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#浮かし額装のための作品側面処理作業
jiromotoyama-art · 2 years
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Work in Progress 20220625 #浮かし額装のための作品側面処理作業 #jiromotoyama https://www.instagram.com/p/CfOciuovDUw/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ari0921 · 3 years
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【全文】2020年アーミテージ・ナイ・レポート(翻訳)
2020/12/08 12:28
米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)が新たに日米同盟に関するレポート発表しました。このレポートはいわゆる「アーミテージ・ナイ」レポートの最新版です。
序文
大きな不確実性と急速な変化の時代にあって、米国と日本は並々ならぬ課題に直面している。それは、容赦のないパンデミック、ナショナリズムとポピュリズムの台頭、世界経済の混乱、複数の技術革命、新たな地政学的競争などである。日米同盟は、この大きな不確実性の時代において、安定性と継続性の最も重要な源泉の一つである。しかし、日米両国が共に、過去70年のどの時代よりも大きなストレス下にある地域秩序と世界秩序に備えなければならないことに疑いの余地はない。
米国ではバイデン政権が誕生し共和党が上院の多数派を占める見通しで、ワシントンではこの課題に対処することになる。ねじれ議会の可能性はあるが、日米同盟は超党派のコンセンサスに基づいた重要な分野の一つであるため、米国が前向きなアジェンダを持って前進できると信じる強い理由がある。
これは、超党派の「アーミテージ・ナイ」レポート・シリーズの最新作であり、日米同盟の状況を評価し、新たな課題と機会に向けた新しいアジェンダを提案している。今回の報告書は、アジアのパワー・ダイナミクスの変化と日本への新たな期待から、特に重要である。実際、日米同盟の歴史の中で初めて、日本は、主導的とまではいかないまでも、同盟の中で対等な役割を果たしている。日本のリーダーシップを奨励し、より対等な同盟から最大限の価値を引き出すことは、ワシントンと東京の双方の指導者にとって重要な課題である。
日本がより積極的な姿勢を示すようになった背景には、2つの要因がある。第一に、日本はますます厳しい国家安全保障環境に直面している。第二に、米国の一貫性のないリーダーシップが、日本にアジアや世界の戦略的問題をリードする力を与えてきたことである。
この変革の多くの功績は、安倍晋三元首相にある。安倍晋三元首相は、日本が国連憲章に基づき集団的自衛権を行使することを認める日本国憲法第9条の解釈変更を実現し、米国や他の志を同じくする国々との新たなレベルの共同国際安全保障協力に乗り出したのである。また、環太平洋経済連携協定(CPTPP)を完成に導いた。さらに、「自由で開かれたインド太平洋構想」を掲げ、中国の非自由主義的な野心に対抗するための戦略的枠組みを構築した。
日本の革新的でダイナミックな地域的リーダーシップは、米国と地域に利益をもたらす。著者らは日本のリーダーシップの役割を維持しようとする菅義偉首相の努力を熱烈に支持し、ジョー・バイデン大統領と最も早く会談する訪問者の一人になるよう奨励している。世論調査によると、日本への信頼度は米国だけでなく、南アジアや東南アジアでもかつてないほど高くなっている。かつては日本のイニシアティブがワシントンで懸念された時期もあったかもしれないが、現在では日本の戦略が米国の目的に沿ったものであることは明らかである。米国と日本は共通の利益を共有している。さらに、日米両国は共通の価値観を共有しており、それが日米同盟の基盤となっている。米国の縮小が懸念されているにもかかわらず、主要な世論調査では、世界における米国の積極的な役割を一貫して支持していることが示されている。さらに世論調査は日米同盟が両国で依然として支持されていることも示している。
米国と日本は今日、歴史上、これまでにないほどお互いを必要としている。世界の中でも両同盟国は、前向きな未来像を実現し、中国の台頭に対応するために必要な地政学、経済、技術、ガバナンスの4つの戦略的課題のすべてに不可欠な国である。共通の枠組みを創設し、優先順位と実施を調整することが、今後数年間の同盟の最重要任務であるべきである。
同盟の前進
日本は必要不可欠で対等な同盟国になっただけでなく、アイデアの創案者(innovator:イノベーター)にもなっている。自由で開かれたインド太平洋構想から地域的パートナーシップのネットワーク化に至るまで、東京は共通の価値観を推進するための考える作業の多くを行っている。その結果、日米同盟は相互運用から相互依存へと移行しつつあり、危機に対応するだけでなく、長期的な課題にも対応するために、双方がお互いを必要とするようになってきている。これは、アメリカの外圧の時代から日本のリーダーシップへの大きな転換である。
同盟にとって最大の安全保障上の課題は中国である。アジアの現状を変えようとする北京の努力は、中国のほとんどの近隣諸国の間で安全保障上の懸念を高めている。米国が支援する日本の航空・海上活動、米国の尖閣諸島を含む第5条へのコミットメント、日本の南西諸島の軍事力を強化するための共同計画の実施は、同盟の対応の重要な部分である。しかし、米国、日本、および他の志を同じくする国々が取り組まなければならないもっと大きな課題がある。それは、競争的共存(competitive coexistence)のための新しい枠組みをどのように構築するかということである。
中国のいわゆる「グレーゾーン」の威圧は、日米両国が、日本から台湾、フィリピン、マレーシアを経てマレーシアに至る第一列島の戦略的性を重視していることを浮き彫りにした。日本は米国のように台湾関係法を通じた台湾の安全保障を支援する法的・外交的義務はない。しかし、中国の台湾に対する軍事的・政治的圧力の増加に対するワシントンの懸念を日本が共有していることに疑いの余地はない。このような中国の圧力の増加は、日米両国が台湾との政治的・経済的な関わり方において、より一層の協力を必要としている。
第二の地域的安全保障上の懸念は、北朝鮮である。25 年間の外交的失敗を経て、非核化は長期的な目標ではあるが、短期的には非現実的であることは明らかである。だからといって、米国が新たなアプローチへの扉を閉ざすべきということではないが、北朝鮮の新たな能力に直面した際の抑止力と防衛力を強化することで、核武装した北朝鮮をいかにして封じ込めるかを考えることが優先である。良いニュースは、金正恩氏が政権の存続を心配していることであり、自殺願望がないことである。したがって、抑止力と封じ込めは容易���はないが、可能である。これは日米同盟と米韓韓同盟にとって優先事項である。また、日米韓三国間の情報・防衛協力を強化する必要性もある。
これらの課題は、地域の安全保障上の課題に対して、より多くの調整と資源の投入を必要としている。しかし、防衛予算は、東京とワシントンの両方でより一層の圧力下に置かれている。このため、共同技術開発や、同盟協力の効率性を高めるための努力が重視される。日本は「多次元防衛力」を実現するため、防衛予算を6年連続で増加しており、現在はは年間約500億ドルである。今後は、二国間および内部の指揮統制、地域の平和と安定への貢献、同盟の枠組みの中で役割、任務、能力に関する大きな議論の中で、反撃能力とミサイル防衛が重要な問題となる。同様に、ミサイル防衛も有用であるが、同盟国は、過度にコストを課す可能性のある高額な投資や重複投資を避けるために協力しなければならない。日本の能力向上の質は量と同様に重要であるが、数も重要である。日本は国内総生産(GDP)のわずか1%しか防衛に費やしておらず、日本の防衛予算の総額は現在、英国を上回っているが、中国が拡大する人民解放軍の予算のほんの少しに過ぎない。
もう一つの協力の機会は、米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドとの情報共有ネットワーク「ファイブアイズ」に日本を含めることである。米国と日本は、シックス・アイズのネットワークに向けて真剣に努力すべきである。
現在、米国と日本は、同盟を強化し、地域協力を構築し、地域経済と世界経済を統合するために力を共有している。重要なのはこの力の共有であり、同盟をどのように活用するかについての議論��、この概念に焦点を当てるべきである。同盟は重荷ではない。著者らが主張してきたように、日米同盟は今、共有された戦略的ビジョンの実現に目を向け、努力しなければならない。米国は言説をリセットし、一刻も早く日本との間で在日米軍駐留経費負担に係る特別協定(a Host Nation Support Agreement)を締結しなければならない。二国間および地域全体での戦略的協力の実施が、今後の米国の関心の焦点となるべきである。
パートナーシップと連携の拡大
日米同盟は、地域内又は欧州などの価値を共有する国々との間で、多くの補完的で協力的な関係を強化しなければならない。共通の利益と価値観に基づく一連のネットワーク化された連携は、共通の地政学的、経済的、 技術的、ガバナンス的目標を守るために極めて重要である。これらの連合は、強要や武力行使を抑止し、国際経済秩序を刷新し、重要なサプライチェーンと情報の流れを保護し、ルールに基づく秩序を刷新する新たな技術に関する世界基準を設定することを目的とすべきである。日米同盟は、この一連の連携(coalitions)の核となるべきである。
過去20年間、北京の活動は、日米の支援によって促進されたアジア域内協力の新たなパターンに拍車をかけてきた。日本はオーストラリアやインドとの二国間、三国間の連携を強化し、クアッドが有望な新たな役割を担うようになった。しかし、クアッドが地域の秩序にとってより不可欠な存在となるためには、他の地域機関や連合に影 響を与えないよう、包括的でなければならないだろう。北朝鮮に関する日米韓三国間の政策調整は、地域の安全保障にとって引き続き重要である。東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム、ASEAN 国防相会議、東アジアサミットなどの制度化されたフォーラムとは異なり、この種の非公式なネットワークは、プロセスではなく、機能性を中心としたものである。アジアにおける共通の利益と価値観を守るためには、このような制度の網を強化することが非常に重要である。
ワシントンと東京は、これらの連携を構築する上でいくつかの課題を克服しなければならない。その中でも特に重要なのは、日本と韓国の間の緊張が続いていることである。米国は、北東アジアの2つの同盟国が、さまざまな地域的・世界的な問題について建設的かつ現実的に協力することを必要としている。北朝鮮や中国の課題に対処し、より広範な経済、技術、ガバナンスの課題を設定するためには、両同盟国は極めて重要である。双方は、過去ではなく未来に焦点を当てる必要がある。東京とソウルの関係を強化することは、米国の同盟国との二国間関係を強化することになる。菅首相と文大統領が再出発の重要な機会として捉えるべき漸進的な進展の兆しがある。その意味では、五輪に向けた二国間協力が目前に迫っている。
ロシアや中国との協力は、もう一つの課題である。日米両国の指導者は、モスクワや北京との交渉には時間がかかるが、目に見える成果は少ないことを学んできた。とはいえ、北朝鮮、気候変動、パンデミックなど、地域的・世界的な様々な課題に対処するためには、これらの国々との協力のあり方を明確にすることが必要であろう。
経済技術協力の強化
日米の経済・技術協力の深化は、日米同盟の基礎である。日米安保条約第二条は、日米両国に対し、「両国の国際経済政策における紛争の解消を図り、両国間の経済協力を奨励する」ことを求めている。貿易、技術、インフラ、エネルギーを含む強固な経済的要素がなければ、インド太平洋戦略は空虚で持続不可能である。この地域における貿易や技術のルール、基準、規範は南シナ海と同様に争われており、日米はこれらの問題の大部分で緊密に連携している。宇宙もまた、日米両国が民間・防衛分野で協力を強化すべき分野の一つであり、競争が激化している。さらに、コロナウィルスのパンデミックで明白になったように、日米両国は、地域の繁栄と経済安全保障を維持するために不可欠な安全なサプライチェーンに関わる利害関係を持っている。
米国はCPTPPに参加し、経済ルールを形成するリーダーとして日本と連携すべきである。参加への政治的困難さは明らかだが、米国の繁栄と安全保障に対するより大きなリスクがあるため、参加は必須である。11月15日に調印された地域的な包括的経済連携協定(RCEP)は、米国を含まないアジア太平洋地域の広範な貿易協定であり、ワシントンは目を覚ますべきである。
CPTPPは、米国が地域の経済空間を取り戻し、日本と協力して経済ルール作りのリーダーシップを強化するための不可欠な手段である。2017年初頭にトランプ氏が離脱した後、当初のTPP協定を救うための日本の大胆な策略は、ルールに基づく秩序のために重要であった。東京は、米国の再参加を促進するために、新協定を構造化した。新政権がCPTPPの変更を合理的に期待する場合には、既存の参加国との交渉で対応することができる。しかし、まずはワシントンが参加の意思を示し、テーブルの上に座る必要がある。米国、日本、その他の地域のパートナーにとっての経済的・戦略的利益に加え、米国を含むCPTPPは世界経済の40%以上をカバーすることになり、その基準や規範に世界的な重みを与え、世界貿易機関(WTO)の改革に向けて志を同じくする国々と結束するための力を与えることになる。
CPTPPの美点の一つは、デジタルガバナンスの高水準にある。データは21世紀の経済の石油であるが、インターネットはEU、米国、中国が主導する3つのデジタルレジームに分断され始めている。米メキシコ・カナダ協定(USMCA)や2019年9月の日米デジタル貿易協定でさらに強化されたCPTPPの規律は、この重要な領域におけるルールや規範をグローバル化するために構築される可能性がある。これらには、国境を越えたデータの自由な流れ、デジタル製品への無関税、データのローカライズ要件不要などの原則が含まれる。日本は、G20 大阪サミットにおいて、世界貿易機関(WTO)の電子商取引交渉において、このような原則を推進するプロセスの上で、重要なリーダーシップを担った。ワシントンと東京は、G7やアジア太平洋経済協力(APEC)を通じて志を同じくする国々を動員し、データガバナンスのより一貫したシステムに向けたコンセンサスを構築することで、この作業を推進していくことができるだろう。
一方、人工知能、ロボティクス、バイオテクノロジー、ナノエンジニアリング、新素材、5G ネットワークなどの新技術は、デジタルと物理的世界を融合させ、今後数十年の経済成長を牽引し、地政学を形成していくものと思われる。米国と日本は、新技術を管理する技術標準や規則がオープンで、包括的で、相互運用性を促進することに重大な関心を持っている。
そのためには、主要な新興技術(5G、IoT、AIなど)を管理する技術基準や規範が世界的に互換性のあるものとなるように、国際電気通信連合(International Telecommunications Union)などの国際的な基準設定機関における日米の連携を強化する必要がある。北京は「中国標準2035」構想で、中国の技術に有利になるような新しい基準を策定しようとしている。米国は、日本やその他の国々と協力して、より効果的な官民パートナーシップを促進するために、国際的な基準設定に力を入れる必要がある。
5Gは21世紀の知識経済における重要な実現技術であり、日米両国はこの分野での共同作業を優先すべきである。両政府は、ファーウェイに代わる代替技術を生み出すための民間部門の努力を促進すべきである。日本は、5G(最終的には6G)へのソフトウェア・ベースのアプローチであるオープン無線アクセス・ネットワーク(O-RAN)の開発で主導的な役割を果たしており、垂直調達モデルに代わるコスト競争力と相互運用性のある代替手段となり得る。
インド太平洋地域における日本のリーダーシップのもう一つの重要な分野は、地域インフラと経済発展である。中国の「一帯一路」が汚職、負債、劣悪な基準の上に成り立っているという指摘が強まっていることは、実行可能で透明性の高いインフラプロジェクトを形成する機会を示唆している。東京は2015年に2000億ドルの「質の高いインフラパートナーシップ」を設立し、オープンな調達、環境と債務の持続可能性、インフラファイナンスの透明性などの原則を定めた。日本は2019年の大阪サミットでこれらの原則についてG20首脳の承認に勝ち取った。バランスシートと戦略的マンデートを強化した新しい米国国際開発金融公社は、国際協力銀行(JBIC)、アジア開発銀行(ADB)、世界銀行グループと協力し、2030年までに25兆ドルの地域インフラニーズに対応すべきである。ワシントン、東京をはじめ、オーストラリアや韓国など、他の主要な地域・地域外のプレーヤーとの間でこれらの活動を調整することは、日米両国の指導者にとってますます重要な役割となるであろう。米国と日本は、インフラに関する決定が完全な透明性をもって行われるよう、良好なガバナンスと説明責任を促進するために、受益国への支援を拡大すべきである。
最後に、エネルギーと気候変動は日米経済同盟の重要な側面である。2050年までに日本経済をカーボンニュートラルにするという菅首相の公約は、韓国の同様の公約と一致しており、クリーン・エネルギーの拡大の緊急性を強調している。日本の国内と国際的な目標を達成するためには日本は石炭の使用と投資を抑制する必要がある。原子力と天然ガスの協力に基づき、日米両国はクリーンエネルギーと気候に関するパートナーシップを拡大すべきである。共同開発のための優先的なクリーンエネルギー技術には、水素、蓄電池(輸送の電化と再生可能エネルギーの拡大の鍵となる)、二酸化炭素回収貯留(CCS)、リサイクル、スマートグリッドなどがある。これらの技術は、市場ベースの効果的な気候変動緩和のために有望である。
結論
ここで概説されているように、より対等な日米同盟を構築することは、地域的課題と世界的課題の両方に対処する上で重要である。日本は、あらゆる面で米国の利益と価値観に最も沿った同盟国である。いくつかの分野では、日本はすでに主導権を握っており、共通の価値観、高い基準、自由な規範を推進している。実際、米国は多くの分野で東京のアプローチとより緊密に連携することで利益を得ることができる。日米同盟は、進化する多極化した世界をリードする立場にある。本報告書では、日米同盟が関係を前進させるために優先すべき課題を明らかにした。世界の安全保障と繁栄のために 東京とワシントンの新政権は、これらの課題に立ち向かうべきである。
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misen9710 · 3 years
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朝比奈潤(ドMおじさん)@doemojisan
今から15年ほど前、20代後半の頃に個別指導系の学習塾で数年間働いていた。担当は男子中学生ばかりだったがその中に明らかにオーラが違うイケメンがいた。今で言えば坂口健太郎によく似ていたので、ここでは彼を坂口君と呼ぶ。坂口君は身長180弱、不良っぽさと中性的な部分を併せ持ったルックスだった。
実際、彼はよくモテていた。恥ずかしい話だが、私は女性の生態についての知見をほとんど彼から得たと言っても過言ではない。30歳手前の大人が14~5歳の少年から女について教わるという屈辱は私を大いに苦しめたが、童貞だった私には坂口君が無邪気に話すモテ話が抗いがたい魅力を持っていた。
「さっき逆ナンされてカラオケでセックスしてきちゃった」私が担当してすぐの頃、彼が述べた遅刻の理由である。成績の良い子が行くような塾ではなかったから真面目に勉強しに来ている生徒は少ない。それでもこの発言は衝撃的であった。事の真偽はともかくとして、私は注意するよりも呆然としてしまった。
イケメンの中でもよりすぐりの「超イケメン中学生」には凡人には想像し得ない奇跡のような出来事が毎日起きている。逆ナンパはそれこそ日常茶飯事だ。家電量販店で暇をつぶしていたら、見知らぬ40代のマダム風女性に当時、流行っていたゲームボーイアドバンスを買ってもらったこともあるという
奇跡というのはたとえば、繁華街ですれ違った20代の女性に道を聞かれ、親身になって教えたところ連絡先を聞かれ後日、お礼がしたいと食事に誘われる…といったようなことだ。そんなことがあるのだろうかと思う。私は42年間生きて、宗教の勧誘以外で一人歩きの女性に声をかけられたことがない
こうしたエピソードの一つひとつに何とも言えない迫力を感じ、私は授業中の彼の雑談、自慢話を黙認した。そういった話に私自身が興味を持っていた。彼の携帯電話の画像フォルダには今まで関係した女性との画像が収められていた。その数の多さ、写真に収まった女性の美しさには圧倒される思いであった
そのフォルダを全部見たわけではないが、一際目を引いたのは坂口君と同世代であろう白人とのハーフの美少女だ。玉城ティナ、トリンドル玲奈に似た雰囲気の彫刻のように美しい顔だった。とても中学生には見えない。そしておっぱいも、服の上からでもそれなりの大きさになっているのがわかった
何枚かの画像には私と同世代、もしくは30代であろう女性も写っていた。私には視線すら合わせない同世代の美女が15歳の少年には心を開き体も許しているのかと思うと、やるせない思いであった。自分の私生活がとてつもなく惨めに感じ、オスとしての能力の違いを見せつけられる思いであった
当時の私生活は今よりも悲惨であった。休日ともなれば昼近くまで惰眠を貪り、起きれば近所のコンビニへ行く。道中、美少女とすれ違えばその顔や胸の膨らみを凝視して目に焼き付け、帰宅後はその美少女を想像しながら自慰をする。そしてコンビニ弁当を食べテレビを見ながら夕方になるとまた自慰にふける
坂口君が恋愛ゲームを楽しみ女性を楽しませ、そして愛されている一方で、私は道行く美人を盗み見ては服の上から伺えるおっぱいの大きさを確認して脳裏に焼き付け、その乳房を揉みしだく妄想にかられながら一人慰め、果てる。東京砂漠とはこのことだろう。私は自分の情けなさに消え入りた��なった
坂口君を教えていて気付いたことがある。それは女も男と同じように気になる異性をチラ見するという事実だ。教室で隣り合って座っていた私にはそれが手に取るようにわかった。そしてチラ見された側は視線に完全に気付く。チラ見されている事に気付かれまいとあえて見ないようにする行為すらもほぼわかる
授業時間が終わり坂口君が帰宅しようとすると、いつも奇妙な光景が繰り広げられた。女子生徒たちがみなソワソワしながら坂口君の様子を気にしているのである。女子生徒の中でもカースト上位と思われる、沢尻エリカ似のリーダー格はいつも偶然を装って坂口君の周囲をうろつき会話の機会を伺っていた
沢尻の積極性に私は驚いた。女の子は相手次第でこれほどまでに積極的になるのである。カースト下位の女の子には坂口君と話す機会は与えられない。女子リーダー格の沢尻は、その地位を生かして他の女の子を牽制していたのかもしれない。授業が終わると上位グループが坂口君を取り囲むこともあった
坂口君と沢尻はもしかしたら関係を持っていたのかもしれない。なぜなら沢尻が坂口君に夢中になっていたのは誰の目にも明らかだったからだ。坂口君に入れあげていたのは沢尻だけではない。女性社員にもまた坂口君は人気があった。中でもある20代後半の女性社員が取った行動は生々しかった
の女性社員は波瑠に少し似ていたのでここでは波瑠さんと呼ぶ。長身でスレンダー、キリッとした顔つきが近寄りがたい雰囲気を出していて仕事が速かった。その波瑠さんは、愛想が良いほうではなかったが、坂口君と話すときだけは満面の笑みになるのである
志望校などを調査する資料を坂口君が提出し忘れたことがあったが、その時の波瑠さんの動きは凄かった。坂口君の席の隣にひざまずいて「ここに名前を書いて」「学籍番号はここ」と、手取り足取り教えながら書かせているのだ。どこに名前を記入するかなどバカでもわかる。波瑠さんの魂胆は明らかだった
波瑠さんが坂口君に資料を書かせている間、二人の物理的な距離が徐々に近づいていくのがわかった。波瑠さんは時に坂口君に覆いかぶさるように資料の書き方を教えていた。私には波瑠さんのおっぱいが坂口君の背中に当たっているように見えて仕方がなかった。いや、間違いなく胸と背中が触れ合っていた
波瑠さんは長身だったが胸はそんなに大きくなかった。体の線がはっきりとわかるような服を着てくることもなかった。私はそんな波瑠さんが自らの女の部分を強調していることに衝撃を受けた。よく恋愛マニュアルに「OKサインを見逃すな」なんて書かれているが、こういうことなのかと思った
女のOKサインとはかくも露骨なものなのだ。本物のOKサインとはこのようなものなのだと思い知らされた。恋愛マニュアルに書かれた「酔っちゃった~」なんていうセリフや、普通の男が「もしや」と感じるセリフなど、このときの波瑠さんのOKサインに比べれば勘違いに近い
手取り足取り教えられながら資料を書き終えた坂口君の行動も私を驚かせた。「疲れた~」と言いながら席を立った坂口君は「波瑠さんの肩揉んであげます」といって肩のあたりを揉みはじめたのだ。波瑠さんは顔を真っ赤にしている。あのクールビューティの波瑠さんが真っ赤になって動揺している
波瑠さんにひそかに思いを寄せていた私は激しく嫉妬した。童貞ゆえの自信のなさで会話すらままならなかったが、いつも彼女を盗み見ていた。服の上から伺える乳房の形を想像しながら自慰したこともある。年上の彼氏がいるという噂にうちのめされたこともあった
そんな高嶺の花だった波瑠さんが「どうぞ私を抱いて」と言わんばかりにオンナの表情をしていたことがショックだった。一見、ツンとしているように見える女性でもイケメンに見つめられたらイチコロなのだ。しかも相手は15歳の少年である。この事実は私を苦悩させた
その日、自宅に帰った私は波瑠さんの表情を思い出していた。肩を揉まれた時の波瑠さんはなんと幸せそうな表情をしていたことか。坂口君が波瑠さんを抱いている姿を想像してみた。すると嫉妬と悔しさで不思議と興奮してくるのがわかる。寝取られ好きの気持ちがわかった。私はその夜、何度も自慰をした
この一連の出来事は童貞を捨てたいという思いを強めた。風俗でもいいから童貞を捨てれば嫉妬に苦しまなくてもすむかもしれないと思った。次の休日、ネットで入念な下調べをし風俗へ向かった。初めての記念だからと一番美人でゴージャスな容姿の女の子を指名した
指名し部屋で待つ間、胸は高まった。期待と緊張が入り交じり、武者震いが止まらなかった。女の子が部屋に入ると緊張は限界を越えた。手足が震えている。まずい。嬢に童貞であることを悟られたくない一心で、手足の震えを隠し手慣れた様子を演じようとすればするほど震えは強まり会話にも妙な間ができた
正常なコミュニケーションすら成立しない私を前に、風俗嬢は徐々に心を閉ざしていった。恐らく私は緊張と劣等感にまみれた恐ろしい表情をしていたのだろう。風俗嬢が私を不気味がり、怖がっているのがわかる。私はその雰囲気をどうすることもできず、無言で胸を揉み続けた
子泣き爺のように後ろから覆いかぶさり、ぎこちなく胸を揉みしだく私の表情をチラリと見た風俗嬢は、ほんの一瞬だが嫌悪の表情を見せ、その後は私をできるだけ見ないようにしていたと思う。私の性器に手を伸ばし、数回上下に動かしながら刺激を与え勃起を確認した彼女は無言でコンドームを装着��せた
コンドームを装着されながら私は女体に感じ入っていた。初めて触る女性のおっぱい。その柔らかさ美しさに衝撃を受けた。女の乳房とはこんなにも男に幸せな感情を与えるのかと。ずっと揉み続けていたい衝動にかられた。しかしコンドームを装着させた嬢は女性器に何かを塗り込んだあと挿入を促した
正常位の体勢から、私はアダルトビデオの見よう見まねで挿入を試みた。しかし、これが意外に難しい。挿入しようとし、角度や位置の違いから押し戻される。それを数回繰り返すうちに動揺は強まった。童貞であることがバレたかもしれない。そして何より精神的動揺から勃起が弱まっていくのを感じた
萎えて柔らかくなった男性器を女性器の入り口に押し付け、どうにか挿入しようとして押し戻される滑稽きわまりないやりとりの後、私は挿入を諦めた。気まずさを誤魔化すため、私は風俗嬢のおっぱいにむしゃぶりついた。風俗嬢は事務的に私の性器を手でしごき、再び勃起を促した
胸を揉むとわずかだが、萎えた性器が復活する。ベッドの上にお互い向き合って座りながら無言のまま、私は胸を揉みしだき、風俗嬢は淡々と私の性器をこすり上げる重苦しい時間が20分くらい続いた。異様な光景だったと思う。やがてコンドームがシワシワになったところでタイマーの警告音が響いた
「時間…」とつぶやいた風俗嬢はコンドームを剥ぎ取り、激しいペースで性器をしごいた。私も胸を揉むペースを早める。すると数十秒後、精子が放出された。思わず「あっ」という声を上げてしまった。賢者モードに陥る私をよそに彼女はティッシュで精子を拭く。これが私のみじめな初体験だった
挿入に成功しなければ真の意味で童貞を脱したことにはならない。翌週も同じ店に行った。指名した娘は先週の子ほど美人ではなかったがとても愛想が良かった。武者震いしながら性行経験者を装う私のバレバレの演技にも笑顔だ。私を傷つけないよう、私が彼女をリードしている錯覚を与えながら挿入へと導く
メリメリという感覚の後、私の性器はするっと女性器の中に入った。挿入に成功した。私は激しく動くことで緊張を悟られないように努めた。しかし、このとき私は膣内での射精には成功しなかった。風俗業界ではこれを中折れと呼ぶらしい。結局、私は手と口で嬢に刺激されながらゴム内で発射させられた
恥ずかしながら私はセックスがこんなにも難しく、重圧がかかるものだとは知らなかった。機会さえあれば誰にでもできると思っていた。水を飲み、道を歩き、ベッドで寝る。そんな人間の当たり前の営みと同じく挿入と射精ができるのだと。しかし実際は違う。自転車の補助輪を外すような訓練が必要なのだ
風俗店から帰宅後、ネットで調べたところ、私のような症状は「膣内射精障害」と言うらしい。自慰ばかりしているモテない男が患う風土病のようなものだ。普通の男性が患うこともあるが、多くは加齢、飲酒、あるいは倦怠期で刺激を失ったことが原因であり、コンディション次第ですぐ回復する
自慰ばかりしている男性は、しばしば自分の性器を強く握りしめる。そして、それは膣が加える刺激を上回る。性交よりも自慰の回数が圧倒的に多い非モテ男はそれに慣れきってしまい、いざ性交するときに刺激が足りず射精に至らないのだ。オナニー病、モテない病と言える。こんなに哀しい病があるだろうか
結局、膣内での射精に成功するまで、童貞を捨てた日から3年以上の月日がかかった。風俗店へ通いつめた回数は40回を超える。30歳を超え、ようやくである。中折れし途中で萎えた性器を手でしごきあげられ、射精させられるという情けないセックスを40回以上も繰り返したのだ
童貞を捨てれば消え去るかと思われた劣等感はさらに巨大になった。3年の間、自らの性的能力の低さ、異常さを突きつけられた思いがした。15歳の少年がいとも簡単に、毎日のように行う「普通の性交」にお金を支払ってもなお達しないのである。波瑠さんら女性社員や生徒がこれを知ったら、蔑み笑うだろう
恥ずかしい話だが、今でも私は2回に1回は膣内射精に失敗する。これは異常なことだろう。しかし、異常者なりに気づきもあった。風俗嬢に「実は素人童貞で経験が少ないんです。リードしてください」と白旗を上げるのだ。すると精神的に少し楽になることがわかった。少なくとも手足の震えは軽減した
裸の女性を前にした緊張、武者震い、手足の震えは、恐らく素人童貞を恥に思い隠そうとする男のチンケなプライドと密接に関わっている。あえて白旗を上げることで、それはいくらか軽減する。しかし「途中で萎えたらどうしよう」という重圧は依然として残る。この重圧から逃れる方法を私はいまだ知らない
風俗嬢に「経験が少ないのでリードしてほしい」とカミングアウトすると、高確率で「そういうお客さんの方が好き」と言われる。これは好き嫌いというよりも、その方が業務上、楽なのだろう。世の女性が素人童貞を好きというわけではない。むしろ素人童貞で射精障害のおっさんなど視界にすら入っていない
しかし指名した子がドンピシャで好みだった場合は、経験が少ないことを明かせずにいた。もしかしたらこの娘と付き合えるかもしれないという下心からである。冷静に考えれば風俗嬢が客と付き合うことなどあるはずがない。にも関わらず、自分を偽りカッコつけてしまうのだ
なぜか。それは女性との接触が極度に少ない非モテには万に一つの可能性でさえ貴重な機会だからだ。自分でも狂っていると思う。しかし非モテの劣等感とは、これほどまでに人間の判断力を狂わせるのである。こうして性に習熟した大人の男を演じようとして射精に失敗し呆れられる。私はこれを繰り返した
風俗店通いで不快だったのは待合室の存在だ。見るからに女と縁がなさそうな醜い男たちが折り重なるように狭い部屋に押し込められ、煙草の煙にまみれながら携帯電話の画面を覗いている。そしておそらく彼らは軽く勃起している。この世の終わりみたいな場所だ。気持ちの悪さに身の毛がよだってしまう
フェミニストが憎み、罵り、滅ぼそうとしているのは風俗店の待合室にいるような男たちのことだろう。決して坂口君のような美少年ではない。この点に関して、私はフェミニストに深く同意する。彼らを消し去ることで、世界は少しだけ良くなると思わざるを得ない。私も消えてしまうけれども
おそらく坂口君は、平均的な非モテ中年の何十倍、何百倍もの女性を傷つけ、悲しませ、不安にさせてきたはずだ。しかし、世の女性はそれでも坂口君を愛する。そして彼に特別扱いされることを望む。フェミニストも坂口君を攻撃することはない。彼の存在そのものが女性を幸せにするからだ
私のような非モテ中年がフェミニストにお願いしたいのは、せめて我々が生きる権利だけは奪わないでほしいということだ。風俗店の待合室に来てしまうような種族は、自分ではどうにもできない性衝動と法律の折り合いをつけ、やむにやまれず安月給を工面して数万円を握りしめてやってきた善良な市民である
男がお金を払って快楽を得ようとすることに関して、女性の目は厳しい。それは本来なら淘汰され、消えてなくなるべき遺伝子が、お金の力で力を得ることへの本能的な嫌悪であると思う。この本能は現在の人権制度、博愛主義と完全に対立する。この点について現代社会はまだ答えを見いだせていないと思う
坂口君には女性を虜にする必殺技があった。それは笑顔で挨拶することだ。なんだ、それだけかと思うかもしれない。しかし彼は笑顔だけで女性を完全にコントロールしていた。私が見る限り、彼はいつも同じように笑顔の挨拶をしていたわけではない。人や状況に応じて、振りまく笑顔の量に濃淡をつけていた
坂口君が最大級の笑顔で挨拶をすると、女たちは皆、有頂天になった。成人女性とてそれは同じだった。みな狂ったように喜んだ。しかし、いつもそれをするわけではない。そうやって濃淡をつけることで、不安にさせたり、嫉妬させたりしながら女たちの行動をコントロールするサイコパス的な側面があった
それは幼少期から女性と濃密なコミュニケーションをすることで得られた天性の能力だろう。真似しようとしてできるものではない。「女性に優しく」と、よく恋愛マニュアルに書かれているが、大半の男が考える優しさは「弱さゆえの優しさ」であって、本質的には媚びや譲歩に近い
そしてこれは重要なことだが、女性はその「弱さゆえの優しさ」には興味がない。いや、嫌悪すらしていると思う。「弱さゆえの優しさ」でどんなに高額のプレゼントを貰おうとも、女たちはなびかない。むしろ坂口君から時に冷たくされ、時に嫉妬させられながら、ごくたまに優しくされる恋愛を選ぶ
坂口君に話しかけられた女性の反応は、若くてハンサムな白人男性に話しかけられた日本人女性のリアクションに近い。若い白人男性が日本人女性を次々といとも簡単にナンパする動画がネット上で賛否を呼んでいたことがあり、私もそれを興味深く観たが、あれはまさしく坂口君の周りで起こっていたことだ
六本木などを歩けばわかることだが、ハンサムな白人男性を連れて歩く日本人女性は不思議と欧米風の所作になる。彼女らは白人男性を連れて歩いているという状況そのものに酔っていて、「みんな見て、これが私の彼氏よ」とアッピールしたくてたまらないように私には見える
白人男性と交際すること、それを周囲に認識させることが自らの格をも上げるのだと確信していないと、ああはならないのではないか。少なくとも冴えない日本人男性を連れて歩く日本人女性は、六本木を彼女らほど我が物顔では歩かない。もっと申し訳なさそうにそそくさと歩いているように私には見える
思えば沢尻や波瑠さんは、坂口君と話しているとき、とても得意げだった。周囲に見せつけるように、「坂口君とこんなに仲が良い私」をアッピールしていた。そして我を忘れて会話を楽しんでいた。沢尻はともかく、波瑠さんまでが中学生相手にそんなになってしまったことは、私に強い衝撃を与えた
私が初めて風俗店へ行ってから数週間後、沢尻の母親からの電話が私の勤務する学習塾を大混乱に陥れた。最初に電話をとったのは私だ。母親が言うには沢尻が波瑠さんからしきりに服装について注意を受け精神的に参っていると。服装についての規則はないはずでは?何が悪いのかということだった
これは沢尻の母親に理がある。生徒の服装を職員が注意することは、基本的にはないはずだ。そんな場面を見聞きしたこともなかった。これは奇妙だ。そして母親は言いにくそうに、話を続けた。「あと…娘が波瑠さんにあなた処女じゃないでしょって言われたみたいなんですけど…」。私は耳を疑った
沢尻母が校舎へやってくると、室長室へ通し、私は退席した。約1時間後、沢尻母が帰ると、今度は波瑠さんが室長室へと呼ばれた。授業時間になっても波瑠さんは戻ってこない。私は嫌な予感がした
納得がいくようでいかない、なんとも要領を得ない説明である。「波瑠さん、沢尻に派手な下着を着るなとか、ピタっとした服を着て来るなとか言ってたらしいですよ…。で、別の教室へ行って、すぐ辞めたみたい…」。私はそのことを坂口君から聞いた。そして事の真相にある程度の察しがついた
一連の騒動はおそらく坂口君をめぐる沢尻と波瑠さんの潰し合いなのだ。そして沢尻が勝ったと。坂口君と沢尻がイチャついていたのを見た波瑠さんが嫉妬し、坂口君におっぱいを密着させて接近した。それを察知した沢尻は波瑠さんのクビを獲りにきた…。そういうことなのではないかと
坂口君はなぜ波瑠さんの「その後」を知っていたのか。私は彼に「そんなこと誰から聞いたの?」とは聞けなかった。仮に聞いたら、彼はおそらく「だって波瑠さん、俺のセフレだよ」と無邪気に答えたであろう。波瑠さんに想いを寄せていた私は、それだけはどうしても聞きたくなかった
坂口君は波瑠さんのOKサインを見逃してはいなかったのだ。そして彼は波瑠さんとセックスしていたのだと思う。室長の聞き取りで波瑠さんは、沢尻への仕打ちだけでなく余罪も白状した。そして警察沙汰を恐れた塾側は、噂になる前に波瑠さんをクビにした…。これが坂口君の口ぶりから察した私の仮説である
坂口君と波瑠さんは、いったいどんなセックスをしていたのだろう。15歳にして180cm近い長身、私より10cm以上も高い。きっと性器も立派なのだろう。少なくとも私のような仮性包茎のイカ臭い、粗末な性器ではないはずだ。場馴れした手つきで波瑠さんをリラックスさせ、「好き」と囁き合ったのではないか
坂口君は30人以上とやったと豪語していた。多少盛っていたかもしれないが、説得力はあった。セフレの女子大生からの「生理来たよ」というメールを見せてきたこともあった。当初、私はその意味がわからなかった。数日してようやく危ない日にコンドームなしでセックスしたことを意味するのだと悟った
童貞の男はそんなことも分からないくらい察しが悪い。そのくせ嫉妬深い。坂口君と波瑠さんがセックスしていたことに気付いた日、私は帰宅するなり自慰をした。波瑠さんを奪われた怒りに近い感情が、なぜか興奮を高めた。怒りと興奮で顔を紅潮させながら、あらん限りの力を込めて性器を握りしめていた
そのときの私はこの世のものではないくらい醜い顔をしていたはずだ。嫉妬に狂いながら坂口君が波瑠さんを愛撫する姿を想像し、「畜生、畜生…」と呟きながら性器を握りしめた。膣内射精障害が悪化するとも思ったが、どうにでもなれという自暴自棄の気持ちが勝っていた
そのときなぜか波瑠さんが小ぶりなおっぱいを精一杯寄せて、坂口君の性器を挟んでいる像が思い浮かんだ。パイズリだ。なぜそんなイメージが浮かんだのかはわからない。心の奥底に閉じ込めた性衝動が脳内で不可思議に暴発したのだと思う。そして、その瞬間、私の性器は精子を垂れ流した
その後、私は坂口君の立派な、私の倍くらいはあるだろう性器を波瑠さんが小さな乳房で一生懸命に包み込んで奉仕している場面を思い浮かべながらもう一度、射精した。その後、今度は波瑠さんが坂口君に攻められ、涙声で「ごめんなさい」と言いながら絶頂に至る妄想でさらにもう一度、射精した
それにしても波瑠さんはなぜ沢尻なんかに目くじらを立てたのだろう。たしかに職員にとって沢尻は苛立たしい存在ではあった。反抗的で知性に欠け、徒党を組むタイプの女だ。が、所詮中学生。美人だが波瑠さんの上品な美しさとはモノが違う。しかし沢尻にあって波瑠さんにないものが一つだけあった
大きな乳房だ。沢尻は中学生の割におっぱいが大きかった。それを見せつけるように胸の谷間も露わなキャミソールを着てくることもあった。波瑠さんは沢尻の胸の大きさに嫉妬していたのだろうか。普通ならば、そんな結論には至らない。何より女性は男が思うほど、恋敵の胸の大きさを気にしない
本当のところはわからないが、少なくとも気にしない素振りを見せる。しかし、こんな普通じゃない状況になった今、どんな可能性だってありうるように思われた。沢尻が大きな胸で坂口君を誘惑していると確信した波瑠さんが、嫉妬にかられ派手な下着や体のラインが出る服を着ないよう命じた…
そんなのはアダルトビデオの中だけの話。そうやってシンプルに考えられる人を私は羨む。いろいろな可能性を考えたとしても、それは何も生まない。真相は本人に聞いてみなければわからないのだから、考えたって仕方がないのだ。本人ですら、自分が何を考えているのかわからないのかもしれないが
波瑠さんは胸は小さく、おそらくAカップかBカップといったところだったが、170cm近い長身で顔が小さく手足が長い。他人の美貌に嫉妬するようなコンプレックスがあるようには見えなかった。沢尻は165cmくらい、Dカップくらいだろうか。大人びてはいるが品の無いヤンキーみたいだなと思うこともあった
私は波瑠さんに話しかける勇気はないくせに、チラチラと盗み見ていた。ブラウスの間からブラジャーが見えていて、凝視してしまったこともあった。もう少し角度をずらせば波瑠さんの胸の大きさが確認できるような気がした。思えばあれは気付かれていただろう。なんとも情けない話だ
真剣佑という俳優が14歳当時、37歳の子持ち既婚女性と肉体関係を持ち、その女性が真剣佑との間に生まれた子供を出産したというスキャンダルがあったはずだ。私はこの報道を聞いて真っ先に坂口君と波瑠さんのことを思い出した。この世には現実にこういうことがあるのだ。「事実は小説より奇なり」である
37歳人妻の理性はなぜぶっ壊れたのか。希少性の法則という言葉がある。人は希少なものや機会には価値があると思い込み、しばしば非合理的な行動をとる。旅先で割高な土産物を買ったり、閉店セールで安いからと絶対に使わないものを買ったりしたことはないだろうか
希少性の法則は性愛においてこそ当てはまると私は考える。目の前にいる美少年が完全に自分の好みのタイプで、彼にいま好意を伝えなければもう会えないかもしれないという状況があったとしたら、女の理性は少しづつ壊れていく。「こんな子にはもう出会えないかも」「今しかない」という感覚
それでも法に触れることを恐れて、性衝動を理性で強引に閉じ込めるのが普通の人間だ。しかし、心の奥底に折り畳まれた性衝動を侮ってはいけない。理性で閉じ込めるたびに性衝動は力を増す。性的な衝動を発散する機会が少ない、抑圧された女性の性衝動は男の数倍強い
希少性の法則を突き詰めれば、非モテ男の生存戦略は希少性を獲得することということになる。容姿に恵まれていないが幸せな性愛生活を送りたいと願うなら、希少な存在になるべきだ。この観点から、モテたくてバンドをやる、芸人を目指す、漫画家を目指すという行為はまったく正しい
希少な存在だけが女の心を揺さぶり、理性の扉を開くことができる。モテたいのに会社員になってそれなりの年収を貰おうと努力するのは完全に間違っている。そもそも非モテは会社で出世できない。会社とは非モテがせっせと努力して得たものをリア充がまるで自分の手柄のようにかっさらっていく場所だ
イケメン男子中学生に手を出した年上の女は、遊ばれた挙げ句、無残に捨てられるだけなのになぜ…?と理解ができない人もいるだろう。非常に浅はかな考えだ。性愛に賭ける女の深い情念を甘く見すぎている
女はイケメンに近づけば遊ばれ捨てられることなど百も承知なのだ。15歳の美少年に手を出せば、彼と同世代の美少女と比較され、子供と侮っていた女に男を奪われ、時に恋敵の女子中学生よりも胸が小さいというみじめな現実を突きつけられ嫉妬に狂うことだって覚悟の上なのだ
男子中学生と成人女性の間には、事実、性愛関係が成立する。たった今も地球のどこかで男子中学生と成人女性はセックスをしている。にも関わらず、それは世間的には許容されない。いや、法的、社会的、道徳的、教育的などあらゆる観点からそれは否定される
そして弱虫や嘘つき、偽善者たちは、男子中学生と成人女性の性愛関係など、この地球上にまるで存在していないかのように振る舞う。しかし、私は文学的、ないし芸術的な観点からは、それを肯定したい。少なくとも私には坂口君に肩を揉まれ至福の表情を浮かべる波瑠さんを咎める気にはなれなかった
私は数日前にTwitterでここに書いたトラウマを吐き出したことで、ようやく性愛と向き合うことができた。性愛以上に大事なものはこの世に存在しないことにようやく気付いた。そして素人童貞なりに、この世にどうにか自分の爪痕、生きた証を残したいという強い生の衝動に突き動かされてこれを書いている
私の書く文章を気持ちが悪いと思う人は多いだろう。作り話だ、決めつけだ、素人童貞に何がわかるという意見だってあるはずだ。批判したければ批判するがいい。笑いたければ笑えばいい。しかし、批判しても笑っても、すべての人間に気色の悪い性的衝動が存在する事実を消し去ることはできない
この一連のツイートを波瑠さんと、私を射精に導いたすべての女性に捧げる…って、捧げられても困るか…。まあいいや(完)
