#耳付き無垢板テーブル
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古材調達@リビセン
先週は金曜日から軽井沢へ。北軽井沢の山荘の現場は、2月末から木製サッシュの取り付けが進み、ぐっと家らしくなっています。
前の週の現場は2月の大雪の時より雪深くなっていました。20cmの雪が2回降ったとのことで、現場の雪かきも大変なことです。金曜日、浅間山も真っ白でした。
1週間で、内部の羽目板が着々と進んでいました。
打合せ事項が満載ですが、金曜はまず電気屋さんとの打合せ。「もう施工してしまった」という箇所があるなかで、その場でより良い方法を考え指示を出す形で決定していきます
そして翌日土曜日、今回のメインイベント、「土に還る家にし��い」という命題のもと、これまで3回ほど訪れたリビルディングセンター、いよいよ現実的が古材調達へ。昨年の5月、11月に続き、3度目の訪問。
今までは、古材をどう使うかお施主様とのイメージ共有のための訪問でしたが、今回は材を購入する最終段階。前回、このブログでもご紹介しましたが(『リビセン再び、上諏訪へ』)リビセンデザインの周辺施設を見学し、頭の中で設計図を描いたものの、いざ、古材置き場に立つと、どう選んで、どう使えばいいのやら。。。
というわけで、スタッフの方に頼りま��。
耳のついた無垢材を洗面カウンターに使いたい、とか、固定棚に使いたいということを伝えると『詳しい工場スタッフを呼んできます』と登場したナカジマさん。この日、たまたま作業場からこちらに来ていたとのことで、アドバイスをもらいながら、たくさんの材の中から寸法がとれそうなものを物色。お施主様とは写真でイメージを共有していたものの、いざたくさんの古材を前に、仕上がりのイメージが掴めないのでは?
というわけで、近隣の施設の見学へ向かうことにしました。ちょうどオープンしたばかりという麻婆豆腐屋さんがあるというので、ランチを兼ねて向かった先がこちら。
4軒長屋を改修したという複合スペース『ポータリー』、街の中にふいにあらわれる広いデッキスペースが素敵です。
中の様子。
細い廊下の途中には2階への階段が。デザイン事務所などが入っているとのこと。
麻婆豆腐屋さんに入り、お店のテーブルや棚、
共用部の洗面を見たりして、お施主様とイメージを共有しつつ、
美味しい麻婆豆腐をいただきました。
昨年から、自分の事務所も兼ねたシェアスペースとなる場を探し中ですが、外部空間が共有の場として充実しているのが、とても理想的な空間でした。戻って調べて見たら、リノベ前の様子を発見しました。(web komachiさんより)
こうも素敵に変身を遂げる技量にひたすら感心する。。。
その後、ambirdさんに立ち寄って内部を見せてもらい、fumiさんでお茶しながら打ち合わせをして、リビセンに戻り、再びナカジマさんに頼る。たくさんの材の中から探し出すのも一苦労、ポータリーの棚はどんな材はどんな材か、などとたずね、色々とよさそうな材を探し出してくれた中からお施主様が最終決定へ。
洗面や固定棚などの造作材を決定したあとは、テーブルとキッチン作業カウンターの材探しに移ります。リビセン店内にある、ワークショップで製作できるテーブルを参考に、
再び古材売り場へ、ナカジマさんに力を貸していただきながら、実際に並べてみて、作り方の相談にものっていただく。
パッチワーク材もセレクト。
適当な材に出会えなかったら通常の形で作る、ということで進めていた今回の古材利用。古材が素敵に活きる空間に仕上げられるか、使いあぐねそうなプレッシャーもありましたが、心強いアドバイスのおかげで具体的な作り方を頭に浮かべながら、リビセンをあとにしました。
軽井沢と諏訪の途中には中山道の最高地点の和田峠があります。新道側を超えるもののなかなかのカーブ道ありの2時間弱の長い道のり、長野県広いですね。東御の道の駅での休憩時、いつもと逆側の黒斑山側からの夕暮れの浅間山がきれいでした。
翌日曜日は、お施主様と共にリビセンで入手した資材の搬入と、現場の進捗確認や、家具製作の打合せへと続きます。
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14年前に作られたM様邸のテーブルが、新たにベンチとして生まれ変わり、先に制作されたクリの耳付きテーブルとともにまたM家の歴史を刻むこととなりました。無垢板ならでは再利用です。
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相談がある──たとえば
勇利がサンクトペテルブルクへ渡るときまってから、ヴィクトルの態度はどんどん親密になっていった。もともと親しげで愛情深かったのがさらに増し、濃密に、色濃く、勇利がとろけてしまいそうなくらいに甘くなった。時には勇利が赤くなって何も言えなくなるようなことさえささやいたし、それはひんぱんなことだった。最後に会ったとき、ヴィクトルはこんなふうだった。 「勇利、今日を終えたら、もうしばらく会えないんだね。もちろんわかってるさ。『しばらく』はほんのすこしのあいだだ。騒ぎ立てるほどじゃない。でも���にとってはたった一日でも永遠のようなんだ。俺の気持ちがわかるかい? 離れたくないな。離れないわけにはいかないけど、離れたくない。ああ、勇利をこのまま連れ去ってしまえたらいいのに。そうできたら俺はどんなに幸福か知れない。せめて勇利、今夜……」 彼はそこで言葉を切り、勇利をじっとみつめた。青い瞳は熱く、せつなく、熱愛にみちており、勇利だけを映していた。すこし見られただけでも勇利はしびれてしまいそうだったし、実際、のぼせ上がってわけがわからなくなった。それくらい、ヴィクトルのまなざしには威力があった。どきどきしたし、もっと言うと──ヴィクトルの目には、勇利の深いところへ入ってくるような熱狂的なものがあった。ヴィクトルの腕は勇利を抱きしめて、手つきは紳士的で、優しく勇利の身体を撫でているだけだった。にもかかわらず、勇利はぞくぞくするような何かを感じた。おかしなことかもしれないけれど──恥ずかしいのだけれど、勇利は、その紳士的な手にいまにも服を脱がされそうな、そしてそのまま彼のものにされてしまいそうな、そんな気がしたのだ。 「勇利……」 ヴィクトルが低くつぶやいた。その声もたまらなかった。聞いたことのない声音だった。求められているようで、勇利はくらくらした。彼が望むなら何もかも捧げてもいい……。勇利はそんなことを考え、覚悟をきめた。 「俺は……」 ヴィクトルが勇利に顔を近づけた。キスされる……。勇利は甘くせつない想いで胸がいっぱいになり、まぶたをほそめてくちびるをわずかにひらいた。ヴィクトルがゆっくりとくちびるを寄せ──、しかし彼はふいに勇利をきつく抱きしめると、髪に頬を当てて大きく息をついた。 「……いや、やめておこう。いましてしまうと本当に我慢できなくなる。俺はこのまま勇利をロシアへ連れ去ってしまうだろう」 勇利は早鐘のように打つ鼓動に翻弄されながら、頬をまっかにしてその熱っぽい告白を聞いていた。 「離れられなくなる。苦しくてね……。ここまで耐えたんだから、あとすこしくらい、忍耐しないといけないね……」 ヴィクトルは苦笑を浮かべ、勇利に額をこつんとくっつけた。 「ああ、けど、やっぱり離れがたいよ。勇利、どうして俺と一緒にロシアへ来ないんだ? くそ、つらいな……」 ヴィクトルは溜息をついたあと、真剣な顔で勇利をみつめ、誠実な口ぶりでささやいた。 「いまは耐えるよ。我慢する。でもいいかい、勇利、おまえがロシアへ来たら……そのときは……」 そう言われたときの青い目をいまもおぼえている。思い浮かべるだけで勇利はぞくぞくしてしまう。ヴィクトルはあきらかに本気で、勇利を欲し、次に会えたときは特別なことをするつもりのようだった。勇利にこころをきめて来るようにと言っていた。そう……。 「ヴィクトル、おかえり」 「ただいま。練���はどうだった?」 「うん、順調。いろいろ注意はされるけど、基礎的なことは固まってるから、まずまずって雰囲気だよ」 「そうだろう? 勇利の今後の方針は、何度も何度もトレーナーに言っておいたんだ。俺の意図をくんでくれてるはずだよ。心配いらない。もっとも、勇利は俺にも口答えしてくるから、そういう意味ではトレーナーのほうがやりづらいかもしれないけどね」 「失礼だな。ぼくは普段はヴィクトルの言うことをちゃんと聞いてるし、トレーナーにも逆らったりしないよ」 「どうかな……。勇利は好きにやっちゃうよね、マッカチン」 「マッカチンを味方にしないで」 ロシアでのヴィクトルとの暮らしは、まったくとどこおりなかった。ヴィクトルはリンクにいたり、広報的な活動で留守にしたりする。それは最初からわかっていたことだし、勇利に不満はなかった。かえって、忙しいのにできるだけ勇利のためにクラブに行こうとするから、すこしはやすんで欲しいと言いたくなるくらいだ。夜もこうして、仕事を終えればいそいそと帰ってくる。勇利があまりよくない腕前でつくった夕食を食べてにこにこしている。 「今日は取材だったよ。勇利の好きそうな内容だ。本になるんじゃなくてネットに記事が出るから、公開されたら教えてあげる。ロシア語だけどね」 「がんばって訳す!」 勇利が目を輝かせると、ヴィクトルはうれしそうにうなずく。「お風呂に入っちゃって」とうながせば、「勇利の入れてくれたお風呂!」と妙な喜び方をして浴室へ走っていく。寝るときも勇利の髪にキスして、「おやすみ、勇利」といとおしそうにささやく。 ヴィクトルは優しい。とても優しい。このうえもなく。だが……。 あれはまぼろしだったのかもしれない。 勇利はヴィクトルのあのときの瞳を思い出すと、そんなふうに思うようになった。あるいは勇利の思い違いだったのだ。離れるのがつらいものだから、ヴィクトルもそうだろうと想像して、勝手に彼の像をつくり上げたに過ぎないのだ。 あのとき、勇利は、ロシアへ行けば──ヴィクトルと一緒に暮らすようになれば、何か特別なことが起こるのだと思っていた。はっきりいえば、セックスをするのだと思っていた。ヴィクトルに抱かれるのだろうと考え、赤くなったり慌てたりして、ひとりで気恥ずかしく感じていた。えっちってどうなんだろう、どんな感じなんだろう、ぼく大丈夫かな、と心配することもあった。ヴィクトルがあきれないようにしなくちゃ、変なことはしないようにしなくちゃ、と自分を戒めたりもした。勇利はそういう経験がなかった。初めてだからヴィクトルはつまらないかもしれないと不安で、そういうときの作法を勉強すべきだろうかと悩みもした。大丈夫、ヴィクトルは優しいし、愛してくれているから、きっとしあわせな時間になるだろうとどきどきしていた。しかし……。 ヴィクトルは、勇利に何もしなかった。 いまだに指一本ふれていなかった。 ロシアへ来た最初の日は、勇利の疲労を気遣ってくれているのだろうと思った。覚悟をきめていた勇利は拍子抜けしたけれど、ヴィクトルの親切に感激した。二日目は、まだいろいろとばたついているからこんなものかもしれないと考えた。それからしばらくのあいだは、ロシアに慣れてないし……と納得していた。落ち着いたらきっと寝室へ連れていかれるのだと想像していた。どうしよう、恥ずかしい、どきどき……とひとりベッドの中で照れていた。 だが、ロシアになじんだいまとなっても、ヴィクトルは勇利に何もしない。まったく、そんなそぶりさえ見せない。頭の中に性的なことなんてすこしもなさそうだ。実際ないのだろう。 勇利は、ひとりで騒いでいた自分にあきれてしまった。なんてばかだったのだろう。妄想で浮かれて、心配して、はしゃいで、ヴィクトルとの仲をきめつけるなんて。ヴィクトルに失礼だ。