秋晴れの丘の上に シロガネヨシ(パンパングラス)さん #シロガネヨシ #パンパングラス #西洋ススキ #秋 #秋晴れ #丘の上に #pampasgrass #autumn #autumn2022 #naturephotography (兵庫県) https://www.instagram.com/p/CkBplMQPPz8/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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「大地の芸術祭」日記
ちょうど1ヶ月ほど前、友達に誘ってもらって、生まれてはじめて新潟の越後妻有で行われていた「大地の芸術祭」を巡るバスツアーに参加したのだけど、それがしみじみと心に残る体験だったので、忘れないうちに書き残しておこうと思う。
昔から西洋絵画や写真やファッション関連の展示を見たりするのは好きで、国内外の美術館にはたびたび足を運んでいたけれど、決してアートに詳しいわけでもなく、車も運転できない私にとって、泊まりがけで行く「芸術祭」はなんとなくハードルが高くて、これまでずっと興味はあってもなかなか行けずじまいだった。
でも、ついに巡ってきた機会に今回はじめて訪れてみると、大地の芸術祭のアート作品や展示作品は、越後妻有という場所に生きてきた/生きている人たちの歴史や日々の生活と深く関わり、その営みの痕跡や手ざわりが五感を通じて豊かに伝わってくるようなものが多くて、今まで私が美術館で観てきた「アート作品」とは、まったく印象が違っていた。
少し湿った土の香りがするしんと澄んだ空気に、色とりどりの紅葉が広がる山々。太陽の光にきらきらと照らされる、あちこちに背高く群生するススキの穂。古民家や廃校になった小学校がそのまま展示会場になった場所の、足裏や肌で感じる床板の冷たさや軋みと懐かしい風景や匂い。地元で取れた米や野菜や肉などの素材の味や食感と、作り手の方の温もりがそのまま感じられるような素朴で豊かな食事。
そういう、その土地の自然やそこでの営みの中に少しだけ身を置いて、自分の五感で直接感じながらアート作品を見る体験は、自分自身が内側から満たされ回復していくようでもあったし、「アート」というものが決して「美しくて高尚で市井の人々やその生活から切り離されたところにあるもの」ではなく、「その土地に生きる普通の人々の生活や営みをまなざし、共にあろうとするもの」でありうると知れたことが、とてもうれしくもあった。
私が去年までラグジュアリーファッションの世界で働いていた中で、文化や社会の動きとも連動しながら築かれてきた豊かな歴史や背景の蓄積や、社会の価値観を変えたり人々をエンパワメントしたりすることのできる影響力の大きさ、惜しみなくデザインや技術を高め、美しさや芸術性を追求することのできる豊かさに、大きな魅力も感じていた。
でもそれ以上に、グローバル化や商業主義化が進んだラグジュアリーブランドが提示する世界観やものとその値���が、あまりにも一般的な市民の生活や価値観と大きく乖離していて、結局は世の中で富や権力を持つ人たちにしか手に入れられない、そこにアクセスできる人の方しか向いていないように感じられる部分も数多くあったことに、ずっと葛藤や違和感も抱いていた。
だからそういう意味でも、今回「大地の芸術祭」を体験して、アート作品にもいろんな種類や在り方や力があることを改めて知ることができたのは、とてもよかったと思う。
「大地の芸術祭」で見た作品はどれもそれぞれに印象深かったけれど、2日間かけて回った中で特に私の心に残ったのは、いくつもの場所で見た、旧ソ連(現ウクライナ)出身のアーティスト、イリヤ&エミリア・カバコフの作品たちだった。(その時は迷って買わなかったけど、やっぱり忘れられずに後から展示の図録をオンラインで買って手に入れた)
旧ソ連の文化統制下で、公的には絵本作家として働きながら、公には発表できない「自分のため」の作品を長年作り続けていたというカバコフの作品たちは、「前の私だったら見過ごしていたかもしれない」と思うくらいに、一見慎ましくてさりげないものが多い。
でも、目を凝らして一つ一つの説明を読みながらじっくり作品を見ていくと、「表現や行動が制限された場所や時間の中で、どうやって少しでも幸せに、よりよく生きていくことができるのか」ということを切実さや苦悩や閉塞感の中で考え、生み出されたものでありながら、そこにはどこかふっと肩の力が抜けたり、凝り固まった視点や思考に抜け道を作ってくれるような、ひたむきな前向きさやウィットや”信じようとする力”があって、強く惹きつけられた。
たとえば、天使の翼を作り、毎日それを一定時間背負って過ごすことでよりよい人間になろうとする「自分をより良くする方法」や、板で囲ったブースの内側に豊かな自然や心休まる風景などの前向きな写真や絵を貼り、その中で椅子に座って30-40分過ごすことで元気になろうとする「前向きな姿勢と楽天主義に照らされる」といった作品は、自分の日々や人生や世の中が行き詰ったとき、そういう試みや考え方をヒントにしてみたい、と思わされるものがある。たとえ実際にはやらなかったとしても、そういう発想が頭の片隅にあるだけで、きっと少し心や視界が開けていくような気持ちになる。
コロナや戦争や圧政、未来に不安を感じるような政治や社会のあり方に人々の生や生活が脅かされる中で、できるだけ日々に光を見出そうとし、少しでも幸せに、よりよく生きようとする個人的な実践の可能性や力はとても素晴らしいし、大切にしたい。
でもその一方で、人々が抱える苦しさや不安や閉塞感の原因が、「個人の努力」や「個人の感じ方」の問題に絶対に(本当に絶対に!)回収されてほしくないということも、改めて思った。
個人が抱えるさまざまな問題や苦しみの多くが、本当は社会の構造や不平等からきていること、本当に変わらなければいけないのは社会やマジョリティ(権力や特権を持つ側)であるということを忘れたくないし、そのことにもっといろんな人が気づいてほしいなと、最近学んだり考えたりしていることに思いを巡らせながら考えた。
そして、いろいろ見たカバコフの作品の中で特に好きだと思ったのが、越後妻有里山現代美術館に展示された「16本のロープ」だった。(頭上に張り巡らされたロープに、紙切れや壊れた日用品の欠片などとともに、旧ソ連の圧政下で暮らす人々の会話のメモがぶら下げられているという作品)
まだまだ声の大きい人の声ばかりが聞かれる社会のなかで、こういうふうに、社会に生きる”普通”の人々や”少数派”の人々の声や感情や生活や置かれた状況に丁寧に目を向け、大切に思う人や視点があること、それが芸術や文学やカルチャーを通して表現されることに私はいつもすごく勇気づけられるし、救われる気持ちになる。
