#ロープウェイ駅舎混み混み
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asaokinai · 2 years ago
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2023年2月
・2/2 夕方くらいに家を出て、下北で映画を観ようとしたけど、気分が乗らず結局はしご酒...。未郁が買った古着のスウェットがかわいかった!
・2/4 午後からヨガ。久しぶりにいつもの3人が揃った気がする。終わったあと、いつもの喫茶店に行き、本当にくだらなすぎる会話だけで気づいたら3時間が経っていた。お菓子ランキング教えてと、わたしが言い出したのに自分は決められなくてごめんね笑。
・2/5 お昼ごはん、未郁がつくったドライカレー。彼が作るカレーは、どんな種類もどんどんアップデートされていくので毎回感動。2人で本棚を整理して、近所の【ゆうらん古書店】さんへ。初めて行ったのだけど、丁寧にセレクトされていて、感動...。わたしはそのまま日本民藝館に柚木沙弥郎展をみに。近くにあった古着屋さんがかなり好みでした。色々と試着させてもらい、おもしろいかたちのボトムスを購入。そのお店は、次々にお客さんがやってきてみんな買い物して行って、その光景が素晴らしいなあと。下北に戻って、1時間ほど本を読んで帰宅。今日は少しあたたかった気がする。
・2/6 夜、行ったことのないお店に飲みに行ってみよう!と初めてのお店2軒+行ったことがある1軒ではしご。近所に街のいいお寿司やさんを見つけられてうれしい。常連さんもいい感じでした。それにしてもわたしは昔から1人で飲みにいく文化がないし、開拓したいという冒険心もない…そもそもこれは度量の小ささの問題なのではないのか。
・2/7 なんだかあたたかく感じた日。
・2/8 ぼんやり物件検索(趣味の)。そういえば、この前物件を検索していて、いいなって思ったところを、見てここ理想〜という感じでスマホを未郁に見せたら、なんと未郁のおじいちゃんとおばあちゃんが昔住んでいた家!ということがあった。一致したのは同じマンションということだけで、部屋こそ違ったものの、こういう偶然ってすごいよね。田舎育ちのわたしは、実家やおばあちゃんの家が変わるということを経験したことがないし、想像もできない。縁がある家に自分が住むことになった、ということも起こりうること。ひとつに留まらない、軽やかさ、いいなあ。
・2/9 原稿3本。
・2/10 朝から雪。朝、未郁を駅まで見送った。
・2/12 ゆいさんとはぎのと渋谷のロイホ。渋谷のロイホは、アイスコーヒーとパラダイスティー、オレンジジュースがピッチャーに入っているのが、たまらなくいいんだよね。いちごのパフェを食べると意気込んでいたつもりが、着地したのはコーヒーゼリーサンデーでした。歩いて明治神宮へ。会うたびにはぎのの成長を感じて、毎回感動。
・2/14 バレンタインのギフトを買いに、夕方新宿へ。伊勢丹の地下が恐ろしいほど混んでいた。ちょっとしたお祭り気分。まだまだ買い物しようと思ってたけど、未郁からTEL。いま世界堂出たとこと言うから、新宿にいることは内緒にしたかったのに思わず自分の居場所を喋ってしまった。一緒に帰宅して久しぶりにシュウマイを作った。この前お店で食べたクミンのシュウマイにしたら、おいしかった。
・2/16 冬の青森へ。お昼ごろ着いて、新青森駅近くの定食屋さんで帆立の刺身定食。雪が降っていたけど、駅に送迎に来てくれたホテルの人が〈今日は晴れてるよ〉と言っていた。〈昨日まで吹雪だったから、いいときに来たね〉とも。えっ。ハイエースの窓から見る景色がどんどん白くなっていった。16時半には、ホテルに到着。とにかく雪の壁が高すぎて笑ってしまう。こんなに雪が積もっているところを歩いたのは、高3のときアラスカに不時着した以来��もしれない…。夜ごはんも温泉もじっくり楽しめた。旅行のとき、時間をかけて食べるご飯と、すとんと眠りにつける感覚が好き。
・2/17 チェックアウト後、酸ヶ湯温泉へ。酸性が強めで、熱くて、気持ちよかった〜。外との温度差がいい。その後、ロープウェイで樹氷をみに。ロープウェイのなかで、スノボの常連さんが話しかけてくれて〈年に30回は来てるけど、晴れてる日は珍しいですよ〉とのこと。山頂でブーツを借りるといいですよ、など色々と教えてくれて、有り難かった。初めてみた樹氷は本当に凄まじくて...。iphoneの充電もすぐに切れる。着いたときは少し太陽が出ていたけど、一気に視界が白に。snow monster〜すごい体験でした。その後、三内丸山古墳へ。バスの中ですごい寝た。閉館まで1時間しかなくて駆け足だったけど、行けてよかった。新幹線の時間までスーパーへ。家には23時ごろ帰宅。こんなにタイムスケジュールがうまくいった旅が久しぶりな気がした。
