#自虐はメンヘラのはじまり
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感謝しない子には、その提供をしばらくストップするのがフェアな対応 「その提供は自分(親)の満足のためだったのではないか」とか、自虐史観(笑)を持つ必要は、ふつうない
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PTSD、CPTSDと生きる、ということ
Intro: 最近のこと
noteとかMediumに書くには重すぎるし、Instagramに書くには長すぎる、SubStackはそういうもの向きじゃないし日本人に馴染みなさすぎる。じゃあどこに書いたらええねん。と思ったが、思いつかなかったのでとりあえずここに書くことにした。多分この内容はそのうち消すかどこかに移動してると思う。
4月に、PTSD、および複雑性PTSDと診断された。
といっても、10代から25年くらい悩んでて最近ひどかった謎の体調不良が実はそういう病気だった、というもので、見た目は元気。仕事もしてるし大学にも在籍してるし休学もしてない。
ただ、わたしのケースは日本だと重症扱いで、何件も病院やカウンセラーをあたっても、ついに治療できる人が全く見つからなかったので、治療の可能性を探りにちょっとだけカナダに戻ってきた。
⠀⠀⠀ カナダに戻ってきた理由は、時折襲ってくるフラッシュバックやそれによる体調不良、極度の自信のなさがあった当時の私の症状を「複雑性PTSDでは?」と最初に疑ったのがカナダのカウンセラーで、その方���有効な治療法と呼ばれるEMDRを提案してくれたから。それと同時に、今が私がカナダで就労ビザを申請できる限界の年齢でもあったので、やっぱ日本よりカナダの方が居心地がいいから移住できたらしたいし、という気持ちからくるものもある。
私の生い立ちとPTSD
実は私の生い立ちには、主に20代前半までに、家族からの精神的虐待、母の自死、その他家族以外からの何度かの暴力、嫌がらせなど、ま〜信じてもらえなそうな数の問題があり、これらのフラッシュバックのせいで中学生くらいから1年の1/3〜半分くらいは体調不良で死んでるのだが、それは全部PTSDの症状、とのこと。
カナダにいた頃はそこまでだったのだが、日本に滞在している間のフラッシュバックがひどかった。多分日本語を喋ることによって母親や父親から殴られたりののしられた記憶、母が突然亡くなった時の記憶にアクセスしやすくなっているんだと思う。
昨年末は極度に忙しかったこともあり特にひどくて、さもうつ病かのように突然涙が出てきたり、こんなにフラッシュバックがひどくなるなら死んだ方がいいのでは、と思うほどだった。自分の「明るく楽しく平和に暮らしたい」という意思に反して否応なしにフラッシュバックが起きるので、どんどん気分がふさいだし情緒も不安定だった。この間、私に連絡をくれる人がなぜか何十人といたのだが、どの連絡も返せるキャパが一切なかった。元気かと言われても元気とは到底返せる状態ではなかった。
今は多分バンクーバーに戻ってることもあって多少調子が良い。それでもたまに幻聴があったり、フラッシュバックを起こすと数日寝込んだりする状態なので、会う人を限定することでなんとか心の平安を保っている。
ちなみに両親のそれが虐待だったことはセラピストに言われて初めて知った。おそらく今お世話になっている人を含め5人以上のセラピストに生育歴を話したが、全員に「精神的な虐待」だと認められたし、一番最近病院で受けた心理検査では見事に中度のPTSD+CPTSD症状が認められたので唖然とした。
ただ、カナダに戻ることを決めたタイミングでありがたいことに日本でもカナダでも専門家と呼ばれる人に行き当たったので、日本でなんとかできるかもと言う頼みの綱が生まれた。どちらもうまくいけば半年以内に結構よくなる、らしい。
このような理由で、連絡は最近ようやく返すことができるようになったが、家族とかアイデンティティ絡みの話が一番フラッシュバックを起こしやすいので、多分飲み会とか、新しい人と会うとか、深掘りされる系の会話とかは当分無理だと思う。 ⠀
PTSD / CPTSDについて、伝えておきたいこと
25年くらい診断が出なかったのは、 PTSDとかCPTSDに詳しい医師が日本には本当に少ないから。どの病院も薬はくれるけど一時しのぎの手段で、それだと治らない。
(主語でかいのでは、と思う人がいるかもしれないけど、25年の間に全国の10人以上のカウンセラー、10以上の病院にかかっての現在の状態だということは伝えておきたい。ものすごい金と時間をかけているので父親にも散々金食い虫だと責められた結果である)
⠀⠀ かつ、日本では私のような人はメンヘラとかで雑に括られたり、「そんなのどうでもいい(興味ない)」「被害妄想」「お前にも落ち度がある」とか言われがちで、安心して誰かに話したり頼れる居場所が本当に少ないと思う。ふとした言動が原因で、意識とは無関係に心のシャッターが降りてしまうこともあって、私でさえ、同じ症状をもつ人を深く傷つけてしまったことがある。
⠀⠀ もし誰かに辛さを打ち明けられた時、どうかアドバイスや意見は脇に置いて、まずは静かに話を聞いて受け止めてあげてほしい。
誰かの話を聞くことって実は思ってる以上に誰かのことを救ってて、私もそういう人のおかげで今日までなんとか生きてるので、話を聞いてジャッジせずに淡々と受け止めてくれた人たちには感謝してもしきれない。 ⠀⠀
あと、私みたいなことは予想外の事件・事故・継続的な暴力体験などで意外と誰にでも起こる可能性がある。
もし辛いことがあった時、話を最後まで聞いてくれる人がいるなら、辛いと言葉にして話してほしいし、それが無理なら自分のためだけに最大限の時間を割いて欲しい。辛さは言葉にできるまで癒されないでずっと残るし、ひどいと怒りになって、それを誰かにぶつけてその人がトラウマを負うことで負の連鎖になったりもする。
Outro: 最後に
長文だし言いにくい話なので口に出すのをずっとためらってたけど、こういう話は言わないと病気の存在も含めて永遠にわかってもらえないものだ、というのを日本に帰国して骨身に染みて感じたので書くことにした。
見た目めっちゃ普通な人にも、なんならチャラチャラしてそうな人にも実は色々傷がある、なんてことは結構普通にあるはずなので、特に目に見えにくい精神的なものについては、無意識の差別や偏見が少しでも減って欲しい。誰しもの考え方とか生き方が尊重されるべきだと思う。この話に違和感を持つ人だったり、ジャッジメンタルな���インドセットで向かってくる人とはもう付き合えないな、とも思う。
偉そうなこと言ってるのは承知だけど、いち当事者としての体験として伝えておきたい。最後まで読んでくれた方、本当に感謝です。
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那須きのこ『空の境界』
中学���代に映画が放映されていて、僕は映像からこの作品を知った。
ufotableが制作した全七章+αなのだが、やはり鬼滅などの人気作の映像化を手掛ける会社だから��ろうか、当時からカッコいいアクションシーンが描か��ていて、それが今も僕の脳内には強く刻まれている。特に第一章の俯瞰風景において、式が巫条ビルから幽霊を追って隣のビルに飛び移るシーン。あのダイナミズムと超人っぷりには心奪われた(思い出補正は入っているだろうが)。
僕はその後、講談社文庫から出ていた上中下巻の文庫本を買い、それを時間をかけながらも少しずつ読み込んだ。話の内容と描写は映像のほうで補完できていたので、物語自体はそれなりに理解できていたと思う。その当時の僕が心惹かれたのは、やはり何といっても両儀式の『直死の魔眼』であったり、浅上藤乃の『歪曲の魔眼』などといったエキセントリックで中二病的な特別性だった。
作中の彼女たちは、その能力でもって他者を圧倒し、その特別性を読者である僕に強く知らしめた。この過激で刺激的なスパイスは、代り映えのしない平凡でつまらない世界に生きる僕にとって、十分に物語の中に沈殿させる魔力を秘めていた。式や藤乃、蒼崎橙子たちのような超人が現代的な舞台の中で演じてみせた、特異で不可思議なバトルアクションは今なお思い出すたびに僕の幼い部分を刺激する。そして、そんな特異な彼女たちが惹かれる”黒桐幹也”というキャラクターに、自分を重ね合わせてみたものだった。
最近、ふらりと訪ねた本屋でこの本を見つけた(僕はモノに対する執着があまりないタチなので大抵のものを手放してしまう癖がある)。かつての高揚を思い出し、懐かしい気持ちになって僕は再びこの本を購入しなおした。さて、昔の思い出を振り返りながら読み直してみようかと本を開くと、僕はこの作品に対する自分の考え方が全く違っていることに驚いた。
なんていうとなんかめちゃくちゃすごい読解ができるようになったのかと思われるが、作中のキャラクター達を特殊な属性を抜きにして割と等身大として見れるようになっていたというだけの話である。
自虐ネタとしても言うが、ぶっちゃけ「メンヘラ」の話だ。
空虚と狂気、登場するそれぞれのキャラクターはそれぞれに欠落を抱えている。現代社会の中でひどくズレて孤立した感覚を味わう彼女たちは、その精神的な欠落を���めたいがために、絶対的な「普通」、対極の中間に立つ黒桐幹也というキャラクターに惹かれる。
絶対的で安定した他者に満たしてもらいという飢餓感。自分に自信がない人間は、なにか自分を包み込んでくれるような大きくておおらかな存在にあこがれる。そういった満たされない人々が求めているナニカを、人は「父性」であったり「母性」と評するのだろう。彼女たちは、現代社会においておよそ役に立つことのない異能に悩まされる。社会に包摂されながら、社会から外れた感覚の中にいる異常を抱える彼女たちに対して、黒桐幹也という異性はただただ「普通の人」として接する。恐怖でも、異質でも、異形でも、道具としてでもなく、ただ一人の人間として彼は彼女たちの在り方を受け入れる。普通であれない彼女たちは、そんな黒桐幹也にどうしようもなく惹かれてしまうのだ。
と、ここまで書いてみたものの。この歳になって、一人の男として”黒桐幹也”という青年のキャラクター像を考えると、
「詐欺師なのでは?」
という感想が生まれた。
いや、嘘だ。これはフィクションにおける男性像に対するやっかみみたいなところがある。もっと端的に言えば「こんな男いないし、いたら怖い」という結論に至る。
僕は再読している間、ずっと「こんな安定していて、どんな相手に対してもフラットに接してくれる人がいたらなあ」という、女性キャラ目線で見ていた。しかしまあ、翻って男としての自分の経験から考えればそんな奴はいないという結論に至るわけで、フィクションが生み出すキャラクターの魔法というか麻薬というか。とにかく地に足がついていない存在であるのは間違いないだろう。現実において絶対的な「父性」や「母性」は存在しない。父なる神や聖母マリアは、”黒桐幹也”と同じように人間が生み出した虚像に過ぎない。
それだというのに、現実には満たされない思いを抱えた人々がたくさんいる。これはフィクションではなく真実である。「これだから人の世は……」なんてちょっとした陶酔と厭世をしてみせるのもいいのかもしれない。だが、『空の境界』の舞台となった90年代から30年ほどが経った今、日本は少子化の一途をたどっている。この問題が解決できなければ、これから先こういった満たされない人々がどんどん増えていくことになるだろう。高度経済成長が生み出していた安息からかなりの時が経ち、不況だなんだと言われながらもどこか宙ぶらりんな感覚の中を漂う現在。経済面、精神面、様々な側面で次代に対する閉塞感を抱える日本に必要なこととは何なのだろうか。
マジでどうするんだろうこれ……とちょっとした鬱になった(お前も当事者だろと言われればナンも言えない)。
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09132329
