたらそれは正論なんだけど、カメラマンからすると、目の前の撮影が上手くいけばいいだけで、もしその後に被写体に嫌われようがかまわないと僕は考えてるタイプ。北村さんは俺よりもっとハードコアで、撮影で4コーディネートを使うと言ったら、4半くらいしか持ってこない。サイズが合わなかったときとか、場所によってちょっと変えるとかくらいですよね。
北村:だって重いし。
鈴木:それは、目の前のシューティングが上手くいくことをすごく考えてるから。カメラマンからすると本当に、正直に言うと超やりやすいんです。俳優さんに服について説明するのも、カメラマンがするよりも、北村さんがこれはこうだからいいって言ってくれたら、それで通っちゃう。
北村:上げるもんね。親くんはヘアメイクのAMANOくんをいびっているだけでさ。ロケバスの中、人の悪口ばっかりだからね、私たち。
鈴木:(笑)。人って、その場に生きることっていうのが、大人になればなるほどできない。子どもは単純に言うと、その一瞬を生きてるじゃない。だから、若い頃ってすごく瑞々しさもあって、大人になればなるほどその瑞々しさに憧れる。北村さんは、みんなよりも先輩なのに誰よりもその場に生きてて、その一瞬が良ければいいという考えですよね。
北村:そう思わない?
鈴木:本来、人生ってそういうものというか、その一瞬が積み重なっていくと良くなるし、すごく先のことを心配しても本当はしょうがないんだけど、それができる人っていうのは、立場ができればできるほど少なくなってくる。でも北村さんは、映画でも全部それをやってるから。
北村:ライブなんです。
鈴木:そう、その場を生きてる。好奇心と共に。
北村:好奇心がなくなったら、やることないんじゃないの? と思ってる。
鈴木:哲学もそうだし、最近の量子力学や物理学もそうなんだけど、結局人の思いみたいなものが全部の形を変えるとなってる。人の意思が介在したときに、実際の物が動くというのが最新の物理学の考えらしいの。北村さんって、たぶん、そういう意思が明確だから。
北村:私はけっこう若いときから三木成夫を読んでるじゃない。だから、生命って、水と油という相反するものが、実は心と体、脳と体として、そこにあるってことを最初から読んでるから、何というか、波動がどうやっても上手くいかないなというときは、「水と油だからしょうがないんじゃない?」という感じだし、素数を大事にしてるから。3とか5を。4になったら、どっかで乱したくなってくるんだよね。
鈴木:哲学と物理学が、今はほぼ一緒みたいになっている。北村さんの時代は哲学を学んで、その哲学が服になってる。実際、北村さんの思いみたいなものが衣裳に入るということは物理学が証明している。その場に強い意思がちゃんと介在している、観察者という人だからね、やっぱり。
北村:本当に先生だねぇ、親くん。
鈴木:「気持ちは伝わらない」ってよく言うけど、物理学上、今の量子学では本当に伝わっているとされていて、北村さんの撮影を見ていると、たとえ他の人と同じものを持ってきたとしても、何かが違く見える。その何かっていうのは、もしかしたら強い思いなのかもというのはすごくある。
北村:親くんと『GQ』の15年周年でTOM FORDのルックを撮影して、TOM FORDから絶賛のメールが来たんですよ。
鈴木:ヒップホップの男の子で、IOくんって子なんだけど、まぁ、きっとTOM FORDは着ないでしょ。それをポコっと着せて。普通の人が来たら、演歌歌手みたいになるのを。
北村:北島三郎だよね。TOM FORD側としては、ものすごくいいカシミアの服を用意していたんですよ。でも、私は行ったときに、「これしかないの?」って言って、ヘビメタみたいなのを使っちゃったのよ。
鈴木:やっぱり、着丈とか、スラックスの裾をブーツに入れるとか、そのバランスみたいなのが絶妙に上手い。もちろんサビルロウとかの着方がわかってるからなんだけど。本人が履いてきたブーツにそのまま入れちゃって、バッと出てきたみたいな格好良さがあって。
北村:またさ、ウィンドウにベースが並んでる、みたいな楽器屋にロケに行くんだもんね。あれは、トムちゃんが「Nice!」って言ったのわかる。
鈴木:さっき話した、同じ服でも北村さんが持ってくると違く見えるというその差って、もちろん北村さんって細かく見てるところもあるんだけど、コンセプトを全部を通して綺麗に見た後に、現場��ライブにする。そこがすごく上手くて。たぶん、撮影の前までは全部緻密に考えてる。その準備がハード。写真や映像って、その場の偶然性みたいなものが入らなければ、広告になっていっちゃう。その偶然性が入ることで、エディトリアルとして一番美味しいところが撮れる。コマーシャルだったら絶対決めていくけど、北村さんはそこでも無茶苦茶するっていうのはよく聞いてるから(笑)。撮ってる側からすると、そこの要素っていうのが一番強いところ。ハプニングだけを入れるのはできるし、緻密にやれと言われたらできる人はいるけど、その両方は矛盾するじゃないですか。さっきの水と油じゃないけど、矛盾するものを両方入れられる。しかも自然に。そこが、北村さんにしかできないところですよね。
北村:ありがとうございます。
鈴木:例えばファッションって、1年か2年過ぎるとすごく古く見えちゃうところがある。30年とか過ぎるとまた新しく見えるけど、10年だとしょぼく見えやすい。でも北村さんのスタイリングって、わかりやすい表現をすると、強度があるんだよね。本人に合ってるとか、写真に合ってるとか、映画に合ってるスタイリングだから、もちろん時代性はちゃんと入ってるんだけど、いつの時代に見てもよく見えるというか。だから、10年前のものを今見ても、一切古く見えない。それがすごいなあと。
北村:それ、けっこう褒めてるよね?
鈴木:褒めてますよ。例えば、Joe McKenna(ジョー・マッケナ)というスタイリストも、北村さんと同じようなメソッドでやっている。海外でもそういう人って少ない。彼は、分厚いハードカバーの本とか出すような人だから。北村さんはヨーロッパで生まれていたら、ハードカバーの本をもう5冊くらい出してると思う。
北村:一応、2冊は出してるんだけどね(笑)。
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<プロフィール> 北村道子(きたむら・みちこ) 1949年、石川県生まれ。サハラ砂漠やアメリカ大陸、フランスなどを放浪ののち、30歳頃から、映画、 広告、雑誌等さまざまな媒体で衣裳を務める。映画衣裳のデビューは85年、『それから』(森田芳光監督)。07年に『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(三池崇史監督)で第62回毎日映画コンクール技術賞を受賞した。著書に『Tribe』(朝日出版社)、『COCUE』(コキュ)、『衣裳術 2』『衣裳術《新装版》』(リトルモア)がある。2019年1月21日(月) 、東京・文化学園にて、「北村道子さんトークショウ」(17:30入場/18:00開始)を開催予定。1月10日(木)より出版社・リトルモアHPで観覧予約開始。
<書籍情報> タイトル 衣裳術2 著者 北村道子 装幀 大橋修 価格 ¥2,000 判型 A5判 /192ページ 発行日 2018年12月 出版社 リトルモア HP: www.littlemore.co.jp
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michiko kitamura
思いをかたちにするスタイリスト、北村道子インタビュー
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fkfk7 · 5 years
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2020.3.1社会人野球オープン戦 府中市民球場 全府中野球倶楽部-立正大学 立正403400000|11 府中000001000|_1
[立正大学] ▼打撃成績 7杉下 海士(天理):5打数無安打 8増田 哲平(関東第一):1打数無安打1盗塁 (8)杉下 大海(天理):3打数無安打 3-4宮里 豊汰(常総学院):3打数3安打うち1本塁打3打点(!) (H-4)田中 優大(天理):1打数1安打 4竹内 大貴(羽黒):3打数1安打1盗塁 (3)齋藤 真輝(宇都宮工):2打数無安打 D岩本 翼(東亜学園):2打数2安打 (H-D)辻野 昂太(大阪偕星学園):1打数無安打 (R-D)斎藤 慶喜(上田西):1打数無安打 5近藤 壮一郎(小松):1打数1本塁打2打点 (H-5)池ノ上 和貴(埼玉栄):3打数1安打2打点 2藤原 悠太郎(筑陽学園):2打数無安打 (H)高橋 幸佑(三本松):1打数無安打 (2)大松 将吾(聖光学院):2打数無安打 9野々村 太誠(大阪偕成学園):2打数無安打 (H-9)大久保 龍成(常総学院):3打数2安打1打点 6石垣 永恭(八重山農林):2打数2安打1打点1盗塁 (H-6)金子 凌(日大三):1打数無安打 ▼投球成績 ①浅野 辰樹(中央学院、右オーバースロー) └4回、68球、被安打3、与四球1、与死球1、3K、無失点 ②大内 陸史(松山聖稜、左オーバースロー) └2回、44球、被安打3、与四球1、3K、1失点 ③関口 航太(熊谷商、右オーバースロー) └1回、15球、被安打0、与四球1、1K、無失点 ④北原 龍樹(聖望学院、左オーバースロー) └1回、14球、被安打0、与四死球0、2K、無失点 ⑤大西 慶太郎(尽誠学園、右オーバースロー) └1回、18球、被安打0、与四球1、2K、無失点 ▼失策:0
[全府中野球倶楽部] ▼打撃成績 7-9太樂 知明(明星):4打数無安打 9堀切 浩太(日本大):2打数無安打 (R-7)有川 誠(大成):1打数無安打 (2)嶋田 幹久(大成):0打席 (2)阿部:0打席 4飯沼 穂高(国士舘大):4打数2安打 3-7田中 耕平 (中京学院大):4打数無安打 2小野澤 祐介(明星大):1打数1安打 (2-3)石川 颯太(片倉):1打数1安打1打点 D三上 就樹也(北照):4打数1安打 5吉野 直樹(帝京):3打数1安打 (H)高松:0打数 6斎藤 優陽(八王子実践):3打数無安打 (H)成田:2打数1安打 8藤田 智成(高知大):1打数無安打 ▼投球成績 ①瀬沼 桜基(常葉大菊川、右オーバースロー) └4回、100球、被安打11うち2本塁打、与四球3、与死球1、3K、11失点 ②平井 孝治(相武台、左オーバースロー)※49歳(!) └4回、52球、被安打1、与四球2、2K、無失点 ③唐登 功太郎(日大鶴ケ丘、右オーバースロー) └1回、23球、被安打1、与四球2、1K、無失点 ▼失策:6
※公式記録とは異なる場合があります
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散策研究会 Cadavre K 「徘徊する観察者 Vacant Lot」
散策研究会 Cadavre Kによる展覧会
「徘徊する観察者 Vacant Lot」
をTABULAEで開催いたします。
※散策研究会 Cadavre Kとは、2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクトの名称です
|会場|
TABULAE (墨田区向島 5-48-4)
|会期|
2018/11/24 (土) - 12/16 (日)の金土日
- 金 15:00 - 20:00
- 土、日 14:00 - 20:00
※曜日によって開場時間が異なりますのでご注意ください
オープニングレセプション
11/24(土)18:00 - 20:00
|イベント|
第5回 漂流教室 「まわり道してTABULAEに向かう」
12/8(土)14:00 - 17:00(終了時刻は前後する場合があります)
集合場所 東武スカイツリーライン/東武亀戸線 曳舟駅改札口付近
定員 5名
参加費 無料(要予約 参加申込み締切12月6日)
東武曳舟駅に集合し、3時間ほどかけて墨田区京島、向島エリアを散策しながらTABULAEに向かいます(台風・雷雨・地震・大雪など災害級の天候以外は、雨天でも決行します)。
>漂流教室について
※こちらのイベントは定員に達したためご予約の受付を終了いたしました
アーティストトーク
12/15(土)18:00 - 19:00
ゲスト 沢山遼(美術批評)
定員 15名
参加費 1000円(要予約 参加申込み締切12月14日)
美術批評家の沢山遼氏をゲストに迎え、アーティストトークを行います。ゴードン・マッタ=クラーク展図録に掲載された沢山氏の論考「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」を参照しながら、都市、写真、散策と介入といったトピックについて議論します。
沢山遼 1982年生まれ。美術批評。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2010年「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」で『美術手帖』第14回芸術評論募集、第一席。主な論文に「ニューマンのパラドクス」田中正之編『ニューヨーク 錯乱する都市の夢と現実(西洋近代の都市と芸術7)』竹林舎、2017年。「ウォーホルと時間」『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第4号、2018年。「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」『ゴードン・マッタ=クラーク展』(東京国立近代美術館、2018年)など。
※両イベントは予約制となっております。参加をご希望される方は、件名を「漂流教室予約」または「トーク予約」とし、①お名前②ご連絡先③希望日時④人数 をご記入の上、[email protected]までメールをお送りください。
『徘徊する観察者 Vacant Lot』開催にあたって|散策研究会 Cadavre K
散策研究会 Cadavre Kとは、2011年3月11日の東日本大震災に強烈な衝撃を受けたアーティスト北川裕二によって、同じ2011年から開始されたプロジェクトの名称です。今回のTABULAEでの新作展が、散策研究会 Cadavre Kとしては初の個展になります。あれから8年が経ったとはいえ、むろん福島第一原子力発電所は「収束」などまったくしておらず、同じように大地も揺れ続けています。したがって今回展示される作品は、そのどれもが3.11以後に制作されたものであるとしても、 むしろ“3.11下”のそれであるといってよいでしょう。
散策研究会 Cadavre Kは、以来、痙攣するこの世界を継続的に観察・記録しつづけてきました。しかし、その観察対象は福島県や岩手・宮城県などではなく、意外にもいま私たちが立っているこの場所でありました。観察対象への姿勢は当初、何よりもまず、直立二足歩行する私たちの、この足元の地面への関心から始ったのです。そのうえに築かれたあらゆるものは幻想なのではないか。であるとするならば、幻想はいかにして自然との関係を取り結んでいるのか。対立関係にあるものどもの、相反する構造(システム)と構造(システム)が、否が応でも接せざるをえない境界線、エッジが、あるいは「構造(システム)」の回収し得ない外部的なものが、観察対象として注目されました。
ほとんどの散策は、日中のほぼ一日をかけて台地や低地をひたすら歩いて横断していくというものでした。“下町”と呼ばれる沖積低地、“山の手”と呼ばれる洪積台地、あるいは武蔵野平野、奥多摩山間地など。地形学の地形区分に従っていえば、 多摩面(T面)、下末吉面(S面)、武蔵野面(M面)、立川面(Tc面)の特徴と、それらが接する際に発生する崖線等の境界線や河川についての知識が事前に取り入れられもしました。定点観測ならぬ、歩行による動線観察が何度もくりかえされ、各地域・エリアにそれぞれ漂う特有のアトモスフィア、ムードは、散策者の心理状態の変化に影響を及ぼすことが確認されました。そうして、しだいに「東京の自然史」(貝塚爽平)が把握されていったのです。散策研究会としての散策は、これまでに123回を数えます。
また、同時に、踏み固められた地面の上に存在するあらゆるもの、すなわち植生・気象・家屋との関連全般が観察対象となり、写真に記録されていきました。散策またその写真記録は、当初、アートとしてはまったく考えられてはいなかった。むしろ、3.11の衝撃は、自然災害においてのみならず、政治的・文化的にもアートの「創造」的な「表現」による「生産」を不可能にしたように思えたからです。したがって、今回の展示においても、それへの疑いが根底にはあることを記しておきます。
地形・植生・気象・家屋の全般を観察対象にするということは、いかなる些細な事象も見落とすことなく全体を知覚・認識するということ。世界のすべてを対象にするということです。生態学的に言えば、個体のみならず、個体群、群集といった階層を異にするもの全般を、そしてまた、位階秩序の異なるそれらの影響関係をも観察・記録対象にするということでもあります。身の回りの環境や社会、つまりは生活を成り立たせているアレコレは、そのようにアレやコレやソレとして一括りにされて、記憶・記録から排除されてもきました。散策研究会が関心をもったのは、まさにそのような無数のアレやコレでありました。衝撃とは、近代化の名の下に隠蔽・排除されたものどもが、「原発震災」(石橋克彦)によって再び私たちの世界に回帰してきた、そのことにあったというわけです。
写真というメディアは、このような研究にはうってつけの道具でした。なぜなら、カメラの眼は原理的にいって、ヒトの眼と違い、“すべてのものを等価なもの”として扱うことができたからです。眼で見ていたときには見えなかったものが写真には写りこんでいたというのは、カメラのこの等価性、すなわちあらゆるものを平等なものとして、なんでも選ばず記録してしまう、このアナーキーな機能によるところのものではないでしょうか。
本展は、こうしたカメラ・写真の可能性を再び抽出しようとする試みでもあります。そこには、“すべてのものが等価なもの”として記録されている。しかし、そうであるがゆえに、その可能性は、他方で、ブレもピンボケもなく構図もしっかり撮れているにもかかわらず、“誰が、いかなる目的をもって、誰のために撮影したのか、皆目見当のつかない、まったく不明なる写真”という、実に奇妙に倒錯した(不)可能性の窓をも同時に開いてしまうのではないでしょうか。この点に、写真の機能が孕む矛盾が見てとれます。そこに提示されているのは、いわば世界の「無名性」のことにほかなりません。実現しているかどうかはさておき、このような写真の(不)可能性を本展では模索しています。
セレクトされた写真と映像は、昨年から今年にかけて撮影されたものに限られています。撮影箇所は主に武蔵野面(M面)の東端であり、区としては、中野区にあたります。中野区の同じエリア、環境をくりかえし何度も徘徊する。そのようなことはこれまでに一度も試みたことがありませんでした。
そしてこのことは、先程「武蔵野面(M面)の東端」と書きましたが、本展においては、地形的特徴への関心が次第に後方へと退き(薄らいだわけではありません)、かわって植生(主にヒト)と家屋、そして何よりも気象への関心が全体に配されてくるものへと推移してきたことと関連しています。くりかえし同じエリアをおとずれる散策スタイルは、写真の機能をより自覚的に操作しようということに、何らかの影響を与えていると感じています。
本展のコアとなる作品群は四部構成となる予定です。 ①独立した1点ものの「写真作品」 数点 ②数点の写真が組み合わされた「写真作品」 数点 ③液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「スライド作品」 ④液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「映像作品」 ①~④の作品にはシリーズとしてのメインタイトルと、各作品としてのサブタイトルが付されています。各メインタイトルは、①Survey Point (測量点) ②Photogrammetry(写真測量法) ③Voronoi Diagram(ボロノイ図) ④Skid Movie(横滑りの映画)となっています。また、参考資料として、本展の作品に関係する散策ルートを図解したパネルも展示する予定です。
また、本展覧会としてのメインタイトルとなった“Vacant Lot”ですが、これは日本語では空閑地のことです。一時的に未使用になった空き地。英語名にしたのは、“Vacant Lot”という言葉に興味をもったからです。この“Lot”には、くじ、運、運命という意味があるようで、それが一時的に空き地となった区画を指す言葉にも使用されているというのがおもしろかった。“偶々割り当てられたもの”としての空閑地。文字通りに訳せば、“空っぽの運命”です。
これは、今年国立近代美術館で回顧展が開かれたゴードン・マッタ=クラークの仕事を想起させます。カタログに掲載された美術批評家沢山遼氏の論文にマッタ=クラークの発言が引用されていて、瞠目しました。以下、孫引きですが引用させていただきます。
「グリーン通り112番地でやったアナーキテクチャーの展覧会は[…中略…]なんらかの強い形式性によって固定されることのない、固定化した建築的ヴォキャブラリーの外部にあるものについてのものだった。[…中略…]ぼくたちが考えていたのは、隠喩的なヴォイド、空隙、残余的空間、未発展的な場についてだった。[…中略…]たとえばそれは、立ち止まって靴紐を結び直すような、日常的な動作がふと遮られるような場だ。そのような場は、知覚的な重要性を帯びていると思う。なぜならそこで人は動的な空間に触れているんだ。」 (「ゴードン・マッタ=クラーク展」カタログ p.265)
