#モダンガールの恋
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モダンガールの恋-堀内敬三とわたし 堀内文子 草思社 カバー画=竹久夢二、カバー写真=浦野俊之
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Belle Epoque大阪公演アリカさん衣装うろ覚えスケッチ
2着目は以前開催の勇侠園遊会其ノ三マチネ(昼)公演の衣装のアレンジで1着目はアルバムアート風衣装で3着目はJuliettの双子座ドレスでした
ちなみにセットリストは下記の通りとなります
1.恋せよ乙女 ~Love story of ZIPANG~
2.Café d'ALIで逢いましょう
3.アタシ狂乱ノ時代ヲ歌ウ
4.快楽のススメ
5.恋闇路
6.雪華懺悔心中
7.Lolicate
8.ドリアンヌ嬢の肖像
9.Art de Vivre
10.緋ノ月
11.転生離宮へ
12.君影草
13.大正撫子モダンガール
14.鹿鳴館ブギウキ
15.昭和恋々幻燈館
16.平成日本残酷物語
17.令和燦々賛歌
18.日出づる万國博覧会
19.森の祭典
20.共月亭で逢いましょう
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宿業、或いは鬼灯の姫ごと/08/2011
ねっとりとした濃い闇に、まとわり付く��うな熱。 息をするたびに肺に湿った熱い空気が送り込まれる、それ��血霧のむわりとした生臭いものも一緒に。
その獣は錯乱していた。 何度も、何度も執拗に女の性器を抉る。
そうする度に自分自身が死んでいくような気がした。
けれど、それでいいのかもしれない。 最初は確かに、自分を投影した小さな命が消えるのが恐ろしかった。 まるで自分自身を殺されてしまうかと思い、口論となった。
しかし、よくよく考えてもみればこの世は地獄だ。 それならば、この世にまみえる前に極楽へと送り返すことこそが、まことの救いではないかと思いなおしたのだ。
ぐぷぐぷと血の泡が女の身体の刺し創の隙間から湧く。 いつもは高飛車で生意気で尊大な言葉を吐き捨てるその口はごぷりと血の固まりを吐き出し、死んでもなお身体はびくりと痙攣する。
ようやく物言わぬ人形となった身体。 執拗に自分を殴り、蹴り、嘲っては罵倒してきた女。 栄養失調やら発育不足で小柄だった自分を、女のようだと嘲笑して古くなった女物の着物を下げ渡しそれを着て道端に立てと命令した。
血の失せた白い肌は青く、真っ黒な髪が振り乱れ白と黒の、そして血の赤の対比が映える。 そうしてようやく、急に愛おしく思えてきた。 心のつかえがすうと溶け出し、流れていくような感覚に、獣は自分の中にもこのように美しく清い心があったのかと思う。
からんと包丁を落として、手に腕にねとりと纏いつく血を女の着物で拭う。 そして、紙風船のような真っ赤な鬼灯を落とすと、ふうわりと地に落ちた。
「お前に……会いたかったわ……」 「俺は……」
女の言葉に男はうつむいた。 逃げようと後ずさりする男を女は抱きしめてとらえてしまう。
「私は――お前のことを愛してるわ! お前のために、お前のために私は――」 「お嬢……様……」
お嬢様、と呼ばれた女は年の頃はまだ二十も越えていないほどの幼顔で、それでもその瞳に宿る力強い光はお嬢様という呼び名とは不釣合いに思えた。 女は耳かくしのモダンな髪に、洋装。
「その呼び方はやめてちょうだい。私はもうただの女よ。 私はお前のために家名を捨て、お前を探し出すために――探偵になった」
女はそう言うとにこりと男に微笑みかける。
���お前は邸の下男だった、私はずうっとお前のことが好きで好きでたまらなくて、 私がお前にそれを伝えるとお前は私の前��ら消えてしまった」 「俺はただの下男です――」 「私だって、もうただの女だわ……」 「お嬢様……俺は――俺は――」
そう言うと男はこらえ切れずに女の細い身体を抱きしめた。 女はその苦しさよりも、嬉しさと愛おしさで息が詰まる。 ああ、ようやく――。 そっと、ふたりの影が重なり合い――そして……。
「何だコレは!!!!!!!」
斯波は文芸雑誌を引き千切った。 力いっぱいに引き裂き、びりびびびっびびと破り捨てて机の上に投げつける。
「旦那様、どうかされましたか?」
山崎の声に、一瞬だけ落ち着いて「なんでもない」と答える。 ぜえぜえと肩で息をして、呼吸を整えるが、斯波の腹立ちは抑えきれなかった。
百合子が編集者として携わった初めての原稿が文芸雑誌に載ると聞きつけて、急いでその文芸雑誌を買ったのだが――。 読んでみるとその内容はあまりにも、不適切で不埒で不純で事実に則りつつも事実から反していた。 まず、女探偵を生業にしている主人公があまりにも百合子に似ている。 そして、なぜか下男に恋焦がれているという。 そこが気に入らないのだが、もっと酷いのは女探偵を口説き落とそうとする成金の男だ。 金や贈り物であの手この手で女探偵を陥落させようとしている、という設定なのだが、その描写はあまりにも斯波自身を想起させた。 しかも、どちらかというと女探偵と下男の引き立て役のような立場で、今後は基本的に報われることはなさそうだ。
いらいらと書斎を歩きまわる、破り捨てた雑誌がちらちらと目の端にうつる。 はあと斯波は腰に手を当ててため息をつく、がしがしと頭をかくとがっくりと項垂れて床に散らばった雑誌の破片を拾った。
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さくさくさくさく、と軽い音が応接間に響く。 風月堂のパピヨットを差し入れに、百合子は作家の屋敷に訪れていた。 パピヨットとは貴婦人の巻き毛に使うピンをイメージして作られた西洋菓子で、 麦の粉を挽いたものと砂糖をミルクで溶いて焼き上げたものだ。 くるくると丸められて葉巻のようになったそれはたしかにピンカールにそっくりだった。
作家の婦人が丁寧に冷やした緑茶を淹れてくれる。 百合子はそれに手をつけず、作家から手渡された原稿をじっと読みふけっていた。 ぱらぱらと菓子の粉を落としながら作家はパピヨットを齧っては緑茶をごくりと飲んだ。
ようやく原稿を読み終えて一息つくと、とんとんと原稿を机の上で整えた。 さて、と百合子が口を��く。
「あのう、もしかしなくてもこの主人公って――」 「ああ、あくまでモデルですよ。ほとんどは僕のつくり話だから気になさらずに」 「はあ……」
それにしてはあまりにも現状と一致しているような……。 月刊誌で連載しているその作品は、いまや文芸誌を代表する名作となっていた。 男が主人公の作品と違って、女のそれもモダンガールと呼ばれる女性が働き謎を解きながら恋愛するという話が女性たちの間で持て囃されているそうだ。 もちろん、王道の身分違いの恋愛というのもその人気の一端をになっている。 ぱらぱらと原稿をめくりながら、作家に問いかける。
「やはり、最後はこのまま二人は結ばれるのですね」 「うん、その方が面白いだろう?」 「そうですね、おそらく、読者の方はそういう結末を望んでいると思います」 「娯楽作品ですからね」
飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことで、文芸誌内でも人物相関やら特集やら組まれ、 未定だが有名役者を使っての活動写真にもなるという噂だ。 噂は人の口づてに広まり、いつの間にやら文芸誌の売上は過去の数倍以上を記録していた。
このことに、編集部内もてんやわんやで百合子の労をねぎらう言葉をかける者がいる一方で、女の色香で原稿を手に入れただの、色仕掛けで専属契約をもぎ取っただのと陰口を叩く者もいた。 百合子はそう影で言われれば言われるほどに、更に決意を固めて男に交じって必死に働いた。 たしかに、有名作家の原稿を預かったのは本当に奇跡のような偶然からだった。 けれど、その一縷の望みのような一つの作品をここまでの話題作に仕掛けたのは他でもない作家と百合子だった。 世相を鑑みて、情報、流行を知り、革新的に、それでも展開は王道で保守的なものをという作品作りが功を奏したのは言うまでもない。