彼が知ったらきっと大笑いする。想像力がたくましいね、なんてからかわれてしまう。未経験の子ってそうなのかな、などと言われたら立ち直れない。とんだ恥さらしだ。 勇利は溜息をついた。ぼく、ヴィクトルとそういうことがしたかったのかな? そんなつもりじゃなかったんだけど……でも、ヴィクトルがあんなに情熱的にみつめてきたり、ささやいたりするから……それが当たり前のような気がして……、……まあ、ぼくの妄想なんだけど。 この気持ちはヴィクトルに知られるわけにはいかない。絶対に隠し通さなければ。勇利はそう決心した。ロシアではヴィクトルとセックスすることになると思いこんでいたなんて、どうあっても知られたくない。もちろん、勇利が黙ってさえいればよいことだ。勇利はそぶりにそういう気配をあらわしたことはない。ヴィクトルもなんとも思っていないだろう。大丈夫だ。大丈夫なのだが……。 このところ、勇利は気になっていた。ヴィクトルに申し訳ないという思いがあるのだ。ヴィクトルはとにかく、勇利のことを清楚だと思っている。純真で清潔で無垢だと信じているのである。彼は勇利に「エロス」というプログラムを与えたけれど、それも「勇利の性質と正反対だから」というのが理由だ。みんなの心象を外したい、意表をつきたい、驚かせたいという思いからである。つまり、ヴィクトルにとって、勇利は「エロス」の対局にいる存在なのだ。 ところがその勇利は、ヴィクトルと一緒に暮らせば彼に抱かれるのだと思いこんでいた。ヴィクトルの想像とまったくちがうことを考えていたのである。勇利がヴィクトルに申し訳なく感じるのはそのせいだ。ぼくはなんていやらしいやつなんだ、と自己嫌悪におちいる。ヴィクトル、ごめん、ぼくってすごくえっちなんだ。そう打ち明けて謝りたくなってくる。もちろんそんなことはできない。貴方に抱かれることを想像していましたなんて口にするわけにはいかない。だが、気になるのである。ヴィクトルにうそをついているように感じる。彼を騙しているのだ。こんなことでよいのだろうか? ヴィクトルに正直なところを告白して謝りたい。だが、ヴィクトルとセックスすることを考えていたなんて知られたくない。ふたつの思いの板挟みで、このところの勇利は大変なのだった。 謝ってすっきりするのは勇利だけで、一緒に住めば抱かれることになると想像していましたなんて打ち明けられたら、ヴィクトルは気味が悪いのではないだろうか。勇利はそういう答えに行き着いた。そんなことを言われるくらいなら騙していて欲しかった、余計なことは言わないで欲しかった──そんなふうにヴィクトルは考えるかもしれない。自分が後ろめたいから謝ってほっとしたいなんて、あまりに身勝手なのではないだろうか。黙っていて欲しかった、知りたくなかった……ヴィクトルがそう感じるくらいなら、このまま口を閉ざしていたほうがよい。だが、結局はそれも、ヴィクトルに本当のことを言いたくない勇利の都合のよい思考なのかもしれない。勇利はおおいに悩んだ。 「あの、ヴィクトル……」 勇利はソファでくつろいでいるヴィクトルのそばへ行くと、隣に腰を下ろし、両手を握り合わせて、思いきって口をひらいた。 「訊きたいことがあるんだけど……」 「ああ、なんだい?」 ヴィクトルはいつもどおり、落ち着いた優しい笑みを浮かべた。こんなに物穏やかなひとがセックスしたがっているなんて、どうして考えてしまったのだろう? それも勇利を抱きたいだなんて。そんなこと、あるわけがないではないか。勇利はひどく反省した。 「たとえば──たとえばの話なんだけど」 「うん?」 「たとえば……、ヴィクトルの生徒が──あっ、じゃなくて……、ヴィクトルにちょっと──けっこう──かなり仲よくしてる相手がいるとして」 「そんな相手、いないよ」 ヴィクトルは可笑しそうに笑った。 「勇利以外にはね」 勇利はどきっとした。 「ぼくじゃなくて!」 彼は声を荒らげ、抗議するように言った。 「だから、たとえばだよ! もしも! いるとしたら! 想像!」 「わかったよ。たとえばだね」 「うん。たとえば、そう……仲のいい相手がいるとして」 「ああ、いるとして?」 「その人が……」 勇利の頬が紅潮した。胸はどきどきと高鳴り、呼吸がすこしみだれた。大丈夫だ。だってたとえ話だから。 「その人が、ヴィクトルが自分を抱きたがってるんだって勝手に思ってるとしたら、ヴィクトルはどう思う?」 ヴィクトルはちょうど紅茶を飲もうとカップを口に当てているところだったけれど、激しく咳きこみ、それをテーブルに戻した。紅茶が口元にかかっていた。 「な──なんだって?」 「だから!」 勇利はまっかになった。 「仲のいい相手がヴィクトルとのえ──えっちを考えてた場合だよ!」 ヴィクトルはティッシュペーパーを取って口元をぬぐいながら、焦ったように勇利を見た。 「いったいどういうこと?」 「そのまんまの意味だよ! 何回も言わせないで!」 「あ、ああ……」 ヴィクトルはうろたえた態度でうなずき、濡れたティッシュペーパーをくず入れに捨てた。 「……仲のいい相手なら……なんていうか……」 「あっ、仲がいいっていっても、ヴィクトルはそんな気がないんだ!」 勇利は慌てて付け加えた。 「ないの!」 「え……?」 「仲はいいんだけど……ヴィクトルはそんなことこれっぽっちも思ってないのに、相手が勝手にそういう気になってるの! ヴィクトルがそのつもりだと勘違いしちゃってるんだ! そんなのって、どう思う?」 「……勇利」 ヴィクトルが急にまじめな顔になった。彼はじっと勇利をみつめた。 「それはつまり、相手は──俺が仲がいい子は、実際──」 「たとえば!」 勇利は声を高くした。 「たとえばだから! たとえ話だから!」 自分のことだと知られてなるものか。勇利は必死で言い張った。 「あ、ああ、たとえ話」 ヴィクトルは幾度かちいさくうなずいた。 「たとえ話……そう、たとえ話だったね……」 「そうだよ。実際にはそんな人はいないんだ。ただ、たとえば、ヴィクトルが仲のいい相手にそんなふうに思われてたらどうだろうっていう話なんだ」 「仲のいい──同居人に?」 「そ、そう」 勇利はさらに甲高い声を出した。 「同居もしてる……かもしれないね」 「そういう子が、俺がその子を抱くつもりだと、そんなふうに思ってるって���とか」 「でもヴィクトルはそうじゃないの。そういう気はないんだ。相手の勘違いなんだよ」 「勘違い……」 ヴィクトルは何か考えこむような顔つきになった。勇利はじれた。 「そういうのってどう思う? 腹が立つ? 謝って欲しい? 黙ってて欲しい?」 「いや……」 ヴィクトルは勇利を見て困ったように答えた。 「腹が立ったりはしないよ。それはなんていうか……その子の自由っていうか……そもそも、それは正し──」 「でもヴィクトルはその相手がそういう性質だなんて、想像もしてないんだよ!」 ヴィクトルが大きく瞬いた。 「……え?」 「ヴィクトルは、その親しい人のことを、清純だと思ってるんだ。きよらかで純真だと信じてるんだよ。だけど本当はすごくいやらしい、えっちなやつなんだ」 「い、いやらしい? えっち?」 「だってヴィクトルがそんなことしてくるかもって想像してるんだから、いやらしくてえっちでしょ」 ヴィクトルはすこしだけ黙った。 「……勇利は、それだけでいやらしいとかえっちとか感じるのか?」 「えっちじゃん」 勇利は怒ったように言った。 「……その想像っていうのはたとえばどんな感じなんだい? 何か具体的に考えてるの?」 「え、ぐ、具体的って……」 具体的ってなんだ? 勇利は赤くなった。 「や、そんな……よくわからないけど……えっちなことされるんだろうなあって……どきどきしてるっていうか……」 「それだけ?」 「それだけってなんだよ」 勇利は口をとがらせた。じゅうぶんにえっちではないか。不満そうな勇利に、ヴィクトルが難しい顔でうつむいた。彼はなにやら小声でぶつぶつ言った。 「勇利……その程度でえっちって……、なんだ……? 純真すぎないか……?」 「なんでもいいから答えてよ!」 勇利は待ちきれず、ヴィクトルに詰め寄った。 「ヴィクトルが清楚だと思ってる親しい相手が、勝手にヴィクトルは自分を抱こうとしてると勘違いしてるんだよ! どう? いや? や、いやなのはいやだろうけど──そういうことはちゃんと言って謝って欲しいって思う? それとも、そんなことは聞きたくない? 言われても困るし、黙ってて欲しいって思う?」 「…………」 「どっち?」 ヴィクトルは口元に手を当てて考えこんだ。勇利は事のなりゆきを緊張して見守った。謝って欲しい、と言われたら素直に打ち明けて謝るつもりだった。反対に、知りたくない、と言われたら、生涯こころに秘め、ヴィクトルに何も悟られないままに生きていくつもりだった。 「……勇利」 ヴィクトルが低く呼んだ。 「は、はい」 勇利はどきっとして瞬いた。ヴィクトルが勇利をまっすぐに見た。 「俺も相談があるんだが……」 「え?」 なに言ってるんだよ! ���くの質問にさきに答えてよ! 勇利は腹が立ったけれど、ヴィクトルは話を続けた。 「もし──たとえばの話なんだが」 「ぼくのたとえ話はどうなったの……」 「たとえば、勇利に仲のいい同居人がいるとして」 「う、うん」 そんなのヴィクトルしかいないけど……。まあたとえばの話なのだろうと勇利はあいまいにうなずいた。 「かなり仲のいい相手だとして」 「うん」 「セックスしてもいいくらい仲がいいとして」 「えっ!」 勇利はどきっとしたうえびっくりし、まっかになった。ヴィクトルが「たとえ話だよ」と注意した。 「あ、ああ、うん……たとえ話……」 「そう、たとえばだ。たとえばそれくらい好きだとして……愛しあっているとして……」 「う、うん」 「でも、事情があってなかなか会えなくて」 「うん……」 「次に会ったらセックスしようと約束していたとして」 「セッ……約……」 「でも会ったとき何もしてこなかったら……、勇利はどう思う?」 「えっ、それは……」 勇利は戸惑った。それは……そんなのは……。 「この意気地なし、腰抜けって思う?」 「そんなふうには思わないけど」 「じゃあどう思う?」 「それは……、えっと、そんな気なかったんだなって……」 まさに「ヴィクトルにはそんな気なかったんだな」と思っている勇利は、そのまま、率直に答えた。もっとも、���ィクトルとは約束までしていたわけではないけれど……。 「でも実際は、その男はその子を抱きたいんだ」 「え?」 「セックスしたいんだ。したくてしたくてたまらないんだ」 ヴィクトルが熱烈な瞳で勇利をみつめた。勇利は、自分がヴィクトルにセックスしたくてたまらないと言われた気がして、耳までまっかになった。 「えっと、よくわからないんだけど……」 勇利は頬に手を当て、ためらいがちにヴィクトルを見た。 「勇利、たとえばだ」 ヴィクトルが真剣な顔で改めて言った。 「たとえば、きみを抱きたいと言った、きみと仲のいい男がいたとする。勇利はそれを信じて待っている。だが、その男は再会しても何もしてこない。きみはあきれ、もういい、したくないならしなくても、と思う。たとえば──たとえばその男の真意が、きみを抱いて嫌われたらどうしようというところにあったら、きみはどう思う?」 嫌われる? なぜ? 勇利にはさっぱりわからなかった。 「その男は、ずっと勇利を抱きたいと思ってきたんだ。きみにめろめろなんだ。だから、再会を心待ちにしていた。だが──あまりにも長く待ちすぎて、もう本当に、おかしくなりそうなんだよ。きみを抱いたらすごいことをしてしまう。それは激しく愛してしまう。きみは初めてだから──」 勇利はどきりとした。何もうろたえることはない。これはたとえ話なのだから。そう思っても、ヴィクトルにこんなふうに性的なことを言われるのは、どうにもたまらなかった。 