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「なぁ、メイス、やっぱりオレお前のこと好きだわ」 「聞き飽きたよゲーラ。ここの店のパスタと同じくらい。…あと声を控えろ。誰かに聞かれたらどうする」 「皆好き勝手しゃべってるし、この店有線でけぇから気にすんな」 「お前の声はでかいし響くんだよ」
我ながらつれない対応とは思うが、場所も時間も構わず何度も言われれば、流石にそうなるだろう。
例のピザ屋は相変わらず満員で、運が良ければテーブル席でゆっくりと食事を楽しめる。 ただ、最近はテイクアウトもできるようになり、その気遣いにますます店のファンは増える一方だ。
「つかメイス、またそれ喰うのかぁ?」 トマトソースにベーコン、それに名前は知らないがチーズが惜しみ無く入ったパスタをさして、呆れたようにゲーラが言う。 「飯は適度に美味ければいいんだよ」 返す言葉に納得いかない表情を隠しもせず、ゲーラは運ばれてきたばかりのパニーニにかぶり付きながらニョッキの皿を待っている。相変わらず、良く喰う奴だ。
俺達のオーダーが被ることは全く無い。俺は飯にこだわりはなく、気に入ればそればかりでも構わないが、ゲーラは今日は店の看板であるピザ、一昨日は新作リゾット、明日は最近出来た屋台のガパオライス、色々と試してはレスキュー隊の皆に報告するのが日課になっている。
「…飽きねぇの」 昼飯時、忙しい店員に聞こえはしないだろうが、それでもいつもよりトーンダウンした声でゲーラが聞いてくる。 「…別に。相変わらずトマトと何とか言うチーズが旨いな、と」 「や、せっかくならたまにはアーリオ・オーリオとかよ」 「ニンニク臭い息吐き散らかしながら仕事か?」
この生活にも大分慣れてきた。 人間として扱われることに。
半年前の自分たちに想像できたろうか。 椅子に座り、カトラリーを使い、皿に盛られた暖かい飯を食うことを。 眠りは身体だけでなく、心も休めるということを。 感情の昂りに呼応するバーニッシュフレアはあるべき場所へ還ったことを。
もう賞味期限切れの缶詰を恐る恐る開けなくてもいい。強奪しなくとも、金さえ出せば金額に見合ったものが手に入る。 毎晩、戦闘要員である誰かが見張りを引き受けてはいたものの、最高指揮官であり責任者は幹部である俺達だった。 常に微かな足音や気配に耳をそばだて、互いに浅い眠りを繰り返す毎日。 汚いシーツがわりのシート、どんなに干しても黴臭い毛布。
今はどうだ。柔らかなマットレスといい匂いの毛布、おまけに枕付きという待遇だ。 …二人だけの秘密だが…最初の頃はマットレスに慣れることができず、どちらかの部屋に毛布を持ち寄り、硬い床の上に動物のように踞って寝ていたこともある。 その頃と比べると、それはそれは大きな進歩だ。俺もゲーラも、今はきちんと互いのベッドから落ちずに朝まで眠れるようになってきたのだから。
…世界中を巻き込み焼き尽くした大炎上の後、人間と元バーニッシュはどうなったか。 大半は案外早く、社会生活に溶け込んでいった。もともと非戦闘員が7割を占めていたし、彼らがフレアを使っていたのは、怪我の治癒や日常生活におけるときだけだったから。 元の生活に戻るもの、新たな名と職を得てやりなおすもの、さまざまだ。
…だが3割の元マッドバーニッシュ…俺達やボスは…本来なら死ぬまで何処かに収監されるはずだったのだろう。だが、地球を救った英雄の1人はボスことリオ・フォーティア。史上最強(ゲーラ曰く)のマッドバーニッシュの元リーダー。 …結局、監視付きで復興協力作業に従ずるという、逆に俺らは元国際的テロリストだぞ! そんなんでいいのかよ! と叫んでしまうような判決が下された。
