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ぐずぐずと先延ばしにしないために
スカスカだった本棚はいつの間にか、もう一番最後の段しか空いてない。お気に入りの本だけ残して、他は処分してしまおうか、新しい本棚を買うべきか。そういえばこの本棚を買った時、いっぱいになったら同じものを隣に並べて、ゆくゆくは壁一面を本棚で埋めてしまおうと計画していた気がする。考えてみると処分してもいいような本は今のところあまりない。この本棚を買った当時とは、少なからぬ生活の���化を繰り返した。他所から見れば、ただの足踏みのようなちっぽけなものかも知れないけれど。
歩道のタイルの敷かれ方にばかり詳しくなって、今日の月がすっかり満ちていることには気づかない。ブロック塀からせり出す枝葉を、いつもはくぐるようにしていたけれど、いつの間にか幹ごと切り倒されているのを見て、いつからだろうと思う。
KIRINJIは時間がないと言う。永遠はもう半ばを過ぎたと言う。星野源は「若くていいね」という大人に対して、僕が明日死んだらそれが一生なんだと言う。「また今度」と思っていたことが、いつの間にか取り返しのつかないことになっている。まだまだ老いてはないがそれほど若くもない。顔を上げると、アクリル板に映る自分の眉間が寂しそうに縮んでいた。
詰まるところ、政治家も浮浪者もサバンナのインパラも、生活以外には何もしていない。何百もの知り合いが葬儀に駆け付けようが、「保留」の判が押された惰性の産物を後世に着払いで送り付けるような人間にはならないように、石のツミキは慎重に積むことにしよう。
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見ることも知ることもない
宇宙から地球を見たら、いま自分が悩んでることなんてちっぽけに思えるという言葉があるけれど、それよりももっと有効な例えがある。
君が生きている世界を一つのゲームと仮定する。そのソフトは生きている人間の数だけ、あるいは命ある生物の数だけ存在する。君は君としてそのゲームをプレイしている。スタートもエンディングもソフトによって、プレイヤーによって異なる。そのゲームはある一人の製作者の脳内で構成されている。その製作者とは誰か。それは君自身である。
仮に、君が死ぬまでに一度も耳にすることも目にすることもなかった音楽が存在するとする。つまり存在を認知できない音楽だ。仮にその曲の作曲者をアレックスとしよう。彼はカリフォルニアに住む大学生だとしよう。アレックスは得意のピアノでその曲を作曲する。仮にその曲のタイトルを「青い象」としよう。君は生きている間にアレックスがカリフォルニアに実在していたことも、「青い象」という曲が作られたことも知ることはない。だから君は君の脳内でこの「青い象」のメロディを演奏することはできない。すると君はこの存在を認知できない音楽、「青い象」は存在しないと同義だと考えるかもしれない。しかしそれは違う。それは同義なんかではなく、ハナから存在しないんだよ。なぜなら世界や宇宙、あらゆる事物は君の脳内で生まれるんだから。
あそこの水槽の中にサカナがいるだろ。仮にあのサカナはあの水槽の中で生まれて、水槽の中から出ることなく死ぬとしよう。その場合どうだろう、あのサカナは自分のルーツが海であるということを知ることはないだろうね。なぜなら海というものが存在するなんて想像もできないんだから。つまりあのサカナにとって海なんて存在しないと同義だ。でも君は海というものを知っている。ではあのサカナは海の存在を認知できないまま生涯を終えることを悔やむだろうか。悔やまないだろうね。だってあのサカナにとってのルーツはあの水槽でしかないんだから。
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焚き火
窓の外は嵐だった。
