#松任海浜温泉
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kennak · 2 months ago
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現在の静岡県藤枝市出身。 自身が担当した幸浦事件(死刑判決の後、無罪)、二俣事件(死刑判決の後、無罪)、小島事件(無期懲役判決の後、無罪)、島田事件(死刑判決の後、無罪)の各事件で無実の者から拷問で自白を引き出し、証拠を捏造して数々の冤罪を作った。その捜査手法は紅林の部下も含めて静岡県警の警察官に影響を与えることになり、紅林自身は直接捜査に関与しなかったが袴田事件(死刑判決確定後、再審第一審にて無罪判決)などの冤罪事件を生む温床ともなった[1]。 あらゆる手段を用いて被疑者を拷問し、自白を強要させるなどしたことから「昭和の拷問王」、「冤罪王」と称されている[1]。 紅林はさまざまな拷問の手法を考案したが、実行には直接関与せず部下に指示を出していた。また、二俣事件における山崎兵八の書籍においては真犯人と思われる人物からの収賄の疑惑も暴露されている。 上記4事件のうち島田事件を除く3事件が一審・二審の有罪判決の後に無罪となり、島田事件も最高裁での死刑判決確定後の再審で無罪が確定した。幸浦事件・二俣事件の有罪判決破棄差し戻しの時点で御殿場警察署次席警部の地位にあった紅林は、非難を浴びた静岡県警上層部によって吉原警察署駅前派出所へ左遷された。しかも交通巡視員待遇という実質的な二階級降任だった。 紅林は世間や警察内部から非難され精神的に疲弊しきっていたが、1963年(昭和38年)7月に幸浦事件の被告人に対する無罪判決が確定したことにより、気力が尽きて警察を退職。同年9月16日に脳出血により藤枝市志太の自宅で死去[2]。55歳没。 紅林の捜査法 前述の通り、紅林は拷問による尋問・自白の強要・自己の先入観に合致させた供述調書の捏造のような捜査方法の常習者��った。また、アリバイが出てきそうになった場合は犯行現場の止まった時計の針を動かしたトリックを自白させ、被疑者が推理マニアであることや被疑者の周辺で時計の針を動かすトリックがある探偵映画が上映されていることなどの傍証を積み重ねる手法でアリバイを否定しようとした。 これらについて二俣事件の裁判では同僚の捜査員である山崎兵八が「県警(島田事件のみ、これ以前は国警静岡県本部)の組織自体が拷問による自白強要を容認または放置する傾向があった」と証言。県警当局は山崎を偽証罪で逮捕(ただし『妄想性痴呆症(妄想型統合失調症の旧称)』として不起訴処分)したうえ懲戒免職処分にした。また幸浦事件では自分達が先に被害者の遺体が埋められている場所を探知しておきながら、被疑者に自白させた後に発見したようにして秘密の暴露を偽装した疑惑があるほか、主犯とされた男性は拷問によるためか持病(てんかん)の悪化により僅か34歳で上告中に死亡した。 紅林の捜査法に見られるような強制・拷問または脅迫によるなど任意性に疑いのある供述調書は、刑事訴訟法第322条第1項および第319条第1項により証拠とすることができない。小島事件では実際に紅林の捜査法に最高裁の判断が下された。この最高裁判決では被告人(当時は被疑者)が取調べ中に留置場へ戻ってくるたびに赤チン(局所殺菌剤)を塗るなど治療を受けていたという証言などを認定し被告人が主張する程度の過酷な拷問があったかについて疑義を呈しつつも、紅林主導の下で作成された供述調書の任意性を否定し被告人に有罪を言い渡した原判決を破棄差戻しとした(後に無罪確定)[3]。 主な時系列 1942年正月、静岡県警察部浜松署署員らの記念写真。 左端に当時磐田警察署所属の刑事、紅林巡査部長 1938年(昭和13年)8月22日、2人の女性が殺害される(浜松連続殺人事件の犯人が最初に犯した犯罪) 1941年(昭和16年)8月18日、1人が殺害、1人が負傷させられる(浜松連続殺人事件) 1941年(昭和16年)8月19日深夜、3人が殺害される。(浜松連続殺人事件) 1941年(昭和16年)9月27日、犯人の兄、姉、両親、兄の妻とその子供の計5人が殺害される(浜松連続殺人事件) 1942年(昭和17年)8月25日、4人が殺害、1人が負傷させられる(浜松連続殺人事件) 1942年(昭和17年)10月22日、浜松連続殺人事件の犯人が逮捕される。 1944年(昭和19年)2月23日、静岡地裁浜松支部は浜松連続殺人事件の被告人に死刑判決。被告人は上告。 1944年(昭和19年)6月19日、大審院は浜松連続殺人事件の被告人の上告を棄却、死刑が確定。 1944年(昭和19年)7月24日、浜松連続殺人事件の死刑囚(元被告人)の死刑執行。 1948年(昭和23年)11月29日、幸浦事件発生 1950年(昭和25年)1月6日、二俣事件発生 1950年(昭和25年)3月12日、二俣事件で容疑者の少年1人を強盗殺人罪で起訴 1950年(昭和25年)4月27日、幸浦事件で被告人4人に有罪判決(3人死刑、1人は懲役1年) 1950年(昭和25年)5月10日、小島事件発生 1950年(昭和25年)7月20日、小島事件で1人が起訴される 1950年(昭和25年)12月27日、静岡地裁は二俣事件の被告人の少年に死刑判決。少年側は控訴。 1951年(昭和26年)9月29日、二俣事件で東京高裁は控訴を棄却。少年側は上告。清瀬一郎が弁護人になる。 1951年(昭和26年)5月8日、幸浦事件で東京高裁が被告人側の控訴を退ける 1952年(昭和27年)2月18日、小島事件で静岡地裁は被告人に無期懲役判決。担当弁護士が西ヶ谷徹から海野普吉になる。(西ヶ谷は元検察官だったが、紅林のような警察官に危機感を抱いて、後に検察官に復職している) 1953年(昭和28年)11月27日、二俣事件で最高裁は原判決を破棄。 1954年(昭和29年)3月10日、島田事件発生 1956年(昭和31年)9月13日、小島事件で東京高裁は控訴棄却。 1956年(昭和31年)9月20日、二俣事件で静岡地裁は無罪判決。検察は控訴。 1957年(昭和32年)2月14日、幸浦事件で最高裁は審議を東京高裁に差し戻す。 1957年(昭和32年)10月26日、二俣事件で東京高裁は控訴を棄却。検察は上告を断念し、元少年の無罪が確定。 1958年(昭和33年)5月23日、島田事件で静岡地裁は被告人に死刑判決。 1958年(昭和33年)6月13日、小島事件で最高裁が東京高裁へ差し戻す。 1959年(昭和34年)12月2日、小島事件で東京高裁が無罪判決。検察は上告せずに確定。紅林は『週刊文春』への特別手記で小島事件の弁護士海野普吉、二俣事件と幸浦事件の弁護士である清瀬一郎を名指しで批判。(小島事件#その後を参照) 1959年(昭和34年)2月28日、幸浦事件で東京高裁が被告人4人全員に無罪判決。 1960年(昭和35年)2月17日、島田事件で東京高裁は控訴を棄却。 1960年(昭和35年)12月5日、島田事件で最高裁は上告を棄却し、被告人の死刑判決が確定。 1963年(昭和38年)7月9日、幸浦事件で最高裁が検察の上告を棄却。4人の無罪確定。紅林が警察を辞職。 1963年(昭和38年)9月16日、紅林が死去。 1986年(昭和61年)5月30日、島田事件で東京高裁は死刑囚の再審開始を決定し、審理を静岡地裁に差し戻し。 1989年(平成元年)1月31日、島田事件で静岡地裁は死刑囚に無罪判決を言い渡した。元死刑囚は同日中に釈放され、その後検察が控訴を断念したため無罪が確定。 脚注 [脚注の使い方] ^ a b “静岡県警が生んだ《昭和の拷問王》の呪縛に終止符か…再審判決「袴田事件」が突き付けた冤罪大国・日本の「司法のいい加減さ」”. 現代ビジネス (2024年9月26日). 2024年9月26日閲覧。 ^ 朝日新聞 1963年9月17日、14面。 ^ 最判昭和33年6月13日刑集12巻9号2009頁 参考文献 佐藤友之、真壁旲『冤罪の戦後史』図書出版社、1981年。ISBN 4809981916。 浜松事件での紅林の功績は偽りのもので、実際は当時の県警刑事課長の怪我の功名によるものだったとある。その後、紅林はしくじって免職しかけるが、浜松事件解決の「功労者」として後継の刑事課長によって県警に引き上げられたという。以上は二俣事件で被告人側の��人になった元刑事の南部清松の談である。南部は島田事件でも冤罪を証明する活動をしている。 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』東京法経学院出版、2002年。ISBN 4808940035。 管賀江留郎『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか 冤罪、虐殺、正しい心』洋泉社、2016年。ISBN 9784800307453。 浜松事件と二俣事件を中心に紅林の経歴を多数の資料に基づいて記述しており、伝記的事実から人物像を浮かび上がらせている。
紅林麻雄 - Wikipedia
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mxargent · 1 year ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確��提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責��療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項��伴遠養懸戻街巨震��絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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jujirou · 5 years ago
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おはようございます‼︎ 石川県白山市は、曇り空です‼︎ 移動日1日目の昨日は、川連の自宅を出発後、一般道と無料高速区間を走行し、やはり休日のためか、山形と新潟で交通量が多く、新潟で出来るだけ一般のを走るつもりでしたが、そもそもが遅く成りそうな感じだったので、巻潟東から高速へ乗りましたが、富山の途中から、道路工事の車線規制の為、金沢まで何箇所かの一車線で、アチコチで渋滞…… そのまま岡山に向かえば、大凡11時頃には到着する予定でしたが、次の日はお昼を過ぎ無ければ、荷下ろしが出来ないので、何も急ぐ必要も無いので、石川県の徳光PAに寄り、駐車場から歩いて直ぐ近くに有る、松任海浜温泉に行き、ゆっくり温泉に入り、金沢カツカレーを頂き、その後は車で…Zzz そして移動日2日目の今日は、コンベックス岡山に、お昼過ぎ辺りに着く様、のんびりゆっくり安全運転で、向かう予定ダッス‼︎ 今週もアレヤコレヤと有りますが、一つ一つコツコツ頑張ります‼︎ 皆様にとって今週も、良い一週間と成ります様に‼︎ ※ http://jujiro.jp/category/news ※ #秋田県 #湯沢市 #川連 #川連漆器 #川連塗 #寿次郎 #国指定伝統的工芸品 #秋田工芸 #秋田工芸品 #秋田クラフト #暮らしを彩る器フェアinコンベックス岡山 #ブースNo 83秋田川連塗寿次郎 #暮らしを彩る器フェア #コンベックス岡山 #11月7日から11月11日まで開催 #出張移動日2日目 #松任海浜温泉 #Kawatsura #Yuzawa #Akita #Japan #Urushi #Lacquerware #JapanTraditionalCrafts #KawatsuraLacquerwareTraditionalCrafts #jujiro (松任CCZ 温泉) https://www.instagram.com/p/B4dVX1SgaEy/?igshid=1uqcwe6e7eige
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kyama · 5 years ago
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#信州旅行2013年夏 #松任海浜温泉 海水浴のあとは、パーキングエリアに隣接する松任海浜温泉へ。今回の旅行最後の温泉です。 かけ流しの塩化物泉で、飲泉もできるようになっていて、なかなかいいお湯でした。 温泉の後、マクドナルドでお昼ご飯を食べて、まっすぐ帰宅しました。 (松任CCZ 温泉) https://www.instagram.com/p/B_E12UzA_TV/?igshid=1eyszcitgbbzl
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lucestern · 5 years ago
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2019年活動まとめ
 1月 しなびた雑巾
・箱根駅伝で1月1日から出勤をキメる ・ヴォイスオブウエストの6日連続コンサートで先輩が厳しくて精神的にやられる
*展「エキゾチックモダン展」庭園美術館 *展「扇の国、日本展」サントリー美術館(見せつけられたよコンセプトへの愛) *劇「ON THE TOWN」国際フォーラムC(ヅカデビュー!) *劇「ファントム」東京宝塚劇場 *展「ムンク展」東京都美術館(これが2019年来場者数2番手になるとは…) *劇「罪と罰」シアターコクーン(三浦春馬への愛を認識した年だった) *他「Gateway to Science」(クリレク監修の先生との関係づくり、私頑張ったなあ) 
2月 表面張力のその向こう
・ISEFの書類の準備に追われて本当にキャパオーバー、よく生きてたよ。強制キャパ拡張は良くないね今の時代。後輩にはやらせない、ダメ絶対。
*音「Nickelback Tour」日本武道館 *展「新 北斎展」森アーツ(いまだにマグカップを愛用) *展「アルヴァ・アアルト展」東京ステーションギャラリー *映「メアリー・ポピンズ リターンズ」(おもひでの…) *他「世界らん展」 *展「奇想の系譜展」東京都美術館(和ものなのにグッズのセンス良すぎた) *展「千の技術博」国立科学博物館
3月  雛祭り何それ美味しいの
・えりちむで初名古屋旅行、手羽先爆食い ・かしまし荘から涙の退去(あれこの時期だっけ?曖昧模糊メモリー) ・ホワイトデーの手作りチョコとイタリアンがおいしすぎて泣いた
*映「グリーンブック」 *劇「世界は1人」シアターコクーン(俳優女優さんを生で観ることが日常化?) *劇「三月歌舞伎 弁天娘女男白浪」歌舞伎座 *展「工事中!」日本科学未来館 *展「河鍋暁斎 この手に描けぬものなし」サントリー美術館
4月 あたしだってまだか弱い娘なのよ
・かわいい後輩が入社、「1年目だから」が使えなくなりプレッシャーが増える ・いつのまにか自分より後に部に入ってきた人が多く、そのプレッシャーも増える
*劇「クラッシャー女中」本多劇場 *映「ブラッククランズマン」 *音「John Mayer Tour」日本武道館(かおりと二度目のメイヤー、あいつやはりイイ) *劇「シブラク」(昇々さん楽屋挨拶のため) *劇「上野鈴本 4月下席昼の部」(スーツで日中に寄席行くのヤバい快感) *展「よつばと!原画展」池袋PARCO *展「Information? Inspiration?」サントリー美術館(nendo~いいよ~) *展「トルコの至宝」国立新美術館 *展「ウィーン・モダン」国立新美術館*劇「BACK TO THE FUTURE シネオケ®」NHKホール *劇「桂文珍独演会」国立劇場
 5月 ハレルヤあたし
・親友が渋谷に引っ越したためその辺のQOLがアップ ・ISEFへの��率出張で大いにに心を動かされ、教員になりたかった部分のパッションがだいぶ成仏した ・初めて制作から任せれた落語会が満員御礼で大成功し自信につながる
*劇「妹背山女庭訓(文楽)」国立劇場(5時間あったよ…) *展「百年の編み手たち」東京都現代美術館(リニューアル後初) *展「ムーミン展」森アーツ *劇「第16回よみらくご『ああ落語家族』」 *音「ブラッド・メルドー トリオコンサート」サントリーホール
6月 脱力タイムズfeat.
