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jinchikumugai · 3 years
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『ハーモニー』(2008) 著者:伊藤計劃  『虐殺器官』(2006)の続編。「虐殺の文法」が公になったことにより、全世界で戦争が多発。さらに未知のウイルスまで流行し、全世界が大打撃を受けた後の世界の物語。この世界では、人々は皆身体に「WatchMe」という体内の恒久性を監視するシステムを埋め込まれており、身体の健康状態をデータ変換して逐一生府が管理するサーバへと提供することが義務付けられている。これが自由による選択でなく義務とされているのは、この世界は「個人の身体は社会全体で共有しているリソースである」という考え方で成り立っているためである(WatchMeが健康的なライフスタイルを提案してくれるし、ストレスを与えうる事象についてはすぐにカットしてくれるので、この世界の人々は皆総じて健康)。  そんな優しい世界に嫌悪感剥き出しの女子中学生ミァハが印象的な登場人物。秩序を乱すことばかりを考えていて、自分がいかに社会にとって有害かをベラベラ語ってくれます。だから最初はミァハのこと、傷付けることで生の実感を得ようとする厨二じみた思想の持ち主なのかと思っていたのですが、実はこれが誤解だったと気付いた時には「やられた!」と素直に感心しました。ミァハにカリスマ性を感じてしまうような時期にこれを読んでいたら、裏切られたような気持ちになったかもしれません。  伊藤計劃さんの作品は、私達が信仰している「人間の卓越性」みたいなものを容赦なく否定してくるので、読んだ後には自分自身の存在に対して懐疑的になってしまいます。『ハーモニー』からのメッセージは「意志は人間の種としての完成を阻害するものではないか」というなかなかに受け入れ難いものでした。しかし何がそんなに気に食わないのかは上手く言語化することができず、非常にモヤモヤしています。大学でちゃんと哲学を勉強するべきだった……。
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jinchikumugai · 3 years
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『ウィッカーマン』(1973) 監督:ロビン・ハーディ  本作ですが、アリ・アスター監督『ミッドサマー』(2019)公開時、似た作風(祝祭ホラー?)の作品としてしばしばセットで話題に挙げられていたかと思います。かなり昔の映画だし、『ミッドサマー』の方がたぶん面白いだろう、ということでずっと未鑑賞でした。が、彼氏がDVDを借りてきてくれたので、2021年夏という謎のタイミングで、本作を鑑賞するに至りました。  鑑賞して一番感じたこと、想像以上に『ミッドサマー』でした。『ミッドサマー』を初めて鑑賞した時、身の毛がよだつような出来事が起こっているはずなのに、音楽も映像も明るく楽しげでなぜかハッピー、そんなアンバランスさが新鮮で、とても惹かれた記憶があります。このアンバランスさが『ウィッカーマン』の時点で既に発現していたので驚きました。また、物語が「傲慢な人間が酷い目に逢う」という寓話的なもので、さらに「他所の土地の不気味な祭事」を通してそれが描かれるという点でも両者は共通しています。観る順番が逆転していたら、『ミッドサマー』に対して「なんか観たことある感じだなあ」とか思ってしまったかもしれません。  しかし両者には共通点だけでなく相違点もあります。一番わかりやすい違いは、主人公のポジションだと思います。『ウィッカーマン』の主人公は、最後まで不可解で理不尽な悪意に晒され続ける被害者です。実は傲慢というほど悪い人でもないし(敬虔なクリスチャンで異教の信仰が受け入れられないというだけの人)、彼の死がカタルシスをもたらしてくれるかどうかは微妙なところです。一方、『ミッドサマー』の主人公は、恋人を殺す選択をした加害者であり、恋人に傷付けられた被害者です。『ミッドサマー』では主人公の内面をとても丁寧に描写していて、画面の中の彼女と過ごしているうちに、次第に観客は彼女に共感を覚え、彼女を加害者たらしめた選択の動機に自然と勘づいてしまいます。だからこそ最後の結末は「必然」であり、心地の良いものでした。映画を観た後のデトックス効果みたいなものは、『ウィッカーマン』では得られないものだと思います。  両者を比較してみると、同じ結末でも、誰の目を通して観るかによって印象がかなり変わることがわかるので面白いです。何の捻りもない結論ですが、どっちも好きです。
