錯視上ブルーエンド14
14話:8月16日(午前10時58分)耐え続けるx崩れ続ける
西郷に唇を噛まれた時、肉をホチキスでバチンと留められたと感じた。
骨まで伝わったあの振動。バチン。それも2回。バチン。バチン。頭が真っ白になるとは、ああいった状態を指すのだろう。
口の中にシロップで濡れた氷を押し込まれた感触がまだ残っている。舌さえ触れなければ、あれをキスだとは思わなかっただろう。
いかにもあいつらしい不器用さだが、その不器用さを今は好意的に受け止めることはできない。これから先もずっとそうだろう。ぶっきら棒だが可愛げのあるお気に入りの後輩は消えてしまった。そもそもそんな奴は、最初からいなかったのだ。
あいつも所詮、嘘つきの蛇だった。この2年、西郷と築いてきたと思っていたものは、全部嘘だったのだ。
反吐が出そうだ。
昨日は家に帰るなり眠り込んでしまったから、自分の顔がどうなっているのかを確認する余裕がなかった。
あの衝撃に相応しい、さぞや深い傷になっているのだろうと覚悟して鏡をのぞいてみたが、鼻と唇の間にある窪み──人中(じんちゅう)の少し右と下唇の左端に、わずかに歯型が残っているだけだった。
触れるとひりつくが、この程度なら数日後には消えているだろう。あのバチンという音は、きっと精神に受けた衝撃音だったのだ。
こんな大したことない傷じゃ、あれ自体がまるで大したことじゃないと言われている気になる。俺は口の周りの肉を全て齧り取られているべきだし、第一次世界大戦の負傷兵のように顎を失っているべきだ。
だが、鏡の中にはいつもと変わらない俺がいる。現実の内側と外側が噛み合っていない。誰かに裏切られる度にいつもそう思う。心の傷が──安い言葉だ──肉体に反映されるものなら、俺の体で傷がついていない箇所などほとんどないだろう。残り少ない無傷な部分も、昨日1つ失った。
やってくれたよ。西郷。お前って奴は。
洗面台の蛇口をひねり、流れ出す水を手のひらですくい取って、口をすすいだ。どんなに丁寧に磨いてもいつの間にか赤カビでぬめるようになっている洗面台の上を、蟻が1匹歩いてゆく。ので、潰した。まだ触覚が動いているそれを排水溝に向かって指で弾く。蟻は水の渦に飲まれ、コポポポポと音を立てる穴に吸い込まれて消えた。また1匹現れたので、また潰す。ほぼ反射的に潰した1匹めとは違い、今度はどうせ殺すのならばと、そいつを西郷だと思って潰した。幾らか胸がスッとする。ブラジルで蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起きるように、あの蟻と西郷の運命が人知の及ばない複雑な法則でもってリンクして、あいつがどこかで何かの下敷きになって死んでいればいいと思う。線香くらいはあげてやろう。俺は優しいから。そのはずだ。俺は優しく、善良で、憎めない、いい人間だ。だからそういう人間らしい振る舞いをするのだ。俺はそういった俺を俺自身で作り上げるのだ。だから俺は、あの時、西郷を責めずに許したのだ。最初から何もなかったことにしてやった。俺が俺でなければ、誰があんな嘘つきに許しなど与えるものか。
壁、床、屋根、窓。
この家はいつもどこかに穴や隙間が空いていて、虫や爬虫類が入ってくる。眠っているうちに体の上を何かが這っていくことも多い。どんなに清潔に保とうとしてもどうにもならない。夏だから一層酷い。
服や靴や鞄はいつもコンビニのビニール袋の中にいれて、硬く口を縛っている。こうすれば虫が入ってこない。学校で服に虫がついてるところでも見られてみろ。「結局お前はあの地区の人間なんだ」という憐れみの目に突き刺される羽目になる。それは避けなければならない。誰にも俺を憐れませるものか。俺はずっと高尚な人間なんだ。お前らなんかよりもずっと、ずっと。
