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日本で一番かっこよくて頼もしい父。定年退職後から家のリフォームと社会に尽くすため弁護士に転身して現在66歳。
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もうすぐ8年目だ 今年も君に会いに行けない
高校時代の親友の命日。今日で6年目を迎えた。卒業して、専門1年生だった19の頃に自殺したと聞いてから、もうずいぶん長いこと時間が経ってるのに、あの時受けたショックだけは未だ鮮明に覚えている。午後の実習で手洗い場に並んでた時に同じ高校だった元同級生から「知ってる?」って聞かれて、おれはその時まだ何も知らなくて、頭が真っ白になって、嘘だと言い聞かせながら中���線に揺られて帰って、自室に戻ってから糸が切れたように泣き喚いた。何日も何日も泣き疲れて眠るまで泣いて、およそ1ヶ月で体重は激減して、授業もまともに受けられなくなって、翌年の2月に退学した。退学したのは自分の意思だから、君のせいじゃないけど。あの痛みが残る場所に居続けるのはとても耐えられなかったのだと思う。始業式当日、あいうえお順で並ばされて初めてコンタクトをとった、君の方からだったっけな。地味な根暗で、それまで友人一人すら持てなかったから、1年生の頃から知ってたよ、と声をかけてくれて嬉しかった。健康診断の時には2人ともよく似てると言われて誇らしかった。すみだ水族館でペンギンを見て君みたいだと言って笑ったり、卒業遠足で行ったディズニーは早々に飽きて自由行動開始すぐに退園して酒も当然飲めないのに吉祥寺でもつ鍋つついたりした。君はおれの希望だった。似てると言われたのは嬉しかったけど、おれには絶対敵わない存在感を放つ君には少し嫉妬もした。白くて細い手足に艶やかな黒髪と心配になるほど無垢な笑顔がほんとうに可愛くて、それは誰かに壊されてしまいそうなのが怖ろしいほどで、いやそれは自己防衛の言い訳に過ぎず本当は君の隣にいないとおれ自身がまた翳ってしまうからで、なんというか、心底君のことが好きだったんだ。6年も経つと徐々に記憶が抜け落ちていく、年を重ねるのは怖くないけどおれにとってはそれが怖いと思う。同じ年の夏に久々に会いたいと連絡があった時、おれは授業とバイトが忙しくて、いやそれもただの言い訳なんだけど行かなかったんだ。行けば良かった。もう25歳になってしまった。生活は最低なこともあるけどまあ順調だよ、でも、もう一度あの優しい顔に触れたかった。本当に手の届かないところへなんて行くな。何か大切なものが余ったらおれに教えて、この先もそれだけで生きていくと思うから。
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四年半勤めあげた会社を辞めて3ヶ月と少しの時間が経って、今は風の中で揺らぎながら生きている。時折縮んだり伸びたりして、悪い夢を西陽が作る影に落とし込んだりとか、鍋底にひっついて取れなかった焦げをクエン酸シートで拭き取りながら、習いたての言葉をすぐ使いたがる小学生みたいな生活をして、オリジナル、って言葉を一日に何度も反芻する。給与が良く、環境が手厚く、程々に手を抜いても叱られず、ほとんど文句などなかったのにどうしてやめたの。強いて言うなら近所のビール屋が潰れていやだった、でもまたすぐにうちから徒歩圏内の場所へ移転するらしい。移転と流転、まだ探してる。盆明けは都市部に人が戻る、高揚と紅葉。帰省の折に見上げた奥多摩の花火が綺麗だった。祖母の家に行くといつも煙草をふかしていた無口な叔父は神輿の上でエンタの神様だった。今年も暑い夏だった。
