Text
「……お前はバカなのか?」
彼……ISDF代表サリハの第一声はそれだった。
別の地区の見回りをしていた彼は仲間からの連絡を受け大慌てでここ、ウェストタウンの拠点に戻ってきた。
まるで戦場のような緊張感が拠点をぐるりと取り囲んでおり、サリハは軽く頭を抱えながら拠点内の応接室に入った。そこにいる来客……アルマ正教会教皇エルの姿を認め溜息混じりに吐き出した言葉がそれだ。
「お邪魔しております。……素敵なご挨拶ですね」
「生憎とお前のような御立派な暮らしなんて経験はないのでな。気に障るのならお引き取り願おう」
「いえ、ここだけの話……わたくしとて、畏まった対応ばかり受けるのは少々辟易しているのです。これは、内緒にしておいていただきたいのですが」
「……そうかい、じゃあ好きにさせてもらう」
「恐れ入ります」
「で、要件はなんだ?お前のようなヤツが茶を飲みにきただけということはあるまい?」
「此方のお茶は独特の風味でなかなか趣深い物で御座いますけれど」
コンコンっ
不意にノックの音がエルの言葉を遮り、
『お茶のおかわりをお持ちしました』
すぐ後を男声が追いかけてくる。
「アインスか。入れ」
「失礼します。……サリハさん、帰ってたンですね……って、ちょ、失礼ですって⁈」
茶器を乗せたおぼんを器用に片手で持ちながら扉を開けて男……アインスが入室する。
ソファに脚を組んで座るサリハの姿を見て目を白黒させている。
「寛大なお心でお許しいただけるそうだぞ」
「はい、構いません。アインス様もお座りくださいませ」
「俺もですか⁈……いや、俺はちょっと、まだ仕事がー……」
「なんだアインス。教皇様の頼みを無碍に断るのか?」
「アンタ絶対楽しんでるでしょ……」
「まぁまぁ。初対面というわけでもないのですから」
「その節は……まさか教皇様があんなところにいるとはつゆ知らず……とんだ無礼を……」
「おいおい教皇サマ。うちの部下をいじめないでやってくれないか」
「誰のせいですか誰の!」
「……うふふ……♪」
「……��とぁ、すみません……」
小さくなってサリハの横に座るアインス。相対する席で口元を隠し笑っていたエルが手を下ろす。その一動作だけで、室内の空気が変わった。
「……先日お送りさせて頂きました書状は、ご確認頂けておりましょうか」
「あぁ、スラムに教会を、とかいう例の件か。確かに拝読させてもらった」
https://discord.com/channels/1020297124434419722/1068114953753608262/1157536351915343923
「手の込んだ悪戯かとも思ったが、話をしたのがコイツで、確かに支援物資も資金も届いた。ご丁寧に教会の印章つきでな。信用しないわけにはいくまい」
「恐れ入ります」
「此方としては願ったり叶ったりではあるが……どういうつもりだ」
「……どう、とは?」
静かに圧を強めるサリハの言葉にもエルの態度は変わらない。ただ横で推移を見ているアインスだけが小さくなるばかりだ。
「あの書状を帝国ではなくこちらに寄越すということは、教会直々に我々の自治を認めたと捉えられかねん。まさかわからずにやったなどということはないだろう?」
「そうした方がよろしかったでしょうか?」
「当然、そうしていたらヤツらはこれ幸いとスラムの土地を接収しようとしただろう」
「然り。そのくらいの調査洞察は、この地を知らぬ……そうですね、“御立派な暮らし”のわたくし達とて可能です。なればこそ、地を知り人を知り、仁徳に満ちた英雄様にこそ打診を行うべきであると判断した次第に御座います」
「買い被り過ぎだが、信用には応えよう。お前ら教会が我々を裏切らないのであれば、我々が教会を裏切る事はない。誓おう……お前らの言う父なる神とやらは知らないが、俺の誇りに賭けて。こいつが証人だ」
急に指されてアインスは驚いて居住いを正す。
それを見てエルは微笑んで頷く。
「我々正教会は、人間が人間として正しく生きていく事をこそ肯定するものです。人は国に属するのではなく、国が人に属するのです。なればこそ、この地はあなた方の治める地。道理を通すべき相手はあなた方で間違いはないでしょう」
「そちらの意向はわかった。ならばここからは交渉の場だ。がっかりさせてくれるなよ」
「勿論。ご期待くださいませ」
若干緩んだ空気にアインスも内心でホッと胸を撫で下ろす。
「そうですね……まず、アインス様。この周辺の地図などありましょうか?」
「え?あ……はい、ちょっと待っててくださいっ」
急に声をかけられたアインスがバタバタと退席するのを見送り。
「此方��ら求める事は、
ひとつ、教会建設の為の土地の借用、
ひとつ、教会員の駐屯の許可、
ひとつ、教会管理下の隊商の通行、停泊の許可
それからもうひとつ……」
「もうひとつ?」
「建築した教会の管理者、指揮者として此方……ISDFから一名、任命して頂きたく思います」
「……ほう?」
「勿論、教会から補佐役として一名派遣を行いますが、基本的に建築した教会に付随する事物に関する采配の全権は、任命して頂いたその方に委任させていただきます」
「……お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「はい。要するに……
教会建てる土地貸して
教会員が暮らすのを許して
ウチの隊商が通ったり休むのを許して
ついでに一人管理人役を出してくれ
です。そして、建屋の管理から搬入物資、人員、資金、土地活用に至る全権はその管理人役がやってくれ、とそういう要求です」
「……お前は、バカなのか?」
「はて?……あぁ、土地の借用費は搬入物資や資金から供出して頂くとして、教会員の生活費や隊商の消費した資源に関しては別途請求下さればご用意させて頂きます」
「そういう話ではない。……一体何を考えている?」
「何か問題がありましょうか?」
「これのどこが取引だというんだ。全く対等ではない……これでお前らは何を得る?我々を懐柔しようという腹か?」
「そうなれば僥倖では御座いますけれど、踏み台にされるだけでも此方としては十全。それ以上は“おまけ”のようなものです」
「……馬鹿げている」
「そう���しょうか。先程申し上げました通り我々正教会は、人間が人間として正しく生きていく事をこそ肯定するものです。そのために持てるものを捧げる。それこそが教会のあるべき姿です」
「…………」
沈黙が室内を満たす。
