#天窓~愛という孤独~/砂時計
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jpopstreaming · 2 years ago
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🆕 「 天窓~愛という孤独~/砂時計」 by ハン・ジナ Available for streaming worldwide!🌐 Added to our weekly playlist 🎧 https://spoti.fi/3lgjH73
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mxargent · 1 year ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲���棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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skf14 · 4 years ago
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君の手術は失敗した。鮮やかだったであろう君の世界から、全ての物が消えた。
淡々とその事実だけが君から知らされた時、僕は、心にずっと秘めていた、しかし最後まで口にすることは叶わなかった君への「盲目になって欲しい」というイカれた願いを神が叶えてくれたのだと、無神論者でありながらも感謝とばかりに空を見上げた。
「結婚して欲しい。」という僕の言葉を、君はどう聞いたのだろう。全盲の人間の中には、聞こえる音、言葉に色がついて見えるようになるタイプもいるようだが、君は音も言葉も、空気の振動としか捉えないらしかった。
「いいの?だって私、目が見えないんだよ。」
「君がいい。これからもずっとそばにいたい。」
「荷物になりたくないな、」
「君の気持ちは?」
「...............」
君はただポツリ、「貴方と一緒にいたい。」そう答えた。私は君の小さな手を取り、そして抱きしめた。涙腺だけはまだ機能している君が、眼窩から涙を溢しながら、「健全なまま、貴方と一緒にいたかった。」と零した言葉には、何も答えることなく抱きしめた。答える資格など、私には無かった。私が答えない訳を、君はもしかしたら理解していたのかもしれない。
私は君に対して、外に出るための訓練をすることを望まなかった。君も、盲目の自分を外の世界に晒すことを嫌がった。情緒のない言い方をしてしまえばそれは、"利害の一致"と呼ぶのだろう。えてして君は自宅に篭り、半ば私に世話をされるだけの生き物になった。こう君を表すことに些か抵抗感はあるが、事実として、君はそうなった。私が望んだ。君も望んだ。君はあまりにも冷静で、私はあまりにも理性的だった。それが悪なのか善なのか、私には判断することが出来ない。誰かが裁くとすればそれは神なのだろうか。あぁ、味方をしてくれた神が最後に、私の愚かさを裁くとしたら、とんだ皮肉だ。いや、喜悲劇と呼ぶべきか。
"そう"なってからの君と私は、度々夜に獣と化した。君がじっと寝たままの私の身体を弄り、まるで谷崎潤一郎の「刺青」で描か��た女郎蜘蛛のように、私の身体を這い回り、捕食する姿を見て、私は著しく興奮した。それは私の元来持っていた"盲目性愛"という癖が刺激されたことも大きかったが、淑女めいた君が変貌する様を見たからでもあった。
そのおぼつかない手が、私を探し、指先に触れた温度に安堵して、爪を立て質量を確かめる。私がうちに秘めた、君には決して見せない凶暴で獰猛な、本能に蝕まれた精神が顔を覗かせて、私はそのか弱い腕を捕まえ、君を喰らう。
感覚を奪われると、他が過敏になり失った分をカバーする、というのは何も物語だけの話ではないことを、私は身をもって体験した。君は視覚から得られない情報を、その全てを持って拾い集め、私と、そして私を通じて己が世界に存在することを、確認していた。その行動は他者から見ればある意味哀れ、と思えるようにも見えるだろう。しかし私は、荒地に唯一凛と咲く百合が、天から降り注ぐ雨を少しでも蓄えようと頭を上げて空を仰ぐような、そんな神々しさと瑞々しさ、生命の逞しさを君に感じた。
ああ、真っ先に私は君の肥やしになったんだ。そう思った瞬間、私は快楽を感じ、君を掻き抱いて欲望をぶつけた。真っ暗な中、私も盲目になったように君の身体を弄って、何もない暗闇の中で、二匹の動物は互いを食い合った。
君が、運命の導きで私の手の中に収まった。何度考えてもこの事実が震えるほど勿体無く、幸せで、今まで大きな幸福も不幸もなくありふれた物事ばかりに囲まれてきた私の平凡な人生には信じがたく、ひどく不釣り合いだった。人にはそれぞれ生まれつき与えられている役割と立場があるとして、それを飛び越えてしまったような、そんな果てのない罪悪感と、優越感。とかく、人の世は他者と比べないと満足に息が吸えない。これが蟻ならば、蠅ならば、余計なことに頭を使わず、ただ生存と交配のためだけに生きて死ねるのに。
「ねぇ、あの本、読んでくれないかな。」
「ん?あぁ、いいよ。『アイのメモリー』だろ?」
「そう。聞きたいわ。」
あるところに、人語を話せるカラスがいた。カラスは大変に賢かった為、人語が話せるからと言って人に話しかけるような愚かさは持っていなかった。
カラスはある日そこらをふらふらと飛んでいた時、ある一軒家の2階の窓が開けっぱなしになっていることに気づい��、窓枠に降り立ち中を見た。中には、少女が一人、ぽつりと座ってぼーっとしていた。はて、様子がおかしい。とカラスがよくよくその少女を見た時、彼女の顔に、あるべき眼球が、二つとも嵌っていないことに気が付いた。少女の顔にはぽっかりと黒い穴が二つ鎮座していて、それは酷く滑稽にも、美しくも見えた。
「お嬢さん。」カラスが話しかけると、いきなり聞こえてきた人の声にびくりと肩を震わせた少女がキョロキョロと辺りを見回し、そして窓の方へと手を伸ばした。カラスはふわっと飛んで近くの枝に止まりながら、「お嬢さん。私を探しても無駄ですよ。私は存在し、そして存在していないのですから。」と笑った。少女も釣られて笑い、姿を探すことをやめ、「声だけおじさん」と私を呼んだ。
彼女が最後に見た景色は、己の頭上から降り注いでくる、無数の割れたステンドグラスの破片だったらしい。きらきら、ちらちらと太陽の光を反射して輝く色とりどりのそれを、避けることもなく、ただ見惚れていたそうだ。赤、青、黄色、緑、少女は拙い語彙でその美しさを私に訴え、私は、もっと沢山の色が世界に溢れていることを少女に伝えるため、海辺に住む老婆の元へと向かい、その顔から眼球を一つ、拝借した。
少女の空洞に嵌ったその球は、少女に広大な海と、その深々しい青を与えた。少女は感嘆し、目を押さえて涙を流した。少女が頭を動かすたび、涙で濡れた眼球がくる、くるりと回ってあらぬ方向を向いていた。
「勿論、フィクションなのは分かってるけど。」
君が少し申し訳なさそうな、そして不安げな顔でポツリ呟いた内容に、私は心の中で、万歳三唱していた。ごめんね、私には誠意というものが欠けているらしい。NPCじゃない人間相手に、こうも思い通りことが進むというのは、少々気持ち悪くもあり、そして大変に愉快であった。それはきっと、己の脳に対して抱いていた自信が肥え太っていくのを感じるからで、ただ、それが良いことなのか悪いことなのか、判別は付かない。誰も不幸になってない、必然だった、そう叫ぶにはあまりにも、私は汚れすぎた。
小ぶりなビー玉。模様も気泡もない、一点の曇りもない透き通ったそのガラス玉を持って、私は海に来ていた。もう吹く風はとうに冷たい季節になっており、時期外れの海になど来ている人間は皆無だった。散歩をしに来たであろう老人が私に、訝しげな視線を向けた。入水自殺をする、とでも思われていたのだろうか。にこりと笑顔を作り会釈すれば、老人は不快そうに顔を歪め足早に去っていった���
ザザ、と押し寄せる波は白い飛沫をそこかしこに撒き散らしながら、際限なく現れ、そして消えていく。私は窮屈な革靴と靴下を脱ぎ捨て、砂浜の砂を踏みしめた。指の隙間に入り込む、ぬるりとした湿った砂の粒子。久しぶりに感じるその感覚に、子供時代をふと思い出した。
赤貧、と呼ぶべき家庭だったのだろう。外に女を作って出て行った父親を想って狂った女と、二人きりで過ごしていた地獄。赤貧をどうにかする頭は、女にも、子供だった私にもなかった。
私は空腹を紛らわせようと、拾ったビー玉を舐めながら、どこからか拾ってきた小さなブラウン管テレビの中で、潮干狩りを楽しむ親子を見ていた。仮面ライダーのTシャツを着た子供はケラケラと楽しそうに笑いながら、砂浜を掘り返し、裸足で気持ち良さそうに踏みしめていた。母親、父親はそれを見守り、静かに笑う。女は隣の部屋で、よく分からない自作の儀式をしながら笑っていた。ケタケタ、ケラケラ、笑い声が反響して響き合い、世間の全てが僕と、そして哀れな女を嘲笑っているように聞こえて、僕は、己の鼓膜を菜箸で突き破った。
人間に諦めと軽蔑の心を抱いていた私が君に出会い、恋に蝕まれ、愛を自覚し、それが収束すると執着に変わることを知った。愛は、執着だ。あの女が狂ったのも、今となっては、理解くらいなら出来る気がした。欲しい、手に入れたい、他にやりたくない、ずっと腕の中に、誰のものにもしたくない。進化の過程で高い知能を得たはずの人間は、動物よりも獣らしく哀れな所有欲を万物に対して抱き、己だけではどうにもならない人に対して向いたソレは最も醜悪になった。
私は盲目に興奮する。その根底には何があるのか、自覚した当初からずっと考えていた。初めて君に目隠しをした時の、脊髄に収まった神経を舌先で直接舐め上げられるような著しい快感。そして、次第に湧き上がってきた、君から視覚が消えて欲しいという欲。
ふるり、と己の肩が震えて初めて、もう2時間近く、何もない海をただ眺めていたことに漸く気が付いて、私は足に纏わり付く砂を払い、帰路についた。
「これ?」
「あぁ、そうだよ。消毒してあるから、入れても問題ない。」
「ありがとう。嬉しい。」
君の白く細い指が、私の手のひらから海をたくさん見たビー玉をつまみあげ、指の腹でツルツルとした表面をくすぐるようになぞっていた。そして君は瞼を開け、そのガラス玉をぽい、と放り込んだ。ころり、と眼窩を転がる玉の感触が面白いのか、君はふらり、ゆらりと首を動かし傾け��がら、見えるはずもない海に想いを寄せ、私の話す、海についての様々な創作を聞いていた。目は口ほどに物を言う。君が視覚を失ってから、私は以前より君の感情について、推察することが減ったような気がする。何故だろう。分からないから、というのは、あまりにも暴論な気がするが。
閉館間近の水族館にいる人間なんて、若いカップルか、水族館にしか居場所のない孤独な人、くらいだった。ある者はイルカと心を通わせ、ある者はアマゾンに生息する、微動だにしない巨大魚の前でいつまでも佇んでいる。私は手の中のビー玉と共に、館内をゆっくり回っていた。水族館なんて、目明きの君とすら来たことがなかった。私はこの空間に一人でいることを望んだ。大量の水に囲まれ、地球が歩いてきた歴史が刻まれた数多の生き物に触れることで、漠然と、母の中へ還れるような気がしたからだった。水族館と胎内は、どこか似ている。
水槽の前に置かれたベンチに腰掛けた瞬間、私は動けなくなった。丁度、目線の位置が海底になっていて、そこに、1メートルをゆうに超える巨大な茶色い魚が沈んでいた。でっぷりと太った腹に不機嫌そうな唇が、魚の愛嬌の良さを全て消していた。そしてその魚は、目が酷く白濁しており、空気の吹き出る場所に鰓を起き微動だにしなかった。
「あの、すみません。この魚、具合が、悪いのでしょうか。」
私は通りかかった清掃中の飼育員を捕まえ、魚を指差した。飼育員はハンディクリーナーの電源を消してふっと笑い、私のそばに寄って水槽を愛おしげに見つめた。
「いえ。夜なのでもう眠っているんだと思いますよ。この子は目が見えないので、普段から水槽の隅っこが好きで、よくこうしてぼーっとしているんです。」
「そうですか。この魚は、盲目なのですか。」
「えぇ。珍しいことではありませんよ。他の魚に攻撃されたり、岩や漂流ゴミで傷付けてしまったり。ただ、見えない分他の感覚が過敏になるので、海の中では支障なく生きられるんです。」
「そう、ですか。」
「えぇ。では、引き続きお楽しみくださいね。」
盲目の魚。私がそれを見た時に抱いた感情は、ただ一つ。「惨め」だった。何故?何故、だろう。分からない。何故私は、盲目の魚を見て、惨めさを抱いたのだろう。閉じる瞼すら持たない魚はただただ空気の泡を浴びながら、水中で重たそうな身体を持て余し、ぼんやりとこちらを向いている。濁った眼球がぎょろり、と上を向き、そしてまた私を見る。
ある小説に、盲目の主人が恨みを買って熱湯を浴びてしまい、美貌が失われてしまったことを憂いて、弟子は己の目を針で突いた。というシーンがあった。鏡台の前で針を手に、己の黒目へとそれを突き立て、晴れて盲人となる描写。私は読んだ当初、まだ小学生の頃だった���、その話に、微塵も共感することが出来なかった。目明きの方が世話も出来る、何かあった時支えられる。直情的だ。と批判までした記憶がある。でも、今になれば、あれが最善の行動だったのだろう、とも思う。歳をとって少し、寛容になったのかもしれない。
気付けば、私は水族館を出て、そばの海を眺めていた。街の中の海だ。情緒ある砂浜もなければ、テトラポッドもない。ただ効率だけを求められたコンクリートの直線に、黒いうねりがぶつかってじゃぶじゃばと水音を立てている。
盲目の魚。
私は、ずっと握りしめ暖かくなっていたビー玉を海へと投げた。波の音の狭間で、ちゃぽん。と小さな音が冬の空気の中、響いた。脳を介さない行動に、今は委ねたかった。考えることに、疲れたのかもしれない。私は、一体、どこへ向かいたかったのだろう。
扉の開く音で駆け寄ってきた君は、部屋に入る私の周りをクルクルと回りながら、今日のことについて色々と質問をした。黙ったままの私に不思議そうな表情をして、「何かあった?」と尋ねる君。君の方が今も昔も、察しがいいのは皮肉なんだろうか。
「アイのメモリー、今日は出来ない。」
「どうして?水族館、行かなかったの?」
「水族館には行った。けど、無くしたんだ。ビー玉。」
「そう。いいよ、どんな魚がいたのか、話して。聞きたい。」
「魚、」
「魚、いたでしょ?」
魚。
私は、盲目の魚を惨めに思った。あの魚は大きな水槽の中でひっそりと身を潜め、知らぬ他人からは笑われ、同居人からはいないもののように扱われ、飼育員からは憐れまれていた。与えられる空気を日がな浴びて、落ちてくる餌のおこぼれを拾い、そんな状態で生きていることが、酷く惨めに思えた。
「あぁ。.........」
「......疲れちゃった?」
立ちすくんだ私を見上げた君はぺたぺたと彷徨わせた手のひらで私の顔を見つけ、撫で、胸元に引き寄せ抱きしめた。とくとくと鳴る軽い心臓の音。生きている温度がこめかみあたりからじんわりと染み込んで、凝り固まって凍った脳を溶かしてゆく気がした。
「...いや、疲れてなんかないよ。」
「貴方は、いつも一人で考えて、一人で答えを出すから。」
「耳が痛いな。」
「ここには脳が二つ、あるんだよ。ひとつじゃなし得ない考えだって、きっとある。」
「うん。」
永遠とも呼べるほど長い時間、私は君に抱かれたまま、ぐちゃぐちゃと脳を掻き回す思考に身を委ねていた。
「ビー玉、本当は、無くしたんじゃなくて、捨てたんだ。」
「うん。」
君はきっと分かっていたんだろう。何をどこまで、なのか、それは、きっと暴かない方がいい。それは言葉にしなくとも、双方が漠然と理解していた。私は君の顔が見たくなくて、顔を上げないまま、君の心臓の音を聞いていた。
「もう、こんな真似、やめるよ。」
「そうだね、やめよう。」
ぼんやりとした頭でシャワーを浴び、リビングに戻った時、ついていたはずの部屋の電気は全て消えていた。私は手探りで部屋の壁を伝いながら、廊下を進んだ。幾度となく歩いているのに、視界がないと、こんなにも覚束ない。君の寝室の扉が少し開いて、ギィ、と音を立てている。漏れ出ているのは月の光か、その細い線に指を差しいれ扉を開くと、窓が開いているらしい。冷たい風が吹いて、まだ濡れたままの髪を冷やしていく。
そこに、君の姿はなかった。普段は何も置いていない机に、メモが一枚載っている。
『来世では、共に生きましょうね。』
はるか遠くの方から、微かなサイレンの音が響き始めた。
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cosmicc-blues · 4 years ago
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MY映画ベスト100
カラー映画に対するモノクロ映画の圧倒的な優位性を鑑みて、まずモノクロから50作を選び、そのあとにカラーから50作を選んだ。基本的には順不同の立場をとりながら、想い入れの深いタイトルは何だかんだで上の方にきている。同監督作が並び過ぎてしまう都合上、同監督作からはモノクロ・カラーそれぞれ3作までとしている。
モノクロ
米『マルクス兄弟デパート騒動』 チャールズ・F・ライスナー
日『鴛鴦歌合戦』 マキノ雅弘
米『星を持つ男』 ジャック・ターナー
仏『奥様は魔女』 ルネ・クレール
米『周遊する蒸気船』 ジョン・フォード
日『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』 山中貞雄
日『晩春』 小津安二郎
仏『素晴らしき放浪者』 ジャン・ルノワール
米『踊らん哉』 マーク・サンドリッチ
独『街角 桃色の店』 エルンスト・ルビッチ
メ『皆殺しの天使』 ルイス・ブニュエル
日『簪』 清水宏
米『マルクス兄弟オペラは踊る』 サム・ウッド
米『気儘時代』 マーク・サンドリッチ
日『長野紳士録』 小津安二郎
仏『ル・ミリオン』 ルネ・クレール
米『タバコ・ロード』 ジョン・フォード
独『サンライズ』 F・W・ムルナウ
米『空中レヴュー時代』 ソーントン・フリーランド
日『弥次喜多道中』 斎藤寅次郎
仏『犯人は21番街に住む』 アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
日『有りがたうさん』 清水宏
日『けんかえれじい』 鈴木清順
米『有名になる方法教えます』 ジョージ・キューカー
独『ニノチカ』 エルンスト・ルビッチ
米『マルクスの二挺拳銃』 エドワード・バゼル
日『麦秋』 小津安二郎
米『幌馬車』 ジョン・フォード
米『ロバータ』 ウィリアム・A・サイター
米『マルクス兄弟珍サーカス』 エドワード・バゼル
独『生活の設計』 エルンスト・ルビッチ
ス『ゲスト』 ホセ・ルイス・ゲリン
米『フィラデルフィア物語』 ジョージ・キューカー
米『春の珍事』 ロイド・ベーコン
米『危険な場所で』 ニコラス・レイ
露『戦争のない20日間』 アクセレイ・ゲルマン
仏『情婦マノン』 アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
仏『どん底』 ジャン・ルノワール
オ『緋色の街』 フリッツ・ラング
米『結婚五年目』 プレストン・スタージェス
デ『ゲアトルーズ』 カール・テオドア・ドライヤー
米『ロイド・ベーコン』 泣き笑いアンパイア
米『街の灯』 チャールズ・チャップリン
米『赤ちゃん教育』 ハワード・ホークス
米『ラスティ・メン / 死のロデオ』 ニコラス・レイ
米『オクラホマ・キッド』 ロイド・ベーコン
米『テキサス』 ジョージ・マーシャル
伊『神の道化師 フランチェスコ』 ロベルト・ロッセリーニ
米『レッドボール作戦』 バッド・ベティカー
仏『幸福の設計』 ジャック・ベッケル
独・仏『忘れじの面影』 マックス・オフュルス
米『有頂天時代』 ジョージ・スティーブンス
オ『窓飾の女』 フリッツ・ラング
仏『巴里祭』 ルネ・クレール
仏『ランジュ氏の犯罪』 ジャン・ルノワール
米『キャット・ピープル』 ジャック・ターナー
日『風の中の子供』 清水宏
米『カブスのエースは言い訳好き』 レイ・エンラント
米『レディ・イブ』 プレストン・スタージェス
グ『歌うつぐみがおりました』 オタール・イオセリアーニ
米『西部を駆ける恋』 ウィリアム・A・サイター
米『牧場の花嫁』 ジョージ・マーシャル
米『愛の弾丸』 ジョージ・スティーブンス
米『アリゾナのバロン』 サミュエル・フラー
米『狩人の夜』 チャールズ・ロートン
独『らせん階段』 ロバート・シオドマク
日『河内山宗俊』 山中貞雄
仏『アタラント号』 ジャン・ヴィゴ
米『モンキー・ビジネス』 ハワード・ホークス
フィ『カラマリ・ユニオン』 アキ・カウリスマキ
仏・独『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』 ストローブ=ユイレ
米『タイムリミット25時』 ハロルド・クルアーマン
米『サリヴァンの旅』 プレストン・スタージェス
伊『ベリッシマ』 ルキノ・ヴィスコンティ
米『孤独な場所で』 ニコラス・レイ
 国別ではアメリカがぶっちぎり。フランス・日本・ドイツがその後を追う。
アメリカ 37
フランス 12
日本 11
ドイツ 7
イタリア 2
メキシコ 1
ロシア 1
スペイン 1
フィンランド 1
 明確に間引いた監督は以下6名、三作に収めるのは辛かった。その他、J・ターナーやJ・マーシャルやJ・スティーブンスやJ・キューカーにもまだ挙げたい作品があったように思う。
小津安二郎
マーク・サンドリッチ
ルネ・クレール
ジョン・フォード
エルンスト・ルビッチ
ジャン・ルノワール
ロイド・ベーコン
 役者別では、アステア&ロジャースと笠智衆が競り、コンビ作以外にも主演のあったロジャースが競り勝った。複数の監督作にまたがって出演している人のみをカウントしたため、杉村春子・三宅邦子の2出演とエドワード・G・ロビンソンの2出演は除いている。
ジンジャー・ロジャース 6
フレッド・アステア 5
笠智衆 5
マルクス兄弟 4
原節子 3
ジョエル・マクリー 3
バーバラ・スタンウィック 2
キャサリン・ヘップバーン 2
ミシェル・シモン���2
   カラー
台『クーリンチェ少年殺人事件』 エドワード・ヤン
ス『シルヴィアのいる街で』 ホセ・ルイス・ゲリン
無『コッポラの胡蝶の夢』 フランシス・フォード・コッポラ
日『東京上空いらっしゃいませ』 相米慎二
中『ヒーロー・ネバー・ダイ』 ジョニー・トー
仏『恋の秋』 エリック・ロメール
中『俠女』 キン・フー
日『紅の豚』 宮崎駿
米『ドノバン珊瑚礁』 ジョン・フォード
日『秋刀魚の味』 小津安二郎
米『グラン・トリノ』 クリント・イーストウッド
伊『夕陽のギャングたち』 セルジオ・レオーネ
リ『ライフ・オブ・ウォーホル』 ジョナス・メカス
ス『マルメロの陽光』 ヴィクトル・エリセ
日『ツィゴイネルワイゼン』 鈴木清順
日『あの夏、いちばん静かな海。』 北野武
米『ビッグフィッシュ』 ティム・バートン
米『トップガン』 トニー・スコット
米『天使にラブソングを2』 ビル・デューク
日『鉄塔 武蔵野線』 長尾直樹
米『フィールド・オブ・ドリームス』 フィル・アルデン・ロビンソン
日『勝手にしやがれ!!黄金計画』 黒沢清
米『ナイト&デイ』 ジェームズ・マンゴールド
米『ゴースト・オブ・マーズ』 ジョン・カーペンター
イ『友だちのうちはどこ?』 アッバス・キアロスタミ
仏『フレンチカンカン』 ジャン・ルノワール
日『浮草』 小津安二郎
伊『ニュー・シネマ・パラダイス』 ジュゼッペ・トルナトーレ
米『ピーウィーの大冒険』 ティム・バートン
米『ダージリン急行』 ウェス・アンダーソン
日『ソナチネ』 北野武
ベ『夏至』 トライ・アン・ユン
伊『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』 セルジオ・レオーネ
米『運び屋』 クリント・イーストウッド
日『アカルイミライ』 黒沢清
中『ターンレフト ターンライト』 ジョニー・トー
日『ルパン三世 カリオストロの城』 宮崎駿
日『青空娘』 増村保造
ポ『溶岩の家』 ペドロ・コスタ
台『ヤンヤン 夏の思い出』 エドワード・ヤン
日『夏の庭』 相米慎二
日『菊次郎の夏』 北野武
米『フェイク』 オーソン・ウェルズ
仏『緑の光線』 エリック・ロメール
韓『美術館の隣の動物園』 イ・ジョンヒャン
米『大砂塵』 ニコラス・レイ
米『断絶』 モンテ・ヘルマン
日『接吻』 万田邦敏
米『不滅の物語』 オーソン・ウェルズ
日『魚影の群れ』 相米慎二
仏『レネットとミラベル / 四つの冒険』 エリック・ロメール
日『さゞなみ』 長尾直樹
日『大地の子守歌』 増村保造
中『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』 ジョニー・トー
日『イヌミチ』 万田邦敏
米『エスケープ・フロム・LA』 ジョン・カーペンター
米『ザ・マミー / 呪われた砂漠の女王』 アレックス・カーツマン
米『コンタクト』 ロバート・ゼメキス
米『��リティ・リーグ』 ペニー・マーシャル
日『三鳥羽三代記』 番匠義彰
日『夢ニ』 鈴木清順
日『コックファイター』 モンテ・ヘルマン
日『地獄の警備員』 黒沢清
日『怪異談 生きてゐる小平次』 中川信夫
日『危険旅行』 中村登
中『長江哀歌』 ジャ・ジャンクー
露『不思議惑星キン・ザ・ザ』 オルギー・ダネリア
ポ『コロンブス 永遠の海』 マノエル・ド・オリヴェイラ
ス『影の列車』 ホセ・ルイス・ゲリン
台『冬冬の夏休み』 ホウ・シャオシェン
中『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』 チン・シウトン
米『パーフェクト・ワールド』 クリント・イーストウッド
米『コラテラル』 マイケル・マン
米『アンストッパブル』 トニー・スコット
米『サミュエル・フラー』 最前線物語
米『戦火の馬』 スティーブン・スピルバーグ
ギ『蜂の旅人』 テオ・アンゲロプロス
韓『グエムル 漢江の怪物』 ボン・ジュノ
米『アンブレイカブル』 M・ナイト・シャマラン 
米『ターミナル』 スティーブン・スピルバーグ
米『タロットカード殺人事件』 ウディ・アレン
米『スーパーエイト』 J・J・エイブラムス
米『オブリビオン』 ジョセフ・コシンスキー
南ア『チャッピー』 ニール・ブロムカンプ
米『クラウド・アトラス』 ウォシャウスキー姉妹
仏『ラルジャン』 ロベール・ブレッソン
米『ロン・ハワード』 ウィロー
米『キャリー』 ブライアン・デ・パルマ
米『アニー』 ジョン・ヒューストン
米『フック』 スティーブン・スピルバーグ
日『あん』 河瀬直美
日『犬猫』 井口奈己
日『鏡の女たち』 吉田喜重
台『珈琲時光』 ホウ・シャオシェン
米『緑色の髪の少年』 ジョセフ・ロージー
ス『ミツバチのささやき』 ヴィクトル・エリセ
米『デジャヴ』 トニー・スコット
  アメリカの独走は相変わらずだが、第三勢力の台頭により、占めるパーセンテージが下がっている。第二勢力だったフランス・日本・ドイツのうち、フランスとドイツの本数が激減。ドイツについてはダグラス・サークを温めている。機会がきたら観たい。フランスの半減は、いわゆるヌーベルヴァーグの作品がことごとく外れてしまったからだと思われる。エリック・ロメールが孤軍奮闘。第三勢力では、とくにアジアの台頭が目覚ましい。
アメリカ 38
日本 28
フランス 5
中国 6
台湾 4
イタリア 3
スペイン 4
韓国 2
ロシア 1
ギリシャ 1
ポルトガル 2
イラン 1
ベトナム 1
リトアニア 1
南アフリカ共和国 1
無国籍 1
 明確に間引いた監督は以下8名。小津安二郎、ジョン・フォード、ジャン・ルノワール、ニコラス・レイ、ホセ・ルイス・ゲリン、ルキノ・ヴィスコンティ、サミュエル・フラーの7名がモノクロ・カラーの両者でランクイン。
クリント・イーストウッド
北野武
黒沢清
エリック・ロメール
相米慎二
ジョニー・トー
トニー・スコット
スティーブン・スピルバーグ
 国が分散したせいか、役者はあまり揃わず。ダブル・トムが奮闘。
トム・クルーズ 5
トム・ハンクス 3
 ま��まだ全然観られていないなあ、と思い知らされる。とくに50年代半ば~70年代くらいの日本映画がこぞって欠落しているような気がする。それから女性監督作のあまりの少なさに面食らった。ウォシャウスキー姉妹・河瀬直美・井口奈己はそのことに思い至ってあとから付け加えた。
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2ttf · 13 years ago
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guragura000 · 4 years ago
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海辺の洞窟
 リネン君は、誰よりもまともです、という顔をして、クズだ。彼の中身はしっちゃかめっちゃかだ。どうしたらそんなにとっ散らかることができるのか、僕には分からない。
 彼の朝は床から始まる。ベッドに寝ていた筈なのに、いつの間にか転がり落ちているのだ。頭をぼりぼり掻きながら洗顔もせずに、そこらに落ちている乾いたパンを食べる。前日に酒を飲んでいたのであれば、トイレに行って吐く。
 それから自分を寝床から蹴落とした女を見やる。それは顔も知らない女であったり、友人の彼女であったり、上司の妻であったりする。ともかく面倒くさそうな女だ。
 ここで必ず電話が鳴る。誰もがリネン君が起きる瞬間を見計らったように電話をよこす。それとも彼の体が電話に備えるようになったのか。まあ、どちらでもいい。
 電話の向こうは女の関係者で、烈火の如く怒っている。朝から怒鳴り声を聞くのは気分のいいものではない。口の中から胆汁がしみ出してくるような心地になるので、黙って切る。
 リネン君にとって、彼女とその関係者の将来など、自分には関係のないことなのである。いやいや彼は彼女らの人生に大いに干渉しているのだが、リネン君は全ての責任を放棄しているのだ。誰が何と言おうと、彼は彼の行動の責任をとらないし、とるつもりもない。だからどうしようもない。