「……だからきっとびっくりするだろう。経験のない子に荒々しいことなんてできない。それに、そんな強引なことをしたら嫌われてしまう。手を出せない。たとえば──たとえばそんな男がいたとしたら、きみはどうだろう」 「ど、どうって……」 「勇利にものすごいようなことはできない。とりあえず落ち着かなければ。その男はそう考えて、冷静さを取り戻そうとしばらく奮闘している。だが、勇利と一緒に暮らしているんだ。好きな子が目の前にいる。毎日一緒だ。その子はかわいい顔で笑いかけ、話し、純粋な目で男を見ている。男はもうたまらない。セックスしたくて我慢できない。冷静でいようと待ったぶんだけ、もっともっと気持ちが高ぶるんだ。するとさらに勇利をこわがらせてしまう。ますます何もできなくなる。どうすればいいかわからない。勇利は──」 ヴィクトルは息をつき、勇利の顔をのぞきこんでせつなくささやいた。 「……そういう男をどう思う?」 「…………」 な、なんだかやけに生々しい……けれど、そう……これはたとえ話だ。 「……たとえ話なんだよね?」 「そうだ。たとえ話だ。勇利はそんな男のことをどう感じるか聞かせてくれ。その男は、勇利を傷つけてしまいそうでこわいんだ。でも、あきらめきれずに苦しんでいるんだ。勇利を抱くことばかり考えている」 「…………」 「だが、口に出せばそれだけで泣かせてしまうんじゃないかと、そんなふうに悩んで何もできずにいるんだ」 「…………」 勇利はうつむいて指をいじった。たとえばと言われても、とても難しい問題だ。仲がいい相手と言うけれど、ぼんやりとした対象では上手く想像できないし……。 「その……ぼくと仲がいいっていうけど……」 「ああ」 「仲がいいって、どれくらい……?」 勇利はおずおずとヴィクトルを見た。 「ぼくとヴィクトルくらい仲がいいの……?」 ヴィクトルはゆっくりと瞬き、それからかすかな笑みを浮かべてうなずいた。 「そうだ。俺と勇利くらい仲がいい」 「そのひとは、ヴィクトルと同じくらいぼくが好きなの?」 「そうだ。俺と同じくらい勇利が好きだ」 「ぼくは……、ぼくはヴィクトルを好きなのと同じくらい、そのひとが好きなの?」 「そうだよ。俺たちと同じだけ愛しあってるんだ」 「そ、そう……それなら……」 勇利は左右の手をぴたっと合わせ、しばらく黙りこみ、それから顔を上げて照れくさそうにヴィクトルにほほえんだ。 「ぼくは、ヴィクトルにならどんなふうにされてもいいって思うけどな……」 ヴィクトルが目をみひらいた。 「ヴィクトルになら、どうされてもこわくなんてないんだけど」 「…………」 「ヴィクトルとなら……ぼくは……」 勇利はまたぱっとうつむいて赤くなり、口ごもった。 「……でもそれはヴィクトルの場合だからね。ヴィクトルと同じくらい好きな相手なんて存在しないし、だからそんなたとえ話は無意味だよ。たとえばっていうより、ヴィクトルならっていう意味だよ」 勇利はヴィクトルに視線を向け、まっかな顔でほほえんだ。 「ヴィクトルになら……、すごいことされても……いいよ……」 「──勇利」 ヴィクトルが勇利を抱きしめた。勇利は驚いてどきりとし、それからふうっと息をついて力を抜いた。 「勇利……勇利、ごめん……」 「ヴィクトル……どうしたの?」 「本当に……自分でも何をするかわからなくて……」 「何が?」 「勇利をこわがらせるんじゃないかと……」 「ヴィクトル……」 勇利はぱちぱちと瞬き、ヴィクトルのぬくもりにそっと目を閉じた。なんてあたたかいのだろう。なんてよい匂いがするのだろう。 「勇利……好きだ……」 ふたりはそのままぎゅっと抱きあっていた。夢の中にいるようだ。 幸福だった。 「……ヴィクトル……」 勇利はささやいた。 「ぼくの質問に……貴方は答えてないんだけど……」 「…………」 ヴィクトルは身体を離し、勇利のあどけないおもてをみつめて優しく笑った。 「勇利のたとえ話はまちがいだらけだから、答える必要なんてないんだ」 えっちしてしまった……とうとう……。勇利はヴィクトルのベッドで、彼の腕の中、夢うつつだった。えっちってこんな感じなんだ……すごい……なんていうか……あそこにあんなことをされて……いまもなんだかあれこれこうで……恥ずかしいっていうか……。 「……勇利」 ヴィクトルがささやき、勇利の長い前髪を指ですくい上げた。勇利は目を上げて彼を見た。 「ごめん……やっぱり、かなりいろいろしてしまった……」 「そうなの……?」 「大変だっただろう……?」 「大変は大変だったけど……ぼくこれしか知らないから……こういうものなのかなって……」 勇利はちょっと考えこみ、「あっ、だけど」と声を上げて、照れくさそうににこっと笑った。 「確かにこれが標準なら……ヴィクトルと寝るときは大変そうだね……」 言ってから勇利は恥じらって目を伏せた。 「でも、すてきだったけど……」 「ゆ、勇利……」 「たまには手加減してもらえる……?」 斜めにヴィクトルを見てまぶたをほそめると、彼は言葉もない様子で勇利をみつめていた。 「あの、できれば、何がなんだかわからなかったからもうちょっとゆっくりして欲しいし、あと、すこし休憩を長めにとって欲しいし、それから……」 勇利はかーっと赤くなってちいさくつぶやいた。 「もっといっぱいキスして欲しい……」 本当は、もうじゅうぶんにキスはしてもらったのだ。でも、たくさんしてもらったぶんキスが好きになってしまったから、もっともっとしてもらいたいと思った。 「勇利!」 ヴィクトルは我慢できないというように叫び、勇利を抱きしめて熱烈なキスをした。勇利はびっくりしたけれど、けだるい感覚の中で何もかもをヴィクトルにゆだねて受けるくちづけはとても甘美で、目を閉じてされるがままになった。 「勇利……努力するよ……ひとつめはもっとゆっくり……ふたつめは休憩をもっとたくさん……そして……、キスをもっともっといっぱいだね……」 ヴィクトルが勇利と小指をからませた。勇利は恥ずかしい思いをしながらにこにこしてうんうんとうなずいた。 「ところでヴィクトル……」 「なんだい、俺のかわいい勇利……」 勇利はずっと気になっていたことを口にした。 「ぼく気づい��ゃったんだけど……、あれってたとえ話じゃなく、ヴィクトルの気持ちだったんじゃない?」 「おまえはいまごろ何を言ってるんだ」
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【/D】テーブルクロスの下で
AU、モブ×ディーン、モブ視点。8500字くらい
兄弟は少年(S10/D14くらい)。ジョンがいなくなり、里親に引き取られている。わるいソーシャルワーカーとわるい里親に搾取されるディーン。気づかないサム。
以前「誰にもいわないで」という話をアップしましたがあの設定で書きたかった��がコレです。でももう別物です。。
気味の悪い話です。
◇
人の家に招待されるのは慣れているが今回は特別だった。イドリスは今にも吐きそうな気分で塗装のはげたインターフォンに指を伸ばした。何十年も前に取り換え工事をしたのか古い配線がスイッチのすぐ側にぶら下がっている。その黒ずんだスイッチを見ていると腹の具合がますます悪くなる気がする。普段の彼ならこれに触れるくらいなら一晩の飯くらい喜んでキャンセルするだろう。今回は特別なのだ。 ベルが鳴ってすぐに見知った顔が彼を迎えた。この家の家主ではないがイドリスを招待した男だ。人好きのする丸顔。清潔そうな金褐色の口ひげを蓄えた、評判のいいソーシャルワーカーだ。イドリスは常々、恵まれない少年たちに対する彼の情熱と行動力に感心していた。今ではその感心は尊敬の念にまで達している。 「ようこそ。よく来てくれました」 ニックというその男はにこやかに挨拶をして、イドリスの上着と帽子を預かった。コートハンガーにはすでに重そうな上着が数枚かかっていた。イドリスは自分が最後の訪問者になったことに怯んだが、少しほっとした。というのも家の内装が外見といくらも変わらない古ぼけて汚らしいものだったからだ。ドアの前に敷かれたマットなど、うっかり踏もうものなら何百年もの間蓄えた埃と靴裏の糞を巻き上げそうだ。なかなか立派なシャンデリアや装飾額の絵画などもあるが、どれも埃のかぶった蜘蛛の巣に覆われている。長居はしたくない家だ。 ところがダイニングルームに入ると景色が一変した。部屋が明るい。広さはそれほどなく、八人掛けの長テーブルが置かれていてそれででいっぱいの印象だ。着席していた三人の男たちが一斉にこちらを見たので、イドリスはいつも通りの愛想笑いで会釈をして、ニックに示された席に腰を下ろした。清潔でシミひとつ見えない白いテーブルクロスと同じ刺繍をされたカーテンが、通りに面している六角形の窓を外界の視線から守っている。床は椅子が滑りやすい板張りで、埃ひとつ落ちていなかった。まるでここだけが他の家のように美しい。 「ようこそ、校長先生」 上座の男がいった。「アンドリュー・リックスです。あなたをご招待できて光栄です。こちらはアデリ保安官」 左手に座る男が小さく手をあげた。「こちらはキンツル医師」 右手の男が頷いた。 「こちらこそ、ご招待に預かりまことに光栄です」 イドリスは椅子を引き直した。滑りがよくてテーブルに腹がくっつきそうになり、���を踏ん張って少し戻す。向かいの席に座ったニックが自分に声をかけたことを後悔していたらどうしようと思ったが、ちらりと見た彼の顔には、新参者に対する期待と、これからの楽しい時を想像させるような高揚感の色があるだけで、ほっとする。「わ、私は、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この地区の学校の校長をしていまして……」 とつぜん、みんなが笑いだした。イドリスはぎくっとしたが、それは緊張がほどけるような和やかな笑いだった。「いや、いや。あなたのことはよく知っていますよ」 グレーの髪を短く刈った、おそらくはもう六十代になるだろうに、若々しい印象のキンツル医師が手を伸ばしてきた。「イドリス・ウエイクリング校長。私の孫が来年転入予定です。よかったら目をかけていただきたいね」 「ああ、それは、ぜひとも」 あわてて手をつかみ、握手をする。 「私も先生のことはよく存じ上げています。一緒にコンビニ強盗を追いかけたでしょう? 忘れてしまった?」 アデリ保安官にも握手を求められる。ぱりっとしたクリーム色のシャツの肩がはち切れそうな体格の良い男だ。イドリスは日に焼けて皺の深い彼の顔をまじまじと見つめ、もうすいぶんと昔の記憶がよみがえってくるのを感じた。「――ああ! あの時の! あれはあなたでしたか、保安官!」 遠い未知の世界に飛び込んでいくものとばかり思っていたのが、あんがい近しいコミュニティの男たちに歓迎されていると実感し、イドリスの腹の具合はとてもよくなった。 「さて、そろそろ始めましょうか。お互いのことを知るのは食事をしながらでもできますしね」 家主のリックスが手を一度叩いた。「さあ、おいで」 暖炉の影からゆらりと人が現れて初めて、イドリスは少年がずっとそこにいたことに気が付いた。 少年のことは、当然イドリスは知っていた。彼の学校に通う問題児として有名な子だ。イドリスがこの集まりに参加する気になったのも、彼の学校以外の態度に興味があったからだ。 しかし、当の彼を見るまでは、信じられなかった。ソーシャルワーカーのニックは彼を”とても従順”だと評したが、イドリスはそれは自分を不道徳な会へ引きずり込むための方便だとすら思った。学校での彼を見るに、とても”従順に”扱えるとは思えなかった。ニックは彼の舌のテクニックの上手さを声高にセールスしたけれど、イドリスは自分の大事な持ち物を咥えさせるのは不安だった。