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#うつわ謙心_静岡分室
komyu27 · 2 years
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デビュー36周年記念LIVE 《松岡英明の音の世界 -SIDE b- 》@錦糸町rebirth 夜公演:ツイキャスプレミア配信2022.11.03 (木・祝)18:00
デビュー36周年記念LIVEは 【SIDE-aー】【SIDE-b】と二種のセットリストで開催された。 2022.10.30に開催された【SIDE-a-】は シングル曲で構成されたセットリスト。 【SIDE-b-】はアルバム曲で構成されたセットリスト。
【SIDE-a】のシングル曲ばかり集めた セットリストなんて 予想段階から盛り上がるしかなかったし 実際は予想以上に盛り上がった。 (前回のブログをご覧いただいた方感謝です。 まだの方はよろしかったら)
では【SIDE-b】アルバム曲は? キャッチーな曲が多い印象のシングルに比べて アルバム曲はバラエティに富んでいる。
どういう選曲で構成されるのか とても楽しみだった。
今回はいつも通りのレポに加え 2つのSIDEを参加してのまとめ感想を目指したい。 (いつものミーハーモードはご容赦下さい(笑))
まずはセットリスト。
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今回も配信視聴で参加。 今回は、初見の視聴者さんからのコメントもあり いつも以上に賑わった。 開始前には、 スイッチング担当の藤沼さん カメラ担当のTV-Yuukiさん、 そして、換気タイムや終了後には 松BOWご本人、rebirth店長さんもコメント。 (松BOWご登場には毎回ビックリする。 お忙しい中大丈夫なの?!って) 初回配信では コメントに気を取られて ライブパフォーマンスを 見逃してしまう部分もあるけれど リアタイならではのコメント参加は外せない。 (見逃してしまった部分は アーカイブでじっくり鑑賞できるのも配信の醍醐味)
〈前半 意外な選曲も〉
いつものように 荘厳な【00 Scene from Paradise】で幕を開けた【SIDE-b】。 松BOWの声でのカウントダウンの後、一瞬の静寂。 松BOWご自身のナレーション。 前回のMCで【SIDE-b】も【SIDE-a】と同じく 今まで松BOWが表してきた 歌詞ではない詩や、ショートストーリーなど 言うなれば『松岡英明の言葉の世界』と 『松岡英明の音の世界』を併せて アーティスト『松岡英明の世界』を とことん楽しませる趣向のよう。 (私もだけれど、『松岡英明の言葉の世界』も 大好きなファンは多いだろうから このアイデアとても良きでした)
デビュー36周年記念ベストアルバム第2弾のミニフォトブック掲載の
《恋を実らせた樹》から
>新しい恋を見つけたような新鮮さです
松BOWの声。 胸がキュッと鳴る。 ドキドキは弾けるのを待つばかり。
そこからの【01新世界】 36周年記念LIVEにぴったりの幕開け。 ファンの結婚披露宴でも使われるというこの曲は 新しい世界の扉を開けた時の 新鮮な喜び 未知なる世界への期待が感じられ 脳内は光と花々で満たされる。
エアリーな白いジャケットを羽織った松BOWは 光を纏ったよう。 インナーにはハイネックのブラックシャツに 包帯を巻いたかのようなジーンズ。 ゴシックテイストの衣装もよく似合う。
オープニングは納得の選曲だったのに、 それ以降は意外な曲が多く選曲されており (予想したって当たったためしはないのだけれど) 曲が始まるたびに歓声のコメントが続いた。 特に 【02 Justify】 【09 お気に召さないか】からの【10 Eyes Never Lie】 など(すべて3rd アルバム《以心伝心》収録)。 リアルタイムで数えきれないくらい聴いた曲でもあり 当時の自分を思い出し、懐かしさやら切なさで 心が揺さぶられまくり。 あれから三十年以上過ぎても瞬時に あの頃の気持ちになる。 それは、ルックスもさることながら ほとんど変わらない 蒼さ(エヴァーグリーンとも少し違う) の残る松BOWの声によるところも大きい。
【03 Fantasy】は後追いで聴いた曲。 だからなのか、聴くごとにカッコ良さが増して 序盤ですでにテンションてっぺん行っちゃう?!レベル。 で、【04 秘密の7つの夢】【05 Love + Harmony】には 泣くしかなく。(忙しい) 【05 Love + Harmony】の後に 松BOWが
『どうか世界が愛と平和で満たされますように』と 祈りを込めたメッセージもさらにグッときた。 (ライブ前半に、この2曲を持ってきたことも意外だった。 それも良かった。)
〈換気タイムから後半 熱量半端ない!〉
換気タイムでの 月一のラジオ番組『ポップランデブー』から の音源も込みで ほぼまんべんなく全アルバムからの選曲。 周年ライブらしいセットリストで 思うことも多々。
換気タイム明けの衣装は 日課のジョギングスタイルでは?な 白いフード付きのパーカーに (インナーは黒のハイネックシャツ) 黒のハーフパンツ。 先ほどとは別人のような装い。 (このメリハリは何をお召しになっても お似合いになるからこそ)
【07 Because We Love You】で泣かされた後の 【08 泣かないで】のニクイ選曲にも泣かされつつ、
ちょっとビックリな場面もあった。 【12 Happy Birthday】のイントロで 松BOWが『今月11月が誕生日の人!』と 挙手するようMCしたのだが 画面に映る松BOWはしょんぼり。 (肩を落とした仕草と表情が可愛かった♡) どうやら会場には一人もいなかったらしい。 ちなみに配信コメント欄でも該当者はおらず (ご家族にはいました。お祝いコメントあり♪) こんな珍しいこともあるのだなと。
が、間奏では 『嘘でもいいから』と(笑)促され 会場の皆さんも コメント欄も一斉に挙手。 松BOWからの 『おーめーでとーーー!』を全員受け取ったという 楽しい一場面も。 (コメント欄では歌詞の『今日がきみの誕生日』の話題も。 嘘じゃない!この曲が歌われている時は今日が誕生日!)
後半も一気に駆け抜け! 【13 LOOK@ME】で最高に盛り上がり (会場が揺れに揺れていたし 私も自室で歌い踊って一体感♪) とにかくパワフルで ラストまで笑顔も全開で 本編は幕を閉じた。
〈アンコール〉
アンコールのコールが始まってしばらくしてからも ポップランデブーでの音源を使って 『松岡英明の言葉の世界』から 『音の世界』へと誘われた。 (ちなみに読まれたのは 《NOT FOR SALE》からの 『すべての道はローマに通ず』 楽曲は【Around the World ~Glamorous  Field~】)
アンコール明けも衣装チェンジ。 正装時にかぶるハット、 グリーンのベルベットジャケット (襟に金の刺繍が素敵) 白シャツにリボンタイ 黒パンツ(ロング) 手には黒ラメの手袋。
衣装の準備も着替えも 大変と思うのだが その間もコメント欄にも顔を出してくれる 松BOWホント凄い。
【14 堕ちてきた天使】 【15 NEXT SENSATION】と立て続けにプレイ。 三半規管が弱いのに(ご本人談) いつもより回転も多くて大サービス(?) 終了時に 『たくさん回り過ぎて、次の世界が見えてきています』などと 楽曲タイトルになぞらえ笑わせる。 そこからの締めくくりMCを始めたかと思ったら 【16 Dual Personality(What do you get,what do you lose)】の イントロが流れ出し、ご本人が仕掛けたくせに ビックリ顔で、観客は大爆笑からの歓喜。 (以前のオンラインライブでもあった。 デジャ・ヴ(笑)ホントに松BOWそういうとこ!!)
全16曲、ずっと熱量高いまま こちらまで若返ったような パワフルに楽しめたステージだった。
〈締めくくりのMC、余韻〉
ラストのMCでは 『物語性のあるライブを作りたかった』との話。 誰もが人生と言う物語の主人公で 物語を作っていくのは自分、 辛い時も『もう終わりだ』と思わず 続きがあると、前を向いて歩いていって欲しいと。
そして一人一人の物語の中の一部に 『松岡英明の音の世界』が書き込まれているとうれしい、 というようなグッとくる内容。 ファンにとっては 何をご謙遜!一部どころか!な話なのだが 普段の生活も『松岡英明の音の世界』と 同じく大切にして欲しいという意味なのかなと思ったり。
��強くあたたかなメッセージを残し 長い丁寧なお辞儀をして 《Here comes the Wild Times》が流れる中 松BOWはステージを後にした。
【SIDE-a-】【SIDE-b-】ふたつの『松岡英明の世界』 そして『松岡英明の言葉の世界』 どんな風に感じるか、楽しむかは それぞれに委ねられている感じもうれしかった。
松BOWの心尽しの36周年のライブ 堪能させて頂きました♪
36年の長い軌跡を思いつつ 新たな扉を開けた松BOWが これから見せてくれる景色を ますます楽しみにしたい。
改めて36周年おめでとうございます!!
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xf-2 · 5 years
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最初の特攻を命じたことによって、「特攻の産み親」と呼ばれることになった大西瀧治郎中将は、天皇が玉音放送を通じて国民に戦争終結を告げたのを見届けて、翌16日未明、渋谷南平台の官舎で割腹して果てた。
特攻作戦を採用した責任者といえる将官たち、前線で「おまえたちだけを死なせはしない」と言いながら特攻を命じた指揮官たちの中で、このような責任のとり方をした者は他に一人もいない。
そして、ひとり残された妻・淑恵さんも、戦後、病を得て息を引き取るまで33年間、清廉かつ壮絶な後半生を送っていた。
最初の慰霊法要に駆け込み、土下座した貴婦人
終戦の翌年、昭和21(1946)年3月のある日、全国の有力新聞に、
〈十三期飛行専修予備学生出身者は連絡されたし。連絡先東京都世田谷区・大山日出男〉 との広告が掲載された。
空襲で、東京、大阪、名古屋はもちろん、全国の主要都市は灰燼に帰し、見わたす限りの廃墟が広がっている。
連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は昭和21年1月、「公職追放令」を出し、旧陸海軍の正規将校がいっさいの公職に就くことを禁止した。日本の元軍人が集会を開くことさえ禁じられ、戦犯の詮議も続いている。広告を見て、「戦犯さがし」かと疑う者も少なからずいたが、呼びかけ人の大山のもとへは全国から続々と連絡が寄せられた。
戦争が終わってこの方、掌を返したような世の中の変化で、生き残った航空隊員には「特攻くずれ」などという侮蔑的な言葉が投げかけられ、戦没者を犬死に呼ばわりする風潮さえもはびこっている。そんななか、大勢の戦友を亡くして生き残った者たちは、戦没者に対し、
「生き残ってすまない」
という贖罪の気持ちをみんなが抱いている。それは、はじめから陸海軍を志した、いわばプロの軍人も、戦争後期に学窓から身を投じた予備士官も、なんら変わるところがない率直な感情だった。
「十三期飛行専修予備学生」は、大学、高等学校高等科、専門学校(旧制)を卒業、または卒業見込の者のうち、10万名を超える志願者のなかから選抜された5199名が、昭和18(1943)年10月、土浦、三重の両海軍航空隊に分かれて入隊、特攻戦死者448名をふくむ1616名が戦没している。呼びかけに応じて集まった予備学生十三期出身者たちの意思は、
「多くの戦没者同期生の慰霊こそ、生き残った者の務めである」
ということで一致した。そして、同期生たちが奔走し、GHQ、警察、復員局の了承をとりつけて、ふたたび10月30日の新聞に、
〈十一月九日、第十三期飛行専修予備学生戦没者慰霊法要を東京築地本願寺にて行ふ〉
と広告を出し、さらにNHKに勤務していた同期生の計らいで、ラジオでも案内放送が流れた。
昭和21年11月9日、国電(現JR)有楽町駅から築地まで、焼跡の晴海通りを、くたびれた将校マントや飛行靴姿の青年たち、粗末ななりに身をやつした遺族たちが三々五々、集まってきた。築地本願寺の周囲も焼け野原で、モダンな廟堂の壁も焦げている。寺の周囲には、機関銃を構えたMPを乗せたジープが停まって、監視の目を光らせている。焼跡のなかでその一角だけが、ものものしい雰囲気に包まれていた。
広い本堂は、遺族、同期生で埋め尽くされた。悲しみに打ち沈む遺族の姿に、同期生たちの「申し訳ない」思いがさらにつのる。読経が終わると、一同、溢れる涙にむせびながら、腹の底から絞り出すように声を張り上げ、「同期の桜」を歌った。
歌が終わる頃、一人の小柄な婦人が本堂に駆け込んできた。「特攻の父」とも称される大西瀧治郎中将の妻・淑惠である。
大西中将は昭和19(1944)年10月、第一航空艦隊司令長官として着任したフィリピンで最初の特攻出撃を命じ、昭和20(1945)年5月、軍令部次長に転じたのちは最後まで徹底抗戦を呼号、戦争終結を告げる天皇の玉音放送が流れた翌8月16日未明、渋谷南平台の官舎で割腹して果てた。特攻で死なせた部下たちのことを思い、なるべく長く苦しんで死ぬようにと介錯を断っての最期だった。遺書には、特攻隊を指揮し、戦争継続を主張していた人物とは思えない冷静な筆致で、軽挙を戒め、若い世代に後事を託し、世界平和を願う言葉が書かれていた。
昭和19年10月20日、特攻隊編成の日。マバラカット基地のそば、バンバン川の河原にて、敷島隊、大和隊の別杯。手前の後ろ姿が大西中将。向かって左から、門司副官、二〇一空副長・玉井中佐(いずれも後ろ姿)、関大尉、中野一飛曹、山下一飛曹、谷一飛曹、塩田一飛曹
昭和19年10月25日、マバラカット東飛行場で、敷島隊の最後の発進
淑惠は、司会者に、少し時間をいただきたいと断って、参列者の前に進み出ると、
「主人がご遺族のご子息ならびに皆さんを戦争に導いたのであります。お詫びの言葉もございません。誠に申し訳ありません」
土下座して謝罪した。淑惠の目には涙が溢れ、それが頬をつたってしたたり落ちていた。
突然のことに、一瞬、誰も声を発する者はいなかった。
われに返った十三期生の誰かが、
「大西中将個人の責任ではありません。国を救わんがための特攻隊であったと存じます」
と声を上げた。
「そうだそうだ!」
同調する声があちこちに上がった。十三期生に体を支えられ、淑惠はようやく立ち上がると、ふかぶかと一礼して、本堂をあとにした。これが、大西淑惠の、生涯にわたる慰霊行脚の第一歩だった。
生活のために行商を。路上で行き倒れたことも
同じ年の10月25日。港区芝公園内の安蓮社という寺には、かつて第一航空艦隊(一航艦)、第二航空艦隊(二航艦)司令部に勤務していた者たち10数名が、GHQの目をぬすんでひっそりと集まっていた。
関行男大尉を指揮官とする敷島隊をはじめとする特攻隊が、レイテ沖の敵艦船への突入に最初に成功したのが、2年前の昭和19年10月25日。三回忌のこの日に合わせて、一航艦、二航艦、合計2525名の戦没特攻隊員たちの慰霊法要をやろうと言い出したのは、元一航艦先任参謀・猪口力平大佐だった。安蓮社は、増上寺の歴代大僧正の墓を守る浄土宗の由緒ある寺で、住職が猪口と旧知の間柄であったという。
神風特攻隊敷島隊指揮官・関行男大尉。昭和19年10月25日、突入、戦死。最初に編成された特攻隊4隊(敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊)全体の指揮官でもあった。当時23歳
昭和19年10月25日、特攻機が命中し、爆炎を上げる米護衛空母「セント・ロー」
寺は空襲で焼け、バラックの一般家屋のような仮本堂であったが、住職は猪口の頼みに快く応じ、特攻隊戦没者の供養を末永く続けることを約束した。この慰霊法要は「神風忌」と名づけられ、以後、毎年この日に営まれることになる。
遺された「神風忌参会者名簿」(全六冊)を見ると、大西淑惠はもとより、及川古志郎大将、戸塚道太郎中将、福留繁中将、寺岡謹平中将、山本栄大佐、猪口力平大佐、中島正中佐……といった、特攻を「命じた側」の主要人物の名前が、それぞれの寿命が尽きる直前まで並んでいる。
生き残った者たちの多くは、それぞれに戦没者への心の負い目を感じつつ、慰霊の気持ちを忘れないことが自分たちの責務であると思い、体力や生命の続く限り、こういった集いに参加し続けたのだ(ただし、軍令部で特攻作戦を裁可した事実上の責任者である中澤佑中将、黒島亀人少将は、一度も列席の形跡がない)。
