バイク愛、WW2ミリタリーとプリパラorアイカツ!にお熱なおじさんおばさん(どっ���だよ)【ロリータ協会会員No.4760���▷ 質問箱 https://peing.net/ja/hanaco_z
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軍装は私の存在、ステータスでした。 数ヶ月前に色々あって十数年間 培ってきた軍装という趣味からしばらく身を引くことにしました。 SNSを通して知り合った方々はすべて軍装があってのことです。身を引いたことで繋がりがなくなり8割の皆さんとも身を引いたことも悲しい現実です。 写真は皆さまのご協力や環境あっての一枚、思い出として���のスマホに残っています。 中学生の頃からミリタリー趣味に触れて、成人して数年間、その趣味を仕事にする機会もあり私にとっては人生でした。 ここに、少しだけ私のわがままで足跡を残して消したいと思います。 軍装を着ることは誰だってやれますが、知識や時間はかなり必要でした。研究や学習、そして販売する立場になった時、自分だけが楽しむのではなく、それを共有したい!力になりたい!と思うようになりステップアップを決めたのでした。 ただ、決めることも誰だってやれるのです。 結果を残す為に過去の結果を消し、新しい私でまた帰ってきたいと思います。 さよなら私のミリタリー!🚢
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先月に私のもとにやってきたスーパーバイクは、とてもじゃないけど遥か遠い存在だった
それにこのマシンは孤高、私に少し似ているところもあった。
今じゃ思いで話だけれどSUZUKI好きの私はGSX-R1000のK7に跨がってるはずだった
でもモタモタしてると先にご主人が来まったみたいで私は全身の力が抜けたようだった。
「同じ車種はいくらでもある!でも決めたマシンは唯一無二だった!他のGSX-Rで妥協するくらいなら...!」
スーパースポーツの候補はいくつか頭の中にあったが、結局どれに跨がってもシコリが残りそうだった私は 候補からとある1台を絞っていたのだ。
"ドゥカティ 1199パニガーレ"
こうして私は今に至っている、また私の側に居て一緒に時間を過ごしてくれるバイクに選ばれたのだ。
朝に目覚めるとコーヒー片手に必ずバイクの側で15分ほどお話をする
当然、返事はないけど1日の始まりを一緒に共有してくれる"家族"なのだ。
因みに1199パニガーレの中でもグレードRという通称レーシングカスタムが施された完璧な1台に仕あがっている!
このRを選んだきっかけなんだけど
・車体重量が軽減されていること
・ウルトラマンのようなカラーリングがお洒落
・最上位モデルにしては安いと思った 等
3つ目に関しては"最上位モデルにしては"がポイント、決して安くないと言われたけど、私には安く感じた。
欲しいと自らが決めたモノの金額に不満を抱くのはナンセンスだから特に気にしてない!
乗った感想だけど納車当日は怖くて仕方なかった..。
「あまりアクセルを捻らないでください、ハイグリップタイヤなので発進時はゆっくりと」
諸注意をしっかり口にしながら、何度も店前の駐車場でクロスで磨く手が止まらないするスタッフさまも当然、冷や汗だった。
ただ私は「とんでもないマシン!はやく乗りたいし乗りこなしたい!」気持ちで気分は高揚していた
その足で近くに来ていた友人に声を掛け、針インターまで走ったことで久々に息を吹き返して走ったであろうマシンは私と繋がった気がしたのだ。
3月31日のこと
友人の誘いでツーリングへ向かった帰り道、Uターンの際にハンドルが詰まって転倒してしまったのだ。
スーパースポーツ(レーサーレプリカ全般)はハンドル区間が狭く、小回りが非常に難しい設計になっている
小回りしようとハンドルをきると「ガコッ」とハンドルが詰まったのが分かった。
誰かとツーリングする場合、自分のペースでは走れない、分かってはいたのに突然のタイミングで判断に気づかなかった私の責任だった。
ブレーキハンドルの先端が折れ、樹脂の防音カバーに傷がついてしまったが他にダメージはなかった、運が良かった、本当に良かった...。
私の身体や顔にも事故の傷は残っている、怪我をしたのが私なら気にしないけれど家族が傷ついて放っておく親が居るだろう���?
車種が高価だから、とかそんなのは関係ない。
純粋にショックだった そりゃバイク乗りなら当然のことだ!
ブレーキは先端だけだったから応急処置で解決したけど、このままってワケにはいかない。
年式が新しいバイクのメリットとして、純正パーツが取り寄せられる、パーツが豊富、というところだ。
お金をだせば幾らでも修理が利く!こればかりは本当に安心する!