・ISEFから帰国後、「すべての仕事を私がやらないと死ぬという訳でもないやん」という当たり前のことに気が付き、随分と仕事が楽になる。いいねいいね~! ・このあたりでバッサリとショートカットにした記憶、おおむね好評
*他「井上涼 びじゅチュー.ン!ライブ」二子玉川RISE(伝説の「セザンヌ~!!」) *映「海獣の子供」(友、今思うとこの頃から…) *音「ウルフルズライブ」Zepp Tokyo(初ライブデート) *展「大哺乳類展」国立科学博物館(KV展開グッズかわいい) *展「クリムト展」東京都美術館 *展「松方コレクション展」国立西洋美術館 *劇「キネマと恋人」世田谷パブリックシアター(初KERA!好きになったよ) *音「サザンオールスターズライブ」東京ドーム *映「プロメア」 *劇「三谷歌舞伎」歌舞伎座
7月 こ、これがQOLか…
・仮初の同棲生活をするも生活リズムの違いに唖然(この時期じゃないかも) ・担当イベントが多すぎて部で問題となり数が調整される
*展「クリスチャン・ボルダンスキー」国立新美術館 *展「日本のグラフィックデザイン2019」デザインハブ *展「The Science Behind PIXAR」森展望台のところ(新知識の連続) *劇「7月大歌舞伎 成田千本桜(海老蔵早着替え)」歌舞伎座 *展「特別展りぼん 250万りぼんっ子大増刊号」新宿タカシマヤ *劇「お気に召すまま」東京芸術劇場 *劇「恋のヴェネツィア狂騒曲」新国立劇場(時期違うかも) 
8月 クレッシェンドの足音
・念願の白川郷の旅へ、そして郡上八幡にも心洗われる良き夏休み ・伊豆のAirbnbと白浜で日焼けマン ・クリレクの制作をメインでゴリゴリ進め充実感
*展「井上涼展 夏休み!BYOBUびじゅチュ館」MOA美術館 *展 兵庫県立美術館 なんたらコレクション展 *劇「8月納涼歌舞伎 やきじた④」歌舞伎座(これがあってよかったよ歌舞伎!) *劇「ギョエ~!旧校舎の77不思議」本多劇場
9月 秋はいつだって
・敬愛する先輩の異動に伴いおセンチになる ・溶連菌に感染し高熱を発症 ・ベトナムへ初海外デート旅行! ・24歳になるなど…みんなありがとう… ・やたらと渋谷の友と会う、なぜなら我々はヒプでオタ回帰してしまったから ・英国院から友が帰国(創作ファンタジー間に合わず)
*劇「愛と哀しみのシャーロックホームズ」世田谷パブリックシアター *映「記憶にございません!」 *展「美と、美と、美。(資生堂の周年展)」銀座三越かどこか *劇「来日公演 BODYGUARD」シアターオーブ
10月 表面張力のその向こうリターンズ
・台風で東京が外出不可能になり、実家で㋐とお泊り。バカにしていたバチェラー3を一気見する愚行に出る ・表彰式の司会デビュー、人前で話すの好きだし、嬉しそうな子供たちに泣きそうになる ・コンサートの準備がキツすぎて沸騰したが、チームの絆は深まった
*展「バスキア展」森アーツ *展「塩田千春 魂がふるえる」森美術館(森について話そうよどうしようよ)*展「細野観光」森展望台のところ *映「蜜蜂と遠雷」 *他「サプール ファッションショー」みなとみらい *音「ららら♪クラシックコンサート Vol.6『ミュージカル特集』」サントリーホール *劇「落語一之輔七夜」よみうり大手町ホール(師匠にはたかれたので面白くなれるかもしれない)
11月 コンフィデンスマンOL
・ハリポタ展と英語弁論大会に忙殺されたけど、そんな時期にもメリハリがつくように ・ルポールのサイトをOPEN!ホー���ページの勉強にもなったし良かった ・まさかのFeel Cycleというジムに契約、私もびっくりした
*映「YESTERDAY」 *劇「カリギュラ」新国立劇場 *展「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」横浜美術館 *劇「KAWAII KABUKI」サンリオピューロランド(古典の裾野活動の鑑) *展「岡本太郎20周年」岡本太郎記念館 *音「コラブロ in Japan」よみうり大手町ホール *劇「ドクター・ホフマンのサナトリウム」KAAT *展「コートールド美術館」東京都美術館 *展「ハプスブルク展」国立西洋美術館 *展「ゴッホ展」上野の森美術館 
12月 なにかとEMO
・部署再編!叱ってくれる人が減り仕事が急に来るので自己管理が大事になる(怖い) ・ハリポタ展サイトディレクションたのしかった~ ・ギターが京都へ行くのでSAWで鬼怒川へ温泉旅行 ・コンテンツ界の各方面に少しずつ人脈を広げた ・科学賞に対する思い出が尋常でなくなってしまう ・出そう出そうと思っているうちに企画書を今年も出せずに仕事納めしてしまった
*劇「あれよとサニーは死んだのさ」スズナリ *劇「配置された落下」三鷹SCHOOL(友達の作・演出デビュー作) *劇「Q」東京芸術劇場(野田地図ありがとう) *劇「蝙蝠の安さん」国立劇場
雑感
2019年はお仕事が2年目に突入。まだマミーは渡り鳥をやっていて、いるようないないような感じの生活。振り返ると仕事が多忙な時期は2度ほど来ていて、昼や夜の食事をおろそかにしていたら謎の病に冒されました。健康は勝手に湧き出るものではないというじわりとした覚悟を決めさせられたな。
そんな仕事の繁忙期や、師と仰いだ先輩の異動を乗り越え、昨年よりずいぶん人間らしく私らしく、バランスの良い人生を送れたのかなと。都合よくポジティブ(そして神経が太い)ので♬人生は夢だらけ~なテンションで張り切ったぜ。あと漫画喫茶ありがとう。
彼氏は入社をしてMAX朝方になりながらもコンスタントにハッピーをくれました。そして渋谷の友人と院生の㋐ちゃんにたくさん遊んでもらった。ひとり行動もかなり多いけどね。展覧会と観劇にとにかくたくさん行って、コンテンツいっぱい摂取したなあ。HPを広報するために勉強するのも、ネタを探しに寄席に行くのも、生徒のサポートのために案内を作るのも、無給でもモチベーションはあるような内容だということが、仕事なんだから奇跡なのよなあ。時間もお金も、仕事のためなんだか私生活のためなんだか分からない使い方をしていて、それが全然嫌でないので、幸せ者だなと思っています。
【ベスト展(from 33)】
①「コートールド美術館展」東京都美術館 ②「Information? Inspiration?」サントリー美術館 ③「扇の国、日本」サントリー美術館
やっぱり、価値の再構築というのが私のなかでポイントです。①はそれを王道に丁寧に、②はそれを新進気鋭にアイデア勝負で、③はキュレーションのパワーで上手くやっていて、それぞれ迸る愛を感じました。こういうものを思いついて創って進められるようになりたい。逆にもどかしいものもあり…来年もたくさん観ようね、ハム太郎。
【ベスト劇・音(from 37)】
①「キネマと恋人」世田谷パブリックシアター ②「ららら♪クラシックコンサート Vol.6『ミュージカル特集』」 ③「ギョエ~!旧校舎の77不思議」(ヨーロッパ企画) ④「七月大歌舞伎 成田千本桜(海老蔵早着替え)」
 人生で���トツ生ものを観た年だったけれど、かといって断トツで好きなものはなかったかもしれないな。とはいえ、①KERAワールドの笑いと涙のバランス感覚と独特の映像演出にはほだされてしまい、年間で2本も観ることに。あと自画自賛だけど②らららはミュコンの最高峰クオリティを出せたのではないかしら、観客の眼でもセトリと顔付けがベストでした。③はここまで小ネタの連続でやりきったことへの拍手。あと④今年何本も歌舞伎を観たけれど、海老蔵は初めてだったのでとくに印象的でした。
生ものについてまだ1本軸の通った好みはないけど、「一瞬でも期待や想像を超えた瞬間があるとその日はそれでよしとなる」とような気がする、だから残念で帰る日は少ないね。そして「生ものだから、その日だから、その場だから、その人たちだから」の良さがあるとなおのことアガる。個人的には笑いがあるとさらに良く。まあ好きで来る人も、初めての人も、そんな瞬間を提供できると良いな。
【ベストお仕事】
①第16回よみらくご ②ISEF関連もろもろ ③HP展あれこれ
もともと好きで自分だから出来ると思ったことも、まったく疎くても喜びが得られたものも、ともあれもっと力をつけて頑張っていくぞい。無理せずにね。
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2ttf · 13 years ago
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momijiyama1649 · 6 years ago
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ざこば・鶴瓶らくごのご お題一覧 1992年    1 過労死・つくし・小錦の脂肪    2 一年生・時短・ニューハーフ    3 レントゲン・混浴・アニマル    4 ゴールデンウイーク・JFK・セクハラ    5 暴走族・かさぶた・バーコード    6 タイガース・母の日・入れ墨    7 目借り時・風呂桶・よだれ    8 しびれ・歯抜け・未婚の娘    9 ヘルニア・目ばちこ・フォークボール    10 造幣局・社員割引・オリンピック    11 父の日・猥褻・丁髷    12 ピエロ・ナメクジ・深爪    13 ミスユニバース・特許・虫さされ    14 魔法使いサリー・祇園祭・円形脱毛症    15 サザエさん・ジャンケン・バーゲンセール    16 ト音記号・北方領土・干瓢    17 妊婦体操・蚊帳・ビヤガーデン    18 身代わり・車だん吉・プラネタリウム    19 床づれ・追っかけ・男の涙    20 海月・肩パット・鶏冠    21 放送禁止用語・お年寄り・ピンポンパン    22 おかま・芋掘り・大人げない    23 復活・憧れ・食い逃げ    24 蒲鉾・風は旅人・半尻    25 泉ピン子・ヘルメット・クリーニング    26 美人姉妹・河童・合格    27 スカート捲り・ケツカッチン・秋の虫    28 チンパンジー・フォークダンス・いなりずし    29 稲刈り・小麦粉・フランス人    30 日本シリーズ・鶴瓶・落葉    31 クロスカウンター・学園祭・タクシー    32 付け睫毛・褌ペアー誕生・ツアーコンダクター    33 泣きみそ・ボーナス一括払い・ぎゅうぎゅう詰め    34 静電気・孝行娘・ホノルルマラソン    35 暴れん坊将軍・モスラ・久留米餅 1993年    36 栗きんとん・鶴・朝丸    37 成人式・ヤクルトミルミル・まんまんちゃんあん    38 夫婦善哉・歯磨き粉・夜更かし    39 金の鯱・オーディション・チャリティーオークション    40 ひ孫・いかりや長介・掃除機    41 北京原人・お味噌汁・雪祭り    42 視力検査・フレアースカート・美術館めぐり    43 矢鴨・植毛・うまいもんはうまい    44 卒業式・美人・転た寝    45 らくごのご・浅蜊の酒蒸し・ハットリ君    46 コレラ・さぶいぼ・お花見    47 パンツ泥棒・オキシドール・上岡龍太郎    48 番台・ボランティア・健忘症    49 長嶋監督・割引債・厄年    50 指パッチン・葉桜・ポールマッカートニー    51 同級生・竹輪・ホモ    52 破れた靴下・海上コンテナ・日本庭園    53 シルバーシート・十二単衣・筍    54 ぶんぷく茶釜・結納・横山ノック    55 睡眠不足・紫陽花・厄介者    56 平成教育委員会・有給休暇・馬耳東風    57 生欠伸・枕・短気は損気    58 雨蛙・脱税・右肩脱臼    59 鮪・教育実習・嘘つき    60 天の川・女子短期大学・冷やし中華    61 東京特許許可局・落雷・蚊とり線香    62 真夜中の屁・プロポーズ・水戸黄門諸国漫遊    63 五条坂陶器祭・空中庭園・雷    64 目玉親父・恐竜・熱帯夜    65 深夜徘徊・パンツ・宮参り    66 美少女戦士セーラームーン・盆踊り・素麺つゆ    67 水浴び・丸坊主・早口言葉    68 桃栗三年柿八年・中耳炎・網タイツ    69 釣瓶落とし・サゲ・一卵性双生児    70 台風の目・幸・ラグビー    71 年下の男の子・宝くじ・松茸狩り    72 関西弁・肉まんあんまん・盗塁王    73 新婚初夜・サボテン・高みの見物    74 パナコランで肩こらん・秋鯖・知恵    75 禁煙・お茶どすがな・銀幕    76 ラクロス・姥捨山・就職浪人    77 掛軸・瀬戸大橋・二回目    78 海外留学・逆児・マスターズトーナメント    79 バットマン・戴帽式・フライングスポーツシューター    80 法螺貝・コロッケ・ウルグアイラウンド    81 明治大正昭和平成・武士道・チゲ鍋 1994年    82 アイルトンセナ・正月特番・蟹鋤    83 豚キムチ・過疎対策・安物買いの銭失い    84 合格祈願・パーソナルコンピューター・年女    85 一途・血便・太鼓橋    86 告白・ラーメン定食・鬼は外、福は内    87 カラー軍手・放火・卸売市場    88 パピヨン・所得税減税・幕間    89 二十四・Jリーグ・大雪    90 動物苛め・下市温泉秋津荘・ボンタンアメ    91 雪見酒・アメダス・六十歳    92 座蒲団・蛸焼・引越し    93 米寿の祝・外人さん・コチョコチョ    94 談合・太極拳・花便り    95 猫の盛り・二日酔・タイ米    96 赤切符・キューピー・入社式    97 リストラ・龍神伝説・空巣    98 人間喞筒・版画・単身赴任    99 コッペン・定年退職・ハンドボール    100 百回記念・扇子・唐辛子    101 ビクターの手拭い・カーネーション・鉄腕アトム    102 自転車泥棒・見猿言わ猿聞か猿・トマト    103 紫陽花寺・豚骨スープ・阪神優勝    104 三角定規・黒帯・泥棒根性    105 横浜銀蝿・他人のふり・安産祈願    106 月下美人・フィラデルフィア・大山椒魚    107 鯨・親知らず・ピンクの蝿叩き    108 蛍狩・玉子丼・ウィンブルドン    109 西部劇・トップレス・レバー    110 流し素麺・目高の交尾・向日葵    111 河童の皿・コロンビア・内定通知    112 防災頭巾・電気按摩・双子    113 河内音頭・跡取り息子・蛸焼パーティ    114 骨髄バンク・銀杏並木・芋名月    115 秋桜・ぁ結婚式・電動の車椅子    116 運動会・松茸御飯・石焼芋    117 サンデーズサンのカキフライ・休日出勤・ウーパールーパー    118 浮石・カクテル・彼氏募集中    119 涙の解剖実習・就職難・釣瓶落し    120 ノーベル賞・めちゃ旨・台風1号    121 大草原・食い込みパンツ・歯科技工士    122 助けてドラえもん・米沢牛・寿貧乏    123 祭・借金・パンチ佐藤引退    124 山乃芋・泥鰌掬い・吊し柿    125 不合格通知・九州場所・ピラミッドパワー    126 紅葉渋滞・再チャレンジ・日本の伝統    127 臨時収入・邪魔者・大掃除    128 アラファト議長・正月映画封切り・ピンクのモーツァルト 1995年    129 御節・達磨ストーブ・再就職    130 晴着・新春シャンソンショー・瞼の母    131 家政婦・卒業論文・酔っ払い    132 姦し娘・如月・使い捨て懐炉    133 立春・インドネシア・大正琴全国大会    134 卒業旅行・招待状・引っ手繰り    135 モンブラン・和製英語・和風吸血鬼    136 確定申告・侘助・青春時代    137 点字ブロック・新入社員・玉筋魚の新子    138 祭と女で三十年・櫻咲く・御神酒徳利    139 茶髪・緊張と緩和・来なかったお父さん    140 痔・恋女房・月の法善寺横丁    141 ひばり館・阿亀鸚哥・染み    142 初めてのチュー・豆御飯・鶴瓶の女たらし    143 アデランス・いてまえだへん(いてまえ打線)・クラス替え    144 長男の嫁・足痺れ・銅鑼焼    145 新知事・つるや食堂・南無阿弥陀仏    146 もぐりん・五月病・石楠花の花    147 音痴・赤いちゃんちゃんこ・野崎詣り    148 酒は百薬の長・お地蔵さん・可愛いベイビー    149 山菜取り・絶好調・ポラロイドカメラ    150 お父さんありがとう・舟歌・一日一善    151 出発進行・夢をかたちに・ピンセット    152 ホタテマン・深夜放送・FMラジオ    153 アトピッ子・結婚披露宴の二次会・おさげ    154 初産・紫陽花の花・川藤出さんかい    155 ビーチバレー・轆轤首・上方芸能    156 ワイキキデート・鹿煎餅・一家団欒    157 但空・高所恐怖症・合唱コンクール    158 中村監督・水着の跡・進め落語少年    159 通信教育・遠距離恋愛・ダイエット    160 華麗なる変身・遠赤ブレスレット・夏の火遊び    161 親子二代・垢擦り・筏下り    162 鮪漁��・新築祝・入れ歯    163 泣き虫、笑い虫・甚兵衛鮫・新妻参上    164 オペラ座の怪人・トルネード・ハイオクガソリン    165 小手面胴・裏のお婆ちゃん・ガングリオン    166 栗拾い・天国と地獄・芋雑炊    167 夜汽車・鳩饅頭・スシ食いねぇ!    168 長便所・大ファン・腓返り    169 美人勢揃い・雨戸・大江健三郎    170 親守・巻き舌・結婚おめでとう    171 乳首・ポン酢・ファッションショー    172 仮装パーティー・ぎっくり腰・夜更し    173 ギブス・当選発表・ちゃった祭    174 超氷河期・平等院・猪鹿蝶    175 コーラス・靴泥棒・胃拡張    176 誕生日・闘病生活・心機一転    177 毒蜘蛛・国際結婚・世間体 1996年    178 シナ婆ちゃん・有給休暇・免停    179 三姉妹・バリ・総辞職    180 家庭菜園・ピンクレディーメドレー・国家試験    181 ほっけ・欠陥商品・黒タイツ    182 内股・シャッターチャンス・金剛登山    183 嘘つき娘・再出発・神学部    184 金柑・恋の奴隷・ミッキーマウス    185 露天風呂・部員募集・ぞろ目    186 でんでん太鼓・ちゃんこ鍋・脳腫瘍    187 夢心地・旅の母・ペアウオッチ    188 (不明につき空欄)    189 福寿草・和気藹々・社交ダンス    190 奢り・貧乏・男便所    191 八十四歳・奥さんパワー・初心忘るべからず    192 お花見・無駄毛・プラチナ    193 粒揃い・高野山・十分の一    194 おぃ鬼太郎・シュークリーム・小室哲哉    195 くさい足・オリーブ・いやいや    196 ダイエットテープ・北京故宮展・細雪    197 若い季節・自動両替機・糞ころがし    198 おやじのパソコン・なみはや国体・紙婚式    199 降灰袋・ハンブルグ・乳首マッサージ    200 雪見酒・臭い足・貧乏・タイ米・コチョコチョ・雷・明治大正昭和平成・上岡龍太郎・お茶どすがな・トップレス(総集編、10題リレー落語)    201 夫婦喧嘩・川下り・取越し苦労    202 横綱・占い研究部・日本のへそ    203 マオカラー・海の日・息継ぎ    204 カモメール・モアイ・子供の事情    205 ありがとさん・文武両道・梅雨明け    206 団扇・ボーナス定期・芸の道    207 宅配・入道雲・草叢    208 回転木馬・大文字・献血    209 寝茣蓙・メロンパン・初孫    210 方向音痴・家鴨・非売品    211 年金生活・女子高生・��ングブーツ    212 エキストラ・デカンショ祭・トイレトレーニング    213 行けず後家・オーロラ・瓜二つ    214 金婚式・月光仮面・ロックンローラー    215 孫・有頂天・狸    216 雪女・携帯電話・交代制勤務    217 赤いバスローブ・スイミング・おでこ    218 参勤交代・ケーブルカー・七人兄弟    219 秋雨前線・腹八分・シルバーシート    220 関東煮・年賀葉書・学童保育    221 バンコク・七五三・鼻血    222 ホルモン焼き・男襦袢・学園祭
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%96%E3%81%93%E3%81%B0%E3%83%BB%E9%B6%B4%E7%93%B6%E3%82%89%E3%81%8F%E3%81%94%E3%81%AE%E3%81%94
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kennak · 7 months ago
