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ssi-iss · 6 years
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夢のロスタイム
わあわあ なんかアレだな〜と思い書かずにいたのだが、彼から連絡があり会ってきた。
初めて会った日みたいだったな。相変わらず、本当に美しい人だった。ねえ、あんなに美しい人と邂逅できた幸運にわたしはひれ伏してしまうよ。本当によくわかる、あんな人と出会えてしまったら、全てになってしまうよねえ。まったく、当然のこと。素晴らしいのだ、明らかに。彼があまりにも素晴らしくて、そんな人がこの世にいて、わたしのよき友人であることにわたしは泣いてしまう。恋とか、愛とか、そこにある恍惚をわたしは今だってよくわかっているけれど、でも、きっと人生のすべてをそれらに明け渡してしまったら、大きな勇気が絞り出せなくなってしまう。
わたしは愚かだ。本当に。でも、1ヶ月前よりは賢明だ。それをきちんと認めてあげたい。
ねえねえねえねえねえ!彼のこと、本当に大好き!この気持ちが正しく輝いていてくれることが、わたしの進む先を照らしてくれているのだ。愛は最高です。思考停止の恍惚の先に、孤独な輝きが残る。それは友として、わたしのそばにいてくれる。(2018/11/24)
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ssi-iss · 6 years
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カフェまで歩いていくじゃないですか。歩いているから、カフェに着いたときは体あたたまってて、平子理沙には悪いんだけど「ホット飲むのはちょっとなあ」って思うじゃないですか。だから、冷たい飲み物を注文するんだけど、席についてコートを脱ぐと意外と冷えてきたりして、アイスティーなんて飲んでらんないなって思うじゃないですか。平子理沙の言うとおりにしておけばよかったなあって。そういうときに限って、ちょっと多めにミディアムサイズとか頼んでいたりして、もう全然飲む気がしないんだよな。それが今です。どうもこんにちは。世界の窓からこんにちは。
先月、人生で初めて扁桃腺がボコボコに腫れて以来、ずっと喉になにか詰まったような異物感がある。風邪かなあと思い、検索したところ自律神経の失調によって異物感が生じることがあるらしい。通称「ヒステリー球」。元気玉の対義語?まあ、いいんだけどさ。どうでもさ。どうでもいいことばっかだよな、人生なんてさ。そう思ってないとやってらんないよな。まあ自暴自棄になってても何も解決しないか。
最近思考が健康だったから、全然日記書くって気持ちにならなかった。健康な思考は嵩張らない。どれだけ増えても止まらなくても、整然と処理されていく。ありがたいことです。最近の出来事を以下に列挙。
・会社の資格試験があったけどたぶん落ちた。マジなんなの?別にいいけど。
・転職活動続けている。いやあ、やっぱり簡単じゃないね。でも、全然大丈夫です。必要なことを続けていきます。ゴーゴー
・Chromebook買った。最高です。愛せるプロダクト
・Airpods欲しいよ〜 ハイパー粗忽王だから絶対なくすけど、でも欲しいよ〜
以上です。お勉強に戻ります。(2018/11/23)
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ssi-iss · 6 years
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今日が何日か本当にわからなくて絶望した。明日も試験です。頑張ろう。
(2018/11/17)
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ssi-iss · 6 years
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heaven/earth/hell
人の中に真実はない。どんなことも、信じようと思えばそれは可能で、疑うこともまた同様だ。だから、わたしたちはずっとずっと、堂々巡りになったとしても、思い続けずにいられないんだろう。
わたしの心はわたしのもので、彼の心は彼のものだ。その境が溶けて判然としなくなる愛の恍惚を、わたしは克服しなくてはいけない。