「そうそう、先生。文藝賞にもいくつか候補に登っていて記念の式典などが催されるようですけど」 「会食かあ、面倒だな」 「まあ、そう仰らずに。奥様とお二人で楽しんできてはいかがですか?」 「うん、そうだね。お前、行きたいかい?」 「私ですか……そうですわね……でもあなたお酒の癖が悪いから」 「飲まなければ平気だよ」 「それならば――行きますわ」
婦人は頬に手をあててにっこりと笑った。 百合子は婦人の淹れた美味しい茶を飲み、原稿をまとめて帰社した。
編集部の隅の机は何度片付けても山積みに書類や原稿の下書きが積もる。 どこから回されたのか、装丁の草案やら何に使うのか分からない写真まで百合子の机に乗っていた。 おまけに、帰ってくれば誰かが尊大な風に「おい、お茶!!」と怒鳴るのだからとても仕事どころではない。 百合子は急いで帽子と手袋をとり、鞄につっこむと袖をまくりながら給湯室へ向かう。 それぞれの柄の違う湯のみに、これはぬるめ、これは濃いめと、編集者たちのうるさい好みを思い出しつつ淹れていく。 茶渋がこびりついた湯のみは何度茶殻でこすってみても落ちない。 諦めて一等濃いめのお茶を注げば分かるまい、とその湯のみだけはたっぷりとお茶を出してみる。 器用にお盆に何個もの湯のみを乗せて、曲芸軽業師のごとく、それぞれの机に配り歩く。 一方、空いた盆には重い陶器の灰皿が積み重なる。
誰も灰皿の吸殻を掃除しようとしなかったため、過去に一度小火が起きかけた。 編集者の命よりも大切な原稿を燃やすわけにはいかない、いつのまにか百合子が男たちの灰皿の吸殻を捨てたり洗ったりする役割になっていた。
それらを片付けてようやく、作家の下書き原稿を書き写す作業に入った。 連載の具合にもよるが、一日何百枚と書きなおさなければならず、また悪筆のため読み取れないものはト書きをし、後日作家に尋ねなければならない。 あたりがまっくらになると、ようやく手元の電灯をつけて必死に書き連ねる。 ふと周りを見れば、大抵編集者はすでに退社しているか、仮眠室とも呼べない応接間の革張りのソファで眠っていた。
百合子が担当する作家が、百合子をモデルにしたと言った小説。 それを、綺麗に書き写していると、まるで現実と幻想の狭間に落ちて行くようだった。 万年筆が主人公を追うたびに、百合子の人生が開かれているような気すらした。
じじじ、とわずかに電灯の煌きが音をたてて揺れる。
目がしぱしぱと乾き、百合子はいつしか息をするのも忘れて必死に原稿を書き取っていることに気がついた。 ふと顔をあげれば、とっぷりと日が暮れて夜半を過ぎている。 区切りをつけると、原稿をタイピストである女性へ手渡す。 このころ、モダンガールという女性が流行ったが、その職業の多くは事務員かタイピストであった。 この出版社には女性が三人おり、一人は編集者の百合子。そして二人は女性タイピストだった。
「お疲れ様、今日はおわり?」 「ええ、あなたは?」 「まだまだ、今日中にあれだけ打たなくちゃ……」
そう言う視線の先には山ほどの原稿があった。 百合子はタイプライターの経験がなく、手伝いましょうかとも言えずにただ気の毒そうな顔をした。
「私もタイプライター習おうかしら……」 「これはこれで気楽でいいわよ、原稿を打つだけだもの。 それよりも、あなたの編集部は大変でしょう?」 「まあね……」 「まあ、どこだって大変よ。 さ、私もさっさと終わらせて帰らなくちゃ」 「��え、邪魔して悪いわね」 「ううん、お疲れ様」 「お先に」
そう言うと、くるくると鞄を回しながら会社の出口の階段を駆け下りた。 重い硝子の扉を押し開けて、外に出るとねっとりと蒸し暑い夜の外気が腕を撫でる。 ぎらぎらとした太陽はすでに沈んでいるが、残った熱気がまだ地面に篭っているようだった。
「うーん……」
百合子はいっぱいに背伸びをして身体をほぐした。 ぽきぽきと小気味よい音がして肩が軽くなる。 柔らかな橙色の街灯に、はたはたと蛾やら虻が引き寄せられていた。 突然、ぱっぱと黄色い光にてらされる、パッと高いクラクション音が鳴り、百合子がそちらを見ると……。
「斯波さんね」 「随分と遅い退社だなお姫さん。ほら、送ってやるよ」 「もう、変な噂を立てられたらどうするのよ……」 「そんな噂たてられたら、認めてしまえばいいじゃないか。 なにせ俺はお姫さんの未来の旦那なんだからな」 「はいはい」 「……お姫さん……随分と男のあしらいがうまくなったもんだなあ……」 「ふん、その感慨深く言うのやめてちょうだい」 「お姫さん言葉も薄れているな、それはそれで可愛らしいが…… まあ、やはり残念といえば残念ではあるな」
ぶつぶつと独り言のように喋る。 相変わらずの斯波に百合子は少しだけ笑った。 それを見て気をよくしたのか、斯波は百合子に自動車の扉を開けて百合子を促した。 どうせ今から帰るなら歩いて帰るしか無い、百合子は素直に斯波の自動車に乗り込む。
「本当に斯波さんは相変わらずね。 ねえどうしてそんなに私に求婚するのか理由を教えてくださいよ」 「それは――駄目だ」 「どうして?」 「どうしって――それは……。 そう、お姫さんの小説のネタにされかねないからな」 「あら?読んでいるの?」 「勿論、しかしなんですかねアレは――。 まったく、女子供の読む娯楽作品だな」 「それがいいのよ」 「ふうん、そういうものか。 まあ、とにかく――あんな夢物語はくだらないな。 現実味というものがまるでない、下男と令嬢の恋愛など――」 「……そうよね」
思いもかけず百合子が斯波に同意したのを聞いて、 斯波ははっと口を閉じた。
「――お姫さん、あの小説は――」
斯波の言葉に百合子は首を振る。 少しばかり百合子の境遇と似ているが、ただそれだけだ。
「主人公は私をモデルにしたと言っていたわ、 内容は――作家の先生が考えたものよ」 「ならば、どうしてそんな顔をする? あなたは本当に、誰かを探すために――その初恋の男を探すために探偵になったのか?」 「……」 「百合子さん、答えろ。 俺には聞く権利があるだろう?俺はあなたの助手なんだから!」 「言えない……分からない……だって彼は――」
百合子の初恋の相手で、本当の兄で……そして親を殺した憎むべき男。 小説のようにただの下男だったなら、どれほど簡単だっただろう。 そして、小説と同じようにずっと好きだったと忘れられ��にお前を追ってきたと言えたなら……。
「私は、ただ……幸せにしてあげたいと思ったの……。 だけど、私がいるときっと幸せになれない」
自分の存在が、真島を追い詰める。 それでも真島に一目会いたい、そして真島を幸せにしたいと思うのは――百合子の我儘なのだろう。 真島の幸せを願っているくせに、本当は百合子自身の幸せのためにそうしているのだ。 その事を考えると、どうしていいか分からず立ち止まって泣いてしまいそうだった。 走るのを止めて、追いかけるのを止めてしまえば、一度その足を止めてしまえばもう二度と前に進めなくなってしまうのではないかと不安になる。
「――諦めてしまえばいいじゃないか。 どうせ、人生なんて諦めるか諦めないかの二択しかないんだ」 「斯波さ――」
突然斯波が百合子を抱きしめた。 最初の頃の強引さが息を吹き返したように、燃え盛る炎に煽られるように。 百合子は手で斯波を押し返してみるがびくとも動かない、 根限りの力で斯波の腕を振りほどこうともがく。
「放して!!は、放しなさい!!!」
いつも斯波は助手だ助手だと言って、百合子を立てていた。 その関係が心地良く、また楽しかったので百合子はずっと斯波が助手であると思っていた。 しかし、今の斯波は百合子の助手ではなく、ただの男だった。 それも、強引で傲慢で――全てを自分の物にしたいと思っているあの頃の斯波のようだ。 あの頃は嫌だとしか思わなかったけれど、今はどうしてか心臓がどくどくと脈打つ。 それは不快なことなのに、どうしてか百合子はむずがゆいような快感を覚える。 昔より、少しだけ斯波の事を理解して知っているからかもしれない。