「……仕方ありませんね。此処だけの話としてお聞きくださいませ」
先に沈黙を破ったのは、エルだった。
そしてほぼ同時に。
コンコンっ
「失礼します。すみません、お待たせしま……し、た……」
「ご苦労。座れ」
「はぃ」
入室したアインスが机に地図を置き再びサリハの隣に座る。
(サリハさん、なんか空気重くないですか……何があったンすか)
アインスが小声でサリハに問うもサリハは顎の動きだけでエルに話を促し答えない。
「……大戦により世界が被った被害……物質的にもそうですが、何より人心が負った傷は深く、目に見えぬ存在を信じる心を保てている方はそう多くはありません。されど、傷ついた心が救済を求めるのもまた必定。教会はそのような方に手を伸ばすのがその勤め……」
言葉を紡ぐエルも、それを受けるサリハも、仮面に隠れた顔から表情を窺う事はできない。
「現在の教会が持つ本質はその教えではなく、無国籍の人的ネットワークそのものです。実際に父なる神に信仰を持っている者は、騎士団を除けばごく僅かなのでしょう。わたくしもそれを理解した上で教会を指導する立場に就いております」
「……教皇様がそれ言っちゃうんですか……」
アインスが思わず溢した言葉にエルはゆっくりと頷き。
「事実を事実として受け止めぬほど愚かではないつもりです。されど、世の中は本音と建前を使い分ける事で安定して回るもの。それで救われるものがあるのならば、わたくしは、教会は喜んで嘯きましょう」
アインスは先日補給物資を運んできた隊商を思い出す。教会の印章を刻んだ一団ではあったが、確かにその言動は教会のものと言うよりは商人や輸送屋のそれであったように思う。
「教会の教えに一切の真もないなどと申し上げるつもりは勿論御座いません。どちらも実であり虚であり、結局のところ目指すのは人間の平和と繁栄……そこに尽きるのですから」
「ふん……なるほどな」
「ご理解頂けたようで幸いです」
「此方としてはスラムの奴らが平和に暮らせるならお前らがどんな意図であろうと変わりはないからな」
「十全です。では、話を進めましょう」
「ああ」
「まず、立地に関してですが……」
アインスが持ってきた地図を広げて眺め、
「規則としてそれなりに広めの土地が必要になりますので、相応の場を借り入れたく存じます」
「使っていない土地自体は沢山あるが……」
「有事の際に避難所や防波堤としての役割を担う務めが御座います故……」
「防波堤?」
「はい。街や避難所に賊や根源生物が侵入しないよう、この教会の土地で万全の体勢で迎撃を行えるよう配備できるようにと」
「却下だ」
「……戦力は此方から駐屯させるつもりですが」
「尚更だ。資源のみならず防衛までお前らに委ねるほど俺たちは落ちぶれちゃいない。客は客らしく安全な場所にいろ」
サリハが地図を叩いて示す場所はウェストタウンのはずれではあるものの根源生物が多く観測される砂漠側からは遠い位置だ。
「畏まりました。では此方の場所をお借り致します。近日中に現地視察に人を派遣致します」
「そうしてくれ」
その後も話は速やかに進み、とんとん拍子に取り決めがなされた。
実建築にかかる際の人手借り入れの報酬、教会の規定に伴うワークショップや隊商の巡回周期、砂漠の遭難者や非常事態に備えたビーコン設備の取り付け、有事の際の避難所や臨時病床としての開放規則などなど、話す事は多数あったがつつがなく話は進められ���
「……事前に決めておくのは��れくらいで御座いましょうか」
「先に話していた管理者の件だが」
「はい。建築が終わる頃までに決めて頂ければと思います。……既に候補を絞られていますか?」
「アインス」
「はい?」
「お前がやれ」
「……はああぁ⁈な、なんですか急に⁈」
「アインス様がちょうど席を外していた時に出た話ですね。此方からの要求として、建築した教会の管理者をISDFから一名選出して欲しいとお願いさせていただきました」
「お前なら信用できるし悪いようにはしないだろうと判断した。やってくれるな」
「いや、まぁ……やれと言われればやりますが……いいんすか?俺、信仰心とか欠片もないですよ」
「いくつか守っていただきたい事柄は御座いますが、教会施設を自由に使う為の必要経費とお考え頂きましたら幸いです。勿論、無理にやれと申し上げるつもりは御座いません」
「え、自由に……って、どういう事ですか……」
「後で説明してやる」
「なんかめちゃくちゃ重要な事をさらっと押し付けられてる気がする……」
「正式な決定に関しては、先に申し上げました通り、建築完了までにお知らせ頂ければ重畳です。説明を受けてからご決断ください」
「あー、いや。サリハさんが俺なら信用できるって任せてくれるンですよね。なら、期待には応えますよ」
「話が早いのは助かりますが……押し付けたようで、少々申し訳なくも感じますね……」
「最終的に俺が自分で決めたんで。気にしないでください」
「……畏まりました。では、補助役の選定を急ぎます。建築完了前に此方に向かわせるよう手配を致します」
「お願いします」
ちょうどその時、扉をノックする音が室内に転がり込む。
『教皇様、そろそろ……』
室外で待機をしていた侍女の恐る恐るといった声がその後を追う。
「すぐ向かいます。あなたは出立の支度を」
『畏まりました』
「……申し訳ありません。この後も予定が御座いますゆえ、これにて」
「ああ。無事に生きていたらまた会おう」
「その日を心待ちにしております。では、皆様に、父なる神の祝福のあらんことを」
エルが退室したのを見送り、アインスは大きく息を吐きソファに体を沈み込ませた。
「はあー……なんかとんでもないことになった気がする……」
「ふ。期待している。俺もまだ予定が残っているから、あとの片付けは頼むぞ」
「あ、はい。了解です」
部屋を出たサリハの指示で、拠点を囲んでいた隊員は速やかに任務に戻っていく。
慌ただしい昼下がりを抜けて、スラムの日は続く。
幕。
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◆まだ書きかけ
彼……ISDF代表サリハの第一声はそれだった。
別の地区の見回りをしていた彼は仲間からの連絡を受け大慌てでここ、ウェストタウンの拠点に戻ってきた。
まるで戦場のような緊張感が拠点をぐるりと取り囲んでおり、サリハは軽く頭を抱えながら拠点内の応接室に入った。そこにいる来客……アルマ正教会教皇エルの姿を認め溜息混じりに吐き出した言葉がそれだ。