つまり、“Vacant Lot”とは、この解けた靴紐のことなのかもしれません。紐が解けて固定された意味が一時的に宙吊りとなる時。場所。その瞬間はおそらく、九鬼周造のいう偶然性のごとく「現実性へスルリと滑ってくる推移のスピード」を持っているに違いない。“無”が偶然性によってもたらされるということ。環境、生活、世界への認識を深め、未来を洞察するにも、このような人と自然の接するエッジに現象するささやかな出来事に対する認識をさらに深めていく必要がありそうです。今回の展覧会がそのような世界への見方、感じ方、考え方に寄与できれば幸いです。
最後に、Cadavre KのCadavreはフランス語で、日本語では死骸のことです。したがって、Cadavre Kは、死骸キとなります。“キ”とはキタガワの“キ”のことです。3.11以後のプロジェクトにそう名付けたのは、このプロジェクトがそれまでの作品とはまったく異なることもありましたが、同時に、3.11以後、偶々生き残った=生き延びているという感覚を今も持ち続けているからにほかなりません。それは、どこか幽霊的に仮構された作者名といえるでしょう。
散策研究会 Cadavre K
2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクト
漂流教室
第一回 霊岸島から埋立地へ (2015/milkyeast) http://ur2.link/N8ZH 第二回 河岸と下町低地(2015/milkyeast) http://urx.red/N901 第三回 山の手の<むらぎも>を巡る(2016/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/22767074/ 第四回 崖線上のカフカ──中野区を歩く(2017/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/23871177/
散策研究会 これまでの主な散策エリア
001 2011_06_11 新宿御苑 002 2011_06_18 等々力渓谷 003 2011_06_25 赤坂見附 004 2011_06_29 丸の内線・四ッ谷駅 005 2011_07_02 下末吉台 006 2011_07_06 迎賓館・明治公園 007 2011_07_09 市ヶ谷・飯田橋 008 2011_07_16 お茶の水・神田川・隅田川 009 2011_07_22 野川 010 2011_08_06 新木場 011 2011_08_11 高尾山 012 2011_08_20 隅田川・スカイツリー 013 2011_08_25 菊名・獅子ケ谷・下末吉台 014 2011_09_02 渋谷川 015 2011_09_08 皇居・日本青年館 016 2011_09_11 新宿・原発やめろデモ 017 2011_09_17 渋谷川・古川 018 2011_09_19 さようなら原発・渋谷川 019 2011_09_24 赤坂 020 2011_10_01 善福寺川 021 2011_10_07 港の見える丘公園 022 2011_10_13 山手 023 2011_10_22 宇田川跡 024 2011_11_03 御岳山・ロックガーデン 025 2011_11_09 巣鴨・田町・谷中 026 2011_11_12 神田川・小日向台 027 2011_11_17 都電荒川線・王子・荒川 028 2011_12_03 愛宕山 029 2011_12_14 上野・根津・谷中 030 2011_12_15 弘明寺 031 2011_12_21 荏原台 032 2011_12_30 立川段丘 033 2012_01_01 狭山丘陵 034 2012_01_05 三殿台遺跡 035 2012_01_12 目黒自然教育園 036 2012_01_19 明治神宮 037 2012_01_26 清瀬 038 2012_02_04 深大寺・府中 039 2012_02_08 江戸前島 040 2012_02_15 江戸前島 041 2012_02_24 浜離宮 042 2012_03_03 吉見百穴 043 2012_03_15 江東区・運河 044 2012_03_17 江東区・運河 045 2012_04_07 神楽坂 046 2012_04_14 渋谷川・明治神宮 047 2012_04_20 町田・自由民権資料館 048 2012_04_28 市ヶ谷・早稲田 049 2012_05_17 町田・自由民権資料館 050 2012_05_26 江東区・戦災センター 051 2012_06_07 全生園・滝山団地 052 2012_06_14 清瀬 053 2012_06_16 京島 054 2012_06_23 玉川上水・首相官邸前 055 2012_06_29 首相官邸前 056 2012_07_12 神田 057 2012_07_13 首相官邸前 058 2012_07_16 代々木・さよなら原発 059 2012_07_02 新富町 060 2012_08_08 六郷土手 061 2012_08_12 日野 062 2012_09_08 本郷台地 063 2012_09_15 東京湾・葛西臨海公園 064 2012_10_06 生田緑地 065 2012_11_10 青梅・横田基地 066 2012_12_01 大山 067 2013_01_12 渋谷・元麻布・六本木 068 2013_01_14 獅子ケ谷 069 2013_04_13 日本橋川 070 2013_04_27 小平・玉川上水 071 2013_05_25 赤坂・六本木 072 2013_06_06 代官山 073 2013_07_07 東京駅地下通路 074 2013_07_13 王子・吉原・スカイツリー 075 2013_07_27 多摩丘陵・百草団地他 076 2013_08_17 中央防波堤埋立地 077 2013_08_24 仙川 078 2013_08_26 谷中墓地 079 2013_10_26 渋谷・地下道 080 2013_11_09 京島 081 2013_12_28 山手 082 2014_04_24 池袋 083 2014_05_17 高田馬場・神田川・淀橋 084 2014_06_27 駒込・田端 085 2014_07_13 平林寺 086 2014_09_06 秩父 087 2015_05_16 湾岸埋立地 088 2015_07_20 白山 089 2015_11_22 深川 090 2015_12_11 武蔵五日市 091 2015_12_12 武蔵五日市・城山 092 2015_12_18 戸山公園 093 2015_12_26 板橋・赤塚 094 2016_01_06 深川・森下 095 2016_02_02 国分寺崖線 096 2016_02_26 立川段丘 097 2016_04_03 日立研究所 098 2016_05_31 水道橋・小石川・白山 099 2016_10_18 神楽坂・近美・湯島 100 2016_12_06 佐伯祐三・熊谷守一美術館 101 2016_12_13 南青山 102 2016_12_20 原宿・渋谷 103 2016_12_23 戸山公園 104 2017_04_04 野方 105 2017_04_07 江古田 106 2017_05_12 上高田 107 2017_06_09 上高田・野方 108 2017_08_15 池尻大橋 109 2017_08_17 池の上・高円寺 110 2017_08_29 桃園川 111 2017_09_15 中野区南台 112 2017_09_20 新宿住吉町 113 2017_09_22 所沢 114 2017_10_10 中野区中野台地 115 2017_10_20 野方 116 2017_10_27 新宿末吉町 117 2017_12_15 沼袋 118 2018_04_24 鷺宮 119 2018_05_29 中野区中心エリア 120 2018_06_12 野方・沼袋 121 2018_06_15 杉並・堀の内 122 2018_07_06 野方・中野区中心エリア 123 2018_09_11 野方
北川裕二
1963 東京に生まれる
主な個展
1990『形のローカリズム』 ギャラリー現(東京) 1991『A PALASITE/READY-MADE SUIT MIX』 ルナミ画廊(東京) 1992『短絡的接合体』 モリス・ギャラリー(東京) 1992『分裂機械としての身体』 ルナミ画廊(東京) 1992『暮らしの変換』 モリス・ギャラリー(東京) 1993『格子/闘争』 MARS GALLERY(東京) 1993『歴史改造パズル』 GALLERY・GEN(埼玉) 1996『What is a hole?/Make a revision of…』 SHIKI FUJIMORI GALLERY(東京) 2005『Random Open Textured』 MARU GALLERY(東京) 2006『Dust passes through the window』 GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVE (東京)
主なグループ展
1990『Bゼミ展』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 1992『Project for O.T』 ギャラリー・サージ(東京) 1993『In Between』 FLOATING GALLERY(東京) 1993『CONSTRUCTION IN PROCESS』 ARTIST'S MUSIUM(ウッジ、ポーランド) 1994『身体美術感』 ハラ・ミュージアム・アーク(群馬) 1995『The Age of Anxiety』 The Power Plant(トロント、カナダ) 1996『ATOPIC SITE(On Camp/Off Base)』 東京ビッグサイト(東京) 1996~98『Maniacs of Disappearance』 国立美術館(ブエノスアイレス、アルゼンチン)、Austrian Musium of Applied Arts (ウィーン、オーストリア)、その他オランダ、イタリアなど巡回 1999『第34回今日の作家展 APPROACHING REALITY』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 2010『City Beats + Live explosions』 BankART1929(神奈川) 2015『無条件修復—UNCONDITIONAL RESTORATION』 milkyeast(東京)
散策研究会──地殻を近くで知覚する
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theatrum-wl · 6 years
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【劇評】【レポート】どこにもない演劇のまち、西和賀:東北の湖畔の町で見た演劇の風景
第26回  銀河ホール地域演劇祭(2018/09/01-09/02) 片山 幹生
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〔西和賀町文化創造館銀河ホールの空撮。手前は錦秋湖〕
岩手県と秋田県の県境、奥羽山脈のただ中にある西和賀町は人口5000人ほどの小さな町だ。この町には客席300ほどの公営の劇場、西和賀町文化創造館  銀河ホールがある。この劇場では1993年の開館以来、毎年地域演劇祭が開催されている。第26回銀河ホール地域演劇祭は2018年9月1日(土)と2日(日)に開催され、4団体4作品が上演された。今回上演された4作品はすべて宮沢賢治の作品だった。本稿ではこの4作品の舞台評のほか、銀河ホールというユニークな地方公共劇場の活動と地域演劇祭の様子について紹介していきたい。
劇団あしぶえ『セロ弾きのゴーシュ』
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〔劇団あしぶえ『セロ弾きのゴーシュ』〕
銀河ホール地域演劇祭の最初の演目は、島根県松江市の公設民営劇場〈しいの実シアター〉を拠点する劇団あしぶえの『セロ弾きのゴーシュ』だった。あしぶえは2016年に創設50年を迎えた長い活動歴を持つ劇団だ。『セロ弾きのゴーシュ』はあしぶえが28年にわたって上演し続けている劇団の最重要レパートリーであり、アメリカ、カナダの演劇祭でいくつかの賞を受賞している。
『セロ弾きのゴーシュ』の筋立てはごくシンプルなものだ。しかしあしぶえの公演ではそのシンプルな物語が、ミニマルな舞台美術とストイックな演出によって、さらに研ぎ澄まされたものになっていた。徹底的に磨き抜かれた鉱物の結晶のような美しさを持つ舞台だった。張り詰めた緊張感が最初から最後まで維持され、冗長さはまったく感じられない。
自尊心を徹底的に打ち砕かれ、絶望で自暴自棄の状態に陥りそうになりながら、ぎりぎりのところでゴーシュは破滅への転落をまぬがれた。夜中にゴーシュの家にやってきた何匹かの動物の前で演奏することで、ゴーシュのセロは上達し、自尊心を回復する。次の演奏会でゴーシュはそれまで自分を罵倒していた指揮者から賞賛を受ける。彼はそれまで自分がどれほど傷ついていたことさえ気がついていなかった。演奏会が終了し、帰宅して一人になったときになってはじめて、ゴーシュは自分を絶望の淵から救い出してくれた動物たちの無償の優しさ���気づく。
劇の最後で彼の口から漏れる感謝の言葉の真実に、私は強く心打たれた。
俳優の表現のあらゆるディテールにまで注意が払われていることが感じとることができた舞台だった。きびしくコントールされた俳優の演技は、ゴーシュの情念の動きを精密に、ダイナミックに描き出している。ゴーシュの絶望ともがき、いらだちが、舞台から豊かなニュアンスとともにまっすぐ観客席に伝わってくる。ゴーシュ役の俳優の演技にひきこまれ、観客の多くはゴーシュの重苦しさを共有していたに違いない。
なぜゴーシュが動物たちの出会いによって停滞から抜け出せすことができたのか、動物たちはなぜゴーシュの家にやってきたのか、そしてゴーシュが最初にやってきた猫に対して謝罪しなかったのはなぜなのか。いくつもの「なぜ?」に対する回答はあしぶえの舞台でも宙ぶらりんのまま提示されない。『セロ弾きのゴーシュ』はハッピーエンドの物語だろうか。ゴーシュに感情移入していた観客は、ゴーシュの演奏の成功にカタルシスは感じた者もいるだろう。終幕のゴーシュは確かに絶望からの解放を味わっていた。しかしその解放感は愚かで未熟な自分へのいくばくかの悔恨を伴っている。彼は喜びよりは、深い虚脱感をあのとき味わっていたのではないだろうか。そんなことを感じさせる演出だった。
物語を舞台化するにあたって、雑多な情報を持つ俳優の身体や舞台空間が、作品を過剰に説明的なものにし、そのノイズによって語りの持っていた本質的な魅力を損なってしまうことがままある。あしぶえの『セロ弾きのゴーシュ』は、これとは逆だ。俳優の存在と舞台空間の抽象性が、物語の純度をさらに高め、作品に内在する象徴性を際立たせることに成功している。ほぼ唯一の具象的美術であるチェロの存在が、この舞台ではなんと雄弁なことか。28年に渡る上演のなかでテクストと真摯に向かい合ってきたからこそ、到達することができた表現の逆説だろう。強くて美しい舞台だった。(9月1日14時開演@銀河ホール)
劇団田中直樹と仲間たち『水仙月の四日』
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〔劇団田中直樹と仲間たち『水仙月の四月』〕
地域演劇祭、二本目は西和賀在住の〈田中直樹と仲間たち〉による『水仙月の四日』を見た。この公演は田中ひとりよって語り、演じられる人形芝居だった。
田中直樹はもともとは地元の劇団ぶどう座に所属していたが、考え方の違いからぶどう座を離れ、ソロで公演を行っていると聞いた。会場は銀河ホールに隣接するUホール。Uホールの建物は円錐形のとんがり屋根と赤い壁の可愛らしい建物で一階は図書館になっている。二階のUホールは円形平面で、リハーサル室・会議室として利用されている場所とのこと。観客は床に座って見るが、今回の公演では後ろの壁際に何脚かパイプ椅子が用意されていた。
『水仙月の四日』は吹雪の一夜を雪原でやり過ごす少年の話だ。舞台が始まる前に田中から、タイトルの「水仙月」と作品冒頭で出てくる「カリメラ」という語についての説明がある。これらの語はいずれもは宮沢賢治の造語で、水仙月は2月から3月の雪深く寒い時期、「カリメラ」は「赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。水をたして、あとはくつくつくつと煮る」とテクストにあるので、おそらく「キャラメル」を指す。
『水仙月の四日』は日本有数の豪雪地帯であるこの付近の人々にとっては、とりわけその情景がはっきりと思い浮かぶ作品に違いない。田中直樹は赤いケット(毛布)をかぶった少年とその少年を見守る雪童子を15セン���ほどの小さな人形に演じさせた。これに対して吹雪のアレゴリーである雪狼は人間の顔と同じくらいの大きさの仮面、そして大吹雪のアレゴリーの雪婆は人間をすっぽり覆い尽くす大きさの紙製の面で表現していた。雪婆が登場する場面では照明が暗くなり、蛍光ライトで雪婆の巨大な顔が白く照らし出される。小さい子供たちは狭い舞台を走り回る雪狼と雪婆を怖がっていた。
少年と雪童子を小型の人形にしたことで、白くて厳しい大自然に翻弄される人間の様子が強調された。また白い美術のなかでの少年の着た鮮やかな赤のケットの色彩の対比も印象的だった。小品だが配慮のいきとどいた工夫の数々によって、大人の観客も子供の観客も異世界に誘う、優れた演出の公演だった。人形と紙製の大きなオブジェ、紙吹雪といった材料はこの作品の上演を考えると定番的な素材だが、そのスペクタクルが作り出す幻想は、宮沢賢治の物語を冗語的に説明するのではなく、その語りの美しさをより印象的に引き立てるものになっていた。(9月1日15時半開演@Uホール)
栗田桃子(文学座)ソロ朗読劇『銀河鉄道の夜』
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〔栗田桃子(文学座)ソロ朗読劇『銀河鉄道の夜』〕
銀河ホール地域演劇祭の二日目(9/2)の最初の演目は、文学座の栗田桃子によるソロ朗読劇『銀河鉄道の夜』だった。
会場は銀河ホール。舞台にはいくつものキャンドルが並べられ、中央に椅子が一脚置かれている。背景には静止画の映像が映し出される。栗田はときおり、椅子を立ったり、座ったり、あるいは歩き回ったりしながら、声色で人物を演じ分けて朗読する。
動きもスマートだし、朗読も達者ではあるが、その動作や声色の変化がことごとく定型的で、テクストに書いてあることをそのまま冗語的、説明的になぞっているに過ぎない。テクストの記述に反射的に反応するような中途半端な工夫は、かえってテクストの世界を矮小化し、観客が世界に入り込むことを妨げてしまう。あれなら座ったまま普通に読んだほうがまだ聞き手の想像力を刺激することができるだろう。広い間口の舞台で栗田の芝居が空回りしていた。栗田桃子という魅力的な女優を使った朗読劇がこんなありさまなのはいかにももったいない。演出家あるいは演者の作品に対する思い入れや独自の解釈などを感じとることができない退屈な朗読劇だった。「朗読劇ってこんなものだろう」という演出家の作品に対する取り組みの甘さを感じてしまう。
演出の単調さと照明の暗さで、五分もすると猛烈な眠気の波が襲いかかってくた。私の周囲の観客にも観客も落ちていた人がかなりいた。公演後のアフタートークで宮沢賢治記念館の学芸員と演出の西本由香の話があったが、このアフタトークでも西本の話ははなはだ曖昧模糊としていて、学芸員の語る興味深いエピソードとの対比で、演出家の作品への関心の薄さが露わになっていた。(9月2日14時開演@銀河ホール)
劇団ぶどう座『植物医師』@ぶどう座稽古場
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〔劇団ぶどう座『植物医師』〕
銀河ホール地域演劇祭で最後に見た演目は、この地を拠点に1950年以降活動を続けているぶどう座の『植物医師』だった。これは他の上演作品のような翻案ではなく、宮沢賢治の書いた短編戯曲の上演だ。私はこの戯曲を読んだことがなかったし、上演を見たことがなかった。ぶどう座は、近年は主宰の川村光夫が高齢(現在96歳)のため実質的に引退状態で、かつてと比べると活動力が大幅に衰えているという話を聞いていたのが、この『植物医師』の公演はその衰退ぶりを感じさせない充実した内容の公演だった。
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〔ぶどう座稽古場〕
公演会場は1960年代に建てられたというぶどう座の稽古場である。まさに芝居小屋といった風情の公演会場に、芝居が始まる前から心が浮き立つ。稽古場は北上線の踏切のすぐそばに、踏切の番小屋のように建っている。舞台の間口は6メートルくらいか。舞台奥の壁はさまざまな色の大きな布で覆われている。客席は板間平面と三、四段の段状、詰めれば40人ぐらいは座れると思う。
芝居の始まる前に、劇のオープニングで歌われる宮沢賢治作詞の《花巻農学校精神歌》の練習があった。観客もこの歌を一緒に歌うようにうながされる。これは楽しい趣向だった。
『植物医師』は上演時間30分ほどの小篇だ。岩手のとある村に《植物医師》を名乗る人物が引っ越してきて、植物病院を開業する。しかしこの植物医師の専門家としての知識はどうもいい加減なもののようで、いかにもうさんくさい人物だ。開業した植物病院に村人たちが次々とやってきて、枯れてしまった稲の治療法を訪ねる。植物医師はでまかせのいい加減な対処法を村人たちに伝え、お金を取る。いんちき治療法で易々とお金を稼いだ植物医師だが、彼の処方では稲の被害は収まるどころか、ますます拡大していく。村人たちが医院に戻ってきて植物医師を詰問する。植物医師は口舌でなんとかそれらの非難を丸め込もうとするが、最後には言い返す言葉もなくなり、村人たちの怒りの言葉にうなだれてしまう。善良でお人好しの村人たちはうなだれた植物医師を見て、彼に同情しはじめる。そして先ほどまでの怒りを収め、植物医師を許すのだ。その許しの言葉は、植物医師にとっては怒りにまかせた批判の言葉よりもはるかに重く感じられた。植物医師はますます打ちひしがれてしまう。
