#そもそも両親が俺のことをずっと娘だと思っ���る時点でそういう話題に関してかなり距離があるのですが()
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今の1番の悩み いつ親に言うか……………………………………………………
#!#そもそも両親が俺のことをずっと娘だと思ってる時点でそういう話題に関してかなり距離があるのですが()#心の性とか性的指向とかの話題を避けるために「恋愛に全く興味ありません!」のフリを突き通してきたから なんか ね……#あとネッ友とかにめっちゃ理解があっても遠距離恋愛はどう思ってるのか��らないし……#でも俺も全然自立してる訳じゃないし、会う��かなったら親も関わってくるし、言ったほうがいいのかなとか……ウーーーーーン#なんか友達がトランスジェンダーだよってなった時は結構すぐに名前とか代名詞とか覚えたりするんだけどな 俺だけは違うんだ へぇーーー#2年ぐらい前に「もっと自分の性を尊重してほしい」とか言ったら「いっぱい努力してるのに!」って怒られて は?何が?どこが??って思った#vent#なんか暗くなっちゃったごめんっ
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ある画家の手記if.72 名廊絢人視点 告白
………なんか楽しい。
熱が出ても脚がおかしくても鎮痛解熱剤飲むか飲まないか程度で普段とくに何もしないで寝てるんだけど、病院にかかったら一瞬で熱がひいた。意識がない間になにか処置されたのかな。普段から病院避けてるから何されたのかはよくわかってない。
病院を出る頃には雨もやんでて脚も動いた。 俺は��いても良かったんだけど病院出たらまことくんがもうタクシー呼んでた。 「俺の家に帰るぞ」って言われた… なんとなく、勝手に歩かせたら俺がさっさと自分ちに帰りそうなのを先回りされて防がれたような… 考えすぎかな。 二人でタクシーに乗ってて思い出す。まことくんはバイク運転できるんだった。俺はなんの免許も持ってないけどそれでもバイクって後ろとかに乗れるんだっけ…?
大した距離じゃなかったからすぐにまことくんちに着いて、うがい手洗いだけさせられたと思ったらそのまま直行便みたいに布団の中に寝ることになった。 俺がおとなしく寝たあとで布団の上に着替えがぽいぽいっと置かれた。 「着替えられそうなときに楽な服に変えとけ」 この前貸してもらったのと似てる、すごく伸びる服だ。俺も家で寝るときはパジャマに着替えるけど、パジャマもなんかきっちりした布で、こんな手品みたいに伸びない。 「…ありがと」 まことくんは寝てる俺の横にスポーツドリンクとミネラルウォーターのペットボトルを一本ずつ置きながら、俺の格好を見て言った。 「この前会ったときとぶっちゃけ服の見分けがついてないんだけど、そういう服が好きなのか?」 「………。」 じっと目を覗き込まれる。訊かれてることの主旨は服の嗜好のその先っぽい。いつも似たようなかっちりした古めかしい服だからたまに訊かれることではある。こういうとき「この格好が落ち着くんだよね」って言えばそれ以上誰も何も言わないし終わり、なんだけど… 「……こういう服しか用意してもらえないんだ。全部親戚からのお下がりとか。どれも長く着られる良いものだし」 なんとなくほんとのこと答えた。 「もう少し楽な服買えよ。心臓やらに問題あるのにいつも革のベルトきつく締めてたり脚が悪いのに締め付けるような革靴履くのはどうかと思うぞ」 大学生なんて寝巻きに寝癖ついた頭でかかと潰れたサンダルつっかけて学校きても誰も文句言わねえよ。…って言われた。そういう学生がいるのはわかってるけど… 「身なりとかだらしないと家の人がうるさいし」 「……。」 まことくんはちょっと考えた末にそれ以上は結局何も言わなかった。 俺が寝てる少し近くまでテーブルひっぱってきて俺に背を向けて座って色々本とか資料みたいなの広げてる。勉強…じゃなくて研究かな。院生って言ってたし。英語とフランス語なら手伝えることあるかもしれないけど… 「………。」 …この歳で全身家の言いなりってのは確かに変かも…?あんまり考えたことなかったや。俺に服の趣味とかあるかな?絶対着たくない服とかだったら…なくもない? まことくんの着てる服はどれも好き。香澄が着てる服は、仕事着とそうじゃないっぽい服で雰囲気ちょっと違ったから、どっちかは直にぃが選んで買ってるとかなのかな。香澄の服も好き。俺に似合うかは分かんないけど。 まことくんが一応わざわざ背を向けてくれたっぽいから、その間に着替えようとして作業の邪魔にならないように静かに起き上がって服を脱いでたら、ふいに何か俺に尋ねようとしたのかまことくんに振り返られて、反射的にガバッと頭から全身に布団かぶった。 …びっくりした。生娘じゃないんだし同性だし別にただの下着姿くらい見られていいんだけど、脚がキモいから。…ん? でも俺、香澄に平気で見せたし、そんな隠してるわけでもないし、そもそも言われ慣れてるし、こんな気にしたことあったっけ。 頭から布団かぶっちゃったからまことくんのリアクション全然伺えなくなった。何もできないじゃん。マジでこれどういう反応だよ、俺が。 とりあえず布団かぶったまま布団の中でかしこまって三角座りして謝る。正座はちょっと脚が痛くてきついから。 「不快なもの見せてごめん。」 そしたら呆れたみたいな意味不明みたいな声で「ハァ?」って返ってきた。俺が布団から出てこないままでいたら一拍おいて言い添えられた。 「あー…まぁ苦手な人も居るかもな」 うん。いるかもっていうか、わりと居るよ。………いや…もしかして、違う…?…。 「俺は平気だから気にすんなよ」 それだけ言われて、また定位置に腰を下ろしてペンを走らせる音が聞こえ出した。作業に戻ったんだ。布団から顔だけ出したら何事もなかったみたいにさっきと同じ後ろ姿のまことくんがいた。 俺が顔だしたのに気配で気づいたのか、こっちは見ないでペンを持った方の手をあげて、ペン先で俺の横にあるペットボトル二つを軽く指して言われた。 「もうちょいしたら飯は作るけど、点滴だと思ってなるべく飲んで。少しずつな」 「……。」 ほんとに気にしてなさそう…? そういえば香澄も、見たとき反応はしてたけど、嫌悪や蔑視の眼差しじゃ…なかった。 家に…ってか本家にいたら、脚隠してても俺のこと見かけた人は脚のほうにあからさまに視線向けてきて、めちゃくちゃ嫌な顔する。通りすがりにわざわざ脚を扇子の先で打ったり「みっともない」って小声で囁かれたりとか。まぁうちの家の中の時代が外界から50年遅れてるとしても、火傷ってあそこまで気味悪がられたり嫌がられるものでもないのか…? 「……。」 …いや。知らないからか、まことくんも、香澄も。なんの火傷で、誰がどう火をつけて、その人と俺がどういう関係で、どういうふう��終わったのか。香澄には口が滑ってペラペラ話した部分もあるけど。家の人間はもっと詳しく知ってるから、火傷よりその事情に眉を顰めてるのか。そういうのも、あんまり考えてこなかったな。いちいち考え込んだり悩んでたらついてけない家なのもあるけど。 ……俺が家の人間の視線に殉じて火傷痕を恥じるのは…俺も家と一緒になって俺自身のことを迫害してる、ようなものなのか。 「……まことくん」 「ん?」 「ありがとう」 まことくんは何のことかも聞かずに「ん。」てだけ返事した。
その後、まことくんはカルボナーラ(大量)を作って皿に山盛りにしてからちょっと出かけるって鍵かけて出てった。大学かな? ていうか鍵…。俺預かってないからどこも行けないじゃん… てことで仕方なく、カルボナーラ(大量)を平らげて、布団の上でまことくんが帰るまでだらだらする。 普段のあの服だとパキッとしてなきゃむしろ居心地悪いけど、この服着てると楽でついだらだらしちゃうな。手持ちの本読もうって感じでもない。布団の上で、ひとりで変な体勢になってみたり丸まったり転がったりしてみる。こんな妙なこと初めてした。…なんか楽しい。 暇だけどあんまり人の家嗅ぎ回るのもやだから、カラーボックスの中に立てられてる本を見てみる。人の本棚を見るのは好き。………。…教育学、教育史、教育行政史、体育原理、発達心理学、倫理学、家政学、etc.…………ここまでお手上げの本棚はじめて見た気がする…。こういう学部があるのも学問があるのも知ってるけど、俺こんな授業必修でもとったっけ…?記憶にないや…。周りにこういうの勉強してる友達とかってこれまでいなかったな…
布団の上でだらだらしてたらいつの間にか眠ってたらしい。 鍵が回る音で起きた。人の家で眠り込むなんて珍しいな… もう時刻は夜で外も暗い、俺が布団から体を起こしたら部屋が真っ暗なのにびっくりされて「起きてるなら電気くらいつけろよ」ってまことくんがつっこみながら電気つけて入ってきた。 後ろから香澄がぴょこっと顔を出した。一緒だったんだ。 香澄が俺の横まで来て、俺の顔色見ながら「照明強いと頭痛がする?」って聞いてきた。 「そういう日もあるけど、今は平気。」にっこり笑って答える。 二人とも両手に持てるしこってくらいのすごい量の買い物袋さげてるけどこれから何かするのかな…と思ったら三人分の夕食だった。
「絢人くんいっぱい食べるってまことから聞いたよ。味に飽きないように色々買ってみたけど…本当にこれだけ食べるの?」 「俺が一度目の前で目撃してるから。まだこれでも足りねえかもな…」 「うん。いっさい食べ残したりはしないから生ゴミ出ないよ」 「掃除機かよ。てかまだ開いて��えのにもう箸を割るなよ食にだけ勢いやべえな」 「いただきまーす」 「そういえば俺と初めて話した時もケーキすごい数食べてたっけ、店員さんが休めないくらい」 「ああ、あの時は初対面だったから香澄に引かれないようにあんまりたくさん頼めなかったんだ」 「お前ら微妙に言ってることズレてるからな」 「ケーキが好きなのかと思って絢人くん用にケーキたくさん買っちゃったけど、ケーキだけが好きなんじゃなかったんだ。食べ切れるかな」 「心配なくらいの数買ってきたの?大丈夫、俺に任せて。」 「あんまり食べ過ぎるのも健康とは言えないぞ」 「まことくんも香澄もちょっと痩せすぎじゃない?もっと食べないと」 「絢人くんもそんなに食べても痩せてるのに」 「綾がもうすこし食ったほうがいいのには同意」 「でも俺は今くらいの方が……。…………。」 「だからなんなの最近のお前のそれ」 「まことくん野暮なこと聞いちゃだめだってば。ねえ香澄」 「はぁ?野暮ってなんだ」 「…………。」
三人でなんてことない話をしながらたくさんのビニール袋を開けて、テーブルになんて乗りきらないから床に大きなお皿たくさん置いて盛って、床に座って好きにとり合いながら食べた。 こういう話するの初めてだ。勉強とか本についてとかじゃない、意見交換でもディスカッションやディベートでもない、誰も妙に緊張してたりもしない、内容はちっとも有意義じゃない、ほんとになんにもならない役に立たないみたいで、ーーー楽しい。
「…。絢人くん、公園で倒れてるとこにまことが救急車呼んだって…」 香澄の声が急にしょぼんと勢いをなくした。 「悪い。道すがら俺が勝手に軽く綾にも事情説明した」 まことくんは謝ったけど、俺はにっこりいつもどおり笑う。 「いいよ。香澄と別れたすぐあとだったから、香澄も気分良くないんじゃないかと思って気にしてた」まことくんが香澄に話すのは想像ついたし。「あれは香澄のせいとかじゃないよ。珍しく気分で行動したらやっぱりミスったっていうか。」 二人とも、意図的に俺の頭の包帯に視線をいかせないようにしてくれてる。これは家に帰る途中の道で捨てればいいや。今日一日まことくんちの布団で遠慮なくだらだらできたのは、包帯してたおかげであちこち汚すの気にしなくてよかったからだし、勝手にさっさと取らないでよかった。 「まことくんのおかげで検査とかも初めてできたし。考え事してたからぼんやりしか結果聞けなかったけど」 「初めて?」 二人が妙な顔をして俺のこと見てくるから、話すことにした。 「心臓とか弱いのも、俺が覚えてる限り病院にはかかったことない。名廊本家の人に仕事が医者の人がいるから、いつもその人が必要なときにちょっと診てくれる。医者は基本的に身内を診ないし、自宅に専門的な医療器具を私用で抱えるわけにいかないから、俺を診るのもあくまでその人の個人的見解の範囲内で、今回みたいにきちんと診てもらったことはないよ。ちゃ���と病院にかかったのはたぶん脚の火傷で心肺停止したときくらい」 二人の顔つきがさらに剣呑になった。…正直口が滑って香澄に話しすぎた時、何をどこまで話したのか把握しきれてないんだよな…。今なんか俺やばいこと言ったのかな そのあと俺もなんとなくしょんぼりして黙ったまま、黙々とケーキを食べてたら「食べることだけはちゃんとするんだな」ってまことくんからつっこまれて、おかげでちょっと陰った空気がまた戻った。 またたわいもないこと話しながら食べてるうちに、だいぶ時間が遅くなってきた。
「あやとくんは泊まってけよ」ってまことくんになぜか決められた。 「綾は今夜どうする?」 「俺は帰るよ。少し遅くなっても連絡したら直人は車出してくれると思う」 まことくんは香澄と俺の顔を見比べながら軽く提案した。 「あやとくん、俺んちより親戚の直人さんちに泊まった方がいいってことあるか?」 俺はいつもどおり、直にぃに会うつもりはない、ってかんじのこと返そうとした、
そのとき俺の携帯に着信が入った。ーーーーーーきらきら星………
「絢人くんの着メロかわいいね」 香澄が笑って言う。オルゴール音のきらきら星。確かになんか癒される系の音してる。じゃないとかかってきた時ビビって俺の心臓とまっちゃうかもしんないじゃん、なんてのは冗談でも言わないけど。これが鳴るのは、設定してる一つの番号からだけだ。 「…家からなら無視でいいんじゃねえ?」 まことくんがさっき一瞬見せた目つきだけ剣呑な様子で、あえて声には重みを乗せないでそう言った。まことくんの言葉で香澄もその可能性に気づいたみたいだった。…なんで二人して妙に勘がいいの…俺まだ態度になにも出してないんだけど…。 「いや、家からっていうか、この人はただの親戚のお兄さんだよ。ごめん、ちょっと出るね」 いつもの調子で二人に笑いかけて笑顔で淀みなく通話ボタンを押す。あえて二人の目の前で堂々と会話した。 「ーーーーーーうん。………うん。…今夜はちゃんと帰るよ。……………うん、そうだね。忘れてた俺がどうかしてたかも。帰ったらそっちに顔出します」 向こうから通話が切られたから、俺も通話を終える。別に口調も最後まで普段どおりだったはずだ。笑みも絶やしてない。そのままタクシーも電話でここに呼んだ。急いだ方がいい。 「絢人くん、今…帰らない方がいいよ」 もう立ち上がって遠慮なくその場で服脱いでさっさと着替えてからコートを羽織ってカバンを手に取る俺に、香澄が躊躇いがちに言った。 「香澄、ラブホでやっぱちょっと俺余計なこと話しすぎたね。あんなのもうどれも何年も前の話だよ。問題の人は香澄も知っての通りすでに亡くなってるし」 「ーーーでも頭の怪我はつい最近のだ」 痛いとこつくな、ってかいつまでも大げさな包帯巻いてれば当��か。 香澄がうつむき気味に俺のコートの裾を掴んだ。その手の上に自分の手を乗せてそっと香澄に手を離させる。 「……香澄。俺が今住んでるのは、いろいろあったとこからちょっと離れた家で、そこで一緒に暮らしてる今の家族はみんないい人たちだよ。そこで暮らすための条件で、定期的に本家に顔出すってことになってたんだ。その約束うっかり破ったのは俺だから、それは謝んないとさ…」 「……、」 うつむいたままの香澄の眉が心配そうに下がっていく。…なんか直にぃと似てるな。夫婦になると似てくるってやつかな。 玄関先まで来て靴を履く俺に二人ともついてくる。まことくんが腕を組んで玄関横の壁に背をついて言った。 「約束破って帰るって。理不尽な報復が待ってるとしか考えられないけど」 俺の頭の包帯部分を指すみたいに頭を指差し指でトントンて叩いて示される。香澄もだけど、まことくんにも病院で俺が狼狽えたせいでもういろいろバレてるな。 「…。説得力ないのは自分でもわかってるけどさ、でもまだ約束すっぽかしたのこれが一回目だし。帰ってから会わなきゃいけない人は、アル中の暴力野郎とか我を忘れてキレるやばい奴とかそんなテンプレみたいな人じゃないよ。ちゃんと話せばわかる人。そんなやばいのじゃ医者とか務まんないからね」 あちこち嘘ついてる。生良の家に泊まってた時は「大学の友達と勉強会がある」って言ってたけど彼女いるのバレたっぽいし、どうも雅人さんの家にあの人がわざわざ来て桜子さんにいろいろ詰問していったみたいで、他にもあれこれバレたっぽい、結構やばい、それに、人間性の破綻した最低のクズ野郎にも医者は務まる。 「今すぐ帰んないと家の中でもっと俺の立場やばくなるって。」 そう言ったら二人とも黙り込んでしまった。 こんなに気にかけられると思ってなかった。…なにも話さない方が良かったのかな。でもなんとなく、話したいような気もしたんだ。前はもっと考えて行動してたのに…自制心が落ちてんのかな…。 そうこう言ってたらタクシーが前の道に停まる音が聞こえた。 半分引き留めるみたいな格好で見送ってくれる二人に、乗り込んだタクシーの中から笑って小さく手を振って、声は出さずに口の形だけで伝える
「 ま た ね 」
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マジックハンド
巨乳な女の子に「せんぱい、先輩、せんぱい!!!」って呼ばれたいという妄想から始まった短編。
真夏、――と言ってもまだ六月ではあるけれども、クーラーの入るか入らないかギリギリの季節の図書室は、地獄と言ってもそれほど違和感は無いにも関わらず、陸也は後輩に勧められるがまま手渡された短編集を開いていたのであるが、もうかれこれ三十分ほどは字を追いかけるだけで内容なんてちっとも入って来ていなかった。正直に言って本を読むことなんて二の次なのだから、別段この灼熱地獄を耐える必要など無い。が、眼の前に座っている後輩、――汀沙(なぎさ)などとおだやかそうな名前をしている一つ歳の離れた女子が、パタパタと下敷きで自身を扇ぎながら、瞬きもあんまりせず熱心に目を上から下へ動かしているので、仕方無いけれども彼女が一息つくまで待たねばならぬ。陸也は暑さに耐えかねて静かにため息をつくと、本を少しだけ下ろして、視界を広げて、器用に片手でページをめくる彼女の姿を覗いた。彼女とはここで初めて会った、……というのは嘘だけれど、ちゃんと話したのはこの図書室が初めてなのだから、そう言っても良いであろう。その時から小生意気で、先輩というよりは友達感覚で接してきて、これがあの人の妹なのかと、ついつい声が出てしまったのであるが、それでも黙っていると美人なものは美人で。彼女の日本人らしい黒髪は、短いけれども艶々と夏の陽で輝いているし、すっと伸びた眉毛から目元、鼻先は性格に似合わず小造りであるし、パタ………、と止まった手首はほの白く、全くもって姉と同じ華車な曲線を描いている。陸也はそれだけでもかつて恋い焦がれていた〝先輩〟を思い出してしまうのであるが、机の上に重々しく乗って、扇ぐのを再開した腕に合わせてふるふると揺れ動く汀沙の、――およそ世界で一番大きいと言っても過言ではないおっぱいを見ていると、いつしか本を閉じて机の上に置いていた。
「せんぱい、せんぱい、それどうです? 面白いでしょ?」
目ざとく陸也の動きに反応した汀沙が相変わらず自分の顔を扇ぎながら言う。額にひたひたと張り付いていたかと思っていた前髪が、ふわりと浮いては、ふわりと額を撫でる。
「せやな。………」
「先輩?」
「んん?」
「その本の一番最初の話を七十字程度に要約せよ。出来なければジュース一本おごりで。――あ、二本でもいいですよ」
と得意げな顔をして言うのは、陸也が暑さで朦朧としているのを知っているからである。
「あー、あー、おごってあげるから、俺もそいつで扇いでくれ。………」
「やっぱり。仕方ないですねぇ」
と本を置いて、ぐいと、体を前に乗り出し、バサバサと両手で下敷きを持って扇いでくれる。図書室は狭いくせに結構広めの机だから、陸也に届く頃にはさらさらとしたそよ風になっていたけれども、あるか無いかでは大違いであった。だが長くは続かない。………
「はい、お終い!」
と再び自分をパタパタと扇ぎ初めた。
「えー、もう?」
「えー、じゃないです。扇ぐ方の身にもなってください」
「……俺、先輩だし。………」
「っていうか、先輩が隣に来たら良いんですよ。たぶん横の席は涼しいと思いますよ?」
とニヤリと目を細めて言い、ぽんぽんと左手にある席を叩く。確かに、汀沙の言う通り隣の席に行けば風に当たることは出来よう、しかし彼がそういう風に座らなかったのは、今更示しても無駄な理性が働いたからであった。先程、汀沙のおっぱいは世界で一番大きい、と言ったのは全くの嘘ではなく、自身の顔を超え、バスケットボールを超え、………いやそうやって辿って行くと果てしがないので一気に飛ばして言うと、バスケットボール三つ分よりもまだ大きい。恐らくこの世には、机におっぱいが乗る女性などごまんと居るであろうが、片方だけでも西瓜よりまだまだずっと大きい彼女のおっぱいは、乗る、というよりは、乗り上げる、と言った方が正しく、こんもりと山のように盛り上がったおっぱいは彼女の顎にまで当たりそうで、そして両隣の席にまで大きくはみ出しているのである。制服に包まれてその姿は拝むことは出来ないが、自身の重さで描かれるたわやかな楕円だったり、ここ最近の成長に追いつけずパツパツに張っている生地を見ていると、それだけで手が伸びてしまう。隣に座ればきっと我慢することなど出来やしない。心行くまで後輩のおっぱいを��みしだいてしまう。だから陸也は彼女の隣に座らなかったのであるが、結局はいつものように汀沙の誘いに誘われるがまま、席を立つのであった。
「せんぱいのえっち。でも今日は、いつもより耐えられた、………ような気がします」
「いつも思うんだけど、どうしてすぐに触らせてくれないの。………」
そういえば去年の冬、試験勉強をしている最中に消しゴムが彼女の胸元へ転がって、拾おうと手を伸ばして、ちょっと触れてしまったことがあった。その時にひどく怒られて以来しばらく、陸也はすぐに彼女のおっぱいには触れられなくなったのであるが、そんなこともうどうでもよくなった汀沙からすると、今では何だか面白いから続けているようなものだし、窒息して気を失うまで胸元に押し付けられた陸也からすると、今では新たな性癖が芽生えて自分で自分を縛っているだけである。
「私はお姉ちゃんのように甘くはありませんからね。――あ、どうぞどうぞ、こちらへ。………」
とガラガラという音を立てさせつつ椅子を引いてくれたので、大人しく座った。おっぱいに引っ張られて床と平行になった胸ポケットから名札がこちらを覗いていたが、すっと目の前に出てきたのはしなやかな指に挟まれた下敷きであった。
「ん? ――」
「先輩、扇いでください。さっきは私がしてあげたでしょう?」
「………えー」
「えー、じゃないですってば。後少しで切りの良いところにたどり着くので、――ほらほら、でないと私帰っちゃいますよ?」
「しゃあなしやで」
こうやって焦らされるのはいつものことだけれども、今日は特に上機嫌なせいか、特にいじられている気がする。陸也は手でボールを転がすようにおっぱいを揺すっている汀沙に下敷きを向け、パタパタとちょうどよい力加減で扇いであげた。たなびく髪の影からちらちらと彼女のうなじが見えて来たけれども、ちょっと艶めかしすぎるので目をそらしてしまったが、今度は制服を突き抜け、インナーを突き抜けてその存在を主張するゴツゴツとした、きっと巨大であろうブラジャーが目に飛び込んできて、もうどうすることもなしにただ校舎の外に植えられているクスノキを眺め初めた。傾きかけた陽の光が木の葉に映って綺麗であった。――
汀沙の「後少し」は、ほんとうに後少しだったのか五分ともせずにパタンと、本を閉じて陸也の方を向く。
「先輩、切りの良いところまでたどり着いたので、気分転換に〝ミステリー小説を探しに行きましょう〟」
これが二人の合言葉であった。汀沙は手を机について立ち上がると、制服の裾を引っ張ってだらしのなくなった胸元をきちんと正し、ついでに肩にかかるストラップがズレているのが気に食わなくて正し、そうすると次は、そろそろ収まりの悪くなってきたブラジャーから何となくおっぱいが溢れているような気がしたが、よく考えればこれは昨日からだった。無言で陸也と視線を交わして、図書室の奥の奥、……自分たちの住む街の町史だか何だかがある、決して誰も近寄らず、空気がどん���りと留まって、嫌な匂いのする場所、……そこに向かう。図書室には基本的に人はあまり来ないから、そんな変な匂いに包まれることも無いのだが、陸也がどうしてもここでと言うからいつもそこである。今一度見渡してみると陽の光は入らないし、天上にある蛍光灯は切れたままだし、やっぱりカビ臭いし、聞こえるのは布の擦れる音と、自分と陸也の呼吸だけ。………もう誰にも見られていないに違い無いので、彼の胸元に自分の大きく育ちすぎたおっぱいを押し付けながら、強く強く抱きついた。もし、服を着ていなければ、きっと上半身をほとんど包み込めていただろうが、こうやって私と、陸也の力でぎゅっ……と距離を縮めるのも悪くはない。汀沙はそっと手を離して、半ば陸也の拘束を振りほどくように、くるりと回って背を向けた。
「先輩、今日こそ優しくおねがいします。………」
と小声で、両手を股の辺りでしっかりと握りながら言うと、背中から彼の体がぴったりと密着してくる。脇の下から彼の手がそっと通ってくる。その手は迷うこと無く自分の一番敏感な部分に制服の上から触れ、こそばゆいまでに優しくおっぱい全体を撫で回す。もう一年以上、同じことを休日以外は毎日されているけれども、この瞬間だけは慣れない。汀沙は顔を赤くしながら口を抑えると、背中を陸也にすっかり預けて、砕けそうになる膝に力を入れて、すりすりとてっぺんを撫でてくる手の心地よさに必死で抗った。
やっぱり今日も、魔法の手は魔法の手だった。姉から、りっくんの手は魔法の手だから気をつけて。ほんの少しだけ触れられるだけでこう、……何て言ったら良いのかな、おっぱいのうずきが体中に広がって、背筋がゾクゾクして、膝がガクガクして、立っていられなくなるの。上手くは説明できないけど、一度体験したら分かると思う。よくスカートを汚して帰ってきたことがあったでしょう? あれはりっくんの無慈悲な手を味わい続けて、腰を抜かしてしまったからなの。女の子の扱いなんて知らないような子だから、毎回抱き起こすのが下手でね、しかもあの魔法の手で背中を擦ってきてね、腰の骨が無くなっちゃったような感じがしてね、――と、しごく嬉しそうな顔をしてのろけられたことがあったのだが、その時はまだ高校に入学する前だったので、何を言ってるんだこの姉は。よくつまづくから自分でコケたんじゃないか、と半信半疑、いや、あの常日頃ぼんやりとしているような男に姉が負ける訳が無いと、全くもって疑っていたのである。けれども一年前のゴールデンウィーク前日に、廊下を歩いていると、後ろから名前を呼びかけられると共に肩を叩かれた事があった。陸也は手を振ってさっさと去ってしまったが、妙に肩から力が抜けたような気がしてならぬ。いや、そんなことはありえないと、しかしちょっとだけ期待して図書室へ行ったが彼の姿はどこにも見当たらなかったので、その日は大人しく家に帰って眠って、ほん��一週間にも満たない休日を満喫しようと思っていた。が、やはりあの手の感触が忘れられない、それになぜだか胸が張って来たような気がする。中学生の頃からすくすくと成長してきた彼女のおっぱいは、その時すでにIカップ。クラスではもちろん一番大きいし、学年でもたぶんここまで大きい同級生は居ないはず。そんなおっぱいがぷっくりと、今までに無い瑞々しいハリを持ち始め、触ってみたらピリピリと痛んで、肌着はもちろんのことブラジャーすら、違和感でずっとは着けていられなかった。
結局ゴールデンウィークが開ける頃には彼女のおっぱいはJカップにまで育っていたが、それよりも陸也の手が気になって気になって仕方がなく、久しぶりの授業が終わるやいなや図書室へと駆け込んだ。姉からりっくんは図書室に居るよと伝えられていたし、実際四月にもしばしば姿を見かけていたので、適当に本を一冊見繕って座って待っていると、程なくして彼はやって来た。汀沙を見つけるとにっこりと笑って、対面に座り、図書室なので声を潜めてありきたりなことを喋りだす。だがこれまで挨拶を交わす程度の仲である、……すぐに話のネタが尽き無言の時間が訪れたので、汀沙は思い切って、姉から伝えられていた〝合言葉〟を口に出した。――これが彼女にとっての初めて。Jカップのおっぱいをまさぐる優しい手付きに、汀沙は一瞬で崩れ落ち、秘部からはとろとろと蜜が溢れ、足は立たず、最後にはぺたんと座り込んで恍惚(うっとり)と、背中を擦ってトドメを刺してくる陸也をぼんやり眺めるのみ。声こそ出さなかったものの、そのせいで過呼吸みたいに浅い息が止まらないし、止めどもなく出てくる涙はポタポタと床に落ちていくし、姉の言葉を信じていればと後悔したけれども、ジンジンと痺れるおっぱいは、我が子のように愛おしい。もっと撫でてほしい。………
その日を境に、汀沙のおっぱいは驚異的な成長を遂げた、いや、今も遂げている。最初の頃は二日や三日に一カップは大きくなっていっていたので、ただでさえJカップという大きなおっぱいが、ものの一ヶ月で、K、L、M、N、O、P、Q、R、………と六月に入る頃にはTカップにまで成長していた。姉からはなるほどね、という目で見られたが、友達たちにはどう言えばいいものか、特に休日を挟むと一回り大きくなっているので、校舎の反対側に居る同級生にすら、毎週月曜日は祈願も込めて汀沙のおっぱいは揉まれに揉まれた。ある人はただその感触を味わいたいが故に訪れては揉み、ある人は育乳のコツを聞くついでに訪れては揉み、まだ彼女のことを知らぬ者はギョッとして写真を撮る。汀沙はちょっとした学校の人気者になっていたのであったが、休み時間は無いようなものになったし、お昼ご飯もまともに食べられないし、それに何より放課後そういう人たちを撒くのに手間取り陸也との時間が減ったので、かなりうんざりとしていた。が、そういった��わゆる「汀沙まつり」も六月の最終週には収まった。――とうとう彼女のおっぱいがZカップを超えたのである。たった一ヶ月で頭よりも大きくなり、二ヶ月でアルファベットで数えられなくなったおっぱいに、さすがの女子たちも、それに男子たちも気味が悪いと感じたのであろうか、触れてはいけないという目で見てくるようになって、居心地の悪さと言ったらなかった。以前のように行列を作るようなことは無くなったどころか、仲の良い友達も自分のおっぱいを話題に上げることすらしない。どこか距離を置かれているような、そんな感じである。
だがそれは自分から話題を振るとやっぱり、彼女たちも我慢していたのか以前と変わらない接し方をしてくれ、週明けには何センチ大きくなった? とも聞いてくるようになったのであるが、さて困ったのは授業である。と言っても普段の授業は、机の上におっぱいが乗ってノートが取れないと言っても、出来るだけ椅子を引けば膝の上に柔らかく落ち着かせることが出来るから、そこまで支障は無い。ほんとうに困ったのは体育である。体調も悪いのでなしに休むことが出来なければ、見学することも出来ない。かと言って意外に真面目な彼女は仮病なんて使いたくない。幸いにも水泳は無かったからブラジャーと同じでバカでかい水着を買うことは無かったけれども、やはり少しくらいは授業に参加しなければならず、たぷんたぷんと揺れるおっぱいを片腕で抑えながら行うバスケやバトミントンは、思い出すだけで死にたくなってくる。殊にバスケではボールを手に持っていると友達から、あれ? ボールが三つもあるよ? などと冷やかされ、どっちの方が大きいんだろう、……などとバスケットボールとおっぱいを比べられ、うっそ、まじでおっぱいの方が大きい、………などと言われ、ちょっとした喧嘩に発展しそうになった事もある。今では片方だけで十キロ以上あるから基本的に体育は見学でも良くなったものの、去年一年間のことはもう思い出したくもない。陸也との思い出以外には。………
おっぱいを触れられてから恋心が目覚めるなど、順番がおかしいように感じるが、汀沙はあの魔法の手でおっぱいを揉まれてからというもの、その前後に交わす会話から少しずつ陸也に心が寄っていくのを感じていた。姉妹揃って同じ人物に惚れるなんてドラマじゃあるまいし、もしそうなったらドロドロになりそうで嫌だなぁ、と思っていたら現実になりかけている。「なりかけている」というのは若干の諦めが混じっているからなのだが、それが何故なのかと言うと、陸也はやっぱり姉の方に心を傾けているのである。先輩は決して遊びで私のおっぱいを揉んではいないけれども、どこかよそよそしく感じるのはどうしてだろう、姉は魔法の手でおっぱいを揉みしだかれたと言うが、私はもにもにと軽く力を入れられた記憶しかない。それだけで十分といえば十分ではあるが、やはり物足りない。やはり先輩はお姉ちゃんの方が好き。もうこんなに、――歩くのも大変で、況してや階段を降りるなんて一段一段手すりに捕まらなければ出来ないというのに、毎朝あの巨大なブラジャーを付けるのに十分は手こずるというのに、お��呂に入ればお湯が大方流れて行ってしまうというのに、毎夜寝返りも打てず目が覚めては布団を掛け直さなくてはならないというのに、電車に乗れば痴漢どころか人をこのおっぱいで飲み込まなければいけないというのに、振り向くどころか姉の影すら重ねてくれない。汀沙は今ではやけっぱちになって、陸也を弄っている折があるけれども、内心ではいつか、と言っても彼が高校を卒業するまでもう一年も無いけれど、いつかきっと、……という思いがあるのであった。
「――汀沙、そろそろ揉むよ、良い?」
と一人の女の子を快楽で悶えさせていた陸也が、今までやっていたのは準備体操と言わんばかりに軽く言う。実際、彼はおっぱいの感触を楽しむ、というよりはそれをすっぽりと包む純白のブラジャー、……のゴツゴツとした感触を制服越しになぞっていただけであった。
「お、おね、おねがい。……」
普段はよく舌の回る汀沙も、魔法の手には敵わない。ここに居る間は原則として声を発してはいけないことになっているから、陸也からの返事は無いが、次第におっぱいを持ち上げるように手を下に入れられると、指がその柔らかな肉に食い込み始めた。ブラジャーを着けて支えていてもへそを隠してしまうおっぱいは、中々持ち上がりそうに無く、ギシギシとカップの軋む音だけが聞こえてくる。特注のブラジャーはいたる所にワイヤーが通されてかなり頑丈に作られているから、ちょっとやそっとではへこまないのであるが、そんな音が聞こえてくるということは、相当力を入れているのであろう。そう思うだけでも快感が頭にまで登ってくる。
「んっ、……」
思わず声が出てしまった。呼吸が苦しくなってきたので、口から手を離して息を吸うと、彼もまた浅く荒く呼吸しているのが分かった、目はしっかりと見開き、額に汗をにじませながら彼女の、巨大なおっぱいを揉んでいる。……汀沙はその事実がたまらなかった。例えお姉ちゃんを忘れられずに行っている陸也の自慰行為とは言っても、ただの想像だけではここまで興奮はしないはず。今だけは姉のおっぱいではなく、私のおっぱいに注目してくれている、私のおっぱいで興奮してくれている。けれどもやっぱり、その目には姉が映っているのであろう、私もその愛を受けてみたい、あんまりおっぱいは大きく無いけれど、私に向けられて言うのではないけれど、その愛を感じてみたい。――と思うと汀沙は自然に陸也の名前を呼んでいた。
「りっくん。………」
とは姉が陸也を呼ぶ時のあだ名。
「遥奈。………」
とは姉の名。あゝ、やっぱり、彼は私のことなんて見ていなかった、それにお姉ちゃんのことを「先輩」なんて呼んでいなかった。陸也の手は汀沙が彼を呼んだ時に止まってしまっていたけれども、やがて思いついたように、再びすりすりとおっぱいを大きく撫で回していた。その手を取って、無理やり自分の一番敏感な部分にピタッとつけると、ここを揉めと声に出す代わりに、魔法の手の上から自分のおっぱいを揉む。
「汀沙?」
「今は遥奈でもいいです。けど、そのかわり遠慮なんてしないでください。私をお姉ちゃんだと思って、……おねがいします。――」
言っているうちに涙が出てきて止まらなかった。汗ばんだ頬を伝って、ぽたりぽたりと、美しい形の��が異常に発達した乳房に落つ。その時眼の前が覆われたかと思えば、意外とかわいい柄をしたハンカチで、ぽんぽんと、優しく目元を拭われていた。
「汀沙、やっぱりそれは出来ない。汀沙は汀沙だし、遥奈は遥奈だよ」
「ふ、ふ、……さっき私のこと遥奈って言ったくせになにかっこつけてるんです」
ぺらりと垂れ下がったハンカチから、極端にデフォルメされたうさぎがこちらを覗き込んでいるので、涙が引くどころか、笑みさえ浮かべる余裕が出来たのである。
「まぁ、うん、ごめんなさい。――今日はこの辺にしておく?」
「それは駄目です。もうちょっとお願いします」
「えー、……」
「えー、じゃないって何回言えば分かるんですか。早くそのファンシーなハンカチをしまってください」
と陸也がハンカチをしまったのを見て、そういえば昔、家でああいう柄をしたハンカチを見たことがあるのを思い出すと、またしても心が痛くなったけれども、所詮叶わぬ夢だったのだと思い込んで、再び魔法の手による快楽地獄に身を任せてから、シワの入ってしまった制服を整えつつ席に戻った。
「そろそろ帰るかー。暗くなりそうだし。それに夜は雨だそうだし」
と背伸びをして、陸也はポキポキと首を鳴らす。外にあるクスノキの葉は、夕焼けに照らされて鈍く赤く輝いてはいるけれども、遠くの方を見ると墨を垂らしたような黒い雲が、雨の降るのを予見していた。
「ですね。それ、借りていきます?」
と指さしたのは、例の短編集で。
「うん。まだ最初の二三話しか読めてないしね」
「ゆっくり読んでくださいね。あと声に出すともっと面白いですよ、その作者の作品はどれも、――私は好きじゃない言い方なんですけど、異様にリズムが良い文体で書かれているから。……」
「なるほど、なるほど、やってみよう。……ちょっと恥ずかしいけど」
「大丈夫ですよ。聞いてる側は鼻歌のように感じますから。……って、お姉ちゃんに言われただけなので、あんまり信憑性が無いですけどね。――」
汀沙が本を書架に返しに行っているあいだに、陸也は後輩おすすめの短編集を借りて、二人は一緒に学校の校門をくぐった。薄暗い図書室よりも、夕焼けの差す外の方が涼しくて最初こそ足は弾んだが、袂を分かつ辻にたどり着く頃には、二十キロ以上の重りを胸に着けている汀沙の背に手を回して、足並みをそろえて、付き添うようにゆっくりと歩くようになっていた。あまり車通りの無いのんびりとした交差点だからか、汀沙はふと足を止めると、不思議そうに顔を覗き込んでくる陸也の腕をとって言う。
「先輩、お父さんも、お母さんも居ないので、今日こそ私の家に来てくれませんか?」
途端、それまで柔和だった陸也の顔が引き締まる。
「それは、……駄目だろう。バレたら今度こそ会えなくなる」
「でも、一目だけでも、お姉ちゃんと会ってくれませんか? ずっとずっと待ってるんですよ、あの狭い暗い部屋の中で一人で。――」
「いや駄目だ。あと六ヶ月��二日、……それだけ待てば後は好きなだけ会えるんだ。あともう少しの辛抱なんだ。………」
陸也は現在、汀沙の姉であり、恋人である遥奈と会うことはおろか、電話すらも出来ないのであった。詳しく話せば大分長くなるのでかいつまんで説明すると、陸也は高校へ入学して早々、図書室の主であった遥奈と出会ったのであるが、もともと似た体質だったせいかすぐさま意気投合して、何にも告白などしていないにも関わらず、気がついた時には恋仲となっていた。妹の汀沙も高校一年生の時点でIカップあって胸は大きかったが、姉の遥奈はもっともっとすごく、聞けば中学一年の時点でKカップあり、早熟かと思って油断していると、あれよあれよという間にどんどん大きくなっていって、魔法の手を借りずとも高校一年生でXカップ、その年度内にZカップを超え、高校二年に上がる頃にはバストは百七十センチとなっていたと言う。当然、そんなおっぱいを持つ女性と恋仲になるということは、相当強い理性を持っていなければ、手が伸びてしまうということで、陸也はこの日のように図書室の奥の奥、……自分たちの住む街の町史だか何だかがある、決して誰も近寄らず、空気がどんよりと留まって、嫌な匂いのする場所、……そこで毎日のように遥奈と唇を重ね、太陽が沈んでもおっぱいを揉みしだいていたのである。ここで少し匂わせておくと、娘が毎日門限ギリギリに帰ってくることに遥奈らの両親は心配よりも、何かいかがわしいことをしているのでないかと、本格的な夏に入る前から疑っていたらしい。で、再びおっぱいの話に戻ると、陸也の魔法の手によって、高校一年生でIカップだった汀沙がたった一年で(――遥奈は別として、)世界一のバストを持つ女子高校生になったのだから、高校一年生でXカップあった遥奈への効果は言うまでもなかろう、半年もしないうちに、立っていても地面に柔らかく着いてしまうようになっていた。もうその頃には彼女は、そもそも身動きすらその巨大なおっぱいのために出来ず、学校へ行けなくなっていたので、陸也と会うためには彼が直接家まで向かわなければいけない。だが、ここで問題があった。彼女らの両親、……母親はともかくとして、父親がそういうことに厳格な人物らしく、男を家に上げたがらないのである。しかも親馬鹿な面も持ち合わせているので、娘が今、身動きすら取れないことに非常に心配していらっしゃるらしく、面と向かって会うのは避けた方が良い、それにお忍びで会うなんて何か素敵だよね、と遥奈が言うので、陸也は両親の居ないすきを突いて遥奈と会い、唇を重ね、おっぱいを揉みしだき、時には体を重ねた。その時唯一知られたのは、ひょんなことで中学校から帰って来た妹の汀沙であるのだが、二人の仲を切り裂くことなんて微塵も思って無く、むしろ両親に悟られないように手助けすると言って、ほんとうにあれこれ尽くしてくれた。――が、そんな汀沙の努力も虚しく見つかってしまった。それはクリスマスの少し前あたりであった。幸いにも行為が終わって余韻に浸りながら楽しく喋っているところではあったが、冷たい顔をした父親に一人別室に呼び出された陸也はそこで根掘り���掘り、娘と何をしていたのか聞き出されることになったのである。若い男女が二人、ベッドの上で横に並び合い、手を繋いで離すなど、それだけでも父親にはたまらなかったが、何より良くなかったのはお忍びで会っていたことで、何をこそこそとやっとるんだ、もしかして遥奈の帰りが遅くなっていたのはお前のせいか、俺は娘が嘘をついていることなんて分かっていたが、やっぱりそういうことだったのか、などとまだ高校一年生の陸也には手のつけようが無いほど怒り狂ってしまい、最終的に下された結論は、二年間遥奈と会わないこと、通話もしないこと。お前もその時には十八歳になっているだろうから、その時に初めて交際を許可する。分かったなら早く家へ帰りなさい。――と、遥奈に別れも告げられずに家を追い出されたのである。
だから陸也はもう一年以上、あのおっとりとした声を聞いていないし、あのほっそりとした指で頬を撫でられていないし、あのぷっくりと麗しい唇と己の唇を重ねられていないし、あの人を一人や二人は簡単に飲み込める巨大なおっぱいに触れられていないのである。二年くらいどうってことない、すぐに過ぎ去る、と思っていたけれども、妹に己の欲望をぶつけてしまうほどに彼女が恋しい。今も一人この鮮やかに街を照らす夕日を眺めているのだろうか、それとも窓を締め切って、カーテンを締め切って、一人寂しさに打ち震えているのであろうか、はたまた無理矢理にでも攫ってくれない自分に愛想をつかしているのであろうか。――頭の中はいつだって遥奈のことでいっぱいである。汀沙から毎日のように状況は聞いているが、自分の目でその姿を見られないのが非常にもどかしい。陸也はもたれかかっていた電柱にその悔しさをぶつけると、その場に座り込んだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「無理かも。……」
「あ、あの、……無理言ってごめんなさい。……」
「いや、汀沙が謝ることはないよ。全部俺の意気地が無いだけだから。……」
「……先輩、私はいつだって先輩とお姉ちゃんの味方ですからね。だからあと半年感、――ちょっとおっぱいは足りないけど、私をお姉ちゃんだと思って好きなだけ甘えてください。ほら、――」
さらさらと、汀沙が頬を撫でてくる、ちょうど遥奈と同じような力加減で、ちょうど遥奈と同じような手付きで。………
「ありがとう汀沙、ありがとう。………」
絞り出したその声は、震えていてついには風切り音にかき消されてしまったが、側に居る汀沙の心にはしっかりと響いていた。
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マジックハンド
巨乳な後輩のおっぱいを揉む話。
真夏、――と言ってもまだ六月ではあるけれども、クーラーの入るか入らないかギリギリの季節の図書室は、地獄と言ってもそれほど違和感は無いにも関わらず、陸也は後輩に勧められるがまま手渡された短編集を開いていたのであるが、もうかれこれ三十分ほどは字を追いかけるだけで内容なんてちっとも入って来ていなかった。正直に言って本を読むことなんて二の次なのだから、別段この灼熱地獄を耐える必要など無い。が、眼の前に座っている後輩、――汀沙(なぎさ)などとおだやかそうな名前をしている一つ歳の離れた女子が、パタパタと下敷きで自身を扇ぎながら、瞬きもあんまりせず熱心に目を上から下へ動かしているので、仕方無いけれども彼女が一息つくまで待たねばならぬ。陸也は暑さに耐えかねて静かにため息をつくと、本を少しだけ下ろして、視界を広げて、器用に片手でページをめくる彼女の姿を覗いた。彼女とはここで初めて会った、……というのは嘘だけれど、ちゃんと話したのはこの図書室が初めてなのだから、そう言っても良いであろう。その時から小生意気で、先輩というよりは友達感覚で接してきて、これがあの人の妹なのかと、ついつい声が出てしまったのであるが、それでも黙っていると美人なものは美人で。彼女の日本人らしい黒髪は、短いけれども艶々と夏の陽で輝いているし、すっと伸びた眉毛から目元、鼻先は性格に似合わず小造りであるし、パタ………、と止まった手首はほの白く、全くもって姉と同じ華車な曲線を描いている。陸也はそれだけでもかつて恋い焦がれていた〝先輩〟を思い出してしまうのであるが、机の上に重々しく乗って、扇ぐのを再開した腕に合わせてふるふると揺れ動く汀沙の、――およそ世界で一番大きいと言っても過言ではないおっぱいを見ていると、いつしか本を閉じて机の上に置いていた。
「せんぱい、せんぱい、それどうです? 面白いでしょ?」
目ざとく陸也の動きに反応した汀沙が相変わらず自分の顔を扇ぎながら言う。額にひたひたと張り付いていたかと思っていた前髪が、ふわりと浮いては、ふわりと額を撫でる。
「せやな。………」
「先輩?」
「んん?」
「その本の一番最初の話を七十字程度に要約せよ。出来なければジュース一本おごりで。――あ、二本でもいいですよ」
と得意げな顔をして言うのは、陸也が暑さで朦朧としているのを知っているからである。
「あー、あー、おごってあげるから、俺もそいつで扇いでくれ。………」
「やっぱり。仕方ないですねぇ」
と本を置いて、ぐいと、体を前に乗り出し、バサバサと両手で下敷きを持って扇いでくれる。図書室は狭いくせに結構広めの机だから、陸也に届く頃にはさらさらとしたそよ風になっていたけれども、あるか無いかでは大違いであった。だが長くは続かない。………
「はい、お終い!」
と再び自分をパタパタと扇ぎ初めた。
「えー、もう?」
「えー、じゃないです。扇ぐ方の身にもなってください」
「……俺、先輩だし。………」
「っていうか、先輩が隣に来たら良いんですよ。たぶん横の席は涼しいと思いますよ?」
とニヤリと目を細めて言い、ぽんぽんと左手にある席を叩く。確かに、汀沙の言う通り隣の席に行けば風に当たることは出来よう、しかし彼がそういう風に座らなかったのは、今更示しても無駄な理性が働いたからであった。先程、汀沙のおっぱいは世界で一番大きい、と言ったのは全くの嘘ではなく、自身の顔を超え、バスケットボールを超え、………いやそうやって辿って行くと果てしがないので一気に飛ばして言うと、バスケットボール三つ分よりもまだ大きい。恐らくこの世には、机におっぱいが乗る女性などごまんと居るであろうが、片方だけでも西瓜よりまだまだずっと大きい彼女のおっぱいは、乗る、というよりは、乗り上げる、と言った方が正しく、こんもりと山のように盛り上がったおっぱいは彼女の顎にまで当たりそうで、そして両隣の席にまで大きくはみ出しているのである。制服に包まれてその姿は拝むことは出来ないが、自身の重さで描かれるたわやかな楕円だったり、ここ最近の成長に追いつけずパツパツに張っている生地を見ていると、それだけで手が伸びてしまう。隣に座ればきっと我慢することなど出来やしない。心行くまで後輩のおっぱいを揉みしだいてしまう。だから陸也は彼女の隣に座らなかったのであるが、結局はいつものように汀沙の誘いに誘われるがまま、席を立つのであった。
「せんぱいのえっち。でも今日は、いつもより耐えられた、………ような気がします」
「いつも思うんだけど、どうしてすぐに触らせてくれないの。………」
そういえば去年の冬、試験勉強をしている最中に消しゴムが彼女の胸元へ転がって、拾おうと手を伸ばして、ちょっと触れてしまったことがあった。その時にひどく怒られて以来しばらく、陸也はすぐに彼女のおっぱいには触れられなくなったのであるが、そんなこともうどうでもよくなった汀沙からすると、今では何だか面白いから続けているようなものだし、窒息して気を失うまで胸元に押し付けられた陸也からすると、今では新たな性癖が芽生えて自分で自分を縛っているだけである。
「私はお姉ちゃんのように甘くはありませんからね。――あ、どうぞどうぞ、こちらへ。………」
とガラガラという音を立てさせつつ椅子を引いてくれたので、大人しく座った。おっぱいに引っ張られて床と平行になった胸ポケットから名札がこちらを覗いていたが、すっと目の前に出てきたのはしなやかな指に挟まれた下敷きであった。
「ん? ――」
「先輩、扇いでください。さっきは私がしてあげたでしょう?」
「………えー」
「えー、じゃないですってば。後少しで切りの良いところにたどり着くので、――ほらほら、でないと私帰っちゃいますよ?」
「しゃあなしやで」
こうやって焦らされるのはいつものことだけれども、今日は特に上機嫌なせいか、特にいじられている気がする。陸也は手でボールを転がすようにおっぱいを揺すっている汀沙に下敷きを向け、パタパタとちょうどよい力加減で扇いであげた。たなびく髪の影からちらちらと彼女のうなじが見えて来たけれども、ちょっと艶めかしすぎるので目をそらしてしまったが、今度は制服を突き抜け、インナーを突き抜けてその存在を主張するゴツゴツとした、きっと巨大であろうブラジャーが目に飛び込んできて、もうどうすることもなしにただ校舎の外に植えられているクスノキを眺め初めた。傾きかけた陽の光が木の葉に映って綺麗であった。――
汀沙の「後少し」は、ほんとうに後少しだったのか五分ともせずにパタンと、本を閉じて陸也の方を向く。
「先輩、切りの良いところまでたどり着いたので、気分転換に〝ミステリー小説を探しに行きましょう〟」
これが二人の合言葉であった。汀沙は手を机について立ち上がると、制服の裾を引っ張ってだらしのなくなった胸元をきちんと正し、ついでに肩にかかるストラップがズレているのが気に食わなくて正し、そうすると次は、そろそろ収まりの悪くなってきたブラジャーから何となくおっぱいが溢れているような気がしたが、よく考えればこれは昨日からだった。無言で陸也と視線を交わして、図書室の奥の奥、……自分たちの住む街の町史だか何だかがある、決して誰も近寄らず、空気がどんよりと留まって、嫌な匂いのする場所、……そこに向かう。図書室には基本的に人はあまり来ないから、そんな変な匂いに包まれることも無いのだが、陸也がどうしてもここでと言うからいつもそこである。今一度見渡してみると陽の光は入らないし、天上にある蛍光灯は切れたままだし、やっぱりカビ臭いし、聞こえるのは布の擦れる音と、自分と陸也の呼吸だけ。………もう誰にも見られていないに違い無いので、彼の胸元に自分の大きく育ちすぎたおっぱいを押し付けながら、強く強く抱きついた。もし、服を着ていなければ、きっと上半身をほとんど包み込めていただろうが、こうやって私と、陸也の力でぎゅっ……と距離を縮めるのも悪くはない。汀沙はそっと手を離して、半ば陸也の拘束を振りほどくように、くるりと回って背を向けた。
「先輩、今日こそ優しくおねがいします。………」