「お邪魔しております。……素敵なご挨拶ですね」
「生憎とお前のような御立派な暮らしなんて経験はないのでな。気に障るのならお引き取り願おう」
「いえ、ここだけの話……わたくしとて、畏まった対応ばかり受けるのは少々辟易しているのです。これは、内緒にしておいていただきたいのですが」
「……そうかい、じゃあ好きにさせてもらう」
「恐れ入ります」
「で、要件はなんだ?お前のようなヤツが茶を飲みにきただけということはあるまい?」
「此方のお茶は独特の風味でなかなか趣深い物で御座いますけれど」
コンコンっ
不意にノックの音がエルの言葉を遮り、
『お茶のおかわりをお持ちしました』
すぐ後を男声が追いかけてくる。
「アインスか。入れ」
「失礼します。……サリハさん、帰ってたンですね……って、ちょ、失礼ですって⁈」
茶器を乗せたおぼんを器用に片手で持ちながら扉を開けて男……アインスが入室する。
ソファに脚を組んで座るサリハの姿を見て目を白黒させている。
「寛大なお心でお許しいただけるそうだぞ」
「はい、構いません。アインス様もお座りくださいませ」
「俺もですか⁈……いや、俺はちょっと、まだ仕事がー……」
「なんだアインス。教皇様の頼みを無碍に断るのか?」
「アンタ絶対楽しんでるでしょ……」
「まぁまぁ。初対面というわけでもないのですから」
「その節は……まさか教皇様があんなところにいるとはつゆ知らず……とんだ無礼を……」
「おいおい教皇サマ。うちの部下をいじめないでやってくれないか」
「誰のせいですか誰の!」
「……うふふ……♪」
「……っとぁ、すみません……」
小さくなってサリハの横に座るアインス。相対する席で口元を隠し笑っていたエルが手を下ろす。その一動作だけで、室内の空気が変わった。
「……先日お送りさせて頂きました書状は、ご確認頂けておりましょうか」
「あぁ、スラムに教会を、とかいう例の件か。確かに拝読させてもらった」
https://discord.com/channels/1020297124434419722/1068114953753608262/1157536351915343923
「手の込んだ悪戯かとも思ったが、話をしたのがコイツで、確かに支援物資も資金も届いた。ご丁寧に教会の印章つきでな。信用しないわけにはいくまい」
「恐れ入ります」
「此方としては願ったり叶ったりではあるが……どういうつもりだ」
「……どう、とは?」
静かに圧を強めるサリハの言葉にもエルの態度は変わらない。ただ横で推移を見ているアインスだけが小さくなるばかりだ。
「あの書状を帝国ではなくこちらに寄越すということは、教会直々に我々の自治を認めたと捉えられかねん。まさかわからずにやったなどということはないだろう?」
「そうした方がよろしかったでしょうか?」
「当然、そうしていたらヤツらはこれ幸いとスラムの土地を接収しようとしただろう」
「然り。そのくらいの調査洞察は、この地を知らぬ……そうですね、“御立派な暮らし”のわたくし達とて可能です。なればこそ、地を知り人を知り、仁徳に満ちた英雄様にこそ打診を行うべきであると判断した次第に御座います」
「買い被り過ぎだが、信用には応えよう。お前ら教会が我々を裏切らないのであれば、我々が教会を裏切る事はない。誓おう……お前らの言う父なる神とやらは知らないが、俺の誇りに賭けて。こいつが証人だ」
急に指されてアインスは驚いて居住いを正す。
それを見てエルは微笑んで頷く。
「我々正教会は、人間が人間として正しく生きていく事をこそ肯定するものです。人は国に属するのではなく、国が人に属するのです。なればこそ、この地はあなた方の治める地。道理を通すべき相手はあなた方で間違いはないでしょう」
「そちらの意向はわかった。ならばここからは交渉の場だ。がっかりさせてくれるなよ」
「勿論。ご期待くださいませ」
若干緩んだ空気にアインスも内心でホッと胸を撫で下ろす。
「そうですね……まず、アインス様。この周辺の地図などありましょうか?」
「え?あ……はい、ちょっと待っててくださいっ」
急に声をかけられたアインスがバタバタと退席するのを見送り。
「此方から求める事は、
ひとつ、教会建設の為の土地の借用、
ひとつ、教会員の駐屯の許可、
ひとつ、教会管理下の隊商の通行、停泊の許可
それからもうひとつ……」
「もうひとつ?」
「建築した教会の管理者、指揮者として此方……ISDFから一名、任命して頂きたく思います」
「……ほう?」
「勿論、教会から補佐役として一名派遣を行いますが、基本的に建築した教会に付随する事物に関する采配の全権は、任命して頂いたその方に委任させていただきます」
「……お前は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「はい。要するに……
教会建てる土地貸して
教会員が暮らすのを許して
ウチの隊商が通ったり休むのを許して
ついでに一人管理人役を出してくれ
です。そして、建屋の管理から搬入物資、人員、資金、土地活用に至る全権はその管理人役がやってくれ、とそういう要求です」
「……お前は、バカなのか?」
「はて?……あぁ、土地の借用費は搬入物資や資金から供出して頂くとして、教会員の生活費や隊商の消費した資源に関しては別途請求下さればご用意させて頂きます」
「そういう話ではない。……一体何を考えている?」
「何か問題がありましょうか?」
「これのどこが取引だというんだ。全く対等ではない……これでお前らは何を得る?我々を懐柔しようという腹か?」
「そうなれば僥倖では御座いますけれど、踏み台にされるだけでも此方としては十全。それ以上は“おまけ”のようなものです」
「……馬鹿げている」
「そうでしょうか。先程申し上げました通り我々正教会は、人間が人間として正しく生きていく事をこそ肯定するものです。そのために持てるものを捧げる。それこそが教会のあるべき姿です」
「…………」
沈黙が室内を満たす。
「……仕方ありませんね。此処だけの話としてお聞きくださいませ」
先に沈黙を破ったのは、エルだった。
そしてほぼ同時に。
コンコンっ
「失礼します。すみません、お待たせしま……し、た……」
「ご苦労。座れ」
「はぃ」
入室したアインスが机に地図を置き再びサリハの隣に座る。
(サリハさん、なんか空気重くないですか……何があったンすか)
アインスが小声でサリハに問うもサリハは顎の動きだけでエルに話を促し答えない。