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jinchikumugai · 3 years
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『西洋美術史入門』(2012) 著者:池上英洋  大学で専攻しなかった分野について勉強してみようムーブメント、第一弾:美術史でございます。美術史とは何か、絵画を研究する意味とは何か、どのように絵画を研究すれば良いのか、いくつかの西洋絵画を例に挙げながら明快に解説してくれている一冊です。どうして私は大学で美術史関連の講義を受講しなかったのか、私を大学生に戻してくれと叫びたくなってしまうくらい、美術史の魅力がびんびんに伝わってきました。  大学の最初の頃、美学の講義で「詩と絵画のパラゴーネ(芸術比較論争)」について学ぶ機会がありました。長い間ヨーロッパでは、詩がリベラル・アーツとして大学で学ばれるような研究対象とされた一方、絵画はメカニカル・アーツと見做され、そこにアカデミックな深みがあるとは認められていませんでした(画家は芸術家というよりも職人みたいな位置づけでした)。この絵画の扱われ方に憤慨した画家達は、絵画も詩と同様に物語を語ることができると訴え、詩人達と対立しました。これが芸術比較論争です。残念ながら、受講当時の私は画家達の主張を理解することができませんでした。というのも、絵画に人間の感覚をたのしませる以上の機能があるとは思えなかったのです。しかし本著を読み、当時の認識は誤っていたと思い直しました。絵画は感覚的に快い存在である以上に、散りばめられた記号から隠されたメッセージを読み取っていくところに真の面白さのある、私達の理知的な部分を満足させてくれる存在なのではないかとすら、今では思います。  著者は絵画とは過去を知るための言語であると語ります。画家は皆、富裕層であるパトロンからの注文によって、絵画を制作しました。つまり雑な言い方をすれば、時代による主流ジャンルの変化は、パトロンの変化とも言えます。中世ヨーロッパで宗教画が数多く制作されたのは、教皇が布教目的で画家に大量の宗教画を注文したから、十七世紀以降に風俗画が流行したのは、ブルジョワジーのパトロンが登場したからだと考えられます。このように、絵画を材料に私達は制作当時の社会情勢を考察することができます。絵画から読み取ることのできる情報はそれだけではありません。私達は絵画を通して過去の人々の想いにも触れることができます。たとえばペストが流行した時代には、聖セバスティアヌスを題材にした絵画が人気を博しました。著者はその理由を「無数の矢に射されても息絶えなかった聖セバスティアヌスのように、ペストから助かりたいと当時の人々が願ったから」と解説しています。  この「絵画を通して過去の人々の想いに触れられる」という部分に大変惹かれました。世界史の教科書には、ペストという病気によってたくさんの人々が亡くなったということは記述されても、当時の人々が何を想ったかについてはほとんど記述されません。私もそんなことを考えたことなどありませんでした。しかしこの聖セバスティアヌスの絵画についてのエピソードを知った時には、当時の人々が非常に身近な存在に感じられて、何だかすごくきゅんときました。  心の赴くままに文字を打ち続けた結果、無駄に長い文章になってしまいましたが、私が伝えたかったことは、とにかく美術史にめちゃめちゃ興味を持ちました、ということです。自分ごときが誰かに助言をしようだなんて烏滸がましい気がするのですが、これは哲学科に入学して何を学ぼうか迷っている後輩達に是非読んでいただきたい一冊です。選択肢が広がると思います。ただし、通史的な部分については本著を読んでもあまり理解を深めることができず、そこだけが少し物足りなさを感じてしまったポイントです。ということで、次回は通史メインの書籍を読みたいと思います。
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jinchikumugai · 3 years