なのでバラされたパーツの放出も非常に多く、早速だけど防音カバーは注文した。
「たった小さな傷でパーツ交換?大袈裟でしょ」
と思われても仕方ないんだけど、私がこの子と歩んでいく為に私はこの子をしっかりとケアしてあげなきゃならない義務があるの
別に何を言われようと私の思うがままにやってあげたい、それを受け入れてくれると信じているから。
今回のツーリングは大成功だった!とても楽しかったのは間違いないけれど、怪我をしたこの子も同じ気持ちにしてあげるには修正しなきゃいけない、私が!
また次はどこへ一緒に行こうか
いつでも私について来てほしい、まだ出逢ってばかりで信じて、なんて言えないもの
これからそれを積み重ねてあげるから
"私とこのマシンとの時間が始まりました"
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バイクと私
"哀しみや憎しみが速さに変わる、その先の地獄に辿り着きたいから"
今になってバインタインDayに大型免許を取得した私!
会社を解雇になって収入の途絶えた私は、それでも這いつくばって新しいマシンを手に入れようとしている。中古のバイクはたった1台なのだから逃すことはできない。
寝不足が続く毎日、人生とバイクが売れてしまうのでは!という不安、お金を稼ぐ方法を考えるだけタダな話...!
毎晩、苦しんでいる。
そんな私はバイクによって人生を滅茶苦茶にされた、と言っても過言ではないのだ。
少し思いで話をさせてくださ��。
△初めての単車は2人のセンパイと割り勘して譲ってもらったHONDA CB400four 所有権は3人だった△
私がバイクに興味を抱いたのは16歳のころ
広大な田舎の辺境の地、交通手段は自転車からのステップアップはバイクしかなかった。
誕生日を迎えると早速、二輪免許を取得したのだ。
最初に乗ったのはスーパーDio ZXという2ストのスクーター、というか私の頃は4ストやヒューエルインジェクション車がない時代だから当たり前
センパイから色んなカスタムを教わり、走ることと改造することを楽しみに過ごしていた。
言い方が悪いけどバイクの乗り方を誤る人たち、法規走行を守らない人たちのグループに私は所属していた。
カスタムは私の担当で、別の学校の子から友人を通して改造や車体の販売の話があったり気分はすっかりバイク屋さんだった。
今まで散々、荒くれたことをやった若かりし思いでを書ききれないが今でも忘れないエピソードが1つある
近所のヲタク気質の先輩がNS-1を納車していたことで我々のグループの反感をかってしまったことだ
センパイは夕方にとある畑に連れていかれた。
「金持ちのボンボンが」「レーサーでもないのに、こんなバイク調子のってる」「ダサい」
散々、袋叩きにされたセンパイはボロボロに壊されたNS-1と一緒に畑に突き落とされた。
センパイはぼろぼろ泣いていた。バイクもガソリンを漏らして泣いている
私はその光景を上から身を下ろすしかなかった。グループの一味だった私でも流石にキツい記憶となって今でも蘇ってくる。
申し訳ないな、って。
勝ち負けが左右する時代だったし、峠でレースを楽しんだ。
ってもスクーターだから限界はあったし、隣からやってきたバイク乗りがRZ50で勝負を挑んできたときはボロボロに負けたことも覚え��いる。
CDlでリミッターカット、駆動系やベルトも社外品に変えて、マフラーでヌケも良くしていたしウエイトローラーの調整が完璧じゃなかったけれど加速も最高速も、たかだかリミッターカットしたたけのミニバイクに負けるとは思ってもみなかったのだ。
色々あったけど私にとってバイクは田舎では必須になる移動手段であり、そのまま趣味として嗜んでいた一つのホビーだった
その荒くれは高校3年まで続き、飲酒と信号無視のスクーター2人乗りでマッポに追われ大型トラックに衝突
空を飛び顔面から落下、友人は奇跡的に軽傷だったが、私は今でも唇とおデコに傷を残す程、外傷が酷い大事故を起こしてしまった。
怪我をしたのが私だけなら良かったが、友人を巻き込んでしまったことは今でも忘れられない記憶だった
私は歩いて深夜の病院から2時間掛けて歩いて帰宅したが、友人は家族全員が車で迎えにきたのだ。
私は病院で包帯で顔がぐるぐる巻きの状態で、顔を地面に擦りつけ謝った
友人は頭を擦っただけで軽傷だったが次の日から学校で口を聞いてくれることはなかった。
私はバイクで友人を失ったのだ。
バイクが悪い、という訳じゃないが法規走行を守って正しく運転していればこんなことにはならなかっただろう。
一度の過ちがあればイヤでも気をつけなくてはならないと実感する。
それ以来、私はスーパーカブを基盤としてプチカスタムを楽しみながら通勤や移動手段だけにバイクを乗るようになった。
暫くバイクから身を引いて趣味のミリタリーに没頭していた。
そう、2014年までは...!
