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カール・ラガーフェルドが語るプレタポルテショーの舞台裏――あの海の秘密
毎回、手の込んだ会場のセットと演出が話題をさらうシャネルのプレタポルテのショー。2019年春夏シーズンは、グラン パレに砂浜が出現。独自の世界観へ、見るものを誘うのだった。
2018年10月、シャネルのプレタポルテの最新コレクションのためにグラン パレを訪れた約3,000人の観客は、曇り空のパリから一瞬にしてジルト島へワープした。そこは北海に浮かぶドイツ領の小さな島で、シャネルのアーティスティックディレクター、カール・ラガーフェルドの幼年時代の思い出の中の海辺の風景だ。グラン パレは1900年のパリ万博のために建てられた。シャネルのショー会場はその中央部の77,000mほどのホールで、19世紀後半に作られた。アーチ型のガラスの天井以外はすべて、雲がフワ��ワと浮かんだ青空を描いた背景幕に囲まれている。約80人もの素足のモデルたちが、時に手にサンダルをぶら提げて、人工の波が穏やかに打ち寄せるランウェイを歩いていく。
シャネルほどその世界観を巧みに具現化して見せるブランドがあるだろうか。過去9年間を振り返ってみても、ツナ缶の陳列やショッピングカートまで抜かりなく再現されたスーパーマーケット、ブランドの旅行バッグからスタッフを配置したチケットカウンターまで並んだ空港のターミナルなど、さまざまな世界をこのグラン・パレの会場に魔法のように出現させてきた。そのような現実と超現実の瀬戸際の世界こそがシャネルの世界観であり、美意識なのだ。パステルカラーのツイードのボックスジャケットや、ストローハットにプリントドレスなどの服も魅力的だが、こうしたきらびやかでラグジュアリーなものが、自然の原風景的な要素を背景にしたところに今回はインパクトがあった。「何げなく思いついたんだ」とラガーフェルドは、コンセプトをメールで説明してくれた。「ルールはない」
しかし、「ビーチをただ歩く」というアイデアを思いついても、それを実現するのは至難の業だ。ラガーフェルドはまずスケッチを作った。「参考にしたものもあるけれど、ほとんどは頭に浮かんでくるものだ」と言う。「純粋なファンタージなんだ」とも。そのスケッチをもとに約150人のチームが9日かけてセットを作る。模型を作り、グラン パレのフロアにセットのアウトラインを描いていく。足場を組み立てて照明を配置し、ビーチやボードウォークの高さを決める。ステージのまわりにパイン材とビニールで貯水場をつくり、25mプールを満たせるほどの水を入れる。潮流を作りだす、全長280mもの機械式シリンダーが、背景幕の後ろに配置される。最後に266トンもの砂を敷く。パリ郊外の石切り場から運び入れた砂を手押し車で会場のあちこちに運ぶのだ。音響、照明、警備を確認。ーーさあ、ショータイムだ。
16分間のプレゼンテーションの翌日、デザインチームは会場を元にボザール様式に戻す作業に勤しんだ。小道具は倉庫へ、砂は石切り場に、背景幕もまた別の機会に使えるように保管。「服と��デルがただ部屋を往復するだけのショーだったら、こんな風にワールドワイドに注目されることはないだろう」とラガーフェルドは言う。
「シャネルはファッションであると同時に、美そのものである。さらにグローバルな存在でもあるべきなんだ」。壮大なビジョンである。ココ・シャネルがカンポン通りのブティックの上でサロンで初めてのコレクションを発表したことを思うと、それはもはやポピュリストの思想に近い。シャネルのショーは誰もが楽しめるスペクタクルなのだ。グラン パレは来年末には修復作業のためクローズする。シャネルは別の会場を見つけねばならない。「どこで行われようが、シャネルを愛する人にとって、シャネルは常にシャネルなんです」
https://www.tjapan.jp/fashion/17257840?fbclid=IwAR35co7MWDo5mcZGJePcygyn8G-5XxJvLmgCArqPkAKhEGuFCpGWNBaX-FA
