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胆振東部地震 East-Iburi Earthquake
北海道胆振東部地震の被害を受けました。厳密には、いまも受けている状態だと思います。
私が被害を受けた北海道札幌では、地震による直接の被害というものはあまり大きくなく、清田区など一部で、地盤が液状化・沈下し、それにより家屋の半壊が起こったくらいに思います。 停電被害は苫東(とまとう)厚真(あつま)発電所が停止したことによるものなので、札幌とは直接関係な��と判断、「札幌での被害」からは省いています。 また、停電によって信号機が、すべて一時的に機能しなくなりましたが、大きな交通事故(自動車が十数台玉突きになるなど)が起こらなかったようなので、そういう意味でも、被害はあまり大きくない印象です。
以下、地震発生前後から順に、2018年9月8日正午あたりまでを追っていきます。
2018年9月6日深夜。 当日はスマートフォン向けゲームアプリで期間限定イベントが開始されたばかりで、ゲーム内資材を浪費しながら遊んでいました。空腹を感じ、深夜でありながらも小腹がすいたので、夕食に作ったものの余りを夜食として食べながらゲームプレイを続けていたところに、大きな横揺れが襲ってきました。 私の正面にあった本棚も揺れており、中身がこぼれないように、そして自分のバランスを保つために、本棚につかまり揺れが治まるのを待ちました。この、揺れている間に、室内灯がすべて自動消灯、揺れが落ち着いてから窓の外をみると、近隣マンション内の通路灯もすべて落ち込んでいたので、停電になったのだと事実確認を行いました。また水道もこの時点で落ち込んでおり、飲み水・飲料は手元に麦茶が2Lとすこしある程度でした。生活用水は、この時点では、なし。 その後、手元にあるスマートフォンでどういう状況かを調べました。Twitterはとりあえず閲覧できて、みてみると最大震度6強(マグニチュード7.0)という速報値。ひとまず無事であることをツイートして、1〜2時間ほど情報を確認したのちにどうしようもないからと仮眠。眠る前に、念のため、ブレーカをすべて落とし、電源プラグをすべて抜きました。
仮眠から起き出して、とにもかくにも近隣の確認をしなければと、出歩くことに。でかけた先で二度目の本震に襲われては困るので、数日分の着替えと保険証等をまとめて自室を出ました。集合住宅ですが、ひとまず大きな被害はなさそうだったので、一安心。 近くにある中規模の公園から子どもたちの遊ぶ声が聞こえてくるので、遊具設備にも大きな被害はないのだと音声で確認できました。目でも確認しに行くと、その公園は緊急給水所になっていて、近隣住民がすでに水を求めて押し寄せていました。 給水所を確認したのち、自転車に乗って、今度は避難所に指定されている公立学校へ。「避難所」という張り紙の下に、「水はありません」の文字。このとき私は、地域全面で断水だと思っていました(あとから調べたら、給水ポンプが電気で動いているため、マンション等で上下水道が機能しなくなる場合があるという旨の記述をみつけ、それもそうかと得心。住居の屋上に貯水タンクがある場合は、下から上に汲み上げる必要がないため、生活用水が大なり小なり確保できたそうな)。 避難所をみたあと、実は札幌中央図書館から借りていた本の返却日であったので、稼働していれば避難所的に使えないかと期待を込めて図書館へ。道中、信号機はほぼすべて停止していて、警察官数名が、交通量の多い道路・交差点で誘導にあたっているのを目にしました。すべての信号機のある道路で誘導がなされているわけではないので、車や歩行者らで譲ったり譲られたりしながら、ゆっくりながらも目的地へ到着。電気が通っておらず蔵書管理のデータクラウドにアクセスできないこと等から、その日は返却くらいしかできませんでした。淡い期待でした。 なんてことをしてゆっくり自宅へ戻っていると、近辺の信号機が動いているのが確認できました。Twitterを覗くと、一部地域では送電が復旧しているようで、まあ淡い期待が膨らみました。自宅はまだでした。 とはいえ、自宅に戻って、改めて給水所に生活用水を求めて向かいました。幸いにして2Lペットボトルが(在庫として残っていた麦茶ペットボトルと別に)空の状態であったので、2本分、4Lほど融通してもらい、二度目の帰宅。 Twitterではノートパソコンのバッテリがスマホの充電器として使えるよ、などと情報が出ていたため試し、実際に有効だったので端末を充電。体力温存と、慣れない道行き(なにせ、信号機が機能しないのに、自動車は構わず走っているのです)で疲れていたのもあり、すこし麦茶を飲んで仮眠。夜に起き出して、送電復旧地域が広がっていること、苫東厚真発電所がどうやら、という情報をすこし確認し、あらためて就寝。
2018年9月7日。 起きると復旧した一部の地域の商業施設や店舗が、携帯電話・スマートフォン端末の充電のために、電源やUSBポートを開放しているというので、食事をもとめがてら(この時点で24時間固形物を胃に入れていない)、まとめたままの荷物を背負って自転車で外出。道中の信号機の七割程度が復旧していて、思ったよりも再起がはやい、などと考えながら走っていると、北海道ではお馴染みのコンビニエンスストア・セイコーマートが営業しているのを発見。ホットシェフのフライ��ポテトと、500mLのペットボトルドリンクを一本購入して、再度、電源を求めて中心部へとハンドルを切りました。 Twitterで確認していた情報のなかで、おそらく最も人の少ないだろうところを選んで(というよりも、JR札幌駅や、近隣の赤れんがテラスは人が多すぎて落ち着けないだろうと思ったため)、電源を借りました。Garage 99 札幌店さん、その節は長々お借りしてすみませんでした、助かりました。 そのGarage 99さんで、テレビ・インターネット含め情報番組が視聴できたので、Twitter以外で公的責任のとられた情報を初めて見聞きすることに。地震の規模と被害状況、東区の路面液状化・地盤沈下に関しては、私はこのときに初めて知りました。ただ、逆にいうと札幌市内はそれ以外に大きな被害はなさそうで(厚真の土砂崩れや苫東厚真発電所のことはありつつも)一安心したのを覚えています。午後には市電や空港、JRもエアポート(空港行きの快速列車)のみでありましたが復旧の目途がたち、市営地下鉄も動き始めたなんて報道があったので、驚愕と歓喜のしどおしでした。 16時頃にGarage 99さんを離れ(街灯や信号機がどの範囲まで復旧しているかわからないため、暗くなると安全に帰る公算が安定しなくなるので)、暗くなる前に自宅に戻ろうと思ったところで、自宅近所のラーメン屋が営業しているのを発見。生活圏なので店名はふせますが、一部具材が欠品している(流通の都合で入荷しなかった)以外は普通に普通のラーメンとご飯を提供していただきました。この時点で、周辺の商業施設は送電がある程度まで復旧していて、セイコーマートに限らず、セブンイレブンでも営業しているような雰囲気が遠目からみえました。 さて、予定より一時間ちかく遅れて自宅につき、暗くなる前に荷物等の確認をして寝る準備をば、と動いて、日が落ちたので寝転がって、満充電されたスマートフォンをすこしばかり触りながら、暗くなった夜の空をみていると、外から喜びの声が聞こえてきました。明らかに子どもたちが普通に遊んでいる声ではありませんでした。窓の外を見ました。向かいにある集合住宅の通路灯が点灯、街灯も点灯、他の近隣マンションでも点灯が確認され、私も起き上がって、恐る恐るブレーカーを上げると、室内灯が明るく点灯。おもわず「ほぉぉ……」と声を漏らしました。続いてトイレの水が出るかの確認。さすがに送電が復旧したばかりだったのかポンプが不調で(これはすぐに行動に起こした私も反省)、時間差ではあったものの、しっかりと水が流れてくれました。その他、洗面台も台所も水が流れ、給湯器も起動しお湯も出たことでガスの無事も確認、安心してしまって数分呆けるという始末。一人暮らしで良かったような悪かったような。さすがに冷蔵庫の卵や乳製品、肉類は駄目になっていましたし、仮に駄目になっていなくても、非通電時間が長かった(36時間以上)ので処分する気ではあったのですが、そこはそれ。復旧が嬉しいことこの上ありませんでした。 送電復旧が夜、ガスの無事が確認できたのも夜。小さいながらも札幌でも余震は続いていたので入浴欲をぎっちり抑えて、しかしながら、ひさしぶりにそれなりに自由になる電力があることを噛み締めながら、電力に充ち満ちた暮らしを満喫しました。
2018年9月8日。 たぶん余震とかあったんだと思うんですけど、すっかり気の抜けた睡眠を取ることができました。私の居住区に関しては晴れ間もしっかりみえ、給水所になっていた公園からは、変わら��子どもたちの声がきこえていました。 もうちょっと物流が復帰しないだろうなというのがわかるので、9月8日に関しては買い物に出ずに様子を見ようかなと、メンタルの自宅療養に励むことに。
これは北海道・札幌の、さらに一地域での体験で、実際はもっと心細い生活を送っていた人もいるかと思います。怪我をした人も居たかと思います。私の友人・知人には福祉施設職員や看護師も居り、自分のことよりも入居者・入院患者の安全保障が優先だという者が居ます。個人的な話ではありますが、大きな揺れがあった場合にすぐ避難できるよう、ある程度防寒に即した外出着で眠る必要があり、快適な睡眠が取れなかったことがストレスになっていたりします。札幌に限らずいえば、いまでも一部地域・世帯では停電になっていますし、小さな子どもの居る家庭であれば、普段とは違う環境にとまどう子らをあやすのに疲れた保護者の方も多いと思います。お年寄りの多い地域で、助け合おうにも若い手がないために機動力がない、という場合も多くあると思います。苫東厚真発電所では設備修理等に東奔西走している職員が多いでしょうし、他発電所に関してもそうでしょう。自衛隊の方々が炊き出しに出ている地域があるという報道もみましたが、本州での台風21号の被害や大阪での地震被害も記憶に新しくあります。普段冗談で「地球がおバグりあそばしている」なんて言っていた私ですが、今回そのバグ、あるいはエラーの一端に巻き込まれました。 今後、今回の震災からの復興の課題は増えると思います。現時点では北海道の冬の電力ピークに合わせてどうするのかとか、物流復旧のための導線確保がどこまで急務に行えるのかとか、家屋半壊・全壊の世帯のための仮設住宅の試算であるとか、今回の北海道の電力消失を鑑みて、電力需要が増えるであろう2020年東京五輪に��けての電力供給試算はどうなっているのかとか……現時点でこれだけあって、ここから酪農・農業被害からの復興やら、病院等の備蓄電力・自前発電機の燃料備蓄問題やらとが出てくるわけです。 ……出てくるわけです、と書きましたが、まあとはいっても、直接は関係がなく、対岸の火事、みたいな人も多いと思います。ですので、ええ、そういう人は積極的に金を使ってください。 復興後に被災地各地を訪れるのでも構いません。 需要がないと供給ができません。 需要がないと供給するための製造ができません。 どこかで消費してもらわないと需要が認知されません。 身分の明確にわかっている組織に「被災地に寄付します」といってお金を出すでも構いません。復興してほしいという意図が明確にわかるように経済を回してください。他のことは瑣末事です。落ち着いたら勝手に、偉い人や、影響を受ける住民が、必死こいて考えたり行動したりします。被災していない人ができることは、とにかく金を使うことです。分不相応に使え、とは、言いませんし言えません。原発があったら今回の大規模停電はなかったいいや原発があったら今回の地震で破損してメルトダウンしていたかもしれない、などと蜃気楼と喧嘩するのをやめて、とにかく普通の、あるいはちょっと贅沢な暮らしを送ってほしいという念です。
