Miula Ulin / 1994- / Director / Playlight / photographer / " A diary since the world became like this. "
Don't wanna be here? Send us removal request.
Text
2024.06.17
抽象的なことを考えるための脳(創作)と、具体的な処理をするための脳(労働)の切り替えが非常に大変で、時間がかかって、体力が必要。私にはこれは出来ない。
今まで、生活も仕事も全部地続きで創作をして生きてきた。正直、地続きになってしまう状態はかなり危険だったと思う。創作で受けたダメージをその作品が続く限りいつまでも引きずってしまうし、私はどちらかというとプライベートがなくなるタイプなので、私が勝手にやっている創作と関係のない周りの人もおろそかにしてしまう。
だから、よくないと思って、創作と少し距離を取ろうと思って、海外まで来て演劇と関係のない仕事に就いてみている。
というか、そういえば資本主義に乗っかっている演劇公演の意味がわからなくなってしまったのも大き��要因だった。
作品が公に開かれていないこととか、お金を支払って観劇をすることで「作品を買った/買われた」関係と近しくなってしまうこととか、いろいろ嫌になっていた。もともと作品の評価や批評を読むのが好きじゃなかったし、賞とか、どの座組がキているとか、どこがいくらの助成金取ったとか、そういう話も嫌い。作品って、そういう風に見るものじゃないと思う。たまたま出会って、それがその時の自分の何かに触れるか触れないか、それだけでいいし、そうあってほしい。作品をつくるための目的が他者に向きすぎることに対して納得がいっていない。
もちろん自分のためだけに作っているわけではないけれど、完全に誰かのために作っているわけでもないでしょう、みんな。でも今「自分がつくりたかったからつくりました」なんて言えない。なんか演劇って他の芸術の中でも特に他者(観劇する人)へのメッセージとか必要性とかを求められてる気がする。 そりゃチームで作らきゃいけないから、その作品をやりたいと思ってもらうためのそういう、体裁みたいな、理由みたいなものが「自分がつくりたいから一緒につくろう!」ではやっぱりだめなのかもしれない。いやわかるけど、でもそれってなんか社会すぎない?人が数人集まる時点で社会ではあるけど、なんというか、社会的な立ち位置とか意味みたいなものよりも先に、やっぱり私の「つくりたい」という切実な欲望がある。「つくりたい」「つくらなきゃだめな気がする」みたいなよくわからない欲望、生存のための渇望みたいなものがあって、それから言葉にならないものが湧いてきて、絶対に傷つくし疲れるしお金もなくなるし何にもならないのにどうしても作らなきゃいけないって思ってしまって、資本主義社会からしたら全くの無意味な、わけのわからないものに動かされて作っているわけ。だからそういう風につくられたものってそもそも誰かの評価とかとは別のところにあるはずであってほしい。それは芸術作品と括られるものだけに限らなくて、そういう欲望と渇望の元につくられたもの全てに当てはまると思う。二次創作とか同人活動とか、お菓子作りぬいぐるみ作り洋服作りとか、なんでも全て。
でも演劇はたくさんの人が関わってつくるし、作品の構造上、お金を払った人が一定時間作品に立ち会うことを求められる。映画みたいに事前にどんな作品かもわからないし、途中で出ていくのも難しい。だから楽しませるとかもらったお金の分何かを返せるようにしなきゃいけないと思うのは当然で、もちろん私もそこを全く無視したいと思っているわけではない。だけど、でも、どうしてもこの構造に納得がいっていない。
だったら1人で出来る創作をしろよというのは全くその通りで、だから最近は写真をやってる。
自分が表現したいことで生きていけるのなんて砂漠の砂の一粒くらいの確率だということ��もちろんわかっている。さすがに大人になった。けれどどうしても創作活動をしないと自分の人生の意味を見出せないらしいということにも気がついてしまった。ただ、冒頭に書いたように、クリエイティブではない仕事をしながら創作をするのは精神的にも肉体的にも難しいこともわかった。 働きながら作品をつくっている人は本当に本当に本当にすごい。
今できることをやるしかないけど、仕事だけで精一杯。 東京に住んでた時では考えられないくらいの金額が3ヶ月で貯まったけれど、人生が停滞している感じがする。自分の人生の3ヶ月をこの金額で売ったという虚しさ。実際一寸先は闇ってこのことか〜という感じの生活だし、全くメンタルも安定しない。うまく英語が出てこない時、ああもっと勉強すべきなのにと思うけれど、本当に仕事だけで精一杯で、精神的にも肉体的にも体力のない自分が嫌になる。けど出来ないものは仕方がない。かなり精神的にも落ちてしまって、決断をすることや連絡を返すのが大変になってしまった。眠れなかったり体の不調が出る時も多くて、「やばい本来の目的を見失っている!」とようやく気がついたので、仕事は辞める。来月まで働いて旅に出る。お金が続く限り(続くのか?)
ああ〜本当に労働が向いてない どうやって生きていったらいいんだ
と思いながら、一本書けた戯曲を東京で上演してもらう。 演劇ってたくさんの人と作らなきゃいけなくてめんどくさいけど、でもそこが一番のいいところ。誰かが真摯に取り組んで、私が書いた言葉たちを体に落として声に出して空間が立ち上がるって、なんて夢のようなことなんだろう。
https://noruba.net/neo-hyogen-festival-z/program/
まあ英語はもう少し頑張って勉強しよう本当に あーあ
0 notes
Text
2023.03.27
今日は銀座に行く用事があって、本当に一年に一度通るか通らないかという銀座から有楽町までの道を歩いた。銀座って場所は、人間が動物であることを徹底的に隠蔽していて苦手だ。意味とか情報とか資本価値みたいな着飾った表層だけが宙に浮かんでる。みんな内臓なんかないですよ、血なんか流れてないですよ、うんちを収納してないですよという顔をしている。ように見える。から居場所がない。
人間はグロくてドロドロの内臓をもって生きてるのに着飾っていて変なの。自分も。着飾った内臓たちが闊歩する場所。東京。人間の土地。人間の土地?勝手に占領してる土地。森に着飾った内臓はいない。神になったキリストに内臓はあるのかな? みんななんにもグロくないですよという顔して生きてて変なの。体の中にうんちを収納して生きてるのに変なの。 銀座から渋谷まで歩けないの変なの。自分の足で歩けない距離が生活圏になるの変なの。病院についたら痛みが軽くなるの変なの。生きるのしんどいの変なの。今を捕まえられないの変なの。いろんなこと忘れちゃうの変なの。すぐ疲れちゃうの変なの。意味のないことばっかり考えて書いて喋って浪費してまた疲れちゃうの変なの。この世ぜーんぶ変。
でもグロくてドロドロの内臓って書いたけど内臓って別にドロドロしてないかも。今度内臓触る仕事してる友達にきいてみる。