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『弥勒』(1998) 著者:篠田節子  主人公は新聞社に勤める美術の専門家。ある日主人公は、ヒマラヤの小国家パスキムの美麗な仏教美術が、政変により忌むべき前時代の産物として破壊されていることを知る。パスキム文化が失われることに危機感を持った主人公は、美術品を回収すべく内戦真っ只中のパスキムに赴くが、そこで革命に巻き込まれてしまう。  価値観が揺さぶられまくり、読書後には何が正しいことなのかがわからなくなってしまった。本作では信念を持った人々が現実に裏切られていく様子が徹底的に描写されており、軽い気持ちで読めるものではなかった。特に個人的にショッキングだったのが、パスキム文化の裏舞台で、その輝きのために搾取され続けている人々の存在について、政変後の指導者が主人公に語る場面だった。はっとした。私自身、文化遺産の破壊に憤りを覚えた経験があるからだ。しかしその憤りは、自分の中にある単純化されたその土地の理想像を破壊されることへの憤りでしかなかったのでないか、つまり全く自分勝手なものでしかなかったのではないか。このように本作を読んで思い知らされた。人々の存在を気にも留めず、無知に自分の理想を押し付けて怒りの声をあげていたことに、恥ずかしさと恐ろしさを感じた。  こ���から他所の土地にお邪魔する時には、本作を読んで感じたことを忘れないようにしたい。ガイドブックに載っているようなわかりやすい観光スポットだけでなく、実際にその土地に生きる人々の姿も含めて、その土地の記憶とできるような人間になりたい。
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jinchikumugai · 3 years
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『犬ヶ島』(2018) 監督:ウェス・アンダーソン  舞台はドッグ病が流行中の日本のウニ県メガ崎市。犬嫌いの小林市長は、メガ崎市の全ての犬をゴミ島に追放する法案を可決してしまう。こうして犬達の居住地となったゴミ島に、ある日一人の少年アタリがやって来る。彼は捨てられた自身の愛犬スポッツを探していた。アタリの愛犬を想う姿に希望を見つけた五匹の犬達は、アタリの愛犬探しの旅のお供になる。  映像に対するこだわりが素敵。たとえば煙なんかもCGでなく、綿で表現されていて、ストップモーションとしての純度の高さ(?)みたいなものを感じました。あとは犬ならではのちょっと��ュールで可愛らしい動きもしっかりと再現されていて、思わず笑顔になってしまいました。所々挿入されるテロップのデザインもお洒落で良かったです。  もう一つの魅力は、やはりあまりにも誇張された日本のイメージの可笑しさでしょう。特にアタリが俳句を詠むシーンの何コレ感が最高でした。こんな日本、私は知らないのですが。この作品に出てくる日本人はかなりおバカだったけれど、ここまでやり切られてしまうと全く不快感がないどころか、「こんなに面白く弄ってくれてありがとう」という感謝の気持ちすら沸いてきますね。
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jinchikumugai · 3 years
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『箪笥』(2003) 監督:キム・ジウン  二回観ました。一回目と二回目の視聴で全く異なる印象を与えてくれる作品。  一回目の視聴では、大部分で登場人物達の発言が意味不明で、果たして自分はこの映画を楽しめるのだろうかと、かなり不安でした。それでもどこか懐かしくてあたたかみのある美しい映像(一応ホラー映画なのですが)のお陰で、途中で挫折することなく、視聴を続けることができました。しばらくは話に付いていけずにモヤモヤしていましたが、物語の終盤にて、ようやくこのモヤモヤを払拭してくれそうなヒントが登場。「もう一度観直したい!」という欲に抗えず、二回目の視聴を開始。  二回目の視聴では、全てのシーンが切なくて堪らなかった。誰も救われていない感じがしんどい。一回目と二回目の視聴で一番見え方が変わったのがお父さんで、最初は人畜無害で影の薄い人みたいな印象しかなかったのですが、全てを知ってから観ると、彼の伏線の宝庫っぷりにゾクゾクしました。そして、あの影の薄さというか、覇気のなさも、この映画の纏う遣る瀬なさを形成している重要なファクターに違いないと、二回目の視聴では思えました。諸悪の根源みたいに描かれている継母も、根から悪い人だとは思えなくて、彼女が良い母親になれなかったのはスミのせいでもあるというところが哀しい。例の事件だって、スミがあんな悪態をつかなければ起こらなかったはずですし。スミはそのことを知っていたのか、とても気になる。知っていたとしても、知らなかったとしても、それぞれ別の理由で胸糞悪いから隙がない。