わたしはわたしでいなくてはいけない。わたしの命や人生は、わたしのものでなくてはいけない。人を愛することと自分を尊ぶこと、その両立のなんと困難なことか。骨身を捧げて、自分を放棄することを愛と呼んで受け入れてもらえたら、どんなに安楽で甘美だろう。
困難であっても、立ち向かねばならない。うまくやれるかもわからない。でも、生きていく道はここにしかない。わたしがわたしとして生きていく道が、彼の進む道と並走していたらいいな。そんなことがもしあり得たら、それは奇跡だ。でも、もしかしたらありえるのかもしれないと思う。わたしが愛するたくさんの人たちがそうであるように。特別じゃない奇跡が、いつもわたしに寄り添っているように。#20181111
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ssi-iss · 6 years
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おやすみなさい
悲しみが和らいできた。わたしはなぜか、悲しくなくなったら幸せになれると思っていたみたい。なんでだろう。当然そんなことはなかった。悲しみが萎んだだけで、空いたスペースはそのままで、ガラガラの部屋にわたしがいるだけ。でも、読みたい本がある。好きな音楽が聴ける。好きな服を着たら、スキップもできる。それだけ。個人的でたわいもない喜び。ビー玉みたいな喜び。安価で汎用な輝き。
生活が小さく収斂していくのだ。わたしの輪郭に戻っていくのだ。これが実寸なんだと思う。だから、こんなに生きていけそうな気がしているんだと思う。たぶん希望ってこういうことだ。でも、これでいいのかよくわからない。わからないまま生きていくしかない。
悲しみも怒りも恐れも、折り畳まれてわたしに収斂していく。ひだになって。わたしの中に。#2018/11/8
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ssi-iss · 6 years
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well, so am I
アー。毎日なんとなくつつがなく取り留めもなくよどみなく過ぎ去っていく。指の間からこぼれ落ちていく。
妄執や虚構から醒めるたびに、死んでいくような心地がする。1つずつ灯りが消えていく。ただ茫茫と立っている。ここにはパレードの歓声がない。神経症じみた悲観もない。ただ日暮れの寂しさや陽ざしの清らかさだけがあり、それらがもたらすささやかな情動だけが脈を打っている。(2018/11/07)
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ssi-iss · 6 years
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St.Vincentいけてる(T_T)
四時に起きてるからハイパーです。ハイパーおネム。週末に試験があるから追い込みの朝勉してる。+し、ESも何社か出したいし、ってとこで頑張っていきたい。We've got nothing to lose.
試験終わったらchromebookを買いたい。その望みのためにこまごました物欲は鎮火した。コフレも買わない。meltのgeminiだけちょっと欲しいけど。それより何よりからーぽっぷのcandy floss再入荷してー!!2万本買うから!たのむ!(18/11/5)
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ssi-iss · 6 years
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with sadness
昨日の疲れは今朝まで続いた。ひどく悲しい思いがして目が覚めた。わたしはここ1ヶ月のいろいろで、自分の悲しみや苦しみを排除しないことに決めていた。胸に居座れれば、その間中ずっとズキズキ痛むけど、それでもそこにいることを許すことにした。悲しみにもし肉体があって、わたしの部屋をノックするならば、カモミールティーでも淹れてあげよう、そんな気構え。その見すぼらしく萎んだ姿は、決して素敵じゃないけれど、わたしの一部なのだ。削ぎ落とすことはできない。おつかれさまと肩を叩くと、ますます惨めに背中を丸めた。ごめんねごめんねと、口の中で繰り返す。