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toubi-zekkai · 4 years
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厚着紳士
 夜明けと共に吹き始めた強い風が乱暴に街の中を掻き回していた。猛烈な嵐到来の予感に包まれた私の心は落ち着く場所を失い、未だ薄暗い部屋の中を一人右往左往していた。  昼どきになると空の面は不気味な黒雲に覆われ、強面の風が不気味な金切り声を上げながら羊雲の群れを四方八方に追い散らしていた。今にも荒れた空が真っ二つに裂けて豪雨が降り注ぎ蒼白い雷の閃光とともに耳をつんざく雷鳴が辺りに轟きそうな気配だったが、一向に空は割れずに雨も雷も落ちて来はしなかった。半ば待ち草臥れて半ば裏切られたような心持ちとなって家を飛び出した私はあり合わせの目的地を決めると道端を歩き始めた。
 家の中に居た時分、壁の隙間から止め処なく吹き込んで来る冷たい風にやや肌寒さを身に感じていた私は念には念を押して冬の格好をして居た。私は不意に遭遇する寒さと雷鳴と人間というものが大嫌いな人間だった。しかし家の玄関を出てしばらく歩いてみると暑さを感じた。季節は四月の半ばだから当然である。だが暑さよりもなおのこと強く肌身に染みているのは季節外れの格好をして外を歩いている事への羞恥心だった。家に戻って着替えて来ようかとも考えたが、引き返すには惜しいくらいに遠くまで歩いて来てしまったし、つまらない羞恥心に左右される事も馬鹿馬鹿しく思えた。しかしやはり恥ずかしさはしつこく消えなかった。ダウンジャケットの前ボタンを外して身体の表面を涼風に晒す事も考えたが、そんな事をするのは自らの過ちを強調する様なものでなおのこと恥ずかしさが増すばかりだと考え直した。  みるみると赤い悪魔の虜にされていった私の視線は自然と自分の同族を探し始めていた。この羞恥心を少しでも和らげようと躍起になっていたのだった。併せて薄着の蛮族達に心中で盛大な罵詈雑言を浴びせ掛けることも忘れなかった。風に短いスカートの裾を靡かせている女を見れば「けしからん破廉恥だ」と心中で眉をしかめ、ポロシャツの胸襟を開いてがに股で歩いている男を見れば「軟派な山羊男め」と心中で毒づき、ランニングシャツと短パンで道をひた向きに走る男を見れば「全く君は野蛮人なのか」と心中で断罪した。蛮族達は吐いて捨てる程居るようであり、片時も絶える事無く非情の裁きを司る私の目の前に現れた。しかし一方肝心の同志眷属とは中々出逢う事が叶わなかった。私は軽薄な薄着蛮族達と擦れ違うばかりの状況に段々と言い知れぬ寂寥の感を覚え始めた。今日の空が浮かべている雲の表情と同じように目まぐるしく移り変わって行く街色の片隅にぽつ念と取り残されている季節外れの男の顔に吹き付けられる風は全く容赦がなかった。  すると暫くして遠く前方に黒っぽい影が現れた。最初はそれが何であるか判然としなかったが、姿が近付いて来るにつれて紺のロングコートを着た中年の紳士だという事が判明した。厚着紳士の顔にはその服装とは対照的に冷ややかで侮蔑的な瞳と余情を許さない厳粛な皺が幾重も刻まれていて、風に靡く薄く毛の細い頭髪がなおのこと厳しく薄ら寒い印象に氷の華を添えていた。瞬く間に私の身内を冷ややかな緊張が走り抜けていった。強張った背筋��一直線に伸びていた。私の立場は裁く側から裁かれる側へと速やかに移行していた。しかし同時にそんな私の顔にも彼と同じ冷たい眼差しと威厳ある皺がおそらくは刻まれて居たのに違いない。私の面持ちと服装に疾風の如く視線を走らせた厚着紳士の瞳に刹那ではあるが同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情が浮かんでいた。  かくして二人の孤独な紳士はようやく相まみえたのだった。しかし紳士たる者その感情を面に出すことをしてはいけない。笑顔を見せたり握手をする等は全くの論外だった。寂しく風音が響くだけの沈黙の内に二人は互いのぶれない矜持を盛大に讃え合い、今後ともその厚着ダンディズムが街中に蔓延る悪しき蛮習に負けずに成就する事を祈りつつ、何事も無かったかの様に颯然と擦れ違うと、そのまま振り返りもせずに各々の目指すべき場所へと歩いて行った。  名乗りもせずに風と共に去って行った厚着紳士を私は密かな心中でプルースト君と呼ぶ事にした。プルースト君と出逢い、列風に掻き消されそうだった私の矜持は不思議なくらい息を吹き返した。羞恥心の赤い炎は青く清浄な冷や水によって打ち消されたのだった。先程まで脱ぎたくて仕方のなかった恥ずかしいダウンジャケットは紳士の礼服の風格を帯び、私は風荒れる街の道を威風堂々と闊歩し始めた。  しかし道を一歩一歩進む毎に紳士の誇りやプルースト君の面影は嘘のように薄らいでいった。再び羞恥心が生い茂る雑草の如く私の清らかな魂の庭園を脅かし始めるのに大して時間は必要無かった。気が付かないうちに恥ずかしい事だが私はこの不自然な恰好が何とか自然に見える方法を思案し始めていた。  例えば私が熱帯や南国から日本に遣って来て間もない異国人だという設定はどうだろうか?温かい国から訪れた彼らにとっては日本の春の気候ですら寒く感じるはずだろう。当然彼らは冬の格好をして外を出歩き、彼らを見る人々も「ああ彼らは暑い国の人々だからまだ寒く感じるのだな」と自然に思うに違いない。しかし私の風貌はどう見ても平たい顔の日本人であり、彼らの顔に深々と刻まれて居る野蛮な太陽の燃える面影は何処にも見出す事が出来無かった。それよりも風邪を引いて高熱を出して震えている病人を装った方が良いだろう。悪寒に襲われながらも近くはない病院へと歩いて行かねばならぬ、重苦を肩に背負った病の人を演じれば、見る人は冬の格好を嘲笑うどころか同情と憐憫の眼差しで私を見つめる事に違いない。こんな事ならばマスクを持ってくれば良かったが、マスク一つを取りに帰るには果てしなく遠い場所まで歩いて来てしまった。マスクに意識が囚われると、マスクをしている街の人間の多さに気付かされた。しかし彼らは��袖のシャツにマスクをしていたりスカートを履きながらマスクをしている。一体彼らは何の為にマスクをしているのか理解に苦しんだ。  暫くすると、私は重篤な病の暗い影が差した紳士見習いの面持ちをして難渋そうに道を歩いていた。それは紳士である事と羞恥心を軽減する事の折衷策、悪く言うならば私は自分を誤魔化し始めたのだった。しかしその効果は大きいらしく、擦れ違う人々は皆同情と憐憫の眼差しで私の顔を伺っているのが何となく察せられた。しかしかの人々は安易な慰めを拒絶する紳士の矜持をも察したらしく私に声を掛けて来る野暮な人間は誰一人として居なかった。ただ、紐に繋がれて散歩をしている小さな犬がやたらと私に向かって吠えて来たが、所詮は犬や猫、獣の類にこの病の暗い影が差した厚着紳士の美学が理解出来るはずも無かった。私は子犬に吠えられ背中や腋に大量の汗を掻きながらも未だ誇りを失わずに道を歩いていた。  しかし度々通行人達の服装を目にするにつれて、段々と私は自分自身が自分で予想していたよりは少数部族では無いという事に気が付き始めていた。歴然とした厚着紳士は皆無だったが、私のようにダウンを着た厚着紳士見習い程度であったら見つける事もそう難しくはなかった。恥ずかしさが少しずつ消えて無くなると抑え込んでいた暑さが急激に肌を熱し始めた。視線が四方に落ち着かなくなった私は頻りと人の視線を遮る物陰を探し始めた。  泳ぐ視線がようやく道の傍らに置かれた自動販売機を捉えると、駆けるように近付いて行ってその狭い陰に身を隠した。恐る恐る背後を振り返り誰か人が歩いて来ないかを確認すると運悪く背後から腰の曲がった老婆が強風の中難渋そうに手押し車を押して歩いて来るのが見えた。私は老婆の間の悪さに苛立ちを隠せなかったが、幸いな事に老婆の背後には人影が見られなかった。あの老婆さえ遣り過ごしてしまえばここは人々の視線から完全な死角となる事が予測出来たのだった。しかしこのまま微動だにせず自動販売機の陰に長い間身を隠しているのは怪し過ぎるという思いに駆られて、渋々と歩み出て自動販売機の目の前に仁王立ちになると私は腕を組んで眉間に深い皺を作った。買うべきジュースを真剣に吟味選抜している紳士の厳粛な態度を装ったのだった。  しかし風はなお強く老婆の手押し車は遅々として進まなかった。自動販売機と私の間の空間はそこだけ時間が止まっているかのようだった。私は緊張に強いられる沈黙の重さに耐えきれず、渋々ポケットから財布を取り出し、小銭を掴んで自動販売機の硬貨投入口に滑り込ませた。買いたくもない飲み物を選ばさられている不条理や屈辱感に最初は腹立たしかった私もケース内に陳列された色取り取りのジュース缶を目の前にしているうちに段々と本当にジュースを飲みたくなって来てその行き場の無い怒りは早くボタンを押してジュースを手に入れたいというもどかしさへと移り変わっていった。しかし強風に負けじとか細い腕二つで精一杯手押し車を押して何とか歩いている老婆を責める事は器量甚大懐深き紳士が為す所業では無い。そもそも恨むべきはこの強烈な風を吹かせている天だと考えた私は空を見上げると恨めしい視線を天に投げ掛けた。  ようやく老婆の足音とともに手押し車が地面を擦る音が背中に迫った時、私は満を持して自動販売機のボタンを押した。ジュースの落下する音と共に私はペットボトルに入ったメロンソーダを手に入れた。ダウンの中で汗を掻き火照った身体にメロンソーダの冷たさが手の平を通して心地よく伝わった。暫くの間余韻に浸っていると老婆の手押し車が私の横に現れ、みるみると通り過ぎて行った。遂に機は熟したのだった。私は再び自動販売機の物陰に身を隠すと念のため背後を振り返り人の姿が見えない事を確認した。誰も居ないことが解ると急ぐ指先でダウンジャケットのボタンを一つまた一つと外していった。最後に上から下へとファスナーが降ろされると、うっとりとする様な涼しい風が開けた中のシャツを通して素肌へと心地良く伝わって来た。涼しさと開放感に浸りながら手にしたメロンソーダを飲んで喉の渇きを潤した私は何事も無かったかのように再び道を歩き始めた。  坂口安吾はかの著名な堕落論の中で昨日の英雄も今日では闇屋になり貞淑な未亡人も娼婦になるというような意味の事を言っていたが、先程まで厚着紳士見習いだった私は破廉恥な軟派山羊男に成り下がってしまった。こんな格好をプルースト君が見たらさぞかし軽蔑の眼差しで私を見詰める事に違いない。たどり着いた駅のホームの長椅子に腰をかけて、何だか自身がどうしようもなく汚れてしまったような心持ちになった私は暗く深く沈み込んでいた。膝の上に置かれた飲みかけのメロンソーダも言い知れぬ哀愁を帯びているようだった。胸を内を駆け巡り始めた耐えられぬ想いの脱出口を求めるように視線を駅の窓硝子越しに垣間見える空に送ると遠方に高く聳え立つ白い煙突塔が見えた。煙突の先端から濛々と吐き出される排煙が恐ろしい程の速さで荒れた空の彼岸へと流されている。  耐えられぬ思いが胸の内を駆け駅の窓硝子越しに見える空に視線を遣ると遠方に聳える白い煙突塔から濛々と吐き出されている排煙が恐ろしい速度で空の彼岸へと流されている様子が見えた。目には見えない風に流されて行く灰色に汚れた煙に対して、黒い雲に覆われた空の中に浮かぶ白い煙突塔は普段青い空の中で見ている雄姿よりもなおのこと白く純潔に光り輝いて見えた。何とも言えぬ気持の昂ぶりを覚えた私は思わずメロンソーダを傍らに除けた。ダウンジャケットの前ボタンに右手を掛けた。しかしすぐにまた思い直すと右手の位置を元の場所に戻した。そうして幾度となく決意と逡巡の間を行き来している間に段々と駅のホーム内には人間が溢れ始めた。強風の影響なのか電車は暫く駅に来ないようだった。  すると駅の階段を昇って来る黒い影があった。その物々しく重厚な風貌は軽薄に薄着を纏った人間の群れの中でひと際異彩を放っている。プルースト君だった。依然として彼は分厚いロングコートに厳しく身を包み込み、冷ややかな面持ちで堂々と駅のホームを歩いていたが、薄い頭髪と額には薄っすらと汗が浮かび、幅広い額を包むその辛苦の結晶は天井の蛍光灯に照らされて燦燦と四方八方に輝きを放っていた。私にはそれが不撓不屈の王者だけが戴く栄光の冠に見えた。未だ変わらずプルースト君は厚着紳士で在り続けていた。  私は彼の胸中に宿る鋼鉄の信念に感激を覚えると共に、それとは対照的に驚く程簡単に退転してしまった自分自身の脆弱な信念を恥じた。俯いて視線をホームの床に敷き詰められた正方形タイルの繋ぎ目の暗い溝へと落とした。この惨めな敗残の姿が彼の冷たい視線に晒される事を恐れ心臓から足の指の先までが慄き震えていた。しかしそんな事は露とも知らぬプルースト君はゆっくりとこちらへ歩いて来る。迫り来る脅威に戦慄した私は慌ててダウンのファスナーを下から上へと引き上げた。紳士の体裁を整えようと手先を闇雲に動かした。途中ダウンの布地が間に挟まって中々ファスナーが上がらない問題が浮上したものの、結局は何とかファスナーを上まで閉め切った。続けてボタンを嵌め終えると辛うじて私は張りぼてだがあの厚着紳士見習いの姿へと復活する事に成功した。  膝の上に置いてあった哀愁のメロンソーダも何となく恥ずかしく邪魔に思えて、隠してしまおうとダウンのポケットの中へとペットボトルを仕舞い込んでいた時、華麗颯爽とロングコートの紺色の裾端が視界の真横に映り込んだ。思わず私は顔を見上げた。顔を上方に上げ過ぎた私は天井の蛍光灯の光を直接見てしまった。眩んだ目を閉じて直ぐにまた開くとプルースト君が真横に厳然と仁王立ちしていた。汗ばんだ蒼白い顔は白い光に包まれてなおのこと白く、紺のコートに包まれた首から上は先程窓から垣間見えた純潔の白い塔そのものだった。神々しくさえあるその立ち姿に畏敬の念を覚え始めた私の横で微塵も表情を崩さないプルースト君は優雅な動作で座席に腰を降ろすとロダンの考える人の様に拳を作った左手に顎を乗せて対岸のホームに、いやおそらくはその先の彼方にある白い塔にじっと厳しい視線を注ぎ始めた。私は期待を裏切らない彼の態度及び所作に感服感激していたが、一方でいつ自分の棄教退転が彼に見破られるかと気が気ではなくダウンジャケットの中は冷や汗で夥しく濡れ湿っていた。  プルースト君が真実の威厳に輝けば輝く程に、その冷たい眼差しの一撃が私を跡形もなく打ち砕くであろう事は否応無しに予想出来る事だった。一刻も早く電車が来て欲しかったが、依然として電車は暫くこの駅にはやって来そうになかった。緊張と沈黙を強いられる時間が二人の座る長椅子周辺を包み込み、その異様な空気を察してか今ではホーム中に人が溢れ返っているのにも関わらず私とプルースト君の周りには誰一人近寄っては来なかった。群衆の騒めきでホーム内は煩いはずなのに不思議と彼らの出す雑音は聞こえなかった。蟻のように蠢く彼らの姿も全く目に入らず、沈黙の静寂の中で私はただプルースト君の一挙手に全神経を注いでいた。  すると不意にプルースト君が私の座る右斜め前に視線を落とした。突然の動きに驚いて気が動転しつつも私も追ってその視線の先に目を遣った。プルースト君は私のダウンジャケットのポケットからはみ出しているメロンソーダの頭部を見ていた。私は愕然たる思いに駆られた。しかし今やどうする事も出来ない。怜悧な思考力と電光石火の直観力を併せ持つ彼ならばすぐにそれが棄教退転の証拠だという事に気が付くだろう。私は半ば観念して恐る恐るプルースト君の横顔を伺った。悪い予感は良く当たると云う。案の定プルースト君の蒼白い顔の口元には哀れみにも似た冷笑が至極鮮明に浮かんでいた。  私はというとそれからもう身を固く縮めて頑なに瞼を閉じる事しか出来なかった。遂に私が厚着紳士道から転がり落ちて軟派な薄着蛮族の一員と成り下がった事を見破られてしまった。卑怯千万な棄教退転者という消す事の出来ない烙印を隣に座る厳然たる厚着紳士に押されてしまった。  白い煙突塔から吐き出された排煙は永久に恥辱の空を漂い続けるのだ。あの笑みはかつて一心同体であった純白の塔から汚れてしまった灰色の煙へと送られた悲しみを押し隠した訣別の笑みだったのだろう。私は彼の隣でこのまま電車が来るのを待ち続ける事が耐えられなくなって来た。私にはプルースト君と同じ電車に乗る資格はもう既に失われているのだった。今すぐにでも立ち上がってそのまま逃げるように駅を出て、家に帰ってポップコーンでも焼け食いしよう、そうして全てを忘却の風に流してしまおう。そう思っていた矢先、隣のプルースト君が何やら慌ただしく動いている気配が伝わってきた。私は薄目を開いた。プルースト君はロングコートのポケットの中から何かを取り出そうとしていた。メロンソーダだった。驚きを隠せない私を尻目にプルースト君は渇き飢えた飼い豚のようにその薄緑色の炭酸ジュースを勢い良く飲み始めた。みるみるとペットボトルの中のメロンソーダが半分以上が無くなった。するとプルースト君は下品極まりないげっぷを数回したかと思うと「暑い、いや暑いなあ」と一人小さく呟いてコートのボタンをそそくさと外し始めた。瞬く間にコートの前門は解放された。中から汚い染みの沢山付着した白いシャツとその白布に包まれただらしのない太鼓腹が堂々と姿を現した。  私は暫くの間呆気に取られていた。しかしすぐに憤然と立ち上がった。長椅子に座ってメロンソーダを飲むかつてプルースト君と言われた汚物を背にしてホームの反対方向へ歩き始めた。出来る限りあの醜悪な棄教退転者から遠く離れたかった。暫く歩いていると、擦れ違う人々の怪訝そうな視線を感じた。自分の顔に哀れな裏切り者に対する軽侮の冷笑が浮かんでいる事に私は気が付いた。  ホームの端に辿り着くと私は視線をホームの対岸にその先の彼方にある白い塔へと注いた。黒雲に覆われた白い塔の陰には在りし日のプルースト君の面影がぼんやりとちらついた。しかしすぐにまた消えて無くなった。暫くすると白い塔さえも風に流れて来た黒雲に掻き消されてしまった。四角い窓枠からは何も見え無くなり、軽薄な人間達の姿と騒めきが壁に包まれたホーム中に充満していった。  言い知れぬ虚無と寂寥が肌身に沁みて私は静かに両の瞳を閉じた。周囲の雑音と共に色々な想念が目まぐるしく心中を通り過ぎて行った。プルースト君の事、厚着紳士で在り続けるという事、メロンソーダ、白い塔…、プルースト君の事。凡そ全てが雲や煙となって無辺の彼方へと押し流されて行った。真夜中と見紛う暗黒に私の全視界は覆われた。  間もなくすると闇の天頂に薄っすらと白い点が浮かんだ。最初は小さく朧げに白く映るだけだった点は徐々に膨張し始めた。同時に目も眩む程に光り輝き始めた。終いには白銀の光を溢れんばかりに湛えた満月並みの大円となった。実際に光は丸い稜線から溢れ始めて、激しい滝のように闇の下へと流れ落ち始めた。天頂から底辺へと一直線に落下する直瀑の白銀滝は段々と野太くなった。反対に大円は徐々に縮小していって再び小さな点へと戻っていった。更にはその点すらも闇に消えて、視界から見え無くなった直後、不意に全ての動きが止まった。  流れ落ちていた白銀滝の軌跡はそのままの光と形に凝固して、寂滅の真空に荘厳な光の巨塔が顕現した。その美々しく神々しい立ち姿に私は息をする事さえも忘れて見入った。最初は塔全体が一つの光源体の様に見えたが、よく目を凝らすと恐ろしく小さい光の結晶が高速で点滅していて、そうした極小微細の光片が寄り集まって一本の巨塔を形成しているのだという事が解った。その光の源が何なのかは判別出来なかったが、それよりも光に隙間無く埋められている塔の外壁の内で唯一不自然に切り取られている黒い正方形の個所がある事が気になった。塔の頂付近にその不可解な切り取り口はあった。怪しみながら私はその内側にじっと視線を集中させた。  徐々に瞳が慣れて来ると暗闇の中に茫漠とした人影の様なものが見え始めた。どうやら黒い正方形は窓枠である事が解った。しかしそれ以上は如何程目を凝らしても人影の相貌は明確にならなかった。ただ私の方を見ているらしい彼が恐ろしい程までに厚着している事だけは解った。あれは幻の厚着紳士なのか。思わず私は手を振ろうとした。しかし紳士という言葉の響きが振りかけた手を虚しく元の位置へと返した。  すると間も無く塔の根本周辺が波を打って揺らぎ始めた。下方からから少しずつ光の塔は崩れて霧散しだした。朦朧と四方へ流れ出した光群は丸く可愛い尻を光らせて夜の河を渡っていく銀蛍のように闇の彼方此方へと思い思いに飛んで行った。瞬く間に百千幾万の光片が暗闇一面を覆い尽くした。  冬の夜空に散りばめられた銀星のように暗闇の満天に煌く光の屑は各々少しずつその輝きと大きさを拡大させていった。間もなく見つめて居られ無い程に白く眩しくなった。耐えられ無くなった私は思わず目を見開いた。するとまた今度は天井の白い蛍光灯の眩しさが瞳を焼いた。いつの間にか自分の顔が斜め上を向いていた事に気が付いた。顔を元の位置に戻すと、焼き付いた白光が徐々に色褪せていった。依然として変わらぬホームの光景と。周囲の雑多なざわめきが目と耳に戻ると、依然として黒雲に覆い隠されている窓枠が目に付いた。すぐにまた私は目を閉じた。暗闇の中をを凝視してつい先程まで輝いていた光の面影を探してみたが、瞼の裏にはただ沈黙が広がるばかりだった。  しかし光り輝く巨塔の幻影は孤高の紳士たる決意を新たに芽生えさせた。私の心中は言い知れない高揚に包まれ始めた。是が非でも守らなければならない厚着矜持信念の実像をこの両の瞳で見た気がした。すると周囲の雑音も不思議と耳に心地よく聞こえ始めた。  『この者達があの神聖な光を見る事は決して無い事だろう。あの光は選ばれた孤高の厚着紳士だけが垣間見る事の出来る祝福の光なのだ。光の巨塔の窓に微かに垣間見えたあの人影はおそらく未来の自分だったのだろう。完全に厚着紳士と化した私が現在の中途半端な私に道を反れることの無いように暗示訓戒していたに違いない。しかしもはや誰に言われなくても私が道を踏み外す事は無い。私の上着のボタンが開かれる事はもう決して無い。あの白い光は私の脳裏に深く焼き付いた』  高揚感は体中の血を上気させて段々と私は喉の渇きを感じ始めた。するとポケットから頭を出したメロンソーダが目に付いた。再び私の心は激しく揺れ動き始めた。  一度は目を逸らし二度目も逸らした。三度目になると私はメロンソーダを凝視していた。しかし迷いを振り払うかの様に視線を逸らすとまたすぐに前を向いた。四度目、私はメロンソーダを手に持っていた。三分の二以上減っていて非常に軽い。しかしまだ三分の一弱は残っている。ペットボトルの底の方で妖しく光る液体の薄緑色は喉の渇き切った私の瞳に避け難く魅惑的に映った。  まあ、喉を潤すぐらいは良いだろう、ダウンの前を開かない限りは。私はそう自分に言い聞かせるとペットボトルの口を開けた。間を置かないで一息にメロンソーダを飲み干した。  飲みかけのメロンソーダは炭酸が抜けきってしつこい程に甘く、更には生ぬるかった。それは紛れも無く堕落の味だった。腐った果実の味だった。私は何とも言えない苦い気持ちと後悔、更には自己嫌悪の念を覚えて早くこの嫌な味を忘れようと盛んに努めた。しかし舌の粘膜に絡み付いた甘さはなかなか消える事が無かった。私はどうしようも無く苛立った。すると突然隣に黒く長い影が映った。プルースト君だった。不意の再再会に思考が停止した私は手に持った空のメロンソーダを隠す事も出来ず、ただ茫然と突っ立っていたが、すぐに自分が手に握るそれがとても恥ずかしい物のように思えて来てメロンソーダを慌ててポケットの中に隠した。しかしプルースト君は私の隠蔽工作を見逃しては居ないようだった。すぐに自分のポケットから飲みかけのメロンソーダを取り出すとプルースト君は旨そうに大きな音を立ててソーダを飲み干した。乾いたゲップの音の響きが消える間もなく、透明になったペットボトルの蓋を華麗優雅な手捌きで閉めるとプルースト君はゆっくりとこちらに視線を向けた。その瞳に浮かんでいたのは紛れもなく同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情だった。  間もなくしてようやく電車が駅にやって来た。プルースト君と私は仲良く同じ車両に乗った。駅に溢れていた乗客達が逃げ場無く鮨詰めにされて居る狭い車内は冷��もまだ付いておらず蒸し暑かった。夥しい汗で額や脇を濡らしたプルースト君の隣で私はゆっくりとダウンのボタンに手を掛けた。視界の端に白い塔の残映が素早く流れ去っていった。
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003年4月15日夜、福岡市中央区の日本語学校に魏と王、楊らが職員室に忍び込み、現金約五万円を盗んだ。そこは王が在籍していた学校だった。王、楊はその1月にも、同区のファストフード店に侵入し、現金230万円を盗んでいた。ここは楊のアルバイト先。4月9日には魏が別の中国人留学生2人と共謀し、中国人留学生から現金約26万円を奪うという事件も起こしている。 「3人で何かやろう」  5月上旬には、楊のアルバイト先だった同市博多区のラーメン店経営者襲撃を計画する。「面識があると発覚の危険性が高い」として断念したが、この時すでに「殺害して金を奪う」ことを念頭に置いていた。 http://yabusaka.moo.jp/fukuokaikka.htm
中国人留学生
王亮(ワンリャン 当時21歳)
出典福岡・一家4人殺人事件
吉林省出身。父親は土木会社を経営し、裕福な家庭に育った。02年春、日本の大学進学を目指して福岡市内の日本語学校に入学し、同級生とともに寮で暮らし始めた。当初授業の出席率は96%と高かった。(出席率が95%以下になれば入国管理局に報告されるという。さらに低くなると強制送還される)だが王はこの年の9月、同級生とトラブルを起こし、その時の学校の対応に不信感を抱き、ほとんど学校に出てこなくなった。同級生によるとこの頃から王の様子が変わっていったという。03年4月の時点で、王はMさん宅から700mほどのところにある家賃2万円のアパートに楊とともに住んでいた。5月15日に日本語学校から、このままで除籍処分になると通告された。就学生が除籍処分されると、就学ビザを取り消され不法滞在になる。王は1度中国に帰り、両親に再編入のための授業料の工面を依頼していた。だが、両親が王持たせたはずの授業料は学校に納めておらず、除籍処分となっていた。
楊寧(ヤンニン 当時23歳)
出典福岡・一家4人殺人事件
吉林省出身。父親は長春市の中日友好協会に勤め、母親は同市の製紙工場に勤務。王とは両親同市が古くからの知り合いだった。01年10月に就学ビザで来��し、日本語学校を卒業した後、私立大学国際商学部に入学し、アジアの貿易経済について学んだ。02年には1科目を履修しただけでさぼり、後期には病気と称して休学したが、実際は福岡市内のハンバーガーショップでアルバイトをしていた。03年4月に1度は復学したが、年間50万円余の学費が払えず、納入期限の6月末を前に「親から学費を受け取るために一旦帰国する」と大学側に説明して出国した。この時、実家には戻っていない。
魏巍(ウェイウェイ 当時23歳)
出典福岡・一家4人殺人事件
河南省出身。父は工場を経営する資産家。魏自身も高校卒業後、3年間人民軍(※)で班長を務めた。その後大連の外国語学院で日本語を学び、日本留学後は先端技術を学ぶという希望を持ち、01年4月、福岡の日本語学校に入学している。02年4月には予定通り、コンピューターの専門学校に入学した。ここでは成績もよく、奨学生候補だった。故郷には恋人もいて、ごく普通の学生だったが03年になると一転して学校を欠席がちになった。魏のアパートには中国人の女性が何人も出入りするようになり、4月には留学生仲間と中国人宅に押し入り、26万円を強奪、6月には知人の女性に暴力をふるったとして傷害容疑で逮捕された。この頃、インターネットカフェにしばしば通うようになり、王や楊と知り合った。4月9日にはかつて住んでいたアパートへ強盗を押しこんだこともある。また、他人名義で携帯電話を契約する詐欺も働いている。金にも対して困っていない優秀な学生だった彼が、03年春を境に突如犯罪行為を繰り返すようになっていた。
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福岡一家4人殺害事件
福岡一家4人殺害事件
Mさん一家
殺害されたMさん一家は、Mさん(41歳)、妻C子さん(40歳)、小学6年の長男K君(11歳)、小学3年生の長女H子ちゃん(8歳)の4人暮らし。  Mさんは1962年福岡市で生まれた。私立博多高校を中退し、中州のクラブ勤めを経て上京。東京・麻布十番の焼肉店などで修行した後、88年に福岡市中央区で韓国料理店をオープンさせた。この店は繁盛し、有名人なども多く来店、テレビでも紹介されるほど有名店になった。その後、東区にも別の焼肉店を開店し、売上も好調だった。    C子さんも福岡県出身。九州女子高校を卒業後、94年頃まで化粧品会社の美容部員として福岡空港の国際線ターミナル店で働いていた。MさんとC個さんは高校時代から交際しており、90年5月に結婚した。Kくん、H子ちゃんも生まれ、幸せ家庭を築いていた。  しかし、最初の悲劇が起こった。01年9月、BSE(牛海綿状脳症)騒動が起こり、その煽りを受けて経営していた両店は廃業に追い込まれたのである。  MさんはC子さんの親族と一緒に婦人服販売会社を始めるが、売上が低迷、さらに東区の焼肉店開店のために自宅を抵当に入れて借りた4000万円の返済も滞るようになった。  03年3月、夫婦は婦人服販売業の業績が上がらないことから、C子さんの親族から独立して、衣料品などをデパートに卸す仕事を始めた。その2ヶ月後、Mさんの知人から休眠中の会社「W」を継承して復活させた。C子さんを社長にして、衣料品販売業を本格的に乗り出した。  また失業し、金に困ったMさんは闇ビジネスと呼ばれる仕事にも手を広げていく。事件後、家宅捜索で福岡市中央区のマンションから大麻草が発見されている。Mさんは大麻草を栽培して、売りさばいていたとされている。  またMさん一家は94年から96年にかけて、外資系生保会社と、99年には国内の生保会社と、一家4人の生命保健契約を締結した。保健金額はMさんが1億2000万円、C子さんが2500万円、KくんとH子ちゃんが各2100万円の総額1億8700万円に上り、その月々の保険料は14万円近くになっていた。  ちなみにMさん一家は王、楊、魏の3人とは面識はなかった。 http://yabusaka.moo.jp/fukuokaikka.htm
強襲
凌遅刑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%81%85%E5%88%91
凌遅刑(りょうちけい)とは、清の時代まで中国で行われた処刑の方法のひとつ。生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑。歴代中国王朝が科した刑罰の中でも最も重い刑とされ、反乱の首謀者などに科された。また「水滸伝」にも凌遅刑の記述が記載されている。また、この刑に処された人間の人肉が漢方薬として売られることになっていたとされている。この刑罰は李氏朝鮮(朝鮮王朝)でも実施されていた。また、これに酷似したものとして隗肉刑がある。
Mさんの帰宅
日付が変わって翌午前1時40分頃、Mさんが帰宅してきた。愛車のベンツC200に乗って、自宅の車庫前まで帰ってきた時、携帯電話で友人と会話している。Mさんは「今、家についた。これから駐車場にいれるから、後でかけ直す」と電話を切ったが、その友人に再び電話がかかってくることはなかった。家に入ろうとしてきたMさんを犯人達は玄関で待ち伏せていた。工事現場から盗んできた鉄パイプを、いきなり後頭部を殴りつけた後、前に向かって横から額を殴り、さらに左目周辺や頬を殴ったり、全身を蹴ったりした。さらに犯人達は2階で失神していたH子ちゃんを担ぎ下ろし、父親の目の前でいたぶったり殴打しながら、Mさんに何かを聞き出そうとリンチを加え続けていた。だが、Mさんはなにも答えず、「用がなくなった」ということで、H子ちゃんの首を絞めて殺そうとした。Mさんは土下座して、「娘だけは助けてくれ」と言ったが、彼らはこれを嘲笑し、殺害した。さらにMさんの首を白いビニール紐で絞め、気を失った彼を浴槽に浸けて溺死させた。  3人は一家の遺体を運びやすくするため、まずMさんの両手に手錠をかけ、首から足にかけて工事現場で盗んできた太い電線で縛り、H子ちゃんを背負わせる格好で固定した。また、ちょうど血のついて放置しておけない玄関マットがあったので遺体を覆い隠すために持ち出し、車を乗り捨てる際に近くの草むらに捨てた。  3人は一家4人をベンツに乗せ、その車に一緒に乗りこんだ。 博多港箱崎埠頭の岸壁に到着した3人は遺体を海に沈めるために、前もって用意しておいた重りを1個ずつつけ始めた。Mさんの腕とH子ちゃんの足を手錠でつなぎ、その手錠のチェーンの部分に別の手錠をつないで、鉄アレイをつけるなど、万全を期した。C子さんとKくんはそれぞれ両手に手錠をかけ、鉄アレイをつけた。千加さんは服を着ていないので浮き上がりそうだったので、特別に鉄製の重りを針金で巻きつけていた。  遺体を捨てた後、Mさんのベンツを運転して久留米市に向かった。これはNシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)でも確認された。ベンツは「ブリジストン久留米工場」クラブハウスの専用駐車場に乗り捨ててあるのが発見されてい。3人はベンツ放置後、JR久留米駅から福岡に戻った。  20日午後、博多港箱崎埠頭付近の海中から一家の遺体が次々と発見された。これほど早く遺体が発見されることは、3人にとって誤算以外の何物でもなかったはずだ。  なお事件当日の行動については3人の供述をもとに書いたが、3人が責任をなすりつけ合ったり、供述そのものを変えているので、不確かな点も多い。 http://yabusaka.moo.jp/fukuokaikka.htm
3人の浮上
事件に使われた手錠は台湾製でレバー操作をすれば簡単に取り外しができる金属製のおもちゃ、鉄アレイは重量20kgのもので、それぞれ福岡市内にある量販店で売られていた。この店の防犯カメラにそれらを買った人物が映し出されていた。その映像から似顔絵が公開されると、日本語学校の生徒が「同級生(王)に酷似している」と証言、ここで王とその交友関係が洗われるようになった。ここで楊の存在が浮上し、楊の携帯電話の通話記録から魏の存在も明らかになった。  また、遺体に付けられていた直方体の鉄製の重り(重量30kg)は魏が過去に頻繁に出入りしていた女性宅がある福岡市博多区の賃貸マンションの所有会社が非常階段への鉄製扉を開放させておくために特別注文したものだった。  事件後、魏は出国2時間前に空港へ向かう途中の路上で、別の暴行事件により身柄を拘束された。だが、この時すでに王は楊とともに福岡空港から上海に出国していた。この航空券は犯行の3日前に楊が用意していた。2人は中国の公安当局に身柄を拘束されることになった。 供述 「窃盗目的で侵入した。黒幕は存在しない」(王、楊) 「Mさんは高級車を持っていて金持ちそうだったから狙った」 「5月下旬に王から『おまえは格闘技ができるだろう。それなりに荒っぽいが、カネになる仕事がある』と誘われ、楊を入れて3人でMさん一家を襲った。家族4人の首を絞めて殺した後、遺体をMさんのベンツでう実まで運んで投げ捨て、その車も遠くまで捨てに行った。王は誰かに殺しを依頼されていたようで、私は成功報酬として約1万円を受け取っただけだ。残りの報酬はまだもらっていない」 (魏) http://yabusaka.moo.jp/fukuokaikka.htm
出典kyushu.yomiuri.co.jp
公判を終え福岡地裁を出る魏被告
福岡一家4人殺害事件
王被告土下座にも消えぬ怒り 遺族、厳罰求める
出典kyushu.yomiuri.co.jp
福岡一家4人殺害事件
中級人民法院裏門で、通行人をチェックする職員
憤りは収まらなかった。昨年六月に起きた福岡市の松本真二郎さん一家四人殺害事件。遼寧省遼陽市の中級人民法院で���九日に開かれた初公判で、孫たちの命を奪った元留学生二人と初対面した遺族には、日本語での謝罪もむなしく響いた。「頭を下げれば済むと思っているのか」。一年四か月を経ても消えない激しい怒りが、異国の法廷に広がった。  王亮被告(22)は白いワイシャツ、白っぽい綿のズボン姿で法廷に姿を見せた。楊寧被告(24)は、黒いトレーナーに白っぽいズボンをはき、二人ともオレンジ色のベストを着ていた。両足には鎖、両手には手錠がかけられていた。  起訴状が読み上げられる間、楊被告は、検察側の質問に対し、はきはきと答えたが、何度もまばたきするなど緊張が見て取れた。王被告も時折、目元に手をやるなど、落ち着かない様子だった。  犯行現場となった松本さん宅の子供部屋や浴室、廊下に残された血痕などの写真がスクリーンに次々と映し出されると、王被告は終始目をそらし、楊被告も顔を上げようとしなかった。  静寂が破られたのは、王被告の意見陳述の途中だった。突然、後ろを振り返り、約三メートル離れた傍聴席の最前列に座っていた松本さんの妻千加さんの父親、梅津亮七さん(78)に向かって土下座し、約三十人いた傍聴席から驚きの声が上がった。さらに、裁判長に向き直った後、もう一度後ろを向き、日本語で三回、「すみません」と繰り返し頭を下げた。  数日前に遼陽市入りした梅津さんは、公安当局などを回り、両被告の逮捕に謝意を伝え、厳罰を要請したという。公判終了後、「頭を下げて済むものではない。それ以上にひどい目に遭わされた」と怒りが収まらない様子だった。 http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/20090427-462876/news/20090427-OYS1T00564.htm
裁判経過
楊寧被告人は1審で死刑判決を受け、控訴棄却を経て2005年7月12日に死刑執行された。一方、王亮被告人は遼寧省遼陽市人民検察院により無期懲役が確定した。 日本で逮捕起訴された魏巍被告人は1審の福岡地裁で事実を認めた後、ほぼ黙秘を通し、死刑判決を受けた。2審では、一転して動機や犯行過程、3人の役割、遺族への謝罪などを詳細に証言したが、控訴は棄却された。上告したが2011年10月20日に最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は上告を棄却して死刑が確定した。 2014年現在、魏巍は福岡拘置所に収監されている。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E4%B8%80%E5%AE%B64%E4%BA%BA%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
出典stat.ameba.jp
福岡一家4人殺害事件
福岡一家4人殺害事件
日中の捜査共助と問題点
同事件は主犯格2人が中国に逃亡したため、中国との捜査共助が最大の焦点となった。結果的には日本国内の反響の大きさに配慮した中国当局が積極的に協力したため、早期逮捕が実現したが、一方で他の事件では日中間の捜査協力がほとんどなされていない実態や、アメリカ、韓国以外と犯罪人引渡し条約が結ばれていない現状も指摘され、国際化する犯罪に各国捜査当局の対応が遅れている点が浮き彫りとなった。 また、福岡地裁で行われた魏巍被告人の公判では、中国公安当局が作成した王亮、楊寧両被告人の供述調書が日本の裁判で初めて証拠採用された。これまで日本の刑事裁判では、海外の捜査当局が作成した調書は「証拠能力なし」とされることが多かったため、この判断は「国際犯罪の捜査に道を開く」と評価されたが、黙秘権が存在しない中国の調書を問題視する意見もあり、議論を呼んだ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E4%B8%80%E5%AE%B64%E4%BA%BA%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
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tsthxh · 4 years
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魔女の霊薬 種村季弘
十六世紀ドイツの画家ハンス・バルドゥングス・グリーンに、「魔女たち」と題して、数人の魔女が恍惚状態で飛翔したり、そのための準備をしているらしい場景を描いた一幅の銅板画がある。後方に水平に浮遊している老婆が片方の手に尖の二股状になった杖を持ち、もう一方の手で、なかば浮き上った若い娘の腰を抱えて何処(いずこ)かへ拉し去ろうとしている。前景右手には、片手にもうもうと煙を上げる魔香の器を掲げて今にも地を離れんばかりのエクスタシーに浸っている女がいる。
注目すべきはしかし、それよりさらに前景左手の女である。彼女は左の手に何やら呪文のようなものを記入した紙片を持ち、もう一方の手を股間に押入して(後方にぐつぐつ煮えている釜から取り出したものであろう)塗膏(ぬりあぶら)らしきものを陰部に塗布しているのである。呪文と見えたのは、あるいは塗膏の製法または用法を書きとめた処方箋でもあろうか。仔細に見ると、この銅版画は映画的な連続場面で構成されていて、最前景の塗膏を塗布している魔女が遠景に退くのにつれて、徐々にエクスタシーに陥りながら催眠状態で飛翔する(もしくは飛行感覚に襲われる)過程を刻明に記述していることがわかる。
バルドゥングス・グリーンばかりではない。ゴヤも(「サバトへの道」)、アントワーヌ・ヴィルツもレオノール・フィニーも、古来魔女を描いたほとんどの画家が、箒にまたがって空中を飛行する魔女を描いた。魔女は飛ぶのである。しかも股間にあやしげな塗膏をなすり込むことによって。これこそが悪名高い「魔女の塗膏」であった。
ところで、一体、魔女の塗膏の成分はどんなものだったのだろうか。血やグロテスクな小動物のような、さまざまの呪術的成分を混じてはいるけれども、主成分はおおむね幻覚剤的な薬用植物であったようだ。ゲッチンゲン大学の精神病理学学者H・ロイナー教授は魔女の塗膏の成分を分析して、混合されたアルカロイドの種類をおよそ五種に大別した。
一、      イヌホオズキ属のアトロパ・べラドンナから抽出されるアトロビン。
二、      ヒヨスから抽出したヒヨスキアミン。
三、      トリカブトのアコニチン。
四、      ダトゥラ・ストニモニウムから取ったスコポラミン。
五、      オランダぱせりからのアフォディシアクム。
これらの各成分から醸し出される効果はまず深い昏睡状態であり、ついで、しばしば性的に儀式化された夢幻的幻視、飛行体験などである。おそらく媚薬(アフロディシアクム)として常用されたオランダぱせりは性的狂宴効果を高めたであろう。魔女審問の記録(十六、七世紀)には、実際におこなわれたものか、それともたんなる幻覚であったの定めではないか、ソドミー、ぺデラスティー、近親相姦のような倒錯性愛の告白がいたるところに見られる。告白された淫行のなかには悪魔の肛門接吻(アナル・キス)のように入社儀式化されているものもあった。アコニチンによる動悸不全はおそらく飛翔からの失墜感覚を惹起した。またベラドンナによる幻覚は、はげしく舞踊と結びつくと運動性の不安――すなわち飛行感覚を喚起する。睡眠への堕落、性的興奮、飛行感覚は、こうして各成分の作用の時差によって交互に複雑に出没する消長を遂げるものにちがいない。
使用法は、右のアルカロイド抽出物の混合液を煮つめたものに、新生児の血や脂、煤などを加えて軟膏状にこしらえたものを、太腿の内側、肩の窪み、女陰のまわりなどにすり込むのである。さて、細工は流々、はたして所期の効果が得られるであろうか。
現代の学者で魔女の塗膏を実際に当時の処方通りに造って人体実験をしてみた人がいる。自然魔術と汎知論、あるいはパラケルスス研究やシュレジア地方の伝説採集の研究で高名な民俗学者ウィルーエーリッヒ・ポイケルト教授である。一九六〇年、ポイケルトと知人のある法律家は、十七世紀の魔女の塗膏を処方通りに復元して、こころみに自分の額と肩の窪みにすり込んでみた。成分はベラドンナ、ヒヨス、朝鮮朝顔、その他の毒性植物を混合したものであった。まもなく二人はけだるい疲労に襲われ、ついで一種の陶酔状態で朦朧となり、それから深い昏睡状態に陥った。目がさめたのようやく二十四時間後で、かなりの頭痛を覚え、口腔からからに渇き切っていた。二人はそれから、時を移さずにぞれぞれ別個に「体験」を記述した。結果はほとんど口裏を合わせたように一致し、しかも、三百年前、異端審問官の拷問によって無理矢理吐き出させられた魔女たちの告白とおどろくべき一致を示したのである。
「私たちの長時間睡眠のなかで体験されたものは、無限の空間へのファンタスティックな飛翔、顔というよりはいやらしい醜面をぶら下げている、さまざまな生き物囲まれたグロテスクな祭り、原始的な地獄めぐり、深い失墜、悪魔の冒険などであった。」(ポイケルト『部屋のなかの悪魔の亡霊』)
してみると十六、七世紀の魔女たちの証言はかならずしも根も葉もない虚構ではなかったのである。一五二五年に『異端審問書』を書いたバルトロメウス・デ・スピナは、当時の有名な医者ぺルガモのアウグストゥス・デ・トゥレが、その家の女中が部屋のなかで素裸になり意識を失って死んだように床に倒れているのを発見した委細を記録している。翌朝、正気に戻ったところを尋ねてみると、彼女は「旅に出ていた」と答えたという。どうやら塗膏を使用したのである。ルネッサンス・イタリアの自然科学学者ヒエロニムス・カルダーヌス(カルダーノ)も旅の幻覚を伴う塗膏の話を書いている。
「それは、おどろくべき事物の数々を見させる効力と作用を有しているとされ……大部分は快楽の家、縁なす行楽地、素晴らしい大宴会、種々様々のきらびやかな衣装を着飾った美しい若者たち、王侯、貴顕の士、要するに人の心を呪縛し魅するありとあらゆるものを目に見させ、ために人びとはてっきりこれらの気晴らしや快楽を享楽し娯しんでいると錯覚さえする。彼らはしかし、一方では、悪魔、鳥、牢獄、荒野だの、絞首吏や拷問刑吏の醜怪な姿だの、とかをも眼にするのであって……そのため非常に遠い奇妙な国を旅行したような気がするほどである。」
おそらく現代の幻覚剤による「旅(トリップ)」と同じような、未知の空間への旅行が体験されたのであろう。ヒエロニムス・ボッシュの「千年王国」の天国と地獄を一またぎするような、至福と恐怖がこもごも登場するその旅の旅行の体験の内実は、「ビート族のベヨーテ生活」の至福共同体が「ある敷居を境に苦痛の闇へと転落し、そこからヒップスター生活が犯罪の世界へ繋っていく」(ワイリー・サイファー)ところまで、現代の幻覚剤体験そっくりだったようだ。
 幻覚剤文明が現代の特産物ではないように、魔女の塗膏もキリスト教的中世独特の薬物ではなかった。それは古代ローマにも、それ以前の蒼古たる地中海文明的なかにも、明らかに存在していた。ただ、またしてもその意味が違っていたのだ。キリスト教的中世の魔女の塗膏が忌むべき禁止の対象であったのにひきかえ、そこでは同じものが驚異の対象だったからである。
もっとも著名な例は、アプレイウスの『黄金の驢馬』の主人公ルキウスが魔女めいた小婢フォティスの導き屋根裏の小部屋の扉の隙間ごしに覗き見るパンフォレエの変身であろう。ミロオの妻パンフォレエは人眼に隠されて塗膏を身体中に塗り、鳥に変身して夜な夜な恋する男のもとへの飛んでゆく。
