(模擬戦:ヒヤエナ戦)
"後に『大戦』と呼ばれる、三勢力に寄る大いくさの渦中。
戦火もついに色濃く、多くの者が死に急ぐ戦場の末期になりつつある"
"この身も後方に待機させられる事はなくなった。戦力を温存する余裕がなくなったせいか、あるいは安全圏そのものがなくなったのか。
どちらにせよ、己の日常が変わることは無い。ただ戦場に出て、強く名のある敵陣の将のところに乗り込み、首を取って名を上げる。それだけの日々。
とはいえど。実際にはそれを終えて手当てをしてくれる先ができたわけで。参戦した時からは想像もしなかった食事にも回復にもありつける――帰る場所のある、ありがたい状況が現状なのだった"
"自分が心から何かに仕えたいなんて気持ちになるとは、始まった頃には頭の片隅にすらなかったので、不思議なこともあるものだと思う"
「ま、あんまり甘えてばっかもいられねえよな」
"帰る場所があるのはありがたくはあるが、自分にとってこの戦場で一つでも多くの敵を屠り、一つでも名を積み上げる、やるべきことは変わりはしない。
今日は警備の真似事をしただけ。大した戦場には行っていないので、体を動かしたくもあって。
最前線の少し手前の街の中。ぐるり、視線をめぐらせた。
聖印、邪紋、魔杖。戦場近いこともあって戦意に満ちた者も多い。さて、誰に声をかけようか――"
「……ん?」
"ふと。毛色の違う空気を感じ取った。
戦に逸る闘気や戦意とは違い、戦を疎む悲壮感や倦厭の空気とも違う。この末期の戦場において、未来を見据え『違うもの』を得ようとする風がある。
違和感の正体こそわからないが、他と違うというのはそれだけで魅力的だ。自分にないもの、見たこともないものを確実に見せてくれる確信がある。
受けるかどうかはダメでもともと。風に混じる気配を追い、その眼前に出る。
見たこともない鎧を纏う君主の姿。きっと、特殊な闘い方ゆえのものだろう。面白そうだと直感する"
「なあ、君主どの」
"期待をこめて、目線を合わせ声をかける"
「この宿場にいるってことは同盟領の君主どのだろう。実は今日の戦場が物足りなくて持て余しててさ」
"獣のように、笑って、誘う"
「よければ、一手あそんじゃもらえないか」
"不意の声に警戒心がよぎる。
『この時期』の自分は、自分を知る君主達の間では評判が芳しくない。
自己保身と自領の利益のため、不正に賄賂に寝技に工作、手をつけられるあらゆる事をしていたのだから、当然ではあるのだが"
"後の盤面で無用になる面倒を起こさぬよう、同盟の陣幕から離れていたのだが一人でいるのなら好都合と刺客でも送られて来たのか。
しかし。振り向いた先の青年からは、刺客特有の剣呑さや悪意、殺意、害意といった特有の濁りが感じられない。
奇妙な誘い、現状を考慮するのであれば危うい橋を渡る必要は無い。断れるのならば断るべきだろう、が"
「……残念ながら。一介の君主に過ぎぬわたし如きを倒しても、誇れる功にもなりませんよ……。
不躾に伺いますが、何故そんなわたしに声を?」
"何が目的かを探っておく必要はある。
自分のことを知っている様子がないのをフェイクで無いとするのなら、同盟君主と知った上で挑発行為をかけていることになる。
ならば相手の所属は敵対勢力である連合か条約である可能性が高い"
"この街は同盟の勢力下にあるが、当然、民間人も多い。力を持て余している輩を無碍に扱えば、今の自分の立場も相まって好ましくない結果を招くやも知れない"
"――何よりも。
現在、密かに起こっている混沌災害の仕掛人からの刺客、という可能性もある。
相手の立場、目的、能力。全ての情報は力になる。この奇妙な相手が何者かは探るに値する価値がある情報と判断した"
"敵意や悪意は載せずの問いかけだったのだが、纏う空気が剣呑に変わった。
……そういえば、誘うにしても名乗りもしていなかった。君主相手には失礼に過ぎる振舞いだ。
立場や礼儀で量られる事も珍しいことではないし、気にするタイプだったんだろう"
「──失礼した。
お初にお目にかかる、ロードどの。この身は同盟領ファルドリアに身を置く一介の傭兵。名をフーガという」
"深く、礼"