と小声で、両手を股の辺りでしっかりと握りながら言うと、背中から彼の体がぴったりと密着してくる。脇の下から彼の手がそっと通ってくる。その手は迷うこと無く自分の一番敏感な部分に制服の上から触れ、こそばゆいまでに優しくおっぱい全体を撫で回す。もう一年以上、同じことを休日以外は毎日されているけれども、この瞬間だけは慣れない。汀沙は顔を赤くしながら口を抑えると、背中を陸也にすっかり預けて、砕けそうになる膝に力を入れて、すりすりとてっぺんを撫でてくる手の心地よさに必死で抗った。
やっぱり今日も、魔法の手は魔法の手だった。姉から、りっくんの手は魔法の手だから気をつけて。ほんの少しだけ触れられるだけでこう、……何て言ったら良いのかな、おっぱいのうずきが体中に広がって、背筋がゾクゾクして、膝がガクガクして、立っていられなくなるの。上手くは説明できないけど、一度体験したら分かると思う。よくスカートを汚して帰ってきたことがあったでしょう? あれはりっくんの無慈悲な手を味わい続けて、腰を抜かしてしまったからなの。女の子の扱いなんて知らないような子��から、毎回抱き起こすのが下手でね、しかもあの魔法の手で背中を擦ってきてね、腰の骨が無くなっちゃったような感じがしてね、――と、しごく嬉しそうな顔をしてのろけられたことがあったのだが、その時はまだ高校に入学する前だったので、何を言ってるんだこの姉は。よくつまづくから自分でコケたんじゃないか、と半信半疑、いや、あの常日頃ぼんやりとしているような男に姉が負ける訳が無いと、全くもって疑っていたのである。けれども一年前のゴールデンウィーク前日に、廊下を歩いていると、後ろから名前を呼びかけられると共に肩を叩かれた事があった。陸也は手を振ってさっさと去ってしまったが、妙に肩から力が抜けたような気がしてならぬ。いや、そんなことはありえないと、しかしちょっとだけ期待して図書室へ行ったが彼の姿はどこにも見当たらなかったので、その日は大人しく家に帰って眠って、ほんの一週間にも満たない休日を満喫しようと思っていた。が、やはりあの手の感触が忘れられない、それになぜだか胸が張って来たような気がする。中学生の頃からすくすくと成長してきた彼女のおっぱいは、その時すでにIカップ。クラスではもちろん一番大きいし、学年でもたぶんここまで大きい同級生は居ないはず。そんなおっぱいがぷっくりと、今までに無い瑞々しいハリを持ち始め、触ってみたらピリピリと痛んで、肌着はもちろんのことブラジャーすら、違和感でずっとは着けていられなかった。
結局ゴールデンウィークが開ける頃には彼女のおっぱいはJカップにまで育っていたが、それよりも陸也の手が気になって気になって仕方がなく、久しぶりの授業が終わるやいなや図書室へと駆け込んだ。姉からりっくんは図書室に居るよと伝えられていたし、実際四月にもしばしば姿を見かけていたので、適当に本を一冊見繕って座って待っていると、程なくして彼はやって来た。汀沙を見つけるとにっこりと笑って、対面に座り、図書室なので声を潜めてありきたりなことを喋りだす。だがこれまで挨拶を交わす程度の仲である、……すぐに話のネタが尽き無言の時間が訪れたので、汀沙は思い切って、姉から伝えられていた〝合言葉〟を口に出した。――これが彼女にとっての初めて。Jカップのおっぱいをまさぐる優しい手付きに、汀沙は一瞬で崩れ落ち、秘部からはとろとろと蜜が溢れ、足は立たず、最後にはぺたんと座り込んで恍惚(うっとり)と、背中を擦ってトドメを刺してくる陸也をぼんやり眺めるのみ。声こそ出さなかったものの、そのせいで過呼吸みたいに浅い息が止まらないし、止めどもなく出てくる涙はポタポタと床に落ちていくし、姉の言葉を信じていればと後悔したけれども、ジンジンと痺れるおっぱいは、我が子のように愛おしい。もっと撫でてほしい。………
その日を境に、汀沙のおっぱいは驚異的な成長を遂げた、いや、今も遂げている。最初の頃は二日や三日に一カップは大きくなっていっていたので、ただでさえJカップという大きなおっぱいが、ものの一ヶ月で、K、L、M、N、O、P、Q、R、………と六月に入る頃にはTカップにまで成長していた。姉からはなるほどね、という目で見られたが、友達たちにはどう言えばいいものか、特に休日を挟むと一回り大きくなっているので、校舎の反対側に居る同級生にすら、毎週月曜日は祈願も込めて汀沙のおっぱいは揉まれに揉まれた。ある人はただその感触を味わいたいが故に訪れては揉み、ある人は育乳のコツを聞くついでに訪れては揉み、まだ彼女のことを知らぬ者はギョッとして写真を撮る。汀沙はちょっとした学校の人気者になっていたのであったが、休み時間は無いようなものになったし、お昼ご飯もまともに食べられないし、それに何より放課後そういう人たちを撒くのに手間取り陸也との時間が減ったので、かなりうんざりとしていた。が、そういったいわゆる「汀沙まつり」も六月の最終週には収まった。――とうとう彼女のおっぱいがZカップを超えたのである。たった一ヶ月で頭よりも大きくなり、二ヶ月でアルファベットで数えられなくなったおっぱいに、さすがの女子たちも、それに男子たちも気味が悪いと感じたのであろうか、触れてはいけないという目で見てくるようになって、居心地の悪さと言ったらなかった。以前のように行列を作るようなことは無くなったどころか、仲の良い友達も自分のおっぱいを話題に上げることすらしない。どこか距離を置かれているような、そんな感じである。
だがそれは自分から話題を振るとやっぱり、彼女たちも我慢していたのか以前と変わらない接し方をしてくれ、週明けには何センチ大きくなった? とも聞いてくるようになったのであるが、さて困ったのは授業である。と言っても普段の授業は、机の上におっぱいが乗ってノートが取れないと言っても、出来るだけ椅子を引けば膝の上に柔らかく落ち着かせることが出来るから、そこまで支障は無い。ほんとうに困ったのは体育である。体調も悪いのでなしに休むことが出来なければ、見学することも出来ない。かと言って意外に真面目な彼女は仮病なんて使いたくない。幸いにも水泳は無かったからブラジャーと同じでバカでかい水着を買うことは無かったけれども、やはり少しくらいは授業に参加しなければならず、たぷんたぷんと揺れるおっぱいを片腕で抑えながら行うバスケやバトミントンは、思い出すだけで死にたくなってくる。殊にバスケではボールを手に持っていると友達から、あれ? ボールが三つもあるよ? などと冷やかされ、どっちの方が大きいんだろう、……などとバスケットボールとおっぱいを比べられ、うっそ、まじでおっぱいの方が大きい、………などと言われ、ちょっとした喧嘩に発展しそうになった事もある。今では片方だけで十キロ以上あるから基本的に体育は見学でも良くなったものの、去年一年間のことはもう思い出したくもない。陸也との思い出以外には。………
おっぱいを触れられてから恋心が目覚めるなど、順番がおかしいように感じるが、汀沙はあの魔法の手でおっぱいを揉まれてからというもの、その前後に交わす会話から少しずつ陸也に心が寄っていくのを感じていた。姉妹揃って同じ人物に惚れるなんてドラマじゃあるまいし、もしそうなったらドロドロになりそうで嫌だなぁ、と思っていたら現実になりかけている。「なりかけている」というのは若干の諦めが混じっているからなのだが、それが何故なのかと言うと、陸也はやっぱり姉の方に心を傾けているのである。先輩は決して遊びで私のおっぱいを揉んではいないけれども、どこかよそよそしく感じるのはどうしてだろう、姉は魔法の手でおっぱいを揉みしだかれたと言うが、私はもにもにと軽く力を入れられた記憶しかない。それだけで十分といえば十分ではあるが、やはり物足りない。やはり先輩はお姉ちゃんの方が好き。もうこんなに、――歩くのも大変で、況してや階段を降りるなんて一段一段手すりに捕まらなければ出来ないというのに、毎朝あの巨大なブラジャーを付けるのに十分は手こずるというのに、お風呂に入ればお湯が大方流れて行ってしまうというのに、毎夜寝返りも打てず目が覚めては布団を掛け直さなくてはならないというのに、電車に乗れば痴漢どころか人をこのおっぱいで飲み込まなければいけないというのに、振り向くどころか姉の影すら重ねてくれない。汀沙は今ではやけっぱちになって、陸也を弄っている折があるけれども、内心ではいつか、と言っても彼が高校を卒業するまでもう一年も無いけれど、いつかきっと、……という思いがあるのであった。
「――汀沙、そろそろ揉むよ、良い?」
と一人の女の子を快楽で悶えさせていた陸也が、今までやっていたのは準備体操と言わんばかりに軽く言う。実際、彼はおっぱいの感触を楽しむ、というよりはそれをすっぽりと包む純白のブラジャー、……のゴツゴツとした感触を制服越しになぞっていただけであった。
「お、おね、おねがい。……」
普段はよく舌の回る汀沙も、魔法の手には敵わない。ここに居る間は原則として声を発してはいけないことになっているから、陸也からの返事は無いが、次第におっぱいを持ち上げるように手を下に入れられると、指がその柔らかな肉に食い込み始めた。ブラジャーを着けて支えていてもへそを隠してしまうおっぱいは、中々持ち上がりそうに無く、ギシギシとカップの軋む音だけが聞こえてくる。特注のブラジャーはいたる所にワイヤーが通されてかなり頑丈に作られているから、ちょっとやそっとではへこまないのであるが、そんな音が聞こえてくるということは、相当力を入れているのであろう。そう思うだけでも快感が頭にまで登ってくる。
「んっ、……」
思わず声が出てしまった。呼吸が苦しくなってきたので、口から手を離して息を吸うと、彼もまた浅く荒く呼吸しているのが分かった、目はしっかりと見開き、額に汗をにじませながら彼女の、巨大なおっぱいを揉んでいる。……汀沙はその事実がたまらなかった。例えお姉ちゃんを忘れられずに行っている陸也の自慰行為とは言っても、ただの想像だけではここまで興奮はしないはず。今だけは姉のおっぱいではなく、私のおっぱいに注目してくれている、私のおっぱいで興奮してくれている。けれどもやっぱり、その目には姉が映っているのであろう、私もその愛を受けてみたい、あんまりおっぱいは大きく無いけれど、私に向けられて言うのではないけれど、その愛を感じてみたい。――と思うと汀沙は自然に陸也の名前を呼んでいた。
「りっくん。………」
とは姉が陸也を呼ぶ時のあだ名。
「遥奈。………」
とは姉の名。あゝ、やっぱり、彼は私のことなんて見ていなかった、それにお姉ちゃんのことを「先輩」なんて呼んでいなかった。陸也の手は汀沙が彼を呼んだ時に止まってしまっていたけれども、やがて思いついたように、再びすりすりとおっぱいを大きく撫で回していた。その手を取って、無理やり自分の一番敏感な部分にピタッとつけると、ここを揉めと声に出す代わりに、魔法の手の上から自分のおっぱいを揉む。
「汀沙?」
「今は遥奈でもいいです。けど、そのかわり遠慮なんてしないでください。私をお姉ちゃんだと思って、……おねがいします。――」
言っているうちに涙が出てきて止まらなかった。汗ばんだ頬を伝って、ぽたりぽたりと、美しい形の雫が異常に発達した乳房に落つ。その時眼の前が覆われたかと思えば、意外とかわいい柄をしたハンカチで、ぽんぽんと、優しく目元を拭われていた。
「汀沙、やっぱりそれは出来ない。汀沙は汀沙だし、遥奈は遥奈だよ」
「ふ、ふ、……さっき私のこと遥奈って言ったくせになにかっこつけてるんです」
ぺらりと垂れ下がったハンカチから、極端にデフォルメされたうさぎがこちらを覗き込んでいるので、涙が引くどころか、笑みさえ浮かべる余裕が出来たのである。
「まぁ、うん、ごめんなさい。――今日はこの辺にしておく?」
「それは駄目です。もうちょっとお願いします」
「えー、……」
「えー、じゃないって何回言えば分かるんですか。早くそのファンシーなハンカチをしまってください」
と陸也がハンカチをしまったのを見て、そういえば昔、家でああいう柄をしたハンカチを見たことがあるのを思い出すと、またしても心が痛くなったけれども、所詮叶わぬ夢だったのだと思い込んで、再び魔法の手による快楽地獄に身を任せてから、シワの入ってしまった制服を整えつつ席に戻った。
「そろそろ帰るかー。暗くなりそうだし。それに夜は雨だそうだし」
と背伸びをして、陸也はポキポキと首を鳴らす。外にあるクスノキの葉は、夕焼けに照らされて鈍く赤く輝いてはいるけれども、遠くの方を見ると墨を垂らしたような黒い雲が、雨の降るのを予見していた。
「ですね。それ、借りていきます?」
と指さしたのは、例の短編集で。
「うん。まだ最初の二三話しか読めてないしね」
「ゆっくり読んでくださいね。あと声に出すともっと面白いですよ、その作者の作品はどれも、――私は好きじゃない言い方なんですけど、異様にリズムが良い文体で書かれているから。……」
「なるほど、なるほど、やってみよう。……ちょっと恥ずかしいけど」
「大丈夫ですよ。聞いてる側は鼻歌のように感じますから。……って、お姉ちゃんに言われただけなので、あんまり信憑性が無いですけどね。――」
汀沙が本を書架に返しに行っているあいだに、陸也は後輩おすすめの短編集を借りて、二人は一緒に学校の校門をくぐった。薄暗い図書室よりも、夕焼けの差す外の方が涼しくて最初こそ足は弾んだが、袂を分かつ辻にたどり着く頃には、二十キロ以上の重りを胸に着けている汀沙の背に手を回して、足並みをそろえて、��き添うようにゆっくりと歩くようになっていた。あまり車通りの無いのんびりとした交差点だからか、汀沙はふと足を止めると、不思議そうに顔を覗き込んでくる陸也の腕をとって言う。
「先輩、お父さんも、お母さんも居ないので、今日こそ私の家に来てくれませんか?」
途端、それまで柔和だった陸也の顔が引き締まる。
「それは、……駄目だろう。バレたら今度こそ会えなくなる」
「でも、一目だけでも、お姉ちゃんと会ってくれませんか? ずっとずっと待ってるんですよ、あの狭い暗い部屋の中で一人で。――」
「いや駄目だ。あと六ヶ月と二日、……それだけ待てば後は好きなだけ会えるんだ。あともう少しの辛抱なんだ。………」
陸也は現在、汀沙の姉であり、恋人である遥奈と会うことはおろか、電話すらも出来ないのであった。詳しく話せば大分長くなるのでかいつまんで説明すると、陸也は高校へ入学して早々、図書室の主であった遥奈と出会ったのであるが、もともと似た体質だったせいかすぐさま意気投合して、何にも告白などしていないにも関わらず、気がついた時には恋仲となっていた。妹の汀沙も高校一年生の時点でIカップあって胸は大きかったが、姉の遥奈はもっともっとすごく、聞けば中学一年の時点でKカップあり、早熟かと思って油断していると、あれよあれよという間にどんどん大きくなっていって、魔法の手を借りずとも高校一年生でXカップ、その年度内にZカップを超え、高校二年に上がる頃にはバストは百七十センチとなっていたと言う。当然、そんなおっぱいを持つ女性と恋仲になるということは、相当強い理性を持っていなければ、手が伸びてしまうということで、陸也はこの日のように図書室の奥の奥、……自分たちの住む街の町史だか何だかがある、決して誰も近寄らず、空気がどんよりと留まって、嫌な匂いのする場所、……そこで毎日のように遥奈と唇を重ね、太陽が沈んでもおっぱいを揉みしだいていたのである。ここで少し匂わせておくと、娘が毎日門限ギリギリに帰ってくることに遥奈らの両親は心配よりも、何かいかがわしいことをしているのでないかと、本格的な夏に入る前から疑っていたらしい。で、再びおっぱいの話に戻ると、陸也の魔法の手によって、高校一年生でIカップだった汀沙がたった一年で(――遥奈は別として、)世界一のバストを持つ女子高校生になったのだから、高校一年生でXカップあった遥奈への効果は言うまでもなかろう、半年もしないうちに、立っていても地面に柔らかく着いてしまうようになっていた。もうその頃には彼女は、そもそも身動きすらその巨大なおっぱいのために出来ず、学校へ行けなくなっていたので、陸也と会うためには彼が直接家まで向かわなければいけない。だが、ここで問題があった。彼女らの両親、……母親はともかくとして、父親がそういうことに厳格な人物らしく、男を家に上げたがらないのである。しかも親馬鹿な面も持ち合わせているので、娘が今、身動きすら取れないことに非常に心配していらっしゃるらしく、面と向かって会うのは避けた方が良い、それにお忍びで会うなんて何か素敵だよね、と遥奈が言うので、陸也は両親の居ないすきを突いて遥奈と会い、唇を重ね、おっぱいを揉みしだき、時には体を重ねた。その時唯一知られたのは、ひょんなことで中学校から帰って来た妹の汀沙であるのだが、二人の仲を切り裂くことなんて微塵も思って無く、むしろ両親に悟られないように手助けすると言って、ほんとうにあれこれ尽くしてくれた。――が、そんな汀沙の努力も虚しく見つかってしまった。それはクリスマスの少し前あたりであった。幸いにも行為が終わって余韻に浸りながら楽しく喋っているところではあったが、冷たい顔をした父親に一人別室に呼び出された陸也はそこで根掘り葉掘り、娘と何をしていたのか聞き出されることになったのである。若い男女が二人、ベッドの上で横に並び合い、手を繋いで離すなど、それだけでも父親にはたまらなかったが、何より良くなかったのはお忍びで会っていたことで、何をこそこそとやっとるんだ、もしかして遥奈の帰りが遅くなっていたのはお前のせいか、俺は娘が嘘をついていることなんて分かっていたが、やっぱりそういうことだったのか、などとまだ高校一年生の陸也には手のつけようが無いほど怒り狂ってしまい、最終的に下された結論は、二年間遥奈と会わないこと、通話もしないこと。お前もその時には十八歳になっているだろうから、その時に初めて交際を許可する。分かったなら早く家へ帰りなさい。――と、遥奈に別れも告げられずに家を追い出されたのである。
だから陸也はもう一年以上、あのおっとりとした声を聞いていないし、あのほっそりとした指で頬を撫でられていないし、あのぷっくりと麗しい唇と己の唇を重ねられていないし、あの人を一人や二人は簡単に飲み込める巨大なおっぱいに触れられていないのである。二年くらいどうってことない、すぐに過ぎ去る、と思っていたけれども、妹に己の欲望をぶつけてしまうほどに彼女が恋しい。今も一人この鮮やかに街を照らす夕日を眺めているのだろうか、それとも窓を締め切って、カーテンを締め切って、一人寂しさに打ち震えているのであろうか、はたまた無理矢理にでも攫ってくれない自分に愛想をつかしているのであろうか。――頭の中はいつだって遥奈のことでいっぱいである。汀沙から毎日のように状況は聞いているが、自分の目でその姿を見られないのが非常にもどかしい。陸也はもたれかかっていた電柱にその悔しさをぶつけると、その場に座り込んだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「無理かも。……」
「あ、あの、……無理言ってごめんなさい。……」
「いや、汀沙が謝ることはないよ。全部俺の意気地が無いだけだから。……」
「……先輩、私はいつだって先輩とお姉ちゃんの味方ですからね。だからあと半年感、――ちょっとおっぱいは足りないけど、私をお姉ちゃんだと思って好きなだけ甘えてください。ほら、――」
さらさらと、汀沙が頬を撫でてくる、ちょうど遥奈と同じような力加減で、ちょうど遥奈と同じような手付きで。………
「ありがとう汀沙、ありがとう。………」
絞り出したその声は、震えていてついには風切り音にかき消されてしまったが、側に居る汀沙の心にはしっかりと響いていた。
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【小説】フラミンゴガール
ミンゴスの右脚は太腿の途中から金属製で、そのメタリックなピンク色の輝きは、無機質な冷たさを宿しながらも生肉のようにグロテスクだった。
彼女は生まれつき片脚がないんだとか、子供の頃に交通事故で失くしたのだとか、ハンバーガーショップでバイト中にチキンナゲット製造機に巻き込まれたのだとか、酒を飲んでは暴力を振るう父親が、ある晩ついに肉切り包丁を振り上げたからなのだとか、その右脚についてはさまざまな噂や憶測があったけれど、真実を知る者は誰もいなかった。
ただひとつ確かなことは、この街に巣くう誰もが、彼女に初めて出会った時、彼女はすでに彼女であった――ミンゴスは最初から金属の右脚をまとって、我々の前に現れたということだ。
生身である左脚が描く曲線とはまるで違う、ただの棒きれのようなその右脚は、しかし決して貧相には見えず、夜明け前の路地裏を闊歩する足取りは力強かった。
脚の代わりでありながら、脚��擬態することをまったく放棄しているその義足は、白昼の大通りでは悪目立ちしてばかりいた。すれ違う人々は避けるように大きく迂回をするか、性質が悪い連中はわざとぶつかって来るかであったが、ミンゴスがそれにひるんだところを、少なくとも俺は見たことがない。
彼女は往来でどんな目に遭おうが、いつだって澄ました表情をしていた。道の反対側から小石を投げてきた小学生には、にっこりと笑って涼しげに手を振っていた。
彼女は強かった。義足同様に、心までも半分は金属でできているんじゃないかと、誰かが笑った。
夏でも冬でも甚平を着ている坊主崩れのフジマサは、ミンゴスはその芯の強さゆえに、神様がバランスをとる目的で脚を一本取り上げたのだ、というのが自論だった。
「ただ、神様というのはどうも手ぬるいことをなさる。どうせしてしまうのならば、両脚とももいでしまえばよかったものを」
そう言いながら赤提灯の下、チェ・レッドを吸うフジマサの隣で、ミンゴスはケラケラと笑い声を零しながら、「なにそれ、チョーウケる」と言って、片膝を立てたまま、すっかりぬるくなったビールをあおった。
彼女は座る時、生身である左脚の片膝を立てるのが癖だった。まるで抱かれているように、彼女の両腕の中に収まっている左脚を見ていると、奇抜な義足の右脚よりも、彼女にとって大切なのはその左脚のような気がした。それも当然のことなのかもしれなかった。
彼女も、彼女を取り巻いていた我々も、彼女が片脚しかないということを気にしていなかった。最初こそは誰しもが驚くものの、時が経てばそれは、サビの舌の先端がふたつに裂けていることや、ヤクザ上がりのキクスイの左手の指が足りていないこと、リリコの前歯がシンナーに溶けて半分もないこと、レンゲが真夏であっても長袖を着ていることなんかと同じように、ありふれた日常として受け入れられ、受け流されていくのだった。
「確かにさぁ、よく考えたら、ミンゴスってショーガイシャな訳じゃん?」
トリカワが、今日も焼き鳥の皮ばかりを注文したのを頬張ってそう言った。発音はほとんど「超外車」に近かった。
「ショーガイシャ?」
訊き返したミンゴスの発音は、限りなく「SHOW会社」だ。
「あたし障害者なの?」
「身体障害者とか、あるじゃん。電車で優先席座れるやつ」
「あー」
「えー、ミンゴスは障害者じゃないよ。だって、いっつも電車でおばあちゃんに席譲るじゃん」
キュウリの漬物を咥えたまま、リリコが言った。
「確かに」
「ミンゴスはババアには必ず席譲るよな、ジジイはシカトするのに」
「あたし、おばあちゃんっ子だったからさー」
「年寄りを男女差別すんのやめろよ」
「愚か者ども、少しはご老人を敬いなさいよ」
フジマサが呆れたように口を挟んで、大きな���伸をひとつした。
「おばあちゃん、元気にしてんのかなー」
まるで独り言のように、ミンゴスはそう小さくつぶやいて、つられたように欠伸をする。
思えばそれが、彼女が家族について口にしたのを耳にした、最初で最後だった。
俺たちは、誰もろくに自分の家族について語ろうとしなかった。自分自身についてでさえ、訊かれなければ口にすることもなく、訊かれたところで、曖昧に笑って誤魔化してばかりいた。
それでも毎日のように顔を突き合わせ、特に理由もなく集まって酒を飲み、共に飯を食い、意味のない会話を繰り返した。
俺たちは何者でもなかった。何かを共に成し遂げる仲間でもなく、徒党を組んでいたというにはあまりにも希薄な関係で、友人同士だと言うにはただ他人行儀だった。
振り返ってみれば、俺がミンゴスや周りの連中と共に過ごした期間はほんの短い間に過ぎず、だから彼女のこと誰かに尋ねられる度、どう口にすればいいのかいつも悩んで、彼女との些細な思い出ばかりを想起してしまう。
ミンゴスは砂糖で水増ししたような甘くて怪しい錠剤を、イチゴ柄のタブレットケースに入れて持ち歩いていた。
彼女に初めて出会った夜のことは、今でも忘れられない。
俺は掃き溜めのようなこの街の、一日じゅう光が射さない裏路地で、吐瀉物まみれになって倒れていた。一体いつからうつ伏せになっているのか、重たい頭はひどく痛んで、思い出すのも困難だった。何度か、通りすがりの酔っ払いが俺の身体に躓いて転んだ。そのうちのひとりが悪態をつき、唾をかけ、脇腹を蹴り上げてきたので、もう何も嘔吐できるものなどないのに、胃がひっくり返りそうになった。
路地裏には俺のえづいている声だけが響き、それさえもやっと収まって静寂が戻った時、数人の楽しげな話し声が近付いて来るのに気が付いた。
今思えば、あの時先頭を切ってはしゃぎながら駆けて来たのはリリコで、その妙なハイテンションは間違いなく、なんらかの化学作用が及ぼした結果に違いなかった。
「こらこら、走ると転ぶぞ」
と、忠告するフジマサも足元がおぼつかない様子で、普段は一言も発しないレンゲでさえも、右に左にふらふらと身体を揺らしながら、何かぶつぶつとつぶやいていた。サビはにやにやと笑いながら、ラムネ菓子を噛み砕いているかのような音を口から立てて歩いていて、その後ろを、煙管を咥えて行くのがトリカワだった。そんな連中をまるで保護者のように見守りながら行くのがキクスイであったが、彼はどういう訳か額からたらたらと鮮血を流している有り様だった。
奇妙な連中は路地裏に転がる俺のことなど気にも留めず、よろけたフジマサが俺の左手を踏みつけたがまるで気付いた様子もなく、ただ、トリカワが煙管の灰を俺の頭の上めがけて振るい落としたことだけが、作為的に感じられた。
さっきの酔っ払いに蹴り飛ばされてすっかり戦意喪失していた俺は、文句を言う気もなければ連中を睨み返してやる気力もなく、ただ道に横たわっていた。このまま小石にでもなれればいいのに、とさえ思った。
「ねーえ、そこで何してんの?」
そんな俺に声をかけたのが、最後尾を歩いていたミンゴスだった。すぐ側にしゃがみ込んできて、その長い髪が俺の頬にまで垂れてくすぐったかった。
ネコ科の動物を思わせるような大きな吊り目が俺を見ていた。俺も彼女を見ていた。彼女は美しかった。今まで嗅いだことのない、不可思議な香水のにおいがした。その香りは、どこの店の女たちとも違った。俺は突然のことに圧倒された。
彼女は何も答えない俺に小首を傾げ、それからおもむろにコートのポケットに手を突っ込むと、そこから何かを取り出した。
「これ舐める? チョー美味しいよ」
彼女の爪は長方形でピンク色に塗られており、そこに金色の薔薇の飾りがいくつもくっついていた。小さな花が無数に咲いた指先が摘まんでいたのはタブレットケースで、それはコンビニで売られている清涼菓子のパッケージだった。彼女はイチゴ柄のケースから自分の手のひらに錠剤を三つほど転がすと、その手を俺の口元へと差し出した。
「おいミンゴス、そんな陰気臭いやつにやるのか?」
先を歩いていたサビが振り返って、怪訝そうな声でそう言った。
「それ、結構高いんだぜ」
「いーじゃん別に。あたしの分をどうしようと勝手じゃん」
彼女が振り向きもせずにそう言うと、サビは肩をすくめて踵を返した。連中はふらふらと歩き続け、どんどん遠ざかって行くが、彼女がそれを気にしている様子はなかった。
「ほら、舐めなよ」
差し出された彼女の手のひらに、俺は舌を突き出した。舌先ですくめとり、錠剤を口に含む。それは清涼菓子ではなかった。これはなんだ。
「ウケる、動物みたいじゃん」
からになった手を引っ込めながら、彼女は檻の中の猛獣に餌をあげた子供みたいに笑っていた。
口の中の錠剤は、溶けるとぬるい甘みがある。粉っぽい味は子供の頃に飲まされた薬を思わせ、しかし隠し切れないその苦味には覚えがあった。ああ、やはりそうか。落胆と安堵が入り混じったような感情が胃袋を絞め上げ、吐き出すか悩んで、しかし飲み込む。
「ほんとに食べてんだけど」
と、彼女はケラケラ笑った。その笑い声に、冗談だったのか、口にふくまないという選択肢が最良だったのだと思い知らされる。
それでも、目の前で楽しそうに笑っている彼女を見ていると、そんなことはどうでもよくなってくる。こんな風に誰かが喜んでいる様子を見るのは、いつ以来だろうか。笑われてもいい、蔑まれても構わない。それは確かに俺の存在証明で、みじめさばかりが増長される、しがない自己愛でしかなかった。
からかわれたのだと気付いた時には彼女は立ち上がっていて、俺を路地裏に残したまま、小さく手を振った。
「あたしミンゴス。またどっかで会お。バイバーイ」
そう言って歩き始めた彼女の、だんだん小さく、霞んでいく後ろ姿を見つめて、俺はようやく、彼女の右脚が金属製であることに気が付いたのだった。
人体の一部の代用としては不自然なまでに直線的で、機械的なシルエットをしたその奇妙な脚に興味が湧いたが、泥のように重たい俺の四肢は起き上がることを頑なに拒み、声を発する勇気の欠片も砕けきった後であった。飲み込んだ錠剤がその効用をみるみる発揮してきて、俺はその夜、虹色をした海に飲み込まれ、波の槍で身体を何度も何度も貫かれる幻覚にうなされながら眠りに落ちた。
その後、ミンゴスと名乗った彼女がこの街では有名人なのだと知るまでに、そんなに時間はかからなかった。
「片脚が義足の、全身ピンク色した娘だろ。あいつなら、よく高架下で飲んでるよ」
そう教えてくれたのは、ジャバラだった。ピアス屋を営んでいる彼は、身体のあちこちにピアスをあけていて、顔さえもピアスの見本市みたいだ。薄暗い路地裏では彼のスキンヘッドの白さはぼんやりと浮かび上がり、そこに彫り込まれた大蛇の刺青が俺を睨んでいた。
「高架下?」
「あそこ、焼き鳥屋の屋台が来るんだよ。簡単なつまみと、酒も出してる」
「へぇ、知らなかった」
そんな場所で商売をして儲かるんだろうか。そんなこと思いながら、ポケットを探る。ひしゃげた箱から煙草が一本出てくる。最後の一本だった。
「それにしても……お前、ひどい顔だな、その痣」
煙草に火を点けていると、ジャバラは俺の顔をしみじみと見て言った。
「……ジャバラさんみたいに顔にピアスあけてたら、大怪我になってたかもね」
「間違いないぞ」
彼はおかしそうに笑っている。
顔の痣は触れるとまだ鈍く痛む。最悪だ。子供の頃から暴力には慣れっこだったが、痛みに強くなることはなかった。無抵抗のまま、相手の感情が萎えるのを待つ方が早いだとか、倒れる時の上手な受け身の取り方だとか、暴力を受けることばかりが得意になった。痛い思いをしないで済むなら、それが最良に決まっている。しかしどうも、そうはいかない。
「もう、ヤクの売人からは足を洗ったんじゃないのか?」
「……その仕事はもう辞めた」
「なのに、まだそんなツラ晒してんのか。堅気への道のりは険しいな」
掠れて聞き取りづらいジャバラの声は、からかっているような口調だった。思わず俺も、自嘲気味に笑う。
学んだのは、手を汚すのをやめたところで、手についた汚れまで綺麗さっぱりなくなる訳ではない、ということだった。踏み込んでしまったら二度と戻れない底なし沼に、片脚を突っ込んでしまった、そんな気分だ。今ならまだ引き返せると踏んだが、それでも失った代償は大きく、今でもこうしてその制裁を受けている現状を��みれば、見通しが甘かったと言う他ない。
「手足があるだけ、まだマシかな……」
俺がそう言うと、ジャバラはただ黙って肩をすくめただけだった。それが少なからず同意を表していることを知っていた。
五体満足でいられるだけ、まだマシだ。特に、薄汚れた灰色で塗り潰された、部屋の隅に沈殿した埃みたいなこの街では。人間をゴミ屑のようにしか思えない、ゴミ屑みたいな人間ばかりのこの街では、ゴミ屑みたいに人が死ぬ。なんの力も後ろ盾も、寄る辺さえないままにこの街で生活を始めて、こうしてなんとか煙を吸ったり吐いたりできているうちは、まだ上出来の部類だ。
「せいぜい、生き延びられるように頑張るんだな」
半笑いのような声でそう言い残して、ジャバラは大通りへと出て行った。その後ろ姿を見送りながら、身体じゅうにニコチンが浸透していくのを脳味噌で感じる。
俺はミンゴスのことを考えていた。
右脚が義足の、ピンク色した天使みたいな彼女は、何者だったのだろう。これまでどんな人生を送り、その片脚をどんな経緯で失くしたのだろう。一体、その脚でなんの代償を支払ったのか。
もう一度、彼女に会ってみたい。吸い終えた煙草の火を靴底に擦りつけている時には、そう考えていた。それは彼女の片脚が義足であることとは関係なく、ただあの夜に、道端の石ころ同然の存在として路地裏に転がっているしかなかったあの夜に、わざわざ声をかけてくれた彼女をまた一目見たかった、それだけの理由だった。
教えてもらった高架下へ向かうと、そこには焼き鳥屋の移動式屋台が赤提灯をぶら下げていて、そして本当に、そこで彼女は飲んでいた。周りには数人が同じように腰を降ろして酒を飲んでいて、それはあの夜に彼女と同じように闊歩していたあの奇妙な連中だった。
最初に俺に気付いたのは、あの時、煙管の灰をわざと振り落としてきたトリカワで、彼はモヒカンヘアーが乱れるのも気にもせず、頭を掻きながら露骨に嫌そうな顔をした。
「あんた、あの時の…………」
トリカワはそう言って、決まり悪そうに焼き鳥の皮を頬張ったが、他の連中はきょとんとした表情を��るだけだった。他は誰も、俺のことなど覚えていなかった。それどころか、あの夜、路地裏に人間が倒れていたことさえ、気付いていないのだった。それもそのはずで、あの晩は皆揃って錠剤の化学作用にすっかりやられてしまっていて、どこを通ってどうやってねぐらまで帰ったのかさえ定かではないのだと、あの夜俺の手を踏んづけたフジマサが飄々としてそう言った。
ミンゴスも、俺のことなど覚えていなかった。
「なにそれ、チョーウケる」
と、笑いながら俺の話を聞いていた。
「そうだ、思い出した。あんた、ヤクをそいつにあげてたんだよ」
サビにそう指摘されても、ミンゴスは大きな瞳をさらに真ん丸にするだけだった。
「え、マジ?」
「マジマジ。野良猫に餌やってるみたいに、ヤクあげてたよ」
「ミンゴス、猫好きだもんねー」
どこか的外れな調子でそう言ったリリコは、またしても妙なハイテンションで、すでに酔っているのか、何か回っているとしか思えない目付きをしている。
「ってか、ふたりともよく覚えてるよね」
「トリカワは���ほら、あんまヤクやんないじゃん。ビビリだから」
「チキンだからね」
「おい、チキンって言うな」
「サビは、ほら、やりすぎて、あんま効かない的な」
「この中でいちばんのジャンキーだもんね」
「ジャンキーっつうか、ジャンク?」
「サビだけに?」
「お、上手い」
終始無言のレンゲが軽い拍手をした。
「え、どういうこと?」
「それで、お前、」
大きな音を立てて、キクスイがビールのジョッキをテーブルに置いた。ジョッキを持っていた左手は、薬指と小指が欠損していた。
「ここに何しに来た?」
その声には敵意が含まれていた。その一言で、他の連中も一瞬で目の色を変える。巣穴に自ら飛び込んできた獲物を見るような目で、射抜かれるように見つめられる。
トリカワはさりげなく焼き鳥の串を持ち変え、サビはカップ酒を置いて右手を空ける。フジマサは、そこに拳銃でも隠しているのか、片手を甚平の懐へと忍ばせている。ミンゴスはその脚ゆえか、誰よりも早く椅子から腰を半分浮かし、反対に、レンゲはテーブルに頬杖を突いて半身を低くする。ただリリコだけは能天気に、半分溶けてなくなった前歯を見せて、豪快に笑う。
「ねぇ皆、違うよ、この子はミンゴスに会いに来たんだよ」
再びきょとんとした顔をして、ミンゴスが訊き返す。
「あたしに?」
「そうだよ」
大きく頷いてから、リリコは俺に向き直り、どこか焦点の定まらない虚ろな瞳で、しかし幸福そうににっこりと笑って、
「ね? そうなんだよね? ミンゴスに、会いたかったんでしょ」
と、言った。
「あー、またあのヤクが欲しいってこと? でもあたし、今持ち合わせがないんだよね」
「もー、ミンゴスの馬鹿!」
突然、リリコがミンゴスを平手打ちにした。その威力で、ミンゴスは座っていた椅子ごと倒れる。金属製の義足が派手な音を立て、トリカワが慌てて立ち上がって椅子から落ちた彼女を抱えて起こした。
「そーゆーことじゃなくて!」
そう言うリリコは悪びれた様子もなく、まるでミンゴスが倒れたことなど気付いてもいないようだったが、ミンゴスも何もなかったかのようにけろりとして椅子に座り直した。
「この子はミンゴスラブなんだよ。ラブ。愛だよ、愛」
「あー、そーゆー」
「そうそう、そーゆー」
一同はそれで納得したのか、警戒態勢を解いた。キクスイだけは用心深く、「……本当に、そうなのか?」と尋ねてきたが、ここで「違う」と答えるほど、俺も間抜けではない。また会いたいと思ってここまで来たのも真実だ。俺が小さく頷いてみせると、サビが再びカップ酒を手に取り、
「じゃー、そーゆーことで、こいつのミンゴスへのラブに、」
「ラブに」
「愛に」
「乾杯!」
がちゃんと連中の手元にあったジョッキやらグラスやらがぶつかって、
「おいおい愚か者ども、当の本人が何も飲んでないだろうよ」
フジマサがやれやれと首を横に振りながら、空いていたお猪口にすっかりぬるくなっていた熱燗を注いで俺に差し出し、
「歓迎しよう、見知らぬ愚か者よ。貴殿に、神のご加護があらんことを」
「おめーは仏にすがれ、この坊主崩れが」
トリカワがそう毒づきながら、焼き鳥の皮をひと串、俺に手渡して、
「マジでウケるね」
ミンゴスが笑って、そうして俺は、彼らの末席に加わったのだ。
ミンゴスはピンク色のウェーブがかった髪を腰まで伸ばしていて、そして背中一面に、同じ色をした翼の刺青が彫られていた。
本当に羽毛が生えているんじゃないかと思うほど精緻に彫り込まれたその刺青に、俺は幾度となく手を伸ばし、そして指先が撫でた皮膚が吸いつくように滑らかであることに、いつも少なからず驚かされた。
腰の辺りが性感帯なのか、俺がそうする度に彼女は息を詰めたような声を出して身体を震わせ、それが俺のちっぽけな嗜虐心を刺激するには充分だった。彼女が快楽の海で溺れるように喘ぐ姿はただただ扇情的で、そしていつも、彼女を抱いた後、子供のような寝顔で眠るその横顔を見ては後悔した。
安いだけが取り柄のホテルの狭い一室で、シャワーを浴びる前に外されたミンゴスの右脚は、脱ぎ捨てられたブーツのように絨毯の上に転がっていた。義足を身に着けていない時のミンゴスは、人目を気にも留めず街を闊歩している姿とは違って、弱々しく薄汚い、惨めな女のように見えた。
太腿の途中から失われている彼女の右脚は、傷跡も目立たず、奇妙な丸みを帯びていて、手のひらで撫で回している時になんとも不可思議な感情になった。義足姿は見慣れていて、改めて気に留めることもないのだが、義足をしていないありのままのその右脚は、直視していいものか悩み、しかし、いつの間にか目で追ってしまう。
ベッドの上に膝立ちしようにも、できずにぷらんと浮いているしかないその右脚は、ただ非力で無様に見えた。ミンゴスが義足を外したところは、彼女を抱いた男しか見ることができないというのが当時囁かれていた噂であったが、俺は初めて彼女を抱いた夜、何かが粉々に砕け散ったような、「なんだ、こんなもんか」という喪失感だけを得た。
ミンゴスは誰とでも寝る女だった。フジマサも、キクスイも、サビもトリカワも、連中は皆、一度は彼女を抱いたことがあり、それは彼らの口から言わせるならば、一度どころか、もう飽き飽きするほど抱いていて、だから近頃はご無沙汰なのだそうだった。
彼らが彼女の義足を外した姿を見て、一体どんな感情を抱いたのかが気になった。その奇妙な脚を見て、背中の翼の刺青を見て、ピアスのあいた乳首を見て、彼らは欲情したのだろうか。強くしたたかに生きているように見えた彼女が、こんなにもひ弱そうなただの女に成り下がった姿を見て、落胆しなかったのだろうか。しかし、連中の間では、ミンゴスを抱いた話や、お互いの性癖については口にしないというのが暗黙の了解なのだった。
「あんたは、アレに惚れてんのかい」
いつだったか、偶然ふたりきりになった時、フジマサがチェ・レッドに火を点けながら、俺にそう尋ねてきたことがあった。
「アレは、空っぽな女だ。あんた、あいつの義足を覗いたかい。ぽっかり穴が空いてたろう。あれと同じだ。つまらん、下種の女だよ」
フジマサは煙をふかしながら、吐き捨てるようにそう言った。俺はその時、彼に何も言い返さなかった。まったくもって、この坊主崩れの言うことが真であるように思えた。
ミンゴスは決して無口ではなかったが、自分から口を開くことはあまりなく、他の連中と同様に、自身のことを語ることはなかった。話題が面白かろうが面白くなかろうが、相槌はたいてい「チョーウケる」でしかなく、話し上手でも聞き上手でもなかった。
風俗店で働いている日があるというリリコとは違って、ミンゴスが何をして生計を立てているのかはよくわからず、そのくせ、身に着けているものや持ちものはブランドもののまっピンクなものばかりだった。連中はときおり、ヤクの転売めいた仕事に片脚を突っ込んで日銭を稼いでいたが、そういった時もミンゴスは別段やる気も見せず、それでも生活に困らないのは、貢いでくれる男が数人いるからだろう、という噂だけがあった。
もともと田舎の大金持ちの娘なんだとか、事故で片脚を失って以来毎月、多額の慰謝料をもらい続けているんだとか、彼女にはそんな具合で嘘か真実かわからない噂ばかりで、そもそもその片脚を失くした理由さえ、本当のところは誰も知らない。訊いたところではぐらかされるか、訊く度に答えが変わっていて、連中も今さら改まって尋ねることはなく、彼女もまた、自分から真実を語ろうとは決してしない。
しかし、自身の過去について触れようとしないのは彼女に限った話ではなく、それは坊主崩れのフジマサも、ヤクザ上りのキクスイも、自殺未遂を繰り返し続けているレンゲも、義務教育すら受けていたのか怪しいリリコも、皆同じようなもので、つまりは彼らが、己の過去を詮索されない環境を求めて流れ着いたのが、この面子という具合だった。
連中はいつだって互いに妙な距離を取り、必要以上に相手に踏み込まない。見えないがそこに明確な線が引かれているのを誰しもが理解し、その線に触れることを極端に避けた。一見、頭のネジが外れているんだとしか思えないリリコでさえも、いつも器用にその線を見極めていた。だから彼らは妙に冷めていて、親切ではあるが薄情でもあった。
「昨日、キクスイが死んだそうだ」
赤提灯の下、そうフジマサが告げた時、トリカワはいつものように焼き鳥の皮を頬張ったまま、「へぇ」と返事をしただけだった。
「ドブに遺体が捨てられてるのが見つかったそうだよ。額に、銃痕がひとつ」
「ヤクの転売なんかしてるから、元の組から目ぇ付けられたのか?」
サビが半笑いでそう言って、レンゲは昨日も睡眠薬を飲み過ぎたのか、テーブルに突っ伏したまま顔を上げようともしない。
「いいひとだったのにねー」
ケラケラと笑い出しそうな妙なテンションのままでリリコがそう言って、ミンゴスはいつものように、椅子に立てた片膝を抱くような姿勢のまま、
「チョーウケるね」
と、言った。
俺はいつだったか、路地裏で制裁を食らった日のことを思い出していた。初めてミンゴスと出会った日。あの日、俺が命までをも奪われずに済んだのは、奇跡だったのかもしれない。この街では、そんな風に人が死ぬのが普通���のだ。あんなに用心深かったキクスイでさえも、抗えずに死んでしまう。
キクスイが死んでから、連中の日々は変化していった。それを顔に出すことはなく、飄々とした表情を取り繕っていた���、まるで見えない何かに追われているかのように彼らは怯え、逃げ惑った。
最初にこの街を出て行ったのはサビだった。彼は転売したヤクの金が手元に来たところで、一夜のうちに姿をくらました。行方がわからなくなって二週間くらい経った頃、キクスイが捨てられていたドブに、舌先がふたつに裂けたベロだけが捨てられていたという話をフジマサが教えてくれた。しかしそれがサビの舌なのか、サビの命がどうなったのかは、誰もわからなかった。
次に出て行ったのはトリカワだった。彼は付き合っていた女が妊娠したのを機に、故郷に帰って家業を継いで漁師になるのだと告げて去って行った。きっとサビがここにいたならば、「お前の船の網に、お前の死体が引っ掛かるんじゃねぇの?」くらいは言っただろうが、とうとう最後まで、フジマサがそんな情報を俺たちに伝えることはなかった。
その後、レンゲが姿を見せなくなり、彼女の人生における数十回目の自殺に成功したのか、はたまたそれ以外の理由で姿をくらましたのかはわからないが、俺は今でも、その後の彼女に一度も会っていない。
そして、その次はミンゴスだった。彼女は唐突に、俺の前から姿を消した。
「なんかぁ、田舎に戻って、おばあちゃんの介護するんだって」
リリコがつまらなそうに唇を尖らせてそう言った。
「ミンゴスの故郷って、どこなの?」
「んー、秋田」
「秋田。へぇ、そうなんだ」
「そ、秋田。これはマジだよ。ミンゴスが教えてくれたんだもん」
得意げにそう言うリリコは、まるで幼稚園児のようだった。
フジマサは、誰にも何も告げずに煙のように姿を消した。
リリコは最後までこの街に残ったが、ある日、手癖の悪い風俗の客に殴られて死んだ。
「お前、鍵屋で働く気ない? 知り合いが、店番がひとり欲しいんだってさ」
俺は変わらず、この灰色の街でゴミの残滓のような生活を送っていたが、ジャバラにそう声をかけられ、錠前屋でアルバイトをするようになった。店の奥の物置きになっていたひと部屋も貸してもらい、久しぶりに壁と屋根と布団がある住み家を得た。
錠前屋の主人はひどく無口な無骨な男で、あまり熱心には仕事を教えてはくれなかったが、客もほとんど来ない店番中に点けっぱなしの小型テレビを眺めていることを、俺に許した。
ただ単調な日々を繰り返し、そうして一年が過ぎた頃、埃っぽいテレビ画面に「秋田県で殺人 介護に疲れた孫の犯行か」という字幕が出た時、俺の目は何故かそちらに釘付けになった。
田舎の街で、ひとりの老婆が殴られて死んだ。足腰が悪く、認知症も患っていた老婆は、孫娘の介護を受けながら生活していたが、その孫に殺された。孫娘は自ら通報し、駆けつけた警察に逮捕された。彼女は容疑を認めており、「祖母の介護に疲れたので殺した」のだという旨の供述をしているのだという。
なんてことのない、ただのニュースだった。明日には忘れてしまいそうな、この世界の日常の、ありふれたひとコマだ。しかし俺は、それでも��面から目を逸らすことができない。
テレビ画面に、犯人である孫娘が警察の車両に乗り込もうとする映像が流れた。長い髪は黒く、表情は硬い。化粧っ気のない、地味な顔。うつむきがちのまま車に乗り込む彼女はロングスカートを穿いていて、どんなに画面を食い入るように見つめても、その脚がどんな脚かなんてわかりはしない。そこにあるのは、人間の、生身の二本の脚なのか、それとも。
彼女の名前と年齢も画面には表示されていたが、それは当然、俺の知りもしない人間のプロフィールに過ぎなかった。
彼女に限らない。俺は連中の本名を、本当の年齢を、誰ひとりとして知らない。連絡先も、住所も、今までの職業も、家族構成も、出身地も、肝心なことは何ひとつ。
考えてもしょうがない事柄だった。調べればいずれわかるのかもしれないが、調べる気にもならなかった。もしも本当にそうだったとして、だからなんだ。
だから、その事件の犯人はミンゴスだったのかもしれないし、まったくなんの関係もない、赤の他人なのかもしれない。
その答えを、俺は今も知らない。
ミンゴスの右脚は太腿の途中から金属製で、そのメタリックなピンク色の輝きは、無機質な冷たさを宿しながらも生肉のようにグロテスクだった。
「そう言えば、サビってなんでサビってあだ名になったんだっけ」
「ほら、あれじゃん、頭が錆びついてるから……」
「誰が錆びついてるじゃボケ。そう言うトリカワは、皮ばっか食ってるからだろ」
「焼き鳥は皮が一番美味ぇんだよ」
「一番美味しいのは、ぼんじりだよね?」
「えー、あたしはせせりが好き」
「鶏の話はいいわ、愚か者ども」
「サビはあれだよ、前にカラオケでさ、どの歌でもサビになるとマイク奪って乱入してきたじゃん、それで」
「なにそれ、チョーウケる。そんなことあったっけ?」
「あったよ、ミンゴスは酔っ払いすぎて覚えてないだけでしょ」
「え、俺って、それでサビになったの?」
「本人も覚えてないのかよ」
「リリコがリリコなのはぁ、芸能人のリリコに似てるからだよ」
「似てない、似てない」
「ミンゴスは?」
「え?」
「ミンゴスはなんでミンゴスなの?」
「そう言えば、そうだな。お前は初対面の時から、自分でそう名乗っていたもんな」
「あたしは、フラミンゴだから」
「フラミンゴ?」
「そう。ピンクだし、片脚じゃん。ね?」
「あー、フラミンゴで、ミンゴス?」
「ミンゴはともかく、スはどっからきたんだよ」
「あれじゃん? バルサミコ酢的な」
「フラミンゴ酢?」
「えー、なにそれ、まずそー」
「それやばいね、チョーウケる」
赤提灯が揺れる下で、彼女は笑っていた。
ピンク色の髪を腰まで伸ばし、背中にピンク色の翼の刺青を彫り、これでもかというくらい全身をピンクで包んで、金属製の片脚で、街角で、裏路地で、高架下で、彼女は笑っていた。
それが、俺の知る彼女のすべてだ。
俺はここ一年ほど、彼女の話を耳にしていない。
色褪せ、埃を被っては、そうやって少しずつ忘れ去られていくのだろう。
この灰色の街ではあまりにも鮮やかだった、あのフラミンゴ娘は。
了
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『八月の光』、分厚いですよね(前半)
五月ですね。先日の雷鳴はどこでご覧になりましたか。美しかったですね。光で空が真っ白になるとき、私たちは諦めること以外に何かできるのでしょうか。呆然と立ち尽くすこと以外の何ができるのでしょうか。 あれは春の光でしたね。春の夜の白い光は淡くそら寒い。しかし、夏の光というのは、人に人を殺させるほどの眩い激しさを孕んでいるものです。暴力を無にしそうなほどの何かを。
四月上旬、在宅勤務指示にともない理不尽に給与を減らされ、抵抗の意志をもってウィリアム・フォークナーの『八月の光』(原著1932)を読み始めました。加島祥造訳の新潮文庫版(1967)。本編は656ページまで。日本語とはなぜか幅をとるもので、訳書はたいてい原書の厚みの2〜3倍になるものですが、それにしても656ページかあ。長いね。 なんだか、なんだかね、「短く書かなければ読んでもらえない」圧力のもとに暮らしているとね、毎日悲しいんだ。生まれた言葉をみずから削ぎ落とさなければならないことが。肩の肉をナイフで切り落としている感覚がします。だからと言って、読んでくれと人に押し付けるのも申し訳なくてできない。誰かの時間を奪うことが憚られる。突然の吐露ですみません。 で、今日はもう一切憚らずに書こうと思います。なので、長くなります。もはや原作より長い(体感)。まあ実際は削ることのほうが書くことの本質であったりはしますが……。
この記事は総体的に本書を論じるものではありません。『八月の光』を読んでいて気になった箇所を執拗にピックアップし、それについてうだうだ話す私的な記事です。未読の方が読まれてもおもしろいかどうかわかりません。読まれるための文��を書けなくてごめんなさい。 この記事の本編を読まなくても『八月の光』がどんな話かわかるよう、雑な人物紹介を書きます。ここだけ読んでお土産としてお持ち帰りください。
【主な登場人物】
リーナ・グローヴ:男に逃げられシングルマザー秒読みの20才。電波。
ジョー・ブラウン:クズ。生娘リーナを孕ませて逃亡。走る下半身。
ジョー・クリスマス:悲劇のヒロインを地で行く33才男性。
ジョアナ・バーデン:中年で初めて肉体の愛を知り気が狂う44才女性。
バイロン・バンチ:内面がない残念な35才男性。リーナに一目惚れ。
ゲイル・ハイタワー:町から追放された元牧師。妻は不倫のあげく自殺。
これだけ役者が揃っていれば面白いに決まっていますね。ついでなのであらすじを新潮文庫の背から引用します。
臨月の田舎娘リーナ・グローヴが自分を置去りにした男を求めてやってきた南部の町ジェファスン。そこでは白い肌の中に黒い血が流れているという噂の中で育ち、「自分が何者かわからぬ」悲劇を生きた男ジョー・クリスマスがリンチを受けて殺される——素朴で健康な娘と、南部の因習と偏見に反逆して自滅する男を交互に描き、現代における人間の疎外と孤立を扱った象徴的な作品である。
限られた字数でよくこんなにしっかりまとめられたものだ。私にはこんなに短くこの本を紹介することは逆立ちしたってできない。たしか新潮社の新卒入社試験では「好きな本を一冊選び、背のあらすじを書け」という課題が出ていた記憶があります。
以上です。ご高覧ありがとうございました。残りの2万字はおまけです。
【目次】
42ページ まだ少女の妄言を笑っていられた私たち
52ページ バイロン・バンチには「内面」がないのか?