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【ずっと入れなかった店。】
京都以外で暮らしたことがなく、子供の頃から繁華街を走りまわり若い頃から街のさまざまな店に行き始め、時代も店も変わっていく中で40年ほどやってきた俺が、二十年以上も気になりながらどうしても暖簾をくぐれなかった店がある。
二十代や三十前半の頃はどこでも行ってやろうと思っていたので、縁がなくてもその店がどんな店か全く知らなくても扉を開けていけそうなら適当に飲んでいた時もあったし、街に出て誰も全く知らない店に飛び込んで飲むということが仕事な時もあった。もちろん食べログもネット��なかったし情報誌とも縁のない店の扉を勘で開けて飲むというミッションばかりだった。行った店は京阪神だけで五千軒以上になる。
そんなことをしてきた男なのに地元京都の、しかもホームグランドとでもいうべき裏寺周辺にある居酒屋の扉を開くことが出来なかった。暖簾を長いことくぐれなかった。
会員制という札があるわけでもなく、一見を拒むような業態でもないけれどその居酒屋の扉を長いこと開けられなかったのは、あまりにも佇まいが美しいので、その中のバランスを壊しそうな気がしたので触れられなかったんだと思う。 店には行っていい店といけない店があるのだ。雑誌やネットで見てその店のことを知り行っていいことを確認できたとしても、その店の前で躊躇したり、扉を開けた瞬間に「間違いました」と言って店に入らなかったりすることは生き物として当然だと思う。
例えすべてのものを持っている人であっても行っていい店と行けない店がある。それがあるから街は素敵なのだと思う。行けない店などないと思う人だからそこへ行ってはいけないということが往々にしてあるのだ。まだまだ街は我々を泣かせてくれる。あー、というしかない。
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坂口健太郎が語る チェックの服と役者としての"今"
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どこか思索的で、演技への静かな情熱を秘めた若き役者。ノスタルジックなチェックを身にまとった坂口健太郎は、そんな役柄を一瞬で服から感じ取り、普遍的、かつ現代的な青年像を描いてみせた。最近、仕事に欲が出てきたという彼が、演技者としての現在地を語る。
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やわらかな光が差し込むクラシカルな洋館。チェック柄の服を身に纏い、本を片手にひとりカメラの前に立つその姿からは、まるで文学青年か演劇青年といった風情が漂う。「チェックってどこかノーブルな感じがありますよね。それもあって、学生のときはチェックの服を着ることにちょっとした気恥ずかしさみたいなものがありました。でも、今は意外と好きな柄かもしれないです。今回着た服は、あくまでも僕の感覚になりますけど、いい意味でくすんだようなテイストがあって、それがちょ��どなじむというか、どれもすごく着やすかったです」
あたかも父のクローゼットに眠っていたかのような、ノスタルジーを感じさせるチェックのコート。オーセンティックなムードを楽しみつつ、ショートパンツで軽やかな現代性を加えて着こなしたい。
語り口は穏やかで、物腰はやわらか。本人は「ただ普通にやっているだけ」と言うが、撮影が始まっても特に気負った様子もない。知名度が上がり、自身を取り巻く状況が劇的に変化しても、その佇まいはどこまでもマイペースで自然体だ。実際、世間ではそうした人物像で語られることが多い。しかし、明るく人懐っこい笑顔の一方で、ふとしたときに見せるフラットな表情はどうにも捉えどころがなく、容易に本心をつかませない。人はさまざまな顔を持つものだが、自分の性格については「柔軟に見せているけれど、実はけっこう頑固」だと話す。
「僕、意外と自分勝手なんですよ。ニコニコしているのも、人あたりがいいように見せているだけで、それもすべては自分が大事だから。要するに、ずる賢いんです(笑)。でも、ずる賢いというのはそんなにネガティブな表現ではないと思っていて、結局すべてを受け入れることなんてできないし、無理して自分がダメになってしまったら意味がありません。自分を守りながら、周りの人たちにもイヤな思いはさせない。それがいちばんいいことだと思うんですよね」