ただ、これはこれで重労働だった。 50階だてのビルから飛び降りたり、アーマーを形成しどんな鋼鉄も切り裂く力は、もう俺達にはない。 イグニス隊長の指揮のもと、瓦礫や倒壊の危険性が高い建物を取り崩したり。仮設住宅の建設。その他諸々。確かに威勢のいい火消しの兄ちゃんのいう通り、人手は足りなかった。
改めて痛感する。人間の身体は、思った���りもずっとヤワで疲れやすかった。 一度怪我をしたらしばらくは痛みと付き合うことになる。 無骨な機械を扱いつづけたおかげで、俺達の手は肉刺だらけになった。 飲まず喰わず、一睡もせずにいられたのはバーニッシュフレアのおかげだったのだ。
さらに、次第に疲れからか苛立ちか。隊員達同士の揉め事が起こるようになった。 無断欠勤を繰り返し、やがて行方知らずになるもの。バーニッシュだった時の感覚を過信して大怪我をするもの。
そこで隊長に許可を得て、元幹部の俺達を頭に、それぞれの性格や適性で3つのチームに振り分けることにした。 ボス…リオが率いるチーム1。任務遂行可能な女性、子供、怪我人など。レスキュー隊と提携し、簡単な医療や備品の配布などの手伝いをする部隊。 チーム2。ゲーラがリーダーといえば、大体想像がつくだろう。使い古しのギアをものともせず使いこなし、勝手にデカイ獲物競争とか始めだす部隊。 そしてチーム3。こう言ってはなんだが、さほど特化したメンバーはいない。 なんせ所詮ただの元バンドマンがリーダーだ。何人かはプログラミングや建設知識はあるが、そこは遊軍部隊ということで各自、得意分野や他部隊、時には本家のバーニングレスキューの手伝いをしたり、というところだ。
そんな毎日が続き、やがて俺はダラスの、ゲーラはマイアミの乗り心地やエンジンの吹かし方を少しずつ忘れていった。 …痩せぎみの顔色の悪い男の指先から、鮮やかな青色のフレアが、躍るように迸ることは二度と無いからだ。
「…メイス、またくだんねぇこと考えてたろ」 そんな時にはこいつが一番、と突然に眼前に置かれたのは、筒状に丸められたパイの中に溢れるくらいのクリームやナッツが詰め込まれた菓子が2本、乗せられた皿。カトラリーも二人分。 「お前甘いモノ割と食うだろ?」 にっ、と笑う奴の顔は、ベッドサイドの引き出しに隠していたチョコバーを発見された時にも見たからこれで二回目か。 「…お、クリームかと思ったらチーズ…?ピスタチオとか苺と…ザクザクしたパイも美味ぇわ」 口の回りを粉砂糖まみれにしながら、グルメレポーターばりの独り言を口にする。 「いらねぇの? なら俺2本目」 そういって伸ばして来た手を叩き落とすと、俺もその菓子に口をつけた。 …どうやら中身が若干違っていたようで、こちらは細かく砕いたチョコレートとオレンジの皮の砂糖漬けが混ぜこまれていた。 「で、どうよ。美味いよなこれ」 「…あぁ」 「……そんだけ?」 「………他に何が?」 そこまで言うと。ゲーラは突然あー、だかとうなり声だか鳴き声だかわからない声をあげてテーブルに突っ伏し、空きタンブラーに水を注ごうと近づきかけたウェイトレスを固まらせ、隣席のご夫婦にぎょっとした目を向けられ、慌てて俺が頭を下げる。連れが失礼を、の意で。 そしてそのまま、テーブルに顔を伏せたまま、奴は呟いた。 「……前から、思ってたんだけどよ。 ……俺のこと、イヤになったなら…はっきり言えよ」 「………何でそういう結論になる」 伏せた顔を上げたゲーラは、寂しそうに笑いながらこう言った。
「………好きな奴から…同じ言葉、聞きたかったんだよ。何度でも。…何度でもお互い、繰り返したかった。 …バーニッシュだったときも人間になっても、俺はそこだけは変わんなかったし、メイス、お前もそうだと思ってた。 でも、悪ぃな。俺だけ舞い上がっちまってよ」 「…ゲーラ、それは」