この前のクリエイション時に悩まされたパニックは収まってきた。だから書き溜めてた日記も更新した。3月27日に3月2日の日記を更新。それで今日のも書いておこうと思って、この文章は27日22:39に書いてる。 尋常じゃないストレスを抱えて、体にも不調が出て、このままの環境では続けていけないよと思うことも出来ないまま、今私が抜け��らみんなに迷惑がかかるという気力だけで心の骨が折れたり心のアキレス腱が切れたりしたけど本当になんとか走り抜けて、でもやっぱり今思い返してもあれでは続けていけないよ、あんな思いをするのがアーティストの生き方なんだったらもう辞めたいよ。
でもそうならないでいられる環境をつくりたいよね。
0 notes
Text
2023.03.02
時間が経つのが怖い。 みんな死なないで、とひどく不安になる夜がある。隣に寝てる猫はきっと私より先に死んでしまうだろうことを毎日考える。終わりに向かって時間が進んでいるのがとても怖い。というかたぶん時間そのものの理解が出来ていない。手に入れられないのも怖い。自分のものにしておけないのも怖い。
演劇なんていう後に何も残らないものを、なにをこんなに心血注いであくせくつくっているのだ。こんなことをしてなんになるっていうんだ。誰のなににもならないこの行為はなんなのだ。私たちは一体なにをこんなに、生活を犠牲にして、心身を犠牲にして、どうしてこんなに頑張ってつくっているのだ。 ひどく孤独な気持ちになる。私にとって創作の過程はどう自分を見失わずに大切にしていられるかのサバイバル。どうして演劇をつくっているのかさっぱりわからない。ほんとにほんとにつらい。でも、つくりたくなってしまう。 だから、少し考え方を変えることにした。 誰かの記憶に一生残る作品をつくろう。物としては残らないけれど、誰かの心で一生光るきらめきをつくろう。私の中にもあるように、私も誰かにそういうものを渡したい。これはエゴです。 もう28歳なのに、演劇作り始めて10年経つのに、まだ泣きながら帰る夜がある。困っちゃうよな��何が辛いかわかんないんだから���
最近、電車に乗るとお腹が痛くなるようになってしまった。人の多い場所で動悸が激しくなるようになってしまった。お腹が痛くなるとパニックになるし、パニックになると更に動悸が激しくなる。けどもう28歳だから、そういう時どうすればいいのか知っている。「この時間は必ず通り過ぎていく。今は必ず終わっていく。」と言い聞かせる。時間が過ぎることで助かることがたくさんあるのも本当は知ってる。
誰かに届いて欲しい作品を創るということがどういうことなのかようやく少しづつわかってきた気がする。 もういい大人なのに恥ずかしいことを書いて世界に公開するのは、後から見返して自分の過去の時間があったということを確認するため。いや別に世界に公開しなくても出来るけど。
0 notes
Text
2022.9.1-9.15
↑これはロンドンで現像した赤羽の写真。 以下ほぼ写真日記。備忘録。
2022.9.1
Darhamの宿を出発。朝のパブ。
スーツケースで朝ごはん。
なんかヨーグルトに入れるオーツみたいなのの中にスプーン雑に入ってた。日本だったら絶対にスプーンでもう1包装あると思う。私は雑に入ってるのが好き。
今度こそ窓側取れた。 雲が低くて空がものすごく青い。丘が綺麗。 だけどやっぱり後ろ向きに進む。 座席の方向転換が出来ない仕様なのであれば、日本ならきっと上りの方向が前になると思う。しかしこちらはいずれもロンドン方面(進行方向)が背面だった。不思議だけど、まあそういうもんか、と順応し始める。
途中で原子力発電所みたいなのが見えたけどどこかはわからなかった。 シンプソンズで見たことある形。
ロンドンついたけど人多いのとスーツケース重くて疲れすぎてスーパーの寿司の写真しかない。
ゲストハウスに宿泊。 同室に日本人の名前を見つけたけど帰ってくる前に寝落ちした。 英語版『日常』5巻を読み始めた。
2022.9.2
エジンバラで撮ったフィルムが終わったので写真屋さんで現像に出す。 Googleマップを見ると近くに大英博物館があるようだったので、散策しながら向かった。
日本で絶滅したAeroを途中で見つけたのだけど、散策してる最中に全部溶けた。
めちゃいいつま先
モアイの体 cute
日本ブース(?)に三島由紀夫いた。
広すぎてまたしても諦めた。 朝から来れる日にまた来ます。
スーパーで夜ご飯を買って帰る。 生ハムが食べたかったけど、どれが生で食べられるのかわからなくてやめた。前日に見た寿司を買ってみた。Mini Tokyo salmon Set
部屋に戻ろうと思ったらベッドに鍵置きっぱなしだった。 「鍵を部屋に忘れ��した」の英語を覚えた。
明日、ロンドンに住んでる大学院の頃の同期の卒業公演を見に行くことになった。
2022.9.3
本当に家にする才能がある。
同期の卒業公演のプレビューを見せてもらった。 観客と俳優が交流をするタイプの上演形態で、ああ日本でしばらく見てない光景だ、とおそらく私1人だけ違うベクトルで胸がいっぱいになっていた。 上演作品自体もすごくよかった。”私たちにしか出来ない演劇”というものに立ち会うために非常に有効な劇場と人数だったと思う。
入り口のセキュリティーにビビりながら入ったお店で食べたアーリオオーリオ。パスタの種類わからなすぎて普通の頼んだつもりがきしめんだった。これがロンドンの普通麺なのか? おいしかったけど脂っこすぎておしまいになった。
帰宅してから共同スペースで作業してたらパーティが始まって困惑した。 金曜日の夜。
完全に残り体力が減っている。
2022.9.4
パッキングがクソ大変だった。朝から汗だく。 もう既にキャリーに入りきらなかったんだけどまじでなんでなの?エジンバラでバグパイプ買ったから?
チェックアウトして TATE Britain に向かう。宿から徒歩圏内だということに前日に気がついた。
Cornelia Parkerの展示が良すぎて、朝のパッキングで既に溢れてたのに作品集を買ってしまった。
常設展示の方は一本道ではなく一部屋に4つ通路があって、ゼルダの伝説 時オカ版の迷いの森かと思った。サリアの歌が大きくなる通路がなかったので迷いました。
私が唯一自信を持ってできるモノマネ、ジャコメッティの彫刻があった。 めちゃいい。
ずっと実物を見たかった”Hope”。 想像以上に大きかった。 とてもいい場所に堂々と展示されていた。
描いた絵が展示になる部屋。迫り来る猫を描いた。
またマフィン食べた。
いよいよホームステイ先に移動。 緊張しながらバスに乗ろうとしたら、乗りたかったのがバス停に止まらない。イギリスでは手を上げないとバスは止まらないらしい。学んだ。 荷物も重すぎるしこれは楽しろということだな、と思い近くの駅からタクシーで向かう。
ホストファミリーがものすごく暖かく迎え入れてくれた。 大きい黒のラブラドールレトリバーもフガフガ私の匂いを嗅いでいた。 人生で good boy をリアルに言う日が来るとは思わなかった。
私の部屋は屋根裏部屋だった。憧れの天窓!
夕ご飯をホストファミリーとルームメイトと一緒に食べる。 ルームメイトのNarrimanはブラジル出身で、私の一つ下だった。「明日一緒に学校に行くから���心してね」「困ったことあったらなんでも聞いてね」とにこにこ優しくしてくれた。ありがたすぎる。
まじで不安だ…と思いながらみりんの安否を確認して就寝。
2022.9.5
初日。 ガイダンスを受けて午後から授業に参加。 チャイム鳴っても誰も来ない。何のチャイム?