(2019年に、市原湖畔美術館で『更級日記考 女性たちの、想像の部屋』という展示を見た時もそんなことを思ったな、と思い出した。私が韓国のアーティスト、イ・ランさんの書くエッセイや歌詞の内容にずっと惹かれ続けているのも、同じ気持ちから)
とにかく、ここ数年で見てきた大小さまざまな展示の中で、こんなにもいろんなことを考えたり感じたりしたのははじめてかもしれないと思うくらい、「大地の芸術祭」は自分の中に行き交うものがとても多い、実りある体験だった。コロナや、今も続いているロシアとウクライナの戦争、今個人的に感じている行き詰まりと、カバコフの作品たちが作られた背景や想いが、呼応する部分も大きかったのかもしれない。
2022.12.03
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濱野ちひろ『聖なるズー』
集英社、2019
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-781683-9
(集英社文庫、2021)
http://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-744321-9
すっごくおもしろかった。最近、通勤電車の中で疲れてるか眠いかその両方で、ぐったりしてスマホも見れないことが多いけど、ずっと読んでた。
日本のサブカルチャーを経由してズーを理解したというエピソードが2つくらい出てくるけど、ファンタジー読みにとって異種間交流は基本モチーフなので、むしろズーを理解しがたい感覚のほうが遠く感じるような。現代においても異種婚姻譚って揺るぎない人気ジャンルですよね。(軽々に理解できると言うべきではないが)(理解と解釈は別ものだって『ヘテロゲニア リンギスティコ』の教授も言っている……)
それがあくまで「日本のサブカルチャー」の特徴かと言われると、たとえば今読んでいる(最終巻だけ残したまま心置きなく読めるタイミングを見計らっている)ミシェル・ペイヴァ―〈クロニクル 千古の闇〉シリーズも、オオカミの視点から語られるシーンがそこそこあるし、わたしが今まで読んできたファンタジーも和洋どっちに偏ってるか自分でも判断がつかないくらいなので、西洋にも、アブラハムの宗教伝統とはまた別の系譜も絶えずあったと思うが。
でも、そういえば、瀬野反人『ヘテロゲニア リンギスティコ 異種族言語学入門』で教授とカレクサさんが子どもをもうけているのが、わたしにはあんまりよくわかってなかったなって。それはたぶん、(ハカバくんの目を通してかれらを見ている)わたしには、(ススキ以外の)ウォーウルフが誰でも同じに見えていたんだろうなって。パーソナリティが掴めていなかったということなんだ。
『ヘテロゲニア リンギスティコ』経由で〈クロニクル 千古の闇〉の話に戻ると(脱線するとも言う)、『ヘテロゲニア リンギスティコ』では種族ごとに発達している器官によって言語が全然違っていて、きっと〈クロニクル 千古の闇〉のなかでオオカミであるウルフの視点からなされる描写は、ウルフの認識をさらに人間の言葉に置き換えたものなんだな、〈背高尻尾なし〉(=主人公の少年・トラク)とか〈眩しくて熱い舌で刺す獣〉(=炎)とか、本当はもっと匂いや音に重点を置いた認識なんだろうなって思う。オオカミの言葉は吠え声や唸り声よりもっといろんな身体全体のしぐさで表されるって、トラクも言っているし。『ヘテロゲニア リンギスティコ』のウォーウルフたちも〈クロニクル 千古の闇〉のオオカミも、相手の心身の状態は当人が表現するまでもなく匂いで察しているし。
(わたしにとっていちばんクリティカルだったところには全然触れていない感想文である……なぜならわたしにとってクリティカルな問題だから……)
語りたいが語るとあったことになってしまう感じがするが語らなければなかったことになるかというとそんなことはないのに
人間のそれが常に絶対に意味を付与されてあるものであるというのは本当にそうだと思う 意味以前のところにあるかのように弁解するのは欺瞞 だからいつも殺すことと並んでいちばん徹底的な暴力として行われる
……とはいえ、ポイントだと思ったところくらいはメモしておかないと忘れてしまうな。
読む前から、どのあたりが「聖なる」ものなんだろうというのが気になっていたけど、すごい批判的なタイトルだった……筆者にとってのZETAのズーたちがいかに親密で大切な存在になったかというのを考えると、ここまで批判的にまなざせるのって本当にすごいことだと思う。
本書において「聖」というワードがはっきり出てくるのは、考えが合わずにZETAを離れたズーフィリアの人物が、ZETAのズーは聖人君子なんだと皮肉るところで、その「清らかさ」は最終章の「ロマンティックなズーたち」という問題提起につながってくる。でも、愛と暴力は対立する二極ではない。暴力は愛というパッケージを利用する。
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今月のアトリエヒトビト
11月のアトリエヒトビト
秋らしい気持ちの良い天気が続いております。皆様いかがお過ごしでしょうか?先日空高く青々と晴れた日に、棚田を散歩していたところ、日本は美しいなあと、秋の美しさに感じ入りました。
11月のアトリエヒトビトは、2日水曜日から、先日こどもたちが作ったパンがトレマタンブーランジェリーさんに並ぶ、『ぱんの立体』展が始まります。
今月は布を使った作品と、秋のモチーフ(ややこしい形の!)を描く二つのテーマで制作いたします。
11月1日(火)、2日(水)、3日(木)、7日(月)/こどもクラス 15:30~17:00
11月5日(土)/こどもクラス 10:00~11:30/13:30~15:00
「タペストリーを作ろう!」
西洋のタペストリーに倣って、布で絵を描いてみよう。色んな柄の布を1M四方布に貼り付けて、紙で作るのとはまた一味違う、布のコラージュを制作しよう!
11月15日(火)、16日(水)、17日(木)、21日(月)/こどもクラス 15:30~17:00
11月19日(土)/こどもクラス 10:00~11:30/13:30~15:00
11月16日(水)/おやこクラス 10:00~11:30
11月17日(木)/おとなクラス 10:00~12:00
「松ぼっくりの構造・ススキのふわふわ、秋の植物観察」
拾うのが楽しい松ぼっくり、でも描くのは面倒くさそう。。というのも、松ぼっくりはフィボナッチ数列の構造を持っていて、複数の螺旋が組み合わさっている。ふわふわのススキを、じっくり見たことってある?自然の持つ美しさを観察して調べたり意見を交換したりしながら、スケッチしよう!
(松ぼっくり、ススキなどはアトリエに用意をします。秋の植物でじっくり観察したいものがあれば、ぜひお持ちください!)
では、皆様のご参加お待ちしております!
