#レール探傷車
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踏切のレール、あれだけベリッとめくれるように折れますかねぇ。ちょっと不思議な感じです。 とはいえ、人為的なのか、横裂とかの疲労破壊なのかは、破面を見ればすぐ分かるでしょう。また、先に折れてたなら、信号が赤に変わるはずですし。 軌道の測定は10月にしたとありますが、レール探傷とかは、どうだったのですかね。
【最新】JR貨物の脱線事故 復旧作業続く 脱線した列車をジャッキなどを使い線路に戻す作業に車両の点検 脱線が始まったとみられる踏切付近では1メートル以上レール��破断も 北海道森町(北海道ニュースUHB)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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2024/10/16 21:00:19現在のニュース
工場で建造中の船舶で爆発 男性1人死亡 大分・臼杵(毎日新聞, 2024/10/16 20:59:49) 東京都、都電遺構レールや敷石の譲渡先募集 工事で発見 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:57:07) 京成グループ4社、看板車両でコラボタオル 一体感強調 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:57:07) 規制委が玄海原発で原子炉より古い設備を点検へ 新規制基準の盲点、女川などでも実施方針([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:57:04) 10月になっても…東京都心で5日連続「夏日」 10月中旬以降では73年ぶり 千葉・鴨川は29℃(東京新聞)|dメニューニュース(東京新聞のニュース一覧|dメニュー(NTTドコモ), 2024/10/16 20:55:51) 建造中のタンカーで爆発 作業員の70代男性死亡 大分県臼杵市(朝日新聞, 2024/10/16 20:55:47) 首相発言「弱さ」に自民不満噴出 議席減の可能性 政権維持には安堵(毎日新聞, 2024/10/16 20:52:30) 海に浮かぶ浮体式原発、開発の英企業に三菱商事など日本の十数社出資 35年実用化目指す([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) J1川崎の鬼木達監督が今季限りで退任 歴代最多の4度V 攻撃的スタイルで黄金期築く([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) パリ五輪金の柔道女子・角田夏実が一日署長 「もうけ話はともえ投げ」の心構えで([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) 浅田真央さんプロデュースのスケート場、東京・立川に11月11日開業 国際規格にも対応([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) 安定的な皇位継承、与党公約は触れず 維新は男系堅持、立民「女性宮家」創設に意欲 政策を問う①([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) パトカー酒気帯び運転か 山梨県警が60代警部補捜査 駐車違反の対処中「酒の臭いする」([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:51:09) 米政権、イスラエルにガザ支援の強化求め警告 ミサイル防衛は配備(朝日新聞, 2024/10/16 20:47:48) 偽情報対策に「オールジャパン」の技術集結 富士通や慶応大など(朝日新聞, 2024/10/16 20:47:48) 芸備線、JR西日本「代替交通に関与、地域活性化支援も」 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:45:22) 京都・天ケ瀬ダムで初の観光放流 川下りイベントの出発��も([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:45:20) 鉄道大賞にJR西の特急「やくも」 愛好家の藤井聡太七冠ら選考 半個室型の座席など評価([B!]産経新聞, 2024/10/16 20:45:20) 衆院選、無党派層の64%が「投票先未定」 判断材料の乏しさ要因か(毎日新聞, 2024/10/16 20:45:03) スズキの世界戦略車「フロンクス」インド工場から逆輸入…社長「満を持しての投入だ」([B!]読売新聞, 2024/10/16 20:42:40) 相次ぐ強盗 防犯ガラスの問い合わせ増も「侵入後の対策も必要」(朝日新聞, 2024/10/16 20:39:58) 「勝利計画」5項目、初の公表 NATO加盟の即時招待や抑止力強化(朝日新聞, 2024/10/16 20:39:58) イーロン・マスク氏、トランプ氏支援に110億円献金 アメリカ大統領選挙 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:39:17) ビットコイン2カ月半ぶり1000万円回復 米規制策定に期待 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:39:17) サイゼリヤにランサムウェア攻撃 取引先の個人情報漏洩恐れ - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:39:17) 東芝、エアバスと超電導モーター開発 水素航空機飛ばせ - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:39:17) EV半導体、新素材で量産へ 住友化学など大型GaN基板 - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/10/16 20:33:08) 2人死傷のタイヤ脱輪事故でトラック運転手らを書類送検 青森県警(朝日新聞, 2024/10/16 20:32:35) 不発弾爆発の宮崎空港で磁気探査 国交省、残る爆弾がないか調査(朝日新聞, 2024/10/16 20:32:35)
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最近どえげつない裏切りを経験した
同時に大事やと思ってた2人に裏切られた、片方は10年来の付き合いで、もう片方は本気の恋は求めてなかったものの私に言わないで欲しいことは言わないでくれる感じの人、まああの人もかなりの気遣いやったような、バグった人付き合いしてるけど
三日間ほど底を彷徨い私は飯も食えなかった、夜も眠れなかった、自分は孤独で、家族はそれぞれに独立してゆく、私以外が全員幸せになってゆく、わたしは孤独に拍車をかけ、生涯1人で生きていけるようにと強く育てられたのか?私は孤独を進む、そんなレールをそもそも準備されて生きてきたのだろうか、ここまでなるとそれはもはやトゥルーマン・ショーなわけで、演出か?演出なのだな
どうしても許せなかった、私は傷ついた、馬鹿にされてるような気がした、元来人間なんか生きてるだけでほんとに偉い、そこに差別をつけるなんてご法度だろう?起業家は明らかに能力差別をして社会を駆け抜けてゆく、大手企業に就職するような奴はだいたい外見至上主義者の偏見野郎だ、そんな中で��一、この私が唯一、ほんとの愛を求めて探して、自分を失っても他人に振り回されることなく、ただ己と向き合ってた私が、結局傷つかないといけないのか?
人に振り回されるのが本当に耐えられない、自分もイエスな状況でグッドなテンションで遊んでいるうちはいいのに突然相手が冷めて私をどうでもいいふうに扱うのが腹が立って仕方がない、なめてんのか?ムカつくから2週間連続ベロベロになるまで飲んでやった、虚しさと肝臓の痛みが残って私はまた飯を食えなくなった、憂さ晴らしができない、何をしても、腹が立つ、私は何事にも自分ごととして参加できない、どうでもいい、めんどくさい、なにもかもがめんどくさい、布団で寝たきりで飯食いたいくらいめんどくさいんだよ、何もかもが
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父と母 (中学校編)
中学一年生。地元の学校に進学するも、やはり不登校になる。
この頃には対人恐怖の症状が出始め、人が密集する場所に行くと恐ろしさを感じるようになっていた。親や担任になぜ教室に入れないのか問いただされるが、うまく説明できない。心療内科を受診していればよかったのだろうが、父が、
「うちの娘はどこもおかしくない」
と突っぱねた。父なりの愛だったのだろうが、彼の愛はいつも的外れだ。
学校にはカウンセラーが配置されていたが、これが話にならないほどポンコツだった。私が相談室で過ごすほとんどの時間、鼻ちょうちんを出して寝こけているのだ。
それなりに頼りにしていたが、成人してから再会した際にラブホテルに連れていかれたことで、彼との思い出はゴミに変わった。全力で逃げたので安心してほしい。
最後に彼から受け取ったメールは、
「パンツ何色?」
であった。テンプレートすぎて笑えてくる。ちなみに彼は妻帯者で小学校教論である。地獄に落ちてほしい。
話が逸れた。学校に行けないのなら習い事を始めたらどうかという話が出た。母と一緒に見学に行く。
その帰り道に私は、
「学校に行けない私が習い事などやりとげられるのだろうか」
と不安になってしまった。思わず母に、
「私には無理かも。やめようかな」
と弱音を吐く。母は表情を強ばらせ、
「ふうん。やっぱりダメだと思った」
と冷たい表情で言い放った。その一言が胸に突き刺さる。
母は最初から、私には習い事などできないと思っていたのだ。私は何も成し遂げられることができないのかもしれない。うなだれて帰宅する。
私と母が話をしても父は、
「それはお前のやり方が間違っているのだから考えを正すべきだ」
の一点張りで取り付く島もない。
気分の波が激しく、日によって言うことが変わるため振り回される。父の言う通りにしても別の日には違う理論で説教されてしまう。
お前もしや、何でもいいから言いがかりをつけてストレス発散したいだけだろ。そんな彼が「人には優しくすべき」とほざくのだから笑えてくる。優しいとはどんな態度を指すのかぜひ教えていただきたい。
人には「立ち振る舞いはきちんとすべき」と言いながら、��チャクチャと音を立てて食べる、トイレや風呂場の扉は開けっ放し、使ったものは置きっぱなし、洗濯物は散らかしっぱなしという行儀の悪さを見せつける。説教する人がきちんとしていないと相手は聞く耳を持ってくれないので注意した方がいい。
ちょっと意地悪なことを言いました、すみません。多分仕事が忙しくてイライラしていたのだろう。だとしても人を傷つけて発散することが許されるとは思いませんがね。
色々な出来事が起こったが、私が彼らに示した反応はただ一つ、黙って耐え忍ぶことだった。
母に意見を言ったところで取り乱されるだけだし、父は上記の通りだ。どこかへ飛び出そうにもここは辺ぴな田舎。暇を潰せる場所といえばローソンだけだ。
私は不登校をしている「いけない子供」だから、どんなことをされても文句は言えないと思っていた。彼らにしてみても問題解決能力があまりない人々だったのであり、まあ、何というか、色々と仕方がなかったのである。
でももし、あの頃の気持ちを正直に打ち明けてもいいのなら、私は不安を受け止めてほしかった。話を聞いて、励ましてもらいたかった。それが叶えられる環境が存在することを、つい最近まで知らなかった。
中学二年生。相談室登校を始めるも、登校できる日と、学校の敷地にすら足を踏み入れられない日がある。
登校できた日は相談室で給食を食べた。朝起きた時、体が鉛のように重ければ、行けない。そんな日は、台所から食器を叩きつける音が聞こえた。母の足音は怒り狂ったように荒かった。
体を動かすのが辛い時は、母に車で送ってもらう。だからといって必ずしも登校できるわけではなく、車から降りられずに引き返すこともある。
その日、私は車から降りられなかった。母に、
「やっぱり無理みたい、ごめん」
と告げる。母は暗い顔で「分かった」と頷き、
「気分転換に山へ行こう」
と言った。
送ってもらったのに、行けなかった。罪悪感にもやもやとしながら、母の顔を盗み見る。母は固い表情で前を見つめていた。私は母の表情や声色や足音の大きさで、彼女の機嫌を推し量れるようになっていた。この表情から察するに、母は落ち込んでいる。私の心も沈む。
山道の急カーブに差し掛かった時だった。母は、
「一緒に死のうか」
と呟き、めちゃくちゃにハンドルを切った。ガクガクと車体が軋み、全身が強ばる。道を外れてしまえば川に真っ逆さまだ。フロントガラスの緑が粉々に揺れていて、それだけが場違いに美しかった。
しばらく暴走してから、母は車を停めた。肩で息をしている。私は逃げ出すこともできず、助手席にべたりと張り付��ていた。母は私が殺したいほど憎いのだろうか。
その後、展望台で何事も無かったかのように景色を見た。母は険しい顔をしている私に、
「どうしたの?」
と言った。どうしたのって。あなたさっき私と心中しようとしたじゃん。なかったことにするつもりなの?
この出来事は実際に、なかったことになった。母と私はこの出来事を封印した。父には言わなかった。どうせ話をしたところで、母を責めるだけで終わらせてしまうのだから。
成人してから母にこの話をすると、全く覚えていないと言った。ひどい。そんな軽い気持ちで心中を図るなよ! 殺人犯も時が経てば人を殺したことを忘れるのかな。はい、炎上しますね、何でもないです。冗談だよ、冗談。
子育てに思い詰めたからといって心中しようとするのはやめた方がいいです。子供は普通に傷つくので。病院でも保健所でもいいので福祉に相談してください。もしかして助けてもらえるかもしれないし、死ぬよりはマシでしょ。
また、ある日。帰宅し台所でぼーっとしていると、母が後ろに立って私の髪を触り始めた。母から体を触られることは長らくなかった。嫌な予感がする。
案の定母は奇行に走り始めた。突然ケラケラと笑い出し、私が2歳児であるかのように、
「あなたは可愛いでちゅね、本当にいい子でちゅね」
と言いながら頭を撫で始めたのだ。私はゾッとして、
「やめてよ!」
と彼女の手を振り払った。おいおい、B級サイコホラー映画かよ。不登校の娘のワンオペ育児に追い詰められた母が正気を失っていく展開、意外と使えるかもね。
また、ある日。まだあるんですよ、衝撃エピソード。
私は伸ばしていた髪を鋏でばっさりと切ってしまった。何でそんなことをしたかって、第二次性徴を受け入れられなかったからである。
ショートパンツや恐竜が大好きだった私は、制服のスカートを履かされることや、自分が女らしい体になってゆくことに耐えられなかった。ブラジャーを付けなければならなくなった時、生理が来た時、私は悲しくて泣いた。私はいつまでも軽い体で山々を駆け回り、探検ごっこをしていたかったのだ。それなのに。
ニキビだらけになってしまった顔。硬い上に量が多くまとまらない髪。丸みを帯びた体。いつの間にか「女」にカテゴライズされ、体毛を剃るのが義務になり、カミソリ負けと生理痛にげんなりする日々。私は女としての自分が嫌いだった。だから、女のシンボルである髪の毛を切り落としたのだ。
半分だけショートヘアになった私を見て母は、
「あなたはおかしい」
と言った。訳を聞いてくれよ、訳を。私達にはいつもコミュニケーションが足りないんだよ。
次の日美容院に連れて行かれ、ショートボブにされた。その髪型も嫌いだった。
3ヶ月後、私はベリ��ショートになり、男物の服を好んで着るようになった。ブカブカの服に身を包んでいる時、私は私ではない人間になれた気がして、少しだけ安心した。
この感覚は今でも継続しており、日によって「男」になったりする。男っぽいハンサムテイストな服と、女らしいゆるめのカジュアルな服を着回すのだ。女らしいとはいっても、装飾のないシンプルな服が好きだ。
私は女だが、トイレは一人で行きたいし、昼ご飯は一人で食べたいし、青が好きだし、噂話は嫌いである。ジェンダーを定められてしまうと途端に居心地が悪くなる。
中学三年生。テストもろくに受けなかったので、私の学力でギリギリ入れる私立高に進学することになった。入れただけ奇跡だ。先生方が配慮して下さったのだろうが、一年後、私はこの高校を中退することになる。恩知らずですみません、学校というものが嫌いだったんです、そりゃもう純粋に。
母はまだ宗教にこだわっており、頻繁に「集会」を開いた。集会とは家に黒づくめの信者達がわらわらと詰めかけ、皆で地鳴りのような読経をあげることを言う。何の意味があるのか分からないが、信者同士の交流を図るとかそういうトンチンカンな理論だったのかな。サークル活動かよ。
集会が開かれるとそこら中に線香の匂いが充満した。あまりの煙たさに家中のゴキブリが死滅しただろう。バルサンいらずである。そんなこんなで今でもお寺に行くと妙なノスタルジーにかられる。同じ匂いがするのだ。
ある日の集会。とある信者の婆さんが母に、
「あなたの子供が不登校なのは、あなたが真剣に祈らないせいよ。このままじゃ親子共々地獄に落ちるわよ!」
と言った。うるせーよくそババア! 頭湧いてんのか。あ、失礼。思わず本音が。私の周りには余計な口を挟む婆さんが多すぎる。うーむ、これがド田舎か。
しかし、しかしだ。驚くべきことに母はその言葉を信じ、毎月お布施に二万を費やすようになってしまったのだ。いやいやいや冗談だよね。これって現実ですか? もう一周回ってギャグである。西原理恵子風に描けば売れるかもしれない。
ちなみにその頃細木数子がブレイクしていたが、私は彼女が大嫌いだった。地獄なんてあってたまるか! あるとするならこの世こそが地獄だ。芥川龍之介も言ってたじゃないですか。なんつて。
夜、15歳のピュアな私は、家族が苦しんでいるのは私のせいだと自分を責めた。私が普通の学生として振る舞えないから、彼らは悲しんでいるのに違いない。
本当は全然そんなことないんです���どね。世の中には子供が傷ついたら「どうして傷つくのよ! 波風立てず普通の子供でいなさいよ!」などと当た��散らさず、優しく励ましてくれる親が存在しているのだ。当時の私に教えてあげたい。
そんなことも知らない私は、何としてでも学校に行かなければならない、彼らのために「普通」にならなければならない、と自分に言い聞かせた。
普通のレールから外れたら、恐ろしいことが起こる。
それからというもの私は「普通」という概念に固執し、苦しむようになる。
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08280005
.........だから、俺がもし大通りで通り魔殺人をするなら、きっと最初に狙うのは腹の大きな女だ。子供が狙い目だと思われがちだが、案外そうでもない。もう生まれてしまった子供は親が必死になって守るから、むしろ普通の人間よりも狙いにくい部類だろう。くだらないが、それを無理矢理狙って殺すのは���難の技だ。両親が揃っているなら尚更。
俺の目の前でベビーカーを押す女が楽しそうに旦那に話しかけて、旦那は嬉しそうに目を細め子供をあやしている。ああ、世界共通の幸せの絵だ。反吐が出る。
幸せ、ってなんだ?他人から見て、己が幸せな姿に映ることか?いや、違う。幸せは、自分の置かれている状況について何も不平不満を抱かず、我慢を強いられることなく、全て俺の意のままに遂行されることだ。そうに違いない。幸せ、幸せ。ああ、俺は幸せになりたい。ずっと子供の頃からの夢だった。幸せになることが。幸せになることこそが。
他人の幸せに対して恐ろしく心が狭くなったのは、きっと今俺の置かれている状況が著しく幸せから遠いから、だろう。社会の中での立ち位置も、持って生まれた時点で腐っていた神様からのギフトとやらも、白痴付近を反復横飛びする出来の悪い頭も、見てくれの悪さも、全てだ。
自ら遠ざかったつもりはない。人の幸せを妬んで、それで、手に入らないことには気付いていて、そして、そして、?