「見るとパンフォレエは最初にすっかり着ていた着物を脱いでしまうと、とある筐(はこ)を開いて中からいくつもの小箱を取り出し、その一つの蓋を取り去って、その中に入った塗膏をつまみ取ると、長いこと掌でこねつけておりましたが、そのうち爪先から頭髪のさままでからだじゅうにそれを塗りたくりました。そいでいろいろ何かこそこそ燭台に向ってつぶやいてから、手足を小刻みにぶるぶると震わせるのでした。すると、体のゆるやかに揺れうごくにつれて柔かい軟毛(にこげ)がだんだんと生え出し、しっかりした二つの翼までが延び出て、鼻は曲って硬くなり、爪はみな鉤状に変わって、パンフォレエは木菟(みみずく)になり変わったのです。
そうして低い啼き声を立てると、まず様子を吟味するように少しずつ地面から飛び上がるうち、次第に高く上がってゆくと見るまに、いっぱい羽根をひろげて、外へ飛んでってしまいました。」(呉茂一訳)
この場合にもパンフォレエの羽化登仙的な至福感は事の一面を物語っているにすぎない。同じ塗膏をフォティスから手に入れたルキウスは、同じようにそれを身体中に塗りたくりながら鳥とは似もつかぬ鈍重な驢馬に変身してしまう。それは天上的なものの失墜した果ての、道化た、暗い、醜悪な実相である。以後、彼はヒエロニムス・カルダーヌスのいわゆる「非常に遠い奇妙な国」の間をさまざまの魔物や物の怪に囲まれながらさまよいつづけなくてはならない。天上の飛翔は、一転、暗い冥府の旅に変るのである。
さて、このように両極的な作用を及ぼす『黄金の驢馬』の魔女の塗膏の成分は、一体どのようなものだったのであろうか。フォティスはこれらの驚異が「小さな、つまらない野草のおかげで」成就すると説明している。「茴香(ういきょう)をちょっぴり桂の葉をそえ、泉の水に浸したものを身に浴びるとか、飲むとかするだけ」でよく、また変身の解毒剤には「薔薇の花」を食べればよい。これ以上の説明がないので詳細は不明であるが、塗膏が茴香や桂の葉を含むいくつかの野草から合成されたことだけはたしかである。
ローマ文学史上、アプレイウス(一二三頃~一九〇年?)が登場するのは白銀時代も終焉してからのことであった。すでにこの頃、オリエントの異教はローマに流入して熱病のような猛威をふるっていた。しかし魔女の薬草はこれより早く、すでに黄金時代から重要な文学的トポスとしてしばしば詩文学の上に登場している。さいわい、ゲオルク・ルックという学者が黄金時代の四人の詩人に焦点をしぼって、『ローマ文学における魔女と魔法』について論じているので、これを参照しながらローマにおける魔女の塗膏の繁昌とその源泉をしばらく訪ねてみよう。
アプレイウスのパンフォレエが「恋いこがれた男」のもとに飛んでいくために鳥に変身したように、塗膏の効果の主たる目的の一つは明らかに愛の魔法であった。正確にはむしろ愛の錬金術というべきかもしれない。なぜから塗膏は、別れた男女をふたたび合一させたり、げんに夫婦である男女を分離させてその一方をよこしまにも他の男や女に結びつけようとする、分離と結合のための触媒の役を果たしたからだ。それゆえに塗膏の使い手反しばしばローマの悪場所である売淫の街区スブーラに巣食う百戦錬磨の取り持ち女たちであった。
盛期黄金時代の詩人ウェルギリウス(前七十~十九年)の『牧歌』第八に、ダフニスに恋をして捨てられた女が魔法で男を呼び返そうと逸話が見える。ふつうから職業的な魔女の家を訪うべきところであるが、この女(そもそも『牧歌』第八のこの箇所は、牧人ダモンとアルフェシボエウスが歌くらべをして、アルフェシボエウスが魔法を実演してみせるためにその女にじかになり変わり、彼女の声、言葉、状態を直接に演じているので、女は無名である)は女奴隷のアマリリスを助手に使い、かつて大妖術使いのモエリスから伝授された霊薬の製法を駆使して、みずから愛の魔法を演じてみせる。はじめに彼女はアマリリスを呼び寄せてつぎのように命じる。
「水を持ってきて、そこの祭壇をやわらかい紐でお結び。それから強い野草と匂いのきつい乳香を燃やすのだよ、そうすれば情夫(あのひと)の狂った気持を魔法の供物(くもつ)で惑わしてやれるのだから。足りたいのはあと魔法の呪文だけ。――街から家へ、私の呪文よ、ダフニスを連れ戻しておくれ。」
祭壇に結び紐、野草、呪文といった魔法が早くもあらわれている。「やわらかい紐」はおそらく羊毛の紐で、羊毛の紐には霊的呪縛力があると信じられていた。紐の結び方は、まず不実な相手の肖像画の首のすわりにそれぞれ三色(黒、白、赤)に彩った三本の紐をかけ、この画を祭壇のまわりに三度めぐらせる。「三つの異なる色を三つの結び目でひとつに結ぶかいい、アマリリス、結びつけさえすればいいのだよ、アマリリス、そしてお言い、〈私の愛の絆(きずな)を結ぶ〉と。」
三の数がしきりに重用されるのは、「神は奇数をおよろこびになる」からである。したがって「愛の絆」云々の畳句(ルフラン)も三x三の九回唱えられる。紐の三色のうち黒は冥府の色で、赤と白は悪を予防する保護色であり、黒を中心にしていわば施術者を庇護してくれる。こうして呪縛――結合(katadesis)が完了し、ダフニスは空間を立ち越えて施術者につながれてしまう。しかし魔法はこれで終わりではない。無気味な呪いの人形の焚刑がこれにつづく。
「粘土が火で固くなるように、蠟が同じ火にあった溶けるように、ダフニスは愛のために私のところにやってくる。供物の碾(ひ)き粉を徹き、もろい月桂樹を瀝青で燃やすがいい。悪いダフニスが私を燃やし、私はこの月桂樹の枝と私のダフニスを燃やす。」
呪いの人形はホスティウスの『諷刺詩篇』第一巻八「魔女とかかし」にも登場するが、ここでは魔女は「毛制と蠟制の二つの像をもっていた」(鈴木一郎訳)とあって、はっきり人体を模している。しかしウェルギリウスでは粘土や蠟をダフニスの姿に似せて捏ねておく必要はなかった。男の名前や不実を意味する符号が粘土や蠟に刻み込まれていたかもしれないが、顔形を模造するまでもなく、施術者の女がこれこれの呪物によってダフニスを意味し、それが相手だと考えればよかったのである。粘土は火のなかで固くなり、蠟は軟らかくなる。ゲオルク・ルックの注解によると、粘土は女の(相手にたいして硬化する)憎悪の固さをあらわし、蠟は彼女にたいしてふたたび軟化するであろう男の気持をあらわしている。異解では、粘土が固くなるのは、彼女から離れて他の情婦に移ったダフニスの気持を憎むべきコイ恋仇にたいして固くさせるの意である。同時に投げ込まれる月桂樹は願いの筋の吉凶を知らせてくれる。月桂樹がバチバチ爆(は)ぜて燃えれば願いはかない、燃えつきが悪ければさらに瀝青を注いで火を熾(おこ)らせるのである。
だが、つぎつぎにおこなわれる魔法にもかかわらず吉兆は一向にあらわれない。そこで女は、ダフニスが「担保」としてのこしていった衣服を閾(しきい)の下に埋めて地下の神々の裁きを乞う。「ダフニスは私にこの担保の借りがあるのだ」と。事態はこれでも好転しないので、女はアマリリスに先程燃えていた火の冷めた灰を河に持っていって投げ捨てるように命じる。その場合、灰を運んだらそれを「頭越しに」河に捨て、そちらの方を見ないで帰ってこなくてはならない。そうしないと悪霊がかえって施術者の側に憑(つ)いてしまうおそれがあるからである。かくて灰は流れに運ばれて「ダフニスを襲うであろう」。
この箇所では、女はダフニスへ呪縛をひとたび放棄して、呪いの灰で彼を襲うためにふたたび相手から分離している。「結合(カタデシス)の後にかりそめの「分離(アポリシス)」がつづくのである。この分離は恒久的なものではない。最後の結合手段として効果甚大な薬草(野草)が控えているのを女は知っている���しかしその力はあまりにも強大��、まかりまちがえば周囲に致命的な影響を及ぼす。そのために、一瞬、女は最後の切札を出すべきかどうかを逡巡する。するとこの瞬間、一度冷たくなった灰がふたたびめらめらと燃え上って祭壇を焦がしはじめる。
「これは吉兆だ!明らかにこれは何事かを意味している。――これを信じるべきなのか。それとも恋する女が魔法の夢にまどわされているのか。止まれ、わが呪文よ、止まれ。ダフニスはすでに都(みやこ)から帰りつつある。」
強烈な薬草を用いるまでもなく愛の魔法は成就する。しかし抜かずに終わった伝家の宝刀を彼女は依然として持ってはいるのである。それほどのようなものか。
「黒海沿岸で採集されたこの薬草と毒草は、モエリスがみずから私にくれたもので――それは黒海地方に多生している、しばしば私は、モエリスがこれを使って狼に変身して森のなかに姿を隠したり、深い墓穴から霊魂を喚び戻したり、穀物をよその土地に移したりするのを見た。」
薬草は単純な野草ではなく、特に「黒海地方に多生する」と明示されている。ホラティウスも初期の『エポーディ』のなかで、「毒薬の国イオルコスとヒべリアからきた毒薬」について語っている。ヒべリアは現代のグルジア共和国で、黒海地方に属する。黒海という地方は当然コルキス生まれの大魔女メデアを連想させるにちがいない。実際、詩人たちが邪悪な薬物の出所として念頭に浮かべているのはメデアその人なのである。メデアの壮大な魔法を活写した『転身物語』のオウィディウスはいうまでもなくティブルスも、「キルケ―か持ち、メデアが持っているあらゆる毒薬、デッサリアの地に生れたあらゆる薬草、欲情にたける雌馬の女陰からしたたる粘液」(『『哀歌』』と列挙する。オウィディウスのメデアは龍に打ちまたがってデッサリアに飛び、そこから薬草を採ってくる。すなわち薬草の特産地として、黒海沿岸とデッサリアといういずれ劣らぬ不気味な地方がいちじるしく強調されるのだが、これが何を意味するかについてはのちに述べたいと思う。
さて、ウェルギスウスの述べているモエリスの薬草の三つの応用例のうち、一は人狼変身、二は死者を喚起する降霊術(ネクロマンシ―)、三は穀物の生殖力の転移にそれぞれ関わる。人狼変身の話は後代(紀元一世紀)の『サテュリコン』の「トリマルキオーの饗宴」にも出てくるが、人狼信仰はおそらく神話時代に遡る起源を有している。ところがで、ロイナー教授は神話学者ランケ・グレイヴスらの説を援用して、オリュムボス神の飲食物たるアルブロジア(神々の食物)やネクタール(神々の美酒)が右のごとき幻覚性の薬物そのものではなかったとしても、そのエッセンス多量に混じていたにちがいないと推定する。ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱もこれと無関係ではない。
アルブロジアややネクタールを飲食する権限を独占している神々は、おそらく有史以前の聖なる王や女王たち(その前身はシャーマンであろう)であった。彼らの王朝が没落した後、それは、閉鎖的結社的なエレウシス密議やオルフェウス密議の秘密の要素となり、ディオニュソス祭儀とも結びついだ。密議の参加者たちは密議の席で共食した飲物や食物を絶対に口外してはならなかった。そうすることによって忘れ難い一連のヴィジョンが体験され、その類推的延長の上に超越的世界における不死と永生が約束されたからである。
ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱は、内的には飛翔感覚や性的興奮を伴い、外面的にはさながら狼のような凶暴を示したものにちがいない。彼女たちは髪をふり乱しながら国中を進行し、家畜や子供をずたずたに引き裂き、酒や薬物入りのピールに酔って「インドに旅行してきた」ことをひけらかした。してみると、見知らぬ士兵や妖術使いの人狼変身は、密議的な幻覚共同体が崩壊した後、秘密から疎外された個人や小集団が犯罪の形で表出せざるを得なかった聖なる薬物体験であったとおぼしいのである。
メーナードの末裔のように残酷な魔女たちは、先にふれたホラティウスの『エポーディ』にも登場してくる。数人の魔女が良家の子供を誘拐してきて、地面に首だけが出るように生き埋めにし、御馳走が山盛りの血を眼の前において(口元まで皿がきていても手が使えないので食べられないのだ)凄まじい飢えの修羅場をながながとたのしみ、はては生きたままの身体から骨髄と生き肝をちぎりとり、これを煮つめて媚薬をつくる。
「髪に、さてはまた蓬髪乱れる頭に、小さな蝮どもを絡ませながら、カニディアはコルキスの焔のなかにつぎのものを投ぜよと命じた。墓場から引き抜いてきた野生のいちじくの樹、死者の樹なる糸杉の木材、いやらしい蟇の血に塗られた卵、夜鳥ストリックスの羽根、毒草の国イオルコスとヒべリアからきた野草、飢えた牝犬の口からもぎとってきた骨を。」
これに子供の生き巻肝を加えれば魔女の霊薬は完成する。怖ろしい魔女カニディアのつくる媚薬は、ウェルギリウス作品の場合と同様、ある不実な男を呪縛するためである。しかし不思議なことに、カニディアの媚薬は予期したような効果を発揮しない。男の名はヴァールス、「老いぼれの漁色家」である。いましも彼は「私の手がこれ以上完璧には調和することのない塗膏(ポマード)を塗られ」て、魔窟スプーラの犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になっているはずであるのに、これはどうしたことであろう。彼はこともなげに街をうろついて夜の冒険に出かけている。やがてカニディアは「(自分より)さらに秘密に通じた魔女」が彼の背後にいて、その呪文が自分の塗膏の効果を台なしにしていることをさとる。「もっと強力な薬を、そのもっと強力なやつをお前から取り上げてやる」。こうして毒物と解毒剤が互いにきそいながら老ヴァールスを板はさみにしてしまうわけた。
それはちょうど、十八世紀毒殺魔ド・ブランヴィリエ侯爵夫人が夫の侯爵を亡き者にしようと毒を盛ると、度重なる毒殺の発覚をおそれた相棒のサント・クロアが解毒剤をあたえ、毒と解毒のシーソーゲームのなかで中途半端な廃人となった侯爵が、宙ぶらりんな生かさず殺さずの、世にも恐ろしい余生を送ったのとそっくりであった。
ヴァールスというのが誰をモデルにした人物ではっきりしない。しかしホラティウスの知人であることはたしかで、詩人ははっきりとヴァールスの肩を持ち、かつカニディアを憎んでいる。一方カニディアは、詩人の庇護者マェーケーナスがローマの無縁墓地エスクィリーナエの丘を自分の庭園に造りなおした際、この旧墓地に出没した魔女である。ホラティウスは「汝、マドロスや旅商人どもにあまた愛された女」と侮蔑しているので、前身は港町の娼婦かいかがわしい取り持ち女の類であろう。一説には、本名をグラティディアと称してナポリで美顔用塗膏を商っていた実在の女である���もいう。
ホラティウスは何故かこの女を心底から憎悪していた。開明的なエピキュリアンであったホラティウスはむろん魔法を真に受けていたわけではないが、不倶戴天の敵カニティアの脅威は身をもって知っていたらしい。カニディアは詩人に執拗に呪いをかけた。『エポーディ』前半ではカニディアを揶揄していた詩人も、第十七歌あたりではさすかに音(ね)を上げて魔女に降参してしまう(「やめろ、やめてくれ!私は効き目のある術に降服する!」)カニディアとホラティウスの間には直接の色情的怨恨はないのに、何故こうも執拗に呪詛し憎悪し合うのであろう。目下の論題から離れるので無用の詮索ではあるが、講和主義として敗北してから「黄金の中庸」を看板に韜晦してきたホラティウスの、政敵にたいする潜在的な不安が魔女カニディアの姿に結実したのだとすれば含意は深長である。
ところで、先に私は、老ヴァールスがより秘密に通じた別の魔女から対抗秘薬を調達し、カニディアの塗膏から身を護った経緯を述べたが、正確にはこれは逆である。漁色家ヴァールスは老いかけた精力を挽回するために(別の)魔女に催淫剤を依頼し、そのお蔭で老齢にもかかわらず夜な夜なスプーラに出没することができたのであった。一方、カニディアの塗膏は通常の媚薬とに逆に、この好色な遊び人を性的不能に陥らせる麻痺的な減退剤であったにちがいない。なぜなら「老漁色家がスプーラに犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になる」効果を狙った薬物は、相手を色街における無用の徒である不能者に仕立てるための、底意地の悪い精力減退の薬にほかならないだろうからである。この不能不毛化させる魔法は、ウェルギリウスのいう「第三の魔法」である穀物の生殖力の転移盗奪の法にも通じている。
ローマ最古の法文書である十二銅表律は、隣人の耕地の収穫物を荒廃させる災いの魔法を重罰をもって禁じている。罰は犯罪を前提としているので、すでに当時から他人の畑の生産力を涸渇させ、(あまつさえ)これを我田引水しておのが腹を肥やす魔法が実践されていたのであった。本来神と自然の摂理のみが按配すべき穀物の作不作が人為の魔法によって操作されるのなら、同じことは人間的自然である肉体の活力の、特に性的エネルギーの増減についても通用するはずである。
ホラティウスがカニディアに蒙ったの呪い魔法は、老ヴァールスのような精力衰弱のそれぞれではなかったが、肉体のすみやかな老化という脅威であった。彼の髪は急速に白くなり、仕事は日々困難になりまさ���、一瞬として息を吐くひまもなくなるであろうというのが、カニディアの呪いに籠めた脅迫であった。事実、ホラティウスは年齢より早く白髪が目立ち始めていたが、それがカニディアの魔法のたまものという証拠はなく、むしろ詩人は生来の病身にもかかわらず健康を維持し、日々の仕事も快適に楽しんでいた。彼はカニディアの悪意を感得してはいたが、魔法そのものはそれほど本気で信じていたわけではなかった。
ウェルギリウスやホラティウスの同時代の詩人プロベルティウス(前四十八?~十九年)も魔女の呪いを蒙ったことがある。プロベルティウスの受けた呪いは、まさに彼の男性としての能力の荒廃の脅威であった。敵なる魔女はその名もアカンティスといい、魔法をあやつると同時にやはり男女の仲を斡旋する取り持ち女でもあった。そもそもおらゆる種類の自然と蔑視してその正常な運行を人為的に左右しようとするプロメテウス的瀆神行為である魔法を、とりわけ肉体のの領域において一手に引き受けていたのは、先にも述べたように、当時スブーラに巣食っていた卑賤な薬草売りの魔女やあやしげな取り持ち女だった。ホラティウスの『エポーディ』のいちじるしい影響下にある『哀歌』のなかで、プロペルティウスはほとんどホラティウスをそのまま踏襲しながら唱っている。
「彼女(アカンティス)はつれないヒッポリュトスをアプロディーテーにたいして和ませるすべをすら心得ているのだ、水入らずの愛の絆にたいする最悪の災いの鳥であるこの女性。彼女はベネローベをさえ、その夫の知らせなどおかまいなしに、淫蕩なアンティノースとめあわせることだろう。彼女がその気になれば、磁石はもはや鉄を牽引せず、鳥はその小鳥たちの巣のなかで継母(ままはは)となる。すなわち彼女がポルタ・コリナの野草を掘り出したならば、固く結ばれていたものはすべて流れる水に溶け去るのだ。彼女は大胆にも月に呪文をかけ、月をおのが掟に従わせ、夜な夜なその肉体を狼の姿に隠す。醒めている夫の眼を環形でくらませるために、彼女は処女の雌鳥どもの眼を爪でくり抜く。彼女は魔女たちと結託して私の男性の能力を去勢させようとし、私に害をあたえようものと子持ちの雌馬の欲情の愛液を集めた。」
アカンティスはエロチックな引力(共感)と斥力(反感)の結合(カタデシス)と分離(アポリシス)の両極原理を基盤とする錬金術的性愛術を自在に操るのである。思うがままに貞淑ペネローペを淫蕩なアンティノース靡かせ、冷たいヒッポリュトスにアプロディーテーにたいする熱烈な情欲をかきたてる。彼女は自然の法則を嘲笑し、リビトーの流れをあちらからこちらへと変えたり、涸らしたり、増量させたりすることさえできる。共夫の女をよこしまな道楽者に取り持つように頼まれれば、不運な男の眼を鳥の眼をくり抜くようにくらませ、あまつさえ他人の畑の作物を枯らすようにしてそのリビドーを荒廃させ、不能の夫から強壮薬で男性的魅力をいやが上に引き立たせられた道楽者の方へと女の浮いた心を誘導していく。共感の法則をたくみに使い分けて、愛し合う男女を別れさせたり、嫌われた相手を手元にたぐり寄せたりするのである。
もっとも、このときにこそ魔女アカンティスを憎々しげた呪詛しているプロベルティウスであるが、彼自身、若年の頃は靡かぬ片恋の人「キンティア情(なさけ)を買うために「キタイアの女の魔法の呪文によって星辰や河の軌道を転ずることができ」、「わが主なる女(ひと)の心を変えて、彼女の貌(かんばせ)を私のそれよりも蒼ざめさせる」魔女の性愛術に帰依したことがあったのである。
アカンティスの魔法の中心にあるのも「ボルタ・コリナの野草」である。黒海やコーカサス地方の野草ではなく、市郊外の入手しやすい野草に頼ったのは輸入品が高価だったからであろう。いずれにせよ、この野草を投ずることによって、星の運行、河川の流れ、男女の情愛、磁力や母子愛まで、自然の正常な摂理は突然ばらばらに分解し、崩壊した積木の神殿を魔女の家に組み立てなおすように、別種の構成原理の手に委ねられる。
端的にいえば、この瞬間に世界は昼の側から夜の側に逆転し、世界原理の主宰者が神と宗教から悪魔(もしくは魔霊(デーモン)と魔法に交替する。あるいは天地創造の原活力たる火が神の手からプロメテウスに簒奪される、といってもいい。このように、あらゆる魔法使いは自然の法則を嘲笑するプロメテウスにほかならないのである。
「宗教的人間の態度は、祈る人、懺悔する人の態度であり、魔法使いの態度は主人と支配者の態度である。信仰篤い人間は祈りのなかで彼の神々に自分の優位を感じさせ、呪文によって神々を屈服させる。ある意味で魔法使いは神々の上に立っている。なぜなら彼は、神々がそれに従わなければならないと呼びかけと誓言とを知っており、かつ服従させられた神々の怒りから身を護る予防策に精通しているからである。」(ゲオルタ・ルック)
ローマの詩人たちは宗教詩人というよりはむしろ世故に通じたエピキュリアンであった。彼らは神々の側に立って魔法使いや魔女をきびしく紏弾したわけではない。そうかといって、あまたの魔女の姿を描いたにもせよ、彼らは悪魔崇拝に首までどっぷりと浸って秘教的な暗黒詩を書いたのでもない。
詩人たちが魔法にたいしてあいまいな態度をとりつづけたのは、彼ら自身と魔法使いたちとの間に存在した隠微な抗争のためであった。彼らは宗教の側に立って魔法を攻撃することこそあえてしなかったが、彼らなりに魔法を嘲弄もしくは嫉妬していた。なぜなら魔法が万事を解決してしまえば、彼らの持駒である言葉の救済力という白い魔術の出番がなくなってしまうからである。「歌(カルメーン)の原義は「魔法の歌」、「魔術的呪文」であった。「詩作(ポイエーテス)」もまた言葉の自然状態の組み変えというプロメテウス的行為である。それゆえに詩人もまた「傲慢(ヒュブリス)」の罪によってみずからはコーカサスの山巓にさらされながら地上の人びとに慰藉を授ける。プロベルティウスの言葉の医術についての確信は反語的である。
 私は離ればなれにさせられた恋人たちをふたたび合一させることができ、
主(ぬし)なる女(ひと)の抗う扉を開くことができる。
私は他人(ひと)の生々しい悲哀を癒すことができるが、
私の言葉のなかにはいささかの薬剤もない。
 さてウェルギスウスのモエリスが演じた薬草による三つの魔法のうち、まだ死者降霊術のみが言及されていない。死者召喚の秘法に関しては、すでにホメーロスの『オヂュッセイア』第十一巻に「招魂」の章がある。そこでオヂュッセウスに地下に一キュービット四方の穴を掘り、乳、蜜、酒、水、大麦の粉などを播いてから黒い牧羊の喉を切ってその血を穴に注ぎ、死者たちの魂を喚び戻す。古代人にとって死者は存在から消滅するのではなく、冥府や月世界に移行するのであるから、冥府の主であるハーデスやペルセポネイアに祈願して時間を逆流させることができれば、死者は当然地下世界から地上に還帰するはずなのである。地下的なものの秘密の結実である薬草がこの喚び戻しに重要な役割を駆使するのである。オウィディウスはいう。「彼女は黴び朽ちた墓の底から汝の父祖や祖先を引き出し、大いなる祈りによって大地と岩石とを割る。」
死者召喚が発端と終末、死と生と逆転であるとすれば、死から生への大逆流の一環として若返りの魔法が考えられる。老年から幼年への(自然的に不可逆的な)若返りはいわば死者再臨の模型である。オウィディウスは『転身物語』のなかで大魔女メデアがアエソンに施したおどろくべき若返りの秘法を絢爛たる筆にのせて活写している。
しかもここでメデアの魔法の要となっているのも「魔法の霊薬」である。まずメデアは翼のある龍にの首に牽かれた車を呼び出し、これにのり込んでテッサリアの野に飛び、あまたの薬草を採集する。それから奇怪な薬の調合にかかる。
「かの女は、髪の毛をバックスの巫女のようにふりみだして、炎のもえている祭壇のまわりをぐるぐるまわり、こまかに割った炬火(たいまつ)を溝のなかの黒々として血にひたし、ふたつの祭壇の炎でその炬火に火をつけ、こうして火で三度、さらに硫黄で三度老人(アエソン)のからだを清めた。そのあいだに、火にかけた青銅のなかでは、魔法の霊薬が煮えたぎり、白い泡をたててふきこぼれていた。かの女は、ハエモニア(テッサリアの古名)で刈りとってきた草の根や種子や花や激烈な草汁をそのなかに煮こみ、さらに、極東の国からとりよせた 取り寄せた小石や、オケアヌスの引潮に洗われた砂をまぜ、これに満月の夜にあつめた露、鷲木菟(わしみみずく)の肉といまわしいその翼、おのれを狼のすがたに変えることができるといわれる人狼の臓腑をくわえ、その上にキニュプスの流れに住む水蛇のうすい鱗皮と、九代を生きながらえた鴉の嘴と頭を入れてことをわすれなかった。」(田中秀夫・前田敬作訳)
前代の詩人たちの精読者であったオウィディウスは、ここにウェルギリウスやホラティウスやプロペルティウスの伝えた魔女の秘薬のあらゆる要素を投げ入れ、ほとんど完璧なごった煮を調製しているのである。さて、メデアの最後に橄欖樹の枯枝でこの液体をかきまわすと、老いた枯枝はみるみるうちに縁に返って豊かな薬をつけ、ふきこぼれた液がふれた地面はたちまち若やいだ春の地肌に変り、花が咲き、やわらかい草が萌え出た。メデアはすぐさま剣を抜いて老人の喉に孔をあける。流れる出る古い血の後に薬液を注ぎ込むと、瀕死のアエソンの白い鬚や髪はたちまち真黒になり、老醜の皺は消えて四十年前の姿になり変わった。
メデアが龍にのって薬草を探しにいくデッサリア地方は、都の郊外のように手近ではないが、さりとて彼女の故郷の黒海沿岸(コルキス)やコーカサスのような遠方でもない。しかしこころみに地図を広げてみると、エーゲ海から黒海に入るダーダネルス海峡を通じて、薬草の特産地たる黒海東端のコルキス、ヒべリア、コーカサスは水路から意外にも指呼の間にある。事実、アルタゴナウタエたちはテッサリアのパガサエの港からアルゴ号を仕立ててコルキスの金羊毛皮を探しに出立した。テッサリアと黒海沿岸地方に古くから深い関係が成立していたであろうことは、この一事からも容易推測される。ちなみにロイナー教授の野生幻覚剤分布表によると、魔女の塗膏の歴史的原生地は「中央ヨーロッパ全土」とされている。
おそらく中央ヨーロッパ奥地から地中海沿岸地帯にかけて、かつて強大な母神信仰が栄えていたのであった。この地下的(クトーニッシュ)母神崇拝の宗教はやがてアポロン的宗教に打倒され、輝かしいギリシア世界の表面からは駆逐された。とはいえ跡形もなく消滅したわけではなく、勝利を占めた若いアポロン信仰は古い地中海宗教の多くの要素を受け入れた。たとえばデルポイの神託を授けるアポロン神殿の巫女ピュッティアは、大地の裂け目の上にすわって地中からくる母の指示を受信する。ピュティアという名称そのものがすでに前ギリシア的宗教における地下的なものの化身たるピュトンの蛇との関連を暗示している。
若い宗教に征服された前代の宗教は、一転、魔法となるのがつねであった。のが常であった。同様に魔女たちは、かつてこの冥府的な大母神信仰の由緒正しい女司祭若巫女だったのであろう。しばしば魔女が引合いに出すテッサリアやコルキスのような土地は、メデアのような大女司祭が君臨していた聖地だったのであろう。したがってローマの詩人たちがその作品のなかに描いたアカンティスやカニディアのような魔女は、没落した大母神崇拝教団の巫女の、いまは往古の栄えある祭儀に参加するすべもなく孤立して巷をさまよい、賤業に口糊する、頽落したなれの果ての身にちがいない。彼女たちが時折り口にした霊薬の甘味は、プルーストにおけるマドレーヌの喚起的美味とひとしく、それが神餞として共食された往時の、栄光ある、だがいまは沈んで久しい世界の天上的な至福の思い出を、一瞬ざまざと想起させてくれたかもしれない。
魔女の塗膏や霊薬は、それ自体としても、むろん後の悪魔礼拝と切っても切れない密接なつながりがある。しかしそれよりも重要なのは、魔女を女司祭に戴いていた前ギリシア的地中海宗教が若い宗教に敗北したとき、そこにアポロン信仰が定位されたことである。いいかえれば、このとき以来、崇拝の対象は女性神(大母神)から男性神アポロンに変ったのだ。
アポロン的宗教の男性神崇拝は、当然のことながらキリストを受け入れる基礎を用意した。ここからキリストの倒錯像サタンの成立まではわずか一歩である。アポロンとキリストが男性でなかったならば、悪魔もまたついに男性ではなかったであろう。若い男性神に打倒された母神へのなつかしい郷愁は、アポロンやキリストへの憎悪の化身である第二の男性神を必然的に招来せしめた。この怨恨���憎悪に黒々と塗り込められた黒い男は、ときにはサタンとして、ときにはロマンティックな悪魔主義者として、ときには超人や天才として、時代とともに変転する自己表現をとげた。 いみじくも聖侯爵の「悪魔主義」について語りながら、「天才は母の国にではなく、魔女の国に棲む」と語ったのはG・R・ホッケである。私が右に述べてきたのもサタンの棲もう風土たる「魔女の国」のくさぐさの追憶であった。
出自《悪魔礼拝》
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yuatari · 4 years
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水の底から私を引き上げて
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こんな意識がずっとあった。
『私はどこかで生まれ変わらないといけない』
 今のままではいけない。
このままでいいはずがない。
どこかで私は変化を手にしなくてはならない―そんな曖昧で輪郭のない欲求。どこかとは何処だろうか。いつのことだろうか。私のもとへやって来るものなのか、それとも私からそこへと向かうのか。
わからないまま、わかろうともしないまま。
 弱く価値のない自分の殻を脱ぎ捨て、もっと素晴らしい自分を想像しながら今日も眠りにつく。次に目を開けたとき、まるで違う自分へと羽化することを願って。
 そんな希望のような自死。
 でも翌朝になってもそこにいるのは紛れもない私。
 朝日に苛まれない日はなかった。
 だから私は決意した。
私の半身から自立することを。
私の人生の半分を占めるものから離れてしまえば、 きっと生まれ変わる他ない。
そうすることが一番良いのだ。
私にとっても、私の半身にとっても。
 だけど。
  今日も誰も来ない塔の中で二人きり。
 じっとりとした感触。
 手に汗をかいていたのはいつからだろう。
 今日ここの扉に手をかけた瞬間だろうか。
 いつものように向かい合わせで座った瞬間だろうか。
 それとも、あの日の決断からずっとかもしれない。
「ヒカリ」
 声をかけ、勉強していた彼女の手を奪う。
 その手の中から零れ落ちていったもの。塗装が剥げ、白色が見え隠れした紺のシャーペンがノートの上を転がるのを見て、浮かされた熱が少しだけ冷めていった。
中学一年生の誕生日に私があげたもの。今でも使っているのかという呆れと、そんなことを覚えている自分に嫌気が差す。
 ヒカリが私を見る。
 どうしたのと、声は出さず私の瞳を覗いてくる。
 昔からの癖。
困ったことがあると何も言わずに私を見つめる。
 魚みたい。
顔がとかではなくて。
 呼吸をしていないんじゃないかと思うくらい喋らない。
 昔はそれが心地良かった。
 言葉を使わなくていいことに安心した。
 言葉を用いなくても通じ合えることが嬉しかった。
 傷つかないで済むから。
 でも今はただ息苦しい。
 そこはまるで水の底のよう。
 息が詰まって、なにかにつかまりたくなる。
「……少しだけ、手握っていてもいい?」
 幼い頃から胸に巣食う重いかたまり。
それが彼女の手に触れるとさらさらと少し軽くなる。
 ……ああ、私は弱い。
 昔と寸分変わらぬ弱さでここにいる。
 そして目の前の彼女もまた、昔と変わらず決してノーとは言わない。
  2
  ◆
   人混みのない都心の駅を歩きたい。
 広い横断歩道を一人で渡りたい。
 車のない高速道路を一人で散歩したい。
 真夏の学校のプールを一人で泳ぎたい。
 これは仮に私が将来とてつもない金持ちになり、広い家を持ったり、ヒカリ駅を建てたり、ヒカリ専用の高速道路を作ったり、自宅に広いプールを設置したとしても得られるものではない。
 見慣れた風景の中に私しかいないこと。
私という存在が埋もれないこと。
 その快感に酔いしれたいのだ。
 冷たい石の床が夏の陽射しで沸騰した身体によく効く。
まだ時間があるからと寝ころんで何分経つだろう。既に遅れてしまっている可能性は高い。でも少し遅れるぶんにはいい。そこまできっちりした約束ではないから。
 それよりもこの場を見られる方が問題だ。
 スイはこういったことを嫌うから。
『汚いよ』
 無数の生徒の上履きで踏みつぶされた廊下で寝ころぶなんて行為は。
 でも今は夏休み。生徒はほとんどいない。
清掃業者が定期的に入っているのだからスイの想像よりは綺麗だろう。たぶん、私の想像よりは汚いだろうけれど。
 爽快だった。
 こういう時に使う言葉だったっけとも思うけれど直感的に浮かんだ言葉はこれで。なにかを達成するでもなく、何もないことで爽快になるとは。
 本当になにもない。
誰もいない。
床に耳を当てると建物の鼓動が聞こえる。
本当は私の心臓の反響だとしても。
音が床に沈んでいく。
広い廊下で寝ても文句を言う人間がいない。
一度は想像したことがある非日常の憧憬。
人の溢れる商店街、交差点、駅、電車、学校から自分以外の人が消えること。
あまりにクリアな自己完結した世界。
 誰に左右されるでもなく、始まりも終わりも私が決めていい。
音を作り出すのは私で、それを消すのも私だけ。
静かで、本当に静かで。
  ―物静かだね
 私は口で呼吸をしない。
 私は特別に言葉を持たない。
 うまく表現ができないから。
 それに喋らないことが息苦しくない。
 三人で集まって、私以外の二人が楽しく喋っているのを見ているだけで十分楽しい。
 他人が嫌いなんじゃない。
 むしろ好き。
 だから誰かに誘われれば賑やかな場所にも行く。
 だけど喋らないから「つまんない子」だって最後にはグループから外されてしまう。
 悲しいとは思わない。
 ほんとうにね。
 そういうものだし、群れに馴染めなくて一人になるのは自然の摂理のようで納得感がある。
 やっぱりそうだよねで大体済んできた。
 でも悲しくないのは、唯一の例外を知っていたからかもしれない。
 小さい頃はずっと不思議だった。なんで他の子とはうまくいかないんだろうって。反対に、
『なんでスイちゃんとは仲良くできてるんだろう』
 ……ああ、そうだったね。
スイのところへ行かなくてはいけないんだった。
立ち上がるも足元がフラついた。立ちくらみだ。
身体を冷やし過ぎたか、急に立ち上がったせいか、どちらでもいいけど視界に白い靄がかかり―小さな手がこちらに伸びてくる幻想を見た。
幼い誰かの手。小さい頃はその手に引かれ、助けられてきた。
昨日のことを思い出して、手のひらを見つめる。
『……少しだけ、手握っていてもいい?』
 そこはいつも通りの自分の手があった。
 痕なんて付いていないのに。
 しんとしたスイの指の感触が骨の芯まで残っている。
  ◆
   ヒカリという名前はどうなのだろう。
漢字にすると『え、そこ?』みたいな当て字だし、その意味するところもマイペースでぼんやりした私からはかけ離れている。
 対照的にスイという名前があまりに似合ってしまっている子もいる。
夏でも陽に焼けず、白い腕から覗く薄青い静脈はぞくりと��せるくらい綺麗に透き通っている。
抑えたような低い声は耳に馴染む。容姿だって綺麗で温度が低い。少し近づき難いほどに。
三階の化学準備室の扉を開けると、おおよそ涼しいとは言い切れず、しかし無いよりはマシといった程度の風が流れ込んでくる。
スイが先に着いているようだ。もっとも私がスイより先に着いていた試しはない。
 時間に律儀。
準備だって万端で。
化学室の黄ばんだ長机にチェック柄のテーブルクロスがかけられ、その上にはノートに参考書、筆記用具と小さい花柄のポットが置かれている。ポットの中身はいつもの、スイが持参したアールグレイだろう。
準備室という粗雑な場所のはずがスイの趣味と美意識により随分と優雅だ。
ここまで快適な空間にしてくれたのであれば、もう少し空調を効かせてくれてもいいのだけど。
かつては二十八度。スイがいない間に温度を下げるという無言の抗議を何度か繰り返した結果、今は二十七度に落ち着いている。
スイの言い分は。
『だって冷えるじゃない』
嫌いな食べ物はアイス。
徹底ぶりは昔から変わってない。
 本当に小さい頃から。同じ日に同じ病院で生まれたらしい。母親同士が入院中に仲良くなり、家も近かったから退院後も家族ぐるみで親しくなった。
 しっかり者のスイにいつも世話を焼かれてきた。
私は昔からずっとマイペースで大きな決断など一度もしたことがない。いつだって、ぼんやりと気ままだ。
「おはよう、ヒカリ」
 準備室の入り口でボーっと立っている私にスイが声をかけてくる。
 うんと頷く。
既に席についているスイに倣って私も席につくと鞄から勉強道具を取り出す。外は良い天気で、室内にいる私たちをさんさんとした太陽が嘲笑うようだ。
 机を挟んで向き合うものの私たちの空間に言葉はない。
 ノートの上を走るペンの音だけが響く。
 かりかりと。
 さらさらと。
 それもフル回転させた脳の前では無に等しい。
 それよりも時折、意識を乱すのは視界に入ってくる彼女の姿。
 いつだって氷のように憂鬱そうで。
 それなのに触れてしまえば簡単に砕けてしまいそうな線の細さ。
 ペンを弄ぶ細長く白い指先の温度を私は知っている。
 八月の夏休み。
 プールにも旅行にも花火大会にも目もくれず、学校へと通う。
登校の義務はもちろんない。
にも関わらず電車を乗り継ぎ、ローカル線の駅を降り、バスで畑をいくつか通り過ぎたところにある学校にまで来ている。
普通であればそれなりの理由を必要とする。
『夏休みは学校で受験勉強をするわ』
 それだけ。
 スイのその一言だけで夏休みも毎日登校している。
 朝早くに起きて炎天下を歩いていく。
 進学校の中でも特に部活に力を入れていない高校だ。定期を更新してまで学校に来ているのは私たちくらいだろう。
 スイの家も遠くない。ただ勉強をするのであれば互いの家に行く方が効率は良い。
 それでも。
 そういう非効率な選択肢を私たちは選んだ。
 二人の方が集中できるとか、勉強が捗るとか、お互いに見張り合ってサボらなくなるとか、そういう理由付けは一切なかった。
ただ選んだんだ。
 他に生徒はいない。
 周囲も山と畑ばかりで音はない。
 音を作り出すのは私とスイだけ。
 水のように澄んでいる、私とスイの世界。
 延々と時間が消費され、時間が積もり重なっていく。
 幼い頃からのスイとの時間は途方もなく、当たり前になっている。これ以上の積み重ねがなにを生むのかは私にもわからない。
 だけど。
 帰りのバスを待っていると心地の良い感触につい目を向けてしまう。
スイが私の右手を握っていた。
 日が暮れても夕陽が私たちを熱くし、それだけに右手の冷たい肌触りが目立って仕方なく、彼女が昔から今の今まで確かに隣にいることを実感する。
 音なんかなくても。
 声なんかなくても。
 呼吸なんかなくても。
 言葉なんかなくても。
  私はここにいる。
           3
  ◆
   朝日が昇る頃。
 またダメでしたと呟いた。
  朝八時を迎える前。
 足元が幽霊のようにおぼつかない。
 自分がどこに立っているのかわからなくなる。
 不安と迷いから生まれる私の揺らぎ。
それは価値観や思考の揺らぎに等しく、個人の存在が不安定なことに等しい。
 だから階段を登っている瞬間だけは足取りが確かで私という存在がどこにも埋もれない。
 三本の円形の塔があった。
それが三角形の点となり建ち並ぶ姿は三年間通い続けても慣れはしなかった。
白色の石造りの塔。
煩わしい装飾がない私たちの高校。
まわりが畑と山だらけなので非常に浮いている。どこかファンタジーで学び舎としての趣味が良いとは言えず、石造りの床もデザインだけ見れば素敵でも冬には馬鹿らしいほどに冷え込むから好きになれない。
 唯一好きになれたのは螺旋階段。全ての塔は中央が吹き抜けで巨大な螺旋状の階段になっている。
 一階から五階の特殊教室に向かう際は生徒たちも不満をこぼす。景色が変わらず、延々と登っているような錯覚に陥るからだ。
 でもそれは余計な情報が少ないということで考え事にはうってつけ。
見上げれば透き通る青空が私を見ている。高さというのは平面に比べて一歩一歩の実感が大きいもの。
だから一段登るごとに私の中の揺らぎが薄れていく。
 この螺旋階段が空まで続いていればどんなに良かっただろうか―そんな永遠を願うほどに。
 朝八時ちょうど。
 三階の化学準備室に到着すると荷物を置き、窓を開けて掃除に取りかかる。
 最初こそ埃と雑然さしかなかったこの場所も不要な段ボールの処分や備品の整理をして随分とマシになった。
 夏休み半ばにしてほぼ理想形となった。
 それも夏休みが終わってしまえば水泡となる。この準備室の使用だって許可もなにもあったものではない。
 登校にしたってそうだ。義務がないということは  「やる必要がない」ことで余計なことになる。
 良いか悪いかで言うと灰色。
 私物のお茶まで持ち込んで、勝手に火器も使用して、灰色どころか黒と言っても差し支えない。
 そんなリスクと期限のある空間でも私は理想を求めた。
 昔からの癖。
 私の理想の場所を作り上げる。
 凝り性だとかそういう可愛いものではない。
 私の思い描く理想を作り上げられる実行力は、しかし私の思い描く理想が他人の理想ではないという点で明確な悪癖となる。
 それでも私は我を通してきた。
 そうやって理想を作り続けてきた。
 昔から、ずっと。
 
 朝十時前。
一向に現れないヒカリを探しに行ったわけではないけれど、気晴らしに螺旋階段を登っていたら落し物を発見した。
 五階まで上がった時だった。
廊下で倒れる人の姿���あったので近づいてみるとヒカリが仰向けで目を閉じていた。
 屈みこんでヒカリを観察する。
 外傷なし。
 衣服の乱れなし。
 呼吸よし。
 結果、事件性��し。
『ヒカリちゃん、なにしてるの?』
 駐車場のアスファルトの上。
 幼い頃、少し目を離したらヒカリが地面に横になっていることが何度かあった。
 私の問いに答えることはなく、ヒカリは注意されても止めなかった。ただ、こちらを見て微笑むだけで。
 その時に見せる笑みはいつも可愛かった。
 五階でやっていた理由はなんだろう。
今日はたまたま五階だったのか、あるいは私に見つからないためか。
 馬鹿ね。好きにすればいいのに。
  ―そうさせているのは誰?
  久しぶりに、戯れたくなった。
 乱れた前髪に触れると懐かしい匂いがした。
 温かくて甘い、ソープの香り。
 触発され、頬に指が触れる。
 一本から二本へと触れる指が増える。
 添える手はやがて片手から両手へ。
 長いまつ毛を見つめる。五秒、十秒と時を止めて、深呼吸をすると額に口づけをした。柔らかい肌の感触が唇をビリビリと伝わり、身体と脳が震える。
 今この一時だけは全てを忘れられる。
 それでもヒカリは起きない。
 いつからここにいるのだろう。
 私は時間に対して余裕を持つ。
 ヒカリは余裕を持って時間を使う。
とてもヒカリらしい。
 私はいち早く準備室に行ってしまうから。
 少しでも多くの時間を理想の場所でヒカリと一緒に過ごしたいから。
 そんな気持ちに応えないヒカリのマイペースさに沈んだりはしない。
 ……わかっている。
ヒカリにはヒカリの時間がもっと必要なことを。
 それでも側にいたくて。
 意味のない問いかけだと知りながら。
「……ヒカリ、いいよね?」
 貴女は決してノーとは言わない。
 寝ていても、覚めていても。
 今も、昔も、これからも。
 ヒカリの隣に寝そべった。
 逆さまの視界。
重力が反転し、私とヒカリが天井を歩くところを想像する。二人して地上を目指して螺旋階段を登っていくところを。
なかなかに愉快な光景で、想像していくうちに意識は遠い彼方へと運ばれていった。
 それは床の冷たさと相まって水面に浮かぶようで。
 夢に落ちる間際、溺れてしまわぬよう私はその手をつかんだ。
  ◆
   夢を見た。
 急に世界の重力が反転して私とスイは逆さまになる。二人で天井に座りこんで窓の外を見ると空へと吸い込まれていく無数の人の姿を見る。それは残酷なようで、でも流星のような瞬きで美しかった。
 それから二人で螺旋階段を登る。しかし地上に出るも逆さまなので家に帰るのが困難だった。
 私は家に帰りたかった。それは怖いからとか、家が心配だからとかではなく、見たいテレビがあったのだ。夢だし、まぁそんなものだと思う。
 やがてスイが言う。
「この塔で暮らしましょう」
 いつもの化学準備室も逆さまで中はぐちゃぐちゃで、それもすぐにスイが綺麗にしてくれる。気がつけば景色だけ逆さまにいつもの机が、筆記用具と参考書が、スイが淹れてくれた紅茶が。
「時間はいくらでもあるし勉強しましょう」
 なんだか悪くないなと思った。
 本当にここで暮らしていくことも。
 スイと一緒にいることは。
 夢のようで―しかし本当に夢で。
  目を開けると橙の光が眩しかった。
 時刻は体感、十六時くらいだろう。
 まだ夢の中だとも思った。
 隣でスイが寝ていたから。
 でも夢ではなかった。
 確かに繋がれた手の感触は現実のものだった。
 それがまた夢のようでもあった。
 身体を起こして、廊下で寝てしまったことも思い出す。ただその時はスイがいなかったはずだ。今日はまだ会話もしていない。つまりスイがこの状況にしたわけで―
 ぼりぼりと、わざとらしく頭をかく。
あたりを見回す、誰も来ないのを知っているのに。
 ……さて、どうしよう。
 めずらしく私に主導権がある。
 普段、主導権を握っているスイが寝ているのだから当然なのだけど、それだけスイが無防備になることがない証拠でもある。
 本当に無防備。
 つい寝顔を覗き込んでしまう。
 スイ、起きて。
 そう声が出かかったけれど―人差し指の第二関節でスイの頬に触れる。
  目にクマできてるね。
 意識して見ないから気づかなかったよ。
 スイと一緒に居るのが当たり前で。
 こんな間近で顔見ることもないからさ。
 顔も青白いし、手も冷たいよ。
 息してる?
 スイ、疲れてる?
 最近のスイ、少し変だよね。
 よく手繋いできたりさ。
 小さい頃みたいで嬉しくなるけど、不安にもなる。
 こんな廊下で寝っころがるのもそう。
 前なら……ううん。
 小さい頃からずっと、こんなことしなかったよ。
 スイはいつだって凛々しくて、綺麗で、私とは正反対。
 …………ええと。
 お腹すかない?
