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メルチドメリ
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メルチドメリ melted merry-go-round
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nishimuramoeka · 3 years ago
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恋文
鳥の声が胸に染み入るようになってきました。年をとったからでしょうか。
毎日はその日の気分でうつろいます。どんな毎日も海辺のさざなみの音に吸い込まれていくようです。
毎日は物憂げに過ぎていきます。
夫と藤沢に引っ越すことになりました。
古い家を掃除して部分的に修理して暮らすことになりました。
古い家の床の木目はうつくしいです。毎日ぞうきんで床を拭いていると、心の中がしんしんと静かになります。
お元気でしょうか。
あれから何年経ちますでしょうか。指折り数えても両手では足りなくなってきました。
夫と二人並んで冬の海を見るのが好きです。こんなことをあなたに言うのは残酷でしょうか。
冬になるとあなたを思い出します。なぜでしょうか。
二人で小旅行をしたことを思い出します。あれは雪の降る冬でしたね。
またいつかお会いできることを
よいお正月をお過ごしください。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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無意識と意識
そのバーには極彩色の蝶々のモビールが天井から垂れ下がっていた。
空調の風圧でときどき揺れている。店主の趣味を疑う造形だ。
「倒錯してるね」僕は小声で言った。
「盗作?盗作はしてないわ」
彼女は細い指の中でグラスを包みながらそう答えた。指にシルバーのリングを無数につけている。
「きみのコラムの事ではなくて。ここの雰囲気がちょっと、乱れた雰囲気だね」
彼女は雑誌に記事を書いている作家なのだ。僕は最後の言葉は店主に聞かれないように声をひそめて言った。
「ああ、あのモビール?あれは店主の娘さんの作品だそうよ」
「そうなんだ」僕は突拍子もない返事に驚いた。店主に娘がいるなんて初耳だ。
彼女はさっぱりとそんなことも気にせずにジンバックを飲んだ。彼女ののどが動くのを眺めて、生きていることを実感する。
彼女が毎回そのお酒を頼むので、すっかり注文にも慣れた。ジンバック。僕はカクテルには疎くて、その時々でなんとなく名前を知っているモヒートを注文したり、店主のおすすめを注文したりしていた。そもそも彼女のようにお酒は強くない。1杯でへこたれてしまうのにバーの雰囲気が好きで来てしまう。いやな客だ。
その後、ビジネスホテルのようなラブホテルで彼女と寝た。彼女が翌日休日の場合のお気に入りコース。よく確かめていないからビジネスホテルだったのかもしれない。
「ここ女子会プランがある」彼女がテーブルの上の広告を見ながら言う。
「友達と来たら」僕はベッドで煙草をふかしながらそう言った。
「いつまで女子って言っていいのかな」彼女は僕の言葉をスルーしてそんなことを言った。
無意識と意識について考えていた。または悪意と善意について。
愛も憎悪も紙一重ではないか���思う時がたびたびある。40歳近くなっても見極めが難しい。
彼女には夫がいて、どこかの地方に単身赴任しているらしい。東北だったか。僕は独身だ。
これは不倫というものらしい。ただ彼女は夫と1年くらい会っていないと言うし、会ったとしても外でご飯を食べるくらいだと言う。どういう存在なのか全くわからない。
僕は今頃、雪が降りしきるであろう地方で働いている彼に憎まれているだろうか。
うすうす彼は、彼女に僕がいることを勘づいているだろうか。僕がいる、ってどういう状態か。月に数回会ってバーで飲んだりセックスしたりしてるだけだ。
さきほど飲んでいたバーは「無意識と意識」という店名だった。和名ではない。英語だ。
僕は外国にいた期間があるので、日本語でも英語でも、頭の中では区別してないで認識していることがある。抽象的に意味を連想して、ああそういえば日本語だったなとか思うのだ。
彼女とはロンドンのブックフェアで知り合った。僕は編集者としてそこに来ていて、彼女はその当時書いた本を売り出しに来ていた。日本で発売された本の英語バージョンだ。
彼女はヨーロッパでの評価が高い珍しい作家だ。ただヨーロッパの人がどれほどまで日本を意識しているかは分からない。ヨーロッパから日本は遠すぎて小さすぎて、中国や韓国と区別されていない場合も多い。飛行機で13時間もかかる。それって地球の逆ルートから行った方が早いのではないか。僕の搭乗時によく思う浅はかな感想である。
話が脱線した。この文章で言いたいことはない。言いたいことはないことをなぜ言えるのか。嘘つきだからである。嘘も誠も実のところ区別はできない。肌を隔てているだけの彼女の気持ちも僕は分からない。汲み取れない。それが普通だ。
