little-peanuts
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Charlie:brown
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お兄さんの独り言
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little-peanuts · 30 days ago
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初めての体験とかでないと楽しいと思えず、先のことを考えては何も出来ない自分に悲しみ、ここではないところなら自分も求められることがあるんだろかと思いながら生きる
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little-peanuts · 1 month ago
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建物のコンセプトを考えている時に、先輩が「非日常と日常の融合」みたいなことを言った。
少し黙ったあとに、いいですねと言った。
あんま納得してなさそうな顔はしてしまったと思うけど、それで進めていい位のものなので、まあいいかと思った。
自分が気になっていたこと。
それは非日常と日常の融合したらどっちに価値があると思ってるんだろうということだった。
いや、たしかに昨今多いね。
エスコンフィールドのような、野球を見に行くこともあれば近くには認定保育園がある的なあれ。
それは、言葉ではそういいつつも結局特別な空間になりすぎると興行として儲けられない時期が多く残ってしまうからだ。
ただ、それを日常と非日常の交錯、融合、調和、みたいに言うのはなんか違う。
あくまで非日常は日常ときり別れたもので、相見えることは無い。
ケハレという概念がある。
特別な日だから特別な生活がしたいんだ。
混ぜたらいけない
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little-peanuts · 5 months ago
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1番病んでた時、相談に乗ってくれた人事の人が「表情が違う」と言ってくれた。変われたんかな、ありがたい。
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little-peanuts · 5 months ago
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つくづく自分は本当のコミュ障なんだろうなと思うことがある。
世の中一般のコミュニケーション障害とは、突然話しかけられたらあたふたしてしまうことを指すんだと思う
でもたぶんそれは入口でしかなくて、本当のコミュ障は自分からコミュニケーションを図りに行って、収穫は辛いという感情が多い人だと思う
誰かと話したい。新しい人と交流したいと思っても、普通にヤバいやつになる会話をしてしまう。生きづらくも生きにくくも無い。全部自分が選んだはずなのに、人と話すのが怖くなることがたまにある
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little-peanuts · 1 year ago
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取るに足らないプライドが自分にもまだあった事を知った。あとは人の価値観に左右される自分もいることを知った。
今朝、突然、XXX行ける?と言われた。
突発的に行きたくないと思った。なぜなら普通にやることがあったからだ。業務で。それでも行って欲しいと言われたので行った。
電車は長かった。六本木から乗り、麻生で乗り換えて清水あいりがよくネタでやっている湘南新宿ラインに乗車をした。勉強のために持っていた英語の参考書を手に取って、10Pくらい勉強を終えた頃、到着した。
タクシーは掴まらなかった。タクシー配送サービスGOを使っても掴まらなかったので、走ってバスを捕まえて、最寄りの駅から走って5分ほどかけて到着したのだった。
そこからは比較的暇だったが、何人か初めて会う人が多く、挨拶をできたことは良かったが、振り返ってみても本来やりたかったことは出来ていない。
この時間が無駄にならないように、入口のモップがけをした。どうせみんな歩いて汚くはなると言われながら、掃除をした。なぜやる気を出したのかと言うと、誰かは見てくれていることを長期的に実証してみたかったからだ。誰かが「ありがとう」と言ってくれて、誰かの為になったことを後から感じられるようにしたかったからだった。
そうこうしていたら、「昇格者の皆さん」がやってきた。そこから気分は最悪だった。肉を切る俺、手持ち無沙汰になっている同期。この対比はなんだ。
「お!(俺)なんで居るの?」と言われた時の気持ちたるや、今すぐ土足でプールに入ってらその会をめちゃくちゃにしてやろうと思った位の衝動が駆け巡った。
なんでいるのか?そんなこと聞くのか?
てめぇらが食べる肉を切らされてるからに他ならないだろクソ。写真撮っていいって、俺のクソみたいな姿の写真を撮りたいのか?
