#桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!
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◤きららMAX3月号グランド・フィナーレ◢ 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』 クリスマスの喧嘩を お正月まで引きずってしまった桔香とイト。 でも本当は二人とも仲直りしたいみたいで……。 【ニコニコ静画でも無料連載中!】 https://t.co/f11xoi9vJC https://t.co/BFNvpsK0tl Source: https://pic.twitter.com/BFNvpsK0tl
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何を考えているかわからない友人 ――相馬康平/日下氏『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』
(1巻P9)
原作:相馬康平/作画:日下氏『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』は、「悪役令嬢マリーの一生」というアニメに感化され悪役令嬢を目指すことにした小学生・三船桔香(みふねきっか)を中心にしたコメディです。彼女が最初に声をかけ、友人関係となったクラスメイト・桃虎絃(ももとらいと)はクールかつ無表情で、ある意味桔香以上にキャラの立っている存在です。基本的にはイトが桔香の振る舞いに辛辣なツッコミを入れていく形で話が進みます。
(1巻P10)
イトは自分というものを確立している人間です。自身の思考、信念に忠実に生活しており、それが変に揺らぐようなことはありません。静かに本を読むのが好きで、面倒事は嫌い。それなのに何故、桔香と関係を結ぼうと思ったのか。それがはっきりと描写されないところに本作の面白みがあります。
(1巻P14)
イトの桔香への言葉、扱いには作者独自のユーモアが感じられます。例えば次のシーン。
(1巻P56)
更に次のシーン(ある事情から桔香は署名を集めています)。
(1巻P73)
このように、基本的にイトは桔香に対して厳しくあります。甘やかしたり認めたりするようなことはせず、冷たくツッコんだり上手く手玉に取ったりします。要はオモチャにしているわけですが、しかし単にそれだけなのか? という点がミソです。
(1巻P86)
本作はモノローグをほぼ使用しないため、イトが何を思い、どのように感じて行動しているのか、明確には描かれません。しかしその言動の端々から、なんとなく感じ取ることはできます。次の画像は、イトがひょんなことから桔香の姉と二人でデパートに行くシーンです。
(1巻P46,47)
心を通わせた友人の姉と手をつないで帰る様を、しかし友人には見られたくはない。恥ずかしい、弱みを見せたくない、様々推測できますが、言葉以上に行動が雄弁に彼女の心情を物語っています。これは漫画でなければ表現できないでしょう。作者の手腕が非情に上手く表れたシーンです。 そして極めつけがこれ。
(1巻P91)
我々はただの読者ですから、彼女の心情を完全に見透かすことはできません。でもその表情を見て、考えられることはあるでしょう。イトと桔香、全く普通の関係性ではないけれど、しかし確かに友人関係ではある。その描き方に、本作の人間に対する優しい視点があるように思うのです。
桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい! 1巻 (まんがタイムKRコミックス)
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相馬康平(著), 日下氏(著)
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(水池亘)
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誘拐、そしてバレッタの乙女/07/2011
ががう、と獅子が吼えるとキャアと歓声があがる。 猿が皿を回したり、馬が台に飛び乗ったりと、花やしきは世相に反して今日も大盛況だった。
「香織!香織!!」
そんな中、一人の婦人が髪を振り乱して娘の名前を叫んでいる。 大勢の人をかき分けて、少女の興味を引きそうな遊具や食べ物屋を次々に回る。 マリオネットがかたかたと動くと幼い子供たちは嬉しそうにはしゃぎ声をあげる。 甘いお菓子をねだる子供の声、それを諌める大人たちの声、笑い声、呼びこみの声。 それらが、渦のようにうねっている。 婦人の金切り声も、そのうねりに飲み込まれてしまう。
ふ、と婦人の目の端に赤い着物に黒髪の少女の背中がうつる。 はっとして、その赤い着物を追いかける。
「香織!!」
叫ぶように少女の手を引く。 痛い!と振り返った少女は、婦人の娘ではなかった。 すぐさま両親らしき人が少女と婦人の間に割って入る。 最近続発している誘拐事件のことがあるので不信に思ったのだろう。 婦人はすみません、すみませんと謝りながら逃げるようにその場を離れた。
(ああ、香織。香織――)
婦人はバレッタを握りしめた。 先程まで娘がつけていたものだ。 宝石が花を模り、パールの房が垂れ下がる豪奢なそれは乱暴に踏みつけられたのか壊れてしまい装飾の宝石やパールは散っていた。 さらら、さらら。 わずかに、二三房残ったパールの束が揺れて音がなる。 その真っ白なパールの粒に、くっきりと赤黒い血が付いていた。
号外! 令嬢誘拐事件。 三人目ノ犠牲者、遺体デ発見セリ。
「まあ……」
百合子は��聞の見出しをみて思わず息を飲んだ。 最近世間を賑やかせている令嬢誘拐事件の記事は新聞の一面を使って誘拐事件の経緯や概要を扱っていた。 試し刷りの粗い印刷で記事の内容は読みにくかったものの、写真の中の在りし日の少女たちはあどけない顔立ちをしていた。 いずれも年齢は十五、六ごろの慎ましそうなおとなしそうな令嬢ばかりを狙った誘拐事件。 少し前まで――没落しかけていたとはいえ――同じような立場だった百合子は胸を痛めずにはいられない。
編集者として働き始めた百合子はまだ雑用だが女だてらに軍手をはめて真っ黒になりながらインキを敷く作業をしていた。 これでようやくその日食べられるくらいの給金になるのだから、働くということは大変な事だ。 爵位を返上し借財を片付けた後、鏡子婦人に小さな仮住まいを用意してもらったものの、兄は時折ふらりとどこかへ出かけて帰ってこないし、副業はおろか本業の方も手が回らないしで百合子は大忙しだった。
働き始めは編集長の怒鳴り声や、他の社員の早口な喋り方に、大きく戸惑ったものだが今はすっかり慣れてしまった。 平民のような言葉遣いもいくつか覚えている。 時々披露すると兄は眉根を寄せてさめざめと泣くのだが、百合子は今の忙しさがとても心地良かった。
「あっ!」
ぼうっと色々なことに思いを馳せていたら、まとめていた髪がはらりとほどけその一房が輪転機に巻き込まれてしまう。
「いけない!ごめんなさい!機械止めてください!!」
百合子の声に隣で作業していた同僚が慌てて機械を止める。 ぐるぐると巻き込まれてインキだらけになってしまったが、どうにかぎりぎりで顔を巻き込まれずに済んだ。
「ああ、機械止めちゃ号外の売り出しに間に合わないよ!!」 「ええ、すぐ切りますから!」
そう言うと、前掛けのポケットから作業用鋏を取り出す。 逡巡したのは一瞬で、ジャギンと髪の毛を切ると急いで機械を逆回転させて絡みついた髪の毛を取り払う。