ホタル族、は近年、随分と疎まれる存在になったらしい。ホタル族という言葉自体が、死につつある。マンションにおいてベランダはもう個人のスペースではなく、共有場所という認識が広まり、洗濯物に臭いがつくとか、煙が上がってきて臭うとか、苦情が来るから禁止を言いつけられた、と同僚がボヤいていた。
だから俺は、中途半端にイキがって23区内のマンションなんて買うなと忠告してやったのに。このご時世、ヘビースモーカーに人権も居場所もない。結局嫌煙家達に締め出された同僚は今必死になって、禁煙外来に通っているらしい。忙しい社畜がストレス発散の方法を失ったらどうなるのか若干興味深いのもあってそっと観察していたが、机にロリポップキャンディーのツリーが登場した辺りで見ていられなくなり、やめた。
ほぅ、と、安堵を形にしたような紫煙が零れ落ちて、窓の外、点々と光るビルの明かりや、航空機用の赤色灯、慌ただしく駆けていく車のヘッドライト、テールランプを、曖昧にぼやかしていく。都心から離れた郊外の街にも、それなりの文明が張り出してきているらしい。アパートの4階からでもポツポツと見える明かり達が、人の生きる証を照らしている。息を吸う。ジジ、と赤暗く燃えた灰が途端に色褪せて、慌てて側のジャムの空き瓶へ灰を落とした。喫煙自体がマナー違反だと言われれば立つ瀬が無いが、最低限のマナーは守るようにしていた。
思えばタバコを吸い始めたのは親父の影響だった。俺がガキの頃から気にせずぷかぷかとリビングも子供部屋も煙で霞ませていた父親だ。俺がそれに倣って手を出すのも、時間の問題だった。大して美味くもないそれを最初に吸ってむせた時の苦しさと、謎の充足感を未だに覚えているのはきっと、あれが俺にとって大人への第一歩だと思い込んでいたからだろう。まだ俺の舌は、煙草を美味しいと感じない。ただ習慣になって、いや、中毒になって、ニコチンに支配された脳に動かされるまま暑くとも寒くともベランダに出て火をつけ、何もないこの街に煙を吐き捨て続けている。
なにが大人だ。こんなもの吸ったって、浴びるほど酒を飲んだって、トルコ風呂で飽きるほど女を抱いたって、赤ペン片手に新聞握り締めて馬に人生委ねたって、大人にはなれない。あの頃の俺が望んでいた大人はきっともっと一人でしゃんと立ってて、真っ直ぐ前を見て、普通の幸せを当たり前のように歩いていたはずだった。大人に夢を見ることをやめたのは、いつだろう。堕ちていくことを仕方がない、と諦めるようになったのはいつだろう。いや、元から、大してプライドもなく生きていたのかもしれない。外見が大人になって初めて焦燥感に駆られただけだ。きっと。
結局この世界に大人なんていなくて、皆、分別のつかない子供か、分別のつく子供か、その二択なんじゃないかと俺は思う。ちなみに俺は、自慢じゃないがまだ双方の間を不安定に揺れている。まだ、どちらにもなりたくない、なんて子供のわがままに、必死にしがみついたままだ。
「また感傷に浸ってんの、お前。」
「...深夜2時に黄昏るほど、器用じゃねえんだわ俺。つーかてめぇ、起きてたのかよ。」
つっかけを何度か蹴って足に引っ掛けたお前が薄着のまんまベランダに出て横に並ぼうとするから、なんだかスペースを開けて寄ってやるのも気��乗らなくて動かずにいてやったら後ろから抱き締めてきやがった。身長大して変わらねえだろ、俺とお前。
「はっ、てめぇにあと10センチ背があれば決まったな、あすなろ抱き。」
「もうそれ死語だから。令和はバックハグ、って呼ぶんだよ、オジサン。」
「同い年に言ってて悲しくならねえか、オニイサン。」
「減らず口叩く前に吸えよ、灰落ちる。」
差し出された瓶の中に雨水と吸殻が数本溜まっていた。嫌煙家まではいかないが煙草を好む人間じゃないのに、よくもまあ気が利くもんだ。いや、俺が躾けたのか。こいつの恋愛遍歴に、俺みたいな人間はいない。灰をまた落として、背中の温もりへのリアクションをやめ、苦味を肺いっぱいに吸い込んで満たす。普通にしてる呼吸より、生きている気がする呼吸だ。
「なぁ。」
「ん?」
「...んーん。」
言い淀んで煙と共に飲み込んだ言葉は別にこいつに伝わらなくていい。どうせ、さっきまでシーツに溺れて互いを貪ってたせいで蕩けた脳じゃロクな言葉は出てこないだろうし、下手なことを言って面倒な応酬をしたくなかった。効率的な生き方は出来ないが、面倒を知らず知らずのうちに呼び起こすほど俺は馬鹿じゃない。空っぽになった頭の中で、えらく俺に縋って鳴いてたこいつの顔が浮かぶ。人間らしいな、普段は鉄仮面みたく笑顔貼り付けて八方美人キメてんのに、俺の前では不機嫌で、拗ねて、甘えて、溶けて、だらしねえ顔で善がって、それが堪らなくイイ。
腹に回った手が腰回りを撫でるのがくすぐったい。俺がくすぐったがりなのをいつまでも学習しないお前はこうして時折、俺の中身がちゃんと入ってんのか、温かく、動く臓器があるのか確かめるように触る。馬鹿だなあ、俺���ここにこうして立って、タールとニコチンで寿命を切り崩しながら、ちゃんと生きてんのに。肩に乗った顎が痛え。また飯食いに連れてってやらないと。思考があちらこちらに飛び散って、結局何も残らない。そんなセックス後の余韻が好きだった。生まれたって不幸しかない人間共が飽きずに繁殖する訳を、俺はこいつと出会って初めて気付いた。
「あのさぁ。」
「あ?」
「ピアス、開けたいんだけど。」
「は?」
「何、一文字しか話せないbotなの?」
「あ?」
「だから。」
「いや、だってお前、え、ピアスって、え?規則でダメじゃん。」
「うん。だから、普段は透明なの、付ける。」
「中坊かよ。」
驚いて振り返った俺の表情がよっぽど面白かったのか、顔を背けて吹き出したお前は一頻り笑ったあと、なんの傷もついてない自分の綺麗な耳を指先��弄った。さっきまでアホほど舐められて、アホほど感じてた癖に。そういう雰囲気は露ほども見せずに、耳の形を綺麗な爪先がなぞる。
「ムラっとした?」
「あ?んだてめぇ、ヤるならベッドで足開けや。」
「勘弁。お前休みでも俺明日仕事。」
「わぁってるよ。」
「ね、どこがいいかな。」
「勿体ねぇよ、綺麗な耳してんのにさ。」
「はっ、よく言う。俺がピアス贈ろうか、って言っただけで新しい穴こさえた男がそれ言うかね。」
「俺のはいいんだよ、もうボロボロなんだから。」
寝転がる時痛いからベッドに入ったら適当に外すピアスがいた残骸を、あいつの指が辿っていく。外したがるあいつに、暇つぶしがてら俺が教えた箇所の名前を、たどたどしく呼びながら。イヤーロブ、ロック、アンテナヘリックス、インダストリアル。興味を持つから一通り教えてやったら、ガキの一つ覚えみたいにピアスを街中で見るたび、どこそこに似合いそう、なんて笑うから、責められてもお前が悪い。
「ここは、トラガス。」
「よく出来ました、100点満点。花丸ピッピやるよ。」
「何、そういうプレイしたいの?」
「お前今日口開きゃセックスだな。発情期の兎なんか?」
「おまえに求められたいっていう願望の表れ。」
「......お前さ、そういうとこだよ。」
「ここ、痛いんでしょ?」
お前がなぞる左耳のトラガスは、こないだ俺が生まれたらしい日に入ったばかりの新人。まだ安定してないから外せない、と言ったら、今日ずっと嬉しそうにそこばっか見てたな、お前。まあ確かに小さく光る上品なガーネットはセンスがある。お前の誕生石、ってのも相まって。俺の要求を言わずとも理解するお前は、心地良い。
「ここ、お洒落だよね。いいな。」
「お前には絶対開けない。イヤーロブでも嫌だ。」
「んー、2点。」
「いや、駄洒落じゃねえから。」
「なんでよ。」
「俺に加虐趣味はねえんだよ。」
「ずるいよ、おまえ。」
「なんとでも言え。」
ずるい、ずるい。子供のように拗ねたお前の頭を後ろ手に撫でれば、少し肩が濡れたような感覚がして、振り返ろうとしたら抱き付かれて身動きが取れない。
「んだよ、垂らすな涎。」
「...ごめん。駄洒落つまんなすぎて脳が寝た。」
「はー、舐めてんな。そもそも、耳にバチバチ穴開いてる時点でメンヘラだの不安定だの言われんだぞ。」
「知ってる。でもべつに、おまえ違うじゃん。」
「俺のはただの、趣味だからな。」
「ずるいよ。俺にはおまえが残ってないのに、おまえには俺がいっぱい残ってて。」
「...別に、んなことねぇよ。」
時代に乗り切れなかった俺は紙煙草のまま新元号を迎えた。箱の中に残された相棒は、もう片手で数えられるまで減ってしまった。煙草何本目だよ。いつもなら飽きて眠るこいつは飽きずに俺にひっついたまま。街はまだ眠ったまま、朝が来る気配などまるでない。このまま、明るくなって、朝が来る。当たり前だ。当たり前。分かってる。分かってるのに、受け入れたくない。
「......職場でさぁ。」
「ん。」
「先輩が、結婚したんだ。何聞かれても、パートナー、って言ってた。噂で、同性婚だって。」
「おー、めでたいな。」
「うん。制度が出来始めてやっと、針が進んだ気がする。でも、人の時間は進まないね。」
「過去から何も学ばないのが、人間の特技だからなぁ。」
「...朝、まだ来ないね。」
「あぁ、来ないよ。俺が食い止めてるからな。」
「最強じゃん。アベンジャーズ入れるよ。」
「そんな陰気なアメコミ誰が見たいんだよ。」
くすくす、笑う息が掛かって、ホッとする自分がいる。朝はお前の嫌いなものだから、こうして軽口を叩いても怒られない。目を閉じれば来てしまうそいつを、起きて少しでも食い止められれば、いい。
「ねえ。」
「んだよ。」
「おまえはずるくて、一人で生きてるって顔をするくせに弱点が多くて、全然スマートじゃないくせにかっこつけようとする。」
「喧嘩なら買うぞ。」
「でも俺は温厚だから、それも全部、おまえだってゆるしてあげられる。こうして、腕の中に閉じ込めて、ひとりじゃなにもできなくなればいい。」
「......愛してるよ。俺はこういう時、洒落た言葉返す能がない。でもいい、これでお前には伝わるからな。」
不毛だ、とも思う。きっと他に幸せのかたちがあるんだろう、とも思う。お前の隣に誰かが立っている正常な姿を想像した回数はきっとお前で抜いた回数より多いし、言い淀んで飲み込んだ言葉はきっと吐き出せばバケツ一杯じゃ治らない。
それでもこの背中の温もりを切り捨てられないのは、ここに、不確かでも微かな幸せがあって、強かった俺はこいつに弱くさせられて、その微かな幸せなしで生きるやり方を、忘れてしまったから。情けない。もう俺はこの開けたばかりのトラガスを雑に扱って走る痛みだって、甘く感じる程には、この歪な幸せの形を愛していた。
「寝るぞ。」
「紅茶飲みたい。」
「カフェインって知ってるか?お前。リピートアフターミー。寝る。」
「ねる。」
「よろしい。紅茶は明日の朝にしろ。俺が起きられたら入れてやっから。」
「はあい。」
つっかけを放り投げて部屋に入ったお前の背中をぼんやり見ながら、瓶に何本目かの吸殻を入れた。じゅわ、火が消える音はなんとなく、夏から秋へ向かう音のような気がする。上手くは説明出来ない。が、それでいい。説明がつくことばかりで、この世界が回っているわけじゃない。遠く、ビルの隙間で、微かに淡い空が顔を覗かせ始めていた。ぴたりと動きを止めたお前がこちらを向かないまま、ぼそり、言葉を落とす。
「おれ、考えたこともないよ。」
「何が。」
「おまえに、言わせるつもりもないよ。」
「何が。」
「おまえ、自分だけが愛をしてると思うなよ。」
もぞもぞ潜ったベッドはいつも通り右側が空いている。また飽きずにお前は俺を利き腕で引き寄せて、大して白くもねえ頸に鼻を埋めて、窓に背を向けて寝るんだろう。お前はやった香水はつけないくせに、同じのをつけてる俺の匂いは好きなんだ。よくわかんねえ。が、それでいい。
まだ夏なのに身体は少し冷えていたらしい。擦り寄ってくるお前の体温が心地良い。俺達は未来を見ない。過去も見ない。互いがアンバランスな世界の中で、今を、そして目を閉じて開ける瞬間だけを、いつも夢見て、焦がれて、息をして。
「好きだよ。」
「知ってる。」
「勝手に開けんなよ。耳。」
「開けないよ。」
「また、明日な。」
「うん。また明日、ね。」
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考えて生きよう