149ページ 出自が不明であることの恐怖
166ページ 孤児院、胸糞悪すぎるクリスマスの悲劇
171ページ こんなこと言われたら死んじゃう
202ページ 「野蛮人のように、犬のように」食うこと
306ページ 待ってました地獄の恋愛パート
343ページ 「あたしまだ祈る用意がないわ」依存と信仰
まだ半分かよ(ここまで372ページ)
42ページ まだ少女の妄言を笑っていられた私たち
『すくなくとも双子だわ』と彼女は唇も動かず声にもならぬ言葉で自分に言う。それから胎動は過ぎる。彼女はふたたび食べる。馬車は止らずにゆく、時間は止らずに進む。馬車は最後の丘を登りきり、彼らは煙を見る。
一般的に、この本の主人公は二人いるとされます。その一人が、自分を孕ませて逃げた男が「私を待っているはず」と盲信し、その逃げ先もわからないまま「神様がすべてごらんになって正しいことは成就させてくれる」と信じて身重の身でありえない距離を放浪してその男を探す娘、リーナ。 先の引用は、ヒッチハイクした馬車に揺られて夜を行くリーナが、膨らみつつあるお腹をさすりながら独り言ちるセリフです。序盤のリーナの絶望的に愚かな猛進を呆れかえってハラハラしながら読んでいる頃で、リーナのように深く神だけを信じているわけではない私はまだこのセリフを滑稽だと笑っていました。 でも、実際にリーナは、見ず知らずの他人の親切と運のよさ=神のお導きを借りながら、最終的にはジョー・ブラウン(下半身)のいる町ジェファソンに辿り着きます。 「人事を尽くして天命を待つ」世界観を生きる私と「神を信じて人事を尽くす」世界観を生きるリーナにどれだけの違いがあるというのか。彼女を笑っていた私のほうが本当は愚かなのでしょう。
52ページ バイロン・バンチには「内面」がないのか?
なぜならどこで生れてどこで暮したにせよ、この男はただバッタみたいにこの国土で生きてきただけだ、と誰もみんな知っていたからだ。まるで、彼はそんな生き方をあまり長くつづけたので、いまでは彼のすべてがすっかり散らばって解体してしまったというようだ、残ったものといえばただ透き通って重さのない抜け殻、それも風のままにあちこち行方を定めず吹きとばされてゆく抜け殻といったふうだった。
ただ真面目に暮らして流れるに逆らわずに生きる。そんな生き方を1930年代のアメリカは嘲笑しています。このバッタのように生きるバイロン・バンチという男の人生は、その後リーナに一目惚れの恋に落ちることで一変する——かのように見えてやはり「運命に付き従う」だけの生を生き続けることになるのですが、リーナの信仰の敬虔さが積極的敬虔とも呼べるものだとすれば、バイロンの生き様は消極的敬虔とも言うべき代物かもしれません。 文学とは基本的に、運命(というか自然)に翻弄される人間がどうにかしてその運命と内面・自意識の葛藤に折り合いをつける様を描いているものですが、この「内面のない男」バイロン・バンチをばかにできるだけの抵抗の意志をもって生きていられる人間がこの世にどれだけいるのでしょう。
この引用のすぐ後、バイロンが「怠け者ってのは、何一つしないでいて楽々と善人になれるってわけだなあ」と話すシーンがあります。私自身はこの男が述べるような「善」を軽蔑して生きていますが、同じようなセリフを誰かが嫌な顔で吐くのを現実で何百回と聞いてきた気がします。特に親世代の人間たちから。 でも、本当はみんな「内面」を持っているのに、それを表に出す手段を持っていないだけなのかもしれません。実際、読み進めていくと、バイロンにだって言い分もあれば意志もあるのです。バイロンが何ページにもわたって「リーナを保護したい」という望みを語る場面の情けない切実さときたら。 私がその内面を探れていない他人は、ただそれを私には示していないというだけかもしれない。「内面がない人物」という人物像の類型は2年ほど前に友人から与えられて初めて知った概念ですが(韓国映画『バーニング』が流行った頃です)、そう断じていい人物なんて本当にいるのでしょうかね。
そういえば、リーナには一切の葛藤がありません。彼女は、何もかも神の御心のままに、と信じて粛々と行進しつづける。「内面がない」のでしょうか。信仰は内面の放棄と転嫁と言えるでしょうか。とても難しい。
149ページ 出自が不明であることの恐怖
本書のもう一人の主人公とされるジョー・クリスマスは、作品の舞台である架空の都市ジェファソンの町に突然現れた謎の男として描かれます。寡黙でクールで残忍な雰囲気のキャラクター。この町の誰もあいつが誰なのか知らない流れ者。かっこいいですね。 あらすじに「黒い血が流れている」とありましたが、クリスマスの見た目はまるきり白人なのだそうです。だから、ミシシッピ州の人々は、彼が流浪者の白人であることを疑いません。 彼は孤児として施設で育ちました。そこで「あの子には黒人の血が混ざっている」という噂が立ち、クリスマス自身、その噂を否定しきるだけの確固たる「出自」を持っていないものですから、幼少期の無力から噂を飲み込んでしまいました。そのために、生涯にわたって「自分は黒人なのかもしれない」と苛まれ続けることになります。真偽のほどは明らかになりません。本当に、ただの噂なのです。ただの噂が彼の人生を決定するのです。 ちなみにクリスマスという名はクリスマスに孤児院に捨てられたことに由来します。何その泣かせる設定。その設定だけで白米五合食えますわ。
いわば黒い生命、黒い呼吸がその本体を融かしてしまって、だから声ばかりか動く肉体や光そのものまでが液化し、ひとつずつゆっくりまざって増大し、重たい夜と分ちがたく合体しているかのようだった。
四方からは、そして彼の内部からさえ、黒人女たちの生殖力に満ちた声がささやきかけてきた。それはあたかも、彼やそのまわりの男という生きものすべてが、光なく熱く湿った原初の産みいだす女体の中に戻ってしまったかのようだった。(太字は原文傍点、以下同)
フォークナーの文章力えげつないですね。実は5ページあたり1〜3文ほどフォークナーの文章力えげつねえ……と思わせる記述が出てくるのですが、全部拾うと大変なことになるので割愛します。
「自分が何者であるか知ることができない」ということがこんなにも人間から安寧を奪い尽くし、何かを信じることを困難にするのだと、これほどはっきりと示す小説を私は初めて読みました。フィクションに登場する孤児は、「それでも人の愛を信じて生きることに決めた」みたいな明るい人物として描かれることが多い気がします。愛を表現するのに都合がいいのでしょうね。
クリスマスはひょんなことから「北部人(ヤンキー)」として町人から敬遠されている女性ジョアナ・バーデン(冒頭でご紹介した「中年の恋」の人です)の家に食べ物を求めて忍び込んで以来、彼女との恋愛関係に沼に沈むように引き摺り込まれていくのですが、その彼女との袂別のきっかけは、彼女の信仰の強要をクリスマスが拒絶したことにありました。この凄まじい恋愛についてはまた後ほど。マジですごい2章が中盤にあります。
(ところで「北部人」に「ヤンキー」ってルビ振るのかなり面白いんですけど、原文でどのように書かれているのか気になるところです。原書を持っている方がいらしたらぜひ教えてください。普通に「北部の人」かな。 ジョアナは黒人の支援や人権保護に取り組んでいる女性で、未だ奴隷制度の時代の香りに執着している南部の人間たちにとっては鼻つまみ者という感じ、現代日本語のヤンキーのニュアンスとはまた異なる人物像です。今だと何が近いだろ、「フェミニスト」とか?)
クリスマスはけっしてジョアナを愛していると述べません。ずっと逃げることを考え続けている。怖いのでしょう。自分が誰であるかわからないまま誰かを正しく愛することは不可能です。それでも逆らえない。そうなれば、ただ愛の渦に巻き込まれていくだけです。 なんにもないところ、足場のないところにポンと生まれたとしたら、私は私になれただろうか。そういうことを、リアイティをもって想像させるのがクリスマスという男の存在であり、それを真実らしく書ききったフォークナーの凄味です。
166ページ 孤児院、胸糞悪すぎるクリスマスの悲劇
第6章、クリスマスの孤児院時代の話に割かれた章は、吐き気のするような、女の性液の臭いと男の腐った口臭とに満ちています。冒頭、幼少期のトラウマは人の人生でけっして拭い去れないのだと宣告する文章から始まります。
記憶は認識力が働きだす前に早くも活動する。記憶する力は思い出す力よりも長い生命を保つのであり、認識力が疑ったときでさえ、記憶は揺がないのだ。
捨て子であったクリスマスは幼少期を孤児院で過ごしました。第6章は、5才のクリスマスが不慮の事故でスタッフの女性の淫行を目撃してしまうシーンから始まります。性行為のあまりのグロさに身を隠していた垂れ幕のなかで嘔吐するクリスマス。かわいそうに……。 淫行を目撃された女性スタッフが逆ギレしてクリスマスに「黒人であることの罪」を着せ、孤児院から追い出すべくいろいろ手を回します。そこで彼女は「(孤児院の)番人」とかいう突如登場したよくわからない男に「アタシ悪くないもん!あいつ追い出すのに協力してよ!」と訴え、その男がOK任せろと手を貸しつつ、クリスマスを卑下するセリフが本当に耐え難い。
「わかってたのさ。どなたがあの子をあそこに置いたかはな——女の淫らな行いにたいする告示と呪い、それがあの子なんだ」
最初この一節を読んだ時、淫行を目撃された女性スタッフを咎めるセリフなのではないかと救いを見いだしかけたのですが、その後を読���進めるとたんにクリスマスを貶めるだけのセリフだとわかって机を叩き割りそうになりました。 この、突如現れてクリスマスを追い出す役割だけを果たす「番人」の存在についてはいろんな解釈ができます。
「さあ、言ってちょうだい。あんたがどんな目つきであの子を見ているか、あたし知ってるのよ。見てたんだから。五年間も」 「知ってるのさ」と彼は言った。「俺は悪がどんなものかを知ってるのさ。あの悪の証拠を立たせて神様の世界に歩かせたのは誰だと思う? 俺さ。神様のお顔の前に堕落の姿として歩かせたのは俺さ。」
番人がキリスト教における悪あるいは人間の身勝手さの悪辣を具現化した存在だと読むのが一番楽なんですけど、そんな安直なことをフォークナーがするだろうか。となると、上記のセリフに鑑みるに、彼こそがクリスマスの本当の父親である可能性も出てきますね。 黒人女あるいは黒人の��が混じっているとされて迫害され卑しめられていた女を娼館かどこかで身勝手に孕ませて、しかし何らかの事情で仕方なく孤児院に孤児として引き入れた父親が、後ろめたさに耐えかねてクリスマスを葬ろうとしていたところに降って湧いたラッキーチャンス!を、実現する前の懺悔(自分が許されたいがための懺悔)ともとれます。 いずれにせよ胸糞悪すぎますね。大人になったクリスマスが密造したバーボンを頭からぶっかけてこいつらに火をつけましょうね(禁酒法時代!)。
171ページ こんなこと言われたら死んじゃう
「もし神様ご自身がこの部屋に入ってきたとしても」と彼は言った。「あんたのような女はそれを淫行のために来たものだと思うんだろうな」
アタシ女だけどこんなこと言われたら舌噛んで死んじゃう。スゲーこと言うな。 先の節から5ページしか経っていないのにお気づきでしょうか。これは例の悪魔か父親かわからない番人が淫行の女性スタッフに放ったセリフです。お前態度ぶれっぶれやんけ。その直後には「俺に、聖なる神様に、噓をつくな」、「答えろ、イゼベル!(訳注 聖書に出る邪悪な女の名)」などの発言をかましています。自称神様やば~。完全に統合が失調していますね。
フォークナーは明らかに、制度化大衆化俗習化した信仰に疑問を抱いていて、この小説の最初段階(55ページ)に「教会の無意味な音があたりから一度に反響してくる」といった記述があったり、ハイタワーとかいう職能がクソ無能すぎるやばい牧師を登場させたりするあたりに顕著です。 牧師ハイタワーはこの小説の主要人物の一人で(禿げ上がって肥満ぎみなぶよぶよの初老の西洋人男性を想像してください)、自己の血統つまりアイデンティティの補強のためだけに牧師として町にやってきて、自分のおじいちゃんの南北戦争英雄譚を延々と町民に聞かせたあげく結論に聖書の一節をもってきてお茶を濁すことを何年も続けてきたかなりヤバい元牧師です。彼はその自己中ゆえに妻を自殺に追い込み、町の牧師を辞めさせられます。辞めさせられたのに町を退かず、ジェファソンの町にとって有事の際の憎しみの対象になり続けます。何かあったらハイタワーのせい。
すでに世界が神<人間になってしまったことをフォークナーは隠しません。彼がこのぶよぶよの人物を設定したのは、クリスマスの血筋によるアイデンティティの空白をより際立たせるためであると同時に、当時キリスト教の信仰が人間のエゴイズムを正当化することにばかり用いられていた状況に反吐が出る思いだったのではないかと推察できます。 だからこそ、謎の番人のことを悪魔ともみえれば神ともみえるように描いたのではないでしょうか。番人は名前を持たず、妄言だけを残して物語からあっさりと去ります。クリスマスを呪うだけの役割を果たすのです。女の淫行をこんなにも非難しながら、クリスマスの追放に加勢しようとする、不可解な行動をその場に残して。あまりにもグロテスクですね。
202ページ 「野蛮人のように、犬のように」食うこと
クリスマスはその後、「あくまで白人として」孤児院から養父母のもとに引き取られました。厳しい養父は自分の厳しい信仰のあり方を子に叩き込もうとして虐待じみたことすらおこなう人で、養母はその痛みをケアしようとおろおろと弱々しく優しくしたがる人。クリスマスは自尊心を保つために養母の庇護欲を拒絶し続けます。親子関係に遍く見られる悲しみですね……。 養父の信じる神を信仰することを頑なに拒む幼いクリスマスに激怒し、食事を禁じることで罰を与える養父。それを見かねて養母がこっそりと食べ物を与えようとする場面があります。
「おまえが何を考えてるか知っているよ。でもこれはそうではないんだよ。これは父さんに言われて持ってきたのではないんだよ。これはあたしだけの考えでしたこと。あの人は知らないんだよ。これはね、おまえにやれとあの人に命令されて持ってきた物じゃないんだよ」。 〔中略〕 相手の見まもるなかで、彼はベッドからおり、その盆を取ると部屋の隅へ運んでゆき、盆を裏返しにして食べ物を皿ごと床にぶちまけた。
そのとき彼はちょうど八歳だった。その晩、それから自分は何をしたか、彼は覚えてはいた、しかし自分のしたことをほんとうに記憶として確認できたのは、それから幾年もたった後のことであった。彼の行為は幾年もたった後ではっきり記憶に刻みなおされたのだが——その夜、夫人が去ってから1時間して、彼は起きあがり、ベッドからおりて部屋の隅へ行った、そして前に敷物の上にひざまずいたのとはまるで違ったひざまずき方をすると、散らばった食物へかがみこみ、両手で食べた、野蛮人のように、犬のように。
このシーンすごくよくないですか。ここで一度泣きました。 自分が壁に投げて床にべちょべちょに積まれていった冷や飯を、残飯を、生ゴミと化した食品を、家の埃や外の土と混ぜ合わされてしまった汚物を、それでも食わずにはいられず、跪いて手で口に掻き入れるところを想像してください。 施しを受けることを頑として拒絶するプライドを持ちながら(そのプライドは出自の不確かさを埋めるほどに絶大なものでなければならない)、一方で施しを受け入れなければ生きてゆくことができないことも理解していて、「犬のようにしか」与えられたものを貪ることもできない。 クリスマスは、引き裂かれたまま生きていくしかないことを理解していて、納得することは生涯ないのだと受け入れていて、ズタズタに傷ついたまま30歳を迎えたんです。そして彼は人を殺して人に殺された。殺されるための何の大義名分もなく。 こんな悲しいことがあるでしょうか。この章の冒頭、クリスマスがこの出来事から20年経ってもこの記憶と「この日に俺は男になった」という思念に従っていることが前置きされます。「男になる」という表現をとっているけれど、自分はもう二度と誰によっても癒されえないに決まっている、という絶望を意味しているのだと思います。
306ページ 待ってました地獄の恋愛パート
100ページほど飛びました。飛んでいるあいだは、クリスマスが少年から青年になる過程で性欲ベースの初恋をしてうっかり養父を殴り殺して女に裏切られて絶望して放浪を始めるみたいな流れです。さもありなんって感じですね。やさぐれて娼館に赴いて「俺と寝る白人の娼婦は知らない間に黒んぼに抱かれているんだ、ざまあみろ」みたいな自傷をしているシーンも。 そういえば、この人は、自分が男であること以外には何一つとして自己の拠り所を持っていないんだな。だから娼館に通うのか。そうか……。養父からの虐待のせいで信仰も持てなかったクリスマスがこうなってしまうのは仕方ない気がする。神のほうがクリスマスを拒絶したわけだから、あなたは悪くないと思う。神が悪い。
自分の白い胸が肋骨の下でますます深く息を吸いこむのを感じ、見まもりさえして、体内に黒い臭気を——黒人の黒くて不可解な思想や存在を吸いこもうと努め、同時に吐く息ごとに体内から白い血や白い思想や白い存在を追い出そうとしていた。しかしその間も絶えず彼の鼻翼は自分のものにしようとしている黒い臭いの苦しさに白っぽく張りつめ、彼の全存在はその黒い臭気に反発する肉体や拒否する精神を押えこもうと懸命にもがきつづけていた。
娼婦との性交ひとつでここまで自己存在を問えるのだからすごい。すごい辛そう。匿名の行為ってつまりは鏡を覗きこむことに過ぎないもんね。
で、非匿名の恋愛の到来です。地獄の恋愛パートが始まります。 養父を殺して逃走し、逃げ疲れて食べ物を強盗するために侵入した家の主人の女(ジョアナ、41才独身、見た目は30ちょい)になんとなく匿われて暮らすうちにだんだん気になっちゃって、愛する気なんかさらさらなかったのに否応なく恋愛関係に絡めとられてしまったクリスマスの独白をどうぞ。
一年たった後でさえ、入ってゆくたびに新しく、自分が女の処女を奪うために忍びこんでゆくかのように感じた。いわば暗くなるごとに彼はすでに奪ったものをもう一度奪い直さねばならぬという気持にさせられたのだ——いやそれはあるいはまだ奪ってはいなくてこれからも奪えそうにないものだったのかもしれぬ。
いい葛藤だなあオイ!!!!!(酒場のおっさん)
ジョアナは行く宛のないクリスマスを自宅の敷地内の小屋に住まわせています。ただし、対話もなければ同情を与え合うこともありません。 あの夜、ジョアナの家に忍びこんで台所の調理された食料を貪るクリスマスを目撃したジョアナは、「あなたが食べ物を欲しいだけなのなら、そこにいくらでもあるわ」と「静かな、やや深くて非常に冷たい声で言った」だけでした。その後もずっとそんな感じ。 「好きに食え」というのは、クリスマスが養母から受けた「食べたいでしょう? 食べていいのよ、あなたのために用意したの。さあ食べなさい、欲しいのはわかっているのよ」という屈辱的な支配と施しとは真逆のもので、クリスマスにとっては初めての救いだったのではないでしょうか。切ね〜。 でもジョアナはひたすら無関心。ご飯は用意されるけど、食卓を共にすることもなし。寝室には忍び込むばかりで求められることも特になし。クリスマスが男性性を持て余して(そこにしか自己の拠り所がないから仕方ない)初めてジョアナの寝室に忍びこんだ際は、拒絶はされたが抵抗はされなかったそうです。やばいな。 翌日も普通に食事は用意されていて、あんな酷いことをしたのになぜ、と狼狽えるクリスマスは、「はいはい、このメシは黒んぼ用ってわけね」という謎の自虐でこの不可解を乗り切ろうとします。 もう!!!!!!!どう見てもお前の不幸の原因はお前自身だよこのクソバカ!!!!!!!!!!!!!! いつまで悲劇のヒロインやってりゃ気が済むんだよオッサン(33)。リーナを見習え。
343ページ 「あたしまだ祈る用意がないわ」依存と信仰
ジョアナの家に住み着くようになって、クリスマスは初めて「帰る家」を得て、ジェファソンの町で定職に就いて、安堵を己に許しかけていました。 が、ある夜、突然ジョアナが自分の出自をクリスマスに打ち明ける長話をします。その夜以来、ジョアナは「何もかも知ってくれている男」への依存を始め、クリスマスの方は「全てを掌握しきった女」として蔑ろにし始めます。 お互いにこう思い始めるともう人間関係はだめですね。相手を手に入れたと思ったらあとは壊れます。残念でした。尊重しあえないくらいなら諦めて距離を遠く保った方がいいのですが、依存が始まればそれももう難くなってしまう。心を許すことと心を明け渡すことには紙一重の差しかないから難しいです。苦しい。
彼女を眠らせずにいたのはそんなことのせいではなかった。それは闇の中から出てくる何か、大地の、夏そのものの中から出てくる何かだった。それが恐ろしくて惨めだというのも、実は直観的に、それが何も自分に害毒を与えないものだと知っていたからだ。それは彼女を占領し完全に出し抜きはするがけっして害を与えず、それどころか彼女を救って生活から恐怖を消し、平凡に、いや前よりも良い暮しをさせる何かなのだ。
私は、ジョアナがクリスマスを受け入れたのは、食べ物を漁りにきた彼となら現実における「惨めさ」を共有できるのではないかと直観したからではないかと思います。でも、愛の依存が、温度差が、際立つ孤独が、断絶の苦しみが、恋の狂気が、癒着願望が、彼女を現実から追い出して無為な信仰へと放りこんてしまった。
ただ恐ろしいことに彼女は救われるのを欲していなかったのだ。「あたしまだ祈る用意がないわ」、目を大きく見開いて、静かに頑に、女は独り言を口にし、その間、窓からは月光が差しこんできて、部屋を冷たくて取り返しのつかぬ何か——ひどい後悔に駆りたてる何かで満たしていた。
「あたしまだ祈る用意がないわ」というセリフ、私はすごく好きです。運命に押し倒されそうになったときに言ってみたい。 残念ながらジョアナはこんなことを言いながらすぐに神に祈り始めるのですが。なぜジョアナが信仰を保留してきたか、なぜジョアナがクリスマスを尊厳を持つ人間として扱いえたかはジョアナがクリスマスに語った長い長い独白からすべて読み取れるところですが、ここでは割愛します。 (この小説が長いのは登場人物の設定を全部書くせいです。ジョアナの過去編だ��で20ページあって、過去っていうか血統の話をするので話が100年遡る。南北の因縁について書かなきゃいけないから仕方ないけど、まあ長いよね……。)
「神様、まだあたしがお祈りせねばならぬようにはしないでください。神様、もう少しだけあたしを地獄においてください。ほんのもう少しだけ」
彼女が自分はもはや救われないとわかっていながらそれでも現実を引き止めようと神に縋ることをまったく笑えない。ここが、情念が狂気に変わる境界線ですよね。私たちは、ここを踏み越えないように日々、自分に我慢を強いていませんか。どうなっても納得できるよう、自分に都合のいい希望だけに寄りかかるのを我慢していませんか。 「もう少しだけあたしを地獄においてください」、地獄とわかっていれば、どうにか諦めもつくから。望まずにいられるから。しかし神に縋りはじめてしまえば、その歯止めはもうきかない。「神よ、なぜあなたは」が始まってしまってはもう。
ジョアナとクリスマスの関係がぐずぐずに崩れていくことと、ジョアナが神に縋りはじめたことは綺麗に対比していて、彼女たちが終わりに抗う様に胸を痛めては、私が代わりに神を責めたいくらいの気持ちになります。
このあと、情に絡めとられた二人の関係はだんだん取り返しのつかないものになっていき、ジョアナがクリスマスの子を流産してしまったのをきっかけに(はっきりとは書かれていないのですがそういうことでしょう)、二人は二人にとって最もよくない方向へ進んでいきます。 ジョアナが(おそらく、持てなかった子のかわりとして、あるいは関係の変化をもとめて、)クリスマスに教育を受けさせようとし始め、加えて信仰をも強制し始めたのは痛ましい姿でした。自分の伝手とお金を使ってクリスマスに大学に入り法学を学んでほしいと。私たち二人でよいほうを見ようよ、と。引け目を取り除いて、今よりよい二人になろうよ、と。 クリスマスの養子時代のトラウマを蘇らせるには十分すぎるほどです。それに、ジョアナのこの行いは、クリスマスに対して「今のあなたでは私にとって不十分だ」と突きつけることにほかなりません。クリスマス自身が望んだこともなかった学びを一方的に与えようとすることで、お前は不学の者だ、という烙印を捺したのです。 もうだめでしょう、この関係は。互いが互いにとって望ましくないことをすることしかできなくなってしまった。ジョアナも本当は、そんなことはとっくにわかっています。
女はベッドに横むきに倒れ、彼を見あげてその血の出た口から、「あたしたち二人とも死んだほうがいいらしいわ」といった。
とても苦しい。愛というのはどんなに繊細に気をつけても必ずこうして終わってしまうのかもしれない。 二人が幸福になりたかったのかどうかはわかりません。でも、二人でいたかったから何とかして離れずにいられるよう手を尽くして、けれどその手を誤ってしまって、そうしてだめ��なってしまったのがあまりにもやるせない。彼らは間違えたのではなく、誤ることしかできなかったのでしょう。 ジョアナは、だめになるならばそれでも二人で、と覚悟を決めていましたが、クリスマスにはその覚悟は持てなかった。 ある夜、いよいよクリスマスはジョアナと殺し合うことになり、彼女を殺して茫然自失のまま逃走します。翌日には家も燃やしてしまう。そうして殺人の罪で追われる身となります。
それでも彼には旧式拳銃の二個の弾丸入りの薬室が見えたようであった。一つはすでに撃鉄が落ちていたがしかし不発のままであり、もう一方は撃鉄が落ちてはいなかったが落ちる準備はできていた。「あいつは俺と自分の両方を撃つ気だったのか」と彼は言った。彼は腕を引き、そして投げた。ピストルが草の茂みの中で何かに当る音が一度だけ聞えた。それからもう何の物音もしなくなった、「俺と自分の両方をな」
まだ半分かよ(ここまで372ページ)
かなり割愛しながら書いているつもりですが、1万字書いてもまだ物語が半分しか進んでないのすごいな。本当はもっと緻密に読んでいくべき本なのでしょうが(人物の発語を「思考の流れ/現実に口にしたセリフ/脳内の会話および独白」に形式的に表現し分けてるの何だよその分類って感じだし、その書き分けもルールがあるように見えて無いのを分析しながら読むとおもしろい。案外テキトーなんだと思います)、細けえこたあいいんですよ。私はテーマについて話したいからテーマについてだけ話し続けます。
いまWikipedia見たら「この作品の主題はおそらく孤独感である」って書いてあったけど、 待って、何? なんて?
んなわけなくない?