華族令嬢でもない自分を求婚し続けて、でもその理由を話してはくれない。
何かあればいつも百合子より一歩前に出て矢面に立つ。 百合子のために自動車を出し、奔走したり、扉を蹴破ったりする。
「あなたと一緒に居ることが出来れば、俺はそれだけで幸せだと思った」
斯波の言葉に百合子はどきりとした。 まるで、鏡に写した百合子のようだ。
(私たちいつも一方通行ね……)
そうか、斯波と百合子はどことはなしに似ているのだ。 意地っ張りなところとか、頑固なところとか、好きな人を思うあまりに考えなしで行動してしまう所とか――。 だから、百合子はどうすればいいのか――どうすれば自分ならばすんなりと受け入れるのかを考えて答えた。 怯える心を奮い立たせて、ぐっと斯波の目を見据える。 猛禽類を思わせる鋭い目、それを怯むことなく見つめているとふわりと斯波の腕がゆるんだ。 斯波は強引そうに見せかけて、その実どこか愚直な所があるのだ。
「斯波さん、諦める人生と諦めない人生なら――私は諦めないわ。絶対に諦めない。 何がなんでも真島に会ってやるわ」 「会ってどうする?」 「会って――会って……。 そ、それは会ってから考えるの! 斯波さん、私に利用されるのが嫌なら助手など辞めてしまうことね」 「……辞めるわけないだろう。俺だって、絶対にあなたを諦めんぞ。 ふ、まあ小説のように上手いこと行くわけないですからね。 ��いぜい盛大に振られて、傷心したあなたを俺は狙わせていただく。 ……それにしても……真島――あの園丁か」 「どうかしたの?」 「いや――ところで、何か手がかりはあるのか?」
ふるふると百合子は首を振った。 真島の過去の事はほとんど調べた――けれど、今現在真島が何をしているのかは全く手がかりがない。 百合子なりに調べてはいるものの、これといった有力な情報もなかった。 新聞の広告欄に探し人で記事を打ってみたが何も連絡はなかった。 真島は写真を撮るのを嫌っていたのか、邸を片付けるときに色々と探してみたが何も残されていなかった。 本当に、百合子の前から消えるために彼はいなくなったのだと実感した。
「で、その園丁とあなたとどういう関係なんだ?」 「どう――って……」 「普通の令嬢と下男なのか? 身分違いの恋なら、ここまで苦労はせんだろう?うん?」 「随分と鋭いこと」 「はは、なあに。あなたといたら自然とこうなる」
百合子は少しだけ迷い、実の兄妹であることをのぞき斯波にかいつまんで説明した。 つまり、真島が百合子の父を憎んでいて父を殺したことを。
「何だ、じゃあつまりあなたの敵じゃないか。 ん、待てよ。あの夜会のならず者たちも仕込まれていたとしたら結構な金と人脈を持っていそうだな。 まあ、それにしても、そんな男を好きになるだなんてあなたもよくよく酔狂だな。 父上も草葉の陰で泣いているだろうに」 「それだから私だって迷ったり悩んだりしているんじゃないの。 それよりも、私も言ったのだからそろそろあなたも教えてくれてもいいんじゃないの?」 「――何をだ?」
分かっているくせに空っとぼけた口調で目を逸らした。
「だから、どうして斯波さんは私を好きなのかを、よ」
その言葉に斯波はにやりと笑って言った。
「推理してみればいいだろう?探偵殿」 「……もう思い出していると――言ったら?」
はっとしたような顔をして斯波が百合子を見つめる、百合子は黒目がちの瞳をまっすぐ斯波に向けた。 斯波は一瞬のうちにぐるぐると様々な思いが頭をめぐるのを感じた。 何か、何か言葉を発しようとするが舌が動かない。 一瞬、記憶の中の小さな百合子が今の百合子と重なる。 あの頃の百合子と今の百合子は全然違う。 見た目もそうだが、性格も随分と変わってしまった――その真っ直ぐな瞳をのぞいて。
「お姫……さん。思い出した……のか?覚えて――いたの、か?」 「ふうん、やっぱり昔どこかで会ったのね」 「な……!引っ掛けたな!」 「助手がこんな手に引っ掛かるなんて情けないわ。 それにしても、どこで会ったのかしら?」 「こいつめ……!もう、知らん!」
斯波は不貞腐れたように顎に手をやり、顔を背けた。
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百合子は斯波の自動車から降りる、最後に斯波はちらりとこちらをみた。
「斯波さん、ありがとう。おやすみなさい」 「ああ」
運転手が扉を閉める。 百合子は赤いテイルランプが見えなくなるまで自動車を見送った。 ふう、と息をついてみると全身から苦く甘いオーデコロン��香りがした。 それを嗅ぐとなんだか全身の力が抜け、急にどっと疲れが押し寄せた。 気丈に振る舞い、対等であるかのように気を張っても――斯波が本気になれば自分など赤子の手をひねるようなものなのだろう。 力強く抱かれた腕を思いだす。
(嫌なのに――嫌ではなかった……)
それは戸惑いだった。嫌悪ではなく、困惑だ。 きっと心が弱くなってしまっているのだ、だから――。と百合子は自分に言い訳してみせた。 それが白々しく空々しい事は百合子本人が一番分かっていた。
真っ暗な家の引き戸の鍵を開ける。 鏡子婦人の借家に移ってから、ほとんど瑞人は家に寄り付かなくなってしまった。 きっと、百合子の仕事が軌道にのったこともあるのだろう。
「ただいま帰りました……」
しいんとした家にそう呟いてみる。 けれど、誰もそれに答える者はいない。 部屋の明かりをつけて、両親の仏壇に線香を供える。 じじと赤くなった火元をぼんやりと見つめた。
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「酷いね、事件なのよ――」
鏡子婦人は開口一番百合子にそう告げた。 その重たい口調に、百合子は思わず身を正す。
「花街でね、女郎が殺されているの。 もう三人も。暴行されて、刺されて――」
血なまぐさい事件の概要にくらりと目眩すらする。 詳しく内容を伺っていると、凄惨な光景が思い浮かんだ。
「でも、そんな記事はどこの新聞にも――」 「そうなの、だって死んだのは娼婦ですもの。 誰も気にも止めやしない人間よ。 ふらりと消えてしまっても、誰も気がつかないような――」
そもそも女郎などが消えることはよくあること――だった。 逃げ出したのかもしれないし、病気で仕事が出来なくなりどこかに捨て置かれたのかもしれない。 何か厄介に巻き込まれてそのまま行方知れずになる者も多い。
「それでね、私の知り合いの方が警察では上辺の捜査しかしないからと――あなたを紹介したいのよ」 「分かりました、このご依頼お受けします」 「お姫さん、狙われているのは女郎だけど――あなたもくれぐれもお気をつけてね」
鏡子婦人が不安そうにそう添えた。
夜に真っ赤な提灯がはえる華やかな花街、そしてその爛れた暗い裏路地。 柔らかな女の肉を求めて、瞳を光らせている獣――。 そんなモノがうろついているのかと思うと、さすがの百合子も肝を冷やした。 その様子をどう受け取ったのか、斯波はひょいと身を屈めて百合子の顔を覗き込む。
「どうした?お姫さん。 ――ああ、そうか。こういう所は初めてか?」 「ええ、初めてだけど――」
ぎらぎらと照りつける太陽に吹き出る汗、道の日陰を選んで歩くが肌が焼けるように暑い。 浅草から日本堤を歩くと見返り柳が風に揺れていた。 一度大門をくぐるとそこはまるで別世界だった。 ちらりと門の脇をみると番所の人間が不審そうに百合子たちを目で追う���
門を過ぎると深い緑色をした川堀べりに、引手茶屋がずらりと並んでいた。 格子越しに、まるでこちらを品定めするかのように遊女が眼差しを寄越す。 道行く人の多くは男性で洋装も和装も入り乱れる、時折色とりどりの着物を着た年少の半玉か舞妓たちが振袖を揺らしながら歩き去る。三味線を抱えている集団は稽古帰りだろうか。
偉丈夫で上背のある斯波は目立つらしく、意味ありげな流し目が時折よこされたりしていた。 一方、洋装で短髪の百合子も悪目立ちし、じろりと不躾な視線を感じる。