?ん、あぁ、覚める、ダメなやつだ、これ、と、思考が曖昧になって、見えていたものも、匂いも、温度も、何もかもが遠ざかって、そして、何も見えなくなった。
極めて自然に、目蓋が開いた。手探りで掴んだスマホの画面を見れば、時刻は朝の5時を少し回ったところだった。曜日表示は土曜。どちらにせよ早すぎる。
"彼"の中途半端に病んだ思考が俺の頭と同期して、混ざろうとしているのが分かって吐き気を覚えた。やめろ。混ざるな。のそり、重たい身体をベッドから引きずり起こして、ふらふらと冷蔵庫に縋り付き、冷えたミネラルウォーターを喉へ流し込んだ。水の通り道が冷えていって、そして胃の辺りがじんわり冷たくなる。物理的にはあり得ないが、その温度は首の後ろを通って、脳へと伝わり、思考が少し、冷めていく。
何が通り魔だ。情けない。俺の夢を支配して、外に出たがったくせにやりたいことがそんなバカの憂さ晴らしだなんて興醒めもいいところだろう。しかも、やる前のウジウジした感情から見せるなんて。はっ。しょうもない。どうせなら血溜まりの中の回想にでもしてくれていれば、今頃、小話くらいには昇華出来たものを。
奴の目線から見えていた短い指と、くたびれ皺の寄ったスーツとボロボロの革靴、己を嘲笑っているように見える周りの視線と話し声、やけに煩いメトロの到着メロディ、喧騒、咽せるようなアスファルトの油の匂い、脳天に刺さる日差し、それら全てを���後の教科書の如く黒塗りで潰して、そして、深呼吸ののち頭の中のゴミ箱へと入れた。これで、俺は、俺に戻れる。もう一眠りしよう、と、布団に潜り込み、俺は柔らかい綿人形を抱き締めて、眠るための定位置へと着き直した。
物書きで飯を食える、などという夢を抱く間もなく、敷かれたレールに乗って模範囚の如く社会の、それも下の方の小さな歯車の一つに成り果てた俺。チャップリンのように笑えたらいいんだろうが、生憎笑えない現状の片手間で書いている小説、そんな大層なものではないが、もう200を超えただろうか。詳しく数を数えてはいない。数字を重ねることに、大して意味はない。ただ増えていくソレを見るよりも、彼ら、彼女らの過去、未来に想いを馳せる方がよっぽど大事だ。俺は、彼らの人生を文字に変え、束の間の虚無を忘れている。
俺は、自分の力では、小説を書けない。
一昔前に流行ったゴーストライターではなく、どこかの小説の盗用でもない。人から詳細を聞かれたら、「主人公達が動くのを見て書いてる」と答えて誤魔化しているが、俺は、自分の夢を小説にしていた。いや、自分の夢でしか、小説を書けない。
夢の中で、俺は俺じゃない誰かとなって、違う人生の一部を経験する。なった誰かの感情と共に。そしてその夢は、嫌に鮮明に、必ず完結して終わる。
そのおかげで、俺はまるで自らが体験したように、綿密な話が書ける。不思議と夢を忘れることはなく、内容によっては自ら夢を捨て、今朝のように半ば不快感を持って目覚める。そして、その夢の記憶はじきに消える。
そうして俺は眠り、夢を見て、出てくる彼らの物語を文字に認めて、満たされず空虚な、平々凡々な自分の人生を今日も狂気で彩る。
ある日偶然君の皮膚片を食べた時、世界にはこんなにも美味しいものがあったのかと感嘆し、感動のあまり失禁したことを思い出した。
目が覚めた瞬間、これよりいい書き出しは無い、と思った。思考は溶けた飴のように彼のものと入り混じっていて、はっきりと覚醒はしない。恐らく、俺の思考は殆ど死んでいるんだろう。今こうして無心で手を動かしているのは、確かに生きていた彼だ。口内には口にしたこともない見知らぬ女の皮膚片の味がこびりついて、舌の上がまだぬるぬると滑る感覚、しょっぱい味が残っていた。食べたことのない味。ああ、書かないと、無心で筆を走らせる。書く瞬間、俺は俺でなくなり、彼が俺を使って脳を動かしているような感覚に陥る。戻ってこられなくてもいい、そのまま彼に身体を明け渡しても後悔なぞしない。と、俺は諦め身体の主��権を彼らに手渡している。
ふと気が付いたときには、もう小説は書き上がっていた。軽く誤字を確認して、小説掲載サイトにそれを載せる。人からの反応はない。別に必要はない。
サイトを閉じ、ツイッターを開く。現れたアカウントでただ一人フォローする彼女のアイコンを見て、そしてDMを開いて、青い吹き出しが羅列される様をざっと見て、心が幸せに満たされていくのを感じる。じわり、と湧き出たのは、愛情と、快楽と、寂しさと、色々が入り混じったビー玉みたいな感情だった。
彼女は、ネットの中に存在する、美しく気高く、皆から好かれている人気者。そんなのは
建前だ。彼女は、まさしく、
「おれの、かみさま。」
そう呟いて画面をなぞる。ホワンと輪郭がぼやけたケーキをアイコンにしているあたり、ここ最近どこかへケーキを食べに行ったのかもしれない。俺が彼女について知ってることは、声を聞く限り恐らく女性で、恐らく俺よりも歳が下で、俺のことなど認知すらしていない、ということだ。
別に悲しくなんてない。彼女はただここにいて、俺に愛されていてくれれば、それでいい。拒絶されない限り、俺の幸せは続く。好きだ、好きだ、今日も彼女が好きだ。
彼女のツイートは食べたスイーツのこと、日常のほんの些細ないいこと、天気のこと、そんなささやかな幸せに溢れた温かいものばかり。遡る度、何度見ても心が溶かされていく。
どこで何をしているのか、どんな服を着て誰と笑うのか、そんなのは知らない。どうでもいい。得られないものを欲しがるほど俺は子供じゃない。そばで幸せを共有したいなど、贅沢が過ぎて口にした日には舌でも焼かれそうだ。
『今日も、好きだよ。』
また一つ増えた青い吹き出しをなぞり、俺は不快感に包まれる頭を振り、進めかけていたゲームの電源を入れた。時刻は午後の2時。窓の外では蝉がけたゝましく鳴いており、心の底から交尾を渇望しているらしかった。
触れ合えないことを、惜しいと思わない日はない。彼女の柔肌に触れて、身体を揺さぶって一つになることが、もし出来るのなら、俺は迷わず彼女を抱くだろう。幾度となくそんな妄想で、彼女を汚してきた。俺の狭い部屋のベッドの上で、服を雑に脱ぎ散らかし、クーラーでは追い払い切れない夏の湿気と熱気を纏った彼女が、俺の上で淫らに踊る様を、何度想像したか分からない。その度に俺は右手を汚し、彼女への罪悪感で希死念慮が頭を擡げ、そしてそんな現実から逃げるように夢を伴う惰眠を貪る。
彼女を幸せにしたいのか、彼女と共に幸せになりたいのか、彼女で幸せになりたいのか、まるで分からない。分からない、と、考えることを放棄する俺の脳には、休まる時はない。
俺の中の彼女は最早、彼女本人からはかけ離れているのかもしれない。俺が見る夢の種類は大まかに分けて二つ、目を���いたくなるような凄惨な感情の入り混じるものと、急に凪になった海をただ眺めているような穏やかなもの。後者に出会った時、俺は必ずと言っていいほど相手の人格を彼女に当てはめる。彼女は右利きで、俺の左に立つのが好きだ。彼女は甘党で、紅茶に詳しくダージリンが特に好み。彼女は子供が好きで、時折自身も無邪気に遊びまわる。彼女は、彼女は、彼女は。どれも、ツイートからじゃ何も読み取れない、俺が付与した彼女のあるべき姿だ。起きて、文章を仕上げて、そして心には虚しい以外の感情が浮かばない。
分かりやすく言うなら、花を育てる感覚に似ている。水を注ぎ、栄養をたっぷり与え、日の光と風を全身に浴びさせて、俺が花から得る物理的なものは何もない。花の子孫繁栄の手助けとしてコマとなり動いたに過ぎない。花側から見ても、ただ育った環境が良かったという認識にしかならないだろう。それでいい。俺はただ目の前で、花が咲くのを見られたらそれで良かった。植物と違って人間は枯れない。根腐れもしない。メリットがあれば、大切に大事に育てれば、半永久的に、花を咲かせ続けてくれる。これほど幸せなことはないだろう。自らの手で育つ様を、永遠に見られるなんて。
ああ、今日も彼女が好きだ。
恋は病気で愛は狂気。言い得て妙だ。病気、狂気、これはまさしく狂気だろう。まごうことなき、彼女への愛なのだから。世間で言う正しい愛じゃないことくらい、まだ正気を保ってる俺の脳は理解してる。が、正しさが必ずしも人を幸せにするわけではない。しかし、正しくない、道が外れている、本当の愛ではない、そう声高に叫ぶ内なる自分がいるのも確かで、結局俺は世間よりも何よりも、俺に足を引っ張られて前に進めないまま、深く深く沈んでいく。ただ一つ言えるのは、どんな形であれ、俺が彼女に向ける愛は狂気であり、すなわちそれが愛ということだ。
純粋な愛からなる狂気ならどれほど良かっただろう、と、目覚めた瞬間トイレに駆け込み僅かばかりの胃液を吐き出しながら考えていた。つい先日の思考を巻き戻して、何処かに齟齬があったかと必死に辿るが吐き気に消されて頭の中が黒に塗り潰される。
違和感を感じたのは夢が始まってすぐのことだった。視界が、進み方が、現実と大差ない。変だ。いつもなら若干の浮遊感から始まる夢が、地に足ついた感覚で、見える手や腕も自身のもので恐らく間違いない。なぜだ。初めてのパターンに内心は動揺しているが、夢の中の俺は平然としている。俺は黙々と愛車を運転し、車は山道を奥へ奥へと進んでいく。ガタゴトと揺れる車に酔いそうになりながらも、ナビを切りただ道なりに進んで、そして暫くしてから、脇道へと入った。脇道といっても草は生え放題、道未満のその木のないエリアを少し走ってから車を止めた俺は、車内のライトをつけ、行儀悪く身を乗り出して後方座席へ移動し、転がっていた黒い巨大なビニール袋を破いた。
キツく縛られまるで芋虫のような姿で袋から出てきたのは、紛れもない、何度夢想したかわからない、愛おしい彼女だった。俺は、彼女の着ている薄いワンピースの感触を楽しむように掌で撫で、身体のラインを触れて覚えていく。凹凸、滑らかな生肌を想像しながら身体を撫で回し、スカートの裾を少しずつたくし上げていく。彼女が噛んでいる猿轡には血が滲んでおり、嫌々、と首を振っては綺麗な涙をぱたぱた散らす。そのリスのような丸い目に映る俺はきっと、この世の誰よりも恐ろしい化け物に見えているだろう。身体を暴く手は止まらない。胸を、局部を、全てあらわにし、下着を一度抱きしめてから破り捨てる。そして、現れた汚れなき場所へ、手を、口を寄せ、そして、俺は、彼女と、一つになった。頭の中が気持ちいい、暖かい、柔らかい、という白痴のような感想で埋め尽くされる。彼女に埋まった俺の身体の一部が溶けてしまう、気持ち良さで脳が溶けてしまう、身体の境界も全て失ってただ善がる概念になってしまう。ああ、ああ、と、感嘆する声が漏れて、俺は目の前の柔い身体を撫で回し、噛み、舐めしゃぶり、全身で味わった。涎が溢れて止まらない。彼女の柔らかい腹にぼたぼたと泡混じりで落ち溜まっていく。鼓膜に己の荒い呼吸音だけが響いて、車外の虫の声も彼女の呻き声も、何も聞こえない。ただただ車はギシギシと揺れ、彼女の目尻から絶えることなく涙が溢れて、俺の心から絶えることなく多幸感が溢れて、彼女の中に彼女と俺が混ざり合った生き物の種が植え付けられた。
死んだと見間違う目をした彼女へ、俺は口を寄せて一言、囁く。
『今日も、好きだよ。』
そこで目が覚めた。
吐くものが無くなってもまだ喉がひくりひくりと痙攣していた。苦しい。買い溜めしておいた水の段ボールを引き寄せて、無造作に掴んだ一本を雑に開け胃へと流し込む。零れた水が首を伝ってTシャツを濡らした。ぜえぜえと喉が鳴る。頭を振り払って、絞り出した声は驚くほど情けないものだった。
「そんな、はずはない、あんなの、俺じゃ、俺じゃない、っ、ぅ...」
逆流する胃液に応戦するように水を飲む。喋ると逆効果なのは分かっているのに、誰に主張したいのか、言葉は止まらない。今話しているのは俺か、誰か、分からない。
「俺はそんなこと望んでない!!!!っ、くそ、ふざけんな...っ、クソ...」
込み上げた涙は悔しさ故。浅ましい己の脳がどうにも恥ずかしく、憎らしく、それに縋って自尊心を保っていた己が卑しく、そして何よりも己の夢の特性に殺意が湧い��。
一度、目を覆っても嫌になるような凄惨な夢を見た。それは、簡単に言えば理不尽な男がバールで一家をぐちゃぐちゃに叩き潰す話だった。書くべきなのか、と筆が止まり、彼の人格を放置したまま俺は1日過ごして眠り、そして、同じ夢を見た。次の日も、次の日も、むせ返るような血の匂いと足を動かすたびにびちゃりと鳴る足音と、頭部を殴った拍子に転がり落ちた眼球を踏んだ足裏の感触と、その後彼の同居人が作ったハンバーグの味が消えないまま1週間が経ち、俺は書かなければ夢に殺されると自覚して、筆を取った。
夢を使って自分を満たす以上、逃げることは許されない、ということか。忌々しい。まだ治らない吐き気に口元を押さえ、放り投げていたスマートフォンを手に取った。仕事を休んでも夢に囚われ続ける。ならば、書くしかない。時刻は朝の4時半過ぎを指し示していた。
そして、彼女を好き放題貪った話がスマートフォンの中に出来上がった。満員電車で誤字チェックをすると、周りの乗客の視線がこちらに向いている気がした。フラフラするが、仕事からは逃げられない。あの夢も、俺の偽物もこれで消えた。今日は眠れる。
楽観視、だったんだろう。巣食う闇の深さは思った以上だった。俺は翌日も吐き気で目覚めトイレに駆け込み、脳内をぐるぐると駆け回る、四肢に残る彼女の感触と、膣内の締め付けと湿り気、背中に走る絶頂感と共に噛みちぎった喉笛のコリコリとした食感、口に溢れる鉄臭い鮮血の味、そして、恍惚とした表情で俺に抱かれたまま絶命した彼女の顔を、振り解いて捨てようとしては目眩に襲われた。
「分かった、書くから、分かったから...俺じゃない、あれは俺じゃない、俺の皮を被った偽物だ、」
彼女の夢を見始めてから、ツイッターを覗かなくなった。
彼女は、毎日俺の夢に出てくるようになった。最悪の気分で夢に無理矢理起こされ、時折吐いて、震える手でなんとか夢を文字で起こして、溜まっていくそれらはメモを圧迫していく。救えない。先が見えない。
そして夢で彼女を殺し始めてから、今日で3日が経った。もう、うなされることも跳ね起きることもない。静かに目を開けて、見慣れた天井を認識して、重い胃を抑えて起きるだけだ。よくもまああんなに楽しんで殺せるもんだ。と、夢の内容を反芻する。
彼女の膨らんでいた乳房も腹も尻も太ももも、鋭利なサバイバルナイフでさっくりと切り取られていた。カケラはそこかしこに散らばって、手の中には乳房があった。俺は生暖かい開かれた彼女の腹に手を探り入れて、挿入していた愚息を膣と、そしてその先に付いた子宮の上から握りしめた。ないはずの脈動を掌で感じるのは、そこが、命を育���大切な部屋だから、だろうか。暖かい、俺の作られた場所。彼女の作られた場所。人間が、人間になる場所。ああ、気持ちいい。無心で腰を動かせばがくがく揺れる彼女の少ない肉が、小さく蠢いているように見えた。動きがてら肋骨あたりを弄れば、つまみ上げた指の間で蛆虫がのたうち回っている。気味が悪い、と挟み殺して、彼女の内臓に蛆虫の体液をなすりつけた。目線を彼女の顔までやって、いや、そういえば頭は初日に落としたんだった、と、ベッド脇の机に鎮座した彼女を見遣る。目線を腹に戻す。食いちぎったであろう子宮の傷口からは血と、白濁の体液が流れ出て腹膜を彩っていた。芸術には疎いが、美しいと感じる色彩。背筋に快楽が走る。何時間でもこうしていられる。ああ、ああ、嗚呼......
