#人をダメにするソファ
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(...) 「かかわらない」「距離を置く」と同じくらい耳にするアドバイスに「気にしない」があります。これは僕も、心の掛け軸にしています。
なぜ「気にしない」は有用か? それは“職場では誰もが二重人格だから”です。
つい先日も元教え子から、「ロケでディレクターに嫌なことを言われた」という愚痴を聞いたので、こう返しました。
「女子プロレスのドラマが流行ってるけど、悪役レスラーが私生活でも暴れてると思う? なわけないやん? 働いてる人はみんな職場というリングに上がったら別人格。そいつ自体は苦手にならんほうがええよ」と。
苦手だった上司が、別のプロジェクトで一緒になると“そうではなくなった”経験はありませんか?
職場にいる人はみんな、出社時に“日常人格から仕事人格”になっています。
むかし「企業戦士」という言葉がありましたが、担っている業務やタスクによって戦闘キャラやモードを選択しており、日常人格は別もの。あんがい自宅では、ソファから動かないダメ人間だったり、シャワー中に「あ~!」って叫んじゃう気疲れさんだったりするんです。
どんなに失礼な同僚や取引先でも“人格の半分”だと思えば、こみ上げてくる感情もセーブできる。なので「気にしない」は有用なんですね。
心をかき乱す失礼な人との付き合いかた。「かかわらない」より有効な方法とは
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ポジティブなんかくそくらえ
大盛りのナポリタンを食べて、顎が痛くなるまでさつまいもチップスをかじり、お風呂に入って、ソファに沈み込みながら明日から10月だ、と思ったら何をさっきまであんなに落ち込んでいたのだろうと不思議に思った。
ソファの横にはサイドテーブルとして、プリンスアハ(正規店で買ったのに傷だらけで問い合わせをしているけれど長らく無視されている)が置いてあり、その上にはヘンリーディーンのフラワーベ���スがあり、口いっぱいに花束が飾ってある。異動でもらった、どこからどうみてもひまわりの花束。私が三本の指に入るぐらい嫌いな花。嫌い、というか飽きた、が正しい。夏は飾れるお花ひまわりぐらいしかなかった時代を知っているから。
オレンジも好き、黄色も好き、でもひまわりはあんまり。東北八重とか可愛い品種もあるけど、なんか無理してる感がある。素朴で明るくいなければいけない、みたいな。押し付け感。暑くてへたっても太陽の方向に向かって咲くとか。暑苦しくて、健気で、悲壮感がある。背伸びしてる感じ。
だからこそひまわりのイメージと言われると苦笑してしまう。がんばらなきゃいけない気がする。
かわいそうに、花束はクーラーがないところに保管されていたのだろう。くたっている。
私はこの花束を渡されたことがショックすぎて、帰る気力も起きず、駐車場でぼうっと花束を眺めた。すぐさまお気に入りの花屋さんに電話して、私のために花束を作ってくれとオーダーし直すところだった。それぐらいひまわりというのは私にとってしんどい花なのだ。
花屋の友人あずみにひまわりの花束をプレゼントされて卒倒しそうと写真を送ったら、みんなひまわり見たことないんじゃない、と言われてウケた。確かに。ならしかたないか〜と思う。花は大好き、でもひまわりとかすみ草はあんまり、という話をずっとし続けてたのにこれってすごくサイテーと打ちひしがれてたけど、ひまわりを知らないならしかたないな。私はあんまり買わない花だし(切花のひまわりは暑さに弱いので夏に不向き)、これはこれでまあ楽しいか、という気持ちにもなってきた。最も先週自分で買ったブラウンレッドの蘭と柳、黄色のダリアと唐辛子の赤い実、グレビアゴールドの方がうっとりはするけど。
季節の花を飾るのがいちばん裕福な気持ちになる。花屋はこれからが楽しくなる。
ちなみに好みじゃない花束ぐらいで大袈裟なと思う人もいるかもしれない。でもこれは王手なのだ。チェックメイト。さんざんめちゃくちゃでぐちゃぐちゃになった挙句の仕打ちなのだ。私は精神を病んで9月半分ぐらい仕事を休んでいる。
あまり上手に水揚げされてなさそうな花だが、水揚げし直す気力もなく、とりあえず眺めている。お気に入りの花屋さんで私用に花束自分で作り直すか、2万弱のスカートを買うか悩んだところ、なんかもう花束はいいか、という気持ちにもなってきた。週末は大好きな花屋さんでうんと花を買おう。いつもちょっとした花束ぐらいの値段の花は買っていることだし。そして2万弱のスカートも買う。
センスのいい花屋を知っていて、い��となればどうとでもなるというのは幸福だ。やっぱ欲しい物は自分で手に入れない���な、再確認させてくれてありがとう。
明日からはあなたたちのいない場所でひっそり生きる。ひまわりは早々にダメになるだろう。アーメン。
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#おでかけ #ぎふメディアコスモス
何故か岐阜市に住んでいる時には一度も訪れることのなかった図書館、ぎふメディアコスモスに姪っ子連れで行ってきました。
おしゃれな図書館だとは聞いてはいたものの、街中にあって駐車場が停めにくそうというイメージ(※実際行ってみたら普通の立体駐車場だった)で、中々足が向かず……。まさか別の地に引っ越してから行くことになろうとは思っていませんでした。
木組みの天井からランプシェードのようなものがいくつも下がるさまは確かにぱっと見図書館とは思えない空間。
姪っ子と一緒にずっと子供向けゾーンにいたので、一般向けの辺りは全然見れなかったのですが、子供向けエリアに関しては、2歳までの赤ちゃんと保護者だけが入れるエリアや、子供と保護者だけが入れるカーペット敷きの部屋があったりしました。
ただ訪れたのがちょうど学校が春休みに入っている時期で、子供エリアには静かに本を読んでいる小学生がたくさん……。姪っ子はまだこちらが本を読んであげないとなかなか読めないのですが、皆さんがしんとしている中で何となく声も出しづらく、どうしよう……と思っているうちに姪っ子は本ではなく他のもの(ドーム型のソファみたいなもの)に興味を示してしまい、結局本は読めませんでした。
しかしこのドーム型のソファなんですが、子供エリアの中に2つ設置してあって、これがまた秘密基地感満載なんですよね。
まさに巣。姪っ子は一目見るなりこれに心を奪われてしまったようで、それからはもう絵本というより、“この巣の中で過ごすワタシ”に酔いしれた模様。
もう一つの巣の方では同じ小学生の集団がずっとこれを占領してしまって、順番待ちしていた子が使えない場面も。この巣に関しては良し悪しだなと思いました。というかむしろ大人もこれを使いたい。もっと言うと私の部屋に欲しい。私の部屋の真ん中にこれを設置して、休みの日はずっとこの中に引きこもって過ごしたい。よくビーズクッションのやつが人をダメにするソファーとか言われてるけど、これもまた、ある意味人をだめにするソファーなのでは……。
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サイドシートの君
ゆかは旅先で呼んだコールガール。
地元が近いのと趣味が合った事がきっかけで連絡先を交換した。
そしてお盆の帰省のタイミングで会う約束を決めた。
ゆかのいる町まで車で一時間ほど。
来るか来ないかは半信半疑だった。
約束を破るような子では無いと思ってはいたけれど、連絡の返信の遅さがちょっと気になっていて、来なければ来ないでいいやと思っていた。
約束の時間の十分前に待ち合わせ場所に着いて車を停めた。
ゆかに着いた事と車の特徴を書いたメッセージを送る。
来ても遅れるだろうと思い、二十分後に発走する競馬を予想して買った。
既読が着いたのは約束の時間を二分過ぎたあたり。
あと五分くらいで着くらしい。
少し安心した。
それから十分後にメッセージ。
車のナンバーはこれですか?と来て、車の後ろを振り向くと、こちらを見��いるゆかと目が合った。
手招きをして助手席に呼ぶ。
ゆかが席に乗り込んでくる。
「すみません」
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「元気だった?」
「はい」
「ありがとね、来てくれて」
「いえいえ」
「じゃあ行こうか」
プランを二つ提案した結果、神社に行って近くにある貝出汁のラーメンを食べることにした。
近くのコンビニでコーヒーを買う。
「そうだ、さっき競馬買ってたんだよね」
「そうなんですか」
「一緒に見る?」
「見ましょう!」
一緒に見たレースは見事に的中だった。
ゆかも喜んでいた。
車を走らせる。
車内ではゆかが同棲中の彼氏に薦められて見た頭文字Dの話を熱く語っていた。
今度聖地巡礼に行くらしい。いろは坂はあのまんまだよと言っておいた。
ゆかが今日着ている服はライトなロリータ風のワンピースで、童顔の彼女にはそれがとても似合っていたので伝えた。
嬉しそうに笑うゆか。ロジータというブランドらしい。
田舎道を走っているとひまわり畑を見つけた。
下りてみると一面ひまわりが咲き誇っていて、その後方にある風力発電のプロペラがまたいい味を出していた。
夢中で写真を撮るゆかは無邪気な少女のようで、転んてしまわないか心配になるくらいだった。
車を再び走らせて神社へ向かう。
険しい階段を上って本殿でお参りをする。
「五円あった」ゆかが財布から硬貨を取り出す。
「俺は欲張りだから五円が十倍あるように五十円にするよ」
「なるほど!」
神様に祈ったことは今日が楽しく終わりますように。きつねの神様は俺を助けてくれるだろうか。
反対側に下りて行くと無数の赤い鳥居が並んでいる。何度来ても圧倒されるが、ゆかも同じだったようだ。
ここで少し雨が落ちてくるが気にせずに歩いていく。鳥居の中を歩いていくと横に水場がある。そこに咲く蓮の花を見つけたのでゆかに教えると鳥居から蓮にスマホを向けて撮影した。
白い花びらが水から顔を出して咲く姿は可愛らしさだけではなく強さも感じた。何となくそれはゆかの姿にも重なった。
高台から鳥居が並ぶのを眺める。
雨が本降りになってきたので木の下で雨宿り。
ゆかの持っている赤いバッグには傘が入っていないらしい。
「折りたたみもってくればよかった」
「雨降るなんて考えてなかったよ」
「県の真ん中の方は降るって聞いてたんだけどなぁ」
「しゃあないよ、ここ真ん中じゃないし」
しばらく経ってもやまない雨。結局少し濡れながら歩くことにした。
雨降りにも関わらず別な色の���の花を見つけて二人で写真を撮った。
階段を上って下り、おみくじをひいた。
天然石が入ってるおみくじで、パワーストーンが好きなゆかにはぴったりだった。
昼食の時間になったので店へ向かうが、時期や時間もあって行列ができていたので、同じく貝出汁のラーメンを出している別な店で食べることにした。
運良くすぐに座れ、ゆかとあれこれ話した。
ゆかは小学校から高校まで卓球をしていたらしい。
大学ではクラゲの研究をしていて、クラゲの生態にも詳しかった。
「一応理系なんで」
確かに同人小説を書き方を聞いたら実に論理的に話を作っているなと感じていた。
そんな話をしているとラーメンが出来上がって食べた。貝の出汁とバターの風味がうまくマッチしていて絶品だった。ゆかも気に入ってくれたようだ。
店の外に出るとまたもや雨。
近くの公園にあった遊具も濡れていた。
「晴れてたらやりたかったのになぁ」
「これじゃ濡れちゃうね」
残念そうにするゆか。
ここの段階で時間は十三時をまわっていた。ゆかは十六時くらいまでならと言っていたので、次の場所を迷ったが、思い切って賭けに出ることにした。
市街地へ車を走らせる。
「あのさ」
「ん、なに?」
「夜の仕事、まだやってるの?」
「いや、しばらくやってない。昼の仕事で稼げるようになったから。このままやめようと思ってる」
「そっか、昼の仕事が順調ならいいね」
「うん、もう知らない人に会わなくてもいい」
「お疲れ様。よう頑張ったと思うよ」
「彼には絶対言えないけどね」
「体調もよさそうだね」
「うん、抗うつ剤は飲んでないし、元気になったよ」
「よかったよ」
ゆかの手に触れて握ると、握り返してくれた。
川沿いの堤防を走る。
カーステレオからは真夏の果実。
市街地にあるホテルへ入り車を停めた。