ばらばらと雨が窓を打つ音で男は目が覚めた。薄雲ったブルーグレーの空は暗く淀み、現在が昼なのか夜なのかを判別することは男にとって難しかった。ベッドの隣には裸の女がすやすやと寝息を立てている。
電話が鳴った。灯りを消したままの室内に響くベルの音は張り詰めた空気を冷たく震わせた。男は10回コール音を数えてから、近くにあったTシャツを被り受話器を取った。
「はい、田代です」
「私とお話ししてくれない?嵐が止むまで」
男は受話器から聞こえてくる女の声に覚えがなかった。女の声は携帯会社の音声ガイダンスのように抑揚を欠き、そこからどのような感情も読み取ることができないような気がした。
「どちら様で?」
「私が誰であろうと構わないわ。それとも今は都合が良くないのかしら」
「・・・・用件はなんですか?」
「ある寒さの厳しい冬の浜辺で、ふたりの男女は焚き火をしていたの」
男は黙って話を聞くことにした。
「ふたりは大粒の雪が舞う海の上を、火に当たりながら茫然と眺めていた。ふたりは愛について、ひとしきり語った後だった。女は雪に混じって音を立てずに涙を流していたわ。男の右手には一丁のリボルバーが握られている。そこには一発きりの銃弾が込められているの。ふたりが『愛』について語り、辿り着いた終着点は『死』だった。男は長い間、最期の決断を迫られていた。このピストルは誰に向けられるべきか」
男は電話の隣の籐椅子に腰を沈め、煙草に火を点けた。
「そしてとうとう男はピストルの先を女に向けた。震える手で照準を女の頭に目掛けた。すると女は泣き止んだ。ただしっかりと男の眼を真っ直ぐに見つめていた。ぱちぱちと木片の爆ぜる音だけが響いている。男は引き金に指をかけた。するとそこに1匹の大きな野良犬が焚き火に引き寄せられて駆けてくる。毛足の長い大きな犬。野良犬はふたりの間に座るの。男は一瞬間考えを巡らせ、ピストルを掲げた右手をおろす。女は緊張から解き放たれる。炎が男女の顔の上に作り出す赤い影は激しく揺れている。次の瞬間、浜辺に銃声が轟いた。男の手によって命を絶たれた者は野良犬だった」
窓の外は依然として嵐が続いていた。
「あなたはこの物語が言わんとしている��とが分かるかしら?」女の声の調子は最初から変わるところがない。
「隣人愛を説くお話だね」
「と言うと?」
「つまり、究極の愛を求めた先に行き着く答えが『死』であるのなら、その愛は男女ふたりだけの問題ではなく万人に向けられるべきであると。それが野良犬であろうがキリストであろうが。そして究極の愛が死であるならば、死を与えようと」
「それがあなたの答えなのね」
「違うかな?」
「もしあなたがこの男なら、あなたはどうしていたかしら?」
「僕は何も殺さない。殺す理由もなければ、究極の愛に辿り着いた経験もない」
「私には分かる。あなたは躊躇いなく、自分の頭をぶち抜くわ。どうしてかって?あなたは優しいもの」
「君は何が言いたい」
「ほら、窓の外を見て。雨が上がるわ。お話はここまで。話せて楽しかったわ。それでは」
ぷつり。
男は受話器を置いた。窓を打つ雨の勢いは少しも衰えてはいなかった。男の耳には、焚き火が炭を弾く音だけが残った。ベッドの中では裸の女が身動き一つせず、眠りに着いている。男は煙草の火を揉み消し、籐椅子から立ち上がってベッドに腰掛けた。ほの暗い部屋の中で男は女の髪を撫でる。
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恋の手刀
言うなれば、それは「青天の霹靂」という言葉が相応しい出来事であったことをよく覚えている。十八歳の春、彼女の「手刀」を目の当たりにして藤村の心は図らずも初恋を迎えた。大学生になった藤村の生活のほとんどは、キャンパスと寮とバイト先の三点が成すトライアングルの内側だけで展開されていた。テレビもラジオも新聞にも目を通さない彼にとって、三角形の外側で起きているニュースは、親戚のおじさんの若かりし頃に出したボウリングのハイスコアと同じくらい興味をそそらない話題だった。