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〔ぶどう座稽古場内部〕
村人たちが入れ替わり立ち替わり植物医師のもとを訪れ、アドバイスを求める場面では、民話によく見られる同種のやりとりの反復とそのエスカレートが、笑いの効果を作り出している。岩手弁のユーモラスな響きがさらに場面の喜劇性を高めていた。不正に対する怒りと非難よりも、不正に行った人間への大らかな優しさと許しこそが力を持つという宮沢賢治らしい倫理が結末で提示されるが、最後の場面の急転が作り出すドラマの力強さと素朴さに心打たれた。村人たちの許しのことばが発せられるたびに、かがんだ体がどんどん下がり、苦悶と戸惑いの表情が深くなっていく演出と演技は見事だった。
芝居小屋の雰囲気もこの作品の上演にいかにもふさわしいものだった。まさに岩手で岩手の人たちによって演じられることによって、この『植物医師』はいっそう味わい深い作品となっていた。この地でのぶどう座の活動の歴史が染みついた稽古場で、この作品を見られて本当によかった。
終演後には稽古場内で打ち上げがあり、私も短い時間ではあったが、出演メンバーとぶどう座の旧メンバーの方々と座を囲んだ。『植物医師』は主宰の川村光夫演出でもかつて公演をおこなったが、それは27年前のことだと言う。今回の公演の演出を担当した菊池啓二さんに「今回の上演は川村さんの演出を蹈襲したものなのですか?」と聞くと「いや、前の上演はもうだいぶ昔の話で、私も見ていないし。まあ川村風にはやりました(笑)」と仰っていた。
今回のキャストには二十歳台の青年も二名参加していた。彼らは昨年から活動を始めた銀河ホール演劇部の部員だと言う。銀河ホール演劇部は、アートコーディネイターの小堀陽平氏の主導で昨年から活動を始めたサークルだ。小堀さんは「ぶどう座の表現は、この地域の人たちの身体と言葉、感覚に根ざしたものなので、銀河ホールで演劇部を作って活動をはじめましたが、外からやってきた僕たちが作る演劇が、ぶどう座を引き継ぐものにはなり得ないように思うのです。やはりぶどう座は土地の人が継承していくものだと考えています」というようなことを言っていたが、実際に公演を見るとそれが実感できる。
地域演劇祭の締めくくりでこの公演を見、そして短い時間ながらぶどう座の人たちと交流の時間を得ることがでいたのは私にとってはとても有意義なことだった。(9月2日17時開演@ぶどう座稽古場)
地域演劇祭と西和賀町文化創造館 銀河ホールの活動
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〔銀河ホール(後側)とUホール(手前側)〕
西和賀町文化創造館 銀河ホールのことを私が知ったのは二年ほど前のことだ。この劇場が、年に一度の地域演劇祭のみならず、地域に根ざした様々な演劇活動を積極的に行っていること、この地を本拠とする60年以上の伝統を持つぶどう座という劇団があること、劇場の活動の軸となっているのが東京出身で日芸OBのまだ若い青年であることなどを知ったことで好奇心をかき立てられ、いつか訪ねてみたいと思っていた劇場だった。演劇は都市のものという固定観念があった私にとって、東北の山間にある小さな劇場で多彩な演劇活動が行われていることが驚くべきことのように思えたのだ。
銀河ホールはJR北上線ほっとゆだ駅から歩いて数分のところにある。ほっとゆだ駅は北上駅から50分ほど。東京駅から北上駅までは東北新幹線で2時間半から3時間かかるので、東京からだと4時間ぐらいで銀河ホールに行くことができる。地図からの印象より案外近く感じられる。
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〔北上線ほっとゆだ駅。駅舎に公衆温泉が附属している〕
西和賀町文化創造館は、銀河ホールのある本館とUホールの別館からなっている。約三百席の銀河ホールの客席はゆったりとしていて、舞台までの距離も遠くない。暖かみのある落ち着いた木製の内装で、芝居を楽しむには理想的な空間だ。劇場の背景に広がるダム湖、錦秋湖の風景が美しい。錦秋湖の湖畔には、野外ステージもあった。
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〔銀河ホールの裏手にある野外湖畔ステージ。後ろは錦秋湖〕
人口5000人程度の自治体でこんな立派な公共劇場を持っているところはそんなにないのではないだろうか。西和賀町で演劇が特権的な文化活動になっているのは、この町で60年以上活動を続ける劇団ぶどう座の存在に負うところが大きい。ぶどう座は川村光夫という優れた演劇人のもと、地域演劇の担い手として充実した活動を行い、戦後日本演劇史に重要な足跡を残した。このぶどう座の活動実績があったからこそ、銀河ホールという公共劇場の建設が可能になったのだ。
西和賀町文化創造館(当時はゆだ文化創造館)は1993年に開催された〈第8回国民文化祭いわて’93 〉の会場として建設された。この国民文化祭を兼ねたかたちで〈第1回銀河ホール地域演劇祭〉が行われ、以後、地域文化祭は毎年秋に開催されている。当時、湯田町(2005年に沢内村と合併して西和賀町となる)の役場の職員で、この劇場運営の中核だった新田満氏に話をうかがったのだが、開館から2000年代半ばまでの銀河ホールの活動は目覚ましいものがある。毎年の地域演劇祭の開催のほか、町民を対象とした演劇学校、小中学校での音楽劇制作、行政的区画を超えた高齢者による演劇公演、そしてロシアとアメリカの演劇人を招聘し三週間にわたって行われた大規模な国際的演劇交流事業など、地方の小さな町の公共劇場としては驚異的な活動を展開していく。
しかしこの初期の黄金時代は、こうした活動に熱意をもって取り組んできたキーパーソンの退職とともに終焉を迎える。地域劇団として銀河ホールの活動に大きな影響を持っていたと思われるぶどう座も、主宰の川村光夫の高齢化とともに、活動力が低下していった。おそらく湯田町が沢内村との合併で西和賀町となり、役所内の組織にも大きな改編があった2005年以降、銀河ホールの活動は停滞期に入ったように思われる。
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〔銀河ホール内部〕
西和賀が演劇のまちとして再活性化しはじめるのは2011年以降のことだ。きっかけは2012年以降現在まで継続的に行われている《ギンガク》という学生演劇合宿事業だ。この事業の立ち上げで中心的な役割を果たしたのが、当時、日芸の大学院生だった小堀陽平さんだ。今回の滞在では小堀さんからも彼と西和賀町との関わり、銀河ホールの活動について話を聞いた。
彼は2014年以降、地域おこし協力隊の一員として西和賀町に移住し、《ギンガク》の活動のみならず、銀河ホールを核としたさまざまな演劇事業を企画・遂行していく。地域おこし協力隊の3年の任期が終了した2017年度以降、西和賀町は「銀河ホール アートコーディネーター」という職を小堀さんに用意し、彼は西和賀の嘱託職員として採用された。町の彼に対する信頼と期待の大きさがうかがわれる。
アートコーディネイターとして彼が担当する業務は文化事業全般に関わるものだが、演劇に関わる事業としては、地域演劇祭のほか、学生演劇の合宿《ギンガク》、小中学校での公演・ワークショップ、高校演劇アワード、地域中学への演劇指導、銀河ホール「演劇部」の活動、そして貸し館業務など多岐にわたっている。今後やりたい事業としては、シニア演劇、温泉・観光と組み合わせたイベント、アーティスト・イン・レジデンスなどを挙げていた。
ほっとゆだ駅から銀河ホールにかけての道に「どこにもない演劇のまちをつくろう」と書かれたのぼりが立ち並んでいるが、町外からこの町にやってきた地域おこし協力隊の青年たちがもたらす刺激によって、西和賀は演劇のまちとして新たな一歩を踏み出そうとしている。
第26回銀河ホール地域演劇祭
2018年9月1日(土)- 9月2日(日)
会場:西和賀町文化創造館(銀河ホール・Uホール)/劇団ぶどう座稽古場
主催:銀河ホール地域演劇祭実行委員会
後援:西和賀町観光協会・西和賀町芸術文化協会・西和賀町教育委員会
総合舞台監督:内山勉
テクニカルスタッフ:アクト・ディヴァイス
宣伝美術:髙野由茉 小堀陽平
特別協力(記録撮影):森山紗莉
劇団あしぶえ/島根『セロ弾きのゴーシュ』
9月1日(土) 14:00~@銀河ホール
出演:松浦 優海、門脇 礼子、上田 郁子、有田 美由樹、伊達 生、有田 美由樹、門脇 礼子、原田 雅史、上田 郁子、川村 真美、牛尾 光希、岩田 和大
演出:園山 土筆
舞台/照明:稲田 道則、岡本 敦、門脇 礼子、長見 好高、原田 雅史
音響:福井 健吾 前村 晴奈
小道具:上田 郁子
衣装:有田 美由樹 川村 真美
制作:前村 晴奈
劇団田中直樹と仲間たち/西和賀『水仙月の四日』
9月1日(土) 15:30~  総入替え2回上演@Uホール
出演:田中 直樹、田中 宏樹
演出/美術:田中 直樹
照明:小堀 陽平(銀河ホール)
雪布操作:田中 真理子
協力:湯田ドライブイン
栗田桃子(文学座)ソロ朗読劇/東京『銀河鉄道の夜』
9月2日(日)14:00〜@銀河ホール
出演:栗田 桃子(文学座)
演出:西本 由香(文学座)
照明:賀澤 礼子(文学座)
映像・音響:西本 由香(文学座)
美術:米澤 純(Jun's Light Candles)
劇団ぶどう座/西和賀『植物医師』
出演:真嶋 実、池田 慣作、菊池 啓二、高橋 節子、高橋 守、三浦 勇太
演出:菊池 啓二
舞台美術:内山 ��、新井 真紀
音響/照明:真嶋 陽
小道具:髙野 由茉
●片山 幹生(かたやま・みきお)1967年生まれ。兵庫県神戸市出身、東京都練馬区在住。WLスタッフ。フランス語教員、中世フランス文学、フランス演劇研究者。古典戯曲を読む会@東京の世話人。
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hiruzenmegata · 3 years
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2021 10/26 お知らせと日記
まずお知らせです
西荻の数寄和という場にてグループ展に参加します。話はさっそく、このグループ展から離れますが、ここは額や筆など、絵の具以外の画材を取り扱うお店の本社事務所でもあり、夏に「ギャラリーに行こう」というタイトルの公募グループ展をしています。この公募グループ展は毎年夏の恒例イベントです。若手らを中心に発表の機会を、そしてお客さんには作品を買ってみるというのをご案内する(たくさんの多様な小品が並んでおりますので)狙いもあっての、作家活動サポート企画でもあり、わたしは昨年と今年と連続で参加させていただきました。今年はとくに、「数寄和賞」という賞をいただきました。じつは恒例企画「ギャラリーに行こう」では、会期終了後に1名へこの賞を授与し、副賞として数寄和での個展開催を贈っている。で、今年それをいただいたわけです。ですので近く、数寄和さんで個展をします。まだ話はお知らせをできるほどかたまっていませんけれども、できれば来冬に行えれば、というつもりで制作をすすめておりますよ。
それはそうと、直近の開催となるグループ展のお知らせをいたします。
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「音楽を表現」と書かれています。
どういうグループ展なのかわたしなりに紹介をしてみます。っていうかDM画像に書いてあるまんまなんだけどね。要するに、「音楽をインスピレーション源とする」をルールに、レコードのサイズの作品を制作する、という企画になっております。参加者はアバウト同年代、美大出身者ばかりですが、学科でいうと油絵学科も日本画学科も。
インスピレーション源とする「音楽」は特定の楽曲でも、アルバムでも、アーティストでも、あるいは架空のミュージックでも、数寄和さんとしてそこに縛りはないのですが、わたしは特定のアルバムを念頭において3枚の新作を描きました。
「これをもとに絵を描くぞ!」って下心ありきで音楽アルバムを探すと、どうしても変にりきんでしまうだろう。そう思ったので、友人にこう頼みました。「音楽で絵を描く企画に参加するんだけど、「お題」みたいな感じでさ、なんかてきとうにアルバム3枚紹介しておくれよ、音源送っておくれよ」
んで3枚の、きいたことのないアルバムの音源を渡してもらいました。自分なりにこのアルバムのジャケットを描くぞ!ってなモチベーションで取り組んでみました。
10/29-11/7 12時から19時 (30日土曜のみ17時までだそうです)
ということで何卒よろしくお願いいたします。
なんだか最近忙しいです。忙しいし、ちょっとしたポカが増えてきており、しかもそのひとつひとつにそこそこ凹んでしまう、ダメージをくらってしまう。そうでなくてもなんだか人肌恋しいし、なんとなく元気が出ない、カラっとしない。よくよく考えると、これはもしや、これが、秋ということなのか。秋だからなんじゃないのか。「秋を味わうぞ」みたくこっちから働きかけていることはないはずなのに、秋がおれをとらえて、潜入してくるんだ… 部屋のなか小忙しく過ごすうちにも季節の干渉をうけ、気分がすっかりコントロールされてしまうなんてこと、ほかの季節にはあっただろうか。ほかの季節のことを思い出そう。
たとえば去年の春。コロナへのおそれが世間的にも非常に高かったし、いわゆる自粛というのもしっかり行われていた印象で、無職の自分は急遽開催することにしたオンライン展覧会のため、開場時間にはウェブ会場の接続を有効にし、閉場時間にはアクセスを不可能な状態に戻し、翌日の開場までのあいだにWEBページのレイアウトや作品コンテンツを変更し、更新する、ということを連日やっておった。春を感じないが、春ではあったらしい。人にみられることがなくても、春には花が咲いている。人がそれを味わうことがないとしても、春がこないことなんてない。そう思うことには無常さ・残酷さ・酷薄さと同時に、なにか赦しがあるなあ。死を思うことにも似ている。人はいずれ死ぬ、すべては平等にいなくなる。けどこんな解像度でのかみしめ方をするときは、目の前にない死を思うときだね。葬式に参加してまでそんなフラットな感じになることはそうないね。大往生みたいな死じゃなければまずはそうはならないんじゃないか。
今年の夏には、近所に住む友人Aと友人Bと公園で花火をした。国分寺市は公園花火オッケーなので。また、友人Aとは西荻にかき氷を食べにいった。「花火とかき氷」だなんて、かなり「夏」を満喫したような気がする。いや、「夏のイベント」項目をスタンプラリーしただけで、季節そのものを味わってはいないのかも。自信ないな。これ書いてて夏が恋しくなってきた。(色だけ鮮やかで、けどどうしてもぼーっとしてしまう草むらを眺めながら、垂れていく汗の筋を感じるだけで首のどこに道をつくっているのか想像できる。健康な発熱をする肌とTシャツのあいだにわだかまる暑けた空気にあんがい少年っぽい匂いの気配がひそむ)はあ、いいなあ夏。いま、気づくと友人Aと友人Bは恋人同士になっていて、ぼくはAともBとも遊びづらくなってしまいました。ここ最近のメランコリック、必ずしも秋だけのせいじゃないかも知らんな・・・
数寄和に通うこともあり、今年はよく西荻にいく。友人Aとも、かき氷よりも前、6月くらいかな、そのときにも西荻にいきました。たまたま見つけた古本屋にびっくりしました。わたしが高校生のとき、学芸大学や都立大学の古本屋によく行っておったのですが、これらの古本屋の系列店だったんです、西荻にあったやつ。こんなところで、懐かしいこの感じ!と驚いて、思わず飛び入りましたがいい店です。棚の分け方と並びが独特なんです。「ミステリー」「時代小説」とかではわかれてない。「ハードボイルド刑事もの」「医療ミステリー」とか、ちょっと細かいのよ。んで、エロ本とカメラ雑誌、「エピステーメー」や「銀花」、少女漫画と「山と渓谷」、ひとつの廊下を構成する棚にさまざまなジャンルのものがひしめいている。さらに、そうだな、たとえば「開高健(かいこう・たけし)」というインデックスに並べられた文庫らの背をみるとそこに並んでいる本の著者は開高じゃない。里見惇、内田春菊、古井由吉、北杜夫、とかが並んでいて、めちゃくちゃなんですよ。
つまりさ、いろんな本があるんだよなあ~っていうのがひと目にはいってくる店内であり、思いもよらなかった本に出会う「事故」の可能性が高い場所でもあるってわけで、これが楽しくてよく通っていたものです。
ここにかつて書いたことがあったかどうか。姉がいるのですが、彼女は非常にかき氷が好きで、かき氷マニア、かき氷オタクで、聞くところによると平日には毎日モンスターを飲み、週末にかき氷を7杯ほど食し、んでもってそのときに撮りためたかき氷写真を一日一枚切り崩しながらの毎日更新かき氷インスタグラマーとしての活動(?)をしている。友人Aと花火のかえり、 「もうちょっと、あとひといき、夏を味わいましょう!」話してかき氷というワードがでてきましたから、わたしは久々姉に連絡をいれ、その結果西荻の店を紹介されました。hanakoとかいうお店で、味のある民家が店スペース、むかしのiPodシャッフルからDEPAPEPEが流れていました。DEPAPEPEが演奏するマイケルジャクソンの「スリラー」を背に、コーヒー味のかき氷を食べる。後日報告した姉からは、「おすすめした味のやつ選んでないのウケる」ときました。 
友人A、高校生くらいのとき雑誌かなんか読みこみつづけることで、まったく聞いたことはないのに、そのときどきではやってる曲とアーティスト名だけ覚えてて、口から固有名詞がよくでるもんだから、「めっちゃ音楽聞いてる、詳しい人」として自分を偽っていた、らしい。こんな話じゃなかったかもな。まあいっか。あ、あと東京事変の話もした気はする。まあ無理に音楽によせなくていいか。
あうそうそ、音楽に寄せられるぞ。
えっと、まあひとまず続けるか。友人Aと西荻hanakoをでて、それから吉祥寺、そして三鷹へと散歩をしました。三鷹駅で電車に乗って立川までいき、立川で焼肉を食べて帰りました。吉祥寺に、さっき消火されたばかり、みたいな生々しい黒焦げの建物があって、その前を通りがかったときの友人A「クロウカードのしわざかもしれない」と急にカードキャプターさくらみたいなことを、おれに聞かせるでもなく呟いていて、こわかった。お前はカードキャプターじゃないぞ。立川でセミかカブトムシか、おおきめの虫が飛んできたとき、ビビったわたしが「あっおおきめの虫ですっ!」と路上で叫んだら、友人A「おおきめの虫です?」と、 おれに聞かせるでもなく小声でわたしの言葉を繰り返していた。文句がよ、あんのかよ。
あれはもう4年も5年も前のこと。D君という、まあそれはそれは品のよい美少年と知り合いまして、多少仲良くなったために、ごはんでも食べようちゅって西荻にいったことがありました。西荻でうろうろし、でけえ木のある公園にいき、湖のある公園にいき、それはD君の希望でいったんじゃなかったかしら。彼は音楽やっていて、当時は(いまもつづけている)バンドの立ち上げのときだったんじゃなかろうか。僕は音楽をしているわけではないけれども、まあ、いうたら「ヤング・アーティスト」をしているので、そんなわけで買いかぶりの多い一種の憧れみたいなので仲良くしてくれてたんじゃなかろうか。西荻で昼食を食べたあと、吉祥寺へと散歩をしました。途中、明らかに民家でしかない建物に、オール小文字での「hanako」という看板がでているのを見つけ「ケッ! いかにもまあ、中央線 高円寺・阿佐ヶ谷~吉祥寺 のかんじ!!」と印象を受けました。まさか姉にすすめられ行くことになるとは。D君との散歩は夏、とても暑い日で、わたしは汗だくになり、自分がくさくないかを気にしている。
吉祥寺について、喫茶店にはいる。美少年D君は「ちょっとお手洗いに」と席をたち、少し経って帰ってくると、便器が和式だったことにはじまり、「いまうんこをしてきた」という話をしっかりしてくれました。ちょっとだけ、ひいちゃった。ひいちゃったっていうか、戸惑った。その、そんな人、はじめてだったので・・・。
※音楽の話ができる!って思ったのだけど、D君の環境や、彼自身のやっている音楽のことに言及すると、かなり個人が特定できるのでできませんでした。
かき氷大好きねえちゃんとはそんなに会わない。連絡もそうない。ぼくが久しぶりに声をかけたこと、しかもその内容が彼女の大好きなかき氷についての質問だったこと、それなりにうれしく思ってくれたらしい。さて、つい先日、母方の祖母が亡くなったため葬式にいきました。95歳の大往生で、とても「いい式」だった。そこで久々に姉に会い、さらに葬式のあと、姉と一緒に下北沢にいきました。んで、姉の彼氏と会いました。これは当日いきなり決められ、巻き込まれたイベントで、わたしのみならず姉の彼氏としても突然の流れだった。先に下北沢で待っている姉の彼氏は、恋人たるわたしの姉に対し「青と白のストライプのシャツです」と初対面待ち合わせみたいなメッセージを送っていた。俺との初対面がちらつくので出てきた言い方なんだろうかな。弟さんのことはたびたび話にきいてます、とにこやかな彼の口からも、西荻のかき氷屋を教えて!って連絡によろこんでいたとの言質をいただきました。
姉は猫と暮らしている。ちかごろ、ディープラーニングを活用した「猫語翻訳アプリ」というのがある。ジョークグッズなのではなくて、ほんとうに、それなりに、信用のできる情報処理アルゴリズム、だそうです。猫の声や訛りではなく、周波数というか、まあ、知らんけどね、どういうニュアンスの言葉なのか、というデータを蓄積しまくって、それを活用し、かつまたデータ収集もしてる、というアプリ。