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紅林 麻雄(くればやし あさお、1908年〈明治41年〉 - 1963年〈昭和38年〉9月)は、日本の警察官。静岡県警察の元刑事。担当した事件において、数多くの冤罪被害者を生み出した。 人物 現在の静岡県藤枝市出身。 自身が担当した幸浦事件(死刑判決の後、無罪)、二俣事件(死刑判決の後、無罪)、小島事件(無期懲役判決の後、無罪)、島田事件(死刑判決の後、無罪)の各事件で無実の者から拷問で自白を引き出し、証拠を捏造して数々の冤罪を作った。その捜査手法は紅林の部下も含めて静岡県警の警察官に影響を与えることになり、紅林自身は直接捜査に関与しなかったが袴田事件(死刑判決の後、再審が決定)などの冤罪事件を生む温床ともなった。 あらゆる手段を用いて被疑者を拷問し、自白を強要させるなどしたことから「拷問王」と称されている[要出典]。 紅林はさまざまな拷問の手法を考案したが、実行には直接関与せず部下に指示を出していた。また、二俣事件における山崎兵八の書籍においては真犯人と思われる人物からの収賄の疑惑も暴露されている。 上記4事件のうち島田事件を除く3事件が一審・二審の有罪判決の後に無罪となり、島田事件も最高裁での死刑判決確定後の再審で無罪が確定した。幸浦事件・二俣事件の有罪判決破棄差し戻しの時点で御殿場警察署次席警部の地位にあった紅林は、非難を浴びた静岡県警上層部によって吉原警察署駅前派出所へ左遷された。しかも交通巡視員待遇という実質的な二階級降任だった。 紅林は世間や警察内部から非難され精神的に疲弊しきっていたが、1963年(昭和38年)7月に幸浦事件の被告人に対する無罪判決が確定したことにより、気力が尽きて警察を退職。同年9月に脳出血により急死した。 紅林の捜査法 前述の通り、紅林は拷問による尋問・自白の強要・自己の先入観に合致させた供述調書の捏造のような捜査方法の常習者だった。また、アリバイが出てきそうになった場合は犯行現場の止まった時計の針を動かしたトリックを自白させ、被疑者が推理マニアであることや被疑者の周辺で時計の針を動かすトリックがある探偵映画が上映されていることなどの傍証を積み重ねる手法でアリバイを否定しようとした。 これらについて二俣事件の裁判では同僚の捜査員である山崎兵八が「県警(島田事件のみ、これ以前は国警静岡県本部)の組織自体が拷問による自白強要を容認または放置する傾向があった」と証言。県警当局は山崎を偽証罪で逮捕(ただし『妄想性痴呆症(妄想型統合失調症の旧称)』として不起訴処分)したうえ懲戒免職処分にした。また幸浦事件では自分達が先に被害者の遺体が埋められている場所を探知しておきながら、被疑者に自白させた後に発見したようにして秘密の暴露を偽装した疑惑があるほか、主犯とされた男性は拷問によるためか持病(てんかん)の悪化により僅か34歳で上告中に死亡した。 紅林の捜査法に見られるような強制・拷問または脅迫によるなど任意性に疑いのある供述調書は、刑事訴訟法第322条第1項および第319条第1項により証拠とすることができない。小島事件では実際に紅林の捜査法に最高裁の判断が下された。この最高裁判決では被告人(当時は被疑者)が取調べ中に留置場に戻ってくるたびに赤チン(局所殺菌剤)を塗るなど治療を受けていたという証言などを認定し被告人が主張する程度の過酷な拷問があったかについて疑義を呈しつつも、紅林主導の下で作成された供述調書の任意性を否定し被告人に有罪を言い渡した原判決を破棄差戻しとした(後に無罪確定)[1]。 主な時系列 1938年(昭和13年)8月22日、2人の女性が殺害される(浜松連続殺人事件の犯人が最初に犯した犯罪) 1941年(昭和16年)8月18日、1人が殺害、1人が負傷させられる(浜松連続殺人事件) 1941年(昭和16年)8月19日深夜、3人が殺害される。(浜松連続殺人事件) 1941年(昭和16年)9月27日、犯人の兄、姉、両親、兄の妻とその子供の計5人が殺害される(浜松連続殺人事件) 1942年(昭和17年)8月25日、4人が殺害、1人が負傷させられる(浜松連続殺人事件) 1942年(昭和17年)10月22日、浜松連続殺人事件の犯人が逮捕される。 1944年(昭和19年)2月23日、静岡地裁浜松支部は浜松連続殺人事件の被告人に死刑判決。被告人は上告。 1944年(昭和19年)6月19日、大審院は浜松連続殺人事件の被告人の上告を棄却、死刑が確定。 1944年(昭和19年)7月24日、浜松連続殺人事件の死刑囚(元被告人)の死刑執行。 1948年(昭和23年)11月29日、幸浦事件発生 1950年(昭和25年)1月6日、二俣事件発生 1950年(昭和25年)3月12日、二俣事件で容疑者の少年1人を強盗殺人罪で起訴 1950年(昭和25年)4月27日、幸浦事件で被告人4人に有罪判決(3人死刑、1人は懲役1年) 1950年(昭和25年)5月10日、小島事件発生 1950年(昭和25年)7月20日、小島事件で1人が起訴される 1950年(昭和25年)12月27日、静岡地裁は二俣事件の被告人の少年に死刑判決。少年側は控訴。 1951年(昭和26年)9月29日、二俣事件で東京高裁は控訴を棄却。少年側は上告。清瀬一郎が弁護人になる。 1951年(昭和26年)5月8日、幸浦事件で東京高裁が被告人側の控訴を退ける 1952年(昭和27年)2月18日、小島事件で静岡地裁は被告人に無期懲役判決。担当弁護士が西ヶ谷徹から海野普吉になる。(西ヶ谷は元検察官だったが、紅林のような警察官に危機感を抱いて、後に検察官に復職している) 1953年(昭和28年)11月27日、二俣事件で最高裁は原判決を破棄。 1954年(昭和29年)3月10日、島田事件発生 1956年(昭和31年)9月13日、小島事件で東京高裁は控訴棄却。 1956年(昭和31年)9月20日、二俣事件で静岡地裁は無罪判決。検察は控訴。 1957年(昭和32年)2月14日、幸浦事件で最高裁は審議を東京高裁に差し戻す。 1957年(昭和32年)10月26日、二俣事件で東京高裁は控訴を棄却。検察は上告を断念し、元少年の無罪が確定。 1958年(昭和33年)5月23日、島田事件で静岡地裁は被告人に死刑判決。 1958年(昭和33年)6月13日、小島事件で最高裁が東京高裁へ差し戻す。 1959年(昭和34年)12月2日、小島事件で東京高裁が無罪判決。検察は上告せずに確定。紅林は『週刊文春』への特別手記で小島事件の弁護士海野普吉、二俣事件と幸浦事件の弁護士である清瀬一郎を名指しで批判。(小島事件#その後を参照) 1959年(昭和34年)2月28日、幸浦事件で東京高裁が被告人4人全員に無罪判決。 1960年(昭和35年)2月17日、島田事件で東京高裁は控訴を棄却。 1960年(昭和35年)12月5日、島田事件で最高裁は上告を棄却し、被告人の死刑判決が確定。 1963年(昭和38年)7月9日、幸浦事件で最高裁が検察の上告を棄却。4人の無罪確定。紅林が警察を辞職。 1963年(昭和38年)9月、紅林が死去。 1986年(昭和61年)5月30日、島田事件で東京高裁は死刑囚の再審開始を決定し、審理を静岡地裁に差し戻し。 1989年(平成元年)1月31日、島田事件で静岡地裁は死刑囚に無罪判決を言い渡した。元死刑囚は同日中に釈放され、その後検察が控訴を断念したため無罪が確定。 脚注 [脚注の使い方] ^ 最判昭和33年6月13日刑集12巻9号2009頁 参考文献 佐藤友之、真壁旲『冤罪の戦後史』図書出版社、1981年。ISBN 4809981916。 浜松事件での紅林の功績は偽りのもので、実際は当時の県警刑事課長の怪我の功名によるものだったとある。その後、紅林はしくじって免職しかけるが、浜松事件解決の「功労者」として後継の刑事課長によって県警に引き上げられたという。以上は二俣事件で被告人側の証人になった元刑事の南部清松の談である。南部は島田事件でも冤罪を証明する活動をしている。 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』東京法経学院出版、2002年。ISBN 4808940035。 管賀江留郎『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか 冤罪、虐殺、正しい心』洋泉社、2016年。ISBN 9784800307453。 浜松事件と二俣事件を中心に紅林の経歴を多数の資料に基づいて記述しており、伝記的事実から人物像を浮かび上がらせている。 関連項目 熊本典道 - 袴田事件の一審静岡地裁で死刑判決に関わった裁判官。良心の呵責から裁判官を依願退職し、事件の冤罪を訴えていた。 海野普吉 冤罪
紅林麻雄 - Wikipedia
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xf-2 · 7 years ago
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悪魔と詐欺師【調査会NEWS2721】(30.4.30)
 18年前の南北首脳会談(金大中・金正日)のとき、「悪魔と詐欺師の抱擁」と言った人がいました。今回はあの二人よりもう少し小物ですから、多少品のない表現をすれば「悪ガキとパシリの密談」ということになるでしょうか。
 考えてみれば暴力団の親分と詐欺師が話し合いをして「治安の良い、正直な社会にしよう」という結論になるはずはありません。演出にごまかされて何か本当に平和になるかのような幻想を持つ人もいるようですが、北朝鮮は何も変わっていないのです。変わっているのは韓国の方です。
 北朝鮮の指導者は自分の叔父を高射機関砲でバラバラにし、異母兄をサリンで毒殺し、多くの幹部を粛清し、収容所も公開処刑も維持して国民には無差別な労働現場への動員を強いている人間です。もちろん拉致被害者を返すなどと、自分で反省して行う人間ではありません。
 今回「板門店宣言」の中には「南と北は、地上と海上、空中をはじめとするあらゆる空間で、軍事的緊張と衝突の根源となる相手に対する一切の敵対行為を全面的に中止することにした。差し当たって、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器(宣伝)放送やビラ散布をはじめとするあらゆる敵対行為を中止し、その手段を撤廃し、今後非武装地帯を実質的な平和地帯としていくことにした」という文言があります。
 もともと韓国側は北朝鮮が宣伝放送を流そうがビラを送ろうが痛くも痒くもありません。しかし北朝鮮は情報の流入が体制を揺るがすものであると恐れています。今回両方がやめると言っても実質上北朝鮮側が得をするだけです。そして韓国内で行っている北朝鮮のプロパガンダはそのまま、というよりさらに激しく行われるでしょう。
 日本も米国も、今まで何度も騙され続けています。かつては韓国も騙されていましたが、今の韓国は騙されるどころか自分から北朝鮮の側に行っているのです。その現状をしっかりと認識すべきでしょう。幻想は拉致問題の進展も遠ざけてしまいます。 ///////////////////////////////////////////////////
<調査会・特定失踪者家族会役員の参加するイベント(一般公開の��致問題に関係するもの)・メディア出演・寄稿・特定失踪者問題に関 する報道(突発事案などで、変更される可能性もあります)等> ※事前申込み・参加費等についてはお問い合わせ先にご連絡下さい。
・5月16日(水)18:30「今、日本から朴正煕を考える」(同講演会実行委員会主催) ・会場 拓殖大学文京キャンパス(文京区小日向3-4-14 地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅下車5分) http://www.takushoku-u.ac.jp/access.html ・調査会荒木代表が参加 ・問合せ 荒木(090-8517-9601)三浦(080-3485-7189)
・5月25日(金)18:30「日本を救うシンポジウム」(日本再生同志の会主催) ・会場 星陵会館(千代田区永田町2-16 地下鉄永田町駅・国会議事堂前駅・溜池山王駅下車) http://www.seiryokai.org/kaikan/map.html ・調査会荒木代表が参加
・6月23日(土)18:00「草莽志塾」(同塾主催) ・かでる2.7(札幌市中央区北2条西7丁目 011-204-5100)JR札幌駅徒歩13分 ・代表荒木が参加 ・問合せ・出口塾頭(011-737-1798)   ※事前申込みが必要です。
・7月14日(土)19:00 映画「ドキュメント 拉致」上映会・記念講演会(ACT FACTRY TOPIX主催) ・会場 CONEMA BOKAN(井の頭線池の上駅すぐ 03-3481-6997) ・調査会荒木代表が参加
・7月25日(水)14:00「アニメ『めぐみ』上映会」(拉致問題対策本部・北海道庁・札幌市・救う会北海道主催) ・札幌駅前地下広場(地下鉄札幌駅と大通り駅をつなぐ地下通路のオープンスペース) ・代表荒木が参加 ・問合せ 北海道庁国際課(道庁代表番号 011-231-4111) ※イベント自体は10:30に開会され14:00までは映画が繰り返し上映されます。
・9月1日(土) 埼玉県民集会 ・調査会荒木代表が参加
・11月10日(土)「拉致問題講演会」(群馬県・救う会群馬他主催) ・安中市 ・調査会荒木代表が参加 ---------- 「月刊Hanada」6月号 荒木論文「現地レポート 北朝鮮船、今も続々、漂着中」
・channelAJER(チャンネル アジャ)では代表荒木の担当する番組『救い、守り、創る』を送信しています。会員制ですが1回30分の番組の前半は無料で視聴していただけます。 http://ajer.jp ----------- ※特定失踪者に関わる報道は地域限定であってもできるだけ多くの方に知らせたいと思います。報道関係の皆様で特集記事掲載���特集番組放送などについて、可能であればメール(代表荒木アドレス宛)にてお知らせ下さい。 ---------- <荒木共著『自衛隊幻想」』(産経新聞出版)> ・定価1200円(税別) <荒木著『靖国の宴」』(高木書房刊)> ・定価1000円(税別) <荒木著『北朝鮮拉致と「特定失踪者」』(展転社刊)> ・定価1800円(税別) _________________________________________ 特定失踪者問題調査会ニュース --------------------------------------------------------- 〒112-0004東京都文京区後楽2-3-8第6松屋ビル301 Tel03-5684-5058Fax03-5684-5059 email:comjansite2003■chosa-kai.jp ※■を半角の@に置き換えて下さい。 調査会ホームぺージ:http://www.chosa-kai.jp/ YouTube https://www.youtube.com/channel/UCECjVKicFLLut5-qCvIna9A 発行責任者荒木和博(送信を希望されない方、宛先の変更は kumoha551■mac.com宛メールをお送り下さい) ※■を半角の@に置き換えて下さい。 <カンパのご協力をよろしくお願いします> ■特定失踪者問題調査会■ 郵便振替口座00160-9-583587口座名義:特定失踪者問題調査会 銀行口座 みずほ銀行 飯田橋支店 普通預金 2520933 名義 特定失踪者問題調査会 (銀行口座をご利用で領収書のご入用な場合はご連絡下さい) ■特定失踪者家族会■ 郵便振替口座 00290-8-104325 特定失踪者家族会 銀行口座 ゆうちょ銀行 普通預金 店番128 口座番号4097270 特定失踪者家族会 代表者大澤昭一 ______________________________________________________
北朝鮮船・船体の一部・遺体の着岸漂流一覧(平成30年4月26日現在)
《平成28年(2016)以前》------------------------------------------------- ※確認出来たものを逐次入れていますが、あくまで氷山の一角です。実際には遥かに多くの事件が起きています 昭和62年(1987) 1月20日 福井沖 漁業資源監視船「ズ・ダン9082号」(約50トン・鉄鋼船)が男女11人を乗せて亡命。(620201読売東京)
平成2年(1990) 10月28日 福井県美浜町久々子海岸 ベニヤ板製の工作子船と思われる船(長さ8.3m幅2.5m 船底からビニール袋に密封された乱数表2枚と換字表1枚、日本製とみられる白紙の手帳)(021030読売東京) 11月2日・11日 美浜町沖合や海岸 遺体2体(20代~40代)
平成10年(1998) 12月2日 島根県隠岐郡西ノ島町 遺体1体(男性) 12月16日 島根県浜田市 遺体1体(女性) 12月16日 島根県隠岐郡五箇村(現隠岐の島町) 遺体1体(北朝鮮軍兵士)(110127読売大阪夕刊) 12月21日 石川県河北郡七塚町��現かほく市)遠塚海岸 遺体1体(女性兵士・労働党候補党員証を身に着けていた)。 12月25日 福井県大飯郡高浜町和田海岸 丸太組みのいかだとロープでつながれた男性遺体3体(軍服姿、腐乱し一部白骨化、死後1~3カ月 30~50代、身長1m60~70センチ 胴体と足に直径約20センチの球形ブイ数個が付いていた)。(101225読売大阪夕刊)
平成11年(1999) 1月14日 福井県三方郡三方町(現三方上中郡若狭町) 遺体1体(北朝鮮軍上佐とみられる。「私たちの船は朝鮮人民軍26局4地区副業船、船籍は元山市」「昨年11月に兵士ら15人が乗船して出港したが機関故障で冠水、漂流した」と書かれたメモや航行に関する書類)(110127読売大阪夕刊) 1月22日 鳥取県鳥取市浜坂鳥取砂丘 遺体1体(北朝鮮軍兵士)(110127読売大阪夕刊)
平成13年(2001) 12月16日 遺体1体(男性・30~60歳 一部白骨化 紺のランニングシャツと緑色のパンツ 死後2~3カ月 数百m離れた場所に男性の北朝鮮公民証)(131231読売東京) 12月 新潟県佐渡市鷲崎海岸 木造船(ハングルで洪原と記載)・遺体1体(赤十字の照会で「1955年生まれで昨年10月8日漁に出たまま行方不明になった」とのこと)(140129読売新潟北版)
平成14年(2002) 1月4日 石川県能美郡根上町(現能美市)山口町グリーンビーチ 木造船(長さ約6m)(140108読売石川版) 1月5日 石川県羽咋市一ノ宮海岸 木造船(長さ約6m 前方にハングルと数字)(140108読売石川版) 1月9日 石川県河北郡宇ノ気町(現かほく市)大崎海岸 木造船(長さ約3m、幅約1.5m 後方にハングルと数字)(140110読売石川版) 1月11日 石川県羽咋市大川町釜屋海岸5日の木造船漂着地の南500m 鉄製船(長さ約5.9m幅約1.5m船首に文字らしきもの) 3月19日 石川県輪島市小池町海岸 木造船(長さ6.5m幅2.5m 後部に発動機。船首部分内側にハングルが書かれたプレート)(140320読売石川版) 4月11日 北海道爾志郡熊石町(現二海郡八雲町)見日海岸 木造船(長さ約6m70センチ幅約1m50センチ 船尾にスクリューがあったがさびて動かずエンジンも付いていなかった)(140411読売札幌版夕刊) 12月28日 石川県河北郡内灘町宮様海岸 遺体1体(身長約1m62、20~50歳、死後1~6カ月、金日成バッジ)
平成15年(2003) 1月10日 新潟県岩船郡粟島浦村釜谷の消波ブロック 遺体1体(頭部白骨化、身長約1m70、黒の長袖シャツと黒の靴下)・木造船(長さ約9m幅約2m船首部分に漁網) 3月5日 新潟県柏崎市海岸 遺体1体(男性・20~40歳 下半身のみ 165㎝  茶色作業ズボン、青色ももひき、黒色半ズボン、北朝鮮紙幣死後半年前後)
平成16年(2004) 12月2日 新潟県佐渡市 遺体1体(男性 40~60歳 152.5㎝ B型カーキ色軍服様長袖、カーキ色軍服様長袖シャツ、グレーハイネックセーター、青色長袖シャツ、茶色ベルト)
平成18年(2006) 1月4日 京都府舞鶴海上保安部管内 木造船(180131読売大阪朝刊) 1月 鳥取県内に4隻の木造船が漂着(180126読売大阪朝刊) 1月24日 鳥取県西伯郡大山町 木造船(180126読売大阪朝刊) 1月25日 鳥取県鳥取市伏野海岸 木造船(長さ5.65m幅1.4m)(180126読売大阪朝刊) 1月30日 京都府京丹後市久美浜町箱石海岸 木造船(180131読売大阪朝刊)
平成19年(2007) 6月 青森県西津軽郡深浦町 木造船・生存者4人 (191227読売東京夕刊記事)11月中旬以降北朝鮮からの木造船16隻が漂着、新潟と石川の海岸が大部分。
平成20年(2008) 1月10日 福井県福井市西二ツ屋町海岸 木造船(長さ約6m幅約1.5m 船尾に船外機、船首にハングルが彫られていた)(200112読売大阪朝刊) 3月26日 秋田県男鹿市北浦入道崎海岸 木造船(長さ約5.8m幅約1.4m 側面や船尾にハングル)(200326読売秋田版)
平成23年(2011) 9月 輪島市沖合で木造船に乗った脱北者9人を救助(後に韓国に移送) 9月26日福井県三方郡美浜町関電美浜原発敷地内の岩場 木造船の一部(230927読売大阪朝刊)
平成24年(2012) 1月6日 島根県隠岐郡隠岐の島町那久岬沖 木造船・生存者3人(9日に北に引き渡し)・遺体1体(241224読売島根版) 1月19日 島根県隠岐郡隠岐の島町 木造船(241224読売島根版) 2月22日 島根県隠岐郡隠岐の島町 木造船(241224読売島根版) 2月27日 島根県隠岐郡海士町 木造船(241224読売島根版��� 4月4日 島根県隠岐郡隠岐の島町 木造船(241224読売島根版)