部屋の真ん中の畳の間から1つ、琉球朝顔の蔓が伸びて、扇風機の風に揺れている。毟っても、毟っても、蔓はそこから顔を出した。きっと床下は朝顔の根と茎とで満ちているはずだ。最近、家の中でよく見る、小指の爪ほどの大きさの不気味な甲虫は、朝顔についているものなのだろう。
下着姿の父が平たい布団にうつ伏せになったまま、その蔓を指で弄んでいる。
「このまま育てたら、ここでも花が咲くかな」と父は言った。
「その前に朝顔の根に柱をやられて、家が崩れる」と答える。
「そうかよ」と言って父は蔓から手を離した。しかし毟ろうとはしない。家が崩れ、潰れて死ぬことを望んでいるのかもしれない。俺は巻き添えになりたくない。
元々こんな花は生えていなかった。俺の家にも、周囲のどこにもだ。
何処かの誰かが面白半分で家の基礎コンクリートの通気口に種を投げ込んだのだろう。きっとここをゴミ屋敷と呼び、笑いながら様々なゴミを投げ込んでいく連中のうちの誰かの仕業だ。例えばあのスクーターの連中とか。奴らはここらの人間じゃない。鴨川ナンバーの観光客だ。ここでなら何をしてもいいと思ってるクズ。
悪ふざけによって芽吹いた緑は床下で爆発し、家は見えないところから崩れていく。このまま俺の家が朝顔に飲まれて消えたら、その誰かは少しでも悪いことをしたと思うだろうか。いや、そんなことは決してない。奴らは笑うのだ。こんな面白いことを自分はできるのだと自らのジョークを誇るのだ。いつだったか、シャッター通り商店街にゴミを捨てた西郷のように。
あれが西郷に対して失望を覚えた1回めだった。
あの時に完全に切っておけばよかった。中途半端に「もしかしたらこいつも少しは変わるかも」なんて期待してしまうから、こんな裏切りを受ける。もっと素早く、人を見切れるようにならなくてはならない。正しい時に正しい振る舞いを、少しの心の揺らぎもなく、できるようにならなくては。
瞬きする間に、おかっぱ頭の恋人の顔が浮かんだ。きっと彼女なら、西郷のような男をなんの躊躇もなく切れるに違いない。
あの子の迷いのなさが好きだ。あの子はいつも正しい。他人に嫌われようと、疎まれようと自分を突き通す。磨き抜かれた槍のようだ。あの子のように生きれたら、きっと人生はもっと生きやすいはずだ。物事を全て白黒で判断する。揺らぎなんかない。素晴らしいことだ。
彼女が俺を見て、他人に向けている冷たい無表情な顔が崩れる時、俺は本当に幸せな気持ちになれる。あの子の目は、俺を素晴らしい人間なのだと実感させてくれる。彼女はいつも正しい。だから彼女が選んだ俺も、間違いなく正しい人間なのだ。
俺は彼女のことを考えるのをやめる。こんな家で彼女のことを思いたくない。今や彼女だけが俺が手にしている唯一の美しいものだ。こんなところで彼女を思うべきじゃない。誰が肥溜めの中で神に祈る? 祈るのなら、祈りに相応しい美しい場所でだ。それはここではない。
俺は水を止め、洗面台のすぐ横にある台所に移動する。冷蔵庫はとっくの昔に壊れていて、中にはほとんど使うことのない食器と、安物のカップ麺が詰め込まれている。それから『ボランティア』の連中が置いていくレトルトの健康食品。俺の体を気遣っているつもりなんだろう。1食で1日分の野菜が取れる中華丼や、カレーや、豆腐ステーキの素を冷蔵庫に詰めれば、それで俺にむけるやましさはチャラになると思ってる。ふざけるな。
「何食べる? シーフードと豚骨とカレーと」
「この暑いのにラーメンなんか」と言いながらも父は「シーフード」と答えた。
ヤカンに水を入れ、コンロに火をつけるとゴトクの下からまだ成長しきっていない小さなゴキブリが数匹這い出して逃げていった。
湯を沸かしている間に、シンクに投げ込まれているカップ麺の容器や割り箸をゴミ袋に投げ入れていく。