部下の教員が暴れる彼を抑えようとして二の腕を噛まれ、一か月も包帯を巻いて出勤したことを思うと震えが走る。それでも断らなかったのはこの少年が非常に端整な見目をしているからで、よしんば暴れる彼を押さえつける役として抜擢されたのだとしても、そうして嫌がる彼が弄ばれるのを見ることができれば上々と思ったからだ。 それがどうだ。ここにいる少年は、学校での彼とは別人のようだった。高い襟のボタンを上まで留めてまっすぐに立つ彼は若木の天使のように静かだ。 「ディーン、お前ももう腹がぺこぺこだろう。今日は先生もいらしてる。ご挨拶して、準備にかかりなさい」 「はい、おとうさん」 リックスの言葉に従順に頷くと、なんと彼はそのまま、”おとうさん”と呼んだ者の唇にキスをした。それが終わると、きちんとアイロンのかかったハンカチをズボンのポケットから出して、ていねいに口をぬぐった。そしてまた、今度はリックスの隣に座る保安官に「こんばんは、ようこそ、アデリ保安官」とあいさつすると、白い手で保安官の頬を包み、ちゅっとキスをしたのだった。 唐突に始まったショーに、イドリスはすっかり動揺し、その動揺を表に出さないよう必死に尻の穴を引き締めた。少年ディーンは、順当に隣のニックにもキスしたあと、やはりていねいに口をぬぐい、イドリスの横に立った。 「こんばんは、ようこそ、ウエイクリング校長先生」 「こんばんは」 だれも返事をしなかったのに、とっさに挨拶を返してしまい、まずいのかと思ったが、慌てて周りをみると、みな微笑ましい様子で見守っているだけだった。 「エヘン――」 気恥ずかしさに咳をしていると、するりと手が伸びてきて、頬を少年の手で包まれた。くるなと思った時には、もう柔らかい唇が触れていた。 小さなリップ音とともに唇は離れた。手が離れていくときに親指がやさしくもみあげを撫でていった気がした。イドリスがぼうっとしているあいだにディーンは自分の唇の始末を終え、最後のキンツル医師にも挨拶とキスをした。 最後にディーンは、それまで口をぬぐってきたハンカチで自分の目を覆い、頭の後ろで結んだ。 「さ、それではお楽しみください」 リックスの言葉が合図だったかのように、さっとしゃがむと、ディーンの姿はそれきり消えた。 キンツル医師が親切そうにほほ笑んで家主とイドリスの顔を交互に伺い見る。「アンドリュー、今日は彼は初めてだから……」 「ああ、そうか! ルールを説明しておりませんでしたな。先生、これは実に紳士的でシンプルな約束です。ディーンを呼ぶ時は足を使ってください。届かないからといって、靴を脱いで飛ばすのはなし。ディーンが怪我をしてしまうし、誰かが準備万端のアソコをむき出しにしてたら大変なことになるでしょう?」 ハッハッハッと、陽気に笑う。「基本的には終わるまでディーンはやめませんが、あまり長いと他のみなさんが不満になるので、私のほうで様子を見てやめさせることもあります。今まであったかな、そういうの?」 「ないよ、ない。だって十分だってもたない」 ニックが自分のことのように誇らしげに、自信たっぷりにいう。「ディーンはすごい。今までの子で一番だ。僕らはいまや、彼にすっかり飼いならされてるよ」 「その通りだ」 「たいした子だよ」 医師も保安官も笑い合って頷く。 「だれにもついていないのに、呼んでもすぐに来ないこともある。そういう時、彼は休憩中だから、少し待ってやってくれ」 「あとはサムだ」 「そう、サムだ。校長先生、サムのことは知っていますよね?」 「ああ、ええ。ディーンの弟でしょう。四歳下の。知っていますよ、教員が言っていました。学校でも二人はいつも一緒だそうです」 「サムがこの部屋にいる時は、最中だったらいいんだが、そうでなければサムがいなくなるまで待ってあげたほうがいい」 「サムがこの部屋に?」 イドリスは驚いた。この会合のあいだ、この部屋へは不道徳な合意を果たした者だけしか入れないものだと思っていた。 しかし、リックスは平然とした顔で頷いた。「ええ、彼には給仕を任せていますから」 「大丈夫ですよ、難しく考えなくとも」 キンツル医師がイドリスのほうへ首を傾けてささやく。「皿が空く直前に呼んでしまえばいいんです。サムが給仕しているあいだは特に良くてね。タイミングを教えてあげますよ」 リックスがみなに確認する。「では?」 三人の客がダン、と一斉に床で足を鳴らした。それと一息空けて、リックスが手元のベルを鳴らす。イドリスは少し様子をみることにした。テーブルクロスは床まで長さがあり、その中でディーンがどのような動きをしているか、まったくわからない。そもそも、ほんとうに彼はいるのだろうか? 男たちはテーブルの端に手をついて上半身をゆらゆら揺らしている。顔だけは澄ましてテーブルの上の蝋燭や果物を見つめているのが気色がわるく、たまらなく愉快だ。ここにいるのはいずれも地元の名士たちで、その彼らがダイニングルームで食事を待ちながら、クロスの中で足をバタバタと動かして少年を自分のほうへ引き寄せようとしているなんて。 イドリスは興奮しすぎて足を床から離せなかった。何とか自分もと、震える膝を持ち上げたとき、その膝にするりと手が置かれた。 「あっ」 と思わず声を上げてしまい、慌てて同士たちを見回す。彼らの顔に理解が浮かんだ。おそらくは、ルールの中に”クロスの下で行われていることなどないような顔をすること”も含まれているんだとイドリスは想像したが、彼が新参者だから大目にみてくれているのか、不届き者を見る目つきの者はいなかった。ただ少し残念そうな表情を浮かべて、みな背もたれに背を預けた。 こうなれば自分は見世物だ。イドリスはもう必死に尻の穴に力を込めて、みっともない声をあげないよう努力した。ディーンの手はゆっくりと太ももの内側を辿り、ズボンの上からふくらみを確認すると、ベルトに手をかけたまま、開いた足の間に膝をついて座ったようだった。イドリスは改めて、なぜこの部屋の床がよく磨かれ、埃一つ落ちていなかったのかわかった気がした。 ベルトを解かれ、ジッパーを外す音はよく響いた。これが食事中ならここまで音は目立たないのだろうと思った。もはやみなの目線は遠慮なくイドリスに当てられている。彼の表情の変化で、いまディーンがどのような技で彼を喜ばせているのか推測しようというのだ。全員が目と耳が澄ませているなか、ディーンの手が布の層をかき分けて熱い肉に触れた時、彼が漏らしたであろう吐息がはっきりと聞こえた。イドリスは視線を上げないようにした。少年��そんな声を出させた自分が誇らしかったが、まだそれを表に出すのは早すぎる気がした。 ディーンは広げたジッパーの間から出して垂らしたペニスを、指の腹を使って根本から丹念にしごいていった。すでに興奮で立っていたイドリスのペニスはすぐに天を向いた。裏筋を濡れた何かが辿っていき、それが彼の指でなく唇であると気づいたとき、彼はそれだけで絶頂するところだった。 ディーンの唇はゆるく閉じたり開いたりしながら上へ登って、ついに先端に到着すると、鬼頭だけを飲み込んだ。きゅっと絞るように吸い付かれ、時々力の加減を変えながら、そのまま先の部分だけをねぶられる。イドリスは目を見開いて、膝の上のテーブルクロスを握りしめた。それをめくって、ディーンが――学校一の問題児が――自分を――つまり、校長のペニスを――咥えている姿を見てみたい衝動を抑え込むのは大変な苦労だった。 「失礼します!」 明るく元気な声がダイニングルームに飛び込んできた。ディーンが口の力を緩めて息を吐いたのがわかった。イドリスはとっさに、テーブルクロスの下に手を入れて、彼が逃げないように髪の毛を掴んだ。 「サム、待ちくたびれたよ」 リックスがいう。 「ごめんなさい。ピンチーさんが遅刻したんです。オーブンの調子も悪いみたいで……」 トレー台のカートを引いたサムが現れた。兄にくらべて体が小さく、病気しがちという話は聞いていたが、実際、その通りの見た目だった。 「言い訳はいい。早く配って。その前にご挨拶なさい」 「はい。こんばんは、アデリ保安官、キンツル先生。ようこそいらっしゃいました、ウエイクリング校長先生」 「や、やあ、サム――」 ディーンに動くよう指示するのに、髪を掴むのはルール違反のはずだ。乱暴なやり方が他の同士にばれる前に、イドリスは手を放して、かわりに膝を揺らした。ディーンはためらいがちに舌でカリをこすったあと、顎を上下しはじめ、動きを大きくしていった。 「校長先生は君のために来てくれたんだよ、サム」 リックスが何をうそぶくのかと、驚きながら聞くイドリスだったが、何のことはない、それはニックからも聞いていた、この会合に招待される代わりの”寄付”のことだった。 「僕のためですか?」 「数学の勉強がしたいといっていただろう。これから週に一度、校長先生が家まで教えにきて下さる」 サムはびっくりして目が飛び出しそうな顔をしていた。当然だ、ふつう校長がそんなことしない。イドリスだって初耳だったが、週に一度というのは、この会合の後ということだろうか? それならば、特に断る理由もない。週に一度、彼の兄と遊ばせてもらう代わりに、数学を教えてやるくらい、どうってことない。むしろ、このテクニック。イドリスは根本まで唇に包み込まれ、舌の上下運動だけでしごかれている今の状態に、非常に満足していた。このテクニックと、背徳感を味わうためなら、もっと犠牲を払わなくては、恐ろしい気��らする。 「ああ、君のような、勉強熱心な子には、特別授業をしてあげなければと、そう思っていたんだ……」 「そんな……でも……本当に……?」 「ああ、本当だよ」 イドリスは、衝動にしたがい、右足の靴を脱いで、��先でディーンの体に触れた。それが体のどの部分なのかもわからないが、シャツ越しに感じるやわらかでハリのある若い肉の感触に、たまらない気持ちになった。 サムは、養父のほうを見て、それからもう一度イドリスを見た、イドリスは、深い呼吸をしながら、これは、麻薬よりもクセになりそうだと感じた。サムもまた、可愛らしい見た目をしていた。兄のような、暴力的な裏面を持つがゆえの、脆さや、はかなさはなかったが、天真爛漫な、無垢な愛らしさがあった。それに、とても賢い子だ。 「ありがとうございます、ウエイクリング先生!」 自分は今、ディーンの口を使って快楽を得、それとは知らぬサムを喜ばせている。同時に二人を犯しているようで、言葉では言い尽くせないほどの興奮を覚えた。 イドリスのこめかみに伝う汗に気づいたキンツル医師が席を立ち、サムの給仕を手伝った。医師が大きな長テーブルに前菜とスープを並べているうちに、サムが一度キッチンに戻ってパンを運んできた。なるほどこれをサム一人がやろうとすれば、給仕に十分以上はかかったかもしれない。 「それでは何がご用があれば――」 「ベルを鳴らすよ。ありがとう、サム」 リックスが手を振り、サムはもう一度イドリスに向かってうれしそうに会釈をした。出ていこうとしたが、振り返り、こういった。「どうせなら、ディーンも一緒にみてくれませんか、校長先生? ディーンも本当は数学が好きなんです」 リックスはもう一度うるさそうに手を振った。「ディーンはバイトで忙しいから無理だ」 「でもおとうさん、週に一度くらい休んだって」 「ディーンは君のために頑張ってるんだよ」 ニックが自然と口をはさんだ。「知ってるだろ? 兄弟で同じ里親のもとにいられるのは幸運なんだよ。ディーンは学校とバイトをちゃんと両立させて、いい子だってことをアピールして、君と一緒にいるほうがいい影響があるって証明しようとしてるんだ。ソーシャルワーカーの僕や、ここにいる偉い人たちにね」 みんな、しようのない冗談をいわれたように笑った。サムもすねたように笑って、肩をすくめたが、すぐにまた真面目な顔に戻る。 「でもディーン、最近疲れてるみたいなんです。