こんにち���、今、ぎりぎり素面です。認知の歪んだ人が怖いです。理由は認知が歪んでいるからです。
私はTwitterやpixivで所謂ヤンデレだのメンヘラだのを題材にした夢小説を投稿していますし、普段から結構アクの強めな作品を紹介することもあります。メンヘラっぽいツイートも多いです。実際鬱で一日の活動時間が10時間くらいしかなく、素面でいることがありません。そういうものを求められているな、という実感もありますし、実際私も好きで書いています。
それとは別に、私はフェミニストです。性別に関係なく、暴力は最低だと思います。もうなくなったはずのつきまといもセクハラも、今でも夢に見ます。ホラーも嫌いです。お化けも怖いし、物心ついてから毎日真剣に爆弾や殺人事件に怯えています(これを一般的には神経症と呼びます)。なんと言っても、私は10歳でクレヨンしんちゃん「オトナ帝国の逆襲」を見せられて恐怖のために夕方六時以降ご飯が食べられなくなり、近所のコンビニを押さえるためにカッターナイフを大量に購入していたというエピソードを持っています。あれを名作としてみんなに勧めている皆さん、正気ですか?発狂したあとのニーチェの写真とか、松居一代のYouTubeとか、秋葉原の電柱に貼られた集団ストーカー告発のビラとか、脳にiPodの手術をしたい人とか、もう泣くほど怖いです。
小さい頃から狂人に話しかけられやすく、気に入られて追いかけまわされたり、逆に怒鳴られたり、「俺はこの駅のホームで心臓から殺人電波を流していない人を四人見つけ、君はその一人だから今すぐ逃げるといい」と熱弁を振るわれたりしてきました。私は彼らに対し、殆ど憎しみに近い感情を持っています。狂人だからといって何をしても許されると思うなよ。大人だろ。せめて狂気に負けないようにしようという気持ちを持ってくれ。もう百歩譲って話しかけるのは許すから、触らないでくれ。できれば話しかけてもこないでくれ。公共の場所で赤の他人に声を掛けることがそもそもおかしい。キレなさそうな人を絶対選んでるだろ。三大欲求ばっかり残しやがって(※個人の見解です。私と同じような目に遭ってから差別だと言ってくださいね。少なくとも他人に勝手にそういうことをするのは犯罪行為に当たりますし、この発言が差別なら私の人権は尊重されていない)。この手の話は枚挙に暇がありません。おかげさまで感染症に関係なく常に大量の除菌グッズを持ち歩くようになりました。もうこうなってくると私が狂人なのかもしれませんが、それを考えると本当に消えたくなりますね。
目に見えて狂人の奴だけではなく、基本的にすべての奴の加虐心をそそるらしく、一方的にそういった対象にされていることが多いです。そういうことをするのは狂人だけ。この世にはたくさんの割合で狂人がいるんですね。
性的なコンテンツにおいて、理性(ここでは常識や上階層の欲求)がない、一時的に欠落している、という状態は、欲望を掻き立てるものとして登場します。倫理観のなさが持て囃されることも多いです。実際には、マジの鬱病になると、大抵の性欲は死んでいます。この大嘘つきめ。ファッション鬱が。
断言します。ヤンデレやサイコパスや催眠や洗脳や、tumblrに書けないような要素を好んで見るようになり、書くようにまでなったのは、私の防衛機制でした。このままでは理不尽に永遠に恐怖し摩耗していくだけだからと、状況を受け入れるためのものでした。他人を変えることはできないから、自分が受け入れられるようになろうと思いました。DV被害者の発想ですね。何度も練習しておけば、現実になったとしても耐えられるかもと思いました。人生を諦めようとしました。「ねえ、そうだろう?諦めるとぼくらは何故か少し生きやすくなる」
本当は欲望そのものを滅したかった。それが他人を傷つけることを知っているから。もし、自分が他人を同じような気持ちにさせてしまったらどうしよう。欲望が身体に付随するものだと思い込んでからは、私は自分の身体を損ねることばかり考えてきました。高尚な精神を保つための受苦であるとすら思っていました。水槽の脳という思考実験がありますが、もしそうだったらどれほどいいでしょう。もし私が狂人に近い位置にいて、その狂気の扉(これは『雫』というアダルトゲームで使われた言葉です)をいつか開いてしまうような存在ならば、私は完全に理性をなくす前に間違いなく自殺するでしょう。自分から理性を手放すのが怖過ぎて、安寧と一緒に無理やり引きはがされる妄想をすることしかできない。死は最大の放心なので、私は死もこわいのですが。八方塞がりがすぎる。眠るのも怖いですし、誰かに恋をするとか、宗教的な事柄とか、とにかく他人に何かを委ねるのも恐ろしく、仕事すら誰かに頼むことができません。誰も信じられないので、完全に孤独です。このままでは社会生活もままならないため、薬を過量摂取します。薬には自我も欲望もないから、安心して身を委ねられます。文字通り健康も委ねてしまっています。「いい薬、悪い薬というのはない」という考え方が昨今は主流ですが、本当にその通りです。私が悪く使うだけです。終わりすぎる。
誰かに毒を盛る発想があるから毒を盛られていないか脅えるのです。自分以外が人間に見えないから自分も人間に見えなくなることに怯えるのです。究極、私は死ぬま��脅え続けるのでしょうし、恐怖から守ってくれる存在を探し続けています。でもまともに人と関係を築くことができないため、行動化をするか、「まあこいつにだったら多少狂ってもいいかな」と思える架空の存在にぼこぼこにされるか、やられる前に屈服させるかの三択しか存在しません。私は終わっています。誰かを信じるとか、好きになるということは、私にとっては世界に人間を増やす作業です。今のところ、失敗しています。
ああ、私は絶対に考える必要のないことばかり考えて、精神的バイオハザードをプレイしている、性嫌悪傾向を拗らせた出来損ないマゾのゴミ…受肉と資本主義と狂気を憎むおしまいの人間…健全になりたい…でも健全って何…この世界には天国なんてないから、私は他人に迷惑をかけない白痴になりたいのです。
「もしも叶うなら肉体というハードウェアからも軛解き放つよ 深みから抜け出して地平線へと飛び立つよ」
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生活
心なんて一生不安さ、だから不安の内容が変わっていくだけだね人生とかこんなもんですか。感情なんて一時的で恒常的な感情なんて全部うそですだからやめにしましょうよって言って自分の首絞めちゃった。やっぱり死にたいよね、友達が自殺未遂したって死なないでって言われたって好きだっていわれたって勝てないものなんだな。なにかつらいことがあったときに「生きていればもっとたのしいことがおきる」と思う人と「生きているからこんなことがおこるんだ」って思う人のちがい。死にたいって思ったことない人ってきっと考え方が前者。生きてればいいことあるなんて思ったことないよ、わたし。生きてるからつらいと思うんだよ何にぶつかっても。こういうのが歪みなんですか。認知のゆがみというやつをだれか矯正してくれよ。メンヘラの意味もわからないくせにメンヘラという概念を認めないとかかっこつけないでほしいですね。メンヘル。わたしも認めませんけど。これは私もやってしまうけど、自分をグループの中にブチこんで平らにしてわかりやすく認知されようとしたりそれを自虐につかうのダサすぎじゃない?言語化から逃げるなよ。病んでるってなんだよ何患ってんの、メンヘラってなに君のメンタル今どんな調子?陰キャも陽キャも差別用語でしかなくて反吐がでるはずなのに使っちゃうのはそれがここちよいからだね。楽だからね。分けちゃったほうが楽だ。そんなこと言ったら全部こまかく言葉にしなくちゃいけなくなるけどわたしはいつだってそういう姿勢でいたいよ。言葉を使う。だから話したいし書きたい。君の話も聞きたい。頭の中みせて。ちょくせつは見えないからちゃんと言葉で伝えてよ。君より尊いいのちなんかないよ。
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雑記
感情の言語化は大事ですよ。生きてたら楽しいことだけやなくて不安とか恐怖とかいっぱい感じると思うんですけど、何によってそういうことを感じてるのか、そういうことを感じてじゃあどうしたいのかってことをちゃんと考えていくと自分自身をコントロール出来るようになるのかなあ。「しんどい」とか「疲れた」とか自虐的に使う「メンヘラ」とか、そういう簡単な言葉に頼って自分の感情を説明した気になってると何も解決出来へんからそれこそずっとしんどいよね。根本から解決せえへんと同じことの繰り返しやし。感情の言語化は自分自身を知ることに繋がる。自分自身を知ればもっと生きやすくなる。自分を許せるようになるし投げやりでなくこれでもいいかって思えてくる。自己肯定感ってこうやって育てていくもんなんかなあと思う。派生して言えば自己肯定感は他人の言葉で左右されるようなもんじゃなくてさ。他人が変えられるもんやったらそれは他己肯定感やし、こっちはまあそんな重要じゃない。自分自身について突き詰めて考えて自分に納得できれば人に何言われても俺は俺ってブレずに居られるような気がしますけどね。ただこの作業って人によっては地獄を見るから専門職に頼ってもいい。今度こそ変わろうとか、勇気出して頑張ろうとか、そんなことしなくていい。自分自身が今何を感じているのかがちゃんと分かるようになればどうしたいかどうするべきかが見えてくる、のかなあと思うけどね。あとはまあ一種の開き直りも手っ取り早く自分を救う方法ではあると思う。俺も多分コレ。死にたかった数年前、ふいに開き直った瞬間があった。何かもうええわって。多分あんまりいい感じでは��かった。諦めに似てるかもしれへんな。でも俺にも譲られへん部分が最近あるし意外と生きることに執着してるやん俺、って気付いた。諦めてどうにでもなれって思ってそのまま過ごしつつ、自分の許せるか許されへんかのラインがどこにあんのかを見極めていってもいいのかもな。ナンチャッテ。
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「孤児院」日本支部
日本政府直轄の暗殺組織
警察が手を出せない問題や、犯罪の防止を目的とした部署で
日本の治安を裏側から守る少女たちが前線に立つ組織
都道府県毎に支店がある
大本営は京都支店にあり、西側のオルフェン達が最前線ともいわれている
現首都の東京にも支店はもちろんあり
国内第二位の大きさの支店である。もちろん一位は京都支店。
東京支店の本部は府中にあり
敷地内に各施設を完備している。
寮制を導入しているが、希望者(一定の実力と任務をこなしている必要がある)には社宅として民家に住み込みも許される。自宅にはマンションを選ぶものが多い
もちろん戸籍はない、が偽装戸籍で国外にも行けないことはない
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警察機構で対応できない、裏社会の揉め事や犯罪予告があった場所への張り込み、テロ行為を未然に防ぐための対処を主としている。
本場NYの「孤児院」と同様にツーマンセル単位での行動が基本であり
銃取り締まりの厳しい日本では、オルフェンの証である十字架のネックレスを所持、掲示していなければ銃刀法違反により普通に捕まる。
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各オルフェンへ「孤児院」からハンドガンを支給されている。
本場との違いは弾丸は経費、バレルは交換を推奨しているがこれも経費。
任務中に使用した弾丸の数により報酬額から差し引かれたものが月末に支払われる。
寮生は給料前借などで弾薬の確保等している。
トリガーハッピーにならなければ赤字にいくようなことはそうそうない
手取り50万ぐらい
寮での衣食はタワマン住みキラキラ港区女子よりかは良い生活ができる。
基本起床は5時半、就寝は22時
任務は24時間年中無休、緊急出動がかかることもある
寮外生活者は各地域の応援として駆けつけることが多く