何度言っても父はゴミをゴミ袋に入れずにシンクに投げ込む。ひどい時は窓から投げ捨てる。まるで俺がしていることが、全て無駄なのだと言うように。結局ここはゴミ溜めで、それ以外にはなりようがないのだと俺に納得させようとでもするように。
それが父の目論見なのだとしたら、成功してる。こうして家に父と2人でいると、俺は自分をゴミのように感じるのだ。父が俺を、そういう目で見るから。
俺さえここにいれば逃げ出した母が戻ってくるだろうと目論んで、父は俺を引き取る条件で離婚に同意した。仮に母が戻らなくとも、母の再婚相手から俺の養育費を得られるだろうと父は思っていた。だが結局、母は戻らず、養育費は俺の高校進学と共に送られて来なくなった。父は俺を「期待はずれ」という目で見る。
ゴミを片付けながら、俺に向けられている父の視線を忘れるために、西郷のことを考える。考えたくて考えるわけじゃない。考えずにはいられないからだ。あんなことがあったんだ。無理もないだろう。
西郷好太は俺によく懐いていた。散歩の時間になると自らリードを銜えて玄関前で待っている犬を連想させる程だ。あいつの容姿は少しも犬には似ていないが。
短い睫毛に囲まれた大きすぎて丸過ぎる目と、大きすぎる口。ガタガタの歯並び。彼は何かの間違いで地上に上がって、そのまま人間になってしまってうろたえているサメのように見えた。
学校という陸地での西郷は、トラックを走り回っている時以外は息苦しそうに見えた。あれは周囲に合わせた振る舞いができないタチなのだ。器用さに欠く。
入学したての頃は周囲に嫌われたりバカにされたりすることを恐れ過ぎるあまり、わざと舌打ちをしたり、髪を派手な色に染めたり、趣味の悪い服を着たりして、先手を打って嫌われようとしていた。
「嫌われたり、バカにされたくないのなら、努力して嫌われたり、バカにされたりしないようにすればいいんじゃないの? なんで真逆のことをするの?」と、学校の連中は思うだろう。だが、俺には西郷がなぜそんな不器用な選��をしたのかがわかっていた。時に、嫌われる理由があるということ自体が、人を救うこともあるのだ。少なくとも「何もしていないのに嫌われた」という絶望を遠ざけることはできる。
学校では常に居心地悪そうに見えた西郷も、団地という陸地に食い込んだ海の中では自分自身を取り戻したように見えた。
一緒に帰る時、俺たちはいつもあいつの団地の前で別れた。
「じゃあな」と手を振った後、そのままそこに立ち止まっていると、団地の階段の踊り場から中学生くらいの子供が顔を出して「コータくーん! おかえりー!」と声をかける様子や、小学生くらいの子供たちが次々とあいつに駆け寄り、ハイタッチしたり、足に絡みついたり、肩車をねだる様子が見えるのだ。あいつは子供たちを雑ではあるが愛情に満ちた態度で相手にしながら、団地の庭の花壇をいじっていた中年の女性と挨拶したり、ベンチに座っている老人に手を振ったりしながら団地の中へと消えてゆく。
俺はあいつの団地での振る舞いを見る度に、胸が焼けるような気持ちになった。少なくともあいつは、どんなに学校で息苦しかろうが、本当の意味で孤独にはなりようがないのだ。あいつを気にかけている人間が、あんなにたくさんいる。あいつは恵まれている。あいつは、あの灰色の無骨な建物の中では安心して眠れる。それが酷く、妬ましかったのだ。
俺は小さい頃から多種多様のクズを見てきた。バリエーション豊かな自己愛の塊たち。全部書き出したら分厚い図鑑も作れるだろう。