先戻るわ。ゲーラはそう言うとのそっと椅子から立ち上がり、器用にテーブルやウェイトレス、他の客を避けながら大股で出口へと向かっていってしまった。
付き合いはそこそこ長いはずなのに、たまにゲーラの行動パターンが分からず、なぜだか癪にさわる。 …本当に一体何なんだ。一方的に喋りだしたと思ったら、いきなり不機嫌になりやがって。 遠くなる背中に悪態のひとつでも付いてやろうとしたが、あの野郎わざとか。 二人分の伝票をそのまま残して行きやがった。あぁもう、後で端数切り上げで請求してやろう。
金属の指先とコイントレイ同士がふれあい、軽く高い音を鳴らした。 「レシート、お入り用ですよね。いつもありがとうございます」 「ごちそうさま。…指の調子は?」 「おかげさまで。釜の温度調節以外はだいぶ慣れてきましたよ」 濃い肌の色、人の良さげな顔つきの青年の左の五指はすべてステンレスや合金で出来ている。 彼は…ヴーゴは元バーニッシュで、俺達より早くプロメティックエンジンの犠牲になっていたらしい。左手は、その際に燃え尽きてしまったと、後に本人の口から聞かされた。
激しく燃える程、再生と回復には時間がかかる。生命力を根こそぎ奪われれば、いくらバーニッシュでも完全な再生は難しい。 マッドバーニッシュと称し、怒りや苛立ち、化け物呼ばわりされるすこしばかりの悲しみを業火に変えてきた俺達は知りも見向きもしなかったのだ。 ただ静かに、炎上衝動をこらえながら息を潜めていたヴーゴのような存在を。
「……すまなかった」 「…メイスさん…過ぎたこと���すよ、もう」 “この世界にはもう、プロメアもバーニッシュも存在しない” 1人の少年が呟いた言葉は、いつしか新時代の幕開けと全人類の鬨の声となっていた。 「それに、あのまま政府から逃げ続けられたとしても、命は全うできたとしても。それは」 幸せだったかどうか。 何の前触れもなく身体から炎が噴き出す。それが発覚した瞬間、もう人間とは見なされない。戯れに殺されても、文句のひとつも言うことはできない。 「……店を再建するとき、おやっさんと色々話をして…ピザだけでなく、他のメニューも増やそうってことになって」 復興前までは、店主の方針でピザしか出さなかったらしい。だが一番弟子が左手を失ったことをきっかけに、新しい試みとして、軽食やドルチェなどの提供もはじめたとのことだ。 「いつも注文されてくれるパスタ、初めておやっさんに合格点もらったんです。端くれだけど料理人にとって、美味いって最高の賛辞なんですよ」 まだまだですけどね。はにかみ笑いを浮かべたヴーゴの初々しさに、改めて思い出した。新歓とやらで、はじめてレスキュー隊の皆に連れてこられたときのことを。
暗がりのなか、見張りを立てながらただ飢えを少しでも満たすためだけに喰らう飯とは全く違う。 暖かい日の当たる場所で、皿に盛られた暖かい料理。10数年ぶりの食事に、ゲーラも俺もぼろぼろ涙が出てきて…ボスに笑われたんだ。 そういうボスだって、何度か目の縁をナフキンで拭っていたけど。 あのときは確かに固まったものが緩やかに溶けていくような気がした。
…幸せ、か。 それぞれの座席に置かれた赤と黄色のキッチンブーケ。水だけでなく、くし切りのレモンやミントの入ったピッチャー。 出来たての料理は湯気を立てたまま、客の席まで運ばれ、美味しそう! と歓声が上がる。可愛らしいドルチェは写真を撮られて、世界中に宣伝される。 “もう食べた?今回の新メニューも可愛すぎ!” 「…ありがとうな。今日も美味かった」 店を出かけに���るりと口をついた言葉に、ヴーゴもだが言った俺自身が驚いた。一瞬大きな目を更に大きく丸く見開いたヴーゴだが、すぐに笑顔で見送ってくれる。 「また来てくださいね! …ゲーラさんやリオさん…バーニングレスキューの皆さんで!」