「申し訳御座いません!」
百合子はきつく髪の毛を結び直して、再びインキを敷く作業へ戻った。 兄の顔が頭をちらつく、兄には編集者の仕事だと嘘を付いている。 毎日爪の間まで真っ黒にして帰る妹に、疑りの目を向けるが原稿を書いているのだと言い聞かせていた。
(……これは、何て言い訳しよう……)
少女時代の甘い記憶と決別するような気がして、わずかに涙が視界を潤ませる。 けれど、泣くことは許されないのだ。 泣いてしま��ば涙でインキの印刷が滲んでしまうから――。
/-/-/-/-/-/-/
号外はどうにか夕方の売り出しに間に合ったようだった。 百合子は動かしっぱなしの腕も立ちっ放しの足もへとへとになり、よろよろと出版社を後にした。 あと何日すれば編集者として働けるのだろう……。 一生このままインキを敷く仕事をするのだろうか、辛い仕事だがそうなったらいつかは慣れる日がくるのだろうか。 夕刻の朱に染まる空を見ながら、ふらふらと歩く。
(明日はやっとの休みだわ、何をしようかしら)
色々考えてみる。 洗濯物が溜まっていたかしら、破れた服の裾を繕わなくては、お部屋の掃除もしなくちゃ……。 そうなると、休みなどあってないようなものだ。 とりあえず、お布団で眠りたい。そんな事を考えながら歩いていると――。
「くく、だいぶお疲れのようだな。お姫さん」
その声を聞くと、急に気力のようなものが体の芯から湧いてくる。 くるりと振り返ると、長身の男が立って腕を組みにやにやと笑っていた。
「いいえ、ちっとも?斯波さんもお暇なのね、会社のほうは大丈夫?」 「?! おい、百合子さん。その髪はどうしたんだ!」 「べ、別にどうもしませんわ。ちょっとヘマをして機械に巻き込まれたから切りましたの」 「き、切りましたの、ってあなた――。ああ、もう我慢ならん! 最初はお姫さんの戯れだと思っていましたが、今日という今日は言わせていただく! 無謀なことはやめて、さっさと俺と結婚してくれ!」 「嫌ですこのスットコドッコイ!おととい来なさい!」 「お姫さん!ああ、もう、ああ――もう!どこでそんな言葉を!」 「ごきげんよう!」
ああ、すっきりした。 不思議なことに、百合子は斯波の前では���力を振り絞って立つことができる。 なぜか前を向いて歩き続けようという気持ちが湧いてくるのだった。 それは、斯波が百合子には無理だと決めつけていつ諦めるかという気持ちが透けて見えるせいだろうか。 口では習いたて覚えたての文句を吐きつつも、 働くということがお金を稼ぐということがこんなにも大変なことなのかと心のなかでは斯波を敬服していた。
「分かった、分かりました。――では、せめてその御髪をなんとかさせてくれ! 折角の美しい髪がもったいない!」 「……近所の髪結いの方にお願いしようと思ったのですけど、 ちょうどここでざくざくと切ってもらえばと」 「ざくざく?!俺の知り合いに腕のたつ髪結いがいる! 変なところで切られるとザンギリにされてしまうぞ!」 「でも私、お金が、その……あまり持っていなくて」 「そんなのあなたが気にする必要はありませんよ!」 「いけないわ。斯波さんにばかり頼ってしまうと」
百合子は自分の溜めた給金でなんとかやりくりできる範囲だったので頑なに斯波を���む。 往来で押し問答を繰り広げる奇妙な二人組に、ちらちらと好奇の目が向けられるがどちらも感情が高ぶると周りなどお構いなしだった。 斯波は我慢ならないとばかりに百合子の腕をつかみ揺さぶる。
「よし、百合子さん。あなたに金儲けの秘訣を教えてやる! いいか?人は利用しろ!あなたは俺を利用してもいいんだ!」 「り、利用だなんて……」 「あなたはまだ鏡子婦人に借財があるんだろう? 一銭だって節約しなけりゃいけないわけだ」 「それはそうですけど、でも――」 「でもじゃあない。こんなちんたらとやっていると金を返しきる頃にはヨボヨボの老いぼれになってしまうぞ? ほら、にっこり笑って愛想して”お願いします”というんだ。 女の愛嬌も武器のひとつですからねえ、生まれ持った武器は活用しないと」 「……お願い、します――」
女の武器などと!と思いはしたものの、斯波の言う事も一理あると思い直し引きつった笑みを浮かべて斯波に頭をさげた。 その顔を見て斯波はぐっと吹き出すのを堪えるように言った。
「これは――まだまだ練習が必要だな」
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「ゆ、百合子?どうしたんだい、その――髪は……」
瑞人は百合子が帰宅して開口一番にそう言った。
「どうかしら?モダンでしょう?ダッチ・ボッブというのですって ――お兄様はこの髪型の百合子はお嫌い?」 「いや、僕がどんな百合子であろうと嫌いなわけないだろう。 でも、しかし――お前の髪が――」
だいたい予想通りの反応だった。 壊れた蓄音機のように髪が、髪がと繰り返す。 斯波に連れられたときはどんな髪型になるのかと不安になったが、 この髪ならばまた機械に髪をとられる心配もない。 それに、まとめる手間や手入れが省けてより経済的だと思った。
「あ、そうだわお兄様。 明日の朝一番に洗濯してしまいますから長襦袢やおふんどしなどの汚れ物を出してくださいませね」 「い、いや、自分で洗うよ……」 「あらそう?洗濯板でごしごしと洗うのって結構力いりましてよ?」 「大丈夫だよ、僕だって洗濯ぐらいはできるだろう。 それよりも、ほら――お前のために夕食を作っておいたんだ。 せかせかせずに、座ってお食べよ」 「そうね、ええ。いただきます」
百合子が仕事で遅くなるときは大抵瑞人が夕食をつくっている。 始めの頃はぐちゃぐちゃのご飯や、具のない味噌汁など惨憺たる晩餐だったが、 最近はどうやら手馴れてきたのか以前ほどひどくはない。
「……どうだい?」 「まあ、お兄様。この御飯の炊き具合素晴らしくてよ!」 「そうかい?だいたいコツをつかめてきたよ、赤子泣いても蓋とるな♪という歌があってね……」
うんうんと瑞人の講釈を聞きながら一口味噌汁を飲む。
「げほっ!!」 「百合子?!大丈夫かい?急いで食べなくても良いんだよ?」 「お、お兄様。お味噌汁が辛すぎです……」 「あれ、本当に?――おかしいな、塩辛いほうが疲れがとれると隣の奥さんが教えてくれたんだけど」 「限度というものがあります」
食事だけでなく買い物をするのも瑞人が担当している。 客といえば婦人や下男ばかりの市場で、着流しの男がぶらりと風呂敷を持って市場をうろついているだけでも目立つのだが、瑞人のような風貌では尚更だった。
「もし、そこのご婦人――」
と、声をかけられれば商売人はまず客を二度見するだろう。 しかも、困った顔をした瑞人は無駄に色気があるのだ。その色気にあてられながら「は、はい、なんでしょう」と聞くと、その儚い美貌の男はゆらりと立ち消えてしまいそうな霞の微笑みを浮かべてこう問う。
「持ち金がこればかりしかないのですが、妹に精のつく食べ物をつくってやりたいのです……」
帰る頃には風呂敷いっぱいに野菜や米や味噌が包まれていた。 それだけではなく、やたらと近所の婦人や奥様方が「これ、作りすぎちゃって……」や「田舎の母が毎年送りすぎるので……」などと、次々に料理や酒や米などをもってくる。
「親切な方ばかりだね」
のほほんとばかりに瑞人が言うが、百合子は何だか騙しているようで申し訳なくなった。 そしてお裾分けしてもらった料理の皿には、花を入れて返している。 本来ならばいなり寿司なりちらし寿司なり入れて返すのだろうが、そのお金が捻出できないためだ。 元々華道の家元だった瑞人だからこその思いつきなのだろうが――。
「お兄様、くれぐれも気をつけてくださいね」 「うん、次はもう少し控えめに作ってみるよ」