北海道に関して、苫東厚真などの震央にもっとも近い地域以外は、第二波の本震が来ないかぎり、「目に見える範囲での復興」ははやいと思います。上述してもいますが、目に見えて大きな被害は「苫東厚真発電所の機能停止とそれに伴った大規模停電」「厚真町の土砂崩れ」「札幌清田区(と、私が知る限りは東区)の地盤液状化ならびに沈下」です。発電所の機能停止によって波及した二次被害の影響がどこまで出るのかは私にははかれないので、専門家の皆さんにお任せしますが、すくなくとも上記三点が「目に見えるわかりやすい被害」で、かつ、どういうかたちであれ「落ち着くのはすぐ」だと私は考えています。地盤沈下と液状化に関しては「長期戦すぎて、ニュースとして取り上げるには情報更改が緩やかすぎて風化する」が正しい雰囲気も感じますが、ともかく。外側が思っている以上に、北海道はすぐに立ち上がれるだろうというのが内部での印象です。 ですので、変に縮こまらずに普通に生活してください。経済を回してください。そういうふうに回された金でこっちは見えない部分の復興も行っていきます。虚空と喧嘩する体力・精神力があったら働いて金を使ってください。ていうか個人的にお金をください。みなさんが普通に生活することが、被災地以外では普通に暮らすことが、復興支援のひとつの方法です。
ああ、あとこれは愚痴というか文句なんですけれどもね。 私はいま一人暮らしをしていて、関東に親が居ます。こちらの地震の報をききつけてでしょうね。6日の午前5時に電話をかけてきました。当人にはすでに言いましたが、この記事を読んだ方は可能ならば拡散してほしいんですけれども、
被災側から連絡をとるまで、非被災地から連絡を一切送るな。
今回の地震、深夜・未明ということもあり、余裕のある安全確保ができませんでした。私はスマートフォン端末が数台あるので、そのうち一台をライト用に一時的に使用するなどの使い分けができました(し、寝床付近には自転車に取り付けるUSB充電式のLEDライトがあったので、懐中電灯代わりに使えました)が、必ずしもそんな環境ばかりではありません。今回に関しては、電力だって分断されていたわけですし(関西はいまだ停電、断水だそうで)、通信網だって有限です。スマートフォン端末が充電できる機会が指折り数えられるほど減っていた状況では、はっきり言って邪魔です。 文体が変わってしまって、「です・ます」に戻すのが面倒だから段落を変えたけれども。とにかく。 安全確認をしたいのはわかるが、死んだら死んだで縁者には国から連絡が行くから待ってろ。生きてりゃ生きてたで落ち着いたら連絡を飛ばせるから待ってろ。 電話に限らずメールやLINE等のメッセージ機能も駄目だ。受信するのにすくなからずバッテリを消耗し、パケット通信を使用し必要な情報検索ができなくなる恐れがある。 物流も復帰してない状況で「なにか食べ物送ろうか」もやめろ。二次本震が来るかもしれない一週間は受け取れる保証がない。カップ麺等の保存食であってもだ。というよりも水を使うたぐいのものは被災地に送るな、安定した生活用水の確保すら難しい場合があるんだぞ。 とにかく特別なことは何もするな。落ち着いたら被災地側から「これこれが足りない」って言い出すから、それまでは自衛隊や警察などの国の運営する組織に全部任せろ。邪魔。邪魔だ。結果無事だったから良いじゃねえかじゃねえ、それは結果無事だったやつが言う台詞で、無事じゃなくするおそれがある行動を取ったやつが言う台詞じゃねえ。 読んで笑ったやつ、笑っていなくても良い、とにかく、読んだお前が、貴様が、あんたが、きみが、今後そうしないとも限らないからな、肝に銘じろ。「被災地に友人・知人・家族が居ても、被災地側から連絡がこない限りは、被災地側には何もしない」を徹底しろ。
以上、文句・記事ともに終わり。
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DMM不正ログインおよびクレジットカード支払いの不正利用にあたってDMMのサポートスタッフとのやりとりをした話
不正利用がわかった時点と、わかってから
登録しているメールアドレスに大量に通知が来ていることに気づく(普段溜め込まないので増減はすぐにわかる)。 最新の通知でデジタル商品購入完了のお知らせがどうときているのですこし掘っていくとDMMポイントの購入がクレジットカード決済で行われていたことが発覚。 PCからDMMアカウントにログイン、ログイン履歴と購入履歴を確認し、見慣れぬIPアドレス(というより他に確認できるIPアドレスがすべて同じだった。基本的に自宅から接続するのが功を奏した)と、実際に購入されている履歴を確認。 正直、ここまではDMMを騙った詐欺メールだと思っていた。 不正ログインと購入確認が(不幸にも)できてしまったので、ユーザ側(行城白雪)でクレジットカード情報の削除、パスワードの変更。クレジットカード情報を削除したのは、アカウント情報の変更はDMM運営のサーバー側に残っているだろうという予測から(というよりも、「残っていないとおかしい」)。 お問い合わせフォームに行き、不正ログインよりも不正ログインからクレジットカード決済されていることが重要だったので、支払関係のフォーム、にジャンプ、その他から、
「不正ログイン被害を受けたこと」
「登録していたクレジットカードによってDMMポイントが不正購入されたこと」
「発覚にあたりパスワードを変更したこと」
「発覚にあたりクレジットカード情報を削除したこと」
「DMMポイント不正購入の取消、および、不正購入に使われた金額分の返金処理を求める」
……ことを記述、送信。 登録していたメールアドレスに、 「ログインした状態でお問い合わせフォームを開くと返信があるはずだから見て(意訳)」 ……という文面でDMMサポートからメールがきていたので確認。 「クレジットカード情報とかメールアドレス情報とかいろいろ個人情報だらけだから電話でしか受け付けてません(意訳)」 ……と��たので、意を決して電話。 半信半疑だったが、24時間ずっと中の人、つまりオペレーターが常駐しているという文字列が記載されていた。 このとき、アカウントに登録している以下の情報(の一部。登録していない情報もあるだろうとして、すべてとは書かれていなかった)が必要、とあったので、アカウント情報のページを新しいタブに展開しておいた。 求められた情報は、
「名前」
「メールアドレス」
「電話番号」
「クレジットカード番号」
「(通販もサービス展開しているため)送付先情報、住所」
「利用しているサービス、およびコンテンツ名」
「サービスの利用環境(スマートフォン/PCのOS情報や、プロバイダ名)」
「DMMポイントを購入する際の入金方法」
「ケータイ払い等で発行される決済番号」
……の9つ。前述のとおり、登録していない箇所もあったので、すべてを求められることはなかった。 用件が違えば要件も違うと思うの��、参考程度に。
問い合わせ窓口に電話をかけてみた
機械音声で案内が流されたので適切に処理。なお、処理に関しては前述の「問い合わせの返信」で指示があったのでそれに従うことも可能だった。行城白雪は念の為、ちゃんと案内をきいた。 ちなみに通話料金はかかる。が、不正利用された金額より上回ることはないので安心して電話をかけた。このとき、「もし、この問い合わせで解決しなかった場合は、この通話代もコミで、警察や簡易裁判所に訴状を出すことになるんだなあ」などと考えていた。 中の人の声と所属・名前が聞こえてきたので、問い合わせとして送信した内容を、改めて口頭で説明。 事実確認のために、まず登録しているメールアドレスを聞かれたので答えた。このときのアルファベットの確認が、軍隊式というか、例だけれど(実際のものは伏せる)「……Arabesque(アラベスク)のA(エー)、〜〜」というふうな方式だった。 その後、クレジットカード情報の確認や、サービス利用環境の確認をされた。たしょう記憶(尋ねられた順序)が曖昧だが、登録メールアドレスからアカウント情報を引っ張ってきているおかげか、登録していない情報に関しては尋ねられなかった。 クレジットカード情報は電話をかける以前に削除していたが、アカウント情報の変更履歴をやはり参照できたようだったので、(企業の諸々の体制として)一安心。 不正ログイン(突然妙なIPでログインされたこと)が運営サイドでも把握できたところで、
「アカウントのロック(ログインその他サービス全利用停止)」
「返金処理についての説明(クレジットカードの決済日の関係で、請求、口座から引き落としになるかもしれないが、返金は確実に行うので了承してほしい旨。こちらからはどうしようもないので呑む)」
「直近で利用したサービスの確認(新しく別サービスに登録されていたらしい。そちらも、もろもろの情報の削除等を依頼した)」
……についての説明を受ける。 アカウントに登録しているメールアドレスならびにパスワードを改めてリセット、どちらも情報更改するために、あれこれと説明を受けてユーザ側で実施。ここは本題でないので省略。
──キリトリセン── ……というのが、ひとまず身に起こり、処理したことの一連。 正直、不正ログインとクレジットカード不正利用を実施されたプラットフォームが、DMMで良かったな、というのが本音。 よくわからないところだったら(そもそもクレジットカード情報が抜かれていた場合はそちらの利用止めをしなければいけなかったので面倒くささが増す)日本語が通じるか、英語で説明して処理されるか、英語が通じなかったら、など更に心労が重なるところだった。そういう意味ではDMMでよかった。 もちろん、被害を受けないことが一番なのだけれど。
ひとまずは解決?といったところなので、なにか進展や変化があれば追記する。
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夏の静寂に
