#写真の��囲気は憂鬱っぽく…何処に撮りましたか?
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Can't help falling in love
表紙イラスト
s=nov
「Can't help falling in love」
★
二〇二〇年、八月十六日。
「あのさ、ちょっと話を聞いてもらってもいいか��?」
「何、改まって?」
「うん、ちょっとね」
「いいわよ、何でも聞いてあげる」
「ありがと。うんっとね、私、最近までさ、目に見える何もかもが嘘っぽく見えてたんだ」
「どういうこと?」
「今見てる風景とか、人の表情とか、言葉とか笑い声とか全部が嘘なんじゃないかって気がしてたんだ」
「ふーん、たしかに嘘もあるかもしれないけどね」
「でもちょっと違ったかも」
「そうなの?」
「うん、そんなに悪いものでもないのかなって」
「そっか」
「もちろん全部が綺麗なもので、嘘が全くないなんて思わないけどさ」
「まあ、そうだよね。私も真っ白で純粋な世界なんて作り話でしかないんだと思う」
「うん……」
「でもきっと私達が生きているここは、思うほど悪いものだけでもないのかもしれないよね。悪いって決めつけて見ちゃったら、もうそうにしか見えなくなりそうだから私はそうしてる」
「私もこれからはそうしたいなぁ」
「彼方(かなた)ならすぐできるわよ」
「そっかな?」
「そうだよ」
「ありがとね、姫(ひめ)ちゃん。今みたいな気づかった言葉をかけ合えることなのかな、愛って?」
「私には分からないわ。でもそうだったら良いな、って思う」
「愛し合って、祈り合って世界が廻ってくれてたら良いなぁ」
「大丈夫、きっとそうなってるわよ」
「これが終わったら学校にちゃんと行きたいね」
「うん」
「私、窓側の一番後ろの席だから、午後の授業は暖かいんだよねー」
「彼方ってばいつも居眠りしてたわよね」
「だってー、お腹いっぱいになるとついさ……」
「まあ、彼方らしくていいと思うけどね」
「なにそれー、もしかして私、馬鹿にされてる?」
「そんなことないわよ。そういうところも私は好きってこと。ほら、続けて」
「えへへ、そっかなー。あと部活にも行きたい!まだ書きかけの小説もあるし!」
「頑張って書いてたしね。みんなに読んでもらいたいわよね」
「そうだよー。みんなにも読んでもらいたいし……。またみんなに会いたいなぁ」
「ねっ、私も……」
「あー、ごめん。なんか暗くなってきちゃったね」
「いいよ、いいよ。全然気にしてない。そうなるのも仕方ないでしょ」
「ありがとう……。そろそろ寝よっか。なんか話し疲れちゃったしね」
「そうね。もう外も随分暗くなったみたいだし」
「何時くらいかな?」
「どうかしらね?」
「暗さだけじゃ分かんないよねー。時計がないとこんな不便なんて……」
「そうね。でも月と星がすごく綺麗」
「本当だー!今日は良い夢見れそうだね!」
「きっとね。見れると思うわ」
「それじゃあ寝よっか」
「うん」
「二人、一緒でね」
「うん」
「ここにいるからね」
「うん」
「離さないからね」
「うん」
「そこに、い��ね」
「うん」
「こんな世界、夢だったら良かったのに」
「うん――――」
★
二人の少女。
月と星が綺麗な空の下で、二人で並んで横になっている。
静けさに満ちた夜に二人の言葉は掻き消されてしまいそう。
夏だというのに冷たくひんやりとした空気がチクチクと肌に刺さり、拒絶されたような感覚がある。
身を寄せ合い、お互いの微かな温もりを感じながら今日も二人の少女は夢を見る。
ここは誰にも見えない心の隅っこ。
ずっと丸いはずの地球の一角。
誰にも気づかれずに二人の少女は夢を見る。
夢に吸い込まれてどんどんと深みに落ちていく。
うとうと、うとうと。
ねむねむ、ねむねむ。
夢落ち――――。
ここは誰にも見えない夢が作った落とし穴。
★
私の知っている世界はあっという間に壊れ、見たこともない世界に姿を変えていった。
二〇二〇年、八月十日。
ある日突然、何の前触れもなしに「それ」はやってきた。
足音がちゃんと聞こえていたとしても何の対処もできなかっただろう。
そう、どうしようもなかったんだ。
『ある日突然、全ての人から価値観が無くなった』
誰も気づかない。日常を疑わない。
そりゃそうだよね。価値観の無くなった感覚なんて誰も経験したことがないし、誰にも分かるわけがない。
違和感を覚えた時にはもう何もかもが遅くて、どうすることもできなかった。
確かめ合うことも、声を響かせることも出来ないまま、私の知っている日常は何処かに行ってしまった。
ここはどこなの――――?