「もっと上手くやれたかもしれないのにね、わたしがヘマしたばっかりに。わたしにもっと魅力があったら、こんなことにならなかったのに。ごめんね、こんなわたしで。ごめんね、いつまでもくよくよして。ごめんね、弱くて、惨めで。ごめんね。」
悲しみが肩を震わせる。そんな風に思わなくていい。でも、思ってしまう日もある。そうでしょう、疲れたら風邪引くし気圧が下がれば頭痛もするし。平気でいられない日があっても、わたしそのものが平気じゃなくなるわけじゃない。どういうことか、わかるかな。悲しみはすべてじゃない。すべてにはならない。(18/11/4)
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ssi-iss · 6 years
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waste
彼が住む街へ行った。次々にオーバーラップする思い出に、泣きたいような吐きたいような気分になる。あのとき。あのとき。あのとき。いくつもの場面が思い出される。ほとんどの場面ですでにわたしはもう悲しい予感に寄生されていて、どうか気のせいでありますように、孵化することなく息絶えてくれますように、祈るような気持ちで彼を待ち、食事をし、並んで歩いて、手を振っていた。あのとき、さみしさや悲しみを黙殺しようと努力した。この悲しみを克服さえすれば、関係がよりよくなると信じていた。それは、少しも上手くいかなかった。平気な振る舞いの裏でいも胸の中は憂鬱がみっちり詰まっていて、無視すればするほど惨めな思いが食い込んだ。かくして、悲しい予感は現実になった。わたしを食い破って外に出た。
彼が好きだ。わたしは何も変わらずにそう思うけど、もうこれは妄執なのかと思うこともある。この思いは何度もわたしを痛めつける。
彼は最後に「また連絡するね」と言った。その言葉を拠り所にしている。バカげてるよね。やめなよって思うよね。自分でもわかってる。でも、彼は嘘をつくような人じゃないし、あれは決してその場しのぎの言葉ではなかった。でも、それはそのときのことで、状況は変わる。人の気持ちも。日付のない約束を指折り数えて、夜になるたび夜驚症みたいに泣きたくなって、バカじゃん。わかってるわかってるわかってるって、ずっとわかってる。神でも仏でもなんでもいい、祈りたい。祈っても変わらない。また1日が過ぎていく。未来はどこにあるんだろう。
痛いばかりの思いでも、手放せないのはなぜだろう。嫌になる。
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(18/11/3)
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ssi-iss · 6 years
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眠い。眠さって何?感情?毎日眠い。眠い日が延々と、脈々と、累々と続く。あーーーーぜんっぜん関係ないけど加工肉を心ゆくまで食べたい。ハム、ソーセージ、ベーコン。
# コスメ譚
最近ずーっとその日使うブラッシュをアイシャドウにも使っている。MACのPeachtwistやNARSのLuster、Madly、Unlawful、Taj Mahalなど。どれもブラッシュの中では赤みがそれほど強くないものだけど、場合によってはベースにニュートラル~クールトーンのベージュを塗ってから使う。ブラッシュをアイメイクに使うことの何がいいかというと、同じブラッシュを頬にも使うセットアップ感が楽しいし、あとブラッシュって大きいからブラシに含ませやすい。おっ、しょうもないな。でも、暖かい顔になるから秋冬向き。
# 読書について
そういえばkindleのunlimited、お試しのつもりだったけど1か月経っちゃったな。相変わらずハリーポッター読んでるので、しばらくはこのままにしておこうかなと思っている。ところで、昨日買った本(Kindleではない)がめちゃめちゃよくてたまげている。今まで読んだ本の中で、「なるほどな」とか「確かにそうだ」と思ったところが寄り集まって筋道立てられている。断片的だった気づきは大きな流れの一部で、その全貌を説明してくれている。要点はいつも複数の事例を挙げた上で「○○は××だ」と述べつつ、"○○が△△"であるケースについても言及する。誠実な仕事だ。古本で買ったことを後悔している。電子書籍版があれば買い足すんだけどな。ないのだ。