こんなはずじゃなかった。彼女と見る夢はもっと暖かくて、綺麗で、色とりどりで、こんな狭い部屋で血肉に塗れた夢じゃなかったはずだ。どこで何を、どう間違えたのか、もはや何も分からない。分からないまま、夢に囚われ、俺は今日も指を動かすんだろう。
スマートフォンを握った瞬間、部屋のチャイムが鳴った。なんだ、休日のこんな朝早くに。宅配か?時計を見て顔を顰め、無視の体勢に入ろうとした俺をチャイムの連打が邪魔してきて更に苛立ちが増す。仕方なく、身体を起こして彼女の眠るベッドから降りた。
床に降り立つ足裏に触れる無数の蠅の死骸の感触が気持ち悪い。窓は閉め切っているのに片付けても片付けても湧いてくるのはなぜなんだろう。追い討ちをかけるように電子音が鳴り響く。休日にも関わらずベッド脇の机に鎮座し勘違いでアラームを鳴らす電波時計にも腹が立つ。薙ぎ払えば一緒に首まで落ちて気分は最悪だ。クソ、クソクソクソ。ただでさえ変な夢を見て気分が悪いのに。鳴り止まないチャイム。煩いな、出るよ、出るっつってんだろ。俺は仕方なく、着の身着のままで玄関のドアを開けた。
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おはようございます😃 先日、京都鉄道博物館で公開されていたレール探傷車を見つけました。 #jrwestjapan #JR西日本 #レール探傷車 #在来線 #在来線のドクターイエロー #超音波検査 #超音波レール探傷車
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[翻訳] Pretend (You Do) by leekay #7
「うそぶく二人」
第7章
屋上の約束、帰還限界点
原文 A Rendezvous on the Rooftop and A Point of No Return
スイス���2018年
「クリス?」
電話越しに聞こえたヴィクトルのパニック声に、クリスはすぐにまずいな、と悟った。
「ヴィクトル? 何があったの、大丈夫?」寝ぼけた声で答えながら、クリスは隣で眠るダミアンを起こさないよう静かにベッドから這い出た。アドレナリンと疲労の相混じった体で、キッチンへ移動する。
「遅くにすまない」。クリスが壁の時計を見るとまぶしい電子文字が午前2時20分を告げている。ロシアはさらに遅い時間だろう。
「構わないよ、どうしたの」
電話の向こうではヴィクトルの呼吸が震えている。「誰かと話したいんだ。今日も練習中、何度も何度もジャンプに失敗して……それでまた、手を」
「どういうこと?」
「その……怒りで」
「抑えられなかったの、ヴィクトル?」クリスの胸が痛んだ。氷上でうずくまる彼の姿が蘇ったのだ。血を流し、傷ついたその手。病院でクリスがヤコフに嘘を並べ続ける間、うつろに漂っていた彼の目。
「ヤコフには言わないで、頼む。もう滑れなくなる」
「言うべきだよ、ヴィクトル」
「でももう俺にはこれしかないんだ」
ヴィクトルのその声でクリスは現実に帰った。「分かってる、分かってる。それに前ほどひどくない」
ヴィクトルが落ち着いて話せるようになるまで、クリスはしばらく黙っていた。スツールにひっかけてあったローブを取り、水を飲む。
「どうしてスランプから抜け出せないんだろう、クリス」
「傷ついているからさ」
「それは勇利も同じだろう、でも彼は平気だ」
「ヴィクトル、もう動画は見るなって言ったよね?」
「仕方ないだろ!」
「そうすけなんてくだらない奴だよ」クリスは彼がアップした動画すべてに目を通していた。新しい投稿を見るたび、怒りのような、かなしみのような感情が確かに胸にこみ上げた。勇利のとなりで話し、画面に映る二人の顔を見ると、クリスは氷に拳を打ち付け悲痛に勇利の名を呼んだヴィクトルを思い出さずにいられなかったのだ。
「でも勇利は……前よりずっと楽しそうにしている。俺たちが一緒に居たことがどれだけお互いに悪影響だったか思い知らされるよ」
クリスはため息をついて髪をかき上げた。「“悪影響”だったなんて本当は思ってないだろう、ヴィクトル。問題を何とかしようと苦戦しているうちに、事が悪化したってだけ」クリスは慎重に言葉を選びながら続けた。「君はいつもちゃんと話してくれないよね。愛し合っていたかと思えば突然バンケットから立ち去った。どうしてそうなったのか……まだ話してくれないの?」
クリスはヴィクトルが口を開くのを待っていた。この男はもう、今に全部を投げ出してしまうかもしれない。ヴィクトルは閉じられた、鍵をかけられきつく縛られた本のような存在だ。クリスは他人よりはその中身を垣間見ていたけれど、それでもまだ知らないことがありすぎる。ヴィクトルについての、誰も知らないたくさんのことが。
「全部俺のせいだよ。勇利は俺を助けようとして、俺はそれを拒んだんだ。疲弊した俺を見て、何とかしようとしてくれたのに。だけどそれが……耐えられなかった」。そうヴィクトルが語り始めると、クリスは少し驚いた。
「あの時の気持ちが忘れられない。勇利は俺を信じて、いつだって側にいて支え、愛してくれた。今まであんなふうに愛されたことなんてない。だから新しいコーチのことを聞いた時は忘れようがないほど辛かった。我慢できなかったし、今だってそうだ。勇利は二人のことを考えてたんだ。あれはお互いの関係のためにやったことだったんだ。だけどそれはまるで、勇利が俺を諦め出したようにしか思えなかった。愛していないと言われるよりひどいさ、信じてもらえなかったのだからね」
「そうじゃない、ヴィクトル」。クリスの声は弱々しかった。
「最悪だったのは彼を突き放したことさ。ちゃんと話せばよかったんだ、一緒に新しいコーチを探すことだってできたんだ。なのにすべてを閉ざして突き放した。太陽に近づきすぎたってわけさ、それで俺は焼け死んだ」
ヴィクトルの息遣いがだんだん重たくなっている。この友人がこれだけ自分の思いを話してくれたことなんてなかった。それはクリスを安心させ、同時に怖くもなった。
「スケートはやり続ける。両方を手放したら、もう俺には何も残らない。でも勇利とどう接していいのかはわからない。そうすけとも。二人が一緒に話してトレーニングをして、キスクラから俺が滑るのを見ると思うと……」
「ヴィクトル、大丈夫だから」
「だけど俺は雨の中に勇利を置き去りにして走り去ったんだ」
「誰だって間違いは犯すよ、ばかげたことにね」
「人生をめちゃくちゃにするほどの間違いでも?」
クリスは笑いながら答えた。「毎日ね」
ヴィクトルが少しだけ笑ったような気がした。少しだけ。
「冗談はさておき、なんとかなるさ。恋人だった人とパーティーで鉢合わすようなものだよ。僕もセルジュと別れた後に何かのプロモーションで出くわしてさ、一晩中他人の振りをしていたし」
「大昔のことだろ、それ」と、電話越しにヴィクトルの笑いが聞こえた。その声はさっきよりも明るく、クリスは安心した。涙はかろうじて食い止められたようだ。
「五年前かなあ」。クリスは手で欠伸を抑えながら答えた。
「ごめん、こんな時間に。もう君をダミアンに返してあげないとね」
「電話ならいつでも気にせずかけて。いつだってここに居るから」
「クリス、ありがとう」
「念のため言っておくけど、ヴィクトル、僕は君を信じているよ」
***
ミラノ 2018年
首元に冷たい空気を感じながら街を見下ろすのは、その夜二度目のことだった。ヴィクトルは今ホテルの屋上に居て、そこには古風できれいなハーブガーデンとブランコみたいな吊りベンチが置かれている。
たったこれだけの間に、どうしてことごとく物事は良くない方向へ進むのだろうか。たった四分の間に、再び勇利と近づき、そして失うなんて。あの時カラオケで、ヴィクトルは勇利��ら体を離した。正しくないと思ったのだ。勇利は酔っていて、正しい判断ができないと思った。だけどもし二人がしらふで、あそこが友人たちの前でなければ、二人は何かを修復できていたかもしれない。
屋上の扉が開いて、ヴィクトルは思わず体をこわばらせた。ここで会おうと誘ったのは勇利だった。近づく足音に耳をこらし、勇利の気配をすぐ間近で感じると、今度は体が震えた。
勇利はヴィクトルと鏡合わせになる格好で手すりにもたれた。「会ってくれてありがとう」。離婚調停に現れた元夫のような言い方だ。
ヴィクトルの咳払いが冷たい空気に響く。「そうすけのこと、すまなかった。そんなつもりはなくて……」
「わかってる、あれば事故だよ」
勇利の不愛想な言い方に、ヴィクトルは驚きながらも頷いた。
居心地悪そうに重心をずらして手すりに腕をかけたけれど、肌越しに伝わる金属の冷たさは、首元にこみ上げる熱を冷ましはしなかった。
「なぜここで会おうと?」
ヴィクトルは視界の端で、勇利の口元がわずかに上がるのを見た。「分かってるんでしょ、ヴィクトル」。勇利の悲哀を帯びたその笑みは、ヴィクトルにこんな期待をもたらした。近づいてキスをして、そうすけのもとに行ったのはどうしようもない間違いだったと勇利は言う、という期待。
「話さなくちゃと思ったんだ。今日一日で、僕たち感情がめちゃくちゃになってる。終わりにす��には話すしかないと思って」
ああ。
ヴィクトルが何かを返す間もなく、勇利は続けた。「座る?」
ヴィクトルは頷くと、二人でベンチの方へ向かった。
「どこから始めたらいいかもわからないよ」と、勇利は太腿の辺りで手をこすりながら不器用に笑った。ヴィクトルは勇利の首のカーブや、そのぎこちない作り笑いをじっと見つめた。かつての二人の近すぎる距離感や、液体のように体が溶け合い永遠に流れているかのような感覚を思い出すと、胸が痛んだ。
緊張が張りつめた静寂の中で、ヴィクトルが切り出す。「まずは謝りたい。バンケットの日、あんなふうに君を……置き去りにして……卑怯だった」
勇利は驚いてまばたきをしてから、少し表情を緩ませた。「僕の方こそいろいろとごめん、あんなふうに酔っぱらって、みんなの前で裸になったりして」
ヴィクトルは弱々しく笑う。
勇利の顔は真剣だった。「そうすけさんのこと、黙っていてごめん」。目をそらす。ずっと前からそうすけが絡んでいたかのような、その言い方がヴィクトルは気に食わなかった。たぶん勇利と険悪な関係になる前から、二人は連絡を取り合っていたのだ。
「ヴィクトルのためにも二人のためにも、これが正しい判断だって思ってたんだ。なのにそれを全部台無しにしてしまって」
ヴィクトルは視線をそらしたまま首を振った。「俺もあんな態度を取るべきじゃなかった」
勇利はヴィクトルをどことなく不安にさせるような目つきで彼の方を見るとこう言った。「ねえ、なんであんな反応をしたの? 僕はてっきりもっと……わかってくれると……喜んでくれるものかと思ってた。ヴィクトルはすっかり疲れ切っていたし、一緒に夕飯を食べることすらままならなかったよね」
ヴィクトルは口元を固く結ぶとまっすぐ前を見つめた。手は吊りベンチのレールをぎゅっと���りしている。あの頃の疲弊感や、その疲れが骨や意識にまで染み渡ってくる感覚を思い出した。勇利のコーチをすること、勇利が調子よく滑るのを見守り、二人で考えたプログラムを一緒に完璧に練習することで、なんとか自分をつなぎとめていたことを。
ゆっくりと、そして慎重に、ヴィクトルは答えた。「疲れなんてどうだってよかった。君の調子さえ良ければね、勇利」秘密を打ち明けるような話し方だった。「引退しようと思っていたんだ」
そう言って勇利の方を向くと、その顔はショックで蒼白になっていた。足元に視線をそらし、言われた言葉の意味を探しているようだった。
「じゃあ……でも、どうして。どうして引退せず競技に戻ったの?」
「バンケットであんなことがあった後で引退なんてできないよ。タイミングが悪い。それに勇利を失ったら、もう俺にはスケートしかなかったから」
勇利は視線をそむけたが、その頬はわずかに赤らんだようにも見えた。「わからないよ……引退するならなおさら、なんで新しいコーチのことであんなに怒ったのか……」
「勇利が勝手に決めたからだ。あんなのまるで、なんていうか……俺を信じていないように思えた。二人の関係すら」
勇利は全身の奥から深く、疲れ切ったようなため息をついた。「ヴィクトル、そうじゃないってわかってるだろ。二人のためにやったことなんだよ」
自責の念が急にヴィクトルの胸中に押し寄せて、勇利の足もとにすがって許しを請いたい衝動に駆られた。代わりにヴィクトルはしっかりと勇利の目を見つめ、最初から伝えたかった言葉を吐き出した。「あんな態度を取るべきじゃなった。君を突き放したりして本当にすまなかった、勇利。人生で最大の過ちだ」
二人はしばらく黙ったまま、互いに熱い視線を交わし合っていた。やがて勇利が小さく頷くと、ヴィクトルの緊張は一気に溶けだした。体を勇利のほうに近づけると、勇利はわずかに体を離す。緊張の帳が二人を包み、だけどそれはもはや心地よさすら感じさせた。
「その手はどうしたの」。しばらく間を置いてから、勇利が静かに聞いた。
ヴィクトルは動揺した。控室で勇利とそうすけに包帯を見られていたことをすっかり忘れていたのだ。
「ああ……これなら大丈夫」
「何があったの?」勇利が静かに聞く。心配そうなその声にヴィクトルの胸が痛んだ。
どう答えるべきだろか。嘘はつきたくない、でも勇利がどう反応するかわからない。心配するか、あるいは激怒してしまうかもしれない。
「氷でやったんだ」。答えとしてはそれで十分だろうと思い、ヴィクトルはそう返した。
「すごく悪そうに見えるけど……ジャンプで失敗して?」
「そんなところかな」。勇利は横目にヴィクトルを見た。本当のことを話していないと確信しきった眼で。
「ね、ヴィクトル、言いたくないなら言わなくてもいいよ。不躾にごめん」。だけどその声は少し苛立っていた。
「そうじゃなくて、ただ……心配させたくなくて」
勇利は大きく息を吸うとヴィクトルの方を向いた。「それならもう遅いよ、とっくに心配してる」
その言葉に、ヴィクトルの体は小さく波打つように震えた。その目を見つめ返すと、だけどすぐにこれはよくない、絶対によくないと言い聞かせた。心配げな唇、伏せられた目元。それらが吸い込��れそうなほどすぐそばにあって、膝が崩れるには十分すぎるのだ。どう答え���いいのかわからず、ヴィクトルは少しの間黙っていた。
「ジャンプを失敗して」と、ゆっくり冷静に続ける。「なんていうかその時はすごく……イライラしていて……その、怒りを氷にぶつけてしまったんだ」
ヴィクトルの言葉を拾いながら勇利は唖然と大きく目を開いた。口を小さく「O」の字にしたまま、しばらく固まっている。
「なんでそんなこと」
「もう済んだことだよ」
「でも自分でそんなことするなんて、どうなるかわかってるのに!」 戸惑いと、心配と、そして怒りが入り混ざった声だった。
「冷静に考えられなかったんだ」
「じゃあ何を考えてたの!」声を荒げる勇利に思わずヴィクトルもカッとなった。
「お前のことだよ勇利! くそっ! 勇利とそうすけが子どもたちと笑って写真を撮っていたこととか、俺が勇利を雨の中に置き去りにしたこととか、なのにあんなに写真じゃ楽しそうにして……そういう……そういうこと全部だよ!」
一瞬、ヴィクトルには勇利の感情が読み取れなかった。数か月間の痛みと戸惑いを隠すかのように、彼の目は暗く伏せられていた。すると勇利の手がゆっくり、ゆっくりと、おびえた子犬に触れるようにヴィクトルのほうへ差し出された。ヴィクトルの胸の中で何かがぐっと膨れ上がる。差し出されたその手を掴むと、冷たく冷え切った自分の頬へと運んだ。
二人の呼吸は荒く、永遠にも感じられる時間の中に閉じ込められたようだった。静寂の中でシンクロするかのように二人の体が動くと、勇利はもう片方の手でヴィクトルの反対側の頬を包み、ヴィクトルは勇利の腰へと腕を回してぐっと自分の胸へと引き寄せる。眼下の街を焼き尽くしそうな熱をもって、二人の唇が触れ合った。勇利の感情が身体に流れ込むことを許したその瞬間、ヴィクトルの中に欲望が沸き上がった。
勇利は片手をヴィクトルの髪にからませ、もう片方の手でシャツのボタンをなぞり冷たい指先でヴィクトルの肌を求めた。ヴィクトルは喉の奥から声を漏らすと震える指でボタンを外す。勇利のジャケットは地面に脱ぎ捨てられ、その上にすべての服を重ねるまでヴィクトルはもう止めたくなかった。
ヴィクトルが最後のボタンに手をかけたとき、ふいに勇利の唇がヴィクトルから離れ、勇利はベンチへとよろめいた。
ヴィクトルは戸惑いにゆがんだ顔を隠せなかった。痛みで胸がびしょぬれになる。ヴィクトルは勇利の目が自分を見透かしているように感じた。まるで自分が、脆く、透明な、ガラスの柱にでもなったかのように。
「勇利?」 なんとか押し殺すように出されたその声が、二人の間で震えていた。
「だめだよ、ヴィクトル」。勇利は息をついて、二人の間にさらに距離を取った。「僕たち変わりすぎたんだ」
「何も変わってないよ! 勇利があのクソ野郎をコーチと呼ぶこと以外は!」 冷たい夜風が素肌を撫で、ヴィクトルは慌ててシャツのボタンを閉めた。その指は今度は怒りに震えていた。
勇利は口元をきつく食いしばって、この後どうすればいいのかわからない様子だった。ヴィクトルにとってその様は完璧で、ほとんど嫌気がさした。乱れた髪、よれたシャツ、ヴィクトルに噛みつかれピンクに腫れた唇。「あいつがお前を見る目や、あの教え方、あんなのでまかせだろう勇利。サギ野郎だよ」
「なんでそんな言い方……20分だって一緒に過ごしたこともないのに……そうすけさんはよく見てくれて��る。僕のために尽くしてくれて。嫉妬心がなくなればヴィクトルにだって分かると思う」
「嫉妬!? それ本気で言ってるの? 嫉妬なんかじゃない、あんな奴と一緒にいるのが心配なんだよ! 現役時代にどんな奴だったか知らないだろう、何のうわさも聞かなかったのか?人の弱みに巧みに付け込んで、何もかも自分の思い通りにするような奴なんだよ」
勇利は苦笑を漏らした。怒りで目元を震わせ、まるでヴィクトルの吐く毒から身を守る盾のように胸の前で腕を組んだ。
「ヴィクトルの言ってること、何も信じられない。そんな嫉妬なんて痛々しいだけだよ。前もそうだったよね」
「痛みがどんなものか勇利に何が分かるんだ! つい二分前に俺はすべてを差し出した。勇利と元に戻るために。全部俺のせいだと信じてね。でもそんなの間違いだった。あいつの元に帰れよ、もう全部が限界だ。限界だ」
勇利はただヴィクトルを見つめていた。いつも通りの静かな視線で、ヴィクトルの肌を鈍く刺すように。
「これではっきりした。人は変わるんだね、ヴィクトル」
穏やかにそう言うと、勇利は背を向け立ち去った。屋上を出て、階段を下り、そしてヴィクトルの“Life”の外へ。
その時の勇利の、死人のように無になった表情は、瞼の裏に彫り込まれたままこの先きっと一生消えない。ヴィクトルはそう確信した。
屋上はしんとして、道路を行き交う車の騒音も遠く、耳の奥で自分の血が流れる音が聞こえる。体は硬直したまま。ヴィクトルはたった今自分が思ったことを振り返った。勇利なしの人生なんて残されているのだろうか? なんとか想像しようとしてみても、彼に見えるのは霧のようにぼんやりと重たい、夜のような暗闇だけだった。
どうしたら毎回こんな馬鹿げたことになるのだろうか。
うつむいて手で顔を覆うと、熱い涙が鼻を伝い足元のコンクリートに零れた。けれど、それが何の涙なのかヴィクトルには分らなかった。勇利を失うことへのありふれた悲しみか、あるいは不安から来る涙なのか。勇利を取り戻したいと思うあまり、ヴィクトルはもうそのことしか考えられなくなっていたのだ。妄想は目の前で砕け散り、なんとかやり直せるという望みは消え去り、代わりに立ち直れる見込みもない痛みがやってきた。
「GOD DAMNIT」 突然そう叫ぶと、その声は夜の帳をずたずたに引き裂いた。一度怒りが湧きあがると、ヴィクトルは髪を引きちぎり地面を殴りつけたい衝動に駆られた。だめだ、だめだ。二度とあんなふうになってはいけない。今はそれくらいの分別はついた。
**
屋上の扉が開く音がして、ヴィクトルは咄嗟に袖で涙を拭いて身構えた。誰かが低いため息を漏らしながら屋上にやってくる。伸びすぎた銀髪のすき間から凝視すると、そこには先ほどのヴィクトルと鏡写しの姿勢で手すりにもたれかかるユーリ・プリセツキーがいた。