東京・芝の寺で戦後60年間、営まれた、特攻戦没者を供養する「神風忌」慰霊法要の参会者名簿。当時の将官、参謀クラスの関係者が名を連ねるなか、淑惠は、亡くなる前年の昭和51年まで欠かさず列席していた
十三期予備学生の戦没者慰霊法要で土下座をした大西淑惠は、その後も慰霊の旅を続けた。特攻隊員への贖罪に、夫の後を追い、一度は短刀で胸を突いて死のうとしたが、死ねなかった。ずっとのち、淑惠は、かつて特攻作戦渦中の第一航空艦隊で大西中将の副官を勤めた門司親徳(主計少佐。戦後、丸三証券社長)に、
「死ぬのが怖いんじゃないのよ。それなのに腕がふにゃふにゃになっちゃうの。それで、やっぱり死んじゃいけないってことかと思って、死ぬのをやめたの」
と語っている。
大西瀧治郎中将(右)と、副官・門司親徳主計大尉(当時)。昭和20年5月13日、大西の軍令部次長への転出を控えて撮影された1枚
暮らしは楽ではない。夫・大西瀧治郎はおよそ金銭に執着しない人で、入るにしたがって散じた。門司は、フィリピン、台湾での副官時代、大西の預金通帳を預かり、俸給を管理していたから、大西が金に無頓着なのはよく知っている。淑惠もまた、金銭には無頓着なほうで、もとより蓄えなどない。
家も家財��空襲で焼失し、GHQの命令で軍人恩給は停止され、遺族に与えられる扶助料も打ち切られた。
昭和3年2月、華燭の典を挙げた大西瀧治郎(当時少佐)と淑惠夫人
自宅でくつろぐ大西瀧治郎、淑惠夫妻。大西が中将に進級後の昭和18年5月以降の撮影と思われる
焼け残った千葉県市川の実家に戻って、淑惠は生きるために商売を始めた。最初に手がけたのは薬瓶の販売である。伝手を求めて会社を訪ね、それを問屋につなぐ。次に、飴の行商。元海軍中将夫人としては、全く慣れない別世界の生活だった。
昭和22(1947)年8月上旬のある日、薬瓶問屋を訪ねる途中、国電日暮里駅東口前の路上で行き倒れたこともある。このとき、たまたま日暮里駅前派出所で立ち番をしていた荒川警察署の日下部淳巡査は、知らせを受けてただちに淑惠を派出所内に運び、近くの深井戸の冷水で応急手当をした。
「質素な身なりだったが、その態度から、終戦まで相当な身分の人と思った」
と、日下部巡査はのちに語っている。柔道六段の偉丈夫だった日下部は、元海軍整備兵曹で、小笠原諸島にあった父島海軍航空隊から復員してきた。後日、淑惠が署長宛に出した礼状がもとで、日下部は警視総監から表彰を受けた。だが、その婦人が誰であるか知らないまま8年が過ぎた。
昭和30(1955)年、日下部は、元零戦搭乗員・坂井三郎が著した『坂井三郎空戦記録』(日本出版協同)を読んで坂井の勤務先を知り、両国駅前の株式会社香文社という謄写版印刷の会社を訪ねた。日下部は、昭和19(1944)年6月、敵機動部隊が硫黄島に来襲したとき、父島から硫黄島に派遣され、そこで横須賀海軍航空隊の一員として戦っていた坂井と知り合ったのだ。
香文社を訪ねた日下部は、そこに、あの行き倒れの婦人がいるのに驚いた。そして、この婦人が、大西中将夫人であることをはじめて知った。日下部は淑惠に心服し、こののちずっと、淑惠が生涯を閉じるまで、その身辺に気を配ることになる。
淑惠が、坂井三郎の会社にいたのにはわけがある。
淑惠の姉・松見久栄は、海軍の造船大佐・笹井賢二に嫁ぎ、女子2人、男子1人の子をもうけた。その男の子、つまり大西夫妻の甥にあたる笹井醇一が、海軍兵学校に六十七期生として入校し、のちに戦闘機搭乗員となった。
笹井醇一中尉は昭和17(1942)年8月26日、ガダルカナル島上空の空戦で戦死するが、戦死するまでの数ヵ月の活躍にはめざましいものがあった。ラバウルにいたことのある海軍士官で、笹井中尉の名を知らぬ者はまずいない。
その笹井中尉が分隊長を務めた台南海軍航空隊の、下士官兵搭乗員の総元締である先任搭乗員が坂井三郎だった。笹井の部下だった搭乗員はそのほとんどが戦死し、笹井の活躍については、坂井がいわば唯一の語り部となっている。
坂井は、海軍航空の草分けで、育ての親ともいえる大西瀧治郎を信奉していたし、
「敬愛する笹井中尉の叔母ということもあり、淑惠さんを支援することは自分の義務だと思った」
と、筆者に語っている。
坂井は淑惠に、両国で戦後間もなく始めた謄写版印刷店の経営に参加してくれるよう頼み、淑惠は、実家の了解を得て、夫の位牌を持ち、坂井の印刷店のバラックの片隅にある三畳の部屋に移った。日暮里で行き倒れた数年後のことである。
だが、坂井には、別の思惑もある。淑惠が経営に関わることで、有力な支援者を得ることができると考えたのだ。坂井の謄写版印刷の店は、福留繁、寺岡謹平という、大西中将の2人の同期生(ともに海軍中将)ほかが発起人となり、笹川良一(元衆議院議員、国粋大衆党総裁。A級戦犯容疑で収監されたが不起訴。のち日本船舶振興会会長)が発起人代表となって株式会社に発展した。
出資金は全額、坂井が出し、名目上の代表取締役社長を淑惠が務めることになった。会社が軌道に乗るまでは、笹川良一や大西に縁のある旧海軍軍人たちが、積極的に注文を出してくれた。淑惠は、香文社の格好の広告塔になったと言ってよい。
「裏社会のフィクサー」の大西に対する敬意
淑惠には、ささやかな願いがあった。大西の墓を東京近郊に建て、その墓と並べて、特攻隊戦没者を供養する観音像を建立するというものである。
苦しい生活のなかから細々と貯金し、昭和26(1951)年の七回忌に間に合わせようとしたが、それは到底叶わぬことだった。だが、この頃から慰霊祭に集う人たちの間で、淑惠の願いに協力を申し出る者が現れるようになった。
大西中将は、まぎれもなく特攻を命じた指揮官だが、不思議なほど命じられた部下から恨みを買っていない。フィリピンで、大西中将の一航艦に続いて、福留繁中将率いる二航艦からも特攻を出すことになり、大西、福留両中将が一緒に特攻隊員を見送ったことがあった。このときの特攻隊の一員で生還した角田和男(当時少尉)は、
「大西中将と福留中将では、握手のときの手の握り方が全然違った。大西中将はじっと目を見て、頼んだぞ、と。福留中将は、握手しても隊員と目も合わさないんですから」
と述懐する。大西は、自身も死ぬ気で命じていることが部下に伝わってきたし、終戦時、特攻隊員の後を追って自刃したことで、単なる命令者ではなく、ともに死ぬことを決意した戦友、いわば「特攻戦死者代表」のような立場になっている。淑惠についても、かつての特攻隊員たちは、「特攻隊の遺族代表」として遇した。
「大西長官は特攻隊員の一人であり、奥さんは特攻隊員の遺族の一人ですよ」
というのが、彼らの多くに共通した認識だった。
そんな旧部下たちからの協力も得て、昭和27(1952)年9月の彼岸、横浜��鶴見区の曹洞宗大本山總持寺に、小さいながらも大西の墓と「海鷲観音」と名づけられた観音像が完成し、法要と開眼供養が営まれた。
昭和27年9月、鶴見の總持寺に、最初に淑惠が建てた大西瀧治郎の墓。左は特攻戦没者を供養する「海鷲観音」
その後、昭和38(1963)年には寺岡謹平中将の筆になる「大西瀧治郎君の碑」が墓の左側に親友一同の名で建てられ、これを機に墓石を一回り大きく再建、観音像の台座を高いものにつくり直した。
墓石の正面には、〈従三位勲二等功三級 海軍中将大西瀧治郎之墓〉と刻まれ、側面に小さな字で、〈宏徳院殿信鑑義徹大居士〉と、戒名が彫ってある。再建を機に、その隣に、〈淑徳院殿信鑑妙徹大姉〉と、淑惠の戒名も朱字で入れられた。
この再建にあたって、資金を援助したのが、戦時中、海軍嘱託として中国・上海を拠点に、航空機に必要な物資を調達する「児玉機関」を率いた児玉誉士夫である。児玉は、海軍航空本部総務部長、軍需省航空兵器総局総務局長を歴任した大西と親交が深く、私欲を微塵も感じさせない大西の人柄に心服していた。大西が割腹したとき、最初に官舎に駆けつけたのが児玉である。
昭和20年2月、台湾・台南神社で。左から門司副官、児玉誉士夫、大西中将
児玉は、昭和20(1945)年12月、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに拘置され、「児玉機関」の上海での行状を3年間にわたり詮議されたが、無罪の判定を受けて昭和23(1948)年末、出所していた。
巣鴨を出所したのちも、淑惠に対し必要以上の支援はせず、一歩下がって見守る立場をとっていた。「自分の手で夫の墓を建てる」という、淑惠の願いを尊重したのだ。だから最初に墓を建てたときは、協力者の一人にすぎない立場をとった。
だが、再建の墓は、大西の墓であると同時に淑惠の墓でもある。児玉は、大西夫妻の墓は自分の手で建てたいと、かねがね思っていた。ここで初めて、児玉は表に出て、淑惠に、大西の墓を夫婦の墓として建て直したいが、自分に任せてくれないかと申し出た。
「児玉さんの、大西中将に対する敬意と追慕の念は本物で、見返りを何も求めない、心からの援助でした。これは、『裏社会のフィクサー』と囁かれたり、のちにロッキード事件で政財界を揺るがせた動きとは無縁のものだったと思っています」
と、門司親徳は言う。
鶴見の總持寺、大西瀧治郎墓所の現在。墓石に向かって左側に海鷲観音と墓誌、右側には遺書の碑が建っている
大西瀧治郎の墓石右横に建てられた遺書の碑
墓が再建されて法要が営まれたとき、淑惠が参会者に述べた挨拶を、日下部巡査が録音している。淑惠は謙虚に礼を述べたのち、
「特攻隊のご遺族の気持ちを察し、自分はどう生きるべきかと心を砕いてまいりましたが、結局、散っていった方々の御魂のご冥福を陰ながら祈り続けることしかできませんでした」
と、涙ながらに話した。
「わたし、とくしちゃった」
淑惠は、昭和30年代半ば頃、香文社の経営から身を引き、抽選で当った東中野の公団アパートに住むようになった。3階建ての3階、六畳と四畳半の部屋で、家賃は毎月8000円。当時の淑惠にとっては大きな出費となるので、児玉誉士夫と坂井三郎が共同で部屋を買い取った。ここには長男・多田圭太中尉を特攻隊で失った大西の親友・多田武雄中将夫人のよし子や、ミッドウェー海戦で戦死した山口多聞少将(戦死後中将)夫人のたかなど、海軍兵学校のクラスメートの夫人たちがおしゃべりによく集まった。門司親徳や日下部淳、それに角田和男ら元特攻隊員の誰彼も身の周りの世話によく訪ねてきて、狭いながらも海軍の気軽な社交場の趣があった。
「特攻隊員の遺族の一人」である淑惠には、多くの戦友会や慰霊祭の案内が届く。淑惠は、それらにも体調が許す限り参加し続けた。どれほど心を込めて慰霊し、供養しても、戦没者が還ることはなく、遺族にとって大切な人の命は取り返しがつかない。この一点だけは忘れてはいけない、というのが、淑惠の思いだった。
大西中将は生前、勲二等に叙せられていたが、昭和49(1974)年になって、政府から勲一等旭日大綬章を追叙された。この勲章を受けたとき、淑惠は、
「この勲章は、大西の功績ではなく、大空に散った英霊たちの功績です」
と言い、それを予科練出身者で組織する財団法人「海原会」に寄贈した。大西の勲一等の勲章は、茨城県阿見町の陸上自衛隊武器学校(旧土浦海軍航空隊跡地)内にある「雄翔館」(予科練記念館)におさめられている。
昭和49年、大西瀧治郎を主人公にした映画「あゝ決戦航空隊」が東映で映画化され、淑惠は京都の撮影所に招かれた。大西中将役の鶴田浩二、淑惠役の中村珠緒とともに撮られた1枚
淑惠は、毎年、この地で開催されている予科練戦没者慰霊祭にも、欠かさず参列した。
「こういう会合の席でも、奥さんはいつも自然体で、ことさら変わったことを言うわけではない。しかし短い挨拶には真情がこもっていて、その飾らない人柄が参会者に好感をもたれました。大西中将は『特攻の父』と言われますが、奥さんはいつしか慰霊祭に欠かせない『特攻の母』のようになっていました」
と、門司親徳は振り返る。
昭和50(1975)年8月、淑惠は最初に特攻隊を出した第二〇一海軍航空隊の慰霊の旅に同行し、はじめてフィリピンへ渡った。
小学生が手製の日の丸の小旗を振り、出迎えの地元女性たちが慰霊団一人一人の首にフィリピンの国花・サンパギータ(ジャスミンの一種)の花輪をかける。特攻基地のあったマバラカットの大学に設けられた歓迎会場では、学長自らが指揮をとり、女子学生が歌と踊りを披露する。警察署長が、慰霊団の世話を焼く。
予想以上に手厚いもてなしに一行が戸惑っていたとき、突然、淑惠が壇上に上った。
「マバラカットの皆さま、戦争中はたいへんご迷惑をおかけしました。日本人の一人として、心からお詫びします。――それなのに、今日は、こんなに温かいもてなしを受けて……」
涙ぐみ、途切れながら謝辞を述べると、会場に大きな拍手が起こった。
淑惠は、翌昭和51(1976)年にも慰霊団に加わったが、昭和52(1977)年6月、肝硬変をわずらって九段坂病院に入院した。この年の4月、二〇一空の元特攻隊員たちが靖国神社の夜桜見物に淑惠を誘い、砂利敷きの地面にござを敷いて夜遅くまで痛飲している。
「こんなお花見、生まれて初めて……」
77歳の淑惠は、花冷えのなかで嬉しそうに目を細め、しみじみつぶやいた。
九段坂病院5階の奥にある淑惠の病室には、門司親徳や、かつての特攻隊員たちも見舞いに駆けつけ、人の絶えることがなかった。児玉誉士夫は、自身も病身のため、息子の博隆夫妻に見舞いに行かせた。香文社時代の同僚、遠縁の娘など身近な人たちが、献身的に淑惠の世話をした。日下部淳は、警察の仕事が非番の日には必ず病院を訪れ、ロビーの長椅子に姿勢よく座って、何か起きたらすぐにでも役に立とうという構えだった。
昭和53(1978)年2月6日、門司親徳が午前中、病室に顔を出すと、淑惠は目をつぶって寝ていた。淑惠が目を開けたとき、門司が、
「苦しくないですか?」
とたずねると、小さく首をふった。そして、しばらくたって、淑惠は上を向いたまま、
「わたし、とくしちゃった……」
と、小さくつぶやいた。子供のようなこの一言が、淑惠の最期の言葉となった。淑惠が息を引き取ったのは、門司が仕事のために病室を辞去して数時間後、午後2時24分のことであった。
「『とくしちゃった』という言葉は、夫があらゆる責任をとって自決した、そのため、自分はみんなから赦され、かえって大事にされた。そして何より、生き残りの隊員たちに母親のようになつかれた。子宝に恵まれなかった奥さんにとって、これは何より嬉しかったんじゃないか。これらすべての人に『ありがとう』という代わりに、神田っ子の奥さんらしい言葉で、『とくしちゃった』と言ったに違いないと思います」
――門司の回想である。
淑惠の葬儀は、2月18日、總持寺で執り行われた。先任参謀だった詫間(猪口)力平が、葬儀委員長を務め、数十名の海軍関係者が集まった。納骨のとき、ボロボロと大粒の涙を流すかつての特攻隊員が何人もいたことが、門司の心に焼きついた。
こうして、大西淑惠は生涯を閉じ、その慰霊行脚も終わった。残された旧部下や特攻隊員たちは、淑惠の遺志を継いで、それぞれの寿命が尽きるまで、特攻戦没者の慰霊を続けた。戦後すぐ、芝の寺で一航艦、二航艦の司令部職員を中心に始まった10月25日の「神風忌」の慰霊法要は、元特攻隊員にまで参会者を広げ、平成17(2005)年まで、60年にわたって続けられた。60回で終わったのは、代のかわった寺の住職が、先代の約束を反故にして、永代供養に難色を示したからである。
大西中将の元副官・門司親徳は、「神風忌」の最後を見届け、自身が携わった戦友会の始末をつけて、平成20(2008)年8月16日、老衰のため90歳で亡くなった。昭和と平成、元号は違えど、大西瀧治郎と同じ「20年8月16日」に息を引き取ったのは、情念が寿命をコントロールしたかのような、不思議な符合だった。
大西夫妻の人物像について、門司は生前、次のように述べている。
「大西中将は、血も涙もある、きわめてふつうの人だったと思う。ふつうの人間として、身を震わせながら部下に特攻を命じ、部下に『死』を命じた司令長官として当り前の責任のとり方をした。ずばぬけた勇将だったとも、神様みたいに偉い人だったとも、私は思わない。だけど、ほかの長官と比べるとちょっと違う。人間、そのちょっとのところがなかなか真似できないんですね。ふつうのことを、当り前にできる人というのは案外少ないと思うんです。軍人として長官として、当り前のことが、戦後、生き残ったほかの長官たちにはできなかったんじゃないでしょうか
奥さんの淑惠さんも、無邪気な少女がそのまま大人になったような率直な人柄で、けっして威厳のあるしっかり者といった感じではなかった。でも、人懐っこく庶民的で、人の心をやわらかく掴む、誠実な女性でした。長官は、そんな淑惠さんを信じて後事を託し、淑惠さんは、つましい生活を送りながら、夫の部下たちやご遺族に寄り添って天寿を全うした。
正反対のタイプでしたが、理想的な夫婦だったんじゃないでしょうか。いまの価値観で見ればどう受け止められるかわかりませんが……」