 そうこうしているうちに女が目覚める。彼女はリネン君の消えゆく語尾から、彼氏や旦那の名前を聞き取るだろう。次の瞬間彼女はヒステリックに喚き出し、リネン君は自室を追い出されるはめになるわけだ。
 リネン君はあくびをしいしい喫茶店に入り、仕事までの時間を潰す。休日であれば友人なのか知り合いなのか曖昧な人間と遊ぶ。暇な輩がつかまらなければ、その辺をうろつく汚い野良猫とたわむれる。リネン君は大抵の人には煙たがられるが、動物には好かれるのである。
 リネン君は出会う人々とろくでもない話をする。誰かを笑わせない日はないし、誰かを傷つけない日もない。彼は湧き上がった感情を、健全であれ不健全であれ、その場で解消するだけなのだ。
 僕等は同じアパートに住んでいる。リネン君の部屋は一階の一番端っこ、僕の部屋は二階の階段のすぐ隣だ。親しくなる前から彼の顔は知っていた。朝、父さんに言われて新聞を取りに行くと、みちみちにチ��シの詰まった郵便受けの前で悪態を付いている彼を��々見かけた。母さんから、
「あんな人と付き合っちゃダメよ」
とお叱りを受けたこともある。その理由を聞くと、
「しょっちゅう女の人を連れ込んでいるみたいだし、毎晩のように酔っ払って何かを叫びながら帰ってくるし、たまに非常階段で寝てるし、ゴミは分別しないで出すし、昼間もふらふらして何をしているか分からないし、無精髭を剃りもしないしこの間だって⋯⋯」
と、このように、大人達のリネン君の評判はよろしくなかった。
 僕等はアパートの庭に設置されている自販機の前で出会った。リネン君の第一声は、
「おい。五十円持ってないか」
だった。小遣いでジュースを買いにきた小学生にかける言葉ではないと思うが、いかにも彼らしい。リネン君はたかった金で手に入れたエナジードリンクを一気に飲み干した。それから隣でグレープジュースをちびちび啜っている僕を、
「ガキ。礼に煎餅やるから来い」
「え? でも知らない人の家に行くなって母さんから言われてるし」
「親離れは早いにこしたことない。いいから来い」
「え、あ、あの、ちょっと」
誘拐まがいに部屋に招いたのだった。
 そうして僕は彼と親しくなった。もちろん母さんには内緒で。
 彼の部屋は余計なものでい��ぱいだ。年期の入った黒電話、聞きもしないレコード、放浪先で見つけてきた不気味な雑貨、または女性。つまり彼の部屋は子どもの暇つぶしにもってこいの場所なのだ。
「リネン君はどこから来たの?」
 僕が尋ねても、彼はにんまり笑って答えない。
「俺がどこからやってきたかなんて、お前には関係ないことだろ?」
「じゃあこれからどこへ行くの?」
「嫌なことを聞くやつだな、お前は」
 リネン君は心底うんざりした顔で僕を睨みつけた。けれど僕は睨まれても平気だ。大人は彼を怖がるけれど、僕はそうではない。彼は子どもと同じだ。好きなことはやる。嫌いなことはやらない。それだけ。それは子どもの僕にとって、非常に理にかなったやり方に思える。
 大人は彼をこう呼ぶ。「根性なし」「我がまま」「女たらし」「クズ」⋯⋯。
 リネン君は煙草をくゆらせる。
「近所のババア共ときたら、俺の姿が見えなくなった途端に悪口おっ始めやがる。常識人になり損なっただけなのにこの言い草だ。奴らに面と向かって啖呵切る俺の方がよっぽど潔いぜ。違うか?」
 本人はそう言っているが、リネン君は陰険だ。この間なんて仕事で成功した友人の彼女と寝て、絶交を言い渡されてされていた。僕には確信犯としか思えない。
「バカ言え。どうしてそんな面働なことをやらなくちゃならない? 俺はな、他の奴らの目なんてどうでもいい。自分の好きなことに忠実でありたいだけだ」
 リネン君は良くも悪くも自分の尻拭いができない。つまりクズっていうのは、そういうことだと思う���
 とはいえ彼は僕に良くしてくれる。
「林檎食うか?」
 彼は台所から青い林檎を放ってくれた。
「ありがと」
 僕は表皮を上着の袖で拭き、がじっと齧る。酸っぱくて唾液がにじむ。リネン君は口いっぱいに食べカスを詰め込みながら、もがもがと言った。
「そういや隣の兄ちゃん、引っ越したからな」
 なぜとは聞かなかった。リネン君が原因だと察しがついたからだ。
「どうせ彼女を奪ったんでしょ」
「『彼女を奪う』か。『花を摘む』と同じくらいロマンチックな言葉だな。お前、いい男になるよ」
「適当なこと言って」
「悪いな、またお前の植木鉢から花を摘んじまったよ」
「本当に悪いと思うなら、もうこんなことやめてよね」
「駄目だ。夜になると女が欲しくなる。こう見えても俺は寂しがり屋だからな」
「うえー、気色悪っ。⋯⋯それでお兄さんはどこに?」
「浜辺の廃屋に越したって。遊びに行こうったって無駄だぜ。あいつ、彼女にふられたショックで頭がおかしくなっちまって、四六時中インクの切れたタイプライターを叩いてるんだそうだ」
 彼女にふられたショック? それだけではないだろう。リネン君の残酷な言葉に弱点を突かれたのだ。
 人間は隠そうとしていた記憶、もしくはコンプレックスを指摘されると、呆れるほど頼りなくなるものだ。ある人は気分が沈みがちになり、ある人は仕事に行けなくなる。リネン君は、大人になるということは秘密を隠し持つようになることだ、と言う。
 つまり、と僕は子どもなりに解釈する。大人達は誰もが胸に、洞窟を一つ隠し持っているのだ。穴の奥には宝箱があって、そこには美しい宝石が眠っている。宝石は脆く、強く触れば簡単に壊れてしまう。彼らは心を許せる仲間にだけその石を見せる⋯⋯と、こんな具合だろうか。
 リネン君は槍をかついでそこに押し入り、宝石を砕いてしまうのだろう。ばらばらに砕けた宝物。リネン君は散らばる破片を冷徹に見下ろす。物語の悪役のように⋯⋯。
 ではリネン君の洞窟は? 彼の胸板に視線を走らせる。何も見えない。堅く堅く閉ざされている。僕は酸っぱい林檎をもう一口齧る。
 午後の光が差す道を、僕等は歩いた。今日の暇つぶし相手は僕というわけだ。
「リネン君」
「何だ」
「僕、これ以上先へは行けないよ。学区外だもの」
「そんなの気にするな。保護者がついてるじゃないか」
 リネン君は自分を指差した。頼りになりそうもない。
「学校はどうだ」
「楽しいよ」
「嘘つくんじゃない」
「嘘じゃないよ。リネン君は楽しくなかったの?」
「楽しくなかったね。誰がクラスメイトだったかすら覚えていない。あー、思い出したくもない」
 路地裏は埃っぽく閑散としていた。あちこちに土煙で茶色くなったガラクタが転がり、腐り始める時を待っている。プロペラの欠けた扇風機、何も植えられることのなかった鉢、泥棒に乗り捨てられた自転車⋯⋯。隙間からたんぽぽが図太く茎を伸ばしている。僕達はそれらを踏み越える。
「友達とは上手くやれているか」
「大人みたいなことを聞くんだね」
「俺だって時々大人になるさ」
「都合の悪い時は子どもになるくせに?」
「黙ってろ。小遣いやらないぞ」
「ごめんごめん。友達とはまあまあだよ」
「どんな奴だ」
「うーん」
 僕はそれなりに仲のいい面子を思い浮かべる。けれど結局、分からない、とだけ言った。なぜなら誰であっても、リネン君の擦り切れた個性には敵わないように思えたからだ。僕の脳内で神に扮したリネン君が、同級生の頭上に腕組みをしてふんぞり返った。
「どいつもこいつもじゃがいもみたいな顔してやがる。区別がつかねえのも当然だ」
 リネン君はまさに愚民を見下ろす神の如くぼやく。だが僕は彼を尊敬しているわけではない。むしろ彼のようになるくらいなら、じゃがいもでいる方がましだと思う。
「ところでリネン君、僕等は一体どこに向かっているの?」
 彼の三角の鼻の穴が答えた。
「廃墟だよ。夢のタイピストに会いに行く」
 潮の匂いに誘われ松林を抜けると、そこは海だ。透き通った水色の波が穏やかに打ち寄せる。春の太陽が砂を温め、足の裏がほかほかと気持ちいい。リネン君の頭にカモメが糞を落とす。鳥に拳を振り上げ本気で怒り狂う彼を見て、僕は大笑いする。
 その建物は浜辺にぽつりと佇んでいた。四角い外観に白い壁、すっきりとした窓。今は壊れかけて見る影もないが、かつては垢抜けた家だったのだろう。
ペンキが剥げたドアを開ける。錆びた蝶番がひどい音を立てる。中はがらんとしていた。一室が広いので、間取りを把握するのに手間取る。主人を失った椅子が一脚悲しげに倒れている。家具といったらそれきりだ。天井も床もところどころ抜けている。まだらに光が降り注ぎ、さながら海の中のようだ。
 空っぽの缶詰を背負ったヤドカリが歩いている。リネン君がそれをつまみ、ふざけて僕の鼻先に押しつける。僕の悲鳴が反響し消えてゆく。本当にここにお兄さんが住んでいるのだろうか。
「どこにいるってんだ。これだけ広いと探すのも手間だぜ」
リネンくんは穴の空いた壁を撫で、目を細める。
「僕は何だかわくわくするな。秘密基地みたいで」
「だからお前はガキだってんだ」
「うるさいな⋯⋯あ」
「あ」
 僕等はようやく彼を見つけた。
 お兄さんは奥の小さな部屋にいた。バネの飛び出た肘掛け椅子に座り、一心不乱にタイプライターを叩いている。紙に見えない文字が次々と刻まれてゆく。テーブルには白紙の「原稿」が山積みになっていた。僕等は息を呑み、その光景に見入る。
僕は目の前の人物がお兄さんだと信じることができなかった。きらきらしていた��は濁っていた。締まった頬はこけていた。真っ直ぐだった背骨はたわんでいた。若さでぴんと張ったお兄さんは、くしゃくしゃになっていた。
「ご熱心なことで」
 リネン君はテーブルに寄りかかり、これみよがしに足を組む。
「おい、元気か」
 お兄さんは僕等に目もくれない。リネン君は溜息を吐く。
「聞こえてるのか」
 先程よりも大きな声だった。沈黙が訪れると、キーを叩く音だけがカチャカチャと鳴った。呼吸のように規則正しく。カチャカチャカチャ、チーン。カチャカチャカチャカチャ、カチャ。
 リネン君は懲りずに話しかける。
「何を書いてるんだ。小説か。いいご身分だな。ちゃんと物食ってるか。誰が運んでくれてる。あの女か?答えろよ。答えろっつうんだ。おい!」
 かつてお兄さんは僕とよく遊んでくれた。爽やかに笑う人だった。時折食事に誘ってくれた。決まって薄味の感じのいい料理だった。彼女が顔を出す日もあった。彼に似て優しい女性だった。リネン君が彼女を知るまでは。
「お前、俺が彼女と寝てからおかしくなったんだってな」
 リネン君はねちっこい口調で囁く。
「脆いもんだ、人間なんて。そうだろ? 好青年だったお前がこんなに縮んじまった。どうしたんだ? 筋トレは。スポーツは。やめちまったのかよ。友達は会いにこないのか? そうだよな。病人と面会なんて辛気臭いだけだ。
 お前は何もかも失ったんだ。大事なものから見放されたんだ。良かったなあ、重かっただろ。俺はお前の重荷を下ろしてやったんだよ。大事なものを背負えば背負うほど、人生ってのは面倒になるからな。
 にしても、たかが女一人逃げたくらいで自分を破滅させるなんて馬鹿なやつだな。お前は本当に馬鹿なやつだよ」
 お兄さんは依然として幻の文字を凝視している。それにもかかわらず毒を吐き続けるリネン君がやにわに恐ろしくなる。一度宝石を砕かれた人は、何もかもどうでもよくなるのかもしれない。何も感じることができない空っぽの生き物。それは果たして人間なのだろうか。もしかしてリネン君の石は、もう壊されてしまった後なのかもしれない。
 チーン。
 お兄さんが初めて身動きをした。原稿が一ページできあがったらしい。彼は機械から完成品を抜き取ると、ロボットのように新たな用紙をセットした。後は同じことの繰り返しだった。決まったリズムでタイプを続けるだけ。カチャカチャカチャカチャ。
 リネン君は舌打ちをした。
 僕等は廃屋を後にした。夕日が雲を茜色に染め上げる。水平線が光を受けて星のように瞬いていた。海猫がミャアミャア鳴きながら海を越えてゆく。遠い国へ行くのだろうか。
「壊れた人間と話しても張り合いがねぇな。ったく時間の無駄だった。まともな部分が残ってたら、もう少し楽しめたんだがな」
 リネン君はクックック、と下劣な笑いをもらす。仄暗い部屋で背中を丸めていたお兄さんの横顔が頭をよぎる。
「リネン君、どうしてお兄さんだったの?」
 僕��リネン君に問いかける。糾弾ではなく、純粋な質問だ。リネン君は億劫そうに髭剃り跡を掻きむしった。
「お前には関係のないことだろ」
「お兄さんに何かされたの? お金がほしかったの? それとも彼女さんが好きで妬ましかったの?」
「どれもガキが考えそうなことだな」
「ねえ、何で? 教えてよ」
 彼は僕の肩をぽんと叩いた。それで分かった。彼は僕の問いに答えてはくれないだろう。明日も、明後日も、その先も。ひょっとするとリネン君も、自分がどうしてそうしてしまうのか分からないのかもしれない。だから洞窟荒らしを繰り返してしまうのかもしれない。それは彼の壊れた宝石がさせることなのかもしれない。ずっと、ずっと前に壊れてしまった宝石が。
 僕は彼の手を握る。
「僕には何でも話してよ。僕、子どもだし。大人の理屈なんて分からないし。リネン君が話したことは誰にも言わないよ。友達にも絶対。だからさ⋯⋯」
 リネン君は鼻をスンと鳴らした。何も言わなかったけれど、僕の手を払い���けることもしなかった。
 僕等はとぼとぼと暮れなずむ街道を歩いた。夜が深まるにつれ、繁華街のネオンがやかましくなる。リネン君は殊更騒がしい店の前で立ち止まると、
「これで何か食え」
僕に小銭を握らせドアの向こうに消えた。
 近くの自販機でコーラを買う。プルタブを開けると甘い香りが漂う。僕はリネン君の部屋に放置されていたビール缶の臭いを思い出す。どうして黄金色の飲み物からあんな臭いがするのだろう。コーラのように甘やかな匂いだったらいいのに。そう思うのは、僕が子どもだからなのだろうか。
 僕は全速力で走る。野良犬にちょっかいをかけていたら、すっかり遅くなってしまった。早く帰らないと母さんに怒られるかもしれない。これまでの時間誰と何をしていたのか問い詰められたら、リネン君のことを白状しなければならなくなる。自白したが最後「あんな人と付き合うのはやめなさい」理論で、監視の目が厳しくなるかもしれないのだ。
 慌ててアパートの敷地に駆け込んだ時、リネン君の部屋の前に女の人が座り込んでいるのが見えた。臍が出るほど短いTシャツ、玉虫色のジャケット、ボロボロのジーンズ。明るい髪色と首のチョーカーが奇抜な印象だ。切れかけた電球に照らされた物憂げな顔が気にかかり、つい声をかけてしまう。
「あの。リネン君、しばらく帰らないと思いますよ。居酒屋に入ってったから」
 女の人は僕を見た。赤い口紅がひかめく。瞬きをする度、つけ睫毛からバサバサと音がしそうだ。彼女はかすれた声で返事をした。
「そう。だろうと思った」
 彼女はラインストーンで飾られたバックから煙草を取り出し、火をつける。煙からほのかにバニラの香りがした。
「君は彼の弟?」
 僕はぶんぶんと首を横に振る。これだけは何が何でも否定しなければならない。
「ふーん。じゃ、友達?」
「そんなところです。僕が面倒を見てあげています」
「あいつ、いい歳なの��子どもに面倒見られてるんだ。おかしいの」
 女の人はチェシャ猫のようににやりと笑った。彼女は派手な上着のポケットをまさぐる。
「ほら、食べな」
 差し出された手にはミルク飴が一つ乗っていた。
「あ。有難うございます」
「あたしミクっていうの。よろしくね」
「よろしくお願いします」
 僕は彼女の横に腰かけ、飴玉を頬張った。懐かしい味が口内に広がる。ミクさんは足を地べたに投げ出し、ゆらゆらと揺らす。僕も真似をした。
「ミクさんはリネン君の彼女なんですか」
「はあ? 違うって。昨日あいつと飲んでたら突然ここに連れ込まれちゃって、明日も来いなんて言われてさ。暇だから何となく寄っただけ。彼氏は他にいる」
 恋人がいるのに名も知らぬ男の家に二晩続けて泊まりにくるなんて、やはり大人の考えることはよく分からない。
「それにあいつ、彼女いるんじゃないの?」
「えっ。いないですよ」
 正しくは「ちゃんとした彼女はいない」だ。
「そうなの? 昨日彼女の話で盛り上がったのになあ。じゃあ思い出話だったんだ、あれ」
 好奇心が頭をもたげる。僕はわくわくと聞き返した。
「リネン君が言う彼女って、どんな人だったんですか?」
「えーとね。確か大学で知り合って」
 リネン君、大学なんて行ってたんだ。
「サークルの後輩で」
 サークル入ってたんだ。
「大人しくて可愛くて料理が上手くて守ってあげたくなる感じで」
 そんな人がリネン君と付き合うだろうか。
「結婚しようと思ってたんだって」
「まさか!」
「うわ、びっくりした。突然叫ばないでよね」
「すみません。今のリネン君からは全く想像できない話だったもので」
「そんなに?」
 やっぱ君っておかしいの、とミクさんは微笑む。
「どんな人にも、こっそり取っておきたい思い出って、あるからね」
 僕はひょっとして〝彼女〟がリネン君の宝石だったのではないかと推測し、やめた。いくら何でも陳腐だし、ありきたりな筋書きだ。恐らく宝石はもっと複雑で、多彩な色をしているはずだから。
ミクさんはあっけらかんと言う。
「ま、君の反応を見る限り、彼女の存在もあいつのでっちあげだった可能性が高いけど」
大いに有り得る。彼女は腰を上げスカートの砂を払った。
「行くんですか?」
「うん。君もそろそろ帰る時間でしょ?」
「リネン君にミクさんが来たこと、伝えときましょうか?」
「いいよ。この分じゃ、約束したことすら覚えてないと思うから」
ミクさんは僕に溢れんばかりにミルク飴を握らせると、
「またどこかでね」
カツカツとヒールを鳴らして立ち去った。
 ドアを開けた瞬間母さんがすっ飛んできて「心配したのよ!」と怒鳴った。
「まあ許してやれよ、男の子なんだから。なあ?」
「お父さんは黙ってて!」
「はい」
どうして僕の周りの男どもはこうも頼りないのか。
母さんにこってりしぼられながら、僕はかつてのリネン君の恋人を思い浮かべる。まなじりは涼しく吊り上がり、���なしか猫に似ている。けれどリネン君がどんな顔をして彼女に接していたのかという点においては、全く想像がつかない。
女性を抱いては捨てるリネン君。皮肉を言ってばかりのリネン君。人を廃人にするリネン君。リネン君にとって今の生活は、余生でしかないのだろうか。
洞窟は宝石の輝きを失ったら、どうなるのだろう。僕等は心が壊れても死なないけれど、それは果たして幸福なことなのだろうか。人は肉体が朽ちるまでは何があっても生きる運命だ。この体は意外と頑丈だから。
「聞いてるの?!あんたって子は本当に⋯⋯ちょっと、誰からこんなにミルク飴貰ったの!叱られながら舐めないの!」
「痛っ!」
頭をはたかれた衝撃で、口の中の飴がガチンと割れる。
僕の宝石は誰にも見つからないように、奥深くに隠しておこう。誰かが洞窟に侵入した場合に備え、武器を用意しておこう。相手を傷つけることのない柔らかな武器を。もしかしたらその敵は、リネン君かもしれないから。
僕がお説教されている頃、孤独なタイピストの家に誰かが食事を運んでいた。カーテンの向こう側に蝋燭の火が灯され、二人の影が浮かび上がる。
古びた机に湯気の立つ皿が置かれると、お兄さんはぴたりと手を止める。彼は凝り固まった体をやっとのことで動かし、痩せ細った手でスプーンを掴む。
その人は彼が料理を口に運ぶのを、伏し目がちに、いつまでも見守っていた。
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kachoushi · 4 years ago
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各地句会報
花鳥誌令和2年8月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
令和2年5月5日 さゞれ会
累々と墓黒々と落椿 雪   落椿踏むにつけても偲ぶ人 同   落椿女を踏むと云ふ男 同   表札に士族とありて武具飾る 匠   閻魔様に折り合ひつけて彼岸寺 同   夫逝きし白を極めるつつじかな 笑   満開に共に歩みし人のなく 雪子
(順不同) ………………………………………………………………
令和2年5月7日 うづら三日の月句会
坊城俊樹選 特選句
葉桜の香り流るる足羽川 英子 夏近し手足やさしく風過ぐる 同   角砂糖白磁に溶けて街薄暑 都   遠き日にここで迷ひし麦の秋 同   一輪の余花に集まる日差しかな 同  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月11日 武生花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
髪止めに真珠一つぶ五月来る ��嶋昭子 喪のひとの手のひんやりと若葉どき 同   大砲のごとく筍置かれけり 信子 鉄塔の四脚も植田の中となる 同   楮漉く千年の里風光る 時江 金泥に波打つ裾野竹の秋 同   花吹雪殉国の人偲ばばや みす枝 月光に濡れて新樹の艶めけり 同   晴天に大きくうねる鯉幟 さよ子 青梅の落つる音してふと不安 同   大空を大きく沈む代田かな 錦子 バイブルに手をおく祈り風薫る ミチ子 草朧ふはりと人の現れし 中山昭子 百匹の大河を跨ぐこひのぼり 英美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月12日 萩花鳥句会
城山を消して卯の花腐しかな 小勇 老いし猫病みて添ひ寝や明易し 祐子 夏めくや開襟シャツにスニーカー 美恵子 春昼や地上の雀おにごつこ 吉之 工夫してマスク文化は手縫ひから 健雄 ひと月半家籠る間に夏めきて 陽子 葉桜や四女は無事に嬰児を ゆかり 産土の原始の森の椎若葉 克弘
(順不同) ………………………………………………………………
令和2年5月12日 さくら花鳥会
岡田順子選 特選句
黙々と祖母想ひ剥く夏蜜柑 裕子 釜の艶褒められもして夏炉守 寿子 鯖へしこ無口な兄が酔ふ夕べ 登美子 夏籠写経もひとり墨を磨る 令子 振り向けば囲まれてゐし遠蛙 紀子 海夕焼け劇画の如き雲なりし みえこ 父からの筍二本と帰路につく 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月13日 芦原花鳥句会
坊城俊樹選 特選句
もこもこの優しき綿毛白木蓮 けんじ 紙風船薬の匂ひふくらませ 孝子 静かにもおでましならず雛の間 寛子 春の山眠り解くや獣道 依子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月13日 鳥取花鳥会
岡田順子選 特選句
島浦の永久なる茅花流しかな 栄子 叢雨の止みて香の立つ花楝 益恵 若布干す近寄る孫も追ひ払ひ すみ子 番傘に宿屋の太字夏の雨 幹也 柏手に滝音遠く加はれり 宇太郎 緑陰に臼置かれあり陣屋跡 都   東照宮深くに沈め夏あざみ 悦子 新緑を天蓋にして墓眠る 佐代子 若布干す並びし媼皆一糸 すみ子 鰻食ふ昔の川の匂ひして 幹也
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月16日 伊藤柏翠俳句記念館
坊城俊樹選 特選句
牡丹の芽ほぐるる音の有るや無し 雪   揺られざるまま揺られゐし糸桜 英美子 陸軍墓地裏山道や著莪の花 ただし ジョンウェイン様に御目もじ春の暮 和子 農���屋を開くこと待つ燕かな 富子 竹の秋一山を似て一寺なる 一仁 青葉風軍馬の像の駈けるごと みす枝 子供の日兜かぶせて大将に 同  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月21日 鯖江花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
初蝶に待たるる思ひして人に 雪   永き日や遅るにまかす置時計 同   濁世いま風を靡かせ薔薇香る 一涓 結ひ今も眼裏にあり植田見る 同   水口に水踊り入れ代掻きぬ みす枝 一面の黄金焦げゆく麦の秋 同   終夜月明るくて明け易し 直子 村眠る代田に星を溢れしめ 信子 荒島岳そつくり映す代田かな 昭子 花芯より崩るは哀し白牡丹 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 零の会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
茉莉花の月よりたたなづくかをり 光子 海ほほづき写真に遺る姉二人 炳子 天帝の夜へひとこゑや青葉木菟 順子 括られしままのふらここ雲流る 眞理子 薄暑かなひとはひとから遠ざかる 公世 チューリップみだらに割れて蕊黒し 和子 眉を引く八十八夜のバスルーム いづみ 白藤のゆさり青磁の大鉢に 眞理子 まつしろな水へ噴水落ち続け 千種 夕暮が燃え尽きてゐる薄暑かな 伊豫 吸ふ息を肺に満たして春惜む 小鳥 出棺を見送りに出る花の下 清流 列島をがらんどうなる薄暑来る 伊豫
岡田順子選 特選句
昼寝覚なんたる猫の目の蒼さ 公世 街一切消えてゆくなり春夕焼 和子 括られしままのふらここ雲流る 眞理子 スケボーの子に引つぱられ藤の花 小鳥 撫でてゐる馬は相棒ライラック 光子 こ煩い姉にまつかなアマリリス 三郎 塵芥車のうた角に消え街薄暑 小鳥 薔薇見えて噴水見えぬ席であり 千種 青といふ頑是なきもの子どもの日 公世 桜蕊降り頻る日のとしあつ忌 清流 俯いてからの青空姫女菀 慶月 股ぐらを通り抜けたる青嵐 伊豫 十字架の薄暑の胸となりしかな 俊樹 谷根千の古寺を過ぎりてつばくらめ 梓渕
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 なかみち句会(投句のみ)
栗林圭魚選 特選句
一八の花に湧く風しなやかに 秋尚 摩崖仏仰ぎ見る目に若葉風 有有 幣揺らす五月の風や祝詞上ぐ 貴薫 青空へ姿勢正して緑立つ 秋尚 品書は心太のみ峠茶屋 美貴 矢車や音立てやをら廻りだし せつこ 紫に波打つ藤の幹猛る 怜   産土の杜ふくらませ楠若葉 同   若葉風兄に会ひたく無言館 あき子 豆桜富士山見ゆる峠道 ことこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 風月句会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
空つぽのブランコのまだ揺れ��ゐる 和子 薔薇咲かせ運命流しくる隣家 慶月 少年の拳にささる薔薇の棘 炳子 踏み切りに人疎らなる駅薄暑 慶月 狛犬は韓国風の宮薄暑 要   愁ひつつ神鈴振れば青葉風 政江 鏝跡の壁の屋敷と白薔薇と 慶月 青蔦の囲む窓よりランプの灯 政江 さざめきを洩らし薔薇園閉鎖中 眞理子 まどかなる月へまつたき白薔薇 千種
栗林圭魚選 特選句
大ぶりの豆大福や古茶を汲む 眞理子 湧き上がりつつ鎮れる新樹かな 要   富士塚の頂上よりの若楓 同   大空に連なるこゑの揚雲雀 幸風 鉄線の花に触れ去る影一つ 久子 揺るぎなき銅の鳥居や夏の蝶 亜栄子 グッピーと共に隠居や新茶汲む 亜栄子 蝦蛄剥きし指の痛みに白ワイン 要  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 福井花鳥句会(投句のみ)
坊城俊樹選 特選句
黒髪の娘の洗ひ髪すぐ乾く 世詩明 一気呑みビールは咽を鳴らしけり 同   柏餅供へて偲ぶ吾子のこと 千代子 囚はれのごとき身なりて春は逝く 和子 四月尽人通り無きこの街に 同   菜園の中は蝶々の交叉点 千加江 吾子ら来ぬ牡丹咲けど亦散れど 昭子 深海の色の紫陽花贈り来る 同   自粛にてクロスワードす日永かな 令子 ひとひらの光となりて花は葉に 啓子 遠ざかる思ひ出ばかり花は葉に 同   ダム見えて無尽蔵なる蕗の径 よしのり リラ満ちて無人校舎の無表情 数幸 初蝶の黄の滴らんばかりなる 雪  
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和2年5月 九州花鳥会
坊城俊樹選 特選句
フーコーの振り子の孤独五月闇 伸子 卯の花や仏の胸に彫る仏 成子 街薄暑時をきざまぬ花時計 豊子 紫陽花に薄水色の雨の降る 千代 弥陀仏の薄目の奥の楠若葉 さえこ 少年の孤独の前にかたつむり 朝子 来し方を肘の蛍と戻りけり 愛   潮の香の高きふるさと夏の月 洋子 花卯木垣に咲かせて尼の留守 初子 永仁の壺中に深し五月闇 喜和 夏の蝶天を破りて降り来たる 朝子 卯の花の乱れやすきを篭盛に 豊子 桜桃忌磁針はいつも揺れ迷ふ 伸子 アパートの小暗き窓や夕蛍 志津子 生き方を変へねばといふ夏来る 光子 籠りゐの春漸くに夏の立つ 由紀子 新樹燃ゆ薬五粒に生かされて 初子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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oharash · 6 years ago
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白砂の花びら
海沿いの俺のまちは、夏も冬も日本海からの潮風に守られている。この日はどういうわけか 普段よりずっと日差しが強く、昨日よりおとといより気温がだいぶ上昇していた。冬にはあおぐろく染まる北陸の空でも夏はそれなりに抜けるような青さを見せる。一種の雰囲気を感じ��振りあおいだら、立ち枯れたみたいに生えている電信柱のいただきに、黒くうずくまる猛禽の視線と俺の視線がかちあった。
 海沿いの道は温泉へ向かう車が時折走り抜けるだけで、歩いているのは俺たちだけだった。俺の半歩後ろをついて歩くユウくんはスマートフォンを構えながらあれこれ撮影している。ポロン、ポロンとこの世界に異質なシャッター音が溢れて落ちる。
 バグジャンプのふもとまでたどり着くと、彼は先ほどの猛禽をあおいだ俺みたいに首をまわして仰いだ。
「映像で見るより大きい。ていうか高い。スキーのジャンプ台みたいだね」
 俺の貸したキャップとサングラスが絶妙に似合わない。卵型のユウくんの輪郭にウェリントン型のフレームは似合っているのだけど、ユウくんがかけるとアスリートというより、田舎の海にお忍びでやってきたはいいけれどただならぬ雰囲気を隠そうともしないセレブリティに見える。
 バグジャンプは体育館を改築した旧スケボーパークに隣接している。パークに置きっ放しのブーツと板からユウくんに合うサイズを選んでフィッティングして俺もブーツを履き、板を持って2人でバグジャンプへの階段を登った。
 登り切ると眼下に日本海が広がる。日本も世界もあちこち行ったけれど、俺は今も昔もこの景色を愛している。光をたたえた海は水平線へ行くほど白くて曖昧で、潮風が俺たちの頬を撫でた。ユウくんが歓声をあげてまたシャッターを切る。
