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景色をきいてみる 上野原
『景色をきいてみる 上野原』
山梨県上野原市のブランドメッセージ 「まだ、知らないだけ。」 をテーマにワークショップ形式で映像を作成しました。 この取組みは、同市による地域活性化プロジェクトの第一弾として位置付けられています。
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―概 要―
音楽編:2023年9月30日 映像編:2023年10月8日
会 場:障害福祉サービス事業所 logue/ローグ
・上野原のまちを歩き、日常に流れる音や映像素材を集めて1つの作品にする
・レコーディング機材は参加者のスマートフォン
※映像撮影はemulsion lens(立石剛:2021)を用いる。
企画:立石剛(音楽家/現代アーティスト)
主催:logue/bookmark実行委員会
https://logue00.com/
―ワークショップに寄せて―
「言葉で表現できなくなったとき音楽がはじまる」
ドビュッシーのこの言葉が好きだ。
意図のあるものは言語的である。
今私がいる部屋(空間)には様々な物が置いてある。
それらの殆どは意味や用途のある物が意図的に集まっている。
���見えてるもの」と「見えてないもの」を「ルビンの壺」のように反転させて考えてみる。
その空間から「意図」というものが消滅し、見えていなかった(意識していなかった)「それ以外」が現れる。
空間というのは、これらの「意図」と「それ以外」によって成り立っている。
そして、実はその殆どが「それ以外」の部分である。
その場所の持つ空気感や雰囲気というのは、普段見えていないもの、意図的ではないもの、そういった言葉にしづらいものが少なからず作っているのではないかと考えている。
その視点を拡げていくと、空間のみならず街や国、あるいは人などもそうなのではないかと思える。
そんな事を“意図”しながら今回のワークショップを考えてみた。
意図は言語的である反面、そこから離れるためにも有用なのである。
「まだ、知らないだけ。」の上野原が、参加された皆様によって「音楽」となってはじまる。
立石剛(音楽家/現代アーティスト)
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「まだ、知らないだけ。」
このブランドメッセージから 市外の人がまちの魅力を知ること、市内の人がまだ知らないまちの表情を再発見すること、その両方を含みながら、内と外の境界線がゆらいでいくような未来が浮かんできました。
世界に溢れているカラフルでインパクトのある出来事に つい我々の心は奪われがちですが 日常の中に流れている音や景色の中にこそ、そのまちを構成する大切な要素があるはず。
目と耳を丁寧に使い、考えることで 向き合う人との関わりが柔らかくなるようなきっかけにしたい。
そう考えながらワークショップを開催しました。
参加者は二日間にわたり上野原のまちを歩き、なんだか心が動く音や風景を集めました。
完成した映像作品には、フィールドレコーディングした素材に加え、お祭りや花火など上野原の「象徴的な音」、鈴やワイングラスなど身近なものを楽器にして参加者同士で即興演奏した音も含まれています。
目を閉じることで、さらに違う見え方やきこえ方を体感できることでしょう。
人の息遣いや虫の鳴き声、言葉にならない言葉がまちをつくっている。
上野原に散りばめられた生活のかけらに思いを馳せることで、まだ知らないだけの上野原を表現してみたい。
そんな願いをこめたプロジェクトです。 ここにあるすべての音は上野原で鳴り、 ここにあるすべての風景が上野原で流れていました。
井上真吾(logue)
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Gou TATEISHI drawing exhibition「うつろいのあと」
11月18日(土)から12月2日(土)まで、音楽家で現代アーティスト 立石剛によるドローイング展「うつろいのあと」を開催いたします。
本展は表現の一つであるドローイングに焦点を当てた新たな展示となります。
立石はドローイングを「自己を消していく工程でありながら「今」が如実に露わになる行為」と定義しています。ペンと紙を用い��トレースを繰り返し、自身の色彩や意図��取り除きながら描かれているのは、テーマに対する哲学的なアプローチによるモチーフ、そしてモチーフ自体は意味を持たない線そのものです。
「ただそこに在るものを線として現わしたい」と立石は述べており、ドローイングによって現れる率直な線は、内面に同居する様々に揺れ動く感情と思考=うつろい の痕跡であると言えます。 音楽家として音を軸に空間や関係性を思考し続ける上で、線もまた、それらを観察するための重要な手立ての一つと捉えています。
皆さまのお越しをお待ちしております。