夜もあんまり眠れてなくて、何度も寝返りを打つんだ」 それでイドリスは、この兄弟がいまだ一緒のベッドで寝ていることに気づいた。興奮はいよいよ高まり、もう数秒も我慢がならないほどだった。 「ディーンに今のバイト先を紹介したのは僕だ。僕から言っておくよ、あまり彼をこき使わないでくれって」 ニックの声はやわらかく、有無を言わせない力があった。サムは会話が終わったことを受け入れ、いたずらっ子らしい仕草で唇の片方を上げると、空になったカートを押して出ていった。 「……お、オオオッ!」 サムが出ていった瞬間、イドリスは堪えていたものを吐き出した。 親切でよく気がつく医師がスープ皿をテーブルの中央へ遠ざけてくれなかったら、胸元がカボチャ色に染まっていただろう。今までに体験したことはおろか、想像すらしたことのない、すさまじい絶頂感だった。 目の裏がチカチカした。どうにか正気が戻ってくると、自分がとんでもない失態を犯してしまった気がした。これでは普通にしゃぶられてふつうにイッたのと変わりない。ここはバーの二階のソファでもホテルでもないんだぞ。秘密の会合。澄ました顔はどこにいった? ”テーブルクロスの下”のルールは。 その上、最初に出したものを飲み込んだディーンが、残りを搾り取るようにチュっと吸ったので、そこでも声が出てしまった。穴があったら入りたいという気持ちになったのはこれが初めてだった。不正入試がばれかけて両親にさらなる出費を強いたときも、こんなに恥ずかしい気持ちにはならなかった。 さぞやニックは自分を引き入れたことを後悔しているだろうと思ったが、ここでも彼は同士の寛容さに感動することになる。まずは保安官のアデリが快活に、気持ちのよい笑い声を上げて場の空気を明るくした。 「先生、若いですね!」 ボトルからワインを注ぎ、グラスをイドリスに差し出した。イドリスはまだ震える手を伸ばし、なんとかそれを受け取って、下でディーンがていねいな手つきで後始末をしているのを感じないようにして、一口飲み下した。たった一口で酔いが全身に回りそうだ。 「最初は誰だってそうなる」 医師の手が肩を撫でた。「慣れてくれば、サムがいるときに絶頂を合わせることもできるようになる。兄弟が同じ部屋にいる時にイくのはとんでもないですよ。どうしても声が出そうな時は、ナプキンを使うんです」 「……なるほど」 イドリスはそう返すのが精いっぱいだ。 「いや、でも、今日のシチュエーションは初めてにしてはハードでしたね。初めてで、サムと一緒の時間があって、しかもサムがお兄ちゃんを気遣うような言葉を使うなんてね。ラッキーだ。僕だってそんな条件の揃った状況でやったことないですよ、いいなあ」 ニックがそういってくれたことで、ほっとする。彼とイドリスとの付き合いは長く、ずっと昔、彼の担当する少年が不慮の事故で亡くなったことがあり、ともに処理をした。彼との絆は絶ってはいけない。それに、人見知りの強いイドリスが本音で話せる唯一の友でもある。 「うちの子はどうでしたと、野暮なことは聞きません」 リックスもむしろ満足そうだった。「あなたの態度が証明してくれましたからね。ようこそ、これで本当の仲間だ、先生」 その後もかわるがわる、イドリスが気をやまないよう声をかけてくれた面々だった。イドリスはスープを飲んだ。勧められたときにはワインを飲み、その味がわかるほど回復した。いつの間にかベルトはもとの通り閉められ、足の間からディーンの気配はなくなっていた。 気づくと、また男たちの上半身がゆらゆらと揺れていた。
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新情報【一生ものの2人の記念】
もしあなたが、こだわりの結婚式を考えているのであれば、挙式で使うものは特に、厳選したいですよね。ただ、時間をかけてせっかく作ったり購入しても、その日だけで終わってしまう物も多いことに気がつきます。
2人がお互いに協力しあって作り上げた結婚式の記念となる物、大切にしたい物を探している人も多いでのはないでしょうか。
今回ご紹介するのは、いつまでも、 【2人の結婚の証となるウェルカムボード】です。 10年後も20年後も2人の積み重ねた時間を振り返ることができます。 厚みのある天然の無垢の木に、メッセージが刻まれた真鍮のプレートを取り付けて仕上げています。
このウェルカムボードには、こんな特徴があります。
・2人のための【一点もの】として、長く大切にすることができます。
・「天然の無垢の木」と「真鍮版」を使うことで、時間とともに経年変化を楽しむことができます。
・重厚感があり、リビングなどに飾っておくことができます。
・10年後、2人の結婚を振り返りながら、子供達に語ることができます。
無垢の木は、家具職人が銘木屋から厳選したケヤキを使用。 ベニヤの板などに使われる合板とは違うため、長年生きてきた木の証でもある「杢目」に特徴があり、一点ものになります。
無垢一枚板のテーブルの天板でも使われるほどの厚みがあり、家具職人が無垢の木の良さを引き出すように手作業で丁寧に研磨し、オイルで仕上げています。
ウェルカムボードのメッセージが刻まれた部分は、活版印刷で使う真鍮プレートを加工しています。この真鍮プレートは、印刷用の版を作る技術を使い、凸凹に陰影をつけながら加工しています。真鍮は銅と亜鉛の合金なので、月日とともに経年変化し、味わい深くなります。
他の人よりちょっとこだわりたいという方のために
天然無垢の木は、重厚さであったり、模様であ��たりと「自然の魅力」を感じることができます。そこにさらなる個性を活かせるように 【木+レジン(エポキシ樹脂)】を組み合わせた台座もご用意しました。
印象深く丁寧に作るために、手作業で一点一点型枠を作り、レジン(エポキシ樹脂)を流し込み、乾燥させ、研磨して時間をかけ仕上げています。レジンには半透明の薄い水色をつけ、「木と水の融合」をイメージしています。
さらにこだわりたいという人のために【耳付きの台座】
耳付きといわれる木をご存知でしょうか。 「木の幹の一番表皮に近い部分」を、原木の幹なりの形に沿って仕上げる天然無垢の木を呼びます。一般的に目にする建築木材などは整えることを考えるため、「耳」を切り落とす事がほとんどです。 あえてその自然の証となる部分を使い、曲がった部分や平坦な部分があることで、さらなる「自然の恩恵」を感じてもらう台座をご用意しました。 そして一点モノの耳付きの木に、レジン(エポキシ樹脂)と組み合わせ手作業で丁寧に研磨して台座にしています。
ウェルカムボードの台座は3タイプをご用意しています。
・サイズ 高さ_約220mm 横_約186mm 厚み_約45~50mm ・天然の無垢の木は、ケヤキとなります。 ・天然の無垢の木から手作業で作っていくため、杢目や色味などのイメージはそれぞれ変わります。何卒ご了承ください。 ・エポキシ樹脂は、半透明の薄い水色で仕上げています。
A 天然無垢の木台座+真鍮プレート 35,000円(税別)
B天然無垢の木台座+レジン+真鍮プレート 52,000円(税別)
C耳付き天然無垢の木台座+レジン+真鍮プレート 68,000円(税別)
真鍮版プレートのデザインに��して
・真鍮プレートデザインは2パターンから選べます。 ・活版の招待状を作られた方は、そのデザインを使っていくことができます。
【ご注文の流れ】
約1ヶ月から1ヶ月半ほどかかりま��。
1.お申し込み メールまたはお電話でお問合わせご注文ください。 ↓
2.ご要望を伺います。 どの種類の台座か(A・B・C)、メッセージのデザインはどのパターンかをお伺いします。 ↓
3.見積り、真鍮プレート案のご確認、台座の種類を決定 見積り、真鍮プレートのメッセージ案の内容確認と一点モノのため制作する台座の画像をメールで送ります。確認頂き、お振込ご確認後、制作をスタートします。 ↓
4.制作 台座の種類にもよりますが、1ヶ月ほどお時間がかかります。 ↓
6.納品 店頭にて引き取り、または宅急便にて発送させて頂きます。
※ご来店をして実物を確かめたいという方は、お気軽にお問合せください。
新商品発表特典: 7月31日までにご注文の方、結婚式でゲストにメッセージとともに渡すことができる活版thankyou カード100枚を差し上げます。
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天ヶ瀬さんちの今日のごはん5
『たこ焼き』with Beit
「タコヤキパーティー!? ボク、行きたい! みのり、恭二、いい?」 仕事帰りに事務所に寄ると、会議室ではBeitの三人が打ち合わせをしていた。 凸凹な身長差を見ると、「Beitだ」とさながら近所のおばさんのような安堵感を抱いてしまうが、一番小さいと思われるピエールは身長で言うなら翔太よりも大きいことを考えると、一緒にいる人間が大きいだけなんだよなあ、などと思い直してしまう。冬馬も身長に関しては175センチメートルと高校生男子の中でも平均より高いのだが、それでもあまり高いと思われないのは十中八九いつも隣に細長い奴がいるからに違いない。 休憩の合間に先日香川で話したたこ焼きパーティーの旨を伝えると、ピエールはただでさえ綺麗な瞳を宝石の如くキラッキラと輝かせてテーブルに身を乗り出した。 「勿論俺は喜んで行くよ。恭二も行くよね?」 「みのりさんとピエールが行くなら俺もお邪魔します。確かウチにこないだ買った竹串とかまだあったと思うんで」 「ああ、恭二が企画してくれたやつの余りか! 懐かしいね」 プロデューサーや他アイドル達から話だけは聞いていたが、以前にも彼らはたこ焼きパーティーをしたことがあるらしい。それも事務所で。ピエールを励ますという名目で開かれたたこ焼きパーティーはなるほど彼等らしい心温まるエピソードである。 冬馬としてもそれならば話は早い。料理の知識が人並みにあるとはいえ、うどん��同様に自らたこ焼きを生み出した経験はない。学問なき経験は、経験なき学問に劣る。やってみなければ分からないことばかりなのだ。そう言う意味では冬馬よりもピエールの方がたこ焼きの知識に長けているかもしれない。 「それじゃ、プロデューサーに頼んでスケジュール合う日にでも声かけるぜ」 「うん! 冬馬のおうちでタコヤキパーティー、楽しみ!」 ピエールは全身で喜びを顕にし、純粋をそのまま貼り付けたような満面の笑みを冬馬に向ける。予想以上の反応に冬馬は少しだけ照れくさくなる。と、同時に彼をもっと喜ばせたいという自分がいることも自覚した。 しばしばその感情に思い至って驚くのだが、どうやら自分は人に自作料理を食べさせることが思った以上に好きらしい。翔太と北斗は勿論ながら、315プロダクションの面々にも。 美味しい、美味しいと言いながら食べてくれる彼らの表情を見ていると胸の内から"くすぐったい"が溢れてくる。北斗や翔太にはそのことを「餌付けしている気分だ」と誤魔化したが、この感情は幸福以外の何物でもない。 誰かと食卓を囲むことはいつだって当たり前に見えて、当たり前ではない。冬馬はそれを知っている。痛いほどよく知っている。記憶の中にある父の寂し気な背中、主人を失ったキッチン、四人用の食卓に一人で座る自分、冷めたお弁当。
あの弁当は一体どんな味だっただろうか。