問いかけても答えてくれる人なんていない。
疑問を持つ価値なんてものも無くなってしまった。
価値観が無くなる……。
お金や時間、費やすもの全てが徒労に終わってしまう。
私は屋上から飛び降りるようなスピードでパニックに陥った。
周りのみんなは呼吸をすることに価値を感じなくなり、生きる意味を疑い始めた。
でも、そのすぐ後に生きることをやめる意味にさえ疑問が湧いてくる。
もう、めんどくさい。
私みたいに考える価値を失い、何もかも無気力になってしまう人もいた。
もう、本当に何だっていい。
つまり、結局、どっちだっていいってことだ。
「なんだ、今までと何も変わらないじゃない」、なんて思っていたけど、そんな上手くはいかなかった。
死んでしまった人もやっぱり多くて。
世界はどんどん小さくなった。
だいたい半分くらいに。
街に繰り出すと、人が転がっていた。
たくさん、たくさん。
道徳に価値を無くした人達は色んな悪いことをしている。
ナイフで人を刺すと、「グサッ」、じゃなくて、「ズブッ」、って音がする。
そして、「ドサッ」って力無く転げ落ちる。
私はまじまじとその光景を見入ってしまって、目を反らす��とを忘れていた。
★
二〇二〇年、八月十一日。
高校の屋上。
風が少しだけ強くて長い髪が乱れる。
空は快晴で夏のギラギラした日差しが心地良かった。
私はこの場所に仰向けになって空を見上げるのが好きで、昼休みなんかはよくここに来ていた。
でも今は授業中。
気だるい思いに堪えかねて教室を抜け出してきてしまった。
授業といってもやったりやらなかったり。先生がちゃんと来ていない教科もあるし、第一、出席している生徒だって多くない。こうやって学校や仕事に価値を無くした人も少なくない。
私だって本当は登校しなくたってよかったんだけど、家にいてもやることもないし。せっかく誘ってくれる友達もいたし……。でも来てみたら来てみたで授業に参加する必要ももう無くなっていた。
あーあ、めんどい。
おまけに、だるい。
空はこんなに青くて綺麗なのに、
世界は壊れてるぜベイビー♪
本当に、こんな歌を誰かが作ればいいと思った。
頭の中に駆け巡った曲は我ながら詩のセンスが皆無で可笑しかった。
私は仰向けのままヘッドホンを付けて、ウォークマンのクリックホイールを滑らせる。
こんな便利な音楽プレイヤーなんてなかった時代の音楽を入れて聴いている。
なんだか不思議な気分だね。
こうやって曲は形を変えてもずっと残っていくんだからさ。
『じゅぎょうさんかーん♪こいのよかん♪』
歌を口ずさみながら空を仰ぎ見る。
耳を塞いだここにはラブ&ポップもキュート&ロマンもしっかりとある。確かな肌触りを感じる。
夏の空気に酔い痴れながら少しだけ目を閉じた。
しかし、ゆっくりと夏を堪能出来たのも、ほんの数分のことだ。
「姫ちゃんっ!ここにいたー!」
威勢よく開く扉の音と聞き覚えのある声。すぐにその人物が誰なのか分かった。
「彼方ー?授業はどうしたの?」
小柄な体で軽快に小走りしながら、こちらにずかずかと向かってくる。
セミロングの髪を揺らしながら、トレードマークのヘアピンが太陽の光で何度もピカピカと反射した。
「どうしたの、じゃないよー!急にいなくなってるんだもん!」
あー、そうだ。彼方がお得意の居眠りを始めたのを見て抜け出して来たんだった。
「それはあなたが学校誘ったくせに寝るのが悪いでしょ」
「だって~~……」
ぶーぶー、と口を尖らせて言い訳。
「だって、じゃないでしょ」
「うー、ごめんなさい」
でもすぐにしょんぼり反省。
こんな状況でもころころと変わる彼方の表情を見ていると、何だか可笑しかった。一時でも安心感が溢れる。
私が笑っているのを見て、彼方もつられて笑う。
こんな���愛の無い時間がずっと続けば良いのにな――――。
★
世界は廻る。
廻り続ける。
音を立てて。
ギリギリ、ガガガッ♪