そう、現代の価値観では計り知れないことであろう。責任ある一人の指揮官と、身を捨てて飛び立った若者たち。そして、自決した夫の遺志に殉ずるかのように、最期まで慰霊に尽くし続けた妻――。
「戦争」や「特攻」を現代の目で否定するのは簡単だ。二度と繰り返してはならないことも自明である。しかし、人は自分が生まれる時や場所を選べない。自らの生きた時代を懸命に生きた人たちがいた、ということは、事実として記憶にとどめておきたい。
旧軍人や遺族の多くが世を去り、生存隊員の全員が90歳を超えたいまもなお、全国で慰霊の集いが持たれ、忘れ得ぬ戦友や家族の面影を胸に、命がけで参列する当事者も少なくない。彼らの思いを封じることは誰にもできないはずだから。
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halki216 · 6 years
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明日5月2日(水)うつわ謙心 店主 佐藤謙心さん当店に在店致します。 13:00〜17:00まで直接お話しできる機会となっております。是非、お出掛けください。お待ちしております。 . うつわ謙心 静岡分室 -常設作家- 片瀬和宏 白石陽一 岩田智子 川西知沙 三輪周太郎 . #うつわ謙心 #うつわ謙心_静岡分室 #片瀬和宏 #白石陽一 #岩田智子 #川西知沙 #三輪周太郎 #swallowƨ #swallowƨ_shizuoka (Swallowƨ)
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madoka33 · 5 years
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chaukachawan · 6 years
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多けりゃ良いってもんじゃない
おはようございます。僕です。座長です。
今公演最初で、ちゃうかちゃわんとしては最後の稽古日誌になるかと思います。多分長くなるかと思いますが良ければお付き合いください。
とりあえず役者紹介、否、団員紹介をしていきます。きちんと紹介したいと思います。
30期
・網本健吾…オムニで演出をつけた30期1人目。最近はもっぱらアイドルを追っかけてるらしい。オムニで自ら笑いをもぎ取った凄いやつ。笑いを取るセンスを感じるのでいつか化けると思う期待の新人。
・小澤祐貴…そろそろ被ってる殻を破り捨てそうな30期。独特な雰囲気を醸し出してる。ゆるキャラ感ある。ボコボコにするぞ?一回マジでブチギレさせて感情を解放させたいゆるい新人。
・樹木キキ…一番芸名がお気に入りの30期。どの役でも面白おかしくしてる、しようとしてる有望株。今公演では前座コントで関わったけどやっぱりユーモアを感じる。あとツイッターがうるさい。新人公演ではちゃめちゃに暴れてほしい新人。
・岸田月穂…なかなか名前が覚えられなかった30期。岸田月穂って名前かっこいいね。丁寧で包容感のある演技をする。多分今後はちゃうかの母として活躍して行くんだろうな。ちゃうかを優しく見守っててほしい新人。
・木下愛梨…なんか結婚しちゃうことになった30期。この件に関してはあまり触れないでおこうと思う。ふと見ると笑顔が真顔かしてる。笑顔率が上がればいいね。いろんな役を器用にこなす新人。
・古家健作…年齢が同じなおじさん30期。初対面の会話がすごく緊張してキモい感じになった気がする。ややこしい年齢してんじゃねーぞ。でもその年季の入り方は流石で舞台上での自由度はピカイチ。その調子でちゃうかを引っ張っていってほしい老人。
・小林秋人…変なあだ名をつけちゃった30期。この子はねー、真面目な子やねー。ものすごく真面目。良い子。たまに真面目すぎて頑張りすぎてる所あるから肩の力抜いて深呼吸してね。大道具を盛り上げていってほしい新人。
・高木悠…最近よくいじっちゃう30期。お前のキャラはいじってなんぼやぞ。傷ついてたらホンマにごめん。でもその色々を武器にバンバン笑いとってけ。これからもそのキャラで頑張り続けてほしい新人。
・田中桃子…オムニで演出をつけた30期2人目。この子も真面目で頑張り屋さん。とっても良い子なだけにオムニとかで振り回して申し訳ない。これからも寝坊助な舞美の先輩を支えてあげてね。もっともっといろんな演技を見てみたい新人。
・東崎望…常に酒飲んでそうな30期。え、成人だよな?まーよく知らんけどお酒のトラブルには気をつけて。この子はまだ公式に舞台に出てない秘密兵器。新人公演でお披露目されることはあるのかな。ちょっぴり期待な新人。
・中戸太一…幸せな家庭を築きそうな30期。もうなんか善人オーラがヤバすぎて逆に怪しい。最近たまにだる絡みしちゃう。ごめんね。この子は良い演技をする。平凡から狂気まで演技の幅が広そうな新人。
・三葛麻衣…だいたい笑ってるイメージのある30期。ただ舞台上に立つと顔つきが変わる。のほほんキリッな良い役者。ダンスもとても上手かった気がする。これからバシバシにちゃうかを引っ張っていきそうな新人。
・ルーチェ…数年後音響の鬼と呼ばれそうな30期。ふと見るといつも音響の仕事に関わってる気がする。勉強熱心。しっかりと先輩から技術を引き継いで頑張っていってほしい新人。
・渡部快平…かっぺいって呼びたくなる30期。イケメンすぎて困っちゃう。いつか全裸の役をやらせたいね。顔もだけど声がいい。やっぱり全裸でオリーブオイルを体に塗りたくる役をやらせたい。阪大にファンクラブができたらおもろいなーって思う新人。
・Airman…とりあえず話が長くなりがちな30期。いろいろ考えすぎで1人でにパンクしてそう。まぁ人生楽しんでね。演技はとてもアクが強くそのアクを存分に発揮できる役なら最強なんじゃないかと思う。その調子でちゃうかに混沌をよろしくな新人。
・GEO…ちょっと眩しくて目を瞑っちゃう30期。すごいモテそう。ちゃうか唯一の陽キャラ。数年後はちゃうかの部室でパラパラしてそう。生まれながらの主人公感あるからそれを生かして頑張ってほしい新人。
・KIM YOUNG JOON…ある意味深い因縁のある30期。面白い、お前がナンバーワンだ。なんか声が好き。お酒はほどほどにね。もっともっと舞台での活躍を見たいお気に入りの新人。
・lulu…THE演劇感のある30期。もう演技面で言うことないんじゃないかな、知らんけど。素ではキツイ姉さんキャラなのでそれを舞台上で見てみたい。割と本気で小澤とかをビンタしてほしい。ちゃうかに留まらずいろんな所で活躍しそうな新人。
29期
・遠藤由己…静かでうるさい29期。オンオフが激しい。今公演では主役を張ってる。いいね。五分五分で笑いをとったり滑ってたりしてる。もっともっと笑いをとってってほしい。部屋とり議長頑張ってね。
・大林弘樹…ちゃうかちゃわん野球漫画に出てきそう人ランキング1位な29期。なんか熱く友情語ってそう。いろんなことでお世話になってる。ありがとう。これからもいろんな人を支えてあげる良き舞監であり続けてね。
・久保伊織…そろそろ殴られるんじゃないかって思う29期。ダル絡みがすごい。どんまい。かっこいいのに可愛い憎めない後輩。ずるいぞこの野郎。これからはダル絡みする方になるんやぞ。あと金返せ。
・児玉桃香…実はちょっと��い29期。ふわふわしてるけどスパスパしてる。オムニの時から上手かった。自分の武器を生かしてる感。これからは陰でちゃうかちゃわんを支配してください。
・佐々田悠斗…寝坊助な29期。最近ただただ暴言を吐いてる気がする。ごめんね。お前は一生悪役や。天性のもんや。これからもちゃうかの悪役として堂々と演技しろよ。あ、ちょっとマイペースすぎるからちょっと周り気にしろよ。
・サミュエル・ツヤン…マルチリンガルな29期。一番有能説。日本語で脚本書くって普通にやべーと思う。ちゃうかちゃわんのどの世代にもいる留学生。その強みを今後も生かしていってね。そして、留学生いっぱい入れてね。
・石英…口調と年齢が一致していない29期。後輩が入って少しフランクになった。お前もクセのある演技をするね。とても良いと思う。そのクセを弱めず強めて笑いをとってね。あと初田を支えてあげてね。
・武田聖矢…1番あだ名が似合ってる29期。つぶらな瞳をしてる。こいつの発狂芸には誰も勝てない。羨ましい。お前は毎公演発狂しろ。あともう少し謙虚になった方がいいと思うぞ。どーでもいいけど。
・町民I…誰やねんな29期。よくわからん芸名使いやがって。乙女にするぞ。何故かだる絡みしちゃう。いろんな人にだる絡みするけどそのダルさはダントツかも。丁寧な深みのある演技をする。ベテラン感あっていいね。
・音川…ちっこい29期。でもパワフル。最近はとても先輩感が出てきたとおもう。この子は入団当初から安定感のある演技をする。見てて心地よい。ちっこいながらも姐さん感が出てきたとおもうので29期姐さん3人衆で、ポンコツ29期男子を引っ張ってあげてね。
・野井天音…元ヤンな29期。多分元ヤン。釘バットが最も似合うオンナ。もっと暴力振るっていいんだよ。でもそんな素行に相反したとても繊細で緻密な脚本を書き、演技をする。見てるとなんかエモくなるよね。さすがです姐さん。
・初田和大…あーうるさい奴が来てしまった。わーーーー。あ、対抗して僕もうるさくしてます。こいつは本当に出来が悪い。けどその出来の悪さを努力、量でカバーしようとするから本当に凄い。立派。あとすげー良い先輩。これからも頑張れよ。頼んだぞ。
・森中社…こいつは何期かよー知らん。とりあえずプーさんだと思ってる。良い後輩ランキングダントツの1位。あと今回すげー面白い脚本書いた。悔しい。これからもちゃうかちゃわんをもっと面白くしろ。これは命令です。
28期
・アエギュプトゥス…ほんま誰やねんお前な28期。けどちゃうかちゃわんに入って1番迷惑かけたかも。何度もこういう場で謝った気がするけど恥ずかしいから面と向かっては絶対謝らんからな。でもこれからも仲良くしてください。こいつの演技はすごい。こんなモブで輝けるやつおらん。もっともっと役者姿が見たいね。
・飯田結湖…めちゃくちゃ成長した28期。なんか上から目線でごめん。でも本当に頼れる制作チーフになった。この子がいないと何度公演が中止になったか。本当にありがとね。お疲れ様。前座コントも面白かった!
・市川萌…頭が上がらない28期。本当に副座長を頼んで良かったと思う。いつもいつも迷惑かけたし助けられた。なんかいつか奢ろうとおもう。そういえばオムニで共演した。感慨深い。ワタナベミツヒロ最高。副座長だけじゃなく、舞監、演補と本当にお疲れ様。ゆっくり休んでね。また遊ぼうね。ありがとう。
・岸本絵里香…スウェーデンに行ってしまった28期。何しとんねんほんま。お前おらんと28期しまらんぞ。ということでね、いつもおもろかったこの子は今公演は見守りタイムです。その分きっと充電を貯めてます。後輩たち、卒公でちびるなよ。また演劇しようね。燃やそうね。
・倉本隆成…僕はそこまでイケメンじゃないと思います28期。でもなんか入団からどんどんイケメン度が増してる気がする。クソだね。仲が悪そうなのは愛情の裏返しじゃねーからな。たぶん。でも月の土地は今までもらったプレゼントで1番嬉しかったよ。マジで。
・黒島めぐみ…実は1番破天荒な28期。たぶん。散々言われてると思うけど敬語がガバい。思い切ったド派手な演技で笑いをかっさらっていく。ずるい。正直まだまだ彼女を掴めてない不思議な女の子。たぶん思ってるよりもシンプル。
・竹中小百合…何回か本気で怒られたことある28期。たぶん本気で怒ってた。その度に割と真面目に反省してるから許して。ヒロイン感がすごいよね。溢れ出るヒロイン感。今回も流石のヒロイン。これからもたぶんヒロイン。新人の時のキレてる演技が一番好き。
・壇上翼…僕です。さて、皆さん気づいたでしょうか?そうです。つちへんになってます。これに気づけた団員は素晴らしい。僕も心置き無く引退できます。これに気づけなかった団員は今日中に反省文を僕まで提出してください。1,000時前後となります。よろしく。
・寺田倫子…何となくフワついてる28期。喋り方がね、フワついてるよね。中身はそんなにフワついてないけど。けどなんか和むよね。こいつもオムニで共演した。あの時は恥ずかしくて全然喋れなかったけど今はちょっとは喋れるようになったかな。ゆるふわな演技とても良い。
・中本星伍…まごうことなき質量な28期。最初はだいぶ距離を感じて、距離が縮まって、なんか女できてまた距離ができて、また縮まった気がする。話しててちょー楽しい。パワーのある演技凄くいい。もっと肥れよ、何遊んでんだ?100キロ超えてから出直してこい。あ、おじさん。
・藤崎友理…イモ焼酎が最も似合う28期。今日もイモを飲んで欲しい。今飲んでる姿見たことないけど。最近は写真撮りおばちゃんになってる。でもとても楽しそうでなにより。楽しいのが一番だよ、これからも人生楽しんでいこ。あ、めっちゃ演技上手い。さすが宝塚。
・松岡玄…ゴリラ。うほうほほうほ、うほほうほうふほほほ?ほふほふへふへ。ひひんひひん。ううーううー。ほっほほほほほ。うほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほうほ。
・水谷菜奈…あーまだふわついてる奴いたわー28期。一番ゆるふわ。でもなんだかんだいろいろ考えてるよね。計算されたゆるふわ?この子は竹中とは違ったヒロイン感がある。とてもヒロイン。どっちがよりヒロインかは知らん。でもやっぱり新人のもーみんなゴミ!が一番好き。
・三宅雄太…え?こんな奴同期におったっけ?たぶんおったとおもうけどよーわからん。こういうくだりをすると本当に凹んでるのか喜んでるのかよくわからん反応する。ある意味一番演技が好きかもしれない。キラキラキラキラうるせー。黙ってろ。
・山内。…あーやっと最後だ。えっとね、この子はね、見てて楽しいね。すげー楽しそうかすげーしんどそうかしてる。僕もいろいろ振り回されたけど今ではいい思い出だね。そういえば今のちゃうかで一番キャスパを作ったんじゃないかな。本当にお疲れ様。いいキャスパばっかだったよ。
はい、ということで団員を紹介しました。こんなにいたんですね。こんなにいたのに誰一人として被ってない。個性の塊たち。こんな奴らと演劇やってるんだから楽しいに決まってますよね。
思えばちゃうかちゃわんに入団を決めたのはささいな隣人トラブルでした。それがまさかこんなことになるとは。何はどうあれ、本当に入団してよかったです。とりあえずちょっとエモいこと言っときます。
演劇は楽しいです。ずっとやってずっとずっとやって自分で劇団立ち上げたりして、何でそこまでってくらいのめりこんでしまいました。それはお客さんの笑顔が見たいから、終わった後の達成感を味わいたいから、いろいろあると思いますが、僕の場合、一番は稽古が楽しいからです。ちょっと変なことを言うと本番より稽古の方が楽しいです。みんなで稽古して、時にふざけて時に真面目に。そんな時間が何よりも大好きです。その延長線上に本番があり、この楽しさ、かっこよさ、感動をお客さんに伝えたい、一緒に分かち合いたい、てな気持ちで本番に臨んでます。だから、引退する僕から後輩に偉そうに言えることは、楽しむ、これだけです。稽古も作業も仕込みも本番も、全部全部楽しんでください。笑ってください。そうして初めて人を笑わせれる、楽しませれると思います。もちろん辛い時しんどい時もあると思います。けどやっぱ、何で演劇やってるかって言ったら、楽しいからだと思います。そのことを思い出して頑張ってください。そして、たまにこの稽古日誌を思い出して、檀上恥ずかしいこと言ってんなって笑ってください。僕も一人で何書いてるんだろうって今笑ってますから。
はい、マジで恥ずかしいこと書いちゃったので、その恥ずかしさをごまかすために僕の初演出のワタナベミツヒロさんが本番前日に送ってくれた言葉の一部をここで記したいと思います。
「本番は何が起こるかわかりません。今までウケていたネタがウケなかったり、何でもないシーンでお客さんから笑いが起こったり…でもどんなことがあっても僕たちがやってきた一ヶ月間は嘘をつかないと思います。
ウケてもウケなくても、全力でやりきって、楽しみ切ってください。楽しんだもの勝ちです。自分達が楽しんでいるのを見てきっとお客さんも楽しんでくれるはずです。」
長いですね。これで1/3くらいです。ほんと、良い人ですよね。この文にあるように楽しむこと、これが大事です。
最後になりましたが、劇団員のみんな、先輩方、そしてちゃうかちゃわんを見に来てくださったお客様、本当にありがとうございました。楽しく幸せな2年半でした。これからもちゃうかちゃわんをよろしくお願いします。僕は老害になるので後輩は面倒をみてください。
そして、あと1ステージ、めちゃくちゃ面白い脚本が上演されるので来るかどうか迷ってる方は是非来てください!そして、役者やオペは全力で楽しんでください!!