先日、番組のロケで香川県に飛んだ時、「四国にいるのだからもしかして」と、下心を孕ませたメールを送った。今日から三日間、番組で香川に行く。簡潔なメッセージへの返事はすぐに帰ってきた。 ホテルの場所を教えてほしい旨の返信に冬馬は胸の内で喜びを暴れさせながらすぐにホテルのURLを送った。きっと父が自分に会いに来てくれると信じて。 尻ポケットから携帯電話を取り出す。メール欄を辿り、数日前に既読マークのつけたメールを開いた。 『すまない、行けそうにない。北斗君たちによろしく』 絵文字も顔文字も何一つない簡潔なメールの文章を指でなぞる。 父と居を共にしていないことを寂しくないと言えば嘘になるだろう。しかし、今や自分も高校生であり、夢追い人である。我儘を言っている暇などない。芸能界に身を置き、テレビで全国へと元気な姿を乗せることが今の冬馬に出来る最大の親孝行なのだ。と、冬馬は思っていた。 平日の昼間だ、どうせ繋がらない。諦念を溜息に変え、冬馬は再びそれを尻ポケットに押し込んだ。
「こんにちは!」 「おう、よく来たな、ピエール。渡辺さんと鷹城さんも」 数日後、プロデューサーがわざわざ予定をずらして��で合わせてくれた時間に、ようやくBeitの三人を自宅に招くことが出来た。仕事帰りで若干多い三人の荷物をいくつか受け取ると、冬馬はそのままリビングの方へと向かった。 「あっ、その中にシュークリーム入ってるから冷蔵庫に入れておいてくれるかな。たこ焼き食べ終わった後に食べれたらと思って駅前で買ってきたんだ。一応北斗君の分も買ってきちゃったけど、余ったら冬馬君が食べていいよ」 「どもっス。一応間に合えば行くとは言ってましたけど、駄目そうなら貰います」 合わせてもらったとは言え、残念ながら六人全員のスケジュールだと難しかった。ユニット単位での仕事が多い期間ならば良かったのだが、残念ながら北斗のみが次クールのドラマでメインにキャスティングされており、本編撮影中の今は微妙な調整すら利かない状況だった。 北斗がドラマの撮影に尽力している一方で、留年の可能性を潰すべく学業への専念を言い渡された翔太は、学校が終わった瞬間に冬馬の家へと直行するプレイを決め、冬馬もまた午前中だけ高校に顔を出した後に、雑誌のインタビューの為に校門を跨いだのだった。なお、仕事を終えた後は翔太同様である。 「もう少しだけ準備があるんで、三人は先にリビングで休んでてもらえれば」 「俺も出来ることがあるなら手伝うよ。何かある?」 「そうだな……もし何か具材とか買ってきたなら包丁は貸すんで切っておいてもらえると有難いっス」 リビングに戻ると天変地異の前触れか、いつもならば人のベッドに勝手にダイブしたかと思うと、次の瞬間にはアイドルらしからぬ鼾をかきはじめる翔太がたこ焼き器を嬉々としてセッティングしていた。あまりのきな臭さに反射的に辺りを見回すが、これと言って怪しいものは見受けられない。 てっきりたこ焼きに入れる為の良からぬ物を持ち込んでいるのかと思った。 「どうしたの、冬馬君? そんな怖い顔して」 「……なんでもねえ。お前、俺がキッチンで準備してる間渡辺さん達に迷惑かけんなよ」 「冬馬君に心配されなくても、僕良い子だし♪」 「ったく、大人しくしてろよ。……すんません、お願いします」 後から入ってきたみのりが笑う。恭二も笑顔が苦手なのか苦笑なのか分からない絶妙な表情を張り付けていた。 三人をリビングまで送り届け、冬馬は一人キッチンに入る。シンクで手を洗い、三人の来訪前にやっていた長ネギのみじん切りを再開した。長ネギを小さく刻んだものを相応のサイズのボウルに入れてラップをかける。 続いて紅ショウガ。予め刻まれた物を買ってきてはいるが、たこ焼きに入れるにしては少々大きいのでもう半分かそれ以下に小さく刻んでいくと汁がまな板を赤く染めていった。 切れたものをぎゅっと絞り、更にキッチンペーパーで包んで水気を出来るだけ吸う。ぱらぱらになった紅ショウガを別の皿に入れれば準備は完了だ。 前もって一口大に切っておいた茹で蛸の皿を持ってリビングに戻ろうとすると、みのりが廊下からひょっこりと顔を出した。 「包丁借りても良いかな?」 「これ使って下さい。まな板は…………っと、これを」 「へえ、パックのまな板! 料理する人って感じだね」 「肉とか魚料理で使った後は捨てるだけなんで楽っスよ」 「まな板使うと洗うの大変だもんね」 みのりは持ってきたビニール袋から丸々とした袋を取り出し、ハサミで口を切る。中からごろごろと出てきたのは親指位の太さのウインナーだった。冬馬から受け取った包丁で輪切りにしていく。上手いとは言い難いが、十分に慣れた手付きである。 冬馬はとんとんと包丁がパックの薄いまな板を通してカウンターを叩く音を聞きながら、みのりの持ってきた袋を覗いた。中にはチーズ、明太子、キムチ。 「色々あるな……」 「その方が面白いと思って。本当は納豆とかも買ってこようかと思ったんだけど、恭二に止められたんだ。メインはたこ焼きだしね」 「ウインナーあれば上等っスよ。あとはつけダレでも冒険出来ると思うんで」 「いいね! ポン酢とかお出汁とかも美味しそう」 明太子をパックから一つ取り出し、先端を切ってスプーンで強く撫でていく。すると、中身がまとまってずるりと飛び出した。冬馬はそれが皮だけになるまでスプーンの腹で掻き出していく。 続いてキムチはまな板の上に出してたこ焼きに入れても飛び出さない程度に小さく切り、軽く絞ってボウルに入れた。使用したまな板は残念ながら唐辛子の赤とキムチのにんにく臭さがこべりついたのでゴミ箱行きである。 見れば、山のように積んであったのが記憶に新しいパックのまな板が今や片手で数えられる程度の量になっていて、そう言えば最近仕事ばかりで家にいることもあまり無かったからなあ。足が早い牛乳を買う気にもなれなかったこともあり、追加されることがなくなったまな板は使っていれば減っていくのは当たり前のことである。 だからと言ってわざわざまな板のためにパックのジュースを買ってくる気��はなれないのだが、肉料理の後のこべり付いたまな板汚れを考えるとそれも検討の内である。 「みんな、待たせたな。準備完了だぜ!」 「まってました!」 「タコヤキ、たのしみ!」 恭二がタコのような形をしている油引きでたこ焼き器の穴一つ一つに油を広げていく様子をピエールが好奇心旺盛な小学生の如くきらきらと目を輝かせて見ている。 冬馬も度々純粋だと北斗や翔太、最近では天道にまでも揶揄され始めているが、そんな冬馬でもピエールがいかに純真無垢で汚れ一つ知らないかなど、見ていれば分かる。むしろそれ以上にこんな純粋の塊が芸能界、それも、闘争激しく嫌味などあって当たり前のアイドルというジャンルに属しているということが心配である。 ……心強い仲間がいるから大丈夫��。 それに、今頃玄関の前で石像の如く佇んでいるピエール専属のSP達だっている。彼の周りには血が繋がっていなくともそれ以上の繋がりを持つ家族がいるのだと冬馬は知っていた。 と、そこまで考えて冬馬は玄関の前にSPがいる異常性にやっと気が付いた。もしもお隣さんが買い物に出るべく玄関を出た時、アイドルとして名の知れ渡った天ヶ瀬冬馬の自宅前に厳ついスーツ姿の"見るからにその筋の人"に見える男が立っていたらどう思うだろうか。 「……悪い、ちょっと先にやっててくれるか」 「? 焼いちゃってていいの?」 「おう、すぐ戻るからよ」 冬馬はすっかり落ち着いていた腰に鞭打って立ち上がる。行先は当然玄関だ。 扉の前に立っているであろうSPにぶつけないようにゆっくりと扉を押し開けると、僅かに空いた隙間からサングラスが覗いた。その見た目の厳つさに冬馬は一瞬怯む。が、すぐに「周りの目が気になるんで、良かったら中入ってください」と促した。 SPとはなんて難儀なものなんだろうと冬馬は遠い世界のことのように考える。アイドルとは言えど、大統領ではないので当然ボディーガードといった類のものは縁がない。そう考えると、自分は実はものすごい人と知り合いなのではないかと思い至ってとりあえず飲み込んだ。 この話はまた今度北斗と翔太と三人で卓を囲む時にでも聞いてもらうことにする。
「お、どんな感じだ?」 「冬馬! 今ね、恭二がタネ? 入れた!」 「他にはなんも入れてないっす」 ちりちりと軽い音を立てて鉄板の上で生地が焼かれている。穴だけでなく、鉄板全面になみなみと注がれたそれは卵、塩、昆布と鰹節の合わせ出汁に隠し味として少しだけマヨネーズを入れたものだ。インターネットの押し売りだが、マヨネーズを入れることによって生地がふっくらと仕上がるらしい。玉子焼き、ないしパンケーキにすら良いと言わしめるマヨネーズだ、十分信用に足る。 二つ入ることがないように注視しながら冬馬が一口大に切った蛸を入れていくと、入れた先からみのりがあげ玉を落としていく。無言で発生した共同作業に、思わず笑いそうになるのを奥歯を噛む事で耐えたが、少し出てしまったらしい。首を傾げるみのりに冬馬は「気にしないでください」と苦笑した。 しかし、みのりがあげ玉を全て入れ終えると、今度は恭二が青ネギと紅ショウガを投入し始めるものだから今度は耐え切れず、思わず「チームワークすごいっすね」と笑ってしまった。 「そう? 全然気にしてなかったけど」 「何度か一緒に作ってるから、慣れたのかもしれないすね」 「みのり、恭二、たこ焼き作る、上手! かりかり、ふわっふわ!」 しばらく待って皮が焼けたことを確認すると、鉄板から剥がすように竹串を差し込み、穴からはみ出た生地を巻き込みながら半分ひっくり返す。まだ綺麗な円形とは言い難いが、なんとなく近付いた。今度は鉄板の空いた部分を埋め尽くすようにタネをかけていく。 「結構使うんスね」 「こうやって後から入れてはみ出た部分を中に押し込んでいくと、中はふわふわで外はカリカリになるんだよ」 「へえ……」 生焼けの生地を再び半円の中に押し込むと、今度は円形になるようにひっくり返す。みのりの鮮やかな手捌きに冬馬は感心することしか出来なかった。 「冬馬君暇そうだね」 「上手い人がいるからな、俺が手出しても邪魔なだけだろ」 「ボクもタコヤキ、作りたい!」 「一回目は俺が作るから、二回目はみんなで作ろう」 じゅううと焼ける音をBGMにしてピエールが鼻歌を口ずさむ。合わせて体を揺らす。翔太がそれを見て微笑ましげに目を細めた。 日々「弟だから」を理由に散々駄々をこねてくる翔太のことだから、今回のたこ焼きパーティーも自分も焼きたいと志願してくると思っていたが、そんなことはなく、翔太は大人しく胡坐をかいてじっとたこ焼き器を見つめている。 コイツ、Jupiter以外の人間がいると突然大人びる時があるんだよな。なんて思いながらお茶とジュース、皿を配っていく。 翔太は賢い。それは同じユニットメンバーでなくても見ていればわかることだ。両親の喧嘩をいち早く察する子供の如く空気を肌で感知し、マズいと思えば行動に移す。少年と形容される歳の人間が簡単に出来ることではない。そう北斗が話しているのを冬馬はしばしば聞いている。 北斗も北斗で他人を見る力には長けているのだろうが、二人ともそんなに気を張っていて疲れないだろうかと稀に心配になる時があった。 「えっと、皮をカリカリにするならここで油を入れるんだけど、どっちがいい? ふわふわなたこ焼きじゃないと認めない! って人がいればそうするよ」 「いるっすよね、カリカリのたこ焼きはたこ焼きじゃないって言う人。俺はどっちでも」 「俺もどっちでも大丈夫っス。二陣で変えてみても良いと思うんで」 「そうだね、じゃあ今回は入れるよ。跳ねるから気を付けてね」 そう言ってみのりはヘラでたこ焼きの表面を撫でるように油を塗っていく。くるりと一つ一つ丁寧にひっくり返していくと、油の音が一層騒がしくなった。 たこ焼き器の下に敷いた新聞紙が跳ねた油で変色している。見れば念の為にと机の下に敷いておいたビニールにも油の跳ねた跡が伺えた。やっぱり油ものは注意だな。再認識し、用意しておいた布巾で汚れを拭きとった。 大皿を差し出すと、みのりが竹串で二つずつ掬い上げ、乗せていく。一個、二個、三個と皿の上がきつね色のたこ焼きで埋まった。先程よりもずっと綺麗なまん丸である。 鼻を掠めた小麦粉の焼けた匂いに冬馬は口の中に涎が滲んだのが分かった。 「はい、冬馬さんと翔太さんも」 「どもっス」 「みのりさんありがとー♪」 みのりに促されるがままにその球体を三つほど小皿に移し、上からお好みソース、マヨネーズ、かつお節、青のりをかけると、熱に当てられたかつお節がふわりふわりと触れてもいないのに踊り出した。ごくり、絶えず溢れてくる涎を飲み込む。 隣でピエール��恭二も同じようにたこ焼きに味を付けていく中、一足先に飾り付け終えた冬馬が箸でたこ焼きを摘まむ。すると、それは少しの歪みを見せたものの、美しい丸を崩すことはなく箸の間に収まった。 「それじゃ、いただきます」 「はいどうぞ」