学校終わり、ルームメイトがpubに誘ってくれた。 イギリス初飲酒はguinnessでした。
2022.9.6
Good boy の Billy どうして階段のす��下にベッドがあるんだ…?これは土足で跨いでいいのか…?と思いながら毎回通ってる。
キットカットがめちゃくちゃでかいし、チョコの味が全然違う。 果物が安い。
相変わらずチャイム鳴っても誰もこない。何のチャイムなの本当に誰か教えて。
放課後、Narriと近所のpubへ。 夕飯前にでかいハンバーガー食べながら2時間恋バナした。
あとリアルのBless youを初めて聞いた。
2022.9.7
クラスメートがジャム挟んだクラッカーくれた。
ドイツ語とスペイン語の「さようなら」を覚えた。
放課後はMAMMA MIA!を見にロンドン市街地へ。 時間までNariとBig Ben周辺を散策。
ピーターパンだーーーー
ロンドンの空、ターナーが描く空に本当にそっくりでいちいち感動する。 彼はこの空を描いてたのか。
城?
城じゃん。 石造の建物はいいな。 歴史ある建築でここに来ること自体でテンションが上がる。
MAMMA MIA! は最高すぎて一場から爆泣きした。 カーテンコールでも爆泣きしてたらクラスメート達に抱きしめられた。 お芝居がよかったのは当然だけど、お客さんの観劇姿勢に感無量だった。客席の反応がすごく大きくて、舞台上と客席との交歓を感じて胸がいっぱいになってしまった。演劇を見ている!という感じがしたし、演劇のこういうところが好きだった、と思い出した。
2022.9.8
疲れすぎて何も写真がない。 普通に授業を受けて速攻帰宅して夕ご飯まで寝た。
夜中に現像した写真のデータが届いた。 色味が途中から変だった。 おそらく、日本から持ってきたので、空港のX線の影響だと思う。すごく綺麗だったエジンバラの空がうまく残せなかったのは残念だけど、これもその時を残してるのは一緒か、と思うことにした。
エリザベス女王が亡くなった。 「黒い服を着た方がいいですか?」と英語で聞くことになると思わなかった。これから10日間イギリスは喪に服すらしい。
2022.9.9
観劇しに市街地へ。 地下鉄や街中のモニター、お店の看板など、変えられるところはみなエリザベス女王に代わっていた。 けれど、それ以外は普通だった。喪に服すって、交通が止まったりお店が閉まったりするのかなと想像していたけれど、そうかあ、社会はそのまま回し続けるしかないよな、と思った。
観劇前に以前から気になっていたUZUMAKIというラーメン屋に寄ってみた。
どちらかというと全体的にAKATSUKIだった。 ラーメンは普通に美味しかった。 著作権どうなってる?と思う箇所が多々あったけど、これって著作権どうなってる?
見たのは”The Seagull” in ハロルドピンター劇場 客席の反応が日本と違いすぎて(再び)びっくりした。かなり終盤までみんな笑っていて、まじで…⁉︎という感じだった。私としては、マーシャとか可哀想すぎて全然笑えないのだけど、喜劇と悲劇は紙一重を真に感じた観劇体験だった。 ラストシーンが邪悪すぎて最高に素晴らしかった。
一体私は人生であと何回『かもめ』を見るんだろうか…。
2022.9.10
この日も観劇しに市街地へ。
バイオハザードの地下鉄?
この日は”FROZEN” めっちゃ真横の席だったし見切れてたけどとてもよかった。 小さいエルサがたくさんいて可愛かった。心なしか客席も全体的に水色だった気がするし、私も水色のニットを着てた。
古そうな天井に穴開けて吊ってる
ピンスポ
オケピ
こういうとこばかり見てしまう…。
休憩中、客席でアイスを売っていた。 飛ぶように売れていたしすぐ隣で売っていたので思わず買ってしまった写真。ブレすぎ。 ロンドンの大きな劇場の多くにBARが入っていて、お客さんはワイン瓶とグラスを片手に鑑賞している。歌舞伎スタイル。 観劇体験としてはめちゃくちゃ最高なのだけど、終演後の客席は映画館でも見たことないくらい食べ飲みのゴミが散らばっていてかなりの衝撃を受けている。この掃除だけでどのくらい手間と時間がかかるのか…と想像して怯える。 ドバイ→エジンバラの飛行機を降りる時も田舎のお祭りかと思うくらい荒れてて笑ったのを思い出した。
観劇後、ネガを受け取りにカメラ屋さんへ。 新しいフィルムを買いたかったのだけど、「今品薄で売ってなくて、来る前に電話してもらった方がいいかも。」と言われた。電話のハードルよ…。
夜は大学院の同期とご飯。 久々に対面で日本語を喋った。 タイ料理屋さんと日本食屋さんに行った。
2022.9.11
月曜日。 2人ともギリギリに起きてパンを食べながら登校。
放課後は、今週のお弁当の具材を買うために、普段行かない大きなスーパーに行った。
白いままのフィギュアがついていて、自分で着色するタイプの付録。
行ってみたスーパーに写真屋さんが入っていて、普通にフィルムを売っていた。
2022.9.12
何の写真もなかった。
サラミとほうれん草みたいな草とチーズをオリーブオイルと塩だけで食べるお弁当を編み出した。うまい。
2022.9.13
何の写真もなかった。2
Narriのカバンから無限に物が出てきたので、ドラえもんの「あれでもないこれでもない…」を見せた。私だー!と言っていた。 DORAEMONっていうのは未来から来た猫型ロボットで…という説明で既に面白そうなのすごすぎる。
2022.9.14
「劇場で出来ないことは何ですか?」と聞かれたのだけど、劇場で出来ないことなんてないのでは…?と宇宙猫になった末に出した苦肉の答え→「ペットの販売」 もしかしたら何かの基準をクリアしたら出来るのかもしれない。わからない。
フランス語ネイティブのChocolatを聞いてテンション上がる。
日本の夜ご飯タコス(?)とイギリスの昼ごはんin庭
放課後はライオンキングを見に行く予定だったので、再びNariと市街地の観光。 ロンドン塔を見て、Five guys へ。
新しい街と300年前の建物が共存している。 石造の建物と地震がない国、本当に素晴らしいな。
ロンドン市街地は、エリザベス女王の棺が到着したようで、物々しい警戒体制だった。大きい銃を持っている警官、やっぱりびっくりする。韓国の空港で見た時もカルチャーショックだった。
飛行機雲がいつもよりたくさん出ていた気がするけど、中継などで多く���んでたのだろうか。
ライオンキングの最寄りの地下鉄、ホームまで階段で降りたら200段くらい永遠に螺旋階段で目が回った。 写真は疲れてる私を尻目に元気よく降りていくNariman
家に帰ったら、シーツを変えてくれたホストファミリーの手によって身代わり人形が堂々としてた。
2022.9.15
フランス語ネイティブのChamps-Élyséesを聞いてテンション上がる。
サラミとほうれん草みたいな草とチーズで作ったサラダ、毎日液漏れしてる。 タッパーとジッパーをくぐり抜けて必ず液漏れしてくる。 液体強すぎる。
ガムを捨てるために破ったノートの余りをファイルに入れたらONE PIECEのビブルカードみたいになった。
-----
おわり
また気が向いたら書く
3 notes
·
View notes
Text
2022.08.29-31
ぬいぐるみは買わないぞ!と思って渡英したのに普通にネッシーのぬいぐるみ買ってしまった。HAPPY NESS まてよ? HAPPYとNESSで改行されてるからハッピーなネス湖かと思ったけどこれってハピネスってこと?!イングリッシュダジャレじゃん 買ってよかったわ
2022.8.29
瓶が回収される音で起床。ようやく清掃が始まったらしい。
フェスティバルは昨日までだったけれど、はみ出して上演していたMacbethを観劇。スコットランドの話をまさに観れてよかった。
観劇後、見たい展示があるスコットランド国立博物館に向かった。つもりだったが、MUSEUMの文字だけ見て全然違う博物館に入っていた。しかし全ての展示を見終わるまで違う博物館に入ってたことに気がつかないのであった…。
迷い込んだのはSurgeone’Hall Museum、エジンバラ王立外科大学の博物館…。 (撮影禁止だったので何の写真もない。)
解剖学の展示にお出迎えされ、デスマスクやマジの人体が並んでてギャアー!となりながらなんとか全部見る。大学院の座学版体育みたいな授業で謎に解剖学の回あったな…とか思い出しながら次の展示室行くと歯科についての展示だった。考えるだけで痛そうな器具た��に再びギャアー!となる。現代医療ありがとう。麻酔大好き。
既に��切れしていたのに、次の展示室では吹き抜けの二階建てスペースに所狭しとホルマリン漬けのマジの人体が並んでいて私の元気タイムは完全に終了した。まつげがついたままの目の周りの皮膚(だけ)とか、脳みそが見えるように上の方を切り取られた頭部(だけ)とか、もうしばらく肉は食べれません…自分のことこんなにナイーブだとは思ってなかったけれど、本当に肉はしばらくいいです…。
見てる最中、解剖ってやばくない?どういうメンタル?と思わず医師の友達にLINE。 「解剖ってグロいとか思わないの?」 「全く思わないしそういう人は見たことない」 やっぱ最初から耐性がある人が医者目指すのか。 「ちなみに解剖の授業ではここがミノだよとか言いながらやってるよ笑」 いや笑じゃねえー!お医者さん怖過ぎる。情緒どうなってる?