「何分碌な教えを受けて育ってない。無礼は容赦願えれば幸いだ」
"それから相手の顔を見上げた"
「──立ち合いはこの身にとっては重要な事��。功が欲しいのは確かだが、同勢力の君主どのを襲う理由はこの身にはない。
望む理由は唯一つ。君主どのが『面白そう』だからって言って、伝わるかな。
知己の同盟君主はバケモノじみた奴ばっかりだ。アンタからも面白そうな風を感じてる。だから、あそんでもらいたい。それだけだよ」
"固い物言いは長く続かない。苦笑いで続けた"
「無論無理にとは言わないが。断られたなら取り下げるけど、もしアンタが少しでも気乗りしたなら。付き合ってくれると嬉しい」
"口からでた同盟の国の名に、拍子抜けして眼鏡がずれた。
同盟領のかなり東(の辺境の)方とあって親しい付き合いのある国では無いが、険悪になる要素もする理由も無い"
"これでも真意を量る目は養っていると自負している。目前の相手の飄々堂々とした物言いに、嘘や謀略の響きは無い。
あまりに異様な事態に介入しているせいで、どうも神経質になっていたか――"
「フーガさん、ですか。
綺羅星の如き同盟諸侯と比較されては、気後れしてしまいますが……同盟領クロクター領主、ヒヤエナと申します。
わたしで宜しいのならば、お相手させて頂きますよ?」
"此の戦場で本格的な戦闘に加わって、未だ日が浅い身だ。
鎧は体に馴染み、戦術も自分に合っているが、完成されたものとはまだ言えない。
命の危険を気にすることなく腕試しに戦える機会は貴重だ。掴めるチャンスは逃さないのが身上。
背嚢を宿に預け、びきにあぁまぁの留め具を締め直しながら話しかける"
「南門を出た所に、軍がキャンプを張れるほどの平原があります。
門の内側の通りも、今の刻限では露天市も終わっていますから人は殆ど居ないでしょう。
人様にご迷惑のかからない場所となるとこの近辺ならばその辺りですが、どちらに向かいますか?」
「ありがたい」
"申し出に、礼を返す。事実土地勘はなかったので、提案は非常にありがたい。
戦場の案をされてしばし悩む。平原も都市もどちらも自分にとっては不利に働くフィールドではない。ならばあとは、判断材料になる要素は"
「そうだな、君主どのが全力出せる場所がいい、けど。どっちが好みだ?」
"問いに、逆に問い返された。
本来の自分は兵を動かし、己以外の力も総合的に使うルーラー。好み、と言われると選ぶべき場所は限られてくる。
しかし、今は。
「……では、予測の付かぬ乱戦により近い、門の内側で如何でしょう」
"事実、停戦直前の戦場は三軍相打つ泥沼のような様相を呈していた。
お互い、この後も戦場に向かうのだ。実地では味方の屍を潜り、矢の雨の中を走る事になる。障害物や予測不能な通行人を気にしつつ闘う方が、得られるものも多いだろう。
黄昏時、露天は殆ど片付けられ、人の姿もまばら。夕日の残照が、街を暗い赤に染めていた"
「宜しくお願いしますね、フーガさん」
「こっちこそよろしく頼む、君主どの」
"街中であそぶのは、実はこれがはじめてだ。
邪紋使いといえば白い目で見られるもの、長く街中に留まること自体少ないが、君主がいるならおおめに見てもらえるだろう。
しかし市井を巻き込んであそぶ提案を、領土を守るべき者がするとは実に面白い君主だ。
これで民を盾や武器にしようものなら所属に関係なく敵意を表すところだが、この君主は先に『迷惑のかからない』場所と口にしている。こういう義理堅さは好ましい。
好ましい気質があればその先だって当然楽しいはずだ"
「楽しくあそぼうぜ」
"これからの展開に思いを馳せる心に感応するように、風が弾んだ。
黄昏時。家路を急ぐものもあれば宿へ向かう足取りもある中。応じてくれた君主と、夕影と昏がりの街の中で向き合った。
酒場のある通りなどは盛況なのだろうが、ここいらはそうではないらしい。商店は店じまいした後。傭兵の食う寝るはもう宿や宿営地に入った後の時間だ。
こんな時間に通りの上に立っていることがないので、はじめて見る街の顔に物珍しく視線を巡らせて"
"人通りの量を確認。判断としては多くはない。影と光の位置関係を把握。立ち位置を調整する"
「そんじゃ、君主どの」