「こういう所は、なかなか身内の事は語らないぞ。 信用と客商売だからな、変な噂がたつことを恐れるきらいがある」 「それも、こんな格好をした女探偵だったら尚更よね……」 「確かに、あなたは目立ちすぎるな……」 「あなただって」
鏡子婦人の紹介である、依頼人の大見世につく。 正面の玄関をくぐると、見世番が大見世の女主人である遣手の部屋へ案内した。 百合子を一目見て、女主人は一瞬眉をひそめる。
「あんたが鏡子さんの言っていた探偵さんかい?」 「はい、野宮百合子と申します」 「ふうん。そう、まあ実績はあるようだし、なにせこんな事件だからね。 うちの若いのにも色々調べさせてはいるが――」
じっくりと検分するように百合子を眺め、すっと斯波に視線を移す。 おや、と言う風に眉毛があがった。
「あらまあ、あらまあ、ここ最近ご無沙汰だと思ったら!」 「はは、相変わらず駆け引きが上手いな」 「嫌だね、駆け引きだなんて。ご無沙汰なのは事実じゃないですか斯波さん」
途端に年齢の割りにおきゃんな態度に変貌する。
「仕事が忙しいんだ」 「へえ、これも仕事の内……ですか?」 「そうだ」 「そう。時折噂だけは耳にしていましたよ。 新しい工場を稼働させたとか、あの有名な銀行の電灯を全て引いたとか」 「俺は金を出しただけだ、あとは部下に任せてる」 「で?――道楽で探偵ごっこを?」
斯波の話を聞きながら、女主人は煙管に火をちょんと乗せて深く吸って煙を吐く。
「道楽かどうかは、この先生の力を試してみてからにしてもらいたいな」
再び百合子に視線が注がれた。 先程の無遠慮な商品を値踏みするような目ではなく好奇心が勝った瞳だ。
「ふうん、斯波さんを顎で使う女がいるとはねえ。 おまけに、鏡子さんのお墨付きとくれば――話してみる価値はありそうだ」
かん、と煙管の灰を落とし、 女主人はゆっくりと、概要を語り始めた。
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こういう事件はね、見世同士の争いもあるから周知されるのが遅かったりするんだ。 置屋で商品である遊女が殺されたとあっては見世の信用に関わるからね。 こっそりと若い衆を使って犯人を探してみても、結局は分からずじまい。 そもそも、小見世や中見世なんかはもうそのまま死体を片付けて、はい終わり。っていうのが多いのさ。 犯人を探し出して裁こうとか、遊女の無念を晴らそうなんて事を考えている人間はこれっぽちもいない。
だって、儲からないじゃないか。 死んだのはただの遊女、それこそどこそこの太夫だとか有名な花魁だとかになると話も違ってくるが――。 殺された多くの女は、格下の性技で金を稼ぐ女郎なんだから。 そう、代わりはねいくらだっているんだよ。
ただ、もうすぐ八月の朔日だろう。 花街の芸者衆がたくさんのお囃子を引き連れて通りを練り歩く祭礼だ。 それこそ、うちの大見世の楼主が取り仕切っている恒例の行事だよ。 だというのに、どこそこの女郎が死んだの殺されたのと言った噂がちらほらと囁かれるようになってご覧。 誰の面子が潰れるって、それはうちの楼主だろう。
警察なんかは頼りにもならないし、それこそ黒い制服が集団で花街を踏み荒らすも我慢ならない。 鏡子さんはこういう類の事なら東京一だし、と思って相談したのさ。
ああ、最初に殺された女郎? そうさね。私も詳しくは分からないが中見世のそこそこ有名な女郎だったそうだよ。 仕事の最中なら犯人はその相手だとすぐに分かるのだけど、なにせ人通りのない裏路地で殺されたそうだから――ならず者の仕業だろうって。 人気はあったけど、置屋ではあまりよく思われてなかったのかね。 ろくに死体の検分もせずに、すぐに寺に埋葬されたそうだ。
――まあ、そうは言っても全て人づてに聞いた話しさ。 奇妙なのはその後さ、ひと月と置かずにまたひとり、またひとりと女郎が殺されている。 そうなると、その殺人鬼の噂が人の口の登るのはあっという間だったね。
どの見世も不寝番っていう見回りを増やしたし、遊女たちも必ず見世番をつけるようになった。 それなのに、次々と遊女が殺されていく。 それも悪心しそうなことに、女郎は何度も何度も刃物で刺されて――それも女陰をだよ。 二目と見られない惨状だと言うじゃあないか。
きっと、女郎たちを殺したのは鬼さね。 それでなくとも、人間などではありはしないだろう。 人間の出来るような所業ではないよ、鬼か獣か――そんなものだろう。
とにかく、私たちとしても朔日の祭礼に合わせるためにもこんな気味の悪い事件などさっさと解決してもらいたいって事さ。 あんたのようなお姫さんに何が出来るかは分からないが、鏡子さんを信用してひとつあんたに掛けてみるよ。
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百合子はまず最初の事件が起こったと言う見世に行ってみた。 しかし、見世の妓夫は百合子の顔を見たとたんに、鼻先で玄関の引き戸を閉めた。 仕方ない、と他の見世にも回ってみるがどこも同じような反応だった。
「……仕方ないのかしら?」 「いや、おかしいな。いくらよそ者とはいえ――何も聞かずに……など。 何か俺たちの悪い噂でも回っているかな」
斯波はそう言うと、見世の妓夫に何やら話しかける。 何度も妓夫は首を横に振るが、斯波が心得たように色々と話し続ける内に事の次第が見え始めた。
���どうやら、お姫さんが原因のようだ」 「私が?なぜ?」 「――それは本人に聞いたほうがいいかもしれんな」 「本人?」 「向こうの茶屋にいるそうだ――行ってみよう」
斯波に連れられて、角の茶屋へ向かう。 茶屋の妓夫を斯波は手慣れたように言いくるめて二階へと階段を登る。 昼下がりの静かな置屋の一角で障子が閉められた部屋だけが、しゃんしゃんと三味線が鳴り騒がしい。 斯波は遠慮無くその障子を開けると、その部屋の主を見て笑いながら言った。
「ほう、昼間から芸者遊びとは――なかなかお楽しみのようですね。殿様」 「なんだ、遅かったね。――こっちはもう酔いつぶれてしまったじゃないか」
足を崩し、ゆったりと腕を芸妓に預けているのは瑞人だった。 片手には日本酒の銚子をもち、清廉な水のようにそれをあおる。
「お兄様?」 「ほらね、やはり来ただろう?あれが僕の妹だよ」
くすくすと横にいた芸妓に告げる。
「どうして、僕の嫌な予感はあたってしまうんだろうね。 花街でこの事件のことを聞いたとき、どうしてかお前が関わってしまうだろうと思ったのだよ」 「だから、見世に忠告したのか。 洋装で短髪の女に何も話すな、と」 「妓夫の口を割らせたことは素直にすごいな、斯波君も随分と花街に詳しいみたいだ」 「……ふ、否定はしませんよ」 「それで、君は何をやっているのかな。 こんなところに百合子を連れてくるなんて危険だと思わないの?」 「殿様が殿様なりにお姫さんを守ったように、俺は俺なりにお姫さんを守るつもりだ」 「……百合子、こんな事件に関わっちゃいけないよ。 今度ばかりは僕が許さない。――お前はここに居てはいけない」 「どうして?私の依頼だわ、受けるか反るかは私が決めるわ! お兄様は勝手よ!勝手がすぎるわ!!」 「そう、じゃあ好きにおしよ。お前も僕もこうと決めたら頑として揺るがない。 僕は全ての見世に、洋装で短髪の女は雑誌の編集者だから気をつけろ、と助言する」 「どうぞご自由に、私は絶対に諦めませんから!」
百合子が鼻息荒くそう言うと、乱暴に障子を閉める。 どすどすと音を立てて廊下を歩き、斯波を引き連れて依頼人の大見世に戻り事情を話す。 そして、鞄の中からいくらかの金子をとりだし、女主人に手渡す。
「これで、私に着物とかもじを貸してくださいませ」
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「流星先生!文藝賞の受賞おめでとうございます!」