・2/18 深大寺に厄除けへ。行きの選択肢はボロボロだったけど、厄を落とした瞬間、思わぬところで空車のタクシーが目の前にやってきたこと、3人で900円で割り勘しやすかったこととか、そういう楽しい気持ちになれただけでも行ってよかったなと思う。単純ね〜。夜は5人横並びで映画エゴイストを観た。営業時間残り1時間の西武へ駆け込む。瓶ビール5本を注文。少しの時間でも、わたしが大好きな子たちの顔を見れてうれしい。帰りはたまたま未郁と同じ電車でした。
・2/19 湘南のほうへ。さくちゃんの素敵すぎる新居。お昼に集合してから(めぐさんとは、小田急線からだけど)ずっと喋り続けていた。いまはもう一緒には働いていないけれど、みんなが頑張っている姿はいつもまぶしくて、ものすごーく尊敬します。
・2/20 午後から楽しくておいしい取材。取材先の八百屋さんで、野菜をたくさん買って帰宅。芽キャベツ、パープルラディッシュ、スティックブロッコリー、金美人参。食べるのが楽しみ。疲れていたのか、21時には寝てしまった。
・2/23 夕方、新百合にスラムダンクを観に行く。祝日なのを忘れており、席がほとんど埋まっていた!ミュージカルや劇など生で作品を観ているときに、なぜかわからないけど涙が止まらないという現象がたまに起こるのですが、今回も冒頭から泣いてしまい...。ものすごく一時的な瞬間の過程と尊さ。物質の素材感や音がとても忠実に、そしてあまりにオーバー��再現されており、これぞ創作物...と改めて感動しました。5人の個性も素晴らしく、わたしも何かできることがあるはずだ.....とそう思えた。誰よりも楽しんでたね、と言われたけど、そうよ。観れてよかった。夜、豪徳寺で行った焼き鳥屋さんがおいしくていい気分だったね。
・2/26 朝一でサウナに行こうと思ったけど、起きたら9時半だったので諦めた。諦め早い。仕事をして家事をして、気づいたら夕方だった。いい日。今年はラジオを始めたいなと去年から色々と考えているけど、取材のテープおこしをしていると毎回自分の声にがっかりしてしまうので思いとどまる泣。
・2/27 大好きな方と仕事ができ、久しぶりにビデオ通話!元気そうでうれしかった〜。お仕事またご一緒できること、わたしには身に余るほどの出来事だけど、こういうことで生き延びています。夜は、わがまま言ったら、未郁が帰ってきてから一緒にスーパーに行ってくれた。いつもオオゼキだけど、今日はライフへ。わたしは無類のオオゼキ好きだけど、ライフのラインナップの幅広さ、大好きです。ブラッシュアップライフ8話。
つづく
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u543z · 2 years ago
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はやく目が覚めたら✨ちょうど頭上にオリオン座🌌タルチョ越しにiPhone手持ちで📸✨月あかりがないから星がやたらキレイです👍9/27桂月サンライズはギリギリ黒岳の稜線から🌅🚀いったん黒岳の陰に入って再び赤みのない太陽さんがあらわれてダイヤモンド黒岳💎💫朝焼けも素敵でした🤗✨今季桂月岳からのsunriseはフィナーレです🎌たぶん😅今シーズンもたくさんの幸せをいただきました🙏🏻✨ありがとう桂月岳🥰💕 #黒岳 #層雲峡黒岳ロープウェイ #黒岳石室 #避難小屋 #いしむろ通信 #黒岳石室竣工99年 #桂月岳 #桂月サンライズ #オリオン座 #タルチョ #iPhone12 #マネキ岩 #ロープウェイ駅舎混み混み #満車 #イシムロ30日閉めます #それ以降は裏口もしくはサイドからお入りください #トイレ閉鎖の日程は不明です #ヘリコプター作業日程も不明です #小屋締め作業中です #ありがとうイシムロ #ありがとう桂月岳 #来年イシムロ100周年 (Daisetsuzan National Park) https://www.instagram.com/p/Ci_60EfPz1G/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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0ku20 · 2 years ago
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8/19(金)〜20(土)にかけて
9月にライブに出ることになったのでスタジオの日だった。やるのは平成jpopコピーでその日はポケットビスケッツの『yellow yellow happy』とMihimaru GTの『気分上々』だった。ポケビはまぁ懐メロのくくりだと理解できるが気分上々くらいになると割と最近だなと思ってしまうので時の流れは残酷である。