そのために実力者が配置されている
危険度が高い任務の場合は率先して連絡が来る
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本場と同じく例にもれず20歳を迎えるオルフェンは稀であり
日本支部の平均生存年齢は18歳
それぞれコードネームがついているが
日本では目立つので各々本名(一部自分で作ったりしてるもの)を名乗ったりする
コードネームは基本的にフォネティックコードとギリシア文字
本場NYと違い、日本支部所属オルフェンは登録した本名で呼び出しをされる。
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2022/08/29現在「孤児院」日本支部情報
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日本支部東京支店所属オルフェン
ファイ
本名:佐伯 茉里奈
17歳
育児放棄からの保護
暗い金髪の少女
小柄
面倒くさがり屋
1度見た動きを完璧にコピーできる
足立区のマンション住み
やる時はやる
ラムダ
本名:西野 姫良(きら)
16歳
虐待、自殺未遂、薬物過剰摂取からの保護
長い黒髪の少女
世話焼き
執念深い体力オバケ
東京支店寮住み、だがほとんどファイの家にいる
ちょっとメンヘラ
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240130 火
メカ得意っつても。「��ったい売れるデザインにする」って気負いあるとXで1万いいね貰うの見越して描く時みたいな背伸びが必要なわけで。
描いててまったく楽しくないし「既視感の塊」にせざるを得ない。
ああ。僕にとって版権絵とは「描いてて全然楽しくない既視感の塊」なんだ。
でも綾波は別。
好きだから。
綾波好きすぎて綾波描けない。だって放っておいてもいろんなところに勝手に綾波は入っちゃうし。
綾波はプレーンヨーグルトだから。どの方向に転んでも美味しい。
あたまがまんまるなとこが可愛い。特にディフォルメ化されると本当にまんまるだ。大体プラグスーツだからボディラインが見えているところもかわいい。ディフォルメ化されて腰のくびれがまったくなくなった綾波がいちばん好き。
既に自分の中で綾波は元デザインから変容しつつある。そういう変化 / カスタマイズを許容できるのも綾波というキャラの特徴だ。
初音ミクに近しい部分がある。
命令されたからやる。けどマスターの事はちょっと好き。
そういうの多分全部好きだ。
なんかの「代用品」っぽいとこもいい。
大切にしたかった何かの代用品。そういうポジ���ョン。
怪異ってさ、怪異と仲良くなったり恋人みたいになる話ってさ。
「人間とうまく付き合えないやつ」が主人公になりがちじゃん。
夏目友人帳もそう。
怪異と仲良くなったとしても、ちゃんとした人間の友達や家族ができたらお別れしなきゃあならない。
なんつーかその為の「踏み台」としての運命が決定づけられている。
ぬいぐるみや人形ってそういうもの。やがて手放される事が約束された「無責任で残酷な愛」を注がれる容れ物。
もしぬいぐるみや人形に心があったなら「サステナビリティの無い愛は偽物なのか?」という問いを一生抱えて寂しく生きていく羽目になる。
そのような愛の裏切りを経て生まれた「人間由来の怪異」がメンヘラ。
「メンヘラの綾波」みたいなやついたら手放すわけがない。
素粒子レベルで好きでしょ、そんなの。
切なさ全部盛り家系ラーメンチャーシューマシマシニンニクましましでしょ。
そういう存在を抱きしめるだけで心に「幸せ」がじゅわっと染み込んでくる。
「当人が自分の悲しい身の上に全然無頓着」なところがまた切なくていい。シドニアのつむぎにもそういう良さがあった。
綾波ポジションは「よくわかんないにうちに誰かに対して自己犠牲しまくってしまう」アンド「やんわりと忌避対象」である事が大事。
それって���待されてる子供じゃん。
噛み砕けばこれは「忌み子フェチ」なんだ。綾波みたいな容姿とポジションの忌み子はかわいそ可愛い。
キッチンドランカーのアル中妻みたいな綾波いたら可愛い。
私は綾波が描けない。描こうと思わずとも勝手に自分の絵の中に出てきちゃうから。
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20220616
また日記を再開することにした。
近況
Twitterのモブサイ、伏五、日常の鍵アカを全部消した。その代わり新しく呪術の別CPのアカウントを作ってなんとなく自由にやっている。たぶんとても楽しんでいると思う。併せてショタエロなども描いている。なぜこういうことをしているのかというと、なにか正体の見えない漠然とした「嫌」から逃げたくて、リセット症候群と現実逃避と性癖爆発の合わせ技なのだが、たぶんこの感じで今のところは合っている。合っているというのは、なんだろう、自分の生きやすい方向に向かえているという意味で…。
話は変わってこの日記にはありがたいことに何度か感想をいただいたことがある。日記に感想ってなんだよと思うかもしれないが本当に感想。私の文章や心の移り変わりに対してなにかしらを感じていただけたようで、自分も日記を書きたいと言っていただいたこともあった。純粋にとても嬉しい。逆に、心無い匿名メッセージから「メンヘラ」と言われたこともある。特に異論もないのではいはいと思っていたが、それを機に日記を書くのをやめた節があるのでやはり嫌だったんだろう。ちなみに私はメンヘラという言葉は嫌いで、揶揄するように使われる時はほぼ差別用語のように感じています。本当に精神に病気を抱えている人が自分に対して自虐的に使うのはまだしょうがないというか、愛しくなっちゃうかな。
楽しいこと探しをしようという話をした。楽しいこととつらいことが同時にあったとして、私はつらいほうを感じるアンテナがとても強くて、消化しきれない時がある。泣いたりするのもあまり得意ではない。歌を歌ったり、散歩をするなどして気を紛らわす。歌は好きだ。声を出すのが好きです。そう、楽しいこと、昨日は幸せのパンケーキ(後に画像添付します)を食べて、今日は焼肉食べた。食べ物は人生を容易に楽しくしてくれていいですね。
同人のこと。作品について真面目に考えて二次創作することと、自分を救うためだけの自由な二次創作をすることについて考えている。前者は今までずっとしてきたことで、後者は最近自分がしていることなのだが、後者にはどこか罪悪感があって、今まで自分が描いてきた作品たちから説得力が失われ世界観が瓦解していくような感覚もあり、勝手に自分で傷ついたりしている。別に作品をリスペクトしていないわけじゃないんだけど…自由って難しいな。今のところそれは表に出していないから個人で楽しむぶんにはいいじゃないかと思っているのだが、果たして後々これをどこかにログとしてまとめてみようかと思い立ったとき自分はどうなってしまうんだろう。超怖いです。かなり曖昧に濁しながら喋っているのでなにがなにやらという感じだと思いますが。最近はそのへんのことでずっと悩んでいます。
久々に日記を書いたらあまりにも散漫になってしまった。次から整理します。壱百満天原サロメの話もしたかったけどまた今度���もしまだこの日記を見てくれている人がいたらありがとう。一度お話ししてみたいです。
↓幸せのパンケーキというお店のパンケーキ
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あれ、タゲられる私もクズじゃね?
※これはイクイク病と関係無い記事なので読み飛ばして大丈夫です。
☆3点要約(今北産業)
・人を呪わば穴二つ(訳 : 自分が人にした仕打ちはいつか自分に返ってくる)
・情けは人の為ならず(訳 : 人に親切にすると良いことあるかも)
・やなことは忘れて楽しいことしよう!
前々回の記事から少し経って。
昔のことをたくさん思い出した。
改めて気づいたこと。
子供の頃から私めちゃめちゃクズだな。
☆思い出したこと(自分のクズ行為)
・幼少期は場面緘黙症っぽい症状のせいで挨拶ができず近所のおばさんに誤解された。成長するにつれどうにか挨拶できるようになったら悪口はあまり言われなくなった。
・小学生時代、人の足を踏んづけてしまった。どうしても声が出なくて謝れなかった。
・約束を忘れてた自分が悪いのに、そのことをクラスメイトから責められて泣いてしまった。約束を忘れていたのはおそらく発達障害によるもの。この時は自分が理不尽に攻撃されたと思い込んでいた。今思えば、私も悪かった。ここから「泣けば許してもらえる」と誤った学習の仕方をして事あるごとに泣くようになってしまった。それでクラスメイトから余計に嫌われた。こんな私のことを理解しようとしてくれる人もいた。
・高校生時代は前の席の人の机の足をう��かり蹴ってしまった。謝りたかったが声が出なくてどうしても謝れなかった。それでその人とその友人達から陰口を言われてしまった。これは私も悪いので反省している。蹴るつもりはなかった。足を伸ばしたら当たってしまったのだ。その人からすれば「自分がいじめられた」と感じただろう。私がその人の立場ならそう感じると思う。
このように、私は自分の障害特性や場面緘黙症のような症状で周囲から誤解を受けやすく人間関係が悪化しやすい。「挨拶」と「謝罪」(ごめんなさい)と「お礼」(ありがとう)だけは徹底して言うように心がけたら人間関係がだいぶ良くなった。
いくらいじめられたからって発達障害や病気があるからってクズ行為が許されるわけではない。
そりゃ悪口や陰口を叩かれるしいじめられるわな。
タゲられまくるのも納得。
大人になってからは自分のクズな部分を直そうと努力して少しずつ改善していったら、私を応援してくれる仲間ができた。
今の私には、友人は1人、話し相手は家族と支援機関の人と病院の人しかいない。
私にとっては心が平穏であることのほうが最優先事項。
心が平穏ならそれでいいや。
人はなりたくないものになってしまうもの。
私は知らず知らずのうちに、自分が大嫌いな自己愛やボダやサイコパスや自称Sのクズの人になっていたのだ。
あれだけ恋愛工学をバカにしといて心理学を人たらしの道具に使ったし。
自己愛にタゲられやすい人は自己愛と似たような性質を持っている人。
いじめられた人が別の誰かをいじめるように。
これ虐待サバイバーやDV被害者にもいえることなんだぜ。
みんながみんな、「自分がされて嫌なことは人にしない」良い人じゃない。
タゲられた人が自己愛化することなんてよくある。
戦争や紛争も貧困もだいたいこれ。
こうして負の連鎖は生まれる。
その負の連鎖を断ち切るにはどこかで終わらせなければならない。
確かに、なにも悪いことをしていないのに理不尽なことを言われたりいじめられることはある。
だが、自分がされて嫌なことを人にするのは自分の敵を増やすことであり長期的に見ればそれは賢くない。
自分で自分の首を絞めることだ。
あんまりネガティブなことや愚痴ばかり言ってるとヤバい人がやってくるからほどほどに。
自己愛にタゲられた人を自分を犠牲にしてまで助けるのはもうやめだ。
タゲられた人が必ずしも私の味方になってくれるわけじゃないし。
はっきりいって取り巻きは救いようがない。
自分で気づいてもらうしかないのだ。
人の心の隙につけ込むヤツが圧倒的に悪いので自己愛にタゲられた人はどうか自分を責めないでほしい。
私はこれからは自己愛の人と遭遇したら黙って距離を置くことにする。
もし私の勘違いだったら余計に人間関係が悪化するからね。
下手したら名誉毀損や誹謗中傷で訴えられる。
ああいうヤバい人間にだけはなりたくない���
私がメンヘラの人にやたらと好かれる理由がよくわかった。
共依存でメンタルが壊れるのだけは避けたい。
ポジティブなことばっかり言ってヤバい人が寄り付きにくくしてやる。
次回は私に親切にしてくれた人を列挙していく。
イクイク病になったのは私が成長するきっかけ。
こうなったのもきっと意味があるはず。
ここから私の大逆転劇が始まる。
自分の運命を変えてみせる!!
