Text
憧れの人がそこに。
2018年11月7日
宇多田ヒカルのライブに行ってきた。デビュー20周年。わたしが10歳の時に彼女はデビューしていたんだ。
中学生の頃、高校受験の面接対策で「尊敬する人は?」という質問に対して、わたしは「宇多田ヒカル」と答えたいなと思っていた。実際、面接対策用の答えとしては「祖父」という回答を用意することにしていたのだけど。「祖父」と回答するには、明確な理由があった。きちんとその根拠に答えることができた。ただ、なぜわたしが「宇多田ヒカル」と答えたかったのかはうまく思い出せない。たぶん、海外で暮らす?彼女のことを単純にすごいと思っていたんだと思う。当時、モーニング娘。や浜崎あゆみなど、ヒットチャートを賑わす同世代の人たちはいたけれども、宇多田ヒカルはなんか違うって思っていて、なんとなくとても憧れていた。
潔癖の母が許さないので、母のいない間に、父とレンタルCDショップに行ってこっそり借りてきたのは「DEEP RIVER」というアルバムで、MDも持っていなかったわたしはカセットテープにダビングをして、歌詞カードをコンビニでコピーして、大事に大事に何度も聴いた。母には友達に借りた、とか適当に嘘をついて。「嘘みたいなI love you」という曲が大好きだった。「A.S.A.P」は高校で意味を習った時に感動した。
彼女のシングルは出れば何かしらのタイアップがつくことがほとんどで、CDを買ったり借りたりしなくても、ベストアルバムが出るまでは、大体の曲がわかるようだった。
そのあと、わたしは大学生になり、アルバイトで稼いだお金でiPodを買ったり、CDを買ったり、CDレンタルをしたり、ライブハウスに通うようになったりして、音楽をとても好きになっていた。ヒットチャートを気にすることも少なくなり、彼女の曲はドラマの主題歌になったものを聴くくらいになっていた。
そして大学4年生の秋、宇多田ヒカルの活動休止が発表され、最後のライブがUstreamで配信されることになって、卒論の傍で流し見をしていた。青い光が特徴的だったことを覚えている。
ーーーーーーー
今回、ライブを見て思ったことはたくさんあった。 当時の曲は、歌詞がずっと脳内に残っているようでほとんどの曲が歌えたこと。タイアップが多いこともあってか、主題歌だったドラマを思い出し、そのころを思い出したりしていた。 もともと長生きすることは望んでいないし、あした死んでしまうとしても別にいいやという気持ちで毎日を生きていて、長生きすることへの期待や望みは一つもないけれども、今回のライブを見て、わたしも20年分のいろんなことが曲に触れて思い出されて、とても懐かしい気持ちになった。続いていくことの意味や年を重ねるということは、思い出せることが増えていくこと、思い出を増やしていくことだと思った。それなら長生きするのも悪くはないかもしれないと初めて思った。 20年って生まれたての子どもが成人を迎えるほどに長い年月で、わたしだって小学生から30歳になってしまったのだ。 彼女の曲はたぶんあと20年後にも聴くことができるような気がする。わたしもそうやって思い出を積み重ねていきたいなと思っている。
0 notes
Text
久しぶりの夜更かし
目眩を覚えるほどわたしのきょうのHPはもうないのに、なぜか寝付けない。
隣で少しいびき気味の寝息を聞き、愛おしいなぁという思いを抱きながら、ざわざわする気持ちにわざわざ神経を集中しなくても、理由のわからない涙が出てくる。
この涙の原因は不明。
悲しくないし痛くないし辛くないしさみしくない。のに。
嬉し涙ともまた違う。
0 notes
Text
ただのふつうの6月16日土曜日
朝から網戸の修理の人が来る予定で、8時前には起きて、目玉焼きとハムとチェダーチーズを挟んだパンを食べた。引っ越してからチェダーチーズを買うようになり生活が豊かになった気持ち。手軽にファストフード感を味わえるのでおすすめ。
それから部屋を少し模様替え。ワードローブの位置を変えた。そのまま掃除と片付けをした。結婚祝いでもらった掃除機が大活躍。実家にいた時でさえ滅多に掃除機を使ってなかったし、東京に来てからは掃除機を買ってなかった。なので物珍しさ的な意味もあるのか掃除機たのしい。
お昼ご飯は久しぶりに近所のファミレスに。ドリンクバーは要らないって言ったのに、注文のタイミングでやっぱり飲むってなって、ご飯を食べ終わった後そのままグダグダと。
なんだかんだで15時を過ぎて、1時間だけカラオケに行くことにした。ELLEGARDENのメドレーを5連続、そのあとにGLAYとL'Arc〜en〜Cielとスピッツのメドレーを1つずつ歌って、ラストはLemonで締めて一旦お家に帰る。
買い物袋を持ってスーパーに買い出し。ゴーヤチャンプルーのお弁当用冷食があり珍しか��たので買ってみた。おいしいのかなぁ?