引退ダーーー!!!
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ronshi · 7 years
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『僧侶必携』
『僧侶必携』永田文昌堂刊より
   今日出発 万年初歩(白隠禅師)    真実は常に新しい 時事はすぐ古くなる    一日をむなしく過ごす人は 一生をむなしく遇ごす    くりかえしをおそれ くりかえしをよろこぴ 今日を生きる    年をとることはよろこぴである 去年わからなかったことが 今年はわかるからだ    長所も鼻にかければ 短所 短所も自覚すれば 長所    ほんものがわからないと にせものをつかまされる    牛 水を飲めば乳となる 蛇 水を飲めば毒となる(華厳経)    人の欠点がよく見えること自体 自分の欠点    ほめる人は ほめられる くさす人は くさされる    花を持った者がよける細い道    失ったものをなげくより 残されたものを 活かそう(グッドマンパラリンビック創始者)    嵐に耐える これが人生    不平の嵐に花は散り 感謝の大地に実がみのる    法聞ケヨ キケヨキケヨと 祖先(おや)の声    幼な子に合わせてみせるこの両手(宮下長太郎)    手をあわす家庭に育つよい子供    子と親は 同い歳    お金をたいせつに 物をたいせつに 心をもっとも大切に    物を粗末にし 仕事を粗末にし 人を粗末にすれば 自分も粗末にされる    土地があればそれで悩み 土地がなければまたそれでなやむ(大無量寿経)    何が起こるかわからないのが 世の中 何をしでかすかわからないのが 自分    わが身が大事なら 人さんを大事にせねば(足利源左)    十聞いて一話すを賢といい 一聞いて十話すを愚という    人間は 急がなくてもよいことを急ぎ 争わなくてもよいことを 争っている(大無量寿経)    スポーツに勝者はあっても 戦争に勝者はない    ガソリンの少なきままに飛ぴたちて僚機は日毎に還らざりけり(片山博園)    大き骨は先生ならむそのそばに小さき頭の骨集まれり〔原爆〕(正田篠枝)    牡丹江の河に棄てたる幼な子の溺るるさまを君泣きていふ(寺田栄子)    千万が(ちよろづ)のいのちのうえにさづかれし平らけき世を生くる悲しさ(大谷嬉子前裏方)    叱られた恩を忘れず墓まいり    夏には冬がよいといい、冬には夏がよいという これじや不平の一生だ    多いのも人間 少ないのも人間    怨みは怨みで静まらない 自分が怨みを捨ててこそ静まる(法句経)    この道は親鸞もゆき唯円も召されてゆきしわれらゆかなん(梅原真隆)    読みなれし聖教なるに読みゆけば新しく読むおどろきもあり(梅原真隆)    本願の船の目あては凡夫なり 煩悩具足の人はみなのれ(木山至善)    世を挙げて燥の時代といふものあり 日本列島飲み食い踊る(岸上たえ)    連如忌やまぼろしと云ひ露と云ふ(室賀映字朗)    今はただベッドに安く臥すがよしまかせよと聞こゆみ仏の声(季平由美子)    仏法がわかるということは、自分がわかるということである(原随園)    年はとりたくない しかし長生きはしたい この虫のよい人間    鏡の前に立てば姿がうつる 教法の前に立てば心がうつる    いくたぴかお手間かかりし菊(聞く)の花(千代女)    人は落ち目になると墓相や家相が気になりだす    よき師がいないのではない 師を見出す心がないのである    奪って得なく与えて損なし(二宮尊徳)    衣食足りて 礼節を知らず    年々花は似たれども 歳々人は同じからず    言うものは水に流し 言われたものは石にきざむ    人生 やりなおしはきかない しかし 見なおしはできる    いつの日か いつの日にかと 一生が過ぎゆく    忙しいで半生 寝て半生    悩みもち野道を帰る夕ぐれを 鐘おごそかにわがこころうつ    百八つの鐘の終わりに悔い一つ(スミ子)    一生過ぎやすし(蓮如上人)
同『僧侶必携』永田文昌堂刊より
掲示伝道用語文例五○○集
   元旦のこと 皆非なる はじめかな(高浜虚子)    元旦や 今日のいのちに 遇う不思議(木村無相)    御仏の 御名となえつつ あらたまの 今年も清く 日々を送らむ(甲斐和里子)    みひかりのうちに住む身の嬉しさを今年はたれに先ずわかたまし(甲斐和里子)    生きることの むつかしさ 生さることの ありがたさ 生きることの うつくしさ まかせきつて 生きることの よろこびに 燃えよう(坂村真民)    生かさるる いのち尊し けさの春(中村久子)    こつこつ こつこつ 書いてゆこう こつこつ 歩いてゆこう こつこつ こつこつ 掘ってゆこう(坂村真民)    仏法を聞くとは 自己を 聞くことである    今を 大切に生きる 一日を 大切に生きる 一生を 大切に生きる    やりなおしの きかない 誰にも かわって もらうことの できない  今日一日    人間は 自分に 都合のいい人を 良い人だといい 自分に都合の悪い人を  悪い人だという    歳旦の 目出度きものは 念仏かな(句仏上人)    報恩に 休息なけれど 年の朝(句仏上人)    めでたさも 中くらいなり おらが春(一茶)    私が笑うと 鏡も笑う 怒った顔すりや 鏡も怒る この世は すべて 私の心の鏡だ    人間に 生まれてよかった 私が私に 生まれてよかったと 心の底から  叫ばれる時に はじめて成人になる(米沢英雄)    この日 この時 この場所が つまり 私の全部の人生だ    自己を知ること いよいよ深くして 如来を知ること いよいよ深し    科学は ものを見る目 宗教は 心を観る眼    やり直しのきかぬ 人生であるが 見直すことが できる(金子大栄)    よい人にあって 教えられ 悪い人にあって 反省すれば 善悪共に ありがたい    誰の 言葉からも 何かを 聞きとろうとする人は 常に進んでいる 人である    悩みの種は つきないが 悩みをこえる 道は開かれてある    神仏を拝む 人は多いが 神仏を 嘆かせている 自分に気づく 人は少ない    宗教は 外から説法によりて わからされるものでなくて 内から 聞法を 機縁にして 自ら開けゆくものである(鈴木大拙)    施しは 仏の心 施したと言う心は 外道の心なり    人生の帰るべき処を もたなければ たとい八十で死すとも若死である    智慧を 求める者は いつも若い    平凡なことを 毎日平凡な気持で 実行することが すなわち 非凡なのです(ジイド)    いっさいに対して 私は 初心でありたい(亀井勝一郎)    真なるものは 必ず新しい しかしながら 新しいもの 必ずしも 真にあらず(金子大栄)    一すじに生きる ひとの尊さ 一すじに歩みたる ひとの尊さ われもまた 一すじに生きん 一すじに歩まん(坂村真民)    十人の子を養う 父あり 一人の父を 養わざる 十人の子あり(釈尊)    なにも 知らなかった日の あの素直さにかえりたい 一ぱいのお茶にも 手をあわせて いただいた日の あの初めの日に かえりたい(坂村真民)    踏まれても 根強く忍べ 福寿草 やがて 花咲く 春は 来たらん    母となりながら 母の眼を持たぬ人もおれば 子の生めぬ 悩みをもちつつ 母性的な眼を持つ人もある    物があることは 幸福の条件 であるが 幸福 そのもの ではない    見渡せば 往きかう車の 数知らずいづちへ人は 行かんとすらん(湯川秀樹)    苦しいことから 逃げていると 楽しいことからも 遠ざかる    自分のことしか 考えない者は 世間から取り残される    我れ 必ずしも 聖に非ず彼れ 必ずしも 愚に非ず 共に是れ凡夫のみ(聖徳太子)    この世の ものはすべて 壊れるものである わがままな心を すてて 精進するがよい(釈尊)    冬がすんだら あたたかい 春がくる 楽しみだ 楽しみを待つような原因を 平常から つくっておきた    地がくるえば 地震 水がくるえば 水害 火がくるえば 火事人がくるえば 鬼となる    生かさるる よろこび にほふ 春の梅(中村久子)    無条件の救いとは この私が救われることである    失敗が教える教訓 まじめに味わう人は 必ず 再起できる    他人が 自分を苦しめる のではない 自分が考えたことに 自分が苦しめられている のである    なさけの人は あたたかく 知恵のある人は きよらかなり    合掌の姿は尊く 念仏の声は美し    おろかなる 身こそなかなか うれしけれ 弥陀の誓に逢うとおもえば(良寛)    人の一生は 短いというが それは 時間の使いよう働きようである(吉井勇)    科学は自然への問いかけ宗教は自己への問いかけ(東昇)    財あれば おそれ多く 貧しければ うらみ切なり(鴫長明)    幸せを感じ得る身 となることが 根本の幸せであり 不幸しか感じ得ない身となることが 最も不幸なのである    恵まれし いのちなりせば 今日の日は 再び来ぬ 尊き一日    涙とともに パンを食べたものでなければ 人生の味は わからない(ゲーテ)    暴力が 獣の法則で あるように 非暴力は 人間の法則である(ガンジー)    水を飲んで楽しむ者あり錦を着て憂うる者あり    逆境を生きぬく人は尊い だが順境に酔わない人もまた有難い    明日 何をすべきかを 知らない人間は 不幸である(ゴーリキー)    自分の足らないところを見るのもよいが 自分にあるものを見ていこうそれは自分を大切にすることになる    念仏して 薄団の中に 合掌す(句仏上人)    愚痴を いうているうちは 進歩しない    自己嫌悪がない ということは 自己を 熟愛する事のない証拠だ(志賀直哉)    親のみ「いい子だのに 悪いことをして」と悲しむ    ひとりの殻を出て 縁あるままに人に遇う仏に遇う(榎本栄一)    人間生活の すべてに 味を持たせる というのが 南無阿弥陀仏の働きである(金子大栄)    嫁ぐ子に 忘れずもたす 珠数一つ    ただ一度かぎりのこの生命なのだ大切に今日一日を生きよう(広瀬晃)    もえさかる この煩悩を いかにせむ あみだ仏の み手のままに(中村久子)    海をよごし 川をよごし空をよごしあさましい人間 然し地球はこのあさましい 人間を抱いて悠悠自転している    方向をかえよ 光を 背にするから くらい闇が生まれるのだ    自分が怒れば 相手もおこる 自分が笑えば 相手も笑う 相手の顔を決めるのは いつも こちらの 顔つきだ    み仏といつも二人のよいくらし    時代に追従するあまり自己を失うことを憂うべし    悪をなさば 自ら汚れ なざざれば 自ら浄まる 浄 不浄は 自己による他から浄められる ものではない(釈尊)    自分の心さえ 自分の思うよう にならぬのに 他人を 思うようにしようと 考えるな    寒かった年の春には樹木はよく茂る人は逆境にきたえられてはじめて成功する    たくさんの 言葉よりも ただ一言でよい 真に 味のある 言葉が聞きたい    深い水ほど 波立たない 浅い水ほど 波がたつ 人間の心も それと同じだもまれねば この味はでぬ 新茶かな    貧しくとも 心はつねに 高貴であれ 一輪の花にも 季節の心を知り 一片の雲にも 無辺の詩を抱き 一碗の米にも 労苦の恩を 感じよう(坂村真民)    遺産なき母が 唯一のものとして 残してゆく死を 子らよ受けとれ(岡本かの子)    一粒の砂に 一つの世界を見 一茎の野の花に 仏を見る    人を 人とする ことによって 自分も 人となる    にちにち出合う なんでもない あたりまえの人を ひそかに拝めるような 私になりたい(榎本栄一)    自分の わがままは あたりまえと思い 他人の わがままは 許せないと思う    何ひとつ 成しえぬ身にて いたずらに 世にあることのはづかしさかな(足利義山)    腹の立つときは 石を見よ 千万年も黙って 濁世のなかに 坐り続けてきた 石を思え(坂村真民)    仏教は 知識の増大ではなく 智慧の完成を 苦痛の減少や 快楽の増大ではなく 苦悩の消滅を 目的とする(真継伸彦)    まことの 喜びは 人にわかちあって かえって 深まる    十億の人に 十憶の母あれど わが母にまさる 母あらじ    おはようと 素直に言える人は ありがとうという言葉も自然に出てくる(井上信一)    泣いて 笑うて 愛して 憎んで 最後は 別れてゆく    他を しがむる勿れ 他をいましめんとする 心をいましめよ(清沢満之)    南無阿弥陀仏と いうのは 人間の一生を 送るための 姿勢である(金子大栄)    み仏の心は 春の日の 水の如し 我々の心は 冬の夜の 氷の如し    人間にとって 大切なことは 言葉を 尽すことだという だが もっと    大切なことは 最後の一瞬まで 耳を傾けぬくことである(広瀬 杲)    自らを灯火とし 自らを帰依として 他を帰依と してはならない 法を灯火とし 法を帰依として 他を帰依としてはならない(釈尊)    心得たと 思う心には 油断がある 心得られぬと 思うことは 心得る 前兆である    待つ長さ 過ぎ去る速さ 生きる今    鮎は 瀬に住む 鳥は 木の枝に 人は 情の下に 住む(良寛)    たたかれて 強くなるのだよ わらわれて 反省するのだよ 叱られて えらくなるのだよ    人間の偉大さは 人間がおのれを みじめなものと 知る点である(パスカル)    自分を知ることが 深ければ深いほど 人はいきいきとしてくる(ハイデッガー)    だまされる人よりも だます人のほうが 数十倍くるしいさ 地獄に 落ちるのだからね(太宰治)    人生における苦しみは すべて如来の 激励である(曽我量深)    私が親鸞から学んだものを 一言で言えといわれれば 人生はマイナスの裏に プラスあり ブラスの裏にマイナスあり ということだ(井上信一)    さりながら 人の世はみな 春の雪(句仏上人)    心眼の 開けるのは 苦悩に あったとき    耳は だまっているくせに 聞いている 自分のうそを 聞いている    死がわかれば 生のねうちが わかる 生のねうちが わかれば 死は死ではない    失敗もおかげである 失敗して 自分を知る 他人を知る 入生を知る みんな ありがたい    お彼岸は 暑さにも寒さにも かたよらない 私の心は たかぶりの暑さや 卑屈の寒さに かたよって いないだろうか    春彼岸 菩提の種を まく日かな    人をそしらず自慢せず 身のいたらぬを恥じて 念仏    すなおに人の言うことが聞ける人は 最も力ある人 小心者は 我を張って 入の言うことを 聞こうとしない    生々世々の 悪を知らず慈眼の前に 何を甘ゆる(九条武子)    亡き人を 案ずる私が 亡き人から 案じられている    死ぬべきものが 今生きている 自分の今日を よろこびたい    一年は 春夏秋冬のリズム 一日は 昼と夜のリズム 人間は この自然のリズムに 合わせて生きている    寒さに ふるえた者ほど 太陽を暖かく感じる 人生の悩みをくぐった者ほど 生命の尊さを知る(ホィットマン)    潅佛の 日に生れあふ 鹿の子かな(芭蕉)    里の子や 鳥も交る 花御堂    あめつちの中に 我あり 一人あり(吉川英治)    天にも地にも われひとり 教えをきくも われひとり    それぞれに 特色あり 花の優しさ 雑草の根強さ    姿より かおりに生きる 花もある    人と生まれた 悲しみを知らない ものは 人と生まれた 喜ぴを知らない これが 浄土教の人生観である(金子大栄)    親鸞の信仰は 他人のことをとやかく いうのではなく どんな人もその人 自身の可能性を発見し その人の花を咲かせる ことができるという信仰である(井上信一)    満開の花木の香は 遠く吹き もたらされる ごとく 善行の香は 遠く吹き もたらされる(ウパ二シヤッド)    きれいな花を ほめる人は あっても 花を生かしている 土中の根を 思う人は 少ない    花は 自分の美しさを 知らない そこにおくゆかしさがある    信仰は 人生の力である    他人を困らせて 得たのは 自らの身に つかない    朝は 希望に起き 昼は 努力に生き 夜は 感謝に眠る    たっぷりと 春は小さな 川々まで あふれている あふれている(山村暮鳥)    自己を 見失っている者には 金も名誉も地位も 禍のもとである    幸福は 外に求めるな 現在与えられている 境遇の中に見いだせ    現在は 過去の集積である 未来の人生は 今積み重ねつつある    頬よせて 共に笑える人がある 抱き合って 一緒に泣ける人がある プンなぐり 思告しあえる人がある    肩たたき 激励しあえる人がある 我こそ この世の幸運児    たとえ 一生を尽してでも 遇わねばならない ひとりの人がいる それは 私自身(広瀬 杲)    手を合わすことから ものみな善意に受けとる心が生まれる    タンポポの 種の軽さ タンポポの 根の深さ それを 学びとろう わがものとしよう(坂村真民)    小楽を 捨てれば 大楽を 得るであろう智者は 大楽を見て 小楽を 捨つべきである(釈尊)    生きるということ それは つねに 誕生の意義を 問われ続ける ことである(広瀬 杲)    人生は 深い縁の 不思議な 出合だ(坂村真民)    