ゆかの表情は暗くて見えなかった。
「いい?」
「タダじゃ嫌」
「そっか」
その返答は予測していた。元々は金で繋がった関係だ。
「いくらくれる?」
価格交渉が始まるが、割とすぐにまとまった。
タッチパネルで安い部屋を選んで入る。横にあるシャンプーバーの香りが鼻についた。
部屋に入ってソファに座る。
唇を重ね、ゆかの胸に顔をうずめた。
その後の事は何となくしか覚えていない。何度もキスをして、何度も愛を囁いた。
そして二人並んで眠った。
ゆかの寝息を聞きながら時間を気にしていた。
リミットの時間はとうに過ぎている。
目を覚ましたゆかに聞いた。
「時間大丈夫なの?」
「ああ、うん。別に花火があるからそれまでに帰れれば。そんな花火見たいわけじゃないんだけど」
その日はゆかの住む町で祭りがあって二十時から花火が上がる日だった。
「そっかそっか。一緒に見る?」
「うーん、誰かに見られると嫌だから」
「だよな」
その後はゆかの書いた小説を読んだ。そしたら俺もゆかに自分の書いた物を見せたくなった。
「ゆかの事書いた作品があるんだけど見る?」
「えー!恥ずかしいからやだ」
「まあまあ、自分だと思って見なきゃいいからさ」
「うーん、ちょっと興味はあるんだけどね」
そしてTumblrに投稿してたコールガールを見せた。
時に笑いながら、時に考えながら読んでいた。
「この表現好き」
ゆかを花に例えた部分が気に入ったらしい。
「人の書いたもの見ると勉強になる。すごく読みやすかった」
「ありがとう」
「今日の事も書くの?」
「そうだなぁ、たぶん書く」
「めっちゃ恥ずかしい」
そんな事を話しながら、不思議な関係だなと思った。
現実で会った人にTumblrを見せたのは初めてだった。
彼女でもなければセフレでも無い。そもそも会って二回目の関係なんだから名前をつけようにもまだ難しいだろう。
それでもこの関係は何だろうと思いながら気づけば温くなった風呂に二人で入っていた。
洗面台で歯を磨くゆかに後ろから抱きついたり、服を着るのを邪魔してみたりした。
帰路につく。
夕焼けの時間だった。
この様子だとゆかの町に着くのは十九時くらいになりそうだ。
「今日さ」
「うん」
「何で来てくれたの?」
「えっ、うーん…誘われたし暇だったから」
「そっか。お金もらえるって思ってた?」
「いや、それはない。ただ会ったらするかもなとは思ってた」
「そうなんだ」
「うん」
途中の海辺で夕焼けの写真を撮った。
「すごくいいね!あとで送って」
「いいよ、今送るよ」
すぐゆかに送った。
「ありがとう」
そっとゆかの手に触れた。自然と繋ぐ。
車は海沿いの道を駆け抜けていく。
町に着くと大勢の人で賑わっていた。
「どこで下ろせばいい?」
「真ん中は嫌だから…朝会ったとこ」
そこへ向かって車を進めると、警備の人が立っていて入れなかった。
「ちょっと入れないな…」
「うーん、どうしよう」
ぐるぐると町中を周る。
「やっぱ入れないよ」
「離れたとこなら一緒に見てもいい」
「えっ、あっ、そっか。じゃあそうしよか」
「うん」
「食べ物買いに行こか」
「屋台はダメだよ。知ってる人いるかもしれないから」
「そうだな。コンビニでいいか」
その町にある唯一のコンビニで食事を買った。
その隣りにある駐車場から花火が見えそうだったので、そこに停めて見ることに決めた。
花火が始まる。
ここでもゆかは写真を撮るのに夢中。
俺も撮ってみたけれど、信号が邪魔して上手く撮れなかった。
合間に見せてくれるゆかの写真は上手に撮れていた。
プログラムの間、ひたすらゆかはスマホをいじっている。その動きが止まると俺のスマホに通知が来た。
「アルバム作った」
開いてみるとトーク画面に日付が入ったアルバムが出来ていた。花火や蓮、ひまわりの写真がたくさんおさまっていた。
「おー、いいね。ありがとう!」
「ふふっ」
ゆかはまた外にスマホを向けた。
「あの色はリンで…」
花火の色を見ながらそんな事を言っていた。
「覚えたことって言いたくなるよね」
ゆかが笑う。そうだなと俺も笑う。
あっという間に花火大会は終わった。
「帰ろっか」
「うん…」
帰りに降ろす場所を探しながら車を進めた。
「あっちに行くと公園がある」
「そこで降ろす?」
「いや、遠いからいい」
「行ってみようか?」
「うん」
公園に行くと暗くてよくわからなかったが、日中は眺めがいいだろうなと思った。
「あっちには小学校がある」
「行ってみよか」
何となくゆかの気持ちがわかった。
「あれだろ」
「なに」
「別れが惜しくなったんだろ?」
笑いながら言った。
「でも明日は友達と遊ぶから泊まれない」
「もうちょっとドライブするか」
「うん」
小学校へ入った。ゆかが通っていた小学校はかなりきつい坂の上だった。
「こんなのだからめっちゃ足腰鍛えられた」
「これは中々スパルタだな」
「でしょ」
小学校を後にして車を俺の地元方向へ走らせた。
「あれだよね」
「なに?」
「泊まっても寝ればいいじゃん」
「うーん」
「俺いびきかかないし」
「そうなんだ」
ゆかの右手に左手を重ねた。
「朝、めっちゃ早起きだよ?」
「いいよ。またここまで送るからさ」
「わかった」
「じゃあ、泊まろっか」
「親に連絡しとく」
コンビニでコンタクトの保存液とビールとほろ酔いを買った。
ホテルへ入る。今日二度目だ。
カラオケがついていたので酒を飲みながら二人で歌った。
夜は深くなっていく。
シャワーを浴びる。マシェリでゆかの髪を洗った。
洗面台でそれを乾かしてベッドへ入る。
互いに欲望のまま相手を求めあう。
眠っては起きて、キスをして、何度も何度も。
「俺に好きって言ってみてよ」
「言わない」
「いいじゃん、嘘でも言ってみなよ」
「嫌だ言わない」
「そっか」
力一杯抱きしめて、それをゆかも返した。
俺は六月にあったことを話した。
自殺未遂のことも。
「ガチで死のうとしたんだね」
「うん、そうだよ」
「生きててよかったね」
「ほんとそう思う」
「今も彼女のこと好き?」
「いーや、全然」
「そっか」
「新しい好きな人いるらしいし」
「いなきゃ好きなの?」
「いや、そういうわけでもない。俺にはあわなかった」
「切り替え早いね」
ゆかの首筋にキスをして眠りについた。
結局は予定の時間にゆかは起きれなかった。
俺も軽くは起こしたけれど、別れを早くしたくないなんてエゴが出た。
「私ほんと時間にルーズなんだよね」
と言いながら、そんなに慌てないゆかが滑稽だった。
「私と付き合わない方いいよ」
「どうして?」
「時間守れないし、好きなこと話すと止まらないし」
「時間を守れないのはよくないな。でもそれはパートナーがちゃんとしてれば支え合っていけるんちゃうか?」
「うん…」
ワンピースを着ながらゆかは俺を見た。
「うしろのチャック閉める?」
「閉めよっ��」
「自分でも出来るけど」
「いいよ、閉めるよ」
背中を向けたゆかの背中のファスナーを閉めた。
「上のボタンもかけて」
「はいはい」
ボタンを掛けて後ろから抱き締める。
「かわいいよ」
「ふふっ」
ゆかにかわいいと言うといつも笑う。
そんなとこはあざといのかもしれない。
「友達との待ち合わせ場所まで送ってくれるんでしょ?」
「うん、送るよ」
「やったー」
「そのかわり」
「なに?」
「お金は無しな」
「えー、少しも?」
「当たり前だろ。泊まったし送るんだし」
「ふふっ、そうだよね。わかった」
「交渉成立な」
「電車代浮いたからいいや」
「なんだよそれ」
ゆかが笑った。
ホテルを出てコンビニでコーヒーと朝食を買った。
予定時刻までに着かないのはわかっていた。
友達やら予約しているカラオケに電話をしながら、車の中でアイラインを引き、ルージュを塗った。
「ちょっとはおしゃれしないと」
「昨日と同じ服だけどね」
「それはしょうがない」
「そうだな」
「そうだ、スッピンどうだった?」
「あー、うん。可愛かったよ」
「ふふっ」
相変わらず笑う。
海辺を見ながらゆかは言った。
「普段海見ないけど、やっぱりこっちの海のが好き。向こうはなんか深くて怖いから」
戻ってこいよ。なんて言おうと思ったけど、別に俺がそれを言える立場じゃ無い。
「やっぱさ、十八年見た海は特別なんだね」
「確かにそうかもな」
「今回帰ったら、次見るのは冬か」
「その時も一緒に見たい」
「うん、いいよ。あっ、あとは会いに来てくれれば会えるよ」
「行きたいなとは思ってるよ」
海辺を過ぎて内陸へ入る。
あと五分で目的地。
信号で止まった時にゆかの唇を奪った。
信号の色が変わるのを感じで離れる。
ゆかの表情はどこか寂しげだった。いや、そう思いたいからそう見えたのかもしれない。
カラオケの前で降りる間際にもキスをした。
去り際にゆかは俺を見てこう言った。
「死なないでね」
短いけど重い言葉だった。
「そっちもな」
車を大通りへと向かわせる。
何度もゆかの耳元で囁いた言葉を思い出す。
車線を変えながら車を一台二台と抜いた。
「俺って本当に」
アクセルを踏んで帰路につく。
サイドシートにマシェリの香り。
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ズル休みした次の日は、一日中寝てたのにいつも体が重い。心が重い。日差しが眩しくて、やる気が起きない。新しい1日で始めればいいのに。
私がバンドやラジオに明け暮れている間に、あのアーティストもこのアーティストも新しい曲を出していた。homecomingsやラッキーオールドサンが沁みる。彼らのことをシティポップなんて簡単な言葉や歌詞でまとめたくない。シティでもポップでもなく、こんなん「生活」じゃんね。
* * *
一年に一度、ビリー・アイリッシュと友達が作った曲しか聴けなくなるときがある。穏やかな闇、ゆるやかな絶望。
出社の予定がなくなり、今すぐベッドに潜り込みたい気持ちと、こんなにいいお天気なのだから��々なものを取り込みたい気持ちと、二つで揺れる。
* * *
今年の夏、大変助けられて大変お世話になった、ゆっきゅんのトークイベントに訪れた。アルバム作りに当たって影響を受けた本の紹介と、10冊を選書して本屋に並べていた。またお気に入りの本屋がひとつ増えて、翌日も訪れた。暇さえあればまた通おう、ソファが素敵な窓際の本屋。
トークイベント中に購入した「エリカについて」。ご本人の名前がついた詩集なのに、「私が私が」感が大変薄くてそれがまた良かった。悪口っぽい話も悪口らしく書かれてなく、読んでも傷付かず、私が私がどころかご本人のダメ出しされた話が自虐でもなく淡々と書かれていて、それまた好印象だった。カッコつけてない、素直さがストンと入る。
一年半ぶりに会った彼も、そうゆう人だった。ちょっとのんびり話す人で、柔らかくて、話すけど自慢とかはしない。目の前の相手のことを考えてるんだろうな。お互い暑がりなんだよね、暑いねって言いながらハンカチを仰いだ、10月の真夏日の17時。
25時。彼の小さな汗がポタリと落ちた。暗くて汗をかいてることに気付かなかった。
暑がりな私が昔後輩に「セックスの最中も汗だくになるんですか?」と聞かれて、その会中が笑った話をしたのは、多分21時過ぎ。答えは、暑いときは水飲んだり冷房下げてもらえるから、汗は少しかいても汗だくになることはなく。汗の話をしていた後に、彼の汗を見ることになるなんて。ライブで誰かの汗に触れて嫌な気になることもあるけれど、彼の汗は嫌じゃなかった。
翌朝10時。ホテル街と人のいない繁華街を駅まで、少し手を繋いで歩いた。前は向こうから、ん、と言いながら繋いでくれたのにな、と思い返した。けど関係なかった。私に足りないのは私の意思で、どうしたいかで、どう思われるとか、こうゆうドライさが好きでしょとか。ブランディングや作戦立てて理屈で訳いる場合じゃないんだよ。だからそうゆうのを捨てて、自分から手を繋いだ。
またね、が本当にまた実現するのか。また前みたいにしないのか。私は嘘をつきたくないから、思わなかったら、またねすら言わないけれど。別れた直後は思わなかったのに、またどこか浮かれてる。でもその浮かれてる正体、あなたにじゃなくて、この状況になのか、分からないんだ。
2024 10.20
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I posted my two HADES doujinshi on Pixiv. *They're too long to post here.