そういう意味ではないんだけど――と思いながら、隣の奥さんから頂いた煮物をつついた。
夕食を食べ終わり、お腹が膨れてくると猛烈な眠気が百合子を襲う。 百合子が働き始めてはかいがいしく家事を手伝い家に居つくようになった瑞人の顔を見て安心したのもあるかもしれない。
「おや、眠そうだね。ここを片付けて布団を敷いてあげるから少しお待ちよ」 「はい。――いえ、私繕い物が……」 「いいから、いいから」
百合子が立とうと腰をあげるが、上手く力が入らない。 ずっと気を張っていて気がつかなかったが、体中の力が抜けていた。
「あら?どうしたのかしら、膝に力が入らないわ」 「ああ、そのまま座っておいで」
瑞人は手慣れたように食器を桶にとり、近くの井戸で汲み置きしていた水につける。 折りたたみ式の台を濡れた手ぬぐい拭き、さっと箒で畳を掃くとそこに布団を敷いた。 帯を解こうと百合子が苦戦しているのを見て、これまた慣れた手付きで手伝う。 寝間着になった百合子をひょいと抱くと敷いた布団へ寝かせた。 意外に力持ちなのだな、と百合子はうつらうつらとしながら思う。
「お兄様は、��休みにならないの?」 「そうだね、僕はまだやることがあるから――」 「そう、なの――ね――」
最後はほとんどささやきのように小さく掠れた声で瑞人にお休みなさいと言った。 身体が泥のように眠る傍らで、かちゃかちゃと食器を片付ける音、そしてからからと引き戸が開いて瑞人が家を出て行く音が聞こえた。 眠りの奥底の方で、百合子はああ、またどこかへ出かけてしまうのか――と寂しく思った。 けれど、そんな不安を蕩かすように睡魔がゆるゆると百合子を襲う。
この僅かな期間にあった様々な記憶が入り乱れ、駆け足で夢のようにぐるぐるとめぐる。 新しい夜会服、暴漢たちの足音、背の高い傲慢な男、桔梗の香り、父の青い顔、母の悲鳴――。 その夢の最後には何度も何度も同じ男が現れる。 そして男は、悲しい瞳で真実を告げて去っていく。
暗い闇の方へ向かって歩き出すその男を、百合子は必死に走って追いかける。
『その先へ行ってはダメ!私はあなたを――』
けれど、疲れきった百合子の足は上手く回らず、その場に転ぶ。 だから、いつも夢はそこでおしまいだ。夢の続きを見ることはない。
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ぽっかりと目覚める。 むくりと起き上がりぐぐぐと背伸びした。 外はようやく白み始めたばかりで、鳥が何羽か鳴く声が聞こえた。 身体が軽い。すっかりと疲労はどこかへ行ってしまったようだった。 ふと横を見ると瑞人が眠っていた。 ゆめうつつで彼が出かける音を聞いたような気がするが、気のせいだったのだろうか。 いや、金策をしに出かけていたらしい。枕元に金子の入った袋が置かれていた。 百合子は瑞人を起こさないように気を使い、そろりと布団から忍び出る。 出版社の印刷方に回されてからというもの早起きが癖になってしまったようだ。
寝間着を着替え、新しく井戸の水を汲みに出る。 ついでに顔と手と足を洗い、冷たい水をごくごくと飲む。
「ああ、美味しい」 「おや、百合子さん?今日も早いね」 「おはようございます、高遠さんもお早いのね」 「いやいや、僕はね、ただ夜更かしをしていただけなんですよ」
井戸端会議という言葉があるように、井戸へ行くと必ず誰かに会う。 そこでは様々な噂話が飛び交い、今年の野菜の出来具合を聞いたり、流行のファッションを知ったりする。 そうして近所の者と顔なじみになった百合子は、朝早くにはこの高遠という男とよく会った。 すぐ近くに住んでいて、分厚い眼鏡にぼさぼさの髪の毛見た目を気にしない風体により周囲の者からは奇人変人と言われていたが百合子は特に気にすることもなく普通に接していた。 高遠はタバコの匂いをぷうんとさせながら何やら黒く汚れた手と袖を井戸の水で洗った、そして今更気がついたという��うに百合子の髪を見る。
「あれ?髪を切ったんですか?」 「ええ、気分を変えましたの」
そんな他愛ない世間話をして別れ、水を入れた桶を運んでいると何やら家の前が騒がしい。 嫌な予感がして、小走りにかけるとその予感は的中した。 家の前に一台の自動車が停まっている。此の様な場所に自動車が停まっているのは珍しい光景だ。
「あなたは相変わらずのようですね、義兄さん」 「ああ虫唾が走る。何だいその義兄さんというのは、やめてくれよ」 「百合子さんの幸せを考えたら、協力こそすれ邪険にする必要はないと思いますけどねえ」 「幸せねえ、今は今で十分に兄妹二人で幸せに暮らしているよ。 ほら、今夜もこのように二人川の字になって一緒に寝たのだし」 「な、なんっって破廉恥な!」 「しょうがないじゃないか、家が狭いのだから」 「だから――」
ただでさえ狭い家なのに、存在感も態度も背も大きな斯波と瑞人がお互いを牽制しあうように気を荒立てているので余計に狭く思えた。 ふと見ると、台の上に欠けた茶碗が置いている。 あれは確か瑞人が下手を打って落として欠けた茶碗ではなかったか、 それにお茶ではなく水が入っているところをみると瑞人なりに客人に飲み物を出したのだろうが、あれは完全に嫌がらせである。
「あの、二人とも朝から喧嘩するのはやめてください」 「お姫さん!ああ、やっぱりその髪もあなたに似合うな! 俺の見立て通りだ!」
あれやこれやと雑誌の切り抜きを髪結いに渡して、百合子を差し置いてああでもないこうでもないと口出しすれば斯波の見立て通りにもなるだろう。 瑞人は百合子の髪に手を加えたのが斯波だと分かり面白くない顔を一瞬だけした。 百合子の長い髪を気に入っていた瑞人からしたら恨み骨髄といったところか。
「ああ、百合子おかえり。 朝御飯が出来ているよ。そういう事だから、ね、斯波君」 「おっと、そうそう。俺は百合子さんに仕事の依頼に来たんだ。 あっはっは、やあ、すみませんな義兄さん」 「あら?仕事の依頼ですか?」 「そう、仔細は自動車の中ででもお話しする。 なあに、なんなら朝食も一緒に……」 「いいえ、結構ですわ。でも、お仕事なら急ぎますものね。 お兄様、支度しますから朝御飯はおにぎりにしてくださいな。 斯波さん、自動車が往来の邪魔になってよ、もっと端に寄せてください」 「うん、分かったよ。お前の言うとおりにしようね」 「おっと、これはいかん――では支度が終わるまで自動車で待つとするか」
百合子は二人をとりあえず捌くと、箪笥の中から手帳と万年筆を取り出した。 独自に探偵の理をまとめた手帳だった。 そして出版社でもらった新聞の切り抜きをまとめたものも取り出す。 それらを鞄に入れ、動きやすい洋装に着替えた。 以前の邸から唯一母の形見として持って帰ることのできた手鏡でささっと髪型を整える。 最後に瑞人のお弁当を鞄に詰めると、編み上げたブー��を履く。
「それではお兄様行って参ります」 「ああ、――くれぐれも気をつけて」
心配そうに声をかける瑞人ににこりと微笑み、身を翻す。 そして、斯波の自動車に乗り込んだ。
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<<事件概要>>
令嬢誘拐事件
発生日 4月17日 被害者 田中千鶴子 年齢 十五歳 発見時 4月19日 場所 山林 死因 絞殺(首をつった状態で発見) 追記 両親は卸問屋を営む。六人兄妹の次女。 要求 17日夕方に身代金要求の手紙。三千七百円の身代金。 受け取りに失敗。以後連絡なし。 特記 最後の目撃情報から女学校の帰宅途中に誘拐されたと思われる。
