Independently blue
感受性が豊かだとかいつも考えすぎだよの一言で自分のすべてを見透かしたかのようにわたしのことをとくべつ綺麗に表現してほしくなかった。というか、絶望や不安感や絶えない悲しみに美しさなんて微塵たりと存在しないと思っているのに、それを爽やかな笑顔を浮かべながら素敵だと言われてしまうと、わたしも捻くれた人間なのでより一層自分に対して惨めな想いばかりが募ってしまう。こんな調子だからいつになっても満たされないのだ。ずっと。自分で自分を縛り付けているような感覚に頭が痛くなる。何一つとして誇れるものを持ち合わせていないことに。家族や友人はたいせつだけれど彼らだってやっぱり一番大切なのは自分自身で、そういった意味では彼らもある種の寂しさを抱えているのかもしれないけど、それでも、と、ぐるぐる考えれば考えるほど自分だけが異様に変わっているように思えてきて耐えきれず泣いてしまう。
無題
世界はドラマによってうごかされていて、そのドラマによってわたしたちはうごかされている。と、高校演劇大会の審査員の演出家の方が言っていた。
ドラマの定義というのは最初に保たれていたバランスが何かをきっかけに崩壊して、そしてまたあたらしいバランスが構築される、というその繰り返しのことらしい。ここで大事なのはバランスが崩れたときに自分自身がいちばん衝撃を受けるであろう強くて鋭い一瞬のエネルギーの動きをしっかりと捉えて明確にするということ。そうすることではじめてハッ、となる瞬間がうまれる。ここでいうハッというのは新しい気付きのことで、これは今までは流れに流されていたものが急に堰き止めらたときに止むを得ず立ち止まり、改めて周りを観察し分析することで自分自身の置かれている立場を客観視できる、ということだと思う。バランスが崩れるということは何かが劇的に変わることを表していて、人間はそれに適応することに大体は切磋琢磨して多くの場合くるしくなったり悲しくなったりとネガティブな感情に追い込まれてしまうと思う。けれど演劇において、また人生においても同じことが言えるけれど、そこでは自らの感情に思うがまま身を委ねるのではなくてロジカルに思考をすることが大事になってくる。というのも、大きな衝動は複数の感情をより複雑に絡ませてしまい、そうするとまた今度はそれを解くことに必死になって小さなパニックが起きてしまうから。そうしてそのように自らを疲れさせないために情報量を極限まで少なくすると、はじめて人間はそこで現在進行形で起きている意外性というものに気がつく。そして大概この意外性、つまり思いがけない驚きや予想外の仕掛けというものは自分だけでなく他者にも影響を及ぼし、それがその審査員のいうハッ、という気付きに繋がるのかもしれない。
同情の有無にかかわらず人間への関心を失ったら演劇など出来ない、と審査員の方々が話すのを聞きながら、人生と演劇って似ているなあと改めて思った。自然であることと自然でないことはまったくもって違うけれど、実は紙一重なのかもしれない。
辛いことはたしかに尽きないけれど、そこでその辛い気持ちから自己防衛をするために自分自身を正当化し誰かを傷つけることは全くもってちがうし、それでは自分のかなしみはより加速する一方で、一向に幸せにはなれない。自信を持つ方法だとか辛い気持ちから脱却する方法だとかそういうことをつらつらと語る動画をたくさん見たら、元気が出た。今までにないほど散々汚い言葉を投げかけられて、ついこの間までもう自分には幸せになる価値なんてないのかもしれないとマイナス思考だったけれど、そんなことはない。幸せになりたい、という思いだけで充分だと思う。どんな運命もそれをよいものにしようと欲するならば、よい運命となる。ただ誰かを傷つけることで自分を正当化する人や人の心に深い爪痕を残そうとする人、自分自身を責めてしまう人や優しさや愛を素直に受け止められずに疑ってしまう人、いろいろな人がいるけれど、その人たちを責めることもまた全くちがうことなのかもしれないと思った。わたしは今までは悪いことをした人は絶対的に悪い、と一方的に思っていたけれど、そのうしろにはその人にしか分からない苦しみがあるのだろうし、それはその人自身によるものだけではなく環境によるものだという可能性だってある。冒頭で述べた、「バランスが崩れたときに自分自身がいちばん衝撃を受けるであろう強くて鋭い一瞬のうちのエネルギーの動き」というものを自分の根本にある愛やだれかから受け取る愛の不十分さゆえに消化できず、他のものでそれを補い上書きしつつ誤魔化すことで、彼らも彼らなりに自分と向き合うとしているのかもしれない。これはあくまで仮定だけれど、そう思うことでわたしも心が軽くなる。辛いとか、幸せとか、気にしなくなるほど愛に満ち足りた生活をしたい。ゆるしたい。自分が侵してしまった失敗や罪も、自分を傷つける人たちの言葉も、上手く物事をこなせない自分自身のことも、幸せでない過去のことも、ぜんぶゆるしてあげたい。号泣しながら鏡を見たら予想以上に顔がぐちゃぐちゃだったので綺麗だった、なんて微塵たりとも思わず、むしろそれを汚いと思ってしまったけれど、それをいつかあの頃の美しさに生かされていると言えるほどの愛を自分のために抱えて離したくない。
無題
丁寧に髪をとかすともう0時だった。ピピピというメロディとともにコンビニのドアは開かれて、わたしはそこで煙草を買おうかと思うけれどもやめる。憧れている女の子が新宿区の高校に通っていることを知って、落ち込んで舞い上がって、そうしてまた落ち込んだ。こんなにも近くで同じ景色を見ているのにわたしはどうしても彼女と同じ世界を生きることができない。等しい恐怖心ともどかしさを感じながら寂しさを分かち合いたかった。彼女がきれいだと思うものをわたしもきれいだと思いたいし、彼女が眠れない夜にはわたしも眠れずにいたい。となりで同じ蝉の鳴き声を聴いて、電車が過ぎ去ってゆくのをみて、風が、草はらを駆け抜けてゆくのをみた。けれどその一瞬のうちですら、たぶんわたしと彼女はきっとそれぞれ異なるひとのことを想って、それぞれ異なる色と匂いと温度と光をかんじている。わたしは彼女がかなしいと思うときにおなじようにかなしいと思えないのだ。それほどもどかしいことはないし、それほど愛おしいものもない。わたしの孤独はわたし一人だけで成立しているものではなくて、わたしの大切なひとたちがいてこそのものだと思うと、それだけで眠れなかった夜が嘘みたいに今度は眠りたくない夜になる。満たされていないからわたしは海をきれいだと思うのだろうし、なんの迷いも戸惑いもなく未来に眩さや希望やあたたかな愛を見出すことができるのだと思う。満足することを知らず、いつまでも世界のありとあらゆるところまでつねに感じていたい。うしなわれた光と温度と音が知らない地でまたあたらしくうまれるところを、ずっととおい国のちいさな街で暮らす少年の報われなかった恋を、インターネットの隅で未だに煌めきを失わず残ることばの数々を、千年前に生きていた十七歳の少女が今を生きるわたしのそれと同じ眼差しで、同じ場所で、同じ海を眺めている様子をみたかった。恐竜の鱗が光にてらされてかがやいているのもみたかった。この風は、まだ人間が人間じゃなかった頃に吹いていた風かもしれない。同級生のこととかたとえば自分の数年後のこととか明日の試験のこととか考えているうちに、きっとたぶんあっとういうまにわたしは歳を重ねて死んでしまうから。あなたも。死は永遠に続く停止ではなくて、またあたらしい有限への始まりにしか過ぎないのかもしれない。昔の文章、はずかしすぎてマトモに読めなかった。一年前のわたしだったら全部削除していたかもしれない。だいたい、あなたにはなれないと分かっていながらあなたになりたいなんて思ってしまったわたしがわるかった。わたしは全然自分が思っているより幸せだし、あなただってきっとあなたが思っているより幸せなのだと思う。それにそうだねと言えないのなら、わたしが幸せにしにいくから泣かないで。
Fresh Flesh
苛々してばかりいる。排気ガスを吸い込んだ朝の光。どこまでもぬるい夏の風。孤独を拒絶する友人。数値化された感性。立ち並ぶビル群。声のでかい女。ぜ〜んぶ、ほんとにぜんぶ、まるで雷光のようにわたしの心の奥の奥の奥のほうをカッと照らすので、まぶしくてひたすらに鬱陶しい。だけど舌打ちも暴力も歯軋りも性に合うはずがないので、ただ血液だけが巡るその速度を速め、ああ、もうさ、どうしてこんなに世界って鮮やかなわけ?って、思った、昼。あらゆる音がさっきまで飲んでいたシュワシュワサイダーの泡みたいに空気中を弾ける。ぽつ、ぽつ。びゅうびゅう。ざあざあ。びたびた。ぱらぱら。すぐそこで揺れている深緑(ふかみどり)が泣いているみたい。小鳥や野良猫は雨の日どこで雨宿りをしているんだろうか。ショッキングイエローも、スモーキーピンクも、オーシャンブルーも、わたしたちはすべて黒い色の文字で表現できてしまうのに、心がぎゅうってなるあの感覚って、どんな言葉を選んでもなにかが違う。途中でこうじゃないって投げ出してしまう。どれだけ小説のページを繰っても、黒、黒、黒、そうして少し、余白。けれどそこにはそこにしかない風があって、匂いがあって、音があって、熱があって。先生の合図とともに重たい教科書を開いて、ハイライターで色をつける。まだあと二十分もある、って思うとき途方も無い気持ちなる。(おねがいだから一人にしてほしい、)と、一人なのに、そう思う。これからどうすればいいんだろう。どうなるんだろう。何をすればいいんだろう。何を守るべきで、何を捨てるべきなのか、わかったら、なんの迷いもなしに会いたい人たちの元へと駆けて行けるのに、わたしがいなくても彼らの生活は成立してしまう。その事実が毎日のようにわたしの胸をきつく締め付けるので、勉強さえ手につかない。夏の夜の闇に、重ねに重ねた不安を押しつぶされそうになって、怖くなって、ママが深く眠っているのを確認したあと、あたかも人が眠っているかのように部屋の布団を整えて、玄関のドアをゆっくり、すごくゆっくり開けた。レッドのマットリップと、ドット柄の上下パジャマのズボンと、上はダボダボのブルーのパーカー。午前零時。自転車のギアをいちばん重いのにして、全速力でペダルを漕ぐ。まだたくさんいる人々の話し声や車のエンジン音が瞬く間に遠のいていく中、車輪の回転する音だけが一定の大きさで響きわたる。往復およそ三百円の通学路と、京浜東北線。光が差し込むと肌が透けてみえる白いブラウスと、微かに香る柔軟剤のにおい。テスト前、教科書がパンパンに入ったリュックサックの重さと、かかとの磨り減ったローファーの鈍い光沢。小さな教室と、先生のつまらない冗談。どっと響きわたる笑い声の中に掻き消された不安定な思考。すべて、いつか、終わってしまうことがちっともさみしくないと思ってしまった。ゆるしてほしい。だって、いつだって死ぬことは生きることの一部。怖いモノなど無いと信じたいでしょ。
無題
上野で車に轢かれた鳩の死骸をみた。車窓に映る風の如く過ぎ去ってゆく光景はあらゆるモノの死の産物なのだと、いつか君が話していたのを思い出した。それに感化され涙を目に浮かべるわたしもまた、いずれ消えてしまう。雲ひとつない晴れた日に駅の出口で名前も顔も知らない人を待ちながら、点滅する青信号に早まる人々の足取りを目で追う。断ち切れた水道管の真横でカラスがゴミを漁っていた。彼も彼女もこの街ですらいつか朽ちてゆくのに、世界はなぜこうも美しく出来すぎているのだろうかとよく考える。降ってくる雨粒の鋭さに刺され出血することもなければ、太陽の光によって皮膚が火傷することもない。風の強さで眼球が吹き飛ぶこともなければ、鳥の鳴き声で鼓膜が破���ることもない。そのやさしさがたまに鬱陶しくて鬱陶しくて、真夜中に布団に包まってひっきりなしに泣く。ああ、やってらんないなあと思いながら、チョコレートパフェを注文する。向かい席に座った顔見知りになって間もない女性が煙草を嗜む、その姿に恋心にも似たときめきを覚えた。文豪たちが綴ったうつくしい言葉が無数に散らばる図書館で、わたしと彼女は自分たちで編み出したくだらない戯れ言に花まるをつけた。いつか、という言葉が好きだ。いつか大丈夫になる。いつか幸せになる。いつか報われる。いつかわたしにも大切な人が出来る。いつか大人になる。いつか死ぬ。その果てに見える景色があらゆるモノの死の産物だとしたら、わたしは毎日それらを瞼の裏に葬り、目を閉じて祈る。人生にリタイヤもバッドエンドもエンドロールもない。それよりも踊ってばかりの国のサイクリングロードを聴きながら、ドライブしよう?
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024)1月8日(月曜日)
通巻第8084号
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
中国の資本、土地買収、爆買いを歓迎した浅はかな日本
移民を促進する日本政府は頭がおかしくないのか
佐々木類『移民侵略 死に急ぐ日本』(ハート出版)
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中国の「静かなる日本侵略」の現場に飛んで、積極的な取材を重ねる『突撃隊長』の佐々木類(前産経新聞論説副委員長)がシリーズの第六弾に挑んだ。
日本支配を狙う中国共産党の尖兵が在日中国人、あるいは既に帰化した中国人工作員。その数、帰化人をのぞき76万人!
すでに日本列島のあちこちに「中国人居住区」がある。もちろん、全員がスパイではなく、ごく少数だが日本に溶け込もうと汗を流す中国人も、佐々木氏はちゃんとインタビューして公平を期している。
偏見をもって中国人を見ているのではなく客観的に彼らを観察し、その背後にある中国の対日戦略を読み取ろうとする。
沖縄の離島を購入した中国人女性がいた。
国家の研究機関に巣くう学術スパイがいる。日本国内に中国公安の闇警察がある。栃木県小山市には「中国農場」があって、横浜中華街には中国人経営の激安八百屋、埼玉県川口にチャイナ団地、列挙すればキリがないが、いまどうなっているか。スパイ中国人らはいま、いかなる陰謀を展開しているのか。
また日本政府が推進してきた移民政策の間違い、外国人土地所有法改正、改正入管法の問題点などホットな問題のすべてを簡潔に要領よく解説される。
それにしても、中国の資本、土地買収、爆買いを歓迎した日本人、中国からの移民を促進する日本政府は頭がおかしくないのか?
いま日本が相手にしているのは「共産党の意向がすべてに優先する国家レベルの反社会勢力」なのである。
そうだ、かれらは「反社」である。
賃金が安いからと行って深く考えることもなく中国と合弁を組んだら、当てが外れ、撤退しようにも税金だとか、労働条件とかの難癖をつけられ、「官僚主義的な小役人に窓口レベルで小突き回され、賄賂を要求された挙げ句に『身ぐるみ脱いで全部置いていけ』となる」のが落ち。
無国籍におちいり、国家利益は顧みないメディアがグローバリズムを煽り、それを真に受けた軽佻浮薄の政治家は、なんと中国企業系列にパーティ券を買って貰っていた。チャイナの買弁政治家が目立つのは、こうしたカラクリがあった。
外国人の土地所有規制は、大正時代に制定された「外国人土地法」の活用で切り抜けられる筈だったのだ。
しかし結果は「仏作って魂入れず」。
実効性を高める政令を制定せずに戦後のドサクサで廃止された。
「ところがどっこい。これを補うかのような法律が戦後日本に存在している。昭和二十四年に制定された「外国人の財産取得に関する政令51号」では「外国人や外国資本による財産取得に関して制限をかけることが出来たのである」(65p)
当該財産とは「土地、建物、工場、事業所、財産の賃借権、使用貸借の基づく借り主の権利、地上権、著作権」だった。
ところが、これも国会で審議されないまま昭和五十四年に廃止されていた。
移民については欧米の悲鳴を聞いた方が良い。
人道的見地から無制限に受け入れた結果、ドイツではゲルマン精神は破却され、婦女子が強姦されてもメディアは報道しない。フランスはフランス語の国ではなくなろうとしており、米国は犯罪が急増し、治安が極度に悪化した。移民反対が多数派の聲となった。
移民促進派がリベラル、人道主義であり、移民に反対もしくは規制強化けを唱えると、排外主義、レイシストと批判されてきた。脳幹が左翼ウィルスの侵された結果である
「客人を自宅に招くとする。土足で家に上がるのを許すのか。冷蔵庫を勝手に開けて中の食べ物を食べるのを許すのか。家のルールを守って貰うのは当たり前のことだ」(222p)
しかし「中国系移民は、移住先で出身地や宗族単位で強い絆で結ばれた共同体をつくる。自分たちが住んだ場所が「中国である」とばかりに受けいれ国の慣習に関心を持たず、聞く耳を持とうとしない例もある」
このまま日本は自死するのか、目覚めるのか、日本はその瀬戸際にあると佐々木氏は訴えるのである。
そろそろトランプのように、あるいはオルバンのように、「移民を追い返せ」と主張する政治家がでてきてもよいのではないか。
日本の深刻な状況をえぐったルポである。
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私は62才である。とある地方都市で、公務員として約36年働いてきた。生まれ故郷だ。
地元、そう、本当に地元だ。保育所から高等学校まで、ずっと地元である。(地元にある大学で行きたい)大学はなかったので、大阪府内に進学することになったのだが。
それから民間で三年ほど働いて、地元の市役所の採用試験を受けて入庁した。
いいことも嫌なこともたくさんあった。思い出深い職場である。時間が過ぎるのはあっという間だった。
ずっと土木建築の仕事をしてきた。道路造りに、水道に、都市計画に、施工監理に……少しの間だが、まちづくりの仕事もした。思い出が蘇ってくる。もっと写真を撮っておけばよかった。
本題である。定年延長により、公務員の定年退職はしばらくの間、2年に1回になっている。
私が定年になったのは61才になる年度である。民間企業は誕生月に退職になるのが一般的だが、公務員の場合は年度末まで在籍できる。
今年の3月末をもって分限退職の辞令を受け取り、退職日には労働組合の行事で退職者一同での職場巡りを行い(※有給である。有給が残ってない人は人事がわかってて見逃してくれる)、最後は市長のポケットマネーで退職者のための小宴会が催され、皆それぞれに挨拶をして――私を含めた有志は、翌年度からも再任用(あるいは再雇用)されて働き続ける――はずだった。
タイトルにあるとおり、私は再任用の対象にならなかった。再雇用もNGだった。
2023年の秋頃だったか、再任用の希望票を人事に提出した。その後、返送されてきたのは「再任用は不承認」なる文言の書かれた通知が1枚だけだった。
理由によると、総合的な事情により再任用できないらしい。同じ階にある労働組合の職場委員会を通じて確認したところ、この階の職員だけでも数名が再任用されなかったということだ。
はてなユーザーであればご存じかと思うが、一応説明しておく。
民間企業では、「雇用と年金の接続」という観点から、年金が支給となる65才まで退職者を継続雇用する義務がある。例えば、60歳定年制を採用する企業の場合、65歳までの再雇用は法律上の義務であり、再雇用拒否は原則として違法である。
では、公務員の場合はどうかというと、こちらも原則として再任用をすべき~という旨の総務省通知が平成25年3月に出ている。
内容を要約すると……
「公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう国家公務員の雇用と年金の接続を図るとともに、人事の新陳代謝を図り組織活力を維持しつつ職員の能力を十分活用していくため、当面、定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員については再任用するものとすること等を内容とする閣議決定をした」
ということだ。
【参考URL】
(平成 25 年3月 29 日総務省通知)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000216510.pdf
(停職6月の懲戒処分を受けた者の再任用)
http://www.rilg.or.jp/htdocs/main/houmu_qa/2015/43_winter02.html
ただし、この通知はあくまで国から地方自治体への技術的助言であり、法的効力があるわけではない。
組織からその価値がないと判断された職員だと、再任用はされないことになる。
私は、36年間ずっと、このまちで働いてきた。
そこまで目立たない中国地方の地方都市ではあるが、このまちが気に入っている。
できれば、ずっと働きたい、もっと働きたいと思っている。
労働組合に上記の再任用拒否を相談したところ、今後の団体交渉前の当局とのやり取りにおいて、本件に言及いただけるとの回答が執行部からあった。だが、望みは薄いようである。こういった当局の対応は、何年も前から続いているからだ。
市役所にとって不要な人材は、再任用(再雇用)しない。それが人事当局の方針である。
実際のところだが、私は確かに不良な職員であった。
私は怒りやすい人間であり、周囲に迷惑をかけたこともある。若い頃は上司と反りが合わず、反発して死のイベントを無断欠勤したことがある。なんてことをしてしまったんだろう。あのイベントに出ていればよかった。
日常の仕事においても、市民や業者と言い争いになることがよくあった。
感情の振れ幅が大きく、職場の人に迷惑をかけた。用地買収の仕事の時にも、地権者との交渉がうまくいかなかったのは私のせいである。
査定が低かったのは間違いない。でも、私は私で、このまちが好きで市役所職員の仕事を続けていた。もうちょっと働いていたい想いがある。
仕事とは別の方面になるが、二十代の頃からずっと組合活動をしていた。
土木建築の職場委員会はずっと仕切っていたし、反核の平和の火リレー、メーデー、自治労の定期大会その他の行事などは、40代になって体にガタが出るまで前線に出ていた。
平和の火リレーの時は、市立総合体育館の前にある大きい道路をまっすぐに進んでいったっけ。本当に懐かしい。
一番、血気盛んな時期だと……国と県が合同で実施する泊まり込みの研修があった時、私が朝のラジオ体操時の国旗掲揚係になった時だった。私は、つい大声で主張したのだ。自分の平和にかける想いを。
あの時は、江田島にあった国立青少年自然の家だった。集会室での私の言葉は、十数年前の日記に確かに記録してある。
「皆さん。申し訳ありません。これは研修中の職務ではありますが、私は日本国旗を掲揚する係にはなれません。太平洋戦争を引き起こし、被差別部落問題を長年放置してきたのは日本政府です。人権侵害の象徴である、その政府が作った国旗を掲げることは、平和を愛する者として到底できないのであります!」
と、研修参加者50人以上の前ではっきり告げたのだ。これは、当時の労働組合における一般方針のひとつであった。
今では思う。広島県全体の研修の時なのだから、この時ばかりは組合の方針に反してもよかったのではないかと。
実際、研修が終わった後で人事当局に呼び出された私は、総務部長から「増田さん。悪いけど辞めてくれるか?」と言われた。国か県かはわからないが、クレームがあったらしい。
だが、やはり血気盛んだった頃の私は、組合にも相談したうえで、基本は一人っきりで人事当局と戦った。少しばかりは助けを求めたこともあったが。
最終的に、処分ではなく厳重注意に留まった。組合が助けてくれなかった場合、本当に辞めされられていた可能性がある。
愚痴ばかりで申し訳ないのだが、これでも反省している。
私が悪いのだ。私は仕事に対して真摯に向き合ってきた。本気でやってきた。それでも成績が悪かったのは事実であり、その時期の上司の方々の温情に賜れたことに感謝している。
仕事は本気でやっていたけれども、周囲への配慮が足りなかった。令和になっても、今でいうパワハラみたいなことをしていた。
あの時、いつだったか。令和元年のことだ。
税務の子が当時、私が働いていた施工監理(兼庶務管理)の部署に来ることがあった。土地の課税評価のことで、私が依頼していた文書を届けにきたのだ。
その文書には誤りがあった。その時、私は怒鳴ってしまった。今でも反省している。後悔の念を込めて、できうる限り思い出してみる。
確か、私はこんなことを言った。
「お前、まちごうとるぞ。小字(こあざ)がなかろうが、字がっ!! なしてないんならあ、おい」
「え……どういうことですか」
「水吞町だけじゃなかろうが、さらに、その下に水~(※龍だったかもしれない)という小字の名前がなかろうが」
「すいません、つけ忘れました。打ってません」
「なんでそんな大事なもん、付けわすれるんならあ、おい」
「すいません」
「お前、法務局にこれ出してみろやあ~、恥ずかしいどお!!」
「ごめんなさい……」
恥ずかしいのは私の方である。若い子に対して、こんなに失礼なことを言ってしまった。
その次の週に同僚から聞いたのだが、その女の子はうつ病になり、職場に来ることができなくなったという。
元々、抑うつ気味で元気がなかったらしい。私が怒鳴った金曜日だけでなく、土日にあったイベントでも動員があり、その子は仕事ができず辛い思いをしたという。
ただ、私にも原因があるのは明らかである。本当に申し訳ないと思っている。
その子は、労働組合を通して聞いたところだと――翌年に単純事務労働として税務の仕事に復帰したが、なかなか調子が戻らず、結局は新卒2年目で退職したとのことだ。
後悔先に立たず、という言葉がある。私の場合がまさにそれだ。
仕事でヘマをしてるだけだったら、まだ再任用されたのかもしれない。
しかし、それだけではない。私が他者の信頼を損ねる行為を繰り返したからこそ、こうなったのだ。
できれば、今からでもまた市役所で働きたいよ。でも、その資格がないことも重々承知している。
たとえば今、私は市役所で働いていた頃の思い出を書いてるけれども、守秘義務に反している可能性がある。それでもいい。罪があれば償おう。これも責任の取り方というものだ。
私は罪を犯した。犯し続けた。それで再任用されなくなった。仕事人生の責任を、こんな最悪なかたちで取ることになった。
あれは今年の1月だったか。後輩と一緒に現場に出るため、廊下を歩いていると、部長級の職員が前からやってきた。
その人は、正面にいた私に向かってこう言ったのだ。
「なんや増田。お前、まだ辞めとらんかったんか。はよお、辞めろや!!」
後輩が見ている前で、こんなことを言われてしまった。恥ずかしかった。
でも、しょうがないのだ。私はずっと、禄でもない職員だった。
だから、こんなことになっている。
最終勤務日のことだ。
労働組合が主催する職場巡りの会が終わり、最後に職場に帰って、デスクに座ってしばらく待ち、定時を迎えた時のことだ。
定時のチャイムが鳴って、2~3分くらい後だったか。私は、カバンを抱えてまっすぐに職場を出た。
事務所にいた同僚連中には、「じゃあの~」と軽快な口調でさよならを言った。みな、私に「お疲れ様でした」と返してくれた。
しかし、ひとつだけやっていないことがあった。最終勤務日の前日、職場の親睦会の若い幹事職員に言われたのだ。
「増田さん。最後に僕が花束を渡すので、退職スピーチをお願いします。その後記念撮影をしますから、残っておいてくださいね!」
と、しっかり伝えられ、私はOKの返事をしている。
にもかかわらず、こんなことをしてしまった。チャイムが鳴ったら逃げるように、すぐに家に帰ってしまった。
スピーチなどしたくなかった。再任用されなかったこんな私がスピーチをしても、恥ずかしいだけだと思っていた。
自分に負けたのだ。彼の思いに応えられなかった。
最後になるが、もし増田の利用者の方で思い当たるフシがある方は、どうか職場では自重してほしい。
他者の信頼を損ねる行為ばかりしていると、私のように情けない老後を過ごすことになる。この日記がひとつの警句になってくれたら望外の幸せである。
明日からは、またはてな匿名ダイアリーのイチ利用者である。また面白い日記、楽しい日記をたくさん読んでみたい。
ありがとうございました。
再任用を拒否された
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LGBT法案に反対します!