やっと家に着いてからは、また部屋の片付けの続き。あと模様替えの続きを少し。そうこうしているうちにアイドルグループの総選挙の上位発表の時間になっていて、6位くらいの女の子を見た感想が2人とも全く同じで面白かった。
夜ご飯には賞味期限の切れてしまったもやしと、そろそろヤバそうなレタス・えのきと、さっき買って来た豚肉でレンチン蒸し。つけだれを創作したらちょい微妙だった。ポン酢は安定のおいしさ。
だらだらしつつ、焼きおにぎりを作ったり頂き物のメロンを食べたりして、そろそろ眠くなる時間。
トイレに行くタイミングが同じで、そりゃ全く同じもの食べて同じ行動してるもんな〜と思った。なんでもないけど、良き休日だった。
0 notes
Photo
![Tumblr media](https://64.media.tumblr.com/008bd796e8084635244b22c45c490e36/tumblr_p5ugaqPzyZ1s8qoz5o1_540.jpg)
![Tumblr media](https://64.media.tumblr.com/6e2ef40e20930ed8145eab8eda8c3ea9/tumblr_p5ugaqPzyZ1s8qoz5o2_540.jpg)
2018年3月19日 冷蔵庫、チェスト、レンジ、トースター、ガラステーブルを買取してもらった。 この家に越して来るときに買った無印良品のお気に入りの冷蔵庫。冷凍が上にあるのが最高だった。 チェストはわたしが東京に来たときに初めて買ってもらったわたしのための家具だった。組立式で底が抜けたりすることもあったけど、長らくお世話になった。 レンジは色々と迷った挙句にネットで買った。メモリがダイヤル式だから秒数までよくわからず目分量だったけど、���当なわたしにはぴったりだった。 トースターはパン好きのわたしには欠かせないにも関わらず���後回しで購入したなぁ。 ガラステーブルはこの家に越して来るときに、今日買取してもらったリサイクルショップで500円で買ったもの。段になってて、ものを置くことができて便利だった。白系で統一したかったのに黒いテーブルでとりあえずと思って買ったのに結局使い勝手がよくて、そのまま使ってた。 この部屋は、わたしの選んだわたしだけのための部屋だったことを改めて感じた。こだわりのないわたしの、こだわらなかったけど思い入れのある部屋。
0 notes
Text
住所の変わった日
![Tumblr media](https://64.media.tumblr.com/1c42c5d9b42476a313e0fedb3b4bd651/tumblr_inline_p5ozw21yq31rhixfu_540.jpg)
手続きの関係できょう、2018年3月16日から、わたしは神奈川県民になった。ゴールドカード(ペーパーだから)の免許証には、4年前の更新時から3つ目の住所が書き込まれた。実際に新しい家に住み始めるのはもう来週で、いまの家の中は段ボールだらけで足の踏み場もない状態なのに、まだ何にも実感がわかない。
いま住んでるこの街は、4月から新しくオープンする商業施設があってすきなお店も入っていて、それを待たずして引っ越してしまうのは本当に悔しいし、この街はとても住みやすくてだいすきだから、引っ越すのは人生の前向きな決断だとわかっていても、どうしても名残惜しい。
わたしはこの部屋もとてもだいすきだった。トータル20件くらい内見した中で1番陽当たりがよくて明るくてわかりやすい間取りの部屋。入った時からベッドや家具の配置をすぐに想像できた。新しくはないけれど汚くもなく、ユニットバスのトイレは狭いけどキッチンの上に備え付けの戸棚があるところがすきだった。夏場は陽当たりが良いから暑いけど、窓を開ければ風が通って気持ち良かったし、冬は暖かかった。ベランダから流星群を観たこともあった。すごく住みやすくてすきな部屋だったけど、本当にいまこの瞬間思ったのは、前に住んでいた家と似たような雰囲気だったから、あのときこの部屋を選んだのかもしれないなぁと。