カラン、と音を立てて、グラスのなかで氷が倒れた。薄まった麦茶の向こう側に、彼は歪んだ世界を望んでいた。 ――夏、だなあ。 畳の敷き詰められた六畳間。小さなテーブルのうえに、茶の入ったガラス瓶とグラス、親戚の――なんといったか、彼は思い出せない――子どもが置いていったらしき、大きな字の載った漢字ドリル。扇風機がゆっくりと大きく首を振って、ぬるい風を部屋中にかき混ぜる。彼にはテレビの向こう側のものだと思われていた、豚をモチーフにした蚊取り線香受けが、窓際に鎮座していた。 ――あっ、つぅ……。 誰も居ない部屋に、一言ももらさずに、彼は右手に持ったうちわを振りながら座り込んでいた。座布団を敷いたそのうえに尻を乗せ、それでも、起き上がっているのも億劫な暑気に、寝転がりたい欲求と戦っている。 部屋を一歩出れば太陽に焼き尽くされるような熱気。室内であっても茹だるような熱波は、じわじわと彼の身体をむしばんでいた。 セミの鳴く声の向こう側に、こどもたちの賑やかな笑い声がこだまする。よくもまあ元気な、と男は一人、心中でごちる。 彼がこの家を訪ねたことに、特段の理由はなかった。彼の父の生家であり、祖母が今でも一人で生活している、彼女一人にはすこし広すぎる家に、彼が一人で赴く理由は、ない。ただ、なんとなく、都会の喧騒から外れた空気を吸うのに最適だった。電車とバスを乗り継いで半日かけてたどり着いたのは、夏休みで帰省していた彼の伯父と伯母、そして彼らの子の既にくつろいでいる古い家屋だったのは、彼にとっては誤算であった。 シャツの裾を持ってぱたぱたと扇いでも、うちわ同様、焼け石に水、特別に効力を発しないことを再認識して、諦めて彼は寝転がった。あつい、あつい。それしか言えない機械人形と成り果てている彼に、ばたばたと板敷きを蹴る音が襲いかかる。 ――兄ちゃん、カブトムシみつけた! 彼の甥はすっかりと周辺のこどもたち��馴染んでいた。一緒に遊んでいて――おそらく急いで見せに来たのだろう、と彼は当たりをつけた――、都会では珍しい、野生の昆虫をみつけた興奮をおすそ分けしに、少年は健気に駆け、そしてひとしきり見せつけおわったとみて、また外へ騒々しく出ていった。 ――おれも、もしかしたら昔はあんなだったのかねえ……。 そんなことを考えて、彼は氷の溶け切った、薄い麦茶を勢いよく胃に流し込み、 ――おれもカブトムシ探し手伝おうかー! 少年たちに混ざり込むことにした。 理由のない訪問だった。祖母孝行のためでもなかった。働かざるものどころか、穀潰しのそれであった。ならばせめて、と、こどもの思い出づくりに馳せ参じるくらいは、良いのかもしれない――そんな、彼のきまぐれ。 膝をすりむいたり泥にまみれたりと疲れ、食事をもらったあとに先の部屋にもどると、ちりりん、と小さくガラスが鳴った。 ――夏だなあ。 ぱたぱたと少年が漢字ドリルを取りに駆けてくるまで、彼は静かに、それに耳を傾けていた。
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苦虫食んで
「君はさ……私の話、ちゃんときいてた?」 職員室。放課後の喧騒を遠くにききつつ、ブラックスーツに身を包んだ新米教師・綴延が言う。対面には綴延と目線の高さこそ一致するものの交差させる様子のない男子生徒がひとり。制服は生徒手帳に記されたように、首元までシャツのボタンを留め、ネクタイをシャツの第一ボタンの位置に留め、ベルトをへその位置できっちりと締めてスラックストラウザーがずり落ちないように着込んでいる。 「ねえ、君は私の話をちゃんときいてたの?��違うものに気を取られてた? ね、何聞いてたの?」 着目点があるとすれば、萎縮するでもなく無口を貫く彼の頭髪が、赤と緑で二分割されていることだった。 「……まあね、遠方から来てるのは知ってるから、朝から放課後まで居てもらったし、授業もちゃんと受けてもらったけど、本当なら職員室で把握した時点で即時帰宅命令なの、わかってるよね。ていうか前回もそう言ったよね。……前回より派手になってるのはどういうことなの」 彼女の口から苦渋の滲む言葉がじくじくと放たれる。つい二日前にも類似した件で指導を受けていた彼に、もう一度同じことを伝えなければならないこと、聞いてる本人に堪える様子がなく、反応が一切ないことに、彼女はやるせなさを感じていた。キャッチボールのつもりでボールを投げているのに、実際はそうではなく壁打ちをしているような感情に、あやうく心身すべて沈めてしまいそうだった。 ――親御さんをお呼びして現状をお伝えするにも、お忙しいのか連絡がつかないし……。 投げ出してしまいたい難事件だった。学年主任を務めている男性教員は、この日に限って年休で職員室を離れていたのも、彼女の心労を募らせる要因を担っていた。 「君だけの問題だったら、呼び出してお説教をする、とかしなくても良いんだけど、学校っていう集団行動の場だからね……」 職員室の喧騒に紛れるように、極力口を動かさずに呟いた。口には出来なかったが、綴延個人は、流行や独自の芸術観に依って言動や外見を変えることに否定的ではなかったのが、憂鬱さに拍車をかけていた。 「君もさ、その髪色にしたいなら、夏休みとか冬休みとか、長い休みのときにすれば、先生たちも注意できないのにさ、」 「……したくて、したんじゃないンス」 職員室に招集されて、初めて彼が口をひらいた。視線は伏せたまま、じっと自身の足元をみつめながらの発言は、喧騒の波に溺れてしまいそうなほど、小さなものだった。 「起きたらこうなってたンス。黒染めしようにもなにもきかなくて、諦めてきたンス。……病院には行ってないンで、病気かどうかは、わかんないスけど」 彼は続ける。 「自分のせいじゃないことで、こんなだらだらと怒られるとか、なんのために学校来てんスかねって感じスよ。一昨日だって、自分じゃどうしようもなくてって言ったのに、聞く耳持たない感じで。……そっちこそ、何聞いてたんスか。とりあえず問題行動っぽいからしょっぴいたってのが丸わかりス」 綴延の耳が、ナナカマドの実がごとく、カッと赤くなっていく。連絡の不行き届きは職員室の面々がみな忙しいことから滞りがちだというのは、事実、学年団は言うに及ばず、教員全員の共通認識ではあったが、生徒側からはっきりと指摘されることは想像だにしていなく、そのうえ個人の思想を殺して団体主義的思考にむりやり合わせていたときに言われたものだから、彼女の感情は一瞬で沸騰した。 「親、捕まんないんスよね。帰っていいすか。生徒指導のセンセも居ないみたいスから、綴延……センセに、いつまでもおれのことを縛る権限も、ないでしょうし」 パイプ椅子から腰を浮かせて二色の頭を持つ男子は言う。綴延はなにも言えずに、その背を見送った。 「明日もこの状態だと思うんで、生徒指導室に黒染めスプレーかなんか置いて、指導担当のセンセと待っててください。どうしようもないことがわかると思うンで、特別の礼状っぽいのを出す用意も、ついでにしといてください」 非行に走るなら、さいしょっから学校になんか来ねえっスよ――彼はそういって、職員室の敷居をまたいだ。新米教師には、それを止める術を持ち合わせられなかった。
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雨雫はらり
物事には程度というものがあり、 「雨だねえ」 物事には限度がある。 「雨だよねえ」 雨が降っている。 「……でもさあ、」 水が、空から音を立てて流れている。 「これはないわ」 帰宅難民が増殖している。行きは良い良い、帰りは土砂降り。 この日の午前中は、雲もなくからっとした晴れ間が見えていた。体育のあったクラスでは屋外で長距離走があり、それを聞いたふたりは揃って、げぇ、という声を漏らした。 午後になって、雲行きが文字通り怪しくなっていった。雲行きが怪しいと思っていた矢先に――授業があることもあって、モカとシズカは窓の外をみることがあまりできなかった――、音が教室に響くほどの大雨。窓ガラスを叩く粒は次第に地上に溜まっていき、授業間の休憩時間に「一部の世帯で冠水」「バスが一時運転見合わせ」と校内放送が流れる有様だった。 「たしかに最近暑かったけどこれはねえわーッ!」 モカが叫ぶ。教室には部活動に精を出さず帰宅もできない者たちが収容されていて、道路上から水がはけるまで校舎から出るなというお達しまで出ていたのだから、彼女の――ひいては、その教室にいる誰しもの――叫びは、驚きこそ誘いながらも、非難されるものではなかった。 「まあまあ、モカちゃん。一応、ちょっと弱まってきてるっぽいし……」 性格と名前が一致している、としばしばからかわれるシズカが、モカをなだめる。この急な雨で、癖毛気味の彼女の髪はうねり、帰宅難民の生徒を監督するために見回りにきている教員が一度、生徒指導室に連れ出そうとするくらいには、緩やかにウェーブがかっていた。 ふたりとも、午前中には指定ブレザーを脱いで身軽にそこここを動き回っていたが、午後に入り、食後の眠気やけだるさ、そして唐突な気候変動に襲われたことにより、上着を羽織ってちいさくまとまっていた。普段どおりの、落ち着いた気候であれば、上着を脱ぎ、リボンを緩め、ブラウスの第二ボタンまでひらき、ふへぇー、と息をもらしながら、バスに乗って下校している最中であるはずの彼女たちは、よりにもよって――と彼女たちは思っていた――緊急の課題もなく、定期試験も終わったばかりで、模試等があるわけでもない、まったくの閑散期に、このような事象に襲われた彼女たちは、完全に暇を持て余していた。 授業の予習や復習をする、という思考は、最初からなかった。 「いっそさあ、」 モカが沈んだ口調と伏せた目でもってシズカに話を振る。 「靴も靴下も脱いで、ばっしゃばっしゃしながら歩きたいまであるな」 「モカちゃん野蛮」 一刀両断。シズカはモカ同様に手持ち無沙汰であったが、かばんで隠した電源タップと携帯電話端末を繋いで充電しつつ、他校の生徒と連絡を取り合っていた。そちらもおおよそ類似した状況で、なにか進展や実入りがあるわけではなかったが。 しかし、一刀両断しつつも、シズカもこの状況に関しては打破したい気持ちだけはあった。なによりも暇なのは、そう、建設的でない、暇という現象は、無駄以外の何物でもなかった。部活動に入っているわけではない、なにか委員会活動、生徒会活動をしているわけでもない。そんな彼女、彼女たちに、「時間はあれど何もできない」という事象は、毒でしかなかった。 「……いっそ、大掃除でもしちゃう?」 それは、ぽつりと出た言葉だった。教室中に響くほど、大きな声でも――ましてシズカの声量は、教科書の音読の際に教員に「声が小さい」と苦言を呈されることがあるほど、通りの悪いそれだ――なかった。それでも、その教室にいた誰もが、首をぐるりと回して、モカとシズカのいる位置をみやった。 良いね、それ――それは誰が発した言葉だったのか、シズカもモカもわからなかった。もしかしたら、自分たちのどちらかが言ったのを、他人が放ったかのように錯覚したのかもしれないとまで思っていた。 はやかった。まず掃除用具入れの近くに居た男子生徒が、バケツを引っ張り出して水を汲みに行った。それを待つ間に、その場にいる生徒全員が、掃除用具すべてをひとまず出した上で、机や椅子をまず教室の後ろに一斉に動かした。黒板付属のチョーク受けに乗っているチョークをひとまず避難させたのちに、教壇と教卓も一度、廊下側にまとめてずらす。それぞれの荷物はすべて、机の上――に乗せられた椅子の座板部――に一時退避。そうしているうちに、水を汲み終わった男子が帰ってきて、一斉にバケツに雑巾を投げ入れる。濡らした雑巾を絞って、床を拭く人員と、窓を拭く人員とに分かれる。いつの間にか運動着に着替えているものもいた。 三十分後、見回りにきた教員が目を白黒させていたのを、誰もみていなかった。