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jinchikumugai · 3 years
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『日本アパッチ族』(1964) 著者:小松左京  失業罪を犯し、大阪の廃墟に追放された主人公は、そこで鉄を喰って生きる人間「アパッチ」と出逢う。自らも鉄を喰うことでアパッチ族の一員となった主人公は、アパッチ族の殲滅を目論む日本政府と、自由を求めて熾烈な争いを繰り広げる。  作者の想像力の豊かさに感服いたしました。鉄を喰うことで身体に起こる変化とか、アパッチ族という架空の集団の生活様式とか、あまりにも現実離れしていて、ヒーロー漫画みたいな面白さがあった。アパッチ族が味気ない日常を狂わせ、日本のお偉方を困らせる描写は痛快で気に入りました。しかしながら、「いけいけアパッチ族!」というテンションでずっといられる訳ではないところが本作の良いところで、頁が進むにつれて物語の雲行きがあやしくなり、不穏な結末が顔をのぞかせ始める。アパッチ族の手によって崩壊した日本を見て涙する主人公が印象的だったし、読者の私も何だか虚しくなってしまった。超人的な存在がもたらしてくれる非日常感を期待する自分、これまでの暮らしや文化、慣習が消え去ることに抵抗を覚える自分、矛盾したふたつの自分を抱えていることを、本作を通して確認した。  あとこの小説、読むとうどんが食べたくなるね。
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jinchikumugai · 3 years
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『ビバリウム』(2019) 監督:ロルカン・フィネガン  明らかに主人公達に敵意を持った何かは出てこないし、緊張感のある場面も特にないので、ホラーが苦手な人でも問題なく観られると思う。典型的なホラー描写が控え目な代わりに、絵本の中みたいな生活感のないだだっ広い空間に閉じ込められる不快感を味わえます。「無機質ホラー」という印象。  既に言われ尽くしているであろう感想ですが、息子が素晴らしい。声帯どうなっているの。ジェマに感情移入して中盤からちょっと可愛く見えてきて、「これは母親の愛情の方向が恋人から息子になって、父親が用済みになるパターンかな」と考えたところで、ジェマも我々も突き放すような本気のキモさを見せつけてくれる息子、良いですね。ジェマとトムがふたりの思い出を語り合う美しい場面の直後に死体袋を持ってきて雰囲気をぶち壊す息子、良いですね。  ジェマとトムは何故死んだのかとか、マーティン側の生存戦略があまり効率的に思えないとか、設定の粗が若干気になってしまったけど、画が良かったので満足している。
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jinchikumugai · 3 years
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『わざと忌み家を建てて棲む』(2017) 著者:三津田信三  モキュメンタリー風。内容はタイトルそのまま。曰く付きの物件を集めてひとつの家にして、そこに人を棲まわせたらどうなるのか、という実験記録を追っていくうちに、作者の身にも災いが降りかかる。  誰が何のためにそんなものを建てたのか、そこでは何が起こるのか、タイトルだけで色々なことを考えてしまう。結末が気になってページをめくる手が止められなかった。「白い屋敷」の住人が遺した記録を読んで、「黒い部屋」が実はとんでもない様子の部屋だったことが判明するシーンが好き。最後の川谷妻華についての考察も、なかなか気持ち悪い。  姉妹編『どこの家にも怖いものはいる』(2013)の方が個人的には好き。こちらに比べると本作はホラー描写が控え目で、最後までわからないことが結構多く、正直あまり満足できなかった。わざと考察の余地を残している可能性も十分に考えられるけど、烏合邸を建てた動機とか、嬬花や川谷妻華が何者なのかとか、もう少し知りたかったなとどうしても思ってしまう。
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jinchikumugai · 3 years