(2021/12/3時点)
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※うちの子厨とマイナージャンル民について・転載
※…以下、Twitter(@AZ_LAY358&@AZxel358)より転載。
[[MORE]]
…とあるマイナージャンル民達は、拙作を徹底的に無視する上に、相も変わらず、狭い界隈内でマウンティング合戦してるので心底あきれてる(本当に陰険な人達の集まり!!)。
…『女しか居ない界隈(※女性向け以外も含む)』は『男しか居ない界隈(※…矢張りと言うか、美少女系作品が多い)』より、圧倒的に、虐めが起こり易いし、マウント合戦もしょっちゅうだし、喧嘩も多いし、盗作も頻発するし、荒廃し易いし、衰退、廃れ易い(※…矢張り、バランスの良い界隈は強い)。
…。
マイナージャンル民についての故人的な所感
・『マイナージャンル者は大抵性格が陰湿』
・『マイナージャンルは往々にしてbnal村民な所がある(何処も大抵自浄作用無い)』。
…『マイナージャンルでは、目にも当てられ無い多くの露骨な虐めがある(メジャージャンルだと大抵誰かが反応してくれると言う事もあるけど)』
・『マイナージャンル民はすぐに徒党を組もうとする』
…『古参同士のベタベタした馴れ合い』ばっかりだと、新規者が逃げて行く。其の界隈の事を気持ち悪いと一瞬で思った新規さんから去って行く。
・『一部のマイナージャンル民は、其の作品其の物より、其の作品を出汁にやるマウンティング行為の方を愛して居る。平気で他人のネタをパクる』…特に後者、昔何度か被害にあった(※未だに許して無い)。
…私は、此れ等を幾度も色々な所で見て来ました。
…ジャンルを更に貧しいモノにして居るのは、(確実に)彼等だ。
…各界隈の爪弾き共が、(※…はっきり言えば、零細不人気)マイナージャンルやら絡み交流特化一次創作(※…又の名を、うちの子厨コミュニティ)でデカい面して、お山の猿大将してんの、流石に見飽きました(※遠い目)。
…酷い所は、本当に酷いですからね(※…特に、マウンティングおじさん・おばさんが威張りくさって、若輩者にウザ絡みして来る現象が矢鱈多い界隈、うちの子厨関係は)。
…『うちの子厨(※…うちの子を利用して、何とか、他人と交流を持とうと絡もうとする)』と『マイナージャンルで御山の猿大将してる人達(※…推しと推し作品を利用してマウント取る事しか考えられない)』は、よく気質が似てる(※まぁ、何方も、人間としてつまらんって事でしょうな 爆笑)。
…うちの子厨が矢鱈面白いのは、やる事為す事如何見ても毒親がやる其れだからですね(※…基本的に、毒親は、何かにつけ、自分の子供を使役し、利用する事と自分の事しか考えて居ない��)。
…マイナージャンル民は、推しと其の作品自体を利用してマウント取る事しか考えて無い人が、滅茶苦茶、多いんですよ(※…其の上、公式に、難癖付けてでも、金を落とさないなんてザラ)。
…逃げません。其奴等の大事な縄張りなので(縄張りから追い出されたら他所に逃げる)。
>「クソゲー」「このゲーム辞めるわ」
が口癖の奴9割やめない ※ド偏見botさん(@Dihenkenbot)より引用
…うちの子厨で、兎に角、よその子とよその家への絡みが好きな奴、よその子をうちの子の為に貶めても平気(※…だから余計に交流厨になる)。
…マイナージャンルで、其の推しと推しジャンルを愛でるより、『自分の居場所と言う名の陣取り合戦+マウンティング合戦(しかも其の為にナチュラルに嫁推しと推しジャンルを利用する)』に精出しとる奴居るよな(※…貴様等の縄張り争いにはもう付き合い切れない)。
…つか、マイナージャンル民が、『其のマイナージャンルを縄張りにしてる(※…むしろ、縄張りと書く)』理由が、勉強せず努力せず労せずイキリ散らせるからとか、『御山の猿大将になる為』の奴も居るしな(※…実際、…其う言うおじさん・おばさん滅茶苦茶多い)。
…しかも、其の各マイナージャンルの中ですら、居場所とナワバリが無くなると、(※自称)一次創作勢の『うちの子厨』になったりするんだよな(※…逆に、定番・メジャージャンルで一旗上げて成功する場合もある)。…其れなら、オタク人生自体から足を洗えよって思うけど(莫迦は其れが出来無い)。
…筆者は『世の為、人の為(神の為)』を達成し続けなければ、なので(※意外に利他的)。
…『うちの子』を、夢小���・夢漫画に出す奴、昔から居るだろ(…そして、何処からも、いたく嫌われる)。
…初めから、『何処のジャンル(歴史創作等含む)を通って来て無い・触れて来て無いうちの子厨(※所謂箱入りアレ)』は、生粋の自己中だと思ってる(※…或いは、コミュ障の中のコミュ障)。
…二次創作勢は爪弾き、まぁ当然だよなww(※格ゲー対戦勢は、格ゲー対戦するだけで幸せなんで)。
…同じ土俵に立たない、立てない、立とうとしない人間は、軽蔑されて、当然。…だから、気に病むな(※対人戦と言う土俵に立たない奴の身分は低い)。…公式に『ショバ代(最低限のみかじめ料)』払うだけでは認められないと考えるべき(※…但し、ショバ代すら払わない視聴勢は論外)。
…ゲーメストとアルカディアと一部公式は、『ゲーム本編やり込み&格ゲー対戦(ガチ)勢』と『二次創作・同人勢』を(商売上)同列扱いでしたけど、本来なら、前者の立場を一層重んじるべきでしたよね。何せ、筆者達みたいな二次創作勢は、たださえ、アレ方向に走り出すロクデナシが多いからな()
…ゲームやり込み、対戦ガチ勢が、同人・二次創作勢を強く敵視する事が多いのは、後者は、界隈での陣取り合戦において、滅茶苦茶有利な立場に居るって分かってるから(※…後は、つい先刻書いた様に、ただ単純にロクデナシの集まりだから笑)。
…某漫画の界隈、完全にカルト化してて、もう近付きたくない。「…聖典(原作)を崇めよ!(聖典こそがバイブル!)」、「…今の世間では見向きもされない(昔は覇権だったが)が、我々は選ばれし者なので見出した!(…実際、あんまり人気無いし、グッズ出ない)」…もう此んな奴しか居ない()、
…『漫画原作を聖典と崇めぬ者は読者では無い!(※スピンオフ作、アニメ等は出来は良いが、所詮は亜種よ…)』がデフォな界隈とか、普通避ける(※…と言うか、正直言わせて貰うと、昔の漫画界隈と言うかマイナージャンル自体がカルト化し易いですね…… …其うだよね、…某五部界隈も……)。
…『某五部界隈は、他部(混部含む)界隈と比べてカルト宗教度が矢鱈高い(同じ漫画の読者同士である筈なのに滅茶苦茶近付き難い)』とか言われてたよね?(※…他部界隈は、割と、気さくだから、尚更……)。
…某マイナージャンル漫画民達には、本当に申し訳無い。…もう(※生理的にも)無理。…完全に熱が冷めた所か、意図的に、あの漫画的な物をバンバン本能的に避け始めてる(※…余りにも、カルト儲染みてる界隈の者を思い出すので)。其の上、アレルギー反応が出る迄に……自分でも怖い……(震え声)。
…「…ooって?(ooには作品名が入る)」、と訊かれて、「…ああ!其れって、界隈自体がカルト宗教化してて、其処の界隈住人達が過激派狂信者化してる所?(※遠い目)。」…だなんて答えられたら、YGOとか規模が大きくて世界的に支持されてる所でも無いと、もう、閉じコンでオワコンだぞ()
…『自分で自分の首を絞めるのが好き(しかし其の当事者達には自覚が無い)』だとか、何時かあの界隈、(※開発者の社員を含めた)集団自殺オフ会でも開くんじゃないの?(※…でも、其処迄の度胸なんて無い、腰抜け共の集まりだから矢張り無いか)。
…某あのジャンプ黄金期に連載されて居たマイナー時代錯誤の私塾バトル漫画界隈も漫画界隈屈指のムラ社会だったな(※…四六時中、マウンティング取るしか能の無いおじさん、おばさんで溢れてた。 ※…新規さんと若輩は、其んな御年配の方々を優しい振りして要介護老人感覚で見てるだけと言う……)。
…そりゃ、マイナージャンルの閉鎖的ムラ社会に耐え切れない人は、兎に角、メジャージャンル行くよな(※…其うして、マイナージャンル全体で自分の首を自らで絞めて行く……と言う)。
…マイナージャンル民は、きめつとかじゅじゅつとかミリ系とかのデカくて広くて人が居て人気のジャンルに其処迄深い興味が無いから、「…自分の縄張りだけ、守り切れれば良い(迫真)。」だなんて言う『縄張り争い(※マウント行為)』…に終始出来るんだと思う(※…其うだね、公式ごと潰れて?)。
…何故、マイナージャンルに、卑屈で陰鬱な人、自己中心的な屑とか精神的に全然健康じゃない人が多いかと言うと、メジャージャンルでは彼等のしたい事(自分だけが良い気になりたい)が出来ないから(※…或いは、メジャージャンルでの付き合いやら小競り合いやら界隈の目、重圧に耐えられない)。
…個人的な経験を踏まえても、『マイナージャンル民=夜郎自大(※身の程を弁えられない身の程知らず)』…と考えて宜しいです(…其の上、最悪の場合、公式の時点で其う)。
…実は、古参のマイナージャンル民が一番嫌うのは、『マナーのなって居ない新規さん・(所謂)にわか・ミーハー・冷やかし勢(※此れ等の人種はメジャージャンルでも嫌われるが)』では無く、『実力者、及び、縄張り争い、占領の天才(縄張り争い方面で脅威となる存在)』です(※本当です)。
…特に、好きな嫁推し、作品・コンテンツ・ジャンルが無い、居ない人は、歴史(創作)か軍事趣味(ミリタリー)方面に行けば良いと思います(※…現に、ある程度私が其うですから)。
…単に界隈の者に対して、マウンティングしかせず、イキリ散らすだけの莫迦は、最終的に界隈から逃亡する(※…其う言う、おじさん、おばさんは、非常に多い)。
…マイナー格ゲー名物:『初狩りおじさん(又の名を害悪)』。
…つか、常に自分は公式より上の存在だと思いたいオタクは二次創作と商業作品に向いてない。同人厨かうちの子厨になった方が幸せになれる(※…結局が、自分は公式より偉いし有能だ!等とイキりたいだけ ※所謂『汚客様』)。
…『マイナージャンルから人が去っただけで御通夜(※住民あるあるww)』……だなんて、其れは、自分達に友好的で都合の良い人に対しての場合だけで、其うじゃない場合は完全無視です、完全無視(※…何方と言うと、田舎・女社会特有の陰湿ないじめの構図)。
…此れだから、結果、マイナージャンル民は、最終的にも、自分達で自分達の首を絞めて行く事しか出来て居ないのです(…しかし、当人達的には、自分達にとって居心地の良い居場所を守る為に『仕方無く』して居る)。…皆様騙され無いで(※…基本的にマイナージャンルは、何処も陰湿なムラ社会です)。
…本当に、あの人達は、今ドキ・定番・メジャージャンルに馴染めない爪弾き者の集まりなんやなって思う(※ >マイナージャンル民)。
…と言うより、マイナージャンル民の陰湿さと卑屈さに耐えられなくて、結局、メジャーな人気ジャンルに鞍替えして、其処で、沢山の仲間と幸福を得て楽しくやってる人なんて幾らでも知ってます筆者(※マイナージャンル民が嫌がる事実)。
…ドマイナーな 推しを私物化 縄張り化 此れやられると冷めるんだよね(其うやって、熱が冷めた所か嫌いになったジャンル沢山ある)。 #第一回メンヘラ川柳大賞
…筆者がメジャージャンルとか人がいるジャンルとの関わりを予め持って置くのは、マイナージャンルの民が、ネタを漁りにストーカー(乞食とも言う)して来るのが気持ち悪くて其れから逃げる為でもある(正直本当に気持ち悪いです>< 此方来んな)。
…『マイナージャンル民=陰湿』みたいに言われるのは、筆者みたいな、其のジャンルに関わってくれる(上に、生産的な)人が(奇跡的にも)現れたら(其の人が、其のジャンルから離れようとも)地獄の果て迄も追い駆け続けるストーカー気質にあると思うよ(キモいから二度と来ないで下さい)。
…普通じゃない(各方面に配慮しまくった言い方)おばさん(とおじさん)が居過ぎて嫌いになった(北斗漢塾)。
…其のジャンルには帰りません……成仏してください……(某方々へ)。
…各マイナージャンル民から、筆者は、『炊き出しおばさん(或いは御菓子散蒔き進駐軍)』だとしか思われて無い。如何せ(…結局、全部無駄骨だ)。
…其の理屈で行くと、確実に、マイナージャンルは、肉体を持った底辺レベル霊の巣窟なんだけど……(※身に覚えがあり過ぎた)。
…マイナージャンル民に同情すると、付き纏われます(※人生訓)。
…昔から思ってたけど、マイナージャンルの民は、御仕事募集中絵師(文字書き)を札束で叩いて描かせる(書かせる)なんて、基本、しないよね?…推しに掛ける金も無い程貧乏なのかな?…或いは、推しへの愛と熱意も自ら進んで金を出す程では無いんだろうか(…兎に角、札束で叩けばいいのに)?
