Tumgik
masudanonikki-blog · 6 years
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スマ子帰郷、微笑みの国 Thailand  へ ①序章
                プロローグ
1998年6月19日、京都にて一人の子供が誕生した。
後に、スマ子という本名にかすりもしないペンネームでブログを開設する
この私である。
しかし彼女は、ユーザーネームにモロ本名を使ってしまっているのにこの時気づいていなかった。
彼女は母親のお腹にいた頃、タイで過ごしていたのであるが、生まれるためだけに、はるばる両親とともに日本へ舞い戻ってきたのである。
無事に生まれた彼女は、生後6ヶ月で再びタイへ帰郷したのであった、、
              15年ぶりに再帰郷
彼女は生後6ヶ月から3歳まで、当時発展途上国だったタイで、メイドつき豪邸で何不自由なく幸せに暮らし、幼稚園へ上がると同時に日本へ帰ってきた。
それから15年間、たまにタイでの暮らしに想いを馳せながらも、4歳までの記憶なんぞ対して残っているはずもなく、
「タイに行きタイ!」
なんてしょうもない駄洒落を頭の中で唱えつつ、気づくと中高一貫校に進学し、その後志望大学に合格し、そしてまた気づくと高校を卒業していた。
そして大学へ上がる前の春休み、2018年3月、彼女に転機が訪れる。
スマ父「タイ行かね?」
スマ母「行く行く〜」
スマ「行きタイ」
スマ妹「行きたい!!!(ガチなやつ)」
こうして彼女は14年ぶりに、タイへ行くこととなったのである。
               到着後第一声
スマ「暑い」
ご存知ではあるだろうが、タイは乾季と雨季で別れており、日本とはだいぶ違った季節区分が存在する。
私たちが行った3月は、絶賛乾季で日本でいう猛暑の季節である。
毎日30度を超えて、そしてなんと滞在中運の悪いことに
一回もスコールに遭遇しなかったのである。
いや暑いよ、スコール空気読んでくれよ、さすがに一回は降ってくれてもよくない?
と散々心の中で悪態をついてはいたが、3泊5日、誰よりも毎日大はしゃぎで観光していたのは紛れもなく私である。
Tumblr media
セルフィーではなく自分の爪とお寺を撮っちゃうくらいには楽しんでいたらしい。
               オマケ・空港にて
さて、そんなこんなで無事にタイへ到着したわけだが、ここで小話を一つ。
今回の帰郷では、Thai Airways(タイ国際航空)を利用したのだが、座席が
    スマ・スマ父 通路 スマ母・スマ妹
と座っていた。
客室乗務員の方は全員日本語・英語・タイ語を話せて、乗客によって使い分けているようだった。
機内食を尋ねられる際に、スマ母とスマ妹に拙い日本語で話しかけていて、
(がんばれ〜〜〜!)と内心で乗務員さんを応援していた。
ところがである。
スマ父・スマ側に来た乗務員 「(安心しきった顔で)คุณต้องการที่จะกินอาหารมื้อใหญ่และเนื้อสัตว์」
スマ「!!!?!?!???!?」
スマ父「กรุณาสองเนื้อ」
スマ「!!!?!???!?!?」
いや、いくらスマ父が純ジャパには到底見えないフランシスコ・ザビエルとニコラス・ケイジとルー大柴とアラブ人を混ぜ合わせたような顔してるからって
タイ語で話しかける???
普通英語じゃない????
てか隣に座ってる娘(私)どう見ても日本顔なんだから日本語で話しかけて???
スマ父もタイで5年間仕事してたけどもうそれ15年前だよ?!
なんでそんなペラペラなの????
と、私の頭の中は大混乱なのであった。
ちなみに約3年をタイで過ごした私であるが、タイ語で話せるのは
「こんにちは、私の名前はスマ子です。ありがとう」
のみである。
この旅行以降、タイ語を独学で勉強するようになったのはここだけの話である。
                次回予告
さて、次回から、待望されていると勝手に思っている、
☆タイの観光お役立ち情報☆
をテーマに更新します。
また後日お会いしましょう
スマ子
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