発生日 4月19日 被害者 山本容子 年齢 十五歳 発見時 4月20日 場所 公園近くの雑木林 死因 殴打されたような痕あり、死因は頸部圧迫による絞殺 追記 両親は酒屋を営む。二人姉妹の長女。 要求 19日夕方に身代金要求の手紙。身代金は三千七百円。 封筒には本人のものと思われる指が入っていた。 受け取り場所に犯人が現れず受け取りに失敗。 特記 最後に目撃されたのは稽古事の舞踊へ通う姿。 教室へ現れなかったため、途中に誘拐されたと思われる。
発生日 4月20日 被害者 新田香代子 年齢 十六歳 発見時 4月21日 場所 川べり 死因 拷問のような痕ああるも直接の死因は絞殺。後に首を切り落とされる。 追記 両親は高利貸しを営む。一人娘。 要求 身代金要求の手紙がくる。三千七百円用意するも以降に連絡なし。 特記 活動写真を見に行くとでかけそのまま帰らず。
発生日 4月22日 被害者 青田香織 年齢 六歳 追記 両親は紡績、貿易商を営む。二人姉妹。 特記 22日昼頃に母親と花やしきへ出かけ、 母親が十数分目を離した時には娘は消えていた。 情報 黒ずくめの格好をした5人組が少女を連れて歩く姿が目撃された。
<<事件概要おわり>>
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「俺の知り合いの貿易商のお嬢さんが行方不明になったんだ。 ほら、今、巷を賑わせているだろ?」 「ええ、令嬢誘拐事件ね」 「そうだ。取引上よく知っている相手でな。 昨日お姫さんと会った後会う用事があったんだが会ってみると あまりに顔色が悪い。 そして急に用事を切り上げて帰ろうとするので問いただしたら娘が帰ってこないというんだ。 ほうぼうに人の手をやって探させているようなんだが、まだ見つからないらしい。 まあ、まだ誘拐と決まったわけでもないんだがな」 「身代金の要求があるとすれば、今日のうちね」
この事件ならば、よく知っている。 百合子は新聞の切り抜きを取り出した。何かの役に立つやもと忙しい合間をぬって色々とまとめていたのが役に立った。 何しろ出版社は色々な人が出入りする。それこそ、記者やら作家やら――。 だから、休憩中の記者からぽろりと話を聞いてしまうことや、伝書鳩の伝聞が漏れ聞こえることはよくあった。 警察から緘口令が出た情報やとても新聞��は書けない遺体の状況などもある。 それを作業しながら聞き及んでいたため、下手な記者よりも情報は詳しい。
しばらくして、自動車が停まったのは大きな邸の正門だった。 運転手が門番に二三言喋ると、ぎぎぎと金属音をたてて邸の門が開く。
「まあ、大きな門」 「青田氏は四八歳、青田一族は元々このあたりの庄屋で明治から紡績を始めた。 それが、時代と合致して急成長、青田氏の代から貿易商を始めたそうだ」 「でも、警察はもう呼んでいるのでしょう?私が必要かしら?」 「まあ、実を言うと婦人が相当参っているらしい。 それに婦人とお姫さんの奥方様は元々ご友人だったそうだ」 「そうでしたの。――奥様はさぞお辛いでしょうね……」
推理をしてトリックを解き、犯人を追い詰めることばかりが探偵の仕事ではない。 四六時中警察に護衛され、親族らからは責め立てられ、また自分自身の行動を悔いて泣いているのだろう。
「やれやれ、広い庭だったな。やっと着いたようだ」
長い並木道を自動車で走り抜けて十数分、青田家の邸が現れた。 広大な庭園に噴水、洋風の邸。 百合子が驚きながら建物を見上げる。 すると、邸の窓から一人の少女がこちらを見ていた。 服装や年齢から考えると誘拐された香織の姉の清子だろう。 落ち着いた目付きをしている、目が合い百合子が目礼をするとさっとレースのカーテンを閉めてすうっと部屋の奥へ消えた。
「これは斯波さまお待ちしておりました。――そちらは?」 「俺の知り合いで探偵をしている野宮百合子嬢だ」 「初めまして、野宮百合子と申します。 探偵と言っても状況によりけりで捜査に関わるつもりは御座いませんわ。 ただ、誘拐事件は数回見ておりますので、奥様のお心をお支え出来ればと思いましたの」
明らかに奇異の目を向けられるも、慣れたように付け加えると執事頭はなるほど合点がいったと頷いた。 それと同時に、ふと斯波に不信感を持った。 執事頭の後について廊下を歩きながら、そっと会話する。
「斯波さん、奥様から依頼があったのではなくて?」 「……依頼人は俺ですよ」
どういう意味か、と聞く前に大きな客間に案内された。 そこには警察の人間が数名と、恰幅のよい男性が座っていた。 電話が引かれ、それを囲むよう輪になっている。 その場に不釣合いな二人が現れて、警察の関係者は不信の目を向けて、その内の一人がつかつかと二人に歩み寄った。 黒い制服に身を包み、脇にイギリス式デザインの帽子はさんでいる。 三白眼の黒い瞳がじろりと百合子を見た後に斯波を見上げて鼻で笑う。
「ハッ、あなたが探偵か?」 「いいや、俺はただの付き添いだ。探偵はこちら――」 「野宮百合子です」 「――あなた、が?」
あからさまに侮蔑の濃い声音でそう言うとぱっぱと犬を追い払うように手を振った。
「お遊びじゃないんだ、用がないなら帰ってもらいたい」 「もちろん、お遊びのつもりはないです。 捜査の邪魔はしませんわ。奥様のお側につくだけです」 「聴取ならもうすんでいる」 「聴取するつもりもないわ、ただお側についてお心を和らげてもらいたいだけです」 「ふん、なんだ探偵などというから大仰なと思ったが、それではただの女中ではないか」 「はい、私は目立つ制服でもございませんし、何より身軽なので存分に奥様のお使いをさせていただきます」
警察の制服を着た人間が邸をうろうろしていれば犯人に気づかれるでしょう?という意味を含めてほほえむ。 一見探偵に見えない百合子の容姿は、確かにその点有利といえば有利かもしれない。 そもそも、ほとんど実績のない百合子を怪しむのは当然の事だった。 斯波の紹介とはいえ、令嬢誘拐事件という大きな依頼が来たことに一番驚いたのは百合子自身だったのだ。 不安はあるが、自分に出来る限りの事をなんでもしようと思う。 百合子は深々とお辞儀をして女中の案内で部屋を出る。 途端に斯波がやれやれと深く息を付いた。
「――どうだ。いい加減諦める気になりましたかね」 「やはり、私を諦めさせようと思って連れてきたのね」 「実際手も足も出ないじゃないか、これでよく分かったでしょう」 「私は私が出来ることをやるまでよ」 「全く、どこまでも頑固だな、あなたは――」
呆れたように百合子を見つめた。 その真っ直ぐな視線、初めて出会ったときはその光の強さに怖じ気づいた。 けれど、今の百合子はその目を落ち着いて見返すことができる。
「……はあ、分かった。分かりましたよ。 お姫さんの頑固さは筋金入りだからな」
そう言うとわざとらしくあきらめのため息をついた。 依頼人が斯波なら彼の意向ひとつでこの仕事はなかった事にできるはずだ。 百合子はひとまずほっと胸をなでおろした。
「ただし、俺を助手にすること!それならいいだろう?」 「斯波さんが、助手?」 「ああ、そうだ」 「私の?」 「そう、お姫さんの助手だ」 「ええと、何を手伝ってくださるの?」 「それはまあ……ならず者の手からお姫さんを守ったり、銃弾の盾になったりだな――」 「まあ……。でも、お給金は少ししか出ないわよ?」 「いらん、と言ったら駄々をこねるんだろうな」 「おかしな話、依頼人が助手だなんて」 「今回だけじゃない、今後何かある時は俺を助手で使ってもらいたい」 「……本当は頼ってはいけないと思っていますけど」 「けど?」 「危険手当はつかなくてよ?」 「結構!」 「斯波さん、……よろしくお願いしますね」
そう言うと花がほころぶような笑みを斯波にむける。 その可憐な笑顔に斯波はぎゅんと心臓が縮まり、どくんどくんと高鳴る音が頭に響く。 今にも百合子を抱きしめて接吻したい、いやそれ以上のことも!