— Artist 立石剛 音楽家/アーティスト @ttisgou
1977年 東京生まれ。 何気ない日常の風景を詩的風景へと高めていく映像作品「drawing」や、あらゆるものの境界に作用し、それらを一体化させる「emulsion music(乳化音楽)」を考案。「音楽」と、その音楽がもたらす「関係性」に注目した作品制作に取り組む。
・坂本龍一 主催音楽レーベル「commmons」Web Site音楽 ・愛知県美術館「あいちトリエンナーレ2016」三田村光土里 作品内会場音楽 ・瀬木直樹監督 映画「KIZUKI」(日本映画批評家大賞 国際活動賞作品) 主題歌 ・第16回 岡本太郎現代芸術賞 特別賞
-— 【展覧会概要】 ・「うつろいのあと」 ・会期:2023年11月18日(土)- 12月2日(土) ※最終日は16:00まで ・営業時間:11:30 – 18:00 ・定休日:月/火曜 ・会場:Gallery& Shop HUG FOR _ . @hugfor_ 鎌倉市由比ガ浜1-1-29 今小路ビル 2F (JR /江ノ島電鉄 鎌倉駅西口 徒歩5分)
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森を鳴らす。
10/15に長野県伊那市でワークショップ「森を鳴らす。」を行いました。
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今年3月にも会場音楽とワークショップで関わらせていただいた展示会「赤松乃森」が11月に東京でも行われることになり、今回もその会場音楽をワークショップ形式で作りたいということから、「森」と「音」を通じて参加者のものの捉え方の拡張と会場音楽の作成を目的としたワークショップを目指しました。
ワークショップのタイトル「森を鳴らす。」と決まったとき、 「誰もいない森の中で木が倒れたら音がするのか」というある哲学を思い出しました。
現象が「音」になるとき物理的な関わりと、受信器としての感性が必要になってきます。
参加者が森の中に入って「聴く」ことで、それぞれの中で森が鳴りはじめます。
当日は雨が降る森の中で参加者の皆さんと「音」と向き合う時間を共有することができました。
最初のワークでは、耳をひらいて聴くことの感度を高めていきました。
人工物のある公園を一周して、森との境界となる動物避けのフェンス扉を開けて森の中へと入っていきました。
参加者の一人が「上からも音が聴こえてきた」と言った言葉で森という木々に囲まれた「空間」をより感じることができた気がしました。
しばらく観察的に音に意識を向けてもらい、聴くことへの解像度を上げていきました。
次に、音を「判断せず」にぼんやりと全体を聴くという方法を試してもらいました。
これは非常に難しいのですが、自分が音そのものになるような感覚で、音で行う瞑想やヨガに近いものだと考えています。
森の奥へ進むと、5つのワイングラスがセッティングしてあり、中央には木の箱が置かれています。
続いてのワークではこれらを使って実際に音を鳴らしてみました。
当然、音をだすには聴く必要があります。
声を発する際にもその音を聴きながら細かいニュアンスを調整しているように、聴くという感度によって出る音は変わってくるため最初のワークが重要になってくると考えました。
グラスハープとは水を入れたワイングラスの縁を指で滑らせることで音を発するもので、僕のワークショップではなるべく楽器ではないものを使いたいと考えています。
グラスハープは知っているが実際に鳴らしたことのない人が大半でした。
グラスハープの良いところは簡単なコツを掴めば誰にでもすぐに綺麗な音が出せることで、数回練習して皆音が出せるようになりました。
いくつかのルールを決めて実際に録音していきました。
・まわりの音をよく聴き、なるべく一定の音を意識する
・音を絶やさない(5つ同時には鳴らないように音を引くことも意識する)
・鳴らしたら別のワイングラスへ移動する
・移動の際に中央の木箱に、落ちている木の実や枝などを落としていく
・声は出さない(出したい時はヒソヒソ声)
まわりの音や動きを意識しながら、約7分間の無編集録音が無事に終わりました。
雨の音や参加者の少女の自由な発想の音も加わり、思いがけない面白い音が録音されていました。
今回、録音された音はそのまま11月の展示の際の会場音楽として流されます。
6つのスピーカーを会場に点在させ、森で行われたワークショップの音を会場内に再現できたらと考えています。
今回もとても素晴らしい作品になりました。
参加してくれた皆様と共に有意義な時間を過ごすことができました。
当日は足元の悪い中ありがとうございました。
音楽家/現代アーティスト
立石 剛
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【以下展示情報】
東京の元映画館で森を体感するインスタレーション展示
「森の体験展示『赤松之森』モノの始まりに出会う」
私たちにとって「いい森」とはなんでしょうか?