080.5468.3393
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ノクチルと人形たちの森
「こわいね~円香せんぱ~い」
「怖くない」
「だだだ、だいじょうぶだよ、円香ちゃん……怖くないよ……」
「怖くない」
「ふふ。閉じてる。めっちゃ目」
「閉じてない」
人形。
果たして円香は目を閉じている。車はゆっくり進んでいる。追跡者の姿はない。瞼の裏っかわの無間の闇を円香はさまよっている。人形。時おりちらちら光が見える。円香は光に近づく。人形。白樺の樹皮の肌。底の無い眼窩。痩けた頬。人形。口らしい意匠はない。鼻筋は削がれたよう。人形。円香は目を閉じる。しゃがみこみ耳を塞ぐ。人形。人形。人形……。
「樋口」
透が呼ぶ。
円香はゆっくり目をあける。
透はそこにいる。後部座席、円香の隣に座っており、平常なにも変わらないかのようなほほえみを投げかける。
「大丈夫だよ。樋口」
なにが大丈夫なのか。円香は思う。人形。透の背後、車外の闇林を白い影がよぎる。影はどこへも追ってくる。円香がなによりおそろしいのは、いま人形は動かなかっただろうか? 林道に並べられた白い人形たちは、その眼窩の闇に、私たちを捕えては見ていないだろうか。
手を掴む。
透は温かい。
フラッシュバック。
*
なんかたまったから。
透が言ったときもう手遅れだった。円香には珍しくない。なるわアイドル宣言がそういう取り返しのつかない事態のトップランナーで、今度はそれに及ばないもののトップスリー入りが予想された。求。自動車。譲。百万円。
「イエー」
透が百万円で車を買ってきた。
「あは~」「とと、と……」「……」
円香は驚かなかった。むしろ感心した。書類手続きとかよくひとりでできたな。それであとあと契約書のたぐいを確認しようと決めた。車は青く、ぴかぴかだった。海の色だと素直に感じた。
「行こうよ」
ということで旅に出た。
実際にはおよそ一ヶ月後、二泊三日の旅程に休みを合わせ、ぴかぴかの青い車で海を目指した。ところが海にはすぐ着いた。三十分かからなかったかもしれない。車を買って海へ行く。子どものころからの大きな夢が叶ったというのに感動はいまいちだった。それは車のどこかからがりがり異音がひっきりなし聞こえていたからかもしれない。あるいは夏休み時期の海がフェスさながら騒々しく乱れていたからかもしれないし、彼女たちが夢の海原をとっくに飛び越えていたからなのかもしれない。とりあえずラムネを買って飲んだ。ラムネはぬるく、長居せず海を出た。
「な、なんか……」小糸は言う。それから、二の句を継げず黙ってしまう。
「これからっしょ」後部座席。透が言う。「いけるいける」
「がっかりしたね~」助手席の雛菜が言う。言葉のわりに口ぶりは明るい。「ホテルの海もこんなんじゃなかったらいいな~」
円香は何も言わず、スマートフォンを見た。目的地は西の海のそばのリゾートホテルだった。ウェブサイトの”プライベートビーチ”は宿泊者専用となっておりイメージフォトの加工済のブルーはいかにもリゾートらしく見えるが、実際のところはわからない。だから円香は何も言わなかった。アメの袋を開き、後部座席から配った。
つまり、運転手は小糸だ。
どうして小糸が運転手かといえば、雛菜の推薦だった。雛菜と小糸は、ほんの数ヶ月前いっしょに運転免許を取ったばかりだった。透と円香はそれぞれ免許を取って一年以上をペーパードライバーで過ごしていたから、提案は即時可決となった。透が運転をしたかったかはわからない。しかし円香は正直なところ、透の動かす車には乗りたくなかった。免許を取れたのだから偏見だと理解しつつも、無事に降りられるイメージがどうしても湧かなかった。
道すがら海を何度も見た。山を越え谷を越えトンネルをくぐれば海海々。海はもはやSRだったが、道中楽しいことはたくさんあった。海沿いのサービスエリアでは海岸を散策してみた。きめのあまり細かいため踏んだ砂が鳴くということだったが、ついぞ声はしなかった。けれど足湯はよかった。波打ちぎわのほど近くで足湯を味わうのはなんとも心地がよく、うっかり将来はこのあたりで暮らそうかと盛り上がった。おまけにサービスエリアのイベント広場では地元のアイドルがイベントをしていたものだから、ついつい六十分の出番とヒーローショーのゲスト出演までを見届けてしまい、時間は遅くなった。
夕暮れが迫っていた。
夏深い、暮れのことだった。
「こ、これ、合ってるよね……?」
小糸の不安はあらわだった。
「ん~? 大丈夫だよ~」
雛菜は普段通りの様子だが、まわりをよく見た。それは車が山へ山へ、山の中へ彼女たちを連れていくからだった。
数十分ほど前、下手の太平洋が消えた。海を背に、丘を登ると青青ススキの原が広がり、原を過ぎて山に入った。山はいつ終わるとも知れなかった。
「越えたらホテルだから」
円香はグーグルマップをたしかめて言う。ほんの少し縮尺を広げると、車は山中取り残された。縮尺を狭めると、すぐにホテルは消えてしまった。だから円香は指で山道をたどり、ホテルまでたどり着こうとするのだけど、途中で道を見失った。どうしても、何度くり返しても同じだった。ついに日が沈むとあたりは暗くなり、すると街灯が、深橙の灯で心許なくも道のあることを教えた。
しかしそれもすぐ消える。
山林を縫う道は見る見る細くなる。つづら折りに山を登り、片側は崖だ。木々が鬱々繁っていた。ガードレールはなく、ぽつぽつ立ったポールが命を守った。いくつかは折れ曲がり、なまなましくも反射板が砕けていた。
ぴゃあ~~……。
小糸の悲鳴が崖を落ちる。
「来る」
透が言う。
「小糸ちゃん。後ろから来てるっぽい」
それで円香は見た。光が、通ってきた山道を登ってくる。ヘッドライトだ。ものすごい速さだった。つづら折りの坂を信じられないほどなめらかな軌道で光は追いかけてきた。
「どこかで譲っちゃお~」
雛菜がのんびり言うのは、小糸を救うようだった。
しかし山道はあまり細い。つづら折りの坂を終えても左手には崖が続いた。逆側では、白樺の木々が道路の際を浸食していた。途端に光は追いついた。それは車だった。車は白かった。運転手は見えなかった。
「まぶしい~」
「っていうか煽ってるんでしょ」
「ぴぇ………………」
光は近付いた。近付き、離れ、また近付いたが相手は見えなかった。
「ゆっくりいこ、安全だいいち~」
「う、うん……」