# 転職の件
今日1社目がもし書類選考通過なら連絡くるはずだったんだけど、来ず…。残念だけど、しょうがないな。明日も一つ説明会なんだけど、今最も行きたくない場所で開催されるから、無限にア〜〜〜〜〜って呻ける ウメケル首相
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何このgif (18/11/2)
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ssi-iss · 6 years
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安楽と克己は両立するのだろうか
昨日はちゃーんとジム行きました。せめて3日に1回は行きたいなあ。すぐ腹回りが重くなってしまう。ってことは次は土曜か。コミットだ!アァー…(書いたからには行くけど、土曜ってすぐだな…)
なんかねえ、自分がバカでね、本当に悲しい。英語読めないし書けないし喋れないし、論文みたいなちょっとでも難しい文章になると日本語でもまともに読めない。ちょっと難しいこと言われるとよくわかんなくて、バカな自分がボワーと浮かび上がってきて打ちひしがれる。わたしね、バカな自分が嫌なんですよ。大人になるにつれ、いろんなことを諦められるようになってくるけど、これは諦めがつかない。でも、後悔と劣等感が噴出するから、直視するのは苦しい。でも、ここでこの苦痛にかじりついて、ちゃんとトレーニングしていくしかないんだろうな。誰だって最初はできないところから始めているのだ。(そういう当たり前のこと、わたしはちゃんとわかっているのだろうか。)
書いていて気づいたけど、わたしが感じているこの後悔と劣等感って他責かもしれない。後悔の対象は過去。「過去の自分のせい」にすれば、今の自分ができないのはしょうがないな、と思える。はっきりとこんな風に思っているわけじゃなかったけど、「あーもうあの頃ちゃんとしておけば」って悔やんだ後はたいてい投げ出してしまうので、自分にとって「過去の後悔」って、言い訳か、すくなくとも投げ出す動機にはなるんだろう。劣等感はね… もちろん自分が劣っていて参る~と思うんだけど、自分が劣っている(優れていない)理由は、環境によるものじゃん!って思っているのです思っているんだなあ、始末に負えないことに。もしも、都市に生まれて小学校か中学校から受験して、優秀な人たちに囲まれて育っていたらあるいは… とか思っていた。いざ書いてみるとすごいな、すごい、どうしようもないこと言っているな。そりゃあさ、辿らなかったルートを想定すればなんとでもいえるよね。検証できないんだから。優秀な人に囲まれて育てば今度は別の劣等感で死ぬほど苦しんだかもしれないし、人殺しにでもなったかもしれない。でも、きっとそうなったらわたしはまた別のルートを夢想するんだろうな。以下略。劣等感が連れてくる“if”って、いつもステキな展開ばかりだけど、今よりマシなifの数だけ今よりヒドイifがあるのだ。今の自分を慰めたいばっかりに、ステキなifだけ見るのはやめよう。今のわたしはあらゆる可能性の中で、最高でもなければ最低でもない。わたしがバカになったのは、もしかしたら確かに過去や環境のせいかもしれないが、バカであり続けている理由は、後悔や劣等感に逃げていることだ。そしてやっぱりstep by stepだな。(全文は “ Step by step. I can’t see any other way of accomplishing anything.”)
ここのところ、数年ぶりに喫煙習慣が復活していた。精神が爆発したときに煙草を吸うと一時楽になるから。たとえ一時でも凌げるのは本当にありがたかった。でも、もうだいぶ落ち着いたし今朝からもうやめることにした。でも、本当に助かった。スコールのような悲しみをやり過ごすための傘だった。雨は止んだ。傘をたたんで、出かけよう。(2018/10/31)
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ssi-iss · 6 years
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会いたくて泣きたい
彼を好きになったとき、世界は清潔な水気を湛えて輝いていた。道に落ちてすり潰されたノウゼンカズラの花弁が綺麗で、立ち止まった。素晴らしい日々は少しずつ捻れていって、そうしてついにちぎれてしまった。彼のことを好きになって、こんなに幸せなこともないと思ったし、こんなに悲しいこともないと思った。でも、たぶんまだまだあるんだろうな。そう思うと、人間は、人生は、あまりにも計り知れなくて、果てしない。