2022/05/05 人をダメにするソファが欲しい!!! https://www.pixiv.net/artworks/121025362
2022/06/12 青年は地上をめざす!! https://www.pixiv.net/artworks/121025481
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魔法じかけの林檎
誰もがその林檎を欲しいと思ったけど
千鈴は林檎しか食べない。どんな食事を用意しても食べないのに、林檎を切ってあげると、それは食べる。だから、お見舞いのときは、私は必ず林檎を持っていく。 精神病棟だから病室には行けない。けれど、看護師さんに手を取られて、千鈴は面会室には現れる。精彩のない無表情でソファに座る。待っているあいだに切り分けた林檎を並べたお皿を、私は千鈴の前に置く。 その甘い香りか、お皿を置いた音か、それは分からないけど、千鈴は林檎に目を落とし、ひと切れ、手に取る。そして、言葉はなく、しゃり、しゃり、とゆっくり林檎を食べていく。 姉の千鈴。妹の五鈴。私たちは、十三年前に一卵性のふたごとして生まれた。 幼い頃は、ふわふわのカールの髪に結ぶ、色違いのリボンが見分けるコツだった。それと、泣いているのはたいてい私で、褒められているのはたいてい千鈴。 千鈴は泣き虫の私を揶揄ったりもしたけど、けして意地悪ではなかったし、優しい姉だった。私は、よく千鈴のあとを追いかけて走っていた。私たちの毎日が壊れた、あの日もそうだった。 ふたごって何かかわいいねと言われながら、同じ小学校に上がった春だった。私たちは一緒に下校していた。 にぶくて泣き虫な私をまた揶揄って、千鈴は駆け足で先を走っていた。春風に、千鈴の髪を結う白いリボンがひるがえった。ひと気が減ってきた角を曲がり、「千鈴、待って」と息を切らす青いリボンの私は顔を上げ、はっと立ち止まった。 こちらを振り返って笑っている千鈴のすぐ背後に、知らない男の人が立っていた。私は千鈴の名前を叫ぼうとした。遅かった。男の人は、強引に千鈴を抱え上げ、そのま���路地に駆けこんでしまった。 茫然とする私の耳に届いたのは、服を引き裂く音、千鈴の泣き声、男の人の荒い息── そのとき、偶然同じクラスの男の子たちが通りかかって、私は泣きながら千鈴が引きこまれた路地を指さした。私は何もできなくて、男の子たちが声を上げたり、大人を呼んだりしてくれた。 けれど、千鈴の心にはすべてが手遅れだった。その日から千鈴は、感情も記憶も喪失した、息をしているだけの人形のようになった。外出はもちろん、家庭で過ごすことさえ困難と診断され、精神病棟で過ごしていくことになった。 しばらく、千鈴は何も食べなかった。点滴で栄養を摂っていても、見る見る痩せていった。ふっくらした薔薇色の頬は蒼くこけて、腕も脚も折れそうになって、しっとり白かった肌もぱさぱさになっていった。 そんな千鈴を見るのをつらいと言い出したのは、私より両親が先だった。何かと言い訳をつけ、千鈴のお見舞いに行かなくなった。私が千鈴に会いたいとせがむと、「病気が伝染って人形になるから」とおとうさんは目をそらした。おかあさんは「千鈴のぶんまで、いい子にしてね」と虚ろな瞳で私の頭を撫でた。 それでも私は、千鈴に会いたかったから、そばにいたかったから、お小遣いを全部交通費に当て、両親には「友達と遊んでくる」と言って、こっそり千鈴のお見舞いに行った。 私と千鈴が幼稚園の頃に読んだ、子供向けにした神話の絵本の中に、こんな話があった。どんな病も傷も治す、魔法の林檎を果樹園で守る女の子がいた。彼女は、林檎を盗みにきた泥棒に殺されてしまった。その死を哀しんだ女神様によって、彼女は花のすがたとして生まれ変わった── 魔法の林檎は、半分食べれば、どんな病気も癒える。全部食べれば、永遠に若く生きられる。そんな、不思議な黄金の林檎。 ひとりになってしまった部屋で、その絵本を読み返した私は、その林檎が欲しいと思った。林檎が心まで癒すかは分からなかったけど、そんな魔法に頼らないと、千鈴は壊れてしまうのではないかと怖かった。
「ねえ、千鈴」
季節はあっという間に巡り、着こんだコートのポケットに、懐炉を入れておく冬になっていた。吐く息が白く、雪が舞う日も多かった。 家から駅まで歩いて、病院の送迎バスが来る駅までふた駅。ありがたいことに、マイクロバスの利用は無料だった。私はその日、お年玉をもらってお金があったので、千鈴のお見舞いに差し入れを持ってきていた。
「お花に生まれ変わった女の子のお話、憶えてる? もしあの子が魔法の林檎を食べてたら、殺されても死ななかったよねって一緒に話したよね。だからね、千鈴も林檎を食べたらつらくても咲えるかもしれないって、今日は林檎を持ってきたの」
かたわらに置いていたビニールぶくろから、駅前のスーパーで買ってきた林檎を取り出した。千鈴がめずらしく、ゆっくりとだけど視線を動かし、それを見た。私は精一杯咲って、「ちょっとでも食べよう」と千鈴の手に林檎を持たせた。
「林檎を食べたら、千鈴にも治る魔法がかかるから」
千鈴は何も言わなかった。でも、それから、林檎だけは食べてくれるようになった。 それが、千鈴の必死の声だったのだと思う。本当は千鈴も、食べたいし、しゃべりたいし、咲いたいのだ。でも、できない。あの体験がおぞましく焼きついて、自分を思い通りに動かせない。 いつか心が癒えるように、掠奪された自分を取り返して傷を乗り越えられるように、千鈴は願いをこめて林檎を食べた。
「……千鈴だったら、こんな間違いしないのに」
一方、千鈴が欠けた家庭で、おかあさんの態度がおかしくなりはじめたのは、事件から一年が過ぎた頃だった。 私のテストの答案を見ていたおかあさんが、ふとそんなことをつぶやいた。「えっ」と私がちゃんと��き取れずに問い返すと、おかあさんは突然、答案用紙をびりっと音を立てて破った。
「千鈴なら、こんなテストぐらい百点が取れるでしょう!」
言われていることがとっさに分からず、ぽかんとおかあさんを見た。おかあさんはゆがんだ顔を覆って、フローリングにくずおれて、わっと泣き出した。どくどくとあふれる涙で、床に散らばった不正解だった私の字がふやけていった。 私はしばし突っ立ってしまったけど、「おかあさん」とこわごわその肩に手を置いた。おかあさんはその手を振りはらって、「あんたなんかいらない!」と金切り声で叫んだ。
「千鈴! 千鈴を返して‼ 私のかわいかった千鈴はどこなの、ねえ、どこに行ってしまったの!」
私ははたかれた右手を握りしめ、視線をとまどわせた。おかあさんは、砕けたガラスみたいに床に這いつくばって泣いている。その嗚咽に、千鈴の名前が混じる。 私なんかいなかったみたいに。自分の娘は千鈴だけであるみたいに。 ああ、おかあさんは千鈴に会いたいんだ。いつでも会える私なんか、どうでもいいんだ。おかあさんに必要なのは、一年前まで、無邪気に咲って、当たり前に私たちの中にいた、健やかな千鈴──
「ほ……ほんとに、五鈴は、ダメだよね」
何で、そんなことを言ってしまったのか分からない。
「私からも、五鈴にこれくらいできないとって、しかっておくから」
それが幼い頭でやっと考えついた、発狂しそうなおかあさんのなだめ方だったのかもしれない。
「おかあさん、泣かないで」
おかあさんが震えながら泣きやんで、鼻をすすって顔を上げた。
「私はここにいるよ」
おかあさんが手を伸ばし、私の頬に触れた。
「千鈴……?」
私はおかあさんに向かって微笑み、うなずいた。その拍子、おかあさんは私を抱きしめて、また泣き出した。 でも、耳にきりきりする、痛ましい泣き方ではなかった。安堵で声をつまらせ、やっと家にたどりついた子供のような慟哭だった。 こんなに、おかあさんは千鈴を探していたのか。傷ついてしま��前の千鈴を求めていたのか。 だったら、私にできることはひとつだ。おかあさんの前では、私は千鈴を演じる。千鈴のふたごの片割れである私にしか、それはできない。 千鈴がいなくては、おかあさんが壊れてしまう。だから、千鈴が治るまでは、帰ってくるまでは、おかあさんの前では私が千鈴になる。
「五鈴は……つらいかもしれないけど」
その夜、おとうさんが帰宅する頃にはおかあさんは泣き疲れて、リビングのソファで眠っていた。「『千鈴だよ』って言ったら、おかあさん、すごくほっとしてくれたの」と私がつたなく説明すると、おとうさんは言葉を失くしたものの、私の頭に大きな手を置いて言った。
「おかあさんの前では、千鈴でいてくれるかな」 「うん。おとうさんも、私のこと五鈴って呼んじゃダメだよ」 「……ごめんな、五鈴」 「千鈴、だよ」 「ごめん、……ごめん千鈴。守ってやれなくて、本当にごめん──」
おとうさんにぎゅっとされて、スーツの糊の匂いの中で、「大丈夫だよ」と私は言った。 その言葉が、五鈴としてだったのか、千鈴としてだったのかは、分からない。おとうさんの腕に力がこもったのも、五鈴に対してだったのか、千鈴に対してだったのか、分からなかった。 それから、私は家庭では千鈴を演じるようになった。千鈴のように勉強も運動も、口調も身だしなみも頑張った。「五鈴」はいなくなったわけではなく、いつも偶然その場にいないかのように振る舞われた。私だけでは修復しなかった家庭が、私が千鈴になることで、少しずつ明るくなっていった。 もちろん、私を「千鈴」と呼んで、買い物に行けるようにもなったおかあさんについて、近所の人は怪訝そうにひそひそ話をした。私がひとりのとき、「無事だったのは五鈴ちゃんよね?」と心配そうに声をかけられることもあった。私はあやふやに咲ってかわし、家に駆けこんで、おかあさんに百点を取ったテストを見せた。おかあさんの穏やかな笑顔が、私のきしみそうになる心を支えた。 本物の千鈴のお見舞いに行くのは、相変わらず私だけだった。家のことを、千鈴には話したほうがいいのかと思ったけど、刺激を与える話は先生を通してからと看護師さんに言われていた。 近所の人の訝る目を思い出し、あんまりお医者さんには言いたくないなと思った。やっと見つけた落ち着く手段を、やめたほうがいいとか言われたくない。 千鈴は事切れた瞳のまま、静かに林檎を食べている。私たちは、いつ千鈴が帰ってきてもいいようにしているだけ。だけど、千鈴が戻ってきたら、私はどうなるのだろう。 どんどん希薄になっていく五鈴という私は、まだあの家に存在しているのだろうか。帰ってきてほしいと思って、私だけがこうして本物の千鈴を見捨てていないのに、千鈴が帰ってきたら、きっと私が一番報われない。 私が演じる千鈴は、周りの理想を裏切らないように、美しく築かれていった。言葉ひとつ、仕草ひとつ、細心の注意で千鈴らしくした。千鈴以上に千鈴だったかもしれない。 おかあさんが外では私を「千鈴」と呼ぶし、家に来たクラスメイトたちは、「あれ……五鈴ちゃんだっけ? 千鈴ちゃんだっけ?」と混乱して、いつのまにか「えーっと、千鈴ちゃんだよね!」と思いこんでいった。 テストや教科書に名前を書くときも「千鈴」と書いた。さすがに本名を把握している先生たちは、最初は��え?」という顔をするものの、私もクラスメイトも──何より親が「あの子は千鈴ですよ」と言うので、触れてはいけない、あるいは関わりたくないと思うらしく、次第に何も言わなくなった。 私は人前では淑やかに咲う反面、部屋でひとりになると、自分の鼓動がうるさくて過呼吸になるときがあった。 私は綺麗。私はいい子。私は──違う、全部千鈴だ。綺麗なのは千鈴。いい子なのは千鈴。じゃあ私は? 私は何なの? 私はどこに行ったの? 千鈴の偽物として生活していて、私自身の価値はどうなってしまったの? どんなに演じても、千鈴本人になれることもないのに、なぜ私は不毛な嘘をまとっているの? 千鈴として咲うほど、私は咲えなくなっていく。千鈴として振る舞うほど、私は何も感じなくなっていく。 自分を切り崩していく中で、中学生になった。最近の公立中学は物騒だからと私立に進んだ。私を千鈴としてあつかうことは、ご家庭の事情があるから、と小学校の先生が伝えたらしい。生徒証などの公的な書類になるもの以外では、私は千鈴として通った。 葉桜の緑が鮮やかな五月、一年生の中間考査では首席を取れた。ほっとして貼り出しから教室に戻ろうとしたとき、「あ、おいっ」という声がして肩をつかまれた。 私は立ち止まって振り返り、そこにいたブレザーの男の子に首をかしげた。黒いさらさらとした髪、まだ童顔の大きな瞳、誰なのか心当たりはなかった。けど、「千鈴なのか?」と声変わりもしていない声が言う。私は貼り出しにある名前が、千鈴であるのを一瞥した。