11月28日 新潟県佐渡市大小海岸 木造船(長さ約12.8m幅約3.4m エンジン 船首にハングル 捕った魚を保管するスペース)・遺体5体(成人男性 雨具とみられるビニール製のズボンを履き、船内に長靴 死後2〜3カ月 一部白骨化 長時間海水に漬かっていた形跡があり、船が一度沈没した可能性 1体は推定年齢30~40歳代前後、身長約170cm、長袖灰色シャツ、紫色ハイネックセーター、赤色半袖Tシャツ、 下衣は紺色ナイロン製ズボン、灰色ズボン、水色スウェットズボン、 黒色ボクサーパンツ、黒色靴下ほか紳士用黒色デジタル腕時計着用)(241129読売新潟版他) 12月1日 新潟県佐渡市赤泊杉野浦の海上 木造船(長さ約10m 船内からイカ釣り用の針)・遺体1体(年齢40~50歳前後の男性 死後1〜2カ月 胃の中に食べ物なし 遺体は屍蝋化 身長約167cm、 着衣は緑色ニット帽、紺色フード付長袖ジャンパー、黒色長袖作業着、紺色ベスト、 胸に鷲マーク入り紺色長袖トレーナー、紺色ランニングシャツ、 下衣は灰色防寒ズボン、ホック式ベルト、紺色ビニール製ズボン、こげ茶色股引、 緑色ブリーフパンツ、両足に白色と小豆色の格子柄靴下、 ゴム製長靴(サイズ25.0cm、上部中央ハングル)着用) 12月1日 新潟県佐渡市北鵜島の海岸 木造船の一部(右舷部分とみられる長さ約4メートルの木片 船首付近にハングルと数字) 上記の者は、平成24年12月1日午後0時13分頃、佐渡市において、 転覆した木造船内にて遺体で発見され死後1~2カ月経過していると推定されます。 遺体は火葬に付し、遺骨は当市の真楽寺にて保管)。12月12日 石川県輪島市 木造船(長さ約11m幅約3.5m 船首両横にハングル、漁網や釣り針)内から遺体1体(一部白骨化) (270110読売記事では「輪島市沖合で木造船の漂着や漂流が相次ぎ、漂流した船体の近くで3遺体が見つかる」)
平成25年(2013) 11月15日 新潟県佐渡市沖の海、姫津沖約5.5キロ、木造船(船尾水没 操舵室上部に赤い塗料でハングル、ジャンパーのような衣類) 12月18日 新潟県岩船郡粟島浦村 木造船(長さ約12m・幅約3.5m 船首にハングル 船内からイカ釣り漁の針や「朝鮮平壌」と書かれた箸)・遺体1体(身長約1m75センチ、防寒ジャンパー着用・死後数週間)(251218読売東京朝刊) 12月25日 秋田県男鹿市北浦湯本 木造船(長さ約12m幅約3.5m船内に漁網など)・遺体3体(251225読売秋田版) 12月28日 新潟県長岡市寺泊野積海岸 木造船(長さ8.25m幅2m 船首に数字やハングル)(251229読売新潟南版) 12月29日 新潟県柏崎市西山町石地海岸 木造船(長さ6.6m幅1.7m 船首に数字やハングル)(251230読売新潟南版)
平成26年(2014) 8月 石川県珠洲市沖合で北朝鮮船の乗組員4人救助(後に大連経由で帰国)
平成27年(2015) 1月9日 石川県羽咋郡志賀町安部屋漁港北400m 木造船・生存者1人(服などが入っている透明ビニール袋を所持 61歳 後に帰国) 7月23日 青森県下北郡佐井村矢越漁港 木造船1隻(271209読売) 10月27日 青森県下北郡佐井村福浦漁港 木造船1隻・遺体1体(271209読売) 11月1日 秋田県山本郡三種町沖 木造船(271209読売) 11月2日 秋田県男鹿市 木造船(271209読売) 11月14日 新潟県佐渡市岩首漁港沖 木造船(長さ約13m幅約3m 黒ずんだ船体にハングル リュックサックに金正日バッジ)・遺体1体(上下黒の衣服)荒天のため12月2日に海保が引き揚げ発表 11月 石川県輪島市沖木造船3隻・遺体10体(産経ニュース・ TBS動画ニュースサイト・毎日新聞11月28日) 11月6日 北海道松前町沖 木造船・遺体2体(271107読売東京朝刊) 11月14日 新潟県佐渡市沖 木造船・遺体1体(271209読売) 11月19日 秋田県能代市沖 木造船・遺体2体(271209読売) 11月20日 石川県輪島市沖 木造船3隻・遺体10体(271209読売) 11月22日 福井県越前町沖 木造船・最低でも7人とみられる遺体・遺骨(271209読売) 11月22日 新潟県佐渡市沖 木造船(271209読売) 11月23日 石川県輪島市沖 木造船の一部(271209読売) 12月2日 青森県下北郡佐井村長後牛滝漁港 木造船(船内にハングルの書かれた救命胴衣)・遺体4体(海保の司法解剖結果で死後1~6カ月経過 靴にハングル)(271207・1209読売東京朝刊) 12月2日 兵庫県美方郡新温泉町沖 木造船の一部(271209読売) 12月7日 石川県金沢市沖 木造船(271209読売)
平成28年(2016) 5月20日 青森県下北郡風間浦村易国間桑畑漁港近く 木造船(長さ約6.7m幅約1.5m 左舷船首部分にハングル)(280522読売青森版) 6月5日 青森県むつ市大畑町大畠漁港沖 木造船(全長約9m幅約2.3m 船体に海藻が付着 右舷船首部分にハングル)(280607読売青森版) 10月17日 青森県西津軽郡深浦町沖(十二湖駅近くの岸壁に引航) 木造船(281018読売青森版) 10月18日 青森県下北郡佐井村沖 木造船(長さ12m ズック、手袋、靴下など)(281029読売青森版他) 10月29日 青森県下北郡佐井村牛滝漁港 木造船(長さ6.2m幅2.53m)(281029読売青森版) 10月30日 青森県つがる市��里長浜 木造船(長さ16.2m幅4m 船首に赤色数字 船内にロープや網)(281101読売青森版) 12月5日 京都府舞鶴市 木造船(北朝鮮5000ウォン紙幣2枚、漁具など)・遺体9体(一部白骨化)(TBSあさチャン)
《平成29年(2017)以降》--------------------------------------------------- ※出典については逐次書き加えています。石川関連のほとんどが北國新聞、新潟関連の大半は新潟日報の記事です。
平成29年(2017) 1月1日 新潟県糸魚川市筒石 木造船の一部  6日 新潟県上越市柿崎区 木造船  6日 福井県三方郡美浜町菅浜弁天崎南1キロ 木造船(船体にハングルのような文字 船内にエンジンの一部とドラム缶)(290106読売大阪朝刊)  7日 福井県小浜市犬熊 木造船
2月7日 島根県隠岐郡隠岐の島町神尾 木造船  11日 石川県金沢市 木造船  15日 京都府京丹後市間人 木造船  15日 京都府舞鶴市瀬崎海岸 木造船
3月8日 島根県隠岐郡隠岐の島町油井 木造船  14日 石川県輪島市門前町 木造船の一部  18日 石川県羽咋郡宝達志水町 木造船(長さ約5m幅約1.5m 船尾の白い板にハングル)(271209読売)  22日 石川県羽咋市寺家町 木造船  28日 京都府京丹後市 木造船
4月28日 秋田県男鹿市入道崎灯台付近 木造船・遺体1体
5月1日 北海道函館市函館港 木造船の一部  2日 新潟県佐渡市石名地区 木造船
6月1日 新潟県佐渡市鷲崎地内 木造船  26日 兵庫県香住町余部海沖 木造船(「0제16749」と記載 男性遺体1体身長約168センチ)
7月31日 島根県隠岐郡隠岐の島町福浦 木造船の一部
8月9日 島根県隠岐郡西ノ島町三度埼 木造船
9月6日 青森県西津軽郡深浦町大間越 木造船  25日 北海道室蘭市東町 木造船の一部
11月7日 新潟県佐渡市羽茂三瀬地区 木造船(長さ13.7m幅3.7m 「888-88879」の数字記載)  15日 秋田県西400キロ沖(大和堆北方EEZ外)転覆した木造船 3名救助  16日 秋田県西沖(大和堆)木造船 遺体4体  16日 秋田県にかほ市 木造船  19日 青森県北津軽郡中泊町小泊 木造船(長さ8.7m) 船体にハングル表記  20日 青森県西津軽郡深浦町大間越 木造船(長さ12.6m 「913185」の数字記載。スクリューやエンジンが残っていた)周辺で救命胴衣6個発見  21日 山形県鶴岡市五十川八斗島南  木造船(長さ7m) 船体にハングルや「89829」の数字が記載  23日 新潟県佐渡市南片辺 木造船(長さ約10m幅約2m 船体にハングルと数字が記載 エンジン 周辺から漁網やイカ釣り針、防寒具など)  23日 秋田県由利本荘市マリーナ 木造船(長さ20m) プレートにハングルで「チョンジン」と記載。生存者8名 内2名が近くの民家に行ってインターフォンを鳴らしたことで上陸が分かる(従って検疫を受けずに上陸した9。証拠品である船はマリーナに係留していたが県警が見失い、後に破片の一部を回収。  24日 秋田県男鹿市宮沢 木造船(長さ7m 船首付近に「556-60756」と記載)・遺体8体(白骨化)・北朝鮮製たばこ等  25日 新潟県佐渡市藻浦崎 木造船の一部(「88737」の記載)・遺体1体  26日 新潟県佐渡市石花 遺体1体  26日 北海道松前郡松前町小浜 木造船の一部(船首部分長さ4m 黒く塗られ数字のようなもの記載)  26日 青森県西津軽郡深浦町 木造船(船首部分に「2093」の数字が記載)  27日 石川県羽咋郡志賀町西海 木造船の一部  27日 石川県羽咋市 木造船  27日 青森県西津軽郡深浦町 木造船(船首に赤い文字で「2093」と記載)  27日 石川県珠洲市三崎町小泊沖 漂流船(長さ12m幅2.5m 船内に「264軍部隊 軍船」と記載された紙片)  27日 青森県下北郡佐井村 木造船 サイズ24センチ男物革靴(ヒールの高��シークレットブーツ様のもの)と英文の書かれたジャケット  28日 北海道松前郡松前町松前小島 木造船(長さ約10m 「朝鮮人民軍第854部隊」との記載)・生存者10名  28日 山形県鶴岡市鼠ヶ関沖 木造船・遺体3体(うち2体の衣服に金日成バッジ) 12月2日鶴岡市温見漂着、12月4日遺体漂着  28日 石川県輪島市舳倉島沖 漂流船2隻 11月30日乗組員21名が北朝鮮僚船に救助される。  30日 新潟県佐渡市藻浦崎 遺体1体
12月1日 青森県西津軽郡深浦町森山海岸 木造船(長さ約10m幅約2.4m)  1日 新潟県佐渡市両津湾 木造船  2日 新潟県佐渡市小木江積海岸 木造船(長さ約9.8m幅約2.3m)・遺体2体  2日 秋田県山本郡八峰町八森岩館付近海岸 木造船(ハングルの書かれたバケツ)・遺体1体  4日 新潟県柏崎市西山町石地付近 木造船の一部  4日 新潟県長岡市寺泊大和田 木造船  4日 新潟県新潟市西蒲区角田浜沖 木造船  4日 山形県鶴岡市温見米子漁港沖 遺体3体  4日 秋田県にかほ市海水浴場 木造船の一部(ハングルの書かれたバケツ、缶詰)・遺体1体  4日 青森県西津軽郡深浦町 木造船・遺体2体  5日 新潟県佐渡市高千漁港 木造船(幅約3.1m)  5日 新潟県新潟市 木造船漂流(ブロックに衝突し大破)・遺体2体  6日 青森県西津軽郡深浦町入良川河口付近 木造船(「915430」と記載)  7日 秋田県男鹿市五里合 木造船(「913300」と記載)・遺体2体  7日 秋田県山本郡三種町 木造船1隻(ハングル表記のライフジャケット)  7日 新潟県佐渡市北狄(きたえびす)地区海岸 木造船・遺体1体  7日 新潟県佐渡市和木沖 木造船・遺体1体  7日 福井県坂井市三国町サンセットビーチ 木造船の一部  8日 新潟県佐渡市水津漁港 木造船の一部(幅約2.8m)・後に男性の遺体1体発見  8日 石川県珠洲市長橋町 木造船の一部(後に流出し2月22日珠洲市大谷町海岸に漂着)  9日 石川県珠洲市笹波町 遺体1体(一部白骨化し性別不明 死語数か月 セーター、シャツ着用  9日 新潟県村上市府屋海岸 木造船  9日 新潟県佐渡市岩谷口海岸 遺体1体  9日 新潟県佐渡市姫崎沖 遺体1体  10日 山形県鶴岡市堅苔沢海岸 遺体1体  10日 新潟県佐渡市石名沖 木造船(幅約3m)  12日 新潟県柏崎市荒浜 木造船・遺体2体遺体は白骨化しており、服や身の回りの物も無かった。船はその後産業廃棄物として処理。白骨化した遺体は火葬後、無縁仏として埋葬。  12日 新潟県村上市沖 木造船  12日 新潟県佐渡市宿根木 木造船の一部  12日~13日 石川県羽咋市 木造船の一部  13日 秋田県潟上市出戸浜海水浴場付近 木造船・遺体2体  13日 秋田県男鹿市北浦入道崎 木造船  13日 秋田県秋田市浜田 遺体1体  13日 新潟県村上市瀬波温泉海岸 木造船(「632-90452」と記載)  13日 新潟県胎内市松浜海岸 木造船  13日 青森県西津軽郡深浦町十二湖海浜公園 木造船(「912358」と記載)  14日 秋田県秋田市雄物川河口近く 木造船2隻・遺体6体  14日 青森県西津軽郡深浦町白神浜 遺体1体 木造船の一部  14日 新潟県長岡市寺泊郷本海岸 木造船・人骨5本  14日 新潟県佐渡市鵜ノ瀬鼻沖 木造船(全長約13.5m幅約3m)  14日~15日 石川県羽咋市志賀町 木造船の一部  15日 石川県金沢市金沢港沖 木造船  15日 新潟県佐渡市下相川 木造船(長さ約13m幅約3m)  15日 青森県下北郡佐井村 木造船  16日 石川県羽咋市千里浜インター付近 木造船の一部  16日 青森県深浦町田野沢 木造船(「547-66205」と記載)  17日 石川県珠洲市 木造船の一部   18日 新潟県佐渡市鷲崎沖 木造船  19日 秋田県にかほ市飛字餅田海岸 木造船・遺体2体  19日 石川県羽咋郡志賀町 漂流船(海保は発見できず)  20日 石川県羽咋郡志賀町 富来漁港(西海漁港) 漂着船  21日 新潟県佐渡市関岬 木造船(長さ11.6m幅2.75m 船首にハングル表示)  21日 新潟東港沖18キロ 木造船  21日 新潟県岩船郡粟島浦村釜谷 木造船の一部(縦1.5m横1.2m)  21日 青森県下北郡佐井村沖 木造船(転覆した状態で網にひっかかっていた)・遺体4体  23日 石川県羽咋郡志賀町 木造船(長さ約8.4m幅約2.2m 15日に金沢港沖を漂流していた船と同じ番号が船体���記載)  24日 新潟県新潟市 新潟港沖12キロ 木造船(21日のものと同じ可能性あり)  24日 山形県鶴岡市油戸漁港付近 木造船の一部・周辺に遺体4体  24日 山形県酒田市浜中 遺体1体(星型マークがバックルに付いた布製ベルト)  25日 新潟県佐渡市羽茂大橋 木造船(長さ約10m、幅約2.2m)  29日 鳥取県鳥取市気高町奥沢見海岸 遺体1体(ハングルが書かれたタグのついた黒い長袖ジャージと長袖Tシャツ、ズボン下着用。身長約170センチ、頭部はほぼ白骨化)  29日 新潟県新潟市西蒲区越前浜海岸 木造船の一部(長さ3m幅1.6m高さ1.43m 煙突あり)
平成30年(2018)
1月2日 新潟県村上市馬下(まおろし)地先海岸 木造船(長さ10.5m幅3.0m)  4日 秋田県山本郡三種町釜谷浜海水浴場 木造船の一部(長さ約8.1m幅約2m 船底及びスクリュー)  4日 新潟県佐渡市北田野浦 木造船の一部  4日 新潟県柏崎市西山町大崎地先海岸 木造船の一部(船尾部分長さ1.9m幅1.9m)  4日 秋田県山本郡三種町釜屋浜海水浴場南側 木造船の一部(船底部分長さ8.1m幅2.0m)  4日 石川県羽咋郡志賀町 遺体1体(推定年齢30~50歳・身長約164センチ・黒色系のジャンパーやシャツ、ズボン着用。ハングルが書かれたタバコ、腕時計、電池、紙束などを所持。  5日 新潟県佐渡市相川鹿伏 木造船の一部  5日 石川県白山市沖 木造船(長さ約13m幅約3.5m 船首にハングル) その後不明  6日 秋田県由利本荘市松ヶ崎漁港 木造船の一部(長さ4m幅約2m 白地に赤の数字)  7日 京都府京丹後市網野町 木造船(長さ約10m幅約3m ハングルのような文字の書かれた板が付近に漂着)  7日 新潟県佐渡市入桑漁港 木造船の一部  8日 新潟県新潟市西蒲区間瀬海岸 木造船(長さ約5m幅約1.5m) 8日 秋田県男鹿市野石申川海岸 木造船の一部(長さ約7.7m幅約1.9m)  10日 金沢市下安原町安原海岸 遺体1体(年齢不詳顔などの一部が白骨化。黒色のジャンパーと青色のズボンを着用。身元や国籍の分かるものは身に着けていなかった) 木造船(遺体から15mの距離 長さ16m幅高さともに3m 船尾にプロペラ 船体にハングルや数字などの標記見つからず 船内から16日7遺体発見 船首付近に4人、真ん中あたりに3人が折り重なるように倒れていた。セーターやトレーナーを着ており目立った外傷はなかった。 金日成と金正日の並んだバッジ1個)  21日 新潟県粟島八幡神社から200mの海岸 木造船の一部(船尾 長さ1.2m幅1.3mのコの字型 赤字でハングル2文字が書かれていた)  24日 石川県羽咋郡志賀町西海千ノ浦海岸 木造船(長さ8.15m幅1.9m高さ1m平底型 船体に白く614という番号記載 コールタールのようなもので塗装、傷み激しく長期間漂流したものと推定 近くに「10465료대」と書いた木片あり)  24日 山形県鶴岡市湯野浜海岸 木造船(長さ5.45m幅1.5m)  28日 石川県羽咋市新保町(志雄パーキングエリアの北約400m)木造船(長さ5.871m、幅1.87m 船体に黒い塗料。目立った損傷なし ハングルと「9-964」の記載)  30日 石川県羽咋郡志賀町大津、上野の境界近くの海岸 木造船の一部。不鮮明だが「3682370」と白い文字で船体に記載。 2月2日 石川県金沢港北西約64キロ沖 木造船。船体に文字や数字とみられる表記。  2日 秋田県由利本荘市出戸字浜山の海岸(西目漁港北東1キロ) 木造船の一部(長さ4.5m幅約2.7m 船体に赤い字で「556-60269」と記載  4日 秋田県由利本荘市親川河口付近 木造船の一部(長さ約5.4m幅約1.9m 赤い数字のような文字が記載)  7日 石川県輪島市名舟町海岸 木造船(長さ約5m幅約2m 「760-75200」と船体に記載)   9日 石川県かほく市白尾海岸 木造船(船体に番号表記)  10日 石川県羽咋郡志賀町 木造船2隻(1隻は海士崎灯台北500m、長さ約12m幅約2m 船首部分に「505-64271」の番号記載があり1日に金沢港沖で発見された漂流船と思われる。もう1隻同灯台北約200m、長さ約5.4m幅1.5m 船尾破損 文字番号等記載なし)  11日 石川県加賀市美崎町漁協加賀支所から400m海岸 木造船(長さ約18m幅約5m 船首右舷に「504-66272」と記載)(300212北國)  13日 石川県羽咋市一ノ宮町一ノ宮海岸 木造船(長さ約7m幅約1.85m)(300214北國)  13日 石川県輪島市門前町池田海岸 木造船(長さ約4.35m幅約1.08m 船体にハングルと番号表記)(300214北國)  13日 石川県羽咋郡志賀町西海千ノ浦海士崎灯台近くの海岸 木造船(長さ約5.6m幅約1.4m 船首と船尾にハングルと番号表記)(300214北國)  13日 秋田県男鹿市野石字五明光海岸三種町との境から南約1.3キロ 木造船(長さ約10.1m幅約2.1m 船内にエンジンと漁網を巻き上げる機械 船体に「29488」とハングルの記載)  15日 石川県羽咋郡志賀町百浦海岸 木造船(長さ9.7m幅約2.19m スクリューとエンジンあり)  20日 石川県金沢市金沢港北西20キロ沖 木造船(長さ約6m幅約1.5m 船首に「4233」の記載)  21日 石川県輪島市塚田長塚田橋付近の岩場 木造船(長さ5.75m幅1.83m 無動力船)(300222北国)  21日 石川県輪島市門前町鹿磯漁港付近砂浜 木造船の一部(平底部長さ3.81m幅1.83m左舷側一部が残る プロペラ軸受け部金属を確認。(300222北国新聞)  22日 石川県輪島市深見町海岸 木造船(全長10m幅2.65m 船尾にスクリュー)(300223北國)  24日 秋田県能代市浅内字砂山海岸能代ロケット実験場南西約5キロ 遺体(北朝鮮との関連不明、一部白骨化した男性、身長約165センチ、着衣や履き物はなかった)(300225秋田魁) 3月6日 石川県輪島市名舟海岸 木造船の一部(全長4.5m幅2.2m遺留品は見つからず)(300307北國)  10日 石川県羽咋郡志賀町大島(おしま)漁港南側約180m海岸 木造船の一部(最大長5.2m 赤い数字「5129-61247」 船首に日本製ゴムタイヤを使った緩衝材)(300311北國)  12日 石川県羽咋郡志賀町安部屋海岸 ハングルと数字の書かれた木製標識・人民軍軍帽・究明浮輪(300313北國)  13日 石川県金沢市内灘海岸 木造船の一部(船首部分 長さ2.1m コールタールのような塗料・範読できない文字が表記)(300314北國) 4月17日 石川県珠洲市能登町布浦(ぬのうら)海岸 木造船(長さ6.1m、幅1.7m、深さ0.8m 船体にハングルや数字が記載)。
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geniusbeach · 7 years ago
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香川旅行記
 ゴールデンウィーク後半を使って香川を旅行した。計画したのは出発前日の夜中で、今回のテーマはうどん巡りと温泉だ。私は昨年末に二泊三日で高松、琴平、直島、豊島を巡り、うどん7杯を食べて大満足で帰ったのだが、以来香川のことが忘れられず、また行きたいと思っていたところだった。
 1日目(5月2日)
 午前4時という、朝がひどく苦手な私にとっては信じがたい時刻に友人の車で出発。9時ごろ善通寺に到着し、食べログ一位のうどん屋、長田 in 香の香へ。巨大な駐車場と50mにも及ぶ行列を目の前にして一軒目ながら若干ひるむ。待ち時間を使って宿探しをするも、さすがGWだけあってどこも満室。無計画な私たちも悪いが、10軒ほど電話して空いていたのは一室のみだった。しかし結局宿泊料があまりにも高かったため断念し、並んでいた他のお客さんに健康ランドに泊まれることを教えてもらったので、最悪の場合そこにすることに。一時間弱待った後入店し、釜揚げ大と冷やし大を一杯ずつ注文。各1.5玉で350円だ。つゆはいりことかつおのダシがよく利いており、もちもちの麺からは小麦の香りが強く感じられたいそう美味かった。皆うどんだけ食べてさっさと出るおかげで回転率がかなり良く、11時ごろには食べ終えることができた。
 続いて二軒目のはなや食堂へ。地元に愛されるおばあちゃんのお店といった印象。冷やしとタコ天を注文。うどんは200円、天ぷらは300円と安い。小ぶりなタコを丸々一匹揚げた天ぷらは衣が黄色くふわふわの食感。うどんも無論美味い。食後に宿探しを再開し、栗林公園近くのところに電話するとあっさりOKが出た。電話口の主人の対応が少し気になったが、一人一泊2600円、ガッツポーズだ。せんべい布団でも座布団でも部屋でゆっくり寝られるだけありがたいので、即座に予約した。