わたしは十分強い。でもやっぱり悲しくなる。いつか会えることはわかってる。10年でも100年でも待ちたいけど、会いたいままでは1日だってあまりにも長い。2018/10/31
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ssi-iss · 6 years
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ンわーーーーーーーい。今日も1つ、書類提出したっちゃ。もとい、しちゃった。step by stepです。マイケル・ジョーダンもそう言ってた。スタンプ2個目獲得ですわ。エイッエイッ
もう1週間以上ジムに行ってなくて、罪(ザイ)。ああああむむむむあああむむむ、もう!やだ!明日はジムに行くことをここに誓う。(2018/10/30)
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ssi-iss · 6 years
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昨日課題出しました!お疲れ様でしたあーーーーー!!!(絶叫)
よくできたとはいいがたいけど、まずはちゃんと提出できた自分を称えてキャラメルでもあげたい。が、被せものをしている歯があるからキャラメルは食べないことにしているので、お気持ちだけ頂戴しますね。はい、どうも。新たなことに取り組むと、驚くほど何もできない自分が露見する。取り組む前から漠然と「まあこれぐらいできるだろうな」という想定(しかもちょっと謙虚な算段だったりする…)があるけど、実際はそれをはるかに下回る自分がいる。Lかと思ったらXS。それに向き合うのは本当に苦痛だった。どうしてあのときもっとこうしなかったんだろうという後悔とか、あの人ならきっとこんなこと簡単なんだろうなという羨望や劣等感が、すぐに頭に充満していくから。でも、今からやるしかないのよね。過去からやり直せるならそうすればいいけど、現在のテクノロジーじゃ無理だし。自分の未熟さに直面するのは苦痛だけど、苦痛を感じているということは自分の問題を直視している証拠なんだと思う。その先には成長があるはず。少なくとも、怠惰じゃないことは確か。ねえ!!それって、それだけで、素晴らしいことじゃないですか。わたしに必要なことじゃないですか。わたしに必要なことだから、わたしは頑張るし、頑張れるね。ワハハ
# 気づいたことをメモ
結果って大事なことだけど、結果だけが大事なのではない。むしろ、結果は固有だけど過程は汎用だから、わたしは過程を考えることにエネルギー使っていこうと思う。そもそも、結果って過程の出力後だ。過程が出力されて結果になる。出力後である結果は固定されて変化しない。わたしが手を加えられるのは過程だけだ。それ自体がどれくらいの影響力を持つのかってことに注目すると、結果が一番大事だという気がしてくるけど、やっぱり一番重要なのって「どうなるのか」(受動)ではなく、「どうするのか」(能動)だと思う。どんな過程を経たとしても、出力時には外的要素が影響する。つまり、どれだけベストを尽くしたって、うまくいかないことはある。3年間猛練習し続けた大会当日に車にはねられるかもしれない。そういうコントロール外の要素が、結果を決めることはある。が、それで3年間の努力が泡と消えるのだろうか。もしそんな目に遭ったらそう思うぐらい絶望するだろうけど、事実は当然そうじゃない。3年間、鍛錬を積んだ心身は結果にならなかったぐらいで消えてなくなったりはしない。自分の人生に主体的にいるために、結果ではなく過程に注視していきたい。"わたしは何をするのか"、考えるべきは常にここだ。
Continuous effort – not strength or intelligence – is the key to unlocking our potential.  力や知性ではなく、地道な努力こそが能力を解き放つ鍵である。- Winston Churchill
# コスメ譚
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このサムネでAちゃんが持ってる美容液、goodalのgreen tangerine Vita C dark spot serumを先週くらいから使っているのだが、とてもいい。いいところを以下に列挙。