人間が孤独であることは単なる事実であってわざわざテーマにするまでもない当たり前のことです。あんなに濃厚に人物の人生を書き上げるフォークナーほどの書き手がそんな、「東京には東京タワーがあります」くらいわかりきったことをテーマに据えるわけないだろうが。孤独は主題��なりえないただの事実だ。Wikipediaの筆者よ、孤独を了解しろ。 疎外感はそれはそうかもしれませんね。疎外感には普遍性はないので。クリスマスが「実存主義的人物」ってのは実存主義を読み違えておられませんか。決定論における読みや同性愛についての指摘に対しては、まあなんか、気持ちはわかるよ。テクストというのはいろんな読み方ができますよね。時代や価値観に従って色々な読み方をされるところまでがテクストの宿命。
うん、色々な読み方があるよな。そうだよな。否定してごめん。ちょっと疲れてました。あなたはあなたの人生を好きに生きて。私は私の人生を生きます。さよなら。 はー。正直ちょっと登場人物に入れ込みすぎて書き疲れてきていましたが、Wikipediaを読んで元気になったのでもう少し続けます。Wikipediaはいいな。広場っぽい。ありがとう。募金しときます。
というわけで後半に続きます。
(2020/05/12 10:39)
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父は脳腫瘍という病気を患い、手術を終えたあと50代にして視覚障がい者になった。
今は障がい者一級の認定を受け、基本的には何も見えない生活をしている。
最初は家族も私も戸惑ったし、ショックだったけど離れて住んでいたので病院にもいられなかったし、実感もわかず涙も出なかった。そうなんだ、これから大変になるね、とくらいしか言わなかったと思う。
そして、この件についてあまり人に積極的に話してこなかった。本当に気持ち的に距離の近い親友や、文脈として話さないと意味が通らない時しか発信しなかった情報である。※この件について知らなかった友人や近しい皆さん、デリケートな話題で話すにも気力が必要なので、話すかどうかはその時々の気分で決めていることがほとんどです。知らなかった=私があなたのことを大事と思っていないとは思わないでください。
父が手術を受ける直前に一度、出張ついでに私の住む横浜に遊びに来てくれたことがある。予約していた駅近の居酒屋に現地集合でいいだろうと思い、ラインでその連絡だけ入れてお店で待っていたが一向に現れない。
心配になり電話すると、「一人ではお店に行けない。横浜駅まで来てほしい」と言われて急いで駅まで戻った。
そこで再度電話をかけると、「改札口がわからない」と言っている。JRなのか京急なのか、どこにいるのか聞いても全然わからない様子だった。
短気な私は事態が飲み込めなさすぎて少しイラつき、「え?なにか上の看板に書いてない?」と聞いても上の看板って何?わからない。。というような返答でいやいやまいったなと思った。
とりあえずJRの改札にいるから駅員さんに聞いてそこまで来てほしいと伝えた。電話は切らずにつないでいると、改札のすぐ向こう側に父の姿が見えた。
電話越しに「パパいるの見えるよ、パパが今立ってるところからまっすぐのところにいるよ」と言い、普通ならすぐに気づくような距離だったが、全く気づかないでボーっとしている。
この時点で、なんかおかしいなと思った。注意力があまりにもないというか、視野がものすごく狭い。
周りの目は気になったが仕方ないので改札のそばにあった鉄の仕切りのようなものを拳で叩いて音を立て、「パパ!」と大きな声で呼んだ。
すると「おお、エミ」とか言ってた。すぐそばの改札を通ろうとすると、引っかかっている。マジかーと思いつつ、まずみどりの窓口で駅員に通れないって話してみ��、と言ったがすぐそこに見えるみどりの窓口が、どこにあるのかわからないと言う。このエスカレーター超えたところにあるよと伝えて、すぐ出てくるだろうと思い電話を切って窓口の出口で父が出てくるのを待っていたら、またまた全然出てこない。というか姿が消えている。
焦った私は窓口にいる駅員さんに、たった今スーツケース引いてメガネをかけてる男性が改札通れないって聞いたと思うんですけど、どっちに出ましたか?と聞いた。すると「え、さすがにわかんないです」と言われ、正直「は?たった今のことも覚えてねーのかよ!」とキレそうになったがぐっと堪えてわかりました、いきなりすみませんと言って窓口を出た。
電話をかけても全然出ないので焦ったが、とりあえず私はあまり動かない方がいいかなと思いその場に留まることにした。
すると父が突然現れたので、目の前まで駆け寄って「パパどこにいたの?心配したんだよ」と言うとまだ遠くの方をキョロキョロ見渡している。目の前の私に気付いていないのだ。驚きながらも肩をトントンしてもう一度声をかけると、「ごめんごめん、京急に乗ってきたのにJRの改札から出ようとしちゃったのさ」と言っていた。
そういや羽田からはそりゃ京急だよな。。と自分がめちゃくちゃ焦っていたことにもここで気づいた。そして、父が前と同じようには行動できなくなっていることを確信した。
予約時間をかなり過ぎてから、ゆっくりゆっくり歩いてお店まで向かった。その途中、何度も電柱にぶつかりそうになっている。また、後ろから追い抜かしてくる人にも気付けず、さっと避けることもできないのでぶつかってしまっている(いや、ぶつかられている?)。
スーツケースは私が引いた。話を聞くと、空港の切符売り場でスーツケースを忘れて置いてきてしまうところだったらしい。ここでさらに、やばい、これはただごとじゃないと気づかされる。居酒屋で美味しい料理を食べながら2人で話していると、いつものパパだと思った。なんでも好きなもの頼みなさい、横浜でちゃんと頑張ってるんだねえ安心したよ、はなはボールを空中キャッチするようになったんだよ、と前と同じように話している。混乱したし、戸惑った。そしてまたゆっくりゆっくり歩いて電車に乗って、やっと家に着いた時には正直クタクタだった。脳腫瘍ってやばい病気だな、と実感した。
父は昔から仕事人間で、子どもの私たちと話す時もロジカルで、ただ「あれやりたい」「もうやめたい」だけじゃ通じない人だった。なんでそれをしたいのか、それをして何になるのか、今やめることがほんとに自分のためなのか?色々深く問いただされる。そして大体の場合、途中でこちらが折れることになるのだ。その結果犬や携帯電話、めちゃくちゃ厳しい部活をやめることなど、色んな物事を諦めた。
そんな中、私がどうしても諦めなかったのが海外留学だ。父は基本的に、私を自分の手元に置いておきたがった。高校生の間はずっと、「お前には弟と妹がいて、2人にもお金がかかるから大学は道内の国公立しか行かせない」と言われていた。私は生徒全員が必ず海外留学をする必要があるという秋田国際教養大に興味があったが、先述した内容や「そんな田舎に耐えられるのか」など色々言われ、確かにそもそも結構難しい大学だし、私田舎とか自然興味ないしなあと思い諦めた。
でも、国際教養大に行くつもりで数学Bの授業ではなく英語の授業を選択していた私は、進路の選択肢のほとんどが私大という状況だった。唯一の国立大の選択肢は数学2までとっていれば受験できる小樽商科大学、父の母校だ。父は浪人して入学した、当時、英語以外の教科は先生への愛想やキャラクターで成績をよくしていたと言っても過言ではない私にとってはそこそこチャレンジングな大学(国際教養大より下なんじゃ?と思うけど)。
そして私はセンター1ヶ月前というギリギリになってやっと1日12時間の猛勉強に取り組み、なんとか推薦で同大学に合格する。それを誰よりも喜んだのも父だった。「エミが俺の母校に入るのか〜」とよく言っていた。こっそり母から「自分の母校に入るのも嬉しいんだろうけど、札幌を離れず実家から大学に通ってくれることを一番喜んでるのさ」と聞かされる。そういうことかよとやっと気づく。私はいつも気づくのが遅い。
大学に入り、往復5時間かけて通学する日々が始まった。めちゃくちゃ遠い。朝めちゃくちゃ早い。めちゃくちゃ眠い。行き帰りだけで本当にクタクタで、なんでこんな大学に入ったんだろうと、通学中に関しては4年間ずっと思っていた。
ただ、それでも私は在学中勉学についてはそこそこ頑張った。英語のクラスを担当する教授に色々と機会をいただき、在札幌米国領事館が主催する英語のエッセイコンテストでジェンダーについて書き、特別賞でiPodと日本女性会議に出席(という名目の見学)する権利をもらった。
日本女性会議ではニューヨークの裁判官の女性と話し、女性から男性に対してのDVについてはどう対策すればよいと思うかを質問した。ただ、当時の私の英語力ではせっかくもらった回答の内容を理解できなかった。いい質問だと言われたことしか覚えていない。これは私の人生の中の最大の後悔の一つだ。
他にもオーストラリアの元衆議院議員の方との会食に同行させてもらったり、米国領事館のパーティーに参加したり、なんか色々やってた。単位は落とさずにいられた。サークルにも入らず固定のグループにも属さず、なんかよくわかんない子だったと思うが、友達にかなり恵まれ、みんなのおかげですごく楽しい大学生活を過ごせた。
大学2年の前期、私は最初の留学のチャンスを見送った。理由は元々父に言われたとおり、弟と妹にもお金がかかると思ったからだった。当時弟は受験生になっていた。それでなおさら、自分にだけお金をかけさせるわけにはいかないと思ったのだ。ただ両親は弟には道内国公立という条件を出さなかった。理由は弟が男だからだ。私はこれにマジギレした。多分人生で一番親にムカついたのはあの時だった。私の方が高校時代の成績も良かったのだ。私は絵に描いたような男尊女卑だと、親にめちゃくちゃキレた。
それで、私も留学する!!と勝手に決めたのだ。実は私は自分が見送ったtermで留学した他の子たちをめちゃくちゃうらやましく思っていたのだ。私の方が英語できる気がする、私の方が海外生活への挑戦意欲は絶対強いと思う、これまで頑張ってきた自分の力を試したい、と毎日毎日思っていた。そして親に留学を反対・阻止されないよう、TOEICやTOEFLの勉強をめちゃくちゃして、どちらも本番で過去最高得点を取った。そしてほとんど誰にも言わずに留学の学内選考に申し込み、勝手に合格してしまった。当時私にものすごく期待してくれていたアメリカ人の教授が親身に相談に乗ってくれて、志望理由の添削なども快く引き受けてくれた。そのおかげもあり、学内推薦の枠をとれた。
母には選考が始まった時点で留学のことも話しており、「そんなにやりたいならお金はなんとかするからやりなさい。きちんと努力する子には私は投資するよ」と言ってくれた。母は、いつも私の英語の勉強意欲や海外への憧れを認め、後押ししてくれた。そして、この言葉は今でも励みになっている。
問題は父である。昔から日本のものより海外のものに惹かれていた私を海外かぶれと呼び、アメリカをホワイトアングロサクソンが牛耳る国と表現し、なぜそんなところに憧れる!?と言われて育った。今思えば結構なレイシストだった。
絶対嫌がるだろうな、と思ったが、私にはあまり反対意見を言ってこず、受かってしまったものは仕方ないという感じで、銀行に通い教育ローンを組んで私をニュージーランドに送り出してくれた。アメリカは私の申し込んだtermの選択肢にはなかったので、消去法で唯一の英語圏だったニュージーランドを選んだのだ。
ニュージーランドでの2学期が私にとってどれほど楽しかったかは私を知る人はもう知っているだろうから話さない。とにかく人生最高の時間だった。初めて親元を離れたが、シェアハウスに住んでいたからかあんまり寂しくなかったし、親の目につかないところでちょっと悪いことをするのは最高に楽しかった。ただ、とにかく高い生活費や家賃を嫌な顔一つせず振り込んでくれる親への感謝は絶対忘れないよう決めていた。
後になって知ったことだが、父がすんなり承諾してくれたのは母の説得のおかげだった。父が「エミがボブサップみたいな黒人でも連れて帰ってきたらどうすんのよ!」と母に怒ると、母は「え〜。。ハーワーユーって言う。」と答え、さらに怒らせていたらしい。めちゃくちゃうちの母らしい。でも、やりたいことはやらせようよと頑張って説得してくれたんだと思う。そのおかげで、私はとにかく充実した時間を過ごして、自信をつけて家に帰ってこられた。ちなみに行きも帰りも母は空港で普通に結構泣いていた。行きは当時の彼氏も涙を必死で堪えていた。私だけが全く泣なず、これから始まる新生活への覚悟と期待ばかりが頭にあった。帰りの空港に彼は来なかった。当時は色々思ったが今思えば当たり前である。
帰国後足りない分の単位をとりながらバイトも再開して忙しくしていると、さらに就活も始まった。今思うと、新卒の就活はマジでクソみたいな行事だった。私は正直留学で��え尽きていて、みんなと同じ格好をして綺麗事を並べる就活というものに疲れ切り、適当に受かった地元の会社に決めてしまった。
そこで働く間、両親は小学校高学年から英語の個人レッスンを受けさせてもらい、高校大学とずっと私の英語の勉強に投資し、応援してくれたのに、なんでそこで培ったスキルを活かす仕事につけるよう必死で頑張れなかったんだろうと、ずっとずっと後悔していた。あと当時の上司と先輩がめちゃくちゃ意地悪だったので、普通にやめたかった。
そして、父の病気はその会社に入って2年目の半ば頃に発覚した。当時福岡で単身赴任していた父は、なんとなく様子が変わっていた。まずあんなに大好きだった仕事が、全然楽しくなさそうだった。私は子供の頃から父から仕事の話を聞くのが好きで、よくわかんなくても色々聞いていた。福岡の前にいた島根では色々功績を残していたようで、その過程の話を聞くのはとてもワクワクしたし、娘として誇らしかった。でも福岡に行ってからは愚痴が増えた。というかあんまり楽しくない、としか言わない。それ以上は話したがらなかった。
また、なんか運転荒くなったな〜と思うようになった。いや元々荒い方なのだが、それにしても危なっかしい。注意散漫な感じだった。私は免許がないので運転のことがよくわからなかったが、毎日運転する母はめちゃくちゃびびっていて、危ない!と叫んだりするほどだった。あまりにも運転が荒すぎて、車酔いしやすい妹は父が運転するなら出かけないようにすらなった。
あんまり詳しく覚えてないけど、なんか他にも物忘れが激しくなったり、前は帰省の間毎日���幌ドームに野球観戦に行ってたのにぱたりと行かなくなったりと、色々おかしいなと思うことが増えていた。母がかなり心配するのを、私たち子供3人は元々危なっかしいところはあるよとか、天然だからねとか言って流していた。
しばらくしてから本人が病院に行くと言い出した。赤信号を無意識に無視しようとしてしまったらしい。病院で色々検査した結果、脳に拳大くらいのものすごく大きい腫瘍が見つかった。
それを最初聞いた時は、なんて思ったか正直覚えていない。多分ショックだったとは思うけど泣いた記憶はない。でも、何回目かの精密検査のあと、印刷された結果の紙に手術によって起こりうることみたいなのが一覧にして書いてあった。そこには脳梗塞とかなんか難しい漢字がたくさん並んでいて、失明というのもあった。それを見た瞬間、こんなにリスクがある病気なの?と母の前で泣いたのは覚えてる。それでも、父の病気のことであんまり泣いた記憶がない。私は普段かなり泣き虫なので、本当に泣けないほどショックだったのかもしれないな、と今となっては思う。
父の病気が発覚してから、色々考えることが増えた。父の病院の付き添いやお見舞いのため、会社を休むことも増えた。そのうち何回かは自分のためだった。色々気持ち的に疲れ、遊びに行くとかいう気持ちにもなれず、とりあえず犬と家にいたりした。でも会社や当時の上司はその辺はすごく理解してくれて、深く聞かずに協力してくださった。そこには本当に感謝している。
ちょいちょい会社も休みつつ、毎日色々ぐるぐる考えた結果、「私、結構親に恩返ししたいと思ってるんだな。その一番の方法って、ちゃんと英語のスキルを生かして楽しく働いて、親が私に投資した分を回収できるほど稼ぐことだ!」と気づいた(今思えばちょっと突っ込みどころもある)。
そして職場でも男尊女卑とか古い思考が蔓延しているのを感じ、基本不満しかないような状態になっていたので、本格的に転職活動を始めた。
転職活動は、新卒の就活よりチャンスは限られていた。有名な企業の求人にもとりあえず色々申し込んだが、新卒の時は当たり前のように通った書類審査でほとんど落ちた。でも、2年の経験で多少のスキルやマナーも身についていたおかげか、はたまたこの場から抜け出せれば人生やり直せるぞという強い希望からか、かなり高いモチベーションを保って行動できていた。平日の夜と土日はTOEICの勉強や企業研究、面接準備をしていて遊ぶ暇はなかった。けど、当時はそれを負担にすら感じないほどそれらに打ち込めていた。ある意味、こういう行動が辛い現実から目をそらす一つの方法だったのかもしれない。そんなときも自分の会社で面接官を担当したこともある父には、色々相談に乗ってもらった。
その結果、今働いている大きな会社から内定をもらえた。それまでわりと傍観していた、というかどの会社を受けているのかとかも多分よくわかっていなかった両親も、いざ転職が決定したとなると色々態度が変わった。当時私は色々あって両親(特に母)とあまり良好な関係を築けていなかったため、物件探しなどは全部一人で行った。というか23歳にもなり、これから一人暮らしするとなるとそれくらい一人でできないとダメだろうと思ってもいた。ただ、母は気まずそうに家具の買い出しや引っ越し手配などの手伝いを申し出てくれた。実際、そのおかげでかなり助かった。費用もかなり浮き、結局親の助けって大きいんだなと実感し始めた。父からはそういう類の協力は特になく、ただただ何回も「本当に横浜に行くの?」と聞いてきたり、「そうかあ、行っちゃうのかあ」とぼやいたりしていた。仕事中に「エミが横浜に行っちゃうのが寂しくて仕事にならない」とラインしてきたりもした。この人は本当に私のことを手放したくないんだなと思った。
子どものときから私はパパっ子だったし、父は実際私たち兄弟3人をめちゃくちゃ可愛がってくれたので、ここまで寂しがるのも仕方ないことなんだろうと思った。
それまでなんだこいつらと思っていた両親に対して、少しずつまた感謝の気持ちが湧くようになっていた。
そしてなんとか横浜や新しい会社での生活に少しずつ慣れてきた秋頃、ずっと保留にされていた父の手術が決行されることになった。いつ行われるのか、手術日直前までずっと計画が流動的だったので、飛行機を取るにも取れず、私は付き添うことはできずに当日も横浜で働いていた。まだ試用期間だったので本当はダメだったが、上司が在宅勤務にしてくれた。
手術は24時間以上かかり、母はずっと手術室の前で待っていた。普段父の愚痴ばかり言っていたのに、こういうことになると24時間とかでもあの固そうなベンチで待てるんだな、夫婦って謎だなと思った。
手術が終わった後、まだ腫瘍が残っているので来週また手術すると聞いた。どんだけ腫瘍あるんだよと思った。そりゃ運転なんかまともにできないよとか、その状態でずっと働いてくれてたんだなとか、色々思った。普段の私なら泣きそうな考え事だが、その時も泣けなかった。
そして2回目の手術も終わった後、母から顔がパンパンに腫れて管が繋がれた状態で、病院のベッドで寝ている父の写真が送られてきた。
正直、なんとも言えない気持ちだった。運動神経が悪く運動会を地獄と思っていた私だったが、運命走では父が毎年私を1位にしてくれた。仕事がめちゃくちゃ出来て、休日でも電話が鳴ると仕事モードになってテキパキ応答していた。友人関係で悩み学校にいけなくなった中学時代、忙しい中母と学校に出向いて先生に直接相談に行ってくれた。そんな父の姿が変わり果てた状態で札幌にある、とあんまり信じられなかった。
とりあえず親と妹に付き添いありがとうとだけは言ったと思うけど、なんか詳しいことはあんまり覚えてない。
その次の月に札幌に帰り、2週間ほど実家から在宅勤務させてもらうことにした。父が視覚障がい者になったことで、母の生活はとにかく大変になった。札幌を出るときにも感じたことだが、遠くから何もできない自分に対し自己嫌悪の気持ちを感じていた。一人だけ、大変な状況から逃げてきたような気持ちだった。それで今後後悔しないように上司やチームのメンバーに相談して快く受け入れてもらい、在宅勤務をさせてもらったのだ。
当時の父はほとんど何も自分ではできなかった。コップに水を入れることも、薬を包装のプラスチックから出すことも。何せ手術がおわり目を覚ましたら何も見えないのである。仕方ないと思い、みんな全部やってあげていた。
これがなかなか大変だった。普段通り続く仕事や父が障がい者になったことによる諸手続き、家事でも忙しいうえに、ずっと父のそばにいて余裕がなくなってきていた母と妹は、少しは自分で何かできるようにチャレンジだけでもしてほしいという気持ちでストレスを感じていた。また、それで父に優しくできない自分たちにも嫌悪感を感じてしまう。その時、本当にこのタイミングで札幌に帰ってきてよかったと思った。私はまだ気持ち的に余裕があったし、父のことをかわいそうに思う気持ちの方が強かったので、代わって父の相手や手伝いをしてあげられた。母が何度もお礼を言ってコーチのバッグとポーチまでプレゼントしてくれたが、私としては何もせずに傍観することで今後後悔したくないと思う、自分のための行動でもあったので、お礼を言われるようなことではないと思っていた。実際、終盤は私も疲れてきて、母と妹と3人でラーメン屋さんで父の横柄さや自己中さを愚痴りまくったりもしてしまったし。たしかにこれが日常なのはキツいと思った。
札幌から横浜に戻った後もしばらく、自分だけ逃げてきたような気持ちに苦しんでいた。特に、大好きでかわいい、しかも4つも年下の妹をあの大変な日常に置いてきてしまったことが辛かった。
それまで私は当時、彼氏にこの話をあんまりしたくなかった。しても楽しくないからだ。また、正直付き合って半年ほどの彼氏に話すには色々と重かった。だからずっと黙っていたが、なぜか横浜に帰ってきてから1ヶ月ほど経ったあとのクリスマスデートの準備���、とうとうこの罪悪感を打ち明けた(理由は、なんとなく今なら言えそうだなと思ったからである)。
すると「でも、エミちゃんは家族と離れているおかげで多少余裕を持って家族に接してあげられてると思うよ。全員が同じ場所にいたら、誰も家族の話を冷静に聞いてあげられる余裕がなかったと思うから、お母さんもみーちゃんも、エミちゃんに話聞いてもらってるだけで助かってると思うし、ここにいてよかったんだよ」と言ってくれた。正直、この時初めて結構泣きそうな気持ちになった。けどただでさえ変な空気にせざるを得ない話をし、その上泣いたらなんかマジで変な空気になるしなと思って、化粧をしながら平然を装ってありがとうと、今まで自分の殻に閉じこもってて本音を言わなくてごめん、と言った。一言だけ「俺はエミちゃんの話聞くくらいしかしてあげられへんから」と言ってくれたが、彼のいう通り、ただ話を聞いてくれるだけの人って、本当に助かるのだ。それを身をもって実感したことで、私も家族にとってのそういう存在になれてるのかもな、と思えた。それにより、やっと家族と離れていることへの罪悪感を消すことができた。慎重な私からすると、正直大丈夫なの!?と思うこともあるくらいいつも楽天的な彼だが、こういうことを偽りなくスラスラ言える優しさや前向きな気持ちを持つ人と一緒にいることが、私にとってどんなエリートや大富豪といるよりも最良の選択肢に感じた。そして今もそう思っている。
その間も、父の手助けをしたり一日中話し相手になる大変さを何度も二人からは聞いた。そう言われると辛いよね、ママやみー(妹)の立場だとそう思っちゃうよね、とか、なるべく相手の気持ちを汲んでいるような言葉遣いを意識した。前のわがまま女王の私には到底できなかったことである。
そして、父が函館の視覚障がい者向けの訓練センターに入ることになった。本当に少数の視覚障がい者と、色々と教えてくれるメンターの方しかいない施設だそうだ。
父は行きたがらなかった。施設どころか、自分の実家にも帰りたがらなかった。母が諸々の手続きを済ませるために家をあける間、また妹も仕事などでいない間、一人にしておけないので実家にいて、ついでに(少し休みたいのでとは言わないがそういう意味も込めて)今夜は泊まってきて、と頼んでも嫌がっていた。無理矢理行かせてもいつ迎えに来るんだと電話が来る始末だった。これはまじでキツいだろうなと思った。
父は仕事ももちろんまだ行けないので、一日中リビングの一人がけソファからトイレ以外は一歩も立たず、ずっとそこにいて話しかけてくるのだ。目が見えるとある程度読める空気も、読めないので仕方ない(元々かなりのkyおじさんなのもあるが)。本当に何もしようとしなかった。実際父もストレスはかなりあっただろうから、無意識に嫌な言い方をされることも多く、色々書類を書いたり細かい手続きを済ませたりしないといけない母はクタクタだったし、妹も精神的にかなり疲れていた。父の無意識のきつい言葉に傷つき泣いたりもして、一緒にご飯食べたくないとも話していた。
そのため、母も妹も父の函館行きをある意味心待ちにしていた。ひどいように聞こえるかもしれないが、そうでもしないと二人とも身を入れて休めなかった。
父が函館に行ってから、母は生き生きしだした。自分の好きなことを好きなペースでできるようになったからだ。我が家の愛犬のはーちゃんも散歩嫌いを克服し、毎朝長い距離母を連れ回すようになった。それによって他の飼い主さんと仲良くなったり、友達とのランチやピラティスの時間もとれたり、母の生活が目に見えて充実し始めた。ずっと辛い話を聞いていた私はかなり安心できた。妹の電話口の声色もかなり明るくなり、みんな父のことが嫌いになったとかではなく、単にこれまでどうしても疲弊してしまう日々だったんだろうなと思った。
そんな中、突然父からラインが来た。え、ライン?と思った。なんせ前実家に手伝いに帰った時はiPhoneのロックを解除することもできなかったのだ。視覚障がい者用のモードに変更して、音声を頼りにパスコードを打つのがどうしてもうまくできず、イライラしてすぐ途中でやめていたし、基本的に携帯を触ろうともしなかった。そんな父から誤字脱字がほぼないラインを受け取り、本当に驚いた。と同時に訓練を一生懸命頑張ってることがわかり、とても嬉しかった。実は施設に入る直前に父と電話で大喧嘩したこともあったので、なんか色々安心した。
その頃、ニュージーランドでの1学期目の間、とても仲良くしてくれた香港人の友人と久々に連絡を取った。彼女は去年お父さまを突然亡くしたと話していた。とても賢く明るく、私と同じように男の子みたいにわんぱくな彼女だったが、ストレスで毎日浴びるようにお酒を飲み、円形脱毛症にもなったという。私も友人には積極的に話さなかった父の病気の経緯を初めてその子に打ち明けた。余談だが日本語だと言いにくいことも英語だと言いやすいことって結構ある。そして、「大変だったね。お父さんも家族もストレス溜まるよね。でも、エミがお父さんのことをちゃんと気にかけてあげていることは本人がわかるようにしてあげてね。じゃないと後悔するから」と言ってくれた。
それから私は毎週末、なるべく施設で訓練を受ける父にラインで連絡を入れるようになった。YouTubeの使い方を練習しているので、面白いラジオやいい音楽を教えてと頼まれて、私の大好きなオードリーのトークまとめと、父のために作ったプレイリストを送った。父もお気に入りの音楽を教えてくれたが、どれも命や周りの支えに感謝する歌だった。今の自分の気持ちにピッタリなんだと書いてあるのを見て、なんとなく父の内面的な変化も感じた。そして、やっぱり父は努力の人、やればなんでもできる人なんだと思い、誇らしかった。それは母も同じなようだった(ちなみに母にはラインに慣れてない頃、訳の分からない文章をたくさん送っていたらしい)。
しかしコロナウイルスの影響で父の訓練は中断され、一度札幌に帰ることになった。そしてこの後の訓練は札幌でやることになると言う。正直私たち3人はエッと思った。思っていたより二人が休める時間が縮むことを意味するからだ。ここからまた大変だな。。と思っていた。
それでもいざ訓練から戻ると、父はできることがだいぶ増えており、郵便屋さんからの荷物を自分で受け取り支払いも済ませたり、歩いて近所のスーパーに行ったりまでできるようになっていた。また、一人で部屋で過ごす時間も前より自然と取るようになり、妹は父のそういう進歩や変化について嬉しそうに話してくれた。
結局父はみずからやっぱり落ち着いたら函館にまた戻って訓練を受けると言い出した。実際、後続の訓練は札幌で、というのは父だけでなくセンターの方の意見でもあったので、なぜ函館に戻ると言い出したのかはわからない。でも、訓練を頑張りたいという意志は伝わってきて、手術後はあんなに色々と後ろ向きだった父が積極的に訓練に向き合ってくれたことがとても嬉しかった。
そして、函館での訓練を終えて帰ってきた父は、どうも色々性格的にも変化しているようである。元々理論派な仕事人間ながら天然でウケる部分もあった父だが、特に明るいタイプではなかった。失明してからは尚更で、無神経な物言いをしたりもしていたが、今はそういうことがかなり減ったらしい。なんとなく明るくなったと言う。この前は父から母に「今日は実家に泊まる。少し休めるしょ?」と言い出してくれたらしい。父も、自分の存在が負担ということではなく、単に母の疲れを感じ取って休みが必要だと配慮することができるようになったのだと思う。
夫婦生活を何十年としていると、最初にあった思いやりや配慮が薄れていくだけだと思っていたが、夫婦というものはいつになっても悪い方向だけでなく、いい方向に形を変えることも可能なのだと親を見ていて知ることができた。
はっきり言って、去年から今年にかけて私はかなり辛かった。涙こそ思っていたより出なかったけど、悲しみや精神的な疲れがいろんな形で出ていたと思う。それに、仕事の変化についていくのも大変だった。
そういう時、一緒にバカなことをして騒いだり、美味しいものを食べながら恋愛や仕事の話をしたりしてそういう悩みから気を逸らさせてくれた友達や、私の精神的疲労の弊害を受けながらも見捨てず、常に優しくそばにいてくれた彼氏にとても助けられた。
そして突然視覚障がい者になったことを、多少時間を要しても最終的に受け入れ、その生活に順応する努力をする父、そしてそれを献身的にサポートする母や妹を心から尊敬する。あと、いつもみんなのストレスを無意識のうちに緩和し癒してくれる、犬のはなみちくんにもとっても感謝している。
こういう言い方をしてはなんだが、この事を通さないと分からなかった各人の良いところを知れた、いい機会でもあったとすら思えるようになってきた。
障がい者になること=マイナスではない。障がいを通じて、得られるプラスだってあるのだ。
せっかく色々書いたので、最後に一言。
話は少しずれるが、人種、セクシュアルオリエンテーション、宗教など、各分野でマジョリティ、マイノリティが存在し、その間での格差や差別、抗争が日々生まれている。こういった問題について、個人としてマジョリティ、マイノリティどちらも万人に受け入れられるべきであるとハッキリ言える人間になれたのは、ティーンの頃からこのような問題について国内外の同世代の友人とのディスカッションを通じて熟考したり、当事者とコミュニケーションを取ったりする機会の基盤にある、高度な教育を受けさせてくれた両親のおかげだと考え、心から感謝している。黒人、女性、同性愛者、トランスジェンダー、ムスリム、そして身体障がい者、またその他のすべてのマイノリティに属する人も、決して理不尽な迫害を受けるべきではない。すべての人間が人間として尊重されるべきである。この信念だけは決して曲げずに生きていく。
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序章
幼稚園にお迎えに行った時から、かずいの様子が変だと思った。いつだってニコニコ楽しそうで、母親の私ですら大丈夫この子?悩みないのかしら?と思ってしまうほどいつでもご機嫌のかずいが。そんなかずいがしょんぼりとして元気がないのだ。 「か~ずい! 今日のおやつは何食べる?ポテチ?それともあげせん?」 そう聞いても、無言でフルフルと首を振る。 もくもくとレゴを組み立てている。 誰に似てこんなに頑固なのかしら? 素直に甘えればいいのに。 あたしじゃないからパパね。パパは案外頑固なところあるもんね。 まぁ小さい子なんて、ちょっとしたことで機嫌良くもなるしー そう思ってあたしはあたしで録画したドラマをソファにごろんと横になって見始めた。 隣に引っ越してきた女が、旦那を奪うこのドラマは今ママ友の間で大人気なのだ。 この可愛い顔して、隣人夫婦の関係を静かに壊していく役の女優がまたー なんともムカつくんだよねぇ。細くてか弱そうで儚げで。でも顔はあたしに似てるらしいんだけど。 「あの女優、かずくんママに似てるよねってみんなで言ってたんだよー」 「そうそう、こーんな女に旦那狙われたらアウトだよってね! 頼むよかずくんママ~💦うちの旦那には手ださないでよー?」 「かずくんママはそんなんしないってー!だって旦那がやばいじゃん。あの旦那毎日見てたら、他の男なんてゴミでしょゴミ(笑)」 「そうそう、めちゃめちゃいけめぇん!仮面ライダーになれそうだよねー」 ふふふ、とママ友に言われたことを思い出して声を漏らして笑ってしまう。 確かにあたしの旦那はかなりかっこいい。 だから惚れたんじゃない。 背も高いし、かっこいいし、スリムだけど筋肉質で、声もいいし優しいし、真面目だし医者だし、そして浮気もしない! も~本当に旦那の鏡だもの。 何回、街歩いてて写真撮られたことか。憧れ若夫婦!みたいなコピーと一緒に見開きで雑誌に載ったこともある。かずいも赤ちゃんときから天使みたく可愛いし。 当たり前よね、あたしとパパの子どもだもん。不細工が産まれるわけないけど。 ぱりん、と音をたててお煎餅をかじる。 ドラマはかなり佳境なとこまできていて。 したたかな女の嘘に、旦那がやーっと気づいて家を出て行った奥さんを探し回る。 この俳優がまたまた、いい男なんだよねぇ。 こんな男の奥さんで、 浮気といえど悪い女に騙されただけだし それでこうやって追いかけてもらえるの、 い~よねぇ~ あたしの旦那はー 申し分ないけど、あえていうなら冷めてるのよね。性欲も多分というか全然ない。 確かに赤ちゃん産んだあと暫くは、旦那に触られるのも嫌だったからあたしも相手してあげられなかったけどー でもその頃も、無理になんて求めてこなかったな。スッゴク悪そうに、抜いてくれる?とかそのぐらいだった。 だからあたしのこの大きすぎる胸は宝の持ち腐れ。 昔からかなり自慢なのにな。それとも旦那は巨乳好きでないのかもしれない。 それでもあたしと結婚したなんて、それはそれでなんか嬉しいけど。 申し分ない夫がいて 可愛くていつもニコニコの息子がいて ママ友達ともうまくやれてて 働かなくてよくて ん~だから性欲薄いぐらいは我慢しなきゃね。神様もそんなにたくさん幸せを私にばっかり与えてくれるわけないもん。 ふぁあ、なんか眠たくなってきちゃったなぁ。少しだけ寝ようかなぁ。 かずいも一緒にねんねしよーよぉ ◾ ◾ ◾ 目が覚めたら啜り泣く声が聞こえて、慌てて飛び起きた。 パパがかずいを抱っこして頭を撫でている。 やだ今何時? 「ごめんなさい、寝ちゃってた~ かずいどうしたの?」 「あぁ……」 パパが困った顔してる。眉間にたくさん皺を寄せてる。 「いちかちゃんに、大嫌いだとかそばに来ないでと言われたんだって」 「……ぇええ~?」 なにそれ。 なによぅそれ、あんなに仲良しなのに? ていうか、それで元気なかったのねかずいってば。 とはいえ、むかつくなぁ苺花ちゃんてば。仕方ないけど。女の子は生意気だから。 そうは言っても自分の息子がこんなに悲しそうに泣いていたらやっぱりむかつく。 あの子気が強そうだからすごく意地悪な言い方したのかもしれないし。 「……ちょっと、隣に行ってこようかな」 「……やめとけよ、そんな事言えないだろ?隣も困るだろうし」 「でも!かずいがこんなに泣いてるのに。この子そんな簡単には泣かないんだよ?ていうことは意地悪な言い方されたんだよ!」 「そりゃあ俺も少しは腹立たしいよ。でも、子どもの事に口出しするのはよくないだろ」 「……また。そんな、冷静な言い方する……」 「冷静にならなきゃ駄目だろ。だいたいお隣の奥さんと仲良いんだろ?気まずくなっていいのかよ」 「だって、あたしたちは悪くないし。苺花ちゃんに聞くだけよ。どうしてそんなこと言うの?って」 「……」 パパは眉間の皺をそのまま、無言で溜め息をついた。 何よ パパだって本当は隣の夫婦のことそんなにはよく思ってないくせに。 半年前にお隣のおうちに阿散井さん一家が越してきた。 挨拶に来たときは驚いた。 旦那は額やら腕やら膝下に刺青が入っていて 顔も恐いし長髪だしどこぞのチンピラかとあたしもパパも固まってしまった。 でも話すと、明るくてあっけらかんとして悪い人ではないかなと思ったけど。 かずいともよく遊んでくれるし、かずいもなついてる。 仕事が彫師なのだという。別にやくざとかではなかった。娘の苺花ちゃんはかずいと同い年ではきはきとしていて可愛い顔をしている。そしてかずいがお姉ちゃんと言っていたのは、苺花ちゃんのお母さんだった。 確かに子供と思うほどに小さい。刺青男が大きいからとてもでこぼこな夫婦だと思った。 それからこの夫婦 すごぉいよくセックスしてる、と思う。 つまり仲が良いのだ。それは見てわかるんだけど。だって旦那めちゃめちゃ奥さんのこと構うし触る。夜もけっこうな頻度でアノ声聞こえるし。 多分ベタ惚れなんだと思う。 それがなんとなく、気に入らなかった。 奥さんは地味な感じの小さな女。 胸なんてまっ平らであんなのとセックスして楽しいのかなとちょっと意地悪なことを思ってしまう。 でも、抱かれているからかわからないけれど 同い年だというのに、奥さんは瑞々しくてお母さん��くない。 愛されてる女って感じがいやでもする。 可愛いかっこうすればかなり可愛いはずなのに、仕事に行く彼女はいつも地味。 なぜなら刺青旦那がそうさせてるから。 ひっつめ髪に眼鏡して地味な服着て仕事に行くのは、以前ストーカーだか何���かに追いかけ回されて大変だったからだという。 それからは旦那に目立つな地味にしろと言われて、会社に行く平日の彼女はかわいそうなくらい地味で目立たない格好をさせられている。 だから この間の幼稚園での納涼祭での彼女には目を見張った。 かずいの幼稚園は、正確にはこども園といって、短時間児童と長時間児童が一緒に過ごすという、利点がよくわからないところだ。 働いてない私の息子は短時間児童だから毎日2時半にお迎えに行く。 お隣のおうちは共働きだから7時までにお迎えに行けばいい。 かずいと苺花ちゃんは同じほし組さんだけど、苺花ママは朝も早く帰りも遅いから、実は園ではほとんど会うことがない。 だいたい長時間児童のママ達なんてほとんど知らないし。 お茶会とか何かしら企画しても、仕事だからごめんなさいねって出てくることもない。 別にいいけどね。 隣の奥さんは地味だしそんな感じで時間もあわなかったから、ほし組さんのママ達も全然知らなかったのだ。 それなのに 納涼祭で、隣の奥さんは一躍有名ママになった。 紺と白に紫の紫陽花が描かれた浴衣を着て 髪の毛をふわりとあげて とても上手な化粧をして現れた彼女は 女から見てもそれは美しく可愛らしかった。 悔しいくらいに真っ白なその肌に 透明感のある紅いグロスと目元に大きめのラメを少しのせたその小さな顔は まるでモデルのようだとあたしも思った。 カランコロンと下駄を鳴らし、あの厳つい顔のご主人と手を繋いでこども園にやって来た夫婦に、ママ達は皆釘付けだった。 だってー 子どものいるこういう場所で、実は手を繋いで現れる夫婦なんていないもの。 どこの夫婦も子どもがいて、もう夫婦愛でしかないようなお父さんお母さん達の中に とてもナチュラルに手を繋いで現れた彼女とご主人は、まるで外国のラブラブな夫婦でしかなかった。この日は頭に手拭いを巻いて、自信も浴衣を着ている為、旦那の刺青は全然見えない。そうなると背の高い厳つい顔のご主人もなかなかのいい男だった。 誰もが、感嘆の吐息を吐いた。 「すげーな、お隣さん。絵になるな」 珍しくパパも目を細めて笑ってそう言った。 パパは浴衣を着てくれなかった。一緒に着ようと言ったのに恥ずかしいとか言っていつものTシャツにデニムにスニーカーだ。 元がいいからそれでもいいけど、その時は面白くなかった。 だって本当なら こうやって集まる場所で、皆に話題をもたらすのはあたしとパパなのに。 今日は誰と話しても隣の奥さんの話題にしかならない。 誰のママ? 何あの人めっちゃ可愛い~ 旦那かな?彼氏かな? 別にそりゃあ毎回あたしのパパがかっこいいとか騒がれ過ぎてて悪いなとは思うけど。 実は計算なんじゃないの?とかどうしても意地悪になっちゃう。 こういう場所で目立ちたくて普段地味にしてんじゃないの?だいたいドラマじゃあるまいしストーカーなんて普通の主婦に現れないわよ。 「なんか、お隣さんとこ色々すげぇよな」 納涼祭の帰り、寝落ちしたかずいをおぶった旦那がそう呟いた。 「本当ね。目立ってたねぇ」 「でもあの二人さ、バカだよな」 くっく、とパパが珍しく楽しそうに笑った。 「金魚すくいやった時さ、真面目な顔して奥さんに、どいつなら食えるんだ?とか聞いててさ。周り皆笑っちゃって奥さん恥ずかしかったらしく思い切り叩いててさ」 「……へぇ」 「奥さんもスイカの種を飲んでしまった!とか涙目になって慌てたりとかして。旦那が胃から芽が生えても飯食えば潰れるから大丈夫だ!とか真剣に言ってんの。……まじで頭弱そうだよな」 「……ふぅん、て、パパ珍しいね?誰かのこと話すの」 「だって今日お隣夫婦とずっと一緒にいたし。お前は相変わらずママ友の挨拶巡りで色んなとこ行ってただろ?」 あぁ、そうだったかも。 そうか、パパはあの二人といたのね。 笑ってるけど、あの二人は頭悪いとバカにしてる。 「気さくな感じでお隣さんとしてはいいよな。別に深くつきあおうとしなければ」 「そうね」 誰とも深くなんて付き合う気なんかないくせにー そう思った。 まぉ確かに悪い人達ではないーそれは確かだと思った。 ◾ ◾ ◾ だけどやっぱり泣くかずいを見ていたら、沸々と怒りが沸いてきた。 「あたしやっぱりちょっと行ってくる!」 エプロンを外して立ち上がると、パパはやめろよと嫌な顔をした。苺花ちゃんは歌が上手くて足も早くて最近ほし組では人気者だ。親娘揃って今じゃこども園の有名人だからって、うちのかずいを泣かすのは許さないんだから、とあたしはパパが止めるのを聞かずにお隣に行くことにした。 お隣の家の扉の前で深呼吸する。 中からは苺花ちゃんと奥さんが笑う声がした。 「俺も一緒に話すよ」 気がつけばかずいを抱いたパパも後ろについてきていた。 「別に怒るつもりはないから。話をしたいだけよ」 「わかってるよ」 インターホンを鳴らすと、はーい!と明るい声とパタパタとスリッパを鳴らして走ってくる足音が聞こえた。 ガチャリと扉があいて、お揃いのピンクのルームウェア(ミニ丈でニーソックスを穿いている)の奥さんと苺花ちゃんは悔しいけれど可愛らしかった。 「おかえりなさー……あれ?」 「おかえ……あ、黒崎さん?」 どうやら二人は刺青男が帰ってきたと思っていたようだ。 こんな風に毎日迎えてるんだ ふぅん、あのご主人は愛されてるのね。 「ごめんね、遅くに。ちょっと、話をしたくて……」 謝るように顔の前で掌をあわせて首を傾げると、奥さんはじゃあどうぞ入ってください、とあたし達を促した。 突然の来客を部屋に呼べるなんてすごいな、とあたしはとんちんかんなことをぼんやり思った。あたしなら絶対無理だ。 「いや、いいんですよ、すぐすみますから」 パパが奥さんにペコリと頭を下げた。 「あの、なにか……」 旦那と私とかずいと3人揃っての訪問に、彼女の顔が少し不安そうになる。瞳が揺れていた。でも娘のほうは身に覚えでもあるのか唇を噛み締めてあたしのことを睨み付けている。 あたしはしゃがんで苺花ちゃんに目線をあわせてにっこり笑った。 「苺花ちゃん、かずいに嫌いって言ったの?」 「……」 応えない。にらんでる。ほら、図星。 自分が悪いから何も言えないのね。 え、苺花? と、奥さんが困った声を出した。 「ううん、いいの。子供のことだもん。苺花ちゃんを責めにきたんじゃないんだよぉ? でも、かずいが悲しんじゃってね。傍に来るなとかどうしてそんな嫌いになっちゃったのかなーと思って…… かずいに何かされた?それなら教えて?謝らせるからね?仲直りしよーね?」 ウチに非があるように、わざと話す。 これならこの状況私達が責めてるようにはならないもの。 「…………」 でも苺花ちゃんは何も言わないで下を向いてしまう。 「苺花! いつもかずいくん大好きって言ってるのになんで?どうして意地悪言うんだ?」 奥さんの困った声とその言葉に、パパに抱かれていたかずいが顔をあげた。 やぁだかずいってば。 苺花ちゃんにそう思われてるとわかったら、簡単に元気になっちゃうなんて。 本当に男の子はおバカさんね。 「ちょっとした意地悪だったのかなー?それならいいんだけど、あんまりかずいいじめないでね?かずい、苺花ちゃん大好きだから」 にっこり笑って苺花ちゃんに言えば 奥さんがすみません、申し分ございませんとパパに頭を下げている。 「いや、子供同士の小さな事に、こちらこそすみません」 「いえ、苺花は言い方きついし……嫌いなんて言われたら子どもでも傷つきます。……ごめんね、かずいくん」 そう言って奥さんがかずいの頭を撫でようとしたが背伸びをしても届かなかった。 いかんせん奥さんは小さくて、パパに抱かれたかずいに届くわけがない。 あぁ、と笑ってパパが少し屈んであげると すみません、と奥さんは顔を赤らめた。 はずかしかったようだ。 「ぼく、いちかちゃん好き……」 「ありがとう、いちかもな、家ではかずい君のことばかり話してるぞ?」 「ほんとう?」 「良かったな、かずい」 とても近い距離で和やかに話す、かずいとパパと奥さんの3人に、何か嫌な気持ちになった。 あたしと苺花ちゃんの間には相変わらず重い空気が漂っているのに。 「……やだ!」 その時苺花ちゃんが大きな声をあげた。 それからあたしを下から思い切り睨み付けた。 「だって、かずいママ、お父さんの悪口言うからやだ!嫌いだ!だからかずいも嫌いだ!」 え? 「……苺花!?」 奥さんが首を傾げた。パパとかずいもきょとんとしている。もちろんあたしも。 何を言ってるの?この子。 「お祭りの時、美南ちゃんとか弘輝のママ達に、パパの悪口言ってたんだよ!おかあさん!そういうこと言っちゃだめなんでしょ!ねぇおかあさん!」 苺花ちゃんはそう言うとぐわぁと顔を崩して泣き出した。 「あの子のお父さんはいれずみだらけでちょっとねえ、とかこえがおおきくてはずかしいとか、かずいママわるくちいってたのきいたもん!だから嫌いだ!かずいももう好きじゃない!」 しまったー! あたしが青ざめる番だった。 聞かれてたなんて、思わなかった。 これは、私だ、私が悪いなと思って頭がパニックしそうになる。 何よりも 苺花ちゃんの涙より 奥さんの辛そうな表情より かずいがまた泣きはじめたことより パパの冷めた琥珀の瞳が一番恐い やめて、そんな瞳であたしをみないで!! あたしは顔を覆ってしゃがみこんだ。 ごめんなさいごめんなさいと苺花ちゃんのように泣く真似をした。 もうこれしか逃げ道はなかった。 「苺花ちゃんごめんね、おばさんそんなつもりなくて……刺青かっこいいとかそういう風に言っただけなのに……苺花ちゃんには悪口に聞こえちゃったなんて……ごめんね、ゴメンね本当に」 泣こうとしたら涙はでてきた。だってほんとうに泣きたいもん。あたしこれじゃあ悪者はあたしだもん。 本当のこと話しただけだけど でも今この���所では、あたしが悪者だもん 「やめてください、いいんですよ!刺青は本当のことだし隠してませんから!」 奥さんの真剣な声と背中を撫でる手は優しい。この人、いい人なのかも。 「でも。あたしの話し方が、苺花ちゃんを傷つけて……かずいも傷つけて……あたし、あたしお母さん失格だよぉ」 うわぁぁんと大袈裟に泣いた。 泣かないでください、苺花にも私がちゃんと話しますから、と奥さんまで泣きそうな声になっている。 「……苺花ちゃん���ごめんね」 パパが謝る声がする。顔を覆ってるからどんな顔してるかはわからない。 「かずいのこと、ゆるせない?」 「……わかんない……」 「苺花! ごめんなさいの言葉はなんだ?!忘れたのか! それに、かずいママは悪口なんて言ってなかったんだぞ!おまえが勝手に怒って、かずいくんまできずつけたんだぞ!」 「いやそれは違いますから」 パパと奥さんの話を泣きながらきいていた。 何とかなってくれるといいんだけど。 そう思っていた時 「違う。悪いのは俺だろ?」 その時突然ご主人の声がした。 そうっと指の隙間から覗けば、苦い顔をしたご主人がいつの間にか立っていた。 「……色々すみません、泣かないでください」 「で、でも」 「奥さん悪くねぇよ、これはウチの問題だ。謝らないでくださいよ」 そう言うとご主人は苺花ちゃんの前にしゃがんだ。 「苺花、おまえのはやつあたりだ」 「……」 「お父さんは仕事に誇り持ってるって言ったの、忘れたか?」 「でも……」 「刺青ってのはな、ほとんどの普通の人は恐いんだ。だからかずいママがそう言ったのもお父さんは全然怒ってないぞ?普通だ普通。だからお前も怒るな。怒ってかずいくんに八つ当たりしたお前も、悪い。わかるか?」 「……うん」 「よし!じゃあ仲直りしよーぜ!」 かずい!ごめんな! そう言って、ご主人はかずいの頬を大きな両手で包み込んだ。 「気の強い娘でごめんなぁ、でもこれからも仲良くしてくれるか?」 「うん、する!」 「ありがとなー、おじさんは優しいかずいだいすきだぞー?」 ご主人はそう言うと高い高いをしてかずいを抱き上げて笑った。 かずいもキヤッキャと声をあげて笑っている。 助かった、 と胸を撫で下ろす。 苺花ちゃんはパパと話していて、ごめんなさいという声が聞こえた。 やだ、なんか絆が深まったみたい? 苺花ちゃんは少し恐いけど この夫婦はバカだけれどいい人達というのはよくわかった。 今日はじめてそう思った。 仲良くしていけそうだな、良かったぁ パパはどう思ってるかな。 このまま今日は甘えよう。パパは甘えられると優しくなるから、今日は可愛くあまえていよう。 これこらのためにも。