「カツ丼がここにいるって」
ヴィクトルの耳が犬みたいに反応した。「勇利と話したの?」青年は頷く。
「彼は……その……���。声は次第に小さくなり、質問は発せられる前にもみ消された。
「サイテーだな」。ヴィクトルの方を向きながらユーリが言った。
「そうだね」
「飽きねーんだな��どうにかなると思ったのにまたこのザマかよ」
ヴィクトルは何も言わずユーリの隣に来ると、涙が風で顔に染みた。
「それで俺のこと無視してたの?」
「馬鹿に付き合ってる暇なんてねーし」
ヴィクトルは悲し気に笑うと顔の下に手を当てた。
「だけどまじで、なんで毎回こんなことになるんだよ。そもそもバンケットであんな茶番演じるとか」。ユーリはあの夜からずっとそれを聞きたかったけれど、あまりに腹が立ちすぎて話したくもなかったのだ。
「分からないんだ、ユーリ。もう自分のすべてが分からない」
ヴィクトルはユーリが意地悪に返してくるのを待ったけれど、金髪の彼はしばらく黙ったまま、返事はなかった。そして「わかる」とユーリが言ったので、ヴィクトルは驚いた。眉を上げて見つめるヴィクトルにユーリは続ける。「オタベックとさ、なんていうか、そういう関係で……」だけど目は合わせない。「だから意味が分からなくもない。コントロールが効かないんだろ」
ヴィクトルから思わず笑みがこぼれた。「君とオタベックが、ねぇ? 驚きだな」。わずかにいたずらっぽい目でユーリの方を見る。ユーリは肘でヴィクトルを突きつつも、少し笑っていた。
「それにしてもおめでとう、ユーリ。愛する人を追いかけるのはすごいことだよ」
「それ自分に教えてやれよ。二度と言わねーけど、お前が勇利にしてたことは尊敬してんだ。世界中を前にしてちゃんと好き合って……だから俺はあのバンケットの夜、サイテーのことになる前にあいつに言ったんだよ。さっさとなんとかしろって」
ヴィクトルの胸が急に熱くなった。「待って。あの夜勇利と話をしたの? 何があったか勇利は話したの?」
ヴィクトルを見つめ返すユーリの目は迷っているようだった。数秒間黙っていたが、堪えられず打ち明けた。
「ああ」とゆっくり息を吐き、目の前の霧を見つめながら続けた。「ディナーの後、あいつトイレで泣いてやがった」
ヴィクトルは胃が絞られる思いがして手すりを握る手に力を込めた。トイレの個室でまるまって、傷つき混乱しながら静かに泣いている勇利を想像したのだ。ヴィクトルが思っていたよりもずっと、勇利は傷ついていたのだ。
ヴィクトルは震えるように息をつくとユーリを見た。夜の灯りに華奢な身体が浮かび上がって、その口元は怒っている。突然、ヴィクトルは今自分がすべきことがはっきりとわかった。目の前に封筒が差し出されたかのように、人生の次のステップが見えたのだ。“次”だけじゃない。その次も、その次も、そしてその次も。
「ユーリ、お願いがあるんだけど」
「は?」
「髪を切りたいんだ」
※作者の方の了承を得て翻訳・掲載しています。
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やさしい光の中で(柴君)
(1)ある日の朝、午前8時32分
カーテンの隙間から細々とした光だけがチラチラと差し込む。時折その光は強くなって、ちょうど眠っていた俺の目元を直撃する。ああ朝だ。寝不足なのか脳がまだ重たいが、朝日の眩しさに瞼を無理矢理押し上げる。隣にあったはずの温もりは、いつの間にか冷え切った皺くちゃのシーツのみになっていた。ちらりとサイドテーブルに視線を流せば、いつも通り6時半にセットしたはずの目覚まし時計は、あろうことか針が8と9の間を指していた。
「チッ……勝手に止めやがったな」
独り言のつもりで発した声は、寝起きだということもあり少しだけ掠れていた。それにしても今日はいつもに増して喉が渇いている。眠気眼を擦りながら、キッチンのほうから漂ってくる嗅ぎ慣れた深入りのコーヒーの香りに無意識に喉がこくりと鳴った。
おろしたてのスウェットをまくり上げぼりぼりと腹を掻きながら寝室からリビングに繋がる扉を開けると、眼鏡をかけた君下は既に着替えてキッチンへと立っていた。ジューという音と共に、焼けたハムの香ばしい匂いが漂っている。時折フライパンを揺すりながら、君下は厚切りにされたそれをトングで掴んでひっくり返す。昨日実家から送ってきた荷物の中に、果たしてそんなハムが入っていたのだろうか。どちらにせよ君下が普段買ってくるスーパーのタイムセール品でないことは一目瞭然だった。
「おう、やっと起きたか」 「おはよう。てか目覚ましちゃんと鳴ってた?」 「ああ、あんな朝っぱらからずっと鳴らしやがって……うるせぇから止めた」
やっぱりか、そう呟いた俺の言葉は、君下が卵を割り入れた音にかき消される。二つ目が投入され一段と香ばしい音がすると、塩と胡椒をハンドミルで少し引いてガラス製の蓋を被せると君下の瞳がこっちを見た。
「もうすぐできる。先に座ってコーヒーでも飲んどけ」 「ん」
顎でくい、とダイニングテーブルのほうを指される。チェリーウッドの正方形のテーブルの上には、今朝の新聞とトーストされた食パンが何枚かと大きめのマグが2つ、ゆらゆらと湯気を立てていた。そのうちのオレンジ色のほうを手に取ると、思ったより熱くて一度テーブルへと置きなおした。丁度今淹れたところなのだろう。厚ぼったい取手を持ち直してゆっくりと口を付けながら、新聞と共に乱雑に置かれていた郵便物をなんとなく手に取った。 封筒の中に混ざって一枚だけ葉書が届いていた。君下敦様、と印刷されたそれは送り主の名前に見覚えがあった。正確には差出人の名前自体にはピンと来なかったが、その横にご丁寧にも但し書きで元聖蹟高校生徒会と書いてあったから、恐らくは君下と同じ特進クラスの人間なのだろうと推測が出来た。
「なんだこれ?同窓、会、のお知らせ……?」
自分宛ての郵便物でもないのに中身を見るのは野暮だと思ったが、久しぶりに見る懐かしい名前に思わず裏を返して文面を読み上げた。続きは声に出さずに視線だけで追っていると、視界の端でコトリ、と白いプレートが置かれる。先程焼いていたハムとサニーサイドアップ、適当に千切られたレタスに半割にされたプチトマトが乗っていた。少しだけ眉間に皺が寄る。
「またプチトマトかよ」 「仕方ねぇだろ。昨日の残りだ。次からは普通のトマトにしてやるよ」
大体トマトもプチトマトも変わんねぇだろうが、そう文句を言いながらエプロンはつけたままで君下は向かいの椅子に腰かけた。服は着替えたものの、長い前髪に寝ぐせがついて少しだけ跳ねあ��っている。
「ていうか同じ高校なのになんで俺には葉書来てねぇんだよ」
ドライフラワーの飾られた花瓶の横のカトラリー入れからフォークを取り出し、小さな赤にざくり、と突き立てて口へと放り込む。確かにクラスは違ったかもしれないが、こういう公式の知らせは来るか来ないか呼びたいか呼びたくないかは別として全員に送るのが礼儀であろう。もう一粒口に含み、ぶちぶちとかみ砕けば口の中に広がる甘い汁。プチトマトは皮が固くて中身が少ないから好きではない。やっぱりトマトは大きくてジューシーなほうに限るのだ。
「知らねぇよ……あーあれか。もしかして、実家のほうに来てるんじゃねぇの」 「あ?なんでそっちに行くんだよ」 「まあこんだけ人数いりゃあ、手違いってこともあるだろ」 「ったく……ポンコツじゃねぇかこの幹事」
覚えてもいない元同級生は今頃くしゃみでもしているだろうか。そんなどうでもいいことが頭を過ったが、香ばしく焼き上げられたハムを一口大に切って口に含めばすぐに忘れた。噛むと思ったよりも柔らかく、スモークされているのか口いっぱいに広がる燻製臭はなかなかのものだ。いつも通り卵の焼き加減も完璧だった。
「うまいな、ハム。これ昨日の荷物のか?」 「ああ。中元の残りか知らないけど、すげぇいっぱい送って来てるぞ。明日はソーセージでもいいな」
上等な肉を目の前に、いつもより君下の瞳はキラキラしているような気がした。高校を卒業して10年経ち、あれから俺も君下も随分大人になった。それでも相変わらず口が悪いところや、美味しいものに素直に目を輝かせるところなんて出会った頃と何一つ変わってなどいなかった。俺はそれが微笑ましくもあり、愛おしいとさえ思う。あとで母にお礼のラインでも入れて、ああ、それとついでに同窓会の葉書がそっちに来ていないかも確認しておこう。惜しむように最後の一切れを噛み締めた君下の皿に、俺の残しておいた最後の一切れをくれてやった。
(2)11年前
プロ入りして5年が経とうとしていた。希望のチームからの誘いが来ないまま高校生活を終え、大学を5年で卒業して今のチームへと加入した。 過酷な日々だった。 一世代上の高校の先輩・水樹は、プロ入りした途端にその目覚ましい才能を開花させた。怪物という異名が付き、十傑の一人として注目された高校時代など、まだその伝説のほんの序章の一部に過ぎなかった。同じく十傑の平と共に一年目から名門鹿島で起用されると、実に何年振りかのチームの優勝へと大いに貢献した。日本サッカーの新時代としてマスメディアは大々的にこのニュースを取り上げると、自然と増えた聖蹟高校への偵察や取材の数々。新キャプテンになった俺の精神的負担は増してゆくのが目に見えてわかった。
サッカーを辞めたいと思ったことが1度だけあった。 それは高校最後のインターハイの都大会。前回の選手権の覇者として山の一番上に位置していたはずの俺たちは、都大会決勝で京王河原高校に敗れるという失態を犯した。キャプテンでCFの大柴、司令塔の君下の連携ミスで決定機を何度も逃すと、0-0のままPK戦に突入。不調の君下の代わりに鈴木が蹴るも、向こうのキャプテンである甲斐にゴールを許してゲーム終了、俺たちの最後の夏はあっけなく終わりを迎えた。 試合終了の長いホイッスルがいつまでも耳に残る中、俺はその後どうやって帰宅したのかよく覚えていない。試合を観に来ていた姉の運転で帰ったのは確かだったが、その時他のメンバーたちはどうしたのかだとか、いつから再びボールを蹴ったのかなど、その辺りは曖昧にしか覚えていなかった。ただいつまでも、声を押し殺すようにして啜り泣いている、君下の声が頭から離れなかった。
傷が癒えるのに時間がかかることは、中学選抜で敗北の味を知ったことにより感覚的に理解していた。君下はいつまでも部活に顔を出さなかった。いつもに増してボサボサの頭を掻き乱しながら、監督は渋い声で俺たちにいつものように練習メニューを告げる。君下のいたポジションには、2年の来須が入った。その意味は、直接的に言われなくともその場にいた部員全員が本能的に理解していたであろう。
『失礼します、監督……』
皆が帰ったのを確認して教官室に書き慣れない部誌と共に鍵を返しに向かうと、そこには監督の姿が見えなかった。もう出てしまったのだろうか。一度ドアを閉めて、念のため職員室も覗いて行こうと校舎のほうへと向かう途中、どこからか煙草の香りが鼻を掠める。暗闇の中を見上げれば、ほとんどが消灯している窓の並びに一か所だけ灯りの付いた部屋が見受けられる。半分開けられた窓からは、乱れた黒髪と煙草の細い煙が夜の空へと立ち上っていた。
『お前まだ居たのか……皆は帰ったか?』 『はい、監督探してたらこんな時間に』
部誌を差し出すと悪いな、と一言つけて監督はそれを受け取る。喫煙室の中央に置かれた灰皿は、底が見えないほどの無数の吸い殻が突き刺さり文字通り山となっていた。監督は短くなった煙草を口に咥えると、ゆっくりと吸い込んで零れそうな山の中へと半ば無理やり押し込み火を消した。
『君下は……あいつは辞めたわけじゃねぇだろ』 『お前がそれを俺に聞くのか?』
監督は伏せられた瞳のまま俺に問い返す。パラパラと読んでいるのかわからないほどの速さで部誌をめくり、白紙のページを最後にぱたりと閉じた。俺もその動きを視線で追っていると、クマの濃く残る目をこちらへと向けてきた。お互いに何も言わなかった。 暫くそうしていると、監督は上着のポケット��らクタクタになったソフトケースを取り出して、残りの少ないそれを咥えると安物のライターで火をつけた。監督の眼差しで分かったのは、聖蹟は、アイツはまだサッカープレーヤーとして死んではいないということだった。
迎えの車も呼ばずに俺は滅多に行かない最寄り駅までの道のりを歩いていた。券売機で270円の片道切符を購入すると、薄明るいホームで帰路とは反対方向へ向かう電車を待つ列に並ぶ。間もなく電車が滑り込んできて、疲れた顔のサラリーマンの中に紛れ込む。少し混みあっていた車内でつり革を握りしめながら、車内アナウンスが目的の駅名を告げるまで瞼を閉じていた。 あいつに会いに行ってどうするつもりだったのだろう。今になって思えば、あの時は何も考えずに電車に飛び乗ったように思える。ガタンゴトンとレールを走る音を聞きながら、本当はあの場所から逃げ出したかっただけなのかもしれない。疲れた身体を引きずって帰り、あの日から何も変わらない敗北の香りが残る部屋に戻りたくないだけなのかもしれない。一人になりたくないだけなのかもしれない。
『次はー△△、出口は左側です』
目的地を告げるアナウンスで思考が現実へと引き戻された。はっとして、閉まりかけのドアに向かって勢いよく走った。長い脚を伸ばせばガン、と大きな音がしてドアに挟まる。鈍い痛みが走る足を引きずりながら、再び開いたドアの隙間からするりと抜け出した。
久しぶりに通る道のりは、いくつか電灯が消えかけていて薄暗く、不気味なほど人通りが少なかった。古い商店街の一角にあるキミシタスポーツはまだ空いているだろうか。スマホの画面を確認すれば、午後8時55分を指していた。営業時間はあと5分あるが、あの年中暇な店に客は一人もいないであろう。運が悪ければ既にシャッタは降りているかもしれない。
『本日、休業……だあ?』
計算は無意味だった。店のシャッターに張り付けられた、チラシの裏紙には妙に整った字でお詫びの文字が並んでいた。どうやらここ数日間はずっとシャッターが降りたままらしいと、通りすがりの中年の主婦が店の前で息を切らす俺に親切に教えてくれた。ついでにこの先の大型スーパーにもスポーツ用品は売ってるわよ、と要らぬ情報を置いてその主婦は去っていった。こうやって君下の店の売り上げが減っていくという、無駄な情報を仕入れたところで今後使う予定が来るのだろうか。店の二階を見上げるも、君下の部屋に灯りはない。
『ったく、あの野郎は部活サボっといて寝てんのか?』
同じクラスのやつに聞いても、君下のいる特進クラスは夏休み明けから自主登校となっているらしい。大学進学のためのコースは既に3年の1学期には高校3年間の教科書を終えており、あとは各自で予備校に行くなり自習するなりで受験勉強に励んでいるようだ。当然君下以外に強豪運動部に所属��ている生徒はおらず、クラスでもかなり浮いた存在だというのはなんとなく知っていた。誰もあいつが学校に来なくても、どうせ部活で忙しいぐらいにしか思わないのだ。 仕方ない、引き返すか。そう思い回れ右をしたところで、ある一つの可能性が脳裏に浮かぶ。可能性なんかじゃない。だがなんとなくだが、あいつがそこにいるという確信が、俺の中にあったのだ。
『くそっ……君下のやつ!』
やっと呼吸が整ったところで、重い鞄を背負うと急いで走り出す。こんな時間に何をやっているのだろう、と走りながら我ながら馬鹿らしくなった。去年散々走り込みをしたせいか、練習後の疲れた身体でもまだ走れる。次の角を右へ曲がって、たしかその2つ先を左――頭の中で去年君下と訪れた、あの古びた神社への道のりを思い出す。そこに君下がいる気がした。
『はぁ……はぁっ……っ!』
大きな鳥居が近づくにつれて、どこからか聞こえるボールを蹴る音に俺の勘が間違っていない事を悟った。こんなところでなにサボってんだよ、そう言ってやるつもりだったのに、いざ目の前に君下の姿が見えると言葉を失った。 あいつは、聖蹟のユニフォーム姿のままで、泥だらけになりながら一人でドリブルをしていた。 自分で作った小さいゴールと、所々に置かれた大きな石。何度も躓きながらも起き上がり、懸命にボールを追っては前へ進む。パスを出すわけでもなく、リフティングでもない。その傷だらけの足元にボールが吸い寄せられるように、馴染むように何度も何度も同じことを繰り返していた。
『ハッ……馬鹿じゃねぇの』
お前も俺も。そう呟いた声は己と向き合っている君下に向けられたものではない。 あいつは、君下はもう前を向いて歩きだしていた。沢山の小さな石ころに躓きながら、小さな小さなゴールへと向かってその長い道のりへと一歩を踏み出していた。俺は君下に気付かれることがないように、足音を立てないようにして足早に神社を後にした。 帰りの電車を待つベンチに座って、ぼんやりと思い出すのは泥だらけの君下の背中だった。前を向け喜一、まだやれることはたくさんある。ホームには他に電車を待つ客は誰もいなかった。
(3)夕食、22時半
気付けば完全に日は落ちていて、コートを照らすスタンドライトだけが暗闇にぼんやりと輝いていた。 思いのほか練習に熱中してしまったようで、辺りを見渡せば先輩選手らはとっくに自主練を切り上げて帰路に着いたようだった。何の挨拶もなしに帰宅してしまったチームメイトの残していったボールがコートの隅に落ちているのを見つけては、上がり切った息を整えながらゆったりと歩いて拾って回った。
倉庫の鍵がかかったのを確認して誰もいないロッカールームへ戻ると、ご丁寧に電気は消されていた。先週は鍵がかけられていた。思い出すだけで腹が立つが、もうこんなことも何度目になった今ではチームに内緒で作った合鍵をいつも持ち歩くようにしている。ぱちり、スイッチを押せば一瞬遅れて青白い灯りが部屋を照らした。
大柴は人に妬まれ易い。その容姿と才能��関係はあるが、自分の才能に胡坐をかいて他者を見下しているところがあった。大口を叩くのはいつものことで、慣れた友人やチームメイトであれば軽く受け流せるものの、それ以外の人間にとってみれば不快極まりない行為であることは間違いない。いつしか友人と呼べる存在は随分と減り、クラスや集団では浮いてしまうことが常であった。 今のチームも例外ではない。加入してすぐの公式戦にレギュラーでの起用、シーズン序盤での怪我による離脱、長期のリハビリ生活、そして残せなかった結果。大柴加入初年度のチームは、最終的に前年度よりも下回った順位でシーズンの幕を閉じることになった。それでも翌年からも大柴はトップに居座り続けた。疑問に思ったチームメイトやサポーターからの非難や、時には心無い中傷を書き込まれることもあった。ゴールを決めれば大喝采だが、それも長くは続かない。家が裕福なことを嗅ぎつけたマスコミにはある事ない事を週刊誌に書き並べられ、誰もいない実家の前に怪しげな車が何台も止まっていることもあった。 だがそんなことは、大柴にとって些細なことだった。俺はサッカーの神様に才能を与えられたのだと、未だにカメラの前でこう言い張ることにしている。実はもう一つ、大柴はサッカーの神様から貰った大切なものがあったが、それを口にしたことはないしこれからも公言する日はやって来ないだろう。
「ただいまぁー」 「お帰り、遅かったな」
靴を脱いでつま先で並べると、靴箱の上の小さな木製の皿に車のキーを入れる。ココナッツの木から作られたそれは、卒業旅行に二人でハワイに行ったときに買ったもので、6年間大切に使い続けている。玄関までふわりと香る味噌の匂いに、ああやっとここへ帰ってきたのだと実感する。大股で歩きながらジャケットを脱ぎ、どさり、とスポーツバッグと共に床へ投げ出すと、倒れ込むように革張りのソファへとダイブした。
「おい、飯出来てるから先に食え。手洗ったか?」 「洗ってねぇ」 「ったく、何年も言ってんのにちっとも学習しねぇ奴だな。ほら、こっち来い」
君下は洗い物をしていたのか、泡まみれのスポンジを握ってそれをこちらに見せてくる。この俺の手を食器用洗剤で洗えって言うのか、そう言えばこっちのほうが油が落ちるだとか、訳の分からない理論を並べられた。つまり俺は頑固汚れと同じなのか。
「こんなことで俺が消えてたまるかよ」 「いつもに増して意味わかんねぇな。よし、終わり。味噌汁冷める前にさっさと食え」