香りがいい!(green tangerine、青い柑橘の香り。さわやか)
見た目がいい(プラに見えたけどガラス容器。ミニマルで好き)
値段が手ごろ(30ml+10mlとクリームのセットで2.5千円くらいだった)
しみない(ビタミンC系はヒリつくこともあるけどこれは大丈夫)
肝心の効果は、トーンアップしたかなあ??たぶんしたなあ???って感じ。頬骨のあたりとか、ハイライターいれてないときでもプリプリピカピカしてる。使って1週間の美容液で劇的な効果があったら怖いし、余裕で及第点です。あと、Tゾーンの毛穴ざらつきが減って、ちょっと毛穴閉じたと思う。こっちはわりと確��持って言える。シミについては、そもそも自分のシミに興味がない(シミあるんだけど問題視していない)のでわからず。それと、トーンアップも毛穴も、最近やたらと早寝をしていることもかなり影響していると思うんだよね…睡眠にまさる美容法なし。でも香りが本当にすてきだから、塗ること自体が癒しになっている。(2018/10/29)
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ssi-iss · 6 years
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転職のための課題文と一日格闘していたけど、もう自分があまりに物知らずで恥ずかしいやら悲しいやらで自己嫌悪が煙を上げつづけているのだが、とにかくちゃんとやりきることが今のわたしに必要なことだともうわかっているので、明日も頑張ろうね。頑張ります。
失恋した直後、それまで読んだり聴いたりしていたものが一切受け付けなくなった。ラジオ、音楽、twitter、ネットニュースなど。そもそもテレビを観ないので、ほとんどメディアを遮断したような感じに。ちょっとしたことで彼のとのことを思い出しては心がねじ切れそうになってしまうような状態だったから。精神的通風とでもいおうか。風が吹いても悲しいような状態だったのだ。彼というプリン体のおかげで。(ふざけてんのか)
そういえば、声優のやまちゃんは離婚直後はずっと東京タワーを眺めていたらしい。また、松尾スズキはずっと洗濯機を眺めていたらしい。失恋をしてこれだけ悲しいんだから、わたしがもし将来離婚なんかしたら、絶命してしまうだろうな。ギャッと短く悲鳴を上げて。マメジカのように。ところで、音楽もネットもできなくなったわたしがしていたことはというと、ハリーポッターを読んでいた。ずっと。特に3巻がお気に入りで、繰り返し読んだ。2回読んで、1巻に戻ってまた3巻まで読んだ。(4巻以降は恋愛要素が出てくるので、元気になってから読んだ)ピュアな子供、優しい大人、わかりやすい悪役、美しい自然。いいねえ、実によかった。1冊の終わりが必ず夏休みに入る前というのもよかった。騒動からの解放を、青々とした草木と帰省に浮かれる生徒たちの喧騒が迎える感じがいい。終わりの寂しさを夏が持つ特別な予感がコーティングしてくれる感じ。ハリーポッターの世界に浸っている間は��とんど彼を思い出さずにいられた。彼が魔法使いでなくて本当によかった。もし魔法使いだったら、長靴下のピッピを読む必要があるが、長靴下のピッピはkindle unlimitedにラインナップされていないからね。
今はもうラジオも音楽も聴けるようになった。けど、ネットニュースだらだら読んだりダーティなtwitterアカウント覗き見…みたいな密かな悪癖はこれをきっかけにやめられた。やったー。が、逆にこれをきっかけに再発してしまった悪癖もあるんだよな。まっ、改善してこ~
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上海蟹食べたい🦀 (2018/10/27)
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ssi-iss · 6 years
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RECONSTRUCTION
彼と別れてすぐに、書いた文章がメールの下書きトレイにあった。
〜〜