人生とは その日 その日のこと(金子大栄)    聞法は 礼拝から始まる 礼拝は お仏壇の 掃除から始まる    大勢の 知りあいが あるよりも 一人の 親友をもちたい    与えられた このいのち このちから せい一ばい生きよう 精一杯働こう    欲望の倫理を 肯定するものは まことの 宗教ではない(伊井文子)    同じ五本の指集でも握ればゲンコツとなり胸に合わせれば合掌となる    失敗しないのが 偉いのではない 失敗しても 再び 立上る人が 偉いのだ    おなじようなことを くりかえす 日日であるが この日から 私はいろいろなことを 無尽蔵に学ぶ(榎本栄一)    もったいなし もったいなし 生かされて 生きて ナムアミダプッー(木村無相)    散る桜 残るさくらも 散るさくら(良寛)    仏の心とは 大慈悲 である(釈尊)    吉凶は 人によりて 日によらず(吉田兼好)    散れば咲き 咲けばまた散る 春ごとの 花のすがたは 如来常住(一休)    人多き 人の中にも 人ぞなき 人となれ人 人となせ人    人生は 学校である そこでは 幸福よりも 不幸の方が よい教師である(フリーチェ)    親の言うことを 聞かぬ子も 親のまねは 必ずする    信心というのは ただ仏の願心の ありがたさに 胸打たれるということのほかにない(金子大栄)    人生は 一箱のマッチに似ている 重大に扱うのは ばかばかしい 重大に扱わなければ 危険である(芥川竜之介)    何一つとして 最後のよりどころと なるものはない 妻も子も私自身すらもという驚きこそ 宗教の門に入る 第一歩である    親あっての子 子あっての親 二にして一 一にして二    憎む者を愛しようとすることは尊いだが憎むこころのやまぬ己がこころを恥じることもまだ尊い    南無阿弥陀仏の 念仏に ふれてはじめて まことの世界を 知らされました これが私の 立教開宗    せんだんの 枯れても残る 香りかな(句仏上人)    わが行く道に 茨多し されど生命の道は 一つ この外に道なし この道を行く(武者小路実篤)    あざみ花 我が身の針を 知らずして 花と思いし 昨日今日まで    子をしかる 親は多いが 子の行為の中に 自分の欠点をみて はじいる親は少ない    十憶の人に 十憶の母あれど わが母に まさる 母あらめやも(暁鳥敏)    この世で 母を敬うことは 楽しく 父を敬うことも また楽しい(法句経)    山あれば 谷あり 谷あれば水あり うつくしきかな 家あれば 母あり 母あれば 涙あり やるせなきかな(サトウハチロー)    幼児を抱ける 母親ほど 見る目清らかなる ものはなく 多くの子女に 取りまかれた母親ほど 敬愛を感じさせる ものはない(ゲーテ)    戦死者を偲ぶとは 争いを悲しむこころである    社会に貢献する人間は 実にきびしい規律を 自己に課している人である(高橋和己)    仕事に うちこんでいる 人のまわりは いつでも 明るい    そむきつづける 我をしも あわれみやまぬ 瞳あり 造悪われに たまわりし 念仏のみぞ まことなる(米沢英雄)    空中 海中 地中 いかなる処にあっても 悪い行為の 報いを 免れることはできない(釈尊)    世の中には物を失ったとき血眼になって探すが 心を失っても平気でいる人が多い(舟橋一哉)    悩みを つき抜けて 歓喜に到れ(ベートーヴェン)    無量寿 花咲くも 花散るも(広瀬 杲)    あらとうと 青葉若葉の 日の光(芭蕉)    人間は すべての人たちに 自分自身を見るとき はじめて 自分の生を 把握するのである(トルストイ)    真に人間の名に ふさわしい人間を 他から区別する 本質的な特徴は 困難な逆境に 耐えぬくことである(ベートーヴェン)    向こうが 憎むから こちらが憎むでは 両方 たすからない    正しく 明るく 力強く 生きてゆけるのが 救いである    自己の 分限を知れ 背のぴすると かならず 疲れる    花 見事に咲きぬ 誇りもせで やがて うつろひぬ つぶやきもせで(柳 宗悦)    光を かかげた人に めぐりあうと いうことは 人生の 一大事件です(井上信一)    青年愛読する古典を持つこと 少年自然に親しみ 永遠なるものを 思慕すること 幼年お早ようお休みを 忘れぬように(金子大栄)    自分ばかり もうけようとするから 損をする    念仏は知る力 自己を知る 悪を知る 死を知る 恩を知る    そしる風 ほめる風をも そのままに 柳になりて 南無阿弥陀仏    愚者は たとえ 一生涯 賢者に仕えても 匙が 食物の味を知らないように 真埋を 知ることがない(釈尊)    退屈は すべての 悪の根源である(キェルケゴール)    鳥が 卵をぬくめる ように 私は 心をぬくめる これが 私に残された ただ一つの 仕事(榎本栄一)    わが生よ 一輪の花のごとく 一心であれ わが死よ 一輪の花のごとく 一切であれ(坂村真民)    生きて甲斐あり 死して悔いなき一日が われらの生涯を ゆたかにする    ほほえむ花あり 舞う蝶あり ざえずる鳥あり すだく虫あり ささやく風あり 語る雨あり おお何たる恩恵ぞ    幸福とは 必ずしも 物に付いているのではなく 幸福とは 幸福の意味を 知ることである    死を忘れるとき生活は浮き 死を知るとき生活はくずれ 死を超えるとき生活は成就する    念仏する身が 辛抱するに非ず 相手の辛抱が 見えるのである(大河内了悟)    「これは私のもの」と 思えるものも 死によって失われる 賢い者は その理を知りつくして 己の執着を去るのである    聞法は 死の準備でなく 生の糧である    つつましく 生きてゆこう つゆくさの つゆのように つかのまを 大切にしてゆこう(坂村真民)    汚れなく 罪なき人を 汚そうとしても その悪は 却って その人に戻ること 風に逆って投じた塵の如くである(釈尊)    九十九パーセント 正直でも わずか 一パーセントの 不正直で 一生を棒にふる ことがある    自分の都合だけで 物事を考えると 不平不満が 絶えない    食事とトイレは代理がきかない 生命の一大事だから 聴間も代理がきかない 心の一大事だから    またひとつ しくじった しくじるたぴに 圏があいて 世の中すこし 広くなる(榎本栄一)    歯痛がとまって 痛くない有難さを知る 不幸を知る者のみが 真実の幸福を知る    山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆうべもよろし(山頭火)    晴れぬ 長雨はない いつまでも 苦しい時 ばかりではない    あたかも粗く葺いた家には 雨が漏るように修養のない 心には貪欲が侵入する(法句経)    浄土教に於ては 浄土は 魂の帰依所である(金子大栄)    抱かれているとも 知らず愚かにも 我反抗す大いなるみ手に(九条武子)    生命は 時間の長さだけで 計るべき ものではない    わしがしなけりや だれがする いましなければ いつできる    いかにせば まことの道に かなわめと ひとえに恩う寝てもさめても(良寛)    人間にとっては 何でも思い通りに なるということは あまりよいこと ではない(へラクレイトス)    謙遜も すぎれば 高慢となる    人間にとって 「生きる」とは 単に「存在する」ことではなく 「よく存在する」ことを 意味している(ガゼット)    他力のたのみは 子が親の背を 頼みとし 親の力を わが力と するなり(七里恒順)    生も 死も その何れも 共に 自分のものである    兎にも 角にも 自分でやって 見ること 間違っていたら 直ちに 改めること(舟橋一哉)    子どもに 問題が あるのでなく 問題の親が あるのだ(二ル)    八方ふさがりのときが 八方へ のぴるときである    真珠貝は 海の中で 何かコロコロするような 異物を抱いたまま 今はそれを 除きたいとも おもわず生きている(榎本栄一)    念仏することが 乱れる心を 静める ことともなり 怠る心を 励ます ものともなり 人に親しむ ことともなる(金子大栄)    悲しみを 如来に捧げよ 微笑みが 天から降ってくる 苦しみを 如来に捧げよ 勇気が 地から湧いてくる(清沢満之)    生を奪う死は また 生きる意味を与える    矢いますときは 存ないを見 父いまさずば 志をみる    自分の力で生きているのではないはかり知れない背後の力周囲の力に支えられて今日の自分がある    心よき笑いは 家庭の太陽である    名残りを惜しみつつこの世を生き 娑婆の縁尽きてこの世を去る    公害は人間の貪欲と無明の象徴である    くらやみの中で 宝があっても つまずくだけだ    からっぽの 容器は 一ばん大きな 音をたてる    有限なるものを あてにせず 無限なるものを 立場にして 生きるが仏の道    苦悩の原因を 他にもとめず自己に見いだすのが 仏教の立場    勤労は尊い 合掌のある 勤労は さらに尊い    日常生活を公案としてそれをどう解くかというところに真宗人の修行がある(金子大栄)    聞法は 生涯をかけて 私が受けなければならない 人間教育である(米沢英雄)    こうして 病んでいる間にも 白血球はバイキンと 闘っていてくれる 心臓は 一秒時も休むことなく 脈打ってくれる    胃腸・心臓をみても われわれの 知らぬ間に 活動が おこなわれている 生きることは 無意識の世界である(平沢 興)    過ちて改めざるこれを過ちという(論語)    めだたないけれど いのちのよりどころとなっている お経は人生の地下水である    錆は 鉄より生じて 鉄を腐蝕させる 人のあしき業は 己より生じて 己をあしき処へと導く(釈尊)    政治的自由も われわれの心が 自由でない場合には われわれに 自由を与えない(タゴール)    海よりも なお壮大なものは 大空である 大空より さらに壮大なものは 人の心である    のがれられない この暑さ 暑さから 味を見だす 夏のたのしさ    ふたりの人間が おなじ窓から 外をみている ひとりは星を ひとりは泥を    今日でも 明日でも よいということは 一つもない 今すぐせよ    自分が 今 生きているのは 先祖が自分の中に 生きているからだ    信心あるものは 道をききて 心 常に安泰なり    仏壇は 一家の中心 心のより処 である    物を粗末にし仕事を粗末にし責任を粗末にするものは やがて 人をも粗末にする    正しく 深く 求めよ 道は おのずから 開ける    合掌ほど誰でも何時でも何処でも できる平凡な善行はない    美しい心を 愛する人あるも 醜い心を 慈しむは ただ 母と 仏のみ    人間の魂の崇高ざは ある程度まで 何に対して またどれくらい 尊崇の念をあらわし得るかとうことによって 推定される(ドストエフスキー)    幼な子に 合わせて 見せる この面手    増悪によって鎮まらない 憎悪を忘れて はじめて憎悪は鎮まる(釈尊)    実道を 知らないで 百年 生きるよりも それを知って 一日 生きる方がよい(釈尊)    岩もあり 木の根もあれど さらさらと たださらさらと 水の流るる(甲斐和里子)    人の徳を たたえる人は 人に たたえられる    一生は それがどんなもので あるかを知らないうちに 半分すぎさってしまう    玉磨かずんば 器を成ざず 人学ばずんば 道を知らず(札記)    生活はすべて 次の二つから 成り立っている したいけれど できない できるけど したくない(ゲーテ)    中の賊を 破るは易く 心中の賊を 破るは難し(王陽明)    極端なる自負心と 極端なる失望とは ともに極端なる 無自覚である(スピノザ)    如何なるが 苦しきものと 問うならば 人を隔てる 心と答えよ(良寛)    我々を行うは 山に登る時の如く 常に努力しなければならぬ 悪を行うは 山から崩れ落ちる如く 底まで落こみ 容易に立ち直れない    我々を存在せしめている根元の力を忘れて腕一本脛一本 自分の力で生きて来たと威張っているのを罪悪深重という(米沢英雄)    田畑は雑草によって損なわれこの世の人は貪欲によって損われる(法句経)    田畑は雑草によって損なわれこの世の人は瞋恚によって損われる(法句経)    田畑は雑草によって損なわれこの世の人は迷妄によって損われる(法句経)    今朝もまた ほうきとる手の うれしさよ はかなくなりし 人にくらべて    好き嫌いの 多い人は 自ら世の中を 狭くしている    人がもし 百年生き永えた としても 最上の真理を 見ないならば 最上の真理を 見る人が 一日生きたほうが 勝れている(法句経)    始めあれば 終りあり 生まれた時から 死は始まっている    怒れば地獄 むさぼれば餓鬼 恥をしらぬは畜生だ 先ず 三悪道を出ることだ    よい事をしようと 思えば出来る 悪い事をすまいと 思えばやめられる これを思いあがりという    苦しいことから 逃げていると 楽しいことからも 遠ざかる    山へ登る 道だって 途中には 下ることだってある(深田久弥)    よいことばかり いつまでも続かない 悪いことばかりも いつまでも続かない    すべてのものは むちに怯えすべてのものは死を怖れる自分の身に ひきくらべて他を殺すな殺させるな(法句経)    念仏して 五欲の暑さ 忘れうぞ(句仏上人)    どろ沼の どろに染らぬ ハスの花    共に苦しみ 共に泣き 共に喜び 共に笑う すべてを 共にする ところに 平和がある    百人 千人を すくう人あり 家のもの 一人をも すくいえぬ 私もあり(榎木栄一)    佛様は わが心の中にあり 心の外に 求めようと するのを 愚かな人 という    生きている 人を救うのが 生きている 宗教である    信心を よろこぶ人は 仏様に等しい 大信心は 仏性なり    はだかにて 生まれて きたに 何不足    人間は わが力で生きて いるのではなく 仏の 大きな御慈悲の力で 生かされている    我が身 一人が 生きようとするから 救われないのだ 他と共に 生きることが 自らを 生かす道である    生きながら 地獄におち 生きながら 仏様に救われる ただ 信心の如何による    何かをあてにすれば 遊ぴさえ苦しい仕事となる    悠々と 穢土に居れる 世界を浄土という(安田理深)    愚をさとった愚者はそれだけ賢い自らの愚を知らない愚者こそ真の愚者である(釈尊)    遠く かつ 深く思わん あめつちの なかの 小さき 星に生れて(湯川秀樹)    他人の罪は 見易く 己の罪は 見難い 愚者は 他人の罪を 吹聴し 己の罪は かくす(釈尊)    秋彼岸しみじみ思う身のおろか(木村無相)    人生に 雨や嵐が あってこそ 生活が 浄められてゆく    生きていることの不思議さに 街に出ていき 歩きまわったヤッパリ不思議生きていること(木村無相)    人しれず 人らしき わざせしあとの おのが心の 奥のあかるさ(甲斐和里子)    問題の ないような 人生は 寂しい    夏になると 冬がよいという冬になると 夏がよいという それは 自分勝手というものだ 夏には夏のよさ 冬には冬のよさを 味わいたいもの    大人は 赤子の心を 失わず(孟子)    一本の野の花さえ かけがえのない いのちの ありったけを 咲かせている    今日は人の身の上 明日は我が身の上(狂言)    荒磯の 小石は まんまるい もっと もまれ もまれて もまれぬけ    仏法は 死を問いとして それに応えるに足る 生を求める 道である(金子大栄)    早起きの家族は 活気に満ち 夜更かしの家庭には 乱れが生ずる    竹の強さは 真空にある 金だの 地位だの 恋だのと やたらに詰め込むと ポキッと祈れるぞ    サラリと 流しゆかん 川の如く サラリと 忘れてゆかん 風の如く サラリと 生きてゆかん 雲の如く(坂村真民)    柏の皮に 蟻が何十匹あつまって大騒ぎしているようだ人間の捨てた桃の皮が蟻の世界では 黄金よりもだいじかもしれない(榎本栄一)    たった一人 しかない自分を たった一度 しかない一生を ほんとうに 生かざなかったら 人間に生れた甲斐が ないじやないか(山本有三)    朝は 朝顔の花のように あかるく 簿いていたい 夕は 夕顔の花のように ほんのり 勾うていたい(坂村真民)    光追う 人に光は なかりけり 光なき人 光を仰ぐ(藤原正遠)    自分に何ができるかは 自分以外の者には わからない いや 自分でも やってみるまでは わからないものだ(エマソン)    ふるさとの山に向いて いうことなし ふるさとの山は ありがたきかな(石川啄木)    汝 善人たらんと欲せば 先づ 自己の悪人たるを知れ(エピクテータス)    仏法とは 鉄砲の反対だ 鉄砲は外を撃つものだが 仏法は 己の内を撃つものである(高光大船)    いまだかつて 一度も敵を つくったことの ないような人間は 決して友人を 持つことはない(テニソン)    拝む手 称うる日 信ずる心 皆 他力なり(梅原真隆)    はらがたったら 相手をかえて 弥陀を相手にするがよい 弥陀を相手に するような人は はらがたつようなことはない(貞信尼)    みづのたたえの ふかければ おもてにさわぐ なみもなし ひとも なげきの 深ければ いよよ おもてぞ しづかなる(高橋元吉)    