 私はすいちゃったよ。
 お昼食べてないからね。
 起きて欲しいけど、このまま寝てても欲しい。
 うん、寝てて欲しい。
ゆっくり、そのままで。
 ……なんか、ずっと一緒にいるね。
 でも、ずっと一緒にいるからこそ。
 気づかないこともあるんだね。
 スイは昔のままじゃない。
 私は昔のままの気しかしないよ。
 だから。
 ……だからなのかな。
 スイはさ―
 
 それらを何一つ、声に乗せて言葉にはしなかった。
 急に自分がとてつもなく酷い奴のように感じた。
 こんなにも言葉を抱えておきながら口にしない、相手に伝えようともしない。
 実際、私は「つまんない子」とかそういうレベルではなく、普通に酷い奴なんだろう。
 対話を致命的に放棄し、決定権は相手に委ねる。
 だから、スイにも言われたんじゃないか。
 小さい頃からスイのお世話になって十六年が経つ。
 並みの恋人どころか夫婦よりもずっと付き合いが長い。
 ずっと親にも言われてきた。
『スイちゃんに頼ってばかりで、将来どうするの?』
 小さい頃はそれにいつも同じ返答をしたものだけど。
 もう長くは一緒にいられない。
 私は大きな決断など一度もしたことがない。
 ……全てスイに決めてもらっていたから。
 遊びに行く場所、趣味に、高校の進路。
 そして大学も。
 夏の始めにスイに言われたこと。
『大学は別々のところに行こう』
 それに対して私は、声を出して「うん、わかった」と頷くだけだった。
  ……でも。
 だけどね。
          4
  ◆
  『ヒカリのこと、よろしく頼むわね』
 みんなが褒めてくれる。
 ヒカリの面倒を見るだけで「頼りになる」「しっかりしている」と褒めたたえた。それを見てお母さんが誇らしげに笑みをこぼしたのを覚えている。
 ヒカリのことだって好きだった。
 ちょっとボンヤリしてて手はかかる。
 それでも私の後ろを健気について来る姿は愛おしく―ある日、気づいてしまった。
 私の意見を聞くこと。
 私と対立する人が現れたら私に付くこと。
いつだって貴女は私の言いなりだった。
彼女の性格や本質なんて二の次で私がヒカリを好きな理由は私に従順なところだった。
 小さい頃から面倒を見るという名目で彼女をコントロールしてきたことに自覚がないとは言えない。
 私の承認欲求のために、理想のために、ずっと騙されていること。
 そして貴女がいないともうダメになってしまう自分を見つけてしまったこと。
 私は一人で生きていくのが不安だ。
 私を必要としてくれる人がヒカリ以外にいるのか。
 いつまでも必要として欲しい。
 でも、それではいけない。いいわけがない。
 だから。
  この一ヵ月は、なんのための一ヵ月だったのだろう。
  夏休みも残り一週間を切った。
 相変わらずの受験勉強の日々の中でも変化があった。
 ヒカリの視線を感じることが増えた。
 気のせいではない頻度で目が合う。
 どうしたのと聞いても、ううんなんでもと言うように首を振るだけ。
 朝も九時前にヒカリがここに着くようになった。
 朝の支度まで一緒に手伝ってくれる。
 ヒカリが掃除をし、その間に私がお茶の準備をする。
嬉しかった。
幸せだった。
 二人で過ごす最後の夏だから。
 高校卒業を期に離れ離れになる。
 私は遠い大学へ、一人暮らしを決めていた。
 ……ヒカリ。
 人生の半分を占めていると言っても過言ではない私の愛おしい半身。
 貴女の人生をことごとく私に合わせてもらってきた。
 遊びに行く場所、趣味に、高校の進路だって。
 貴女に決断させないでここまで来てしまった。
 それももう終わり。
 離れ離れになるのは寂しい。
 でも、これは必要なことだから。
「スイちゃん」
久しぶりに聞いた声。
 ヒカリの甘くか細い声が耳を触る。
 愛らしくて、他の子には聞かせたくなかった。
 夕陽を背に帰りのバスを待っているとヒカリが私の手を握っていた。恥ずかしそうに、不安そうに、私を見る姿に予感が走る。私の手にも力が入って。
 そしてヒカリが言う。
 
「やっぱりスイちゃんと同じ大学に、行きたいな」
  ずっと冷えていた胸の中が熱くなる。
 それはずっと求めていた言葉だった。
 私だって本当は離れ離れになる決断なんてしたくない。
 ヒカリのことが好きだから、ずっと一緒にいたいと 思っている。
 だからヒカリさえ心の底から望んでくれればよかった。
 あの決断できないヒカリが、ここ一番の決断で私の側にいることを選ぶというのは。
 この夏の集大成に相応しく、感動的で。
   ―吐き気がするほどに私の思い通りだった。
 こんな意識がずっとあった。
『私はどこかで生まれ変わらないといけない』
 今のままではいけない。
このままでいいはずがない。
どこかで私は変化を手にしなくてはならない―そんな曖昧で輪郭のない欲求。どこかとは何処だろうか。いつのことだろうか。私のもとへやって来るものなのか、それとも私からそこへと向かうのか。
わからないまま、わかろうともしないまま。
 ……ついにここまで来てしまった。
 期待していなかったと、予感していなかったとは言わせない。
 離れ離れになることを告げながらも、邪魔の入らない場所で夏休み毎日一緒に会うようにし、手を繋いで私の存在を否応なしに意識させる。
そうやって情を植え付けて、私から離れがたくする。
離れたくないと私からは言わず、ヒカリに言わせる。
そうすることでヒカリはより私へ傾倒する。
私はヒカリと一緒に居ることを正当化できる。
『ヒカリが望むのだから仕方ない』
 これをコントロールしていないと誰に言えるのか。
 卑劣で、あまりに弱い。
 私はこんなことを望んでいなかったと思う心と裏腹に、『本当に起こってしまった』と恐怖した。
 これが私の本当は望んでいた光景。
 都合の良い、理想の光景。
 それを証明する一ヵ月だった。
             5
  ◆
   大した問題ではないのだ。
 人ひとりが心の中で抱えたものなんて。
  エアコンの二十八度とか二十七度とかって意味あったんだなって。無いよりマシなんてものじゃない、失ってから気づく涼しさ。真夏の室内のこもった空気がこんなにも最悪だったとは。
 うだるような暑さに萎える前に窓を開けて換気をし、準備室の掃除もほどほどに、我慢していた空調に手を伸ばす。遠慮なく二十五度に。
 涼しくなるまでは休憩だ。
 ギィと椅子を引いて座る。
 天井を見ると蛍光灯がぱちぱちと点滅していた。
 こういうのも取り替えていたんだろうか。取り替えていたんだろう、スイなら。
 雑然とした化学準備室。
 テーブルクロスがかけられた机はなくて、紅茶の香りもなくて、なにより彼女の姿がない。
全てが嘘だったように。
 なにもない。
 静かで、本当に静かで。
 本当に寂しい場所だった。
 それでも私はここにいた。
 別段、思い出らしい思い出もない。
 スイと過ごしたという場所でしかない。
 ただ宿題が終わっていなかっただけ。
 もう夏休み最終日だというのに。
 文章を書くだけなんだし、数日どころか数時間もあれば終わるだろうと思っていたそれは、いざ手をつけると想像以上に手強い代物だった。
 自分の気持ちを正確に文にする。
  頭の中にあるうちはあんなにも明白な形をしているのに現実に落とし込むと途端にズレが生じ、稚拙さが浮き彫りになる。
 それに嫌気が差してなにもしない時間も多くあった。
もう紙ヒコーキにして窓から飛ばしてしまおうかと思ったのも一度ではない。
 苦しくて、楽しくなくて、しんどくて、自分が嫌に  なって、それでも書く理由は―それでもなお、私にしかない伝えたいことがあるから。
  ……散々時間をかけた挙句、これかという気持ちはある。それでもこれが最善だと思うから、あとは自分を信じるだけ。
 終わった。
 これで本当に終わり。
 本当はもっと早く終わらせるはずだったけど、今と なってはどうでもいい。
 同時に夏の終わりだった。
 休みが明け、明日からは他の生徒もやって来ると思えば寂しくもなってくる。
 やれるだけのことはやろうと最後に廊下に寝っころがってみると相変わらず冷えた石の床は心地よく、両腕を広げて力を抜けば水面に浮かぶようだ。
でもかつてほどの爽快さはなかった。
見慣れた風景の中に私しかいないこと。
私という存在が埋もれないこと。
ただ、そ���だけ。
それもそうだ。誰かが見つけてくれる可能性がないそれは虚しいものでしかない。本当の孤独だ。
 だから幼い頃はどこだって良かった。
 どんな場所でも、どんな時間でも、貴女は。
『ヒカリちゃん、汚いよ、そんなところで』
 ……私はそれが嬉しかったんだ。
 そうやって私を見つけてくれて、手を差し伸べてくれる。私がどうしても起きない時は額に口づけをして優しく微笑んでくれる。
それだけで私は幸せだった。寂しくなくて、嬉しくて、他の子とうまく混ざり合えなくても平気だった。
 ほんとうに。
 ほんとうにね。
 貴女さえ、居てくれれば私はそれで―
  ◆
   帰り道。
 スイの家のポストに手紙を入れた。
 やってやった。
                                  6
  ◆
   ヒカリのことがどうしても嫌な時期がなかったわけではない。そんな時は他の子と遊ぶこともあった。
 それでもヒカリが校門で私を待っている姿を見ると。
『ごめん、先約があるから』
 ヒカリは私を見つけると子犬のように小さく駆け寄ってくる。
高校生にもなって校門で待つなんてやめてよ。
そう思わないでもない。 
足の遅いヒカリ。
走って置いていったらどうなるんだろう。
 その場で立ち尽くすのか、必死で追いかけるのか。
 ……でも私はそれを言いもしないし、やりもしない。
 きっと結果が見えてしまうから。
 内心では鬱陶しいと思いながらも本当に校門で待つことをやめたら、走って追いかけてくれなかったところを想像するだけで怖い。
 見たいけど見たくないもの。
 知りたいけど知りたくないもの。
 ヒカリはどこまで本気だろうって。
どこまで私に付いてきてくれるのだろうって。
どれほど私のことが好きなんだろうって。
貴女の本気を試してきた。
 『大学は別々のところに行こう』
 うんと頷かれたとき。
私は安堵しただろうか、それとも傷ついただろうか。
 『やっぱりスイちゃんと同じ大学に、行きたいな』
 そう言われたとき。
私は安堵しただろうか、それとも傷ついただろうか。
 
―その答えは全てヒカリの手紙に書いてあった。
 
正直、手紙を発見したときは嬉しさよりも恐ろしさが勝っていた。
 ヒカリは何を書いたのだろう。
 罵倒の言葉だろうか。
 決別の言葉だろうか。
 蔑みの言葉だろうか。
 おそるおそる開いた先に書いてあったものは。
 たったの一言だった。
 『私に本気になってください』
  明日、ヒカリに言う言葉が決まった。
                           7
  ◆
   溜まった水が溢れ出る。
 それぞれが思い思いの場所へと流れていく。
 水かさは減っていき、私が最後の一人になった。
 水の底が渇いた大地へと変わり、私自身の姿が世界から浮彫りなる。
 ……ちっぽけだ、広い世界から見た私なんて。
 だからこそ私は私のままでいいんだと思う。
 校門で人を待つ気分はこういうものなのか。手持ちぶさたで、かといって携帯を弄ったり、本を読んでいたりするのも「なんでわざわざそんなところで?」と自分で思ってしまう。
 人目が気になるのでヒカリはよくやっていたなと思う。
 いつも通る場所なのに放課後の校門からぞろぞろと溢れ出て行く生徒の姿は新鮮で、学校が一つの閉鎖空間だということを改めて認識する。
 ヒカリは職員室にいるらしい。
 進路のことで先生に相談だとか。
 夏休みが明けての進路変更。
 先生からすれば怪訝なことだろう。
 でもヒカリは気にしない。本気だからそんな小さいことには気にならないのだろう。
 私の言うことを聞くとか、聞かないとか。
 人をコントロールするだの、しないだの。
 そういう小さい話には。
「ヒカリ」
 つい見逃すところだった。校門を通り過ぎようとしたヒカリが私の声に気づいて戻ってくる。
 いつものぼんやりとした態度にも見える。
 全てを悟った超然とした姿にも見える。
 そういう子だった、昔から。
 言いたいことは私からも一言だけ。
 私としてはさらりと告げたつもりだったけど。
「……この先もずっと私の側にいて」
 ヒカリはふっと笑って言った。
「年貢の納め時だね」
「……生意気いうな」
 そうして彼女の背中をはたくと笑い声が漏れた。
 いっぱい話したいことがある。
 他愛のない話から大事な話まで。
 ヒカリの名前が好きなこと。
 貴女に合っていること。
 そのことを今日は話そう。
 
 ◆
   全ての人が幸せになる解答は難しい。
 表を選べば裏を選べなくなるように、誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。そういったシステムの上に成り立っている。
 そうした時に譲り合うのか、我を通すのか。
私は『気にしない』でいいんじゃないかと思う。
 どちらを選ぶにせよ、本気で選んだ以上は人の気持ちを介入させないでいい。本気が揺らいでしまうから。
私は十六年前から本気だった。
だから貴女が離れて欲しいと思えば離れるし、離れて欲しくないのを感じ取れば私は貴女から離れない。
それでも時折、振り回されるのは感じる。
だからこそ私がスイちゃんに望むことは一つ。
 結局はスイちゃんと同じ大学を目指してよくなったし、こうして仲直りもできた。
 でも一番大事なのは、あの一言。
『……この先もずっと私の側にいて』
 恥ずかしいからスイちゃんに完全な確認を取ったわけではないけれど、たぶん、いいんだよね。
 ……責任を、取ってくれるってことで。
 私の人生とスイちゃんの人生が今後も交わっていく。
 私が一番欲しかったもの。
幼い頃、そして昨日もお母さんに聞かれたこと。
『スイちゃんに頼ってばかりで、将来どうするの?』
 私はいつものようにこう答えた。
『そしたらスイちゃんと結婚する』
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groyanderson · 5 years
Text
ひとみに映る影 第七話「紅一美に休みはない」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←←
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 ただただ真っ白な空と海があった。 天地を分かつ地平線すら見えないほど白いその空間に、私、ワヤン不動という影だけが漂っていた。
 未だ点々と炎がちらつくその身体は、浅い水面に大の字に浮き、穏やかなさざ波に流されていく。 ここはどこだっけ、私はどうしていたんだっけ。 そういった疑問は水にさらされた炎と共に鎮静していった。
 遠くに誰かがいる気配がした。軋む身体を起こすと、沖縄チックな紅型模様の恐竜が佇んでいる。 濡れて重たい両足を引きずり、そこに近づくにつれて、段々と海は深くなり、かつ水が温かくなっていく。 立ったまま胸まで浸かる程深くなると、まるで露天風呂に入っているように、頭がぼーっとしてくる。
 恐竜の隣には小さな足場とベンチがあり、可愛らしい白装束を着た金髪ボブカットの女性が座っていた。 丸く神々しい後光がさしていて、顔は逆光でよく見えない。天女だろうか。 ベンチから足だけを温水に投げ出し、足湯を楽しんでいるようだ。私は水中からそれを見上げている。  (ああ…誰だっけこの人。どこかで会ったことがある気がするけど…) 挨拶するかどうか迷う。気まずい。いずれにせよ、何か声はかけよう。 ここはどこですか、とか、あなたは誰ですか、とか…  「…アガルダって、何なんですか」 いや、どうしてそうなるの。私。完全に変な人じゃん。 だめだ、頭が回らない。案の定天女は苦笑した。  「いきなり凄い事聞くよね」
 「知らないんですか?金剛楽園アガルダ」  「あんただって知らないんじゃん。 まあでも…金剛有明団(こんごうありあけだん)っていう、なんかこう、黒魔術師達の秘密カルトがあるらしいよ。 世界中から霊能者の魂を収集してて、何かにつけて金剛、金剛ってウザい喋り方するんだって。それじゃない?多分」  「ああ。それですね」  「てか、そんなの聞いてどうするの」  「滅ぼす」  「ウケる」 天女はコロコロと笑った。
 「ここは何なんですか」  「私の夢の中…それかあんたの夢かも? ま、どうでもいいんじゃない?」  「あなたも金剛の使者?」  「まさか。私だって昔、観音和尚様にはお世話になったんだよ?」  「え…」
 逆光の影をエロプティックエネルギーでどかして、私は改めて天女の顔を見た。 ああ、そっか…金髪にしたんだ。中学の時はさすがに黒髪だったよね。 髪、そうだ、髪だよ。私はその天女…いや、その祝女に問うた。
 「あのさ。どうでもいいけど…ゴムか何か持ってたりしない? さっきから髪がメチャクチャお湯に入ってるんだ」
◆◆◆
 何の脈絡もなく目覚めると朝になっていた。 私は怪人屋敷エントランスのソファで眠っていたらしい。 サイレンや話し声が騒々しい。外光が射しこむ窓越しに、救急車や数台のセダンが見える。  「一二、三!」 救急隊員さん達が、担架からストレッチャーに何かを乗せた。白い布にくるまれた、岩のような何かの塊を… そうか。ああやって外に出せているという事は、全て終わったんだ。 私達は殺人鬼を見つけて、悪霊を成仏させて…たくさんの命を救ったんだ。
 「あ…紅さん」 譲司さんがこちらに駆け寄る。  「紅さん起きましたーっ!」  <ヒトミちゃん!>「オモナ!ヒトミちゃーん!」 オリベちゃんとイナちゃんも…みんなボロボロだ。全身煤埃や擦り傷だらけの譲司さんに比べればマシだけど。 オリベちゃんに肩を借りて立ち上がると…バシン!私は超自然的な力に頬を打たれ、衝撃で尻餅をつく。  「リナ…」
 「アナタ、ワヤン不動になって、何回死んだの?」  「…」  「何人分殺されたの」 殺人被害者達の死の追体験。あの時はハイになっていて恐怖を感じなかったけど、今思い出そうとすると、身の毛もよだつ感覚が鮮明に蘇る。  「うう…数えればわかるけどさ…」  「じゃあ、二度と数えないことね。 アナタは…ちゃんと生きて帰ってきたんだから」  「え?」 宇宙人体のリナは長い腕で私を影ごと抱きしめ、子供をあやすようにぐしゃぐしゃに頭を撫でた。  「良かった…。アナタの精神がアレと相打ちにでもなったら、アタシ観音和尚に顔向け出来ないもの…」 初めて見た、いつも気丈なリナの泣き顔。彼女は涙を流しながら、人間の姿に縮んだ。 それはとても綺麗だった。美人だった。
 その後私達は警察やNICの職員さん達から聴取を受け、昼過ぎにようやく解放された。 水家曽良は表向き被疑者死亡で書類送検とされ、未だ脳細胞が活動し続けている遺体は研究対象としてドイツのNIC本部に収容されるらしい。 待ちに待ったお蕎麦屋さんに私達が到着した時、既にテレビではニュース速報が流れていた。 皆神妙な顔で画面に見入っていたが…
 ぐぎゅるるるる…
 私の腹の虫が重い沈黙を破った。慌ててトートバッグを抱きこんでも、もう遅い。  「くくく…やるなぁ、あんた…」 ジャックさんやリナの表情にじわじわと含み笑いが浮かんでくる。 普段なら恥ずかしいとか、タレントとしてはオイシイだとか思うけど、なんかもうダメだ。 ぐぎゅぅぅぅるるる…空腹と疲労と寝不足で、私はリアクションの一つも取れない。  「笑うなや。ワヤン不動様昨日飲まず食わずで、あんだけ働いてくれとったんやから。なあポメ?」  「わぅん」 譲司さんとポメちゃんの優しみ。有難い。 でも、すいません。もう限界です。糸が切れたように私はテーブルに突っ伏した。  <や、やだ、ヒトミちゃん!? ていうか何その手、ダイイングメッセージ!?> 霞む意識の中、私はお品書きを指さしていた。 最後の力を振り絞ってオリベちゃんにテレパシーを送る。  <お願い、こ、これを…注文して下さい…!>  <いや、私日本語読めないんだけど。 イナちゃん、これ(鴨南蛮)なんて書いてあるの?>  「アヒルナンバン大盛り」  「かもなんばん!!」 なんかノリツッコミしたら自力で復活できた。 代わりにリナ、萩姫様、ジャックさん、譲司さんが抱腹絶倒した。
 ようやく腹ごなしを済まし、私達は民宿に戻った。 荷物を下ろすやいなや、全員示し合わせたように脱衣所へ直行。 昨日も入った露天風呂だけど、めちゃくちゃ気持ちいい!  「あーーーー!染み入るーーーーっ!」  「本当よぉ!アナタ達バカだわ、せっかく磐梯熱海に来たのに、ちっともお風呂入らなかったんだもの!ねえ萩ちゃん」  「同感同感!イナちゃんは日本の温泉初めて?韓国の方々も温泉好きなんですってね?」  「そです、私達オンセン大好きヨ!気が清められるですねー!」  <うちの風呂もこれぐらい広かったらなぁー。そっちはどう、ジョージ?> すると衝立一枚隔てた男湯からレスポンス。  「pH結構高いなー!」  <いやダウジングしてどうすんのよ!>  「冗談冗談。あのねー!そもそも空気がめっちゃええの! 湯気で保湿されとるし肺まで癒されるわ!なあポメ?」  「あぉーん!」 ポメちゃんも上機嫌のようだ。
 私も男湯に声をかけてみる。  「ジャックさーん!うちのおんつぁどうしてますー?」 おんつぁは会津弁でバカの意。実は、プルパ型に戻った龍王剣をさっき男性陣に預けたんだ。 霊泉と名高い磐梯熱海温泉を引っ掛ければ、あれも少しはマシな性格になりそうだけど、女湯に入れるのはさすがに嫌だったから。  「おう、同じ湯船に入れたくねーからよ、言われた通り洗面器で漬けておいたぜ。 真っ黒なのは治んねえな!ハッハ…うおぉ!?」  「わぁ!」「きゃわん!」 男湯で異変!女子一同がそれぞれタオルや霊能力を身構える。  「ど���どうしたんですか?ジャックさん!」  「い、いや、その…龍王剣の中から…」  「中から…?」  「アー…剣じゃなくて、持ち手からなんだがな…あんたの和尚が馬頭観音になって出てきた」  「はぁ!?」
 そんな馬鹿な。和尚様は成仏されたはず。 まあ、既に観音菩薩になられた和尚様が『成仏』というのもおかしな話だけど…。  「ま、まさか観音和尚、お風呂入ってるの?裸!?」 リナが衝立を覗こうと飛び上がった。私は咄嗟に影手を伸ばし、阻止する。  「こらっリナ!和尚様の前でそっ、そんな破廉恥をっ!!」  「うるさいわね!いいのよアタシはインターセクシャルだから、どっちに入っても! これは美的好奇心であって猥褻な気持ちは一切ないわよ!」  「ヒゲと声以外ぜんぶ女のクセに何言ってるんだっ!やーめーなーさーいってのーっ!」  「アイタタタ、暴力反対!アナタだって本当は見たいんじゃないの?」  「んなわけあるか!!そりゃもう一度会いたいけど…っていうか小さい頃は一緒にお風呂入ってたもん!!」  「ずるい!このスキモノ!!」
 すると衝立越しにヒョコッとポメちゃんが掲げられた。 もみ合っていた私達は不意をつかれて膠着する。 ポメちゃんの口には、何の異変も起きていない龍王剣プルパが咥えられていた。  「ハーイ、ドッキリ大成功!したたびでーす!」 譲司さんが裏声で腹話術する。 私とリナも、いつもテレビでやっているリアクションを返した。  「「…ぎゃーっ!また騙されたーーっ!!」」
 そうこうしているうちに、また日が沈み始めた。 夕方五時。荷物やお土産をミニバンに詰めこみ、私達は民宿を後にする。 本当は猪苗代湖や会津方面の観光案内もしたかったけど、NIC職員のオリベちゃんや譲司さんが警察で事件の後処理をするため、私達はもう東京へ戻らなければならない。 そこでまず、萩姫様を大峯不動尊へ送りに行った。
 「あんな事があったけど、また遊びに来てね」 萩姫様はまた正装である着物に戻っている。けど、帯飾りや例のロケットランチャー型ポシェットといった小物に、オルチャンファッションの影響が残った。  「もちろん、また来るですヨ。ハギちゃんがバリとか韓国来る時も私呼んで下さいね」 そう言うイナちゃんの耳にも、萩姫様を彷彿とさせる黒い紐飾りピアスが揺れる。 通りがかりに寄ったお土産屋さんで売っていたやつだ。 私達一同と固い握手を交わし、萩姫様はお社へ消えていった。
◆◆◆
 車に戻ると、道路沿いに小さな原付屋台があった。 ポッ、ポポポポ…ガラスケース内で、ポップコーンが爆ぜている。バターの香りが漂う。 その傍らではエプロンを着たジャックさんが、フラスコ型喫煙具を吹かしていた。 彼は私達が戻ってきた事に気付くと、屋台についている顔とお揃いのマスクを被り、スイッチを入れる。 ブゥーン…屋台の顔に仕込まれたスピーカーから、電子的ノイズが漏れる。
 「アー、アー。ポップコーン、ポップコーンダヨ…ヨォ、ガキンチョ共! ポップコーンダッツッテンダロオラ!ポップ・ガイノウェルシー・ポップコーンガオデマシダゼェ!」 ボイスチェンジャー声に合わせて、屋台の顔ポップ・ガイはガコガコと顎を上下する。 何でちょっと逆ギレ気味なのかはよくわからないけど、これが彼の定型口上文なのだろう。  「今日ハ閉店セールダ、トビッキリノポップコーンヲ食ワセテヤル。 マズハオ前ダ、紅一美!」 ガコンッポン!ポップ・ガイの顎が大きく開き、口から焼きたてのポップコーンが一粒飛び出した。 それは物理法則に反して浮遊し、私の手の中に落ちる…あっつ!  「ソラ食エ、騙サレ芸人!アッコラ、フーフースルナ!」  「だ、誰が騙され芸人ですか!…あつつ!」 ポップ・ガイにそそのかされて、私は熱々のポップコーンを口に運んだ。 …結構しょっぱい。そして胸焼けするほど油っこい。けど、麻薬的な美味しさ。 アメリカ人の肥満率が高い原因の片鱗に触れた気がする。
 ポップコーンを嚥下すると、私の足元で、影が独りでに蛇の目模様を描いた。  「これは…」 見覚えがある。安徳森さん…ファティマンドラの種に見られる模様だ。 ジャックさんはマスクを被ったまま、スイッチを切った。  「そいつはファティマの目、トルコではナザール・ボンジュウと呼ばれるシンボルだ。 邪悪な呪いや視線を跳ね返し、目が合った悪しき魂を抜き取る力がある。 あのクソの脳内地獄で、安徳森が俺達タルパを保護するためにばら蒔いてたやつだ。 あんたが本気で金剛ナントカと戦うつもりなら、持っていけ」 蛇の目模様は影に沈んでいった。 つまりジャックさんのポップコーンは、彼の命を構成する欠片だったようだ。  「ありがとうございます」 私はファティマの目という霊能力を授かった。
 ジャックさんが再びスイッチを入れる。  「次ハオ前ダゼ、ジョージ・アルマン!」 ガコンッポン!射出された新たなポップコーンは、譲司さん目がけて飛んでいった。 アルマンは、譲司さんがイスラエルに住んでいた時の旧姓だ。  「あっつ、はふっ…ん? …ポップコーン種総量に対してバターが七〇%、レッドチェダーパウダーが五%、更に米油が…って、嘘やろ!?こんなに油使うん!?」  「バッカ、この野郎!読み上げるんじゃねえ!企業秘密だぞ! 養護教諭になるなら美味いポップコーンの一つも作れねえと、ガキ共にナメられるだろ」  「せ…せやな…?けどこれ、食べさせすぎたらあかんやつや! ほどほどに振る舞わせて貰うわ、ありがと」 譲司さんが授かった魂の欠片は、ポップコーンの秘伝レシピのようだ。 いずれバリ島に遊びに行って、ご馳走になりたいな。
 お次はオリベちゃんだった。  <うわ、確かに凄くジャンクな味だわ。 これは…ああ、懐かしいなあ…!> オリベちゃんは目を煌々と輝かせて、ぼーっと中空を眺める。  「ちょっとアナタ、何が見えてるの?一人で浸ってないで教えてよ、ねーェ」 リナがオリベちゃんの眼前で手を振った。  <ごめんごめん。あまり懐かしいものだから… 私が貰ったのは、これ。テルアビブ・キッズルームの、たくさんの楽しかった思い出よ> オリベちゃんが淡い紫色に発光し、周囲がテレパシー幻影に包まれた。
 オーナメントやおもちゃで彩られたカラフルな家で、様々な脳力を持つNICの子供達が遊んでいる。 人形ジャックさんは、幽霊の女の子とアドリブで物語を話し合い、それを器用そうな男の子が絵本に綴る。 幼いオリベちゃんは、人に感情を与えるエンパス脳力者の女の子と、脳波をぶつけ合いながら睨めっこをしている。 その勝敗を判定しているのは、弱冠八歳で医師免許を持つ天才少年だ。 部屋の奥では彼らの様子を、二人の優しそうな養護教諭さんが暖かい視線で見守る。  「まあ。アナタ、子供の頃から素敵なファッションセンスしてたのね」  <もちろん!なにせテレパシー使いはシックスセンスが命だもの!>  「うふふふ」 こうしてリナと会話するオリベちゃんを見ると、彼女のキラキラした笑顔は子供の頃から変わらないものだったんだとわかる。  『出てこいよ、ジョージ。みんないるぞ』 長い髪のサイコメトラーの少年が、クローゼットの扉をノックした。 すると、中から…分厚い眼鏡をかけた小柄な男の子が、前髪で顔を隠しながら、遠慮がちに現れた。  「オモナ!ヘラガモ先生、とてもちっちゃいなカワイイ男の子だったの!」 イナちゃんが両手を頬に当てた。確かに子供の譲司さんは、精悍な今の顔からは想像がつかないほど可愛い。 というより、先程のサイコメトラーの少年…例の殺された『アッシュ兄ちゃん』の方が、大人になった譲司さんによく似ている。 この二人の少年の魂が混ざりあって、今の彼があるという話を、まさに象徴しているようだ。
 「ねぇジャック、アタシ達にはないの?」  「わう!わう!」 リナとポメちゃんがジャックさんの周りをくるくる回る。  「ア?ドーブツ共ニヤルポップコーンハネエヨ、帰ッタ帰ッタ」  「馬鹿野郎、ポップ・ガイ。宇宙人のお客様なんて上客じゃねえか。無下に扱うんじゃねえぞ」  「ショーガネー、コイツヲ食ライナ!」 器用にポップコーン機構を操作しながらマスクスイッチを切り替え、ジャックさんが腹話術を披露する。 ガコンッポポン!射出された二粒のポップコーンはそれぞれ異なる軌道を描き、リナとポメちゃん目がけて飛んだ。  「先に言っておくとな。リナ、あんたには、水家の中にいたタルパ共の情報だ。 あいつは記憶を失った後も、金剛の呪いの影響で、無意識にあらゆる霊魂を脳内地獄に吸収していた。 人間だけじゃなくて、土地神やら妖怪やら色んな奴を吸い取っていたから、見ていて退屈しなかったぜ。 タルパを作るのがあんたの本能なら、何かの役に立つかもな。だが物騒な怪物だけは作るんじゃねえぞ」  「わかってるわかってるゥ!ああっ凄いわ! ツチノコからゾンビまで…あーっ妖怪亀姫もいるじゃない!」 妖怪亀姫って…猪苗代湖を守る神様の一人じゃん。 まさか、ハゼコちゃんが暴れた時に逃げ出して、そのまま水家に魂を奪われたとか!? 私、昨晩とんでもない方を成仏させちゃったかも…リナが福島の神々を再建してくれる事を祈るばかりだ。  「ポメラー子のは夢の中で発現する。フロリダの農村の記憶だ。 何も無くてだだっ広いだけのクソ田舎だと思っていたが、犬にとっちゃ最高のドッグランになるだろうよ」  「ほんま最高やん!良かったなあ、ポメ。俺仕事さっさと済ますから、今夜は早く寝ような」 譲司さんがポメちゃんの頭を優しくなでた。ポメちゃんは黙々とポップコーンを食べている。 彼女と譲司さんが夢の中の大自然で駆け回る、微笑ましい光景が目に浮かんだ。
 「じゃあ、最後はお前か」 ジャックさんがイナちゃんを見る。でも、イナちゃんは目を逸らした。  「私いらない」  「あ?」 マスクスイッチをオン。  「バカヤロー、オ前。俺ノポップコーンガ食エネエッテカ? 安心シロ、幽体デデキテルカラ、カロリーゼロダゾ」  「いらないもん」  「アァ!?」 スイッチオフ。  「何なんだよ?」  「だって…食べたらジャックさん消えちゃう」  「!」
 ジャックさんとポップコーン屋台は、既に薄れかけていた。 自分の魂を削って私達に分け与える度に、彼は少しずつ摩耗していったんだ。 ジャックさんがマスクを脱いだ。  「あのな、俺は二十年以上前に殺されたんだ。もうとっくにいない筈の人間なんだよ。 だから、そんな事気にするな」  「ウソ。じゃあどうして、ジャックさんずっと成仏しなかった? 本当は、オリベちゃん達が見つけてくれるの待てたでしょ」  「…どうだかな」  「せかく会えたなのに、どうして消えなきゃいけない? これからオリベちゃんの子供育つを見ればいい、これからヘラガモ先生バリで頑張るを、傍で見守ればいい! どうしてあなた今消えなきゃいけない!?」 イナちゃんが握りしめた両手が、ジャックさんの胸を無情にすり抜ける。 ジャックさんは掠れた幽体でその手を優しく掴んだ。  「イナ」  「!」 そして、初めて彼女を名前で呼んだ。
 「霊魂が分解霧散する事を、仏教徒共がどうして成仏だなんて呼ぶか知ってるか? 役目を終えて砕け散った魂は、エクトプラズム粒子になって、自然界に還る。そして、新たな生命に吸収される。 宇宙の営みってやつだ。宗教やってる連中にとっちゃ、それは宇宙や仏と一つになる、尊い事なんだそうだ。 俺は既にジャック・ラーセンじゃねえ。クソ野郎に霊魂を切り貼りされた、人工のクソ怪物だ。 それでも…お前みたいなガキの笑顔に弱い性格は、生前と変わらなかったんだよなあ…」
 ジャックさんの目から涙が零れ始める。彼の霊魂が更に希薄になっていく。  「…オリベ。ジョージ。俺の事…諦めずに見つけてくれて、ありがとう。 おかげで、お前らと遊んだ記憶をまた思い出せた。 歪な関係だったけど…短い時間だったけど…クソ楽しかったよな。 …なあ、イナ。そんな顔するなよ。魂を清めるのが、お前の力なんだろ? だったら祈ってくれよ。俺が世界中に飛び散って、宇宙と一つになって、もっともっと沢山のガキ共を笑顔にできるように。 綺麗な花を咲かせる生命力になって。人間を動かすハッピーな感情になって。…最高に美味ぇポップコーンになって。 スリスリマスリ…って、祈ってくれよ。頼む…!」 ガコンッ!コロロロ…ぼろぼろに涙を零し、声をきらしながら、ジャックさんは最後のポップコーンを作った。 それはポップ・ガイの口から力無くこぼれ落ち、イナちゃんの足元を転がる。  「…頼むよ…」
 イナちゃんはしゃがみこみ、そのポップコーンをそっと拾い上げた。 それはもはや喫煙具から立ち昇る煙のように、今にも消えてしまいそうな朧な塊だった。  「スリスリマスリ。スリスリマスリ」 ポップコーンはイナちゃんの両手に優しく包み込まれ、そのまま彼女の魂に溶けた。  「…それでいい。カナヅチは今日で卒業だ。もう溺れるんじゃねえぞ」  「ウン」
 「イナ」 抱き合って、ぼろぼろに泣く二人。イナちゃんは顔を上げた。 薄れ行くジャックさんが、半魚人から人間の顔になる。 水家に似せられた髪型や背格好。ただ、彼はよりがっしりとした体格で、首が太く、彫りの深い黒い目を持つインド・ネパール系人種の男性だった。  「ジャックさん」  「…おっと、違う。これじゃねえ。これも作られた顔だったな」 魂がほぐれていくにつれ、より深層に眠っていた、彼の自意識があらわになる。 ジャックさんは、ジャック・ラーセンさんは、私達の前で初めて素顔を見せた。
 「アイゴー…!」  「な、諦めがついたか?俺みたいなチンピラにこだわってねえで、もっと良い男を見つけろよ、イナ」
 最後にそう言って、ジャック・ラーセンさんは分解霧散した。 本来の彼は…殺人鬼の言う通り、確かにちょっと魚っぽかったかも。 全身を鱗のような細かいタトゥーで覆い、オレンジ色に染めたモヒカンを側頭部に撫でつけ、ネジや釘が煩雑に飛び出した屋台やマスクと同じようにピアスまみれな… 言うなれば、ポップ・ガイのお父さんみたいな人だった。
 こうして、私達は熱海町を後にした。 リナは千貫森に帰り、タルパ仲間と共に福島のパワースポットを復興する。 オリベちゃんは水家の遺体と共にドイツへ飛び、譲司さんはバリ行きを延期して警視庁公安部に向かう。 その間、イナちゃんは私の家に泊まって待機する事に。私の次のスケジュールは…連ドラ『非常勤刑事(デカ)』のロケで福井へ行くのが、明明後日。それまでは自由だ。 そして明日は私の誕生日!やっとイナちゃんと渋谷や原宿で遊べるぞ。 私はそう思っていた…渋谷スクランブル交差点にあのロリータ服の悪魔が現れるまでは。
◆◆◆
 十一月六日、正午〇時。 ヴー、ヴー…トートバッグ内でスマホが震えた。画面には、『イナちゃん』。  「紅さん鳴ってるよ、ほら出てあげなさいよ」 ディレクター兼カメラマンのタナカDが、ファインダーを覗いたまま言う。 私は不貞腐れて電源を切った。  「二十歳になったのに、まだまだ大人げないなー。ま、ヘリコプターは機内モードってのも正解だけどね」 座席にふんぞり返ったアイドル、志多田佳奈さんが言う。  「私はヘリに乗せられるだなんて聞いてないです。 どうして誕生日にこんな所にいなきゃいけないんですか」
 ここは東京上空千メートル、小型ヘリコプターの中。 だいたい私は非常勤刑事のロケで福井に行くんじゃ…多分、それすら事務所が用意した偽スケジュールなんだろうけど。 今度、ドラマ主演の伶(れい)先輩に言いつけてやるんだから! そもそも、どうしてこんな事になったのか。それは遡ること二時間前。
 私はイナちゃんを連れて、竹下通り(たけしたどおり)でウインドウショッピングをしていた。 あそこはロリータファッションの聖地で、個人的にロリータにはあまり良い思い出がないから、普段足を踏み入れる事は無い。あくまで観光地だから連れて行くんだ。 そう思っていたけど、実際に行くと、普通に楽しかった。 猫の額ほど狭い路地に、各種ファストファッションの直営店から、煩雑なノーブランド品を売るセレクトショップまで所狭しと詰め込まれている。 更に中空には、死後ポップな姿を取るようになった霊魂や、人々の感情の結晶らしき可愛いモンスター、誰かが作ったマスコットタルパなどがひしめき合い、イナちゃんがそれを見て飛び跳ねながら歓喜する。 さながら多感で繁忙な思春期の女子高生の心を、そのまま結界にしたようなカオス空間だった。
 服やアクセサリーなど、両手に戦利品入り紙袋を大量に持って、私達は電車で渋谷駅へ。 (この時、やたらめったら嵩張るロングブーツを二足も買って後悔したのは、言うまでもない。) そのまま観光を続行するのは難しいため、荷物は駅中にある宅配サービスカウンターに預ける事に。 ついでにイナちゃんが、コインロッカーからスーツケースを取り出し、それもバリへ配達して貰えるように手続きしたいと言う。
 「テンピョウ書けました、お願いします」  「はい、少々お待ち下さい」 私はカウンター脇でイナちゃんが送り状を預けるのを眺めていた。 スーツケースの分と、原宿で買った荷物分。  「あと、これもお願いします」  「はい、かしこまりました」 ん、もう一枚?覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。
 『お届け先 ゆめみ台 志多田佳奈様 品名 紅一美 ナマモノ/コワレモノ/天地無用 お届け希望日 今日 したたび通運』
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデデデデン!』 天井スピーカーから阿呆丸出しなイントロが聞こえてくると同時に、私は条件反射でイナちゃんを置いて宅配カウンターから逃走していた。
 『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデッデーン!』 階段を下り外に出る。こんなところで捕まってたまるものか。
 『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』 出口付近にある待ち合わせスポット、モヤイ像が見えた。 …奇妙な歌を垂れ流すスピーカーと、苺の髪飾り付きツインテールが生えている。あのロリータ悪魔のシンボルが。私は血相を変えて更に走った。
 『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』 私を嘲笑うアイドルポップと、ただただスマホカメラを向ける無情な喧騒。 それらはまるで、昨日までの旅を締めくくるエンディングテーマのようだ。 但し、テレビ番組ではエンディング後に次回予告が入る。
 『仕込みカミッソーリー入りの、フリフリフリルブラーウス♪』 そして次回が来たら、また過酷な旅に出なければならない。 嫌だあああぁぁ!行きたくないいぃぃ!! 私はイナちゃんと渋谷で遊んで、お誕生日ケーキを食べて、空港に見送りに行って、お家に帰ってゆっくり寝て、福井で女優をするんだああぁぁぁ!! ていうか考えてみたらイナちゃんもグルだったあああぁぁぁ!!!裏切り者おおおぉぉぉぉ!!!
  『防刃防弾仕ー様の、コルセットーもー巻ーいてる♪』 スクランブル交差点に、爆音を撒き散らすアドトラックが現れた。…天井に、なんか生えてる。  『…ご通ぅぅぅ行ぉぉぉ中の皆様あああぁぁ!!』 渋谷駅に響き渡るロリータ声。諸行無常の響きあり。 ドゴッ!…体が乱暴にすくい上げられたような浮遊感。背後を振り向くと、宅配業者制服の男達が私を神輿みたいに担ぎあげている。  「オーエス!オーエス!」  『こんにちはァー、したたび通運でーーーす!!』 私はあれよあれよとスクランブル交差点へ運ばれ…トラックに集荷された!
 『あーあー♪なんて恐るべきー、チェリー!キラー!アサシンだ!』  「何!?何!?何なんですか!!?」 男達が私に何かを背負わせ、トートバッグごとベルトで固定していく。 目の前では、いつの間にか宅配業者制服に着替えたイナちゃんが敬礼している。  「ヒトミちゃん、したたび通運空輸便だヨ!」  「え?は?は!?」
 『破壊されしーオタサーからー…』 トラック天井に運ばれる。棒とロープが生えたバルーンクッション。 ああ。空輸便って。察した。『…遺族ーのー声はー確かに届ーいたー♪』
…わたし 童貞を殺す服を着た女を殺す服を作るよ もっともっと可愛くて 殺傷力も女子力も高い服を…
 サビに差し掛かったアイドルポップが遠ざかっていく。 私は…飛んだ。逆バンジージャンプで射出されて、渋谷のど真ん中で空を舞った。 あーあ、結局また騙された。ばーかばーか。テレビ湘南に水家曽良の腐乱死体送りつけてやる。ばーかばーか。
 そして無限にも思える長い一瞬の後、私は再び渋谷の地へ…落ちず。 なんとそのまま、上空を旋回していた小型ヘリに空中で捕縛され、拉致されてしまったのだ…。
 「はーい、ドッキリ大成功!毎度おなじみ、志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、したたびでーす!」 放心状態の私をよそに、悪魔的極悪ロリータアイドル、志多田佳奈さんが『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げた。 異常が、事の顛末だ。(これは誤字じゃない。異常なんだ。)  「ちなみに今回のドッキリは視聴者公募で、ペンネーム『ビニールプール部』さんのアイデアをやらせて頂きました!ありがとうございました~!」  「何が視聴者公募ですか。あんた達全員ビニールプールに沈めてやろうか!? だいたい、どうしてイナちゃんまでグルなんですか!」  「あの子はねぇ」 タナカDが画角外から、私と佳奈さんの会話に割って入る。  「昨夜SNSに紅さんと福島観光してる写真をアップしてたから、アポを取ってみたら、あっさり快諾してくれてですね。 今日あなたが渋谷に行く事も洗いざらい教えてくれたよぉ。『カナさん一番好き日本のアイドル!』とか言ってね」 げ、そうだった!忘れてたあああぁ!! 宅配サービスカウンターに行くのも予定調和だったのかあぁぁ!!  「目的地に着いたら電話かけ直してあげなさいよ」  「目的地じゃなくて渋谷に帰して下さい」  「そう言うなよ、一美ちゃん。 今日から記念すべき新企画が始まるんだから」  「新企画?」
 佳奈さんが座席の下からフリップを取り出す。 おどろおどろしいフォントで『調査せよ!綺麗な地名の闇』と書かれたフリップを。  「じゃじゃーん!新企画、『綺麗な地名の闇』!」  「何ですか、物騒な…」  「一美ちゃんはさ、ゆめみ台って行ったことある?」  「ゆめみ台?電車の乗り換えで通った事ぐらいはありますけど」  「ゆめみ台の旧地名は知ってる?」  「知らないです」  「ジャジャン!これです」 佳奈さんがフリップ上の『ゆめみ台』と書かれたポップなシールをめくる。 するとネガポジ暗転カラーで『蛇流台』と書かれた文言が現れた。  「じ…じゃりゅうだい…」  「蛇流台a.k.a.(アスノウンアス)ゆめみ台は、元々土砂崩れが起きやすい場所だったんだって。 だから今は人が住めるように整備されて、ゆめみ台って綺麗な地名になった。 それって涙ぐましい努力の歴史だと思わない?」  「はぁ」  「そこでね!この企画では、そーいう一癖あるスポットのいい所も暗部も、体を張って紹介していけたらなーって思うの! というわけで一美ちゃん、今日はゆめみ台国立公園でロッククライミングね」  「ああはいはい…はい!?」  「大丈夫!もう蛇流台じゃなくてゆめみ台だから崩落しない!」  「それ以前の問題です!ロッククライミングなんてやった事ないですよ!? どーして突然拉致されて、挙句崖まで登らなきゃいけないんですか!? 私まだ一昨日までの疲れが抜けてないんです!!」  「え?一昨日まで何してたの?」 除霊…とはさすがに言えない。  「…徹夜で…別番組の、廃墟探索ロケ」  「あ、その企画いいね」 しまった!鬼に金棒を与えちゃった!  「い、いえ、私はクライミングがいいな!その方が健康的だし!」  「ひょっとして一美ちゃん、お化けが怖かったのかい?」  「うるさい!」 カメラ外からタナカDにチャチャを入れられた。 怖いも何も、実際は私が分解霧散させちゃったけど。 そんな事より…
 私はフリップ下部に書かれた幾つかのご当地ゆるキャラ達を見ていた。 ゆめみ台の物と思しき台形のパジャマ姿の子や、他にも鳩みたいなもの、犬みたいなものもいる。 その中に一つだけ異質な…毛虫らしきキャラクターを見て、私は戦慄を禁じ得なかった。 灰色の毛、歯茎じみた肌、潰れた目、黄ばんだ舌… 似ている。金剛倶利伽羅龍王に、あまりにも似ている。  「佳奈さん。この下に描かれたゆるキャラ達…まさか、今後これ全部まわるんですか?」  「ん?知ってるキャラがいた?」  どうやら…私に休息の時はないみたいだ。 これもイナちゃんが導いた、『気』の巡り合わせなのかもしれない。
 金剛有明団、きっとすぐ近い将来相見える事だろう。 私はトートバッグの中で、静かにプルパ龍王剣を燃やした。
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cassette-glasnost · 5 years
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<テスト投稿>Robert Haigh1980~1985
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TRUTH  CLUB / FOTE   Slight / Looking  For  Lost  Toy 7"  LE  REY (UK)  LE  REY 1   1980
ギター・ベース・ドラムの3人編成によるボーカル・バンド・スタイルなTRUTH CLUBサイド。ビート楽曲に管楽器やピアノと個性的コーラ スを絡めつつ実験且つアバンギャルド風味を醸し出しながら、熱のないクールさに出来たNEW WAVEサウンドはポスト・ロックを感じさせ る古典B級音楽フリークス向け。SPLIT逆サイドにはTRUTH CLUBに女性ボーカルを加入させての発展バンドFOTE。声色(こわいろ)ボーカ ルを導入してのフリーキーなビート・サウンドは前衛系譜を深めており更にで妙。前衛/実験/アバンギャルドであってもNOISE色には薄く 要点としてはSEMA/ROBERT HAIGH音楽活動最初期記録と言う事になろうか、仮にTRUTH CLUB及びFOTEのメンバーであったROBERT HAIGHが後にSEMAを開始していなかったとすれば、埋もれきったB級NEW WAVEマニア向け地下カルト・アイテムのひとつになっていた と思う。トータル作品その香しさには独特な見映えあり。  (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Hoisting  The  Black  Flag LP  UNITED  DAIRIES (UK)  UD06   1981 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT02   1987 bootleg-cassette  RRR (USA)  UDT02   1987
急隆盛著しく拡散して行ったNEW WAVEシーン、別選択のひとつとして注目されたNOISEその黎明期にも勢いは飛び火する。地下マイナー 自主製作サイドがプレス盤をリリースするには資金面など制約在りきで儘(まま)ならかった当時一般、ジャンル問わずしてコンピLP作に熱量 が集まるのは道筋だったと言えよう、この時期コンピLP作には名盤と言われるものが非常に多い。その内で特出すべきNOISEコンピ作のひと つとなったのが英国NURSE WITH WOUNDが運営するUNITED DAIRIES1981年配給コンピLP作第一弾"Hoisting The Black Flag"本件。前 衛にフリーにアバンギャルド達はNOISEと性交しダダイズムの息吹きを新たに上げ地下闇世界から再び海賊旗を翻す事となる。前年80年に本 レーベルから1st LP作"We Buy A Hammer For Daddy"(no. UD02)と1st12"作"Cake Beast"(no. UD07)の配給があるLEMON KITTENS が第一推薦と言わんばりにA面トップ。形容し難いフリー・スタイルを看做して提出先非在の音実験レポート、鼻唄の様にした怪し気なハミ ングを伴い電子風情に趣きある音が鳴り何かがソフトに内側で転がっている。プレイ断片のテープ・コラージュは奇アッセンブリー、女声の 歌声、男声の語り、調和にない生態系は住処。音の営みに英国的妖精気配、あたかも創造搬出者はエルフやピクシーの類いフェアリーだとし ても小悪魔からの変体。奇怪な森は音による夢物語、そこから緊迫を煽るリズムらとフリーキーなサックスらが追従し迫り出しから蹴破りに 向かうは肉感的鮮度。監禁扱いされていた堕天使世界が違和そのままに羽ばたき起ってから自らを放った事を覚えさせる。魅力として発する 事を覚えた淫らな邪心や醜い妖艶らは獲得から自立。宣言の必要には及ばず様々な線引きを飽和させる秀悦魔術。魔導師降臨、立場目撃者を 実体感させる開口にある。A2にはSEMAで浮上する事となるROBERT HAIGHの再初期活動グループTRUTH CLUB。シングル盤でのバンド 編成演奏スタイルとは異なりアコースティックなアングラ歌曲調サウンドを蔵める。テープ操作音にコーラスとパッカーション、ギター音や エフェクト処理も孕み非常に神隠し的、焚き付けに色濃い儀式最中を促し齎す。A3にはレーベル主NURSE WITH WOUND。フィードバッ ク音とギター・マニュピレート音と異化音源を主成分としたフリー・インプロビゼーションは男女メディア音声のコラージュを伴いつつ混線 呪縛への陥れ、逆襲的且つ強襲立場からのハード電子雑音侵略ぶり。NOISE決起の旗揚げにありアルバム・タイトルに通ずる事となる。間髪 なしでシフトするラス���・トラック、シュールは落書きみたいだから徒花が全うMENTAL AARDVARKS短編がA4に添えられる。化物たち が飛び出したツヅラ箱開けの様にしてオブスキュアやアブストラクトらが音楽牢獄から既存ルール一切に構わずジャンプし具現体化している のがA面だとすれば、音楽エレメント内で海賊旗を掲げていると言えようかエレメント・クーデター色に強いと言えそうなのがB面。英プロ グレ・バンドKING CRIMSONでプレイしていたDAVID CROSSがトップ。打音と弦を主軸にしたプログレとアバンギャルドの混血音楽は効 果音も多分に孕み展開を謳歌するB1。B2には本レーベルからTHE BOMBAY DUCKS名義で1981年に1st LP作"Dance Music"(no. UD05) を配給するPAUL HAMILTON & JOSEPH DUARTE。弦音は内部演奏によるものであろうか、弾く叩く擦ると徹底的に楽器ピアノを活用し た現代アート調。天真爛漫な破天荒が軽快にポスト・モダンを産出し特出する。続いてパワー・エレクトロニクス界の首領WHITEHOUSEが 2トラック。過剰エフェクトされたボイスは原形から遠くNOISE音としての一構成、陰惨質に毒々しいサイクル・パルス状な電子サウンドの B3、奥設置でエフェクトに塗れたボイスを置きシグナル音や電波雑音でエクストリームな闇実験性に高い電子サウンドのB4。電子音楽の奇 形から破壊に及んだ事によって滲み出されているのはその造反行為自体かと存じ察する。B面アプローチ各々ながら想定アカデミックを偽装 にして支援・援護・擁護の姿勢に在らず色濃く炙り出されるものとなれば寧ろでその解体と解放。"Hoisting The Black Flag"全行程を以てそ の全うぶりを確認するに至る。B面ラストにはA面ラスト同様MENTAL AARDVARKS短編が別一片にて徒花を咲かせた。仮に共感を呼んだ としても連帯はない。植え付けられた商業音楽幻想らをいなし起源へと還す。額縁の様なものがあって音を覗いている自分に気が付けば音も 自分を覗いている事に気が付くが関係も距離も変わろうとしないし変わらない。聴き終えた後に自分以外に人は居るのか人間社会はまだある のかと思わせてしまう音盤でもある。芸術やアートらに席を置かないNOISEからの運動。蓋(けだ)し促しているものは孤独にはなく特化でも ない自立である。 (oZ)