「……そう、だけど」 「えっと……元気にしてたか」 「ええと、あなた──」 「洋介だよ。谷村洋介。その、……あのとき、妹のほうが俺とか和義を呼び止めて。俺は、学校まで先生を呼びに行ったんだけど」
私はその男の子を見つめた。引っかかる記憶はなかった。 あのとき、どんな男の子たちに声をかけたかもよく憶えていない。クラスメイトではあったはずだけど、特に彼に印象はない。
「ちゃんと、学校にも来れるようになったんだな」 「……もうずいぶん経ったから」 「そうか。あ、千鈴は何組なんだ?」 「A組よ」 「すげ、進学クラスじゃん。俺は一般のC組だけど、また今度、ゆっくり話でもできたら」 「そうね」 「よかった、ちゃんと生活できるようになったなら。ずっと心配してたんだ」
洋介くんは優しく微笑むと、「じゃあ」とそばにあった階段を降りていった。妹のほう。五鈴のことは、名前さえ出てこないのだろうか。 それから、ときおり洋介くんが声をかけてきて、私たちは話をするときがあった。この人、千鈴が好きなのかな。そう気づくまでに、時間はかからなかった。 幼い頃からの想いなのだろうか。再会して始まった恋心だろうか。 後者だとしたら、君が好きになったのは千鈴じゃなくて五鈴なんだよ、と伝えたい心がふくれあがってきた。幼い頃からの気持ちだったとしても、それなら彼には、本物の千鈴のことを言っておきたかった。 どうして、本当のことを知ってもらいたいと思うのだろう。知られたところで、状況をかき乱すだけなのに。 梅雨��合間に晴れた日、雨粒が芝生できらきらする中庭のベンチで、洋介くんとお昼を過ごしていた。洋介くんはお弁当を食べはじめていたけど、私はお弁当ぶくろを膝に置き、躊躇っていた。「食べないのか?」と言われて、曖昧にうなずいた私は、気を引き締めて洋介くんを向いた。
「あのね、洋介くんに知っていてほしいことがあるの」 「ん、何だよ」 「……これ、なんだけど」
私は胸ポケットから生徒手帳を取り出し、生徒証のページを開いて、洋介くんに渡した。洋介くんはそれを受け取り、怪訝そうにページを見つめた。
「これが?」 「名前を見てほしいの」 「名前──」
洋介くんの目が、そこに記される私の名前をたどった。まぶたが押し上げられる。
「え……これ、五鈴って」 「私ね、ほんとは五鈴なの」 「は?」 「みんな千鈴だって思いこんでるけど、私もそう思われるように千鈴を演じてるけど、違うの。私は五鈴──」 「え……ちょっと、待てよ。演じてるって、じゃあ、ほんとの千鈴は?」 「千鈴、は──」 「てか、わけ分かんねえし。何でそんな演技してんだよ」 「ち、千鈴を演じないと、誰も私なんか見ない、し」 「はあっ? 千鈴はあんなことがあったんだぞ⁉ お前なんかどうでもよくなるのが普通だろ。……くそっ、最低じゃないか」
最低? 私が? 何で? ぽかんとしてしまうと、洋介くんは忌ま忌ましそうに立ち上がって、中庭を出ていってしまった。私はそれを見送り、本当にわけが分からなくて、洋介くんの反応が正常なのか異常なのかさえ判断できなかった。 だって、私が千鈴にならないと、大人たちはまるで歯車が合わなかったじゃない。なのに、私が間違いだったの? そのとき、突然気づいた。魔法の林檎になっているのは、私なのだ。おかあさんにとって。おとうさんにとって。あの事件から目をそらしたい人、すべてにとって。 私という林檎が、麻薬のようにみんなの意識をごまかし、ひととき忘れさせて、麻痺させている。私が千鈴になることで、千鈴が傷つけられた事実はゆがめられ、偽りの安心をみんなに与えている。 やがて、太陽が白光する夏が来た。季節外れでちょっと高い林檎を買って、私はまた千鈴のお見舞いに行った。 千鈴は林檎を食べる。しゃく、と噛み砕く音と共にこぼれる甘酸っぱい香りに、私は涙が出てくる。 このままでは、私が壊れてしまう。私が見せる幻覚は、薬でなく毒だ。そんな調和は、今すぐやめないといけない。 ふと、口元に冷たい酸味が触れた。はっとすると、虚ろな表情のままだったけど、千鈴が私の口に林檎を分けようとしていた。私は千鈴の瞳を見つめ、久しぶりに、五鈴として咲った。 林檎を受け取り、さわやかな味を頬張った。口の中に、新鮮な味がふわりと広がる。 林檎を食べていたら、女の子は死ななかった。でも、もう死んでしまった。だけど、女神様によって花に生まれ変わった。 千鈴もきっと生まれ変われる。綺麗な花としていつかまた咲える。私も弱い大人の犠牲になり、千鈴が花になれたすがたを演じてみせなくていい。そんなことをしなくても、千鈴は咲けるから。その千鈴の生きる力を信じることが、魔法じかけの林檎になって、五鈴としての私を癒やしてくれる。 千鈴じゃなくていい。弱い心に見せる幻にはならなくていい。そんなことをしていても、今度は私が死ぬだけだ。 再び咲えるようになる千鈴と共に、私は私のまま、嘘偽りなく生きていっていいんだ。 私がこくんと林檎を飲みこむのを見た瞬間、確かに千鈴の瞳が、ほころぶようにほのかにやわらいだ。
FIN
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『🥣🛌📝』
2023.10.21の日記とする。
朝、走っていた。5:32だった。目が覚めて雨が降っていた。なぜか興奮して走る準備をした。靴がぐちょぐちょになることも憚らず。前日の筋トレの『おかげ』で、胸が痛かった。走るたびに揺れる胸。俺、今何してんだー。走ってる時も思考をしてた。
「〇〇は、バカじゃないし、アホじゃないよ」
パートナーに言われた言葉。そういえば、木曜日に会ったなー。聞き返すことはしなかったし、顔も緊張して上手く見ることができなかったけど、彼女が僕の方を見ていたのは感じ���れた。
その言葉の『せいか』、最後の500mぐらいは歩いていた。
シャワーを浴びて、洗濯をした。雨だなー。
作業をした。50分くらい。終わることもなく、洗濯機がピーってなった。「スピーディーモードにするの忘れてた。」この言葉を発したのを明確に覚えている。
雨だった。だけど、外に干す。10:47
おそらく同じアパートに住んでる人からは、変な目で見られてるかもしれない。
寝て、起きた。15:41
あー寝てしまった。3時間ほど。ご飯食べてないなー。プロテインを飲む。ここ数年、お金に興味がない僕が、唯一贅沢と感じるものを買った。『エナジードリンク』を買う。僕は、『〇ンスター』の味が大好きだ。例えば、他の人がそこらへんの黒い色の水(コーヒー)や清涼飲料水や、お酒を好んで飲むように、僕は、前記した飲み物が好きだ。ただ、高い。だから、贅沢だ。
夜暇だなー。
とりあえず、ジムに行った。なぜだか歩いて。17:31
脚の日で吐きそうになりながらトレーニングをしてた。18:50
腹減ったなー。固形物食べてないなー。シャワーをしながら、そう思った。あー、飲みに行くか。アパートにあった、パスタ2人前に、一人前のパスタ用ツナマヨを混ぜながら、そう思った。準備をした。(本と鍵を入れた財布と懐中時計を持って)20:01
なぜだか、ワクワクしていた。一人で飲みに行くの久しぶりだなー。3ヶ月ぶりくらいかなー。そう思いながら、歩いていた。雨も上がって、ひんやりしてるなー。良い天気だなー。口元が緩んだ。『ー』☜口調も穏やかになる。やっぱり独りも良いな、向いてるなぁ。だけど、独りでいる時も必ず、僕の中にはパートナーがどこかにいて、彼女の基準と僕の基準と二人の基準で物事と接してしまうと気付かされる。
一軒目、本当にたまにしか行かないバーに行った。一年に2回とか。人がいないし、マスターも僕らみたいに人見知りだから気に入っている。1杯目にホットミルク、2杯目にジントニック、3杯目にネグローニを飲んだ。1,800円だった。美味しかった。22:12
二軒目に、よく行くオーセンティックバーに行った。必ず僕の話のネタになる事が発生する。マスターに挨拶をしたら、「今日は一人?」って言われた。「はい」と答えたら、「そういう日もあるがー」って言われた。カウンター席に案内された。マティーニを頼んだ。
「バーで本読むってマナー違反ですかね?」
「わからんけど、暗いけん読みづらいでしょ。」
たしかに、一軒目でも、二軒目でも読みづらかった。今日の収穫はそれだなぁと思った。22:41
土曜日ということもあって、それなりに人がいた。ソファ席が2セット(4〜5人用)とカウンターが6席ぐらいの店だ。
カウンター 女 男 男 女 〇 僕
↑
こういう並びでカウンター席が埋まっ��いた。ソファ席は、大学生くらいの人たちのグループとスポーツ少年団の保護者会だった。
(なぜ、二軒目のことを詳しく書いているかというと変なことが起きたから)
マスターも一人でやっているし、本を持っていってたので、読書をしていた。マティーニがきた。相変わらず紳士の味だった。まだ美味しいとは、思えなかったので僕は紳士ではない。
2杯目に、チャイナブルーかソルティドックどっちにするか迷っていたら、女性に話しかけられた。カウンターの一番奥の席にいる女性に。
「お兄さん、体大きいね、鍛えてるの?」
「鍛えてませんよ。酔っ払ってますか?笑」
「少しね。ほぉーら、腕の筋肉凄いね。」
「ここのお店、お触り禁止らしいですよ。僕は有料制にしてるので、お酒ご馳走してもらいますから次からは気をつけてくださいね。」
タンブラーのネタができたなーと思ってると、
「絡んですみません」と男性が言ってきた。「良い夜ですね」と言っておいた。
2杯目にチャイナブルーを飲むことにした。23:15
内容が頭が痛くなるようなものだったので、読書をやめて、ぼーっと飲んでると、次は、隣の席の人たちに声をかけられた。
「面白いですね、お兄さん。笑」
「季節の変わり目ですからね。」
「彼女とかいるんですか?」
「俗にいう彼女はいます。お二人はカップルですか?」
「会社の同僚です」
「良い夜にしてくださいね。烏滸がましいけど。」
二組とも男性の目が怖かった。僕に向ける目が。
最後にギムレットを飲んで店を後にした。23:45
家に着いた。24:00
学んだことは、二つ。
一つ目は、バーで読書はしたらダメ。
二つ目は、バーでは、自分に酔ったらダメ。
タンブラーの書き方真似してごめん、誰かへ。
おやすみ。
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先日までの暑さが嘘のように、朝晩が急に冷え込んできた。つまりイネ科の花粉が猛威をふるう季節の到来ということだ。秋の訪れを待ち侘びていた人も多いとは思うけれど、僕としては新たな地獄の始まりであり、定量噴霧式気管支拡張剤メプチンエアーを手放せない日々がしばらく続くことになる。幼少期から悩まされている喘息発作、子どもの頃はこの苦しさが続くくらいなら死んだほうがマシやと心のどこかでずっと思っていた。小児喘息に虚弱体質、運動場や体育館で貧血を起こしてぶっ倒れたことは一度や二度ではない。何を食べても太れない体質で、特に鳩尾の凹み具合は周りの友人と比べて自分は異常だと感じていたから、DeerhunterのフロントマンBradford CoxがAtlas Sound名義でリリースした『Logos』のアートワークを見たときには、いろんな意味でゾッとした。
(直視を躊躇う『Logos』のアートワーク)
臨海学修、林間学習、修学旅行などの学校行事はどれも喘鳴に悩まされた苦々しい記憶とともにある。臨海学修のときは勇ましく遊泳するクラスメイトの姿を、タイミング悪く生理になった女子と一緒にボートの上から眺めていて、あのときの情けないような惨めな気持ちは未だに忘れられない。家族旅行の際も必ず夜になると喘息発作を起こしてホテル近くの病院で吸入や点滴の処置を受けていた。いつも横に付き添ってくれていた母親には迷惑をかけっぱなしだった。そんな訳で今月に入ってからは非常に体調���悪く、おまけに歯痛、腰痛にも悩まされて、夜中に何度も目が覚めてしまう。目覚めたときはいつも息苦しくて、慌ててメプチンエアーに手を伸ばす。吸入してしばらくすると呼吸は落ち着いてくる。そのままソファに虚脱して朝を迎える。朝ごはんを要求してくる猫のミューモと文鳥のピッピにご飯を与えて今度は子どもたちを叩き起こし、みんな揃って慌ただしく朝食を済ませて妻のゆきこと子どもたちを送り出し、仕上げに洗濯と食器洗いを済ませてタラウマラへと向かう。自分が家を出るときに「行ってきます」と言える相手が部屋にいることを心から幸せだと思う。ミューモ、ピッピ、ほんまにありがとう。タラウマラのシャッターを開けると朝からたくさんの修理依頼を受ける。整備を終えた自転車が次々に巣立っていく。Googleの口コミで「ここはダメ。自転車の質が悪い」なんていう書き込みがあるにもかかわらず、数ある自転車屋のなかで僕の魂のカタチを具現化したような特異チャリンコ屋を選んでもらえることを素直に嬉しく思う。