私達をおいていった。
日常も忘れていった。
もう、ずっと、遠くの方。
ギリギリ、ガガガッ♪
私達のことを振り返って確認して。
哀しそうな目をして。
また、前を目指していった。
ギリギリ、ガガガッ♪
錆びついた機械みたいに。
優しい音を奏でながら。
自分をすり減らして。
★
二〇二〇年、八月十四日。
ここは誰にも見えない心の隅っこ。
ずっと丸いはずの地球の一角。
空には幾つもの星、星。
星ばっかりが並んでいる。
輝く光に埋め尽くされた空の下で四人の少女が肩を並べて横になっていた。
「もう何にもなくなっちゃったねー」
「本当、何だか今日まであっという間だった」
「まだ私信じられないよ」
「私もー」
「でもなんだかこうやって寝てると、夏合宿って感じじゃない?」
「あー、それ分かるかもー」
「良いね!夏合宿!明日はカレーにしよう!」
「おっ、彼方気合入ってるねー。作るの手伝ってあげようか?」
「みやちゃんは料理できなさそうだから手伝わなくていいよー。羽(う)美(み)ちゃんに手伝ってもらうー」
「何それっ!少なくても彼方よりはできるわよ!」
「そんなに怒らないでよー……。冗談だよー……。とんでもないカレーに仕上がってしまうので手伝ってください……」
みんなの笑い声が飛ぶ。
「じゃあ明日は彼方ちゃんとみやこちゃんのカレーね」
「異論なーし。美味しいのを頼むわね」
「それじゃあ明日の晩御飯も決まったし、そろそろ寝ようか」
「そうだね、みんなおやすみ」
「おやすみー」
「……」
誰か一人の声が消え、返事はなかった――――。
★
二〇二〇年、八月十二日。
高校の通学路。
私は何の気なし。
何の考えもない中。
さもあたりまえみたいに。
日常って残酷何だと、漠然と思った――――。
下らなくて、退屈で、愉快で、ほのぼのしていて、残酷ですごく適当。
何かが起きたとしても何の躊躇いもないまま時間は流れていく。
仕方ないけど私達はそれに合わせて過ごすしかない。
世界は何にもしてくれない。
結局私達がどうするかだからね。
勝手に今日がやってきてしまったから私は朝起きて高校に通学する。
こんな壊れた世界だけど普通に生活を送ろうとしている。それが私達に唯一できる抵抗だと思うから。
★
校門を抜けるとすぐに、昨日よりも校舎からは活気がないように感じた。
人数を見れば明らかだろう。
やっぱり予想はしていたけど、どんどん減っていくんだろうね。
いつもなら賑やかなはずのこの時間の校門前も昨日の半分くらいには減ってしまっただろうか。
でもまあ、確かに来てもやることってないんだよね。昨日も屋上でグダグダした後すぐ帰っちゃったし。それでもやっぱり今日も彼方は「学校に行こう」と誘ってきてくれた。
逆に家にいたってやることもないから良いんだけどね。
校門をぬけ、下駄箱��階段を二つ上って三カ月くらい慣れ親しんでいる教室へと足を運ぶ。
いつもなら途中で彼方と合流して登校しているが今日は何か準備があるとかで、私一人で教室へと向かった。
こんな状況で何の準備があるんだか……。それに「学校に行こう」と誘ってきた本人がいないっていうのもすごいことだ。私には到底真似出来そうに無い。
でも実に彼方らしくて怒る気にもなれなかった。むしろ微笑ましい。
笑って肩を震わせながら教室の扉を開けると見慣れた顔が二つ。
真剣な眼差しで何かと睨めっこしている彼方と、それとは反対に涼しげな表情で読書を楽しんでいる羽美。
そんな両極な顔の二人が重苦しい雰囲気の教室で異彩を放っていた。
今、こんな呑気が許されるんだろうか……。考えてみればそんなことを思う人もこの世界にはもういないか。
少しだけ溜息が洩れた。
「あっ、姫ちゃんおはよー!朝から溜息なんて幸先悪いなぁ」
私の姿を発見した彼方のいきなりの先制パンチ。しかし、こんな軽いジャブに怯む私でもない。