FOTE    Perfect  Sense      12"  LE  REY (UK)  LE  REY 2   1981 Shaking  The  House  12"  LE  REY (UK)  LE  REY 3   1981
ROBERT HAIGHがSEMAに移行する前に音楽活動上関係していたグループがFOTEである。1st 12"シングルである"Perfect Sense"と2nd 12"シングルである"Shaking The House"は一枚のLPとしてリリースしても良いぐらい内容に大きな変更がない。変拍子・外されたアクセン トの複合・再々登場するベース/ギターのハーモニックス演奏・効果音的に導入されるTOY系の音・通常の唱法を脱却したボーカルスタイル とバンド編成によるフリー系アバンギャルドで、反対派ロックRECOMMENDED RECORDS系アーティストの色合いがあり、そこに1980年 初頭のNEW WAVEのエッセンスが加わって、淡々という言葉は的確ではないにしても抑制側にあるホットではない演奏をプレイしている。 各々12"ラスト曲では共にバンドという形を解体し、各々楽器の音色をもって作品として再アプローチするような楽曲が収められている。特 に"Shaking The House"の方のそれは落ち着きのないSEMAの様で後の活動の原点的なものが見え隠れしている。総じて音的には何が登場し て来るか分からない程に活気があった1980年前後当時にありがちなB級アバンギャルドの香を強く与えるものであるが、そこにジャケット・ デザインが付加されトータル作品として触れることになると、その格が数倍に跳ね上がる不思議なポジションにあるバンドである。因みにLE REYの1番は前身であるTRUTH CLUBとのスプリット7"シングルで、FOTEサイドには"Perfect Sense"に入っている"Lost Toy"が"Looking For Lost Toy"として収められている。また未聴ながら英レーベルUNITED DAIRIESから1987年にリリースされたカセット作"The Best Of Robert Haigh"(no. UDT034)のA面にて12"作全トラックが聴ける様である。オリジナルでの入手となると難易度激高なレア・アイテム。オ フィシャル・ブート扱いなのか何なのかながらで米NOISEレーベルの老舗RRRがUNITED DAIRIESカセットを再発していたので、意外と音源 の入手だけで割り切ればハードルはそう高くないかもしれない。 (1997年 電子雑音1号より追加編集 oZ)
SEMA   Note  From  Underground LP  LE  REY (UK)  LE  REY 4   1982 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
SEMAのアルバムはどれも30分前後に収まるもので短い。ままになく塩ビ盤NOISE作には表記なく再生スピード・フリーな作品が存在する。 再生速度表記が無いSEMA本作を一旦で疑ってみて聴き直してみる。B2にてコラージュされる音声音源を始め響きの詳細と且つアルバム・タ イトルを窺ってからその気配となれば33RPM再生ではと判断し起こしていると前置をひとつ。金属音にピアノ音、残響・間・微音。辛辣気 を齎す不協和な一打音系、ピアノ音は虚ろな独り言の如し旋律と不定期に滴り落ちる一雫の様な不協和コード、焚き上げ感を有する音声の様 な鳴りと振幅音の持続に敷き詰められる。時折に不協和ドローンが往来し幻怪・暗度・陰鬱・棲息ら不穏気を漂わせ陰性モノトーンなムード と言うものを催しながら起ち興す抽象オブスキュア。音とリスナーが居る場所を特化空間とし日常現実を闇に差し換え染め潰しながら手を引 いて離脱して行くミュージック・コンクレート。終焉した過去は終わりを拒否し続け蠢きアメージングを蜜にして穏��に拉致する如しにある 全1トラックA面。テープ逆回転音に一打音のアクセント、弦の摩擦による持続音にピアノや音声音源らが散在するB1トラック。憂鬱に悶え る嘗ての優雅は時代の内で場末となった今に密かながらで喘ぎを漏らす。不確かな記憶再生その断片を集積すれば退廃を孕み歪みが生じ不均 衡は地下世界の花園となって解放されてしまう。今と比較すればシンプルな構造ながらバランスに無理や無駄がなく音そのものの響きに趣き があり気配寡黙然としながらも存在としてのテンションを覚えさせる。朦朧に独り虚ろとした現実と非現実の狭界で識別の類いを無効化させ 道連れにし洒脱感に溺れる。B面ラスト短編B2ではギターの即興と不協和持続音と幻聴微音による炎天下真昼の弔い祭事の様な無色彩観で虚 無を描き〆。朧(おぼろ)として虚ろな実存的夢世界半ば、その在り方は負性魅惑を孕みつつ魅了と言うものを然り気なく後押しする。 (oZ)
SEMA   Theme  From  Hunger LP  LE  REY (UK)  LE  REY 6   1982 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
塩ビ盤のSEMA並びにROBERT HAIGH作にあっては再生スピード設定を固定せずに接した方が宜しいかもしれないと提案してみる。再生速 度フリーに謀られている設計ありとも思える2nd LP作"Theme From Hunger"。が但し本作にあっては同年に本アルバムA2曲を搭載し出版 された国内プログレ雑誌マーキームーン10号の付録片面ソノシートが45回転再生指定で存在している事、更に本アルバムA1曲のリミックス 相当となる1984年ベルギーLAYLAHから配給された12"作"Juliet Of The Spirits"(no. LAY 9)のB面からしても有力視されるとなれば本アル バムは45回転再生の方が濃厚。紹介立場上からしてソチラの方で一応一旦と。再来訪気配の様にして近づく不協和を孕んだピアノ・プレイで 始まるアルバム・タイトル・トラックA1、古いわだかりを抱えた物憂げを抱く様にして切迫の無闇に催される怪奇にも似た違和感、不調和な オブスキュアと抽象の内で音の響きが神経から皮膜を失わせて行き朦朧と辛辣は波立たないウネリ。一打音による設定変化、不協和な持続音 にシンバルと太鼓、怪しいコーラス音、別持続音の到来重複。弦音複数による鳴り、ジャンク物音にハーモニクス・プレイ、弦の摩擦音、再 度始まる持続音の鳴りらが一打音の切り替えにより展開されるアコースティックNOISEは予見・催眠・暗示を促しながら不遇世界を綴る。逆 回転再生音を孕んだ怪しい発声音の持続、プレイされるピアノ、不協和な持続サウンド、怪ムードを煽る打楽器音と管楽器音。"迫"と"怪"と微 睡みとが狂気前とした現実味を齎し軟禁された仮優美の闇独房。痛みが治まる気配には至らない歪み。おそらくで揺るぎない程に根を張って いるものとなれば退廃。100年前も100年後も覚えとして変遷しない不変内心との接見。波立たない朦朧と辛辣のウネリが自覚なくして刻々 と波紋を広げる地下景の如しにあるA2。盤を返しB1にはピアノ音とシンバル等の打音。残響に傾向したロールシャッハの如しサウンド・ア ブストラクト短編に始まり、B2では管楽器音とピアノ音と打楽器音による無調ムードにピアノ旋律、忽然として抉じ開けられる宵闇幻想な弦 音系アンビエント・ドローンは深い揺らぎに空恐ろしさを隠し持つ。シタシタと溢れる不穏は複合心模様その感覚機微世界。アルバム・ラス トB3では音声音源や物音らも孕んだギターとピアノのプレイ。興しから萌えた記憶、奇妙な郷愁は郷愁から失墜し現存の在処を喪失させ幕を 閉じてしまう。一方として33回転再生の方でも大きな不自然さには遭遇を見る事はないと思う。月下の夜演奏の様に不協和を孕んだピアノ・ ソロから開始し裏ぶれた優雅、痛みの治まらない古傷、或いは悲哀めいた落陽の風景を呑み込み、閉じ込めた夜陰らから余韻などを届けなが ら、特異域意識に在らずしての離反を促す催眠の内で暗みを、密やかに現実的なるものとしてしまう空間化の様なもの。セピアに気だるい退 廃ムード・ラウンジから這い出せないでいるのが愛聴してしまっている私的。強ち一般該当に当て嵌めてみても如何様なものか寧ろ媚薬とも なる曖昧さこそがNOISE。正規仕様と言うものを探りひとつの見解を持つと同時に、その事柄とは別にして最終選択肢はリスナー各位の世界 観に準ずるとすれば音の楽しみ方と味わい方は広がり、強いてその自由な受け取り方はNOISE作品らしさへと通じる。とコレ個人的な見解な れど好機につき御試ししてはと伺ってしまう。 (oZ)
SEMA   S. Minor  Ghosts Flexi (one-side, no-jacket)  MARQUEE  MOON (JAPAN)  MM-0006   1982
国内プログレ雑誌マーキームーン10号の付録45RPM片面ソノシートにつきジャケを持たない本作。逆回転再生音を孕んだ怪しい発声音の持 続、プレイされるピアノ、不協和な持続サウンド、怪ムードを煽る打楽器音と管楽器音。"迫"と"怪"と微睡みとが狂気前とした現実味を齎し軟 禁された仮優美の闇独房。痛みが治まる気配には至らない歪み。100年前も100年後も覚えとして変遷しない不変内心との接見。波立たない 朦朧と辛辣の無気ウネリが刻々と波紋を広げる地下景の如しから漂う退廃亡霊の気品気配。2nd LP作"Theme From Hunnger"のA2トラッ ク"S. S. Minor Ghosts"が"S. Minor Ghosts"と題され収録されたコレクターズ・アイテム。フォーマット違いによるものであろう響きの違 いと再生スピード指定になっている事以外LP作との違いは覚え難かった。テイクとしては同じだと思う。因みにで当時国内プログレ・シーン が前衛繋がりでNOISEの窓口を担っていた事が解る資料価値のある1枚ともなる。80年代初期マーキームーン誌や初期フールズ・メイト誌な どを閲覧すればその時代と共に履歴・資料以上で様々が窺える事と思う。 (oZ)
SEMA   Extract  From  Rosa  Silber LP  LE  REY (UK)  LR101   1983 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
弦の摩擦音であろうか獣の鳴声の様な響きが気配を運ぶ幕開け。男声コーラスの反復にピアノのメロディー。雑音が介在した薄気味の悪さを 朧(おぼろ)げに覚える異空間域は月下の秘め事の様。神妙さとはナビゲーター、入口から深部へと駒を進めると禍々しさが潜み入る闇世界、 潜み入っていると思う闇そのもの全体像が獣自体。抱擁されている事に気付かずな神隠し、型崩れしてしまった常識に覚えを持たずしてのア ジール世界アルバム・タイトル・トラックA面。"女神の解剖"とでも訳せば宜しいかB面は1984年英国UNITED DAIRIESからリリースされた コンピLP作"In Fractured Silence"にも搭載されている。A面に仏国のUN DRAME MUSICAL INSTANTAEとHELENE SAGE、B面に英国 のSEMAとNURSE WITH WOUNDから成ったこの4WAYコンピ作は雑音ながらコンテンポラリー色が強く当時の評価としては低い様だった が個人的にはお気に入り。因みに入手難易度激高だったSEMAアルバムからすれば最も出会い易いトラックがコレであった。ディレイを効か せたピアノ旋律、打音を合図とした設定の切り替え、教会の鐘が鳴り響く中で反響に歪む持続音、少女の瞳の奥底に閃光する演ずる事のない 白昼夢の麗しさと等しく、穏やかさに隠匿されたままの残骸標本化された狂気を素晴らしく思う。片面1曲全2曲トータル30分に満たないア ルバムではあるが負性なる潤いに満ちた在処と言うものを然り気なく追憶の如しで呈し格別に揺るぐ。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   In  Fractured  Silence LP (+ insert)  UNITED  DAIRIES (UK)  UD 015   1984 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT030   1987 cassette  RRR (USA)  UDT030   1987
A面にUN DRAME MUSICAL INSTANTANEとHELENE SAGEのフランス勢、B面にSEMAとNURSE WITH WOUNDの英国勢。各々のト ラックを存分に堪能出来る4WAYなコンピ作。本レーベルの代表的VA作"Hoisting The Black Flag"や"An Afflicted Man's Musica Box"が 強力に目立つあまり存在薄な位置に定着された感ありとも、渋さに出来たこの内容は決してヒケをとるものではなく実に素晴らしいデキにあ る。アコースティックな無調室内楽に効果音を重ねたそれは、まるで60年代後半〜70年代前半のフランス娯楽映画から映像を奪ってサウン ドのみに映し出している様な感じのU. D. M. I. 。半ば無造作な展開ではあるもののドタバタに陥らずに、重過ぎず軽過ぎず仮空と現実の狭間 を産む。鑑賞用な芸術やら文化やらを軽く"いなし"ている品が麗しい。続くHELENE SAGEでは更にサントラ演奏要素が外され、情緒不安定 な無言追跡劇その映像内で繰り広げられているシーン展開を想定したかの如しフィールド・レコーディング記録の様な音演出が登場する。絵 のない物語りへグイグイと引き込んで行く力のあるトラックである。逆面ではROBERT HAIGHによるダーク質な散文的ピアノ曲がエクスペ リメンタルなアトモス音と退廃優雅に踊っている光景とも言えようSEMAの雰囲気良し展開良しな名曲が現れる( 因みに本曲は83年SEMAの 3rd LP作"Extract From Rosa Silber"のB面でも聴ける)。トリはレーベルUNITED DAIRIESの主人NURSE WITH WOUND。艶(なまめ)かし い程の妖艶が怪しく騒がし気な宴の中で展開浮遊しては言葉と言うものを奪っていく、正に有無をも言わせないこちらも名曲。どのトラック もキリリとした輝きを持っていてウットリとさせられるのがこのVA作である。最後に蛇足ながら、UNITED  DAIRIESのアナログ盤はプレス が抜きに出ていて音の再現が素晴らしく良好。まだ未体験の貴兄に宛てては全てアナログ処理で工程が完結しているであろう初期作の最低ど れか一作は入手してみては如何かと伺う。廃盤幾久しくコンディション・ミントは難しいとは思いますが、安価/適価にて遭遇された際には トライして損はないと思います。内にある何かに働きかけ意識なり見識なりが変わる事と思えますので。 (oZ)
ROBERT  HAIGH  AND  SEMA   Three  Seasons  Only LP  LE  REY (UK)  LR102   1984 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
SEMAとしてのラスト・アルバムは個人名義を加えROBERT HAIGH AND SEMAで登場した。メロディー比重を上げ更にコンテンポラリー 音楽への色を深めた本作。生楽器音とドローンから産み落された郷愁感さえ含んでいるであろう叙情性。後の2000年前後あたりだったであ ろうか精神安定剤代りに重宝されたフィーリング・ミュージックの先駆け的な様にもあるが、フラットな物でも癒す物でもなく喚起させる働 きかけに出来た幻想幻覚サイドにありアダルトな眩暈(めまい)を垣間見せてくれるであろうA面。更にピアノ・ソロ・サウンド化を促進した 短編群から出来たB面はスタイル・構造・印象からすればNOISEとは言い難く、それは現代アートへの宣言とも看做せようかSEMAを終演さ せ移行したROBERT HAIGH個人名義活動その挨拶状且つ名刺代り。記憶が造った架空庭園、或いは地下シェルターの田園風景など人工的な 意味付けの上に成り立った根のない虚像美世界が刻まれる。SEMA作品の怪しく美しいジャケ・ビジアルに虚ろさを覚えれば音世界内容は準 ずるものとして先ず良いと思う。トータル作品としての完成度の高さがSEMAの音魅力を更に引き立てているのは間違いない。追加として独 レーベルVINYL-ON-DEMAND社から再発される事はないだろうとされて着たSEMAのLP全4作が"Time Will Say Nothing 1982-1984" (no. VOD103)のタイトルで2012年BOX仕様にて奇跡的に再発リリースされた。4作ともオリジナル・ジャケ・デザイン付きで更にボーナス曲と してV.A.参加曲が追加される。オリジナル入手難易度・レア度からしてみても苦労なく一気にSEMA音源と遭遇出来るのでお薦め。 (oZ)
ROBERT  HAIGH   Juliet  Of  The  Spirits 12"  LAYLAH (BELGIUM)  LAY 9   1984 2LP (included in "Cold Pieces 1985-1989")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD132.11 / VOD132.12   2014
夜陰の中の廃虚、朧気(おぼろげ)と冷めた追憶を見る様にしての電子ドローン質なオープニング。憂いのあるギターとピアノのメロディーが 主となって流れ、揺らめく赤に染まったジプシーの様な浮き草ぶりを想起させる。やがて音の悪いバイオリンが弾かれ加わり半ば唐突に闇の 中へ放り出す如しの様にしてエフェクト・サウンド・ドローンで幕を閉じるA面。B面では不協和を鏤(ちりば)めたピアノの旋律。一打音によ る設定の切り替えの後、電子持続音と闇儀式的な気配を焚き付ける太鼓の音、不気味なコーラスの浮遊らが混合しゴーストを誕生させる。十 中八九で1983年作SEMAの2ndLPタイトル曲A1"Theme From Hunger"のリメイク版。その後もSEMAでの特徴であった一打音による設定 の切り替えをカット・アップ代わりに多用し展覧させているかの様にしてミュージック・コンクレート/コンテンポラリーを解体展開し不穏 なるアブストラクトへと陥れていく。SEMAラスト・アルバム後に舞降りた残り香的蜃気楼と言えるかもしれない、自分自身の過去に手向け つつ別離と言うものを謳ったと思われる1枚。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Devastate  To  Liberate LP  YANGKI (UK)  YANGKI001   1985 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT025   1987 cassette  RRR(USA)  UDT025   1987
HARDCORE PUNKシーンが冴えたるところ、音楽が出来るその可能性、後々のライヴ・エイドらにも通じて行くと思う��この時期しばしば リリースされた政治的運動一環に強いアルバム。アナーキズム的な個人行動を基本とした過度な動物保護活動が集団化すればテロ組織看做し THE ANIMAL LIBERATION FRONT(動物解放戦線)をサポートしたとされるコンピLP本作。とは言うもののB面中盤以後に登場するCRASS ないしその一派は順当としても反社会・反組織・反規則と非属性に強いNOISEアーティストが集い支援するとは俄(にわか)に信じ難く違和感 に埋もれる。音楽シーン内でアナーキスト立場でありテロリスト立場で通じていると言えようNOISEが、政治色に強いCRASS周辺と結託し 解放の為に荒廃させるべく混沌錯綜への陥れが本コンピ作の主旨ではなかろうか、支援そのもの自体に熱量はなく至ってニヒル延(ひ)いては その為の強引用であり借物ではないかと察せられる。A1にはNURSE WITH WOUND、放牧家畜の様な牧歌的POPSがコラージュNOISEに噛 み付かれてから捕食されてしまった如し良トラック。A2には揺れを伴った闇幻常蜃気楼、第一期活動終盤の転換期であったSEMAが珍しく純 然としたドローン・アンビエント作風を収録。A3ではDANIELLE DAXとのデュオNOISEアバンギャルドPOPSバンドLEMON KITTENSを解 消し終わらせたKARL BLAKEによる新バンド、SHOCK HEADED PETERSがギター・フィードバックを唸らせてのヘヴィー・ロック。モン タージュ・アッセンブリーされたコミカル奇形が音楽モドキを粧いつつ蝿やゴキブリら迷惑愛嬌同等を出現させた如しA4、盆気配なベル打音 余韻を効かせながら物音や作業音らをコラージュしたA5各々印象的な短編2編を蔵めたP16D4。ロックとNOISEとフォークロアを迷彩柄に したと言えそうなA6のCOIL。金属ベル音の反復とフィードバックNOISEに加工された少年少女合唱が被りループエンドレスするA面ラスト は反証性を何かと纏っているであろうCURRENT 93。B面に返しB1トップには雑音使用で仕上げられたエレクトロニクスNEW WAVE調で 新生アバンギャルトなPOPSが先ずはでと目を引くLEGENDARY PINK DOTS。B2のTHE HAFLER TRIOは環境音や電子音らをエレメント にしたコラージュ短編で、エレメントが結合し別エレメントを精製しただけと言えようかコンピ編成内で埋もれる事を弁えたクール、表現無 熱存在に無機質さ全うを覚える事となる。以後トラックではCRASS関連者が連なる。始弾B3にはANNIE ANXIETY嬢、雑音+音源切貼り+ 歌+エスニカルで祭り的なパッカーションからNEW WAVEベースなコラージュ作が聴ける。B4は本件創作意図からして役割メイン・アクト と言えそうなCRASS、ニュース・プログラムなど音声音源らとHARDCORE PUNKなどCRASS演奏プレイが混然となりアナーキー&テロ看 做しを音体現する。B5とB6の短編はBJORK成功への足掛かりであるSUGARCUBESを提供したCRASS系レーベルONE LITTLE INDIAN所 属ユニットD&Vによるパッカーション・リズム+PUNK調ボイスの変則編成曲。ラストは幕引きに際し発生させた単発匿名ユニットであろう 物騒がせな名称WHO WILL CARRY MY ARMS。リズム・ボックスとシンセ・メロによる真夜中無人ながらで運営している誰の為でもない 遊園地メルヘン景の如し短編曲が搬出され〆。支離滅裂的編成CRASS RECORDSコンピLP作にも遠からず近からずで通じるものありな1枚 はROCK/POPSを汚す為の実施現場と言えそうな1枚である。印象的な良トラック多数有りで触れておいて損のないコンピレーション・ア ルバム。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   The  Fight  Is  On LP  LAYLAH (BELGIUM)  LAY10   1985
NOISE黎明期の後半であったこの頃、音楽要素から掛け離れ尖った存在を翻したのがベルギーNOISEレーベル初期LAYLAHだった。情景や心 情と言った慣れ親しんだ描写の色合いを主役とした表現から脱し、その主役を不在にして現象・形状としたサウンドそのものから齎そうとし た別アプローチに着手し提示したのが本コンピLP作の位置取りだったのだと思う。参加者はA面に負力効果実験となろうCOIL、モンタージュ 化からのカルト促進CURRENT 93、サウンド研究白書を提出したTHE HAFLER TRIO。B面にコンテンポラリーな純然サウンド・プレイの ROBERT HAIGH、アトモスフィア創造LUSTMORD、アブストラクト創造となろうNURSE WITH WOUND。アルバムのラストにコンピ作 参加は稀となる短編2曲を提供したORGANUMも低音ドローンを用いず金属質な軋み音で薄気味の悪い空間を造作する。後々に登場する音響 武装NOISEの祖先的な先駆け存在にあると思う、ポピュラー音楽表現領域から離反しているサウンド達の集合体である本作に物足りなさを覚 えたファンは当時少なくはなかった。豪華メンツの割りに評価として余り宜しくなかった1枚ではあるのだが、アンチ・ミュージックとして の反骨心に高く雑音ヒストリー上では然るべきポストにある音盤だと思う。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Ohrensausen LP (black or white vinyl)  DOM (GERMANY)  DOMV77-03   1985   2CD (titled "Ohrenschrauben / Ohrensausen")  DRAGNET (GERMANY)  DRAGNET 04   1993
NOISEを紹介すると共にNOISEの翻しへと通じ名盤となった独レーベルDOM配給コンピ作第一弾"Ohrenschrauben"(no. DOM V77-1)に続 き登場した第二弾"Ohrensausen"では、レーベルが嗜好するアーティストを集わせる事でレーベル運営その方向性の絞り込みが行なわれてい ると言える。DOM運営の主眼として本件が浮上させているのは継承から展開へと比重しきったポスト・アバンギャルドである所のNOISE提 唱。NOISEシーン紹介を兼任しながら広報役割を担う。不協和でアンバランスな出立ちが別選択且つ次章的な雑音造形にありリーディング・ ボイスが同位で重層するA1は後にSTEVEN STAPLETONの奥方となるDIANA ROGERSONユニットCHRYSTAL BELLE SCRODD。A2に はNURSE WITH WOUND、気味悪く動きだしたオモチャ仕掛け達がファクトリーする宵闇神隠し。激しい気流の天空に舞い上がり神話をテ クノロジーで啓示している如しA3はCOIL。A4にはピアノとシンバル&ドラムによるアコースティック抽象フリー・プレイのSEMA、オブス キュア表現法を削ぎ落し演奏自体をアブストラクト化としたROBERT HAIGH転換期作が蔵まる。UK勢が続いてからのA5には70年代前半か ら活動しLAFMS(ロサンゼルス・フリー・ミュージック・ソサエティ)に参加していた米国SMEGMA、壊れたバンド編成によるアバンギャル ド・フリー・プレイが提供される。A面ラストDUKA BASS BANDは独H.N.A.S.の初期メンバーによるユニットとの事、管楽器音と電子鍵盤 音とドラムによる感触チープなフリー炎症演奏が配置される。ドイツ勢サイドとなるB面に移れば手始めにとレーベル主H.N.A.S.が高周波と 打音とエフェクト音とピアノやボイスらを組織し、テンションのあるアブストラクト"からの"で何時とはなしに男女ボーカルを配したモダン 電子ミュージックを立ち上げていたテクニカルなトラック。B2のASMUS TIETCHENSでは揺らぎや浮遊、音響研究を兼任した如しで元祖音 響系なアプローチと言えよう学際的トラックが聴ける。B3は1985年スウェーデン・レーベルPSYCHOUT PRODUCTIONSからリリースさ れたH.N.A.S.の1st LP作"Abwassermusik"(no. PSYPRO 005)にて共演したMIESES GEGONGE、ディレイ効果に埋もれたエイリアン雑音 サウンドを排出する。B4にはドイツ前衛NOISEの先駆者P16D4によるテンポの速い物音系コラージュ作。エクスペリメンタル域から永遠に 降りる気配がなく成果と言うものを欲している姿勢にない破壊的構築が頽廃や荒涼と言ったものを暗にして呼びつけている好トラック。ラス トにはA面ラスト同様にDUKA BASS BANDが登場、無自覚性を漂わせた管楽器音と雑音によるフリー・プレイでそれ自体が儀式域である事 を穏便に搬出しアルバムをエンドさせた。レーベルDOM概要を知りたいと言う方に適した本件はNOISEに傾向した所のポスト・アバンギャ ルド初動を知るにも適している。アーティスト側の指向性で委任されてから集合を以って仕上げられたコンピ作につき入門者サンプラーとし ても有効、収録されたアーティストでお気に入りが居ればその音源コレクションにも有益な1枚。 (oZ)
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qmiman · 5 years
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私とアスクレピオスの脚
 私は常々脚というものが、膝下から爪先まで一つの流線を描いていたら良いのにと、そんなことばかり考えていた。
頭の中にそうした流線形の脚をして、爪先のみで起立し歩き回る、美しいアスクレピオスという名の、医者の像を思い浮かべた。すると私の旱魃は即座にスコールで潤されていくのだった。
 医神、アスクレピオスの踵は柔らかく、甘い熟れ時の桃の色をしていた。だが一方、彼の指の関節は全て、白ばみ、節張っていた。皮膚が積み重なって創られた固いたこが5本の指先すべての箇所にある。淡い踵といたいたしい爪先が一つの足に同居している。
 次にアスクレピオスの脚の関節を見る。例えば、仰向けに寝転がった時の足の甲側の筋肉が脱力している様が最も近い。アスクレピオスの脚の付け根は一直線だ。彼はその伸びた付け根を完全に固めたまま、それでいて、彼は他人と変わらず、いやそれ以上に、自分に課した日頃の業務をこなしていた。医神として、彼が召喚された場に立場を見い出し、毎日押し寄せては引く患者の波を割って、フラスコを振りカルテを記しメスを執り、何の不自由もなく歩いていた。
 じとりと睨みつけられる気がした。気のせいだ。
 アスクレピオスは美しい。そのことは、既にどんな者にも知られていた。膝から上はまるで、女神に祝詞を賜り、産まれ落ちたが如きの素晴らしいかたちであった。
しかし、彼の膝から下は少なくとも人間ではなく、他者に熱心に胆力を込められ構築された、芸術品の、上質さと何処にも類似品を見い出せない希少さを讃えて、恭しく光っていたのだ。
あの脛に似た脚を持つ者は周りを見渡しても、どこにも無かったと思う。何も覚えてなどいなかった。医神アスクレピオスではない者達はごく当たり前に地面には踵と足裏を付けていた。何の不自然も覚えずに至極普通に歩行した。それらも勿論、私は美しいと思っているし、二足歩行の叶うヒト独自の在り方なのだから、尊ぶべきだ。同じヒト科として。また彼らはアスクレピオスの歩みがまるでバレリーノの足取りであっても、気に止めたりなどしなかったのだ。ああ唯一、メルトリリスだけがアスクレピオスの弓なりの脚を見て、満更でも無さそうな顔でくるくるはしゃいでいた。今の彼女は何処に居るだろう。座。座とは何か。
「先生の足を永遠に眺めていたいのです、貴方の足の曲線はなだらかな、一つの画面を中央から分断する鉄パイプの白い椅子の様で、私はその流れを目で追うのが好きだ。あなたがあなたであることがこんなにも素晴らしい。中庭に差す…いいえ、何でもありません」
「じろじろ見ても良い事などない、全く」
 眼前で弓なりの脚を組む医神のアスクレピオスは、それでも私の目には、弓形に反った工業的曲線として映るのだ。革靴とトウシューズを足して割った自作の靴を履き、ぴんと張った足首が垣間見えるのが美しい。素材はセラミックスではないか。もしくは���ルミの土台に塗装を施されたものではないか。ああ、医療器具というのがわかりやすいのか。もしくはアスリート達の為の義足だ。人の頭と機械の腕が拵えた様な、合理的で、エッジが効いていて、それでいて滑らかなデザインだった。息をする、生きるカテナリー曲線だった。私はそんなことさえも思っていた。アスクレピオスの脚には隅々まで血と神経が通っていたのだが。
  私の頭の中で、アスクレピオスの脚は時折、何の無駄もなく展開された。膝の皿の真下から小さく真っ直ぐな亀裂が入ったかと思うと、一瞬で大きく開いた。開く時には、周りに立つ音も私の頭に響く雑念も一瞬全て止んでいた。脛の中身が顕になる。厨子の開き方だ。見てはいけない仏を匿っておく小さな箱にも似ている。脛の内部は暗かった。黒曜石に似た透き通る石か金属製の組織で、繋ぎ目に蒼い光筋が滲んでいた。恐らく鉄で出来ている硬い弦が四本通っていた。
 
 私は昏倒する。アスクレピオスの脛の反り返りが強くなったからだ。彼の身長すら揺らぎもしや殆ど彼は立てまいというほどに。
額の先にアスクレピオスの袖が見えて、視野を覆い隠した。
ぐらりと傾き私は濁流に落ちる。滝壺の底に押しつけられるとと旱魃地帯の空へと抜けた。宙から見る上下、反転した二つの弓なりの丘があった。肌色の砂に駱駝が二匹、夜と丘縁ぎりぎりに小さく陰さして、東へ歩んでいた。この砂丘にアスクレピオスを埋めたいと、ふとよぎった。貴方を愛する男と共に。深く浸かって、動かず。
 貴方達に幸せになって欲しかった。私はすべてが鎮みきる、底に溜まって動かない夜を願った。
 先生の名前を何度も呼んだ。
 誰かが応えた。
 とうとう「私」が消えるとき、寸前で、彼は時間がかかったな、漸く、と言った。確かに聞こえた。
 そこから私の中にあったカルデアの、全ての電源は落ちた。
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聖杯とアスクレピオスの脚
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sasakiatsushi · 7 years
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見えないものと見えるもの ー黒沢清『ダゲレオタイプの女』論ー
命題1。Esse est percipi./To be is to be perceived. 存在するとは知覚されることである。
命題2。Seeing is believing(To see is to believe.) 見ることは信じること。
命題3。映画は、事物が「見えること」と「存在している」こととのぎりぎりのせめぎ合いから成り立っていると私は思う。ーー黒沢清
 『ダゲレオタイプの女』は、黒沢清監督にとって初めての「フランス映画」である。ここでいう「フランス映画」とは、主にフランスの資本(「主に」というのは今日のヨーロッパ映画の多くは多国籍の合作で製作されており、この作品もフランスーベルギー日本の共同出資であるからだ)によって、主にフランスの俳優(メインキャストではベルギー国籍のオリヴィエ・グルメ以外は全員がフランス人)とフランス映画のスタッフを使って、全編フランスでロケーションされた、フランス語の映画ということだ。黒沢監督は、ほとんど身ひとつで(もちろん実際には通訳や製作陣として日本人も参加していただろうが)彼の国に渡って、一本の映画を撮り上げた。  この企画が如何なる経緯で可能となったかについては本稿では触れない。というか私はその事情を知らない。また、そのことが如何なる意味を持っているか、如何なる影響を今後の黒沢監督自身と、彼がこれまで属してきた「日本映画」に及ぼすことになるのか、という点にかんしても述べるつもりはない。ただ言えることは、この作品が、単に黒沢監督にとって初の「フランス=外国映画」であるばかりでなく、多くの意味で、彼の映画の集大成と言える作品になっているということだ。集大成というのは、必ずしも最高傑作ということを意味しない(だが個人的にはそう呼んでしまいたい衝動をいま私は感じている)。しかし「日本映画」であるがゆえの様々な拘束や制約が軒並み取り外されたことによって、黒沢清という映画作家がほんとうは何をしたいのか、いや、彼はほんとうのところ何をしてきた/いるのか、ということが、これまでにない鮮明さで露わにされたことは確かだと思う。そしてその鮮明さは、われわれに納得と驚きと感動を同時にもたらす。  『ダゲレオタイプの女』は、多くのこれまでの黒沢映画と同じく、一種の心霊映画、怪奇映画、恐怖映画としての結構を持っている。まずはストーリーを述べてゆこう(尚、本稿では最終的に結末まで記すので映画を未見の方はご注意願いたい)。非正規雇用の低賃金労働者として暮らしてきたらしい青年ジャン(タハール・ラヒム)が、かつては国際的に有名だったが、モデルでもあった妻の死後、商業的な仕事から半ば引退して郊外の屋敷に一人娘のマリー(コンスタン・ルソー)と引きこもっている写真家ステファン(オリヴィエ・グルメ)にアシスタントとして雇われる。ステファンは世界最古の写真技術とされる「ダゲレオタイプ」に取り憑かれており、妻に代わって娘のマリーをモデルとして屋敷の地下のアトリエで撮影を続けている。  ダゲレオタイプとは、一八三九年にルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって発明されたもので、ネガが存在せず、写真像を直截銀板に焼き付ける技術である。極めてクリアで細密な、リアルなイメージを得ることが出来るかわりに、長時間の露光が必要で、その間、被写体は不動でいることを強いられた。実際のダゲレオタイプは、最初期でも十〜二十分程度の露光時間であり、それも程なく短縮されたが、この映画の設定では、ステファンは原寸大の写真像を得るための超大型の撮影機を所有しており、露光時間が長ければ長いほど実物に近いリアルさが達成されるということで、彼はモデルに数十分、遂には二時間もの不動状態を求めるよう��なる。アトリエには人体を固定するための拘束具が置かれている。それはおそろしくグロテスクな形状をしている。  写真に興味はあったが助手の経験は皆無のジャンは、最初は割の良いバイトのつもりだったが、ダゲレオタイプの異様さとステファンの暴君ぶりに気圧されつつも、次第にこの仕事に入れ込んでいく。マリーは母親の青いドレスを着て、粛々と父親のモデルを務めているが、彼女の夢は植物園で働くことであり、屋敷の横にある温室の世話もしている。ある日、彼女は遠く離れたトゥールーズの植物園から内定通知を貰う。ステファンの承諾を得られるかどうか心配するマリーに理解と共感を示したジャンに、彼女は思わずキスをする。この映画の時間経過は明確ではないが、二人は急速に惹かれ合っていく。  ところで街は再開発計画の真っ只中であり、あちこちで工事が行なわれている。ジャンは土地開発業者のトマ(マチュー・アマルリック)から、ステファンの屋敷が指定区域の中にあり、今なら500万ユーロ以上の大金で売却出来ると聞かされる。だが、追って交渉にやってきたトマをステファンは怒りに燃えて追い返してしまう。トマは帰りしなにジャンに再開発事業の書類を預ける。ジャンから書類を見せられたマリーは、高値が付いているうちにこの屋敷を売り払い、父娘でトゥールーズへと引っ越すことが望ましい選択だと言う。それに、ステファンも本心ではここから出て行きたいのだと。  ステファンは以前から、亡き妻ドゥニーズの幻に苦しめられていた。実はドゥニーズは精神を病み、温室で首を吊ったのだった。ある夜、ステファンは妻の影に誘われるように地下室に降りていき、青いドレス姿のドゥニーズの亡霊と対峙する。彼は妻に許しを乞うが、返事はない。ドゥニーズは無言のまま階段を昇っていき、ステファンはその後を追う。そこにマリーがやってくる。父親を探して彼女は階段を昇り、姿が見えなくなった次の瞬間、何事が起こったのか、階段を転げ落ちてくる。続いてステファンが駆け降りてくるが、マリーは倒れたまま微動だにしない。どうやって撮影したのかは不明だが、マリーの階段落ちからステファンが彼女を抱き上げるまでは切れ目無しのワンショットで撮られており、『回路』(二〇〇一年)の名高いワンショットの飛び降りシーンを彷彿とさせる。  そこにジャンが撮影道具を片付けにやってくる。慌てふためいた彼は、茫然自失のステファンを置いてマリーを車で病院に連れていこうとする。ところが、夜道で突然タイヤがパンクしてしまい、河沿いで車は急停車する。その拍子に後部ドアが開き、外に放り出されたのか、頭から血を流していたマリーの姿が消えている。ジャンは暗い場所で彼女を探すが見つからない。諦めかけた時、ふと見ると闇の奥にマリーが浮かび上がるように立っている。彼女は意識を取り戻し、もう大丈夫だから家に帰りたいと言う。不思議なことに頭の怪我も治っている。屋敷に戻ると、ステファンは泥酔している。ジャンはマリーは無事だったと伝えるが、ステファンは信じようとしない。彼は娘は死んでしまったと思い込んでいる。そこでジャンは妙案を思いつく。このままマリーが死んだことにしたら、ステファンは屋敷を売る気になるのではないか。ジャンはマリーを自分の部屋に匿う。こうして二人の奇妙でささやかな愛の生活が始まる。  屋敷売却の書類を揃えたら多額の手数料をトマから得る約束をしたジャンは、ステファンを説得しようとするのだが、妻ばかりか娘も失ったと信じているステファンは酒浸りとなり、全てに投げ遣りになって登記簿の在処も忘れてしまっている。いまや屋敷には濃厚な死の気配が漂っている。やがて温室でドゥニーズの亡霊と決定的な遭遇をしたステファンは、鍵を掛けた部屋の扉の外でジャンが真実ーーマリーは死んでいないことーーを告白したのにもかかわらず、拳銃自殺を遂げる。狼狽したジャンはトマを電話で呼び出すが、やってきたトマに彼がステファンを殺したのではないかと疑われ、我を失ってトマを撃ち殺してしまう。かくして完全に追い詰められたジャンは、マリーを連れて車で逃亡の旅に出るのだが……。  ラストシーンの手前まで来たが、ここまでの粗筋では敢えて触れていなかったことがある。それは物語の後半、マリーが実はとっくに死んでいるのではないかと、ジャンがずっと疑っているということだ。自分の部屋で寝起きして、料理を作ったり会話を交わしたりしているのは、生きているマリーではないのではないかという疑念を、彼は拭い去ることが出来ない。そして、この疑いは観客のものでもある。実際、マリーが夜道の事故で車から投げ出され、そのまま河に落ちてしまったことを露骨に仄めかすシーンも存在する。あの後、ジャンがその場所を通りがかると、警察官とダイバーが集まってい��。釣りに来た子供が河の底に何かが沈んでいるのを見たというのだ。死体が発見されたという事実が描かれることはないが、これだけでも十分だろう。そして、この映画を最後まで観れば、残念ながら、ジャン(と観客)の疑念は正しかったことがわかる。しかしジャンは疑いを抱きながらも、ほんとうは実在していないのかもしれないマリーを、より一層愛するようになっていく。後でも触れるが、非現実感に襲われたジャンがマリーを問いただそうとする場面もある。だがジャンが決定的な問いを口にすることはない。彼には真実を確かめる勇気がないのだ。  黒沢清の映画を観てきた者なら、誰もがここで一本の作品を思い出すことだろう。『叫』(二〇〇七年)である。主人公の刑事吉岡(役所広司)の妻である春江(小西真奈美)は、怪事件に翻弄される吉岡を二人が暮らすマンションで優しくいたわってくれるのだが、実は他ならぬ吉岡自身の手によってずっと前に殺されていたことが映画の終わりに明らかにされる。春江の姿は、われわれ観客にも、他の登場人物たちと何ら変わらぬものとして、確かに見えていたのだが、しかし彼女は実在してはいなかったのだ。幽霊らしさ、死者らしさというものがあるとして、そうした徴をほとんどまったく有していないのに、実はこの世のものではない(のかもしれない)存在という意味で、マリーと春江はよく似ている。だが違いもある。もちろん注意深い観客には疑いが生じる余地が設けられているものの、春江の非実在は基本的にラストまで伏せられており、真実が露わにされた時、観客は少なからず驚かされる。しかしマリーの場合は、先にも触れたように事故のシーンの後、かなり早い時点から(そもそも額の血が忽然と消えているという露骨な描写もあるのだし)、彼女の実在は繰り返し疑問視されており、むしろ観客は次第に、マリーがほんとうに幽霊ではなかった、彼女がほんとうに生きていた、という可能性の方に、意外性の軸を置くことになるとすら言える。絶えず疑いを抱いてはそれを打ち消そうとし続けるジャンとともに、われわれもそんな「意外な結末」を希う。それゆえ、まだ記していないラストシーンを経て、エンド・クレジットが静かに上がってきた時、われわれは、やはりそうだったか、どうしてもこの結末を迎えるしかなかったのかと、やりきれない想いに駆られることになるのだ。  もう一作、『岸辺の旅』(二〇一五年)についても触れておこう。あの映画では、長らく行方不明になっていた優介(浅野忠信)が、ある夜突然、妻(深津絵里)の許に帰ってくるのだが、彼は自分がすでに死んでいることを告白する。だが、優介は生きていた時とまったく変わらず、死者=幽霊であることを匂わせるような様子もほとんどない。もちろん触れることだって出来る。それどころか、ここが『叫』の春江、そしてマリーとの違いだが、彼は妻と一緒に旅に出て(そもそも彼は旅をしながら帰ってきたのだが)、彼女以外の人々ともごく普通に接するのだ。つまり優介は生者と一切見分けのつかない死者なのである。だがそれでも、彼は生きてはいないのだ。幽霊の属性を持たない幽霊。その事もなげな死にぶりは、全然怖くはない幽霊映画としての『岸辺の旅』の魅力の核となっている。  さて、しかし実のところ、ここで考えるべきなのは、生者と死者の区別ではない。幽霊と幻影の区別である。どういうことか。まるで死者=幽霊らしくはないものの、死んでいることを前提として物語に召喚される『岸辺の旅』の優介とは異なり、マリーと春江は、彼女たちが客観的な(という言い方も変だが)意味での霊なのか、それとも、ジャンや吉岡の妄想の産物、すなわち幻でしかないのかが、どうにも判別し難いという意味において、同質の存在だと言っていい。そして黒沢監督は明らかに、巧妙かつ狡猾に、その線引きを曖昧にしている。いや、先回りして言ってしまうなら、そもそも幽霊と幻影のあいだにはっきりとした区別などつけられるのか、そんなことは誰にも出来はしないと、黒沢清は言いたいかのように思われる。そしてそれは確かにそうなのだ。裏返すならばこれは、誰であれ、何ものであれ、しかと疑いなく確実に実在しているなどと、どうして断言出来るだろう、という問いでもある。だが、この問いに向かうのはまだ早い。いま暫く足踏みをしなくてはならない。  恐怖映画にはーーいわゆるジャンル論とは別にーー二つの方向性がある。仮に実在論的恐怖映画と反実在論的(観念論的)恐怖映画と名付けよう。前者は、おそろしい出来事が現実的具体的に起こっている映画。後者は、実際には超常的なことは何も起きていないのに、登場人物の誰某の精神の内部におそろしさが宿っている映画である。大方の恐怖映画はもちろん前者だが、当然のことながら、あらゆる実在論的恐怖映画には観念の次元が潜在している。妄想の次元、想像力の次元と呼んでもいいだろう。それに、全てではないにせよ、多くの実在論的恐怖映画は、その正体が反実在論的恐怖映画であるという疑いを完全には排除出来ない。恐怖映画が恐怖をもたらす真の理由は、むしろここにある。つまり怪異が、この世ならざる出来事が、「世界」の側に在るのか、「心」の中に在るのかが、判定出来なくなる場合があるのだ。そして、この決定不能性こそが、もっともおそろしいのである。  ジャンが陥っていくのは、この決定不能性である。マリーが生きているのか死んでいるのかは、本質的な問題ではない。たとえ生きていないのだとしても、彼女はここにいるのだから。問題は、ここにいるマリーが超常的(超自然的)存在=幽霊なのか、それとも妄想的存在=幻影なのか、なのである。『ダゲレオタイプの女』には「ステファン×ドゥニーズ」と「ジャン×マリー」の二組の男女による二重のストーリーラインがある。この二つの系列は、青いドレスという形象によって掛け合わされている(この点においても「赤いドレスの女」が登場する『叫』との関連は明らかだ)。ステファンは死んでいるドゥニーズに責められ、襲われる。ジャンは死んでいるマリーと暮らし、愛し合う。ドゥニーズの死は事実と考えてよいが、マリーの生死はラストまで宙吊りにされている。しかし繰り返すが問題はそこにはない。見るべきは、ステファンの前に現れるドゥニーズ、ジャンが接するマリーが、彼ら以外にとっても実在しているのかどうかなのだ。  幽霊と幻影の違いは、言うまでもないことだが、前者はしばしば複数の人物にその姿を示すが、後者は結局のところ特定の人物の意識の内に現れるものだということである。常に青いドレスを着て出現するドゥニーズは、ステファンの歪んだ悔悟が生み出した、彼にしか見えていない幻なのか、それとも自らを死に追いやった夫への恨みーーここで重要な事実を述べておくと、ステファンは長時間の不動状態を要するダゲレオタイプのために、ドゥニーズに筋弛緩剤を投与しており、彼女の自殺はその薬物とかかわっていたらしいことが示唆される。そしてステファンは娘にも同じ薬を与えていたーーによって下界に繋がれた霊なのか。そしてマリーは、ジャンの狂気の愛が彼だけに見せている幻なのか、それとも彼のためにこの世に留まってくれている霊なのか。ジャンはマリーに「お父さんは君が死んだと思い込んでいる」と話すが、現実は逆で、ジャンがマリーを生きていると思い込んでいるだけなのかもしれない。ステファンはジャンに「この頭が狂えば、気が楽になるのに」と言う。程なくステファンの望みは叶えられるが、それ以前からジャンの頭の方が狂っていたのかもしれないのだ。そして何よりも重要なことは、そのことにジャン自身が気づいているということである。彼はマリーの生死を疑っているのではない、自分の頭を疑っているのだ。では、実際のところはどうなのか。ジャンの頭は狂っているのだろうか?  では、ここで、ドゥニーズとマリーが、幽霊なのか幻影なのか、私なりの考えを記してみようと思う。愚昧さはもちろん承知の上である。先にも述べたように、黒沢清自身が、意図的にこの判別を宙吊りにしているのだから。しかしそれゆえにこそ、考えるためのヒントはそこかしこに散らばっている。まずはドゥニーズから。彼女はステファンがひとりでいる時にしか現れない。写真家が自室で書物を捲っていると、耳元で「あなた」と呼ぶ声がする。彼は驚いて後ろを振り向くが、誰もいない。だが再び「ステファン」という声がする。窓の外を見ると、緑の中に青いドレスの女が立っている。遠くて顔はわからないが、服装は見紛いようがない。この時点では声と姿だけだが、後には、椅子に座ったステファンの両肩をドゥニーズが背後から抱きしめるショットが出てくる。ドゥニーズがステファンに接触するのはこの一度きりだが、この映像は重要である。ごく短いショットにこの世ならぬものがいきなり映っており、すぐに切り替わった次のショットではあっけなく消えているというのは、『降霊』(二〇〇〇年)など、黒沢恐怖映画ではしばしば見られる趣向だが、ここでも、どんな高度な特殊撮影技術よりも効果を上げている。マリーの転落に至る地下室のシーン、ステファンが恐怖の閾値を超えてしまう温室のシーンでは、ドゥニーズは姿形だけの存在であり、その場にはステファンしかいない。この映画の中では、他の誰もドゥニーズを見ていない。従って、彼女はステファンの妄想である可能性が高いと考えることが出来る。だが、ここには幾つか留保も付けられる。  映画が始まってまもなく、ステファンの屋敷に初めてやってきたジャンは、二階に上がる階段に青いドレスの女の後ろ姿を目にする。その女性は踊り場に黙って立っており、ジャンが見ているとゆっくりと上に昇っていく。この後、ステファンと会ってそのまま助手に採用されたジャンは、ダゲレオタイプに定着されたマリーの写真像を見せられる。だから階段に居た女性はモデル姿のマリーだったと考えられるし、ジャンもそう思っただろうと推測出来る。しかし、そうではなかった可能性も残る。それはマリーではなくドゥニーズの霊だったのかもしれない。また後半、ジャンが地下室で登記簿を探していると、とつぜん照明が消えたり点いたりする。いわゆるポルターガイスト現象である。ドゥニーズが出現することはないが、彼女の仕業であるかに思わせる場面ではある。もっとも、このシーンはマリーの事故よりも後なので、ポルターガイストの正体がドゥニーズであるという保証はない。このように、ドゥニーズがステファンの妄想に過ぎないと完全に証明することは難しい。だが私は以下の理由で、彼女は幽霊ではなく幻影なのだと考えている。  ドゥニーズはマリーの前にステファンのモデルを務めていた。彼女はダゲレオタイプ撮影のために長時間の拘束を何度となく強いられ、筋弛緩剤まで使われた結果、遂には自殺したものと思われる。ステファンはダゲレオタイプこそ「本来の写真」なのであり、それは「存在そのものが銀板に固定される」のだと宣う。しかし、ならばどうして、ドゥニーズのダゲレオタイプ像が、この映画には一度も出てこないのか。青いドレスを身に纏った原寸大の写真は、常にマリーのものである。ステファンが、地下室の壁に立てかけられたマリーのダゲレオタイプ像とドゥニーズの写真を対面させようとする場面があるが、彼が手に持っているのは、ごく普通の肖像写真であり(彼は「こんなに小さくなって」と写真に語りかけ、次いで「復讐は順調かな」と言う)、ダゲレオタイプではない。これはどういうことなのか。  もちろん、その理由はわからない。だが、こう考えることが出来るのではないか。ステファンはドゥニーズの死後、彼女のダゲレオタイプを全て処分したか、どこかに隠してしまった。