東京での暮らしは本当に楽しかった。仕事が大変すぎてうまく笑えなくなった時期もあったし、1ヶ月毎日泣くような失恋をしたこともあった。だけど、どう考えても楽しいことの方が圧倒的に多かったし、この部屋で暮らした4年弱はいろんなずるい考えや、1人故に許されるだらしなさをたくさん生みながらも、初めての「わたしだけ」の場所で、この部屋にはわたしのすきしかなかった。
これから、わたしのすきはどうやって表現していこうかな?だらしなさやずるさとどう付き合っていこうかな?引越しまであとほんの少し。こんな夜もあと少しだと思うとやっぱりさみしいよね。
0 notes
Photo
![Tumblr media](https://64.media.tumblr.com/ad106964bc1d307ab25fca225225a7f3/tumblr_p51ihccAPr1s8qoz5o1_540.jpg)
![Tumblr media](https://64.media.tumblr.com/c2836ded5db3e24e9b9b3bbfc3c8c841/tumblr_p51ihccAPr1s8qoz5o2_540.jpg)
2018年3月3日土曜日 きょうは、新宿で化粧品の取り置きをした。4月から始まる新生活に向けて、ちょうど切れている化粧品を買ったりいつものやつを買い足したり。 タッチアップしてもらったファンデーションは毛穴落ちがやはりきになるからやめておこうかな。 それから1年以上ぶりにお気に入りのカレー屋さんに行って、そこですこし来週からのひとり旅の話をした。どこのお店が美味しいとかパン屋があったよとかそんな話。おすすめの3辛はちょうどいい。4辛でも平気かも。 それからお店を移動してミルクティーを飲みながら、すこし喧嘩をした。機嫌を悪くしながら、ああわたしたちはこれからの長い人生の中でこういう喧嘩をきっと幾度も繰り返していくのだろうな、喧嘩は胸が苦しくなるけれど、慣れなきゃなと思っていた。そんなことを思っている間に、いつの間にか喧嘩は終わって、お店を出た後には謝られたりした。これから幾度と繰り返していくであろうわたしたちの喧嘩はこんなふうに解決していくの��な、全然悪くないなと思った。そして手を繋いで歩いた。 電気屋さんで冷蔵庫を見た。お姉さんに色々教えてもらった。予算の2倍だけど、いいかもと思う冷蔵庫に出会って戸惑って、でも新しい長いこれからの生活に期待もして、ファミレスで3時間どうするか考えた。結局あなたはドリンクバーで同じものしか飲まなかったけどわたしはアレンジしたりしながら3種類も飲んだ。 そうしてファミレスを出て、珍しく別々の家に帰った。こうして別々の家に帰るのもあと残り3週間。
0 notes
Text
確定した公共料金は
ただの生活の記録で。
その歌詞を、その曲を、初めて聞いたときは、少しだけ自分が特別な世界にいるような気持ちで、だけど公共料金の手紙はそんな特別な世界もほら現実だよ大丈夫だよって言われてるような気持ちだった。
たぶんそれは歌詞の本当の意図とは違うかもしれない。本当は特別な世界とは対極の凡人の現実の象徴だったのかもしれない。
わたしはここでの生活をスタートしてから、その歌詞のことが潜在的に意識下にあったのかどうかはわからないけど、水道ガス電気の毎月の明細を、コツコツと溜め込んでいた。いつか記録をつけようかと思ったこともあったけど溜めに溜め込んで、使い道はなく、年末の大掃除で思い切って全部捨てた。
厚さ2cmくらいになってたそれらの明細書は、わたしのここでの生活の記録。
あの頃のような特別な世界がないことはもう十分わかっているし、わたしのまわりはもうすべてが現実だから、確定した公共料金で現実を確かめる必要もない。
そして安定した退屈かもしれない日々が幸せなことも、よく知っている。
2018.1.10
0 notes
Text
2017年に観た映画(劇場)