作家はぱしぱしとストロボがたかれるカメラに囲まれながら、ワインを片手に頭をがしがしとかいていた。 普段はさっぱり身なりを気にしない男だが、今回ばかりは立派な羽織り袴を仕立てていた。 ぼさぼさの髪の毛も品よくまとめ、無精髭も綺麗に剃っている。
「今回、他の賞も二つ受賞した前代未聞の作品とのことですが――受賞の理由を何とお考えですか?」 「やはりね、リアルさだと思うなあ」 「リアル、というとモダンガールを題材にした――というところでしょうか。 しかし現実に考えて、令嬢で女性��探偵――という筋書きはやはり創作の枠を出ないのでは?」 「はっはっは、事実は小説より奇なり、という言葉があるようにね。 ほら、この主人公の女探偵も数奇な人生を歩んだ女性が手本になっているんですよ」 「は?……で、では――この主人公にモデルがいると?」 「そう、野宮百合子君といってね、僕の編集者なんだよ」
その言葉に新聞記者たちは一斉に作家の言葉を、紙に書き連ねる。 そしてその中の記者の一人が、驚いたような声で作家に問う。
「野宮――というと、数年前に暴漢に殺された――あの野宮子爵ですか?」 「そうそう、ああ、そうか当時記事にもなったよねえ――あのお嬢さんの……」 「あなた?ちょっとお酒が入りすぎているのではありません? 皆様申し訳ございませんが、夫は少し酔っていたようですの――失礼いたしますわね」
作家の男の言葉を遮ったのは婦人だった。 よろよろとした作家の足元、身体を支えながら記者たちから離れる。 壁際に用意されていた椅子に座らせて、眦を釣り上げて怒鳴った。
「あなた!!絶対に飲まないと仰ったじゃない!」 「うん、大丈夫。飲んでないよ。うん、飲んでない」 「おまけに、記者の前であんな事を言うなんて……!」 「あっ!!!」 「もう今更、なかったことに――なんて出来ませんよ?! ああ、もう夕刊の一面は決定だわ。受賞のことと百合子さんのこと――」 「そうだ、あの成金と主人公が好き合うという展開はどうだろう!!!」 「あなた!!!!いい加減にしてください!!!!!」 「そうだよなあ、やはりその展開はないか――」
ぼんやりと赤い顔をしてつぶやく作家を見て婦人は深くため息をついた。
(百合子さん……ごめんなさいね……)
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「おっ、これはどうして、いや、なかなか! なんとも初々しい出で立ちじゃないか。 ああ、これなら花街にもよく溶け込むな」 「そうかしら?――おかしくはない?」 「何を言う、おかしいものか。 考えてみれば、なんだかあなたの着物姿は久しぶりだな。 おっと、そうだ。変な輩に絡まれないように俺があなたの旦那になってやるからな」
島田髷に結ったかもじに、斯波が花飾りのかんざしをつける。 白塗りした肌は項まで白く赤い紅をさし、頬紅をはたくと鏡に写る百合子はまるで花街の通りを歩く芸妓のようだった。
「もう、おべんちゃらはいいから早く行きましょう」
つんとそっぽを向いて足を踏み出すが、履き慣れないぽっくり下駄でよろめいてしまう。 耳元でさらさらとかんざしが揺れ、音を立てる。 斯波はさっと百合子の脇に腕を入れて、すんでのところで抱きとめた。
「っと、危ないな。 はは、転んでしまっては新人芸妓だと笑われるぞ」 「だって、これ……すごく歩きにくいもの」
ころころと軽い音がするぽっくり下駄は独特のかたちをしており、 高い下駄はつま先が厚く踵が浮いている。 そのため歩こうとするとついつま先と鼻緒に力が入ってしまい、前のめりにつっかかるような心持ちがする。
「どうした、ほら、旦那様の腕につかまって歩��ばいいだろう?」 「斯波さん……何だかすごおく楽しそうね」 「ああ、楽しいな。 助手になって初めてだ、こんなに楽しいのは」
そう言うと屈託なく笑うので、思わず百合子もつられて笑ってしまった。 百合子は大人しく斯波の腕につかまり、そろそろと一歩、二歩と歩き始める。 また転びそうになると、ぎゅっと強く斯波の腕を掴んで事なきを得た。
そんな調子で二人はいくつかの見世を回り、情報を仕入れる。 最初は旦那をつれた半玉に不審な顔をしたが、百合子のかんざしが大見世のものだと分かると態度は一変し、更に「八朔の祭礼を前に不審者を洗い出している」と言えばとつとつと口を��いた。 どの見世でも、殺された女郎の評判はまちまちだった。 痴情のもつれか何かかと思っていたがそうではないようだ。 しかし、無差別と決め付けるにはまだ早過ぎる、何か繋がりがあればそこから犯人を割り出すことが出来る。
「特に美人ばかりが狙われているようでもないようだな。 さて、お姫さんどう思う?」 「そうね、狙われたのは花街の明かりが落ちる朝から昼にかけて、 最初の一人をのぞいてほぼ全員が不意打ちで頭を殴られてから人通りの裏道へ引きずり込まれてるわ」 「と、言うことはそれなりに花街の裏道に詳しく、土地勘のある者か」 「それに、以前の令嬢誘拐事件の犯人と違って、女郎たちをそそのかす術はないようね。 女性を巧みにおびきよせるような技術は持っていない、だから不意を打って気絶させている」 「そうだな。それにしても女陰を滅多刺しにしているのは、どういう意味があると思う? 生前にも死後にも強姦したという検分は出ていないそうだが……」 「――分からないけれど、そうせざるを得ない理由があるような気がするわ」
最初の事件があった見世の若い衆に事情を聞き終えて、二人は茶屋で冷たい緑茶を啜る。 軒先の影に水をまいているが、すぐにも蒸発して湯けむりになりそうなほど太陽の日差しがきつかった。 斯波は流れ出る汗をポケットのチーフで拭く、百合子も化粧が落ちているではないかと時折項にまで手をやって確認してみる。
「こんな格好で事件の捜査なんてとても出来ないわね」 「そうだな、まあ、だが、その格好だから聞けることも多いが。 ――それにしても、あなたと殿様との喧嘩は愉快だったな」
百合子は斯波の言葉にむっとして。
「何が愉快よ。まったく、お兄様ときたら!」 「まあまあ、殿様の気持ちは分かるだろ?」 「何よ、あなたまでお兄様の味方するつもり? いつもは仲が悪いくせに、こういう時だけいつも仲が良いのね!」 「おいおい、まあそうむくれなさんな。 ほら、俺の白玉もやろう。 さて、と。この後はどうする?昨日殺されたという女郎の現場が近いから行ってみるか? 何か分かるかもしれん」 「そうね、ええ、そうしましょう」 「おい、お姫さん。紅が落ちてるぞ」 「え?ああ、もう直さなくちゃ」 「どれ、貸してみろ」
百合子が練った紅が詰まった缶を取り出すと、それを取り上げる。 節くれだった無骨な手が器用にそれを開けると小指にそれをつける。
「ほら、唇をこっちに寄せろ」 「なっ、じ、自分でやるわ!」 「鏡もないのにか?」 「うっ――」
百合子の鞄は大見世に置きっぱなしで鏡もその中だった。 今持っている小さな巾着には手ぬぐいと紅の缶と白粉ぐらいしか入っていなかった。 化粧も女主人である大見世の遣手が施してくれたのだが、真っ赤な紅を自分で塗るには百合子は不器用過ぎた。 けれど、男性に紅を塗ってもらうという行為はどことなく恥ずかしく照れくさかった。
「はみ出さないでね」 「大丈夫、大丈夫」 「変にしたら怒りますから」 「ああ、まかせろ。あなたも疑り深いなあ」 「――はあ……」 「役得、役得♪」
斯波は嬉々として、とんとんちょんちょんと小指を百合子の唇にのせる。 百合子は斯波の顔があまりにも近すぎると感じ、すうっと瞳を閉じて身体を固くして終わるのを待った。 何も緊張することなどないのだ、と自分に言い聞かせてみる。 触れられた唇は百合子の意思と反して斯波の指の感触をいちいち柔らかいだの湿っているだのと感じてしまっていた。
花街にぽつぽつと明かりが灯り始めると、昼間はしんと静かだった店々がわいわいと賑わいを見せる。 それでも、二つも道を中に入ると花街の喧騒とは切り離されたように静かだった。 時折、妓夫や見世番がすすと通りをすり抜けるだけの裏の道だ。
つい先日女郎が襲われたというそこは水が撒かれて血を洗い流されていたが、土が血を吸ってどす黒く変色していた。 死体はすでに埋葬されたらしく、末期の水らしいものが質素な湯のみに入れられていた。 斯波は当たりを見まわしてみる。