闇路をたどること いよいよ深くして 我等を照らしたもう ところの光 いよいよ強し(金子大栄)    わが心 深き底あり喜びも憂いの波も とどかじと 念う(西田幾太郎)    眠られない 人には 夜が長いように 正しい教えを 知らない人には まよいが長い    子をもちし 今の心に くらぶれば 昔は 親を 思わざりけり    破壇は 住みあきたりと 這いのぴて人にふまるる朝顔の花(甲斐和里子)    苦から 逃げれば 苦は追うてくる 楽を追えば 楽は 逃げて行く(佐々木蓮麿)    いじけるな あるがままに おのれの道を 素直に 一途に歩け(坂村真民)    河が どんなに 広くても 堅固な橋を 掛け渡す 現代人が なぜ 身近な人と 人との間にさえ 心の掛け橋を 築こうと しないのか(広瀬 杲)    うぬぼれは 木の上から ポタンと落ちた 落ちたうぬぼれは いつのまにか また 木の上に 登っている(榎本栄一)    ほんものの鬼は 人の面を かぶっている    工師が 鉄の錆を 除く如く 賢者は 一刻一刻 己の心の 垢を除く(釈尊)    大きな巌が いかなる風にも 動かないように 賢者は 毀誉褒貶に 心を動かさない(釈尊)    われらの 迷いの 深いのは 仏の教えを 知らないからだ    外に迷うて いるのではない 自分に 迷うて いるのだ    美しく 散るは 貴い いつまでも 椅子に しがみついて 離れないのは 見苦しい    学ぶ ひまがない という人は ひまが あっても 学ばないだろう    子を拝む 親となりて 断絶なし    人間は 耳が二つに 口一つ 多く聞いて 少し言うため    見えそうで 見えないものは 自分の短所と 欠点    若さは美し されど 老いたるは 更に美しい    病には病いの値うち 身を横たえて 空の高さを知る    おこたるは 死の道 努めはげむは 生の道    み仏の 光のうちに住む身ぞと 恩えばうれし つらき浮世も    成功は 重要なことでない 重要なのは 努力だ    仏を信ずる心は 人々の心の底に 横わっている    人間の 運命は その人間の 性格の 生み出した ものである(エマソン)    災難が来ない様に 祈るのが 信心ではない どんな事が来ても 引き受けてゆける 力を得るのが 信心である    みほとけは まなこをとじて み名よべば さやかにいます わがまえに(仲野良 一)    家庭の平和は 互いの立場を 尊重するところから 生まれる    生きものに対する あわれみのない人かれは心の貧しい人 である(釈尊)    長寿百歳 尊きにあらず 今を永遠に生きる ことが肝要(佐々木蓮麿)    尊敬と謙遜 満足と感謝と 適当な時に教えを 間くことこれがこよなき 幸せである(釈尊)    あなたの その〃顔〃が 家庭を明るくもし 暗くもする    みずからは 豊かに暮して いるのに 年老いて衰えた 母や父を養わない人がいるこれは破滅への門である(釈尊)    朝な朝な 仏と共に 起き 夕な夕な 仏を抱きて 臥す(安心決定鈔)    この秋は 雨か風かは知らねども 今日のつとめに 田草とるなり    信心は 心を開き疑は 心を閉ず(易行品)    ああ もったいない もったいない きりぎりすよ おまえまで ねむらないで この夜ふけを わたしのために啼いていて くれるのか(山村暮鳥)    金はためておいていく 罪はつくって持っていく 法は聞かずに落ちていく    悲しいといって 泣いておる人を 慰めのには 一緒に泣くに限る これよりほか 悲しんでおる人を 助ける道はない(金子大栄)    闇を除けと 叫ぶよりも 光を 求めよ    月の出を待て 散る花を追うな    愚かなるを知るは 愚にして賢いと思うに まさる    血気の怒りは 有るべからず 理義の怒りは 無かる べからず    うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ(良寛)    愚者は教えたがり 賢者は学ぴたがる    まことの学問とは 賢者になることを 学ぶのではない 恩知らず であったことを 学ぶのだ    「いそがしや」で半生 寝て半生    身も心も すこやかにする 念仏    体裁よりも 心のかよう なごやかさ    人は身体の鍛錬には注意するが心の鍛練は怠りやすい    合掌して ご飯をいただけない人は 不幸な人だ    他人の過失は 見易く 自分のとがは ���難い    世の中に次のご三種の人がある 岩に刻んだ 文字のような人 砂に画いた文字のような人 水に書いた文字のような人    花咲けば 共に眺めん 実熟せば 共に食はん 悲喜分かち共に生きん    人間はすべての人たちに自分を見るとき はじめて自分の生を把握するのである(トルストイ)    恵みは 期待しない時に おとずれ 私欲がでると あてがはずれる    人間社会の幸福とは 邂逅の喜びである(亀井勝一郎)    自らを 不幸にする者は 自分である    生涯をかけて 打ちこめる仕事を一つ 生涯をかけて信じあえる友一人 生涯読んでいつも太陽となる本一冊    不実を 真実と 思う者は 遂に 真実に 到達しない(釈尊)    人間は 欲を 離れねば 大事はできない(西郷隆盛)    いつか別れねばならないという上に 今 出会っているこの出避いを大切にしたいものである    人間のまごころには限りがあるが執着には限りがない    善い行いは よい報いがくるというよりも善い行いをするところに報いられている(佐々木蓮麿)    孤独は 最も自己に親しむ ときであり 最も自己の拡大 されるときでもある(小坂奇石)    一つのいのちを 二つに分けて 捧げようとするな 一つのいのちは 一つのものに 捧げ尽くさねばならぬ(坂村真民)    人間は 何十億いるのに 私とおなじ人間が どこにもいないのは フシギなことだ この私のなかに 無限の世界があるのは さらに フシギなことだ(榎木栄一)    人間の眼は 光を見つめることは できない しかし 光に照らされて わが身を 見つめることは できる(広瀬 杲)    やっと出ました 一本道 ナムアミダプツの 一本道 西の空 あかるい(木村無相)    人間 食物さえあれば 生きていける のだろうか    うらみの中にあって うらみなく むさぼりの中にあって むさぼりなく 安らかに 生きよう(釈尊)    正信は 科学や 医術に 決して さからわない    地獄の苦悩を 背負って 立ち上る心を 信心という(安田理深)    勿体なや 祖師は紙子の 九十年(句仏上人)    雨にうたれ 稲の低姿勢 霜にうたれた 柿の味 辛苦に耐えた 人の味    働くとは はたを楽に することである    長所は 鼻にかければ 短所となり 短所は 自覚すれば 長所になる    利害・損得だけで 働いていたのでは 働く真の喜びは 味わえない    他人の仕事が 楽に見えるのは その苦労を 知らないからだ    与えられた ものを受け取り 与えられた ものを活かす(塩尻公明)    他人の嘘を 怒りながら 自分は平気で嘘をつく    信仰は火である 心の汚れを 焼き清め 仏道にむかって 人々を もえたたせる    自己を知る者は 仏を知り 仏を知る者は いよいよ 自己を知る    教えは きけばきくほど 自分が はずかしくなる けれども その中に うれしさが 宿っている    いかりを捨て おごりを捨て すべての 束縛を離れよ 執着がなければ 苦もない(釈尊)    合掌から 平和な 光が出る    嵐に耐える それが人生    与えたら 黙り 受けたら 語れ    自分を 不幸に するものは 外ならぬ 自分である    足でけとばして いたものを あら 勿体なやと 頂ける世界を 浄土という(安田理深)    入いなる いのちにかえる 日をおもう ナムアミダプツと み名いただきつ(木村無相)    ぞうきんは 他のよごれをいっしょうけんめい 拭いて 自分は よごれに まみれている(榎本栄一)    今日 命あるを よろこぴ 今日 生きている よろこびを 仏に感謝しよう    目は よく物を見るが 自分自身を 見ることができない 自分を省みる 目が欲しい    迷いを離れて 悟りが あるのではない 迷いそのものが 仏の種と なるのである    浄土真宗が すぐれているのは 親鸞聖人自身が 永遠に生きる人 であるが故に すぐれている(松永伍一)    尊敬と謙虚と 満足と知恩と 時々 教えを聞くこと これが こよなき 幸せである(釈尊)    こころみに 息を吸って 空を見あげよ    勤労は尊い 合掌のある勤労は さらに尊い    月かげの いたらぬさとは なけれども 眺むる人の心にぞ住む(法然上人)    われわれが だまされるのではない われわれが じぶんじしんを だますのだ(ゲーテ)    いずこより 我呼ぶ声ぞ 秋��暮(句仏上人)    苦しむとき 仏は近��にあり 楽しむとき 仏はかなたに去る    苦しみは うけてゆくだけに 終わらないで よく味わってみれば よい教えがえられる    このみ法 聞き得ることの かたきかな 我かしこしと 思うばかりに(一蓮院秀存)    人の世の 小さき はからい 秋の風    信心とは 聞き溜めることでなく聞きぬくことである(大河内了悟)    浄土は 言葉のいらぬ 世界である 人間の世界は 言葉の必要な 世界である 地獄は 言葉の通じぬ 世界である(首我量深)    あらゆるものの中で 最大の富 それは 自ら満ち足りている 心境である(エピクロス)    他人のために 他人と共に 生きること それだけが 生きることだ(ハイベルグ)    信心で 消える暮しの 暗い影    安かりし 人 今日のひと日を よろこぴて み仏のまえに ぬかずきまつる    ご用心忙がしいという字は心が亡ぶとかきます    いうものは 水に流し 聞くものは 右にきざむ    年のくれ 静かに越そう 春が あかるく待っている    渋柿の 渋がそのまま 甘味かな    手みやげ 一つ持たずに 生まれてきた 私であるのに 今は 何と 多くのものに 恵まれていることか    死ぬべきものが 今 生きている 自分の今日を よろこぴたい    人を知るより自分を知れ 人に勝つより 自分に勝て    病のないのは 第一の利 足るを知るのは 第一の富 信頼のあるのは 第一の親しみ 悟りは第一の楽しみ    自分以外のものを 頼るほど はかないものはない しかし その自分ほど あてにならない ものはない(夏目漱石)    苦労して得たことは 身について離れない    金ためて 何をするぞと 思いしに 煩悩ふやす ことばかり    布施するものは 福を得 慈心あるものは 怨みを受けず    自分の 生きていることの 尊さを 発見した者のみが 本当に 他人を喜ぶことができる    空気も水も 川も海まで 濁ってきました これは この世の中も 人の心も 濁っているからです    一年の終りに思うこと ただ一つ わがままものが 今日も許されて 生きている ああ 南無阿弥陀仏(広瀬杲)    延命を祈るうちにも へるいのち    よくよく 考えてみれば 幸せな 身である    足ることを 知れるひとつは 天地の 何にもかへぬ わがたからなり(甲斐和里子)    うつつみの なやみつきねど みひかりの てらされてある 人はたふとき(本多善英)    肉体は おとろえるが こころの眼がひらく 人間の晩年と いうものは おもしろい 今日まで生きて いのちのたかさが 見えてきた(榎本栄一)    心の眼が 開けるのは 苦悩に 出遇ったとき    働くので 疲れるのでない 不満をもって 働くから 疲れるのだ    自己の主人は 自己自身である 他に主人が あろう筈がない 自己を制してこそ 得難い主人が 得られるのである(釈尊)    み仏は まなこをとじて み名よべば つつみています わがいのち    歯がぬけて かみしめる 親の味    原子力より 大きな力が もしあるとすれば それは愛だ これいがいにはない(井上 靖)    迷信拝んでなおす 祈ってもうける 大安・友引・おまもり・たたり    人間とは いいわけをする 動物である    三十までは 普通列車 四十までは 準急列車 五土までは 急行列車 六十すぎれば 超特急    欲ふかき 人のこころと 降る雪は 積るにつけて 道も 忘るる    仏教は酒の様に芳醇で母の乳房のように甘くゆたかで円満で平和なものだ(坂本勝)    何を笑うかによって その人の 人格がわかる(バニョール)    こだわりのない人は たじろがない しかし こだわりのある人は この状態からあの状態へと 執着してて 輪廻を 越えることがない(釈尊)    死すべき時を 知らざる人は 生くべき時を 知らず(ラスキン)    人の生活は 自己否定が はじまるときに 開始される    一年は 木の葉の 夢で ありにけり    如来に背相なし 生涯に このこと一つ身にしみたら    ほんとうの力は 力みをぬく力である    相手をたしなめようとする そのことが家庭にひびを入れる私が我慢しているというこらえが家庭を暗くする    たった一言が人の心を傷つける たった一言が人の心を暖める    恩は返せるものではない ただ謝するのみである    「おかげさま」と 言える人生に孤独はない    あったかい やさしいことばを 引き出してくれる人に 出会いたい    子は親の言うようには しないが 親のするようになる    「あんなん親じやねえよ」 とは親を捨てた言葉ではない むしろ真実を求める子の歎きである    死してなお 親は子を育てる また 親なればこそ 亡き子に育てられる    賢くなることを 教える世の中に 自分の愚かさを 気づかせる教えこそ 人間の道である    他人の意見を間こうとしない これを我慢といい 自分の意見を聞かそうとする これを橋慢という    食わねば 生きられぬ では 食っていれば 死なぬか    あなたでなければ できない 仕事が あるのです    よかれと思って やったことも 悪い結果を生む場合もある    人生は短い 怠けてよい日は 一日もあたえられていない
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tahotaininten-blog · 7 years
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見学順路図
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◉会場に着いたら、受付を済ませてください。名前と住所を記載してください。  
- When you arrive at the venue, please register your name and address at the reception.
◉展示会場:2つの展示室を見てください展示室1と展示室2です。
- Exhibition venue: artworks are exhibited in Main Gallery 1 and 2.
  
◉ツアー順路: 
- Tour Route:   
   
 ・展示室1から見学してください。
 - Please start in Main Gallery1.      
 ・受付の右手が展示室1への入口です。
 - The entrance to Main Gallery 1 is located to the right of the reception.  
 ・展示室1では、時計回りに移動して見てください。
 - Please view the artworks in a clockwise manner inside Main Gallery 1. 
 ・展示室1が終わったら、受付前を通って展示室2へ移動してください。
  - After viewing Main Gallery 1, please walk past the reception and move to Main Gallery 2.
 ・会場内をまわる時の順路はQRコードでも確認できます。
 - The viewing route is also available via QR code.
◉会場内での注意事項: 
- Visitor Guidelines:
 ・ 禁煙、飲食禁止  
  - No eating, drinking or smoking is permitted inside the exhibition venue.   
 ・写真フラッシュ禁止、自撮棒禁止、トライポット禁止。
 - Use of flash photography, selfie sticks and tripods are prohibited.     
 ・ペン、ボールペンの使用禁止。鉛筆を使用してください。 
 - No pens or ballpoint pens are allowed. Please use a pencil.
 ・大きな荷物はロビーのコインロッカーに預けてください。     
  - Please use the coin locker in the lobby for large items.
 ・会場内にはイベントエリア以外には、椅子がありません。 
  - Aside from the Event Area, there are no chairs inside the exhibition venue.    