「来なくてもいい学校に朝早く呼び出されたから憂鬱なのよ。本当だったら昼過ぎくらいまでは眠れてたはずなのにさー」
「姫ちゃんごめんてば!ちゃんと面白いこと準備したから許してよー!」
焦って弁解する彼方の姿を見ているのは全くといって飽きない。
「それで、今日は何をするの?」
私の質問に対してまた表情が一変する。
今度は「その質問待ってました!」と言わんばかりの顔だ。
あー、何とも飽き足らない。
そして人差し指をこれでもかと突き出し私の顔を差して言い放った。
「今日は部活やるよ!」
★
彼方の一言でひとまず音楽室に向かう。
先に音楽室に来て準備をしていた宮子も合流し、私達四人は集まった。
そして、それぞれが各々の部活でやっていたことをやるという何だか集合した意味を根底から無視したような企画を彼方は私達にぶつけてきた。
しかし、まあ、始まってしまえばそれは意外と楽しい時間だったと思う。
彼方は文芸部、宮子は軽音楽部、羽美は調理部、私は写真部と見事に文化部が揃っていたから上手くいったようなものだろう。
音楽室で、ただ、ずっと四人で。
宮子の弾き語りを聴かせてもらったり、羽美の作ってくれたクッキーを食べたり、みんなで彼方の書きかけの小説にアドバイス出し合ったり、私が撮ってきた四人の写真をみんなで眺めたり。
そんな他愛の無い時間を過ごした。
傍から見たら本当にどうでもいいような。
私達にとっては貴重な、最後の四人での学校になった。
でも――――。
八月十三日、朝。
とうとう世界が壊れ始めた。
私も理解することに時間がかかったけど、それは説明するなら壊れるというよりも消えるという表現の方がしっくりくるような気がする。
人はどんどんと消えていき建物も殆ど無くなっていった。
景色に呑み込まれて、最���から何も無かったみたいに素っ気なく更地が延々と広がっている。
前みたいに死体も転がってなんかいない。
私が気付いた時には家が無くなって砂の上で寒くて目が覚めた時だ。
私物や食料はまだ消えてない物もあったけど、私はもう「終わり」を迎えることを覚悟した。
★
二〇二〇年、八月十五日。
ここは誰にも見えない心の隅っこ。
ずっと丸いはずの地球の一角。
結局、カレーも合宿も出来なかった。
ガスと自家発電の電気が残された何処とも分からない建物で私達は過ごしてきたけど、もうそれも消えてしまった。
宮子も消えてしまった。
今はもう私と彼方と羽美の三人しかいない。
私達以外にもこうやって身を寄せ合っている人達がいるんだろうか。
それも、もう、どーでもいいか。
携帯が使えたことと家が近かったのも幸いして私達は合流することが出来た。
最後の最後まで私達はそれなりの日常を過ごせたんだと思う。
お腹は空いたけど三人で今日もこうやって眠りにつけるのは幸せなことなんだよね。
時計も無くなり、時間も分からなくなった今、早く眠ることは安心出来ることなのかもしれない。
私達もいつか消えてしまうかもしれない――――。
横になって瞼を閉じてから数時間。眠れない私は目を開けると隣にいたはずの羽美の姿はもう視界には入らなかった。
私は最後まで眠れずにそのまま翌日を迎える。
★
二〇二〇年、八月十六日。
二人の少女を残して時間は巡っていく。
もう間もなく日付も変わり。
やがて夢も終わる。
「こんな世界、夢だったら良かったのに」
「うん、大丈夫、これは夢だから」
「どういうこと?」
「言った通りの意味よ」
「分かんないよ、姫ちゃん……」
彼方は不安そうな顔をした。
沢山の表情を持った不思議な女の子だった。
私は彼方と出会って数日しか経ってないけど、すっかり彼女の魅力に引きつけられていた。
私と彼方は仲の良い友達。そういう設定というだけだったのに。
本当、馬鹿みたい。
本物だけどなんの手触りも無い世界。
ここはそういう場所。
それも、もう終わりなんだ。
「あれっ……」