 ユウくんの足をボードに固定しでグリップを締めた。いざとなったら抜けるくらいゆるく。アスリートのユウくんは自分の身体感覚に敏感だからかスタンスのチェックは一瞬だった。「まず俺が滑るから見てて。俺はスタンスが逆だけどそこは気にしないで」「トリックやってくれる?」「やんない。ユウくんのお手本だから滑って跳ぶだけ」フェイクの芝の上に板を滑らせる。重心を落として体重を全て板にのせ、軽く弾ませてスタートした。視界がスピードをもって背後に駆け抜けてゆく。軽く踏み切ってそのまま弧を描いてエアクッションに着地した。板を足から外して体を起こし、バグジャンプ���取りすがってユウくんに電話をかける。「こんな感じ。ターンとかしないで普通に滑り下りればオッケー。スピードでて怖くなったら力抜いて。体重偏らせる方が危ないから。踏切のときにもどこにも力入れないで。そのまま落っこちる感じでいけば今みたいになるから」「YouTubeで見たのと同じ絵だ! すっごい。俺今北野アヅサの練習見てるよすごく���?」「俺の話きいてる?」「聞いてる聞いてる。体をフラットにして変に力入れないで、姿勢の維持だけしておけばオッケーってこと?」「そう」「りょーかあい」
 ユウくんがバグジャンプのてっぺんで右手を掲げる。スマホを動画撮影に切り替えて俺も手を挙げた。板をしならせて、ユウくんがスイッチした。レギュラースタンス。腰を軽く落とした姿勢はいい具合にリラックスしている。ユウくんの運動神経に間違いはないけれど、万が一ケガがあったらという不安が喉につかえた。俺の心配を茶化すようにその姿はあろうことか一回転してエアクッションに沈んだ。
 「ありえない。回転しくじってケガしたらどうすんの」
「狙ったんじゃないよ。ちょっとひねってみただけ。エアってすごく気持ちいいんだね。横の回転なら慣れてるけど縦の回転はないから、めっちゃ新鮮。空が見えるし楽しいし着地気にしなくていいなんて最高。両足固定されてるのはちょっと怖いけど」
 回転数のあがったユウくんは頰を火照らせて躁気味に笑っていて、まばたきが減って口数が多くなってるのが余計に危うい。教えてくれというので絶対に無茶はしないことを約束させて、基本の滑りにもう少し解説を加え、簡単なトリックをひとつレクチャーした。もともと体ができていることもあるしユウくんの身体と脳は笹の葉のように研ぎ澄まされていて、俺の言葉の通りに体を操っていく。終いにはタブレットでお互いの滑りを録画し、「ここ、ユウくんは左に落としたいんだろうけど下半身がついてってない」だとか「アヅはこのときどこを起点に体を引いてるの?」だとか結構真面目にやってしまった。休憩のたびにユウくんは海へ体を向けて「船」だの「カップル」だの「カモメ…ウミネコ? 」だの、言葉を覚えたての子どもが看板を読みたがるように単語を頭の中から取り出して眺めていた。「ジャンプやばい。やればやるほど考えたくなってやばいやつ。ね、夕ご飯の前に海行こ」とユウくんから言い出した。
   行く、と言ってもバグジャンプを降りて道路を横切り防波堤を越えればもう砂浜だ。ボードを片付けて、軽くなった足でアスファルトを踏む。防波堤の上に登るとユウくんはまた海の写真を撮り出したので、その足元にビーサンを並べてやる。俺も自分のスニーカーを脱いでビニールに入れ、バックパックにしまう。
 やや遠くから犬を散歩するじいさんがこちらへ歩いてくるくらいで、ここは遊泳区域でもないので先客はいなかった。ユウくんは「砂浜やばい、何年振り」だの「ここ走ったら体幹鍛えられそう」だの「日本海は綺麗だって聞いてたけど本当だね。うちの県の海水浴場は海藻ばっかりだよ」だの俺の相槌も必要とせず軽やかに波打ち際へと歩いて行った。
 波に脚を浸したユウくんの半歩後ろにたつ。そのまっすぐ伸びたかかとのうしろで、黒や茶色の細かい砂利が水のふるいにかけられて一瞬まとまり、また瓦解していく。そこには時折海藻だとか丸まったガラスの破片だとか、たよりなくひらひらと翻る桜貝だとかが浮かんでは消え、俺はなんとなくユウくんの白いかかとその様を眺めていた。
     ユウくんは「俺札幌雪まつりやる」と言い出し、それはどうやら砂で何かを造ることだったようで、黙々と建造を始めた。俺はごろんと横になって脚をのばし、自然と目に入ってきたユウくんの、キリンの子どもみたいに野生的な首筋についた砂つぶを眺めていると、風にあおられたその粒がハラハラと飛び散って俺の目に入った。ユウくんの向こうでは空が乳白色になるポイントと遠浅の海の水平線が交わりハレーションを起こしている。
 キャップをかぶせているとはいえユウくんを長時間砂浜で太陽光にさらすのはよくないだろう。日焼け止めはバックパックの中に入っているけれど…そう思いながら目をしばたいているうちに意識が遠のいていく。次に目に入ったのは呪いの像みたいな謎のオブジェだった。「…それって」「どう? 自由の女神」「ゲームにとかに出てきそう。調べると誰かの遺書とかみつかるやつ」「アヅひっど。辛辣。砂と海水だけで作るの難しいね。ねえ、どこかの国にね、砂の像の本格的な大会があるんだって。砂と海水だけで最低でも高さ1m以上のものを作るの。砂浜一面にたくさん城だとかオブジェだとかが作られるんだけど、どれも満ち潮になると流されちゃうから、その日だけ。ヨーロッパっぽくないよね。その侘び寂び精神って日本っぽくない?」「侘び寂び精神?」「ほら日本人って桜が好きでしょ。すぐ散っちゃうハカナサ的なもの込みで。何かそういうこと」
 ユウくんはスタイルの悪い自由の女神の頭部を指先で整える。俺たちの一身先まで波がきてまた引いていった。ここも満潮時には水がやってきて、その呪いの女神像も今夜には海に還る。
 大学生になって夏休みの長さに驚いた。中高をほとんど行けてなかった俺にとって、夏休みは授業の進行を気にしなくていい気楽な期間だった。それにしたって大学の夏休みは長い。俺は授業があろうがなかろうが練習漬けの毎日だが、この2ヶ月という期間を世の大学生は一体何に使うのだろう。
 大学一年生の冬、2度目のオリンピックに出てからメディアからのオファーが目に見えて増えた。俺自身も思うところがあって露出を増やすことにした。15歳のときもメダルひとつで世界が変わったけど、あのときはそれでも中学生だったからか(すぐ高校生になったけど)競技の注目度の低さからか今考えれば優しいものだった。夏季オリンピックへの挑戦を表明��てからは練習練習練習スポンサー仕事練習練習といった毎日だ。調整のために海外にいる日も少なくない。
    だからこの2日間だけが、きっと本当の夏休みになる。
    俺も俺で慌ただしかったが、そのパブリックな動き全てがニューストピックスになるユウくんのそれは俺の比ではなかった。シーズンが終わっても出身地にモニュメントが造られたりタイアップの観光案内が造られたり、国内のショーに彼が出演すると報じられた瞬間チケットの競争率がはね上がったり。そんな彼がスカイプで「夏休みをやりたい」と言い出したときは、いつもの気まぐれだろうと俺は生返事をした。しかしそれはなかなか本気だったようで「海行ったり花火したりする‘ぼくの夏休み’的なのやりたい。田んぼに囲まれた田舎のおばあちゃんちで過ごすみたいなワンダーランド感をアヅとやりたい」と彼は食い下がった。
「俺と? ユウくんのじいちゃんばあちゃん家ってどこにあるの?」
「うちの実家の近所。長閑な田舎感ゼロ」
 成人男子の頭をふたつ持ち寄ってしばし考えたものの、俺たちは家族旅行の記憶もまともにない。物心ついた頃から休日は練習だし、旅行=遠征だ。「国内がいいな。海…沖縄?」「このハイシーズンにユウくんが沖縄行ったりしたらめっちゃ目立たない?」「うううん、目立つのは仕方ないけどアヅとゆっくり過ごせないのはやだな…じゃあ何かマイナーなところ」そんな場所が即座に出てくるような経験はお互いにない。だからしばらくお互いスマホをつついてるうちに俺が「海と田んぼあって田舎で特に観光地でもない、ウチの地元みたいな場所っしょ。何もないところって探すの逆に大変なんだね」と口を滑らせたのは特に他意のないことだった。
「アヅの地元‼︎ 行きたい、スケートパークとかあのバグジャンプとか見たい。日本海って俺、ちゃんと見たことない。アヅの家見てみたい」と食い気味に言われて面食らったものの悪い気はしなかった。知らない土地に行くより気安いし何よりうちの地元には人がいない。両親は友人を連れていくことにはふたつ返事だったが、それがユウくんであることには絶句し、地味に続いている友人関係だと告げるとやや呆れていた。でもそんなの普通だろう。だって高校生を過ぎて、友人のことを逐一両親に話す必要なんてない。ユウくんがただの同級生だったらそんなこと言わないっしょ、と胸に芽生えたささやかな反発はそれでも、訓練された諦めによってすぐに摘み取られた。
 砂の上に起き上がり砂をさらっていくつか貝を拾い、謎の像を写真に収めているユウくんに声をかける。「そろそろ晩メシだから帰ろ」夏の太陽はそれでも夕暮れにはほど遠く、西に傾いた太陽の、ささやかに黄色い光がものがなしい。振り返ったユウくんの顔はなぜか泣きそうに見えた。その頰は午後5時の光線の中でもはっきりわかるくらい白くて、まるで俺が拾った桜貝の内側のようだった。彼の唇がちいさく動いたけれど、波の音に消されて何も聞こえない。かりにユウくんの目から涙がこぼれていたとして、そしてそれが流れる音がしても、波の音にかき消されてしまうだろう。「疲れたっしょ。車持ってくるから待ってて」。踵を返そうとしたらTシャツの裾を掴まれた。俺はユウくんの白い手を包んでゆっくりほぐした。「大丈夫、すぐ戻ってくるから」
 スケートパークの駐車場からラングラーを出し、国道へゆっくりと出る。ユウくんが防波堤の上で所在なさげに棒立ちになっているのが見えた。  
   まず落ちたのは母親だった。ユウくんがメディアで見せるような完璧な笑顔と言葉づかいで挨拶しスポンサードされている化粧品メーカーの新作を渡す頃には、母の瞳は目尻は別人のように下がっていた。そこには緊張も俺たち兄弟に向けるようなぶっきらぼうさも消え失せ、俺たちにとってはいっそ居心地の悪いほどの幸福が溢れていた。さすが王子様。さすが経済効果ウン億の男。さすがおばさまキラー。夕食が始まる頃には遠巻きに見ていた弟も積極的に絡み出し、ヤベエとパネエを連発していた。野心家なところがある父が酔って政治的な話題を持ち出さないかだけが心配だったが、父はあくまで俺の友人として接することに決めたようだ。ユウくんの完璧な笑顔、お手本のような言葉に少しだけ負けん気を混ぜる受け答え、しっかり躾けられた人の優雅な食事作法。兄は居心地が悪そうに俺の隣でメシを食っていた。俺と兄だけは今、心を連帯している。スノボをとったら芯からマイルドヤンキーな俺たちと、歯の浮くような爽やかさを恥ともしないユウくんではあまりに文化が違う。いつも感じている座りの悪さがむくむくと膨らむ中、母が産直で買ってきたであろうノドグロの刺身と名残のウニだけが美味かった。
 風呂上がりには念入りにストレッチをした。俺の部屋では狭いので居間でふたりで体をほぐす。ユウくんの体はゴムでできているように関節の可動域が広く、股割りを始めたときは思わず感嘆の声をあげた。俺もケガ防止に体は柔らかくしている方だが到底叶わない。いくつかペアストレッチをしてお互いの筋肉を触る。「アヅすんごい鍛えてるね。腹筋は前から板チョコだったけど大胸筋と下腿三頭筋ヤバい。何してるの?」「体幹メインだからそんなに意識してないけど…直で効いてるのはクリフハンガー。後で動画見よ」「もっと筋肉つける予定?」「んん、もう少し空中姿勢作りたいから、体幹は欲しいかな」「アヅがこれ以上かっこよくなったら俺どうしたらいいの…POPYEの表紙とかヤバイじゃん。ユニクロであれだけ格好いいとか何なの。あっ俺、明日は新しいスケートパーク行きたい」「マジ? ユウくんにスケボーとかさせれらないんだけど。怖くて」「うんやんなくてもいい。アヅが練習してるの見たい」ユウくんの幹のような太ももを抑えながら、俺は手のひらで彼の肩をぐっと押した。
   両親はユウくんをエアコンのある客間に通すように俺に言ったけれど「コンセプトは夏休みに友達んち、だから」と言って俺は自室に布団を運んだ。六畳の俺の部屋は俺が大学の寮へ移ってからもそのままにされている。どれだけモノを寄せてもふたり分の布団を敷けばもうスペースはない。ユウくんは俺の本棚の背表紙を指でなぞりながら「教科書とスノボ雑誌以外なんもねえ」と楽しそうにしている。さっき風呂から出たばかりなのにもう肘の内側や膝の裏が汗ばんでいて、ないよりはマシだろうと扇風機をまわした。「もう寝る?」「んん、寝ないけど電気消す」窓を開けて網戸を閉め、コードを引っ張って電気を消した。カエルの鳴き声が窓の外、群青色の彼方から夜をたなびかせてくる。それは記憶にあるよりずっと近く、耳の奥で遠く響いた。
 ユウくんは行儀よく布団に収まって俺の側に寝返りをうった。「自由の女神像、流されたかな」「多分ね。見に行く?」「あっそういうのもいいね。夜にこっそり家抜け出して海行くとか最高。でもいいや、そういう夢だけでいい」指の長い手のひらが、探るように俺の布団��潜り込んでくる。俺の指をつまむようにして指を絡めた。
「…何もしないのって思ってるでしょう」「うん」「今日は何もしないよ。ここはアヅの家だから。セックスして翌朝親御さんの前で息子やってるアヅも見てみたいけど、我慢する」ユウくんはいつもそうやって自分をあえて露悪的に見せる。思ったことだけ言えばいいのに、と心がざらついた。
「どうだった、うちの地元」
「うん、最高。アヅと歩いて、バグジャンプ見ただけじゃなくて跳べて、海で遊べたんだよ。こんな夏休み初めてだよ。バグジャンプからの眺め最高だった。一生忘れない」
「大げさ…」
 ユウくんの目はほとんど水分でできてるみたいに、夜の微かな光を集めてきらめいていた。その目がゆっくりと閉じられるのをずっと見ていた。指先にぬるい体温を感じながら。
   率直にいって覚えていないのだ。その夜、本当に何もなかったのか。
  眠りの浅い俺が微かな身じろぎを感じて起きると、ユウくんが窓辺にもたれていた。布団の上に起き上がって片膝をたてて窓枠に頰を押しつけるようにして、網戸の外へ視線を向けている。俺の貸した襟のゆるくなったTシャツから長い首と鎖骨が覗いていて、それが浮かび上がるように白い。
 扇風機のタイマーは切れていて夜風が俺の頰を心地よく撫でた。俺の部屋は二階。窓の外では田んぼが闇に沈んでいる。目が慣れてくるとそのはるか先に広がる山裾がぽっかりと口を開けるように黒く広がっていた。ユウくんの膝と壁の微かな隙間から細かな花弁を広げてガーベラみたいな花が咲いている。彼の足元から音も立てずシダが伸びていく。教育番組で見る高速再生みたいに、生き物として鎌首をもたげて。ユウくんは微動だにしない。名前のわからない背の高い花がもうひとつ、ユウくんの肩のあたりで花弁を広げた。
 海の底に沈んだみたいに静かで、どの植物も闇の奥で色もわからないのに、そこには生々しい熱が満ち満ちている。
  布団の上を這って脱力しているユウくんの左手の人差し指と中指、薬指を握った。ねっとりした感触に少し安堵する。
「アヅごめんね。起こしちゃったね」
 ユウくんは首だけを俺に向けて囁いた。
 背の低い葦がユウくんの膝を覆う。ずっと気づいていた。右足首の治りが芳しくないこと、それに引きづられるようにユウくんが心身のバランスを大きく欠いていること。
「ねえ、春からずっと考えてるんだ。今まで俺強かったの、俺が完璧に滑れば誰も叶わなかった。でもそうじゃない潮の流れがきちゃった。アヅ、日本選手権の前にテレビで‘誰でも何歳でもチャレンジはできる’って言ってたでしょう。あれ聞いて俺すごいどうしようもない気持ちになったんだよね。腹立てたり嫉妬したりした。お前まだ二十歳じゃん、俺も二十歳だったら、って。アヅとスカイプするたびに思い出しちゃって、一時期ちょっとダメだった。でもアヅに連絡しちゃうし、そういうのって考えるだけ無駄だし、もちろんアヅも悪くないし。なんか今までは細かいことに迷うことはあっても大きなベクトルを見失うことってなかったんだよね。世界選手権2連覇するとかそういうの。でも今わかんない。引退もしたくないけどどんどん前に行くガソリンみたいなのがない。スケート以外も何もやる気おきない。ゲームも立ち上げるの面倒くさいし音楽も聞きたくない。でもこういうことって最後は自分で何とかすることだから誰に言っても仕方ないし、自分の中で消化するしかないんだけど。アヅはどんどん先行っちゃうし。それがすごいカッコイイし。好きだけど嫌い。でも俺にとって世界で一番カッコイイのアヅだな。アヅみたいに必要なこと以外は喋らないでいたいな。アヅの隣にいるのすごい誇らしい。これ俺のカレシーって皆に言いたいくらい。それが言えないのもすごい嫌だし。何かもう何もかも」
  感情の揺れるままにユウくんは喋り、彼の語彙の海に引きずり込まれる。その偏りというか極端さというか、きっとこれが海水なら濃度が濃すぎて生き物は死んでしまうし、雪山だというのなら環境が過酷すぎて大した植物は育たない、そういったものに窒息しそうになった。俺たちの語彙や世界は圧倒的に貧しくて何も生きていけない。そこには美しさだってカケラもない。「よくわかんない。死にたくないけど、いなくなりたい」
 幾重にも重なるカエルの声。降り注ぐような虫の声。こんなにもたくさんの生き物が泣き喚いているのに、そしてこのやかましくて力強い音楽が月明かりに照らされ満ち溢れている世界で、それでも虚しさしか感じられないユウくんが哀れだった。誰も見向��もしないやせ細った貧弱な空虚を大切に抱えているユウくんが。
  ユウくんの背後に虚無が立ち彼の肩をさすっていた。けれどそはユウくんとほぼイコールの存在で、彼にとっては他人に損なわせてはいけない自らの一部だった。それは誰にも意味付けられたり否定されたり肯定されるべきではない。
 勝ち続ける、他者より秀でる、新しい技術を得る。けれど俺たちの誰も等しく人間であるので、それには自分の体を損なう危険が常に伴う。けれど誰にもう十分頑張った、と言われても表彰台の一番上が欲しいのだ。
 そして自分の体が重くなってゆくこと、誰かが自分より圧倒的に秀でるであろう予感を一番先に感じるのも、自分自身だ。
 ユウくんは空いている右手でなく、俺とつないでいる左手をそのまま持ち上げて頰をこすった。子どもじみた仕草で。
 ユウくんは孤独な惑星の住人で俺はその惑星のディテールの何一つもわからない。ただ俺もただひとりで惑星に佇んでいるという一点だけで、俺と彼は繋がっていた。
「アヅ、キスしたいな」
 繋いだ手はそのままに、俺は体を起こして膝でユウくんを包む葦とシダに分け入った。草いきれの中でユウくんのうなじを掴んでキスをする。最初は触るだけ、次はユウくんの薄い舌が俺の唇を舐めた。そのままゆっくりと歯を探られればやがて頭の芯が痺れてゆく。ユウくんの唾液はぬるくて少し甘い。音をたてないように静かにキスをしながら、指に力を込めた。これだけが本当だと伝わりはしないだろうか。
 こんなキスをしたらもう後戻りできない。俺の足に蔦が絡みつく。空虚が鳴る。胸を刺されるような哀れで悲しい音だった。
 次に目を冷ますと空が白んでいた。寝返りを打つうちにユウくんの後ろ髪に顔を突っ込んでいたらしく、それは麦わら帽子みたいな懐かしくて悲しい香りがした。スマホを引き寄せて時計を見ると4時半。ユウくんの肩は規則正しく上下している。そこは正しく俺の部屋で、布団とテレビと本棚、積まれた衣装ケースがあるいつもの光景だった。ユウくんの足元に追いやられていたタオルケットを引き上げて肩までかけてやった。
 首を傾けて窓の外を見る。抜けるような晴天にほんの少し雲がたなびいていた。手付かずの夏休み、2日目。俺はユウくんの腹に手をまわして目を閉じた。
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yumejigen · 7 years ago
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ゆめののゆめの旅
朝起きる。 おはようございます現実。 ええ今。先程の世界は夢であります。 5秒前に一緒にいた彼は虚像です。 彼女も虚像です。 あの温泉も、 遊園地も、神社も、学校も、 虚像です。 頭が痛い。夢から怒られている。 こんにちは地球。 私の名前、夢乃って言います。 夢幻の夢、渦巻銀河の乃で夢乃って書きます。
摩訶不思議なリアリティ。 私はいまたくさんの空想と、現実と、刺激と、思い出とを咀嚼して言葉に置き換えて打ち込んでいるのはいずれすべて忘れてしまう自分ができないから。 今の私はいつもの私ではないけれどいつもの私っていうのは家できなこ棒食べたり打ちひしがれて夢と現実の境目の隙間に挟まりこんでノートにありのままの事書いたりインターネット覗いたりアルバイトしたりここの次元に対する願望にもどかしさ覚えたりで夢見がちなただの普通の女の子という側面俯瞰して。
住んでいるのは西日のひどい9階のマンション。 見えそうで見えない海とスクエアで無機質な建物に囲まれてまるで虚構を見させられている気分です。高層ビルについている赤ライトのあなたの正体も暴けずにいる地球号はいつまで円環を乗せてうたかたの余暇と青春の余韻と憂鬱な群像をさすらっているつもりなのだろう。
マンションのエレベーターを降りて地球にやってきた。 京浜東北線と山手線を乗り継いで街に出る。 楽器のお店とラーメン屋さんと古本屋がひしめいていて男女6人組の学生が段ボールとコンビニで買った飲み物とお菓子を持って歩いている。 彼らの歩いてく方向をすり替えては方向音痴を楽しんでいる。 あの時が懐かしい。ひとり。ひとり。 映画館。美術館。都市の外れのすこし寂しげな場所。工場の煙。乾いたギターの音楽。ひとり。またひとり。憂鬱で楽しい一人歩きの倦怠。
私は毎日を意義のあるものにしようと奔走し結局はなんでもない所に行きついて無感応症の小びとに囁かれるのを待っている。
マズイぞ!マズイぞ、このままじゃ!考えない、考えられない。感じない、感じられない。話せない。聞こえない。映らない。そんないきものになっちまう!
このままじゃお前もここの仲間入り、本の背表紙のタイトルだけ眺めて満足して終わりの人間になってしまう! 嫌だろうそんなのは。もう一度戻りたい。 せめて、せめて立派に感動できるようになりたい。泣いていたい。例え勘違いのペンキで塗り固められた愛だったとしてもそれを世界で一番大切なものとして扱っていたかった。このまま息絶えていく。もっと共有したかったな。
放射状に降り注いできている無感応症の光線はよけてもよけきれない。 分かりました、ええ。言うことを聞きます。夢の中から皆さんと接触のない心臓交信を行うために円盤状のマイクロソフトをこれから頭の中に埋め込みます。分かりました。わ��りました。この砂埃の中から這い出た凶暴なブラックホールから飛び逃げた天の川のように流れ落ちていくビー玉の光線を浴びながらこの先へと潜っていきます。
自己嫌悪でできた柔毛に引っかかっているのはマザー・シップ。 保たれているギリギリのホログラムが分解されてしまう前に迷わず飛び込んだ。 これから接触の無い心臓交信をするために長い匿名の船旅が始まろうとしている。
忍び込んだ先の船体の中心であるツタだらけの機長室ではコンピューターになった霊長類がdelete keyを押し続けている。 よく見ると知り合いの女の子。 植物に埋もれた彼女は船長の役目を担っているらしい。 世界中の命ある生物の人生を絶え間なく受信している彼女の動脈には全生命体の知覚が流れ込んでいる。 並行して進む彼女自身の人生はもう僅かで、黎明期の死はあまりにも早い。 知恵熱で生っぽくなったその焦点の合わない瞳を私に向けてこう通告した。
“まだここにいたの まだそこにいたの あなた そこにいるのなら  私に 知識を 頂戴。“
船体の絡まるツタがせり上がって来ては 念力を使って私に通告する。
“いかなる創造も地球から出ることはできない。だけど地球の裏側に忍び込むことが出来るのだよ。そこからは宇宙のバイブレーションを感じることが出来る。それらを円環させていくのが私の、そしてこの旅の使命なのだ。”
ロマンティックな音楽に考えることを放棄して抽出され損ねた意識の残骸がくっついている。 船がマーブル状に溶け合った境界面に着地した。 辺り一面散りばめられた宝物みたいに輝いた銀河に流れる一つの屋形船から広がる波紋が星になったとき天体化した夢うつつな遊泳散歩はとまどう私の短な旅。
このまま吸い込まれたら私も嘘になるかな。 思い返すと私が君と共有していた夢は私のただの思い込みで君の幻影をただ追いかけていただけなのかもしれないな。みんな夢だったのだ。 乱雑に揺らした体が刻んだリズムから発展した焦燥感のせいで自分の視点が窓ガラスの内側にあるのだと気づいた。 あの孤独は何だったのだろう。
広がる穴から
胎内を巡った
乱雑に揺らした体が刻んだリズムから発展した焦燥感
まだ止まらないで まだ消えないで もう少しこの陶酔を続けさせて
文学ハイを教えてくれた唯識者はイデアの恋人
彼の心臓は手のひらにあるから、今は 今は ただつまらない愛なんかを蒸発させて昇華させて打っているだけで自分の思考の塊りを吸い取ってくれる幽覧船のようなもの。
ゆっくりと旋回していく渦の中で変わっていくあなたの色はもう何回染まりなおしていることにお気づきですか。この眼の中には本質が待っているのだろうか。 私を縛り付ける重力から解放させてください。
いよいよ私はこの渦の佳境に飲み込まれるけど、飲み込まれたら最後 私もみんなと同じ幸せを手に入れてさようなら 。 濁流の中でしがみつこうとしたのは分裂した思惑の反素数。
私は生きたい 。
そう思った途端軽くなる身体
ぼんやりとした境界の見えない地平線を目指して漕いでいる時に考えたこと。 ありがとう宇宙飛行士の君、私に落ちてきて愛の惑星にしてくれた。すぐに出発しちゃって、少し淋しかったのだよ。
水面下のいかだはすべてがオートモードで、1世紀だってもたずに朽ちてしまうこんな母船だけれど役割分担で回された鉄パイプの減量バルブの向きに舵を沿わせて漂っている。
行き先はユートピア・・・どこにも存在していない虚構の美しい島。紫色の空と朝日に染めらごれた孤島をパラグライダーに乗りながら眺める。
その日1日の思い出が蜜になる街に着陸。 人々は毎日あくせく働いてたくさんの思い出を作っている 甘い蜜を吸いたくて 新しい 甘い蜜に埋もれたくて そうやって毎日を思い出のために生きている街
ここでは言葉は飾り物で美しければ美しいほど良いとされているから嘘なんてものは存在していなかった。すべてが美しいという訳ではない。
聞いた話によると、この島には時間を行き来する老人が住んでいるらしい。 島に住むその一人の老人を訪ねに行った。
何もわかっていなかった私は老人と対話をすることによって後から理解してその証を記してきた。
三人のブルーズに真理の質問をするヘンリー・カウは行ったり来たりしての粥状の受け皿に乗せられたイメージの墓場を見つめてひとりぶつぶつと呟いている。
“これが具現化するなんて夢のようだ!いやそれも絶望なんじゃないか?比喩化することによってもともとは何の味もないオーガニックに知的操作を行い組み込んで出された排他的衝動で本当はまだ早いその内膜に埋め立てをしているのだからな。
空想で満たされている事をなにも立体装置で再稼働させる必要はない。 そんなことをしたら境界線がすぐそこの浜まで侵入してしまう!私を征服しようなんて無駄な世界観の侵入をするな!ここは私の惑星だ! 引きちぎられた上演の記録されたテープも、嘘みたいなイメージの墓場も、自分でつぶした虫の死骸だって全部愛しい私の宝物だ! ヘンリー・カウは笑い転げて続けた。 招待状は破かれたの。今更それらをコラージュして何になるっていうの?
肉体が邪魔してこの要塞から抜け出せない間に繭の中から顔を覗かした私の中の虫が 私を食らいつくそうとしている!
吐き出した胃酸で溶かされた私の孤独は泣いている。あまりにも醜いフォルムで繁殖を繰り返すその虫たちを私は放ったらかしにしてきた。 私のなかにまだ潜んでいるのなら…飼いならすことはできるのだろうか?
いや、もうとっくに同化が進んでいるみたいだ。 思い返すとあのときほど幸福なものはなかったがね…。 あの時は幸せな残像と個々の住人が遊ぶことができないのをまだ知らなかったんだ。 すべての生物の愛人気取りはもううんざり!私はあの時光をみたのだ…。 いまはこの身を抱きしめること、そして私は私自身のバベルの塔を残りの生涯で創りきらんとしている!シュヴァルの理想宮を超えらんとするために...“)
現実を上書きするためにもう一度。 おじいちゃんがテーブルに置いた腕時計。 その正体を私は知っている。 おじいちゃんがテーブルに腕時計を置いた。 ほんとうにそこのテーブルだったっけ? 私はその腕時計の正体を知っている。 触れてみる。 アラームが鳴った。 “私の評価は夢の外。あなたはここでシャボン玉を吹いていればいいのに。私の評価は夢の外。あなたはそこで空中遊泳してればいいのに。”
私は昨年 おじいちゃんの家で星を見ました.その日の夜は偶然双子座流星群が自己主張する夜で 私は今でも変わらない揺るがない夢をみました。 口渇とした惰性は焦燥感の減退となんらかの因果関係があって、 でもそれは…海と空が凧糸で陸に繋がれた時に約束されていたのだと思います。
ーおはよう火星の犬。 いつまで支離滅裂のカメレオンを演じているつもりかい。 様々な色に染められているから混沌の中を小宇宙の身体預けて浮遊している君を見つけては引き戻すのに苦労したってことは知っているかい。 本当は旅へ出たいのです、��んて寝ぼけ眼で言っていたことは覚えているのかね。 君はもう女になれましたか。 出来損ないの未来志向の自尊心は何かを知ったかのように愛の尊大さに憧れていたようだが、それは狂った時間軸のニア・ミスだってことに気付いたみたいだね。 船旅に随分と揺られていたようだが揺られていたのは幼生の精神も同じのご様子みたいで。 ただ一つ確かなのは、この現実とかって呼称されている、どうしようもないような3次元世界っていうのは思い込みの延長線上にあるっていうこと。 世界の60%は空想で変えることができるから、残り40%を行動で変えればよいのだよ。 つまり君は、君自身で決めることができる。引力は自由に操れる意識に入った。今や月だけにその支配権はあるまい―。“
ある休日の昼下がり 私は部屋の天井のシミが段々と大切なものが溶けていように広がっていく様子をぼんやり見つめて同じようなところをずっと廻っている。
19歳ですべて溶けきってしまうのですか?