 ・体調が悪くなった方、ご気分の悪くなった方は、受付までお申し出ください。
 - If you feel unwell, please notify the reception staff.
◉本退任展での注意事項:  
- Guidelines for this Exhibition: 
  
 ・絶対に、展示物に手を触れないでください。
 - Please do not touch the artworks.      
 ・小さなお子さんの付き添いの方は、特にご注意ください。 
 - Those accompanying small children, please pay special attention and ensure that they do not touch the artworks.  
 ・カバン、ハンドバッグ等、持ち込まれた物が展示物に当たらないようご注意ください。     
 - Please keep your bags and purses away from the artworks and be sure they do not touch the exhibited items.
 ・損傷が発生した場合、お客様に賠償責任が発生する場合がありますので、くれぐれもご注意ください。
  - In the event of damage, please note that visitors may be held liable.
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1, 伊達娘恋緋鹿子 お七八百屋お七恋緋桜 お七
お七は江戸時代前期に江戸本郷にいた八百屋の娘。天和2年(1682)の大 火で避難した寺で寺小姓と恋仲となり、再会したい一心で放火して火刑に処された実話を井原西鶴が「好色五人女」に取り上げて、浄瑠璃・歌舞伎などに脚色さ れた。紀海音作、3巻。正徳4年(1714)から享保2年(1717)頃に八百屋大坂豊竹座初演。 最初の浄瑠璃作品は、別名題「お七恋緋桜(こいのひざくら)」。 人形浄瑠璃などではお七は放火はせずお七が振袖姿で禁じられた火の見櫓に登り、恋人の危機を救うため、火事の知らせの半鐘ないし太鼓を打つ場面はもっとも重要な見せ場となっている。
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2, 傾城阿波の鳴門 おつる
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3, 傾城阿波の鳴門 お弓
傾城阿波の鳴門
近松半二ら5人の合作。明和5 (1768) 年大坂竹本座で初演。10段の8段目、「順礼歌の段」は、ご当地の阿波徳島でくりかえし上演されてきた。
徳島藩10代藩主蜂須賀重喜がモデル。玉木家御家騒動で、玉木家の家宝国次の刀を探す密偵として、大阪の玉造に住み奔走する夫婦、阿波の十郎兵衛・お弓と徳島に残した娘・順礼おつるの物語。敵の追手が迫り、娘が巻き込まれると案じ、お弓は母と名のれず、哀願する順礼おつるを追い返し、また後を追う愁嘆の場は阿波人形浄瑠璃の代表的な場面として語られることが多い。その直後、おつるは、父十郎兵衛と出会い金策に困った十郎兵衛は、おつるの婆さまが持たせた小判を盗るため、娘と知らず父十郎兵衛はおつるを手にかけ殺してしまう。お弓が戻り、娘とわかった夫婦は、共に悲嘆にくれる。
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 4, 義経千本桜  権太
 二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作。五段、延享4年(1747年)11月、大坂竹本座にて初演。平安時代末期の治承4年(1180)から元暦2年(1185)にかけた6年間にわたる大規模な内乱の源平合戦を題材に勝者が追われる身となり、敗者が復讐する義経千本桜の物語。鎌倉方の梶原景時が大勢の家来を従え鮓屋の主人、弥左衛門に平維盛を渡せと迫る。
弥左衛門は討たれた維盛の家来小金吾の首を身代わりにさし出そうと鮓桶を開けると、いがみの権太が現われ維盛の首と生け捕りにした内侍と六代君を連れて、褒美をもらいたいと声を張り上げた。梶原は首を受け取り、褒美として頼朝の陣羽織を与え帰って行く。弥左衛門は怒りのあまり息子の権太を刺す。深い傷を負い権太は瀕死の体で父に本心を明かす。維盛の首と見えたのは、弥左衛門が持ってきた小金吾の首だったと。鮓桶を取り違え中の首を見て父の企みに気づいた権太は、身代わりの首だけでは危なすぎると考え、自分の妻子に内侍と六代君の衣服を着せ身替わりとしていっしょに差し出したのだ。権太の合図で本物の維盛一家が無事な姿をあらわした。しかし梶原が残した陣羽織を切り刻むと、中には袈裟と数珠が縫い込まれていた。頼朝も維盛を助け出家させるつもりで梶原はわざと見逃した。維盛は無常を悟って出家する。権太は、鎌倉方をだますつもりが却ってだまされた身の浅ましさを嘆き、弥左衛門も身の因果を嘆く。善人に戻ったときにはもう遅く、権太の命はなかった。
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5, 松王丸菅原伝授手習鑑 寺子屋の段 
菅原伝授手習鑑 寺子屋の段
二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作。平安時代の菅原道真の失脚から天神となるまでの話を柱に菅丞相と菅家に仕える家の三つ子など、丞相を囲む人々の物語。菅丞相の一番弟子・武部源蔵は、寺子屋に丞相の一子・秀才を密かにかくまうが、丞相を失脚させた時平に知られ秀才の首をとる命がおり、三つ子の一人・松王丸が秀才の首実検に派遣される。子を持たない源蔵夫婦は仕方なくその日入門した子を身代わりに殺して首を差し出す。松王丸は秀才の首と認め帰ってゆく。実は身代わりとなった子は松王丸の子であった。兄弟の中で一人だけ丞相の政敵に仕えるが、心を寄せるは菅丞相と、わが子を身代わりにと寺子屋に送りこんでいた。
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6, 弁慶御所桜堀川夜討 弁慶上使の段 
御所桜堀川夜討 弁慶上使の段
文耕堂・三好松洛の合作。元文ニ年(1737)大坂竹本座初演。五段続きの三段目で『平家物語』『義経記』を元に伝説や謡曲を加えて脚色された。
源義経の正室が平家一族のために平家滅亡後も兄の頼朝は、義経に謀反の疑いから忠誠を示して正室の首を討てとの催促もたびたび重なった。正室が懐妊して静養中の乳人侍従太郎の館に武蔵坊弁慶が、堀川御所の上使としてあらわれた。しかし、弁慶も侍従太郎夫妻も主君の正妻を殺せない。侍従太郎と妻花の井は身代わりに年格好の似た腰元信夫の首を差し出すことを考え母娘に懇願した。主人のため快諾する信夫だが母おさわは承知���ない。顔も名前も知らず、一八年前ただ一度だけ契った父親に娘信夫をあわせるまでは、例え主君の命でも応じることはできないという。相手の稚児が着ていた振袖の片袖を証拠として今も身につけている。それを聞いた弁慶はいきなり障子越しに信夫を刺した。驚くおわさに示される弁慶の赤い片袖、弁慶こそが信夫の父親だった。弁慶は、はじめて娘の存在を知りながら、喜び名のりあうこともできず、主人のためみずからの手にかける運命にさすが豪傑無比の弁慶も、悲しみのあまり大粒の涙を流す。身代わりとわからぬよう侍従太郎は信夫の首を落とし、自らも切腹して果てる。嘆くおわさと花の井を残し弁慶は二つの首を抱え堀川御所へ帰っていく。
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7,  絵本大功記 尼ケ崎の段 皐月  光秀の母
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8,  絵本大功記 尼ケ崎の段 武智光秀
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9,  絵本大功記 尼ケ崎の段 初菊
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10,  絵本大功記 尼ケ崎の段 十次郎
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11,  絵本大功記 尼ケ崎の段 十次郎の母 操
絵本太功記
江戸中期。近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒 合作。時代物全十三段。人形浄瑠璃の初演は寛政11年7月(1799年8月)大坂豊竹座。
戦国時代の「三日天下」の史実を題材に、敗者を主人公とした物語。主君から辱められた武智光秀は、謀反して、主君を討ち、久吉に追われる。光秀の母・皐月は息子の謀反をとがめ、家を出て尼ヶ崎に引きこもる。光秀の子である十次郎は母・操、により、許婚の初菊の祝言をあげ出陣する。光秀は、迫る追手と間違え母の皐月を自ら槍で突いて殺してしまう。そこに、瀕死の十次郎が戻り、戦況はもはや絶望的と伝え息絶えると、動転した光秀は自らの運命をさとり、最期の戦いに向かう。死を決意した十次郎が初菊と別れを惜しむ場面は相次ぐ戦争で身内の若者を失なった数多くの人々の共感を呼んだ。
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12,  仮名手本忠臣蔵 奴 
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13,  国性爺合戦 雑兵
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14,  国性爺合戦 雑兵
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15,  生写朝顔話 川越の人足
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16,  義士忠臣蔵 本蔵下屋敷の段  加古川本蔵
義士忠臣蔵 本蔵下屋敷の段
作者不明。九段目前譚『増補忠臣蔵』。
加古川本蔵は、主人若狭之助が鶴岡で師直より受けた侮辱の恨みから討ち果たさんとするのを知った。そこで本蔵は若狭之助に知らせず、先回りをして師直に進物を贈って機嫌を取り持った。この賄賂は功を奏したが、今度はその矛先が塩冶判官に向いた。
賄賂を贈ったことを若狭之助が怒り、本蔵は自宅としている桃井家の下屋敷で蟄居している。若狭之助は手討ちにしようとするが、本蔵の力弥に討たれたい真意を悟り、師直館の見取り図と虚無僧の袈裟編笠を渡して、いとまを許す。九段目では本蔵が身分をわきまえず後ろから塩冶判官を抱きかかえて止めたせいで殿中で師直を討ち果たすことができずむざむざと切腹した憎しみから力弥は本蔵を槍で突く。本蔵は塩冶判官が刃傷に及んだとき止めたのは師直が軽傷で済めば厳しいお咎めにはなるまいと判断したからだが、予想は裏切られ判官は切腹、塩冶家は取り潰しの憂き目にあう。そのため力弥に嫁入りしようという娘小浪の難儀とも力弥に差し出そうと語り事切れる。
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17,  彦山権現 誓助剣瓢箪棚の段 京極内匠
彦山権現 誓助剣瓢箪棚の段
梅野下風,近松保蔵合作。天明6 (1786) 年大坂竹本座初演。11段。明智光秀の残党の暗躍と豊臣秀吉の朝鮮出兵を背景に,天正 14 (1586) 年に起きた毛谷村六助の仇討ち伝説を脚色。長門国の剣術指南役吉岡一味斎が闇討ちにされ、残された妻と二人の娘は仇討のため、あてどない旅に出る。姉娘のお園は、女ながらも大力で武芸が得意だが、妹お菊は返り討ちされる。悲嘆の中で、豊前の英彦山の麓の毛谷村にたどり着いたお園は、六助という若者にめぐり逢う。女ながらも武道の達人である吉岡家の娘お園が,許婚の毛谷村六助の助勢をえて父の敵、京極内匠(たくみ)を討つ物語。特に九段目「毛谷村」の場が有名で上演数が多い。六助のモデルは宮本武蔵,内匠は佐々木小次郎、安土桃山時代の剣客の仇討ち物語。
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18,  本朝二十四孝 八重垣姫  本朝廿四孝
本朝廿四孝
二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳、近松半二の作。
厳寒の信州では冬期、諏訪湖の湖面が凍ることがある。厚さを増した湖面が昼夜の温度差によって南北に裂けて、氷の山脈が発生する現象を「御神渡り」と呼ぶ。伝説によれば、諏訪神社上社の男神・建御名方命(タケミナカタノミコト)が下社の女神・八坂刀売命(ヤサカトミノミコト)のもとへ通った道筋といわれている。この御神渡りは、『本朝廿四孝』「奥庭狐火の段」のモチーフとなっている。武田信玄と上杉謙信は諏訪法性の兜をめぐって険悪な間柄となった。この兜は信玄が諏訪明神から夢の中で授かり着用するものは戦い必ず勝ち、明神の使徒である八百八匹の狐が守護して、いざというときには、たちまち神通力を現すと伝えられた。ところがこの武田の家宝を謙信が借りたまま諏訪城にとどめていた。八重垣姫は謙信が許婚の勝頼を密かに亡きものにしようと、追手をさし向けたことを、なんとか、先回りして勝頼に知らせようするが、湖は氷っていて舟は出せず、女の足では追いつけず、思わず兜に手をかけると、湖上に向かって、たちまち狐火が灯り、路が開らけ、八重垣姫は無事に勝頼を救い、この縁で武田・上杉両家は和睦し二人はめでたく祝言をあげる。ハッピーエンドの物語。
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kusanotakashi · 8 years
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北九州出身てどげな人がおるか? まとめてみた
君も彼らを超えてみるか? その可能は大だ なして?て 北九州んもんやろうがね!