姉が暮らす猫は、ちょん、ちょん、ってつついてきたりはするけど、体あんまし触らせてくれない。そんなクールな猫ちゃんの言葉をこのアプリで翻訳してみると、画面には「愛しい人!」「こっちをみて」「かまって」「愛してる」「大好き!」「わたしはここよ」など、かなりヘヴィな愛の言葉ばかりが並んだ。姉は胸を甘酸っぱくときめかす。なんということでしょう! んで、逆の発想を思いつく。自分が猫をあやすときにときおり口にしてる猫の鳴きまねが、どういうニュアンスで猫に伝わっているのか、興味をもった。ためしに、いろんなイントネーションでの「にゃ~~」をアプリに話しかけてみた。すると、「おい!かかってこい!」「喧嘩だ!」「喧嘩の時間だ!」など、すべて攻撃的な文言になったという。「もう猫の鳴きまねで話しかけない」と決意したという。
けど言葉の意味って固定した1対1対応のものじゃなく、むしろ使用のなかでどんどんかわっていくものだから、毒蝮三太夫の「クソババア」みたく、姉の鳴きまねの「喧嘩だ!」も、「この人はこういう愛情表現なのね」と、猫側がそう解釈を更新していってくれる可能性はある。
これは思い出じゃなくてまさにいま、まさにいまのおれのこと。部屋にいる。朝の四時です。ベッドにブルーシートしいて、そこにパネルならべて、塗料ぬって、乾かしてる。いま朝の4時の前。さむい。寝るに寝れない。さむいね、さみしいなあ。
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koudelkalightnovel · 6 years
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Collections of Hiroki Kikuta’s blog
1997年秋から1999年末まで携わった、 「クーデルカ」という仕事は、僕の人生の中で大きな意味を持つ。 嬉しかったこともあり、残念だったこともあり、しかし、制作に費やした二年間は、 無駄ではなかったと、今振り返って思う。 サクノス立ち上げに助力していただいた、元セガ副社長の故藤本敬三氏の思い出。 ロサンゼルスはウエストハリウッドでの夢のようなモーションキャプチャーセッション。 胸に浮かぶままに、語るべきことは尽きない。 ここでは、写真、設定資料、デザイン画を中心に、ゲーム制作のプロセスと、 その印象を綴っている。 クーデルカのための宣伝用イラストレーション/1998 岩原裕二 部分 このサイトは、1999年12月にプレイステーション向けホラーRPGとして発売されたゲーム「クーデルカ」のディレクター菊田裕樹が、制作資料の掲載や作品解説を目的として運営するものです。ゲームをプレイしてくれたユーザーが、より深くクーデルカの世界とその魅力に親しんでもらうために、僅かなりと助けになれれば幸いです。 --- 「クーデルカ」のモーションキャプチャーは、1999年1月、ロサンゼルスはサンタモニカにあるスタジオで収録された。技術面を担当したのはフューチャーライト。普段は「ゴジラ」等のハリウッド映画のSFXを担当している映像制作会社である。遡る1998年9月、僕はイベント系を担当する人員の不足から、それを全てモーションキャプチャーで賄うという構想を建てた。全体で見れば一時間をこえるイベントシーンを、手打ちのアニメーションとスクリプトで実現しようとすれば、5人がかりの仕事となる。しかも、一向に従来のRPGの域を出ない、面白みの無い方法だ。ゲームのドラマ部分を表現するために、効果的で、目新しくて、しかも大きな省力化になる方法として、モーションキャプチャーは画期的な試みだった。無論、問題はあった。技術的に不可能だというのだ。物語の性質上、最大4人を同時にキャプチャーし、併せて音声も収録する必要があったからだ。僕はまず、日本国内のスタジオで実験をし、手応えを掴んだ。その結果、モーションキャプチャーは十分に魅力的な効果を生み出すという確信を得た。しかし同時に、僕の要求する仕様は日本国内では実現不可能であるということも分かった。だが、そこで諦めてはクリエイターが廃る。幸い、以前「双界儀」の録音でお世話になったデイブレイク社の大竹氏が、海外のコーディネイターに詳しいというので、畑違いながら探してもらったら、ロスにそれらしい技術を持った連中が居るという。早速連絡を取り、俳優のオーディション方々会いに行った。ところが実際に会ってみると、彼等も僕が考えるような仕様でキャプチャーをしたことがなかった。4人を同時に、音声もいっしょに、しかも数分に及ぶ芝居をいっぺんに収録する。そんなの聞いたことがない。しかし驚いたことに、面白そうだから是非やってみょうと、彼等は言ったのだ。新しいことにチャレンジするのが嬉しくてしょうがないスタッフ達。こうして、この前代未聞の試みは実現したのである。 クーデルカを演じてくれたヴィヴィアンとエドワードを演じてくれたマイケル。100人程のアクターをオーディションした中から選んだ人達だ。アメリカのアクターの層は厚い。皆、良い作品に出演することを夢見て、演技の勉強をし、技術を身に付け、レストランなどで働きながらハリウッド近辺で暮らしている。アメリカでは基本的に、どのような有名な役者でも、名前だけで出演が決まることはない。必ずオーディションをして、その役に本当に相応しいかどうかを確かめられる。彼等は、役の大小に限らず、それを勝ち取ることに真摯で、また仕事に臨んでも出来るだけ良い結果を残そうとする姿勢を崩さない。 セッションに参加してくれたスタッフ達。フューチャーライト側から、モーションキャプチャーの陣頭指揮にあたってくれたダン・マイケルソンをはじめ、プログラマーのランディ、エンジニアのジョン。彼等は4日に及ぶセッションの中で起った、様々な問題に素早く対処してくれた。日本側から、クーデルカのモーションを担当した竹原君。IPG側から、わざわざこのコーディネイトのためにニューヨークから駆け付けてくれたポール。そして、サウンドエンジニアのキース。 写真中央、このセッションのディレクションを全て担当してくれた、IPGから参加のデビッド・ウォルドマン。彼は日本でビデオクリップのADをしていた経歴があり、日本語が話せたため、今回の仕事に適任として選ばれた。映像制作の現場でのノウハウや、その進行に関して、彼に学ぶところは大きかった。その後、ロスでムービーキャメラマンの学校に入り、本格的に映画制作を志しているらしい。左は、��ビッドの女房役のADであるクレイグ。右に居るのは、9才のシャルロッテ役を演じてくれた12才のサラ・パクストン嬢。その可愛らしさで、スタジオの人気者だった。しかし、プロとしての意識は本物で、長台詞を覚え、慣れないキャプチャーに戸惑うこともなく、見事に演じてみせた。下の写真は、キャプチャーセッションに先立つ、リハーサルの時のもの。近くのホテルで部屋を借り、本番の時と同じように、全ての芝居をチェックする。この時キャラクターはどんな気持ちなのか、何を考えながら演じればいいのかを、ひとつひとつ、押さえていく。このシーンは、クーデルカとエドワードが、オグデンとベッシーにスープを振舞われるところ。中央に、いかにも人の良いおばさんを演じてくれた人の良いおばさん、デニス・ホワイト。 スタジオというよりは工場といった有り様だが、実際すぐ横にプロップを組み立てる工房があったりした。一応サウンドステージとして作られてはいるのだが、防音がしっかりしていないため、上空を飛ぶ軽飛行機の音がうるさくて、撮影が中断したのには参った。真中に置いてあるのは、ジェームズら3人が大聖堂に入る扉が開かなくて悪態をつくシーンのための大道具。例えば、扉を叩く芝居が欲しい時に、何もないのにそういう振りだけしても、リアリティーは生まれない。扉を叩く時には、そこに扉があるべきだ。下の写真は、ゴミの山に埋もれてひっそりと稼動しているSGIのONYX。これに限らず、驚くような機材が、ごく当たり前に使われているのをあちこちで見た。聞けばそれらは全て、レンタルなのだという。こういう所にも、日本との状況の違いを感じた。右は、連日に及ぶ深夜の撮影で疲れ果てて眠りこける僕。 2000/11/25 菊田裕樹 --- ヴォイニッチ文書 部分 Emigre Document 紀元前5000年をさかのぼる昔、ブリタニアには高度な巨石文明を持った民族が栄えていた。今も島のあちこちに残るドルメンやストーンサークルは、現代科学を持ってしても不可能と思われるほどの彼らの技術力を、我々に示している。彼らはケルト人が到来するまで、全世界でも最も進んだ文化と文明を持つ民族であった。エジプトでピラミッドが建築される遙かに昔。中国、バビロニア、イスラエル、どの文化圏よりももっと以前に、ブリタニア全土に分布する巨石遺構は建てられたのである。 その力の秘密は、彼らの持つ宗教にあった。彼らは大地より湧きいでる生命の秘密に手をかける術を知っていたのである。生と死を操り、不死や、あまつさえ死者の再生をも我がものにし、労働力としての人間ならざる怪物を生み出し、高度な文明を築き上げた。それは自然の持つ輪廻の法則そのものを御する行いであり、神の為す神秘に等しい。いや、彼らこそが原初の「神」だったのかもしれない。彼らはその「神を遙かに遡る世界の成り立ちの秘密」を、文字にして書き記すことはなかったが、その祭儀や術としてのノウハウは、ケルト社会のドルイド僧に引き継がれた。ドルイド僧は古代人の残した祭儀法を基盤に、自分たちなりの技術的アレンジを加え、古代人には及ばないまでも、天地の秘密を力に変換することを自らのものとした。 だが、彼らもまた、自分たち��慣習や宗教に関して書き残すことをしない。ケルト民族の在りように関して最初に言及したのは、まさにそこを征服せんとして兵を進めたユリウス・カエサルである。しかし、彼が紀元前50年頃に「ガリア戦記を」書き記す以前に、前4世紀頃ケルト民族と親交のあったアレクサンダー大王が、アレクサンドリアの大図書館に收めるべく、ドルイドの秘儀をギリシア語で文書化させていたのである。彩飾図版を交えて作成されたこの文献は、その任に当たった人物の名を取って「エミグレ文書」と名付けられた。 この文書は閲覧を禁じられた秘密の書として王宮の図書館に保管された後、戦禍を逃れて持ち出され、数世紀の間、各所を転々とする。その間にはキリスト教の成立やローマカトリックの隆盛などがあるが、6世紀に入り、アイルランドに様々な修道院が建設され、写本事業が盛んになった結果、イタリアの片田舎に忘れられていた「エミグレ文書」は、リンデスファーン島にある写本で名高い修道院に持ち込まれた。だが、ギリシア語に堪能でない彼らは、内容の美しさや彩飾の艶やかさに目を見張りこそすれ、文書の持つ本当の力に気づくことはなかった。 9世紀に入って、度重なるヴァイキングの来襲により、蔵書の保存に危機を感じた修道院は、重要な文献を各地に避難させ始める。アイルランド生まれで敬虔な信者であるヨアヒム・スコトゥスとダニエル・スコトゥスの兄弟は、大修道院長より「エミグレ文書」を託され、その内容に驚愕した兄ヨアヒムは弟ダニエルをウェールズの辺境にあると記される聖地へ赴かせ、自らは写本を携え、フランス王の元に庇護を願い出た。弟ダニエルは聖地で修道院を建て、祈りを捧げて一生を終わる。兄ヨアヒムは碩学として歴史に名を残すが、その死後、ローマ法王庁に写本を接収されてしまう。 キリスト教を脅かす力を持ったこの文書は、ローマ法王を恐怖させ、禁断の書物として誰にも閲覧を許すことなく、書庫の奥底にしまい込まれたが、13世紀になってその損傷の激しさから、新たな写本を作る必要が生じ、当時最高の知識人として名高かったフランチェスコ会修道士ロジャー・ベーコンにその任が与えられた。彼は10年にも渡ってフランスに幽閉され「エミグレ文書」を精確に複製することを強いられたが、その過程で文書の知識は彼の物となった。秘密を守るため彼をそのまま監禁し、二度と世に出すまいという法王庁の意図とは裏腹に、彼は密かに外部と連絡を取り、自らが解読した文書の示す聖地へ赴き、生命の秘密を探る試みに取りかかるべく、着々と準備を進めていた。 彼は、先にダニエル・スコトゥスが建てた修道院を改修し、実験施設となるべきゴシックの大聖堂を建築させた。そこで彼がどのような秘術を試みたのかは、記録に残っていないが、法王庁の手を逃れフランスを脱出した彼は、二度と姿を現すことはなかった。彼は、姿を消す前に、新たな一冊の写本を残している。エミグレ文書の記述を元に、ウェールズ語の暗号で書かれたその写本は、聖地の修道院に残されていたが、16世紀になってエドワード・ケリーとジョン・ディーによって発見され、新たな写本として書き直され、さらにローマの修道院を経て、20世紀になって古物商ヴォイニッチによって再発見され、ヴォイニッチ文書と名付けられて、現在エール大学のベイニック図書館で閲覧できる。 また、ロジャー・ベーコンによって複製された「エミグレ文書」写本(原典は破棄された)は19世紀までヴァチカン宮殿の奥深くに秘蔵されていたが、1890年頃何者かに盗み出され、以後その行方を知る者はいない。ダニエル・スコトゥスが建てた修道院は1536年の修道院廃止例の後、政治犯や重要犯罪人を拘留し処刑するための施設へと転用され、聖なる場所で多くの人命が闇に葬られた。 (設定資料より) 2000/10/25 菊田裕樹 --- 2000/10/25 Hiroki Kikuta Koudelka Iasant 1879年生~没年不詳。イギリスはウェールズの田舎、アバージノルウィンの寒村生まれのジプシー。幼い頃から強すぎる霊能力を持ち、様々な怪異を起こすため、呪われた存在としてジプシーの世界から追放される。1888年9才頃ロンドンで霊能力者ブラヴァツキー婦人に拾われ、秘蔵っ子として厚遇されるが91年婦人が他界すると共に、再び放浪の旅へ。普段は霊媒として失せ物を探したりして、糊口をしのいでいる。 年は若いが、世の中の事情を一通りわきまえたところがあり、良く言えば大人、悪くいえばすれっからし。普段はあまり明るい顔をせず、大体において不機嫌そうで態度が悪いが、時折女らしいところを見せる。差別される者や愛されない者に肩入れする傾向がある。自分を表現することが下手。 (登場人物設定資料より) Notes クーデルカという名前は、著明な写真家であるジョゼフ・クーデルカから採ったものだ。口にした時の不思議な響きと、民族や国籍を感じさせないところが気に入って、名字ではなく名前として使わせてもらった。手元の資料を見ると、キャラクターデザインの岩原裕二氏にコンペ用のスケッチを発注したのは1998年の3月26日だが、遡る2月10日の段階で、僕はゲーム全体の進行手順と、シナリオの箱書きを完成させていたし、キャラクターの心理設計も完全なものとなっていた。クーデルカはジプシーの出身である。彼らはインドをもっとも古い故郷とし、放浪に生きる人々で、自分たちのことを誇りを込めてロムと呼ぶ。それは人間という意味である。一般社会の人間たちとは隔絶され、自分たちの血縁関係の中だけで生きている彼らにとって、追放はもっとも苦しい罰となる。クーデルカはその特異な能力ゆえに、子供の身でジプシーを追われることになった。僕は彼女を、どこにも安住することを許されない、最も孤独な存在として設定した。平和で豊かな暮らしの中に、彼女の居場所は無い。呪われた魔物や幽霊が跋扈する、廃虚の暗闇の中にだけ、かろうじて自分を置くべき空間を見出せる。クーデルカは、そういう悲しい存在なのである。 岩原氏はこのプロジェクトのために、100枚にも及ぶキャラクタースケッチを描いた。クーデルカだけでも数十枚になるが、そのほとんどはポリゴンによるモデル化のための制約から来る衣装デザインの試行錯誤であり、キャラクターの本質部分に関しては、最初から完成形に近いものを掴んでくれていたようだ。また、氏にはゲームの制作に先行して角川書店の雑誌で漫画連載を始めてもらい、ゲーム設定の1年後のストーリーという立体的な構成で、物語の厚みと魅力を増すことに貢献してもらった。 クーデルカのポリゴンモデルは、当時広島のコンパイル社の倒産で行き先を捜していた渡辺伸次氏に、経済的に援助するということで東京に移り住んで制作してもらった。彼は同社の仲間とCGスタジオであるD3Dを設立した。そのころの彼等には全く実績が無かったが、見せてもらったプロモーションムービーのキャラクターの動きに並ならぬ情熱を感じ、彼等と一緒に新しいチャレンジをする気になったのである。しかし実際、キャラクターのモデリングは難航した。ゲームスタッフ側の無理解も大きな原因だったが、D3D側もクーデルカほど高いレベルのモデルを作るのは初めてとあって、試行錯誤のために何ヶ月も時間が必要になった。リテイクに次ぐリテイクの嵐。最終的には、僕自身が彼等の後ろに付いて、鼻をもう少し縮めてだの、唇をもう少し上げてだのと細かく指示を出し、なんとか納得のいくものに仕上がるまでに半年近くかかっている。 モーションキャプチャーにおいて声と演技を担当してもらったヴィヴィアン・バッティカ嬢は、米サンタモニカ・スタジオで行ったオーディションの中で、クールで独特の色気があり、抑えた芝居の出来る人として選定した。ただ可愛いだけではなく、クーデルカの持つ陰の部分を表現するためである。彼女自身まだ若く経験も浅いとはいえ、その熱意と努力は相当なもので、10分にも及ぶ長丁場の芝居、何十行もある長台詞を、たった数日で完全に頭に入れて撮影に臨む辺り、なるほどプロというものはこういうものかと感心させられた。度重なる技術的不備にも嫌な顔をすることなく、エドワード役のマイケル・ブラッドベリーと現場の雰囲気を明るく盛り上げてくれたことには、感謝の言葉もない。 2000/10/25 菊田裕樹 llustrated by Yuji Iwahara このページ内の全ての画像及び文章の著作権、版権、複製権、二次使用権は全てその正当な著作者、権利所持者に帰属します。よって、無断複製、無断転載を含め、著作権法に違反する形態でのあらゆる利用を禁止します。 All Rights Reserved 1997 1998 1999 2000. クーデルカは(株)サクノス・SNKの登録商標です。 All Rights Reserved (C)SACNOTH/SNK 1999 --- Nemeton Monastery イギリスはウェールズ地方。アバースワースにほど近い、海沿いの断崖に、人気もなく廃墟と見まごうようなネメトン修道院がある。ちょっとした公園ほどもあるその敷地の中には9世紀頃に建てられたと思われるロマネスク様式を色濃く残した修道僧の宿坊をはじめ、13世紀頃に建てられた飛び梁も美しいゴシックの大聖堂、会堂をかねた図書館、鐘つき堂、屠殺場を兼ねた炊事場、処刑台に使われた東屋、近代になって建てられた宿舎などが、全体を囲む壁と一体化して並んでいる。16世紀に修道会を禁ずる制令が発布されるのを待たずして寂れ、廃墟と化したこの場所は、17世紀に入って政治的な犯罪者や虜囚などを閉じこめたり処刑したりする目的に使用された。今でもどこかに地下牢が隠されているといわれている。近代になって、訪れる者も居なくなり、荒れるに任せていたのを、ある資産家が物好きにも買い取って移り住んだが、程なくして彼は姿を消し、後には様々な憶測と噂だけが残った。あるいは、財宝が隠されたまま埋もれているといい、あるいは、悪魔が彷徨っているといい。再び廃墟と化したこの修道院を訪れるのは、人目を避ける犯罪者や一攫千金目当ての食い詰め者だけだった。 (制作資料より抜粋) ネメトン修道院初期設計図/1998 松野泰三 1998年2月の段階で、ゲームの進行に伴う、マップ全���像の設計は、ほぼ出来上がっている。八棟の建物、地下道、墓地など、全部で100個見当の区画からなる構成で、イベントと連動して移動できる範囲が拡がっていく。実は、このような閉鎖された空間を舞台として設定したのは、単に演出的な意図によるものではなく、人的物理的制約による結果なのである。例えば、高度に訓練されたグラフィックスタッフが20人居るならば、一年間に500から600枚を超える背景画を制作することが可能だ。しかし、楽観的に考えても数人が限度と思われる人材確保の現状を前提にすると、およそ100マップ200~250画面が、用意できる背景数の上限と見なければならない。一般のRPGのように、ワールドマップがあって幾つもの街があって、などという仕様は、最初から無理。そこで、極めて限定された空間を設定し、それを有効に活用しつつ、様々な雰囲気のバリエーションを提供できるような仕掛けを考案した。それがホラーRPGという枠組みだったのである。 ネメトン修道院初期設計図/1998 松野泰三 ネメトン修道院を構成する建物群は、そのひとつひとつが、建てられた年代も、目的も異なるものである。各々の建築様式の違いは、ドラマの進行と相まって、ユーザーを飽きさせないための装置として機能する。扉を開けて新しい建物に入る度に、物語が次なる展開を迎えたことを実感してもらうために。微にいり細にわたり、緻密に作り上げることが、あたかも実際にそこに居るかのような臨場感を生む。そのために最も必要だったことは、実際の建築物を参考にすることであった。 ネメトン修道院初期設計図/1998 松野泰三 物語上でアバースワースとしたのは、アイルランド側の海岸にその場所を置きたかったからだが、98年8月にスタッフを伴って訪れた実際の取材は、ウェールズの下側に位置する観光地ペンブロークシャーを中心に行った。その一帯は、草原から突然に切り立った断崖が現れ、地平線の彼方まで続く、不思議な景観の土地である。その周辺に夥しい数の修道院や城跡が存在する。あるものは往時を偲ばせて健在だが、ほとんど廃虚と化した遺構も多い。セント・デイビッド教会は、中世そのままの姿で我々の目を楽しませてくれると同時に、石造りの聖堂が持つ、独特な雰囲気を理解するのに役立った。また、垂れ込めた雲と雨が作るどんよりとした暗い空気は、実際にその場に立ってみないとイメージできないものである。近辺の修道院の壁や石組みを大量に撮影して、3Dモデル用のテクスチャーとして使ったのも、大きく意味がある試みであった。 さて、ネメトン修道院の大聖堂はゴシック建築として作られているため、本当ならば、その常として側廊が無ければならない。