そんな声を残して彼方は景色に吞まれて夜の闇と一緒になって私には見えなくなっていった。
あまりにも呆気なく。
そこには最初から何も無かったみたいに、更地だけが広がっている。
もう本当にお終いなんだね。
今思えば恋愛において性別の壁を越えてしまった私達は欠陥品だったね。
こんな哀しい愛なんていらなかったよ。
こんな価値観消えてしまえばよかったのに。
それにこんな壊れた世界で日常を過ごそうとしている私達の方がよっぽどおかしくなっていたに違いない。
そんなことを思いながら。
私は一人になって、空を仰ぎ見た。
遠くの方から何かが降ってくる。
それを確認してから私は改めて手に入れてしまった哀しい愛を噛みしめる。
彼方は私の心の何処か見えないところまで染み込んでいった。
ずっと奥まで染み込んで、もう落ちそうにない。
私も彼方の心の何処かの落ちない染みでいたかった。
ずっと奥まで。
ずっと奥まで。
染みわたりかった。
痛いほどに。
★
空から何かが降ってくる
流れ星みたいで綺麗
でも違った。
星に見えたそれは
いつかの誰かが使った言葉。
いや
正確に言��ば
言葉の形をした
隕石みたいなもの。
それが沢山降ってきた
こんなふうに。
ドゴゴゴゴ♪
『 私はそんな つもりなんて なかったんだよ 。本当 に夢だった ら良か ったって 思ってた んだよ 』
ヒュンヒュンヒュン♪
『 神様なんていない。いない、いない。
だけどやっぱりいた。
まだ、どこにいるかは分からないけど』
セーラー服は戦闘服♪
『 ここには、
ラブ&ポップも、
キュート&ロマンも、
確かにあるんだろうね。
死ぬまでに見つけられればいいや。
きっとできるよ、
君にも、私にもさ。
それくらい簡単なことなんだよ
言葉で 言ってしまえば 簡単なくらいに 簡単なこと。
そんなもんだよ』
ドカーン、ドカーン♪
『それ好きとか、まじで頭おかしいし、信じられない。
そんなのどうでもいいよ。
楽しかったら踊っちゃえ。
全部受け止めて楽しめたらなぁ。
あははははは』
ちゅどーん、ちゅどーん♪
『だりー。
めんどくさい。
やってらんねー。
』
『かくれんぼだよ。早く隠れて、隠れて。
もう、いいかい――――?
まーだだよ♪
もう、いいかい……?
もう、いいよ 』
ランラン、ランラン♪
『言葉の中の君をいくら探しても見つからない、見つからない。
本当の君をどこかに隠してしまった。
哀しいよ。離れたくないのに。
愛って哀しいんだね。知らなかったよ』
『でも
哀しいんだけど
仕方ないから
もう行くね。
バイバイ』
『もう、ちっとも
怒らない
泣かない
笑わない』
『
歌を口ずさみながら、歩いていく。
ギリギリ、ガガガッ♪
ねえ、お願い。
で
こ も か い
ど に い な
』
世界は言葉の瓦礫で埋め尽くされた。
やがて言葉の重みに耐えかねて
世界なんてものは無くなった。
私の見たこともなかった世界は
あっという間に壊れ
次の瞬間には
見覚えのある
知っている世界に
姿を変えていった。
★
二一五〇年八月十七日。
あの日から随分先の時間。
私は自分の世界に帰ってきた。
無事に七日間の実験を終えて元の時代に戻ることができた。
そう、これは実験。
二〇二〇年、八月十日。価値観の無くなったといわれているこの日に起こった出来事と、それから一週間の人間の行動を観測することが私の課題だった。
しかしそれも曖昧なまま。実験終了が近づくにつれて映像化されているデータは消えていってしまい、結局、原因を知りえて帰ってくることはできなかった。
どんなに望んでいなくたって世界に明日はやってきてしまうわけだ。それが終わりの向こう側だったとしてもさ――――。
私は時間移動をするために頭に着けていた転送装置のヘルメットを外す。
私の時代では時間の転送くらいお手の物だ。
転送といっても過去の出来事を映像として再生しているだけ。擬似体験にすぎない。介入��て過去を捻じ曲げるなんてことは出来ない。