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二個上の兄にレイプされる夢を見た。気持ち悪くて当然必死に抵抗した。そんな風に兄を見たことは神に誓って一度でもないのに、抗いきれない自分の女として末娘としての未熟さが露呈して嫌だった。起きたら枕カバーが黒く染まっていて染髪の塗料がしみ出たのだと思い安堵した。朝から晩まで時間毎にセクションをつけた生活のループから抜け出す日はまだ遠く、半年ぶり��施術を依頼した脱毛師からは「お痩せになりました?」と聞かれた。明るい声色でなくなっちゃいますよお、と茶化すのが、亡くなっちゃいますよお、に変換されて聞こえた。死にたかないけど消えて亡くなりたいと思った。先日見舞いに出向いたときの祖母の顔がやさしかった。もう幼少の頃の自分と過ごしたあらゆる日々を祖母は覚えていなかった。美人コンテストで優勝できるねと言って握った祖母の力は片手鍋も掴めないほどか弱かった。四年勤めあげた会社に恩を売る気はなく、早々に身を引いておくべきだったといささか後悔した。そうした起きた様々な出来事の中で、世間は個人に優しくないのだと悟って、黒くなった枕を濡らしながらやがて涼やかに眠った。
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人生で一番夢中になった相手のことを忘れられそうにない。誰かと付き合う度にそう思っては、結局相手がその人を越えられないということに失望して距離をとってしまう。誰に非があるというわけではなく、いく年経っても切り替えられない自分が全面的に悪い。久しぶりに見たあの人は在宅勤務を理由に肩まで伸ばしていた長髪をバッサリと切っていて、出会った当時の彼そのままだった。隣り合いながら駅までの道を歩いて、意外と身長ないんだなとその時初めて感じたけど、同時にそれはおそらく出会った当時の自分と彼の身分の差がバイアスになっていたのだと認識した。
あの人に振られて、「哀しい・悲しい」よりも「悔しい」の方が断然優っていた。だからこそ、その感情が動力になりあらゆることを成し遂げてきたのだ。デリヘルからソープ、ライターから編集職。居住も関わるコミュニティも、彼と肩を並べるよりかは越えられるように自分の意思で変えた。近付くよりかは遠退きたかった。でも先日久々に顔を合わせた時、去り際に「もうダサいことするなよ」と言われて、ああこの人には一生かけても勝��ない、と確信した。その皮肉めいた優しさにあてられて、自分はまだここを抜け出せそうにない。
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年を重ねていくことが怖い。成長が老化に変わっていく瞬間を体感することが怖い。誰も一生このままではいられないのにね。自分でもバカ言えと思う。拒食症を患ってから14年経った。相変わらず米が食べられないし水が飲めない。俺は何も変わっていないのに、俺の体は無視して先へ先へと進んでしまうことが嫌だ。そこには減衰と死しかないから。クォーターライフクライシスをブチ壊したい。彼氏との結婚はおろか、同棲するのだって最低二年は先の話になる。俺はその頃三十路を前にする。人生で一番好きだった男の年齢を越していく。金麦とセブンのグレープフルーツサワーだけが味が変わらないでいてくれる。あとはもう何もかも変わってしまった。
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色んなことが赤裸々に晒されていって、いつか糾弾され、見捨てられるだろうと思いながら泥を食うように生きている。もうやりたくないこと、実現化したい未来、押し付けられる現実との差異、普通には生きられない使命。その火が消える日がいずれ来ることが怖いと思う。今ひとつだけ分かることがあるとしたら、俺はあんたがいなくなったらもう二度と立ち上がれそうにない。
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自分を好いていてくれる男を「恋人」呼ばわりすること自体がサブカラーあるあるだとSNSで嘲笑されていたのを見て、なら堂々と彼氏って言ってやるよ、という気になった。今の彼氏は自分を全面的に信頼してくれていて、顔が整っていて不器用で、ガラス細工みたいだと思う。自分にだけ見せる顔が、悩んでいるのかと思えば急に笑い出したりするのが、年下の男さながらの甘え上手な一面と静かに火照る包容力が愛しくて。あんたのそういうところに負かされちゃった、って寒空の下で吸殻潰して言ったりして。世界一幸せにするから、って付き合う時に約束したからもう戻れないし、戻らない。