ああ、自分にこんな悔しいと思う気持ちは本当にあったんだな。統括部長からも、写真撮ろうと言われたが、そんな写真どこで使うんだよ、という言葉はグッと飲み込んだ。
もちろんポジティブに捉えれば、「今まで話せなかった人との話せる機会になった」とは言える。がしかし、一方で、片や参加者として招待をされた同期と、片や駅から普通のバスに乗り、走ってきて、別に評価されるでもない手伝いをする自分が、一瞬本当に嫌いになりかけた。
追い打ちをかけたのはこれだけではなく、笑顔で悔しいよと伝えた同期から、「XXXはそのイメージあるよ、笑顔で悔しいって言ってるイメージ」と言われ、本当に死にたくなった。キレたいとかはない。悔しかった。ただ悔しかった。
嫌な付き合いをしなくちゃいけない時代でもないですから、とタクシー運転手は言ってくれた。大介さんは退勤連絡をした時、電話をしてくれて、「いや、どう思ったのかなって感想ききたくて」と連絡をくれた。
俺は後輩にそんなことが出来るだろうか。
いや、できないと思う。
その電話の中で言われた「うちの会社で評価されることと、他社で評価されることは逆転することがある」と言われた。
そうだと思う。自分が今やっていることに価値がない訳じゃないし、クソみたいな経験も全てで自分なんだ。その体験を含めて、人生なんだ。何が起きるかは運。そこから幸せを選び取ろうとする��かは自分次第。そこに尽きる。
取るに足らないプライドを持って、今日も、明日も生きる。それしかないんだと改めて感じた一幕だった。にしても750円のコーヒーは高ぇ。おすすめとかしらん。
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little-peanuts · 1 year ago
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なんか最近面白いなって思うのは、
序盤色々ゆるくはなしてても、
なんやかんや仕事のモチベーションに近いことをもれなく全員意識してて、
「やりたいことあるんだけどいいかな?」
っていったら皆「出来ることあれば言ってね」
って感じなの清々しいし気持ちがいい。
本当はそんな人ばかりじゃないって分かってるけど、
みんな助けてくれるスタンスを一旦示してくれるのは本当に有り難い。
儲かる話とかはみんな興味あるけど、
それと同じくらいなにか実現したい気持ちに共感する気持ち��強いんだなって。
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little-peanuts · 1 year ago
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人は自分がされたら嬉しいことを他の人にされたら羨ましいと思ってしまう。それで怒ったり、不機嫌になったりする。でも自分がされたら喜ぶ。その程度の自分になりたくなさが少しあるので日々気をつけたい。かく言う自分も目の前で自分がされたら嬉しいことをほかの人にやっているのは所有欲が湧くわけだけど
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little-peanuts · 1 year ago
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手に届く範囲のSNSをする気持ちでTwitterを消したりInstagramのタイムラインに流れてくるものを制限したりする。
人の幸せは願ってるけど人の不幸も考えるきっかけにしてしまうから、自分のことを考える時間を大切にしたい
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little-peanuts · 1 year ago
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誰に言うでもない感情の出し先として重宝してる。
最近、なんだか無性に寂しさを感じる。
たぶん東京だからってのもありつつ、
それまでが色んな人に囲まれすぎてたんだな。
岡山では学生以外の知り合いも沢山いて、
京都でも学生以外の知り合いが沢山いて、
東京ではどうしても近いレイヤーの人しか知り合いが居ない。
色んな感情を得て、生まれたひとつの気持ちが
「もう合わないのかもな」という気持ちが無性に怖いってこと。
1度恋愛ぽくなったり、少し立ち飲み屋で会って話した人は、もう多分会わなかったりするんだと思う。
お互いにうっすら、もう会わないのになと思っていたりすると思う。
なんだかどんな形でもいいから、
縁がつつけばいいのになと思う。
せっかく会ったのに、生きてることはわかるのに、何してるか知ってるのに、もう会わないなんで少し寂しい。
相手が何してるか知ってるから余計になのかもしれないけど。
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little-peanuts · 2 years ago
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東京で知り合った女性、
何故か多くが不幸自慢を持ってる気がする。
なんか話してても根っこがネガティブ、
もしくは真反対で自信家。
表裏一体か
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little-peanuts · 2 years ago