(自転車屋としてあるまじきレビュー笑)
昨年末まで一緒に働いていたマリヲくんが退職した際に、自分のなかで掲げた目標がある。まずは借金を完済すること、次に前年対比で売上を向上させること、そしてタラウマラレーベルからの制作/製作を途絶えさせないこと。この三本柱については現時点ですべて達成できた。おまけに今夏に関しては遂にサラリーマン時代の月収も超えることができた。これはひとえにタラウマラを利用してくれる日々のお客さんと、支えてくれる友人や家族、そして自分の意地の賜物だ。ひとりになったとき、何人もの人から「大丈夫なん?」「もう作品づくりできないんちゃう?」と言われ続けたけど、そこは誰に何を言われようとも自分を信じた。人はみな簡単に「嫉妬」という言葉を口にするけど、僕が抱えているのはいつだって「嫉妬」ではなく純粋に「負けたくない」とう気持ちだけ。それも身近な存在に対してではなく、もっと巨大な資本とかムードとか慣例みたいなものに対して。そして何よりも自分自身に対して。でもやっぱり言うは易し行うは難しで、達成する為には精神も肉体も相当に擦り減らしてきた。大好きな少年漫画の『呪術廻戦』に倣って言うと、誰にだって呪力切れは起こり得るということ。そんな訳でここ数日は通院と服薬と寝不足でへとへとなんだけど、お客さんとの何気ない会話から元気をもらうことは、どんなときにでも不意にやってくる。自転車のタイヤについているバルブと虫ゴムを駐輪場でパクられたギャルのAさん、虫ゴム交換後の水調べでチューブにも穴を開けられていることがわかった。しかもパンク修理で補えないレベルのデカい穴。Aさんはマジかぁと叫んで、次のような事柄を捲し立てた。先月、福井県のとある宿に宿泊してからこんなことばっかり起こるんですよ、その宿は幽霊屋敷みたいなボロボロの宿で私が泊まった部屋の天井は人間の手形みたいな痕がいくつもあって、とにかくそこに宿泊してから不吉なことが立て続けにあって、お母さんはここで買った自転車で車に轢かれて全治6ヶ月の重症やし、こないだはカレー屋でカレー食べてたら異物混入してて、気づかずに奥歯で���いっきり噛んでしもうて歯が砕けたんですよ、もう最悪です、お祓い行った方が良いですかね?矢継ぎ早に繰り出される災難の深刻さとは裏腹に、Aさんの表情はなぜか明るかった。まぁ、お母さんは命に別状はないし、自転車も奇跡的に無事だったし、カレー屋の保険対応でインプラントにできるし、ちょっとラッキーかもって思ってるんです、とのことなのだが、どう考えても彼女の置かれた状況はラッキーではない。幸と不幸の帳尻が合わない。そもそも歯を失わなければインプラントなんて必要ないのだ。実際に彼女のスマホで宿の写真も見せてもらったが、確かにいまにも崩れ落ちそうな薄汚い天井のあちらこちらに人間の手形のような染みが点在していた。よくこんな部屋で朝まで眠れたね、と聞くと、私ぜんぜん霊感ないんですけど、このときはさすがに気持ち悪くて、霊を拒絶するには死と真逆の行為をしたら良いって誰かに聞いたことがあったので、めちゃくちゃAV観てめちゃくちゃSEXしました、だから結局ぜんぜん寝れなかったんですよ、と快活に笑う。僕も笑うしかなかった。チューブ交換しないといけないのはめちゃ痛いですけど、この話をお兄さんにできたので良しとします、またお母さんも元気になったら連れてきますね、そう言って颯爽とペダルを回転させるAさんの後ろ姿を見て、ギャルってマジで最強やな、と改めて感心したのでありました。
(Aさんの推しは星乃莉子さんだそうです)
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旧東隊の小説(二次創作)
三輪秀次のマフラーが赤と白の二本である理由
もうすぐ後輩の誕生日だ。後輩とは二宮匡貴が所属する東隊のメンバーである三輪秀次のことだ。彼は、このたび、めでたく十五歳を迎える。
二宮は六穎館高校三年生である。本来ならば、いよいよ大学受験に向けて熱心に勉強すべき時期だが、二宮は違う。既に地元の大学にボーダーによる推薦が決まっていた。
その事実は、将来の展望を大きくボーダーに向けて舵をきることを示していた。高校卒業を機にボーダーから離れていく同輩も多いなか、二宮は三門市に残る選択肢を選んだ。性に合うのだろう。実際、二宮の持つ、突出したトリオン量はボーダーにおいて圧倒的な優位を約束してくれる。
今の部隊にいることも大きな要因だった。
隊長の東春秋の率いるA級東隊の戦闘員は射手二人、狙撃手一人、攻撃手一人で構成される。それまで、攻撃手メインのチームが多かったなか、攻撃の要に射手を据えた実験的な部隊だ。
中距離が主力を担い、長距離と近距離でフォローする東隊の戦術はA級一位になったことで強烈に意識され、これから結成されていく部隊に影響を与えていくだろう。
とは言っても、実は偶然の産物なんだ、と実験者である東は笑う。忍田さんがお前たちをまとめて面倒みろと放り込んでくるから思いついたのさ。
お前たちとは、二宮に加えてシューター加古望とアタッカー三輪秀次のことである。この一年余り、ほぼ毎日顔を合わせていた面子だ。
その実験も終わる。東隊はまもなく解散する。この一年で隊員は大きく成長したし、様々なスタイルの部隊も生まれた。
学年も一緒、大学も一緒である加古はともかく、東と三輪には今までのようには会えなく���るのだろう。彼は感傷を覚える。
そこにきて、三輪の誕生日である。この日は東隊で共有されるささやかな思い出もある
二宮は去年の顛末を思い出す。
去年は結成して日が浅かった。お互いにぎこちなくまだ戦術も安定していなかった頃だ。
いつも、黙って下を向いている三輪の誕生日が十月二日だと判明したのは二宮の十七歳の誕生日が近くなった十月後半のことだ。
二宮は自慢ではないが、モテる。顔もいいが、アイツちょっとかわいいとこあるよねとわかる女子にはわかるのだ。したがって、誕生日にはわりあいプレゼントをもらう。わかる女子から。
加古望もまた六穎館高等学校に在学する女子であったが、残念ながら、わかる女子ではなかった。かわりに、十月に入ってから二宮への誕生日プレゼントを預かってくるようになった。二宮が頑なに受け取ろうとしないからだ。その気もないのに受け取ってめんどくさいことになりたくない。二宮は既に高校生活を彩る恋愛より、戦術の楽しさを選んでいる。
「私に手間をかけさせないで欲しいわ、二宮くん」
加古は、断り切れなかったものだけ作戦室まで持ち込んでくるというが、送料と称して、いつも二宮宛であるプレゼントの菓子を巻き上げていくから、中身を見て選んでいる可能性が大だった。
そこで 、生年月日の話になったのだ。
加古の誕生日は十二月二十五日、ク��スマスだという。誕生日ケーキが毎年クリスマスケーキになってしまうパターンだ。
東は一月三日、二宮は十月二十七日。
「東さん、二宮くん���誕生日にお祝いしない? 焼肉屋さんで」
「お前は焼肉食いたいだけだろう」
「いいな」
東は鷹揚に笑った。
「秀次の誕生日も十月だったから、一緒に祝うか」
「え」
二宮と加古の視線が三輪に向かう。作戦テーブルで黙って宿題をしていた彼はぎょっとして、顔をあげた。
「三輪くん、誕生日だったの?」
「ええ、まあ」
「いつだ?」
「ええと、二日です」
最近じゃないか。
「何歳になったんだ?」
「十四です」
計算すればわかる事じゃないの、とは加古も言わなかった。
「あの、別に気にしませんので」
もう、中学生ですし、という三輪の孤独を高校生二人はもう知っていた。
「プレゼント、どうしようかしら」
作戦室を離れて、ロビーで相談である。
「中学生だから、図書カードとかでいいんじゃないか?」
「二宮くんって、発想がおじいちゃんねえ。ウチの学校の女子の気がしれないわ」
「···俺もお前をかわいいという男子の気がしれない」
加古もその整った顔立ちと大人びた仕草で男子を魅了する。
「うーん、お菓子はどうかしら。三輪くん、お菓子好きじゃない」
「そりゃ、まあ、子どもは甘いものが好きだろう」
「二宮くんってホントにおじいちゃんみたい」
「怒るぞ。それより、消えるものより、残るものがいいだろう」
「残るものって、逆に困らない?」
三輪くんってミニマリストっぽいところがあるもの、と加古が付け加える。二宮にはよくわからない。余計なものを買わないだけだろう。
「困らないものを贈ればいいんだ。三輪には買えないけど、あれば嬉しいような」
「あら」
加古は六穎館高校の一部男子生徒ならば顔を赤くするであろう、妖艶な笑みを浮かべた。
「たまにはいいこと言うわね、二宮くん」
「マフラー···」
二宮誕生日祝いと言うことで、焼肉屋に行く前の作戦室である。二宮が代表して渡した箱を開けて、三輪が途方に暮れたような声を出した。
「···三輪?」
思っていなかった反応に二宮は焦る。東を巻き込み、三人でお金を出し合って、けっこうな金額のマフラーを選んだのだ。色は加古と相談して、赤っぽいエンジに落ち着いた。ダメか、ダメだったのか。これは、やはりお菓子の方が良かったのか。
三輪が珍しくオドオドとしている。
「二宮先輩」
「···なんだ」
「···実は、オレ達からも二宮先輩にプレゼントがあって」
「うふふ」
加古がここに来て、たまらず笑い出す。
「まさか」
三輪がテーブルの下からそうっと取り出した箱は先程、二宮が渡した箱と全く一緒だったのだ。慌てて、開けると果たして色違いの同じマフラーが姿をあらわす。
「二人ともおめでとうだな」
黙って見ていた東もとうとう笑い出した。ポンっと二宮と三輪の肩を叩いた。
「こういうの賢者の贈り物?って言うのかしら?」
加古がドヤ顔で言うのを、
「絶対に違う」
と否定した。
結局、クリスマスの加古の誕生日、年が明けて三日の東の誕生日もプレゼントは同じ色違いのマフラーとなった。四人がおそろいのマフラーを持っていることになる。
お金を出し合って買っただけあって、上等なそれは手触りもよく、あたたかで、去年の冬を温めてくれた。あまり感情の起伏を見せない三輪でも、「柔らかいですね」と感動していたのが微笑ましい。寒くなってからは、毎日、巻いていたほどだ。
さて、そこで今年の話だ。一年は誰の上にも同じように巡る。
「秀次」
作戦室である。
「今年の誕生日プレゼントは何がいい?」
昨年と違い、二宮はざっくばらんに後輩に希望を聞くことにした。
三輪も下を向いてばかりの子どもではなくなった。そんな風に水を向けられても動揺しない。
彼は少し考えたあと 、
「マフラーが欲しいです」
と言った。
「あら」
意外な要望にソファで料理本を読んでいた加古が立ち上がって、テーブルまでやってくる。
「三輪くん、去年あげたのなくしちゃった?」
「なくしてない」
心外そうに答える。
「じゃあ 、どうしてまたマフラーなんだ」
「クリーニングに出している間、首が寒かったので」
思い出したように首に手をやる。今はまだ残暑が残る九月の終わりだ。
上質な素材でできているから、定期的にクリーニングに出すよう教えたのは二宮たちだ。
余程、気に入ったのか。
二宮は悪い気はしなかった。
念の為、釘を刺しておく。
「俺の誕生日はもうマフラーはいらないからな」
「え? そうなんですか?」
今年の三輪のマフラーは白になった。
終わり
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2023 きれいなフリをして
0704
体調が頗る悪い。昨日パスタ食べすぎたか、透明のコーヒーのせいか今朝食べたキャベツがダメだったか 寝てないせいか なんだろう。瞼も腫れてて終わり これ疲労か。
吐き気どめ売ってなくて胃薬を飲んだ。吐くのが怖い。
気持ちの問題でなんとかしようとする。大丈夫大丈夫って声に出して言わないとダメな時もある。よく酔うとトイレで自我あるかの確認で「大丈夫」って唱える。記憶飛ばしたことあって 何見てたのか何をどう触ったのかさえわからなかった。言われて、そうだったの?!って。それ以来確認しないと怖くなった。
今朝は写真印刷してた。裏表間違えたらいい感じになったのでツイッターに載せといた。
そんなことしてたせいで寝れなかった。いつ寝ていいのかわからない。同じように、何食べたらいいのかわからない。家にいた人が置いてったものを見つけては食べる。最近��っとパスタ消費してる。カレー粉あるけどどうしよう なんかヨーグルトと鶏肉つけてなんかしてたのは覚えている。
手伝いはよくしてた。でもあれとって、それとってが多すぎて、物分かりの悪い自分は何もわからず 「指示語が��い」ってよく言ってた。そういうところもわかる人だったらよかったんかな。