未来のあなたによく似た妖精が目の前に現れて北向きをささない羅針盤を手渡した “このコンパスは生命力で動きます 愛へ向かうための生命力なんです。“
“あなたの生命力はどこへむかいますか? あなたの生命力はどんな愛に動きますか?“
世界への侵入経路はすぐそこにあるのに襲われるリアリティから受け取ったその情報量をコントロールしようと描きたいモチーフを選んでいるのにその都度更新が出来なくて大事な標識を見逃している事実に諦念を浮かべたあの孤独の虹は何処へ向かったのだろう。
(ただ地球に、あなたはあなたの道理に合っていますと言われて抱きしめられたい。ヒトの文明の中にいるけれど住所のように連なる界隈になじめずにいて特定の場所を求めていないことを知る。)
あなたの世界で目覚めますように。 また起きなくちゃ また起きなくちゃ 断片的に飛んでいった夢の欠片を探す為に 昔みた夢の地図にフィーリングでぬいつける。また戻って来れるようにって祈りながら。
虹色の光を抜けて海を渡ると言葉の必要ない接触��けの世界に辿り着いた。 ここには重力がない。 ねじ曲げられることはもうないみたいだ。
抜けだした。 ここだった。 みんなこんなところにいたんだね。
花をみてやさしい気持ちになってみたり
摩訶不思議な遊泳体験はいかがでしたか 私はというとあなた方の光りだした世界にカタルシスを感じることができました。
左脳の台頭による理性と感性をつなぐ知性は脱出口を探しています。 純・100パーセントの右脳の時代ではなくなったのです。思春期は終わった。芸術的春ももう過ぎた。
“ あなた、 そこが空洞なのってご存知? どんなに凛とした芯の中も 核の中も マントル覗いてみればなーんにもないただの空洞 まるで私たちみたい
まあ夢先案内人の私には何の関係もないことだけど。入眠前のビジョンだけが私の出せる魔法なの。 みなさんこんな世界でも楽しんでおいでで?“
不特定多数のなかで咲いてしまったその異色の花を私は忘れない 種だった全てのきみたちへ贈ろうとおもう でも君だけになるのはあまりにも不安すぎるから 私は夢から醒めることにしました。 fin
p.s 春の風が暖かい。 地球にやってきた。 くしゃみがやけに出ると思って後頭部を触ったら冷たかった。 髪をちゃんと乾かさないまま外にでちゃったみたい。 電車に乗るまで気が付かなかった。
乗り継ぎのホームで並んでいる人の頭の上に出ているオーラの中で一番感じのいい人の後ろに並んだ。隣で電話をしている女子の会話を盗み聞きする。
“私前衛は好きだけど反芸術には興味ないのよね。私は宇宙に抵抗するのに忙しいの。それに絵を描くのが好きよ。だってキャンバスの中だけだから、自分の好き勝手出来る場所って。”
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montagnedor · 8 years ago
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chocolait chaud
本当はホットチョコレート(/ココア)のことですが、これは文字通り「熱いチョコレート」です。 ここ数年、バレンタインネタに使いたいと思っていたアイテムです。せめてまだ肌寒い内に出しておこうかと;;w シャオアリ仁、他少々。
某様のバレンタインイラストからネタを無断拝借すみません。オルガがあんまりに不自然なシチュで無駄死にさせられたショックです←
++++++++++
霜月も半ば近くなろうかという頃。とあるショッピングモール。
季節の折々にタイ食品フェアだのボジョレーフェアだのをよくやっている、イベントコーナー。今日もそのシーズンお約束のイベントでにぎわう区画のその片隅に、「それ」はあった。
「えっ、シャオさん、それは所謂ジョークグッズであると私の脳天がカテゴライズして  おりますがよろしいのですか?」 「へっへ~~、まずね、これで困らせてからね、ウソだよ~って  ちゃんとしたチョコあげようかと思って。  そうしたら、あの感じわる~い態度も取れないでしょ?」 「なるほど、戦略的な判断なのですね、すごいですシャオさん!」
手作りのためのシリコン型、ブロックチョコレートの袋をたくさん、生クリームのパック、グランマニエの瓶にアラザン、スライスアマンドにココナツ、エディブルドライフラワー、ココア、チョコペン、リボンに紙袋に緩衝材にその他もろもろ。それで既にずっしりとしてきている買い物籠の中、それは新たに投げ込まれた。 それは四角くて、軽くて、振ればばらばらという変な音を立てた。
*****
薄闇の底、「彼」は目を開いた。 時間はまだ夕刻。だが巨きな窓の特殊ガラスの全てが外光をシャットアウトした状態であり、点いたままのパソコンだけが光源だった。そのなかで、背中をあずけている感触と冷たい革の匂いとが青年の執務室に置かれた大きなデスクチェアのそれであり、見上げれば高すぎ広すぎるほどの天井が頭上にあると、「彼」は気付いた。 普通の人間の視力では勿論の事、青年でさえ無理であろうものだったが、「彼」は、淡い金色の目を細めた彼はそれに気付いた。
肘掛けからゆるゆると持ち上げ、目の前で広げた両の掌が、常の「彼」の大型肉食獣か猛禽さながらの分厚く長い��で蔽われたものではなく、青年の、人間のそれであること、身を包んでいるのも青年の半ば喪服じみた上下であることを確かめ、ふむ、と彼は首を傾げた。 どうやら青年が、オーバーワークの果てに、いっとき自分を手放したらしい。気絶に近いような眠りの中に沈んでいってしまった青年の代わりに「彼」の意識が水面ぎりぎりまで浮かび上がった、というところか。とても怠く重く冷たい四肢が、その推測に対して、そうだ、と返したようで、「彼」はいつもより頼みにできない、結構柔らかくて生白いと感じるその両の手を組み合わせると、椅子の上、猫の様に全身での伸びをした。
奇妙な感覚だった。 いつも「彼」の中に渦巻く制御しきれない高揚感、千年を生きてきたような全てを理解できる感覚や、その一方で穴だらけの記憶、そういったものが、青年の――哀れでちいさな「風間仁」のそれと融け合ったかのようになり、しんとしている。人間風情では想像もできない秘密や真実が今は遠く、一方で普段の「彼」には記憶のカケラ程度しか残らない三島平八が強く冷たい不快感とともに認識できている。 なんとまあ、ありがたくない話だ、これならとっとと戻って来るがいいのだ、そう思い、「彼」は目の前の光源を覗き込んだ。それがExcellなる仕様で書かれている書面であるというのも、今の彼には理解できてしまうのに小さく舌打ちしつつ。
手足が、頭が重い。そして寒い。だが別に出血を伴うような外傷の跡もない。ならばどうやら青年は、この肉体を恙なく動かすのに必要なカロリーを摂取していないということか、つまり眠らず食わずで、乱心の「頭首」とやらの外面だけを演じていて、力尽きたということか、と、いよいよ「彼」はうんざりした。この肺腑の辺りの不快感は自分が制御権を持ったことで覚えた空腹感か、この寒さはその燃料不足と運動不足か、そう思い当たった彼がデスクを靴裏で蹴り、デスクチェアをぐるぐるぐるぐる回転させつつ、青年への悪態をついていれば。
そこに、 「やっほー、仁、来ちゃったよー?」 「失礼いたします、マスター」 そんな声が背後から掛かった。 ぐるぐる回っていた「彼」は、その慣性のままにしかし青年の無表情を取り繕った。
*****
執務室の手前にあるのは、青年の部屋に直通する、すきとおった高速昇降機だった。 確かベツレヘムで星が輝いたより更にずっと昔からある代物だというのに、翼を持ちえない人間は今でもなおこんなものを体裁だけ繕って使い続けているらしい、と、ふん、と笑う「彼」に気付いた様子は無く、あのねあのね仁、キッチン貸してよ、との声がある。 学校の調理実習室でフランベしたら火災報知器が反応しちゃって、それでアリサの提案で理科準備室でやってたら(だって火も水道も電気も使えるしね!)メスシリンダーで生クリーム計ったって、助手のお姉さんに凄い怖い顔で追い出されちゃったし、ねえってば。
そんな高い声での言葉の奔流をどうでもいいと思い、背を向けようとした「彼」だったが、その中で何やらうっそりと動くものがあった。
『ああ、またか、嫌になる』 『また馬鹿な失敗をする』
  見ていられない
いやだ      嫌いだ
またそんな、
   寄って来るな
よせ
          だけど   やめろ
                 メスシリンダーだって?  馬鹿! 
  ああ
   『心配だ』       
そんな声が身体の深い所から響いてくるような感触。
眠さを訴えている頭と目の辺りが熱く重く、空っぽで放置されていたらしい胃がきりきりと痛んだので、「彼」はただ椅子のヘッドレストにその疲れた頭蓋を乗せ、天井を見上げた。 今ならわかる。今しがたの騒音はリン・シャオユウとかいう小娘だ。そしてその隣の桃色と藤色の存在は機械仕掛けのヒトガタだ。一方はまずそうで、もう一方は壊しても何も面白くないし、青年も積極的に関わりたいとは思っていない対象である。ただしその底の底ではまだ何か葛藤があるようながら。 今、自分の中でふらり、と揺れた感情は青年の厭世観か孤独感か、そこからの臆病な人恋しさか。それが物理的にではなく腹の内を少しだけ満たすのを感じ、「彼」はゆっくりとまばたきした。 もしかすれば、この状況で青年の根深く陰々滅々とした嘆きは、いくらか「彼」の餓えを癒してくれるかもしれない、と。
*****
「……勝手にしろ。だがあまり騒ぐな、頭に響く」
そんな許可に、嬉々としてキチネット以上のしっかりしたキッチンスペースへと駆けていく少女達、その足音と声は既に騒々しい。だが「彼」はそちらではない方向に耳を澄まし、自分の奥底の方から、つかれた溜息を聞いた。 『全く、なんて夢だ』 意識が混濁した青年にとって、それはリアルな夢として見えているらしい。頭の固い人間はしばしばそうした夢を見るという。眠りの中で新聞を読んだり地下鉄の乗り継ぎをしたり。それと同じで、彼にはよくありそうで雑多な、その実、目を背けていたい内心の願望を突き付けられた、ぬるい悪夢として。
『ああ、嫌になる』と耳を両手で塞ぎ身を捩る哀れなものの感覚に、「彼」は目を細めた。
*****
「ねえねえ仁、ちょっと本番前に味見させてあげよっかーえへへへ~~~」 「いらない」 「ちゃんとごはん食べてるの?」 「……さあ、わからん」 「んんん……ねえ仁、そういえばこんな時間から真っ暗にして眠いの?どしたの?疲れてるの?」 「いつもずっと疲れてる、今更構うな」 「えー……」 「お前らが帰ってくれたらそのあと寝る」
そう言って傍らにあった、畳まれた毛布をこれ見よがしに引き出してみせると、何やら非常に気まずそうな顔になった「リン・シャオユウ」が見て取れ、『ああ、どうしようどうしよう、仁本当に疲れてる!悪いことしちゃってるかも!?』という罪悪感や焦燥がぶわぶわと飛んで来るのに、「彼」はまた顔に出さずほくそ笑んだ。幼稚な味ではあるが、そう悪くもない、と。
だからだめ押しもする。 「そうだな、少し何か口にしておいた方がいいかもしれない。欲にはいらないが」 言いつつ、ほんの少しだけ笑んでみせると、「リン・シャオユウ」が飛び上がらんばかりの反応をみせ、あー、とか、うー、とか、唸るのに、「彼」は気取られぬよう、大きなぬいぐるみか何かのように胸元に抱えた毛布の塊に顔を埋めてみせ、その下、本気の悪い笑みでもってその顔をゆがめた。
キッチンで少女が用意していた代物がどんなものであるか、「彼」にはとっくに「見えて」いたので。
*****
折り畳んだままの毛布をそうやって両腕で抱え、いかにもうとうとした芝居とともに「彼」は尋ねる。 「アリサはホワイトチョコなのか。そうか、あいつへの。いいんじゃないか……………ああすまない寝てた。  ふうん、ワサビなんか入れるのか?」 「はい!せっかく日本でのバレンタインですので、ワビサビをもたっぷり効かせようかと!」 「そうか。…よく知らないが、生姜が入っている有名店の品もあるらしいな、いいんじゃなぃ……か」 睡魔に負けて普段の警戒心を半ば失ったかのような芝居。そんなあざとすぎる図にも少女たちは、まるっときれいに騙されていた。
『うわーうわーうわーどうしよう、それじゃ仁、こんな毒物系でも疑わずに食べちゃう  どうしよう どうしようどうしようどうしあああああああ  えーとアリサ止めて助けて察して~~~!』
キッチンの方からはそんなパニック感がばりばりと飛んで来ており、
「え、えーと、ワサビは辛いんだよーアリサ~?あのさ、ねえちょっと…」 そんなことを言い、キッチンから顔を出してヒトガタの注意を引きたい、アイコンタクトで意図を組んでもらいたいと思ったらしい少女だったが、
「そうなのですか?私は味覚の有無おろか、飲食可能か自体、公式で未発表でありますので、そこは微妙なところですがお待ちください。  ――検索結果出ました。ジャン・レノが『ワサビ』という日仏映画の宣伝で日本に来た時、通アピールか何かの為に、S〇APxSMA〇で、おめはのっぴでねがというぐらいワサビを食べていましたので、ラースのお口に合わなくても、それほど大変な事にもならないと推測されます、です」
キッチンからの必死な声に応えたのは人の形を取っただけの計算機によるそんな言葉だったので、「彼」は寝たふりをしつつにまりと笑った。
恐怖を教えてやろう。
あの小娘にも、青年の叔父にあたるという、腕っぷしだけ強くて面倒くさいあのお人好しにも。それに今、自分の中で魘されている哀れな青年にも。(計算機の事は知らない。)
*****
「お待たせしました、『季節限定、食べるショコラショー、お気軽お手軽和パスタ風味、って言っちゃったら誤魔化せると思わない?ねえねえ』です」 「アリサ、あの、最後の方、言わなくていいパート……」
出来上がったそれは、熱湯を入れて三分の簡易容器からは流石に出され、今年の新フレーバー(茶色のチョコチッ���とピンク色の謎の物体がまぶされる)を冠し、ジノリの白い皿ににのせられて湯気を立てていた。
つまりそれは、近年日本のバレンタインの頃になると、毎年懲りずに出て来る、チョコレート風味のカップ焼きそばだった。
つまり、「リン・シャオユウ」の奸計においては、いくらなんでも青年も困惑し、それに怯むなりしてくれる予定であり、いつもの鉄面皮も保てず、でも真面目にこわごわと口にしようとするであろうという話であり、そこから「嘘だよ~本当はこっち」と、当日前の��習用のチョコを出して、「ごめんごめ~ん」で終わらせるという、 つまり、ハートフルな展開だったはずなのだが。
「あ、あのね、仁。疲れてる時には食べない方がいいかもしれないよ、これ重たいから……あのあのあの」 「いや、平気だ」
そう答える「彼」の奥、何やら不穏な匂いに気付いたらしい青年の意識が不安そうに闇の中を見回し、見上げ、味音痴な彼にさえ何かとてもよろしくないものが身体の裡に降って来るらしいことだけ察してじたばたともがき、
展開はまさにheartfulならぬhurtfulになりつつあり
「それに  母さんが言っていた。食べ物を粗末にしてはいけないと」
手を合わせ、戴きます、と言うと、「リン・シャオユウ」と青年の両方から、声なき悲鳴が上がるのを「彼」は感じた。
*****
小さな食器の触れ合う音、フロアに立ち込める、どうにもよろしくないソースの匂い、かすかな咀嚼音ときれいに動く顎。。 「リン・シャオユウ」にとって、それは子供じみた悪戯でもあるのが相手に伝わっていない、しかし同時にばれたらどうしようという状況であり、いたたまれなさ、恥ずかしさと罪悪感がその小さな体から放たれていた。 その感情は、やはり色だけ派手な砂糖菓子のような単純な甘さだと感じつつ、「彼」はフォークの先のチョコチップをとらえるそぶりで、漂ってくる幼い痛痒をぺろりとなめた。だが粉砂糖の様なそれも、とてもやわらかな食感で、決して悪いものではなかった。
そして一方、そんな子供だましのような日和った夢を自分が望んで見ているのだと思っている青年の方では、静かながらとても深い羞恥と『嫌だ』『違う』との呻きが繰り返され、こちらの悶えぶりと甘さは常日頃の絶望感とも違う味わいである分、なんとも面白い味だった。 そうであるから、「彼」が制御する風間仁の表情は、常時のそれよりも楽しそうか、幸せそうに見えたのかもしれない。 だがその表情はむしろ少女をいっそうびくびくとさせた。
「あの、あのね、仁、無理して食べなくてもあの、いいんだよ……?」
なんとか止めたいらしい「リン・シャオユウ」に対し、平気だ、俺が味音痴なのは知っているだろう?そう返して、「彼」はまたフォークを白い皿の上の茶色に絡める。普段の自分の手ではできないそういう細かい動作が単純に面白くもあったし、カカオ成分が入っているらしいので、つまりそれは、起源をたどれば神の飲み物ともされ、戦士の為の強壮剤ともされていたものだ。よって「彼」にとっても興味深く、血脈以外で繋がった異形の「父祖」たちからの旧い記憶をも呼び覚ますものだった。
そうそう、アステカの愚かでお人好しな民だったか、自分たちを殺しに来たスペイン人にこれを与え挙句見事に滅ぼされたのは。ならばチョコレートを贈るということは、実はなかなか不吉な歴史がつきまとったわけだ。 そんな考えに、くくくっ、と笑いかけ、いやこれは流石に風間仁のすることではない、と取り繕うべく「彼」は少女たちに目を遣る。
「炭水化物と糖分だろう?すぐにエネルギーになりそうだからむしろありがたい」 そんな事を言ってけむに巻き、 それに変わったものは誰かが勧めてくれないと口にしないから、お前たちが持って来る――変なお節介で持って来てくれるものでもないとな、ともうひとつ小さく笑う芝居をする「彼」の奥底では、
『……なんだこれ』
        『なんだこれ』
  『なんなんだこれは?』
すごく……変な味だ
それになんだこの恥ずかしい夢は、ちがうちがう違うこんな事俺は
そう呟く青年の声が響いていたが、それを他の誰が知ろう。「リン・シャオユウ」の顔はほぅっと赤くなったり青くなったりし、隣のbotは、それはとても良いことであります!と勢いよく挙手し、 それに頷きつつ、「彼」は、「リン・シャオユウ」とは目を合わさないまま、やわらかく言った。
「それにお前は、俺に酷い事なんか絶対しないから」
瞬間、 「彼」の外からと中からで同時に、窓ガラスが粉々になるような、陶製の重い壺が砕けるような、いやいっそ歴史的建造物がゴジラにより粉砕されたかのような衝撃が生じた。激しい叫びのような、爆発か振動のような。 それは「彼」の舌の上では、甘露になった。
丁寧にじっくりと味わい、「彼」は口内を舐めた。
*****
キッチンの掃除も終えて、よぼよぼと、言葉少なに帰り支度をしている「リン・シャオユウ」と、それに付き従う二足歩行計算機を視界の端に捕えつつ、椅子の上で毛布を胸までたくし上げた「彼」は言う。
ああ、そうだアリサ いいワサビがあるようだから、さっき即日配達で注文しておいた。なんなら使ってやるといい。 ありがとうございますです、感謝、です、マスター! ご苦労、では俺は寝るから放っておいてくれ。
おやすみ、シャオも。
そんな遣り取りの間にも、あと30秒でフロア内の非常用以外の照明が全て消されるカウントダウンが進んでおり、少女たちが二、三度振り返りつつも薄闇の中、白く光るピラーの様な昇降機の方へと駆けて行くのを確認すると、「彼」は目を閉じた。 (ちなみに青年の意識はあれっきり完全に途絶してしまっていた。公式でもよく気絶する奴なので不思議はないが)
  おやすみ
    結構楽 し  かっ       た             。
*****
後日、愛する者達を結びつけたという罪状で処刑された聖人の日、そっと、とてもらしくなく慎ましく送られてきたチョコレートに青年は首をひねり、しかしまたいつものつれなさすぎる応対をする様子だった。そしてその傍ら、なにやら淡く緑色を、はっきり緑色を帯びるぐらい何かが混じったホワイトチョコを受け取った鉄拳衆の某・アレクサンダーソンは嬉々として甥っ子の前で見せびらかした。『へえグリーンか、セルフリッジあたりで売っていそうなお洒落さじゃないか。和風にしたててくれたそうだが、抹茶かな?』そんな事を言いつつそれをドヤ顔で齧り、そして―― (――ワサビは糖分と混ぜると、劇的に辛くなるという) 
そしてもっと後日、あの夕方に青年のPCから何者かに注文されたらしいチョコレート焼きそば段ボール一箱分がホワイトデーにツインテールの少女と機械少女のところに届き、それがまた鉄拳衆宿舎に、いやげものとして流れて行ったとかそういうのはまた別の話。
***
同じ日に
「ホワイトデーは期待してるわよ、3倍返し」 「うっわー20年ぶりぐらいに聞いたよそのバレンタインルール」
(ハンティングスワン)
「なによー!若作りしてもBood Vengeanceではバッチリほうれい線出てたくせにー!」 「!る、るっさ~~い、このリアル平野ノラ――!」 「あたしはあそこまで前時代じゃなーい!!」
(腕挫裏十字固め)
などという不毛な事が起きてていたらしいのも別の話。 どことは言わないが紫っぽい名前の某社にて。
どことは言わない。決して言わない。
(了)
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mashiroyami · 6 years ago
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Page 84 : 逆光の中で
 うたた寝をしてぼんやりとした夢見心地に包まれている中、定められたリズムのノックが聞こえてきて、敏感に反応したノエルは現実にゆっくりと帰ってくる。視界はキーボードに置いたままの手、モニターに、ポリゴン、いつも通りだ。既にポリゴンは吹き出しで扉の前での真弥の来訪を示している。  あの音にだけは、彼は何をしていても気がつかなければならなかった。たとえ耳をイヤホンで塞いでいて音楽を流していても、今のように眠っていても、そして真弥の顔を見たくない時でも、振り向かなければならない。身体の方がその空気の震えにすら反応するように出来上がっているかのようだった。  再度いつものリズム。トントントン、と三度小刻みに叩かれた後、少々の間、トンと一つ。ノエルは慌てて立ち上がると、鍵を開けて慎重に窺うように扉を開く。隙間から見上げようとしたら、引き裂くようにその右手が扉にかけられて一気に開放された。薄明るい部屋に、リビングを満たしている朝の光が入ってくる。 「遅い」  冷たい表情に付け加えられたドスのきいた一言はノエルの背筋に冷水を流した。しかし、すぐに真弥の顔はころりと一転し、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。 「なかなか反応しなかったけど寝てた?」 「……あ、いや、えっと……」 「口元涎ついてるぞ」  今度こそ一気に目が覚めた。慌ててノエルは口元を素手で拭くと冷たい水の感覚が皮膚を擦り、唇には薄い名残が置き去りになる。急速に羞恥心が膨らんでいくのを誤魔化すように大きな溜息をついた。  真弥は軽く高笑いをしながら部屋の中へと入ると、いつものようにベッドに座り込む。ノエルもパソコン前の椅子に座る。不覚を取ったせいで頬が熱を帯びていた。 「忘れてください」 「何を?」 「……あーもう、いいです」  ノエルはモニターを見やり、現在の時刻を確認する。朝の十一時を過ぎたばかりだった。彼の体内時計は随分前から狂っていてそのままだったが、普段なら既に布団に潜っている時間だ。 「そんなに眠いなら寝たらいいのに」 「そう言うなら、そこをどいてくださるのが先では」 「やだよ」 「……なんなんですか、本当。何かあったんですか。というか、何の用ですか」  つれないなあ、と真弥は笑った。ノエルは未だにこの男を掴むことができないでいた。いつものらりいくらりと軽率な態度で笑っていて、ふとすれば、幾人も殺してきた死神のような姿とは重ならなくなる。油断のならない人間だった。  薄いベッドのスプリングが音を立てる。真弥は右腕を立てて前のめりになる。 「カンナギから辿れたか? 黒の団」  ほら、油断できない。  ノエルはモニターを見やり、表示されたままのブラウザに目を通す。今後主の手で更新されることのない、カンナギの内部情報が敷き詰められていた。その端っこで、ポリゴンが縮こまるようにして様子を伺っていた。相変わらず、真弥がいると随分挙動がおとなしくなる。いつもふとした瞬間にノエルを覗き込もうとしているかのように顔を近づけてくるのに、今は背を向けて、遠くの方を遊泳している。 「アクセス記録とかメールとか凡そ確認してみたんですが、既に消去されていましたね」 「手が早いことだ」 「書類とかも全然残ってなかったんです���ね?」 「そう」  それらしく深い溜息をついてみせて、いかにも残念といった雰囲気を醸し出しているが、気が乗らず殆ど探索をしていないのが実際である。そうですか、とノエルはまるで疑う素振りを見せない。用心深く外部に対して異常な警戒心を持ちながら、その懐に入り少しでも信頼感をもたせてしまえば許してしまう、ノエルの純粋な点はあまりにも容易く、真弥には好都合だった。 「七がいたからね。黒の団がなにかしら関わっていたことは間違いないんだろうが……彼女が全て処理してしまったんだろう。実に優秀だ」 「あなたのその、敵でも絶賛するところ、僕には理解できないです」 「俺は優秀な人間は須く好きだよ。美人なら最高だ」  逆に、平凡や凡才には、見向きもしないのだ。この真弥という人間は。  ノエルは手持ちぶさたであるかのように、膨大な受信メール一覧をスクロールする。これほど需要があるという事実に、目眩が起こりそうだった。しかし、どれほど探しても、黒の団の記録は残されていない。 「黒の団、流石に、足跡を消すことが上手いんですね」 「へえ」真弥は目を細くする。「負けましたとは言わせないよ」  金色の瞳が冴える。一瞬だけ、見えない冷たい刃先がノエルの喉元に突きつけられた。 「……まさか」冷や汗を背筋に感じながら、ノエルは必死で抵抗するように薄い笑みを浮かべた。「上等だ」  分厚い眼鏡の奥で目が爛々と光ったので、真弥は満足げな顔をする。ノエルの心は躍っているのだ。パソコンの中の世界は、ノエルの大きなプライドでもあった。  真弥は思い出す。たった一人で閉じこもった部屋で、分厚い旧式のコンピュータを前に、深いキーボードを叩き、干からびたような細い身体で、声を失ったように静かに、遊ぶように荒れていた。彼の部屋の外は暗く堕落の一途を辿り、彼自身もまた狭い世界を出ることができずに荒廃していくばかりだった。  刃物めいた風に撃たれて粉々に割れた分厚いガラス窓を潜ってきた真弥を見て、心底から脅えていた顔。ネットの海という、隔てなく無限に広がる世界を自由に泳ぎ回る手段をもちながら、どうしようもなく孤独な世界にいたところを無理矢理に引きずり出した、あの日。普段は凍り付いたようにまったく喋らないのに、時折混乱のあまり口を開けばヒステリックに叫び出していた人間も、その癖が完全に抜けたわけではないが、磨けば丸くなるものだ。  何も変わらないとすれば、未だに、狭い部屋の中だけに縋って生きていることだった。 「愉しそうだねえ」 「あなたがそれを言いますか」  ノエルはやや呆れたように呟く。 「にやついてるのは、真弥さんの方ですよね」 「面白いことが起こる予感がするんだ」 「あなたの面白い、は、まったくあてになりませんが」  はは、と真弥は嬉しそうな声をこぼす。 「恐らくだけどね、ココが来ている」 「……誰ですか」  ノエルは露骨に嫌な顔をした。脳裏には、彼にとっては許し難い、この家に泊まっている少年達の存在が浮かび上がっていた。 「昔馴染みさ。けど、彼女は用心深い。すぐには俺を探ってきてない。というより、多分、既に色々察してるかもしれない」 「何に」  僅かな一考の後、真弥は試すような顔つきをした。 「セントラルには、巨大な地下フィルターがあることは知ってるだろう」 「はあ……まあ、知ってますけど」  会話が飛躍しがちな真弥の話についていくには思考を回転させ続ける努力が必要で、体力を削がれる。が、疲れてきたからとて適当に流していればすぐに気が付かれてしまう。身を乗り出すように椅子に座り直す。  セントラルの地下フィルターとは、まさに彼等が立っているこの下にも広がっていると考えられる、巨大な地下空間だ。セントラルは、深く深く、百メートル以上も掘られた円形に流れる川に囲まれている。薄汚れた白いコンクリートで固められた、一見すれば人工的な地形だ。落ちれば当然ひとたまりもないため、その異様で遠い存在感に、川底には投身自殺の死体が転がっているだの、セントラルから流出したヘドロが溜まっていて鼻がひん曲がるほど臭いだの、噂話は絶えない。地下深くまで掘られたのは、首都における水害を避けるためとも考えられてる。長期にわたる土砂降りが降ろうと、川に流れていって、その深さ故にどれだけの量が天から降り注ごうと、滅多なことで氾濫は起きない。  地下フィルターは、逆に水不足の際の貯水空間でもあると説明がなされている。が、ただの水に関する都合だけでなく、いざとなれば、セントラルにかけられた橋を全て落とせば、絶望するほど深い堀に囲まれた、外界の進入を拒む孤独の街へと変化して、地下は避難場所、あるいは次世代のセントラルの街として機能する、との噂もされている。アー��イス内でも首都に異様に経済成長が集中している象徴ともいわれるが、噂は膨れ上がるばかりで最早心霊スポットと似たような扱いだ。いずれにせよ、普段の日常生活においては話題になることすら殆どない場所だ。誰も、足下から地下奥深くに広い空間が用意されていることなど、あまりにも日常とかけ離れており具体的には想像できない。 「今は当然無人で、誰も入れないようになっているけれど、唯一外から自由に出入りできる場所がある。セントラルと郊外の間の川、あれのコンクリートの壁に沿ってひたすらに降りていくと、川との接続地点がある。そこで、少し前の晩に黒装束の青年……今日の朝、ココの姿もそこで目撃されている」 「黒装束……」 「話を聞いた感じでは、黒の団だな」  ノエルは沈黙する。 「ココは団の動きを窺ってる。慎重で、なのに大胆でスピーディなところが、彼女らしい」  ココという女性のことを真弥は高く評価しているようだった。加えて、���分親しみを感じている様子で、おかしそうに笑っている。 「彼女にも会いたいところだけど、黒の団の動きが気になる。結局、カンナギに団員がいたはっきりとした理由は結局不明だけど、何かの前触れというか、何か試そうとしていたような……」 「わかるんですか」 「はっきりしたことはわからない。けど、俺が出来損ないとクロ達をわざと会わせたように、奴らにも思惑はあっただろうさ。……カンナギは、組織の規模から考えれば、もっと手応えがあってもおかしくなかった。あれ、既に黒の団が根回ししていたよ。“出来損ない”はただの餌だ。何人かは七が既に殺していたみたいだし、俺達、完全に使われたね」  真弥はノエルに目配せをする。  結局団の掌の上にいるということは、覚えていた方がいい。カンナギ襲撃の際にそう言い放った、七の宣告が思い浮かばれる。 「まったく」真弥は自嘲を浮かべる。「本当、離れられないものだよねえ」  意味深げな言葉にノエルは眉を顰める。離れられない、何から。素直に、黒の団から、だと受け取れば、以前はもっと近い存在だったかのような言い素振りだった。“出来損ない”についてもそうだ。彼はよく知っている。昔、黒の団について調べようとして強く脅された記憶が被さって、真弥と黒の団の、とても軽薄とは言い難い関係性に名前をつけてしまうのが、信じ難く、恐ろしかった。それが知ることだとして、ノエル自身も確実に呑み込まれつつあった。 「俺は東区に向かう。動きがあるとすれば、クロ達に何かしらの接触があり得る。何かあれば、こっちから指示するから……絶対に、寝ないように」  真弥は、さっぱりとした、満面の笑みを浮かべ、ノエルは表情を引つらせた。 「さあて、面白くなってほしいものだな!」  真弥はノエルの左肩を軽く叩くと、やはりどこか浮き立ったような足取りで部屋を後にした。  漸くノエルは解放されたように肩の重みが消えた。頑なに凝った肩を軽く回すと、簡単に関節が音を立てる。けれど、真弥に触れられたその部分から、ぞわぞわとするような痺れが走り抜けている。左肩には付いているはずもない烙印が残ったかのような感覚がした。は、と震えた息を吐く。  ぽーん、と、あの音。真弥がいる間は沈黙していた、言葉の合図。 <休憩をお勧めします。> 「……うるさいよ」  幾度となく繰り返してきたやりとりだ。日常は、元のテンポを刻み直してくれる。  ノエルは身体をぐんと伸ばし、背もたれにのし掛かる。陰の濃い天井は、閉塞的な空間であるにも関わらずどこか遠い。だらりと下がっている骨ばった細い腕を上げて、目頭を隠す。身体の毒素まで抜くように腹に力を入れて長い溜息をついていくと、安堵が広がっていく。いつまで経とうと緊張感は抜けないのだ。左肩には期待と圧力の名残。あの笑顔の下ではいつも凶器を携えており、表裏一体の感情はくるくると弄ばれているようにひっくり返り、気を抜いたらいつでも殺すと言われているような、そんな感覚が、いつまでも抜けない。  ぽーん、とひとつ、間の抜けた音。ノエルを呼ぶ声は、彼の胸を優しく叩く。 <休憩をお勧めします。>  ポリゴンは繰り返す。馬鹿の一つ覚えのように、登録された言語にノエルは草臥れたような笑みを浮かべた。 「できないよ。真弥さんを待たせられない」 <ノエルの身体が優先です。>  ああ、と、ノエルは思う。  同じ言葉を毎日毎日何度も決まったタイミングで放ってくる従順なプログラム。このデータの集合体に、不覚にも、どれだけ励まされてきたことだろう。かつて絶望の中にひとりぼっちでいながら、ひとりぼっちではなかったのは、この青と赤の存在が、ノエルが常に向き合っていたパソコンの中に常に居てくれたからだ。  存在を肯定してくれる存在。このプログラムも、そして、真弥も。 「……大丈夫。手伝えよ、ポリゴン」  机に身体を寄せる。キーボードに十本の指を乗せた。  遅れて、合図の音と、吹き出しが現れる。 <了解です。>  いい奴だ、と思う。流れ者の自律型プログラムは忠実で、ノエルが常にパソコンの傍にいることと同義で、ノエルの常に傍にいる存在だった。たとえ彼の時計がいつまでも狂っていても彼の依存しているものは淀んでいるとしても、この狭い部屋が彼の居場所であり彼の総てだった。