まあこの友達からは恐ろしい回答が来る予感はしていたので、海洋学部の友達にも聞いてみる。 「解剖グロいと思う?」 「どこかにグロいと思うラインがあると思う。生きてる魚はグロいけど死んでる魚は美味しそうに近い。」 確かに。私も死んだ魚は捌ける。生きている、もしくは生きているに近い状態だとグロく感じる?何故?
全てを見終わり「元々見たかった展示がひとつもなかった…ここは一体…?」と思いながら外に出て振り向き、博物館の名前を見る。ようやく違う博物館に来たことに気がつく。本来行きたかった方の閉館時間まで1時間しかなかったけれど、だいぶげんなりしていて口直しが必要だったので行くことにした。
入ってすぐ絶対に見終わらないことを確信。National Museum of Scotland
一番見たかった世界で初めて生まれたクローン羊Dollyの剥製。 哺乳類のクローン実験だったのだろうけど、どうして羊が選ばれたんだろう?
やっぱり見終わらなかったので潔く諦めて退館。
あとまじでこれ2枚食べるごとにリップ塗るぐらいしょっぱすぎて唇痛くなるから食べて欲しい。
深夜に部屋に戻ると、同室の人を起こしてしまった。明日出発するんだ、私もだよと会話をしてたらいつの間にかインスタを交換してた。 アイルランドの人だった。
2022.8.30
荷造りして出発。 美術館も行きたかったのだけど、まずは博物館へ。
朝ごはん。展示室に近い館内で食べれるのめちゃgood
さあ昨日の続きから見るぞ!2時間くらいで見終わるかなと意気込んで周り始めると、昨日は気がつかなかった展示室を発見。どうやら私がデケー!と思ってた吹き抜けの方はSCIENCE&TECHNOLOGY館(?)で、スコットランドについての展示室は吹き抜けの方とは別で8階分あった。
絶対に2時間では見終わらない。美術館はすっぱり諦めて博物館に全振りを決意。
一番好きだった展示。勢いよくスカラベを差し出してる像。スッ!
SIENCE&TECHNOLOGYの方はこの規模の展示室が4つくらいある。
セントラルヒーティングもおしゃれだった。
ミュージアムショップでイギリスの木刀売ってた。23£。高え。
気になったものだけ立ち止まる駆け足スタイルで見るも、全部まわるのに4時間かかった。ちゃんと1日かけたかったが、エジンバラ城の予約入場チケットを買っていたので、St.Giles大���堂を再び駆け足で見学。
めちゃくちゃよかった。 めちゃくちゃよかったんだけど、大聖堂来る前に寄った図書館の消毒ジェルが臭過ぎて、ファインダー覗く度に苦しめられた。
ステンドグラスの作画(?)がかなり違っていたけれど、どうして作成時期がズレているのかは聞けなかった。
何かの力を発揮してる瞬間のステンドグラス good
お土産屋さんで十字架を買ったらプチプチに包んでくれた。
大聖堂も足早に駆け抜けて、初日ぶりにエジンバラ城へ。入場列が長く、入るまで30分くらいかかった。
角に通りの名が書いてあるのをいくつか見た。
監獄に入ったら窓で鳩が寝てた。ここに投獄された人もこうやって鳩を見たかな。私の次に入ってきた人に思わず鳩いるよと教えると小声でwow...と言っていた。寝てる動物を見る時の反応は万国共通。
ていうかチケット買ったのに誰にも確認されなかったんだけど私は何のチケットを買ったんだ?と思いながら下城。
名残惜しいけど、エジンバラから出発。次の目的地Durhamへ。
海沿いを通る汽車なので絶対に景色が見たい!と思い、窓側の席を買ったのに壁だった。なんで?
座席は進行方向の逆を向いていて、ひっくり返したりすることもなくそのまま出発した。いつか方向転換する時が来るのか?と思いつつ、仕方ないから隙間から見た景色は後ろから前に流れていく。
羊と牛と馬がのんびり放牧されていて、なだらかな丘の麦畑がずっと向こうまで続いてる。 前回の日記で山より丘の方がよく出てくるかもと書いたけど、本当に山がない。ずっとなだらかな丘。山がない分空が広いのと、街並み以外は概ね北海道に似ていた。羊たちがむしゃむしゃ草を食べてるのを見てヨブ記のことを考える。
そして電車の向きは変わることなく、後ろ向きのままDurhamに到着した。
バーの上のホステルに宿泊。バーに入るとガタイのいいお兄さんが気さくに挨拶をしてくれた。予約してますと伝えると、従業員用出入り口的なところを通されて、実家よりも狭い階段を上った。キャリーケースを持ってくれたお兄さんはマジ重だね☆て笑って持っていってくれたけどそうなんだよお兄さんのそのガタイでマジ重☆な荷物を私はどうやってチェックアウト時におろしたらいいの?と不安なままついていく。
久々の1人部屋で就寝。
2022.08.31
ようやくイングリッシュブレックファースト。 テーブルにパン直置きなの面白いけど、とても美味しかった。このあと7時間くらいお腹が減らず。
宿から目的地まで徒歩20分くらいだったので雨だったけれど歩いてみた。 シルバニアみたいなカラフルな家々が並んでるのを見ながら歩いてたら鹿のうんこ踏んだ。
今日の第一目的地 Durham Cathedral . 1093年に設立された教会。こんなに長い間信仰の地になり続けているの本当にすごい。
上ばっかり見ちゃうけど床のタイルも素晴らしい。
ハリーポッターのロケ地。ホグワーツの中庭と廊下。テンション爆上がり。 子供たちがウィンガーディアムレヴィオーサ!と言いながら走り回ってた。わかる。
静岡滞在中のnoteでも書きまくってたけど、当時の石の削りがわかるの本当に大好き。
隣のDurham城(現大学)も見学。 観光ガイドボランティアのおばあちゃんがたくさん話しかけてくれたけど断片的にしかわからなかったのでとにかくwow...で乗り切った。 再びホグワーツの食堂でテンション上がる。
街を散策しながら帰路。
帰りは晴れた。
今日も書きすぎ。明日からようやくロンドン。