こちらのブログでは政治的なことを取り扱うのは極力避けてまいりましたが、今回だけは黙ってられない!この法案は日本の文化・伝統を破壊し、かつ女性や子供を危険にさらすものです。
以下「一般社団法人 新しい歴史教科書をつくる会」の緊急声明をご紹介します。私もまったく同意見です。
<緊急声明>拙速な「LGBT法案」成立に強く反対する
令和5年6月8日
一般社団法人 新しい歴史教科書をつくる会
各社報道によると、LGBTなど性的少数者への理解増進を目的とする議員立法「LGBT理解増進法案」について、与党(自民党・公明党)は9日の衆院内閣委員会で審議のうえ、即日与党案を可決させ、13日に衆院を通過させる構えで、今国会での成立の公算が大きくなったとされています。
しかしながら本法案は何の緊急性もない上に、仮に成立した場合、施行後の国民生活を混乱させ、我が国の伝統・文化、さらには国体の破壊にまでつながる可能性のある悪法です。
そればかりか、自民党内の議論では反対多数であったにも関わらず、党執行部が強引に法案をとりまとめるなど、非民主主義的な手法も批判されるべきです。
よって当会は、内容的にも手続き的にも重大な問題をはらむ本法案を成立させようとする国会に対し、強い反対の意を表明します。
日本国のために日々奔走されている心ある議員、とりわけ自民党の保守系国会議員の先生方には、本法案の危険性を改めてご認識の上、法案成立回避に是非とも尽力をいただきますよう、心よりお願いいたします。
また、明日の委員会可決、また来週の衆参本会議での成立を阻止するために、会員、支援者の皆様におかれましては、反対の声を自民党や国会議員の先生方に届けていただきますよう、何卒、ご協力をお願いたします。
なお、「LGBT法案」は与党案のほか2案が提出されていますが、下記は実際に成立が予想される与党案に対しての批判であります。
1.そもそも特別なLGBT法を作る必要がない
➀法を作る場合には立法事実(法律の合理性を支える社会的事実)が示される必要があるが、LGBT法案にはいかなる立法事実があるのか。具体的にLGBT当事者がこんなに迫害されているといったことが全く示されていない。
②そもそも「性的指向及び性同一性」は、社会・文化的分野の問題であり、何より人の内心の事柄である。政治的分野や経済的分野と異なり、このような領域、とりわけ人の心の中の問題にまで法はむやみに立ち入るべきではない。
③日本は元来、歴史的にLGBTに関して比較的寛容であり、対象となる人々を処罰したり殺害したり迫害したりするような文化は持ち合わせていない。現在のマスメディアに日々、出演する人たちを見てもそれは明らかである。海外と事情が違う以上、同じ視点で法制化を進めるべきではない。
さらに、アメリカでさえ特別法が成立していない状況で、日本が急ぐ理由はどこにもない。
2.法案自体の内容の問題
➀「性的指向及び性同一性の多様性」の意味が不明
法案は、国民に対して「性的指向及び性同一性の多様性」を受け入れるように迫っておりLGBTを理由とする差別を禁止する趣旨のものであることがわかる。
しかし、肝心の「性的指向及び性同一性の多様性」の意味する事柄が不明である。そもそも、国民が受け入れるべき多様性とはどこまでの範囲なのか記されていない。
②差別の定義がない
「性的指向及び性同一性の多様性」の範囲が不明な上、差別に関する定義が存在しないことも重大な問題である。定義がない以上、その「乱用」の恐れがあり、極めて危険でありと言わざるを得ない。
③「理念法」というまやかし
罰則もないし、理念法だから問題はないとも言われるが、これはまやかしである。2016年に成立した「反ヘイト法」がまさにそうであった。理念法であり罰則規定がないから、というふれこみであったが、成立した途端、地方自治体レベルで実質的な「罰則」が設けられてしまった。本法案も、成立後に<「性的指向及び性同一性」を理由とする差別は許されなくなった>ということを大義名分に、地方自治体レベルで様々な解釈が行われ、差別とされる行為の範囲も拡大し、さらに「罰則規定」までつくられていくことも大いに予想される。
④研究の名の下に大きな利権が生まれる
法案には、LGBTに関する研究および、その知識と思想を普及するための研究に予算がつくとある。それに携わる研究者や教育者及び関連諸団体に大きな利権が生まれることになる。
⑤学校と親との対立が発生する
法案には、LGBTに関する教育啓発を児童生徒などに対して行う努力義務が規定されている。学校がLGBT教育に乗り出せば、親と学校が対立する事態が生まれるだろう。そうなれば、学校教育全般がうまく機能しなくなっていく恐れがある。
3.民主主義の崩壊につながる
➀本法案の必要性について、岸田総理は国民に対する公的説明をしていない。マスコミも法案の必要性と内容を紹介しないし、国民は一体どういう法案がつくられつつあるのかも知らない。
②LGBT保護のためだというが、LGBT当事者からヒアリングを行ったという話を聞かない。LGBT当事者は、むしろ法案に反対の人が多いと聞く。
③自民党の党内議論の中では反対派の方が圧倒的に多かったのに、執行部が強引に法案を決定してしまった。民主主義の原則は完全に無視されている。さらに、議員立法は「全会一致」が原則であるはずなのに、与党はまともな審議も行わないままに強行採決しようとしている。本当にこのまま進むようなら日本の民主主義は崩壊していくこととなるだろう。
この背景にはアメリカの民主党政権からの圧力があると言われている。日本の独立に関わる問題でもある。
4.法案が通れば、どういう問題が生まれるか
➀女性の人権が抑圧される
「自称」トランス女性が、女性トイレや女性風呂に入ってくる。それを女性やその施設管理者が拒否すれば、LGBT差別となり、法的に争っても女性側・施設側が負けることになる。欧米では、ことごとく女性側が負けている。
トイレや風呂に入ってくるだけではなく、アメリカで発生したように、トランス女性が女性を強姦する事件も発生するかもしれない。総じて、女性の人権が抑圧される事態が発生するだろう。
さらに、スポーツで女子種目にトランス女性が出場し、ことごとく優勝をさらう事態がすでに海外で発生している。筋力や脚力に勝るトランス女性と競合すれば女性は圧倒的に不利である。
②偏ったLGBT教育による少子化の加速
学校では、LGBTに関する教育が行われることになるが、LGBTへの理解を深めるのを超えて、ひたすらLGBTの美化が行われることが予想され、各国で生じているようにLGBTが激増することになる。その結果、日本の少子化は更に進行することになる。
③国民の分断の進行
国や地方公共団体、学校や事業所で、一般国民のLGBTに関する言動に対するLGBT活動家などによる過剰な攻撃が多発することになる危険性がある。その結果、国民は、かえって、LGBTに対する反感を持つようになるかもしれない。国民の分断は更に進むことにつながる。これは、実際に、LGBT保護を進めた欧米で起きていることである。
④「同性婚を認めろ」の声が大きくなる
LGBTを尊重しなければならないのだから同性婚も認めよ、という声が大きくなる。LGBT法ができることにより、裁判所の見解も変わっていく可能性がある。
⑤皇統の破壊への懸念
皇室の男系男子による皇位継承に、多大な影響を及ぼす可能性がある。(以上)
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月の光と海うさぎ【6】
摘み取られる恋
夕食後、宿題の前に今日まわってきた交換日記を読み終えた私は、息をついてノートをかばんにしまった。
相変わらず、マリーの恋愛の話がすごかった。ほかの人も何かと書いていても、それは願望や妄想だから、しょせん真似事だ。
みんなが背伸びした内容を書くのは、マリーに対抗しているというより、私への当てつけのような気もする。私はまるで恋愛なんて興味ない、ひとりぼっちで構わないとでも言うように、交換日記では自分の恋に触れない。
前の学校で少しだけつきあった静くんは、いまだに手紙をくれることがあった。一時期、途切れたことはあったのだけど──今年の春頃だろうか、三ヵ月くらい音沙汰がなかった。
やっとあきらめたのかと思ったら、連休が明けたくらいに手紙が来た。ため息混じりでも一応中身は読んで、その内容にびっくりした。手紙を止めていたあいだ、静くんはつきあっていた人がいたらしい。それはともかく、相手は男の先輩だったそうだ。
ええと──これは、何と言うのだろう。私のことさんざん好きだって言ってたよね? だから、同性愛者ではないよね? どっちも大丈夫という人なのか。『すごく男らしくて、頼りになる先輩で』とその手紙には書いてあった。
『僕は自分がだめだから、��ういう人に惹かれるみたい。
結局、先輩が卒業してあんまり会えなくなって。
連休に久しぶりに会えたら、ほかに好きな人ができたって振られちゃった。
だからって、希夜ちゃんにこうして手紙を書いてる僕も、ひどいのかもしれないけど。』
私は相変わらず、静くんに返事は書かない。受取拒否もしないから、届いていることは静くんも分かっているだろう。
頼りになる人、か。そういえば、私も子供の頃に静くんをいじめっこからかばったりしていたっけ。
私、男らしさで静くんに好かれてるの? それって、女としての魅力はどういうことになるの? そんなことを考えて、何だか勝手に自信喪失した。
静くんを再び意識することもなく、しかし、私が恋愛に興味がないというのは周りの誤解だった。交換日記であからさまに恋の話をしないのは、かなりそれを意識している裏返しに過ぎなかった。
毎日、学校がつらくて、逃げ出したくて。だからこそ、恋に憧れる気持ちは人一倍強かった。好きな人がいれば登校だって楽しくなるかもしれない。恋をして学校を楽しみたい。応えてもらって愛されるなんて、おこがましいことは言わない。片想いでいいから、学校での陰気な毎日に華が欲しい。
ひとりぼっちは寂しい。クラスにはいじめてくる男子ばかりだったけど、飢えるように誰かに恋をする切っかけを探していた。
九月の終わり、前期の委員の任期が終わる頃、最後の集会で委員長だった先輩がひとりひとりに言葉をくれた。私にもきちんと言ってくれた。
「君は長い髪をまとめていて清潔感があったね」
たったそれだけ。無視されなかったどころか、褒めてもらえたのが舞い上がるほど嬉しくて、私はその桑原さんという先輩をあっという間に好きになった。
交換日記には何も書かなかった。心の中で、こっそり好きでいられたらいい。告白なんてとんでもない。いや、眠る前とかにこんなふうに告白されたいなあとか、どんな告白なら振り向いてくれるかなあとか、ぐるぐる考えて勝手に悶えたりはしたけど。
桑原先輩のすがたをひと目でも見たい。そんな気持ちがふくらんで、世界は確かに華やいだ。学校に来ても、暗くうつむくことなく、軽くのぼせたように空を見ている。
そんな私の変化を、クラスメイトは見逃さなかった。
「光谷さんって、好きな人の話をぜんぜん書かないよねー」
私なんてたぶんどうでもよくて、ただマリーとつながっていたくて交換日記に参加している女子が、ある日、私の席を囲んだ。私がすくんで顔をあげると、白々しい笑顔を浮かべた女子がふたりいた。
「好きな人ぐらいいるでしょ? 何で書いてくれないの?」
「みんな書いてるのに、ひとりだけ隠してるとかずるいよ」
「誰が好きなの? いまどき、好きな人がいないわけないもんねえ」
圧迫感のある笑顔と真綿で締めるような質問に、言いたくないな、と私はうつむく。でも、言わない限り、またこんなふうに詰問される。それも苦しいな。
ふたり組のひとりが「あのさあ」と耳打ちしてくる。
「私たちに隠しごとするとかさ、そういうえらそうなことするなら、私たちも光谷さんのこと許さないから」
おそるおそる上目をして、「許さないって」と消え入りそうに訊くと、「そんなの、分かるでしょ」と言われた。
睫毛を伏せる。分かる。……うん、分かる。自分たちに盾をつくならいじめるよ、ってこと──か。
いじめがエスカレートするのは嫌だ。桑原先輩は三年生で、同級生ではない。言っても、先輩に迷惑がかかることはない、かな? 「三年生の先輩で」と私はつっかえそうになりながら、こわごわ彼女たちに打ち明けた。
「桑原先輩……っていう、」
「へえ! そうなんだ、先輩なんだ」
「光谷さん、年上が好きなんだねー」
言ってしまったあとで、やっぱり言わないほうがよかったかなと息苦しさで頬が熱くなる。でも、さいわいふたりはそれで納得して、それ以上私をつつくことなく離れていった。
私は息をついて、似合わないよとか、好かれて迷惑だろうねとか、意地悪なことを言われなかったことにほっとする。せいぜい、交換日記の中で『光谷さんに好きな人いた!』みたいにさらされる程度だろうか。それくらいなら──
そう思っていたのに、その日の放課後、例のふたりだけではない女子の五人くらいが、「光谷さーんっ」と帰ろうとしていた私の席を再び囲んできた。
「ねえ、光谷さんって桑原先輩が好きなんだよね?」
「私たちも光谷さんに幸せになってほしいから、代わりに告白してきてあげたよー!」
……は?
「先輩の返事もちゃんともらってきたから!」
何。何言ってるの、この人たち。そんなこと頼んでない。むしろ迷惑だ。私はひっそりと先輩を想っていたいのに。
というか、返事? 先輩に私の気持ち知られたの? それに対して、返事──
「はい、これっ」
目の前が真っ暗になる私に、彼女たちは封筒にも入っていない、ノートの一ページをちぎったふたつ折りの紙をさしだしてきた。私が当惑してかたまっていると、「ほらー、先輩の光谷さんへの気持ちだよっ」と紙をスカーフの胸に押しつけられる。
私は怯えた手で、その紙を受け取った。視線を泳がせてみんなの楽しそうな顔を見た。みんなの笑いをこらえた表情で、じゅうぶんだった。指先が震えるのをこらえながら、私はふたつ折りを開いた。
『俺はあんたのこと嫌いだから』
殴り書きのような下手な字で、そんな『返事』があった。
途端、私を囲んでいた女の子たちは風船がはじけるように笑い出した。「振られちゃったねえ」とか「やっぱそうだよねー」とか言って、爆笑のあまり、涙ぐんでいる子すらいる。
私は委員の集会のとき見ていた、先輩が黒板に書いていた字を思い出した。こんな、乱暴な字ではなかったけど──分からない。私への嫌悪感のあまり、字もゆがんだのかもしれない。あるいは、この人たちがいたずらで捏造した手紙……?
どちらなのか分からなかったけど、もうそんなのどうでもいいくらい、心を握りつぶされたようなショックだった。
だって、もうこの子たちだけじゃない。教室のみんなが笑っている。男子も女子も、好きな人に露骨に拒絶された私を、にやにやと観察している。
恥ずかしかった。どうして、失恋をこんなふうに晒されなきゃいけないの? なぜこの人たちは、それを何もおかしいと思わず、私の傷に塩をねじこむように笑うの? この人たちに、同じことをされたらと考える心はないの?
学校を楽しいと思いたくて、恋をしたのに。結局、私は桑原先輩のことも怖くなって、いっそう暗い表情でうつむいているようになった。
私、こんなに暗い子だったかな。ふらふらする意識でそう思うけど、もう、「あいつって暗いよな」と言われすぎて本当に根暗な生徒になってしまっていた。
恋なんてしたって何の意味ない。そう思っていた。十月の席替えで隣の席になった桧山くんが、率先していじめてくる男子だったので、私はますますふさいだ。
「つくえ近づけんなよ、菌が」
そう言われて、私がおとなしくできるだけあいだを取っていると、「別にくっつけてるわけじゃないし、そんなこと言わなくていいだろ」という声が割って入った。
「ちゃんと光谷に謝れよ」
声の主は、中森くんという桧山くんの友達だった。色白の中性的な美少年で、声変わりがまだなのか、あるいはあまり変化がなかったのか、柔らかいテノールで優しい。
「あー? 何でだよ」
「嫌なこと言ったんだから、謝るのは普通だろ」
「別に、」
「何で素直に『ごめんなさい』が言えないんだよ」
中森くんのお説教に、桧山くんはむうっとふくれていたけど、私を一瞥して「ごめん」と吐き捨てた。私は中森くんを見たけど、中森くんは別にこちらなんて見ない。ただ、「よし」と桧山くんににっとして見せている。
その笑顔で、私はまたもやあっさりと中森くんを好きになってしまったのだ。
中森くんは、マリーと仲がよかった。だから、マリーが気にかける私に気を遣ってくれただけだったのだろう。それでも、私はそわそわと中森くんを意識してしまった。
なるべく、目で追ったりはしないようにした。また女の子たちに感づかれ、余計なことをされたらたまらない。中森くんを困らせたくない。友達の友達。そんな距離感の片想いでよかった。
とはいえ、下校中に一緒になるとか。休日に遭遇するとか。いろんなシチュエーションの妄想を広げては、そこから仲良くなれたらどうしようなんて、部屋のふとんでじたばたしたりした。無論、夢想するだけで何も行動はしなかったので、ひとつも現実になるはずはなかった。
そういう偶然が勝手に起こるのは、しょせん作り話の中のこと。分かっていても、期待は胸をいっぱい満たして、下校する前にトイレで髪を梳いたり、休日の外出ではお洒落を意識したりする。我ながら単純だったけど、そういうのが楽しいといえば本当だった。
「マリーって、中森くんと仲いいよね」
中森くんへの想いが飽和状態になったとき、つい、マリーにだけ話してしまっていた。
「ん? ああ、まあ普通かな。何で?」
「誰にも、言わない?」
「うん」
「ほかの人には知られたくないの」
「言わないよ」
「……私、中森くんが好き……の、ような、感じなんだけど」
マリーは長い睫毛をしばたいて、「そうなの?」と首をかしげて波打つ髪を揺らす。
「……うん」
「ふうん。ま、あいつ、いい奴だよね」
「笑わない……?」
「笑わないよ。いいんじゃない、応援するよ」
マリーのそんなさっぱりした対応に、心底安堵した。そう、マリーは一応、私の親友なんだから。あの子たちみたいなことはしないよね。このとき初めて、マリーが友達でよかったと思った。
確かにマリーは、私の気持ちを人に言いふらすことはしなかった。私の気持ちを嘲笑もしなかった。
ある日の放課後、「今日ちょっと校門のとこで待ってて」と言われ、私はおとなしくマリーを待っていた。どんどん寒くなってくなあ、と十月下旬の空を見上げる。後ろでひとつにまとめた黒髪が風になびく。
十五分くらい待っただろうか。「希夜!」と不意にマリーのシュガーボイスがして、私はそちらを向いた。
「マリー。どうしたの。また先生に呼び出されたの」
「何でよ。応援するって言ったじゃん」
「え、何を」
「中森じゃん! 希夜があんたのこと好きだよって言っておいた」
は……?
あのとき同様、とっさにぽかんとそう思った。ついで、頭に隕石が落ちた気がした。
何? この子、何て言った? 中森くんに、私が好きだということを──
「な、何でそんな、」
「ひどいの、あいつ! 希夜はあたしと仲がいいからいい子なんだろうけど、別に好きじゃないし、つきあえないって。いい子って思うならつきあえばいいじゃんね?」
「……え、と」
「しかも、『じゃあ、あたしがつきあってって言ったらどうするの』って訊いたら、」
何だその質問。どこからそんな質問が出てくるの。
「『マリーとならつきあってもいい』って。最低だよね! あたし、もう話したくなくて教室出てきちゃった」
マリーみたいな美少女に「つきあって」と言われたら、たいていの男の子はうなずくでしょ。マリー自身、それは分かっているでしょ。なのに何でわざわざ訊いて、案の定の中森くんの反応を確認して、それを私に報告するの? 自分は選ばれるけど、私は選ばれないっていう自慢?