ゴシック建築は荷重を分散する構造にすることで壁を薄くし、ステンドグラスの設置を実現しているからである。しかし、ゲーム仕様上の制約としてプリレンダリングのマップを考えた時に、多数の柱を立体的レイヤーとして配置することが困難であるために、内部を単純な箱型にせざるをえなかった。外側から見ると、飛び梁様の補強柱が一定間隔で取り付けられているが、現実の物として考えれば、全体の重量を支えるために、壁自体もさらに厚くせざるをえないと思われる。なお、大聖堂頂部の鐘突き堂は、そのものが飛び梁によって構成されている特殊な形式だが、これは架空の物ではなく、実際に存在するスタイルであることを付け加えておきたい。 2000/10/25 菊田裕樹 --- Library : クーデルカという物語 By 菊田 裕樹 – 2000年 3月 28日Posted in: Library, Library : ARTICLE    クーデルカという物語    2000年3月 公開    このサイトを御覧の方には僕の制作した    RPG「クーデルカ」を未プレイの向きも多いと思う。    手短に説明すると、19世紀のイギリスはウェールズの    片田舎にある今は廃墟同然と化したある修道院を舞台に、    クーデルカという19才のジプシーが出会う様々な    怪異をテーマにした、いわゆるモダンホラーと    呼ばれるジャンルに属するゲームである。    僕はこの作品のコンセプトに始まり、キャラクター設計、    マップ構成、シナリオ、ムービーや    モーションキャプチャーイベント部分の    ディレクション等など、様々な種類の仕事をした。    基本的な部分の組み立てには約3ヶ月ほど要しただろうか。    全部で100冊以上の本に眼を通したが、    物語の発想の土台となったのは、    「幽霊狩人カーナッキ」という本であった。    短編集で、主人公である怪奇現象研究家カーナッキが、    様々な「怪異」と「怪異に見えるもの」に遭遇し、    あるものは解決し、あるものは良く分からないまま    終わる(笑)という、味わいのあるホラー小説集だ。    興味のある方は是非一読されたい。    さて、僕が物語を組み上げる段階でこだわるところは、    歴史上の事実を曲げないということである。    実際に起こったとして、記録に残っている様々な事件を、    相互に関連付け、その隙間を虚構で埋めていくという    やりかたが僕は大好きだ。    同じ嘘をつくのでも、まったく根拠も無く考えるのと、    事実に基づいてその基盤を組み上げていくのとでは、    細かい部分でのリアリティーが違ってくる。    だから、クーデルカという物語には、    プレーヤー諸氏が考えているよりも、    ずっと多くの史実が含まれている。    エドワードやロジャーが実在の人物である事など、    歴史に興味のある方は、調べてみられるのも一興かと思う。    1898年は科学と迷信がせめぎあう世紀末の、    まさに移り変わる一瞬を捉えて興味深い時代である。    明ければすぐに1900年、近代科学文明の浸透の    象徴ともいうべき、パリ万博が開催される。    そしてそれこそが、僕がクーデルカの続編と    目論んでいた物語の舞台なのである。    ウェールズを描くために、ロンドンやペンブロークに    足を運んだのと同じように、僕はパリやベルギーに    取材をするつもりだった。    (パリ万博に出展されていた建物が、当時の    ベルギー王の要望で買い取られ、    ブリュッセルに現存するのだそうだ)    会場から郊外を結んで建設された地下鉄と、    そこで起こる怪異。エースネクスト誌連載中の    漫画版のエピソードを終えたクーデルカが、    拠ん所ない事情でパリを訪れ、地下に巣喰う    亡霊どもの争いに巻き込まれていく。    実はクーデルカの続編は、僕の頭の中では4作目まで    出来ている。第一部イギリス、第二部フランス・・・    とくれば、第三部はアメリカである。    時代は大きく跳んで、1973年アメリカはシカゴ。    主人公は、シカゴ大学で教鞭を取る文化人類学者、    クーデルカ・ロードメル。    クーデルカの娘アメリアが後に渡米して産んだ子供で、    つまりは孫だ。ベトナム戦争末期とあって、    帰還兵が持ち帰ってしまった悪霊が、    様々な殺人事件を引き起こすのを、まだ生きている    ロジャーの助けを借りて解きあかしていく。    (ちなみにロジャーはスーツを着て出てくる)(笑)    そして第四部は1984年奈良。    関西大学で教える���人の宗教学者の元を訪れたクーデルカは    何者かに命を狙われ、陰陽師や式神と戦う羽目になる。    奈良の巨石墳墓や京都の町並みが、    雰囲気造りに一役買うだろう。    残念なことに、今のところ僕がそれらの    続編を作る予定はないが、    小説のようなものであれば、書いてもいいかなあと思う。 Story of Koudelka : Library --- Haven: On Koudelka, you served as producer, writer, and composer. What were some of the goals you accomplished in taking on these various responsibilities? Were there ways in which the project could have been better realized? Hiroki Kikuta: Let me begin by saying, whenever you divide up responsibilities among a group of people concerning the judgments that get made on a project, the end quality is bound to suffer as a result. To keep the quality high and the schedule organized on a project, it's better for as few people as possible to be making key decisions, and for them to be communicating within the group with as few conflicts as possible. The ideal situation would be for but one director to be delegated the responsibility of expressing his or her creative vision. That said, for Koudelka, I was pursuing that degree of creative control. To prepare, in gaining an understanding of the game's setting, I read about one hundred books on English history, touching on periods from the Medieval era to around 1900. It proved useful in discovering relevant episodes which could be incorporated into the story. Having several events to ground the plot in a kind of historical reality, I then started building on that foundation with some fictional events. For example, the character of Edward is based on an actual Irish dramatist named Edward Plunkett, 18th Baron Dunsany, while the woman who writes a letter for Charlotte is based on Sophie Dorothea of Württemberg. Roger Bacon is, of course, a historically famous philosopher. Also, the incident on the Queen Alice really occurred and is recorded in the captain's log of the vessel. By filling out the gaps in those historical events with fictional incidents, such as the Emigre Document and reincarnation ritual, I aimed at providing a realistic basis to the imaginary aspects of the story. Before production, some members of our staff went on a trip to Whales to gather information and capture the genuine atmosphere of the place with our own eyes. We demanded extreme accuracy in providing the background details, and we even used motion capture technology to provide culturally appropriate body language for the characters, techniques advanced enough to compete with the standards of the Hollywood industry at that time. Those challenges, which were provided by the passion motivating that project, were the real essence of Koudelka. Koudelka, "Patience," music sample I remember that I was reading the critical biography of James Cameron, who was making Titanic at that time, on the airplane to England. I was overwhelmed by his tremendous efforts to capture those startling images. At that time, I realized that it is necessary for creative work to have a degree of obsessive passion involved. I hope that some degree of that conviction had a positive result on the end product. --- As soon as it is in the year 1900, the Paris World Expo is to be held as a symbol of the penetration of modern scientific civilization. And that is the stage of the story that I was thinking as a sequel to Kuderuka. In the same way that I went to London and Pembroke to draw Wales, I planned to cover Paris and Belgium. (It seems that the building which was exhibited in the Paris Expo is bought at the request of the King of Belgium at the time and exists in Brussels.) The subway built by connecting the suburbs from the venue and the monster occurring there. Kuderuka who finished the episode of the comic version in the series of Ace Next magazine visits Paris due to circumstances that are not based, and is caught up in the strife of ghosts who nest underground.    (The first line of the Paris Metro opened without ceremony on 19 July 1900,[4] during the World's Fair (Exposition Universelle - that is what is meant by subway) Actually, the sequel to Kudelka is made up to the 4th in my head. Part 1 England, Part 2 France · · ·     If you do, the third part is the United States. The era greatly jumped, in 1973 America was Chicago. The hero is a cultural anthropologist, Kurdelka Roadmel, who teaches at the University of Chicago. Kuderuka's daughter Amelia is a child who gave birth to the United States later, that is, it is a grandchild. With the end of the Vietnam War, the evil spirits brought back by the returning soldiers will solve various murder cases with the help of living Roger yet.     (By the way, Roger comes out wearing a suit) (lol) And the fourth part was Nara in 1984. Kurdelka who visited the origin of a religious scholar of a friend taught at Kansai University is targeted to someone, and it will be fought against the Yin Yang masters and the expression god.     The megalithic tomb of Nara and the townscape of Kyoto will contribute to the atmosphere building.     Unfortunately, for the moment I have no plans to make those sequels, but if it's like a novel, I wonder if I can write it. --- RocketBaby: At what age did you become interested in music? Hiroki Kikuta: When I was ten years old, I met up with the music of Emerson, Lake & Palmer. I had never heard such marvelous music before. It was quite an impact for me. A few months later I heard that Keith Emerson was using a particular instrument called MOOG synthesizer. RB: At what age did you start writing music? HK: When I was twelve years old, the Folk blues movement came over to Japan from America. I studied Acoustic Guitar and started to create an original song immediately. I wanted to be a singer/ songwriter... if I wasn't a terrible singer. Actually, Digital equipment opened up my potential as a music composer. Without a musical sequencer, I can't create any complicated tunes. When I first acquired a YAMAHA SY-77 synthesizer/sequencer, I felt as if I got a ticket to a different world. RB: Why did you start Sacnoth? HK: I had held many original ideas about video games and visual expression for a long time. The most important purpose is to create an entertainment. When I was searching for a way to achieve my dream, I met a dominant business advisor. He introduced me to the chairman of SNK. I told him about many pitfalls that every existing RPG had. I thought those were lacking a comprehensive insight and a integrative interpretation. It is a structural defect of game production. To resolve the problem, it is necessary to get the picture of each element of game creation at the same time. I have an ability to do that. I established a company SACNOTH and took up my position as CEO in order to produce a new horror RPG project, Koudelka. But unfortunately... Though I conceived a grand scheme to realize an innovative game system and visual expression, many old staffs from SQUARE were not able to accept real change without hesitation. I say that the person who will have no change is already dead. After termination of Koudelka project, I retired as CEO of SACNOTH. It was my choice. RB: As a composer how should music effect the game? As a developer how should the music effect the game? HK: A music composer wants to create a good tune with utter simplicity. But if you want to create a good game as a developer, it is not enough. Because good music does not necessarily fit a good game. The most important problem is adjustment of each of the elements. If the visual element exactly synchronizes with the musical element, a dramatic effect will be