「百合子さ――!」 「ん、今のは子供っぽかったかしら? 愛想笑いもなかなか加減が難しいわね……」
びきりと斯波は心臓の止まる音が聞こえた。
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それから婦人の部屋へ案内され、百合子は疲れきった様子の婦人の話し相手���した。 まずは自己紹介をし、母と婦人が友人関係にあったことの話を少しする。 最初は警戒していたようだが、百合子と話をするうちに少しずつうちとけていく。 今は平民へと身をやつしてしまった百合子だが、生まれながら持った気品や教養のある言葉、頭の回転の早さは普通の令嬢とは少し違っていた。 何より、多くの経験は百合子を少しずつだが強い人間にしていた。
「ああ、百合子さんありがとう。少しだけど落ち着いたわ」 「そんな何のお力にもなれませんわ――こんな時だからこそお気をしっかり持ってくださいませ」 「ええ、私がしっかりしなくてはね――私が……」
そう言いながらも婦人は湧き出る泉のように、瞳に涙を浮かべる。 その時突然電話のベルがけたたましい音を立てた。 邸内に緊張がはしる。 ぎゅっと痛いほどに婦人は百合子の手を握った。 冷たくなった指がぶるぶると震えている、浅く呼吸を繰り返す婦人を落ち着かせるようにその手を握り返した。
ほんの数分ほどの沈黙の後、がやがやと部屋の外で人の話し声が聞こえた。 どうなったんだろうと、斯波が外の様子を見に行こうと立ちあがるのと同時にさきほどの警察官が扉を開ける。
「野宮君――君に相談がある」
誘拐犯の犯人は、身代金の金額と受け取り場所を指定する電話をかけてきた。 身代金は五千円、場所は東京駅の構内、そして受け渡し人には青田家の人間を指名したのだ。 婦人、もしくは清子嬢を。
「つまり、私が清子様のかわりに身代金を届ければいいわけですね?」 「ああ」 「俺は断固反対だ!」 「やります」 「お姫さん!」
何を言っているのだと悲鳴のような声をあげる。 確かに年齢も同じころだし、背格好や雰囲気も似ている。 かもじを使って同じ髪型にし、同じ着物を着ればほとんど見分けはつかないはずだ。
「すぐに支度しますわ」 「ありがたい」
女中の部屋を借りて着物を着る。女中たちが手伝ってくれるが着物を着るのは手慣れたものだ。 あっという間に着替え終わると、用意されたかもじをつけて髪留めをする。 とんとんと扉がノックされたので、すぐさまどうぞと声をかけた。
「契約破棄だ!依頼を取り下げる!」 「私が行かなければ誰が行くというの?奥様?それとも清子様?」 「俺は――俺はあなたが危険な目に会うのが嫌なんだ! どうして、あなたは普通の令嬢のようにじっとしてくれないんだ! あなたには誰よりも幸せになってほしい、それだけなのに。 どうして自分から危険な事に首をつっこもうとするんだ!!」 「斯波さん……」
爵位を返上したというのに、斯波は相変わらず百合子への求婚を続けた。 どうして、どうして。と斯波は繰り返すが、百合子の方こそどうして彼がこれほどまでに自分に求婚し続けるのかわからない。
「私、自分の幸せくらい自分でつかめるわ」 「俺は、俺があなたを幸せにしたいんだ! あなたの幸せが、俺の――幸せなんだ! それなのに、あなたときたら手がぼろぼろになるまで働いて、髪の毛を切って、 あんな小さな家で貧しい物を食べて、今だってそうだ!!」 「……。 私、あなたの気持ちが――ようやく少しだけわかったわ」
どうして百合子に固���するのかは、分からないけれど。
「斯波さん、あなたは私の助手でしょう? ならず者から私を守ってくださる?雨のように降る銃弾の盾になってくださるのよね?」 「……もちろん」 「ああ、よかった。実は私怖くて少しだけ震えていたの。 でも、斯波さんが私を守ってくれると信じているから、私大丈夫よ」 「あなたは……卑怯な言い方をするんだな」
斯波は百合子を幸せにしたい、という。 百合子もたった一人の男を、幸せにしたいと思った。
「私たち、何だかいつも一方通行ね……」
とんでもないじゃじゃ馬だと斯波は思う。 もっと簡単で阿呆な令嬢だったら、どれだけ楽だったことか。 けれど、そんな百合子は百合子ではない。 斯波は紛れもなく、この頑固でじゃじゃ馬で卑怯な百合子に惹かれているのだ。 商売相手だって、ここまで斯波を困らせたりするものか。 この姫さまだからこそ、斯波をここまで追い詰めることができるのだ。
「ああ、もう、お姫さんに付き合っていると心臓がいくつあっても足りん」 「それじゃあ……」 「あなたは、俺が守る。絶対に」
/-/-/-/-/-/-/
しかし、斯波の決意も虚しく。 あまりにも呆気無く、身代金の受け渡しは滞り無く終わった。 百合子が東京駅の指定された構内で待っていると、 帽子を目深にかぶった男が指示通りの方法で現金入りの鞄を持っていった。 斯波はそこから少し離れたところで、その様子を見守っていた。 青田氏は、現金の受け渡しが上手くいって香織嬢さえ戻れば良いと、 数名の警察官のほかには配備しなかったのだ。 犯人逮捕に躍起になっている警察としては反対意見も出たようだが、何よりこれ以上の犠牲者を出すのも忍びないと最終的には青田氏の判断に任せた。
「本当にお嬢様が帰ってくるといいけど――」 「まあ、身代金は渡したんだ。上手くいくでしょう」 「ええ――」
邸に戻る。 婦人は疲れて休んでいるとのことで、女中に香織嬢の部屋を見せてもらうことになった。 長い廊下を歩く。
「えっと、ここでしたかしら?」 「いえ、そこは空室です。香織お嬢様のお部屋はこちらです」
女中の後に付き、隣の部屋に入る。 何か黴びたような臭いが一瞬鼻についた。 部屋は広く、きちんと片付いていた。 百合子は窓際に近づく。分厚い赤いカーテンを押し広げる。 そこから見える景色は、庭園に噴水そして玄関の入り口あたりだった。 ちょうど青田邸についたときに清子嬢を見たのはこの部屋だったようだ。
「でも、街路樹があってここからでは顔が見えないわ」
どこか簡素な部屋だった。絨毯が敷かれ、天蓋付きの寝台に洋風の箪笥がいくつも並ぶ。 壁にはわざわざ机用の電灯の照明がつけられている。
「何だか寂しい部屋ね――」
この部屋には人形も服も靴も雑誌も――おおよそ少女が喜ぶようなきらきらと光るものが何も無い。 必要最低限の家具しか揃っていないように思えた。 寝台の枕元を手でそっと押す。普通、このくらいの歳の少女ならお人形のひとつやふたつ枕元に飾っていても不思議ではないはずだが。
「あら?斯波さん、そこの電灯を見てくださいます?」
壁につけられた高い位置の照明を軽々と調べる。
「変だな、線が入っていないぞ」 「あなたたち、何をしているの?」
鋭い声に二人は振り返った。 そこに立っていたのは清子だった。
「あなた――そのお着物は私のじゃあないの!」
ものすごい剣幕で百合子を怒鳴りつける。 今後まだ何かの要求があった場合に備えて着物を着たままだったのだ。
「返しなさい!返して!!私のお着物よ!!!」 「清子さん!」
返してと言われてもこの場で裸になるわけにもいかないし――。 斯波もならず者からは百合子を守ると言ったが、相手は令嬢だ。 二人が困り果てていると、女中が間に割って入る。
「清子様!奥様からお部屋を出ないようにとのお言いつけでございましょう?!」 「いやっ!」 「す、すみません。すぐに着替えます!!」
百合子は慌てて香織の部屋を出た。 小走りで女中の部屋に戻り、そそくさと着物を着替えた。 あの様子で、婦人は何も清子に伝えていないのだと分かった。
それからしばらくして、夕方ごろに再び電話が鳴る。 全員が緊張し、このときは百合子と斯波もそろって固唾を飲んで見守った。
『◯×町の空き家へ行け』
それだけ告げると電話はすぐに切れた。 警察がすぐに動く。 指定された空き家で香織嬢は柔らかな毛布にくるまって見つかった。 衣服に乱れはなく、まるで眠っているかのように安らかな死に顔だった。 後頭部に何度も殴打した痕があり、最初の一撃がほとんど致命傷だったようだ。
/-/-/-/-/-/-/
気絶しそうに顔面蒼白になった青田氏に比べ、婦人は覚悟は出来ていたとばかりに強く踏ん張って立っていた。 (私がしっかりしなくては――) 繰り返し言う婦人の姿を思い出す。 百合子は何と声をかけて良いか分からずにいると、婦人は泣きはらした目で百合子に微笑みかけた。
「あなたは、十分にやってくれたわ。百合子さん」 「奥様……」 「本当なら、私が行かなければならなかったのに――」 「そんな、何かのお役に立ちたくて――そう言えば清子お嬢様は大丈夫なのですか?」