朝遅くに寮を出て大学に行き、授業が終わるとスーパーマーケットで食材を買い、寮に帰って簡単な料理を手早く作り、夕食が済むと眠くなるまで本を読んだ。休みの日にはバイトをするか、三角形の中心近くの大きな自然公園まで散歩に出かけ公園のベンチでコーヒーを飲むか本を読んだ。大体がそれを繰り返した。そんな決して輝かしいとは言えないニューライフ・トライアングルを形成する重要な一点。西の頂点を担うアルバイト先は、高円寺の寮から少し離れた��ころにある小ぢんまりとした書店にあった。 雑居ビルが建ち並ぶ石レンガ通りに面したダークグリーンのオーニングが目印の個人書店。中は人と人がすれ違うのも一苦労するくらい通路が狭く、低い天井につきそうなほど背の高い本棚がいくつか並んでいる。窮屈な店内をカニ歩きで奥に進むと、布張りソファと低いテーブルが置かれた読書スペースがあり、小さな空間ではあるが本棚と立ち読み客とのわずかな隙間を抜け出てきた後ではとても広々して開放的に見える。「恋の手刀」は、正にその読書スペースで繰り出された。
三角生活が四週目を迎えた週末。書店でのアルバイトも少しずつ手が慣れてきていた。オープン前の店内には、店長と藤村と西川さんの三人だけだった。わりに遅寝の藤村の頭の中はまだいくらか眠気が支配していた。店長はレジの中で売上報告書を綴じたファイルを広げていた。西川さんは売り場の高いところから順にハタキをかけていた。藤村は読書スペースの窓際に置かれた花瓶の水を新しくし、テーブルを水拭きして回っていた。みんなは朝のルーティンを黙々とこなしていた。西川紗子と顔を合わせるのはそれが二回目で、まだ挨拶らしい挨拶が出来ていない彼は、そのタイミングをどうしたものか思いあぐねていた。
「藤村君、」店長がレジから彼を呼んだ。「読書スペースのクッションなんだけど、新しいのが届いてるから古いのと替えてもらえる?今のやつは汚れが目立ってきたみたいだから」そう言って店長は奥の休憩室の扉の前に置かれた小振りのダンボール箱を指差した。「わかりました」と彼は言って、箱を開けて中身を取り出した。くるくると筒状に丸められて圧縮されたクッションと、スカンジナビアンなかわいらしい柄のカバーとがそれぞれ4つずつあり、クッションの入ったビニールにハサミを入れて引っ張り出すとみるみる膨らんであるべき姿になった。そして彼はクッションカバーに膨れ上がったクッションを入れ込む作業に取り掛かった。カバーの口を広げてそこにクッションを入れる。それだけの単純な作業がどうしてかなかなか上手くいかず、彼は思いがけず悪戦苦闘していた。眠たいせいなのか手先がおぼつかず、太った白いクッションは藤村の言うことを聞いてくれなかった。次第に、カバーの方が一回り小さいのではないかと疑いたくなってきて、彼は小さくため息をついた
「貸して」いつの間にか藤村のとなりに立っていた西川さんがそう言って無表情で片手を彼に差し出していた。はっと驚いた藤村は言われるが儘に彼女にクッションとカバーを受け渡した。
それは一瞬の出来事だった。
彼女はソファの上にカバーを広げそのチャック部分のすぐ横にクッションを寝かせた。静かに細っそりとした右腕を振り上げたかと思うと、勢いよくクッションの真ん中にそれを振り下ろし、素早くもう一方の手でクッションに深く食い込む右腕もろとも折り畳み、左手で上から押さえつけてすっと右手を引き抜いた。その一連の流れは時間にして二秒もかからないほど手早く確実に行われ、その「手刀」を受けたクッションは抵抗する隙も与えられぬままに息の根を止められた小動物のように、大人しく彼女の手の中に収まっていた。彼女は死んだクッションを小さな右手で掴み左手でカバーの口を広げると、音もなくするりと右手を滑り込ませた。後の仕事はその袋の中で行われ、そこで何が起きているかを確認することはできなかった。気がつくとそこには張りのあるふっくらとした北欧調のクッションが四つ角をきれいに立たせて出来上がっていた。藤村は呆気に取られて声を出すことも出来なかった。彼が唖然としている間に、彼女はその工程を三度繰り返した。