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雲が落ちる季節に、母が死んだ。今日も狂ったように地面で蝉が鳴いている。新学期が始まり久しぶりに自分の席に着いた時、窓の外から大きな鯨がこちらを覗いていた。秋の前によく見られるこの光景は、いつ見ても少しドキッとしてしまう。
『拝啓、あの夏へ』
#架空小説書き出し
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2階から兄が飛び降りた。
2階なんてせいぜい骨が折れる程度だと鷹を括って見ていた私は、その気持ちのまま葬儀に出席していた。見せしめに飛び降りてやると言わんばかりの兄の怒号がお経と重なり頭に響いていた。
あぁ、人生なんてそんなもんだよなと諦めに近い気持ちで生きているうちに兄の年齢を当に超え、気づけば30も半ばになっていた。
『階段』
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お下がりというものが昔から羨ましかった。
「これもお下がりなんだけどね」と笑う彼女の手の中に目線を落とす。もしも、お下がりのウォークマンから流れる音楽が彼女のお守りだとしたら、私には何があるだろうか。
『放課後アンダーグラウンド』
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別れ話なら金曜日にしてよ。
我ながら良い言い訳を思いついたと思っていた。金曜日、あっけなく2人の生活は終わった。
『サボテンを飼う』
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夕飯の味は当然しなかった。父の浮気がバレて母が出て行った翌月から、鬱憤の吐口は私になっていた。殴られている間は母の苦しみはこんなものではなかったのかなとぼんやり考えていた。
『エンドロールは流れない』
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自分は何者にもなれないのだとぼんやりと、しかしはっきりと感じたのは冬の初めの頃だった。それでも生活を続けようと食材を買い込んで家路に着く。彼の荷物と、一緒に買った家電全てが家から消えていたのは12月26日のことだった。
『晴天』
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ふらりと寄った喫茶店で真っ赤なルージュに出迎えられる。店内には2014年に流行っていたラブソングが流れていた。読みかけの小説は時間が経ちすぎて章の始まりに戻され、壁際の漫画に気持ちが傾き始める。サビに差し掛かった時、チリンと入口の鈴が揺れ、店主のうたた寝は幕を閉じた。
『間』
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何度も色を重ねて塗り、重ねて塗り、夜が更けていることに気付いたのは日付が変わる頃だった。コップになみなみと注がれた水がこちらを見ている。一旦手を止めてしまうとひどく体が重たく感じた。ようやく手を止めてベッドに沈んだ。
『ロストヒーロー』
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何か作品を見て、酷い行為に苦しんでいる人間を見て一緒に苦しくなって泣きそうになること
「あぁ自分は優しい心を持てているんだなと思う。」と語ったあなたを見て、私はこの人とずっと一緒にいたいと思った。
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振替休日を勝ち取った。平日にしか開いていない喫茶店にようやく行くことができる。雲が薄く覆っているが、言うなれば晴れだろう。初めて入る店内には今年初めのクーラーを察知。店内にはテレビと音楽、客のお喋りが混在しているが何故だかゆったりとくつろげる居心地の良さがあった。
カフェオレとミックスサンドを頼み、記録用に写真を撮る。すぐに本を手に取り音に耳を傾けつつ物語に沈んでいく。本の中では日常の延長のような物語がいくつも過ぎていき、少しだけ現実を忘れることができた。
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