無意識と意識の狭間を今夜も泳いでいる。彼女を抱いているとそう感じる。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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やりたいことについて
やりたいこと、について考えた。
私は性格が子供のように幼い部分があるので、なんでもかんでも作ってみたくなる。
今までいろんなことに挑戦してみて、これは自分も作れる、これは無理、などなどあった。
例えば、私は編み物ができない。しかし夫に、編み物ができないんだよねと言うと、できるじゃないと言われる。確かに、編めないわけではない。でもニットなどの衣服を作れるレベルではないのだ。
夏服は布でつくれるから、ニットが編めれば冬もセーターなどがつくれて完璧なのにな、などと思う。高望みなのかもしれない。自分の持って生まれた才能に対して。しかし現状で満足するしかない。
話が脱線した。たいていの人は、できるけどしないという場合がほとんどだと思う。
自分にもできるだろう、でも費用対効果を考えるとするほどではない、と感じているはずだ。
だって、やろうと思えばたいていの人が小説を書けるし、音楽が作れる。少しやったことのある人なら分かるはずだ。
大学生の時に同級生のみんなが平気で3~4万字の卒業論文を書いているのに心底驚いた。ちなみに私はそんなに長い文章が書けたためしがない。後日談だが大学は(他にももちろん理由はあるのだが)ドロップアウトした。
やれるけどやらない、とうのはいい状態だと思う。自分のやりたいことを分かっているし、自分の能力も把握している。もちろん少しでもやってみた場合に限るが。
やりたいけれどやらないorやれない、という状態はよくないと個人的に思う。
人間なんて生物なので、いつ天変地異が起こって死ぬかわからない。
それなのにあれこれ理由をつけてやらないのは、なんというかのんきですね……。(ちなみにのんきなのは個人的には好きだ)。
本当にやりたいことならやっているはずだ。これは敬愛する森博嗣氏が著書の中でおっしゃっていて自分も共感している。今やっていないということは、それほどでもないことなのだ。
時間がない、お金がない、というのはそのネックを飛び越えて(例えば借金をしたり睡眠時間を削って)やるほどでもないと判断しているからだ。
それぞれがそれぞれに賢い判断を冷静にしているはずだ。
あー時間ないんすよねーとか、お金があればなーとか言っている人はただの社交的な相槌だと思ったほうがいい。正しい返しは、そうなんですねーだ。空気のような会話が社会の雰囲気をそれとなく保っている。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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糸のような意図
意図についてふと考えた。
他人の意図が正確に自分に伝わることは100%中1%くらいなのではないだろうか。
たしか思想家の故吉本隆明氏も共同幻想論の中でそのようにおっしゃっていた気がする。(うろ覚えなので間違っていたらすみません)。
すべて錯覚だと言ってもおかしくないのかもしれない、とときどき思うがそんな風に考えてしまっていては文字通り気が狂うのであまり考えずにいる。
思い込みの海の中で、つながった、伝わったと感じられる時があるから生きていられるんじゃないだろうか。波の合間でやっと息をするのに似ている。
私はそう思うが、この意図さえも正確にはかいつまんではいただけないのでしょうか。
(いきなりの疑問形でこの文章を終わりにします)。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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黄の性の匂いのする
畳の部屋に二人で寝転んで、私たちは自分たちの肢体を持ち余していた。
10代後半、私たちは女子で、男子みたいに性的な部位を持っていなかったので、その部屋にそんな雰囲気は当たり前だがなかった。女子と女子というのは不毛だと思う。同性愛者に怒られそうだが。
だがその部屋には性の匂いとしか言いようもない空気が満ちていた。恋愛的な雰囲気は全くなかったのに不思議なことだ。
セックスよりも性的だった。二人ともバージンだったので知る由もない。
「予備校にかっこいいひとがいてさ」
「どんな人?」
「たばこを吸うの。喫煙所にいた」
そう彼女は話しながら、彼女自身もたばこの煙を天井にふーと吐いた。
私はたばこは吸わなかった。10代だからまだこの国では違法なのだ。
「年上?」
「んーたぶん」
彼女の吐いた煙が天井に溶けていく。それを見るのは心地よかった。まるで背中に敷いている大きめのクッションのように。
彼女は細身の体型をしていて髪が長かった。髪は長いけどぼさぼさで、逆にボーイッシュだった。
細い腰つき さようなら 菜の花