2 notes
·
View notes
Text
2022.8.25-28
イギリスにいます。 正確に言うとスコットランドのエジンバラ。 気がむいた時に書くこの日記だけど、3ヶ月のイギリス滞在中はせっかくだから何かあった日はちゃんと書き残しておこうと思って、ひさびさに更新に至った。 前回何書いてたんだっけと読んでみたら、一年前だし、日本から出ていきたいって言ってるし、なんか一貫してるな。
2022.08.25
出発は22:30成田発だったので、昼間は蜂巣さん���『abさんご 試演会』の稽古見学に駆け込んだ。 なんだかよくわからないけど閻魔様がいた。 蜂巣さんチームに混ざって、おぐセンターの美味しすぎるほっけを食べながら、急にマスク無しの生活したらコロナかかりそうだな、海外にもR-1ってあるのかな、ていうかR-1のCMって失礼だよね、とかいう話をして、空港に向かった。
成田空港、まじで全然店が開いてなかった。 仕方ないからセブンでR-1とグミを買った。
乗り換え地点のドーハ行きで出た機内食はカツ丼だった。 カツ丼は美味しかったけど、副菜の立ち位置の冷製パスタが思いっきりシソ味で、海外の人は食べれたのだろうか。私はちょっと嫌だった。 離陸までに40分くらいかかって、このまま陸路でドバイまで行くのかな?と思った。
時差のこと何もわかってなくて日本時間出発22:30-ドーハ時間4:25到着なのに、愚かなことに到着時間も日本時間だと認識していて、出発する前は「6時間で着くじゃん。鳥取までの夜行バスの方が辛いわ」とか思ってた。 全然つかない。つく気配もない。まわりの人は爆睡してる。 途中で「違うわこれドーハ時間だから1、2、3、4…12時間かかる!」と気がついたが、手元の腕時計もiphoneもまだ日本時間。12時間かかるのがわかったところでじゃあ今何時ですか?what time is it now なんて英語の授業だけで使う言葉だと思ってたけどまさかリアルに使う時が来るとは。
2022.08.26
ドーハ乗り換えは4:30から3時間後の出発だった。全く眠くなかった。 ドバイっぽいお土産を見たり、謎のポテチを食べたり、アゴラのシフトを組んだり、周りにならって地べたに座って待ってみたりした。 ドーハからエジンバラまでは7時間くらい。 私は飛行機がかなり嫌いで、乗る前に必ず心の中で3回くらい十字を切っている(なぜキリスト式なのかはわからないけどとにかく必死に神頼みしたくなるくらいまじで嫌)なのだけど、私は空を飛んでるのが怖いのではなくて、空中の揺れが怖かったらしい。でかい国際線は平気だけど、小さい国内線は怖い。
エジンバラ空港は思ってたより小さかった。 SIMを変えて出発。空港のコンビニ店員さんのSIMの説明が全く聞き取れなくて焦る。
倫敦どんより晴れたら巴里って感じの曇り時々雨で、降り立ってすぐに早速イギリスらしさを感じる。 お腹空きすぎて街に出るまで我慢出来ず、空港でサンドウィッチを買った。美味しかったけど、円安を感じるお値段。
滞在するゲストハウスはエンジンバラ城のすぐ下だった。 てかエジンバラ城めっちゃホグワーツじゃん。
日頃の生活���ズムが狂いまくってるおかげで、時差ボケは全くなく通常運転で活動出来そうだったので、時差分増えた8時間で散策。
ふらっと古い教会にたどり着いたら、ヨーロッパ1怖いと言われてる墓地だった。 骸骨のモチーフがたくさん刻まれてたのだけど、どうしてお墓に骸骨? マクゴナガル先生とトムリドルのモチーフになった方々のお墓を見た。 雨が降ってて写真が撮れなかったので、別日に再訪した時の写真。
お墓を見てたら、お城の方から大歓声が聞こえてきた。 予約しなかったミリタリータトゥーだとすぐにわかった。 こんな盛り上がってんの?絶対見た方がよくない?と思い直してその場で即当日のチケットを購入。 一旦宿に戻って、夜、持ってきた中で一番あったかいトレーナーを着て出発。
まずお城に入るまでにすごい人だかりだった。東京の花火大会みたい。 パンフレットを買ったけど、まじで私以外誰も買ってなかった。なんで。 座席のスタジアムっぽさもあってか、野球やサッカー観戦のような盛り上がり方をしていた。 The Royal Edinburgh Millitay TATTOO という名前(タイトル?)から、かなり厳格で伝統的な感じなのかなと思ってたら全然違った。いや全然違くはないんだけど、本気出した王立のエレクトリカルパレードって感じだった。私の感想は終わってるけどまじで爆上がりしたし見てよかったから機会があればぜひおすすめしたい。 あと、スコットランドのチームの演技が始まった時が一番盛り上がっていて、ああここはスコットランドなんだな、と思った。 写真はプログラムが全て終わった後の向かい側の客席と、並ぶ国旗。
2022.08.27
朝起きて、オンラインMTをしてから出かける。
最初にジャルジャルを見た。 私が出したワードが2つともコントになって喜び。CUTE / CAT Train Man というトーマスを模した新しいキャラクターが生まれてウケてた。
でっかいスモアクレープを食べた。隣に並んでた小学生くらいの男の子も同じもの食べてた。熱すぎた。
元学校のアートスペースで2本目の観劇。 プロジェクターに映るテキストやプリンターから出てくる台本に従って観客が演じる形式がとられていて、このノリ方は日本では無理かも…と思いながら楽しんだ。 構内を普通に犬の散歩で通り過ぎてる人&犬がいてびびった。ここそういう感じで通っていいんだ。
快晴だったので、次の予約まで再び散策。
↑終わってる感想 ディズニーランド?て感じの城?塔?あれはなに
↑ヨーロッパ1怖いらしい墓地でChillってる若者たち。 墓地だけでなく、すごい傾斜でもとにかく芝生のあるところでは必ず1人はChillってる。 もしかしてここも 墓地 < 芝生 という認識?