2時間スタジオに入ったが2曲だけなのでのんびりした配分でやる。頭にしっかり曲を入れたつもりがトンチンカンを結構やらかしてしまったのでもっと練習しないといけない。あとポケビの千秋ボイスは地声の音域を広げないと大変だ。地声を出し慣れていないせいで喉が枯れかけて危なかった。ライブの時も多分最���にやると全て死ぬ。最近パリピ孔明でリバイバルしていた気分上々はラップ部分を黒ちゃんに任せたのだが、スタジオ中に依頼したにも関わらずすぐ歌えていて世代だなと思った。黒ちゃんは仕事が忙しそうだったが、アニメにハマっているらしくおすすめのアニメを訊かれて話をしたのが楽しかった。
楽しい曲ばかりな上にメンバーが楽しい人たちなのでとても嬉しい。ティンベルのゆいさんと初めてバンドを組むけどお姉さんみたいで結構好きだ。
スタジオ後、遅めの時間だったけどしっかり池袋で飲んだ。近くで飲んでいたかずくんたち後輩グループと合流して、大所帯だった。わたしたちの樹家は姿を買えておかしな名前になっていたが内装は変わらず懐かしかった。みんなが帰るのが寂しくなってしまい結局小峰さんとゆいさんと終電後も磯丸でちょっと飲んだ。二人ともわりと近目の地域なのでタクシーで帰ったが、わたしは自宅に帰るとタクシー代が遥かに飲み代を上回るので近場の寝床に転がり込み朝を迎えた。
次の日は横浜の中華街でお兄ちゃんの顔合わせだというのに、早起きが嫌で結局そのまま直行することにした。そこまで遅くまで飲んでいたわけでも、大量に飲んでいたわけでもないのに何故か酒が残り続けていて、向かう電車の途中で合流した母に顔が赤いのがバレないように大量に水を飲んだ。めちゃくちゃハイテンションで喋り続けていたが、家族とは普段からハイテンションでエンドレスおしゃべりマシーンになっているのでごまかせた気がする(本当のところは酔ってたいたのでわからない)
横浜にはJRで向かったのだが、社会人になりたでの頃研修で2ヶ月弱の期間桜木町に通っていたので窓から見える景色がなんだか懐かしかった。
田舎から出てくる母が時間に余裕を持って集合を望んだので、横浜駅ルミネのスタバで時間を潰した。ティーラテを地味に初めて飲んだのだが、結構美味しかった。
そこからブルーラインに乗り、まだ人がまばらの道を抜けて店に着いた。駅がやや混んでいたのと、思ったより駅から距離があり、歩くのが遅い母のことを忘れて自分の歩くスピードで計算してしまったので、時間より2〜3分遅れて到着したが、まだ向こうの家族が来てないくて一安心した。店の前で妹と合流して完全に内輪ムードのワチャワチャをしてしまったところで、ちょうど全員揃った。
顔合わせというイベントはアルバイト時代たくさん見てきたが、実際自分の家族がするとなるとソワソワしてしまった。義姉にあたる兄の奥さんは妹と同い年で、敬語とタメ口が入り混じる会話をしているのだが、人懐っこい感じでぽわぽわ喋るのでとても可愛く、��っと仲良くなりたいが、母や妹よりも会っている回数が少なくまだ緊張が解けない。
奥さんのお姉さん、父母という家族構成なのだが、全員穏やかで優しくてこれから親戚付き合いをしていくのだと思うと少し嬉しかった。
会食はたくさん会話を経て美味しいご飯に各々好き勝手コメントしながら楽しく終わった。うちには父がいないので、男はお兄ちゃんしかいないのだが、向こうもお父さん1人だけ男なので女子会的なノリが続いた。お兄ちゃんも向こうのお父さんもそれに慣れているので、それもよかった。
自身の父と同じ世代の男性と話す機会がほぼないので、会う前は緊張していたが、穏やかにビールを飲みつつニコニコ微笑みながらちょっと嬉しそうに話しているのを見て感慨深かった。お兄ちゃんいわく、向こうのお母さんはよく喋ると聞いていたが、我々のお喋りと同じくらいのテンションだったので徐々に話が盛り上がっていきいきしていくのが確認できて嬉しかった。お姉さんはBAさんということできれいな人だった。天然で人見知りと聞かされていたのだが、喋ってみるとまさに言葉の通りだった。それでもとても好きな女の子だなと思った。
満腹まで食べたのに、退店後義姉さんに中華街で胡麻団子を買ってもらって食べた。年上なのにご馳走してもらったので、今度会う時は何かプレゼントを買おうかな。お兄ちゃんは明るく純朴な少年ぽさを残しつつ、何事も気遣いができてしっかりものなので、ほんわかした彼女と相性がいいんだろうなと思った。
向こうの家族とお兄ちゃん夫婦と分かれた後は、母と妹と山下公園を歩いた。海は汚いのに横浜へ来るたびここへ来てしまう。広く視界が広がる静かな空間がわたしは大好きだ。赤レンガの方まで歩いて行ったが、倉庫は休業で残念だった。代わりに新しくできていたロープウェイみたいな乗り物に乗ってみた。ちょうど雨が降り始めたので、駅までの移動手段のつもりで乗ったが思った以上の規模で大盛り上がりした。バスを上からまじまじと見たり、駅などの都会を近い距離で見下ろすのは良かった。また乗りたい。
そこから母と別れ妹と遊んだ。プチプラコスメを色々みて周り、結局は誤魔化しよりも根本を改善だ!などと言いながら保湿パックなどを購入した。歩き疲れたのでコメダの和風版みたいな店で一休みを経て、野毛のカラオケに行った。シラフでも妹とカラオケに行くと無駄に盛り上がってしまう。