小さくかけているラジカセからそんな歌詞が聴こえた。あまり聴こえないので、たぶんこういう歌詞だというだけだけれど。
細い腰つき さようなら 菜の花
君とはもう会わないよ
変な歌詞だと思った。
「アタックするの?」
彼女は笑った。「そんなことしない」
じゃあどうするんだろう、私は思った。でも聞かなかった。
学校で、彼女が背の小さい後輩の女子に腕を絡ませられている場面に遭遇した。
それを見た私は言いようもない気持ちが込み上げてきた。自分でもその感情の意味が分からなかった。
二人は仲が良いだけなのだと分かっていた。下らないことを話していただけなのに、私はその二人をしばらく凝視してしまった。
実を言うと、今でもその感情の理由がわからない。私のこの、腹の中がぐるぐるとかき混ぜられるような怒りにも似たモノはどちらの女性に対するものだったのだろうか。何に嫉妬していたのだろうか。単純に二人の親しい間柄に嫉妬したにしては、あまりにも複雑すぎる気持ちだった。
30代になって彼女は外国に引っ越した。しばらく���絡も取っていない。
私は若い頃、学校で嫉妬に似た強い感情を抱いたことを、当たり前だが彼女に話したことがない。一生話さないだろう。
細い腰つき さようなら 菜の花
君とはもう会わないよ
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nishimuramoeka · 3 years ago
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日々の中の一滴
分からない がなければ 分かる はないと最近思う。
分からないが連続して続かないと分かる感覚にならないだろう。
何度も、失敗とも気付かずに失敗を繰り返して、やっと成功する。そこで初めてこれだったのだと気づくのだ。
***
旦那と話していて旦那がふと「怖いもの見たさという気持ちに漬け込んだ商法もあるから」というようなことを話した。それを聞いてとても納得した。たしかにそれはあるし、むしろスタンダードな商法なのではないだろうか。
***
物事には多面性があり、結局なにを信じて生きていくのかということだと思う。
地獄を信じるか天国を信じるか。どちらも楽しいし面白いと(そう思えない時も多々あるが)私は思う。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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正しい〇〇 間違った〇〇
いきなり日記風になってしまうが、今日は正しいモノとの出会い方をした気がする。
お気に入りの物が家に増えて嬉しい。頭で意識することもなく、大切な存在になるだろう。
話が逸れたが正しいモノとの出会い方というのがあると思う。私がそれを感じるのは、ネット通販ではなくリアルで自分の足で街に行って買い物をした時が多い。
ネット通販というのは最短距離で欲しい物に出会えるという点はよいかもしれないが、“正しさ”という点では少し違う気が私はする。私がなんというか潔癖なだけかもしれない。
私は時々、自分は間違ってるんじゃないかという漠然とした強迫観念に襲われる時がある。
自分のしていることが間違いのような気がするのだ。でもよくよく考えると、間違いも正しいもない。あるとすればそれは自分が勝手にそうジャッジしているだけだ。一人芝居のようなもの。
そんなときはもう一人の自分を想像で登場させて、間違いはないんだよと優しく頭をよしよしすればいい。(と書いたがそんなことやったためしはない)
でも矛盾しているが、人生において、時間が経って、出来事を思い返して遠くから冷静に眺める。「あれは間違ってたなー」とか「あの判断は正しかったな」と思う。
だから間違いも正しいもない、と一概には言えない。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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日々
旦那と話していて、旦那が「私だって俺だってと思うことがその人の身を滅ぼす」というようなことを話していて、なるほどなその通りだと思った。
他人と比べて、私だってもっと頑張らなきゃと力む(りきむ)ことは大抵悪いほうに作用する。
自然じゃないことはあまりやらないほうがよい。
自然じゃない時点でそれは“不自然”ということで、どこかに無駄な力が入っているからだ。
他人と比べる必要なんてさらさらない。これだけ他人に囲まれていると、勝手に目に入るから比べてしまうだけだ。
他人に迷惑をかけず、自分を第一優先にして自由に生きることはしていいことだと思うしできるはずだ。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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つれづれ、不謹慎な話
不謹慎を承知で書くけど、YouTube(動画メディア最近流行ってますね)などで見ていると「観葉植物も野菜も同じ植物なのに扱いが全く違う」ことに気付く。