わたしは本当に死にたいと思った。今も思ってる。死にたいって不自然な感情だ。死にたいって犬はたぶん思わない。わかんないけど。犬はしゃべらないから。人間そのものは生きる意味を持たない。(たぶん。あるとしたら、ファンタジーと信仰の中にだけ。)死ぬべきでないことはずっとわかっているけど、死にたいと思わずにいられないのは、断続的な絶望にもう疲弊してしまったから。盤石な、レンガの家のような幸福。狼の息に負けない。火にも負けない。わたしが後生安全に暮らしていける場所。わたしはずっとそれを探している。ああ今度こそ大丈夫、もうずっとここで暮らしていける。そう思ってしばらくすると、漏水が始まったり、床が傾いていることに気づく。マイホームを建てるのは大変な苦労なのです。35年ローンです。比喩にすぎないけれど、この”家”を建てるのも夢があって、苦労があったんです。だから、そのマイホームがガタピシしたり白アリでたりシックハウスの症状でたり、って、それはそれは絶望なのです。家で安心できないって、生活の根幹がぐらつくんだよね。生活は人生です。生活が連続して人生になります。もっと分解すれば、人生って今です。今が無数に連続して、人生になります。人生ってなんですかね。人の生、英語でいうとlife、つまり命のことなのか。命があるから今があって、今が連続して人生になり、人生とはすなわち命。わたしは無間階段を思い出す。それにしても、人生って言葉、なんかダサくて大げさで好きじゃないな。バカみたいだ。そう、バカみたいなのだ。わたしには今しかないのに、集合としての仕上がりを気にかけるなんて愚かだ。エネルギーをかけるべきじゃない。それは妄想だ。妄想には怪物がすむ。その怪物はわたしを呪う。わたしの不安を餌に、怪物は太り続け、怪物はますますよくしゃべる。わたしがこうして日記を執拗に書くのは、怪物の声から自分を守りたくて必死だからだ。怪物は言語をしゃべらない。でも、わたしはその言っている意味がよくわかる。恐怖に直接アクセスする音だ。その音をキャッチしたわたしの頭では次々に、恐怖の未来のスライドが流れる。そういう設定なのでしょう。スイッチ壊して欲しい。もしかしたら、わたしはこのスイッチの壊し方がわからないから、自分ごと破壊したいのかもしれない。破棄するパソコンを情報システムの人がハンマーでたたき壊しているのを見たことがある。(情報漏洩防止のため。)でも、もちろんディスクシュレッダーでハードディスクだけ初期化すればいいのだ。別に端末ごと破壊する必要はない。わたしだって、私を苦しめる部分だけ消失してくれれば、死ぬ必要もない。死ぬ必要はない。
素描するように、この心象風景を書き記したらなんとなく怪物が成仏(怪物なのに…)しないかなという淡い期待もあって、こんなことを書いている。だけど全然効果がない。でも、わたし、今すごくボロボロなんですけど、ボロボロになってみて強く思うのは、どういう形であれ、人とつながっていなくてはいけないということだ。Aさん、Bさんという特定の誰かではなく、人という集合に対して自分を開く。今、わたしにとって自分が救われるすべはなぜかそんなところにあるような気がした。
〜〜
これを書いた頃、わたしはほとんどずっと泣き通しだった。泣き止もうにも意思では全く制御できず、会社だろうが電車だろうが涙が出続けて何が何だかわからない、前後不覚の状態だった。(こういう状態を情動失禁というらしい。言いえて妙である。)そんな状態にあっても、こうして日記をつける自分にはちょっと感心してしまうというか、そのときできる自助努力がこれだったのだと思うと、なんだかいじらしく、尊くすら思えてくる。めちゃめちゃ支離滅裂だけど。
そのとき,わたしは本当に「死にたかった」。でも、その願いの裏側には、「とはいえ、死なない」という結論が既にあった。「死を選ばないこと」は規定済みの事項で、決して覆らない。わたしはそれをよくわかっていた(決めていた)のに、心は延々と「死にたい」とうめき続ける。わたしがニコニコ動画だったなら(?)、画面いっぱい延々に「死にたい」というコメントが流れている状態だった。死なないのに。「死を選ばない」ことが確固たる選択なんだとしたら、すなわちわたしは「死にたくない」というのが、その時点での事実としての意思だ。じゃあ、この「死にたい」の正体は何だったんだろう
わたしはあのとき、もうダメだと思ったのだ。ゲームオーバー。人生終了。自分が描いていた未来(それは単一の像ではなかったが、どんな展開にせよ彼の存在が中心にあった)が破綻した。すると、もうどう生きればいいのかがわからない。お先真っ暗。一文無しで見知らぬ土地に丸裸で投げ出されたような恐怖と不安だった。なんでそんな風に思ったんだろう。だってわたしは、彼と出会う前は彼なしで生きていたのだ。彼を失ったからって、生きることそのものを喪失するのは、何かがおかしい。でも、当時は本当にそう思っていて、実際友人に「わたしには何もない。学歴も、キャリアも、お金も、容姿も、若さもない」と言ってぐずぐずと泣いた。どうして、わたしは自分のことをそんな風に無能な存在だと思うようになったのだろう。泣きながら、それを考えると、答えはすぐに見つかった。原因は「怠惰」だ。すぐに見つけることができたのは、ずっと視界にあったものだから。長い時間をかけて、堆積してきたもの。ずっと見ないふりをしていたこと。私は会社が嫌いだった。仕事が嫌だった。そして、こんなくだらない仕事をしている自分は、仕事以上にくだらない存在だと思っていた。