 腹ごなしがてら金蔵寺(こんぞうじ)を覗く。お遍路さんが多くおり、皆お堂の前で一心に真言を唱えていた。友人曰く「水曜どうでしょう」に出ていた寺とのことで、ファンである彼の記念写真を撮った。ここに至るまでの道端の電柱には、八十八か所巡りの巡礼者を図案化した標識があった。小さなところにご当地感があってほんわかした。
 次はこんぴらさんにお参りすることに。 暖かくなったのと休暇も重なったことで人がごった返している。登り口にあるアカボシコーヒーで一服してからほぼ休みなしで駆け上がる。中腹では神馬2頭を見た。その隣には大型船のスクリュー(直径6m)とアフリカ象の像があった。前者は94年に今治造船が奉納したそう(今治造船HPより)で、当社が海の神を祀っていることやお座敷遊びのこんぴらふねふねでお馴染みの金比羅船に因むことが予想できたが、後者の意図はわからず、奉納品であれば何でも良いのかと思った。関連するとすれば、この山の名が象頭山であることぐらいか。
 程なくして本宮へ到着し、参拝の列に並ぶ。普段神社で手を合わせる時は何も祈らないようにしているが、今年に入ってからずっと精神が低調なままので、久しぶりに願をかけてみた。神様はこういう時の心のよりどころなのでありがたい。どうか届きますように。今回は、前回その存在を知ら��かった奥社まで行こうとしていたが、道が閉鎖されていたためあえなく断念、またまた次回への持ち越しとなった。さて、全785段の石段往復は少々足に応え、途中で石段籠を見かけた時には思わず乗せてくれと言いそうになるくらいだったが、良い運動になったと思えば悪くはない。籠は参拝客の会話によれば片道3000円程だそうだ。乗っていたのはお婆さん、担いでいたのはお爺さんだった。
 麓に下りてから、こんぴらうどん参道店でとり天ぶっかけを食べる。一杯690円だ。二人とも腹が限界で、なぜここまでしてうどんを食べているのかわからなくなっていた。最早それはこの旅のテーマとして設定したうどん巡りの義務感からでしかなかったと言える。満腹中枢が刺激される前に片付けねばならないと、タケル・コバヤシ(※フードファイター)並みの速度でかき込んだ。とり天はジューシーで、麺にはコシがあって美味かったが、胃の圧迫で心臓が止まりそうになり、「うどん死(デス)」という言葉が頭をよぎった。
 疲労が甚だしかったため、喫茶店でまたも一服。琴平駅周辺には、「カキ三(さん)コーヒー使用」を看板に掲げた店が多くあり、前回の旅行でもそのオタフクソースのパッケージのようなオレンジと黒の色合いに親近感を覚えつつずっと気になっていた。おそらくそのカキ三を使ったであろうアイスコーヒーで意識を保ちながら、風呂にでも入ってリフレッシュしようということに話がまとまり、近くにあったこんぴら温泉湯��八千代へ。屋上に市街が一望できる露天風呂があるのだ。塀が低く、少しでも浴場のへりに近づけば周囲からは丸見えとなる(といっても建物より標高が高い所からだけだが)ため、内心ヒヤヒヤしていたが、やはり最高に気持ち良かった。受付で混浴と聞いて下品な期待もしていたが、二人組の女の子が少し覗いて引き返していったくらいで、終始客は私たちだけであった。なお、内風呂はごく普通の湯船がひとつあるだけだった。
 体力をわずかばかり回復し、瀬戸内の眺望を求めて五色台を目指す。16時半頃、大崎山の展望台に到着し、青空から海へと沈む夕日を眺めた。なんとも雄大なパノラマだ。遠くを見やると、薄水色の瀬戸大橋があやとりの糸のような慎ましさで陸地を繋いでいる。カメラで何枚も写真を撮った。ふと、ここ数日間で覚えた個人的な悲しみに対して、目の前に開けた海は、その豊満な胸で以て私を迎え、倒れ掛かる身体を圧倒的な光景によって生に押し戻してくれているような気がした。そうして下を見れば、山と山に挟まれた湾内の湿地に、草の生い茂る田んぼのようなものが広がっていた。これは木沢塩田跡地といい、秋頃にはアッケシソウという好塩性植物が紅葉することで一帯が赤く染まるそうだ(大崎山園地の説明看板より)。一度そんな不思議な絵を見てみたいと思った。この日は風が非常に強かったため、目だけでなく全身で自然を感じられて嬉しかったが、そのせいで体が冷えたのと日没直前に雲がかかったため、18時半頃に引き上げた。
 高松市内中心部に車で乗り入れ、今宵の宿へ。見るからに怪しげな建物に三友荘という傾いた看板がかかっている。隣の広東料理屋の前に中華系とみられる男が3、4人たむろしており雰囲気が悪い。中に入ると、フロントというよりは雑然と物が置かれた生活スペースが大きく広がっており、その山の中から主人が顔を覗かせて、一言いらっしゃいと言った。それから、かなり雑な態度で駐車場を案内され、やべーところに来てしまった、と思う間もなく会計を済ませて鍵を受け取り3階へ。廊下は廊下で床がはがれていたり、アメニティが散乱していたりとさながらお化け屋敷に入ったような気分になる。部屋に入ると、これまた昭和から時間が止まっていると思われるほど古くカビ臭い和室で、その異様さに一瞬たじろいだ。とにかく寝られれば良いのだと割り切ることにして、外へ風呂に入りに行った。
 車を20分ほど走らせて向かったのは、市内中部にある仏生山温泉だ。前回も訪れて、その泉質と洗練された建築様式が気に入っていた。町の歴史が古いため、ここも昔からあるのかと思いきや、2005年開業と比較的新しい温泉らしい(仏生山温泉FBより)。入浴施設とは思えない白い箱のような建物入り口の外観が特徴だ。中に入ると、ドーンと奥行きのあるシンプルな休憩スペースがお出迎え。端には小洒落た物産品が並んでおり、また壁伝いには文庫本の古本が並べられている。客がひっきりなしに出入りし、脱衣場と浴場はまさに芋の子を洗うような状態であった。なんとか湯船の空いたスペースに身体を沈め、一日で溜まったとは思えないほどの疲れを癒す。とろりとした湯で肌がツルツルになり気持ちが良い。露天風呂のある広い空間は現代的な中庭といった印象で、入浴体験を一段上のものへ引き上げてくれる。インスタレーション的な、「空間そのものに浸かる」といった感じだろうか。内部はそのように隅まで配慮が行き届いており、とても面白く楽しめた。
 さっぱりした後、宿に車を停め、土地の名物である骨付鳥を食べるために歩いて片原町近くの居酒屋蘭丸へ。本当は一鶴という店に行きたかったのだが、長蛇の列を目の前にして断念、ここに並ぶこととした。小一時間ほど待って入店し、とりあえずビールと親鳥・若鳥、それから鰆のタタキ、造り4種盛り、サラダを注文、香川の味覚に舌鼓を打った。特に親鳥は肉がぶりんぶりんの食感で旨味が凝縮されている。スパイシーな和風ローストチキンといった感じで、下戸なのに否が応でもビールが進む。皿にはたっぷりと鶏油が溜まっているが、それにキャベツをつけて食べるとまた美味いのだ。この骨付鳥の他にうどんと言い今日の行程と言い、なかなか歯応えのある旅だと思った。最後に親鳥をもう一皿と焼酎水割り、注いだ先から凍る日本酒を追加し、11時半頃ほろ酔いで宿に戻った。部屋では撮った写真を整理した後、もう一杯酒を飲んでから眠りについた。夜通し風がごうごうと窓を揺らしていた。
2日目(5月3日)
 7時半、なぜか小学校の廊下でスーフィーの集団と象に追われるという夢を見て飛び起きた。昨日神馬の横で象の像を見たせいか。しかしスーフィーは全くわからない。2か月ほど前に蠱惑的なズィクル(※スーフィズムの修行)の動画を見たからなのか。とにかく旅にはふさわしくない目覚め方だ。最近何かに追われる夢をよく見るのだが、おそらく疲れているのだろう。今日もよく眠れなかったようだ。他の理由としては強風もそうだが、宿が高架下にあるため電車が通るたび振動で部屋が揺れるのだ。夜中と朝方に何度か覚醒した気がする。昨日20時間近く活動した身体は、子供騙しのような睡眠では回復しきれなかったようだ。
 さて、今日は9時出発の船に乗り、犬島へ渡る予定だ。重い身体を叩き起こし、さっさと準備を済ませて高松築港へ。船の時間が近づいている。車を停めてから本気ダッシュで駅のそばにあるうどん屋味庄へと向かうも定休日だったため、近くにあったさぬきうどんめりけんやに入る。待ち時間にやきもきしながら冷肉ぶっかけ小を注文。430円だ。しっかり美味い。ここでも前日のごとくモリモリ腹に押し込み約3分で退店。ひょろい男の異常な食いっぷりに他の客は少なからず引いていたことだろうが、そんなことには構っていられない。再度、悪心を催すほどの全力疾走でフェリーの切符売り場へ。出航3分前、なんとか間に合うことができた。やる時はやる男なのだ、私たちは。などという安堵感も束の間、ここで無情にも定員オーバーが告げられる。肩で息をしながら愕然とする私たち。あーやってもうた、としか言えず、無意識に抑え込んでいたであろう胃の中で暴れるうどんに気付き普通に吐きそうになる。ただ次の便でも行けることが判明したことで難を逃れた。そうでな��れば危うく待合所の床にBUKKAKEするところであった(読者よごめん)。そんなこんなで泣く泣く次便のチケットを買い、待つ間しばしの休憩タイムとなった。負け惜しみを言わせてもらえば、朝の海を見ながら飲んだコーヒーと吸ったタバコは格別に美味かった。これも良い思い出だ。
 10時過ぎの便に乗り込み、豊島の唐櫃港に到着。レンタルサイクルを借り、次便の出航する家浦港まで急ぐ。豊島美術館に寄ろうとしたが、1時間待ちと聞きパスした。せっかくの機会にもかかわらず無念だ。前回は誰も客がいなかったというのに、やはりGWは恐ろしい。立ち漕ぎで先を急ぐ。山のてっぺんまではギアなしの自転車と寝不足のエンジンにはかなりきつい坂が続いたが、なんとか越えることができた。途中、唐櫃聖水という空海伝説もある井戸に沸く、不思議なほど青々とした水を拝んでから家浦へ。初便に乗ることができていればこのように複雑な乗り継ぎも必要なかったが、私の性格上致し方ない。人生はエクササイズだと考えれば万事ハッピーだ。そうして無事チケットを買い、物産品店を冷かす。豊島の民謡集に熱を感じ、買おうか迷って結局やめた。そしてしばらくして船に乗った。
 13時前に犬島着。昼飯に港すぐの在本商店にて犬島丼なるものを食べた。白飯に甘辛く煮た大根や人参とともに舌平目のミンチを乗せ、甘めの汁をかけた瀬戸内の家庭料理だ。これに舌平目のフライと犬島産テングサを使用したコーヒーゼリーが付いたセットで1000円。どれも田舎風の優しい味わいで満たされた。出てから他の店も覗いてみたが、どこもコーヒーゼリーを出していた。単にさっきの店のデザートというわけではなく、これもご当地グルメのひとつのようだ。
 そしてようやく楽しみにしていた犬島精練所美術館へ。ここはかつて銅の精錬を行っていた跡地で、美術館内部は入り口から出口まで一定方向に自然の風が流れるように設計されているという。詳細は省くが、三島由紀夫の作品がモチーフになっており、意表を突くような仕掛けが多く、かなり強烈な印象を受けた。しかしその中でも悔しかったのが、便器の枯山水と銅製の文字が文章となってぶら下がる部屋があったことだ。この二つは自分の内に展示のアイデアとして全くと言っていいほど同じものを密かに温めていたのに、こんなにも堂々かつ易々と先を越されていた。やはり所詮は人が考えること、どんなにオリジナリティを確信していたとしても結局は似てしまうのだ。しかしちゃんと形にした人はすごいし、その点素直にあっぱれと言いたい。やや興奮した状態のまま外に出て周辺を散策する。レンガ造りの廃墟にノスタルジーを感じ、その歴史を想像した。少し歩いて砂浜へ行き、海を眺める。風が強いので瀬戸内の海といえど波が高く荒れていた。夏に来て本来の穏やかさを取り戻した海を一度泳いでみたい。その後、定紋石や家プロジェクトという名のギャラリー数軒を見て回る。F邸にあった名和晃平「Biota (Fauna/Flora)」が個人的にグッと来た。発生は常に見えない、と私は詩に書いたことがあるが、言いたいことがそのまま形になっていた。2つの小部屋にはそれぞれ植物相と動物相のバイオモーフィックなモニュメントが数点あった。シンプルな発想ながらそこから湧き出す観念とイメージ喚起力の豊かさに驚かされた。創作において見習いたい点だ。
 船の時間が迫っていたため、港まで早歩きで向かった。全体的に時間の流れがゆるやかで静かな島であった。ここからは直島を経由して高松まで戻る。船内では景色も見ずに二人で眠りこけていた。直島に着くぞ、との声で飛び起き、本村港のチケット売り場へ猛然と走る。乗り継ぎ便が10分後に出るためだ。しかしここでも昨日と同じく定員オーバー、30分後に出る次便を待つこととなった。大型フェリーの前にはゆうに200mを超える列ができており、この島の人気の高さが伺える。そうして、ふと並んでいる時に自分のカバンが思ったより軽いことに気が付いた。はてなと思い中を探るとカメラがない。目の前が真っ白になった。置いてきたのは犬島か、船の中か、それとも盗られたか。考える間もなく、カメラ忘れた! と友人に叫びながら乗ってきた高速船乗り場へとダッシュした。出航していたらどうしようかと思ったが、一条の光が見えた。まだ停泊したままだったのだ。息も絶え絶えに駆け寄る私を見た人民服風の上下を着た船員が、カメラの忘れ物ですかあと声を上げる。良かった。あったのだ。すみませんでしたあ! と謝って相棒を受け取る。ほっと胸をなでおろした。どうやら寝ぼけて置き去りにしていたようだ。私は普段あまりものをなくさないので、こういう時必死に探して見つからなければひどく狼狽してしまう。特にカメラのような高価なものだとその後の旅に影響が出るほどだったのではないかと思う。今回は本当にラッキーだった。友人に詫びてから並び直し、島を後に。航行中は展望デッキからモノクロで日を撮った。夜のような昼の写真が撮れた。
 16時頃高松に着いた。後は帰るのみだ。最後にご飯を食べようということで、屋島を過ぎたところにあるうどん本陣山田屋本店へ。大きな屋敷を改築した店構えは壮観だ。本陣と名付くのは屋島の合戦ゆえか。前回の旅で、仏生山で終電を亡くした時に乗ったタクシーの運転手が、うどんならここらが本場だと言っていたため期待度が高まる。ざるぶっかけと上天丼を注文。うどんは570円、丼は720円だ。麺はもちもちとしており、良い塩梅にダシの利いたつゆと絡んですこぶる美味い。天丼にはサクサクの天ぷらがこれでもかと乗っており、ご飯が足りないほどだ。今流行りのロカボの逆を行く、ハイカーボダイエットにより思考が停止するほどの満腹感が得られた。これでコシの強いうどんともお別れかと思うと寂しい。京都の柔いうどんも薄味のダシがしみて美味いのだが、やはり一度讃岐のものを食べると物足りなく感じる。またすぐにでも来よう。次はざっくりと計画を立てて。それでは、さようなら香川。
 高速道路は予想通りところどころで渋滞が起こっていた。運転は最初から最後まで友人に任せっぱなしだったため大変な苦労を掛けた。ここに感謝したい。約5時間かけて京都に到着。0時半頃に岡崎で蛸安のたこ焼きを食べた。京都の味だ。ようやくカーボ地獄から抜け出すことができたと二人して喜んでいたが、よく考えなくともたこ焼きは炭水化物であった。うどんのオーバードーズのせいで腹だけでなく思考能力さえもやられてしまったようだ。喫茶店はなふさでマンデリンを飲み、旅費の精算をして解散となった。
 今回の旅も、弾丸(もはや散弾)にしてはうまくいった方ではないだろうか。休みに行ったのか疲れに行ったのかわからないが、気を紛らわすには最適な強行軍であった。うどんは5杯も食べられたし、その他のグルメも満喫できた。全ては偶然尽くしだったが、無計画だからこそ楽しめたものもある。私の場合は、ある程度見たいところを決めるだけで、そこに行っても行かなくても良いのだ。というよりはその方が楽だから、皆そうすればいいのにと思う。そこには予想もしない出会いがきっと多くあるはずだ。ただ、GWの人出を完全に舐めていたため、宿に関してだけは事前予約の必要性を痛感した。あと、食べ過ぎは単純に苦しいのであまりおすすめない。今回の旅でもうしばらくうどんは結構だ。などと思いつつ、翌日の昼には冷凍うどんを食べていた。どうやら脳までうどんになっていたようだ。しかし季節はそろそろ梅雨(つゆ)に入るので、ある意味おあつらえ向きなのかもしれない。
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jujirou · 5 years ago
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徳光PAを出発後、敦賀湾の見えるPAにて朝ご飯を頂き再出発‼︎ ※ http://jujiro.jp/category/news ※ #秋田県 #湯沢市 #川連 #川連漆器 #川連塗 #寿次郎 #国指定伝統的工芸品 #秋田工芸 #秋田工芸品 #秋田クラフト #暮らしを彩る器フェアinコンベックス岡山 #ブースNo83秋田川連塗寿次郎 #暮らしを彩る器フェア #コンベックス岡山 #11月7日から11月11日まで開催 #出張移動日2日目 #松任海浜温泉 #Kawatsura #Yuzawa #Akita #Japan #Urushi #Lacquerware #JapanTraditionalCrafts #KawatsuraLacquerwareTraditionalCrafts #jujiro (杉津PA) https://www.instagram.com/p/B4dknkxg4lN/?igshid=tb3t5jsfimyk
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flamingjune · 7 years ago
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The Fragrances Inspired by Oriental  -東洋から着想を得た世界のフレグランス -
以下、文章はすべてリンク先より引用。
ORIENTAL 東洋
・Oriental LOUNGE  オリエンタルラウンジ  / The Different Company
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ミステリアスな琥珀色の輝きを放つ、深く酔わせるアンバーとサテンウッドの香り、そしてフレッシュでソフトなカルピエの葉の意外なコントラスト。 ミステリアスでまばゆいばかりのオリエンタルフレグランス。
・LES DÉSERTS D’ORIENT  レ テゼール ドリオン  /  GUERLAIN
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東洋の地に広がる、広大な砂漠地帯。一滴の水の気配すら感じられない、その地域から湧き出す香りの滴をイメージして創作された「レ・テゼール・ドリオ���」。オリエンタルで神秘的な香調を、稀少な素材を贅沢に使って表現した、魅惑溢れる香りです。
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ENCENS MYTHIQUE D’ORIENT  オンソン ミティック ドリオン フランキンセンスの儚い優美な香りに、華やかなローズがアクセントを添えるフレグランス。ティエリー・ワッサーが厳選したニュージーランド産のアンバーグリスが堂々とした風格を湛え、深い甘みを伴って長く肌で香り続けます。その香りは、永遠に続く世界への賛美を謳いあげる謎めいた芸術作品のよう。
ROSE NACRÉE DU DÉSERT  ローズ ナクレ デザール 神秘の世界へといざなう芳醇なローズの香り ティエリー・ワッサーが厳選した華麗なペルシャローズが主役。その繊細で可憐な甘さに、ムスキーなウードとアンバーが余韻を添え、豊かな表情を演出します。控えめでありながら芳醇な香りは、夜が明けた瞬間から美しさで満たされる大陸を象徴しています。
SONGE D’UN BOIS D’ÉTÉ   ソンジュ ダン ボワ デテ 深みのあるレザーと高級なウッドの香りまるで夜の闇に一閃の光が輝くようなフレグランス。シダー、パチュリ、ミルラに彩られた鮮烈な香り。神聖なミルラのエキゾチックな香りがもたらすハーモニーが、高級感に満ち溢れた雰囲気を醸し出します。光と闇を抱く力強い個性が華やかに香り立ちます。
・Vetiver Oriental  ヴェティヴェールオリエンタル  /  SERGE LUTENS
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[東洋のヴェチバー]ヴェチバーは、奥底に秘められた潜在的な何かを呼び覚ます。魔女の石と化した髪のごとく謎めいたヴェチバーの根から官能的な絹の温かさを見出す。 それは誇り高き東洋のベルベット。
BHUTAN ブータン
・DZONGKHA  ゾンカ  /  L'ARTISAN PARFUMEUR
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調香師が旅した不思議の国、ブータンにインスパイアされた香り。 寺院の暖炉でパチパチと燃える薪、ミステリアスに香るお香、まろやかなチャイと古いレザー、そして、シャクヤクやモクレンといったヒマラヤの美しい花々とエキゾチックなフルーツ…。 男が女に語りかけるように、女が男に語りかけるように、官能とぬくもりに満ちた香りは、男と女、それぞれの肌に触れることで、違う物語を紡ぎだします。
CHINA 中国
・ PATCHOULI PATCH  パチュリパッチ  /  L'ARTISAN PARFUMEUR
