頭が痛くなる
「変身願望があるんです。売れない俳優でも顔が45点のアイドルとか。人類が理解できないようなブサイクでもいい。ぶっちゃけ天使や悪魔とか想像上の生き物でもいいんです。とにかく客観的にみてわかりやすい奴になりたいんです」
僕は椅子に腰掛けている40代のおっさんに自分の悩みを暴露した。
しかしどうだろう、このおっさんは生気のない目をこちらに向けて、僕を道に落ちている5円玉を見ているような感じで見ている。むしろ僕ではなく背景を見ているようだ。焦点が合っている気がしない。
どうやら僕を日々見ているクソ野郎と同じ扱いのように見ている。違う、僕はしっかりとした人間だ。そんな目で見るのは間違っている。
「僕の願望はどうにかなりますか?」
一応、もう一度このクソ野郎に問う。
「なります」
やっぱりダメか…。
「…え?」
「なります、と言ったんです。薬を処方して起きますので、受付で受け取って下さい。では、さようなら」
早く帰れ、と言っているようにも聞こえたが、どうやらなんとかなるらしい。変身願望が薬でなんとかなるらしい。
この医者はもう話すことはない、と言うように、目の前のパソコンに向かって僕を見ることはない。人の縁は短い、このクソ野郎とは2度と会うことはない。
「ありがとうございます」
ダニのションベンくらいの気持ちを込めてお礼を言って退室する。
待合室に戻ると、そこには爪が異様に長かったり、右腕に鎖を巻きつけている奴らがいた。
やはり精神科というものは、こんな頭イかれているやつがくるところらしい。僕もこんな奴らと同じ扱いされては困る。
「田中さーん、受付まで来て下さい」
受付嬢に呼ばれる。
「どうぞ、こちら処方箋となります。しっかりと説明を読んで、どうしようもない時に使って下さい」
なんだ?その『どうしようもない時』って。例えを教えてくれよ。ウンコ漏らした時か?そんな時に落ち着いて薬飲むとか変態じゃねぇか。
「はい、ありがとうございます」
おっさんの話を聞いて怪しい薬もらっただけで払わされる金額にしては巨大な金額を払って、訪れていた病院の精神科を後にする。
僕はある病院の精神科を訪れていた。
すでに社会の歯車の一部として溶け込んだ僕は日々の生活に悩まされていた。
社会の歯車とは言ったものの、いつ外されようが構わないもので、例えるなら消しゴムのカバーみたいなものだ。別になくてもいいし、むしろ捨てる奴もいるだろう。
さらに周りから僕はどんなやつかわからないという意見を聞く。どうやら人間にしては透明みたいで、どう見たらいいかわからないらしい。
だから変身願望がある。
とにかく周りから「こいつは○○だ」という言葉が欲しい。よりわかりやすくなりたい。そして日々に刺激が欲しいのだ。
1ヶ月ほど様々な病院を回ったが、どこも意味のわからないアドバイスやストレスの解消法を勧めるだけで解決には至らない。そして今日やっとまともな処方をしてくれたというわけだ。
僕は歩きながら説明書を読む。
なぜか分かりにくく書いてあって、原子記号が英語のように並べてある。
しかしなんとか解読すると『カルシウムが異常に増える』ということが書いてある気がする。
さらに飲んだ後は上半身は裸になった方がいいらしい。は?もし僕が女性だったらどうする気だよ。職場で飲んだら「薬の効果が心配なので脱ぎまーす」とか言って許されるのか?通報されるだろ。
「まぁ、なるようになるか…」
軽い気持ちで僕は薬を飲み込む。味はしない。急激に何かが起こることはないらしい。
一応Tシャツを脱ぎ捨てておく。道行く人は特に僕を気にする様子はなかった。
「あ!この世のクズがいる!」
「ほんとだ!身体粉々に炸裂すればいいのに!」
「畑の肥やしになれよ!」
近所の子供達が僕にそんな言葉を投げかける。最近の子供達は教育がなっていないのか、ずいぶんと言葉が汚い。
背中にかなりの大きさの石が当たる感触がするが、無視して帰路を急ぐ。
一人暮らしいにはピッタリの狭苦しいアパートの一室に到着する。
とりあえず、あと9錠ある薬を燃えるゴミに叩き込んだ後に洗面所へと向かう。
鏡を見て自分を確認するが、どこも変化はなく、ただの人間がそこにいた。
内心宝くじ当てるくらいの期待だったので別にショックとかはなかった。
気を取り直してテレビをつけるためにリモコンを取ろうとした。
その時だった。
「…がぁっ!」
突然背中にかなりの熱を感じた。
それは徐々に大きくなり背面の8割は炙られているような錯覚に陥る。
「まさか…!ほんとに変身が…!?」
しかしあまりにも熱すぎる。何かで冷やすために冷蔵庫を探るが、生ハムのパックしか入っておらず、冷えた液体のものはなかった。
とりあえず応急処置で背中に生ハムを一枚一枚貼り付けていく。ジュ〜、と美味しそうに焼けている音しかしない。どうやら意味はないらしい。
「クソ…!」
何か冷やすものを求めて僕はもう一度外に出た。
「あ!またクソ野郎だ!」
「背中に生ハム付けてるよ!かっけぇ!」
「でも生ハムが可哀想だ!」
またあの子供達に遭遇する。早めにここから引っ越そう。
僕はなんとか自販機を見つけてキンキンに冷えた水を買う。キンキンは言い過ぎた。
さっそく背中に水を浴びるように掛ける。掛けるように浴びる?そんなことはどうでもいい。
効果があったようで徐々に熱は引いていった。
プシュ!ビリッッィ!
「…ん!?」
背中の皮が破けるような音がした。
一応恐る恐る手で背中を触る。明らかに人の皮膚の感触てはないゴツゴツとしたものがある。
「どうなってんねん…」
僕は自分の姿を確認するために、何故か街へと繰り出していた。
すれ違う人々はいつも素通りするはずが、今日は僕を見ていた。というよりも恐れていた。
丁度行く先にマジックミラー貼りの建物があったのを思い出した。とりあえずそこを…めざ…す?
ブシュブシュブルルルル!!
ビッィィィィリィイイイ!
背中からとんでもない��が鳴った。
なんだ?薬飲んだだけだぞ?なんで背中だけ18禁ホラーみたいな珍事件を起こさないといけない?
「はぁ…はぁ…着いた…」
息を切らしたのを落ち着かせて顔を上げてマジックミラーを見た。
そこには肥大化した肋骨が背中から突き出している僕がいた。
「……ナニコレ」
どうやら僕の肋骨はあの薬によって異常成長、さらに普通背中から出るはずのない肋骨が背中から出るように位置調整されているらしい。
ちなみにまだ大きくなっている。
一度肩甲骨あたりに力を入れてみる。すると肋骨は羽ばたく鳥の翼のように上下に動いた。
しかし骨が空気を捕まえることはなく、スカスカと動くだけだ。飛べるはずがない。
あのヤブ医者、今度会ったらこの肋骨でビンタしてやろう。
周りにはいつの間にか人が集まり、カメラのシャッター音が鳴り響く。遠くからはサイレンの音が近づいているのがわかる。
空を見上げた。
もう夕飯時に差し掛かり、赤く染まった空を見上げた。
何故かわからない。けど翼を手に入れた気分になった。
空を飛んでいる気がした。
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