祭りに行かないの延長で、七夕祭りも行ったことがなかった。
生まれた場所は七夕まつりがかなり大きい規模で行われた。
毎年駅前に大量の人がわーっとしているが、そこに行こうとは思わなかった。
涙がキラリを聴いて、なるほどなあと夢想するだけ。
浴衣も着たことがほとんどない。借りて着なかった。振袖の帯で貧血起こして尚更怖くなった。
一人暮らし始めてから祭り行こうとか言われるようになった。
ありがたいことよ、何かしら誘ってくれる人。連れ出してくれる人。
胃薬がだいぶ効いてくれて気持ち悪くないけどずっと胃がいたい
昨日、「片付け苦手だけど掃除は得意なんだね」と言われた。確かに。新たな気づきでした。
よく、なんで収納買わないのってよく言われた。ここで長く暮らすつもりないのに収納買えないよって思ってしまって。でも本棚は買った。収納買うくらいなら物減らした方がいいって考えてしまう
掃除は好き。水回りの掃除とか、床を拭いたり。
人がいる時に掃除するのが好き。でも片付けは苦手。
まあ、できる人がやってくれたらいいんじゃないって返した。
いやいや、しばらくそこに住むとか そういうのだったら買ってるって、収納。言葉を濁してばかりでわからない これからも一緒にいたいからって言われたかっただけ。一緒に住みたいとかさ いわれたかっただけ。あとだしじゃんけんしてしまったのは自分、でも負けた
いまだに収納買えなくて定期的にがっつり物減らしてる。でも楽器とCDと本は減らさない。
でも次引っ越すときはさっき言った物以外のソファもテーブルもベッドも何もかも手放すよ、記憶を漂白するんです。
自分は元々記録のために写真を撮ってた。漂白って目に見えて記憶が消えてくのがわかって好き。そうそう、こうやって忘れてくんだよねって、対話しながら。
色も褪せて、顔もわからなくなって、場所も、どこだったかなあんなこと言ったっけなに見たっけってなる。そんなことも気にせず生きてたりもするし。そういうもんです
金曜は駅前のお蕎麦屋さんに行く。日本酒出してくれるらしいから。
「日本酒が好き」って紹介されてからわたしは日本酒が好きな設定として生きてる 基本人といる時しか飲まないんだから
早く古いアパートのベランダに立つ夏が来てほしい。ドラム式洗濯機欲しい。とは思いつつもういっそのこと死にたい
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トーキー街の少女〜のバージョン すごく好きです すごく聴いてた。これいいよって勧めるほど好きなバージョン。
ちなみに辛いのはめちゃくちゃ苦手です エスニック料理とジャンキーな料理が苦手です。辛くて酸っぱいのがね、、、。
最近は「スーパーカップチョコバナナを早く定番にしてほしい」の活動を頑張ってました。あれ、一番思い入れあって、何よりチョコとバナナが大好きだからずっと買って食べてました。ありがとうチョコバナナ、何よりも好き ずっと待ってるからねえ…。
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P3 Club Book Fuuka Yamagishi short story scan and transcription.
風花☆すたんぴーど!
証言1: 「山岸?ああ、あの地味で大人しい子だろ?前はちょっと暗かったけど、最近少し明るくなったよな。趣味······とかないんじゃねえの?たまに何か難しそうな本読んでるくらいで。あ、でも確か文化部入ってんだよな?あとはぁ、ゴメン、よくわかんねえや」
証言2: 「風花ちゃんは最高っす!あの儚げな姿、聞く者を夢に誘うようなほわほわした声、成績だって常に上位に入る明晰な頭脳、すべてが理想のままの美少女っす!そういや噂では、医学部目指して猛勉強中らしいっすよ。ああ、白衣姿の風花ちゃんに癒されたいっす~!」
証言3: 「山岸風花ぁ?なんかさぁ、あいつって妙にイライラすんだよね。 いつもオドオドラじうじしててさ。まぁ、確かに最近雰囲気変わったけどさ。いつも夏紀と一緒にいたじゃん?こーいうの何て言うの?虎のいを······かる羊だっけ?あはは、アタシってなんか普通に頭良くなーい?」
---人は、さまざまな仮面を持っている。友達と一緒にいる自分、家族と一緒にいる自分、恋人と一緒にいる自分、それぞれ違った顔を持つ。それは山岸風花にしても同様で、さまざまな証言からは得られない一面を、隠し持っていたりする。そしてそれは、同じ巌戸台分寮に住む仲間たちの前では、ごくまれに明らかにされることがある。例えば、こんな風に。
「ふぁ~あ······ん?風花、何やってんだ?」
とある休日の午後、惰眠を貪った順平が自室からラウンジに降りてきたとき、風花はソファに座って目の前の何かに集中していた。テーブルの上には、小さな人形が20数個ほど整然と並べられており、その横にはそれら人形が入れられていたと思しき袋の残骸が山となっている。
「あ、 順平くんおはよ······あはは、ちょっとね」
「ん?これってもしかしてボトルキャップってヤツか?そういやオレも昔集めてたぜ、大リーグシリーズのヤツ。懐かしいなぁ」
順平が言うとおり、それはボトルキャップに小さなフィギュアがついた、ソフトドリンクのおまけとして知られる物だった。
「実は······私けっこうこういうの好きで、たくさん集めてるんだ。ヘン······かな?」
確かにコレクターには男性が多いといわれ、収集癖がある女性は珍しいほうに入るだろう。しかも、いま目の前に並ぶそれは、多少、いやかなりマニアックな部類に入るものだった。
「つか、何だこれ?怪獣?」
「ち、違うよぉ!これはね、“懐かしのモンスターシリーズ・シーズン3 B級ホラー映画の怪物たち” だよ。 怪獣なんかじゃないんだから」
そちら方面にあまり興味がない順平にとっては、幼いころに見た特撮怪獣と見分けがつかないのだが、風花にとっては大きな違いがあるらしい。意外といえば意外な風花の趣味に、順平はちょっと新鮮味を覚える。
「あのね、こっちが『トレマーズ』に出てた地底生物でしょ、そしてこっちが『バスケットケース』に出てたお兄さんのほうね」
お兄さんのほう、とか言われても、弟が誰かすら知らない順平は「そ、そうか」としか返事ができない。そんな順平に構わず、徐々に興奮をあらわにしつつ風花は説明を続ける。
「で、これは有名な物体X。 もちろんジョン・カーペンターじゃなくて旧作のほう。あ、こっちは取るのに苦労したんだよ、『死霊のはらわた』のアッシュの手首!ちょっとかわいいよね」
勢いが止まらない風花に、暑くもないのに順平は汗だくになる。軽く朝の (もう昼だが) 挨拶をしただけのはずが、妙なスイッチを押して風花の中の何かをはじけさせてしまったらしい。
���が、なぜかそこで風花はふっと表情を曇らせ、はぁと大きく溜め息をついた。
「でも······」
「ど、どうした?」
その憂いを刻んだ横顔に、少しだけ順平はどきりとする。何のかんの言って、風花はかなりの美少女なのだ。だが、その小さい唇から紡がれた言葉は、順平の不埒な馬っ気などしおしおに萎えさせるものだった。
「見つからないの、レア物が」
「へ?レア物?」
「そう。『バタリアン』に出てた、ゾンビ化ガスで生きっちゃった犬の標本。すごいんだよ、身体の真ん中で真っ二つに割れちゃってるのに、わんわん吠えるんだよ。おかしいよね」
屈託なく笑う風花。順平がふとテレビのほうを見ると、横でコロマルがだらりと寝そべって眠っている。風花って、確か犬好きだったよな?それでどうして、真っ二つになった犬でころころ笑えるのか、順平には不思議でならない。
「でね、それが超レアらしくって、いくら買っても出てこないの。シークレットだから個数とかの情報もないし······。いままで全部コンプリートしてたから、このシリーズも揃えたいんだけどな······ちょっと疲れて来ちゃった」
目の前に並ぶ20体以上のボトルキャップは、横に積まれた開封済みの袋からわかるとおり、おそらく今日買ってきたものだろう。いつ頃からコレクションしているか知らないが、これまでに買ったのは相当数に上るのではなかろうか。そして、ややへコみ気味の風花の顔を見ていた順平は、やがてある結論にたどり着いた。
「よっし、 風花!何かオレにできることあるか?そのレア物とやら手に入れるの、オレが手伝ってやるよ。あ、でも金貸してくれってのはナシな。オレってビンボーだからさ」
「え?順平くん······ホントに?······あ、ありがとう······嬉しい」
はにかむような笑顔を見せる風花。ああ、これだ、と順平は思う。以前、チドリを喪って生きる気力すらなくしかけた順平を、さりげなく気遣い癒してくれたのはこの風花の笑顔。それは決して恋愛感情ではなかったが、この子に悲しい顔をさせてはいけないという、ただそれだけの純粋で暖かな想いだった。
「いや~、しかし風花がホラー好きだなんて、ぜんぜん知らなかったぜ」
「え?別に私ホラー好きじゃないよ?」
「は?」
「純粋にコレクションが好きなの。ホラー映画のことは、集めてるうちに詳しくなっちゃった」
「そ、そう、なの······?」
一般人には理解不能なコレクター根性に触れ、先ほどの温かい想いはどこへやら、順平の背筋にちょっとだけ寒気が走る。だが、一度決めたことを反故にするわけにはいかないと、普段は見せない男気を精一杯奮って、順平は風花��対して力強く宣言した。
「おしっ!それじゃ明日から、幻のレア物探しをさっそく始めるぜっ!」
「うん!」
それが、順平受難の日々の始まりだった。
そして、レア物探しの協力宣言から1週間。 早くも順平は根をあげつつあった。
「ぜぇ······はぁ······ぜぇ······。ふ、風花······ちょ、 ちょっと休まない······か?」
「ダメだよ順平くん、さっき休憩したばかりじゃない。ほら、もう少しで寮も見えてくるよ」
レア物探しの協力、それは放課後に風花の買い物に付き合い、荷物持ちを引き受けるというものだった。だが、ひと口に荷物持ちといっても、その量が尋常ではなかったのだ。学校を出て寮までの道中にある、ありとあらゆるデパート、スーパー、駄菓子屋に立ち寄り、連日3~4ダースのドリンクを買い込むのである。単純計算で通常サイズのペットボトル1本500グラムだとして、4ダースでじつに25キロ!子供の頃からのマメな貯蓄で、風花の財力はそれだけの買い物に耐えられるものだった。不幸にも。
しかも、苦行はそれだけではない。ドリンクを買ったら、そのあとに飲むという作業が残っている。無駄を嫌う風花は、今まですべてをひとりで飲み干していたらしい。そのため1回に買える本数は限られていたが、順平の手伝いのおかげでそれが大幅に増えたと、めっきりご機嫌な様子である。だが、しかし······。
「出ねえな······レア物······げふっ」
「そうだね······くっ」
いったい確率的にどれほどのものかは知らないが、レア物ボトルキャップはいっこうにその姿を現わさなかった。
「さすがに······これ以上貯金使っちゃうのもマズイよねえ······くっぷ」
「つか······げぷつ······その前に······うぷっ······オレ の胃袋が······げーっぷ」
「でも······後には引けないよ、順平くん。最後まで、手伝って······くれるよね?」
思い詰めた表情で、順平を見つめる風花。そうか。こいつって、こんな負けず嫌いのところもあったんだ······。再度、自分が知らない風花の一面を見て、 順平はまた新鮮な気持ちになる。そして、そんな風花の知られざる顔は、次々と順平の前にさらされることとなった。
それが、風花の暴走の始まりであった。
「お願いしますっ!もしこのボトルキャップが出たら、譲っていただけませんかっ?あ、これ連絡先ですっ!」
「ふ、風花······さすがに恥ずかしいから······」
あるときは、たまたま同じドリンクを買った客を捕まえ、レア物が出た場合の譲渡契約を取り付けようとする強引な風花の一面を見た。
「レア物ボトルキャップを感じる······ユノの指先」
「って、ここでペルソナ召喚はマズイって!」
またあるときは、ユノのサーチ能力を使って開封せずに中身のボトルキャップを当てようとする、なりふり構わない風花の一面を見た。
「順平くん !これでもう大丈夫!あのね、アイギスのメンテ用に開発された、非破壊検査スキャナを桐条のラボから借りてきたの。これでボトルキャップなんか簡単に見つかるよ!ただ重量が2トン近くあるんだけど······スーパーまでどうやって運ぼう?」
「運べるかあーっ!」