↑逆光のアダムスミス(人混みすごすぎて諦めた)
↑両替してなくて出来なかったピンボール
↑お城のある旧市街の方は丘になっている。 丘を登って、くだると旧市街。丘をそのまま登るとエジンバラ城。 イギリスの歌詞や物語にはHillがよく出てくる(Mountainより出る)イメージがあるのだけど、確かに空港からの景色も山よりも丘という感じの盛り上がった土地が多かったような気がする。
↑トレーラーで暗闇の中ヘッドフォンをして体感するイマーシブシアターを見た。 普通に怖かった。日本でもウケそう。
↑ていうかめちゃくちゃ美しい街なのにゴミすごいな…世界中から人が来てるからこうなっちゃうのか…?と思ってたらストライキ中らしい。 ゴミの写真撮ってたら自由な犬きた。
↑最後にもう一本演劇を見た帰り道、23時くらい。 若者が集まってスケートボードをしたりお酒を飲んでる横を通り過ぎた。 Not British と書かれたジャンプ台が置かれていた。
2022.08.28
10時からシェイクスピアの子供向け朝食クロワッサン付き演劇を見た。 To Beer or not to beer だけ元ネタがわかるもじりだった。
前半書きすぎてもう書くの疲れてきたし観劇ばっかりしてたからもう今日はさらりとおわらす。
洞窟みたいなところを進んだところにある劇場?でも観劇。 たぶんフリンジの多くの会場は、普段は別のスペースとして使われてるだろう場所に仮設で劇場が組まれているのだけど、期間外はどうやって/どのくらい使われてるんだろう。
観劇の合間にスーパーのホットスナックを買った。 ソーセージパンって書かれてたけど、思ってたのと違った。ソーセージの中身が入ったパンだった。ソーセージに対する概念の違いが浮き彫りになった出会い。美味しかった。
大きい教会で観劇。ここもトラス組んで照明吊ってた。 2階席みたい場所があったけど、普段は何の部屋なのかわからない。教会のこと全然知らない。
20:30の明るさ。 全然日が沈まないから時間感覚が狂う。そんなはずはないんだけど、ここには昼と夜しかない。
22:30開演のダンス公演を見に行ったら耳栓配られて怯えた。 1日の最後に耳イカれてしまうのか…?と思ったけど作品は最高だったし、耳栓はくれて本当にありがとうという音量だった。
黄色いコーンを被せたり刺したりするのが主流のいたずらっぽい。 確かに日本の赤いコーンより小さくて、銅像に被せるのにちょうどいいサイズ。
なんか…なんか食生活やばいかも⁉︎と思って急に買った野菜ジュースと今日までの観劇メモ。 無地のノート売ってなさすぎて2日間探し回った。1.5£
-
7月に埼玉で上演していたパパイオアヌーの『TRANSVERSE ORIENTATION』にて、演出家の強烈な原風景を感じたシーンがあった。舞台上に現れた海岸と地平線は明らかに日本の海ではなかった。はっきりと、まざまざとその”演出家(あるいはチーム)の原風景”を見せつけられて完全にやられた。どこからどう見てもギリシャの海岸沿いだった。自分のルーツを、自分を構成している文化や習慣を、原風景を自覚することは、自分たちの作品に軸を通すのかもしれない。私は私(と私を構成してきた環境・文化・慣習・社会)のことを全くわかっていない。鏡がないと自分の顔を見れないのと一緒で、自分の中身を観察するにも鏡のような何かが必要だと思っていて、それでやっぱり海外に行こうと決めた。短くてもいいから、次にまた長く来たらいいからと、とにかく今!自分を構成している環境から離れてみるタイミングだと思って。もちろん語学もちゃんと伸ばして、英語でのクリエイションに物怖じしないくらいのパッションは身につけたい。
-
私が子供の頃から飾ってた実家のクリスマスツリーのオーナメントに小さいリンゴを模したものがある。幼少期から「変な大きさのリンゴだな」と思ってたし、最近まで「妙に小さくデフォルメされてるな」と思ってた。けど、あれはヨーロッパサイズのリンゴなのかもしれない。
書きすぎた。 もう早速明日書かないかも。
3 notes
·
View notes
Text
2021.08.07
悲しみと怒りを通り越して、もう疲れた。
小田急線刺傷事件のニュース、「幸せそうな女性を殺したかった」「殺せずに悔しい」と隠しもせずに言えるところまでもうこの国は来てしまったんだと思った。絶望しかない。ニュースの速報を見た時「誰でもよかったと言いながら女性ばかりを狙った卑劣な事件がまた起きてしまった」と、これまでの”無差別事件”と同じだと思ってた。でももう言えるんだそういうこと、言えちゃうんだ、言ってもいいと思ってるんだ、主張になると思ってるんだ。そっか。そうなんだ。 「女を殺したかった」ってこれほどないヘイトクライムで、一切の擁護が出来ないにも関わらずそれを派遣��員だからどうとか弱者男性がどうとか、明らかに女性が人を殺した時と世間の反応が違う。なんですかこの差は。このグロテスクな差は何なんですか。 6月にも風俗に勤めていた女性が見ず知らずの男に殺された事件が起きている。昨年11月にはホームレスの女性が見ず知らずの男に殺されてる。そもそもこの国の犯罪被害者は女性の方が多く、加害者は男性が圧倒的多数。 犯罪にならないまでも、この国に住む女性のほとんど(みんなと言って差し支えないと思うけど)は男性からの何らかの加害を受けていると思う。
私は「あなた(女性)の気持ちがわかる」と言う男性を信用しない。「結婚してるの?彼氏はいるの?」と聞いてくる男性も信用しない。親しくない、まだあまり知らない男性には個人的なことを話さない。電車で男性の隣にはなるべく座らない、立たない。家に帰る時、たとえ家に誰もいなくても「ただいま」と誰かがいるように言う。公園のトイレは絶対に使用しない、近づかない。街中でカメラを構えている男性からは離れる。走れない靴は履かない。夜の帰り道はイヤホンをしないで帰る。後ろを歩かれると怖い。そもそも私はスーツ姿の男性が怖い。
男性は、この感覚がわかるだろうか。この感覚をどうやったら共有出来るのだろうか。警戒したくてしてるわけじゃない。信じたくなくて信じてないんじゃない。こうせざるを得なかった出来事がただ生活をしてるだけなのに不均衡にあり過ぎる。
女性達はずっと声をあげてきた。女性に対して声をあげろと言ってくる男性は、何故自ら良くないと思った問題へ発言せず、女性に声をあげろと言いたくなるのかを自分で考えて欲しい。
自分にかかった呪いを自分で解くのは大変な事だと思う。 でも、自分のことを幸せにしてあげられるのは自分しかいない。誰も私を幸せにする義務などないし、できない。私も誰かを幸せにする義務などないし、できない。
私が受けてきた被害や不平等な目にあわされてきたこととか書けるだけ書いてみたらこの重苦しい記憶も成仏するだろうかと思ったけど、なんかもうそんな体力もなかった。疲れた。もう訴える気力も警戒する気力も残ってない。この国で起きてるいろんなことに対して、本当に疲れた。早く出て行きたい。今回の事件だって、この国の政治家のあり様だって、この国が長く大事に育てあげてきた家父長制とトキシックマスキュリニティがもたらしたものだ。それを選択してきたのが間違いと言っていいのかはわからないけど、少なくとも私にとっては害悪で滅ぼしたい概念で、とにかくもう人口の半分と私���生活を決める政治家たちにこんな思いにさせられたくない。変えられる気がしないと思わせられるほど、折られ続けてきた。変えたいと思うけど、変わる想像がつかない。化石のような国。大昔の姿のまま環境に適応出来ていないのに何故か生き残ってしまった可哀想な生きた化石。
戯曲を書くしかない。書かなければ。作品を創る意義を初めて本当の意味で実感したような気がしている。 かなしいよ。
0 notes
Text
2020.07.22