大掃除は教室前部が終わり、後部に差し掛かろうと机椅子、教壇や教卓を動かしていて、廊下からちらりと覗き見るくらいで、ほとんど気配のない大人の姿など、視野にいれる理由がなかった。 いっそ古い掲示物も整理して捨ててしまおうか、いやそれはたまにノートを忘れてきたやつが古い掲示物の裏をメモ帳代わりに使うから困る、といった小さな論争も起こった。そもそも忘れてくるやつが悪いとか、ノートくらい購買部で買えとか、そういった理想と、どれだけ気をつけていてもノートを忘れてくることはある、ノートが残り少ないのを忘れていてとか、誰にだって事故はあるんだから、対処療法の道は残しておきたい派閥の、小さな諍い。結局、教卓の内部の小さな棚にまとめて仕舞い込もうというところに落ち着いた。わずか二分の小さな紛争。 それが終わった頃には、机・椅子の配置も、教壇・教卓の配置も元通りになっていた。モカもシズカも途中から運動着に着替えて、気温が下がって寒いと嘆いたはずの若き肢体には玉のしずくが浮かぶほどだった。近隣の教室に居た生徒たちにも波及し、廊下を通してがたがたわいわいと声が響く。 「はぁー……楽しかった」 楽しかった――掃除が楽しいと思ったのは、すくなくともシズカにとっては初めてだった。自発的に行うそれが、こんなにも楽しいことだったなんてと、驚きすらあった。自室の掃除も、学校での節目ごとの大掃除でも、こんなことを思ったことはなかった。おそらくこれからもきっと、楽しいだなどと思うことはないだろうと彼女は思う。それでも、このときばかりは楽しいと、そう思えてしかたがなかった。 シズカが教室中を見回す。人数でいえば両手で埋まるほどしか居なかったはずで、その全員が、特別に仲のいい者たちではない。生きている世界が違うとまで思うクラスメイトだって居た。それでも、こうやって手を取り合って、協力して、楽しかったと思える空間を作れた事実を、全員が共有できているように、彼女の目には映っていた。 ――ありがとう。 空の涙は、もうみえない。
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Detail of YUKISHIRO Shirayuki
【自己紹介】 行城 白雪(ゆきしろ しらゆき) サークル Weiße Rosa FabriK 主催 #cb8584
同人小説、ファンワーク・ノベルを書く。 教員免許状(高等学校 - 外国語・英語)保有。 日本語文章の校正、英語を使用したワークスの依頼募集中。 普段の活動や文体はTwitterやpixivを参照ください。
【リンク】 ・Twitter ・mstdn ichiji.social ・pixiv ・pixiv booth デジタル同人誌頒布中 ・window p~ce 制作協力(英歌詞提供、校正)
【注意】
・一次創作、二次創作を問わず、無断転載は禁止。ページURLを引用しての紹介・レビューは歓迎。
◎TLは自分でつくるもの。フォロー・フォロー解除・ブロック・お気に入り・RT, リプライ等はすべて自由。
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ヒメゴトタカラバコ - いちくらワンライ
爺さんに言われて、蔵の掃除をしていたときのことだった。小さな――といっても、大きさにしてハードカバーの小説くらいの大きさと厚みはあった――古ぼけた木箱が、ぽつんと、他の収納物の間に収まっていた。なんだこれ、そう思いながら右手で持ち上げると、余白の少ないスペースで、なにやら、がたがたと音を立てて、内部で動くのがわかった。親父の古いエロ本かなにかかと、もしそうなら母さんに言って、夕飯の肴にでもしてやろうか、でも父親の、昔のそれとはいえ、性的趣向を知るのは、なんだかなあ、などと思いながらも、蔵の掃除に戻ろうとした。木箱はわかりやすく表の、蔵入り口の真横にでも置いて――そう、考えて。 ――やっぱり、気になる、よなあ。 持ってみて、木箱の重さそのものは、あまり問題には思えなかった。片手で持てるほどの、せいぜい缶ジュースくらいの重さしかないそれの、中身。特別に施錠されているわけでもない、小さな箱。こどもの宝物入れにしては上物にも思えた。仮に何かしらの方法で開封できないまでも、そうなれば、入れ物は破壊すればいいだけにも思え��いた。なにせ、そのとき、季節ごとに要不要をわけられ、その時期には使う理由のない、つるはしやらスコップやらが、周囲にゴロゴロと転がっていたのだから。 右手に持ったそれの、口に手を、指を、かける。必要以上に力を入れることなく――どころか、プルタブ式の缶詰を開けるよりも容易に――開いてしまったそれに、なんとなく拍子抜けしながら、内容物に、さらに毒気を抜かれたのを、いまでも簡単に思い出せる。 一冊の、古いノート。 名前も、なにか題名のようなものもない。これが親父だったり、あるいは叔父さんのものだったら、きっと何かあっただろう。すくなくとも木箱に入れてあるくらいには、爺さんや婆ちゃんが大事にしていたものなのだ。夏休みの日記なり、親への感謝の手紙の草稿だったり、いろいろと思索をめぐらせられるところだった。でも、無題だった。リングノートでもない、メモ帳のようにぺりぺりと剥がせるタイプのノートでもない。綴じられている、それ。 箱から取り出して、裏表紙と、無意味だが、字の書けそうもない薄い背表紙にも目をやる。三十枚綴じのノート。 表紙をめくる。裏写りした、黒い線がうっすらと見て取れる。けれどそれは、こどもの書くそれではない。みみずの這っているのでもない。明確な意志と、理由があって書いている、それ。縦書きではない。罫線に沿って、横書き。 めくる。 懺悔、と、冒頭に出てくるものがあるか。――このとき、律儀にも一文字目から読み始めてしまったことを後悔した。 懺悔します。 私はついに、あの人と結婚できる。ついに明日、あの人と愛し合っているのだと世間に知らしめる儀式を、行うことができる。私は心底愛して、そしてきっとあの人も、私を愛してくれている。それはわかっている。それでも、私は、そうなるにあたって背負った罪を、こうして書き殴らなければ、書きなぐってしまわなければ、どうすることもできずに、狂ってしまう。 けれども、その罪を赦してもらおうだなどと、思っているわけではない。吐き出して、唯、吐き出して、この寄る辺のない闇をすこしでも、遠ざけたい一心で、書く。 私は、 閉じた。無理だった。理解はできる、文字情報として脳が処理することはできる。そうして処理された情報を、受け入れることができなかった。吐き気などでもない、目眩でもない、いや、あるいは吐き気も目眩も同時に起こっていて、けれどもそれ以上に、その情報に脳が冒されていて、そうだと判ぜなかったのかもしれない。 これは、誰の書いたものだ。これを、懺悔ノートを、ともすれば手紙、ともすれば日記、ともすれば遺書。これを、書いたのは、誰だ。 考えられなかった。考えたくもなかった。 私は、あの人の、かつて愛していた人を、殺して、横恋慕して、その位置を、奪い取った。 私はあの人を愛していた。それは幼少期から、隣近所に住んでいて、家業たる農業の手伝う姿もしばしば見られて、人当たりの良い、けれども年相応に、あるいはすこし幼稚なところもあったが、��れでも、私は、あの人から目が離せなかった。羨望だったのかもしれない。憧憬だったのかもしれない。あの頃の感情はもしかしたら、恋慕のそれではなかったのかもしれない。 それでも、あの人が許嫁とやらを持っていて、どうやらその人と婚儀を行うのだときいたとき、私の心は絶望に染まったのが他人事のように見て取れたのだ。 私が隣に居るべきだと思っていたわけではない。ただ、あの人がそれを話している姿がいつもの朗らかな笑顔ではなく、痛々しく叫ぶような、くしゃりとした面で言うのだ。結婚をすることになって。 私はあの人が今にも泣きそうなのが信じられなかった。直視できなかった。したくもない婚儀をさせられそうになっているあの人をどうにか救いたい。 村の習わしで、婚儀に向かう男女の御披露目が婚前にあたって行われることを思い出した私は、許嫁とやらに近づいて、めでたい席故にと酒を溺れるほど飲ませ、山に連れ出した。千鳥足も良いところの許嫁氏は疑いもせずに私についてきた。そこが見通しの悪い山道で、木々生い茂り月明かりの通らぬ途とも知らずに。 翌朝、死体となって泥だらけで見つかった許嫁氏のことを聞いたあの人のなんとも言えない表情が容易に思い浮かぶ。望まぬ婚儀を避けられた喜びと、伴侶となる予定にあった人が亡くなったという事実を悲しむべきだと、せめてそれが演技だとしてもそう振る舞うべきなのだとわかっている、その、苦い表情。 亡くなる直前に会っているのを見られているのが私だったがために、村では私のことを疑う者が少なくなかった。酒を飲ませていたのも見られていただろうし、介抱に外へ連れ出したのも見られていた。それでも私は無罪放免に至った。なにせ何も見つからない。私は千鳥足のあいつを、ほんの冗句とともに小突いただけなのだ。山道から滑り落ちたなど、私が直接したことではない。勿論、そんなことは言わない。私はただただ、介抱していたらもう大丈夫だと言った、自分も飲みすぎていた自覚があったためその日はそのまま帰ったと。 許嫁氏の四十九日がすぎて、婚儀に至っていなかったあの人は喪に服する必然性もなく、普段に戻っていた。普段じゃないように取り入ったのが、私だった。村のものとの体面もあったから、わかりやすく取り入ったことはない。ただ、事あるごとに、なにかあれば相談に、と言いくるめていただけのこと。そうしてあの人は私のことを信用して、信頼して。 私はあの人を奪った。あの人から、普通の幸せを奪い、不幸にしたのち、私の幸福を叶える道具に仕立て上げられた。私はあの人を愛しているし、あの人も私を愛しているだろう。けれども、この事実は、どうしても捨てられない。あの人の心に、私の心に、残り続ける。どうしてもだ。 どうしても言いたかったことがある。あの人に、私を選ばないほうが良い、必ず不幸になる。しかしそれを言えなかった。言ってしまえば私のもとをあの人は。それが怖かった。私はあの人を手放せない。 だから、これは、この過去は此処に。もう二度と、私とあの人の目の前に、こんなことがないように。 この罪は、仕舞い込んで、たまに私に突き刺されば良い。
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Lying lie - いちくらワンライ