 *
 針のように細い雨がさめざめと降っている。不透明な空気は、むせかえるような湿気を伴っている。パレットの上で乱暴にかき混ぜたような灰色の雲が空を覆い尽くしていた。色味の無い天とは裏腹に、道は彩るような様々な傘が行き交っている。心なしか、いつもより人々は肩を縮こまらせ、視線を落とし、言葉少なに歩いている。平坦に整えられた道でも水たまりは佇み、雨水を含んだ道を歩く音は独特だ。水の跳ねる音、抑えつけられる熱気、さざめき、雨の香り。特別、雑踏の音が際だつ。  足早に人波を突き進んでいくクロと圭の背中をラーナーは必死に追いかける。  喧嘩別れをして、溝は深く抉られたまま、一層彼らは遠のいていく。孤独を深めていく。それぞれが点となってひとりずつになっていく。  待って、とラーナーは一言あげた。あっという間に静かな喧噪に吸い込まれていく。どこかから聞こえてくる。火事の話。北区の歓楽街で、どこどこの場所で、火事があったらしいよ。死傷者、消防車、深夜、広がり、煙、――恐い。規模は完全に隠蔽しきれるものでなくセントラルに炎が広がっていくように駆けめぐっていた。見て見ぬふり。聞こえぬふり。知らぬふり。ラーナーの目の前を歩く、あの二人がその中心にいて、人を殺し、それは恐らく罪で、恐怖の対象で、ここは首都であり、発展の裏には危うさを常に抱えていて、それでも当たり前のように人々は日常を生きていて、均衡を愛していて、そのために全てを受け入れていて、汚くも美しく平衡のこの場所は、誰に対しても平等で誰に対しても残酷だった。  アランやガストンははっきりとクロを止めようとし、彼の決断を否定した。クロは真正面から決別し、圭は憤りと自らの決断に身を震わせた。ラーナーはその迸る意志のぶつかりあいと鮮烈な火花に圧倒されて、何もできなかった。初めから伸ばすことを躊躇うほどに誰もが遠い。けれど誰も助けてはくれない。  雨は降り続け、歯車は狂いだす。  雑音と人混みの中、正面から、彼女の脇をすっと歩いていく、ただの見知らぬ通行人であるはずの人の顔がラーナーの視界に入る。見過ごしそうになった仮面の大群の中で、彼女の目は一抹の違和感を、ただ一人を逃さなかった。思わずその人物を目で追う。  思考は停止。足は止まる。彼女を避けて、知らない人間が何人も通り過ぎていく。人混みに紛れて彼の人は向こう側へと過ぎ去っていく。  何も考えられなかった。考える前に、ラーナーは身を翻していた。頭を塗りつぶしていたクロや圭達のことすら、彼女の正直なところ、頭から吹き飛んでしまっていた。目に留めた一つのことだけを追い求める衝動に突き動かされ、走り出した。すいません、すいません、と謝りながら、彼女はもどかしくなって傘も閉じて、人を押し退けるように突き進んだ。彼女の様子がおかしいことにクロが気が付き漸く振り向いた時には、既に彼女は随分と離れ、無我夢中で人波を逆流していた。足がもつれそうになりながら、視線を上げてそのひとを見失わないように必死に目を凝らす。相手もぐんぐんと逃げるように歩いているのか、距離は簡単に縮まらない。やがて、その人の波の隙間から、そのひとが道を逸れて建物と建物の間へと足を踏み入れるのが辛うじて見えた。ラーナーは慌てて突き進んでいく。  雨に濡れ水溜りが蔓延っている隙間は、人間一人が通れるほどの幅である。雨天では心なしか薄暗さすら感じたが、突き当りを左に曲がっていくそのひとの姿を見つけ、ラーナーは躊躇いなく路地に飛び込んだ。足元で水溜りが弾け靴の中まで水でぬかるんでも、頭上から降り注ぐ雨で全身が濡れていこうとも構いはしなかった。入り組んだ路地を次々に曲がっていくので、思ったように速度は上がらず、距離は縮まらない。それでも直向きにそのひとを追いかけ、倣うように突き当りを左に曲がる。しかし、そこでようやくラーナーの足は遅くなった。曲がった先には人影がなかったのだった。  肩で息をしながら視界に広がっている隅から隅まで���子を伺ったが、人の気配はまるでない。まっすぐ歩いてみたが、足音は聞こえなかった。見失ってしまったのだろうか。落ちる雨が髪の毛からしたり落ち、全身を濡らしていく感覚に自分という形を取り戻していく。手元を見て、傘がなくなっていることに気付く。どこかで手から滑り落ちるように捨ててきてしまったことに、自らの行為であるにも関わらず覚えてもいなかった。身体が煮えているように熱い。我にかえったラーナーは肩で呼吸をしながら後ろを振り向いてみたが、クロ達が追ってくる様子もなかった。そこでようやく、一人になってしまったという事実に気付く。  ずぶ濡れになり、髪も服も靴も全ていつもよりぎゅっと縮こまったように身体に張り付いてきて、ひどく重たい。  嘘だったのかもしれない。もしかしたら、追い込まれているがために見てしまった幻想か、あるいはとてもよく似た人間だったのか。  とりあえず来た道を辿ろうかと踵を返した時、物の崩れたような派手な音が耳に飛び込んできた。音のした方を反射的に見やる。木の戸が開いたままになっている建物が目に入った。外見は周囲とさほど変わらない、煤けた灰色の壁をしたビルディングだった。  ラーナーは手を引かれるように玄関口に近付くと、建物の中は暗く、雨の日の灰色の光が一筋、部屋の中へと入っていた。目を凝らしてみると、黒い足跡が床に残っている。外面はコンクリートで固めてあるが、中の床は木でできているのだろうか。塗れた足を拭かずにそのまま中に入ったようだった。光を受けると水独特の煌めきを放っていて、まだ新しいことがわかった。その足跡と先程の人影がラーナーの脳内で繋がり、中に立ち入る決意を固めた。  閉じかけの扉をゆっくりと開くと、錆び付いた音が空気を引き擦った。玄関からすぐに大きな一室が広がっている。正面にいくつか窓があるが、どれもその向こうは別の建物の壁があり、明かりをつけていないこともあって閉鎖された空間であるように感じられた。息を吸い込み、髪や指先からぽたぽたと滴を垂らしながら、扉を閉め、ラーナーはぐるりと大きく部屋を見回す。手前から奥へ向かって、足跡が伸びている。窓から差し込んでいる淡い灰色の光を頼りに、よく目を凝らして、ラーナーは部屋の隅に人が立っているのに気が付いた。  逆光の中にいるそのひとの顔を遠目で確認して、ぐっと顔が歪んだ。見かけた瞬間は驚きで頭が白くなってしまったが、時間をかけてじっくりと見つめていると、得体の知れない喜びが肺の奥からじんわりと沸き上がってくる。彼女より重い色素の茶色の髪はさっぱりと切り揃えられていて、それと同じ色の両眼。肩幅、体格はまだ幼く、あどけない、まさに少年という言葉がぴったりと当てはまる素朴な顔つき。  ずっと焦がれていた人だった。上乗りするように日々を生きていても、故郷の記憶がぼやけていこうとも、忘れたことなど一度も無かった。  喉の奥から上がってきた名前を、素直に吐き出す。 「セルド……?」  ラーナーの弟――あの日故郷ウォルタで、彼女の目の前で黒の団に刺された、セルド・クレアライトがそこにいた。 < index >
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meltiese · 7 years ago
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動揺・世界
動揺
 その砂浜に座る女は、そのキラキラと光る水面に浮かびたいと願う。今すぐに走って、冷たい水の上をピシャピシャと越えていきたい。そんな風にここを、華麗に飛び出して行けば、地平線の向こう彼女の欲する世界が在る。そんな風に思いながら、海風を受けて冷たくなった足を両手でさすった。「そろそろ、家に帰らなくちゃ。」だが、風がその音を消した。
男は女のことを想っていた。そして、時計を見上げ、今日は少し遅いのだな、と少し自分が不機嫌になっていくのが分かる。
「ただいま。遅くなってごめんなさいね、海辺に素敵な貝があったわ。」ほら、と手を差し出して、数種類の宝石のような貝を見せつける。彫りが複雑になされて、欧州の雰囲気を持つ木箱を女に渡し、「これに入れておくと良いよ、壊れ易いものだから。」と男は言った。女は大事そうにその木箱を抱え、ベッドに腰掛けて、膝の上にそれを置いてそっと拾った貝を並べていった。その姿が男にはやけに愛おしく見え、後ろから彼女を抱き締めた。ふっと鼻に入り込む優しい香りをゆっくりと吸い込み、それとともに抱き締める手の力も徐々に強めた。汚れなく、偽りなく。数分間その姿勢のままいると、女はくすくすと笑い出した。やがて瞳を合わせると、お互いひっそり黙り込んだ。 
女は、男は、何か探していた、ちょうどいい言葉を、探している。言葉というピンポン球程度の大きさの、軽い透明なものの海に窒息しそうになりながら、懸命に限りなく近い一つを探し出そうとしていた。そういう種類の沈黙だった。一つ手に取り、頭の中でそっと唱える。これじゃない、と感じる。また一つ飲み込む、途方も無い作業だった。段々言葉に麻痺していく。
男の言葉の海は、少しぬるくて、うっすら赤みがかっていた。一方女の言葉の海は光を一面に受けているのに、男の海より少し冷たい。彼らの海は共通部分を持たない。そして、彼らはその海が交わる場所を求め、その奇跡を探す。
男は女の髪を撫で、頬を支え自分の唇を当てた。こんなに愛しくて、満たされているのに、なぜ男と女はやがて溶け合い一つにならないのだろう考えていた。自分の手や足が彼女のものと同じで、彼女が駆け出す方向に一糸乱れず付いて行けて、そうしたら汚させない。男は女を恐れていた。ある午後飛び出したっきり帰ってこなくなるとか、素足で歩く彼女の足が、ガラスの破片で切れてしまうこととかに、急に怯えていることがしばしばあった。女は慌てていた。この居心地の良い場所から、すぐさま逃げ出したいと思ったり、逆に永遠にここにいたいと思ったりしていた。
お互いの息で、その男女はしばらく生きた。男が息を吐くとき、女はそれを懸命に吸い込み、女の吐き出す息を男は丸々吸い取った。口を、鼻を塞いで自分の中へと時を永遠に止めてやりたいとは、まだお互いに思っていなかった。ただ、しばらく生きながらえることの出来るわけを女に、そして男にしたかった。いつの間にかお互いはひどく萎びて行って、顔中に出来た皺の線に沿って、涙を流していた。それは、老いという自然現象のようでもあり、お互いが背負った深い失望の刻印のようでもあった。どれだけ時間が経っても、どれだけ二人が望もうとも、お互いの触れている部分は広がって行かず、混在していくことはなかった。
強くなるとは、言葉の海を凍らすことに似ている。冷えきったその海で、もはや泳ぐことをやめにして、弱くなったこんな男女を蔑んで進めば良い。キラキラしたものをあなたは掴めば良い。女はあなたを羨んで、妬ましく見つめている。「弱虫。」そう優しく言ってやるといい。これ��自分への敗北にもなり得る言葉である。なぜって掴もうとしたキラキラは、彼らのその瞳に照らされて光っているのであって、目が覚めたらその宝石はただの石ころかもしれないから。石ころまでは行かなくても、こんなもんかってため息を付く日がいつか来てしまう。誰か、早く、この氷を溶かしてちょうだい。そう思ってしまうのは仕方の無いことなのです。溺れている時の感覚を思い出そうとして、出来ない。もう、あなた��中で言葉は強固に変化を拒み、何かと溶け合うことを望むことすらできないのだ。過去に軽蔑した女を、羨むなんて屈辱だ、そう思いながら、あの女を思い出してしまう。
かつて涙を流した女は、窓の外ばかり見ている。鳥が爽快に空を泳ぐのを見て、目を伏せた。再び目に映ったのは、自分と同じように貧弱に老いた男の姿だった。憎しみ、怒り、哀しみ、喜び、すべての感情が沸き上がり、時間をかけて全てが同時に消えて行く。この何年も、この繰り返しのように思う。感情はありすぎて、無感情に等しく、男のことはまだ少しばかりしか分からない。独りよがりに解釈して、恨んだり、問題の原因を彼に帰着させてみたりして、男を作り上げて、勝手に女は男を理解してるふりをして、彼の顔を両手で包み、唇を尖らせて可愛い音を立てながらキスをする。
女の顔を凝視しながら、そして、その醜さに眉間に皺を寄せ、理解し飽きた女を抱き締める。男の言葉の海から上がり、男は砂浜で打ち寄せる波を眺めていた。真珠のように光るものが浜辺に打ち上げられるのを静かに待っていた。男は、自分が真の煌めきを見極める能力を持っていると信じていた。それは、男が女との途方もない重なり合いの中で掴んだ唯一のものだった。
      世界
 ある日右耳から音が聞こえた。廃墟のドアが開くときの、あの特有の少し恐ろしくて寂しい音で、かしゃり、と。
 部屋に入ったのは、今までで最も物事の意味を言い当てることができたと感じた瞬間だった。あそこから、そこへ、よく分からず移動していた。
 そこには白くてスカスカした軽石が敷き詰められた床が広がり、壁には窓が5つもついていて、薄緑のステンドガラスがはめこまれていた。窓は閉じたままで、窓外で揺れている葉が、形を変える美しい風景画のようになって、私を愉しませた。この部屋で何をしようかと、考えてみたものの小粒の軽石が足の裏に痛みを与え、うまく思考が進んでいかない。
 一人の女がこちらに向かって歩いてきた。近くまで来ると女は目の前で浮いて見せた。いやに安っぽい女が浮いたのだ。
「どうやった。」
「うふふ。」
 彼女の裾を掴むために、片足を上げ前に進もうとしたら、軽石はさらに激しい痛みになる。しかし、男は女を捕まえたいから、走る。その様子はやけに滑稽であった。するりとかわす女はまるで天女のようだった。身のこなしに加えて、ステンドガラスからの緑色の光が差し込んだ女の顔が、どこか無機質で人間を感じさせなかったからでもあった。女は、自分が光を浴びて、とても美しく見えていることを���っていて、半ばうっとりとしながらこの空間を泳いでいる。そしてすでに、男は追うことの喜びを感じ始めていた。
 女を求める男の動きは甘い戯れを連想させる。しかし女は怒っていたし、男のほうは激怒していた。女が欲しくてたまらなくなったから、そして足がとても痛んだから、男はステンドガラスを割った。壁にステンドガラスはランダムに配置され、高さも大きさもばらばらであったので、男が割ったのは一番低い位置にある正方形の形をしたステンドガラスだった。割れては戻る不思議なガラスで、男は2度それを壊したがようやく諦めて、今度は女に下に腰を下ろすように懇願した。
 女は仕方なく軽石の上に仰向けになるように、ゆっくりゆっくり下降し始めた。5つの緑の光は全て彼女の腹へと集まっていき、男の周りやその他の場所は急に暗くなった。男は少し怯えている。何か大きな母性への敬意を表すために、そっと女の指に接吻をした。女はやっぱり下品に「けけけ。」と笑っていた。「俺は今お前のその指先を愛し始めたところだ。」
「いやに少しじゃない。」女は眠りにほとんど就いてしまうような声で、そう答えたので、「その声もだ。」と言った。
 女が寝てしまうと、男は女の夢の世界とこの世界とが明らかに異なる別次元のものであることを察した。夢は夢だけで独立した世界で、だれもがその世界では孤独、であるならば、私は目を覚ました後の女をもう少し愛してみたい、そう思った。朝になったらこの女と踊ろう。そうしてうっかり眠っている女の腰を撫でる。うっとりするほど柔らかかった
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ozawajun · 7 years ago
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微妙な関係
[chapter:微妙な関係 -01- - November]
                          小沢 純
 ちょっと風邪ぎみだった。美恵子と街を歩いていたけれど、 「風邪ぎみなら、早く帰って、早く寝て、早く風邪を直して」  と言うものだから美恵子と別れた。ちょっと不満な気分だったか ら、いつものキスもしてやらなかった。バイバイと美恵子を改札口 に見送った。
 駅の地下道に並んだ公衆電話に向かう。ポケットを探ってみたけ れど、十円玉が見つからない。まあいいや、寄ってみよう。台所の 窓からのぞいて、男が居たらノックしなけりゃいいんだ。そう思っ て、美麻の部屋へ向かう。地下街から外に出た。急に秋めいた風は、 長袖のシャツだけでは少し肌寒いくらいだ。美麻の部屋は、駅から 歩いて十分くらい。小さなコーポの二階にある。いつも通り台所の 窓は開いていたけれど、その向こうの障子が閉まっていて、誰か居 るのか分からない。他の男と鉢合わせも躊躇わられたけれど、せっ かく来たのだからノックした。ノックは五回、それが合図だ。嫌な ら出てこないだろう。人の気配がして扉が開いた。美麻が出てきた。
「誰か居るの?」と訊くと 首を横に振る。 次に美麻は、いきなり僕に抱きついてきた。 「どうしたの?」と抱きしめてやりながら訊く。 「淋しくって、どうしようかと思ってたの」 美麻は、泣いている。
「昨日は明子が来てくれて、良かったのだけれど。今日は、どうし ようもなくて薬を飲もうかと思ってたの」
 僕は扉を締めて、鍵を掛けた。美麻を抱きあげて、奥の部屋へ上 がりこむ。壁際の畳の上にあぐら座りに座って、足の間に美麻を横 向きに抱きかかえる。僕はこの姿勢で美麻を抱いているのが好きだ。 美麻は、泣きじゃくり、肩を震わして泣いている。さっきまで一人 ぼっちで、泣くこともできずに息を潜めるように一人で居たのだろ う。僕は美麻の頭や背中をそっとなでてやる。一人じゃないんだよ と。美麻は息づかいが荒く、胸が上下している。キスで涙をぬぐっ てやって、 「大丈夫だよ」少しだけ��をかけた。
 次第に落ち着いて静かになったな、と思ったら美麻は眠ってしまっ ていた。しばらく、そのまま美麻を抱いていた。だんだん、腕がし びれてきた。それで、勝手知ったる美麻の部屋、押し入れから布団 を出していつもの場所に布団を敷いて、美麻を寝かせてやった。きっ と昨夜から眠れなかったのだろう。上掛けを掛けてやって、その横 に、僕もひじ枕で寝転がる。美麻の寝顔を見るのも久しぶりだ。
 思いついて、台所に立つ。洗い物のかごも空で、きれいに整理さ れている。この分だと、昨日から何も食べていないだろう。もう一 度、美麻が眠っているのを確認した。
 何が良いかな? と考えながら、壁のフックから部屋の鍵を取っ た。部屋を出て静かに鍵を掛ける。ドーナッツかアップルパイか、 ハンバーガーは今の美麻には、ヘビーだろうと考えて、ミスドへ向 かう。プレーンな奴と、丸い奴を買って、部屋に戻った。
 美麻は、まだ寝ている。さっきのように、美麻の横に寝転がって 美麻の寝息を聞いてみる。規則正しくて、静かな寝息。つい眠くなっ て僕も眠ってしまった。
 目を覚ますと美麻が僕を見つめている。 「おはよう」と言うと、 「ありがとう。勝手な時だけ頼って、ごめんね」と言う。 「いいよ。頼ってくれて嬉しいよ」と答えた。
 二人で横になったまま少し話をした。昨夜、明子が帰ってしまっ てから、美麻は淋しくて部屋の隅で一人でうずくまっていたらし い。
「ドーナッツ買ってきたよ。食べよう」 「うん、私、紅茶淹れるね」
 美麻の淹れる紅茶は特別だ。僕は、紅茶はミルクティー派なのだ けれど、美麻の紅茶だけは、ストレートが美味しい。美麻が台所に 立ち、ホーローのやかんに蛇口からジャーッと勢いよく水を入れて 火に掛ける。やがてやかんは、ぴゅーと言う音を立てて沸騰を知ら せる。沸騰させたまま少し待つ。小さなテーブルで紺色のツタ柄の ティーポットに、美麻が茶葉を量っていれる。そのしぐさがまるで 厳粛な儀式のようで、僕の好きな時間だ。
 美麻がティーポットに湯を注ぐ。そして、ポットが冷めないよう に、猫の絵柄のティーコジーを被せる。キッチンタイマーをセット して時間を計る。残りのお湯でカップを温める。それを見届けて、 僕は食器棚からカップとお揃い柄の洋皿を出してきて、ミスドの包 みをガサゴソと開ける。一応、見栄えを考えながら、ドーナッツを のせる。ゼンマイ仕掛けのタイマーがチンと鳴った。美麻が、保温 用の湯を捨ててカップに紅茶を注ぐ。とても良い香りだ。脳味噌の 芯にまで染み透るような香り。  そして、二人でドーナッツを食べる。
「おいしい」美麻が、今日初めて笑った。
時計を見ると23時を回っている。 「今日、泊っていってくれるでしょう? 」美麻が言う。 「ああ、そうする」僕が答えた。 すると、テーブル越しに身を乗り出して、美麻が僕にキスをした。
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[chapter:微妙な関係 -02- 翌朝]                
 翌朝、やかんの鳴る音で目が覚めた。美麻は、もう起きているよ うで美麻の布団は跡形もない。
 昨夜は、美麻のあとでシャワーを浴びさせてもらった。その間に、 部屋はナイトライトに変わっていた。美麻が敷いたもう一組の布団 が、僕が敷いた布団と30cmくらいの距離にあった。布団の中か ら美麻が言った。 「明日は?」 「部屋に戻ってから、研究室へ顔を出す」 「そう」 「電気、消す?」 「どちらでも。お好きなように」  僕は、一瞬考えてナイトライトを一番暗い設定にしてから、布団 にもぐりこんだ。風邪で熱っぽかったからか、すぐに眠りに落ちた。
「起きたの?」  美麻が台所から僕を呼ぶ。声が明るい。 「おはよう」と、僕は返事をした。 「食べるでしょ?」と、美麻はトースターで焼かれているマフィンを指す。  僕がうなずくと、 「コーヒー? 紅茶?」と次の質問がきた。  洗面所で顔を洗いながら、僕は、コーヒーと答えた。そして、ド リップと粉を取り出してコーヒーを淹れる。コーヒーは、僕の方が 上手い。美麻はフライパンで、カリカリベーコンとスクランブルエッ グを作っている。
 用意が出来て二人で食べる。フォークで二つに割ってカリカリに 焼いたマフィンに、カリカリベーコンをのせる。ガリリとかじる。 これが美味いんだ。
 ひとしきり食べて落ち着くと、美麻が言った。 「今日も、寄ってくれない?」 僕は答えの代わりに問いを返した。 「あいつは?」 あいつというのは、美麻の彼氏のことだ。 「今週は、週末まで来ないの」 今日は木曜日だ。 「分かった。寄らせてもらうよ」 「ありがと。夕食、ご馳走するね。何かリクエストは?」 「ハンバーグ。付け合わせにニンジンのグラッセ」僕は、即座に答 えていた。
 美麻のハンバーグは、挽き肉を作るところから始めるほど凝った ものだ。肉はしっかりとこねられているし、プロ顔負けの味がする。 それに手間が掛かる。少なくともやることがあるってことは、落ち 込みにくいってことだ。
「美恵子さんは、元気?」 美麻が美恵子のことを尋ねるのは珍しい。 「ああ、生きてる」 「昨日は、本当にありがとう」
「じゃあ、出かけるから」  美麻が右手を差し出した。僕は美麻の手を握った。美麻の手は、 冷たかった。そして、僕は美麻の部屋を後にした。
 外は眩しいくらいの快晴だった。
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[chapter:微妙な関係 -03- コスモス]              
 夕闇が迫る。電車の窓に夕焼けが広がる。 あの後、僕は一度部屋に戻ってから、研究室へ出た。
 美麻の部屋から駅まで歩いて、駅を越えてから駐輪場に置いた自 転車を出して部屋に戻った。部屋に入ると電話のランプが点いてい た。留守電が一件、再生すると美恵子からだった。 「まだ、帰ってないの?」タイムスタンプは、23時45分だった。
 下着とシャツを替えて、引き出しから一万円札を一枚、財布に補 充した。やはり研究室へ顔を出しておいたほうが良さそうなので、 大学へ向かった。
 出てみると教授が休みで他のメンバーもほとんど残っていなかっ た。一応、端末を立ちあげてメイルとニュースグループの投稿を チェックしたが、めぼしいものは無かった。
 ちょうど昼だったので、そのまま食堂へ。B定食を食べる。ご飯 は、一日ぶりだ。学生生協に寄ってみる。頼んでおいたCDは、ま だ入荷していなかった。午後は、図書館で過ごした。
 電車が駅に着いた。昨日と同じ公衆電話から、美恵子に電話をか けてみる。お母さんが出て、美恵子はまだ帰っていないという。電 話があったことだけ伝えてもらうようにお願いした。
 地上に出ると花屋でコスモスを売っていた。一束、買う気になっ た。昼間の天気が良かったせいか、僕の体調の為か、昨日より寒さ を感じない。どうやら、風邪は軽い段階で済んだようだ。
 昨日と同じ道をたどり美麻の部屋へ向かう。コーポの階段をコツ コツと音を立てて上る。美麻の部屋の台所には、明かりが点いてい て換気扇が回っている。ノックは、五回。すぐにエプロン姿の美麻 が扉を開けてくれた。
「早かったね。入って」 「はい。コスモス」 「あら、ありがとう」 美麻は、僕の手から花を受け取ると、香りをかいでから、シンクの の上に置いた。
「え~と、花瓶は・・」と棚を見上げ、 「ねえ、あのガラスの花瓶、取ってくれる」と、 僕に棚の上の花瓶を指差す。 僕が背伸びをして花瓶を取り美麻に渡す。美麻は、 「ちょうどいいわね」と独り言を言って、コスモスを活け始めた。
 蒸気を吹いている炊飯器、パットに並べられて焼くだけに準備さ れたハンバーグのタネ。テーブルに広げられた二組のランチョンマッ トとその上のナイフとフォーク、伏せられたティーカップ、美麻の エプロンはレースの縁どりの付いたかわいいやつだった。そして、 花瓶がテーブルに場所を与えられた。