この装置も試作品の段階。まだバグも多いし、大した代物じゃない。
実際にプログラムの終了が近づくと映像の再生に負荷がかかってしまい、映像が強制的に消えていくことでしか終わりを迎えられない。
事前にこうなると知っていたとはいえ、経験して見るとあまり気分の良いものではなかった。
そして私があの日見た価値観が無くなってしまった出来事は今の私がいる未来にも確実に多大な影響をもたらしているのも事実だ。
私の時代では自ら命を絶つ人は減り、生きる価値観を取り戻してはいるものの、その代わりに歴史の価値観というものが殆ど無くなってしまっている。
この実験だって、自由研究の課題で学生が数人で集まって勝手に行ったことだ。
誰も知らない。調べられることもなくなってしまった、ある時代の信じ難い出来事を私だけは体験してきてしまった。
この世界に戻ってきて、私は今まで通りに生活することができるんだろうか。
そんな不安が、一瞬過ぎった――――。
気づいた時には私は友達の声を振り切って研究室を飛び出していた。
自分でも信じられないスピードで私は加速していったんだと思う。
今までに感じたことのないくらいに風を切るのを感じていたから。
幾つもの声と視線を振り切り、私は階段を駆け上がる。
息が切れる。
それはもう今まで経験したことがないくらいに。
私は一週間ぶりに屋上の扉へと手をかけ開く。
そこには私の世界にとってはいつもと変わらない場所がある。
紛れもなくいつも昼食で使う屋上の風景だった。
私は力が抜けてそのまま膝から崩れ落ちた。
出会えたのに。
さよならなんだ。
あははははははっ。
バカ、バカ。
こんなの全然笑えないよ。
よく分からないけど。
多分、哀しかったんだと思う。
うわーん、うわーん。
★
あれから本当にちょっとの時間が経った。
私が見てきたものは誰にも信じられないことで、もう価値のないこと何だと痛感することが多かった。
それでも当たり前のように何事もなく時間は過ぎていく。
私は自由研究を見事に放り投げてやった。
今はこうやって授業を抜け出して屋上で空を眺めながら音楽を聴いている。
もう少しだけ時間が経ってほとぼりが冷めたら、また前みたいに過ごせるようになるだろう。
私だって、いつか色んな事を忘れていくんだから。
歌を口ずさみながら空を仰ぎ見る。
耳を塞いだここにはラブ&ポップもキュート&ロマンもしっかりとある。確かな肌触りを感じる。
夏の空気に酔い痴れながら少しだけ目を閉じた。
過去を知ったとしても世界は変わらないけど。
私自身は少し変わったと思う。
だってこんなにも、私はあの日を、あの時間を……。
感傷に浸った私はポケットの音楽プレイヤーを取り出しクイックホイールを滑らせる。
ヘッドホンから流れてくる音楽は、あの日の音楽室で聴いた曲。
「can't help falling in love」
愛さずにはいられない――――。
★
二一五〇年八月三一日。
レポート課題、「価値観の無くなった日」
実験者、「遠野姫子」に対するインタビュー記録。
「これが私の話せる全ての出来事よ」
『 』
「そうね。私にはこの課題を終わらせる責任があるのかもしれない」
『
』
「あなたの言うことはもっともだと思う。それに研究グループの中であなたが私を気にかけてこんなインタビューまで組んでくれたことには感謝しているわ」
『 』
「でもね、私思うのよ」
『 』
「私もいつかこのことを忘れる日が来る」
『 』
「私自身が日常を取り戻すってことよ」
『 』
「それは罪なことだと思う?」
『 』
「建前や偽善は無しに聞かせて欲しい」
『 』
「ねえ、あなたはどう思っているの?」
『 』
記録者、『 』
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