「特に――変わったものはないな」 「あら?鬼灯が落ちているわ……」
誰かの献花かしら、と百合子がそれを拾う。 真っ赤な風船のような実は誰かに踏まれたらしく、潰れて中身がぐじゃりと潰れていた。
「鬼灯か――」 「どうかして?」 「いや、俺はあまり鬼灯にはいい思い出が無いんだ――まあ、あの頃の思い出といえば何も良いものなんかは無いが……。 それより、どうする?最初の事件があったという見世に行ってみるか?」 「そうね、最初の事件は他のと似ているけど――何だか気になるわ」
そう言ってその場を離れようとしたときに、一人の禿と出会した。 その手にはどこの庭からか摘まれた野花が握られている。
「もしかして、ここで亡くなった方に?」
百合子が問いかけると、禿はこくりと頷いた。 おそらく、その女郎付きの禿だったのだろう。
「お姉さん、すごく優しかったんよ。 他のみんなは意地悪なんじゃけど――でも死んじゃった」 「そう……。 ねえ、お姉さんは誰かに付きまとわれてはいなかったかしら?」
禿は力強く頷く。
「お姉さんを水揚げするいうて言う男の人がおったんじゃけど、 ほんとはそんなお金ないんよ。 でも、お姉さんのこと自分のものにしよ思うてる人おったわ」 「どんな人?名前は分かる?」 「うん、でもなあ。言うたらおえんのよなあ。 そんでな、お姉さんな、その人の赤ちゃん出来てしもうたんよ」 「赤子?」
急に斯波が��を荒らげたので禿はびくりとして、目を逸らした。 百合子はなおも禿の目を見やり、続きの言葉を待つ。
「ん、でも――きっと赤ちゃんも一緒に天国にいきよるよな。 お姉さんの赤ちゃんじゃけん……」
禿がぽろぽろと涙をこぼしながらその場で手を合わせるのを見て、 百合子は胸が詰まった。同じようにしゃがんで手を合わせる。 禿は膝についた土をぱんぱんと落とすと、百合子たちに深くお辞儀をして帰っていった。 どうやら二人を大見世の芸妓とその旦那だと思ったようだった。
「百合子さん、やはりその鬼灯には意味がある」 「これ?――それはどういう……」 「いや、ほかの現場にも落ちていなかったか――確かめに行こう」
そう言うと斯波は入り組んだ裏道を使い、目的の見世を回る。 斯波の言うとおり、確かに現場に鬼灯が落ちていたという見世がいくつか見つかった。
「あったぞ、殺された女郎の共通点が――」 「鬼灯がそうなの?一体どういう意味なの?」 「殺された女郎たちはみな、おそらく妊娠していたと思う。 そして、この鬼灯っていうのは根の部分に毒があるんだ」 「毒?」 「そう、堕胎を促す毒だ。 この鬼灯を落としたのが流産しようとした女郎か、それとも犯人かは分からないが――」 「ねえ、もしも殺された女郎が身ごもっていたのなら――その、赤ちゃんの死体が検分で見つからないというのは――」
そこまで百合子が口にして、斯波は漸く分かったと頷いた。
「女陰を切り裂くのが目的じゃない、胎児を持ち去っているんだ。 目的は分からないが――おそらくそのために女陰を切り裂いているんだ。 それに、そうなると身ごもっている人間を狙っているなら犯人は限られてくる」 「どうして?」 「――芸妓や女郎が妊娠することは”恥”だとされていたんだ。 教えるとすれば身近な人間だろう遣手の女主人か禿、あとは医者ぐらいか――」 「お医者さんなら、殺された女郎たちを診察したかもしれない。 犯人かもしれないし、何か繋がりがあるかもしれない」 「よし、ではさっそく話を聞きに行こう」 「――斯波さん、先程のことといい随分と花街に詳しいのね」 「……ここではないが、俺も花街で育った人間だからな」
思いがけない言葉に百合子は思わず聞き返した。
「え?」 「俺も堕胎しそこねた”芸妓の恥”の固まりのようなものだ」
卑屈な物言いに、百合子はそんな事はないと言いたくなった、 そしてそんなひねくれた言い方は斯波らしくないと、思った。
「芸妓の姉さんたちの使いっ走りをやらされたり、妓夫の真似事のようなこともした」
花街に慣れている様子の説明がすとんと落ち着く。
「結局、俺は妓夫にはなりそこねましたがね」 「いまは貿易会社の社長だわ」 「そうだな。 そういうわけだから、この界隈の闇が俺には色濃く見える。 華やかできらびやかな光、その影は光が強いほど濃い。 この闇にどんな獣が潜んでいても、俺は何も不思議じゃないな」
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「ほう、それで今まで堕胎した女郎の名前を教えて欲しいと――」 「ええ」 「うむ、まあ――正直に言うと明確には覚えてない」 「ではこれまでに殺された女郎にお心当たりは?」 「ある者もいるが――大抵は薬を処方して終わりだからの。 流産は早ければ早いほど良い、医者にかからねばならんほど育っていては殆ど手遅れじゃ」
花街の医者はそう言うと分厚い丸眼鏡をかちゃりと正す。
「では、堕胎の薬をとりにきた使い走りや禿で何か変わったものはいませんでしたか?」 「ああ、そう言えば――妓夫だったがな。 薬をとりにきたのだが、用法と用量を説明していたら急に真っ青になってな。 結局そのまま薬を置いて帰ったんだが――」 「だが?」 「気のせいかもしれんが、それ以降よくここら辺りで見かけるようになったんだ。 まあ、この辺りは裏道で妓夫や見世番なんかはよく使う道ではあるんだが」 「どの見世の妓夫か覚えておられます?」 「ああ、まてよ――確か、ほら、あの川べりの角の――」 「最初の事件があった見世だわ」
百合子は遣手に取り付いだ見世番と妓夫を思い出す。 見世番はがっしりとした体躯で声が張っていたのは覚えているが、妓夫は少し顔を見ただけで覚えていなかった。
「お姫さん、俺の勘だが――その妓夫はきっと芸妓の子だぞ。 堕ろされずに生まれた芸妓の子供は女ならそのまま芸妓へ、 男なら見世の妓夫か見世番あたりになるのが通例だ」 「ええ、おそらく――堕胎される子を自分と見立ててしまったのね。 でも、だからと言ってなぜ殺すのかしら……」 「きっと、そいつには絶望しかなかった。 真っ黒な闇しか……一点の清い光もなかったんだろう」
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二人が足早に最初の事件が起こった見世に向かい、大通りに出るとそこは夜の花街とは言え人が多すぎた。 斯波と百合子は立ち止まり、道行く人に声をかける。
「一体、何事だ?」 「例の女探偵が花街の連続殺人事件に関わっているらしいよ」 「女……探偵?」 「ほら、この新聞を見ろよ。なかなかのべっぴんさんだろう?」 「……!」
斯波と百合子は思わず息をのむ。 男が広げた新聞には大きく百合子の写真が載っていた。
『令嬢探偵、花街に巣食う連続殺人鬼と全面対決!』
細かい文字でびっしりと花街殺人事件の概要が載っている上に、なぜか百合子の生い立ちから没落にいたるまでも書かれていた。
「一体……何でこんなことに……」
瑞人が花街の見世に仄めかした女探偵の噂。 花街の連続殺人の噂。 そして授賞式での作家の言葉によって偶然が積み重なったのだった。
元々話題性は十分にあった作品の受賞だけに、様々な出版社や新聞社で特集を組まれていた。 その過熱した話題にさらに飛び込んできたのが、主人公には実在するモデルがいるという作家の言葉だった。 各社がそのモデルの名前を調べてみたところ、これまた見目の良い新聞の写真で映えそうな美しい令嬢、そして不遇な人生の系譜が判明する。 令嬢の人生を紐解いてみると、幸せな日常からの転落、借金借財、貧乏、そして父親と母親の死。 爵位を返上し借財を返すために挫けずに日夜働いている――という王道の歴史だった。 この手の話が好きな庶民にとって、まさに娯楽作品と言えるだろう。
「あれ?そこの芸妓さん、このお嬢さんとどことはなしに似ているような……」 「――嫌ですわ、私なんかが華族令嬢と似ているはずがないでしょう」 「それもそうか、わははは」