小糸は怯えていた。視線はうろうろ定まらなかった。あるいは事故につながるかもしれない。円香は思った。いっそクラクションでも鳴らしてくれたほうがわかりやすい。しかし車は離れて近付きをくり返すばかりで、見ていると一定の時間を刻んでいた。六秒。きっかり六秒ごとくり返される車の動きは何か蠕動じみて感じられ、どうにも不気味だった。
「あった……!」
そのうち待避所があらわれ、小糸は慌てて車を入れる。白い車は彼女たちを追い抜くとまたたく間森に消えた。
「小糸ちゃんがんばったね~」
雛菜のいたわりに、小糸はほっと息をつく。
「撮れてるの?」
「ばっちり。たぶん」
透は車載カメラを見てこたえる。念のため円香がたしかめると、録画ランプが赤く点灯していた。
「小糸。ゆっくり行っても一時間かからないから」
円香は言う。
車はふたたび走り出す。
山道は続く。曲がりくねり、底無い崖と樺の深林とに挟まれ、車はいかにも孤独らしい。
円香は電話をかける。チェックインが遅れている。夕食には間に合うようだ。明るくはきはきしたホテルスタッフとの会話に、いくらか心の落ち着くのを感じた。森は暗かった。樹冠が月を隠していた。
「ぴゃっ!」
とつぜん、小糸が悲鳴をあげる。背後からヘッドライトが照らした。円香は振り返り、まっ白い光をまともに浴びる。
六秒。
光は離れる。
六秒してまた近付く。
「さっきのじゃん」
透が言う。
車は白い。
「お、おお、追い越す場所、なかったよね……?」
「でもあったんでしょ~?」
「……悪質」
円香は苛立った。追跡者の行為よりかは、その不気味さを感じる自身に苛立つようだった。
「すみませんが、煽り運転をされています」
円香は電話をした。一一〇。現状を解決してくれるはずもないが、少なくとも罰してくれるかもしれない。相手はきびきび話した。
『場所はどちらですか』
「木折峠を入って一時間……Nホテルに続く山道です」
『わかりました。向かいます』
「……ええと、いま来られても」
『わかりました。対応します』
「……いえ、……たとえば、山道を抜けた先で待っていただくことなどは、可能ですか……?」
『わかりました。向かいます』
「……」
『わかりました……』
声の途中で電話は切れた。円香はすっきりしなかった。先のホテルとは異なり、人と話した心地がない。電話の彼が来るのではないだろうが、救ってくれる相手だとは思われなかった……。
「円香せんぱい、つながったの~?」
雛菜がたずねる。
「雛菜ずっと圏外だよ~?」
円香はスマートフォンをたしかめる。圏外。……検索中。圏外。圏外。これはいつから圏外だったのか? あの警察官は? ホテルスタッフは? 繋がったのだから、圏外ではなかったのだろうが。
「……だ、誰か……来るのかな」
小糸が言った。
沈黙。
「ふふ」
透が不意に笑う。
「小糸ちゃん。いまめちゃこわかった」
小糸はなにか言おうとするが、光は再び迫る。左手に崖。逆側に森。逃げ場はなく、先は暗澹として暗い。
しかしそのとき救いが差す。
道が分かれるのだ。
ナビはまっすぐ先を示した。森の奥へ進む道は、地図に載らなかった。
「ゆずっちゃえ~!」
雛菜は明るく言う。小糸はウインカーを出し、ゆっくり右へ折れる。邪魔にならないよう、車体を完全に森の道へ押し込む。追跡者が背後に迫る。ほとんど追突する近くに止まる。道を塞ぐ。
「こ、こっち……」
小糸はふるえて言う。
「バックして……一旦戻って譲ればいいでしょ」
円香は小さな寒気を感じる。
小糸はギアを操作する。警告音が鳴り、モノクロのバックモニタが追跡者の足もとを映す。ナンバーは掠れており、削られたようにも見える。円香は身を乗り出し、目を細める。がりがりがりがり。異音は突然起きた。円香は驚き顔を上げるが、小糸はブレーキを踏んでいた。それは車内から聞こえたようだった。
追跡者は動かない。
いっこう。
「頼んでくる? 私」
透の気安い提案を、円香は切って捨てる。小糸も雛菜も、考えは同じだった。山道。圏外。追跡者。降りていいはずがなかった。この車内でだけ、安全をは約束されるのかもしれなかった。
「進んで」雛菜が言う。「どこかで折りかえそ~……」
進む。円香は耳を疑ったが、それしかないことは理解している。背後を追跡者が塞いでいる。両側を白樺の森が閉ざしている。行けるのはこの舗装のされた、地図に載らない、森へ入る狭道しかないのだった。
「じゃ、行こっか」
今度透は了承される。
小糸がアクセルを踏み、車はゆっくり走り出す。ゆっくりと、追跡者は追ってくる。しかしもう迫らなかった。等距離をおき、追跡者は彼女たちをむしろ導くようだった。
圏外。
円香はスマートフォンをたしかめる。地図はもう読み込まれない。いま、木の影に誰かいなかった? 円香は目線をそっと下げる。「あ~」雛菜が言う。「看板? なんかあるよ~」
車は速度をゆるめる。合わせて追跡者も。ヘッドライトが降りかかり、道の傍の看板はよく見える。こう書いてある。文字はほとんど消えている。
〈……禁……染し……啞……ずる…………fection……cloak……〉
そう書いてある。
看板は、杭に平らな板を打ちつけただけの簡素なもので、十数文字かけ四列の言葉ほとんどが風化あるいは腐食のため読み取れなくなっている。看板には白い縄が結わえられ、縄は三本、間に六つの結び目を挟んで先の杭とつながっている。杭は延々続き、縄は闇に消える。そうして白樺の森を、杭と縄が隔てて道は延びる。
それでも、進むよりほかないのだ。
縄の内を車は進んだ。追跡者は止まらなかった。閉じ込められていると感じた。
「だ、誰かいるよ……!」
小糸が言う。円香は息を呑む。こんなところに? 人影はたしかに見える。円香は身構える。近付いていく。その姿を認めると、「は」覚えず息を吐いた。
「人形……」
誰がそれをささやいただろう。
人形は、のろのろと近付いてくる。人形は、店頭ディスプレイによく使われるものくらいの大きさで、全身まっ白く、ほっそりして、白樺の樹皮のように所々色を変えた。人形の顔は異常なまでに痩けており、また口のないために顎は飢餓的に尖っていた。鼻筋は削れていた……それは元より無かったのではなく、意図して削られており、目が無かった。目は暗い虚穴だった。窪んで底の無い眼窩が、円香をじっと見つめていた……。
人形は増殖した。一体ぽつんと現れた人形は、次の一体が現れたと思うと、途端に道の両側に並んだ。柵のこちらだった。人形は、みな同じ顔をしていたが皮膚の模様だけがみな違っていた。それらはまるで篝火だった。一体一体、すべての人形がどれも鮮明に見られるのは、整えられた樹冠の招き入れる夜光が等しく照らすためだった。
いつか追跡者は消えている。