わけが分からなくて、脳内に重石が増えていくようにひたすらショックで、「そ、そっかあ」なんて笑うしかなかった。「腹立つから買い食いしてこー」とマリーは歩き出し、私はその隣を歩いた。
胸のあたりが、ぐるぐる逆流しているみたいに気持ち悪い。ああ、私、また失恋したのか。けれど、それがマリーの一種の悪意のせいだとか、そんなことまでは頭はまわらなかった。
いろんな人と仲が良く、恋愛経験も豊富なマリーと違って、私は人間関係がよく分かっていなかった。ちょうどいい距離感も測れないし、相手を試す計算だってできない。マリーの言動には、しょっちゅう傷ついた。
中森くんのこともそうだけど、そういうことはしてほしいわけじゃない、と言いたくても、うまく説明できなかった。嫌がらせじゃないの? と言ったとしても、マリーは応援しただけだと返すだろうし、そう言われたら私はそれ以上の文句をきっと言えなかった。
中森くんのことは、マリーの悪意だったと思う。結局マリーは、誰にも、中森くんにも愛されない私の友達ぶって、それが気持ちよかったのだ。いじめられている、誰にも愛されない子と仲良くしている自分は優しい、という自己陶酔。
この何日か後、中森くんのことを引きずって、「マリーが同情で私の友達に『なってあげてる』なら、私、ひとりでいいよ」とちくりと言うと、マリーは怒ってしまい、しばらく私のことを無視した。
マリーに無視され、当然ながら中森くんも私の周りには近づかなかったあいだ、桧山くんにはきつく当たられた。桧山くんは「男らしい」とのことでモテる人だったけど、その男らしさは私には堂々と嫌がらせをされるだけのものだったので、まったく心は動かなかった。
だけど、どういうわけか桧山くんは私に好かれていると勘違いしていた。隣の席なのに「気持ち悪いから俺に近づくな」とか言われても、どうしようもない。ただ自分の席に着いただけで、「うざっ……」と桧山くんはわざとらしくつぶやく。
やがて怒ることに飽きたマリーがまた私の世話を焼きはじめるまで、桧山くんにはやたら突っかかられて、とっさに言い返す毒気もない私は、びっくりするばかりだった。
マリーは相変わらず、私に華々しい恋愛模様や交遊関係を話す。自分そっくりの仲良しの親戚、優しい初体験の相手、王子様のようないとこ──ほんとにそんな人いるの? と思うぐらい、魅力的な人たちにマリーは囲まれていた。
道を歩いているだけでナンパされて、つきあったとか。学校には内緒で、モデルのバイトもしているとか──ただし、バイトについてはその写真や雑誌を見せてもらえたことはない。というか、この片田舎でモデルなんてしていたら、かなりの話題になっている気が��ると思うけど。
ちょっとだけ、マリーの話って本当なんだろうかと思うときもあった。でも、「それってほんとの話?」なんて訊く勇気はない。
ただ私がひとつ誓ったのは、マリーは彼女のいる男の人とも簡単に関係するようだったから、いつの日か自分に彼氏ができたらマリーには紹介したくないということだった。その不信感はやっぱり、マリーは私の親友どころか、友達でもないという証拠だったのだろう。
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ネオ幕府アキノリ党による100の政策
※内はアキノリ将軍未満による脚注。
🌾 文化・日本語
1. 『双京構想』京都を陪都に。
※ 上皇后両陛下に仙洞御所にお戻り頂く案などから上奏。
2. 文章の形式を国粋化。縦書き・漢数字を基礎に、時間や単位や数理や音楽も日本文化圏独特の書式を考案し漸次移行。
※ 漢数字に関しては画数が多く判読もしにくいため,西ローマ・アラビア数字くらい判読しやすく書きやすい数字用の文字を作ってフォントに組み込んだりを検討。
3. 日本語の電子媒体を刷新。
※ イーロン・マスク氏に会いに行ってXの東アジアの言語を全部縦書き漢数字(言語ごと)に直してもらう事を条件に,共栄圏での法人を作ってもいいと約束。ただし,その情報資産は共栄圏のものとし,資本の移動は認めない。
※ 拡張かなを拡充し電子媒体に組み込む・体制化した際に方言の言語化も視野に。
4. 都内の外国籍労働者・親族等への日本語や法制に係る教育サービスの展開。
※ それぞれの民族に寄り添った親善団体と連携
※ 裏で世界共栄化に関わる宣伝を行い、本国に情報輸出させる足がかりとする。😈
5. 都内の宗教共同体の実態把握・公的包摂・共生都市社会の推進。
※ 体制化までの中長期的に各宗教の日本化を試みる方針。
🌾 税制・社会保障・経済
6. 税制改革や都債発行を財源に,実質賃金の上昇率の安定向上(最低でも年3%水準)まで一律で都民税半額。
7. 都営ブロックチェーンの創設・ネオ幕府トークンの発行とサーバー維持管理。
※ 全国電子通貨を想定・通貨の名前は「球」読み方は本名が「たま」,「きう」が普及版。NAMが出典。
※ いずれ日本円にとって代わる。😈
※ 我々が全国化した折には武蔵国の地域トークンというか藩札を創設を想定。
8. 都債発行・時限的な商品券等の給付による地域経済振興。
9. 都民や都内に通学する学生への一律奨学金免除。
10. インボイス廃止を国政に提言・特に中小零細企業の事務処理負担を軽減。
11. 濫用的な投資や無軌道な開発,オーバーツーリズム等に因る地価や宿泊施設の価格高騰を抑制。
12. 外国企業等による国土の売買規制に係るモデル条例の策定。
13. 都内の特に大企業の法人税の納税率を向上・財源構成の平等化。固定資産税の累進化。
14. 社会保障費用の逆進性緩和・累進課税の推進。
🌾 教育・学術
15. 公営学生寮の確保・増大。
※ 国際法を典拠に一定の自治権を認める
16. 大学院まで教育全面無償化+困窮世帯向けに塾代含め支援検討。
17. 専門学校等の整理統合・総合大学との連携強化・学生や職員の有益な流動化を促進。
18. 図書館民営化の見直し。知識アクセス・公共教育インフラの維持。
19. PTAの有償化や情報共有・可視化の促進。
20. 教育委員会の体質改善・責任体制の明確化。
21. 都立高校の入試改革の見直し・効果的な外国語教育に転換/無益な学習負担の軽減化。
※ どうでもいいけどほんとに外語やるならマッチング実践とかだわ
22. カルト校則の全面廃止・学生の学ぶ権利や表現の自由を守る。
23. 入学しない大学への入学金支払義務の免除・ルール撤廃を東京から実践。
24. 部活動の地域化・民営化等による教員の負担軽減を都から実践。
🌾 交通・公共施設
25. 練馬─中野─杉並─世田谷区や足立─台東─江戸川区を縦断する都営線路の開拓。
26. 東京都-近隣の港湾に集中投資・世界一の港湾大都市圏を構築。
27. 満員電車の終局的な解消・時差通勤の促進(主に企業向け)や代替手段の公的導入検討。
28. 離島との往復費用の低廉化・人材や投資交流の活発化。
※ 将来伊豆諸島は伊豆の国に, 小笠原諸島以南は小笠原国にする。
29. 16歳未満(中学生)に対しての交通インフラ料金を子供料金にする・25歳以下に対してユース料金の公共交通機関・各商業施設での導入。
🌾 防災・戦時体制を想定した防衛
30.���全国のあらゆる自然災害に対し救援・復興の為の物資や人員輸送が可能な体制の整備。
31. 都内のあらゆる公共設備の耐震化推進。
※ 災害をある程度前提とする伝統的な都市デザインの可能性も検討。
32. 核戦争を想定した核シェルター建設・地下経済圏の構築促進。
33. 災害リスクを見据えた都民や隣接県民(都内の勤労者)向けに食料等備蓄・予備的分配。
34. 官公庁・民間企業に対するサイバー攻撃の防衛体制整備。
35. 東京都の空を米軍から取り戻す・首都圏の集団安全保障体制を見直し。
36. 近隣諸国の紛争や破局的災害を想定した都民の命と経済を守る有事法制・モデル条例の策定。
37. 安全保障や軍需産業分野の研究開発支援・学界に蔓延る偏見の改善。
🌾 恋愛・婚姻等の共生生活・性的少数者支援
※ 現在はヘテロが社会の主体である事を公共に認め(右翼を安心させ), その余裕の下に性的少数者への配慮を行う政治指針を宣言化。
38. パートナーシップや相続法制等に係る性的少数者の権利保障モデル条例の策定。
※ パートナーシップに日本語の造語を与えることを目的に研究会を行う、反動保守国学者や左派リベラルの論客もネオ幕府体制の責任もとで幅広く招聘したい。
39. 専門家や当事者の意見を参考に高齢者向けの公的恋愛支援事業を実験的に開設。
40. 既存の公営マッチングアプリ・ブライダル支援等政策の見直しと再構築。
41. ユース(18-25歳を想定)以下に対してのマッチングアプリ補助制度。
🌾 医療・福祉・地域協同・家庭問題
42. 視力矯正器具や歯列矯正等への保険適用・車椅子や補聴器の価格低廉化。ゆくゆくは無償化。
※ 歯を生やせるようになればすぐ保険適用を検討
43. ひきこもり老人を訪問し地域を協同化・社会的包摂を目指す・若年層のアルバイトで高齢者を訪問しスマホ教室とネット普及・生活状況の実態調査。
44. 民間に甘んじた無料塾・こども食堂等の公営化。
※ 都から職員を派遣して実態調査し一定の基準で認可を行い、その場で謝礼。
※ その後恒久的に経済支援, 半官半民でネットワークをくみ人的支援を拡大
※ 定期的に児童虐待や裏社会の斡旋等の有無を潜入調査。😈
45. 実態調査のうえ, 都心や下町に関わらず包括的な訪問診療・介護サービス等を拡充。
46. 学校や社内研修に基礎的な救急救命の教育カリキュラムを導入・相互扶助の日本を再建。
47. 地域交流や文化活動を活性化すべく公立小中学校等の空きスペース活用促進。
48. 既にある公園に遊具を拡充・児童の自由と安全を保障。遊閑地の利活用推進。
※ クレーム処理等は我々ネオ幕府が請け負う。
49. 生活保護の取得要件緩和と生活再建・出口支援。給付付き税額控除の試験的導入。
50. 公共施設から迅速・全面・包括的にバリアフリーデザインを実装。
51. 乞食(路上生活者・野宿者・炎上するだろうがこの言葉を使う,いささかの差別的感情を含まない)の住宅支援事業における不合理待遇(いわゆる「タコ部屋」等)の撤廃。
52. 「禁煙」でなく「分煙」。公共喫煙所の増設と依存症支援拡充。
53. 「帰宅困難家庭」の児童のシェルター確保・拡充。
54. 親の孤立防止。財政的支援やシッター利用・保育所等インフラの拡充。
55. 麻酔科医の待遇改善・拡充による無痛分娩・不妊治療等の普及・無償化を都から実践。
56. ヤングケアラーの実態調査・迅速な支援拡充。
57. 一定期間の債務等支払義務の凍結や世間からの隔絶を許容する「隠遁」制度の試験的導入による自殺予防。
58. 共同親権制度移行後の離婚親や子の権利保証に向けたモデル条例案の策定。
59. 犯罪被害者や遺族の情報秘匿や生活再建支援事業の拡充を都から実践。
🌾 環境・公共衛生・都市デザイン
60. 『江戸東京オシャレ特区』構想・ドレスコードの厳格なサービス業種の方でも自分らしい服装等の表現を保障。
61. 炭素繊維等による東京湾浄化・老若男女が利用可能な東京湾に。
※ 一〇年単位の長期計画で研究会に予算をつけて水質浄化に関わる各方面の専門家と企業に助成を。
62. タクシーや通勤通学バスや訪問介護車両や都内を往来する長距離トラック等に向けた電気自動車等の導入支援。
63. 道路にゴミ箱を増設し収集作業も増員・雇用創出。
※ 『乞食』の方々向けに最低でも3日に1度は湯船に疲れる水準の支援体制を迅速に構築。
64. 都内の樹林伐採ストップ・地域経済や文化に無益な再開発の見直し。国土を守る。
65. 引越しや住宅確保等に係る費用分担による近隣県への移住サポート。
※ 漸次地方都市にも移住サポートしたい・全国化したときに地域を蘇らせる。
66. 主に大企業の都外への本社機能移転・人口とリスク分散を段階的に進める。
67. 排除アート・「座らせないベンチ」の全面撤去。小憩できる都市デザインの再建。
68. ユース(12-25最程度を想定)以下に対して公営美術館・芸術施設の入場料無料化。
69. 路上表現・アーティスト等に向けた道路使用許可申請等手続きの簡素化・拡充
70. 官民連携で路上ライブ・イベント等を充実させ,『解放区』の乱立。
🌾 動植物
71. 動物殺処分0の次は都から始める愛玩動物の生体販売全面禁止。
※ ペットショップの店員かわいそうだから動物病院とか生物学研究所に転職もさせてあげて。そのために予算つけよう。
※ 日本固有種の生物種は緩和したさがある,というかその系統を維持するための研究会や国家機関創設を提唱したい。
72. 特定外来種や有毒の微生物等の実態調査・飼育手段の包括的なデータベースを策定し公開。
73. 生物学系の人材活用・医療分野との連携を強化。
74. 孤立対策に動植物との共生を促進・AI利活用で安全・安定的な飼育体制を提供。
🌾 宇宙開発
75. 軌道エレベーターや公共/民間通信衛星等を想定した宇宙産業への公共投資。
※ 東京から日本〜東南アジアをまたぐ測天衛星網(GPS)を提唱
76. 核融合発電技術への積極的公共投資。
※ 戦時を想定した燃料備蓄
🌾 食糧自給・安全保障
77. 家庭菜園や地域農産・地産地消の促進。
78. 種苗法改正の見直し・食文化の保全。
※ 戦時を想定した食料備蓄
79. 酒税法の見直し・どぶろく文化を再興。
80. 生レバーやユッケ等の規制緩和。
81. 依存症対策や飲酒強制の予防規制を条件に, 飲酒解禁を18歳に引き下げ。
🌾 労働市場制度
82. 新卒一括採用の見直し・企業や経済団体等への協力要請。
83. 官公庁や民間企業の採用基準にポスドク枠拡充。
84. 生涯学習・リカレント教育普及に向けた労働市場改革。職業訓練給付や実施企業への支援等の拡充。
85. 様々な産業分野の企業に対して有給や育休利用の促進。
🌾 汚職・職権乱用の防止
86. 地方議会における縁故的な役職(選管等)の選定過程・給与等の見直し・再編と代替的職務の用意。
87. 刑事収容施設や入管施設内での侮辱や虐待や差別的待遇の実態調査・迅速な改善。
88. 市民オンブズマン制度の創設・拡充による第三者目線の地方議会の監査強化。
89. NPO法人設立や生活保護申請・政治団体含む会計監査の厳格化・責任体制の明確化。
🌾 表現・報道の自由
90. 小池都知事が実施していた様な一部のマスコミやジャーナリスト等の排除に反対・報道と表現の自由を守る。
91. 『表現の自由』の前提として,エンタメ・出版・コンテンツ業界に投資拡充・且つアーティストの食い扶持と表現の場を守り,層の厚さを維持。
92. NHKの過剰な集金を規制・困窮世帯の債務免除・公共の利益となる基礎的なコンテンツは保障するが国民の無償・平等な『知る権利』に配慮。
🌾 スポーツ
93. 『マイナースポーツに光を』・Eスポーツ含む多様な体育会系コンテンツにも積極的に投資。
94. 身体に障害を有する方々が主役であるパラスポーツ分野に投資拡充・宣伝を強化。
🌾 その他
95. 小池都知事の財政調整基金の使途・費用対効果について徹底的に監査。
96. 小池都知事や森本首相も関わる東京オリンピックに関する利権構造や裏金・役員の不審死・作業員の過労死等の真実究明。
97. コロナ禍におけるエンタメ産業や一部の飲食業界・性産業等への差別的待遇の見直し・適切で平等な補償体制の確約。
98. コロナ禍における緊急事態宣言の手続的正当性・費用対効果を徹底再調査。
99. お気持ちベースの『自粛要請』では無く必要な法整備・責任体制を明確化。
100. 多様な業種の方々に配慮し投票所を26時まで開放・且つ開票日を平日にスライドし行政コストを軽減。
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「ムーンナイトの裏側」を観た感想
※これはうまく纏まらないので、ツイートをほぼそのまま箇条書きで移します。
・マイノリティのレプリゼンテーション、メンタルヘルス、エジプトに纏わる考証/監修。それらの重要性について、じっくり時間を割いて、繰り返し様々な関係者が語る姿。すごくよかった。
・アーサーハロウという悪役の魅力と深みを語る上で、彼の思想は悪であること。そして、物語の核になる“赦し”について。
メイキングでも、はっきり言及されていること、安心する
・「レイラは男の添え物ではない」という言葉、からの彼女の感情/弱さについての言及も。
レイラというキャラクターを、都合のいい「強い女」にはしない、かつ癒し要員として安易に消費しない……という姿勢を改めて感じる。嬉しい。
・しかし、今回のムーンナイトのメイキング。
監督のモハメド・ディアブが繰り返し言及している……パートナーであり共同プロデューサーのサラ・ゴーヘルの言葉/対談とかも、がっつり見たかった聞きたかった………そこは残念だ
・あと、メイキング(アッセンブル)においても……3人目のジェイクは“ネタバレ”的な伏せ方(次回作がはっきり決まってないことも要因かな?)で終わってしまったこと。
製作陣のインタビューのように、解離性同一症(DID)のステレオタイプ描写についての言及や問題共有が……メイキング上ではされなかったことについても、残念だ
・ムーンナイトは傷(トラウマ)と向き合う話であるということ。そして「赦し」の話であるということ。改めて、メイキング観て、とても好きだなあと再確認した。
・コミックからの、3人に砕かれるコンスの描写が入ってたこと。
コンスという「支配者」「父」「神」からの卒業と反逆の物語が主題な続編を観てみたいし、そこにステレオタイプに寄らないジェイクの物語を見出したいので、めちゃくちゃ期待してしまう
・「コンスもマークの別側面かも?病棟こそ現実だった?」などの言及は……原作コミック内の一部描写への目配せと、「続編決まってない&現状MCU本流からは離れた作品」であるからこその可能性への言及なんだろうけど。
その設定も持ってこられたら、ドラマ/MCU版も批判的に観なきゃいけなくなるな、とは思っている。
別のインタビューでは「マーク達が気付いてないジェイクの家族/子どもがいるかも」という……コミックを踏まえた可能性の話なんかも、関係者が冗談混じりに言及しているみたいなので(ドラマ独自の設定から更にそれをやるのは、DIDに纏わる描写/こどもに纏わる描写を扇情的に消費する傾向が強まると思う、ので危ういなと思っている)
あれらはあくまで、ひとつの視点の共有であり、可能性の楽しみであり、コミックファンへの目配せじみた言及である……と思いたい
・先代のコンスの化身であるハロウの存在、レイラ含めた化身達の……圧倒的存在感によって「エジプト神話の神に見出されたという“妄想”に取り憑かれた“異常”な男」というコミック描写からは切り離されている。
その視点とその残酷さは、ドゥアトの病棟描写が引き受けた上で、(若干の曖昧さを残してはいるが)否定している……所が好きなんだよな。MCU版ムーンナイト。
・歴代の化身含めて、コンスは化身が持つ“怒り”に依存する/その拳に理由を与えるが故の“支配者”であり“父を名乗る者”であり“抑圧者”であり……という方向性であって欲しいな。MCU版におけるコンスとマークの“怒り”について。
・上で書いたことについてもう少し書くと、
「コンスを解離性同一症の憑依型側面としてもし扱うなら、レイラやハロウや他の化身達は?ヒーローのレプリゼンテーションの意味は?」となるし、
実在の精神疾患を題材にしながら「夢か現実かは鑑賞者次第」みたいな逃げ/放棄が、この作品でも繰り返されるのか?という。
(若干、鑑賞者の解釈に委ねているような曖昧さはあれども)↑のような放棄で終わらなかった、そのようにはならなかったことが、自分がMCU版ムーンナイトの好きなところなので。
あくまで作品内の一要素として、冥府ドゥアトの中にある可能性?/来世?/影?のひとつという提示のされ方で、あの病棟が出てきたこと。そこが安心したし、好きだなあと……ドラマ版ムーンナイト。
・病棟描写も、病院そのものを貶めない慎重なバランスで描かれていると思う。
アーサー・ハロウが医師として配置されていることで、彼の掲げる「矯正/統合/剪定」の暴力性が垣間見え……かつ最後はそこから抜け出すマークとスティーヴンが「世界の中、社会の中で生きる、共に在ることを選ぶ」というのが、大好きですね。MCUムーンナイト。
・以下は、メイキング鑑賞当時には書いていないことだけど。↑と絡めて書いておきたい(後ほど、個別で記事にしたいとも思う)
精神科の人口あたりの病床数が世界1位であり、世界中の精神病床の5分の1を日本がしめている事実。恣意的な拘禁拘束/強制入院/虐待や暴力が放置され繰り返され……それが“国策”として、政権の利権も関わり、延々と行われている国であるということ。世界の関連機関や国連人権理事会などから、何十年も是正/改善を要求/勧告されながら、デタラメな回答を繰り返し逃げ続けている最悪な国であるということ。
自分の経験含めて。日本という国からこの作品を消費していることを忘れてはいけない/そういった現実から切り離してこの作品を消費したくはないと、強く思うし。
病棟の拘束描写をエモいものとして扱ったり、“健全/統合”なるものを絶対視/当然とするような読み/エモい結末とするような消費とも、自分は距離を置きたい。
(Twitterに2022年6月に書いた感想の一部。抜粋/少し書き足したり整えたりしてまとめたもの。後から更に書き足したり他記事と繋げたりするかもです)
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Twitter上の感想ツイートまとめは↓
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【中秋の名月ガイド 2023】見え方を徹底解説!月の幻想から星々の歓喜まで天空のスペクタクルに備えよう!
1年で最も美しく見える、最も有名な月「中秋の名月」の魅惑的な夜空を解き明かす、天空の旅に参加しませんか?
2023年、月齢14歳の中秋の名月は、3年連続で満月の年。この月の美しさは今年最も輝きを増し、日の出から日没まで素晴らしい夜を演出します!
中秋の名月はいつ?次の満月はいつ?🌝 この特集では、月に関するあらゆる疑問を解説します。
ጌ 月の錯視、ペガスス四辺形、秋の一等星「フォーマルハウト」、夏の大三角、昴でお馴染みのプレアデス星団など、魅力的な星々を目撃したり、アメリカの民間伝承では「収穫の月」「コーンムーン」とも呼ばれる満月。日本では、サトイモの文化における芋名月の意味や、月と文化のつながりを理解できます。
🌟月が真南で最も高く昇った後、星々の祭典がパレードが催されます!水の結晶のきらめきによって形成される冬のダイヤモンドの興味深い起源を明らかにするかもしれません。🌄さらに日の出まで星空を旅しながら、夜明け前の一番明るい星、明けの明星の「金星」を見つけるのをお忘れなく。
▼金星 徹底検証はこちらから:3年ぶり見事な明けの明星の洞察!
動き・見え方の全行程を明らかに!(2023年後半 令和5年)
https://youtu.be/wFu3lR5_szI
そして、来月10月27日の十三夜には「後の月」と呼ばれる日本独特の習慣もこっそり覗いてみましょう。2023年の満月による中秋の名月の夜空を余すことなく楽しむため、その神秘に迫ります。
役立てていただければ幸いです。
📝目次📝
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0:00 中秋の名月はいつ?
1:10 次に満月と重なる年はいつ?
2:00 西の日の入りの様子
2:54 東の日の入りの様子
3:18 月の錯覚現象
3:40 3つの薄明
4:29 天頂の夏の大三角
5:00 満月による中秋の名月
6:20 芋名月収穫祭
7:10 夜おそくの星空
8:35 プレアデス星団
9:10 月の南中時刻
10:11 東の明け方の夜空
10:35 冬のダイヤモンドの由来の謎
11:56 明けの明星金星
12:27 日の出までの星空
13:00 太陽が昇る
13:21 十三夜の予告
▼過去の中秋の名月はこちらから▼
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【2021年】中秋の名月 2021年 9月21日
https://youtu.be/vThIp6DWnm8
【2022年】中秋の名月 2022年 9月10日
https://youtu.be/SVRhAA92o8k
どうぞ、最後までお楽しみください。
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・はじめての天体撮影 So-TEN-Ken WEB版 | ビクセン Vixen
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会社を辞めた理由
2023年7月末、10年以上勤めた会社を退職した。
8月上旬から中旬は、去年の引っ越し後に手つかずになっていた段ボールの開梱と断捨離をしていた。必然的に段ボールの中の本も断捨離することになり、古書店に60冊ぐらい売った。
そして8月下旬から、短期留学でハワイに来ている。
語学学校に通いつつ、空き時間には観光もして、これまでの疲れを癒しつつ今後に向けてエネルギーをチャージしている。
(とは言っても最初の一週間は宿や学校などの不慣れな環境に馴染むことで手一杯だった……今週はもう少し穏やかに過ごさせてくれ……!)
会社には、退職の理由を、健康診断で視力が大幅に低下してしまい、翻訳チェックの仕事をずっとやるビジョンが描けないので……と説明した。視力は本当に下がっていたので、嘘ではない。
でも、実際にはもっと別の理由がある。上司に言って解消されるような内容ではないので、会社の人には言っていない。
ハワイ生活が軌道に乗り始め、ブログを書く余裕が出てきた今のタイミングで、会社を辞めた本当の理由をちゃんと振り返りたい。
本当の退職の理由は、以下の4つだ。
1) 「社員と非正規雇用」という歪な関係に疲れた
2) 自分に合った仕事を探す意欲が高まった
3) 経営陣が価値観をアップデートできていないことが辛くなってきた
4) 「父に認められなければ」というプレッシャーがなくなった
「社員と非正規雇用」という歪な関係に疲れた
3年前、部署異動することになった。配属先は女性だけの部署で、7人のうち社員は私を入れて2人、他5人はすべて非正規雇用(派遣か業務委託)だった。
私に割り振られた仕事は、その職場で2年以上働いているベテランの派遣さんが担当していた。私は社員として入社していたので立場としては派遣の人より上だが、その部署での経験という点では後輩という立ち位置だった。
ベテランの派遣さんは、ものすごく仕事のできる人だった。ミスをなくすという目標への執着が桁違いだった。これまでずっと英語関係の仕事をやってきたが、このレベルでミスを潰せる人に出会うのは7年に1度レベルだった。私たちが担当していた技術系の翻訳チェックをするには最適の人財だったと思う。
最初のうちは、自分だって英語を人一倍学んできたのだから、チェック作業のフローになれればそれなりのレベルでチェックできるようになるだろうと思って頑張った。実際に、チェックの精度は徐々に上がった。でも、ある程度の期間その仕事をする中で、努力ではカバーしきれない適正上の問題に直面せざるを得なくなった。
多分私は、仕事のどこかにクリエイティブな要素がないと楽しめない。正確さを追求するより、面白さとか独自の工夫を考える方が向いている(この部署に来て分かったことではあるけど)。チェックの仕事をしながら、「私よりこの作業に向いてる人がいるんだろうな」という気持ちになることが多々あった。
そして、ベテランの派遣の人は、ミスなく正確にタスクをこなすことを楽しいと思えるタイプなのではないかと思う。逆に面白さや独自性を求められると、この手の人はどうしていいか分からなくなる。
ベテランの派遣さん以外にも、こういう人が職場に数人いた。
でも、立場的には社員である私の方が権限を持っている。そのまま偉くなれば、私は非正規の人たちに指示を出すポジションに就く。私の方が経験も浅く、仕事ができなかったとしても。
そもそも、非正規雇用というシステムが非人道的すぎる。
非正規で働く人には有給が与えられず、給料を減らされたくない人は体調が悪くても無理して出社せざるを得なくなる。いつ契約が切られるか分からないので、ローンを組んで家や土地や車などの大きな買い物をすることも難しい。結婚して子供を持つことを諦める人もいる。正社員と同じくフルタイムで働いても、こういう状況にある人は多い。
仕事のできる派遣の人が隣の席にいる環境でずっと働いていると、この問題について嫌でも考えてしまい、仕事そのものとは別の疲労感に襲われる。
そして、どんな事情があったのか分からないが、そのベテランの派遣さんは月に半日程度しか休みを取らなかった。私は月に1.5~2日ぐらい休みたいと思っていたが、派遣さんより上の立場の人間が派遣さんより休むというのはかなり気が引けるため、気軽に休むこともできない。消化できない(そして今後も消化できる見込みのない)有給が、どんどん溜まってゆく。
このまま偉くなったらもっとしんどくなることが目に見えていたので、メンタルを病んだりする前に退職しようと決めた。
自分に合った仕事を探す意欲が高まった
2021年、私の書いた小説が、三田文學新人賞の佳作を受賞した。
小説は8年ぐらい書いていて、過去に色々な新人賞に3回出したものの結果が出ず、才能ないのかなー時間の無駄なのかなーと思いながらも気が向いた時に書くことを続けていた。
初めて賞を貰い、自分の作品が広く読まれたり、文学を生業にしている人からコメントをいただいたりしたことで、やっぱり私はクリエイティブな活動に向いている!と確信できた。
この経験を経て、文化・芸術方面の業界で英語を使う仕事を探そう、という気持ちが固まった。
私は文学や美術を専攻しておらず(専攻は経営・会計学)、その分野の職歴もないが、履歴書に「三田文學新人賞佳作」と書ければ、その手の求人にも応募しやすくなる。そして、親や周囲の人にも説明しやすい。
経営陣が価値観をアップデートできていないことが辛くなってきた
2017年に、反女性差別のキャンペーン「#MeToo」が世界中にインパクトを与え、フェミニズムやセクシュアリティ研究など旧来の家父長制を問い直す学問への関心が高まった。日本でも、昔は大型書店の奥の棚に数冊あるだけだったフェミニズムやセクシュアリティ関連の本が、#MeToo後には大型・小型書店の平台に並ぶようになり、少なくとも東京では空気が変わったのを感じる。
こうした変化に伴って私の意識も変わり、自分の職場にある理不尽な出来事や慣習が気になり始めた。
私の周りで、育児休暇や子育て目的の時短勤務をしている女性を沢山見た。
でも、勤め先にそういう男性は一人もいない。課長などの役職に就いている人が率先して育休や時短を活用すれば部下たちも同じことをしやすくなるのに、誰もやらない。
また、セクシュアルマイノリティへの想像力を欠いた制度にも違和感を覚えるようになった。
私がいた会社では、社員が結婚すると共済会から祝い金が出る。
でも、ゲイやレズビアンの社員が人生を共にするパートナーを見つけた場合については、何も書かれていない。社員数が1,000人を超えている会社なので、ゲイやレズビアンがいてもおかしくないのに。
最近は、同性カップルが結婚できないことで直面する困りごとについて、様々なメディアで報じられている。自治体によっては、婚姻関係に準ずるものとしてパートナーシップ制度を導入しているし、同性婚を合法化すべきという声も強まっている。
しかし、それでも、共済会のルールは変わっていない。同性パートナーシップの届けを自治体に出したと報告した社員には、結婚した社員と同額の祝い金を渡すなどのルールが加わる気配はなかった。
経営陣は、ドローンやAIなどのビジネスのトレンドについては、プロジェクトチームや勉強会を立ち上げて追いかけようとする。
一応、女性の働きやすさを促進する試みも行われてはいる(男性の育休取得増は達成できていないものの)。
それなのに、セクシュアルマイノリティをめぐる問題については、一切アクションを起こさない。何で?