"獰猛に笑って、一歩、左へ。
建物の隙間。沈む寸前の強い赤光を焚く太陽を背に。
逆光で眉をしかめた瞬間を狙い、発走。二歩目でトップスピード、風の如くに吹き抜けて、その真横をすり抜ける"
"せっかくの街中だ、やったことのないことをしてみよう。
正面に迫った壁を蹴って真上に駆け上がり、屋根の継ぎ目を蹴って体をひねり、急降下。
「はじめようか!」
"遠心力に落下の勢いを載せて、後頭部狙いで回し蹴り。叩きつける"
"呼びかけの言葉に聴覚が、赤い光に視覚が、僅かに奪われる。
耳も目も、相手の初動を見過ごした。気を逸らし機を奪う妙。巧みに立ち位置を調整し、仕掛ける時を計っていたか"
"プロだ、この人。その上、疾い"
「……!」
"防御行動も聖印起動も間に合わない。
咄嗟に降ってきた声の方向に身を捻り、強烈な蹴りを額当てで受け止める"
"あまりの衝撃に、目から火が出た。鼻血も出たか。鉄臭い。
しかし、完全な不意打ちの最初の衝突に対して辛うじて意識をつなぎ止める事は出来た"
"無意味な防御姿勢を捨て、踏みとどまり耐えるのを放棄。蹴られた額を力点に、後方に倒れ込む。
石畳に後頭部が叩き付けられるのを、両手を着いて防ぎ――逆立ち状態から大きく脚を開いて腰から回す"
"速度と重力を乗せた彼の蹴りは効いたが、跳んで蹴りを放てば攻撃直後の動作も制限される。
頭への衝撃を逃がす意味もあるため威力は充分ではないが、相手を逆立ち蹴りの回転半径間合いに捉える事は出来た。蹴りには蹴りを返しておこう"
"……仮に彼がレイヤードラゴンのような飛行能力を持つのなら、蹴られた上に飛んで下がられるのか。
そんな考えて詮無いくだらない事を考えるのは、揺さぶられた意識を無理にでも思考で回して状態を十全に取り戻すため。
受け流し、くらい流しの問題点は、細い首の骨で支えられる頭。人体で最も不安定で、最も衝撃を受けやすく、更には影響が残りやすい"
「……他の方々のように、圧倒的武力も優雅さもなくて申し訳ありませんが……続けましょうか」
"……善し。
言葉がちゃんと出る。まだ続けられる。一度間合いを離し体勢を整えて鼻血を拭い、構え直す"
"声に反応。そこからまさかの額で受け。
面白い。面白い。奇麗な顔して、覚悟と合理とに満ちた実利主義。こういう相手からは片時も目を離したくない"
"受けの勢いを利用して倒れ込み、地に手を突いて足を跳ね上げる。即座の対応。胸が沸き立つ。
全力には、全力で。前に重心を傾がせぐるんと身を回す。天地逆転、蹴り脚の真正面に相対。両腕を交差させて受ける。
ぎしりみしり、腕が軋む。こちらの蹴りの勢いも十分乗っている。ただの苦し紛れの蹴りじゃないのが肌身で感じ取れる"
"受けきり、弾き飛ばされる。胸を中心にぐるり回って脚から着地、勢いを殺す。
あの体勢から腕が痺れるほどの蹴り。口元が緩む。獰猛に。
面白い。面白い。もっともっと、見せてほしい。オレの全力を、見せるから。
吐息、ひとつ"
"陽も落ちた。薄暮の刻限。空は白と藍のグラデーション。
蹴りを受けた腕はまだ痺れてる。さて、どう攻めるか"
(──らしくいこうか)
"身を沈め、発走。一歩ごとに加速。目前。蹴り──を目前ですかし、防御をすり抜け地に抉りこむように突き立て軸足に"
"真正面の真っ向勝負。
牙の如くに喉狙い、蹴り足跳ね上げ遠心力と速度を載せたつま先で穿ちにかかる"
"正面から来ると分かっているのに、動く影を追うのがやっとだ。
こちらの内に入り込もうとする相手にカウンターを放つより速く、懐に入りきられる。獲物に躍りかかる狼牙のような、勢いの乗った爪先"
"目を閉じるな。自分の力量で、自分に出来る最善を"
"蹴りの到達する寸前地を蹴り、跳ねる。鋼製の首当てに、爪先が激突する。
衝撃が通るも威力をそのまま受けたわけではない。防具が無かったら、気管を潰され戦闘不能に陥っていたろうけれど。
空に打ち上げられたボールのように宙へ――家々の間に張られた洗濯物を干すロープに指をかけ掴み取り、制動をかけた。
体を振り回す衝撃をいなしつつ、軽く咳きこみながら呼吸を確保する"
"太股のホルダーから一息にナイフを抜き放ち、身を預けているロープを切断。