彼女を見ないように、そしてそれ以上に、彼女に見られないように。ステファンがドゥニーズからの視線を怖れていることは、先の肖像写真が横向きであることにも示されている。そしてむしろ、そのことによって、彼は妄執に蝕まれていったのだ。マリーはジャンに、父親は「写真と現実を混同して生者と死者を区別できない」と言っていた。つまりステファンの前に現れるのは、ドゥニーズの霊ではない、ドゥニーズのダゲレオタイプなのである。  ダゲレオタイプという技術は、あるあからさまなパラドックスを有している。写真は静止像であり、決定的瞬間という言葉にも明らかなように、間断なく連綿と流れゆく時間を切断し、一瞬を固定する。それはいわば時間的な連続のどこにも存在していない断面としての写像である。ところがダゲレオタイプのような長時間露光の場合、その方法からして、瞬間の内に、時間の持続を閉じ込める。ダゲレオタイプも他の写真と同様、平面の上に固着された静止像であることに変わりはないのだが、そこには同時に時間の流跡が刻まれているのだ。だが、そこに封じられた時間の中に動くものがあると、像は乱れてしまう。従ってダゲレオタイプの撮影においては、現実の時間を止めることが要請される。その結果、リアルな静止像が得られる。しかし翻って言えば、その像には無理矢理に止められた、いわば無時間的な時間が刻印されているのだ。  実際、青いドレス姿のドゥニーズは、顔も体も、ほぼ不動である。温室でス��ファンがドゥニーズに迫られるシーンでも、刻々と近づいてくる彼女の表情は凍りついたままだ。それは自分を死に追いやった夫への復讐のためにこの世に舞い戻った亡霊ではない。そうではなく、ステファンを狂気へ、自死へと誘うのは、何よりも彼自身がそう信じている、銀板に固定された存在そのもの、すなわちドゥニーズのダゲレオタイプ、もっと精確に言えば、その本物そっくりの写真像の記憶なのである。彼は亡き妻のダゲレオタイプを見えないようにしたからこそ、その幻を見るようになったのだ。そして温室の場面で、遂に彼は彼女と目が合ってしまう。  では、マリーについてはどうだろうか。ジャンは(冒頭の場面の可能性を除けば)ドゥニーズの姿を見ることはないが、事故後、ステファンは娘を一度も見ることはない。死んだことにして隠れているのだから当然とも言えるが、一箇所だけ例外がある。居間でステファンとジャンが話していると、突然「パパ」という声が聞こえ、思わず二人とも身構える、というシーンである。続いてステファンは向こうの部屋にマリーが居ると言って脅えるが、そこには誰もいない。ジャンは少なくとも、そこにマリーが居るわけがないことを知っている。彼は「こんな家にいたら誰でもおかしくなる」と言う。だが、二人とも(そしてわれわれ観客も)確かにマリーらしき声を聞いたのだ。  もうひとつ、より重要な意味を持つ場面がある。屋敷内の美術作品を査定に来た業者が、帰りしなにジャンに「階段で若い娘さんを見かけた」と言う。失礼を詫びたが無言だった、と。ジャンが「そんな人はいない」と答えると、業者は曖昧な顔で誤摩化す。不審に思ったジャンが急いで自分の部屋に戻ってみると、マリーはそこにいて、外出などしていないという。業者の言葉からして、それは無論ドゥーニーズではない。このシーンは、この映画の中で唯一、ジャン以外の人物が事故後のマリーを見た可能性を示すものである。  そして決定的と言っていいのは、正気を喪ったステファンが薬剤を撒き散らし、植物たちが枯れ果ててしまった温室に、ジャンの部屋を抜け出したマリーがひとりでやってくる場面である。このシーンにはジャンは出てこない。ということは、マリーは自らの独立した意志を持った霊なのであって、ジャンの妄想内存在ではないのだろうか。この場面をそのまま受け入れるなら、そう考えるのが妥当なのだと思われる。だがもちろん、幾らだって疑うことは可能だ。マリーはこの時、誰とも出会わないので、他者の認識によって彼女の存在を証立てることは出来ない。このシーンが現実であるという確たる証拠はどこにもない。この出来事自体がジャンの妄想の一部なのかもしれない。真実はどこまでも宙吊りにされている。だが私は以下の理由で、マリーは幻影ではなく幽霊なのだと考えている。  ここで、これまで述べていなかったラストシーンを語ることにしよう。田舎に向かって車を走らせたジャンとマリーは、モーテルで一夜を過ごす(おそらくこの時はじめて二人は結ばれる)。翌朝、近くの教会で結婚式を挙げようとジャンはマリーに言う。彼女は嬉しそうに同意する。誰も居ない教会に入り、道に落ちていた針金で拵えた指輪をマリーの指に嵌めて、ジャンは神父と新郎を兼ねて婚姻の誓いを述べる。マリーもそれに応じる。二人は接吻を交わす。そこに神父らしき男が訝しげに入ってきて、祭壇に立ってはいけないと注意する。すると、マリーの姿が消えている。神父の目には最初からジャンしか映っていなかったようだ。戸惑いながらも、ジャンは教会を出て行く。映画の終わり、ジャンは畦道の真ん中に車を止めて泣いている。マリーの姿はどこにもない。やがて彼は何とも苦しげな笑顔を浮かべ、助手席の虚空を見据えて、マリーに語り掛け始める。この先どうしよう? 君の好きでいい。家に帰りたい? 僕は構わない。君といられるなら……彼の最後の台詞は「楽しい旅だった」。なんて哀しい幕切れだろうか。黒沢映画において、これほどストレートに心を揺さぶられる場面は過去に観たことがない。タハール・ラヒムの素晴らしい演技も相俟って、深い深い余韻の残るラストになっている。およそ物語上の情緒的な要素に対しては、常に一定の距離感をーーおそらく本能的にーー導入してきた黒沢監督が、ここまでエモーショナルな演出をしてみせたことに、私は不意打ちにも似た感銘を受けた(それゆえにこの結末を嫌う黒沢ファンも居そうだが)。  マリーは、どうして消えたのだろうか? それは私にはわからない。だが、こう考えることは出来る。教会でジャンは、婚姻の誓いの言葉として「死が分かつまで」と言う。マリーも同じ言葉を返すのだが、その直後、彼女は不意に消滅する。キリスト教の結婚において誰もが口にする、ごく平凡な台詞だが、しかしマリーがほんとうはもう死んでいるのだとしたら? 二人を分かつ「死」は、すでに訪れていたことになる。ただ、その事実を直視しないことによって、マリーはジャンと同じ世界に存在し得ていたのだ。しかし「死が分かつまで」という言葉が、そのことを露わにしてしまった。その結果、マリーは自分が死者であることを、幽霊であることを、とうの昔に二人が分かたれていたことを、認めざるを得なくなった。受け入れざるを得なくなってしまったのだ。  マリーがジャンの妄想的存在だった場合も、結果は同じになる。ジャンはずっとマリーが生きているのかどうか不安だった。いや、彼はマリーがほんとうは死んでいることを最初から知っていたと言ってもいい。そして彼は、夜の闇の奥から現れたマリーが、自分の狂った頭が生み出した幻であるということにも気づいている。だが、妄想もいつまでも続くなら現実と変わらない。もはや彼にとっては、マリーが生者であるか死者であるか、幽霊であるか幻影であるかは問題ではない。彼女といられるなら、何だっていいのだ。だからある意味で、ジャンが発する「死が分かつまで」という言葉の意味はーー結婚の儀の真似事ゆえの不用意な慣用句だけではなかったのならーーこうして今、二人は分かたれていないのだからマリーは死んでなどいないのだと、自分に対して、彼女に対して、世界に対して、やみくもに宣言するため、言い募るための、どこまでもそう思い込むための、思い込み続けるための、魔法の言葉だったと考えられるのではないか。しかし、その言葉を口にしたがゆえに、魔法は消えてしまったのだ。  つまり、こういうことなのだ。ステファンもジャンも、幽霊と幻影を、現実と妄想を取り違えた。だが二人の錯誤は真逆である。ステファンは、実際には妄想=幻影であるものを現実=幽霊だと勘違いした。それが彼の悲劇だった。しかしジャンは、現実=幽霊を妄想=幻影だと思い込んだのだ。彼はずっと、マリーを彼の心が生み出したイメージではないかと疑っていた。最後の最後までそうだった。だが、ほんとうはそうではなかったのだ。マリーは、死者として、確かにそこに存在していたのである。ジャンがマリーに思わず真実を問いただそうとする場面で、「君とここにいることが信じられない。すべてが本物じゃない、現実じゃない気がする」と彼が言うと、彼女は穏やかに微笑んで「悪くない生活でしょ」と応える。そして彼女はひとつの質問を口にする。「これが現実なら、どこが境目?」。そう、彼はこれは現実じゃないと思うべきではなかった。これは紛れもない現実で、そしてマリーという、いま目の前で微笑む女性こそ、奇跡の別名である境目なのだと認識するべきだったのだ。だが、彼はそう思わなかった。それが彼の悲劇であり、そうして彼は何もかもを失ったのだ。自分に見えているものを信じ切ることが出来なかったがゆえに。  だがしかし、最後に言っておかなくてはならない。ジャンの悲劇は、けっして彼が愚かだったからではない。彼の立場になったとして、いったい誰が霊と幻の区別をつけられるだろう。そればかりか、いったい誰に、見えないはずのものと見えているものを、見えているものと存在しているものを分けられるだろうか。それが不可能であることこそ、人間が人間であるゆえんではないか。なぜならそれは、人間が想像力というものを、或いは希望と呼ばれる能力を持っていることの証左であるからだ。黒沢清という映画作家は、このことを問うている。問おうとしている。問い続けている。そしてこれは、すこぶる映画的な問題であると同時に、無論のこと、映画だけの問題ではない。
(初出:新潮2016年11月号)
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mashiroyami · 5 years
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Page 109 : 口止め
 キリにやってきてから一週間程が経ち、少しずつザナトアの元での生活に慣れ始めていた。  元々ウォルタでは弟と二人で暮らしていた。最低限の家事は手慣れており、家事全般を受け持つようになっていた。  一日目のような重労働は十分に出来ないけれど、決まった時間にポケモン達に餌を与えに向かう。目立つのは鳥ポケモンだけれど、他にもポケモン達が住んでいると知るのに時間はかからなかった。  晴れている日には広大な草原でひなたぼっこをしている陸上ポケモン達。身体を地面に埋めて頭の葉を茂らせ光合成に勤しんでいるナゾノクサはいつの間にかここで群を成している。ここらを住処とはしないが恐らくトレーナーに捨てられて保護したのだという外来種の黒いラッタは他のどんなポケモンよりも美味しそうに餌を頬張る。美味しい牛乳を分けてくれるから重宝しているというミルタンクはキリの農場の主人が亡くなって譲り受けたポケモンだという。  小屋からそう遠くないところには小さな林が茂り、その中に大きな池がある。水ポケモン達の楽園だ。山から引いてきた水が貯められ、トサキントやケイコウオといった魚型のポケモンが優雅に泳ぎ、コアルヒーはこの場所と卵屋を行き来している。同じようにこの周囲を自由に飛び回っているヒノヤコマは、この池に住むハスボーと仲が良いらしくしばしば一緒にいる場面を見かけた。清らかな水で洗練された池の端で暢気に見守るように、いつもヤドンはしっぽを水面からぶらさげている。  餌をばらまけばあっという間に食いついてくる様子をじっくりと眺めながら、アランは額の汗を拭う。秋の日差しは柔らかく吹き抜ける風は軽いが、身体は膨らんだ熱を帯びていた。ポケットに入れっぱなしにしている懐中時計を確認すれば、そろそろ次の予定時刻が迫ろうとしている。  薄い木陰に背中から寝転ぶと、草の匂いがこゆくなり、池から漂う独特の鬱蒼とした香りと混ざる。林の中にぽっかりと作られた人工の池は、そこだけ空洞となったように直接陽が入る。少し離れれば木陰があり、水の放つ涼感が疲弊した身体に沁みるのだ。  木の根本から声がする。アランは起き上がり、座らせていたアメモースを引き寄せ、代わりに自分の背を幹に預けた。  アメモース��出来るだけボールから出してやれと進言したのはザナトアだ。ボールの中はポケモンにとって安寧の空間だが、出来るだけアメモースとアランの接触を増やすことが主な目的だった。  彼等の間にある溝は浅くはない。しかし彼女が今アメモースのトレーナーである限り、溝を抱えていても関わりを断つわけにはいかないのだった。 「今日、エクトルさんにも会おうと思うんだ」  ぽつりと告げると、アメモースは静かに頷く。  もう一時間程したら、湖のほとりまで向かう公共バスが近辺を通る。最大の目的はアメモースを一度病院に連れて行くことだが、ザナトアからはいくらか買い物を頼まれている。そのついでにエクトルと再会する心積もりでいた。  昨晩ザナトアが自室に戻った際に電話をかけた。依然休暇は続いているらしく、都合はつけられるとのことだった。  ザナトアの家で世話になっている旨を話すと、少しだけ驚いた様子だったけれど、それきりだった。そしてザナトアには彼との約束を伝えていない。何事もなく夕食に間に合うようには帰るつもりでいるのだろう。  ざわめく木漏れ日の下で暫し身体を休めてから、アランはゆっくりと立ち上がる。軽くなった餌袋を左手に下げ、右手でアメモースを抱えると、元来た道を戻った。  荷物を倉庫に戻した帰路の途中でザナトアに出会う。傍にはエーフィとフカマル。紺色の頭上にヒノヤコマが乗っていた。数日一緒に過ごすうちに、ヒノヤコマが数あるポケモン達のリーダーで、フカマルは気に入られている弟分という関係性が見えつつあった。 「行くのかい」 「はい」  やや驚いたようなザナトアは、もうそんな時間か、と息を吐く。 「わかった。買ってきてほしいものはメモに書いたよ。机の上に置いてある。よろしく頼んだよ」 「はい。行ってきます」  曇った表情を浮かべるエーフィを宥めるようにアランは頭を優しく撫でる。 「仕事、頑張ってね」  そう言われれば、エーフィは見送る他無いのだった。  ザナトア達に別れを告げ、アランはリビングへと戻り、そのまま奥の廊下へ向かい途中の右の部屋へ入る。脱衣所となったそこでそそくさと着替える。全身が汗ばんでいたが流すほどの時間は無い。旅のために見繕った服をさっさと着込み、パーカーは暑いので腰に巻き上げる。小さな尻尾を作るように首下で結っていた髪を慣れた手つきで直したところで、薄い傷がついた鏡を見据える。緊張した表情を浮かべた少女が、昏い眼で見つめ返していた。  再度リビングへ帰ってくると、先ほどは横たわっていたブラッキーがゆっくりと起き上がる。 「大丈夫?」  声をかけると、黒獣は深く頷いた。  アメモースだけを連れて行くのは心許ない。だが、最近のブラッキーはやはり不調だった。ついでに診てもらえばいいというザナトアの助言を受けて医者の目を通してもらうつもりでいた。  ダイニングテーブルの上に置かれたリストに目を通し、二つのモンスターボールと共に鞄に仕舞う。  裏口から出て、表の方へと家の周囲を沿っていき長い階段を降り始める。一昨日降った長い雨で、気温がまた一段階下がって秋が深まったようだった。丘を彩る草原もゆっくりと褪せていき、正面の小麦畑からは香ばしい匂いが風に乗ってやってくる。  一番下まで降りて、トンネルの方へと歩いてすぐに古びたバス停にぶつかった。錆だらけで、時刻表も目をこらさなければ読めない程日に焼けてしまっていた。  脇にぴったりとついて離れないブラッキーは、今一目だけ窺えばなんの不足も無く凛と立っていた。昼夜問わず横たわる姿とは裏腹に。  予定到着時刻より数分遅れて、二十分ほど待ってやってきたバスに乗り込み、運ばれていく間車窓からの景色を覇気のない表情で眺めている。途中で乗り込む者も降りる者もおらず、車内はアランと二匹のみのまま町中へと進んでいった。  山道を下っていくと、やがて目が覚めるように視界が広がる。木々を抜けて、穏やかな湖が広がった。波は立っておらず、美しい青色をしていた。水は天候によって表情を変える。静寂に満ちている時もあれば、猛々しく荒れる時もあり、澄んだ色をしている時もあれば、黒く淀んでいる時もある。  駅前のバス停で降りると、そそくさと歩き出す。キリの町は比較的ポケモンとの交流が深いが、ブラッキーに向けられる好奇の視線からは避けられない。抱いているアメモースを庇うように前のめりで歩く。  町の飾り付けは先週訪れた時よりも活気づいている。豊作を祈る秋の祭。水神が指定するという晴天の吉日の催しを、当然のようにキリの民は心待ちにしている。  ザナトアに紹介された診療所はこじんまりとしていたが清潔で、感じの良さがあった。院長でもある獣医はザナトアの知り合いといって納得する、老齢を感じさせる外見だったが、屈託のない笑顔が印象的な人物だった。フラネで診察中に暴れた経験があるので身構えたが、忘れもしないフラネでの早朝の一件以来良くも悪くも取り乱さなくなったアメモースは終始大人しくしていた。傷口は着実に修復へ向かっていて、糸をとってもいいだろうと話された。大袈裟な包帯も外され、ガーゼをテープで固定するだけの簡素なものへと変わった。アメモースにとっても負担は減るだろう。  抜糸はさほど時間がかからないそうであり、その間にブラッキーを預け精密検査を受けさせた。モンスターボールに入れて専用の機械に読み込ませて十数分処理させるらしい。画像検査から生理学的検査まで一括で行える、ポケモンの素質としてモンスターボールに入れることで仮想的に電子化されるからこそできる芸当だが、アランにはその不思議はよく理解できない様子だった。彼女にとって大事なのは、ブラッキーに明らかな変化があるか否かだった。  結論から言えば、身体にはなんの異常も認められなかった。  本当ですか、と僅かに身を乗り出すアランは決して安堵していないようだった。収穫と言うべきかは迷うだろう。気味悪さに似たざらつきが残っているようだった。見えぬ場所で罅が入っているような違和感を拭いきれない。  ただ、抜糸を済ませたアメモースが少し浮かれた顔つきで、いつも垂れ下がっていた触覚がふわりふわりと動いている姿には、思わずアランも情愛を込めるように肌を撫でた。
 診療所を後にして、入り口付近で待っていたスーツ姿の男にすぐに気が付いた。待合室で二匹の処置を待っている間に連絡を入れていたのだった。 「案外、元気そうですね」  出会って早々、エクトルはそう告げた。 「そうですか?」 「以前お会いした際は見るに耐えない雰囲気でしたので」  はは、と苦笑する声がアランから出たが、表情は変わらない。  時刻は十五時を回ったところだ。夕食までには帰る必要があり、ザナトアから頼まれた買い物を済ませなければならない。とはいえ、頼まれているのは主に生鮮食品だ。そう時間はかからない。その旨を伝えると、 「では、お疲れのようですしお茶でも飲みましょうか」  無愛想な顔は変わらないが、落ち着き払った提案を素直にアランは受け取り、並んで歩き出した。 「アメモース、順調のようですね」 「なんとか」  腕の中で微睡んでいる様子は、エクトルと再会した頃の衰弱した状態と比較すれば目覚ましいほどに回復している。  そう、とアランは顔を上げる。 「ザナトアさんを紹介してくださって、ありがとうございました。今日はそのお礼を言いたかったんです」 「そう言えるということは、生活の方も順調でしょうか」 「……大変なことは多いですけど、少し慣れてきました」 「何よりです。失礼ながら、追い返されるだろうと」  アランは首を横に振る。 「皆のおかげなんです。私は全然。怒られるし、うまくいかないことばかりですし」 「追い出されなければ、十分うまくいっている方でしょう」  冷静な口ぶりには、お世辞ではなく実感を込めていた。  駅前近くの喧噪からやや離れて、住宅街に近付くほどに人の気配が少なくなる。低めに建てられた屋根でポッポが鳴いて、よく響く。無意識のうちに、アランの手は強張っていた。 「……キリに来たのは、アメモースをもう一度飛ばせるためだったんですけど」しんと目を伏せた先では、とうのアメモースがいる。「それについてはもう少し考えてみます」 「それがいいですよ」  すんなりと同意した。  アランはすいと顔を上げる。 「随分焦っていらっしゃるようだったので、安心致しました。一度立ち止まるのは、アメモースのためにも、ご自分のためにもなるのでは」  まじまじと見上げながら、少し間をとって、辛うじてアランは小さく頷いた。  会話が途切れ、不揃いな足音で町を進む。  真夏ほどではないとはいえ、日差しにあたれば薄らと汗が滲む。逆に日陰に入れば肌寒さが勝る。気温も徐々に低くなってきた。アランは腰に巻いたパーカーを羽織る。 「アイスクリームという時期でも無くなりましたね」  歩きながらぼんやりとした心地でエクトルは零す。 「あの時、エクトルさんいましたっけ」  エクトルの意図を掬い取ったのか、何気なく彼女は尋ねる。懐かしい思い出を語り出そうとするように。 「いえ。けどお嬢様から事の顛末は話していただいたので。あの時は失礼しました。驚かれたでしょう」 「そうですね……そうだった気もします」 「他に知る場所も殆どありませんから、仕方がありませんが。お嬢様はキリを知らない」 「でも、生まれも育ちもキリですよね」 「お嬢様からクヴルール家の掟については話を聞いていますよね」  高圧的に刺され、アランは口を噤む。 「ここで生まれここで死ぬと定められていても、この町のことを何も知らずに生きていく。皮肉なものです」  まあ、と自嘲気味にエクトルの口許は僅かに上がる。 「私も殆ど知りませんがね。――綺麗な場所ではありませんが、どうぞ」  不意に立ち止まり、道の途中の喫茶店の扉が開けられる。彼自身は身体つきが逞しいが、恭しい礼と滑らかな所作は一つ一つが画になるような美しさがあった。促されたアランは思わず空いた口を締めて、二匹のポケモンをボールに戻すと、緊張した動きで通されるままに中へと入る。  古めかしい店内は奥に細長い造りとなっており、長いカウンターが伸びている。今は客が他にいないようだった。カウンターを挟んだ向こうの棚には、ずらりと並ぶコーヒーの他にワインやカクテルの瓶が立ち並び、夜にはバーに変わるのだろう。まだ酒と縁遠いアランには関係の無い話だが。シックな内装に見とれるように、入り口で立ち止まったまま動かなかった。 「ここで立ち止まられても邪魔になります。奥へお進みください」  後ろから静かに囁かれ、慌てて奥へと進む。カウンターに立つのは外見の妙齢な男で、知人なのか、エクトルを見やるとまず目を丸くして、続けざまに気軽な雰囲気で手を挙げた。  カウンター席の更に奥は小さなスペースがあり、二人掛けのテーブルが二つだけある。いずれも空席だったので適当に右側を陣取ると、店員はにやつきながら、店員は水の入ったグラスを二人に差し出す。 「これはまた随分久しぶりだな。元気か? 油を売っていていい身分になったのか?」 「身分は変わりませんが、少々暇を頂きましたので顔を出すついでにと。クレアライト様、コーヒーはお飲みになれますか」 「えっと」  唐突に尋ねられ惑っていると、店員が笑う。 「なあんだ、子供かと思ったら違うのか、つまらんな。うちのコーヒーは美味いぞお」 「彼の仰ることはお気になさらず。好きなものをお選びください」  けらけらと肩で笑う店員を真顔で無視し、エクトルはメニューを差し出した。整然と並ぶドリンクの数々に目を泳がせながら、ミルクティーを選んだ。茶葉の���類は見当がつかないので、��当にお勧めを貰う。  店員が姿をカウンターの奥に消すと、エクトルは小さく息を吐いた。 「彼に代わって失礼をお詫び申し上げます。軽率な人間ではありますが口は堅いのでその点はご安心ください」 「はあ……」  アランが恐縮していると、エクトルは彼にしては幾分弛緩した雰囲気で水を含んだ。  どことなく緊張しながら室内を軽く見回す。カウンターをはじめ物は深い茶色で統制され、落ち着いたクリーム色をした漆喰の壁と似合っている。お世辞にも広いとは言えない限られたスペースだが、それがかえって隠れ家のような秘密裏な雰囲気を連想させた。細部まで店主の拘りが感じ取られる。ささやかなジャズ音楽が流れ、がらんとしていてもどこか寂しくはない空気感だった。 「お洒落な雰囲気ですね」 「創業者のセンスが良いんです」  ぽつりぽつりと言葉を交わすばかりで、会話はうまく繋がらない。沈黙の時間を多く過ごしているうちに、コーヒーと紅茶が一つずつ運ばれてきた。 「少女趣味だったっけ」  テーブルに置いて、一言。硬直したエクトルが、深い溜息を返す。 「ご冗談でもやめていただけませんか。彼女に失礼です。知り合い以上の何者でもありません」 「知り合いねえ」  アランは探るような目をしている彼の胸元を軽く見やる。白いシャツに黒いベストを羽織り、馴染んでいるような黒い名札には白文字の走り書きでアシザワと記されている。アーレイスでは聞き慣れない音感だった。 「しかし、あのお嬢さんはどうした。お付きがこんな所にいて女子と���をしばいて噂になっても文句は言えねえな。しかもこの年の差はまずい」 「馬鹿馬鹿しいことを。そんな発想になるのは貴方くらいなものですよ。お嬢様は先日無事ご成人されて、私の役目は終わりました」 「ご成人」彼は目を丸くする。「いつのまにそんな時期になっていたっけか。あんなに可愛らしかった子がねえ、早いもんだ。美人に育ったんだろうなあ」  あっけらかんとした物言いにエクトルは返す言葉も無いように首を振る。 「貴方はそればかりですね。頭の固い他の関係者だったら――」 「あ、なんでも色目で見てると思うなよ。これでも話す相手は選んでるんだ。大体こんな噂話くらいどこでも立つだろうが。それより」  アシザワは前のめりになる。秘密の話でもしようとするような雰囲気だが、彼等の他に人はおらず、少々滑稽だった。 「役目は終わった。つまり、あのお嬢さんのお目付役が終わったってことか?」 「それが何か」  へえ、とアシザワは感心したような表情を浮かべる。 「良かったじゃないか。念願が叶って」  アランは顔を上げる。  正面に座るエクトルは静かにコーヒーに口をつけ、熱の籠もった溜息を吐き出す。 「もういいでしょう」  話を無理矢理切り上げるように一言零す。アシザワは明らかに変容した空気を察したようにアランを一瞥し、頷いた。 「悪い悪い。じゃ、ごゆっくりお過ごしください」  とってつけたように軽く会釈をすると、アシザワは足早にその場を去って行った。  小さな喧噪が終わり、後には気まずい空気が吹きだまりとなって残った。 「口が堅い、を訂正すべきですね」  溜息まじりにエクトルは言い、黒々と香りを浮かばせるコーヒーを飲む。アランもつられるように紅茶を飲んで、その後思い出したようにミルクを入れた。透明な飴色に細い白が混ざり、瞬く間に濁っていく。 「聞きたいことがあれば、答えられる範囲で応じますが」 「……いくつか」 「どうぞ」 「念願が叶ったというのは」  エクトルは思わず口許を緩ませる。誤魔化すような笑い方だった。 「本当に口が軽いことです」 「離れたかったんですか。クラリスから」 「そう簡単な話ではありません。温度差を感じる程度には、彼とも長く会っていません。確かに昔は嫌になったこともありましたが」  エクトルは目を伏せる。 「湖上でお嬢様を呼んでいた、貴方とは真逆ですね」  栗色の瞳が大きくなる。  その名を何度叫んだだろう。寂しさと怒りの混ざった感情を爆発させ、銀の鳥に跨がって、朝の日差しに照らされた湖上で喉が嗄れても呼び続けた。朝に読んだ手紙と、あっけない別れを受け入れられずに無我夢中で走り出した夏の終わりの出来事は、彼女の記憶にもまだ新しいはずである。 「クラリスに聞こえていたんですか」 「いいえ」  間伐入れぬ即答に、アランは押し黙る。 「クヴルールの中心には誰も届かない。あの日お嬢様の耳に入っていたのは風の音のみ。私も後ほど知りました。湖上にエアームドと少女の姿があったと」  一呼吸置く間に流れる沈黙は、重い。 「やはり貴方だったんですね」  確信ではなかったが、彼にとっては確信に等しかったのだろう。エクトルですら今まで真相を知らなかったのなら、クラリスが知るはずもない。  アランは俯き、力無く肯いた。 「……神域に繋がる湖畔を守るように風の壁を施しています。ポケモンの技ですがね。誰も近付けぬように。キリの民は誰もが当たり前に知っていることです」 「そう……初めから届くはずがなかったんですね」  言葉に沈痛なものを感じたエクトルは黙り込み、重々しく肯いた。 「まさか、たったあの二日で、そこまでお嬢様に入れ込む方ができるとは考えもしませんでした。申し訳ございません」 「どうして謝るんですか」  決して怒りではない、純粋な疑問をぶつけるようにアランは問いかける。 「私が中途半端にお嬢様を許してしまったがために、無闇に無関係の貴方を危険に曝しました」 「違います。あれは私が勝手にやったことです」 「そう。貴方がご自分でそうされました。想像ができなかった。キリを知らず偶然立ち寄っただけ、それも訳のありそうな旅人なら何を告げたところで深く干渉はしてこないだろうと」  アランは眉根をきつく寄せる。 「何を言いたいんですか」  突き放すように言うと、エクトルは薄く笑った。 「見誤っておりました」  店内の音楽が切れ、本当の沈黙が僅かの間に訪れる。 「噺人は成人すれば完全に外界との関係を断ち、全てを家と水神様に捧げ、自由は許されない。クヴルール家の掟は他言無用。とりわけ未来予知、消耗品のように使い捨てられ続けてきたネイティオの件は禁忌。公となれば、いくらクヴルールとはいえ只では済まないでしょう。愛鳥を掲げる町ですから、尚更。それを他者に教えるなど、いくらキリの民でなくとも許されない。今回の件を他のクヴルールの者が知れば、お嬢様は代用のきかない立場ですので考慮はされるでしょうが、私の首は飛ぶでしょう」  アランは息を詰める。 「つまり、クラリスの元を離れたというのは」 「ああ」エクトルは軽く首を振る。「それとは関係ありません。このことを知る者はクヴルールで私とお嬢様の他にはおりません。先ほども言ったでしょう、役目を終えただけです。もし知られていれば、私は今ここにいませんよ」  平然と言ってのけるが、アランは一瞬言葉を失う。 「そんな恐ろしい口封じをする家なんですか」  直接的には言葉にしていないが、首が飛ぶとは形容でなく、言葉そのものの意味を示すのだというニュアンスを含めているのだとアランは嗅ぎ取っているようだった。  エクトルは短い沈黙を置く。 「程度によりますが。強い力を持てば、手は汚れるものです」  諦観を滲ませ悟ったように呟き、続ける。 「アシザワ……先程の店員に、貴方がお嬢様のご友人だということを伏せたのも念のためです。彼はキリの事情には驚くほど無関心ですがね」 「そんなことも?」 「本来、彼女は外界に関係性を持ってはいけない存在ですから」  また長い沈黙が流れていく。  場を持て余すようにエクトルがコーヒーを飲むのを冷めた表情でアランは見守る。 「口止めをしたいということですか」  エクトルの動きが止まる。 「それならそうと、はっきり言えばいいじゃないですか」 「口止め……そうですね。そう言っても良い」  アランの唇が引き締まった。 「貴方も、暫くキリに留まるつもりなら言葉は選んだ方が良いでしょう。これは警告です」 「だったら」  声が僅かに震えていた。 「初めからクラリスに何も言わせなければ良かったでしょう。外に関係を持つなと言っておきながら、学校に通わせたり……中途半端に許したということは、そもそもクラリスを止めることも出来たということですよね。何を今更」 「言ったでしょう、軽率だったと」  刺すように言い放つ。 「判断を誤ったのは私の責任です。だから出来る限りの協力は致します」 「ザナトアさんを紹介したのも、だからなんですね」  虚を衝かれたエクトルだったが、表情には出さない。ザナトアの存在は、彼にとって苦みのある、できるだけ触れたくない部分ではあった。 「クラリスの約束だけではなく。気が進まなかったけれど協力してくださった理由は、それですか。手は貸すから、余計なことは言うなと」 「一つは、確かに」  アランの唇が僅かに歪む。 「……これも、この時間も、口止めのつもりだと」  言いながら、手元のカップの縁をなぞる。  どこまでも深い黒い視線はあくまで凪いでいた。軽く首を振る。 「あまり警戒を強くされないでください。貴方は私を利用し、何事も無かったように過ごせばいいのです。ただ、一つ覚えておいて頂きたいのは」  強まった語気にアランは身を正す。 「私は貴方の身と、お嬢様の身を案じているのです」  辻褄合わせのように吐き出される言葉達に、アランは表情を変えなかった。  暫しの沈黙の間に、細い指先が持ち手を強く握り、また和らぐ。長い息と共に一口、渦巻いているだろう感情諸共流し込んで、温もった甘みのある吐息が小さく零れた。 「わかりました」  凜と言い放つ。  その直後のことだ。アランの顔が不意に、微笑んだ。  首都で訣別として笑いかけてから、意識していても強ばったまま動かなかった頬が解れた。凍っていた表情が溶けて、ふわりとした綿のように優しい微笑みが咲く。 「わかりました」  繰り返す。言い聞かせるように、或いは強調するように、しかし今度は随分と和らいだ口調だった。同じ言葉でありながら、全く色の異なる声を使っている。 「エクトルさんは、甘い人なんですね」  エクトルの肌が強張る。 「あの子、言ってました。本当は優しい人なんだって。その意味をちゃんと理解した気がします。……クラリスの望みをできるだけ叶えようとしてたんじゃないですか」 「クレアライト様、それは違う」 「エクトルさん」  咄嗟にエクトルは息を呑んだ。  ただ名前を呼ばれただけなのに、今までで最も意志の強い声だとエクトルは思った。有無を言わさず黙り込ませるだけの強い声。 「丁度良かったんです。私、クレアライトは捨ててるんです」 「……はい?」  僅かに動揺するエクトルとは対照的に、にこやかな顔を彼女は崩さない。 「クラリスと友達になり秘密を知ったラーナー・クレアライトはキリに居ない。そんな人間はここにいない――丸く収まりますよね」 「何を……」 「アラン。アラン・オルコット。今はそう名乗っています」静かに頷く。「これで踏ん切りがつきました」  驚きを隠さぬ顔で、エクトルは妙にさっぱりと笑うアランを凝視した。 < index >
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blueenemydefendor · 6 years
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サイバー攻撃
サイバー攻撃とは
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サイバーテロ(cyber-terrorism)とも呼ばれる。
サイバー攻撃は
 企業や個人をターゲットとし、攻撃を受けると サーバやパソコンが使えない状態になり データが盗まれる、データが改ざんされる といった被害が発生します。
サイバー攻撃は、
 メールなどのあらゆるネットワーク通じて攻撃を 仕掛けてくるため、その脅威を100%避けることは難しいです。
サイバー攻撃被害の深刻化
 国の重要機関や大企業が重要な情報をインターネット上で 扱うことが増え、そのため、サイバー攻撃による被害も 深刻化しています。
サイバー攻撃による被害範囲の拡大
 スマホの普及などにより、インターネットを利用する 個人が爆発的に増えました、そのため被害の範囲が 拡大しやすい状況です。
サイバー攻撃のグローバル化
 国境を越えたサイバー攻撃が、年々増加しています。
中には国家間の問題になる可能性があるものもあり、 民間だけでは対応が難しい状況です。
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種類はざっと数えても15種類以上で、 良く聞くものが
DoS・DDoS攻撃
 目標であるサイトやサーバに対して大量のデータを 送り付ける攻撃です。
標的型攻撃
特定のターゲットを狙った攻撃。
ランサムウェア
ユーザのデータを「人質」に、データの 回復のために「身代金(ransom)」を要求するソフトウェアのこと。
クリックジャッキング
ユーザをWeb上でだましてクリックさせる攻撃。
ゼロデイ攻撃 セキュリティホールを狙った攻撃。
などです。
 実行する事を「クラッキング」または「ハッキング」と呼ぶ。
クラッカーとは、
コンピュータネットワークに不正に侵入したり、 破壊・改ざんなどの悪意を持った行為を行う者のこと。
正しい意味でのハッカーを ホワイトハット・ハッカー(善意)、 クラッカーをブラックハット・ハッカー と呼ぶこともある。
名前を思い浮かべるとしたら以下の2名だろうか。
ウィキリークスの編集長ジュリアン・アサンジ氏
元CIA局員でロシアに亡命中のエドワード・スノーデン氏 彼をウィキリークスが支援をしている。
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DoS攻撃(ドスこうげき)(Denial of Service attack)
 意図的に過剰な負荷をかけたり脆弱性をついたりする事で サービスを妨害する。
攻撃元のコンピューターを通しターゲットとなるサーバーへ。
攻撃の目的
 主な目的はサービスの可用性を侵害する事にあり、 具体的な被害としては、トラフィックの増大による ネットワークの遅延、サーバやサイトへのアクセス不能 といったものがあげられる。
EDoS攻撃(Economic DoS Attack)
被害者に経済的ダメージを負わせる事を目的として行われる。
DDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack) DoS攻撃の進化版。
「Distributed」とは「拡散」であり、 攻撃元のコンピューターが拡散されています。
DDoS攻撃の類型は2つあり、  第一のものは攻撃者が大量のマシン(踏み台)を 不正に乗っ取った上で、それらのマシンから一斉に DoS攻撃をしかける協調分散型DoS攻撃である。
人に代わって自動的化プログラムで行うため、 広義のボット攻撃といえる。
 黒幕のコンピューターに乗っ取られ、操作されている コンピューターのことを「ゾンビマシーン」ともいいます。
踏み台とも呼ばれますが、ゾンビマシーンの方が名称として インパクトが強いでしょう。
 実際、他人のパソコンを遠隔操作し、子供の殺害予告や、 航空機の爆破予告などをし、パソコンの持ち主が誤認逮捕 されるという事件が起きています。
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身代金ウィルス「ワナクライ」
 ランサムウェアの一種でwinの脆弱性を突くウィルス。
アメリカNSCが開発、ハッカーによって盗まれ 悪用された。
メールなどからの感染でなく、ネットに繋がっているだけで 感染する。
停止したパソコンや開けなくなったファイルを戻すのに、 いくら支払えというもの、支払いは仮想通貨が多い。
支払ったとしても、回復される保証は無い。
マイクロソフトの修正パッチをすることで防げるが これをやっていない人が多く存在し拡大した。
これらの攻撃の鍵となっているのが、ダークウェブの存在だ。
ダークウェブはサイバー攻撃情報の宝庫。
昨年2月、ダークウェブで日本人の電子メールアドレスと パスワードが売りに出された。
データ量にして2・6ギガバイトという。 売り出したのはウクライナ在住のハッカーで、 購入したのは中国人だった。
 ハッカーらは個人で活動し、闇フォーラムに情報や得意な 能力を持ち寄って、サイバー攻撃情報や攻撃に使うツールなど も活発に取引されて分業制で攻撃を実施するのが実態だという。
被害事例、多数あるので一部を参考として 載せて見たい。
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具体例1
 企業がサイバー攻撃を受けたときのリスクが大きい例。
通信教育のBwnesse(ベネッセ)が個人情報を流出した。
賠償判決こそ出ませんでしたが、被害者2,895万人へ対し 500円の金券をお詫びとして送付し、約150億円の出費が 発生しました。
 お客さまの個人情報を漏えいさせてしまうことで 「リスク管理ができていない企業」と見なされ、 お客さまからの信頼を失いブランド力が低下し、 お客さまを失うという事態になります。
具体例2
 公共公益事業が狙われた事件
日本年金機構が大量の個人情報が流出した事件で 業務を装った「標的型メール」が送られるサイバー攻撃を 受け、機構のパソコン31台がウイルスに感染。
年金機構を狙ったウィルスは「エムディビ」と呼ばれる。
感染するとPCが遠隔操作でき、内部情報を自由に盗み出せる。
 サーバーに残る形跡で流出記録を探ると 基礎年金番号や氏名などの個人情報 約125万件が流したと判明。
捜査した公安部はパソコンが米国や中国、シンガポールを含む 国内外のサーバー23台と不審な通信をしていたことを特定 した。 だが容疑者特定には至らなかった。
しかし関係者は「端末自体の言語設定が中国語 となっている可能性が高い」と指摘、「エムディビ」は、 中国語を自由に使える人物が作成したとみられる。
年金システムの信用を大きく落としてしまう結果に陥った。
この件は2018年5月20日、容疑者不詳のまま時効 捜査は終結していた。
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 これら一連の攻撃を、カスペルスキーは「Blue Termite」 ブルーターマイトと命名。
不特定多数を狙った一般的なフィッシングに対して、 年金機構を襲ったBlue Termite攻撃は「スピアー型」 あるいは「ターゲット攻撃」などと呼ばれています。
PCのセキュリティーが甘いと、見ただけで感染してしまう。
水呑場に集まる動物を一気に捕らえることから 「水飲み場型攻撃」と呼ばれている。
 自分がコレに感染しても、PCに異常が出ないので気が付く ことが少ない。 何の情報が取られているかも判明しない。
ハードディスクから、コピーされたものを解析しない限りは・・・
ブルーターマイト「Blue Termite」とは
 日本国内の組織を主な標的として活動するAPTです。 APTとはAdvanced Persistent Threatの略称であり、 直訳すると「高度で執拗な攻撃」です。
その名称から推察されるとおり、高度な攻撃手法を駆使し、 特定の標的に対して成功するまで執拗に攻撃を重ねます。
標的の組織のシステムに侵入し、重要データを盗み出します。
事例3
 保守系のメディアが5日以上に渡って軒並み閲覧できない 状態が続いた。
 DDoS攻撃は「買える」とのことです。
相場は1時間5000円から2万円ほど。
その金額で任意のサイトを攻撃できるそうです。
仮に1時間1万円だとすると、1日24万円。 それが今回のように5日になると120万円です。
それが8サイトになると、1000万円近くになる訳です。
しかし今は、1時間数ドルという安価なボットネット(代行サービス) も普及しているという。
URLやIPアドレスを入力するだけで簡単にDDoS攻撃を行うツールが 普及していることによって蔓延する。
 DDoS攻撃の国内初の逮捕者は、(2014年9月)熊本県の16歳高校生 オンラインゲームの運営への腹いせということだ。
ゲームオンというサイトに(電子計算機損壊等業務妨害) DDoS攻撃を代行する海外のサイトを通じて33回サーバーに攻撃 9時間停止させた。
自分の犯行をひけらかす為に何度も実行する者もいるのだ。 犯人を特定することも可能だということだ。
事例4
 北朝鮮が関与か?
事実、信憑性について判断するのが困難な情報も流れている。
2018年1月のこと。 仮想通貨取引所「コインチェック」(東京都渋谷区)から 顧客資産の仮想通貨NEM(ネム)約580億円分が 不正に流出した問題。
不正アクセスにより 北朝鮮の犯行説が濃厚と推定されている。
ハッカーの動きは監視されていて、ダークウェブを介して 大部分が換金されたのではないかと見られている。
追跡から巧みに逃れるハッカーと、国家の関与を追及 する調査の「いたちごっこ」は今後も続く。
より高度な調査を行うために、官民や国家間の協力が 更に必要になりえます。
その他の重大事例
 新幹線開業目前のJR北海道で、機密情報に侵入された 形跡が残されていた。
このことで技術の流出のみならず 鉄道の安全を脅かせることが可能にできるのだ。
国防、公共交通、政治など、社会を支える重要な情報が 流出している実態がある。
盗まれた情報は、あるサーバーを中継とし送られていて、 のっとられたホームページは全国各地で50以上になる。
サーバーが変わるたびにIPアドレスが変わるため、 追跡が困難だ。
 感染した「エムディビウィルス」の送信先のIPアドレスの 足跡をたどり調べると、上海のIT企業名が出た。
そこからまた別の中国の地方のIT企業に送られていた。
しかし、その企業を突き止めても、犯人である事を 認めるはずが無い。 確たる証拠を揃えても、ここまででしかない。
兵器開発の設計情報が、盗まれていたことが判明した件も 有った。
他国に盗まれれば、最先端防衛技術が流出したことになる。
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 2007年ロッキード社に中国からのサイバー攻撃によって 情報が流出した。
その4年後、中国が開発したステルス戦闘機はアメリカの F35とそっくりである。
中国からのサイバー攻撃で莫大な経済損失を受けた企業 もある。
 ソーラーパネルの生産情報が盗まれ中国系の企業が 安い価格で販売したためアメリカの企業は相次いで 倒産に追い込まれた。
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 アメリカ司法省は知的財産の窃盗容疑で中国 人民解放軍の5人を起訴した。
中国の国家ぐるみのサイバー攻撃は、アメリカに深刻な影響を もたらしている。
 日本の企業にアタックしている証拠も多い、判ったのは 人民解放軍の拠点からの攻撃である。
画像の5人はこの部隊に所属している。
 盗まれている情報は、自然エネルギーや自動車産業などと いった中国が求めているものに合致している。
 中国は、軍と民間を合わせて20万人のハッカーを擁する という。
中国ハッカーが狙う日本
 専門家は、日本が築き上げたものが根こそぎ狙われていると 警鐘を鳴らす。
日本の知的財産が標的になり続けているのだ。
狙われている機関など
政府・行政機関、地方自治体、公益団体、大学、銀行、 金融サービス、エネルギー、通信、重工、化学、自動車、 電機、報道・メディア、情報サービス分野が攻撃対象 となっていました。
新たに医療、不動産、食品、半導体、ロボット、建設、 保険、運輸と、攻撃範囲の拡大が観測されています。
 サイバー攻撃というものは、最大の富の移転だとも 言われている。
 今年に入って判明した事例では、 経団連への中国人ハッカー集団の潜伏による不正アクセス。
新潟県警察本部のサーバーから神奈川県警警察本部への 爆破予告が書き込まれた。
プログラムに欠陥が見つかったということで、 何者かが、この欠陥を突いてホームページを管理する サーバーを外部から不正に操り、掲示板への書き込みや 改ざんなどを行ったと見られています。
警察の面目は丸つぶれ、国民を守る機関なのに ありえないことです。
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“ネットにつながるクルマ”に潜むセキュリティリスク
 コネクテッドカー(インターネットへの常時接続機能 しているシステム)は、クルマのGPS座標や速度など、 使用者の行動を示す個人情報をたくさん収集しています。
2020年までに、およそ2億5千万台のコネクテッドカーが 全世界の道路を走るといわれてい���す。
米McAfeeによれば「コネクテッドカーは携帯電話、 タブレットに次いで、急成長中の技術機器である」 といわれるほど普及の兆しを見せています。
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 三菱電機は1月22日、不正ソフトによる車両制御への 攻撃を、車載端末上で検知・防御する「車載システム向け 多層防御技術」を開発したと発表した。
 独自の「ログ分析型軽量攻撃検知方式」を採用し、 外部からの攻撃を車載情報機器上で検知するため、 これまでパターン照合処理に必要だったクラウド 連携を不要に。
防御システムも確立しているのという事です。
増える「ドメイン偽装メール」
 あなたの会社のドメインが偽装されて顧客が狙われる…
脅威のタイプとしては、現在は標的型攻撃や、メールアカウント の乗っ取りが多い。
特に脅威の入口はメールが多く、95%がメールだ。
2017年に楽天カードをかたるウイルスメールが広まったことが ありました。
昨年末「PayPay」も不正利用で話題となりました。
私自身も、Amazonのフィッシング詐欺に危うく 騙されるということがありました。
受信拒否するも自己のセキュリティーだけでは対応し切れません。
忙しくても勘を働かせ、よーく確認してメールを開きましょう。
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「Have I been pwned?」
メールアドレス流出をチェックする定番サイトです。
メールを入力しても、パスワードまでは 取られないので心配ないと思います。
https://haveibeenpwned.com/
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 米Googleは2月5日、安全ではないユーザー名とパスワードに 対して警告を表示するWebブラウザChrome向けの拡張機能「 Password Checkup」を発表。
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 Firefox Monitorのサービスは「monitor.firefox.com」 を通じて利用できる。
問題なのは、攻撃者は現在も活発に進行中という事です。
攻撃者が日本の動向を注視し、攻撃のブラッシュアップを 図っていることが窺えます。
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 サイバー攻撃の規模や動向をリアルタイム表示 
 カスペルスキーは世界中のサイバー攻撃を24時間 体制で観測している。
サイバー攻撃の規模や動向をリアルタイムで表示する “地図”が日本語対応。
日本語など10の言語で閲覧できるようになった。
種類ごとに色分けされた脅威の動向を、地図上で確認できます。 https://cybermap.kaspersky.com/ja/
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IoT時代のセキュリティ絶対防衛ライン
 住宅、クルマ、ウェアラブルデバイス、医療、工場の オートメーションなど、あらゆるモノがインターネットに つながるIoT:Internet of Things」時代が到来しました。
モノがインターネットにつながるということは、簡単にいうと それまで密室だった部屋にドアや窓を取り付けるようなものです。
便利さと脅威は常に背中合わせで存在します。
脆弱性があることを認識し、管理メンテナンスを怠らないように したいものです。
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スマホのハッキング
 Wi-Fiを悪用したハッキング
ハッカーは鍵なしWi-Fiに紛れ込んで侵入する。
遠隔操作アプリを入れられ位置情報を取得し、 マイク、カメラがあるので盗聴盗撮を繰り返す。
スマホはデータを抜き取られるのみならず SNSに勝手に投稿もする。
 サイバーストーカーや、通話履歴を利用した最新 振込み詐欺などの情報を与えることになる。
ショップや銀行などにインする場合にパスワード なども盗まれてしまうので、電子マネーを使っている人は 使われることもありうる。
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日本でも、無料Wi-Fiである災害時用の 「00000JAPAN(ファイブゼロジャパン)」の SSIDそっくりの偽物がたくさん登場した 事件がありました。
事前に必ず「“本物”の公式Wi-Fiかどうか」確かめるべし!
 無料Wi-Fiを使う際は、 事前にSSID(無線LAN(Wi-Fi)におけるアクセスポイントの識別名) を調べて公式なものであるかを調べる必要があるのです。
VPNサービス知り、自ら調べ、選択する。
VPN(Virtual Private Network)とは、直訳すると 「仮想専用線」となります。
 インターネット上に仮想の専用線を設け、安全なルートを 確保した上で重要な情報をやり取りすることにより、 盗み見や改ざんなどの脅威から 大切な情報を守ることができます。(ノートンより)
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アメリカは徹底的に産業スパイを排除にかかっている。
5G通信網の激化が何をもたらすか?