私が定年まで辞めずに働くとしたら、あと20年この会社にいることになる。
経営陣を信頼できない状態で、20年も働き続けられる気がしなかった。
「父に認められなければ」というプレッシャーがなくなった
2020年下旬、父が亡くなった。
私は一人っ子なので、葬儀の準備や役所での手続き、遺品の整理などを、母と分担して進めた。父が亡くなった時点では私は一人暮らしをしていたが、母が実家の一軒家を売ってマンションに越すと言うので、私も同居することにした。
昨年の4月、一人暮らしのアパートから広いマンションに引っ越した。
荷造りを仕事と並行してやらなければならず、ずっと忙しかった。
転居から3ヶ月ほど経って、ようやく生活が落ち着いてきた。昔より広くなった部屋で、自分にとって父とは何だったのかをゆっくり振り返れるようになった。
父がいなくなって、これまでの私は、「父に否定されたくない」「父にいっぱしの人間として尊重してもらえるような生き方をしなければ」という気持ちで、人生の様々な決断を下してきたことに気付いた。
前の勤め先で、仕事が今一つ楽しめなくても10年以上働けたのは、父に対する意地があったからだ。
「私はそれなりの会社で真面目に働いて、高給とは言えなくてもそれなりの額を稼ぎ、一人暮らしできるぐらいの経済力がある。だから、私の人生に対して口出しはさせない」という意識が、私を支えていた。私の着るものや細かい行動に気が向いたタイミングで難癖をつけ、「俺はお前より優位に立っているんだ」と定期的に示したがる父に対抗するためには、安定した仕事や経済的自立という拠り所がどうしても必要だった。
しかし、父の干渉を阻止して自由に生きるためにとった行動が、新たな不自由を生むことになった。
本当はもっと自分に合った仕事があるような気がしても、やりたいこと基準で転職して今より給料が下がれば、父は必ず文句をつけてくるだろう。そうなるくらいなら現状維持でいいや。そんな思考から、私は違和感を抱えながらも転職を決断できなくなった。
仕事だけではなく、父に何か言われるのが煩わしいという理由で、実家に帰る時に文句をつけられない服装を心掛けたりもした。何故そこまでしてやらなければならなかったのか? 思い返すと悔しい。
父がこの世からいなくなったことで、ずっと私を縛っていたものが失われた。
しがらみから解き放たれて人生を振り返り、私が無意識のうちに自分に課してきたものの大きさを思い知った。
人生の選択を自分の意思で下してきたと思っていたけれど、実際は仕事という人生の大きな要素を自分の純粋な欲求で決めていなかった。こうして言葉にしてみると情けない話だが、事実なので仕方ない。
だから、会社を辞めて短期留学をすることは、自分の人生を取り戻すための儀式でもある。
これからは自分に関する重要なことは自分で決め、それによって生じた失敗も自分で引き受ける。
何かあるたびに他人や環境のせいにして嘆くような、自分の人生を「生きさせられている」みたいな状態を、この辺りで終わらせたい。
今後について
今、この文章をホノルルの家具付きマンションで書いている。
会社や仕事に対する責任から解き放たれ、しがらみのない土地で過ごすという、前例のない体験をしている。
語学学校の授業は難しいところもあるが、落第が危ぶまれるほど深刻ではないので、まあ何とかなるでしょう。
短期留学を終えて帰国したら、1年ほど学生をやる予定だ。
1年間で学芸員過程や諸々の資格を取り、その後に転職活動をする。
ここまで文章を読んで、「こいつ30代後半なのにまだ『自分探し』やってんの?」みたいな感想を抱いた人もいるだろう。
確かに日本社会では、この年代の人間は結婚して家庭を持って子育てをしているのが望ましいとされている。
でも、私としては「たまたまこのタイミングだったので仕方ないんです」としか言えない。傍から見たら不可解かもしれないが、自分の人生を取り戻すためにどうしても必要なことだから、今やらざるを得ない。
そして、パートナーや子供がいないタイミングで人生を見直せてよかったとも思う。例えばローンを組んで家を買った後だったりしたら、その家に住んでいる人全員が私の自分探しに巻き込まれることになって、さらに大変になるだろう。
(もちろん、パートナーや子供ができた後に生き方を変える必要が出てくる人もいるとは思う。そういう人が別の可能性に挑戦するのが悪だとは思わないが、相手のキャリアが変わる前提で一緒になったわけではないパートナーや子供が納得しなかった場合、家庭という一つの拠り所が失われることも覚悟しなければならないわけで、今の私以上にリスクを負うことになる気がする。)
あと、私の母が老後の資金を確保できていることにも感謝しかない。私が母を養う必要があったら、1年働かずに勉強することはできなかった。ありがとうございます。
書くべきことを書ききったので、これからの1年を有意義に過ごすという決意とともに、この記事を終わりにしたい。
まずは語学学校を修了すべく、目の前の課題をしっかりこなす。
そして、ホノルルで過ごす人生の夏休みを、全力で楽しむ!
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2023/5/8〜
5月8日
連休明けの大雨なんてだめ!
寒さで体の力がするすると抜け落ちてしまう。
いつも甘えさせてくれる、尊敬すべき友人のお誕生日だった。
明日は、おととい奈良で会った友人のお誕生日らしい。
もっと早く2人の誕生日に気付いていたかった。
奈良で何かプレゼントにお土産を買っていたかったし、なかなか遠方で会えないのに直接会ってお祝いをしていたかった…!
この連休に金沢の実家に帰省されてた方から、かわむらの甘納豆をいただく。なんて!素晴らしいお土産!「県民しか知らないお土産です」と言って渡してくれて「知ってます…!」と受け取った。
育休中だった上司が復帰していて、奥さんの入院中の病院食(良い旅館の夕ご飯みたい)と、アメリカで出産したお姉さんの入院中の病院食(3種類の液体と赤いゼリー)の写真を見せてくれた。
アメリカでは出産は病気ではないので、とりあえず栄養さえ取れればなんでも良い、という感じらしい。
連休明けで割と人見知りして過ごした一日だった。
5月9日
やることがたくさんあって充実しているのに、泣きたくなる瞬間が多くて、それは明らかに新しい職場の環境が、新しい上司についていきたいけどもう無理かも、な気持ちがそうさせている。
誘われ笑いをする元気はなくなっていて、元気だな〜モードになっている。
頑張りたいけど頑張れなくて帰り道も泣いていた。
頑張りたいのは仕事ではなくて、今の新しい上司に嫌われたく無い、変に思われたく無い、というベクトルの頑張りたい、だから。それが誰も求めてない虚しいことだってわかっているから惨めな気持ちになって泣いている。
大学時代の後輩の一人も昨日お誕生日だったらしく、とっても頼もしく嬉しくなる投稿をInstagramで見つける。思わずメッセージ送り、スクリーンショットを撮ってひとまず今日の待ち受けにしてみた。
そう言えば最近、日記に個人名を書くようになった。
お昼休みにクリーニングに出した仕事着を受け取りに行った。
今回限りの利用になるだろうクリーニング屋さんは、洋服を持ち込む時にサイコロを振って出た目でポイントがつく。
洋服を受け取る時に棒のくじ引きをしてポイントが加算される。
今日はカウンター内に穴の空いた看板が立っていて、ボールが穴を通れば割引キャンペーンが追加。
たくさん勝手の異なるキャンペーンがあるのに受付の方は淡々とこなしていた。
午後はずっと立ちっぱなし動きっぱなしでそれもあって悲しくてへとへと。
そしてなんと明日は東京出張で、こんなことってある?と絶望している!
残り二つの奈良土産のどら焼きをあげたい相手なんていなくて、もう日持ちもあまりしないので、明日会えるかもしれない友人に脈絡なく渡しちゃおうかと思う。
目黒区庁舎の見学ツアーの抽選は、どうやら外れてしまっていたみたい。
5月10日
やっぱり私のお部屋のバルコニーでなくとも、どこか近くで毎朝鳩が鳴いている。つらい。
少しだけ遅く起きて出張。
出張先の何も無い駅から現場までの道に、屋上にバラ園があるような少し鬱蒼とした雰囲気の豪邸がある。剪定した何かの木の枝先にアルミホイルを巻き付けてあるのを見ながら、いつも写真を撮りたいな〜と思いながら通り過ぎる。
午前中でお仕事を終えて、午後はお休みを取っていた。
こんなに気持ちがだめになっているとは思っていなかったけれど、先週の私、大正解!
この出張先の近くの高校で国語の先生をしている高校の同級生と4年ぶりに会った。
何も無い町なので国道沿いのデニーズで待ち合わせをした。
彼女は4年前から同じ高校の定時制で異動なく先生をしていて、4年前に会った時は、配属されたばかりの定時制の高校の環境にとてもショックを受けていたように見えていた。今日はとてもはつらつとして、やっぱり仕事が生活のほとんどで趣味のようだ、と言っていて、少し安心。
定時制の生活は、朝ごはんを食べて、お昼過ぎに出勤して、学校の給食で夕ご飯を食べて、4時間授業をして、日付が変わる頃に帰宅するとのこと。
今日のデニーズではおやつにメロンパフェを食べていた。
お互いにそこまで変わったことはなく、1時間ほどの再開だったけれど、満足な時間を過ごせた。
またこんな感じで会おうね、と別れ、元気が残っていたので、というか元気になってしまったのでダムタイプのリベンジをした!
東京駅ひとが少ない…!と思ってしまう。
アーティゾン美術館は平日なのにかなり混雑していた。
ダムタイプの展示も会期末だからか平日だけれど人が多かったので、今日行くことができて良かった。
さっきまで日差しの元で何かが解体されている現場に立っていたのに、東京の綺麗な美術館で環境音と光が演出される暗い涼しい部屋にいることが嬉しすぎる。展示会場で彷徨ってふらふらして贅沢な時間だと思ってしまった。
アーティゾン美術館は学生さんは無料らしく羨ましい。これを贅沢とか思わずに、ふ〜んなるほどわからんね、みたいに体験していたいよね。
奈良のお土産のどらやきをやっと渡しきれて良かった。
早めに帰宅して、今日は療養に努めます。
5月11日
日差しに当たり過ぎたからか昨晩はおかしな食欲で食べ過ぎてしまい、気持ち悪い夜明けに緊急地震速報が重なって最悪な朝だった。
川向こうとこちら側の防災無線が入り混じって物騒な雰囲気の中、鳥が喚いていて、Twitterでちーちゃんが呟いているのを見つけて少し安心する。
昨日、ちーちゃんのホームページを見つけて、とっても良くて、ちーちゃんが今写真をやっていて辛く無いといいな、写真の活動を続けて、これからも写真を見せて欲しいな、と思ったところだった。
それから少し眠って、変な夢を見て疲れて、明日は通院予定で体重を計らなくてはいけないのに食べすぎたことをくよくよしながら家を出た。
食べ過ぎておけば入院しないで済むのに、それでも体重が増えていることを体感して悲しくなってしまう。
地震の恐怖から誰かと連絡をとっていたくなり、昨日出張先で不意に見つけた藤本壮介の東京アパートメントのこと、もうすぐ産休に入る友人に出産前に遊びたいこと、平日休みに銀行に行かないといけないこと、ホームページが素敵だったこと、など、方々のお友達にメッセージを送ってしまう。とても、とても怖かった。
朝の地震の恐怖のストレスと、昨日の出張と、いろんな疲れが溜まっていてとても身体がもたなかったので、昨晩食べ過ぎていたけれどコンビニでわたぱちのチョコレートを買って少しだけ食べた。
驚くほど気力が回復してなんだか元気っぽく過ごせてしまった。今はただ明日の通院がどちらに転んでも恐怖でしかなくてもやもやしている。
5月12日
職場の方と話していて、不意な流れで自分の身体のことと病気のことをカミングアウトしてみた。
母よりも若いお母さんの職員さんでいつも素敵な方で、更年期の話の流れから、私は7,8年ほど月経がなく、食事に少し不安がある中で、今日の午後は通院のため半休をとっている話をしてみた。
「かわいくて何でもそつなくこなせる優秀なお嬢さんでも、そう見えても、色々抱えちゃうことってあるんだね」と言ってくれた。
病院の近くにヴィーガン焼き菓子とコーヒーのお店があると知り、通院の前に寄ってみる。京都弁?のなまりのある可愛い店員さんに「髪サラサラですね〜」と言ってもらう。
キャロットケーキを食べたかったけれど、持ち歩きが難しいとのことで、オーツクッキーと抹茶のマフィンを買ってみた。
大学病院の敷地に入ると明日が文化祭なのか、お松の準備で賑わっていた。みんなでテントを立てたり委員会の人がハッピを着ていたり、なんか楽しそうで通院前の憂鬱が少しだけ落ち着く。
体重は微増。入院は凌げて、次回以降も落としたら入院という制限付きで活動許可をもらう。
なんだこれ。
先生から仕事以外の活動や趣味はあるか?と訊かれたので、写真のことや展示をしようとしていることをお話しした。もしかしたらこの病気と写真作品制作が紐づいているのかも、ということも伝えてみた。
先生もそれを感じていたようで「ちょっとなんと言って良いかわからないな…」と困っていた。
最近食べ過ぎていたのもあって、それでも意外と増えていなかった体重に少し安心して、また今日から色々気にしながらご飯を食べていきます。
夏の予定をさらに詰めようと大阪のホテルも予約。
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(昔の日記です、お気に入りの文章教えてくれたらモチベになります……)
日記
その日は朝からジョギングをした。いつも昼過ぎぐらいに起きていたから、朝8時の街のざわめきがあんなにも違和感なく受け入れられていることに驚いた。結局少し走っただけでくたくたになってしまった。川を眺めながら、ゆっくり、ゆっくり歩いて帰る。鈍色の川だった。1週間に1回くらい、いままで生きたすべての生きものの屍が、地を踏む私の足裏のずっと奥底にしずんでいることを思い出して、不思議な気持ちになる。恐竜もそう、目に見えない小さな微生物も灰ほどの大きさになって光景の一部にちゃんと溶けている。そのことに深く安心して、わたしは好きな人たちのことをちゃんと思い浮かべられる。調べたら、紀元前5万年前から今までに誕生した人間を合わせると、1082億人もいるらしい。1082億人もの人間たちが流した血を、蓄えた知恵を、つないでいった命のことを考える。丘丘を越える風や、夜と花との匂いに触れると、結局いつもそんな想いに辿り着く。昼からは医療脱毛の予約が入っていた。ほぼ素っ裸になって赤い水性ペンで体のあちこちに線を引かれて、ぱちぱちした熱くて痛い光に耐える。わたしの褐色の身体だっていつかあの、深いところにある脆い、目に見えない、灰になってしまうのになあ。電車に揺られながら、ゴミ溜めに差す光を見つめていた。小説の中の、「眼を傷つけるほど鮮明に」という表現を気に入ったので、メモに残す。細い雲が花嫁の白いヴェールのように空に広がっている。なんだか浮かれていた。アルバイト先で出勤打刻を入力して、都合よくふたりきりになった同期の男の子に思っていることをべらべらしゃべってしまった。なんかもう誰に何を思われるとか誰かと何かをくらべるとかそういう事柄に鈍くなっている。バイト前に控え室に入るといっつもからだをじろじろみてくるあの人、ふと見たら私の足を見つめてて、それ以来マジで無理になっちゃった。なんかたまたま目に入る情報の引きのわるさに自分でもびっくりしちゃうの。街歩いてたらちょうどだれかが小便してたり、ちょうどネズミが裏路地からでてきたり、恋人と上手くいってない時にインスタを覗けばちょうどだれかの記念日だったり、そういうの。でもこのあいだ西加奈子の白いしるしっていう本を読んだんだけど、富士山に関係している話で、それでたまたまわたしも来月山梨に行くの。こういう「ちょっとラッキー」みたいな軽くてふわふわした柔らかな偶然が、積み上げられたいやーな記憶を許してくれる。こんなことを永遠に喋っていて、性格が悪いと思われるかもと不安だったけど、その人の方がわたしよりも5億倍くらい性格が悪かったので、あとはふたりでお偉い人が休憩から戻ってくるまでげらげら笑った。その夜はなんだかお酒でも飲みたかった。それで全て忘れ去るのは惜しいけれど。読まなきゃいけない本よりも読みたい本を読もう。学ばなきゃいけないことよりも、からっぽにみえる毎日のしずけさに意味を見出したい。恋人に別れを告げたのは自分なのに、会ったら触りたくなっちゃった。そういうこともあるよねー
無題
この人でいい、じゃなくて、「この人がいい」という感覚と大事にしていきたいと思う。4連勤目、ありがとうの一言も言えない禿げたひとたちにへらへら愛想を振りまく。やさしさに見返りを求めてはいけないなんてほんとうに馬鹿げている。わたしは自分に見合う対価をいつだって求めてるし、それを与えることこそが相手への敬意を表明する最適な手段だとずっと信じている。なんかもう無理、みんなキモイ。足裏も首も肩も痛い。インターネットばかり眺めていたら、夕陽の映る海も連なる山々も消費するものの1つに思えてきて、相当心が疲れているんだなあと自負する。色欲も皆無で、今ならどんなイケメンであろうと抱かれない自信があるくらい。言葉にできない日々こそ尊いのか、はたまた言葉に値しないものなんて、記憶されるに値しないものものなんてその程度なのか。通り過ぎた過去と進むべき未来の間で、ただ棒立ちしている。ただ、減っていくフォロワーの数値を眺める。わたしがその人の人生からいなくなる瞬間に、前よりもなんかすこしだけほっとする。
無題
ふと、あーこんな文章書くのやめて男子高校生のフリして架空の日記をつらつら綴っていきたいなーなんてことを思った。好きな女の子が教室に入ってくるあの瞬間に世界の色が変わって、空間がぐわんと無音で一新するかんじとか、廊下にひびきわたる古びたオルガンの重低音。蛇口から溢れる生きものみたいな水に顔をうずめて、あつい夏をのりきる。シャトラルランのアナウンスに合わせて、きゅっきゅと靴が床の光沢を擦る。太陽はギラギラ照って、それと同じ純度でみんなの肌が光る。時間にゴールテープがあったら、あと何回わたしはそれを切っていけるのだろう。いまはもっぱら実家暮らしを卒業したいと思っているけれど、いつか女であることを卒業したいと思う日がくるのかもしれないしそういう不確かなことばかりで全部うごている。ガガーリンの「地球は青かった」という台詞は有名だけれど、あれ、ほんとうは「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」と言ったとする説もあるらしい。わたしたちみんな青いヴェールをまとった花嫁のように生きていきたい。不確かで不透明な身体、心、ちいさな葛藤や、変化、醜さを直視する必要なんて全くないんだ。
無題
黒いワンピースを大学に着て行ったら、先輩に黒が似合うと褒められた。わたしが可愛げなく「黒なんて誰でも似合う無難な色じゃないですか」と返すと、黒が似合う人ってほんとうは2割ほどしかいないらしいよと言う。でも先輩、黒いウェディングドレスなんてどこにもないじゃないですか。
とことんついていない日が続いている。空きコマにカラオケに立ち寄ったら、店員の不手際によってひどく待たされた。しかも音質がぼろぼろで、もうなにを歌っても音痴に聞こえてしまって、さいごのほうは泣きながら宇多田ヒカルを歌っていた。やることが多すぎて、依頼書添削の通知が深夜2時にきたりする。ぜんぶやめたい。
大学の学祭実行委員をやっているのだけど、新規統括が決まった。これから新規が入ってくる中で、だれがどういう立ち回りをするか。新規統括の下にチームリーダーも2人いて、みんな多分わたしと同じくらい忙しいのに同じチームの人のタスク管理まで把握しているし、守らないといけない表記基準もちゃんとおぼえている。人の振り見て我が振り直せっていう諺、あったなあ。今は等身大にきこえる。
無題
ぽつぽつとした雨の音が家をまあるく包みこむ。包丁で水気の多い野菜を切る音やテレビの雑音を絡めながら一つの線になってゆく音の波に赤ん坊のように心を揺らされる。ときどき、だれかに肌で肌に触れてほしくなるときもあるけれどなんとか平気。朝起きて、しわしわになった白いベッドシーツになぜだか生きていたことの証を感じとって、朝からふわふわした気持ちだった。成り行きから友人と文通をすることになった。最近は眼鏡がこわれて、イヤホンをなくして、ほかにも不運だと思うことが何件かあった。それでもどんどんに綺麗になっていく自分のうつくしさや、河川敷でからだを動かした後の汗ばんだ首元を冷やす風、そういうものにその都度救われていく。文章を書くのだって、すこし書かないだけでとびきり下手になったような感じだけどこうやって振り子のようにあちこちをいったりきたりして自分の居場所を掴んでいくと妥協できるようになった。わたしもほんとうは妥協を信仰とよびたいよ。書くの難しい、日記の練習。
反逆
朝から訳あって母と銀行に行かなくちゃいけなくなった。暑くて全部が嫌だった。道すがら、誤って小銭を何枚か落としてしまって困っていたのだけど、母はそれにすら気付かず歩く足を止めなかった。一度も振りかえらないまま。その瞬間、ああこのひとはこういう人なんだ、と思った。あなたが母親としてすべきことは娘の束縛でもスケジュールの管理でもなくて、隣に立ってあげることなんじゃないの?って、込み上げてくる怒りを必死に押し殺す。もうどうでもいい。わたしは宗教がきらいなわけではなくて、それに付随する人間の因縁がしぬほどきらいなのだと気がついた。
昨晩、大学の唯一の男友達とたらふくごはんをたべた。ありじはやさしいから全人類が惚れる、これまじ、と言われて心がほかほかした。「俺はさー親の束縛とかあんまなくて。朝帰りとかしても、母親、いつもと変わらずに何食べる?って聞いてくれるんよ。あーうどん、あったかいの、っていうと隣でつくってくれてさー」みたいな話を聞いて、母になる日がきてもこなくても何よりも大事にすべきなのってそういうあったかさ、優しさであってほしい。テーブルにあった占いボックスみたいなのに100円いれたら、吉と書かれたうすっぺらい紙がでてきた。ラッキーカラー青。次髪染めるならブルーブラックかな、そう思った。ちなみに男友達は「緑の人」って認識されたいらしくて、いつも緑の服着ててまじでおもしろい。
新宿駅は夜でも、バチバチに光っていた。帰宅して、そのあとは元恋人の友達と夜通し通話した。間にしょうもない下ネタをいいながら、ほぼ恋の話。エロい台詞を言わせたりして、ゲラゲラ笑った。毎日筋トレしてたら、足が細くなって、気持ちも前向きになった。でも、朝起きたら元恋人のインスタに載ってた私の写真が削除されていて、気持ち的には2度目の失恋だった。一度、私にもプライドがあるし元彼に連絡とかしたくない、と言ったとき、じゃあそのプライドを最後まで突き通しなよと言われたのでわたしはほんとうに最後まで突き通した。こんな美人でやさしい女を振るとかまじで勿体ねーっていう強さをおかずに生活を食ってるよ、ほんとうにすきだったんだ。
無題
高校時代、すごく仲のよかった友人にはじめての恋人ができた。このあいだ新歓合宿にいったの、といって見せてくれた写真、ほんとうにどれも眩しかった。わたしは大学に気の置けない友人が数人しかいないし、おまけについこのあいだ振られた身なので正直心の底から同じ目線でよろこぶことができなくてとてもつらい。ほんとうにいちばん救われて、いちばん好きな友達だったからこそなおさら。というか、さいきんずーっと無気力で、与えられる日々を過ごすというか半ば消化するような感覚でうけとめている。こうやってみんなそれぞれ離れていくのだとおもうとすごくさみしい。彼女にとって、わたしにとって一番だった関係性が、いつしかくずれてしまうのではないか、もう崩れてしまっているよでは無いか。そんなことをかんがえる。気休めにカフェでチャイティーラテを頼んだんだけどクソまずい、救われない。じぶん、はじめて付き合ったとき、どういう気持ちだったっけ。わたしの人生だからわたしがきちんとそこに価値や意味を与えないといけないのに、横たわって天井ばかり見て、挙げ句の果てに他人に妬みすら覚えてしまうのってすごく阿呆らしい。うらやましいな〜〜〜結婚するのかな〜握っていた手を手放されてしまったわたしにとっては、彼女が今一番求められているという状況は嬉しくもあり、うらやましくもある。海を背景に男の子と裸足で駆けだしたりするのって幻じゃなく存在するんだ。なんでこうもひとと比べてしまうのかわからない、何でそんなに上手くいくんだろう、なんでわたしだけこんなに不運で、こんなに寂しくて、こんなにつらいんだろう。だれしもが闇を抱えているのにそれを無視して、わたしだけ、わたしだけ、と卑屈に叫んでいるからバチが当たったのかな。去年、彼女とふたりで予備校へむかうとき、「はじめて」って片道切符だよね、なんてことを話した日もあったのに。もうほとんど大学に馴染むとか、ともだちつくるとか、学チカとかぜんぶぜんぶ諦めて、必要だけどこころの栄養にならないものは先送りにして隅に追いやって、ただひたすら本読んだり映画見たり、観葉植物に囲まれた生活をおくりたい。天気がいい日にはフラッと海に行って、そこにひとりでいるひとがいたら話しかけるとか、そういうところから心を元あった場所に置き直す努力をしないとこのままいちばんうつくしいとおもっている10代が終わってしまうなんてあまりに耐えられない。余裕がなさすぎるから5,000円の寿司料理を食べにいきたい。花を生けたい。北海道の僻地へ一人旅したい、新潟の温泉とか和歌山の麦畑とか。ちっちゃなドラゴンをこころに飼いたい、人差し指くらいの蛇のタトゥーを掘りたい。意地悪な天使みたいな女の子になりたいし、やさしい悪魔みたいな男の子に好かれたい。バイトでお客様の身分証をみてそのひとの住所とか名前とか生年月日を手入力するんだけどなんか、その作業をするたびに不思議な気持ちになる。当たり前のようにみんな違う名前で、違う日に生まれて、違う人生をおくっている。世の中わたしがしらないことで成り立っている。わたしは頑張っている、がんばることなどなにもないはずなのに頑張らないといけないことがとてもつらいけど、人生そういうもんですか?