小糸はゆっくり車を止める。
ぼんやりした闇が、あとに残っている。
「い、いないよ」小糸は続ける。「戻って、みよっか……」
「……戻ってどうするの」
「ぴぇ……」
覚えず厳しい言葉になった。小糸はふるえていた。
「……戻っても、きっとあれが待ってる」
「そ、そうだよね、でも……」
でも。
言葉は続かなかった。でも、もしかして戻れるかもしれない。でも、進んだらどこまで行くのかわからない。いま、人形は動かなかっただろうか。円香は見る。円香が目をそらすまで、人形は黙っている。
「電波~!」
雛菜がとつぜん大声をあげ、車内が揺れる。人形は動��なかった? 雛菜は「あ~」と続ける。
「電波あったのに~また消えちゃった~……」
それで彼女たちはスマートフォンをたしかめる。圏外。圏外。検索中。円香は息を呑み、ほとんど祈る。検索中。円香は祈る。そうしているうちは、人形から目を背けていられる。検索中。検索中……。
「あった」
透が言った。
電波は一本、かろうじてつながるようだった。円香は一一〇を呼んだ。発信中が表示され、すぐ消えた。圏外。検索中……。今度はホテルをコールした。発信は間に合わなかった。円香はふたたび祈るより、チェインを開いた。『××さん』円香はトークを送った。『緊急です』『電話をください』それは電波の復活とともに送信されると、すぐに既読の通知があった。円香は祈った、祈りは四人のものだった。『着信 ××さん』円香は瞬間タップをした。スピーカーフォンにすると、彼との会話を始めた。彼の声は鮮明だった。
『どうした、円香』
××さん。
彼女たちのプロデューサー。
その声に安堵したと、円香は素直に認められた。
『……円香、おーい。聞こえてるか?』
「すみません。緊急なので急ぎ伝えます」
『ああ。いいよ』
「今、U県にいるのですが、追われています。浅倉たちもいっしょです」
『ああ』
「……こちらから電話がつながりません。あなたから警察に連絡をお願いします。木折峠から、Nホテルへ続く山道を、一時間ほど進んだ場所です」
『なるほど、そうだったのか』
「……聞こえていますか」
『なら、傘を置いていったらどうだ?』
「は?」
『しまった。別のことを言えばよかったな……』
円香は黙る。
彼女たちは黙っている。
『どうした、円香』
彼が続ける。
円香はこたえる。
「いま話したことは……」
『うん』
「……××さん」
『そうかな、そうかもしれないな』
「……」
『いい風だな』
「……」
『よし、楽しく話せたな』
円香は黙っている。
『どうした、円香』
彼は続ける。
『朝食は食べた?』『中身は見てない?』『花の香りかな』『なくしたのか?』『勉強?』『メイクを変えた?』『出会った時のこと、覚えてるか?』がりがりがりがり。
円香は叫びかけ、寸前に透が通話終了をタップする。『××さん』ビープ音とともに画面が戻る。トークは既読になっていない。表示は今度圏外を変わらない。
「戻ってみよっか」
透の言うのに、誰も異を唱えなかった。
小糸がゆっくり、白い車との遭遇に備えながら、ゆっくりと車をバックさせる。すると路傍のかれらはかがやいて見える。バックライトを浴びながら、しかしその目玉は暗い。そこは暗く、どんな光もたやすく飲んだ。
「ぴゃ」
不意に小糸がこぼす。
ブレーキランプの赤色灯が、その姿をあらわにする。
「……なかった」
円香は言った。しかし人形はあった。白樺の樹皮の人形が数十体道のまん中佇んだ。めくら四方を向き、互いを見ず、この暗い森の、何を見るのだろうか。
誰も言わなかった。
ギアチェンジの音がした。がりがりがり。異音はやまない。
人形は後方へ遠ざかりやがて見えなくなった。
「こわいね~円香せんぱ~い」
円香は恐ろしい。
「だだだ、だいじょうぶだよ、円香ちゃん……怖くないよ……」
円香は恐ろしい。
「ふふ。閉じてる。めっちゃ目」
円香は目を閉じている。
まなうらで人形が踊った。人形は、しゃがみ込み目を閉じ、耳を塞いだ円香のまわりを踊っていた。火が揺れていた。円香は供えられているのだと思った。影は揺れ、奇妙にも青紫の火影が伸びていた。それは人形の身投げする炎だった。声なく静止した人形が、同胞をおくっているのがわかった。頬に冷たい感触があった。触られたのだ。円香は必死に目を閉じた。触られていた。それは冷たく、熱はなくどこまでも冷たかった。がりがり。がりがりがりがり。円香は耳を塞いだ。決してその声を聞いてはならないのだった……。
「樋口」
円香はゆっくり目を開ける。
後部座席だった。透がそうっとほほえみかけた。
「大丈夫だよ。樋口」
透は言った。
その手はたしかに温かかった。
「……なにが」
円香はこたえた。
「……このどこが、大丈夫なの」
そんなふうに言うべきでないとわかりながら円香が言ってしまったのは、道がついに行き止まりになったからだ。
森と闇の檻の隙間を縫った道はふっと消え、木立の群が塞いだ。木立は濃密だった。互いの枝葉を異国の織物のよう絡ませ、ヘッドライトは肌を滲みる樹液さえ照らした。人形があった。人形はさながら若木のように林立し、すべて円香を見た。見られていた。円香はその目の虚穴と柵と森と深い闇に囚われていた。そして青い車さえ、がりがりがり、いまや彼女たちの檻なのだった。
「あ」
雛菜がこぼす。
「うそ……」
人形が動く。
人形は動いた。それはぎこちなかった。ギイ、ギイ、と四肢を運ばせ、関節の軋みの聞こえるようだった。円香は夢の続きを望む朝のようにぼんやり眺めながら、いつか見たテレビを思い出した。緑の胴に黄色い頭の芋虫が、コマ撮りで動く子ども向けの番組だ。芋虫はいかにも愛らしくデフォルメされていたが、高熱に苦しむ円香にそれは恐ろしく見えた。芋虫は夢に出た。ギイ、ギイ、と蠢く巨体にどこまでも追いすがられやがて押し潰される、そういう夢だった。
「ど、どう……」
「戻って~!」
これは、しかし目を開いて終わらない。
ギイ、ギイ。
がりがりがりがりがり。
車は動かない。
がりがりがりがりがり。
小糸はアクセルを踏んでいる。ブレーキ。アクセル。しかし車は動かない。異音はいまや車内そこかしこから鳴り、車はいっこう動かない。円香はロックをたしかめる。人形が近付く。
「後ろ」透が言う。「来てる」
円香は後ろを見る。人形は小糸の踏んだブレーキにあかるく光る。
ギイ……。
人形が窓に触る。まっ白いてのひらを押しつけ叩く。それはやけにのんびりしている。しかし一体が、二体に、十体が数十体になるとその打ちつける粗雑な不定のポリリズムはついに頭上でも鳴り出す。