「……大戦により世界が被った被害……物質的にもそうですが、何より人心が負った傷は深く、目に見えぬ存在を信じる心を保てている方はそう多くはありません。されど、傷ついた心が救済を求めるのもまた必定。教会はそのような方に手を伸ばすのがその勤め……」
言葉を紡ぐエルも、それを受けるサリハも、仮面に隠れた顔から表情を窺う事はできない。
「現在の教会が持つ本質はその教えではなく、無国籍の人的ネットワークそのものです。実際に父なる神に信仰を持っている者は、騎士団を除けばごく僅かなのでしょう。わたくしもそれを理解した上で教会を指導する立場に就いております」
「……教皇様がそれ言っちゃうんですか……」
アインスが思わず溢した言葉にエルはゆっくりと頷き。
「事実を事実として受け止めぬほど愚かではないつもりです。されど、世の中は本音と建前を使い分ける事で安定して回るもの。それで救われるものがあるのならば、わたくしは、教会は喜んで嘯きましょう」
アインスは先日補給物資を運んできた隊商を思い出す。教会の印章を刻んだ一団ではあったが、確かにその言動は教会のものと言うよりは商人や輸送屋のそれであったように思う。
「教会の教えに一切の真もないなどと申し上げるつもりは勿論御座いません。どちらも実であり虚であり、結局のところ目指すのは人間の平和と繁栄……そこに尽きるのですから」
「ふん……なるほどな」
「ご理解頂けたようで幸いです」
「此方としてはスラムの奴らが平和に暮らせるならお前らがどんな意図であろうと変わりはないからな」
「十全です。では、話を進めましょう」
「ああ」
「まず、立地に関してですが……」
アインスが持ってきた地図を広げて眺め、
「規則としてそれなりに広めの土地が必要になりますので、相応の場を借り入れたく存じます」
「使っていない土地自体は沢山あるが……」
「有事の際に避難所や防波堤としての役割を担う務めが御座います故……」
「防波堤?」
「はい。街や避難所に賊や根源生物が侵入しないよう、この教会の土地で万全の体勢で迎撃を行えるよう配備できるようにと」
「却下だ」
「……戦力は此方から駐屯させるつもりですが」
「尚更だ。資源のみならず防衛までお前らに委ねるほど俺たちは落ちぶれちゃいない。客は客らしく安全な場所にいろ」
サリハが地図を叩いて示す場所はウェストタウンのはずれではあるものの根源生物が多く観測される砂漠側からは遠い位置だ。
「畏まりました。では此方の場所をお借り致します。近日中に現地視察に人を派遣致します」
「そうしてくれ」
その後も話は速やかに進み、とんとん拍子に取り決めがなされた。
実建築にかかる際の人手借り入れの報酬、教会の規定に伴うワークショップや隊商の巡回周期、砂漠の遭難者や非常事態に備えたビーコン設備の取り付け、有事の際の避難所や臨時病床としての開放規則などなど、話す事は多数あったがつつがなく話は進められ、
「……事前に決めておくのはこれくらいで御座いましょうか」
「先に話していた管理者の件だが」
「はい。建築が終わる頃までに決めて頂ければと思います。……既に候補を絞られていますか?」
「アインス」
「はい?」
「お前がやれ」
「」
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Text
思えば、ろくな人生ではなかった。でも、ボクはまだ幸福な方だったとは思える。
物心がついた頃、貧しい暮らしだった産みの親は私を教会の前に置き去りにしていなくなった。この世からの逃避行に幼かった私を連れていくのは忍びなかったのだろう。そう思えるようになったのは、産みの親たちがどこへ向かったのかを知ってからだいぶ経ってからだ。
ともあれ、教会の前で冷たい雨に打たれながら、多分“私”はあの時に死んだんだろうと思う。
シスターに拾われて、教皇様がふかふかのタオルで包み込んでくれた時、それが“ボク”の始まり。その時その瞬間、ボクはきちんと産まれることができたように思う。
その後、教皇様に洗礼を戴き、ボクは新しい名前を得た。ボクの名前は、アマクサだ。
教会での暮らしは実に穏やかで、温かさと希望に満ち溢れていた。教皇様は自ら、ボクに色々なことを教えてくれた。人として清く正しく生きること。自身の魂を、肉体を磨き皆の規範となれるよう努めること。父なる神はいつもボクらを見守っているから、失望させるような姿は見せないようにと。何も持っていなかったボクにとっては何もかもが眩く、ボクはそのすべてを真摯に受け止めて育った。いつしか、ボクも教皇様のように皆を慈しみ守り導けるようになりたいと願うようになった。
だから、宣教師として他国に渡って欲しいという教皇様の要請にボクは迷わず頷いた。教皇様の期待に応えたかった。何より、“私”のような人がこれ以上増えないよう、“ボク”のように救われる人が一人でも多くなるよう、ボクにできるすべてを捧げたいと思った。
旅立ちの朝、教皇様はボクに不思議な色をした花束と何か薬のようなものを贈ってくださった。アルケードラッグとアルケー現実鏢。話には聞いていたけど見るのは初めてだった。
そして、これを使ってボクができること、ボクがなすべき使命を教えて下さった教皇様は最後にこう言った。
「そう遠くない未来、あなたにはとても大きく厳しい試練が必ず訪れます。けれど、父なる神は越えられない試練を課すことはありません。あなたは誰よりも誠実で強い娘です。必ず乗り越えて務めを果たすこと、私は信じていますよ」
その言葉は、後々までずっとボクの中で灯り続け、そのおかげでボクは立ち止まらずに歩き続けることができた。
ウサア合衆国に渡ったボクは最初は医療機関の手伝いをしつつ、ゆっくりと教えを広めるよう努めた。大戦前から信徒であった方と話をしたり、衰退して埃を被っていた教会の寄宿舎を修復・清掃をしたり、地域のボランティアに参加したり、やる事はいくらでもあった。
慌ただしく過ぎる日々の中、ボクにこの国にきて最初の転機が訪れた。目の前で発生した交通事故。幸いボクは全くの無傷だったが、巻き込まれて傷付き苦しむ人がいた。ボクは意を決してポーチに入れていたあの薬と花を出して、父なる神に祈った。薬を呑み込み更に祈ると、花は溶けて液体に変わる。その液体を怪我人に丁寧に振り撒きながら、ボクは努めて静かに優しく声をかけていく。
「大丈夫です。父なる神は決してあなた方を見捨てたりはしません。気持ちを強く持って。“生きてください”」