6月に27歳になった。何故か去年一年を27歳として生きていたので、28歳になるんだと思ってた。もう1年とか自分の年齢とかがぐちゃぐちゃ。 25歳になった時も26歳になった時も、自分の精神年齢とのズレがあって、「どうしよう、このまま年齢だけが重なっていって中身は幼稚という最悪の大人になってしまう」と焦っていた。何もしなくても入学、卒業、入学、卒業、と人生が動いていた学生の頃と違って、良くも悪くも黙っていると人生は動かない。そうか、黙って何かを待っているだけでは成長も前進もなく、幼稚な大人になってしまうんだと思って、外に出て行くことにした。
それで、最近教習所に行ってるんだけど、行きと帰りで世界の解像度が段違いなのが本当に面白い。教習所の座学を今日本で一番楽しんでると思う。学びの楽しさと意義が27年かかってようやく実感になってきた。知っていなければ判断は出来ないし、わからないことも、わかることがなければ見つけられない。勉強は世界の解像度を上げることだと、高校生の私に教えてあげたい。 こうやって勉強して、いろんなものを見たい。いろんなことをわかりたい。わからない・知らないを自覚したい。早く免許取って遠くまで自分の力で行ってみたい。朝早い日は早く寝たほうがいいとか、時間の計算が出来ないからとりあえず1時間前に到着するように出掛けた方がいいとか、飲み過ぎると酔っ払うとか、そういうこともようやくわかってきた。
今年に入って、初対面の人に対して全く緊張しなくなっていることに気がついた。元々そんなに人見知りはしない方だったけど、輪をかけて素のままでいられる(いてしまう)。たぶん、「良く見られたい」という気持ちがなくなったんだと思う。こうありたいという理想と実際の自分のギャップが埋まってきたというか、自分の底地が見えてきたというか、諦めとは少し違うのだけど、もしかしたら自分のことを認められるようになってきたのかもしれない。この心境の変化は私の力ではなくて、同居しているパートナーと、ずっとそばで一緒に作品をつくってくれてる仲間たちと、いつまでもくだらないことで笑い合っている友達たちの力だ。真摯に対話してくれて、笑って、そばにいてくれることのなんと心強いことか。私も誰かにこの気持ちを渡したい。
ただ、このままでいるには、基本良き人間でなければならないのは大前提なので、素のままでいるためにも勉強をしなければならない。なんか反省の気持ちになってきちゃった。別に全然いい人間じゃないんだよな。 だってもう何も守りたくない。自分と誰かの命のためというのはわかってるけど、もう本当に何も守りたくない。
今年に入って今日まで、毎日何か新しい信じられないニュースがあって、コロナも落ち着いていないし、バカバカしくて許せないことも起こるし、災害は容赦なくやってきてる。その中で、私としては必然的な流れでフィクションや大きな物語に託せるものを信じられるようになってきた。(信じたいなのかもしれないけど。)今まで個人的な話や等身大しか書けなかったし信じられなかったけど、他者との対話の中で私の視点が増えてきて、自分以外のものへのわからないということを含めた想像が出来るようになったんじゃないかなと思っている。けど思い上がりか?ただの希望を投影してるのかも。
なんで今日この日記を書いたかと言うと、明日はオリンピックの開会式だから。だから何ってことはないんだけど、きっといつか今日を思い出すことがあると思うので、その日のために素直な今を書いておいた。明日も書く。明後日も書けたら書く。明明後日も。書けたら書く。なにごとも。行けたら行く。
0 notes
Text
2021.1.10
昨日手術したみりんを迎えにいった。 大きな絆創膏?ガーゼ?が毛のないお腹に貼られている。
病院で、取った子宮を見せてもらった。 一緒に見せてくれた通常の猫のものと比べると5、6倍はあった。 水でぱんぱんに赤く膨れあがっていた。 通常のサイズからこんなに膨張したものが体の中に入っていたのかと思うと、痛かっただろうか、辛かっただろうかと改めて早期に発見できなかったことを反省する。 自分の子宮がこんなに膨れてしまったらどんなだろうか。
入院中(一晩だが)おしっこもせず、ご飯も食べなかったので家でちょっと見ててあげてくださいと言われた。 家に帰ってきたことを認識すると、すぐおしっこをした。 ご飯も食べた。 いつもより美味しいご飯をあげたけど少ししか食べなかった。
エリザベスカラーか術後服かで選べた。 ハーネスも嫌がるのでカラーにしたが、どうやらカラーも苦手らしい。 家に帰ってきてからずっとうとうとしている。 たぶん病院でもカラーが嫌で横になれなかったのだろう。 今も座ったままうとうと、ふらふらしてる。 明日術後服をもらってこよう。
なんだか昨日より小さくなった気がする。 家に帰ってきて一日ぶりに触って、暖かさを感じて初めて手術が終わったこと、生きてることを実感する。 ずっといなくならないでほしい。
0 notes
Text
2021.1.8
写真は二日前のシルバニア。 日曜日に高校の生徒会メンバーでオンライン新年会をした。 私だけ3年くらい参加できてなかったので、みんなと会うの自体久しぶりだった。 見た目は案外変わらないものだ。 ただ、みんな少しづつ人生が進んでる。いや、私も進んではいるんだけど。 13人いるのに、結婚してるのが一人だけって、なんだか少ない気がしてるけど、どうなんだろう。やっぱり誰か隠してるかな。 参加した友達のひとりが「私のお母さんがFacebookを見て結婚してるの?ってきいてきたよ、2年前くらいに。だから結婚してるんだと思ってた。」と言われて衝撃だった。言うよさすがに結婚は。
年齢のこともあって、仕事の話や結婚の話が多かったけど、最後の方に残っていた5人くらいは、結婚に興味がない人たちが残った。 まあ今考えると、日曜のあんな深夜に高校の同級生とのテレビ電話繋げられるのなんて、結婚に興味ない人間か程遠い人間しかいないかなんてことを思ったりもするが。
ここ2年くらい通ってる美容師さんが、この半年くらい、行く度に人生が進んでて、「結婚したんすよ」「車買ったんすよ」「子供できたんすよ」を2ヶ月ペースで告げられている。 年齢同じはずなのに、人生の進み方が全然違う。 同窓会後に行った時に「結婚ってどうですか?」と聞いてみた。 「親が安心しますね、子供できるとかじゃないと、メリットあんまり感じてないです。」と言われた。 結婚してれば親が安心するというのも、もう古いだろうと思う。 子供を育てるつもりも今のところはない。 そういう人はいっぱいいるだろう。こういう人はどうして、どのように、どんなタイミングで結婚するんだろうか。 というか結婚って何なんだろうか。 いつかしたくなるんだろうか。 今は断然シルバニアの方が楽しいが。
美容師さんは、「最近、このままでいいのかなって思って」と悩んでいるらしい。それが全くの本音なわけはないと思うし、セールストーク?だということもわかっているけど、興味があったので聞いていた。私もこのままでいいのかな、というか、将来に対する不安(単純に食べていけるんだろうかとか、生活できるんだろうかとか、そういう生死に関わる不安)は常に抱えているから、この美容師さんも似たようなこと思うのか、と興味があった。 でも、話をよくよく聞いてみると、私の不安とその美容師さんの不安は全然種類の違うものだった。 いろいろ話てくれたけど、彼の不安は漠然と「何かしなきゃ」というものなんだと勝手ながら理解した。
彼の話を聞いて、私は「何かしなきゃ」と焦ったことは大学入ってから一度もないかもしれない、と思った。一度もないは嘘だけれど、あっても2度くらいだと思う。
「あれをしなきゃ」「これをしなきゃ」はあるけど、「何かしなきゃ」という漠然とした不安は強く抱いた覚えがない。 たぶん、ずっと「何かしてる」からだと思う。 ずっと新しい創作をして、新しい人に出会って、新しいことを学んで、新しいものをつくる、という一回性の行為をずっと行っているからなんじゃないか。 そういう意味では満たされているのかもしれない。