がらんとした店内には三発の乾いた打撃の音が響いた。海兵たちによる弔砲が、ひらけた墓地の青々とした芝生の上に轟くみたいに。細い金属縁の眼鏡の奥にある彼女の眼からは、どのような感情も読み取ることができなかった。それは彼女にとっては特に語ることもないパートタイムの一コマに過ぎない。 しかし、その華麗な「手刀」は、クッションたちに向けられたのと同時に彼の心の奥の繊細な部分をも仕留めた。これまで誰一人として訪問客のなか��た暗く淋しい部屋のドアを躊躇うことなくノックした。そして問答無用にドアをこじ開け、太く柔らかい一筋の暖かな光と、豊満な恋の訪れを予感させる春風で瞬く間に部屋中を満たした。
これが恋だ。胸の中で藤村はそう叫んだ。刑務所を飛び出して土砂降りの天を仰ぐティム・ロビンスになった気分だ。彼は高円寺の街角に佇むぱっとしない書店の中で恋の嵐を一身に受け止めていた。「開店するわよ」そう言って彼女はミニスカートの裾を翻しながら彼のもとを離れ、入り口のガラス戸を開け放した。店長がレジの後ろのレコードに針を落とすと、店内にはB・J・トーマスの「雨にぬれても」が流れた。藤村の眠気は気付けばどこかへ吹き去っていた。
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鯉は回遊をやめない
そこにあるのは「人」と「物」の移動だけ。
木こりが木を切り、工場がその木を買う、工場はその木でイスを作り、家具屋がそのイスを買う。家具屋はそのイスを店に並べ、客がそのイスを買う。客はそのイスを家に持ち帰り、そのイスに座る。
移動の中で「物」は形を変える。「人」はお金を受け取る。
あなたは人々が営むこの一連の世界を遠くから眺める。それはまるで無数の鯉が泳ぐ池を覗いているみたいだ。
特に関心があってその池を覗いているわけではない。ただそこに池があり、ただそれを眺めている。
何匹もの鯉は、その大きな池の中をとどまることなく泳ぎ、回遊し続ける。あてもなく、ゆらゆらと彷徨う。
それを眺めるあなたは鯉たちの営みを知らない。
あなたの目に映るのは、「移動」だけ。
関心のない物事に対して、あなたは何かを考える必要はない。物差しや箱を持ち出して、線引きや分類をする必要もない。
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人混みに揉まれる
人混みに揉まれる
向かいに住む女がカーテンを引く
蜘蛛が食事に有り付く
街灯が灯る
男が角を曲がる
話の続きを待つ
横���りに雪が吹雪く
悪魔は既に気づいている
グラスに水を注ぐ
橋桁で鳩が休む
目を覚ますと、汗ばんだシャツと心臓の高鳴りと舌の奥の方に微かな痺れを感じている。何かの暗示のような断片的映像の裏で、誰かが必死に呼び掛ける声がしていたような気がする。映画館の最前列で観るような迫力の悪夢だった。容赦なく流れ込んでくる情報に処理が追いつかず、無理矢理起こされたような感覚があった。出窓の外はまだ暗くて静まり返った晩秋の夜だった。
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撮ることのメランコリック
代謝のあるモノもないモノも代謝があるように見えるモノも、無機的な生き物もまたその反対も、それぞれが作用し合ったり混ざり合ったり写し鏡になったり、そういう空間を写真に収められたらと日頃思うのだけれど、それが具体的な像になった姿がいまいち想像できなくて自分がやってることがそれと結びついているのか時々分からなくなってくる。
ディケンズの『オリヴァ・ツイスト』の中の一節で、オリヴァが肖像画を見てきれいだと言った時の婆やの台詞。
「絵描きってものは、いつも、女の人を実物よりきれいに描くんですよ、でなければ、お客がとれないからね。似顔を写す機械が発明されたけど、うまく行くはずはありませんよ。あんまり正直過ぎますからね。あんまりね」