1/4 アズミ・ハルコは行方不明 2/19 愚行録 3/11 ラ・ラ・ランド 3/22 たかが世界の終わり 4/30 帝一の國 5/6 PARKS 7/1 20センチュリー・ウーマン 7/22 銀魂 9/9 パターソン 9/13 三度目の殺人 10/21 ナラタージュ 10/21 ミックス 11/26 彼女がその名を知らない鳥たち
平均したら2017年も月1本ペースで観ることができた。 帝一の國と銀魂はめちゃくちゃおもしろかったし、たかが世界の終わりと20えセンチュリーウーマンとナラタージュは観終わった後に反芻したくなるような映画だった。
でも、約2時間の映画を集中して観られなくなったこと、感情の振れ幅が少なくなってしまったことに年を感じざるを得なかった。2018年はまたいろんな感情と向き合いながら映画を観られるようになりたい。
1 note
·
View note
Text
部署異動して1年が経った。 3ヶ月過ぎた頃に、初めてインフルエンザにかかった。 それがきっかけか否かなんてわからないけれども、それからほぼ毎月、熱を出したり咳が止まらなくなったりで病院へ行っては薬をもらうことが増えた。
夏も真っ盛りの頃から、ようやく病院のお世話になる事はなくなってきたが、それでも通院するほどではないけれど身体の不調は続いていた。
あぁこれは、きっとストレスだなぁと思った。
希望したわけでもなければ向いてもいない部署に異動になって、半年そこそこで一人で回すように任されて勝手も分からないし相談できる人にはわざわざ電話をかけないといけないし、そもそも異動先の業務内容がどう考えても向いていない。向いていなさすぎる。
そんなことを考えていた秋口に、久しぶりに会った友達からの一言で、仕事を辞める事は決めた。そしたら少しは気持ちが楽になったけど、そうと決めたらもちろんやる気なんて元々ないけどもっとなくなったし、早く辞めたくてしかたなくなってしまった。
なんて、そんなことを考えていたとある夜に、ふと、20代も残り半年を切ってしまったなぁということに気付いて、今までしてきたいろいろな選択(それは仕事だったり恋愛だったり進学だったり趣味だったり)を、思い出したりした。
それらの選択が正しかったのかと聞かれると、もっと良い選択肢を選ぶこともきっとできたはずだったとおもう。あのとき、あっちを選んでいたら、あんなことを言わなければ。まさにたられば。そう��もうことはたくさんある。
だけど、自分がしてきた選択を後悔はしていない。高校を卒業して大学を卒業して就職をして恋愛をして結婚をして子どもを産んでいてもおかしくない年齢だけど、どこからわたしはいわゆる一般的な道(そうはいっても、現在はいろいろな道があると思っているけれど、高校を卒業して〜のくだりはやはりまだまだ一般的なのである)から逸脱したのかなと振り返ってみたら、なんだかたぶん最初から少しずつずれてたかもしれないなって、ふふっと笑ってしまった。
それから、なんとなく、わたしはあと半年後に迎える30代を、たまに周りと比べて落ち込んだりしながらも、きっと20代とはまた違って、とても楽しく過ごせるような気がしてる。
そして、わたしのなんとなくそんな気がするは、結構当たる。
セーターや毛布にくるまるのがしあわせな季節。だいすきな11月がもうすぐ。
2017.10.15
0 notes
Text
そういえば
この家に越して来て3年が経っていた。 あの時とは仕事の形態も時間も部署も職場も変わった。 あの時よりも自炊をしなくなった。 電気をつけっぱなしにすることが多くなった。 部屋の掃除をしなくなった。 季節のものを食べなくなった。飾らなくなった。 友達や1人で、出掛けることがほとんどなくなった。 これはわたしの理想としてた生活なのかな? 色んなことがあの時よりもよくなってるはずなのに、なんとなくあの時よりもわたしはうまく生活できていない気がする。 2017.6.30
0 notes
Text
下りの定期券