なんというか、、家畜とペットの関係みたいだ。(すいません)
ちなみに私はベジタリアンでもなんでもない。矛盾を抱えているのが人間だ(と本に書いてあったのでそうなんだなと思っている)。
革製品や毛皮製品も持っている。ただ買う時に、あまり良くない気もするけど食べてるからなーと一瞬思っている。
私の家の部屋にも観葉植物が複数あるが、引っ越しやてきとうな剪定などで傷ついている。
観葉植物は野菜のように育てる派だ。のびのび育ってくれと思っている。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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記憶のさざなみ
昔は多趣味だった。昔はと言っても、ついこの前までの事だ。
少し前は手芸をしたりアコースティックギターを弾いたりお菓子作りをしたりしていた。
引っ越してきて、楽器が持ち込めない物件だったこともあり、また仕事を始めて、趣味に費やす時間が無くなった。忙しいことは悪いことではない。仕事があること、仕事に就けたことはありがたいことだ。
無趣味というのは悪くないのかもしれない、と今までの人生を趣味(自分の好きなこと)にばかり時間をつかった私は思う。小さい頃から歌ったり絵を描いたりするのが好きな子供だった。趣味に没頭させてくれた両親がいたことは幸運なことだった。また平和な国だったことも。
仕事をしなければ生活が回らない状況になって変わった。それはいいことだった。
***
今の家のクッションカバーはゴブラン織りで、暖色系の色合いがなんとなく曼荼羅をイメージさせる。
ソファのブランケットは宇宙柄だ。アウトドア系ファッションの店で購入した。
相対的な二つの物には類似性があると私は勝手に思っている。
曼荼羅は宇宙を表したものだと昔調べていて知った。
なので、ソファの一帯はごちゃごちゃしているように見えて、これはこれでまとまっているのだと私は勝手に思っている。
***
時間がすべて解決するということを大人になって再確認することが増えた。
***
考えることは時として命取りになる。(リビングのメモから)
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nishimuramoeka · 3 years ago
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日々の煙のような祈りとざれごと
考えをまとめることにした。
一人で家にいると家事をしながらひたすら考えてしまう。
考えを止めるために外に出るくらいだ。買出しに出たり、街に買い物に行ったり。
歩いていると緊張してひたすら考えなくなる。
外にいるほうが頭が休まっているかもしれない。
何をそんなに考えているのか、、全てとりとめもないようなことだ。
自分の中で結論を導いてしまう。クセなのかもしれない。
結論なんか出さなくても、ただ生きてりゃいいのにと思う。でも考えてしまう。考え病だ。
最近家を出て〇〇(地名)を出て、実家にいた頃は守られていたのだと実感するようになった。とても退屈な日々だったけれど、今思えばとても貴重で二度とない時間だった。
思い出のすべてが大切だ。
幼い頃はだれしもそんな風なんだろう。
一度しかないから強烈な印象なのだ。
大人になるのは辛いこともあるけど、大人になって良かったと思う。
逃げ続けないでよかった。
新しいものがたくさん見れた。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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秘密
なんでこの秘密に気付かないのだろう。
今朝見送るのが最後かも。
そう思うと朝日が輝く。これが最後の言葉になる。
私たちは鈍感になりすぎている。
それは裕��なことだ。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
毎瞬を大切にしたい。
それは丁寧な暮らしなんていうもんじゃない。
残酷で現実的な事実だ。人はいつ死ぬかわからないという。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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メルティッドメリーゴランド(2)
メリーゴーランド、メリーゴーランド
回りながら溶けていく、
メルテッドメリーゴーランド
自分の中に深く潜り込む、ということは暗いことだ。最近になってそのことに気が付いた。私は20歳の頃からブログを書き始めて、もう10年経つ。文章を書くということは自分の中に潜り込んで、心の海底からきらきらした砂金を取り出すような地道な作業だ。海底に沈んでいたものを息が吸えるところまで持ってきたときに、それが大したものじゃなかったこともある。なんだこんなものか、と思うこともしばしばだ。まだそんなに長く生きたわけでも、珍しい体験をたくさんしてきたわけでもない。当たり前だろう。