お互いの手を絡めるようにして洗い流していると、背後でピーと電子音がして炊飯が終わったことを知らせる。俺が愛車に乗り込む頃に一通連絡を入れておくと、丁度いい時間に米が炊き上がるらしい。渋滞のときはどうするんだよ、と聞けば、こんな時間じゃそうそう混まねぇよ、と普段���に乗らないくせにまるで交通事情を知っているかのような答えが返ってくる。全体練習は8時頃に終わるから、自主練をして遅くても10時半には自宅に着けるように心掛けていた。君下は普通の会社員で、俺とは違い朝が早いのだ。
「いただきます」 「いただきます」
向かい合わせの定位置に腰を下ろし、二人そろって手を合わせる。日中はそれぞれ別に食事を摂るも、夕食のこの時間を二人は何よりも大事にしていた。 熱々の味噌汁は俺の好みに合わせてある。最近は急に冷え込んできたから、もくもくと上る白い湯気は一段と白く濃く見えた。上品な白味噌に、具は駅前の豆腐屋の絹ごし豆腐と、わかめといりこだった。出汁を取ったついでにそのまま入れっぱなしにするのは君下家の味だと昔言っていた。
「喜一、ケータイ光ってる」 「ん」
苦い腸を噛み締めていると、ソファの上に置かれたままのスマホが小さく震えている音がした。途切れ途切れに振動がするので、電話ではないことは確かだった。後ででいい、一度はそう言ったものの、来週の練習試合の日程がまだだったことを思い出して気だるげに重い腰を上げる。最新機種の大きな画面には、見覚えのある一枚の画像と共に母からの短い返信があった。
「あ、やっぱ葉書来てたわ。実家のほうだったか」 「ほらな」 「お前のはここの住所で、なんで俺のだけ実家なんだよ」 「知るかよ。どうせ行くんだろ、直接会った時に聞けばいいじゃねぇか」 「え、行くの?」
スマホを持ったままどかり、と椅子へと座りなおし、飲みかけの味噌汁に手を伸ばす。ズズ、とわざと少し行儀悪くわかめを啜れば、君下の表情が曇るのがわかった。
「お前、この頃にはもうオフだから休みとれるだろ。俺も有休消化しろって上がうるせぇから、ちょうどこのあたりで連休取ろうと思ってる」 「聞いてねぇ……」 「今言ったからな」
金平蓮根に箸を付けた君下は、いくらか摘まんで自分の茶碗へと一度置くと、米と共にぱくり、と頬張った。シャクシャクと音を鳴らしながら、ダークブラウンの瞳がこちらを見る。
「佐藤と鈴木も来るって」 「あいつらに会うだけなら別で集まりゃいいだろうが。それにこの前も4人で飲んだじゃねぇか」 「いつの話してんだよタワケが、2年前だぞあれ」 「えっそんなに前だったか?」 「ああ。それに今年で卒業して10年だとさ。流石に毎年は行かねぇが節目ぐらい行ったって罰は当たんねーよ」
時の流れとは残酷なものだ。俺は高校を卒業してそれぞれ違う道へと進んでも、相変わらず君下と一緒にいた。だからそんな長い年月が経ったことに気付かなかっただけなのかもしれない。高校を卒業する時点で、俺たちがはじめて出会って既に10年が経っていたのだ。 君下はぬるい味噌汁を啜ると、満足そうに「うまい」と一言呟いた。
*
今宵はよく月が陰る。 ソファにごろりと寝転がり、カーテンの隙間から満月より少し欠けた月��ぼんやりと眺めていた。月に兎がいると最初に言ったのは誰だろうか。どう見ても、あの不思議な斑模様は兎なんかに、それも都合よく餅つきをしているようには見えなかった。昔の人間は妙なことを考える。星屑を繋げてそれらを星座だと呼び、一晩中夜空を眺めては絶え間なく動く星たちを追いかけていた。よほど暇だったのだろう。こんな一時間に何センチほどしか動かないものを見て、何が面白いというのだろうか。
「さみぃ」
音もなくベランダの窓が開き、身体を縮こませた君下が湯気で温かくなった室内へと戻ってくる。君下は二十歳から煙草を吸っていた。家で吸うときはこうやって、それも洗濯物のない時にだけ、それなりに広いベランダの隅に作った小さな喫煙スペースで煙草を嗜む。別に換気扇さえ回してくれれば部屋で吸ってもらっても構わないと俺は言っているのだが、頑なにそれをしようとしないのは君下のほうだった。現役のスポーツ選手である俺への気遣いなのだろう。こういう些細なところでも、俺は君下に支えられているのだと実感する。
「おい、キスしろ」
隣に腰を下ろした君下に、腹を見せるように上を向いて唇を突き出した。またか、と言いたげな顔をしたが、間もなく長い前髪が近づいてきてちゅ、と小さな音を立てて口づけが落とされた。一度も吸ったことのない煙草の味を、俺は間接的に知っている。少しだけ大人になったような気がするのがたまらなく心地よい。
それから少しの間、手を握ったりしてテレビを見ながらソファで寛いだ。この時間にもなればいつもニュースか深夜のバラエティー番組しかなかったが、今日はお互いに見たい番組があるわけでもなかったので適当にチャンネルを回してテレビを消した。 手元のランプシェードの明かりだけ残して電気を消し、寝室の真ん中に位置するキングサイズのベッドに入ると、君下はおやすみとも言わないまま背を向けて肩まで掛け布団を被ってしまった。向かい合わせでは寝付けないのはいつもの事だが、それにしても今日は随分と素っ気ない。明日は金曜日で、俺はオフだが会社員の君下には仕事がある。お互いにもういい歳をした大人なのだ。明日に仕事を控えた夜は事には及ばないようにはしているが、先ほどのことが胸のどこかで引っかかっていた。
「もう寝た?」 「……」 「なあ」 「……」 「敦」 「……なんだよ」
消え入りそうなほど小さな声で、君下が返事をする。俺は頬杖をついていた腕を崩して布団の中に忍ばせると、背中からその細身の身体を抱き寄せた。抵抗はしなかった。
「こっち向けよ」 「……もう寝る」 「少しだけ」 「明日仕事」 「分かってる」
わかってねぇよ、そう言いながらもこちらに身体を預けてくる、相変わらず素直じゃないところも君下らしい。ランプシェードのオレンジの灯りが、眠そうな君下の顔をぼんやりと照らしている。長い睫毛に落ちる影を見つめながら、俺は薄く開かれた唇に祈るように静かにキスを落とした。
こいつとキスをするようになったのはいつからだっただろうか。 サッカーを諦めかけていた俺に道を示してくれたその時から、ただのチームメイトだった男は信頼できる友へと変化した。それでも物足りないと感じていたのは互いに同じだったようで、俺たちは高校を卒業するとすぐに同じ屋根の下で生活を始めた。が、喧嘩の絶えない日々が続いた。いくら昔に比べて関係が良くなったとはいえ、育ちも違えば本来の性格が随分と違う。事情を知る数少ない人間も、だからやめておけと言っただろう、と皆口を揃えてそう言った。幸いだったのは、二人の通う大学が違ったことだった。君下は官僚になるために法学部で勉学に励み、俺はサッカーの為だけに学生生活を捧げた。互いに必要以上に干渉しない日々が続いて、家で顔を合わせるのは、いつも決まって遅めの夜の食卓だった。 本当は今のままの関係で十分に満足している。今こそ目指す道は違うが、俺たちには同じ時を共有していた、かけがえのない長い長い日々がある。手さぐりでお互いを知ろうとし、時にはぶつかり合って忌み嫌っていた時期もある。こうして積み重ねてきた日々の中で、いつの日か俺たちは自然と寄り添いあって、お互いを抱きしめながら眠りにつくようになった。この感情に名前があるとしても、今はまだわからない。少なくとも今の俺にとって君下がいない生活などもう考えられなくなっていた。
「……ン゛、ぐっ……」
俺に組み敷かれた君下は、弓なりに反った細い腰をぴくり、と跳ねさせた。大判の白いカバーの付いた枕を抱きしめながら、押し殺す声はぐぐもっていてる。決して色気のある行為ではないが、その声にすら俺の下半身は反応してしまう。いつからこうなってしまったのだろう。君下を抱きながらそう考えるのももう何度目の事で、いつも答えの出ないまま、絶頂を迎えそうになり思考はどこかへと吹き飛んでしまう。
「も、俺、でそ、うっ……」 「あ?んな、俺もだ馬鹿っ」 「あっ……喜一」
君下の腰から右手を外し、枕を上から掴んで引き剥がす。果たしてどんな顔をして俺の名を呼ぶのだと、その顔を拝みたくなった。日に焼けない白い頬は、スポーツのような激しいセックスで紅潮し、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。相変わらず眉間には皺が寄ってはいたが、いつもの鋭い目つきが嘘のように、限界まで与えられた快楽にその瞳を潤ませていた。視線が合えば、きゅ、と一瞬君下の蕾が収縮した。「あ、出る」とだけ言って腰のピストンを速めながら、君下のイイところを突き上げる。呼吸の詰まる音と、結合部から聞こえる卑猥な音を聞きながら、頭の中が真っ白になって、そして俺はいつの間にか果てた。全て吐き出し、コンドームの中で自身が小さくなるのを感じる。一瞬遅れてどくどくと音がしそうなほどに爆ぜる君下の姿を、射精後のぼんやりとした意識の中でいつまでも眺めていた。
(4)誰も知らない
忙しないいつもの日常が続き、あっという間に年も暮れ新しい年がやってきた。 正月は母方の田舎で過ごすと言った君下は、仕事納めが終われば一度家に戻って荷物をまとめると、そこから一週間ほど家を空��ていた。久しぶりに会った君下は、少しばかり頬が丸くなって帰ってきたような気がしたが、本人に言うとそんなことはないと若干キレながら否定された。目に見えて肥えたことを気にしているらしい本人には申し訳ないが、俺はその様子に少しだけ安心感を覚えた。祖父の葬儀以来、もう何年も顔を見せていないという家族に会うのは、きっと俺にすら言い知れぬ緊張や、不安も勿論あっただろう。 だがこうやって随分と可愛がられて帰ってきたようで、俺も正月ぐらい実家に顔を出せばよかったかなと少しだけ羨ましくなった。本人に言えば餅つきを手伝わされこき使われただの、田舎はやることがなく退屈だなど愚痴を垂れそうだが、そのお陰なのか山ほど餅を持たせられたらしく、その日の夜は冷蔵庫にあった鶏肉と大根、にんじんを適当に入れて雑煮にして食べることにした。
「お前、俺がいない間何してた?」
君下が慣れた手つきで具材を切っている間、俺は君下が持ち帰った土産とやらの箱を開けていた。中には土の付いたままの里芋だとか、葉つきの蕪や蓮根などが入っていた。全て君下の田舎で採れたものなのか、形はスーパーでは見かけないような不格好なものばかりだった。
「車ねぇから暇だった」 「どうせ車があったとしても、一日中寝てるか練習かのどっちかだろうが」 「まあ、大体合ってる」
一通り切り終えたのか包丁の音が聞こえなくなり、程なくして今度は出汁の香りが漂ってきた。同時に香ばしい餅の焼ける香りがして、完成が近いことを悟った俺は一度箱を閉めるとダイニングテーブルへと向かい、箸を二膳出して並べると冷蔵庫から缶ビールを取り出してグラスと共に並べた。
「いただきます」 「いただきます」
大きめの深い器に入った薄茶色の雑煮を目の前に、二人向かい合って座り手を合わせる。実に一週間ぶりの二人で摂る夕食だった。よくある関東風の味付けに、四角く切られ表面を香ばしく焼かれた大きな餅。シンプルだが今年に入って初めて食べる正月らしい食べ物も、今年初めて飲む酒も、すべて君下と共に大事に味わった。
「あ、そうだ。明日だからな、あれ」
3個目の餅に齧りついた俺に、そういえばと思い出したかのように君下が声を発した。少し冷めてきたのか噛み切れなかった餅を咥えたまま、肩眉を上げて何の話かと視線だけで問えば、「ほら、同窓会のやつ」と察したように答えが返ってきた。「ちょっと待て」と掌を君下に見せて、餅を掴んでいた箸に力を入れて無理矢理引きちぎると、ぐにぐにと大雑把に噛んでビールで流し込む。うまく流れなかったようで、喉のあたりを引っかかる感触が気持ち悪い。生理的に込み上げてくる涙を瞳に浮かべていると、席を立った君下は冷蔵庫の扉を開けてもう2本ビールを取り出して戻ってきた。
「ほら飲め」 「おま……水だろそこは」 「いいからとりあえず流し込め」
空になった俺のグラスにビールを注げば、ぶくぶくと泡立つばかりで泡だけで溢れそうになった。だから水にしとけと言ったのだ。チッ、と舌打ちをした君下は、少し申し訳なさそうに残りの缶をそのまま手渡してきた。直接飲むのは好きではないが、今は文句を言ってられない。奪うように取り上げると、ごくごくと大げさに喉を鳴らして一気に飲み干した。
「は~……死ぬかと思った。相変わらずお酌が下手だなお前は」 「うるせぇな。俺はもうされる側だから仕方ねぇだろうが」
そう悪態をつきながら、君下も自分の缶を開ける。プシュ、と間抜けな音がして、グラスを傾けて丁寧にビールを注いでゆく。泡まで綺麗に注げたそれを見て、満足そうに俺に視線を戻す。
「あ、そうだよ、話反らせやがって……まあとにかく、明日は俺は昼ぐらいに会社に少し顔出してくるから、ついでに親父んとこにも寄って、そのまま会場に向かうつもりだ」 「あ?親父さんも一緒に田舎に行ったんじゃねぇの?」 「そうしようとは思ったんだがな、店の事もあるって断られた。ったく誰に似たんだかな」 「それ、お前が言うなよ」
君下の言葉になんだかおかしくなってふふ、と小さく笑えば、うるせぇと小さく舌打ちで返された。綺麗に食べ終えた器をテーブルの上で纏めると、君下はそれらを持って流しへと向かった。ビールのグラスを軽く水で濯いでから、そこに半分ぐらい溜めた水をコクコクと喉を鳴らして飲み込んだ。
「俺もう寝るから、あとよろしくな。久々に運転すると疲れるわ」 「おう、お疲れ。おやすみ」
俺の言葉におやすみ、と小さく呟いた君下は、灯りのついていない寝室へと吸い込まれるようにして消えた。ぱたん、と扉が閉まる音を最後に、乾いた部屋はしんとした静寂に包まれる。手元に残ったのは、ほんの一口分だけ残った温くなったビールの入ったグラスだけだった。 頼まれた洗い物はあとでやるとして、さてこれからどうしようか。君下の読み通り、今日は一日中寝ていたため眠気はしばらくやって来る気配はない。テレビの上の時計を見ると、ちょうど午後九時を回ったところだった。俺はビールの残りも飲まずに立ち上がると、食器棚に並べてあるブランデーの瓶と、隣に飾ってあったバカラのグラスを手にしてソファのほうへとゆっくり歩き出した。
*
肌寒さを感じて目を覚ました。 最後に時計を見たのはいつだっただろうか。微睡む意識の中、薄く開いた瞳で捉えたのは、ガラス張りのローテーブルの端に置かれた見覚えのあるグラスだった。細かくカットされた見事なつくりの表面は、カーテンから零れる朝日を反射してキラキラと眩しい。中の酒は幾分か残っていたようだったが、蒸発してしまったのだろうか、底のほうにだけ琥珀色が貼り付くように残っているだけだった。 何も着ていなかったはずだが、俺の肩には薄手の毛布が掛かっていた。点けっぱなしだった電気もいつの間にか消されていて、薄暗い部屋の中、遮光カーテンから漏れる光だけがぼんやりと座っていたソファのあたりを照らしていた。酷い喉の渇��に、水を一口飲もうと立ち上がると頭痛と共に眩暈がした。ズキズキと痛む頭を押さえながらキッチンへ向かい、食器棚から新しいコップを取り出して水を飲む。シンクに山積みになっていたはずの洗い物は、跡形もなく姿を消している。君下は既に家を出た後のようだった。
それから昼過ぎまでもう一度寝て、起きた頃には朝方よりも随分と温かくなっていた。身体のだ��さは取れたが、相変わらず痛む頭痛に舌打ちをしながら、リビングのフローリングの上にマットを敷いてそこで軽めのストレッチをした。大柴はもう若くはない。三十路手前の身体は年々言うことを聞かなくなり、1日休めば取り戻すのに3日はかかる。オフシーズンだからと言って単純に休んでいるわけにはいかなかった。 しばらく柔軟をしたあと、マットを片付け軽く掃除機をかけていると、ジャージの尻ポケットが震えていることに気が付いた。佐藤からの着信だった。久しぶりに見るその名前に、緑のボタンを押してスマホを耳と肩の間に挟んだ。
「おう」 「あーうるせぇよ!掃除機?電話に出る時ぐらい一旦切れって」
叫ぶ佐藤の声が聞こえるが、何と言っているのか聞き取れず、仕方なくスイッチをオフにした。ちらりと壁に視線を流せば、時計針はもうすぐ3時を指そうとしていた。
「わりぃ。それよりどうした?」 「どうしたじゃねぇよ。多分お前まだ寝てるだろうから、起こして同窓会に連れてこいって君下から頼まれてんだ」 「はあ……ったく、どいつもこいつも」 「まあその調子じゃ大丈夫だな。5時にマンションの下まで車出すから、ちゃんと顔洗って待ってろよ」 「へー」 「じゃあ後でな」
何も言わずに通話を切り、ソファ目掛けてスマホを投げた。もう一度掃除機の電源を入れると、リビングから寝室へと移動する。普段は掃除機は君下がかけるし、皿洗い以外の大抵の家事はほとんど君下に任せっきりだった。今朝はそれすらも君下にさせてしまった罪悪感が、こうやって自主的にコードレス掃除機をかけている理由なのかもしれない。 ベッドは綺麗に整えてあり、真ん中に乱雑に畳まれたパジャマだけが取り残されていた。寝る以外に立ち入らない寝室は綺麗なままだったが、一応端から一通りかけると掃除機を寝かせてベッドの下へと滑り込ませる。薄型のそれは狭い隙間も難なく通る。何往復かしていると、急に何か大きな紙のようなものを吸い込んだ音がした。
「げっ……何だ?」
慌てて電源を切り引き抜くと、ヘッドに吸い込まれていたのは長い紐のついた、見慣れない小さな紙袋だった。紺色の袋の表面に、金色の細い英字で書かれた名前には見覚えがあった。俺の覚え違いでなければ、それはジュエリーブランドの名前だった気がする。
「俺のじゃねぇってことは、これ……」
そこまで口に出して、俺の頭の中には一つの仮説が浮かび上がる。これの持ち主は十中八九君下なのだろう。それにしても、どうしてこんなものがベッドの下に、それも奥のほうへと押しやられているのだろうか。絡まった紐を引き抜いて埃を払うと、中を覗き込む。入っていたのは紙袋の底のサイズよりも一回り小さな白い箱だった。中を確認したかったが、綺麗に巻かれたリボンをうまく外し、元に戻せるほど器用ではない。それに、中身など見なくてもおおよその見当はついた。 俺はどうするか迷ったが、それと電源の切れた掃除機を持ってリビングへと戻った。紙袋をわざと見えるところ、チェリーウッドのダイニングテーブルの上に置くと、シャワーを浴びようとバスルームへと向かった。���つも通りに手短に済ませると、タオルドライである程度水気を取り除いた髪にワックスを馴染ませ、久しぶりに鏡の中の自分と向かい合う。ここ2週間はオフだったというのに、ひどく疲れた顔をしていた。適当に整えて、顎と口周りにシェービングクリームを塗ると伸ばしっぱなしだった髭に剃刀を宛がう。元々体毛は濃いほうではない。すぐに済ませて電気を消して、バスルームを後にした。
「お、来た来た。やっぱりお前は青のユニフォームより、そっちのほうが似合っているな」
スーツに着替え午後5時5分前に部屋を出て、マンションのエントランスを潜ると、シルバーの普通車に乗った佐藤が窓を開けてこちらに向かって手を振っていた。助手席には既に鈴木が乗っており、懐かしい顔ぶれに少しだけ安堵した。よう、と短く挨拶をして、後部座席のドアを開けると長い背を折りたたんでシートへと腰かけた。 それからは佐藤の運転に揺られながら、他愛もない話をした。最近のそれぞれの仕事がどうだとか、鈴木に彼女が出来ただとか、この前相庭のいるチームと試合しただとか、離れていた2年間を埋めるように絶え間なく話題は切り替わる。その間も車は東京方面へと向かっていた。
「君下とはどうだ?」 「あー……相変わらずだな。付かず離れずって感じか」 「まあよくやってるよな、お前も君下も。あれだけ仲が悪かったのが、今じゃ同棲だろ?みんな嘘みたいに思うだろうな」 「同棲って言い方やめろよ」 「はーいいなぁ、俺この間の彼女に振られてさ。せがまれて高い指輪まで贈ったのに、あれだけでも返して貰いたいぐらいだな」
指輪という言葉に、俺の顔の筋肉が引きつるのを感じた。グレーのパンツの右ポケットの膨らみを、無意識に指先でなぞる。車は渋滞に引っかかったようで、先ほどからしばらく進んでおらず車内はしん、と静まり返っていた。
「あーやべぇな。受付って何時だっけ」 「たしか6時半……いや、6時になってる」 「げ、あと20分で着くかな」 「だからさっき迂回しろって言ったじゃねぇか」