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『JUNK HEAD』(2017) 監督:堀貴秀  中学生か高校生の頃、朝のテレビ番組で特集されているのを観て、本作の存在を知りました。キモ可愛いキャラクター達の造形や、ストップモーションならではの味のある映像には子供ながらに惹かれたし、更に監督が長い時間を掛けて独力で製作した作品であることを知って、とても興味を持ちました。当時はアルバイト等しておらずクラウドファンディングに参加することはできなかったのですが、完成したら絶対に観たいと思っていました(今思うと、他人任せで図々しい気がして恥ずかしい)。  だからこうして劇場で本作の完成版を観ることができて、とても嬉しかったです。どんどん変化していく主人公の姿に、「彼はどうなってしまうんだ!?」とワクワクしました。そして、主人公の置かれているあまりにも心許ない状況に、彼の割と気丈な振る舞いにも関わらず、観ているこっちがちょっと怖くなってしまいました。3バカ兄弟が傍にいてくれると安心感がすごい。作風はシュールコメディで、ディストピアを描いてはいるのだけど、重い気持ちにはなりませんでした。  かつてクラウドファンディングに参加できなかった後悔があったので、応援の気持ちを込めてパンフレットを購入させていただきました。このパンフレットがまた読み応えのある良い物でした。監督は続編の製作にも意欲的なようで、嬉しい限り。楽しみにしています!
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jinchikumugai · 3 years
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『姉飼』(2006) 著者:遠藤徹  短篇四篇収録。決して怖くはないけれど、気持ち悪さが百点満点です。  個人的には「姉飼」が一番好きです。読みながら大人になって久しく忘れていた、思春期にはじめて性的な動画を観てしまった瞬間のあの感覚を思い出した。暴力的で汚らしくて、どこを切り取っても不快な要素しかないのに、何故か目が離せなくなってしまう、形容しがたい不思議な感覚です。オチも良かった。エロ美しかった。丸尾末広先生に漫画化して欲しい。「キューブ・ガールズ」は、語り手の女性の繊細な様子にキュンとしてしまった。「ジャングル・ジム」は、ジムがクソ野郎と化すまでのテンポの良さに笑ってしまった。「妹の島」は、私にはまだ早すぎた。萌えポイントが理解不能だった。  本作を読み終えて最初に出た感想、「作者は女をなんだと思っているんだ」でした。本作に登場する女性達は基本的に皆酷い目に遭っていて、おそらく人間にあるまじき姿をしています。それにも関わらず、作者の紡ぐ言葉の節々からは、彼女達に対する愛おしさとかリスペクトのようなものを感じられるんですよ。不気味だ。この恐ろしい性癖の持ち主が何者なのか気になってググッたら、その正体はなんと大学教授でした。そして発表している論文が、いかにも本作の作者らしくて素敵。『ポスト・ヒューマン・ボディーズ』、読みたいです。
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jinchikumugai · 3 years
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『虐殺器官』(2007) 著者:伊藤計劃  「虐殺の文法」の存在を公表するか否かで、意見の対立が発生する場面があるじゃないですか。あそこで正直、ウィリアムズに共感してしまった人は多いんじゃないかな。私もその一人。自分達がいかに都合の悪い現実から目を背けているか、非常に考えさせられる作品だなと思った。  本作で提示されるのは、「発展途上国の内戦が、先進国に恩恵をもたらしている世界」。現実で起こっている内戦もそういう性質のものなのかとかは、ちょっと私にはわかりません。しかしながら、私達の生活の豊かさや便利さが誰かの犠牲の上に成り立っていることは自明の事実です。簡単な例を挙げると、ファストファッションとか。そして、現実で起こっているこのような問題が解消されない理由は、まさに作中でも言われている通り、「人は自分の見たいものしか見ないから」に他ならない。再びファストファッションを例に挙げると、消費者にとっては安いことが何よりも大切で、安さの裏にある存在についてはどうだっていい。もっと言えば、それが何かを知っていながらも、自分にとって都合の良い部分を優先して、都合の悪い部分については見なかったことにする。現実でこういうことが既に起こっているからこそ、本作で提示された世界を「虚構」と一言で片付けることが、私にはできない。  本作を読み終えた今、気分が沈みまくっている。自分はどうしようもない屑だし、同じ国に生きている大半の人間が自分と同じように屑だと思う。そしてたぶん、屑を自覚したところで、生活の水準はもう下げられない。先程も書いた通り、私はウィリアムズに共感してしまうタイプの人間なので、この小説を積極的に他人に勧める気にはならない。裏を返せば、読者をこれだけ悩ませる力を持つ凄い小説だということです。