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蒸気仕掛けの鎮魂歌 2
「俺の理解者なんて、君くらいだ」
思い出すのは、僅かに曲がった背と、灰掛かった瑠璃色の瞳。
ショーン=ヨークは、苛烈な男だった。そう、グレンは思い出す。
彼との思い出は、学院時代に遡る。否、学院がほぼ全てだった。
蒸気が台頭する時代、その、先進都市。牽引していたのは、蒸気機関に携わる者達だ。そうした者達を育成する為に、国は学院を設立した。蒸気機関を考案する者、そして、蒸気機関を組み立てる者を育て、輩出する名門。学院で学び、技術と知識を得れば――無論、卒業は不可欠だが――将来は約束されたも同然。多くの若者達が、学院に集った。グレンとて、例外ではなかった。平々凡々な将来に嫌気を覚え、野心を抱えて飛び込んだのだ。
ショーンは、そんな学院でも浮いた存在だった。
「君以外の連中ときたら、与えられる知識をただ甘受するだけの大馬鹿者ばかりだ。つんとすまして阿呆面下げていて、虫唾が走る」
顔立ちは、柔和であった。黒髪に瑠璃色の瞳を持つショーンは、一見は物静かな、控え目な男に見えた。恐らくはショーン自身、そんな自らの外見や第一印象は良く心得ていたのだろう。普段の振る舞いはどちらかと言えば外見に添った、穏やかなものであったと思う。
しかし、実際は違った。
「何故連中は自分で考えないのだろう。与えられるものを嚥下するだけで満足して、まるで雛だ」
彼は口を開けば問を投げる。じっと瑠璃色の瞳を凝らして答えを求める。相手がいようといまいと関係はない。口を閉ざしていても、彼は自身を相手に問答を繰り返しているような男だった。思考と呼吸が同等であったのだろう。日常のあらゆる事物に彼は思考を巡らせ、同時に思考をしない者を辛辣に軽蔑していた。
彼にとっては厳しい試験を潜り抜けてきた学院の生徒すら、侮蔑に値していたらしかった。一枚被った温厚な好青年の皮を剥げば、ショーンは彼等に怒り、嘆きを吐き捨てた。
そんなショーンはしかし、グレンのことはそれなりに買っていたらしい。否、恐らく相当慕われていた。客観的にグレンは懐古する。少なくとも、グレンに対するショーンの態度は他の者とは一線を画していた。思考を重ね、辛辣な言葉を吐き、そして傍らにグレンがいる事実に安堵してみせていた。
「この学院で、君だけが、本当に賢明な生徒だよ。君がいなければ俺はとっくにこんな場所、とんずらしていたね」
「俺ぁ、偏屈で捻くれてるだけだかな」
その度に、グレンは決まって同じ言葉を返していた。事実、捻くれ者であったから、学院で講義を受ける度に、その穴を見つけ出していたのだと考えている。何てことはない、そのまま額面通りに知識を受け取るのが癪だったのだ。たまたま、そうした姿勢がショーンにとっては好ましく映っただけなのだ。
例えばどんなに蒸気機関の可能性、理想が語られたならその裏にあるリスク、燃料問題について思いを巡らせ、或いは蒸気機関の台頭による利便化が語られれば反対派による治安の悪化、諸装置、システムの蒸気機関化に関する障害についてノートの隅に書き付けたり、挙げていけばキリがない。
「蒸気機関が台頭すれば、燃料問題は深刻化するだろうね」
「燃費が良くなろうが、数も増えちまうからな。自明の理だ。蒸気機関が世界中に普及しちまえば、地獄の始まりだぜ」
「至るのは戦争さ。限られた資源の奪い合い。蒸気機関の恩恵を、数多の生命で贖うんだ。何て馬鹿らしい」
「普及自体、急ぎ過ぎだと思わねぇか」
「言うまでもない。理解は置いてけぼりさ。蒸気機関技師の中に立ち回りの上手い奴でもいたんだろう。これじゃあ、じきに反対勢力は過激化する」
「敵は多いだろうな。蒸気機関が何人の職を奪ったんだか」
「学院に通えるか否かで人生��決まるようなものさ、この時代はね。そんなの、おかしな話だ」
「全く、ムカつく話だな」
「此処を出たら、俺達も時代に抗ってみようか」
「抗う?」
「反蒸気機関さ。旗を掲げて呼び掛ければ、きっと、同調する者も多い」
「俺は蒸気機関技師だぜ?」
「だからさ。知っているからこそ、出来ることがある。俺とお前が手を組めば、きっと時代だって動かせる」
互いに、青かったのだ。他の生徒や教授に知られれば処分は免れられないであろう議論を、幾つもグレンはショーンと交わしていた。少々歪んではいたが、確実にその時間はグレンにとっての青春であった。互いに同じ夢を追おうと戯れに約束したことだってあったのだ。
或いは、そこから本当に手を組み何かを成し遂げる道もあったのだろう。グレンは思う。ショーンは優秀であったし、自分も、蒸気機関に関わることには人並み以上である自信があった。理解者も、一人ではあったがいた。何事もなければ、きっと、己はショーンと手を組んでいただろう。妻との出会いがなかったなら。
無論、そんなものはたらればの話であるし、仮定するだけ無駄なことだ。自分はショーン程意志がある訳でも、夢の為に全てを投げ打てるだけの覚悟もなかった。そして何より、初めて抱いた、愛した女性を幸せにしたいという情には従いたかった。
結局、グレンは自らの意志で学院の卒業を期にショーンと共に描いていた夢の舞台から降り、ひっそりと華やかな都市の片隅に身を潜めるように暮らす道を選択した。
同時にショーンとも疎遠となった。否、自ら距離を置いたのだ。彼はグレンとは違う、正真正銘の意志の人だったからだ。彼は己の思うままに夢に邁進し、生きることを覚悟していた。その姿は、グレンには余りに眩しかった。
しかしショーンはやはり、グレンのことを友として慕っていたようで、グレンが一方的に距離を置こうとも、恨み言一つ吐かず彼は手紙を認めてはグレンへと送り続けた。丁寧に近況を記し、思想を語り、不器用ながらにこちらの身を案じてみせた。やはり、グレンには眩しく、返事をするだけの決心は付かなかった。妻を喪ってからは、尚更だった。
だから、ショーンの死も、彼の家族のことも、グレンには遠い何処かの話でしかなかったのだ。
ショーンの娘だという、ソフィアが彼の元を訪ねるなど、夢にも思っていなかった。
・・・・・
「とっても散らかってるね」
自宅に招き入れて早々、冷静にそんな言葉を放ってみせたソフィアに渋面を作りつつ、グレンは食器を漁る。
「悪かったな……。紅茶で良いか?」
「ミルクがいい」
「へいへい」
矢鱈に大人びた言動をする癖、そういう所は子供らしいのか。扱いを決めかねながら、牛乳を鍋に注ぎ、火を点ける。
「しかし、良くもまあ、お前さんみてぇなお嬢ちゃんが此処まで来れたもんだな」
「お父さんが教えてくれたから。もし俺が死んだら変人窟のグレン=サリヴァンの所へ行け、彼はきっと助けてくれる、って」
「……そうかい」
きっと、ショーンは疑いなど微塵も持たずに娘に言付けたのだろう。世の中の全てを敵に回したような振る舞いをする癖に、一度受け入れたものは何処までも愚直に信じようとする男だった。ああも生き難い男を、グレンは他に知らない。ぐつぐつと気泡の浮かび始めた牛乳を火から降ろし、カップに注ぎ入れる。少し考え、蜂蜜を一匙加えた。
「ほらよ」
「ありがとう」
両手で受け取り、ふうふうと息を吹き掛けるソフィアを眺めながら、グレンは煙草を咥え、片手で擦った燐寸で火を灯す。深く煙を吸い込み、吐き出せば紫煙が中空に漂った。
「……ショーンは、死んだのか」
呟きは、殆ど無意識だった。
「うん」
「灰胸病、か」
「そうだよ」
そうか。息を吐きながら、言葉を零した。
灰胸病。それは、蒸気機関の排気が原因で引き起こされる呼吸器官の病だった。グレンは良く知っている。妻も、灰胸病でこの世を去ったのだから。
「……皮肉なもんだな」
今の時代に疑問を呈し、抗い、学び舎に反旗を翻したショーンは結局、蒸気機関に殺されたのか。それでも、蒸気機関に関わると決めた人間を、友として慕ったのか。
「馬鹿な奴だよ、本当に……」
ぎしりと深く椅子に座り込み、グレンは瞼を閉じる。瑠璃色の瞳。決して長い付き合いとは言い難く、別れも自分勝手で、美しい友情とは言えないものであっただろう。それでも、たった数年の交誼は十年近くが経った現在も尚、深くグレンの中に根付いている。
ショーンが死んだ。
その事実は漸う、グレンの中に降り積もった。涙は出ない。虚しさが空虚を埋めるだけだった。目を閉じたまま、声もなくグレンは亡き友に祈りを捧げた。
「さて」
瞼を押し上げた時には、グレンの思考は緩やかに回転を始めていた。
「悪かったな、待たせて」
「ううん、大丈夫」
「よく出来たお嬢ちゃんだ」
「ソフィア」
「分かってるよ。それでだ、ソフィア」
視線を部屋の隅、彼女が持ち込んだトランクに向ける。彼女の体躯には見合わぬ、大きな物だ。恐らくは、様々な人の助力を得て、此処まで持って来たのだろう。華奢な見た目と裏腹に強かだ。親父そっくりだな。思い、失笑を漏らす。
「あのトランクには何が入ってんだ?」
「服と、食べ物と、お金」
「金?」
「お父さんがくれた。あって困らないからって」
「成る程な」
どう転んだって、金は入用になる。正しい判断だ。
「此処に来たってことは、他に頼れる所はないのか?」
「うん。お父さんはそう言ってたよ。信頼できるのはグレンくらいだ、って。グレンとのことは、お父さん、わたし以外には内緒にしてた」
「つまり、お前さんが此処を頼ることを知っている奴はいない、と」
「うん。ここにも、こっそり行きなさいって言われた」
「そうか……」
小さく唸りながら、煙草を吹かす。ショーンらしい物言いだった。時代に反旗を翻し、同志を多く得ようとも、真実同朋と呼べるものは彼の周りにはいなかったのだ。溜め息を吐かずにはいられなかった。幾許かの後悔に苛まれながら、グレンは考え、口を開いた。眼前で何処か不安そうにこちら���伺うソフィアの、瑠璃色の瞳を真っ直ぐに見据えながら。
「良いか、ソフィア。お前さんの親父がいくら俺を頼れと言っても、俺は生憎とあいつの信頼に足る人物であるとは言い難い身でな。お前さんをきちんと養えると断言出来もしない。それに此処は変人窟。安心安全とは言えねぇのさ。お前さんからすれば別世界、かもしれねぇ。つまりだ、お前さんが此処で暮らすってんなら肚を括ってくれってことだ。お前さんがきちんと自分の足で立って生きていこうって覚悟出来ねぇんなら、悪いことは言わねぇ、止めときな。そん時は俺の伝手でどっか良い所を探してやる。だから、選べ」
「ここがいい」
即答だった。
「お父さんにずっと聞かされてきたもの。自分の道は自分で決めなさいって。わたしはお父さんのことを、お父さんのお友達であるグレンを信じるって決めた。だから、ここがいい。できることなら、お手伝いだってする。だから、グレン、わたしはここに住みたい」
強い光を灯した瑠璃の瞳が、痛い程にグレンを見詰める。決して意志を曲げはしないという、強い光。輝くような瞳を目を細めて見据えていたグレンは、やがて吸っていた煙草を消し、傍らの空き缶の中に放り込んで口を開いた。
「分かった。ソフィア、お前さんを此処に置いてやる」
「本当?」
「ああ、男に二言はねぇよ。ま、後から泣いてもしらねぇがな。……良いんだな?」
「うん。ありがとう、グレン」
「……グレンさん」
「お父さんはグレンって呼んでた。それ以外だと、へんな感じ」
「……そうかい」
ショーンは奇妙な刷り込みをしやがったらしかった。がりがりと頭を掻き、苦笑と共に息を吐く。
「ま、良いさ。精々仲良くやろうや、ソフィア」
「うん。よろしく」
丸く大きな瑠璃色の瞳を細めて、ソフィアは笑った。
初めて見た、笑顔だった。
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【小説】JOKER 第二部ジョーカーvsラットマン
第一章 異邦人
〈1〉
慶田盛探偵事務所所長慶田盛敦は、たった一人の事務員兼秘書三島陽菜と仕出し弁当で昼食を取っていた。
応接セットはそれなりのものを使っているが、職員の机は開業した時のまま、譲り受けたスチール机と華奢な椅子だけだ。
「所長、お昼が終わったら相談一件、二時半から地裁掛け持ちですよ~」
呑気な口調で陽菜が言う。
陽菜は敦より二十歳ほど年下の娘のような女性だ。
元々長年に渡り陽菜の母親が事務と秘書をやっていたのだが、失業中の娘をどうにかしてほしいというので採用したのだ。
「相談は日本人ではないって話だったね」
「はい、日本語があまり上手では無かったですし」
「友人が殺人事件の容疑者にされたと」
つたない日本語と慣れない事務では詳細は望めない。
殺人事件の容疑者という事で早くも脳裏に三浦探偵事務所への連絡が浮かんでいる。
日本では立件されたが最後99%が有罪となる。
それを嫌がらせのように押し下げようとしているのが、慶田盛弁護士事務所と三浦探偵事務所だ。
「殺人事件って本当に多いですよね~。どうして年間百件に収まるのかな?」
「それを知った所で僕らの仕事が減る訳ではないよ」
言って慶田盛は弁当を食べ終わって、簡素なシンクで軽く洗って事務所の前に弁当箱を出す。
そこで薄暗い階段を上ってくる浅黒い肌の青年と目が合った。
「時間早かったですか?」
青年の言葉に敦は頭を振る。
「いや。僕が事務所にいる時間ならウェルカムだよ」
慶田盛はドアを開いて青年を招き入れる。
陽菜も弁当箱を洗っている所だ。
青年を応接セットのソファーに座らせると陽菜が湯飲みを差し出す。
「あの、これ、お茶ですけど、コーヒーや紅茶の方が良かったですか? 普段は何を飲んでるんですか?」
「気にしない、いいよ。お茶飲める。ケダモノセンセイ?」
青年が顔を向けてくる。名前が一字違うだけで犯罪者のようになるのはなぜだろう。
「ケダモ、リ。ね。ケダモノだと犯罪者になってしまうからね」
慶田盛は冗談めかして言う。
「日本語難しいね。やっぱり分かってきたよ」
青年がポケットからスマートフォンを取り出す。
Google翻訳にした方が手っ取り早いと判断したのだろうか。
「センセイこれ見る」
音量を絞ったスマートフォンの暗い映像の中で、人間の姿が揺らめいている。
だが、暗いと思ったのは無数の黒い物体のせいだった。
首から上はシャンプーハットを逆さにして守っているが、全裸の身体に無数のネズミが食らいついているのだ。
映像の中の女性が声の限りに叫ぶが、ネズミは本能のままに肉を貪る。
慶田盛は食べたばかりの昼食が逆流するのを感じる。
仕事柄死体の写真は見慣れているが、死んでいく姿を見る事は稀だ。
「これが被害者なのか?」
慶田盛の言葉に青年が頭を振る。
「ニャンの妹。ニャンはヤクザを殺したと言われて警察に捕まった」
「どういう事かな……この映像は被害者ではないと?」
こちらの言う事はちゃんと分かるらしい。青年が首を縦に振る。
「フホウタイザイシャだけど、フホウタイザイシャじゃない。二百万円払って日本に勉強に来たよ」
それを聞いて慶田盛はヤクザの外国人ビジネスを考える。
発展途上国で日本で日本語と職業の勉強ができると言って人を集める。
集めた人間を女性なら性風俗、男性なら肉体労働で強制的に働かせるという訳だ。
しかも、金を払っているのに違法な形で就労している為に警察に訴える事もできない。
「ヤクザが殺されて、この映像を見つけた警察が僕たちがフクシュウしたんだと決めつけた。でも、家族や仲間がどこでどんな風に働かされているか、僕たちには分からないね」
「このスナッフビデオが出て来たから、ヤクザを殺したのは外国人だという話になった訳か」
「たぶん、そう」
青年の言葉に慶田盛はため息をつく。
いつもながら警察の短絡的な発想には驚かされる。
映像の被害者の兄だから、ではなく、外国人だから、という理由が正解なのだろう。
強制送還で母国の警察に引き渡してしまえば万事解決だ。
「状況は分かった。詳しいアリバイ何かは当事者のニャンさんに聞かないと分からないだろうね」
「ニャンはもっと訳が分かっていないね。ビデオも見てないと思うね」
「それは分からないだろうね。でも、弁護する為には本人と契約しなきゃならないんだ。それと、君の名前を聞けるかな」
映像で驚いてしまったが、最初に聞くべきなのは相手の素性だった。
慶田盛は待ち受ける裁判を思い身体を奮い立たせた。
〈2〉
「さみー。何でヒーター壊れてんだよ」
屋内でダウンジャケットを着た健が、真夏の蠅のように両手をこすり合わせる。
「いきなり大金使ったら税務署に嗅ぎつけられるからでしょ」
こちらもダウンベストを着た加奈が身体を丸めて言う。
三浦探偵事務所は目下冬将軍と熾烈な戦いを繰り広げている。
コートに身を包んだ清史郎は残念な思いで石油ファンヒーターを眺める。
五年ほどしか使っておらず、特に壊れるような事もしていないのだが、十二月に入りいよいよという所でスイッチを入れた所全く反応しなかったのだ。
ファンヒーターくらい買っても税務署は動かないだろうが、先の事を考えるとジョーカーとして稼いだ金はなるべく温存しておきたい。
「そもそもさ、何で調査費用が十万円とかなんだよ。一週間以上かかってんだからもっと取らねぇと割に合わねぇだろ」
「私一人の時はそれでもやれてたんだ」
清史郎はため息をつく。健と加奈はよくやってくれているが、急に価格を上げたりしたら慶田盛探偵���務所が潰れてしまう。
「私、あんまり役に立ってないのかな」
「そりゃ、俺たち寒がってるだけだもんな」
「営業に行けとは言わないよ。仕事が増えてもこなせないんじゃ意味がない」
清史郎は苦笑する。
実際、健と加奈は充分に捜査の役に立っているし、依頼もこれまでにないほど順調にこなせている。
――問題は価格設定か――
清史郎は今更ながらにどんぶり勘定の事務所の事を考える。
商店街の好意が無かったら今頃廃業していてもおかしくないのだ。
と、事務所の電話が着信を告げる。
すかさず加奈が電話に応答する。
「はい、三浦探偵事務所でございます。はい……ああ、慶田盛さん?」
声のトーンが余所行きのものから身内のものにトーンダウンする。
「……今から、いいですけど……二時半から地裁だから? ミンさんを置いていく?」
加奈の通話を傍から聞いているだけではさっぱり意味が分からない。
「分かりました」
言って受話器を置いた加奈が顔を向けてくる。
「ヤクザが不法滞在者を使ってスナッフビデオを作ってて、ヤクザが殺されたから犯人は不法滞在者だって事になって、ミンさんの友達のニャンさんが警察に捕まったんだって」
要点をまとめた話だが、まとめられ過ぎていて話を理解しづらい。
「詳しい事は慶田盛さんとミンさんから。で、慶田盛さんは二時半から地裁で裁判があるから、長居はできない」
「相変わらずあのオッサン、無茶振り半端ねぇな」
「それだけ多くの人に信頼されてるんだよ」
清史郎は健に答えて言う。
加奈がガスコンロで茶を入れる為に湯を沸かし始める。
「なぁ、ジョーク、スナッフビデオって何だ?」
手持ち無沙汰な様子の健が訊いてくる。
「殺人の様子を写したビデオや死体を損壊するビデオだな」
「それって写したヤツは殺人犯か死体損壊��ゃねぇのか?」
「殺人ほう助にも相当するな」
清史郎が言うと健がPCのキーボードを叩く。
「どの道ヤクザが人殺しをしたって事には変わりないんでしょ?」
「今の段階では何とも言えないな」
清史郎は腕組みをして言う。
ジョーカー事件で矢沢が失脚した為、矢沢組は現在若頭の緒方が臨時的に取り仕切っている。
新庄市でトップにならないという事は、緒方にはそれなりに慶田盛や清史郎のリスクが見えているという事になるだろう。
だとすれば、理性的な緒方がスナッフビデオなどというリスキーでリターンの小さいビジネスに手を染めるとは考えにくい。
「問題は殺されたヤクザが本当に不法滞在の外国人によるものなのかって事だ」
清史郎はかじかむ手を揉みながら言う。
加奈がガスコンロをつかっているせいか室温が幾らか上がった気がする。
「警察はそう考えてるんだろ」
「もっと穿った見方をすれば、日本語も満足に話せない外国人を犯人に仕立て上げて、強制送還で証言できないようにすれば検挙率を上げられるという話にもなるな」
健に答えて清史郎は言う。
目下最も高い可能性がそれなのだ。
ヤクザの死体発見がいつで、被告がいつ逮捕されたのか不明だが、殺人事件がそんなに簡単に解決する訳が無い。
ドアが開き、慶田盛と浅黒い肌の東洋人が姿を現す。
「清史郎、すまん。次の裁判まで時間が無い」
慶田盛が息を切らして言う。
「分かった。そこの……ミンさんから話を聞けばいいんだろう?」
「また後で話を聞かせてくれ」
慶田盛が慌ただしく事務所を出ていく。
「どうぞおかけ下さい」
加奈がミンを事務椅子に誘導する。
座面の破れていない唯一の椅子だ。
「私たちは依頼者の秘密は守る。盗聴の心配は無用だ」
「まぁ、絶対の防諜ってのは無ぇんだけどな」
健が余計な事を言う。
ミンがスマートフォンを取り出して経緯を語る。
「ジョーク、すまねぇ、俺、トイレ行ってくる」
スナッフビデオを見た健がトイレに行こうとする。
「ちょっとあんた我慢……」
加奈が胃袋の辺りを押さえて言葉を詰まらせる。
「二人とも、トイレは一つだからな」
清史郎が言うと二人が先を争うかのようにしてトイレに向かう。
「殺されたヤクザの事は?」
「私たち知らない。分からないよ」
ミンが皆目見当がつかないといった様子で言う。
「つまり現状では訴えの被害者すら分からないという事か……」
拘留中のニャンに会いに行かない事には、殺されたヤクザの名前も分からないという事だ。
慶田盛が弁護士として拘留中のニャンに会いに行く事は正当な権利として認められるが、清史郎は会いに行った所で面会すらさせてもらえないだろう。
「うえぇ~、今日絶対うなされるわ、これ」
げんなりした様子で健が戻ってくる。
「殺されたヤクザはヤザワグミとかいうヤクザ」
やはり、と、言うべきか。新庄市最大、関東広域指定暴力団ともつながりの強いヤクザだ。
健がヘッドフォンをつけてPCの操作を始める。
「矢沢組構成員畑中猛二十八才。住所は市内。仕事は外国人労働者のブローカー。矢沢組の方から捜査依頼をかけたらしい」
健が早速情報を拾って来る。何度か新庄市警に侵入し、健に言われた通りに機材を設置して来たのだ。
お陰で警察のデータベースは好きなように見る事ができる。
「現場の写真って……これもスナッフ何とかじゃねぇか!」
PCの画面からのけ反るようにして健が言う。
風呂の椅子程度の椅子に立たされ、首に輪をつけられた男が吊るされており、回転ノコギリが片足に押し当てられる。
それもすぐに切り落とすのではなく、職人が金箔を張るようにゆっくりと嬲るようにだ。
被害者のヤクザは何とか首つりを逃れようとする。
映像を早送りすると片足が切り落とされた時点で、まだヤクザは持ちこたえている。
覆面をした男がヤクザの頭から蜜のような粘液室のものをかける。
覆面をした男が消えると画面に丸々と太った無数のネズミが現れる。
ネズミたちが先を争うようにヤクザの身体に食らいつく。
「何、今度は拡大して見てんの?」
「違うって。こっちは殺されたヤクザの方だ」
戻って来た加奈に答えて健が言う。
「殺人の手口を見ると同一犯のようだな」
清史郎は考える。
「健、ミンさんの映像とこの殺人現場の映像の場所を比較できるか?」
清史郎の言葉を受けて健がキーボードを叩く。
ミンのデータが引き延ばされ、画面に表示される。
二台のディスプレイにそれぞれの殺人現場が表示される。
部屋はどちらもコンクリート打ちっぱなしの地下室のような光源の無い部屋だ。
もっとも、被害者は絶叫しているだろうから防音も兼ねているのだろう。
「似てるけど……違う」
画面を観察しながら加奈が言う。
一見すると同じような部屋に見えるが、加奈は早くも何か発見したのだろうか。
「被害者の目。光の映り込みがニャンさんの妹さんは左右からなのに、ヤクザは正面全体になってる」
加奈に言われて観察すると確かに被害者の瞳に反射している光の光源が違う。
「床もホラ……最初の部屋はフローリングっぽいのに、二回目の部屋は床がリノリウムみたいにフラットになってる」
加奈がグロテスクな映像を確認しながら言う。
「つまり殺害現場は別という事か」
清史郎は腕組みをして考える。
「死体遺棄現場の映像出すぜ」
健が言うとヤクザの方の画面に静止画像で全身を食い荒らされ、正体不明になった男の映像が映る。
場所は矢沢組の門の前、車から放り出されたらしく血が飛び散っている。
少なくとも遺棄された時点では瀕死とはいえ息はあったという事か。
死体の傍らにはスナッフビデオのDVDのディスクの入ったケース。
これは死体を放置した後に放られたものらしい。
「こりゃ矢沢組キレるって」
健がため息をついて言う。
「指紋や遺留物は?」
「ケーサツそこまで調べてねーよ」
健がミンが持ってきたのと同じ映像を画面に表示させる。
画面が分割され、加えて七件のスナッフビデオが映し出される。
「つまり、八人の外国人が殺されたから、同じような方法でヤクザを殺したって考えた訳?」
「そーゆー事らしいぜ? これまでの八人は死体も出てねぇんだし、模倣犯の線が濃厚だ……と」
加奈に答えて健が画面に事件のファイルを表示させる。
被害者は十二月三日、矢沢組の門の前で見つかった。
矢沢組は警備会社と契約しており、門には監視カメラがあったがタイムラプスビデオで軽トラックが近づく所と去る所しか映されていない。
タイムラプスビデオとは長時間録画をする為に数秒間に一コマの映像となっている。
従ってタイミングを知っていれば数秒間は完全に画面から消える事ができるのだ。
画面に移された軽トラックは流通量の最も多いハイエース。
ナンバープレートには段ボールで覆いがしてあり陸運局に問い合わせる事はできない。
運転席に映っている運転手と助手席の人物は目出し帽子を被っており性別の確認もできない。
DVDを見た刑事課は市内の工場で不法滞在で働いているニャンを逮捕。
強制送還の方向で事件は解決に向かっている……。
「不法滞在者による狂気の大量殺人……これが警察のプレス発表だっての?」
加奈が声を上げる。
「ええと……現在国内には多くの外国人がおり、犯罪が頻発しています。今回の事件はこうした外国人の起こした猟奇的なものであり、日本国民が傷つけられるという最悪の事態を引き起こしました。警察は今後外国人の取り締まりをより厳重なものとし、厳罰化していく所存です」
健が警察発表の草案を読み上げる。
「何かおかしくない? 仮に八件と別の犯人だとしても、殺されているのは外国から来ている人なんでしょ?」
「論点をすり替えているんだ。事件が起こった事が問題ではなく、外国人がいる事が問題なんだとな」
加奈に答えて清史郎は言う。
「誰がどこで働こうと勝手じゃない。それに外国人の人たちは保険や年金も使えないんでしょ?」
「日本人の税金を外国人に使うな、って意見の方が多いみたいだぜ?」
プレス発表より先に漏洩したネットニュースに反応した人々の書き込みを健が表示する。
「外国人が日本に来て死ぬのは当然の結果か……モラル低下もここまできたか」
清史郎は苦い気分で言う。安い労働力として何の保障もなくこき使っておきながら犯罪者扱いする。
外国人がアジアから来ている場合には特に顕著だ。
「この事件、このままじゃダメだよ。ね、ジョーカー」
加奈の言葉に清史郎は頷く。
「まずは警察側の発表を覆さないとな」
清史郎は合計九件のスナッフビデオを画面に表示させる。
犯行個所は三か所と見られ、外国人が殺されている映像と畑中の殺されている場所が同じものが二つ存在している。
「ホラ見ろビンゴだ」
健が声を上げる。これで九件の事件は同一犯の可能性が高くなった訳だ。
「そもそもこれだけ大量のネズミを飼育しておける���境が必要なんだ。模倣しようとしてもネズミを急に揃えるなんて事ができる訳が無い」
清史郎の言葉に加奈が画面の一転を指さす。
「白いネズミ! どの映像にも必ず白いネズミが映ってる」
よくよく見れば薄汚れているがグレーに近い灰色のネズミがどの映像にも混じっている。
「よっしゃ! これで犯人は同一犯ってこったな」
健が声を上げてPCのキーボードを叩く。
事件現場の映像とネズミの映像をまとめてファイリングする。
「でも真犯人に近づいたって訳じゃない」
加奈が苦い表情で言う。
確かに警察のロジックは崩せるが、肝心の犯人については不明のままなのだ。
「警察の野郎、市内の外国人を抜き打ち調査するつもりみたいだぜ」
データを引き抜いた健が眉を顰める。
大規模な取り締まりをすれば市民の目が逸れると考えているのだろう。
「この事件を起こしたのが何人かなどという判断は現段階ではできない。まずは事件の真相を探る」
清史郎の言葉に健と加奈が頷く。
「よろしくオネガイシマス」
ミンが小さく頭を下げた。
〈3〉
清史郎は新庄市警本部の窓口を訪れている。
「三浦探偵事務所の三浦清史郎です。捜査一課の風間警部補にお話しがあります」
周囲が警察官だらけという落ち着かない環境下で、清史郎は周囲を観察する。
事件の事を知っている者も多いのだろう、清史郎が来ただけでおおよその要件は掴めているようだ。
「まずはアポイントメントをとって下さい。取材であれば後日広報が応対致します」
窓口の女性警察官が言う。
「これから警察が嘘たれ流そうとしてんだよ! 証拠持って来てやったんだぞ!」
健が声を上げると周囲の警察官の目が集中する。
「情報提供です。警察が入手されているスナッフビデオに関して重大な証拠がありました。お会いできないと言うのであればインターネットで公開します」
清史郎の言葉に受付の警察官が動揺を浮かべる。
「インターネットは情報として証拠能力を持ちません。情報をどのように流されようと結果は変わりません」
上席らしい警官が窓口に現れて言う。
「そうでしょうか? ではスナッフビデオも画像加工された証拠能力の無いものとみられるはずです。それを根拠に犯人を捜される事の正当性を伺いたい」
「捜査情報はこちらからは漏らせん。貴様どこから情報を得た?」
「矢沢組です」
清史郎の言葉に警官が気圧されたような表情を浮かべる。
「少々お待ち下さい」
矢沢組の名前を出した途端、警官の態度が変わり内線で電話をかける。
ややあって捜査一課の風間真一が姿を現す。
髪をオールバックにした固太りの男で二人の警官を従えている。
「どうぞこちらへ」
睨みつけるようにしながら顎をしゃくる。
清史郎は二人を連れて警察署の廊下を歩く。
盗聴器は手にしていないが、仕掛けてある盗聴器は作動している。
三人は風間に続いて取調室に入った。
「ワレ、矢沢組の名前だしてどういうつもりじゃゴルァ!」
風間がスチールのデスクに拳を叩きつけて声を上げる。
「被害者の一人は組員でしょう?」
「ア、 コラ、適当抜かすと任意同行でしょっ引くぞ」
風間が息がかかる程の距離に顔を近づけてくる。
「一つ忠告する。矢沢組の組員が被害者になっている事件で、適当な真似をすれば報復を受ける事になる。立件した後に模倣犯が出て矢沢組の組員に死者が出た時どう落とし前をつけるつもりなのか伺いたい」
清史郎の言葉に風間の顔色がどす黒いものとなる。
「随分上から目線じゃのぉ、警察ナメとんのかドルァ!」
「目線の問題ではなく、事実を申し上げたまでです。今後同様の事件が起きた時、矢沢組に対してどう釈明するつもりですか?」
清史郎の淡々とした口調に風間が奥歯をぎりりと鳴らす。
「なんぞ証拠があるんかい。出せるもんなら出してみぃや!」
清史郎は健の肩を叩く。
健が落ち着かない様子でDVDディスクを取り出す。
DVDを手にした風間が顎をしゃくると警官がノートPCを抱えて慌てて戻ってくる。
DVDの映像を見ていた風間の額に汗が滲む。
「映像情報から判断する限り、全九件は同一犯の可能性が濃厚です。外国人が報復したというシナリオは使えません」
清史郎の言葉に風間が鼻白む。
「だからなんじゃ、映像が証拠になるとでも思うとるんか」
「そっくりそのままお返しします。映像証拠で外国人を摘発するんですか?」
清史郎の言葉に風間がスチールデスクを殴りつける。
「ド畜生の三流探偵が!」
「矢沢組の体面、もう少し慎重に捜査された方がよろしいかと」
清史郎の言葉に風間が舌打ちする。
「去ねや! 顔も見たくないわ!」
言うだけ言って室内から風間が出ていく。
これで風間はプレス発表を控えるだろう。
警察が体勢を立て直す前に真犯人を捕らえて起訴するのだ。
〈4〉
「もーやだ。警察行きたくねー」
警察署を出た健ががっくりと肩を落として言う。
「任意同行って、何の容疑だっつーの」
加奈が肩を怒らせる。
「これから何度でも相手をする事になるんだ。慣れておけ」
清史郎の言葉に二人がため息と共に首を縦に振る。
「で、これからどーすんだ? 警察のプレス発表遅らせただけだぜ」
「矢沢組だ。これからようやく捜査ができるんだ」
清史郎が言うと健がさも嫌そうな表情を浮かべる。
「警察の次はヤクザなんてどんな厄日だよ」
「そういう職業なんだよ」
清史郎は改造したフォルクスワーゲンビートルに乗り込む。
健が後部座席に、横に加奈が乗る。
清史郎はエンジンをかけながら矢沢組の短縮ダイヤルを押す。
『はい、矢沢組です』
「三浦探偵事務所の三浦清史郎と申します。若頭の緒方さんに取り次いで頂けますか?」
『少々お待ち下さい』
清史郎が車を走らせていると、ややあってよく通る低い声が響いた。
『緒方です。三浦探偵事務所様がどういったご用件ですか?』
「昨日未明に玄関で殺されていた畑中氏の事件を調査しております。是非一度現場を見せて頂きたく思いご連絡させて頂きました」
清史郎が言うと一瞬間を開けて。
『その事件については警察は既に解決したと言っています』
「それを覆す証拠が出たのです。警察はこのまま冤罪を推し進めるでしょうが、それが矢沢組にとって有益だとはとても思えません」
『覆す情報?』
「全九件の画像を確認した結果、犯行は同一犯によるものである可能性が濃厚になりました。畑中氏が殺されたのは外国人による報復という事は文脈から読み取れません」
『そういう事であれば……』
「これからお伺いさせて頂いて構いませんか?」
『現場は若い衆に命じて掃除してしまいましたが……』
「可能な限り可能なものを収集させていただきたいと思います」
『分かりました。調査の邪魔にならないよう手筈を整えます』
言った緒方が電話を切る。
「何かヤクザのが警察よか紳士的じゃね?」
後ろで聞いていた健が言う。
「実るほどに頭を垂れる何とやらでな、力を持ってるヤツの方が謙虚なんだよ。まぁ、怒らせれば話は別だがな」
清史郎が言う脇で加奈が頷く。
「私たちは貧乏でも謙虚じゃない?」
「お前たちは充分人間ができてるよ」
清史郎は苦笑して言う。
今回の事件はまだ何の手がかりも無いに等しいが、この二人が居れば難解な事件も解決できる筈だった。
「ご苦労様です。緒方です」
鋭角的な顔立ちの、ビジネスマンといった風体の細身の男と清史郎は握手を交わす。
「三浦探偵事務所の三浦清史郎です」
清史郎が言うと緒方は軽く息を吐いた。
「堅苦しい話は無しで行きましょう。同一犯の証拠というのは?」
清史郎は健の肩を叩く。
健がラップトップを叩いて画像を表示させる。
「犯行現場、殺害方法、殺害に用いたネズミが一致するんです」
清史郎はかいつまんで言う。
「なるほど、確かに。しかし、彼らが同胞を殺したという見方もできるのでは?」
「そうなると犯人がどのようにターゲットを絞っているのかが不明になります。畑中さんは明らかに日本人ですから」
清史郎の言葉に緒方が顎を摘まむ。
「畑中は外国人労働者を買うブローカーをしていました。シノギとしては小さなものです。外国人労働者から恨みを買う事は充分に想像できます」
「確かにその通りです。だとするなら同胞を殺した事は……」
「理屈に合わない。確かに。ではこの事件は外部何者かによる意図的なものであると?」
「意図は分かりませんがね。玄関の監視カメラの映像を見せて頂いて構いませんか?」
清史郎が言うと緒方以外の組員が身体を固くする。
「ご自由にご覧下さい」
清史郎は緒方についてモニタールームに向かう。
矢沢組の周囲と内部を写したカメラ映像が二十四枚並んでいる。
清史郎は潜入した事があったが、これだけの監視カメラを潜り抜けるのは至難の業だった。
「犯行の映像が映っているのは玄関のカメラだけでした」
緒方が言うと組員が畑中が捨てられていく一瞬を映し出した。
「残念ながら映像は捨てる前と後しかありません」
「タイムラプスビデオでは仕方がありません。ですがここに見逃せない点があります」
「ここに?」
「まず、タイムラプスビデオの六秒の間に瀕死の畑中さんを捨てなければならなかった。これは玄関のビデオのタイムラグを知らないと不可能です」
「内部犯という訳か?」
緒方の口調が苦いものとなる。
「更に六秒という事を考えると、一度車を停めてから降ろす時間的余裕は無かったはずです。だとすれば荷台に最低二人は乗っていないと実行は困難。即ち運転手と助手席に人間を合わせ最低四名は犯行に必要だったという事です。従って単独犯という事はあり得ません」
清史郎が言うと健と加奈も驚いたような表情を浮かべる。
「タイムラプスビデオに映っているという事は時速二十キロ以下に減速していたことは間違いないでしょう。大人二人で荷台から放り投げたと考えるのが現実的です」
「つまりはこの映像��入手できる者で、なおかつ四人以上のグループという訳だな?」
険しい顔で緒方が言う。
「そういう事になります」
清史郎は二十四枚のディスプレイを眺める。
普通の人間は他人の家の防犯カメラの映像など入手できない。
しかし、警備関連の企業に勤めていたり、矢沢組を出入りする人間の数を考えると途端に関連する人間の数は多くなる。
「組員では無いと信じたい。あのような拷問を無差別に行う組織だと思われれば商売が成り立たなくなる」
緒方が眉間に皺を寄せる。口調こそ穏やかだが、犯人が目の前にいれば問答無用で殺すかも知れない。
「畑中さんの当日の動向は分かりませんか?」
「畑中はフューチャー人材ネットという会社の社員をしていました。会社の方に記録が残っているはずです」
「その会社は……」
清史郎が訊こうとすると緒方が口元に薄い笑みを浮かべた。
「現代の奴隷商人ですよ」
本当に恐ろしいのは風間のようにがなり立てるのではない、こういった事を涼しい顔で言える人間なのだ。
〈5〉
「ヤクザって結構マトモっぽくね?��もっと警察みたいに怒鳴られるのかと思ったぜ」
フューチャー人材ネットに向かう途中、キーボードを叩きながら健が言う。
「私は何か怖かったな。人があんな惨い殺され方をしてるのに」
加奈が恐ろしいものでも見たかのような口調で言う。
「ヤクザはナメない方がいい。殺す時は問答無用だし、殺されても死体なんぞ出てこないからな」
「マジっすか?」
健が声を上げる。
「お前、工事現場で働いてたのに何も聞いてないのか?」
「現場とヤクザっすか? 仕事を回してもらうとかあるみたいっすけど」
「コンクリートミキサーに死体を放り込んでみろ、DNAも出てこないぞ。大型の開発やビルなんかじゃ何人砂粒になってるか分からない」
清史郎が言うと加奈が首を竦める。
「怖っ!」
健が声を上げる。現場勤めが長かったから光景が想像できたのだろう。
「で、これから行くフューチャー人材ネットってのはどんな会社なんだ?」
「黒い人材派遣会社っすね。有給が使えないとか、病欠したくても電話がつながらないとか」
検索していた健が言う。
「良かったぁ~。私登録しようとしてたんだ」
「やめとけやめとけ。解雇通告無しに解雇して保証金も払わない会社だ」
加奈に答えて健が言う。
「まぁ、ヤクザが経営している人材派遣会社だからな」
清史郎は苦笑する。元から人材派遣などという業態は真っ当ではない。
労働量が同じでも正社員のように保障がある訳ではなく、退職金も出ないのだ。
気概があるなら独立した方がまだまともな人生を歩めるだろう。
「世の中にまともな部分がどれだけあるかって考えちゃう」
「考えるだけ無駄だって。この会社が不法滞在の外国人のブローカーの表の顔なんだろ」
健が加奈に答える。
「腐る大捜査線かぁ~」
加奈の言葉に清史郎は小さく噴き出す。
昔似たような名前の刑事ドラマがあったからだ。
近くのコインパーキングにビートルを停め、フューチャー人材ネットの入った雑居ビルに足を踏み入れる。
フューチャー人材ネットは広さは三浦探偵事務所とさほど変わらないものの、水色の絨毯が敷いてあり、パーテーションで区切られた現代的な雰囲気の事務所だった。
「三浦探偵事務所の三浦清史郎です」
清史郎が受付で言うと奥から同年代のハゲタカを思わせる痩せた男が出て来た。
「フューチャー人材ネット代表鴻上純也です」
名刺を交換し、パーテーションで区切られた面談室に案内される。
「緒方さんから話は聞いています。可能な限り協力しろと言われています」
清史郎は内心で頷く。緒方は既に手を回してくれているらしい。
「まず、畑中猛さんの一昨日の勤務状況を伺えますか?」
「九時五時ですね。実際には六時半まで残業、以降は一人で帰っています」
「寄り道、例えば行きつけのバーなどはありませんか?」
「最近の若い子はあまり飲まないようですね。オフの事は残念ながら分かりません」
「勤怠について最近異常はありませんでしたか?」
「ありません。何故いきなり死んだのか分かりません」
鴻上は本気で当惑しているようだ。
「念のため畑中さんの住所と電話番号を伺えますか?」
鴻上が持参していたラップトップを操作する。
「住所は新庄市高台十二―五メゾンハイツマンション五〇五。電話番号は070―××××―××××です」
「御社は海外の人の派遣も行っていたそうですが、トラブルはございませんでしたか?」
清史郎が言うと鴻上は意外にも同様した素振りも見せなかった。
「海外の人材とのトラブルは特にありませんでした。彼らは日本では地盤がありませんし、地元ではヤクザの力が強い。ご存知無いかも知れませんが世界最大のマフィアは日本の組なんですよ。経済力で言うと最大の組だけで日本の企業上位六位の八兆円の規模になります。弱小国家など相手になりません」
鴻上にとって組に所属する事は汚名では無いようだ。
「つまり逆らう事など思いもよらないと」
「そういう事になりますね。もっとも現地では現地人を使っていますが」
鴻上が言った所で四人に茶が運ばれてくる。
剣呑な話をしているはずだが、事務員に動じた風は無い。
「同業他社とのトラブルは考えられませんか?」
「日本のヤクザは互いに杯を交わして兄弟となっています。互いのビジネスに悪影響を及ぼす事は代紋に泥を塗る事になります。それは断じてありません」
最もありそうな可能性が早々に否定された。
もっとも、あったとしても表ざたにはできないという所もあるのだろう。
「単刀直入にお聞きしますが、殺された事に心当たりはありませんか?」
「ありません。あったとすれば、殺された外人が高跳びしたと考えて探し出そうとしていた事くらいです」
「では外国人労働者の死亡も知らなかったと」
「寮の連中も突然消えたと言っていたくらいです。とはいえ隠している可能性もありましたので地元とも連絡を取って探してはいました」
フューチャー人材ネットは消えた外国人労働者を捜索していた。
実際に捜索していたかどうかはミンなりニャンなりに訊けば分かるだろう。
「では捜索中に殺されたという可能性もある訳ですね?」
「何をしている最中だったかは分かりかねます」
鴻上が答える。これ以上質問しても有意義な答えは返ってこないだろう。
「外国人労働者の寮のある場所を伺えますか?」
「パレステラスガーデンの二階が寮になっています」
清史郎はパレステラスガーデンの住所を控えると健と加奈を連れてフューチャー人材ネットを後にした。
〈6〉
清史郎は家主に事情を言って鍵を開けてもらい、畑中のマンションを訪れていた。
ワンルームの壁の薄い建物で、床にはカップ麺とスナック菓子の袋が散乱している。
「健、あんたの部屋とどっちが汚い?」
「せめてどっちが綺麗って聞き方しろよ。俺の部屋の方がきれいだって!」
健が加奈に応じて言う。
「健、PCで分かる事を探ってくれ。加奈は俺と一緒に部屋の中を探ってくれ」
清史郎が言うと健が畑中のPCに取り付き、加奈が口元をハンカチで押さえながら部屋の奥へと入っていく。
健が持参したPCを畑中のPCに接続して操作し始める。
画面上でパスワードの黒い●が点滅している。
「健、何をしているんだ?」
「パスワードを割ってるんっす。文字の数字の組み合わせは天文学的な数になるから手作業なんてしてられねぇっつーか」
「〇〇三一五は?」
デスク回りを見て清史郎は言ってみる。
「あー! 何で分かったんっスか! ジョークすげぇ!」
「すごいも何もデスク周りの写真がかたっぱしから自撮りだろ? それだけ自分が好きならオレサイコーって入れてもおかしくないだろう」
「超馬鹿っぽい! でもパスワード解析する手間が省けたぜ」
健が猛然とキーボードを叩き始める。
加奈は部屋のクローゼットの前に屈みこんでいる。
「加奈、何かあったのか?」
「いや、意外に勉強家だったんだなぁ~って」
加奈が調べていたのは語学のテキストの山だった。
海外の人材を集めていたのだから英語は必須スキルだったのだろう。
「ヤクザでも仕事は一生懸命にやってたって事か」
一所懸命に悪事をするというのは依然知り合った殺し屋円山健司を思い出す。
「そっちは英語の参考書っすか?」