百合子は部屋にいるように言いつけられているという清子のことを思い出して聞く。 妹が誘拐され遺体で見つかったのだ、さぞかし衝撃をうけていることだろう。
「ええ、あの子もきっとショックを受けているわ」
清子の話題を出すとこらえきれずに涙をはらはらと流した。 いけないわ、と婦人はハンカチを取り出す。 そこには香織のバレッタがくるまれていた。
「香織お嬢様のバレッタですわね」 「ええ、――いえ、本当は清子のなんだけど、あの子がどうしてもと欲しがったの」 「お手元に戻ってきてよかったですわ、宝石は意思を持つといいますもの」 「そう、そうね――」
婦人は急に真面目な顔になって頷いた。
「そのバレッタ――」
血が付いている。 花やしきで香織が行方が分からなくなったときに拾ったと言っていたが、 なぜ血がついているのだろうか――。 香織は最初の一撃で致命傷になるほどの傷を負った。 ではその時、香織はそのバレッタをつけていたのだ。
「お姫さん、自動車の準備が出来た。後は警察にまかせよう」 「……ええ、でも」 「いいのよ、百合子さん。ありがとう――本当に」
婦人が百合子に微笑む。 どこか、苦しげなその表情。 百合子は何かをいいかけるが、ぐっと耐えて婦人に一礼した。
「全く、��味の悪い」
百合子はもう一度、青田の大きな邸を見上げた。 自動車のエンジンがかかり、ぶるんと音を立てて動き出す。
ゆっくりと車窓の景色が変わる。
最後にもう一度、香織の部屋の窓を見た。 レースのカーテンがひらひらと揺れている、今はもうそこには誰もいない。 香織も――清子も……。 次第に景色は街路樹に移り変わっていく。
(街路樹……)
その言葉をきっかけに、さまざまな鍵がかちりかちりと音をたてて思考の錠前を開いて行く。 前の3件とはあまりに手口の違う今度の誘拐事件。
ああ、全て明らかになった。 ――それなのに百合子の心はひとつも晴れなかった。
「斯波さん。――私、今回の事件の犯人が分かってしまったの」 「……は?」 「今、このお邸を離れてしまえばきっともう間に合わないわ。 真実を明らかにしたほうが、良いのかしら――」 「何を迷うことがある、あなたは探偵なんだろう?」 「――そう、そうね。すみません、もう一度邸に戻ってくださる?」
百合子は運転手に告げる。 ぐるりと広い庭を一周して、再び自動車は青田家の邸の前に停まった。
/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/-/
ひ、ふ、み、よ、いつ……。
清子は手の平のパールを数える。 汚らしい赤黒い染みを一心不乱に拭きとり、大事にハンカチの上に並べる。
ひ、ふ、み、よ、いつ……。
全てのパールが整然と一糸の乱れもなく、まっすぐに並んでいる。 ひとつの粒がころりと横にはみ出ると、清子は慌ててそれを列に戻す。 何かが歪んでいる事が許せない、きちんとあるべき場所にないと、不安で仕方がない。
清子の部屋は異常なまでに整理整頓されていた。 沢山の宝石たちは、色によって分別され、きっちりとしまわれている。 寝台のシーツの上の皺の一筋、自分の髪の毛の一本ですら気になって仕方がない。 鏡に着いたひとつの指紋だって、靴の底につく泥だって許せない。 何かあればすぐに女中を呼んで気が済むまで掃除をさせる。
母親は清子の事を綺麗好きとよく言っていたが、女中たちは極度の潔癖症で神経衰弱だと陰口を叩いていた。
ひ、ふ、み、よ、いつ……。
パールを指でつまんで並べていく。 じりりりりとけたたましい音をたてて電話の鳴るのが聞こえた。 ぴ、と小指が先ほど並べたパールを弾く。 清子はいらいらしてそれを元の位置に戻した。
香織が行方不明になってから、ずっと清子は部屋に閉じ込められている。 ――香織。 六歳の妹はそれはそれは両親に愛されていた。 何でも清子の真似をして、あれがほしいこれがほしいと清子の持ち物をねだる。 母は少しくらいかしてやりなさいと清子に言うが、清子は絶対に嫌だった。 全て、自分のものだ。他人に触られるのなど耐えられない。
(ああ、足りない!足りない!足りない!!)
いくら数えて並べてみても、パールが一つ足りないのだ。 そのことが、清子をひどく不安にさせる。 なんども、香織の部屋を調べてみたがそれでも見つからない。 女中に探させるがひとつも見つからない、その様子をみて母は清子を部屋に閉じ込めた。 それでも、清子は抜けだして何度も香織の部屋を探す。
こんなことになったのも、全て香織のせいだ。 あの子が、清子のバレッタがほしいと���かなければこんな事にはならなかった。 両親は香織のことを天使だ天使だ、と可愛がったが清子は忌々しい悪魔のようにさえ思う。
「姉さま、私にもそのバレッタをつけさせてくださいな」 「……嫌よ」 「お母様!姉さまがいじわるをするのよ!」 「清子さん、少しぐらい貸してあげなさいな」 「嫌」 「清子さん!あなたはお姉さんなんだから、少しくらいは我慢なさい!!」
本当に嫌だったのだが、清子は渋々バレッタを香織に貸した。 嫌味なほど、そのバレッタは香織によく似合った。
「みてみて、お父様も可愛いと褒めてくださったのよ」 「ではもう良いでしょう?早く返して」 「いやっ。もうちょっと付けておくの!」 「私は、少し貸してあげただけよ」 「ふん、何よ。お姉さまのケチ!!私のほうが似合っているのに!」 「似あってなんかないわ!私のバレッタだもの!!」 「いいえ、皆私に似合っていると言ってくれたわ! みんな、私が可愛い、可愛いって!!!」 「返してよ!」
清子はかっとなり、香織のバレッタに手をかけた。 香織がもがき、次の瞬間ピンと音をたててパールが散った。
「あっ!」
ぱらぱらぱらと小雨の降るような音がしてパールが絨毯に飛び散る。
「私のせいじゃないわ!お姉さまが壊したのよ!お姉さまが悪いの!! お母様!お母様!!お姉さまが――」
憎しみのような怒りのようなものがぐらぐらと湧き、それが清子の精神を突き抜ける。 爆発しそうな心臓が、一瞬だけ、わっと騒ぐと清子はドイツ製のくるみ割り人形でもって香織を殴っていた。 泣き喚く声に更にいらだちがつのり、何度も何度もその声が聞こえなくなるまで香織を殴り続けた。
血が壁に絨毯に飛び散り、どくどくと香織の頭から流れでる血の海に清子のバレッタがぷかぷかと浮かぶ。
ひ、ふ、み、よ……。
女中が部屋の中へ入ったときには、清子は散ってしまったパールをひとつひとつ丁寧に拾っているところだった。
/-/-/-/-/-/-/
さて、と。 百合子は青田氏、婦人、警察官、清子そして斯波を集めた部屋で切り出した。
「今回の誘拐事件は、今まで新聞で騒がれていた事件とは全く別の事件です。 まず、誘拐の状況、手口、令嬢の年齢、発見されたときの状況、死因などからそれが分かります」 「と、言うと?」
そう口を挟んだのは警察の男だった。
「前の三件は明らかに同じ犯人による犯行ですわ。 三件とも共通する所があります。 例えば、誘拐されたお嬢さんの年齢、誘拐方法、直接の死因、死体の状況――」
そう言われて斯波はどうだったかな、と考え込む。
「確かに、今回の香織嬢はまだ六歳。他の三人と比べると幼すぎる。 それに前の三人は一人のところを誘拐されているが、今回は婦人と二人のところ。 死因は絞殺、今回は頭部挫傷による失血死。 三人が山林や川べりに打ち捨てられていたのに比べ、空き家で毛布にくるまって見つかった――か」 「他の三人はまるで塵のように辱められて捨てられていたのに、 今回のお嬢様はまるでいたわるように眠るように毛布にくるまれていました」 「それが、何だというんだ――」 「後悔の現れです。少なくとも、お嬢様を空き家に置いた人はとてもお嬢様を愛していた。 だから、死体なのにまるで眠った赤子のように丁寧に扱っていたんです」
寒くないように、寂しくないように、と。
「奥様。花やしきで十数分目を離した――と言いました���ね」 「……ええ」 「新聞でも人々の噂の間でももちきりなのが、この令嬢誘拐事件。 誰もがわが子を誘拐されやしないかと心配しているハズですわ。 そんな中で奥様はお嬢様から目を離された……十数分も」 「それは――それは、あの、お手洗いに……」 「それに、確か目撃情報もあったのですよね?」 「黒ずくめの男が香織嬢らしき少女を連れ去っていたのを見た――というのがあるそうですな」 「ええ、そう。そうですわ」
真昼の花やしき。 親子連れがわいわいと騒がしい――。