このあたりはトラックの通行量も多いが、帰宅ラッシュで神奈川方面に抜ける車もたくさん見かける。そういえば実家に寄るからと、今朝も俺の車で出て行った君下はもう会場に着いたのだろうか。誰かに電話をかけているらしい鈴木の声がして、俺は手持ち無沙汰に窓の外へと視線を投げる。冬の日の入りは早く、太陽はちょうど半分ぐらいを地平線の向こうへと隠した頃だった。真っ赤に焼ける雲の少ない空をぼんやりと眺めて、今夜は星がきれいだろうか、と普段気にもしていないことを考えていた。
(5)真冬のエスケープ
車は止まりながらもなんとか会場近くの地下駐車場へと止めることができた。幹事と連絡がついて遅れると伝えていたこともあり、特に急ぐこともなく会場までの道のりを歩いて行った。 程なくして着いたのは某有名ホテルだった。入り口の案内板には聖蹟高校×期同窓会とあり、その横に4階と書かれていた。エレベーターを待つ間、着飾った同じ年ぐらいの集団と鉢合わせた。そのうち男の何人かは見覚えのある顔だったが、男たちと親し気に話している女に至っては、全くと言っていいほど面影が見受けられない。常日頃から思ってはいたが、化粧とは恐ろしいものだ。俺や君下よりも交友関係が広い鈴木と佐藤でさえ苦笑いで顔を見合わせていたから、きっとこいつらにでさえ覚えがないのだろうと踏んで、何も言わずに到着した広いエレベーターへと乗り込んだ。
受付で順番に名前を書いて入り口で泡の入った飲み物を受け取り、広間へと入るとざっと見るだけで100人ほどは来ているようだった。「すげぇな、結構集まったんだな」そう言う佐藤の言葉に振り返りもせずに、俺はあたりをきょろきょろと見渡して君下の姿を探した。
「よう、遅かったな」 「おー君下。途中で渋滞に巻き込まれてな……ちゃんと連れてきたぞ」
ぽん、と背中を佐藤に叩かれる。その右手は決して強くはなかったが、ふいを突かれた俺は少しだけ前にふらついた。手元のグラスの中で黄金色がゆらりと揺れる。いつの間にか頭痛はなくなっていたが、今は酒を口にする気にはなれずにそのグラスを佐藤へと押し付けた。不審そうにその様子を見ていた君下は、何も言わなかった。 6時半きっかりに、壇上に幹事が現れた。眼鏡をかけて、いかにも真面目そうな元生徒会長は簡単にスピーチを述べると、今はもう引退してしまったという、元校長の挨拶へと移り変わる。何度か表彰状を渡されたことがあったが、曲がった背中にはあまり思い出すものもなかった。俺はシャンパンの代わりに貰ったウーロン茶が入ったグラスをちびちびと舐めながら、隣に立つ君下に気付かれないようにポケットの膨らみの形を確認するかのように、何度も繰り返しなぞっていた。
俺たちを受け持っていた先生らの挨拶が一通り済むと、それぞれが自由に飲み物を持って会話を楽しんでいた。今日一日、何も食べていなかった俺は、同じく飯を食い損ねたという君下と共に、真ん中に並ぶビュッフェをつまみながら空きっ腹を満たしていた。ここのホテルの料理は美味しいと評判で、他のホテルに比べてビュッフェは高いがその分確かなクオリティがあると姉が言っていた気がする。確かにそれなりの料理が出てくるし、味も悪くはない。君下はローストビーフがお気に召したようで、何度も列に並んではブロックから切り分けられる様子を目を輝かせて眺めていた。
「あー!大柴くん久しぶり、覚えてるかなぁ」
ウーロン茶のあてにスモークサーモンの乗ったフィンガーフードを摘まんでいると、この会場には珍しく化粧っ気のない、大きな瞳をした女が数人の女子グループと共にこちらへと寄ってきた。
「あ?……あ、お前はあれだ、柄本の」 「もー、橘ですぅー!つくちゃんのことは覚えててくれるのに、同じクラスだった私のこと、全っ然覚えててくれないんだから」
プンスカと頬を膨らませる橘の姿に、高校時代の懐かしい記憶が蘇る。記憶の中よりも随分と短くなった髪は耳の下で切り揃えられていれ、片側にトレードマークだった三つ編みを揺らしている。確かにこいつが言うように、思い返せば偶然にも3年間、同じクラスだったように思えてくる。本当は名前を忘れた訳ではなかったが、わざと覚えていない振りをした。
「テレビでいつも見てるよー!プロってやっぱり大変みたいだけど、大柴くんのことちゃんと見てるファンもいるからね」 「おーありがとな」
俺はその言葉に対して素直に礼を言った。というのも、この橘という女の前ではどうも調子が狂わされる。自分は純粋無垢だという瞳をしておいて、妙に人を観察していることと、核心をついてくるのが昔から巧かった。だが悪気はないのが分かっているだけ質が悪い。俺ができるだけ同窓会を避けてきた理由の一つに、この女の言ったことと、こいつ自身が関係している。これには君下も薄々気付いているのだろう。
「あ、そうだ。君下くんも来てるかな?つくちゃんが会いたいって言ってたよ」 「柄本が?そりゃあ本人に言ってやれよ。君下ならあっちで肉食ってると思うけど」 「そうだよね、ありがとう大統領!」
そう言って大げさに手を振りながら、橘は君下を探しに人の列へと歩き出した。「もーまたさゆり、勝手にどっか行っちゃったよ」と、取り残されたグループの一人がそう言うので、「相変わらずだよね」と笑う他の女たちに混ざって愛想笑いをして、居心地の悪くなったその場を離れようとした。 白いテーブルクロスの上から飲みかけのウーロン茶が入ったグラスを手に取ろとすると、綺麗に塗られたオレンジの爪がついた女にそのグラスを先に掴まれた。思わず視線をウーロン茶からその女へと流すと、女はにこりと綺麗に笑顔を作り、俺のグラスを手渡してきた。
「大柴くん、だよね?今日は飲まないの?」
黒髪のロングヘアーはいかにも君下が好みそうなタイプの女で、耳下まである長い前髪をセンターで分けて綺麗に内巻きに巻いていた。他の女とは違い、あまりヒラヒラとした装飾物のない、膝上までのシンプルな紺色のドレスに身を包んでいる。見覚えのある色に一瞬喉が詰まるも、「今日は車で来てるから」とその場で適当な言い訳をした。
「あーそうなんだ、残念。私も車で来たんだけど、勤めている会社がこの辺にあって、そこの駐車場に停めてあるから飲んじゃおうかなって」 「へぇ……」
わざとらしく綺麗な眉を寄せる姿に、最初はナンパされているのかと思った。だが俺のグラスを受け取ると、オレンジの爪はあっさりと手放してしまう。そして先程まで女が飲んでいた赤ワインらしき飲み物をテーブルの上に置き、一歩近づき俺の胸元に手を添えると、背伸びをして俺の耳元で溜息のように囁いた。
「君下くんと、いつから仲良くなったの?」
酒を帯びた吐息息が耳元にかかり、かっちりと着込んだスーツの下に、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。 こいつは、この女は、もしかしたら君下がこの箱を渡そうとした女なのかもしれない。俺の知らないところで、君下はこの女と親密な関係を持っている��かもしれない。そう考えが纏まると、すとんと俺の中に収まった。そうか。最近感じていた違和感も、何年も寄り付かなかった田舎への急な帰省も、なぜか頑なにこの同窓会に出席したがった理由も、全部辻褄が合う。いつから関係を持っていたのだろうか、知りたくもなかった最悪の状況にたった今、俺は気付いてしまった。 じりじりと距離を詰める女を前に、俺は思考だけでなく身体までもが硬直し、その場を動けないでいた。酒は一滴も口にしていないはずなのに、むかむかと吐き気が込み上げてくる。俺は今、よほど酷い顔をしているのだろう。心配そうに見つめる女の目は笑っているのに、口元の赤が、赤い口紅が視界に焼き付いて離れない。何か言わねば。いつものように、「誰があんなやつと、この俺様が仲良くできるんだよ」と見下すように悪態をつかねば。皆の記憶に生きている、大柴喜一という人間を演じなければ―――…… そう思っているときだった。 俺は誰かに腕を掴まれ、ぐい、と強い力で後ろへと引かれた。呆気にとられたのは俺も女も同じようで、俺が「おい誰だ!スーツが皺になるだろうが」と叫ぶと、「あっ君下くん、」と先程聞いていた声より一オクターブぐらい高い声が女の口から飛び出した。その名前に腕を引かれたほうへと振り返れば、確かにそこには君下が立っていて、スーツごと俺の腕を掴んでいる。俺を見上げる漆黒の瞳は、ここ最近では見ることのなかった苛立ちが滲んで見えるようだった。
「ああ?テメェのスーツなんか知るかボケ。お前が誰とイチャつこうが関係ねぇが、ここがどこか考えてからモノ言いやがれタワケが」 「はあ?誰がこんなブスとイチャつくかバーカ!テメェの女にくれてやる興味なんぞこれっぽっちもねぇ」 「なんだとこの馬鹿が」
実に数年ぶりの君下のキレ具合に、俺も負けじと抱えていたものを吐き出すかのように怒鳴り散らした。殴りかかろうと俺の胸倉を掴んだ君下に、賑やかだった周囲は一瞬にして静まり返る。人の壁の向こう側で、「おいお前ら!まじでやめとけって」と慌てた様子の佐藤の声が聞こえる。先に俺たちを見つけた鈴木が君下の腕を掴むと、俺の胸倉からその手を引き剥がした。
「とりあえず、やるなら外に行け。お前らももう高校生じゃないんだ、ちょっとは周りの事も考えろよ」 「チッ……」 「大柴も、冷静になれよ。二人とも、今日はもう帰れ。俺たちが収集つけとくから」
君下はそれ以上何も言わずに、出口のほうへと振り返えると大股で逃げるようにその場を後にした。俺は「悪いな」とだけ声をかけると、曲がったネクタイを直し、小走りで君下の後を追いかける。背後からカツカツとヒールの走る音がしたが、俺は振り返らずにただ小さくなってゆく背中を見逃さないように、その姿だけを追って走った。暫くすると、耳障りな足音はもう聞こえなくなっていた。
君下がやってきたのは、俺たちが停めたのと同じ地下駐車場だった。ここに着くまでにとっくに追い付いていたものの、俺はこれから冷静に対応する為に、頭を冷やす時間が欲しかった。遠くに見える派手な赤色のスポーツカーは、間違いなく俺が2年前に買い替えたものだった。君下は何杯か酒を飲んでいたので、鍵は持っていなくとも俺が運転をすることになると分かっていた。わざと10メートル後ろをついてゆっくりと近づく。 君下は何も言わずにロックを解除すると、大人しく助手席に腰かけた。ドアは開けたままにネクタイを解き、首元のボタンを一つ外すと、胸ポケットから取り出した煙草を一本口に咥えた。
「俺の前じゃ吸わねぇんじゃなかったのか」 「……気が変わった」
俺も運転席に乗り込むと、キーを挿してエンジンをかけ、サンバイザーを提げるとレバーを引いて屋根を開けてやった。どうせ吸うならこのほうがいいだろう。それに今夜は星がきれいに見えるかもしれないと、行きがけに見た綺麗な夕日を思い出す。安物のライターがジジ、と音を立てて煙草に火をつけたのを確認して、俺はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
(6)形も何もないけれど
煌びやかなネオンが流れてゆく。俺と君下の間に会話はなく、代わりに冬の冷たい夜風だけが二人の間を切るように走り抜ける。煙草の火はとっくに消えて、そのままどこかに吹き飛ばされてしまった。 信号待ちで車が止まると、「さむい」と鼻を啜りながら君下が呟いた。俺は後部座席を振り返り、外したばかりの屋根を元に戻すべく折りたたんだそれを引っ張った。途中で信号が青に変わって、後続車にクラクションを鳴らされる。仕方なく座りなおそうとすると、「おい、貸せ」と君下が言うものだから、最初から自分でやればいいだろうと思いながらも、大人しく手渡してアクセルに足を掛けた。車はまた走り出す。
「ちょっとどこか行こうぜ」
最初にそう切り出したのは君下だった。暖房も入れて温かくなった車内で、窓に貼り付くように外を見る君下の息が白く曇っていた。その問いかけに返事はしなかったが、俺も最初からあのマンションに向かうつもりはなかった。分岐は横浜方面へと向かっている。君下もそれに気が付いているだろう。 海沿いに車を走らせている間も、相変わらず沈黙が続いた。試しにラジオを付けてはみたが、流れるのは今流行りの恋愛ソングばかりで、今の俺たちにはとてもじゃないが似合わなかった。何も言わずにラジオを消して、それ以来ずっと無音のままだ。それでも、不思議と嫌な沈黙ではないことは確かだった。
どこまで行こうというのだろうか。気が付けば街灯の数も少なくなり、車の通行量も一気に減った。窓の外に見える、深い色の海を横目に見ながら車を走らせた。穏やかな波にきらきらと反射する、今夜の月は見事な満月だった。 歩けそうな砂浜が見えて、何も聞かないままそこの近くの駐車場に車を停めた。他に車は数台止まっていたが、どこにも人の気配がしなかった。こんな真冬の夜の海に用があるというほうが可笑しいのだ。俺はエンジンを切って、運転席のドアを開けると外へ出た。つんとした冷たい空気と潮の匂いが鼻をついた。君下もそれに続いて車を降りた。 後部座席に積んでいたブランケットを羽織りながら、君下は小走りで俺に追いつくと、その隣に並んで「やっぱ寒い」と鼻を啜る。数段ほどのコンクリートの階段を降りると、革靴のまま砂を踏んだ。ぐにゃり、と不安定な砂の上は歩きにくかったが、それでも裸足になるわけにはいかずにゆっくりと海へ向かって歩き出す。波打ち際まで来れば、濡れて固まった足場は先程より多少歩きやすくなった。はぁ、と息を吐けば白く曇る。海はどこまでも深い色をしていた。
「悪かったな」 「いや、……あれは俺も悪かった」
居心地の悪そうに謝罪の言葉がぽつり、と零れた。それは何に対して謝ったのか、自分でもよく分からない。君下に女が居た事なのか、指輪を見つけてしまった事なのか、それともそれを秘密にしていた事なのか。あるいは、そのすべてに対して―――俺がお前をあのマンションに縛り付けた10年間を指しているのか、それははっきりとは分からなかった。俺は立ち止まった。俺を追い越した、君下も立ち止まり、振り返る。大きな波が押し寄せて、スーツの裾が濡れる感覚がした。水温よりも冷たく冷え切った心には、今はそんな些細なことは、どうでもよかった。
「全部話してくれるか」 「ああ……もうそろそろ気づかれるかもしれねぇとは腹括ってたからな」
そう言い終える前に、君下の視線が俺のズボンのポケットに向いていることに気が付いた。何度も触っていたそれの形は、嫌と言うほど覚えている。俺はふん、と鼻で笑ってから、右手を突っ込み白い小さな箱を丁寧に取り出した。君下の目の前に差し出すと、なぜだか手が震えていた。寒さからなのか、それともその箱の重みを知ってしまったからなのか、風邪が吹いて揺れるなか、吹き飛ばされないように握っているのが精一杯だった。
「これ……今朝偶然見つけた。ベッドの下、本当に偶然掃除機に引っかけちまって……でも本当に俺、今までずっと気付かなくて、それで―――それで、あんな女がお前に居たなんて、もっと早く言ってくれりゃ、」 「ちょっと待て、喜一……お前何言ってんだ」 「あ……?何って、今言ったことそのまんまだろうが」
思い切り眉間に皺を寄せ困惑したような君下の顔に、俺もつられて眉根を寄せる。ここまで来てしらを切るつもりなのかと思うと、怒りを通り越して呆れもした。どうせこうなってしまった以上、俺たちは何事もなく別れられるわけがなかった。昔のように犬猿の仲に戻るのは目に見えていたし、そうなってくれれば救われた方だと俺は思っていた。 苛立っていたいたのは君下もそうだったようで、風で乱れた頭をガシガシと掻くと、煙草を咥えて火を点けようとした。ヂ、ヂヂ、と音がするのに、風のせいでうまく点かない。俺は箱を持っていないもう片方の手を伸ばして、風上から添えると炎はゆらりと立ち上がる。すう、と一息吸って吐き出した紫煙が、漆黒の空へと消えていった。
「そのまんまも何も、あの女、お前狙いで寄ってきたんだろうが」 「お前の女が?」 「誰だよそれ、名前も知らねぇのにか?」
つまらなさそうに、君下はもう一度煙を吸うと上を向いて吐き出した。どうやら本当にあのオレンジ爪の女の名前すら知らないらしい。だとしたら、俺が持っているこの箱は一体誰からのものなのだ。答え合わせのつもりで話をしていたが、謎は余計に深まる一方だ。
「あ、でもあいつ、俺に何て言ったと思う?君下くんといつから仲良くなったの、って」 「お前の追っかけファンじゃねぇの」 「だとしてもスゲェ怖いわ。明らかにお前の好みそうなタイプの恰好してたじゃん」 「そうか?むしろ俺は、お前好みの女だなと思ったけどな」
そこまで言って、俺も君下も噴き出してしまった。ククク、と腹の底から込み上げる笑いが止まらない。口にして初めて気が付いたが、俺たちはお互いに女の好みなんてこれっぽっちも知らなかったのだ。二人でいる時の共通の話題と言えば、サッカーの事か明日の朝飯のことぐらいで、食卓に女の名前が出てきたことなんて今の一度もない事に気付いてしまった。どうりでこの10年間、どちらも結婚だとか彼女だとか言い出さないわけだ。俺たちはどこまでも似た者同士だったのだ。
「それ、お前にやろうと思って用意したんだ」
すっかり苛立ちのなくなった瞳に涙を浮かべながら、君下は軽々しくそう言って笑った。 俺は言葉が出なかった。 こんな小洒落たものを君下��買っている姿なんて想像もできなかったし、こんなリボンのついた箱は俺が受け取っても似合わない。「中は?」と聞くと、「開けてみれば」とだけ返されて、煙が流れないように君下は後ろを向いてしまった。少し迷ったが、その場で紐をほどいて箱を開けて、俺は目を見開いた。紙袋と同じ、夜空のようなプリントの内装に、星のように輝くゴールドの指輪がふたつ、中央に行儀よく並んでいた。思わず君下の後姿に視線を戻す。ちらり、とこちらを振り返る君下の口元は、笑っているように見えた。胸の内から込み上げてくる感情を抑えきれずに、俺は箱を大事に畳むと勢いよくその背中を抱きしめた。
「う゛っ苦しい……喜一、死ぬ……」 「そのまま死んじまえ」 「俺が死んだら困るだろうが」 「自惚れんな。お前こそ俺がいないと寂しいだろう」 「勝手に言ってろタワケが」
腕の中で君下の頭が振り返る。至近距離で視線が絡み、君下の瞳に星空を見た。俺は吸い込まれるようにして、冷たくなった君下の唇にゆっくりとキスを落とす。二人の間で吐息だけが温かい。乾いた唇は音もなく離れ、もう一度角度を変えて近づけば、今度はちゅ、と音がして君下の唇が薄く開かれた。お互いに舌を出して煙草で苦くなった唾液を分け合った。息があがり苦しくなって、それでもまた酸素を奪うかのように互いの唇を気が済むまで食らい合った。右手の箱は握りしめたままで、中で指輪がふたつカタカタと小さく音を立てて揺れていた。
「もう、帰ろうか」 「ああ……解っちゃいたが、冬の海は寒すぎるな。帰ったら風呂炊くか」 「お、いいな。俺が先だ」 「タワケが。俺が張るんだから俺が先だ」
いつの間にか膝下まで濡れたスーツを捲り上げ、二人は手を繋いで来た道を歩き出した。青白い砂浜に、二人分の足跡が残る道を辿って歩いた。平常心を取り戻した俺は急に寒さを感じて、君下が羽織っているブランケットの中に潜り込もうとした。君下はそれを「やめろ馬鹿」と言って俺の頭を押さえつける。俺も負けじとグリグリと頭を押し付けてやった。自然と笑いが零れる。 これでよかったのだ。俺たちには言葉こそないが、それを埋めるだけの共に過ごした長い時間がある。たとえ二人が結ばれたとして��、形に残るものなんて何もない。それでも俺はいいと思っている。こうして隣に立ってくれているだけでいい。嬉しい時も寂しい時も「お前は馬鹿だな」と一緒に笑ってくれるやつが一人だけいれば、それでいいのだ。
「あ、星。喜一、星がすげぇ見える」 「おー綺麗だな」
ふと気づいたように、君下が空を見上げて興奮気味に声を上げた。 ようやくブランケットに潜り込んで、君下の隣から顔を出せば、そこにはバケツをひっくり返したかのように無数に散らばる星たちが瞬いていた。肩にかかる黒髪から嗅ぎ慣れない潮の香りがして、俺たちがいま海にいるのだと思い知らされる。上を向いて開いた口から、白く曇った息が漏れる。何も言わずにしばらくそれを眺めて、俺たちはすっかり冷えてしまった車内へと腰を下ろした。温度計は摂氏5度を示していた。
7:やさしい光の中で