無題
大切な人たちはこれからわたし以外のひとたちにも大切にされてゆく、でも。私はどうだろうか?なんてことを考えながら天井を眺めている。2限が終わってから、駅で待ち合わせて委員会のメンバーとはじめて会って昼食を食べた。そのあと用事があったけれど時間が余っていたので学校へ戻ったら、さっきの授業で同じ教室にいた女の子ふたりが外のベンチでたのしそうに話していた。雨ニモマケズ課題ニモマケズ。積み重なる焦燥感。積み重なると言うより色味が強調されてる感じ、わたしだけモノトーンの世界に取り残されている。木々がわさわさ揺れる。ともだちも好きな男もいなくなったときのために、ずーっと居たくなるサイコーの部屋をつくるぞ!と思って、観葉植物とプロジェクターとイエローのベッドカバーセットをポチる。ありったけのエネルギーをつかって見栄を��っているだけで、けして強くはない。気を緩めば赤ん坊のようになみだがぼろぼろでてくる。努力しているのだ。うつくしい写真を撮ろう。恋人はいるけど上手くいってるのか上手くいってないのかよくわかんない、けれど以前のように自分のことを犠牲にすることは少なくなった。今はわたしの相手をするのを面倒くさいと思う人に割く時間なんて1ミリもないと思っているし、だったら一人でしらないひとと酒を飲む方がまだマシ。外に出ればいくらでも拓けた空が存在していて、孤高になりきっているかのように風が吹く。汗をかけば涙なんて用無しだし、���いて歩いて歩きまくれば、一瞬くらいは生きててよかったと思えるものが転がっているはずで、じぶんはそれを受け止めるのに値すると思っている。もうすぐ19になる。自分に時間を割くこと、自分への愛を惜しみたくない。だれかに想って貰うこと、だれかを想うことにはいつだって悲しみが伴うから、それをちゃんと受け入れられるくらいに。
無題
なんでわたしはふつーに生きていけないんだろうってずっと思っていた。母も父も日本の恵まれた環境でわたしを育ててくれたは良いものの、父は英語主体の企業に勤めていて、母に関しては日本語は流暢に喋れるものの読み書きは未だに不自由。小さい頃から携帯電話の契約書も学校の書類もすべて弟の分までわたしがこなしていた。想像してみて欲しい、12歳の少女が契約書の堅苦しい日本語を解読している様子。みんなが両親に綺麗な字で書いたもらった保護者会やPTAとかの同意書の中で、ひとり浮かないように1文字書くのに1分かけて、わたしの字とバレないように普段は字の汚い女の子を演出していた。日本人の集団に馴染むのが早かったのは、それくらい妥協や諦めを得るのがひとよりもはやかったということ。まわりの大人はみんな神様について話したがっていた。かみさまってなんだろう?かみさまなのに、自分でなんでもできるのに、なんで人間なんかにこだわるんだろう?さみしいのかな?なんて思っていたけれど、「かみさまは全能なので寂しいなどとは思わないのよ、許しを乞いなさい」そう言われてしまった。わたしのやさしさも、ときにはだれかにとって、間違いとなってしまうことを知った。自分のことを、昔も今もとてもやさしいと思っている。けれどそれは人に優しく接することで自分は善良な人だと信じたいだけなのだと最近思う。自分は世界から優しくされるべきだ、人に愛されるべきだと、自分のことを肯定したかった。インターネットをはじめたばかりの頃、世界には寂しい人間がこんなにたくさんいるんだと知って、それが救いだった。たくさんの言葉を綴ったけど、こわくなって一度ぜんぶ捨てた。だれかたったひとりでいいから、わたしも心底愛されたい。川のせせらぎや木々の息吹、風のあおさ、若い緑の匂い、花々、流れゆく時間のうつくしさ。ぜんぶかみさまの化身だと思っていて、それらに愛されていると感じていた。けれど高校に入ると、みんなひたすら楽しそうだった。好きな男の子に抱きしめられたり、友達と夜遅くまでどんちゃん騒ぎしたり、じぶんの美しいからだを隠さず、美しいということを魅せることによってつたえる。ずーっと日に当てず、布で覆っていた髪の毛は、日焼けすることなく漆黒を纏って光っている。みてほしい、ふれてほしい、わたしを認めて欲しい、そういう思いだけがぐらぐらと心のなかで揺れていた。お父さんお母さんにわかってたまるかとおもう、自分たちは宗教や厳しいしきたりが当たり前で誘惑の少ない世界で育ったからそれを受け入れられるのが自然だっただけで、わたしと同じ目線に立てないくせに、立とうとしないくせに、守るとか成長させるとか文化だからとかいう理由でほんとうの自分を確かめたりそれを探すためにいろいろな経験をする機会をくれなかった。そもそも自分が天国に入りたいからという理由で、ひとの地獄にも気がつけない、もしくは与えているってとてもわたしよりも罪深い、そうおもってしまう。あーなんか愚痴みたいになっちゃった。生まれた瞬間から取り憑かれている呪いに終止符は打てない。もう戻れないと思ってしまった。きのう、大学のゼミの友人と、みんなで花火をして、夜の11時半に帰った。お酒とか飲むとすごく気持ちが楽になってなんでも話せて皆んなでわらって過去の苦悩をともにして、すごく幸せだった。風が髪の毛をおもしろおかしく靡かせて首元をくすぐる。愛してくれる男の子もいる。頼りないし馬鹿だし女心ひとつもわかってないところもあるけど、それでもわたしの置かれていた宗教のこと、いっぱい知ってくれようとして、受け入れてくれて、ふたりのわたしをどちらも同等に扱ってくれる。友達は何も言わなかった。わたしが変わってしまっても、それに負い目を感じていても、ただただそこにいるわたしをみてくれた。みんなに、日々にだきしめられることのあたたかさを前よりもちかくかんじる。すぐそこにあったかい塊がたくさんある、本当はたまにすごくこわくなるけど、一人ぼっちになることとかいつかしんでしまうことは避けられないことかもしれないけど、それでも美しい日々を美しいものだと受け入れて生きていくこと、かみさまを理由にくるしいと喚いていたときよりも、自分はもっとこの世界が好きになった。どうか許してほしい。わたしがほんとうにやさしいの、いちばんしっているでしょう。人のことをすぐに疑うくらいなら心底信じてあげたほうがいい。今の自分を成り立たせるために、自分の一部を犠牲にしているかもしれない人も、それゆえに必死に暴れている感情に戸惑っている人も、みんなほんとうはとても素直で優しくてすてきなのだと思う。わたしは気付く、気づいてあげられる。寂しいときもうれしいときも、誰よりも貴方の元へまっすぐに走っていく。
無題
容赦なくどばどば目の奥に垂れ流れてくるブルーライト、過呼吸気味に泣き続ける夜もあと数年したら体力的に出来無くなりそうだから早く早く歳をとりたい。夜の3時なのに目を閉じても眠れなくて全身の血液が逆流しそうなくらいからだが強張っている。もうここ2週間くらい学校行ってない、なにしてるかというと家のカーペットのど真ん中でプリン食べながらフランス語の授業受けてる。同じ大学の女の子が、大学にはBBQかスノボかフットサルがやりたいようなやつしかいない。わたしは坊主か髪色がショッキングピンクのやつとしかともだちになりたくない、みたいなことを言っていて、そういうのってなんか違うし、かなしいとおもった。でも、こうやってかなしくなったりさみしくなったりするのを全て五月病として片付けてサヨナラできるから5月はわりと気に入っている、どれくらい好きかというと6月と10月の次くらいに好きかもしれない。「五月病」の仮面を被った鬱憤とした鈍色の塊が街中を苛ましているの、なんだかどきどきするから毎日赤い口紅をつけている。いつ悲劇に見舞われても良いように。ピエロみたいな足取りでときどき水たまりをばしゃばしゃしながら走り続けた、足元の花も日付もその日の占い結果も、あなたとのLINEのトーク画面も、日に日にぜんぶ気にかけなくなってゆく。手をつないでいた、自分の中にいた幼い少女が夢の中で喪服を着てた。あなただけは離れないで、と思って、でも、目を覚ましてもあなたに連絡は取らなかった。
無題
今日こそ、と意気込んでキーボードの上で指を交差させながらものがたりを紡ごうとするたび、これまで触れてきたいくつもの眩いことばがぶわっと一気に蘇ってわたしを刺してくる。おまえにはなにも書けないなにも残されていないおまえはなにもかなしんでいない。奥へ奥へとひきずりこまれる。誰も彼もが各々の光を持ち寄って、目の前の道はもう見えないところのほうが少なくなってしまったくらいに隅から隅まであかるい。どんなふうでも在ることのできたそれがほんとうのほんとうに空洞であったと気づいて、でももう泣けない。詩はどのように湧き出てくるんだろうか。音も色も。炭酸がシュワシュワするとか松ぼっくりの形とかどんぐりを拾い集めたりしたときのこと、もうわすれてしまったみたいに、世界がまぶたを1ミリ閉じた、それだけのことかもしれないのにその僅かなエッセンスがこんなにもわたしを主人公たらしめていたのかと途方もない気持ちをおぼえる。サンタクロースがいないとわかった瞬間にクリスマスへのあこがれが半減するのとおんなじようなさみしさをずーっとここさいきん噛み締めている。シシュンキが芸の才能の全盛期だからだろうか、おとなになればいままでずっと見えなかったものがわかって、もっと色鮮やかに日々を過ごせるのかと想像していた。外でガラス瓶ががらがらからからこんこんうるさい。布団の端っこ、握りしめすぎてすごくやわらかくなって、あたらしいパソコンも使いこなせるようになった。かなしいかなしいとおもうけれど、そのこと自体になんの揺らぎも感じなくて、かなしさがより加速するだけ、日々をヒビと書いていた頃があったのをおもいだした。ヒビをいれてゆく、ヒビがふえてゆく、日々。
無題
晴れて大学生になることができて、数日後に入学式を控えている。でもほんとうはもう大学やめたいくらい友達ができるのか不安すぎて、毎晩寝る前に泣いてしまう。このあいだ新入生交流会があったとき、教室に入ったら女の子が皆んな似たような淡いお洋服を着ているし、髪の毛が丁寧に整えられていて、かわいくて、おんなじような雰囲気で、インターネットでつながって和気藹々とはなしているひとたちもいて、自分は見かけが日本人じゃないから声もかけられないし、声をかけようと思っても(わたしこんなに目立つし、びっくりさせちゃうかもしれないし、迷惑かな...)とか考えちゃってすごくこわくて。ツイッターに勇気出して何か投稿しても、だれからも反応が来ないとそれもまた不安になってすぐに削除してしまう。これからずーっとこんなかんじで、高校のときみたいに心から打ち解ける友達なんて一生出逢えないのかもしれないとか思っちゃってさみしくて涙がぼたぼたでてくる。おおきいキャンパスの中を新歓のために端から端までひたすら歩いて、すっごくつかれた。新鮮といえば聞こえはいいけど、わからないことだらけで自分からなにか行動を起こすのをいちいち億劫にかんじてしまう。大学の中でも明るい人が多い、キラキラした男女が多い、と言われているような学部で、自分もそこに馴染めるかな、と思うとつらくなっちゃう。全然おもってたのとちがう、こんなの。これからどうしよう
無題
冗談抜きで毎晩泣いてしまう、ただそれが今はいちばん正しいことのように思えるからそうしている。
通知表をなくしてしまったので家中を捜したけれど見つからなかった。それで明日先生に怒られる予定だから今更のほほんと眠ることもできないでいる。たかがそれだけ、という言葉で収まることではなくて、何度もこうやってモノを無くしておいて一切学ばない自分に腹が立っている。
忙しくて皆んなの文章を読む時間がなかった、そうしたら自分のブログも読んでもらえなくなっちゃった。
今日も頑張ったと自分を愛でてあげることができない。
なにもこんなにかなしいことばかりを書きたいわけじゃなくて、むかしみたいに空が綺麗だったとか友達と一緒にひるやすみにフルーツジュースを飲んだこととか、長らく話してなかった同級生と体育の時間でペアになってキャッチボールができたとか、予備校での先生のプチ話が面白かったとか、そういうちいさな喜びはあるけれど、夜になると感情の波が音を立てて自分の中でせめぎあう。その狭間で、わたしがいちばん好きだったわたしがぎゅうぎゅうに押しつぶされて捻り絞られて塩辛い水で溺れてしまうの。
こんなことを書いておいて浪人でもしたらどうしよう。恋人とでんわしていると本当にくるしくなってしまって、すごく嬉しいはずなのに全然喜べなくなってしまった。逢えないのに、逢えないのにそんなことするの、逢えないんだからこうしてほしい、とかそういう自分の身勝手な思いが本当に申し訳なくてくるしい。好きだからお勉強のことを応援したいのに、すきだから逢いたいし、好きだからそれを同時に我慢しないといけないものとひどく重たく捉えてしまって、すきだから嫌いになりたくないという一心で自分のもやもやした気持ちに無理やり蓋をする。会える距離にいる人たちの並んでいる姿を見て落ち込んでしまうけど、わたしはわたしのすべきことがあるし、それは彼もそうだから割り切るしかないこともあるのだとおもう。
金平糖
わたしがいくら誰かを呪って恨んでも、紙がその言葉で埋まるほどクソクソクソと書き殴っても、結局のところ現実ではその人を愛する人たちが存在していて、そして当人もまた違う誰かを愛しながら日々に幸福を見出すのだから、本当に一番かわいそうなのはわたしだけかもしれないなんて思った。だれかのことを考えて途方もなく苛立つ自分がいちばん自分を不幸たらしめている。駅前にあるでっかい木がゆらゆら揺れる。ゆうがた、眠くなったので勉強道具を片付けて喫茶店をあとにした。暑さで足取りが重くなりつつもすこしずつ歩く、踏んでいるのが蝉の死骸か大きな枯れ葉かの区別もつかない。黒い蝶々をみてから不運続きだ。だれもわたしが泣いてるなんて気づかなくて、錆び付いた車輪を引きずりながらどこにいるかもわからない恋人のことをかんがえる。遠くなった。夕陽を後ろにわたしの影だけが前に長く長く、大きく伸びて、前方を歩く少年が気付かずに頭にあたる部分を何度も踏みつぶす。美しいものにはある種の残虐さがあることを信じて、祈りとかいう逃避を繰り返している。大丈夫?と聞かないで欲しい、大丈夫じゃないから。もう誰にも自分のことを見て欲しくない。ただ自分だけは自分のことを大丈夫だと信じてあげたくて文章を書くという行為をしている。
雨が降っている。雨が降り続けてくれればいいのに、そうしたらわたしもそれを偶然だという言葉でもって割り切ることができるのに。点滅の中に放り出されて、その明暗に目眩を覚えながら自分の行き先もまともにわからずにただただ進んでいるだけのまいにち
不在
かみさまが見つからない。登録していた音楽ストーリーミングサービスが解約されていた。昼から夜まで建物のなかに閉じ込められて、夕焼けをゆっくり眺めることもなくなった。映画館の薄暗い照明と大きな音にこわくなっても、恋人の手を握ることができない。かみさまがいない。なにもかもを投げ捨てた結果、罪悪感から今更おかあさんにありがとうと言うこともできない。ずっと、信仰という名の呪いの渦の中にいる。小さい頃からこの世の中のものはすべて神さまが創ったんだと信じていて、でもさいきんはそのせいで自分の行動が制限されるのがとても憎々しかった。どれもこれも、神さまのせい、親のせい、うまれたせい、というふうにずっと側にあって救われてきたものを突き放すことそれ自体にとても苦痛を覚えるのに、脳味噌が勝手にそういう思考をして勝手にくるしんでいる。挙げ句の果てには同級生に推薦入試のネタに利用される。こんな家でていきたい、と思っても行くアテはひとつもない。お金もない。お金を自力で稼ごうとする活力もない。どんなにわたしがぜんぶ無かったことにしたくて信仰を罪で上書きしようと、依然として実在していようがしてまいが神さまというものはわたしの中にあって、そうか。これはそういう呪いなんだ、と思う。もうだめなんだと。恋も音楽も言葉も、性別も家族も、見た目も才能も過去も、ぜんぶ同じ容量で「呪い」として全人類に等しく降り注いでくれたならいいのに。抜け出せない世界を抱えるもの同士、ふたりでいっそのこと呪いをかけあってしまいたい、それなら呪いだって愛に変わるのかもしれない、とそういう陳腐な妄想でしか漠然とした淋しさを消費できない。さみしい。唯一の居場所を自ら捨てて、こんどはどこにも居場所がないとさみしくて涙を流す。こういう呪いが不思議と人生という物語の大きな軸になっていって、結局さいごにはその「呪い」自体に自らを救われる、なんていちばん美しい結末を享受できる人は一体どれくらいいるのだろう。迷信。もう剥ぎ取ることのできない仮面。うつくしかったわたしの心は嘘を重ねる毎に醜くコーティングされ続けて、今ではもうすべてのものが何かに縛りつけられているみたいに、目の前の光景はわたしになにも応えてくれなくなった。何をどうしたら正解なのか、どうしようどうしようと悩み続けた末にその苦しさを世界のほうが背負ってしまったのかもしれない。うつくしいという言葉に収まりきれずに溢れでて、胸をぎゅうっと締め付けるもの。瞬きを忘れるくらいにずっと見ていたいと思えるもの。一切のものを捨ててでもいいからその気高さに近付いたいと願わずにはいられないもの。そういった、どうしても拭えない不安感をやさしく抱き締めてくれる愛がほんとうは色々なところにあるはずなのに、以前に美しいと思っていたものをもう同じように美しいと思えない。花というのは揺り籠から墓場まで人の生活を彩るものだ、というようなことを太宰治が書いていた。「孤独は花だから。美しいものを寂しくしないように、そのまま纏えるほどの強さを身につけていけますように」 と綺麗な言葉で文章を終わることができない。不完全でも愛してください。底無しの未来に水をあげて。
無題
ここ四日間くらい先週の頑張りが底をついたのかぐったりしてしまって勉強にあまり手がつかない。殺してほしい。まいにち死にたい。がんばっても報われないひとだっているし、大して頑張らなくてもおいしいとこを掻っ攫っていくことができる人もいるんだろうなとおもうと泣いちゃう。東京という概念が巨大化して人を貪っている。東京って、日本ってこんなに高校生いたんだ、と思う。餌にされてしまうことの恐怖を突きつけられている。だれかの優越感を満たすための餌としてその努力を利用されてしまう未来がみえる、こんなこと言ったらまた考えすぎだってみんなに怒られちゃうけど。風が吹かないとその音がわからない風鈴みたいにわたしのなかのいちばん美しいところも、もしかしたら誰かに傷つけられて大きくその心を揺さぶられるまでわからないのかもしれないなんて気休めにぼんやり考える。夏という言葉が都合よくあちらこちらで使われるようになって、ぜんぶみんな夏のせいにするようになったから、たぶんもうほんとうの夏はもうやってこない。夏は遠くて遠くて悲しいくらいに鮮やかで到底手の届かないモノだと信じていたかった、それが今やだれかの快楽の理由付けにされてしまっているのだからもっと惨め。わたしがこうして夏を文章のネタにしているのと同じくらい惨め。おかあさんが泣いている姿とか勉強を理由にインスタグラムを更新しない友人の笑顔とか彼氏がわたしを抱きしめるときのつよさとか、そういうだれも知らないであろうものの美しさを、わたしだけが一瞬ひらりとわかるとき、そういうのがほんもののしあわせなんだろうと思う。もうあと半年とちょっと経ってしまえばわたしのこれからの人生の枠組みはもうほとんど決まった、という体で毎日がすすんでいく。日本は学歴社会だから大学名は重要だよと声を揃えて言われ続けて、今でもまだその現実を黒く塗りつぶして無かったことにしている。はやくぜんぶ死んじゃえばいい。アーメン。
魔法のトンネル
18歳になりました、という投稿をするつもりだったけれど、合間合間に想いの丈を綴っているうちに月を跨いでしまった。この期に及んで未だ梅雨を引きずっているかんじの毎日で、最後に晴れた日がいつだったかも忘れた。君のいない世界なんて夏休みのない8月のようだ、といつか野田洋次郎が歌っていたのを思い出して現実になりつつある言葉の並びに少しどきりとする。大学受験まであと半年くらい。アルコールでささくれが目立つ指。これから1年後、自分の居場所を全く想像できないことに対して残る不安感。この一年の間でとても大切な人ができて、その人が居るから今年はだれかと祝福メッセージやプレゼントの数を比べて露骨に落ち込むこともなかった。こんなままではいけないと思うけれど、これでもかというほど甘えてしまう。彼から電話がかかってこないまま気がついたら零時、開きっぱなしの参考書。ベッドから机の上の山を見あげる。もう流れるような文章も書けなくなった。ただ、机元を照らすためだけに付けた光が部屋中に行き届きすべてのものを露わにするように、自分のために費やした諦めとかいう努力がいつか私の人生全体を明るく縁取りますように。そう期待することしかできない。
朝、きまってこの時期の朝の。とりわけまぶたが重くて視界がぼやけているとき、雨音と扇風機の回転音の違いを聞き分けられないままなんだかもう一度眠ってしまいたくなる感覚になる。自分の憂鬱な気持ちをすべて代弁してくれているかのように完璧な美しさを崩すことなく泣いてくれる空、ずっと梅雨が好きだった。17歳。強いのか弱いのかわからない外圧をずっと肌身に感じながらも良くここまで頑張れてこれたと思う。強まったり弱まったりを繰り返しながら着実にわたしの内側を蝕んでいくもの。どんな記憶であれ時間が経てば薄れていってしまい、曖昧に濁した言葉でしか文章を綴れない。降って、降って、降りつもってゆくのはけして愛や幸せではなかった。幸せが一方で加速させる理想や願望、それによる劣等感、幸せでなくなる恐怖、あるいは幸福それ自体への疑いも、ぜんぶずっと祈っていればいつか大丈夫になるとおもっていた。そうした形での正しさしか知らなかった。
歳を重ねるにつれて特別なものが増えていくけれど、それらはなにもさいしょから特別だったわけじゃなくて、くるしくなったり嬉しくなったりするたびに複雑に絡まっていたものの辻褄があって少しずつ真っ直ぐな一本の線になっていく感覚に近い。最初はちいさな不幸から始まったことが最後にはたくさんの愛に囲まれて光になっていくと半年前ちょうど失恋したあとに書いた。たぶんきっとそういうことだとおもう。そういうことだとおもいたい。消化しきれない劣等感を抱えながら、それでもそれをだれかの優越感の餌にされてしまうのが気持ち悪くていつも満足げに振る舞っていた。小学6年生の頃、布団に包まって壁に手を当てながら(世界のどこにいても良いから今だけ運命の男の子が壁の向こう側で同じように手を合わせてくれていたらいいのにな、)とか祈っていた。アスファルトに浮かぶ白線が血脈のように都市に光を流し込んでいく、わたしはひとりで遠くまでこれるようになった。
誕生日当日、晴れた土曜日。
だれもわたしのことを知らないということがいちばん幸せだった。
となりには愛おしい恋人がいて、いっしょにタピオカを飲んだり服をみたり歌を歌ったりした。街中ですれ違う人はだれもわたしがブログをやってるなんて思わないし、人生で殆どはじめてに近いことをしているとも思わない。そういうのってとても気持ちが楽で良いなと思った。信頼している人たちに過度に期待をされること、責任を半分こするのに疲れてしまった。一緒に悪者になってほしかった。わたしがなにをしても、それがいちばん正しいことかのように大丈夫だよと諭してくれるだけで、それは救いになれるはずだった。おかあさんに喜んで欲しいから、友達に見限られたくないから、だれにも落胆されたくないから、とかいう言い分を勝手に作って勝手にくるしんでいる。ほんとうは静かでいられる関係性が好きだけれど学校の友人はみんなはしゃぐのが好きだから求められているものをそれらしく纏う。両親は善良な人だけれど時折意味不明な束縛をするので面倒くさい、わたしも普通の日本人の女の子みたいに生きてみたかったと思ってしまうことにすら罪悪感を感じる。信仰というのはとても美しい行為だと思うけれど、本来は人を救うはずであるものが「救われる」「罰せられる」という境界線においてときどき人をひどく苦しめてしまうのでとても扱いにくい。救いを見出すはずの宗教によって苦しめられるのはちがうよ、と友達に言われたことがある。大学生になったらぜったい一人暮らしをしたいとおもった。伸ばせと言われ続けてきた髪も思い切り切りたいし、慎ましいふりをするのもやめたい。わたしほんとうは男の子に抱きしめられたこともあるの。けれどそんなことを言えば両親をがっかりさせてしまうから、遠いところで一人で植物とか猫とかに囲まれてひっそりと生きていたい。