快速の止まる駅に引っ越してもうすぐ3年。 ここ10年ずっと新宿が定期券内だったのに半年前の異動で新宿は通らず下り方面になるショックが強すぎて、自腹で新宿方面の定期も買ってた。 だけど、4月になってまた定期の更新の時期が来て、新宿方面の定期を買うのを諦めた。 快速が止まらない隣駅に住んでいた頃、定期が足枷になって、フットワークが重くなるのが嫌だったから3ヶ月で定期を買っていた。半年前に異動になった時も新宿が定期券内じゃなくなるということは、気軽に遊びに行くこともなくなることを意味していて、それがとてつもなく嫌だった。 でも、この4月に買ったのは半年分の下り方面の定期券。終電が1本早い1つ下った駅に引っ越した意味はもう必要なくなってしまったし、新宿を通らない定期券は本当につまらないけれど、たぶんそれは20代最後の年齢になったわたしには必要な選択だったのだろうとおもう。大人にならなければ。
0 notes
Text
urema first oneman live
2017.2.4 @新宿ナインスパイス
約2時間、全22曲を全曲やる。彼らの初ワンマン。
なんだか走馬灯のようなライブだった。初めてわたしが彼らのライブを見たのはいつだったのだろうか。どこで見たのだろうか。思い出せない。それでも、彼らのライブにはいろんな思い出があった。
大失恋の翌日でもライブに行き泣いてライブを見たこともあったし、fifiとジョゼとuremaのスリーマンのタイトルを、ライブの最後に当時話題の作曲家で文字ったタイトルにして笑ったこともあった。終演後に港にいるキリンの話を長江くんとしたこともあった。神戸に旅行した時に、神戸市立海老公園を検索して、ないことを知って少し悲しい気持ちになったこともあった。
そんなことを考えながらの2時間だった。あっという間。
どこが好きなのか、どうしてこんなに苦しくなったり切なくなったりするのか考えてみても、具体的にうまく言葉にできなかった。でも、だからこそきっとこの先も好きでいる気がした。必死になりすぎず、でもちょうどよい距離感で。
わたしはいつまで彼らのライブをこうやって見に来ることができるだろうか。
できるなら、ずっと、彼らの気が済むまで。
0 notes
Text
去年の秋頃からずっともやもやしている気持ちは、日によって大小はあれど、なくなることはなく、風邪で寝込み時間がたくさんあったせいで、なんだかリアルになってしまったなあ。 生きていくことに向いていない。 本来楽しくて好きなはずの、ライブも映画も美味しいご飯も、なんだか全てがどうでもよく感じてしまうくらいには無気力だ。 今の会社は辞めたいし、それじゃあ生活ができないし、他の仕事もしたいことなんてないし、楽しいこともなければ働く意味もないし、すべてが憂鬱で仕方ない。 不可抗力で大きく変わるくらいの何かが起こらないと、わたしは下手くそにさえ生きて行く自信がない。
0 notes
Text
2016年に観た映画(忘備録)
劇場のみ。 1/13:ピンクとグレー@TOHOシネマズ新宿 4/2:リップヴァンウィンクルの花嫁@バルト9 4/13:ルーム@TOHOシネマズ新宿 5/28:ディストラクションベイビーズ@テアトル新宿 8/10:シン・ゴジラ@TOHOシネマズ新宿 9/17:君の名は。@イオンシネマみなとみらい 9/19:怒り。@TOHOシネマズ渋谷 10/1:シング・ストリート@シネマート新宿 10/10:聲の形@TOHOシネマズ渋谷 10/15:何者@イオンシネマみなとみらい 11/23:湯を沸かすほどの熱い愛@バルト9 12/1:溺れるナイフ@シネマシティズン 平均したら月1本。振り返ってみると、流行のものに乗っかったなという印象。 この中で特に良かったのは、ピンクとグレー、聲の形、シング・ストリートかな。
1 note
·
View note
Text
2016.8.27 夏の影
きのこ帝国・日比谷野音
会場に向かう途中、きょうのライブのタイトルを思い出して、今年のわたしの夏について思い返してみた。
今年の夏は花火もしてないし見てない。海にもお祭りにも行ってないし。もちろん浴衣も着ていない。かき氷も食べてないなぁ。 なんだか夏らしいことをひとつもせずに終わってしまうことに気付いた。