「ああ。そっちはどうだ?」
「英語のオンラインレッスンとゲームとエロサイトばっかりっすね」
畑中は英語だけは真面目にやっていたらしい。
清史郎は玄関に戻ってドアの周りを丹念に調べる。
ピッキングされた形跡は無く、靴の乱れも無い事から突然押し入られたという事でも無いらしい。
部屋から連れ去られたので無ければ、移動中に拉致されたという事だろうか。
――やはり顔見知りの犯行が濃厚か――
しかし、それならば緒方が何か知っていても良さそうなものだ。
――今は地道に情報を集めるだけだ――
外国人労働者の寮は一階に大日警備保障という警備会社の入ったマンションにあった。
立地から考えて大日警備保障も矢沢組系列だろう。
清史郎たちが訪ねるとミンが仕事から帰った所だった。
ワンルームの部屋に二つ二段ベッドが並べられ四人が生活しているようだ。
「ミウラさんこんにちは」
「ミンさんこんにちは」
清史郎が挨拶するとミンが同僚に向かって早口の外国語で説明する。
狭苦しい中に招き入れられ、ジャスミンティーを勧められる。
「これまで殺された人はみんなこの寮の人かい?」
清史郎は心苦しく思いながらも八人の映像を見せて訊ねる。
「ちがう人もいるよ。知らない人もいるよ」
残酷な映像に顔を顰めながらもミンが言う。
「同じ寮の人は?」
「リンとホワン」
ミンが二人を指さす。この寮の人間は合計三人殺されたという事だ。
この寮で働く人間にとっては気が気ではないだろう。
「殺された人たちに共通点は?」
映像を確認する限りある程度若いという以外は年齢も性別もバラバラだ。
「分からない」
残念そうにミンが言う。
言葉が足りないせいでこちらも質問する言葉が出てこない。
「ニャンさんの妹さんの家族か同僚の人は?」
「女の子の寮は別にあるよ。ニャンは警察に捕まったよ」
ミンの言葉に清史郎はため息をつく。
「女の子の寮は?」
「会社が違うから分からないよ。フウゾクの会社だよ」
連絡が充分につくとい���環境でも無いらしい。
「最近誰かに見られてると思ったり、尾けられてるって思った事は?」
「ツケラレテル?」
「尾行されてる……追われている……追跡されてる……」
「ごめんなさい。分からないよ」
ミンが頭を振って言う。
どうやらこれ以上聞き出せる内容は無いようだ。
「邪魔したね。取り合えず身の回りには充分に気をつけて」
言って清史郎は健と加奈を連れてパレステラスガーデンを後にした。
第二章 錯綜
〈1〉
十二月四日午前四時。
スマートフォンの着信音で清史郎は目を覚ました。
このような機械を発明した人間を呪いたくなりながら通話ボタンを押す。
「はい、三浦です」
『緒方だ』
切羽詰まった口調で電話をかけて来たのは矢沢組の緒方だ��
「こんな時間にどうしたんですか? 事件に進展でも?」
『鴻上が殺された。例のネズミ殺しだ』
突然の言葉に一気に目が覚める。昨日フューチャー人材ネットで会ったハゲタカのような男が一夜と経たずに殺されたのだ。
「警察には?」
『警察から連絡があった。新聞配達のバイトが死体を発見したらしい』
「場所は?」
『フューチャー人材ネットの入っているビルの真ん前だ』
死体を発見したバイトはさぞかしびっくりした事だろう。
「分かりました。現場に向かいます」
言って通話を切った清史郎は愛車のビートルに乗り込んだ。
フューチャー人材ネットのビルの前には二台のパトカーと救急車が停まっていた。
三人もの警官が動員されており、死体は既に救急車に搬入されている。
周囲は黄色いテープで保護され、警官たちは近づこうとする人々を制止している。
「掃除が終わるまでしばらくの間近づかないで下さいね~」
現場を見ようとした清史郎に警官が言う。
証拠品は無いのか、何か手がかりになるようなものは。
清史郎が身を乗り出すと赤黒い染みが見えた。
鴻上が放置されていた場所だろう。
フューチャー人材ネットの入っているビルの前には監視カメラは無く、今回の加害者は時間的余裕をもってビルの前に放置した事だろう。
証拠は幾らでもありそうなものだが、警察が浚った後ではロクな収穫は望めない。
「三浦さん、朝早くからすみません」
朝早くから一分の隙も無くスーツを着こなした緒方がやって来る。
「そういう商売なんでね」
「オイ、そこの警官。先生をお通ししろ」
低い声で緒方が警官に向かって言う。
「……あの、どういったお話……」
「矢沢組の緒方だ。署長にでも確認を取れ」
言ってズカズカと現場に踏み入って行く。
「三浦さん、犯罪捜査じゃこちとら素人だ。どうすればいいですか?」
怒りを滲ませながら緒方が言う。
「被害者の身体はネズミに食い荒らされて指紋の類は無いでしょうし、犯人は手袋をしていた可能性が高いです」
清史郎は赤黒い染みに近づいていく。
「車から降ろされたならまずブレーキ痕。後、血液に付着した微細証拠品がカギになる場合があります」
「ポリ! 先生の言う通りにしやがれ」
緒方が言うと警官たちが右往左往する。
どうやら鑑識キットも準備もして来ていないらしい。
「仕方ない。私の方で調べます」
空が白々としてくる中、清史郎は道路に残された血液のサンプルを採取する。
更に周囲を歩き回り、ブレーキ痕を確認する。
「ブレーキ痕は一般的な軽自動車のものです。急停止し痕が残ったものと思われます」
「前はタイムラプスビデオを避ける為だったな」
「今回は人目を避ける為でしょう。これは仮説ですが、死体にはブルーシートか何かがかけてあったのではないでしょうか」
ビニールシートで巻いた死体を端を持って車から放り出したのだろう。
やり方は荒っぽいが、証拠は残りにくい。
「現場にDVDは残されていませんでしたか?」
清史郎が警官に尋ねると険悪な視線が返ってくる。
「DVDは無かったかと聞いているんだ」
緒方が言うと警官がDVDを差し出してくる。
差し出された所で再生できる機器も無い。
「指紋を採取してこれまで警察で採取されたものと照会して下さい」
「差し出がましい事を言いやがると……」
「言われた事をやりゃあそれでいいんだ」
緒方が言うと血を上らせかけた警官が大人しくなる。
「後は近くの防犯カメラに軽トラックが映っていないかどうかですね」
清史郎は言う。幸い三件隣にコンビニエンスストアがある。
トラックの影くらいは残っているかも知れない。
「緒方さん、私はこれで」
「朝早くから済まなかったな。明日は畑中の葬儀だ。何か分かるかも知れない」
緒方の言葉にうなずいて清史郎はコンビニエンスストアに足を向けた。
〈2〉
「新庄工科大学?」
モーニングコールでいつもより早く呼び出された健が清史郎の言葉に問い返す。
事務所の寒さは外気温と左程変わらず、早急なヒーターの購入の必要性が感じられる。
「それって鑑識的な事をするって事?」
加奈が朝七時にも関わらず張り切った口調で言う。
「ああ。血液とネズミの唾液くらいしか出ないだろうが、死体は少なくとも現場に一度は降ろされたはずだし、何かに包まれて遺棄現場まで運ばれたはずだ。つまり、殺害現場と包んだものの痕跡が残っている可能性があるんだ。血液には粘着力があるからね」
清史郎は採取した小さなビニールの密封パックを見せる。
「でも、現場に最初からあったゴミも付いてる訳よね?」
「それを大学の分析機器で分析してもらうんだ」
「ジョーク大学のセンセに顔がきくのか?」
驚いたように健が言う。
「付き合いがあるからね。じゃあ出発だ」
清史郎は二人を連れて市内の工科大学に向かう。
前もって連絡していたせいもあり、工科大学の環境科学科の柴田一太教授が生徒たちと共に準備を整えている。
「三浦さん久しぶりだね」
「柴田さんお久しぶりです」
柴田は中肉中背よりやや中年太りをした男だが、ふくふくとした顔立ちをしておりメタボリックにありがちな不健康な印象は受けない。
「血液に付着したサンプルを採取したいという事だね」
「ええ。現場でこそげ取ったので道路のカスも多いと思いますが」
「それは優先的に除外するよ。確か現場候補のサンプル映像があるとか」
柴田が興味深そうに言う。
「かなりグロテスクですが……」
清史郎は健に映像を表示させる。
柴田が口元を押さえながらも映像を食い入るように眺める。
「証拠らしい証拠は出ないかも知れませんよ?」
「と、言うと?」
「床がフローリングやリノリウムのような材質で、殺人の前後に清掃されている可能性が大きい。輸送中のビニールシートか何かに付着した物質なら検出可能だろうけど」
「おっさん、ここでは何を調べられるんだ?」
健が柴田に向かって言う。
「ガスクロマトグラフィーと液クロマトグラフィー、更に原子吸光器もある。分析化学に必要な機材は揃っているよ」
「具体的にはどういった物質が検出できるんですか?」
加奈が健が訊きたいであろうことを尋ねる。
「血液であればたんぱく質や鉄分や塩分が検出できるし、それを除外して町中を車で移動したなら排気ガスなんかを検出する事もできる。ビニールシートが新品なら保護用の粉末なりがあるだろうし、死体を縛ったなら何かの繊維が検出されるかも知れない」
「そんな細かいモンで何が分かるんだ」
健が不思議そうに言う。
「それを考えるのが探偵だ。じゃあここは柴田さんに任せて慶田盛にニャンさんの話を聞きに行こうか」
清史郎は一同を促してビートルへと戻った。
「奇妙な事になったね」
ニャンの弁護をする事になった筈の慶田盛が事務所の応接セットで言う。
「加害者が拘置所の中にいるのに十番目の被害者が出た」
清史郎は湯飲みを両手で包み込むようにして言う。
茶の淹れ方は加奈の方が上のようだ。
「警察側は不法滞在者の組織的犯罪として押してくるかも知れないね」
慶田盛が茶をすすりながら言う。
「不法滞在者は矢沢組の監視下にある。寮の下に警備会社が入っているくらいだ」
清史郎は昨日得た情報を慶田盛に告げる。
「警察にとっては犯人を逮捕する事が重要なんであって、逮捕する相手が誰かという事は自分たちに都合さえ良ければいいという事なんだ」
慶田盛の言葉を清史郎は反芻する。
「矢沢組の外国人ブローカーは社長まで殺された。外国人ビジネスから撤退するのであれば警察との間で手打ちができるか……」
「外国人ブローカーがいいとは言わないけど、それじゃ何の解決にもなっていないんじゃない?」
加奈が言う。確かにこれで十一番目の被害者が出てくるという事になれば外国人を一斉摘発しても元の木阿弥という事になる。
「つーかさ、気になってたんだけど、このエグいビデオって他人に見せるのが目的なんだろ? ンでこんな凝った殺し方してんだろ? だったら視聴者がいるんじゃねぇか?」
健が指摘する。確かに他人に見せるつもりが無いのであればこれほど凝った殺し方をする理由が見当たらない。
「スナッフビデオの愛好者は世界中にいるからな……」
慶田盛が腕組みをする。
「最初は八人連続でアジアの労働者だった。次はブローカーだ。外国人の労働者の失踪が珍しくない事なのだとしても、日本人でしかも会社の社長というのはな」
清史郎は考える。単にスナッフビデオを撮影するというだけなら、残酷な話だが外国人労働者だけで良かったはずだ。
ここに来てヤクザを殺し始めたというのは一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
「一応、外国人保護のNPOに連絡はとってある。矢沢組との兼ね合いはあるけど、摘発という事になったら保護する段取りはできているよ」
先手を打ったらしい慶田盛が言う。
「矢沢組もこれ以上組員の死体が出ればなりふり構わないだろう。犯人だってその恐ろしさは分かっているはずだ」
「これってアレだな、ラットマンVSジョーカーって感じだな」
健が緊張感の無い事を言い出す。
「犯人の行動指針が全く読めない。これで事件は完全に終わりなのか、続きがあるのか、その行方も分からない」
ラットマンがこの先も犯罪を続けるなら、警察の一斉摘発も空振りに終わるだろう。
そうすれば警察の面目は丸つぶれだ。
――犯人の狙いはそれなのだろうか――
だとしても根拠が薄弱すぎる。
清史郎は健と加奈を引き連れてビートルに戻った。
〈3〉
「ジョーク、頼みがあんだけどさ」
ビートルの車内で健が頼みづらそうに言う。
「何だ? 言うだけならタダだぞ」
「途中のホームセンターで石油ファンヒーター買ってくれ。外と室内とどっちが寒いか分からねぇし、指がかじかんでキーボード叩けねぇんだよ」
清史郎はため息をつく。寒いのは仕方ないにしても、キーボードの叩けない健は文字通りただ飯食らいだ。
「しょうがないな。まぁ、長く使うものだしヒーターくらい買ってもバチは当たらないか」
「やりぃ!」
健が嬉しそうに声を上げる。
「その分仕事もたくさんこなさないとね」
加奈の声も弾んでいる。
「所で健、さっきの話だが、誰かに見せる為に撮影したなら、その誰かを探し出すような事はできないのか?」
「ムリっす。動画配信だとしても、会員制になってるだろうし、そんなサイト幾らでもあるだろうし」
確かに健の言う通りだろう。発信者と受信者のどちらも分からないのでは手の打ちようがない。
「気になるんだけどさ、あのビデオライト当たってたじゃん? あれって相当強いライトなんじゃない? 芸能事務所が使うようなさ」
加奈の言葉に清史郎は頷く。
確かに映像が鮮明過ぎた。普通のPCやスマートフォンのカメラで、普通の照明で撮影されたのであれば、あそこまで鮮明な映像にはならないはずだ。
「まさか……芸能事務所がそんな事をしてるとは思えないが」
「それは無いと思う。前に光源の話をしたと思うけど、芸能事務所やスタジオならレフ版とか使って光の当たり方を均一にするはず」
加奈がその可能性を既に考えていたのか意見を述べる。
「じゃあ、4KカメラをPCにつなげて強い光を当てて……って、投光器あんじゃん! 現場用の」
健が声を上げる。
「投光器ったって、ホームセンターで幾らでも買えるだろう?」
清史郎の言葉に健が肩を落とす。
ホームセンターで石油ファンヒーターを買い、ガソリンスタンドで灯油を買い込んで事務所に戻る。
前の石油ファンヒーターは五年頑張ってくれたがこれで引退だ。
「はあぁ~、生き返る。これぞ文明の機器」
健がファンヒーターの前で頬を緩ませる。
「あんたがそこにいたら室内に温風が回らないでしょ」
コーヒーを沸かしながら加奈が言う。
「少しくらいいいじゃねぇか。減るもんじゃなし」
「ったく、事件の事も考えてよ。ジョーカー、何か分かった事無いの?」
「ブレーキ痕があったくらいだよ。深夜とはいえ急いでたみたいだな」
「フューチャー人材ネットに的かけてるとか?」
健が席に戻りながら言う。
「それは昨日話したし、それなら外国人労働者を殺している理由が成り立たない」
加奈が冷静に言う。
「誰かがフューチャー人材ネットの不正を暴こうとしてる」
「その為に殺人をも厭わないというのは、正義を働こうとしている人間のする事じゃないだろうな」
清史郎は健の言葉をやんわりと否定する。
「何か良く分からない事件よね。殺人にはすごく凝ったり、痕跡にはすごく気を使ってるのに、殺す相手は行き当たりばったりみたいな」
加奈の指摘は的を得ているかも知れない。
被害者が外国人労働者だけで、これまで通り死体を残さないのであれば事件にすらなっていなかったはずだ。
それが日本人の被害者が出て、スナッフビデオまでが現場に残された。
しかも二人目の日本人はブローカーの社長で、裏のビジネスを知っていたとするならヤクザだという事も知っていたはずだ。
それならばその報復が半端なものではない事は簡単に想像がつくだろう。
「犯人の目的ってそもそも何なんだろな。スナッフビデオで儲けるっつっても、普通に売れるような代物じゃねぇんだろうし、性別だってバラバラだろ? エロビデオなら大体若い女の子じゃね?」
健が首を捻りながら言う。確かに言われてみればスナッフビデオとして売り出すとしても客層はネズミを使った殺人方法にしか興味が無い事になる。
それでは商売にならないだろう。
「大量のネズミを飼ってるんだ。コストや隠し場所も馬鹿にならないだろう」
清史郎は脳裏に新庄市の地図を描きながら言う。
機材も使っているのだし、どこかに手がかりがあるはずだ。
清史郎が考えあぐねていると電話の呼び鈴が鳴った。
「お電話ありがとうございます。三浦探偵事務所飯島でございます」
加奈が電話を取って言う。
「はい、三浦ですね。少々お待ち下さい」
加奈が受話器を置いて清史郎に顔を向ける。
「工科大学の柴田さん」
清史郎は受話器を取る。
「三浦です。何か分かりましたか?」
『参考になるかどうかわかりませんが、興味深い事が分かりましたよ』
「どんな些細な事でも結構です」
『トウモロコシ何かの穀物の微粉が検出されました』
「それはどういった意味になるのでしょうか?」
『あくまで仮説ですが、犯人はネズミを飼育するのに犬の餌を使っているんじゃないですか? 他にもそれを示唆するような牛骨粉も検出されています』
現場に関する証拠は見つからなかった。
――しかし……犬の餌か……――
これまたホームセンターで簡単に手に入る代物だ。
「ありがとうございます。また何か分かりましたら教えてください」
清史郎は通話を切る。
「ジョーカー、何だって?」
「犬の餌が検出されたんだそうだ。犯人は普段はネズミに犬の餌を与えてたんだろうな」
「餌ならホームセンターで買えんじゃね?」
「ちょっと待って、ケージはどう? あれだけたくさんのネズミを飼っておけるケージは相当大きいか幾つかに分けられているんじゃない?」
加奈が言う。確かに狭いケージに肉の味に慣れたネズミを押し込んだら共食いをする事だろう。
「あ! 昔町の外れの方にデカいペットショップが無かったか? もう潰れちまってるけど」
「行こう」
健の言葉に清史郎はビートルの鍵を手にする。
ようやく手がかりらしい手がかりが見えて来たようだ。
郊外型の大型ペットショップは廃棄されたままの姿で佇んでいた。
正面のガラスが近隣の悪ガキの悪戯で割れており侵入が困難という事は無い。
スナック菓子の袋やペットボトルが散乱しているが、どれも古く最近のものでは無いようだ。
ここでかつて何が行われていたかは考えるまでも無いだろう。
「汚ぇトコだな。ま、誰も掃除なんかしやしねぇんだろうけどさ」
健がぼやきながら先に進んでいく。
清史郎はポケットから取り出したマグライトで床を照らす。
床にはホコリが溜まっているが、何者かが侵入したような形跡がある。
――当たりを引いたか――
「見てジョーカー、バックヤードにだけ新しい鍵がついてる」
清史郎は加奈の言葉を受けてバックヤードの観音開きのドアにライトを向ける。
取っ手に鎖が巻き付けてあり南京錠でロックされている。
「それじゃあお宝を拝見するとするか」
清史郎にとって南京錠などは鍵とも言えないものだ。
ピッキングツールで難なく開いたドアを開けて中へと足を踏み入れる。
瞬間、小便を腐らせて煮詰めたような強烈な臭いが鼻を突く。
「うげっ! 何だ? この臭い」
健が顔を背ける。
「嫌な予感しかしないんだけど」
口を押えた加奈が言う。
清史郎は袖で鼻と口を押えながらマグライトでバックヤードを照らす。
が、そこにはがらんとした空間が広がっているだけだった。
……床の汚泥のような物体以外は。
「何も無ぇ……てか、これ……」
「ネズミの糞だろうな。飼い主は閉じ込めておくのに耐えかねたんだろう」
バックヤードでケージを積んでネズミを飼っていたのだろうが、飼い主の方が臭いに耐えかねる状況になったのだろう。
「この臭いじゃ毎回運ぶ気にもならない……ジョーカー、床に引きずったような痕がある」
加奈の言葉にマグライトを下に向ける。
確かに汚泥が削られたようになり、ケージを引きずり出したような痕がある。
犯人はネズミのケージをここからもっと風通しのいい所に移動させたのだろう。
「何だよ。また振り出しに戻るのかよ」
「いや、これで犯人がネズミを飼育していた事は判明した」
清史郎は健に向かって言う。
「犯人はどこに消えたのかしら? たくさんのネズミを飼っておける場所って……」
「郊外に出れば廃屋なんて幾らでもあるし、廃棄された養豚場や養鶏場もあるだろう」
清史郎は郊外の様子を想像しながら言う。
新庄市の北部の山林地帯にはかつては多くの畜産業者が存在していた。
その残骸の多くはハイウェイを通る時に見る事ができる。
「一軒一軒回るのか? このクソ寒いのに?」
「寒いのはともかく、当てもなく山を探し回っても拉致が明かないんじゃない?」
「警察なら人海戦術でやるんだろうな……」
清史郎はひとまずペットショップの外に出る。
寒空だが悪臭の中に比べると北風の方がマシに思える。
「ジョーク、何か案は無ぇのかよ」
「あんたこそ空撮とか何かできないの?」
「googleearthだってそこまで精密には見れねぇよ」
健の言葉を清史郎は反芻する。
犯人も忘れ去られたような施設まで把握はしていないだろう。
だとすればハイウェイから見えてなおかつ、一般道では入り込めない場所という事になる。
更に移動に軽トラックを使っている事から、車の乗り入れのできる場所という制限も付けられる。
「とりあえず、ハイウェイから入っていける横道を探した方がいいだろうな。もしこの犯人が利用している施設ならネズミの糞が乾燥していない事から、最近場所を移動したんだろう。だとすれば脇道を封鎖する私有地の看板みたいなものは新しいはずだ」
「なぁるほど、確かに。でも、誰かの家に出ちまったらどうなんだ?」
「聞き込みに来たって言えばいいじゃない」
健に答えて加奈が言う。
「じゃあドライブに行くとするか」
清史郎はビートルの後部座席に健を乗せると運転席に乗り込んだ。
〈4〉
「どーせ森林浴するなら秋とかのが良かったんじゃね?」
幾度目かの横道を試す中、健が愚痴をこぼす。
街乗りの車として作られているビートルは車高が低く、エンジンなどは新型に換装してあるが底がこすれ振動もひどい。
岩で車体の下を破壊されたら帰る事もままならない。
「森林浴ってどっちかって言うと夏じゃない?」
加奈が健に向かって言う。
「だって夏の山って蚊が出るじゃんよ」
「あんたって本当にアウトドアに向かないわよね」
「海には行きたいぜ。目の保養に」
健の言葉に加奈がため息をつく。
ハイウェイからの脇道は意外に多かったが、多くが途中から藪に包まれていた。
まともに通れた道もあるが、高齢者の農家が猫の額のような畑を耕しているだけだった。
「ジョーカー、私たちで人海戦術は無理があるんじゃない?」
加奈の言葉に清史郎は山道の中でブレーキを踏む。
ビートルの新型のエンジンの振動が静かに車体を震わせる。
「確かにそれはそうなんだが……」
「もう少し条件絞った方がいいんじゃねぇの?」
健の言葉に清史郎は考える。
私有地の新しい看板は想像以上に多かった。
恐らくは土地の相続が難しく売りに出されたものだろう。
農家もそれとほぼ同数存在している。
――だとすれば――
「健、不動産で売り出されている土地の情報と、農協に作物を収めている農家のデータを検索してくれ」
「不動産はネット見れば分かるけど、農協には何の仕掛けもしてないし侵入できないぜ?」
健が答える。健はITの天才のように見えるが、種と仕掛けが無いと普通のITボーイなのだ。
「近くの農協に仕掛けてくれればやるけど」
キーボードを叩きながら健が言う。
「いいわよ。こっちで直接電話で聞くから。新庄神谷の田舎なんてそんなに人が住んでないでしょ」
加奈がスマートフォンとシステム手帳を広げて言う。
「じゃあ、俺は一旦ビートルを戻してコーヒーでも買うか」
清史郎は近場のコンビニに向かって車を走らせた。
「で、不動産で売り出されている土地を除外して、農家も除外した結果がこれ」
コンビニの駐車場で健が地図を表示する。
地図が色分けされ、幾つかの空白地帯が出現している。
「土地って言っても宅地と農地と山林を省いて、酪農? 的な所は空白のままにしてる」
「昔酪農をしてた農家があったんだって。丁度この辺」
加奈が地図の一点を指さす。
二人はほぼ条件にそってターゲットを絞り込んでいたらしい。
「じゃあラットマンとご対面と行くか」
清史郎はビートルを発進させた。
黄色いプラスチックの鎖を外し、立ち入り禁止の看板を無視して山道にビートルを乗り入れる。
まだ新しい轍が山の中へと続いている。
「なんかそれっぽくね?」
「でもジョーカー、犯人がいて、武器とか持ってたらどうするの」
「そういう時の為にくぎ抜きがあるんだよ」
「頼りねぇなぁ、モデルガンでも持って来れば良かったじゃねぇか」
「ああいうのを持ち歩いていると職質された時に面倒なんだよ」
清史郎がビートルを走らせていると、林が開けて納谷と牛舎が姿を現した。
エンジンを停めて外に出てみる。
納谷を後回しにして牛舎を見るが静まり返っている。
が……
「あったぜ! ジョーク、ネズミの糞だ!」
牛舎の床の部分に大量のネズミの糞が散らばっている。
「ジョーカー! こっちに犬の餌がたくさんあるよ」
納谷を覗いていた加奈が言う。
「よっしゃあ! ラットマンのアジトを突き止めたぜ!」
健がガッツポーズを取る。
「だが、ネズミがここにいないという事は、犯人は次のターゲットを既に拘束している可能性がある」
清史郎の言葉に健と加奈が目を見開く。
「おそらく窓の無い遮音性の高い部屋を幾つか確保しているんだろう。一日二日ならネズミに餌をやらなくても死にはしないだろうしな」
清史郎はスマートフォンを取り出して緒方をコールする。
『緒方だ。捜査に進展はあったか?』
「犯人がネズミを飼っていた場所を確認した。が、今は運び出されている。恐らく次のターゲットを拘束したか、そうでなくても狙いを定めたんだろう」
『仕事が早くて助かる。こっちは組員の点呼を行う』
「外国人労働者の方は?」
『フューチャー人材ネットの社長と社員が死んだんだ。手を回せる状況ではない』
組関係者が立て続けに死んでいるというだけで緒方は手一杯だろう。
「とりあえず地図は送る。犯人が来たら捕らえられるようにしておいてくれ」
『捕らえるだけで済めばいいがな』
緒方が通話を一方的に切る。
清史郎は現場の写真と地図をメールに添付して送る。
「ヤクザが味方ってのは心強えな」
「裏を返したら失敗したらタダじゃ済まないって事でしょ」
「とりあえず事務所に戻ろうか」
清史郎はビートルに足を向けた。どの道ここに留まっていても何かができる訳ではないのだ。
〈5〉
「NPO法人ジャーニーオブアースの高田美恵と言います」
四十代のキャリアウーマン風のスーツ姿の女性を前に、緒方は戸惑いを感じていた。
ラットマンの事件がようやく片付きそうだと言うのに、どんなトラブルが舞い込んだのだろうか。
「慶田盛弁護士からこちらで違法に働かされている外国の方がいらっしゃるとか」
「ウチはただのケツモチでビジネスは企業がやっています。我々が直接関与している訳ではありません」
「それならばどうして外国の労働者に続いてそちらの企業舎弟の方々が殺されたのですか? 無縁という事は無いはずです」
頑として引き下がらない様子で高田が言う。
「だとして一体どうなさりたいのですか?」
緒方は尋ねる。NPOなどという胡散臭いものがヤクザに一体何の用があると言うのか。
「我々は国内の外国人の人権を保護しております。滞在に違法性がある場合、また、行政が適切な援助を行っていない場合、司法的手続きによって人権と合法的滞在を要求します」
面倒くさい相手だと緒方はため息を押し殺す。
外国人ビジネスはそこそこの収益率がある事と、麻薬の生産地である現地との繋がりもある事から簡単に手を引く事はできない。
――フューチャー人材ネットを切るか――
フューチャー人材ネットで管理している外国人はせいぜい二百人といった所だ。
だが、二百人も司法で戦うという事になればNPOも音を上げるだろう。
「いいでしょう。我々の知る限り、外国人労働者のデータをお渡ししましょう」
言って緒方は若い衆にフューチャー人材ネットの裏帳簿を持ってくるように命じる。
――矢沢組はここの所踏んだり蹴ったりだな――
「ニャンさんとの面会も上手く行ってね。不法滞在の外国人の滞在許可を正式に取得する為にNPO法人に依頼したよ」
事務所に戻ると早々に慶田盛がやって来た。
「不法滞在者の弁護なんてできるものなのか?」
慶田盛に椅子を勧めながら清史郎は訊ねる。
「そこが法の難しい所だ。パスポートはあるがビザは無い。本来強制送還という所だが、強制的に働かされており、今後も働かされる予定が存在し、生活の基盤も日本に存在している。と、なれば彼らの人権を守る為に裁判をすることはやぶさかじゃない」
慶田盛が加奈の淹れたコーヒーに口をつける。
「今後も、と、言うが、フューチャー人材ネットは社員に続いて社長が殺されて運営が危うくなっている。緒方は会社を捨てるかも知れないぞ?」
「日本で働いていたなら、本来労基法が適用される。それが無視された状態で働かされていたなら、当然順守が求められる。フューチャー人材ネットが倒産したとしても、就労実態があったとして国は失業保険を支払わなければならないし、フューチャー人材ネットも相応の保証金を支払わなければならないだろう」
そもそも、と、慶田盛は続ける。
「日本国憲法の基本的人権という考え方は国籍を問うていないんだよ。帝国憲法は臣民の、と、書いてあるから明らかに天皇の主権統治下にある、と、読めるけど現在の日本国憲法はそうじゃない。一九七九年、最高裁のマクリーン判決でも憲法第三章の基本的人権の保障は在留する外国人に等しく及ぶべしと言っている。判例が前例として存在するんだ」
慶田盛が全員に聞かせるようにして言う。
確かにその通りなら不法滞在などという言葉そのものが違憲という事になるだろう。
「これは一九四八年の国連の世界人権宣言でも批准されている事で……」
「言いたい事は大体分かった。要するに人類皆兄弟という事だろう」
「まぁ、それが理想ではあるんだけどね。最近は何かと閉鎖的になって来ている気がしてね」
やれやれと慶田盛が肩を竦める。
「とにかく、外国人の保護はNPOに依頼したから何とかなるだろうし、法廷闘争という事になれば僕の出番だし何とかなるよ」
言ってコーヒーを飲み干した慶田盛が席を立つ。
「ニャンさんの容疑が晴れそうだと思ったらまた地裁だよ。じゃあな」
慶田盛が嵐のように事務所を去っていく。
「慶田盛のオッサンって法律の鬼みてぇだな」
「だから法の番人なんだろ」
健に答えて清史郎は言う。
「不法滞在の人たちの弁護なんかしてお金になるのかな……」
「なるようなら俺たちだってもっといい暮らしをしてるだろうさ」
加奈の言葉に清史郎は苦笑で答える。
慶田盛弁護士事務所と三浦探偵事務所は利益度外視が持ち味なのだ。
『組員は厳戒態勢だ。ラットマンのアジトも確保した』
スマートフォン越しに緒方が言う。
『に、しても会社一つ取られるとは思ってもみなかった』
緒方の言葉は苦い。どうやらフューチャー人材ネットの外国人労働者は慶田盛が解放する形になったのだろう。
「太っ腹だと思われた方が近所受けはいいんじゃないのか」
清史郎が言うと苦笑が漏れる。
『震災の炊き出しの方が余程いい宣伝になる。まぁ、これでラットマンを仕留められれば意趣返しにもなるんだがな』
緒方が好戦的な口調で言う。不法滞在者でスキャンダルを抱え、組員を殺された事で怒りのベクトルがラットマンに向いているのだろう。
に、しても、と、清史郎は考える。
矢沢組が総力を挙げるという事は矢沢組の中にはラットマンはいないという事になるのでは無いだろうか。
だとすれば畑中の事件のタイムラプスビデオのトリックが仕掛けられない事になる。
矢沢組の外の人間で三浦探偵事務所以外にハッキングを仕掛けている所があるとは思えない。
「警察に突き出すつもりなら殺さないでくれよ」
清史郎が言うと小さな笑い声と共に通話が切れた。
第三章 ジョーカーVSラットマン
〈1〉
十二月五日。清史郎は目覚まし時計で六時半に起きると地元のニュースにTVのチャンネルを合わせ、玄関に新聞を取りに言った。
『……速報です。本日午前六時新庄市警組織対策本部長が惨殺体が発見されました。新庄市警は連続殺人事件との関係を捜査中としており、同一犯の場合フューチャー人材ネットを狙った二つの殺人に続く第三の殺人であるとして捜査本部を設置し……』
「何だとぉ!」
清史郎は思わず声を上げた。
ヤクザが厳戒態勢の中、ラットマンは市警の、それも最もヤクザと緊密な組織対策本部長を狙ったというのか。
ヤクザが警戒しているから警察を狙ったとでも言うのか。
――そんなバカな���がある訳が無い――
清史郎はワンルームの室内を動物園の熊のようにうろつき回る。
昨日ラットマンはネズミを運び出していた。
ラットマンは昨日の時点でターゲットを捕捉していたのだ。
と、言う事は最初から狙いは警察の組織対策本部長だったのだ。
――何故組対なんだ?――
ヤクザを庇っているように見えたからか。
だがこの殺人は外国人労働者��よる殺人という文脈から完全に外れている。
ラットマンの狙いは一体何だと言うのか。
清史郎は身支度を整えると事務所に向かう。
定時の九時を待たずに加奈と健が事務所に現れる。
「ジョーク、ラットマン何考えてんだよ?」
健が訳が分からないといった様子で言う。
「それが分かれば苦労しないし、この事件も起きていない」
「ヤクザの守りが固いからって言っても市警の組対本部長も相当よね」
加奈が言う。個人としては狙う事もできるだろうが大物と言えば大物だ。
「でもこれで外国人労働者の線は完全に消えた事になる」
清史郎は言う。外国人労働者が無差別に狙ったとして市警の組織対策本部長に当たる可能性は限りなく低いからだ。
「現場にはやっぱりお巡りがいっぱいいんのかな?」
「そりゃ、警察は警官が殺されたら本気になる組織だからな」
清史郎は健に答える。警察は民間人の被害者には冷淡な事が多いが、身内の警察官となると目を血走らせて犯人を追いかけるものなのだ。
「何か納得できない。今回の殺人も死体を見せつけた訳でしょ? ラットマンは外国人の時は見せつけるような事はしなかったけど、ヤクザから先はわざわざ死体を見せつけてるのよね? 何かメッセージがあるんじゃないのかな?」
「殺人ビデオを作ってたヤツがか?」
加奈の言葉に健が答える。
「それよりこれから市内は検問だらけの戒厳令みたいな事になる。ラットマンはアジトに戻るか高跳びしていないと逃げ場がなくなるだろうな」
清史郎は腕を組む。
「軽トラックにネズミ乗っけてれば簡単に見つかりそうなモンだけどな」
健が頬杖をついて言う。
「これが最後の犯行だとすればネズミを下水に逃がせばいいだけだ。ケージだって畳むなりプレスに紛れ込ませるなりすれば見つからないだろう」
「そっか……この殺人事件って、凶器は逃がせば消えるって事なんだよね」
「でもよ~、どういうミスリードなんだ? 全然繋がらねぇじゃんよ」
清史郎は冷えたコーヒーに口をつけて考える。
何かが引っかかる。単純だが、見落としてはならないもの。
矢沢組の玄関のタイムラプスビデオ、市警組対本部長。
――まさか――
「健、大日警備保障に警察OBがいるか分かるか?」
清史郎が言うと健が不思議そうな視線を向けてくる。
「大日警備保障は矢沢組のフロントだろう? で、警備会社とくれば警察OBの天下りだ。大日警備保障なら矢沢組のセキュリティも分かるだろうし、市警の組対本部長のスケジュールも手に入るかも知れないだろう? しかも大日警備保障はミンさんたちの寮を監視するみたいに事務所を構えていた。外国人労働者を監視するのが大日警備保障の役目だったとすればどうだ?」
清史郎が言うと健が猛烈な勢いでキーボードを叩き始める。
「大日警備保障の人が外国人のスナッフビデオで小遣いを稼いでいて、それがバレそうになったからフューチャー人材ネットの社員と社長を殺した、って言うのは分かるんだけど、その後どうして警察の幹部を狙ったのか分からない」
加奈が首を傾げて言う。
清史郎にはその言葉に答える術が無い。
まだパズルのピースは穴だらけのままなのだ。
「従業員の三分の一は警察OBだぜ。ほとんどシルバーだけどな」
健がPCのディスプレイに一覧を表示させる。
「ヤクザと警察のパラダイスね」
皮肉るような口調で加奈が言う。
「大日警備保障の昨日のシフトは分かるか? なるべく現役に近いヤツで非番のヤツは?」
「新田卓ってヤツかな……警察を暴力事件でクビになって採用されてる」
健が履歴を表示させる。
新田卓三十四才。空手三段柔道五段。元警備部巡査部長。デモの警戒で出動中市民に対する暴力で謹慎。謹慎中にNPOの代表を襲撃して重傷を負わせて依願退職となっている。
「空手三段柔道五段じゃあ私らじゃあ手も足も出ないんじゃない?」
加奈が忠告するようにして言う。
三人がかりでも新田を捕らえるなどという事はできないだろう。
しかも現状ではただ怪しいというだけなのだ。
「新田の住所は分かるか?」
「もちろん。でもどうすんだ?」
「スナッフビデオを動画配信で売ったならPCに痕跡があるはずだろう?」
清史郎が言うと健が珍しく考えるような表情を浮かべる。
「新田本人がやったなら別にいいんスけど、新田が完全に肉体派で家にPCも無かったらどうすんだ? それに最初複数犯って言ってたじゃねぇか」
健の指摘に清史郎は額に手を当てる。
その可能性を忘れていた。
「新田のメールを覗く事はできるか? 組織的犯行なら組織が割れるかも知れない」
「もしかしたら組織だから組対本部長を消したのかも」
加奈が言うと健がさも人使いが荒いといった様子でPCを叩き始める。
「だが、普通組対というのは暴力団対策部の事だぞ?」
「それくらい知ってるってば。でも、暴力団の中の暴力団って事もあるじゃん?」
「それなら一昨日の時点で刑事部の風間が何か知っていても良さそうなものだろう?」
「風間から組対に話が行ったって可能性は?」
「可能性はあるが、それならどうして風間を殺さなかったんだ? ラットマンを追う可能性があったのはあの時点では風間だったんだぞ?」
清史郎が言うと突然健が触っていたPCから『君が代』が流れ出した。
「何だ? どうした?」
清史郎が言うと健がPCの音声をミュートにした。
「新田は愛国防衛戦線って団体の構成員だったみたいだ。これサイトな」
画面上では日章旗がはためき、スナッフビデオへのリンクも張られている。
「こいつらが外国人を殺してたっての?」
加奈が声を上げる。
「でも、それがどうしてヤクザを殺す事になった?」
清史郎は画面をのぞき込む。
『日本を愛し、日本を守る。汚らわしいドブネズミ、土人どもを取り除き、美しい日本を取り戻す。子供たちに残そう愛すべき祖国』
清々しい程のヘイトだがそれがこの団体のスローガンであるらしい。
「これを素直に読むと、外国人を呼んでくるヤクザもターゲットになるって事じゃない?」
加奈の言葉に清史郎は虚を突かれる。
そこまで短絡的だったとするなら、フューチャー人材ネットを襲った惨劇には納得が行く。
しかし、警察の組織対策本部長を殺した事には依然として結びつかない。
「健、この組織の構成員何かは分からないのか?」
「これ、ロシアのサーバーに作られてんだ。結構腕のあるヤツが組んでるっぽいし、相手のIPアドレスを掴んだくらいで組織が割れるなんて事は無いと思うぜ?」
健の言葉に清史郎はスマートフォンを取り出して緒方をコールする。
『予想外の展開だな』
挨拶も無く緒方が応じる。
「一つ聞きたいんだが、愛国防衛戦線という組織に心当たりは?」
『右翼団体で最近はネットを中心に活動しているらしい。親は同じだが組が違うから詳細は分からん』
「お宅の大日警備保障の新田がメンバーだった。で、そのサイトでスナッフビデオが垂れ流しになっている」
『大日警備保障は確かに親は同じだが組が違う。だが、大日警備保障か……』
「心当たりがあるのか?」
『外国人に警備が必要だと言って頭超えてから割り込んできたのが大日だ。てっきり小遣い稼ぎをしに来ているものだとばかり思っていたが……』
緒方も知ってはいるものの詳細は分からないらしい。
『愛国防衛戦線は無動正義という男が代表を務めている……現在は新庄市に移り住んでいるらしい』
「その無動正義というのは何者なんだ?」
『ヤクザとしては三流だが、ネット右翼の最先鋒で荒しなんかで稼いでる男だ。与党を宣伝する書籍や中国や韓国を罵倒する書籍も発行している。最近は新しい道徳と歴史の教科書も作ってるそうだ』
緒方も何か調べているらしい様子で言う。
健が無動正義を検索してウェブサイトを表示する。
『愛国心』と大きく書かれた下に禿頭の男の写真が載っている。
よ��よく見れば小さく愛国防衛戦線へのリンクも存在している。
「こっちでも確認した。一応文化人というカテゴリーには入れられているようだな」
与党側のご意見番といった形でTVやラジオにも出演しているようだ。
『矢沢組としては親に判断を仰ぐしかないな』
苦々しい口調で言って緒方が通話を切る。
「ジョーカーどうするの? 一応文化人らしいけど」
「やっている事は石器人並みだがな」
実行犯ではないにしろ、無動正義の指示で愛国防衛戦線と大日警備保障が動いた事は間違いないだろう。
「無動って野郎をふん捕まえて吐かせりゃいいんじゃねぇか?」
「大日警備保障を忘れないでくれよ。俺たちは探偵で警察じゃない。暴力じゃなくて知力で物事を解決するのが仕事なんだ」
「それには証拠を探さないとね」
加奈が応じて言う。
「見つけるべき証拠は殺害現場、軽トラック、ネズミが入っていたケージ、投光器、撮影用のカメラ。こんな所か」
「軽トラックなんて警備会社は幾らでも持ってんじゃねぇのか?」
健が言う。
「新田の事務所の軽トラックからルミノール反応が出ればビンゴだ」
「大日警備保障の事務所は市内だけで八か所だ。それにコーンを乗せて動いてるかも知れなねぇし……」
「殺害現場が一番動かぬ証拠なんじゃない?」
健に続いて加奈が言う。
「窓の無い部屋。地下室か、人の出入りの無い地下駐車場か……」
「それこそ検索できねぇよ」
キーボードに触れずに指だけ動かして健が言う。
「忘れてる。現場は水で流して掃除できないと血が残るって事」
加奈が言う。
確かに最初の頃の映像は床がフローリングのようだったが、途中からリノリウムのようになり、照明も明るくなっていた。
犯人グループは最初の頃の反省を踏まえ、条件のいい場所を探し当てたのだろう。
「ネズミをケージなりに戻す為にも密室が必要か……」
清史郎は頭を巡らせる。間口がかなり狭くないとネズミの大脱走が起きる事だろう。
そうすれば近所に知られる事になる。
そしてこれまでの被害者の住所から考えて市内にある事は間違いない。
「コンテナだ」
清史郎は言う。
「健、大日警備保障が警備している港のコンテナは分かるか?」
「なるほど、貨物のコンテナなら密室でライトを持ち込んだりすればそれらしくできるし、洗うのも簡単……」
加奈が言うと健がPCのキーボードを叩き始める。
「パシフィックアジアって貿易会社と契約してやがる」
健がgoogleearthで埠頭のコンテナを拡大する。
黄色の貨物コンテナが八基並んでおり、そのうち一つか幾つかが犯行に使われた可能性が高い。
「ジョーク、乗り込むのか?」
健の言葉に清史郎は考える。
鍵を開けて中を確認するにはピッキングをしなければならないが、昼間にそれをすることは困難であり、そもそも大日警備保障が警備をしているのだ。
新田に遭遇したら三人まとめてコン���リート詰めにされて、ドラム缶で海に沈められかねない。
やるなら夜だ。
現場を特定し、証拠を手に入れ、実行犯と無動正義を殺人容疑で起訴するのだ。
〈2〉
深夜零時。清史郎は久々にジョーカーの衣装に身を包んでいる。
「僕は殺しが仕事で警護は仕事ではありません」
ボートの上でスーツ姿の円山が両手に手袋をはめたまま言う。
「致命傷を負わせて欲しいんじゃない、殺されたら困る」
「あなたは殺し屋を何だと思ってるんですか」
清史郎は今回の作戦に当たって円山健司に警護を依頼していた。
緒方に兵隊を借りるという方法も無くは無かったが、矢沢組は格上であるとはいえ、愛国防衛戦線と同じ指揮系統に属しており、いざという時にどう動くか分からなかったからだ。
健司と一緒にボートを漕いで岸壁に近づく。
夜でも尚荷物の積み下ろしのある港は多くのライトで照らされている。
大日警備保障のハイゼットが横付けされた黄色いコンテナがゆっくりと拡大されて来る。
「警備員……新田がいやがんな。こっちには気づいてねぇみてぇだけど」
「消して来ましょうか? 友達価格で一人五万円で手を打ちますよ」
健に答えて円山が言う。
「もっと高額でいいから目を逸らせてくれないか?」
「中途半端が一番難しいんです」
言いながら円山がアタッシュケースから花粉防止用のマスクのようなものを取り出す。
「円山くん、それ、何なの?」
加奈が訊ねる。
「入手に苦労しましたがクロロホルムですよ。マスクに染み込ませてあります。これをかけてしまえば当分起きる事は無いでしょう。柔道家や空手家と戦って勝てるなんて思っていませんから」
円山なりに気を使ってくれているらしい。
ボートが岸壁に近づき、積まれたパレット越しに新田の頭が見える。
「それでは先に僕が行きます」
円山が岸壁に腕をかけて身軽にパレットの裏に回る。
ポケットから昔のカメラのフィルム程の大きさのものを少し離れた場所に放り投げる。
瞬間、カメラのフラッシュのような光が瞬いた。
新田が確認するかのように動き始める。
円山が足音を殺して警備員の背後に回り込んでクロロホルムのマスクをかける。
新田が身体を捩り、円山がコンクリートの床の上を転がる。
新田が警棒を抜くと円山の手に拳銃が出現する。
新田が一瞬動きを停めたかと思うと膝から崩れ落ちる。
倒れた新田を円山がパレットの裏まで引きずってくる。
「その銃本物なのか?」
健が健司に向かって訊ねる。
「まさか。クロロホルムが効くまでの時間稼ぎですよ。僕はもう少し周囲を探って来ます」
健司がコンテナの影から影に移動するようにして姿を消す。
これほどの人間に一度でも命を狙われていたのかと思うと恐ろしいものがある。
「ジョーカー行きましょ」
作業員の服装の加奈が先に上がり、清史郎もそれに続く。
健は清史郎と加奈の頭と肩と胸についたカメラの操作が仕事だ。
清史郎は大日警備保障のハイゼットにルミノール反応液を振りかける。
死体はブルーシートか何かに包まれていたのだろうが、靴跡がくっきりと浮かび上がる。
足の大きさは二十七センチはゆうにあるだろう。
実行犯に新田が加わっている事は確定的だ。
続いて近場のコンテナの鍵を開ける。
最も近いコンテナの中は空だった。ルミノール反応も見られない。
続いて隣のコンテナの鍵を開ける。
真っ暗な洞のような室内を照らすが血痕らしいものも機材を持ち込んだ形跡も無い。
パトカーのサイレンが聞こえてくる。
――警察が来たならジョーカーの出番も無しか――
清史郎はパレットの影に戻って加奈と合流する。
やって来たのは覆面パトカーで、コンテナの前まで来るとサイレンを止めた。
運転席から風間刑事が出てくる。
周囲の様子を覗いながら一つのコンテナに向かって歩いていく。
スーツ姿の手にはラバーの手袋がはめられている。
――おかしい――
警察が来たなら何故一台、それも覆面パトカーなのか。
他に警官も居なければ何故両手にラバーの手袋をしているのか。
一番妙なのは……
風間がポケットから取り出したキーでコンテナの鍵を開けようとする。
「ホワイトクリスマース!」
清史郎はモデルガンのグレネードを抜いて飛び出す。
鍵を手にしたままの風間が振り向く。
「チックタックチックタック宝箱の中身は何でしょう!」
「ジョーカー! この道化が!」
鍵を放って風間が銃を引き抜く。
刑事は事件性が無い限り銃の携帯は許されない筈だ。
しかも手に握られているのは警察の正式拳銃のS&Wではなくトカレフだ。
轟音が響いて清史郎の耳が一瞬聞こえなくなる。
耳のすぐ傍を弾丸が通過したらしい。
清史郎はグレネードを構える。
「ラップトップデスクトップトーテムポール!」
清史郎が引き金を引くと花火が打ち出される。
花火がコンテナに当たり色とりどりの光を放つ。
「見かけ倒しか! 愛国無罪! 死ぬがいい!」
風間がトカレフの引き金を引く。
清史郎は死ぬ思いでコンクリートの上を転がる。
トカレフの装弾数は八。