…ブレア御嬢様旧コス実装希望運動の人達もそうだけど、金欠だから頼まないのか、プロに頼む程の愛も熱意も無いからなのか、嫁推し(此の場合ブレア御嬢様)に金掛けないよね(ゲームすら買って無いし)?…だけど、その他方で、軽率に嫁推しへホイホイ大金投げまくる人達が居る訳で……(遠い目)。
…当の本人達には、如何でも良い事かもしれないけれど、『マイナージャンル界隈=ジャンルと嫁推しに金掛けたく無い人達の集まり(…其の代わり、経済が回らないから停滞してる)』だって思われてるよ(…普段から、嫁推しに金掛けまくる、人気ジャンルの人達から)。
…世の『うちの子厨(…版権作品の擬人化をうちの子扱いしてる莫迦共は論外とする)』が増長し易い理由は、矢張り、『うちの子は無料(タダ)、金が掛からない(寄って、暴れ放題)』…と言う側面も強いと思う(…先ず、オタクに付き物の自ジャンル、嫁推しへの経済概念が通用しない)。
…マイナージャンル民は全然自覚してないけど、界隈が仲良い理由は殆ど『利害の一致(打算)』でしか無くて、其れ以上の絆なんて実はまやかしだったりするんだよね(…だから、マイナージャンル民は、いざと言う時程、軋轢激化するし、揉めるし、仲間割れする。本当に、其れ以上の絆があるなら逆)。
…兎に角、全然人が居ないマイナージャンルにハマってる(※自称)同人女の「…兎に角自ジャンルの作品増えろ!!何でこんなに無いの?!少ないの?!(※今日もタグ検索してみたけど作品数ずっと一桁!!)。」とか言い出すの、個人的に、『乞食しぐさ(※まんま)』…��て呼んでるから(※遠目)。
…と言うか、マイナージャンル同人民がよくする『乞食しぐさ(※例:…自ジャンル作品、少しでも、良いから、増えろ〜!!)』は、「…自ジャンルが如何にマイナーで人が居なくて過疎ってるかを、自ジャンルを全然知らない皆様に御紹介!!(※自虐ネタ)」的な所があるので仕方無い(※暗黒微笑)。
…。
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『万引き家族』の感想
今回は是枝裕和監督の『万引き家族』。カンヌのパルム・ドール受賞ってこともあってミーハー心をくすぐられたオレはさっそく先行上映で観にいきました(1回鑑賞)。 自分の是枝チェック度というと、『空気人形』『そして父になる』『海街diary』『三度目の殺人』は観てて、どれもそこそこ好きって感じです。 で、この『万引き家族』なんですけど、役者さんの演技もいいし、映像もいいし、いつもどおりの抑制の効いた感じというか、ジリジリするあの感じも好きで、良い作品…のような匂いはする…、と思いつつも、なんだか腑に落ちないところがいろいろあるなぁ、って感じで(これは『三度目の殺人』でも似た印象)、観終わった後あれこれ考えれば考えるほど、不満が出てくるという(よくある)タイプの映画。 なので、軽く褒めつつも、そのひっかかるところを消化してみようと思ったしだいです。書いてるうちに考えがまとまることってあるからね。
▽いちおう軽いあらすじと人物/キャストおさらい 東京の下町の超ボロボロの家に暮らすとある底辺一家。おばあちゃんの年金と、わずかの労働、そして万引きによる食料・日用品の調達による合わせ技で暮らしていた。ある日、近所の団地の廊下で部屋から締め出されている幼い女の子をみかねて連れ帰ってしまうが…。 ・おばあちゃん 初枝/樹木希林 ・治/リリー・フランキー ・治の“妻” 信代/安藤サクラ ・信代の妹 亜紀/松岡茉優 ・治の“息子” 祥太/城桧吏 ・連れてきた女の子 じゅり/佐々木みゆ
▼家のよさ 劇中で一家が身を寄せ合って暮らすガチでボロボロの家。映画を観ながら「このガチで汚ぇ感じは美術スタッフのエイジグじゃなくてガチかな」と思ったら、やっぱりスタッフが都内で探し当てたガチのボロボロの家だそうです。セットじゃない、と。このちょうどいい家が見つかったってのが、この映画の見た目的な部分での成功に大いなる貢献をしてるし、「こんな家入ったら絶対���ちゃめちゃ臭そうだな」っていう、ふすまの汚さ、風呂の汚さ。うっそうとした庭木が秘密の家庭を隠している感じ。どれも良好。なんというか、こんなボロ汚い家が都内にまだ残ってるし、「空き家問題」なんてものありますけど、そういう日本が抱えてる、まだ解決し切れてない負の遺産みたなのの象徴っつーか、それを映画のセットとして実際に使うことができたってこと自体がひとつ象徴的な出来事みたいにも思えます。
▼で、演技の良さ なんといっても、保護された女の子「ゆり/じゅり/りん」役の佐々木みゆちゃんの、あのなんとも言えない“顔”の感じがめっちゃ良いですよね。あと、髪型も。「マジでどこかで拾ってきたのか!」という感じもある。みゆちゃん最高です。めちゃめちゃかわいい。 あと、ババア役の樹木希林。入れ歯ナシモードでの参戦ということで、マジでいつもより数倍老けて見えるし、目つきのヤバみもいつもよりも数段上って感じで、観てて本当に「マジでボケてて、マジですぐ死にそうだな!」という感じ。観る前は「映画でババア出てくるときは全部樹木希林かよ、またかよ」って正直思っちゃったところもあったけど、観終わったあとでは「ババアの完成形だな!」というよくわからない感想を抱きました。(それでもやっぱりまたかよ感はあるんですけど…) あと、安藤サクラ。劇中で、警察との会話シーンとか、クリーニング屋の同僚に「バラすぞ」の話をされるときとか、カメラが真っ正面から安藤サクラを捉えて、とてもデリケートで説得力のある芝居をしなきゃいけないシーンを、ちゃんとやってて(当たり前だけど)、素直に、うーんよくやり遂げたなぁ、えらいなぁと思いました。“リアル”と言っていいのかわからないけど、是枝映画全体の雰囲気からして、そこいらの映画とは一線を画した、生々しくてジリジリする演技をしなきゃならないわけで、それをちゃんと受け止めてやり遂げられる役者さんってことで、すごいなと思いました。 あと、池脇千鶴の太り具合がよかったです。
▼で、けっきょくイマイチ じゃあ自分的にいい映画だったのかと言われると、やっぱりイマイチだと思ってて、それは、けっきょく何が言いたいのか、なにを提示したかったのかがボンヤリしてる印象があるから。『そして父になる』の方がまだ明確でよく伝わってくるものがあったのに対して、この映画って、なんだろう、「万引きはいけません」ってことが言いたいわけじゃないでしょう?「罪でつながる家族があってもいいじゃないか」という方面のメッセージを伝いたい部分もあるのかもしれないけど、そんな気持を喚起させるような描写、つまり、観客が罪を重ねる登場人物たちに“同情”する、まさに“情状酌量”する部分がちゃんと伝わってこないからだと思うんです。あの境遇に追い込まれる不可抗力の感じが伝わってこない。 そもそも、あの夫婦(実際には夫婦じゃないけど)の子ども「祥太」は、自分が理解した範囲だと、 「ある日、パチンコ屋の車を車上荒らししたら、中に幼子が放置されているのを発見。子どもが居ることを知らせると自分が車上荒らししたことがバレるし、治と信代は、子どもが欲しいけど子どもができない状態なので、つい連れてきてしまった」 ということだと思ってます(違ってたらごめんなさい)。 ある程度はその心情もわかります。車に放置するような親のとこにいるよりもマシだろう、って言い訳なんですけど、それはそれで誘拐だし、もっと不可抗力的な状況で二人が追い詰められているなら同情の余地はあるんですけど、自ら行った犯罪であるし、むしろ子どもが、夏のパチ屋の駐車場で熱中症で死にかけていたから、というのをひとつの“自分たちへの言い訳”として誘拐を正当化してしまうという心の弱さが発端で、あんな窮屈な暮らしをしているわけで。リリー・フランキー効果もあって、一見そんなに憎めないような存在に描いてはいるけど、実際はほんとうにただのヤバい奴なんですよね。だから、同情の念が起きにくい、と。 「二度目の誘拐」であるじゅりちゃんの保護も、たしかにいっぺん返しに行ったし、じゅりの家庭はネグレクトというかほぼ虐待状態でめちゃくちゃ、それは確かにわかるけど、それも結局、自分たち、とくに信代の側の、子ども欲しい欲(美しく言えば、どうしても捨てきれず、抑えきれない母性)により、リリー・フランキーはけっこう返す気持が強そうだったところを、半ば強引に連れ帰ってきてしまったわけで。 確かに、じゅりちゃん自身も、あの万引き一家の方を選んだってことで、実の親がヒドい場合は別の家庭で生きていくほうが全然マシ、─その辺は『そして父になる』の変奏でもあるんですけど─、それは確かにそうだとは思うんだけど、判断力がちゃんと育ってない子どもへのむちゃくちゃな2択だけで“選んだ”ってことにしちゃうのは、かえってとてつもなくヒドい無責任さの表れであって、だってあのまま育てたとして、じゅりちゃんの将来どうすんの? 信代のセリフで「選んだ絆の方が強いんじゃない?」と言うけど、いや、ただの誘拐なんだし、そんなニコニコしながら爽やかに言うセリフでもないからね…って感じがして。 治と信代がもっとちゃんと育てるならわかるけど、万引きさせて、身分もちゃんと名乗れない状態になって、将来性ゼロじゃないですか。一時避難的に元の虐待家庭から遠ざけたとしても、ただたんに「別の種類の地獄」に変化してるだけでね。それを映画ではなんとなくリリー・フランキーと安藤サクラの人の良さそう感でどうにか取り繕ってるけど、地獄には変わりないからね。そこは結局大人のエゴで振り回してるだけって意味では変わらないんですよね。だから不快に感じる人もきっと多いはず。 じゃあ、万引き一家にある程度の正当性を見いだすための対比として、“じゅりの家庭”がどれくらいヒドいのかについて考えたいんですけど、そのヒドさが映画としてちゃんと伝わってない(自分にはね)という感触があって、虐待受けてるならもっと火傷の跡とかあってもいいし、じゅり家の描写がほっとんどないから、「どう、どのくらいヒドいのか」がそれほどちゃんと伝わってこないんですよね。 そりゃまあ、火傷させたり、冬の日に部屋の外に出しといたりは、ヒドいですよ、でもかといって万引きさせて、犯罪者として今後生きていかせるのもいいのかよってことですよね。そもそも、一度でも児童相談所とか警察に連絡しようと思ったのかよって話。匿名でもいいじゃん連絡は。