「すぐに食べるでしょう?」美麻が言う。 「うん」 「じゃあ、すぐに焼くから本でも見ていて」
 美麻は、本が好きらしい。ブラッドベリからシルヴァスタイン、 宮部みゆき、精神病理関係といろいろだ。でも、僕はCDを眺めて、 一枚を選んだ。ロキシーミュージックを取り出して、CDプレーヤ に掛ける。曲が流れると、うつろな気分になる。美麻が振り返って 言った。 「あら、めずらしいもの聴いてるわね」 確かに、僕の趣味ではないな。と心の中で苦笑した。
 料理は、うまかった。つけあわせのクレソンまで残さずに食べた。 美麻が気をきかせてワインも用意してくれていたから、最初に乾杯 をした。まあ、乾杯するような出来事はなかったのだけれど。
 二人で、洗い物を片付けた。美麻が洗って、僕が拭いて食器棚に 納める。調理器具は、調理しながら手際よく片付けられていたか ら、わずかな時間でさっと片づいた。毎度思うのだけれど、美麻は 台所仕事がうまい。
 片づいてみると、テーブルの上にコスモスだけが残った。
「今日は、早めに帰るね」美麻に言った。 「うん。毎日って訳にはいかないものね」 僕の目に向き合って、美麻が答えた。 「CD、借りていっていいかな?」 「いいよ。何?」 「ブライアン・フェリー」 「へえ、めずらしいのね。今日は、いつもと違う人みたい」
 僕は、CDを一枚借りて、美麻と別れた。 扉まで見送ってくれた美麻が、また右手を差し出した。僕は、美麻 の目を見つめ��がら、手を握った。そして、振り返らずにコーポの 階段を下りた。
 美麻の手は、暖かかった。
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[chapter:微妙な関係 -04- 高温期]               
 来客を告げるドアのチャイムで目が覚めた。昨夜は、少し飲み過 ぎた。時計は、8時12分。パジャマのまま扉を開ける。そこには 不安そうな目をした美恵子が居た。
 無言のまま扉を大きく開けると美恵子が玄関に入った。僕はドア を閉めて鍵をかけた。部屋は雨戸を閉めたままなので薄暗い。僕と 美恵子は、無言のまま向かい合って見つめた。そこにあるのは、今 にも泣きそうに不安そうな瞳。少し震えているみたいだ。  美恵子と逢わないまま、今日が三日目だ。
 僕は美恵子のショルダーバックを取り床に置いた。そして美恵子 のカーディガンを脱がしにかかった。ダークグリーンのカーディガ ンの下は、丸い襟の白いブラウス、一つずつボタンを外す。ファス ナーを下ろしスカートを足から抜く。無言で美恵子を剥いてゆく。 今の美恵子はブラとガーターベルトとストッキングとパンティーだ けの姿だ。それに靴を穿いている。
 もう一度、美恵子の目を見つめる。下まぶたが少し腫れぼったく なっていて、美恵子が興奮しているのが分かる。瞳は潤んで美しい。
 フロントホックのブラを腕から抜き、パンティーを脱がす。美恵子が 少しふらついている。僕はパジャマを脱いだ。肌に直接パジャマを 着るので、僕が脱ぐのはパジャマの上下だけだ。
 右手の甲で美恵子の喉元の肌に触れる。緊張していた美恵子がほっ としたように瞼を閉じた。美恵子の左足を上げさせて、僕をあてが い静かに挿入する。入り口に微かな抵抗があっただけで奥まで到達 した。そのまま美恵子の両腕を僕の首に巻きつけて、美恵子を抱き 上げる。靴を穿いたままの美恵子を布団まで運ぶ。一つになったま まなので、美恵子の上に倒れかかるように二人重なって横になった。 美恵子が目を開けて視線で「靴」と言う。僕はうなずいて、体を離 さないまま、靴を脱がせる。
 美恵子の頭を抱きしめて、そっとキスする。頬を頬に押し当てて、 「高温期?」と確かめる。 「うん、大丈夫…」 ・ ・・ ・・・ ・・・・ ・・・・・
 雨戸を10cmほど開けて、二人裸のまま太陽の光を浴びた。 「やっぱりあなたの言う通り。三日も逢わないとダメみたい」 「落ち着いた?」 「うん。私、あなたのものになりたい」 「僕の彼女だよ。美恵子は」 僕は、美恵子のおでこにそっとキスをした。
 逢えないのは、辛い。僕は一人暮らしだけれど、美恵子は親元に 居る。だから、電話できる時間も限られる。美恵子の家は門限がと ても早くて、夜のデートは不可能だった。だから、美恵子が僕に連 絡を取らないと、逢うことができないことが多かった。
「昨日は、駅で会えるかもしれないと思って待っていたの」 「昨日は、研究室の連中と飲みに行ったんだ」 「そう・・。私、逢いたかったの、なんだか自分が足りないみたい で、あなたが欲しかったの」 「逢いに来てくれた。ありがとう」 「ううん。あの時、風邪なら早く帰って、なんて言わなければ、良 かったって、ずっと後悔してたの」 「今日は?」 「一日、空けてきたの」 「じゃあ、二人で裸で居ようか」 「ハイ、あなたがそうしたいのなら…」
「大学を出て、もしその時まで続いていたら結婚しよう」 いつだったか、僕は美恵子に言った。それが、形になるのか誰にも 分からないけれど、僕は、僕に逢えないだけで、まるで小鳥のよう に震える美恵子を大切にしたい。
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[chapter:微妙な関係 -05- トレンチコート]           
 秋も深まりコートの似合う季節になった。僕のは濃紺のトレンチ コート。すでに飾りに過ぎない手榴弾をぶら下げる金具だとか、こ れは実用的な防寒用の喉当ての布とか、パズルのような組み立てが 気に入っている。それに加えて僕のトレンチコートには左の裾の内 側にA4のノートがすっぽり入る大きなポケットが付いていた。
 そのコートを着ていても夜明け前は寒い。自転車で駅まで行き、 始発から二本目の電車に乗った。向かうのは、鎌倉の海。美恵子と 途中の大船駅で待ち合わせをしている。早朝デートだ。夜の門限は、 うるさいのだけれど朝早く出かけるのは大丈夫、と美恵子が言うの で朝の海を見に行くことにした。電車の中で迎えた日の出。黄金色 の光が真横から差し込んでくる。乗客は、ほとんど居ない。
 大船駅、横須賀線下りホームの先頭。それがいつもの待ち合わせ 場所だ。鎌倉は好きだから二人で良く出かけた。けれど、こんな朝 早くは、初めてだ。ホームの端に立ち、美恵子を待つ。大船観音に 朝日が当たっている。空気は冷たくて、僕はトレンチのポケットに 手を突っ込んだままだ。別のホームに電車が着き、やがて白い息を 吐きながら美恵子が小走りに向かってくるのが見えた。嬉しそうな 瞳が眩しい。
「おはよう」僕が言う。 「待った?」呼吸を整えながら美恵子が答える。 「五分くらいかな」 僕は美恵子を抱きしめ、唇を味わった。はばかる人目は無かったし。 肌は冷えて冷たいのだけれど、キスは熱く、僕を温めてくれた。
 鎌倉駅で降りて、海に向かって歩く。由比が浜に降りて波打ち際 に二人寄り添って立つ。潮が引いているらしく足跡のない砂浜が広 がっていた。二人分の足跡が海岸道路から海へと続く。
 朝陽で海面がきらきら輝いている。時々、魚が跳ねるのが見えた。 美恵子は僕のトレンチのポケットに手を入れてきて、ポケットの中 で僕と手をつないだ。こうしているのがなんだか嬉しくて、とても 愉快な気分だった。早朝デート、いい思いつきだったなと思った。 美恵子が安堵しているのが分かる。
 僕はいつも自分の右側に美恵子を置いた。それは二つ理由がある。 一つは、ソフトボール部だった美恵子が、バッターボックスに入る 時に左を向くから左にいてくれたほうがあなたをよく見ることがで きる、と言ったから。もう一つは、僕は右利きでその利手でいつも 美恵子を触っていたかったからだ。そして今、僕はポケットの中の 美恵子の左手の薬指の指輪をなぞっていた。
 「私、あなたのものになりたい」と美恵子が言った後、美恵子は アクセサリー屋に僕を誘った。そして指輪が欲しいと僕に言う。 「どの指にするの?」と訊くと 「この指」と消え入りそうなしぐさで、左の薬指を示した。 僕は、その美恵子を見て自分の気持ちを改めて知った。僕は美恵子 を好きなんだと。
 指輪は、金色のシンプルなリングを選んだ。ごてごてしているの は僕の趣味ではないから。それは、おもちゃの指輪に過ぎなくて、 僕が払ったのは僅か二千円くらいだった。けれど、美恵子は、その 指輪を大切にしている。ずっと指に着けたままでいるらしい。
 早起きは、時間を得したような気分にしてくれる。小一時間、海 を眺めて駅に戻る頃、街は目覚め出し、人や車が増えてきた。僕と 美恵子は、満ち足りた気分で歩いていた。
 そう、今日もまた「日常」が始まる。
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[chapter:微妙な関係 -06- リバランス]             
 智の奴が失恋傷心旅行に行くと言う。気紛れに同行する気になっ た。僕は出不精だから旅など滅多にしない。深夜過ぎ上野発の信越 線夜行列車に乗った。どこへ行くのかも僕は知らない。
 列車内の蛍光燈は冷たい光を放っていて、窓に映る自分の姿が闇 の中を走る。自分を見つめるという旅の抽象的な意味がこんなとこ ろに具現化していることに気づいて、ちょっとセンチになる。
 10日ほど前、美麻と関係を持った。 「まわりのこと、全部忘れてほしいときがあるの・・」 あいつとうまくいっていないんだ・・と思い当り、美麻の心を覗き 込むように見つめる僕に、 「今日は、危ない日なの。でも・・」 それ以上を女の子に言わせるほど無粋な奴にはなりたくなかった。
 僕は美麻のことが好きだ。僕らの中で一番古い知り合いが、僕と 美麻だった。ただ、美麻にも僕にもそれぞれ別の相手ができたから、 一線は越えないですんできた。今、そのバランスが崩れたらしい。 僕は躊躇した。けれど、意を決し僕は答えた。
「分かった。今夜は俺の女だ」
 美麻は、何かを振り払うように激しく、僕の背中に爪を立てた。 思わず美麻の口を手で塞いでしまうほどに、美麻は行為に没頭した。 二人が眠ったのは、空が白みはじめた頃だった。
 翌朝、僕は自分に裏切られた気分になってしまった。美麻の部屋 を後にしてから自己嫌悪が僕を満たし、自分が不純なものに思われ て吐き気がした。普段、「Sex はコミュニケーションの手段」など とうそぶいていたのに、美麻と関係を持ってしまうと自分の心を持 て余すことになった。
 それ以来、いつものように美恵子と逢っても自分が汚れているよ うで自信が持てなくなった。美恵子も何かを感じている様子だった。 けれど、美恵子は何も言わない。
 そんなとき、智がちょっと旅に出るというので、「付き合うよ」 とデイバックに下着を押し込んで列車に乗った。どこか日常と離れ た場所で、放心状態で居たい気分だった。
 列車の窓に自分の姿が映る。智は自分の心を見つめているらし い。ワンカップの酒を片手に列車の天井を見つめている。
 それぞれに自分を見つめる旅、同行しているけれど、心は別のも のを見ている。男同士だから可能な関係かもしれない。
 列車の窓からの光が、刈り取りが終った水田に走る。心のバラン スを取り直すために必要な孤独な時間、それが旅なのだろうと思っ た。
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[chapter:微妙な関係 -07- テレパシー]             
 ついに観念して僕も手に入れた。
 高い料金を払って、たとえ100���以下とはいえ荷物が増えて、 こちらの都合も考えずにいきなり割り込んでくる現代のテレパシー 道具・携帯電話を買った。
 美恵子が美術部の合宿から帰ってくるのに合わせて、待ち合わせ をした。僕は逢いたかったから、なかなか現れない美恵子をなんと 5時間も待った。おそらく、到着と出発の時刻を勘違いして僕に教 えたのだろうと途中で気づいたけれど、待ち合わせの場所を立ち去 るきっかけもなく、無駄と知りつつ18時まで待った。気づいた美 恵子はもっとあわてて切ない思いをしているだろうと思ったから、 僕は待った。
 後で確かめたら美恵子は、それでも急いで待ち合わせの場所に 19時に着いたそうだ。 「もしかしたら、待っていてくれるかもしれないって思ったの」 「私、あなたに振られてもしょうがない」と 思い詰めるほどに、美恵子は責任を感じている様子だった。
 そんなことがあったのと、最近僕がネットにはまっていて部屋の 電話が話し中なことが多くなったので、決心して携帯を買った。
 持ってみると不思議なことに、この道具で美恵子と繋がっている ような絆を感じる。ちょっと寂しい時にショートメイルを送ると即 座に返事が返ってくる。
 短いメッセージに、今の自分の気持ちを最大限伝えられそうな言 葉を選んで送信する。何時もいつも電話で話せる場所に居るとは限 らないけれど、このメッセージなら何時送っても、いつ受け取って も負担にならない。おかげで、ポケットの携帯を時々取り出して、 液晶画面を確認するくせが付いてしまった。
 僕に負担になるような道具にしたくなかったので、僕に電話をく れるほんの少しの人にだけ番号を伝えた。せっかく電話をくれたと きに、ネットに繋いでいて話し中では申し訳ないとおもったからだ。
 番号を教えあう。それは、不思議な関係の一歩目。僕は、美恵子 にショートメイルを送るくらいで、電話として使うことはほとんど ない。いささか古いけれど、少し遠まわりな恋もそれで素敵だと思 えるからだ。インスタントな道具立てばかりで、本当の恋ができる かわからない。
 障壁が大きくて、なかなか思うように会うことができなくても、 僕は愛しあってゆけるものだと信じていたい。
 携帯電話、それは現代のテレパシー
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[chapter:微妙な関係 -08- 鎖骨]               
「二人で朝を迎えられないのは辛いね」
 火照った躰に一つ一つ衣服まといながら、美恵子が寂しそうに僕 につぶやいた。美恵子といっしょに朝を迎えるのは無理が多いと思っ た。僕は、無理は言いたくなかった。お互い辛くなるから…
 けれど、同じ朝を迎えるために美恵子は僕の部屋に泊ると言い出 した。
 家のほうは、大丈夫なのか? という表情をした僕に美恵子は言っ た。 「どんなウソをついて来たかは、聞かないで…」
 昼過ぎに落ち合って、上野の動物園と美術館で時間を過ごし、夕 暮れを待って夜景を見るために展望台に昇った。東京タワーの展望 台なんてあまりに身近な観光スポットなので敬遠していた。けれど そのことが悔やまれるくらいに、夜景には心を動かされた。
 そして食事をして、僕の部屋に帰ってきた。時計は、22時を廻っ ていた。風呂を沸かし美恵子に先に入るように言う。美恵子のため に、洗濯したバスタオルと小さめの僕のパジャマを渡した。
 美恵子が入浴している間に布団を敷き、残りの時間でメイルとネッ トの掲示板チェックをして、僕の掲示板の書き込みにレスを付けた。 素っぴんの顔で恥ずかしそうにしている美恵子と入れ代わりに風呂 に入る。美恵子が髪を乾かしているドライヤーの音を聴きながら、 湯船に浸かった。冬空の下、久しぶりに外を歩いたのでお湯がとて も気持ちいい。
 湯上がりに缶ビールを開けた。グラスに注いで、視線を交わして 微かに乾杯のしぐさをする。ほっとするのか二人、微笑み合う。と りとめのない、それでいて静かなおしゃべりが時間を満たしてゆく。
 突然、僕の携帯電話が鳴った。出てみると明子からだった。僕は、 あえて「明子か? どうしたの?」と、声に出して明子の名を呼ん でから会話を始めた。明子の話は、待っていた通知が思わしいもの でなかったことの報告だった。
 美恵子が居ることは悟られたくなかったので、僕は普段のように 相手をした。通話は15分くらいで終わった。その間、美恵子は僕 の見て廻った掲示板の書き込みを読んでいた。退屈そうな素振りを 見せてはいたけれど…。携帯は電源を切っておくべきだったなと、 後悔した。
 電話を切ると即座に僕は美恵子を抱きしめた。そして抱き上げて 布団に倒れ込んだ。見つめあって、うなずいて、そしてKiss。
 僕は美恵子に腕枕をして、一つ布団に眠った。抱いたり、キスし たり、眠ったり、目が覚めるたびに朝まで何度も何度も繰り返した。 美恵子の唇は素晴らしく美味しくて、美恵子の鎖骨と喉のラインは 僕を夢中にさせた。二組敷いた布団の片方は、結局無駄になった。 美恵子は、朝まで僕の腕の中にいてくれた。
 「噛みつきたい」僕は心のままを言葉にした。  美恵子はうなずいた。僕は美恵子の躰のあちこちに噛みついた。 こんな気持ちになったのは、初めてだ。美恵子の鎖骨の上にはっき りと、僕が噛んだあとが残った。
 朝9時すぎまで、夜の続きを繰り返した。ついに美恵子は僕を たしなめるようにして、シャワーに行った。
 その間に、僕はコーヒーを淹れて、簡単な朝食を二人分しつらえ た。それは、ガスの炎で焼いた歯ざわの良いマフィン、フライパン で作ったカリカリベーコンとスクランブルエッグ、鍋でボイルした ソーセージという、まったく野菜の不足したメニューになった。小 さなサラダでも作りたかったけれど、このところ外食ばかりなので 素材が全くなかった。
「手伝わなくていいの~?」 と言う美恵子に、ランチョンマットとコーヒーカップの準備を頼ん だ。準備が済んでテーブルに付いた僕が、いたずらっぽく言う。 「おはよう、美恵子」 「うん。いっしょの朝だね」美恵子が答える。
 同棲したり、結婚したりするとこんな朝を迎えるのかな、という 思いが僕の中を過った。美恵子とならそれも悪くないなと思った。
「昨日ね、気づいていた? 私、明子さんに嫉妬していたの」
 僕は、もちろん気づいていた。けれど、今朝の美恵子は自分から それを言いだすほどに素直で、しかもしなやかで、心も躰も満ち足 りているようだった。そして、僕は美恵子の爽やかな笑顔に満足し ながら、コーヒーを飲み干してから、美恵子にキスをした。
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[chapter:微妙な関係 -09- 別れ]                
「逢って、話したいことがあるの」
 後期末試験が近づいて、あまり逢えなくなった冬の朝に美恵子か ら電話があった。夕刻、いつもの公園で会う約束をした。何か様子 がいつもと違う。いやな予感がその日、僕を満たしていた。
 冬の夕刻の公園、無人の公園事務所の階段のところで美恵子が待っ ていた。腰を抱いていつものようにキスしようとすると、美恵子は うつむいてしまった。やはり…、いつもの美恵子と違う。
「どうしたの?」 なかなか話し出さない美恵子に、僕が訊く。 「あのね、怒らないで聞いてね。私、あなたと別れたいの」
「え?」僕は半分虚を突かれ、半分やはりと思った。 「他に好きな人でもできたの?」
「ううん、好きなのはあなただけなの」 「じゃあ、どうして別れたいって言うの?」
「あなたと付合っているとね、何時もいつもあなたのことばかり考 えていて、時間が足らなくなるの」 「えっ?」
「私、もっと勉強する時間がほしいの。あなたと逢っている時はも ちろんだけれど、逢っていない時もあなたのことでいっぱいで…」 「それで、別れるって言うの?」
美恵子は、うなずいた。 そしてあの指輪を薬指からはずし、僕に差し出した。今日のところ は持っていてほしいと美恵子を納得させた。
 それから数度、美恵子に会った。けれど美恵子の決意は固かった。 「今日は家まで送らせてほしい」 「それで、おしまいね」  美恵子を家まで送り、もう一度キスしていい? という僕に美 恵子はうなずいた。そっと唇を押し当てるだけのキスをした。 「じゃあ、元気で」 「うん」なぜか美恵子は泣きそうな顔だった。
 僕はあてもなく夜の街を彷徨っていた。ポケットの中のお金と口 座の残りを頭の中で数えていた。阿寒湖、そこへの片道切符くらい はどうにかなりそうだ。今は雪に埋もれているだろう。漠然とそこ で果てることを考えながら、部屋へ帰ることができずにいた。つい に最終電車が終わり、駅のシャッターが降りた。
 公衆電話が目についた。美麻、あれ以来連絡していない。硬貨を 投入してダイアルする。呼び出し音五回、一度切って、もう一度ダ イアル。すると、即座に美麻が電話に出た。 「どうしたの?」と美麻 「振られたらしい…」 「今どこに居るの?」 「駅」 「そんなところに居ないで、家へ来て」 「僕は、愛はすべてに優先すると思っていた」 「私もよ。待っているからすぐに来て」
 ともかく、向かう場所ができた。
 美麻は、一人だった。ほんとうに待っていてくれたらしくノック した途端に扉が開いた。パジャマの上にガウンを羽織った美麻が僕 の目を覗き込むように心配そうに、けれど無言で僕を部屋に受け入 れてくれた。こんな時刻にでも僕を受け入れてくれる、そのことが 心に沁みた。
「寒かったでしょう」 美麻は、うなだれている僕をさり気ないしぐさで抱きしめてくれた。 ホーローのやかんがコンロの上で音を立てている。 「暖かいもの、なにがいい? ココア作ろうか?」 「ありがとう」 「体冷えきってるね、先にシャワー浴びたら? ボイラー点けてあ るよ」 「うん、そうさせてもらう」
 美麻がミルクパンでココアの準備をするのを背中に感じながら、 バスルームを借りる。お湯が皮膚に刺さるようで、体が芯まで冷え ているのが分かる。強い勢いで出した熱いシャワーを、頭から浴び た。僕の中のもやもやした思いを洗い流してしまおうと、顔を上げ 痛いくらいのシャワーを顔面に受けた。寒さと空しさで痺れている 頭に僕を���び戻そうと、もうろうとした意識から這い上がろうと、 もがいていた。
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[chapter:微妙な関係 -10- 友達以上恋人未満]           
「寒いから、今日は奥の部屋に行って」
 長いシャワーから上がると美麻が言った。ダイニングでなくて奥 の部屋の小さなまるでちゃぶ台のようなテーブルにココアが用意さ れていた。
 美麻は台所の電灯を落として、ふすまを閉めてテーブルの僕の向 かいに座った。 「私はこれ」とアンズ酒の水割りを持ちあげ、微笑みながら僕に見 せる。美麻に会うのは、あの時以来だということに今さらながらに 気づいた。
 あの朝、僕は自分に裏切られた気持ちになって、それ以降美麻に 連絡をしなかった。美麻は自分から僕に連絡してこない。そう、あ の時のたった一度を除いては…。
「暖まった? 風邪引かないといいんだけど」美麻が言う。 まるで、何事もなかったようにそこには美麻が居た。 「うん、ありがとう」なんだか、意味をなしていない受け答えをし ている自分に気づく。 「どうする? お話しする? お酒飲む? 寝ちゃう? 私はどれ でもいいよ」
「じゃあ、ちょっとだけ聞いてくれるかな」 「うん、どうぞ」 「美恵子に振られた」 「うん、さっき聞いたよ。で、なんで?」 「勉強したいんだって、僕と付合っていると時間が足らないって」 「ふうん・・美恵子さんらしい、と言ったら怒るかな?」 「振るんならウソでも男を作ってほしかった」 「そうしないのが、美恵子さんのいいところでしょう?」 「そうかもしれない」 「で、もうお終いなの?」 「どうやら、そうらしい」 美麻は、水割りを飲み干した。喉のラインがゴクゴクと動くのを僕 は眺めていた。
「電話してくれて良かった」美麻が沈���を破った。 「私があなたを誘ったから、もしかしたら、あなた落ちこんでいる のかもしれないって思ってたの」  美麻は、僕の答えを待たずに続ける。 「私はね。あなたとだと不倫とか不貞とかそういう後ろめたい気持 ちがなかったの。あなたは、私にとって不思議な特別な人なのかも しれないの、自分でも不思議なんだけど」
 そこまで言ってから、美麻は台所に立った。水割りを作っている らしい。冷蔵庫の扉を開ける音に続いて氷の音が聞こえた。そして 今度は、グラスを二つ持って戻ってきた。僕もグラスを受取る。そ れはバーボンの水割りだった。
「私は、あなたのこと好きよ。でも他の男の人を好きになる気持ち とは少し違うの ・・」 「え?」僕はやっと口を開いた。 「なんて言うのかな ・・ 友達以上、恋人未満・・。だから、別 れるってことが不可能なの、私たち」 と、少しとまどうような、含羞むような不思議な笑みを浮かべて直 子がそう言葉を結んだ。
 付合っていなければ、「別れる」ってこともあり得ないわけか…。 言葉遊びにだまされた気分だったけれど、へんに納得した僕だった。
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[chapter:微妙な関係 -11- 13日の金曜日]            
「ねえ、男と女の間の友情って信じる?」
 僕は美麻の男性遍歴というのだろうか、彼女の性関係をたまたま すべて知っている。そしてこの間のことで、その中に僕も含まれる ことになった。
 三年ほど前に美麻に出逢った時、美麻はある男に惚れていた。い や、崇拝していたと表現してもよいくらいに、その男に傾倒してい た。その男は、たまたま僕のよく知る男で、正直に言えば女ぐせの 悪い奴だった。ただ、はちゃめちゃな行動力と実行力は、僕も認め ていた。そんなところが魅力だったのかもしれない。
 僕と美麻は、いろいろ話していてお互いが楽な相手だと気づいて いた。男とか女とか意識はしているのだけれど、その上でなお気疲 れしない。でも恋愛感情でない関係、そんな信頼が僕と美麻の間に 出来てきていた。
 ある日、美麻は僕に言った。 「石川さんに抱かれたいの」と。  言葉にしにくいこと、そう、男性経験とか・・を、僕は美麻に問 うことになった。最初は少し遠まわしに、ついにハッキリと。  僕は、処女の娘が「抱かれたい」と思う、ということを初めて知っ た。そして、美麻の気持ちを理解できるようになりたいと思った。
 結果として、僕は処女の美麻に出逢い、そして嬉しそうな顔でさ り気なく、石川に抱かれたことを伝えてくれた美麻を見てきた。
 男同士の会話で石川は、娘がまとわりついてくるので抱いてやっ た、と言っていた。いささか僕としては不満であったけれど、美麻 がそれでも構わないと言うのだから、それで良いのだろうと思うこ とにして口を挟まなかった。
 僕からみると石川は一時、美麻をいいように弄んだ。けれど美麻 は、幸せそうだった。
 そんな友情に似た長い付合いの中で、たった一度だけ美麻が僕に 電話を掛けてきたことがあった。 「どうかしたの?」という僕の問いに 「私、病院いってくる」 「え?」 「もう、一ヶ月も遅れてるの」 そうか・・・と僕は言葉を飲み込み、平静な声で言葉を返した。 「一緒に行ってくれる人はいるの? 僕が行こうか?」 「大丈夫。ひとりで」 美麻の声は、しっかりしていた。 「あなたにだけは、話しておきたかったの」 「彼、知らないの?」 「うん、黙っていてね」 「わかった。でも、何かあったら必ず連絡してね」 「ありがとう」
 その後、石川に他の女が出来て、二人はなんとなしに終わったよ うだった。石川は、ついに知らないままだったはずだ。
 半年くらい経って、美麻が冗談めかしに話してくれた。 「おじいさんの先生だったの・・」 僕は、美麻が泣いていたのを知っていたから言葉を飲み込んだ。
 しばらくして美麻から一編の詩の手紙が届いた。 タイトルは、「13日の金曜日」。そこには流してしまった子供に 対する美麻の気持ちが書かれていた。僕は、一度読んだきり読み返 すことができなかった。
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[chapter:微妙な関係 -12- MEDIUM FINAL コンサート]
 届いた封書を開けると、コンサートのチケットとチラシが入って いた。高校の後輩だった真由美と砂奈実のデュオが解散するという。 そして最後のコンサートを神奈川公会堂で開くという。チラシにマ ナミの字で「いらして下さいますか?」と書き添えられていた。
 MEDIUMというのは、彼女たち二人のグループの名だ。 フォークギターとピアノを弾きながらオリジナルの曲を唄っていた。 懐かしいような、こそばゆいような少女の夢をたくさん詰め込んだ 優しい言葉を静かなメロディーに乗せたようなそんな曲が多かった。 その素朴さが僕の好みで、録音してもらったテープを良く聞いてい た。
 チケットは二枚同封されていた。けれど、美恵子には振られてし まったし、美麻は誘っても行かないだろうしと決めあぐねていた。 そうしているうちに3月29日はやってきてしまった。コンサート は17時からだった。決心してひとりで出かけることにした。少々 おおげさではあるけれど、一つの時代が幕を降ろすと僕には感じら れたからだ。
 コンサートは、高校の同窓会状態だった。知った顔がたくさん来 ていた。ロビーで美恵子も見かけた。
 開幕すると解散を惜しんだ仲間たちが集まったらしく、ちょっと したバンドが組まれていた。僕は生ギターとピアノの弾き語りの二 人の唄が好きだったのでちょっと閉口した。けれど、後半は二人だ けのシンプルな伴奏での唄を楽しむことができた。
 終わってみるとちょっと感慨深いものがあった。会場を出ると、 三月の終わりの春になるのを待ち望むような風が襟元から僕のほてっ た体に吹き込んだ。美恵子と鉢合わせするのもいやだったので早々 に立ち去った。「雨降りだから」を口ずさみながら駅までを歩るい た。
 今日は雨降りではないけれど、僕の心の中はこのところ雨降りが 続いている。なにかしなくちゃというような焦燥感と、もうどうに でもなれという投げやりな気持ちが僕を気だるい生き物にさせてい る。
 唄は、雨降りだから迎えに来てと唄っている。僕は誰かを迎えに 行けるのだろうか? 僕が迎えに来てと言ったら誰かが迎えに来て くれるのだろうか?