今回、我々が活動する長野県伊那谷の赤松の森をテーマに、実際に森に入って体験する展示を企画しました。
多様な角度から森を見つめ、体験することで、モノの始まりについて考えてみたいと思います。
■赤松之森 開催概要
▽ 名 称: 森の体験展示 | 赤松之森
▽ サブタイトル: モノの始まりに出会う ▽ 会 期: 2023年11月11日(土)- 11月19日(日)
▽ 時 間: 11:00 -20:00 (11/11のみ -21:00まで)
▽ 会 場: 東京都荒川区東日暮里3丁目31−18 旭ビル 2F
▽ アクセス: JR常磐線 三河島駅より 徒歩 5分 / JR山手線 日暮里駅より 徒歩15分
▽ 料 金:一般 500円(税込)
*「森の体験展示 | 赤松之森」に入場いただけます。
*高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方及び付添者1名は無料。 (受付にて学生証または年齢の確認できるもの、障害者手帳をご提示ください。)
*現金決済のみになります。
▽ 公式WEB/SNS: Instagram:@throw.line
詳細ページ:https://akamatsucrab.com/exhibition/
公式ハッシュタグ: #赤松之森 ▽ 企画運営:ThrowLine
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あわいの[を]
あわいの[を] 立石剛(音)・羽鳥智裕(花) 展
会期|2023年10月31日(火)~11月12日(日)月曜休廊 時間|11:00~20:00(最終日16:00まで) 場所|gallery G @gallery_g_hiroshima 広島市中区上八丁堀4-1公開空地内
「音楽」とは。「花をいける」とは。 それぞれの本質を追うふたりによる広島で初めての展覧会です。
向かい合うものの間を意味する「あわい」。内と外のあわいとも言えるガラス張りの空間は、一見からっぽのように見えるかもしれません。だからといって、本当にそこには何もないのでしょうか。 作品は、あなたが訪れることではじまり、時間とともに変化していきます。それひとつでは意味をもたない文字「を」のように、この展覧会はあなた自身がこの空間に関わることによってのみ成立するのです。
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■ワークショップ [みみ ひらいて はな てにとり はこに ]
開催日時|2023.11.4(土)・5(日)両日14:00〜16:00 集合場所|gallery G 定員各回|7名 要予約・参加無料 お申し込みは[email protected]まで(参加日/お名前/お電話番号をお知らせください)
アーティストふたりといっしょに広島の街をお散歩しながら、音(音楽)や花をいけることへの考え方を共有するワークショップ。
−「音が人の心と関わった時に音楽になる」(立石) 人の耳は必要とする音を優先的に聞きとろうとするため、意識の外にたくさんの音がこぼれ落ちています。これまで聞いていなかった音を意識的に聴くことで、ものの見え方が変わってくるのです。
−「花とはFlowerだけだろうか」(羽鳥) だれかが美しいと思ったものは「花」になりうるかもしれません。それがたとえ石ころや、虫の死骸で、自分にしかその価値がわからなかったとしても。
そこにありながらも気づかなかった街の音を聴き、自分だけの「花」を箱にしまって持ち帰りましょう。
立石剛 TATEISHI Gou 1977年 東京の下町でうまれ育つ。独学で音楽を学び、音楽家として活動の後、様々な事物を音で繋ぐことを模索するアートユニットeje(エヘ)として活動を展開。2017年より個人での活動を開始する。何気ない日常の風景を詩的風景へと高めていく映像作品「drawing」や、あらゆるものの境界に作用し、それらを一体化させる「emulsion music(乳化音楽)」を考案。「音楽」と、その音楽がもたらす「関係性」に注目した作品制作に取り組む。 https://goutateishi.com/
羽鳥智裕 HATORI Tomohiro 1978年 埼玉県桶川市うまれ。東京都港区の老舗生花店でいけばなの世界を知る。2003年に新宿のカフェで初個展。以後、人間を花の器とするライブいけばなや、音楽家と共演したライブパフィーマンスを国内外で行う。 2011年に東京から広島に移住。知的障害者支援施設でアートを担当しながら広島を拠点に活動している。ユニット「ちぎれた女」、「ドゥエンデのねぐら」など。