generated.. And I take it for granted that everybody wants to hear a good melody in the end. RB: What were your influences for Koudelka? HK: In the first instance, I designed all concepts and fundamental settings of the Koudelka's world. I gathered various graphic and text materials in London and Wales. I did character design, map design, event design, scenario writing, direction of computer graphics movie, direction of motion capture... I got involved with all of the integral parts of Koudelka except battle and game system. Especially, I had no influence in battle section. I still have a great regret. I wish I could have designed it. And a quick digression, I consulted many movies and books for Koudelka. A most impressive movie is The Name of the Rose (Jean Jacques Annaud 1986). I also read the original book which was written by Umberto Eco. It is a definitely masterpiece. If you want to know some origins of Koudelka's world, you may read Carnacki the Ghost Finder written by William Hope Hodgson and The Case of Charles Dexter Ward written by Howard Phillips Lovecraft. Many fantasy novels by Lord Dunsany (His his full name and title is Edward John Moreton Drax Plunkett 18th Lord Dunsany) are also important. If you want to know about visual origin of Koudelka, see photographs created by Bob Carlos Clarke and Jan Saudek and Holly Warburton. Those are extremely exciting works. RB: How did you manage to write, direct and compose the music for Koudelka? HK: Writing a scenario. Directing a CG movie. Composing a BGM. Each of those is no more than a single face of game creation. When I imagined the world of Koudelka, I figure graphic elements and story elements and sound elements all at once. Because, those are mingled with each other organically. So I think that It is rather easy to manage multiple affairs. RB: What was the easiest aspect of working on Koudelka? What was the hardest? HK: The easiest aspect is music composing. Because I can create a music by my lonesome. It makes me free and I feel comfort. Hardest aspect is behind-the-scenes maneuvering of power game in company organization. I am so tired to do that. Let's get something straight, I am not a buccaneer but rather a creator. All aspects about creation are really pleasant for me. RB: Why do you make music? Why do you make games? HK: Music composing is a natural behavior for me. Like breathing. I usually conceive a good melody and a harmony without suffering. So I have no reason to make music. I think that it is my vocation. Meanwhile, creating video game is not my vocation. It is my wish. I want to produce high quality entertainment in the future. When I write a story and a plot, I usually suffer by myself. Though it is very hard and thorny, I feel maximum accomplishment. RB: What inspires your melodies? HK: Many great works of famous composers and musicians inspire me. If I must respect only one person or group as a music composer(s), I will take Pink Floyd. RB: What are your hobbies and why? HK: Good question. Riding bicycles is my hobby. I also love my yellow Peugeot MTB made in France. I also have some fun playing with my cat. She is extremely pretty. RB: When did you begin working at Square? HK: I began work at Square in 1991. I was twenty seven years old. In those days, the production studio of Square was placed in Akasaka Tokyo. It was small and homey, different from now. I remember that Nobuo Uematsu and Kenji Ito interviewed me in their office. We talked about progressive rock music and famous guitar player Allan Holdsworth with each other. I created sound effects for Romancing Saga at the start of my career. A few of graphic staff worked with me to design a lot of novelty sounds. We worked hard in night and day. RB: How much freedom did you have making music at Square? HK: In a sense, I had perfect freedom. Because, the planning staff of Square put none of the assignments relevant to the menu of music work and schedule in my hand. Nobody explained to me about game detail which they were producing. I had to think and imagine what kind of music was needed for our game project. Changeover,changeover, and more changeover of specifications. It was difficult to foresee the final image of it. But I did. RB: What is favorite game that you worked on at Square and why? HK: May be Seiken Densetsu 2 (Secret of Mana). I think that it was a pretty good game except for the big BUG. The multi player system was extremely fresh and delightful. In the aspect of music, I was fully challenged in regard to sound expression using 8 voice PCM system of SNES hardware. Please see and hear the opening sequence of Seiken Densetsu 2. It is so simple but so lyrical, isn't it? I am really proud of my visual direction and music composition. RB: Did Nobuo Uematsu influence your work? HK: I think there is no influence from Nobuo Uematsu. I have never taken any lessons about composing game music. The style and the melody of my music are totally conceived by myself. Just the same, every staff composer at Square were free from influence of somebody else. Originality and personality were cheerished in our studio. It was the policy of Nobuo Uematsu. RB: What are the best and worst memories that you have of Square? HK: Hmmm... Best memory... it seems a trip to MANA island of Fiji republic. After a production of the game Secret of Mana, I and my friend decided to visit an island placed in South Pacific Ocean. We played skin diving everyday and watched some corals. Those were extremely beautiful. It looks like a blue heaven. I will never forget the view of the sunset from Mana's beaches. It is one of my treasures. By the way... Worst memory is a dissolution of the game team in which I was supposed to participate. I wanted to propose an innovative game system using music and sound effects. RB: Who is your favorite Square composer and why? HK: I recommend Jin Sakimoto (Hitoshi Sakimoto). His works are extremely dense. RB: One of our favorite soundtracks of yours is Soukaigi. The sound quality and styles are some the best for a game. HK: Soukaigi has many characters of sound. I designed it with different complex styles. House music meets real performance, fusion meets folk choirÖÖ It was an adventure for me. To tell you the truth, the style of music does not a matter. I don't dwell upon it. Though I put a high value on counterpoint it does not bind me. It is only a method. In the case of Soukaigi, I was mainly influenced by East European pops like Varttina. RB: Why did you leave Square? HK: I wanted to direct not only musical expression but also visual expression. And of course, I wanted to write a fine scenario which is different from existing one. I had felt a big complaint against those juvenile works. But unfortunately, I couldn't get a chance to take a part in those kind of production works in Square. I suffered terribly for a long time. After all is said, I left Square and established new company Sacnoth to achieve my idea. RB: Do you perform your music live? HK: If I have a chance to do that, I wish to play my music as a live performance. I didn't make an attempt to do that in Japan yet. Do you want to hear my music in front of your eyes, ya? RB: Who would you like to make music with? HK: Jin (Hitoshi) Sakimoto. Because, I could not collaborate with him on composing game music when we were hired together by Square. I respect him. Except for game music composer, I want to collaborate with Allan Holdsworth, a fusion guitar player. His music is a miracle. RB: How do you think game music compares to other genres of music? HK: I think that is similar to movie soundtracks. It is important to synchronize the music with visual element. It has an expressive purpose. If you want to create a game music, don't forget to construct it as an emotional device. RB: How will the next generation consoles allow you to express yourself as composer and game designer? HK: I feel a strong attraction to X-box and Game Cube. A big visual capability makes me hot. I have many ideas to display fascinating characters using real time computer graphics. They will sing and dance and talk with real emotion. Don't you want to play the Musical RPG on Network? I want to play it. RB: What would your advice be to people who: A. People who want to create game music. HK: Listen to as much music as you can. Don't confine yourself to your room. The genre of music is meaningless. If you want to find your treasure, you must challenge the common practice at any one time. B. People who want to create games. HK: Video games are not art. They are an entertainment. You must amuse your audience first instead of amusing yourself. I am always conscious of the feeling to accommodate someone with a fun service. Can you create a lot of gimmicks for the player? If you work so hard and push yourself enough, the day will come to collaborate in some way with me for sure. Let's think of a next game together. RB: What is in the future for Hiroki Kikuta? HK: I will be involved in some new game projects that are not directed by me. I will be a technical advisor. I will create computer graphics and sounds. But soon, I hope to form my studio and develop my own game project. So now I am looking for new investors around the globe. RocketBaby would like to thank Mr. Kikuta for chatting with us.
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三浦春馬
維基百科介紹:
三浦春馬(日語:三浦 春馬/みうら はるま Miura Haruma,1990年4月5日-2020年7月18日)[1],日本男演員,茨城縣土浦市人,所屬經紀公司為Amuse。
快速預覽: 三浦春馬, 男演員 ...