妹は地声で声を張って歌うタイプだが、昔に比べかなり上達している。妹の歌を聴くのも好きなのだが、うまく歌えないといいマイクを渡してきたりする。曲の趣味をなんとなく把握してきたので一緒に歌えそうな曲をチョイスしつつ、マイクを交換しながら歌った。姉のくせに気を使わずずっと妹にちょっかいをかけたり、変な踊りで歌うばかりなのに大笑いしてくれるからついついいつもふざけてしまう。
初めて会員登録をした妹のクーポンで土日夜料金なのにかなり安く収まった。ぐでぐでの野毛の飲み屋街を抜けて、地下鉄のホームで別れたのだが、電車が来るまで喋るつもりだったのに結局話が止まらず何本か逃したりして帰るのが寂しかった。
そこから自宅に帰るまでの道のりは小旅行のようだったが、あまりに楽しい1日だったためしんみり音楽を聴いてしまった。2時間弱は電車に乗っていたのにもっと電車に乗っていたい気分だった。
彼氏のいない家に帰るとやはり寂しい。家族と仲良く時間を過ごすと自分の情けない日常を少しは軌道修正しなくてはいけないなと思う。結局夜更かしをして寝た。
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tozzano36 · 3 years ago
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lug.21-23.2021 源次郎尾根
初の夏の北アルプスは劔岳になった。
国際山岳ガイド、フランス国家認定アルパイ��ガイド、その他もろもろの肩書をお持ちのKガイドにロープワークの講習会を依頼、開催後、自宅で飲むことになり、酔った状態で行くことが決まった。
酔ってはいたけれど、Kガイドからその日、二日酔い状態でもかなり実践的なロープワークを教えていただき、お金払ってでもこの人と山に行きたい。と思ったのが大きい。
点の記の舞台でもある劔岳を見たくもあった。
クルマは車検直後。エンジンオイル、ATF、タイヤ、バッテリーなどを交換後でほぼ完ぺきな状態。買った時より快適になったと思う。オーディオもご機嫌な音を鳴らしてくれて3時間半のドライブは快適だった。
7/1
6時出発。
扇沢駅の駐車場は、12時間1000円。
電気バスの待ち時間があったから地ビール3本をKさんとぐびぐびした。
バスに乗っていれば室堂につくのかと思ったら、全然違った。バスの中はコロナ対策で窓が解放され、半そで短パンギョサンでは寒かったから薄手のウィンドブレーカーを着用。
「黒部ダム」という駅で全員バスから降ろされた。次の乗り物の駅に向かう途中でなんと、黒四(黒部川第4発電所)ダムの上を歩くのであった。あまりの大きさに感激。日本にはピラミッドはないけれど、黒四がある。と思った。後から、7年間の工事での殉職者数171を知り、何とも言えない気分になった。トンネルの中には困難を極めた工事中の写真などが解説付きで飾られ、当時のことを知りたくなった。通常100m/日で掘り進んだ当時、80mの「破砕帯」を越えるために7か月を要したという。。詳細は下記にあった。熊谷組ってすごいんだ。
https://www.kumagaigumi.co.jp/kurobe/index.html
たった7年でこれだけの大きさの構造物を作ったとは。。。普通、30年とかかかると思っていたからそれだけでも驚きだった。
アーチ状のダム中間付近からから勢いよく放出される水しぶきはスローモーションだった。虹がかかっていた。
次の乗り物の時間に間に合わないとちょーせかされ、小走りにはるか先を急ぐKさんに追いついた。
次は地の底を進むケーブルカーだった。トンネルのあまりの狭さと急こう配にノイローゼになるかと思った。高度400mを長さ800mのトンネルで登るそうだ。斜度=30°。ありえん。滑落したら確実に死ぬ。
次はの乗り物��ケーブルカーだった。待ち時間があったから駅舎の屋上まで階段を上る。上って剱岳を探したけれど見つからなかった。Kさんが「熊がいる~!!!」というから視界を探すと、大きな本物のツキノワグマがのっそり動いていた。生まれて初めて野生の熊がのんびりしているさまを見た。首元に月の輪が見えた。
さらにその次の乗り物はロープウェイだった。自然保護のため、途中に支柱がないという。確かにはるかかなたの駅舎まで極太のワイヤーでつながっているだけだった。切れたらどうなるのか。。。ワイヤーだけでどれだけの重さがあるのか。どれだけの荷重が支点にかかるのか。いろんなことを考え恐ろしくなった。眼下に広がる真夏の原生林に熊を探しているとあっという間に駅についてしまった。
さらにその次の4つ目の乗り物は、とうとう日本でここだけになってしまったトロリーバスだった。運転手さんは若いかわいい女子だった。最高時速40km/hとのことだったけれど、狭いトンネルの中を走ると体感速度はもっともっと速いように思えた。
乗り物4個も乗り継いでようやく室堂に到着。
まさか黒部ダムを見ることができると思っていなかったから、過呼吸や高山病になるかと思うほど大興奮の室堂までの旅であった。ここまで連れてきてくれたKさん、ありがとう!