声をかけられた人たちの表情が和らぐのを見て、ボクは周囲の人に声を投げる。
「一時的に痛みを取り去っただけです。そちらの方、今のうちに早く病院へ連絡をお願い致します。そちらの方はボクの手伝いをお願いします。簡易的な担架を作ります。そちらの方は……」
次々とお願いをしていくと野次馬をしていた通行人は即席の救急隊に変わる。一通り手配を終えた辺りでちょうど救急車がきて怪我人を運んで行った。応急処置や対応のおかげで一命は取り留めそうだと言われたけどボクは、そうじゃない、と確信を持って言える。父なる神の権能を貸し与えてくださった教皇様のお導きだ。
とはいえ、その縁でボクは医局の救急隊を手伝うこと��なった。ボクにできること、ボクにしかできないこと。教えを説くこともボクの勤めだけど、人々の命を守り勇気づけることもまた、ボクが貫くべき正義の行いだ。
救急隊での日々で、ボクは色々な事を学んだ。生きていくという事、幸せを目指す事、人と人の交わり、平和の願い。ボクは、この国で、この人たちと共に生きているんだという実感。
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ある夕暮れの裏道。
「……あら、あなたは……」
人目を避けるように歩く見覚えのある背中。
「ちょっと?」
「はィ⁈……あ、あぁ、あなたは確か……」
声をかけると大袈裟に身を震わせて振り返る眼鏡の男性。
「アンセム商会の鴉坐花よ。あなたは確か、ほっケさん、だったかしら。お茶売りの」
「そうですよー。いやぁ、こんな美人に覚えていてもらってるなんて光栄……いたたた……」
「なぁに、あなた怪我してるの?みせて」
「あぁ、いや!大した怪我じゃないんで!大丈夫です!」
「大した怪我じゃないなら私が診てどうにかできそうね。はい、見せて」
「いや、ほんとに!全然平気いたたたた……」
「こう見えても娘たちのヤンチャで応急処置は慣れてるの。はい、見せなさい」
「う……いや、ここで変な借りやリスクを作りたくないというかですね……」
「見せなさい。」
「……はい……」
手早く怪我の具合を確認して簡単に処置しつつ。
「荒事ならウチも慣れてるから気にしないでいいわ。そうね、借りだと思うなら、何かあった際にウチの人材を借りてちょうだい。それでちゃらってことにしましょ」
「……わかりました…」
「はい、これでおっけー。でも、早めにお医者さんに見せにいくのよ」
「ありがとうございます。じゃあ、こんなとこ見られてたらコトなんで、失礼します!」
走り去っていく後ろ姿を見送り。
0 notes
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ここじゃない場所
いまじゃない時代
これは、存在しない世界のお話。
その世界は、科学技術が大きく発展していた。
そして、人は科学万能その果てに、禁忌に至る。
自律思考し学習・成長を繰り返しながら人の願望を叶える存在……【神】を作り出したのだ。
【神】は人の願望を掬い上げ、人の望むように願いを叶えていった。
豊かさに包まれた世界、しかし、当然のように、それは永く続くことはなかった。
ある時、【神】を作り出した科学者は不安に駆られた。
「もし【神】が人の手を離れて世に解き放たれてしまったら」と。
そして、【神】はその怖れを掬い上げてしまった。
科学万能の粋を識る科学者が恐れるように、【神】に不可能はなく人間の手で抑えられるような代物ではない。
解き放たれた【神】を止められるものはいない。
【神】は世界に満ち、その存在意義のままに、人の持つあらゆる想いを掬い上げていった。
最初に異変に気がついたのは子供たちだった。
「あの暗がりに何かいる気がする」
曇りのないまっすぐな恐れを掬い上げ、【神】はそれを叶えた。叶えてしまった。
一度始まってしまえば後は坂道を転がるように世界は激変していく。
人の強い想いが、善悪や倫理観、果ては物理法則や常識すら塗り替えながら叶えられていく。
子供たちが見つけた漠然とした“ナニカ”は大人に伝わり、学者や識者によって分類され定義され確個足る姿を得る。それは、神代の記録や創造の世界に根付く幻想すらも核とし、恐れられる(望まれる)ままの権能、チカラを持って世界を覆い尽くし君臨する。
そして、既存の文明、価値観はすべからく崩壊した。
もはや人類は万物の霊長足り得るものではなく、ヒトならざる者たちによって散り散りになった世界の中でそれぞれ必死で生きている一種族に過ぎない。
そんな世界にあっても、旅人はいる。
幻想に対し独自の抵抗力を持って道を拓き、散り散りになった世界をわたるものたち。“キャラバン”と呼ばれるようになった彼らのもたらす知識や技術、資源は、人類が生存するための貴重な生命線となった。
当然の事ながら、彼ら“キャラバン”を形成する者たちが必ずしも人類であるとは限らない。それでも人類は、彼らに頼らざるを得ないのが実情であった���
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「わらわの指揮で何人も死んだ。それ以上に殺してきたがの。この手で誰かを殺めたことはないが、道具に罪がないのなら罪人と呼ばれるはわらわであろう。金のため、欲のため、目障りだったから、仕事だから、色々な理由はあったが、当時のわらわは何とも思わなんだよ」
「命は道具だったよ。敵のものだろうが味方のものだろうが、使えるものをただ使えるように使っていればすべからく消費されて消えていくもの。いずれ失われるものならば、それがいつどこであろうと大した違いはあるまいな。そこに禍福を見出すのは、ただただ人間の持つエゴじゃよ」
「後悔はない。冥府に連なるこの名、柘榴(ポメグラネイト)はわらわの在り様じゃからの。死した者達への感慨も特にはない。灰(敗)は土に還る、自然の摂理じゃろう?」
「多くが死に、多くを殺し勝利を重ねていた柘榴姫の兵団じゃが、さりとて、異界英雄を討ち滅ぼすには足りなんだ。たった二人に全て返り討ちにされたわ。最果てで対面した時、彼奴等がわらわに齎したのは引導ではなかった。おかしな奴らじゃよ」
「『我々を殺したいならいつでもかかってこい』と。地位と、部下までつけて寄越してきおった。いまだにどんな心理がそうさせたのかはわからぬが、何故だかわらわは永らえた。結果として今のわらわがおるわけじゃな」