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悪事を共有することが若いうちのコミュニケーションの1つとしてはあるんだと思う。
某日高屋で飯食ってたら、
隣の席の人缶ハイボールを開け始めた。
たぶん一緒に来てた人も開けた。
「いいのかな?」なんてはなしてるけど、
いいわけが無い。さすがに無知すぎる。
知らないフリをすることによって、
もしかしたらグレーゾーンにいる自分たちを、
仲間のように共有しているのかもしれないなと思いつつ、レバニラをひとりかきこんで4:30床についた。
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little-peanuts · 2 years ago
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仲のいい女友達、共通の知人が多いせいか
付き合ってるの?と言われることが多い。
そう聞かれると、だいたい「ただの友達」
と答えてた。
でも、それじゃあ、
さも、友達<恋人みたいじゃんか。
“友達以上恋人未満”も近いと思う。
同じでは無い。でも近いと思う。
(多分この言葉を作った人は、友達から恋人に移行することってあるよねと言いたかっただけで、優劣をつけたかったはずじゃないから。)
大切な友達なんだよ。
なんか話してて気が楽なんだ。
大切な友達なんだよ。
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little-peanuts · 2 years ago
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もらい煙草をすることが増えてきた
「タバコ吸うの?」って聞かれて、
「いや、年に1本ね」と答える。
「なんだそれ(笑)」と言われて、
1つ笑ってから深く息を吸う。
そういえば人は何をきっかけに煙草を吸い始めるんだろう。
じいちゃん、メビウスの白いやつ吸ってる。
いつかは俺も吸うんだろうか。
なんか、気がつけば習慣になんてことは意外になくて、環境とか誰かのきっかけで吸い始めるんだと思う。
そう考えると、煙草を吸っている人は何かしら人よりも深い思い出を持っているのかもしれないな
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little-peanuts · 3 years ago
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最後の一口を逃したミルクセーキ
店員さんが片付け始めた。
バタバタとしていた。
最後の一口を残したミルクセーキはあっという間に去っていった。
勢いが強めのお下げしてもよろしいでしょうかはもうさげてもらうしかない。
そうだ、あれは俺の中の永遠になったんだ
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little-peanuts · 3 years ago
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自分のことを褒められたりとか、自分のことを好きな人がいることをひけらかす人が身近にいる。
敢えて友達と言わないのは、そんなことを思ってしまう相手に対して友達だと思うことは失礼だろうと思ったから。
自分が愛されていると感じるのは、誰かから承認された時や、羨ましがられる瞬間ではなく、自分が好きだなと思ってふつふつと伝えるものだ。
SNSで消化して、好かれている間を周りに見せる必要は一切ないのだ
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little-peanuts · 3 years ago
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【許すことを強要する教育と、期待することについて】
自己整理も含めて駄文を書き連ねる。
ややネガティブな内容を含むので、読み返さないことを自分に勧める。
さて、許すということが日本では子供の頃から教えられてて、さも当然かのように喧嘩の結末が強要される。
決めつけのように見えるかもしれないが、自分はその結晶というか、蒸留後の水というか、絹ごし豆腐のような人間なので、許すことや、喧嘩両成敗の精神は存在していると強く感じる。
こんなことはないだろうか、小学生の頃、友達と殴り合うほどの喧嘩になった。片方は無視したと勘違いして殴りかかってきて、片方はただ殴られただけ。プロセスを見ても非は明らかだと思うものだが、小学生の頃言われた言葉の多くは違った。
「あなたも何が悪いところがあったんじゃないの?無視したって思われてるんだから」
といったものだ。
いやどう考えても殴る方が悪い。
別件にはなるが、ここ最近に元アイドルの浮気が発覚した。
別にゴシップには興味は無いのでなんとも思わなかったが、そこには浮気擁護派がいた。流石に当の本人でも浮気を肯定しないだろうに、ここでも喧嘩両成敗の"美しい"精神が如実に現れている。
非常に美しい。美しすぎて私には到底理解の及ばない世界だなと思ったものだった。
かなり前置きが長くなってしまった。
本題としては、今年さっそくイラッとしてしまうことがあった。