「先程申し上げたように今、人々は誘拐だとか人攫いだとかという言葉にはいつも以上に敏感になっていると思うんです。 だからそのようにあからさまに怪しげな格好をした輩などがうろついていたらもっと目撃情報があってもよさそうなものです。 それなのに、目撃情報はたったの一件だけ」 「……」 「そして、香織お嬢様の死因は頭部挫傷による失血死―― 奥様にお嬢様のバレッタを見せていただいたときに、あれ?と思ったんです」
百合子はもう一度、バレッタを見せてほしいと婦人に乞う。
「わずかですが、血がこびりついているでしょう? おそらく香織お嬢様は、誰かに殴られたときにこのバレッタを付けていたんです」 「先ほど百合子さんが言ったとおり、香織嬢の死因は脳挫傷。 すでに血がついているということは、花やしきのどこかで殴り殺された――という事になるな」 「昼日中の花やしきで、黒ずくめの男達が少女を攫い、さらにそのどこかでで殴り殺していた――」
警官の男が眉根を寄せて唸る。 なにもかもちぐはぐに思えた。
「そうなると目撃情報もどこかおかしいな、ということになるんです」 「そうですね、確か少女を連れ歩いているのを見た。と言った。 目撃場所とバレッタを拾ったという場所を鑑みても――この証言は嘘であると分かる。 場所から考えてすでにお嬢様は殴り殺されていた後だと思われる、証言は”抱えられていた”とか”背負われていた”となるべきだ」 「つまり、婦人の証言は嘘だと――?」 「少なくとも、香織お嬢様は花やしきには行っていないと思います」
青田氏が驚いたように婦人を見る。 婦人はぎゅっと手を握りしめてうつむいていた。
「敏子――。なぜ、なぜそんな嘘を――」
喘ぐように言葉を搾り出す。 婦人は意を決したように顔をあげた。
「そう、私……私、嘘を、つきました。 香織は不慮の事故で死んでしまったのです!か、階段から落ちて……。 だから、私、怖くなって、ちょうど今起きている誘拐事件のせいにしてしまおうと――」 「ええ、誘拐事件に見せかけたのはご婦人の知恵でしょう。 けれど頭の傷をみてもあれはどう見ても階段から落ちた怪我ではありませんわ」 「――や、止めて!わ、私が殺したの!娘を……香織を殴り殺したのは私よ!!」 「敏子――」
悲鳴のような泣き声をあげて婦人は崩れ落ちた。 それを支えるように青田氏が抱えた。 すくっと百合子は立つ。
「皆様、香織お嬢様のお部屋に参りましょう」
百合子の言葉にしたがって、全員香織の部屋に着く。 その時、青田氏は呆然と部屋を見渡し――何かを言いかけて口を噤む。
「ここが、香織お嬢様のお部屋ですわよね」 「ええ、そう――です」
こつこつと窓際に寄る。赤いカーテンをさっと開くとそこに夕暮れの庭が広がった。
「このお部屋に入ったときに、つんと黴の臭いがしました。 それ���生活感のない家具、寝台、絨毯――」 「この壁照明も線が入っていないようだ」 「女中の方は、隣が空室だと言っていました。 けれど、本当の空室はこちらの方。 お嬢様の本当のお部屋がこそが、隣の空室なのではないでしょうか」 「いいえ、いいえ!」 「奥様、失礼させていただきますわね」
百合子はそのまま隣の部屋へ向かう。 がちゃがちゃとドアノブを回すが、鍵がかかっていて開かない。
「青田さん、鍵を開けてもらえるか?」
斯波がそう言うと、女中に目配せをする。 青田氏もだいたいの事情は飲み込めてきているようだった。
扉が開いて、中の空気が流れる。 鼻をツンとつく刺激臭は、漂白剤か洗剤の香りだった。 ぱちりと照明をつけると、そこには可愛らしい少女の部屋があった。 沢山のぬいぐるみや人形、雑誌や、宝石入れのブリキ缶――。 絨毯は取り払われているが、その布張りの床に赤茶色にのこる血の染みがうっすらと見て取れる。 壁紙にも血しぶきを拭いた痕が点々と残っていた。
百合子はまた窓際に近寄り、白いレースのカーテンを開いた。 隣の部屋は街路樹で目隠しになっていたが、この部屋ならば庭を走る自動車が見える。 そう、邸に来たときに清子をみた窓は、ここだったのだ。
「清子様、このお部屋に入っておられましたよね」 「いいえ、こんな部屋一度も入っていないわ」
つん、と清子はそっぽを向く。
「いろいろな方にお聞きしました。 バレッタは元々は清子様の物だった――と」 「そうよ!それをあの子が盗ったのよ!」
ぎりりと悔しそうに歯ぎしりをする。
「でも、戻ってきたじゃあありませんか」 「いいえ!!壊れている、壊れているでしょう! パールがなくなってしまったもの!!」 「いくつ足りないのですか?」 「ひとつ、あとひとつよ!! あと、たったのひとつなのに……」
百合子は洋装のポケットからハンカチを取り出す。 ゆっくりと清子に歩み寄り、そのハンカチを開いた。
「最後のおひとつです。 発見した香織お嬢様の首もとにありましたわ」 「ああ!私のパール!!」
清子はそれをゆっくりとつまみ上げる。 そして、百合子をみてにこりと微笑んだ。
「ああ、これでもう大丈夫。ようやく最後の一粒が見つかったのよ」
ひ、ふ、み、よ、いつ……。 清子は心のそこから安堵したように、真珠を手のひらで包む。
「これはお父様からいただいた大切なバレッタなの。 香織がバラバラにしてしまったから、私すごくすごく悲しかったのよ」 「――ええ、見つかってようございましたわ」
百合子は本当に心のそこからそう言うと、清子の手を包んで微笑んだ。 清子は今までにないほどの、優しげな微笑みを百合子にむけた。
/-/-/-/-/-/-/
「牛鍋――いや、たまには、はま鍋はどうだ?お姫さん」 「いいえ、お兄様が夕ごはんを作って待っているので」 「なんだ、俺の給金で奢ってさし上げようと思ったのに。 ――ああ、そこの店の前で止めてくれ」
斯波は急いで自動車からおりると、紙に包まれたものを抱えていた。 なに、ちょっとした手土産ですよ、と笑う。 青田夫妻は百合子に多額の依頼料を渡そうとした。 あまりの大金におそろしくて返そうとするが、斯波は口止め料も入っているのだから受け取れと促した。 そんなものなくても何もしゃ��りはしないと百合子は言ったが、それでも引かなかったので恐ろしいほどの大金も手にしてしまっていた。 斯波が謝礼ですと封筒を差し出す、ずっしりとした重みに百合子は目を剥いた。
「こ、こんなに――?!」 「お姫さんを騙して諦めさせようとした非礼も詫びる意味でもな」 「では、助手の斯波さんに半分――」 「もう半分引いている」 「半分引いて、この金額なの?!」 「青田氏のと俺の両方合わせたら引越し費用ぐらいにはなる」 「引越し費用どころかちょっとした家が建つわ……」 「ああ、それはいい案だ!ぜひ、そうしてもらいたい!」 「……おそろしいわ、こんな大金を家に置いておくなんて……」
泥棒にでもはいられはしないかしら、と不安になる。 しかし、あの家をみれば貧乏は火を見るよりも明らかなので泥棒も家を選ぶから安心か……。 そんなことを考えていると、自動車が家の前に停まった。
「ああ、百合子!おかえり、怪我はないかい?」 「ええ、大丈夫よお兄様」 「僕はもう心配で心配で――」
瑞人が百合子を抱きしめながら、頬を引っ張ってみたり髪をすいてみたり体中を触ってみたりと百合子を検分する。 その様子を忌々しげに斯波が睨んでいると、百合子を胸の中に抱きしめながら瑞人も斯波を睨み返す。
「おや、斯波君。いたの?――もう君の用事はすんだだろう?さっさとお帰りよ」 「お、お兄様。斯波さんもお兄様のご飯を食べたいとおっしゃってるの」 「ふうん、僕の料理をねえ――そうそう、今日は牛鍋だよ。 ああ、残念だけど斯波君の分まで材料はないからね」 「やあ、奇遇ですな義兄さん。ちょうどここに上物の牛肉がありましてね」 「だから、その義兄さんというのは……」 「ま、まあまあお二人とも、ね?三人で食べましょうよ」 「この男の箸がつついた鍋など、僕は食べられないね」 「そうですか、ではお姫さん。俺と二人で鍋をつつきあおうじゃないか」
斯波がぱちりと片目をつむってみせると、瑞人の眉間にしわが寄る。
「本当に懲りない男だね、君は」 「妹離れできない義兄さんに言われたくないですな」
二人揃って、ははは、と笑うと再び鋭い目で睨み合う。 (喧嘩するほど仲がいいとは、こういうことを言うのね――)
その後3人は狭い家の中で一つの鍋をつついた。 やれ肉が煮えただの、やれ野菜を食べろだのと二人の鍋奉行は百合子に次々と食材を食べさせる。 百合子がもうお腹がいっぱいだと告げると、だから痩せているのだ!とか血色が悪い!とか言い始めた。
/-/-/-/-/-/-/
百合子は布団に横になった。 そして、今日の斯波の言葉を思い出す。
俺は、俺があなたを幸せにしたいんだ! あなたの幸せが、俺の――幸せなんだ!
