#junokamoto 代官山 2018ss spring summer collection
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2018 SPRING & SUMME COLLECTION START!!
[ PORTE OUVERTE(ポルト ウヴェル) // OPEN DOOR ]
彼は花を選ぶとき、身長が高いからかいつも猫背のような格好になっていた。私はそれを店の脇から眺めているのが大好きだった。
彼はお客からの注文を丁寧に聞いた後、白と黒の格子柄にベージュの糸で丁寧に刺繍の施されている生地で出来たエプロンの腰紐を結び直して、作業に取り掛かった。
何本もある透明で頑丈そうなガラスの円柱から数本だけ抜き取り、同じようにまた別の円柱から数本を抜き取った。 その作業を数回繰り返したのち、根元の方の葉を遠慮なく手で落とし、円を描く様に並べ替え、麻紐で円の中心部分をくるくるとまとめて花束を作った。
あっという間に出来上がる花束を見るのはもちろん好きだったけど、 花を切る時に聞こえる鼓笛隊みたいなハサミの音や、 店主が動くたびに鼻先をくすぐる花の香りの中にいる事がこの上ない幸せだった。
背中の大きな店主は少しだけ神経質そうな面持ちで花束の細部を点検したのち、いつもの笑顔に戻り、花束をお客に渡した。 女のお客の殆どが、その一瞬だけ見せる真剣な眼差しに心を奪われ、言葉を失いかけるけれど、 花の香りで目を覚まして、花束を受け取り帰って行った。(その光景を見るたびに少し嫉妬した。)
私は落ちた花の蕾やユーカリの葉を店主の目を盗んで(実際は店主が気づかないふりをしていただけだけど)こっそり家に持ち帰り、本に挟んでいった。
そうして私は12歳の��、将来はお花屋さんのお嫁さんになる。と母親に宣言して、怒られたものだった。 -------
「どうしたの、急に笑って?」 赤ワインのグラスを傾けたまま、彼が不思議そうな顔をして訪ねた。 彼に聞かれて初めて笑っていることに気がついた私は、思い出し笑いよ、とだけ答えてシャンパンを口にした。 私は、たまに白昼夢のように当時のことを思い出す時があり、その後必ずと言っていいほど、(花屋ではなかった)彼とお別れした。 -------
あれ以来、僕はリースを作り続けていた。 渡す相手のいない可哀想なリースはどんどん増え続け、僕の部屋の壁を占領していった。 朝と言ってもまだ暗いうちから主人と一緒に市場に出向き、花を買い、無造作に包まれた新聞紙を剥ぎ取り、 ガラス製の円柱の器に次から次へと移し替えた。そこまでが終わると、店主の奥さんの淹れてくれるコーヒーを飲んだ。 それから注文の紙を見ながら急に動きだす店主に対して、目と耳を澄ませ、彼の想像力の手助けをした。 1日が終わると店主の奥さんが手料理を作ってくれた。 店主はどこからともなく冷えたビールを持って来て飲み始めた。その際、僕にも必ず1本渡してくれた。 食べ終わるとお礼を言い、家路についた。 そして家に帰るとまたすぐにリース作りに取り掛かった。
そのようにして日に日に部屋の中がリースで埋め尽くされていき、リースの数だけ記憶が薄れていき、 彼女と殿様みたいな犬が戻ってこないと悟った僕は、家にあったリースを全部捨てて花屋になる決意をした。
けれど、あの宝くじで当たったお金はすでに無く、僕は花屋を始めるために昼夜問わず働いた。 そうして貯めたお金を元に少しばかりの借金をして、店を始めた。 店の入り口にはモッコウバラがアーチ状に生え、花屋を通る人たちは皆喜んだ。
とりわけ元気��紫陽花の枝葉が店名を隠しがちだが、それはそれで良かった。 僕は毎日、この店を始める前にアンティークショップで手に入れた格子柄に手刺繍が施されたエプロンを身につけ、店の外にバケツに花を入れて並べた。
花の香りに誘われたのか、少し太った猫が家に住み着いていた。 -------
モッコウバラのアーチは、この街にはちょっと似つかわしくないくらい、ワイルドに生い茂っていた。 季節的に花は咲いていなかったが、代わりに立派な紫陽花がアーチを囲む扉の横に生えていた。 紫陽花の隙間から、申し訳なさそうに店名の文字が並んでいた。
「P . O . R . T. E ……」
「ポルトって読むんだよ。フランス語で扉という意味で、いい名前だと思うんだけど、中々誰も読めなくて。」 そう言いって笑いながら、花を抱えた男がアーチの奥から出てきた。
(へぇ、ここは花屋さんなんだ。) そう思って白い扉の周りを見ると、いびつなバケツにいろんな花が入って置かれていた。
「すみません、その紫陽花も売り物ですか?」 彼女は店名の前でみずみずしく咲いている紫陽花を指差した。
「売り物ではないんだけど、これ以上大きくならないものは、どちらにしても切るから、それでよければあげるよ。」
「嬉しい、それなら紫陽花で何か作ってもらってもいいですか?」
男は微笑み、おもむろにエプロンの腰紐を締め直し、背の高い背中を丸めて花を選び始めた。
その瞬間、彼が着ているエプロンが、彼女は子供の時によく通っていた花屋の主人が着ていたものと同じだと気付いた。 彼女は急に動悸が激しくなり、目の前の景色が揺らぎ、立っていられなくなり、その場に座り込みたくなったが、我慢して、男の花を作る様子をじっと見ていた。 男はあの花屋の店主と同じ様に、最後に神経質そうな面持ちで花束を眺め、 「こんな感じでどうかな?」 そう言って、彼女に紫陽花で出来た花束を見せた。
「えーと、結婚してください。」 ------
あれから何年経っただろう? 私は12歳の時の宣言通り、花屋のお嫁さんになった。 そして私は毎日、奥のカウンターに座って何もせずに彼を眺めている。
彼は大きな背中で時折振り返り、私に微笑んだ後、いつものようにエプロンの腰紐を締め直し、作業を始める。
私は、彼が花を切る時に奏でるハサミの音に耳を澄まし、彼の選んだ花たちの発する香りに目を閉じ、時折横切る少し太った猫を撫でる。
そして床に散らばった花をこっそり持ち出して、あの時と同じ本に挟んでいく。
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