GAFA(米国)VS.BATH(中国)
Google → Baidu 百度 (検索大手)
Apple → Huawai 華為技術 (通信機器)
Facebook → Tencent 騰訊 (SNS大手ウィチャット)
Amazon → Alibaba 阿里巴巴 (eコマース)
 
 ファーウェイの創業者は任正非(レン・ツェンフェイ) という、根っからの軍人である。
設立当初から人民解放軍のダミー、別働隊と言われたが、 民間企業を装って西側のハイテク企業との連携を深めた。
スマホで世界第二位、基地局で世界三位。 もはや侮れない大企業に変身した。
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アメリカ対 中国のIT大手4強
 現時点では、チャイナのBATHはアメリカのGAFAには 勝てないが、日本の楽天一つ取って見ても、1年分を一日で 達成してしまう。
アリババ等日本のライバル企業に対しては圧倒的な強さを 見せている。
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 驚きはすでに日本政府機関に夥しい中国の工作員が潜入 しているという事実だ。    たとえば、日本の国立研究開発法人『情報通信研究機構』 に北・中・イランの工作員が入り込み、 仲良く衛星ハッキングのための工作活動を行っていた。
 
 情報漏えいやサイバー攻撃が懸念されるHuawei製品について、 日本政府が分解検査したところ、不審なものが見つかったことが 分かった。
日本政府はすでに政府機関や自衛隊でファーウェイ製品を 使うことを禁止し、さらにファーウェイの部品が使用されている 日本製品も使用を禁止する方針を固めた。
 
 アメリカの検察当局は中国の通信機器大手のファーウェイが アメリカの携帯電話大手、Tモバイルからスマートフォンの テストに使うロボットの技術を盗んだ疑いで捜査中だ。 近く起訴の手続きに入る可能性がある。
 アメリカは「国防権限法」で軍関係者などのファーウェイ使用 を禁じている。
 
 米司法当局に詐欺罪などで起訴された中国通信機器大手、 華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟(モン・ワンジョウ) 副会長兼最高財務責任者(CFO)は保釈中であるが 孟晩舟に取り付けられた、GPSがファーウェイ製品だとか。
 トランプ政権は中国による知的財産権の侵害に対する 取り締まりを強化していて、5G覇権による米中の対立が さらに激しくなることが予想されます。
5Gによるメリットはユーザー側(アップリンク)よりも、 ハッキングする側(ダウンリンク)に大きい。
ハッキングされる場合、短時間で大量の情報が吸い取られる。
 世界の30の企業と5Gシステムでの地上局建設契約を 締結しているというファーウェイだが、 スパイ機関に見す見す基地局を渡すわけには行かない。
もしも、勝手に通信をストップされたら破壊力はすさまじい、 安全保障の見地から排除するのは当然の流れなのだ。
米司法省、北朝鮮ハッカーのネットワーク壊滅に大規模作戦始動
 北朝鮮は航空宇宙産業や金融機関、基幹インフラ産業などを標的に 「ジョアナップ」と呼ばれるウイルスをばらまき、 ボットネットを構築してきたとみられる。
米司法省は「北朝鮮政府系ハッカーによる脅威を取り除く」 と強調した。
日本の対応 「通信の秘密」規制、GAFAに適用 総務省検討
「GAFA(ガーファ)」に対し、総務省が 電気通信事業法に基づく「通信の秘密」の 規制を適用する方向で検討していることがわかった。
 電気通信事業法は、国内に設備を持ち、固定電話や携帯電話、 電子メールなどのサービスを提供する事業者に対し、 利用者の通信内容を対外的に漏らすことを禁止している。
これを「通信の秘密」と呼ぶ。
 日本も米国のように、法律を国外にも適用して海外企業にも 規制の網をかける方向に一歩踏み込む形だ。
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「宇宙」「電磁波」も強化 
「サイバー攻撃」能力検討 防衛大綱明記へ
政府はサイバー攻撃に対抗する能力の保有について検討する 方針を固めた。
 防衛大綱では「サイバー」「宇宙」「電磁波」といった 新たな領域と従来の陸海空の能力を融合させる 「領域横断作戦(クロス・ドメイン・オペレーション)」 の実現を目指すことを打ち出す。
新領域での積極的な防衛体制(アクティブ・ディフェンス) を前面に打ち出した。
アクティブ・ディフェンスは、サイバー攻撃などを受ける前に 相手の能力を失わせたり、低下させたりする考え方の一つ。
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サイバーセキュリティ基本法が成立、 戦略本部を設置へ
政府のサイバーセキュリティ戦略の基盤となる 「サイバーセキュリティ基本法案」が昨年秋に可決された。
 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部) および国家安全保障会議(NSC)と緊密に連携する体制とする。
動きが遅い、これらも必要ではあるが、人員が不足している。
「スパイ防止法」が無い日本では限界があるかもしれない。
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被害を防ぐために出来ること
 リスクにどう備えるか 盲点を塞ぎ、新たな危機に打ち勝っていくことが求められる。
ハッカーにあったときの対策の一つとして ファイルの暗号化がある。
だが、暗号技術が解読される危機にある。
その理由は次世代コンピュータの計算能力が急速に 向上しているからだ。
もしハッカーがこの技術を使い国家の機密情報に進入した場合、 読み取られてしまう。
ソレを各国が結集して知恵を集めている中で 日本人が活躍している。
数学者の高木 剛さんだ(東大大学院教授)。
まったく新しい暗号、「格子暗号」の研究者です。
量子コンピュータでも解読が難しい耐量子性を備えた 新しい暗号方式である。
今までは素数を使っていたが、
 ベクトルという数学の概念を使って簡単には解けない暗号を 編み出そうとしています。
数字は1次元の方向しかないが、ベクトルになると2次元以上に なると色々な向きがある。
次元が上がっていくと向きがいろいろな方向になるため 高速な計算機でも簡単には解けない。
攻撃者が読み取ることが出来ない有望なセキュリティー 暗号技術で大いに期待が持てる。
 ウィルスのターゲットが拡大している今、 モノのインターネット(IoT)の普及に伴い、 被害が拡大する恐れがあるとして、政府は対策を急ぐ構えだ。
加えて情報セキュリティー人材の養成が急務だろう。
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2019年6月28日29日、G20サミット首脳会議が大阪で
2020年7月24日から8月9日までの17日間 東京オリンピックの開催が控えている日本。
サイバーテロらの恰好の標的になり易いといえる。
 実際、日本人46万人ほどに対して、「無料チケットオリンピック」 というメールがばらまかれた。
3万人以上がこの誘い文句に引っかかり、リンクを押し、マルウェア (不正プログラム)に感染したことまで判明している。
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政府、アニメ「約束のネバーランド」とコラボ 
「サイバーセキュリティ月間」
 内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は サイバーセキュリティの啓発のため、 テレビアニメ「約束のネバーランド」と コラボレーション企画を行うと発表した。
「抗え。この世界(インターネット)の脅威に。」 を標語に掲げる。
サイバーセキュリティに関心を持ってもらう為の (サイバーセキュリティ月間2月1日~3月18日) 周知用ポスターやWebバナーだ。
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NISCではサイバーセキュリティの重要性を周知するための 「インターネットの安全・安心ハンドブック Ver4.00」の PDFファイルや電子書籍版を無料公開している。
Webサイトにて無料提供されるほか、 国内26の電子書籍サービスで無料配信が行われる。
全国の都道府県警察において、2月1日~3月18日の サイバーセキュリティ月間における 啓発活動にて配布される予定。
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スマートフォン向けには、Android版のアプリが 1月31日から配信されるほか、 iOS版についても後日配信が予定されている。
 初心者向けと思わず、自己防衛のために活用することも 良いのではないでしょうか。
誰もが何時、どこで被害者になるかわかりません。
eコマースやってないし、HP開設してないから 自分だけは大丈夫、ですか? けっこう脆いです。
 最新の情報を仕入れ、しっかりとした セキュリティーの見直しをする事が大事ですね。
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最後に最低限今、出来ること・・・
 システムへのマルウェアの感染は、 人体へのウイルスの感染にたとえられます。
重要な対策は、免疫力を高めることです。
この観点から、サイバーセキュリティの基本である以下の 対策を推奨します。
OSやソフトウェアは常に最新の状態に保つ。
情報のありかを守る有効なエンドポイントセキュリティ製品 ( 接続されるシステムの末端 )を導入し、適切に運用する。
適切な運用とは、プロテクション(保護機能)を常に有効にしておく。
対策として・・・
自分が入れた記憶の無いアプリが入っていたら削除する。
セキュリティー会社のアプリを入れることで、 情報が暗号化されハッカーを防ぐことができる。
定期的に完全スキャンを実行する。
パスワードの使い回しを避けるなどの自衛策を講じる。
定義データベースの更新をすみやかに適用する。 などです。
 感染が疑われた場合、注意喚起の連絡があった場合には、 これら機関からの推奨事項にしたがって対処を行って いただくのがよろいしいかと思います。
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moumiryo · 7 years
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blessing 【創作/ブラッディサニー組】
少し肌寒い早朝。 塒である屋根裏部屋の窓を開け、部屋に滑り込んだ影は近くにあったソファーに手をつき深い息をはいた。 まだ陽は地平線から頭を覗かせておらず、東の空の端が徐々に黄色に滲みだしている今まだ部屋の中は薄暗い。 だが窓から帰宅した家主…アル・シャインは闇に慣れた目で明かりもつけぬままバスルームへ気だるそうに足を進めた。 ヘッドギヤを外し、纏っている衣類を脱ぎバスケットに放り込むと鏡の前に立つ。 「…やはり、炎症をおこしている…か」 右脇腹と右太股にガーゼと包帯が巻かれており、その周囲が赤くなって熱を持っていた。 「暫くは籠るか…」 洗面台に水を貯めタオルを浸し、水を絞って体をふく。痛みを抱えたまま仕事をしてきた為かいていた嫌な汗を拭き取っていく。患部の炎症で熱を持った体に冷たいタオルは気持ちが良い。 最後に髪のみ洗面台で洗うと、棚に畳まず積まれた衣類を掴み身にまとうと部屋へ戻った。 陽が地平線から頭を覗かせたようで、窓から見える空はみるみる明るくなり、薄暗かった部屋は手元もよく見えるようになっていた。 コンロで湯を沸かし、棚から茶葉を取り出しながら今日の予定に思考を巡らす。 「(…食事をとったら、薬をもらいに行くか…)」 患部を見て一言二言では済まないだろう老医者の叱責を想像して、アル・シャインの眉間に皺がよる。 ポットに茶葉を入れると湯に色が染み出ると同時に香ばしい香りが広がりだす。 ごそごそと足元の棚を開け、豆の缶詰と人参、じゃが芋、玉ねぎ、片手鍋を取り出す。 カップに茶を注ぎ、一口飲むとじゃが芋と人参をシンクで洗い、ナイフを取り出すと人参、じゃが芋、玉ねぎそれぞれ皮をむき一口大に刻んでいく。 片手鍋に豆の缶詰と刻んだ野菜をいれ、水を入れる。 ポットをコンロからどけると、そこに片手鍋を乗せ火にかける。 ことこと鳴る片手鍋を背に、カップに注いだ茶を飲みながら部屋の窓を眺め一息ついた。 相方のレーヴとは別の街に用事があるからと別れてここ数日あっていない。 別れた次の夜の仕事で組んだ人間の裏切りに遭い負傷したのだが、アルとしては単独で仕事をしていてよかったと今回ほど思ったことは無かった。その場で全員処理しきれなかったため、身を隠しながら自身で簡易に手当てをし、全員仕留めて戻ったのが今朝だった。 煮立った片手鍋に塩と胡椒を入れ味を調えると、大きめのマグカップに少しよそい、スプーンを差し込むと、茶の入ったカップとスープの入ったマグカップを両手に、ソファに座り込んだ。 それぞれカップを小さなテーブルに置き、くつろぐ。 スープをゆっくりと食べきると、茶をのみきり、出かける身支度のためにバスルームへ向かった。 昼間に街へ出かける際、ごく稀にアルは仕事着以外で出かけることがある。怪我などを理由に仕事を一定期間休む場合だ。但しその時は、目立つ顔の傷をドーランで隠しているためか、いつもの服装でないアルに気づくのは一部の人間だけだ。 コットンの長袖シャツに、緩めのズボン、ブーツで街の中を歩く。 街の大通りから脇道へ入り、そこから狭い道へ狭い道へ巡って、小さく汚れた『開業中』の札のかかった扉をく開く。 「おい。いるか?」 「やっときおったか、馬鹿者が!!」 声をかけた瞬間に、奥からどたどたと大きな足音と大きな声で老医者が飛び出てきた。 アルの胸ぐらをぐいと掴むと、有無を言わせず建物の二階へ引きずっていく。 「…どこから聞いた?」 「はん!そんなもんお前が殺した輩の一人が、生きてる間にあのアル・シャインに大怪我をさせたと自慢して回っておったからな。嫌でも耳に入るわ。」 「……」 「ほれ、座って、見せてみろ。」 窓際のベッドに促され、アルは大人しく腰を下ろし、シャツをまくり、ズボンを下げ、包帯を見せる。 「腫れてるな。痛むか?」 「でなきゃ来やしない。」 「そうだろうな。包帯とるぞ……、脇腹は掠り傷。太股は……貫通か。うまく抜けたな。」 ベッド脇の戸棚からガチャガチャと器具や薬品ガーゼなどを取り出すと、またアルに向き直る。 「どうせ今日は休業だろう?太股は麻酔打って処置するぞ。」 「この傷じゃまともに仕事できやしない。好きにしてくれ」 「そうだな!たまには休め。」 老医者は豪快に笑うと、注射器を手に怪我の治療を始めた。 作業は小一時間程で終わり、老医者は化膿止めや痛みどめの薬など紙袋につめアルに渡すと、アルから受け取ったずっしりとした布袋を手に処置で切れた薬を買い出しに行くと出ていった。 「麻酔はけちったからな、もう少しで切れるだろう。すぐ帰ってもいいが、転びたくなかったら少しは休んで帰るといい」 出かける前に老医者からかけられた言葉を思い返しながら、アルはベッドへ寝転んだ。簡易のベッドが軋み、勢いよく倒れ込んだためか、近くのカーテンがゆれる。 ベッドの側にある窓は隣の建物の邪魔がなく、薄いカーテンをとおして陽の光が部屋に降り注いでいた。シーツに吸い込まれるように力を抜きベッドへ身を任せると、じんわりと身体が温まってくる。 この時が、アルにとって至福の時だ。 老医者にはそれだけを楽しみに生きていると言えば、若いくせに死にかけみたいなこといいおってと苦笑いされるのだか、アルがそう感じ、それに、重きをおいていることは分かっているから、それ以上は老医者���なにも言わない。 ふと、昔は、この名を名乗る前はどうだったかとひっかかるものがあった。 「(あの頃は、昼も夜もなかったな)」 陽の差すベッドで眠るようになったのは、それを好ましいと感じ、それを生きる理由にしたのはいつからだったか。 「(ああ、あの頃からか)」 あれは先代の老い狂ったアル・シャインを殺し、逃げ出し、街娼に助けられ、老医者の世話になっている最中だ。 悪夢をみるようになったのだ。 内容は日によって異なるが、殺した先代にされた拷問やかけられた言葉が洪水のように絶えず激しく襲ってくるものもあれば、名を継ぐ前に殺し弄んだ輩が襲いかかってくるものもあった。 鎮痛剤や睡眠薬で眠れる夜もあったが、うまく眠れない夜が続き精神が削られ傷の回復も芳しくない日々のなか、窓から陽の差すベッドで昼間に眠ると悪夢を夢をみないことに気づいたのだ。 随分時が流れた今、夜間に寝てもあの頃のような悪夢は見ないが、それでも覚えていないだけで悪夢を見ただろう感覚が身体にのこっており、眠った気にならない為今でも夜間に寝ることは避けているのだった。 「(今も絡み付かれているのか…)」 陽が天頂に向かう頃、アルは老医者の所を後にした。 昼食時に賑わう街の中を歩く。 少し痛む脚に休憩のため足を止めた公園では、近くのカフェからか出張でサンドイッチの屋台がでていた。 朝僅かしかものを口にしていなかったこともあり、空腹から自然と足は屋台へ向かう。 「金額は一緒でかまわないから、これから肉を抜いた物を2つ」 「おや?お兄さんうちは野菜もこだわってるが肉もこだわったいいもの使ってるんだ。もったいないよ?」 「すまない。菜食主義でな。もらって肉だけ残すのもなんだろう?」 「なんだ、それを早くいってくれよ!押し付けて悪かったね。ちょっと、まっててくれよ。」 そう言うと、店員は慣れた手つきでパンを2つに切るとそれに野菜をたんまり挟み、ソースをつけ紙で包むと それを2つ作り紙袋に入れてアルに差し出す。 「あいよ!」 「ありがとう」 代金と引き換えにそれを受け取り、どこか休めるところは…と公園を見回す。 街中に設けられた公園は比較的大きく、敷地中央に噴水があり、その回りには芝生が、噴水を廻るように遊歩道が設けられており、公園内の所々へのびている。 街との境界線には木々が植えられており、手入れの行き届いた低木高木の木陰で寛ぐ待ち人もいた。 噴水から離れた人も少ない場所にで日当たりの良い木の根元を見つけ、アルはそこに腰を下ろした。 地面も陽で暖められており、柔らかさすら感じる。 先程の紙袋を開け中から包みをひとつ取り出すと、包みを開きサンドイッチを頬張る。柔らかいパンは穀物の香ばしい香りが鼻をくすぐり、葉野菜を噛みきるしゃくしゃくという音が耳に心地よい。ソースはビネガーが効いていて口残りもさっぱりしている。 ひとつあっという間に食べきると、ふたつ目は少しゆっくりではあるが、それでもみる間に食べきってしまった。 空腹が満たされれば、次に襲ってくるのは眠気だ。アルは周りを見回すと木にもたれ掛かる。 背中に感じるごつごつとした木の凹凸にもぞもぞと動いて落ち着く位置を見つけるとアルは瞼を下ろした。 疲れもあったのだろう、すうっと力が抜けるように眠りに入ったと思うと、ふわっと意識が浮上した。 陽の傾きから上半身に木陰がかかっており、一瞬の事のように感じたが、それなりに眠ってしまっていたことがわかる。 「!?」 もう少し眠ろうかと姿勢を動かしたとき、ふと脇腹と太股に温かさを感じ見下ろすと、布の塊がアルに寄りかかっていた。 怪我をしている方とは逆の位置にいるその塊から、見覚えのある三つ編みの髪のふさと髪飾りが覗いているのに気付き、見開いていた目が強張っていた顔がくしゃと緩む。相方が街に帰ってきたようだ。 「(やはり、体温が高いな、……日向の様だ)」 おそらく頭だろう膨らみを軽くぽんぽんと撫でる。 日差しに融かされる様に、この温かさが自分の中のなにかを解かしているのだろうと考えが掠める。 「おはよ…アル…?」 「あ、ああ。すまん。」 考え事をしながらぽんぽんと手を動かしていたためか、反応が遅れ不思議がったレーヴが顔をあげる。とはいえフードの下から片目がちらとのぞく程度だ。 その目の下の隈は別れる前より濃くなっている。 「それにしても、よく、見つけたな」 「いなかったから、買い物してた。おばさんがここに向かったの見たって」 「そうか」 恐らくいつもの果物屋の店主だろう。 「もう少しここに居るが帰るか?」 「んー…いる」 「わかった」 アルがならばと木にもたれ直すと、レーヴがすんすんと匂いをかいで、顔をしかめた。 「血と変なにおい、する。怪我、した?」 「ああ。しくじってな。暫くは仕事を休む」 「ん」 「今夜はどうするんだ?」 「アルのところににもつ、置いてる」 「!?」 「まだ部屋きめてない」 「そうか。」 「うん」 ちいさく欠伸をして、レーヴがアルの太股に頭を下ろした。 「陽が落ちる頃に帰るぞ。」 「ん…」 眠気に逆らえなくなったのだろう。太股にかかる重みが増したことにアルの顔が緩んだ。 じわりじわりと触れている場所から沁みてくる体温が自身の高いとは言えない体温をあげていく。 「(……あの暗く冷たい空間に、闇夜に取りつかれていたのだろうな)」 下からきこえるすぅすぅという寝息に眠気を誘われ、アルも欠伸をもらす。 「(あたたかさが救いなのだろう…)」 瞼を下ろし、感じるあたたかさに眠気に身を任せる。 「(わたしが救いなど………まあ、いいのかもしれないな)」 いつ失うとも知れぬ命に、ひとときの安らぎをもとめても構わないだろうと小さく笑い、身を任せるままに眠りに落ちていった。
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nemurumade · 8 years
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夜明けを迎える/英智×レオ
王さまと皇帝の最期、そして始まり
※過去・卒業後捏造
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 瞼の裏側の暗闇に光が差して、意識が浮上する。窓の外でウグイスが囀っていた。隣からは規則的な寝息が聞こえてくる。寝がえりを打って、彼と向き合う。長い睫毛は伏せられたままだ。  まだ五時を回ったばかりである。彼を起こさないようにそっと布団を抜け出して、寝室を後にした。冷え切った廊下の床が、ふたり分の体温を共有していた足の指を冷やす。寝ぐせだらけの長い髪を掻きながら、階段を下り、渡り廊下を渡って離れに向かう。  和室に不釣り合いな、年季の入った茶色いグランドピアノ。その前に座って、朝の一曲を弾く。それが昔からの習慣だった。  彼が起きるまで、レオは鍵盤を叩く。そして静かに歌を口ずさむのだ。  英智とレオが暮らし始めて、二日目の朝が来た。
 やかんが鳴って、お湯が沸いたことを知らせる。そのお湯をポットに注がれるのを見つめる。手慣れている。ただ、和室に陶器製のティーポットは驚くほど似合わない。先ほどまで弾いていた離れのピアノを思い出す。  「起こしてくれたっていいじゃないか」 おはよう、の後の二言目はその文句だった。レオは自分で焼いたトーストを齧る。 「まだ七時だぞ、別に寝坊じゃないだろ~」 「そうだけれど」 不服そうにしながら、英智がレオの前の椅子に腰掛け、レオが焼いておいたトーストにマーマレードを塗る。そして香りの良い紅茶を入れて美味しそうに啜った。 「あぁ、そういえば、あのピアノ、気に入ってくれたみたいだね。ピアノの音色で目が覚めたんだ」 かちゃん、とティーカップが心地良い音を鳴らす。英智の入れた紅茶をごくごくと飲み干して、 「べっつに~、ただの暇潰しだよ」 「もしよかったら君にあげるよ」 「遠慮しとく」 「処分するのはもったいないしなぁ」 美味しい? と首を傾げて彼が問う。その仕草がやけに愛嬌があって舌打ちをする。 「おれはコーヒー派なの~」 「君とはとことん気が合わないねぇ」 そう言いながらも楽しそうにクスクスと笑って、また紅茶を飲む。  レオは紅茶の味を消すように、口の中で舌を動かした。
 二日前、レオたちは夢ノ咲学院を卒業した。  卒業式で使われた、何度も立った戦場の講堂は粛然としていた。戦いのときのような熱はない。  卒業証書を受け取るためにステージに上がったとき、夢を見た。スポットライトと鮮やかな七色のサイリウムの光、客席から贈られる歓声とマイクを通して響く歌声、自分が作った音楽。  おめでとう、という校長の声と温かい拍手で目を覚ます。両手で受け取った紙切れ。自分の名前、今日の日付、卒業証書の文字が綴られている。  あぁ、こんなものでおれの三年間を顕そうだなんてくだらない。霊感を喪失してしまう。 そして、虚しい感情を抱く。 あの夢をもう見ることはない。そう、思った。
 窓から蕾のままの桜が見え、その背景の澄んだ青色の空は偽物じみている。やはりここは箱庭のようだった、と青春を捧げた学院の廊下を歩く。得たものも失ったものも数え切れない。レオは、この学院で栄光と挫折を知った。  拳で扉をノックする。はい、と涼やかな声が聞こえた。  レオから幾つも大切なものを奪い、与えた、かつての敵の本拠地、生徒会室の重い扉を開ける。  「やぁ、月永くん。来てくれたんだね」 玉座のような椅子に腰掛けた天祥院英智が穏やかな微笑を浮かべてレオを迎え入れた。  「一体『皇帝』さまがおれに何の用?」 「『皇帝』呼びは止してくれないかい。今日僕らはこの城から出るんだから」 「はいはい」 独特の言葉選びをする彼は、愛おしそうにレオを見る。  「素晴らしい青春だったと思わないかい?」 「……」 彼の手には、レオも受け取った卒業証書がある。レオがそれを見ているのに気づいたのか、くるくると丸めて筒に入れた。  「でもまだ味わい足りないんだ」 「何が言いたい?」 椅子から立ち上がって、レオの前に立つ。血管が透けて見えるのではと思うほど、彼の肌は白い。  世界を覆う空と同じ色の瞳が、レオを見据える。  「僕と一週間、一緒に過ごしてくれないかい?」 「はぁ?」 素っ頓狂な声が部屋に響いた。レオの驚いた顔に満足したかのように英智が微笑む。 「僕と一緒に暮らそうってことだよ」 「あ! なんで言っちゃうんだよ! 妄想しようとしてたのに~!」 「時間が無いんだよ、この後桃李たちと会う約束をしているからね」 「一緒に暮らすって何だよ、絶対嫌だからな! 大体、ユニットのやつとお泊り会すればいいだろ~、何で、」 「月永くんがいいんだ」  レオの言葉を遮った彼の顔からは笑みが消えていた。いつの日かにも見た、真剣な眼差し。それが嫌いだった。何もかも見透かされてしまうような気がして、レオは目を逸らす。 「……君が、いいんだ。無理なお願いだとは分かってる。でも、どうしても君とふたりきりで、最後を過ごしたいんだ」 最後、という言葉に静かに息を吐く。  「今日が最後だろ」 「僕の悪足掻きに付き合ってほしい」 「みっともない」 「そうだよ。みっともない僕に君の時間を分けてくれないかい」 く、と瞳が歪められた。  心の中で自嘲する。  「……分かったよ。おまえのお遊びに付き合ってやるよ」 何を言ってもこの男には通じないだろう。  春の光の中の『皇帝』は、嬉しそうに、その反面どこか寂しそうに、また微笑んだ。
 そうして次の日の夕方。ふたりは電車に一時間、バスに十五分揺られて、山の麓の郊外に辿り着いた。  田んぼに挟まれた道を走っていく乗客の少ないバスを見送って、英智は息を大きく吸った。 「ここの空気は相変わらずいいね」 レオはぐるりと辺りを見渡した。古民家が建ち並び、畑や田んぼがその周りを囲んでいる。夢ノ咲周辺とは全く違う風景に唖然とした。田舎だ。  「行こうか」 英智はすたすたと畦道を歩き出す。レオも彼に続いて歩く。  緩やかな坂道を上ったところに、大きな日本家屋があった。塀や門は高く、持ち主が裕福であるということは一目瞭然だ。ふと目に入ったのは、門の横にある『天祥院』の表札だった。  門をくぐり、庭園を抜け、英智は鍵を開けて玄関の戸を引いた。  「……ここ、お前の家なの」 「正確には、僕の祖母の実家だよ。もう誰も住んではいないけれど、所有権は父にあってね。幼い頃は長期休暇のときに療養を兼ねて、ここで過ごしていたんだ」 だだっ広い玄関から長い廊下が見えた。どうぞ、と促されてレオも家に上がる。 「最近は来る機会もめっきり減ってね。もったいないから売りに出すことが決まっているから、最後の思い出にと思って。でもひとりじゃ寂しいからね、君を誘ったんだ」 「おれじゃなくても良かったんじゃないか」 警戒心を露わにするレオに、ふ、と英智は穏やかに笑った。 「君は妄想が得意だろう?」 そうとだけ言って、先に行ってしまう。  まだ『皇帝』のマントを羽織っている彼の背中を追って、廊下を歩く。障子や襖で仕切られた広い和室がいくつもあった。  「ここが居間だよ」 庭に面した一番広い和室には、立派な卓袱台や背の低い箪笥が置かれているだけで、他に目立つ家具はない。  その奥には台所があり、横の部屋には囲炉裏があった。 「囲炉裏って初めて見たぞ、おれ」 「今日は冷えるし、囲炉裏を囲んで食べようか」 「おまえ、料理作れんの?」 「人並みには」 「“英才教育”ってやつ?」 「うん。でも幼い頃は大体寝込んでいたからねぇ、ほんの少ししかやっていないよ」 昔よりはマシになったのだろうか、なんて考えながら、二階へ向かった。  幾つかの和室が廊下沿いに並んでいて、古き良き旅館を連想させた。  英智が立ち止り一つの部屋の襖を開ける。 「君の寝室はここね。好きに使ってくれていいよ」  埃臭さに堪らなくなって開けた窓から、まだ雪が残る壮大な山が見えた。それだけで霊感が湧き上がってくる。レオの顔を覗き込んだ英智が微笑む。 「気に入ってくれたみたいで良かったよ。布団は押し入れの中だから。あ、ちゃんと洗ってあるから安心して。来る前に使用人に頼んでおいたんだ」 「はぁ、御曹司は好き勝手やりたい放���だな~?」 「我儘は幼い頃よりは減ったと思うけどな」 「そうかぁ?」 胡散臭そうに英智を見れば、何だい、と首を傾げる。昔より柔らかい表情になったとは思う。  「ちなみに僕は隣の部屋を使うから。寂しくなったときに来たらいいよ」 「誰が行くか」 「冗談だよ」 甘やかなトワレの匂いが離れていった。隣室へ向かった彼の残り香を消すように窓を全開にした。
2
 寒い、と、朝食後レオを散歩に誘った彼が言う。 「そりゃあ山だしな。学院の方よりは冷えるだろ」 朝独特の薄青の空が広がっている。三月とはいえ、山の麓の朝方は冷える。夜の残り香のような寒さに、レオはダウンのフードに顔を埋めた。  それを見た英智が長い睫毛を伏せる。 「……なんだよ」 「ううん、なんにも」 そう言ってはぐらかして、レオより数歩先、坂道を上っていく。  あの伏せ目は昔から変わっていない。言葉を濁すとき、いつも目を伏せた。彼の言いたいことはいつだって解らなかった。  「月永くん、はやく」 そう急かされて、歩みを進める。寒い。そう呟いた声は音にはならず、ただ白い息となって消えていく。  坂道の上に、小さな神社があった。鳥居の前に開けた場所があって、展望台のように町を見下ろすことができた。  畑や田んぼの緑の中に、ぽつぽつと民家の屋根の色がある。遠くには空とは違う青が広がっていた。英智が指差す。 「晴れた日は眺めがいいんだ。ほら、海が見える」 「この町に海はないだろ」 「うん。一駅先のところは港町だよ。カモメの声がよく聞こえて、潮の匂いがして、夢ノ咲に少し似てるかもね」 まぁ、田舎だけれど。そう付け加えて、英智は目を細める。  「……帰りたい?」 「どこに」 海を見つめたまま、レオは強い口調で訊いた。英智は何も言わなかった。 「……帰る場所なんてもうない。これから自分で作るんだ」 「君らしい答えだね」 そうして目を伏せて、また眼下の町の方に体を向けた。  「歌わないの」 「歌わない」 即座に答えれば、 「残念だなぁ」 という返事が帰ってきた。それが本当なのか嘘なのか。この男が嘘を吐いたことはない。きっと本心だろう、信じたくはないけれど。  彼の細い喉から歌が奏でられる。聞き覚えがある気がした――――学生時代の、あのステージで歌っていた曲だ。  アカペラの方が声の質や大きさが引き立っていると思った。爽やかなバラードが鼓膜を震わす。  抗争時代のときのような、荒削りさは感じない。  鋭い声が嫌いだった。だからと言って、この、角が取れた丸い声が好きなわけじゃない。  けっきょくこの男の声が嫌いなのだ。  名前も知らない凡才が書いた曲を、かつての『皇帝』は歌う。
 「せっかくだしお賽銭していこうか」 そう言ってコートのポケットから革の財布を取り出す。まさか万札を投げ入れるのでは、とレオは身構えていたが、英智が取り出したのは穴の開いた硬貨、五円玉だった。  「というか、おまえと神社が驚くほど似合わないんだけど」 「そう?」 レオも彼に倣ってポケットの中で小銭を探す。  鐘を鳴らし、硬貨を投げ入れる。レオが投げた硬貨を見て、英智が言う。 「十円玉は良くないんじゃないのかい」 「五円玉が無かったのー。いいだろ、金額なんて。縁があるときはあるし、ないときはないって」 二拍手して、目を閉じる。  願い事をして瞼を開ければ、英智がレオを見つめていた。 「ずいぶんと熱心にお願いしていたみたいだね」 「べつに、願い事じゃない」 石畳の上を歩き出す。レオのスニーカーと英智の革靴の底がコツ、コツと音を鳴らす。  赤い鳥居を潜りながら、英智が問う。 「君、神さまはいると思うかい」 「まぁ、いるんじゃない。だからおれは天才なんだし」 「神に愛されている、って?」 「まあな」 ふ、と英智が笑った。 「よかった」 その言葉の意味が理解できず、レオは首を傾げた。  「……いないなんて言われたら、僕は君を殺したかもしれない」 英智が鳥居の前で立ち止まる。吹いた風に、木の葉と木漏れ日、ふたりの髪が揺れた。 「君に八つ当たりして。……そうだなぁ、君をそこの柵から突き落としたかもしれない」 「絶景を見ながら死ぬわけだ」 強気に冗談を返せば、英智は嬉しそうにゆったりと微笑んだ。 「今さらだ。おまえは一度おれを殺しただろ」 「そうだねぇ」 謝る気も、謝らす気も、お互いさらさらないのだ。  寒いね、と英智が言う。そうでもない、とレオはフードに顔を埋めながら答えた。  神社を背に、坂道を下っていく。  「そういえばさぁ」 と、朝から思っていたことを口にする。 「賽銭するのもそうだけど、『いただきます』、『ごちそうさま』を言う印象もなかったんだけど」 英智はレオの横を歩きながら答える。 「躾けられたんだよ。あの説教好きな彼にね」  あぁ、と納得した。いつだか腐れ縁だと聞いたことがある。対極にいるようなふたりだが、逆にそれが長い付き合いに結びついているのだろう。 「昔からお小言ばっかり言われたよ」  昨日の夜、英智のスマートフォンが震えていたのをレオは知っている。その着信相手が彼だということも。  出ないのか、なんて野暮な質問はしなかった。理由があるから、黙ってあの箱庭がある街を出てきたのだ。  なぜ英智がレオを連れてこの町へ来たのか。  訊きたいことは多いのに、その問いを口にすることはできない。  遠くの海が陽の光にきらきらと光っている。
 夕方、離れに置かれたピアノの前に座り、鍵盤に触れる。  生まれてはすぐに朽ちていってしまうメロディーを音符で形にしていく。忘れることのないように、奏で続けられるように。  外から入る僅かな光に、宙に舞った埃がきらきらと輝く。  ふ、と背後に気配を感じた。その腕が伸びてくる。  細いヘアゴムを取られて、束ねていた長い髪が広がった。その髪に指が触れる。 「……ねえ、退屈だよ」 「そうか」 短い返事をしながら音符を書いていく。  つまらなそうに溜息を吐きながら、ふと英智が床に散らばった楽譜を拾い上げる。咎めているうちにメロディーが消えていってしまう。レオは楽譜に音符を書き込むことに夢中だった。  「ね、月永くん」 英智がレオの耳元で囁く。ぞわ、と鳥肌が立って振り返る。穏やかな微笑を睨み付けた。 「この曲、ひとりじゃ弾けないだろう?」 彼の手にあったのは、先程書き上げたばかりの楽譜だった。連弾の、曲。  何も言わないレオをよそに、英智は部屋の端に置いてあった椅子を引き摺ってきて、レオの座る椅子の横に並べ、腰掛けた。  そして、その長い指が鍵盤を叩く。  挑発的な流し目がレオを見て、そして重みのある深い音色を奏で出す。  ぞっ、と背筋に寒気が走る。ステージに立っていたときと似ている。痺れるような闘志。  レオも負けじと鍵盤に触れる。  「……最高だよ、その目」 熱い視線がレオを貫く。  あぁ、最高だよ、おまえも。  そんでもって、最悪だ。
 息が上がる。首を絞め続けられるような感覚。  声を嗄らして歌い叫び、足が縺れるまで踊って、主張しろ。王はおれだ。誰にも奪わせない。  おまえなんかに、おまえなんかには絶対渡さない。  おれの居場所だ。  セナがいて、リッツがいて、おれがいて、三人で築いて守っている唯一の城なんだ。  純白の衣装を纏った彼らが、微笑を浮かべる。  目の前の、サイリウムやスポットライトの光が、彼らの白が、唇をきつく噛んだセナと、舞台の上に座り込んだリツの後ろ姿が、霞む。  スクリーンに映し出された映画を観ている客の気分だった。自分事に理解できずに、レオはただ戦場の地に立っていた。  そんなレオの前に、美しい少年が一歩踏み出す。その視線に、呼吸が上手くできなくなる。力が抜けてマイクが手の中から滑り落ちた。  「……『Knights』の『王』、月永レオ、」 彼の低い声が静かに告げる――――『王』の、死を。  「このゲームは、君の負けだ」 まるで死期を伝える天使に似た、無垢な残酷さで、おれを見下す。青い瞳には勝ち誇った光が爛々と輝いていた。  衣装のマントが、目の前で翻される。  客席から沸く歓声は、騎士たちへのものではない。  「ありがとう」 優雅に辞儀をする、絶対王者――――『皇帝』へのものだった。  あぁ、そうか。おれは、負けたんだな。  そう理解した瞬間、すべてが音を立てて崩れ落ちていった。  なにを見ても、なにを聞いても、もう音楽は湧き出てこない。  おれはもう、『王』ではいられないのだ。  『皇帝』は歓声の中、仲間を引き連れて舞台を降りていく。スポットライトが消えると同時に、観客たちも会場から立ち去っていった。  「……『王さま』、」 息が整わないままの凛月を支えた泉が、レオを見つめた。澄んだブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れている。凛月の漆黒の髪から雫が滴り落ちて、ステージの床を濡らした。  あぁ、なんて、情けない。 「……先に、行っててくれ」 ふたりから目を逸らす。泉は何か言いたげに口を開こうとしたが、躊躇ったように唇を結んだ。そして、 「わかった」 そうとだけ言って、凛月の細い身体を支えながら舞台袖に消えていった。  先ほどまでの熱は既に冷め切って、短い夢のようだった。  空っぽの、がらんどうのステージに、たったひとり。  初めての、敗北だった。 「あああぁああああっ、あああああああああぁぁぁっ!!」 引き裂かれた喉を、さらに壊すように号哭した。  痛い、痛い。死んでしまいそうなのに、殺してはくれない痛みにただ叫ぶ。  救ってくれ。赦してくれ。おれの居場所を、返してくれ。  リツとセナと生んだあの熱を、返してくれ。  「っ、は、ぁっ、はぁっ、はぁっ、」 自分の荒い息の狭間に、彼の歌声を思い出してしまう。  繊細かつ大胆、聴く者すべてを魅了する、完璧な声。  その凶器を首筋に宛がわれて、レオは竦んだ。  ――――君の負けだ 歪められた青い瞳に映った自分の表情さえも、しっかりと憶えている。  「あぁ、そうだ、おれの負けだ!」 レオの、最後の叫び声が反響した。  今度は、ぜったいに、おまえを殺してやる。この苦しみを、おれが味合わせてやる。  憎しみに燃えて、そうして、意識を手放したのを、今でもはっきりと思い出すことができる。
 英智が風呂に入っている間に、グリルで鰆を焼き始める。午後に行った魚屋で買った旬のものだ。予熱したグリルの中に二切れ並べる。やかんに水を入れ、火にかけてお湯を沸かす。  英智が上がるころには焼けるだろう、とレオは居間の押し入れの戸を開ける。昨日、この中にいいものを発見したのだ。  押入れの中の本棚に並んだたくさんのアルバム。それを手に取って、ページを捲る。  古いカメラで撮ったような写真が、きっちりと整理されていた。  写真の中で、今と変わらない色の瞳がレオを見つめた。  「月永くん」 後ろから声がして、レオは振り返った。  居間と廊下を隔てる障子から、 「上がったよ」 と、英智が上気した顔を覗かせた。そしてレオの手元を見て、目を丸くする。  「ああ、こんなところにあったんだ」 勝手に見ていたことを咎めもせず、レオの隣に座り、一緒にアルバムを覗き込む。ふわ、とフローラルなシャンプーの匂いがした。  「祖父が写真好きでね。よく撮ってくれたんだ」 「ふぅん。それにしても、ずいぶん不機嫌そうな顔ばっかりしてるな」 「はは、うん。この頃の僕には可愛げがなかったからね」 「安心しろ、今もないぞ」 「ひどいことを言うね」 楽しそうに笑いながら、次々と写真を指差していく。  誕生日のときの写真。小学校の入学式の写真。敬人の家の寺で撮ったふたりの写真。風邪を拗らせて入院しているときの写真。大きなアイリッシュ・セッターと寄り添って寝ている写真。小学校の卒業式の写真。  「……おまえ、泣けるの?」 英智の声を遮ったレオの問いに、英智は彼の指先の写真を目に止めた。  子ども用の黒いスーツを着た三歳くらいの英智の写真だった。その瞳には涙が浮かんでいる。 「ああ、さっきの写真に写ってた犬が死んでしまった時のだよ。庭で葬式をしたんだ」 他のページを捲れば、愛犬との写真がたくさん貼ってあった。 「ドナートって名前だよ。僕が生まれる前から飼っていたから、先に死んでしまうのは当たり前なんだけどね。すごくショックだった。余命宣告を繰り返しされていた僕より、なぜ元気だったドナートが先に死んでしまうのか、理解ができなかった。それと同時に、死ってこういうことなんだ、とも思ったけれど」 「このあと、動物飼ってないの」 「うん」  まだ子どもの頃に、自分にもいつかやって来るという死を目の当たりにしたのだ。恐怖でしかなかっただろう。  「……なぁ、怖いか?」 そう問えば、ゆっくりと英智が顔を上げた。落とせばすぐに壊れてしまう、丁寧に拵えられた美術品のようだと思った。  英智は、何が、とは訊かず、ふふ、と花が綻ぶように笑った。でもどこか憫笑じみたそれに違和感を覚える。 「怖い、って言ったら、君は僕を救ってくれるのかい?」  何も、言えなかった。  レオの返事を待たずに、英智はゆっくりと立ち上がる。  お湯を沸かしていたやかんとタイマーが鳴った。 「片付け、しておいてね」 そう言い残して、台所の方へ消えていく。その後ろ姿を見送って、レオはアルバムを集めた。  あいつを救えるのは誰なんだろう、と考える。  いただきます、ごちそうさまを教えた、彼の幼馴染か?  彼の左腕の道化か?  彼を心底愛している両親か?  それとも、彼に壊されたおれか?  答えの出ない問いを呑み込む。年季の入ったアルバムを閉じ、押し入れの中の棚に戻した。
 英智は湧いたお湯で味噌汁を作っていた。台所にその後ろ姿は、やはりどうも似合わない。  その間に、レオは丁度良く焼けた鰆を皿に移し、炊いておいたご飯をよそう。  囲炉裏の前に皿を並べていると、いつものように英智がラジオをつけた。ノイズ混じりにニュースが聞こえる。  いただきます、と手を合わせて食べ始めた。  「美味しいねぇ」 と、英智が笑う。  レオは頬杖をついて、鰆を噛みながらじっと目の前の男を見つめる。  彼の持った箸が鰆の身を裂いて、彼の口元へ運んでいく。開いた薄い唇の間の闇に消え、英智は静かに咀嚼した。  だれかの命を喰らって、生きている。  彼もまた、人間なのだ。  「……そんなに見つめられると食べにくいんだけどなぁ」 英智が苦笑しながら言う。 「顔に何か付いているかい?」 「あぁ」 右腕を伸ばして、英智の口元に触れる。  親指で下唇をなぞれば、柔らかい感触が神経を刺激する。  彼の唇が微かに、ゆっくりと開き、赤い舌が覗いた。滑らかなそれは、応えるようにレオの指に触れた。  誘うような目と同じくらい熱い、味を感じるための舌。  並びの良い、命を引き裂くための白い歯。  消化を手伝うための唾液が、唇から零れて一筋伝う。  据え膳食わぬは男の恥、とは言うが。  レオが指を離そうとした瞬間、彼の白い歯がその指を思い切り噛んだ。 「痛っ!」 「……食事中に欲情する君が悪いんだよ」 「欲情……っ、なんて、してないから!」 くっきりと歯形の残った親指を庇いながら、英智を睨めば、彼は楽しそうに笑う。 「早く食べないと、せっかくの食事が冷めてしまうよ」  そう言って、彼は何もなかったかのように食事を再開する。  レオももう一度箸を取り、鰆とご飯を口に運ぶ。  目線の先の汁椀の中で、冷め切ったお湯と味噌が分離している。右手で持った箸で掻き混ぜてその境界線を消してから飲み干した。冷めたそれは、ちっとも体を温めてくれない。  ラジオでは、天気予報士が今週の天気を知らせていた。
 布団を敷き終えて、ふわぁ、と大欠伸をしていると、 「もう寝るのかい?」 と、なぜかパジャマの上にセーターを着た英智が問う。 「おまえは寝ないのかよ」 「うん、ちょっといい所に行くんだ」 「いいとこ?」 小首を傾げるレオに、英智は窓を開けた。 「分かった、屋根の上だろ」 ふわ、と夜風が部屋の中に入り込んできた。  その窓の前に立ち、微笑んだ英智の髪がさらさらと靡いた。 「大正解」  屋根の上に干してあったらしい下駄を履いて、窓から屋根の上に出る。西洋人じみた顔立ちと高級ブランドの寝間着に、不釣り合いな下駄が小気味良い音を立てた。 「月永くんもおいでよ」  子どもみたいにあどけなく笑う男に、深い溜息を吐く。  そして渋々毛布を担ぎ、押し入れの中にあった足袋と下駄を履いて、彼の後を追って窓から出る。棟に腰掛けた英智に毛布を被せると、 「ありがとう」 と嬉しそうに微笑んで、レオの手を引いて自分の隣に座らせた。そしてレオの肩にも毛布を掛ける。  「綺麗だろう?」 まるで自慢の宝物を紹介するかのようにそう言った。  星屑が散りばめられた濃紺のビロードの空が、世界を包んでいる。  「小さい頃ひとりで、こっそりこうやって屋根に上がって星を見ていたんだ。本当は誰にも教えるつもりは無かったんだけど」 すぐ傍で、英智の声が聞こえる。呼吸が聞こえる。 「……おれに教えていいのかよ?」 この夜空は、本当に英智だけのものだったのだ。  英智は楽しそうに笑う。 「ここにいると自分も宇宙に居られるみたいに感じられるから、君も気に入ってくれるだろうと思って」 宇宙が好きだろう?  そう問われて、あぁ、と肯いた。  何億光年も昔に放たれた光が届く。今この瞬間も、宇宙のどこかで爆発が起きている。生まれ、滅んで、数えきれない光が走っている。  おれの書いた曲もそうなればいい。おれが死んでも、曲は生き続けて誰かに届けば、おれは死んでも幸せだ。  とは、言わなかった。自分の幸せをこの男に語っても、彼にとっての幸福の概念はちっとも変わらないだろう。  英智を変えたのは、レオではないのだ。  「……うん、大好きだ」 隣で、良かった、と英智が言う。彼がどんな表情をしていたのか、レオは見なかった。  「……ね、手繋いでいい?」 拒否はしなかった。そっと手が伸びてきて、レオの手に触れる。自分の体温を移すようにその手を握ると、英智は微かな笑い声を上げた。  「寒いねぇ」 「もう部屋入りたい」 「あと一分」 いーち、にーい、さーん、とカウントし始めると、英智も一緒になって数えた。  冷たい夜風が二人の頬を撫ぜた。
 「そういえば、なんでおまえもおれの部屋で寝てるんだっけ?」 朝訊こうと思って忘れていた問いを、布団に入り込みながらぶつける。隣の布団に入った英智が寝がえりを打ってレオの方を向いた。  常夜灯のぼんやりとした光の中で彼の笑った顔が見える。 「本当はそんなことどうでもいいと思ってるだろう?」 「はぁ?」 「朝に思ったはずだよ。でも今になるまで何も言わなかった���ら、どうでもいいんじゃないかなって」 図星、なのかもしれない。確かに、隣の部屋で寝ようが、すぐ隣の布団で寝ようが、どうでもいい。 「そうかもな」 そうとだけ答えて、英智に背を向ける。  ねぇ、月永くん、と呼ぶ声がしたが無視した。すると彼の足が入り込んできて、レオの足に触れた。 「冷たっ!」 思わず足を避けると、さらに追いかけてくる。ゆえに、レオと英智の距離も縮まる。  「おい!」 振り返れば間近に端正な顔があって、驚いて息を呑む。  「月永くん、あったかいから」 足を絡められて動けなくなる。氷のような冷たさがレオに伝わる。 「……裸足で外になんか出るから」 「ふふ」 「ふふ、じゃないし。霜焼けになっても知らないからな!」 「うん、おやすみ」 その言葉を最後に、英智は何も言わなかった。少し経って、規則的な呼吸音が聞こえてきた。  レオの熱が伝染したのか、それともレオの熱が奪われたのか、英智の足は徐々に温まっていった。
3
 三日目。  電車に乗って、ふたりは隣の海辺の町へ来た。  英智の言う通りだった。カモメの鳴き声があちこちからして、潮の匂いがして、海が煌めいている。  海風が前を歩く金色の髪を揺らした。  けれど彼が羽織っているのは、あの紺のブレザーではない。質の良い茶色いコートの後ろ姿を見つめながら、彼についていく。  一日この町を回ろう、という提案をレオは拒否しなかった。  家屋の間の細い石畳の道を歩いていく。  英智が足を止めたのは、古めかしい建物の前だった。扉の上の看板には『潮風劇場』の文字が刻まれており、懐かしい匂いが漂っている。 「映画でも見るかい?」 「ここ映画館なの?」 「そうだよ。単館上映の映画を多く上映してるんだ。意外と面白いよ」  中へ入って、英智が選んだ映画のチケットを買う。ロシアの監督の作品らしい。  小ぢんまりとしたシアターの、ほとんど観客のいない座席に座る。しばらくして照明が落とされ、上映が始まった。  ロシア語を聞いているうちに、うとうとと微睡んでしまう。  スクリーンの中の主人公がヒロインとキスを交わしている。  あぁ、この男とラブストーリーを観るとは思ってもなかったなぁ。そんなことを思いながら、レオは意識を手放した。  「……月永くん」 その声に目が覚める。証明に目が眩む。映像が映し出されていたスクリーンはただの薄い布に戻っていた。 「あれ、もう終わっちゃったのか?」 「君はずっと寝てたんだねぇ」 「最初は起きてた!」 「ヒロインは最後死んでしまったよ」 「はぁ、ありがちな悲恋だな」 「僕もちょっと退屈だった」 そんな他愛のない会話をしながら映画館を出た。  道路沿いの道を歩いて、海に辿り着く。  夕焼けに、薄く夜の色が掛かっている。そんな空の色を垂らされた海が、静かに波打っている。  柔らかく麗らかな三月の橙色の陽射しに、彼の金髪が光る。 「……夢ノ咲の海は、もっと明るい色をしていた気がするなぁ」 ひとりごとのようなその言葉に返す言葉を、レオは持っていない。ただ彼の背と、その先に広がる海を見つめる。  波打ち際でしばらく海を眺めていた英智が、不意に靴と靴下を脱いだ。細い足首の線が露わになる。  レオが声を上げる前に、英智は裸足で海の中に入った。  「冷たい」 「風邪ひくぞ」 「ひかないよ」 レオの心配をよそに、英智は靴を片手に歩いていく。  深い溜息を吐いて彼の後を追う。手で触れた海水は凍えるほど冷たくて、レオは英智の神経を疑った。  「君は寒がりだもんねぇ」 振り返って立ち止まった英智が笑う。追いついたレオは彼の細い手首を引いた。迫り来る波から英智の足が逃げる。 「冬の海に入るのはおまえみたいな酔狂だけだよ」 「三月はもう春じゃない?」 「冬だろ」 英智はコートのポケットから白いハンカチを取り出して、濡れて砂のついた足を拭いた。すぐにそのハンカチは汚れて、きっともう使い物にならないだろう。しかしそれも、英智とレオにとってはもうどうでもよかった。  レオの肩を借りて、英智が靴下と靴を履く。 「帰ろうか」 「腹減った」 「何か食べる?」 「うん」 砂浜に残った二人の足跡は、すぐに波に掻き消されていった。