結局、あの一家を、本当の意味で救うのは、罪をちゃんとかぶることなわけで、警察に捕まってよかったねって話なんですけど、警察、とくに池脇千鶴をちょっと悪い人的に演出するあたり、是枝さんちょっと、印象操作ヒドくない?って思います、率直に。 というわけで、普通は(?)「万引き家族だけど、そんな家族になってしまったのは、いたしかたない状況によるものだし、それを除けば良い面もあるよね。かわいそう。。。」的なふうに受け止める映画なのかなーと思うじゃないですか。でもどうやらそうでもなくて、実は結局、「どっちの家族もクソ」という状況の映画なんですよね。そのくせに、あの一家をどこか一種の楽園的に描いているので、結果として何が言いたいのかよくわからない映画になってしまっている、と。 で、最後にこの万引き一家を破壊するのが、祥太くん。この映画の唯一の希望というか、本人曰く「わざと捕まった」ことで、万引き一家のすべてを崩壊させた、ラピュタで言うところの「バルス!」効果を発動させた男の子で、このコの存在がこの映画のキモというか、唯一腐りきっていないのは、ピュアな子ども。しかも、妹のような存在ができたことで、いつも自分がしている万引きという犯罪行為をちゃんと客体化して見ることができて(駄菓子屋のおじちゃんのこともあって)、それにより、このままじゃいけないって思ってくれたっていう、救いのあるヤツ。ちゃんと更生していい大人になって欲しい。 この「唯一正気なのが若いコドモ」ってあたりは、昨今の日大アメフト問題なんかがどうしてもオーバーラップしちゃって、結局大人はダメダメな人ばっかりだし、そんな中、若い人のピュアさが結局世の中を浄化していくんだっていう点が、僕がこの映画をみて唯一しっくり来たメッセージです。でも、だからこそ、映画よりも現実の方がわかりやすく善悪がわかれてたりするんだなぁって思っちゃって、よく映画とかでは「善悪はそんなに簡単にわけられないんだっ!」みたいなことを言いたがるけど、いや、現実の方がわかりやすく、ダメなやつはダメというか、日大の広報とか、紀州のドンファンの嫁さんとか、ものすごくわかりやすい漫画���ぽいキャラじゃないですか、なんてことを最近のニュースを見て思います。映画という創作物の方がそれに負けてる。
▼「わざと捕まった」? …えと、でもこの祥太の「わざと捕まった」ってセリフも受け取り方がちょっと微妙なのがくせ者で…、捕まって家族に転換点を与えるのが最初から目的だった…、という解釈が基本ではあるんだけど、だとしたら、店を出てすぐに捕まってもよかったはずだし、わざわざ橋?から落ちて足をケガする意味がよくわからなくなってくる。じゃあ、「じゅりちゃんを庇うためにわざと」という限定的な意味に受け取るのだとすると今度は、治たち家族のことを本当に考えて、“コレではいけないと思ってワザと”捕まったっていう解釈で生まれる「美談の度合い」が弱くなってしまう、と。んー、どの段階でわざと捕まろうと思ったんだろう? じゅりを庇うためにとっさに店員の気を引いたのは確かだと思うけど、あんだけ疾走して逃げるんだから、その段階では逃げる気マンマンだったはずだし、ケガ覚悟で飛び降りたんだから、本当に最後まで逃げ切るつもりだったのかもしれない、ってことは、「わざと捕まった」っていう語りそのものが、治に反省をうながすためのウソなのかい?っていう風にも、考えることができちゃうし…、結局、是枝監督の見せ方が、ちょっと曖昧なために、なにをどう感動していいのかよく伝わりきらずにぼんやりしちゃってるところがあるんじゃないですか、っていう感想なのです。
▼お前はそれでも万引きのプロか そもそも、ディテールに対してのツッコミとして、まず生活の一部になってるぐらい万引を日常的にやっている“プロ”の万引き犯なら、万引きする前にあんなジェスチャーしない、と。これは観た人全員不自然に思うんじゃないかなー。あの指回しをしておでこに手をチョンってやるおまじないみたいな仕草ね。アレなに? 監督の配慮として「これから万引きしますよ~」っていうのを観客に周知するための装置なのかなんなのか知りませんけど、なんかすげー余計なことをやってしまったなって感じする。なくても別に映画としては成立するはずだし。店員の目を盗んで一瞬でヤらなきゃいけないことなのに、あれで3秒ぐらいムダにしてるし、万が一、人に見られてたら余計に不自然だし。映画全体がある程度リアルに、生々しく撮られているだけあって、そこだけ妙に浮いたムダな装置だなって感じ。あれで万引きシーンの緊迫感が削がれてると思う。もっともっと自然にササッと盗む方が、「完全にあの罪深い生活が体に染みついてしまっていることの悲しさ」みたいなのが出るんじゃないかという気もあるし。万引を日々行っているという設定のわりに、なぜか慣れてない感じが出ちゃってるし、どっちつかずなんだよ、そこも。
▼ごめん松岡茉優 どうやら松岡茉優のキャラクターは元々、もっとポッチャリしたキャラクターの予定だったようだけど、なんか知らんけど、普通にかわいい松岡茉優になっちゃったみたいです。そこは絶対に普通にちょいデブ(ブス?)のいかにもダメそうな女の子の方が悲哀があって良かったでしょう。ブスでメンヘラだから普通の仕事ちゃんとできないけど、とりあえずJK風俗で働いてます、根はすごくおばあちゃんコで優しいです、って方がよかったのになああああ。日和��たな。代わりのちょうどいい太めの女優が思いつかないので、これは無名な女優さんでも全然いいから、もっと哀愁ある女子の方がよかった。松岡茉優って普通にすげーかわいいだけじゃないですか。あの家庭からもわりと浮いた存在になっちゃってるからね。実際のところ。 あと、そのJK風俗に現れる4番さんこと、池松壮亮の描き方の雑さはなによ?具体的なエピソードなどなんもなしで、ただ泣いて「えー、あとは観客が各自に悲しい背景を想像するように」って、さすがに適当すぎる。なんだろう、この『万引き家族』って映画は当然、世の中のいろんな映画とかドラマの監督さんも観るだろうけど、「え!? あの是枝さんが手がけて、その程度でいいの?!ズルくない?!」って絶対に思うはず。意外と適当なところもある映画だな〜という感じ。
▼なにがダメだと思ったかのまとめ 「万引き一家も社会の被害者」と言うのであればその説明が不足だし、 「万引き一家はただの悪い奴」と言うのであればそのわりにポジティブな雰囲気で描きすぎだし、 結局、万引き一家って「そんなに万引きする必要がなさそうな境遇でもあるのに、臆面もなくヘラヘラと罪を重ねすぎ」ている存在って感じで、ただのヤバイやつらにしか思えない、そのくせになんだかいい人そうな雰囲気もある、と。 つまり、 祥太があの一家から抜け出すというクライマックスが観客に喚起できる感情として2つの方向性があって、 (1)クソダメな家族から抜け出せたという、“嬉しさ”のベクトル=観客にとってのカタルシス (2)良い家庭から引き剥がされてしまうという、“悲しさ”のベクトル なんだけど、あの家族は「クソダメ性vs良い人性」という、互いに打ち消しあってしまう要素がうまくミックスもせずにただ並列してるだけなので、(1)と(2)、どちらのベクトルの感情をも高めきることができず中途半端に終わってしまった、という感じです。 で、しかも、その矛盾ぷりが登場人物の実在感も下げていて、映画全体としては説得力がない。せっかくいろんな社会問題へと想いが広がっていきそうな要素を散りばめていながらも実はリアリティ不足で、ただの「是枝的要素を寄せ集めたただの作り話」って感じになっちゃてる印象。 この「(やってることは)悪い人だけど、(根は)良い人」っていうのをちゃんと成立させるためには、「やっている悪いことが、それ以外の選択肢がない、本人たちにとってどうしようもない境遇・不可抗力によるものである」という設定が必要になってくるんですけど、この映画ってそれを感じさせる部分があんまりないんですよね。治も信代ちゃんと仕事探して働けばいいし、じゅりちゃんのことも樹木希林とか民生委員を通じて通報でもすればいい。
▼次は全然違うテーマの映画でおなしゃす よく言えば、是枝さんはテーマが一貫してるってことなんだろうけど、「多様な(家族の)絆」映画ってもう何度もやりすぎって感じがするし「また、樹木希林とリリーさんか…」って内輪で廻してる感じ(福田組かよみたいな)も含めて、是枝さんが自分の過去作の要素を繋ぎ合わせただけみたいにも見えちゃうし。。。カンヌでの評価とは裏腹に、反復とコラージュで作られた惰性のようなものも感じちゃう。そうなると、やっぱりそのコラージュ元である『そして父になる』あたりの方が、作りが純粋なぶん、強度があるというか、自分としては断然、メッセージがちゃんと伝わってくるし、作品としてのまとまり感も高いと思います。なので、次回作はいっぺん全然違う方向性のやつをやってリフレッシュしてほしいっす。 ──────────────────── 『万引き家族』 http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/ 監督・脚本:是枝裕和/撮影:近藤龍人/音楽:細野晴臣 出演: リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林 (C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
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意外に一途なんかもしれん
サノバウィッチをやってて思ったんだけど、自分そう言えば高校の頃部活で居場所なかったなあって。受験で今まで仲良かった友達とも距離置いて、卒業の時は受験失敗してショックとプライドで卒業式の後逃げるように帰った。 そういう自分の事を好きでいてくれる存在に、しかも(実際は問題が色々あるが)人望あって人の上に立つような人にすかれているというこの状況が、と言うか基本的なところはめっちゃ出来てる人からというのが、ヤバいよなって、孤独やったし陰キャやったしオタクやし、そういう自分にあの人がっていうのが破壊力ありすぎるよなあって。しかも初めてのリアルの恋人的な人やし、まあおおよそ甘い雰囲気から遠い(近所の兄ちゃん的な感じがする)が、それにしたってだよなって。元々鈴ちゃんにしろ何にしろ私の気持ちの持ちかたって異常に重たいから、と言うか重くなって当然よなあって。だってありえんもん。 そもそも結構合わない事も多いから長く続く気はしないし、何はともかく私はいわゆるメンヘラだからいつ色んな事がばれるか怖いし、何なら一回フラれてるし、今も好かれてるかどうか知らねえって感じ、会ってる時にうまく喋れないって致命的でしょ、と言うかマジで申し訳ねえ、隣で歩いてるって行為がまず恥ずかしいんだわ、許せ、いや許してくれんのやろうな、まあ仕方ないけど……、いやだからつまりね、こんだけ私が毎日考えてても仕方のない話でしょってそういう逆ギレめいた話。