大口開けて一口にそれを放り込むと、それはすぐにやってきた。
「アッ!!! 熱ッッッッッ!!!!!!ハッ、は・・・はふっ・・・はー・・・っ・・・」 「あっははは! 冬馬君、一口で食べるからそうなるんだよ。焼きたてが熱いのなんて分かりきってるんだから、こうやって半分齧って・・・は〇×□●〒§φ×!?!?!?!」 「冬馬、翔太、あつい? ダイジョーブ!? 」 揃って上向きにはふはふと呼吸をする二人に、ピエールが慌ててお茶を差し出す。苦しみながらも飲み込んだ冬馬が息交じりに「サンキュ、大丈夫だ」と告げてお茶で口を冷やす。口の中が若干ひりひりするわ、焦りのあまり飲み込んでしまうわでロクにたこ焼きを味わうことが出来なかった。 「二人とも、熱い、ダメ? お箸で割って!」 ピエールがお手本に自分のたこ焼きに箸で穴を開けて二つに割ってみせる。ぱっくりと割れたたこ焼きの中からとろりと半生の生地が漏れ出してピエールの皿を汚す。彼はその隙間にふうふうと息を吹きかけ、欠片をぱくりと口に入れた。 口に入れてすぐは冬馬達と同様にはふはふと熱さを逃がすも、熱さに苦しんで味が分からないという冬馬の二の舞にはならなかったらしい。何度かの咀嚼の後、喉が上下して「オイシイ!」と笑顔を振り撒いた。 みのりが折角綺麗に焼いてくれたたこ焼きを二つに割るのはなんとも気が引けるが、放置して冷めてしまっては元も子もない。これはたこ焼き好きの先達の知恵をお借りしてきちんと味わう段階までいかなければ。 ピエールに倣ってたこ焼きを二つに割り、少し冷ましてから欠片を食べる。 かり、皮は良く焼けてサクサクと食感が良く香ばしい。と、思いきや内側のとろりとした生地が舌を柔らかく包み込んだ。その中にある異分子、蛸は食感に更なる変化を付けながらも海鮮系の仄かな匂いでたこ焼きの旨味を後押しする。出汁とお好みソースの甘塩っぱい味が口の中で混ざり合う。 なんたる幸せか、口の中で広がる味の組み合わせを感じて冬馬は多幸感に目を瞑る。 「アリガト! みのり」 「外も中も丁度良い感じで美味いな。流石みのりさんっすね」 「ありがとう、恭二。……うん、ふわふわだね。こないだ作った時よりもずっと美味しいけど、マヨネーズ効果かな?」 「外にも付けてるんで味は全然変わんないっスけどね」 残されたもう一欠片を味わってみるが、やはり別で付けたマヨネーズとソースの味が強く、生地の中のマヨネーズの存在はいまいち感じられない。 思い立って、冬馬は何も飾り付けのされていないたこ焼きに齧り付いてみた。ソースやマヨネーズは勿論、かつお節や青のりもついていない状態のたこ焼きである。さくりと音をたててそれは冬馬の口の中で形を崩す。再び中の熱い生地が舌に触れたが、少し置いた分先程より���熱くない。冬馬はそのまま何度か口の中でふう、ふうと呼吸をし、味わってから飲み込んだ。 ソースとマヨネーズをつけて食べた時よりもずっと香ばしく、青のりと鰹節の香りを強く感じる。残念ながらそのまま食べてみても生地の中に混ぜたマヨネーズの味は感じないが、何も付けなくてもたこ焼きは美味しいのだと知った。 しかし、どこか塩味が物足りないのはやはりソースがないからだろうか。であれば今用意するべきは…… 「塩だな」 「塩?」 「ああいや、もしかしてと思って何も付けずに食べてみたんスけど、意外とイケるんスよ」 冬馬が言うと、みのりは興味深々に目を瞬かせて言われるがままにたこ焼きを何もつけないまま食べた。数回の咀嚼の後に飲み込むと、みのりは「確かに美味しいね!」と頷いて、続く恭二も「確かに塩が欲しいな」と頷き返した。 塩を取ってくると言って席を立ち、キッチンへと向かう。確か先程生地を作る時に使用したので、記憶が正しければカウンターの上に出しっぱなしになっているだろう。 記憶通りの場所に青い蓋の透明ながぽつんと置いてある。意図的に色を変えて購入したもののおかげで砂糖と塩を間違えることはない。青が塩で、赤が砂糖である。
蓋が青いことを確認して冬馬が踵を返そうとする。と、ポケットの中に入れていた携帯電話が震えていることに気が付いた。もしかすると、プロデューサーから仕事の連絡が来たのかもしれない。 基本的にはプロデューサーからのスケジュール確認などの諸連絡はメールで行われることが多いのだが、ごく稀に、例えば突発的に直近で仕事が入った場合、プロデューサーは酷く申し訳なさそうに「えっと、明日なんですけど……」と電話をかけてくることがある。プロデューサーという仕事も随分難儀なものだ、アイドル達のモチベーションも管理しなければならないのだから。冬馬もアイドルとしてはやる以上は忙しくなることも覚悟の上であるし、むしろ忙しいことは有難いとすら思っている。 仕事が入ることは一向に構わないのだが、プロデューサーの弱弱しい声を極力聞きたくない冬馬は、その連絡ではないことを祈りながらも携帯電話を取り出す。そして画面の文字を視界に入れて目をぱちくりさせた。携帯電話を耳に押し当てる。 「……もしもし?」 『もしもし、冬馬?』 耳元に聞こえるのは仕事中であったはずのユニットメンバー、兼恋人である男の声だった。スピーカーの向こうから微かに聞こえるエンジン音で彼が車の中にいることが分かる。 運転中は注意力散漫になりたくないからと自分からかけてくることはないし、恐らくタクシーの中なのだろう。と言うことは、仕事は終わったということか。 「おう、終わったのか?」 『さっきね。タクシーで冬馬の家に向かってるところ。渋滞に巻き込まれなければあと30分位で着くよ。そっちはどんな感じ?』 電話口に聞こえる北斗の声は全く疲れを感じさせず、仮にも朝から仕事をこなしていたとは思えない。すう、ゆったりとした呼吸音が耳に触れる。 「もう食ってる。始めたばっかだけど、お前が来る頃には落ち着いてるかもな」 『俺のことは気にしなくて良いよ。……そうだ、途中でスーパーに寄れるけど、何か買っていくものある?』 「あー、そうだな。お茶買ってきてくれ。デカいの』 『了解。Beitの三人���翔太によろしくね』 その言葉を最後にエンジン音は途切れ、北斗の声も聞こえなくなった。冬馬は口元を緩め、携帯電話を再び尻ポケットに戻そうとする。が、続いて震えたそれには、今度こそプロデューサーの名前が表示された。 冬馬は頬を掻いて「まさかな、」と内心そうでないことを祈りながら通話開始ボタンをスライドしたのだった。
プロデューサーとの通話を終えて冬馬が部屋に戻ると、たこ焼き器の上では既に第二陣をドームにする段階まで進んでいた。どうやら第二陣も冬馬の出番はなさそうである。 結局、プロデューサーからの電話は危惧したような内容ではなく、逆に明日の午前中の仕事の打ち合わせがなくなったということだった。冬馬が個人で出演するバラエティ番組の打ち合わせだったはずだが、どうやら先方の都合が悪くなったらしく、つい先ほど連絡が来たのだという。 打ち合わせは来週に延期。元々プロデューサーがオフに取ってくれた日にしか入れることが出来ないとのことで、残念ながら冬馬のオフは少しの間没収となった。 元々何をしようかと悩んでいた休日であったし、どうせ秋葉原に足を運んでフィギュア鑑賞に一日を費やすか、はたまた家の掃除に励むくらいしか使い道はないのだ。無くなったところでまあまあ、となる程度である。 持ってきた塩瓶をテーブルの上に置くと、冬馬の皿の上にたこ焼きがいくつか増えていることに気が付いた。目をぱちくりとさせて顔を上げると、翔太がにこにこと「冬馬君の為に取っといてあげたんだから、感謝してよね」と言う。 妙にきな臭い態度に突っかかりを覚えながらも、冬馬は自分の分をとっておいてくれたことに感謝し、早速塩を振りかけて少し齧ってみる。と、一瞬で口の中に暴力的な違和感が広がって冬馬は顔を顰めた。 「………………………………………………!」 「どう!? 美味しい!?」 翔太がまたあの表情で冬馬の様子を伺ってくる。最早煽りと言っても過言ではないその言葉に、冬馬は一瞬で感じた舌の違和感を確信に変えた。 違和感は次第に舌の上を広がり、オレンジジュースを煽る。喉がごくりと音を立てている横で、翔太がけらけらと笑っているのが分かった。空いたグラスに困ったように笑うみのりがオレンジジュースを注ぐ。冬馬はそれを再び一気に飲み干した。 具はウィンナーとチーズ、舌の上で蕩けていたのはチーズ。想像していたたこ焼きの味とは遠く離れた具材、かつ美味しいか美味しくないかで言えば「ケチャップを付ければ美味いかもしれない」という感想を抱くしかない味に冬馬は返答に迷う。 しかし、それだけではないのだ。舌に感じた痛みは今もなお隣りで笑い転げている翔太のせいであることは間違いない。こいつ、入れやがったな。 「冬馬君の為に作った僕特製のピザ風たこ焼きだよ♪ タバスコた~っぷりの!」 「テメェやっぱ入れてやがったな!」 「わー!!」 これまでずっと静かにしていたのはこの時の為に機会を伺っていたのか。冬馬は理解する。少しでも彼の気遣い過ぎを心配した自分を後悔した。 首に手をまわしてとっ捕まえてやると、翔太は冬馬の腕の中でじたばたと喘ぐ。苦しくない程度に締めてやると。早々に「ギブギブ!」と腕を叩かれた。みのりがくすくすと笑う、恭二が微笑する。ピエールは何が何だか、と言った様子だった。 「……まあ、出汁が少し邪魔だけで、味は悪くはないかもしれねえけどよ」 「でしょー! 絶対美味しいと思ったんだよね」 「ただしタバスコは少しだけだ」 そう言って軽く翔太の脇腹を肘で小突いてやると、彼は薄く笑いながらも渋々といった様子で頷いたのだった。 「最近は居酒屋とかカラオケでも一つだけタバスコ入りのロシアンたこ焼きとかってよくあるよね。たまに辛いの好きな人が当てて誰がハズレかわかんなくなっちゃったり」 「そういうのあるっすよね。前に木村と二人でどっちがタバスコ入りを当てるか勝負したことあるんすけど、かなり辛がってて面白かったな……」 冬馬の頭に辛さにふと苦しむ木村龍の姿がよぎった。そう言えば、黒猫も目の前で行列を作る勢いの相当な不運体質だとか聞いたな。 FRAMEとは残念ながら未だ縁なく仕事を共にすることは出来てはいないが、木村龍、鷹城恭二と同じ歳と言う縁を持つメンバーがうちにいるので、ごく稀に「昨日飲みに誘われてね、」を会話の最初に、一体何を話しているのか皆目見当の付かない三人組の飲み会の話を聞かされる。 その話でなんとなくの関係は掴めたものの、お前ら本当に同い年なのか……? という会話内容はにツッコミを入れる者はいない。 と、まあ、そんな理由があり、直接的な絡みは無くとも冬馬は龍が自動販売機の下に小銭を落として取れなくなってしまったとか、恭二の新型冷蔵庫を懸賞で当てたい欲など、彼らのどうでもいい情報に詳しかったのだった。 北斗の話の中に出てくる木村龍というアイドルと、そして、未だ事務所ぐるみの仕事以外で出会えていないユニット達の隣に並んでみたいと常に思っている。 「僕も前に姉さんとカラオケに行った時にやらされたよ。普通の餃子とアイスが入ってる甘い餃子だったんだけど、見た目で分かっちゃったから結局僕が食べさせられてさ」