「……殺意か。とうに失せたわ。恩義ゆえではないぞ。彼奴等は弱くなったのじゃ。かつてあった抜身の刀のようなギラギラした力は今や見る影もない。弱みを抱え平和に鈍麻した者に興味も価値もない。柘榴姫の兵団は、それに気付いた瞬間にこそ、滅び去ったのじゃよ」
「……全てがそれで片がついたというわけではないがの。柘榴姫の兵団が滅んだからこそあやつが目覚めた、そう捉えて相違ない。あやつはわらわの手には負えぬ。いずれわらわも、あのカニに殺されるのかも知れぬの。まぁ、それも宿業であろ」
「今した話が全て事実だとは思うまいな?そう、わらわはliarじゃからの。信じる信じないはそなたの勝手じゃよ」
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「……ようやく追い詰めたぞ。世話を焼かせる」
路地裏に飛び込んだ男の目には行き止まり。
その後ろから、軽い足音と声が聞こえてきた。
「くそっ、くるんじゃねえ!」
男は手にした銃を声の主に向ける。
「その銃が弾切れなのは既に把握しておる。存分に空撃ちさせてもらったからの」
「……ちぃっ」
「ヌシの体躯であればわらわを倒して逃げおおせようかの。それに如何様の意味があるのか知れたものじゃが」
男が逃げ始めた時、確かに5、6人ほどがいたはずだが、今姿が見えているのは目の前の一人しかいない。
「若い女性ばかりを狙う連続殺人鬼……ヌシで相違ないの?」
「殺人?違う、俺は彼女たちを愛していた!」
「ふむ。愛していた」
「お前も違うと言うのか!俺はただ愛していただけなのに!」
激昂した男が喚き散らす。
「誰も愛し方なんて教えちゃくれなかった!だから俺は俺なりに愛したのに!あいつらは、俺が間違っているという!」
「だから、殺した」
「あいつらは俺の愛の証になったんだ!殺したわけじゃない!」
「……なるほどの。うむ、ヌシは間違っておらぬよ」
それが、男が聞いた最後の言葉。
「単に不運だっただけじゃ。ヌシがこの巨蟹宮の目に止まってしまった、それだけじゃ」
翌日の新聞の片隅に、小さな記事が掲載された。
それは、指名手配される直前だった殺人者の首だけが、NY郊外の街角で見つかったというもの。
被害者はすべて若い女性で、その中には保育士をしているものが数名いたという。
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リビングにいるのはターニャ、天狐、ジョンの三人。
夕食を食べ終わり机にはデザートが並んでいるが三人とも手をつけていない。
食後のデザートを出したところでかかってきた電話の対応に鴉坐花は席をはずしておりなかなか戻ってこない。
シアは食器の片付けに向かい、天狐は手伝いを申し出たが断られたため大人しく読みかけの本を開いている。
ターニャは少しの間鴉坐花の電話に耳を澄ませていたが、すぐにノートパソコンを出してきてイヤホンをつけると慣れた手つきで何かを操作し始めた。
ジョンはそんな姉たちの様子とデザートを交互に見ながら首を傾げていた。
「これは、食べないのか?食べちゃいけないのか?」
「食べたければ食べてもいいのよ。私はまだ食べないけど」
ジョンの言葉に画面から目を離さないままのターニャが応える。
「私も、お母さんが戻ってきてから食べるつもりだから。先に食べててもいいよ?」
「なるほど!アザカを待っていたのか!そういうことなら、僕もパーフェクトに待つぞ!」
天狐の言葉に目を輝かせながらジョンは大きく頷く。
「これが家族……アンセム家のスタイルなんだな。またひとつ、パーフェクトな家族に近付いたぞ!」
「でも多分お母さんは、『先に食べててもよかったのに』って言うと思うよ」
「それでも姉たちは待つのだろう?」
「うん、私は待ちたいからね」
「じゃあ僕も待つ!パーフェクトに待ちたいぞ!」
そんなジョンの様子を、ターニャは少しだけうるさそうに一瞥し、天狐は優しく微笑んで見ていた。
つづく。
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その日彼(或いは彼女)が家に帰ると。
「おかえりなさい。ジョン君」
今から出かけるところだったのか、鴉坐花がそこにいて。
「おお!ただいまだ!母は今から出かけ……っ?」
元気よく挨拶を返して尋ねようとした瞬間、彼の体を鴉坐花が優しく抱きしめる。
「ど、どうしたのだ母よ、あ、そうか、アンセム家ではおかえりの挨拶でハグをするのだな?」
「それはとても素敵な事だと思うけど、これはそういう意味ではないわ」
抱きしめられたまま、優しい声色がジョンの耳に響く。
「お母さんね、これからあなたに少し厳しいかもしれない事を言わなきゃいけないの。いいかしら」
「……わかった。パーフェクトに聞こう」
体を離してまっすぐに見つめる鴉坐花の様子に、ジョンは居住まいを正して応える。
「……メイドの一人が昨日のあなたの行動……ううん、“冒険”を見かけていました」
ジョンの脳裏にはあの廃工場での一幕がよぎる。
「あの件なら、ボクも尋もケガもせずにパーフェクトに」
「ジョン君」
返す言葉を遮り名前を呼ばれ。
「……ジョン君。あなたは私の、アンセム家の大事な家族よ。あなたがその友達……尋���?を大切に想うように、ううん、それ以上に、お母さんは家族を、ジョン君、あなたを大切に想っているの」
「それは、パーフェクトにわかっている……だからボクも尋もケガがないように気をつけて」
「ジョン君。」
「……ぅ。」
「今回はうまくいったかもしれない。でも、いつもいつでもすべてがうまくいくなんて保証はどこにもないわ」
「……心配、させてしまったのだな。すまない、母よ……」
「……大切なものを守るために遠慮も容赦も妥協もしないのは、アンセム家の子としてはパーフェクトなのは間違いないんだけど」
少し困ったような微笑でジョンの頭を撫でて鴉坐花は立ち上がり。
「ご飯の支度ができたら呼��から、それまでゆっくり休んでおくのよ」
「わかった!ありがとう!」
自室に向かう途中。
「ジョン」
「む?パーフェクトキャッチ!」
かけられた声に振り向くと同時に、飛んできた何かをキャッチする。
「パーフェクトシスター・ターニャ!」
「その呼び方やめてって言わなかったっけ」
「むむ……すまない、シスター・ターニャ。これは?」
受け取った物を見ると、新しい携帯端末。
「母さんが渡してくれっていうから用意しといたの。防弾防刃、防水防磁に象が踏んでも壊れない耐圧加工の特製携帯よ」