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最近マジでandymori聞いてる、二年越しにハマってるわけだが、ほぼ全曲好きになる勢いで我ながら草生えたりという感じ。
あとアムカ再燃がバレてから親からのLINEが鬼でもう面倒臭いったらありゃせん、と言うかこれっていわゆる共依存って奴なんじゃねえの? って気がする、そりゃアムカ一��とは言え復活させたんだから当たり前かも知れねえけど……。冷静に見たら文面キモくて笑えねえ。赤ちゃん言葉使う親とかヤバすぎだろ、いや親の事は大切に思ってるんだが……それとこれとは別と言うか……。いやーーーーー然し私のアムカをもし先輩が知ったら親に貰った体粗末にするなとか思いそう、アムカしてた先輩の事軽く馬鹿にしてたし……ああ、無理だなあ。マジでどうでも良い話だけど、どうせバレないように立ち回るし、バレそうになる初夏頃にはフラれてる可能性高いし、そもそも私生きてるのかって思うし。然しまたフラれたら二度目になるんか。つれえなー無理くせえ。 そしてエロゲやってんだけど因幡めぐる可愛すぎて無理、ほんまに可愛い。一生懸命でちょっと喋る系コミュ障なところ好き、それと手をつながれて頭ショートするところキッショい話やけどめちゃくちゃデジャヴやったわ。でもエロゲ(サノバウィッチ)やってるとマジで自分の恋愛経験値の低さを切々と思い知る。それこそ手をつながれてとか高校生レベルなんや……っていや知ってたけどさ……。あと、普通にデートの計画の仕方とかあっそうなのね……ってなる事が多い。いや自分調子乗ってる自覚ある、許せよ、7%の缶酎ハイ飲みながらサノバウィッチやってたんだぞ、今風呂入ってアルコールあらかた抜けたけどさ……。と言うかエロゲやってっとマジで昂奮するね、すげえ昂奮するマジで、エロシーン一個もねえのに女の子が可愛すぎて、後甘酸っぱい展開にわあわあ声が出るわ。なんで手を握るの!? って聞かれて、そりゃお前好きやからに決まっとるやろー!!!って叫んだわ、深夜一時に。いやもう壁が厚い事を祈るばかり……然しこうしとると、本当に自分一人もなかなかに向いとるんちゃう、と言うか一日のやる事終わらせてほうれん草のお浸しと納豆混ぜた奴肴にして缶酎ハイ飲んでシャドバの生放送右ウィンドウに開いて左にエロゲやってる時の至福感マジでヤベえ。現実の何もかもを忘れるってわけじゃ無いけど、もうゴッドという感じ、これで煙草吸ったらマジでヤバイけど胃酸と甘いものの過剰摂取でボロボロになった歯をこれ以上虐める訳にはいかんのよなあ~~って、でも煙草すいて~~あれ味はそんな美味くないと私は感じるんだけど、脳味噌が子どもだから吸っているという行為自体に快楽を見出すんだよな。あとゴム手袋すると見事に指の皮噛まなくなって外すと速攻噛み始めるの我ながら草、ほんま口唇欲求からしとったねんなあって気づいたわ、肌の感触を唇にあてるのが好きやったんやなって、そりゃキス好きの変態にもなりますわ、変態隠して生きていきますけど。人に迷惑をかけないが信条になりつつありますからね。
んでタイトルの事なんやけどさ、まあエロゲやってる以上エッチシーン見たくて進めとる訳やんか。それでめぐるちゃんとのそういうシーンねえかなあと思ってチャプター3の途中まで読んどったんだやけど、そしたら綾地さんのビクンビクンシーンが出てきたわけね、まあエロゲのエロを担うパートですよね、授業中もだえる彼女を連れだしてってさ、シチュエーション的にも昂奮するのは分かるんだよね。たださあ、まず私変な正義振りかざすマンやし馬鹿やから結構そういう事してきた訳じゃん、女の子連れだすとか、別そんな多くないけど普通そんな事する女いねえじゃん分かんねえけど。それ思い起こされてアー恥ずかしー!!!ってなったのと、別に綾地さんそんな好きくなくてめぐるちゃんの方が好きやから、マジであまり昂奮せんかったんよなあ。最序盤に綾地さんの角オナシーン見た時は頭抱えるくらい昂奮したけど、いや二回目だからか? 酒抜けたからか? 別窓でゲーム実況見とったからか? でも一番大きな理由はめぐるちゃんやと思うんだよなあ。だってこの子可愛いんだもん。やけん自分意外に一途なんかなあとか思ったりした。そうであれば良いよね、クズみてえな発言だけど。いや鈴ちゃんの事3年間好きやった時点でそれは分かりきっとるやろって話やけど。
そしてマジでどうでも良いが今日から月のものが始まった。実に二ヵ月ぶりである。いやキショいかもしれんけど、何でこんな事書くかと言えば、ここ一ヵ月マジで精神的に不調だったから。今も別に晴れてるとかいうわけやないんやけど、あれ? どうした? ってレベルでマイナス思考だったり体が動かんかったりした。それで二ヵ月ぶりに始まったわけやろ、もうこれってさ、いわゆるPMSって奴やったんちゃうかっつって。いや自分昔からPMS全然なくて、今もよう分からんのやけどそれ結びつけたくなるよなあって、たくなる、と言うかそうせないかんのかなあって、大半の人結構気にしたりするやろ。
てか双極に加えて生理の事まで考えなあかんって気持ち悪すぎるやろ、人間としての効率悪すぎ、ただでさえつまんねえ人間、ド陰キャクズオタクデブスメンヘラ女のくせにそういうの考えないかんって無理やろ、効率的じゃねえと言うか、やはり死ぬべきなんだよなあという感じ。いやでも本気で思う瞬間、ほんまに縄いつ買おうとか思う時、周りの人に会えなくなる日が来るのかとか思う時、いや自分本当に死ぬんか? と思ったりする、マジで自分死ぬのか? って、矛盾してるんだけどね、死ななきゃいけないって思いながらその実めちゃくちゃ生きたがってる。人間として無駄、生産的な事もせんし人に迷惑もかける人間、でも自分の欲を優先したがってしかもその伝え方がアホみたいに下手くそだから生き辛さがヤバい、その表出として嘔吐とかアムカとか希死念慮が出てるのかもしれんけど、だから何やねんって話、結局医者にその話をしたところでよく寝てくださいって言われるだけにとどまるしな、そんで私が自殺未遂して失敗したら入院させるだけ、お医者さんなんてそんなもんだろうしそれが適切な対応だろうしなあって、躁鬱の鬱に懇切丁寧に対応したところでしゃーないっしょ。ヤバいまた爪噛みよった。と言うかTemplayってバンドええなって思ったけどこれ10年以上前にゆらゆら帝国がやっとったなあと思ってしまう、これが懐古厨という奴か。そして最近また銀杏BOYZ聞いてる、しかも青春時代と漂流教室。黴臭い体育倉庫にセックスの後の汗がこびりつくの箇所のメロディめっちゃ良いんやけど一人の時じゃないと絶対に歌えねえっていう……、と言うかどんな高校なんだよ……。てかこれこの深夜二時前に一人で聞いてると泣きそうになるんだけど、マズいわ、感傷的な気分になったら終わりだよ……。
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別に辛いのは自分だけじゃないと分かっている、大丈夫そうなあの人だって裏では凄い苦しんでるかもしれない。そうやったら本当に可哀想やし何とかしたいけどでも自分にできることなんて限られてるというかないし、傍にいる事くらいなら出来るけど、そんな事望まれてないって分かってる。そして辛いのは自分だけじゃないという事実が、自分の辛さを軽減してくれるわけじゃない。辛い辛いって書くといや全然辛くないけど、って言いたくなるけど、事実そんなに辛くないけど(少なくとも今は)。結局こんな自分を抱えたままずっと生きていけるんかな? って単純に疑問に思う。ストレス耐性が異常になくて、一回あった事を何度も脳内で反芻して、人を信じる事が出来なくて、と言うか人に対してかなり依存して、理想と現実のギャップが見えてなくて、テンションが高い時は人にずっと喋っていられるしネット上で新しい事突発的に始めたり金遣い若干荒くなったり(とか今書いてるけど実際自分の高い時の特徴あんまり自分で分かってない、取り敢えず毎日1万歩は歩いてたのは健康に良かった)するけど、低い時、つまり今なんだけど結構死ななきゃいけないとか暗い思考に落ちる。その差が自分でキモいと言うか疲れる、母に言ったけど「自分に飽きた」。元々の性格も気持ち悪いし病気も厄介過ぎる。それでよかった事なんてないやろ。そも病気かどうか分かんねえけど、でもそんならそれで自分気持ち悪いわ、自分から解放してくれって思うわ。死は救済~~~ってか。何言ってんだろうね。
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230905 EXTRA
人間関係の濃度ひたすら高めていくと「感情の遊園地」が出来上がる。
「正の感情の遊園地」と「負の感情の遊園地」があり、後者の方が安価に作れる為WEBにはその手の遊園地が乱立してる。
正負どちらに転んでも濃い感情のやり取りというものは興奮するし面白い。一段落ついた時の「爽快感」もある。
ただ、スコア競うタイプの遊具で遊んで敗けるとしばらく気分悪くなる。でも、やっぱりまた遊んじゃうのだ。
「メンヘラは存在自体が遊園地」である。
負の遊具に強制的に乗せようとしてくる悪虐ピエロか着ぐるみだ。
遊具はどれも富士急のコースターなみにアグレッシブで暴力的だが慣れてくれば撮影スポットで髪型乱さず決め顔キメて乗れるようになる。
そん時に思うんだ。自分ってすっかりここの「住人」だな、と。
もはやこの遊園地は自分の庭だ、と。
脅かしスポットを把握し尽くしたおばけ屋敷。おばけ役のアクターともすっかり顔なじみだ。全アトラクションとその運営スタッフ愛せる。
私は人間が作る「負の感情の遊園地」を愛している。
年パス買って通いまくってる。
楽しいよ。
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