母の浮気を疑い、顔が蘭鋳(らんちゅう)みたいに膨れ上がるまで殴りつけた父。幼い俺を連れて出戻った母を一度は迎え入れたくせに、母を追いかけてきた父の狂人じみた振る舞いを恐れ、母と俺にわずかな金を握らせて追い出した祖父母。仕事を世話してやるからと母を囲い者にした旅館の板前。父に居場所がバレることを恐れて俺の戸籍を登録しなかった母。書面上、どこにも存在しない俺を、これ幸いにといいように扱った連中──どいつもこいつも口を開けば「お前のため」と言う。俺のためだと言えば、俺に触れる手からやましさが消えるかのように。やましいことをするのは、俺がやましいことをされるような奴だと言うかのように。
そう言った連中に比べれば、西郷は上等だった。十分に人間だった。世渡りの下手くそさも好意を持つに至る一因だった。俺は確かに、あいつが好きだったのだ。
あいつは俺と話す時、常に俺がどう感じるかを想像していた。
俺の機嫌を損ねやしないか、俺に嫌われるかどうか、俺に好かれるかどうかを、あいつは常に気にしていた。
その目が、俺を人間のままでいさせた。俺に自尊心を与えた。俺自身に「俺はゴミではないのだ。まともな人間なんだ」と実感させた。
西郷は俺が必要としているものを俺に与えた──尊重だ。
だから、今回のことはとても腹立たしかった。
あいつは俺の意思を考えもしなかったのだ。
俺がどう感じるのかすら、どうでもよかったのだろう。
あいつは俺を軽んじたのだ。
それも、俺が、誰にも吐露したことがない悩みを告白し終えた直後に。いわば、お前を信頼しているのだと俺が心を開いた直後にだ。
俺の足の下で波に飲まれてもがいていた西郷を思い出す。
「あのまま殺しちまえばよかった」
「誰が誰を殺すって?」
「独り言だよ」
ヤカンから激しく湯気が立ち上ったのでコンロの火を止め、父と自分の分のカップ麺に湯を注いだ。2人分の箸とカップ麺を持ち、父のいる部屋に戻る。この家に部屋はこの6畳間しかない。あとはトイレと風呂だけ。どちらもカビだらけで、窓は割れていて、どこも壊れてないはずなのにひどい臭いがした。
2つの布団の真ん中にあるプラスチックの小さなテーブルにカップ麺を置くと、父はもぞもぞと毛虫のように身をよじって起き上がる。痩せた体に骨が浮き出していて、腹だけがポコリと膨らんでいる。まるで地獄絵巻にでてくる餓鬼のようだ。幼い頃、俺を殴りつけた手も、俺を踏みつけた足も、枯れ枝にしか見えない。
父は病院に行きたがらないので確認しようがないが、もう長くはないと思う。あの薄い皮の下で、病魔が巣を作っているのだ。いや、父自体が巣なのだろう。病が父の内側に死という名の卵を産み付けているのだ。
「ありがてぇなぁ。お前は何でもやってくれる。俺にはもう、お前だけだよ。なんたって最後は血だよ。血が全てなんだ。たった2人の父と息子だからな。お前みたいないい息子を授けてくれたこと、仏様に感謝しねぇと」
父はそう言って俺を拝む。薄寒く、嘘だらけの拝みの仕草に苛立ちが増す。
この縋り付くような目が嫌いだ。俺をゴミとしか思っていないくせに、それでも俺を自由にしようとはしない。それに父がこういう目で俺を見るのは、俺に何かをさせようとする時だけだ。わかってる。今日はボランティアがくるのだ。それを父は知ってる。幾らか金も受け取ったに違いない。どうせ死ぬのに、それでも金が欲しいのか。惨めな人間だ。
「俺ももう長くねぇから、歩けるうちに歩いとこうと思ってな。今日は公民館まで行ってくるから」
俺は首の後ろに手をやる。付け根よりやや下に指を伸ばせば、人差し指がへこみに触れる。この間、ボランティアに噛まれた痕だ。
「戻んのは夕方だなぁ。お前、留守を頼むよ。人が訪ねてきた時、誰もいねぇんじゃ困るからさ」
この傷はそう簡単には消えないだろう。ここを噛まれた時は痛み以外には何も感じなかった。完全に俺に対する感情を隠していた西郷と違って、ここを噛んだ人間は、最初から俺に対する欲情を少しも隠していなかった。初めて会った時から、俺に対する欲情が目の中で燃えていた。それは部活にやってきたあのバカ女共のからかい混じりの目線などが児戯に思える程の下劣さだった。おぞましかった。