男は���いながら歩き去るが、百合子は内心ひやひやしていた。 これでは、おそらく事件が起こったどの見世も人だかりやら新聞屋やらが集まっているだろう。
「ひとまず、大見世に戻るか――お姫さん三本奥の裏道を行け、まっすぐ行って角を曲がるとすぐだ」 「ええ、――斯波さんは?�� 「俺もすぐ行く」
百合子はようやく履きなれてきたぽっくり下駄をころころと鳴らしながら転ばないように、裏道を小走りでかける。 表の通りと比べると随分と静かだった。 それでも、暗くなって僅かな提灯の明かりしかなく足元が危うい。 前からさっと黒い影が近づくのに、一瞬気づくのが遅れすんでのところで身を引いた。
「あ、すみません――」 「いえ……」
ほんのわずかな、明かりだった。 それでも相手の黒い影が一瞬だけ、光を浴びて横顔が照らされる。
百合子ははっとした。
それは、相手も同じだった。 不意のぎこちない間。
一瞬でお互いが何者であるか、お互いに理解した。
百合子がみた人影は、妓夫だった。 ひょろりと痩せていて、色の悪い肌に落ちくぼんだ目――。
妓夫は百合子が”気がついたこと”を敏感に肌で感じ取った。 まさに獣のような本能だろう。
焦る様子もなく、すうと身を引きぬらりと脇から刃物を抜いた。 まるで流れる水のように、自然に。
そして百合子の腹部を刺した。
「お姫さん!!!」
百合子は抱き上げられぶんと放り投げられた。 とおん、と遠心力でぽっくり下駄が脱げていくのがゆっくりと見える。 どさっと腰から地面に落ちると、その後は時間がぎゅうと凝縮したかのように短かった。
「待て!」
斯波が怒鳴るのが早いか、妓夫は慌てたように逃げ出した。 百合子は一瞬だけぼっとして、斯波を見る。
「お姫さん、無事か?!」 「ええ、――ええ」
そう言われて、刺されそうになった腹部に手をやる。 固い帯が手にあたり、どこもなにも感じ無い。痛くもかゆくもなかった。
「よかった……」
そういうとぶわりと尋常ではない量の脂汗が斯波の額に浮かぶ。 がぐんと膝が折れ肩から地面に崩れ落ちた。
「斯波さん?」
百合子が慌てて斯波を支え起こすと、黒地の背広がぬたりと湿っている。 いつもと同じ赤っぽいベストを着ているが、その色もどす黒く見えた。
「斯波――さん!斯波さん?!」
百合子は悲鳴をあげていた。
「だれか――!だれか!!」
手を血の色に染めて混乱したように叫ぶ百合子。 斯波は苦しそうに呻きながら、その手首を強く握った。
「追、え……」 「でも、――でも!!」 「追え!!」
斯波の力強いその眼差しに、百合子の戸惑っていた心が奮い立つ。
「この人をお願いします!」
集まった見世の若い連中にそういうとすっくと立ち上がる。 投げ飛ばされた反動で脱げた片方のぽっくり下駄と同じように、もう片方の下駄を脱ぎ捨てる。 崩れて落ちるかんざしやかもじを投げ捨てて百合子は妓夫を追った。
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前代未聞の捕物劇は花街のみならず、東京中に広まった。 何しろ、運の悪いことに新聞屋の多くがカメラをぶらさげて例の令嬢探偵を一枚撮ろうと待ち構えていたのだ。 記者からすれば、待ち構えていたら想像以上に良い記事が転がり落ちてきたようなものだ。 次の朝には、東京で探偵野宮百合子を知らない人間はいなくなった。
一方の百合子は昏睡状態が続いている斯波の病室で編集部へ辞表を書き、郵送した。 家へ帰っても新聞の記者や見物人が集まっているため病院の近くのホテルを借りて寝泊まりしている。
斯波は身寄りがいないため、身の回りの世話は斯波の部下である山崎と百合子が交代で行った。 山崎もきっと百合子に色々と含むものがあるに違いないだろうに、おくびにも出さない。
四日目、ようやく斯波は目を覚ました。 百合子の顔をみると、自分の怪我の事などどこへやら。
「ああ、お姫さん。怪我は――ないな――」
熱に浮かされ憔悴しきった顔で微笑んだ。
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乾いた斯波の唇に、綿を水で湿らせたものをあてる。 麻酔が切れて傷口が痛むのか、眉間に皺をよせて少し唸った。
「百合子さん……」
かさかさに枯れた声だったが、斯波は百合子の顔を見てそう言った。 百合子はうっすらと開いた斯波の目を見て頷く。
「無事か……」
何度同じやりとりをしただろうか。 斯波は傷口の熱にうなされて、何度も何度もそう問いかける。 それはうわ言のようだったが、今はうっすらとではあるが眼の焦点が合い百合子を見て実感するように一音、一音を搾り出すように言う。 百合子はその度に斯波の大きくてひんやりとした手を握って身を乗り出す。
「ええ、無事よ。私は無事」 「よかった――」
百合子が答えると、斯波は心底安心したように目を閉じる。 このやりとりはこの一週間で何度も何度も繰り返した。 ただ、この日だけはいつもと違って、斯波は妙にはっきりとした口調で百合子に言ったのだった。
「俺はあなたに返さないといけないものがあるんだ」 「何?あなたが私に?」 「ああ、ハンカチだ」
確かに、病院に運ばれるまで傷口を押さえるためにハンカチを使った。 妙なところだけはっきりと覚えているものだな、と百合子は思う。 握った手を両手で包み込んで頬に寄せる。
「あなたにあげるわ」
ふ、と百合子の記憶の奥底で何かがゆらめく。 そう、いつかどこかで同じようなやり取りをしたようなことがある――。 それが何か思い出せそうで、思い出せない。 それともただの記憶違いだろうか、百合子はほんの一瞬だけ心に翳ったその思いつきをそれ以上深く追いかけることは出来なかった。 斯波はまたふっと目を閉じて、ゆるやかな寝息をたてる。 額にかかる前髪をゆっくりとかきわけてやりながら、わずかに乱れたシーツを整えた。
斯波は憑き物が落ちたように、次の日からはっきりとした意識を持ち始めそれからわずか半日後には起き上がって重湯を食べ始めた。
「はい、斯波さんお粥食べる?」 「……こんな糊のようなものは粥とはいわん」 「一週間飲まず食わずだったのよ? いきなりお粥なんて食べれるわ���がないでしょう!」 「たった5針だぞ」 「……7針よ」 「どっちも同じだ」 「同じじゃないわ。 本当に危ない状態だったのよ。 ほら、大丈夫?匙で掬ってあげるわ」 「――ああ、くそっ、情けない」 「いいから、今は養生してちょうだい。ね、お願いだから……」
懇願するような目で百合子が言う。 それが最初は少しだけ嬉しかったが、今では利かん気の子供を宥める母親のようだと思った。 斯波はお椀をかたむけてずるずると重湯を飲み干すが、まだ足りないらしく不満そうな顔をした。 白い入院服を着ている斯波は、いつもの尊大な態度をとってみてもどこか弱々しく見える。 それでも、意識がはっきりし始めてからは治りが早かった。
「で、お姫さんに介護されるのは嬉しいが、今はどうなっているんだ」 「――どうもこうもないわ。家には記者だらけだし、編集部の方には応援の手紙だとかいたずらの手紙だとかが山と届いているようだし」 「世間は華族様のゴシップが大の好物だからな。 で、仕事の方は大丈夫なのか?まあ、今はまともに働けそうにもないが――」 「……」 「どうした?」 「辞めたの」
百合子はすっと目線をそらして、つぶやいた。 出来るだけ何事でもないようにつまらなそうに言い放つ。
「辞めた?――どうして」 「諦めたの」
何もかもがぐちゃぐちゃになって、到底探偵も編集も続けられないと思った。 焚かれるストロボの眩しさや、人々の喧騒、そして視線。 あることないことを書き立てられた新聞の記事。 とてもそれらに耐えられないと思った。 そうして気がついたら、辞表を書き郵送してしまっていた。 その事は――今でも後悔するが、それでも幾分かは楽になった気がする。
以前、斯波が言った。 人生など諦めるか、諦めないかの二択だと。
「私らしくないと、笑うでしょう?」
百合子は斯波の視線が恐ろしくて、目を逸らしたまま先に言い訳をした。