しかし私がつまらないと感じたものでも、他人にとっては、面白い、もっと見たいと言われることもある。だから細々と今日も書いている。誰が読んでいるかもよく分からないような日常を文字化している。自分の気持ちや戯言が活字になると気持ちがすっと落ち着くのだ。
美里の傷をその旅行で初めて見た。確か美里は高校の修学旅行でも風呂は部屋についているユニットバスを使っていた。だから彼女の裸を見るのは初めてだった。
美里の右の太ももの内側には自傷行為の跡があった。私がその傷跡を見ているのに気付いた美里は、ここに今度刺青を入れるのだと言った。
「刺青?」
「そう。大きくね、この傷を隠すような刺青を入れるの」
痛くないの?という言葉が口から出そうになって引っ込めた。剃刀か何かでつけたその自傷のほうが痛かったかもしれないじゃないか。いや、たぶんそうだ。
「何を入れるの?」
「麒麟よ」
なんかそんな小説を読んだことあるなと思った。タイトルが思い出せない。
「好きな画家さんの絵を入れてもらうの」彼女はそう言った。
生きることがこんなに大変なことだとは思っていなかった。暗い気持ちになるとそう思うことが時々ある。こんなに大変と知っていたら生まれてこなかったかもな、と。
働いてお金を稼ぐだけでも大変だ。人と関わるのも大変だし、この世の中という大海原の中で溺れずになんとかやっていくのは至難の業だ。小さい頃はよかったな、と平凡な家庭に育った私は思う。
話は違うが美里は新宿育ちだ。そして両親が離婚している。
それと自傷の因果関係を私は知る由もない。それでいいと思っている。長い友達付き合いには距離感が大切なのだ。残酷なことに。
エリ、この前のブログ面白かった、と不意に帰りの電車の中で美里が言った。
どこが面白かったの?私は向かい合わせにした席でイカの燻製を食べながら美里に聞いた。
「人を救おうと思っていない文章、そういうところ」美里は言った。
「なにそれ」私は笑った。救おうと思っていないわけじゃないんだけどな。まあ確かに他者は意識していないかもしれない。呼吸みたいに吐いてはただ空間に吸い込まれていく。それが私の文章だ。別に読まれなくたっていい。
「美里は、」私はそう言いかけてやめた。美里が車窓を険しい表情で見ていたからだ。珍しい。そう思って私も窓の外を見るとそこには山が遠くに広がっているだけだった。
メルチドメリ。この文章群をそう名付けようと思う。溶けていく回転木馬。
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nishimuramoeka · 3 years ago
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メルティッドメリーゴランド(1)
「じゃあさ最後にメリーゴーランドに乗りたい。あれに乗ったら帰るわ」そう美里は回転木馬を指さして言った。
この古い遊園地のメリーゴーランドは“回転木馬”と呼ぶのに相応しい、よく言えばレトロな、悪く言えば古びた代物だった。塗装が剥げている部分もあり、夜に見たらちょっとホラーだろう。
「三十路にもなってメリーゴーランドに乗るの?私は無理」
「それならそこで見ていて。私は乗ってくる」美里はもう頭の中はメリーゴーランドの事しかないらしく、そう言ってそのアトラクションに近づいて行った。
こんな大人の自覚のないままいつの間にか大人になるなんて私は聞いていなかった。そういう人って多いのかもしれない。社会の――つまりこの遊園地にいる子供以外の大人たちの大多数もそうなんじゃないだろうか。昔みたいに大人になる儀式があるわけでもないし。
子供の頃は、なんとなく大人というものは自分みたいな甘っちょろいのと違ってちゃんとしているんだ。と勝手に思っていた。そんなはずはない。私は甘っちょろいままだ。甘っちょろすぎて、大人としてこの社会で一応生活しているのが時々不思議になるくらいだ。
「エリー!」私はその声を聞いて顔を上げた。美里が木馬に乗りながら片手で手を振っている。とても30歳になったばかりのおばさんには見えない。少女のようだ。
私も笑顔で手を振り返す。彼女はきっと木馬から降りてきたら、私に少し興奮して楽しかったことを語るだろう。エリ、あのメリーゴーランドってちょっと高い位置にあるのよ、ここの遊園地は高台にあるから町が少し見えた。私はこう答えるだろう。美里は背が低いものね。私は乗らなくても見えるよ。ほんとに?美里は本当にびっくりしたという顔で私を見上げる。背が低いのと背が高いのでは全く違うのね。そうね、違うわね。私はそう答えるだろう。
美里と私は同い年で高校の同級生だ。私は4月に30歳になり、美里はこの前の9月で30歳になった。いよいよ30歳ね。私たちはLINEでそう言い合っていた。全然自覚が湧かなくて大丈夫かしら、と。大丈夫じゃなくてもそんなの知らないわ、なってしまったんだもの、そんな風に美里はLINEで返してきた。確かに、と私は思った。
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