急に働いていて毎日に面白みがなくなったと感じるようになった時、久しぶりに単車に乗りたくなった私はGSX400Sを納車した。
また始まったバイクライフ、かと思ったの束の間、バイクは1週間もしない内に壊れてしまった。
単車を修理するスキルは最低限のことしか知らないし、古いバイクの修理にはそれなりの金額が必要だった。
そもそも古いバイクというものは壊れるのは当たり前だ、金額が高くても後々のサポートが充実しているモータースで買うのが筋なのだが...
遠方から古いバイクを買ってしまった私の痛手だった。
一括で購入したバイクは販売元に引きとられ、事情を説明して70%のお金に変わって私のところに戻ってきたのだった。
しばらく悲しみに老けていたのだが、今になって私の神経を逆なでることが起きた
会社都合により退職の宣告
正社員で一番長く務めた私は絶望に苛まれた。
色んな不安���絶望に陥ったとき、私は一つの希望に目を向ける
"バイクに乗る"ということ
私の生涯、バイクでロクな目にあったことが本当になかった。ここ最近になっても私を困らせることばかりだ!
なぜそこまでしてバイクに乗りたがるのか⁇
答えは簡単だった。
それは乗った人にしか分からないことで、バイクで走ることは風になる、と例えられるように何もかも吹っ飛ばしてくれるクソだからだ。
どんな絶望的な状況でも、ただアクセルを捻り前に進むことができる 迷いもなく真っ直ぐな道を行ける...。
今の私にバイクがむしろ必要なんだ、と。
パパからHONDAのフォルツァというビッグスクーターを借りて友人と峠を攻めたときは、昔の思いでがフィードバックするようにアドレナリンが湧きでていた。
ただ単に速く、コーナーを攻めることだけを考えていればいい
スクーターだろうが傾ければ膝も擦れるし気持ちよく曲がってくれる、、
下り終えた時の爽快感といったら、なかった。
バイクが私を、今度は救ってくれるんだ...と。
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2/3 千葉のユニオンフィールドU-BOXにて念願だったアイカツ!とプリパラの貸切サバゲを開催しました。 「これサバゲーか?(紫吹蘭並の感想)」 と言われたら首を傾げるのですが、銀ダンとスポンジブレードでも白熱した闘いが繰り広げられたと思います...。 アイカツ!のバレンタイン回に合わせてチョコや紙芝居のクイズも作ったりして喜んでもらえて良かったです。 集まったアイドルの皆さんも3人で 「ユニット結成!」とか言っちゃったり笑 初めから最後まで女子会ばりのお喋りも止まらず、1回目で不安でしたが最高に充実した貸切になったと思います。 コスプレは変わらずアイカツ!から有栖川おとめちゃんでした♡ 次回はアイドルタイムプリパラのコスプレで挑みたいとか思ってます。 次回はまた千葉付近にて10月に人数が安定しましたらフィールド貸切予約をして開催を確定させる流れです。 しばらく空きますが、4月からプリパラTVアニメは終了し新シーズンへ、アイカツも新シリーズへ移行する波乱の年となりました。゚(゚´ω`゚)゚。 それまでに私たちは新しいプリパラの後継、アイカツ新シーズンを楽しみ吸収してまた10月に新たなセカイも含めてワイワイやっていきたいと誓いました。 皆さん、本当におつかーでした。 幸せな時間でした。
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今年最後のJKリエナクトでした。 眉が太すぎるっピ!! どんどん年齢は限界ですが2018年もイケそうなのでコスプレ含め、頑張りまつ(ㆀ˘・з・˘)
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お馴染みバトルランドで開催されました「関西提督サバゲ(狂)」にお邪魔してきました! 2月3日に行いますプリパラ&アイカツ!サバゲの番宣も兼ねて鎮守府のアイドル、那珂ちゃんで潜入!! 後半は悪天候に見舞われたり、私はヘトヘトながら撮影をして遊び、結局サバゲーは1回しか出陣できませんでした。゚(゚´ω`゚)゚。 第2回でわ見学でしたが、めちゃんこ楽しかったです!!! 主催のふらんかーs、お話してくれた方々、チラシを快く掲示板に貼ってくださったバトルランド運営さま、撮影にご協力いただいた皆さま 本当にお疲れさまでした♡ 書ききれない程の思いでを閉まって、来年の提督サバゲまで寝かしておこうかと.....。 またお会いするかもかも!
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