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卓越した品質を誇るパチュリのエッセンシャルオイルを使用した、「パチュリ パッチ オードトワレ」は、フローラルでアーシーなパチュリの香りが、ベチバーやシダーウッド、サンダルウッドによってさらに引き立てられています。ドライダウンは、18~19世紀、中国のシルクを扱う商人が、シルクを守る為にパチュリの葉を一緒に入れていたという古のヒストリーを彷彿とさせるような、上品でスモーキーなパチュリの香りが漂います。
・Osmanthus  オスマンチュス  /  The Different Company
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中国の紫禁城を訪れたジャン・クロード・エレナを捉えた感動。その感動の記憶を留めておくためにデザインした香りには、250mlにつき20キロの金木犀の花が使われています。
・JARDIN DE MONSIEUR LI  李氏の庭  /  HERMES
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心の安らぎをもたらす想像上の庭。5番目の庭園のフレグランス《李氏の庭》 が誕生しました。「池の匂い、ジャスミンの香り、湿った小石の匂い、スモモや金柑の木、巨大な竹林の香りを、記憶をたどって思い浮かべました。すべてがそこにありました。池の中でゆったりと百年の時を経てきた鯉までもが。花椒の茂みはバラのような棘を持ち、その葉はレモンのような香りを漂わせていました。私に残された仕事は、他のすべての要素も織り込んで、新しい庭をつくることだけでした。」エルメス専属調香師 ジャン=クロード・エレナ 中国で訪れた数々の庭。そのすべての庭に共通する象徴的な力に導かれ、彼は想像の庭を生みだしました。《李氏の庭》と名づけられたこの香りは、誰もがそこに心の安らぎを見出せる隠れ家であり、私たちの人間らしさというものを凝縮した香りとも言えるでしょう。パッケージには中国の現代アート作家、リ・シンによって繊細なグレーの濃淡による墨の河が描かれ、黄河を思わせるジョーヌ・アンペリアル(皇帝の黄色)のボトルを引き立てます。
・OSMANTHE YUNNAN  オスマンサス・ユンナン / HERMES
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「北京の故宮を訪れた時、どこからともなく漂ってくる魅惑的な香り。香りに導かれ、故宮を奥の方に進んで行くと満開のオスマンサス(キンモクセイ)が目の前に現れました。11月、その花は小さな外見に合わずアプリコットのような、存在感があるフリージアのような香りを放っていました。風光明媚な雲南(ユンナン)省のお茶に香りのイメージが重なってこのフレグランスが生まれました」
・SHANGHAI LILY  シャンハイリリー  /  TOM FORD
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INDIA インド
・ POIVRE PIQUANT  ポアブル・ピカーン  /  L'ARTISAN PARFUMEUR
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古代サンスクリットの愛の経典「カーマ・スートラ」に伝わる結婚物語から着想を得た白いスパイスの香り。きらめく喜びを象徴するペッパー、人生の幸せを象徴するシュガー。フレッシュなスパイスと、まろやかなハニーとバニラのコントラストが独特の個性と洗練をただよわせ、センシュアルで魅惑的な香りの世界を描きます。
・SAMSARA  サムサラ  /  GUERLAIN
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 サムサラとは、サンスクリット語で「永遠の再生」=「輪廻」を意味する言葉。ひとつの生から新しい生へと移り変わる人間の存在を表現した、静謐さと調和にあふれた香りです。 ジャン・ポール・ゲランが最愛の女性のために、彼女が愛したサンダルウッドとジャスミンで創作した「サムサラ」。当時、宗教儀式のみに用いられてきた貴重なサンダルウッドとジャスミンを手に入れるため、ジャン・ポール・ゲランは何度もインドに足を運びました。調和とバランスを重んじる女性に向けた「サムサラ」は、素材の融合性を極めた、官能と誘惑のフレグランスです。
・SHALIMAR  シャリマー  /  GUERLAIN
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インドの大帝と愛妃の情熱的な愛の物語に感銘を受けて誕生した「シャリマー」。サンスクリット語で“愛の宮殿”を意味するこのフレグランスは、ふたりが誓い合った永遠の愛を象徴する、情熱をかき立てる官能的な香りです。フレグランス界を代表するオリエンタル系フレグランスとして知られる「シャリマー」は、くすぶるような、それでいてかすかな気高さを感じさせる香りが魅力。禁断の愛を思わせるセンシュアルな香りが肌を包みこみます。 「シャリマーをまとうことは、感覚の波に自らを任せることだ」とジャック・ゲランは語っています。レイモン・ゲランがデザインした「シャリマー」のボトルは、1925年にパリ万国博覧会で最高賞を受賞。その曲線は��名なシャリマー庭園の泉からイメージされたもの。扇形の透明なサファイア色のキャップは、シャリマー庭園に永遠に流れる噴水を象徴しています。
・ Malabah  マラバー  /  PENHALIGON'S
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東インドのスパイスルートを巡る旅をイメージしたエキゾティックで甘美な香り。スモーキーなアールグレイの紅茶とシトラスのヘッドノートに、スウィートなローズ、爽やかなジンジャー、アロマティックなスパイスをブレンド。時間が経つにつれイリスウッドがムスクやアンバーととけあい、センシュアルなムードを醸しだします。
・ Vaara  ヴァーラ  /  PENHALIGON'S
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魅惑の街、インド・ジョードプルへの深い愛情、家族と土地を結ぶ深い絆―。一人の王の想いが託されたヴァーラは、ペンハリガンがマハラジャ・ガジ・シン二世のために作った壮麗なイメージのフレグランスです。 軽やかなタッチで広がるフルーツとスパイス。マハラジャのサマーハウスに咲き誇るローズやマグノリア。街を巡るようにうつろうモダンで甘美な香りは、ムスクとサンダルウッドによって深みを増し、遥かな時の流れやエキゾティックな風景の中に息づく大切なものを描きだします。
JAPAN 日本
・SAKURA  サクラ / CHRISTIAN DIOR
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・TOKYO Bloom  トーキョーブルーム  /  The Different Company
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-A Japanese spring- 快活でピュアなグリーンノート。ガルバナム、バジル、たんぽぽが3ステップでフレッシュでクリ―ンな気分をもたらす心地よい香り。スタージャスミンとシクラメンの花びらがソフトに軽やかにこのコロンを包み込み、ムスクが深みと更なる魅力を与えている。
・ OYEDO  オイエド  /  DIPTYQUE
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東京の旧称である江戸にその名を由来するオードトワレ。江戸ではユズ(様々な香りのファセットを持つライムに似た果実)などの柑橘類をベースにした非常にみずみずしい香りが、大人気でした。 太平洋沿岸にある柑橘類の果樹園をイメージした香り。 さわやかな香りが、太陽をいっぱい浴びたタイムによって温かく陽気に仕上がっています。
・Asagiri  朝霧 / FUEGUIA 1833
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・Komorebi  木漏れ日 / FUEGUIA 1833
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日本。 桜の木の、太陽に照らされて僅かに香る花の香りは、 やがてその力強い幹が宿す影に吸い込まれ、枝葉の陰る間に幽遠に浮遊する。 墨絵の松林図屏風に描かれた松林のように、 陰と陽が共生する世界を表現している。
・MITSOUKO  ミツコ  /  GUERLAIN
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20世紀初頭のベストセラー小説『ラ・バタイユ』。その舞台は、日露戦争が激化する1905年。英国将校と秘密の恋に落ちる、日本の美しい人妻……。ジャック・ゲランは、物語の中の慎ましやかでありながら、強い意志を秘めた女性をイメージして、ヒロインの名を冠した「ミツコ」を生み出しました。シプレーとフルーティなピーチの香りを合わせるという、大胆な発想によって完成したモダンな香調。バカラの名工ジョルジュ・シュヴァリエがデザインしたボトルは、アール ヌーヴォー期特有の優美な渦巻き模様で彩られ、“逆さハート”の形をしたアヴァンギャルドなキャップは当時の精緻な技巧を表しています。
・NOTE de YUZU  ノート・デ・ユズ  /  HEELEY
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<メゾンキツネ>とのコラボレーションによるパルファム。<メゾンキツネ>の明るくカラフルなエネルギー、それを音符のようにつなぎ合わせジェームス・ヒーリーが思い浮かべたのは、フレッシュでフルーティーな柚子でした。日本の伝統的な柚子風呂を思い起こされる瑞々しい柑橘の香りは肌に触れればたちまち官能的な海と潮の香りへと変化します。パリから東京へ、スタイリッシュな若者たちを魅了する目が覚めるようなユニセックスパルファムの誕生です。
・IRIS UKIYOE  イリス・ウキヨエ / HERMES
・ROSE UKIYOE  ローズ・ウキヨエ / HERMES
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「余分なものをすべてそぎ落とした美しい真髄。日本の伝統芸術である生け花は、花や枝など選りすぐった素材を使って美を表現します。そんな生け花を、フレグランスという形で表現したら……。ローズ・イケバナは早朝に香るバラ。朝露をふくんだような、繊細で軽やかな香りです」
・PEAU DE PÉCHE  ポードペッシュ  /  KEIKO MECHERI
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繊細に調和されたミスティな日本の白桃がパウダリ―なオリスの香りとマイソールサンダルウッドのヴェールに包まれたような香り。
・HAIKU  ハイク  / MIRKO BUFFINI
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“OLD POND, A FROG PLUNGES.THE SOUND OF WATER” 「古池や蛙飛び込む水の音」 松尾芭蕉の俳句からインスピレーションを得て、静寂の中にあるハッとするような素晴らしい一瞬を表現。五・七・五の17音のシンプルな言葉から広がる、現実と心が織りなす��景。長い静寂を破る水の音、それはダマスクローズの香りからすべてが色を帯びていくように。今、池の淵に立ち、何度も読み返した俳句のことを考える。記憶が背中を押すHAIKU MIRKO BUFFINIの代表的な香り。
・KI  キ  / MIRKO BUFFINI
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内に秘めたエネルギー「氣」を表現したフレグランス。宇宙において基本的な概念を表現。それは自然の一部であり、私たち人間の思考も司る。精神と肉体、万物を構成する要素とも考えられ、その概念は医学や武術など様々な分野で広く活用される「氣」。朝の太陽のようなピンクペッパーに始まり、マグノリアの花が開き、ココナッツ、バニラのお菓子が誘惑する午後を過ぎ、夜へと誘うピンクペッパー。太陽が昇りそして夜の帳が降りる、まるで1日を香りで追うような構成は「氣」を高めてくれそう。
・MU  ム  /  MIRKO BUFFINI
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広がる無限の「無」時空を超えて旅する気ままな旅人をイメージしたフレグランス。「無」それは永遠を表現するシグナルのよう。1985年に制作されたヴィム・ベンダース監督のドキュメンタリー映画「東京画」は、小津安二郎監督の作品「東京物語」の舞台となった1953年の東京の日常風景がオープニングとエンディングにフィーチャリングされている。映し出される時代の異なる東京。「無」との対話。「無」の存在。ベルガモットから始まり、ラストノートはトスカーナのやわらかいオリーブの木。纏う人によって無限に変化していく、透き通るような香り。フレグランス・オブ・ザ・イヤーを受賞。
・No. 31  トレントゥーノ  /  MIRKO BUFFINI
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No.31 すべてはこの作品から始まった。個性ある優美の始まり。難解、複雑でありながら、それは驚くほどシンプルに、陶酔させるほどに、神秘的に、確固たる雰囲気をまとう。31音の調べからなる短い叙情詩、和歌のように。神秘の数字はいつも弓を引いて、遥か彼方の違う場所、どんなに遠くとも同じ神秘の数字を見つけ出す。素数31の数字に無限の可能性を注いで、MIRKO BUFFINIが最初に発表した、輝く個性を最大に引き出す香り。
・Japanese Iris  ジャパニーズ・イリス / Whitte
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奥ゆかしく嫋やかな日本女性を質の高いイリスで 丁寧に表現した深甚な香り。 
TURKEY トルコ
・ TRAVERSÉE DU BOSPHORE  イスタンブールの空  / L'ARTISAN PARFUMEUR
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西洋と東洋の狭間で、いくつもの文明が交差する万華鏡のような街、イスタンブールへ。通りを満たす水パイプの煙とジューシーなりんごの香り、宮殿に咲き誇る幾千ものチューリップ、スパイスマーケットからただようデリケートなサフランの香り―。イスタンブールの路地をめぐるエキゾティックで独創的なフレグランス。ラストは、夕陽が街を染めてゆくようにムスクがゆっくりと広がり、センシュアルな余韻を残します。
VIETNAM ベトナム
・DO SON  ドソン  /  DIPTYQUE
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蒸し暑さを癒すために、ハロン湾の沿岸にある小塔。そこに吹く貿易風は花の香りがします。浜辺に寄せる波のような抑揚のある、響きのよい名前。 「ド ソン」は、テュベルーズのさわやかさ、陶酔、官能性を感じさせる、コントラストのあるオードトワレです。
・TAM DAO  タムダオ  /  DIPTYQUE
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トンキンの山々には、つる植物を踏みながら、根こそぎにされた銘木を運ぶ象たちの足音が響きます。堂々たるサンダルウッドがジャングルのむせ返るような熱気の中に香り立ちます。 「タム ダオ」は、聖木の中でも最も人気のあるゴア サンダルウッドに捧げるオマージュです。
(2018.4.18更新)
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yamamo-kgnt · 4 years ago
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白山市に車遊館という建物があったのですが、2019年に閉館となり、今では綺麗な更地になっています。
かつてあったその建物は北陸自動車道の徳光パーキングからも入れるようになっていたので、仕事で福井方面に行くときは徳光パーキングに寄って、車遊館の中でごはんを食べたり、館内のローソンで買い物をしたり、時間のある時は意味もなくうろうろと散策して、二階のガランとしたスペースにある椅子に座ってただ時間をやりすごしたり、とくに強く思い入れがあるわけではないけど自分にとってはまあまあの頻度で行く、まあまあ身近の場所でした。
いまだに徳光パーキングに入って広大な更地を目にすると「車遊館無いんだった...」と軽くがっかり&しょんぼりします。
あることを強く意識してなかったから無いことも忘れるのでしょうか。
で、車遊館ってどういう施設だったのかっていうと、イマイチひとことでは言い表せないごちゃごちゃ感がありました。
飲食店がたくさんあり、鮮魚や物産コーナーがあり、ゲームセンターがあり、イベントスペースや大衆劇場があったり、ここは観光地だ!と胸を張っているが如く過剰なおみあげコーナーがあったり、なかなかごちゃごちゃしていた記憶がある。
いつからか閑散としたよくわからない施設というイメージになっていたけど、よくよく考えてみると、かつてはあれもあってこれもある、子供から大人まで楽しめる、夢のような複合施設だったことが想像できる。しかも目の前には日本海。松任海浜海水浴場まで直結する連絡橋もあるのです。
中学生の頃、部活が午前で終わった日に数人で車遊館まで自転車で行ったことがある。
何をしたかは全く覚えてないけど、楽しかったという記憶はある。帰りの日差しのキツさと足の疲労、疲れて誰も喋り出さない妙な空気、そういうのもセットでいい思い出。
大学時代の夏休み、暇すぎて友人とCCZ(松任海浜温泉)で風呂に入って、ソフトクリームをたべて、車遊館をうろうろして帰る、という事が何度かあった。本当にたいした事してないのに時を経て何故かいい思い出になっている。
あの空間が自分にとって、ぼんやりとした平和の、もしくはおもしろくもつまらなくもない日常の象徴だったのかもしれない。
いや、それはなんか言い過ぎかも。
あった場所が無くなった、それだけの話でした。
けど、笑っていいとも終了にも似た、じわじわと湧いてくるさみしさがある。
以下、ネットから拾ってきた画像。
なかなかのノスタルジーを感じる。
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天井のギミックが独特
あずまでした
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zucheio-blog · 5 years ago