 互いに相手を縛りつけないような関係、あいまいで微妙な関係、 そんな状態も悪くないと思ってきた。けれど、そこには確かなもの はなくて、いつも不安定なドキドキするような関係が続く。今日の 僕は確かなものが欲しい。僕だけを見つめてくれる恋人が欲しいと いうことを今日は素直に認めようと思う。  二人の唄は僕を寂しがり屋にしてしまったようだ。
 僕は美恵子を思い出しながら改札口への階段を勢いをつけて駆け 上がった。
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[chapter: 微妙な関係 -13- 逢えない夜]         
 春の雨、もうゴールデンウイークも近いというのに雨が続く。僕 は一人の生活で日々を過ごす。桜は散って、黄緑色の新緑が雨に濡 れる。先日買ったパステルイエローの傘をさして僕は街に埋もれる。
 今週はずっと外食続きだ。あれ程、外食が嫌いだった僕だけれど、 この春の言いようのない寂しさに飲み込まれている。ややもすると 何も食べないで終わってしまいそうなので、むりやりに外食で肉体 を繋いでいる・・ そんな感じだ。今日もバーミヤンでマーボ豆腐 セットを食べてきた。バスタブに湯を張るのも面倒でシャワーです ませる。
 水割りの氷を鳴らしながら・・・ 飲めずにいる。 好きなCDも今夜は空しい。
「あいつに・・ 逢いたい」
 あいつの前に立ち、あいつの目を見据えて、僕の思いをぶつける ように抱きしめたい。左腕をあいつの脇から背中にまわす。背中の 肌を味わいながらあいつの背骨の窪みをとらえる。右腕はあいつの 肩の上から後ろに廻し、後���毛を、首筋を、触りたい。
 そして、あいつの耳元でささやく。
「逢いたかった」と
 けれど、今夜もまた一人。 妄想が、時計の針に刻まれて消えてゆく。
-----> 続く?…
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skf14 · 4 years ago
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11022052
行き場を無くした蝿が目の前を横切って、そして壁にぴとり、と捕まったのを見て、最後にゴミを出した日を思い返し、いつだったかもう思い出せないことに気づいた。いつだっけ。あれは確か、月初の火曜日。今日は、何日。なんようび。あぁ、もう、2週間も経ってる。もはや何が腐っているのか分からない混沌とした腐臭も、人間の順応性の賜物で、まるで何も感じなくなっていた。
部屋のそこかしこから、ミチミチとビニール袋の山をかき分けているであろう鼠が這い回る肉肉しい音や、カサ、カササ、と止まっては走り、止まっては走り、宝の山を駆け回るゴキブリの足音が聞こえてくる。騒がしい部屋。いつから、気にならなくなったんだろう。いつから?今日は、いつ、ばかりを追いかけている気がする。なぜ?分からない。なぜ、人は考える?なぜ、人に、考えると言う機能が与えられた?子供の頃から積み重ねてきた神への質問は、もう月に届くほど重なっただろう。一枚一枚積んでいって、東京タワーを超えたあたりで僕は狂ったんだろうか。分からない。分からないのに考えるのは、なぜ?また一つ、質問が増えた。
結局神は無知なのだと、事実はそれに尽きるんだけど、それを認められないまま大きくなってしまったもんだから、消化出来ないなぜなぜどうしてが溜まって、丁度俺の足元でヘドロと化した昔の生ゴミのように、ゆたりのたりと停滞していた。
神が万能だと思い込んでしまう人間の心理はどこにあるんだろう。そもそも神とは。カーテンから漏れ入る太陽の光が不快で、僕は布団から出る手間と現実逃避を天秤に掛け、後者が勝ったことを知らされた。布団に頭まで潜りなおして、寝心地を整える。心地の良い肌触りを探して敷布団を撫でる手が何かごろっとした小さなものにいくつか触れて、あぁ...蝿の死骸。と合点が行き、床へと払い落とす。ぽとぽとと床に散らばっているであろう数多の死骸は、どう表せばいいんだろうか。また一つ、浮かぶ。
詩的な才能は皆無で、出来ることといえば世界を歪んだ形に当て嵌めて、上から見下ろし笑うことくらい。今日も口ずさむのは、敬愛する彼の、どこまでも自由な、愉快な歌。
「胃袋の、空つぽの鷲が、電線に、引つかゝつて死んだ、青いあおい空、」
「吹き降りの踏切で、人が轢死した、そのあくる日は、ステキな上天気、」
フヒ、フヒヒ、湧き上がるのは得体の知れない愉快さ。その愉快さは脳内で麻薬に変わり、現実から目を背け夢の世界へとトぶためのチケットになった。ゆめゆめ、夢の世界。何もかもがどうにでもなる、都合の良い、世界。世界って、なんだろう。ああ、僕の頭がもう少し良ければ。もう少し頭が良く、生まれていれば。全ては誰かの、何かのせいだ。
プゥン、ブゥヴン、と、羽音が時折布団の合間を縫って主張してくるから面白い。面白いことは好きだ。世界は全部面白い。あちこちに飛散して消えていきそうな思考やら自我やらが、その生命の足掻きで現実に引き戻される様を、不思議と不快には感じないらしかった。
自分のことが、全部他人事のようにも思う。それも面白い。あぁ面白い面白い。何が?
部屋を、片付けた方がいいのではないか、と思う。さすがにもう、そこかしこに放置したビニール袋から漂う悪臭も、慣れたと看過できる次元のそれじゃなくなってきた。部屋の掃除。部屋の片付け。うん。わかってる。必要であり、理由があり、合理的で、それは答えだ。
ただ部屋を片付ける、と言うのは、そもそもこの部屋は己の脳内と同じであるからして、片付ける、というのはとても、難しいことのように思う。片付かない脳を引っ提げて生きているのに、見える脳だけを片付ける、と言うのは、矛盾している、とも思う。僕は矛盾を愛せるが、愛せない部分もある。都合の良い人間だった。どこまでも、自分を守ることしか、能がない。先程から噛み始めた親指の爪がザクザクと割れて、ふやけて、透き通ってて綺麗。面白い。ここはどこの箱庭だろう。外には何が。ただの現実が。それなら別に、外に出なくても、僕は、この小さな王国の王でいたい。傍若無人に振る舞い、メロスを激怒させ、一晩で民を滅ぼすような自由を、欲している。なんて陳腐なストーリーだろう。反吐が出そう。
この小さな王国が、僕は好きで、嫌いだった。ここにいてしまえば、もう、他に行き場所がない、と嫌でも教えられる、ゴミ溜めのワンルームが憎かった。それでも僕は、休日をただただ布団の中で延々と過ごしながら、己の自尊心を卵のように温め、中身がとうに腐って死んでいることにも気づかずに、殻を破り元気に飛び出す姿を夢見ている。泣けるストーリー。
僕は正しい、と思う。それは、僕が正しくあるべきだと思うからで、正しさこそが絶対であり、ペンは剣よりも強し、正義は何よりも強し、であるからして、僕はずっと正しさだけを追い求めて、神格化すらしてきた。それはきっと、正しいこと以外信じられるものがなかったからで、感情や情緒やそんな理屈で解決できないことに散々振り回されてきたからなんだと思う。掘り下げていけばいくほど、己がただ狂う手伝いを自ら買って出ているような感覚に陥って、足元の布団がどんどんマントルに沈んでいって、没入してそのまま死ねたらいい、と、それもまた正しい、と判断せざる��得ない。
正論は時として武器になる。それは分かっていた。武器は無差別に人を傷つける。別に僕は自衛隊に反対しているどこかの胡散臭いアカじゃないが、善人が握っても悪人が握ってもナイフの刃は無惨に皮膚を切り裂き傷つける。だがしかし、柄を握ればそれは自分を守る盾になる。言葉だってそうだ。僕の言葉は、人を殺すことも生かすこともできる。認識はある、教養もある、でもその上に、絶対変わらない頂上に、正しいことが唯一尊重すべきことだ、という価値観がある限り、僕は孤独なままだ。
虐待され腹を空かせた子供がすれ違いざまに人を刺したからと言って、可哀想だからと笑って許す人間がどこにいる?孤独な介護の末に首を絞めてしまった息子は、泣いて謝れば無罪放免か?現実主義者に、感情論はよく理解が出来ない。分かりたいのに分からない苦痛を、皆は知らない。
ほっといてくれ、と思う。同時に、幸せになりたい、とも思う。とかくこの世は、僕にとってひどく住みにくい、地獄だと歳を取るたびに思うのは、きっと僕の中で思う「正しさ」を余りにも守らない人間がこの世界に溢れているからだ。与えられた自由の中で適度に振る舞えば良いものを、人間は、簡単に間違える。理由���なく、思考もせず、間違える。電車に並ぶ時は、点字ブロックの飛び出したところから均等に2列で適度な間を取って、横と波長を合わせながら静かに待ち、到着した電車の扉のサイド、あまり近すぎない箇所に待機し、降りるべき人間が全て降りたら乗り込み、奥に詰め、他者の迷惑にならない振る舞いをして、息を潜める。「電車に乗る」と言うただそれだけが出来ない猿以下の二足歩行しか能のないメクラ共が、見えない世界をスマートフォンで照らしながらヘラヘラと歩いている。闊歩している。まるでここは我々の星だと、我々が生態系の頂点に君臨している王だと言わんばかりに、大股で往来を闊歩している!これほど、恥ずかしいことはないだろう。正しいことを、理解できる脳が大部分の人間に備わっていながら、それをこなせない。たった簡単な、食事、歩行、呼吸、それが、何もかもが、間違いで溢れた世界に出ることが、僕に取っては耐え難い苦痛であった。
変わらないものが好きだ。砂糖の甘さも、端末に収められた音楽も、色も、窓ガラスも、行きつけのファーストフード店の椅子も机も、変わらない。変わらないことは、正しい。変わる理由があれば別だが。四角の机を直線一本で二つに切れば、台形、長方形、三角の机が2つ出来る。それは来るべき変化であり、起こるべき変化であり、その変化を僕は受け入れられる。切られた、と言う理由があるから、僕は受け入れられる。聞くたびに変わる歌の歌詞だとか、昨日笑っていた人が今日は怒って僕を殴る理由だとか、己の身体を傷つけて他人に怒られる理屈だとか、そんな変わりゆく有象無象に、僕は順応出来ない。理由を求め、理屈を求め、それが無いのに進んでいく世界に狂わされていく。僕は、狂っていく。狂っていくのを唯一止められるのは、「僕は正しい」という変わらない唯一無二の、そして絶対の価値観だけ。
正しさが幸せだと、そう思っていた。今でもそう思っていて、追い求めるべきは、正しさによって作られた、変わることのない、腐ることのない、水晶で作られた髑髏のオーパーツのような、数式で表せそうな完全だ。ガササ、どこかでいたずら鼠が崩したんだろう、ビニールが崩れて転がった音が聞こえた。現実が僕を呼ぶ。やめてくれ。何も見たくない。僕は、完全な幸せがあると、そればかり思って、今ここで何とか息をしているのに、そんなものないよ。の一言で迷わず僕は飛び降りられるくらい、もう、すがるものがない。
物語は変わらない。正しさをいくら追い求めても、僕以外には何の理解も得られない理屈の上に完璧な正しさを構築しても、それは正しいものとして、存在し続ける。ただのオナニーだ、と己を笑うことが出来ない。否、笑える。アハハ。お前、自分の書いた文章で自慰して、ニセモンの幸せに脳浸して、それで快楽物質出して涎垂らして眠るんだ。好きな人と会えた夢が覚めないでって願う女子中学生みたいに、夢見て。馬鹿じゃね?笑える。そう、笑える。面白い。面白ければ、もう大概のことは何でも許せる。人が死のうが、国が壊れようが、友達が僕を嫌おうが、目玉焼き定食に紛れ込んでた卵の殻を噛んだって、許せる。アハ、おもしろ。こらおもろいわ。なんて笑って、それでまた、意識は酸っぱい匂いが漂う、深呼吸したら嘔吐の応酬がある愛しきゴミ溜めに帰ってくる。ただいま、おかえり。僕の自我。捉えられたままの僕。
僕は嫌われていた。当然だろう。どこをどう見ても可愛げがなく、かといって頼れるわけでもなく、取り柄もないのに堅苦しく、そして酷く、嫌な人間だ。分かっている。分かっていた。わかっていたのに、正しさに支配された僕の脳は、改めることを正しくないと認識して、僕の首を真綿で締め上げる。それは正しいことだから、僕には、どうすることもできない。
あの日の選択は正しかったのか、正しくなかったのか、それは分からない。僕は僕の人生において、僕が納得出来る形で責任を取らなければならない。何かのせいにするのは、僕のポリシーに反する。僕が正しかった、正しい選択をした、それだけで僕は、皆に優しくなれた。はずだった。人はよく、分からない生き物だと、僕は思い続けて、きっと死ぬのだろう。もう嫌だと全てを投げて自由になってみても、寄り添ってくれるのが己の正しさだと気付くだけで、それは無駄な行為を理由もなく行なった、正しくないことに他ならない。
布団の中で、膝を抱えてみた。小さく小さく丸まって、僕の姿を遥か遠くの宇宙から見下ろしてみた。何だ、小さすぎて見えない。ミジンコよりも小さい。ちっぽけなこんな、指先でプチっと潰れる蛆虫みたいな柔らかい体の中に、押し込んだ固定観念に潰されそうになって、哀れ。もうやめたら?理屈振りかざして、他者に受け入れられない幸せこそが至高だって強がるの。やめられないよ。だって僕にとっての幸せは、他者の評価や介入を許さない、壊れることのない、それは精神的な結びつきだけではなく、物理的なエビデンスも兼ね備えた、計算によって生まれた彫刻のような、自由に咲いた向日葵の中に在ったフィボナッチ数列のような、幸せだ。見てみろ。僕が生み出した数多の世界を。どれが、他人に壊せる?いつか壊れるものを抱きしめることほど、無意味で非生産的なことはない。僕はただ、幸せに。
それは違う、と声が聞こえて、僕は、布団から慌てて顔を出した。つけっぱなしにしていたテレビの中で、熟した男女が言い争って、そして、絆されて、キスをして。僕は気持ちが悪くなって、昨日食べてそのまま机に放置していたカップラーメンの残り汁の中に、粘着く胃液を吐いた。
肯定されたかった。と、僕の中に蹲ったままの僕が言う。でも、それは正しくないことだ。他者に認められて初めて価値が生まれる価値観なんて、何の意味もない。危うい。認めた他者が手のひらを返せば崩れる可能性がある。100%しか、僕は愛せない。はずなのに。人の脳に欠陥があることを、なぜ脳科学者は発表しない?正しいが正しいと判別しない人間共を、なぜヒトラーは殺して回らなかった?もう何も、分からない。分からないと頭を抱えた僕の後ろに、立ちすくむ人間がいる。人間はポン、と肩を叩き、唇を耳へと寄せて、そして。
「大丈夫、だって僕は、いつだって正しくあるべきだと、そう思ってきただろう?僕は拙いところもあったが、それをやり遂げた。僕はずっと正しかった、そしてこれからも正しくあり続ける。正しさを認識し、それを守り続ける。これほどまでに幸せを追い求めた人間が他にいたか?皆、偽りの、いつ割れるか分からない風船が膨らむのを見て喜ぶノータリンなんだ。僕は違う。僕だけは、この世界の正解を見つけたんだ。大丈夫。僕は独りだけ、本当に幸せになれる。」
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bakunankoh · 7 years ago
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2017/06/10
何を書いても納得がいかんもうどうする気力もないもういやになった終わり終わりもう何もわからん終わらないって何にも終わらんよ。何にも終わらんから終わらんのでしょう。もう何にも終わる気がしない。自分の命も世の中もおんなじ。終わらん終わらん。収集がつかないんだ。手につかないのに終わらん。もう違うけれど書くしかないんだ。もう出すしかないんだ。出さなきゃ終わりなんだ。終わりの終わり。終わらなくなる。終わらないけど。ばか。終わらんのよ。終わらないってことでもないだろ。変か。変変変。
なんなんだろうなんでもないわばか。
何にも出てこんわ。出てくるけど!
知らんわ全部なしだ全部全部。眠れないのがいちばん意味不明なんだ。
何がやらなきゃいけないことか。やらなきゃいけないことがわかる。怖い。やらなきゃいけないのに一向にやろうとしない。絵を二枚描かなきゃいけない。かいてない。かいてない。かいてない。かかなきゃ。いやだ。
空気が重い? 心が悪いんだ心がすごく悪くなってきた。楽しいのに頭がシャキシャキするがシャキシャキ痛い。すごくつらい。もう終わりだ。
あんがいやれるんだ。安定なんだ。ばかじゃないかと思うくらい。外に出て車の間を走るのだ。サッカーを思い出して。もう少し派手にやってくれ。神様。もう苦しめるのはやめてくれ。
何があったんだろう。何にもないわ。何があると思う。何かあるけどそれじゃないんだ。満月なのが悪いのだ。
川はないし魚もいないけど騒いで仕方ないんだ。頭の片方でぐるぐるずっと落ち着かないのだ。小さな猿みたいなのが暴れまわってるのだ。美しい人の心の中のおりにハートのカギで閉じ込めるべきなのだ。それが幸せ。
まだやるのか。まだ生きてかなきゃいけないんか。何にもしないぞ。何にも起こらないんだ。何も感じない。体は健康で風が重いんだ。逆風なのだ実際に。天気予報を見れば自分のところに逆風が当たるって書いてるんだ。しなないぞ。
わーきゃー頭がぐるぐる虹が爆発して鳥が落ちてくるのだ。胸の紫色がギラギラして目が見えなくなるのだ。誰もいないところへ求愛に向かってまばたきはするのを忘れられてとても目が丸くていたいのだ。銃を空に乱射して屋根が降ってきて川が流れてるそんな感じ。したがぐるぐるねじれて熱くて火傷しそう。
ベンチも重いし電車も重いのだ。そんなものに乗っても私が支えるしかないんだ。肩幅の大きくて顔のでかいおじさんが通り抜けていくんだ。ぼーとしてたら降りるべきを通り過ぎたし。通り過ぎた先で知らん看板を映すしかないのだ。それが心の容量を圧迫するのだ。元も子もなくてついたと思ったら最初のところで。もうついたとも思わん。
知らない人みたいだ。自分の孤独と自分は別々になっちまったんだ。美しいものを孤独に充てることはできなくなるんだ。
知らんのだ。何も。もう電気がついてるだけなのだ。電気がついて消えるそしたらまたつくんだ。電気が電動なんだ。だからどこへ行っても変わらない。電気に帰りたいと思ってるんだ。おうちがないんだ。
誰にも何も言えないのだ。つらいのかもわからないとかいって、ぐるぐる回るのだ。それってつらいよね。つらいつらい。つらいって言わなきゃもはや逆にいやらしいんだ。つらいって言わせろ。神様は心に確かにあります。何が不服でこんなにつらいの。不服なのは神様なの自分なの。自分はどことかそんなことはわかる。自分の部屋にいる。それだけ。もう終わりだ。
まだ終わらないのだ。心が落ち着かないだけなんだ。何もわからんというのも嘘だ。自分は見失うことができないんだ。だからつらいんだ。世界が確かすぎて重たいのだ。現実しかなくなってきてるんだ。夢を書き記すのも空しい。空しい。すべて空っぽなんだ。空っぽとも違ってとっても澄んでるんだ。
光の水が人には注いでて常に綺麗にしているのだ。みんなとても綺麗で汚いものは自分のものを写してるのだ。そういうようにしか考えられなくなったわけではない。きっと綺麗なものなのだ自分も。光の水に気づけないのは自分が悪いのだ。だからやっぱり注いでないのだ。きっと注いでるのだ。
今日はいい日だった。今日はとてもつらかったんだ。今日がピークだったんだ。明日はもっと酷くなって、明日はもっと爆弾みたいに危ないそして何もかも水みたいに透明に見えてあたふたするばかりに。そしたらとても綺麗に水面の模様が見えるはずだ。網目のようなものがキラキラして自分は捕らわれているみたいだ。それはハートのカギで閉じられてて。きっと素敵な人が鍵を持ってるんだ。シャラシャラ歩くたびに聞こえるはずだ。明日はよく耳を澄まそう。
まるで何もかも透明みたいだ。体は軽くて風が重いのだ。何もしてないのに疲れて、何もしてないくせに疲れやがってって怒る人は一人もいないんだ。どの歌ももうしみないのだ。もうびしょ濡れで幸せにあふれている。幸せがたっぷりあるんだ。たくさん食べて元気になってね。優しい人に頼るべきだよ。つらいときはいつでもいってね。本当に人を信じているのかな。人を信じすぎているのか。心がバラバラに。
庭に作った迷路みたいな花の道がそこだけ雨を降らせてとてもぬかるんでたんだ。自転車を買わなきゃと思って何ヶ月もそこを迷っていた。道路を渡るときはいつも怯えてキョロキョロしてた。コンビニの看板がいちばん光っていて、恐ろしい顔が胸に浮かんでるのだ。海のいちばん深いところに骨が集まっているのにどうして自分は生きてるのにそんな場所に運ばれるのだ。強い船が大きな網を引いて海底は砂が起こって何も見えないのだ。自分は砂浜に自力で行ったのか。それからブヨブヨになった手で貝殻を拾ったけど。これはもともとポケットに入ってた。あなたのことを探すことくらい許せ。あなたと同じ地上にせめていさせてくれ。あなた誰だよ。いないよね。
また扇子を買ってしまった。それから船に乗って海に出ました。サメがうようよいる向こうに海藻が眠そうになびいてるのが見えました。でも手帳には書かなかったです。とてもつまらないものをどんなに飾ったところでうんざりだ。誰も見ないものばかりがキラキラ宝石をつけて、お菓子の箱を改造して大切なものを入れたのだ。散歩して摘んできたので二輪挿しにしていた。ベランダの鉢が一個一個違ってとっても好きだった。大好きだった。青い猫の瓶が首を傾げていたけれどそいつの目もデコってやろうか。これが私のでこれが君のだよ。そしたら葉を摘もうか。ティーカップほどになるまで煮詰めて濾過してもう一回濾過してね。透明になるまで何度も繰り返して何も見えなくなるほど繰り返せ。繰り返せ。これを飲め。これを飲むのよ。じっと花を見て渦巻きを想像して。とっても綺麗で愛しく思えてくるよ。話しかけたくもなるよね。電話の音が止まりません。部屋中探し回って。でも部屋の外へは出ちゃダメだよ。
策の影が模様みたいになっててそれからケーキを食べました。ツリーツリーが部屋に飾られてとても邪魔でした。目に痛いほど丸くてピカピカの赤い星がいくつも浮かんでいて邪魔でした。キッチンは汚れたままでゴミ袋も積んでありました。朝の光がとても寂しくなりました。そろそろという気持ちにもならなかった。
とても残念だ。うんざりだ。出口がない。出口がない。きっとここで生まれたのだ。ここで生きていくしかないのだ。自分は自分を見失うことなど出来ないのだ。見失ってみたいもんだ。なんだかんだのりこえてしまって。終わりが見えない。終わらないってこともわかっちゃうんだ。天才なんだ。それから何も起こらないみたいだ。とっても損だ。なんだか嘘を言ってるみたいだ。
目的もないからこれでいいのだ。そういうことじゃないんだ。誤解も誤解にならないほど、自分はとても低いところに住んでるんだ。自分の心の窓がカタカタいうのは雨だ。白い斑点みたいなのが浮かぶのも雨で、君の家についたけど君がずっと帰ってないのは知ってたよ。洗濯物が永遠に取り込まれないで、表札がわりに揺れるのだ。暖炉はすでについていた。新しいまきがいつでも燃えてるのだ。白い灰がポロポロ落ちるのはとても可愛いのだ。水槽は濁って金魚は元気をなくしてひっくり返ってた。でも生きてるってことにした。雨が止まない。とても寂しい気持ちだ。悲しいんだ。カーテンは分厚くて昼か夜かわからなくなってた。天井には星が書いてて月は形が選べるようになってた。占いをすればいつでも同じ結果が出た。そしていつも思い通りの結果だった。そんなものはもう悲しくもないのだ。
壁には君の作ったレーリーフが一面はめ込まれてた。私は机でずっと鉛筆を削るしかなかった。木目が瞼を閉じても見えるほど。一つ一つがどこにあってどんな形をしてるのか、記憶してしまうほどだった。退屈だ。
葡萄棚は無限だった。ビニールハウスの中に君の文字がいっぱいあった。暗いトンネルの向こうから白い影がいくつもいくつも通ったけどあの中に君が紛れてた? 踏切の方まで行ったらフクロウの看板が立っていた。自転車がピューピュー行ったら夕焼けが空いっぱいになってキラキラしていた。でももう帰る場所もねえわ。
線路は歩きづらいし、満月がだんだん迫ってきた。赤くて大きくて私も楽しくなった。私だってなれるやって思った。体がはち切れるくらいつらかったんだ。真っ赤になって破裂するんだ。酒瓶はからで、汽車のライトがゆらゆら屈折した。キャップをとったら虹色だった。
私だってもう戻りたいよ。どこなのここは。ただ部屋でモヤモヤしてるだけじゃないか。今日はどうするんだ。早く秋にならないかなじゃねえんだ。秋はもうずっと先なんだ。メキシコもずっと先だし。どうせまた行けないんだ。仲がいいならいいことだ。
何を考えてるか、わからなくてもいいのだ。ただいてほしいのだ。ずっと妖精が飛んでるのが見えないみたいだ。サラサラの髪がバカみたいになびいてた。電車にのって学校へ行けそうだ。キャンバスにまず黒でかくのだ。なんだかんだこんなことはなかったことになるのだ。わけもなく心が落ち込んで、そして心が落ち着かないのだ。和菓子が食いたい。高いの。
頑張ってるはずなんだ。生きてるだけで精一杯だ。苦しいって言って。そしてモジャモジャが阻んだ部屋にも行けるよ。いじわるされちゃったんだ。かっこよかった。自分は自分にメール送った。それはウケたし間もよかったよ。いっつも間が悪いもんね。
つらいはずなんだ。つらいのだ。つらいつらい。朝じゃないか。つらいのだ。つらいのだ。もう効き目も切れてきたんだ。そしてこれもバカらしくなってくるんだ。なくなったものはすぐに買えばいいのだ。心の金持ちだから。
ギターのネックが一番かっこいいのだ。自分は風呂にも入らないで不潔だ。髪も伸びて散々だし切ったりいいのかどうかわからん。前の自分を模倣してつらいふりをまた始めるようだ。つらいふりとかまた言ってまた最初に戻るのだ。もう最初もクソもないのだ。
しおかぜは二つもいらないのだ。一つあげるよ。こんど海に行こうってことになるかも。ヤシの木生えてたっけ。爽やかな黄色い砂が青い海にあるのだ。すごく綺麗だよ。ずっと生きていればとかそんなことは考えられないのだ。酒を断つのと同じくらい不可能で無意味だ。それは嘘だ。
おかしかった。猫がたくさん浮かんでいた。電波猫だった。可愛かった。目が宝石で、体は金色だった。ヒゲはアンテナって豚が言ってた。でも実は尻尾だ。大人ってかいて祭りって読むんだよ。赤い木の板にゴリゴリ彫りつけた。君の目みたいにビカビカ光りだしたよ。赤い炎のようなメイクが今にも見えそうだ。
口紅を塗られそうになったのだ。陰口を言うみたいに。少し嬉しかったほど。ピアノは弾けずじまいだ。階段はガタガタしてて、ぼくのせいじゃなかった。自転車に風が乗ってるのってウケるね。
まつげがばちばちなんだ。何度もごめんて謝った。心の中だった。夢はとんと見てない。ピンクの髪が回転。イカを乾燥させる機械みたいに。もう一度夢が見たい。夢を忘れないように書かなきゃ。すぐに腐って食えなくなっちゃうね。万事一切食うなんだ。
こうして普通に��っていった。もう無理をしてるくらいだ。みんなの心には終盤が残ってほんとのことは一つも伝わらなくなった。伝わんねえって嘆くしかないんだけど、伝えたいことなど一つもないのだ。それだけ伝わったみたいだ。神様は理解はしてた。しめしめって顔で笑ったけど。面倒だ。足がとっても太くてあんなのでけられたらひとたまりもないから、一回けられてみるべきだ。治りそう。
空がとっても大好きです。レフ板みたいな雲があちこちから照らすからつまんない写真みたいだけど。建物が雑だった。みんなのことを羨ましく思った。全て心の中で否定されて、すぐに却下された。何も出なくなったと思ったらそれも否定されて却下されたときは笑った。でもそれも却下されて運よく眠れました。車が事故ってドッカーンってなりました。頭が破裂しそうです。虹色。
キャラか光ってた。ピッカピカ。歯磨き粉でした。
外国の虹でした。ベランダからベランダへ物を受け渡しするほど建物が近くて道は狭かった。おうむ返ししてるうちにだんだん分かってきた。笑ったら笑い返すのと同じと思った。でもすぐに帰っちゃった。アマゾンに行ったらカエルが交尾してました。星が綺麗でした。船が不安だったけど。木がワシャワシャでした。シャーマンはジーパンでした。でもそういう奴の方がじつは本物。覚えておいて損はないはずでした。教会にもサイケ模様かいてました。どうでも良かったです。
終わらないってまたどうにもならないってこと? 知らんけど違う違う。まぼろし。かりそめです。カステラみたいに綺麗に切れちゃえば。黄色いほど美味しいです。
野菜ジュースは物によってはすごく甘い。チョコがプラスチックになるくらい甘い。アーモンドとヘーゼルナッツとピーナッツ。袋が魔法みたいで綺麗だった。全部なくなる運命なんだ! 美味しい。
また、ありえないようなことだけれど、起こります。起こります。もう許して。心が落ち着かないのに、落ち込んで、落ち着かないのに、落ち込んで、それでギターとか歌とか急にやになって、あんな感じで過ごした次の朝、朝ではなくて昼、最悪の気分ってぽろっと言っちゃった。でも会いたい人に会えました。レンガです。真っ赤っかで砂まみれでした。違うよ。会えたからダメだってことじゃなかったか。とっても変な気分だ。まるで別人にあってるみたい。特に何にもなかったです。ラーメンも美味しいけど味がしなかった。服を間違えた。人がいっぱいました。いつもいつも。それは天国に行っても語ろうと思う。
さんざん具体的に歌って、誰も聞いてないのに、歌って、疲れました。それでいいと思ったが何にもよくはなかった。でもそんなに悪くもなかった。ただもっと遠くなった。何もかも遠い。 遠い!
家も山も眠ってるって。そして湖の底に落ちていくって。それから先は覚えてない。何があったんだろう。大丈夫だろうか。とか。
ねえ。待って。待って。全てほっぽり出したいんだ。全て投げちまいたい。許して。待って欲しいんだ。元気になるまで。元気じゃないんだ。無理をしちゃダメなんだ。するけど。まって。しないわ。するの? 待ってください! ほっぽり出したい。全て投げちまいたい。投げて投げて投げて投げる。終わり。一旦おわりにさせて。仮死状態と思って。
とか言ってとか言うのをやめてさ。とか言ってって言った方が、いいんじゃないのか。本当に、信じられんよ。言っても言わなくても、もう決まってるんだ。自分は自分を低めることがこれ以上出来んのだ。誰もそんなこと、言ってないか。誰が言ったと思ったんだろう。誰か言ったな。誰が言ったかわかる。誰も知らない人。誰も誰も知らない人だよ。
終わったと思ったら終わってなかったのね。終わってるね。ありがとう。ピョーン。
忘れるなかれ。朝が来たよ。さっきから来てました。眠れなかったよ。これから寝るのね。どうしようもない人。掃除洗濯、風呂、コンタクトレンズ、必須事項がことごとく放置だよ。多分引く。
絵もかかなきゃいけないね。絵もかかなきゃいけないね。二枚あるから。忘れてないね。忘れたい! 記憶を失ってしまいたい。そっちのほうがうまくやれるんじゃないか。記憶なくなれ。
元気じゃないんだ。元気じゃない。自分に言い聞かせるみたい。元気じゃない。そう思わなきゃダメだ。実際ないものはないんだ。もう我慢はダメだ。我慢とか言う資格あんのかとかだめだ。ほらちゃんとしてる。だめだよって言われたことちゃんと守れる。もう一度ぶっ飛ぼう。空にね。トリトリトリ。
もううんざりしてる。いくつもぶんれつして。また会議を始めてるよ。みんなイミフだから話になんないや。まずぶんれつしてることがイミフなのだ。おかしくて可愛い。ハートがいっぱいだ!