ほんのちょっとの、悪ふざけにもならない、冗談のつもりだった。 「好きな人が、できたんだ」 それはエイプリルフールの嘘。入学式準備のために新入生の教室を整備するとかいう名目で教員から呼び出され、暦はもう新年度なのに昨年度の学級組で集められ、かつて自分たちが使っていた教室の掃除と整頓、それから、新入生であることを示す、胸飾りの作成をさせられる日。この登校日こそ、エイプリルフール、真っ赤な嘘だと信じたかったくらいだった。ぼくと彼女は幼馴染で、必要もないのになぜか親同士が仲が良くて、必然、一緒に居る時間が多かっただけの、特に変哲のない関係性だった。 ――はずだった。 隣を歩いていた彼女が突然立ち止まった。新入生の机の上に置く、字と簡単なイラストが両面に印刷された紙の束を両腕で抱え込んだまま、心なしか伏し目がちで。折り目正しいスカートは持ち主の性格を表していないものの、傍目には清廉、清純だと認識されがちのその姿が、一転、悲壮の風を漂わせていた。 「……き」 小さな声。かろうじて言葉尻だけ掴んだものの、改めて聞き返すのは憚られた。 「……うそつき!」 振り向かずに走り去っていく彼女の背を、ぼくはただ見守るしかできなかった。 教室に戻ると、ぼくに向けて冷たい視線が半分、生ぬるい視線が半分、そしてどうでもよさそうに掃除しているのが数人、という状況に置かれてしまった。どうやら彼女からなにか聞かされたらしい。あるいは彼女がそれだけ挙動不審で、何人かで聞き込んだか。いずれにしても、ぼくにとってはその環境は針のむしろ、居続けたいところではなかった。 人目につかないところに連れて行かれて、声も涙も出なくなるまで殴られる、ということには、ひとまずは、ならないようだった。それだけは救いだった。とはいえ、彼女から何を得たのか、ひとまず知っておきたかった。知っておかないと、なにもできない。 ――信じてたのに。 ――あんたら、最終的にはくっつくんだと思ってた。 ――エイプリルフールの嘘だろ、知ってるぞ。 ――でも相手が悪かったんじゃないか、その嘘。 ――結婚の約束までしたのに、って泣いてたよ、あの子。 うそつき。なるほど。と、それだけははっきりとわかった。つまりぼくは、かつて彼女と結婚の約束をして、彼女はそれを覚えていて、でもきっと幼かったがゆえにぼくは覚えていなくて、進展もないまま、突然振られた。彼女にとっては、ぼくから出た好きな人が居る���いう宣言はつまり、きみとは一緒になれないという宣告に他ならなかったということ。 ――なんだかなあ。 そもそも、兄弟が多いせいで男っぽいというか、多少がさつなだけで、自分の恋愛対象が女だという事実はないのにも関わらず、だ。なぜこうも公然と「あの女二人はいつか結婚するような、ただならない仲だ」と知らしめられているのか。すくなくともぼくは彼女を特別扱いしたことはないし、彼女だって、たぶんそう、特別扱いは……あったから、こういうことになっているのだった。認識の相違というか、幼き頃の記憶はどうして簡単に薄れるのか。 ともかく、ぼくから言い訳のように「エイプリルフールの嘘だった」と言うのは、すくなくとも直接には無理そうだったので、彼女と仲の良い――というか、ぼくよりもずっと長い時間を過ごしている同級生だって居るだろうに、なぜぼくに固執しているのか――人に言伝を頼んで、ひとまず距離を置くことにした。登校日といえど、まだまだ春休みのただなか、すこし日をおけば、ほとぼりというか、冷静さを取り戻せるだろうと、そう思ったのだった。 始業式に後ろから刺されて即座に入院させられたのは、予想外の結末だった。うそつき、うそつき、うそつき……彼女はそれだけを延々とぼくに突きつけて、そうして二度と、会うことはなかった。 二十年後、ぼくの息子と恋仲になった娘さんが、よもや彼女の子だと知らされるだなどとはつゆ知らず、すっかりと忘れていた事実だった。
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Melty
「ね、どうだった。気持ちよかった?」 明かりの点いていない暗い部屋。そこにはベッドが一基あり、そのうえには女が二人、寝転がっていた。 長い黒髪を白の上に伸ばした女。彼女は寝そべりながらも肘を立て頬杖をついて、対面に転がる女に声をかけた。 茶髪を肩甲骨に合わせて切り揃えた女。彼女は静かに、彼女の質問に抱擁で答えた。 「そ。良かった。ちゃんと取っておいてね、って言ったの、守ってくれてたみたいだし、おねーさんは嬉しいぞー」 抱きつかれた黒は茶を包むほどに強く返した。二人の体躯は大きさに差はおよそないに等しかったが、性格や、物理的には腕の長さが関係して、黒がしばしば包み込む役柄を担うことが多かった。 ほんの数分前まで、互いを貪っていたのが、嘘であったかのような、夢であったかのような静寂。汗まみれであることを意に介さないその抱擁は、茶にとっても黒にとっても、むしろ安堵すら与えるものだった。 「……これで、しばらくお別れだけど、」 黒が言う。彼女は、茶とともに過ごした、生活した街から、発つことが決��っていた。此の日は、出奔する前の片付けに本格的に入る前の、最後の落ち着いた休みとして扱える日であった。だから、黒はその慌ただしさの前に茶とともに過ごしたかったし、こういったことに誘うには十分すぎる理由にもなった。 「きみには、私みたいな女のことを、本当は忘れてほしいんだけどね」 黒と茶が出会ったのは部活動の先輩・後輩の関係としてだった。恋愛関係のパートナーとして強く迫った黒に押し切られる茶、というのが、ふたりの始まりだった。 明るく奔放な先輩と、引っ込み思案でおとなしく口数少ない後輩。お互いに目立った容姿を持ち合わせているわけではないため、学校内でその関係性が物語られることはなかった。静かで物怖じしがちな後輩を気遣ってサポートする先輩、程度の認識をされていた。だから互いに、男性との関係はあるのかないのかと、友人にしばしば問われることも多く、しばしばはぐらかさねばならない憂き目にもあっていた。 「でも、きっと君は忘れてくれないんでしょう。なんなら、私の居るところに、行くところに来る気なんだろうな、って」 茶の頭を抱きしめ、目を伏せて黒は続ける。 「無理やり付き合わせてるって、負い目じゃないけど、やっぱりさ……こういう関係は、ヒトに言えないじゃない。だから、これは夢の時間で、みんなが言うように、彼氏つくったりとか、しなよ、って、言うつもりだったのにさ。きみ、すっかり私のこと大好きじゃんか」 後頭部を抱きしめる力が強くなる。秘めていた言葉と、言い漏れていた愛情とが綯い交ぜになって、黒は二の句を紡ぐのにすこしの時間を要した。 「来るつもりなんでしょ。一年越しだとしても、追いかけるつもりなんでしょ。だから、待ってる。待ってて……良いんでしょ」 茶はつよく、黒の腰周りに回した腕で抱きしめた。一度、二度と力をこめたのちに、右手を下に動かした。 「……なによ、したりないの? それとも、私に忘れられないように?」 くすくす、というふうに黒が笑う。茶の存在を忘れるなど、その痕跡など、既に深く刻み込まれて風化させることなどできないのに――続けずに、黒は茶に応える。互いに互いを忘れないように。ただ、あるものをあると、自分に知らしめるために。 春。それは出会いの季節である。同時に別れの季節でも、ある。だから二人は一度別れて、そしてまた出会うために、爪痕を残し合う。 まるでマーキングみたいだった――そう黒が思ったのは、彼女たちが再びまみえた夜のこと。
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「動かないで!」 - いちくらワンライ
そこは戦場だった。 空高くまでのぼる煙。風にのって広がる火薬のにおい。ひとたび砲弾が放たれる度に人��の腹の底に、骨の髄に響く振動��轟音の合間に微かに聞こえる人の泣き叫ぶ声。大地に染みる、真っ赤な血。地面に寝そべったまま動かぬ人、人、人。 人。動かぬ、人。 そこは、戦場だった。 複数の陣営が設立され、おおまかに二つに別れつつも共同戦線が張られる。小隊が寄り集まり一つの大隊を形成し、同じように形成された別の大隊と殺し合う。どちらかが壊滅するまで――あるいは、全滅するまで――継続する大戦(おおいくさ)。壊滅・全滅以外の結末は迎えない。神の所業の如く、どちらかの人間に都合の良い終わり方は迎えない。ただ無慈悲に、どちらかが、どちらかを屈服させるのみ。 小さなキャンプが、戦場の只中に点在していた。あるところでは森に紛れるように。あるところでは土を掘った洞穴の中に。あるところでは破壊された建物の残骸を、雨風を凌ぐ用途と別に、簡易の野戦病院として用いていた。 「動かないで! 止血が終わらない、で、っしょ!」 その中のひとつでは、中規模な屋内集中市場(サブ・マーケット)の残骸を女、子供、老人の避難所としつつ、怪我をした兵士らを治療する野戦病院としていた。マーケットの商品はおよそ兵士に既に徴収されており、残っているのは建物としての機能がほとんであるが、市場としての価値が欠損している以上、他陣営の兵が襲ってくることはないと彼女が値踏みし、人々を導いていたのだった。 「そこのあなたも! かろうじて繋がってる指、ちぎりたいの!? 嫌なら黙って寝てなさい、くっつかないまでもちょっとはマシにしてあげるから!」 ザジ、ゲラルシ。彼女は医術の知識も、負傷した兵士の介護の知識も、そして当然それらの経験もない、農民の娘だった。彼女の父、母はともに怪我も大病もなく、兄弟姉妹、そして本人ともども同様に、大きな肉体的な損傷というものを経由したことはなかった。ただし、親類に限ってはその限りではなく、そちらから聞いた内容をどうにかこうにかと思い出しながら、兵士の怪我を介抱していた。食料はともかく、消毒用の薬品や治療器具がすべて兵士陣営に持っていかれなかったのが、数こそ多くなくとも残っていたことが、ザジは救いだと考えていた。 ――自分が受けた傷ではないから……自分が死ぬまでは……戦える……! 武器を持つことはザジには選べなかった。誰かを傷つける戦いは、自分には荷が重すぎると、およそ実行できることではないと、彼女は自己評価していた。 だから、戦うならばこちらの道だと、開戦の噂が流れ始めた時点で考えていた。誰かを助ける戦い。死なせない戦い。どれだけ血が流れても、助けられる人たちは助けたいという意地。彼女の兄弟は戦場の中心に旅立った。帰ってきてくれれば良いと彼女は祈りつつも、その期待は裏切られるだろうとも思っている。妹と母は同じくマーケットに避難��ているが、ザジと異なりただ震え、泣いて時を過ごすばかりだった。恨むことはせず、ただ可哀想とだけ、ザジは彼女たちを捨て置いた。父は亡骸として帰ってきた。そのことを、ザジは家族の誰にも伝えていない。伝えたところで、何も好転しないことを知っていたから。 死なないことと生きることは違うけれど、それでも、死なないところから生きられるようになるかもしれない――ザジはその希望を胸に、兵士の腕を、脚を、胸を、頭を見、診、治療する。素人がてらにでも、治療件数と経験が増えるにつれ、手際がよくなっていた。だからこそ、助かる人と助からない人の見当もつくようになっていた。 ――より多くの人を助けたい人だけ手伝って! 彼女が野戦病院の機能を持たせようと思ったあと、避難民に対して叫んだ言葉。助けられない人と助けられる人の分別をつけて治療できる人員を募る言葉。それに賛同したものは、決して多くなかった。医療技術は男のためのものだったし、子供達は教わるような齢に達しているものが居なかった。体力のある女だけで行う治療行為。知識だって経験だって多くない。文字は読めても過去の症例研究などをする余裕は――文献を探すために誰それの家に行く、という外出行為をとることは、すなわち戦場へと足を踏み入れる行為と等しいために――なかった。 そんな出たこと勝負、勝ち目なんてあったものではない治療人員募集に、要治療者に比べて少ないとはいえ、両手に収まらない程度の志願者が出たのは、ザジにとっては僥倖だった。 ――戦える。女だって、戦える。 男が戦場に出て、狩りに出て、畑に出て、女は家を守る。男ばかりが命を張って、女は家でのうのうと……特に若い男がしばしば持ち出す言説だったが、ザジはそれに真っ向からぶつかっていた。 「よし、あとはしばらく安静にしてて、できるならゆっくり眠りなさい。傷が塞がるまでは、起き上がったり、まして武器を持ったりなんて考えないで。いいわね?」 痛みで意識が明滅する男の包帯を留めてそう声をかける。男がうなずいたのをはっきりと視界に入れて、彼女はまた新しい患者のもとへと駆けた。 ――まだ、まだ戦える。傷つく人が来る限り、私はまだ、戦う。