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この日から一年が経ち、君を失ってから丸7年が経過した。つくづく思うのは、友人を自殺で失うということは、自分にも非があったということだ。守りきれなくて、愛してるよの一言も伝えられなくて、本当に申し訳なかった。彼女のはにかんだ表情がこの世の誰のそれよりも好きだった。こうやって毎年、罪を重ねていっては、君のことを徐々に忘れていく。自分の名前を呼ぶ君の声もきっと。それでもどうにか、記憶の隅には置いていけるように、おれはこうして毎年文章をしたためている。
高校時代の親友の命日。今日で6年目を迎えた。卒業して、専門1年生だった19の頃に自殺したと聞いてから、もうずいぶん長いこと時間が経ってるのに、あの時受けたショックだけは未だ鮮明に覚えている。午後の実習で手洗い場に並んでた時に同じ高校だった元同級生から「知ってる?」って聞かれて、おれはその時まだ何も知らなくて、頭が真っ白になって、嘘だと言い聞かせながら中央線に揺られて帰って、自室に戻ってから糸が切れたように泣き喚いた。何日も何日も泣き疲れて眠るまで泣いて、およそ1ヶ月で体重は激減して、授業もまともに受けられなくなって、翌年の2月に退学した。退学したのは自分の意思だから、君のせいじゃないけど。あの痛みが残る場所に居続けるのはとても耐えられなかったのだと思う。始業式当日、あいうえお順で並ばされて初めてコンタクトをとった、君の方からだったっけな。地味な根暗で、それまで友人一人すら持てなかったから、1年生の頃から知ってたよ、と声をかけてくれて嬉しかった。健康診断の時には2人ともよく似てると言われて誇らしかった。すみだ水族館でペンギンを見て君みたいだと言って笑ったり、卒業遠足で行ったディズニーは早々に飽きて自由行動開始すぐに退園して酒も当然飲めないのに吉祥寺でもつ鍋つついたりした。君はおれの希望だった。似てると言われたのは嬉しかったけど、おれには絶対敵わない存在感を放つ君には少し嫉妬もした。白くて細い手足に艶やかな黒髪と心配になるほど無垢な笑顔がほんとうに可愛くて、それは誰かに壊されてしまいそうなのが怖ろしいほどで、いやそれは自己防衛の言い訳に過ぎず本当は君の隣にいないとおれ自身がまた翳ってしまうからで、なんというか、心底君のことが好きだったんだ。6年も経つと徐々に記憶が抜け落ちていく、年を重ねるのは怖くないけどおれにとってはそれが怖いと思う。同じ年の夏に久々に会いたいと連絡があった時、おれは授業とバイトが忙しくて、いやそれもただの言い訳なんだけど行かなかったんだ。行けば良かった。もう25歳になってしまった。生活は最低なこともあるけどまあ順調だよ、でも、もう一度あの優しい顔に触れたかった。本当に手の届かないところへなんて行くな。何か大切なものが余ったらおれに教えて、この先もそれだけで生きていくと思うから。
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「運命の人には巡り会えない運命」を背負った自分のことを、小賢しくて可愛い女だな、と思う。他者から見たら憎らしいほどあざとくて、お姫様抱っこが好きな世渡り上手。元来、女は生涯お姫様でしょうが。経験人数を指折り数えるの、やめたのはいつからだっただろうか。合意なく中に出された時、拒食症の余波で排卵止まってる自分の身体に少しだけ感謝する。おじさんでも清潔な人なら臭くないらしいよ。件の手品師のことばかり考えている。低身長で中肉中背、自分の好みではなくても性癖が凌駕してしまいそうで危ない。美人ほどFランの男とくっつきたがるってそういうことだったりするのかな。毎日抱かれたいし抱きたいし。性生活と私生活って別物らしい。ソッチは万事順調なのに。
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夏季休暇に入る直前まで続けていた某マッチングアプリ、もう熱も冷めてしまいアポイントメントを取りつける気にもなれなくてアンインストールも同然だったが、互いの家が目と鼻の先にある男とマッチングして、夏季休暇が明ける3日前に最寄駅のビストロで落ち合い、ワインバーだのビール屋だの冷やかしついでに2〜3軒梯子した。