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くぼみの余音
くぼみの余音-の会期が終了いたしました。 お越しくださった多くの方々、ご協力くださった関係各位、陰ながら支えてくださった方々に感謝申し上げます。
今回は鎌倉という地での初の展示となりました。 海の気配を感じる小さな空間をくぼみに見立て、潮溜まりに取り残された小さな海ながら大きな海そのもののような展示を意識しました。
今回の展示で来廊者との対話の中でたくさんの発見や言語化が進んだように思います。 ギャラリーの奥山さんには新しい試みにも挑戦させていただき、二���三脚で可能性を引き出していただきました。 観てくださった方の言葉にならない表情が、僕自身の観ていた「それ」と作品を通して共有できている瞬間を何度も感じることができました。 新作の「クッキー缶」も鑑賞者の記憶や感情が必要な作品のため、発表することで作品として完成したように思います。
これまで発表のためではなく書き溜めていた「ドローイング」も展示することができました。 表現していることはどの手法においても変わりませんが、音以外の別の要素として置くことで違った角度から鑑賞者と関われたように感じられました。
僕は音としても「余韻」が好きで、余韻を聴きたいが為に鐘を打つように、今回の展示が終わりようやく「余音」として皆様の中で鳴りはじめるのだと思っています。 今後の活動もどうぞよろしくお願いいたします。 音楽家/現代アーティスト 立石 剛
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#くぼみの余音#goutateishi#立石剛#emulsionmusic#乳化音楽#乳化#art#音楽家#展示#鎌倉#hugfor#drawing#channelonsa#現代美術#個展#由比ヶ浜#アートギャラリー
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景色をきいてみる
長野県伊那市で地域を代表する材「赤松」を使った作品や商品を集めた「赤松乃森」という展示会が開催され、その関連企画として3/25,26でワークショップ「景色をきいてみる」を行いました。
両日ともに雨の降る中で、何の変哲もない公園や神社、線路沿い、水路など普段は通り過ぎてしまうような場所に立ち止まり、自分の中で<鳴っている>ものを見つけて音にしてもらいました。
そして、皆さんの集めてくれた音が一つの素晴らしい作品となりました。
今回のワークショップでは、音のしていないものから音を感じて抜き出すというとても難易度の高い試みでした。
音について、いつもとは違った捉え方をしてもらう必要があるため、僕の考える「音」や「音楽」そして「 鳴っている」という感覚について最初にお話しさせていただきました。
・「音」は何かと何かが関わることで「音」として聴こえている。
・どこにでもある「音」に少し��も心が動いたら、それはその人にとっての<音楽>になり得る。
・「音」のないものに少しでも心が動いたら<鳴っている>という感覚がその人の中に芽生える。
そこから実際のワークへと進めていきました。
最後の<鳴っている>を皆さんが感じることさえできればきっと上手くいくと思っていました。
彫刻家のミケランジェロは「大理石に埋まった天使を自由にする」と言ったそうです。
つまり、大理石の中に天使を感じることさえできたらそれをただ彫ればいいということです。
音でも音楽でもない何かが心の中で<鳴っている>と思えたら、
何かと関わりを持たせて「音」として現わす。
心の動きの含まれた「音」はその人にとっての<音楽>なのです。
そうした<音楽>としての「音」は、自然の中にある音のように空間の形を変えずに存在できるものであるという僕の考えから、このような試みとしてワークショップにしました。
僕にとってもはじめての試みだったので、本当にできるのか正直わかりませんでしたが実際には、
ひっそりと生えたペンペン草から感じるものをフェルトボールとシャーレーで微かな音として抽出してくれたり
神社のお堂の一つだけ抜けた小窓から感じた「神の呼���」をガラスボトルに入った水で表現してくれたり
線路沿いに並ぶツクシの頭から感じるものをスポンジを使って音にしてくれたり
皆さんなりの答えを探しながら工夫して集めてくれた純度の高い音のかけらは、その空間をくり抜いたパズルのようでした。
言葉は便利ですが、複雑で繊細な感情や感覚は言葉では到底表現し��れません。