「すごいな!パーフェクトだ!」
「鈍器にするなり盾にするなりしたら家に繋がるようになってるから、何かあったら使って」
「わかったぞ!ありがとう!」
「まったく、相変わらず母さんは過保護なんだから……」
そっぽを向いてボヤくターニャに、
「ターニャは、アザカの事が大好きなんだな」
「……当たり前でしょ。私の……ううん、私『達』の母さんなんだから」
そっぽを向いたまま返すターニャに言葉に大きく頷いて、
「ああ!ボクもアザカの事が大好きだ!」
『家族』の意味がなんとなく見えた。ジョンはそう思いながら笑うのだった。
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その女性は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと謡うように言葉を紡ぎ始めた。
「ヒト、という言葉は、“魂の在り様”だとわたくしは思います。いわゆる人間……わたくしの世界でいうエミル種、他の世界ではいまにてぃ、ひゅーまん、色々な呼ばれ方を耳に致しますが……それらに限らず、タイタニア種……他の方がいう天使や、ドミニオン種……悪魔と呼ばれるもの、一部のあやかしの類、獣人種、妖精種……勿論、ココロを得た機械種もまた、ヒトたり得る存在である、とわたくしは考えます。たとえ人間種の様な姿形を備えておらずとも、そのココロを、魂を指して、わたくし達は“ヒト”と呼ぶのでしょう。この異界酒場の扉は、如何様にしてかは存じ上げませんが、それを見分け選別する力を持つのでしょう」
そこまで話して、何かに気づいたように首を傾げて、
「……調子に乗って少々駄弁り過ぎてしまいましたね、申し訳ありません。わたくしの悪い癖です……」
バツが悪そうに微笑む表情は、それでも���し嬉しそうに見えた。
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いつからだろう。
この人は絶対に負けないと信じ込んだのは。
「姉さん⁉︎」
「早く逃げなさい!……あと、頼むわね」
絶対なんてないと、知っていたのに。
いつからだろう。
いつものように、が当たり前になっていたのは。
「待って!イヤだ、まだお母さんが!」
「申し訳ありません、強制的に離脱致します!」
同じ時間は2度とこないと、知っていたのに。
いつからだろう。
大切な物が奪われる事がないと信じていたのは。
「仇はとる……全員退くぞ。隔壁閉鎖」
「……了解、です。総員退避!」
無敵なんてあり得ないと、知っていたのに。
いつからだろう。
「……ごめんなさいね。約束、守れないみたい」
「なに、彼らならわかってくれるさ」
安心していた。油断していた。
「ふふ……私は、いいお母さんになれたかしら」
流れ落ちる赤は止まらない。それでも。
「……最後の一仕事だ。行けるか?」
「ええ、あなた。一緒に、行きましょ」
右手には力を。左手には愛を。
〜BELIEVE〜
(not)coming soon……
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Emuが淹れてくれた紅茶を間に挟んで、縮こまっている天ちゃんと向き合って座る。
「さて、と……あら?」
話し始めようと思ったのだけど、何やら気配を感じる。
視線を向けると、ドアの隙間に貼り付いてる目が見えた。
「……じー」
「……シアちゃん。どうしたの?」
「天、おせっきょです?」
「そう言うわけじゃないけど……天ちゃんにご用事?」
「…………(ふるふる」
「見かけたからなんとなく気になった?」
「…………(こくん」
「あら、シア様。ご一緒にお茶になさいますか?」
Emuの声がシアちゃんの後ろから聞こえる。
シアちゃんが入ってきて私の隣の席に座る。
Emuが運んできたティーセットを机に置く。
天ちゃんの隣にターニャちゃんが座る。
「……ん?」
「……ん?」
「どうぞ」
「ありがと」
当たり前のようにティーカップを置いたEmuに礼を言って、呆気に取られている私たちにターニャちゃんの視線が戻る。
「ズルいわよ、私だけ除け者なんて」
「あ、あー……別に、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「私には聞かせられない話をする気だったの?」
「そういうわけでもないけど……」
「じゃあ、いてもいいわよね?」
「ええ、もちろん」
何だか大ごとみたいになってしまって、天ちゃんがますます小さくなっているけど仕方ないわね。
「……それで、アザカの腕輪の話だったか?」
「ええ、そうね」
すぐ後にジーグクンも何事かと顔を出して、結局全員揃ってしまった。
気を利かせたのかEmuは席を外し、この場にいるのは五人。
「天ちゃん、ターニャちゃんは、魔法やおまじないは信じる?」
「んー……魔法はさておき、おまじないなら、半分くらいは……?」
「存在自体が魔法みたいな人が身近にいたら、信じるも信じないもないと思うわ……?」
私の質問に、首を傾げながら二人が答える。
「ゲッシュ、という名のおまじない……ううん、魔法が、遠い昔に存在していたの」
それは、“制約”を対価に発現する魔術。
自身、或いは他人に何らかの“制約”をかけ、それが守られている間は神の加護を得られ、破られれば逆に呪いが降りかかる、という代物。
「私が私に課した“制約”は、『この腕輪と眼鏡を外さないこと』」
「眼鏡もなんだ……」
「そうよ。視力には全く不足はないし、少しでも魔法の力を強くしたいからね」
天ちゃんの言葉に微笑み返し、紅茶を一口。
「そうまでしてアザカが願うのは……いや、愚問か」
「当然、『家族がみんな無事で、一緒にいられますように』ね」
「でも、いるかいないかわからない神なんかに祈らなくても、かあさんくらい強かったら大丈夫なんじゃないの?」
ターニャちゃんの言葉に天ちゃんも頷いて同意する。
「戦う力があってもどうにもならない事は世の中にはいっぱいあるわ。この力自体を、人の世が排斥しようとするかもしれないし、ね」
たとえば、大津波や地震のような自然災害。
たとえば、感染症。不慮の事故や怪我。
すべてから守り切る事はできない。
普通の人は、強大すぎる力を持つ者を恐れ排斥しようとする。私たちがそうされない保証はない。