ロープの残骸と、残っていた洗濯物が地上へと降り注ぐ。薄暮の見えづらさに障害物を加えて、視界をさえぎる"
「そう言えば。わたしが周辺の領主から何と呼ばれているか、知らないご様子でしたね」
"空を自由に飛びまわる聖印は持っていない。降り注ぐシーツや下着たちと共に地上へ落下する"
「ちょうどいい機会だ。お教えしましょう」
"この状況。誰もが目眩ましに紛れての、頭上からの一撃を警戒する。だからこそ"
「外道目狐。
ハイエナ君主って」
"素直に狙ってなんて、あげない"
"小狡くセコく、意地悪く。身上通りにいくとしよう。
着地の瞬間、身を沈め、腹を目がけて掌底一閃突き上げる"
"こちらの蹴りへの対応は、防ぐでもかわすでもなく防具を最大限活用したパリィ。
その思い切りのよさは、華麗美麗でこそないが。肌身にあう戦場で戦い抜き生き残るための術に相違ない。こういう奴が君主となると、よほど面白い国だろうと思える"
"まったくもって、面白い。
君主だというのにどちらかといえば「こちら側」に近い人間なのだ。面白くもなる。
接触の寸前自分から飛ばされにきたのは感じていた。なら飛ばされたことにも意味はあるはず。まさか市街戦で空中乗騎を呼ぶとも思えないが、ならばさて何をしてくるか"
"刃が白く閃く。
ぶつり音を立て落ちる洗濯物の雨。日が落ちたのに取り込まないとは呑気ものの町らしい。薄暮に落下物。視界が塞がれる。なるほど、目眩まし、常套だ"
"落ちてくる声が聞こえる。目を閉じる。
この身はそもそも風のエーテル。かの戦う相手に纏う空気を探るのに、視覚情報は必要ない。
風を、頼る。声。頭上。直上。仕掛けてくるか"
(何か──)
"違うと感じるも、違和感の正体まではわからない。近くのシーツを掴んで、ひゅるり捻りあげ即席の槍と化しての衝き上げ。
布槍術は見様見真似で完成度も低いが、当たれば痛いし直撃でなくとも絡めて動きを制限できる。
しかし迷いをもったままの見様見真似など、仕掛ける側にとっては児戯にも等しい。ばさり短剣で布槍はただの布として切り裂かれ"
(こっちが狙いか)
"がら空きの腹に、掌底打。功撃でないだけマシ、というのはクリーンヒットには通用しない。
派手に吹き飛び、そのまま近くの物置の中に突っ込んだ"
"せり上がるもののを飲み下して。こらえきれない愉しさを口元に浮かべて。
声を出す。名乗りには、名乗りを"
「……この戦からこっち、『風の牙』なんて大層な名前で呼んでもらってるけどさ」
"戦友に貰った名だ。誇らしいと思うし、それに恥じない自分でありたい。
けど。そう。その前、は"
「昔は凶犬って呼ばれてたんだよ、オレ。凶眼の犬、目つきの悪い犬っころってな」
"倉庫の中だからか、存外に響く。風を使わなくても。言葉は届く"
「だから、いいんじゃねえの。他の誰が何と呼ぼうが、オレにとっちゃアンタは戦場で生き抜く術と覚悟をもった君主どのだ」
"そう。だから"
「こんなんじゃ終わらないんだろ。全部見せてくれ、アンタを。
オレもこれから、届けに──」
"立ち上がり、見据える。相対してくれる相手唯一人。夜のエメラルドとも呼ばれる橄欖石の如くにぎらり、覆いはじめの宵闇に浮かぶ緑の双眸"
「──行くからさ」
"発走。
爆発的な加速をもって、至近戦距離へ踏み込む。
迎撃の為にぴくり動く肩、その機先を制して掌に握ったままの、シーツの切れた半分を投げつける。
目の前に急に広がった白い大布で眩まし、足払い。体勢を崩したところを肩から鎧に密着。貼山靠の要領で弾き飛ばし"
「おかえし、だ!」
"壁を背にした君主の腹目掛け。
鎧の真上から双掌で同時に浸透勁を叩き込む"
"――愉しそうだ"
"声の響きが、過去を懐かしむようで、誇らしげで。
感情を燃やし滾らせている尋常でない瞳の輝きが、黄昏の陽光を反射し兆す。接敵"
"三度、受ける――思考の瞬間、目の前に広がる白。
想定外に視界に広がった色に侵食されるように、脳内も塗り潰され、戦闘行動で行き交う信号が刹那停止する"
"寸刻。
衝撃と浮遊感。天地の感覚が狂う。烈の波が体の中を暴れまわる。