昔の人が自分の気持ちに似た石を相手に渡した「石文」や、生まれたばかりの言葉を持たない頃に発した声(音)など、私たちは言葉以外で表現してきたのだと思います。そして受け取る側も、その表現に必死に向き合い理解しようとしてきました。
自分の中にあるわずかな感情の動きに目(耳)を向け、それをどうにかしてカタチにして示す「表現」を通じて、相手に対しても何が言いたのかを受け取る感度も高まるように思います。
皆さんから「音文」のように届いた音のかけらを、一つの映像と音楽にして僕からのお返事とさせていただきます。
本当に素敵な音を沢山録音してくれてありがとう。
そして関わって頂いた全ての方に感謝致します。
僕一人ではできない作品となりました。
この作品を通じて、いつもの片���にある景色が等しく愛おしいものとなったら幸いです。
音楽家/アーティスト
立石剛
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感覚の中では端的に現れている
それを表すのに言語というものは不向きである
そう思考するのもまた言語であって不向きである
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その空間にある音を抜き取って、
音楽としてまたのせる
成分は変えずにバランスを保ったまま
一人でジェンガをしているようだ
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水たまり
雨が降ってできた水たまりによって、そこにあったくぼみに気がつく
わたしの音楽は、そんな雨のようなものです
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余音を聴くための音
空間を認識するための物
白黒に二階調化した物事を反転させることで浮かびあがる
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きょうは何に喩えよう
きょうは何を食べようみたいなものだ
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上野の「Y's ARTS[UENO]」にて、立石剛(GouTateishi) 個展「みえてる、みえてないのあいだ」を行います。
立石は音楽家として活動の後、様々な事物を音で繋ぐことを模索するアートユニットeje(エヘ)を結成(第16回岡本太郎現代芸術賞特別賞)、2017年より個人での活動を開始する。
「音楽」がもたらす「関係性」に着目し、独自の音楽観によって作品を制作してきました。
本展では、「見えているもの」と「見えていないもの」の「間」をテーマとし、それ自体には意味のないものが、なにかと関係を結ぶことで現れるものに注目しました。
音楽家ならではの視点で捉えたインスタレーションが展示されます。是非この機会にご高覧ください。
「みえてる、みえてないのあいだ」 GouTATEISHI 個展
2022年4月1(金) - 4月5日(火)
Y's ARTS[UENO]
東京都台東区東上野4丁目13-9
ROUTE 89 BLDG. 3F
12:00~19:00 (最終日17:00まで)
※全日在廊予定
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みようとしている人
みえている人
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それ以外の人
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答えのないことを見つめる
もっとも重要なこととして
生きていることとはそういうことのような気がする
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いつも聴いているものが
音楽をつくる時の基準となるので
見過ごしそうな日常にある音ばかりを聴いていればいい
逆に音楽ばかり聴かないほうがいい
音楽を基準とした音楽ができてしまう
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永遠の刹那
沙音、
彼女は文字通り音のように鳴った瞬間から減衰していった
だけど私の中ではその一瞬が永遠の持続音として鳴り響いている
私が音楽家として今も居られるのは
音楽に長けているとかそんなことではない
その音を知っているから
君のうたた寝の夢のような音を鳴らすね
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