俺はできるだけ2人きりにならないようにしていたが、先月、ボランティアがきた時になぜか父は「ちょっと散歩」と言って家をでていった。
俺は「用があるなら俺が代わりに行くから、父さんはボランティアの人と話をしなよ」と表面上にこやかに、内心では「嘘だろ! なんだよ!」と叫びながら言ったが、父は「お前から話した方がいいだろ。こういうのは子供の方が素直なんだから」と言って、出て行ってしまった。
あの男が「2人だけでできることもあるからね」と言って俺を後ろから抱きしめた時、俺は恐怖のあまり身動きとれなかった。
まさか父が本当に俺を見捨てるわけがないと、まだ信じていたのだ。
──おいおい、そんな大げさに騒ぐなよ。ちょっと噛んだだけじゃないか。ふざけてただけだよ。君が暴れるから、つい力を込めすぎちゃったじゃないか。私には弟がいてね、小さい頃よく噛み合いっこをしたから、君も喜ぶかと──。
──勘弁してくれよ。俺には妻も子供もいるんだ。ここには福祉できてるだけで、君にそういう感情は持ってないよ。当たり前だろう。女じゃあるまいし、男同士で体に触ったくらいで大騒ぎするなよ──。
──もしもこれをそういうものだと感じたなら、さぁ? 君もそういうことに興味があるってことなんじゃないのか? ──。
──もしかしてもう経験があるんじゃないか? いや、いや、これは興味本位で聞いてるんじゃないよ。私にはこの地区の子供達の成長を見守るという役目があるんだ。だからもしも、もしも君がそういうことをする大人にあったことがあるのなら、素直に言ってほしいな──。
──君がいう「そういうことはしてない」っていうのは、お金は受け取ってないってことかい? 恥ずかしがることないよ、君くらいの年齢だとそういうことに興味があって当たり前だし、実は私も高校の時に……わかるだろう? まぁ、君ほど綺麗な子じゃなかったけどね──。
──次に来る時までに機嫌が直ってると期待してるよ。君はね、生まれ持った才能を生かすべきだよ。もちろん陸上もそうだけど、陸上だけが全てじゃないからね。もっと広い視野で、これからの人生について考えてみるべきだよ。必要な支援を、君の生活態度によっては与えてあげられるかもしれないし──。
俺は父に向かって言う。
「学校の用事があるから、今日は俺も出かけるんだよ。散歩なら明日でもいいだろう」
父は俺を拝んでいた時の愁傷な顔を一変させる。しばらく父は無言で俺を睨んでから、カップ麺を掴んで俺に投げつけた。まだ熱いスープと麺が顔と髪に絡まる。
「風呂入って臭ぇ体洗ってこい。誰のおかげで生きてられると思ってんだよ。ボケナスが。俺は出かける。テメェは家にいろ。留守番もまともにできねぇガキに育てた覚えはねぇんだよ、俺は! グダグダ言ってるとブチ殺すぞ!」
死にかけの骸骨のような父に、俺の中に残っている小さな俺が震え上がる。今は俺の方が大きいし、強いとわかっているのに。
俺は立ち上がり、風呂場ではなく台所に向かう。風呂場に入る気はしない。いつも、台所で水を浴びて体を洗っている。
蛇口から流れる水に頭を突っ込んで、髪についた汚れを洗い流す。
水音の向こう側から、父の声が聞こえる。
「テメェのクソちんぽを変態に1つ、2つしゃぶらせたところで減るもんじゃねぇだろうが」
ああ。もう俺があいつに何をされるのかを、隠す気すらないのか。
うんざりだ。うんざりだ。みんな死ね。死んでくれ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
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