「割れない」円香は祈る。「そんな簡単に……壊れるわけない……」
祈りは誤った神へ届く。人形は、後部座席の円香のそばの窓を叩いていた人形たちはふと動きを止めたと思うと、一体の腕を引きちぎる。次は左腕。またたく間四肢をもがれ人形は転がる。微小の破片が石灰粉のように風で散る。ああ、風が吹いていたんだ。円香は思う。窓にひびが入る。二度目の殴打でガラスは砕ける。破片に円香は身を伏せ、人形が手を掴む。信じられない冷たさだった。「いや」円香は振り払う。白い手はあっけなく折れる。手は次々入ってくる。円香を掴む。ロックを外す。ドアが開き円香は引きずり出される。「やだ……!」空気はやけにぬるかった。透も小糸も雛菜も、誰の声も聞こえなかった。円香は何が起きるのかわからなかった。最後、虚穴の目の笑うのがわかった。
*
円香は夢を見なかった。
回想もフラッシュバックさえ許されず、目を開くとふたたび現実に囚われなければならなかった。
人形。
円香は息を呑む。悲鳴はあげられず、口を塞がれていた。噛むのは布らしいが土とも木とも知れない淡い苦みがあった。腹を吐き気と酸のにおいがのぼったが、戻すのはどうにか避けられた。
人形。
手足を縛られている。
人形。
ほかに誰もいない。
人形。
森がひらけていた。
人形が頬をなでる。それは冷たい。ひとかけの熱も感じられないほどに冷たかった。人形の手は濡れていた。手は丹念に円香の左頬に触った。なにかを塗られるのがわかった。人形はそれを終えると後に下がり、次の人形が続いた。今度は触らなかった。円香を見ていた。それから三体をあけて、人形は円香をなでた。右頬だった。人形は、ぼんやりとして並び数体ごと円香になにか塗りたくると、行列を離れ輪に戻った。輪の中心には壊れた人形たちがあった。かれらはばらばらに砕けると無造作に積まれ、落ちる月を反射し、まるでかれら自身が発光するかのように、青白い灯火で原を照らしていた。
円香は気絶したかった。恐怖がそれを許さなかった。触る手がひとたびごと円香に鮮やかに恐怖を喚起させ、しかし感情は次第に摩耗した。諦めは体を痺れさせた。
浅倉は。
円香は思う。
小糸は、雛菜は、どうなっただろう。
わからないけれど、逃げていればいい。
こんなめに遭っていなければ、いい。
やがてすべて人形が訪れ終えると、縄が解かれ轡が外された。円香はへたり込み、遅れて逃げようと気付くのだがそのときには人形が囲んでいた。円香は見守られた。まるで、初めて子どもの歩くのを待ちわびるようだった。円香はおそるおそる立ち上がった。道が開けた。人形が分かれたのだ。円香は預言者のようひらかれた人形の谷を進んだ。姿を見ないよう円香は顔を伏せて歩いた。すると腕や脚を粗雑に白塗りされているのがわかった。爪で掻くとぼろぼろこぼれた。石膏に似ているが、ひどく脆い。あの人形たちと同じものなのだろうか。円香は肌のひりひりするのを感じた。それは不思議と鮮明だった。ぬるく湿った夏の夜風が肌をなでると、鈍磨した感覚の甦るのを感じた。それは残酷な眼前の運命への、円香の精神の最期の抵抗なのかもしれなかった。
円香は考えた。
振り返ると、来た道を人形が閉ざした。
そして行く先はひらけていた。
谷の先にはひらけた原と、台座があった。台座はちょうど人がひとり横たわるような大きさで、まっ白く塗られているが土台は石造りであるらしかった。台座のそばにはなにもなかった。誰もおらず、逃げるのであれば一瞬だと思った。
望みの潰えるのさえ、一瞬のことだった。
人形は掴んだ。円香の手。円香は振り解いた。人形の手は折れ、新たな手が掴んだ。円香は暴れた。人形は無数だった。無限の四肢の異形の生物に捕縛されるよう、円香は人形に押さえつけられ台座へ横たえられた。そこは祭壇だった。円香にそれがわかるのは、残された悲痛と嘆きがぬるく香るからだった。
「やだ……っ!」
円香は叫んだ。口を塞がれた。ぞっとするほど冷たい手が離れると、口はもう開かなかった。塗り固められたのだ。全身を捕らわれた。めちゃめちゃに暴れるのだが、数十本の人形の手は砕かれなかった。
んうーー……っ!
円香は悲鳴をあげ続けた。喉が痛んだ。涙が流れた。息が苦しくそのうち頭がぼうっとするのを感じた。しかし今度は諦めなかった。手足を白く塗られ、口を塞がれ、では次は。
人形が見下ろした。人形は口がなかった。鼻は削がれ、目が無かった。目のあった場所には深い闇が、永劫暗く虚しい洞が広がっていた。
「んんーーっ!」
指が近付く。
ゆっくりと、慎重な様子で迫る人形の指を円香は逃げた。しかしすぐに、頭を押さえつけられた。六本の手に拘束され、もう円香は涙をこぼすしかできない。人形が目もとにふれた。その冷たい指で優しくも涙をぬぐうと、瞼をこじあけた。指が近付いた。おや指とひとさし指。キイ、キイ。指の軋みが円香に聞こえた。それはかすかだったが、苦痛の絶叫に似ていた……。
そしてすべてがまっ白くなる。
しかし、いっこう痛みは訪れない。
円香はまばたきをする。
……まばたきができる。
瞼を広げた指は離れ、目の前がまっ白いのは人形のつやつやして白い指先が、まばゆい光を浴びるからだった。
「まぁーー……」
声が聞こえる。
「……どかせんぱーーい!」
雛菜。
ハイビーム。円香は目を細める。
ふっと拘束が緩まる。人形の手が離れている。
円香は思う。
無事でよかった。
「小糸ちゃんいけ~~~~!」
雛菜は叫んだ。フラッシュライト。小糸の――運転する青い車のエンジンの――けたたましい雄叫びが人形を襲った。蹂躙した。薙ぎ倒し、轢き潰し、粉々に破壊していった。気高くも勇ましい、『ワルキューレの騎行』が円香に高らか鳴り響いていた。
「樋口、いける?」
いつの間に透がそばにいる。
「どうして……」
口の石膏を剥がされ、円香は立ち上がる。
「あとで話そ。来て」
円香は透について走る。向かう先には雛菜がいる。雛菜は踊るようだった。松濤館空手小学生の部県三位の雛菜は、月へと奉納するような美しい演舞でもって襲い来る人形を破壊し続けていた。
「やば」
透が言う。
たしかに。円香も思う。
そうして雛菜の暴れるところへ、小糸がやってくる。百万円の青い車で人形を破壊しながら、土煙をあげて急停止する。円香たちは乗り込む。「い、行くよ……!」小糸が言う。ハンドルを握りしめる。人形は無数に破壊され、しかし無数に追いかける。小糸がアクセルを踏み込み、車は人形を置き去りに森へ入る。
「人形。襲って、きて、樋口がさら、われて、から、やつけた、ぜんぶ……」
「わかった、浅倉、もう、大丈、ぶ」