二発使ったから後六発残っているはずだ。
轟音が立て続けに二回響く。
「トカレフモロゾフカラシニコフ!」
清史郎は目くらましに花火を放つ。
深夜の埠頭に水平に放たれた花火の光と轟音が響く。
続けざまに轟音が三回。
強運なのかどうやらトカレフの餌食にはならずに済んでいるようだ。
「我らの大義、邪魔はさせん!」
轟音が響き、続いてカチリという金属音が響く。
風間はトカレフの弾丸を打ち尽くしたらしい。
「外国人の悲運も今日は我が身、ラットマン! 貴様の命運もここまでだ!」
清史郎が歩み寄ると風間がS&Wを抜く。
「尽忠報国の志、英霊たちが共にあるのだ!」
リボルバーが火を噴く。
清史郎は反則だと思いながら再びコンクリートの上を転がる。
警察官として発砲したなら、一発一発まで報告の義務があるはずだ。
――それすら無視すると言うのか――
もう避け切れないと思った清史郎の周囲で銃弾が爆ぜる。
銃を手にした風間の足が二日酔いのように揺らいでいる。
瞬間、清史郎の目がコンテナの上に立つ円山の姿を捉える。
円山が花火と銃撃の間にクロロホルムを振りかけていたのだ。
揮発性の高いクロロホルムを吸い込んだ風間は意識を失いつつある。
「何故組織対策本部長を殺した?」
清史郎は歩み寄りながら訊ねる。
銃を構えようとした風間の手から銃が落ちる。
「薄汚いドブネズミ……土人どもの一掃作戦を無視したからだ。そもそも、最初のチンピラの死で新庄市の土人どもは一掃されるはずだったのだ。それを弁護士やら探偵やらが邪魔をしたのだ。土人を引き入れた悪逆非道のブローカーを殺し、土人の組織がやったのだと上奏したのに組織対策は受け入れん。だから殺したのだ。だが組織対策本部長が殺されたとあれば、土人どもが結託して美しい日本を汚そうとしている事を疑う者もいるまい。これから美しい日本を取り戻す戦いが始まるのだ」
意識朦朧としているせいだろう、聞いてもいない事までペラペラと風間が喋る。
「それは無動正義の指示か?」
「無動閣下は総理を代弁し天皇陛下の目を覚まさせる為に戦いを始められたのだ! 私のような一兵卒は臣従するのが……務め……というもの……だ……」
清史郎の前で風間が崩れ落ちる。
清史郎は風間の放った鍵を拾ってコンテナの扉を開く。
無数の歯ぎしりをするネズミの鳴き声が響き、ネズミのケージ、TVスタジオのような照明装置、そして殺された被害者が吊るされていた現場が姿を現す。
清史郎は健に映像と音声を切るように合図する。
「私は愛国という言葉が嫌いだから郷土愛と言わせてもらうがな、郷土愛っていうのは自分の国を移り住んだ人が住んで良かったと思える国にする事だ。他人に冷たい人間は自分にも優しくできない。誰かを迫害する人間に国を愛する事はできないんだ。覚えておけ」
清史郎は倒れた風間に向かって言う。
「ジョーカー、今の一言バッチリもらったから」
加奈が楽しそうに言う。
「動画配信する時は削除しろ。俺はジョーカーなんだぞ」
『言って無かったっけ。これリアルタイムで動画配信してんだ。しかもようつべとヌコヌコで』
イヤホンから健の声が聞こえてくる。
清史郎は顔から火が噴き出るような気分になる。
「だったらショータイムだ! これが愛国防衛戦線と大日警備保障の悪の城だ!」
清史郎はコンテナの照明のスイッチを入れる。
暗かった殺戮の舞台がステージのように映し出される。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
今度こそ警察の大群が押し寄せてくるのかも知れない。
『ジョーク、動画停めたぜ』
健が言うと円山が音も無くコンテナの上から飛び降りてくる。
「それではお暇しましょうか? 警察は厄介ですし」
「違いない」
円山が素早くボートに飛び乗り、清史郎は加奈が乗ったのを確認して乗り込む。
健がエンジンをかけて波を切る。
入れ違いになるように港に赤いパトライトを点滅させたパトカーの群れがやって来る。
パトライトの明かりが港の明かりに溶ける頃、清史郎はようやく詰めていた息を吐いてジョーカーのマスクを脱いだ。
「みんなお疲れ様だな。これで事件は一件落着だ」
清史郎の言葉に三人の笑顔が答えた。
エピローグ
「……被告はビザを有しておらず、六十日を超えて無許可で労働していたのであり、これは入国管理法違反に相当します。従って強制送還が適当であると検察は判断します」
検察が法廷で声を張り上げる。
「被告は六十日を超えて就労できるとしたフューチャー人材ネ��トの詐欺によって滞在したのであり、そもそもが入管で適切な説明を受けておりません。入管では入国目的を確認しているはずであり、六十日を過ぎて当人に確認を行わなかった入管に不備があるのでは無いでしょうか? 加えて被告は一日十八時間を超える労働に従事させられており、これは国籍を問わずに労働基本法違反に当たります」
慶田盛が答弁する姿を清史郎は健と加奈に挟まれながら眺めている。
「異議あり! 被告の労働条件は入管法とは関係ありません」
検察が慶田盛の陳述を遮る。
「異議を却下します」
「そもそも日本国憲法三条十一項の基本的人権は日本国籍保有者のみに与えられたものではありません。一九七九年、最高裁のマクリーン判決の判例を資料として提出します」
「異議あり! 弁護人の資料は時世にそぐわぬ古いものであり判例として相応しくありません。二〇一八年十月二日改正出入国管理法案を資料として提出します」
「異議を認めます」
「出入国管理法は出入国に関する法律であり、被告は既に国内で就労済みであり法の適用外であります。また弁護人は改正出入国管理法に対し、一九七九判決に基づき違憲審査を請求します」
慶田盛の言葉に法廷が騒然となる。
「一時休廷します」
裁判官が言って慶田盛と検察を呼んで法廷を出ていく。
「慶田盛のオッサンって弁護士なんだな」
「昔から弁護士だよ」
健に答えて清史郎は言う。
「何かドラマ見てるみたい」
加奈が呟く。
「私たちが風間や無動やらの事件を暴けなかったら、不法滞在どころか殺人容疑だったんだ」
「そう考えると俺たちすごくね。もっと注目されても良さそうだけどな」
「現場押さえて風間とやりあったのはあくまでジョーカーなんだから」
「へいへい、元優等生は言う事が一々真面目ですね~」
「うっさい!」
清史郎が二人のやり取りを聞いていると裁判官と慶田盛、検察が戻って来た。
「本法廷は被告に情状酌量の余地があるとし、在留カード取得の意志の有無を確認し、在留の意志のある者には発行するものとする」
裁判官が重々しい口調で言ってハンマーを打つ。
「これって慶田盛のオッサンが勝ったって事か?」
「概ね勝利って所だろうな」
「ミンさんたち幸せになれるといいね」
加奈が嬉しそうに言う。
「どうだかな。国籍があってもヒーター一つでひいひい言わなきゃいけない国だからな」
清史郎が言うと健と加奈が笑い声を上げた。
「と、いう訳でウチに入国管理官やら何やらが来て大わらわだ。こっちはシノギを一つ潰されたのに割に合わない話だ」
緒方は『殺し屋』のカウンターに座って焼酎を飲んでいる。
「それでも組員を殺した相手には意趣返しができたんでしょう?」
言って殺し屋円山がグラスを磨く。
「動画配信でジョーカーに全部持っていかれたよ」
組員に呼ばれて途中から映像を見ていたのだが、ジョーカーの一人舞台と言っても良かっただろう。
内密に知っていれば大日警備保障と愛国防衛戦線を締め上げて金を巻き上げられたのだが、これでは踏んだり蹴ったりのままだ。
「その割には嫌そうな顔をしていないんですね」
円山がいつもの笑顔のまま言う。
「欲の皮の突っ張った野郎はまだ見逃せるが、能書き垂れて悪さする野郎には反吐が出るんだよ」
緒方が言うと円山の笑顔の質が変わったように見える。
「ええ。確かに。だから僕も殺し屋であって殺人鬼ではないんです」
円山の言葉に緒方は久しぶりに笑い声を立てた。
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妹さんと同居11
靴を見ている。 赤いローカットのキャンバススニーカー。サイズは二十二.五。意外に小さい。 汐里によって数時間使用された靴を見つめながら、俺は考える。
親と話すなら、対策は必須である。 血縁のない美少女の妹がいる人は考えてみてほしい。実の父親と、美少女の親だけあって美人である母親に「実は妹とちょっとおかしいことになりましたー」と告白するところを。 え、なに、おまえその境遇なんだからそれだけで勝ち組だろ、とっとと妹さらって場末の旅館で「二人きりになっちゃったね……♡」「でも、二人きりだ♡」とか言って一組しかない布団の上で性的な組体操でもやれとおっしゃるか。ついでに旅館の一人娘で家業の手伝いをしている十五歳の仲居さんがうっかり俺たちの性的ふわふわ時間の最中に入ってきて「し、失礼しましたーっ」とか叫びながら逃げ出すところまで想像したが、これ完全に関係ねえな。 話が逸れた。 要するに、傍から見たらどんなうらやましい境遇だろうと、当事者にとっては厳しいということは、いくらだってあるということだ。 ましてうちの両親である。 話題が話題だけに、どっちにしろ地獄のような空気になることはまちがいないが、それでもまだ母さんはいい。汐里の母親だけあってそりゃ美人なのだが、話をするうえではとりたてて困ったところのある人ではない。困るのはそれ以外の部分である。 問題は親父だ。 親父と話をするのなら、それなりに筋の通ったことが言えないとまずい。俺自身に曖昧なところがあってはならない。 だから俺は靴を見ている。 汐里は言っていた。お兄ちゃんとキ、キキキキキスすることを想像したらいやじゃなかった、むしろ朝までずっとギュッとして♡と。脳内の捏造が捗る。むしろいままで考えたことがなかったのが意外だった。俺なんか汐里が十三歳くらいのころにはもう自主検閲、はっ、ここは? ノクターン!? えーと、なんの話だったか。 そう、靴だ。俺は靴を見ている。 仮にこの靴が妹の靴だったとする。ここまで事態が逼迫させておきながらなんだが、俺の内部には確かに汐里を妹としてみなしている部分がある。それも思ったより大きく。もし妹だとするなら、この靴を嗅ぎたいと思うだろうか。 嗅がないよなあ。たった数時間だもんなあ。せめて一ヶ月くらい履きつぶしてちょっとぼろくならないと話にならないもんなあ。 まあ俺は靴フェチではないので、そのへんの事情はよくわからないが、たぶんマニアならそう思うことだろう。 本気でなんの話かわからなくなってきた。 要するに俺は、両親と話をする前に、自分の気持ちを「説明可能なものとして」固めておかなければならない。そのために靴を見て考えていたのだが、すでに前提が盛大に狂っていた。桶屋を前にして扇風機で送風してみようくらいには狂っている。 「店行くか……」 いやわかってるよ。考えてるふりして現実逃避してたことくらいは。 なにがどうなるかはわからない。けれど、話さないという選択肢は、もうここに及んではありえない。これは、家族の問題なのだ。 泣いても笑っても決戦は明日��� 俺は、定まらない覚悟とともに、ため息をつきつつ家を出る。
「おはよーございまーす」 コンビニの挨拶は二十四時間いつでも「おはよう」のところが多い。 「おはようございます。あんれまあ店長そったらよだがばすたみたいなんまぐね顔ばすて」 どうしよう。今日も佐々木さんの言ってることがぜんぜんわからない。 昼にメインで入っているパートの佐々木さんである。御年五十六歳。方言キャラというのはよくいるが、あれは一部が訛っているからキャラで済んでいるのであって、意思疎通が困難なレベルになると、もはやキャラではない。 うちの店は、レジ横にあるカウンターフーズの売上では、地区でもトップクラスに属する。佐々木さんは当店でも最強の戦力の一人だ。よくわからないが「け? け? んめがら。け?」って言われたら勢いに押されて買う人が多いらしい。拡販強い人間って、中台もそうだけど、基本的に対人距離が初手からゼロなんだよなあ……。中台の場合は、それでも高度な空気読み技術に裏打ちされてるんだけど、佐々木さんだともう空気とかそういう次元ではない。そこはすでにワールドオブ佐々木さん。取り込まれたものは揚げ物を買う。 佐々木さんの人生はそれだけで重厚な物語が書けそうなものがあるらしいのだが、俺としては「踏み込んできた警察官に平手打ち食らわせて説教したところ、相手が泣き崩れておふくろ!と叫んで抱きついてきた」というエピソードだけでもうおなかいっぱいだ。濃すぎる。俺が気になるのは「どうやって会話ができたのか」という一点に尽きる。
店の仕事はさまざまだが、役割分担はだいたい決まっている。レジは基本的にバイトに任せて、俺はそれ以外の雑用をする。並んだときはレジをヘルプする。 ピーク時間帯である十六時から十九時くらいは、二人がかりでレジを打つ。十九時以降は客足がやや鈍るので、そこで集中的に書類作業など、事務所に引っ込まないとできない仕事をする。もちろんレジが混んだら呼ばれるが、今日の夕勤は中台だ。呼ぶタイミングを含めて、レジにはいっさい気を回さずに済む。 二十時半ごろ、だいたい終わりが見えてきた。あとは売場を一周して整頓でもしようと思っていところ、ひょっこりと社長があらわれた。手にコーヒーの紙カップを二つ持っている。 「はいはいはい、はい、どうよ売り下げ。今月の売り下げ」 鬱陶しい。 「百ちょいです。天候がきつかったですね」 百ちょい、というのは今月の前年比が売上ベースで百パーセントちょっとだった、ということである。今月は雨がちだったうえに、台風の直撃があったから、どうしても売上は伸びない。 社長はでかい。身長は一九〇近くあると聞いた。事務所がすごく狭く感じられる。 「利益は?」 「うーん、どうですかね。タバコの構成比が高すぎるんですよね……。アイコスがキャンペーン打って、本体がやたら売れたせいだと思うんですけど」 店の利益は、原価率にかなり大きく左右される。あたりまえの話だが、商品の原価率は、ものによって違う。条件がよくて五割以上が店の利益という商品もあれば、タバコのように一割程度のものもある。そして売上全体に占めるタバコの構成比は、もともと大きい。 よって、タバコの構成比が高すぎる場合、全体の利益率をかなり圧迫してくるのである。 「ほうほう、なるほど」 「��、社長はなにしに来たんです?」 「おう、それだがな」 社長は、どっかりとパイプ椅子に腰を下ろした。隣に座られると圧迫感すさまじい。 俺は、社長がこの店で店長を兼任していたころのバイト上がりである。ほかの社員と違って、どこかやりとりにぞんざいなところがある。相手が社長であっても、事務用のちゃんとした椅子を譲るとかいう気配りはない。 「おまえ、転勤しろ」 「は?」 「ほら、言ってたろ。新店の話。あれがまとまりそうでな。五店目ってことになるか」 社長が現場での仕事から手を引き、社長業に専念してから三年。急激に店舗数を増やしてきた。確かに新店の話は、前の社員会議でも出ていた。 「場所は?」 「あーそれがなー。候補地がいくつかあって、まだ決めかねてる。なんなら既存店を引き継いだほうがいいかもしれんくらいよい条件の話もあってな。だがまあいずれにしても、店長として送り込むのはおまえだってのは変わらない」 「時期は?」 「それも未定だが、今年中ってのはないだろうな。来年の早い段階だ。既存店の引き継ぎの場合、その限りじゃないだろうが……まあ引っ越しの準備はしとけ。近くに家くらいは用意してやる」 「はぁ……」 「なんだよ、すっきりしねえ返事だな」 「そりゃそうですよ。なんだかんだ、この店で六年やってるんですから」 「俺が悪いんだがな、長すぎだ、そりゃ」 社長は、コーヒーを一口飲むと続けた。 「おまえは優秀だ。仕事はできる。が、経験が足りない。いちばん足りないのは、新しい環境を構築することだ」 「なんですかとつぜん。褒めてもコーヒー代は出しませんよ」 アホか、おごりだ。社長はそう言って、残りのコーヒーを一気に流し込む。 「若いうちの苦労は買ってでもしろって言葉があるだろ。あれな、実際は、若いうちに苦労しておかないと経験が身につかず、その後に変化に対応できない、という意味だと俺は思っている。つまり場数だな。どれだけ場数を踏んでるかで、その後の人生における対応の幅が変わってくるってことだ」 「はぁ……」 「人間おっさんになってくるとな、慣れた環境を手放したくなくなる。新しい環境を受け入れられる柔軟性を持っているのは、圧倒的に二十代だ。だから、慣れろ。変化することじたいに。おまえは特にそうだ。目的を持ったときには強い。しかしそのぶんだけ視野が狭くなる。自覚はあるだろ?」 「……まあ、あるっちゃあります」 いやなことを言う。 「転勤はあくまで俺の都合であり、会社の都合だ。しかし、後ろ向きにはとらえてほしくない」 「……」 「つーか、新しい店をゼロから作れるとか、わくわくしないか?」 「あんまり」 「だろうなあ……そういうとこだぞ」 ドヤ顔をするおっさん。若者っぽい言葉を使ってみたいらしい。 社長は言いたいことだけ言うと、とっとと帰ってしまった。飲んだコーヒーのゴミくらい捨ててけよ。 手つかずだった自分のぶんのコーヒーを飲む。 ぬるくなったコーヒーは、酸味とえぐみが出ていた。あまり、おいしいものではない。
「てーんちょー、ゴミ交換終わりましたー。上がっていいですかー?」 「おつかれ。上がってくれ」 「はーい」 二十一時の定時、中台が上がってきた。 「社長なんだったんですかー? 店に入ってくるなりコーヒー買って、今日もかわいいねえとか言われて……」 「ああうん、そういう人だから……」 「気持ち悪かったです」 言いかたな。中台。言いかた。おまえわざとだろそれ。あとそのセリフ、たまに童貞ものすごい傷つくから、使いどころまちがうなよ。俺もいまちょっといやな動悸してるから。まじでやめろ。 制服を脱いで、ロッカーのなかにしまっていた中台だったが、その手を途中で止めて、俺を見ている。なにかもの言いたげのような、意味のある目線である。 「なんだ?」 「いえ、社長の話って、なんだったのかなーと思って」 「あー」 ちょっと迷ったが、中台なら問題ないだろう。いちおう他言はしないという口約束だけとって、転勤のことについて話した。ふむふむ、などと声に出してあざとく相槌を打ちつつ聞いていた中台だったが、 「ああ、それで……」 ひとりで納得したように呟く。 「ちょっと待っててくださいね」 売場に出ていった中台は、すぐに戻ってきた。 「はい、どーぞ」 「なんだこれ」 「グッドプライスバーですよ?」 「じゃなくて」 「おごりです。甘いもの食べましょう」 そう言うと、さっきまでどでかい生物が居座っていたパイプ椅子に、ちょこんと腰掛ける。同じ人類なのに、なぜここまで圧迫感が違うのか。人間は性的二型の生物ではなかったはずだ。 にこにことアイスを食べている中台。 よくわからないが、俺も食べる。グッドプライスバーは、入荷時点ではいろいろな種類がひとつの箱に入っている。いま渡されたのは無難にバニラ味である。 「あ、けっこううまい……」 「でしょー? たまに食べたくなるんですよねー、これ」 うまい。 たまには、こういうのを汐里に買ってやるのもいいかもしれない。 あのあと、汐里から連絡はない。 どんな顔をしているだろう。 なんだろう、無性に汐里にアイス食わせたい。ゆるんだ顔でアイス食ってる汐里を見たい。 その俺を、中台がじっと覗き込んでいる。 「てんちょー、あのですね」 「なんだよ」 近い。めっちゃ近い。ちょっと体を引くレベルで近い。汐里とはまた違うベクトルの整った顔が近くにある。 「私の友だちで、自分はポーカーフェイスだって思ってた子がいるんです。そんなことないよ、すっごい顔に出てるよって指摘されたら、いやそうな顔してました」 「……」 俺から顔を離した中台は、うん、と首を縦に動かしてから、 「正解です。てんちょーも、そういう感じの人ですねー」 「いやそうな顔まではしてねーだろ……」 「なにかあったら、すずちゃんが聞きますよー? 聞くだけですけど」 「だれがすずちゃんだ。つーか放置かよ」 「あ、なにかはあるんですねー?」 「ぐ……」 五歳下の女子にいいように手玉に取られておる我輩……。 しかしこいつ、妙に嬉しそうである。 ……まあ、あれだよな。俺も覚えがあるけど、これくらいの年齢のや���って、自分のスキルみたいなものがどこまで通じるのか試してみたくなるんだ。中台は、かわいくて、雰囲気がおっとりしていて、しかも頭が切れる。そしてそうした自分に自覚的でもある。試す相手としてちょうどいい距離感にいるのが俺なんだろう。 中台は、いつのまにかじーっと俺を見ていたが、まいっか、と呟いて息を吐いた。 「アイス、おいしかったですか?」 「ん、サンキュ。うまかった」 「甘いものは、人を幸せにしてくれるじゃないですかー。てんちょーも、もっと甘いもの食べたほうがいいです」 「栗きんとんとかか」 「渋っ」 「ふだんあんま食わないからなあ……おすすめは?」 「えーと……」 中台はあごに指をあてて、うーんとか言っていたが、やがて、はっと思い当たったような顔をした。 「なんかいいのあったか」 「い、いえ。ないです。ないない。これはない」 「は?」 「なんでもないです! そもそも食べものじゃないし、なんならいきものですよこれー」 珍しい。素であわてた顔である。なんなら両手を突き出して俺の顔の前で振っている。絶対にノウと言わんばかりだ。 「いったいなにを思いついたんだおまえは……」 「そ、それではお先に失礼します」 慌ただしく事務所を出ていってしまった。 なんじゃありゃ。 俺は鈍感主人公のように考えてみたが、さすがに情報量が少なすぎる。わけがわからん。 甘いいきものって、なんだそれ。チョコでコーティングしたネトゲ好きの女子高生かなんかか?
「おつかれっすー」 「んじゃお先ー」 夜勤のぞんざいな挨拶に送られて店を出る。 明日の予報は雨。今日はずいぶんと冷え込んでいる。そろそろスクーターには厳しい季節がやってくる。なんとなく空を見上げる。星は、見えない。 スマホを取り出した。二十一時十五分。着信その他はなし。 うちの兄妹は、なぜかLINEでのやりとりをあまりしない。汐里が家に来るときはたいていアポなしだし、俺が実家に行くときもそうだ。どうしても必要なときは、いきなり電話がかかってくることが多い。どうしてそうなったかはわからない。なんとなく、としか言いようがない。 アプリを起動するかどうか、ちょっと悩んでいると、いきなりスマホが震えた。 「うお」 確認してみると、汐里からだ。
『明日、夜は、お父さんとお母さん、家にいるって』
それだけだった。 だから俺もごく事務的に返す。
『わかった。十九時くらいに行く』
俺は、いまからもっと汐里にメッセージを送ってもいい。なんなら電話してもいい。汐里はたぶんいまごろの時間、自分の部屋にいて、本を読んでいる。いまから実家に行くことすら、俺にはできる。 しかし俺はそのいずれも選ばずに、スマホをポケットに入れる。 入れようとして、またメッセージを見返す。 それは、ただの文字の羅列に過ぎない。二十文字ちょっとのごく短いテキスト。 それなのに俺は、何度も何度も、そのテキストを繰り返し眺めていた。
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ふたこと感想
ふたことであまりにも殲滅されきってこのまま燃え尽きてしまうのもいいかと思ったのですが、やっぱり記憶は薄れてしまうものなので、備忘録を兼ね��ツイッターに書ききれなかった感想をまとめます。
※ 当方、笠間さんのファンなので、笠間さんの話が多いのはご容赦ください。
行ってきましたエヌケープランニングさんの「ふたことプレゼンツ『七夕スペシャル』 ~彦星と彦星と彦星と~」! イベントタイトルから全く内容の予想がつかなかったこちらのイベント。正直、開催間近のエヌケーさんのツイートがくるまで、本当に何やるのかわからなかったです。
蓋を開けてみれば、非常にいいイベントでした。 キャストが好き勝手やってるフリートークの時間を長めにとってくれたり(パッケージ化されないのをいいことに、本当にやりたい放題でしたw)、朗読劇で色んな役を披露してくれたり、リクエストコーナーでは音響さんがキャストをいじりに行ったり、プレゼントコーナーやお歌のコーナーで客席に降りてきてくれたり。極めつけにお見送りと言いつつあれあれ???お話できるなんてきいてないですよ?????
今回は狩野さん、笠間さん、井口さんという俳協勢で固まったメンツでしたが、狩野さんが一緒にイベントをやってみたい方として同期の笠間さんと、先輩の井口さんのお2人にオファーをかけたとのこと。 ナイスです狩野さん。全員毛色が違っていて、リクエストコーナーが本当に楽しかったです。特に夜の部で笠間さんのR-18初披露がね、本当にね。来るとは思いませんでしたよね。本当にありがとうございました。
色んな意味でアットホームで、キャストのみなさんものびのびされていて、スタッフさんも愉快で、とっても楽しかったです。また次の機会があったら是非行きたいイベントでした。
ただね、一週間前になって色んな役だの歌だの浴衣だのお見送りだのぶっこんでくるのやめてください!!こちとら二週間前のLOVE×LETTERSの傷が癒えてないんですよ!!心の準備ってものがあるんですよ!!!!!
とまあ、そんなこんなで総括感想は以上です。 あとは自分の薄れゆく記憶の備忘録を兼ねたレポです。くそ長いので、お暇な方だけご覧ください。
■会場の話 ツイッター先行始まって即申し込んだからか昼の部は3列目の通路横、夜の部は6列目の通路一つ入った席で、どちらもかなり見やすい席でした。 会場は昭和の演芸場みたいな雰囲気で、ちょっと座席の位置が低かったです。 キャパ350程度で8割くらいの埋まり具合で、当日券も出てました。(ただ、今回は西日本の豪雨で来れない方もかなりいたようです。キャストのお三方が折に触れてそのことを気にされていました。) キャストの動きも見づらくはないし、こちらのレスポンスもきちんとキャストに届いているしで、いい意味で身内感のある、ちょうどいい距離感の会場だったと思います。
■キャストの浴衣の話 開催ちょっと前にツイッターで「浴衣でお見送り」というパワーワードが飛び込んできて、多くの参加者が反射的に逆ギレしたし、人によっては速攻着付けの予約入れたと思うのですが、予想に違わず大変結構でした。(浴衣の写真はそれぞれのツイッターをご確認ください。) 井口さんの昼の部の帽子がすんごくかわいくてお似合いで、丈も含めて良家のお坊ちゃんみたいでした。 笠間さんは黒に透かしで下草みたいな模様が入っている浴衣で、下駄の鼻緒が銀色なのが涼し気でよかったです。あと一人だけ帯の位置が違う。 狩野さんだけ柄物の浴衣だったわけですが、スターウォーズコラボ商品だとかで、あの��は「帝国軍に加われ」と読むんだそうな。浴衣に合わせてダースベーダーを首から下げてました。完全にただのスターウォーズファンです。ありがとうございました。 あと、狩野さんだけ股割るのを知らなくて、終始ペンギンみたいにちょこちょこ歩いてたのがかわいかったです。
■イベントの内容の話 イベントの構成は昼夜一緒で、 ・OP 朗読劇 ・フリートークコーナー(3人の共通点を探るコーナー) ・朗読劇 ・リクエストコーナー ・プレゼントコーナー ・ED お歌コーナー ・お見送り という内容でした。所要時間はおおよそ2時間。それぞれのコーナーにかなりしっかり時間が割かれていた印象です。多すぎず少なすぎず、ちょうどいい内容だったかなと思います。 お見送りは他の客が見えるところで、かつ前の席から順番だったので、後ろの席の方がちょっとキャストを見てられる時間が長かったですね。
■朗読劇の話 朗読劇は七夕をテーマにお三方が原案を出し、それを脚本家さんが書き起こしたオリジナルでした。 内容、メインキャラのキャスティングが昼夜で異なり、
昼の部 狩野さん 「~っス」口調のテンション高いカササギ(メイン) 笠間さん アニメのおとなしい系ヒロインっぽい織姫(メイン) 井口さん かわいい王子様系彦星(メイン)
夜の部 狩野さん NTRを狙うポエム系カササギ(メイン) 笠間さん 誠実で人を疑うことを知らない彦星(メイン) 井口さん カササギとの関係が後ろめたい人妻織姫(メイン)
といった配役。昼の部の配役、何かがおかしい。 昼夜とも彦星が短冊に書かれた人々の願い事を叶えに行くというシナリオで、お三方とも場面に合わせて色んな登場人物を演じられていました。お三方の希望としては色んな役をやりたいとのことだったそうですが、試しに演じられたキャラを書き出してみますと、
昼の部 狩野さん 犬、血のつながらない娘との会話に悩む父親、完璧な長男 井口さん ペットと会話したい飼い主、兄弟仲を修復したい三男 笠間さん 広島弁の垢ぬけない少年、猫、素直になれない次男 夜の部 狩野さん 舌っ足らずなショタ、パリピの短冊 笠間さん 取り立て屋、陰キャの笹 井口さん 借金に苦しむオヤジ、嫁の浮気を疑うおじいさん、最近きれいになったおばあさん、陽キャの吹き流し
本当に豊富すぎるw なんだパリピの短冊って。 ところどころ人じゃないのがすでにだいぶおかしいのですが、場面によっては脚本家さんの悪戯心か、一人芝居になるところもあり、本当にてんこ盛りの内容でした。特に井口さんのおじいさんとおばあさんの一人芝居がすごく上手くて、聞き入ってしまいました。 笠間さんの広島弁もレアでしたし(お披露目は2回目じゃないでしょうか?)、狩野さんの頭悪そうなショタキャラもカッとんでましたし、そんな感じで見てる側も次に何が飛んでくるのか分からず、終いにはスポットライトがつくだけで客席から笑いが漏れていました(笠間さんも狩野さんが「おにーたん」という度に笑ってましたがw) ただ一つ言わせてください。笠間さん!「中に誰もいませんよ」は一定以上の年齢層のオタクにしか通じないネタです!!今の若い子にはちょっと伝わりにくいネタですよ!!!
■リクエストコーナーの話 事前に募集したキャストに言ってほしい言葉をランダムに選んで、お三方が自分なりに考えて読み上げてくれるという嬉しい企画。リクエストはその場でくじ引きで選んでいたので、本当にキャストもぶっつけ本番だったそうです。 応募数が昼夜それぞれ100通程度。その中から昼の部4通、夜の部6通計10通がチョイスされて読み上げられることに。お三方が、思いついた人から一人ずつ前に出て披露する形をとったのですが、悪戯心を発揮したスタッフさんがBGMにやたらとムーディーな曲をかけたり、急に怖い雰囲気の曲をかけたりするので、お三方は度々曲に合わせて方針転換をする羽目になってましたw スタッフさん、笠間さんの番が来ると即ムーディーな曲をかけて下さってありがとうございました。よくご存じです。 どんなネタがあったのか、全部は覚えてないのでやばかったネタをメモ的に。
・夏ということでさわやかに甘いセリフを言ってください 笠「これ、ブランデーに見える?……実はね、めんつゆ」
本当はさわやかに流しそうめんを二人でつっつくネタにしようとしてたのに、急にやたらとムーディーなBGMを流された結果がこちら。くっそ笑いました。
・就活生です。面接がんばるので応援の言葉をください 狩「いいですか、会社には収支報告書というものがあって、(以下唐突に始まるガチ面接アドバイス公演会)」 井「そのままのきみの笑顔が、一番素敵だよ、自信もって!」 笠「面接?頑張んなくていいじゃん。俺と結婚すればいいんだからさ。」
笠間さん唐突なプロポーズやめてください!!!狩野さんの面白さから井口さんのストレートにかわいい感じの流れから何故そこでプロポーズぶち込んできた!!!!!オタクが喜ぶことをよく把握しやがって!!!!!!!最高です!!!!!!!!!
・年上の彼女にキスをおねだりするときのセリフをください 笠「先輩、キスしてください。そしたら、先輩が卒業しても頑張れますから……(キス待ち顔)」 井「(舞台袖に引っ込んでガチR-18)」 狩「ねえねえ、ぼくが今考えてることわかる?わかんないと思うな~……ね、ちゅーしよ?」
ここで一つ自慢させてください。 このリクエスト出したの、何を隠そう私です。私がオーダーいたしました。まさか読まれると思ってなくて完全に趣味丸出しのリクエストをいたしました。支配者系の最強のおねえさんになんやかんや文句言いながら引っ張られていくのが楽しいうだつの上がらないラノベ主人公男子が沼なのでございます。ハルヒとキョンとか。加奈子と師匠とか。カナミとシロエとか。 話がそれました。このリクエストまで、この手の露骨なオーダーが他に選ばれてなかったので、リクエストが読み上げられた瞬間会場がざわついてました。私にとっては きゅうしょに あったった! こうかばつぐんだ!だったわけなんですが、会場のみなさんにも大変な高火力だったわけで。みなさんお元気ですか。息してますか。 お三方結構悩まれていたご様子で、笠間さんが「そんなの言ったことねえよ~、勘弁しろよ~」とおっしゃってるのに他お2人が同調されてました。ふひひ、サーセンw ちなみに私は笠間さんのシチュエーションが一番刺さりました。笠間さんであることを差し引いても社会的上下関係を持ち込まれた時点で私の敗北は決定しておりました。そこに笠間さんであることを上乗せして倍率ドンでございますよ。心底、笠間さんについてって損はねえなと確信いたしました。 笠間さん、井口さん、狩野さん、全力で対応して頂き本当にありがとうございました。一生の思い出にします。 あと狩野さん、R-18聞いてる女性の顔見るのは頼むからやめたげてくださいw
・夏っぽいCMをやってください 井「(飲料水をテーマに舞台袖に引っ込んでガチR-18)」 笠「(制汗剤をテーマに舞台袖に引っ込んでR-18)」 狩「(吊るされたベープ)ねえあんたあ……こっちこない?あれ、あ、いっちゃうの……?」
ひとつ前のキスのリクエストでR-18スイッチが入ってしまったがために普通のお題が大変なことに。井口さんはさすがの力量でしたが、まさか笠間さんがR-18を披露してくださるとは思いもよりませんでした。初披露ですよ!!Andanteでキス音はありましたけど!狩野さんはなぜベープを選んだのかさっぱりわかりませんでしたが、実演されてもさっぱりわかりませんでした(笑)蚊を誘ってたんです…よね?
全体的に、お三方がそれぞれ被らないように配慮されていたこともありつつ、それぞれの色が出るいい企画だったな~と思いました。 笠間さんのこういう自由な企画に当たる機会がなかなかなかったので、だいぶ新鮮な気持ちで見れました。R-18のお仕事ウェルカムだそうですよ!お仕事お待ちしております!!
■プレゼントコーナーについて プレゼントコーナーは直筆の色紙、またはチェキのプレゼントをキャストが席まで届けて手渡ししてくれるという二重の意味でプレゼントな企画でした。おい、聞いてねえぞ。 結局プレゼントは当たりませんでしたが、真横を笠間さんと狩野さんが通っていったのでプレゼントはもう十分頂きました。ありがとうございます。笠間さん、近くで見るとおっきいです。知ってましたけど。
■お歌コーナーについて さすがというかなんというか、狩野さんも笠間さんもすぐ客席に手拍子要求してきたり、歌うとつい手で振りを入れてしまったりと慣れたものでしたが、井口さんは実は人前で歌を披露するのが人生2回目ということで、すっごく緊張されているのが見ているこちらにも伝わってきました。 夜の部では笠間さんと狩野さんは客席に歌いながら降りてきてくださったんですが、両側で歌われるとめ、目が足りないです!!勘弁してください!! 狩野さんが二番まで歌い終わって舞台に戻ったところ、笠間さんが「もう戻っちゃうの?」と渋々舞台に上がっていきました。笠間さん、フォースでトロッコ乗れるといいですね…!!
■お見送りについて この手のイベントはじめてだったのでお見送りと聞いてもピンとこず、色々と聞いて回って、せいぜい集団で出ていくところに手を振ってくれるくらいかな~、それくらいにしてくれないとこっちがもたないな~と思ってたら、まさかの、一人ずつ1対1でお話しできるように出してくれて勿論声かけOK。一言会話が成立するくらいは待ってくれる。しかも会場内でやってくれてるので、他の人への声掛けが見えてる。何な��笠間さん声が通りすぎて大体全部聞こえてる。聞いてないぞ。おい、本当に聞いてないぞエヌケーさん。いやもうほんとありがとうございます、エヌケー様。 笠間さんとお話しする機会なんて、今年の日俳連のチャリティバザーで運が良ければあるかな?笠間さん今年は忙しいから無理かな?くらい先のことだと思ってましたので、本当に嬉しかったです。 昼の部は想定外のことすぎて頭が回らず、「楽しかったです」「また夜も来ます~」くらいしか言えなかったことを反省し、夜の部は始まってから何を言うかずっと考えながら見ていたのですが、リクエストコーナーで全部吹き飛びました。もうお三方にお礼しか言えなかったです。
私「リクエストしたものです!最高でした!!」 笠「あんな感じで満足していただけましたか?」 私「一生の思い出にします!!」
もうこんな調子でした。いや言えて本当によかったです。お手紙でできるだけ感想は伝えてますが、生でお伝えできるのは全く別物です。またどこかでお伝えできる機会があればいいなと思います。
■総括 そんなわけで非常にいいイベントだったことをご報告申し上��ます。 エヌケーさんへの信頼度も爆上がりです。またエヌケーさんのイベントで気になる人がキャスティングされたら絶対行きたいです。 ただ、笠間さんはリクエストコーナーで8割がた口説いてくることが分かったので、笠間さんを追っかける人は大変だな~と思いました(他人事)。
長々と書きましたが以上になります。
完読、ありがとうございました。
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ME:A 094 でぃしーじょん・わず・めいど
今回の冒頭は、クローガンメンバーの話から。(全体的に真面目な話多めですな今回) ME:Aでは前シリーズに比べて種族ごとの「らしさ」が薄れたとはよく聞きます。 私も何度か触れていますけど、それはたぶん「移民先で内輪もめされても困るから、他種族とうまくやれない者は(能力が並であるかぎりには)除外された」という理屈で納得できないでもあり��せん。 ただ、前作のレックスは、暴力性や荒っぽさではいかにもなクローガンでありつつ、その内面には種族の未来を考え自制する理知も持っていると知れるところに、大きな魅力がありました。 実際私も、ME1の時点でレックスがどれだけ好きだったかというと、まあ普通。格納庫であれこれお話聞くのは楽しかったし、決して嫌いではなかったけれど、好きかと言われると、て感じでした。 レックスは、ME2はちょい役だったのでともかく、ME3で格段に魅力を増したと思います。
で、ME:Aのドラックですけれど、彼は明らかにレックス系で、荒っぽいけど理解もあるタイプ。ただ、「クローガンらしさ」の点ではレックスほど明瞭に描かれていないように思えます。 それはライターの力量云々って部分でそうなのかもしれませんが、だとしても、キャラクターの違いってのも大きいよなと、イーオスでよたび出会った今、改めて思いました。 彼にはルーシャン、血のつながりのある「実の孫」ケッシュがいます。 クローガンの寿命は長すぎて、ドラックがどの時点でジェノファージに見舞われたかは分かりませんが、おそらく、ドラックの子供はジェノファージ以前の世代ではないかと思えます。 で、ケッシュはというと、生まれた時点では非常にか弱かったらしいことから、死産ぎりぎりのラインで生まれてきた、ジェノファージ以後の世代ではないかなという気がします。(クリア後に赤ん坊(卵)産んでるので、クローガンのそういう適齢期から彼女の年齢を推し量ることもできないでもないけど、それにしたっておそらく長いスパンだろうしアテになるまい……) ここからはそうと仮定しての話になりますが、だとすればドラックにとってケッシュは、死産、流産が当たり前の種族の中では、何万分の一の奇跡に等しい「孫」ってことになりますね。 膝の上の、「役立たず」と断定されたか弱い命を守り育てるため、その時点でさえボロボロだった体に鞭打って、これが自分の生きる理由だとしゃかりきに戦って守ってきたドラックには、肉親に対する深い情愛がありますし、それは他者への理解、共感にもなってるんじゃないかと思うのです。 それが、ドラック参入時の、いかにもクローガンらしくない、それでいてクローガンらしくもある、ライダーを労るメールからもうかがえます。 レックスなら、こんな初対面に等しいタイミングで、「父親を亡くして間もない」と知ったって、なにか言うでしょうか? 命がけの戦いを繰り返してきた歴戦の傭兵、長寿な彼等ならいくらでも見てきた当たり前の「死」、それが肉親であることも珍しくはない。そんな「よくあること」にいちいち嘆く気が知れないのではないかと思います。 けれどドラックには、自分の家族を亡くしたら、ということが実感として想像できるわけです。 ヒューマンにとっての親子なんて、クローガンにとってのそれほど希少ではないけれど、それでも、「家族を亡くすのはつらいよな」と、レックスには分からなくてもドラックには分かる。だから、「親父さんを亡くしたと聞いてな」と、慰めになればと武器リストを送ってくれるわけでw クローガン全体はともかく、ドラック個人については、レアにも程がある我が孫を持つ祖父として、「大切な誰か」についてはより敏感で思いやり深い面を持ったのではないか、と。 それを、戦闘を終えていったんテンペストに帰還し、メールを見てまず思った、本日のプレイ開始なのでした。
さあそんなわけでドラックとPBを連れて基地作りにまた降りますよー!! それが済んだら、とりあえずサイト2あたりへ行って、ビーコン設置作業のタスク拾ってこなきゃ。 で……
・「これは重大な選択��な(E)」 ・「2人とも、意見は?(L)」 エモ選んだ場合聞けたっけ?? というのがあるので、ロジで。 「んなもん聞くまでもないわい。ケットのことを忘れたんか。軍事基地じゃ!」 「レムナントの調査に軍なんて役に立たないだろ。科学基地さ」 という答えでした。案の定ですな。 今回は科学基地にします。たぶん、2への引き継ぎデータの「最初に遊ぶほう」は科学基地データじゃないかな。軍事にした場合の展開も(違いがあるなら)見たいとは思うものの、プレイヤーとしての選択肢は、実のところ科学基地なので。
「誰もが先遣隊の成功を強く願っている。でもあまりにも長い間失敗しつづけて、どうすればいいか皆の意見がまとまらないのよ」 とアディソンさん。だから、この誰もが待ち望んだ「成功体験」の立役者であるパスファインダーに丸投げ……げふげふ。 で、とっととクリアすると言いつつ、つい基地をうろうろ。 「Shock Treatment」=レムナントをコントロールできると考えたばかちんを助けに行くアサインメント受けると、ドラックは「今日聞きそうな馬鹿げたアイディアの中で、こいつがそのトップじゃろうな」と言いますね。(直訳だと、「今日聞きそうな、より馬鹿げたアイディアの最有力候補」) 科学に疎いだろうドラックにも馬鹿なアイディアだと明言できるものを、なぜやろうとするのか。って、ドラックはインシネ使えるから、満更テックに疎いわけでもないんですけど。
一通り回って、ばかちんの情報もついでに集めたりしたら、とりあえずサイト2に行くために、ステーション置いたサイト1へ。 ここに立ち入ったとき仲間がコメントくれますが、ドラックとPBがいると 「最初の一歩を踏み出した奴は、勇者か死者じゃ。古いクローガンのことわざじゃがな」 「忘れられない手厳しいレッスンだな」 「ここに戻るのってほんとヤだよ」 てな感じの会話(?)になりました。
それにしてもこの、サイト1から2へ行く「道」が途切れてる破壊跡ってなんなんですかね。 特に深く考えず「ケットに襲われたんだろうなぁ」とか思ってましたけど、いくらケットでも地面を大きく陥没させるような武器・兵器使ってるわけじゃないし。 とすると、建築したはいいけど地盤の調査が十分でなくて……とかいうことなのかなぁと、今更。 これのせいで、車でサイト2に行こうとするとちょっと迂回しなきゃいけないのが面倒です。……気合が突っ切れないでもないけど、引っかかってFTで戻るハメになったことが二度ほどあるので、無理はしません。
……なんの変いつもない机がスキャンできる謎に直面してみたり。
サイト2(の北側の高いとこ)に乗り捨てられている車たち。 で、ここで研究してたこと調べるといきなり、フィーンド込みのケットに襲われ……うおぉぉぉさすがに固いなフィーンド!? これは対アーマーの攻撃持ってないと長引きます。炎か貫通……ってジジイ! インシネとフラック使えよ!? 「それがなぁ、なんでか知らんが体が動かんのじゃ」 てな感じで、攻撃されないけどしない、という謎の2人になっていたり。
俺が必死に戦ってるのに……ジイさんそのままずっとそこでしゃがんでたじゃねぇか。
「なにが必死だよ。あたしらが戦ってるときにスキャンしてたの誰さ?」 「邪魔されないように小物潰してからにしたろ? それに、これ出てきたときにたしかカロかスーヴィが、スキャンすれば分かるだろみたいなこと言ったしな。急いでたんでどっちかはもう覚えてないが」 「それ言ったならスーヴィじゃなくてカロだね」 「うむ。あの娘ァ天然気味じゃが、そんなこと言うとは思えんしのう」 「じゃあカロってことで」 『いやだって君が”これなんだ!?”みたいなこと言ったから……』 「だからってそんなこと言えるのは、現場にいない奴の気楽さだよねぇ~?」 「じゃなぁ」 「ってことで、後で覚えてろ?( ^◡^)」 『僕がどう言ったからって、それを実行するかしないかは君が決めたことだろ!? なんで僕が悪いことになるんだ!?』 みたいなノリの4号かな。
そして忘れてない、近くにある死体&身元捜索。モノリスに転がってる2つはスキャンしてきてるし、サイト2のアサリもOK。見落としがちなのは、サイト2のちょっとはずれたとこにあるこれかな。 どうして死んだのかはスキャンしてみれば分かるだろう、と事前の会話で言われ、見てみると、「銃撃じゃないな。彼は……殴り殺されてる」とのことなので、フィーンドか……。 リアルに我が身のこととして考えて、ケットに襲われるのも怖いですけど、あの巨体の怪物に追いかけられたらマジでヒイイィィィギャアアァァァになりますね。 だって、ケットはまだ等身大で、撃てばけっこうさっくり死ぬわけですから、「こんなところに来ている自分=もしかしたらある程度の戦闘能力はある」かもしれず、だったら応戦もできます。純科学者だったらもう逃げるしかないですけど、それでもまだ相手はヒューマンとそう違いません。しかしフィーンドは……。 わたくし英雄的行為からは程遠いがりがりもうじゃ系列なので、「ライオンに襲われたときに必要なのは、ライオンより速く走ることじゃない。自分より遅い"誰か"だ」を、真剣に真理だと思ってます、この状況。私が生き延びるために、誰か先に襲われてくれ、誰が死んでもいいからこっちに来ないでくれと、真剣に願うでしょう。……でもライオンと違って、腹が膨れれば追ってこないってわけじゃないので無駄か……っ。
とかなんとか思いつつ「What He Would Have Wanted」の、ハザードレベルをものともせず開始地点を探し回っていたのですが、……おやぁ? 攻略本では「ミッション2のイーオス」としか条件ありませんけど、どう見てもこれ、開始地点にケットのキャンプがない……。 てことは、環境改善が進んで放射能レベル下がるまで待たないといけないのかな。
サイト2の研究の一つは、ケット基地があったモノリスにあり、そしてここに遺体も一つ。「生きてる内に切り刻まれ」ておりますな……一番したくない死に方……。それがビジュアルとして表現されてないあたり、ウィッチャーとかより対象年齢層が低い証。というか血すら描画されてないってどゆこと?