三浦春馬
2019年8月29日台灣舉辦首場海外見面會
男演員羅馬拼音Miura Haruma國籍 日本出生1990年4月5日
 日本茨城縣土浦市逝世2020年7月18日(30歲)
 日本東京都港區職業演員語言日語、華語、英語教育程度堀越高等學校出道作品1997年 《亞久里》代表作品2007年 《戀空》
2008年 《極道鮮師》
2008年 《血色星期一》
2010年 《只想告訴你》
2013年 《最後的灰姑娘》
2015年 《進擊的巨人》系列活躍年代1997年-2020年經紀公司Amuse網站三浦春馬官方網站網路電影資料庫(IMDb)資訊
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生平
1990年4月5日出生於日本茨城縣土浦市,就讀於土浦市立真鍋小學、土浦市立第二中學,堀越高中,在培養藝人的學校Actors Studio築波分校學習歌舞和表演,是該分校受關注的畢業生。
在校期間,三浦春馬和松永一哉、鈴木和也組成少年偶像組合「Brash Brats」。但由於另兩位成員和他的人氣差距實在太大,三浦春馬不久後便開始單飛。
1996年,出演電視劇《人間の十字架・飛騨高山、刑事の妻の秘密旅行が連続殺人を呼ぶ》演出,飾演「町野公」(子供時代)。
1997年,三浦春馬出演講述女髮型師一生的NHK連續劇《亞久里》而出道,飾演「正太郎」。
1999年1月,出演電視劇《十津川警部シリーズ(寢台急行銀河殺人事件)》演出,飾演「新見慎一郎」;同年出演電影《尼羅河》演出,飾演「西山海」;同年,出演電影金融腐蝕列島演出,飾演「北野浩」。11月,出演電視劇《女探偵・朝岡彩子》演出,飾演「和久井一太郎」。
2000年5月,出演電視劇《雨に眠れ(SP)》演出,飾演「中原圭太」。10月,出演電視劇《真夏的聖誕節》演出,飾演「樹下涼」(少年時代)。
2001年1月,出演電視劇《藤沢周平の人情しぐれ町(第3・11話)》演出,飾演「長太」。10月出演電視劇《監察醫 室生亜季子・30震える顏》演出,飾演「水谷光太」。12月,出演電影《千年之戀之源氏物語》演出,飾演「頭の中將」少年時代。
2002年6月,出演電影《森林學校》演出,飾演「河合雅雄」 (子役)。6月,出演電視劇《はぐれ刑事純情派》演出,飾演「菊池充」。8月,出演電視劇《明智小五郎対怪人二十面相》演出,飾演「相川泰」。
2003年,出演電視劇《武藏MUSASHI》演出,飾演「城太郎」;同年,出演電視劇《夢みる葡萄~本を読む女~》演出,飾演「田部末吉」(少年時代)。8月,出演電視劇《はぐれ刑事純情派》演出,飾演「松山利夫」。
2004年,加入AMUSE事務所。2005年,三浦春馬憑借《Fight》打開知名度。3月,出演電視劇《青空戀星》演出,飾演「石川啓太」。7月,出演電視劇《現在,很想見你》演出,飾演「工藤明宏」(初中時代的長跑健將)。
2006年1月,出演電視劇《Unfair》演出,飾演「ユタカ」。4月,首次主演電影《那年夏天的第一次》。9月,參與電影《秋葉原@DEEP》,飾演「イズム」。5月,出演電影《犯罪少年》演出,飾演「木原志朗」。10月,於日本電視台電視劇《14歲的媽媽》,飾演令14歲女初中生懷孕的男生「桐野智志」。12月,出演電視劇《功名十字路》演出,飾演「湘南宗化」。
2007年,三浦春馬在大銀幕上大放異彩的代表作是與新垣結衣主演的《戀空》,票房大收三十億日元,三浦春馬也憑藉此片獲得日本電影學院獎最佳新人獎,一躍成為了日本影壇受關注的新生代男星,三浦春馬還為電影《戀空》的攝影把頭髮染為白色。
2008年1月,三浦春馬出演電影《消極的快樂,電鋸的邊緣》,飾演「能登」和出演電視劇《貧乏男子》,飾演「白石涼」。2月,出演電影《奈緒子》,飾演「壱岐雄介」;同年出演《極道鮮師3》,飾演「風間廉」,三浦春馬因接演《極道鮮師3》成為該系列的第三代當家小生,星路一片大好;同年繼《極道鮮師3》後,三浦春馬又接拍了首次由他個人主演的反恐連續劇《Bloody Monday》,該劇是根據同名漫畫翻拍而成,三浦春馬所飾演的是一名與恐怖組織相對抗的高中天才駭客「高木藤丸」。
2009年,三浦春馬首次演出舞台劇《星の大地に降る涙》。4月,三浦春馬和小栗旬繼《貧乏男子》後,再度合作電影《熱血高校2》上映。9月,出演電影《極道鮮師電影版》,飾演「風間廉」。10月17日,由三浦春馬主演的《武士高校》在日本電視台開播,飾演「望月小太郎」,也是首次主演日本NTV電視台的連續劇。
2010年,三浦春馬主演電視劇《Bloody Monday》(即《血色星期一》)第二季在TBS播出,飾演主角「高木藤丸」,再次主演TBS連續劇。4月,出演電影《好想告訴你》,飾演「風早翔太」,該電影於9月25日日本全國公映。
2011年1月,首次與戶田惠梨香聯袂主演富士電視台月九檔期日劇《你教會了我什麼最重要》,飾演「柏木修二」,三浦春馬因接演《你教會了我什麼最重要》成為日本平成代第一個主演月九的男優。5月,出演春季特別篇電視劇《最後的晚餐》客串演出。7月,出演電視劇《太陽再次升起》演出,飾演「宮田英二」。9月,三浦春馬主演的電影《東京公園》首映,在片中扮演大學生攝影師,跟榮倉奈奈對戲。11月,出演電視劇《世界奇妙物語2011秋季特別篇(猜拳篇)》。
2012年3月8日,三浦春馬參演的第二部舞台劇《七海盜》開始公演。8月,出演電視劇《東野圭吾推理系列(第八回)》演出,飾演「岡良」。12月29日,三浦春馬參演的第三部舞台劇《ZIPANG PUNK~五右衛門ロックⅢ》開始公演。
2013年,三浦春馬參加了在東京日本武道館舉辦,由演員岸谷五朗發起的演員、歌手共演,愛滋病慈善活動「Act Against AIDS 2013(AAA)」,三浦春馬則在現場演唱了EXILE的歌曲《愛すべき未來へ》,並在觀眾熱烈的應援聲中唱完了全曲。
2013年4月,三浦春馬以新造型出演4月期富士台木十檔新劇《最後的灰姑娘》,飾演「佐伯広鬥」與筱原涼子和藤木直人合作;5月,小栗旬攜手三浦春馬 為《哈洛克船長》劇場版獻聲,三浦春馬將首次挑戰為雅馬的角色配音,雅馬在劇中是一名潛入到哈洛克的船上,假借同伴身份卻在暗中準備秘密暗殺哈洛克的刺客,預定於9月7日公開上映。同年岡田准一、井上真央、三浦春馬等人領銜主演的感人愛情戰爭史詩鉅作《永遠的0》同年年底上映,三浦春馬在該電影《永遠的0》飾演「佐伯健太郎」。
2014年1月,主演富士電視台水十檔新劇《我存在的時間》,飾演「澤田拓人」與多部未華子主演;同年出演日本電視台「日テレ」SP《殺人偏差值70》飾演「圭介」與城田優主演。10月2日因電影《深夜前的五分鐘》作為第19屆釜山電影節的展映電影,與亞洲電影大師行定勳、劉詩詩、張孝全參加第19屆釜山國際電影節。10月23日,出演電影《深夜前的五分鐘》與劉詩詩合作,三浦春馬在片中飾演一名鐘錶匠,為了追求完美電影效果,他便在上海跟隨一名高級鐘錶匠,每天用兩個小時學習修理手錶和中文,飾演「阿良」。
2015年,8月9月主演的人氣漫畫真人版《進擊的巨人 ATTACK ON TITAN》和《進擊的巨人 ATTACK ON TITAN END OF THE WORLD》先後上映。同年參演來年1月在TBS金十檔期播出的新劇《別讓我走》。
2016年,出演7月21日在東京新國立劇場開幕的百老匯音樂劇《長靴妖姬》日本版。參演2017年的NHK大河劇《女城主直虎》。2017年,接拍十月開播朝日台劇集《成人高校》,飾演30歲童貞精英。
2018年,主演伊阪幸太郎的戀愛小說集《一首小夜曲》改編真人電影。5月12日出演《世界奇妙物語2018春季特別篇》開篇故事《面向明天的穿越》,飾演以電影導演為夢想的青年小林峰雄。參演冬天上映的電影《三更半夜居然要香蕉 愛的真實故事》。出演電影《銀魂2》。出演的原創日劇《tourist》秋季在影片網站「Paravi」播出。
2019年1月,搭檔大島優子主演根據俄羅斯作家陀思妥耶夫斯基創作的長篇小說《罪與罰》改編的同名舞台劇,飾演為了自己堅持的正義殺了人的青年拉斯柯爾尼科夫。7月,主演懸疑劇《兩周》,飾演為救白血病女兒逃亡的逃犯結城大地。
2020年7月18日下午,三浦當日原定計劃為拍攝TBS電視台電視劇《金錢的結束是愛情的開始(日語:おカネの切れ目が恋のはじまり)》,但其未在規定時間出現在片場。三浦的經紀人於日本時間下午1點前往其位於東京都港區的住處,登門發現三浦在寓所的衣櫥內自縊,送往醫院後確認死亡,享年30歲[2][3][4]。
學校
小學:土浦市立真鍋小學校
中學:土浦市立第二中學校(畢業)
高中:堀越高等學校(畢業)
出演作品
電視劇
電視劇
晨間小說連續劇「亞久里(日語:あぐり)」(1997年、NHK)飾演 正太郎
十津川警部シリーズ(日語:十津川警部シリーズ (渡瀬恒彦))「寢台急行「銀河」殺人事件」(1999年1月4日、TBS)飾演 新見慎一郎
星期六wide劇場「女探偵・朝岡彩子」(1999年11月13日、朝日電視台)飾演 和久井一太郎
「盛夏的Merry Christmas(日語:真夏のメリークリスマス)」(2000年、TBS)飾演 樹下涼(少年時代)
監察醫・室生亞季子(日語:監察医・室生亜季子) 30「震える顔」(2001年10月、日本電視台)飾演 水谷光太
はぐれ刑事純情派(日語:はぐれ刑事純情派)(2002年6月26日、朝日電視台)飾演 菊池充
明智小五郎對怪人二十面相(日語:明智小五郎対怪人二十面相)(2002年8月27日、TBS)飾演 相川泰
NHK大河劇「武藏MUSASHI」(2003年、NHK)飾演 城太郎
夢みる葡萄(日語:夢みる葡萄〜本を読む女〜)(2003年、NHK)飾演 田部末吉(少年時代)
はぐれ刑事純情派(日語:はぐれ刑事純情派)(2003年8月13日、朝日電視台)飾演 松山利夫
division1「青空戀星」(日語:ディビジョン1 (テレビドラマ))(2005年3月、富士電視台)飾演 石川啟太
小說連續劇「比賽」(2005年3月-10月、NHK)飾演 岡部聖也
現在,很想見你(2005年7月-9月、TBS)飾演 工藤明宏
NHK大河劇「功名十字路」(2006年1月-12月、NHK)飾演 湘南宗化(山內一豐的養子)
Unfair(2006年1月 - 3月、富士電視台)飾演 齊藤ユタカ
チルドレン(日語:チルドレン)(2006年5月21日、WOWOW)飾演 木原志朗
14歲媽媽(2006年10月-12月、日本電視台)飾演 桐野智志
貧窮男子(2008年1月-3月、日本電視台)飾演 白石涼
極道鮮師3(2008年4月-6月、日本電視台)飾演 風間廉
偵探伽利略SP(2008年10月4日、富士電視台)飾演 湯川學(大學時期)
BLOODY MONDAY(2008年10月-12月、TBS)主演 高木藤丸
極道鮮師3 畢業SP(2009年3月28日、日本電視台)飾演 風間廉
武士高校(2009年10月17日、日本電視台)主演 望月小太郎
BLOODY MONDAY 2(2010年1月-3月、TBS)主演 高木藤丸
教我愛的一切 (2011年1月-3月、富士電視台) 主演 柏木修二
最後的晚餐 (2011年5月14日、朝日電視台) 飾演 警校新生(宮田英二)
太陽會再昇起(日語:陽はまた昇る (2011年のテレビドラマ))(2011年7月-9月、朝日電視台)主演 宮田英二
世界奇妙物語2011年秋季特別篇(2011年11月26日、富士電視台)主演 真田賢輔
東野圭吾 懸疑故事 第8話(2012年8月、富士電視台)主演 中岡良
最後的灰姑娘(2013年4月-6月、富士電視台)飾演 佐伯廣斗
我存在的時間(2014年1月8日~2014年3月19日、富士電視台)主演 澤田拓人
殺人偏差値70(日語:受験地獄#2014年版)(2014年7月2日、日本電視台)主演 宮原圭介
別讓我走(2016年1月15日、TBS)飾演 土井友彥
NHK大河劇「女城主 直虎」(2017年1月-12月、NHK)飾演 井伊直親
成人高校(2017年10月-12月、朝日電視台)主演 荒川英人
世界奇妙物語2018年春季特別篇(2018年5月12日、富士電視台)主演 小林峰雄
旅行者(2018年9月28日、TBS × 東京電視台 × WOWOW)飾演 天久真
ダイイング・アイ瀕死之眼 (2019年3月16日 - 4月20日、WOWOW) ‐ 主演・雨村慎介
TWO WEEKS(日語:TWO_WEEKS_(テレビドラマ)#リメイクテレビドラマ)(2019年7月16日、關西電視台 × 富士電視台)主演 結城大地
國際共同製作 特集ドラマ『太陽の子』(2020年8月15日預計播放、NHK總合/BS4K/BS8K) - 飾演 石村裕之
錢的盡頭是愛情的開始(日語:おカネの切れ目が恋のはじまり)(預計2020年9月15日播放、TBS)主演 猿渡慶太[注 1][5]
電視節目(旅遊·紀錄片)
~淡藍色graffiti~想遇到你(2005年4月-9月、東京電視台)解說員
BS4K放送開始記念・BS民放4局共同企畫「大いなる鉄路 16,000km走破 東京発→パリ行き」 - ナレーション
第1話 東京 - モスクワ(2018年12月1日、BSフジ) 第2話 モスクワ - ブダペスト(2018年12月1日、BS朝日) 第3話 ブダペスト - ジュネーブ(2018年12月2日、BS-TBS) 第4話 ジュネーブ - パリ(2018年12月2日、BSテレ東)
世界はほしいモノにあふれてる(2018年4月12日 ~毎週木曜日に放送 、NHK総合) - MC
電影
Nile 尼羅河(1999年)飾演 西山海
金融腐食列島~呪縛~(1999年)飾演 北野浩一
森の學校(2002年)飾演 河合雅雄
那年夏天的第一次(2006年4月)主演 佐佐木大洋
秋葉原@DEEP(2006年9月2日)飾演 イズム
CHILDREN チルドレン(2006年11月)飾演 木原志朗
戀空(2007年11月3日)飾演 櫻井弘樹
消極的快樂 電鋸的邊緣(2008年1月1日)飾演 能登
奈緒子純愛練習曲(2008年2月16日上映)飾演 壹岐雄介
漂撇男子漢2(2009年4月4日)飾演 美藤龍也
極道鮮師(2009年7月11日)飾演 風間廉
只想告訴你(2010年9月25日)主演 風早翔太
東京公園(2011年6月18日)主演 志田光司
宇宙海賊哈洛克(2013年9月7日)出演(配音)Yama
永遠的0 (2013年12月21日)飾演 佐伯健太郎
深夜前的五分鐘(2014年)主演 阿良
進擊的巨人(2015年)主演 艾倫
進擊的巨人2:世界終結(2015年)主演 艾倫
銀魂2:規矩是為了被打破而存在的(2018年)飾演 伊東鴨太郎
Sunny我們的青春(2018年)飾演 藤井涉
三更半夜居然要香蕉 愛的真實故事(2018年)飾演 田中久
信用欺詐師JP:香港浪漫篇(2019年)飾演 Jesse傑西
小小夜曲(2019年9月20日、GAGA)主演 佐藤
信用欺詐師JP:公主篇(2020年7月23日公開)飾演 Jesse傑西
ブレイブ 群青戦記(2021年公開予定、監督:本広克行) - 飾演 松平元康
PV
Candy「Promise」(2005年)
GReeeeN 「BE FREE」- Movie Ver.(2008年)
ゆず「うまく言えない」(2008年)
C&K「みかんハート」(2013年)
NICO Touches the Walls「バケモノ」(2014年)
DVD
HT 〜N.Y.の中心で、鍋をつつく〜(2010年2月17日)
HT 〜赤道の真下で、鍋をつつく〜(2011年11月11日)
舞台劇
降臨在星之大地的淚(星の大地に降る涙)(2009年6月20日-7月26日)
海盜七(海盜セブン)(2012年3月8日-5月31日)
劇団☆新感線「ZIPANG PUNK~五右衛門ロックIII」(2012年12月19日-2013年2月28日)
地獄のオルフェウス(2015年5月 - 6月、Bunkamuraシアターコクーン/森ノ宮ピロティホール) - ヴァル 役
キンキーブーツKinky Boots(2016年7月 - 8月、新國立劇場中劇場 / オリックス劇場) - 主演・ローラ 役
シアターコクーン・オンレパートリー2019 DISCOVER WORLD THEATRE vol.5 Bunkamura 30周年記念「罪と罰」(2019年1月 - 2月、Bunkamura シアターコクーン/森ノ宮ピロティホール)- 主演・ラスコーリニコフ 役
キンキーブーツKinky Boots再演(2019年4月 - 5月、東急シアターオーブ / オリックス劇場)主演・ローラ 役
ミュージカル「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド〜汚れなき瞳〜」(2020年3月、日生劇場) - 主演・男(ザ・マン) 役
ミュージカル「The Illusionist-イリュージョニスト-」(2020年12月~2021年1月、日生劇場) - 主演・イリュージョニスト・アイゼンハイム 役
CD單曲唱片
1st: Fight for your heart(發行日2019年8月7日)
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fkfk7 · 5 years
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2019.5.11都市対抗野球埼玉県予選 県営大宮公園野球場 日本通運-Honda 日3080110|13 H0003000|_3 ※7回コールド
[日本通運] ▼打撃成績 7大谷(樟南高-上武大):4打数2安打うち1本塁打2打点 8手銭(秀岳館高-九州共立大):3打数2安打うち1本塁打1打点 3関本(龍谷大平安高-立正大):4打数2安打 9北川(大阪桐蔭-創価大):4打数4安打1打点(!) 5稲垣(明豊高-中部学院大):3打数1安打 6諸見里(沖縄尚学-國學院大):4打数2安打4打点 D内海(徳島商業高-中部学院大):1打数無安打 (H-D)藤嶋(神港学園高-関西大):2打数無安打 (H-D)筒井(東海大菅生高-国際武道大):1打数無安打 4浦部(広陵-神奈川大):3打数1本塁打2打点 2木南(千葉経済大付-帝京大):4打数1安打3打点 ▼投球成績 ①釘宮(日大三高-立正大、右オーバースロー) └5回、97球、被安打8、与四球1、4K、3失点 ②池田(佐久長聖高-拓殖大、右オーバースロー) └2回、35球、被安打2、与四死球0、1K、無失点 ▼失策:0