(真島――)
百合子は久しぶりに、その名前を呼んだ。 名を呼べば、不思議と涙が溢れてくる。 何も考えられないほど忙しく働いて、気を紛らわし、ずっと思い出さないようにしていた。
(お前は今どうしているの?)
ゆっくりと眼を閉じる。 ��の僅かな期間にあった様々な記憶が入り乱れ、駆け足で夢のようにぐるぐるとめぐる。 新しい夜会服、暴漢たちの足音、背の高い傲慢な男、桔梗の香り、父の青い顔、母の悲鳴――。 その夢の最後には何度も何度も同じ男が現れる。 そして男は、悲しい瞳で真実を告げて去っていく。
暗い闇の方へ向かって歩き出すその男を、百合子は必死に走って追いかける。
『その先へ行ってはダメ!私はあなたを――』
不思議だ。 いつもの夢ならば、ここで百合子は足がもつれて転んでしまうのに。 今日の百合子は、そうはならずにずっと男を追いかけている。 もう、令嬢ではない、か弱い姫様でもない。 働くことを知り、自分自身の足で歩き始めているただの百合子だ。
夢のなかですら、言えなかった。 ずっと、言葉にする資格もないと思っていた――けれど今は言える。
『私はあなたを幸せにしたい! 私が、あなたを幸せにするんだから!!』
その言葉を、ようやく百合子は言うことが出来た。
(あなたには――無理ですよ)
真島は暗く笑う。諦めたような笑顔で。
『無理じゃないわ、無理じゃない! 待っててごらんなさい、絶対に、お前を見つけてやるのだから!』
百合子は真島を抱きしめる。 彼は弱々しく微笑むと、すうっと闇の中へ消えていった。
それから、もう二���と真島の夢をみることはなくなった。
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『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』 完結第2巻は2月27日発売です! そして本日、表紙画像を初公開! 第1巻が騎馬だったのに対し、 第2巻では組体操! 小学生らしさと悪役令嬢らしさの奇跡のコラボレーション!!! https://t.co/O9tFwPOxVQ Source: https://pic.twitter.com/O9tFwPOxVQ
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きららMAX1月号の 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』は お休みさせていただいております。 コミックス第1巻、大好評発売中! 悪役令嬢を目指すふつーの女子小学生・ 桔香(きっか)ちゃんの奮闘の日々をお楽しみください♪ 【ニコニコ静画でも無料連載中!】 https://t.co/f11xoi9vJC https://t.co/g0jVSDc8WO Source: https://pic.twitter.com/g0jVSDc8WO
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【本日更新】 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい』第24話の 無料公開がスタート!! 桔香の事が好きだけど、 マトモにおしゃべりできない冬子ちゃん。 そこで目をつけた方法が……ラップ!? M・A・U! M・A・U! M・A・U! 【下のリンクからすぐ読めます】 https://t.co/OaYSv2Qhmt https://t.co/H9o1I6HK7H Source: https://pic.twitter.com/H9o1I6HK7H
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【本日更新】 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』第20話の 無料公開がスタート! 不本意ながらも桔香の下僕入りを 果たしてしまった美咲ちゃん。 先輩下僕による厳しい特訓に耐えねばなりませぬ…! 【下のリンクからすぐ読めます】 https://t.co/1TDFyJuT6g https://t.co/k1fDiEzmwj Source: https://pic.twitter.com/k1fDiEzmwj
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【本日更新】ニコニコ静画にて『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』第12話の無料公開がスタートしました! 文学少女・イトちゃん、もっとも対極にある存在「ギャル」と絡んだときに起きる化学反応とは……!? 【次のリンクからすぐに読めます】 https://t.co/NlCUEac6Vu https://t.co/KP3ovefMIc Source: https://pic.twitter.com/KP3ovefMIc
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ニコニコ静画にて『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』第8話が公開されました! 悪役令嬢自粛宣言発令!? 桔香ちゃんに最大のピンチが訪れる!! 【下のリンクから無料で読めます】 https://t.co/QwoDe923hu https://t.co/FzbVGtxcrB Source: https://pic.twitter.com/FzbVGtxcrB
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きららMAX11月号の大人気連載『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』では、 あのギザ歯の副委員長・葉月ちゃんが大活躍! 委員長についた悪い虫である桔香ちゃんを排除するため、 夏祭りで潜入ミッション開始だ! 【ニコニコ静画でも無料連載中!今すぎ読めます。】 https://t.co/f11xoiqyLC https://t.co/Dj9SDyNycy Source: https://pic.twitter.com/Dj9SDyNycy
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きららMAX4月号の新連載!相馬康平先生&日下氏先生の『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』! クラスを支配する悪役令嬢を目指す小学生の桔香(きっか)ちゃん。 先生を支配すれば一発という悪魔的発想に基づき、行動を開始する……! 【2話丸ごと試し読みはこちら!→https://t.co/JrdsOJK8aN】 https://t.co/ekrcZQSfN4 Source: https://pic.twitter.com/ekrcZQSfN4
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_人人人人人人_ > 本日更新 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄ 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』第22話の 無料公開がスタートしました! ミステリアス灰原灘と遊園地に来た桔香様。 遊園地に来て最初に来ることといえば、 やっぱりあれでしょう! 【下のリンクから読めます】 https://t.co/xS7zgnkhST https://t.co/SZ4QMowgFj Source: https://pic.twitter.com/SZ4QMowgFj
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きららMAX12月号の大人気連載 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』は、 鮫島冬子ちゃんのメイン回!! 人とうまく話せないのに、挨拶当番になってしまった冬子。 憧れの桔香様にいいところを見せられるかな? 【ニコニコ静画でも無料連載中!今すぐ読めます。】 https://t.co/f11xoiqyLC https://t.co/BRxbg2PqHV Source: https://pic.twitter.com/BRxbg2PqHV
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【 本 日 更 新 】 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』第21話の 無料公開がスタート! ただの勘違いから、 自分の体臭が気になってしまった桔香ちゃん。 そんな彼女を安心させようと、 親友のとった行動とは──── 【下のリンクからすぐ読める!】 https://t.co/JzByCrLfOe https://t.co/n82v45cx7T Source: https://pic.twitter.com/n82v45cx7T
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きららMAX11月号大人気連載 『桔香ちゃんは悪役令嬢になりたい!』 いつの間にかカネポンと 本を貸し借りする仲になったイトちゃん。 しかし映えには興味なし。 その時、桔香が他の友達と 映え写真を撮ったことが判明し―― 【ニコニコ静画でも無料連載中!今すぐ読めます。】 https://t.co/f11xoi9vJC https://t.co/Cz1H08Jqcl Source: https://pic.twitter.com/Cz1H08Jqcl
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