この文章を��み返すと、当時と現代の写真技術とでは、写真の持つ正直さというものは少し意味合いが違うのかもしれない。デジタルになった今の編集技術も、絵描きが実物よりも綺麗に描こうとする心情と同じところからくるものなのかも知れない。「正直な写真」も「美化されていく写真」もそれぞれに良さがあるから何を大事にしたいかは撮る側に無意識に委ねられてしまうんだろうな。
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花を買う
トーマス・マンの『魔の山』と堀辰雄の『風立ちぬ』を続けて読んだ。死んでゆく者の前では残される物が幸福であることと祝福への敬意を怠ってはいけないということを学んだ。同時期におけるスイスのダボスと日本の長野のどちらも山奥に佇むサナトリウムが物語の舞台で、ダボスではハンス・カストルプが居心地の良さを見出し、重病人の一人ひとりに花を届け敬虔であり続けた。長野では節子と「私」が2人だけの明日終わるとも知れぬささやかながら幸福な時間を紡いでいた。『魔の山』にも『風立ちぬ』にも共通して、世俗から離れた生活は時間概念を無限に引き伸ばし、かといって物語ろうとすれば時間は虚無にすらなることもできた。奇跡を信じることはある意味では堕落の道をひた走ることと同義であることや、席を外している間にも問答無用に針路は決定されてしまうことも知った。だけど人生は不可逆的な構成であってはいけないと信じたい。「過去」は背負って歩くのではなく、本棚に並べて気が向いた時に読み返すくらいで良い。
誕生日のお祝いに��が花瓶をくれた。そして初めて花屋で花を買った。「花を買う」ことは服や食材や家具なんかを買うのとは全く違う他に形容しがたい感覚があった。花を買うなんて今までにいくらでも機会はあったのに、なんとなく自分にはそぐわないことのような気がしていた。日々の楽しみが一つ増えて古い殻はためらわずに脱ぎ捨てていこうと思った。
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変態の途中
変態の途中のカエルに出会う。
カエルともオタマジャクシとも言い難いその生き物は、前肢で尾ビレをしっかりと掴みながらこう言った。
「私にはまだこの尾ビレを失う覚悟ができていないのです。周りの仲間たちはみな急ぐように大人の姿になってゆきます。そんな彼ら���動く虫を誰よりも沢山捕まえて誰よりも肥ることにしか興味がないのです。仲間たちと池の中で過ごした楽しい時間などは変態の過程で忘れてゆくのです。そんな大人になるくらいなら私は変態なんてしたくないのです」
彼は名残り惜しそうに尾ビレを抱きかかえたまま、いつも一人で藻や水草を食べた。彼は池の底から水面を見上げる。仲間たちの姿は見えず、懐かしい思い出だけが水面で千切れた幾つもの陽光に映っていた。
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知らない街
知らない街を歩くとき、知らない人とすれ違う。これから先(おそらく)二度と会わない人たち。人生のどんな点でも交わることのない人たち。彼らが営む生活を気兼ねなく想像しながら街を歩く。
粗大ゴミシールが貼られたビデオデッキ。黒いレクサスの屋根に積ったキンモクセイの花びら。大儀そうに耳の裏を掻く野良猫。目に入るモノ全てが中立的で、肯定も否定もなくていい。
目的地も決めずに好きなだけ歩いた後で、疲れたなあと思いつつもいつの間にか満たされていることに気がつく。公園の隅の電話ボックスの中に、チベットスナギツネみたいな奥行きのない目で電話をかける人がいた。2021年の公衆電話で交わされるべき会話ってどんなだろう。
電車に乗って自宅の最寄に着いたときにはもう、夕飯は何食べるとか、ガスと水道の支払いとか、要るのは単3電池か単4電池かどっちだったかとか、頭の中がいつもの生活に帰ってきてることに気づいてなんとなくうらぶれた気持ちになる。
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