そしてまたあるときは、万事そつがないようでいて意外と後先考えない風花の一面を見た。
······どちらかというと、できれば見せてもらわないほうがいい一面が多かった。
だが、それでもレア物ボトルキャップは見つからず······ついにキャンペーン最終日という日を、ふたりは失意のうちに迎えたのだった。
「結局······ダメだったね」
「ま、そういうこともあるさ。オレの人生なんか、ダメダメのダメばっかりだぜ?」
ポロニアンモールのベンチに並んで座り、おどけて言う順平に、彼が実際どのような気持ちで逆境を乗り越えてきたかを知る風花は、ただ優しく微笑みをもって答える。
「でも、ちょっと悔しいな」
「コレクター魂ってヤツか?」
「ううん、そうじゃなくて······順平くんとか、色々な人に力を貸してもらって、それに応えることができなかったのが、少し悔しいの」
「ま、オレは風花の意外なとこが一杯見れて、面白 かったからオールオッケーだけどな」
冗談めいて、でもかなり本音を覗かせて、順平は風花の無念を慰める。と、そこで。
「そういや、オレとか色々な人にって、ほかにも誰かレア物探し手伝ってくれてたのか?」
「あ、それはね······」
そう、風花が言いかけたときだった。
「風花ぁ!」
「え······え?な、夏紀ちゃん!?」
そこに突然現われたのは、先日家庭の事情で転校したはずの、風花の親友、夏紀の姿だった。
「う、ウソっ!どうしたの!?」
「いや、今日明日って連休じゃん?ちょっとヒマだから足伸ばしてみただけ。急に決めたから都合悪いかもと思って、何も知らせてなかったのにさ、会えるなんて運命っぽくない?」
「うん、うん!ホント運命的だよ!」
子供のようにはしゃぎながら、「何アイツ、 風花のカレシ?」、「ち、違うよぉ、お、同じ寮の人で······」と楽しげに会話する風花。これもまた、順平があまり見たことがない彼女の一面。
「あ、そうそう順平くん」
と、そのとき風花が順平のほうに向かい、夏紀の肩を軽く押し出した。
「さっき言ってた、もうひとりの協力者。 夏紀ちゃんもボトルキャップなんか興味ないのに、いろいろ情 報とか調べてくれたんだよ」
「あ、なんだ風花。まだ飽きずに集めてんの?マジ変なシュミだよね。そう思わない?」
おお、なるほどと順平が思ったそのとき、 夏紀が衝撃的なことを口走った。
「あ、そういやさ風花。前に教えてやった、えっと······バタリアン、だっけ?シークレットのやつ。いよいよ明日からキャンペーン開始だよね。しっかりゲットしなよ」
「··················え?」
「············は?」
「ん?アタシなんか変なコト言った?」
「明日······から?」
「そうそう。忘れたの?シーズン “4” のシークレット情報。アタシのケータイネットワークでゲットした、超貴重な情報なんだからね」
しーん。
不自然な沈黙が3人の間を支配する。
やがて。
「······ふーか?」
「······は、はい······」
「今までの、オレの、苦労は······?」
「············えーと············ごめん」
がっくりと、順平の全身から力が抜け、ボロニアンモールの冷たい大理石の床に突っ伏して動けなくなる。そういや、夏期講習騒ぎのときにもコイツ、うっかり連絡忘れてたっけ、と順平は思い出した。真面目でしっかりしているようで、じつはかなり間抜けでうっかり者。それもまた、風花の愛すべき一面なのであった。
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Aladdin X2 PlusとAladdin Connector 2を買いました
今の家に住み始めてから2年経ちましたが,家が広くこれまでリビングを持て余していました.PC机の反対側はずっとゴミ置き場になっていて,ダンボールが2年間ずっと放置されていました.
今年は発起してそれをGWで全部片づけました.その成果が下の写真です.
片付け前
片付け後
素晴らしい.誰が来ても恥ずかしくないリビングになりました.
ソファはニトリのNポケット a13を購入しました.お値段税込み¥79,900.私は一人暮らしなのですが,リビングで横になれる環境が欲しいなーと思って幅が180cmある3人用のものを買いました.普段,家にいる時はリビングでPCを触っていますが,私の家はベッドが別の部屋にあるので寝転がりたくなったときは寝室に行かなければなりません.夏や冬はエアコンを使用しますが,これでリビングでも涼しい(暖かい)状態でだらだらすることができますね.素晴らしい.
壁に映っているのはポップインアラジンです.ソファを置くと決めた時,壁側にテレビを購入して配置しようかと思ったのですが,職場の先輩に勧められたことを思い出し,こちらを購入しました.
これがポップインアラジン本体です.シーリングライトに取り付けるタイプの照明一体型プロジェクターで,壁に映像を映して各種映像コンテンツを楽しむことができます.場所を取らないのがいいなと思ったので購入を決めました.
私が購入したのはこちら.アマゾンで買いました.
Aladdin X2 Plus ¥125,571
Aladdin Connector 2 ¥18,800
めっちゃ高かったです.私が購入した時,本体の方はクーポンが効いて14000円の割引きが効きましたがそれでも高いです.コネクターの方は何かというと,これはHDMIの映像をワイヤレスで本体に飛ばすことができます.アラジンコネクター2にHDMIケーブルを挿すと,その映像が本体に飛んでプロジェクターに映してくれるという仕組みで,SwitchやPS4やBDプレイヤーを楽しむ事が出来るというコトですね.¥18,800も安くないんですが,Switchをやりたかったので買ってみました.
ポップインアラジンは,購入に際し映写距離を事前に調査しておく必要があります.私の家の場合,映す壁は冒頭の画像に映っているPC机とは反対側の壁一択でした.部屋には照明が2か所あるのですが,それぞれ壁からの距離は約1.1mと約4mです.最初,4mの方に本体を取り付けてみたんですが,映像を最小サイズに調整しても映写サイズが壁の幅を越えてはみ出たので,断念せざるを得なかったです.
仕方がないので1.1mの方に取り付けました.こちらは天井付近に出っ張りがあるのできちんと映写できるか不安だったのですが,大丈夫でした.角度の調整は結構効いてくれるのが分かると思います.
ただし壁まで1.1mしかないので,映写サイズは小さめとなってしまいましたね.最大に設定しても横幅60インチ,1.5m程度でしょうか.それでも十分な大きさではあるんですが,2mあれば120インチぐらい出せるらしいので,試してみたかったです.
地味に嬉しいのが,Bluetooth機能です.スマホを接続してスピーカーとして使用する事が出来ます.ミュージックスピーカーとして素敵で,気に入りました.天井から音が聞こえるというのは,中々よいですね.音質も特段悪くないです.
youtube
アラジンコネクター2でのゲームプレイについてなんですが,まずアラジンコネクターという前世代がまずあって,これでレイテンシがデカすぎるという点が指摘されていたみたいです.それがバッチリ改善されたのがこのアラジンコネクター2らしいのですが,私の感覚でいうとダメでした.<100msという謳い文句になっていますが,それでも操作精度が要求されるようなゲームではまだまだ使えなさそうです.マリオカート8DXをやってみましたが,最速ロケットスタートが出せなかったり,ろくにジャンプアクションが反応しないなど凄かったので,アクションゲームの類はだめですね.この分だとリズムゲームも無理でしょう.そうではないゲームであればカーソルの反応が若干おせえなと感じる程度なので,パーティーゲームやRPGの類であれば,大画面プレイを楽しめそうだなと感じました.
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久しぶりに下書きを見返したらけっこう面白いのが残っていた。文章として完成もしているが、「下品すぎる」という理由でお蔵入りになったものであるが、もったいないので公開しちゃう。
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2019年8月12日
仕事のあとの時間をあまりに退屈に過ごしてしまっていることに反省をして、一昨日の仕事のあとに2つ上の先輩を飯に誘った。
普段ならぐだぐだと残らずスマートに一次会かせいぜい二次会で帰るところだが、お盆休み前というとこもあいまって珍しく3軒はしごした。
日付を回ったあたりで3軒目のバーに入ったら先輩はそうそうにソファで眠り込んでしまい、素面の私はその店の常連客と話すことになっていた。そのときに店に来たフィリピンのエロ姐さん(アイちゃん、推定40代後半)のエロエピソードが面白かったので書いておく。
・アイちゃんの息子が19歳になって日本に旅行に来たときに誕生日プレゼントとして三島のデリヘル嬢を手配した。息子はフィリピンに彼女がいるが、経験が一人だけのまま結婚はダメ!という教育方針。ちなみに親としては二回戦、三回戦までの奮闘を期待していたが、息子は緊張のためか一回戦しかできなかったという。
・アイちゃんがフィリピンに帰国したときに、息子に彼女と使うためのローターをお土産としてプレゼントした。彼女がそれを気に入って部屋に置いておいたのが彼女の硬派な母親にばれてクレームの電話がはいったが、「あなたも使えば娘の気持ちがわかるだろう」と相手の母親にもローターをプレゼントとすることを約束して、諌める。
・息子が中学二年生のときに、家に同級生の男子たちが遊びに来た。アイちゃんは露出の高い服を着ていたので、友達たちに「あとで私でオナニーするなよ!」と釘を刺しておいたが、のちのち中学卒業のときに同級生の一人が、「実はオナニーした」と息子に白状したという。
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初雪の頃【6】
プレゼント
ショウさんの言っていた例の“周年”のミーティングで、「周年のあいだは絶対同伴」とママが告げ、私の気分は限りなく堕ちた。しなくても罰金はない、というつけたしにはほっとしたものの、同伴かあ、と内心気鬱なもやに冒された。 今のところ、店内はBGMが消��れて照明も明るかった。私はママの話を真剣に聞くショウさんを眺め、例のサイトで知り合ったメル友のひとりである空とのメールを思い返していた。
『それってやっぱり好きってことじゃない?』 『そうなのかなあ。でもSさんはひとまわりも年上だよ』 『俺は年齢関係ないと思うけど』 『ほんとに? 空っていくつだっけ』 『俺もおんなじ。三十』 『十八の子とつきあえる?』 『つきあえるよ』 『うーん、でも彼女いるかどうかも分かんないのに』 『試しに俺とつきあってみる?』 『空、神奈川じゃん。遠いよ』 『会いにいくからさ』 『私たちのことじゃなくてSさんのことなの。恋愛なんかしたことないから分かんない』 『会えなくなるのが寂しいんだろ?』 『うん……。でもひとまわりってありえなくない?』 『けっこう普通だよ』 『そうなのかなあ。分かんない……』
ここのところ、そんなふうに空にショウさんのことを相談している。 周年が終わったら他人になっちゃう、と焦っても、どうしたらいいのか分からない。だいたい、この気持ちは何なのだろう。やっぱり恋なのだろうか。三十の人に? ありえない! と思っていたけれど── 視線に気づいたのか、ショウさんがこちらをちらりとする。私は慌てて視線を手元に戻し、話しているママのほうを向く。ショウさんもすぐママに目を向けたのを視界の端で確認する。 はあ、と心密か息をついていると、ミーティングは終わってしまった。 たった三時間の労働だけど、私は一日の四分の三くらいを食いつぶされたような気分だ。私がおとなしいから、けっこう好き勝手やってくるお客さんもいる。いわゆる“お触り”だ。 ママに言っても、手ひどい言葉しか返ってこなかった。
「しゃべらんから触られるんや。あんたみたいな子はソープでも行ったほうが向いてるんちゃうの」
私はこの人についていっていいのだろうか。 笑い声がはじける店内を背に、半泣きで狭い給湯室に入る。すると、洗い物をしていたショウさんが気づいて、店内を見まわしてからこちらに歩み寄ってくる。
「どした?」 「………、やっぱ辞めたい……」 「ママに何か言われたん?」 「……しゃべれないならソープに行けって」 「マジで。何やねん、あのクソババア」