[Honda] ▼打撃成績 8鈴木(文星芸大附属高-國学院大):3打数無安打 7布袋(鳥取城北高):3打数1安打 (H)前川(常葉学園菊川高-青山学院大):1打数無安打 5吉田(佐野日大高-中央大):4打数3安打1盗塁(!) 3山本 瑛大(サウストーランス高-慶應義塾大):3打数1安打 (H)遠藤(聖光学院高-亜細亜大):1打数無安打 2辻野(波崎柳川高-白鴎大):3打数1安打1打点 D山本 兼三(日本航空高石川-上武大):3打数1安打 9井上(筑陽学園高-日本大):3打数1安打1打点 4西銘(沖縄尚学高-中央大):3打数2安打1打点 6太田(日大三高-日本大):3打数無安打 ▼投球成績 ①東野(履正社高-駒澤大、左オーバースロー) └2回1/3、47球、被安打7、与四球2、0K、7失点 ②小野(健大高崎高、右オーバースロー) └0回1/3、17球、被安打3うち2本塁打、与死球1、1K、4失点 ③赤嶺(糸満高-拓殖大、右サイドスロー) └2回1/3、34球、被安打2うち1本塁打、与四死球0、0K、1失点 ④田村(国学院栃木高-白鴎大、左オーバースロー) └2回、26球、被安打3、与四死球0、0K、1失点 ▼失策:1
※公式記録とは異なる場合があります。
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fanny228 · 4 years
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麗美姐姐35年前曾經參加救國團的「巴蜈縱走」。在姊的記憶裡,揹著行李穿越過森林,一路從阿里山走到霧社,經過武界、曲冰……走過一山又一山的,硬是把路給走出來……… 因為這樣美好的「曾經」蕩漾在姊腦海中,當我開團走入「武界部落」時,姊立馬呼群引伴參加………. - 來👏來👏來👏 讓我帶您體驗這次二天一夜極深度的「武界部落~日出看雲去」之旅 📍Day1: 😎觀音瀑布: 觀音瀑布步行不用5分鐘,銀白飛瀑宣洩而下滿滿芬多精負離子沁涼舒暢。大夥沿著步道而上,雖說七月是酷暑難耐,但這裡確是沁涼舒心。 😎莫那魯道抗日紀念碑: 台灣史詩電影《賽德克.巴萊》裡,英勇抗日的賽德克領袖莫那魯道,就長眠在這。公園內塑立了他千古英風的銅像,也陳述了當年悲壯的歷史。園區內松樹成蔭,午陽從樹縫中傾瀉在石階上,微風輕撫著臉龐,感覺很舒服😌。 我們將帶來的菊花茶+飯糰+百香涼拌木瓜絲+水果拿出來擺放在石桌上,大家散坐在石椅,就地開始享用起自備的美食……,有野餐的Fu~~~ 😎萬豐部落: 萬豐部落又稱曲冰部落,是台灣布農族分布最北的一個部落。一進入部落,處處可以看到造型是連續菱形、三角形圖案的石牆,這正是布農族的圖騰~百步蛇身上的花紋。部落裡用石頭跟彩繪拚貼成一則則真實跟神話的故事,訴說著原住民生活的奧秘,以及他們對於祖靈的尊敬。我們一夥人悠閒的漫步在部落的教堂、國小操場,抬頭望著圍繞著部落的山景…….聞著空氣中飄散的山裡才有的草木香,瞬時間的心靈很滿足。 😎曲冰遺址: 遺址是在1981年中央研究院進行田野調查時,發現地表分佈有史前時代石器及陶片等多處,因而發現這個兩千年前的文物遺址。曲冰遺址目前為南投縣縣級古蹟,目前為避免古物風化受損,現已重新回填掩埋,不對外開放。因此來到這裡,除了那個介紹的石碑外,只剩下保護古蹟的圍網,其他就空無一物了。我們只能在這留下倩影。 📍Day2: 😎武界壩 武界壩,這座工程艱鉅的攔河堰,建置於台灣日治時期,歷時17年才完工。其最主要功能是攔截濁水溪及萬大溪透過引水道,將水送至日月潭儲存調節,再導入發電廠發電。 武界壩無法開車進入,我們在入口處將車子停好後,逛著沿路販賣龍岩石、天然愛玉、小米麻糬的小市集,然後大夥一路地漫步在柳杉小徑,沿途欣賞小徑旁的樟樹林往武界壩前進。 走上壩頂前會先經過橫跨濁水溪的思源吊橋及考驗肌耐力的好漢坡(長200公尺、傾斜45度之陡……我往上走時,都有快傾倒的感覺@@)。長100公尺的「思源吊橋」,建造於民國8年,自民國44年重新整修後迄今也有逾一甲子歷史,這也是台電人員從電廠往武界部落唯一通道。思源橋下的河谷,大多是砂岩+多板岩的構造,這裡是地質學界做為野外勘察具有代表性地方。 壩頂的土地公廟是觀賞武界壩最佳地點,其視野盡攬群山環繞的整個牛奶綠色水庫。當我們攻壩後,天空突然飄下一陣雨,瞬時間暑氣盡消……. 大夥悠閒的坐在觀景台上用心與山林寧靜的對話………..。 😎武界看日出 喜歡追日出的朋友,也不必遠到阿里山人擠人的看日出。現在咱們可延著南投71線山路往山頂茶園走,在舊武界產業這條道路,是觀看雲海絕佳地點。清晨時分,蒸騰的白色雲海填滿整個山谷,隨後日出的陽光將雲海染上金黃色澤,又是另一番風景。運氣好時還可看到傳說中的「雲瀑」~~~。 😎一線天溯溪樂 清澈的濁水溪上游是武界人戲水的秘境,兩邊山岩構成一道天險奇特風景,山岩間任清透溪水川流其中。這裡的溪水裡蘊藏著台灣特有的「龍紋石」,我們乘坐著部落溯溪車一路搖晃進入秘境。大家撩起褲管沿著溪岸尋寶,在這樣酷暑天氣,雙腳踏在冰涼的溪水裡真是沁心涼阿………. 😎原住民日常體驗 穿上原住民的傳統衣服,拿起木杵,用力的敲入容器內的糯米糰(糯米+地瓜+小米蒸熟),然後,嘿咻……嘿咻……..吼嘿咻…….將麻糬搗到一定的黏稠程度後,沾上花生粉即可食用。 搗麻糬看似簡單,實際上卻是一份相當吃力的工作,尤其是傳統的器具太過笨重,姐們搗幾下後…….只能扶著木杵搖頭晃腦求饒…….. 🤣🤣🤣!搗好麻糬後,老闆娘會奉上自釀的小米酒,讓您一口麻糬一口米酒,嗯嗯! 真是好味………😋 🥰台灣電力公司舉辦台灣10大秘境票選活動,「武界」得到超過5000票、一舉奪下秘境之首,並成為旅遊人的祕密花園之一。台電老員工分享,來南投「雲的故鄉」除了欣賞有絕佳色調的武界壩,當天留宿一晚看雲海、日出,再到電廠看古蹟拍美照,了解台灣建設之偉大。 💪跟著棉花糖走入台灣秘境😘😘😘 #武界部落#埔里#台灣秘境#台灣國旅#國旅秘境#專業攝影#旅遊拍照#台灣包車#台中包車#暢旅遊包車 📷你想要用什麼樣的角度認識台灣? 📷請跟上我們的腳步 📷帶您深度體驗在地人的生活和美好,讓您認識道地的台灣。 📷只要您願意跟著我們走,帶您體驗不一樣的山海美景、台味料理、人文生活。 Ps. 「武界深度旅遊」團已經開始報名 開團日期,請私訊棉花糖📷📷 💘名額:每梯 限8位參加報名 (為讓各位旅人舒暢身心靈,以小型旅遊團為主)點這裡,帶您進入「武界秘境」 景點介紹 http://money1688988.blogspot.com/2020/02/blog-post.html 報名細節請點選 https://reurl.cc/vDMVl(在 武界部落-南投最後一個祕境) https://www.instagram.com/p/CC0pyYEjOtX/?igshid=4jqf2cpoclzs
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vitamin-jam · 5 years
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2019年11月12月スケジュール
 💚2019年11月からのスケジュール
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18(月)新横浜★チャーリーズバー
pf.菊地雅之b.神吉尚 
vo.Charlie 貞吉なおこ
20時〜3ステージ♪
http://www.lentracte.jp/jazz_bar/
19(火)六本木★ピギャール
pf.森丘ヒロキ 
vo.吉川水砂子 甲斐久仁江他
19時50分〜2ステージ♪
http://www.pigalle.jp/
20(水)銀座★The Deep
gt.皆川太一
19時半〜3ステージ♪
http://www.jazz-thedeep.com/
💖27(水)六本木★
オールオブミークラブ
《FUNKARTIQUE》のライブです!
vo.河原厚子 
pf.森丘ヒロキb.箭島裕治ds.今村健太郎
19時半から3ステージ♪
https://allofmeclub.net/
28(金)六本木★IZUMI
pf.山本剛b.香川裕史gt.田辺充邦
vo.橘川円
20時〜3ステージ♪
http://izumi-jazz.com/
29(金)広尾★ブルーフレーム
gt.原とも也
20時〜2ステージ♪
http://blueflame-jp.com/
  💚2019年12月のスケジュール
4(水)六本木★IZUMI
pf.関根敏行b.横山裕ds.大隅寿男
vo.大澤理央
20時〜3ステージ♪
http://izumi-jazz.com/
6(金)湯島★カスター
gt.寺屋ナオ
19時半〜3ステージ♪
http://www.custer.jp/
7(土)神奈川★ビタミンボイス
幸ヶ谷公園コミュニティハウスにて
13時半から15時までどなたでも
自由参加のグループレッスン♪ 
体験¥1,300
京急神奈川駅4分、JR横浜駅、東神奈川駅、東急東横線反町駅10~15分
http://kana-sisetu.jp/kou-top.html
12(木)小作パーパス★ビタミンボイス
20時15分〜21時45分
自由参加のグループレッスン♪
受講料¥2,000ご飲食代別途
http://purpose.tokyo/
14(土)神奈川★ビタミンボイス
(上記参照)
http://kana-sisetu.jp/kou-top.html
16(月)銀座★The Deep
pf.奥山勝
19時半〜3ステージ♪ 
http://www.jazz-thedeep.com/
17(火)六本木★ピギャール
pf.森丘ヒロキ vo.YURIE他
19時50分~2ステージ♪
http://www.pigalle.jp/
18(水)新横浜★チャーリーズバー
pf.菊地雅之 vo.Charlie 貞吉なおこ
20時~3ステージ♪
http://www.lentracte.jp/jazz_bar/
19(木)関内★スピークロウ
pf.橋本宏之b.コンディ
19時半から4ステージ♪
https://speaklow.shopinfo.jp/
21(土)神奈川★ビタミンボイス
(上記参照)
http://kana-sisetu.jp/kou-top.html
24(火)東中野★ビッグリバー
「投げ銭ライブ」gt.原とも也
20時〜3ステージ♪
http://www.bigjazzriver.com/bigriver/nd.html
25(水)丸の内★エスカール・アビタ
gt.寺屋ナオ
19時〜21時半 3ステージ♪
MC無料🎉
💖26(木)関内★スピークロウ
《コンディーズ》
pf.阿部紀彦b.コンディds.矢藤健一郎
  2020年1月からのスケジュール
9(木)小作パーパス★ビタミンボイス
💖10(金)日吉★
ワンダーウィール・ヨコハマ
《なまえのないバンド》
11(土)新横浜★チャーリーズバー
14(火)六本木★ピギャール
15(水)関内★スピークロウ
18(土)熱海★クラブA
20(月)銀座★The Deep
💖21(火)野毛★サムズバー
《コンディーズ》
22(水)銀座★コントレイル
24(金)八王子★ピストロ・クレアンテ
27(月)湯島★カスター
28(火)六本木★IZUMI
31(金)関内★スピークロウ
💖🎶🎉2/5(水)は
vo.池野弘美ちゃんと
キーストンクラブ・トウキョウにて
合同Bdayライブをやりまーす!!!
vo.池野裕美
pf.森丘ヒロキb.箭島裕治ds.河崎真澄
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willpony · 5 years
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甲安埔新休憩空間 大甲溪堤岸公園啟用 文章轉載自大紀元: 【大紀元2019年11月14日訊】(大紀元記者鄧玫玲台灣台中報導)立法院副院長蔡其昌11月14日邀集經濟部水利署第三河川局局長白烈燑、台中市議員施志昌及文曲里里長林寶彩等人會勘大甲溪文曲里完成的一座堤岸公園,蔡其昌表示,這個堤岸公園是我與施志昌議員共同繳出的成績單,向中央爭取2194.8萬元建設經費,今天終於完工正式啟用。 爭取了2000多萬完成了大甲溪文曲里區段的這個堤岸公園,讓髒亂的河川地變成一美輪美奐的休閒綠地。(蔡其昌辦公室提供) 蔡其昌表示,這幾年我們不斷在提升海線的生活品質,我們盡可能去尋找國有空地,並結合社區來共同管理。將雜亂的國有空地綠美化為公園綠地供民眾休憩運動,提升海線地區的生活品質,同時更凝聚社區的團結意識,我們更會繼續努力來完成鄉親們的期待。 施志昌也說,這次爭取了2000多萬完成了大甲溪文曲里區段這個堤岸公園,未來除了文曲里外,義和里、武陵里這些鄉親也都可以運用到這個公園,希望能讓鄉親們有更好的生活環境。 林寶彩里長致詞時特別感謝蔡其昌服務團隊及第三河川局的協助,讓髒亂的河川地變成一美輪美奐的堤岸公園,文曲里內幾乎沒有公園綠地,相信這將是一個最好的休閒公園。 本工程施作項目計有236公尺堤頂步道、堤防內步道145.5公尺、水域廊道85公尺、弧形休憩座椅1座、護坡及固床工等工程、綠美化工程(喬木有穗花棋盤腳54株及黃瑾8株,灌木有草海桐3208株、大���水蓑衣2340株、七里香580株及穗花木藍16570株,並有草皮約1800㎡(假儉草及波斯菊油菜花及向日葵花等)。 責任編輯:英禎
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zucheio-blog · 5 years
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熊本縣導覽保存版。交通、27個觀光景點、美食、祭典一次掌握 https://zuche.io/tumblr 熊本 2017.01.11 位在九州的熊本,不僅自然景色豐富,也涵括了溫泉及熊本城等觀光景點。而且因為農業興盛,是蜜柑、西瓜、哈密瓜、番茄等水果的知名產地,也還有知名像是熊本拉麵、馬肉生吃、黑毛和牛等在地美食。本文將會介紹如何前往熊本的交通方式、觀光景點、祭典活動等內容。 熊本熊本是位於九州地方與東京直線距離約有890公里遠的都市。因為農業相當興盛,也是蜜柑、西瓜、哈密瓜等水果,還有番茄、茄子、黑木耳等蔬菜的產地。觀光上來說,有日本最大的破火山口(因火山活動而造成的大凹洞)阿蘇山和阿蘇周邊的有名溫泉(杖立溫泉、黑川溫泉)。除此之外,也可以欣賞菊池溪谷、球磨川等絕景景點。日本文豪夏目漱石稱熊本為綠意街道滿溢的「森林之都」,就讓我們一同來發現熊本的魅力吧。目次:1.往熊本的交通2.熊本的交通3.熊本的區域導覽4.熊本推薦觀光景點30選5.熊本的祭典與活動6.熊本的美食7.熊本的伴手禮8.便於旅行時使用的熊本腔9.熊本的飯店10.氣候與合宜服裝往熊本的交通從羽田機場出發每天約有15班左右的航班從羽田機場起飛飛往熊本機場,所需時間為1個半小時,單程價位約是10,000〜40,000日元。solaseedair廉價航空有運行於羽田〜熊本之間的航班,若是想要節省交通費時可以選用。從成田機場出發solaseedair廉價航空一天有2班時段從成田機場起飛前往熊本,價錢是6,000〜15,000日元左右,所需時間是2小時。・用skyticket查詢廉價航空、便宜機票比價預約 skyticket>從東京車站出發從東京車站出發的話,請試著利用新幹線。坐到新大阪再換乘前往鹿兒島中央,就可以到達稱為熊本中樞車站的熊本車站,價錢是27,120日元,所需時間是6小時。順帶一提,若是使用JR PASS的話,不可以搭乘九州新幹線的「のぞみ」號和「みずほ」號,所以從新大阪換車前往鹿兒島時,記得要搭「ひかり」號、「さくら」號、「こだま」號、「つばめ」號。・利用Voyagin,預約訂購新幹線票券。 Voyagin>從福岡、長崎、鹿兒島出發從同樣位於九州的福岡、長崎、鹿兒島前往熊本時,建議可以利用高速巴士。只需要花3,000〜5,000日元即可移動到熊本。所需時間約2、3小時。熊本的交通情報熊本縣內運行著JR九州、市營巴士、路面電車。在熊本市內觀光的話利用路面電車和巴士最為方便。JR在熊本有連結南北的鹿兒島本線、連結熊本市還有阿蘇地方的豊肥本線,以及串連熊本縣南部八代和人吉的肥薩線。而2011年開通的九州新幹線,則可以從熊本前往鹿兒島,還有福岡、大阪、東京等方面。巴士熊本縣民最重要的移動交通工具就是市內巴士。可在縣內盡情遊走。路面電車連結熊本中樞車站的熊本車站、上熊本車站還有田崎橋、建軍。若是要前往熊本城、上通・下通、水前寺公園等觀光景點,就搭乘路面電車吧。不論到哪價錢都是成人170日元、小孩90日元。船從熊本到長崎縣島原市約30分可到的船隻和快艇也運行著。價錢約成人1,000日元、小孩(小學生以下) 500日元。車子一台3,100日元起跳。旅遊九州時請一定要利用。計程車/租車在熊本站還有上熊本站前有計程車乘車處。而熊本市市內則也有相當多的租車點。雖然前往熊本主要觀光點搭乘公共運輸已相當方便,但是若是想要完全按照自己的速度旅行的話,選擇計程車和租車的方式也是不錯的吧! #zuche #汽車租賃 #租车 #租車 #自驾游 #自駕遊 #hirecar ##matcha-jp https://zuche.io/2018/12/13/350/?feed_id=690&_unique_id=5d9044d11557a
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TSUTAYA限定です。
4月30日に発売した「ライトニング6月号」ですが、TSUTAYAさんの限定特典にて、ウエアハウスのバンダナが付録しています。
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ライトニング別注パターンのバンダナ。カラーは「ブルーグレー」です。
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ご注意:TSUTAYAさんでも、付録が付かない店舗がございますので、こちらの取り扱い店舗様一覧をご確認ください。
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Lightning 6月号限定特典の実施店舗一覧
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