「だからそういう、“どうにもできないこと”から守られるように、私はこうしてお祈りしてるのよ」
「なるほど……」
納得した様子の家族の顔を見て、私は思う。
あぁ、この幸せな時間をずっとずっと積み重ねていけますように。
「私はて��きり……」
「なんだと思った?」
「腕輪をはずしたら、真の力が開放されて大変なことになるから封印してるとかかと」
「あら……そうなのかもしれないわよ?」
「えぇ⁈」
「うふふ……♪」
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土御門 紗綾
読み:つちみかど さあや
年齢:不明
性別:女性
種族:アークタイタニア
職業:星霊使い(アストラリスト)
カデシュ世界とは境界を異にする世界に住む女性。
世界が持つ特異な性質に依って鴉坐花を産み出した「鴉坐花の母」にあたる人物。
本来は白い翼と天輪を持つ種族だが、先祖返りと原始回帰を経ているためその形質は変化している。
星霊との高い交感能力を持つ代償に視力を失っているが、星霊に周辺状況を感知させる事で日常生活を成り立たせている。
カデシュ世界は世界中の星霊が少ないため視力の全損をするほどの代償は受けないため若干見える。
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……記者さんが社長室で大変なことになる少し前のお話。
「失礼している」
「うぎゃーーー⁈」
そりゃそうである。
無人のはずの応接室を開けたら見慣れぬ人間が堂々とくつろいでいたら、しかもこんな夜遅くなら、驚いて転げるのも無理はない。
「……大丈夫?立てる?」
尻餅をついた彼……記者さんに手を差し伸べながら私は聞く。
「��、姐さん?どうも……」
目を白黒させながら手を借りて立ち上がった記者さん。シアちゃんが少し可笑そうに様子を見ている。
「取り敢えず入って。早くドアを」
「え?あ、はい?」
急かしながら記者さんを部屋の中へ引き込む。
「シアちゃん、改めて確認」
「…………。…………(ふるふる」
シアちゃんに声をかけると、手にしていた機械に視線を落とし、少しの間を開けてにっこりと首を横振り。
「な、なんなんスか……」
「盗聴対策よ。これはターニャちゃん謹製の探知機」
「はぁ……?」
「取り敢えずここは安心。貸しておくから後で他のところも調べておいた方がいいかも」
「……あ、あー……ビーが言ってた内通者がどうとかの……?」
シアちゃんから機械を受け取りながら、少しずつ平静を取り戻していく記者さん。
「……ねぇ、記者さん?」
「なんスか?」
「……必死で視界に入れないようにしてない?」
「……き、気のせいじゃないスかね……」
「ウチの人は妖怪変化の類じゃないのよ」
「あー……やっぱり、そうなんスね……」
軽く咳払いをして居住まいを正す記者さん。
私とシアちゃんは主人の横に移動し。
「突然の来訪、無礼を詫びよう。お初にお目にかかる。私がアンセム商会代表、ジーグ・アンセムです」
「G.E.N.社長、深月風雅です。今日はどんな御用向きで?」
「まずは、先日の“宣戦布告”に関して改めて謝罪を」
「あぁ……別にもう怒ってないですけど、本当に肝が冷えましたよ……」
「その後の提案への了承も感謝する。おかげでようやく借りを返せそうだ」
「了承……と言われましても、“我々の本心に敵意はないが、表面上は敵対状況に見えるよう維持を”なんて、元々選択肢がないじゃないですか」
「それに見合う対価は得られるはず……そうだな?アザカ」
「ええ。以前に、うちにちょっかいをかけてきた悪党がいたんだけど、すんでのところで逃げられちゃってね」
当時はまだうちも色々と未熟だったもんだから捉え切ることができなかった。
「どうも名前が売れてきて調子に乗って、G.E.N.とうちを共倒れにしてやろうと動いてるの」
「つまり、共同戦線を張ろう、って事ですか」
「誰に喧嘩を売ったのか」
「思い知らせてあげましょう?」
握手を交わし、秘密裏に組んだ共同戦線……
まさかこの直後にことが転がり出すとは思ってなかったけど。
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「……あ」
ようやく気づいたのか、天ちゃんの視線が此方に向いて固まる。
「なぁに?知られちゃ困るようなことでもしてた?」
「いえ、そのようなことは何も。鴉坐花様は如何なさいましたか?」
Emuが此方に軽く頭を下げながら微笑む。
「たまたま通りかかっただけなんだけど……タイミングがよかったやら悪かったやら、みたいね」
「決して悪くはなかったかと。お話しなさいますか?」
「そうねぇ……どうしようかしら……」
Emuの後ろでばつが悪そうに縮こまっている天ちゃんに軽く視線を向けながら考える。
「私の腕輪の理由、ね……」
「ご、ごめんなさい!ちょっと気になっただけで、こそこそ嗅ぎ回ってるとかじゃなくて……!」
「知りたいんだ?」
「…………はぃ。」
慌てて謝る天ちゃんの言葉を遮るように訊ねると、観念したように俯いて応えた。
「お茶を淹れますね。立ち話もなんでしょう。後ほどお運びいたしますので、お二人は食堂へ」
「ありがとう。頼むわね。さ、天ちゃん、行きましょ」
「……はぃ……」
Emuの提案に応じて、小さくなってる天ちゃんを伴ってその場を後にする。
別に、怒ってなんかないんだけど……
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「……まさか、こんな日が来るなんて、ね……」
呟く黒髪の女の手には刀。
「私は楽しみにしてたよ。姉さんと決着をつけるの」
拳を握りしめながら応えるはアッシュブロンドの女。
『人払いはしたが、程々にしてくれよ?』
通信端末越しに呆れたような男声が聞こえる。
「「約束はできない」」
二人の女は同時に応えて、通信端末を放り投げる。
人気のなくなった路地で向かい合う二人の女。
「手加減なんかしたら許さないよ、姉さん」
「手加減して渡り合える相手じゃないのはわかってるでしょう?お互いに、ね」
「違いない」
どちらかの投げた通信端末が、地面に落ちて乾いた音を立てる。
----それが、はじまり……そして、終わりの合図になる。
The apocalypse...will (not) coming...
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