坂口健太郎は、男性ファッション誌『メンズノンノ』の専属モデルとしてそのキャリアをスタートさせた。俳優業を始めたのは2014年。「映画に出てみたい」という漠然とした思いからだった。その後は、NHK朝の連続テレビ小説など、次々と話題作に出演し、演技の幅を広げるとともに着実に評価を高め、今年はついに『シグナル長期未解決事件捜査班』で連続ドラマ初主演を果たした。
バーバリーのアイコニックなチェックを大胆にアレンジしたポンチョ。インにデニムジャケットやシャツをレイヤードして、今どきなボリューム感を演出。
「このあいだ仕事で後輩と対談する機会があったんですけど、『坂口くんって、役者をやっていてどんなときに達成感を覚えますか?』と聞かれて、ぱっと答えられるかと思ったら全然答えられなかったんです。そこからいろいろ考えて自分なりに思ったのは、少なくとも評価されたくてやっているわけではないってことでした。僕の中では、役になろうというよりは、役をいちばん理解できる人でいたいというのがあって、そういう共感のパーセンテージが高い役に���会えたときにいちばんやりがいを感じるし、楽しい」
これまでの出演作を振り返って印象に残っている役柄は多いが、とりわけ鮮烈だったのは映画『ナラタージュ』で演じた小野怜二という役だろう。思いがかなってヒロイン(有村架純)とつき合い始めるが、やがて嫉妬心をコントロールできなくなり、愛と憎しみの狭間で苦しむ役どころをリアルかつ繊細に演じてみせた。
「自分の気持ちをコントロールできない小野は、普通に考えるとひどい男なんですけど、見方を変えれば純粋さの表れであり、彼のそういう正直なところはすごく共感できました。あれほど役の気持ちを理解して演じることができたのは、このときが初めてだったと思います」
最新作は11月16日に公開される映画『人魚の眠る家』。ある日、ひとりの少女がプールで溺れ、意識不明の状態になる。奇跡を信じる両親(篠原涼子、西島秀俊)はある決断を下すが、そのことが運命の歯車を狂わせていく。坂口が演じたのは、自分が開発を進める技術が治療の役に立っていると信じ、次第に理性を失っていく研究員。映画が完成したとき、監督からこんな言葉をかけられたそうだ。
男性性の象徴としてのチェックを提案するドリスヴァンノッテン。ジャケットという普遍的なアイテムが着る人の知性やセンスを際立たせる。
「『坂口くんの役は簡単に悪者になれちゃう役だけど、すごくピュアに演じてくれたことで、結果的にいちばん焦点を向けてほしい家族に目がいくようになった』ということを言われました。そういう役どころだと理解して演じていたので、監督のその言葉はすごくうれしかったです」
聞けば、来年以降も楽しみな仕事が控えているという。だが、坂口自身、未来を狭めたくないとの思いもあって、これまでは具体的な目標や夢を持たずにやってきた。
「一つひとつのことにあまり一喜一憂したくないというか、未来の自分の立ち位置みたいなものはあえて考えないようにしていたんです。あと、僕の場合、目標を決めてしまうと、そこに向かってまっすぐに歩いてしまう気がするんですよね。僕は寄り道をしたいタイプなので、それだったら目標を決めずに曖昧なままにしておいたほうがいいのかなと。もちろん、寄り道が失敗だったりすることもあると思うけれど、それもいい経験です」
ただ、最近になってその考えも少し変わってきた。「今までは主役をやりたいと思うことはあまりなかったんです。でも、『シグナル』が終わってみたら、��た主役をやりたいなと思っている自分がいて、それはすごく意外でした。きっと欲が出てきたんだと思います。自分なりに欲はあったつもりでしたが、もうちょっと出していってもいいのかなって。そう思うようになりました」
ずる賢くて欲張り。これはきっと面白いことになる。この先の彼の道のりが楽しみで仕方ない。
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