Yガイド、Kガイド、Kmさんとご対面。外に出ると強い日差しで暖かだった。
剣沢小屋までの道には高山植物がたくさん咲いていた。
歩を進めると剣岳が見えてきた。源次郎尾根がどれなのかと聞いて、説明されたけれど、結局どれかはわからずじまい。明日歩けばわかるよな。ということであんまりこだわらなかったけれど、いったいどこからとりつくのか。と思わせる山様だった。妙義山の幅を狭くして高さ方向に引き延ばしたような、かなり険しく見える山だった。
7/22
3時起床、4時10分歩きだし。
源次郎尾根は前日の説明であれかな?と想定していたまさにその尾根だった。取り付きは自分で開拓した水晶へ下る尾根と似たような斜度だった。ガイドさんに5mくらいの長さでロープでつながれたKさんのハーネスから2mくらいの長さでつながれた。強烈に歩きにくかった。Kさんとほぼ同じ速度でよじ登らないとKさんを引っ張ってしまうという。引っ張ると落ちちゃうんじゃないかとちょー心配しながら、かなり急いで不安定な状態でのぼらなければならず、よくけがをしなかったと思う。ロープでつながれることは、かなり危険だと思った。いずれにしても2峰の懸垂下降まで怖いところはあったけれど難なく到着。そこからも順調に歩いて山頂に到着。終始初めての北アルプスの非現実的な景色を堪能しながら歩いた。青い空、雪渓、高山植物、日本海。富士山も見ることができた。山頂には人がたくさんいた。3個のスマホと2個の高級カメラで記念撮影のお手伝いをした。歩きだしは雲一つなかったけれど山頂からは大きく育った積雲や眼下には雲海がみえた。雪がたくさん残る能登半島の白山も見えた。日差しが強烈すぎて、ウィンドブレーカーを羽織った。腕と首筋が日焼けしすぎてヒリヒリしていた。次回は日焼けオイルと長袖の山シャツを持参せねばと思った。
山頂からは一般道で下った。カニの横ばいを歩かせていただいた。剣岳はジャングルジムのような山道だった。剣山荘という山小屋で全員で生ビールを飲んで小屋に戻った。
7/23
5時の朝食を済ませ歩きだしは6時。3日目も雲一つない立山を雄山までを縦走した。雄山、お祓いをしていただけるとあって、これまで歩いたどの山よりも混雑していた。室堂にはで解散となり、来た道を引き返す。往路は平日だったから、どの乗り物も空いていてすぐ乗ることができたけれど復路はオリンピック連休2日目で混雑していた。昼食も取らずに扇沢駅に到着。さっそく温泉へ。最寄りも温泉はすてきなところだった。露天風呂に入ったけれど日焼けが痛くてのんびりつかることができなかった。Kさんが蕎麦屋を検索してくれたけれど、ことごとくそば切れで信州そばは断念。結局、梓川SAの食堂でようやく昼食となった。中央道はいつもの通り大渋滞。つういでに圏央道まで混雑していて帰宅は21時前だった。
次回はガイドさんなしでのんびり歩こうね。源次郎尾根。
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socialmoviesblog · 8 years ago
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■映画「人類遺産」のメモ
▼ニコラウス・ゲイハルター「人類遺産」を観た。本作は監督が4年の歳月をかけて70カ国以上を回り、世界各地の「廃墟」をひたすら映し続けたドキュメンタリー作品だ。映し出された「廃墟」の中に「福島」が含まれていたこともあり、「震災後の世界」について考えずにはいられなかった。
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▼「3・11」から6年が経過したが、事態は震災直後以上に混迷を極めている。いや、未だ仮設住宅やみなし仮設住宅で生活せざるを得ない人達が10万人もいることや「移住したくて移住したワケではないが、そこで新生活が始まってしまったので、すぐには戻れない人たち」を「戻らないのは自己選択だから」といってケアを打ち切ろうとする流れが存在すること。甲状腺がんが発覚した子供達の数が震災前に比べ明らかに増えているのに、「測り方の問題」で一件落着しそうになっていること…などの問題ももちろんあるが、今言いたいのはそれらのことではない。
▼「3・11」直後は「壊れてしまった社会をどう立て直すか?」もしくは「壊れる前からあった日本社会の根深い病をどう治癒するか?」などが問題にされた。
▼そのほとんどは未だ片付いておらず、今後も粘り強く取り組むべき問題だと思う。だがそれでも「社会をどうするか?」で問題は止まって(くれて)いた
▼けれど、それから6年以上が経過すると「社会をどうするか?」以前に「そもそも社会を営む”人間”など存在するのか?」という問いが問題となり始めた。
▼たとえ「社会」が壊れても、効率的・合理的に考え、より安全で快適な文明を作り出す能力があり、また、それを望む「人間」さえいるのならば、事態は元にもどせるだろう。
▼しかし、そんな”ご立派”な「人間」なんてそもそもいたのか?いたとしても今いるのか?どこかで消えてなくなったのではないか…?