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【高松】参加濑户内国际艺术祭,以高松为据点的五大理由 https://zuche.io/tumblr 参加濑户内国际艺术祭的最佳据点:高松市以日本四国地区的濑户内海为场地,每三年一度的盛大活动“濑户内国际艺术祭”,即将于2019年4月正式展开!散落于大海中的小岛与艺术的梦幻共演,是艺术爱好者不可错过的年度盛事。要参访濑户内国际艺术祭,推荐以高松市为据点,绝对让你畅玩艺术季更加尽兴!1. 港口邻近市区,船班众多,造访岛屿超方便!濑户内国际艺术祭的活动地点,就是濑户内海中的众多岛屿,必须搭船前往。高松市的高松港,是四国重要海港,船班众多,不管是前往男木岛、女木岛、小豆岛、直岛等非常方便!乘船处分为4区,标示清楚,不用担心会走错。与JR高松站的相连通道,也有电子萤幕记载即时船班,有日文与英文版本,随时掌握最新船班讯息。虽为港口,但高松港距离高松市中心相当近,徒步约15分钟就可以到达热闹商店街。从JR高松站,或琴电高松筑港站前往港口,也只需步行5~7分钟,地理位置绝佳! 查看资讯高松港 "map_code":"pin":["title":"u9999u5dddu770cu9ad8u677eu5e02u30b5u30f3u30ddu30fcu30c8uff11u756auff11u53f7","code":"34.352699427478825, 134.04818707731556"],"center":"34.352726, 134.04809320000004","zoom":"19","latitude":"34.352699427478825","longitude":"134.04818707731556" 地址 〒760-0019 香川県高松市サンポート1番1号  高松港旅客ターミナルビル Wi-Fi 无 信用卡及其使用种类 无 最近车站最寄り駅 JR“高松站”、琴电“高松筑港站” 交通方式 从JR“高松站”步行5分钟、琴电“高松筑港站”步行3分钟 电话号码 087-851-3442(高松港管理事务所) 官网 高松港管理事务所 2. 下船直接到中央商店街吃饭去!各式美味餐厅任君挑选从岛屿返回高松市时,想必已是饥肠辘辘的疲累状态,这时就要赶快来顿美食慰劳身心。从高松港步行约15分钟就可以到达热闹商店街。由高松市内数个商店街互相串联,统称为“中央商店街”,商店、餐厅一应俱全,早上可以在咖啡厅享用早餐,深夜时分仍能找到闪烁温暖灯光的餐厅大饱口福。如这家“しるの店 あふくろ”,是日式家庭风的居酒屋,多种类迷人味噌汤是人气必选餐点。虽是家庭口味,但味道、菜色一点也不马虎,如鱼下巴炖萝卜、鲣鱼半敲烧(鲣のたたき)、马铃薯炖肉等,且店家能用英文沟通,真是让人吃得好满足又好安心。 查看资讯しるの店 おふくろ "map_code":"pin":["title":"u9999u5dddu770cu9ad8u677eu5e02u74e6u753a1-11-12","code":"34.3410159, 134.0507310527786"],"center":"34.3410159, 134.05061839999996","zoom":"18","latitude":"34.3410159","longitude":"134.0507310527786" 地址 香川県高松市瓦町1-11-12 营业时间 17:00~23:00 定休日 周日,法定节假日 Wi-Fi 无 信用卡及其使用种类 无 语言 日语 其他语言说明 英语 最近车站最寄り駅 琴电“瓦町站” 交通方式 从琴电“瓦町站”步行约5分钟 电话号码 087-831-0822 官网 https://tabelog.com/cn/kagawa/A3701/A370101/37001066/ 吃素的人也不用担心,在铁板烧店“Grill a Table”,提供的时蔬料理都是现点现做,选用当季新鲜蔬菜,细心制作成热腾腾的料理,香气逼人,当然这里也有其他荤食选择,人人都可在此享受美味餐点。备有图文皆备的英文菜单,点餐也能很简单。 查看资讯Grill a Table "map_code":"pin":["title":"u9999u5dddu770cu9ad8u677eu5e02u935bu51b6u5c4bu753a4-1u3000u30d5u30a7u30b9u30bf2u30d3u30eb2F","code":"34.34306232437121, 134.04932488220902"],"center":"34.3430435, 134.0493222","zoom":"20","latitude":"34.34306232437121","longitude":"134.04932488220902" 地址 香川県高松市鍛冶屋町4-1 フェスタ2ビル2F 营业时间 午餐 11:30~14:00晚餐 17:00~23:00(22:30最后点餐) 定休日 周一、每月第一个周二 Wi-Fi 无 信用卡及其使用种类 VISA,MASTER,JCB,American Express 语言 日语 其他语言说明 英语 最近车站最寄り駅 琴电“瓦町站”、琴电“片原町站” 交通方式 从琴电“瓦町站”步行10分钟、从琴电“片原町站”步行10分钟 电话号码 087-826-2627 官网 http://www.grillplancha.jp/atable/ 3. 时尚特色商店聚集,充满艺术感的城市虽是“海港城市”,但高松市不是处处充满海鲜,城市中每个角落都充满艺术感,到处都能发现极具特色小店,其中最具代表性的非“北滨alley”(北浜アリー)莫属了。“北滨alley”前身是昭和年间的农产仓库,由高松在地的建筑家“井上秀美”与“井上雅子”夫妻俩重新改建活化,在2001年转身变为杂货与咖啡厅聚集的文创园区“北滨alley”,成为高松必去景地。 查看资讯北滨alley "map_code":"pin":["title":"u9999u5dddu770cu9ad8u677eu5e02u5317u6d5cu753a4-14","code":"34.35121423038289, 134.05671604603276"],"center":"34.3509485, 134.05658730000005","zoom":"17","latitude":"34.35121423038289","longitude":"134.05671604603276" 地址 香川県高松市北浜町4-14 营业时间 依各店家而有所不同 定休日 依各店家而有所不同 Wi-Fi 依店铺有所不同 信用卡及其使用种类 依店铺有所不同_ 语言 日语 最近车站最寄り駅 琴电“高松筑港站” 交通方式 琴电“高松筑港站”出站步行约15分钟 电话号码 087-834-4335(北浜alley株式会社) 官网 https://www.my-kagawa.jp/zh_CN/ 高松市中央商店街都有遮雨棚,充满服装、杂货、餐厅、甜点店家外,还拥有两家大型百货公司。若是遇到下雨天破坏出海心情,没有关系,就让我们前往商店街,参观位于商店街旁的“高松市美术馆”,到独具特色的吃茶店品味下午茶,穿梭每一家丰富杂货商店,尽情享受美味甜点,即使不出海,也能玩得很艺术。4. 住宿选择多样化,连锁饭店、人情味特色民宿通通有为了看尽濑户内国际艺术祭在12座岛上的所有展出,待上一个礼拜是很常见的,这时住宿地点就相当重要!高松市内有不少连锁饭店、商旅,位置也都位于JR高松站或商店街附近,但这边要特别介绍的是高松市内的民宿。各个民宿拥有着不同的特色。如距离海边步行只要5~7分钟,前往港口超方便的Hostel“SUNNY DAY”,所使用的杯子、碗盘、灯饰等,都是职人艺术,房型多样化,充满设计感,让你在高松每一天都被艺术包围。加价即可享用“SUNNY DAY”提供的早餐,只要事先预约,充满元气的负责人松田先生便会好好准备,让你即便是一大早坐船出海,也能享用一顿美好早餐,元气十足的出发! 查看资讯SUNNY DAY "map_code":"pin":["title":"u9999u5dddu770cu9ad8u677eu5e02u4e38u306eu51859u756au573013","code":"34.3474654, 134.05240700000002"],"center":"34.3474654, 134.05240700000002","zoom":"18","latitude":"34.3474654","longitude":"134.05240700000002" 地址 香川県高松市丸の内9番地13 营业时间 check-in时间16:00~22:00。check-out时间07:00~10:00。 Wi-Fi 有 信用卡及其使用种类 VISA,MASTER,JCB,American Express,Diners Club,銀聯Card 语言 日语 其他语言说明 英文 最近车站最寄り駅 琴电“片原町站”、JR“高松站” 交通方式 从琴电“片原町站”步行5分钟、从JR“高松站”步行10分钟 费用 一人/3500日元(含税)〜(详细内容请参照官网) 电话号码 087-826-3210 官网 SUNNY DAY “绀屋町ゲストハウス 久々”(kuku)座落于商店街旁,吃饭购物皆方便。出生中国的老板娘Lisa居住高松已20年,熟知高松大小事,中英日语皆可沟通,民宿里的各个标示也是中英日三语并列,清楚明了,让这里深受许多海外旅客喜爱。“久々”备有共用厨房,可自行购买食材料理,对于早出晚归的旅客来说超方便。而一旁的墙上是Lisa搜集的高松各式情报,一边用餐一边研究下一个目的地吧!Picture courtesy of 坂口佑(物语を届けるしごと)民宿与饭店的差别在于,饭店只是单纯入住,但民宿主人和其他旅客一起互动,告诉你许多在地人才知道的讯息,同时也能感受到高松浓浓的人情味。5. 再累也不怕!疗愈整趟旅程的疲劳“塩江温泉”心满意足饱览濑户内国际艺术祭,要结束旅程前,推荐前往“塩江温泉乡”,让温泉疗愈走跳艺术祭的疲惫。塩江温泉位于高松市南方的山林之中,已有1300年的历史,深受到弘法大师空海青睐,成为大师修行、进行温泉疗法(汤治)之地,至今仍是当地民众疗愈身心的最佳场所之一。塩江温泉虽位于山区,其实离高松市中心不远,从市区坐路线巴士约75分钟,特别是离高松机场坐计程车约15分钟。濑户内国际艺术祭旅程的最后一天,推荐入住“塩江温泉”享受优质温泉,隔天便能带着轻���的身心前往高松机场呢。前往观光案内所,一网打尽所有情报若是对于高松市观光有任何疑问,都可以前往观光咨询中心,亲切的服务人员可以多语言对应,并备有充足简介资料,绝对可以解决你的所有疑问。观光咨询中心就设于JR高松站1楼与高松机场1楼大厅,而在濑户内国际艺术祭期间,港口区也会设置观光咨询中心喔!想朝圣2019年濑户内国际艺术祭的你,快把本篇的五大提醒记下,以高松市为据点,规划精彩丰富的2019年濑户内国际艺术祭之旅吧!更多高松市观光相关资讯请参考:Experience TakamatsuWritten by ChiaSponsored by 高松市役所 #zuche #租车 #自驾游 #zuche #汽車租賃 #租车 #租車 #自驾游 #自駕遊 #hirecar ##matcha-jp https://zuche.io/2019/01/03/555/?feed_id=1051&_unique_id=5dc34e70a3d52
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warijaku-bluespring18 · 5 years ago
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2019年・夏【往路】
【はじめに】
8月9日、仕事を片付けて帰宅。さて、明朝から旅に出るぞ!と、上機嫌に洗濯を回していると何やら・なぜか・何かがおかしい。アマゾンプライムで流していた「いろはに千鳥」の音が急に消えたのだ。アレ、アイフォンで流してるはずだけどな?そろっとアイフォンに目を遣ると画面は真っ暗、全く充電されていないのである。アラ、旅直前にして壊れちまった!これは困るなあ、とトチ狂ったようにガシャガシャ充電のケーブルを抜き差し。しばらく格闘し爽やかに汗を流した直後、気付く。愕然。もしかすると。ハア。ご名答である。普段、マックにぶっ刺したハブ経由でアイフォンを充電しているのだ。その通り。なんと「ひんし」だったのはアイフォンではなくマックの方だったのだ(通りでアイフォンまで電気が通らない)。さて、ド真夜中。ポケモンセンターなら24時間営業・無償かもしれんが、アップルストアは要予約、はてさて一体おいくら万円掛かるのかしら。どうあれ、マックをマサラタウン(実家)まで連れて行くのは取り止めだ。旅行先で細かい仕事を片付けるつもりだったのになあ。しかし、自宅に置いておくとはいえ旅から戻ってもマックが壊れたまんま、というのは色々とマズイ。ライトニングケーブルと闘い続けたボクサーは、明朝アップルストアに殴り込むべく改めて拳を高く掲げるのであった。余談だが、ポケモンセンターのお仕事って、とってもブラックではないだろうか。ずっとナースのネーチャンいるよなあ。兎にも角にも、明日はホワイトな林檎マークに向かい「めざせ!ポケモンセンター」すると決めて、私は軽やかに寝落ちしたのであった。
【1】
明朝。日付で言えば8月10日。フツーに寝坊した。11時半、めちゃくちゃ素敵なお昼時である。マックどうのこうの、の件で出発を遅らせたが、そもそも朝の出発は難しかったのではないか、いやはや。さて、9時過ぎ。早速アップルストアに問い合わせる。お姉さんの声・電子音ver.が流れた後、人間のお姉さんが対応する。「あの、マックがブチ壊れてしまって」(中略)「赤坂見附のビックカメラであれば本日受付可能です」。というわけで、「まずは湘南を目指して」「熱海をカメラに収めたい」はずの青春のひとり旅は、「まずはポケモンセンターを目指して」「赤坂のビックカメラに任せたい」を経由して始まることが確定。マック赤坂当選ならぬ、マック・赤坂見附・通せんぼである。
最寄りの中野駅発、中央線・丸ノ内線を乗り継いで赤坂見附へ。ビックカメラに到着するや否や、特筆すべき話題もなく私のマックはカウンターの奥へと引き取られ消えて行った。達者でな、というかお前壊れるタイミング考えろや、という本音ダダ漏れで見送った後、急に腹痛が。こちらのダダ漏れはヤバイ。一旦四ツ谷駅まで移動し、やけにオシャレなトイレへと駆け込んだ。ハイ。ここまでの文章を、電車を乗り継ぎ、だらだらと、最終的にはトイレでウ◯コしながら書いている。この上「性春18禁」などとタイトルを決めてしまったので最早ほとんどスカトロAVである。フツーに出発してフツーに終わると思っていたけれど、どうも私はいつでも地獄を突き進むらしい。こんな調子ではございますが、「性春18禁ひとり旅」開幕です。
【2】
四ツ谷で始まるとは思っていなかった「性春18禁ひとり旅」。元々1日目で京都まで行きたい!と思っていたけれど本日の残された時間を考えると中々に難しい。難しいならいっそ四ツ谷でめしを食ってしまうか!と思い切り、街へと飛び出した(「飛び出した」と言っても駅前の横断歩道を一本、二本渡っただけだが)。パッと目に入った店に入ろう、と決めてテキトーに歩いていると「アジア大衆料理」を謳う独特なカラーリングの看板を見付けた。冷静に考えると、「アジア料理」って何やねん。店の前にはベトナムと書いてある。ドアにはパッタイの写真。最早和食すらあるんちゃうか?という��の店構え。ええやん、入ったるわ、と猛スピードで飛び込んだ。横断歩道を渡るのとはワケが違う。店に入ると気のイイ感じのオバチャンが「イラッシャーイ」とお出迎え。「アジア料理屋のオバチャン」って一体ナニジンやねん、というツッコミは色々とアレなので避けておき、颯爽と席へ着く。一人も客おらんがな。オバチャン大丈夫かいな。メニューをパッと開いて目に入ったのはパッタイ(タイ風やきそば)だった。どうやらイチオシらしくデカデカと載っているのだ(キャッチコピー付き)。なるほどタイ人の方なのね、とアジアンオバチャンを呼ぼうとしたその時。オバチャンが客入っとんのに華麗にYouTubeをみているではないか。「オイ注文やで」と声を掛け「コレくださいな」とオーダーするその間、私はタイ風焼きそばのことなど一寸と考えていない。オバチャンが何を視聴しているのかが気に掛かって仕方ないのだ。目を細めて画面をみる。みえないので姿勢を変える。おっ、みえた。アレ?並んでんの漢字だな。ん?コレ中国版「朝まで生テレビ!」的なヤツじゃね?うむ、どうやらオバちゃんは中国の方らしい。しかし中華料理はメニューに並んでおらず、「エスニック」と括られる系の異国の料理の写真ばかりが載っている。一体全体彼女はどういうルーツの方なのよ、と小さな飲食店で「坩堝」的な何かすら感じてしまっている。
【3】
色々な生き方があるもんだね、と妙に感心して間もなく気付く。アレ、この店厨房ないやんけ!ぐるぐる店の中を見回しても、ない。暫くぎょろぎょろと周りを眺めているとアジアンオバチャンが、私が口を開くまでもなく質問事項を読み取り、「リョウリハ、ウエヨ」と先回りして教えてくれた。二階で料理しとんのかいな。わざわざ持って降りるんかいな?と思ったその時。ウィーン。リフトである。こういうタイプの店でリフト採用しとんのかいな。高架下と駅二階両方に入り口あるタイプのマクドナルドかい。
色々とツッコミどころのある店だったが、こういう類のぐちゃぐちゃ感はなぜか憎めない。遂にオバチャンはYouTubeをみながらめしを食い始めた。ぜんぶ許しましょう。もう暫く滞在したい気持ちもあったが、せめて今日中に熱海までは出てしまいたいのである。金を支払い出発する直前、オバチャンが話し掛けてきた。「ナツハ、オヤスミカイ」「あい、休みでこれから旅しますねん」。そう伝えると急にオバチャンが奥からゴソゴソと箱ティッシュを取り出した。旅にティッシュ?旅人を見送る中国特有の伝統か?ワケもわからずティッシュを引き出す私。困惑する私に、オバチャンが「ハナミズ」と。私が鼻水垂らしてるだけかいな。気付かんかったわ。どんなタイミングでティッシュ差し出しとんねん。ありがとう。
やることなすこと一つとして納得できない店だったが、妙に愛らしく思えてしまう。今回の旅はこんな素朴な出会いから始まった。いや、まだ始まってないのか。ちなみにマクドナルド四ツ谷店のパッタイは大変すこぶるビミョーであった。
【4】
「青春18きっぷ」には、「四ツ谷」と判子が押されている。さて、まずは新宿へ。湘南新宿ラインと東海道本線を乗り継ぎ熱海を目指すのだ。そう言えばフツーに「性春18禁ひとり旅」なんて言っているが、これって一体なんぞやと。ハイ、私の故郷は東京より西に下ったその先の、鳥取という地にありまして。そちらを終点と定めて夏・冬に鈍行ひとり旅(帰省)を決行しているのでございます。この度も御多分に洩れず東京は四ツ谷を始点(図らずも)として旅が始まろうとしているのでした。「性春18禁」に深い意味・意図はございませんので悪しからず。
さて、熱海に着いた後間に合えば名古屋まで走りたいところだが、はてさてどうするか迷いどころ。ビミョーなパッタイを濃い味・名古屋めしで搔き消したいのだが、そもそも電車の本数があるかないか次第なのである。一旦流れに身を任せ。
ひとり旅漸くスタート!と言ってもぶっちゃけ電車の中は暇。今回はマックがブチ壊れてしまったので、車内で映画みる・ゲームするなんてことも難しい。もうホント、やることがない。画面真っ暗のせいで、お先真っ暗である。
代わりにいくらか本棚から摘んだエッセイを持ち込んだ。この辺りを読み込んで時間を潰したが、暫くして飽きた。コーヒーを飲んだ。お茶を買い忘れた。もうそろそろ熱海に着く。名古屋まで行きたいな、などとぼやいていたが辿り着くにはやっぱり時間が足りないらしい。というワケで、本日の終着点を浜松と定めた。その前に、どうあれ熱海で2時間ほど休むことにしたのである。
【5】
間もなくして熱海に到着した。大して歩いてもいないのに、身体が痛い。さてこの地では何が起こるか。地獄へGOしてしまう性分の私に何が待ち受けているか。地獄巡りとは、本来そんな意味ではないのだが。温泉だよなあ、温泉。温泉?いや、やっぱり熱海に来たからには海なのか?海に臨まねば。テキトーに歩いている内に、目的地は海へと変わっていた。しかし土地勘のない私はひたすらに歩き回る。テキトーに辿り着けない立地ではないはずだ。潮風の方へ(グーグルマップを見ろよ)。
暫くして海に到着した。しかし、防音壁なのか何なのか、真っ白の壁に覆われているではないか。壁の向こうに海があるのに見えない状況。思い付いたのは超古典的「高台」作戦である。シンプルに高い所から見下ろせばいいのでは?と、目に入った「何に繋がるのかワカラナイ階段」を登った(今思えばアレ、廃病院とかだったんちゃうか)。まあ良き夜景の広がること。スゲー!と言いたいものだが、流石に熱海じゃ街の光量が足りず、海は真っ暗、街明かりもまあまあ許せる程度といった感じである。この弱さ・儚さがイイんだよな、と私はにやけているが、私の周りにいたお兄さんお姉さん方はこの夜景をどう思っているのかしら。隣りのニーチャン・ネーチャンは海を見ながらラーメンの話をしていた。
【6】
海を見たら満足した。やけに満足してしまった。折角来たのに熱海は終わりかなあ。しかし、海だけで終わらせるのはどうにも勿体ない。時間もあるのでフラフラと散策した後、軽食を摂ることにした。道中、坂を登っ���り階段を走ったり。熱海特有・街の高低差に体力を奪われながら、昭和の香り漂うスナック喫茶「くろんぼ」へと辿り着いたのである。
渋さと可愛らしさを兼ね備えた看板を眺めつつ階段を降りていくと、「よくある喫茶」と「よくあるスナック」が融合した憩いの空間が広がっていた(当たりだ!)。出迎えてくれたのはアジアンオバチャンとは異なるタイプのお淑やか・オバチャンだった。このオバチャンも看板・内装に負けず劣らず渋&キュートを極めている。席に着いて思わず「フーッ」と息を吐いた私に、「旅です?」と投げ掛ける渋キュー。「ええ、東京から来てんス」と返すとその後は特に何を語ることもなく、一人微笑んでいた。
ザ・日本食、花柄の皿に盛られたカレーライスと緩く冷えたアイスコーヒーをいただく。渋キューさんに向けて道中について話そうと試みたが、ぶっちゃけ道中であったことなど何もなかった(マックが壊れた、パッタイがビミョーだったなどは決して旅の話ではない)。ふと我に返る。そっか、まだ旅してないんだなコレ。そう思い始めると少し笑ける。目的も持たず、観光地を巡らず、ただ歩く。一般的に言えばコレは旅ではないのかもしれん、と思うと笑けてきた。どうせフツーに旅などできないのだ、もうこの砕けた旅を続けるのも一つアリではないか。そんなことをぼうっと考えている内に、緩く冷えたコーヒーは放ったらかしすぎて半分水になっていた。
また来ますねえ、と目処の立たない口約束を交わして喫茶「くろんぼ」を後にする。てくてくと熱海駅に戻る道中にホンモノのマクドナルドを発見した(パッタイはない)。立ち寄らねば。決してハンバーガーを食べたいわけではない。充電がないのだ。先程コーヒーを飲んだところなので、またコーヒーを頼むのと胃が破れる。紙パックのミルクをオーダーし、暫し場を繋いだ。結局充電は10%ほどしか溜まらず、胃の中の水分だけが増えたのだった。
【7】
さて。電車は走る。お次は沼津へ向かうのだ。時刻は22時。現在静岡。近くで花火大会があったのだろうか、電車の中は浴衣を纏った中高生やマイルドヤンキーたち(見た目の話)で溢れている。マイルドヤンキーといえば、いつの時代もその類の人々は見た目で何となしに分かってしまうものだが、随分私のガキの頃とはルールなのか、流行りなのか色々と変わっているらしい。昔はキティちゃんのサンダルにプーマのジャージを着た輩風のニーチャン・ネーチャンがなんかイケてる扱いをされていた。当然私は、といえば冴えないフツーの子だったために(エッヘン)。そんな文化に染まることなくコンバースの��ニーカーを履いていたのだった。
充電の溜まらなかったアイフォンを触っていては後々困るからと、手持ちの本を読み進める。しかし一度読んだ本。流石に早々飽きが来る。満員電車内で座ることもできず、いつの間にか旅が面倒臭くなっている自分がいる。誰が決めたんだ、ああ。お前がやる言うたからやんけ、と自身を奮い立たせるべく、ウコンの力スーパーを激しく一気飲みした。効果は未知数(何もない)。旅に対するだらけた気持ちが芽生えた頃、取り敢えず身体だけでも沼津へと到着した。さて、ここから静岡・浜松と移動して今日の旅はお終いなのだ。後一踏ん張り、飽きずに頑張って欲しいものである。ぜひ良ければ心も、追い付いていただきたい。