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あまからに - いちくらワンライ
初めて彼女の家に行ったときに、簡単に家探しをした結果、見つかったのは大量の砂糖だった。 「五キロて」「……てへ」「五キロて」 きいていくと、どうやら毎日三百グラムずつ消費しているらしい。いや、いやいや。不健康が極まっていた。炭酸ジュースを飲むでもない��脂分や塩分の多い食事をとるでもない、過食でも少食でもない。でも砂糖だけは大量にとる。 ふむう、と私は声を漏らしていた。なにせ五キロである。すべてを一度に使って料理するなどあってはならないし、そもそもとして、その十分の一ほどの量であっても、どれだけの頻度で使えば底をつくのかわかったものではなかった。 「とりあえず砂糖は没収です」「えー」 えーじゃない、と私はついつい声を荒げてしまった。声量がでるほうではないけれど、看過できるわけがなかった。 五キロなのだ。米か。 捨てるわけにもいかないので、とりあえず持ち帰ることにはした。砂糖なしでも甘さを感じる料理はあるのだからと、いくつかピックアップしてレシピを印刷、台所に���った。次に砂糖をキログラム単位で購入した場合、強制的に心療内科併設の内科を受診させると宣言して、ひとまずは彼女の家を出た。 翌日、大学で出会った彼女の持ち歩いているドリンクが甘味料がドバドバと混入されているものとなっていたため、条件と若干異なるものの、講義をスキップして病院にかからせた。これはもうだめかもしれんねとは、付き添いで行った診察室で後ろについた看護師の言葉だったが、おおよそ否定する要素がなかったうえに、彼女には聞こえていなかったようなので、返さなかった。 なんだかなあ、と思ってはいた。年相応ではない立ち居振る舞いの多い子ではあった。なにやら重たい家庭事情もあるようだとも遠巻きにきいていた。ただ、精神性とでもいうのか、あるいは情操教育の補填とでもいうのだろうか、そのあたりのことはどうにかなっても、もっと根幹の生命の危機とか、健康・保健という分野に関しては、他人からどうともできない、もっとはっきりと自覚してもらわなければならない範囲の話なのだから、そこはもう一般学生である私たちには及ばない。専門の医療従事者に任せるほかない。 とはいえ、だ。これを実施するまでに幾人もの同期たちが、なぜだか私に彼女のことを相談してきていた。カウンセラーでもないし、そちらの学部でも学科でもない私にだ。面倒見がいいとでも思われていたのだろうか。 ただ私は、自分ができないことを自分でしないための知識を持っていて、 ただ私は、自分が責任を負いたくないことに於いて他人に投げつけるという胆力をどうにか身につけていたというだけの話。 それを頼りにされるのは、なんとなく腹立たしかった。 結局――自分が連れて行ったこともあり、その後も幾度か通院に付き合って、経過を都度々々教えてもらっていた。入院とはいかないまでも、服薬とカウンセリングは継続になった。依存症という診断だけ、とりあえず私のところにはきていた。それ以上は、親類ではない私には関係ないからと、ある程度のところで距離を置いた。私だって人間で、彼女とは違う未来があって、そのための力を、技術を、知識を、たくわえるために大学にはいったのだから、当然だと思っていた。 どうやらそれが気に入らなかったやつらが居た。面倒だ。面倒だ面倒だ。気に入らないなら残り全部やってくださいねと、とびきりの笑顔と中指スティックアップで応えてやった。自分がやらないくせに、いったい何をどうしてふざけたことを言っているのか。それをやるべきは本人、せいぜい家族で、他人である私は迷惑を被りたくないから自衛としてやっただけのこと――なにせ、一期、一セメスター、一クール、だけとはいえ、グループになってしまったのだから、ある程度管理は必要だった。それをするのが私である理由は必ずしもあるわけではないが――。それをよもや当然の行為として他人に押し付けられるだけの傲慢さで以てこちらに押し付けられる筋合いなど、まったくもってない。とんだ甘ちゃんである。どうやらそれで生活できていたのだろうから、とんだ甘党である。 砂糖はもうこりごり。塩をちょうだい、塩を。ぴりりと舌にこない程度の量で。 五キロの砂糖は結局すべて捨てた。うず高く積もった白い山は精神を不安にさせかねないと一晩ともに過ごして悟ったからだ。 しかしまあ、と私はすこし考えた。思い描いた道筋とは違う幕引きになったとはいえ、これは悪くないカーテンコールなのではないかと。ちょっとでも深い関係になろうという意図があったがゆえの家探しで、蛇をつついてしまったのが功を奏した。 次はもうすこし、からめにみておかねば。
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英雄譚 - いちくらワンライ
「子供の頃、僕には憧れているものがあったんだ」 「……ちょっと待って、それどっかできいたことあるんだけど」 突然コントが始まるところだった。あぶない。私は右目をこすりながらトシツグの話の続きを促す。 「で、そういう聞き覚えのある言葉を吐いたってことは、ちゃんと続くものがあるんだと思うけど、」 もちろん、とトシツグは強く頷いて――しかも目をつむってしたり顔だ――私の目に視線を合わせて続けた。 「英雄に憧れていたんだ。誰にも認められる、優しい英雄だ。悪をくじき弱きを助ける、強くて優しい人に、なりたかった」 目をつむって、自分がこれから格好良いことを言うぞ、という雰囲気に浸っているように見えるだけの、なんの格好良さもない、同じ歳の青年の顔を、私はうまくみることができない。右目が痒い。 「でも、だんだんと気付いていったんだよ。僕は英雄になれない。そりゃあそうだ。目に見えてわかる悪なんて居ない。あるのはただ、なんとなく生きる、死なない、っていう日常だけ。それは僕にとって、英雄になりたい、幼い僕にとっては、とってもつまらなくて、とっても絶望だったんだ」 目は開かない。口ばかり蠢くその顔を、私はとても、 したくて仕方なかった。彼は、トシツグは、けれども��勇者ではないから、普通の人だから、私がどういう状況か、状態か、気付いていなかった。 「だから僕は、誰かの英雄になろうと思ったんだ。誰かにとっての、わかりやすい善で、強くて優しい人に、なろうと、」 目はひらかれない。悦に入っているのが、おそらく誰から見ても、わかる。彼は夢を語るのがとても好きな、心優しい青年だった。少年の頃はとってもやんちゃで、怪我をするのは日常茶飯事で、よく彼のお母さんが怒鳴っている声が村に響いていた。ただ、歳の近い男の子同士の友情は、すくすくと育まれていたのだけは、村のみんながわかっていた。 「……なあ、僕は、君の英雄になれないかな」 弱々しくも芯のある言葉だった。これは要するに、結婚してくれと、つがいになって、ひとつの家庭を紡いでいきたいと、そういう提言なのだろう。目はまだ、閉じられたままだった。不安や緊張を隠すために、視界を閉じるという行為。 右目が、 「どうだろうか、僕と君となら……」 「ごめんね」 ひらいた。右目がひらいた。彼の前では初めて開かれる私の右目。彼も私も物心がつく前に怪我で見えなくなったと、そういうことにしていた右目が、彼と出会う。 彼とは二度と会うことがなくなった。なくなってしまった。私の右目は彼の生命力を食べて、彼は私の右目に生命力を食べられて、そして最後に残るのは、体中の水分がなくなった、彼だったもの。その残骸に私はかしずいて、歯を立てる。 ――いただきます。 挨拶は心のうちで。これがはじめての私の食事になった。人間というのはひどく甘くなめらかで美味しいというのが母の言い分だったけれど、そんなに美味しいとは思えなかった。どことなく、苦い、という表現が適切に感じられた。甘くは、ない。 ――英雄になるのなら、たとえ誰かの、ひとりのためだけの英雄だとしても、そうなるのなら、やっぱり、これくらいは耐えきってもらわないと。 彼のことは、小さなころから知っていた。彼がおしめを取り替えられているのを実際にみていたし、彼が初めてつかまり立ちをしたときだって、私はこの目で――何の力もない、視力という、ただ世界をみるだけの機能しかない左目で――たしかにみていた。 ごりごりと骨を噛み砕く。母はこれが美味しいと言っていたけれど、この何も知らない人間を無抵抗に蹂躙するのが、たまらなく味覚をそそると言っていたけれど、私にはわからない。 ――人間が、悪魔に恋するなんて、身の丈の知らないことをするから。 右目の役割はひとまず終わった。もはやみえるのは、トシツグの居ない、太陽の見える丘。緑色が一面に広がった、村を見渡せる小高い陸地。すこし首をかしげるだけで、人、人、人、人の群れ。夕方の市が閉じられるのか、青果店のケンゾウさん、渡来の野菜専門のケイさん、反物を扱うキヌさん――ほかにもいっぱいの人が、それぞれの軒先でばたばたと片付けに奔走しているのが見える。 ひとりではできないことを、助け合ってできるようにする。それが人の在り方。 ――けれど、 けれど、それはとても不便で、合理的だけれど、不条理な理。 私は��だ幼いと、そういう自覚があるけれど、人間というのはもっと未熟で、矮小で、脆弱な存在だというのが、みてとれる。 その在り方を続けるために、その合理的で不条理な世界を在らせつづけるために必要な目が足りない。 右目に触れる。しばらく開かれることがないだろう、母譲りの、精力喰らいの目。 ――子供時代に英雄を志した者は、きっと数多く在れども、 視線を上げる。橙に染まった見果てぬ空。それを忌々しく、視界に収める。これが私の壊すべきモノであると、自分という存在に強く刻み込んで。 ――よもや、ともに成長したモノのなかに、倒すべき悪が……否、世界に害を為す「当たり前」が、居るだなどと、きっと誰も、想像しなかったでしょうね。 子供時代をともに過ごした、身の丈だけは同じ歳にみえた男の亡骸は、もうそこにはない。あるのは、ただ一柱の悪魔だけ。私は、英雄の存在を赦さない存在。 ――さあ、私に仇為す英雄は、どこ。
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春の夢