ショウさんは苦々しく店内を一瞥し、舌打ちする。
「気にせんでええから。ママも酔ってるしな。ソープなんか行ったらあかんで」
ショウさんは、水道で冷えた手で私の頭をぽんぽんとして、それはおまじないのように私の心を安堵させる。 十一時半まで、ここでじっとしておきたい。けれどそれは叶わぬことで、どんよりしたため息をつきながら、私はママとお触りの客がいる席に戻った。 やっぱり、ショウさんのこと好きなのかな。でも、もうすぐショウさんは辞めてしまう。 ちなみに、ショウさんは今ケータイが壊れてそのままにしているために、ケータイを持ってないのに等しいらしい。壊れたケータイの番号だのメアドだの訊くのは怪しい。どうすれば、お店以外でつながっていられるのだろう。 こういうとき、友達に相談するのだろうけど、私にはそういう友人がいない。いるのはメル友ともえだけ。 しかし、もえは明らかにこういう話に疎い。いや、疎いというか……興味がないらしい。二次元のキャラクターには心酔するのだけども。 席はがらがらなのに隅っこの床に座りこむ帰りの電車で、結局私は、ユイという一番親しいメル友と打開策を考えた。
『「またお茶しましょう」って言っておくのは無理なの?』 『Sさん口だけのところあるから……』 『何か印象づけないとダメだよね』 『プレゼントでもしようかなあ』 『それいいんじゃない?』 『でも何あげたらいいか分かんないよ』 『何でもいいじゃん。手作りクッキーとか』 『やだよ! クッキーなんて何年も作ってないし』 『一応作ったことはあるわけだな』 『小学校のときだけどね……』 『Sさんの好きなものとか分かんないの?』 『分かったら相談してないよ』 『そっか。訊いてみるのは無理?』 『話の流れによるけど。そういえば、ドラえもんが好きだとか言ってたな』 『ドラえもんあげたら』 『無理だって』 『思い出した。前言ってたじゃん、映画の趣味が似てるって』 『映画に誘うの? 無理無理無理』 『何で?』 『彼女いたら断られるだけじゃん』 『彼女いるかどうか訊いておくのも必要だと思うよ』 『まあそうだけど』
そんなやりとりを帰り道のあいだじゅう延々とやっていた。 でも、プレゼントっていいかもしれない。お世話になったお礼に、って言えば怪しくもないし。でも、何をあげたらいいんだろう。 周年が今週末に迫った火曜日、お客さんが来なくて、暖房が効いた店内ではみんなくつろいでいた。ケータイをいじったり、マニキュアを塗ったり。 ママは一階のバーに行っているから、ショウさんもジュンさんもソファに腰かけている。ショウさんにいたっては寝転がっていて、頭が私の膝に触れそうで、「あー、ヒマやー」とくりかえしている。
「なー、さつきちゃん。帰ってもいい?」 「えっ。あ、あの──行くとこあるんですか」 「映画でも観にいこうかな。さつきちゃん最近何か観た?」 「え、いえ」 「俺『28日後…』観たわ。おもしろかったで。ゾンビとか出てきて」 「ゾンビ」 「好きやろ?」 「はい」
ショウさんが楽しそうに笑ったとき、電話が鳴った。みんながぱっと振り返る。「ママかなあ」とかつぶやきながらショウさんは起き上がり、カウンターにある電話を取る。
「お電話ありが──あ、そうですか。誰も来てないですね。──はい。え? 俺かジュンですか。はあ。──分かりました。はい」
電話は短く切られ、「ママ?」と美希さんが尋ねる。ショウさんはうなずき、伸びをする。
「俺かジュンは帰れやと」 「マジっすか。俺帰ってもいいですけど」 「いや、俺が帰るわ。こないだ、ジュン仕事で休んだやろ。そのぶん稼ぎ。あ、帰りたい?」 「いえ、俺も今月やばいんで」 「じゃあ決まりな。俺帰るわ」
帰っちゃうのか、と残念に思いながら、ショウさんが荷物を置いている給湯室にいくのを見送る。
「周年前でこんなにヒマってなー」 「そのぶん周年がいそがしいんちゃうかな」 「同伴決まった?」 「一応、十三と十五は決まった」 「さすが美希ちゃん。あたしまだひとりやわ」
加わりたくない会話だ、と思って私はケータイをいじる。 ショウさんは数分で給湯室から出てきた。私はまばたきをしてしまう。黒いシャツにベージュのパンツ、何かマークが入ったキャップ。 普通だ、と思った。私とお茶したときは、私服のセンスを疑ったものだけど。ちゃんとまともにかっこいい服も着るのだ。 首にヘッドホンをかけていて、音楽聴くんだ、とひとつ知識を増やす。
「じゃあお先ー。──さつきちゃん、がんばりや」
ショウさんは私の頭を軽くたたくと、さっさと帰ってしまった。私は見えなくなるまでその背中を見ていた。ショウさんいないなら帰りたい、と内心不貞腐れて、ソファに沈む。 音楽か。いいかもしれない。そういえば一度、音楽の話でお客さんと盛り上がっているのを見かけたこともある。CDをプレゼントしようかな。もし聴く趣味が違っても、その場合は売って現金にすればいい。だけど私、洋楽しか聴かないんだよなあ。流行りものとか、ぜんぜん分からない。邦楽しか聴かない人も入りやすい洋楽にするか。 よし、と決めたところで何やら入口で物音がした。顔を出したのはなじみのお客さんで、「いらっしゃいませ!」とみんないっせいに立ち上がった。
◆
周年は予想以上に派手でいそがしかった。 あちこちに馥郁とした花があふれ、女の子たちはきらびやかなドレスや楚々とした着物をまとう。BGMのジャズなんてぜんぜん聴こえないほど、笑い声が上がったり、カラオケが盛り上がったり。外は冬の匂いを香らせはじめているというのに、店内は暑い。 私は早めに市内に出て、ママ行きつけの美容室でママの着物を着せられ、髪をセットしてもらっていた。こんな短めの髪でセットできるのかなあと思っていたら、さすがプロ、ロングヘアをアップにしたような髪型になった。 一日目だけはママが美容室代をはらってくれた。次からは自腹だそうだ。ケチ、と思っても口には出せない。 私は、周年よりプレゼントのほうでいっぱいだった。昨日CDショップにいって、悩んだ挙句、LINKIN PARKの『Meteora』をえらんだ。これなら聴きやすいし、売る場合はそれなりの金額になる──はず。 でもこういそがしいと、渡す機会がない。まさか堂々とみんなの前で渡すわけにもいかないし。どうしようどうしようと悩んで、お客さんに着物を褒められても上の空だった。 初めは最終日に渡そうと思っていたけれど、そんなに都合よくショウさんとふたりきりで接触できそうにない。渡せるときに渡そう、とタイミングを狙っていたら、二日目の帰り際、まだ着物すがたの私は、給湯室からショウさんを呼ぶことができた。
「ん、何?」
洗い物で濡れていた手を拭きながら、ショウさんは顔を出す。
「あの、ショウさん辞めちゃうんですよね」 「ん、まあな」 「だから、その、ショウさんには特別お世話になったので」
きょとんとしているショウさんの前で、自分で包装したCDを急いで取り出す。時間もないし、いつ誰が入ってくるか分からないから、急がなくてはならない。
「えっと、これ、よかったら」 「え、何。マジで。そんなんいいのに」 「………、でも買ってきちゃったんで」 「買ったん? うわ、マジで。何入ってんの」 「CDです」 「あー、そっか。さつきちゃんKOЯNとか好きやもんな」 「えっ、何で知ってるんですか」 「前に客と話してるの聞いた。俺もKOЯN好きやで」 「ほんとですか。私もKOЯNめちゃくちゃ好き──」
そこではっと気づいた。洋楽を聴くということは、LINKIN PARKは持ってるかも。
「洋楽よく聴くんですか」 「つーか、基本、洋楽しか聴かへんな」 「じゃあ持ってるかも……」
私が包みを引っこめようとすると、「いや、分からんやん」とショウさんは止める。私はショウさんを見たあと、そろそろとプレゼントをさしだした。ショウさんは受け取ると、「おおきにな」とにっと咲ってくれた。
「あ、あの」 「ん」 「それの中に私のメルアド書いた紙入ってるんで、ケータイ直ったらメールくれますか」 「あ、ごめん。俺のケータイ、メールできへんねん」 「………、は?」 「古い機種でなー。画面とか、こんなにちっちゃいねん」 「機種変しないんですか」 「気に入ってるから。どうせメールとか邪魔くさいだけやろ」
連絡手段絶たれた──とへこみそうになった私に、「あ、けど」とショウさんは続ける。
「ネカフェとか行ったとき、パソコンでメール送るわ」 「ほんとですか」
私が顔を上げると、「うん」とショウさんは微笑む。
「また茶ー行こうや」 「いいんですか」 「さつきちゃんがよければな」
ほっとして、ようやく笑みになる。ショウさんは私の頭をぽんぽんとすると、「じゃあほら、誰か来る前に」とうながした。私はこくんとすると、着物がはだけないように気をつけながら給湯室を出た。
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2024.10.23 wed.
朝、サンドイッチつくって食べる。オイルサーディンに黒枝豆、ケッパー入れたタルタル。おいしくできた。いいのさんがカフェオレ淹れてくれる。いいのさん病院、てんのごはんも買ってきてもらう。あたらしいごはんに変えたがよろこんで食べていたのでよかった。
机のぐらぐらがぶじ直り(なんの不具合でもなくただの締めの甘さだった)、猫タワーも組み立て、相席食堂を観ていたらうどんと蕎麦の特集だったので食べたくなり夕方散歩がてら出る。新規開拓ということでみゆきへ。中華街のど真ん中にある店。小さいかつ丼とざるそばのセットを食べた。かつ丼は卵がとろんとしていて優しい味、蕎麦は香りこそあまりないもののうどんのような感じでおいしかった。気に入りました。また行きたい。ついでにいいのさんが推しているさつまいものお菓子を買って帰ろうということで寄り、焼き芋にスイートポテトがキャラメリゼされたものがのっているお菓子とチョコドーナツを買う。中華街をぷらぷら歩くのは観光気分でなかなかたのしかった。カンフーシューズが安かったので買った。
帰宅しおやつを食べてごろごろしていたらなんだか調子がわるくなってきたので漢方飲んで横になる。なにもないのになんだか悲しい。いいのさんに当たってしまう。
1:48。ソファ。まだ寝れず。悪化していく。うっかり眠剤飲んだあとのいいのさんに話しかけてしまい余計に気持ちがダメになった。やめときゃいいのに。季節の変わり目だからみんなしんどいんよ、今日はセックスする気分じゃなかった、など。そんなのはわかってる。頭ではわかってるのにコントロール出来ないのがこういうときなのに。逆になんでわからんの?いやわかるわけないか他人のことだし。てかこのひとはわたしとセックスしたくないんだろうか。しなくていいならもうしないほうがいいか。いやそういうことじゃないわかってる。けど。など。冷静になればいま起きていることはすべてなんてことのないことだというのもわかっている。全部わかってるようるさいなー頭のなかがガチャガチャする。じっとできなくて大きい音を喉から出し��る。いいのさんは眠剤飲んでるからどうせ起きない絶対。いらいらして悲しくてしんどくて死にたい。わかりやすいからそのような言葉に当てはめてみているだけでどれもしっくりとはこない。借りているだけ。とりあえずさっき眠剤飲んだので早く寝てほしいわたし。
メンタルがなんとなく(気圧・pmsなどで)不安定になる→セックスで愛情を確認し不安を誤魔化そうとする→してもらえない→拒絶された→不安定になる、の悪循環、他者に頼るせいだ、自分でなんとかしないと。それができるなら28年もこんなふうになっていない。できる人間の世界線だったら多分いいのさんとも出会ってないな。やってほしいことは、なんでもいいから、お茶入れるとか、テレビを止めていたわりの声をかけるとか、そういう、なんらかの奉仕なのだとおもう。わたしはあなたのためにこれをしてあげますよという行為に多分すこしすくわれる。欲を言えば、大丈夫だよ、あなたのことが大事だよ、ということを言葉でわかりやすく伝えてもらえたらいくらか安心し落ち着くんだろうけど(程度にもよるが)、おそらくそれは苦手でできないんだろうな。できないものは仕方ない。みたいなことを上手く言語で伝えたいけどそれでまた揉めるんじゃないかとおもってしんどい。できない。明日にはきっとぼんやり落ち着いているはずだしそのままふわと流してしまいたい。せっかく最近穏やかだったのにな。他者とまともな関係性などつくれないのかな結局わたしなんかには 死にてー 死にたいっていうかなんかもう逃げたい わからん 疲れたー 助けて
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