で、ネクサスに戻ってきてまずはアディソンに話しかけ、AVPスタート。……何度見てもエイリアンVSブレデターにしか見えないのはさておき、真っ先に取るのはこれしかない! 商人グループの一番下、インベントリ・キャパシティ!! リサーチポイントの増加もほしいけど、これがないことにはアイテムをまともに入手もできないし。 で、ケリちゃんのインタビュー。「タンは都合の悪いことを隠して何もかも虹みたいに見せかけようとしてる」的なこと言うわけですけど、暴動があったこと考えると、人の不安を駆り立てるようなことはできるだけ伏せておきたい、というのも分からないわけではない……。 しかしそれで物事が解決するのかと言われれば、確かにNO。いつか嘘がバ���たときが怖くもあるし。 問題は、「大抵の人は、過酷な現実に冷静に対処できない」ことにあるのではないかなぁ。それができる人ばかりなら、厳しかろうが現実をきちんと明らかにしていけばいいんでしょうけどね、残念ながら民衆の大半はいざとなったら我が身の保身しか考えないのです。良し悪しではなく、生物の生存本能として。それを超越できる優れた人物ってのは、限られているから尊いわけで。
で、ミーティング。 科学・軍事のどっちの基地を作ったかで、ケッシュとカンドロスの台詞が変わり、お互いに「こっちにすべきだった」的なことを言うと、タンが「The decision was made - now we move on」て言うのはもっともだなと。どっちにしたって問題はあるんだから、決まった以上その方向性でがんばるしかないのです。 しかし彼が言うと「そうだね!」という説得力がなくて上っ面っぽいのは如何とも。たぶん、「オイシイところを取りたがっていいことは言うけど、その言葉に説得力を持たせるほどの中身がない」という印象のせいなんでしょうなぁ。だからこんないいこと言っていても、「その話題で議論されたくないから逃げたな」と思えてしまうわけで。 いいキャラです。タンの成功にはパスファインダーの成功が欠かせない、というのはどう見ても事実として、「君の成功には私が必要だ、うんうん」的に仲間にしてるとことか、この小物感がキャラとして好き。実際にいたら相当イラッとしてそうですがw
ところで、ふと思ったのですが、「決まった以上、そこで全力を尽くす」は、カダラでナカモト医師も言いますよね。 これってもう少し「テーマ」として丁重に扱えば、ME:A全体を通しての良いテーマになる気がします。 アンドロメダは分からないことだらけで、未知の領域ゆえに前例がなく、「過去を参考に、より成功率の高いルートを取る」ということができません。人と人との関係、社会としては天の河から持ってきた馴染みの場所、前例だらけの場ではありますが、それが直面する事態については、長らく平穏と安定を享受してきた彼等にとって、前例の豊富なことではないわけで。 とすると、「どうなるか分からないけど、決めるしかない」ことが増えます。 だからこそ、正しい選択だったかどうかなんて分からないんだから(周回するというメタ視点は除き)、今の状況でベストを尽くすしかないだろう、過去のこと、他人の決定、その間違いにガタガタ言ってなんになるというのは、現実にも通用する良いテーマになるんじゃないかなぁ。 責められて落ち込んでるライダーに、追い打ちかけるように「ほんとアンタのせいで迷惑してる」と言うのは仲間じゃないほうがいいけど存在してたほうが面白いし、「貴方は悪くないよ」と無条件に慰めてくれるタイプの仲間もいれば、「落ち込んでてどうする。今できることをするしかない。俺たちが手伝うから」と背中叩く仲間もいて、「こう判断すべきだった」と言うタイプもいていいだろうし(今更言うなとムカつくタイプだなこれw)、「自分の苦境を他人のせいにするとラクなのよ。そんな連中のたわごとを真に受けことはないわ」と達観した意見をくれる人もいたり。 現実には経験できないあれこれを味わうことができる、それがゲームだろうと小説だろうとアニメだろうとコミックだろうと映画だろうと、物語の良さですよね。
さて、真面目な話は鼻につくのでこれくらいにして。 忘れちゃならない、殺人事件の顛末。ニルキンを追放にして、カダラで会うというのを試さねば。 ここでもタンに許可もらいに行くと、「蒸し返したくない。少なくとも人々には知らせるな、おわったことなんだから」と事なかれ主義全開w しかしまあそういったことは、イーオスのハザードレベル下がってからのほうがいいので、ともかくアヤへ向かって―――モーシャイ救出するまでヴォールドのレジスタンス基地には入らないってのを試したかったはずなんだけど(先日3号で書いた記事を一通り読み返したのだ)、もしかしてこれ、自然と1号でやってたんじゃ……と今更思いついてみたり。 たしか1号って、ハヴァールのほう解決してモーシャイ救出作戦のGOサインもらって、ヴォールド行ったら「奥に基地がある」ことを認識しないまま、手前のシャトルの人に話しかけて飛んでったっていう……。 で、3号��物見の人たちが「キーラン助けてくれたのって貴方でしょ」と言ってて、2号は「近寄らないでよ」と言われてる……つまりまだなにもしてない内に話しかけてる、と。 ただ、モーシャイまで助けてから物見に話しかけたときの台詞を覚えてないので、今回はそっちかな。キーラン→とっととモーシャイ救出→ヴォールドのあれこれ、というルート。 それから、トゥーリアンアークを真っ先にサルベージした゜てネクサスに戻った場合、タンの演説が入るのかどうかもチェックしなければ。
で、サラ子……今回はデフォルト顔にしてるのでサラでいいか。 返事は、「パパ生きてる」、「ゴールデンワールドはなかった」にしてみました。 すると、「パパがいるならきっとうまくやってくれてるわよね」みたいな流れに。「毎日が発見の連続だ」、「私が起きるまでとっといてよ」とかいった感じにかなりスムーズに話が進んで、コンタクトが切れるのもストレスからではなく、もっと抵抗が少ない感じでふっちりとでした。 ふーむ……これ、それほど悪い選択ではないのかも。両方嘘ついてありもしない希望持たせるよりかは、起きたときの失望感小さい気がしますね。
ところで近いでぞカーライル医師。 「近いのは君だ。立ち位置を調整できるのは君のほうだろう。というかこの距離は私にとって極めて迷惑だ」 ……いや、年配のヒューマン男性がロマンス候補になっていけない理由はないし、カーライル医師かなりシブメンなので……。 「私は却下だ」 とか脳内でやりつつ、アヤのある星系へ。
ケット艦隊に遭遇したとき、後ろでリアムを制止してるみたいなコーラ。 ここは入れ代わり立ち代わり、全員がちらっとずつ映るので好き。
で、スカージのど真ん中を抜けての脱出。こう見ると、なんでこんなスカージのど真ん中なんて通ってたのかと思いますな。たぶんワープ的なものの途中に近いんだと思うけど、それだと緊急停止して出たスカージにモロ重なった位置だったってのもあるし、むしろこの密度ではその可能性のほうがはるかに高いんじゃ……。 ……物理とかリアリティ忘れてご都合主義になるとこかなここは。 で、アンガラの偵察隊らしきのと遭遇、と。 彼等が既に、「遠くからやってきた異星人がいる」てことを知ってるところからすると、これまでは接触しようとしてこないので、監視だけしてたのかな。 あとすげー気になるりがこの遭遇時、まだ翻訳されてない通信で、相手のアンガラ女性が喋ってる内容。最後に笑って終わってるから、かなり強気で来てるのは間違いないんだけど。 そうして外交官と話すタイミングからは全員が英語に……。せめてその前に、SAMの「翻訳完了」とか入れよう? あるいは相手が翻訳して喋ってくれてる可能性もあり(前々から監視だけはしてたなら、音声ログ拾って、なに言ってるか解析してたとしても不思議ではない)、それらしきことをうかがわせる台詞の一つくらいあってもいいと思うな。
絵フラとの面会後の、握手のしそこないシーン。 手を握るヒューマンと、手の甲を合わせるアンガラの違い。 ところでこれ、1号、2号ではよく見てなかっのか、それとも直前の選択肢によるのか、記憶にないんですよね。 これ見ておかないと、ジャールのロイヤリティ行った後の自然な挨拶→「我々のやり方が分かってきたようだな」があまり成り立たないわけで。(一応、モーシャイとパーランの再会時にやってるから目にはするけど)
ハヴァールとヴォールド。 ジャーダーンの存在を知った後で見ると、かつては星系でも有数の大都市があったというヴォールドはともかく、アンガラ発祥の地と言われているハヴァールの存在ってのはかなり特別になりますよね。 ジャーダーンがアンガラを設置するのに選んだ星。どうやって設置したかは分かりませんけど―――「最初のアンガラ」たちがどうやって放たれたのか、それとも発生させられたのか。カ���・タシラで見つかるプロトタイプは成人済みの姿ですが、配置するときには赤ん坊みたいな状態とか、進化の前段階とかだったのか。赤ん坊では生存できないのでなんらかの育て守る存在が必要になるけど、それはそれとして、知性が最初から獲得されていたなら、アンガラの歴史にその記録がある可能性もあるけれど、「起源の記録はない」とSAMは言い。 その疑問はさておき、なぜハヴァールを選んだのか。誕生の地であるがゆえの、ジャーダーンの痕跡、あるいは他の惑星にはない特別なものはないのか―――とすると、それがミスラヴァに関わるのかな、とか。 アンガラが自分たちの起源を知ろうとしなかったのか、知ろうとしたにも関わらずハヴァールでジャーダーンの存在を思わせるものは見つからなかったのか。……ジャールのロイヤリティでいく博物館的なとこ、もうちょっとよく見てみるとなにかあるのかも?
というわけで、結局4号もいろいろ気になって、場面によってはうろうろしてそうです。 たぶん、ローカライズされてて一発でいろいろ分かっていたら、2周めで調べよう、気にしようとしてたんでしょうねぇ。しかし英語でありスットコになったがゆえに、4周めでまだこんなこと言ってるわけで……。 それもそれで毎日楽しいので、よかよか(´ω`*)
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ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの記念講演
ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの記念講演の音声が、6月5日、ノーベル財団の���ームページにて公開された。 「この度のノーベル文学賞の受賞にあたり、自分の歌が一体どう文学と結びつくのか不思議でならなかった。その繋がりについて自分なりに考えてみたので、それを皆さんに述べようと思う」という言葉から始まる27分間の講演で、ディランは自身が音楽に身を投じることになったきっかけや、創作活動の礎になったという三冊の書物について語った。最後は「歌の詞は歌う為のものであり、ページに綴られているのを読む為のものではない。そして、皆さんにも、これらの詞を、聴かれるべき形で聴く機会があることを願っている」として、「詩神よ、私の中で歌い、私を通して物語を伝えてくれ」というホメロスの言葉で締めくくられている。 ◆ ◆ ◆ この度のノーベル文学賞の受賞にあたり、自分の歌が一体どう文学と結びつくのか不思議でならなかった。その繋がりについて自分なりに考えてみたので、それを皆さんに述べようと思う。回りくどい説明になるかもしれないが、私の話に価値があり、意味あるものになることを願う。 全ての始まりはバディ・ホリーだった。私が18歳のときに彼は22歳で他界したが、彼の音楽を初めて聴いた時から近いものを感じた。まるで兄であるかのように自分と通じる何かを感じたのだ。自分が彼に似ているんじゃないかとさえ思えた。バディは私が愛して止まない音楽を奏でた。私が子供のころから慣れ親しんだ音楽、即ちカントリー・ウェスタン、ロックンロールとリズム&ブルースだ。3つの異なる音楽要素を彼は絡み合わせ、そこから新しいジャンル、彼ならではの音を生み出した。そしてバディは「歌」を書いた。美しいメロディー、そして独創的な歌詞の歌を。しかも歌声も素晴らしく、様々な声色を使い分けた。彼こそがお手本だった。自分にはない、でもなりたいものを全て体現していた。彼が亡くなる数日前に、一度だけ彼を観たことがある。長旅をして彼の演奏を見に行ったのだが、期待通りだった。 彼は力強く、刺激に満ちていて、カリスマ性があった。かぶりつく様な距離で観ていた私はすっかり心を奪われた。彼の顔、手、リズムを取る足、大きな黒の眼鏡、その眼鏡の奥の瞳、ギターの持ち方、立ち方、粋なスーツ、彼の全てを目に焼き付けた。とても22歳とは思えなかった。彼には永久に色あせない何かを感じ、私は確信したのだ。すると、突然、信じられないことが起きた。彼と目が合った瞬間、何かを感じた。それが何だかわからなかったが、背筋がゾクっとした。 確かその1日か2日後に彼は飛行機事故で亡くなった。そして私は一度も会ったことのない誰かから「コットン・フィールド」を収録したレッドベリーのレコードを手渡されたのだ。その一枚のレコードとの出会いが私の人生を変えた。それまで知らなかった世界に引き込まれ、まるで爆発が起きたかのようだった。真っ暗なところを歩いていたら光がさしたかのように。誰かが手を差し伸べてくれたみたいだった。そのレコードを100回は聴いただろう。 初めて知るレーベルだった。レコードには、所属する他のアーティストを宣伝するブックレットが入っていた。ソニー・テリーとブラウニー・マギー、ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ、ジーン・リッチー、どれも初めて聞く名前ばかりだった。でもレッドベリーと同じレーベルなら良いに違いないから絶対に聴かねばと思った。知り尽くしたいと思ったし、自分もこういう音楽がやりたいと思った。子供の頃から慣れ親しんだ音楽にも思い入れはあったが、その時点では忘れてしまった。考えることもなかった。自分にとっては過去のものとなったのだ。 この時点ではまだ家を出ておらず、いつか出たいと思っていた。これらの音楽を自分でも覚え、やっている人たちに会いたかったからだ。そして遂に家を飛び出し、自分でもその音楽を弾くようになった。それまで聞いていたラジオでかかる音楽とは違い、力強く、人生をありのまま映し出していた。ラジオでは運次第でヒットが出るが、フォークの世界では関係なかった。私には全てがヒットで、メロディーが弾ければそれでよかった。曲によって覚え易いものもあれば、そうでないものもあった。古いバラードやカントリー・ブルースは体に染み付いていたが、他は全てゼロから覚えなければならなかった。当時は少ないお客さんの前でしか演奏できず、部屋に4、5人のときや街角で弾くこともあった。レパートリーが豊富でなければいけなかったし、どう言う場面で何を弾くべきかわかってなければいけなかった。親密な歌もあれば、シャウトしないと伝わらない歌もあった。 初期のフォーク・アーティストをとことん聞き、彼らの歌を自分で歌うことで、固有の表現が身についた。そしてラグタイム・ブルース、ワーク・ソング、ジョージア・シーシャンティ、アパラチ��ン・バラッド、カウボーイ・ソングといったあらゆる形で歌った。そうすることで細部までが見えてくる。何のことを歌っているのかがわかるのだ。拳銃を抜いて、またポケットに戻す。馬に鞭を打って往来を駆け抜ける。暗闇で語り合う。スタッガー・リーが悪党で、フランキーがいい娘だったこともわかる。ワシントンはブルジョワの街だと知り、ジョン・ザ・レヴェレイターの低音の声も聞いたし、タイタニック号が沼の小川に沈むのも見た。仲間は荒くれ者のアイルランド人の流離人や気の荒い植民地の若造だ。篭った太鼓の音や低く鳴り響く横笛の音も聞こえる。好色のドナルド卿が妻をナイフで刺すのを見たし、多くの同志が戦死してゆくのも見た。 フォーク特有の表現を全てマスターした。気の利いた言い回しも覚えた。機材、テクニック、秘密、謎、全てが頭に入っていた。そしてそれが歩んできた決して注目されることのない軌跡も知り尽くしていた。全てを結びつけて、今の時代に当てはめることができた。自分自身で歌を書き始めた際、自分が唯一知っているフォークという表現形態を存分に使った。 でもそれだけではない。自分なりの信条、感性、培った世界観も持っていた。若い時から備わっていた。小学校で学んだのだ。『ドン・キホーテ』『アイバンホー』『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記」『二都物語』といった誰もが小学校で読んだことのある本を通して、人生観、人間性への理解、価値観が養われた。歌詞を書き始めた時、それらを糧にした。そういった本の題材が私の多くの歌の中に入り込んだ。意図的であるときもそうでない場合もある。誰も聞いたことのないような歌を書きたいと思ったのだ。そしてこうしたテーマは私の歌の礎となった。その中でも特に私の心に残る3冊の本についてここで触れたい。メルヴィルの『白鯨』、ルマルクの『西部戦線異常なし』とホメロスの『オデュッセイア』だ。 『白鯨』は興味の尽きない一冊だ。見せ場が絶えず、印象的なセリフで溢れている。非常に読み応えのある本だ。筋書きは単刀直入だ。捕鯨船ピークォド号の謎めいたエイハブ船長は義足を付けた病的に自己中心的な人物で、自分の片足を奪った天敵である白いマッコウクジラのモビィ・ディックに復讐心を燃やす。大西洋から喜望峰を周り、インド洋まで彼は鯨を追う。地球の裏側まで追いかけるのだ。目指すものはあまりに漠然とし、確実なものはない。彼はモビィを皇帝と呼び、悪魔の化身と見なしている。エイハブはナンタケットに残した妻と子供に時々想いを馳せる。そして何が起きるかは予想できるだろう。 乗組員は様々な人種から成り立っていて、鯨を見つけた者には褒美として金貨が与えられる。多くの星座に纏わる記号、宗教寓話の引用や既成概念が登場する。エイハブは他の捕鯨船に遭遇すると、その船長にモビィの情報を聞き出そうとする。奴を見たか? ある捕鯨船にガブリエルというイカれた預言者が乗っていて、彼はエイハブの破滅を予言する。曰く、モビィは「シェーカー教徒の神の化身」であり、彼に関わった者達は災難に見舞われる。エイハブ船長にそう伝えるのである。また別の船のブーマー船長も、モビィに片腕を奪われている。でも彼はそれを受け入れ、生きているだけで幸せだと感じている。彼にはエイハブの執拗なまでの復讐心が理解できないのだ。この本は、同じ経験をしても人によって反応が違うことを教えてくれる。旧約聖書のからの引用が多く登場する。ガブリエル、ラケル、ヤロブアム、ビルダー、エリヤ。異教徒の名前もまた多く登場する。タシテゴ、フラスク、ダッグー、フリース、スターバック、スタッブ、マーサズ・ヴィニヤード。異教徒たちは偶像を崇拝する。中には小さな蝋の人形を崇拝するものもいれば、木彫りの偶像を崇拝する者もいれば、火を崇拝する者もいる。ピークォド号の名前はインディアンの種族が由来だ。 『白鯨』は心を揺さぶられる話である。船員の一人で語り手である男が言う。「イシュメイルと呼んでくれ」と。ある人に何処の出身だと聞かれると彼は「どの地図にも載っていない。本物の場所は載らないのさ」と言う。スタッブは何事にも意味はないと思っている。全ては起こるべくして起こるのだと。イシュメイルは生まれてからずっと帆船に乗ってきた。彼にとっては帆船がハーバードでありイエールだと言う。人とは距離を置いている。ピークォド号が台風に直撃する。エイハブ船長は吉兆だと捉える。スターバックは悪い兆しだとしてエイハブの暗殺を考える。嵐が去った直後、乗組員の一人が船のマストから落ちて溺れてしまう。これから起こることを暗示しているかのように。クエーカー教徒の平和主義の神父を装った、残忍なビジネスマンがフラスクに言う。「負傷を負った者の中には神に導かれるものもいるが、他の者は苦痛が待ち受けている」と。 全てが織り交ぜられている。あらゆる神話、ユダヤ教キリスト教聖書からインド神話、イギリスの伝説、聖ジョルジュ、ペルセウス、ヘラクレス(全て捕鯨船員)、ギリシャ神話、そして血なまぐさい鯨の解体まで。事実もまた多く盛り込まれている。地理、鯨油について(君主の即位にいい)、捕鯨産業の名士など。鯨油は王を清める聖油に使われるのだ。鯨の歴史、骨相学、古典哲学、偽の科学的理論、差別の正当化など、あらゆるものを含んでいるが、理にかなってるものは一つもない。教養のある人、ない人。幻想を追いかける、死を追いかける。巨大なマッコウクジラはシロクマの如く白く、白人の如く白い、皇帝であり、天敵であり、悪魔の化身である。モビィをナイフで攻撃しようとして片足を失った狂気の船長。 我々には物事の表面しか見えない。その裏に何があるかは解釈次第だ。船員たちは人魚の声を探して甲板を歩き回り、サメやハゲワシが船の後をつける。頭蓋骨や顔の表情を本のように読み取ろうとする。ここに顔がある。君の前に置こう。読めるものなら読んでみるがいい。タシテゴは自分が一度死んで生まれ変わったのだと言う。余分に与えられた日々は贈り物だと。自分はキリストに救われたのではないと彼は言う。キリスト教徒ではない人間に助けられたのだと。そしてキリストの復活の下手な模倣をする。 スターバックがエイハブに「過ぎたことは忘れろ」と言うと、憤慨した船長は「私に不敬を言うとはけしからん。私を侮辱するものはたとえ太陽であっても切りつける」と言い返す。エイハブもまた雄弁な詩人である。「私の揺るぎない目的までの道には鉄製のレールが敷かれていて、私の魂はその溝に沿って走るのだ」或いは、「目に見える物は全て薄っぺらい仮面でしかない」と語る。引用したくなる詩的なフレーズであり、これを超えるものはない。 そしていよいよエイハブはモビィを見つけ、銛を出す。ボートが降ろされる。エイハブの銛は血で洗礼されている。モビィはエイハブのボートを攻撃し、破壊する。翌日彼はまたモビィを見つける。再びボートが降ろされる。モビィはまたもエイハブのボートを破壊する。3日目、また別のボートが乗り込む。ここでも宗教的引用の登場だ。彼は再び現れた。モビィは再び攻撃してくる。ピークォド号に激突し、沈める。エイハブは銛の紐に絡まってしまい、船から投げ出され、海の藻屑となる。 イシュメイルだけが生き残る。彼は棺桶の上で海に浮かんでいる。というのが物語の全てだ。ここで語られるテーマとそれが暗示しているものは、私の歌の幾つかにも登場する。 『西部戦線異常なし』もまた影響を受けた一冊だ。『西部戦線異常なし』はホラーだ。これは、童心、意味のある世界への信頼、他人への関心を失う話だ。悪夢から抜け出せない。死と苦悩の謎めいた渦に吸い込まれてしまう。抹殺から自分を守っている。地球上から消されようとしているのだ。かつてはコンサート・ピアニストになるという大きな夢を抱いていた純粋な若者だった。嘗ては人生、そしてこの世界を愛していたが、今はそれを粉々に撃ち砕いている。 来る日も来る日も、蜂に刺され、ミミズに血を吸われる。窮地に追いやられた動物だ。どこにも居場所はない。降りしきる雨は単調だ。絶え間ない攻撃、毒ガス、神経ガス、モルヒネ、燃え盛るガソリンの川、食べ物を求めて残飯を漁る、インフルエンザ、チフス、赤痢。周りで命が次々と失われ、破裂弾が鳴り響く。これは地獄の下層部である。泥、有刺鉄線、ドブネズミだらけの塹壕、死体の内臓を食い漁るドブネズミ、汚物と排泄物だらけの塹壕。誰かが叫ぶ、「おい、そこのお前。立ち上がって戦え」これが一体いつまで続くか誰にわかると言うのだ? 戦争に終わりはない。自分は殺されようとしている。足は出血多量だ。昨日���人を殺し、その死体に話し掛けた。戦争が終わったら君の家族の面倒を死ぬまで見ると伝えた。一体誰が得をしているのだ? 指揮官や将軍達は名声を得て、他にも経済的に潤う人たちが大勢いる。しかし、手を汚しているのは自分達だ。同志の一人に「ちょっと待て、何処に行くんだ?」と聞かれ、「好きにさせてくれ、直ぐに戻るから」と言い、肉片を求めて死の狩の森に入っていく。普通の生活を送っている人たちが何を生きがいにしているのかもはやわからない。みんなの不安や欲望などもう理解できない。 さらに機関銃が鳴り響き、死体の一部が幾つもぶら下がっている。腕や脚や頭部が転がっているところに蝶々が歯の上に止まっている。悍ましい傷口、あらゆる毛穴から膿が出ている。肺の傷、身体には耐えきれないほどの大きな傷、ガスを放射する死体、吐き気がしそうな音を立てる死体の数々。死がそこら中にある。どうすることもできない。自分も誰かに殺され、死体は射撃練習の的に使われるだろう。ブーツにしてもそうだ。今は自分の貴重な所有物だが、直ぐに誰かの足にとって変わるだろう。 木の間からフランス人達がやってくる。容赦ない奴らだ。破裂弾も底を尽きてきた。「そんなに直ぐにまた攻めてくるなんて卑怯だ」と言ってみる。同志の一人が土の中に倒れていて、野戦病院に連れてってやりたいと思う。他の誰かが言う。「無駄足さ」「どう言うこと?」「そいつをひっくり返してみろ。俺の言ってることがわかるさ」 その知らせを待ち続ける。戦争がなぜ終わらないのか理解できない。兵力不足が深刻化し、召集した若者達は使い物にならない者ばかりだ。それでも人員が足りないから採用するしかない。病気と屈辱で心はズタズタだ。親にも、学校の校長にも、牧師にも、政府にさえも裏切られた。 ゆっくりと葉巻を吸う将軍にも裏切られた。彼のせいで自分は暴漢と殺し屋にと化したのだ。できることなら彼の顔に銃弾を浴びせてやりたい。司令官にもだ。金があったら、どんな手を使っても構わないから奴を殺してくれた男に謝礼を約束することを妄想する。もしその人がそれで命を落としたら、謝礼は遺族に行けばいい。キャビアとコーヒーが好物の大佐も同罪だ。公認の売春宿に入り浸っている。彼にも死んでもらおう。呑んだくれの兵士が次々とやってくる。20人殺しても、20人また替えがやってくる。鼻の奥まで匂ってくるだけだ。 まるで拷問室のようなこの狂気の沙汰に自分を送り込んだ上の世代を軽蔑するようになる。周りを見渡せば同志が次々と死んでいく。腹部の傷、両足切断、坐骨粉砕で死んでいくのを見ながら思う。「まだ20歳だと言うのに、もはや誰だって殺せる。自分を狙ってきたら父親さえも殺せる」 昨日、傷ついた軍用犬を助けようとしたら誰かが叫んだ。「馬鹿なことをするな」と。一人のフランス人が喉を鳴らしながら足元で倒れている。彼の腹に短剣を突き刺すが、まだ生きている。息の根を止めるべきなのはわかっているが、それができない。本物の鉄十字に貼り付けにされ、ローマ兵に酢を染み込ませたスポンジを口元に当てられている。 何ヶ月か過ぎ、一時休暇で帰郷する。父親とは話ができない。「入隊しないのは卑怯者だ」と彼は言う。母親もだ。再び戦場に戻る際、「フランス人娘には気をつけなさい」と言う。狂気はさらに続く。一週間、或いは一ヶ月戦って、やっと10ヤード前進する。でも次の月にはまた元に戻される。 プラトン、アリストレス、ソクラテス、1000年前の文化、哲学、知恵はどうなってしまったと言うのだ?こんな事態は防げたはずだ。家に思いを馳せる。ポプラ並木を歩いた学生時代に戻る。楽しい思い出だ。小型飛行船からさらに爆弾が降ってくる。気持ちを引き締めなければいけない。何か誤算が起きるのが怖くて誰のことも見ることができない。共同墓地。他に残された可能性はない。 すると桜の花に気づく。そして自然は全く影響を受けていないことに気づく。ポプラ並木、赤い蝶々、儚い花の美しさ、太陽。自然は全く意に介さないのを目の当たりにする。人類によるあらゆる暴力も苦悩も自然は気づきもしない。あまりにも孤独だ。すると爆弾の金属片が側頭部に当たり死んでしまう。排除されたのだ。削除されたのだ。駆除されたのだ。私はこの本を置き完全に閉じた。戦争小説はもう二度と読みたくないと思い、二度と読むことはなかった。 ノース・カロライナ出身のチャーリー・プールがこの話に通じる歌を書いた。「ユー・エイント・トーキン・トゥ・ミー」という歌で、歌詞はこうだ。 ある日街を歩いていたら窓の中に張り紙を見つけた 入隊して世界をこの目で見よう、と書いてあった 楽しい仲間と刺激的な場所を見るだろう 面白い人たちと出会い、彼らの殺し方も覚えるだろう 僕に言っても無駄さ、僕に言っても無駄さ 僕は頭がイカれているかもしれないけど、分別はある 僕に言っても無駄さ、僕に言っても無駄さ 銃で殺すなんてちっとも楽しそうじゃない 僕に言っても無駄さ 『オデュッセイア』も素晴らしい一冊で、そこで語られている題材の数々は多くのソングライターのバラッドに取り上げられている。「早く家へ帰りたい」「思い出のグリーングラス」「峠の我��家」、私の歌でもだ。 『オデュッセイア』は戦争で戦い終えて帰郷しようとする男の不思議な冒険物語だ。長い帰路の旅であり、途中にはいくつもの罠や落とし穴が待ち受ける。彼は呪にかかったように彷徨い続ける。常に海に放り出され、毎回九死に一生を得る。巨大な岩の塊が彼の船を揺らす。怒らせてはいけない人の怒りを買ってしまう。乗組員に問題児もいる。背信。船員たちが豚にさせられたかと思うと、今度は若い色男に変身する。彼は常に誰かを救助しようとする。彼は旅人だが、足止めを食らうことが多い。無人島に流れ着く。人けのない洞窟を見つけ、そこに隠れる。巨人に出くわすが、「お前は最後に食べる」と言われる。そして巨人から逃げる。家に帰ろうとするが、風に振り回される。容赦ない風、冷たい風、不吉な風。遠くまで行ったと思うと、風にまた押し戻される。 毎回次に何が待ち構えているかあらかじめ警告を受けるが、触ってはいけないと言われたものをつい触ってしまう。進む道が二つあったら、そのどちらも凶。どちらも危険を伴う。一方は溺れる可能性があり、もう一方は飢える可能性がある。狭い海峡に入って行き、泡の渦巻きに飲み込まれる。牙の鋭い6つの頭を持った怪物と出くわす。雷に打たれる。突き出した枝に飛びついて荒れ狂う川から身を守る。彼を守ろうとする女神や神々もいれば、彼を殺そうとする者もいる。彼は素性を幾度も変える。疲れ果て、眠りに就くと笑い声で目がさめる。見知らぬ人に自分の話をする。旅に出てから20年になる。何処かに放り出されて、置いていかれたのだ。ワインに薬を入れられたこともある。苦難に満ちた道のりだった。 色々な意味で、これらのことは誰にでも起こり得る。ワインに薬を入れられたことがあるだろう。間違った女性と一夜を共にしたことがあるだろう。摩訶不思議な声、甘い声、聴き慣れないメロディーに魅了されたことがあるだろう。遠い道のりをやっと辿り着いたと思ったらまた押し戻されたことがあるだろう。そして九死に一生を得たことも、怒らせてはいけない人を怒らせたこともあるだろう。この国中を取り止めもなく彷徨ったことだってあるだろう。そして、凶をもたらすあの不吉な風を感じたことがあるだろう。しかし、これだけでは終わらない。 家に辿り着いても事態は決して喜べるものではなかった。妻の親切心につけ込んだ悪党達に家を乗っ取られていたのだ。しかも人数が多すぎる。いくら彼が彼らよりも偉大で、大工としても、狩人としても、動物に関するに知識にしても、海男としても、何をやらせても一流だったとしても、勇気で身を守ることはできない。機転を利かせる他ない。 ゴロツキ達には彼の家を汚した代償を払わせなければいけない。彼は小汚い乞食に変装すると、横柄で馬鹿な下手人が彼を階段から突き落とす。下手人の横柄さに嫌悪感を抱くが、彼は怒りを抑える。百対一にも関わらず、彼らを全員やっつける。一番の強者をもだ。彼は何者でもない。そしてようやく家に帰ると彼は妻と一緒に座り、彼女に冒険談を話すのである。 つまりどういうことか。私自身、そして他のソングライター達も、これらと同じテーマに影響を受けてきた。そしてそれらは無数の解釈ができる。ある歌に心を動かされたのであれば、それで十分なのだ。その歌の意味を知る必要なんてない。私は自分の歌に色々なことを込めてきたが、それらが何を意味しているか案じるつもりはない。メルヴィルが旧約聖書や新約聖書からの引用や科学的理論、プロテスタント教義、そして海や帆船や鯨に関する知識を全て一冊の本に込めた際、彼もそれらが何を意味しているのか案じたとは思わない。 ジョン・ダン然り。シェイクスピアの時代に生きた詩人/聖職者は綴っている。「彼女の乳房のセストスとアビドス。二人の恋人ではなく、二つの愛であり、巣である」これが何を意味しているのかは私もわからない。でも良さげ���聞こえる。自分の歌も良さげに聞こえてほしいのだ。『オデュッセイア』に登場するオデュッセウスが英雄アキレスに会いに冥府を訪れた際、平和で幸せな長寿と引き換えに名誉と栄光に満ちた短命を手にしたアキレスはオデュッセウスに全ては間違いだったと語る。「私はただ死んだ。それだけだ」と。そこには名誉はなかった。不朽の名声などない。そして、もし可能であるなら、黄泉の国の王でいるよりも、地球上で小作人の元に仕える奴隷として生きることを選ぶ。どんなに辛い人生であろうと、死ぬよりましだと語っている。 歌も同じだ。我々の歌は生きている人たちの世界でこそ生きるものなのだ。でも歌は文学とは違う。歌は歌われるべきものであり、読むものではない。シェイクスピア劇の言葉の数々は舞台で演じられる為のものであるのと同様に、歌の詞は歌う為のものであり、ページに綴られているのを読む為のものではない。そして、皆さんにも、これらの詞を、聴かれるべき形で聴く機会があることを願っている。コンサート、或いはレコード、或いは今時の音楽の聴き方でも構わない。 最後に再びホメロスの言葉で締めたいと思う。「詩神よ、私の中で歌い、私を通して物語を伝えてくれ」 ◆ ◆ ◆
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空座第七女子寮物語 9
思えばスカウトは自分に向いている仕事かもしれなかった。というよりは公私混同出来る仕事なのだと一護は思った。 だって自分は、12歳のあの日からいつでもルキアを探していたのだ。 声をかける事ができるまで8年もかかった。 「なんだ貴様」 冷たい瞳と口調でそう言われた時は、自分を覚えているのかとすら思った。本当はあの時声が震えていたと思う。肩にかけた手も震えていたんじゃないだろうか。 でももう見ているだけは嫌だった。 思えば生きていて、あの日の自分が一番勇気を持って行動したと思う。 でもそれは 正しかったのか間違いだったのか 答えを知りたいようで知りたくない。 勇気を出した出来事が間違いだなんて そんなことがあるのだろうか。 「よぉチャンイチ」 ホールスタッフの先輩にグイッと後ろから腕をまわされた。痛い。 「なんすか?金返してくんねーならもう貸しませんよ」 「ばぁーか、返しにきたんじゃねぇか。悪かったな」 そう言うと万札5枚を男は一護の手に押し付けた。 「いっぺんに返さなくても、いいすよ」 「ん~ いや、こういうのはきちんとしねぇと。金はアレだ、借りた俺が言うのもなんだけどきちんとしねぇとな」 赤髪強面のこの先輩を一護は好きだった。頭は悪いし図々しいが、男気のある優しい男だと知っている。 煙草もーらいっ、と男は一護の胸のポケットから煙草の箱をスッと抜き取って一本食わえてからもう一本は耳にかけた。 せこいっすねと一護が笑うとウルセェタンポポ頭と男は笑って火を点けた。 「おまえさぁ、よく声かけるあの小さい女の子いんじゃん。あの子ってなんなの?」 ふーっと煙を上にふかして、男は食わえ煙草でにやにやと一護に聞いた。 「……別に、友達ですよ」 「時間かけて口説いてんの?」 「はぁ?」 「あの子スカウトすんじゃねぇのか?」 「しねぇよ」 つい声がきつくなる。言葉遣いも無意識に悪くなり、一護はへらっと笑って誤魔化した。 「あんな色気ねぇのはウチじゃダメですって」 小さいし胸ないし童顔だしと余計なことまで喋ってしまう。つうかよく見てんな、と冷やりと背中に悪寒を感じた。 「そうか?ありゃあ、貴枝ぐらいの上玉じゃねぇか?あーゆーのは化けんだろ。つーか、お前ほどの男が意味無く声かけたりしねーだろ? 紹介してくれりゃ俺が落とすぞ?」 「ダメです。あの子に声かけたら2度と金貸しませんよまじで」 「なんだそりゃ。惚れてんのか?」 惚れてる? 「あんなチビに、惚れませんて」 「じゃあ紹介して?」 その言葉に一護は迷い無く男を睨み付けた。誰が 誰がルキアを 「こっわ! おまえ顔えれぇ怖いから。嘘だよばぁか。からかったんだよわかってんだよ、つーか素直になれよ」 あははははと豪快に笑って、男は一護の肩を押した。 「本気で好きなら素直になれよ~つーかなんとかしろよ。あとおまえの仕事もなんとかしろ?貴枝最近ちょっとやばいからよ。本気なんだったら女に逃げられちまうぞ」 「別にー」 言いながらも一護もそれは思っていた。 なんて、別につきあってもいないのに。 ルキアと付き合う?馬鹿な、そんな事ありえない。ただ、この間少し距離が近くなれた、そんな気がして嬉しかった。 それだけだ。 「で、その貴枝がおまえが携帯にでねえって店にまで電話してきた。これから会うんだろ?んで、これ渡してくれってオーナーが」 そう言うと男は小さな箱を一護に渡した。 指輪のケースみたいなベルベットの小箱だ。 「? なんすかこれ?」 「開けるな」 男の声が1オクターブ低くなる。断定的な命令口調に一護は一瞬怯んだ。 「開けるな、中をぜってー見るな。おまえは渡せと言われて渡しただけだ、いいな」 「なんだよ、それ……そんなこと言われたら」 「あんな普通の女の子に惚れてんなら、おまえは見るんじゃねぇよ。……俺も知らねぇ。頼まれたものを渡しているだけだ」 なんとなく、わかってしまう そうだとして、貴枝がどんなに稼ごうと自分を気に入っていようと貴枝とはもう無理だなと一護は箱を眺めた。 どんなに どんなに人様の役に立ちもしない仕事をしていい加減な生活をしていても 越えたくない一線は一護にもある。 ましてや ルキアに笑顔すら見せてもらえなくなるようなことは、それは生きている意味すらなくなる気がした。 「……俺のことは気にしねぇでいい。辞めたくなったら店辞めていいんだかんな」 男は煙草を揉み消して空き缶に突っ込みながら低く言った。 「それから貴枝には気を付けろよ、まぁおまえはしたたかだからな……そんな心配いらねぇとは思うけどよ」 男はそう言うと一護の頭をぐいっと一撫でするとじゃあな、と店に戻って行った。 貴枝は一護がスカウトした中では群を抜いていた。 一護の働く店は何店舗も店を抱えていて、風俗界ではかなりの有名所である。 とはいえ一護の仕事は自由気ままだ。店に毎日行く必要もなく時間に追われることもない。スカウトした女達が稼げばマージンがはいる歩合制だ。 ただ自分の給料の為には女達には働いてもらわなければならない。その為のフォローもある。愚痴を聞いたり食事や飲みに連れて行って発散させてやったり。 女好きだったりやる気にさせるのがうまい男には天職だが一護はそうでもなかった。 ただ一護の場合は、女達が一護を欲しがった 。結果、一護は適当に女達のいいようにデートしたりセックスすればそれで稼げた。 多分普通のサラリーマンやバイトよりは稼ぎがいい���だろうとは思っていた。 時間が自由だから、ルキアを探せたし傍にも行ける。 だからあまり深く考えずに気づけば一年以上この仕事をしていた。 貴枝は普通のOLだった。 先輩に連れていかれた合コンで貴枝と会った 少しきつめな大きな瞳に透き通るような肌をしていて、髪も綺麗でスタイルも良かった。 おまけに話がうまかった���場の盛り上げが上手いんだな、とプライベートだというのに、その時一護は帰りに貴枝を誘ってスカウトしたのだ。 バイト感覚でやらねーか? 小遣い稼ぎになると思うぜ? そう口説けば、貴枝はすんなりいいよと言った。 「さっきの男達のなかで、アンタ一番カッコ良かった。その男に誘われたから、いいよ」 貴枝は嬉しそうに笑った。 思えばその言葉からそうなのだ。 貴枝は負けず嫌いだった。 それ自体は悪いことでない。でも彼女は度がすぎるのだ。 どこでも 誰といても 自分が一番でなければ気がすまない。一護の事もペットのように見下しては楽しんだ。 自分から仕掛けておきながら一護に奴隷のように命令しては勝手に達していた。 もちろん一護にしてみれば、金になる女以外に何の感情もないから、そんなのどうでもよかった。そんなセックスにさえたまに付き合えば、後は愚痴を言うわけでもなくしつこい女でもなかったのだ。 だが新しい女が入ってきて、不動の貴枝が崩れた。 元々こんな商売だ。男と金を奪い合う世界だ。嫌なら辞めちまえばいいんだと一護は思っている。実際プライドが崩れたり売上が下がって辞める女はごまんといる。 ところが貴枝はおかしな方に動いた。 やたら一護を束縛し始めた。今までの稼ぎを考えると邪険にも出来ないでいたが、最近の貴枝は危なく感じたのだ。 「アタシかなり金溜めたし……これ持って二人で南の島に行こう?」 「二人で、新しい仕事始めようよ」 「一護の仕事を理解してるから焼きもちなんて焼かないよ?」 「一護にならなにされてもいいの……ていうかおもちゃにされたいの」 まるで自分の彼氏のように、粘着質に一護につきまといだしたのだ。なんで?と思わずにいられない。俺を豚野郎と呼んでヒールの踵で流血させる趣味の女が一体どうしたと一護は気味が悪くて仕方なかった。 あまりの気持ち悪さに一護も1度はてめぇ辞めちまえと突き放したが、オーナーに呼ばれて今度は「命令」された。 貴枝の好きにさせろ、それがおまえの仕事だ オーナーと貴枝はできていた。というよりオーナーが貴枝無しでは生きていけないのは周知の事実だった。 愛する女に、喜ぶからと他の男をあてがうなんて。 今日渡されたあのベルベットの箱も 貴枝が欲しがるから与えるのだろうか? 愛してる女が心身共に滅びても良いのだろうか? 狂っている。 こんな世界は狂っていると一護は思う。 尻のポケットに入れた携帯が振動した。 貴枝からの着信に、一護は携帯を投げつけて壊したくなる衝動にかられる。 会いたくねぇ 関わりたくねぇ 脳裏に 赤い林檎をはいどうぞと差し出す 幼い白雪姫が浮かび上がる。 あの時の林檎 あれも毒林檎だったんだろうか ◾ ◾ ◾ ◾ 自分の行動に、石田は落ち着かない気分になっていた。 何で僕が いや、僕はそういう人間なんだ。わからないことがあれば知りたい。それだけだ。 そう頭の中で言い訳をしながら、石田は8年前の新聞を目にしていた。 あの後雛森に聞いた話では、確かクリスマス会の次の日だったと言っていた。ということはー 「気が合いますなぁ~」 ひょこっと自分の顔の真横に、井上織姫がキスでもするのかと突っ込みたくなる近さで顔を寄せていた。 「⭐●❌⬜!?」 驚きすぎて何を言っているのかわからない石田に、あははははーと織姫は本当に楽しそうに笑った。 「後つけたんじゃないですよ~?行く場所がね、おんなじでした」 「な、」 「一緒に調べていいですか?」 「……好きにすれば?」 恥ずかし紛れに石田は眼鏡をクイッと上げる。そんな石田を織姫は口許を弛めたまま、にへらぁと笑った。 二人は国会図書館にいた。 「君も、登録してるんだ」 「ん?そうだよ。石田さんもなんだね」 「……まぁね」 「石田さんて、管理人さんになる前は何してたんですか?」 「……医大生だよ」 そうなんだ!と織姫はへぇ、と嬉しそうな顔をした。 じゃあお利口さんなんですね、私に勉強教えてほしいなぁ そう言ってから、あ、そうだ!と両手をぱんとあわせた。 「バイトしませんか?」 「……は?」 「私の、家庭教師。家も一緒だし」 「!?」 「バイト代……月に20万で。……じゃ安いですか?」 「はぁ!?」 「安い?安いですか?50万くらい?」 「君に教えるのにお金なんかとらないよ!」 それは本音だった。 本音だから石田はぽんとそう言った。そしてその言葉に自分で馬鹿だと一瞬で反省する。 相手は井上物産の令嬢じゃないかー それこそ20万どころかー そう思ったのにそれでも 「君の勉強みるのは構わないけど、お金はとらないよ」 石田はそう答えた。 織姫は目をまぁるくして石田を見ていたが、ウフフ、と笑うとまたパソコンに目を向けた。 二人が国立国会図書館にいたのは、お互い聞くまでもなかった。 あの後、結局寝てしまったルキアを布団に寝かせ石田と織姫は桃からルキアの話を聞いた。 ルキアは父親を亡くすまで、志波ルキアという名前だったのだという。 父の他界により、またその事件性により、 親戚に養女として貰われ、朽木ルキアと名前を変えたのだという。 とはいえ、地元の中学に上がったわけだから名前が変わろうとルキアに対する周りからの待遇は何も変わらなかったという。 「本当に、事件性よりもその……スキャンダルみたいなほうばかりに話題がいってしまって……事件は闇のなかなんです。良くも悪くもその事件は忘れられて。でもルキアに対しては、ヤク中警官の娘というレッテルはそのままで……」 桃はそう言っていた。 「あと、一護君て、あの、たまにルキアに絡んでくる派手な男の人ですよね? いなかった……と思うんですけど。私が覚えてないだけなのかな……」 ルキアは一護と出会ったのはパチンコ屋だと言っていた。 その一護が何故、ルキアの本当の名前まで知っているのだろうか 出会いは偶然ではないのだろうか ルキアの父親は本当に薬の売買をしていたのだろうか 「ねぇ井上さん」 「何ですか?」 「あの一護って奴の名字はなんていうの?」 「えっとねぇ~……あれ?知らないや」 「……」 「なんで?」 「いや…… この、朽木さんの父親が死体で見つかった家。若い女が朽木さんのお父さんに無理矢理薬を売らされてたという話だけどさ。この女の人もその後死んでるんだね」 「そうなんだ……薬物で?」 「うんそうみたい。それで」 「……それで?」 「この人には子供がいたみたいだ」 「え?」 「名前も性別も書かれてないけど」 「それで、」 「……いや、違うか。ごめんなんでもないや」 「なぁに?気になりますぅ?」 「いや、この子供が、一護なんじゃないのかなって。でも、学区も違うし、年齢もわかんないけど接点はないから、違うね」 「そぉだねぇ。そしたらルキアちゃんが覚えてるだろうしね」 「ちなみにこの死んだ女の名前は黒崎だ」 「黒崎さん、か。」 結局大したことはわからず二人は図書館を後にした。 本人に、聞いてみようかなと織姫が言うと石田は顔をしかめた。 「……やめよう。危ないことは顔を突っ込んだら駄目だ。それに朽木さんも喜ばない……僕たちは今のままの彼女と、今のまま接していればいいんじゃないかな」 「それは、そうだけど……」 織姫は今の石田の言葉は素直に頷いてもいる。それでもどこかで、何かが引っ掛かっていた。そしてそれはきっと石田もなのだろうと感じていた。 ふと、石田を見上げる。 静かに考え事をしている石田の横顔は端整で綺麗だなと織姫は思う。 アイツは危ない野郎だし、金のことしか頭にないから気を付けるんだぞ? そう、一護にもルキアにも言われていた。 それでも、織姫には石田がそんな悪い男には見えなかった。 お金が必要だというが、多分織姫の家庭事情を知っているだろう石田に金の話をされたこともない。 さっきだってー 君からはお金をとらない さらりとそう言い切った。 今だって、喧嘩ばかり、言い争いしかしないルキアちゃんを心配しているのだろうと思う。だから私とここにいる。 そして何より 私と普通に接してくれる 特別扱いしないでくれる 気がつくとはらはらと雪が降り始めた。 「今日は寒いと思ったら」 石田が上を向いて呟いた。 「積もる前に急いで帰ろう」 続けてそう言う石田の腕を、織姫はそうっと掴んだ。え?と石田が織姫を見る。 「もったいないから、ゆっくり帰りたいです」 「なにが?」 目を丸くする石田に織姫はにこりと笑い 「寮についたら、この時間は終わっちゃうから。ゆっくり歩きたいんです」 そう言って腕に掴まってみた。 え?え?ととたんにあたふたしだした石田に気がつかない振りをして 織姫は落ち着かないざわざわとした心が 石田に触れることで少し和らぐのは何故だろうと思っていた。
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