【8】
浜松に到着、日付変わって8月11日0時26分。青春18きっぷに2つ目のスタンプが押された。この時期はやっぱり18きっぷで旅する人々が多いらしい。改札にスイカを翳して(あるいはイコカなのか)、すっと抜けて行く人々の横、駅員さんによる目視での確認を待つ行列が伸びていた(青春18きっぷはJR一日中乗り放題の権利を、なんと5日分も手に入れられるという魔法の切符なのである。使い方は簡単。1枚の切符に例えば「8月10日」のスタンプが押されれば、後はそのスタンプを駅員さんに見せることでどこへでも行けてしまうのである)。もちろん私も青春18きっぷを確認していただくべく、その行列に追随する。おや、私の前のオッチャンが何やら揉めているのだ。どうやら、8月10日中に浜松に到着したかったのに乗り換え等々失敗してしまったらしい。繰り返すが、日付変わって8月11日0時26分。たったの26分過ぎたことで、青春18きっぷには次の日のスタンプを押されてしまうのだ(私の場合は明日もどうせJR乗り回すからスタンプ押されてもオッケーなのだ。どうもこのオッチャンは翌日JRを乗り回す予定がなかったらしい。すると1日分の切符が無駄になってしまうんだね)。どうもこの仕組みに納得できず、ギャーギャーごねていたのだ。遂には話を捻じ曲げて、「電車が遅延したんだ!」と言い出す始末。スタンプ押さずに通せ!と。おお、駅員さんも大変やね、という気持ち半分。早くしてくれ、という気持ち半分以上(足して100%越えているのは悪しからず)。しかし強面の駅員さんは、青春18切符にそんなルールはねえんだ、とハードボイルド対応で眉間に銃を突き立てていた(嘘ですよ)。結局たったの26分にスタンプ1個を捺印され、オッチャンは儚くも浜松の地に散っていった。次に並んでいた私もスタンプを1個押されてしまう。ま、先述の通り、私は明日も旅をするので全く関係ないのだけれども。
さて、浜松に着いたはいいが、ここから何をするということもあるまい。お宿を探すのだ。残り数%しかないアイフォンでグーグルマップ。近くのカラオケを探し出す。北口に「まねきねこ」があったので今夜はここで歌い叫びながら一泊することにした。烏龍茶を注いで、14号室へ。よし、折角歌える宿に来たのだ。何か歌ってから寝よう、と何も考えなくても歌える、くるりやら何やら数曲を予約した。「ロックンロール」を歌っていると、途中金髪のニーチャンが間違えて入って来た(天国のドアを叩いている途中に地獄のドアを開くなよ)。歌い疲れて靴を脱ぐ、靴下を脱ぐ。ソファの上に横になる。グー。就寝前、タオルで身体を拭き、Tシャツを着替えたが、本当は流石に一風呂浴びたかった。明日は米原経由で京都に向かう。京都に着いたらサウナに行こう。梅湯に行こう。
【9】
アラームが鳴る。5時40分。さて、3時間ほど寝れたので旅を再開する。浜松駅から米原までは直通で2時間半。寝ようと思ったがどうも寝付けず、じゃあ本でも読むか、と読み始めて間もなく眠気が襲った。ふと目が覚めた時には既に米原。車内の人々が乗り換え時の席の奪い合いのためか、ほとんど競走馬然としている。ここが勝負だからな、とハイテンションに語るジーチャンはいざドアが開くと若者たちにガンガン抜かれていった。京都駅まで1時間。米原まで散々寝た私は、まあ座れんでもええか、くらいに考えていたのでこの熱気に共感できなかったが、案の定座れなかったジーチャンは、悔しそうに、クソ、クソ、などと申していたのが逆に笑けてしまった(言葉、ママではない)。とはいえ、ジーチャンなのですから誰か譲ってあげてもいい気がするが。
座れなかった、もとい座らなかった私は、本を読んだりアイフォンを突っついたりして時間を潰す。すると、急にオッサンがマスターベーションに興じている動画がエアドロップで送り付けられてきた。ははん、最近巷で噂のエアドロップ痴漢ってヤツだな、と若干興奮を覚えながらも充電食いそうだったので拒否しておいた。スマンな、オッサンのチ◯コ。躍動感ある下腹部の様子はサムネイルのみ拝見させていただいた。
そんなこんなで松沢呉一を読み耽り1時間を費やす。
【10】
いよいよ古都・京都府へと馳せ参じたのだった。駅構内を進んでいると、ぽてっと落ちている免許証を発見。改札出るついでに渡しておいた。これは割とどうでもよい話。
まだまだ発育している途中、伸び続けていると噂の京都タワー(嘘です)。デカブツを横目に東へと、北へと進み目指すは「サウナの梅湯」である。「性春18禁ひとり旅」の際、毎回立ち寄る素朴な銭湯。その名の通り、レトロな浴槽並ぶ向こうにサウナが併設されているのだ。カラオケで一夜を過ごした私は、汗ばんだ身体を癒すべく、この古びた湯屋の暖簾をくぐるのであった。
至福の瞬間である。汗を流して、湯に浸かる。壁面にはスタッフが手作りで仕上げた新聞が並んでいた。他に眺める物もないので、手書きの文字をじーっと追う。「京都に住んでいたわけではない、大学に入ってはじめてこの土地に来たのだ」という女子学生の手記。暫く読んで、「最近くるりの“京都の大学生”を聴く」、と続く。わかっているねえ。京都の大学生、心に来はったわ。
サウナと水風呂を繰り返し、腕時計(防水)に目を遣る。そろそろか。実はこの無計画の旅にも多少の計画が成されておりまして。なんと、同期のイラストレーター・もちがわが、丁度京都にて個展を開いているのであった。折角なら酌み交わそうと、電車乗り換え・梅湯の隙間に時間を作り、フラフラ新京極へと向かう。
【11】
五条から四条。地下鉄で走り新京極に降り立つ。「この店で昼呑みをしたい」と事前にもちがわから提案されていた酒屋(定食屋?)があった。「京極スタンド」である。12時開店に合わせて行ったのだが既に行列が続いている。早めに向かって正解だった。ちなみにスタンドへ向かう途中に、有名な判子屋さんで「ターバン男」という名の判子を買った。これもそこそこどうでもよい話。
中は素朴。「イイ意味で」小汚い単なる定食屋である。昼呑み目的で来ていることは店員・顧客ともに同意の上なのか、席に着くや否や酒のオーダーについて声を掛けられる。大瓶とグラス2つ、暫くしてポテサラ・ハモ天・冷やしトマト・うにくらげ・ホルモン焼き・ハムカツという奇跡の役満オーダーを叩き出した。いつも東京で呑んだくれている二人が敢えて京都の地でアルコールを摂取する。
「昔から京都にちらほら来てたんよねえ」「そうそう」同期・もちがわのこれまで、などというと大袈裟か、どうか。そんな類の話を聞いた。いつも会っている同期のはずが、場所と食事を変えればまた違う。そして、どう話しても、どう黙っても塩山椒の乗るハモ天は旨い(旨いなあ、と思いつつ最後の一切れをもちがわに譲った私はとてもエライのである)。ホルモン焼きはこれまでか!という量のガーリックにまみれていた。うにくらげも、クセなく絶品。
【12】
ごちそうさんでした、と出口へ。そろばんでのお会計。丁度よい程度に酔いが回った。地下鉄が来ちまうから一旦四条駅近くまで移動しよう、と炎天下のアーケードを闊歩する。東京のカラっとした熱気とは異なる、じんわりと体力を奪う熱、夏。会話も、あっちいなあ、あっちいなあ、ばかり。途中、言うても次の列車まで時間あるよなあ、ということでパッと目に入った喫茶に入った。夏バテ予防に、普段頼まないトマトジュースを注文し、飲み干す。程良い酸味が頭をしゃっきりさせる。書き忘れていたが、京極スタンドに入店する直前に八つ橋を買った。東京からの帰省なのだから、実家で待つ家族たちは東京土産を待っているだろう。依然無視して土産は京都の生八つ橋である。正直有り難みはない(地元鳥取は言うても関西が近いので、八つ橋くらい簡単に入手できてしまうのである)。でも旨いよなあ、ニッキの八つ橋。色もイイよなあ。
さて、「めざせ!ポケモンセンター」から始まったこの旅も終盤に差し掛かっている。マサラタウン(実家)に戻るため、改札前、もちがわに見送られつつ私はエンジ��シティ(京都)を旅立つのであった(というと、そもそもマサラタウンのモデルは静岡県だったはずだ。マサラタウンに向かう、というのは、はてさて「カラオケ「まねきねこ」まで戻るという意味に捉えられるのではないか。いえ、それはご勘弁願いたい)。
京都から姫路、姫路から上郡。上郡からは智頭急行に乗り換える。JRではないため、上郡から鳥取までは青春18きっぷが使えない。とはいえ、1200円のフリー切符で移動できてしまうのだから、お安いもんである。今回タイミングが合わなかったのか、上郡から鳥取まで直通で移動できる列車に乗れなかった。一旦「大原行き」に乗り込んで降車。大原から鳥取まで向かう列車を待つ。その間、何となしに待合室にあったご当地鉄道ピンズガチャガチャを回す。「スーパーはくと」が当たった。ちょっとカワイイ。
【13】
最後の列車に乗り込んだ。流石にもう何もない。後はこの列車に乗っていれば故郷、鳥取に辿り着くのだ。寝るか。ちょっと本読むか。旅の終わりをどう過ごすか考えていた、その最中。ボックス席に一人で座っている私に、一人のオバチャンが近付いてきた。私の向かいの席にドーン!と何かを投げ付ける。からあげクンである。「これ、ローソンに売っててん」。うん、からあげクンはローソンに売ってるだろね。「食べ物に悪魔ってネーミングしてんねん!(ガチギレ)」。おう、めっちゃキレてんな。その後暫く黙っていたが、車内の全員に向けて演説を始めたのだ。「コンビニは変なものを売っている!日本を取り戻せ!」といった趣旨のお話である。添加物がどうのこうの!この話をSNSで拡散しろ!だの色々とまくし立てている(正直笑い話に昇華してよいのか甚だ絶妙なラインである)。散々お言葉を述べられたオバチャンは結局、再び私の元へ来て、からあげクンを回収した(くれないのかよ)。その後、なぜか裸足で大量のおかきを食べ漁っていたのである(おかきはいいんだね)。しかし、他にも乗客がいた中でなぜ私が「からあげクン事件」のターゲットになってしまったのか。そして、なぜコンビニ嫌い・悪魔ネーミング嫌いのオバチャンは、このからあげクンを購入し売り上げに貢献してしまったのか。平和に終わると思われた私の旅は幾多の謎を残したまんま、やっぱり地獄に終わってしまうのだった。食べ物に対する意見は様々だろうが、公共の場を荒らすのはなるたけご勘弁いただきたい。ここまで書いて、今度はオバチャンから「スパイシーひまわりの種」が飛んで来た。はてさて。他の人を当たってくれ。
【おわりに】
途中、列車に乗っているだけの時間が続き張り合いのない文章になってしまうなあと思っていたところに、最高に悪魔風でスパイシーな話題が飛び込んだのだった。事故である。それはさておき、知らない間に故郷へ着いてしまった。
さて、「おわりに」という形で〆にしようとしているが、どうせ実家に滞在している間もたくさんの地獄に出会うのであろう。ちょこちょことメモして残しておくとする。さて、長々と書きましたが一旦この辺で終わります。
一体何のために書いたのか。実はこの性春18禁ひとり旅、実に3回目なのである。毎度それぞれドラマが生まれるので文章で記録したら面白そうだなと。本当にそれだけの気持ちで始めたものだったのだが、多少は笑けるエピソードが生まれたのではなかろうか(やけにオバチャン多めだったのはなぜだろうか)。ぜひぜひ、復路もご期待いただきたいのである。こんな形で「往路」編、終わります。再び地獄で会いましょう。
フチダフチコ
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vintagerockstd · 7 years ago
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2017年8月1日
7月1日(土)
 3時間、東名を走り抜け掛川へ。本日より30周年のアリーナツアーがスタートするスピッツの初日公演にセイハローする為にチェックイン。キャリア最大規模のツアーとなる今回、我が担当エリアも累計キャパ50,000と、漏れなく最大の規模になる。
 もう、こんなセットリストでツアーをやる事なんて二度とない、ってくらいの珠玉の名曲の数々。武道館、横浜アリーナが楽しみだ。
 7月2日(日)
 引き続き体のメンテ。
 7月3日(月)
 今週は比較的、時間にゆとりがあるので事務仕事にせんねん灸。もうすぐ始まる夏フェフに向けての資料作成や行程管理など。毎年書いているが一つのフェフに出るにあたり提出しなければならない資料が山ほどあり、その中でもネームリストについては各人員の名前や連絡先の記入が本当に面倒くさい。全国統一の書式になぜしてくれないのだろう。オーガナイザーはそのあたり、真剣に考えていただきたいものだ。と、愚痴ってみても始まらないので黙々と作業。来週は北海道→大阪と連チャン稼働がある為、初めて「AIR CARGO」での機材輸送にトライしてみる事に。
 7月4日(火)
 昨日に続き。続々と届く各地フェスの資料。目を通して理解するだけでもそれなりの時間と労力が必要なのに、返送していくのも倍以上の時間と労力を必要とする。マジで勘弁してもらいたい。
 7月5日(水)
 事務仕事と打ち合わせ。そしてこのブログもすっかり夏バテ気味。近所の常に大行列の中華料理屋で「冷やしネギそば」。満員の店内で一人を除いてみんなが同じメニューを食べている。それだけ暑いと言う事か。「暑い時こそ熱いもの」を食べたい主義だが、今日はちょっと変化球を楽しみたかった。口の中がネギ臭くなったところで打ち合わせ。ネギ臭いまま一日が終わる。
 7月6日(木)
 今日はそれほど暑くないかもと思い打ち合わせに出掛けたが、やっぱり暑かった。ヘトヘトで帰社。仕事にあまり熱が入らないのは、やはり夏バテなのだろうか。 
 7月7日(金)
 七夕の金曜日、そして快晴。本日よりCLUB QUATTROでPOLYSICSの20周年ツーマンツアー「POLYMPIC」を3日間に渡って開催。初日のゲストはBase Ball Bear。ハヤシがサポートギターで参加したり同世代だったりで縁のある2組。見ごたえのあるマッチングになった。
 7月8日(土)
 昼間、知人の結婚式と披露宴に出席。久々に泣けた。そして昼間から豪快に飲酒。
 スーツのまま「POLYMPIC」2日目にチェックイン。本日のゲストはTHE BACK HORN。ドラムの松田君と「最近、よく逢うね」などと、バックステージも賑やかな感じも対バンの醍醐味の一つである。お互いの「エモ」な部分がガチで激突。熱かった。
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7月9日(日)
 「POLYMPIC」最終日のゲストは銀杏BOYZ。「ひよっこ」、毎日観てます。年齢も近いし所属事務所も同じだが、音楽性の違いなど、これまではなかなか接点が少なかった2組。異物同士を混ぜ合わせたら全然違うものになった、ってくらいの化学変化。アンコールでの「あいどんわなだい(POLY ver.)」が正にそれ。斬新なアレンジながらもパンクのスピリットを持ち合わせてるハヤシ君ならではエッセンスと愛が溢れたアレンジだった。
 7月10日(月)
 終日、会社で事務仕事。今週末に迫ったスピッツ関東公演の発売に向け、座席のレイアウトの最終調整など。
 7月11日(火)
 今週末から夏フェスモードに突入するクリープハイプのリハーサルで某スタジオ。外はカンカンに暑いのに中はキンキンに涼しい、この温度差が体に一番悪い気がする。
 相変わらずこのスタジオに来ると、知り合いに沢山会う。皆さん、週末のJOIN ALIVEに向けてのリハーサルのようだ。暑い中、ご苦労様です。
 7月12日(水)
 昨日に続き、リハーサル。フェス手配のオフィシャルトランポを使用する為、終了後は荷物の仕分けとナンバリング作業。復路は初のAIR CARGOで機材を輸送するので、なるべくスリム化を図りたい。ヒーヒー言いながら何とか終了。
 7月13日(木)
 終日、社にてデスクワーク。明日からの旅の準備や各種夏フェスの資料作成。そんな中、来年のブッキングも「これでもか」と言うくらいグイグイ進行しており、頭の中が混乱中。加えて少し前からPCの調子が悪く、まれに作業の邪魔をしてくれるから困ったもんだ。今回のマシンセレクトは完全に失敗した様だ。もうこのメーカーの機種は絶対に買わないようにしよう。と心に決めて次回マシーンの下調べ。
 7月14日(金)
 午前中、社内ミーティング。夕方は北海道への前乗り。
 羽田まで車で行くか電車で行くか。駐車場状況を見る限り「ほぼ満車」。「行ける」と読んで車で出発。15分待ちで入庫することが出来た。
 千歳空港に着いて予約しておいたレンタカーをピックアップして無事、ホテル着。某バンドのメンバー、スタッフと近所の居酒屋へ。
 7月15日(土)
 JOIN ALIVEに初参加。着いて早々、間もなくライブスタートの赤い公園を視察。めっちゃ良かった。
 北海道だと思って完全にナメていたが、東京と変わらないくらい暑いではないか。業務が終わる頃にはヘトヘトであった。
 終了後、急いで千歳空港へ向かいカーゴへの荷物移動。羽田に着いたら迎えに来ていた別の車に機材を戻して任務完了。
 7月16日(日)
 クリープハイプの夏フェス2本目は初登場の大阪MEET THE WORLD BEAT。関西を代表する老舗のイベントにやっと呼んでもらうことが出来た。スケジュールはかなり強行だったが何とかやりくりし無事、出演に漕ぎつけることが出来た。ここ最近、「イト」がいまだにチャートの上位に食い込み続けているなど、局との蜜月な関係を築く事が出来ている。ありがたい。
 「すわ、雷雨か」という天候状況の中、何とか持ちこたえてくれた。色んなものが味方してくれていた気がする。
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7月17日(月)
 過酷なフェスの疲れを癒す。
 7月18日(火)
 昼間、会社で事務仕事。
 夕方、某フェスの打ち合わせ。
 夜は人事異動で担当を離れることになった某バンドのマネージャーの送別会。レモンサワーを大量摂取。
 7月19日(水)
 気だるい朝。おまけに暑い。起きた瞬間からバテている。気力を振り絞って出勤し、気力を振り絞って業務遂行。そして、気力を振り絞って帰宅。気力を振り絞って晩酌し、気力を振り絞ってベッドに飛び込む。
 7月20日(木)
 午後、某バンドの定例ミーティング。いつもと違いレコーディングしているスタジオにお邪魔しての打ち合わせだったが、会社からも歩いて5分くらいという好立地。
 その後、別のバンドのシビアな打ち合わせ。長くやっていると色々あるよな。
 何となく浮かない気分で帰宅。
 7月21日(金)
 大型ライブ会場の不足を痛感。来年も更に、アリーナクラスの公演をいくつか計画しているのだが、なかなか持ってスケジュールの確保に苦戦する日々。何とか着地させたい。
 7月22日(土)
 乾いた人生に潤いを与える。
 7月23日(日)
 ホームの熊谷にてコレクターズのツアー。ホーム故、全て問題ない。
 恒例、キッチンママでパワー注入し、ライブもばっちり決まった。
 それにしてもフロアもステージも、こんなにも暑かっただろうか?お客さんが大丈夫か心配だったが最後まで無事、持ちこたえてくれて何より。熱いぜ、熊谷。
 7月24日(月)
 午後から武道館でスピッツ公演の会場打ち合わせ。今回も問題なく、あとは当日を迎えるのみ。会社に戻って武道館に向けての細かいあれこれを。公演の外側はもちろん、裏側のバックラインも充実させる為、日々あれやこれやと仕込み中。色んなモノが順次、会社に納品されて来ており、ちょっとした祭り状態に。
 7月25日(火)
 会社にて引き続き、武道館、横浜アリーナのあれこれを。もうちょっとしたら横浜アリーナの会場打ち合わせもあるので、資料作成など。それ以外にも夏フェス関係の資料作成や行程組など、雑務が山ほどある。いくらやっても終わらないのは何故だ?
 7月26日(水)
 某スタジオにて某アーティストのリハーサルに終日立ち合い。ゲストを迎えてのパートもあり、細かい部分の詰めを。いい形になりそうだ。
 途中、徒歩圏内にある某レコーディングスタジオでは別のバンドがレコーディング中とのことで顔を出す。新譜制作も順調に進んでいるようだ。
 20:00終了。
 7月27日(木)
 午前中から某バンドのミーティング。先々のスケジュールの方向性の擦り合わせや、直近にある課題についてなど。
 その後はひたすら、デスクワークの鬼と化す。
 7月28日(金)
 リハーサルスタジオ探しに四苦八苦。会場も見つからなければスタジオも見つからないとはどう言う事か。やたらと「仮押さえ」だけしまくってるやつが居るに違いない。ランチタイムの混んでる店でとっくに食べ終わってるのに、昼休みを消化する為だけに居座り続けてる客みたいだ。勘弁願いたい。
 社員の半数以上が苗場に出掛けていて、会社は閑古鳥が鳴いている。ならばと残っている社員に暑気払いで鰻重の上を振る舞い「UNAGI ROCK FES」を開催。
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7月29日(土)
 何ヵ月振りかの連休。綱島に最近出来た温泉に。最寄りの沿線沿いにこんなにエモい施設があったなんて。毎月でも通いたい。
 7月30日(日)
 乾いた人生に潤いを与える。
 7月31日(月)
 早朝、新木場に出勤。STUDIO COASTで行われる「#ハイ_ポールフェス」。夏フェスモード全開のクリープハイプ、この夏3本目のライブ。この時期のイベントには珍しくリハーサル時間が設けられているので、ここ最近の課題をクリアすべく臨む。本番もバッチリ決まり、いい方向に進み始めた気がする。来週のリハーサルで更に追及していきたい。
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