▼自分とよく知る仲間だけが大切で、それ以外の「人類」なんてどうなろうが知ったことか!今、ここ、自分の「たのしー」「すごーい」の感情さえ満たせるのなら「合理的に考えれば今はよくても長期的には…」なんて知ったことか!「たのしー」では済まされない「事実」があることなんて知ったことか!
▼そうした感覚は「ポスト・トゥルース問題」という形でも噴出しているし、「サピエンス全史」など「人間なんて���一体いつ存在するってことになったのか?」を科学的・歴史的に問う「人類学本」がブームになることにも表れているし、「人間」の「効率的で合理的な意思決定」なんて統計学や情報学を駆使すれば、すぐさまトレースでき、イジれてしまえることを突きつける「ビッグデータ問題」や「AI問題」が注目されることにも表れているだろう。
▼もちろん、それぞれの話は、個別に登場してきたもので、いっしょくたにして論じられるものではないかもしれない。
▼しかし、世界的にもインパクトを与えた「FUKUSHIMAの危���」が呼び覚ました「文明論的な問い」が、それらの「震源地」の1つとなっているように自分には思える。(震災前は「社会の具体的なほころびにどうやって実効的なパッチを当てるか?」式の議論がもっと多かったように思う。「人類史」「文明史」「人類の未来」なんていうデカいテーマはあまり俎上に上がらなかった印象がある。)
 ▼ともあれ、そうした「震災後世界の第二段階」を描くものとして興味深かったのは「たのしー」「すごーい」の嵐で、「人類のIQを下げた」として、話題をさらった(笑)「けものフレンズ」だ。 
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 ▼こういう社会的な文脈でコレを扱うと「そんな解釈して何がたのしーの?」と如実に拒否反応を示してくる「けもフレ」さんたちが多いようだ。しかし「不協和音を恐れたりせず」がんばってみたい(笑)。
▼しかしながら最初に言っておくと、全話観たは観たが、自分には「フレンズさん」たちの「どったんばったん大騒ぎ」を見続けるのは正直しんどかったw。別にアニメは嫌いではないし「ラブライブ」だって楽しく観たが、これは結構「苦行」だった。。「キンシコウちゃんつよーい」「トキさん歌下手でワロタ」とはならなかった。(といっても、偉そうなことは言えない。こっちだって毎日「欅坂まとめ」をみては「そうか。てちは、おかかとカカオを間違えたのか?たのしー」となっているので、どっちもどっちだ。。w)
▼そんな状態だったが、ストーリーが進むうち、物語のそこここで垣間見られる「世界設定」に魅力を感じるようになった。そして、ネット上の「考察班」たちの助けも借りながらみていくと(ありがとうございます)、作品の評価は結構変わった。
▼助けを借りながら観たうえでの自分なりの解釈だと、どうやら、以下の「世界観」の元でストーリーは展開しているようだ。
▼物語は、草原のような場所で気絶していた1人の女の子が目を覚ますところから幕を開ける。彼女は「自分が何者なのか?」についてまるで記憶がない。
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▼そんな女の子の元に1匹の奇妙な生き物が近づいてくる。見た目は「猫の���ニメキャラのコスプレをした女の子」風。その名は「サーバルちゃん」。
▼彼女が言うには、ここは、「ジャパリパーク」という「サファリパーク」のような動物公園。自分は、もともとネコ科の「サーバルキャット」という生き物だったが、ある日、生き物を「擬人化」させる「サンドスター」という物質に触れてしまったため、このような姿になった…のだと。
▼そして「サーバルちゃん」はこうも言う。「この先にある図書館に行けばきっと自分が何者か分かるよ」と。図書館には幾多の資料があり、それをみれば、彼女の属性が特定できるのだという。
▼そこで、リュックサックを背負っていたため「かばんちゃん」と、とりあえず名付けられた「女の子」は、サーバルちゃんや、パークの管理用に作られたと思しきAI搭載ロボット「ラッキービースト」(通称「ボス」)と共に、図書館を目指して旅を開始。道すがら「セルリアン」と呼ばれる「謎の敵」が襲って来るのをよけながら「ハシビロコウちゃん」「トキちゃん」など擬人化した動物=「けものフレンズ」たちを助けたり、助けられたりして目的地へと進んでいく。
▼すると、旅路のそこかしこに、「朽ちた自動車」や「動かないロープウェイ」など、「人類の痕跡」が目に付くように。さらに「地下室」や「道路」など「文明の痕跡」が次々と浮かび上がってくる…