緊急事態宣言が出た。 昨日は事務所で記者会見のライブ配信を流し見。 春の記者会見の時に感じた台本や言葉の空虚感という絶望は感じなかった。 台本をまた書けるかもと思った。
今日帰りにカレー屋さんでテイクアウトしようと思ってたら、緊急事態宣言のあれで20時に閉まるのを忘れていた。 明日昼間に行こうと思う。
明日はみりんの手術日。
0 notes
Text
2021.1.1
あけましておめでとうございます
大掃除をした。 なんでやってもやっても永遠に終わらないのかな。 各家のお雑煮を作った。 母に教わったざっくりレシピで作ってみたら割といい線をいったような気がする。 つとが売り切れてたのでちくわ。 お雑煮って簡単で美味しくていいな。
日が暮れてからコインランドリーに向かう。 IKEAの袋を失ったので、布団を手で持って駅まで歩いた。 商店街のお店もチェーン店もなにもかも閉まっていて、なんだか暗かった。 2店舗あるファミレスはコロナが流行ってから閉店時間が早くなっていて、一度も行けていない。 去年のいまごろは、毎日隣町のガストに閉店時間まで居座って修論を書いていた。 2020年の一年間よりコインランドリーの最後の10分の方が長いんじゃないか。
初夢なにかな 一富士二鷹三茄子の現代版 一64二Switch三PS5
0 notes
Text
2020.12.31
やっぱり日記向いてなかったな。 案の定すごい日があいてしまったけれど、2020年のことをちょっとだけ残しておこうと思う。
もうすぐでこういう生活になってから1年が経つ。 早かったような長かったような、変な感じ。全く実感がない。
今年は、例年よりも遠くで公演していることが多かった。 新しい形式の創作をしてみた。 ゆっくり自分と向き合って、地と足が融けるような時間も過ごせた。 「停滞している」と不安になることが多かったけれど、今振り返るとそんなこともなかったのかもしれない。 前を向いて歩くのはできなかったけど、後ろ歩きで進んでいたんじゃないかな。 徹底的に自分と向き合う年だったな。 10年後のことを考えるためにいままでの人生のことを思い返した。
「こんなことになると思わなかった」といろんなところで話をしたし、世界中のたくさんの人が同じことを言っていると思うけど、未来が不確定だということは実は当たり前なんだよな。 感染症じゃなくたって、私が事故にあって明日のスケジュールを予定通り遂行出来なくなる可能性だっていつも当たり前にあるのに、全く実感できていなかった。 会いたい人には会いたい時に会って、行きたいところには行きたい時に行く。 会えなくなるし、行けなくなる。 思ったことは後でじゃなくて、ちゃんと伝える。 そういう当たり前のことを、多くの人とこの感覚を共有している、人生に一度とない体験を今しているんだなと良くも悪くも強く実感している。
今年は実家に帰るのをやめた。 昨日の夜、帰りたくて帰りたくて泣いたけれど、今私と同じように帰れなくて泣いている人は世界で何人いるかな、と泣くのと同時に考えていた。 こんな形で自分から遠い地のことがリアルに感じられるようになると思わなかった。 北海道では大晦日におせちを食べていた。 雪がないし、寒くない。全然お正月感がない。 ずっと体感と時間がズレたまま一年間過ごしてしまった。 今年は東京で紅白を見てる。 同居人が紅白に出てる北島三郎の写真をカメラで撮ってる。 意味がわからなすぎる。 黒柳徹子も撮ってる。 ざっくり。 来年もゆるゆるやっていきます。
0 notes
Text
2020.06.08
5月が消えた。
絶望することにも閉じこもることにも一人で考えることにも疲れてた。 生活をちゃんとしてみた。 引っ越しをした。 魚のセットを買った。7キロくらいの冷凍魚が届いたので、炊飯器を買った。魚を捌いて食べるのは楽しい。洗っているうちに愛着が湧いてくる。切り身になった状態で撫でてるとこのまま水槽で飼っちゃおうかな?と思えてくる。お腹が空いてない時だったらその後調理せずに飼ってるかもしれない。 洗濯機がなかった2週間はコインランドリーに大量に持って行っていた。待ってる時間は町の探索をしたけれど、ほとんどの店がしまってるのでなんの店なのかよくわからなかった。 銭湯に行きたくて検索したら、温泉を見つけた。威力の強い電気風呂がある。温泉にいくまでの道に小さなお菓子屋さんがあって、毎回メレンゲを買ってしまう。メレンゲは全て歯にくっつくので食べてる感じがしない。 洗濯をして、ご飯をちゃんと作って、本を読んで、たまに花を買った。 ネットがあればいつでも誰かに会えるけれど、画面上で誰かに会えることは私にはあまり大切ではないみたいだった。 ヨガを一ヶ月くらい続けて、腰痛がよくなった。 本当のことしか書きたくなくなったけど、本当のことが言葉として出てこない。二番目の話しかしたくない。”どこかの私"になればなるほど”ただの私”でいるのが難しくなるんだなということが、26歳を目前にしてようやくわかってきた。どんなところでも自由でいることを目指してちゃらんぽらんに生きてきたけど、うまくできなくなってきちゃった。これまでたったひとつ続けられてきた何かを書くことができなくなってしまったらなにができるかな。書くことと演劇つくること以外、したいことなにもないよ。
なりたかったものになれなかったこととか、人とくらべたりすることとか、しょうもないし幼稚だからやめたいのに難しい。 とにかく人にみられるのがいやなんだな、ということだけは最近わかった。 ちゃんと自分のことを信じてあげられるようにするには、それだけ努力をして、がんばらなきゃいけない。
0 notes
Text
2020.04.28
引っ越しをした。 初夏みたいな天気で、引っ越し日和だった。 腰が痛くて使い物にならなかった。 家具も買ったし、新しい土地で新しい生活が始まる。 今度の場所は星も見えないし、畑もないけど耐えられるかな。 新生活になっても、なにも考えられない日が続いていて、しんどい。 自分は恐ろしく無知で、生産的なことも出来ず、誰の何のためにもならない。
0 notes
Text
2020.04.19
10年後の自分に向けてインスタライブをした。
眠れなくて朝日が出てきてしまった。20日の5:26。
干してた布団を取り込み忘れて、雨でベチャベチャになってる。何もかけないで眠れないのはなんで?めんどくさくて他の部屋の電気を消しに行けない。
二番目のことを考える。何かの一番ではないところに親近感が湧く。同じ。
元気がなくなってきた。元気がないというか、現実に向き合って、怒り続けることに疲れてしまった。ふにゃふにゃの言葉しか書きたくない。ふにゃふにゃの態度でふにゃふにゃの言葉を書いてふにゃふにゃの落書きもしちゃう。
逃避しても現実はどうにもならない。わかっちゃいるけどやめられねえ現実しんどすぎるし日々を真正面から受け止め続けられんね。
力強いメッセージを出したり、作品を作ってる人を見て劣等感を抱く。戯曲も書けないし演劇もつくれない。もうなにもなくなってしまったと思ってしまう。最初から私ひとりにはなにもないのにね。悲しくなってきたから寝よ。
サーモンのお刺身が食べたい。
0 notes
Text
2020.04.18
昨日作った大根の���物を食べたら、昨日より味が染みてて美味しかった。
余裕がなくて感情をコントロールできなかった。
近所のカレー屋さんのナンカレーが食べたいけど、ゴールデンウィーク明けまで休業の貼り紙があった。来週引っ越すので、もうあの店には行けないだろうな。こんな状況で、知らない土地��引っ越すの、不安。
明日何食べようかな
0 notes
Text
2020.04.16
語る言葉がない。
なにをどう書けばいいのか、全然わからなくなってしまった。
日記なら大丈夫かと思って始めたけど、どうやら違ったらしい。
どうしよう。
今日はサバとバケットのグラタンと青椒肉絲を作った。
悲しいと不安が通り過ぎて行って、ただ無の、何も考えないようにする時間が多い。
0 notes