「そうよ。私なんて特別でもなんでもない普通の女なのよ。 私は怖くて逃げただけ、新聞が書き連ねるような才女じゃないし勇敢でもないわ」
早口でそう言ってしまう。 きっと斯波はこんな自分に呆れて落胆して軽蔑しているだろう、そう思った。 だから、さっさと自分が最低なことは自分が一番理解していると告げてしまいたかった。 ふと斯波の大きな手が百合子の横髪をかきあげて、頬をなでる。 その時ようやく百合子は斯波の瞳を正面から見た。
「俺は小説やら新聞やらが書きたてている令嬢ではなく、あなたが好きなんだ。 強がりなところも、その泣き虫なところもな」
そう言われて百合子は、はっとしてあわててごしごしと目元をぬぐった。 感情が昂ぶって気がついたら目から涙がこぼれていた。 変に誤解されてはたまらないと、わざと荒っぽく袖を使う。
「どうだ、そろそろ俺に嫁ぐ気になったか? こんなにもお姫さんを愛してるのは俺ぐらいなもんだ」 「でもそれじゃあ斯波さんを利用しているみたいで嫌なの」 「借財のことを言ってるのか、俺は構わないと何度いえば……。 いや、そもそもそういう事を気にすること自体俺��好きになっていると言うことだ。 どうだ、違うか?」
斯波は自信たっぷりに聞き返す。 ぐっとつまり、言い訳も浮かばずに百合子は押し黙った。 その様子をみて斯波は満足そうに頷く。
「どうせ諦めたのなら――」
ぐいと百合子の腕を引っ張った。 つい先日まで寝たきりだったのにどこにそんな力があるのかと思うほど強い力で掴まれて、 そしていやというほど斯波の鋭い眼光に睨まれた。 百合子は、斯波が自分を庇って怪我を負った事に責任を感じていた。 意識不明の中、自分のことよりも百合子の事を気にかけ続けた斯波にこれ以上無いほど借りができてしまったと思った。 そうだ、どうせ諦めてしまったのなら。斯波と一緒になってしまっても、もう同じようなものだ。 百合子はずっとそう考えていて、だから今斯波に腕をとられてもいつものように振り払ったりはしなかった。
「どうした、随分とおとなしいんだな」 「……斯波さんのお嫁さんになってもいいわ……」 「――本当に?」
百合子はすっと視線をずらして、わずかに沈黙してこくりと頷く。 視界の端で斯波が一瞬くすりと笑ったような気がした。 しかし、途端に引き寄せられて強引に口付けされた。
唇に吸い付く熱い感触に驚いて胸を押し返そうとして、はたと手を止めた。 ぎゅうと手を握ってゆっくりとおろす。硬直したまま斯波の口付けを受ける。 斯波は寝台から起き上がり、痛む脇腹を庇いつつ百合子の髪に指を差し入れて一層深く接吻するように抱き寄せた。 強く目を瞑って、その口付けが終わるのをただただ待つのみの百合子だが、 舌を吸われ下唇を舐られて終わりの見えないその行為に心臓が早鐘を打つ。
ようやく解放されたと思ったら、今度は寝台の上に引っ張り込まれる。 さすがの百合子も慌てて身を起こすが、斯波はそれを手で抑えて許さなかった。
「――っ痛」
縫合したばかりの傷口を庇いながら百合子の上に覆いかぶさる。
「き、傷口が開くわ!」 「そんな事はどうでもいい」 「よ、よくな……」
なんとか止めさせようと反論するが、 ぷつりぷつりと器用に片手だけで洋服の釦をはずされてしまう。 薄い下着を一枚身に付けているだけの胸元が開かれて、百合子は羞恥に赤くなった。 胸元にレースのついた下着を押し上げられ、白い胸が露になる。 喉元、鎖骨、胸の間に吸い付く斯波。百合子は歯を食いしばって口元を引き結び、斯波の愛撫に耐えるように枕に頬を押し付けた。 斯波は百合子の肋の辺りから手のひらを入れてさまぐり、柔らかな胸を揉みながら指先でその先端に触れる。 びくりと百合子が反応し、身体をねじって抵抗した。 熱い息がこぼれ、白い胸元にかかる。 先ほどまで百合子の口を吸っていた斯波の唇が、固く尖った百合子の乳首に押し当てられた。 舌で扱かれ、強く吸われる。 がくと足が震えて力が抜けると、その股の間腿を押しのけて斯波の下半身が割り込む。 百合子はついに斯波の身体を両手で押し返して抵抗した。
「諦めたなんて、嘘���つくからだ」
斯波はあっさりと百合子を解放��て寝台から起き上がると、 呆れたようにがしがしと髪の毛をかく。
「ごめんなさい……」
他に言葉が思い浮かばずに、それしか言えなかった。 身を整えて、一息つく。思い出しても手が震えるので、今更に自分の行動を省みた。 どんどん自分が嫌な人間になっていくような気がした。 人生の岐路に立つ時、どちらの選択肢を選ぶか、と迷う。 そして、どちらを選ぶのがもっとも自分らしいかということ。
「まあ、国家予算並と自称しているあなたの接吻づけを奪ったのだからお互い様だな。 それに、身を挺してあなたを守ったのだからこれぐらいの褒美があってもいいだろう」
茶化すように斯波は笑った。 普段の百合子ならその尊大な物言いに文句をつけるところだが、今は肩を落としている。
「ん?どうした?」 「――っ、だ、だって……む、胸を……」 「胸がどうかしたのか?」 「む、胸を舐め……舐めて……」
斯波が覗き込むと、百合子の顔が真っ赤になっていた。 熱を帯びたように目が潤んでいる。 百合子はまともに斯波の目を見られないようで、視線を逸らしながら後ずさった。
「何だ、そうか――接吻も初めてだったしな。 あなたの乳房はまだ青く固さが残っているが、なかなかの重量と触り心地だった」 「なっ――ち、乳房……」 「白い柔肌からは甘い香りがしたし――」 「い、言わないで……」
ばすっと荷物をとり、そのまま後ろ向きで扉まで下がる。 耳まで、首の根元まで真っ赤にして、高鳴る心臓を誤魔化しながら消え入りそうな声で告げた。
「今日は……帰ります……。そ、そろそろ家にも帰らないと……お兄様が…… そう、だから、あの――その――」 「何だつまらんな、もちろん明日も看病に来てくれるんだろう?」 「明日?――うっ、ええ、はい」 「そうか、ではまた明日」 「ええ、――あの、その――じゃあ、お大事に!!!」
百合子はそう言うとそそくさと病室を出た。 百合子の動揺ぶりがおかしくて斯波はくくくと笑った。 縫合した傷跡が腹の揺れでぴくぴくとひきつり、痛んだ。
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愛し合う男女が、寝室で何をするのか。 今更知らない百合子ではない、だが――実際に服を脱がされ肌を露にされてそして愛撫されるとあまりの恥ずかしさに顔から火が出るようだった。
(世の中の男女は皆、あのようなことをしているの?!)
知識としては知っていても、実感がまったくわかなかった。 だから、今日の斯波の行為は衝撃的ですらあった。
かくかくと力の入らない膝を叱咤しながら、病院の階段を降りる。 斯波の病室を出てからも、あの行為でびっくりしたためか心臓の高鳴りは収まらなかった。 それどころか、それは家に帰るまで続いた。 百合子はそれをびっくりしたからだと思い込もうとして、独り言が多くなった。
「えっと、家に帰ったらまず洗濯をしてお掃除をして。 それから、お昼もまだだからそうね、まずご飯を作って――」
家に着く。 まだ昼日中だが、当分の留守を見越してか新聞屋などの記者や野次馬はいなくなってしまっていた。
「もう、変な郵便ばかり届くのだから!」
大仰にため息を付いてみせる。 それはどこか演技がかっている。どうにか気を紛らわすためにわざと少し大げさに言ってみたのだった。
数十通は溜まっている郵便を受け皿から取り出して、仕訳する。 ファンレターのような手紙、悪戯の手紙――。
その中で一枚、洋風の蔦の絡んだ封筒に蝋の印章が押された封筒があった。 明らかに他の郵便物とは違い、異彩を放っている。 ペーパーナイフでぴぴぴと開封すると、そこには新聞の切り抜き文字で文章が作られていた。
名探偵、野宮百合子嬢に告ぐ――という挑発的な文章からその手紙は始まった。
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