かみさまに対する信仰心が薄れても、小さな嘘に罪悪感を覚えなくなっても、男の子と関係性を持ったことがなかった自分自身を忘れても、文章が書けなくなっても、友達と疎遠になってしまっても、病気で人がたくさん死んでも、普通に生活が続いていくことにときおり悲しくなる。それくらいわたしは案外どうでも良いとおもってることが多いんだと感じてもっと悲しくなる。あっちへいったり、こっちへきたり、あるいは戻ったり、そういうのを繰り返していたら、もう戻れないところまできてしまったみたい。あるかどうかも分からない未来のことや、だれかとその過去を背比べしてそれに一喜一憂していたこと、ぜんぶだいじょうぶになればいいなとおもう。ぜんぶ抱きしめてぜんぶ愛してあげられたらどんなにいいだろうとおもう。わたしには愛しているものが沢山あるし、わたしもだれかにきっと愛されている。最近見かけなかったので死んだのかなと思っていた野良猫を今朝ひさしぶりに見かけて胸がきゅうっとなった。汚いものに沢山触れてきたわたしの手はもう美しい手じゃないけどそんな手のひらの中でも心地良さそうに包まれているちいさなその頭が愛おしくてなんども撫でる。純粋でなくなってしまうのがずっとこわかった。ううん。たぶん純粋だと思われなくなってしまうのがこわかった。
続きを書きたいけどあしたも学校があって、さすがにちょっと���むい。悪者になっても大丈夫だから、わたしはわたしのそばにいるし、君のそばにはわたしの愛してるきみがいるからだいじょうぶ。特定の誰かじゃないよ、みんなが幸せになれますように。
n(atsu)
線路が控えめな緑に縁取られていて夏を感じた。でんしゃがいつもより大きく揺れるな、とおもった。ひさしぶりに乗るから余計にそう感じるのか、ほんとうにいつもより大きく揺れているのかは良くわからなかった。塾へ着いたら体温検査をされた。世の中の非現実味は薄れていくけれど、それでもやっぱりまだどこかふわふわしているかんじがする。ふわふわ、という言葉は抽象度が高くて便利だと思う。白黒はっきりつけることで正義を実感している人間って意外と多いのかもしれないし、わたしも気付いていないだけで実際はそういうところがあるのかもしれない。燕が雛に餌をやっている様子と、健気に咲いている向日葵と、それに加えてマスクの内側の皮膚が熱気を帯びていく感覚。去年、男の子と花火を見に行って、わたしの中での鮮度の高い美しい夏はそこでずっと止まっている、あるいはもうほとんど完結されたようなかんじ。塾が終わってから本屋へ寄ると、同い年くらいの背の高い男の子が絵馬の形をした紙に合格祈願を書いてちいさな箱へ投じていた。わたしも流されてペンと紙を持ったけれど、多神教じゃないんだよなあと思ってやめた。わたしはわたしが信じている神様にもまだこわくて合格できますようになんて言えていない。いつだってこわいものから救ってくれるものが神様なのに、自分勝手に生きていながら窮地に追い込まれたときだけ救いを求めるのは割りが合わないと思う。好きな人と一緒に昼間から眠りたい。神聖な場所で祝福された心を持つ人に祈りを唱えてもらいたい。突然変異で雪が降ってほしい。騒音の全てを吸収して、それで全てなかったことかのように水になって溶けていってしまうの。指輪が欲しい。細いやつ、宝石はなくていいし装飾もなくて良いから。涙を拭う手に宿る愛があれば、だれかにゆるされたという証が指にあれば、虚無感を紛らわせるための画面スクロールも、劣等感を埋めるために耳触りの良い言葉を連ねる必要性も、不確かな焦りも薄まるかもしれない。というのも最近また得体の知れないストレスに悩まされていて、今日もすこしだけ泣いてしまった。すべてあなたの心の持ちようで変わるの、薬はなにも解決してくれないよ、と母にはそう言われて、それでもっとかなしくなった。そういうことじゃないの。模試を受けるにしても勉強した量に等しい成績が出なかったら、とか、到達点は同じでもそこまでの努力の過程に差があるだけで劣等感をかんじてしまう。まいにち頑張りたいのに思うように脳みそとからだが動かなくて悶えている。わたしは自分を高めることで自分は大切に扱われるべき美しい人間なのだという確信が欲しいだけで、それほどまでにきっとわたしの内側にある自分への愛や期待値というのは年齢とともに他人任せになっていって、諦めや、未来の自分の幸せに対する責任を負いきれないという言い訳や、ときおり世界から拒絶をされているかのように感じられた幼い頃の傷ついたこころがぜんぶガチガチに固まったしこりのようなものがずっとあるみたい。もっと自分で自分のことを愛してあげられますように。今、世界ではいろいろなことが起きていて、それに対して声をあげないという選択が道徳的ではないと非難されてしまうことがあるらしいけれど、関心を持たないということもひとつの意味のある心の持ちようだし、それをやさしさと捉える人もいるのに、とてもやりきれない。恋人が「みんなつらいけど、ありじはつらいの」と言ってくれたことがとても救いだった。だれかの不幸と自分の不幸を秤にかけるということにやっぱりわたしはある種の違和感を覚えるし、たとえそこに差があっても自分のことを放棄してまでだれかのために立ち上がることは少しちがうと思う。そうして切り捨てたものが何らかの拍子にいつか今度は自分自身を殺すかもしれないし、自分の身近で大切な人を傷つけるかもしれないし。わたしはわたしを取り巻く世界をたいせつにできたらいいなと思う。足取りが軽くなれば、もっと遠くへといけるでしょう。だいすきなひとが苦しんでいたらすぐに駆けつけられるし、わたしはそういう風に愛される女の子になりたいから沢山のことを頑張っている。月が変わったのでカレンダーをめくったら、「涙は人生のお師匠さん」という言葉の周りにたくさんの滴のイラストが描かれていた。扇風機をつけると、紙がパタパタ揺れる。がんばる。わたしの愛する人たちが沢山愛されますように。
どれほど遠いところに行こうと試みても
どこか気持ちがもやもやしてやりきれなかったので少しばかり走りに行こうと洗面所の前に立ってコンタクトレンズをつける。泣くまいとしていたけれど、使用期限切れだとも知らずにレンズを瞳に上にのせた瞬間、意志とは関係なく勝手になみだがぼろぼろでてきて焦る。ずっと我慢していた涙ももしかしたらそのなかに紛れていたのかもしれない、濡れた睫毛やすこし充血した白目を見るといつもどこかほっとした。
世界は絶えず美しくて、じぶんなんかがその大きな器の中で堂々と情けない顔をしているというのがなんだか滑稽に思えてきた、と昨日は日記に書いたけどやっぱりそう思えない。うまれる、しぬ、という表現がコピーペーストされてできた世界線。どうしてもくるしくなってしまう、くるしいものを見ないようにと目に覆いを被せて生きているからたまに世界を直視したときにあまりの眩しさになにもみえなくなってしまう。
結局のところ、きっとわたしはなににでもなれるし、なににでもなれた。わたしはわたしが望みさえすれば、家をでていくことも、うまれながらにして与えられた名前を捨てることも、今つながりを保っている関係性を断つことも、信仰を捨てることも、自分のからだを誰かに売ることも、求められてそれに応えることも、アカウントを削除することも、つらい勉強に身を投じることなく大学に行くことも、自分自身やそれに関係する人々をきずつけることもできてしまう。その可能性についてぼんやりかんがえていた。
考えてみればあまりにも不安定なわたしは、なににでもなってしまいかねない自分というものとずっと一緒にあるいてきたように思う。自分というものの一部をわざと切り離してあえて失うことを選んだり、あるいは舐められないよう努力をして立派なものに築きあげたりする過程でしか自分が自分であることをたしかめられなかった。欲を我慢しなさい、謙虚な姿勢で生きていきなさい、と幼い頃から教えられてきたことの反動がまさに今起きていてつらい。人間は生まれたままの姿こそもっとも美しい、醜い人間というのはひとりもいなくて、そしてだれもが平等に愛されるに値する、といった程度の言葉ではこの漠然とした不安感は解消されなくなってしまった。
あなたがいちばん大切にしていて、且つあなたをあなたらしくさせているものはなに?という質問をともだちがインスタグラムで公開して回答を募集していた。わたしは今までずっと恋愛をすることでしか自分を保てなかったの、という彼女の文句もまた同様に等しくまぶしいものだということに当人は気付いていないかもしれない。膨大な情報のなかで、なにをほんとうに掬いとるべきなのかわからずにいつまで彷徨い続けるのだろうかという不安を抱えている。たすけてほしい。毎晩、たすけて、たすけて、と寝る前に心の中で念じるようにしていて、そうして眠りにつくとなんだかほんとうにたすかったような感じがする。
というのも、なんとなく、という世界線を生きること自体あまりに物事を都合よく解釈していていらいらするので、とうとうまともに祈ることすらできなくなってしまったのだ。はずかしい。わたしは決して善良な人間ではないのに、善良な人間の中で同じ言葉を唱えていることに一種のはずかしさを覚える。
無題
一年前までは、死ね、クソ、うざ、という言葉にほんとうに値する人間や事物などなくて、物事のすべては捉え方なのだと、主観で世界の全てを決めつけてはいけない、美しくいなければいけない、という考えがあったからわたしはほんとうに一度もそういった言葉を使わなかったし使えなかった。それなのに今や抵抗が少なくなってしまって思いたくなくても大事な人たちにいらっとしたときや精神が弱っているときに反射的に汚い言葉が脳裏に浮かんでしまってやりきれない。過去をふり返るとき、その足跡がどれだけ美しくても、長く歩き続けてきたとしても、結局その先にあるのが地獄だったら意味がないでしょう。
外に出ても風は一切吹いていなかった。頬に染み付いたなみだの生温さは消えず、水面の揺れもしずかだったので川が川じゃなくてアスファルトみたいに冷たく感じられて、音もない夜にわたしは勝手にひとりぽつんと取り残されてる感覚だった。
それでも良いこともあった。このあいだ、雨が降った日にふとした好奇心で自分のうまれた日の天候を調べたら、わたしがうまれたその日も東京では雨が降っていたらしいとわかったこと。たくさんの雨粒のなかにも一粒くらい当時のものも紛れているのかなあ、と思った。たとえ同じ形をしたものが数多くあっても、情報量の多さのなかで下敷きになってしまうようなほんの些細なことでも、わたしはわたしのことを愛してくれているものをがんばって見つけ出したい。そしてそう思っているのと同じくらい、同時に心の奥のほうでは常にだれかに見つけて欲しいと思っている。わたしが失ってしまったわたしの美しさを見つけてほしい。もう誰にも傷付けられないように。もう自分のことを傷つけなくて済むように。愛せますように。
無題
あ〜もうわたしなんも勝てないな〜って思って泣きそう。勝てないものがおおすぎる。受験生なのに自分の欲に打ち勝って勉強に励むことすら怠ってしまって、他人と比べることでしか自分を測れないからだれかが頑張っているすがたをみても素直に応援できない自分がいてくやしい。みんな守りたいものをちゃんと守って、それをつよみにしているのに、わたしはなにかを失うことでしか自分が満たされていたことを実感できなかった。捨ててしまった欠片をひとつひとつ集めようと、かがんで地面を這っている惨めな姿を誰かに見られたらどうしよう。だれよりもきらきらした世界をしっているつもりで、かみさまからも愛されているつもりで、たくさんの人がずっとそばで応援してくれていることに対してそれ相応の結果や愛を返せているつもりだった。だけどぜんぜんそんなことなかった、そんなことなかったのにそれでも絶えず世界も人も優しくて美しくて眩しくて純度が高いので薄汚れた言葉をもってしまったわたしにはもう直視できないんじゃないかと挑戦することすらこわくてできない。わたしの写真や文章がだれかに良い影響を与えていたらそれはうれしいけど、それでわたしだけのものだったわたしの一部が他の誰かのものになってしまうのは少しだけ悔しい。ブルースクリーン越しに奪うこと、奪われることに慣れてしまった。わたしは結局わたしだけみてほしいと思っていて、それがわたしの幼さで弱さなのだと思う。弱さも強さも武器になるうるけど、ほんとうに強い人はちゃんと矛先を向ける対象を選ぶことができるから目の前の道をどんどん拓いていけるけど、弱いままのわたしはずっと自分の胸に矛先を向けているからだめで、自分を窮地に追い込んではじめて大切なものに気がつくことができる。「わたしが失ってしまったものをありじちゃんは大切にしていてすごいと思うし、これからもそれを守り抜いてほしい」とメッセージをいただいたことがあるけど、わたしが彼女の立場だったら同じようなことは決して言えないだろうと思う。きっと、ずるいなあ、と思ってしまう。ずるい。わたしもあなたみたいになりたかった、と。なりたい自分に到達できずに足掻いている途中であたらしい自分が形成されたとして、それはむしろなりたい自分とは真逆な人間なわけだから、その歪さを美しいと褒められても全くうれしいと思えない。やっぱりでも今日だけ美しいといってほしい。今日だけ慰めてほしい。そろそろぴえんって言葉つかっちゃいそう。
愛?
さいきん日常の何気ない瞬間において、いいなあ、とたくさん感じたけどその都度いちいちメモに起こしていないので内容はほとんどわすれた。なのでブログを更新できないし、あと二ヶ月も経たぬうちに十八になってしまうからせめて可愛げのあることなんかを少しくらい書きたかっ��のに状況が状況なので仕方ない。毎朝オンラインで出席確認があるんだけど昨日は二度寝して出られなかったし、このあいだ試しに大学の過去問を解いたら点数はだめだめだった。一日だけ夜に恋人に電話で弾き語りをしてあげた。ぜんぶ壊れちゃうならさいしょから手を伸ばさなきゃよかったってことを話したら、あのね、ちがうの、持っていたっていう事実がとてもたいせつなの、さいしょから持ってるのと持ってないのじゃちがうでしょ?わかる?と諭された。そうかもしれない。怠惰に怠惰を上書きするように生きている。こめかみに銃口を押し付けられて脅され怯えるようにして、つきまとってくる色々な事実から目を背けている。こんな具合に漠然とした不安感がうんぬんかんぬんとダラダラ書いているけどほんとうはそれなりに幸せで充実した生活をしているからいつかバチが当たってしまいそう。歳上の彼氏と別れた友達の女の子が、今頃煙草でわたしの肝臓ぼろぼろなんだろうなあ、もっと自分のことを大事にしてあげたかった、と裏垢で溢していたけど、きっと彼女にだって彼の影響で自分のモノが形を変えていく過程に幸福を覚えていた瞬間もそれ自体に救われたこともあったんだと思う。ただ薄暗くふちをなぞっていかないと未来への期待値があまりにも高すぎて落とし穴にハマってしまいそうでこわいからみんな可哀想ぶっている。たぶんどこにも事実なんていうものはほんとは存在などしていなくて、みんなが情報を選んだり捨てたりしているだけで、人間が数値にしたり名前をつけたりしながら記録をしているだけで、何もかもを取っ払ったら、あ、でも、そうなったらわたしはどうなっちゃうんだろう、なんてことをずっとぼんやり考えている。二か月くらい前にだいすきな友達といっしょに塾へと向かう道を歩きながら、わたしたち卒業までにいつか絶対この道で泣くと思うって笑いながら話していた。今ごろ存在していたかもしれない日と流していたかもしれない涙とあったかもしれない出逢い。そういうので世界が動いているのかもしれないと思うと心がふにゃあってなって泣きそうになる。この足を踏んでいるところのずっと奥に埋れてしまったいくつもの歴史に救われている。その後、小さなレストランで二人分のサンドイッチを頼んだ。ずっと憧れていた女の子にはやっぱりなれなかった。一度「憧れの女の子のフリをする」アカウントをつくろうとしたけど苦しくなってやめた。新作の化粧品と知恵袋での大学受験生の相談事と参考書のレビュー調べだけでほとんど埋まっている検索履歴欄の隅っこに追いやられてしまったいちばん綺麗なわたしを誰かに拾って欲しかった。少しくらい未来をあきらめても人生は終了しないけど単純にそこでわたしの自己肯定感は終了するし、わたしがいちばん大事にしたかったわたしも死んじゃうから、ねえ、わたしは大好きなみんなのことも自分のことも美しさを表現することもぜんぶあきらめないからみんなもわたしのことあきらめないでってインスタの裏垢に書いたあと、電気を消して寝た。許されない愛だけが輝いている。ずっと輝いている。いつか校庭を一面石灰の白に染めて北国の雪景色みたいにして、雨で偽物の冬が消えてしまう前にわたしたちは濡れながらキスをするの。安っぽい映画みたいに物語の順番をぐちゃぐちゃにして今よりももっときれいなところに走っていきたい。“なにも決定的なことが起きていないようなのに、いつしか死が準備されてしまっている、日常という戦場” において、好きな人にお願いだから死なないで、一人にしないで、と一方的に伝える行為がとても無責任だということだとはわかっているけど、ただ、それがわたしの知っている方法の中でいちばん確実にあなたの心を殺せるものだからゆるしてほしいと思った。しんだら身体の隅々まで洗って、痛かったところを撫でて、さいごにわたしの名前の由来になっている花の香りを墓石につけてあげる。あなたの歪みにはじめて触れた日、わたしはあなたのいちばん美しいところをみたようなかんじがして、それがとくべつで嬉しかった。まるかったり、とがっていたり、硬かったり、やわらかかったり、ざらざらしてたり、さらさらしてたりするの。生きているだけで美しいという言葉はみんな戯言だと笑って受け流すのに、しぬことになると急になんか真面目な顔をするからやになっちゃうよね。写真を撮ることを知らなかった頃のわたしはたぶんほんとうの写真家だったし、まだロックミュージックを知らなかった頃、わたしのロックスターはずっとわたしでしかなかったし、文学を知らなかった頃に感じていた世界とおなじ色合いの世界をわたしはもう見れない。そういうものだから、もしかしたら死ぬことなんて知らなかった頃、わたしたちもずっと死んでいたのかもしれない。それでたぶん今でもその頃の残像が残ってるのかもしれない。逃げて逃げて逃げた先で待っているから、そこでまた逢えますように。
無題
あこがれている女の子たちがみんな色白で華奢なことにむかついている。だれかを真似して美味しいところだけを盗むことは誰にでも出来るんだけど、でもそうじゃなくて、彼女たちがもっているものは彼女たちにしかもつことを許されていない域にある圧倒的なものだからくやしくて泣いてる。その子たちがフォローしているアカウントを全部フォローしたら同じ世界を見れるかもと思ったけどやめた。きっとわたしよりもいろんなものを見て感じて聞いて愛してたくさん傷ついてきたんだろうなあ、と思う。自分と向き合うのはとてもくるしくて、美しいものに触れることで浮き彫りになる絶望もまたするどくて、それでも躊躇いなく自分の内側にあるものを外にだして整えてまたぐちゃぐちゃにしていくの。そういう工程を何度もじっくりしずかにしてきたのかもしれない。お世辞にも美しいとは言えないものでも、美しい人がすればそれはたちまちに美しくなってしまう。ずるいなあ、十七年かけて見つけたものが諦めとかいう単なる逃げだとしたらやりきれない。頑張れるかなあ、がんばりたいなあ、って言うのたぶん二千回くらい繰り返しているけれど、こんなわたしもすこしずつちゃんと踏み出していて、前に比べたら痩せてメイクもするようになって結構垢抜けたし、何も書けないと言いながら泣き喚いてブログのアカウントを消すこともなくなった。ワンクリックで消えてしまった昔のわたしの言葉には相応の墓場もないけれど、だれかの支えや救いやたのしみになれたことが嬉しい。文章なんて手軽なもので誰でも書けるものだけど、誰でも、の中で、わたしのを読んでくれている人がいるのだという事実がうれしい。きっとでも綺麗事抜きでほんとうはだれでも特別で、特別じゃない人はいないんだろうけど、すべて目に見える数字として統計されてしまう今だからこそ他人からの評価やさまざまな人たちからの好意や自分は愛されているのだという確信の多さがそのひとの輪郭をなぞって、より濃くして、いわゆる個性と呼ばれる類のものを形成していくのかもしれない。くやしいし皮肉だけどそれを掻き分けていくのが、生きるということかもしれないし、あるいは自傷行為なのかもしれないし、わかんないけどわたしだけは自分の味方であれるように努力していけたらと思う。たとえ負け犬でも遠吠えできる余裕と気力があるうちはまだ勝ってる、たぶん
無題
きのう、河原まで自転車で走った。昼間の明るい時間帯に行くのはとても久しぶりだった。最近はストレスで奇行に走る人がいるらしいから夜に外に出るのはやめて、と母に言われた。テレビをつけてもスマートフォンのスクリーンをいくらスクロールしても、そこに有るのは饒舌に討論を繰り返す人間と、それに対する第三者からの警告、といったような感じだし、鬱々としていたのでちょうど良かったかもしれない。運動用にだぼっとしたパーカーを着て、弟のサドルがすこし硬い自転車を借りた。前方から吹いてくる強い風に服がぴたっと身体に張り付くので、はずかしくなってペダルを踏む力を強くする。桜の木はもうどこにも見当たらず、小さな花びらだけがコンクリート上にまばらに散らばっていた。空は青くて、高くて、鳥が群れてそこを飛んでいて、それをわたしが見ていて、だけどわたしのことは誰も知らないの。そしてわたしだって誰のことも知らない。その事実がいちばんやさしくて、それでいていちばん淋しいから美しいと思う。川の水面が光を受けてきらきらと煌めいているのを眺めるのが好き。光りの粒がたくさんあって、見る場所によってそれが大きくなったり小さくなったり近くなったり遠くなったりしてかわいいの。昼間は白く光るのに、夕方になると今度はピンク色になったり朱色になったりするからもっとかわいい。塔屋看板にペンキを塗装する業者の人。頭上を走るモノレール。走る犬。投げられたフリスビー、野球ボール。ふうっと口をすぼめてたんぽぽの綿毛を飛ばす子どもたち。うっすら川のにおいがして、うれしくなって少しのあいだ草原の上に横になった。草ってこんな柔らかいんだって思った。オレンジ色ってこんなにオレンジ色だったんだ、とか、鳥が一斉に空へ飛び立つときにパタパタと羽根の動く音が聞こえて、しゃぼん玉が弾ける瞬間にせっけんの匂いがして、英単語帳をしばらく眺めていたんだけどすぐに閉じて空のずっと奥の方をみてた。いつもはうざったい太陽の残像でさえ愛おしく思えてしまうなあ、どうなるんだろうなあ、これから、って思った。わたしが掬い取っている現実はきっとほんとうの世界のほんの一部でしかないから、救われますようになんて偉そうなことは言えない。だけど、たかが数日間外に出ていなかっただけなのに一人でこんなにも大袈裟に感動している。すこしくらい見返りを求めてもいい気がしてくる。
頭ぐわんぐわんする
現実に翻弄されている人間を嘲笑うかのようにして桜が我関せずと言わんばかりに堂々と咲き誇っているので、なんだかすこしだけ愉快な気持ちになった。白い四角形を顔の表面に貼り付けながら、それでも歩く足を止めない人間の行く末をかんがえると何もかもがいやになってしまうけれど絶望の輪郭をみんなでかじって食べていけば、なんとも名付けようのない不器用な形をした詩のような世界ができあがるのかもしれない。今日くそみたいなじじいがくそみたいな眼差しでこちらをみてきたので睨み返してやったんだけど、どれだけそうして自分の弱さを繕うように強がっていても彼には変わらずに愛するものがあって彼を救いにしている人もたくさんいて、そのことがなんだか、それだけがなんだかそのときのわたしの苛立ちの唯一の誤魔化しだった。だからわたしは彼を刺殺さないし、彼もわたしを殴り倒さない。そういうのって、大事なんだろうなあと思いながら電車の広告の文字を追っている。ちなみになにも頭には入ってこない。あたたかい毛布にくるまっていると誰かに抱きしめられているかんじがするから心地がよくて、すこしだけ唇を尖らせる真似をする。まぶたをあと何回閉じれば。何回綴じれば。いいんですか。コンクリートジャングルと自転車のサドルとスカイツリーの心臓。あ、と思う頃にはもうすでに全てが遅くなっていて後悔をするけど、あ、と再び思うと今度は以前のそれよりもより大きな幸せに満たされていることに気がつく。竹刀を持った少年たちが夜になると川辺に集まっていつもその刀を縦に振っている。わたしはたいして歌を歌うことも上手ではないし、勉強も大してできないし、顔だって凸凹している。けれどそれでも真っ直ぐに生きていけるかな。生きていきたいね。終末感の漂う世界をみることで、わたしは独りですこしだけ安心できた。終りがあることに赦される。本当は衝動のまま洗面所にあるハサミで髪の毛を思い切り切ってみたいし、派手な髪色にして東京の真ん中を歩きたい。それでも晴れることのない憂鬱を自分の中の非道徳的な理想に想いを馳せることで誤魔化してみたり、寂しいと思わなくても好きな人を自分の家に泊めて隣でぴったりからだを重ねながら長い夜を過ごしたい。そういうのをだらだらとしたいだけなのに、そういうのをするのにも勇気や妥協や諦めが必要らしい。がんばるよ。すこしずつ。
無題