…“幸せ”か。時々ルチア先輩が、まぁた眉間にシワ寄せてるよぉ? と無造作に口に突っ込んでくるキャンディを転がすように、胸のなかでしばらく繰り返す。 ストロベリーを模した味と香りに、まだボス…リオに出会うまでの、世界中から忌み嫌われていたあの時のことを思い出す。 たまに戦利品として手に入ったキャンディやチョコレートを食べた時の子供達の笑顔。 恋に落ち、結ばれ、���福され生まれて��る命もあった。 それは、幸せと呼んでもいいことじゃないのか。 …そして、その中にはいつも、あいつがいた。 ゲーラ。
村の皆から慕われて、仲間からも一目置かれてる。前のリーダーからも信頼されてる。太陽みたいな奴だと思っていた。 そんなお前とは逆の俺だから、どうしても皆の輪からは外れがちになる。 そんな奴のどこが、そんなに気に入ったのか。 ある夜、見たことのない真剣な顔で、真っ直ぐに俺の目を見て、お前のことが好きだと告げられた。
実はな。お前より先に気付いてたよ、ゲーラ。俺は他人のそういう視線や気配には敏いし、慣れているから。 まぁ、俺も悪い気はしなかったからな。 何度も機会を伺って二人きりになろうとしたり、その度に口ごもったり話を逸らしたりしてたしな。 いい加減待つのも飽きてきた時、やっとその時が来た。 散々焦らされたけど、やっと言ったか。 さぁどう答えてやろうか。
“……俺もだよ”
むしろ俺自身が驚いた。 情けないほど震えた涙声で、見ない振りをしていた本心を知る。
そう。ずっと欲しかったんだ。探していた。 かけがえのないものを。
本当は臆病で狡くて、そんな心を見せまいとふるまう俺の手を引いてくれる、そんな存在を。
……ピザ屋からなるべく早足で現場に戻ってはきたものの、15分。しっかり遅刻してしまった。 それでも見つかったのがゲーラで良かった。流石に露骨に顔をしかめはしたものの、何も言わずにそっと作業に混ぜ、まえからいましたよこいつ? といった体を装ってくれた。 「今日中にここら一帯の片付けだとよ」 ゲーラとバディを組んで作業を進めつつ、回りの奴らに聞こえないように声を落としつつ話しかける。機械のモーター音やら誰かの怒鳴り声が響くなか、俺達だけに聞こえる程の会話は、なにやら密事のようだ。 「……なぁ、ゲーラ」 「…あー…昼飯代なら後で返す」 「そうじゃない。…いや、それより…今夜、空いてるか」 「今夜ぁ? 明日も仕事だぞ」 「…あの店、夜もやってるらしいから…だから」 「…だから、なんだよ、メイス」 「…オーダーは任せるから、付き合ってくれ」
炎とはまた違う、身体を流れるいつもより早い血の熱さ。それはそれで、わりと心地良いものなんだな。 人間ってのも、そう悪いもんじゃない。
あいつに何度も言われる度、初めてのとき以外ははぐらかしていた感情を、これからはきちんと受けとめ、何度でも言葉にして伝えてやろう。 俺達は、人間だから。
「…俺もだ。好きだ、ゲーラ」
不機嫌なゲーラの顔が真顔になり、やがて真っ赤になる。 きっと俺だって同じだ。 良い年した男ふたりが、トマトかリンゴのような赤い面。全く格好がつかない。今時のティーンエージャーだってもっとスマートだろう。
バーニッシュだったときも、幹部だったときも、ただの男ふたりになった今でも。
やっぱりこの気持ちは変わらない。 ゲーラ。俺も、お前のことが好きなんだ。
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