政治・軍事 国会議員・現職 * 高木美智代 (衆議院議員) * 野田聖子 (衆議院議員。元郵政大臣、元岐阜県議会議員) * 杉尾秀哉(参議院議員。元TBSテレビ記者) * 仁比聡平(参議院議員。弁護士) 国会議員経験者 * 自見庄三郎 (衆議院・参議院。郵政大臣、内閣府金融担当特命担当大臣を歴任。医師) * 弘友和夫(衆議院・参議院) * 末松義規 (衆議院。外務官僚出身) * 東順治 (衆議院) * 城井崇 (衆議院) * 緒方林太郎(衆議院。外務官僚出身)八幡西区出身 首長 * 舛添要一 (前東京都知事。前参議院議員。元厚生労働大臣、国際政治学者)八幡東区出身 * 麻生渡 (前福岡県知事、前全国知事会会長) * 亀井光 (元福岡県知事) 裁判官 * 高橋久子 (元内閣審議官・労働省婦人少年局長・女性初の最高裁判事) 軍人 * 杉山元 (元陸軍大臣、参謀総長) * 板倉光馬 (元海軍中佐、海上自衛隊幕僚総監部、戦記作家) * 奥保鞏 (元元帥陸軍大将伯爵) 金融 * 白川方明(元日本銀行総裁) 政治活動家 * 桜井誠(『在日特権を許さない市民の会』会長)
実業 * 大前研一 (経済評論家) * 高原正雄(いすゞ自動車理事、一般社団法人明専会会長、全日本学生フォーミュラ大会元委員長) * 福地茂雄(NHK会長、元アサヒビール相談役、会長):戸畑区 * 村井勉(元アサヒビール社長、元西日本旅客鉄道会長) * 吉田秀雄(元電通社長) * 利島康司 (北九州商工会議所会頭、元安川電機会長、社長、JR九州取締役) ☆小南孝教 (元神戸製鋼副社長、神鋼鋼線工業社長)同級生の兄 ☆大庭雅志(元東京海上日動副社長)同級生
学者 * 杉崎光世 (法学者・九州国際大学名誉教授) * 藤田哲也 (竜巻研究の第一人者) * 中島義道 (哲学者) * 高橋和夫 (国際政治学者)
医師 *福島孝徳 (脳神経外科 新門司病院) *延吉正清 (循環器科、心臓外科 小倉記念病院 )退任 *田中恩 (産婦人科 セントマザー病院) *市川光太郎 (小児科 救急科 市立八幡病院) *川原尚行 (スーダン・東日本震災支援医療 NPOロシナンテス)
文化 * 津村禮次郎(能楽師、人間国宝) * 山田稔 (小説家、フランス文学者) * 左方郁子 (小説家) * 火野葦平 (小説家) * 岩下俊作 (小説家) * 劉寒吉 (小説家) * 佐木隆三(小説家) * 末永直海 (小説家) * 鶴田知也 (小説家) * 佐伯泰英 (小説家) * 一条真也 (作家) * 伊馬春部 (作家・日本初のテレビドラマの脚本を担当した) * 加納朋子 (推理作家) * 立石泰則 (ノンフィクション作家、ジャーナリスト) * 宗左近(詩人) * 高橋睦郎 (詩人) * 平出隆 (詩人) * 笠青峰 (日本画家) * 北条司 (漫画家) * 星里もちる (漫画家) * 鈴宮和由 (漫画家) * 山口かつみ (漫画家) * 前川涼 (漫画家) * 篠塚ひろむ (漫画家) * 谷村ひとし (漫画家・パチンコ評論家) * 萩岩睦美 (漫画家) * 山口美由紀 (漫画家) * 畑中純 (漫画家) * 井上正治 (漫画家) * すえのぶけいこ (漫画家) * 中島史雄 (漫画家) * 藤原ここあ (漫画家) * 原徹 (アニメプロデューサー) * リリー・フランキー(イラストレーター) * サイトウマコト (イラストレーター) * 石橋謙一 (イラストレーター、ボックスアーティスト) * 横山宏 (イラストレーター) * 藤原新也 (写真家) * 小倉朗 (作曲家) * 和田直也 (作曲家) * 畑中良輔 (バリトン歌手、指揮者、音楽評論家) * 大野徹也 (テノール、オペラ歌手) * 川口ヱリサ (ヴァイオリニスト) * 篠崎史紀(ヴァイオリニスト) * 南紫音 (ヴァイオリニスト) * 桂英昭 (建築家) * 大竹英雄 (囲碁棋士、名誉碁聖) * 森下卓 (将棋棋士) * 中村正三郎(プログラマー、コンピュータ評論家)
芸��� 俳優 * 秋本祐希(女優) * 鮎川陽子 (モデル、女優) * 天本英世 (俳優) * 板谷由夏 (女優) * 伊原剛志 (俳優) * 榎木智一 (俳優) * 草刈正雄 (俳優) * 早乙女太一 (俳優) * 鈴木浩介 (俳優) * つるの剛士 (俳優、タレント、歌手、ミュージシャン) * 富永研司 (スーツアクター、アクション俳優) * 内藤武敏 (俳優) * 中村有志 (俳優) * 野間口徹 (俳優) * 萩尾みどり (女優) * 林美穂 (女優) * 原田佳奈 (女優) * 深見亮介 (俳優) * 藤本隆宏 (俳優、元競泳オリンピック代表) * ふとがね金太 (ナレーター、俳優、ミュージシャン) * 細川俊之 (俳優) * 松尾スズキ (劇作家、映画監督、俳優) * 光石研 (俳優) * 森田順平 (俳優、声優) * 横内正 (俳優) * キタキュウマン (ご当地ヒーロー 滝夕輝) 歌手・ミュージシャン * 広石武彦 (元UP-BEATヴォーカル) * 175R (ロックバンド) * SHOGO (ショーゴ) - ヴォーカル * ISAKICK (イサキック) - ベース * KAZYA (カズヤ) - ギター * YOSHIAKI (ヨシアキ) - ドラム * 岩坂士京(シンガーソングライター) * 城戸けんじろ (元ジャパハリネット) * 梅田彩佳 (NMB48チームBII副キャプテン):2011年市長選挙イメージキャラクター * 大内義昭 (歌手、作曲家) * 葛城哲哉 (ミュージシャン) * 川崎真弘 (ミュージシャン、作曲家) * キミーブラウニー (ミュージシャン、お笑いタレント) * キハラ龍太郎 (元ブルー・トニック、ORIGINAL LOVE) * 荒神直規(Naifu、元ELF) * 香田晋 (演歌歌手) * 小久保淳平(シンガーソングライター) * シーナ(シーナ&ザ・ロケッツボーカル) * 塩ノ谷早耶香(歌手) * 清水健太郎 (元歌手、タレント) * 千里愛風(歌手) * CHAGE(シンガーソングライター、CHAGE and ASKA) * 高城亜樹 (AKB48チームB) * 冨永裕輔(シンガーソングライター) * 中尾ミエ (歌手) * NEW DOBB(ロックバンド。現在は解散) * HIDE (元crossfm DJ、現 ミーナ&ザ・グライダー)倉掛英彰(作曲家) * Dobb (元crossfm DJ)倉掛信彰 * 野中美郷(元AKB48)※出生地 * 野見山正貴 (ミュージシャン) * 葉月 (歌手、SEED) * Waka(ワカ・フルート担当) * Mariko(マリコ・チェロ担当) * 藤井一子 (元歌手) * 藤田大���(ミュージシャン、alütoボーカル) * 藤弥美里 (歌手) * 宮本一粋 (歌手・二千花ボーカル) * 山下祐樹(ミュージシャン、ラムジボーカル) * 山本リンダ (歌手) * yu〜ki (ロックバンド、MALICE MIZERのベーシスト) * ルースターズ (ロックバンド、現在は解散) * 大江慎也 - ボーカル&ギター * 花田裕之 - ギター * 井上富雄 - ベース * 池畑潤二-ドラム 声優 * うえだゆうじ (声優) * 内海賢二 (声優) * 置鮎龍太郎 (声優) * 加藤正之 (声優) * 川原和久 (俳優、声優) * 佐藤利奈 (声優) * 中原麻衣 (声優) 映画監督 * 青山真治 (映画監督) * タナダユキ (映画監督) * 平山秀幸 (映画監督) * 吉田啓一郎 (映画監督、テレビ演出家) お笑いタレント * 秋山竜次 (ロバートメンバー、お笑いタレント) * 芋洗坂係長(小浦一優) (お笑いタレント) * 井上虫歯二本 (お笑いタレント) * 桑原和男 (喜劇俳優) * ゴン(ビックスモールンメンバー、お笑いタレント) * なかやまきんに君 (お笑いタレント) * 馬場裕之 (ロバートメンバー、お笑いタレント) * 原口あきまさ (お笑いタレント) * 山本高広 (お笑いタレント) * 渡邊孝平 (クロスバー直撃) その他 * 朝本浩文 (音楽プロデューサー、アレンジャー、DJ) * 鬼橋美智子 (ラジオパーソナリティ、タレント) * 紗綾 (入江紗綾)(グラビアアイドル) * 椎葉ユウ (タレント、ラジオパーソナリティ) * 白石さおり (タレント、ミスコン53冠女王) * 申徹也(しん てつや・ラジオパーソナリティ、タレント) * 高城樹衣 (タレント、Girl<s>ACTRY、高城亜樹(歌手・ミュージシャンの項参照)の姉) * 橘家蔵之助 (落語家・2代目) * 林家きく麿 (落語家) * 立山律子 (DJ、ローカルタレント) * F.King Toggy (DJ、パーソナリティ、ローカルタレント、ミュージシャン) * 原田大三郎 (CG作家、多摩美術大学教授) * 米岡誠一 (タレント、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン)
スポーツ * 今浪隆博 (プロ野球選手、日本ハム→ヤクルト) * 柴原洋 (元プロ野球選手、ソフトバンク) * 柴田講平 (プロ野球選手、阪神) * 中田賢一 (プロ野球選手、中日→ソフトバンク) * 日高剛 (プロ野球選手、阪神) * 山本和範 (元プロ野球選手、近鉄→南海・ダイエー→近鉄) * 小関翔太(プロ野球選手、楽天) * 松永浩美 (元プロ野球選手、阪急・オリックス→阪神→ダイエー) * 安田猛 (元プロ野球選手、ヤクルト) * 奥宮種男 (元プロ野球選手) * 楠城徹 (元プロ野球選手) * 清家政和 (元プロ野球選手) * 宅和本司 (元プロ野球選手) * 森下整鎮 (元プロ野球選手) * 外園正 (元プロ野球選手) * 森博幸 (元プロ野球選手) * 高信二 (元プロ野球選手、現広島コーチ) * 溝口大樹 (元プロ野球選手、ソフトバンク元投手) * 森山良二 (元プロ野球選手、現楽天コーチ) * 敷田直人 (プロ野球審判員) * 松永怜一 (アマチュア野球の指導者) * 本田泰人 (元サッカー選手、鹿島アントラーズ) * 本山雅志 (サッカー選手、ギラヴァンツ北九州) * 平山相太 (サッカー選手、FC東京、U-22日本代表) * 三好拓児 (元サッカー選手、FC琉球) * 池元友樹 (サッカー選手、ギラヴァンツ北九州) * 重光貴葵 (元サッカー選手、ギラヴァンツ北九州) * 山形辰徳 (サッカー選手、栃木SC) * 千疋美徳 (元サッカー選手、前ニューウェーブ北九州監督) * 柴田華絵 (女子サッカー選手、浦和レッズレディース) * 鹿毛誠一郎 (元プロバスケットボール選手) * 川面剛 (元プロバスケットボール選手) * 藤原隆充 (プロバスケットボール選手、bjリーグ・滋賀レイクスターズ所属) * 鬼塚勝也 (元プロボクサー、WBAジュニアバンタム級チャンピオン) * 白石豊土(プロボクサー) * 箕内拓郎 (ラグビー日本代表主将) * 竹下佳江 (バレーボール選手、日本代表) * 河村めぐみ (元バレーボール選手・モデル) * 江藤直美 (バレーボール選手) * 長田力(プロゴルファー・元日本プロゴルフ協会会長) * 一丸尚伍(自転車競技選手) * 吉岡稔真 (元競輪選手、競輪学校65期) * 北津留翼 (競輪選手、自転車競技選手、競輪学校90期) * 森美紀 (女子競輪選手、競輪学校102期) * 植木通彦 (元競艇選手、登録番号3285番) * 高野拳磁 (プロレスラー) * 浪口修 (プロレスラー) * 渕正信 (プロレスラー) * デビル雅美(女子プロレスラー) * 大潮憲司 (大相撲力士、元小結、元式秀親方) * 小役丸勇走 (大相撲力士、元十両) * 豊ノ花光義 (大相撲力士、元十両) * 春日洋光二 (大相撲力士、元十両) * 山岸二郎 (テニス選手) * 福井烈 (元テニス選手、JOC委員) * 君原健二(マラソン選手、メキシコオリンピック銀メダリスト) * 金哲彦 (元マラソン選手) * 岸川聖也(卓球選手、北京五輪日本代表) * 北畠紗代子(アーチェリー選手、北京五輪日本代表) * 村田愛里咲(モーグル選手、バンクーバー五輪・ソチ五輪日本代表) * 浜中俊 - 競馬騎手(日本中央競馬会所属) * 山下健夫(エベレスト登山家) * 山本浩之(車いす陸上競技) * 廣重毅 (空手家) * 内村航平 (体操選手)
マスコミ * 原田徹 (NHKアナウンサー) * 有馬幸恵 (NHK北九州放送局契約キャスター) * 池内博子 (山口放送アナウンサー) * 池尻和佳子 (RKB毎日放送アナウンサー) * 猪原智紀 (NHKアナウンサー) * 岩元良介 (NHK福岡放送局アナウンサー) * 上田早苗 (NHKアナウンサー) * 江崎裕子 (福岡放送契約アナウンサー) * 小川真人 (元テレビ埼玉、熊本県民テレビアナウンサー) * 川上一夫 (テレビドラマプロデューサー) * 坤徳ひとみ (元RSK山陽放送アナウンサー) * 佐々木正洋(テレビ朝日アナウンサー) * 佐藤征一 (元テレビ西日本アナウンサー) * 塩田真弓(テレビ東京記者、元アナウンサー) * 重松亜紀 (元NHK北九州放送局キャスター) * 武内裕之 (KBC九州朝日放送アナウンサー) * 竹林紀雄 (映像作家、テレビプロデューサー、文教大学准教授) * 田尻敏明 (フリーアナウンサー、ナレーター、ローカルタレント) * 田畑竜介 (RKB毎日放送アナウンサー) * 中野謙吾 (日本テレビアナウンサー) * 西口久美子 (NHK福岡放送局キャスター) * 野田真外 (映像演出家) * 本名正憲 (中国放送アナウンサー) * 宮本隆治 (フリーアナウンサー、元NHK) * 室田智美 (STVラジオパーソナリティ、所属は札幌テレビ放送) * 室屋典子 (TNCテレビ西日本キャスター) * 安田瑞代 (RKB毎日放送アナウンサー) * 山縣慎司 (元フジテレビプロデューサー) * 山下末則 (元日本テレビアナウンサー) * 山下奈緒美 (RKB毎日放送アナウンサー) * 山本耕一 (KBC九州朝日放送お天気キャスター、元テレビ長崎アナウンサー) * 山本剛士 (ニッポン放送アナウンサー) * 吉松孝 (元TVQ九州放送アナウンサー、現在フリー) * 吉永真樹 (熊本県民テレビアナウンサー) * 伊藤薫平 (静岡第一テレビアナウンサー、元テレビ高知アナウンサー) ゆかりのある人物 * 安川敬一郎 (政治家、実業家) 福岡市中央区出身 設立した企業 安川電機、黒崎窯業、若松築港、明治コンサルタント、九州製鋼→後の八幡製鐵所、九州鉄道、 設立した学校 明治専門学校→後の九州工業大学、明治学園小、中、高校 * 出光佐三 実業家 赤間出身 (出光興産創業者、貴族院多額納税議員) * 大迫忍 (実業家)大分出身 父の善隣を拡大、カーナビ、GPSへの道筋、北九州空港実現、スターフライヤー誘致に尽力 *森鴎外 (小説家、医師、翻訳家) 津和野出身 1899に陸軍軍医長として小倉に左遷、後の軍医トップの座を固める素地つくり * 松本清張 (小説家)広島市で生まれ幼少期を下関市で育ち11歳頃以降小倉で育つ。 * 松本零士 (漫画家)久留米市生まれ * 高倉健 (俳優) 中間出身 東筑高校卒 任侠からシリアスな演技で国民的なスター * Vanilla Mood(クラシカルバンド)※4人中2人が北九州市出身 * 永井謙佑 (サッカー選手、名古屋グランパス、広州アジア大会サッカー日本代表):広島県福山市生まれ、ブラジル在住を経て8歳から18歳まで市内在住 * 田村貴昭 (衆議院議員)大阪府生まれ、北九州市立大学卒業後北九州市議会議員を務めた。 * 末吉興一 (前北九州市長、元内閣官房参与)兵庫県生まれ、大分育ち * わたせせいぞう(漫画家)兵庫県神戸市生まれ。幼少期より高校まで北九州市で育つ * 仰木彬 (プロ野球監督 解説者)中間生まれ 東筑高 西鉄 近鉄 オリックス * 平野啓一郎 (小説家)愛知県蒲郡市生まれ。幼少期より18才まで北九州市で育つ * 村野藤吾 (建築家)佐賀県唐津市生まれ * 横内謙介(脚本家、演出家、「扉座」主宰)東京生まれ * 小林千登勢 (女優)京城生まれ、東京育ち。引揚げ地が八幡市 大庭久美子(元バスケ選手《DENSO》)折尾中学校出
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halki216 · 6 years
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うつわ謙心 店主 佐藤謙心さんが5月2日(水)13:00-17:00までswallowƨに在店します。皆様のお越しお待ちしております。 . 【在店のお知らせ】 うつわ謙心 店主 佐藤謙心さんがswallowƨ店内常設のうつわ謙心 静岡分室に5/2(水)13:00-17:00まで在店致します。 ゴールデンウィーク中の在店となりますので、是非お越しください。皆様のご来店、心よりお待ちしております。 -常設作家- 片瀬和宏 白石陽一 岩田智子 川西知沙 三輪周太郎 . #うつわ謙心 #うつわ謙心_静岡分室 #片瀬和宏 #白石陽一 #岩田智子 #川西知沙 #三輪周太郎 . ——————————————————— swallowƨ 422-8034 静岡県静岡市駿河区高松1-23-10 高松ハイツ1F TEL:054-204-7300 営業時間 11:30~19:30 定休日:火曜日 (Swallowƨ)
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halki216 · 6 years
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3/29(thu)11:30-19:30 OPEN. もう在庫が半分になってしまいましたが、片瀬和宏のマグカップ入荷してます。 . #うつわ謙心_静岡分室 #片瀬和宏 #うつわ #器 #マグカップ #swallowƨ #swallowƨ_shizuoka (Swallowƨ)
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halki216 · 6 years
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5月はイベント盛りだくさん‼︎COBI COFFEEのイベントが終わった翌週からrepetto More Variation開催します。サイズ・ラインナップ豊富にご用意しますので、是非お越しください。 . 【Event Information】 . 5月26日(土)~6月3日(日) ※5月29日(火)は定休日の為、お休みとなります . 定番シリーズから、「CENDRILLON (サンドリオン)」などをはじめ、CAMILLE(カミーユ),MICHAEL(マイケル),ZIZI(ジジ),サイズ・ラインナップを豊富に取り揃えております。 今回のみ特別に「BRIGITTE(ブリジット)」も展開致します。 . 1947年、ローズ レペットがダンスシューズをデザインしたことから始まったレペット。 後に、ブリジットバルドーの要望によって誕生したフラットバレリーナシューズの成功から、レペットの神話は生まれました。 伝統的な技術を用いて手作りされた靴は、確かなクオリティと美しさを約��します。 期間中、今シーズンswallowƨで取り扱うアイテムに さらにバリエーションを加えたフェアを開催いたします。 . お買い上げいただいた方に、 レペットオリジナルシューズバッグをプレゼントいたします。 ※ノベルティは数に限りがございます。 . 詳細はアカウントトップからBLOGにアクセスして頂き、ご覧ください。 . #repetto #morevacation #popup #cendrillon #camille #michael #zizi #brigitte #ballerina #swallowƨ #swallowƨ_shizuoka ——————————————————— swallowƨ 422-8034 静岡県静岡市駿河区高松1-23-10 高松ハイツ1F TEL:054-204-7300 営業時間 11:30~19:30 定休日:火曜日 . #swallowƨ #swallowƨ_shizuoka #APC #phlannel #KIJI #COBI_COFFEE #nanamica #MXP #ayame #うつわ謙心 #うつわ謙心_静岡分室 #repetto #styling #PMD #himie #m_herbs_aromatherapy #closely (Swallowƨ)
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halki216 · 6 years
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ご来店頂いたお客様ありがとうございます。謙心さんもありがとうございます。 #うつわ謙心 #うつわ謙心_静岡分室 #swallowƨ #swallowƨ_shizuoka (Swallowƨ)
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