変な奴だった。容姿だけで言えば全く範疇にもない。高身長のリードしてくれる年上の男が好きで、言ってしまえば対極にあるような男。ただ食と酒のセンサーが敏感で、写真を撮るのが上手く、マジシャンだった。マジシャン?一軒出向くごとにひとつ手品を見せてもらった。声と喋り方だけがやたら好みだった。
ひとしきり飲み干して彼の家に行った。近所だから翌朝どれだけ髪が乱れていても問題なかった。汗もすぐシャワーで流せる。ここで「する気はなかった」と言っても全部嘘にしか聞こえない?する気はなかった。好みじゃないし、抱きついて寝られればいいやと思った。でも結局押し負けた。性にみだら。感情はまばら。死んだ方がいいと思う。
友人と一線を超える、という癖が無自覚に形成されている気がして危ない。どうにもならないしょうもない埋め合わせ以下の行為で。下手にヤリ目の男と出会うより、関係が崩れる心配がなく、素性をある程度知っていて、友人の延長として触れ��うことができて、周辺のコミュニティという守りが堅いからつい身体を許してしまう。彼らはいつもかわいいね、と言ってくれるけど、いざ付き合う相手となれば自分とは正反対の女を選んでいて、不思議だなと思う。それはこちらも同じか。翌朝、水の代わりにチャイラテを飲んだ。「約束通り朝マジック見せるよ」と言われてまたひとつ手品を披露された。そんなこと言ったかも忘れていた。もうしないと誓うことはもうしない。
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かりそめの恋愛は足早に腐っていって、詰まらせたまま放置していた排水溝の栓が再び流れ出すみたいに全てが元通りになった。例年より長い梅雨が明けて平熱より高い夏が訪れ、別れを切り出してから遠くない日の夜に友人と寝た。彼は想像よりも多くの女を抱いてると言って、猫みたいに懐っこい手遣いで抱擁を迫り、文字通りの定型文を場面を追うごとに使い分けてみせた。背中をなぞるとのけぞろうとするのを見ながら、寂寥の吐口は「誰でも」じゃダメかも、と思った。マッチングアプリを介して出会った男に下着の線をなぞられた時は虫酸が走るほど嫌気が差した。友人にいっていい?と聞かれて反発的にきしょいねと答えた。二人眠りに就いた頃には午前四時を回っていた。正午をとうに過ぎて部屋を出ると、地球規模でのサウナブームが巻き起こっているのかと見紛うほど蒸し暑い外気がたちまち玄関に立ち込めた。家路までの予防策として保冷剤を受け取った。でもそれも商店街の入口で全部液体になって溶けた。
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ひと昔の投稿からそっと拝見しています。遠距離恋愛の不安はどう乗り越えていますか?
遠距離の恋人が「わたしの土地にくる」と言いながらもなかなか一緒に住んでくれない不安でご質問させていただきました。年齢もあり、将来が不安です。信じるしかないのでしょうか。
なんと、お恥ずかしいです。ありがとうございます。嬉しいなあ、最近は専らnoteに入り浸りなんかしてますが、昔の投稿と今の文章見比べると全然違うかもしれないです、昔はもっと尖ってたので。
遠距離恋愛じゃなくても恋愛なんて常に不安ですよ。今の恋人は自分より年下でコミュニケーションが下手で生粋の連絡不精なので尚更。大人が全員黙って看過できる生き物だとでも思ってるんでしょうか。
一緒に住みたいと言いつつも結局色んな障壁を言い訳にして来るに来れないのでしょう。自分の恋人も「早く東京に行きたい」なんて言いながら静岡で車乗り回してますよ。年が3つ離れているので、自分が彼の年齢の頃は散々火遊びしてたな、と思うと尚のこと気が重くなります。私は秀でて美人じゃないし、彼を繋ぎ止められる何かがあるわけでもないし、我慢強くもない。結局向こうが揺れてる間にこちらが練られる策なんて無くて、なんかもう、急いでいるなら会える時に対面で、そうじゃないならこちらもそれまでの恋慕ということでいいんじゃないんですか。依存しないし執着もしない。ただ言い出せないことは持たない方がいいと思います。現に私も彼には文句はあれど愚痴は吐いたりしません。待つ時間あったらLUUP借りて会いに行くけど、ぐらいのつもりで。
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恋人さんとはその後どうですか?