星が良く見えた翌朝は決まって快晴になる。君下に言えば、そんな原始的な観測が正しければ、天気予報なんていらねぇよ、と文句を言われそうだが、俺はあながち間違いではないと思っている。現に今日は雲一つない晴れで、あれだけ低かった気温が今日は16度まで上がっていた。乾燥した空気に洗濯物も午前中のうちに乾いてしまった。君下がベランダに料理を運んでいる最中、俺は慣れない手つきで洗濯物をできるだけ綺麗に折りたたんでいた。
「おい、終わったぞ。お前のは全部チェストでいいのか?」 「下着と靴下だけ二番目の引き出しに入れといてくれ。あとはどこでもいい」 「へい」
あれから真っすぐマンションへと向かった車は、時速50キロ程度を保ちながらおよそ2時間かけて都内にたどり着いた。疲れ切っていたのか、君下は何度かこくり、こくりと首を落とし、ついにはそのまま眠りに落ちてしまった。俺は片手だけでハンドルを握りながら、できるだけ眠りを妨げないように、信号待ちで止まることのないようにゆっくりとしたスピードで車を走らせた。車内には、聞き慣れない名のミュージシャンが話すラジオの音だけが延々と聞こえていた。 眠った君下を抱えたままエントランスをくぐり、すぐに開いたエレベーターに乗って部屋のドアを開けるまで、他の住人の誰にも出会うことはなかった。鍵を開けて玄関で靴を脱がせ、濡れたパンツと上着だけを剥ぎ取ってベッドに横たわらせる。俺もこのまま寝てしまおうか。ハンガーに上着を掛けると一度はベッドに腰かけたものの、どうも眠れる気がしない。少しだけ君下の寝顔を眺めた後、俺はバスルームの電気を点けた。
「飲み物はワインでいいか?」 「おう。白がいい」 「言われなくとも白しか用意してねぇよ」
そう言って君下は冷蔵庫から冷えた白ワインのボトルとグラスを2つ持ってやって来た。日当たりのいいテラスからは、東京の高いビル群が遠くに見えた。東向きの物件にこだわって良かったと、当時日当たりなんてどうでもいいと言った君下の隣に腰かけて密かに思う。今日は風も少なく、テラスで日光浴をするのには丁度いい気候だった。
「乾杯」 「ん」
かちん、と一方的にグラスを傾けて君下のグラスに当てて音を鳴らした。黄金色の液体を揺らしながら、口元に寄せればリンゴのような甘い香りがほのかい漂う。僅かにとろみのある液体を口に含めば、心地よいほのかな酸味と上品な舌触りに思わず眉が上がるのが分かった。
「これ、どこの」 「フランスだったかな。会社の先輩からの貰い物だけど、かなりのワイン好きの人で現地で箱買いしてきたらしいぞ」 「へぇ、美味いな」
流れるような書体でコンドリューと書かれたそのボトルを手に取り、裏面を見ればインポーターのラベルもなかった。聞いたことのある名前に、確か希少価値の高い品種だったように思う。読めない文字をざっと流し読みし、ボトルをテーブルに戻すともう一口口に含む。安物の白ワインだったら炭酸で割って飲もうかと思っていたが、これはこのまま飲んだ方が良さそうだ。詰め物をされたオリーブのピンチョスを摘まみながら、雲一つない空へと視線を投げた。
「そう言えば、鈴木からメール来てたぞ……昨日の同窓会の話」
紫煙を吐き出した君下は、思い出したかのように鈴木の名を口にした。小一時間前に風呂に入ったばかりの髪はまだ濡れているようで、時折風が吹いてはぴたり、と額に貼り付いた。それを手で避けながら、テーブルの上のスマホを操作して件のメールを探しているようだ。俺は残り物の鱈と君下の田舎から貰ってきたジャガイモで作ったブランダードを、薄切りのバゲットに塗り付けて齧ると、「何だって」と先程の言葉の続きを促した。
「あの後女が泣いてるのを佐藤が慰めて、そのまま付き合うことになったらしい、ってさ」 「はあ?それって俺たちと全然関係なくねぇ?というか、一体何だったんだよあの女は……」
昨夜のことを思い出すだけで鳥肌が立つ。あの真っ赤なリップが脳裏に焼き付いて離れない。それに、俺たちが聞きたかったのはそんな話ではない。喧嘩を起こしそうになったあの場がどうなったとか、そんなことよりもどうでもいい話を先に報告してきた鈴木にも悪意を感じる。多分、いや確実に、このハプニングを鈴木は面白がっているのだろう。
「あいつ、お前と同じクラスだった冴木って女だそうだ。佐藤が聞いた話だと、やっぱりお前のファンだったらしいぞ」 「……全っ然覚えてねぇ」 「だろうな。見ろよこの写真、これじゃあ詐欺も同然だな」
そう言って見せられた一枚の写真を見て、俺は食べかけのグリッシーニに巻き付けた、パルマの生ハムを落としそうになった。写真は卒アルを撮ったもののようで、少しピントがずれていたがなんとなく顔は確認できた。冴木綾乃……字面を見てもピンと来なかったが、そこに映っているふっくらとした丸顔に腫れぼったい一重瞼の女には見覚えがあった。
「うわ……そういやいた気がするな」 「それで?これのどこが俺の女だって言うんだよ」 「し、失礼しました……」 「そりゃあ今の彼氏の佐藤に失礼だろうが。それに別にブスではないしな」
いや、どこからどう見てもこれはない。俺としてはそう思ったが、確かに昨日会った女は素直に抱けると思った。人は歳を重ねると変わるらしい。俺も君下も何か変わったのだろか。ふとそう思ったが、まだ青い高校生だった俺に言わせれば、俺たちが同じ屋根の下で10年も暮らしているということがほとんど奇跡に近いだろう。人の事はそう簡単に悪く言えないと、自分の体験を以って痛いほど知った。 君下は短くなった煙草を灰皿に押し付けると火を消して、何も巻かないままのグリッシーニをポリポリと齧り始める。俺は空になったグラスを置くと、コルクを抜いて黄金色を注いだ。
「あー、そうだ。この間田舎に帰っただろう、正月に。その時にばあちゃんに、お前の話をした」 「……なんか言ってたか」
聞き捨てならない言葉に、だらしなく木製の折りたたみチェアに座っていた俺の背筋が少しだけ伸びる。 その事は俺にも違和感があった。急に田舎に顔出してくるから、と俺の車を借りて出て行った君下は、戻ってきても1週間の日々を「退屈だった」としか言わなかったのだ。なぜこのタイミングなのだろうか。嫌な切り出し方に少しだけ緊張感が走る。君下がグリッシーニを食べ終えるのを待っているほんの少しの時間が、俺には気が遠くなるほど長い時間が経ったような気さえした。
「別に。敦は結婚はしないのかって聞かれたから答えただけだ。ただ同じ家に住んでいて、これからも一緒にいることになるだろうから、申し訳ないけど嫁は貰わないかもしれないって言っといた」 「……それで、おばあさんは何て」 「良く分からねぇこと言ってたぜ。まあ俺がそれで幸せなら、それでいいんじゃないかとは言ってくれたけど……やっぱ少し寂しそうではあったかな」
そう言って遠くの空を見つめるように、君下は視線を空へ投げた。真冬とは言え太陽の光は眩しくて、自然と目元は細まった。テーブルの上に投げ出された右手には、光を反射してきらきらと輝く金色が嵌められている。昨夜君下が眠った後、停車中の誰も見ていない車内で俺が勝手に付けたのだ。細い指にシンプルなデザインはよく映えた。俺が見ていることに気が付いたのか、君下はそっとテーブルから手を離すと、新しいソフトケースから煙草を一本取りだした。
「まあこれで良かったのかもな。親父にも会ってきたし、俺はもう縛られるものがなくなった」 「えっ、まさか……昨日実家寄ったのってその為なのか」 「まあな……本当は早いうちに言っておくべきだったんだが、どうも切り出せなくてな。親父もばあちゃんも、母さんを亡くして寂しい思いをしたのは痛いほど分かってたし、まあ俺もそうだったしな……それで俺が結婚しないって言うのは、なんだか家族を裏切ってしまうような気がして。もう随分前にこうなることは分かってたのにな。気づいたら年だけ重ねてて、それで……」
君下は、ゆっくりと言葉を紡ぐと一筋だけ涙を流した。俺はそれを、君下の左手を握りしめて、黙って聞いてやることしかできなかった。昼間から飲む飲みなれないワインにアルコールが回っていたのだろうか。それでもこれは君下の本音だった。 暫くそうして無言で手を握っていると、ジャンボジェット機が俺たちの上空をゆっくりと通過した。耳を塞ぎたくなるようなごうごうと風を切り裂く大きな音に隠れるように、俺は聞こえるか聞こえないかの声量で「愛してる」、と一言呟く。君下は口元だけを読んだのか、「俺も」、と聞こえない声で囁いた。飛行機の陰になって和らいだ光の中で、俺たちは最初で最後の言葉を口にした。影が過ぎ去ると、陽射しは先程よりも一層強く感じられた。水が入ったグラスの中で、溶けた氷がカラン、と立てたか細い音だけが耳に残った。
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メッセンジャーまとめ
[アイデアmemo] * 石の宅急便。石とどこかで何かをする。石と記録ビデオを宅急便で送る。 白井
[アイデアmemo] * 空間の中央に板、その上に一つの石。板の外の空間のどこかにもう一つの石。板の上の空間で20〜30分過ごす、踊る。板の上に人が居なくなる。板の外の空間で過ごす、踊る。石と床と人、床の内と外、床に共存する石と人、床の外の石や人。 白井
[アイデアmemo] * 石と振付スタイルの相性比較。石と舞踏的身体。石とポストモダン的振付。石と能的身体。石とバレエ的身体。 白井
ー
アイデアに対して感想。 石の時間と人の時間の対比が出来るところが面白そう。 石が観客になっているイメージもある。 石のオーディション。 エントリーナンバー1番白石流水 エントリーナンバー2番石丸健白井 剛
佐藤
ー
こないだは3分づつ交代はやったけど、20〜30分、それぞれ踊ってみて、観る側がその間に石置き変えてもいいし、明かり変えてもいいし、音かけてもいいし、考え事しててもいいし、石と人の時間を成立させるには、というあたりをじっくり観ながら思いつくことを考える、とかも試したら良かったなと思いました。 踊る側も、時間かけて動く中で何かが回り始めたり、気づく事もあるかもな、と。
白井
ー
[アイデアmemo] 190719 * 石を板の上に数十個集めて置く。石の集まり表面に、アクリル絵具でラインを描く。曲線。直線。石と石に隙間がある箇所は下の板にも線が引かれる。真上から見たら2次元的に見える線。角度をつけて観ると石の表面でうねる線。 集めて置いた石にヒモが絡まった状態の展示と並べ置く。 絵具を乾かして、人の行為か、なんらかの方法で集め置いた石を崩して広げていく。石に描かれていた線が散り散りになる。事の前と後。散らばった後の状態から前の状態が予感される。散り散りになった石と線、元あった石の場所、線のつながり、が想起される。 元々無秩序だった石の集まりに線を引く事で一旦規定された秩序ができる。なんらかの作用でそれが崩されることで、次の無秩序と秩序があらわれる。
白井
ー
◯過去に人為的に置かれた石からは(なんでそう置いたのかよくわからないとなおさら) 石自体が持つ数億年の時間の長大さと、人間が「昔」置いた時間の長さと比較できて より「時間」を感じやすい小山登美男ギャラリーの石からも感じるので 用途がわからないけど、ある「目的」で置かれているらしい石の置き方ができる時があったら時間にアプローチしやすくなると思う用途がわからないけど 抽象的なオブジェではなく 今の社会ではもう意味を成さない何かの確固たる重要で崇高な目的があった
◯もはやその「目的」がわからないという点で 人為的な大量破壊(なだらかな時間の推移ではなく、ある時間の一点からそのあとは完全に生の意味が変化する種類の歴史観) が石が置かれてから今までの間であり 絶対に戻れない ◯↑とは別で 何か(石)が上に乗っている板や 足元の地面 自体が動く時に感じられる一段別な時間の流れは 興味ぶかい 2つの時間 複数の空間 ・映画でカメラ自体をレールに乗せて動かして、レールに乗っていないものを撮影した映像 背景には景色とか猛スピードで動く壁 ・カメラ自体をレールに乗せて、同じスピードで車とかに乗っている人や荷物を撮影した映像 ・レールのカメラと被写体が別々なスピードで動き距離が縮まり広がる などのイメージ 山田
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「過去に人為的に置かれた石…時間を感じやすい」。なるほど、、 自然のままの自然な状態の石(例えば河原とか山とか)も、恐らくは何千何万何億年も前からその一個の石だったかもしれないもので、自然の作用で今たまたまそこにあるのだけど、確かにそこから直に何億年を感じることより、何かしらの人の手が加わった石の方が感じやすい、というのはあるかも。 人間サイズの時間感覚(1人の一生、家族や家系や集落の営み、文明の栄枯盛衰、かつての個人や集団にとっての大事だった何か)が、が挟まれると、それが時間の物差しになって、人のサイズを超えた時間を想像しやすくなるのか。あるいはそういう風にしてしか、人間は時間のスケールを体感することができないのかもな、とも思われる。 何のために、どういう法則で置かれたのかもはや分からない、、けど、何らかの目的で何らかの意図をもって置かれたもの、は、文化や文明の断裂のようなものが自分との間に横たわって、言語的、文脈的な理解が一旦流され��、自分の足元と向こうを隔てて流れる、時間の大きな河の水量越しに、向こう側を想像するような、時間の断裂が時間を想像させる、のか。 白井
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[アイデアmemo] 190724 * 石と体、ではなく、石と動作、を併置する。 石と動作を場に放置する。 「動作」の選択は、意味や脈絡や石との関係性で想像されてしまい易い動きを避ける。 (例: 手のひらを握ったり閉じたりを繰り返す→石が置いてあったら「じゃんけん」に見えてしまうかも。例: 頭をグルグル回し続ける→頭が石と似た個体であることがまず目についてしまうかも?...探そうとするとなかなか難しい。) 動作が意味や脈絡と結びつくことを極力避けるとこで、動作の主体、表現体の表現意図を状況と切断することで、意味の読み解きを強要してこない石の在り様と対等に在ることができないかな、という試み。 白井
[memo_190724_2] 石は風化が遅い。時間に耐える。地球や自然を生物の体に例えると、骨? 骨は石ほどには時間に耐えられないけれど、生物の体の構成要素の中では風化が遅い、時間に耐えるから、残ったり、掘り起こされたり。遺跡で見つかり易いもの、石、骨。 風化が遅い→時間に耐える→時間を飛び越える。 風化が遅い、といっても、完全に無限に不変なものではない。雨だれで窪んだ石、変形した地層、成長過程で変形した骨。時間の作用を受けづらいもの、見えづらいものに、それでも長い時間の作用の痕跡を見つけた時、時間とその個体の歴史を感じる。 白井
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http://text-deadtheatertokyo.strikingly.com/ 前に死者の時間について書いたこと 下の方の「ブリヂストン美術館の棺桶の蓋」というやつより その後ろの「棺桶の蓋から」の方が参考になりそう 「ただ崩壊する実存の断片だけが、あらゆる主観的『意味』をはぎ取られることによって、希望の徴しとなる。」 『地上的で時間的なものとは、まさに分解するもの、砕けて、何かに、個別的になってしまうものである(中略)』などなど山田 咲砕け散る断片性が持続する。 痕跡が徐々に溶解していく。 石のかたわらで 山田
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「ただ崩壊する実存の断片だけが、あらゆる主観的『意味』をはぎ取られることによって、希望の徴しとなる。」 『地上的で時間的なものとは、まさに分解するもの、砕けて、何かに、個別的になってしまうものである(中略)』 -- 脱線ですが、 『2001年宇宙の旅』のモノリスは、人類の持ちうる限りどんな破壊工作を試みても、かすり傷一つ付けることができない、というのがあったのを思い出しました。(埃や手垢さえつかないみたいだけど。) 人間が感知・関与しうる時空間を超越したモノがただそこに立っていることの不気味さ、怖さ、を表すシンボルの特徴の一つとして「傷がつかない」という設定をアーサーCクラークとキューブリックが思いついた、ということか。 反対に、傷がつく、崩壊し得る、ということは、こちら側のものであることの安心感・親和感を与えてくれる、ということか。石もそうか。 白井
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美術館の棺桶の蓋の咲さんのテキスト、先週まで京都にいる間、石を見ながら感じた、というより、感じたい、感じられそう、感じられるようにするには、と感じてた感覚に近いように思えて、個人的にしっくりきました。 取り組みの中で見えてきたいものとして、この辺をモヤモヤっと相模くん・健太郎くんともなんとなく共有できてた気が。 個人的には、「死」っていうのを石や観客に対してこちら側から設えることなく、こんな風に感じられるようにできたらなと思いました。 白井
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ビデオ見直してます。 石がひとつあって健大郎さんと白井さんが出たり入ったりしているフッテージで ダンスやめる瞬間(身体が変わる時)に石がはっきり見える。 石の上で白井さんが崩れていくフッテージでも、持続を身体がやめる瞬間に石がはっきりそこに「ある」ことが見える。
面白いのは 早く健大郎さんが動いているところで、石に気がついて一瞬よける時に、石が「あっ、見つかっちゃった」と健大郎さんを見ているように感じるところ石だけがアクトエリアに残された時にもまあまあ見えるけど、持続が断ち切られた時ほどは現れない
持続の切断による石の現れ効果は 1つの身体と1つの石だから可能なように見える が ビデオのせいかも 山田
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意識が途切れた時に、石がある事が見える、って感じですかね。 例えば公園のベンチに座って、ぼーっと考え事してて、ふと考える集中が途切れた時に、足元に居たアリんこに気がつく、みたいな。 演者の意識の途切れが、その場の空間にも断裂を作って、それを観ている側もふと宙ぶらりんな状態にさらされて、そんな瞬間に石がそこに在る、在った、というのに気がつく。気がつくというか「石に見られて居た、」というような感覚。 そんな風に石に気がつくというは、確かに石らしい石との出会い方、かもしれないなと思いました。 映像にも映ってるかと思いますが、1人づつ出たり入ったりするやつ、芸センでやったときには、健太郎くんがずっと動きや意識が定まらないような中途半端な状態で散漫なままウロウロしているようなのをした時、個人的には一番石の存在感が増して見えてきたのですが、「意識が途切れ続ける」ことで石が見えた、ということなのかもしれない、と思い出しました。 白井
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https://vimeo.com/350475384 pass:stone
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散漫なウロウロは確かに石が見えやすいと思いました。 6:20 あたりからの、アクトエリアの方向性 観客の視線をほぼ無視した動き や 石としか関係していない動きのとき(みている人には意味を成さない動き、家の中で気晴らしに動いてるだけみたいな感じ)が、いくつかの時間が生まれて石が現れるように感じる。 山田
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Page 50 : 湖畔の町