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jinchikumugai · 3 years
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『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』(2021) 監督:庵野秀明  細かい設定については、終始よくわかりませんでした。「考えるな、感じろ」というノリで鑑賞しました。序破Qをちゃんと観ていなかったせいかもしれません。  でも、とにかく幸せな映画だったことだけはわかる。絡まった糸を丁寧に解いていくような���画だった。たくさん泣いてしまった。最後にゲンドウがシンジの中にいるユイを見つけられたこと、これがすごく嬉しかった。旧劇にもゲンドウがシンジへの想いを語る場面があったけど、そこで語られていたのはせいぜいシンジへの「恐怖」とか「後ろめたさ」とか、その程度のものだったと思うんです。最後まで、シンジを愛していたかどうかは曖昧なままで、よくわからなかった。それが今作では、シンジに対する「愛おしい」という気持ちを、ほんの少しだけどゲンドウは知ることができて、自らシンジを抱きしめるんですよ。こんなの泣かないはずないじゃん。  正直、序破Qまでの新劇には、そこまで魅力を感じていませんでした。言い方が悪いかもしれませんが、庵野監督の「自分語り」だったからこそ、私は旧劇が好きでした。旧劇には、監督とエヴァという作品が一体化しているようなギリギリ感があった。反対に序破Qは、監督とエヴァ、それぞれが別々に存在している印象だった。だから新劇に対しては、生意気にも「これがエヴァ???」みたいなもどかしさがあったわけです。ところが、新劇の大トリとなるシン・エヴァは、序破Qの続編であると同時に、まごうことなく監督の「自分語り」だった。そこで旧劇と新劇との連続性をようやく感じることができて、「ああ、これでエヴァは終わったんだ」と心の底から納得することができました。  とにかく大傑作。槍とか渚司令とか、よくわからなかったけれども。あと、レイがめちゃめちゃ可愛かったよ!
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jinchikumugai · 3 years
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『ゲット・アウト』(2017) 監督:ジョーダン・ピール  突然奴隷にされる恐怖みたいなものを描いた映画なのかと思っていたら、そんなやさしいものではなかった。奴隷になって扱き使われる方がまだマシだわ。攫ってきた黒人達の利用方法が本当に残酷で気持ち悪い。  勿論ただ気持ち悪いだけのホラー映画という訳ではなく、差別について考えさせられる場面もきちんとあった。主人公と恋人家族のやり取りだったり、劇中の主人公の居た堪れなさそうな様子だったり。でも、私が一番それについて考えさせられたのがラストシーン。人種と性別だけで、主人公が一方的に悪者にされてしまうのではないかと勝手にヒヤヒヤしてしまった。実際、そんなことは起こらなかったし、物語的にはハッピー・エンドで良かったんだけど、自分の中に確かにあるバイアスを実感してモヤモヤした。そういった効果を狙っての演出だったとしたら凄い。  ただ、同監督作品の『アス』(2019)を観た後だからだろうか、ホラー映画としては、全体的にさっぱりしているなという印象を抱いてしまった。嫌な汗が出てきちゃうようなホラー描写、全力疾走するお爺ちゃんとか、泣きながら笑うお婆ちゃんくらいだったし。『アス』がめちゃめちゃ怖かっただけに期待し過ぎていたのかもしれないが、そこだけは少し惜しかったな。
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