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大好きな人たちと、大好きな居酒屋で。
色々とお話しながら、「私はどうなるんだろう」と言ってしまった。「どうなるんだろうじゃなくて、どうしたいんだよ」と言われ、あーそうだーしまったーと反省した。
脳にはRAS(Reticular Activating System:網様体賦活系)という機能があり、簡単に言うと注目した情報を勝手に集める機能だが、以前から靴が欲しいと常々考えていた私は、先日ふらっと靴屋に入り、1足靴を購入した。当たり前の行動のように見えるが、靴が欲しいと思わなければ靴屋には入らないわけである。(靴屋が視界に入らない)
「求めよ、さらば与えられん」ではないが、求めなければ得られないなと感じた。そんなわけで日々の充実を言い訳にせず行動しなくてはと思い、一昨日からついに婚活に本腰を入れることにしました(ت)
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It means your future hasn’t been written yet. No one’s has. Your future is whatever you make it.
未来は白紙だ!
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コミュニケーション能力が高いってなんだろな。傍から見て、誰とでも仲良くなれる人、本人もそう思っている人?でも、相手が「この人と喋ると疲れるんだよな」と思っているなら、コミュニケーションは破綻してるのでは。
私はコミュ力が高いとか、見るからに陽キャとかよく言われる。(ちなみに陰キャとか陽キャとかの言葉が私はとても苦手。他人を見て陰キャとか陽キャとかカテゴライズする発想がない)私の友人に「コミュ力おばけ」と呼ばれる男の子、山ちゃんがいる。昔、私の先輩と山ちゃんを会わせた。山ちゃんと別れてから先輩がある一言を言った。ああ、確かに、と思った。
コミュニケーション能力が高いってなんだろな。誰とでも仲良くなれるとか、その場を盛り上げられるとか、そういうポジティブな面に焦点を当てられがちな気がするのだけど、実は、相手が(今は、あるいはこの距離感では)触れてほしくないことを、本能で避けられる能力なのかも、と思う���シンプルに言うと、訊く必要のないことは訊かない。そんな感じ。
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ここへ来る汽車の窓に、曼珠沙華が一ぱい咲いていたわ。あら曼珠沙華をごぞんじないの? あすこのあの花よ。葉が枯れてから、花茎が生えるのよ。
別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。
花は毎年必ず咲きます。
(川端康成)
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吉祥寺。
アマレットジンジャー
最近、アマレットジンジャーにレモンかライムをつけないお店が続いてて寂しい。アマレットジンジャーにはレモンかライムを一切れ添えてもらえると嬉しいのだ。
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私の友人が、宇多丸さんのことを「人を小馬鹿にしている」と言った。私はその子に初めて出会ったとき、とても思考の深い子だと思った。3回目に食事に行ったとき、周りからどう言われるか、という話になった。その子は「友達にはいつもよくキレるよねって言われる」と言っていて、とても意外だった。でもその友人談に納得し始めたのは4回目に会ったとき、5回目には友人談と同じ印象を持った。
私は宇多丸さんが好きだし、私の周りにも好きな人が多い。何かや誰かを嫌うのは、人として仕方ないことだと思う。大事なのは、なぜ、苦手だとか嫌いだと思うのか、だと思う。その子の話を聞いていると、宇多丸さんが好きではない、という理由が非常にぼんやりしていて、最終的に「だってあの人、人のこと小馬鹿にしてるじゃん」だった。
宇多丸さんが人を小馬鹿にしてるかどうかは知らない。会ったことがないから。重要なのは、なぜ自分にはそのように見えるのか、だと思う。自分が何にストレスを感じるのか知ることはとても大事なことだと思う。だけどその子はそれをすることをしてなくて、あれ、私この子のこと思考が深いと思ってたんだけどな、と少し残念に思った。
姉とこの話をした。ちなみに姉はこの友人のことが嫌いなのだった。私は好きだったから、姉に話すときにマイナスなようには話していなかったにもかかわらず、である。(その子の行動の事実は話していた)
結局たどり着いたのは、私はその子こそが人を小馬鹿にしていると感じることが増えたし、その子に対する友人談を聞いても、多分そうなのかなと思う。それらを整理すると、その子は単純に宇多丸さんに嫉妬しているのではないか、ということだった。おこがましいけど。
自己肯定感という言葉が流行っている。早起きしたから、ネイルサロン行ったから、新しいコスメ買ったから、自己肯定感爆上がり、などという人を見る。自己肯定感って、そういうことではないと思う。外部の要素が、他人から見て「いいね」と思われることに囲まれることで上げるものではない。自分が好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこと、ストレスを感じること、幸せ��と感じることを自分で説明できる状態が、自己肯定感が高い状態だと私は思う。要は、自分の取扱説明書を持っていて、それを他人に見せられるような人。
そういうことを少しずつ知っていくために、人は人に出会うんだなと思う。少なくとも私はこの友人に出会って、自分の好きなタイプや思考が分かってきたから。
でも多分もう会うことはない。
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2021年は月に2〜5冊本を読むことを習慣にする、が目標で、今年はそれに「月に2本〜(できれば映画館で)映画を観る」を加えたわけです。早くも頓挫してます。映画の方は。Netflixとか加入してないのだけど、もうさすがに入ろうかな…
先日、友人に山口周さんの本を薦められたので本屋に買いに行ったときに同じ棚にあったこの本を購入。母が網膜色素変性症になってから、視覚障害系の情報を集めがち。
この本、とても面白かったです。中でも私が印象に残っているのは、
「見える人」が「見えない人の立場になる」というのは、結局やってることは「見える自分の世界」に「見えない人」を招き入れてるだけにすぎず、���える自分が、見えない人の世界に行ってるわけではない。
ということ。これを読んだとき、本質的に人が理解し合うことは不可能なのだと思ったと同時に、だからこそ必要なのは、自分と他人の境界線(人種、国籍、性志向等)をなくそうとすることではなく、お互いの境界線を認識しながら、それを飛び越えて、「あなたから見える世界はどんな世界?」と知ろうとすることなのかなと感じました。
見ようとしないと始まらない。私の好きな言葉の1つです。
相手を理解するということはどういうことなのか、考えるきっかけになりました。美術館でのソーシャルビュー、やってみたいな。
ミノタウロスの皿を思わせるところもあった。
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全く使い方は分からないけどひっそり始めてみました。
matakiterangiは、イースター島の別名
天を見る目
という意味です。
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