今日まさに会う予定でしたが私が体調を崩し、後日に延期させてもらいました。彼に対する感情は変わりませんが返信速度の遅さが目に余るので、彼以上に心動かされる瞬間を与える人に出会えればそちらへ行くかもしれません。私たちには選択の権利があるので。
Que sera sera、何事もなるようになります。
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過日、年下の恋人ができた。相手は偶然静岡から出張で東京に来ていた客で、仕事は楽器メーカーの営業と言っていた。自分を見た瞬間、撃ち抜かれたように腰を抜かし、どうしても付き合いたいと懇願されたので折れた。折れた、と言うのは告白が嫌だったわけではなく、むしろ自分の癖に刺さる容姿と性格だったから、かえって自分では不相応に思い疑心暗鬼的になっていたからだ。歴代の恋人(最後に交際していたのは5年前まで遡るけれど)皆優しかったが、どこかが抜けていたし、皆年上だったのも相俟って「困るぐらい」愛してはくれなかったと思う。長年好意を抱き、Tumblrに思いの丈を綴り続けていた男も、結局隣人愛でさえ手渡してくれなかった。その意味で彼と初めて会った時に彼が「好きすぎてどうしよう」と頭を抱えていたのは深く印象に残ったし、最後は直感的に遠距離恋愛でも楽しめそうだと思ってしまった。年齢差も気にしたが、相手は元々年上好きらしく杞憂だった。まだその一度しか会っていないけれど、おそらく自分より寛大で、振る舞いの節々に男性的(けれども手で掬えるほど純粋な)社会人意識が垣間見えると思う。容姿だけが理由なら早々に夢から醒めていたと思うが、仕事柄、また趣味でバンドをやっていて世代には見合わない渋い音楽趣味をしていて、こちらとの共通言語があることが発覚し(LINEのBGMがザ・ポリスだった)翌日も翌々日も醒めるわけがないと言っていた。LINEの返信が異常に遅い点だけネックで不安にならないと言えば嘘になるが、自分が比較的早いことと(通知マークを残すのが苦痛)、相手にパーソナルな行動の軌道修正を要求することは自分の中での理に反するので(男女差あるいは世代差もある��思う)直截的には現段階では言わず、こちらが謙る形で忙しい中何度も連絡してごめんね、と意識させるような声掛けをしている。真偽はわからないが、単純に仕事が多忙でスマホを放り投げる癖があるらしい。遠距離となると殊更気が気でない部分もあるけれど、この辺は多分、許容範囲の中で折り合いつけていくしかないのだと思う。
月に一度は会いたいということで、昨夜は二度目の通話の中で静岡のどこへ行くかを勘案し、ベタにアウトレットでしょうということに。日程は追って。友人に「客が恋人になった」という報告をしたら、仮面ライダーみたいな名前の彼氏だね笑と冗談めかしてリアクションしてくれたよという話を伝えると、向こうも編集者の彼女ができたと彼の友人らに伝えたらしい。周りに隠して交際を続けるカップルは多いけれど、認知をもらえて初めて恋人ができたことを自覚する瞬間が嬉しいので、親友数人には伝える判断を選んだ。昨夜は正直クラフトビールを煽っていた帰りであまり覚えていないが、彼とは会話の波長が合い、自分の癖である小ネタ的な冗談を流さずキャッチして返すところに尚更惹かれた。見かけによらず私はおっとりした会話が苦手なのだ。それを聞いてお互い良いプレーだねと電話越しに伝える彼の誇らしさ。私のあらゆるスペックを聞かせると、「あなたの現段階でのステータスなだけであって、自分が惹かれた編集者以外のマイナスな要素は今のあなたにとってただのおまけでしょう?」