目がスッとしてる。前髪もちゃんとしてる。みんなかっこいいな。目がスッとした。愛にいっぱいなこと言ってるのに、目がスッとしてるもの。パンを腐らせちゃだめだよ。雑草を食ってトラックに乗って回るのだ。バックミラーには銀のロケットが。それ死んじゃうから取ったほうがいいよ。カメラはずっと回していてね。立てなくなっても知らないからね。シャボン玉ふわふわ。べったり座って見てるのだ。世界中君みたいな人ならいいのに。平和だよねきっと。って。コーヒーを買って飲んでたのだ。そしたら嘘みたいにシャボン玉が飛んでた。黄色いのが綺麗だった。われる寸前透明になるのを発見した。シャボン玉の中にシャボン玉。魔法の息が吹いてまた分裂しました。心の原本なくして、どっかやっちゃったのもそのときです。ごめんね。これじゃ作り直すのも大変。自分のならいいけど。
ねえ聞いて。待って。人が通るたびびっくりするの。そういう日があるのだ。見えていても見えてなかったみたいに。電車が揺れたらよろけるしみんなどうしてよろけないの。ラーメン屋今度行こうね。ラーメン屋すごく良かった。あれは穴場だよね。みんなと仲良くなれて嬉しいよ。だからこんなの嘘みたいだ。どうしてこんなめに。こんなめってどんなめ? 誰が用意したか言えるよ。
発火材をホッピングで飛んでるのは海岸沿いみたいでハーフパンツみたいだね。中国の祭りとか言って。紫色の煙が見えたんだ。目を凝らすと。部屋中煙でいっぱいなのさ。きっと世界中いっぱいだ。光る煙の残像みたい。煙自体は見えないけど、残像だけが目に残るから。一点だけ見てないと見えない。
自分がロボットみたいだった。操縦桿に乗ってるみたいだった。危険具合が楽しかった。買い物したとき楽しかった。意外と考えられてた。ちゃんと許してくれたと思った。コミュニケーションできてた。何言ってるかわからなかったけど。わかるものはわかるのだ。
胃の容量が小さくなることはいいことだ。これはやめられそうにないひどい生活。人の声も聞こえてきた。鳥の声はしないんだってこっちきて初めて思った。鳥がいないのだ。
だんだん戻ってくるのがわかった。悪いほうに戻ってきた。何か出るのはいいときだ。悪い時は全て閉じるのだ。反省をする気力もないみたい。ドドドドド。
ガシャガシャ崩れていくようだ。目覚ましアラームに驚いた。電話だったら怖いって思った。ガシャガシャ崩れていくようだ。まだちゃんと積んである。こんなにたくさん自分がいるようだ。バスタオルが無造作。もう食う気もしない。散歩がしたい。どこへも行きたくない。何もないところを散歩したい。どこへも行きたくない。
空気人形綺麗だった。人がたくさんいた。心は一つだった。疲れた。疲れた。楽しかった。
心が落ち込むのは早いようだ。思い出になるのは早いようだ。一寸先も見えない。もう何も見えない。怖いのはやだ。でも怖いままなのだ。動きたくない。動かないほど怖くなってくる。怖いから動きたくない。愛されてるようだ。また真似しちゃった。
星がいっぱいとかいう言葉さえ朝だから出てこなかった。朝はやだ。やだ。朝なんて朝なんて。もうおしまいにしちまいたい。心だけ貸し出して。体だけ残ればきっと全てこなせるはずだ。心がとても邪魔だ。赤くて丸くてキラキラしてて。大きな木も必要だった。自転車も買わなきゃならない。終わりだ。終わりだ。
もうやってられんのだ。こういうときはあるのだ。アラームが怖いのだ。うるさい。うるさい。何度来ても怖い。なれない。やだ。めちゃくちゃ言うしかない。壁を殴るようだ。破っちまおう。もう何も考えられなくなりたい。
ガーガー心の鴨がうるさいのだ。公園の円形が閉じてないように見えたのだ。噴水が溢れてるように見えたのだ。もう終わりだと思った。だけどこりずに噴き出した。雨が降って傘の行列ができた。少し馬鹿にしてた。円形が閉じてないで、ずっと成長する巻貝だった。巻貝の模様を研究してた。机から胃酸を出してどうだと見せて来た。水槽がたくさんあって最適なように調整してあったので魚は死ななかった。先生よりずっと元気そうだった。海風がひどく寒かった。ずっと車の中で震えてい���。元気じゃないんだと思った。いちばん着込んでるのにいちばん寒がっていた。風邪引くとか話したが引かなかった。きっと悪口を言ってるだろうって言っていた。悪口というか真実というかそんなにおおごとではないことなんだ。気にすることもないのだ。何も関係は変わらないのだ。今日のところは限界というか、最近はずっとダメなのだ。海の底だった。髪の毛が排水口に絡まってるけどそれも今日はもうどうしようもないのだ。もう何もやる気がない。病気ということでいいと思う。何の得もないことは病気というのだ。
まが悪いのは本当で、運が悪いだけなのだ。愛だと思う。月曜も無理なんじゃないかと思う。何なんだ。とうとうか。
ごめんね人生だ。弱いパンチだ。大丈夫じゃない。これでいいのだ。
笑われるくらいがとかもう何なのか。納得がいかんのは何なのか。何なんだ。現実が現実すぎるのだ。そんなの現実的じゃないんだ。おかしいんだ。もっとあやふやでぐちゃぐちゃなんだ。チューニング合ってるはずだ。いつか何か聞こえてくるはずだ。全然希望じゃないじゃん。火星じゃん。遠くに行きたい。嘘だ。こんなんで普通なわけがないんだ。
忘れるなかれじゃないんだ。全部ぶっ飛んでしまえばいいんだ。願いだから書かなきゃ。願いくらい書くのだ。愛され始めたのだ。でもこんな有様だ。愛され始めたって、雨降りの日は雨降りのようだ。天気がそれで変わるわけはないのだ。こんなにいろんな人に好かれたことはないんだ。でもこんなに心がぐちゃぐちゃなのはおかしいのだ。むしろコントラストがひどいのだ。余計わけわからなくしてるのだ。嬉しいという感情が遠くに確かにでっかいのがあるのだ。どうして心の中はこうも広いのか。心の中をさまよう気力もない。見えていても遠かったらいかない。見えているだけで満足な気もするでもそんなの満足なわけないのだ。でも足は動かん。そろそろなのだ。終わりなのだ。そういうことじゃないんだ。アラームが怖い。
眠れない。あんまり不案内だ。疲れた。終わりが見えない。見る気もない。ないことと同じなのだ。また鏡が嫌になってこんな奴がってなるのでいいのだ。しょうがないんだ。もう少し勇気が足りない。なんだかんだ本質には触れてない。そこがつらいところだ。情けない。つらい。でもやる気がないってことだからいいのだ。もういいのだ。
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bbibon · 7 years ago
Text
「S」のこと
かつて、清陵に「S」という生徒がいた。12月生まれ、性別、男。
…とのように、単なるプロフィール紹介をすることなら容易いが、彼の性格や立ち振る舞いを一言で表せと言われると、どうにも困る。
その男、学友会長だったわけでも、部活のエースだったわけでも、SSHの研究で輝かしい賞を受賞した、というわけでもない。
ただ、計り知れない「価値」があった。決して目には見えない「ポテンシャル」のようなものが。自分以外の多くの生徒もそれを実感していた。
しかし、彼の名前は清陵にほとんど残っていない。表舞台に立つことも殆ど無かったため、彼を語り継ぐものも少ないだろう。(ごく一部の界隈では色濃く語り継がれているらしいが。)
決して「勝ち」が多い清陵生ではなかった。ただ、その「価値」は計り知れなかった。
強いて、一言でいうとすれば。そんな男が、清陵にはいた。
今回、ふと「S」のことを思い出し、清陵生だった当時の記憶を頼りに「S」が清陵にいたということを書き留めたいという思いが私に筆を執らせた。(正しくはキーボードを叩き始めた、だが)
これをSが見ているか見ていないか、Sを知るものが見ているか見ていないかなんて言うのは二の次で、単純に自分の記憶が鮮明にある内に当時を書き残しておきたいと思ったのだ。
いつもの癖で書き連ねていたら8000字を超えてしまったが、清陵関係者にしか楽しめないような、こんな駄文を読む変わり者はごく少数だと思われるので、添削せずこのまま残しておくこととしたい。
ーーーーーー彼、すなわち「S」とのファーストコンタクトを思い出してみる。あれは、中二の春、だっただろうか。私は高校受験に備えて週2で個人塾に通っていた。ある時、曜日のメンバーの組み合わせが変わり、「S」と同じ曜日に塾に通うことになった。それがSとの縁の始まりだった。もともと同じ個人塾には入っていたらしいが、授業の曜日が違ったので、それまでは全く会ってはいなかった。いや。もしかしたら、ふと目にしたかもしれないが、その時はそれほど印象を受けなかったのだろう。私が、「邂逅」と呼べる表現を、胸を張って使える出会いをした、あの中2の春。
彼とは、とにかく最初の授業から会話のドッジボールを交わしたことを覚えている。初めて会った気がしないほど気が合ったのだ。というか、「会話の波長」というか、ふんわりした言葉で言ってしまえば「雰囲気」が似ていた。そう、つまるところ似た者同士だったのである。おまけに名前まで読みが同じときたもの��から、中2という溌剌とした時期を生きていた私たちには、たったそれだけの現象でも、何か神がかり的なものでも自分たちの周りを漂っているのではないか、という興奮じみた気持ちでいっぱいになって、その気持ちが気持ちを呼び、私たちは高度経済成長も驚くスピードで親交を深めていった。ギャグを言い合ったり、教材のテキストにお互いツッコミを入れあったり、とにかく楽しくギャアギャアと二人で会話をしていたため、塾の先生にはよく怒られた。彼とは学校が別であったので、腰を据えて楽しく長時間会話ができるのも塾くらいだった。中2という話したがりなお年ごろには、塾という閉じた世界で気の合う友達とワイワイ喋りあえることはこの上ない楽しみであったのだと思う。
当時から約5年経つ今でも、Sと喋りあえる塾に向かう足は、少なくとも心は、若々しいステップをしていたことを覚えている。そして、本当に楽しかったことも覚えている。Sが自分で考えた「一発ギャグ100連発」というノートを持ってきたときには、塾が終わってからも何十分も二人で笑い合ってしまい、親の迎えにとんでもなく遅刻して心配させたこともあった。他の塾生徒も交え、塾の軒先でずっとぺちゃくちゃ喋りあっていて、先生が出てきて「早く帰りなさい!」と注意されることなんてしょっちゅうだった。中3になってからも彼と同じ曜日に塾に通うことになった。いよいよ、受験生ということになったのだが、相も変わらず私とSはふざけた話や茶々を入れて、時折先生を困らせていた。
Sが学校でいじめを受けていると知っていたのはこの頃だった。彼は人を馬鹿にするような所はあったが、根は優しかったし、何より、人が気にしている所や嫌なところには触れることをしない分別の良さと賢さを持っていた。私と同じように、彼は、絶対「いじめ」をするようなタイプではなかった。だからこそ、狙われたのだ。たまに塾内でそのことを相談するようになり、私も、塾の先生も憤慨した。どうやら、彼の中学では荒くれ者が何人かいるらしく、他にいた塾の同中生も口を揃えて彼らの愚痴を言っていた。どうにかしたいけれど、どうにもできない。根本的に、Sを悩ませているいじめの張本人を殴ってやりたい気持ちだったけれど、それも叶わなかった。幸い、Sは学年で一位の成績をとっているほどに成績は良く、一緒にここ一番の進学校に合格して、そんな「下らない」奴らとはオサラバしよう、と彼を励まし、受験生として共に���張ることで逃げ場を作ってやろうとする、くらいのことは出来た。中三の秋冬になっても、塾で頑張った後は道端で他愛もない話をして盛り上がった。週二日の塾の夜は、「下らないこと」も忘れることが出来た。
ついに、受験当日がやってきた。塾の先生に貰ったビターチョコレートを頬張りながら、5教科の要点を必死に総復習していた。
「やれば出来る、やれば出来る…。今まで頑張ってきたじゃないか…」
そう言って自分を落ち着かせる私の横で、Sは割と飄々としていたような気がする。似た者同士とは言え、Sとの私の違いは、努力なしで行けるSの天才肌的な部分だったのかもしれない。彼は、基本普段そこまで勉強しないくせに、私を上回る定期テストの点数を持ち帰ってきていた。所謂「勉強しなくても出来るやつ」だった。勿論、それなりの勉強をしてきたことは一緒にやってきたので充分分かっているが、素因数分解が異常に早かったり、難しい言い回しの文章題の呑み込みが著しく早かったり、とにかく地頭はSには敵わないと私は確信していた。受験がようやく終わり、何日か過ぎ、合格発表の時がやってきた。結果は…無事、2人とも合格。憧れの諏訪清陵高校に、2人とも入学できたのである。そして、奇しくもSと同じクラス、同じ講座になったのである。2人で狂喜乱舞し、改めて、いじめるような輩もいない新天地に辿り着いたことを祝った。そして、放課後や休日もこれまで以上に度々遊ぶようになった。
私がこれまでと違う感情をSに抱くようになったのは、1年生の文化祭の頃からであった。Sは元より自由奔放な性格で、中学の「下らなさ」から解き放たれたことにより、更に人と遊び、更に人に絡むようになった。勿論私もそんなSの愛嬌や元気さが好きだったし、それこそがSの真骨頂であると感じていた。当時の私は、少々真面目になりすぎていたのかもしれない。中学時代、生徒会長をしていたこともあって(更に言えば小学校の時も児童会長をしており)、この高校の学友会に少しずつだが首を突っ込むようになっていった。「ここがおかしい」「これは無駄だ」「これはこう改善すべきだ」この頃の私は一年生の癖に何をぬかすかと言われんばかりに会長を含め、議長、委員長など先輩に臆することもなく独自の意見を提言していった。更に、諏訪清陵高校では海外研修付の特別クラスがあり、2年生になったらそれに入りたい、という思いも同時に抱くようになった。この頃から私は、「友人とのだらだらした遊び」とは逆ベクトルの、そういった方向に心惹かれていったのである。
一方、Sは自由気ままに学校生活を謳歌していた、春先に入部したバトミントン部も夏にはもう辞めてしまう、なんてこともしていた。対照的に、私はというと学友会や特別クラスだけでなく、陸上部にも所属しており、上級生とのリレーに一年生から参加し、記録を残しつつ、日々の練習にも励んでいた。それでも、クラスや講座はいつもSと一緒で、新しい友達を交えながらも、毎日のようにつるんで笑い合っていた。しかし、自分はこのままでいいのか、友達と無為にじゃれあうよりも、するべきことがあるのではないか、と、まるでアグレッシヴな勤労精神を結晶化したかのような決意がこの頃からみるみる膨らんでいった。ついに私は2年生になり、特別クラスに進んだ。実はこの時、Sも特別クラスに進むべく試験・面接を受けていたのだが敢え無く落ちてしまった。おそらく、私と一緒に特別クラスで楽しみたかった部分もあったのだろう。しかし、私には己の野望を叶えなければならない、そのためには一時Sから離れなければならない、という、孤高なる情熱があった。今からこの頃を振り返ると、あまりにも「ゆとり」が無いとしっかり認識することができる。明らかに自分がやれる範囲を間違っており、頑張りすぎていた。
私も、どこかで一歩違えば、特別クラスに入れていなかったのかもしれない。偉そうに自分のことを語っているが、この時、Sも私も勉強に身が入っておらず、中学の時に比べ、校内順位は際やかに下がっていた。この時、仮に私が特別クラスに落ちていれば、何かが変わっていたのだろうか。何かが今得られていたのだろうか。何が失われていたのだろうか。人生は一度きりしかなく、過去から新たな並行世界を生み出し経験することは許されない。たった1通りの人生。その時その時において、たった1回の同じ選択しか許されない。けれども、「あの時こうだったなら…」ということは、徒然と考えてしまうものである。
私だけが特別クラスに入った後も、私の校内での動きはみるみるうちに加速していった。学友会では2年生で新聞委員会の副委員長を務めることとなり、その次の選挙では、遂に、演説、投票の末、後期の学友会長に当選したのである。陸上部ではリレーのメンバーとしてレギュラーに固定され、最終的にはアンカーの立ち位置を担うことになった。SSHの課題研究や特別実習に加え、色々な方面からの引手もあり、講演会や校内発表会の司会も務めた。さながら、(語弊を招くかもしれないが)この頃の私はまさに「無賃金で働く高校生」のような姿だった。学校に「登校」するというよりは「出勤」するような面持ちで、毎日スケジュールの詰まった手帳を持ち歩き、日々すべきことを1つ1つ丁寧に消化していった。「本当に自分は高校生なのだろうか?」と思うほど仕事が重なり疲弊していた時もあった。
しかし、議案書を作ったり、陸上のハードなメニューを熟したり、先生や役員と打ち合わせをしたり、全校の前で議論をしたり…、そんなことをしていた毎日の中で、「充実」を感じて、「安息」とは対極にある幸せを手にしていたことも事実である。給料などの見返りを求めずに、「自分の経験として楽しむ」ことが許されるこれらの経験は、当時、とても貴重なことに思えた。大人になれば、金銭が絡んでくる。失敗や、下手をすれば、最悪、賠償などの話にも発展しかねない。けれども、学生時代の運営系の仕事というのはボランティアであり「何事も経験」というレッテルの元、ほとんどのことが許される。学友会長を「不自由」と呼ぶ人もいたが、私にとっては最高の「自由」だった。自分が今まで歯痒く見ていることしか出来なかった学友会運営を、自らの企画で、施策で動かすことができる。こう友人に説いても、頑張りすぎの変人扱いしかされなかったが、変人だろうがなんだろうが、自分に向いていようがいまいが、「自分がやりたいことがやれる」ことの幸せは確かにそこにあった。実際、私がしたかったマニフェストのほとんどは、段取りを粛々と熟し、任期中に晴れて実施することが出来た。自分の頭の中で勝手に膨らんでいた企画が、優秀な副会長や周りの委員長を通じて、全校に広がり、目に見える形となり、自分が望んでいた通りの効果や感想というフィードバックが返ってきたとき、私はその施策の準備がどんなに忙しく辛かったとしても、この上ない達成感と自己実現感を手にすることが出来た。その瞬間が本当に幸せであった。だから、金銭なんて見返りは求めてもいけないし、求める必要もないと思った。
そのようにして私が学校のありとあらゆる方面に精を出している最中、Sはというと、何か活動をするという訳でもなく自由気ままにTVゲー���等に熱中していた。元々ゲーム好きだった彼は、自前の頭の良さを武器に数々のゲームをクリアしていき、友人の中でも話題の先陣を切りながら、誰にも負けないようなゲームコントロールの腕を磨いていた。客観的にみると、私とSは、まるで対極のような存在になってしまったように見える。しかし、私が主観的に私とSについて分析してみると、決してそんなことはなかったのである。私とSは、根っこにつながる部分は昔と変わらず健在であった。
彼は、周りの仲間たちが落ち込んでいれば必ず親身になって何時間でも相談に乗ってくれる。中学の時から、そんな深い情と他人への深い干渉がSの持ち味だった。私は、私について、さも何でもやりおおせたアグレッシブな男のように書いているが、実のところ、ただやりたいことがやりたいだけのマイペースな男で、ミスも非常に多かった。副会長を始めとした周りの人達に支えられていなかったら、おそらくきっと、どこかで失墜していただろう。長所もあれば短所もあった。私とSは、全てを含めるとプラスマイナスで絶対値は同じような男たちであった。私が猛烈に忙しくなってしまってからも、私は意識的に彼との接触を断とうとはしなかった。
彼にも高校に入ってから沢山の新しい友達に恵まれたようで(私もそうであったが)、Sなりに楽しく過ごしていたし、それに便乗して長期休み中はSの家に泊まりに、逆に私の家に泊まりにくることもあった。その時には勿論、ゲーム三昧である。私にとっては、「自己実現の充実」とはまた別の「幸せ」であり、こういう側面があったからこそ、最後まで挫けずに自分の「やるべきこと」を続けられていたのだ、と今になって思う。逆にSの遊びの誘いがなかったら頑張りすぎて、それこそ文字通り「頑な」を「張りすぎて」カチンコチンのお堅い会長様を演じすぎていつかダメになってしまっていたかもしれない。
…いや、ダメになっていただろう。人間、真面目になりすぎてもいつか失敗するものである。私みたいな、スイッチが入るとのめり込みすぎて倒れてしまうようなタイプには、「頑張れ」という言葉よりも「たまには一緒に遊ぼうぜ」というSのような言葉の方が結果的に良くなるのだと、ゲームコントローラーを握りしめながら痛感した時がある。きっと、彼はそんな自分のことを心配して見抜いてくれていたような気がするのである。
学友会長の任期も終わり、特別クラスの海外研修も終わった。3年生になり、私の生活は1年生初期のような落ち着きを取り戻した。残る「やるべきこと」は、最上級生になって最後の総体となった陸上だけである。こうして、自分の野望が半ば達成された今、私の「心夏期」(造語である。自分にとって感情がアグレッシブな時期をこう呼んでいる)であったこの1年間を振り返って、Sの大切さをしみじみと感じる。途中、何度か壁にぶちあたってSに相談したことがあった。Sは、持ち前のへらへらした笑顔で冗談めかして答えてくれたりもするが、いつも最終的には核心をついた答えをくれる。不思議と、その答えを聞くたびに、ずっとモヤモヤしていた感情が霧散し、溜飲が下がり、スッキリした気持ちになる。専門家の専門的な意見より、彼の大雑把な反骨的アドバイスの方がよっぽど清々しく私には感じてしまうのだ。
彼は遊びすぎだ、と元会長の私は今でも思う。彼の突拍子もない行動や、脈絡のない発言はどう考えても予想できない。そんなSだ。しかし、Sが学校に来ていないときは、「アイツ、なにやらかしてんだろうな。」と仲間内でSがしそうなとんでもない行動の数々を仲間内で妄想し、談義し合う。いつもSを煙たがっているような連中も、Sが風邪で何日か休むと「寂しいな…、早く学校こいよな」と、物憂げな表情を見せる。詰まる所、彼は私達の中で、「そういう存在」なのだ。そういう人格なのだ。Sが久々に登校して口を開くと、いつも通りのその突拍子もないからかいや笑い話が私を含めた仲間たちを楽しませる。
Sの祖父が叔父に激怒した時の話なんかは、もう、最高であった。祖父が何の気に触れたのかは忘れたが、とにかく祖父が叔父に激怒して、近くの障子の戸を引き抜いて手に持って掲げ、激昂しながら叔父に障子の戸を振り下ろしたらしい。そうしたら、叔父の頭が障子の1つの窓にすっぽりと嵌って、振り下ろした障子の戸の中央から叔父の震えた顔がひょっこり顔を出しているという構図が出来上がったらしい。Sはそれを遠目に見ていて、笑いをこらえるのに必死だったらしい。私は、それを想像するだけで噴出さずにはいられなかった。周りの仲間たちも、爆笑を禁じ得なかった。他にも彼の面白エピソードは山ほどあるのだが、砂漠の砂数のようにありすぎて、ここには紹介しきれない。よって、割愛せざるを得ない。Sの話は、長続きするのにも関わらず、飽きず、とにかく独創性があって面白いのである。私には、こんな芸当はできない。ましてや、私は他人をからかう類の事が得意ではない。Sが私をからかうことはあっても、あまり私は積極的にSをからかったりはしない。多少、皮肉ったりする程度である。更にSは他の仲間たちにも分け隔てなくからかいを重ねてきている。普段からかわれていない人も、Sにはからかわれたことがある場合が多い。そんな自由性ゆえに、高校入学からこれまでの約2年間、何度か喧嘩をしたこともあったが、なんだかんだ言って次の日には朝から駅で会い、電車で普通にしゃべるので、なんだかんだで、いつのまにか仲直りをしているのだ。
――――これが、私が勝手に親友と呼んでいる「S」と私との、あらかたの関係性である。彼も私に散々迷惑をかけたが、私も彼に散々に迷惑をかけている。私は、酷くマイペースでうっかり屋である。小さいころから親にもずっと言われ、Sや他の友人に言われる中でようやく自覚できたくらいのレベルである。(一応自分でも認識しているつもりであるが…)時折、マイペース過ぎて、連絡がすれ違ったり、約束を違えたりしてしまう。その節には本当にSにも迷惑をかけた。申し訳ない。もし私に「マイペース」による、どうしようもない情熱の悪魔が潜んでいなければ、会長を始めとする様々な活動に首を突っ込むことなく、当時も今頃も、Sと楽しく学校生活をエンジョイしていたのであろう、と思う。そうすると、マイペース故に、勝手に置いて行かれて、勝手に目の先で自分勝手にウキウキしている私を見ていたSは、どんな気持ちだったのだろう、と神妙に考えてしまう時がある。Sにとっては、私と、何の部活もせず、何の活動もせず、自分と2人でワイワイやっていたいというのが、一番都合のいい希望である。もし、私がSだったら、絶対そう考えてやまないだろう。だけれど、私は当時そんなことを考えもせず、ひたすらにマイウェイを邁進していたのである。Sはそんな私を応援してくれていた。もはや今考えると罪深くさえある。もう、どう足掻いても取り返せないのである。と、いうのも、もし自分がそのような青春の選択をしていなければ、Sのような存在になれたのではないかと思い耽ってしまうからである。つまり、Sを心のどこかで羨ましい、と感じてしまうのである。
Sと私は似た者同士だった。いや、「Sと私は似た者同士『だった』」という表現は正しくはないかもしれない。何故なら、「今」でも私とSには共通している部分が、会話の中でもその片鱗が垣間見えるのである。そして、中学時代よりも遥かに同じ時間を共に過ごし、互いを研究する中で、生まれ育ってきたそれぞれの「環境」、それぞれの家系に流れる「遺伝」、そうしたものは勿論のこと、趣味があっているようで少しずつ違うお互いの「嗜好」、お互いが経験を積み合った中で得た「思考」、これからどこを目指していくのかという「指向」……と、似ているようで違う部分を、共通する部分より鮮明に捉えていったのである。その結果、人生の分岐で分かれ続けて、私は元会長(その他もろもろ)、Sは、仲間内の明るいムードメイカーとして学校生活を送っていたのである。
しかし、彼とは心の奥底の何かが共通していたという、中2当時のあの沸々とした楽しさは今でも忘れられない。あの頃、塾の曜日が違っていたら、私は清陵にすら入っていなかったかもしれない。少なくとも、清陵での活動は違うものになっていただろう。そんな「S」の影響力は、間違いなく大きすぎる「価値」で、社会の「下らない」優劣競争なんかに左右されない軸があったのだと今になって思う。
勉強ができればいい、偏差値が高ければいい、スポーツができればいい、お金があればいい…、「S」を見ていると、そんな一面性の軸に縛られた社会的ステータスなんかどうでもいいと思えてくる。受験とか、��活とか、出世とか、そんなことの前に自分の周りを明るく楽しくさせる力の方がいかに大切かを思い知らされるのだ。
ーーーーーーそうして時は流れ、高校三年、最後の清陵祭がやってきた。
【高校三年 7月】
おそらく、私にとって忘れられない光景をあげようとすれば、1つのシーンがいつでも自然と浮かび上がってくる。高校3年、最後の清陵祭のファイヤーストームが終わった後の、登壇の時間だ。
(登壇と言うのは、語りたいことがある者のみが自由に登壇をし、全校生徒を前に語りたいことを語る時間である)
私は、去年、学友会長に当選し、少々学校内での出番が多く、多いどころかほとんどに自分が中心的にかかわっていており、でしゃばりすぎてしまったと自分では感じていたので、胸中では、今年は出来る限り「でしゃばり」を自重しようと心掛けた。
知り合いも何人か壇上に登り、告白やら感謝を叫ぶやらで最後の文化祭のフィナーレは段々に盛り上がっていった。正直に言えば、自分は既に友達のそういった姿を見て満足していた。そろそろ幕切れか、と思われたその頃の話である。
「次は誰が行くんだ?」と言う空気の中、、鋼の塔に向かっていったのは、他でもないSだった━━━。
泥とラクガキだらけの顔のまま、千切れて泥水で浸された灰色のTシャツを身に纏い、彼はまず、壇上の中心でマイクを持ち、そして、一呼吸を置いた。
ここからの映像は、周囲の熱狂的な雰囲気と自身の疲労により、全てを思い起こすことは出来ないが、思い起こせる限りの印象的な断片をここに記す。
「俺のこと知ってる人この中に何人いますか?多分いませんよね。俺は多分、この学校の最底辺なんで」
彼は、堂々と喋りだしたかと思えば、まず「自称最底辺」を名乗ったのだった。確かに、中学では学年一位の成績を誇っていた彼も、今では、成績で言えばだが、底辺すれすれではあった。
「俺には感謝したいことがある!Y、I、K、T、U…、こんな俺に付き合ってくれて有難う!本当に感謝してる!」
そのメンバーは、いつも大体育館で飯を食う「いつもの」メンバーであった。いつもはおちゃらけているSの突然の感謝の叫びに、メンバーは少し意表を突かれたように、照れくさそうに…反応に困っていた。しかし、誇らしげであった。
初登壇とは思えないほどの、清々しく、快活な響きで彼は語りかけていた。そのメンバーからも「俺も感謝してるぞー!!」「いぇーい!」という声が上がり始めた。
私が克明に覚えているのは、ここからの映像だ。
「そして、○○!!中学からの仲だけど、お前とは本当にいろんなことがあった!!迷惑もかけたけど、本当に楽しかった!!ありがとう!!!」
Sを照らす照明の光と、彼の闊達な笑みが滲んで見えた。鉄パイプで組まれた壇がおぼろげになり、いつのまにか唇が震えていた。それだけの言葉なのに、涙が堪えきれなかった。至近距離ではあったが、こちらはライトで照らされてはいない。Sに泣き顔を見られているのだろうか、だとしたら間違いなく初めてである。隣にいた友人が自分が「泣いている」ということに多少驚いたニュアンスで「男泣きじゃねえか」と呟いて、軽く肩を叩いてくれた。ファイアーストーム後の火照った体は、すでに冷え切っていたが、彼の声を聴いている間は、時が止まったかのように、寒さを、体温を、全く感じていなかった。
このエピソードに対しての文章量は圧倒的に少ない。心の動きに対して文章量が比例するなら。8000字以上あるこの文章量でも全く以て足りないと言わざるを得ない。が、いったん「Sのこと」を話すのはここでお終いとする。
ファイアーストームを囲んで歌った「この火」を、「この日」を私はこれから先、忘れることはないだろう。
『このひ』
「この火がいつまでも
消えないでくれるといいな
失っていくだけの日々から
僕を救ってくれた
信じた夢を叶えられる
そんなぬくもりが背中から Ah
風の向き 土の匂い
赤と黒の混ざった色
となりの君のその真剣なまなざしを
ずっと忘れない
この火を思い出す日が
いつか来たとして
僕らはそのとき
きっと今持ってる何かを失っている
でも覚えていれたなら
僕らはいつでもここに戻れる
今を青春と呼ぶのなら
大人になるのも悪くない Ah
火のぬくもりを忘れない」
「Sのこと」終
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