 月永くん、と呼ばれる。  仰向けになると、布団の上に座った英智の手が伸びてきて、髪に触れた。 「……思い出してしまうね」 「なにを」 「昔のこと」  ――――キスしたこと、憶えてる? 問い掛けられて、レオは顔を顰めた。  「よかった。憶えててくれて」 「何もよくない」 英智の指の間から、長い赤毛がはらはらとすり抜けていく。それを見つめながら、英智は、 「相変わらず君はひどいなぁ」 なんて、笑う。  「またするかい? 楽しいこと」 「絶対に嫌だ」 「どうして?」 「痛いだけだ」 「そうかな?」 「痛い」 「手術に比べれば全然だよ」 「麻酔するだろ」 「してもしなくても、痛いものは痛いよ。肌を切り裂かれるんだから」  レオは黙って英智のパジャマのボタンに手を伸ばした。彼はされるがままだ。パジャマを脱がせ、下着をまくり上げた。  あの頃、くっきりと残っていた胸の下の傷は薄くなっていた。細胞が修復している。この男の身体はきちんと機能している。  指先で、その傷跡をつうとなぞる。彼の唇から甘い吐息が漏れた。 「月永くん、さっきの冗談だよ」 暗がりの中で彼の瞳が光っている。獣みたいだ、と思う。  「……解ってる」 柔らかな拒否を呑み込んで、彼の身体から手を放す。掌に、彼の低い体温が残っている。  レオは布団に寝転がり、パジャマを着直す英智に背を向けた。 「……おやすみ、月永くん」 そう言った彼の手は、レオに触れなかった。
 『生徒会』と『五奇人』の抗争時代に、レオと英智は何度か身体を重ねたことがある。  若さゆえの過ちだった。英智に生徒会室に呼ばれて、粛然とした箱の中で密やかに抱き合った。  一度目はお互いを苦しめるためだけの痛々しい行為に過ぎなかった。身体を貫くような痛みに吠えて、吠えさせた。  二度目、三度目、そう回数を重ねていくうちに本当の目的を見失っていった。  バスタオルを敷いた床にレオは押し倒される。自分を見下ろすその瞳を見つめながら、唇を触れ合わせる。唇の皺ひとつひとつを確かめるように、何度も、何度も。  そして深いキスに変わる。舌を絡めて、音を立てて。 ブレザーを、ワイシャツを、お互いに脱がしていく。蠱惑的な瞳を見つめながら。  肌蹴たシャツの下、露わになった彼の胸元を初めて見たとき、レオは息を呑んだ。 「……これかい?」 つ、と彼の指がその線をなぞる。  左胸を横切る醜い傷跡。それは白い肌にくっきりと刻まれていた。 「手術の痕だよ」 何でもなさそうにそう言って、笑う。 「醜いだろう?」 自嘲のような、挑発的な笑みが気に入らなくて、端を引き上げた唇を噛んだ。  何回目かの行為の最中には、 「くたばっちまえ」 と息も絶え絶えに口にしたことがある。音楽が生まれないゆえの苛立ちをぶつけた、ただの八つ当たりだった。そう叫んでも、怒りと憎悪に塗れたレオの身体にキスを落としながら、英智は強気に目を細めるだけだった。  ダンスに使う四肢も、歌うための声も、今は飢えた獣のものでしかない。  理性と本能が剝離していく感覚がレオを快楽に突き落とす。それはきっと、英智も一緒だった。  制服を着た英智が自分を見下ろしている。  「声、聞かせてくれないかい?」 嫌だ、と反論する声が擦れている。  「レオ、気持ちいい?」 一対の青色が冷淡に細められて、背筋に電流が走る。それと同時に、音楽が生まれていく。ペンを取ろうとしたレオの手を英智が押さえ付けて、そして深く口づける。  「……ッ、あ、ぁ」 「レオ、」 名前を呼ばれて、理性が崩壊する。ふたりの獣は吠える。  全部が欲しい。この男の全てを、奪って、殺してやりたい。  「英智……ッ!」  憎い。愛おしい。殺したい。終わりに、したい。  混沌とした感情を快楽に混ぜて飲み干していく。  そして熱が醒め切ってから、あの行為で戦意を失ってしまえ、と懇願していた。
 スマートフォンのアラームで浮遊した意識はすぐに覚醒した。  布団から腕だけ出してスマートフォンを掴む。寝起きの頭にガンガンと響く煩いアラームを止めた。  隣から寝息が聞こえる。不幸中の幸い、英智はまだ眠っているようだ。  彼を起こさないように布団を抜け出し、枕元に畳んでおいた着替えを持って風呂場へ直行した。  寝間着と下着を洗濯機に投げ入れボタンを押してから、浴室へ入った。  熱いお湯を全身に浴びて頭が冴えていく。  あんな夢を見るなんて、どうして今更。まるで昨日の言葉に乗せられているみたいじゃないか、と自己嫌悪に陥る。  ――――またするかい? 楽しいこと。 歪められた瞳を思い出す。あの部屋でレオを見下ろしたときと同じ眼差しだった。  髪の毛先から雫が連なって床に落ち音を立てる。  あいつにとっては、楽しいことだったのか。おれにとってはちっとも楽しくなかったけど。  痛くて、息が詰まって、苦しくて、でも、それ以上に気持ち良かった。  けれど、抗争時代の後、レオと英智がその行為をすることはなかった。
 さっさと一人で朝食を済ませて、レオは作曲のためにピアノと譜面と向かい合っていた。そんなレオの姿を見咎めて、英智が声を掛ける。 「今日はずいぶんと早起きだね。昨日もなかなか寝付けずに、遅くまで起きてたんだろう?」  重低音のメロディーを荒々しく弾きながら、レオは顔を背けた。  「何か嫌がらせしたかな?」 独り言を呟きながら、英智はレオの傍へやって来る。  それを咎める気にもならなかった。  音楽が、生まれない。  音符を書いては消し、楽譜を書き上げては丸めて床に捨てた。起きてからずっとこの調子だった。  寝起きが一番頭が冴えるはずだ。一番いい曲が書けるはずだ。こんなこと、一度もなかった。おれは天才だ、音楽を生めないなんて有り得ない。  英智の白い手が散らばった楽譜を手に取る。  そして、その声が音符を追う。  「な、」 レオはピアノに凭れていた頭を持ち上げて彼を見つめた。  楽譜に向けられていた視線がレオに移る。 「歌うな」 そう制しても彼は止めない。  あの眩しいスポットライトの光と華やかな歓声に包まれている。純白の衣装を身にまとった彼の貫くような視線に、あの頃、欲情していた。  歌声がレオの心臓を突き刺す。  「やめろ、」 違う。おれが作りたいのは、こんな、醜い曲じゃない。  「やめろ!!」 両手で鍵盤を思い切り叩いた。貫くような不協和音と怒鳴り声が部屋中に響いて、英智は驚いたような顔をして、歌うのを止めてレオを見た。  彼の胸倉を掴み、そのまま床に押し倒した。痛みに彼の表情が歪み��落ちていた楽譜が舞う。 「こんな曲に価値なんてない!」 「……どうして」 「こんなんじゃない、おれが創りたいのは、もっと、もっとあの頃みたいな」 「月永くん、」  冷淡な声に息が詰まった。白い手がレオの喉笛に添えられる。深い色をした瞳に、深層部までを見透かされてしまっている気がした。  「……あの頃には、戻れないよ」 窓の外で一層強く雨が降り頻る。その音にも邪魔されずに、彼の声はレオの鼓膜を震わせた。  その声に、記憶を翳して、辿っている。  ――――君の負けだ、  ――――『王さま』  ――――『Knights』の王、月永レオ  レオは英智を突き放し、ピアノの傍に置いておいた財布と携帯を引っ掴んで家を飛び出した。  三月の冷たい雨が身体を打つ。肌の表面は凍えるほど冷たくなっていくのに、頭には血が上って熱くなっていく。  呼び止める声も、追い掛ける足音も、聞こえなかった。  煩い雨音に紛れて聞こえなかっただけだと信じたがる自分が、ひどく惨めだった。
4
 夢ノ咲学院の裏の砂浜で、ふたりきりになったことが一度だけある。  十八歳の秋。  砂浜に音符を刻む。湧き上がる霊感に追いつかなければ。  と、そのときだった。  「久しぶりだねぇ」 懐かしい声に、手を止める。  ザァ、と音を立ててやってきた波が音符をさらっていくのを見送って、レオは振り返った。 「……おかえり、月永くん」  相変わらず頼りない細い身体だった。入退院を繰り返していると風の噂で訊いた。  「また君と兵刃を交えられると思うと嬉しいよ」 「それはもうごめんだな」 目の前に立った男を見上げる。  「もう帰ってきてくれないと思った」 「まだやるべきことが残ってる」 く、と青い瞳が細められる。 「キス、してもいい?」 「再会祝いのつもりか?」  目線がふたりの間で絡み合って、英智が細い腰を折ってレオの唇に口づけた。  おまえを殺したい。  はっきりと、あのステージの上でそう思ったことを思い出す。  おれの描いた音符で首を絞めて、剣のような歌声で心臓を貫きたい。  おれがおまえにされたことをしてやりたい。  心臓が止まって、そのまま玉座からずり落ちてしまえばいい。  でもそれは、レオの役目ではなかったらしい。  時代を変えた『新星』たちが、『王』のいないあいだに『皇帝』を殺した。  「なぁ、『皇帝』、」 離れていく唇を引き留めずに、まっすぐと英智を見つめる。その渾名はもう似合わないか、とも思ったが、レオの中で、天祥院英智という男は『皇帝』でしかなかった。  「おれの悪足掻きに付き合ってよ」  青い瞳に自分が映っている。鏡のようなそれは凪いだ海と似ていた。  「いいよ、君の考えることは退屈しないからねぇ」 そう言って、笑った横顔が昔と違うことに気づいたが、レオは何も言わなかった。
 ふ、と目が醒める。スマホの画面を確認すると、もうすぐ午後六時を回るころだった。  朝、あの家を飛び出して、夢ノ咲とは逆の方向へ向かっていく電車に乗り込んだ。絶えず変わっていく車窓を見つめながら、気分でいろいろな駅に降りた。  荒れた海が見える町。ビルが立ち並ぶ都会。教会のある田舎町。山ばかりの町。寂れた商店街がある街。  そうしてあの田舎町から、英智から、遠ざかってきた。  英智からの連絡はなく、それ以前に、スマートフォンの電池は切れて使い物にならなかった。  雨は昼間より強くなっている。アナウンスが鳴っていて、多くの人から席から立ち上がった。それに倣うように重い腰を持ち上げて、人に押されるように電車から降りる。  コンコースの人混みの間をすり抜けながら外へ出れば、降り頻る強い雨が身体に叩きつけられる。コンビニで買ったビニール傘は、前の町で壊れて捨ててしまった。  ダウンのフードを被り、寒さに息を吐く。  傘を差した人たちが足早に歩いていく。レオの横を通り過ぎた何人かが、傘を差さないレオを訝しげに見てはすぐ目を逸らす。  孤独だ、と思った。  こんなにたくさん、数えきれないほど傍に人がいるのに、孤独しか感じないのは、なぜ。  「……『王さま』?」 聞き慣れた声に後ろを振り返る。灰色のコートを着て青い傘を差した、端正な顔の男が立っていた。 「おぉ、セナ、久しぶりだなぁ」 駆け寄ってくるかつての仲間に、無理に作った笑顔を見せた。  「ずぶ濡れじゃん、こんなところで何してるわけぇ?」 泉はレオの腕を引いて傘の中に入れた。 「身体も冷え切ってるし」 「わはははっ、セナは相変わらず世話焼きだなぁ」 「無理して笑わなくていいから」 ほら、行くよ、と腕を引かれて歩き出す。自分より少し背の高い男の背中は、昔と変わらず大きく見えた。  ふたりが雨宿りに入ったのは通りにあるカフェだった。客は少なく、店内にはBGMと、窓の外の雨音が流れていた。  窓際の席に向かい合う形で腰掛け、泉が店員を呼ぶ。 「コーヒーで良い?」 と訊かれ、黙って肯いた。 「ホットのブレンドコーヒーを二つ」 という泉の注文する声が雨音を消す。店員は注文を取るとすぐに去っていった。  「……で、」 頬杖をつきながら泉が話を切り出す。 「卒業式後からどこに行ってたわけ?」 「田舎町だよ」  泉の青い瞳をじっと見つめる。彼より濃い、青。それに嘘が通じないことは理解している。 「セナはこんな都会で何してたんだ?」 「仕事に決まってるでしょ。モデル業に復帰したらすぐに大量の依頼が来たの」 「さっすが売れっ子モデルだなぁ~」 「お褒めの言葉をありがとう、『天才作曲家』さん。アンタも仕事来てるんでしょ?人づてに聞いたよぉ?」 「まぁな。でも大体断ってるよ、充電期間」 「何言ってんの、散々充電してたくせに」 「それは、あの戦いから逃げた期間のこと?」 思わず語気を強めてしまったことに、すぐ口を噤んだ。  「……ごめん」 そう謝れば、泉が窓の方に顔を背ける。 「今のは、俺も悪いから」 気まずそうに、彼はそう言った。  お待たせいたしました、という店員の声にふたりで顔を上げる。それぞれの前にコーヒーカップが置かれ、また店員は去っていった。  テーブルの端に常備されているシュガーを手に取って、黒い液体の中に入れた。ブラックコーヒーを啜り、泉が言う。 「珍しいね、砂糖入れるなんて。ブラックで飲まないの」  そう問われて、目を伏せる。黙ってコーヒーを飲んだ。今まで甘いフルーツティーやミルクティーなどの紅茶ばかり飲んでいたからか、とても苦く感じた。  「……『皇帝』と一緒にいたの」 その問いに、レオは思わず目を見開いた。 「……なんで」 「昔と、同じ目をしてるから。当たり?」 「セナには敵わないなぁ」 苦笑しながら苦いだけのコーヒーを啜る。  泉が、かちゃん、と音を立ててコーヒーカップを置く。  「……一週間だけって約束で暮らしてたんだけど、ちょっといろいろあってさ。出てきたんだ」 「探してんじゃないの」 「さあなぁ」 ふぅん、とどうでもよさそうに泉が相槌を打ち、 「これからどうすんの」 と訊く。  「自分の家に帰ろうかなぁ」 あの日本家屋に着替えなどは置きっぱなしだが、わざわざ取りに行きたくもないし、大して大事なものでもない。このまま黙って帰ればいいだろう。  はぁ、と息を吐いた泉が立ち上がる。  「傘買ってきてあげるから。ここから動かないでよね、分かった?」 泉はそう言って、傘を差して土砂降りの雨の中へ出ていった。銀色の髪と灰色のコートはすぐに人混みに紛れていく。  あの頃と同じ目――――どんな目だろうか。すべてを喪ったような光を持つ瞳だろうか。あぁ、そうか。おれはまだ 過去に囚われているのか。セナは自分の道を、自分の未来をまっすぐ見据えて歩き出しているというのに、おれはまだ未練があるのか。  彼の姿が窓から見えなくなると、レオはレジに行って二人分のコーヒー代を払い、店を出た。  そして、泉が歩いていった道とは反対の道を、雨に打たれながら歩いた。
 夜になっても、雨はやまない。  建ち並んだビルの窓から漏れる光の色に雨粒が染まって、黒いコンクリートの上で砕け散る。  交差点の後ろに聳え立つビルの大型モニターの中で、知らないアイドルが歌っている。  しかしその歌声は雨音や足音に掻き消されて誰の耳にも届かない。  あぁ、おれの音楽もこんな風に踏みつぶされていくのか。  あいつが命を削りながら叫ぶ声も、誰の耳にも届かずに靴底の跡をつけられるだけなのか。  城を出た王は庶民と変わらないのか。  あの頃の栄光を得ることなんて、できないのか。  交差点の真ん中で茫然と立ち竦むレオの横を、人々が通り過ぎていく。暗い波が去っていく。  「――――月永くん、」 そう、呼ぶ。あの頃とは違う、丸みを帯びた優しい声が。  ふと、身体に叩きつけられていた雨が止んで顔を上げた。  傘を持つ白い手。自分より高い背丈。コートのフードから覗く金色の髪からは雫が滴っている。 「月永くん」 彼の濡れた肩を見て、思わず笑う。  ���れと同時に、今まで張りつめていた糸が��つん、と切れて、全身の力が抜けた気がした。 「……傘の意味ないじゃん」 寒さに擦れた言葉は、最後まで言い終えることなく途切れた。  英智の冷え切った身体が、レオの身体を抱き締めた。  甘いトワレの匂い。一日中、この匂いを探していた。冷え切った身体を強く抱き締め返す。 「『皇帝』、」 「……帰ろう、月永くん」 帰ろう、と噛み締めるように、英智はもう一度囁いた。  それに対しての上手な答え方をレオは知らない。  「あぁ」 そうとだけ言って細い手を掴み、彼の持つ傘を受け取って歩き出す。  人混みの中に、ふたりの声は呑まれていった。
 「どうしてあそこにいるって分かったんだ」 そう問う。  都会の電車の中に、濡れ鼠になった会社員や学生の憂鬱が立ち込めている。  扉の傍の手摺に寄り掛かった英智が、車窓の外に目を向ける。 「……なんとなく。夢ノ咲の方には行かないだろうと思って、こっちに来たんだ。そうしたら、瀬名くんからメールが来て」 「はぁ、つまらないことするよなぁ、セナも」 「でもずいぶん探したんだよ」 おかげでぐっしょりだ、とコートの裾を絞ってみせた。電車の床に水滴が落ちる。  「会えて、良かった」 そう言って、レオの肩に頭を凭れる。香水に混じって、雨の匂いがした。  ねぇ、と擦れた声が左耳を擽る。 「……キス、してもいい?」 「再会祝いのつもりか?」 ゆっくりと電車がスピードを落とし、駅に停車する。降りていく大勢の人々の背中を見送って、ふたりは空いた席に腰を下ろした。  「もう昔じゃない、しないからな」 「冗談だよ」 はぁ、という隣で吐かれた溜息が電車の車輪が擦れる音に消えていく。  「……おまえのことだから、探しに来ないと思った」 トンネルに入る。ライトの光が差し込んでは通り過ぎ、また差し込んで、通り過ぎて消えていく。 「探してほしかったくせに」 揶揄う口調で英智が言う。 「べつに」 「素直じゃないなぁ」  横目で睨めば、英智は肩を竦めてみせた。 「……約束しただろう、秋の海で。君の悪足掻きに付き合ったんだから、僕の悪足掻きにも付き合ってもらわないと」 「そんなこと、いちいち憶えてるのか」 「もちろん。学院での思い出はすべて僕の宝だよ」 トンネルを抜けても、やはり窓の外は暗い。まっくろな闇が世界を包んでいる。  「……どこへ、行っていたの」 そう問われて、レオは、 「いろんなところ」 と答えた。  「海が見えるところ?」 「あぁ、行った。銭湯がある町もあった」 「銭湯には行ったの?」 「うん」 「風呂上がりに瓶牛乳を飲むんだろう?」 「あぁ、美味かった」 「いいなぁ、僕も行ってみたいよ」 どちらも、今度一緒に行こう、などとは言わなかった。  手と手が触れた。逃げずにいると、そっと手を繋がれた。  「……曲は、書けそうかい?」 英智の問い掛けに、レオは肩を竦めた。 「さあなぁ。まぁ、学院のときは生き急いでた感じだったし、少し休めってことじゃねえの」 「そうだねぇ。君はほんとうに忙しそうだった」 と、英智は懐かしむように笑った。その横顔が、すぐに消えてしまいそうな気がした。  「……おまえも人のこと言えない」 レオの言葉に、英智が顔を上げてレオの瞳をじっと見つめた。呑み込まれそうだと思うほど深い、深い青だった。 「なにをそんなに急いでんの」 英智は困ったように微笑んだ。 「急いでいるように見える?」 「……あぁ」 低い声で答えれば、彼は目を伏せる。 「まさか君にそんなことを言われるとは思ってなかったよ」  向かい側の席の窓を見つめながら英智の肩に頭を凭れた。重いよ、と声がしたが気にしなかった。  「……眠いな」 「眠いねぇ」 「あと何時間で着く」 「二時間はかかるかな」 ゆっくりと瞼を閉じれば、浮遊感に似た、夜の色より深い闇が身体を包む。  ふたつの手はどちらも冷え切っていて、一向に温まらない。
 家に着いたのは���日付が変わる、少し前の頃だった。  雫が滴る洋服をすべて脱いで洗濯機の中に押し込み、風呂で熱いお湯を浴びる。冷え切った身体がじょじょに温まっていった。  先に風呂に入った英智はすでに布団の中に潜り込んでいた。垂れ下がった紐を引いて電気を消す。  隣に並べられた布団に入れば、月永くん、と声がした。だんだん暗闇に目が慣れて、英智の顔が見えた。 「なんだ、まだ起きてたのか」 「うん、なんだか寝付けなくて。電車でも、ずっと起きてた」 それは、気づいていた。途中で意識が戻って、いつの間にか彼の頭の方が上にあり、彼の瞳は開いていた。その青は、じっと向かい側の窓を見つめていた。  「眠くないわけ」 「眠いんだけど、なんでかなぁ……」 困ったように彼が笑った。掛布団の上の右手をそっと取れば、何も言わずに握り締められる。   深夜特有の研ぎ澄まされた空気に降り頻る雨の音が響く。それをたっぷりと聞いてから、英智が呟いた。  「……眠るのが、怖いんだ」 繋がれた彼の右手に力が籠る。天井を見上げる彼の目の光はあの頃に比べるとずいぶん弱々しく見えた。  もしも、と彼の唇が動く。 「もしも、朝が来ても目が醒めなかったら?僕に朝が来なかったら?……考えるだけで、身が竦むんだ」 「……」 「長く生きられないって解っているつもりだ。いつ死んでもおかしくない身体だって理解している。それでも、それでも毎日眠るときになって恐怖が僕を支配するんだ」  彼の弱さの吐露に、レオは寝がえりを打った。手は、繋いだまま。 「……あいにく、おれは作曲の天才だ。作詞の才能はこれっぽっちもない。だからおまえが欲しいような言葉をおれは見つけられない」  英智は一瞬驚いたような顔をして、そして微笑んで、 「あぁ、そうだったね」 と言う。  無意識に、指を絡める。細い指だった。 「……明日、起こしてやるから」 「ふふ、うん。頼むよ、早起きはどうも苦手でね」  そっと英智の布団の中へ足を忍ばせ、相変わらず冷たい彼の爪先に触れた。 「あったかい」 と、彼が笑う。レオの体温が、徐々に英智に移っていく。  「……おやすみ、月永くん」 「……おやすみ」 そう返事をすると、左手をぎゅっと握られた。英智がゆっくりと瞼を閉じる。神に祈る儀式のようだった。  命あるもの、誰だっていつかは死ぬさ。おれも、おまえも。それが早いか遅いか、その違いだけだ。  心の中でそっとそう囁いて、瞼を閉じた。
5
 衣擦れの音に目が醒める。足音と咳き込む声が離れていく。  「『皇帝』……?」 起き上がって横を見ると、隣に彼の姿はなく、乱れた掛け布団が投げ出されていた。窓の外は暗い、まだ日も出ていない時間だ。  重い瞼を擦りながら、彼の後を追う。  居間にも、トイレにも、風呂にも、離れの部屋にもいなかった。 「朝からどこに行ったんだ……?」 渡り廊下を歩いているときだった。微かに水が流れる音がした。  中庭の方からだ。置いてあった下駄をつっかけて、中庭へ向かった。中央に植えられた梅の木の花が風に揺れる。  壁に取り付けられた立水栓の前で英智が蛇口のハンドルを掴んでいた。静寂に包まれた夜明け前の空に、水が流れる音だけが響く。  声を掛けようとして、やめた。  ――――英智は、泣いていた。 必死に、声を押し殺している。きつく噛み締めた唇の間から嗚咽が漏れる。悲鳴のようなそれに足が竦んだ。  しばらくして英智が水を止めた。  英智が縁側に上がって、その姿が見えなくなると、レオはその水道の前に行く。薄紅色の梅の花びらが浮かぶ水に、濃い赤が混じっている。  「……何の赤だ?」 ひとり首を傾げながら、蛇口を捻る。冷えた水がぐるぐると小さな渦を巻きながら花びらとその赤を排水口へ流していった。
 寝室へ戻ろうと廊下を歩いているとき、居間の灯りが点いていた。障子に透けるその光の中に影がある。  静かに障子を開けると、畳の上に英智が横たわっていた。  「……『皇帝』?」 顔を覗き込む。薄い瞼が開き、潤んだ青い瞳にレオの顔が映った。 「月永くん、」 その声は擦れていた。やけに赤い頬に触れると、溶けるかと思うほど熱かった。 「おまえ、すごい熱だぞ!」 「ん……身体が怠い……」 「こんなところで寝てたら余計熱上がるだろ!布団で寝ろよ!」 立ち上がらせるために熱い腕を掴んで、息を呑んだ。  元々細い身体だ。知っている。  しかし、こんなに細かっただろうか。  軽いその身体を背負い、二階の寝室へ向かう。布団に寝かせて、水で濡らしたタオルを彼の額に乗せた。  「……ありがとう、月永くん」 そう言って、赤い頬のまま笑う。幾筋もの汗が垂れている。 「……君は、いいお嫁さんに、なるねぇ……」 「バカ。いいから寝ろ」 バカはひどいなぁ、とぼやいて、レオの手を掴んだ。 「一緒に、いてくれないかい」 幼い子供のような表情に、レオは逆らえない。  黙って同じ布団に潜り込むと、英智は驚いたような顔をした。彼が口を開く前に、目を細める。 「ほら、寝ろって」 繋いだままの手は熱い。 「……うん、おやすみ」 「おやすみ」  いつもは冷たいのになぁ、なんて思いながら、レオも英智と同じように瞼を閉じた。昨日の疲労が残っているせいか、あっという間に眠りに落ちた。  次に目が覚めたときには、すっかり日も昇り、昼に近い時間帯だった。  英智は変わらず、長い睫毛を伏せてすやすやと眠っていた。彼の額に浮かんだ汗を、乾いてしまったタオルで拭ってやる。  低い音で腹が鳴った。英智を起こさないように静かに布団から出て、一階の台所へ向かう。背の低い冷蔵庫にはほとんど食材がなく、買いに行かなければ何も作れない。  二階へ戻り、冷やし直したタオルを英智の額に乗せた。着替えてから、メモ帳に『買い物に行く』と走り書きを残して家を出た。
 スーパーで買い物を終えた頃には腹がぐるぐると鳴っていた。  食材を冷蔵庫に入れ、冷却シートを持って寝室へ向かう。  襖を開けたが、布団の上に彼はいなかった。  まさかまた、と思い中庭に行ったが、彼はいなかった。トイレだろうか、と踵を返そうとしたそのとき、ピアノの音色が聞こえた。  ブランケットを肩に羽織った英智が、ピアノの前の椅子に座って鍵盤に触れていた。 「……あれ、見つかっちゃった」 そう言って笑いながら、モーツァルトのピアノソナタを弾く。 「モーツァルトは嫌いだ」 ピアノに凭れ掛かって、冷却シートを一枚取り出す。  顔を上げた英智の前髪を指で梳く。露わになった額にそれを貼ってやると、冷たい、と眉を顰めた。  「安静にしてろって言っただろ」 「なんとなくピアノが弾きたい気分になったんだよ」 そう言って、近くにあったもう一脚の椅子を引き寄せてレオに座るよう勧めた。溜息を吐きつつ、腰を下ろす。 「一曲だけだからな」  そうして、あの連弾曲を弾く。  時折、英智は咳をした。細い喉のしがらみ。  たまに、レオの左手と英智の右手が触れ合った。わざとらしく指を絡められて振り払えば、英智は楽しそうに笑った。そして、また咳をする。  白と黒の鍵盤の上で、二十本の指が自由に躍る。  離れて。近づいて。触れて。また、離れる。  誰かのために、と定めて曲を作ることは少ない。そのとき生まれた霊感を音符に変えるだけだ。  この連弾曲も、そうだ。  『皇帝』と呼ばれた天祥院英智という男に触れて、声を聞いて、そうして生まれた霊感を形に、音に、変えて出来上がった曲だ。  すぐ傍に体温がある。  彼の鼓動が聞こえる。  けれど安心できない。それは、雨の都会の街で感じた孤独に似ていた。  最後の一音の残響が部屋に響いた。  「……月永くん、」 「なに」 ふ、と彼が目を伏せ、なんでもない、と言う。  英智の手を取って立ち上がらせる。  「昼飯、食べれる?」 「お粥かい?」 「そう」 「あんまり好きじゃないんだよなぁ……」 「文句言うなよ」 なんとなく、その手を放せなかった。寝室に行くまで、ずっと手を繋いだままだった。
 昼食を食べ終えて、英智はまた眠りについた。レオはピアノに触れた。 それからメモ帳を広げたものの、まったく霊感は湧かなかった。昨日の朝方から陥ったスランプから、まだ抜け出せないでいる。もどかしい気持ちばかりが募って、ペンが進まない。  掴もうとした音がばらばらに飛び散っていって、指の間をすり抜けていく。音符の形になろうとせず、五線譜の中に納まってくれない。  あぁ、おれはどんなふうに曲を書いていたんだろう。  弾きたい曲もない。書きたい曲もない。  おれは、あの学院にいるとき、スランプになって足を枷に捕らわれたとき、どうしていたっけ。  鍵盤の上に頬を乗せていたとき、ピアノの横に置きっぱなしにしていたスマホが震えた。  腕だけを伸ばし、それを手に取った。『新着メールが届いています』という通知が液晶画面に表示された。  メールボックスを開くと、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。  差出人は有名な映画製作会社だった。レオはその会社の映画を観たことはないが、今まで出席してきた表彰式などで名前を聞いた。映画の劇中歌が賞を貰っていた気がする。  メールの趣旨は、次回作の映画の劇中歌を作曲してほしい、というようなことだった。依頼を受けてくれるのなら、詳しいことは会って話したい、早ければ明後日に、とも書いてあった。  ピアノの蓋を閉じて、寝室へ戻ると、目を覚ましたらしい英智が窓辺に腰掛けていた。  夕陽がきらきらと彼の金色の髪に反射している。濃い影が彼の背中から伸びていた。  額、高い鼻、顎のラインを目線で辿る。  視線に気づいたのか、振り返った英智が、 「月永くん」 と呼んだ。  レオはその隣に座って、彼が見ていた景色を見た。  まだ山には少し雪は残っているが、白や赤の梅が春の訪れを告げるように花開いている。薄紫色の雲が伸びていて、いつだかの時代の物語を思い出した。春はあけぼの、だ。今はあけぼのではなく夕暮れだけれど。 「春の夕暮れは好きだよ。柔らかい匂いと色がする」 と、まるでレオの心を読んだかのように英智が言った。  「……仕事を依頼された」 唐突に話が変わったにもかかわらず、英智は驚くこともなく、そう、とだけ相槌を打った。 「明後日、昼間いなくなるけど」 「うん、君の帰りを待ってるよ。夜になったら家に帰ろう」 元々そういう約束だった。七日目の夜には帰って、そして。  「……どんな仕事なの?」 「映画の、劇中歌の制作」 「大抜擢だねぇ」  咽た英智の背を撫でてやると、彼はもう一度窓の向こうを見た。 「春には街中の桜が咲いて、一面桜色に染まる。夏には蝉が鳴いて、八月の夜は隣町で打ち上げられる花火がとても綺麗に見える。秋には庭のイチョウや山の紅葉が色づくんだ。冬は空気が澄んで星がいちだんと美しいから、寒さも忘れてずっと見ていられる。僕は、いつも病院のベッドの上で、窓から町を見下ろしていた」 そう言ってから、また静かに咳き込んだ。 「……この町の四季も、見たかったなぁ。夏にしか来たことなかったから」 「住めばいいじゃん、この家に」 「無理だよ、この家は売られるんだ」 「わがまま言えよ」 「もう買い取られたんだ」 残念そうに、彼がそう言った。 「僕がこの町に来ることはもうないよ」  その指が窓にサインを綴る。  「形あるものはいつか失われるんだ、解っているよ。……ただ、もう少し時間があれば、とは思ってしまうけれど」 形あるもの、それが何を指すのか、レオは訊けなかった。  振り返った英智が、来て、と言う。  その声が、やけに細くて。  鼻が触れてしまうほど、距離を縮めた。彼に向き合うように。  「……君と一緒に暮らせたら良かったなぁ」 「おれはごめんだな」 「冗談だよ」 そして、ゆっくりと唇を寄せた。薄くて乾燥した唇だった。離れていくとき、思わずぺろりと舐めてやった。何食わぬ顔で、 「……あの頃とは違うんだぞ」 と言えば、英智はどこか哀しそうに微笑んで顔を伏せた。長い前髪がその表情を隠す。 「解っているよ」  その前髪を指で持ち上げ、顔を覗き込む。 「……みっともない顔だなぁ」 「そのとおりだよ」 もう一度、そのままキスをした。  最後の悪足掻きだ、許してほしい。  あの学院で終わったあの輝きを今だけ、もう一度だけ。  優しくて柔らかい匂いと色がする春の夕暮れは、なぜか寂しい気持ちになるのだと、レオはそのとき初めて知った。
 徐々に頭が冴えてきて、そして勢いよく起き上がった。  いない。  英智は、布団の上にいなかった。  部屋を出て違う部屋を覗いたが彼の姿はなかった。  一階に降りて、居間や台所、洗面所、風呂場や囲炉裏部屋にも、トイレにも、彼の姿はなかった。  離れに向かおうとして渡り廊下を歩きながら、ふと中庭に目をやった。  裸足のまま、地面を歩く。ひんやりと冷たい土を踏む。  青い絵の具を垂らしたかのような真っ青な空に、白い梅の花が風に揺れている。  その木の下にしゃがみこんだ彼もまた、レオと同じように裸足だった。  「……何してるんだよ」 後ろから声を掛けると、英智が振り返る。顔色は昨日ほど悪くはない。 「……月永くん、」 と呼んだ彼の額に、手の甲で触れる。まだ少し熱が残っている。そのまま、指で前髪を梳けば、擽ったそうに彼が瞳を伏せる。  「……ぶり返すぞ」 「うん、でもあともう少し」  レオの手から逃れて、また梅の木を見上げる。そうわがままを言う横顔は幼い子供のようなのに、瞳は世界の仕組みのすべてを知った大人に似た、冷たい光を宿していた。昔とは違う、熱のない光。昨日の夜と変わらない、弱々しい光。  彼は梅の木の幹に額を当てた。まるで信仰を伴った行動のようだった。伏せた睫毛から目を逸らし、彼の足首の細い線を見つめる。  小さく彼が、ステージの上で歌っていた歌を口ずさむ。  そうして、顔を上げて振り返った英智は微笑んでみせた。そんなに情けない顔をしていたのだろうか、と思わず口元を右手で覆う。  「ねえ、月永くん」 首を傾げれば、長い前髪がそれに合わせて揺れた。 「散歩に行きたい」
 坂道を上っていく後ろ姿を見つめながら、後を追う。  あたたかい陽射しの中、道の両脇に咲く梅の花と同じ色の彼のシャツが眩しく光る。  相変わらず白が似合う、と思った。  「……なぁ、」 「ん?」 振り返った彼に問う。 「白、好きなの」 彼は微笑んで頷いた。 「白は美しい色だと思わないかい?」  何者にも侵されないその色を纏った英智が、長い睫毛を伏せる。 「……それに昔、喪服は白色だったんだ」  ふわ、とふたりの頬を撫ぜた風は線香の匂いがした。  匂いの先を見ると、坂の途中に墓園があった。名前が刻まれた石が揃って並んでいる。 石と石の間の通り道を若い女性とその子供であろう幼い男の子が手を繋いで歩いていく。女性の腕には花束と線香の箱。  彼女が線香に火をつけ、その線香を立てた。細く白い糸のような煙が風に流れていく。  線香の匂い。  死の、匂い。  「……懐かしい匂いだ」 英智はそう呟いて、哀しくなるほど青い空を仰いだ。金色の髪がさらさらと風に靡いて、その隙間から形の良い耳が覗く。 「敬人の家に遊びに行くと、必ず線香の匂いがするんだ。敬人はその匂いが嫌いだって必ず言ってた。でもしょうがないよね、毎日お墓に誰かが来て、線香を上げていくんだから」  ゆっくりと瞬きをして、それから、 「行こうか」 と再び歩き始めた。  線香の匂いがしばらくレオの鼻先に残っていた。  辿り着いたのは、坂の上にあるあの神社だった。鮮やかな、赤い鳥居と青空のコントラストを目に焼き付ける。 「今日は海まで見える」 英智が眩しそうに目を細める。眼下に広がる町を、ふたり並んで見渡した。  細い畦道をバスが走っている。田んぼや畑に柔らかい緑が広がっている。乗客の少ない電車が走っている。遠くの海がきらきらと輝いている。  あの青に触れた彼の足首の線を思い出して、海へ行きたい、と思った。さざ波の音が耳の奥で聞こえる。  その音を、英智の歌声が掻き消していく。レオの知らない曲だった。  都会のビルのモニターの中で歌う彼の姿を想像する。似合わない衣装を着て、凡才の作った曲を歌って、センスのないダンスを踊る。  しかし、それでもきっと、雑踏に踏みつぶされることはないのだろう、と思った。誰しもがレオと同じように、彼の歌に心臓を掴まれ、息を止められるのだ。  歌い終わった彼は、大きく息を吐いて春の町を見下ろした。  「……僕は、神様はいると信じているんだ」 神様がいないと言ったらここから突き落とされるんだっけ、と思い出しながら彼の背を見つめる。 「神様がいなかったら、僕は誰に八つ当たりすればいい? 誰を憎めば、恨めばいい?」 振り返った英智の瞳に、息を呑んだ。  相手にすべてを投げ出させ、降伏させるためには手段を択ばない、あの『皇帝』そのものの光を宿した瞳だった。  それは、あの頃だけのものであって、今は。  英智は、絶壁の先と展望台を区切るフェンスの手すりの上に立った。  そのまま、重力に逆らうことなく落ちていく――――その彼の姿を想像して、レオは細い腕を思い切り引っ張った。重なるように倒れて、英智の全体重がレオの身体にかかり、ぐぇ、と呻き声を上げた。  起き上がった英智が、レオの顔を見て、それからぷっと噴き出した。 「あははっ、あはははは!」 愉快に笑い声を上げる英智に、レオは顔を赤くして怒鳴った。 「笑い事じゃないからな!」 「僕が、飛び降りると思ったのかい? はぁ、君の真剣な顔と言ったら、あっはははっ」 大口開けて子どものように笑う英智を見て、言葉を発する気力も失せた。  笑い続ける彼を無理矢理押し退けて、レオも起き上がった。  笑い過ぎて下瞼に溜まった涙を拭った英智が言う。 「はぁ、ほんとうに君がいると退屈しないなぁ」 やっぱり一緒に暮らそうか、なんて口にする英智に、 「絶対にごめんだね!」 と、べっと舌を出した。  やはり神様はいるのか、と思った。  賽銭をしたときに心の中で言ったのだ、この男の笑った顔が見てみたい、と。自分には決して見せないような顔を見れたら、きっと霊感が湧くのだろうと思ったから。  立ち上がろうとした英智が、あれ、と言う。先に立ち上がったレオが彼のつむじを見下ろす。  「……月永くん、」 「……なんだよ」 「腰が、抜けたみたいだ」 「このボンクラ『皇帝』!」 そう罵って、動けなくなった彼の身体を背負う。驚くほどの軽さに息を呑んだ。 「月永くんは優しいねぇ」 「貸しひとつな」  そうは言ったものの返される機会なんてもうないんだろうなぁ、と思いながら、麗らかな光が当たる坂道を下った。
 夜が更けて、彼の熱は少し上がった。 「昼間にはしゃぎすぎすぎたせいだろ」 と言えば、英智は、 「君の面白い顔を思い出すとまた笑ってしまうよ」 と言いながら、また笑っていた。  垂れ下がった紐を引いて、常夜灯に切り替わる。淡い光に目を擦り、彼の隣の布団に潜り込む。  そっと足を忍び込ませて、彼の足に触れる。  「あったかい」 彼はそう言って寝がえりを打ち、レオの方を向いた。レオはじっと天井を見上げたまま、光に目が慣れるのを待つ。  ねぇ、と彼が言う。  「君は、アイドルを辞めるのかい?」 考える時間さえなかった。その答えを、ずっと前から持ち合わせていた。 「あぁ」 天井の染みを数えながら短く答えると、英智は、けほ、と小さく咳をして、また問う。  「歌ってくれないの」 「歌わない」 「残念だなぁ……」 いつだかと同じやり取りをして、英智が咳をしながらも笑う。  「僕は君の歌声が好きなのに」 「嘘吐け」  英智が起き上がり、じっとレオの瞳を見つめた。暗闇の中で白すぎる顔がぼんやりと浮かんで見える。  深い溜息を吐いてから、今度はレオが問う。  「……お前は辞めないの」 「辞めない」 瞬時に返ってきた声に驚いて、英智を見つめ返す。その瞳が、強い声色とは裏腹に優しく細められた。 「辞められない、と言った方が正しいかな。アイドルという概念が僕を離してくれないんだ。それは苦じゃなくて喜ばしいことだよ、僕にとってはね」  なんとなく、その腕を取る。袖を捲って露わになった前膊は点滴の針の痕が多く残っていた。こんな脆い身体を引き摺り続けるなんて、自らの首を絞めるような行為だというのに。  「……月永くん、」 青が、揺らめく。あのときの薔薇の色も、この色だったとふと思い出す。  あの花と同じ、この虹彩の色が『神の祝福』だと言うのなら、皮肉にしか聞こえない。  手を伸ばして、彼の首に触れる。頸動脈が、どく、どく、と動いている。  「僕の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」 「あははっ、おまえに礼を言われる日が来るなんて思ってもなかったな~」 英智の冷たい指がレオの輪郭を撫でる。その表情に、無理に引き上げた唇の端を元の位置へと戻す。  「僕のこと、ずっと赦さないで」 「……なに言って、」 「僕が君にしたこと、全部、赦さないでいて」 そう言った瞬間、英智は大きく咳き込み始めた。 「お、い……」  いつもとは違う。ヒュー、ヒュー、と喉鳴っている。レオは起き上がって、英智の背を摩った。左胸の奥で煩い心臓がレオの思考を邪魔する。  神様はいつだってひどい。人間を簡単に裏切るのだ。自分そっくりにつくったこの男を祝福したというのに。  嘔吐いた英智の唇から、鮮血が吐き出された。レオの服と布団が真っ赤に染まる。  「英智!」 名前を、叫んだ。  英智が顔を上げる。血で汚れた美しい顔を見て、英智は人間なのだと痛感した。人間だから、生きているから、死んでしまう。  ――――そんな風に、また、呼んでほしかったんだ、レオ。 そう擦れた声で言って、英智は微笑む。  そして、糸が切れた操り人形のように、レオの方に倒れ込んだ。繋いだお互いの手の隙間から、英智の命を証明する紅が零れて指を伝う。  「英智!」 引き攣った喉から紡いだ声で、もう一度そう呼んでも、英智は長い睫毛を伏せたままだった。
6
 七日目。寒さがぶり返した。三寒四温とはこのことか、と思いながらマフラーを巻いた。  仕事の打ち合わせを終えて、あの田舎の街に向かうバスに乗っているときに、ポケットの中のスマートフォンが震えた。液晶画面には『ケイト』という着信相手の名前が表示される。  「もしもーし」 『もしもし』 卒業式以来に聞いた声は、相変わらず無愛想だった。しかしその中に少し疲労が窺える。 「珍しいな、お前がおれに電話かけてくるなんて」 『お前が電話に出ることも珍しいぞ』 「今暇してたんだよ」 『英智といるときは忙しかっただろう』  その言葉に呆れ笑いが出る。 「なに、俺を糾弾するためにわざわざ電話掛けてきたのか~?」 『逆だ。礼を言うためだ』  ふは、と思わず笑い声が出てしまった。電話越しに、咳払いと、『何笑っている』という声が聞こえた。 「お前に言われてもなぁ。『皇帝』本人に頭を下げさせたいんだよ、おれは」 冗談交じりにそう言えば、彼は黙ってしまった。  「あいつ、生きてんの?」 そう問えば、即座に、 『生きている』 と返ってきた。  『いつもよりひどい発作だったらしい。じきに良くなる。そうしたら、会いに来い』  会いに、か。  バスがゆっくりと止まる。老婦人が降りて、その後に続いてレオも降りた。  白く輝く星たちがよく見える、静かな夜だ。街灯のない畦道を歩く。冷え込んだ空気に身震いした。  フードに顔を埋めて息を吐く。  「分かった」 そう一言だけ、返事をした。  『あと、英智から伝言だ』 「伝言?」 『ピアノの傍に渡したかったものを置いておいた、と』 「……そうか」 敬人は何も訊かなかった。さすが気が利くなぁ、と感心しながら、一言二言を交わして電話を切った。  その頃には目的地に辿り着いていた。空き家となった日本家屋の門には、名札が掛かっていなかった。合鍵を使って戸を開ければ、初めて訪れたときのように沈黙が立ち籠めている。  スニーカーを脱ぎ、家に上がった。
 昨日の夜。  英智は血を吐いて意識を失った。レオが呼んだ救急車に乗せられて市街地の病院に運ばれていった。サイレンの赤い光と耳に響く音が遠ざかっていくのを見送って、踵を返した。  走って向かった中庭では、梅の花が月明かりの下、儚い白い光を放っている。両の掌を、月に翳した。  乾いた赤い血。彼の身体に通う血潮。生きた身体に、流れている血。  立水栓の前に立ち、自分の手にべっとりとこびり付いた彼の血を、冷たい水で洗い流す。  渦を巻きながら排水口へ運ばれていく血と水を見て気付いた。  あの朝が来る前。中庭の水道に浮かんでいた花びらを染めた赤は、英智の血だったのだと。  昨日の朝方も、英智は吐血していたのだと。ひとり、立水栓の前で体を折って、咳き込んで、鮮血を吐き出していたのだと。  苦しげに歪められた横顔と、必死に噛み殺そうとした嗚咽を思い出す。蛇口のハンドルを掴んだまま、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。  「……今更だよなぁ」 ひとりごとは誰にも届かず消えていった。  勢いよく吹き出す冷水に左手を当て続けた。指先の感覚が、なくなるまで。
 渡り廊下の先の離れに入る。東の窓から差す月明かりの下、グランドピアノが佇んでいた。  ふたりで腰掛けて連弾したことを思い出す。白く細い骨ばった指がレオの描いた音符を追って、鍵盤の上で踊っていた。  日本家屋に似つかわしくない茶色のグランドピアノの前の椅子に腰を下ろす。  鍵盤蓋を開け、譜面台を立てて、息を呑んだ。  一枚の便箋がそこに、楽譜のように立て掛けられていた。  『月永くんへ』 一行目に綴られた、その筆跡。  思わず鍵盤に触れて、透き通った和音が響いた。  『君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。』 二行目に書かれたありきたりな文。それ���目にした瞬間、全身の血液が沸騰した。  その手紙を払いのけた。はらはらと床に落ちる。  耳鳴りがする。それを掻き消すように音を掻き鳴らした。
―――― 月永くんへ  君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。  どうしても君には伝えておきたいことがあって筆をとったよ。  久々にこんな高熱を出して体が言うことを聞いてくれないんだ。読みにくい字でごめんね。
力が入らなかったのだろう。震えた字だった。
――――思えば君にはひどいことをされたし、僕もおなじくらい君にひどいことをしたね。  あの学院で過ごした日々がなつかしいよ。  君と戦ったこと。  君が逃げたこと。  君がいない間、病院のベッドの上で君の作った曲を思い出していたこと。  君ではなく新星のあの子たちに敗北したこと。これは、さすがに情けないね、わらっていいよ。君が帰ってくるまで王座についているつもりだったのだけれど。  君が帰ってきてナイトキラーズとして戦ったこと。  僕がしたことを、ゆるさなくていい。  けど、おねがいだ。  僕のことはぜんぶ忘れてほしい。
 激しく感情的な反面、哀しげなメロディーが響き渡った。  紙を手に取って、感情に任せるまま、それを引き裂く。  最大の喪失だ。何もかもが奪われていく感覚がする。これならオリジナリティのない量産型のアイドルソングを聞いている方がマシだ。
――――最後に。僕のわがままを聞いてくれてありがとう。  君は最高の宿敵だった。元気で。
 震えた手で描かれたサインさえ破いた。  「赦さないで、忘れられるもんか……!」  鍵盤に額を凭れれば、乱雑で悲しい和音が響いた。  生きることを諦めた手が綴った手紙は塵になって床やピアノの上に落ちた。  「おまえの終着点はこんな所なんかじゃないだろ……!」 吐き捨てるように一人叫んだ。  今、やっと気づいた。  なぜ英智があの学院を出て、悪足掻き、と名をつけてレオを連れてこの田舎の家に来たのか。  この場所で、彼は死のうとしていたのだ。  あてつけのつもりだったのか、償いのつもりだったのか、それは分からない。  ただ彼は、両親の傍でも、幼馴染の傍でも、仲間の傍でもなく。  かつての宿敵の傍で、死のうとしていたのだ。  ――――歌わないの。 そう、彼が問う。  歌わない。  歌わないさ。  この曲はおまえへの餞だ。おまえが、歌えばいい。
 曲を書き終えて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ふ、と目を開けたとき、水滴が一筋の線を描き、パーカーの袖に染みを作った。  振子時計の短針が五を指していた。夜更けを過ぎたものの、まだ外は暗闇に包まれている。  メモ帳から、五線譜を書いた数ページを引き千切って譜面台に添え、ゆっくりと寝かせた。このピアノを英智は捨ててしまうだろうか、と考えたがすぐにどうでもよくなる。  二階へ上がり、ふたりで使った寝室に入った。  彼の匂いがした気がした。  窓辺に腰掛けて、外の風景を見つめていたあの横顔をもう見ることはない。  いつも真っ直ぐレオに向けられた、冬の晴空と同じ色の瞳も、  艶のある柔らかい金髪も、  長い指、細い身体の線も、  あのとき、指で撫ぜた頸椎やなぞった背骨も、  粉雪みたいに白く冷たい肌も、  悪戯好きな子どもの頃の面影を残した稚気溢れた笑顔も、  もう、隣にはない。  ――――おやすみ、月永くん。 眠るのが怖いと言った英智は、布団の中で瞼を閉じる前に必ずそう囁いた。青が閉じられて、  作り物のようになってしまった彼の体温を確かめたくて、必ず爪先で足に触れた。あったかい、と彼は笑った。  「……史上最悪の一週間だった」 その言葉が窓を曇らせた。  傍にあった英智の強さに、脆さに、喉奥に隠した叫び声に、死のにおいに、すべてに気付きながらもレオは何もできなかった。  何も変えることはできない。ふたりは神様ではなく、神様につくられた『人間』であって、運命は変えられないのだと知っている。  はぁ、と吐いた息で窓ガラスが白く曇る。その色紙に指先で、数え切れないほど書いてきたサインを描く。そのサインが消えてしまう前に、レオは家を出て、玄関の引き戸に鍵をかけ、もう使うことのないそれを郵便受けに入れた。  それから中庭へ向かい、一本の梅の木の前に立った。  幹に触れ、そして額を当てた。英智がこうしたまま、何を考えていたのかレオには解らないけれど。  ――――英智、 名前を呼ぼうとして、やめた。  ――――レオ そう呼んだ彼の声が聞こえた気がして空を仰ぐ。  泣きたくなるほど真っ青な空に、白い花びらが映えて、散っていく。  三月の寒さに身震いして、門をくぐった。ダウンのフードに顔を埋める。振り向くな、と自分に言い聞かす。  結局、ふたりの青春は、神様が丁寧に拵えた箱庭のような学院でしか生きられなかったのだ。もう二度とあの頃には戻れないし、あの頃を悔いることもない。  何も間違えたことなどなかった。子どもの二人にはすべてが必要だったのだ。  英智が『五奇人』、『王』との戦いに勝利し、『皇帝』になったことも。  レオが彼に敗北し『Knights』を守れずに壊れた玩具になったことも。  『皇帝』が新星に頭を垂れたことも。  あの秋に再会したことも。  ――――宿敵と見なし憎みながらも、愛したことさえも。  神に愛され弄ばれた二人の運命だった。 乗客の少ないバスに乗り、窓際の席に腰を下ろした。さほど大きくない車体が動き出す。  ふたりで過ごした街が遠ざかっていく。  窓に頭を凭れて、瞼を閉じる。  あいつが死んだら、あいつはおれのことを忘れて、おれもあいつのことを忘れるのか。忘れて、お互いを赦すのだろうか。  その疑問を浮かべてから、地獄に堕ちてからじゃないと解らないなぁ、とふたりを嘲る。  頭の中で、あの頃の彼の、凱歌を歌う声が鳴り響く。もう聞くことのない、昔は憎くて堪らなかった、命を証明する美しい叫び声が。脳裏に、祝福を受けた青い瞳でレオを見つめる彼の微笑が浮かぶ。  日射しに瞼の裏が明るんで目を開けた。東の空が白み、新しい一日が生まれる。  美しい夜明けを、レオはひとりで迎える。きっと英智も、病室でこの夜明けを迎えているのだろう。  それをただひたすらに、これからも繰り返していくのだ。  そうして、死んだ青い春を抱えて、ふたりは生きていく。
20160424
夜明けを迎える | よなか #pixiv http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6698339
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