と言ってくれたところも。遠距離も歳下も経験がなく未知数だが、それまでに続けば夏には沼津の花火大会へ浴衣で。一時間の通話の後に眠って、朝目が覚めると父から「兄が来年結婚する」と連絡を受けた。聞くとマッチングアプリ婚らしい。奇しくも三兄弟の内二人のタイミングが揃ってしまい変な感覚。兄のビッグニュースには及ばないが、母に恋人ができたと伝えると可愛らしく喜んでいた。私はセルフラブができる人間なのでこのまま一人身でも良かったのだが、どうやら純粋に愛されたかったらしい。今週はいよいよイギリスへ行くし、20代後半も歩く速度は変わらない。
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父親、昔はもっとカッコよくて、聡明で、服のセンスも良くて、熱心なキリスト教徒で、周りのマダムからは素敵なお父さんねと褒められていて、当時はそうは思わなかったけれど自慢の父だった。白、黒、グレー、とにかく何着もスーツを揃えて、鏡の前でこれじゃないこれでもないと言って時間をかけて外出の支度をするような人で、口笛を吹きながら仕事用の鞄に薬や歯ブラシや書類を詰め込んで、朝は時間がないからと蕎麦をかっ込んで分刻みで家を出るまでの準備をひとつひとつ丁寧に進めるような人。週末には熱心に兄妹3人の勉強を見て、たまに母に代わってピアノ教室の送り迎えをして、多忙だから授業参観にはあまり顔を見せなかったけれど、偶然同級生と出くわした時には百発百中でカッコいいお父さんだねと惚れられていた。兄が170cmを超えた時にもう俺よりデカくなったね、と言っていたけど、今は年々縮んで160そこそこになってしまった。朝昼晩の食前にはいつも家族で祈りを捧げて、日曜の昼には教会から帰る道すがらに寄った近所の肉屋で揚げた鶏肉を買ってフォークでほぐし、夜にはレーズンとクリームチーズを和えたデザートを拵えてワインを微量だけ召した。今、ここまで書いたことのほとんどはもうできないと思う。それくらいに老け込んでしまった。父のことは嫌悪していて、幾度となく覚えが悪いからと引っ叩かれ、食事の席を締め出され、何度か経験した精神の病も庇わずに非難して、裏と表を巧妙に使い分ける人で、そこが心底憎む主要因だった。今、父を愛しているかと問われたらわからないけれど、小さくなった背中、もうお世辞にもカッコいいねとは言えない(それでも胸ポケットにスカーフを差し込むセンスは健在だけど)姿を見ると、あの頃の父は輝いていたと思う。自慢の父だった。もう厳しく叱ることもなくなった。気迫がなくなったと言えばいいのか、いつもこちらを心配するばかりになった。父が死んだら私は大いに悲しむと思う、父に育てられなかったら、今こんなにも自己を貫く独裁的な大人にはならなかった。私は自分のパーソナリティがそれで良かったと思う。
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成人の時に祖父から贈られた俳句が実家自室のピアノ横に飾ってある。人間らしく頂に向かうこともなければ山の峰々を渡り歩くこともない生涯の先に降るのは冷たい初時雨、とても寂しい句だと父は言ったけど、時雨は降ったり止んだりを繰り返すものだから、そこへ辿り着いてからが人生の本番であることを祖父は諭してくれていたのではないか、と今になって思う。もっと孤独に、もっと平坦に、もっと身近に、あなたの温もりを感じて過ごしたい。あなたの体温と生涯隣り合わせでいられるのなら。
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