車はどかどか揺れて走った。森の木々の合間を縫い、小糸は車を走らせた。数十センチの余白を外さず、轍を完璧になぞる小糸の手さばきはなにか神がかりさえ感じさせた。
「ぶつかる!」
小糸が言う。振動が起き、ばらばらの人形が窓を横切る。見ると前方から、左右から後方から人形はやってきた。しかし人形は脆い。小糸は構わず轢き飛ばし、やがて踏み倒した柵を���える。森の中の狭道を、もと来た方へ戻っていく。速度をあげる。人形をすべて破壊していく。「いけいけ~!」雛菜が歓喜する。それは円香に気持ちいい。雛菜の大声はいま円香に天使の歌にさえ感じられる。
「樋口」急に、透が真面目らしく言う。「白いよ。顔」
円香は思い出す。およそ固まりかけた白いそれを円香は剥がしていく。頬が額が、腕や脚が、剥がした箇所すべてがひりひり痛む。その痛みを贖うかのように、人形は破壊され続け、やがて姿が見えなくなる。木々のみが夜に浮かび、文字の掠れた看板を抜けると柵も消えた。
終わった。
そう感じた。
「このまま、降りるからね……」
小糸はささやいた。いままでと一転��て慎重な運転になるのは遭遇を警戒するからかもしれなかったが、あの、白い車はあらわれなかった。そうしてついに分かれ道に着いた。
「やは~!」
雛菜が言った。
「もどっ……!」
それは最後まで言われなかった。光が襲い、車が揺れた。衝撃は激しかった。爆発のようだった。円香は身をかがめ、しかし寸前にあの白い車を見た。すべてが静まり周囲がまっ暗になるまで時間は果てしなく感じられたが、今度円香は気を失わなかった。
ポォン。
ポォォン……。
ドアが開いていた。夜のしじまに警告音が響き、ハザードランプが明滅して森を照らした。
円香は車を転がり出て、背中をしたたか打つ。はっ、はっ。どうにか呼吸を取り戻すうち、体そこかしこの痛みを感じる。おそるおそる、地面に手をつく。コンクリートがもやもや熱い。腕は、脚は無事にはたらく。立ち上がり、重傷のないらしいことに安堵する。頬のかすかにひやっとするのは、ふれてみると血のせいだった。側頭を切ったらしい。肩口で顔を拭うと、血痕はさほど大きくない。円香は息をつく。呼ぶ。
「浅倉」
ハザード。
「……小糸」
喉が痛む。円香は血のあじのつばを吐き捨てる。それはハザードにぬめって光る。
「……雛菜」
車は木に衝突していた。ひしゃげて半開きのエンジンルームから白い煙がかすかに出たが、車体はさほど歪まなかった。追跡者は? わからないが、轍が見える。焦げ付いたタイヤ痕は崖へ続いている。落ちたのかもしれない。
はっ。はっ。
車内を見る。
透は目を閉じている。
「浅倉……!」
円香は呼ぶ。そばに寄り、くり返すが返事はない。口もとに耳を近づけると、ゆっくり息をしているのがわかる。大きな傷は見られない。小糸を、雛菜をたしかめる。ふたりとも、はっきりと息をしているが、小糸の頭部からの出血は少なくなかった。円香はタオルと、カーディガンを取り出し傷のあたりに巻いた。それらがみるみる赤く染まるということはなかったが、安堵できる状況ではなかった。
エンジンキーを押す。
森は静かだ。
ぬるい風が吹き、木々ががさがさ鳴った。
はっ。
はっ。
ハザード。
はっ。はっ。
円香は見ていた。サイドミラー。夜の森の木々の影を。そして、闇よりあらわれ出る人形を、鏡越し見た。
森。
月はない。
ハザードの点滅ごと人形は数を増した。
近付いた。
円香はとっさに発煙筒を掴んだ。使い方は、映画で見るのと同じだった。冷たくも赤い火が噴き出し、周囲をこうこう照らした。人形は数十体いた。手の折れたものも、脚をなくし体を引きずるものもいた。なんとかなるかもしれない。円香は雛菜を思い出す。しかし、できなかった。体は動かなかった。円香は景色が揺れるのに気付いた。発煙筒の、手の、体のふるえることに気付いた。円香は恐ろしいのだった。
「……来ないで」
円香は言う。
人形は近付く。
「来ないでっ!」
円香はほとんど悲鳴をあげる。
人形が足を止め、一瞬してまた近付く。あざけるのだと感じる。
「やだっ……!」
円香が振った発煙筒が、人形にぶつかる。それは偶然にも突き刺さった体を、肩口より焼き切っていく。円香の手に振動が伝う。電ノコで人体を切断するような感触に円香はおびえ、手を引く。人形は倒れ、発煙筒がその下敷きとなる。
ハザード。
数十体いた。
円香は後ずさり、やがて車に背をつける。守らなければならない。しかし人形は近付く。目の前にいる。あの暗い虚。円香は全身の力の消えるのを感じる。人形がふれる。その冷たさ。恐怖に目を閉じ、そして、円香は――。
「あー」
声を聞く。
「……そっか。えっと、樋口」
浅倉透があらわれる。
「大丈夫だよ」
しかし円香は思う。いったい、何が、大丈夫なのか。雛菜であればそうかもしれない。けれど透が、透は言う。
「よっしゃ」
続ける。
「いくぞー」
透はつかつか歩く。散歩するよう人形へ向かうと、いちばん円香に近いそれに肘を叩き込む。猿臂。頭を砕かれ人形はあっけなく崩れる。透は勢いを殺さず次の人形に鉤突きを打ち込む。脇腹に大穴を受け、続けざまの肘で二体目が崩れる。手刀。首が落ちる。貫手。鳩尾を抜かれた人形の手が肩を掴むが透は止まらない。下段足刀。飛びついて頬を打った腕を中段前蹴りで引き剥がし、二歩の加速で上段膝蹴りを叩き込む。ほほえんで血まじりの唾を吐くと、猿臂で顎を砕き、鉄槌で頭部を割り、中段膝で胴を破壊し、蹴り上げて人形を真二つに切断する。透はなにか、そうと決められた流れをたどるようなめらかに、人形を破壊し続ける。見る見る人形は減る、円香はそれを見ている。ハザードランプの明滅のひとつごと透はかたちを変え、そのたび人形が消える。風が吹いている。破片が白くはらはら舞う。それはさながら雪花のよう散る。
順突き。
最後の一体が消える。
透はゆっくり息を吐き、円香を見る。大丈夫。透は言わない。「……風」髪をかき上げる。爽やかな汗のたまが、きらきらと光をはじいている。「きもちいいね」
円香は夢を見るようだった。人形はもういなかった。恐怖が、荒々しく塗り変えられるのを感じた。胸のうちが激しく熱く、涙をこらえるような心地だった。
「浅倉」
円香はたずねる。
「どこで……そんなこと覚えたの」
透は円香を見つめる。「え?」とだけ言い、しばらく口をつぐむと、円香がたずね直そうとした頃ようやく言う。
「えーと、ルールそのいち」
透はこたえる。
「ファイト・クラブについて口にしてはならない」
ハザード。
*
『あと一時間以内で着けると思う』『できるだけ巻いて行くよ』