受け身を――取るより速く、背中がレンガの壁に叩き付けられる。宙に浮いた状態で、知覚が距離感も誤ったか。
前方に跳ね返った体が、更にもう一度。掌が触れる。内蔵まで達する暴風と共に後方へ弾き飛ばされ、壁ごと崩して地を転がった"
"それだけのことをされながら。浮かぶ感情は苦痛だけではなくて。
先の言葉をかみ締めて、声が漏れた"
「うれしい、言葉ですね……」
"生きるため、勝つため……そして何よりも、大事なものを守るために、鬼にも悪魔にもなる。
そんな生き方を、ずっと続けてきた。
そうしなければ、押し潰されそうだったから。
そうしなければ、喪った物と釣り合わないから。
そうしなければ、自分が保てそうになかったから。
「まぁ……”今”の評価は……人に任せます」
"さあ、頭を切り替えろ。
感傷に浸ったのはこちらが先だが、まだやれるのだ。まだできるのだ。礼に沿おう"
"思考する。
負傷度合い、出血、骨折、臓器の損傷――損害報告、完了。
思考する。
脚に血を巡らせろ。上体を倒し推進力を――対案構築、終了。
己の五体を掌握し、意思の力で疾らせる"
"あるいは。わたしは半ば気絶しているのか。
――風が、心地良い"
"駆ける、駆ける、駆ける。
上中下段、構える相手の何処にも隙は無し。どんな技も捌かれるなら。技などいっそ出す意味もない"
「フッ!」
(最後まで、小細工はするけど)
"口内の血を鼻先に吹き付け――止まる事無く正面『衝突』。
額当てを彼の額に叩き付け、諸共に縁台に激突した。
"目が変わった。纏う空気もまた同時に。
より強靭に。より野生的に。深慮奇策で世間を渡り歩こうとする領主でなく。独り、戦野と乱世に駆ける君主の風。
独立不羈。己を己の王と定めるもの。揺らぐことなく己の道を、自らでもって定め歩む者。
ああそうだ。それこそが"
「――アンタだ、君主どの」
"オレの、一番見たかったものだ"
"馳せる。駆ける。あれだけ思う様打ち込んだのに一歩も譲る気などなく。最後の一撃を打ち込みにくる。さあ何が来る。どうぶつけてくる。さぁ。さぁ。
至近到達。何が来るかと構えて待ちわびる目の前に、赤い霧。
視界を眩まされるが、この距離では小細工らしい小細工も行えないはずだ。何を――
がつん、と。額に硬度と加速度"
"頭がまるごと揺さぶられて、平衡感覚を失ったまま縁台にもつれ合って転がり込む。背中を強かに打ち、肺の中の空気を叩き出され、天も地もなく転がりながら。
目を見開く。まだ動ける。手足に力を叩き込む。鎧に手をかけ、しっかと掴み。
腕と体で相手を縁台の床に押さえつけ、動きを押さえつけ乗り上げて顔の真正面でぴたり掌底を止める"
「――オレの勝ち、でいいかな。君主どの」
"挑んだのは立ち合いだ。そもこれ以上は戦に障る。
こっちもあっちも明日は別の戦場。なら、これ以上の楽しみは、戦の後に回してもいいだろう"
"押さえつけられ目の前に迫った掌がぴたりと静止。
気の抜けた声がかかってふっと力を抜き、溜息一つ"
「ええ、あなたの勝ちです。
まだ負けてないなんて駄々っ子みたいな事は言いませんから、ご安心を」
"突き付けられた掌の向こう、暮れゆく空を眺める"
"足りない、足りない、まだ足りないか。この立ち合いで掴んだものと及ばぬ力、どちらが多いことだろう"
「善い時間でした。
感謝致します、フーガさん。
終戦の暁には、是非ウチの領地に遊びに来て下さい。歓迎致します」
"聖印を励起。癒しの光で彼を包み。
飛んできた衛兵に身分を示し、特別演習だと説き伏せる"
"諸々の修繕費を割り増しで払うと、それ以上面倒は無くなった。
面倒事を終えて、まだ待ちぼうけしている様子の相手にもう一度頭を下げ、笑顔を向ける"
「ありがとうございました」
「クロクタ-、だったよな。ちゃんと覚えてるよ君主どの。
今回はそっち持ちにしちまった。義理は果たすよ、次は土産持って参じる」
"だから"
「また気が向いたらあそんでくれ」
"戦もまだ終わりが見えぬというのに。少年は笑って『次』を口にした"
***
RESULT HYENA:19/50 FUGA:23/50
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