わたしの今年の夏は始まりもせずに終わってしまうのか、と少し寂しくなった。
そんなことを考えながら電車に揺られてたどり着いた日比谷野音。 ちょうど1年と少し前にもここできのこ帝国を観た。来るのは3度目だっただろうか。
降ったり止んだりの雨の中、去年買って未使用だったレインポンチョを羽織ってSEが始まるのを待つ間、7箇所くらい蚊に刺された。
始まってからはあっという間。懐かしい曲、聴きたかった曲、過去を思い出す曲、あたたかな未来を期待したくなる曲。 きょうのセットリストは改めて聴くと、「夏」とか「雨」とか「東京」とかそんな歌詞がたくさんで、とてもとてもきょうにぴったりだった。
「��京」を聴きながらあの日も土砂降りの雨の中、苦い思いで聴いたことを思い出して、「クライベイビー」を聴きながらこんな未来がほしいなあと願って、「疾走」でいくつの季節を通り過ぎたかなと指折り数えてみたり。
想定外のダブルアンコールで「国道スロープ」を聞いて、3年前のあの日の台詞にどれくらい傷付いたかなって考えてたら爆音でギターが鳴って雨が上がって、ライブが終わった。
まるで映画を見ていたかのような心地よい疲れで胸がいっぱいに。
わたしの始まらなかった今年の夏は、こうして夏の影をきちんと残して終わっていった。
さよなら、わたしの始まらなかった今年の夏。
1 note
·
View note
Text
生活をすること
毎日毎日遅くまで仕事してそれでも終わらなくて、コンビニご飯しか食べる時間も労力もなくて。 わたしは生活がしたくて社員になったのに、これではひとつもプラスにならない。 20歳そこそこの多感に物事を感じて、すべてを感傷的に考えていたあの頃みたい。 やりたいこともそれなりにあった。 それに向けての期待も希望も努力もあった。 でもそれは結局は内向きなもので、社会で認められるほどのものではなくて、打たれ弱いわたしは、やっぱり期待することを諦めた。将来にも、社会にも、わたし自身にも。 そうなると、結局は死ねばいいという思想。生きていたいから生きてるんじゃなくて死なないから生を消費しているだけという思想になってしまったわけで。 そんな思想は若さ故の死にたみだと、歳を重ねるごとに思えてきて、結局そんなに簡単に人は死なないし(とりわけ積極的に死に取り組んだことはないけれど)、生きていくことがどう、ということは考えないようになった。根本には長生きしたいという気持ちもなければ、明日死ぬとしても仕方ないという考えがあったけど、とりあえず流されて過ごすことで、折り合いをつけた。 わたしは生活がしたい。 就職活動が就活、結婚するための活動が婚活なのだから、生活は生きるための活動ではないのか。 生きることは、ただ生を消費することではなくて、趣味を行う余暇があったり、大切な人とおいしい食事をしたり、理不尽に耐えながらも仕事をすることではないのか。それらをバランスよく行うことではないのか。 なんだかいまのわたしにとっては、会社に消費されてるとしか思えない。ここでこんなに時間を費やして、結果何が手に入るのかわからない。大したお金にもならなければ、キャリアアップを希望しないわたしにとっては責任も時間も荷が重い。仮にも新入社員なのに。 こういうことを延々と誰かに話したところで、だったら転職すれば?という結論に達するし、結局決めるのはわたしだし、どうしてたかがお金を稼ぐためだけにしている仕事にこんな朝5時に思考を巡らせて睡眠時間を削っているのか馬鹿みたい。 そうすると、ああ結局は死ねばいいのにな、にたどり着く。 その思考���許されないのは、わたしがもう20歳そこそこではないからだ。 生活はとても難しい。 2016.7.31
0 notes
Conversation
色んなことが色んなタイミングで色々とうまくいってると思ってたけどそれは思い違いだったみたいで、わたしは結局薄っぺらいままそれを何枚重ねたところで分厚くはなれない。
ただ違うのは、薄っぺらを重ねる土台は年の分だけ分厚くなっているから、余計な言葉や考えが多すぎる。
1 note
·
View note