新卒で入社して5年になる。「この会社と合わないかもしれない」という思いは、入社してすぐに感じていた。でも、会社なんて(仕事なんて)、きっとその程度のものだろうと思っていた。安定しているし、ゆとりもあるし、まあこれでいいじゃないかと自分に言い聞かせてきた。「これでいいじゃないか」に続くのは、「じゃあわたしに何ができるのか」という問いだった。激務になるかもよ、もっと嫌なやつがいるかもよ、全然仕事できないかも、休みなんか取れないかも、今よりずっとずっと悪い状況になるかもよ。わたしはわたしに唱え続けた。この世には、すばらしい仕事も、すばらしい職場もある。でも、そんなところにわたしは行けるはずがないと信じていて、わたしがいられるのはここか、ここよりもっと劣悪な場所だと、自分に言い聞かせ続けた。根気強く。結果、見事自分をダウンサイジングすることに成功し、わたしはすっかり無気力になった。
そんな中で、彼に出会って恋をして、ああもう人生これでいい!上がり!と思ったのだ。彼のそばにいられさえするならば、このくだらない仕事も飯の種だと割り切れる。ああ、それがいい、そうしよう、ねえそうして!それなら、わたしは何も決めなくていい。このままでいいんだから。そんな甘美な想像に慰められているうちに、いつしかそれだけが救いになり、わたしの生きる理由になった。はい。そして、彼と別れたら、生きる理由まで失うこととなった、というわけ。要するに、わたしの絶望の正体は怠惰と自己欺瞞だ。彼と別れたことはきっかけでしかなく、本質的な原因は自分の怠惰とそれをごまかす自己欺瞞だった。泣き続けてボーッとした頭でこの結論にたどり着いたとき、もう逃げるのはやめようと思った。何者にもなれなくていい。素晴らしいことができなくていい。でも、きちんと目指し続けよう。歩き始めよう。結果はわたしにコントロールはできない。コントロールできないことは考えなくていい。成功するか失敗するかはわからない。でも始めよう。続けよう。そうじゃないと、わたしはいつか本当に死んでしまうかもしれないから。
泣き続けた頭は妙にさっぱり静まって、これだけボロボロなんだからもう何も怖がることなんてないなと思えた。精進していきましょう。(2018/10/26)
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ssi-iss · 6 years
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夢より素敵な
こんなブログを作っていたことを思い出して読み返すと、今夏の苦闘が記録されていた。憂鬱の中で窒息しそうな毎日を思い出し、たった数ヶ月前なのにもうずいぶん遠くに感じることに気づく。とても悲しいことに、くだんの彼とはその後数ヶ月で別れてしまった。別れの日の、薄暗い部屋を思い出すと今でも息が止まりそうになる。 やっぱりね、付き合ってて辛くなるような恋はダメ、どちらかが我慢するような関係は続きっこない、なんて訳知り顔で後出しジャンケンはしないぞ。何を犠牲にしてもそばにいたかった、それぐらい大好きだったという気持ちを失敗だなんて思わない。それが原因だったなんて言ってたまるか。あの頃のわたしの直向きさを思うと、これでよかったんだとしか思えない。ああ、わたしはわたしとグータッチがしたい。おつかれさま。よく頑張ったね。
彼のことは今も尚、何の迷いもなく大好き。これは未練ではない。そんな残り物的感情なんかじゃなく、至って普通にシンプルに、彼のことが大好きだ。どこにいってもどんな関係であっても、愛する自由は奪われないのね。この自由と共に、わたしはただ自分の人生を生きていこうと考えている。
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(2018/10/25)
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