春になると桜を見に、秋になると紅葉狩りに行ったりした。 夏には海に遊びに行ったし、冬はスキーをしに山まで家族で行ったりした。 学校でもいつも同じクラスで、小学校ではともかく、中学校に上がったら、すごく冷やかされて、めんどくさいなあ、誰が誰と居たって別に良いじゃん、って思ったりもした。きっと、君もそうだったんだろうね。入った部は違ったけど、帰りはいつも一緒だった。分かれ道でずっと話し込んじゃって、帰ったらお母さんに怒られて……次の日に、やっぱり、ってふたりで笑ったりして。 君からは、私はどういう風にうつっていたのかな。きょうだいかな、それとも、腐れ縁かな。 高校で初めて、お互いの進路がばらばらになって、登下校が一緒にならなくなって。夕飯をどちらかの家に食べに行くなんてこともなくなってしまって。年中行事みたいになってたスキーも、海も、花見も、紅葉狩りも、全部、全部、なくなって。虚しいって、こういうことを言うんだなぁ、って、そう思うようになっていった。 桜をみるたびに、咲いている風景じゃなくて、たまの機会だからってお母さんたちがいっぱい作った料理を頬張ってた君。花より団子だね、って、私は毎年言ってて、君はいつもそんなことない、って、ほっぺたを大きく膨らませたまま言って、やっぱりお母さんに怒られて。 そんな日々が、とても遠くに感じる。たった三年間。高校のたった三年間だけだったのに、どうしても。三年間も、君と離れていたのが、苦痛で、苦しくて、悔しくて、どうしようもなくて、恨めしくて、妬ましくて、どうして君の隣を歩いているのが私じゃないんだろうって、君が学校から帰ってくる姿を遠目に見て、隣に自分じゃない女の子が居るのを見て、しょんぼりしながら自転車を漕いでいるのがみえて安心して、やっぱり隣に居るのは私じゃないといけないんだって思えて。 ねえ、やっとだよ。やっと高校生活が終わるんだよ。私も君も、同じ大学に入れるんだよ。取る講義だって全部おんなじ、おんなじ時間に電車に乗って、おんなじ時間に大学について、おんなじ講義をきいて、そしておんなじ時間の電車に乗って帰るの。三年間できなかったことを取り返すように、四年間、また一緒に過ごせるね。ね。 ……ねえ、どうして私の顔をみてくれないの。どうして声が震えてるの。その手に持ってるのは、なに。どうして一緒の大学に行けるのに、予備校のパンフレットなんて持ってるの。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。 私と、君は、ずっと一緒に居ないといけないんだよ。私は君と、同じ風景をみて、同じことで笑って、同じことに泣いて、同じことで悩んで。そういうことを、しないといけないんだよ。なのになんで、君は私から離れていこうとするの。なんで私と、違うものになろうとするの。私と一緒は嫌なの。私とおんなじで、何が不満なの。ねえ。ねえ。ねえ。なんで、どうして。わからない。わからない、わからないわからない。 ねえ、どうして。 あんなに一緒に居たのに、あんなに笑っていたのに、あんなに私をみてくれていたのに、どうして。私が君を愛しているように、君も私を愛しているんじゃないの。ねえ。ねえ。ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ。 ねえ! ……そっか。そういうことなんだね。私じゃない、他の女が居るんだ。十五年間よりももっと大事な、私よりもずっと大事な、ちょっと出てきて、君をたぶらかす、淫魔が居るんだ。納得したよ。 じゃあ、そいつを殺したら、君は私のところに帰ってくるよね。ね。 ずっと一緒に居た私達を切り裂こうとする悪いやつは、殺さないといけないね。 ……え? 大丈夫。証拠が残るようになんかしないよ。証拠が残って警察に捕まっちゃったら、君と離れ離れになっちゃうじゃない。君と私は一緒に居ないといけないの。だから証拠は残らないし、誰かに殺されたようにもみえないの。 ずーっと、私達は一緒に生きていくし、一緒に死ぬの。死んだあともずっと一緒だよ。だって私と君だもん。何回生まれ変わっても、何回死に変わっても、私と���はずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、一緒。 だから、ね。 ……ああ、そうだね。淫魔を殺したあとでも、女狐はつくかもしれないんだ。君をまたたぶらかして、私から切り離そうとする罪人がでるかもしれないんだ。じゃあそいつも殺さないとね。殺して、殺して、殺して殺して殺して、君の目には私だけ映るようにするの。 ……でも、そっか、そうだね、そうだよね。もしかしたらその途中であしがついちゃうかも。じゃあ、 君を、私以外の誰にも、あわせなければ良い、よね。 名案だね。私以外が見えなければいいんだ。そうだね。そうしよう。そうしたら、君と私は、ずっと一緒にいられるね。私だけ見て。君だけ見て。それで、ずっと。ずぅっと。 そうと決まったら、ね、一緒に暮らすおうちを探しましょ。大丈夫、君が働けなくても、私が君と生活できるくらい稼いでくるから。私とずっと一緒にいるのが君の幸せでしょ。私のことだけ考えられるんだよ。ずっと、ずーっと、一緒に暮らせるよ。 ……ねえ、どうして。どうして私と目を合わせてくれないの。もしかして、私と一緒に居るのが嫌とか、そういうことを、言っちゃうわけじゃ、ないよね。ね。 どうして。私と君は一蓮托生、最初から最期までずっと、ずっと、一緒に生きて、一緒に死んで、一緒に生まれ変わって、また最初から最期まで、って……。 ……そっか。そっか。じゃあ、おしまいだね。私達。ずっと一緒だって、思ってたのに、君はそうじゃなかったんだ。 でもね。 君が誰かと幸せになるなんて見たくないから、 殺すね。
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Underheart
そういえば、と真由美の隣の千秋が呟いた。文庫本に視線を落としていた真由美は面を上げずに、んー、と続きを促す。 「あんたのこと好きなんだけど、」 髪がばさりと音を立ててしまうほどに勢いよく、真由美のかんばせが千秋のほうへと向く。首だけ��るり、と回したために、真由美の姿勢は変わっていない。文庫本は両手で開かれていて、脚は右のものが上になるよう組まれたまま。真由美の奇行を視野に入れていない千秋はそのまま、真由美と同じく文庫本で視界を埋め尽くしながら続ける。 「でも女同士なんだよね。あんた、その辺の偏見あったっけ。」 お昼ごはんに何食べよう、ときくくらい、かんたんに言う千秋。真由美は開いた口が塞がらぬとばかりに呆けた表情を野に放っていた。千秋は文章を吟味しながら、再度言の葉を紡ぎ出す。 「いやね、偏見あったところで、あんたのことが好きであることに変わりはないし、あんたが嫌だっていっても、これまでどおり本屋巡りとか読書大会とかは続けるけれども。とはいっても、まあ男女交際、っていうか、女女交際だけれども、するにあたってはさ、やっぱり双方の、あんたの意見を尊重しないといけないわけでさ、」 千秋が言葉を切る。常と変わらず落ち着いた、平坦で淡々とした口調で紡いでいた音の流れを、どう続けようか逡巡して、一度深呼吸を挟んだ。 「……好き合ってるなら、そういう関係として付き合いたいんだけど。」 真由美はこれまで、異性と付き合ってきたことはなかった。彼女が同性愛者だからではなく、そういう雰囲気にもっていく手腕や、そもそもそんな間柄になりたい相手がなかったからだ。潔癖というわけでもないし、友人間で真由美の恋愛事情に関して話が上がらなかったわけでもない。良い人がいれば、似合う人がいれば紹介するという、仲人を引き受けてくれるような友人は片手が埋まるほどはいた。友好関係は悪くない、どころか学生であった頃は教員から保護者への連絡欄に友人関係の広さに関して褒めるような文章が記述されるほどであった。 それでも、真由美にはそこから先に進む好い人は現れてこなかった。そんな折の、千秋からの告白。同性であることを置いておいても、千秋は気心のしれていて、それでいて生活する上でのお互いの「されて嫌なこと」を共有できている。お互いに地雷原を持っていながら、地雷の分布図は互いに交換している八百長にも似た敵対戦争。 恋愛感情として、真由美は千秋を好いているわけではなかった。ただ、人間として――今後、自分が生きていくうえで、支え合えるパートナーとしては、十全なのかもしれないと、このとき初めて思った。そういう意味では、真由美は彼女を空いていた。 大学二年生の基礎講義を一緒に受講し、そこから千秋が真由美の部屋に押しかけるかたちで半同棲生活になり、三年生に上がる頃に、契約満了をきっかけとして広い部屋に引っ越しをしてから、本格的にルームシェアをし始めたふたり。お互いがお互いに、生活に関しての得手不得手を知っていて、就職してもなお、似たような環境を構築し続けられているふたり。 もしかして、当時から自分のことを好いていて、嫌われないようにこちらの癇に障らないように――そう真由美は一瞬考えたが、実際にはそのようなことはなかった。ただただ初めは、話すのが楽で、趣味が合っていて、基礎講義は必修故に当然ではあったが頻繁に会うことがあり、そしてなにより真由美の借りていた部屋のほうが大学から近かったという、ただそれだけの、私益を多分に伴った理由だったのが、千秋にとっては恋愛感情をも伴う付き合いになっていた。 「まあ、あれよ。ひょうたんから駒……じゃないか、寝耳に水? とか、まあ、そんな感じだろうし、返事はいつでもいいよ。どっちかが……ていうか、あんたが、誰かと結婚するまでは変わらずに一緒に居るつもりだから。」 じゃあ夕飯作ってくるね――そういって、千秋は文庫にしおりを挟むことを忘れずにパタリと閉じ、本棚に左手で収納して部屋から出ていった。 化け狐に出会って五秒で正体を示されたような、釈然としない気持ちを抱えたまま、真由美はなにもできなかった。
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宴と肴