「黒の団に入るよう、誘われた?」 耳を疑いながら慎重になぞるようにラーナーが言うと、正面に座っているクロは憮然とした態度で目も合わせずに頷いた。深緑の瞳は右手の車窓から流れていく景色を眺めている。 リコリスを離れ新たに圭を加えた旅の面々は、リコリスにやってきた時にも最初の玄関口として使ったトロー��の駅から出ていた古ぼけた電車に乗り、次の町へと移動していた。乗客は彼等の他はちらほらと数人椅子に腰かけているのみで、物寂しい雰囲気すら感じさせる。二つの座席が向かい合う形になっているところに座っているが、現在新加入した少���の姿は無い。 圭が席を外している中、ラーナーは引っかかっていたことを一つクロに尋ねた。ホクシアの襲撃の終結の際、クロをどうするつもりだったのか黒の団の女性に聞いたところ彼女は軽く受け流して答えはしなかった。勿論何か良くないことではあることなのは予想はついていたが、クロは案外あっさりと答え、その上出てきた欠片も想像していなかった突飛な事実に驚きを隠せはしない。 「な、なんで?」 戸惑いに揺れるような心情がそのまま声音に表れる。 「……俺が必要だとかなんだとか上辺面は聞こえの良いこと言ったけど、どうせろくでもない理由だろ」 「そう……詳しくは言ってなかったんだ?」 「ああ。どうにしろ絶対に御免だ」 嫌悪感を隠すことなく吐きながら、クロは左手に力を込める。ラーナーは包帯を厳重に巻いた彼の右手に視線を落とす。僅かに動かすことも許されない損傷。それも利き手。人間の枠を踏み越えた力を持ったクロといえど、日常生活にも支障は訪れるだろう。治癒力まで人外染みているのかどうかラーナーには分からない範囲だが、彼等にとっては長くかかるほど致命的だった。 身体的問題の他にも、ラーナーが話を持ちかけるまでは、表情をきつく引き締め一切誰も引きつけまいと無言で重圧をかけているような状態だった。ラーナーは水に潜って呼吸ができず苦しむような窮屈さを感じていた。今は雰囲気が少し和らいでいるだけで根本的には何も変わっていない。 これではいけない。ラーナーは口をきつく結ぶ。 と、そこに小さな足音が近づいてきて二人は顔を上げる。足音の主は背もたれに手をかけると、柄にも無く深い溜息をこれでもかというほどに吐き尽くす。 「圭くん、大丈夫?」 ラーナーが真っ先に恐々と尋ねると、蒼白な顔色を浮かべた圭は力無く首を横に振る。 「無理……吐く……」 「吐くな……」 クロは横から呆れたように零す。 圭の声は蚊の鳴くような弱々しいものであった。ふらふらとしながらクロの隣の空いた席に腰かけると、廊下側の肘掛に覆いかぶさるように寄りかかる。その間も呻き声を漏らし続け、全身から鉛のような重い雰囲気を発していた。話しかけることすら余計な毒になってしまいかねない状態の中、クロは小さな背中を軽く叩きながら口を開く。 「なんで電車で酔うんだよ。あの軽トラックの方がずっと揺れるぞ」 「そういう問題じゃねえ」 圭は絞り出したような声で反論する。 「俺はきっと車とは相性最高でも電車とは相性最悪なんだ……それも一生仲良くできないレベルの……」 「なに言ってんだ……意外と元気だな」 「元気じゃねえよ……うえぇ」 か弱い抵抗を試みたものの体の調子は当然良くなるはずも無い。一つ少し大きめの揺れがやってくるたびに鳩尾に一発拳をもらったかのような声を出すものだから、正常なクロとラーナーも波状効果で気分が悪くなってしまいそうだった。 話も途切れてしまい、暫し沈黙が続いた。電車はつい数秒前から長いトンネル道に入っており、窓の外の景色も暗闇に包まれていた。レール上を滑走する籠ったような音をベースに、他の客の小さな声でなされる会話と圭の唸りとが飾りつけされているかのような音の群が車内を支配していた。 と、ようやく長きにわたるトンネルの終結部に辿り着く。再び窓の外から陽光が差した瞬間、ラーナーは目を丸くした。 「海!?」 驚いた声をあげると、クロは怪訝な表情を浮かべる。 「ここは内陸だ。あれは湖」 「あ……なるほど」 ラーナーは乗り出した体をまた元の位置に落ち着かせ、改めてガラスの向こうにある湖の姿を食い入るように見つめた。 線路から舗装された道路を挟んだ向こう側にあるそれは、冷静になるより先に海という言葉を連想してしまうのにも納得がいく程巨大であった。何しろ湖の反対側にあるはずの町の風景はまったく見えない。天候が穏やかなこともあって波が殆ど立っていない今の状態はどこか威圧感すら感じさせた。 「トローナに行く時も、見たはずだけど」 クロが相変わらず不審な目をしながらラーナーに言うと、彼女は苦笑いを浮かべた。 「多分、その時あたし寝てたんだろうなあ」 最後に笑い声を付け足してみたものの、クロは小さく相槌を打つだけでそれ以上関心を示さず、表情も大して変えることはなかった。期待していた反応を得ることができず、ラーナーは肩を落とした。 その時、電車内に鈴の大きめの音が何度か響き渡る。もうすぐ次の駅へ到着する合図だ。 「次で降りる」 クロが声をかけ、ほぼ寝そべっている状態になっている圭の背中を叩く。 「もうちょっと先まで行こうかと思っていたけど、圭がこんな状態だ。次の町も大きかったはず」 「なんて町?」 圭がゆっくりと起き上がりながら気怠そうに尋ねる。 「湖畔の町、キリだ」
*
自分の精神状態が不安定で周囲に悪い影響を与えていることなどクロ自身よく解っていた。それを自らに良しとしているわけではない。苛立ちや不安に振り回されていては敵の思う壷だろう。クロは尖る自分の思いを戒めるように、弾き飛ばすように、自分の両頬を軽く叩く。こんな時だからこそ、自分を保たなければならない。 乗車代を支払い、大切に扱われているのだろう小奇麗な改札口を抜け、人の声が飛び交う明るい雰囲気の駅構内を出ると落ち着いた色合いの白石が煉瓦調に整然と敷き詰められた大きな広場となっていた。車もよく通っており、建物はそれほど天井が高いものは無いものの、面積の広いコンクリート仕立てのものが並んでいた。閑散としていたトローナの姿とは裏腹に、子供から年寄りまで様々な年代の人々が駅周辺を渡り歩いている。ただ、この辺りは飲食店や若者向けのショッピング関連の店が揃っているのもあってか年代の若い者が心なしか多いようだ。 生き生きとした町の雰囲気だが、更に彩りを重ね、今ラーナーの目を釘付けにしている存在があった。――空に。 「あれは……鳥ポケモン。こんな町中を」 ラーナーが上空を見上げながら感嘆の声をあげる。 彼女の言う通り、そもそもポケモンをあまり町で見かけることの無いこのお国柄、多くの人間がうろつく町中で姿が鮮明に分かるほど低空飛行している鳥ポケモンがいるのは珍しい。 「……キリの巨大な湖周辺には水鳥を始めとして多くの鳥ポケモンが住んでいる」 少なくとも一度は訪れたことがあるのだろうクロが淡々とした口調で説明を始める。 「ただ、あれは野生じゃなくて人のポケモンだ」 「ほんとだ」 ラーナーが見ているのは全体に濃い灰色の羽毛に先が赤くなった大きな鶏冠が特徴的で、一般に獰猛だと知られているムクホークだ。その背中には男性が一人乗っている。それに限らず辺りにはもう数匹人間を乗せた鳥ポケモン達が飛び回っている。 「最近は車が発達してるけど、昔からの慣習だかで、ああやって鳥ポケモンに乗って町中を移動する文化が残ってるらしい」 「もしかして、それで建物が低めなの?」 「ああ」 「へえ。そういう慣習を中心にした町造りってなんか、いいね」 感心してラーナーは笑顔を見せる。クロはそうだなと淡泊に返すのみで、圭も体調の悪さにまいっているために一人ではしゃいでいるような感覚に陥った。 「そういう観光ガイドみたいなのはいいよ。どっかで休もうぜ」 念願の陸地に立ったものの調子がなかなか戻らない圭は懇願する。ふっと我に返ったように圭を見ると、クロは辺りを軽く見回す。 「昼ご飯もとる必要があるし、今後どうするかも固めなきゃならない。落ち着ける場所を探す」 ラーナーは素直に頷く。この駅前広場は十分にスペースがあり座る場所もあるが、電車の音や人の行き交い、加えて幼子がはしゃぎまわっていたりとなかなかに騒々しい。ただでさえ圭のオレンジばかりの風貌は目立ち、道行く人々の視線に当てられてしまうのだ。必要以上に人の目に止まってしまうのは当然芳しい状態ではない。 圭は耐えきれなくなったようにその場にしゃがみ込み大きく溜息を吐く。 「ほんと大丈夫? 歩ける?」 つられるようにラーナーも中腰で顔を覗き込む。圭は一呼吸を置いてから溜め込んだものをゆったりと吐きだすように一つ静かに頷いた。それから再度立ち上がったものの疲弊しきったように頬は下がり、それでなくとも低い身長が猫背になって更に縮こまっている。 クロはふとポニータのことを思い出した。もしもポニータの足の状態が良ければ圭を乗せることができる。アメモースにはできないことだ。 今でこそラーナーや圭がいるものの、つい数か月前まで、常に隣にいた存在が今は無い。ボールの中で戦闘の傷を癒し、沈黙している。火馬の空白と賑やかな人間の存在は、彼に違和感を与えた。 しかし、居ない存在に思いを馳せても前に進むことはできない。ポニータにばかり頼っているわけにもいかないのだ。クロは決意を固めるように目に力を宿す。 「とにかく、ここから近場でなるべく落ち着いて話せる所を探すぞ。圭、このぐらいでへこたれるな」 「わかってるよ」 クロの叱咤に対して少しむきになったような口調で圭は言い返した。無理矢理自身を奮い立たせるように曲がっていた背筋を伸ばす。 どこかうまく揃わない足取りに不安を覚えながら、ラーナーは歩き始めたクロの背中を追いかけた。 < index >
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第二部/序章基枠
未完/未推敲 力尽きた
学生時代の貴重な特権、夏休みの終了まで片手で数えられるばかりの日を残すのみとなった。網戸越しに広がる鮮やかな空には、大岩が生えたような入道雲。
箪笥から適当な肌着を選んで取り、皺一つなくアイロン掛けされた制服を慣れた様子で着ると、校則指定のネクタイを雑に丸め、鞄に押し込んだ。
スマートフォンが完全に充電されていることを確認すると、スラックスの尻ポケットに収めて鞄を背負い込む。教科書も筆箱も入っていない鞄はやたらと軽い。言ってしまえば持って出掛ける必要も無いのだが、手ぶらで外出するのも手持ち無沙汰だった。
居間に顔を出すと、母が珍獣を目撃してしまった人間の顔をした。どうやら青年が「朝」と括られる時間帯に起き出したことに余程驚いたらしい。手元のフライパンが焦げ付き始めたことを指摘すると、慌ててガスコンロを消火し忙しなく台所仕事を再開した。 食卓の隅には、腹を空かせた育ち盛りの子供たちがいつでも食べられるようにと、食パンや惣菜パンが常設されているのがこの家の習慣だ。食卓の自分の席にゆったりと座り、消費期限が迫っているソーセージ入りのパンを齧る。
「これも食べて~」
申し訳無さそうに置かれた目の前の皿には、やや焦げた湯気立つ目玉焼きがご丁寧に醤油をかけられて乗せられていた。 一瞬にして様々な文句が頭に浮かんだが、相手は我が家の最高権力者で、彼女の機嫌を損ねれば温かいご飯に有り付けない可能性も有る。箸は進まなかったが、太陽の恵みを象徴しているように柔らかでぷくりとした黄身を崩すと、半熟卵の濃厚な流れが白身の大地を埋め、醤油の赤味と絶妙に混ざって美味そうな薫りが一気に立ち上るのだ。
先程までの文句は何処へやら、喉元を過ぎた頃に残るのは多幸感と僅かな焦げ目の苦さだけだった。
「何か学校に用事でも有るの?」
「呼び出し」
差し出されたわかめと豆腐の赤出汁味噌汁椀を受け取り、息を吹き付けて冷ましてから一息に啜る。椀の底に大豆の欠片が見えた頃、部屋着姿で見たまま寝起きの面をした弟が起き出して来た。
「お前早くしないと朝練遅れるぞ」 「うっさいなぁ分かってるよぉ……」
のろのろと危なっかしい動作で青年の向かいに着席し、惣菜パンに手を伸ばす一連の流れは流石兄弟、つい十分前の兄とそっくりな挙動だった。 帰宅部の兄と違って彼はバスケットボール部に所属している為、夏休み中でも練習に朝早くから学校に通っている。意外にも熱心で、飽き性な弟にしては長続きしているようだ。いつだか聞いた話では、尊敬する先輩が出来たと目を輝かせて語っていた気がする。
「てゆうか兄ちゃん朝から起きてんのレアじゃない? デート」 「違えよ、ほっとけ」
食器を流し台に片付け小生意気な弟の後頭部を叩き付けて、青年は玄関へ足を運ぶ。声変わりもしていないお怒りの声と、相対して呑気な母の挨拶を背中に受け、履き古したスニーカーで青年は玄関の扉に手を掛けた。
ここまでが今朝青年がこなした、有り触れた朝支度の一コマ。
隣の家でもそのまた向かいの家でも変わらず執り行われる、変哲も無い平凡な一日の滑り出し。彼の通う高等学校の生徒四百人近く、町、県、日本全国の内何人も同じような朝を幾度と迎えたことだろう。
彼、遠峯詠一は凡人だ。
人より秀でた才能も無く、勉学は可も無く不可も無く、運動はクラス対抗ドッジボールのサブメンバーに組み込まれる程度の実力。
他人を惹きつける魅力も無いので、この世に母の胎から産み落とされて十六年大病も患わず誰かの人生の脇役としてひっそり呼吸をしているのだった。
かと言って脚光を浴びたいと願ったことは只の一度も無いし、寧ろ目立たず波風立たない生き方を楽で良いと考えている。特に自分が置かれた人生に疑問を持つことも無ければ敷かれた一般的に良しとされる基準のレールから外れる気も無い。
だから、「君は何も無い人間だな」と言われて傷付くことも無かった。
今まで他人に刺有る言葉を注がれたことも無かったし、自分自身その通りだと納得できたので反論も存在しない。いつもより機嫌が悪そうな友人の鼻頭を見詰め、何度見ても整った顔だなと見当違いなことを考えながら話題が移るのをぼんやりと待っているのである。
空気の抜けたタイヤに無理をさせ、高岡高等学校への慣れた通学路を往く。路肩に捨てられた週刊誌も、他所の塀で欠伸をする三毛猫も詠一にとっては変わらない物体に見える。視界の隅で認識しているが、ごく有り触れた光景で有るため逐一興味が湧かなかった。
たまに詠一が考えることと言えば、昼の弁当の中身、夜ご飯に肉は出るかどうか、口煩い教員が出した課題はやっておいたか、苦手な文系の授業で次に当たる設問の回答だったり、弟に貸したまま帰ってこない漫画の行き場だったり。極めて他愛ない。
そんな普通の男子高校生が最近つるみ始めたのが、昨日の深夜に連絡して来た呼び出し人。詠一の同級生全員に訊いても、「なんであのふたりが仲良いのか分かんない」とへらへら語尾を伸ばして答えるだろう。それ位に詠一と彼女が行動を共にすることは奇異で、まるで夏場にダウンジャケットとマフラーを着込み、背中にカイロを貼り付けるちぐはぐさを醸し出していた。
駐輪場の指定箇所に自転車を停めて、詠一は待ち合わせ場所に歩を進める。土埃が舞う乾いたグラウンドを横切り、部室棟の脇をすり抜け、普段は生徒も立ち入り禁止とされている看板を大股で乗り越えなければならない。校則を破った経験が制服���着崩し程度しか無い詠一にとって、初めこそ周囲の目がやたらと気になったが、慣れたら悪びれも無く侵入出来るようになった。
看板を越えた先は屋上へ続く螺旋階段だ。本来は非常階段として不測の災害時に使用される物だが、ここを通らずに屋上へ行こうとすると、職員室で徹底管理されている鍵を借りて教員に根掘り葉掘り内情を詮索されてしまう。詠一としても面倒臭い。
ざらついたコンクリートの踏み面を上る。段々と高くなって敷地全体から町並みを一望出来る景色はなかなか心地良く、嫌いではなかった。
登頂すると、転落防止のフェンスに体重を預けてぽつりと立つ人影がすぐに視界に入った。彼女も詠一の影に気が付くと、腕組を止めて視線だけ投げて寄越す。彼女の性格からして、自ら傍には来ないだろうと察しが付いていた詠一は、そのまま彼女の隣まで移動する。
「ちゃんと指定の時間までに起きて来るとはね。遠峯のことだからきっと遅刻して僕の機嫌を損ねるものだとばかり思っていたよ」
「遅れたらまた勇子が怒ると思ったから早起きしたんだよ」
在らぬ方向に視線を彷徨わせ投げ捨てるように言う詠一を、片方の広角を吊り上げて鼻で笑っている。彼女の多弁な皮肉には更に皮肉で返すのが効果的だと、詠一は最近理解した。
「さて、どうして僕がまだ雀や野鳩の鳴くこの時間に君を呼び出したか、気になって良く眠れなかったことだろう。安心してくれ、夕方には解散するから今晩はぐっすりおねんねしてくれて構わない」 唐突に口火を切る。勿体付けた語り口ながらも流暢に紡がれる彼女の言葉は、紅茶にひとつ落とした砂糖のように自然と詠一の耳に溶け込み、理解として脳に蓄積される。苦手な現代国語の授業より、豊富な表現で装飾された笠間勇子の話に耳を傾けている方が何倍も、底の浅い詠一の知的好奇心は満たされた。
「君は僕のどんな素頓狂な話も妄想だと茶化さずに聞いてくれる。その姿勢を僕が高く評価していると言う話は以前にしたことが有るね。万物に示す興味は一枚の紙のように極薄いが、その広い面で他者の思考を受け入れ拒まない。僕の思考整理、言葉の散弾を浴びせるには非常に出来た人間さ。
だからこそ君に聞いて欲しい。僕が感じ取り、この手足で調査して至った結論を。この狭い地球上の何処の穴を虱潰しに探したって、僕と同じ理論を展開出来る者は今この瞬間存在しない」
「僕の推論が正しいならば―― 今日、世界が崩壊する。ある特定の因果に依ってこの大地は遥かな深海の底に沈み、僕も君もこの校舎も君がここに来るまでに見たものも全てが等しく水底に沈むだろう」
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レールに傷がないか調べる「レール探傷車」 This train detects the damages with rails. (川西池田駅)
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長い夜には昔の話を
夜の県道を走る乗用車の助手席で僕は、ハンドルを握る彼女の手首に見蕩れていた。等間隔に設置された街灯のストロボが射し込むたびに、彼女の傷だらけの手首が夜の底から浮上する。また新しい傷跡に瘡蓋がひとつ。「これね」紫煙を吐きながら彼女が口を開いた。 「この新しいやつね、縫えないんだって」 「縫えないんですか」 「縫う時って皮膚を引っ張るんだけど、ここ縫うとこっちの傷が開いちゃうんだって」 「難儀ですね」 「自然治癒を待つしかないってさ」 しぜーんちゆー、と彼女は節をつけて唄った。古い傷の近くに新しい傷を作り、新しい傷のせいで古い傷が開く。というのは彼女の人生そのものだった。 「どうしようもないね」 彼女は言った。どうでもいいよと声色に滲ませて。 「どうしようもないですね」 僕は言った。どうすればいいだろうとずっと考えていた。どうすればいいだろう。止めさせる方策を探しているのではなく、彼女が剃刀を手にする原因を作りたかった。 僕は十六歳で、彼女は二十三歳。 恐怖の大王が来なかったせいで迎えてしまった、退屈な二十一世紀の最初の年。 僕たちは恋人でも友人でもなく、お互いの下着さえ見たことはなく、それどころかお互いに名前も知らなかった。 けれど僕の掌には彼女の前歯が作った吐きダコがあって、彼女の比較的無事な左腕には、僕の歯形がいくつもあった。 「着いたよ」と彼女に���されるまま外を見上げると、月明かりがジェットコースターのレールに青白い輪郭を与えていて、その象徴的な光景が今の僕たちにとてもよく似合っているように思えた。 閉園後のテーマパークは来るべき朝のために、夜の静謐に身を横たえていた。一切の物音も発さずに、常夜灯さえ落とし、ただそこに物質として存在するだけのその様は、眠っているというよりも。 「死んでるみたいですね」 言い終わるか終わらないかのうちに、運転席の彼女はこれ見よがしに大きな溜息をついてから、酷く平坦な声で「才能ないね」と呟いた。確かに、と僕は思った。 「どうしようもないですね」 僕は言った。歯の付け根が痒くなる感覚がした。
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