まいにち予備校の自習室にいっていたら、自習室でしか勉強したくないからだになった。いままで宗教上の理由で髪の毛を隠してきたけど、大学生になったらボブにして染めて街を堂々と歩いてみたい、し、そうしてみる。たくさんあそびたい、だれになにをどう言われようと自分のしたかったことを一つずつしていきたい。親といっしょに暮らしていたら、わたしの「非」はぜんぶ彼らの責任になってしまうけど(これもちょっとおかしい話だけどそう考えている人は多いみたい)一人で暮らしだとわたしのしたことは全部わたしの責任になるらしいので、最近は常に逃げ出した���。思春期や若さを理由にしてどこか遠くへ逃げてしまうことは何もわるくない。ぜんぜんわるくない。寧ろそうするべきだとも思っている。一度離れ離れになることで改めて気付かされることや見えてくるものなんてたくさんあるし、それに加えて黒猫を相棒に迎えいれることがきまって、その子といっしょにふたりで(猫だから「人」ではないけど)暮らすことが決まったのでどきどきしている。もう失うものはない気がして、でもそれは自分がなにも持っていないからではなくて、幸せなことにたくさんのものを持っているからだということに最近気がつきました。毎日走ろうと思ってる、思ってるというか走っている。たくさんがんばって可愛くなるので、そのときがきたら誰かデートしてね
無題
つまらない文章しか書けなくなった。いや、そんなことはないんだけど、もしかしたら面白い文章を書かなくちゃと思うことがなくなっただけなのかもしれないけど、それでも書かずにはいられないほど心を動かされるものとかそれをさせてしまうくらいにわたしの大切なものをかき乱した嵐のような愛とか、水みたいにさらさらしてる美しい光景の数々とか、光とか風とか、なんかそういうの、そういうのに自分のからだとかこころを預けるのがこわくなってしまった。あっちへいったりこっちへいったり、そうしているうちに自分を見失いそうでこわい。だけど反面、もう自分のことで苦しまなくていいようにいっそのこと自分の存在とは程遠いなにかに染まってしまいたい。自分らしい自分なんて本当は存在しないのだとわかっていながらもそういったくだらない不安感をおぼえてしまう。というのも、たくさんの言葉とか音楽に触れているうちに、どんどん自分が感化に感化を重ねて変わっていっているのが自分でもわかっていて、だからもう昔書いていた文章は書けないし、昔捉えていた景色の感触も思い出せない。わたしが考えていることはすでに誰かが思いついていることで、でもだからといってその価値が下がるとかそういうことではないんだけど、時折それがすごくさみしくなる。なにかを表現することで、表現したくないなにかを誤魔化してきた自分が浮き彫りにされているようでとてもくるしくなる。ほんとうのわたしを認めてほしい、などと思うけど、同時にわたしのなにが貴様にわかるんだ、とも思う。自分のほんとうはどうしたいのかという気持ちをうまく掬いとってあげられないのがくやしい。思春期ってそういうものなのかなあ、こうやってぐるぐる変な渦に巻き込まれて、いつも自分だけど自分ではないなにかとすれすれになりながらもがいている。いちばん近いはずなのに、いちばん掴めない。なのに影みたいにしてどこまでもひっついてくるので厄介で。むかしの自分かもしれないし、認めたくない自分かもしれない。いずれにせよ、世界に翻弄されがちな自分の絶望や幸福を言葉や写真などに起こして大袈裟にしてみせる一連の行為に疲れてしまった。わたしはわたしに自分のことを認めてさせてあげたかったのだと思う。あなたの感じていることは言葉にされるに値することだと、慰めてあげたかったのだと。でも今はこうして文章を書くことで、言葉に残さなかったなにかが消えてしまいそうでこわいと思ってる。写真を撮ることで、写真に残さなかったなにかを裏切るような感じがしてこわい。それともそれはただ口実で、ほんとうはほんとうに一切のことに無関心になってしまったのかなあ。全てのことをどうでもいいと投げやりにしてしまうことで、失うものを少なくしたかったのかもしれない。そうすることがずっと強さだと思ってたけど、今もそう思っているところはあるけど、誰かにわたしのぜんぶを決めて欲しいなと思うけど、でも自分でちゃんとえらんでいきたいね。突き抜けたわたしの弱さを、考えすぎたよという言葉で突き放すひとたちはいたけど、それをわたしのいちばんの強さだと肯定してくれたひとは少なかった。考えすぎてしまうこと一般的にみていいことではないかもしれない。たしかにわたしは考えることで現実から目を背けているし、考えることであたかも自分が真っ当に生きていることを正当化しているし、考えることであなたに連絡したい気持ちやあなたに抱いてほしい気持ちを誤魔化しているけどそれがなんかいいなあっておもう。それがなんか、ちょっと可愛いというか、なんか人間味に溢れて嫌いになれない。ぐだぐだ空白を消費しているうちに、どうにもやりきれなくなって深夜にワンピース一枚でそとへ飛びだしたことがあって、そのとき足のくるぶしから太ももの内側へとひっつく夜の風のつめたさに今も慰められている。変わりたくない、と思うけど変わっていく自分を受け止めてあげられるだけの気持ちの余裕やそのかわりになにかを手放す強さとかそういうのを育てていかなくちゃいけないのだと思う。ちょっとだけかなしいけど、もしかしたらそれができた頃には、また遠い昔に出会えていた感動にまたはじめて「あたらしく」出会えるかもしれないと思うとちょっと頑張ってみようという気持ちになる。長々書いたけど自分でも一貫性がないことにくすりとしてしまう。ただの自分語り、あとでたぶん消しちゃうのでこれを読めた人はラッキー。あしたいいことがあるかもしれないね。
無題
ふわふわと遠いどこかを彷徨っているかんじで、それがちょっとだけ気持ち良かったり、気持ち悪かったり、こわかったり、かなしかったりした。一日中そんな調子だったのでひどくつかれた。わけわからないウイルスのせいで色々な部活の大会や練習が取りやめになった。期末試験もなくなって、これから空白の一か月間。放課後あちこちからだれかのすすり泣きとそれを優しく諭す声がきこえてきて、わたしは失うものなどなにもないのに、なにかを失ったような気分で、これを書いている今でさえ少し泣きそうで指が震えている。頑張って頑張ってさいごまで努力を続けてきたのに、こんなにも呆気なく終わってしまったことが悲しい。このままドミノ倒しみたいにたくさんの報道が、たくさんのだれかの涙が、自分の知らないところで募り続けていくことをかんがえただけでなんだか胸が空っぽになる。大した努力をしていないわたしが悲しむようなことでもないのかもしれないけど、それでもわたしは努力をしている友達の姿がだいすきだし、みんなの泣いている姿をみるのがつらかった。反面、涙を流せるほどの熱量をなにかに注いだ覚えもないことが余計にこころを空っぽにさせた。すこしだけ、この、世界がゆるやかにくずれていく様子に好奇心を覚えて胸が高鳴った瞬間もあったけど、やっぱりもっと美しいのがいいね。やさしいほうがいい。さいきん文章書いてなさすぎていかにも日記みたいな日記になりました。ぜんぶ大丈夫になりますように。
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台湾有事で米国は軍事介入をする
#櫻井よしこ
『週刊新潮』 2024年3月21日号
軍人と家族、37万5000人の頂点に立って世界の海の65%を守る米インド・太平洋軍司令官にサミュエル・パパロ氏が就任する。2月1日に行われた米上院公聴会でのパパロ氏の発言からは、中国の脅威に向き合う米国の本音が透けて見えた。
パパロ氏は6人の子の父親である。シングルマザーに育てられたが、母は「理髪店とメークアップセンターで働き詰め」だった。海兵隊の志願兵だった父は、後に造船所で働いた。パパロ氏はその父を尊敬し、大きな影響を受けたという。
パパロ夫人の今は亡き父も軍人だった。次期インド・太平洋軍司令官は軍人家族出身で自らも根っからの軍人である。親戚は皆ペンシルベニア在住で大家族の絆はとりわけ強い。
公聴会で氏は米国の最大の脅威である中国と、台湾への対処を質された。米国は現在、台湾に対して有事の際に米軍が介入するか否かを明確にしない曖昧路線をとっている。同政策について公聴会の委員長で民主党上院議員のジャック・リード氏がざっと以下のように尋ねた。
2021年、米国家情報長官のアブリル・ヘインズ氏が、対中政策は曖昧路線がよい、介入路線を明確にすれば中国は、米国が中国の台頭を力で押さえつけようとするとの確信を強め、世界各地で米国の国益を損ねる動きを取り、国際情勢は不安定化すると語った。この考え方をどう思うか、と。この問いに対するパパロ氏の返答については後述する。
ヘインズ氏の役職、米国家情報長官は中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)など全米18の情報機関・部局を監督するものだ。比類なく強力なこの地位に、ヘインズ氏は3年前の21年1月、51歳の若さで就任し初の女性長官となった。彼女の進める情報開示路線と、台湾有事に関する情報非開示の一例である曖昧路線はどう折り合うのか。
バイデン政権誕生と同時に情報長官に抜擢されたヘインズ氏は安全保障担当補佐官、ジェイク・サリバン氏やCIAのウイリアム・バーンズ長官らと共に、インテリジェンス・コミュニティ(IC)の情報の取り扱い方を変えようとしてきた。
ICといえばとかく秘密のベールに包まれた特異で暗い世界だという印象が強い。しかし、これを基本的に開放しようというのだ。
「大統領への報告」
プーチン氏がウクライナ国境にロシア軍を集結させ始めた21年秋、米国がウクライナ当局にロシア軍の異常な動きに関する情報を度々示し、国際社会にも公開し、ロシアが侵略すると警告したのは周知のことだ。
当時世界は、米国がインテリジェンス情報をここまで開示するのかと驚いたが、今もその開示路線は続いている。今年2月29日、ヘインズ氏がニューヨーク大学法学部で1時間強、語った。
「米国のICは議会と多くの情報を共有している。日々、時には刻々と報告を上げる。しかしそれでも十分ではないという感じがある」
つまり、議会はもたらされた情報に的確に対処していないということだろうか。彼女は秘密解除と情報開示に至った道筋をウクライナ侵略戦争を例にして語った。
「ロシアが大規模侵略を考えていることを示す情報が集まり始めた。我々ICの中でも『これは本当にそうした意味なのだろうか』という驚きがあった。『プーチンは何をしようというのか』『(ウクライナの国境に向かって)南下するのは(侵略の他に)何か理由があるのではないか』などの見方もあった。しかし我々の中でプーチンは侵略するつもりだという確信に至った時、大統領への報告に踏み切った。大統領が『情報を同盟国、同志国に伝え事態が起きたらどうするか、話し合いを始めなければならない』と言ったのを明確に記憶している」
ブリンケン国務長官、サリバン安全保障担当補佐官、オースティン国防長官らは、各国との話し合いを経てこんな返事をもたらした。
「同盟諸国はこの情報を疑っており、プーチンの侵略なんて起きないと考えている」
バイデン大統領が情報公開に踏み出すと決断したのは右の報告を受けたときだったとヘインズ氏は言う。
「もっと広く、情報をシェアしなければならない。米国のインテリジェンス界は各国のカウンターパートと会話して、我々の情報の意味を彼らに理解させ、その国の指導者に納得させなければならない」と大統領は語ったという。
ヘインズ氏は、米国の情報世界はいま質的変化を遂げつつあると指摘する。「情報透明化計画」の下で情報の秘密解除が進められており、安全保障の重要性がいよいよ高まる中で、世の中にもっと多くの情報を伝え議論を深めていくことが、より良い結果につながると米国は考えている。
偽情報で汚染される選挙
国際社会は今、中国、ロシア、イラン、北朝鮮などによる偽情報を強く警戒する。民主主義社会の根本をなす選挙が彼らの偽情報で汚染され世論決定の主導権を握られてしまう。防戦するにはこちら側の真実、ICの持つ深い情報を広く知らしめることが大事だ。米情報界の秘密解除と情報拡散政策には非常に大きな意味があるのである。
もう一点、公開の場での討議はICにも参考になる。彼らの考え方や判断にも影響を及ぼし、彼ら情報世界の人間が独善的になったり暴走したりするのも抑制されるだろう。
ヘインズ氏はロシア、イラン、中国を米国の3大脅威とし、最も警戒すべきは中国だとしてこう語った。
「米国の未来に中国の存在は基本的に欠かせない。侵略への抑止力と、協力可能な分野での協調力を両軸として、米中は最終的に平和共存し、幅広い繁栄を共有する土台を構築するよう目指さなければならない」
同時に彼女はこうも断言した。
「習は(台湾侵攻に)非常に真剣だ」
ここでパパロ氏の話に戻りたい。対中政策は曖昧路線がよいとするヘインズ氏の考え方に対して、パパロ氏は淡々と述べた。
「インド・太平洋軍には曖昧さはありません。台湾関係法で我々の使命は明確です。台湾が事態発生に際して自衛力を持てるよう支援します。台湾海峡問題を力で解決しようという試みには、インド・太平洋軍が台湾支援に赴く準備も整っています」
リード氏が重ねて尋ねた。外交レベルでは曖昧性があるが、貴下の司令の下では侵攻には軍の積極的戦闘も含めて全ての可能性に対応する準備が出来ているということか、と。
「イエス、サー。明確です。使命の焦点は合っています」
米国の台湾政策は政治的には曖昧戦略だが現場は極めて明確だ。パパロ氏の公聴会での発言は非常に重い。
バイデン氏は中国が台湾有事を引きおこしたとき米軍は介入するのかと問われ、これまで4回、「イエス」と答えている。バイデン・パパロ発言を合わせると、米国の真の台湾政策は有事介入だと見るべきだろう。
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その女性は、母親の後を追うようにインタビュールームに入ってきた。伏し目がちで、どこか自信のなさそうな顔をしていた。
カメラを向けると、彼女はロックをかけたはずの一つ一つの記憶を呼び覚ましながら淡々と、時折涙を流しながら語り始めた。
おととし7月、三重県内に住んでいた当時高校3年生だったAさんは、同級生の男性と交際を始めた。当初は優しく、面白かった彼が豹変していったのは、交際1か月が経過した頃だった。
■“1か月記念”のデート 公衆トイレで同意ない性行為
彼の高圧的な口調や態度が増え、彼女は次第に恐怖を覚えるようになっていったという。
しかし、その頃には彼による精神的な支配が始まり、彼女は「NO」と言えなくなっていた。そして、性の支配が始まっていった。
交際1か月後の真夏の8月。「1か月記念」と称したデート中に、自宅近くのグラウンドの公衆トイレでいきなり服を脱がされ、性的暴行を受けた。
同意のない中での突然の性行為、Aさんは3日間出血が止まらず、腹部や局部の痛みが続いたという。
しかし、そこから男子生徒の性的暴行は日増しにエスカレートしていった。
■“教室”や同級生が集まる“実家”でも…
学校の空き教室でも性行為を強要された。
ある時は、通学路にある公園の公衆トイレでも無理やり服を脱がされた。犬の散歩をする人の視線もあったが、それ以上に怖くて抗う勇気がなくなっていた。
彼の実家でも体を強要され、しかもそこには同級生の男女も集まり、見世物にされた。正確な回数は記憶していないが、記憶のあるものだけで行為は4ヶ月間で20回以上に及んだ。
「別れたい」と告げると謝り、「別れるなら死ぬぞ」と逆に脅してくる。「今度こそ改心してくれるはず」と信じて交際を続けても、優しいのは最初だけで態度はすぐに元に戻った。
関係はずるずると続き、Aさんが初めて被害を母親に打ち明けたのは、木々が色づいた11月下旬だった。
■“いじめ重大事態”として扱って欲しい 学校に働きかけたが…
母親はあまりの内容にパニックに陥ったという。しかし、そこから娘を助けたいと動き始めた。
母親は「性被害に遭う前は笑顔が絶えない、何事にも積極的だった娘は、いつしか無表情で、無気力になっていた」と振り返った。
相手は同級生で、学校内で起きていること。両親は「いじめ重大事態」として扱って欲しいと学校へ働きかけたが「生徒間のトラブルではなく、男女間のトラブル」と、学校ではなく警察が主体的に調査すべきではないかと回答してきた。
藁にも縋る思いで警察に被害を訴えても「交際していたのだから、性行為は合意していたのでは?」「警察ではなく、学校側が主体的に対応すべきではないか?」と、回答してきたという。
■男子生徒の両親「付き合っていたのなら合意のうえでは?」
内容からすれば「不同意性交罪」にあたるが、この法律が施行されたのは去年7月。おととしのこの件は、時期的に適応外になる。また、夫婦間ではなくカップル間の行為だったため、DV防止法も適応外になるという。
男子生徒の両親にも謝罪を求めたが、「付き合っていたのなら合意のうえでは?」と取り合わなかったという。
「私たちはどこに被害を訴えればいいのですか?」親子は涙を流しながら、悔しさを滲ませた。
■女性は一時不登校に ふとした瞬間に蘇る記憶
結局、男子生徒は一時的に自宅謹��の処分を受けたが、それ以上の追及はなく、相手側からの謝罪もなかった。
一方で、女性は成績も悪くなり不登校になったが、卒業後は大学へ進学した。しかし、彼女の心の傷は今なお癒えない。ふとした時に、あの時の出来事が鮮明に蘇ってくるという。
性的被害を受けるまで、二人で一緒に下校したり、花火大会に出かけたりする程度の関係が一変した。交際はしていたが、性行為に同意はなかったという。
両親は「いじめ重大事態」として扱って欲しいと、学校側と協議しているが、事態は遅々として進んでいない。客観的なメンバーによる第三者委員会を設置して、公正な判断を求めているが、未だ納得のいく回答を得られていないという。
事態が進展せず、Aさんの心も回復しないまま、時間だけが経過している。
取材:CBCテレビ報道部 大石邦彦
「1か月記念」のデートで“性的暴行” 優しく面白かった同級生が豹変 女子高校生への支配は教室でも…母親は“いじめ重大事態”の調査を訴え【大石邦彦が聞く】(CBCテレビ) - Yahoo!ニュース
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【報告】NO MORE OLYMPICS!NO MORE IOC!ぼったくりバッハ断固拒否デモ!
(Photo by @ken123)
10月16日、東京五輪1周年記念事業の一環として「東京レガシーハーフマラソン」が開催され、さらにIOC主催の「Thank You TOKYO」Festival&Ceremonyが行われ、あのぼったくり男爵、IOC会長バッハが来場すると聞いた。
私たちはいつまでオリンピックやIOCの食い物にされなければならないのか。居ても立っても居られずデモを行うことにした。
ところが、IOC会長バッハは直前の10月3日に来日中止を発表。「スケジュールの都合」などと言われているが、この日の来日は今年初頭から決まっていたこと。9月に札幌市長とのローザンヌでの面会をキャンセルしたことからも推測すると、おそらく、いま連日報じられている東京五輪汚職の火の粉が自らに降りかかること、批判の矛先を向けられることから逃げたかったのだろう。なんとも卑怯だ。
しかし、盗人たちからサンキューなどと言われて黙っているわけにはいかない。私たちは予定通りデモを決行することにした。50人が結集した。
JOCビル前には公安がずらり。
さらにオリンピック・ボランティアの青いユニフォームに身を包んだ集団が、ファイブリングスのモニュメントと共に記念撮影をしようと列をなしていた。あれほどオリンピックに搾取されながら、いまなお有難がる者たちがこんなにいるとは世も末だ。
その薄気味悪い空気を打ち壊すように、デモ参加者と、そして10月10日のおことわりんくの抗議行動で爆誕した五輪戦犯7人衆のパネル+森喜朗の胸像が現れた。
(Photo by @ken0123)
デモ前の小集会では、小池百合子に扮した何者かが現れ、築地を破壊しプロポーザル契約によって70年間民間管理させることにしたこと、新国立競技場のために潰した明治公園をおしゃれなカフェやアウトドアショップだらけの広場に再開発することなどをオリンピックの成果として自慢げに演説。ブーイングと共にその場を後にした。
続いて、賄賂疑惑のマスコット、ミライトワとソメイティが登場。風の精の力も借りつつ、いかに東京五輪が汚職にまみれたものだったかをわかりやすく解説し、最後は「オリンピックを応援したのは間違いだった」と改心し、NO THANK YOU TOKYO! ABOLISH THE OLYMPICS!と声を挙げた。
そしていよいよ新国立競技場を2周(!)するデモ出発!オリンピックはどこにもいらない、の声が高らかに響き渡った。
オリンピックいらない!どこにもいらない!
パラリンピックいらない!どこにもいらない!
オリンピック災害終わってないぞ!
札幌招致を今すぐやめろ!
オリンピックは金まみれ!
オリンピックは嘘まみれ!
新国立競技場には、何箇所か競技場内に通じるゲートがある。その前では特にコールに熱がこもった。
No More Olypmics!
No More Paralympics!
IOC, Go to hell!
公園返せ!
団地を返せ!
住まいを返せ!
暮らしを返せ!
命を返せ!
新国立競技場を2周する長いデモ。途中にはアルプスの少女ハイシ(廃止)による歌も!
♪オリパラはなぜ いつまでもおいしいの
あの人はなぜ 逮捕されないの
おしえて安倍晋三 おしえて警視庁
おしえて組織委森喜朗
♪TOKYOがなぜ Thank youと言われるの
バッハはなぜ ここに来なかったの
おしえておじいさん 教えてIOC
おしえて都知事の小池さん
♪お客さんなぜ 参加費が無料なの?
アスリートなぜ 笑っていられるの?
おしえてオリンピアン
おしえてメダリスト
おしえて楽しめるそのわけを
後で知ったことだが、7月23日のオリンピック1周年記念セレモニーと同様、この日のThank You TOKYOセレモニーでまたしても安倍晋三への黙とうが行われたという。国葬まで強行しておいて、何度弔わせれば気が済むのか。何重にも許しがたい事態だ。
しかし痛快なことに、その瞬間「黙とうの静寂を切り裂くように、「札幌五輪いらない!」などの怒声が響き渡った。黙とうが終わると、約1万人の観客はどよめき、騒然となった。(デイリースポーツ)」という。オリンピック・パラリンピックに社会をズタズタにされた私たちの怒りの声が、オリパラを称え、オリパラを推進した者を称える醜悪な企みを打ち破った瞬間だ。
また、直前になって逃げ出したバッハはビデオメッセージで、「世界的なパンデミックという背景がある中で、東京で皆が一つになる様子はまさに魔法のようでした。私は永遠に感謝します。ありがとう東京、ありがとう日本」などと語ったという。
私たちは一つになどなっていないし、世界的なパンデミックという背景がある中で、あらゆる社会資源を私たちから奪って強行されたオリンピック・パラリンピックを決して許さない。もちろん、オリンピック・パラリンピックがパンデミック以前から私たちの生活を踏みにじり続けてきたことも許さない。サンキューなどと言われる筋合いは一ミリもない。そのことを堂々と訴えたデモとなった。
デモの報道
五輪1周年イベント 冒頭で安倍元首相に黙とうも 反対派デモ響く 観客騒然/スポーツ/デイリースポーツ online (daily.co.jp)
東京オリパラ1周年 バッハ会長「東京が一つになる様子は魔法のよう」 安倍前首相に黙祷も― スポニチ Sponichi Annex スポーツ
東京新聞 こちら特報部「『金まみれ』政治の責任は 消えない『30年札幌有力』1周年イベント合わせ反対デモ」
ところで、デモのあと何人かの仲間が五輪オブジェの前で写真を撮ろうとしたところ、JOCの警備責任者を自称する人物が、あんたたちはダメだと妨害し、あろうことかミライトワの頭をはたいて被り物を奪い落とすという暴力を振るった。また、アルプスの少女ハイシが手に持っていた紙をプラカードだと言って強引に奪い取ろうとした。
五輪オブジェには昼間からたくさんの人々が立ち入り、記念撮影を行っていた。五輪に反対の表現をする者だけ排除するというのは非常におかしい。
また、この人物は、自らの氏名も役職も一切明かさない一方で、私たちをJOC前の広場から締め出し続けている。そして、これまでも抗議行動参加者を「転び攻防」で陥れようとする、オリパラ反対署名の受け取りを拒否するなどの問題行動を繰り返している。(参照)
元々は都立明治公園こもれびテラスという公共空間だった場所が、オリンピックを契機にJOCに奪われ、今は一体何の権限があるのかまったくわからない暴力的な人物の独断によって支配されているのである。これもまたオリンピック・パラリンピックがもたらした最低最悪のレガシーの一つである。
10月16日NO MORE OLYMPICS!NO MORE IOC!ぼったくりバッハ断固拒否デモ・動画はこちら
①NKさん
②KENさん
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コロナ委員会分裂?