想像してみる。餃子のつるつるの皮に包まれたバニラアイス。斬新ではあるが、好んで食べようとは思わない。 餃子のあの見た目からはたっぷりの肉汁が飛び出して、ニラの匂いがぷんぷんするものだと脳味噌が記憶しているのだ。甘い餃子などというものを食べようものなら、即座に味覚が混乱するに違いない。 「たこ焼き器でホットケーキミックス焼いたら美味そうだな」 「美味しそうだね、ベビーカステラみたいで!」 「ベビーカステラ? なに?」 「お祭りの屋台で売られてる小さなカステラだよ、卵の味がして美味しいんだ」 たこ焼き器という一つの金型でいくらでも創作が広がるのだから料理の世界というのは奥が深い。今回は残念ながらホットケーキミックスの用意は無いが、いつかおやつ作りの一つの候補としておくのも良いかもしれない。 十中八九、たこ焼き器は翔太が持ち帰るのを面倒くさがって冬馬の家に置かれることになるのだろうから、彼が姉に「持って帰ってこい」と言われるまでは自由に使うことを許してほしい。 「でもやっぱり僕は辛さでびっくりさせる方が面白くて好きだな」 「お前、あんま食べ物で遊ぶなよ」 「分かってるよ。だから今日はあと一回でおしまい。ね、冬馬君」
いいでしょ? 翔太はまたあの表情で冬馬へと笑んだ。
「こんばんは。少し遅れてしまいましたね」
あれからいそいそと準備を始め、すっかりイタズラモードに火のついた翔太主導で「北斗に一人ロシアンルーレットをさせよう計画」は無事に決行に移すこととなった。計画の概要を聞いた冬馬は初めこそ呆れが強く出たものの、翔太の全開の弟力で成す術もなく折れることとなった。まあ、どうせ北斗だし、怒りはしないだろう。 「さーさー北斗君! お仕事帰りで疲れてると思うけど、僕が北斗君の為に焼いておいたたこ焼き、早く食べてよ! まだそんなに経ってないから冷めてないよ!」 「ありがとう、翔太。いただきます」 何も知らず、翔太に案内された場所に腰掛けた北斗は、予めテーブルの上に用意されたたこ焼きセットを確認して小さく笑んだ。自分の為に用意してくれたものだと内心の喜びを漏らしているのだろう。とことん翔太には甘い奴だと冬馬は注いだお茶を煽りながらその様子をぼーっと眺める。 「へえ、たこだけじゃなくてウインナーも入れたんだ」 たこ焼きパーティーの残骸を見つめながら北斗は初手から翔太が作ったそれ―――タバスコたっぷりピザ風たこ焼きを口に運んでいく。思わず声を漏らしそうになったが耐えた。 会話を繋ぐことなど気にも留めずにBeitの三人、翔太、冬馬はそれが口に入るのを息を飲んで見守る。
「……………………」 「……………………………………………………」 「………………………………」 「……………………………………ああ、そうだ」 「え?ああ、」 確かに食べたはずなのに、見た目と味の違和感を感じたはずなのに、何故か北斗は表情一つ変えずにもぐもぐとそれを咀嚼し続ける。大量のタバスコ入りのたこ焼きをまるで当たり前かのように享受し、平然と冬馬に話を振る。 すっかり気勢を削がれた翔太及びBeitの三人は脱力してそのまま深く息を吐いた。北斗はそれに疑問符を浮かべながらも話を進めていく。 「今朝事務所で古論さんに会ってね、今度知り合いの漁師に誘われてスルメイカ漁に行くことになったらしいんだけど、良かったら冬馬も来ないかって」 「スルメイカ……? なんで俺が」 「それがね、最近冬馬が色んな人に手料理をご馳走してるのが事務所内で広まってるらしいよ。恐らく伊瀬谷君達のおかげだろうね。それで、良かったらイカ料理も作ってほしいって古論さんからの俺の所に熱烈なオファーをもらったんだよ」 「あー……」 突拍子も無い誘われ事に、冬馬は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。続いて北斗の口から出た言葉に、一瞬にして脳内で映像及び音声が再生される。「冬馬っちの料理メガメガ美味いんすよ!」などとのたまう伊瀬谷四季に似た何かは間違いなく冬馬の記憶から捏造されたキャラクターなのだが、どうしても偽物とは思えない。マジで言ってそうだ。 「分かった、連絡しとく」 視界の端で翔太がつまらなそうにみのりが持ってきたシュークリームをつまむ。北斗の面前で「おかしいなあ」とぼやく彼はまるでおもちゃに遊び疲れた子供である。一方すっかり緊張感の抜けたBeitの三人も同じくおやつタイムに入っていたのだった。 伝えるべきことを伝え終えて満足したのか、北斗が二つ目のたこ焼きに手を出してぱくりと一口で食べる。赤丸、キムチの酸っぱさを微妙に残しながらもピリ辛でなそれは豚と合わせてみても美味しいかもしれないと先程みのりや恭二と盛り上がった。 そもそもたこ焼きと言うもの自体食べている印象のない北斗にとってはキムチ入りなど、斬新と言う他ないだろう。
彼はうんうん頷いて、
「とても辛くて美味しいね」と呟いたのだった。
NEXT→『冷製イカパスタ』with Legenders
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瞳は語る(プランツドールパロ)
ウインドウの控えめな照明の下、閉じた瞼がゆっくりと開く、その様を見ていた。
鏡のようなガラスに映った、疲れ切った男の顔とはまるで正反対な、美しい少年がガラスの向こうで眠っていた。夢見るように閉じた瞼が震えたような気がしたのだ。気付けば足を止め、少年の美しい姿に見惚れ、やがてそれが己の見間違いではなかったのだと膝丸は知る。 照明の加減か、白とも金色ともつかない儚���な睫毛が揺れ、煮詰めた甘い蜜色がひっそりと目を覚ます。茫洋とした両目はひたりと、立ち尽くす男を見つめ、そして笑った。 「入ると良い。寒いだろう」 いつからそこにいたのか、店の扉に体を預けたまま、鶯色の髪の男が微笑んだ。そこでようやく、自分がショーウインドウの前に立っていたのだということに気付き、膝丸は緩慢な動作で店の看板を見上げた。 どこかで聞いたことのある店の名前。この街のどこかにあるという、幻のような店。売っているのは美しい姿をした少女、あるいは少年。それはプランツ・ドールという、物言わぬ生きた人形だという。 ショーウインドウを振り返る。白金の髪と睫毛の美しい少年は、その顔を綻ばせて男をじっと見つめていた。
「普段は店の奥で眠っているドールだ。こうやって表に出したことは一度もないし、出そうと思ったこともなかったんだが、今日に限って、予感じみたものがあってな」 不思議なこともあるものだ、と、鶯色の髪をした店主は言う。店の一角に設けられた椅子に座らされたかと思えば、店主は手慣れた様子で茶を淹れ始めた。目の前で温かな湯気が上がるのをよそに、どこか甘い香りのする店内をぐるりと眺める。壁際に並んだ椅子にはそれぞれ、様々な服を着た少女や少年が、目を閉じて座っていた。 差し出された茶器は、冷え切った指には熱すぎるほどだ。息を吹きかけ、一口含む。豊かな香りとほのかな苦みが、空っぽの胃を優しく撫でた。 「それで、膝丸、と言ったか。君は、プランツ・ドールは知っているか?」 「生きた人形である、というのは知っている。だが、それ以上は」 もう一人分の茶を淹れた店主は、男の向かい側に椅子を引いて座った。 「その通り。プランツ・ドールは生きている。口にするのは一日三回のミルクと週一回の砂糖菓子。あとは主からの愛情。それだけを糧に生きる」 「愛情?」 「愛情だ。これが一番重要とも言えるな」 自分で淹れた茶を口にした店主は、それに満足げに頷いたかと思うと、穏やかな声で語り始める。 「だからこそのあの外見なんだ。プランツ・ドールは、自分が選んだ者の愛情を一身に受けて美しくなり続ける。彼らは、愛されるために存在するんだ」 「自分が選ぶ、とはどういうことだ。まさか彼らが、自分で自分を買う相手を選んでいるとでも?」 「そうしてお前は、選ばれた訳だ。あの白金のドールに」 「は」 「皆、眠っているだろう。あれは、自分の主を待っているんだ。そしてその時がくれば、自然と目覚める。そういう風に、出来ている」 「ちょっと待て、では、あのショーウインドウの少年は? 目が覚めただろう」 「君が彼の目の前で立ち止まった、その瞬間にな」 動揺する膝丸の耳を打ったのは、床を踏む微かな足音だった。 向かい側に座った店主が男の後ろを見つめ、柔らかく微笑む。起きたばかりの子どもを眺める親はきっと、こんな顔をしているのだろう。それを目の当たりにしながら、膝丸は己の顔面から血の気が引いていくのを感じていた。話に頭がまったくついていかない。プランツ・ドールが生きた人形だと言ったのは自分だが、いざそれを見たところで、実感などまったく湧かないのだ。ましてや、自分の目の前で閉じていた瞼を開けた、それが大きな意味を持つということなど。 茶器を持ったまま膝に置いた手に、まろい手が重なった。今まで一度も日に当たったことのないような、透き通るような白い肌だった。 白金の少し癖のある髪は、店内の照明を受けて優しく輝く。男の顔を覗きこむのは少年の、無垢とも言えるほどまっすぐな笑顔だ。可愛らしいと言うよりも、やはり、美しいという言葉がよく似合う少年は、その赤みがかった琥珀色の目をまっすぐに、膝丸だけに向けていた。 何も語らない人形の目は、何よりも雄弁に語っている。 「そうそう、目を覚ましたプランツ・ドールだが。一度そうなれば、選んだ主の元に行くまでずっとそんな状態だ。もはやどんな人間にも見向きもしなくなる」 「なぜこのタイミングでそれを言うんだ……」 「今しか言うタイミングがなかったんだ。悪いな」 大して悪く思っていなさそうな調子の店長を縋るように見れば、やはり、大して悪く思っていなさそうな顔をして茶を啜っていた。よろよろと、手にしていた茶をテーブルに置くと、空いた手を逃がさぬとばかりに子どもの手が握りしめてくる。されるがままにしていれば、プランツ・ドールの少年はあっという間に膝の上に乗った。出会ってさほどの時間も経っていない、いわば他人同士だったというのに、少年の膝丸に対する距離感は勝手知ったる仲のそれだ。 そしてそれを、嫌とも思わない自分がいることを、男は自覚していた。「……念のため聞くが。もしも目覚めさせた人間が買わなければ、目覚めたプランツ・ドールはどうなる?」 「まっさらな状態にして、また眠ってもらうことになるな。だが、一度目が覚めたものをもう一度眠らせるんだ。万が一君がまたこの店に来たら、今日の二の舞、といったことになるだろう」 「選択肢はないも同然じゃないか」 「安心してくれ、当店では分割払いも承っております」 どこから取り出したのか、短冊にさらさらと書かれた金額に呻いた膝丸を、離さないとばかりに少年の腕が首に絡んだ。すり寄った肌から香るのは、彼らが口にすると言うミルクのそれだろうか。見た目よりも軽い体を支えるように腕を回すと、収まるべきところに収まったとでも言いたげな、満足げな吐息が聞こえた。 意を決して必要経費を聞くと、想像以上の金額が提示され頭を抱えることとなったが、結局膝丸が少年をその腕から降ろすことはなかった。 「良かったな、髭切」 「ひげきり?」 「そう言う名前だ。彼を作った名人がそう名付けた。名人が丹精込めて育て上げた最高級品だ、大切にしてくれ」 言われなくとも、と頷き、改めて少年を抱え直す。膝丸の腕の中の少年は、嬉しそうと言うよりかは、それが当然だとでも言いたげな微笑を浮かべていた。
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オニグルミの天板が、出来上がってきました。とても優しい色合いの天板に仕上がってきました。そしてカウンターに使えそうな端材も入荷しましたので、是非ご覧になってください。
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