▼これらは一体何なのか?いや、そもそも「ジャパリパーク」とは何なのか?そして「かばんちゃん」はなぜ記憶がないのか?…フレンズたちのほほえましい「どったんばったん」の背後で「謎が謎を呼ぶストーリー」が展開する。
▼話が進むにつれ、その謎が解けてくるが、それはおおよそこんな経緯でもたらされたものだった(と思う)。
▼どうやら、彼らが旅をしている場所はかつて「ジャパリランド」と呼ばれる島国だったようだ。そこでは、ある時、謎の物質「サンドスター」が発見される。
▼「ジャパリランド」では、それがエネルギーに使えることが分かると同時に、触れた動物が「フレンズ」に擬人化してしまうことも発見。さらに、一部の無機物がサンドスターに触れるとそれらは「セルリアン」に変形してしまうことも分かった。「セルリアン」はサンドスターを欲しがるため、サンドスターが体内にある「フレンズ」を襲うようだ。
▼そこで「ランド」では、発見されたサンドスターのエネルギーを利用しながら、「フレンズ」を管理し、生態を研究するべく動物公園「ジャパリパーク」を建設。同時に研究施設である「図書館」も建造。
管理用ロボのラッキービーストと共にフレンズの観察にあたろうとした。
▼だがその後、火山が噴火。その影響でトラブルが起きセルリアンが大量に生み出されてしまう。
▼危険を感じた国民(住民)たちは一旦、他の島へ避難。その後、少し噴火が落ち着いたところで調査団がジャパリランドに派遣される。
▼しかし…増加し巨大化するセルリアンに勝てなかったのか調査隊はふたたび島外に退避。その時隊員の1人である「未来さん」(か、その仲間の隊員か)が、かぶっていた帽子を落としてしまう。
▼そして避難後…落とした帽子にくっついていた1本の髪の毛に、サンドスターがふりかかる。すると、その髪の毛が「人間のけものフレンズ」に擬態化。つまりは人間の形をとり始め、実は、それが「かばんちゃん」だったのだった。
▼こうして、11話・12話で、セルリアンが巨大化した「ラスボス」を倒した後、上記の謎が解き明かされると「かばんちゃん」は、避難した人類がいるとおぼしき「別の島」へ向かって小舟を動かし、海を渡り始めるのだった。 
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▼もちろんこうした「世界設定」から連想されるのは、震災+原発破損→放射性物質飛散という「3・11」的状況だろう。
▼つまりは、火山の噴火=大震災により、サンドスター=放射性物質が飛散。これ以後、ジャパリランド=日本では「震災復興」=「事態の収拾」=「調査団の派遣」が叫ばれることに。
▼だが、「震災復興」とは、「平穏な生活を奪われた人たち」に「元の暮らし」を取り戻してもらうことはもとより、エネルギー政策の見直し→電気を食わない産業(ITなど)への産業構造転換→再生エネルギーなど新エネルギー産業の創出→そうした自律分散型エネルギーを維持管理するための(地方)共同体自治→「新しい公共」の理念で回る社会…という「社会全体のシフト」でもあるはずだった。でなければ、また同じような危機が周期的に繰り返されることになるのだから。
▼しかし、それは既得権益層の大幅な配置転換を伴うことや、「食いっぱぐれる人たち」の増加、そして、大きな「社会シフト」を担える人材の不足などから、早々にとん挫した(民主党のグダグダのせいのみではないだろう)。
▼そして「とん挫」以降人々は「復興すること」=「未来に展望を抱くこと」から背を向けるようになる。それは再度の「島からの逃避」として表現されるとともに、「けもの」となって、日々を「たーのしー」「すごーい」でいそしむこととしても表現される。
(もちろんアニメは「けものから人間風になった」ので話は逆だ。だがフィクションから現実社会への寓意を読み込むのに、全てが「1対1対応」でなくてもよいと思う)。
▼それでも。同じサンドスターから生まれた「セルリアン」の来襲=「放射性物質がもたらす危機の来襲」は完全にはなくならない。
▼また、かつて「人間」であった記憶も完全には捨てられない。どこかに「未来社会から背を向けたというやましさ」=「復興を果たせなかったやましさ」が残��ている。そのかろうじて残っている「髪の毛1本ほどの人間性」が、「かばんちゃん」という「髪の毛1本から擬人化した人間フレンズ」を生み出した。
▼そして、「髪の毛1本ほどの人間性」を頼りに、「かろうじて人類」と「擬人類」は協力し合い、道のない場所に道を作り、橋のない川に橋をかけ、冷たい食材に火を通し、道具を作って海を渡る…といった「人類のやりなおし」を図っていく。