彼からのトークを眺める。
タップ。
『こちらは問題ありません』『急がず来てください』
送信し、既読がつくと円香は後悔する。余計なことばだと思ったが、取り消せることでもないので諦めることにした。番号札十六番の方が呼ばれると、松葉杖をついた若い男性が億劫そうに会計へ歩いていった。
「よ」
透が言う。隣へ腰をおろす。
「うい」
円香はこたえる。
「小糸ちゃん、シーティーだって。さっき会った」
「そう」
「あれって、どんな気分かな。輪切り? になるんでしょ」
「さあ」
「小糸ちゃん、平気かな」
「……平気なんじゃないの」
円香は急に面倒になり、スマートフォンを眺める。画面は割れていた。円香の被害といえばそれと、側頭の切り傷くらいだった。しかし小糸は額を何針か縫わなければならず、雛菜は右腕を骨折していた。百万円の車は壊れ、ホテルは当日キャンセルとなり、検査や治療に数千円かかった。
人形。
円香は振り向く。
病院はそこかしこ人人でごった返すも静かで、画面を反射して見えた影は、待合の明かりのどこにも、見つからなかった。
あの場所はなんだったのか。
車載カメラには何も映っていなかった。人形も、看板や柵も、追跡者の白い車さえ映像には残っておらず、ただ慌てふためく彼女たちの声や鬱蒼暗い森の様子が、記録されているばかりだった。
ふと、肩にふれられるのを感じる。
「樋口」
言うのは透だった。
「大丈夫だよ」
透は優しくほほえんだ。円香はそれで安堵して、透の手をとった。手は冷たかった。円香は目を見開いた。透はその澄んで美しいまなこに円香をとらえたまま、「どうしたの、樋口」とたずねた。手は冷たかった。ぞっとして冷えた手を覚えず振り払うと折れた。
腕は落ち、砕けた。
透の、白い腕。
「あー」
透は言った。折れた腕をぼんやりと円香へ差し出した。円香は突き飛ばした。透は床へ倒れるとばらばらに砕けた。破片は白かった。風もないのにさらさら動いた。
「どうしたの~?」「ま、まどかちゃん……」
雛菜が。小糸が言った。円香を掴んだ。それは冷たかった。円香は突き飛ばした。雛菜と小糸が砕けた。
円香は悲鳴をあげた。
*
まっ白い光。
円香は目をぎゅうっと閉じる。反射だった。目のまわりが、顔が燃えるみたいだったが、身をよじると熱さは落ち着いた。
円香は目をひらく。
がりがりがりがり。
スマートフォンが、ドアと擦れてけたたましくふるえている。円香は手に取る。『着信 ××さん』なにげなく、応答をタップする。
『……円香! よかった、大丈夫か?』
電話越し言う。
「うるさ……」
円香は思わずつぶやき、耳を離す。声は頭にがんがん響いた。体が重かった。どうも車中で、眠っていたらしかった。それに気付くと、寝起きのひどいのも納得された。
『無事か? 無事なんだな? 円香、いまどこにいるんだ?』
「どこって……」
森。
頭上の樹冠のあいまより、眩しい朝日が注いでいる。
『チェインを見たんだ。すまない、眠ってて……ともかく……』
「チェイン……」
そうして円香は思い出す。
彼に送ったトークを、そして、あのできごとのすべてを。
円香は隣を見る。透が眠っている。くちびるに、耳もとを近づけ穏やかな寝息をたしかめる。小糸は、雛菜は。運転席で、助手席で眠っている。やはり寝息は聞こえる。車は無事だった。木に衝突もせず、差しかかった分かれ道の手前で止まっていた。窓を開けると人形はもちろん、白い車の痕跡もなく、分かれ道はすぐ先で森に変わっていた。かつては道があったのかもしれない。しかしいまは、車の通れるはずもなく、折り重なる木々の奥に看板らしいものが見えるような気もしたが、結局それは定かでなかった。
『……円香? 聞こえてるのか? 円香……』
円香はこたえる。
「大丈夫です」
耳を遠ざけ、息をつく。
喉が渇いている。
円香は透を見る。ゆっくりと手を伸ばし、てのひらにふれる。そこはしっかり温かい。血の通う、慣れ親しんだ透の肌がそこにある。
円香は目を閉じる。
ぬるい風が吹いている。
*
それから。
彼女たちは一時間せず山を下り、ホテルで一泊をして、温泉でうんと体を休めた。当然前日は無断キャンセルになっており、確認らしい着信が残っていた。事前に到着時間を伝えた上でのキャンセルだったが、理由を隠し謝罪のみを伝えるとそれ以上の追求はなかった。
まる一日羽根を休めると予定通りに東京へ戻り、翌日には仕事をした。××さんの追求には酔っていたとこたえた。酔いすぎて、ほんのいたずらのつもりどころかトークを送るつもりもなかった。謝罪とともにそういう説明をすると、彼は納得したようだった。そんなふうに、すべてが日常へ帰っていった。
あれはなんだったのか。
ふと、思い出すことがある。
「……して平気~?」
なにか雛菜がたずねている。
「ま、円香ちゃん……」
小糸はどうやら気遣うらしい。
円香はシートに背中をあずけなおし、「任せる」と言った。窓の外を眺めると、景色の過ぎるのは速かった。
「オッケー」
透がこたえた。
彼女たちは透の車に乗っていた。車はぴかぴか青かった。空の色だ、と円香は感じた。
円香は感じていた。
車はこういう色だっただろうか。
なにげなく海を過ぎた。海は、車あるいは空は、私のてのひらはこういう色をしていただろうか。夏とはこれほどに暑かっただろうか。この歌のキーはAだっただろうか。夢とは色のあるものではなかっただろうか。××さんはああいうふうに簡単に引き下がる人間だっただろうか。雛菜の肌はこんなにもまっ白かっただろうか。小糸はこれほどに暑がりだっただろうか。透は――
「どうかした?」
運転席の、透が言う。
「円香」
それで円香は思う。
私たちは、どこへ向かっているのだろうか。
「……別に」
円香はこたえると、目を閉じる。知っている。浅倉透を知っている。わかっている。円香は続ける。
「大丈夫だよ。透」
透の手は、円香に温かく感じられる。
*
『_____人形たち__』
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秋の訪れ告げる 西洋ススキ、風にたなびく 芦屋
#なかめくん 2019年09月19日 13:42:00
徐々に涼しくなり、一歩ずつ秋めく中、兵庫県芦屋市南浜町の親水中央公園で西洋ススキが大きく穂を伸ばし、行き交う人の目を楽しませている。 同市によると、西洋ススキは2002年ごろ、同公園の造成時に園内の2カ所に植えられたという。高さ2 ...
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