コロナ委員会の活動に希望を繋いできたため、「噂」を聞いて不安になった方も少なくないと思います。
今現在は、両側の言い分が一応公開され、提示されていた事実上の金銭関係の問題はまだクリアにはなっていないようですが、コロナ委員会はヴィヴィアーネ・フィッシャー弁護士の意向で継続され、ライナー・フュルミヒ弁護士は独自のプロジェクトに既に邁進しています。
私としては、あまり心配しなくても、真実は自ずとあきらかになっていく感触がしていますが、それは私がナマのドイツ語で二人の言い分を聞けているからかもです。
ここでは、どちらにつくこともなく、それぞれの言い分を和訳しますので、その後の判断は皆さん各々におまかせします。
動画に字幕を付けると作業に時間がかかるため、とりあえずこのまま投稿しますが、本人たちの表情も見たほうがいいかも知れませんので動画も添えました。
翻訳:ALAE PHOENICIS
テレグラムチャンネル:https://t.me/alaephoenicis
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、ヴィヴィアーネ・フィッシャー弁護士が、最初に突然公開した動画。
和訳:
ライナー(以下R)とは上手くやってきたし、多くのことを暴いて、戦略的にも正しい決断をしながら、成果を出してきました。
Rはカリスマ性、機敏さ、雄弁さ、それに加えて英語に長けているので、素早く要点を抑えてくれて、たいへん役に立ってくれました。
ここまで一緒に達成出来て、嬉しく思っている。
しかし、残念ながら、私がこれまで、法と正義の為に共に闘ってきたRから得ていた印象と一致しない残念な事態が発覚しました。
コロナ委員会での、当初四人の弁護士で取り決めた規定に言及しますと、これは私が書いたものですが、条件として、「私たちの誰もが謝礼を受け取ってはいけないし、サービスに対して過大な報酬を受け取ってはいけない」ということを決めました。また、「財産拘束」というものもあり、つまりもしコロナ委員会が解散するようなことになった時、個人に配分される財産は生じない、というものでした。
ここで、発覚したのはRが毎月、自分の法律事務所からコロナ委員会に請求書を提出していたことです。金額は額面(つまり税込みで)2万9,750€で、これは支払われていました。
彼と、元々彼の友人で、コロナ委員会の会計を頼んでいた会計士が共に、この請求を承諾していましたが、この請求内容は「メールの処理業務」となっていることが発覚しました。
しかし、Rはコロナ委員会の公のメルアドにアクセス権はないし、メールの処理をしていませんでした。
そうではなく、請求内容は彼の弁護士事務所に来ていたメール処理の費用でした。
私には、その様な規模で業務が実際になされていたという想像が出来ないので、そのお金は彼個人に入っていたという疑いがあります。もしくは、関係者たちに過大な報酬が渡されていたこともありえます。
コロナ委員会のメールアドレスに来たメールは、2年間私の友人が月々800ユーロの謝礼で対応していましたが、私自身、ヴォーダルグ医師、ウルリケ・ケマラー教授、マーティン・シュワブ教授等等にも、受信メールを配分して処理してもらっていました。
つまり、この機関にRの事務所に支払われた積み重なった多量の金額は、65万ユーロに上っています。このお金は、メール処理業務のためではなく、人々の啓蒙のために使われるべきものでした。
その他の問題点は、我々が流動性準備金を設置したことです。
70万ユーロがRの名義で保管されましたが、これは要求が生じた場合に応じて、常時返金されることになっています。
委員会は、アルネ・ブルグハルト教授の「病理学会議」他、プロジェクトに資金を必要として、Rに返金を要請したところ、彼は支払えませんでした。
そのお金は彼の不動産につぎ込まれ、返済ローンが残っているとかで出せないというのです。
私は仰天して、取締役として安全を図るため、すぐにでも土地代金の取得とか、公証人による認証の実施を行うよう要請しました。Rは丁度、この家を売却するところで、米国に移住する予定でしたので。
そこでRは急に防衛的になり、8月に売却されると言っていたのに、いまでは10月だと言っています。
しかし、この家は土地代金の借金があったりで、委員会に返すお金が出てくるのかどうか…
もしかすると、彼は他のソースからこのお金を返せるのかも知れませんが、どちらにせよ、何度も問い合わせましたが、いまの時点ではなんの進展もなく、彼は自己防衛的で、信頼関係の回復に向けようという姿勢がないので、現在の状況には非常に負担がかかっています。
…
と云う具合に、「返すべき金額を変換し、委員会が予定しているプロジェクトを実行出来るようにして下さい。お金を触れない所に置かないで下さい。」と語っています。
「数週間、ゲストを呼んで、Rなしでも上手く続けています。そうやって真実の調査のために努めるのがコロナ委員会の本来の機能で、今後もそうあり続けます…。恐らく、次の数週間は非常に重要な時期となりますので、今後もこれ迄と同様の強度をもって取り組んでいかないと。その他の重要な方々も協力してくれています」
「私自身は決意を固めた戦友と共に頑張っていると思っていたので、このようなことが発覚すると露ほどにも思っていませんでした。ここでエラー修正を展開することになります。ライナー、委員会が前進できるよう、返すものを返して下さい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次に、ライナー・フュルミヒ弁護士の説明。Bittel TVのロジェさんがインタビューにあたりました。非常に長いです。
まず先に現状描写:現在、コロナ委員会側からはフュルミヒ弁護士は四面楚歌の状態。ヴィヴィアーネの他、コロナ委員会に従事していたその他の弁護士たちも「フュルミヒ氏から距離を置く」と声明を出しており、ライナーとヴィヴィアーネをつなげたヴォーダルグ医師も「金のことをはっきりさせるべき」としか言っていません。コロナ委員会に協力していたビーレフェルド大学のマーティン・シュワブ教授は(多分ライナーのコネだったのではないかと思いますが、)「委員会内の対立には言及しない」と第三者の立場を守っている。
ライナーの主張では、集団訴訟の件とコロナ委員会の件は「別々」。
これを混同させて、委員会の内部分裂と関連付けるような公式メディアでの情報拡散があり、これは意図的にライナーを攻撃する「悪意」だとのこと。
Bittel TVでのライナーの説明の前日にはライナーとヴィヴィアーネがダブルで代表者になっていた政党Die Basisの上層部会議があったとのこと。この会議はヴィヴィアーネがビデオ声明でライナーを晒者にした後にあった様子。
ライナー(以下R)
ヴィヴィアーネ(以下V)
ヴォーダルグ医師(以下W)
和訳(一部解説を追加):
ライナー(以下R)の説明:
誹謗対象にされた3つのテーマ
法律事務所での業務
委員会の資金から70万ユーロがRに預けられたこと(しかしVにも10万ユーロが預けられたが、そのことを彼女は公開動画では話さなかった)
金塊
法律事務所での業務
彼女の説明ではまるで自分(R)に何らかの捜査が行われているかのように印象づけられた。
RはVとはそもそも最初からVとはやりにくさを感じていた。Vの仕事の仕方は混沌としていて、系統だった話し方、行動が出来ない。また、いまの立ち位置から目の前の壁までしか考えない。
コロナ委員会では毎週金曜日に撮影に招待された専門家たちとのミーティング。
常に、R、V、会計士「コーヴィン氏?」とで毎週月曜に「戦略」をねって、準備。
しかし、Vはそれには2〜3回参加したぐらいで、大抵「風船を飛ばすイベント(民衆啓蒙のため?)」だとか、「病院を設立したい」、「放送局を作りたい」とか…自分の創造力を狭い視点の人たちに見せて希望を持たせるような、何か別の用事があると言って欠席。
C委員会は、当初4人の弁護士
ライナー・フュルミヒ
ヴィヴィアーネ・フィッシャー
ユストゥス・ホフマン
アントニア・フィッシャー
が公式に記者会見をした。Rはゲッティンゲン(西ドイツ)がドイツの拠点で、他はベルリンに居た。
R曰く、事実上ベルリンには誰一人としてコロナ委員会に従事している人は居なかった。
委員会が開設した直後、2−3週間でメール&電話の問い合わせが殺到、それに十分対応出来る人員が足りない。たまに返答できるか、もしくは返答が遅れた。
当初、全ての電話がVの携帯に転送されたが、Vは四苦八苦。
「どうせ出られないのだから、留守電にして割り切らないといけない」とR。
次にメールボックス。V彼女はそれも「たまに」しかチェックしないので、そのせい彼女自身のプライベートの支払いが遅れて口座が一時差し押さえになりかけた。
こうした状況下において、C委員会と連絡を取ろうとした人たち − 寄付したい人、情報提供者、支持者たち… − は、ベルリンでは行き詰まった。
Vの法律事務所とされているアドレスはあったが、それは弁護士用のサービスに委託式の実態のない住所で、秘書も居ないため、セキュリティがしっかりしている電子ポストが設けられているだけで、押しかけても誰とも会えない。
それで、人々は「おや、もう一人フュルミヒとかいう弁護士がいるじゃないか」となった。しかも、彼女はコロナ前は無名だったが、僕は知る人ぞ知る弁護士でIT設備を整え、会計士もいるきちんと組織化した法律事務所で、雇用弁護士たちも居た。ここに押し寄せる人たちが居たので、僕の事務所の人に「R、なんとか誰かを雇ってこれに対応して欲しい」と言われた。それをVに訴えたが、彼女は「実務」に関心を示さず、何も起こらなかった。それはコロナ委員会のミーティング動画でも伺えるはず。スマホを見て上の空だったり、途中で部屋を出て誰かと電話したり。僕が内心怒り心頭だったのは、時にバレていたと思う。
時間と共になんとかなるどころか、悪化するばかりだった。この2年間処理したメールの数は34万。
Vが言うように彼女の学友が多少のメール処理をしてくれたかもだが、ベルリンで誰かがプロフェッショナルに処理していたなら、34万件もうちには来ないはず。
勿論Wもメール処理はしてくれたが、3千件も来ているので扱いきれないと言っていた。
マーティン・シュワブ教授も処理してくれたが、彼は賢いのでプロのヘルプを雇って仕事として支払いがなされた。
朝の4時半からキッチンに座って、誰にどのメールを処理してもらうか仕分けしてくれた人も居る。
僕自身も毎日100件ぐらいのメールに応答。
電話を掛けてくる人は恐ろしくストレスが溜まっていて、心理カウンセラー並みに対応せねばならないので、5分では済ませない。
Vのバーチャル事務所に来る郵便は差出人に送り返され…とにかく全くのカオス状態だった。
その間、僕自身が出来なくなった別件の仕事を、別の弁護士を雇って裁判所へ代行してもらったりした。
Vには状況を幾度も伝えたが、彼女は自分のアイデアを実行してもらうことにしか興味がなかった。
彼女の提示したRの法律事務所への支払い額も間違っており、あれは3万2500ユーロ、それに「旅費」も加わった金額。最初のロケーションから別の場所に移転し、そこへ行くのに僕には旅費が余計にかかった。週一で時に宿泊も必要。
次の疑問は「Vはこれらの支出について知っていたのか」で、当然彼女は知っていた。
何度も、このことについては文句たらしくではなく、落ち着いて「いい加減にプロとして処理する人を雇わないと」と彼女と話をした。
それでも既に従事している者たちには報酬を支払っていたので、持ち堪えていた。それをVはずっと知っていた。
まるで、無邪気な子供のように「今迄気づかなかった」ふうに話しているが、そうではない。
相応の法律事務所は無くても確かに彼女は弁護士ではある。他、国民経済学士の称号もあるし、帽子デザイナーでもあり、そういう自分への承認欲求もある。
会計士は全ての数字が記載された2021年の年度決算を、僕と彼女に見せて説明し、国民経済学士としてそれにサインをした。後になって無邪気に「知らなかった」と子供に戻ることは通用しない。今はまるで、思い通りにならないのなら全部壊してやる、といった子供じみた癇癪を起こしているかのようだ。
会計士が「弁護士費用」としたものには、実際にはコミュニケーション費用で、これは「顧客リレーション費用」ともいう。我々は企業ではないが寄付者を顧客とすればそうなる。顧客、つまり寄付してくれる人がどうでもいいなら、寄付窓口を設ける意味がない。
僕らはそれを真剣に受け取めてきた…未だに真剣に受け取めていて皆変わらず問い合わせに対応して働いているのに、Vが今すべての資金繰りを停止させている。一体「金のめぐり」を妨げているのは誰なのか。
70万ユーロの件
委員会の口座は幾度も差し止めにあった。まずRの同僚の名義で作った口座が差し止めに。その他の予備口座も全て解約されてしまった。次に(Rには不本意だったが)Rの名義でも口座を開いた。Vには何度も「コロナ委員会をちゃんと登記して、独自の口座を設けるように」と言ったが…メールボックスも空に出来ない、電話にも出れない、メール返信もしないVなので、やらなかった。
2021年末には、Rの口座も解約されてしまった。遅くともそれまでには、彼女はその口座に何が起こっているのか見ているはずだ。それに気づかないなら、よほど…もう精神異常としか云えない。会計士が詳細説明した年末決算にサインをしたし、口座も覗けたはず。昨日の政党会議でも「V、この半年間気づけたはずだろう?今年も9月になって、なんで今頃になって騒ぎ出したんだ?」と不思議がられていた。「年末決算も見たんだろう?」と言われ「そうね、もっと注意して見ておくべきだったわ」、と都合よく「無邪気な子供」に戻るわけだ。
しかも、RのもとにVからのテキストメッセージで、「R、あなたの法律事務所宛の『弁護士費用』はもう支払えません。寄付金の収入が少ないからです」と届いていた。それはどういうことか?つまり、彼女は口座からそれが支払われていたことを、見て知っていたということだ。
寄付金が少ないからと、対応処理業務を止め、寄付してくれる人たちとの交信をやめたら、なおさら寄付は入らない。彼女の言い分は「寄付金はもっと重要な企画に使いたい」とのこと。どんな重要な企画だ?風船イベントか?告知しただけで実現していない労働組合や病院設立か?それとも世話をしないまま放置しているラジオ局か?ジーザス・クライスト!
(Rがちょっと毒づき始めたので、インタビューアのロジェさんが相当当惑した様子で、言葉を挟んだ:「Vの公開した動画に自分は正直驚いた。こういうことは内部で解決すべきこと。夫婦喧嘩のようなものでこれを一方的に公開された君(ライナー)としては、自分の言い分ものべたいのはよく分かる。しかし、できるだけ事実関係だけに留めてほしい。後日気持ちが落ち着いてから改めて話すことにしても良いし。た��、せっかく皆の希望を繋いできたC委員会なのに、このムーヴメントに害が及んだことは事実で、それが残念。だからこれをどうするのかを考えていくべき。ムーヴメント自体だけが大事で、Vや君の個々のエゴを満たすことではないはず。Vが何を考えているのかは覗き込めないし、とにかく彼女の一方的な公開は僕には理解できないが…大事なのはこれからどうするかだ」)
R: 今の状況では、僕からの釈明をまず公開する他、残されていないだろう。
では、70万ユーロと「金」の件。
2020年末、「民主主義のための医師と科学者」というバクディ教授も重要な役割を担っている団体があり、そこの口座が差し押さえられ、従事者に報酬が払えなくなった。委員会でもこのようなケースについて情報を扱ってきて、分かっているのは司法もそうだが行政があらゆる所に介入して恣意的に支配を行使するということ。C委員会もいつか口座が差し止められることを懸念し、もしもの時に支払いが滞らないよう、委員会の資金を一部別にプールすることに。
Vは10万ユーロ(このことを彼女は自分の公開動画では黙っていた)、Rは70万ユーロをプール。しかし単に引き出したのではなく、きちんと貸付契約をして、委員会が必要な時に取り戻せるようにした。「委員会」というのは公式にVと僕のものだし。
この70万をRは自分の不動産に退避させた。
彼女は僕の知るところなく、まるで自分にその権限があるかのように僕の司法書士を言いくるめて、このRの不動産契約を覗き込んだ。
それはまるで、僕が彼女の婚姻契約を覗き込んで、公に語るようなものだ。
この不動産の価値は70万を遥かに超える。つまり、この不動産は価値保管場所としては安泰。
それに対して彼女が動画で語らなかった10万は、同様に貸付契約で取り出したのだが、その金は彼女は生活費として必要としていた。本人はまるで霞を食って行きているかのように「いいえ、お金は全て委員会に費やしています」と言っているがちがう。それで彼女を非難しようとは僕は思っていない。
僕の70万はこの不動産価値が遥かに上回るので、流動性問題が起きたのなら何時でも委員会に戻すことが出来る。
この不動産を売却予定し��いるのは、彼女が推測しているように僕がドイツから亡命しようと思っているからではない。誰でもこの時期にはどこかに移住すべきか頭をよぎらせただろう。彼女だってロバート(Robert Civis映画プロデューサー)というパートナーとインドへ移住を考えていた。(このロバートに言及したとき、Rは一瞬口ごもり、何か話しかけて顔をそらし、やめた。リンク動画の22:27辺り)
僕のような、世間の標的になる立ち位置の者ならなおさら真剣に移住について考えるもの。クラスアクションを推進したいので米国に数カ月は行くことになる、また独自の調査委員会も設立したい。しかしドイツにある法律事務所は存続させるし、ドイツを去る気はなく、エネルギーは米国でのクラスアクションに注ぐ予定。
例の不動産を売却することにした理由は3つある。
ひとつには、スチャリット(バクディ教授)が正しければ − そして僕は彼が正しいことを疑っていない。なぜならマイク(イェードン博士)もその他多くの科学者も同様にmRNAに関する意見が一致しているからだ − 今後も多くの死者が出て人口は減り、不動産の価値は急降下する。
ふたつ目は、これから利子が上がるため、資金提供が必要な人は不動産など買えなくなり、不動産価値が揺るぐ。
みっつ目。予防接種の被害は、負担調整法を通じて補償されなければならず、不動産には強制保険の抵当権が設定され、実質的に不動産の価値を下げることを計算に入れておかなければならない。
この3つの理由以外の何もなく、妻と話し合って「この不動産は売ろう」と決めたが、僕の法律事務所から収入もあり、次の不動産も買う余裕が自分にはある。
C委員会にこれまで流動性問題が起きたことはないので、当分プールした金を戻す必要も今はない。
しかしVは、あの10万ユーロが「生活のために急遽必要だ」と言っていたが、僕の不動産のように、それを委員会へ戻す保障をもっていないはず。
これは言及したくなかったが、以下のことが起こった。
僕を70万のことで攻撃するために、Vは自分の10万を「お金」として全く返すことなく、7万だけの帳尻合わせをした。
彼女が自ら話したのは、何らかの「価値資産を流動化して返金した」というが、僕が確認したところそうでななく、彼女は書籍を前売りした。
この書籍はC委員会、つまり僕と彼女のこれまでの歩みを本にしたもので、これを前売りすることで彼女は7万ユーロを受け取ったが、その見返りとして8月には書籍を出版する義務がある。そのためには本を印刷せねばならない。ちょうどその金額が印刷に必要だが、そこへは回せないので、それこそが未だに本が出版出来ない真の理由だ。
(このRの暴露内容に関して、Vは動画で「本が出荷出来ないのは、今の状況変化で序章を書き直さなければいけないからです。皆さんもう少し待って下さい」と笑顔で語っていたが、Rは)まるで僕のせいで著作権に問題が生じて出版が遅れているみたいに話していたが、彼女はこれに関する契約も自分でやったので契約上何でも出来る権限はあり、僕には妨害する理由は何もない。僕はこの本には関心がない。
(ロジェ:本に関しては、彼女に全て権限があるの?」)
R:全て彼女にある。動画で「序章に何か追加しないと」とか言っていたが…そうだな、僕は付け加えたいことはあるかもね。あの本の中でさも立派で興味深いかのように描かれている男(ライナーのこと)は、実際は詐欺師だったとなれば、あの本は恥辱でしか無い。しかし一寸先しか見据えずに『これは素晴らしい本です』と言っておいて、次の瞬間に「おや詐欺師の話だった」となると本を売れなくなるのは当然だ。なのに出版できない理由が僕のせいみたいに言うのは誠実とは云えない。馬鹿馬鹿しい。
7万はそうやって委員会に戻せても、まだ彼女が返せていない3万が残っていて、今の時点では彼女を信頼するのは難しい。
どのみち、これは非常に図々しい嘘物語だ。彼女は精神的に問題はあったとしても、頭はキレるので事実を上手いこと歪めて穏やかで善意の人たちを操ることが出来る。
金塊の話
委員会の資金は、当時既に委員会を離れていたユストゥス(ホフマン氏)も知っていることだが、彼女が金の購入に当てた。そうすることで所在が明らかにならないので、公署官庁の触手から逃れることも出来て安全なので。また、金の価値も上がったので、賢い選択だった。
この金塊はまず、Vも知っているある女友達に預けられた。他人が誰も想像できない場所だった。
僕が米国に滞在中、この女性から興奮気味に電話があり「ねえライナー、Vが(一年以上前から付き合っている)ロバートとやってきて、金を持ち帰りたいと言っているんだけど」という。僕は「Vがそうしたいなら…ただ、普通の自家用車で金を運ぶのは安全とは云えないが」と答えた。
Vと協力し始めた当初から、彼女は思い通りにしたいことがあると、「だって私はこうしたいのだもの!こうしないとダメ、すぐにやらないと!」とストレスを掛けてくるので、この際些細なことで揉めたくなくて、女友達には金を渡すように言った。
するとVとロバートは、この女性のところに本当に金が保管してあったことに酷く驚いたらしい。どうやら僕が金を盗んで米国に渡った、という妄想に囚われていたらしい。そしてこの金塊はV自身がC委員会の会計士に渡し、彼の自宅金庫に収められた。それで彼女は納得したと思っていたが、ひと月後にまた騒ぎが。
Vとロバートの二人は、夜中に会計士の自宅を訪れ、ストレスを掛けた。会計士には癌から回復したばかりの妻と小さい子どもが二人居る。翌朝子どもたちは怯えきっており、奥さんはがん患者用の心理カウンセリングが必要だった。このVとロバートの二人は人の気持ちに寄り添える人格者のように振る舞っているが、この行為でそんなものは見せかけだと分かる。
何があったのか。夜中に押しかけた二人は救済者っぽく善人ぶった当たり障りのない会話をしていたが、突然「金を持ち帰りたい」と言い出した。会計士は僕に電話をくれて「これは君と申し合わせてあることか?」と尋ねたので僕は否定した。しかも、このロバートの事業にはC委員会の運営支援に必要な金額が流れていたのだが、その頃僕はロバートの事業の資金繰りが上手く行っておらず、従業員に支払えなくなる、倒産しかねないので節約しなくてはならない、と聞いていた。
ロバートに流れたC委員会支援のための資金は(金額は言わないが)少なくはなかったが、使い切ってしまわれていた。目的は不明だ。そして、つい今日になって知ったのは、現在、彼の収入源はC委員会しかないとうこと。「ナラティブ」という撮影プロジェクトはあっても収入はない。
つまり、僕の個人的確信として、このロバートは大きな経済問題を抱えている。
しかも、不手際なことにC委員会あてに二重に集められた寄付金があり、彼はC委員会に出した請求額12万ユーロに加えて、それより遥かに高額だったこの二重に集められた寄付金を「C委員会の仕事を支えるために使う」という名目で手中に収めていたんだ。自分のために高価な機材を揃えるためじゃない。
このロバートとVの二人が会計士に迫り、「金を持ち帰りたい」と騒いだ。電話はスピーカーになっていたので、僕には全部聞こえていた。ロバートは「俺達に金塊を渡さないなら、警察を呼ぶぞ!」と会計士の自宅で怒鳴っていた(笑)阿呆らしい。僕は会計士に「二人を追い出せ」といった。それでいったんはおさまった。しかし会計士が「Vが私を信頼できないなら、セキュリティ・サービスに預けたい」と言い出し、実行した。Vは金がどこにあるのかずっと知っていた。
しかし数週間後、二人はまた騒ぎ出し「金はベルリンのデグッサで保管すべき」と言い出した。
僕は、なんてこった、もっと慎ましい機関でいいじゃないかって思ったが、彼女がそうしたいと言うなら、と承諾し、セキュリティ車両で金をベルリンまで運んだ。デグッサの非常に丁寧な人たちに身分証明を求められたが、Vの身分証明は期限切れで…お馴染みの混乱だ。まあ、パスポートも持っていたので切り抜けた。すると、デグッサの人が「外で、あれは何をやってるんですか?」という。見るとロバートがカメラチームを連れて撮影していた。なんてこった、C委員会が金を移動させたことを世界に公開するのか?って。
どちらにせよ、金は彼女の思い通りにしてある。金は僕のところには無いのに、『ライナーはあれもこれも委員会に戻さないといけない」とか彼女がいうのは、嘘なんだ。皆を騙している。
僕がC委員会の名義で信託物資として買った金なので、流動化するなら僕を通さないと行けないのだが、彼女がそう望むなら出来たことだし、なんの問題もない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これ以外にも、フュルミヒ弁護士は英語も含め、いくつかのインタビューで更なる説明や推測もしていますが、本投稿はここまで。
国際犯罪調査委員会
追記:フュルミヒ弁護士が独自に開設した新たな委員会の名称は
International Crimes Investigative Committee〈ICIC〉
で、これはコロナ問題だけを取り上げるのではなく、今世界で観察される様々な問題を包括的に扱うものです。
最新情報は、ALAE PHOENICISのテレグラムチャンネルに投稿しています:https://t.me/alaephoenicis
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