人とひとくくりにいえても、其の世界には様々な種族が居た。その世界の人はおよそ全身を毛におおわれていて、二足歩行と四足歩行とを使い分ける者が多く在った。二足歩行時は上半身がやや前傾気味で、体幹の調整には必要な姿勢であった。ほとんどの者は草食で、食べられる草や野菜を切ったりすったりして、手頃なものを食べるが、一部の者は言語をぜったいに解さない、各種族の未進化種の肉を食用にしたり、あるいは虫なども人語を解さないために食したりなどもした。 その世界の人種にはおおよそ二種類あった。陸上種と飛行種。陸上種は二足ないし四足でもって地を蹴り、地上に縄張り・集落を作り暮らす者。対して飛行種は背から生えた翼で空を移動し、樹上や山の中で生活しがちな種族だった。飛行種はおおよそ「鳥」という大分類呼称を受け、さらにそのなかで、中分類、小分類で各民族がその特徴で以てわけられる���陸上種も同様だが、翼がなく基本的な骨格は等しく、体長では種族差が見分けられないため、たとえば爪の長さや肉付き、髭の長さや目の形などの小さな差異で以てとるしかなかった。 陸上種は大別すると、尻尾があり耳が小さく、髭のないが鼻がきき、比較的丸みのある体型に鋭い爪と牙を持つ犬種、尻尾はなく犬種と比べて体の丸みもないが、そのかわりに筋肉がしっかりとついていて力自慢、爪も鋭く髭のない熊種、そして髭が多く耳がすこし大きいかわりに、体は小さく小回りという敏捷性を強みにする猫種があった。犬種と熊種は種族で寄り合いを作って集落を形成していたが、猫種は家族、血縁単位での寄り合いを主にし、縄張りに関しては他の二種に比べてその意識を強くもっていた。また、猫種はその縄張り意識から、ある程度の退去勧告ののちにも関わらずなお居座る部外者が居た場合は、その種族・年齢・体格差の如何を問わずに武力で以て制圧し、勝利した際にはその骸を食すという慣習をもっていた。 ある日、熊種と犬種はその集落境で会合をしていた。食生活も大きく変わらぬふたつの人種は、事が在っても無くても頻繁に会っては宴に興じていた。この日も大きく例外ではなく、野草のサラダと、果物を潰した際に出る汁を飲むことで、昼と変わらず騒いでいた。集落の長もそれぞれ若かったが故に、どちらも宴会場の中心でもってわははと笑いながら語らっていた。 夜も更けて熊種の夜目が霞んできた頃、犬種のひとりが林のほうに駆けていった。周りに居た者は食べすぎたのかと心配したが、戻ってきた犬種の右前足に釣られた者があるとみて、その目を丸くした。見慣れぬ小さな猫種だった。 猫種は基本的に縄張りから出てこない。それが昼であれ夜であれだ。狩場――それが野草であれ鼠など食肉の猟場であ���――も含め縄張りとする彼らは、自分の管理領域を重視すると同時に、基本的には、他者の管理領域をも重視する種族だった。それがどうして、およそ不可侵条約を結んでいる犬種・熊種の集落に居るのかと、たまたま発見した犬種が問いただしたところ、だんまりを決め込んでいたために、長の前でその真意を確かめたい、というのだ。 小さな猫は口を真一文字に結び、その口を開こうとしない。尻尾は地面の上にまっすぐ伸ばされ、緊迫した空気でありながら、その雰囲気とは対極の心情を示していた。犬種の長は諭すように、熊種の長はやや恫喝気味に、それぞれの集落の近くになぜ居るのかと問いただしたが、答える様子はからきしとなかった。 もはやほぼ熊種の夜目がきかぬほど、というタイミングで、宴会も冷め冷め、もはやお開きかというところで、捕まった猫種がついに口を開いた。いわく近くに群れを構える猫の一人だが、水場に寄るために、たまたまこの宴会場の近くを通った折に見かけた犬種の女の子に一目惚れをしてしまったというのだ。宴会という場に、もしかしたら、と思い顔を見にきたが、集まっているのは大柄な男衆ばかり。仕方ないと帰ろうとした折に捕まって今に至る、というのが、その子猫の男の子の言い分だった。領域の侵犯をするつもりはさらさらとない、ただその子をひと目みたかっただけなのだ、と。 雰囲気の冷めていた男たちはまあまあまあと、その一人の男を宴会場の中心に寄せ、果汁の入った器をもたせて、各々好き勝手に語らい始めた。やれ異民族恋愛はめんどくさいことばっかりだぞ、やれ惚れた女のために危険を冒してまで会いに来ようとする心意気やよし、やれとりあえずたくさん食って大きくなって振り向かせろ……。 猫は頭に疑問符を浮かべながら、取って食われるわけではないことに安心して、ひっそりと泣いてしまった。 めざとくそれを見つけていた犬の男が、猫の想い犬にそのことを語り一騒動起きたのは、また別の話。
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逢瀬
実に二年ぶりに連絡をとった。出会った当時はお互いに高校生で、好き合ったくせに、恋愛の仕方がわからずにギクシャクして関係を終わらせたのを、今でも苦い表情とともに思い出せる。ふたりとも不器用だった。恋愛というフィールドにおいては、どちらも専門外だった。 ひさしぶり、なんて挨拶もそこそこに、歩みを向けるのはホテル街。お互いに三十路も近いというのに、いつまでこんな関係を続けるのか……疑問に持ったことは、あまりない。数年に一回、酒を煽ったときに、いつかは終わるのかと、そう思うことはあった。それを思ったのも、最後は半年前のはずだった。 食事もとらない、酒も入れない。そこにあるのは、互いの承認欲求と肉欲。互いに互いをせめて、せめられて、そうして、自分が其処に在ることを認識する。入れ替わり立ち替わり、赤に濡れた唇を貪り合う。自分が在ることを、相手のせめで理解する、納得する、自分の中に落とし込む。自分という存在を、自分という器を己に知らしめる行為が、何年かぶりのセックスだなんて、十年前の自分には、想像もできなかった。 こうするときは、いつも宿泊で部屋をとる。昼や夕方に二、三時間使って行為に耽って、汗や汁やをシャワーで洗い流してディナーをとる、なんて優雅なことをしてみようと思った時期もあったが、結局ふたりとも飽き足らず、気づけば延長に延長を重ねていたことが有って以後、ずっとスタイルは変わらない。自分の行動で相手に反応をもらう。それを互いに繰り返して、自分が居る――在る、要る、射る――���感を得る。それしか知らなかった。誰かに、自分に、自分を認識してもらう方法を、自分が誰かの一番になるための方策を、性行為というその五音でしか表現できなかった。 脱ぎ散らかされた互いの服と、白布の上に横たわる二体のニンゲン。人間に擬態することにばかり慣れた、自分が何者かの把握が及ばないニンギョウ。ひたすらに自分というモノをインプットするために事に及んで、そして自分の中に人間性というやつを、自分が今後どう上手に擬態すべきかをインストールしたあとは、ふたりとも一糸まとわぬ姿をベッドの上に撒き散らす。生まれたままの姿、といえば聞こえはいいが、そこにあるのはヒトともニンギョウともとれぬヒトガタのナニカなのだから、たちがわるい。 目の前に居る相手の胸が上下する様を視界に収める。生きている。呼吸をして、酸素を入れた分だけ肺を膨らませて、そして生成された二酸化炭素を吐き出す。学校で習った人間のもつ機構を表面上にでも理解する。表現する。それだけでも、ずいぶん生きた心地がした。 わかっているのだ、ふたりとも。こんなことをしたところで、自分たちは人間にはなれないと。人間のようなナニカで在り続けなければならないと。恋愛というフィールドは専門外――いいや、違う、心というものが、感情というものが、自分の中に在ることを理解できない。自分たちの存在意義というやつを、自分の中に見つけるという心象風景の構成が、まったくもってできない。できるのは、ただ世界が円滑に進むように、自分という歯車が欠けないように、それっぽく、見せ続けることだけ。ふたりともそうだった。どちらも、どこかちぐはぐなのに、そのちぐはぐさを、鏡でみるまで――お互いがお互いをみつけるまで、自分たちでさえ、誰にもわからなかったのに――気付けなかった、気付かせなかった。気付かせてしまった、自分が、相手が、お互いに。 気付いたからといって、世界が、身の回りが大きく変わることはなかった。ただ、自分たちがどう在るのかの確認のために、蜜月の関係に相成った――ただ、それだけ。 数時間に及ぶ行為のあと、ギシギシと音を立てながら、ニンギョウの残骸はニンゲンになるために、自分を調整する。睡眠も取らずに、会話もせずに、自分と相手の呼吸音だけがひたすらに部屋にこだまするだけの小さな世界。其の中に居ることで、自分と相手と、――隣り合う歯車と、そのさらに隣にいる歯車、さらにその隣の、奥の、奥の、歯車と、動きのチューニングをする。ときにはなにかを削り取り、ときにはなにかを継ぎ足して。 ――また会いましょう。 別れる朝、いつも相手はそう言って背を向ける。どれだけ時間が経とうとも、どれだけ擬態がうまくなろうとも、自分たちが再会するのは既定路線だと、決まりきった筋道だと、そう告げる。そしてこちらも、ええ、と背に返すのだ。自分たちが自分たちとして在り得るためには、この行為は欠けてはいけないのだと、言い聞かせるように。
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迷い猫
制服のセーラー服が揺れる。静かに風が吹いて、肩口で揃えられた黒髪までもがともになびく。早紀が高校に入学して初めての冬が近づいていた。夏服から冬服に衣替えし、カーディガンを新調しようか悩みながら登校する朝。膝丈のスカートから伸びる白い肌はその姿を出すことなく、サイハイソックスに包まれていた。履きなれぬ、かたい革靴を転がして、ゆるい上り坂をゆっくりと歩いていく。 学校生活にはまだ慣れていなかった。学業に関して自信があるわけでもない早紀は、数学と外国語――彼女が選択したのは、友人が多く居た英語やフランス語ではなく、スペイン語――、理科の物理学分野に苦手意識を抱きつつあった。部活動も、友人の里香に誘われてはいたが、地区大会を抜けて県大会にまで進む、それなりに強い運動系だったために所属していなかった。ちょっと運動ができるくらいでは、ちょっと運動ができてダイエットの足しになるかなくらいのつもりで参加するには、ハードルが高かった。気が引けたのだった。同じホームルームに所属する人とは話もするし、昼食を一緒にとるほどには仲が良くなった人も居る。けれども、早紀は心中で、友達と言ってしまって良いのかわからない、というためらいがあった。 どうにか生活できている、そんな焦燥感。彼女のなかにくすぶるそれは、彼女が思っているより根強く、学校への足取りが日に日に重たくなっていた。ずしりと、重しを背負っているかのような錯覚。早紀は快活で物怖じのしない性格の里香を、友人として誇らしく思いながら、自分は彼女のようにはなれない、その社交性を妬ましいとまで思ってもいた。体格・体型も、自分よりずっと発達していて――その劣等感はふたりの関係に、しこりまで明確に成っていないなにかとして、確実に挟まりこんでいた。 ��早紀が大きくため息をついた。上り坂に疲れたからではない。自分が今後、どうしたらいいのか。その悩み、葛藤に対してのものだった。もう一度、深呼吸をするフリをして――誰に見られているでもない、周りには誰もいないと、早紀もわかっていて、それでもなんとなく、なにかに負けた気がするせいで――ため息をついた。 ちりりん、と、早紀の耳をその小さい音が襲った。首から、腰から驚いて、背筋を突然まっすぐにしたせいで、早紀は姿勢を崩して、尻から地面に転んでしまった。立ち上がる前に早紀は周囲を見渡す。音の出元と、もしそれが人であればどう言い訳するかの判断材料を探すために。 ――やっぱり、誰も、いない……? ふう、と再度、今度は座り込んだまま息を吐き出す。ともすれば、なにもないところで突然ピシャっと全身をこわばらせた挙句に一人で蹴躓いたようにすら見られたかもしれないのだから、早紀は安堵するしかなかった。 ちりりん、と、ふたたび早紀の耳を、その音が訪れた。今度は転ばずに済んだ彼女は、いったい何の音なのかと、改めてあたりを見回して、みつけた。 ブロック塀の上。そこには鈴のついた首輪をつけた、白黒斑の猫がいた。 「なんだ、にゃんこ……」 思わず口をついた。早紀は人に見られたわけでないことを確信して、やっと立ち上がった。鞄を拾い上げて、そしてその猫に視線を合わせた。 飼い猫であることは、その首輪から明らかだった。太っているわけではないが、健康的に丸みを帯びたその体を、早紀は撫で��うと手を伸ばしたが、警戒していたらしい猫はそれをみて逃げ出してしまった。 ――残念。でも……また会いましょうね。 「またね、にゃんこ」 そういえば、きっとまた会える気がして、早紀はひとりごちた。 それまで抱えていた悩みは、猫と一緒にどこかに隠れてしまっていた。
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