ただ、ふと俯瞰で見ると、
・○○を言ったやつ(Aさん)
・Aさんが○○って言ってたよと教えてきたやつ
この2名がいたことで、私の怒りの導火線に着火したわけだが、私の導火線はそう短くない。
喧嘩両成敗の精神も含めて、
自分も悪かったかもと振り返ってみよう。
結論、
自分は100%悪くない、相手が100%悪い。
ちなみに、相手方のどちらが悪いとかではなく同罪だと思った。
あゝ早速、喧嘩両成敗の気持ちは太陽系の端っこに飛んでしまったようだ。残念。
この結論に至った理由は大きく3つある。
まず1つ目、特に、後者が俯瞰で見るようなセリフを残していったから妙に腹が立ったから。
(むしろ後者の方が悪いのではという風潮があるけど、それは誤りだと思う。そもそも自分は前者を信頼して、話している。前者はその気持ちを簡単に踏み躙っている。)
(期待をするのは、勝手にこっちが期待をするからという某芦田さんがインタビューされていた時に答えていたが、あれも納得がいかない。人は誰かに期待しても良いと思う。これも喧嘩両成敗というか、それも自分が悪かったんだな、と思わせられる思考に陥る。そんなことはない。人は人に期待してもいい。)
仲悪くさせちゃったかも…みたいなことをつぶやくような悲劇のヒロインとはここでおさらばだ。そもそも言わなかったら始まらなかった戦火だが、このことについては謝りもせず、ただすみませんしかなかった。
社会人になってから感じるようになったのか、何がダメだと思っているのか認識を合わせる必要がある。がしかし、おそらく本質は分かってなさそうなのでもうよい。
繰り返すが、悲劇のヒロインになるくらいなら他の姿勢で表して欲しかった。
理由2つ目は返信が異常に遅かったことだ。
先程まで、何が悪いかわかっているのかという話があった中で即矛盾を呈するが、直ぐに返信して謝罪の意を示すことは必要だと思う。
そこで、なぜこちらが謝っている側の気持ちを組まなければならないのだろうか。
なかなか返信がなさそうだったので、どうやってことを鎮めようかと1度は考えた。次に飯に行く時はおごってくれよなって。1度はこのメッセージを送った。次の機会を生み出せたら許せるのではと思ったからだった。が、直ぐに消去した。
それは自分だけが得をしていて、その話に関係する方々に何も還元出来ていない。自分だけがその恩恵を享受するのはポリシーとして許せなかった。
自分への許せなさ
そして、相手方への��せなさ
丸23年とちょっと生きてきて、初めて誰かを許さないという判断をしてしまいそうだ。
まあ自然に離れていった人々もいることはさておき、意識的に離れようと思う瞬間に久々に相対した。
最後に3つめの理由は、
マジでごめん、などと本来謝罪の時に使うべきでは無い言葉を使用したことである。
謝罪の意を示す際に、どれだけ仲が良いかんけいであろうと使うべきでは無い。なぜなら心から謝っている気持ちが薄まった状態で伝わってしまうからだ。
日本語の特徴でもある形容詞や副詞はさておき、とにかく誠意ある言葉を使うべきだ。それが友達であっても。
正に親しき仲にも礼儀ありといったところか。
先程あげた前者も後者もこの点が非常に欠けていた。怒ってるやん、だと?怒っている側がさも悪いかのように、その気持ちは汲み取れなかったかのように書くのはお門違いも甚だしい。
自分がされて嫌なことは人にしないというのも日本教育でよく言われるセリフだが、なかなか浸透しないなあとこんな時に感じる。
立ち返って私は今回の件について、
前向きに許さないという判断をし���うと思う。
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ここからは完全に余談だが、大きく2つのことを考えたり、感じた。
まず1つ目、鋼の錬金術師でのセリフ
「勘違いしないで、許しては無いのよ」
これはヒロインのキャラクターが、怪我をした敵キャラの怪我を治すシーンで言われた言葉だった。ここが大きく今日の私の判断を支えている。
許さなくてもいい。
許さなくてもよいが、関係性を無にするわけではない。そんな関係性も合っていいのではと思った。おきたことはどうしようもない。前に進むしかないと思った。
2点目、言葉ならなんとでも言えることと、日本語の発達。
今回の一見を経て感じたことがある。それは日本人の言葉のあやが増えすぎてしまったことだ。
ごめん、など日本語には感情を伝える言葉が存在するが、ピダハンという民族には感情を表現する語彙がない。
何をするかと言うと態度で示すのである。
謝るだけなら警察要らない。
あまり好きな言葉ではなかったが、余りにもラフな謝り方をされるとさすがに感じるものだ。
破天荒な1年が始まりそうな予感がしたが、怒りを感じるのは今年、これが最初で最後で良いと思った。
以上。
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little-peanuts · 3 years ago
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気軽になんでも言える友人が居ることへの感謝は、裏切られた経験をした時により強く感じられる。
この人ってほんとに口軽いよなって思ってても
1度は信じられる人でいたいからこそ、少しだけ話してしまう時がある。
新年早々悲しいけれども少し心が離れてしまったなぁ
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