▼それは、日本はもとより、今や世界規模ではじまっている「けもの化」―「ただし~」よりも「た~のし~」を優先するポスト・トゥルース化、「仲間以外は追い出してかまわない」とする「なわばり化」、対話よりも攻撃でカタをつけようとする「猛獣化」など―へのアンサーともなっている。そして、今や人々が背を向けている人類の「未来さん」の方へ、果敢に漕ぎ出していく姿に「物語としては」感動を覚える。しかし、現実にはどうだろうか…「未来に展望を抱くことから背を向けたやましさ」など残っているだろうか…
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▼それに対し、一見すると、もはや「髪の毛1本ほどの人間性」すらも見いだせないような映像が展開するのが「人類遺産」だ。
▼映画は、先述したように世界70カ国以上にある「廃墟」の姿を次々と映し出す。そこには「homosapiens」という原題にもかかわらず人間は髪の毛1本も映っていない。
▼ただ、ひたすら世界中の「廃墟という廃墟」が、「滴る水」「コンクリートから生える草」「円形」「四角」「棚」「窓から差し込む光」「虫の羽音」…など「映像の同型性」や「音声の同型性」の元につなぎ合わされる。
▼それは「ここは●国の廃墟」「これは自然災害でできた廃墟」「これは人災でできた廃墟」…などといった「人間サイズの分類法」とは大幅にズレている。だから映像に映る廃墟は国境などやすやすと乗り越え接続される。また、それらはどこにあるもので、どんな理由で引き起こされたのか?…についても一切説明がなされない。また、廃墟についての意味付け機能をはたすBGMや、人の声もない。
▼徹底的に「人間」が消去された映像群。
▼しかしながら映像を眺めているうち、そこが「すでに人間がいなくなった場所」なのか「人が歩いていない時に撮影した町」なのか見分けがつかなくなってくる。
▼特に福島を映した箇所ではそれが顕著。線路から草が生えている田舎の駅、コンクリートから草が生えている駐車場。うっそうと茂る雑草に囲まれた自動販売機。古びた団地前の風景…これらは、本当に「廃墟」を映した光景なのか?それとも、日本の田舎でよくみられる「人の少ないうらぶれた町」の光景なのか?
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▼そう考えるなら「今も人が暮らす街」と「今や人がいなくなった廃墟」は何も対立概念ではなく、なだらかにつながっている。いわば、どんな町にも「廃墟」がしみ込んでいる。そのように考えることで髪の毛1本も映っていない光景の中に、逆説的に人間の姿が浮かびあがってくる。
▼また、廃墟の姿は世界中どこもよく似ている。もちろん、海辺に作られたものの台風で沈んでしまったジェットコースター「JETSTAR」(米・ニュージャージー州)や、奇抜なデザインの鉄のカゴが無数に天井からつるされたザッケ・ヒューゴ炭鉱(ドイツ)など、「なんだこれは?」と目が釘付けになる個性的な廃墟もあるにはある。 
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▼しかし、その多くは、朽ちたホール、ショッピングモール跡、草の生い茂るコンクリートの建物…など、日本にあってもおかしくないような廃墟ばかりだ。 
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▼どこもかしこも、どいつもこいつも、災害や産業構造の転換が起きれば、町の姿は大きく変わることなど予測できているはずなのに、ついつい、それがみえなくなってしまう。そして、ついつい、巨大で、華美な、一度できたらイジりにくい「文明の粋を凝らした」建物ばかり建ててしまう。
▼で、その結果、どこもかしこも、似たような原因で似たような「廃墟」が続々生み出されていく…。無人の映像群から逆説的に、人類の「そういう生き物性」=「そういうフレンズ性」が浮かびあがってくる。
▼「ポンコツさ」は世界で普遍。「ポンコツさ」というユニバーサリティ。
▼決して「たのしー」でも「すごーい」でもないが、そうした「ポンコツさ」の普遍性を軸に、再び人類は連帯することはできないか?閉じた世界(縄張り化した世界)を開くことはできないか?
▼「人間」が急速に消えていく世界の中で、「人間が全くいない世界」から逆説的に「人間性」を浮かび上がらせる…そんなことをしても時すでに遅し…という印象もあるものの「震災後の第二段階の世界」を考えるうえで、なかなか重要なヒントを示唆してくれる作品だと思った。 
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